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(1611)
霊界物語 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) 01 三途川 第一章三途川〔五五一〕 大海原に漂へる宝の島と聞えたる 竜宮海の一つ島宝の数もオセアニヤ ウラルの彦の神勅を奉じて来る六人が 信神堅固の守護神元は竜宮に仕へたる 神の力を田依彦魂を研いて飯依彦の 神の司と現はれて善言美詞の言霊に 言向和す勢はウラルの教の宣伝使 三年の苦労も水の泡何の土産もアルパニー 港を後に千万の浮島原を乗越えて 航路も長き鶴の国鶴の港を立出でて フサの海まで帰り来る時しもあれや東北の 風に煽られフサの海三五教の宣伝使 日の出の別に巡り合ひタルの港に上陸し 足さへダルの河の辺を徐々進むシヅの森 神の光に照されて茲に心を翻し 忽ち変る三五の教司に伴なはれ フル野ケ原を打渡り醜の岩窟を探険し コシの峠もいつしかにわたりて茲に猿山の 峠の麓に一同はまどろむ折しも音彦が 眠を醒して眺むれば月は木の間に輝きて 茲に五人の宣伝使影も姿も長の旅 弥次彦与太彦伴なひて寄せ来る敵に追はれつつ 荒野を渡り河を越え曲の関所を乗り越えて 泥田に落ちし裸身の足も軽げに小鹿山 四十八坂に来かかりし時こそあれや前後 数多の敵の襲来に衆寡敵せず音彦は 弥次彦与太彦諸共に千尋の谷間に飛込みて 谷間流るる速川の水の藻屑となりひびく 谷間を渡る荒風は実に凄じき許りなり。 弥『世の中は能くしたものですな。一方には断巌屹立したる山腹を控へ、一方には千仭の谷間、かてて加へて前後より数多の敵に取囲まれ、衆寡敵せず、命を的に溪川目がけて、ザンブと許り飛込みた時の心持と云つたら、何ともかとも知れぬ苦しさであつたが、エーままよ、神様に捧げた生命、一寸先は神の御手にあるのだと覚悟をきわめ、飛込み見れば、都合の好い青々とした淵、素より裸の吾々両人は、水泳には誂へ向だ。宣伝使はドツサリと、ベラベラした装束を身に纏つて居られたものだから、水中へ陥つた時には、大変なお苦みでしたな。幸ひ吾々両人が真裸になつて居つたものだから、溺死もせずに助かつたと云ふもの、斯うなると親譲りの裘で無一物の方が、千騎一騎の時には何ほど楽だか知れぬ。それだから神様が持物を軽くせいと仰有るのだ。裸で物を遺失さぬと云ふ事がある。裸くらゐ結構なものはない。ナア与太公……』 与太彦『ウンさうだなア、泥田へ落ちて赤裸になつた時には、裸で道中がなるものか、アー情ない事だ、せめて褌丈なつと欲しいものだと、執着心が離れなかつたが、斯う言ふ時には生れ赤児の赤裸が一番都合が好い。これも神様のお蔭だ。三人が三人共重い着物を着けて居つたなれば、誰も彼も助からずに、幽界とやらへ旅立をする所であつたにナア』 音公は、 音彦『ソレモさうだ、神の道に荷物は不要ぬ。併し乍ら何とかして、木の葉でも編んで着物を拵へなくちや、この先旅する訳にも行かぬ。風俗壊乱でポリス先生に科料でも取られちや見つともない。ぢやと云つて泥棒する訳にもゆかず、困つたものだ。草でも編みて、一つ着物でも作つたらどうだらう、のう弥次公』 弥次彦『ウン折角裸にして貰つたのだから、これも惟神だ。逆転は御免だ。ナーニ構うものか、面の皮の慣はせとか云つて、何ほど寒くつても、面の皮には薄着一枚着せた事はない、慣れて了へば真裸でも、寒くも暑くも何ともない、身は身で通る裸ん坊だ、裸の道中も面白いよ、音彦君』 音彦『それだと云つて、どうも不恰好だ。吾輩の衣類を分配して、一人は羽織、一人は袴、一人は着物と云ふ風にやつたらどうだらうかナア弥次公』 弥次彦『ヤアそいちア、尚々恰好が悪い、それこそ化物の行列みたやうだ。エー構はぬ、行きませうかい。与太公ドウダイ』 与太彦『日が暮れたと見えて、非常に暗くなつたぢやないか。暗い所を歩くのは、裸でも何でも構はぬ、見つとも良いも、見つとも悪いも有つたものぢやない。一つ大手を拡げてコンパスの続く限り前進せうかい』 と三人は暗の路を当途もなく足に任せて進み行く。音公は、 音彦『ヤア、俄に明くなつて来たぞ。一体此処は何処だらう、大変な大河が南北に流れて居るぢやないか、河向ふには得も言はれぬ金殿玉楼が、雲に浮いた様に見えて来出した。ナンダか気がいそいそとして、一刻も早く行きたい様な心持になつて来たワイ』 弥次、与太両人は、 弥次彦、与太彦『ホンにホンに、立派な建築物が見えますな、是を見ると勝利の都に近付いた様な心持がして来ました、………ヤア有難い有難い、進退維谷まつて、九死一生の谷間に飛込みの芸当をやつたと思へば、豈図らむや、コンナ結構な都に近付いた。是だから怖い所へ行かねば熟柿は食へぬと云ふのだ。有難い有難い、それにしても、鷹公、梅公、岩公、駒公一同は、どうして御座るであらう、猿山峠の急坂を、痩馬の尻を叩いて行軍の真最中だらうか。是だから先へ行つた者が手柄をするとも、後れた者が手柄をするとも分らぬものだ、何事も神のまにまに任すほど安心な事はないなア』 と語りつつ、三人は漸く河幅広き水底深き青々とした流れ岸に着いた。弥次は驚いて、 弥次彦『ヤアこの河は立派な河だナア。大抵の河は、通常は河原ばつかりで、横の方を帯の様に、青い水がホンの形式的に、お条目の様に流れて居るものだが、この河はまた例外だよ、河一面の流れで、しかも青味立つた清水が流れて居る。大抵の河は、河一面に水の流れる時は大雨の時で、泥々の真赤な水だが、コラまた稀代に立派な河だワイ』 与太彦は、 与太彦『河は立派だが、何時まで褒めちぎつて居た所で、橋も無ければ、舟も無いぢやないか、どうして渡つたがよからうかな。これや一つ、何とか工夫をせねばならないぞ』 弥次彦『ナニ、吾々は幸ひ真赤裸だ。水泳の妙を得とるのだから、対岸へ流れ渡りに渡れば良いのだ。斯う言ふ時には、裸一貫の無一物は、大変に都合が好いワイ、唯困るのは音彦の宣伝使様だけだ……………もしもし宣伝使様、一層の事あなたの御衣服を全部この河へ投り込んで、三人共裸になつたらどうですか、牛の子でも附合を致しますで…………』 音彦『それもさうだが、お前はまだ普通の人だ。吾々は三五教の宣伝使といふ重荷を持つて居る。この被面布も大切に致さねばならず、法服を棄てる訳には行かない。アヽこうなると、責任の地位に立つ者は辛い者だ、窮屈不便利至極だわい』 弥次彦『あなたは、宣伝使の法服だとか、被面布だとかに執着心があるから可けないのだ。保護色に包まれて居るから、自由自在の活動が出来ないのだ。裸になれば又裸で立行くものです。カメリオンの様に、青い草に交れば青くなり、赤い葉に止れば赤くなり、白い木にとまれば白くなると云ふ、変幻出没自由の活動を執るのが、宣伝使の寧ろ執るべき手段ではありますまいか。大歳の神は、宣伝使の服を脱いで俄百姓となり、農夫の服を着て農業を手伝ひ、立派に宣伝使の本分を尽されたと云ふ事ですよ。河を渡るのには裸でなくちや駄目だと弥次彦は思ふがナア』 音『さう云へばさうだが、せめてコーカス山にお参詣する迄音彦は、この服は離したくない』 弥次彦『あなたはさうすると、何時迄も此処に、河端柳ぢやないが、水の流れをクヨクヨと見て暮すと云ふ方針ですかい』 音彦『ヤア進退維谷まつた。音彦もどうしたら可からうかなア』 と双手を組み思案に暮れて居る。傍に藁を以て屋根を葺いた小さい家が目に着いた。 弥『ヤア此処に、〆て一戸、村落があるワイ、あまり小さいので、見落して居つた。先づ先づあの館へでも侵入して、ユツクリと河端会議でも開催しませうか』 と先に立つて弥次彦は、藁小屋の中に進み入る。 弥次彦『ヤアこの藁小屋の中には、ナンダか生物が居るぞ。コンコンと咳払をやつて居るワイ、もしもし宣伝使さま、これは後家婆アの隠れ家と見える、マア一服さして貰ひませうかい………』 小屋の中より皺枯れた婆の声で、 婆『誰だ誰だ、この河辺に立つて何を囁いて居るか。此処はどこぢやと思ふて居る、三途の河の縁だぞ』 と聞くより弥次彦は婆々を睨み乍ら、 弥次彦『ナニツ、三途の河の縁だと?全然冥途の旅の様だ。ソンナラ大方着物を脱がす婆ぢやないか。ヤアナンダか気分が悪いワイ。モシモシ宣伝使さま、何をグズグズして居るのだい、早く来て鎮魂をして下さいな、怪しからぬ事を云ふ老婆が居りますで……』 音彦『弥次彦お前は、何を怖さうに言ふのだ。乞食婆アだよ、放つときなさい』 婆『乞食婆とは何だ、三途河の鬼婆だぞ。サアサア娑婆の執着をスツクリ流す為に、真裸にしてやらうかい』 と藁で編みたる押戸を開けて、白髪頭をヌツと出し、渋紙面を曝して現はれて来た。 弥次彦は、 弥次彦『ヤアナント背の高い、小面憎い面をした老婆だな………オイ糞婆、貴様は良い加減に改心をせぬかい。よい年しよつて、何時までも欲の皮をひつぱると、死んだら地獄に落ちるぞ』 婆『わしはお前達の着物を脱がす役だよ。サア綺麗サツパリと脱いで行かつしやれ』 弥次彦『何を吐しよるのだ。貴様は他人の着物を脱がして、沢山に箪笥の中へ仕舞込み置いても、末の短い貴様が、死んだならば冥土とやらへ行かねばなるまい。その時に三途河の鬼婆が、みな脱がして了ふと云ふ事だぞ。あまり欲をかわくない』 婆『その三途川の鬼婆が此方さまだ。愚図々々言はずに脱がぬかい』 弥次彦『ヤア此奴ア盲婆だな、裸の俺に着物を脱げつて吐しよる、良いケレマタ婆も有れば有るものだナ。ワツハヽヽヽ』 婆『お前は先祖譲りの洋服を着とるぢやないか、兎の皮を剥いたやうに、頭からクレクレと剥いてやるのだ。弥次彦覚悟は良いか』 弥次彦『これは裘だぞツ』 婆『河の縁で脱がすのだから、裘は尚結構だよ』 弥次彦『エー洒落ない、婆の癖して………オイ与太公、宣伝使さま、チツト来て下さらぬか、思ひの外シブトい婆だから』 音彦『ヤア、弥次さま、どうやら此処は三途の河らしいぞ。小鹿峠から谷川へ飛込んだ時に、気絶した途端に、どうやら幽界の旅行と急転したらしい、どうも空気が変だ。ナア与太彦、お前はどう思ふか』 与太彦『宣伝使のお考へは違ひますまい。私も何だか、四辺の状況が娑婆とは違ふ様な気が致しますワ………』 婆『コラコラ、お前たち三人の奴は、俺を誰だと思ふて居る、俺の面を見よ』 弥次彦は顎をシヤクリ乍ら、 弥次彦『ツラツラ考ふるに、何とも早、形容の出来ない怪体な面付だナア。ひよつとしたら、宣伝使のお言葉の通り、三途川の鬼婆かも知れぬワイ』 婆『合点が行つたか、親重代の宝物たる黒い土瓶の中へ小便を垂れる様な、汚れた身魂の人足だから、此処で赤裸にして霊の洗濯を為てやるのだよ』 弥次彦『ヤア合点の行かぬ婆アだ。土瓶の事まで吐しよる、貴様はお竹の母親か』 婆『お竹の母親か、父親か、よう考へて見ろ。弥次彦のガラクタ奴』 弥次彦『黒い黒い手で握飯を握りよつて、手鼻汁をかみ、洟を落した握飯を拵へた汚い老婆に比べると、モ一つ汚穢い奴だ。俺の霊が汚いから洗濯せいと言ひよるが、マア貴様の汚い顔から洗濯せい………霊魂を洗濯せい、美しうなれと、口ばつかり他人に言ひよつて、自分の汚い事は知らぬ顔の半兵衛でけつかる。困つた者だなア、自分の尻糞は目に着かぬと見えるワイ。全然三五教の宣伝使の様な事を吐す奴だ。アハヽヽヽヽヽ』 婆『ババはババいから婆と云ふのだ。ヂヂはヂヂムサイから老爺と云ふのだよ。糞は汚い、痰は汚い、花は美しいと、開闢以来定つとるぞ。俺の様な汚い所へ落ちた者は、汚なうして居ればよいのだよ。貴様のやうに、表は立派な、三五教の宣伝使だとか、信者とか言ひよつて羊頭を掲げて狗肉を売る様な罪悪人は、何処までも洗濯をせな可かない。腹の底まで洗濯をしてやるのだ。チツト苦しうても辛抱せい。親譲りの着物を是から脱がして、この老婆が洗濯をして着替さしてやらうかい、コラ弥次彦のガラ奴』 弥次彦『ヤア、此処ア洗濯婆アだな、鬼の来ぬ間に洗濯バタバタ早く身魂を洗ふて下されよ、改心が一等だぞよ、今までの塵芥、流れ川ヘサツパリ流して、水晶の身魂になつて下されよ……といふ筆法だな。ソンナ事は三五教の教祖の教にチヤンと出て居るのだ。事新しく三途河の縁まで来て、言つて貰はいでも、遠の昔に御存じだ。大学卒業生だぞツ。骨董品の様な古い頭をしよつて、文明人種の吾々に意見をするのは、釈迦に経を説く様なものだよ』 婆『お前達は口ばつかり立派な信者だ。舌と耳とは極楽へ遣つて、その外はみな地獄行だ。舌と耳とを俺が預つて、是から高天原へ小包郵便で送つてやらう。マア裘を脱ぐより、第一着手として舌を出せ、舌と耳とを切つてやらうかい、弥次の奴』 弥次彦『エー何処までも婆は婆らしい事を吐しよるワイ。舌切雀の話の様に、舌を切つてやらうの、桃太郎の話の様に、洗濯をするのと、らしい事を言ひよるワイ、アハヽヽヽ。オイ婆、この河には随分桃が流れて来るだらう。二つや三つは貯へて居るだらうから、一つ俺に招伴させぬかい、腹が空つて聊か迷惑の態だ』 婆『お前の食ふのは此処に預つてある、サアサア是なと食つて着物を渡すのだよ』 と真つ黒けの握飯を二つ出す。 弥次彦『ヤア此奴ア、お竹の宅の柴屋で見た握飯だ。コンナ垢の着いた、鼻水だらけの握飯が仮令餓えて死んでも食はれるものかい、渇しても盗泉の水を呑まぬ俺だぞ』 婆『どうしても食はねば、貴様を此鬼婆が代りに食つて了ふがよいか………勿体ない、粒々辛苦になつた結構なお米で拵へた握飯を、黒いの汚いのとは何の事だ。たとへ鼻水が入つて居らうが、百分の一位なものだ、何ほど綺麗な人間でも、百分の八九十までは汚い分子が含蓄して居る。貴様の肉体つたら、九分九厘まで真つ黒けの鼻水握飯の様なものだぞ。俺が辛抱して食てやると言ふのだから、これが冥途の食納め、喜んで食はぬかい』 弥次彦は首を傾けて 弥次彦『オイ与太公、サツパリ訳が分らぬぢやないか、貴様の食ひ残しだ。おれや元から一つも食はないのだから、貴様が食つたらよからう』 与太彦『私はあなた様の分まで頂戴致しまして、スツカリ食べるのは、あまり礼を失すると思ひ、二つ丈残して置きました。決して汚いから残したのぢやありませぬ、此れは弥次彦の領分だと思つて遠慮したのです………もしもしお婆アさま、私は腹一杯頂戴したので、それ以上は食へなかつたのと、弥次彦に愛想に残してやつたのですから、決して決して、汚いの何のといふ、ソンナ冥加の悪い心で残したのでは御座いませぬ。これは弥次彦の食ふべきもので御座います』 弥次彦『エーエー、与太彦までが怪しからぬ議案を出しよつた。河端会議だから握り潰しといふ訳にも行くまい。三途の河へ一瀉千里の勢で、否決流会だ』 と握飯を握つて河に棄てむとするを、婆はその手をグツと握りたり。弥次彦は、 弥次彦『ヤア冷たい冷たい、氷のやうな手をしよつて………手が痺れて了ふワイ』 婆『ヤア不思議だワイ、お前の霊は、遠の昔に痺れて了ふて免疫性の無感覚だと思つたに、冷たいのが分るか、それではチート何処かにまだ息があるワイ、コンナ所へ来るのはチト早いのだけれど、修業の為に、我を折る様に、この河を渡れ、裘を剥ぐ丈は免除してやらう。随分冷たい河だぞ、この河が冷たくなくして渡れる様ならモウ駄目だ。冷たければチツトはまだ人間の息が、霊に通ふて居るのだよ』 弥次彦『オイ婆アさま、お前も随分屁理窟を言ふがそれ丈理窟が分つて居れば、この弥次彦は寒うて困つとるのを、チツトは同情するだらう。亡者の着物を毎日追剥しよつて、沢山に蓄めとるだらうが、俺に似合ふ様な着物を一枚分配して呉れぬか、どうで老若男女色々と風も違ふだらうから、俺に打つて附けた様な着物もあるだらうにのう』 婆『エヽ附上りのした男だなア、お前に着せる様な着物は一枚もありやしないよ。みな河へ脱がしては流し、脱がしては流し、今ここに五枚ある丈だ。それもみな子供の着物だ。一枚は俺が着にやならぬし、五枚の着物を貴様に一枚やれば、モウあとは四枚だよ』 弥次彦『ヤアこの婆、なかなか洒落てけつかる、風流婆アだなア』 婆『定つた事だ、何事も執着心を棄てて、風流で胸の垢を洗濯婆アだ。お前も早う身魂の洗濯をせないと云ふと、腹の中に毛虫がわいて、弥次身中の虫となつて、お前の肉体を亡ぼす様になるぞ』 弥次彦『婆さま、オツト待つた、俺は亡者じやないか、一旦亡びた者が復亡びるといふ事があるかい』 婆『顕幽一致、生死不二だよ。今の娑婆に居る奴は、肉体は生きて居るが、霊はみな死にたり、腐つたり、亡びて了つて居るのだ。併し乍ら、貴様は感心な事には、肉体は亡びたが、まだ霊に生命があるワイ』 弥次彦『定つた事だい、せいめい無垢の生粋の大和魂だもの。万劫末代朽つる事なく亡ぶ事なき霊主体従の弥次彦さまの本守護神は、永世不滅の神の分霊、万劫末代生通しだ。肉体は亡びても、吾々の霊は至極健全だ。これから三途の河を横渡りをして、心の鬼も地獄の鬼も片ツ端から言向和し、地獄を化して天国とする覚悟だ。オイ婆ア、貴様もコンナ所に弱い者苛めをして、亡者に対し剥取強盗をするよりも、早く改心を致して俺のお伴をせないかエーン』 与太彦は、 与太彦『オイ弥次彦、しやうもない事を言ふない。地獄開設以来、三途川の鬼婆と云つて、この河に備へ付の常置品だよ。ソンナ者でも閻魔の庁へ連れて行つたが最後、天則………ドツコイ地獄則違反者だ………と云つて、罪に罪を重ねる様なものだよ』 弥次彦『さうだな、出雲姫の様な美人を連れて、閻魔の庁へ出立するのは気分が良いが、斯う苔の生えた枯木の様になつた骨董品を伴れて行くのは、弥次彦もチツト迷惑だ。……オイ婆ア、お前何時までも此川辺に、コンナ事をやつとるのが面白いのかい』 婆『何が面白からう、これも仕方がないワ、木蓮尊者の母親ぢやないが、罪の塊で、因果が廻り来て、コンナ人の厭がる役を、よい年してやらされて居るのだよ。俺はモウ駄目だ、終身官だから、辞職する訳には行かぬワイ』 弥次彦『それを聞けば、何だかチツト、哀憐の心が起つて来たワイ。一層の事、一思ひにこの川へ、バサンと投げ込みてやらうか。さうすれば、地獄の苦を逃れて、お前も幸福だらうに』 婆『婆サンとやつたつて駄目だよ。善の道を破産した俺だから、到底救はれる予算が立たぬワイ』 弥次彦『アヽ三途がないなア、かはいさうな者だ。ナント詮術なきの川水、ミヅバナ垂らして握飯に固めて、ムスメのお世話になつた御主人様に、有らう事か有るまい事か、食べさそうと致し、おまけに小便茶をも勧めた天罰は覿面に廻り来つて、三途川の鬼婆とまで成り果てしか、アヽ思へば思へばいぢらしや、弥次彦同情の涙に暮にけりだ』 音彦『アハヽヽヽ、面白い面白い、弥次喜多道中は、冥土へ来てもヤツパリ、五十三次気分がするワイ、音彦はまるで大井川の川縁に着いた様な心持がするワイ』 弥次彦『大井川なら、この婆を大井に川いがつてやるのですな、アハヽヽヽ』 この時いかめしい装束をした一人の男、金剛杖をつき乍ら、トボトボと歩み来たりぬ。能く能く見れば、ウラル教の大目付、源五郎なりける。弥次彦は見るより、 弥次彦『ヤア貴様はウラル教の源五郎だナ、俺が猿山峠の麓の森林で、華胥の国に遊楽する折しも、しやうもない夢をば、与太公に見せよつて、驚かしよつた腰抜野郎だらう。馬からひつくり返つて、四足に圧搾されて、背中に腹は替へられぬぢやない、馬の背中で腹を抉られて、蛙をぶつけた様に、目をクルクルと剥きよつて死ばつた代物だらう。サア好い所へ来よつた。こちらは三人貴様は一人だ。娑婆に居つた時は此方は三人貴様の味方は五十人、五十人でさへも敗北した様な腰抜だから、到底叶ふまい。貴様の着物を一切脱ぎ取るのだ、サアサア脱いだり脱いだり』 音彦は、 音彦『オイオイ弥次、婆アサンの職権まで蹂躙すると云ふ事があるかい』 弥次彦『モシモシ、お婆アサン、此所ちよつと代理権を執行致しますから、事後承諾を願ひます』 婆『ハーイハイ、宜しき様に………お前に一任致すぞや』 弥『音彦さま、サアどうだ、是からこの弥次彦が、お婆アサンの代理だ。脱衣婆アといふ職権ができた。婆アサンの片相手は、お弥次サンに定つてるよハヽヽヽ。オイ源五郎、婆アサンのおやぢだ。娑婆に居つた時は弥次彦だが、今は三途川の鬼おやぢだ。キリキリチヤツト脱いで了ヘツ』 源五郎は、 源五郎『ヤア、仕方がない、ソンナラ脱ぎませう。一枚でこらへて下さいや』 弥次彦『エー執着心を持つな、真裸になれ』 源五郎『それでもまだ此先、十万億土も旅をせにやならぬのだから、お慈悲に一枚は残して下さいナ』 弥次彦『エツ一枚脱ぐも三枚脱ぐも、脱ぐのに違ふた事があるか、生れ赤子になるのだよ』 源五郎『ナント、お前さまはエライ権利を持つてますなア』 弥次彦『定つた事だよ、泥棒権利の執行者だ。キリキリチヤツト、裸になつたり裸になつたり』 源『アヽもう斯うなつては源五郎もサツパリ源助だ、娑婆に居る時には、立つ鳥も落す勢であつたが、可愛い女房には別れ、生命より大事と蓄めた財産は弊履の如く打棄てて、身軽になつて此処へ来たと思へば、この薄い着物まで剥がれて了ふのか、アヽ仕方がない。どうしたら宜からうかナア』 弥次彦『エー女々しいワイ、郷に入つては郷に従へだ。娑婆の理窟は冥土には通用せぬぞ。泥棒にも三分の理窟があるのだ。脱衣爺の命令は全部服従……否盲従するのだ。亡者が亡者に従ふのは所謂亡従だよ。アハヽヽヽ』 源五郎『アヽ仕方がありませぬ、脱がして戴きます』 弥次彦『貴様が脱いだ後は、俺も裸で困つて居るのだから、右から左へスツと着替へるのだ。…………オイ与太公、此奴ア、大分沢山に着て居よるから、貴様と分配して、着々歩を進めるのだよ』 源五郎『お前さまも、裸の辛い事は御存じでせう。自分の苦しみにつまされて、私を不憫とは思ひませぬか』 弥次彦『エー八釜しいワイ、暗がりの世の中だ。一々目をあけて居つたならば、一日も生活が出来るものかい。何事も人の憐れは、見ざる、聞かざる、言はざるで…………自分の一身一族を保護するのが当世だよ。まだまだ是では済まぬぞ、貴様の持物をみな脱いで了へ』 源五郎『これ丈褌まで脱いで了つたぢやありませぬか、この上何を脱ぐのですかい……』 弥次彦『定つた事だよ、親譲りの………貴様はまだ洋服を着て居る。靴も、手袋も、頭巾も、何もかも、みな脱ぐのだ。貴様は娑婆に居る時から、彼奴は鉄面皮だと言はれて居つたぢやらう。その鉄面皮を此処で脱がしてやらう。舌も千枚舌だと言ふ事だから、一枚は助けてやるが、九百九十九枚まで此処で抜き取るのだ。コレコレ婆アサン、釘抜を貸しテンかいナ』 婆『ハイハイ、おやぢ彦の言ふ事なら、何でも聞きませう。釘抜がチツト錆びて居るけれど、此奴の舌も錆びてゐるから、合ふたり、叶ふたりだ、ワハヽヽヽ』 弥次彦『ヤア気の利いた婆アだ、流石俺の女房丈あるワイ、………オイ源公、千枚舌を出せ…………口を開け…………』 源五郎『アーア仕方がない、冥途の法律に従はねばならぬか。ソンナラどうぞ、ヤンワリと抜いて下さい』 弥次彦『よしよし』 と云ひつつ、釘抜を以て源公を大地に仰向けに寝させ、右の足を頭にグツと乗せ、 弥次彦『イヨー沢山な舌だワイ………此舌は放蕩を舌、一枚……オイオイ与太公、貴様は勘定役だ。音彦は受取つて下さい。……この舌は違約を舌……オツト二枚……こいつは間女房を舌……オツト三枚……こいつは讒言を舌、オツト四枚だよ、……こいつは失敗を舌、オツト五枚だ………こいつはアフンと舌、オツト六枚………こいつはインチキを舌……道傍でウンコを舌……遠慮を舌……ドツコイ遠慮会釈もなしに乱暴を舌……強欲を舌……ウツカリ舌……スベタに現を抜か舌……姦通を舌……人を監禁舌……苦面を舌……喧嘩を舌……善悪を混同舌……散財を舌……要らぬ心配を舌……狡猾い事を舌……民衆運動を煽動舌……探偵を舌……損を舌……畜生を殺舌……掴まへ損なひを舌……而も三五教の宣伝使を……手癖の悪いことを舌……遁亡を舌……難儀を舌……物に窮迫舌……人を見殺しに舌……憎まれ口を叩いた舌だ……盗みも舌……猫婆も舌……無報酬の飲食を舌……神に反対を舌……貧乏を舌奴を圧迫舌……憤慨も舌……変改も舌……人の金で漫遊を舌……無理も舌……斤量の目盗みも舌……悶着も舌……魂の宿替も舌……それは良心の転宅だ……隠険なことも舌……嘘つきも舌……縁談の妨害も舌……欲な企みも舌……乱痴気騒ぎも舌……悋気も舌……不在の宅を狙つて○○を舌……猟師をして沢山な畜生も捕獲舌……論にも杭にもかからぬ様な議論も舌……忘八苦も舌……意地の悪い事も舌……エー閻魔さまの眼鏡に叶はぬ様な事も沢山舌……人をおど舌……霊界物語の邪魔も舌……俺もモウウンザリ舌…是でまだ六十枚だがモウ良い加減に止めに舌がよからうかアツハヽヽヽ』 音彦『随分沢山な舌ですネー、音彦感心しま舌、ワアツハヽヽヽ』 弥次彦『此奴は、何時も数多の人間を顎で使ひよつて、舌長に物を吐かす舌たか者だから、舌の根も随分強くつて、この三途川の鬼爺も、大変な苦労を舌、アーア舌抜き商売も、懲々舌わい、ワツハヽヽヽ』 婆『これはこれはおやぢ彦、偉い苦労をかけま舌、これで一寸源五郎の制敗も一部落着いた舌と云ふものだ』 源五郎『アーア辛い目に逢ふたものだ。三味線の糸ほど引締められて、撥を当てられ、お前のお好きに紫檀棹、源五郎も是で無罪放免にして貰ひませうか』 婆『まだまだ……此処はこれでよい、この河を渡つて向ふへ行つたら、今度はお前の腕を抜くのだよ』 与太彦は面白さうに、 与太彦『アヽそうかいな、痛いかいな、苦しいかいな』 弥次彦『コラ与太公、ソンナ陽気な事を言ふとる場合ぢやないぞ、改心をせぬか、緊張せぬかい、お弥次彦が舌を抜いてやらうか』 与太彦『オイ弥次彦、よい加減にコンナ殺生な商売は辞職したらどうだい』 弥次彦『八釜し云ふない、モウ少し勤めさして呉れ、……恩給年限が満つるまで……』 与『貴様はどこまでも、徹底的に欲な奴だナ、欲々の体主霊従の性来ぢやと見えるワイ。世の中で他人がよく云はぬのも当然だ』 婆『サアサア弥次彦サン永々お世話だつた。只今限り解職する、速くこの河を渡りしやれ』 弥次彦『ヤア何だ、何時の間にか河が無くなつて了つた。かわい女房に生別れと云ふ場面だナ。オイ婆ア、折角な綺麗な河を何処ヘスツ込めて了つたのだい』 婆『お前の罪が薄らいだから、河はモウ流して了つたのだよ』 弥次彦『河を流すとは妙だな、ヤツパリ現界とはすべての光景が河つて居るワイ……ヤア面白い、茫々たる原野と俄に早替り、活動写真を見とる様だ……是れは是れはお婆アサン、永らく御厄介に与りました。頭の一つもおなぐり惜いが、私も先が急きますから、これで垢の別れを致しませう。これから爺は三人の亡者を連れて、あの世の旅をする程に、おばば、後の供養をしつかり頼むぞや。極楽と言ふ立派な所へ行つて半座を分けて待つて居る、一時もはやく、第二の娑婆を振り棄てて、おやぢの側へやつて来て呉れ、万劫末代、一蓮托生、必ず忘れて呉れるなよ』 与太彦は吹き出して、 与太彦『アハヽヽヽ、何を吐しよるのだ、アンナ老婆と一蓮托生になつて堪るかい』 弥次彦『それでも袖振合ふも他生の縁よ「ヤアおやぢサン、ばばア……」と仮令半時でも縁を結んだ以上は、夫婦には違ない、夫婦の情は門外漢の窺知すべき所でない、色気の無い唐変木の容喙すべき限りにあらずだ』 音彦、与太彦、源五郎も一度にふき出し、 音、与、源『アハヽヽヽ、ウフヽヽヽ、エヘヽヽヽ』 (大正一一・三・二三旧二・二五松村真澄録)
