| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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霊界物語 | 40_卯_照国別と黄金姫&清照姫母子 | 15 氷嚢 | 第一五章氷嚢〔一〇九九〕 照国別の宣伝使仁慈無限の大神の 教を四方に伝へつつ月の都にバラモンの 教を開き世を乱す大黒主の神司を 三五教の御教に言向和し照国の 尊き御代と立直し一切衆生の身魂をば 救はむものと勇み立ち険しき山を打渉り 荒野ケ原を踏み越えて岩彦、照公、梅公の 三人と共にクルスの森進み来りて疲れをば 休むる折しも向ふよりイソの館に攻め上る 鬼春別の一部隊片彦、久米彦両将が 先頭に立ちて進み来る此は一大事と一行は 森の茂みに身をかくし敵の様子を窺へば 大胆不敵の命令を采配振つて号令する それの態度の忌々しさに照国別は木影より 声張りあげて宣伝歌涼しく清く宣りつれば 敵は驚き照国の別の命に四方より 攻めかけ来る猪口才さ無抵抗主義の三五の 教を伝ふる神司善言美詞の言霊に 成るべくならば言向けて悔悟させむと思へども 暴逆無道の敵軍は何の容赦も荒風の 吹きまくる如迫り来る正当防衛と云ひながら 清春山より現はれし岩彦司は杖を振り 縦横無尽に敵軍に阿修羅の如く打込めば 負傷者を残し馬を棄て皆散々に逃げて行く 照国別は敵軍の手傷を負ひて倒れたる 二人の男を介抱し信書を認め清春の 醜の岩窟を守り居るポーロ司を戒めつ イソの館に三五の教の道を学ぶべく 遣はしやりて照、梅の二人と共に駒に乗り 轡を並べてシトシトとテームス山にさしかかる 折から吹き来る凩の風に面を吹かれつつ これぞ尊き神風と勇気日頃に百倍し 蹄の音も戞々と険しき坂を登り行く あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ。 照国別は岩彦の所在を失ひ、彼が行衛を求めて、森の小蔭や薄原隈なく探り、一行は漸くにしてテームス山を登りつめ、頂上の関所に着いた。ここには大黒主の命を奉じて春公、雪公、紅葉他二人が小さな庵を構へて名ばかりの関守をやつてゐる。大酒を煽つては大地に倒れ、風に吹かれ酔醒めの風を引いては熱を出し、手拭で鉢巻をしながら狐の泣き声の様な百日咳に悩んで居る。何奴も此奴もコンコンカンカンの言霊の競争をやつて居た。風の神を追ひ出すのは、磐若湯に限ると云ふので捻鉢巻をしながら、酒の勢で昼夜風の神と競争をやり、薬鑵から熱を出し汗をタラタラと流しながら格闘してゐる真最中であつた。 春公『ウンウン、痛い痛い、風の神の奴、暴威を逞しうしやがつて、此春さまの頭蓋骨を鉄鎚でカンカンと殴りやがるやうな痛さだ。腹の中へは狐でも這入りやがつたと見えて、コンコンと吐すなり、テームス山の関守も中から斯う咳が出ては副守の奴、関守に早変りしやがつたと見える。本当に咳がチツとやソツとぢやない、痰と出やがつた。アハヽヽヽイヒヽヽヽ、痛い痛い、こりや雪公、一つ天眼通で風の神の正体を透視してくれないか』 雪公『あまり酒を喰つて寒風にあたると凍死するものだ。何卒凍死してくれと云つても、俺は凍死ばかりは御免だ。それよりも万劫末代生とほしになりたいからなア』 春公『こりや、貴様も余程訳の分らぬ唐変木だな。俺の云ふ透視と云ふのは、そんな怪体の悪い凍死ぢやないわい。腹の底まで何が憑いて居るか透視してくれと云ふのだ。アイタヽヽヽオイ早く透視せぬかい』 雪公『おれは雪さまだから、あまり雪さまばかりに溺れて居ると凍死する虞があるぞ。貴様の腹の中を一寸見ると大変な腹通しだ。上げる下す、まるで此テームス峠の頂上の関守には持つて来いだ。貴様も生命の大峠が来たのだから、これ迄の因縁と諦めて潔く成仏せい。風声鶴唳にもド肝を冷し微躯付いて居る様な関守では到底生存の価値がない。よい加減に娑婆塞ぎは冥土参りした方が社会の為だからなア』 春公『こりや雪、貴様は何と云ふ冷酷な事を云ふのだ。ド頭をポカンとハル公にしてやるぞ』 雪公『雪と云ふものは火のやうに温かいものでも、熱いものでもない。冷酷なのが当り前だ。冷然として人の病躯を冷笑するのが雪さまの特性だ。然しそれだけ熱があつては貴様も堪るまい。氷嚢の代りに此雪公さまの冷たい尻を貴様の薬鑵頭に載せてやらうか。さうすれば、少しは熱が減退するかも知れないぞ』 春公『斯う熱が高うては仕方がない。貴様の尻で俺の熱が下る事なら臭うても幸抱せうかい』 雪公『よし、時々風が吹くかも知れぬが、前以てお断りを云うておく』 と云ひながら冷たい尻をまくつて春公の頭の上にドツカと載せた。 雪公『おい、随分冷い尻だらう。血も涙もない冷ケツ動物だから……熱病の対症療法には持つて来いだ。実にケツ構な療治法だ、アハヽヽヽ』 春公『こりや、俺の鼻の上に何だか袋を載せたぢやないか。冷いやりするが、怪体な香がするぞ』 雪公『これは豚の氷嚢代理に睾嚢を張り込んでやつたのだ。イヒヽヽヽ』 春公『あゝ苦しい、重たいわい。チツと重量を軽減する様に中腰になつてくれないか』 雪公『雪隠のまたげ穴をふん張つたやうな調子で中心を保つて居るのだから重たい筈はない。熱病と云ふものは頭の重いものだ。おもひおもひにお神徳をとつたが宜からうぞ。(義太夫)あゝ思へば思へば前の世で如何なる事の罪悪を、やつて来たのか知らねども、そりや人間の知らぬ事、現在テームス山の関守を仰せ付けられながら、其職責を完うせず、肝腎要の蜈蚣姫、小糸姫を知つて見逃した其天罰が報い来つて、今ここに臆病風の神様に襲はれたるか、いぢらしやア……悪い事とはしりながら、しりのつぼめが合はぬよな、しり滅裂の報告が、如何してハルナの神館に、鎮まりゐます大黒主に、致されうか……許して下されバラモン天王様、お願ひ申すと計りにて、コンコンコンとせき上げて、苦し涙にくれにける。シヤシヤシヤンシヤンシヤン』 春公『ウンウンウン、こら雪公、そんな気楽な事どこかい。俺や、もう生命のゆきつまりだ。もちとシツカリ尻をあててくれぬかい』 雪公『(義太夫)「ゆきつ、戻りつ、とつおいつ、又もや咳の声すれば、これがお声の聞きをさめと……思へば弱る後が……み……寂滅為楽も近づきて、無情の風は非時に、吹き荒ぶこそ哀れなり、トテチントテチントツトツチン、テンテン」いやもう瀕死の病人に対し応急療法も最早駄目だ。お前の一生も最早けつ末がついた。けつして決して娑婆に執着心を残し、踏み迷うて来てはならぬぞ。大黒主様の御目が届かぬと思うて慢心を致し、神を尻敷きにした天罰で、此清明無垢の雪のやうな身魂の雪さまに尻敷きにしられるのだ。因果応報、罰は覿面、憐れなりける次第なり。エヘヽヽヽ』 紅葉『こりや雪、貴様は俺が最前から聞いて居れば、春公さまに対し親切にして居るのか、不親切にして居るのか、或は介抱するのか、虐待するのか、テンと訳が分らぬぢやないか』 雪公『かうゆきつまつた世の中、訳が分らぬのはあたり前だ。俺はゆきつまつた社会の反映だから、これで普通だよ。親切さうに見せて不親切の奴もあり、善の仮面を被つて悪を行ふ奴もあり、人を助けてやらうと云つて甘くチヨロまかし、其実人は死なうが倒れやうが吾不関焉だ。自分さへ甘い汁を鱈腹吸うて自分が助からうとする奴ばかりだ。こんな悪魔横行の世の中に如何して真面目な事が出来ようか。俺の天眼通だつてその通りだ。当る時もあれば外れる事もある。社会の利益になる事もあれば社会の害毒になる事もある。それだから善悪不二、正邪一如と云ふのだわい。オツホン』 紅葉『人の難儀を見て貴様は平気で居やがるが、本当に怪しからぬ奴ぢやないか』 雪公『貴様何だい、袖手傍観してるぢやないか。貴様こそ本当に友人に対し冷酷な代物だ。大方触らぬ神に祟なしと云ふ猾い考へを持つて俺ばつかりに介抱させ、さうして善だの悪だの親切だの不親切だのと小言を垂れやがるのだな。尻でも喰つたがよいわい。屁なつと吸へ』 紅葉『俺は貴様等の二人の手が塞がつてゐるなり、あと二匹の奴はズブ六に酔ひやがつて役に立たぬなり、仕方がないから貴様の代りに関守を勤めて居るのだ。もしも斯んな処へ三五教の宣伝使が堂々とやつて来よつたら如何するのだ』 雪公『そりや、その時のまた風が吹くわい。春公の風邪ぢやないがコンコンと懇談して関守としてのベストを尽すだけのものだ。これだけ熱が多いと此春公も黒死病になりやせぬか知らぬて、困つたものだ。俺の尻がソロソロ焼けて来だしたぞ。大変な熱だ』 紅葉『おい、あんまり貴様が大きな尻で志士仁人たる春公を圧迫するものだから、如何やら息が絶れたと見え、呼吸が止まつたぢやないか』 雪公『俺は智慧の文珠師利菩薩だ。今朝も文珠師利菩薩が獅子に乗つて、此処を大変な勢で通つたぢやないか。それだから俺も春公の頭に腰掛け、尻からプン珠利菩薩となつて、あらゆる最善の知識を傾けて治療に従事してるのだ。此辛い時節に薬礼も貰はず、これだけ親切に介抱するものが何処にあるかい』 かく話す処へ関所の押戸をポンポンと叩くものがある。紅葉は慌てて戸外に飛び出し仰ぎ見れば照国別一行であつた。 照国『此処はテームス山の大黒主の関所だと聞いて居るが、関守の頭に一寸お目にかかりたい』 紅葉『ハイ、関守の大将は、……実は……今年の今月の始めから……今日今夜に至るまで臆病風を引きましてコンコンとせきをやつて居ますので、生憎こん回はお目にかかる事は出来ますまい』 照国別『それは気の毒な事だ。斯様な峠の吹きはなしでは風も引きませう。吾々が一つ神様にお願ひ致して鎮魂をやつて上げませうかな』 紅葉『エー滅相もない。貴方は三五教の宣伝使、左様なお方に鎮魂とやらをやられましては、サツパリコンと駄目になつて了ひます。何卒こん度に限つてお断わりを申します。サアお通りなさい』 照国別『決して吾々は貴方等がバラモン教の関守だからと云つて、悪くするのではない。よくして上げたいと思ふからだ』 紅葉『何程御こん切に仰有つて下さつても、三五教のお方にお世話になるのは一寸こん難で厶います』 照国別『お前は同僚が九死一生の場合を助けたい事はないのか』 紅葉『晨の紅顔、夕べの白骨、どうで一度は死なねばならぬ人生の行路、夢の浮世で厶いますから、春公も一層の事ここで死んだ方が、彼の為めには好都合かも知れませぬ。親切が却つて無になりますから、何卒鎮魂ばかりは平に御容赦を願ひます』 照国別『何とバラモン教は友人に対してさへも随分冷淡なやり方ですなア。一切衆生に対しては尚更冷酷なと云ふ事は此一事にても看取される、かう云ふ事を聞くと如何してもバラモン教を改造してやらねばなるまい』 紅葉『実は此通り五人の関守が四人まで手抜きが出来ませぬので、困つて居る所で厶います。何卒御存じの通り取り込んで居りますから、御用があれば又明日来て下され』 照国別『アハヽヽヽ、まるで吾々を乞食扱ひにして居よるわい。然し乍ら仮令バラモン教にもせよ、人の困難を見て之を救はずに素通りする事は出来ない。照公さま、梅公さま、お前は奥へ這入つて此処に屁垂つてゐる病人を鎮魂してやつて下さい』 紅葉『メヽヽ滅相な、病人は春公一人で厶います。外の奴は風を引いたといつてもホンの鼻腔加答児をやつただけ、風の神をおつ払ふとてスヤスヤと寝んで居るのですから、何卒お構ひ下さるな』 照公、梅公は委細構はず奥に入り、両方より天の数歌を歌ひあげた。雪公は驚いて春公の頭の上にのせて居た尻をあげ、番小屋の小隅に蹲んで震うて居る。天の数歌を二三回唱へた時、春公はカツカツと大きな咳を二つした。その途端に小さい百足虫が二匹飛んで出た。見る間に五六尺の大百足虫となり一目散にテームス峠を矢の如くに逃げ下り行く。春公は初めて熱もさめ、身体元の如くなり汗を拭きながら、 春公『何れのお方か知りませぬが九死一生の場合、よくまあ助けて下さいまして、誠に有難う厶いました』 と感謝の声と共に不図見あぐれば、三五教の宣伝使照国別一行の三人であつた。春公は生命の親の宣伝使様と喜び勇み、これより四人を後に残し照国別に従つて心の底より悔い改め、案内役として月の御国へ従ひ行く事となつた。 (大正一一・一一・四旧九・一六北村隆光録) |
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霊界物語 | 43_午_玉国別と治国別1(玉国別の失明) | 18 石室 | 第一八章石室〔一一六九〕 谷の下り道、半分許りの所に七八人這入れる石室が穿たれてあつた。俄に吹き来る山颪、大粒の雨さへ混つてゐる。松公は、 松公『オイ、伊太公さま、其外一同の者、かう雨風が一度に襲来しては下りる事も出来ない。幸ひ此石室で雨風の過ぐるを待つ事にしようではないか』 竜公『そりや結構だなア、皆さま、一服しませうかい』 伊太公『大変に気もせきますが、仰せに随つて雨をまつ事に致しませう、別に吾々の体は紙で拵へたのではないから、少々の雨位構ひませぬが、皆様がお気の毒だからおつきあひに憩ませて貰ひませう』 入口の戸もない石室に侵入し、天然の岩椅子に各自腰をかけ、暫く足をやすめて居た。竜公は俄に顔色蒼め、冷汗をかき、ブルブルと慄ひ出した。一同は驚いて『ヤア何だ何だ竜公確りせぬか』と周囲からよつて集つて撫でさする。竜公は汗を滲ませながら歯をガチガチ云はせ、団栗眼をむき出した。 松公『ヤアこいつは困つた、とうとう瘧に襲はれやがつたなア、モシモシ伊太公さま、どうしたらよろしからう』 伊太公『困つた事になつたものだ、こりや瘧に違ひない。途中の事と云ひ、どうも仕方がない。瘧をおとすには病人の頭へ擂鉢をかぶせ、艾を一つかみ其上にのせて灸を据ゑると直落ちるのだけれど、擂鉢もなし、艾もなし困つたものだ』 松公『一体瘧と云ふのは何神の仕業でせうかなア』 伊太公『瘧は皆死霊の業だ。谷川へ陥つたり、池や沼に落ち込んだ奴の亡霊が憑依するのだ。硫黄温泉でもあれば、そこへ突込んでやれば直退散するのだけれど、困つたところで瘧をふるつたものだわい』 松公『温泉へ入れたら瘧が落ちますか、ヤアそりや聞き初めだ。幸ひこの谷道を一丁ばかり右へ下りると、昔から硫黄温泉が湧いて居るとの事です、そこへ浴れてやつたら何うでせうなア。貴方もお急きでせうが、どうせ玉国別さまも治国別さまも祠の森をお離れなさる気遣ひはないから、一寸そこ迄廻つて貰へますまいかなア』 伊太公『そりやお易い事です、人の苦しんで居るのを見捨てて行く訳にも行きませぬから』 松公『そりや有難い、そんなら御苦労になりませうかなア』 竜公は歯をキリキリと云はせながら目を怒らせ、 竜公『オヽ俺は決して死霊ではないぞ、瘧でもないぞ、大黒主に仕へ奉る八岐大蛇の片割だ。汝等五人の不届者奴、俺達の仲間を滅さむと計る、素盞嗚尊の手下、玉国別や治国別に甲を脱ぎ吾々に背くやつ、決して許しは致さぬぞ。此竜公が命を取り、次には松公が命をとり、イル、イク、サール三人の奴は申すに及ばず、伊太公迄もとり殺してやるのだから、其覚悟を致したらよからう』 松公は口を尖らし乍ら、 松公『伊太公さま、あんな事を云ひますわ、これでは温泉も駄目でせう、何とか工夫はありますまいかな』 伊太公『瘧でないと分れば、又方法もあります。サアこれから三五教独特の鎮魂を以て悪魔を見事退散さして見ませう』 松公『どうぞ宜しう願ひます。オイ三人のもの貴様も一つ祈つて呉れい』 茲に伊太公、外四人は一生懸命に両手を合せ、惟神霊幸倍坐世を十回許り唱へた後、伊太公はポンポンと手を拍ち天津祝詞を奏上し終つて天の数歌を二三回唱ひ上げた。大蛇の憑霊は、天の数歌に怯ぢ恐れ、竜公を其場に倒して逃げ去つて了つた。竜公はけろりとして汗をふきながら、 竜公『ヤア苦しい事だつた。ようマア伊太公さま助けて下さつた、何とマア三五教のお経はよく利きますねえ』 伊太公『マア何より結構でした。三五教ではお経とは申しませぬ、これは重要なる讃美歌で、天の数歌と云ひます。皆さまもこれから間があれば、この数歌をお唱ひなさい』 松公『イヤもう義弟の命を助けて頂き、此の御恩は忘れませぬ。サア雨も余程小降りになり、風も熄んだやうです。も一気張りですから、ポツポツ下りませうか』 と先に立ち、又もや足拍子をとつて歌ふ。 松公『清春山の下り路天下にまれなる難関所 下る折しも竜公が石室中に飛び込んで ガタガタブルブル慄ひ出すこれぞ正しく「ウントコシヨ」 「ヤツトコドツコイ六つかしい足踏み入れる所もない」 瘧のやつに違ひないと心をいため谷間に 滾々湧き出る硫黄の湯そいつへ入れて助けよと 評定して居る最中に竜公のやつが口をきり 俺は死霊ぢやない程に八岐大蛇の片割ぢや 俺等の仲間を倒さうと企んで居よる素盞嗚の 神の手下に帰順して「ヤツトコドツコイ」怪しからぬ 事をするから竜公の命を先に奪ひとり 松公さまや三人の大事の大事の命まで 取つてやらうと嚇しよる俺も些つとは「ドツコイシヨ」 吃驚せずには居られない狼狽へ騒ぎ居る中に 三五教の伊太公は神変不思議の鎮魂と 一二三ツ四ツ五ツ六ツ七八ツ九ツ十百千 万の曲を払はむと声も涼しく「ドツコイシヨ」 天の数歌歌ひあげ雄建びませば悪神は 其神力に怯ぢ恐れ雲を霞と逃げよつた あゝ惟神々々神の恵は目のあたり 俺もこれからバラモンの醜の教を思ひ切り 神徳高き三五の神の御教に従ひて 種々雑多と修業なし名さへ目出度き神司 松公別と名乗りつつ普く世人の悩みをば 助けにや置かぬ惟神兄の命とあれませる 治国別の宣伝使同じ腹から生れたる 「ウントコドツコイ」俺の身は兄貴の真似が出来ないと 云ふよな理屈はあるまいぞあゝ面白い面白い 前途の光明が見えて来た神徳高き素盞嗚の 誠の神に刃向ふは命知らずのする事だ 俺はこれから心境を根本的に改良し 神の御子と生れたる其天職を詳細に 神の御前に尽すべし竜公お前も神様に 苦しい所を助けられ尊き事が「ドツコイシヨ」 漸く分つたであらうぞや何程人が偉いとて 蠅一匹の寿命さへ一秒時間延ばす事 出来ないやうな身を以て神に刃向ひなるものか 思へば思へば人間は神の力に比ぶれば 塵か芥の如きものもうこれからは神様に 体も魂も打ち任せ一心不乱に善道を 進んで道の御為に力限りに尽さうか あゝ勇ましし勇ましし長い坂でもドンドンと 一足々々下りなば遂には麓につく如く 如何に小さい信仰も積れば遂に山となる 山より高く海よりも深き尊き神の恩 報いまつらで置くべきか此世計りか神界へ 国替へしても神様が矢張り構うて下される 真の親は神様だ恋しい親に死別れ 今迄悔んで居たけれどそれは此世の親様だ 万劫末代変らない吾身を救ふ親様は 神様よりは外に無い思へば思へば有難や 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも神に任せた其上は 如何なる事か恐れむや地震雷火の車 大洪水の来るとも一旦覚悟をした上は 誠の神の立てませる三五教の御道は 決して決して捨てはせぬ「ウントコドツコイドツコイシヨ」 大分坂も下りて来たもう一気張りだ皆さまよ 足許用心するがよいここは悪魔の巣窟だ うかうかしとると大蛇奴が何時憑くか分らない 竜公の奴が好い手本御魂に気をつけ足許に 心を配つて下りませあゝ惟神々々 御霊幸倍ましませよ』 と節面白く歌ひつつ、玉国別の宣伝使が休息して居る祠の森をさして急ぎ行く。 (大正一一・一一・二八旧一〇・一〇加藤明子録) |
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霊界物語 | 44_未_玉国別と治国別2 | 05 不眠症 | 第五章不眠症〔一一七四〕 治国別、玉国別の一行は祠の前を立出で、上方の以前の森の蔭に各蓑を敷き野宿なしゐる。そこへ祠の前へ見張りをさして置いた五三公はいそいそとして走り来り、 五三公『もしもし、治国別の先生、俄にお客さまが見えました。どう致しませうか』 此声に治国別は不図目を覚まし、 治国別『此山の中でお客さまを迎へた処で仕方がない。然し乍ら其客と云ふのは如何なる人か。大方バラモン教の落武者であらうなア』 五三公『ハイ、お察しの通りバラモン教の先生が三人やつて来ました。さうして気の利いた奴で沢山な葡萄酒を山籠に一杯つめ込み来て居りますぜ。大方毒でも入つてゐるのかと思ひ、詰をとつて持つて来た男に毒味をさして見ましたが大丈夫です。何でも一人は頭の光つた若年寄見た様なテルと云ふ奴、一つは扇をパツと開いた様な上ほど頭のハルと云ふ奴、も一人は足のヨボヨボしたヨロとかヨルとか云ふ奴さまで厶いますわい。それはそれは乙な事を云ひますぜ。一つ会つてやつて下さいませな』 治国別『チツと静かにものを言はぬか。皆さまがお寝みの邪魔になるぢやないか。さうして如何なる要件か、それを聞いたぢやらうな』 五三公『まだ聞いては居りませぬが、委細はイル、イク、サールの三人が承知してゐる筈です。彼奴が引張つて来たのですからな。滅多に裏返る気遣ひはありますまい、先づイル、イク、サールの三人を信用してやつて下さいませ』 治国別『兎も角もここで会ふと皆さまの安眠の妨害になるから、祠の前迄出張することにしようかな』 五三公『ハイ、御苦労乍ら宜しくお願ひ致します』 と云ふより早く五三公は夜の山坂道を飛鳥の如く跳び下り、祠の前に待つてゐる六人に向ひ、ハアハアと息を喘ませ、 五三公『おい、イル、イク、サール、テル、ハル、ヨル、半打の人間さま、五三公さまの交渉委員は大成功だよ。治国別様が特別を以てお目にブラ下つてやらうと仰有るのだ。さア今にも此処に御出張になるのだから襟を正し、体を直して謹みてお迎へをするが宜いぞ』 ヨル『それは誠に早速の御承知、有難い、ヨルの如うな者にも逢つて下さいますか、これと云ふのも全く神様のお蔭だ』 五三公『之と云ふのも幾分かは五三公さまのお蔭だと云つた処で、あまり元のきれる話ぢやないがな、アハヽヽヽ』 斯く笑ふ処へ静々と足許に気をつけ乍ら七人の前に現はれたのは治国別である。 治国別『バラモンからお出になつたお客さまとは、お前さまのことかな』 ヨルは恐る恐る前に進み、頭を二つ三つ撫で乍ら、 ヨル『ハイ、私はランチ将軍の恩顧を受けてゐるヨルと申す者で厶いますが、実の処は、大に感ずる処があつて三五教の貴方様にお願ひの筋があつて遥々参りました』 治国別『願ひの筋とは何事で厶るか』 ヨル『実は私は玉山峠に於て三五教の言霊に敬服致し、又もやクルスの森に於ても言霊の威力に遁走し、片彦将軍の先鋒隊亦脆くも打破られたと云ふ事を聞くより、信仰の基礎がぐらつき出し、これやどうしても吾々の信ずる神は宇宙根本の神でない。神のために働く戦争が之丈け負続けては、何かの原因がなくてはならぬ。ここは大いに考ふべき処だと沈思黙考の結果、三五教に帰順することに決めたので厶ります。それについてバラモン教のランチ将軍の部下に、最もバラモンに熱心にして且つ頑固の身霊の聞えあるテル、ハルの両人を帰順させ、之を私のお土産として葡萄酒に添へて引き摺つて参りました。何卒この功に免じて今迄三五教に抵抗した罪をお赦しの上、貴方のお弟子に加へて貰ひ度いもので厶ります』 治国別『三五教が負るのも勝つのも、バラモン教が負るのも勝つのも皆神様の御摂理だ。一度や二度の軍の勝負によつて神の力を試すと云ふ事は僣越の沙汰でせう。それ位薄弱な基礎の下に入信するやうの人ならば、此先三五教が不幸にして負た時は矢張バラモン教の神の方が偉いと云つて、踵を返し逆転せなくてはなりますまい。そンなに気の変るお方は三五教には居りませぬからな』 ヨル『何とまア、六かしい教で厶りますな。決してさう云ふ軽佻浮薄な吾々では厶りませぬ。これにはいろいろの動機が厶ります。只戦争の話をしたのは御参考のために、一部分の理由を申上げたに過ぎませぬ。第一テル、ハルの如き没暁漢を改心させたのを証拠に何卒、入信のお許しを願ひます』 治国別『ハア……』 テル『モシ宣伝使様、此ヨルの云ふ事は当になりませぬよ。実の処は此ハルと私と両人守衛を勤めテルと、あまり寒うて退屈なので職務不忠実とは思ひ乍ら一寸一杯聞召して居る処へ、恐い顔して此ヨルさまが見廻りにやつて来て「こりやこりやその方等両人は、バラモン神や大黒主様の御事を悪く申し、三五教を褒めて居つたぢやないか。怪しからぬ代物だから、これから両人を面縛して片彦将軍の面前へ引立ててくれむ」と威猛高になり、それはそれは大変な睨み方で厶りました。そこを吾々両人がうまく酒で釣り込み、泥を吐かして見れば、此奴も矢張心の底に三五教の天国が開けて居ると見え、酔がまはるにつけバラモン教をこき下ろすので、此奴ア大丈夫だと、ヘベレケに酔うたズブ六さまを駕籠に乗せて、ここ迄上つて来たので厶ります。このテルだつて決してヨルの云ふ様な悪い人間では厶りませぬ。又、それほどバラモンに熱心なものでも厶りませぬから、御安心なすつて下さいませ。なア、ハル、それに間違ないな』 ハルは跡を次いで、 ハル『テル公の云つた通り一分一厘の相違も厶りませぬ。貴方もヤンチヤの氏子が殖えたと思つて何卒大目に見て拾ひ上げて下さいませえな』 治国別『敵味方垣を造りて争ふは 鳥獣の仕業なるらむ。 天地を造り給ひし皇神は 宣り直すらむ醜の枉事。 三五の道を尋ねて来る人を つれなくやらふ道しなければ。 招ぎ来るテル、ハル、ヨルの三柱に 生言霊の宣り伝へせむ。 今よりは誠の神の氏の子と なりて尽せよ世人の為めに』 ヨル『有難し心の花も開くなる 治国別の厳の言霊。 今日よりは心の垢を拭き払ひ 安く楽しく道に仕へむ』 テル『限りなき恵みの露は四方の国に 潤ひ渡るテルの神国。 テルと云ふは空に輝く日月の 光ばかりか吾頭もてる』 ハル『ハル過ぎて夏去り秋も亦過ぎて みたまの冬を蒙りにける。 皇神の恩頼を受けむとて 露の生命を存らへてけり』 イル『大神の救ひの道に進みイル 吾は楽しき身魂なりけり』 サール『腹帯を今やしつかり締め直し 世人のために誠を尽さむ。 世を乱す枉もサールの神言に 言向和す君ぞ尊き。 清春の山の砦にさし籠り 悟り得たりし三五の道。 松公や竜公さまの御教に バラモン雲は晴れ渡りける』 治国別『吾は今八岐大蛇の棲いたる ハルナに行かむ道の上にこそ。 さり乍らハルナの国はいと遠し 百の山河横たはりあれば』 ヨル『夜昼に心の限り身の限り 曲とは知らず尽し来にけり。 今日よりは心の駒を立て直し 皇大神の正道に入る』 話変つて森の木蔭に寝ンでゐた道公、伊太公二人は目を覚まし起き上り、 伊太公『オイ、道公さま、祠の前には又もや活劇が悠々と初まつてるのぢやあるまいかな。一つそつと行つて見たらどうだらう』 道公『さうだな伊太公、何とはなしに騒がしい様だ。然し吾々に対し急用があれば先生は呼ンで下さるだらうよ。まアじつくりとしたが宜からう』 伊太公『まづ俺が偵察に行つて来るから道公お前はここに待つてゐてくれぬか』 道公『そいつは御免だ。又此間の様に清春山につれて行かれちや俺達の迷惑だから……もし此道公が、怪しいものだつたら独特の哄笑器を出して此間のやうに笑ひ散らしてやるのだ。まア待つてくれ。俺が行つて来る』 伊太公『笑ひ散らしたと思へば宣伝使様の弟ぢやなかつたか。そンな他愛もない事なら、伊太公だつて一旦痛手を負うた上は充分の注意をして居るから大丈夫だよ。俺でも笑ひ散らし位は出来るよ』 道公『そンなら道公が道案内をしてやらう。貴様はどうしても捕虜の身魂が憑いて居るから駄目だ。三間ばかり後から俺に踉いて来い。もし怪しい事でもあつたら一生懸命に走つて来るのだ』 伊太公『大変に信用を落したものだな。併し神様には信用を受けて居るのだから安心だ。一つここから、治国別様に違ひないから、呶鳴つて見たらどうだらう』 道公『馬鹿云ふない。大きな声を出しちや皆が目が覚めるぞ。治国別様が、道公が目を覚まして聞いて居れば俺が寝ンで居るものと思ひ、五三公と一緒にひそひそと話して居られたが、何でも何々が何々に来て居るのかも知れぬぞ』 伊太公『さうすると道公は寝ンでゐる様な顔して起きて居たのだな』 道公『俺は此頃流行る不眠症とかに罹つてゐるのだが、夜になると目が冴えて神経が興奮して一寸や、そつとには寝られぬのだよ。道公も実にふびんなものだ。アハヽヽヽ』 純公『オイ両人、そつと行かぬといかないぞ。純公さまが目を覚ましちや気の毒だからな』 伊太公『アハヽヽヽ何を云ふのだ。目を覚ましておりやこそ喋つて居るのぢやないか』 純公『純公の肉体は寝て居るが、俺や一寸夢を見てゐるのだ』 伊太公『夢だか現だか、馬鹿だか、悧巧だか、一寸も測量の出来ない代物だな』 純公『国治立尊様ぢやないが、スになりましてすみきり給ふと云ふ立派な身魂だから、人間位の智慧で純公さまの智慧がどうして測量する事が出来るものかい。人間に測量出来る様なものは最早神でも何でもない。チヤンときまりきつた相場がついてゐるのだ。馬鹿とも阿呆とも分らぬ処に、純公さまの神格が縦横無尽に活躍してるのだよ。それだから此純公さまは隅にも置けないと、何時だつたかな、五十子姫さまがお褒め遊ばした事があるよ』 伊太公『それは大方夢だつたらう。なア道公、こンな男を褒めるとは、五十子姫さまも一寸如何かしてるぢやないか。さうぢやなければ純公さまが夢を見たのかも知れぬぜ』 純公『人間は夢の中で夢を見てゐるのだよ。そんな事を大体、本当に見てゐるのが馬鹿だ。人の正邪賢愚が分るものかい。况して落ちた真珠に氷が張つた様な肉眼では外面だけでも観察する事は不可能だ。况ンや身内に於ける清浄無垢有為の精神に於てをやだ』 万公『オイ、ガラクタ共、何を八釜しく云ふのだい。いい加減に寝まないかい、万公さまの俺は第一、晴公さまは申すに及ばず、五十子姫様、今子姫様、玉国別様の御迷惑だ。さアさア寝たり寝たり。治国別さまが御出張になつてゐるのだから大丈夫だよ。吾々如き小童子武者が起きて居つても何になるものか。起床喇叭が鳴るまで神妙に就寝するのだな』 伊太公『いや仕方がない。それもさうだ、道公、純公、万公寝やうかい。もう夜明けに間もあるまいし、只今と云ふ此時間は万劫末代取返す事は出来ぬのだから、思ひきつて寝まうぢやないか、伊太公も眠いからのう』 五十子姫『玉国別神の命のいたづきも 早や鎮まりて月は輝く。 皇神の恵の露を浴び乍ら 風に吹かれて寝ぬる嬉しさ』 玉国別は目を覚まし、 玉国別『大空に輝き渡る月の玉を 国別け渡らし進む尊さ。 治国別神の命は雄々しくも 醜の司を教へ居ますか。 吾も亦神の司と選まれて 来りし上は救はでおくべき。 右の目の吾いたづきも止まりけり 月の御神の光浴びしより』 斯く歌ふうちに十七夜の月は西天に色褪せ、鵲の声はカアカアと清く響き、百鳥は声を限りに囀り初めた。 (大正一一・一二・七旧一〇・一九北村隆光録) |