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(1665)
霊界物語 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 05 秋山館 第五章秋山館〔五九五〕 高天原を追はれて千座の置戸を負はせつつ 八洲の国を漂浪の旅に出立ち給ひたる 神素盞嗚の大神の行衛如何と案じつつ 東の空を打眺め心にかかる村肝の 雲の渦巻サラサラと晴れて嬉しき今日の朝 君の便りを菊月の上九日の菊の宴 親子主従めぐり会ひ胸の岩戸も秋山彦の 神の司の真心に綾と錦の機を織る 赤き心は紅葉姫万代祝ふ亀彦が 暗を照らして英子姫心地もわけて悦子姫 廻り会うたる折柄に表に聞ゆる鬨の声 忽ち開く表門秋山彦は立出でて 寄せ来る魔軍に打向ひ天の数歌勇ましく 力限りに宣りつれば敵の人数も大江山 鬼雲彦が部下共大地にドツと打倒れ 苦み悶ゆる状態は実に面白き限りなり 顔色赤く目は青く棕櫚の赤髪を振紊し 六尺計りも踏張つてノソリノソリと遣つて来る 鬼雲彦が懐の刀と頼む鬼彦は 虎皮の褌締め乍ら牛の様なる角目立て 大口開けて高笑ひ。 鬼彦『アハヽヽヽ、猪口才千万な、秋山彦が言霊の防戦、左様な事でたぢつく様な鬼彦と思うて居るか。此方には雲霞の如きジヤンジヤヒエールが、数限りもなく控へて居るぞ。仮令汝獅子王の勢あるとも、此鬼彦が片腕を揮ふや否や、汝の身体は木つ端微塵、今日は九月九日、大江山の本城に於ては、鬼雲彦の御大将、バラモンの大祭典を御執行の贄として、神前に暖かき人肉を供へ、血の酒を献らねばならぬ。それに就ては、バラモン教を目の敵と狙ふ三五教の張本人、素盞嗚尊一族の者、汝が館に隠れ忍ぶと聞く、四の五の吐さず、速に主人を吾面前に引ずり出せ。ゴテゴテ吐さば、それがし自ら踏み込みて、片つ端から腕を捻ぢ、脚を折り、量を低く致して此網代籠に詰め込み、汝諸共神の神饌に供してくれむ』 と言ふより早く、秋山彦の襟首をグツと握り、締め附けたり。秋山彦は豪力無双の鬼彦に捻ぢ伏せられ乍ら、委細構はず言霊を奏上せむとするや、手頃の石を拾つて秋山彦の口に捻ぢ込み、其上に猿轡を啣ませ、 鬼彦『アツハヽヽヽ、最早大丈夫だ、サア秋山彦、汝が唯一の武器と頼む言霊も、モウ斯うなつては叶ふまい。オイ言霊はどうだい……ヤアヤア皆の者共、最早心配は要らぬ。速に立上れ』 と云ふ間もなく、言霊に打たれて苦悶し居たる部下の魔神共は、やうやう立上がり、真つ青な顔に、空元気を附け、ガタガタ震ひの空威張り声、 『ウワアウワア』 と鬨を作つて、盛に示威運動を開始するこそ可笑かりける。 奥には糸竹管絃の響、長閑な歌の声、此場の光景を知らず顔に響き渡りける。魔軍は力限りに鬨の声を揚げ呶鳴り立て居たり。此方の奥殿には、此声を峰の嵐の音と聞き流し酒宴の真最中、慌ただしく駆けつけ来る門番の銀公、加米公はピタリと両手をつき、頭を畳に摺り附け乍ら、 加米公『申上げます、表門はタタ大変で御座います』 紅葉姫『ヤア汝は加米、銀の両人、大変とは何事なるぞ。委曲に物語れ』 加米公『ハイハイ申上げます、あのモシ……あの……何で御座います。夫れは夫れは申上げ難い事で……マアマア大変な事が出来ました……斯う言へば、申上げずとも大抵、御判断が附きませう』 紅葉姫『早くしつかり申しなさい』 加米公『オイ銀公、お前は上役だ。詳しい事は、お前が知つとる筈だ。御主人の御容子を……』 銀公『ヤア此方は折悪く雪隠に往つて居つたのだから、実状は承知して居らぬ。加米、貴様は実地目撃して居つたのだ。直に申上げぬか』 加米公『上役の分際として、御主人様が危急存亡の場合、雪隠へ隠れよつて、慄うて居つたぢやないか。俺は何分大勢の寄せ手に、肝を潰し、目は眩み、実地目撃不充分、貴様は安全地帯に身を隠し、雪隠の窓から覗いて居よつたのだ。早く申さぬと、御主人様の口に石を捻ぢ込み、猿轡を箝め、高手小手に縛しめて、網代籠に、手足をもぎとり量を低うして、今日の祭典に大江山の本城に連れ帰り、犠牲にするかも知れぬぞや、早く実地を申さぬかい』 銀公『ハア申上げます。加米公の申した通り、寸分違は御座いませぬ。早く何々をなさらぬと、鬼彦が御主人様を何々して、何々へ何々するかも知れませぬ。どうぞ一時も早く表門に立向ひ、御主人様をお助け下さいませ』 素尊『ハヽヽヽヽ』 国武彦『ヤア面白い事が出来ました。鬼彦とやらの軍勢を、当館を開放し奥深く侵入させて、彼等が手振り足振りを眺め乍ら、悠くりと菊見の宴を張りませう』 亀彦『これはこれは国武彦の御言葉とも覚えぬ。今承はれば、秋山彦は敵の為に囚はれの身となり、危機一髪の場合、チツトは紅葉姫の御心中も察し上げねばなりますまい。それだから此亀彦が、寄せ来る敵に向つて進まむと致せし時、横合から吾が行動を止めさせられたは、其意を得ぬ。冷淡至極の貴下が振舞、秋山彦を見殺しになさる所存か返答聞かう』 と目を怒らし、腕を張つて詰め寄せたれば、国武彦はニツコリしながら、 国武彦『秋山彦の一人や二人犠牲にした処で、何騒ぐ事があるか。一人を殺して吾々数人が助かると云ふものだ。一人を損するか、吾等一同を損するか、利害得失を能く胸に手を当て、算段をして見よ。情を棄つるか、理智を棄つるか、二つに一つの性念場だ。情に惹かされ、大事を謬る天下の痴呆者、仮令秋山彦の三人、五人殺されようとも、神素盞嗚尊様さへ御無事ならば、吾等は是れにて満足致す。マアマアゆつくりと、酒でも飲みて、今日の酒宴を賑やかに致せ。喜悦の座席に血腥い話を持込まれては、サツパリお座が醒める』 亀彦『汝国武彦とは真赤な詐り、大江山に現はれたる、鬼雲彦が鬼の片腕、国武彦と名を偽り、三五教に忍び込み来たり、内外相応じ、神素盞嗚尊を損はむとする者ならむ、首途の血祭り、亀彦が一刀の下に斬りつけ、蹴散らかして呉れむ』 と短剣ヒラリと引抜いて、切つて掛かるを、国武彦は少しも騒がず、体を左右に躱し、あしらひ乍ら、 国武彦『アハヽヽヽヽ、亀の踊は格別面白う御座る、ヤア素盞嗚の大神殿、御愉快では御座らぬか』 素尊『ワハヽヽヽヽ面白い面白い』 亀彦『是れは怪しからぬ、利己主義の中心、個人主義の行方……高天原を神退ひに退はれたは、寧ろ当然の成行、此亀彦は今迄貴神が悪逆無道の心中を知らず、至善至美至仁至愛の大神と信じて居たは残念だ。モウ斯うなる上は、天下の為に汝を滅し、吾れも生命を棄てて、宇宙の悪魔を除かむ』 と切つて掛るを、英子姫、悦子姫は其前に立塞がり、 英子姫、悦子姫『オホヽヽヽヽあの亀彦の元気な事、さぞお草臥でせう。妾が代つて一芝居致しませう。マアマアお休み遊ばせ』 紅葉姫は声を挙げて泣伏しける。 亀彦『是れは是れは紅葉姫様、お歎き御尤も、主人の災難を聞き乍ら、女房として此れがどう忍ばれませう。あかの他人の亀彦さへも、残念で残念で堪りませぬワイ。斯う云ふ時に助けて貰はうと思つて、秋山彦が日頃の親切、イヤモウ気楽千万な素盞嗚の御大将呆れ蛙の面の水と申さうか、馬耳東風と言はうか、味方の危難を対岸の火災視し、一臂の力も添へざるのみか、愉快気に酒を飲むで戯むれむとするは、人情軽薄紙の如く、イヤもう実に呆れ果てて御座る。サア紅葉姫殿、斯かる連中に斟酌なく、亀彦と共に表へ駆け出し、秋山彦が弔戦、此細腕の続かむ限り、剣の目釘の続く丈、縦横無尽に斬り立て、薙ぎ立て、敵の奴輩一人も残さず、秋の紅葉を散らせし如く、大地を血汐に染めなし、血河屍山の大活動を仕らう、紅葉姫、サア亀彦に続かせ給へ』 と表を指して行かむとす。英子姫は腰の紐帯を取るより早く、亀彦が首にヒラリと打かけ、グイと引戻せば、亀彦は細紐に喉笛を締められ、脆くも仰向に其場にパタリと倒れたり。表に聞ゆる人声は、刻々に館の奥を目蒐けて近づき来る。 紅葉姫は、 心も魂も捧げたる神素盞嗚の大神に 力の限り身の限り仕へまつるか但し又 此場を棄てて吾夫の秋山彦を救はむか。 神命は重し又夫の身の上は、妻の身として坐視するに忍びず、千思万慮とつおいつ、心の中を紅葉姫、顔に散らした唐紅の血汐漲る鬨の声、胸はドキドキ、刻々に、近付き来る敵の勢、姫が心ぞ憐れなる。 此場に近付き来るかと聞えし声は、何時しか消えて跡なき小春空、秋山彦は悠然と騒がず、遽らず、奥の間指して帰り来る。亀彦、紅葉姫の両人は、余りの嬉しさに、ハツと胸逼り、ものをも言はず、其場に打倒れ、夢か現か幻かと、吾と吾が心を疑ひ、思案に時を移すのみ。国武彦は立ちあがり、 国武彦『亀彦、紅葉姫、心配致すな。吾等が眷族鬼武彦をして、鬼雲彦の悪逆無道を懲す為神変不思議の神術を用ひ、敵の本城に忍ばせたれば、少しも案ずる事勿れ』 と始めて事情を打明けたるにぞ、亀彦、紅葉姫は、 亀彦、紅葉姫『ハヽア、ハツ』 と計りに嬉し泣き、暫しは顔を得上げざりしが、素盞嗚尊は亀彦に向ひ、 素尊『ヤア亀彦、汝が心の中の美はしさ、吾れは満足致したぞよ、イザ是れより賑々しく酒宴を催し、大江山の本城は彼等眷族に打任せ、吾々一行は由良の湊より船に乗り綾の高天原に進まむ』 と宣示し給へば、亀彦は勇み立ち、 亀彦『アヽ、ハツハヽヽヽ芽出たし芽出たし、愈是れより大神の御伴致し、聖地を指して逸早く進み上り、神政成就の基を開かむ、ヤア秋山彦、紅葉姫、お喜びあれ。貴下が誠忠、至誠、至愛の真心天地に通じたり。併し乍ら吾々一同当家を去らば、再び大江山より鬼雲彦の部下の者、又もや押し寄せ来るも計り難し、随分心を附け召されよ』 秋山彦夫婦は涙を揮ひ、 秋山彦夫婦『何から何まで、貴下の御親切、骨身に徹して辱なう存じます。併し乍ら吾等は神素盞嗚大神の御守りあれば、必ず御心配下さいますな、一時も早く聖地を指して御上り下され。神政成就の基礎を樹立する為、御奮励の程偏に希ひ上げ奉る』 と慇懃に謝辞を述べける。 素尊『ヤア秋山彦夫婦、多大いお世話になりしよ。我れは是より一先づ聖地に立向ひ、天下の悪神を掃蕩すべき準備をなさむ、船の用意を致せ』 秋山彦『ハハア委細承知仕りました。……銀公、加米公、汝は一時も早く湊に出で、御船の用意にかかれ』 銀公『ハヽア委細承知仕りました。併し乍ら船は敵軍の為に殆ど占領せられたるやも計られませぬ。万々一船なき時は、如何取計らひませうや』 秋山彦双手を組み頭を傾け思案にくるるを、国武彦は、 国武彦『ナニ心配に及ばぬ、御船は残らず国武彦が眷属を以て守らせあれば大丈夫なり。安心致せ。且又当邸の周囲には、最早敵の片影だもなし、勇み出船の用意をせよ』 銀公、加米公は、 銀公、加米公『ハイ』 と答へて此場を立去りぬ。又もや糸竹管絃の響は屋外に洩るる陽気と一変したりけり。 神素盞嗚尊は突立上り、声も涼しく歌はせ給ひぬ。 素尊『高天原を立出でて四方の国々島々を 世人を助け守らむと彼方こちらと漂浪の 旅を重ねて西蔵やフサの荒野を打渡り ウブスナ山に立籠りイソ山峠の絶頂に 仮の館を構へつつ熊野樟毘命をば 留守居の神と定めおき我れは悲しき隠れ身の 愛しき娘は四方八方に四鳥の別れ釣魚の涙 憂を重ねてやうやうに渡りて来る和田の原 醜の曲津も大江山鬼雲彦を言向けて 世人の悩みを救はむと船に揺られて由良湊 心も赤き秋山彦の館に暫し身を休め 四方の国形伺へば十里四方は宮の内 内と外との境なる大江の山にバラモンの 神の司の鬼雲彦が又もや砦を築きつつ 醜の荒びの最中に訪ねて来る艮の 神の命の分霊国武彦と現はれて 我れに附添ひ右左前や後を構ひつつ 鬼武彦の伊猛るの神に従ふ白狐共 暗夜を照らす朝日子や月日明神神徳も 高倉稲荷の活動に悩ませられて悪神は 愈今日は運の尽月に村雲花に風 心の錦秋山彦の神の司の真心は 紅葉の姫の如くなり光眩ゆき英子姫 すべての用意も悦子姫万代固むる亀彦が 忠義の刃研ぎすましさしもに猛き曲神を 言向和すは目前吁、面白し面白し さはさりながら神心凡ての敵を救はむと 善をば助け曲神を懲して救ふ神の道 青垣山を繞らせる天津神籬磐境と 現はれませる世継王山深き仕組を暫くは 雲に包みて弥仙山本宮山に現はれて はちすの山の蓮華台三五教の御教を 常磐堅磐に搗固め鬼も大蛇も丸山の 神の稜威に桶伏や汚れを流す由良の川 言霊響く五十鈴川曲の健びは音無瀬の 水に流して清め行く科戸の風の福知山 めぐりて此処に鬼城山鬼も悪魔も無き世ぞと 治むる御代こそ楽しけれ治むる御代こそ楽しけれ』 国武彦は立ちあがり歌ひけり。その歌、 国武彦『宇宙を造り固めたる大国治立神の裔 国治立の大神と綾の高天原に現はれて 天地の律法制定し天地を浄め照さむと 思ひし事も水の泡天足の彦や胞場姫の 邪気より成れる鬼大蛇醜の狐や悪神の 荒びの息は四方の国充塞がりて月も日も 光失ひ山河や木草の果てに至るまで 所得ずしてサワサワに騒ぎ烈しき醜の風 誠嵐の吹き荒び日の稚宮に坐しませる 日の大神の思召し根底の国に退はれて 百千万の苦しみを嘗め尽したる身の果ては 野立彦の神と現はれて天教山を胞衣となし 猛火の中を出入し此世を守る我が身魂 世を艮の神国と鳴り響きたる中津国 自転倒島の中央に姿隠して今は早 国武彦となり下り五六七の御代の来る迄 心を尽し守らむと神素盞嗚の大神の 瑞の御霊と諸共に愈此処に厳御霊 三と五との組合せ八洲の国を三五の 教の則に治めむと心尽しの益良夫が 花咲く春を松の世の松の緑に花が咲き 一度に開く白梅の花の香を天地に 揚ぐる時こそ待たれける我は是より世継王の 山の麓に身を忍び弥勒の御代の魁を 勤むる艮金の神神素盞嗚の大神は 一旦聖地に現はれて三五教の礎を 築固めたる其上に又もや海原打渡り 大地隈なく言向けて五六七の御代の魁を 開く神業に真心を注がせ給ふ瑞御霊 三五の月のキラキラと明き神代を望の夜の 月より丸く治めませ治まる御代は日の本の 誠一つの光なり誠一つの光なり』 英子姫は立上り、 英子姫『父大神の御言もて妾姉妹八乙女は 豊葦原の中津国メソポタミヤの顕恩の 郷に籠れる曲神の鬼雲彦を平げて 三五教の神の道八洲の国に照さむと 思ふ折しも曲神が醜の企みの捨小船 波のまにまに流されて流す涙も海の上 荒き汐路を踏み分けてやうやう此処に揺られつつ 由良の湊に来て見れば秋山彦が真心に 妾等二人は照されて心の暗も晴れわたる 斯る浮世に鬼無しと世人は言へど大江山 鬼の棲家のいと近く人の生血を絞り喰ふ 此有様を聞き乍らどうして此場を去られうか 父大神や国武彦の神の命の出立は 是非に及ばず然り乍ら妾は後に残り居て 鬼雲彦の一類を言向和し世の中の 醜の災禍根を絶ちて聖地に進むも遅からじ 許させ給へ父の神国武彦の大神よ 偏に願ひ奉る偏に拝み奉る』 と両手を合せ、二神に向つて拝礼し、涙と共に頼み入る。 国武彦『英子姫の願、一応尤もなれども、多寡が知れたる鬼雲彦が一派、何の恐るる事かあらむ。神力無限の鬼武彦をして、彼れ悪神が征討に向はせたれば安心あれ、サアサア一時も早く聖地を指して進み行かむ。躊躇に及ばば、鬼雲彦が一派鬼掴の眷属共、我等が到着に先立ち、聖地を穢すの虞あり、イザ早く……』 と急き立つれば、神素盞嗚の大神は、装束整へ、一行と共に悠然として此家を立出で、由良の湊の渡船場、世継王丸に身を任せ、折から吹き来る北風に真帆を孕ませ、悠々と河瀬を溯り給ふこそ尊けれ。 (大正一一・四・一四旧三・一八於瑞祥閣松村真澄録)
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霊界物語 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 07 枯尾花 第七章枯尾花〔六一八〕 味方の人数も大江山魔窟ケ原に穿ちたる 岩窟の中に黒姫は五十路の坂を越え乍ら 歯さへ落ちたる秋の野の梢淋しき返り咲き 此世にアキの霜の髪コテコテ塗つた黒漆 俄作りの夕鴉カワイカワイと皺枯れた 声張り上げてウラナイの道を伝ふる空元気 天狗の鼻の高山彦を三世の夫と定めてゆ 流石女の恥かしげに顔に紅葉を散らしつつ 黒地に白粉ペツタリと生地を秘した曲津面 口喧しき燕や朝な夕なにチユウチユウと 雀百まで牡鳥を忘れかねてか婿欲しと あこがれ居たる片相手星を頂月を踏み 日にち毎日山坂を駆け廻りつつ通ひ来る 男の数は限りなく蓼喰ふ虫も好き好きと 酷い婆アの皺面に惚けて出て来る浅間しさ 広い様でも狭いは世間色は真黒黒姫の 心に叶うた高山彦のタカか鳶か知らね共 烏の婿と選まれて怪しき名に負ふ大江山 魔窟ケ原の穴覗き奥へ奥へと進み入る 一コク二コクと迫り来る三国一の花婿を 取つた祝ひの黒姫が嬉しき便りを菊若や 心頑固な岩高や人の爺を寅若の 情容赦も夏彦や富彦、常彦諸共に 飲めよ騒げの大酒宴岩屋の中は蜂の巣の 一度に破れし如くなり。 黒姫は皺苦茶だらけの垢黒い顔に、白い物をコテコテに塗り、鉄倉の上塗みた様な、真白な厚化粧、白髪は烏の濡羽色に染め、梅の花を散らした派手な襠衣を羽織り、三国一の婿の来るを、今や遅しと、太い短い首筋を細長く延ばして、蜥蜴が天井を覗いた様なスタイルで、入口の岩窟を覗き込み、年の寄つた嗄れ声に色を附け、ワザと音曲に慣れた若い声を出し、 黒姫『コレコレ夏彦、常彦、まだお客さまは見えぬかな。お前は御苦労だが、一寸そこまで迎へに往つて来て下さらぬか。由良の湊までは、フサの国から、天の鳥船に乗つてお越しなのだから、轟々と音が聞えたら、それが高山彦さまの一行だ。空に気をつけ足許にも気を付けて往て来て下さい』 夏彦『ハイハイ承知致しました。遠方の事とは云ひ乍ら、随分暇の要る事ですなア。サア常彦、お迎へに行つて来うぢやないか』 常彦『黒姫さま、今日はお芽出度う。ソンナラ往て来ませうか』 黒姫『何ぢや常彦、改まつて、お芽出度うもあつたものか。あまり年寄りが婿を貰うと思うて冷やかすものぢやない。サアサアトツトと往て来なさい』 常彦『ソンナラ、何と言つて挨拶をしたら好いのですか。今日は芽出たいのぢやありませぬか』 黒姫『芽出たいと云へば芽出たいのぢやが、ナニもう妾は、五十の坂を越えて、誰が好みて婿を貰うたりするものか。これと云ふのも、神様の教を拡げる為に、此黒姫の体を犠牲にして、天下国家の為に尽すのだよ。お芽出たうと云ふ代りに御苦労様と言ひなされ』 常彦『これはこれは五苦労の四苦労、真黒々助の黒姫様、十苦労さまで御座います』 黒姫『エーエーお前は此黒姫を馬鹿にするのかい。十苦労と云ふ事があるものか。あまりヒヨトくりなさるな』 常彦『イエ滅相な、あなたも天下の為に犠牲に御成りなさるのは五苦労さまぢや。又此常彦が三国一の婿さまを、斯う日の暮になつてから、細い山路を迎ひに行くのも、ヤツパリ五苦労さまぢや。お前さまの五苦労と私の五苦労と、日韓併合して十苦労様と云うたのですよ。アハヽヽヽ』 夏彦『常彦、行かうかい』 と、岩穴をニユツと覗き、 夏彦『ヤア占た占た、モウ行かいでも可い』 常彦『行かでも良いとは、ソラ何だい、高山彦さまが見えたのかい』 夏彦『きまつた事だ。モシモシ黒姫さま、お喜びなさいませ。偉い勢で沢山な家来を伴れて見えましたよ』 黒姫『それはそれは御苦労な事ぢや。どうぞ穴の口まで迎ひに行て下され。あまり這入り口が小さいので、行過されてはお困りだからなア』 夏彦は肩から上をニユツと出し、高山彦の一行の近付き来るを待ち居たる。 高山彦『此処は黒姫の住家と聞えたる魔窟ケ原ぢやないか。モウ誰か迎ひに来て居さうなものだに、何をして居るのだらうな』 虎若『ヤア御大将様、此魔窟ケ原は随分広い所と聞きました。何れ先方から遣つて来られませうが、何分予定とは早く着いたものですから、先方も如才なく準備はやつて居られませうが、つい遅くなつたのでせう。御馳走一つ拵へるにも斯う云ふ不便な土地、何事も三五教ぢやないが、見直し聞直し、御機嫌を直してモウ一息お進み下さいませ』 高山彦『それはさうだが、如何に黒姫、部下が無いと云つても、二十人や三十人は有りさうなものだ。三人や五人迎ひに来したつて良いぢやないか。縁談は飯炊く間にも冷ると云ふ事が有る。あまり寒いので、冷たのぢやあるまいか、ナア虎若』 虎若『トラ、ワカりませぬ。何分此通り、あちらにも此方にも雪が溜つて居りますから随分冷る事でせう。私も何だか体が寒くなつて来た。フサの国を出た時は随分暖かであつたが、空中を航行した時の寒さ、それに又此自転倒島へ着いてからの寒さと云つたら、骨身に徹えますワ』 高山彦は苦虫を喰つた様な不機嫌な顔をし乍ら、爪先上りの雪路を進み来る。雪の一面に積つた地の中から、夏彦は首丈を出して、 夏彦『コレハコレハ高山彦のお出で、サアサアお這入り下さいませ。黒姫さまが大変にお待兼で御座います。あなたも遥々と国家の為に犠牲になつて下さいまして有難う御座います』 虎若『ヤア何だ、コンナ所に首が一つ落ちて、物言つて居やがる。……ハヽア此奴ア、大江山の化州だな……オイ化州、這入れと言つても、蚯蚓ぢやあるまいし、何処から這入るのぢやい。入口が無いぢやないか。貴様の体は如何したのぢや。松露か何ぞの様に頭ばつかりで活てる筈もあるまいし、怪体な代物ぢやなア』 夏彦『黒姫さまは高山彦さまに、お惚け遊ばして首つ丈陥つて御座るが、此夏彦は首は外へ出して、体丈はまつて御座るのだ。サアサア不都合な這入口の様だが、中は立派な御座敷、用心の為にワザと入口が細うしてある。高山彦さま、どうぞお這入り下さいませ。一人づつ這入つて貰へば、何程大きな男でも引つ掛らずに這入れます』 と言ふより早く夏彦は窟内に姿を隠しける。 虎若『ヤア妙だ。見た割とは大きな洞が開いて居る。ヤア階段もついて居る。サア高山彦さま、御案内致しませう』 虎若を先頭に、高山彦は数多の従者と共に、ゾロゾロと岩窟の中に潜り入る。黒姫は此時既に奥の間に忍び込み、鏡の前で口を開けたり、目を剥いたり、鼻を摘ンで見たり、顔の整理に余念なかりける。夏彦は此場に走り来り、 夏彦『モシモシ、高山彦の御大将が見えました。どうぞ早く此方へお越し下さいませ』 黒姫『エー気の利かぬ事ぢやなア。何とか云つて、お茶でも出して、口の間で休まして置くのだよ。それまでに化粧をチヤンと整へて、型ばかりの祝言をせなくてはならぬ。菊若、岩高は何をして居るのだ。料理の用意は出来たか。お茶でも献げて世間話でもして待つて貰ふのだよ』 夏彦『今日は芽出度い婚礼、それにお茶をあげては、茶々無茶苦になりやしませぬか。今日はお水を進げたらどうでせう』 黒姫『エー茶ア茶ア言ひなさるな。茶が良いのだ。水をあげると水臭くなると可かぬから……』 夏彦『ハヽア、茶ア茶アと茶ツつく積りで、茶を呑ませと仰有るのかなア……茶、承知致しました』 黒姫『エーグヅグヅ言はずに、あちらへ行つて、高山彦様御一同のお相手になるのだよ。こつちの準備が出来たら、祝言の盃にかかる様にして置きなさい。……アーア人を使へば苦を使ふとは、能う言つたものだ。男ばつかりで、女手の無いのも……ア困つたものだ。清サン、照サンと云ふ二人の若い女は有つたけれども、これは真名井ケ原の隠れ家に置いてあるなり、斯う云ふ時に女が居らぬと便利が悪い。お酒の酌一つするにも、男ばつかりでは角ばつて面白くない。併し乍ら清サン、照サンは十人並優れた美しい女、折角貰うた婿どのを横取しられちや大変だと思つて、伴れて来なかつたが、安心な代りには便利が悪いワイ。サアサアこれで若うなつて来た。化粧と云ふものは偉いものだナア。昔から女は化物だと云ふが……われと吾手に見惚れる様になつた。如何に色男の高山彦でも、此姿を見たら飛び付くであらう。現在女の自分でさへも、自分の姿に見惚れるのだもの……ヤツパリ霊魂が良いと見える。アーア惟神霊幸倍坐世、惟神霊幸倍坐世。………コレコレ常彦……オツトドツコイ、コンナ年の寄つた婆声を出しては愛想を尽かされてはならぬ。端唄や浄瑠璃で鍛へて置いた十七八の娘の声を使はねばなるまい、……コレコレ夏彦、用意が出来たよ。これ夏彦、一寸此方へお越し』 夏彦『エツ、何だ、妙な声がするぞ。黒姫さま、何時の間にか若い照サン、清サンを引ぱつて来たと見える。アンナ別嬪を連れて来たら、婿を横取りに仕られて了うがな……』 黒姫『コレコレ夏彦サン、早う来なさらぬかいな』 夏彦『婆アと違うて、娘の声は何処ともなしに気分が好いワイ。今晩黒姫と高山彦の婆組が婚礼をする。後は照サンと夏彦サンの婚礼だ。これ丈沢山に男も居るのに、あの優しい声で夏彦サンと言ひやがるのは、余つ程思召が有ると見えるワイ。どうれ、一つ、襟でも直して、お目に掛らうかい』 目を擦り、鼻をほぜくり、唇を舐め、襟の合せ目をキチンとし、帯から袴まで検め、 夏彦『ヤアこれで天晴れ色男だ……エツヘン』 足音を変へ乍ら、稍反り返りて、色男然と澄まし顔、一間の障子をガラリと開け、 夏彦『今お呼びとめになつたのは、照サンで御座いますか、何用で御座います……』 黒姫『お前は夏彦ぢやないか。何ぢや其済ました顔は……照サンぢやないかテ…夜も昼も照サンに……照の女に現を抜かしよつて、わしの云うた事が耳へ這入らぬのか』 夏彦『それでも若い女の声がしましたもの、若い女と言へば、今の所では照サン、清サンより無いぢやありませぬか』 黒姫『照や清は真名井ケ岳の隠れ家に置いてあるぢやないか。何をとぼけて居るのぢや。黒姫が呼びたのですよ』 夏彦『ヘエー、何と若い声が出るものですな』 黒姫『きまつた事ぢや。言霊の練習がしてあるから、老爺の声でも、婆の声でも、十七八の女の声でも、赤児の声でも、鳶でも、烏でも、猫でも、鼠でも、自由自在の言霊が使へるのですよ』 夏彦『ア、ハハー、さうですか、さうすると今晩は、鼠の鳴声を聞かして貰はうと儘ですな、アハヽヽヽ』 黒姫『エーエー喧しいワイ。早うお客さまのお相手をして、それからソレ……レイの用意をするのよ』 夏彦『レイの用意だつて……何の事だか分りませぬがなア』 黒姫『レイの上にコンが付くのぢや。アタ恥しい。良い加減に気を利かしたらどうぢや』 夏彦『霜降り頭に黒ン坊を着けて、鍋墨の様な顔に白粉を附けて、華美な着物を着ると、ヤツパリ浦若い娘の様な気になつて、恥かしうなるものかいなア。恥かしい事と言つたら知らぬ黒姫ぢやと思うて居つたのに、流石は女だ。恥かしいと仰有る、アツハヽヽヽ』 其処へ常彦現はれ来り、 常彦『黒姫様、万事万端用意が整ひました。サアどうぞお越し下さいませ』 黒姫はつと立ちあがり、姿見鏡の前に、腰を揺り、尻を叩き、羽ばたきし乍ら、稍空向気味になり、すまし込み、仕舞でも舞う様な足附で、ソロリソロリと婚礼の間に進み行く。 黒姫、高山彦の結婚式は無事に終結した。三々九度の盃、神前結婚の模様等は略しておきます。 黒姫は結婚を祝する為、長袖淑やかに、自ら歌ひ自ら舞ふ。日頃鍛へし腕前、声調と云ひ、身振りと云ひ、足の辷り方、手の操り方、実に巧妙を極め、出色のものなりける。 黒姫『色は匂へど散りぬるを吾が世誰ぞ常ならむ 有為の奥山今日越えて浅き夢見しゑひもせず 昨日やきやう(京)の飛鳥川清く流れて行末は 善も悪きも浪速江の綿帽子隠したツノ国の 春の景色に紛ふなる花の容顔月の眉 年は幾つか白雲の二八の春の優姿 皺は寄つても村肝の心の色は稚桜姫 神の命の御教を朝な夕なに畏みて 仕へ奉りし甲斐ありて色香つつしむ一昔 花は紅、葉は緑手折り難きは高山彦の 空に咲きたる梅の花時節は待たにやならぬもの 天は変りて地となり地は上りて天となる さしもに高き高山彦の吾背の命の遅ざくら 手折る今日こそ芽出度けれ疳声高き高姫の 朝な夕なに口角を磨きすまして泡飛ばし 宣る言霊も水の泡アワぬ昔は兎も角も 会うた此世の嬉しさは仮令天地が変るとも 替へてはならぬ妹と背の嬉しき道の此旅出 旅は憂いもの辛いもの辛いと言つても夫婦連 凩荒ぶ山路も霜の剣を抜きかざす 浅茅ケ原も何のその夫婦手に手を取りかわし 互に睦ぶ二人仲二世の夫とは誰が言うた 五百世までも夫婦ぞと世の諺に言ふものを 坊ツチヤン育ちの緯役が世間をミヅの御霊とて 訳の分らぬ事を言ふ表は表、裏は裏 仮令雪隠の水つきと分らぬ奴が吐くとも 斯うなる上は是非もない雪隠千年万年も 浮世に浮いて瓢箪の胸の辺りに締めくくり 縁の糸をしつかりと呼吸を合して結び昆布 骨も砕けし蛸入道烏賊に世人は騒ぐとも 登り詰めたは吾恋路成就鯣の今日の宵 善いも悪いも門外漢の容喙すべき事でない 高山彦の吾夫よ千軍万馬の功を経し 苦労に苦労を重ねたるすべての道にクロトなる 此黒姫と末永く世帯駿河の富士の山 解けて嬉しき夏の雪白き肌を露はして 薫り初めたる兄の花の一度に開く楽しみは 神伊弉諾の大神が妹の命と諸共に 天の瓊矛をかき下しコヲロコヲロに掻き鳴して 山河草木百の神生み出でませし其如く 汝は左へ妾は右右と左の呼吸合せ 明かす誠に裏は無いウラナイ教の神の道 国治立の大神の開き給ひし三五の 神の教も今は早瑞の御霊の混ぜ返し 穴有り教となりにける愈是れから比治山の 峰の続きの比沼真名井豊国姫の現はれし 珍の宝座を蹂躙し誠一つのウラナイの 神の教を永久に夫婦の呼吸を合せつつ 立てねば置かぬ経の教稚桜姫の神さへも 花の色香に踏み迷ひ心を紊して散り給ふ 其古事に神習ひ此黒姫も慎みて 神の御跡を追ひまつる五十路の坂を越え乍ら 浮いた婆アと笑ふ奴世間知らずの間抜者 さはさり乍ら夏彦よ岩高彦よ常彦よ 色々話を菊若よ妾に習つて過つな 年を老つての夫持つ妾は深い因縁の 綱にからまれ是非もなく神の御為国の為 ウラナイ教の御為に心にもなき夫を持つ 陽気浮気で黒姫がコンナ騒ぎをするものか 直日に見直し聞直し善言美詞に宣り直し 必ず悪口言ふでない後になつたら皆判明る 神の奥には奥が有る其又奥には奥がある 昔の昔のさる昔マ一つ昔のまだ昔 まだも昔の大昔神の定めた因縁の 魂と魂との真釣り合ひ晴れて扇の末広く 仰げよ仰げ神心心一つの持ちやうで 此黒姫の言ふ事は善に見えたり又悪に 見えて居るかも知れないが身魂の曇つた人間が 心驕ぶりツベコベと構ひ立てをばするでない 総て細工は流々ぢや仕上げた所を見てお呉れ 身魂の因縁性来の大根本の根本を 知つたる神は外に無い日の出神の生宮と 定まりきつた高姫や永らく海の底の国 お住居なされた竜宮の乙姫さまの肉の宮 此黒姫と唯二人要らぬ屁理屈言はぬもの 心も清きモチヅキの音に耳をば澄ましつつ 三五の月の清らかな心の鏡をみがきあげ ウラナイ教の御仕組何も言はずに見て御座れ 今は言ふべき時でない言はぬは云ふに弥勝る 高山彦や黒姫の婚礼したのも理由がある 人間心で因縁がどうして分らう筈はない 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも此因縁は人の身の 窺ひ知らるる事でない今に五六七の世が来れば 唯一厘の神界の仕組をあけて見せてやる それ迄喧しう言ふでない口を慎み、ギユツと締め 瑞の御霊にとぼけたる訳の分らぬ人民は 高山彦や黒姫の此結婚を彼此と 口を極めて誹るだらう譏らば誹れ、言はば言へ 妾の心は神ぞ知る神の御為国の為 お道の為に黒姫が尽す誠を逸早く 世界の者に知らせたい吁、惟神々々 御霊幸倍ましませよアヽ、惟神々々 そろうて酒をば飲むがヨイヨイヨイヨイトサア ヨイトサノサツサ』 黒姫は調子に乗つて踊り狂ひ、汗をタラタラ流し、白粉をはがし、顔一面縄暖簾を下げたる如くなりにける。高山彦は立ちあがり、祝歌を唄ふ。 高山彦『フサの都に生れ出で浮世の風に揉まれつつ 妻子を捨てて遥々とウラナイ教の大元の 北山村に来て見れば鼻高々と高姫が 天地の道理を説き聞かす支離滅裂の繰言を 厭な事ぢやと耳押へ三日四日と経つ内に 腹の虫奴が何時の間かグレツと変つてウラナイの 神の教が面白く聞けば聴く程味が出る 牛に牽かれて善光寺爺サン婆サンが参る様に 何時の間にやらウラナイの教の擒と成り果てて 朝な夕なの水垢離蛙の様な行をして 嬉し嬉しの日を送る盲聾の集まりし ウラナイ教の大元は目あき一人の高山彦が 天津空より降り来し天女の様に敬はれ 持て囃されて高姫の鋭き眼鏡に叶うたか 抜擢されて黒姫が夫となれとの御託宣 断りするも何とやら枯木に花も咲くためし 地獄の上を飛ぶ様に胆力据ゑて高姫に 承知の旨を答ふれば高姫さまも雀躍りし これで妾も安心と数多の家来を差しまわし み空を翔ける磐船を数多準備ひフサの国ゆ 唸りを立てて中空に思ひがけなき高上り 高山彦や低山の空を掠めて渡り来る 大海原の島々も数多越えつつ悠々と 風に揺られて下り来る由良の湊の広野原 イヨイヨ無事に着陸し虎若富彦伴ひて 大江の山を探りつつ魔窟ケ原に来て見れば 見渡す限り銀世界妻の住家は何処ぞと 眼白黒黒姫の岩戸を守る夏彦が 首から先を突出してヤア婿さまか婿さまか 黒姫さまのお待兼ね遠慮は要らぬサア早く お這入りなされと先に立ち頭を隠して段階 ヒヨコリヒヨコリと下り行く虎若、富彦先に立ち 高山彦を伴なひて内はホラホラ岩窟に 潜りて見れば此は如何に名は黒姫と聞きつれど 聞きしに違ふ白い顔夢に牡丹餅食た様な 嬉しき契の今日の宵年は二八か二九からぬ 姿優しき此ナイス幾久しくも末永く 鴛鴦の衾の睦び合ひ浮きつ沈みつ世を渡る 今日の結縁ぞ楽しけれ月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも高山彦と黒姫の 妹背の中は何時までもいや常永に変らざれ 八洲の国は広くとも女の数は多くとも 女房にするは唯一人神の結びし此縁 睦び親しむ玉椿八千代の春を迎へつつ ウラナイ教の神の憲四方の国々宣り伝へ 神政成就の神業に仕へ奉りて麗しき 尊き御代を弥勒の世弥勒三会の暁の 鐘は鳴るとも破れるとも二人の中は変らまじ あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と謡つて、大きな図体をドスンとおろした其機会に、盃も、徳利も、一二尺飛び上り、俄に舞踏を演じ、思はぬ余興を添へにける。夏彦は、くの字に曲つた腰を、三つ四つ握り拳にて打ち乍ら、土盃を右手に捧げ、オツチヨコチヨイのチヨイ腰になつて、自ら謡ひ、自ら踊り始めける。 夏彦『アヽ芽出たい芽出たいお芽出たい年は老つても色の道 忘れられぬと見えまする娘や孫のある中に 田舎の雪隠の水漬かババアが浮いてうき散らし 顔に白粉コテコテと雀のお宿のお婆アさま 高い山から雄ン鳥を言葉巧に誘て来て 言ふな言ふなと吾々の舌切雀のお芽出たさ 夜さりも昼もチヨンチヨンと皺のよつたる機を織る ハタの見る目は堪らない雀百までをンどりを 忘れぬ例は聞いて居る私も男のはしぢやもの 相手が欲しい欲しいわいナ恋路に迷うと云ふ事は 可愛い男に米辵かけた事ぢやげな 図蟹が泡を福の神恵比須大黒ニコニコと 腹を抱へて踊り出す弁天さまの真似をして 顔コテコテと撫塗り立て月が重なりや布袋腹 膨れて困るは目のあたりそれでも私は黙つてる 長い頭の寿老人さま高山彦を婿に持ち まるビシヤモンを叩き付け上を下への大戦 大洪水に流されて天変地妖の大騒動 黒白も分かぬ暗の夜に思はぬ地震が揺るであろ 地震雷火の車変れば変る世の中ぢや 娘や孫のある人が烏の婿に鷹を取り 目を光らして是からは天が下なる有象無象を 何の容赦も荒鷹の勢猛き山の神 苦労重なる黒姫の行末こそはお芽出たい あゝなつかしや夏彦の夢寐にも忘れぬ照さまは どうして御座るか比治山の黒姫さまの隠家に 肱を枕に寝て御座ろアヽなつかしやなつかしや 高山彦や黒姫の今日の慶事を見るにつけ 心にかかるは照さまの比治山峠の独寝ぢや コンナ所を見せられて羨なり涙がポロポロと 私は零れて来たわいナアヽ惟神々々 ホンに叶はぬ事ぢやわい叶はぬ時の神頼み 比沼の真名井の神さまに一つ願ひを掛けて見よう ウラナイ教に入つてより早十年になるけれど 神の教の信徒は女に眼呉れなよと 高姫さまや黒姫の何時も厳しきお警告 それに何ぞや今日は又黒姫さまが身を扮装し 天女の様に化けかはり返り咲きとは何の事 黒姫さまが口癖に裏と表がある教 奥の奥には奥があると言うて居たのは此事か 俺はあンまり神さまに呆けて居つて馬鹿を見た 馬鹿正直の夏彦もこれから心を改悪し 今まで堪へた恋の道土手を切らしてやつて見る サア常彦よ岩高よ何時も話を菊若の 若い奴等は俺の後を慕うて出て来ひ比治山の 照さま、清さま潜む家に肱鉄砲を覚悟して 訪ねて行かうサア行かう高山彦や黒姫の 今日の結婚済みたなら私はお暇を頂かう グヅグヅしてると年が老る若い盛りは二度とない 皺苦茶爺イになつてから如何に女房を探しても 適当な奴は有りはせぬ時遅れては一大事 花の盛りの吾々は今から心を取直し 女房持つて潔く体主霊従の有丈を 尽して暮すが一生の各自の得ぢやトツクリと 思案定めて行かうかいのサアサ往かうではないかいナ ドツコイシヨウドツコイシヨウウントコドツコイ黒姫さま ヤツトコドツコイ高山彦の長い頭のゲホウさま ドツコイシヨのドツコイシヨ』 と自暴自棄になつて、一生懸命に不平を漏らし躍り狂ふ。常彦、岩高、菊若も、夏彦の唄に同意を表し、杯を投げ、燗徳利を破り、什器を踏み砕き、酔にまぎらし乱痴気騒ぎに其夜を徹かしけるが、流石の黒姫も結婚の祝ひの夜とて一言もツブやかず、夏彦等が乱暴をなす儘に任せ居たりける。 明くれば正月二十七日、黒姫は、高山彦其他の面々を一間に招き、比沼の真名井の豊国姫が出現場なる、瑞の宝座を占領せむことを提議し、満場一致可決の結果、猫も杓子も脛腰の立つ者全部を引連れ、高山彦は駒に跨り、真名井ケ原指して驀地に進撃し、茲に正月二十八日の大攻撃を開始し、青彦、加米彦が言霊に、散々な目に会ひ散り散りバラバラに、再び魔窟ケ原の岩窟に引返し、第二の作戦計画に着手したりける。嗚呼、黒姫一派は如何なる手段を以て、真名井ケ原の聖場を占領せむとするにや。 (大正一一・四・二二旧三・二六松村真澄録)
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霊界物語 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 10 四百種病 第一〇章四百種病〔六二一〕 真名井ケ原の珍の宝座に参拝せむと、息せき切つて進み行きたるお楢は、ゆくりなくもウラナイ教の鍵鑰を握れる女豪傑黒姫に説き伏せられ、くれりと心機一変し、手の掌足の裏を覆して、スタスタと黒姫一行を伴ひ、漸く丹波村の伏屋に着きにける。 お楢『モシモシ、ウラナイ教の大将様、此処が私の荒屋で御座います。サアサアどうぞお這入り下さいませ。嘸お疲労でせう』 黒姫『ナニ、これしきの雪道で疲労るやうな事で、三千世界の神界の御用が出来ますものか、ウラナイ教にはソンナ弱虫は居りませぬ、オホヽヽヽ』 お楢『どうぞ気をつけてお這入り下さい、大江山の鬼落しが掘つて御座いますから、ウカウカ這入ると大変な事が出来致します。サアサア私の通る処を足をきめて通つて下され、一足でも外を歩くと、陥穽へ落ち込みますから』 黒姫『ナント用心の良い事だナア、アヽ感心々々、何と云うても比沼の真名井に瑞の霊の悪神が現はれる世の中ぢやから、この位の注意はして置かななりますまい。サアサア、照さま、清さま、私の後を踏みて来るのだよ』 お楢『モウ大丈夫で御座います。サアサアどうぞお上り下さいませ』 黒姫『ハヽア、平助どのはこの井戸の水を汲みて倒けたのだな。ホンニホンニ危なさうな井戸ぢや。お婆アさま、お前も随分年をとつて居るから気を付けなされよ』 お楢『有難う御座います。娘も嘸喜ぶことで御座いませう』 お節は夢中になつて、 お節『青彦さま、青彦さま』 と呼ンで居る。 黒姫『ドレドレ、これから神さまへ御祈念をして上げよう。それについても一つ妾の話を篤りと聞いた上の事だ。お婆アさま、聞きますかな』 お楢『有難い神さまのお話、どうぞ聞かして下さいませ』 黒姫『この娘の病気は、全体けつたいな病ぢや。病気には四百種病というて沢山な病がある。其中でも百種の病は放つて置いても癒る。あとの百種は薬と医者とで全快する。又あとの百種は、神さまぢや無いと癒らぬのぢや。そして、あとの百種は神さまでも医者でも薬でも癒りはせぬ。これを四百種病と云ふのだ。この娘は第三番目に言うた神信心で無ければ到底癒らぬ。お医者さまでも有馬の湯でもと云ふ怪体な粋な病気ぢや、青彦々々と云ふのは、大方妾の使つて居るウラナイ教の宣伝使、今は三五教に呆けて、この間も音彦とやらの後についてウロついて居た男ぢや。この娘が快くなつたら青彦を養子に貰ひ、娘から青彦を説きつけて、又旧のウラナイ教に逆戻りさせる神様のお仕組の病気に違ひない。お婆アさま、これを良く承知して居て貰はぬと癒す事は出来ぬぞい』 お楢『ハイハイ、ドンナ事でも生命さへ助けて下されば承はります』 黒姫『サア、これから日の出神様のお筆先を頂くから聞きなされ、このお節の守護神にも読みて聞かして改心致させねば、三五教の悪守護神が憑いて居るから、追ひ出す為に結構な御筆先を聞かして上げよう。謹みて聞きなされや』 筆先『変性男子の系統の御身魂、日の出の神の生宮、常世姫命と現はれて、高姫の肉体を藉りて、三千世界の世の初まりの、根本の根本の、身魂の因縁性来から、大先祖がどう成つて居ると云ふ事を明白に説いて聞かす筆先であるぞよ。変性男子は経の御役、誠生粋の正真の大和魂、一分一厘違へられぬ御役であるぞよ。毛筋の横巾も変性男子の系統の肉体に憑つて書いた事は間違ひは無いぞよ。三千世界の大立替大立直しの根本の結構な御筆先であるぞよ。変性女子の身魂は緯の御用であるぞよ。緯はサトクが落ちたり、糸が切れたり、色々と致すから当にならぬ悪のやり方であるから、変性女子の書いた筆先も、申す事も、行状も真実に致すでないぞよ。一つ一つ審神を致さねば、ドエライ目に会はされるぞよ。女子の御役は悪役で、気の毒な御用であるぞよ。身魂の因縁性来で、善と思うて致す事が皆悪になるぞよ。善にも強い悪にも強い常世姫の筆先、耳を浚へて確り聞いて下されよ。毛筋も違はぬ誠一つの、生粋の大和魂の、日の出神の生宮の常世姫命の性来、金毛九尾の悪神を、一旦キユウと腹に締め込みて改心させる御役であるぞよ。それに就いても黒姫の御用、誠に結構な御役であるぞよ。竜宮の乙姫さまがお鎮まり遊ばして御座るぞよ。魔我彦には日の出神の分霊、柔道正宗が守護致すぞよ。蠑螈別には大広木正宗の守護であるぞよ。此神一度筆先に出したら、何時になりても違ひは致さぬぞよ。違ふ様にあるのはその人の心が違うからだぞよ。唐と日本の戦ひが始まるぞよ。日の出神の教は日本の教であるぞよ。変性女子の教はカラの教であるぞよ。変性男子の筆先と、日の出神の筆先とをよつく調べて見て下されよ。さうしたら変性女子の因縁がすつくり判りて来て、ドンナ者でも愛想をつかして逃げて去ぬぞよ。アフンと致さなならぬぞよ。常世姫の御魂の憑るこの肉体は、昔の昔のさる昔、またも昔のその昔、モ一つ昔の大昔から、此世の御用さす為に、天の大神が地の底に八百万の神に判らぬ様に隠して置かれた誠一つの結構な生身魂であるから、世界の人民が疑ふのは無理なき事であるぞよ。神の奥には奥があり、その又奥には奥があるぞよ。三千年の深い仕組であるから、人民の智慧や学では、ソウ着々と判る筈は無いぞよ。今迄の腹の中の塵埃をすつくりと吐き出して誠正真の生粋の大和魂に成りて下さらぬと、誠のお蔭を取り外すぞよ。アフンと致して眩暈が来るぞよ。何程変性女子が鯱になりて耐りても、誠の神には叶はぬぞよ。此の肉体は元を査せば、変性男子の生粋の身魂から生れて来た女豪傑、若い時分から男子女と綽名を取つた、天狗の鼻の高姫であるぞよ。今はフサの国の北山村のウラナイ教の太元の、神の誠の柱であるぞよ。此世を水晶に立直す為に、永い間隠してありた結構な身魂であるぞよ。世界の人民よ、改心致されよ。誠程結構は無いぞよ。苦労の花が咲くのであるぞよ。苦労無しにお蔭を取らうと致して、変性男子の系統を抱き込みて、我身の我で遣らうと致したらスコタンを喰うぞよ。開いた口がすぼまらぬ、牛の糞が天下を取るとは、今度の譬であるぞよ。神の申す事をきかずに遣つて見よれ、十万億土の地獄の釜のドン底へ落して了ふぞよ、神界、幽界、現界の誠の救ひ主は、変性男子と日の出神の生宮とであるぞよ。女子の身魂は此世の紊れた遣り方を見せるお役、天の岩戸を閉める御苦労なかけ替への無い身魂であるぞよ。これも身魂の因縁性来で、昔の因縁が廻つて来たのであるから、神を恨めて下さるなよ。吾身の因縁を恨みて置こうより仕方が無いぞよ。天にも地にもかけ替への無い日の出神の生宮が、三千世界の神、仏事、守護神、人民に気をつけて置くぞよ。改心さへ出来て、この常世姫の申す事が判りたら、如何な事でも叶へてやるぞよ。病位は屁でも無いぞよ。魂を磨いて改心なされ。常世姫が気をつけた上にも気を付けるぞよ。俄信心間に合はん。信心は正勝の時の杖に成るぞよ。一時も早く身魂の洗濯いたして、神に縋りて下されよ。昔は神はものは言はなかつたぞよ。時節来りて艮の金神世に現はれて、三千世界の立替へ立直しを遊ばすについて、第一番に、御改心なされたのが竜宮の乙姫様であるぞよ。この竜宮の乙姫様は、黒姫の肉体にお鎮まり遊ばして、日夜に神界の御苦労に成りて居るから、粗末に思うたら、神の気ざわりに成るぞよ。高姫の肉体は元の性来が勿体なくも天の大神様の直々の分霊であるから、日の出神が引つ添うて、世の立替の地となつて、千騎一騎の御活動を遊ばす御役となりたぞよ。金勝要の大神、坤金神も、一寸我が強いぞよ。早く改心なさらぬと、神界の御用が遅れるぞよ。神界の御用が遅れると、それ丈、神も人民も難儀を致すから、早く改心致して、変性男子と常世姫の御魂の宿りて居る日の出神の生宮の申す事を聞いて下されよ。きかな聞くやうに致して改心させるぞよ。三五教は神の気障りがあるから、神は仕組を変へて此の肉体に御用をさして居るぞよ。神力と智慧学との力比べ、常世姫の神力が強いか、変性女子の智慧学が強いか、神と学との力比べであるぞよ。神の道には旧道と新道と道が二筋拵へてありて、何の道へ行きよるかと思うて、神がジツと見て居れば、新道へ喜びて行きよるが仕舞にはバツタリ行当りて了うて、又もとの旧道へ復つて来ねば成らぬ様に成つて了うぞよ。大橋越えて未だ先へ、行方判らぬ後戻り、慢神すると其通り、早く改心致さぬと、青い顔してシヨゲ返り白米に籾が混つた様にして居るのを見るのが、此の常世姫が辛いから、腹が立つ程気を付けてやるが、変性女子が我が強うて、慢神致して居るから、神ももう助けやうが無いぞよ。もう勘忍袋がきれたぞよ。それにつけては皆の者、変性女子の申すこと、一々審神を致してかからぬと、アフンと致す事が出来致すぞよ。常世姫の憑る肉体を侮りて居ると、スコタン喰う事が出来るから、クドウ申して気をつけて置くぞよ』 と厳の御魂の筆先の抜萃した高姫の書いた神諭を、声高々と読み聞かして居る。 お楢は畳に頭を擦りつけ、ブルブルと慄ひ泣きに泣いて居る。お節は発熱甚しく、益々『青彦青彦』と夢中になつて叫びはじめたり。黒姫は清子、照子の二人に向ひ、 黒姫『サアサア妾が今お筆先を拝読いたから、今度はお前さまがウラナイ教の宣伝歌を謡ふのぢや、サアサア早う、言ひ損ひの無いやうに謡ひなされ』 二人はハイと答へて座を起ち、病に苦しむお節の枕辺に廻り、声張上げて、 清子、照子『朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むともウラナイ教は世を救ふ 常世の国の常世姫昔の神代のそのままの 大和魂の生粋で日の出神の生宮と 現はれ出でたる高姫の身魂にかかりて筆をとり 三千世界の梅の花一度に開くことのよし 委曲に詳細に説き諭すたとへ大地は沈むとも 月日は西から昇るとも日の出神の生宮が 書いた筆先言うたこと毛筋の横巾ちがはぬぞ 違うと思ふは其人の心間違ひある故ぞ 昔の神代の折からに世界のために苦労した 高姫、黒姫、魔我彦や高山彦や蠑螈別 いづの身魂と現はれて竜宮さまの御守護で 此世の宝を掘り上げて北山村にウラナイの 神の教の射場を建て世界の人を教へ行く 実にも尊き神の代の其の根本の因縁を どこどこ迄も説き諭す常世の姫のお筆先 昔々の神代から隠しおいたる生身魂 日の出神の生魂で唐も日本も悉く 悪の仕組をとり調べ四方の国々島々に 漏れなく知らす神の道いづの身魂の御教 変性男子の御身魂善の身魂の生粋ぞ 変性女子の瑞身魂悪の鏡と定まりた 善は苦労が永けれど悪の苦労は短いぞ 悪の道行きや歩きよい善の道程険しいぞ 険しい道を喜びて歩いて行けば末遂に 誠も開く神の国広い道をば喜びて 進みて行けば末つひにハタと詰つて茨むら 針に身体をひつ掻いて逆転倒を皆うつて ヂリヂリ舞をしたとてもあとの祭ぢや十日菊 誠の神の申すうち聞かずに行るならやつて見よ 善と悪との立別けの千騎一騎の大峠 変性女子をふり捨てて常世の姫の生宮と 現はれ出でたる高姫の日の出神の御経綸 万劫末代芳ばしき名を残さうと思ふなら ウラナイ教の神の道一日も早く片時も 先を争ひ歩めかし畏き神のウラナイの 誠一つの根本の毛筋も違はぬこの教 神の奥には奥があるその又奥には奥がある 大国常立大神の三千年の御仕組 隅から隅まで悟つたるあの高姫の生宮は 三千世界の宝物広い世界の人民よ 今ぢや早ぢやと早鐘を撞いて知らする常世姫 暗に迷うた身魂をば日の出の守護に助けむと 朝な夕なに一筋に誠の教伝へ行く 常世の姫の真心は善の鑑ぢや世の鑑 誠の鑑はここにある身魂を清めて出て来たら 三千世界が見えすくぞ鎮魂帰神をせい出して 変性女子に倣ふより神から出したこの鏡 一つ覗いて見るがよい三千世界の有様は 一目に見えるこの教ウラナイ教は世を救ふ 誠の道の神ばしら日の出神の生宮が 三千世界の太柱グツと握つて居る程に 世界の事は何なりと常世でなけりや判りやせぬ 真名井の神が何偉い瑞の身魂が何怖い 怖いと云うたら吾心心一つのウラナイ教 心も身をも大神に捧げて祈れよく祈れ 祈る誠は神心あゝ惟神々々 身魂幸倍坐しませよ』 と謡ひ了れば、お節は益々苦しみ悶え、遂にはキヤアキヤアと怪しき声を振り絞り、冷汗は滝の如く流れ出で、容態は刻々に危険状態に入りける。 お楢『モシモシ皆さま、御親切に拝みて下さいまして有難う御座いますが、お前さまが此処へ御座つてから、お節の病気は楽になるかと思へば、一息々々、苦しさうに成つて来る、コラマア何うしたら宜しいのだ。オーンオーンオーン』 黒姫『コレコレお婆アさま、勿体ない事を言ひなさるな。これ程結構な日の出神の生宮の御筆先を読みて聞かし、結構な結構な宣伝歌まで唱へて、夫れで悪うなつて死ぬ様な事があつたら、神さまのお蔭やと思ひなされ。妾ぢやとて何うして一刻も早う楽に仕て上げたい、生命を助けて上げたいと思へばこそ、コンナ山路を雪踏み分けて遥々と来たのぢやないか。コンナ繊弱い妙齢の娘を二人まで連れて此処へ来たのも、神から言へば浅からぬ因縁ぢや。何うなるも斯うなるも神様の思召、仮令お節さまが国替なさつた処が、別に悔むにも及ばぬ、如才の無い神さまが、結構な処へ遣つて下さつて、神界の立派な御用をさして下さるのぢや。お前さまの達者を守り、この家を守護する守り神として下さるのぢや。勿体ない、何を不足さうに、吠面をかわくのぢやい、何うなつても諦めが肝腎ぢやぞへ』 お楢『ハイハイ、有難う御座います。然し乍ら妾の生命を取つて、どうぞお節を助けて下さいませ。それがお願ひで御座います』 黒姫『ハテサテ判らぬ方ぢやなア。何程偉い神さまぢやとて、お前の生命とお節さまの生命と交換が出来るものか。ソンナ無茶な事を言ひなさるな』 お節の容態は益々危篤に成つて来る。黒姫は何とは無しに落ち着かぬ様子にて、 黒姫『コレコレ照さま、清さま、今日は神界に大変な御用がある。サア帰りませう。コレコレお婆アさま心配なさるな。気を確り持つて居なさいよ。私は神界の御用が急くから、今日はこれでお暇致します』 お楢『モシモシお節は助かりませうか、助かりますまいか』 黒姫『いづれ楽になるわいナ。屹度癒る、安心なされ』 お楢『楽に成るとはあの世へ往く事ぢやありませぬか、癒ると仰有るのは、霊壇へ御魂に成つて直ると云ふ謎ではありますまいか』 黒姫『アヽ神界の御用が忙しい。照さま、清さま、サアサアお出で』 と雲を霞と比治山の彼方を指してバラバラと走せ帰り行く。あとにお楢はワツと許り泣き伏しぬ。 (大正一一・四・二二旧三・二六東尾吉雄録)