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霊界物語 | 44_未_玉国別と治国別2 | 11 腰ぬけ | 第一一章腰ぬけ〔一一八〇〕 晴公、楓の両人は兄妹睦じく手をひき乍ら、森の木間を漏る月影を幸ひに枯草の茫々と生え茂つた細道を逍遥し、知らず知らず二三丁計り南の方へ進むで行く。 南方より二三人の男[※アク、タク、テクの3人]、忙しげに提灯をとぼしてやつて来る。兄妹は之を眺めて彼の提灯のしるしは三葉葵がついてゐる。擬ふ方もなきバラモン教の捕手に間違ひない、見つけられては一大事と大木の幹に姿を隠した。三人はツト立止まり、 甲『オイ此辺で一先づ一服して行かうぢやないか。これから先は危険区域だ。何程斥候隊だと云つても、僅かに三人位では心細いぢやないか。三五教の言霊宣伝使とやらに出会したら、大変な目に逢ふと云う事だ。一つ此辺で団尻を下ろして馬に水でもかうたら何うだイ』 乙『オイ何処に馬が居るのだ。貴様チツと呆けてゐやせぬか』 甲『貴様は馬で、モ一人が鹿だ。大分最前からヒイヒイと汽笛をならしてゐるぢやないか。それだから此の出水で馬に水を呑ませと云ふのだよ』 乙『何を吐すのだ、鼬奴が。先へ行きよつて臭い臭い屁を連発しよつて、コレ見ろ、俺の鼻は曲つて了つた。眉毛迄立枯が出来てきたワ。本当に困つた奴が先に立つたものだな』 甲『俺の最後屁で鼻が曲つたのぢやないわ。貴様は先天的に鼻曲りだ。親譲りの片輪迄俺の屁に転嫁さすとは、チト虫が好すぎるぞ。何うだドツと張込ンで此処で休息しようぢやないか。さうすりや、やがて本隊がやつて来るのだから、先づ斥候だと云つても一丁位の距離を持つて行かなくちやコレから先は心細いよ』 乙『それだから貴様は鼬と云ふのだ。直に糞をたれ屁古垂れよつて何の態だイ』 甲『ヘン偉さうに云ふない。臆病たれ奴、三人の真中へ入らにやヨウ歩かぬと云つたぢやないか。ポンポン乍ら此アーちやまは敵の矢玉を受ける一番槍の御先頭だぞ。何なら貴様、先へ行つたら何うだイ。俺が真中から行つてやらうか』 乙『先輩が先へ行くのは当り前だよ。総て物には順序がある。長幼序あり夫婦別あり、といふからなア』 甲『夜道を行く時丈け貴様は長幼序ありを振り廻すのだから耐らぬワ。なア丙州、一つ此処で休ンで行かうぢやないか』 丙『モー二三丁北へ行けば古社の跡がある。ウン其処には大変都合のよい段があつて、腰をかけるに持つて来いだ。そこ迄行かうぢやないか』 甲『そこ迄行くのは知つて居るが、なンだか俄に足が進まなくなつたのだ。出るのぢやないか。エー』 丙『出るとは何が出るのだい。怪体な事をいふ奴だな』 甲『出るとも出るとも大に出るのだ。モウ夜明けに間もあるまいから、此処で一寸休みて行かうかい』 丙『アハー此間から噂に聞いた鬼娘の事を思ひ出しよつたな。ソレは貴様、人の話だよ。幽霊と化物と鬼とは決して此世の中にあるものぢやない。そンな迷信をするな。さア、行かう』 乙『ヨウ其奴は一寸見ものだ。併し乍ら見たところが、何の役にもならないから、マア此辺で一層の事一服しようかい。それの方が余程安全だぞ』 丙『アハヽヽヽ此奴も到頭本音を吹き居つた。やつぱり鬼娘が恐いと見えるワイ。頭に蝋燭を三本立て、面を青赤く塗りたて、口を耳迄裂けたやうにして、ピカツピカツと暗を照らし乍ら、白い尾を引ずつて来る姿を見たら余り気味がよい事ない事ない事ないワ。俺も何だか身柱元がぞくぞくして来はせぬワイ。さア、何奴も此奴もそこ迄進めとは云はぬわ』 甲『アハヽヽヽ、やつぱり此奴も屁古垂れ組だな。時にランチ将軍さまは何故アンナ爺や婆を大事相に駕籠に乗せて河鹿峠を越ゆるのだらうかなア。些とも合点が行かぬぢやないか。彼奴は三五教の杢助や、黒姫が化けてゐるのだと云ふ噂だが、俺も一寸面を見たが、余り恐さうな奴ぢやなかつたぞ』 乙『それが化物だよ。人殺をしたり、強盗する奴には決して悪相な奴は無いものだ。虫も殺さぬ丸で女の様な優しい面をして居つて、陰で悪い事をするのだ。俺の様な閻魔面は世間の奴が初めから恐がつて油断をせぬから、一寸も悪い事は出来はせない。外面如菩薩、内心如夜叉と云つてな、外から弱そに見える奴が挺子でも棒でも了へぬ奴だよ』 丙『さうすると彼の杢助、黒姫を駕籠に乗せ、河鹿峠を通過せうといふ算段だなア』 甲『ウンさうだ。何でも治国別とか、玉国別とか云ふ豪傑が祠の森や、懐谷辺に陣を構へて頻りに言霊とやらを打出しよるものだから、何うしても進む事が出来ない。そこで三五教の杢助、黒姫が初稚姫を伴れてライオン河の畔にバラモン軍の動静を考へて居つたのを甘く捕獲し、河鹿峠を無事に通過しようといふ計略だ。もし言霊でも打出し居つたら駕籠の扉をパツと開き、槍で殺すが何うだ。コレでも言霊を発射するかと両人の胸元へ突きつけるのだ。さうすると如何に無謀な宣伝使でも、三五教切つての豪傑杢助、黒姫を見殺にする訳には行かぬ。せう事なしに屁古垂れ居つて、何卒無事に御通過をして下さいと反対に頼むやうに仕組まれた仕事だ。随分ランチさまも智勇兼備の勇将ぢやないか』 兄妹は一口々々胸を轟かせ乍ら聞きゐたり。 丙『何だか人くさいぞ。怪体な匂ひがするぢやないか』 乙『人くさいなンて丸で鬼のやうな事をいふない。アタ厭らしい、鬼娘の出る森だと思つて馬鹿な事を云ふものぢや無い。ナーニ此処に人が居つて耐るかい。俺様のやうな英雄豪傑でも気味の悪い山口の森だ。こンな所へ夜夜中うろついて居ようものなら大蛇に呑まれて了ふワイ』 丙『それでも何だか人間の匂ひがするやうだ、併し人間の臭のするのは当然だらうよ。此処にも一人人間が居るのだからなア』 乙『人間が一人とはなンだい。三人居るぢやないか』 丙『俺は人間だが他は鼬と鹿だ』 乙『ナニを吐すのだい。ドー狸奴が』 丙『狸でも何でもホツチツチだ。俺の人間さまの鼻には何うも異性の匂ひがするのだ。随分威勢のよい匂ひだよ。一寸男の匂ひもするやうだし』 乙『ハー、さうすると貴様もやつぱり四足だ。犬の生れ代りだな。さうでなくちや、それ丈鼻の利く気遣ひはないわ。ハナハナ以て奇妙奇天烈な動物だなア』 楓は可笑しさに怺えかね、「ホヽヽヽヽ」と吹き出せば、 乙『ソラ鬼娘だ。ホヽヽヽヽだ。オイ逃げろ逃げろ』 甲丙『逃げろといつたつて逃られるものか。モウあきらめるより仕方がないわ。肝腎の腰が命令権に服従せぬのだから』 傍の木蔭から、 (晴公、楓)『アハヽヽヽ、オホヽヽヽ』 丙『ソレ見たか、俺の鼻は偉いものだろ。若い男女が手に手を取つて、ソツと吾家を脱け出し、たとへ野の末、山の奥、虎狼の住処でも、などと洒落よつて恋の道行きをやつてるのだよ。斯う分つた以上は矢張人間だ、驚く必要はないわ』 甲乙は胸をなで下ろし、 甲、乙『誰も驚いてゐるものがあるかい。貴様一人驚いて居よるのだ。オイ若夫婦、そンな処へ隠れて居らずに、御遠慮なく此処へ罷りつン出て、何ンな面付きをして居るか、一つ御慰みに供したら何うだい』 楓はやさしい声で、 楓『兄さま、三人の御方がアナイ云うてゐやはりますから、一寸顔を拝まして上げませうかなア。ホヽヽヽヽ』 甲『ナーンだ、馬鹿にしやがるない。拝まして上げようなンて、何ンなナイスかしらぬが、女位に精神をとろかすアーちやまぢやないぞ、エー。世間体をつくりよつて「兄さま、ホヽヽヽヽ」が聞いて呆れるワイ。貴様は親の目を忍ンで喰つ付いてゐるのだろ。サア此処へつン出て何も彼も白状するのだ。早う出て来ぬかいグヅグヅしてゐると爺婆の駕籠が出て来ると迷惑だ。それ迄に首実検をしておく必要があるワ』 楓『ホヽヽヽヽ、アタイもアンタ方の首を実検して置く必要があるのよ。幸ひお月様も御照り遊ばし、よく見えるでせう。アタイ毎晩此森に現はれて来る鬼娘ですわ。ビツクリなさいますなや』 甲『エー、気味たの悪い事を吐す奴だ。モウ拝謁はまかりならぬ。勝手に森の奥へすつこみて、万劫末代姿を現はさぬやうにいたせ』 楓『アタイその爺さまと婆さまとが喰ひたいのよ。それで此処に青鬼の兄さまと待つてゐるの。皆さま、御苦労だね。馬さま、鹿さま、狸さま。ホヽヽヽヽ』 甲『エー鬼娘迄が馬鹿にしよる哩。コリヤ鬼娘、コレでも一人前の立派な兄さまだぞ。沢山のナイスにチヤホヤされて袖が千切れて怺らないから、浮世のうるささを避けてバラモン教の先生になつてゐるのだ。何程惚たつて駄目だ。四十八珊のクルツプ砲を発射してやらうか。貴様も地獄から来たのだらうが、地獄へ帰つてアーちやまに肱鉄をかまされたと云つては貴様の面が立つまい。さア、早く退却々々』 斯かる処へ十七八人の同勢、抜き身の鎗を振りかざし、二挺の駕籠をかつがせてスタスタとやつて来る。先頭に立つた男は三人の姿を月影に眺め、 男『ヤア此処に何だか怪しいものが居る。大方三五教の奴だろ。オイ皆の者、首途の血祭に芋刺しにして行け』 甲乙丙は驚いて両手をひろげ、 甲、乙、丙『アーモシモシアクに、タクに、テクだ。一寸此処で鬼娘が出やがつたから評定をしてゐるのだ。見違へて貰つちや困るぞ』 槍持『ナンダ斥候隊のアク、タク、テクぢやないか。何故こンな処にグヅグヅしてゐるのだ。敵状は何うなつたか』 甲『何うも斯うもあつたものぢやない。今此処に鬼娘が現はれたのだ。声ばつかり聞えてチツとも姿が見えないのだよ』 槍持はビクビク震へ出した。 槍持『ナヽヽヽナニ鬼娘が出たと。ソヽヽヽそしてそれは何うなつたのだい』 甲『俺に惚よつたと見えて、どうしても斯うしても除かぬのだよ。大雲山のお札でもあつたら貸て呉れないか』 男『怪体な事を云ふぢやないか。マアマア此処へ一つ駕籠を下ろして調べて見よう。全隊止まれ!』 と号令する。十七八人の同勢は鎗を杖につき足を揃へてピタリと止まつた。二人を乗せた籠は手荒く地上に下ろされた。 森の中から辺りに響く大声の宣伝歌さやさやに聞え来たる。 治国別『神が表に現はれて善と悪とを立別ける 三五教の宣伝使われは治国別の神 ランチ将軍片彦の手下の奴共よつく聞け 河鹿峠に陣取りて生言霊に妙を得し 天下無双の宣伝使汝等一族悉く 生言霊に払はむと今や此処迄向うたり もはや逃れぬ百年目汝の運も早つきぬ 二つの籠をそこに置き一時も早く逃げ帰れ 拒むに於ては某が又もやきびしき言霊を 霰の如く打出し曲に従ふ者共を 木端微塵に踏み砕き滅しくれむは目の当り 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も吾々は直日に見直す宣伝使 汝の罪は憎けれど皇大神に神習ひ 仁慈を以て救ふ可しあゝ惟神々々 神の言葉に従へよ』 此言霊に不意を打たれて二挺籠を路上に捨てた儘、バラバラパツと蜘蛛の子を散らすが如く生命からがら逃げて行く。アク、タク、テクの三人は腰をぬかして逃げ後れ、路傍に四這ひとなつて慄ひ戦いてゐる。楓は森かげを立出で山駕籠の扉を開いて、アツと計りにおどろき叫ぶ。 (大正一一・一二・八旧一〇・二〇外山豊二録) (昭和九・一二・二七王仁校正) |
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霊界物語 | 45_申_小北山の宗教改革1 | 10 棚卸志 | 第一〇章棚卸志〔一二〇〇〕 恋に破れし魔我彦は曲つた腰をピヨコピヨコと 前後左右に振り乍ら右手にて額を打叩き 左手の手のひら上に向け乞食が物を貰うよな 其腰付も面白く腹立たしさと阿呆らしさ お千代の小女郎に笑はれて己クソとは思へ共 子供上りの女をば相手にするのも気が利かぬ 大人気ないと笑はれちや魔我彦司の男ぶり 箔がサツパリ剥るだろ勘忍するのは無事長久 怒るは自滅を招くぞと蠑螈別さまが仰有つた 俺も男ぢや腹帯を確り締めてきばらうか イヤ待て暫しまて暫し善と悪との境目だ 腹の虫奴がムクムクとおこれおこれと教唆する 此仲裁は中々にお寅婆アさまの侠客も 一寸容易に治まらぬあゝ是非もない是非もない 善と悪とのまん中を進んで行かうかオヽさうぢや それなら虫がチと計り得心致すに違ない なぞと小声に囁きつ畳けちらし棕櫚箒 足に引かけエヽ邪魔な俺の進路を妨げる 恋ふき払ふ此箒頼みもせぬに横たはり 箒に箒に憚りさま俺には俺の覚悟ある 松姫計りが世の中に決して女ぢやあらうまい 此神殿に集まつた老若男女の其中に 俺の眼に叶ひたるナイスが居るかも分らない 首実検と囁きつ演壇めがけてスタスタと 息をはづませ駆上りエヘンとすました咳払ひ コツプの湯をばグツと呑み片手に白扇ひン握り 卓を二三度叩きつつ一統の信者を打ながめ 眼を光らす折もあれ後の方に扣えたる 二八余りの優姿一寸美はしう見えてゐる 女に視線を集注し首をかたげて打まもる 其スタイルは夏の蛇蛙を狙ふ如くなり 異様の姿に一同は合点行かずと打仰ぎ 思はず視線は魔我彦に一度にドツと集注し 面をてらし迫れ共以前のナイスは何故か 顔をかくしてうづくまり根つから視線を魔我彦に 向けよとせないもどかしさ又もやエヘンと咳払 コツプの湯をばグツと呑み講談師気取で扇にて パチパチ卓を打ち乍ら皆さま能うこそ御参詣 ウラナイ教の神様の血縁深き方々よ 此魔我彦が説教を謹みお聞き遊ばせよ 同じ一堂に集まつて尊き神の御教を 説かして頂く魔我彦も又聞きなさる皆さまも 仁慈の神の引合せ深い御縁があらばこそ 同じ時代に生れ来て同じ地上に住み乍ら 血縁なくば一言も尊き神の御教が 聞かれず一生送るもの何程あるか知れませぬ 之を思へば皆さまは私と共に神様の 御霊の因縁性来で集まり来たのに違ない 一樹の蔭の雨やどり一河の流れを汲むさへも 深いえにしと聞きまする大慈大悲の神様の 集まり玉ふ聖場でげに暖き御恵み ピヨピヨピヨと雛鳥が親の羽がひにつつまれて 一蓮托生勇み立ち生育するよな有難き 皆さま御恩を忘れずに信と愛との正道を お尽しなされ神様は必ず吾等の霊をば 愛して救ひ玉ふべし夫婦の道も其通り 因縁なくては何うしても神の生宮造り出す 尊き神業出来ませぬ此魔我彦も独身者 未だ女房はなけれ共いよいよ時節が到来し 妹となるべき御信者がここにも一人現はれた 好きでも厭でも神様がお定めなさつた縁ならば 決して反きは出来ませぬ皆さまそこを合点して 今魔我彦が引はなす白羽の征矢が立つた人 否応なしに神様の其御心に服従し 信と愛とを完全にお守りなされ惟神 神の命令を畏みて一同の方に気を付ける 私の妻となる人はどうやら此場に現はれて 恥かし相に顔そむけ思案にくれて居られます これこれモウシそこの人神の道をば守るなら 何の遠慮がいるものか決して恥しことはない ウラナイ教の副教主魔我彦司の奥さまと なつて数多の信者をば天国浄土に誘ひ上げ 救ひ助くる正業に夫婦並びて仕ふるは 天下に此上なき光栄ぞ人は決心が第一だ 世間の人に胡魔かされ神の結んだ縁をば むげにするよな事あらば其御方は一生の間 鰥寡孤独の境遇に泣かねばならぬ神の罰 ここの道理を汲み分けて魔我彦司の云ふ事を どなたに限らず喜んでお受けなさるが神様に 対して孝行といふものだあゝ惟神々々 神に誓ひて魔我彦が誠の道を伝へおく 私は之から降壇し次のお先生はお寅さま 尊き話をトツクリと聞いてドツサリ神徳を 頂きなされや皆の人なぞと口から出放題 恋の野望を達せむと神を松魚節に引出して 説きまくるこそづうづうしけれ。 ○ 蠑螈別と奥の間で犬さへ喰はぬ痴話喧嘩 心ゆくまで意茶ついて腕を抓る鼻ねぢる ドスンと倒れて目をまはす前代未聞の大珍事 乱痴気騒ぎをやり乍らそ知らぬ顔をよそほひつ 衣服を着飾り襟正し神官扇を右手に持ち 紫袴をバサバサと音させ乍ら広前を 臭い顔して悠々と進み来るのはウラナイの 第一番の熱心者内事の司と選まれし 艮婆サンの御登壇お寅は悠々壇上に つつ立ち眼下の群集を隅から隅迄見まはして オホンと一声咳払錫の瓶から水をつぎ 左手にコツプをひつつかみグツと一口呑みほして 今度はエヘンと咳払お寅は口をあけて云ふ 皆さま能うこそ御参詣さぞ神様もお喜び 遊ばしまして御神徳ドツサリ渡してくれませう 蠑螈別の教祖さま登壇遊ばすとこなれど 神界御用が御多忙で数多の神の御入来 お酒の接待忙しくあつちや向いてこつちや向くひまもない さうだと申して神様の定めおかれた説教日 欠席するのも如何なりお寅よお前は御苦労だが 私に代つて一席の尊き神のお話を 一同様にねもごろに聞かしてくれよと御託宣 否むに由なく此婆も無調法者とは知り乍ら 何を言うても神柱蠑螈別の御命令 お受け申して今ここに登壇したよな次第です 抑も神の御道を信仰するのは人間の 僅百年二百年三百年の生命を 安全無事に暮さうとするよな小さいことでない 万劫末代生き通し夜なく冬なき天界の 神のまします霊の国天人共が永久に 不老と不死を楽しんで栄えて暮す天国へ 此世を去つた其後は直に救はれ導かれ 五風十雨の序よく風は自然の音楽を 無限に奏で山や野の草木は自然の舞踏をば 楽しみくらすパラダイス其天国に救はれて 千代に八千代に永久に時間空間超越し 限りも知らぬ楽みを受くるが為の信仰ぞや 蠑螈別の教祖は高天原の霊国の 神の遣はせしエンゼルよ此エンゼルの言の葉は 此世を造り玉ひたる誠の神のぢきぢきの 其お言葉も同じこと必ず疑ひ遊ばすな 智慧なき人の身を以て尊き神の言の葉を 審判するこた出来ませぬ仮令蠑螈別さまが 山逆さまに登れよと無理なことをば云はれても 決して反いちやなりませぬ只何事も信仰が 最第一の助け船此世の泥に漂へる 賤しき吾々人間は何と云つても神様の 救ひの御手に助けられ一寸先の見えわかぬ 夢のうき世を安々と渡り行くのがウラナイの 神の信徒の務めですどうぞ皆さま此婆の 今云ふことを疑はず神の教を喜んで 此世に生きて御子を生み又天国に昇りては 常世の春の栄えをば楽しむやうに信仰を 強くお励みなされませ不束者が現はれて 訳の分つた皆さまに脱線だらけの説教を 申上げたはすまないが心をひそめ胸に手を あてて考へなさるならどこか取るべき所がある 老婆の話と卻けず直日に見直し聞直し 大神徳を身と魂に十分お受けなされませ 国治立の大御神五六七成就の大御神 旭の豊栄昇姫左の脇立ユラリ彦 其妻神の上義姫それに続いて義理天上 日出神は云ふも更リントウビテン大御神 木曽義姫の大御神生羽神社の大御神 岩照姫の大御神日の丸姫の大御神 大将軍や常世姫ヘグレ神社の大御神 種物神社御夫婦の御前に謹み艮が 尊き教を皆さまに無事に伝へた御礼を 畏み畏み申します御一同様左様ならと 一寸会釈を施して神官扇を斜にかまへ 口をへの字に結びつつツンとすまして衣摺の 音サワサワと帰りゆく。斯かる所へスタスタと やつて来たのはお千代さま蕾の花の優姿 白装束に緋の袴ふり分け髪を背にたらし 小さき扇を右手に持ちおめずおくせず演壇に 悠々登りテーブルの下から顔を突出して 紅葉のやうな手を合せ神に祈願をこめ終り 一同の信者に打向ひコマしやくれたる口元で 神の教を説き始む其有様の愛らしさ 老若男女は肝つぶし目を見はりつつ乙女子の 口の開くを待ちゐたり満座の信者一同様 私は神の神徳を力に一口お話を 覚束乍ら皆様に言ときさして貰ひます 此世の中で一番に尊い者は神の愛 それに続いて親の愛愛がなければ世の中は 殺風景の修羅場裡地獄畜生餓鬼道が 忽ち出現致します私は不運な生れつき 父と母との行方をも知らずに十二の今日迄も 人の情に助けられ此世を送つて参りました 山より高き父の恩海より深き母の恩 育ての親の高恩はこれにもましていや高く ますます深きものですよウラナイ教の神様に お参りなさるお寅さまいと親切に私を これの聖場に導いて尊き神の御教を 心に刻んで下さつた其お恵みは吾身をば 生み玉ひたる父母に百倍まして有難い 御恩と仰いで居りまする茲に並んだ皆様も 父と母との御恩をばいと有難く思ふなら それにもましていや高くますます深き神の恩 お悟りなさるに違ないさは去り乍ら神様に 如何なる愛がゐます共如何なる力がおはす共 其神徳を吾々に取次ぎ遊ばす神司 なけねば縁は結ばれぬ之を思へばウラナイの 蠑螈別の教祖さまは吾等を神に導いた 御恩の深き神柱如何なることをなさつても 親と主人は無理をいふものだと諦めをればよい とは云ふものの教祖様を大事と思ふ人あらば 面を冒して教祖さまを一つ改心なさるよに にがい言霊打出し御恩を返して下さんせ それが誠の信者さまの神にささぐる務めぞや 私がこんなこといへば至仁至愛の教祖さまを 悪口申すと思召せど決してさうではありませぬ 天地の神が沢山に肉のお宮に出入りを なさると甘い理屈つけ朝から晩までドブ酒を 呑んで胃腸を損害し顔の色まであせはてて 青白うなつて居りまするお酒を呑めば顔色が 赤くなるのが当前蠑螈別の神さまは 呑めば呑む程青くなるこれは全くアル中の 証兆なりと見なすより外に判断つきませぬ 酒ほど悪いものはない徳利は踊る膳はとぶ ふすまはこける盃は木端みぢんにふみ砕く らんちき騒ぎが起るのも酒と悋気のいたづらだ 蠑螈別は云ふも更魔我彦さまやお寅さま 口の先ではエラ相に立派なことを云うたとて 言行一致でない上はどうして権威がありませう 知らぬお方のお耳には殊勝らしくも聞えませうが 其内幕を知悉した私の耳に層一層 滑稽至極に聞えますあゝ惟神々々 神が表に現はれて善を表に標榜し ひそかに悪を敢行し此世を欺く曲人を 大鉄槌を下されていましめ玉へ天地の 恵の神の御前に謹み敬ひねぎまつる 朝日は照る共曇る共月は盈つ共虧くる共 星は天より墜つる共神の教は皆さまよ 決して捨てちやなりませぬ仮令教祖の行ひが 神の心に反く共曲津の器であらう共 此世の元の神様に決して変りはありませぬ 此世に形を現はした人をたよりになさらずに 肉眼にては見えざれど確にゐます主の神を 敬ひ愛し且つ信じたゆまず屈せず信仰を 励ませ玉へと乙女子のをさなき身をも省みず 一同に伝へまゐらせるあゝ惟神々々 御霊幸倍ましませよ。 とお千代は両親に会つた嬉しさに勇気百倍し、小ざかしくも思ひ切つて、大胆に無遠慮に日頃の所感を残らずさらけ出して了ひ、悠々として壇を降り、一同に軽き目礼を施し乍ら、松姫の館を指して徐々帰り行く。 お千代の乙女の口から遺憾なく曝露された蠑螈別教祖の醜体を始めて耳にした信者も少くなかつた。何れも案に相違な面持で、ガヤガヤとぞよめき渡り、蠑螈別、お寅婆アさま、魔我彦、お千代などの人物比較論に花を咲かした。群集の中より赤ら顔の四十男ムツクと立上り、 (熊公)『皆さま、私は酔どれの熊公といはれ、ウラル教の信者で厶いました。そした所、ウラル教は御存じか知りませぬが、呑めや騒げよ一寸先や暗よ……といふおつな教でげす。随分朝から晩までデツカンシヨデツカンシヨで山を呑み、先祖ゆづりの田畑を呑み、家を呑み、倉を呑み、何もかもスツカリコンと未練の残らぬ様に、胃の腑のタンクに格納して了つたのです。余り酒を呑むので、女房は子供をつれて、親の里へ帰り、酔どれの熊公も独身の淋しさ、フトしたことから、人に誘はれてウラナイ教に入信致しました。ウラナイ教は誠に行ひのよい教で、天下太平上下一致、争ひもなく恨もなく、又教祖様はお酒が好きださうだが、少しも辛抱しておあがり遊ばさず、自分の口へ入れても皆神様がおあがりになり、自分は一滴もおあがりにならぬものと聞いてゐました。そした所が豈図らむや、今のお千代さまのお話に承はれば、朝から晩迄神様を出汁にズブ六に酔うて厶るといふ事です。子供は正直だから、滅多に間違はありますまい、エヽ馬鹿らしい今までだまされて居つたと思へば腹が立ちますわ、私は別に人間を信仰してるのでないから、神様を信じて居れば能いといふ様なものの、神の御取次たる教祖其他の幹部の役員が、朝から晩迄、人の膏血を絞つて、酒にくらひ酔つてゐるとは誠に怪しからぬでは厶らぬか、これでもあなた方は此教を信仰致しますか。口で何程立派なことを云つても、行ひの出来ぬ先生を手本とすれば、ヤツパリ品行が悪うなります。お前さま達も大切な息子や娘をお持ちでせうが、こんなこと教へられうものなら、其害の及ぶ所、一家は申すに及ばず、天下の害毒になりますよ』 と奥の間に聞えよがしに大声に呶鳴り立ててゐる。お寅は此声を聞つけ慌ただしく走り来り、 お寅『モシモシ熊さま、お腹立は御尤もだが、何を云つても子供の申したこと、取上げるといふことがありますかいな。あんたハンも立派な男でゐ乍ら、あんな小娘の云ふことを真に受けて怒るなんて、ヘヽヽヽヽ、本当にやさしい方だなア、こんな優しい男だつたら、私もチと若ければ一苦労するのだけれどなア、本当に憎らしい程可愛いワ』 と平手でピシヤピシヤと頬辺をなぐりつける。 熊公『コリヤ、ナヽ何をさらす、失礼だないか、俺の頬辺を叩きやがつたな』 お寅『ホヽヽヽヽ、余り意気な男だから、可愛さ余つて憎さが百倍、知らぬ間に手が出たのよ、サアそんなことを言はずに、蠑螈別様の所へ来て下さい。そすりや神様がお上り遊ばすのか、教祖がおあがり遊ばすか、分りませう。其上で皆様に証明して上げて下さい。お前さまも酒に苦労したお方だから、一寸御覧になつたら、忽ち真偽がお分りでせう』 熊公『ウン、さう言へば分つてる、よし、そンなら調べて来う。ヤア皆の信者さま、どうぞゆつくりとおかげを頂きなさいませ。今熊公が申上げたこと、間違つてゐるかゐないかといふことを、今お寅さまに従いて教祖の居間へ進み、検査をした其上で、もしも私の云つたことが間違つてゐたら取消しますし、間違つて居らなかつたら、信仰をおやめなさつたが宜しからう、併し乍ら信仰は、貴方方の自由だから、強要は致しませぬ』 お寅『コレ熊さま、野暮なことをいふものだない。サアゆきませう』 と怪しき視線を熊公に注ぎ、手首を一そ力入れてきつと握り、引たくるよにして、サツサと此場を立つて行く。あとには数多の老若男女、口々にザワザワとぞよめきつてゐる。 (大正一一・一二・一二旧一〇・二四松村真澄録) (昭和一〇・六・一一王仁校正) |