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霊界物語 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 11 相身互 第一一章相見互〔六三九〕 降りみ降らずみ空低う四辺は暗く黄昏れて 山時鳥遠近に本巣かけたか、かけたかと 八千八声の血を吐いて声も湿りし五月空 憂に悩める人々を教へて神の大道に 救はむものと常彦が鬼ケ城山後にして 足もゆらゆら由良の川蛇が鼻、長谷の郷を越え 生野を過ぎての檜山須知、蒲生野を乗り越えて 駒に鞭打つ一人旅観音峠の頂上に シトシト来る雨の空遠く彼方を見渡せば 天神山や小向山花の園部も目の下に 横田、木崎と開展し高城山は雲表に 姿現はす夜明け頃眼下の野辺を眺むれば 生命の苗を植つける早乙女達の田の面に 三々伍々と隊をなし御代の富貴を唄ふ声 さながら神代の姿なり。 常彦は峠の上の岩石に凭れ、夜の旅路の疲れを催し、昇る旭を遥拝しつつ、知らず識らずに睡魔に襲はれ居る。 観音峠の頂上さして、東より登り来る二人の乞食姿、 甲(滝公)『人間も、斯う落魄れては、どうも仕方がないぢやないか。何程男は裸百貫だと云つても、破れ襦袢を一枚身に着けて、斯うシヨボシヨボと、雨の降る五月雨の空、どこの家を尋ねても、戸をピツシヤリ閉めて、野良へ出て居る者ばつかり、茶一杯餐ばれる所も無し、谷川の水を掬つて飲めば、塩分はあるが、忽ち腹の加減を悪うして了ふ。裸で物は遺失さぬ代りに、何か有りつかうと思つても、せめて着物丈なつとなければ、相手になつて呉れる者もなし。純然たるお乞食さまと、誤解されて了ふ。実に残念だなア』 乙(板公)『天下を救済するの、誠の道ぢやのと、偉相に言つて居るウラナイ教の高城山の松姫も、今迄とは態度一変し、飯の上の蠅を払ふ様に虐待をしよつたぢやないか。これと云ふのも、ヤツパリ此方の智慧が足らぬからぢや。雨には嬲られ、風にはなぶられ、おまけに蚊にまで襲撃され、七尺の男子が、此広い天地に身を容るる所もなき様になつたのも要するに、智慧が廻らぬからだよ。あの梅公の奴を始め、松姫の如きは、随分陰険な代物だが、巧妙く黒姫に取入つて、今では豪勢なものだ。何とかして、モウ一度黒姫の部下になる訳にはいかうまいかなア』 甲(滝公)『一旦男子が広言を吐いて、此方から暇を呉れた以上、ノメノメと尾を掉つて帰ぬ事が出来ようか。鷹は飢ゑても穂を喙まぬ……と云ふ事がある。ソンナ弱音を吹くな、暗の後には月が出るぢやないか』 乙(板公)『人間の運命と云ふものは定まつて居ると見える。黒姫や高姫、松姫はどこともなしに、丸い豊な顔をして居るが、丸顔に憂ひなし、長顔に憂ひありと云つて、俺達は金さへ有れば、社会にウリザネ顔だと言つて、歓待る代物だけれど、今日の様な態になつては、ますます貧相に……自分乍ら見えて来る。自分から愛想をつかす様な物騒な肉体、何程馬鹿の多い世の中だと言つて、誰が目をかけて呉れる者が有らうか。アーア仕方がない。何とか一身上の処置を附ける事にしようかい。ヌースー式をやつては、神界へ対して罪を重ね、万劫末代苦しみの種を蒔かねばならず、実、さうだと言つて、自殺は罪悪であり、死ぬにも死なれず、困つた者だ。どうしたら此煩悶苦悩が解けるであらう。否スツパリと忘れられるだらう』 甲(滝公)『心一つの持ちやうだ。刹那心を楽むんだよ』 乙(板公)『貴様はまだ、ソンナ気楽な事を言つて居るが、衣食足りて礼節を知るだ。今日で三日も何も食はずに、胃の腑は身代限りを請求する。一歩も歩む事も出来なくなつて、どうして刹那心が楽めよう。刹那々々に苦痛を増ばつかりぢやないか。アーアこれを思へば、黒姫の御恩が今更の如く分つて来たワイ』 甲(滝公)『ヤア情ない事を言ふな。そら其処に三五教の宣伝使が立つて居るぞ』 乙(板公)『モウ斯うなつちやア、三五教もウラナイ教も有るものぢやない。食はぬが悲しさぢや。飢渇に迫つてから、恥しいも何も有つたものかい』 と常彦の佇む前に進み寄り、 乙(板公)『モシモシ、あなたは三五教の宣伝使ぢやありませぬか』 と力無き声に、常彦はフツと目を醒し、 常彦『アーア夜の旅で草臥れたと見えて、知らぬ間に寝込んで了うたワイ。……ヤアお前は乞食と見えるな。何ぞ御用で御座るか』 乙は何にも言はず、口と腹を指し、飢に迫れる事を示した。 常彦『ヤア一人かと思へば、二人連ぢやな。幸ひ、ここに握り飯が残つて居る。失礼だが之をお食りなさらぬか』 乙(板公)『ハイそれは有難う御座います。早速頂戴致しませう。……オイ滝公、助け船だ兵站部が出来たぞ。サア御礼を申せ』 滝公『アーそんなら頂戴しようかなア、恥しい事だ。旅人の弁当を貰つて食ふのは、生れてから始めてだ』 と四個の握り飯を分配し、二ツづつ、飛び付く様に平げて了ひ、 乙(板公)『アーアこれで少し人間らしい気がして来た。……イヤ宣伝使様、有難う御座います。……併し乍ら此先は又どうしたら宜からうかなア』 滝公『刹那心だよ。又神様がお助け下さる。心配するな。……何れの方か知りませぬが有難う御座いました。これでヤツと、こつちのものになりました』 と見上ぐる途端にハツと驚き顔を隠す。 常彦『ヤア失礼乍らあなたは、ウラナイ教の滝公さまぢやありませぬか。ヤアあなたは板公さま、どうしてそんな姿におなりなさつた。何か様子が御座いませう。差支なくばお聞かせ下さいませいなア』 板公『恥しい所、お目にかかりました。実は斯うなるも身から出た錆、何とも言ひ様がありませぬが、実の所は、あまり宣伝の効果が挙がらないので、一寸した事をやりました。それが此通り大零落の淵に沈む端緒となつたのです』 滝公『誠に赤面の至り、智慧も廻らぬ癖に、人真似をして、大変な失敗を演じ、闇の谷底へ転落し、生命カラガラな目に遭ひ、終には黒姫の御機嫌を損ねたのみならず、青彦、お節に踏み込まれ、一生懸命逃げて来ました。それから私等二人は高城山へ参り、松姫の前に尻を捲つて、ウラナイ教の内幕を暴露してやらうと、強圧的に出た所、中々の強者、吾々の智嚢を搾り出した狂言も、松姫に対しては兎の毛の露程も脅威を与へず、シツペイ返しを喰つて、生命からがら此処までやつて来ました。併し乍ら窮すれば乱すと云ふ諺もありますが、吾々は一旦誠の道を聞いた者、仮令餓死しても人の物を失敬する事は絶対に厭で堪らず、最早生命の瀬戸際、一生の大峠となつた所、あなたに巡り会ひ、一塊のパンを与へられて、漸く人間心地が致しました。これもアカの他人に恵まれるのであつたならば残念ですが、有難い事には、一旦御心易うして居たあなたに救はれたと云ふのも、まだ天道は吾々を棄て給はざる証と、何となく勇気が出て来ました』 常彦『今のお言葉に、青彦お節が黒姫の所へ往つたと仰有つたが、ソレヤ本当ですか』 滝公『ヘエヘエ本当も本当、一文生中の、掛値も御座いませぬ。今頃は黒姫も、青彦お節其他の二三人の男女に欺かれて、道場を破られ、フサの国へでも逃げて行つたかも知れますまい、高城山の松姫の様子が何だか変で御座いましたから……』 板公『ナーニ黒姫はそんな奴ぢやない。キツと青彦、お節は袋の鼠、舌の先で巧くチヨロまかされて居るに違ひない。それよりも惜しいと思うのは、紫姫さまに、馬公鹿公と云ふ若い男だ。キツと、ウラナイ教に沈没して居るに相違ない』 常彦『ハテナ、吾々も御両人の知らるる通り、ウラナイ教のカンカンであつたが、余り内容が充実せないのと、黒姫の言心行一致を欠いだ其点が腑に落ちず、又数多の信者に対して、吾々部下の宣伝使として弁解の辞がないので、アヽ最早ウラナイ教は前途が見えた。根底から崩れて了つた。斯う云ふ事で、どうして天下の修斎が出来ようぞ、信仰に酔払つた連中は今の所、稍命脈を保つて居るが、酔払つた酒は何時しか醒める如く、信仰も追々冷却するは当然の帰結と、前途を見越して、ヤツパリ天下を救ふは三五教だと、直に三五教に入信し、鬼ケ城の邪神退治と出掛け、それより諸方を宣伝し廻つて居るのだ。それにしても合点のゆかぬは、あれ程決心の堅かつた青彦、お節に紫姫さまぢや。これには何か深い様子が有る事であらう。コラ斯うしても居られない。一時も早く魔窟ケ原へ行つて、事の真偽を確め、其上で又作戦計画を定めねばなるまい。アーア困つた事が出来たワイ』 と手を組んで太い息をつく。 滝公『これに就て常彦さま、あなたは何かお考へがありますか。ならう事なら、私達も共々に三五教の為に尽さして頂きたいのですが、何を言うても零落れた此体、あなたの顔にかかはりますから……』 常彦『ソラ何を仰有る。衣服は何時でも替へられる。あなたの今迄の失敗の経験に会つて鍛へ上げられたる其身魂は、容易に得られるものでない。何は兎も角一緒に参りませう。また都合の好い所が有れば、衣服でも買つて上げませう。兎も角青彦以下の救援に向はねばならぬ。サア滝公、板公、参りませう』 二人は何にも言はず、嬉し涙に暮れ乍ら、常彦の後に従ひ、西北指して、今迄の衰耗敗残の気に充された態度は忽ち枯木に花の咲きし如く、イソイソとして従いて行く。 山頭寒巌に倚りて立てる古木も春の陽気に会ひて深緑の芽を吹き出したる如く、青ざめた顔は忽ち桜色と変り、常彦に絶対服従の至誠を捧げつつ、花咲き匂ふ枯木峠を打渡り、神の救ひをエノキ峠の急坂後に見て、握り拳をホドいて夏風に、そよぐ蕨の野辺を打渡り、とある茶店に立入りて、再び腹を拵へ忽ち太る大原の郷、テクテク来る須知山峠の絶頂に、青葉を渡る涼しき夏の風を受け乍ら、かたへの巌に腰打掛け、 常彦『アヽ早いものだ、モウ一息で聖地に到着する。世継王山の山麓には、悦子姫さまの経綸場が出来たと云ふ事だ。一つ立寄つて見ようかな。大抵青彦の様子も分らうから………イヤイヤ今度は素通をして、青彦に対面し、救はるるものならば、どこまでも誠を尽して忠告を与へ、其上にて悦子姫様の庵を御訪ねする事にしよう。幸に青彦以下が改心をして、三五教に復帰したとすれば、先へ妙な事をお耳に入れ置くのは却て青彦の為に面白くない。友人の道として絶対秘密にしてやるが本当だらう』 滝公『青彦さまはよもや、ウラナイ教になつて居る気遣ひは有りますまい』 板公『何とも、保証がでけぬ、突然の事で吾々も岩窟退治に来たのだと思つて驚いたが、後になつてよくよく考へて見れば、どうも黒姫と云ひ、青彦、紫姫さま其他の顔色に少しも変な色が浮かんで居らなかつた。黒姫の魔術に依りて剣尖山の滝の麓でうまくシテやられたのかも知れない、兎も角も常彦さまをお頼み申して、吾々も弟子となつた以上は、青彦さま一行を元の道へ救はねばなりますまい。これから首尾能く凱旋する迄、悦子姫様の庵を訪ねなさらぬ方が、万事の都合が良い様に思ひます。ナア常彦さま』 常彦『アヽ私はさう考へるのだ。何に付けても大事件が突発した様なものだ』 と話す折しも、坂を登り来る二人の男、 男(荒鷹、鬼鷹)『ヤアあなたは常彦さまぢやありませぬか。何処へお出でになつて居ました?吾々二人は丹州と共に弥仙山の麓に当つて、紫の雲、日々立昇るのを見て、コレヤ何か神界の経綸が有るのだらうと其雲を目当に参りました。所が近くへ寄つて見れば、恰度虹の様で、其雲は一寸向ふの方に靉靆いて居る。コレヤ大変だ、どこまで行つても雲を掴むとは此事だと、丹州さまにお別れをして、ここまでやつて来ました』 常彦『ヤアお前は鬼ケ城言霊戦の勇士、荒鷹、鬼鷹のお二人さま、どこへ行く積りだ』 荒鷹『丹州さまは吾々に向ひ仰有るには、一寸神界の御用があるから弥仙山を中心として暫く此辺を探険しようと思ふから、お前達はこれから聖地を指して進んで行け。併し乍ら聖地に立寄る事はならぬ。須知山峠を指して行けとの御言葉、どこを目的ともなくやつて来ました。其時々に神が懸つて知らしてやるから、安心して行けとの事、大方伊吹山の邪神退治に行くのではなからうかと思つて参りました。併しあなたのお顔を見るなり、何だか向ふへ行くのが張合が抜けた様な気がしてなりませぬワイ』 常彦『それは不思議な事を聞くものだ。何か外に聞いた事は有りませぬか』 鬼鷹『ヤア有ります有ります、大変な変つた事があるのですよ』 常彦『変つた事とは何ですか』 鬼鷹『弥仙山の麓の村に、お玉と云ふ娘があつて、夫も無いのに腹が膨れ、十八ケ月目に生み落したのが女の子、玉照姫とか云つて、生れてから百日にもならないのに、種々の事を説いて聞かせる、さうして室内を自由に立つて歩くと云ふ噂で……あの近在は持切りで御座います。それに就て、ウラナイ教の黒姫の奴、抜目のない……其子供を何んとか彼とか云つて、手に入れようとし、幾度も使を遣はし、骨を折つて居るさうですが、爺と婆アとが、中々頑固者で容易に渡さない。家の血統が断れると云つて居るさうです。なかなかウラナイ教も抜目がありませぬなア』 常彦『不思議な事が有るものだなア。兎も角吾々も一度其子が見たいものだが、それよりも先に定めた問題から解決せなくてはならぬ。其問題さへ解決がつかば、黒姫の様子も分り、子供の因縁も分るだらう。併し鬼鷹さま、荒鷹さま、あなたは何処へ行く積りか』 荒、鬼『まだ行先不明……私の行く所は何処で御座います……と実はあなたにお尋ねしたいと思つて居るのです』 常彦『兎も角丹州さまのお言葉通り、行く所までお出でなさいませ。神の綱に操られて居るのだから、今何を考へた所で仕方が有りますまい。併し丹州さまは……あなた方、何と思うて居ますか』 荒鷹『どうもあの方は、吾々としては、正とも邪とも、賢とも愚とも、見当が取れませぬ。つまり一種の……悪く言へば怪物ですなア。併し何とも言はれぬ崇高な所があつて、自然に吾々は頭が下がり、何程下目に見ようと思うても、知らぬ間に吾々の守護神は服従致します』 鬼鷹『私も同感です。何でも特別の神界の使命を受けた方に違ひありませぬワ、元吾々が使つて居つた其時分から、少し変だなアと思うて居た。今日の所では、兎も角不可解な人物だ。時々頭上より閃光を発射したり、眉間からダイヤモンドの様な光が放出して忽ち人を射る。到底凡人の品等すべき限りではありませぬワ』 常彦、手を組み、首をうな垂れ、思案に暮れて居る。荒鷹、鬼鷹は、 荒鷹、鬼鷹『左様なら常彦さま、又惟神に再会の時を楽みませう』 と一礼して、スタスタ坂を南へ下り行く。常彦は少しも気付かず、瞑目して俯むいて居る。 滝公『モシ常彦さま二人の方はモウ行かれました』 と背中を揺る。常彦は夢からさめた様な心地、 常彦『ナニ、二人はモウ行かれたと……エー何事も神様のお仕組だらう。とも角、弥仙山麓へ往つて見たいやうな気がするが、始めに思ひ立つた青彦の事件から解決するのが順序だ。サア皆さま、参りませう……』 (大正一一・四・二八旧四・二松村真澄録)
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霊界物語 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 11 変態動物 第一一章変態動物〔六五六〕 書院造りのこつてりとした、余り装飾の施して無い瀟洒たる建物の中に、三十路を越えた一人の女と、二十前後の優しい女、桐の丸火鉢を中にひそひそと何か囁き話を始めて居る。 お節『松姫様、春の景色も宜敷う御座いますが、かう薄雪の溜つた四方八方の景色、この苔蒸した庭から見渡す時の美しさは又格別で御座いますな。満目皆銀の蓆を敷き詰めたやうに、それへ日輪様の御光が宿つてきらきらと反射して居る所は恰で玉を敷き詰めたやうですなア、荒金の土を御守護遊ばす神素盞嗚大神の大御心は、此景色のやうに一点の塵もなく汚れもなく、実に瑞々しい御霊で御座いませう』 松姫『左様です、此雪の野辺を眺めますと、妾達の心迄、すがすがしうなつて来ます。貴女のお国は此辺とは違つて雪も深く、今頃は嘸綺麗な事で御座いませう、何事も天地の合せ鏡と云つて、国魂の清い所は又それ相当に清い美しい景色が天地自然に描き出されるものです、私も一度比沼の真名井の珍の宝座に参拝したいと思つて居ますが、何分大任を負はされて居ますので、一日も館をあけて置く訳にもゆかず、実に神様のお道は広いやうで、窮屈なもので御座います。お節さま、貴女はこの夏の初め、魔窟ケ原の黒姫さまの方へお越しになつて以来、俄にお心変りがして三五教へ後戻りをなさつたさうぢやが、三五教とウラナイ教は何う違ひますか』 お節『ハイ誠にお恥かしい事で御座います、心にちつとも根締めが無いものですから、風のまにまに弄ぶられて、つい彼方此方と迂路つき廻りました。併し乍ら何方の教も実に結構だと思ひます、神様は元は一株、三五教だとかウラナイ教だとか、名称は分かれて居りますが、尊敬する誠の神様に些つとも変りはありませぬ、唯教を伝ふる人々の解釈に浅深広狭の別があるのみです。併し乍ら人間と致しましては何事も神様にお任せするより仕方がありませぬ、此世をお造り遊ばして人民を昼夜の区別なくお守り下さる神様を念じさへすればよいのです、教が高遠だとか、浅薄だとか云ふのは人間の解釈の如何によるので、神様御自身に対しては何の関係も無からうと思ひます』 松姫『其お考へなれば何故ウラナイ教へお出でになりましたか、貴女の御主人はいまだに三五教の宣伝使を勤めて居られるのではありませぬか。「二世契る夫婦の中も踏みてゆく道し違へば憎み争ふ」と云ふ道歌がありましたねエ、夫は東へ妻は西へと云ふやうな信仰のやり方はちと考へものですよ、信仰の道を異にする時は屹度家内は治まりますまい、夫唱婦従と云うて女は夫に従ふべきものたる以上、青彦さまの奉じ給ふ三五教を信奉なさつた方が、御家庭の為めよいぢやありませぬか、但青彦さまを貴女の奉ずるウラナイ教へ帰順させるとか、どちらか一つの道にお定めなさつたらどうでせう』 お節『実の所は私がこれへ参りましたのは、貴女に聞いて貰ひ度い事があるからで御座います、貴女は三五教のどの点が悪いと思召すか』 松姫『別に私としては彼是申上げるだけの権利も知識もありませぬ。併し乍ら今の三五教は変性女子の御霊が混入して、変性男子の教にない種々のものが輸入されて居りますから、此儘にして置けば折角の男子の御苦労も水の泡になつて、天下国家の為に由々敷一大事と、男子の系統の高姫さまが御心配遊ばし、止むを得ずウラナイ教をお立てなさつたのですから、ならう事なら三五教の方々も一つ考へ直して頂いて、本当の教を立てて貰ひ度いものです』 お節『変性女子の御霊の素盞嗚尊様の教はお気に入らぬのですか』 松姫『何だか虫が好きませぬ、どこかに物足らぬ所があるやうで御座います、合縁奇縁と云うて信仰の道にも向、不向がありましてな』 お節『さう致しますと貴女は此頃の高姫様や、黒姫様の御意中はお分りになつて居ないのですか』 松姫『イヤ、うすうす承知致して居ります、何うかするとお二人様は怪しくなつて来ました、やがて三五教へお帰りになるのでせう、併し乍ら私としては、さうくれくれと掌返したやうに軽々しく、吾精神を玩弄物にする事は出来ませぬ』 お節『さうすると貴女の師匠と仰ぐ高姫様や、黒姫様の御命令でもお聞きなさらぬお考へですか』 松姫『仮令高姫さまが顛覆なされても、私は最後の一人になる所迄ウラナイ教を立てて行きます。師匠も大切だがお道も大切です、お道が大事か、師匠が大切か、よく考へて御覧なさい、それだと申して師匠に背くと云ふ心は露程も持ちませぬが、止むを得ない場合には矢張本末自他公私の区別を明かにするため、ウラナイ教の孤城を死守する考へで御座います』 お節『さう聞きますと貴女は何処迄もお固いのですなア』 松姫『岩にさへも姫松の生える例がある。一心の誠は岩でも射貫くと云ひます。私の鉄石心は如何なる砲火も威力も動かす事は出来ますまい、これが私の唯一の生命ですから誰が何と云つてもビクとも致しませぬよ。槍でも鉄砲でも梃子でも棒でも、いつかないつかな動くやうな脆弱な御魂ぢやありませぬ、そんな動揺するやうな信仰なら初めからしない方がよろしい、お節さまが私に対して何程婉曲に熱心にお勧め下さつても駄目ですから、何卒是限り御親切は有難う受けますが、もう云つて下さいますな。人は柔順と忍耐と誠さへ徹底的に守つて居れば神様は守つて下さいます。教派の如何にかかはるものぢやありませぬ』 斯く二人の話す折しも、慌ただしく駆け来る門番の熊彦、虎彦二人、 熊、虎『松姫様に申上げます、只今大変な事が出来致しました、それはそれは、小気味よい大勝利です、何卒お喜び下さいませ』 松姫『オヽお前は熊公と虎公さま、エライ血相をして慌だしく何事ですか』 虎彦『貴方も御存じの通り、ウラナイ教の目の上の瘤仇敵、素盞嗚尊の悪神の教を奉ずる三五教の木端武者、馬、鹿と云ふ馬鹿面した二人の奴がやつて来まして、御免とも何とも云はず、潜り門を開き、吾々の門番に無断で、すつと奥へ通らうと致します。貴女が今迄仰有つたでせう、三五教の連中が来たら、一人たりとも通してはならぬ、追払へとの仰せ、又魔窟ケ原の黒姫さまのやうな馬鹿な目に遭つてはならないからと仰有つたのを、我々は其お言葉を夢寐にも忘れず、今日迄よく守り、表門を厳重に固めて居りました。其所へヌクヌクとやつて来て、門が四足だの、吾々を四足身魂だのと嘲弄するものですから、エイ猪口才な、礼儀を知らぬ畜生め、畜生なら畜生相当の制裁を加へてやらうと云うて、吾々両人が六尺棒を以て頭を三つ四つガンとやつた処、口程にもない腰抜け野郎、荒肝を摧がれ、大地に蛙踞になりめそめそと吠面かわいて居る、エヽ此尊い神門を無断で通り、剰つさへ門の様が四足だのと吐いた上、涙を大地に零して霊場を汚しよつたので、つい勇猛心を発揮して断行しました』 松姫『それは乱暴な事をなさつたものだ、誰がそんな事をせいと云ひましたか、これ熊公、真実にお前達、虎公の云ふやうな事をしたのかい』 熊彦『ヘエヘエ、そんな事処ですか、余り業腹が立つので尻をひん捲くり、虎公と二人、両人の臀部をエヽこの柔道百段の腕拳を固めて、青くなる所まで叩いてやりました、其時の態つたら実に滑稽でしたよ』 松姫『其お二人の方は何うなつたのかい』 熊彦『ヘエ、其二人ですか、イヤ二匹の畜生ですか、門の外へ追放り出され、めそめそと女の腐つたやうに抱きついて愁歎場の一幕を演じて居ました。戸の節穴より覗いて見ましたら実に憐れなものでした、イヤ気味のよい、溜飲が下がるやうでした。アヽ大変に骨を折つてウラナイ教の爆裂弾を未発に防ぎ得たのは、全く大神様の広大無辺の御神力は申すに及ばず、吾々両人が愛教の大精神の発露で御座います、何卒何分の何々を何々して下さいますれば吾々は益々神恩を忝けなみ、層一層に厳格に御用を務めます』 松姫『竜若の受付は黙つて見て居たのかい』 熊公『指揮をなさつたでもなく、なさらぬでもなし、悪く云へば瓢鯰式ですな、併し乍ら吾々に対し一部の声援を与へて呉れましたから、其功績は矢張等分と見て差支無からうと思ひます、ヘエヘエいやもうエライ活動致しました』 松姫、膝に手を置き、俯むいて何事か考へて居る。 お節『熊公、虎公、今承はれば三五教の馬公に鹿公が見えたやうですが、真実に其様な手荒い事をなされましたのか、ウラナイ教は時々乱暴な事をする人が現はれますな、決して大神様はお喜びなされますまい』 虎彦『オイお節、何を吐しやがるのだ、貴様は猫見たやうな奴だ、甘く口先で松姫様をチヨロマカしよつて、其上に馬、鹿の畜生と内外相応じ、此館を根底から顛覆させようと仕組んで居るのだらう、そんな事は貴様が来た時からチヤンと看破して居るのだ、貴様も序に睾丸を握つて門外へ追放り出してやらうか』 熊彦『アハヽヽヽ女の睾丸とは今が聞き初めだ、そりや虎公貴様肝玉の間違ひだないか』 虎彦『ちつと位違つたつて、ゴテゴテ云ふな、睾のんと肝のもだけの間違ひだ、元来が門から起つたもん題だから、肝のもを睾のんの言霊に詔り直したのだ。それだからお節の守護神は俺がいつも、きんもう九尾の悪神と云うたぢやないか、アハヽヽヽ』 松姫『コレ虎公熊公、馬公鹿公とやらによくお詫をして私の居間へお迎へ申して来るのだよ、本当に仕方のない男だなア』 虎彦『ヘエ、何と仰有います、あの様な爆裂弾を連れて来いと仰有るのですか、貴女も此頃はちつと変だと思うて居ましたが、矢張脱線しとりますなア』 松姫『ごてごて云はいでも宜敷い、迎へてお出でなさいと云うたら迎へてお出なさい。熊公も一緒に行くのだよ』 両人は『ヘエ』と嫌さうな返事を此場に投げ捨て力無げに表門にやつて来た。 竜若『オイ両人、ちつと貴様顔色が変だないか、一体どうしたのだい』 虎彦『何うしたも斯うしたもあつたもんかい、門から大もん題が起つて我々は煩もん苦悩の真最中だ。本当に馬鹿な目に遭つて来たよ』 熊彦『摺つた、もんだともん着の結果この熊公も今日はもんもんの情に堪へ難しだ』 竜若『貴様の出方が悪いから、打ち返しを喰つたのだよ』 熊彦『何、出方は至極完全無欠寸毫も欠点なしだが、何を云うてもお節の奴、間がな隙がな松姫を籠絡しきつて居やがるものだから、松姫さまの性格はガラリと一変し、いつもなら、比丘尼に何やらを見せたやうに飛びついて悦ぶのだけれど、どんな結構な報告をしてもビクともしやがらぬのだ。俺やもうお節の面を見ても腹が立つのだ。エヽ怪体の悪い、ケツ、ケヽケ怪体が悪くて腸がでんぐり返る哩、それにまだまだ業の沸くのは、折角追放り出した馬、鹿の両人を此処へ丁寧にお迎へ申せと吐しやがるのだもの、薩張お話にならないのだ』 虎彦『余りてれ臭いから、両人は疾くの昔に逃げ帰りやがつて、其辺に居なかつたと報告して置かうかい』 竜若『そんな事を云つた処で、云ひ出したら後へ引かぬ片意地な松姫の大将だ、仮令百里でも千里でも跡追つかけて馬、鹿の二人を此処へ連れて来いと頑張つて、大きな雷でも落しよつたらどうする、屹度さうお出になるに定つて居るよ、虎、熊の両人が乱暴したのだから貴様は当の責任者だ、七重の膝を八重に折つて、お二人さま、何と仰有つてもお頼み申して、お迎へ申して御大将のお目通りへ実検に供へ奉るのだよ』 虎彦『さうだと云うて、まさかそんな阿呆げた事が七尺の男子として出来るものかい』 竜若『オイ、虎、熊の両人、上官の命令に服従せぬか』 虎彦『ヘン、一寸、上役風を吹かし遊ばす哩、併し乍ら今度の事件は上官の責任だからさう思ひなさい、我々は唯上官の目色を見てやつただけのものだ、万々一吾々の行動に対し、不都合の点ありとみた時は、上官の職権を以て、制止せなくてはならぬ筈だ』 竜若『その責任はどこ迄も此方が背負ふのは当然だ、ゴタゴタ云はずに早く謝罪つて来い』 熊彦『オイ虎公、仕方がないなア』 と不承無精に潜り門を開き、門外をキヨロキヨロと見廻して居る。遥向ふの森蔭に馬、鹿の両人を始め、立派な女神が二柱立つて居る。 虎彦『オイ熊公、何時の間にかなめくじりのやうにあんな所迄這つて往きやがつたぢやないか、エヽ厄介の事が起つたものぢや、何うしようかなア』 熊彦『何うしようも斯うしようもあつたものぢやない、謝罪つてお迎へするより仕方がないワ』 虎彦『それだと云うてあんな綺麗な美人が二人も傍に立つて居るぢやないか、睾丸を提げた男が、あんな綺麗な美人の傍で謝罪るなんて男の顔が全潰れだ、困つた事だなア』 熊彦『エヽ、身から出た錆、誰人に聞いて貰ふ訳にも行かず、恥を忍んで参りませう、サア虎彦、俺に従いて来るのだよ』 虎彦『本当に土竜になり度いワ、せめて貴様の後から俺の姿を隠して往かうかなア、さうぢやと云うて貴様より俺の方が背が高いから肝腎の顔の方が見えるなり、困つた事だ』 熊彦『何れ面を晒らされるのだ、併し一時凌ぎに俺の後から、腰を屈めて出て来るか、邪魔臭ければ四つ這になつて従いて来い、さうすれば暫くなりと助かるだらう』 虎彦は熊彦の後から這はぬ許りに屁つぴり腰をしながら従いて往く。 熊彦『モシモシ馬公に鹿公、先刻は誠に御無礼な事を致しまして、何とも顔の合しやうがありませぬ、松姫様の御命令で面を被つて参りました』 馬公『ハイ、有難う、吾々のやうな無礼者に、左様な鄭重な言葉をお使ひ下さつては畏れ入ります、貴方の背後に従いて来た影はなんで御座いますか』 熊彦『これは私の影法師で御座います』 馬公『お日様が西に輝いて御座るのに、この影法師は南の方へさして居ますなア』 熊彦『此奴ア高城山で生擒つた虎で御座います』 虎彦『オイ熊彦、余り人を馬鹿扱ひにするものぢやないぞ、モシモシ今囀つて居る奴は、人間に見えても此奴は矢張四足の熊で御座います』 熊彦『エヽいらぬ事を云ふものぢやない哩、モシモシ馬公に鹿公さん、私は良心に責られて貴方の前へ出て来るだけの勇気がありませぬ、お詫のために恥を忍んで四足になつて参りました、何卒、神直日、大直日に見直し聞き直して下さいまして御機嫌を直し、奥へお通り下さいませ、松姫様に大変なお目玉を頂戴致しました。三五教のお節さまも待つて居なさいます、貴方等がお出で下さらねば私達は今日限り鼻の下が干上つがて仕舞ひます。何卒、虎一匹、熊一匹助けると思うてお這入り下さいませ』 馬公『ハイ、有難う、何卒宜敷うお願ひ致します』 鹿公『御丁寧なお迎ひ有難う感謝致します』 熊公は馬、鹿の頭部に目を注ぎ、 熊公『ヤア、お頭に大変に血が流れて居ります、どうなさいました』 馬公『これは貴方のお慈悲の鞭で御座います』 鹿公『これも矢張、貴方等のお情で、結構なお蔭を頂きました』 虎、熊は之を聞くより、大地に犬踞となり拳大の石を拾ひ、片手に捧げ乍ら、 虎彦、熊彦『モシ馬公に鹿公さま、何卒私にもこの石をもつて頭に沢山お蔭を頂かして下さいませ、さうでなければ奥に這入る事が出来ませぬ、何卒お願ひで御座います』 馬公『それは絶対になりませぬ』 鹿公『折角の御懇望なれど、これ許りは御免蒙りませう』 隆靖彦『皆さまの真心が現はれて実に気分が冴え冴え致しました。何事も神様の思召しで御座いませう』 隆光彦『何事も此場の事は私にお任せ下さいませ、松姫様がお待ち兼でせう、サア何卒御案内して下さいませ』 熊彦、虎彦は四這ひになり、 熊彦、虎彦『サアサア四足の後へ従いて来て下さい、御案内致しませう』 馬公『そんな事をなさるには及ばぬぢやありませんか、ナア鹿公さま』 鹿公『ヘエ、さうですとも、御両人さま、何卒立つて御案内して下さいな』 虎、熊『何卒、門へ這入る迄この儘にさし許して下さいませ』 馬公『アヽ仕方がない、そんなら馬も鹿も四足になつて這つて往かうかなア』 と二人の後を四這ひになつて従いて行く。 熊を先頭に虎、馬、鹿、四四十六足の変態動物は表門さして、のそりのそりと這つて往く。 隆靖彦『何と誠と云ふものは偉いものですなア』 隆光彦『ヤア実に感心致しました』 と感歎しながら気の毒さうな顔をして四人の跡をつけて往く。 (大正一一・五・八旧四・一二加藤明子録)
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霊界物語 21_申_高春山のアルプス教 01 高春山 第一章高春山〔六七五〕 雲を圧して聳り立つ高春山の山頂に バラモン教を開きたる大国別に憑依せる 八岐大蛇の分霊醜の曲霊が割拠して 山野河海を睥睨し大江の山と三国岳 六甲山と相俟つて冷たき魔風を吹き送り 蜈蚣の姫の手下なる鷹依姫が朝夕に 心を砕く鳩胸や仕組の奥は割れ岩の 胆を煎るこそ恐ろしき。 南に瀬戸の海を控へ、東南に浪速の里を見下ろし、西北東に重畳たる連山を瞰下する高春山の絶頂に岩窟を作り、バラモン教の一派を建て、アルプス教と称し、自転倒島を飽く迄も、八岐大蛇の勢力圏内に握らむと、昼夜心を悩まして居た。山麓には細長き津田の湖が横たはつてゐる。此湖水には大蛇の分身たる数多の蛇神潜伏して、日夜邪気を吐き出し、地上の空気を腐爛せしめつつあつた。高姫、黒姫は波斯の国北山村の本山を捨て蠑螈別、魔我彦をして後を守らしめおき、三五教に帰順したる改心の証拠として、アルプス教の鷹依姫を言向け和さむと、波斯の国より乗り来れる飛行船に乗じ、高春山の山麓に着いた。これより二人は巡礼姿に身を変じ、高春山の鷹依姫が岩窟に進まむと、壁を立てたる如き高山を登り行く。 高春山の五合目許りの処に、天の森と云ふ巨岩が立並び、中央の樹木鬱蒼たる間に、小さき祠がある。之を竜神の宮と云ふ。此竜神は雨風を自由になす神と称へられ、鷹依姫が唯一の守護神として尊敬して居た。それが為に何人も、此境域に近づく事を厳禁して居た。テーリスタン、カーリンスと云ふ二人の荒男は、此竜神の宮を固く警護して居た。二人は巌の上に高鼾をかいて寝んで居る。高姫、黒姫は漸く此処に登り来り、 高姫『なんと立派な岩が並んで居るぢやありませぬか。一つ此景色の佳い所で休息して行きませう。まだ頂上までは余程道程がありますから……』 黒姫『宜しう御座いませう』 と碁盤形の門の戸を押し開け奥に進み入る。 高姫『アヽ此処には妙な祠がある。是れが噂に名高い鷹依姫の、雨を降らせ風を起す唯一の武器でせう。一つ改心さしてやりませうか。将を射むとする者は先づ其馬を射よと云ふ事だから、此雨風を起す悪神の眷属を改心させる方が、近路かも知れませぬなア』 黒姫『マア一寸お待ちなさいませ。拙劣に間誤付くと、大風大雨で攻められては困りますから、充分に様子を探つた上、ゆつくりとやらうぢやありませぬか』 高姫『そりや黒姫さま、何を仰有る。冠島の金剛不壊の玉を腹に呑み込んだ此高姫、言はば妾の体は如意宝珠も同然、多寡の知れた雨や風を起す竜神位に、何躊躇する事がありますかい。お前さまは三五教に帰順してから、チツと変になつたぢやありませぬか……イヤ三五教に帰順する以前から高山彦さまに対し、余程御親切が過ぎたやうですよ。神第一主義をどつかへ遺失し、高山第一、神第二と云ふ様なあなたの態度だから、そんな弱音を吐く様になるのだ。モウ此処へ来たら生命を的に、悪神を改心させて大神様にお目にかけ、我々の今迄の御無礼、お気障りの謝罪をせなくてはならぬ。謂はば千騎一騎の性念場だ。チツとしつかりしなさらぬかい』 黒姫『ハイハイ、そんな事に呆けて居る様な黒姫と見えますかな。チト残酷ぢやありませぬか。それ程妾に信用がないのなれば、却て貴女の御邪魔になつては可けませぬから、あなたユツクリ如意宝珠の力を発揮して手柄をなさいませ。妾は飛行船を借用して、自分の性の合うた所へ活動に参ります』 高姫『益々変な事を仰有るぢやないか。すべて戦ひは結束を固くせねば勝利は得らるるものでない。味方の方から裏切りをする様な弱音を吹いて何うなりますか。飛行船は既に既に鷹依姫の部下が占領して了つて居ますよ。飛行船なんかモウ必要はない。是れから頂上の割れ岩の醜の岩窟を言向け和し、進んで六甲山へ行かねばならぬ。チト確りしなさい。あまり高山さまに精神を取られて居れるものだから、曲津が憑依したのだらう。サア妾が鎮魂をして審べてあげよう。婆アの癖に髪を染めたり、薄化粧をしたり、まるで化物見たやうなそんな柔弱な事でどうして神界の御用が出来ますか。お前さまは二つ目に、言依別命様を柔弱だとか、ハイカラだとか非難をしなさるが、それはお前さまの心が映つて見えるのだよ』 黒姫『何と仰有つても、鎮魂は御無用です。さうしてお暇を頂きませう』 高姫『御勝手になさいませ。モウ今日限り師弟の縁を絶りますから』 黒姫『其お言葉を待つて居ました。サアサアどうぞ絶つて貰ひませう』 高姫『アヽ絶つてあげよう。黒姫の肉体を此処に置いて、サツサと帰りなさい。黒姫はソンナ馬鹿な事を云ふ身霊ぢやなからう』 黒姫『決して決して守護神(精霊)が言ふのぢやありませぬよ。黒姫の本人が申すのです。何程神直日大直日に見直し聞直して、妾の肉体に瑕瑾をつけぬ様に宣り直して下さつても、それは気休めです。どうしてもお暇を頂戴致します。本当に好かんたらしい、驕慢な高姫さま。どうぞ此れ限り、何と云つても御暇を頂き、醜の岩窟の鷹依姫様の御家来となつて活動致します。ウラナイ教の時には大変に重く用ひて下さつたが、三五教になつてからは、あなたを始め、誰も彼も妾を馬鹿にして……態ア見たか、偉相に威張つて居つたが、今の態は何ぢや。白米に籾が混つた様な顔して、隈くたに小さくなつて居らねばならぬぞよ……と神様が仰有つたぢやないか、その実地が来たのだ……なんて言依別命の左右に侍る幹部連が、妙な顔をして妾を冷笑して居る。それが第一気に喰はないのだ。モウ妾は三五教は駄目だと思ふ。しかし神様は結構だ。取次が間違つて居るのだから、三五教に離れても、あなたに暇を貰つても、一寸も痛痒は感じない。神様だけは妾の真心を知つて居て下さる。お前さまも将来になつたら……ア黒姫はそんな心であつたか、流石玄人だけあつて偉い者だつたと、アフンとしなさる事が出来て来ませうぞい』 高姫『随分猛烈な気焔ですなア。どうなつと勝手になされ。人を杖に突くなと云ふ事がある。妾もこれから独舞台で活動するのだ』 黒姫『師匠を依頼にするなと神様が仰有つた。こんな猫の目の様に心のクレクレ変る高姫のお師匠さまは、真平御免だ。好い腐れ縁の絶り時だ。お前さまは今日限り妾の宗旨敵だからさう思ひなさい。天晴戦場で、堂々とお目にかかりませうかい』 岩の上に寝て居つた、最前の二人の男、ムツクリ立ちあがり、 男(テーリスタン)『コリヤ女、此処を何と心得て居る、天の森の竜神様の御守護遊ばす聖地だ。汚らはしい女の分際として、断りもなく、此聖地を蹂躙しやがつた。サアもう量見がならぬ。当山の規則に照らして制敗してやらう。……オイ、カーリンス、綱を持つて来い。フン縛つて鷹依姫様の御前に引ずり据ゑてやるのだから……』 黒姫『モシモシお二人のお方、此処へ参りましたのは、決して蹂躙したのではありませぬ、竜宮の乙姫様の肉の宮、黒姫に用があるから、一寸来て呉れいと、天の森の竜神様が仰有つたので、飛行船に乗つて遥々参つたのですよ』 男(テーリスタン)『ナニ、お前さんが、竜宮の乙姫さまの御命令で来たと云ふのか』 黒姫『ハイハイ、妾は乙姫様の肉の宮ですもの』 男(テーリスタン)『妙な事を言ひますな。我々の御大将鷹依姫さまも、此頃は大変に、竜宮の乙姫さまがお出でになると云つて、一生懸命祈念を凝らして居られますよ』 黒姫『それ見なさい、高姫さま』 高姫『竜宮の乙姫さまは、遠の昔にお前さまの肉体を出て、後には曲津神が巣を組んで居るのですよ』 男(テーリスタン)『最前から我々が寝真似をして、二人の話を聞いて居れば、三五教の宣伝使と見えるが、なんだか愚図々々と喧嘩をしてゐたぢやないか』 黒姫『没分暁漢の高姫が、如意宝珠の玉を腹に呑み込んで居ると言つて、あんまり威張るものですから、今妾の方から絶縁を申込んだ所です』 男(テーリスタン)『そりや結構だ。お前さまは全く我々の同志だ。よしよし鷹依姫様に申上げて、都合好くとりなしを致しませう』 黒姫『どうぞ宜しうお頼み申します。………コラ高姫、態を見い、何程如意宝珠でも、大勢と一人では叶ふまいぞや』 と捨台詞を残し、テーリスタンと云ふ大の男に手を曳かれ乍ら急坂を登り行く。 高姫『アヽ仕方がない。到頭悪魔の容器になつて了つた。黒姫も今迄長らくの苦労を、一朝にして水の泡にして了つたか。アヽ可哀相なものだなア。コレコレそこのカーリンスと云ふお方、お前さまは何処から来たのだ、生れは何処だえ』 カーリンス『自分の国や生れが分る様な者が、斯んな所へ来て、宮番をするものかい。馬鹿な事を言ふない』 高姫『お前さまは如意宝珠の玉の肉体を知つて居るか。日の出神の生宮は誰だと云ふ事が分つて居るかい』 カーリンス『知つて居らいでか。お前の事ぢやないか。真偽の程は確でないが、最前から二人の話を聞いて居た。お前が所謂日の出神の生宮だらう』 高姫『敵の中にも味方あり、味方の中にも敵があるとは、よう言つたものだ。お前は妾の知己だ。中々身魂がよく磨けて居る。三五教へでも入信つたら、こんな小つぽけな宮番をせなくとも、立派な宣伝使になれるがなア』 カーリンス『私は宣伝使は嫌ひだ。朝から晩まで酒を飲んでグウグウと寝るのが好だ。彼方や此方へ乞食の様な真似をして、戸別訪問をして、犬の様に杓で水をかけられたり、箒で掃出されたり、引合はぬからなア。爺の痰を飲まされ、薯汁と痰の混汁に辷り転けて、揚句の果てには真裸で茨の池に落ち込み、着物を敵から貰ふ様な事[※第15巻第9章「薯蕷汁」のエピソード。]が出来するから止めとかうかい』 高姫『お前は妙なことを言ふ。薯汁や痰に辷り転けたのは何時の事だ。そして又誰の事だいなア』 カーリンス『そりやあお前さまよく御存じの筈だ』 高姫『ハテなア。海洋万里の波斯の国の出来事の譏り走りを聞いて居るとは、世間は広いやうなものの狭いものだ。これだから人間は慎まねばならぬ。悪事千里と云つて何処迄もよく行きわたるものだなア』 カーリンス『お前さまビツクリしただらう』 高姫『そりやまた、誰に聞いたのだい』 カーリンス『今頃そんな事を知らぬ者が一人でもあるものか。随分名高い話だぜ。鷹依姫さまは……おつつけ、心の明き盲、高姫と云ふ者が此山に出て来るから、一つ泡を吹かして改心させてやらねばならぬ。彼奴を改心させたならば、アルプス教の為には大変に間に合ふ……と云つて居られました。お前は高姫さまだらうがな』 高姫『ヘン、見違ひをして下さるな。黒姫の様な猫の目とは、チツと違ひますよ。サアこれから高姫が獅子奮迅の勢を以て、鷹依姫其他の部下を悉く言向け和すのだ。万々一、高姫の失敗になる様な事であれば、再び三五教へは帰らぬ積りだ。喉でも突いて死んで了うのだから、何と云つても、バラモン教の焼直しのアルプス教に対し、徹頭徹尾、頭を下げぬから、其積りで居なさい』 カーリンス『大変な固い決心だなア』 高姫『定つた事だよ』 高姫は谷間から滲み出る清水を手に掬んで、渇いた喉を潤して居る。其隙を窺ひ、カーリンスは高姫の首に細紐を手早くひつ掛け、グツと首を締め、 カーリンス『サアもう大丈夫だ。これで一つ、私の出世が出来る』 と高姫を背に負ひ乍ら、急坂をエチエチ登つて行く。 岩窟の中には、アルプス教の開山鷹依姫と云ふ中婆ア、木の株で作つた天然の火鉢を前に、長煙管を喞へ、二三の部下を前に据ゑて、 鷹依姫『今日は高姫、黒姫と云ふ二人の婆アが、此処へ出て来る筈だ。キツと神の魔力に依りて、天の森の竜神の宮に立ち寄る筈だから、テーリスタン、カーリンスの二人に、待伏せをさせて置いたのだが、やがてやつて来る時刻だらう』 甲『そんな事は、どうして分るのですか』 鷹依姫『そんな事に抜目のある妾かいな。チヤンと三五教の聖地へ指して密偵が這入り込ましてあるから、それが知らして来たのだよ。モウつい二人共、此処へやつて来る筈だから、お前達も充分に気を付けて、妾が此煙管で「クワン」と此磬盤を叩いたが最後飛んで出るのだ。それまでは次の間で、横になり考へて居るのだよ。併し寝て了つては可かぬから、目を開けて居るのだぜ』 三人は『ハイ』と答へて、次の間に身を隠した。そこへテーリスタンに伴なはれて黒姫が這入つて来た。 テーリスタン『只今帰りました。あなたの眼識には、実に敬服致しました。此通り黒姫を巧く引張り込みましたから、御安心下さいませ』 鷹依姫『これこれテーリスタン、何と云ふ失礼な事を言ふのだい。鬼の岩窟か何ぞの様に、引つぱり込みましたなんて、チツト言霊を慎みなさい。結構なお方を御迎へして帰りましたと、何故言はないのだい。……これはこれは黒姫様、遥々とよう来て下さいました。空中は余程風が烈しうてお困りでしたらう。後程ユルユルとお話を承はりますから、少時奥で御休息を願ひます』 黒姫『初めてお目にかかります。御神徳の高い御山と見えまして、雲までが皆謙遜り、谷底へ遠慮を致してゐますなア』 鷹依姫『雲に突き出た高春山、誠の御神徳は俗塵を離れて中空に聳えた聖地でなければ本当の神力は現はれませぬ。炮烙を伏せた様な低い山を背景にして神業を開始するなぞと、てんで物に成りませぬワ。四尾山と高春山とは気分が違ひませうがなア』 黒姫『大きに違ひます。妾も此処へ登つてから何だか気分が面白くなつて来ました。三五教のアの字を聞いても厭になりましたよ。それに言依別命と云ふハイカラな教主になつて居るのだから、内幕の腐爛状態と云つたら御話になりませぬ。又高姫と云ふ……もとは妾のお師匠で御座いますが、カンカラカンのカン太郎が、頑固一途を立て通すものですから、妾も此処までやつて来て、天の森の竜神さまの前で、暇を呉れてやりました』 鷹依姫『それは何より結構です。此世でさへも切り替へがあるのだから、良い加減に思ひ切つて、新しい世界へ出た方が貴女の身の為ですよ』 黒姫『ハイ有難う御座います。黒姫の思うて居ることをスツカリ仰有つて下さいまして、唯一の共鳴者を得た様な心持が致します。生れてからこれ位愉快な事はありませぬワ』 鷹依姫『サアどうぞ奥へ行つて御休息下さいませ』 とテーリスタンに目配せした。 テーリスタン『サア黒姫さま、奥へ御案内致しませう』 と手を取つて岩室の中に案内した。そして外よりガタリと蝦錠をおろし、 テーリスタン『モウ斯うなつては、何程藻掻いても駄目ですから、充分に御考へ置きを願ひます。左様ならば』 と云ひ捨て、鷹依姫の側に立帰り、 テーリスタン『首尾よう岩室の中に籠城を命じて置きました。併し乍ら、あの黒姫に限つて、決して御心配は要りませぬ。平岩の上に於てスツカリ、高姫と黒姫の心中を探りました。モウ大丈夫ですよ』 鷹依姫『さう軽々しく楽観は出来ない。油断は大敵だ。罷り違へば爆裂弾を抱いて寝るやうなものだからなア』 テーリスタン『竜神の祠の前へ来るまでは、両人はどうしても、貴女を三五教へ帰順させると云ふ目算らしう御座いましたが、竜神の祠の中から神様の御神霊が現はれ、黒姫にのり憑られたと見えて、俄に……妾は竜宮の乙姫の生宮だと威張り出し、二人が喧嘩をおつ始め、到頭黒姫は貴女の部下になると云つて、ここを目蒐けて走り出しました。それで私もコレコソ渡りに船だと心勇み、手を曳いて此処まで連れて帰つたのです。モウ大丈夫ですから御安心下さいませ』 鷹依姫『それは結構だが、モウ一人の高姫はどうなつたのだえ』 テーリスタン『高姫ですか。あれは何事にも抜目のないカーリンスに一任して来ました。屹度フン縛つて、やがて登つて来るでせう』 鷹依姫『あの高姫は腹に如意宝珠の玉を呑んで居るのだから、どうしても腹断ち割つて抉り出さねばならないのだ。併しうまくカーリンスが連れて帰つて来るだらうかなア。黒姫は玉無しだから、どうでも良い様なものの、肝腎要なは高姫だ。カーリンスが大変に困つて居るだらう。お前御苦労だが、モウ一度加勢に行つて呉れまいか』 テーリスタン『行けと仰有れば、行かぬ事はありませぬが、大変に、彼奴の顔を見ると目がマクマクするのですよ』 鷹依姫『何、目がマクマクするか、正しく如意宝珠の玉を呑んで居る証拠だ。目を塞いで、早くどうでもいいからフン縛つてなつと、二人して連れてお出で』 テーリスタン『承知致しました』 とテーリスタンは、山を一散走りに駆下る。後に鷹依姫は独言、 鷹依姫『アヽ時節は待たねばならぬものだなア。鬼雲彦や鬼熊別の大将株は、三五教の言霊とやらに討たれて、見つともない、男の癖に雲を霞と本国へ逃帰り、いい恥曝しをなされたが、女の一心岩でも徹すと云つて、夫に似ぬ健気な女房蜈蚣姫は三国ケ岳に立籠り、到頭黄金の玉を手に入れた。ヤレ嬉しやと思ふ間もなく、又しても其玉を三五教にウマウマと取返され、喜んだのは束の間、サツパリ糠喜びとなつて了つた。併し何程蜈蚣姫が智慧があつても、神徳が備はつて居ると云つても、此鷹依姫には足元へも寄れない。チツと爪の垢でも煎じて呑まして上げたいものだ。如意宝珠の玉の容器は、声なくして呼びつける。黒姫は玉無しだが彼奴は黄金の玉の在処を一番よく知つて居ると云ふ事だ。此間帰つて来た虎公の報告では黒姫さへ手に入れてうまく白状させたならば、黄金の玉も手に入ると云ふ事だから、云はば玉を手に入れたも同然だ。アヽなんとした結構な事が出来て来たものだらう』 とカンカン磬盤を長煙管で打つた。ウツウツと眠つて居た三人の耳には、早鐘の様に強く響いた。三人はビツクリ仰天起あがり、周章狼狽き、鷹依姫の居間に走り行き、 三人『火事だ火事だ』 と擂鉢を抱へて走る奴、火鉢を抱へて飛び出さうとする者、座敷の真中でキリキリ舞をする奴、右往左往に狼狽へ廻る。鷹依姫は長煙管の先で三人の頭をピシヤピシヤと叩き、元の座に悠然として腰をおろし、 鷹依姫『コラコラ貴様達は、何を狼狽へて居るのだい』 と大きな尖つた声で喚き立てる。 甲『ハイハイ何で御座いますか』 鷹依姫『何でもない。気を落ち着けなさい。今タカが一羽此家へ来るのだから、料理をせにやならぬ。其用意に出刃でも磨いで置きなされ』 乙『誰か鷹の様なものを捕つたのですか。彼奴は肉食鳥だから味が悪うて、臭くつて喰べられませぬ。大きな図体の割りとは羽根ばつかりで、食ふ所はチヨビンとよりないものですよ』 鷹依姫『エーそんな講釈は後にしなさい。羽根の無いタカが来たのだ』 斯く話す折しも、カーリンス、テーリスタンの両人は、高姫の首を締めた儘、担いで這入つて来た。 鷹依姫『アヽ御苦労々々々、マア庭の隅へでも片付けておいて、ユツクリ休んでお呉れ。随分骨が折れただらうなア』 テーリスタン『イエ骨は折りませぬが、首だけ締めて置きました』 鷹依姫『早く解いてやらないと息が絶れるぢやないか。息が絶れて了へば、折角の玉が死んで了ふ。生きた間に取らねば間に合はぬのだ。早う早う…』 と急き立てる。カーリンス、テーリスタンの両人は『ハイ』と答へて、徳利結びにした首の紐を解いた。最早高姫は縡切れたか、ビクとも動かぬ。 テーリスタン『ヤア此奴ア、到頭寂滅しやがつたなア。どうしたら宜からうか』 カーリンス『人工呼吸法だ』 と両人は一生懸命に高姫の体を捉へ、手や足を無暗矢鱈に動かして居る。暫くあつて、高姫は「ウーン」と息を吹き返す。 テーリスタン『アヽもう此方のものだ。鷹依姫さま、此先はどうするのですか』 鷹依姫『マア茶でも飲んでユツクリするのだ。其間に妾から命令を下すから……』 暫くあつて鷹依姫は、 鷹依姫『黒姫さまを招んで来なさい』 テーリスタン『ハイ』 と答へてテーリスタンは、黒姫を押込めた岩窟の前に走り行く。黒姫は忍び忍びに何か歌つて居る。 黒姫『高天原を立出でて三五教の宣伝使 高姫さまと諸共に御空を翔ける磐船に 乗りてやうやう高春の山の麓に着陸し 黄金の草をより分けて霧の海原探りつつ 一歩々々急坂を登つて来たのが天の森 巨岩怪石立並び風光絶佳の霊地ぞと 二人は此処に息休め竜神さまの祠をば 眺めて休らふ折柄に何んとは無しにビリビリと 震ひ出したる我身体高姫さまは知らねども 確かに尊き神懸りさはさり乍ら黒姫が 夢にも思はぬ囈語をベラベラ喋つて高姫に 力の限り毒ついた吾師の君よ高姫よ 猫の目玉のくれくれと心の変る黒姫と 必ず思うて下さるな此れには何か神界の 深い仕組のあるならむ曲津の軍いと多く アルプス教を開きたる鷹依姫が右左 司と仕へしカーリンステーリスタンの両人が 巌の上に横臥して狐狸の空寝入り 様子を窺ひ居ることに黒姫早くも気が付いて ワザと師匠の高姫に心に在らぬ事ばかり 申上げたは済まないがこれも何かの御経綸 妾の心はさうぢやないどうぞ赦して下さんせ 生命捧げた宣伝使悪魔のはびこる此岩窟 如何なる憂を見るとても言向和さで置くべきか 暫く待てよ高姫の吾師の君の宣伝使 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも黒姫如何になるとても 三五教の神教を天下に拡げにや置くものか 巌をも射貫く黒姫が固き心の梓弓 矢竹心は高姫の心の的に命中し やがては疑雲隅も無く天津日の如晴れるだろ アヽ惟神々々御霊の幸を賜へかし』 と歌つて居る。カーリンスは外より岩の戸を、鍵を以て押開け、 カーリンス『黒姫さま、教主様がお召びになりました。大変な所へお入れ申して、さぞ御腹が立つたでせうが、ここはどんな立派なお方でも、初めて這入つて来た方は、早くて三日、遅いのは十日二十日と、此岩窟で修行をさすのが規則ですから、決して押籠めたなどと思つては可けませぬぞや。三五教でさへも、岩窟の修行場が拵へてあるでせう』 黒姫『イエイエ決して悪くは思うて居ませぬ。斯様な結構な所で修行をさして頂くなら仮令一月が二月、三年五年要つた所で、別に苦痛とは思ひませぬよ』 カーリンス『それはまた大変な馬力ですな』 黒姫は微笑み乍ら、イソイソとして鷹依姫の前に現はれ、 黒姫『これはこれは教主様、結構な修行をさして頂きまして有難う御座います。成程あの岩窟は心が静まつて、結構で御座いますな』 鷹依姫『結構でせうがな。あなたは身魂の洗錬が出来て居りますから、僅一時位で卒業が出来たのですよ。開教以来あなたの様に早く出た方は御座いませぬ。お芽出度う御座います』 黒姫は、 黒姫『イヤ有難う御座いました』 と振り向く途端に、高姫の横たはる姿を見て打驚き、 黒姫『ヤア高姫さまが縡切れて居らつしやる』 と顔の色をサツと変へた。鷹依姫は、 鷹依姫『オツホツホツホヽ、あんまりカーリンスと格闘をなさつたものだから、御疲労なさつたものと見えます。お前さまは今見て居れば蒼白の顔をしてビツクリなさつたが、矢張り未練がありますかい。