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霊界物語 | 46_酉_小北山の宗教改革2 | 10 唖狐外れ | 第一〇章唖狐外れ〔一二二〇〕 恋にやつれし魔我彦は昼狐をば追ひ出した やうな間抜けた面をしてノソリノソリと坂道を 下つて橋の袂まで思はず知らず進み来る 時しもあれや向ふより云ふに云はれぬ美しき 衣服を着飾り濡れ烏欺くばかりの黒髪を サツと後に垂れ流し紫袴を穿ちつつ 紅葉のついた被衣をばサラリと着流しトボトボと 此方に向つて進み来る何人なるか知らねども どこともなしに見覚えのある女よと佇みて 口をポカンと開けながら指を銜へて眺め居る 女はやうやう丸木橋此方に渡つて魔我彦の 前に佇みホヽヽヽとやさしく笑へば魔我彦は 夜分の事なら驚いて逃げる処をまだ昼の 最中なるを幸にビクとも致さぬ面構へ よくよくすかし眺むれば豈図らむや恋慕ふ 衣笠村のお民さまハツと驚き胸を撫で 魔我彦『これこれもうしお民さまお前は本当にひどい人 蠑螈別と手をとつて私に肱鉄喰はしおき 暗に紛れて何処となく逃げて行くとはあんまりだ 此処で会うたを幸ひに怨みの数々並べたて 何うしても聞いて下さらにやお前を抱いて此川へ ザンブとばかり身を投げてあの世とやらへ行く心算 お返事如何』とつめよれば女は又もやホヽヽヽと いと愉快気に打笑ふはて訝かしと魔我彦は 衝つ立ちよつて細腕をグツと握ればお民さま 山も田地も家倉も吸ひ込みさうな靨をば 両方にポツと現はして腰つきさへもシナシナと 首をクネクネふりながらしなだれかかる嬉しさよ 魔我彦案に相違してグツと腰をば抱きしめ 魔我彦『これこれもうしお民さまお前の心は知らなんだ 何卒許して下さんせ私も嬉しう厶ります 夢か現か幻か夢なら夢でよいけれど 万劫末代醒めぬやうに神さま守つて下さんせ 偏に願ひ奉るさはさりながらお民さま 蠑螈別は如何なつたそれが一言聞きたい』と 詰ればお民は打笑ひお民『私は蠑螈別さまに 秋波を送つて居たやうに見せてゐたのも只一つ お前と添ひたい目的が心の底にあればこそ 蠑螈さまをおだてあげ昨夜の暗を幸ひに 野中の森へつれ行きて隠し置いたる二十万両 言葉巧に説きつけて薄野呂さまを説き落し 漸く目的相達し二十万両のお金をば これ此通り懐へ入れてスゴスゴ帰りました もう之からは大丈夫小北の山の聖場で お前は教主私は妻これだけ金があつたなら 末代さまも上義姫もおつ放り出して小北山 主権を握る其準備サアサア之から致しませう 金が敵の世の中と分らぬ奴は云ふけれど お金は吾身の味方ぞや金さえあらば何事も 成就せない事はないどんな阿呆な男でも 賢う見えるは金の徳一文生中恵まない 人にも旦那さま旦那さまと持て囃されて世の中を 我物顔に渡り行くこんな結構な事はない 魔我彦さまよ私の心の底が分つたか 何卒仲よう末永う私を妻と慈しみ 添ひ遂げなさつて下さんせ』云へば魔我彦ビツクリし 恋しき女と合衾の式まで挙げて其上に 生れて此方目に触れた事もない様な大金を 持参金とは何の事併し心にかかるのは 蠑螈別の事である魔我彦言葉を改めて 魔我彦『それは誠に結構だ併し一つの心配が 二人の仲に横たはり至幸至福の妨げを するやうに思へて仕様がない何とか工夫があるまいか 蠑螈別がヒヨツとしてこの場に帰つて来たなれば 俺とお前は如何しようぞこれが第一気にかかる 如何にせむか』と尋ぬればお民はホヽヽと打笑ひ お民『必ず心配なさるなやこんな謀反を起す私 何処に抜け目があるものか野中の森で睾丸を しめて国替さして置いたもう此上は大丈夫 天下晴れての夫婦ぞや一時も早く小北山 教主の館へ堂々と夫婦が手に手をとり交はし これ見よがしに大勢の中をドシドシ行きませう お寅婆さまもさぞやさぞお前と私の肝玉に ビツクリなさる事だらうあゝ面白い面白い 天下晴れての夫婦連れ金がとりもつ縁かいな 何を云うても二十万両もしゴテゴテと云うたなら 此大金を見せつけて荒肝とつてやろぢやないか 魔我彦さまよ心をば丈夫にもつて下さんせ 私もお前と添ふのなら此大金は要りませぬ 皆貴方の懐に預けておきます改めて 何卒受取つて下されや』語れば魔我彦喜びて 涎をタラタラ流しつつ開けたる口も塞がずに お民の後に引添うて嶮しい坂をエチエチと 肩で風きり嬉しげに館をさして帰り来る 其スタイルの可笑しさよ意気揚々と魔我彦は 嶮しき坂を攀ぢ登り受付前に来て見れば 文助さまとつき当り文助『オツトドツコイ、アイタツタ 魔我彦さまぢやありませぬか貴方は何処へ雲隠れ なさつて厶つたか知らねども此大広前は大騒動 上を下へと泣き叫び怒りつ猛びつ修羅道の 大惨劇が演ぜられ信者の信仰がぐらついて 危き事になつてゐるお前はそれをも知らずして お民の後をつけ狙ひ何をグヅグヅして厶る 気をつけなされ』と窘めば魔我彦鼻を蠢かし 魔我彦『お前は盲で分らねど私は目出度い事だつた お目にかけたうてならないが生憎お前に目がないで 如何にも斯うにも仕様がない二十万両のお金をば 首尾よく私の手に入れて天下無双の美人をば 女房にきめて揚々と帰つて来ました所ですよ 世界に並ぶものもなき幸福者とは俺の事 明日に屹度お祝を致してお目にかけるから お前も楽み待つがよい女の好む男とは 決して美しいものでない気前と根性がシヤンとして 居りさへすれば神様が自分の思ふ存分の 女房を持たして下さるよお前は私を平生から 曲つた男と見縊つてフヽンと笑ふ鼻の先 随分むかつきよつたけどもうかうならば神直日 大直日にと見直してお民を女房に貰うたる 其お祝に帳消しだ俺の器量は此通り サアサアこれから奥へ行て内事司のお寅さまに 羨りがらしてやりませうこれこれ吾妻お民どの 早く魔我彦後につきトツトとお入りなされませ お寅婆さまが嘸や嘸驚き喜ぶ事でせう 私は之から大教主お民は一躍奥さまで 羽振りを利かし飛つ鳥も落さむばかりの勢で ウラナイ教の御道を残る隈なく世の中に 輝き渡さうぢやないかいなあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 魔我彦さまとお民さまは万劫末代変らない 金勝要の神様が結び給ひし縁ぢやもの 如何してこれが変らうかもしも中途で変るやうな 悪い行ひあつた時や忽ち神が現はれて 吾等二人の身の上にお罰の当るは知れた事 これこれもうしお民さま此事ばかしは心得て 何卒忘れて下さるなほんに嬉しい有難い 小北の山の神様を信神してゐたお蔭にて 夢にも見ぬやうなボロイ事吾身に降つて来たのだよ あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 お寅は何だか妙な声がするなと思ひ門口をガラリと開け、外面を見れば魔我彦が真蒼の顔をし、顔に黒いもんを処斑に塗りつけられ、ポカンと口を開け、唖の様に涎を垂らし「アーアー」と何か分らぬ事を喋つてる。 お寅『これ魔我彦さま、何だい、みつともない、其顔は、男がさう口を開けるものぢやない、大方顎が外れたのだなア』 魔我彦は口を開けたまま、 魔我彦『アーア、アヽヽヽヽ』 と足拍子をとり同じ処を踏んでゐる。お寅婆アさまはポーンと魔我彦の顎を叩いた。その拍子にカツと音がして外れた顎が都合よく元の位置に納まつた。 魔我『アイタツタ、誰だい、人の顔を叩く奴は、ハヽア、お民と夫婦になつたのが羨りいのだな』 お寅『これ魔我さま、お民も何も居やせぬぢやないか。みつともない、阿呆の様に口を開けて、何をしてるのだい。口に土を一杯頬張つて、困つた男だな』 魔我彦は初めて気がつき其処辺を眺むれば、お民らしきものもなく、懐に入れた二十万両の金は影も形もなくなつてゐた。 (大正一一・一二・一五旧一〇・二七北村隆光録) |
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霊界物語 | 46_酉_小北山の宗教改革2 | 17 惟神の道 | 第一七章惟神の道〔一二二七〕 お寅婆アさまと魔我彦は互に顔を見合せ、友の一刻も早く善道を悟り、忠実なる神の下僕となり、且つ神の代表者、生宮たる実を挙げしめむと、互に親切にほだされて暫しが間黙然として顔色ばかりを見つめてゐる。一方は老人にも似合はず十七八の娘のやうな色つやを浮べ、ぽつてりと太り、活々としてゐるに引替へ、一方は冬の木の葉が凩に叩き落され、雪に慄へて、えもいはれぬ淋しみを感じた様な悄然たる面を向けてゐる。恰も枯木寒岩に倚る三冬暖気なしといつたやうな、熱のあせた冷やかい気分に包まれてゐる。昨日まで煩悶苦悩の淵に沈み、下らぬ情欲に捉はれ、且黄金に眼をくらましてゐたお寅婆アさまは、神の仁慈に照されて、恰も無碍光如来の様な霊肉に変じ、否向上し、一方魔我彦は悲歎の淵に沈み、万劫末代浮ぶ瀬のない八寒地獄の飢と寒さに泣く亡者の様な容貌をさらし、不安と不平の妖雲に包まれ、頬は痩せこけ、皺は網の目の如く、顔色青白く、唇は紫色に変じ、言葉さへもどことなく力失せピリピリと慄ひ戦いてゐる。実に信仰の光といふものは恐しいものである。同じ山の頂に降る雨も、両半滴の降る場所に依つて、或は東に落ち或は西に落ち、南に北に別れて落ち流るる如く、鵜の毛の端程違つても大変な距離の出来るものである。此両人は恰も峠の上に降つた雨であつた。如何してもお寅婆アさまの雨は旭に向つて流れねばならなくなつてゐた。魔我彦の雨はどうしても夕日の方に向つて流れ落ちねばならない境遇になつてゐた。善悪正邪の分水嶺上に降る雨は、如何しても天から降らねばならぬ、決して人間の身体から雨は降るものでない。茲に悟ると悟らざるとの区別がついて来るのである。お寅婆アさまは恵の雨は天より降るものだといふことを自覚した。そして魔我彦は、自分の知慧や力や考察力や苦労の結果で、自分の身体から自由自在に雨を降らし得るものと考へてゐた。ここに惟神と人ながらの区別のつく所以である。如何なる聖人君子智者勇者と雖も、天の御恵なくしては、到底救はるることは出来ない。広大無辺の天然力即ち神の御威光によらなくては、地上一切の事は何一つ思ひの儘に出来るものでない。吾頭に生えた髪の毛一筋だも、或は黒くし、或は白くし得る力のない人間だ。此真理を理解して始めて宇宙の真相が悟り得るのである。これが所謂惟神であり、魔我彦が最善と思惟して採つたやり方は即ち人ながらであつて、神の御目より見給ふ時は慢心といふことになるのである。 要するに真の惟神的精神を理解とも言ひ又は改心とも言ふ。仮令人の前にて吾力量を誇り、吾知識を輝かし、吾美を現はすとも、偉大なる神の御目より見給ふ時は実に馬鹿らしく見えるものである。否却て暗く汚らはしく、悪臭紛々として清浄無垢の天地を包むものである。故に神は謙譲の徳を以て、第一の道徳律と定め給ふ。人間の謙譲と称するものは其実表面のみの虚飾であつて、所謂偽善の骨頂である。虚礼虚儀の生活を送る者を称して、人間社会にては聖人君子と持て囃されるのだからたまらない。かかる聖人君子の行くべき永住所は、概して天の八衢であることは申すまでもない。 人間が此世に生れ来り、美醜、強弱、貧富、貴賤の区別がつくのも決して人間業でない。何れも皆惟神の依さしの儘に、それ相応の霊徳をもつて地上に蒔きつけられたものである。富める者は何処までも富み、貧しき者は何処までも貧しいのは其霊の内分的関係から来るものであつて、決して外分的関係より作り出されるものでない。貧しき霊の人間が現界に活動し、巨万の富を積み、金殿玉楼に安臥し、富貴を一世に誇ると雖も、依然として其霊と肉とは貧しき境遇を脱する事は出来ない。丁度如何に醜婦が絶世の美人の容貌にならむと、紅白粉を施し、美はしき衣服を装ひ、あらむ限りの人力を尽すと雖も、醜女は依然として醜女たるの域を脱せざると同一である。鼻の低い者は如何に隆鼻術を施すとも、美顔術を施すとも、到底駄目に了る如く、貧者は何処までも貧者である。凡て貧富の二者は物質的のみに局限されたものでない。真に富める人は一箪の食、一瓢の飲を以て、天地の恵を楽み、綽々として余裕を存し、天空海濶たる気分に漂ふ。如何に巨万の財宝を積むとも、神より見て貧しき者は、その心平かならず豊ならず、常に窮乏を告げて欲の上にも欲を渇き、一時たりとも安心立命することが出来ない。金の番人、守銭奴たるの域に齷齪として迷ふのみである。又天稟の美人は美人としての惟神的特性が備はつてゐるのである。美人として慎むべき徳は、吾以外の醜婦に対し、なるべく美ならざるやう、艶ならざるやう努むるを以て道徳的の根本律としてゐるのは、惟神の真理を悟らざる世迷言である。美人は益々装ひを尽せば、ますます其美を増し、神又は人をして喜悦渇仰の念を沸かさしむるものである。之が即ち美人として生れ来りし自然の特性である。これを十二分に発揮するのが惟神の真理である。又醜婦は決して美人を妬みそねまず、自分の醜をなるべく装ひ、人に不快の念を起さしめず、且又美人に対して尊敬の念を払ふのが醜婦としての道徳である。 富者となり貧者となり、貴人となり賤民となり、美人となり醜婦となり、智者となり愚者と生れ来るも、皆宿世の自ら生み出したる因果律に依つて来るものなれば、各自に其最善を尽し、賤民は賤民としての本分を守り、貴人は貴人としての徳能を発揮し、富者は富者としての徳を現はし、貧者は貧者としての本分を守るのが天地惟神の大道である。斯の如く上下の万民が一致的に其本分を守るに於ては、神示に所謂桝かけ引きならして、運否のなき五六七の世が現出したのである。瑞月が斯の如き説をなす時は、頑迷固陋の倫理学者、道徳学者は、必ず異端邪説として排斥するであらう。併し乍ら天地の真理の惟神の大道たる以上は、如何ともすることが出来ない。五六七仁慈の大神の心の儘に説示しておく次第である。 あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・一二・一六旧一〇・二八松村真澄録) |
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霊界物語 | 47_戌_治国別の天国巡覧1 | 07 酔の八衢 | 第七章酔の八衢〔一二四〇〕 天に輝く日月も黒雲とざす時は 忽ち其光を没する如く智仁勇兼備の 三五教の宣伝使治国別も忽ち妖雲に霊眼を交錯されて 悪虐無道のランチ将軍が奸計に陥り 暗黒無明の地下の牢獄へ忽ち顛落し 気絶せしこそ是非なけれ。 肺臓の呼吸は漸く微弱となり、情動は全くとまると共に、心臓の鼓動休止し、治国別は竜公と共に、見なれぬ山野を彷徨することとなつた。行くともなしに、吾想念の向ふまま進んで行くと、一方は屹立せる山岳、一方は巨大なる岩石に挟まれた谷間の狭い所に迷ひ込んだ。ここは中有界の入口である。中有界は、善霊、悪霊の集合地点である。一名精霊界とも称へる。 竜公は四辺の不思議な光景に、治国別の袖をひき、 竜公『モシ先生、此処はどこでせうかな。ランチ将軍の奥座敷で酒を呑んで居つたと思へば、局面忽ち一変して、斯様な谷底、何時の間に来たのでせう』 治国別『どうも変だなア、幽かに記憶に残つてゐるが、何でも片彦の案内で、立派な座敷へ入つたと思へば、忽ち暗黒の穴へおち込んだやうな気がした。ヒヨツとしたら吾々は肉体を脱離して、吾精霊のみが迷つて来たのではあるまいかな』 竜公『何だかチツと空気が違ふ様ですな。併し斯様な所に居つても仕方がありませぬ。行ける所まで進みませうか』 治国別は少時双手を組み、幽かな記憶を辿りながら、二つ三つうなづいて、 治国別『ウンウンさうださうだ、ランチ、片彦将軍の計略にウマウマ乗ぜられ、生命をとられて了つたのだ。アヽ困つた事をしたものだな』 竜公『モシ先生、生命をとられた者が、かうして二人生きて居りますか、変な事を仰有いますなア』 治国別『人間界から言へば、所謂命をとられたのだ。併し乍ら人間は霊界に籍をおいてゐる。肉体はホンの精霊の養成所だ。霊界から言へば、死んだのではない、復活したのだ。サア之から吾々が生前に於て、現界にて尽して来た善悪正邪を検査する所があるに違ひない。そこで一つ検査を受けて天国へ昇るか地獄へおとされるかだ』 竜公『エヽそりや大変ですな、マ一度娑婆へ帰る工夫はありますまいかな』 治国別『何事も神素盞嗚の大神様の御心の儘だから、精霊界にふみ迷ふも、或は天国へ復活するも、現実界へ逆戻りするのも、吾々人間の左右し得べき所でない。最早かくなる上は、神様にお任せするより道はなからうよ』 竜公『私はあなたから、死後の世界があると云ふ事は聞いて居りましたが、斯うハツキリと死後の生涯を続けるとは思ひませなんだ。気体的の体を保ち、フワリフワリと中空をさまよふものだと考へて居りましたが、今となつては、吾々の触覚といひ、知覚といひ、想念といひ、情動といひ、愛の心といひ、生前よりも層一層的確になつたやうな心持が致します。実に不思議ぢやありませぬか。死後の世界はあると云ふ事は承はつて居りましたなれど、是程ハツキリした世界とは思ひませなんだ』 治国別『人間の肉体は所謂精霊の容物だ。精霊の中には天国へ昇つて天人となるのもあれば、地獄へおちて鬼となるのもある。天人になるべき霊を称して、肉体の方面から之を本守護神と云ひ、善良なる精霊を称して正守護神といひ、悪の精霊を称して副守護神と云ふのだ』 竜公『人間の体の中には、さう本正副と三色も人格が分つて居るのですか』 治国別『マアそんなものだ。吾々は天人たるべき素養を持つてゐるのだが、肉体のある中に天人になつて、高天原の団体に籍をおく者は極めて稀だ。今の人間は大抵皆地獄に籍をおいてゐる者ばかりだ、少しマシな者でも、漸くに精霊界に籍をおく位なものだよ。此精霊界に於て善悪正邪を審かれるのだから、最早過去の罪を償ふ術もない。あゝ之を思へば、人間は肉体のある中に、一つでも善い事をしておきたいものだなア』 かく話す所へどこともなく、一人の守衛が現はれて来た。 守衛は治国別に向ひ、 守衛『あなたは三五教の治国別様では厶いませぬか』 治国別『ハイ左様で厶います。エヽ一寸お尋ね致しますが、ここは天の八衢ではございませぬかな』 守衛『お察しの通り、ここは精霊界の八衢で厶います、サア是から関所へ案内を致しませう』 治国別『有難う厶います。オイ竜公、ヤハリ吾々は最早娑婆の人間ぢやないのだよ。覚悟せなくちや可けないよ』 竜公『仮令八衢へ来た所で、此通り意思想念共に健全なる以上は、決して死んだのぢやありませぬから、何とも思ひませぬワ』 守衛『竜公さまとやら、お気の毒ながら、あなたは八衢に於て少しく暇取るかも知れませぬ。そして治国別様とお別れにならなきやならないでせう』 竜公『エヽ何と仰有います、別れよと仰有つても私は治国別様の家来ですから、どこ迄も伴いて行きます。家来が主人の後へ従いて行かれぬと云ふ、何程霊界でもそんな道理はありますまい』 守衛『それは御尤もですが、併しながら貴方の善と信と智慧と証覚とが、治国別様と同程度になつて居れば、無論放さうと思つても放れるものぢやありませぬ。併しながら貴方の円相が余程治国別様に比べて見劣りが致しますから、私の考へでは、どうも御一緒は六かしいやうに感じられます。併しながら八衢の関所までお出でになつて、伊吹戸主の神様のお審きを受けねば、到底私では決定を与へる事は出来ませぬ。又決定を与へる丈の資格も権能もありませぬからなア』 治国『惟神霊幸倍坐世、三五教を守り給ふ国治立の大神、豊国主の大神、守り給へ幸はへ給へ』 竜公はしきりに、 竜公『惟神霊幸はへませ。一二三四五六七八九十百千万』 と数歌をうたふ。守衛は谷道に立止まり、 守衛『治国別様、此竜公さまをあなたにお任せ致しますから、どうぞ此処をズツと東へ取つてお出で下さいませ。少しくあの山をお廻りになると、稍平かな所が厶います。そこが天の八衢の関所で厶いますから、私は之から又次へ出て来る連中がありますから、それを案内して来ます。左様なら、之で失礼を……』 と言ひながら電光石火の如く、空中に一の字を画いて、光となつて西方指して飛んで行く。二人は崎嶇たる山道をドシドシと、三十丁ばかり登りつめた。見れば万公が首を傾け、口をポカンとあけ、憂鬱気分で此方を指して進んで来るのを、四五間ばかり手前で見つけた。竜公は、治国別の袖をひいて、 竜公『モシ先生、あこへ来るのは万公ぢやありませぬか。何だか心配らしい顔をして歩いて来るぢやありませぬか』 治国別『ウン確に万公だ、併しながら言葉をかけちやいかないよ。向ふがもの言ふまで黙つてゐるがいい。先方がもの言つても、こちらはもの言つちや可けないよ』 かく話す折しも、万公は行歩蹣跚として、二人の前に立ちふさがり不思議相な顔をして、二人を眺めてゐる。治国別は心の内にて、天の数歌を奏上してゐる。竜公はあわてて、治国別の戒めた事を打忘れ、 竜公『オイ万公ぢやないか、何だみつともない、其ザマは、シツカリせぬかい』 と背中をポンと叩きかけた拍子に、万公はプスツと煙の如くに消えて了つた。 竜公『アヽ万公かと思へば、何だ、化物だなア。ヤツパリ霊界は霊界だなア。万公に冥土の狐奴、化けてゐやがつたのだなア』 治国別『エヽ仕方のない男だなア、ありや万公に間違ひないのだ。肉体はまだ現界に居つて精霊のみが俺達の身の上を案じて、捜しに来てゐるのだ。肉体のある精霊に言葉をかけるものぢやない。肉体のある精霊は霊界にゐる者が言葉をかければ、すぐに消えるものだ。それだから俺が気をつけておいたのに、困つた男だな、これから伊吹戸主の神様の関所へ行くのだから、余程心得ないと可かないぞ』 竜公『ハイ、キツと心得ます。あなたがモシヤ天国へお出でになつたら、私をどこ迄も伴れて行つて下さりませうねエ』 治国別『どこへ俺が行つても従いて来るといふ真心があるのか、それなら俺は若も天国へ行く時には、八衢の神に願つて伴れてゆく。併しながら、俺も随分若い時にウラル教で悪事をやつて来た者だから、善悪のハカリにかけられたら、大抵は地獄行だ。地獄へ落ちてもついて来るかなア。万劫末代上れない悪臭紛々たる餓鬼道へおちても従いて来る考へか』 竜公『先生がメツタにそんな所へ落ちなさる気遣ひがありますものか。どこ迄もお供を致します』 治国別『地獄へでもついて来るなア』 竜公『ハイ、従いて行きます。其代りにモシモ私が地獄へ落ちた時には、先生もついて来てくれますだらうなア』 治国別『そりやキマつた事だ。お前を見すてて行く事が何うして出来よう。霊界も現界も凡て愛といふものが生命だ。愛を離れては天人だつて、精霊だつて、人間だつて存在は許されないのだ』 竜公『あゝそれを聞いて安心致しました。どうぞ、どこ迄も私を伴れて行つて下さい』 治国別『ヤア、あこに赤門が見える、どうやらアコが関所らしいぞ。サア急いで行かう』 治国別は先に立つて進んで行く。赤門の側へ近付いて見れば、二人の守衛が立つてゐる。一人は光明輝く優しい顔付の男とも女とも知れぬ者、一人は赤面の唐辛をかんだやうな顔した男、衡の前に儼然として控へてゐる。 治国別『ヤア皆さま、御苦労ですなア、ここで吾々の罪の軽重を査べて頂くのですかな』 優しき守衛は面色を和らげて、 優しき守衛『イヽヤ、あなたは査べるには及びませぬ、どうぞ奥へお通り下さいませ……一人のお方、一寸ここへ残つて下さい。査べますから……』 竜公『ヤア此奴ア大変だ。サ先生、断り云つて下さいな』 治国別『霊界の規則だから仕方がないワ。先づ地獄行か天国行か査べて貰ふがよからうぞ』 竜公『モシモシ、門番さま、現代の娑婆では何事も簡略を尊びますから、そんな看貫でかけるよな七面倒臭い事はおやめになつたら何うですか』 赤顔の守衛はグルリと目をむき、竜公を睨みつけながら、 赤顔の守衛『不届き者ツ、霊界の法則を蹂躙するかツ』 と呶鳴りつける。竜公はちぢみ上り、不承不承にカンカン[※「看貫秤(かんかんばかり)」(貫目を看る)のこと。台秤。]の上へ身を載せた。一方は地獄行、一方は天国行と金文字で記してある。 赤顔の守衛『地獄行の方が下つたら、気の毒ながら、之から苦しい暗い所へ落ちて貰はにやなりませぬ。又天国行の方が重かつたら、天国へ行つて貰ひませう。ここは一厘一毛も掛値のない、正直一方の裁判所だから、地獄へ仮令落ちても、決して無実の罪ぢやないから、満足だらう』 と云ひつつ、懐から帳面を出して、 赤顔の守衛『三五教の信者竜公竜公』 と、厚い緯に長い帳面を繰り広げてゐる。 赤顔の守衛『ハヽア、お前はアーメニヤの生れだな、そしてウラル教に這入つて居つたな。随分後家倒しや女殺をやつて来たとみえる。チヤンとここに記いてゐるぞ』 竜公『モシモシ善の方面を一つ査べて下さい』 赤顔の守衛『宜しい、ハヽア、善の方は丸がしてある』 竜公『ヤア有難い、満点ですかなア』 赤顔の守衛『なに、零点だ。零点以下廿七度といふ冷酷漢だと見えるわい。気の毒ながらマア地獄行かなア、併し未だお前は生死簿には死期が来てゐない。まだ五六十年は娑婆で活動すべき代物だ。娑婆へ帰つたならば、地獄へ落ちない様に、善を行ひ、神を信仰し、人の為に誠を尽すがよからうぞ。今此儘で肉体を離れようものなら、気の毒ながら地獄落だ』 竜公『エヽさうすると、マ一度娑婆へ帰れますかな』 赤顔の守衛『まだ心臓に微弱な鼓動が継続してゐる、そして肺の呼吸も微弱ながら存在してゐるから、キツト娑婆へ帰るだらう』 竜公『ヤア、それは有難い、併し宣伝使さまは何うですかな。一寸帳面を査べて下さいませぬか』 赤顔の守衛『宣伝使様は天国行の霊だから、此帳面には記してない。モシ白さま、あなた一寸査べて見て下さい』 白い顔の守衛は懐から帳面を取出し、 白顔の守衛『三五教三五教』 と云ひながら、見出しを読み中程をパツとめくつて、 白顔の守衛『ヤア此方もまだ、寿命がありますわい。現世に於てまだまだ数十年、活動して貰はなくちや、ハア、なりませぬよ。併しながら、伊吹戸主の神様の御意見を聞かなくちやシツカリしたこた言へませぬワ』 竜公『私の罪の測量は免除して下さいますだらうな』 赤顔の守衛『エヽ今すぐに地獄へやるべき精霊でもないから、査べた所で駄目だ。数十年の後に更めてハカる事にしませう』 竜公『ヤアそりや有難い、皆さま、エライお気をもませました』 赤顔の守衛『ハヽヽ、吾々は日々之が役目だから、別に気も揉ましないが、お前は随分気をもんだだらう』 竜公『モシ先生、今の白い守衛のお言葉をお聞になりましたか、あなたは今から天国行の資格がある相ですなア』 治国別『ヤア実に汗顔の至りだ。まだ寿命があるさうだから、モ一度現界へ往つて、大神様の為、世の中の為に、一働きをさして頂かうかなア』 斯く話す所へ、ヘベレケに酔うた一人の男、行歩蹣跚として八衢の赤門にドンと行当り、 男(権太)『ドヽドイツぢやい、バヽバカにすない、俺を誰だと考へてゐる?おれはヤケ酒の権と云つたら、誰知らぬ者のない哥兄さまだぞ、エヽーン、こんな所へ赤い門を立てやがつて、往来の妨げをするといふ事があるかい。