斃つた人を座敷へも上げず、土間に寝かして置いたのは無残の様に貴女は思つたでせうが、これは一つの医療法ですよ。お土のお蔭で血液の循環が旧へ復り、息吹き返す様にしてあるのだ。やがて蘇生されるでせう』 黒姫『ナニ妾は高姫なんかに未練がありますものか。こんな傲慢不遜な頑固者、今天の森で弟子の方から暇を与れてやつた所です。それを証拠に、妾は貴女の弟子になりたいのですが、使つて下さいますか』 鷹依姫『お前さまの云ふ事に間違ひなくば、喜んで手を引合うて行きませう』 黒姫『有難う御座います』 と云ひつつ黒姫は庭に下り、高姫の尻を力限りに握り拳を固めて、七つ八つ打ち、 黒姫『コリヤ高姫、思ひ知つたか』 高姫は『ウーン』と息を吹く。 黒姫『オホヽヽヽ、能う斃つたものだ。この儘棄てておけば死んで了ふのだが、併し此奴は貴方の御存じの通り如意宝珠の玉を呑んで居りますから、吐出さしてアルプス教の神宝にせなくてはなりますまい。何とかして大事に……イヤイヤ大事にせなくてもよい。生き返らして生玉を取らねばなりませぬから、暫く助けてやつたらどうです』 鷹依姫『黒姫さまの仰有る通り、一先づ生かして、玉を吐き出させねば、折角苦労した効能が無い。玉さへ取れば後は煮て食はうと、焼いて食はうと、若い奴に呉れてやる。併し生き返らうかな』 黒姫『これは容易に恢復しますまい。何卒黒姫に任して下さるまいか。さうすればキツト体を旧の通りにして、さうして折を考へ、生玉を引抜いて見せませう』 鷹依姫『アヽそんならお前様にお任せするから、宜しく頼みます』 黒姫『何と云つても玉を呑んで居るのだから、玉の納めてある室へ高姫の死骸を寝さし妾が介抱をしてやりますから、極秘密に、誰にも分らぬ様にして下さい。黒姫がキツト取つてお目に掛けます』 鷹依姫『アヽそんなら御頼み申します。誰も這入つた事のない玉の居間、彼処には紫の夜光の玉が納まつて居る。是れはアルプス教の生玉だから、誰にも見せないのだが、お前さまの精神を見届けたから、其居間を一任しませう』 黒姫『それはそれは実に望外の仕合せ、此上は粉骨砕身、アルプス教の為に、犬馬の労を惜みませぬ』 鷹依姫『妾も実は相談しようにも相手がなくて困つて居つたのだ。御前さまが此処へ来て呉れたは天の与へ、肉身の妹が来たも同然だから、互にこれから諒解し合うて秘密の相談を致しませう。サア妾が案内をしますから……』 と先に立つ。 黒姫『高姫の死骸を持つて行かねばなりますまい』 鷹依姫『アヽさうでしたな。併し乍ら秘密室に誰も入れる事が出来ないのだから……』 黒姫『妾が担いで参りませう。………ヤイ高姫、お前は幸福者だ。一旦縁を絶つた妾に又世話になるのかいやい』 と口汚く罵り乍ら、脇にエチエチ引抱へ、足を引摺りもつて、鷹依姫の後に従つて秘密室に這入つて行く。 鷹依姫『ここが大切な所だから、お前さま、高姫の息吹き返す様に、鎮魂をしてやつて下さい。さうして時節を待つて生玉を抜いて下さいや』 黒姫『何事も呑み込んで居ます。其代りに十日許り、二人前の食料を入れて下さい』 鷹依姫はニコニコし乍ら、我居間に帰り、珍味佳肴を、ソツト秘密室へ持運び、素知らぬ顔をして居る。 高姫はムクムクと起上り、四辺をキヨロキヨロ見廻して、 高姫『アヽ妾は夢を見て居たのかいな。アヽ黒姫さま、お前さまと天の森の竜神の祠で従来に無い大喧嘩をして、それより悪い奴に喉を締められたと思つて居たが……ヤツパリ夢だつたかなア』 黒姫、あたりを憚る小声にて、 黒姫『高姫さま、決して夢ぢやありませぬ。ここは高春山の割れ岩の岩窟……』 と耳に口を当て、何事かヒソヒソと囁いて居る。高姫は紫の玉を眺め、 高姫『マア立派な玉がありますな』 黒姫『これがアルプス教の性念玉です。此れさへ手に入れば、アルプス教は最早寂滅、何とかして帰順させる方法はありますまいかなア』 高姫『ナニ、ありますとも、この高姫が呑んで持つて帰れば好いのだ』 黒姫『何でもあなたは呑み込みが良いから便利ですなア』 高姫『練つて練つて練つて練り倒し、仕組の奥の生玉を呑み込んだ此妾、此玉の一つや二つ呑むのに何の手間暇が要りますものか』 と云ふより早く、玉を手に取り、クネクネクネと撫で廻し、餅の様に軟かくして、グツと呑み込んで了つた。此時秘密室の外に、慌ただしく駆出す足音が聞えた。此れはテーリスタン、カーリンスの二人であつた。嗚呼、高姫、黒姫の運命は如何なるであらうか。 (大正一一・五・一六旧四・二〇松村真澄録)
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霊界物語 21_申_高春山のアルプス教 09 改悟の酬 第九章改悟の酬〔六八三〕 雨もなきに湖水の水量は増りゆき、最早三人の鼻の位置まで水は漂うて来た。湖水に聳り立ちたる一つ岩も今は水中に没し、黒い頭が三つ許り湖面に浮かんで居る様に見えた。月は俄に黒雲に包まれ、咫尺を弁ぜざる細かき雪は俄に降り来り、寒冷身をきる如くなり、その生命瞬間に迫るを、三人は如何はせむと相互に心を揉み乍ら、尚も神を念ずる事を為さずありけるが、忽ち暗黒の水面をパツと照らして入り来る三箇の火球ありて三人が身の上下左右に荒れ狂ふ。湖水は二つに割れたりと見るや湖底より美はしき三柱の女神、左手に小さき玉を捧げ、右手に鋭利なる両刃の剣を抜き持ち乍ら、徐々と三人の前に現はれ来りしが何時の間にか岩は水面に高く現はれける。而して岩島の根には一滴もなき迄、水は左右に分れて干上り、三人の女神と見えしは誤りにて、さきに立ちたるは六歳のお初、次に玉治別、次に杢助の大男なり。 遠州『ヤア貴方は玉治別さま、何卒生命ばかりは助けて下さい』 玉治別『此湖水は八岐大蛇の眷族の大蛇の棲処である。此湖の水を左右に割つたのは全く大蛇の仕業であるぞ。早く心の底から悔悟を致し、誠の道に立ち帰れば宜し、さなくば斯くの如く神変不可思議の神術を以て、汝を飽迄も懲しめてくれむ。いつ迄も我を張るならば大蛇の腹に葬られる様な事が、今眼前に突発するぞ』 駿州『何卒今度ばかりはお助け下さいませ。決して悪事は致しませぬ』 湖水は見渡す限り次第々々に水量減じて、遂には湖底まで現はれ来り、只一条の川、真ん中を流るるのみとはなりぬ。 此時又もや杢助、玉治別、お初の三人は宣伝歌を歌ひ乍ら此場に近寄り来る。其歌、 杢助『瀬織津姫大神の神言畏み玉治別の 神の使は津田の湖枉津の棲処を言向けて 世の災患を救はむと心に腹帯、時置師 神命の世を忍ぶ賤の樵夫と身を窶し 名も杢助と改めて津田の湖をば根底より 清めむものと時を待つ折しもあれや三五の 神の教の宣伝使玉治別が訪ね来て 執着心の深かりし妻の霊魂を弔ひつ 根底の国の苦みを救ひ給ひし神恩に 報いむ為と今此処に娘お初と諸共に 現はれ来り玉の緒の生命救ひし其上に 鼓の滝に現はれて鋼の鍬を打ち揮ひ さしもに堅き岩石をきつて落せば忽ちに 底を現はす津田の湖ここに三人はイソイソと 遠州武州駿州の生命を託けた一つ岩 来りて見れば此は如何に我等が姿か幻か 寸分違はぬ三柱の女神は此処に現れましぬ 神の恵の御光に今は漸く照らされて 霊肉一致の清姿最早我等は神界の 誠の道の太柱実に尊さの限りなり アヽ三人の人々よ今より心を取直し 小さき欲を打ち捨すてて万劫末代萎れない 誠一つの花咲かせ味も香もある桃の実の 神の御楯と逸早く成りて仕へよ現世は 夢幻の浮世ぞや幾千代までも限りなく 生命栄えて神の国生きたる儘に神となり 世人を救ふ人となり早く心を改めて 我等に従ひ来れかし』 玉治別『高春山は高くとも鷹依姫は猛くとも 誠一つの言霊に服へ和すは眼前 あゝ惟神々々御霊幸はひましまして 我等を始め杢助師神の化身のお初嬢 厚く守りて此度の言霊戦に恙なく 全き勝利を得させかし此三人の肉の宮 洗ひ清めて霊幸はふ神の尊き宮となし 神政成就の神業に使はせ給へ天教山に 永久に鎮まる木の花姫の神の命や斎苑館 治めまします素盞嗚の神の尊の御前に 心に潜む鬼大蛇醜女探女も喜びて 誠の神となり変り此肉体を何時迄も いと健かに現世に立ちて働く神代と 守らせ給へ惟神御霊幸はひましませよ』 と玉治別が声を限りに歌ひ終れば、今迄現はれたる三人の姿は、又もや元の女神となつて天女の舞を舞ひ乍ら、中空さして昇り行き、遂には神姿も見えずなりにけり。遠州、駿州、武州の三人は涙を滝の如くに流しつつ感謝に咽ぶ。三人の背後よりは紫の雲、シユウシユウと湯烟の如く音をたてて頭上に高く立昇り、其中より蜃気楼の如く三人の女神現はれ給ひ、右手に鈴を持ち、左に日月の紋を記したる扇を開いて中空に舞ひ狂ふ。之ぞ遠州、駿州、武州三人の副守護神が体を離れたるより、その精霊中の本守護神は喜び給ひて其神姿を現はし歓喜の意を表したるなりき。一同は此奇瑞に感歎し天津祝詞を奏上する折しも、雲州、三州、甲州の三人は、容色艶麗なる女神の手を引き、杢助の前に現はれて、前非を悔い涙を流して合掌する。三人に手を引かれて此処に現はれし女神を見れば、こは抑如何に、十年以前の壮健なりし花の盛りのお杉が姿なりければ、杢助は思はず知らず、 杢助『アヽ女房の精霊か、能くも無事に居てくれた』 お初『お母さま、よう来て下さいました』 とお初はお杉の精霊に取りついて嬉し涙に泣き崩るる。甲州、雲州、三州の三人の後よりは又もや紫雲立ち昇り、以前の如く美はしき女神現はれ空中に舞曲を奏し、之亦雲中に神姿を隠しける。 暴悪無道の盗賊、三州、雲州、甲州も杢助が娘のお初の誠心に絆され、一旦金銀は奪ひ取りて帰りしものの何となく後髪引かるる心地して、お杉の墓に知らず識らず引き寄せられしが、此時墓よりヌツと現はれし影は、痩せ衰へて死したる筈のお杉にして、中肉中背の色飽迄白く元気飽迄旺盛なる姿なりけり。お杉は之より娑婆の執着心をさり天国に上り、後に残せし夫並に一粒種の我娘の幸福を祈り、尊き天人の列に加はりける。之を思へば恐るべきは執着心と欲望なり。あゝ惟神霊幸倍坐世。 之より玉治別は遠州以下五人に諄々として誠の道を説き、再会を約して此処に別れを告げ、杢助、お初と共に艱難を冒して、鷹依姫の割拠せる岩窟に向つて宣伝歌を唱へながら勢よく登り行く。 (大正一一・五・一九旧四・二三北村隆光録)
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霊界物語 21_申_高春山のアルプス教 18 解決 第一八章解決〔六九二〕 テーリスタンは密室前に現はれて、 テーリスタン『モシモシ私はテーリスタンで御座います。高姫様、黒姫様、御機嫌は如何で御座いますか』 高姫『お前はテーリスタンだな。いつも我々を軽蔑して置きながら、今日に限つて其丁寧な物云ひは何事だい。大方三五教の宣伝使がやつて来たものだから、そんなお追従を云ふのだらう。なア黒姫さま、抜目のない男ぢやありませぬか』 テーリスタン『イエ決してさうぢや御座いませぬが、どうも貴方の御神徳に心の底から感動しました。何卒早く出て下さいませ』 高姫『出いと云つたつて、神様のやうに海老錠をかけて置いたぢやないか。お前は妾等二人を石室に入れた積りか知らぬが、高姫大明神、黒姫大明神の結構な御扉ぢやぞエ、何と心得て居る。大幣でも持つて来て十分に祓ひ清め、お供へ物を沢山と奉つて冠装束で天津祝詞を奏上し、岩戸開きの舞を舞はぬ事には、此女神さまは滅多に出はせぬぞエ』 テーリスタンは鍵を以て、ガタガタ云はせながら石の戸をパツと開き、 テーリスタン『サア何卒お出まし下さいませ』 黒姫『アヽ有り難う、サア、高姫さま出ませうか』 高姫『黒姫さま、何を云ひなさる、お前さまは呆けて居るのか。コレヤコレヤ、テーリスタン、貴様は人の住家の戸を勝手に開けよつて、誰の許可を受けたのだ。家宅侵入罪で訴へてやるがどうだい』 テーリスタン『高姫さま、さういちやつかずに、御頼みぢや、出て下さいな』 高姫『出て呉れいと頼むなら聞いてやらぬ事もない。今日はお供へ物も、祝詞も免除してやらう。実は妾も一刻も早く、こんな暗い所へ居りたい事は無い事は無い事は無いのだ。サアサア黒姫さま、お前さまから先に出なさい。大分此間から出たさうだつたから』 黒姫『先生からお先へ出て下さいませ。あまり失礼ですから』 高姫『そんならお先へ御免蒙りませう。長らく御厄介になりました。サアもう此処まで出た以上は、神変不思議の紫の玉に、如意宝珠の夜光の玉を呑み込んだ此高姫、仮令何万人の豪傑攻め来るとも、フンと一つ鼻息をしたら飛び散つて仕舞ふ位なものだ。これから鷹依姫を一つ言向け和してやらうかなア』 テーリスタン『貴女はお腹は空きませぬか。大分にお瘠せになりましたな。テーは心配ですワ』 高姫『百日や二百日食はいでも瘠るやうな高姫とは些と違います。イヤ瘠たのぢやない。体を細くして置いたのだよ。サアサアテーリスタン、案内をしなさい、婆アの傍へ』 テーリスタン『イヤ、もう最前からカーリンスと二人酔つて管をまいてまいて、まき潰した所です。もはや我々は三五教の信者ですから安心して下さい』 高姫『お前のやうな者が信者になれば、安心所か、益々気をつけねばなるまい。誰に許されて三五教の信者になつたのだい』 テーリスタン『私はお初さまに頼みました』 高姫『お初さまて誰の事だえ』 テーリスタン『五つ六つのちつぽけな娘の子です。貴女を岩窟から救ひ出さねばならぬと云つて唯一人子供だてらやつて来たのですよ』 高姫『さうしてお前達は其子供に降参したのかい』 テーリスタン『ハイハイ何処ともなしに御神力が備はつて居るので、止むを得ず降参をして貴女をお救ひ申したのです』 高姫『何と偉い子供もあればあるものぢやなア。子供に大人が助けられるなんて昔から聞いた事がない。時節と云ふものは結構なものだな』 黒姫『高姫様、それで世が逆さまになつて居ると、神様がお筆にお示しになつて居るぢやありませぬか』 高姫『黒姫さまは暫く沈黙して居なさい。言葉尻を捉まへられちや却て不利益ですよ。女と云ふものは成る可く喋舌らぬ方が高尚に見えて宜敷い、併し妾は例外だ。何うしても率先して云はねばならぬ役廻りだから……これこれアルプス教の教主どの、長らく結構な岩窟ホテルに逗留さして頂きまして、日々御馳走を根つから頂戴致しませず、御親切の段有りがたくお礼申上げませぬワイ』 鷹依姫『別に山中の事とて御馳走も御座りませず、テーリスタンやカーリンスに申付けて、三度々々、相当の食物をお上げ申すやう命令して置きましたが、何うせお気に召すやうなものは上げられませぬでしたらう』 テーリスタン『コレ婆アさん、自分の責任を我々に転嫁するのかい。私がそつと隠して高姫さまや黒姫さまに進上しようと思へば、隼のやうな目でジロジロと私を睨みつけ、さうして水一滴、飯一粒やつてはならない。斯うして置けば、高姫がカンピンタンになるだらう。都合よく干からびた時に、腹に呑んだ紫の玉も如意宝珠も刳り抜いて取ると云つたのでは無かつたのではないか。今となつて、そんな卑怯な二枚舌を使ふものぢや無いワ。なア、カーリンス、俺の云ふ事は間違ひはあるまい』 カーリンス『オヽ、さうともさうとも、俺達にさへけちけち云つて酒も碌に呑まさない事は無い、悪党婆アだから、どうしてあれだけ憎んで居た高姫さまや黒姫さまに、飲食物を差上げる筈があらうかい』 鷹依姫『お前達は何と云ふ嘘を云ふのだ。私を八方攻撃喰はして困らす積りだな』 テーリスタン『定つた事だ。大勢の人を困らせて置くと其罪障が出て来て、自分も又困らねばならぬ事が出来致すぞよ、と三五教の神様が仰有つた。神が表に現はれて善と悪とを立て別けると云ふのは此事だ。現にお初さまはまだ年は六つだが、尊い神様のお生れ代りだ。此神様に聞いて見れば善悪正邪が一遍に分るのだ……私が悪いですか婆が悪いですか判断して下さいな』 お初『お婆アさまもあんまり良い事はない。テーリスタンもカーリンスもあまり善人でもありませぬよ。早う改心をしなさい。改心さへすれば皆元の善人になれますよ』 テー、カーの二人は顔を真赤に頭を掻いて俯むく。斯かる所へ表口より、宣伝歌を歌ひながら、竜国別、玉治別、国依別を先頭に、力強の杢助、其他六人のアルプス教の信者を従へ、どやどやと這入つて来る。 玉治別『ヨー、貴女は高姫さま、黒姫さま、ヨウ、マア無事で居て下さつた。我々は言依別命様の内命を受けて、漸く三方より当山に攻め登り、言霊戦に向つたのです。あゝこれで結構だ。此方は湯谷ケ谷の杢助さまと云つて、実は時置師神様の御変名、大変なお世話になつたのですワ』 高姫『それはそれは皆さま御苦労でした。よう来て下さつた。杢助様とやら、玉治別さまがいかいお世話になられたさうです。私から厚くお礼申上げます』 黒姫『皆様よくこそお越し下さいました。時にこの婆アさまはまだ改心せないのかな』 お初『サアお婆アさま、モウ斯うなつては我を張つても駄目ですよ。何も彼もすつかり懺悔して誠の心に立ち帰り、結構な神様の生宮として、此世を清く麗しくお暮しなさい』 とお初の小さき唇より、何となく底力のある声にて極めつけられ、さしもに頑固な鷹依姫も涙をハラハラと流し、遂には声を放つて其場に泣き伏しにける。 お初『サア、これからは高姫さまだ。お前さまはウラナイ教を樹てて素盞嗚尊様に反対をして居つた時、秋山彦の館に立ち入り、冠島の宝庫の鍵を盗み出し、如意宝珠の玉を奪ひ取つて呑み込んだその罪で、こんな岩窟へ長らく閉じ籠められ、苦しんだのですよ。何程負けぬ気になつて空元気を出しても矢張辛かつたでせう。今妾の前にその玉を吐き出しなさい。さうして又、昔竹熊と云ふ悪神が居つて、八尋殿へ竜宮城の使神を招待し、芳彦の持つて居つた紫の玉を取つたが、竹熊の終焉と共に死海へ落ち込んだ十個の玉の中で、この玉ばかりは汚されず、中空に飛んで自転倒島へ落ちて来た玉ですよ。それをこの鷹依姫が手に入れて、それを御神体としてアルプス教を樹てて居つたのだが、其玉をお前さまは又呑み込んで仕舞つたぢやないか。腹の中に何程玉があると云つても、さう云ふ悪い心で呑み込んだのだから、少しも光が出ない。サア私が此所で出して上げよう。如意宝珠の玉は素盞嗚神様に御返し申し、紫の玉は鷹依姫さまに返してお上げなさいませ』 高姫『ハイ仕方が御座いませぬ、如何したら呑み込んだ玉が出ませうかなア』 お初『心配は要りませぬ。私が今楽に出してあげませう』 と云ひつつ、高姫の腰を一つエヽと声かけ打つた機に、ポイと口から飛んで出たのは紫の玉である。もう一つ左の手で腰を打つた機に飛んで出たのが如意宝珠の玉であつた。高姫はグタリと疲れて其場に倒れる。 お初『高姫さまは斯う見えても心配は要りませぬ、暫く休息なされば元気は元の通りになります。サア竜国別さま、貴方は如意宝珠を大切に預つて聖地へお帰りなさい。鷹依姫さま、紫の玉は貴方の持つて居たものだ、何うか受取つて下さい』 鷹依姫『私も最早改心致しました以上は玉の必要は御座いませぬ。何卒これを聖地へ献上致したう御座います。私も白状を致しまするが、私には唯一人の伜が御座いました。その伜が極道者で近所の人に迷惑をかけたり、喧嘩をする、賭博はうつ、女にずぼる、妾が意見をすれば「何、親顔をしてゴテゴテ云ふな」と撲りつける、終の果には親をふり捨てて、何処ともなく姿を隠して仕舞ひました。極道の子は尚可愛とか申しまして、況して一人の天にも地にもかけ替へのない伜、も一度会ひたい事だと一生懸命に神様にお願ひ致し、とうとうバラモン教に入信し、遂にアルプス教を樹てる事になつたので御座います。妾のやうな不運なものは世界に御座いませぬ』 玉治別『さうしてその伜の名は何と云ふ方でしたか』 と玉治別の問ひに、 鷹依姫『ハイ、今は如何なつたか行方は分りませぬが、顔の特徴と云へば一割人より鼻の高いもので御座いました。そして名は竜若と申します。偉いまあ極道で親に心配をかけよつたが、今頃はどうして居る事か、アーア』 と袖を絞る。玉治別は不審さうに、 玉治別『コレコレ竜国別、お前も竜若と云つたぢやないか。そして一人の母があると話した事があるなア。何処やら此婆アさまに目許、鼻の高い具合がよく似て居るやうだ。もしや此婆アさまぢやあるまいかな』 竜国別は両手を組み、ウンと吐息しながら涙をホロホロと流して居る。 お初『鷹依姫の伜は三五教の宣伝使竜国別に間違ひはない。親子の対面させるために、神が仕組んで当山へ差し向けられたのです。竜国別の改心に免じ、鷹依姫の罪を赦して上げよう。竜国別の宣伝使、昨夜古き社の前にて汝の逢うた女は妾の化身であつたぞや』 竜国別は無言の儘両手を合せ、嬉し涙にかき暮れる。鷹依姫は涙を払ひ、 鷹依姫『アヽ、其方は伜の竜若であつたか。ヨウ、マア改心して下さつた。立派な宣伝使になつたものだ。もう是限り母も改心するから、何卒妾の罪をお詫して下さい』 竜国別『母様で御座いましたか、お懐かしう存じます』 鷹依姫『お前、額の疵は如何なさつた。矢張人に憎まれて怪我をしたのぢやないかな』 竜国別『エヽ』 お初『竜国別は此額の疵によつて、身魂の罪をすつかり取払はれ、水晶の身魂と生れ変れり。其徳に依り親子の対面を許したのである。決して争ひなどを致したのではないから、鷹依姫御安心なさるがよからう。何時まで云うても果しがなければ、サア皆さま、一緒に天津祝詞を奏上し、感謝祈願の詞を捧げて、聖地へ一同うち揃うて参りませう』 との言葉に一同ハツと頭を下げ、口を嗽ぎ、手を洗つて天津祝詞を奏上し、宣伝歌を玉治別の音頭に連れて高唱する。 (大正一一・五・二一旧四・二五加藤明子録) (昭和一〇・六・五王仁校正)
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霊界物語 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 05 壇の浦 第五章壇の浦〔六九七〕 金剛不壊の如意宝珠を始め、紫の玉の改めて納まりたる錦の宮を背景とせる聖地は何となく活気加はり、神人喜悦の色に満ち、神徳日に日にあがりつつあつた。端なくも黒姫が保管せる黄金の玉の何者にか奪取され、黒姫は責任を帯びて、夜窃に鷹依姫、竜国別、テー、カーの五人、思ひ思ひに聖地を後に、玉の行方を捜索に出でたる事、忽ち神人の間に喧伝され、又もや不安の念に駆られ、何となく物淋しき感じが聖地の空に漂うた。三五教の幹部を始め、信徒は此処彼処に頭を鳩め、此話にて持切りであつた。高姫は錦の宮の傍なる高楼に付属せる八尋殿に宣伝使及び信者を集め、一場の注意を与へむと演説会を開いた。 能弁家の高姫が此突発事件に対し如何なる事を言ひ出すやと、先を争うて立錐の余地なき迄集まつた。高姫は忽ち壇上に立上り、稍怒気を含み目を釣り上げながら、諄々と語り始めた。 高姫は満座を睥睨しながら、 高姫『皆さま、今日は能くこそ御出場下さいました。三五教に取つて一大事が突発致しましたに就ては、今後の注意は申すまでもなく、此処置に就て如何致したら宜しいか。神様の為、国の為、世界人類の為に由々しき大問題で御座います。と云ふのは、御存じの通り、広大無辺な御神徳に依りまして、一旦妾が神界の経綸上、腹に呑み込んだ顕国の御玉の一つ玉、金剛不壊の宝玉は、木の花姫様の御霊の懸らせ給ふお初さまの執成しに依つて、再び御神宝として此お宮に納まる事となり、モ一つの紫の玉は鷹依姫の改心帰順と共に、是亦錦の宮の宝物と相成り、曩に青雲山より運び来りし黄金の如意宝珠と共に、霊力体相揃ひ、いよいよ神政成就の機運到来疑なしと喜ぶ折しも、不注意なる黒姫がために、大切なる黄金の玉を紛失致しました事は、返す返すも残念で御座います。斯の如き大事変が突発して居るのに、皆さまは何ともないのですか。此噂は最早あなた方の耳には幾度も這入つて居る筈です。然るに今日まで妾の許に膿んだ鼻が潰れたとも云つて来た人がないのは、何たる冷淡な事で御座いませう。さぞ神様も諸君の至誠を御満足に思ぼ召すで御座いませう』 と棄鉢口調で八つ当りに当つて見せた。国依別は高姫の立てる壇上に立現はれ、 国依別『高姫さまに御尋ね致します。吾々は此の件に就て、寄り寄り幹部と協議を凝らして居るのですが、何分肝腎の黒姫様の行方が分らないので、如何してよいのか調べる事も出来ない。承はれば貴方は専横にも、独断的に黒姫以下四人を放逐されたと云ふ事だが、そりや又誰の聴許を受けてなされましたか。一応吾々幹部に対し御相談がありさうなものです。これに就ては何か裏面に伏在するのではありますまいか。どうぞ此席上に於て、吾々の疑惑を晴らす為に、詳細なる御報告を願ひます』 高姫『国依別さま、お黙りなさい。神界の事は俄宣伝使の巡礼上りのお前さまに、何うして分りますか。何事も神界の御経綸ですから、出る杭は打たれるとやら、チツトつつしみなされ』 国依別『これは怪しからぬ。これが如何して黙つてをれますか。又あなたが黒姫以下を勝手に処置する権能は何処にあります。玉照彦、玉照姫様の御神慮も伺はず、又教主の御意見も無視して、勝手気儘にそんな事をしても良いのですか。左様な事が貴方に出来るのならば、お二人の宮司も、教主も、幹部も必要はないぢやありませぬか』 高姫『妾はそんな肉体の云ふ事は聞きませぬよ。日の出神の生宮の御指図に依つて申上げたのだ。知慧や学で神界の御経綸が分るものですかい』 国依別『貴方は二つ目に神界々々と仰せられますが、大変に都合のよい隠れ場所を御持ちで御座いますなア。吾々に相談する必要がなければ、何故御招きになりました?』 満座の中より、 (聴衆)『国依別さま頼んますぜ。確り確り』 などと野次る者がある。 高姫『黒姫さまを決して逐出したのではない。妾が道理を説いて聞かし責任のある所を明かに示したのだ。そこで黒姫さまは自発的に尻をからげて玉の探索に行かれたのです。お前さま達もさうキヨロキヨロとして居る時ではありますまい。此広い世の中三人や五人探しに出た所で大海へ落した真珠の玉を探す様なものだ。何時も御道の為には生命も何も捧げると誓つて居るあなた方、此高姫が言はなくとも何故不言実行が出来ませぬか。まさかの時になつたら逃げる奴ばかりぢやと神さまが何時も仰有る。本当に神さまの御言葉は毛筋も違ひませぬ。サア皆さま如何なさる。決して黒姫さま許りの責任ぢやありますまい。国依別さま、あなたはまだ神界の事がテンで分つて居らぬ。自分の席にトツトとお下りなされ』 国依別『貴方は金剛不壊の玉の保管役と承はつて居りますが、大丈夫ですかな。余り他の事を云ふものぢやありませぬぞ。今日の非は他人の事、明日の非は吾事と云ふ事をちツとは御考へなさい』 高姫『何をツベコベと云ふのだい。此高姫が保管する以上は、どんな偉い者が来ても、指一本触へさすものではありませぬ。