叩きこはせ叩きこはせ』 赤顔の守衛『コリヤコリヤ、ヤケ酒の権太とやら、ここを何処ぢやと心得てゐる』 権太『ドコも、クソもあつたものけえ、ここは帝大の入口だ、赤門ぢやないか。俺が酒に酔うとると思うて余り馬鹿にするない、俺だつて足があるのだから、赤門位はくぐるのだからなア。永らく校番を勤めて居つたのだから、学士連中よりも赤門の勝手はよく知つてゐるのだい。何時の間に門番奴、代りやがつたのだ、エヽーン、何だ其面ア、真白けな面しやがつて、男だてら白粉をぬり、チツクをつけ、おれやそれが癪にさはつてたまらぬのだ。今の学士や青年に学生といふ奴ア、皆貴様のやうな代物ばかりだ。何でえ、そんなコハイシヤツ面しやがつて、睨んだつて、何が恐いか、江戸つ児の哥兄さまだぞ。鬼瓦みたやうな面しやがつて、門番が酒に酔つぱらつてそんな赤い顔するといふ事があるかい。今日から免職だ。サア、トツトと去ね……』 赤『コリヤコリヤ権太、ここは冥土の八衢だぞ。何と心得て居るか』 権太『ヤア、成程、道理でチツトそこらの様子が違ふと思うて居つたワ。どこぞ、ここらにコツプ酒でも売つてる所はないか、エヽー、チツト案内してくれたら何うだ』 赤顔の守衛『此奴ア、余り、酔うてゐるので手に合はぬ。コレ白さま、一寸伊吹戸主の大神様に、何う致しませうと云つて伺つて来て下さらぬか』 白はうなづきながら門内に姿を隠した。暫くすると、金冠を頂いた仏画でみる閻魔大王の如き厳しい容貌をした伊吹戸主の神、四辺を光明に照しながら、悠々と現はれ給うた。此光明に照らされて、竜公は目もくらむばかり、ヨロヨロと大地に倒れ、地上にかぶりついて慄うてゐる。治国別は莞爾として判神に向ひ、叮嚀に会釈してゐる。判神も亦治国別に向つて礼を返した。 赤『コリヤ権太、伊吹戸主様のお出ましだ。サア此処で其方の罪を査べるのだから、此衡にかかれ』 権太『こりや衡をようせよ、ハカリが悪いと地獄へ落ちるぞ。高い高い酒を売りやがつて、ハカリで誤魔化さうと思つても駄目だ。朝から晩まで汗水たらして働き、日の暮になつて、一日の疲れを休むべく大切の金を使つて、俺たち貧乏人は酒を買ひに行くのだ。それにハカリを悪うすると冥加が悪いぞ』 赤顔の守衛『チエツ、エヽまだ酔うてゐやがる。コリヤここは地獄の八丁目だぞ』 権太『地ゴク御尤もだ、八升でも九升でも、タダの酒なら何ぼでも持つて来いだ、メツタにあとへは引かぬのだからなア』 赤は劫をにやし、ピシヤツと横面を力に任せて擲りつけた。権太はビツクリして、ハツと気がつけば、光明輝く判神が儼然と吾前に立つてゐる。そして赤鬼が衡を持つて大きな目で睨みつけてゐる。 権太『モシ、ここは何といふ所で厶います』 赤顔の守衛『目が醒めたか、ここは八衢だ、今其方の娑婆に於ける行ひの善悪を査べて、之から地獄へやるか、天国へ救うてやるかといふ所だ。サア判神様の前だ、神妙にこの衡の上にのれ。そして正直に白状するのだぞ。其方の娑婆に於て尽した善悪は全部此処につけとめてあるから、正直に申上げよ』 権太『ハイ、申上げます、私は……エー……権太と申すのは仇名で厶いまして、……エー実は、酔どれの熊公と申しやす』 赤顔の守衛『成程、それに間違ひない、其方は余り酒に喰ひ酔うて、社会的勤めを致さないによつて、お寅といふ女房に逃げられた事があらうがな』 権太(熊公)『ハイ恐れ入りました。確に厶います』 赤顔の守衛『そして其後其方は焼糞になり、隣の屋敷迄抵当に入れて金を借り、皆呑んで了つただらう』 権太(熊公)『ハイ、夫れに相違は厶いませぬ』 赤顔の守衛『それから浮木の村で其方の女房だつたお寅が侠客をして居つた時、幾度も酒に酔うてグヅを巻きに行つたであらうがな』 権太(熊公)『ハイ、それも其通りで厶います』 赤顔の守衛『併し何時とても袋叩きに遇ひ、無念をこらへて辛抱致した、それ丈は感心だ。此忍耐力に仍つて、今迄の悪事は棒引だ』 権太(熊公)『ハイ有難う厶います』 赤顔の守衛『それから其方は小北山のウラナイ教の本山に行つて、お寅と蠑螈別を脅迫し、一千両の金をフンだくり、皆呑んで了つたであらうがな』 権太(熊公)『ハイ、それに相違は厶いませぬ』 赤顔の守衛『なぜさういふ悪い事を致すのか』 と声を尖らして言ふ。 権太(熊公)『余りムカツパラが立つてたまりませぬので、ウヽヽヽヽついグヅつてやる気になりました。どうせお寅婆アの事だから、一文生中も出す気遣はひない……が……ダダでもこねて、無念晴しをしようと思ひやして、一寸試みにゴロついてみた処、悪党婆アに似合はず意外にも気が折れて、一千両くれましたので、これ幸ひと懐にたくし込み、それから呑んで呑んで呑み続けました。まだここに五百両ばかり残つてゐます、どうぞ、……地獄の沙汰も金次第と言ひますさうですから、此金をあなたに上げますから、……地獄行丈はこらへて下さいませ……』 赤顔の守衛『馬鹿を申せ、至正至直、寸毫も虚偽を許さぬ此八衢に於て、賄賂を提供するとは以ての外だ。其方がお寅から奪ひとつた一千両の罪は実に重いけれど、其為にお寅婆アと魔我彦とに改心の動機を与へた功徳に仍つて、其方の功罪を比較し、第三天国へ遣はすべき所であつたが、此神聖なる八衢に於て賄賂を使はむと致した罪に仍つて、ヤツパリ地獄落だ。有難う思へ』 権太(熊公)『それなら、モウ此五百両は提供しませぬから、どうぞ天国へやつて下さい。頼みます』 赤顔の守衛『モシ伊吹戸主の神様、如何取計らひませうか』 伊吹戸主『此権太事、酔どれの熊はまだ五百両の酒代を残してゐるから、此金がなくなる迄娑婆へ帰してやつたがよからう。冥土へかやうなムサ苦しい金などを持込まれては、大変だから……』 赤顔の守衛『コリヤ権太、其方はまだここへ来るのは早い、此五百両の金がとこ、酒を呑んで了ふ迄、娑婆へ帰つたがよからう。長生がしたくば、此金を使はずに、酒を辛抱して居つたがよからうぞ』 権太(熊公)『ハイ有難うございます、併しながら何程死ぬのが厭だと云つても、現在五百両の金を持ちながら呑みたい酒を呑まずに居れませうか。それならコレからマ一度娑婆へ出てお酒を頂戴して参ります』 赤は、 赤顔の守衛『サア早く帰れ』 と云ひさま、背中をポンと叩いた拍子に、権太は煙となつて消えて了つた。権太の熊公はお寅から奪ひ取つた金で酒を呑み歩き、衣笠村の酒屋の門口でブツ倒れ、一時は人事不省になつてゐたが、漸く目がさめ、 権太(熊公)『あゝあ、怖い夢を見た。モウ酒はコリコリだ』 と言ひながら、懐から金を取り出し、人通の多い街道に出で、乞食らしい者の通る前に一円二円とまきちらし、施しをなし、遂には善良なる三五教の信者となり、善人の評判を取つて一生を送る事となつた。此熊公の物語は後に述ぶる事があるであらうと思ふ。あゝ惟神霊幸はへませ。 (大正一二・一・八旧一一・一一・二二松村真澄録) |
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霊界物語 | 48_亥_治国別の天国巡覧2 | 11 霊陽山 | 第一一章霊陽山〔一二六五〕 高天原に発生せる樹木は、仏説にある如く金、銀、瑪瑙、硨磲、瑠璃、玻璃、水晶等の七宝を以て飾られたるが如く其幹、枝、葉、花、果実に至るまで、実に美はしきこと口舌の能く尽し得る所ではない。神社や殿堂や其他の住宅に於ても、内部に入つて見れば、愛善の徳と信真の光明に相応するによつて、これ亦驚く許りの壮観であり美麗である。大神のしろしめす天国団体を組織せる天人は大抵高い所に住居を占めてゐる。其場所は自然界の地上を抜く山岳の頂上に相似して居る。又大神の霊国団体を造れる天人は、少し低い所に住居を定めて居る。恰も丘陵の様である。されど高天原の最も低き所に住居する天人は、岩石に似たる絶景の場所に住居を構へてゐる。而して之等の事物は凡て愛と信との相応の理によつて存在するものである。 大神の天国は、凡て想念の国土なるを以て、内辺の事は高き所に、外辺の事はすべて低い所に相応するものである。故に高い所を以て天国的の愛善を表明し、低い所を以て霊国的の愛善を現はし、岩石を以て信真を現はすのである。岩石なるものは万世不易の性質を有し、信真に相応するが故である。併しながら霊国の団体は低き所に在りとはいへ、矢張地上を抜く丘陵の上に設けられてある。丁度綾の聖地に於ける本宮山の如きはその好適例である。霊国は何故天国の団体よりも稍低き所に居住するかと云へば、凡て霊国の天人は信の徳を主とし、愛の徳を従として居る。所謂信主愛従の情態なるが故に、此国土の天人は智慧と証覚を研き、宇宙の真理を悟り、次で神の愛を能く其身に体し、天国の宣伝使として各団体に派遣さるるもの多きを以て、最高ならず最低ならず、殆ど中間の場所に其位置を占むる事になつてゐるのである。故に世界の大先祖たる大国常立尊は海抜二百フイート内外の綾の聖地に現はれ給ふにも拘はらず、木花咲耶姫命は海抜一万三千尺の天教山に其天国的中枢を定め給ふも、此理によるのである。併しながら木花姫命は霊国の命を受け、天国は云ふに及ばず、中有界、現実界及び地獄界まで神の愛を均霑せしむべき其聖職につかはせ給ひ、且神人和合の御役目に当らせ給ふを以て、仮令天国の団体にましますと雖も時々化相を以て精霊を充たし、或は直接化相して万民を教へ導き給ふのである。 又天人の中には団体的に生活を営まないのがある。即ち家々別々に住居を構へてゐるのは、丁度前に述べた珍彦館の如きは其例である。而して此等の天人は其団体の中心地点及大なるものに至つては高天原の中央を卜して住居を構へてゐる。何故なれば彼等は天人中に於ても、最も愛と信とによる智慧証覚の他に優れて、光明赫灼として輝き渡り、惟神的に中心人物たるが故に、大神の摂理によりて、其徳の厚きと相応の度の高きによるが故である。而して高天原は想念の世界なるが故に、其延長は善の情態を表はし、其広さは真の情態を表はし、其高さは善と真との両方面を度合の上より見て区別することを表はすものである。又霊界に於ては先に述べた通り、時間空間などの観念は少しもない、只情動の変化あるのみである。而して其想念は、時間空間を超越し、無限に其相応の度によつて延長し拡大し且高まるものである。 治国別、竜公二人が浮木の陣営に於て片彦将軍等の奸計に陥り、暗黒なる深き陥穽に墜落し、茲に人事不省となり、其間中有界及最下層の天国より最高の天国、霊国を巡覧したる期間は余程長い旅行の様であるが、現界の時間にすれば、殆ど二時間以内の間失神状態に居つたのである。されど想念の延長によりて、現界人の一ケ月以上もかかつて巡歴した様な長時間の巡覧をなしたのである。而して情動の変化が多ければ多い程、天国に於ては延長さるるものである。 治国別、竜公は言霊別命の化相神なる五三公に導かれ、天国の消息を詳細に教へられながら、霊陽山の殆ど中央まで登りつめた。此時五三公は目も呟き許りの小さき光団となつて、驀地に東を指して、空中に線光を描きながら、何処ともなく姿を隠して了つた。二人は霊陽山の頂上に立つて、四方の景色を瞰下しながら、天国の荘厳をうつつになつて褒め称へてゐた。さうして五三公の此場に姿を隠したことは少しも気がつかず、 竜公『モシ先生、此処は霊陽山とか聞きましたが、実にいい所ですなア、最早此処は最高天国ではありますまいか。四辺の樹木と云ひ、山容と云ひ、如何なる画伯の手にも到底描くことは出来ますまい。どうかして早く現界の御用を了へ、斯様な所に楽しき生涯を送りたいものですなア』 治国別『いかにも結構な所だ。現界人が美術だとか、耽美生活だとか、文化生活だとか、いろいろと騒いでゐるが、此光景に比ぶれば、其質に於て、其量に於て、其美に於て、到底比較にならないやうだ。そして何とも言へぬ吾心霊の爽快さ、ホンに斯様な結構な所があるとは、夢想だにもしえなかつた所だ。此治国別は第一天国ともいふべき斎苑の館に永らく仕へながら、未だ愛信の全からざりし為、瑞の御霊の大神のまします地上の天国が、さまで立派だとは思はなかつた。矢張如何なる荘厳麗美と雖も、心の眼開けざる時は到底駄目だ。恰も豚に真珠を与へられたやうなものだ。これを思へば吾々はあく迄も神に賦与されたる吾精霊を研き浄め、大神の神格に和合帰一せなくてはならない。アヽ実に五三公様の口を通して、かやうな至喜と至楽の境遇に吾々を導き、無限の歓喜に浴せしめ給ひしことを、有難く大神様の御前に感謝致します。アヽ惟神霊幸倍坐世』 と云ひながら拍手をうち、天津祝詞を奏上し了つて、天の数歌を歌ひ、あたりを見れば、豈計らむや、五三公の姿は眼界の届く所には其片影だにも認め得なかつた。治国別は驚いて、 治国別『ヤア竜公さま、五三公さまは何処へ行かれたのだらう、今迄月の如く輝いてゐられたあの霊姿を拝めなくなつたぢやないか』 竜公『成程、コリヤ大変だ、何う致しませう』 治国別『どうしようと云つても、仕方がない、之も神様の御試しだらうよ。四辺の光景に憧憬の余り、五三公様の御親切な案内振を念頭より取除いてゐた。凡て天国は相応と和合の国土だ。愛と信とによつて和合し、結合するものである。即ち想念によつて尊き神人と共にゐることを得たのだ。吾々が情動の変転によつて、吾心の中より五三公様を逃がして了つたのだ。アヽ惟神霊幸倍坐世』 と又もや合掌する。 竜公『成程、さうで厶いましたなア、私も余り嬉しいので、五三公様の御導きによつて未だ中有界に彷徨ふべき身が、かかる尊き天国まで導かれながら、うつかりと自分が勝手に上つて来たやうな気分になつて、無性矢鱈に天国を吾物のやうに思ひましたのが誤りで厶います。先生、何と厳の御霊の神諭にあります通り、高天原は結構な所の恐ろしい所で厶いますな。油断をすれば忽ち天国が変じて地獄となり、明は変じて暗となり、神は化して鬼となるとお示しの通り、実に戒慎すべきは心の持方で厶いますなア』 治国別『ハイ左様、吾々は最早斯うなる以上は、再び中有界へ帰り、現界へ復帰すべき道も分らない、又どこをどう歩いたらいいか、方角さへも判然せない、天国の迷児になつたやうなものだ。アヽ心の油断ほど恐ろしいものはない。只大神様にお詫をなし、救ひをお願ひするより道はなからう』 と話す折しも、足下の土をムクムクムクと土鼠のやうに膨らせながら、ポカンと頭をつき出したのは、片彦将軍であつた。二人は驚いて、無言の儘よくよく見れば、擬ふ方なき将軍は泥酔になつて、全身を山上に現はし、 片彦『ワハツハヽヽ』 と山も崩るるばかり高笑ひした。 治国『ヤア其方は河鹿峠にてお目にかかつた片彦将軍では厶らぬか』 片彦『ワハツハヽヽヽ、其方は盲宣伝使の治国別であらう。そしてマ一匹の小童武者は某が奴、暫く秘書を命じておいた竜公であらう。悪虐無道の素盞嗚尊に諛びへつらひ、大自在天大国彦命の宣伝使兼征討将軍の片彦に向つて刃向ひを致した極重悪人奴、能くもマア悪魔にたばかられ、斯様な処へ彷徨つて来よつたなア。天下一品の大馬鹿者奴、某が計略によつて、八岐大蛇や金毛九尾の悪狐を使ひ、汝を、天国とみせかけ、此処まで連れて来たのは此方の計略だ、どうだ、大自在天の神力には恐れ入つたか、アハツハヽヽヽハア、何とマア不思議さうな顔を致してをるワイ、イヒヽヽヽ、オイ竜公、其方も其方だ。主人に反いた大逆無道の痴者、どうだ、此霊陽山と見せかけたのはバラモン教の霊場、大雲山の頂辺で厶るぞ。あれ、あの声を聞け、雲霞の如き大軍を以て、当山を十重二十重に取巻きあれば、いかに抜山蓋世の智勇あるとも、到底逃るることは出来まい、治国別、返答はどうだ』 治国別は、 治国別『ハテ心得ぬ』 と云つたきり、双手を組んで暫し想念をたぐつてゐる。竜公も亦無言の儘、俯いてゐる。 片彦『アツハヽヽヽ、エツヘヽヽヽ、如何に治国別、モウ斯うなる以上は何程考へても後へは引かぬ。サアどうだ。キツパリと素盞嗚尊の悪神を棄てて、大自在天様に帰順致すか』 治国別『サアそれは……』 片彦『早く返答致せ。返答なきは不承知と申すのか。アイヤ家来の者共、治国別、竜公の両人をふん縛り、嬲り殺しに致せ』 竜公『将軍様、暫くお待ち下さいませ』 片彦『アハヽヽヽ、往生致したか。ヨシ、然らば此処に此通り黄金を以て作りたる素盞嗚尊の像がある。治国別、竜公共に命が助かりたくば、此像に向つて小便をひつかけ、其上此岩石を以て木端御塵に打砕き、大自在天様に帰順の誠を表はせ。否むに於ては、其方が身体は木端微塵、地獄に突き墜し、無限の責苦を加へるが、どうだ』 治国別は初めて顔をあげ、大口あけて高笑ひ、 治国別『アハヽヽヽ、拙者は厳の御霊、瑞の御霊の大神を信仰致す誠の宣伝使だ、仮令汝如き悪神に脅迫され、或は責め殺さるることありとも、吾心霊は万劫末代、大神に信従するのみだ。治国別はこれ以外に汝に答ふることはない、どうなりと勝手に致したがよからう』 片彦『勝手に致せと申さいでも、此方が制敗を致してくれる。併しながら竜公、其方は憎くき奴なれど、一旦某が部下となつたよしみによつて制敗は許して遣はす。其代りに治国別をこの金剛杖を以て打ちのめせ、さうすれば汝の誠が分るであらう。何うぢや、治国別を打ちのめす勇気はないか。矢張其方は二心を持つてゐるのか。返答致せツ』 と呶鳴りつけた。其声に不思議にも、あたりの山岳はガタガタガタと震動し始めた。竜公は少時双手を組み思案にくれてゐたが、忽ち威丈高になり、 竜公『コリヤ、悪神の張本片彦奴、汝は拙者の一時主人に間違ひはない。其主人に離れたるのは汝が行動天に背き、善に離れたるが故だ。仮令拙者が汝の為に一寸刻みか五分だめしに遇はされようとも、恩情深き治国別様の御身に、何うして一指をそむることが出来ようか。ここを何と心得て居る、第二天国の神聖な場所だ、大雲山などとは思ひもよらぬ、詐りを申すな。天国には虚偽と迫害と悪はない筈、其方は要するに天国の魔であらう』 と云ひながら………「厳の御霊、瑞の御霊、守り給へ幸はへ給へ」と拍手し、音吐朗々と怖めず臆せず神言を奏上し始めた。治国別も竜公と共に神言をいと落着いた調子で奏上し始めた。片彦は何時の間にやら数多の部下を集め、金棒をふり上げ、只一打に両人を粉砕せんず勢を示してゐる。治国別、竜公両人は胆力を据ゑ、声調ゆるやかに騒がず焦らず、神言を奏上し終り、「惟神霊幸倍坐世」と唱ふるや否や、今迄ここに立つてゐた片彦他一同の姿は煙の如く消え失せ、四辺に芳香薫じ、嚠喨たる音楽さへ頻りに聞え来るのであつた。 竜公『アハヽヽヽ、猪口才千万な、バラモン教を守護致す八岐大蛇奴、畏くもかかる天国迄化けて来やがつて、尊き神言に面喰ひ、屁のやうに消え散るとは、さてもさても神様の御神力は尊いものだ。アヽ有難う厶います。惟神霊幸倍坐世』 治国別『竜公さま、ここは第二天国、しかも霊陽山の頂だ。八岐大蛇の来るべき道理がない、大方これは神様の御試しだつたらう。私も一度は悪魔の襲来かと考へてみたが、よくよく思ひ直せば、かかる天国に悪魔の来るべき理由がない。若しも彼果して悪魔なりとせば、吾等は天国と思ひ、慢心して地獄に墜ちてゐたのであらう……と考へてみたが、忽ち心中の天海開けて神様の御神格の内流に浴し、矢張第二天国なることを悟り、且片彦と見えしは尊きエンゼルの、吾等が心を試させ給ふ御所為と信ずるより外に途はない、必ず必ず悪魔などと、夢にも思つてはなりませぬぞや』 竜公『仰せ御尤もで厶います。サア先生、どうでせう、これから霊陽山を下つて、又天国の団体を修業さして頂きませうか』 かくいふ所へ、忽然として現はれ給うたのは、三十恰好の美はしき容貌をもてる一柱の神人であつた。神人は治国別の側近く寄り、其手を固く握り、 神人『治国別さま、第二天国の団体は無数無辺にありますが、貴方は第二天国の試験に合格致しました。又竜公さまも其通り、余程証覚を得られたやうです。之から拙者が最奥第一の天国及び霊国を御案内致しませう。併しながら此第二天国に比ぶれば、最高天国の光明は殆ど万倍に匹敵するものです。而して其天国に住む諸天人は、善と真とより来る智慧証覚に充ち、容易に面を向くることが出来ませぬ。其団体の天人に会ふ時は忽ち眼くらみ、言句渋り、頭は痛み、胸は塞がり、四肢五体萎縮して非常な苦痛で厶いますが、貴方等両人は天国の試験に合格されましたから、其被面布を以て最奥天国の巡覧的修業をなさいませ。拙者が案内を致しませう』 と先に立ち、雲を踏み分けてのぼり行く。二人は一生懸命に神言や天津祝詞を交る交る奏上しながら、フワリフワリと雲の橋を渡つてのぼり行く。此神人は言霊別命であつた。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・一・一三旧一一・一一・二七松村真澄録) |
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霊界物語 | 50_丑_祠の森の物語2 | 17 偽筆 | 第一七章偽筆〔一三一一〕 高姫の形勢意外にも不穏の景況を呈し、何時低気圧の襲来するやも図り難き殺風景の場面となつて来た。イル以下四人は自棄糞になり、グイグイと又もや酒を飲み始めた。そしてイルは大きな声で、 イル『義理天上日出神の生宮であるぞよ。結構な結構な筆先を生宮に書かすによつて、筆と墨と紙との用意を致されよ』 と呶鳴り出した。サールは矢庭に墨をすり、紙を綴ぢ筆を洗つて恭しくイルに渡した。イルは故意と横柄面をしながら其筆をひつたくり、木机を前に置き、何事か首をふりながら一生懸命に書きつけた。イルは高姫の作り声をして、 イル『これ皆の者共、否八衢人足や、今義理天上日出神がお筆先を書いたによつて、有難く拝読を致すがよいぞや。斯んな結構な筆先は又と見ることは出来ぬぞや。此筆先さへ腹へ入れこめて居れば、万劫末代人が叩き落しても落ちぬお神徳が頂けるぞや。イヒヒヒヒヒ、此筆先は誰にも読ます筆先ではないぞや。後の証拠に書かして置いたなれど、受付に居る役員が肝腎の事を知らぬと話がないから、一寸読ましてやるぞよ』 サール『アハハハハハ、何を吐しやがるのだい。管を巻きやがつて、然し何んな事を書きよつたか。一寸読んでやらうかい。おい、ハル、テル、イク、謹聴するのだぞ』 と云ひながら恭しく押戴き、故意と剋面な顔をして大きな声で読み始めた。 サール『伊豆の霊変性男子がイルの肉体を借りて三千世界の事を書きおくぞよ。しつかりと聞いて置かぬと後で後悔致す事が出来るぞよ。此イルは伊豆の霊と申して湯本館の安藤唯夫殿の身魂が憑りて居るぞよ。サールの身魂は杉山当一殿のラマ教の時の身魂であるぞよ。今はバラモン教をやめて三五教に這入りて居るなれど、何を申しても変性女子のヤンチヤ身魂が憑りて居るから、過激な事を申して仕様がないぞよ。此義理天上日出神の伊豆の身魂が申した位では中々聞きは致さぬぞよ。ラジオシンターでも飲まして目を覚してやらぬ事には駄目だぞよ。それでも治らねば谷口清水と申すドクトル・オブ・メヂチーネの御厄介になるが良いぞよ。伊豆の湯ケ島には因縁があるぞよ。湯本館と云ふ因縁の分りたものは此高姫、オツト、ドツコイ日出神の生宮のイルでないと分りは致さぬぞよ。それぢやによつて沢山の人民が水晶の温泉にイルの身魂と申すぞよ。今の内に改心を致さぬとサールもハルもテルもイクも、皆アオ彦の身魂の憑りて居る北村隆光に書きとめさして置いて、末代名を残さして置くぞよ。それでも改心を致さねば摩利支天の身魂の憑りて居る松村真澄に細かう書き残さすぞよ。それで足らねば夕日の御影、加藤竿竹姫の身魂の手を借りて書き残さすぞよ。義理天上日出神の生宮は蟇の身魂の憑りた黒姫と因縁ありて、伊豆の御魂の御屋敷へ暫らく逗留致し、昔からの因縁を調べておいたぞよ。開いた口がすぼまらぬ、牛糞が天下をとると云ふ事が出来るぞよ。あんまり聞かぬと浅田の様に首もまはらぬ様に致すぞよ。浅田殿は御苦労な御役であるぞよ。そして其身魂はテルの身魂であるから、ラジオシンターをつけ過ぎて困りてをるぞよ。それでも此イルが申す様に致したならば、直に癒してやるかも知れぬぞよ。ハルの身魂は福井の身魂であるぞよ。何時も辛い辛い山葵ばかりを作りて居るから、顔までが辛さうにしがんで居るぞよ。チツと改心致さぬと鼻が高いぞよ。イクの身魂は誠に結構な身魂でありたなれど、あまり慢心を致したによつて守護神は現はしてやらぬぞよ。此方の申す事を誠に致せばよし、聞かぬにおいては杉原の身魂をひきぬいて来て、佐久に酔はして何も彼も白状致さすぞよ。人民が何程シヤチになりても神には叶はぬぞよ。早く此方の申す様に致して下されよ。改心致さぬと『霊界物語』の種と致すぞよ。そこになりたら何程地団駄踏みて口惜しがりても、神は許しは致さぬぞよ。之は大神が申すのではないぞよ。妖幻坊の身魂獅子虎の身魂イルの肉体を一寸借用致して皆の八衢人間に気をつけたのであるぞよ。今に高姫の様に斎苑の館から立退き命令を蒙らねばならぬぞよ。改心なされよ。足もとから鳥が立つぞよ。アハハハハ』 と笑ひ興じてゐる。そこへ斎苑の館より神勅を帯びて出張した二人の役員があつた。一人は安彦、一人は国彦であつた。 安彦『祠の森の受付の主任は誰方で厶るかな。拙者は斎苑の館より教主八島主命の命により出張致したもので厶る。何卒一刻も早く当館の神司珍彦に面会が致したい』 イル『ヤー、これはこれは直使のおいで、先づ先づ之にて御休息願上げ奉りまする。とり乱したる処を御覧に入れ、真に赤面の至りで厶りまする。おい、ハル、テル、サール、イク、早くお二人様のお足の湯を湧かして持つて来ぬか』 安彦『いや、決してお構ひなさるな。珍彦の司にお目にかかりたければ、直様御案内を願ひたい。沢山に徳利が並んでゐられますな。桜の花の如き盃が彼方此方に散つて居る風情は何とも云へぬ風流で厶る。国彦殿、実に羨望の至りでは厶らぬか』 国彦『如何にも、落花狼藉、夜半の嵐に散らされて、打落された桜木の麓の様で厶る』 イル『いや、もう此頃はチツとシーズンは早う厶りますれど、ここは日当りがよいので、早くも桜が散りかけまして厶ります。さア御案内致しませう』 安彦『それは恐れ入ります』 とイルの後に従ひ珍彦の舘に進み行く。後四人は顔見合せ、頭を掻きながら、 テル『おい、如何だ。サツパリぢやないか。エー、こりや一通りの事ぢやないぞ。屹度俺達にキツーイお目玉を頂戴するのかも知れないぞ』 サール『何、俺達にはチツとも関係はないわ』 テル『貴様はラマ教だから放逐の命令に接したかも知れないぞ。あの御直使がお前の顔を非常に覗いて厶つたぢやないか』 サール『何、そんな事があるものかい。祠の森の受付にサール者ありと聞えたる敏腕家は此男だなアと、感嘆の眼を以て御覧になつて居つたのだよ』 テル『さう楽観も出来ないぞ』 サール『俺の考へでは、如何も高姫の身の上に関してぢやなからうかと愚考するのだ』 イク『そら、さうだ。それに決まつてるわ。兎に角、誰の事でもよい。高姫の事としておけば安心ぢやないか。俺等には、よく勤めたによつて賞状を遣はすと云ふ恩命に預かるのかも知れないぞ、何と云つても、あれだけ八釜し家の高姫に、おとなしく仕へてゐるのだからな』 斯く話す所へ、イルはニコニコしながら帰つて来た。 サール『おい、イル、何ぞよい事があるのか。大変嬉しさうな顔ぢやないか』 イル『ウツフフフフ(声色)某は斎苑の館の教主八島主命の直命により、祠の森を主管する珍彦の館に神命を伝達するものなり。確に承はれ。 一、此度、イル事、義理天上日出神の生宮と現はれし上は、汝をして斎苑の館の総監督に任ずべし。水晶魂の生粋の其方なれば、義理天上日出神の生宮として、決して恥かしくなき人格者也。神命ならば謹んでお受け致されよ。(笑声)ウエーヘエツヘヘヘヘヘ。 一、サールなる者、朝から晩まで事務を忽かに致し酒を呷り管を巻き、イルの命令を奉ぜず、同僚が事務の妨害をなすこと、以ての外の悪者也。故に逸早く鞭を加へて放逐致す可きもの也。イツヒヒヒヒヒ。 一、イク事、サールに次ぐ不届者にしてバラモン教を失敗り、行く所なくして已むを得ず祠の森に座敷乞食を勤むる段、中々以て許し難き不届者なれば、之亦鞭を加へて放逐す可きもの也。 一、ハル事、大胆不敵の曲者にして、頭をハル事此上なき名人なり。否侫人也。斯くの如きもの聖場にあつては神の名を汚し、教を傷つくる事最も大也、且酒癖悪く、上げも下しもならぬ動物なれば、これには箒を以て頭を百打叩き、一時も早く放逐す可きもの也。キユツツツツツ、ウツフフフフフ。 一、テル事、比較的好々爺にして、よくイルの申す事を服従するにより、之は少しく教を説き聞かした上、汝が僕に使用すべきもの也。ウエヘツヘヘヘヘヘ、ホホホホホ、エヘヘヘヘヘ』 テル『こりや、イル、馬鹿にするない』 イル『あいや、決して馬鹿には致さぬ。八島主命の御直命なれば、襟を正して行儀よく承はりなされ』 サール『おい、イル、杢助、高姫は如何だ』 イル『やア者共、騒ぐな騒ぐな、静かに致せ。杢助は誠に以て完全無欠なる悪魔なれば、一刻も早く放逐すべし。又高姫は自転倒島の生田の森に追返すべし。珍彦は一切の事務をイルに引継ぎ、逸早く此場を退却す可きもの也。 右の条々決して相違これあるもの也。オツホホホホホ』 サール『ナーンダ、馬鹿にしてゐやがる。俺の胸が雨蛙の様になりよつた。のうイク、ハル、テル。イルの奴、あまり馬鹿にするぢやないか。一つここらで袋叩きにやつてやらうぢやないか』 イク『そりや面白い、併しながらお直使の御入来だから、まアまア今日は見逃しておけ。おい、イルの奴、貴様は仕合せものだ。今日から、しようもない芸当をやると叩きのばすぞ』 イル『叩き伸ばして太るのは鍛冶屋さまだ。然しながら貴様等も本当に形勢不穏だぞ。確り致さぬと、どんな御沙汰が下るやら分らぬから気をつけたが宜からうぞ。本当の事は俺等には分らぬのだ。初稚姫と珍彦さまが奥の間でソツと御用を承はつて厶るのだ』 イク『成程、大方タ印の事だらうよ。何卒うまく行くといいがな』 イル『あんな奴がけつかると参詣者も碌に詣つて来ないからな。然し小さい声で襖の間から初稚姫の声で、イルさまイルさまと仰有るのが聞えたよ。イヒヒヒヒヒ何か此奴ア、宜い事があるに違ひない。何せよ昨夜の夢が乙だからな。その声を聞くと忽ち俺の胸は躍る、腕は鳴る、俺の精神は生れ変つた様になつて来た。人間は一代に一度や二度は運命の神が見舞ふものだから、此風雲に乗ぜなくちや人生は嘘だ。之からこのイルさまは立派な立派な宣伝使になつて驍名を天下に輝かし、月の国へでも行つて大国の刹帝利になるのかも知れぬぞ。さうすれば貴様らを右守、左守の司に任命してやるからな』 サール『ヘン、梟鳥の又宵企みだらう。初稚姫様が何程イルさまと仰有つたつて、あの男は受付にイルか、要らないものか、或は道楽者だから此処にイル事はイルさまと仰有つたかも分らないぞ。兎も角貴様も用心せないと駄目だ。気をつけよ』 イル『ヘン、何と云つても一富士、二鷹、三茄子と云ふ結構な夢を見たのだからな。こんな夢は出世する運のいいものでなければ、メツタに見られぬからのう』 サール『そんな夢が何いいのだ。よく考へて見ろ。富士の山程借金があつて、如何にも斯うにも首が廻らず、鷹い息もようせず、高姫には喚かれ、箒で叩かれ、又その借金は茄子(済す)事も出来ず、高姫の圧迫に対しても如何とも茄子ことが出来ない貴様は腰抜けだよと天教山の木花姫さまが夢のお告げだよ。アツハハハハハ、お気の毒様、のうイク、ハル、テル、俺の判断は当つとるだらう』 テル『そりや貴様、当るに定つてらア。当一と云ふぢやないか。ウヘツエエエエエ』 斯く話す所へ足音高くやつて来たのは高姫であつた。 高姫『これ、イルさま、お前一寸此方へ来てお呉れ。御用が出来たから』 イル『はい、行かぬ事は厶いませぬが、一体何の用で厶りますかな。御用の筋を承はらねばさう軽々しく行く訳には行きませぬ。此イルさまに畏れ多くも今日只今より、斎苑の館の八島主さまより祠の森の神司と任命されたかも知れませぬぞや。それぢやによつて、今迄のイルとはチツと位が違ひますから、御用があればお前さまの方から、言葉を低う頭を下げて尾をふつて賄賂でも喰はへて御出でなさらぬと、貴女の地位は殆ど砂上の楼閣も同様で厶りますぞや』 高姫『エーエ、辛気なこと。早く来なさらぬかいな。誰も斎苑館から来てゐないぢやないか』 イル『高姫さま、貴女「エー辛気」と仰有いましたね。そら、さうでせう。蜃気楼的空想を描いて、此館を独占せむとする泡沫の如き企みだから、蜃気楼が立つのも無理はありませぬわい。イツヒヒヒヒ』 高姫『エーエ、仕方のない男だな。又酒に酔うてゐるのだな。それならイルは今日限り此処を帰つて貰ひませう。其代りにハルや、一寸私の傍へ来ておくれ。御用を云ひ聞かしたい事があるから。お前は一寸見ても賢かりさうな、よう間に合ひさうな顔付きだ』 ハル『はい、参る事は参りますが、何卒箒で叩かぬやうに願ひますよ。私も国には妻子が残してあり……ませぬから、箒なんかで叩かれちや、まだ持たぬ妻子がホーキに迷惑致し、宅の大切の夫やお父さまを虐待したと云つて悔みますからな』 高姫『エーエ、文句を仰有らずに出て来るのだよ』 ハル『おい、俺が行つたら屹度貴様等ア、首だからな。其用意をして居れよ。然し大抵の事なら、俺の高姫様が信認の力によつて、千言万語を費し、弁護の結果助けてやるかも知れないから、俺の後姿を義理天上さまだと思うて、恭敬礼拝してゐるがよからうぞ。エヘン』 と肩肱怒らし、高姫の後から握り拳を固めて空を打ちながら、一寸後を振り返り、長い舌をニユツと出して四人に見せ、腮をしやくり尻を振り従いて行く。 (大正一二・一・二三旧一一・一二・七北村隆光録) |
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霊界物語 | 51_寅_浮木の森の曲輪城 | 11 乙女の遊 | 第一一章乙女の遊〔一三二六〕 高姫は二人の侍女と共に満面笑を湛へ、蓬莱山に行つて無上の歓楽に酔ひし如く、恍惚として脇息に凭れ、わが運の開け口、宇宙一切を手に握るも斯く楽しくはあるまいと満悦の折柄、ドアをパツと開いて足音高く入り来るは、六角の金色燦爛たる冠を戴いた高宮彦命が、さも愉快気にやつて来た。忽ち床を背にして、ムクムクとした厚い絹座布団の上に膝を埋める様にして坐り込んだ。高姫はさも嬉しげに媚びを呈しながら、 高姫『これはこれは吾夫、高宮彦様、よく吾居間を訪はせられました。一時千秋の思ひで、君のお出でを待ち焦れて居りました。嬉しう厶ります』 と涙含む。妖幻坊は、 妖幻坊の杢助『いや高宮姫殿、長らく顔も見せず失礼を致した。さぞ淋しかつたであらうな』 高姫『はい、幸に二人の娘が近侍してくれて居りますので、あまり淋しいとは存じませぬが、君のお姿が見えませぬと、何処とはなしに、ヤツパリ淋しう厶ります』 妖幻坊の杢助『アツハハハハハハ、さうするとヤツパリ此高宮彦が恋しいと見えるのう。や、さうなくては叶はぬ事だ。斯うして夫となり妻となるも、昔の神代から絶るにきられぬ因縁であらう』 高姫『尊き神様の御恵によりまして、かかる尊き御殿の内に於て親子夫婦の邂逅ひ、実にこんな嬉しい事は厶りませぬ。貴方の御雄姿と云ひ、高宮姫の若返りと云ひ、此金殿玉楼と云ひ、更に錦上花を添へたる如き金剛不壊の如意宝珠の分霊、高子姫、宮子姫二人の美女、天極紫微宮の壮観も竜宮城の光景も、よもやこれ程までには厶りますまい』 妖幻坊の杢助『それは、その筈だ。金剛不壊の如意宝珠の不思議の神力にて、天極紫微宮の御殿を地上に引移し、又竜宮の最も美しき処を、海底より此処に引上げ建て並べたる大城廓、其中心の金殿玉楼、曲輪城の高宮殿、綺麗なのは尤もだ、アハハハハハ』 高姫『あの杢……いやいや高宮彦様、此城廓の広袤は何程厶りますか』[※第二版ではこのセリフの冒頭に話者名として「高子」と書いてあるが。しかし文脈上「高姫」のセリフではないか?] 妖幻坊の杢助『うん、さうだ、東西が百町、南北が百町、中々以て広いものだぞや。其中心なる此御殿に於て、汝と両人、天下を握る愉快さは又格別だ。併しながら高宮姫、よつく聞け、昨日まではバラモン軍の先鋒隊ランチ、片彦両将軍が屯せる陣営の跡、彼方此方に散在し、見る影もなき荒野なりしが、神変不思議の魔法によつて、田園山林陋屋は忽ち化して花の都となり、かく城廓を天より海底より引寄せ、天地の粋を尽したる建物は漸く建つたれど、之より汝は吾と力を協せ、第一吾々が行動を妨ぐる三五教及びウラナイ教の奴輩を、一人も残らず此城中へ手段を以て引込み、霊肉共に亡ぼさねば、万劫末代此栄華を保つ事は難かしい。最も恐るべきは三五教を主管致す素盞嗚尊だ。それに従ふ東野別命、八島主命、日の出別命、言依別命、天之目一箇命、初稚姫命、其他沢山あれども、先づ吾々が敵とするは以上の人物だ。それに従ふ奴輩も一人も残らず打亡ぼさねば、吾々夫婦の大望は成就致さぬぞや。高宮姫、そなたが今後採るべき手段は如何で厶るか。それを承はりたいものだ、アツハハハハハ』 高姫『もし吾夫様、否吾君様、今となつて左様の事、お尋ねまでも厶りませぬ。妾は之より日々此城門を潜り出で、二人の娘を引連れ、火の見櫓の近辺にて往来の人を待ち伏せ、此美貌と弁舌にまかせ、残らず此城内に引き入れ帰順させてやりませう。必ずやお気遣ひなさいますな』 妖幻坊の杢助『ヤ、出来した出来した。流石は高宮姫殿、然らば吾は奥殿にて休息致し、日々の神務を見るべければ、汝は高子、宮子を伴ひ、火の見櫓の前にて往来のものは云ふに及ばず、三五教の宣伝使及び三五教に帰順して斎苑の館へ参拝する奴輩を残らず引捕へ、吾城内へつれ帰られよ』 高姫『仰せにや及びませう。高姫もかく若やいだ上は、いろいろと力を尽し手段を以て引き寄せませう、必ずともに御安心下さいませ』 妖幻坊の杢助『いやそれを聞いて安心致した。兎角浮世は色と酒、も一つ大切なものは権勢だ。何程智者学者と雖も、聖人君子と雖も、権勢なければ世に時めき渡る事は出来ない。まづ三五教を崩壊し、大黒主の神様に安心を与へ奉らずば、七千余国の月の国は云ふに及ばず、三千世界は乱麻の如く乱れ、且吾々の悪霊世界へ……否悪霊世界が吾々を滅亡せむと致すは火を睹るよりも明かだ。吾より先に進んで館を亡ぼさなくては、吾等は彼に亡ぼさるるに至らむ。如何に如意宝珠の妙力ありとも、敵にも亦一つの神宝あり。必ず油断なく……いざ之より初陣の功名を現はすべく出門召されよ』 と常に変り言葉も荘重に儼然として宣り伝へた。高姫は、 高姫『はい、承知致しました。必ず手柄をしてお目にかけませう。さア高子、宮子、母についておぢや』 と錦の袖を間風にひるがへし、シヨナシヨナと身振りしながら裾を持ち、高宮彦に別れて長廊下を伝ひ、玄関口より黄金の足駄を穿ち、浮木の森の火の見櫓の麓をさして、シヨナリシヨナリと太夫の行列よろしくにじり行く。 高姫は二人の侍女と共に襠衣を脱ぎ、火の見櫓の下の間に蔵ひ置き、長柄の籠を各携へて、菫や蒲公英を余念なき態を粧ひつつ摘んでゐた。さうして其処に咲き誇つてる寒椿の花の自然に落つるのを眺めて、昔のアーメニヤ時代を思ひ浮かべ、 高姫『おだやかな 初春の 小庭にしよんぼりと 乙女の唇の様な 小さき寒椿 滴るばかりの緑葉は 昨晩から雨にぬれた 病人の如く 椿の花は幽かに慄ふ 妾は今 彼の恋男の 痛々しい姿に 悩まされつつ 昔を今に写して 喘いで居るのだ 涙ぐましい気分が 四辺に漂ひ わが小さき胸に襲ひ来る これの椿の花よ 吾の姿に わが恋の思ひに似て』 と斯んな事を云つてスツカリ十八気分になり、ありし昔を追懐して其ローマンスを夢の如く浮べて椿の花に思ひを寄せてゐた。世の風波にもまれ、あらゆる権謀を弄し、鬼の如き荒男を凹ませ、神人をなやませたる高姫の言葉とは、何う考へても思はれない程の、あどけなき姿になりきつて居た。されど潜竜淵に沈むと雖も、一度風雲に際会すれば、天地を震撼し、黒雲を巻き起し、億兆無数の星晨を黒雲の下に舐め尽す如き執着心と焔の如き弁舌は、遺憾なく高姫の老躯より迸るのが不思議である。高姫があどけなき姿になり、白い手を出して怖さうに蒲公英を摘んでゐると、そこへ蓑笠を着け草鞋脚絆の旅装束、金剛杖を左手に握り、宣伝歌を歌ひながら進み来る二人の男があつた。 (ランチ、片彦)『神が表に現はれて善神邪神を立別ける 此世を造り給ひたる国治立の大神は 天地百の神人の醜の罪科一身に 引受け給ひ天界の天極紫微宮後にして 根底の国に落ちましぬああさりながら大神は 仁慈無限の御心に此世を救ひ助けむと 千々に心を悩ませつ御身を変じ遠近と 彷徨ひ世人を守りつつ百の難みを苦にもせず 守らせ給ふ有難さバラモン教に仕へたる 吾はランチの将軍ぞ吾は片彦将軍ぞ 大黒主の命を受け斎苑の館に現れませる 神素盞嗚の大神を打亡ぼして世の中の 曲をば払ひ清めむと数多の軍勢引率れて 隊伍を整へ堂々と浮木の森や河鹿山 進み来りし折もあれ三五教の宣伝使 神力無双の神人に説きつけられて三五の 誠の道を相悟り武装を棄てて治国の 別の命の弟子となりクルスの森やテームスの 峠に長らく足を止め天国浄土の御教を 聴聞なして人生の其本分を悟りしゆ 吾信仰はいや固く仮令巨万の黄金も 天女を欺く美人にも汚き心を起さざる 勇猛心となりにけりこれぞ全く皇神の 吾等を救ひ給はむと降し給へる仁愛の 恵みの雨の賜物ぞああ惟神々々 御霊幸倍ましませよ向ふの森を眺むれば 印象深き浮木原数多の軍勢引率れて 滞陣したる馴染の地暫く月日を経るままに うつて変りしあの様子如何なる偉人の現はれて かくも立派な都会をば造りしものか、あら不思議 雲表高くきらめくは大廈高楼金銀の 甍に輝く日の光合点の行かぬ此始末 汝片彦宣伝使彼の光景を何と見る 訝かしさよ』と尋ぬれば片彦首をかたげつつ 口許重く答へらく『君の宣らする其如く 実にも不思議の光景ぞいざ之よりは逸早く 足を早めて実否をば調べて見むか、如何にぞや』 反問すればまたランチ『如何にも尤も探険』と 道を行きつつ語り合ひ火の見櫓の麓まで 二本の杖に地を叩きしづしづ此処に着きにけり。 ランチ、片彦両人は自分が四ケ月以前に駐屯してゐた時の俤は烟の如く消え、得も云はれぬ立派な城廓や市街が立並び、火の見櫓は金色燦然として四辺を輝かして居る。二人は不思議さうに立止まり、目を丸くしながら無言の儘、四辺キヨロキヨロみつめて居る。ランチは漸く口を開き、 ランチ『いや片彦殿、何と不思議では厶らぬか。拙者が将軍として貴殿と共に陣屋を構へし俤はなく、殆ど千年の都の如き此壮大なる構へ、繁華なる市街の櫛比する有様、夢の様には厶らぬか』 片彦『成程、貴殿の申さるる通り実に不思議千万で厶る。もしか悪神等の悪企みでは厶るまいかな。如何なる神人と雖も、かくの如き事業を短日月に完成すべしとは思ひも寄らぬ。さてもさても不思議の事よ。いや、向ふの椿の木の根元に妙齢の女が三人、花を摘んでゐる様です。彼の女を捕へ、此城内の様子を伺つて見ようではありませぬか』 ランチ『成程、それも宜しからう』 と云ひながら三人の乙女の方へと歩を進めた。 四辺は春めきて、去年のかたみの枯草の間から、青草の芽霧が細く柔かく伸びて居る。小鳥の声は音楽の様に四辺に響いて来た。 (大正一二・一・二六旧一一・一二・一〇北村隆光録) |
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霊界物語 | 52_卯_小北山の文助の改心物語 | 07 玉返志 | 第七章玉返志〔一三四三〕 小北山の受付には、文助爺さまが初、徳の両人にしたたか頭をかち割られ、それから発熱して床につき、時々囈言を云ひ、大勢の信者や役員が頭を悩ましてゐる。そして魔我彦は不在なり、初、徳の両人は遁走し、俄に運用機関は殆ど停止の厄に遭うた。お菊は勝気な女とて、受付兼神殿係を兼務し、参詣して来る病人の祈願をなし、或は説教を聞かせ、又受付に現はれて、目も廻るばかりの多忙を極めて居つた。お菊はホツと持て余し、体は縄のやうになつて、チツとばかり愚痴り出した。 お菊『あああ、受付と云ふ役は何でもないものだ、遊び半分に何時も文助さまが絵を描いてゐる。之も用がなくて暇潰しにやつてゐるのだらうと思うて居つたが、中々自分がやつて見ると忙しいものだ。鎮魂もしてやらねばならず、御祈願もせなならず、ホンにホンに文助さまも御苦労だつたなア。何卒早く治つてくれれば可いに、これ丈そこら中に美しい花が咲いてるのに、花摘みに行く事も出来やしない。そこへ又初稚姫様が御越しになつたものだから、松姫さまは忙しいのでチツとも手伝うては下さらず、お千代さまもお宮のお給仕やなんかで忙しいさうだし、本当に厭になつちまつた。せめて魔我さまなつと帰つてくればよいのに、気の利かぬ奴だな。万公さまも万公さまだ、何処を一体彷徨いてるのだらう。帰つて来りや可いに、そしたら又惚れたやうな顔をして、退屈ざましに嬲つてやるのだけれどなア。あああ仕方がないワ、何程きばつた所で、先繰り先繰り婆、嬶がやつて来るのだから、お菊さまもやり切れない。一つここらで昼寝でもやつたらうかなア。此夜の短い日の永いのに、睡ぶつたくて仕様がないワ。椿の花でさへも居睡つて、ボトリボトリと首を抜かして溜池の鮒を脅かし、水面を真赤に染めてゐる。私だつて生物だから、チツとは休養もせなくちや叶ふまい』 と独言を言ひながら、グツと眠つて了つた。そこへ、六十許りの爺が十二三の娘を背中に負ひ、トボトボとやつて来た。 爺『ハイ、御免なさいませ、私はつひ近在の首陀で厶いますが、娘が喉に鯛の骨か何かを立てまして、苦しみ悶え、息が切れさうになつて居ります。何卒神様の御神徳で除つて頂くことは出来ますまいかなア』 居眠つてゐたお菊はフツと目をさまし、 お菊『ウニヤウニヤウニヤウニヤ、ようお出でなさいませ、随分日の永いこつて厶いますな。モウ何時ですか』 爺『まだ四つ時で厶います。至急に御願ひ致したい事が厶いますので、お世話に預かりたいと思ひ参りました。之は私の孫で厶いますが、喉に何だか立ちまして、困りますので鎮魂とやらをして貰ふ訳には行きませぬだらうかな』 お菊『ヘー、宜しい、併し住所姓名を伺ひます』 爺『ハイ、住所姓名は後から申上げます。此通り孫娘が危急存亡の場合で厶いますから、早く御祈願をして頂きたいもので厶います』 お菊『それなら特別を以て、先にする手続を後にし、お願ひ致しませう。併しながら此子の名を聞きませぬと、願ふ訳には参りませぬワ』 爺『それは御尤もで厶います。娘の名は滝野と申します』 お菊『ハイ宜しい、サア此方へ連れて来なさい。大神様に願へば直様助けて下さいます。サ、お爺さま、お上りなさい』 爺『甚だ申し兼ねますが、此通り草鞋をはいて居りますから、足が汚れて居ります。何卒娘だけ上げて下さいませ』 と背中から下した。娘は転げるやうにして、お菊が願ふ祭壇の前に行つた。お菊は紫の袴を着け、白い着物の上に格衣を羽織つて中啓を持ち、恭しく天津祝詞を奏上し、祈願を凝らした。お菊が熱湯の汗を流しての一生懸命の祈願も容易に効顕はれず、娘は益々苦しみ悶えるばかりである。お千代は用のすきまに階段を下つて受付へ来て見ると、怪しい爺が庭の隈に青い顔してしやがんでゐる。神殿を見れば、お菊が一生懸命に祈願を凝らしてゐた。お千代は之を見て、 お千代『受付はサツパリ空屋だ。どれ暫く私が代理を勤めておかうか』 と云ひながら、受付にチヨコナンと坐つてみた。そこへ坂路を登つて、息をスースー喘ませながら二人の男がやつて来た。これはイク、サールの両人である。 イク『御免なさい、私は祠の森のイク、サールといふ者で厶います。もしや初稚姫様はスマートといふ犬を連れてお立寄になつては居りませぬか』 お千代『それはようお出でなさいました。マア御一服なさいませ。夜前からお見えになつて居りますが、お母さまと何だか御話がはづんで居ります。何れ手があきましたら御知らせ致しますから、此境内のお宮様を一遍、御巡拝なさいませ』 イク『イヤ有難う、兎も角参拝さして頂きませう。オイ、サール、まだ十二三らしいが随分しつかりしたものだね。小北山はこんな小さい子供で受付が出来るのだから、大したものだよ。イルやハルの奴、偉さうに受付面を晒しよつて酒ばかり喰ひ、筆先だとかいつて紙ばかり使ひよつて、日の暮れるのばかりを待つてゐるサボ先生とはえらい違だなア』 サール『本当に感心だ。コレ受付さま、お前さまの名は何と云ひますか』 お千代『私の名を尋ねて何となさるのですか。別に用がないぢやありませぬか』 サール『イヤもう恐れ入りました、それならモウお伺ひ致しませぬワ』 イク『ハハハハ、サール、とうと、やられよつたな。恥を知れよ』 サール『貴様なんだ、肝腎の水晶玉を犬にとられたぢやないか。犬かと思へばド狸につままれよつて、スコタンを喰はされ、おまけに悪口雑言を浴びせかけられ、よい恥をさらしたぢやないか、偉さうに言ふまいぞ』 イク『そりやお互さまだ、こんな所へ来て、そんな馬鹿な事を云ふ奴があるかい』 お千代『何とマアお前さま達は、どこともなしに空気のぬけた面をしてますね。今聞きますれば玉を取られたとか仰有いましたが、本当にラムネの玉落みたいなお方ですねえ、ホホホ』 イク『ヤ、此奴ア恐れ入ります、お面、お小手、お胴といかれてけつかる。ヤアこはいこはい、サ、サール行かう』 サール『オイ一寸待て、此爺さまは、怪しいぢやないか。俺達の顔を見るとビリビリ慄うてゐるぞ』 イク『ホンにけつ体な爺さまだなア。オイ爺さま、お前一体何処から参つたのだい』 爺『何卒、そんな事云つて下さるな。孫が大変な病気にかかつて苦しんで居るので、今ここへ願つて貰ひに来たのだよ。病気にさはるから、お前さまは早くお宮さまへ参つて来なさい』 イク『オイ、サール、兎も角神様へ御挨拶が肝腎だ、サ参らう』 と云ひながら、受付を立つて沢山の宮を一々巡拝し始めた。お菊は一生懸命に頼んでゐる。娘は次第に苦しみ悶えだし、喉につまつた鯛の骨はますます深くおち込んだものか、息が殆どつまり、無我夢中になつて空を掴み出した。お千代は吃驚して、側へよつて見れば、大きな狸の尾が娘の尻からみえてゐる。此奴は化物に相違ないと、早速外へ飛出し、イク、サールの両人を「早く早く」と手招きした。両人は何事か急用が出来たらしいと、巡拝を半にして打切り、後から拝む事とし、スタスタと帰つて来た。今まで受付の横に慄うてゐた爺の姿は何時しか消えて、妙齢の美人が坐つてゐる。二人はどつかで見た事のある女だと思ひながら、お千代に跟いて神殿に進み、祝詞を奏上した。娘は益々苦しみ出した。お千代は娘の背中を、天の数歌を歌うてポンポンと二つ叩いた拍子に、クワツと音がして飛出したのは鯛の骨でもなく、直径一寸許りの水晶玉であつた。一同はアツと驚く間もなく、娘は忽ち古狸となり、受付に居つた女も亦同じく大狸となつて、一生懸命に山越しに姿を隠して了つた。 イク『ヤア畜生、ザマを見い、ウマク俺をチヨロまかして、水晶玉を盗みよつて、神罰が当つて喉につまり、仕方がないものだから、こんな所へ化けて助けて貰ひに来よつたのだな。ヤア今度は確かり気を付けなくちやならないぞ。ヤア娘さま、貴女のお蔭で宝が元へ帰りました、有難う厶います。イク重にも御礼申します』 千代『貴方、狸と御親類で厶いますか、どうして又あの玉を取られたのです?』 イク『イヤ、お話し申せば恥かしう厶いますが、此玉の手に入つた由来から、取られた因縁を申し上げねばお疑ひが晴れますまい。それでは逐一申上げます』 と狸に騙されて水晶玉を取られた顛末を詳細に物語つた。お千代とお菊は転けて笑つた。 お菊『アレマア、馬鹿らしい、狸に御祈祷を頼まれたのだワ。何だか耳が動くと思うて居つたのよ。お千代さまのお蔭で、狸も助かり、私も助かりましたワ。モウ此上お祈りをしようものなら、息が切れる所でしたワ』 サール『オイ、イク、貴様に持たしておくと、どうも剣呑だ、今度は俺が持つて行くから此方へ渡せ』 イク『メメ滅相な、俺が持つて居つたら可いぢやないか。貴様の様な慌て者に持たしておくと気が気でならぬワ。マア子供は大人に一任した方が安全だよ』 サール『ヘン、仰有いますワイ。何卒狸に取られぬ様に確かり御監督を願ひますよ。何は兎もあれ、神前に御礼を申しませう』 と四人は横縦陣を作り、赤心を籠めて一生懸命に感謝祈願の詞を奏上した。 イク『妖怪に騙し取られた宝玉も 神の恵に吾手に還れり』 サール『イクの奴まぬけた面をしてる故 狸の奴に眉毛よまれし』 イク『馬鹿云ふな貴様が曲津につままれて 首つり女と見違へた故よ』 サール『横面を狸の奴に擲られて 田圃に落ちし可笑しき奴かな』 イク『イクらでも人の悪口つくがよい 善言美詞の道を忘れて』 サール『馬鹿云ふな俺の睾丸握らうと 思うて頭擲られた癖に』 イク『擲りたる男に又も擲られて サールの馬鹿がベソをかくなり』 サール『其様な減らず口をば叩くなら 水晶玉をこつちへ渡せよ』 イク『水晶の霊なればこそ水晶の 玉の守護をさせられてゐる』 サール『玉脱けの間抜男が水晶の 玉を抱いて罪を作るな』 イク『この玉は小北の山の皇神の 守りと二人の恵にかへれり。 さりながらサール心を持ち直せ お前の罪が玉を汚せば。 汚れなば又この玉は逃げて行かむ サールの玉をまたも嫌ひて』 お千代『水晶の瑞の御霊は何神に 頂きましたか聞かまほしさよ』 イク『この玉は日の出神の賜ぞ いや永久に離されぬ玉』 お千代『放せとは誰も言はねど油断から 狸の奴に取られ玉ふな』 イク『これは又思ひもよらぬお言葉よ 万劫末代放しは致さぬ』 お菊『玉脱けのやうな面した二人男の この行先が案じられける。 初稚姫神の命は此二人を 嫌ひ玉ふも宜よとぞ思ふ。 どことなく虫の好かないスタイルだ バラモン軍に居つた人だらう』 イク『女にも似合はずよくもベラベラと 大人なぶりの骨嬲りするよ』 サール『吾とても男と生れた上からは 女に負けて居れるものかい。 乙女子よがんぜなしとて余りだよ 荒男をば嘲弄するとは』 お菊『嘲弄する心は微塵もなけれども 何とはなしに可笑しくぞなる』 お千代『お菊さま私も二人の顔をみて 空気ぬけ野郎と思ひましたよ。 ド狸に玉を取られてメソメソと 吠面かわく男なりせば』 サール『これ程に口の達者な乙女子が 居るとは知らず訪ね来しよな』 イク『この乙女一筋縄では行かぬらし 侠客育ちの生地が見えてる』 お千代『松彦や松姫さまを親に持つ お千代の方を知らぬ馬鹿者』 イク『これはしたり松彦さまの嬢様か 知らぬ事とて御無礼しました』 お千代『あやまれば別に咎めはせぬ程に これからキツト謹しむがよい』 イク『狸には大馬鹿にされ梟には 笑はれ又も馬鹿をみるかな』 サール『アハハハハ呆れて物が言はれない 彼方此方に化物が出る。 この女眉毛に唾をつけてみよ キツト尻尾がついて居らうぞ』 お千代『面白い狸のやうな面をして つままれるのは当然ぞや』 サール『どこまでも二人の乙女に馬鹿にされ どこで男の顔が立たうか』 イク『何よりも水晶玉が手に入らば 何と云はれても辛抱せうかい。 此様なお転婆娘があればこそ 尻尾を出した化狸野郎。 お千代さまお前のお蔭で宝玉が 返つたのだから拝みますぞや』 お千代『お菊さまこんな腰抜男等に 玉を与へた神は何神』 お菊『義理天上日の出神の格だらう 魂も調べず渡す神なら。 真正の日の出神は此様な 頓馬男に渡す筈なし』 と互に揶揄ひながら、受付に集まつて白湯に喉を潤ほし、それより二人は各神社を参拝し始めた。 (大正一二・一・二九旧一一・一二・一三松村真澄録) |