万一其玉が損失する様な事があるとしたら、二度とお目に掛りませぬワ』 と肩を四角にし、少し腮を前へ突出し、憎々しげに言ひ放つた。満座の中より、 (聴衆)『まさか違うたら呑み込むのだから大丈夫だよ。大方黄金の玉も呑んだのかも知れないぞ。国依別さま、シツカリ頼む』 と野次る。高姫益々語気を荒らげ、 高姫『千騎一騎の此場合、芝居見物か二十世紀の議会の様に、野次ると云ふ不心得者は誰だ。顔を隠して作り声をして、卑怯未練な。何故堂々と、意見があるなら高姫の面前へ現はれて仰有れ。卑怯ぢやありませぬか。たかが女の一人、一人前の男が其態は何の事だい』 と呶鳴りつける。満座の一同は手を拍つて、 (聴衆)『ワアイワアイ』 と笑ひさざめく。 高姫『皆さまは此席を何と心得て御座る。斯かる神聖な八尋殿に集まりながら、不届千万ではありますまいか。此高姫の云ふ事が気に入らねば、トツトと出て貰ひませう。沢山に頭数はごまめの様にあつても、どれ一つ間に合ふ者はない。なんと人民と云ふ者は情ないものだなア』 国依別『皆さま、高姫さまのお言葉が気に入らぬ方は、御註文通り御退場を願ひます』 大勢の中より、 (聴衆)『国依別さまの仰せの通り、気に入らぬ者に退場せよなら、残る者は高姫一人よりないぞ、それでも良いか』 と怒鳴りたてる。高姫は躍気となり、 高姫『神界の帳を切られても好ければ、トツトと出たが宜しい』 大勢の中より、 (聴衆)『お前さまに帳を切られても、神界から切られなければ宜しい』 と叫ぶ者がある。場内は忽ち喧々囂々、鼎の沸く如く、雀蜂の巣を突き破つた如くであつた。 此時言依別命は若彦、紫姫、玉治別と共に壇上に悠然として現はれた。 一同は拍手して言依別命を迎へた。今や散乱せむとしつつあつた数多の信者は、再び腰を下し、花形役者の言依別命が高姫に対する論戦の矢は如何にと固唾を呑んで待つ事となつた。言依別命は満座に向ひ、声も淑かに、 言依別命『皆さま、今日は高姫さまの招きに依つて御集合になつたさうですが、何か纏まつた御話でも御座いましたか』 と極めて平静の態度で、微笑を浮べながら、満座に問うた。座中より一人の男がスツクと立上り、 男『不得要領、何が何だか訳が分りませぬ。何だか黒姫さまが玉を奪られたとか云つて、ブウブウと私達一同に熱を吹かれるのですから、堪りませぬ』 言依別命『如何なる事かと思へば、黄金の玉の紛失事件ですか。それは少しも御心配はいりませぬ。何事も神さまの御経綸ですから、誰一人として神さまに対し不都合は御座いませぬから、御安心下さいませ』 高姫は口を尖らし、 高姫『コレコレ教主さま、あなたは何と云ふ事を仰有るのですか。三千世界を水晶にする誠の生粋の御玉を紛失しながら、肝腎の御方からそんな気楽な無責任なことを云つて如何なりますか。それだからあなたは変性女子の野良久羅者だと人が云ふのですよ。チツとは責任観念をお持ちなされ』 言依別命『世界を自由に遊ばす大神様が御守護の錦の宮、加ふるに玉照彦、玉照姫の神人が御守護遊ばし、且つ地は自転倒島の中心点、地の高天原の宮屋敷ではありませぬか。何事も皆神界のご経綸です。御心配は要りますまい。余り黒姫さまを御責になると、あなたも亦お困りになる事が出来ますぞ』 高姫『エー奴灰殻の柔弱な言依別、モウ愛想が尽きました。これから妾が此高天原を背負うて立つ考へだ。お前さまにも一つの責任がある。黄金の玉が再び手に入るまで教主の席をお辷りなさい。日の出神が高姫の口を藉りて申し付けるツ』 言依別命『私は教主の地位に恋々として居る者ではありませぬ。併し乍ら此聖地は貴女が教主になつて治まる所ではありませぬ。やがて貴女は黒姫さま同様、玉を探しに行かねばなりますまい』 高姫『エー何を仰有る。妾が今聖地を出ようものなら、サツパリ暗雲だ。終局には金剛不壊の宝珠も、紫の玉も、亦紛失するかも知れませぬぞ』 言依別命『万一其玉が紛失して居たら、貴女は如何なさいますか』 高姫『そんな事仰有るまでもなく、此高姫が一つよりない首を十でも二十でも進上致しますワイな。そんな間抜と思つて御座るのですか。チツト黒姫とは品物が違ひます。あんまり見違ひして下さいますな。お前さまは教主と云つても、ホンの看板も同然、斯んな所へ出て来る場合ぢやありませぬ。スツ込んで居なさい、空気抜けさま』 言依別命『あなたの保管して居られる玉を一寸此処で皆さまに拝ましてあげて貰ひたい。斯う云ふ人心不安な時は噂は噂を生み、金剛不壊の玉も、紫の玉も紛失したげな……と大変な評判が立つて居ますから………』 高姫『エー人間と云ふ者は仕方のないものだナ。天眼通でチヤンと見えて居る、決して紛失なんかして居ませぬ。直にお目に掛けます。折角妾が保管して置いた秘密場所を見せた以上は又場所を替へねばならぬ。どんな奴が信者に化けて這入り込んで居るか分つたものぢやない。妾は黒姫の様に松の木の根元へ隠し、毎晩々々、降つても照つてもお百度参りをして終局に人に嗅ぎつけられる様な拙劣な事はやりませぬワイなア、ヘン』 と稍軽侮の色を大勢の前に曝しながら、 高姫『皆さま玉を拝ましてあげる。目が潰れぬ様にシツカリとしなされ』 と云ひながら、八尋殿の畳を一枚剥り、中より恭しく桐の箱を取り出し、 高姫『皆さま如何です。斯う云ふ近い所に隠してあつても分りますまいがな。それだから灯台下は真暗がりと云ふのですよ。チツト身魂を研きなされ。言依別様、お前さまの命令した所とは違ひませうがな。お前さまの命令通り行つて居らうものなら、黒姫の様にサツパリな目に遇うて居るのぢや。サア蓋を開けて検めて御覧』 言依別命『どうぞ貴女開けて下さい』 高姫『さうだらうさうだらう。此玉は実地誠の御神徳がないと、何程教主でも、身魂の曇りが現はれて、恥しうて、面を向ける事も出来ませぬワイ。サア皆さま、目のお正月を為してあげるから、心の饑饉を起してはなりませぬぞや』 と得意気に、 高姫『サア此処に金剛不壊の如意宝珠の御宝、一つは紫の御玉、身魂が研けて居らぬと、玉石混同と云つて、石塊に見える人もありますよ。千里の馬も伯楽を得ざれば駑馬で終るとやら、皆さま、シツカリ眼を据ゑ、身魂を光らして御覧……否拝観なされ』 と口を一の字に結び、横柄な面付しながら、二三回玉箱を頭上に捧げ、静かに被覆を外し唐櫃の蓋を開けるや否や、顔色サツと蒼白色に変じ、舌を捲き、目を梟の如く円くし、肩を細く高くこぢあげ、首を半分ばかり肩に埋め、無言の儘立つて居る。 言依別命『高姫さま、立派な霊光が輝き給ふでせうなア』 国依別はツカツカと進み寄り、玉箱の中を覗いて見て、 国依別『ヤアこりや何だ。皆さま、玉と思ひの外、何時の間にか石に変つて居りますよ。これは誰の責任でせう。一つよりない首を沢山に渡さねばならぬ手品が見られようかも知れませぬ。とは云ふものの大変な事が出来致しました』 一同はアフンとして呆れ返るばかりであつた。紫姫は、 紫姫『モシ高姫さま、こりや又何うした訳ですか』 高姫『何うでもありませぬ。斯うして石に見えてもヤツパリ正真正銘の如意宝珠、お前さま達一同の身魂が悪いから、宝珠様が石に化けちやつたのだ。神さまは鏡も同様だから、皆さまの心が石瓦同然だから、皆さまの意の如く変化遊ばすのだ。それで如意宝珠と申します。……コレコレ如意宝珠様、さぞあなたは御無念でせう。せめて二三日か一週間、皆さま水行をしてお出でなされ。さうしたら本当の宝珠の御神体が拝めますよ』 大勢の中より、 (聴衆)『オイ、高姫さま、何程研いても、見直しても、石はヤツパリ石ぢやないか。此中に一人や半分、魂の研けた者がないとはいへまい。それに誰も玉ぢやと言ふ者がないぢやないか。お前さまはあんまり慢心が強いから奪られたのだよ。さうでなくばウラナイ教を再設する積りで、黒姫と申合せ、黒姫に黄金の玉を持つてフサの都へ先へ帰らせ、自分は残りの二つの玉を何々して謀叛を企むのだらう』 高姫クワツとなり、 高姫『誠一つの大和魂の日の出神の生宮に向つて、何と云ふ事を仰有る。サア此処へ出て来なさい。黒白を分けてあげるから』 大勢一度に、 (聴衆)『ウラナイ教、ウラナイ教の再設。……悪の道へ逆転旅行の張本人……』 と口々に呶鳴り立てる。高姫は烈火の様になつて、 高姫『エー残念々々、此腹を切つて見せてやりたいやうだ』 と壇上に地団駄を踏む。 言依別命『高姫さま、何事も神界の御都合でせう。先づ御安心なさいませ。御一同さま、此れには何か神界の御都合のある事と私は確く信じます。どうぞ鎮まつて下さい。責任は私が負ひますから……』 と淑かに宥める。一同は教主の挨拶に是非なく、ブツブツ呟き乍ら錦の宮に拝礼し、各家路に帰つて行く。 高姫は面を膨らし、石の玉箱を小脇に抱へ、夜叉の如き相好を寒風に曝し乍ら、己が居宅へ一散走りに帰り行く。傍の榎の枝に烏が二三羽、寒風に揺れ乍ら、枝の先にタワタワと波を打ち、空中に浮つ沈みつ『阿呆々々』と鳴き立てて居る。 (大正一一・五・二五旧四・二九松村真澄録)
51

(1806)
霊界物語 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 11 黄金像 第一一章黄金像〔七〇三〕 向脛を擦り剥き、顔を顰めながら清泉の岩壺より這ひ上りたる金助は、スマートボール、カナンボール、銀、鉄、熊、蜂の顔面の擦過傷や茨掻きの傷を眺め、 金助『アー誰も彼も負傷せないものは一人もないのだな。斯んな事があらう道理がない。如何しても吾々の行動に良くない点があるのだらう。バラモン教の大神様の為に所在最善の努力を費してゐる吾々七人が七人乍ら斯んな目に遇ふと云ふのは、全く神様の御神慮に叶はないのかも知れない。但しはバラモン教の神様の御精神かも分らない。何が何だか一向合点が行かぬ。併し乍らバラモン教の本国に於ては、真裸体にして茨の中へ投り込まれ、水を潜り火を渡り、剣の刃渡り、釘を一面に打つた下駄を穿くと云ふ事が、最も神様を悦ばしめる行となつてゐるさうだ。自転倒島では、そこ迄の事は到底行はれないから、今のバラモン教は荒行は全然廃されてゐる。併し乍ら此通り惟神的に、皆が皆まで血を出したと云ふのは、或は御神慮かも知れない。併し乍ら天地の神の生宮たる肉体を毀損し、神霊の籠つた血液を無暗に体外へ絞り出すと云ふ事は、決して正しき神業ではあるまい。之を思へばバラモンの教は全く邪教であらう。嗚呼吾々も今迄は善と信じて、斯かる邪道に耽溺してゐたのではなからうか。バラモン教が果して誠の神なれば、鷹鳥姫を言向和す出征の途中に於て、斯んな不吉なことが突発する道理がない。それに就ては昨夜の夢、合点の行かぬ節が沢山にある。自分の心より美人を生み、極楽世界を拓き、又鬼を生み、地獄、餓鬼道、修羅道を現出すると云ふ真理を悟らされた。此処は鷹鳥山の深谷、三五教の神様のわが身魂に降らせ給うて、斯様な実地の教訓を御授け下さつたのであらう。アヽ有難し、勿体なし、三五教の大神様、今迄の罪を御赦し下さいませ。惟神霊幸倍坐世』 と一生懸命に念じてゐる。六人は傷だらけの顔を互に見合せ、 六人『ヤー、お前は如何した。オー、貴様もえらい傷だ』 と互に叫びながら、金助の前に期せずして集まり来り、金助が懺悔の独語を聴いて怪しみ、首を傾け凝視めてゐる。金助は忽ち神懸状態となり、四角張つた肩を、なだらかに地蔵肩のやうにして了ひ、容貌も何となく美はしく一種の威厳を帯び断れ断れに口を切つた。六人は、 六人『ハテ不思議』 と穴の開く程、金助の顔を打眺めて、何を言ふかと聴耳立てた。金助は口をモガモガさせながら、 金助『天上天下唯我独尊』 と叫んだ。カナンボールは、 カナンボール『オイ金助、ちと確りせぬかい。たかが知れた魔谷ケ岳の山賊上りのバラモン信者の身を以て、天上天下唯我独尊もあつたものかい。三十余万年未来の印度に生れた釈尊が運上取りに来るぞ。ハア困つた気違ひが出来たものだ。オイ銀公、清泉の水でも掬うて来て顔に打掛けてやれ。まだ目が覚めぬと見えるワイ』 銀公『あんな黒い水を掬つて来ようものなら、手も口も、真黒けになるぢやないか』 カナン『まだ夢の連続を辿つて居るのか。よく目を開けて見よ。水晶のやうな水が、ただようてゐる』 銀公『それでも貴様、一度真黒けの黒ン坊に染まつて了つたぢやないか』 カナン『それが夢だよ、俺達の顔を見よ。どつこも黒いところはないぢやないか。貴様は目を塞いでゐるから、其辺中が闇く見えるのだ。確りせぬかい』 と平手でピシヤツと横面を撲つた途端に、銀公は初めてパツと目を開き、 銀公『アヽ、矢張夢だつたかなア』 金助『此世は夢の浮世だ、諸行無常、是生滅法、生滅滅已、寂滅為楽、如是我聞、熟々惟るに宇宙に独一の真神あり、之を称して国祖国常立尊と曰ふ。汝一切の衆生、わが金言玉辞を聴聞せよ。南無無尽意菩薩の境地に立ち、三界の理法を説示する妙音菩薩が善言美詞ゆめゆめ疑ふ勿れ。風は自然の音楽を奏し、宇宙万有惟神にして舞踏す。天地間一物として真ならざるはなし。惟神霊幸倍坐世、帰命頂礼。天上三体の神人の前に赤心を捧げ、心身を清浄潔白にして幽玄微妙の真理を聴聞せよ。吾は三界に通ずる宇宙の関門普賢聖至の再来、今は最勝妙如来、三十三相顕現して観自在天となり、阿弥陀如来の分身閻魔大王地蔵尊、神息総統弥勒最勝妙如来と顕現す。微妙の教旨古今を絶し、東西を貫く。穴かしこ、穴かしこ、ウンウン』 と云つた限り身体を二三尺空中に巻揚げ、得も言はれぬ美はしき雲に包まれ、山上目蒐けて上り行く。其の審しさにスマート、カナン其他四人は後見届けむと尻ひつからげ、荊蕀茂る谷道に脚を引掻きながら、山の頂指して登り行く。六人は鷹鳥山の頂に登り着いた。 金助は忽ち黄金像となり、紫磨黄金の膚美はしく、葡萄の冠を戴きながら、咲き乱れたる五色の花の上に安坐してゐた。 銀公『ヤー此奴は金助によく似て居るぞ。金助は其名の如く、全部黄金に化つて了ひよつた。オイ皆の者、これだけ黄金があれば大丈夫だ。六人が棒を作つて帰り、分解して各自に吾家の財産とすれば大したものだぞ』 鉄『まだそれでも目がギヨロギヨロ廻転し、口がパクツイてゐるぢやないか。こんな未成品を持つて帰つたところで、中心まで化石否化金してゐない。暫らく時機を待つて、うまく固まるまで捨てて置かうぢやないか』 カナン『一時も早く持つて帰らなくちや、鷹鳥姫の部下に占領されて仕舞ふ虞れがある。コリヤ魔谷ケ岳の或地点まで担いで往かう。さア、早く用意をせい』 熊、蜂の両人は携へ持つた鎌にて手頃の木を伐り棒を作つてゐる。スマートボールは此の坐像の周囲をクルクル廻り、指頭を以つて抑へながら、 カナンボール『ヤーまだ少し温味があり、血が通うてゐるやうだ。こんな化物を迂濶り担ぎ込まうものなら、どんな事が起るかも知れない。オイ皆の奴、此儘にして帰らうぢやないか』 金の像(金助の像)『貴様等は執着心の最も旺盛な奴輩ぢや。この金助が化体を一部たりとも動かせるものなら動かして見よ。宇宙の関門最勝妙如来が坐禅の姿勢、本来無一物、色即是空、空即是色、一念三千、三千一念の宇宙の理法を知らざるか。娑婆の亡者共、吾こそは今迄の匹夫の肉体を有する金助に非ず、紫磨黄金の膚と化したる三界の救世主であるぞよ』 カナン『ヤー愈怪しくなつて来た。訳の分らぬことを言ひ出したぞ。オイ金助、モツト俺達の耳にもわかるやうに言つて呉れ』 金助の像『宇宙一切、可解不可解、凡耳不徹底、凡眼不可視』 カナンボール『ますます訳の分らないことを云ふぢやないか。オイ金州、洒落ない。貴様は何故元の金助に還元せないのだ。何程貴い黄金像になつて見たところで、身体の自由が利かねば仕方がないぢやないか』 金助の像『如不動即動是、如不言即言是、如不聴即聴是、顕幽一貫善悪不二、表裏一体、即身即仏即凡夫』 カナンボール『ますます分らぬことを言ひやがる。オイこんな代物にお相手をしてゐたら、莫迦にしられるぞ。モー帰らうぢやないか』 銀公『これが見捨てて帰られようか、宝の山に入りながら一物も得ずして裸体で帰ると云ふのは此の事だ。何処までも荒魂の勇を鼓し、六人が協心戮力此の黄金像を魔谷ケ岳の偲ケ淵迄伴れて行かう。サア、皆の奴、一二三だ』 と前後左右よりバラバラと武者振りつく。金像は一つ身慄ひをするよと見る間に、六人の姿は暴風に蚊軍の散るが如く、四方八方に目にとまらぬ許りの急速度を以て飛散して了つた。 金像は体内より鮮光を放射し、微妙の霊音を響かせながら、ムクムクと動き始めた。忽ち三丈三尺の立像と変じ、鷹鳥山の山頂にスツクと立ち、南面して瀬戸の海を瞰下し、両眼より日月の光明を放射し始めた。 鷹鳥山は暗夜と雖も光明赫灼として、数十里の彼方より雲を通して其の光輝を見ることを得るに至つた。 これ果して何神の憑依し給ひしものぞ。説き来り説き去るに随つて、其の真相を不知不識の間に窺知することを得るであらう。 (大正一一・五・二六旧四・三〇外山豊二録)
52

(1808)
霊界物語 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 13 寂光土 第一三章寂光土〔七〇五〕 嵐のたけぶ魔谷ケ岳バラモン教に立籠る 蜈蚣の姫を教主とし朝な夕なに真心を 捧げて尽す金助も心の駒を立直し 神の御稜威も鷹鳥の山の谷間に湧き出づる 流れも清き清泉魂を洗ひて忽ちに 心の園に一輪の花の薫りを認めてゆ 直に開く大御空高天原に日月の 光隈なく照り渡り娑婆即寂光浄土の真諦を 悟るや忽ち黄金の衣に包まれ煌々と 輝き渡る神御霊紫磨黄金の膚清く 身の丈三丈三尺の三十三魂と成り変り 鷹鳥山の山頂に宇宙万有睥睨し 茲に弥勒の霊体を現じて四方を照しける 折しもあれや玉能姫鷹鳥姫は山上の 光を求めて岩ケ根の庵を後にエチエチと 近づき見れば金像は五丈六尺七寸の 巨体と変じ給ひつつ左右の御手に鷹鳥の 神の司や玉能姫物をも言はず鷲掴み 中天高く投げやれば翼なき身の鷹鳥の 姫の司は忽ちに元の庵に恙なく 投げ返されて胸をつき心鎮めて三五の 道の蘊奥を細々と奥の奥まで探り入る 玉能の姫は中天に玉の如くに廻転し 再度山の山麓に落ちて生田の森の中 木々の若芽も春風に薫る稚姫君の神 鎮まりいます聖場へ端なく下り着きにけり 遠き神代の昔より皇大神の定めてし 五六七神政の経綸地時節を待つて伊都能売の 貴の御霊の姫神と仕へて茲に時置師 此世を忍ぶ杢助が妻のお杉の腹を藉り 生れ出でませし初稚の姫の命と諸共に 清く仕ふる三つ御霊三五の月の皎々と 四海を照らす神徳を暫し隠して岩躑躅 花咲く春の先駆を仕組ませ給ふ尊さよ あゝ惟神々々御霊幸はひましまして 鷹鳥山の頂に示現し給ひし弥勒神 深き経綸の蓋開けて輝き給ふ時待ちし 堅磐常磐の松の世の栄え目出度き神の苑 花は紅葉は緑天と地とは紫に 彩る神代の祥瑞に天津神等国津神 百の神々百人は雄島雌島の隔てなく 老木若木の差別なく栄ゆる御代に大八洲 樹てる小松のすくすくと天津御光月の水 受けて日に夜に伸ぶる如進む神代の物語 黄金閣の頂上に輝き渡る日地月 貴の瓢の永久に開くる御代の魁を 語るも嬉し神館月の桂を手折りつつ 言葉の花を翳しゆく醜の魔風の吹き荒び 朽ちよ果てよと迫り来る曲の嵐も何のその 松の操のどこまでも神の御業に仕へずば 固き心は山桜大和心のどこまでも ひきて返さぬ桑の弓言葉のツルを手繰りつつ 五六七の代まで伝へ行くミロ九の神代を松村が 心真澄のいと清く山の尾の上に馥郁と 咲き匂ひたる教の花太折りて語郎善美世は 開き始めて北村氏隆き御稜威も光りわたり 海の内外の山川も草木もなべて皇神の 豊の恵二浴しつつ神代を祝ふ神人の 稜威の身魂を照らさむと雪に撓める糸柳の いと軟らかに長々と二十二巻の小田巻の 錦の糸を繰返し心も加藤説き明す 鷹鳥山の高姫が娑婆即寂光浄土をば 心の底より正覚し国治立の神業に 仕へ奉りて素盞嗚の神の尊の神力を 悟り初めたる物語言の葉車欣々と 風のまにまに辷り行くあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ。 鷹鳥姫は玉能姫を伴ひ、山上の光を目標に登り行つた後に、若彦は金助、銀公の両人に対し、三五教の教理を説き諭す折しも、如何はしけむ、金助、銀公の二人はキヤツと一声叫ぶと共に其の場に倒れ、人事不省に陥つて了つた。若彦は驚いて谷水を汲み来り、両人の面部に伊吹の狭霧を吹き掛け、甦らさむと焦る折しも、風を切つて頭上より降り来る鷹鳥姫の姿に二度ビツクリ、近寄り見れば、鷹鳥姫は庭前の青苔の上に仰向けとなり大の字になつて、 鷹鳥姫『ウン』 と云つたきり、ピリピリと手足を蠢動させて居る。若彦は周章狼狽為す所を知らず、右へ左へ水桶を提げた儘駆けまはる途端に、鷹鳥姫の足に躓き、スツテンドウと其の上に手桶と共に打倒れた。手桶の水は一滴も残らず大地に吸収されて了つた。若彦は如何したものか、挙措度を失ひし結果、立上る事が出来なくなつて了つた。庭前の苔の上にやうやう身を起し、坐禅の姿勢を取り、双手を組んで溜息吐息、思案に暮れて居る。 若彦『嗟、金、銀の両人と云ひ、力と頼む鷹鳥姫様は此の通り、介抱しようにも腰は立たず、加ふるに妻の玉能姫の消息はどうなつたであらう。神徳高き鷹鳥姫様でさへ斯の如き悲惨な目に遇ひ給うた位だから、吾妻も亦どつかの谷間に投げ棄てられ、木端微塵になつたかも知れない。あゝ、神も仏もないものか』 と稍信仰の箍が緩まうとした。時しもあれや、バラモン教のスマートボール、カナンボールを先頭に、鉄、熊、蜂其他数十人の荒男、竹槍を翳しながら此方を指して進み来り、此態を見て何と思つたか近寄りも得せず、垣を作つて佇み居る。神殿に参拝し居りし七八人の老若男女の信徒は、此惨状と寄せ来る敵の猛勢に肝を潰し、裏口よりコソコソと遁れ出で、這々の態にて山を駆登り、何処ともなく消散して了つた。 山桜は折柄吹き来る山嵐に打叩かれて、繽紛として散り乱れ、無常迅速の味気なき世の有様を遺憾なく暴露して居る。若彦は漸く吾に返り独語。 若彦『あゝ兵は強ければ亡び、木硬ければ折れ、革固ければ裂く。歯は舌よりも堅くして是れに先立ちて破るとかや。吾々はミロクの大神の大御心を誤解し、勝に乗じて猛進を続け、進むを知つて退き、直日に見直し聞直し、宣直す事を怠つて居た。日夜見直せ宣直せの聖言も、機械的無意識に口より出づる様になつては、モウ駄目だ。あゝ過つたり誤つたり。 積む雪に撓めど折れぬ柳こそやはらかき枝の力なりけり とは言依別命様の御宣示であつた。慈愛深き大神様は吾々に恵の鞭を加へさせ給うたのか、殆ど荒廃せむとする身魂を、再び練り直し給ひしか、あゝ有難し辱なし、神様、お赦し下さいませ。神や仏は無きものかと、今の今まで恨みの言葉を申し上げました。柔能く剛を制すの真理を、何故今迄悟らなかつたか。口には常に称へながら有言不実行の罪を重ねて来た吾々、実に天地に対し恥かしくなつて来ました。鷹鳥姫様が斯様な目にお遇ひなさつたのも、玉能姫の消息の分らないのも、吾脛腰の立たなくなつたのも此若彦が誤解の罪、実に神様は公平無私である。敵味方の区別を立つるは吾々人間の煩悩の鬼の為す業、慈愛深き神の御目より見給ふ時は、一視同仁、敵味方などの障壁はない。あゝ神様、あゝ、此世を造り給ひし大神様、心も広き厚き限りなき神直日大直日の神様、何卒々々、至らぬ愚者の吾々が罪、神直日大直日に見直し聞直し下さいませ。今迄の曲事は唯今限り宣り直します』 と声を曇らせ、バラモン教の一味の前に在る事も打忘れ、浩歎の声を洩らして居る。スマートボールは声も荒々しく、 スマートボール『ヤイ三五教の青瓢箪、若彦の宣伝使、態ア見やがれ。金助、銀公の二人を貴様の宅に捕虜にして居やがるのだらう。其天罰でバラモン教の御本尊大国別命様に睨み付けられ、鷹鳥姫は其態、貴様は又脛腰も立たず何をベソベソと吠面かわくのだ。俺達はバラモンの教の為に魔道を拡むる汝等一味を征伐せむが為に実行団を組織し此場に立向うたのだ。これから此スマートボールが汝等一味の奴輩を、芋刺し、串刺し、田楽刺し、山椒味噌を塗りつけて炙つて食つて了ふのだ。オイ泣き味噌、貴様も肝腎要の所で、大変な味噌を付けたものだなア。コリヤ鬼味噌、何を殊勝らしく祈つて居やがるのだ。天道様もテント御聞き遊ばす道理がないぞ。サアこれから顛覆だ』 と槍の穂先を揃へて前後左右よりバラバラと攻め掛る。悔悟の涙に暮れたる若彦は、最早心中豁然として梅花の咲き匂ふが如く、既に今迄の若彦ではなかつた。傲慢無礼のスマートボールが罵詈雑言も侮辱も、今は妙音菩薩の音楽か、弥勒如来の来迎かと響くばかりになつて居る。 若彦『アヽ有難い。われも北光の神様になるのかなア。どうぞ早く目を突いて欲しい。慗に肉眼を所有して居るために、宇宙の光を認むることが出来ないのだ。アヽ惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 と一生懸命に心中に暗祈黙祷を続けて居る。スマートボールは、 スマートボール『オイ、カナン、どうだ。これ丈勢込んでやつて来たのに、一つの応答もせず、又反抗的態度も行らない奴に向つて、攻撃するも馬鹿らしいぢやないか。如何したらよからう』 カナンボール『今こそ三五教を顛覆させるには千載一遇の好機だ、何躊躇逡巡する事があるか。一思ひにやつて了へよ、スマートボール』 スマートボール『併し乍ら、お前は屋内に駆入り、金、銀の在処を探して呉れよ。俺は是から此奴等に引導をわたさねばならぬ。……鷹鳥姫の婆、並びに若彦のヘボ宣伝使、よつく聞け。此世は大自在天大国別命の治しめす世の中だ。然るに何ぞ、天則違反の罪を負ひて、永遠無窮の根底の国に、神退ひに退はれた国治立命や、現在漂浪の旅を続けて居る素盞嗚尊の悪神を頭に戴き、猫を被つて、天下を混乱させむとは憎き奴共。天はバラモン教の蜈蚣姫が部下スマートボールの手を借りて汝を誅戮すべく此処に向はせ給うたのだ。サア此世の置土産、遺言あらば武士の情だ、聞いてやらう。娑婆に心を残さず、一時も早く幽界に旅立到せ。覚悟はよいか』 と部下に目配せしながら、竹槍をすごいてアワヤ一突にせむとする折しも、中空より急速力を以て降り来れる一塊の火弾、忽ち庭の敷石に衝突して爆発し、大音響と共に四面白煙に包まれ、咫尺を弁ぜざるに立到つた。中よりコンコンと白狐の鳴き声、谷の彼方此方に警鐘を乱打せし如く、頻りに聞えて来た。レコード破りの大音響に、失心して居た鷹鳥姫はハツと気が付き、頭を上げて眺むれば、四辺白煙に包まれ、身は空中にあるか地底にあるか、判別に苦しみつつ、独り頭を傾けて記憶の糸を手繰つて居る。金助、銀公両人もハツと気が付き、咫尺も弁ぜぬ白煙の中を腹這ひながら表に出で、若彦、鷹鳥姫の傍に知らず識らずに寄つて来た。忽ち空中より優美にして流暢な女神の声にて、 女神『三五教の宣伝使鷹鳥姫、若彦の両人、よつく聞かれよ。取別けて鷹鳥姫は執着の念未だ去らず、教主言依別命の示諭を軽視し、執拗にも汝が意地を立てむとし、神業繁多の身を以て聖地を離れ、此鷹鳥山に居を構へ、大神を斎り、汝が失ひし二個の宝玉を如何にもして再び取返さむと、千々に心を砕く汝の熱心、嘉すべきには似たれども、未だ自負心の暗雲汝が心天を去らず、常に悶々として至善至美なる現天国を悪魔の世界と観じ、飽くまでも初心を貫徹せむと、迷ひに迷ふ其果敢なさよ。地上に天国を建設せむとせば、先づ汝の心に天国を建てよ。迷ひの雲に包まれて、今や汝は地獄、餓鬼、修羅、畜生の天地を生み出し、汝自ら苦む其憐れさ。片時も早く本心に立復り、自我心を滅却し、我情の雲を払拭し、明皓々たる真如の日月を心天心海に輝かし奉れ』 と厳かに神示を宣らせ給ひ、御姿は見えねども、空中を帰り給ふ其気配、目に見る如くに感じられた。鷹鳥姫は夢の覚めたる如く心に打諾き、 鷹鳥姫『アヽ謬れり謬れり、今迄吾々は神界の為、天下万民の為に最善の努力を尽し、不惜身命の大活動を継続し、五六七神政の御用に奉仕せしものと思ひしは、わが心の驕なりしか。アヽわれ如何に心力を尽すと雖も、無限絶対、無始無終の大神の大御心に比ぶれば、九牛の一毛だにも及び難し。慢心取違の………われは標本人なりしか、吁浅ましや浅ましや。慈愛深き誠の神様、何卒々々鷹鳥姫が不明を憐れみ給ひ、神業の一端に奉仕せしめられむことを懇願致します。唯今より心を悔い改め、誠の神の召使として微力の限りを尽させ下さいませ。神慮宏遠にして、吾等凡夫の如何でか窺知し奉るを得む。今まで犯せし天津罪国津罪は申すも更なり、知らず識らずに作りし許々多久の罪穢を恵の風に吹払ひ、助け給へ。アヽ惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 と両手を合せ、感謝の涙に咽びながら一心不乱に天地の神霊に謝罪と祈願を籠めて居る。四辺を包みし白煙は忽ち晴れて、四辺を見れば此は如何に、鷹鳥姫が庵の前の苔蒸す花園であつた。何処よりともなく三柱の美人、上枝姫、中枝姫、下枝姫は、玉の如き顔貌に、梅花の笑ふが如き装ひにて現はれ来り、鷹鳥姫、若彦、金助、銀公の手を取りて引起し、懐より幣を取出して四人が塵を打払ひ、労はり助けて庵の内に進み入る。スマートボール、カナンボール以下一同は如何はしけむ、身体強直し、立はだかつた儘此光景を不審げに目送して居る。谷の木霊に響く宣伝歌の声、雷の如く聞えて来た。 (大正一一・五・二七旧五・一松村真澄録)