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霊界物語 | 56_未_テルモン山の神館1 | 05 鷹魅 | 第五章鷹魅〔一四三五〕 此世を造りし元津祖弥勒の神は高姫が 肉のお宮に憑りたる日の出神とこじつけて 金剛不壊の如意宝珠其外百の神宝に 執着強く四方の国海洋万里の波渡り 騒ぎまはりし其結果仁慈無限の瑞御霊 神素盞嗚の大神の水も洩らさぬ執成に 心の底から悔悟して誠の道に生き復り 暫らく聖地に現はれて教を伝へ居たりしが 淡路の里の東助が昔馴染と聞きしより 再び狂ふ心猿意馬の止め度もなしに躍動し 生田の森を後にして長の海山打渡り 心いそいそ斎苑館ウブスナ山の聖場に 詣で来りて東助に過ぎし昔の物語 シツポリなして旧交を回復せむと恋愛の 雲に包まれ村肝の心は暗となりにけり 信心堅固の東助は恋に狂へる高姫に 只一瞥もくれずしていと素気なくも刎ねつける 心曇りし高姫も愈自暴自棄となり 又もやもとの悪身魂再発なして河鹿山 嵐に面を曝しつつ恥も名誉も知らばこそ 玉国別の築きたる祠の森に立寄りて ここに教主となりすまし館の主人珍彦を 眼下に見下し居たる折大雲山に蟠まる 八岐大蛇の片腕と兇党界にて名も高き 妖幻坊に操られ斎苑の館の時置師 杢助総務と誤解してうまく抱き込み一旗を 挙げて聖地に立籠もる東野別の向ふ張り 恋の意趣を晴らさむと企み居たりし折もあれ 初稚姫が現はれて千変万化の活動に 居堪りかねて妖幻坊高姫諸共森林を 潜つてスタスタ逃げ出し小北の山の神殿に 夫婦気取で進み入り神の光に照らされて 曲輪の玉を落しつつ高姫諸共逃げ出す 妖幻坊の杢助は高姫司と諸共に バラモン軍の屯せし浮木の森に現はれて あらゆる魔法を行ひつ世人を悩め居たる折 三五教に名も高き天女に等しき神司 初稚姫やスマートの声に驚き妖幻坊 黒雲起し高姫を小脇に抱へ空中を 逃げ行く折しもデカタンの大高原の中央に 高姫司を遺失して雲を霞と逃げて行く 高姫空より墜落し人事不省に陥りて 霊肉脱離の関門を漸く越えて遥々と 八衢関所に来て見ればさも勇ましき赤白の 守衛に行途を遮られ三歳の間中有の 世界に有りて精霊を研き清むる身となりぬ さは去り乍ら高姫の身魂は地獄に籍を置き 高天原の霊光を畏れ戦き忌み嫌ひ 一歳経ちし今日の日も中有界をブラブラと 彷徨ひ巡り迷ひ来る百の精霊に相対し 現実界にありし如脱線だらけの宣伝を つづけ居たるぞ愚なれエリシナ谷に隠れたる ケリナの姫やバラモンの軍人なるヘル、シャルや 六造の四人が道の辺の草に隠るる姿をば 目敏く眺め立止まり皺枯声を張上げて 日出神の義理天上弥勒の神の御先達 高姫司の生宮が汝等四人に気をつける 早く草原飛び出して吾生宮の前に出よ 如何に如何にと呼び立てる其スタイルぞ可笑しけれ ああ惟神々々迷ひ切つたる霊魂は 神の力も如何とも救はむ手段もなかりけり。 高姫は道の辺の長い草の中に隠れてゐる四人の男女に向ひ声を尖らし乍ら、言葉の尻口をピンとあげて口角泡を飛ばし、アトラスの様な顔を前にニユツと出し二つ三ツつ腮をしやくり肩を揺り、招き猫の様な手つきをして二つ三ツつ空を掻き乍ら、 高姫『これこれ、何処の方か知らぬが此原野は此高姫の管轄区域だ。何故こんな処まで黙つて来たのだい。まア、ちつと此方へ来なさい。結構な話をしてやらう。エーエー、辛気臭い。早う出なさらんかいな。蟋蟀か螽斯の様に草の中に何時迄すつこんで居つても埒は明きませぬぞや』 四人は怖々草を分けガサガサと高姫の二三間手前まで現はれて来た。さうして不思議相に稍俯向気味になつて高姫の顔をチラチラと偸む様に見てゐた。 高姫『これ皆さま、お前がここへ来る途中に一つの家があつただらう。何故そこを黙つて通つて来たのだい。此高姫はもとは三五教の宣伝使、今はウラナイ教のエンゼルだぞえ。天の弥勒様の根本の根本の大柱の大弥勒様で、義理天上日出神の生宮で厶るぞや。あんまり現界の人間が身魂が曇つてゐるので、どうぞ助けて天国へやつてやり度いと思つて化身の法を使ひ、高姫の肉宮を使つて此大野ケ原を往来する人民を片端から取ツ捉まへて、誠の教を聞かしてゐるのだ。さア早く出て来なさい』 六造『お前さまは音に名高い高姫さまで厶いましたか。お名は承はつてゐましたが、お目にかかるのは初めてです』 高姫『うん、さうかな。妾の名は何と云つても宇宙根本の大神様の生宮だから津々浦々迄響いてゐる筈だ。三人のお方、お前等も妾の名を聞いて居つただらうな』 ヘル『ハイ、根つから聞いた事は厶いませぬ。私は初稚姫さまだとか、清照姫とか云ふ立派な方の名は聞いて居ますが、高姫さまと云ふ名は今日が初めてです』 高姫『さうかいな。何とまア遅れ耳だこと。天地の間に義理天上日出神の生宮の名を知らぬものは一人も無い筈だが、矢張身魂の因縁がないと、雷の様な声で呼ばつても耳に這入らぬと見えるわい。さア此処で会ふたを幸ひ、高姫の姿を拝見しお声をよく聞いておきなさい。決して高姫が云ふのぢやありませぬぞや。底津磐根の根本の大弥勒様が仰有るのだから仇に聞いては罰が当りますぞえ』 ヘル『何だか知りませぬが、貴方のお声を聞くと頭が痛くなりますわ。お顔を見ても気分がよく厶いませぬわい』 高姫『そら、さうだらう。霊国天国を兼ねた天人の身魂だから、身魂の曇つた悪の守護神は高姫の光明に照らされて、目が眩み善言美詞の言霊にあてられて、耳が鳴り頭が痛むのだよ。チツと確りしなさらんか。今ここで取違ひしたら、万劫末代浮ばれませぬぞや』 ヘル『ヘイヘイ、畏まりました。又御縁が厶いましたらお世話になりやせう』 高姫『ホホホホホ訳の分らぬ癲狂痴呆だこと。あああ大慈大悲の根本の大弥勒さまも、こんな没分暁漢を済度なさらなならぬのか、ホンにおいとしいわいのう、オーンオーンオーン、然し乍ら此男はヘルとか聞いたが、余程馬鹿な奴と見える。おい、そこに居る、も一人の男、お前は高姫の名位は聞いてゐるだらうな』 シャル『ハイ、聞いて居りますが、私の聞いてる高姫は貴女では厶いますまい。世界に同じ名は沢山厶いますからな』 高姫『お前の聞いてる高姫と云ふのは如何な性質の人だ。一寸云つて御覧なさい』 シャル『ヘイ、吾々の親方にして宜い様なお方ですわ。何でも三五教とやらに這入つて金剛不壊の如意宝珠に現を抜かし大勢の者に嫌はれ、屁の出の神とか糞出の神とか云つて自ら触れ歩き、終ひの果には婆の癖に恋に落ち、妖幻坊と云ふ古狸につままれて何処かへ攫はれて行つたと云ふ事です。その高姫なら聞いてゐますが随分私の村では悪い婆だと云ふ評判が立つて居りますよ』 高姫『さうかな。矢張妾の名に似た婆があると見えるワイ。余り妾の名が高いものだから悪神が現はれて高姫の名を騙り、三五教へ這入つて、又もや日出神の名を騙り、色々の事を致したのだらう。どうも油断のならぬ時節だ。然し妾は同じ高姫でも、そんな者とは違ひますぞや。月と鼈、雪と墨、同じものと見られましては……ヘン……此高姫も根つから引合ひませんわい。オホホホホホ』 シャル『私は今は斯うして泥坊商売に変りましたが、今迄はバラモン教の軍人で鬼春別の部下に仕へたものです。その時に三五教の幹部連の人相書や絵姿が廻つて来ましたが、妖幻坊に騙されたと云ふ高姫に、お前さまそつくりですよ。よもや其高姫では厶いますまいな。彼奴の云ふ事なら口と心が裏表だから決して聞いてはならないと、バラモン教は云ふに及ばず三五教のピユリタンでさへも云つて居ますよ』 高姫『ホホホホホ、盗人の分際として高姫の真偽が判つて堪らうか。あの高姫と云ふ奴は実の所はバラモン教に居つた蜈蚣姫と云ふのだよ。それが妾の名を騙つて、あんな事をやつたのだ。三五教の奴は馬鹿だから、あまり御光が強いので見分けがつかず贋者を掴んで居つたのだ。何は兎もあれ、この高姫の隠れ家迄いらつしやい。決して利益にならぬ事は云はぬ。皆天国へ助けてやるのだからな』 シャル『オイ、ヘルにケリナに、六公、如何しようかな。一つ此婆アの話を聞いてやらうか』 六造『うん』 高姫『エー、そりや何を云ふのだ。此婆の話を聞いてやらうも、糞もあつたものかい。底津磐根の弥勒様の生宮だ。何と云つても助けにや措かぬ、さア来なされ来なされ。これ、其処な若いお女中、お前は一寸見た所で仲々気が利いて居る。事と品とによつたら妾の脇立に使つてやらうまいものでもない。何せよ、曇りきつた霊が直に天国に行くと云ふのは余り気が良すぎる。中途で墜落る様な事をしてはならず、苦労の花が咲く世の中だから……天国紫微宮から人間の姿となつて降つて来たのだ。そして苦労の手本を見せて皆に改心させる役だぞえ。お前も出て来て苦労をしなさい』 ケリナ『ハイ、有難う厶います。実の所は八衢の関所迄参りました所、まだ生命が現世に残つて居るから帰れ、と仰有つたから帰つて来たのです。最早此処は現界で厶いますか』 高姫『きまつた事だよ。此処は現界も現界、大現界だ。現幽神三界の救ひ主だから先づ現界の人間から助けてやるのだよ』 ヘル『あああ、何が何だか訳が分らなくなつて来た。然しさう聞くと現界の様にもあるし、も一つ心の底に疑念も残つて居る。こんな道端に立つて居た所が仕方が無い。先づお婆アの後に跟いて何でも可いから探らして貰ふ事にしようかい。のう二男一女の御連中』 高姫『探らして貰ふなんて、そりや何を云ふのだい。神の教は正真一方だ。水晶の様につきぬけて居るのだぞえ。スパイか何ぞの様に探るなんて、心の穢い事を云ふのぢやありませぬわい。さアさア来なさい』 と羽ばたきし乍ら欣々と東を指して小径を歩み出した。四人は兎も角、婆さまの館に行つて休息せむと重い足を引摺り乍ら跟いて行く。 谷川の辺に萱で葺いた二間作りの小かな家が建つて居た。これが高姫の中有界に於ける住家である。ヒヨヒヨした板の一枚橋を危く渡り乍ら漸くにして四人は高姫の館にやつと着いた。 (大正一二・三・一四旧一・二七於竜宮館北村隆光録) |
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霊界物語 | 58_酉_イヅミの国1(猩々島) | 04 銅盥 | 第四章銅盥〔一四七九〕 タンクの会長は三千彦と相談の結果、悪酔怪を解散し神館の神殿に一同参拝し感謝祈願の祝詞を奏上し了つた。日は已に暮れて暗の帳はボトボトとテルモン山の麓より下ろされて来た。数百の会員並に町民一同はワックス以下の悪漢に誤魔化され、思はぬ暴動をつづけ大神の道に背きたる事を悔ひ、且つ懲戒の為ワックス以下四人に笞を加へ追放せむ事を主張して止まなかつた。三千彦は種々言葉を尽し、其不合理を責た。併し乍ら此町の昔からの不文律、俄に破る訳には行かぬと云ふので三千彦も止むを得ず笞刑を許した。笞打つ役はトンク、タンクの二人が当つた。ワックスには一千の笞、其外の連中には五百づつの笞を加へて放逐する事となつた。四人は杭に後向きに繋がれ、竹の根節の笞にて力限りに打たれる事となつた。三千彦は暗夜を幸ひ、四人の尻に銅の金盥を括りつけ、素知らぬ顔して居た。タンク、トンク両人は少しも覚らず松明をドンドン焚き乍らソロソロ笞を打ち初めた。一同は拍子をとつて之に和す。銅の盥の上には着物がかかつて居るから何程松明の火が明くても容易に誰の目にもつかなかつた。タンクは笞を振り上げ一節歌つてはワックスの尻をピシヤと殴る。其度毎にカンと妙な音がする。トンクはエキスの尻を目蒐けてピシヤと打つ。これ亦カンと鳴る。 『テルモン山の神館珍の聖地に仕へたる ヨーイヨーイドンと打てカーンカーン アイタタアイタタアイタタツタ家令の悴ワックスは 古今無双の悪党者エキス、ヘルマン、エルの奴 うまく騙かし如意宝珠館の宝を盗み出し ヨーイヨーイドンと打てカーンカーン アイタタアイタタアイタタツタ小国別の御夫婦に あらぬ難題塗りつけてせつぱつまつたその挙句 自分のラブした姫さまをうまく手に入れ御養子と ならうと致した悪漢だヨーイヨーイドンと打て カーンカーンアイタタアイタタアイタタツタ 此世に神のます限り悪は何時迄つづかない 蜴の様な面をして色の恋のと何の事 色と欲との二道をかけた家令の小悴奴 馬鹿を尽すも程があるヨーイヨーイドンと打て カーンカーンアイタタアイタタアイタタツタ 此奴の尻はどうしてか笞打つ度にカンカンと 怪体な音がするぢやないか面の皮まで厚い奴 お尻の皮まで厚いのかヨーイヨーイドンと打て カーンカーンアイタタアイタタアイタタツタ 三千彦さまの神司野蛮な事は止めにして 助けてやれと仰有つたそれも一応尤もだ さはさり乍ら昔からきまつた所刑を今となり どうして廃止がなるものか打たねばならぬ四人連れ お尻の皮が剥けるまでヨーイヨーイドンと打て カーンカーンアイタタアイタタアイタタツタ こりやこりやワックス初めとしエキス、ヘルマン、エルの奴 もう斯うなれば是非がない十分覚悟を相定め お尻の肉が取れる迄打つて貰つて俺等を 今迄騙し苦しめた罪の償ひするがよい ヨーイヨーイドンと打てカーンカーン アイタタアイタタアイタタツタお前がここを去つたなら テルモン山の神館宮町中は餅搗いて ポンポンポンと勇み立ち平和に其日を送るだろ 悪酔怪を組織して吾等一同を抱き込み 神の使の三千彦を苦しめまつりお館を 占領せむとの悪企みいつ迄神は許さむぞ ヨーイヨーイドンと打てカーンカーン アイタタアイタタアイタタツタ此奴のお尻は渋太いな 観音さまでもあるまいにカンカンカンと音がする 余程因果な生れつき家令の悴と生れ来て 水平会や町民に声を揃へて唄はれて 笞刑の恥を曝すとは憎い乍らもお気の毒 これも規則だ仕様がない涙を呑んで辛抱せよ ヨーイヨーイドンと打てカーンカーン アイタタアイタタアイタタツタほんとに厄介な者だなア デビスの姫やケリナ姫尊い尊いお姫様 生命を助けて下さつた求道居士の修験者 狐に狸の化物とうまく俺等を騙かして 鳩の岩窟に放り込んで夜な夜な自分が通ひ込み 種々雑多と辞を設け二人の姫の歓心を 買つて天晴色男鼻毛をよまれ涎くり 目尻を下げて出でて行くそのスタイルが見たかつた ヨーイヨーイドンと打てカーンカーン アイタタアイタタアイタタツタ二人のナイスに肱鉄を 喰つた其上スマートに腕をば咬まれ足噛まれ 半死半生と成り果てて血まぶれ姿の憐れさよ 自業自得と諦めて町民一同の志 きつい笞をば受けなされ俺等もヤツパリ人間だ 痛い苦しい其味は決して知らぬ者ぢやない それでも以後の懲戒だ涙を呑んで尻叩く 止むに止まれず尻叩くヨーイヨーイドンと打て カーンカーンアイタタアイタタアイタタツタ 斯うなりやお前も金盥叩いた様な音がする 余程お尻が腫ただろ痛いとて辛抱するが宜い たつた五百や一千の笞を受けてメソメソと 吠面かわく奴があるかお前も一度は団体の 頭となつた男ぞや男の中の男ぞと 誇つて厶つたワックスよそれに従ふ三人連れ 相も変らず無頼漢お気の毒だがもう暫し 規則通りにカンカンと神妙に打たれて置きなされ 万劫末代名が残るヨーイヨーイドンと打て カーンカーンアイタタアイタタアイタタツタ 悪酔怪の会長と町民諸君に選まれた 神力無双のタンクさま此方の腕には骨がある あんまり強う叩かねど力が充ちて居ると見え 軟かい尻を叩くのにカンカンカンと音がする こりや又如何した事だらうヨーイヨーイドンと打て カーンカーンアイタタアイタタアイタタツタ 落選したるトンクさまヤツパリ俺と同じ様に 竹の根節を振り上げてエキスの尻を打叩く ヤツパリこれも腕力備はり居ると見えまして 打つ度毎にカンカンと怪体な音が響いてゐる 尻観音か知らねども何程カンカン云つたとて 最早貫目は保たれぬカンカラカンのカンカラカン カンツクカンツクカンツクカンカンカンベラボウ、ボンボラボウ ボンボラ坊主の四つの尻ヨーイヨーイドンと打て カーンカーンアイタタアイタタアイタタツタ 何程尻を叩いても痛い痛いと云ふ計り 涙一つも零さないクスクスクスと笑つてる 余程肝の太い奴これを思へば神館 思ふが儘に占領して天下無双の美人なる デビスの姫に目をかけて思惑立てたは当然 ホンに図太い奴だな此奴の尻は不死身だらう 何程打つてやつたとてチツとも往生致さない 打てよ打て打て確り打てよヨーイヨーイドンと打て カーンカーンアイタタアイタタアイタタツタ』 トンク『さあエキスの分は済んだ。これからヘルマンだ。おい、ヘルマン無情な奴と怨めて呉れな。これも貴様の心から出た錆だから仕方がないわ。尻の結目の合はぬ事するから、シリが来るのだ。それだから俺もお前等のシリ合だけれど此町の規則によつて尻を打たねばならぬ破目となつたのだ。悪い事をするなら何故もつと尻を結んで置かないのだ。シリ滅裂の計画をやるものだから到頭終ひの尻は町民に笞刑五百と判ケツされてこんなケツい目に会ふのだ。然しまあケツ構と思へ、命とられぬ丈ケツ構だから。お姫様をケツねだの、狸だのと吐した酬いでケツ構な目に遭はなならぬのだから観念するがよいわ。いやもうカン念してるに相違ない。エキス、ワックスはカン念カン念と云つて居る。何分尻迄物云ふ時代だから馬鹿にならぬわい。これから俺が音頭とるのだ。さア辛抱せい。ワックスはまだ半分残つてる。これを思へば貴様は半分で済むのだからケツ構だぞ。 ヨーイヨーイドンと打てカーンカーン アイタタアイタタアイタタツタ家令の館へ押掛て チヨコチヨコサイサイ金銀の小玉をドツサリ強請りとり うまい汁をば吸ひよつたその証にや尻迄が ブクブク太つてケツからアさアさア痛うても辛抱せよ 俺も涙は零してる現在互に識つた仲 こんな役目を勤むるは俺も嬉しうはないけれど 止むにやまれぬ此場合ヨーイヨーイドンと打て カーンカーンアイタタアイタタアイタタツタ 此奴の尻も亦不思議又々カンカン唸り出す 顔に被つた鉄面皮此奴は尻迄鉄面だ 手詰になつた此場合いやでも打たねばならうまい 宮町中の怨霊がお前の尻に集まつて 此ケツ断になつたのだお前も決心するが宜い 打たねばならぬ此場合ヨーイヨーイドンと打て カーンカーンアイタタアイタタアイタタツタ これから此処を立出でて荒野ケ原を打渉り テルモン山を後にして運も命も月の国 デカタン高原さして行けお前によう似た悪人が 沢山集つて居ると云ふ此霊場に置くならば 又もや悪事を企み出し吾等一同に難儀をば 必ず掛るに違ひない気の毒乍ら打つてやらう ヨーイヨーイドンと打てカーンカーン アイタタアイタタアイタタツタ』 漸くにして規則通り四人は数百人に声を揃へて囃され乍ら尻を打たれた挙句、縛を解かれて、夜陰に紛れ逃げ出す途端、金盥はガランガランと音をして芝生の上に仰天してキラキラと篝火に輝いて居る。 トンク『やア、余り強く打つたので尻に血が凝つたので、斯んな大きな肉塊を落して行つた』 とよくよく見れば四つの金盥が大きな口を開けて天を眺めて居る。 トンク『ハハア、皆さま、これ御覧なさいませ。何がカンカン云ふかと思へば四人の奴の尻は此通り金になつて了ひました。ヤツパリ余り金を使つた天罰でせう』 一同は、タンク、トンクの両人が両方の手に金盥を一つづつ捧げて来て見せるのを不思議相に『ワーイワーイ』と叫んで、 『溜飲が下つた、胸がスツとした。これで飯がうまい。帰んで一杯やらうかい』 と口々に囁き乍ら各吾家を指して帰り行く。タンク、トンクの両人は無事笞刑の済んだのを報告すべく金盥を四つ、各自に抱へて神館の大神殿に進み入り、恭しく呈上した。三千彦は此場に現はれ来り、 三千『タンクさま、トンクさま、御苦労で厶いました。四人は嘸弱つたでせうな』 タンク『はい、何だか知りませぬが余り打つたものですから、此通り尻が硬くなり、血が滲んで尻の凝固を落して逃げました。然し随分元気よく何処かへ逃げましたよ、アハハハハハ』 タンク『三千彦の神の司の慈み 尻に鎧を着せ玉ひけり』 トンク『金盥とは知り乍ら大神の 恵嬉しみ打据ゑにける』 三千彦『大神の恵の露を負ひし身は 如何でか人を損ひ得べき。 皇神も二人の司の誠心を さぞ喜びて諾ひますらむ』 (大正一二・三・二八旧二・一二於皆生温泉浜屋北村隆光録) |
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霊界物語 | 64_下_卯エルサレム物語2 | 09 狂怪戦 | 第九章狂怪戦〔一八一五〕 お花『有為転変は世の習ひ天が地となり地は天と 変る浮世の有様はお花と貴方の事だらう 寝ても醒めても夢現日の出の神の生宮に 頭の先から爪の端身も魂も打ちこみて 惚れて厶つたお前さまどうした風の吹廻しか 私とコンナ仲となり二世を契つた夫婦連れ 此聖場の神様も嘸や御嘉納なさるだらう 何程神ぢや仏ぢやと高尚な事を云つたとて 人は肉体ある限り湧いて出て来る性の欲 満たす事をば知らずして可惜月日を送るのは 天の与へた快楽を蹂躪すると云ふものだ ラブ・イズ・ベストをふり廻し自由自在に性の欲 遂げた処で神様の干渉すべき理由はない あゝ面白やたのもしやコンナ尊き歓楽を お寅婆アさまにだまされて竜宮海の乙姫の 身魂ぢや改心せにやならぬもしも男に触つたら 八万劫の罪咎が一度に現はれ日に三度 極寒極暑の苦しみを受けると甘く騙かして 私を十年釣つて呉れたほんに思へば思ふ程 妾は何と云ふ馬鹿だらう恋に目醒めた此お花 もはや弓でも鉄砲でもびくとも動かぬ磐石心 固めた上はお前さま浮気心を払拭し どこどこ迄も偕老の契を結んで下されや 命も宝もなげ捨ててお前に任した此身体 焼いて喰はふと煮て喰はふと決して不足は云ひませぬ さはさりながら旦那さま貴方は本当に水くさい 二世を契つた女房のある身で居ながらうかうかと 義侠心をば放り出してトロッキーさまの身替りに 警察署の門戸をば潜つてやらうと仰有つた 義侠も仁侠もよいけれどソンナ無益な犠牲をば 払つて居つては世の中に生て行く事ア出来ませぬ これ許りは旦那さま私が可愛と思ふなら 思ひとまつて下されや人気の悪い世の中は 何時騒動が起るやら分つたものではありませぬ 其度毎に犠牲者となつて行かれちや此お花 どうして立つ瀬がありませう軍人さまを夫にもち 喜び勇む間も非ずコンナ苦しい思ひをば させられやうとは知らナンだ大和魂か知らねども 今後は止めて下されや可愛女房が手を合せ 涙流して頼みますあゝ惟神々々 ウラナイ教の大御神千変万化に移動する 夫の心を喰ひ止めて私の身魂にピツタリと 釘鎹を打つたやうに離れないやう願ひます これが一生のお願ひだ縁と云ふもの妙なもの 海外万里の此国で何とも思ふて居なかつた 守宮別さまが恋しうなり足許さへも見えぬ迄 恋の暗路に迷ひました私は心が狂ふたのか 吾と吾身が怪しうなり合点行かぬよになりました ホンに女と云ふものは男にかけたら脆いもの 男の一嚬一笑が胸に五寸釘打つやうに 苦しい思ひがして来ます頭に霜をちらちらと 戴く身ながら村肝の心は元の二八空 胸はどきどき息つまり恥も外聞も何のその コンナ心になつたのも罪なお前がある故だ 広い天地の其間にたつた一人のお前さま 私の命ぞ力ぞやもしもお前が死んだなら さつぱり此世は地獄ぞや地獄の底の底迄も 好きな貴方と諸共に落ちて行くなら厭やせぬ これ程思ふて居る私をすげなう見捨てて下さるな 見捨てられたる其時は地震雷火の雨も まだまだおろか鬼となり大蛇となりて素首を 引きぬきますよ旦那さま先に気をつけおきまする あゝ頼もしや頼もしや処は世界の中心地 貴き神のあれませる橄欖山の聖城で 三四十年も若返り嶮しき御山を手を曳いて 詣る心は天国の花咲き匂ふ楽園を 百のエンゼルに導かれ登つて行くやうな心地ぞや あゝあゝ長生きすればこそ年を取つてから恋愛の 本当の本当の味ひが分つて来たのだ有難い 日の出の神や大ミロク生宮さまの前だとて コンナ楽しい潔い思を今迄せなかつた ホンに貴方は救世主天津御国のエンゼルよ あゝ惟神々々御霊幸倍ましませよ。 ホヽヽヽヽヽ、これ守宮別の旦那さま、私の思ひを汲み取つて下さつたら、余り憎ふは厶いますまい。どうかイターナルに愛を注いで下さいな。道草を喰つたり横を向ひたりしちや嫌ひですよ。私と云ふ立派な奥さまがあるのに元が軍人気質だから要らざる義侠心を出し、暴悪無頼のトロッキーなどの身替りにアタ阿呆らしい警察へ縛られ行くナンテ、そんな事は止めて下されや。何程世の中を救と云つたとてキリストさまのやうに磔刑になつちやたまりませぬよ』 守宮別『お前と一緒に磔刑になつたらよいぢやないか、万劫末代名が残るぞよ。お前とお寅さまと口癖のやうに、世界の万民を助けたら万劫末代結構な名が残るといつて居たぢやないか。昔キリストが十字架にかかつて万民の罪を贖つたと云ふこのエルサレムで世界の犠牲者となり末代の名を残すのも人間としては痛快事だよ。なアお花さま』 お花『嫌ですよ、お花さまなんて他人らしいソンナ言葉おいて下さい、何程名が残ると云つたつて命が無くなつて了へば肉体的歓楽を味はふ事が出来ぬぢやありませぬか』 守宮別『死んで未来で仲よく添ふたら好いぢやないか、さうすれやお前もお寅さまに取りかへされる心配も要らず、宇宙第一の安全地帯だよ。俺だつてトロッキーなどの身替りになるやうな馬鹿ぢやないが、一寸お前に実の処は……義侠心の強い男だなア……とこのやうに思はし度いので芝居をやつて見たのだ。其上沢山の農民団体や労働団体が傍にごろついて居たものだから、日の出島の守宮別と云ふ男は義侠心に富んだ男だ、彼れこそ真当の救世主だと世界中に名を広めやうと思つた私の策略だよ。兎角人間は広く名を知られないと仕事が出来ないからなア。あのウズンバラ・チヤンダーだつて実際に交際あつて見ればコンマ以下の人間だ。俺から見れば小指の端にも足らないやうな小人物だ。そいつがふとした事から事件を捲き起し世界中に名が響いたものだから、世界の阿呆共がキリストの再来だ、ミロクの出現だ、メシヤだ、などと担ぐやうになつたのだ。売名策には労働者の中に入つて一寸味をやるのが一番奥の手だよ、ハヽヽヽ』 お花『ホヽヽヽヽ、何とまア抜け目の無いお方だ事。それ丈の知恵がある癖に今迄どうしてお寅さまのやうな、没分暁漢に食ひついて入らつしやつたのですか』 守宮別『お寅さまは変性男子の系統ぢやないか、脱線だらけの分らない事を喋べり立てて居ても、何と云ふても系統だから、三五教の没分暁漢連がコソコソとひつつきに来よる。そいつを利用して、つまり要するに三五教の転覆を企て、変性女子の地位に取つて代らうと云ふ大野心を持つて居たからだ』 お花『何とまア人は見かけによらぬものだ事、夢か現の守宮別さまと播陽さまでさへ云つて居られた位だから、酒さへ呑ましておけばいい男だと思つて居たに、聞けば聞く程頼もしい何と云ふ立派な男だらう。併しそれも無理もない、世界の事にかけたら酸も甘いも辛いも悟りきつた蹴爪の生えた、コケコツコウか、尾が二つに分れた山猫のやうなアヤメのお花を蕩かすと云ふ腕があるのだもの、ホヽヽヽヽ。油断も隙もならない主人だわ。一つ守宮別さま、否旦那さま貴方の得意な鈴虫のやうな声で詩吟でもやつて下さいな。私ばつかりに歌はしてあまり平衡が取れませぬわ』 守宮別『よしよしお望みとあれば詩吟でも何でもやらう』 と銅羅声を張り上げ大口をあけ、 守宮別『月落ち烏啼いて霜天に満つ 暁に見る千兵の大河を擁するを……ゼスト……』 お花『これ旦那さま、ソンナ旧めかしい詩吟ならもう止めて下さい。どうか私の事を謡つて貰ひたいのですがなア』 守宮別『よしよし、それぢや新派で一つやつて見やう。歯の浮くやうな艶つぽい歌だよ、オホン。 天を背景となし 地を舞台となし 雲の袖をふるつて 大宇宙に活躍す あゝ吾人と生れて人に非ず さりとて獣にも非ず 又神でもなければ仏にも非ず 広い宇宙に只一点の肉塊として 忽然として住めるのみ あゝ天の時今や到りて 世界の中心地点 日の出の島の又中心 浪花の遊里に初声をあげたまひし あやめの君と懇親を結ぶ 吾現世に生誕して初めての歓喜を知る 医者と南瓜はヒネたのがよい 色は年増が艮め刺す あゝ何たる幸福ぞや お寅の如きは物の数ならず 其面貌はアトラスの如く 其臀肉は搗臼の如し アヤメの君とお寅婆を比較すれば 天空に輝く月光菩薩と 地中に潜む泥亀の如し 加ふるにお寅の懐中には 僅かに千金を剰すのみ 黄金万能の現世に於て 万金を懐中する アヤメの君こそは 富においても最大優者なり この夫人にしてこの金あり この夫人にしてこの夫あり 俗に所謂鬼に金棒とは 這般の消息を物語るものか あゝ愉快なりカンランの山 夫となり妻となつて此艶姿を天地の万物に観覧せしむ 宇宙の幸福を吾と汝と独占して 生乍ら幸福の神となり 万劫末代生通しの仙術を学び 天地と共に悠久に生むとす あゝたのもしきかなたのもしきかな カンランの神山の夕 月は皎々として五色の雲の階段を昇り 星は燦爛として金銀の光を放つ 天清く地又清し 吾清く汝又清し 半日の清遊実に心胆を洗ふの思ひあり 喝。』 お花『あゝ吃驚しましたよ、狸のやうな口あけて、喝なんて何ですか。喰ひつかれるかと思ひましたよ』 守宮別『あまりお前が可愛ので頭から噛ぶつてやらうと思つたのだ、アハヽヽ』 お花『オホヽヽヽ、あのまア旦那様のほどのよい事哩のう。その声で蜥蜴喰ふか杜鵑式だから一寸も油断は出来ないわ』 守宮別『おいお花、もう黙つて行かう、どうやら、あの木蔭に人が居るやうだ、些と許り見つともないからなア。お前は二三間離れてついて来て呉れ。さうして人の居る所で旦那さまなぞと云つて貰つちや困るよ』 お花『ハイ、旦那さまつて今日限り申ませぬ。よう気の変るお方ですな』 と早や悋気の角を生して居る。 守宮別は小声で、 守宮別『あゝ女子と小人は養ひ難しとは能くいつたものだな。柔しく云つたら自惚る、強く云へば吠える、殺せば化けて出ると云ふ魔物だからなア、アーア』 お花は小声でハツキリわからねどアーアの声を聞き、こいつは又例の心境変化の境界線ではないかと心配のあまりサツト顔色変り蟇蛙の鳴き損ねたやうな面をさらし居る。 路傍の五六間先の木の下から瓦をぶちやけたやうな笑ひ声が聞え来りける。 (大正一四・八・二〇旧七・一於由良加藤明子録) (昭和一〇・三・一〇於台湾別院蓬莱殿王仁校正) |
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霊界物語 | 65_辰_虎熊山と仙聖郷の物語/七福神 | 04 不聞銃 | 第四章不聞銃〔一六六〇〕 虎熊山は昼夜の区別なく盛んに噴火してゐる。そして時々鳴動を始め、地の震ふ事も日に三四回はあつた。セール、ハールの両人は旅人を、乾児に命じて甘く此岩窟に引ずり込ませ、赤裸にしては四肢五体を解き、此噴火口に放り込み焼いて了ふのを例としてゐた。セールは夜が明けてフト目をさました時は既に酔は醒めてゐた。併し乍ら昨夜ハールに突当り、ハールは九死一生の場合になつてゐた事を思ひ出し、もしや蘇生しよつたら大変だから、今の内に片付けて了はむと、自ら抜身を提げてうす暗い牢獄の前に行つてみると、ハールの姿は影も形もなくなつてゐた。其実ハールはセールの酒に酔うての独言を聞いて「此奴ア大変だ。かやうな所に居つては何時自分の命が亡くなるか知れぬ」と、頭に繃帯をし杖をついて夜陰に紛れ、此岩窟を脱け出して了つたのである。 セールは二人の女の牢獄の前に只一人進みより、顔色を和らげて猫撫声をし乍ら、牢獄の扉を自ら開き、髯武者武者の顔にも似ず、 セール『ウン、お前は淑女のデビス姫さまであつたか、ホンに苦労をしただらうな。何分ハールの奴、罪もないお前たちを拐かし、かやうな残酷な事を仕やがつて、俺も可哀相で、何うとかして助けてやりたいと朝夕心を砕いてをつたが、何しろ彼奴は柔道百段の強者だから、俺が大将となつてゐるものの、其実権はハールが握つて居るのだから仕方がなかつた。昨夜は計らずもお前の仇をうつてやつたのだから、云はばお前の命の親だ、どうだ嬉しいか。ブラヷーダといふ女も可哀相だが、彼奴ア何だかハールの奴と甘つたるい事を云つてゐやがつたやうだから、ひよつとしたら情意投合でもやつたかも知れない。何分青白い瓜実顔だから……それで先づ彼奴は後廻しとして、最も愛するお前の方から助けてやらう。どうぢや嬉しいか。さぞ嬉しいだらうの』 デビス『御親切は有難う厶いますが、余り嬉しうは思ひませぬ。何だかあなたのお面が怖ろしうなつて来ましたもの』 セール『ソリヤお前取違ひといふものだ。ハールの様な、女か男か分らぬやうな優しい面してゐる奴に、人を殺したり、大泥棒のあるものだ。俺のやうな髯武者武者の黒い面してゐるものは却つて心が美しいものだよ。サア、そんな事を言はずに、お前の命の親だから、とつとと出たが可からうぞ』 デビス『妾はここを出るのは厭で厶います。万劫末代永久に岩窟姫神となつて、虎熊山の主になりますから、どうぞ、そんなせうもない事を云はないでおいて下さいませ。それよりも一時も早く妾の命を奪つて貰へば満足で厶います。かやうな所から引出され、あなたの弄物になるよりも、此儘死んだ方がいくらマシだか知れませぬワ』 セール『これは又、悪い了見と申すもの、命あつての物種だ。そんな分らぬ事をいはずに、俺の云ふ事を聞いたら何うだ。又面白い事や嬉しい事が、タツプリと見られるかも知れないぞや』 隣の間よりブラヷーダは細い声で、 『姉さま、デビス姫様、出ちや可けませぬよ。獅子の餌食になるよりも、自由自在にここから天国へ行かうぢやありませぬか』 デビス『あゝブラヷーダ様、あなたも其お考へですか、そんなら両人共永久に此岩窟に鎮まることに致しませう。私は岩窟姫になりますから、あなたはお年が若いから木花咲耶姫にお成り遊ばせ。そして私は世界人民の寿命を守り、あなたは世界の平和を守る神とおなり遊ばせ。それが本望ですワ』 ブラ『さう致しませう。決して出ちや可けませぬよ』 セール『オオ、きつい事同盟したものだな。コリヤコリヤ両人、二人一緒に出してやるから、両人仲よく一ぺん面会する気はないか』 ブラ『私も一度姉さまの顔がみたいから、厭だけれ共、お前さまの願ひを許して、出てあげまほうかな』 セール『エーエ、仕方のない姫御前だなア』 と云ひ乍らガタリガタリと両方の牢獄の戸を捻ぢ開けた。二人は飛立つ許り喜んで、牢獄を立出で、互に抱きついて嬉し涙にくれてゐる。 ブラ『姉さま逢ひたう厶いました』 デビス『ブラヷーダさま、お顔が見たう厶いましたよ』 と絡ついてゐる。 セールは之を見て、ワザと高笑ひ、 『アツハヽヽヽ、先づ先づ目出たい目出たい。天の岩戸が開けたやうだ。あな面白し、あなさやけ、おけ。アテーナの女神様が、セールの七五三縄によつて、再び世にお出ましになつたのか、暗澹たる天地も茲に六合晴れ渡り、光明遍照十方世界の光景となつて来た。謂ば此セールは天の手力男の神さま同様だ。サアお二人の姫神様、私の居間へお出で下さりませ。之から賑しく、男女三人が御神楽を奏げませう』 両人は目と目を見合はせ乍ら……此奴に酒を呑ませ、操つてやらうと思ひ、セールの居間に進んでゆく。セールは満面に得意の色をあらはし、 セール『あゝどうも男一人に女二人は都合の悪い者だ。何とか一人の姫様に別室に控へて貰ふ訳には行くまいかな』 ブラ『姉さま、厭ですワネ、私とあなたとは神さまから結んで下さつたフラチーノですものね。之から二人が同盟して、セールさまを一つ包囲攻撃せうぢやありませぬか、砲弾の用意は出来ましたかな』 デビス『新式の三千彦砲も厶いますなり、極堅牢な肱鉄砲不聞銃も所持致して居りますわ、ホヽヽヽ』 ブラ『妾だつて、最新式の伊太彦砲やエッパッパ銃に、セール親分の恋は何うしても不聞銃を沢山に用意して居りますから大丈夫ですよ。モシ泥棒の親分様、あなたの方にも戦備は整つて居りますかな』 セール『調つて居らいでかい。すべて此世の中は言向和すのが神の教だ。刀剣を鋤鍬に替へ、大砲を言霊に代へ、爆弾の音を音楽に変へて、世界万民を悦服させるバラモン教の元大尉だから、モウ泥棒の名称は、女将軍殿に返上する。おれは音楽の王たる三味線はフエムーロに挟んでゐる、一寸弾じてみると、チンチンチンと味はひ良くなるのだ。随分可い音色がするぞ。何と云つても金で面を張つた一番上等の○○紫檀の棹だからなア』 デビス『ソリヤ違ひませう。あなたのはツンツンと浄瑠璃三味線のやうな音がするでせう。何と云つても、特製の太棹ですからね。ホヽヽヽ』 セール『アハヽヽヽそんなら一つ太棹の音を聞いて貰はうかな』 ブラ『姉さま、太棹も細棹も聞きたくありませぬね』 セール『そんなら太鼓のブチにせうか。それが嫌なら尺八は何うだ』 デビス『オホヽヽ。すかぬたらしい。あのマアデレた面ワイの、モシモシ親分さま、涎が流れますよ。アタみつともない。牛の様ですワ』 セール『エー、時に、冗談はぬきにして、お前に直接談判がある。キツト聞いてくれるだらうな』 デビス『ソリヤあなたのお言ですもの、聞きますとも、其為に耳があるのですもの』 セール『イヤ、其奴ア有難い。キツと聞いてくれるな。間違ひはないなア』 デビス『キツと聞きます』 ブラ『ソリヤあなたのお言は、聞かねばなりませぬもの』 セールは面の紐を解き乍ら、さも嬉しげに、 セール『ハツハヽヽヽ、イヤ、之で何もかも万事解決だ。矢張り女は女だ。ソレぢや今露骨にいふが、デビス、お前は今日只今より拙者が宿の妻、またブラヷーダは第二夫人として採用するから、さう心得たが可からうぞ。イヒヽヽヽ』 デビス『アレまあ、何事かと思へば、好かぬたらしい、誰があなた方の妻になつたりしませうか。ねえブラヷーダさま』 ブラ『さうです共、貞女両夫に見えずといひますから、何程男前が好くつても、金持でも、吾夫より外に身を任すことア、出来ませぬワ、ましてこんな鬼のやうなしやつ面した盗賊の親分に身を任してたまりませうかねえ』 セールは、不機嫌な顔して、 セール『コリヤ女、俺を嘲弄致すのか、今、何でも聞くと云つたぢやないか』 デビス『お約束通り聞いたぢやありませぬか。聞いたればこそ、応答してるのですよ。あなたのお言葉を採用する、せぬは、私たち両人の自由ですもの、天女の様な美人に対し、恋慕するとは、チツト分に過ぎとるぢやありませぬか。あなたの御面相とチと御相談なさいませ。あのマア怖い面……。一石の米が百両するやうな面付だワ』 セール『エー、仕方のない奴だ。最早堪忍袋の緒が切れた。恋の叶はぬ意趣返し、再び牢獄へ打ち込んで嬲り殺しにしてやらう………。ヤアヤア乾児共、此女両人を引捉へ、牢獄へ打ち込め』 と怒り狂うて牢獄内がわれる程呶鳴立てた。声の下より七八人の乾児はバラバラと入り来り、矢庭に両人の手を取り足を取り、エツサエツサとかき込んで、旧の牢獄へブチ込んで了つた。あとにセールは吐息をつき、 「あゝ恋許りは暴力でも、金力でも、脅迫でも、絶対権威でも可かぬものだなア。併し乍ら、一旦男が言出した事、此儘にしては、何だか吾れと吾心に恥かしい。水責火責に会はしても、こちらの心に従はさねば、親分の権威にも関係する。大勢の子分を使ふ身で居乍ら、かよわい女二人位を自由にする事が出来ないでは、最早おれも駄目だ。ヨーシ、一つ之は食責に会はすが一番だ。獅子でも虎でも狼でも食物で責さへすれば、人間の云ふ事を聞く。コリヤ食責めに限る」 と独言を云つて居る。そこへ慌ただしく帰つて来たのは、乾児のタールであつた。 タール『モシモシ親方様、今よい鳥を見つけて参りました』 セール『何?よい鳥を見つけて来たとは、一体、美人か、金持か、どちらだ』 タール『ハイ、ヤク、エールの両人と腹を合せ、治道居士の一行を巧く引張込んで来ましたが、何う致しませうかな』 セール『治道居士とは、あの鬼春別将軍ではないか。あの男ならば、定めて金は持つてゐるだらうな。中々智勇兼備の勇将だから油断はならぬ。何は兎もあれ、巧くだまし込んで、牢獄へ打込んでおけ』 タール『ハイ、承知致しました。併し乍ら一行五人、其中で四人は盗賊の改心した奴です。治道居士も、岩窟の親分セール大尉を始め、其外一同の奴を、誠の道とか、間男の法とかで、改心さしてやると云つて、強い事を云つて居りますから、どうぞあなた一寸来て下さいませな』 セール『イヤ、おれは何程盗賊の親分でも、一旦主人と仰いだ将軍を、手づから放り込む事は出来ぬ。乾児が全部集まつて、五人の奴を皆ブチ込んで了へ。そして弗々と持物を引たくり、甘く片付けて了うのだ。可いか、キツとぬかるでないぞ』 タール『ハイ承知致しました。そんなら第一の牢獄へ、五人共放り込んで了ひませうか』 セール『ウーン、第一が可からう。水一杯与へちやならぬぞ。そしてヤク、エールの両人はどこに居るのだ』 タール『ハイ、治道居士の両側について居ります』 セール『あゝさうか、ソリヤ可い事をした。始めての功名だ。誉てやらねばなるまい。併し汝と一緒に行つたエムは何うなつたか』 タール『あのエムですか、彼奴ア俄に善の道へ堕落しやがつて、麓の森林で治道居士に道義とか、真理とかを説き聞かされやがつて、涙を流し、尾を振り、首をすくめてどつかへエム散霧消して了ひました。本当に腑甲斐のない奴ですな。まだ彼奴ア盗賊学に達してゐないものですから、たうとうお蔭を落しました。どうも助けやうがないので見遁してやりました』 セール『ヤア、其奴ア大変だ。エムの奴、此団体を逃出し、そこら中へ廻つて喋らうものなら、何時捕手が出て来るか知れたものぢやない。なぜエムをつれて帰らなかつたか、馬鹿な事をしたものだのう』 タール『それでもあなた、此方は三人、向方には豪傑が五人、エムなんかに相手になつて居れば、肝腎の玉を台なしにして了ふと思つて、逐はなかつたので厶います』 セール『仕方がない。既往は咎めぬから、今後は心得たがよからう。サア早く五人の奴を打ち込んで了へ』 タールは逸早く此場を去つて、治道居士以下四人を、第一牢獄へ巧く打ち込んで了つた。治道居士は何か心に期するものの如く、さも愉快気に四人をつれて牢獄へ、何の抵抗もせずもぐり込んだ。ヤク、エールの両人は最早今日では泥棒心を改め、治道居士の味方となつてゐた。されどセールを始めタール其他の盗人連には、一人も之を知るものがなかつた。夫故ヤク、エールは五人の牢番を命ぜらるる事となつたのは、治道居士にとつて非常な便宜であつた。 (大正一二・七・一五旧六・二於祥雲閣松村真澄録) |
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霊界物語 | 66_巳_オーラ山の山賊 | 11 亞魔の河 | 第一一章亞魔の河〔一六九三〕 スガコはオーラ山の岩窟に玄真坊につれ込まれ、天国に於ける神の族籍を査ぶる為と称し、一週間も待たされてゐた。彼は其間に無聊を慰むる為、望郷の歌を唄つてゐた。 スガコ『オーラの峰は高く共此谷川は深く共 吾身を育てはぐくみし誠の親の御恵に 比べまつれば九牛の一毛だにも如かざらむ 夜な夜な通ふ風の足吾垂乳根の父上の 居間の雨戸を訪れてさやぎまつれど如何にせむ 風に霊なく言葉なく吾言霊をまつぶさに 伝へむ由もなく斗り父は吾身の行く末を 案じわづらひ玉ひつつ歎きに沈み朝夕の 食物さへも進まずに吐息をつかせ玉ふらむ あゝ恋しや父の御顔容妻に別れて只一人 浮世の風にもまれつつ妾を杖とし力とし 後添さへも持たせられず恵みはぐくみ玉ひしを 夜の嵐に誘はれて一人の娘は雲がくれ 探ねむ由も荒風の野原を亘る声斗り 悲しみ玉ふ有様を今目のあたり見る心地 吾身に翼あるならば此岩窟を脱け出でて 帰らむものとは思へ共玄真坊のいぶかしき 其まなざしにいとめられ進みもならず退きも ならぬ苦しき果敢なさよ玄真坊といへる人 自ら天の神様の化身といへど訝かしや 別に変りしこともなく朝な夕なに吾側に い寄り添ひ来て厭らしき目色を注ぎ忌まはしき 言葉の端の何となくいとも卑しく思ほゆる 醜の曲霊の取憑り世を紊さむと企らみて かかる悪戯なすならむあゝ惟神々々 梵天帝釈自在天大国彦の大御神 一日も早く吾胸の雲を晴らさせ玉へかし 大日は照る共曇る共月は盈つ共虧くる共 仮令大地は沈む共神の御恵父の恩 一日片時忘れむや神の形に造られし 妾は神の子神の宮神に等しき此身にも 曲の雲霧かかるとは実に訝かしき世の様よ あはれみ玉へ天地の誠の神の御前に 慎み敬ひ願ぎまつる。 思ひきや誠の神と思ひしに 吾身を恋ふる神司とは。 いと聖き神の柱と思ひしに 怪しきことの多き人かな。 此儘に仇に月日を過しなば 妾も曲の餌食とならむ』 斯く歌つてゐる所へ、玄真坊は鍵を以て錠をねぢあけ、ソツと入来り、 玄真『スガコ殿、どうも忙しいことで厶つた。今日は殊更沢山な参詣者で、此方も実に多忙を極めたよ。併し乍ら最早七つ下り、漸く人は家路に帰つたから、先づお前の美しい顔容を見て、一日の疲れを休めようと思ふのだ。何とマア美しい顔だなア』 と厭らしげな笑を湛へ、川瀬の乱杭のやうな歯をニユツと出して、スガコの頬にキッスをしようとする。スガコは驚いて『アレまあ』と言ひ乍ら、象牙細工のやうな白い美しい手で、玄真坊の額をグツと押した。 玄真『アツハヽヽヽ、怖いか、可笑しいか、恥かしいか。テも扨も初心な者だなア。オイ、スガコ、今日初めて天から使が来て、お前の神籍を査べて見た所、マア喜べよ、第一霊国の天人で、而も此方の女房の霊だつたよ。それだから、相応の理に仍つて天に在つては比翼の鳥、地に在つては連理の枝、どうあつても天地相応の真理により、其方と夫婦にならなくちや、やり切れない因縁が結ばれてあるのだ。何だか其方の危難を救つた時から、床しい女だと思つてゐたが、よくよく査べて見れば、右の通り、どうぢや、姫、嬉しいか』 スガコは真青な顔をして、唇を紫色に染め、声を慄はせ乍ら、 スガコ『エー、残念やな、妾は貴方に謀られました。如何したら可からうかな。梵天帝釈自在天様、何卒此急場をお助け下さいませ、惟神霊幸倍坐世』 玄真『アハヽヽヽ、流石は少女だ、ヤツパリ恥しいのだな。初の間は三番叟でも後には深くなるものだ。あゝイヤイヤイヤ、オーハ、カツタカタ、遂には、カツタカタと埒のあくもんだて、結局男子の方が恋にカツタカツタだ、アハヽヽヽ』 スガコは忌々し相な顔をし、眉の辺に皺をよせ乍ら、 スガコ『モシ玄真様、何卒妾をお赦し下さいませ。其代りに外の事なら、どんな御用でも致します』 玄真『ヤア、お前は第一霊国の天人の霊だから、卑しい炊事や掃除などは、霊に不相応だ。只拙僧の神業即ち神生み、人生みの御用さへすれば、こけた箒を起すこともいらない。さてもさても幸運な生れつきだのう』 と玄真坊はスガコに内兜を見透され、蚰蜒の如く嫌はれてゐるのを、恋に晦んだ眼には盲滅法界、あやめも分ず、恋の黒雲に包まれ、得意になつて、うるさく口説きたててゐるのである。スガコは一つ困らしてやらうと思ひ、平気の面を装ひ乍ら、微笑を浮かべて、 スガコ『妾が最も敬愛する師の君様、貴方様は妾の危き生命をお助け下さいまして、天にも地にも代へ難き御高恩、万劫末代、ミロクの代までも忘れは致しませぬ。其上妾の神籍までお調べ下さるとは、何たる勿体ない事で厶いませうか。第一霊国の天人の霊と仰せられましたが、もしや妾は棚機姫の命では厶いませぬかい』 玄真『ヤア流石は偉い者だ。其方のいふ如く全く棚機姫命のお前は霊だよ。星さまでいへば天の川を隔てた、右側の姫星様だ。そして此方は彦星だ』 スガコ『ヤ、それで分りました。棚機様は年に一度の逢瀬とやら申しますが、それは事実で厶いませうか』 玄真『そらさうだ、開闢以来動かす可らざる天律に仍つて、万劫末代きまつてゐる、本当に仲のよい夫婦だよ。天の川を隔てて、年が年中、互に面を見合せて居らつしやる神様の、吾々は霊だからなア。だから私とお前は、朝から晩迄面を見合せ、仲能う暮さねばならぬ因縁があるのだ』 スガコ『成程、左様で厶いますな。然らば、妾と師の君様とは、天に於て夫婦の霊、年に一度の逢瀬とやら、仰せ御尤も。妾も天地相応の理によりまして、七月七日の夜まで師の君様と夫婦になることは出来ませぬなア。まして貴方様は天帝の化身とやら、天帝からして神律をお紊しなさるやうなことは厶いますまい。どうか、此谷川を天の川と見なし、川向ふへ妾をおいて下さらば、それこそ天地合体合せ鏡ぢや厶いませぬか』 と巧く言ひぬけて了つた。玄真坊は……うつかり、口糸をたぐられ、取返しのつかぬことになつて了つた……と一時はギヨツとしたが、中々の曲者、『アハヽヽヽ』と大口をあけ、無雑作に笑ひ乍ら、 玄真『オイ、スガコ姫、本当は棚機姫様ぢやない、モツトモツトモツト奥の奥の立派な立派な神様だ』 スガコ『ヘーエ、そりや又何ういふ神様で厶いますか』 玄真『マアさうだなア、お前の霊は木花姫の大神様、そして俺の霊は岩長姫命だ。それだから、何うしてもかうしても夫婦にならなくちやなるまい。此玄真坊は岩の如く頑として威厳の備はつた修験者。常磐堅磐に、さざれ石の巌となりて苔のむす迄、此世を守る下津岩根の大ミロク様も同様だ。そしてお前の霊は木花咲耶姫命様だから嬋娟窈窕たる花の如き美人、否花にも優る美人、柔よく剛を制すといつてな、お前は柔、俺は剛だ。併し剛又柔を制すといふことあり。剛中柔あり、柔中剛あり、不離不即、密接固漆の関係があるのだから、何と云つても天地から結ばれたる夫婦の間柄だよ』 スガコ『ホヽヽヽあのマア師の君様のヨタを仰有いますこと。岩長姫は御女体、木花姫様も御女体、そして天の神様ではなくて、国津神様の御娘子、御二人様は姉妹の間柄ぢや厶いませぬか。愚昧な妾だと思召、いいかげんに嘲弄しておいて下さいませ。天を以て父となし、地を以て母となし、八百万の神に御説法をなさる貴き御身を以て、月に七日の汚れある女の妾に御からかひ遊ばすとは御冗談にも程が厶いますよ、ホツホヽヽヽヽ』 玄真『イヤもう何から何迄、目から鼻、耳から口へつきぬける計りの大学出の才媛だ。天地を父母とする此玄真坊も、其方には一本参つたワイ、アツハヽヽヽ』 スガコ『ソレ御覧なさい。師の君様は妾に対し冗談を云つてゐらつしやつたのでせう、神様に似合はず、お人が悪いぢやありませぬか』 玄真『イヤ、ナニナニ嘲弄所か、冗談所か、真実真の一生懸命だ。お前の為なら、一つよりない命をすてても構はないといふ覚悟だ。決して嘘言はつかない、冗談は言はない。万一此方の言葉に詐りがあつたら、一つよりない首でもお前に与るワ』 スガコ『ホヽヽヽヽヽそんな首、貰つたつても、煙草入の根付けにもなるぢやなし、仕方がありませぬワ。髑髏にして枕にした所で格好が悪くつて、不釣合なり、廃物利用の利かぬ首つ玉ですからね』 玄真『コリヤ姫、何と云ふ、姫御前の優しい面にも似ず、無茶なことをいふのだ。お前は私のいふことを誤解してゐるな。よく考へてみよ。此玄真坊は神様に仕へる時は即ち天帝の化身であり、神様の御用を休んだ時は一介の修験者だ。神の籍に於ては神の活動をなし、人の籍に於ては人の活動をなし、変現出没自由自在、或時は天に蟠まる竜となり、或時は古池になく蛙となり、時ありては蠑螈蚯蚓になる。之が即ち神の神たる所以だ。ここの道理をトツクリと考へて、いさぎよい返事をしてくれ、なあスガコ』 スガコ『あゝ左様で厶いますか、貴方は神となつたり、人となつたり、甚だしきは蛙となつたり、蠑螈蚯蚓となつたり、何とマア器用な御方ですこと、併し乍ら玄真坊様、私は益々貴方が怖いらしくなつて参りましたよ。そして夫婦になれと仰有る様ですが、私も月に七日の障ある人間の肉体、神様と添ふ訳には行かず、又修験者は女に接する時は死後仏罰に仍つて七万有尋の大蛇となり、且つ修験者に犯された女は八万地獄に墜ちるといふバラモンの教、かう考へてみますれば、修験者としての貴方の妻になる事は絶対に厭で厶います。況んや人間と生れ乍ら、蛙、蠑螈、蚯蚓などと夫婦約束は到底出来ませぬ。どうか悪からず此理由を御賢察下されまして、忌まはしい夫婦関係などには言及なさらないよう、御願申します。其代り妾はどこ迄も、貴方様を師の君様と尊崇し、敬愛し、誠を尽しますから、貴方も妾を愛して下さいませ。そして結構な経文を教て下さい。お願申します』 玄真『マアマア今日はこれ位にしておかう、お前も神経昂奮してゐるから、何を云つても耳に入るまい。女といふ者は一日に七度も心が変るといふから、水の出ばなに何をいつても駄目だ。又風向のよい時にゆつくり話さう程に。左様ならスガコ殿、ゆつくりお休みなさい』 といひ乍ら、やや悄気気味になつて、岩の戸をあけ、吾居間なる次の岩窟に帰り行くのであつた。後にスガコ姫はハツと吐息をつき乍ら、独言。 スガコ『あゝ情ないことになつたものだなア。かやうな所へ拐かされ、悪人輩の恋の犠牲に供せられむとするのか。一度は拒んでみても、かれ玄真坊の燃ゆるが如き恋の炎は容易に消すことは出来まい。何とか彼とか言つて一日送りに日を送り、助け人の来る迄時節を待つより仕方がない。あゝ父上は嘸、妾の行方について御心配して厶るだらう。何とマア不運な父娘だらう。悩み禍の浮世とは云ひ乍らジャンクの家には、これ程迄に禍の見舞ふものか。テもさても残酷な世の中だなア。あゝ惟神霊幸倍坐世。天地の大神あはれみ玉へ救ひ玉へ』 (大正一三・一二・一六旧一一・二〇於祥雲閣松村真澄録) |
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霊界物語 | 70_酉_トルマン国の国政改革 | 02 折衝戦 | 第二章折衝戦〔一七六九〕 トルマン城の会議室には、王のガーデンを始め、王妃千草、左守司フーラン、右守司スマンヂーの首脳部が首を鳩めてヒソビソ重要会議を開いてゐる。 ガーデン『エー、左守、右守の両人、突然重大問題が勃発したので、汝等両人を急使を以て引寄せたのだが、其方の智慧を貸して貰ひたい。トルマン国にとつては国家興亡の一大事だから……』 左守右守は一度にハツと頭を下げ、畏まつて、王の第二の発言を待つてゐる。王は目をしばたたき乍ら、 『外でもないが、昨夜半頃頻りに門戸を叩く者あり。門番のタマ、タルの両人よりの急使に仍り、寝所を立出で、応接間に至り見れば、大足別将軍の使者と称し、此頃淫祠邪教を、吾国内に布教宣伝致し居るスコブツエン宗のキユーバーと申す妖僧、吾面前をも憚らず威丈高となり、……貴国は従来ウラル教を奉じ、国政の補助となし居らるる由、最早命脈の絶えたるウラル教を以て、人心を収めむとするは危険此上なかるべし。此度大足別将軍、大黒主の大命を奉じ、印度七千余国をスコブツエン宗に改宗せしむとの御上意、天下万民を塗炭の苦より救ひ、安養浄土に蘇生せしめむとの有難き御心なれば、謹んでお受けなされ。万一違背に及ばば、仁義の軍は忽ち虎狼の爪牙を現はし、トルマン城を屠り、王を始め、一般民衆の目をさまし呉れむ。王の御答弁如何に依つて、国家の安危の分るる所、速に返答召され……との強談、其暴状は言語に絶し、立腹の余り卒倒せむ許りに存じたが、いや待て少時、何とか斯とか此場の言葉を濁し、汝重臣共に親しく協議を遂げ、其上諾否を決せむと、キユーバーに向ひ、三日間の猶予を与ふべく申渡せし所、彼妖僧の勢、仲々猛烈にして、首を左右に振り、……只今返答承はらむ……との厳談、仮にも一国の主権者が、僅一人の妖僧に圧迫さるべき理由なし。さり乍ら、只一言の下に叱咤せむか、彼は時を移さず、大足別の軍を率ゐて当城を十重二十重に取囲まむず鼻息残念乍ら、千言万語を費し、一日の猶予を請ひ、返答すべき事に致しておいた。左守右守殿、如何致さば可からうかな』 左守『何事かと存じ、取る物も取り敢ず、登城致し、承はれば容易ならざる出来事で御座ります。仮にも一天万乗の国王殿下に対し、素性も分らぬ怪僧の暴言、聞捨なり申さぬ。最早此上は折衝も答弁も無用で御座ります。速に国内の兵を集め、大足別の軍勢を殲滅致し、国家の災を艾除致したく存じます』 王『成程、汝が言、余の意に叶へたり。サア、一刻も早く募兵の用意を致せ。城内の兵士にも厳命を下し、防備の用意に取かからしめよ』 左守『ハイ、殿下の御上意、謹んで御受け致します。右守殿、貴殿は一刻も早く国内に伝令使を派し、国家の危急を救ふべく軍隊をお集めなさい』 右守『これはこれは左守殿のお言葉とも覚えぬ。左様な無謀な戦を致して、天壤無窮のトルマン国を亡ぼす左守殿の拙策。最早かくなる上は、暫時キユーバーの意見に従ひ、王家を始め、国民一般、彼が唱ふる宗旨に帰順せば、天下は無事泰平、国民は塗炭の苦より免れ、仁君と仰がれ給ふで御座らう。万々一雲霞の如き大軍を向方へ廻し、全敗の憂目に会はば万劫末代取返しのつかざる大失敗で御座らう。殿下を始め左守殿、此所をトクとお考へ下され。王家の為、国家の為、右守身命を賭して諫言仕ります』 王『此場に及んで、卑怯未練な右守の言条、国帑を消費して、平素軍隊を養ひおきしは何の為だ。かかる国難に際し、挙国一致的活動をなし、外敵を防ぐべき用意の為ではないか。かかる卑怯未練な魂を以て、優勝劣敗の現代、殊に七千余国の国王は各軍備を整へ、虎視耽々として、国防に余念なき此際、祖先伝来のウラルの神の教を放擲する如きは神の威厳を損ひ破り、御無礼此上なく、却て国家の滅亡を早めるであらう。此トルマン国はウラルの神の厚き守護あり、何を苦んで、かかる妖教に腰を曲げむ。しつかりと性根を据えて、所存の臍を固めよ』 右『君の仰せでは御座いまするが、此際余程冷静にお考へを願はねばなりませぬ。取返しのつかぬ事で御座いますから』 王『然らば汝の意見は、何うせうと云ふのだ、腹蔵なく申して見よ』 右『ハイ、恐れ乍ら申上げます。敵は目に余る大軍、城下近く押寄せ来る此際、遅れ走せに軍隊を召集すればとて、何の役に立ちませうぞ。城内の守兵は僅に五百人、敵の総勢三千騎、国内全部の兵員を集めた所で、漸く二千五百人では御座らぬか。五百人の兵を以て三千人の精鋭に当るは、恰も蟷螂の斧を揮つて竜車に向ふがごときもので御座ります。国内の総動員を行ひ、いよいよ戦闘準備の整ふ迄には、何程早く共三日間の時日を要します。さすれば、既に既に戦争の済んだ後、六菖十菊の無駄な仕業と存じます。かかる見易き道理を無視し戦ふに於ては、国家の滅亡、風前の灯火よりも危う御座います。何卒此際右守の進言を御採用下さらば、国家の為、実に幸福と存じます』 千草姫『王様を始め左守右守殿の御意見を承はれば、何れも御尤も千万、併し乍ら妾は右守の説を以て、最も時宜に適した方法と考へまする。殿下何卒、右守の説を御採用あらむ事を御願ひ致しまする』 王『馬鹿を申せ、其方迄が夫の説を抹殺せむと致すか。其方の平素の挙動は腋に落ちぬと思つてゐた。国家滅亡の原因は女性にありといふ事だ。殷の紂王が国を失ふたのも矢張女性の横暴からだ。女童の知る事でない、下がり居らうツ』 と百雷の一時に落下したる如き怒声、千草姫は縮み上つて顔色蒼白となり、其場に慄ひつつ倒れて了つた。王は此有様を目にもかけず、尚も言葉を続けて、 『ヤ、左守、最早かうなる上は、余と汝と両人力を併せ、外敵を殲滅致さう。余は之より陣頭に立ち、三軍を指揮するであらう。サ、左守、其準備に取かかれよ』 左『年は寄つても、武術を以て鍛へた此腕つ節、仮令大足別の軍勢、百万騎を以て押寄せ来る共、何かあらむ、盤古神王の御神力を頭に頂き、八岐大蛇の悪魔の守る大足別が軍勢を、千変万化の秘術を以て駆け悩まし、奇兵を放つて殲滅し呉れむ。いざ右守殿、用意を召され』 右『これは心得ぬ、御両所のお言葉、薪に油を注ぎ、之を抱いて火中に投ずる如き危険極まる無謀の抗戦、いかでか功を奏せむ。先づ先づ思ひ止まらせ給へ』 王『左守、右守の如き逆臣を相手に致すな。千草姫は平素余が目をぬすみ、右守と……を結んでゐるといふ事は、某々等の注進によつて、一年以前より余は承知してゐる。かかる逆賊を城内に放養するは、恰も虎の子を養ふに等しからむ。一時も早く縛り上げよ』 千草『王様のお情ないお言葉、決して決して妾は左様な疑を受けやうとは夢にも存じませぬ。良薬は口に苦く、忠言は耳に逆ふとかや。右守殿は王家の為国家の為、命を捧げて居りまする。時代の推移を明知し、政治の大本を弁へ居る者は、右守をおいて外には御座いませぬ。今日の世の中は、余程変つて居りまする。徒に旧套を墨守し、国家を立てむとするは愚の骨頂で御座います。何者の誣言かは存じませぬが、妾に対して不義の行為あるが如く内奏致すとは、言語道断、不忠不義の曲者、かかる乱臣賊子の言に御耳を傾け給はず、妾が進言を冷静に御考へ下さいませ。最早かくなる上は周章狼狽も何の効果もありますまい。落ちついた上にも落ついて、国家百年の大計をめぐらさねばなりますまい』 王『汝こそ、金毛九尾の霊に魅せられたる亡国の張本人だ。綸言汗の如し、一度出でては再び復らず。汝が如き亡国の世迷言、聞く耳持たぬ』 と立上り、弓矢を執つて、左守と共に立出でむとする。斯かる所へ、スコブツエン宗の妖僧キユーバーは数十人の武装せる兵士に守られ乍ら、悠々と現はれ来り、 『スコブツエン宗の大棟梁キユーバー、大黒主の命により、大足別の軍を率ゐて向ふたり、速に返答致せツ』 と呼はつてゐる。千草姫、右守司は矢庭に玄関に走り出で、 千草『これはこれは、御神徳高き救世主様、よくこそお越し下さいました。仁慈無限の大黒主の思召、何条以て反きませう。祖先以来のウラル教を、放擲し、貴僧のお言葉に従ひ、スコブツエン宗に国内挙つてなりませう。どうか軍隊を以て向はせらるるは穏かならぬ御仕打、兵を引上げ下さいませ。妾が身命を賭して、御請合申上げます』 キユ『アハヽヽヽヽヽ、流石頑強なガーデン王も往生致したか、左守はどうだ。異存は無からうか、両人の確なる降服状を渡して貰ひたい。さもなくば大黒主様大足別に対しても、愚僧の言訳が立ち申さぬ。サ、早く屈服状を御渡し召され』 斯く話してゐる内に、ガーデン王、左守は兵営に走り行き、数多の将士に厳命を伝へ、敵を撃退すべく準備に取かかつてゐた。キユーバーは王を始め左守は奥殿に戦慄し、蚤の如く虱の如く寝所に忍んでゐるものとのみ慢心して気を許し、降服状を受取らむと応接の間にどつかと尻を卸し、椅子にかかり茶を啜りつつ、 『アハヽヽヽ、これこれ千草姫殿、右守殿、大黒主の御威勢は大したもので御座らうがな。其方の計らひ一つによつて、此トルマン城も無事に助かり、耄碌爺のガーデン王も、左守のフーランも先づ之で首がつなげると云ふもの、まづまづお目出たう存ずる』 千草姫は王や左守の主戦論者たる事を悟られては一大事、何とかして二人の我が折れる様と、心中深く祈りつつ、素知らぬ顔にて、 『キユーバー様、貴方はトルマン国に対し、救世の恩人、億万年の後迄も此御恩は決して忘れませぬ。これこれ右守殿、王様始め左守其他の重臣に、此由を御伝へ下さい。キユーバー様は妾が御接待申して居るから……』 右守は千草姫の心を推知し、此間に王及左守の心を和らげ、後は兎も角此場合キユーバーを欺いて、帰順した如くに見せかけ、徐に策をめぐらさむと、王の居間に入つて見れば藻脱けの殻、コラ大変と、軍務署へかけつけて見れば、既に城内の兵士は武装を整へ、王も亦甲冑をよろひ、槍を杖について、今や、一斉に総攻撃に出でむとする間際であつた。 右守『若し若し殿下、話は甘く纒まりました。どうか暫く御待ち下さいませ』 王『キユーバーが降服致したのか、如何纒まつたのだ』 右守『ハイ、キユーバーは数十の精兵を引連れ、厳然と控へて居りまする。それにも拘らず、大足別の大軍は今や返答次第によつて、本城を屠らむとして居りまする。一時敵を欺いて、油断させ、其間に国内の総動員を行ひ、城の内外より挟撃にするのが、軍術の奥の手と存じ、詐つてスコブツエン宗に降伏致しておきました。何卒々々武装を解き、左守殿と共にキユーバーにお会ひ下さいませ』 王はクワツと怒り、 『不忠不義の曲者右守奴、吾許しも無く勝手に左様な国辱的行動をなすとは、鬼畜に等しき其方、最早勘忍ならぬ、覚悟せよ』 と言ふより早く、槍をしごいて、右守の脇腹に骨も徹れとつつ込めば、何条以て堪るべき、右守は其場にドツと倒れ伏し、虚空を掴んで息絶えて了つた。 王『アハヽヽヽヽ、首途の血祭に国賊を誅したのは幸先よし。サ、之より千草姫、キユーバーの両人を血祭にせむ』 と云ひ乍ら、左守に軍隊を監督させおき、自ら数十名の精兵を従へ、応接間を指して勢猛く出でて行く。 千草姫は何となく、形勢不穏の気がしたので、キユーバーに対し、秋波を送り乍ら、密室に伴ひ、ドアの錠を中から卸し、声を忍ばせ乍ら、王始め左守の強硬なる意思を伝へ、キユーバーの身の危険なる事を告げた。千草姫は決して右守司と醜関係を結んでゐなかつた。只国家を思ふ一念より、時代を解する彼を厚く信じてゐたのみである。智慧深き千草姫は仮令一時キユーバーを亡ぼす共、後には大足別控へ居れば、最後の勝利は覚束なし。若かずキユーバーの歓心を買ひおき、国家の安泰を守らむには……と、自分が国内切つての絶世の美人たるを幸ひ、彼を薬籠中の者として了つたのである。暴悪無道のキユーバーも千草姫の一瞥に会ふて骨迄和らぎ、まんまと姫の術中に陥つたのは幸か不幸か、神の審判を以て処決さるるであらう。 (大正一四・八・二三旧七・四於丹後由良秋田別荘松村真澄録) |
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霊界物語 | 70_酉_トルマン国の国政改革 | 07 妻生 | 第七章妻生〔一七七四〕 軒は傾き屋根は破れ、蝶も蜻蛉も蜂も雀も雨も、屋根から降つて来る所迄茅葺の屋根が煤竹の骨を出して居る。雨戸は七分三分に尻からげたやうに風に喰ひ取られ、障子はづづ黒く棧毎に瓔珞を下げ、風吹く度に自由に舞踏をやつて居る。湿つぽい畳は、表はすつかり破れ、赤ずんだ床許りが僅に命脈を保ち足踏み入るるも身の毛のよだつやうに見苦しい。さうして何とも仮令やうのない異様な臭気が鼻を衝く。されど、高姫やキユーバーの目には此茅屋が金殿玉楼の如くに見え、異様な臭気は麝香の如くに、想念の情動によつて感じ得らるるのも妙である。牛糞の味も牡丹餅の如く感じ、馬糞の臭もお萩の如く、いと満足に喉を鳴らしてしやぶるのだから耐らない。口の欠けた燻ぼつた土瓶に籐の蔓の柄をつけ、屋根から釣るした煤だらけのてんどりに引つかけ、牛糞を焚いて茶を温め乍ら、二人は嬉々として他愛もなくふざけて居る。御霊の相応と云ふものは実に不思議なものである。 此高姫さまは、キユーバーの目には、一寸見た時には婆さまのやうに見えたが、何時の間にか、トルマン国の王妃千草姫のやうな美人に見えて来た。又高姫の目では団栗眼の烏天狗のやうな、口の尖つた不細工なキユーバーの顔が何とも知れぬ凛々しい、時置師の杢助に見えて耐らない。高姫は鼠髯のやうに皺のよつた口をつぼめ乍ら、しよなしよなと体をゆすり、 高『これ杢助さん、否高宮彦殿、ようまあ化けたものですなあ。あの四つ辻で会つた時は、左程でもない遍路だと思ふて居たに、かうさし向うて篤くりとお顔をみると、まぎれもない高宮彦様だわ。もし私は高宮姫で御座いますよ。何ですか他々しい。他人らしい其振舞は措いて下さい。何程貴方が出世して偉くなつたつてやつぱり私の夫ですよ』 キユ『お前は高宮姫と改名したのか、何でも千草姫と云ふ名だつたと思ふがな』 高『あのまあ杢チヤンの白々しい事。それ貴方とあの御殿でお約束して高宮姫と改名したぢやありませぬか。貴方だつて其時高宮彦と改名されたでせう』 キユ『ハテナ、お前はどうしても千草姫に違ひない。妙な事を云ふぢやないか。併し乍ら、名はどうでもよい。心と心さへぴつたり合うて居ればそれで十分だ』 と二人は互ひ違ひに主をかへ、嬉々として意茶つき始めた。 高『もし貴方、あれから私に別れて何処を歩いてゐらしたの。私どれ程尋ねて居たか知れませぬわ』 キユ『私はな、デカタン高原のトルマン国へ根拠を構へ、お前を一目見てから目にちらついて耐らず、何とかして会ひたい会ひたいと心を焦して居る矢先、お前がトルマン王の妃になつて居るものだから手の附やうがなく、百方手段をもつてたうとうお前に近よる事が出来、永らくの恋の暗を晴らす事を得たのだ。サアこれからお前と私と心を合せ、トルマン国を手に入れ、七千余国の月の国を蹂躙して見ようぢやないか。到底科学的文明の極点とも云ふべき現代を救ふのには、単なる説教や演説や祈祷のみにては功を奏しにくい。自ら王者の位置に立ち軍隊を片手に握り、一方には剣、一方にはコーランをもつて人心を治めなくては宗教も政治も嘘だ』 高『成程、貴方のやうな智勇兼備の神人は世界に御座いますまい。あゝ三年が間、此の山のほてらで苦労したのも貴方に会ひたい許り、いよいよ時節が来たのかなあ』 と互に辻褄の合はぬ勝手な応答をし乍ら、八味の幕を下して抱擁したまま睡りについて了つた。外に立つて居たトンボはやけて耐らず、小石を拾つて戸の破れから幾つともなくボイボイと投げ込んだ。小石は釣り下げてある土瓶の腹を割つて、二人の寝て居る足の上にパツと小便を垂れた。高姫は驚き跳起き乍ら声を震はせて、 『これや、天下の救世主が種を蒔きよるのに何をするか。何者だ、名を名乗れ』 と呶鳴り立てる。トンボは外から、 『ワハヽヽヽヽヽ石を投げたのは此トンボさまだ。これや婆々、今にこの家を叩き壊してやるからさう思へ。俺も一つは性念が有るぞ』 と又もや雨の如く両手に小石を掴んで投げ込む危ふさ。石は戸棚や水屋にぶつかつて、カチヤカチヤパチパチガランガランと瀬戸物迄が滅茶々々になる。高姫、キユーバーの二人は危くて成らず、表戸を引きあけ『コレヤー』と呶鳴る勢に、トンボは骨と皮との体を、尻をまくりながら、ドンドンドンと逃げ出す。高姫とキユーバーは追ついて素首引掴み懲して呉むと真裸の儘、トンボの後を息をはづませ、青い火の玉となつて追つかけ行く。 トンボは八衢の関所の門口に来り、慌てて黒門にどんとつきあたり、アツと云つた儘其場に倒れた。キユーバー、高姫の二人は皺枯声を張上げ乍ら、ホーイホーイ、ホイホイホイとド拍子もない声を張上げて追かけ来り、トンボの倒れて居る姿を見て痛快がり、 高『ホヽヽヽヽヽこれ杢チヤン、天罰と云ふものは怖ろしいものでは御座いませぬか、ねえ貴方。私と貴方が神代から伝はつた、青人草の種蒔の御神楽を勤めて居るのを岡焼して、石を投げ込んだトンマ野郎ぢや御座いませぬか。これやトンマ、確りせぬかい、生宮さまの御神力には畏れ入つたか』 トンボは漸く気がつき、 『お前さまは生宮さまぢやないか。こんな役所の門前迄来て人の恥をさらすものぢやありませぬぞや。何卒悪口だけは耐へて下さい。私だつてまだ末の長い人間、これからまた世に立つて一働きせなくてはなりませぬ。お役人の耳へ私の悪口が入つたら最後、何処へ行つても頭は上りませぬからねえ』 高『ヘン、これやなーにをぬかして居るのだい。自業自得ぢやないか。お前のやうなものを此世の中に頭を上げさせておこうものなら、世界は暗雲になつて了ふぢやないか。それだからお役人に聞えるやう、一入大きな声で云つたのだよ。何とまあ情なささうな顔わいのう』 ト『これや婆々、もう俺も破れかぶれだ、何なりと悪口をつけ。その代り貴様の秘密をお役人の耳に入るやう大声で素ツ破ぬいてやる』 キユ『これやこれやトンボとやら滅多な事は云ふまいぞ。貴様のやうな三文やつこなら、仮令よく云はれても悪く云はれても余り影響はない筈だ。然し乍ら吾々如き救世主の、仮令嘘にもせよ悪口を申すと、世界救済の事業の妨害になるのみならず、其罪は忽ち廻り来つて吊釣地獄に墜ちるぞや』 ト『ヘン放つといて下さい。お前さまは此婆々と炉の辺で、とんでもない種蒔行事を演じて居たぢやないか。それあの醜体を……もしもしお役人様、此奴等二人は天則違反の大罪人で御座います。何卒か御規則に照し、地獄へ打ち込んで下さい。さうしてウラナイ教とか、スコ教とか云つて悪神の教を天下に拡めようとする餓鬼畜生で御座います。私が証拠人になります。何卒此奴等二人を厳しく調べて下さい』 と力一ぱい呶鳴り立てる。 キユ『これやこれやトンボとやら、教主や生宮を罵る罪は軽けれど、教の道を罵る罪は万劫末代許されないぞ。謗法の罪の重い事を知つて居るか』 ト『ヘン偉さうに云ふない。謗法の罪なんて俺やどこでもやつた事は無いわ。貴様等両人こそ方々で悪い事をやつて来た代物だ。もしお役人様、大罪人を二人茲へ引張つて来ました。早く来て下さらないととんぼう(遁亡)致します。早く早く』 と呶鳴つて居る。赤白両人の守衛は此声に訝り乍ら、門を左右に開き外に出て見るとこの体裁、 赤『これやこれや今日は公休日だ。なぜ矢釜しく申すか。訴へ事があるなら明日出て来い、聞いてやらう』 ト『もしお役人さまに申し上げます。天下を乱す彼様な大悪人を現在目の前に眺め乍ら、公休日だから調べないなぞと、そんなナマクラな事を云うてお役人が勤まりますか。日曜迄月給は頂いて居られませう。一寸でよいからお調べ下さいませ』 赤『や、お前はバラモンのリユーチナントではないか。未だ修養も致さず、八衢に迷ふて居るのか、困つた奴だなあ』 ト『もしお役人さま、面白い事を仰有いますなあ。冥途かなんかのやうに現界に八衢が御座いますか』 赤『ここは冥途の八衢だ。其方は鬼春別将軍の一旦部下となり、軍隊解散の後、泥棒となつて四方を徘徊致し、或勇士の為に殺され、精霊となつて此所へ来て居るのだ。それが未だ気が附かぬのか』 ト『ヘン、余り馬鹿にしなさるな。些と真面目になつて下さい。私は狂者ぢや御座いませぬよ。死んだ者がこの如うにものを云ひますか。目も見えず耳も聞えず、口もたたけず、手足も動けなくなつてこそ死んだのでせう。ヘン馬鹿にして居る。こんな酒を喰つて顔色迄まつ赤にした奴の酒の肴になつて居てもつまらない。今日は帰つてやらう。その代り明日は見ておれ、貴様の上官に今日の事を一伍一什訴へるぞ。さうすると貴様は忽ち足袋屋の看板足あがり、妻子のミイラが出来るぞや、ハヽヽヽヽヽ』 と捨台詞を残し、道端の石を掴んでキユーバー、高姫目当に打かけ乍ら、入陽の影坊師見たやうな細長い骸骨を宙に浮かせ、北へ北へと逃げて行く。 赤『ヤ、そこに居るのは高姫ぢやないか。お前は時置師の杢助さまに頼まれ、三年間この八衢に放養して置いたが、未だ数十年の寿命が現界に残つて居る。到底霊界の生活は許されない。お前の宿る肉体はトルマン王の妃千草姫の肉体だ。サ一時も早く立ち去れ。又キユーバー、汝は天下無比の悪党であるが、まだ生死簿には寿命がのこつて居る。一時も早く現界へ立ち帰れ。グヅグヅ致して居ると肉体が間に合はなくなるぞ』 と厳しく言ひ渡した。二人はハツと思ふ途端に気がつけばトルマン城内、千草姫の一室に錠前を卸して倒れて居た。どことも無く騒々しい人馬の物音、矢叫びの声、大砲小銃の音手に取る如く聞え来る。是より千草姫の言行は一変し、又もや脱線だらけの行動を取る事となつた。八衢に居た高姫の精霊は己が納まるべき肉体を得て甦つたのである。 (大正一四・八・二三旧七・四於由良海岸秋田別荘加藤明子録) |
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霊界物語 | 71_戌_玄真坊と千種の高姫 | 03 門外漢 | 第三章門外漢〔一七九二〕 千年の齢を保つ丹頂の鶴は枯木に巣は造らない、空を飛ぶ鳥さへ突かれた巣には怖れて帰らず、地を潜る獣も一たん狙はれた穴には再び近づかぬ道理、バラモン教の悪神に根城を覆へされ、タラハン城下を立出で、打ちもらされし残党を集めて人跡稀なる谷蟆山の峰つづき神谷の平原に三十余戸の家をつくつて飽迄も祖先伝来の三五の道を遵奉し昼夜孜々として家業を励み、時を得れば再び三五の法城を築いて天下に雄飛せむものと、日の出別の宣伝使に仕へたる玉清別は此処に千代の住家を定め、遠大な望を抱いて時期の到るを待つて居た。 玉清別には神の子、玉の子と云ふ二男子があつた。神の子は幼少より神童と呼ばれ、村内に其神名を轟かして居た。玉清別の妻、玉子姫は夕餉の用意をなさむと門先の井戸端に出でて釣瓶に片手をかけ水を汲まむとする時しもあれ、異様の托鉢僧が錫杖をがちやづかせ乍ら、三文奴を従へ、さも鷹揚な態度で現はれ来り、玉子姫の美貌を不出来な目鼻を一つに寄せて微笑し乍ら眺め、手鼻をツンと噛み、 天真坊『拙者は天帝の化身天来の救世主天真坊と申す名僧知識で厶る』 と、さも鷹揚に出歯をむき出して語る。玉子姫は一目見るより思はず吹き出さむとする臍茶の苦痛を奥歯に噛殺してしみじみ見れば見る程醜男も醜男、不男も不男、これ程念入に出来上つた面がまへでは横町の雌犬にけしかけても叶はぬ筈の恋、まして図う図うしく人間の美人、匿ひおいたダリヤ姫に向つて慕ふて来るとは、恋なればこそと可笑しさに堪へかね、「ホヽヽヽヽツ」と笑へば、天真坊はますます居丈高になり、 天『これはしたり、当家の奥様とあらう者が吾々の顔を見て、一言の挨拶もなく冷笑するとは何事で御座る、貴女の御心底心得申さぬ』 玉『これはこれは天帝の化身様とやら、何用あつてお越し下さいました。エー御用があらば手つ取り早く仰有つて下さいませ。エー一寸御様子を伺へば貴方は他宗のお方と見えますが、当家は宗旨が違ひますから、何卒御帰りを願ひます』 天真坊は……ハハア最前の化小僧が此村は三五教と云ひよつたが、これや一つ三五教に化けてやらねばなるまい……と態と素知らぬ顔をしながら、 天『エー宗旨が違ふと今仰せられましたが、要するに宗旨なんかは枝葉の問題で厶います。神様は元は一株、時代とエー、国との都合によつて、或は神と現じ、或は仏と現じ、自由自在の活動を遊ばすのが誠の神で御座る。拙者は斯様な僧形をして居れど真実は三五教を信仰いたすもの、拙者の弟子には照国別、梅公、照公などの宣伝使も御座いますから、何宗か知りませぬが、暫く拙者の申す事を一応お聞き下されたい』 玉『アヽ左様で厶いますか、有名な照国別の宣伝使のお師匠様と仰有る以上は貴方はお名前は何と仰有いますか、それを承はつた上、都合によつてはお話を聞かして貰ひませう』 天『拙者は最前も申す通り、天来の救世主、天帝の化身シーゴーヨリコ別の命で御座る』 玉『ホヽヽヽヽ。まるきりオーラ山の山賊みたやうなお名前で御座いますな』 天『これは怪しからぬ、拙者はオーラ山に立ち向ひ、シーゴー、ヨリコの頭目を言向け和し一泡吹かせ、天下の禍を除き記念の為めに彼等頭目の名を吾名と致した剛のもので御座る』 玉『あら左様で御座いますか、エー、オーラ山には天帝の化身天来の救世主、玄真坊とか云ふ山子坊主が居つたやうに噂に聞いて居りますが、其玄真坊はどうなりました。定めし貴方の御神力によつて打ち滅されたことで御座いませうねえ』 コブライは天真坊の袖をグイグイ引き乍ら、 『もし天真さま駄目ですよ。足許の明るい中にとつとと帰りませう。此女一通の女ぢや御座いませんよ。グヅグヅしてをると化が現れますぜ』 天真坊は小声で、 『馬鹿云ふな、ダリヤ姫が当家に匿れて居ると云つたからは、何とか彼とか云ふて彼女を引張りだす迄、此処を動かない積りだ。貴様去にたければ勝手に去ね』 玉子姫は耳ざとくも二人の囁き話を聞き終り、 『ホヽヽヽ、やつぱり貴方はオーラ山の玄真坊様でせう。実は奥座敷にお前さまの尋ねて御座るダリヤ姫さまが、バルギーと云ふ気の利いた男さまと休んで居られますよ。それはそれは睦じさうな御夫婦ですわ。玄真坊と云ふ修験者がやつて来ら、何卒入れないやうにして呉れと呉々も頼まれて居りますから、何卒お帰り下さいませ。妾は夕飯のお仕度で大層忙しう御座いますから』 天『如何にも拙者は天帝の化身、玄真坊で御座る。一度はオーラ山に於て悪神に嗾され些と許り善からぬ事を致したなれど、悪に強ければ善にもつよい道理、今日の玄真坊は清浄無垢、昔日の玄真坊では御座らぬ。それ故に天帝より天真坊と神名を賜はつた者、拙者を一夜お泊め下されば家の御祈祷にもなり、子孫長久、福徳円満疑ひなし、まげて一夜の宿をお願ひ申したい』 玉『左様ならば一寸まつて居て下さい。妾一量見には行きませぬ、主人に相談して参ります』 と言ひ乍ら足早に奥にかけ込んだ。 何時迄まつても手桶に水を汲んで入つたきり、ピシヤリと中から錠を卸し、猫の子一匹顔を見せぬ。玄真坊は門口に立ち、三五教の宣伝歌を歌つて主人の疑ひを晴らさむものと皺枯声を張りあげ仔細らしく歌ひ出した。 『朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも たとへ大地は沈むとも誠の力は世を救ふ 誠の力と云ふ事は天地造化の初めより 世の末々に至る迄此世を独守ります 宇宙唯一の神人の珍の力と云ふ事だ あゝ惟神々々霊幸倍ましまして 天来唯一の救世主産土山の聖場に 現れ給ふ瑞霊神素盞嗚の大神の 化身とあれし玄真坊天帝の化身と云ふ事を 此家の主人委細かに悟らせたまへ惟神 慎み敬ひ願ぎまつる神が表に現れて 善と悪とを立てわける抑神は何者ぞ 際限もなき大宇宙作り給ひし造物主 これこそ誠の神なるぞ抑神は無形なり 無声に居ますその限り何程力があるとても そのまま此世を守るてふ仕組は到底むつかしい それ故神に選まれし地上唯一の予言者を 神の機関と相定め神素盞嗚の精霊に 珍の聖霊を宿しまし下らせたまひし肉の宮 これこそ世界の太柱神の柱は天真坊 決して間違ひ御座らぬぞ早く疑ひ晴らしませ 神は此家に幸を与へて霊肉諸共に 天国浄土に救はむと門の戸たたき立ちたまふ 心の暗き人々は神の柱を見誤り 門の戸開いて迎へ入る礼儀を知らぬ愚かさよ 後の後悔間に合はぬ早く心を改めて 二つの眼にかけたまふ青赤黒の眼鏡をば 外して吾身の顔を見よさすれば疑ひ晴れるだらう 総て化身と云ふものは人間並の顔ぢやない 五百羅漢か不動さま悪鬼羅刹の相をして 人の心をひくために現れ出づるものなるぞ 何程顔がきれいでも心に潜む枉神に 注意せなくちや臍をかむやうな失敗出来るぞや 省みたまへ玉子姫此家の主玉清別の 為めに化身が宣示するあゝ惟神々々 霊幸倍へましませよ』 神の子は窓から二人の姿をのぞき、此歌を聞いて吹き出しながら、小さい手を拍つて弟の玉の子と共に歌ひ出した。 『お化のやうな坊さまが泥棒の乾児をつれて来て 誠ぢや嘘ぢや化身ぢやと甘い事をば言ひ並べ 家のお父さまをごまかして此家に一夜とまり込み ねてもさめても夢現忘れられないダリヤさまを 連れて帰らうと企みつつ嘘八百を並べたて 目玉をむき出し嘴を無性矢鱈にとがらして 臭い呼吸をば吐き乍ら屋敷の空気を汚しよる もはや観念するがよい万劫末代門口は お前の為めには開かない三五教に化けて来て 甘い事せうとはそれや何だお尻喰ひの観音だ 早く帰つたがよからうぞお杓に水を汲んで来て 頭の上からぶつかけよか尻尾を股へ捻ぢこんで 一時も早く帰れかし女を逐ふよな面でない 早くいんで呉れ貧乏神アハヽヽヽヽヽあの面を 一寸見なされお母さま小田の蛙の鳴き損ね 夜食に外れた梟鳥形容の出来ないスタイルだ ほんとに怪体な売僧坊主神の館を逸早く 尻に帆をかけ去んで呉れお前の去んだその跡で お塩の三俵も振り撤いて隅から隅迄大掃除 致さにやならぬ厄介な山子坊主が来たものだ イヒヽヽヽヽヽイヒヽヽヽ』 と腮をしやくり頭を窓から突き出し、小さい足音を刻み乍ら奥に引つこんでしまつた。 コブライは馬鹿らしくて耐らず、チエツと歯噛をなし、睨みつけながら、斜になつて門口を出た。天真坊もチエツと舌うちしながら駆けだす、待ち構へて居た下男は手早く門の閂を箝めて仕舞つた。 夕陽傾いて暗の扉は四方より拡がつて来る。執念深き玄真坊は現在恋慕ふダリヤが此館に居ると聞いては、仮令命を的にかけても目的を達せねばおかぬと門先の石の上に腰をうちかけ、双手を組んで思案に暮れて居る。塒求むる夕烏、近所の森の上から阿呆々々とおちよくるやうに頭の上から喚いてゐる。 (大正一四・一一・七旧九・二一於祥明館加藤明子録) |