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(1811)
霊界物語 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 16 千万無量 第一六章千万無量〔七〇八〕 玉能姫『水の流れと人の行末昨日や今日の飛鳥川 淵瀬と変る世の中に神の御水火に生れ来て 夫ともなり妻となり親子となるも神の世の 縁の糸に結ばれて解くる由なき空蝉の うつつの世ぞと知りながら輪廻の雲に包まれて 進みかねたる恋の途暗路に迷ふ浅間しさ 日は照り渡り月は盈ち或は虧くる世の中に 変らぬものは親と子の尽きせぬ名残妹と背の 深き契と白雲の汝は東へ吾は西へ 南や北と彷徨ひていつかは廻り近江路や 美濃尾張さへ定めなく神の恵を遠江 祈り駿河の富士の山木花姫の御神に 願ひ掛巻く甲斐ありて嬉しき逢瀬を三保の浜 浦凪ぎ渡る羽衣の松の響も爽かに 風のまにまに流れ行く此世を救ふ生神の 貴の御楯と選まれし神の任しの宣伝使 千変万化に身を窶し百の艱難を身に受けて 世人を救ふ真心の凝り固まりし夫婦仲 鷹鳥山の頂に黄金の光を放ちつつ 衆生済度の御誓ひ天国浄土の基礎を 堅磐常磐に固めむと治まる御代をみろくの世 国治立大神や豊国姫大御神 神素盞嗚大神の三つの御霊の神勅 項にうけて世を開く心の色も若彦の 夫の命は今何処折角会ひは会ひながら 人目の関に隔てられ其声さへも碌々に 聞きも得ざりし玉能姫果敢なき夢路を辿りつつ 生田の森の吾思ひ稚姫君の御霊 堅磐常磐に鎮まりて再び神代を立直し 四方の天地神人を救はせ給ふ経綸地 守るも嬉しき吾身魂行末こそは楽しけれ あゝ吾夫よ若彦よ妾がひそむ此庵 遥々訪ね来ります清き尊き御心 仇に帰せし胸の裡うまらに細さに酌み取りて 必ず恨ませ給ふまじ此世を救ふ生神の 在れます限り汝と吾は又もや何時か相生の 松の緑の常久に霜を戴く世ありとも 相互に昔を語りつつ歓ぎ楽しむ事あらむ あゝ惟神々々御霊幸はひましまして 夫と在れます若彦が行末厚く守りませ 吾は女の身なれども神を敬ひ天が下 四方の身魂を慈しむ清き心は束の間も 胸に放さず天地の神に祈りて身の限り 心の限り三五の誠一つを筑紫潟 心の底も不知火の世人は如何に騒ぐとも 只皇神の御為に夫婦心を協せつつ 身は東西に生き別れ如何なる艱難の来るとも 神に任せし汝が命妾も後より大神の 御言のままに白雲の遠き国をば踏み分けて 神の司の宣伝使山野を渉り河を越え 海に浮びつ常世国高砂島の果までも 進みて行かむ惟神御霊幸はひましませよ』 と一絃琴に連れて歌の声諸共に、幽邃に庵の外に響き渡りつつあつた。 杢助は慨歎稍久しうして、力なげに二女が琴を弾ずる其場に現はれ、 杢助『初稚姫様、大変に音色が良くなりましたよ。玉能姫様、貴女の音色も余程宜しいな、稍悲調を帯びて居る様です。何かお心に懸つた事はありませぬか、心の色は直ぐに言霊の上に現はれるものですから』 玉能姫『ハイ、余り神様の思召が有難くて身に沁み渡り、又他人様のお情が胸に応へまして、感謝の涙に咽んで居ました』 杢助『世の中は喜があれば悲がある、悲の後には屹度喜ばしい花が咲くものです。桜の花は此通り夜の嵐に無残に散りましたが、梢に眺めた花よりも斯う一面庭の面に散り敷く美しさは又一入ですな。人間は何事も神様の御心に任すより外に途はありませぬ。如何なる艱難辛苦に遭遇するとも悔むものでは決してありませぬ。私も一人の妻に死別れ、一度は悲しき鰥鳥の幼児を抱へて浮世の無常を感じましたが「イヤ待て暫時、斯くなり行くも人間業ではない、何か深き思召のある事であらう。死別れた女房は不愍な様だが、大慈大悲の神様は屹度今より以上、結構な処へお助け下さるであらう。あゝ私が悔めば可愛い女房が神の御国へも能う行かず輪廻に迷ひ苦み悶えるであらう。忘れるが何よりだ」と一念発起した上は却て独身の方が結句気楽で宜しい。斯んな事を言ふと「お前さまは無情な夫だ」と心の底で蔑みも笑ひもなさらうが、さてさて何程悔んで見た所で仕方がない。お前さまも人間の身を以て此世に生れ、況して尊き宣伝使に使はれた以上は、世間の凡夫とは事変り、楽しみも一層深い代りに苦しみも亦一層深いでせう。其苦しみが神様の恵の鞭だ。何事があつても決して心配はなされますなや』 と口には元気に言へど、何となく玉能姫が心も推量り、同情の涙の色が声に現はれて居た。 玉能姫『何から何まで、御親切に有難う御座います。我々夫婦の者を立派な神様にしたててやらうと思召し下さいまして、重ね重ねの御心遣ひ、神様の様に存じます』 と琴の手をやめて、両手を膝に置き、俯向きて涙を隠す愛憐しさ。初稚姫は愛らしき唇を開き、 初稚姫『神が表に現はれて善と悪とを立別ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 只何事も人の世は尊き神の御前に 魂の限りを捧げつつ誠一つの言霊を 朝な夕なに怠らず讃へまつれよ惟神 御霊幸はひましまして天が下なる悉は 余さず残さず皇神の心のままに幸はひて 安きに救ひ給ふべし神は吾等と倶にあり 神は吾等と倶にあり神の御水火を杖となし 誠の道を力とし荒浪猛る海原も 虎伏す野辺も矗々と何の艱もあら尊と 勝利の都へ達すべし賞めよ讃へよ神の恩 尽せよ竭せ神の道尽せよ竭せ人の道 人は神の子神の宮人は神の子神の宮』 と歌ひ終つて又もや一絃琴を手にし、心地好げに微笑を浮べて居る。 俄に窓の外騒がしく十数人の足音、バタバタと聞えて来た。折柄昇る月影に顔は確と分らねど人影の蠢めく姿、手にとる如く三人の目に入つた。見れば大喧嘩である。一人の男を引縛り、杢助が庵の窓前に運び来り、寄つて集つて拳骨の雨を降らして居る。 甲『ヤイ、往生いたしたか、吾々バラモン教の信徒を悪神扱ひしやがつて、鷹鳥山に巣を構へ、貴様の女房の玉能姫に魔術を使はせ此方を清泉の真中へ放り込み、身体に沢山の手疵を負はせやがつた、其返報がへしだ。サア、もう斯うなつては此方のもの、息の根を止めて十万億土の旅立さしてやらう。こりや若彦、能うのめのめと生田の森まで彷徨うて来よつたなア』 と又もや鉄拳の雨を所構はず降らして居る。 現在眼の前に夫が打擲されて居る実況を見たる玉能姫の心は張り裂ける如く、仮令天地の法則を破るとも、飛びかかつて悪者に一太刀なりと酬いたきは山々なれど、泰然自若たる杢助に心惹かれ、苦しき胸を抱き平気を装うて居る。 杢助『玉能姫さま、何と面白い事が出来ましたな。坐ながらにして窓の内から活劇を見せて貰ひました。これも有難き思召でせう。サア早く神様に感謝の祝詞を奏上なさいませ。私はゆつくりと此活劇を見物致しませう。神様が如何しても使はねばならぬ必要の人物と思召したならば、仮令百万の敵が攻め来るとも、如何に鉄拳の雨を蒙るとも、鵜の毛で突いた程の怪我も致しますまい。何処の人かは知らねども、貴女の夫の名によく似た若彦と言ふ男らしう御座います。さてもさても腑甲斐ない男もあつたものだなア。アハヽヽヽヽ』 と作り笑ひに紛らす。玉能姫は心も心ならず、轟く胸を抑へながら静に天津祝詞を奏上し始めた。何となく声は震うて居た。地上に投げられ数多の悪者に苛責まれ居た若彦の身体より、忽ち五色の霊光発射し、ドンと一声、不思議の物音に杢助、玉能姫は窓外を眺むれば、人影は何処へ消えしか跡形もなく、窓近く一つの白狐ノソリノソリと太き尾を下げて森の彼方に進み行く。 杢助『アハヽヽヽ、神様は何処迄も吾々の気をお惹き遊ばすワイ』 玉能姫は両手を合せ、 玉能姫『惟神霊幸倍坐世』 初稚姫『皇大神守り給へ幸へ給へ』 (大正一一・五・二七旧五・一北村隆光録)
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(1814)
霊界物語 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 19 山と海 第一九章山と海〔七一一〕 佐田彦は腰帯を解き、幾重にも包みたる玉函をクルクルと両端に包み、肩にふわりと引掛け得るやうに荷造りした。波留彦は驚いて、 波留彦『コリヤ佐田彦、大切な御神宝を、何だ、貴様の肌につけた穢苦き三尺帯に包むと云ふことがあるか、玉の威徳を涜すと云ふことを心得ぬか。さうして其の態は何だ。帯除け裸体になつて、みつともないぞ』 佐田彦『お前の帯を縦に引裂いて、半分呉れなければ仕方がない。藤蔓でもちぎつて帯にしよう』 波留彦『エー、そんなことして道中が出来るか、みつともない。自分の帯は自分がして行け。神玉の御威徳を涜すぞよ』 佐田彦『イヤ波留彦、さうでないよ。此山続きは随分バラモンの連中が徘徊してゐるから、貴重品と見せかけて狙はれてはならぬ。幾重にも包んだ宝玉、滅多に穢れる気遣ひはない。斯うして往かねば剣呑だから』 波留彦『如何に剣呑だと云つて、そりや余りぢやないか』 佐田彦『万劫末代に一度の大切な御用だ。二度目の岩戸開きの瑞祥を祝するため、言依別様が此再度山の山頂で、二度とない結構な御用を仰せつけられたのだ。失策つては大変だから、斯うして往くが安全だよ』 波留彦は、 波留彦『なんだか勿体ないやうな心持がするのだ。併し乍ら肝腎の宝を敵に奪られては一大事だから、そんならお前の言ふ通りにして行かう。サア、俺の帯を半分やらう』 と縦に真中からバリバリと引裂いて佐田彦に渡した。佐田彦は、 佐田彦『イヤ、有難う。これで確かり腹帯が締つて来た。併し乍ら玉能姫さま、初稚姫さま、貴女等はそんな綺麗な服装で御出になつては、悪漢に後をつけられては詮りませぬよ、何とか工夫をなさいませ』 玉能姫『ハイ、吾々二人は着物を裏向けに着て、気違ひの真似をして参りませう』 佐田彦『ヤー、それは妙案だ。流石は玉能姫様だ。サアサア、佐田彦が着替へさして上げませう』 と立ち上らむとするを玉能姫、初稚姫は首を左右に掉り、 玉能姫『イエイエ、滅相な、妾も玉能姫、自分のことは自分で処置をつけねばなりませぬ』 と云ひつつ、クルクルと帯を解き、裏向けに着物を着替へて了つた。 初稚姫も亦着物を脱がうとするを、玉能姫は少し首を傾け、 玉能姫『一寸待つて下さい。気違ひが二人もあつては却つて疑はれるかも知れませぬから、貴方は気違ひの娘になつて下さい』 初稚姫『そんなら気違ひのお母さま。サア、何処なつと参りませう』 玉能姫『オイ佐田公、波留公、貴様は何処の奴だ。余程好いヒヨツトコ野郎だな』 佐田彦『これはしたり、玉能姫さま、姫御前のあられもない、何と云ふ荒いことを仰有りますか』 玉能姫『知らぬ知らぬ、アーア、斯んなヒヨツトコ野郎の莫迦者と道伴れになるかと思へば残念だ。気が狂ひさうだ』 波留彦『玉能姫さま、今から気違ひになつて貰つては波留彦も堪りませぬで』 玉能姫『伊勢は津で持つ、津は伊勢で持つ。大根役者が玉を持つ、コリヤコリヤコリヤ』 佐田彦『玉能姫さま、洒落も可い加減になさいませな。これから未だ沢山な道程、今から気違ひの真似して居つては怺りませぬで』 玉能姫『なに、妾を気違ひとな。エー残念だ。バラモン教に於て其の人ありと聞えたる鬼熊別の妻、蜈蚣姫とはわが事なるぞ。汝は三五教の腰抜宣伝使、この蜈蚣姫が尻でも喰へ。残念なか、口惜しいか。あの詮らぬさうな顔付ワイの。オホヽヽヽ』 と臍を抱へて笑ひ倒ける。 佐田彦『アー、仕方がないなア、あんまり嬉しうて玉能姫さまは本当に逆上せて了つたのだらうかなア、波留公』 玉能姫『定めて逆上せたのであらう。逆上せ切つた蜈蚣姫の再来が、お前の頭をポカンと波留彦だ』 と言ひながら波留彦の横面をピシヤピシヤと撲り、 玉能姫『アハヽヽヽ』 と腹を抱へて笑ひ倒ける。 波留彦『なんぼ女にはられて気分が好いと言つても、キ印に撲られて怺るものか。さア行きませう、玉能姫さま、確かりなさいませ』 玉能姫『ホヽヽ、私は玉能姫ぢやないよ、狸姫だよ』 波留彦『エー、怪体の悪い、肝腎の御神業の最中にやくたいだなア。初稚姫さま、ちつと確かり言つて聞かして下さいな。コリヤ本当に逆上せて居ますで』 初稚姫『お母さま、往きませう』 とすがり付く其の手を取り放し、 玉能姫『エー、お前迄が私を気違ひと思つて居るのかい。アヽ穢らはしい。斯んな所には一時も居れない』 と二つの玉を包んだ帯を肩に引つかけ、山伝ひに雲を霞と走り行く。 初稚姫は負けず劣らず、玉能姫の後に随ひ矢の如く走り行く。佐田彦、波留彦は遁げられては大変と一生懸命に後を追ふ。何時の間にか玉能姫、初稚姫の姿は見えなくなつた。 佐田彦『オイ、波留彦、大変なことが起つたものぢやないか』 波留彦『貴様が確り握つて居らぬから、到頭狸が憑りやがつて持つて去んで了つたのだい。アヽもう仕方がない、神様に申訳がない。此絶壁から言ひ訳のために身を投げて死んで了はうかい』 佐田彦『さうだと言つて、そんな事をすれば益々神界の罪だよ』 と心配さうに悔んでゐる。 向ふの木の茂みから、 玉能姫『オーイ、波留彦さま、佐田彦さま、此処だよ此処だよ』 と玉能姫は呼んでゐる。 波留彦『ヤア、在処が分つた。気違ひ奴、あの禿げた山の横の小松の下に顔だけ出してゐよる、表から行くと又逃げられては大変だ。廻り道をしてそつと捉まへようかい』 と二人は山路を外し、木の茂みの中を蜘蛛の巣に引つかかりながら、漸く玉能姫の間近に寄つた。 玉能姫『あの二人の御方、よう来て下さんした。たまたま御用を仰せつけられながら、玉能姫に玉を奪られて玉らぬだらう。さアさア初稚姫さま、あんなヒヨツトコ野郎に構はず行きませうよ。ホヽヽヽ』 と嘲笑ひと共に掻き消す如く、又もや一目散に木の茂みを脱けて、何処へか姿を隠した。二人は一生懸命に追ひかける。初稚姫の計らひで処々に小柴が折つて標がしてある。 佐田彦『ヤア、流石は初稚姫さまだ。子供に似合はぬ好い智慧が出たものだ。俺達に之を合図に来いと云つて、小柴を所々折つて標をつけて於て下さつた。オイ、之を探ねて走らうぢやないか、のう波留彦』 波留彦『オーさうだ』 と二人は捩鉢巻しながら、小柴の折れを目標に追ひかけて行く。 鷹鳥ケ岳の山麓の松林に七八人の男、胡床を掻き車座になつて、ひそびそ話に耽つてゐる。 甲『オイ、大変に強い女もあればあるものぢやないか。俺達の兄分のスマートボールやカナンボールを苦もなく滝壺へ投げ込み、剰つさへ俺達を谷底へ投り込みやがつて、此通り痛い目に遇はせ、終局の果には蜈蚣姫の教主様まで、あんな目に遇はせよつた。彼奴は何でも偉い神様の再来かも知れないよ』 乙『なアに、彼奴は玉能姫と云つて鷹鳥山の鷹鳥姫の婢奴となり、清泉の水汲をやつて居つた奴だ。あの時は此方は女や子供と思つて油断をして居たから、あんな不覚を取つたのだ。何れ此辺へ迂路ついて来るかも知れない。なんでも彼奴を捉まへて三五教の宝の在処を白状させ、バラモン教へ占領せねば、到底此自転倒島に於ては俺達の教派は拡まらない、なんとかして、まア一度彼奴の行方を探ね、目的を達したいものだ』 丙『そんな危ないことは止しにせエ。生命あつての物種だ。蜈蚣姫さまでさへも彼奴の乾児がやつて来て、谷底へ放り投げたやうな強力が随いてゐるから、うつかり手出しは出来ないよ』 甲『ちよろ臭いことを云ふな。計略を以て旨く引張り込めば何でもない。俺が一つ智慧を貸してやらう』 丙『どうすると云ふのだい』 甲『貴様等二三人が俺と一緒に女に化けて鷹鳥山に乗り込み、三五教の求道者となつて誤魔化すのだ』 乙『貴様の面では女に変装したつて到底駄目だよ。貴様が変装したら、それこそ鬼婆に見えて仕舞ふぞ』 甲『鬼婆でも、鬼爺に見えなければ宜いぢやないか。それで完全な女になつたのだ。善悪美醜は問ふところに非ず。俺は皺苦茶婆さまになつて入り込むから、貴様は皺苦茶爺になつて、杖でもついて腰を屈め、俺の後に踵いて来い』 乙『いつその事、堂々と男の求道者になつて行つたらどうだ』 丙『そんな悪相な面をして行かうものなら、忽ち看破されて了ふぜ』 斯く雑談に耽る折しも、向ふの方より一人の女、何か肩に引つかけ、髪を振り乱し、衣服を裏向けに着ながら、女に似合はず大股にトントンと此方に向つて来る。 七歳ばかりの少女は、 少女(初稚姫)『お母さまお母さま』 と連呼しながら後追ひかけ来る。又もや続いて二人の荒男、 二人の男(佐田彦、波留彦)『オーイオーイ。待つた待つた』 と一生懸命に息を喘ませ進み来る。 甲『アリヤ何だ、あた嫌らしい。髪を振り乱し着物を裏向けに着やがつて、褌に何だか石のやうなものを包んで走つて来るぢやないか。彼奴はてつきり気違ひだよ。気違ひに噛ぶりつかれでもしたら、まるで犬に喰はれたやうなものだ。オイ、皆の奴、すつこめすつこめ』 一同『よし来た』 と林の草の中に小さくなつて横たはる。その前を踏まむ許りに玉能姫、初稚姫は、 玉能姫、初稚姫『キヤアキヤア』 と金切声を張り上げながら通つて行く。二人の男汗を垂らし、 二人の男(佐田彦、波留彦)『オーイ、気違ひ待つた』 と又もや一生懸命西方指して進み行く。一同はやうやう頭を上げ、 甲『ヤー何処の奴か知らぬが、女房が気が狂つたと見えて、偉い勢で追ひかけて行きよつた。可愛相に、あんな娘がある仲で、女房に発狂されては怺つたものぢやない。併しなかなか別嬪らしかつたぢやないか』 乙『さうだなア、可愛相なものだ。先へ行つたのはあれの爺だらう。後から行く奴はヒヨツとしたら下男かなんかだらうよ。何は兎もあれ、どえらい勢だつた。まるきり夜叉明王が荒れ狂うたやうな勢だ。マアマア俺達は無事に御通過を願うて幸ひだつた』 と話してゐる。暫らくすると蜈蚣姫は、スマートボール、カナンボール其他拾数人の部下を引連れ、一生懸命に此場に駆け来り、五六人の姿を見て、 蜈蚣姫『オイ、お前は信州、播州、芸州の連中ぢやないか。なにして居る。今此処へ玉能姫が通つた筈だがお前は知らぬか』 信州『最前から此処で一服して居ましたが、玉能姫のやうな奴は根つから通りませぬで。髪振り乱した気違がキヤアキヤア云つて通つたばかり、後から爺が可愛相に汗をブルブルに掻いて追つかけて行きました』 蜈蚣姫『どうしても此処を通らにやならぬ筈だが、ハテ不思議だなア。それなら大方杢助館へでも廻つたのだらう。一体何処へ行きよるのか。皆の奴、斯うしては居られない。再度山の山麓、生田の森に引返せ』 と慌しく呼ばはつた。スマートボールを先頭に全隊引率れて、東を指して一生懸命バラバラと走り行く。 梢を渡る松風の音、刻々に烈しくなり、瀬戸の海の浪は山嶽の如く吼り狂うてゐる。玉能姫、初稚姫は漸々にして高砂の森に着いた。四辺に人なきを幸ひ、乱れ髪を掻き上げ、顔を立派に繕ひ、着物を脱ぎ替へ、元の玉能姫となつて了つた。息急き切つて走り来つた佐田彦、波留彦は此の姿を見て、 佐田彦『ヤー、玉能姫さま、気がつきましたか。大変心配でしたよ』 玉能姫『オホヽヽヽ、お約束通り上手に気違に化けたでせう。須磨の浜辺の難関を、あゝせなくては通過が出来ませぬからなア』 佐田彦『イヤもう恐れ入りました。流石言依別命様が御見出し遊ばしただけあつて、佐田彦如き凡夫の到底及ばぬ智慧を持つてゐなさるなア』 波留彦『本当に七尺の男子波留彦も睾丸を放かしたくなつて来ました。アハヽヽヽ』 佐田彦『それにしても初稚姫さま、小さいのによく踵いてお出でなさいましたなア。何時もお父さまに甘へて負はれ通しだのに、今日は又どうしてそんな勢が出たのでせう』 初稚姫『神様が私を引つ抱へて来て下さいました。あの大きな神様が御目に止まりませ何だか』 佐田彦『さう聞くと何だか大きな影の様なものが、始終踵いて居たやうに思ひました』 初稚姫『かげが見えましたか。それが神様の御かげですよ。オホヽヽヽ』 佐田彦『子供の癖によく洒落ますなア。シヤレシヤレ恐れ入りましたもので御座るワイ』 玉能姫『サア、これから高砂の浜辺へボツボツ参りませう。幸ひに日も暮れました』 と玉能姫は先に立つ。三人は欣々と後に随ひ、浜に立ち向ふ。 五月五日の月は西天に輝き、薄雲の布を或は被り或は脱ぎ、月光明滅、四人が秘密の神業を見え隠れに、窺ふものの如くであつた。鳴門嵐の暴風は遠慮会釈もなく海面を撫で、山嶽の如き荒浪は立ち狂ひ、高砂の浜辺に押寄せ、駻馬の鬣を振つて噛みついて居る。 佐田彦は、猿田彦気取りで先に進み、船頭の家を叩き、 佐田彦『モシモシ、船頭さま、これから家島へ往くのだから、船を出して下さいな。賃銀は幾何でも出しますから』 船頭は家の中より、 船頭『何処の方か知らぬが、何を呆けてゐるのだ。レコード破りの荒浪に、如何して船が出せるものかい。こんな日に沖に出ようものなら、生命がいくつあつても堪るものでない。マア、二三日風の凪ぐ迄待つたらよからう』 佐田彦は小声で、 佐田彦『ハテ、困つたなア。吾々はどうしても家島へ渡らねばならないのだ。せめて中途の神島までなつと送つて呉れないか』 船頭『なんと言つても此の時化には船は出せないよ。桑名の徳蔵ならばイザ知らず、俺達のやうな普通の船頭では、到底駄目だよ。こんな日に船を出す位なら、家もなんにも要つたものぢやない。そんな分らぬことを言はずと、二三日待つたがよからうに』 佐田彦『どうしても出して呉れませぬか、仕方がない。それなら船を貸して下さいな』 船頭『滅相もないこと仰有るな。船でも貸さうものなら商売道具を忽ち滅茶々々にされて了うて、女房や子の鼻の下が乾上がつて了ふ。一つの船を慥へるにも百両の金子が要るのだ。自家の身代は此の船一つだ。マア、そんなことは絶対に御断り申さうかい』 佐田彦『未だ外に船頭衆はあらうな』 船頭『此の浜辺には二三十人の船頭が居る。併し乍ら開闢以来、この荒浪に船を出すやうな莫迦者は一人も居りませぬワイ。今日は五月五日、菖蒲の節句、神様が神島から高砂へ御出で遊ばす日だから、尚々船は出せないのだ。仮令浪はなくとも今日一日は、此の海の渡海は出来ないのだ。暮六つから神様が高砂の森へお越しになるのだ。モー今頃は神島を御出立遊ばして御座る時分だよ。何としてそんな処へ行くのだい』 佐田彦『俺は家島へ行くのだ。浪の都合で一寸御水を頂きに神島へ寄りたいと思ふのだよ』 船頭は不思議な奴が出て来たものだと呟きながら表に立出で、 船頭『ヤー、見れば若い御女中に娘さま。お前さま等も御一行かな』 玉能姫『ハイ、左様で御座います。どうぞ船を御出し下さいませ』 船頭頻に首を振り、 船頭『アーいかぬいかぬ、途方もないこと云ひなさるな。男でさへも行かれぬ処へ、妙齢の女が渡ると云ふことは到底出来ない。平常の日でも女は絶対に乗せることは出来ませぬワイ』 初稚姫『小父さま、そんなら其の船を売つて御呉れぬか』 船頭『売つて呉れと云つたつて、中々安うはないぞ。百両もかかるのだから』 初稚姫『それなら小父さま、二百両上げるから、お前の船を売つてお呉れ』 船頭『百両の船を二百両に買つて貰へば、船が二隻新調出来るやうなものだ。それは誠に有難いが、併し乍らみすみすお前さま達を海の藻屑となし、鱶の餌食にして了ふのは何程欲な船頭でも忍びない。そんなことは言はずに諦めて帰つて下さい。男の方なら二三日したら船を出して上げよう』 初稚姫『女は何うしていけないのですか』 船頭『アヽ、いけないいけない。理屈は知らぬが、昔から行つたことがない島だから』 佐田彦『船頭さま、そんなら時化が止んでから明日でも俺達が勝手に漕いで行くから、二百両で売つて下さい』 船頭『百両のものを二百両に売ると云ふことは、大変に欲張つたやうで気が済まぬが、併し船を売つて了へば、次の船が出来るまで徒食をせねばならぬから、貯蓄の無い俺達、そんなら二百両で売りませう』 佐田彦『有難い、そんなら手を打ちます。一、二、三』 と船頭と佐田彦は顔を見合せ、手を拍つて了つた。 初稚姫は懐より山吹色の小判を取出し、 初稚姫『サア、小父さま、改めて受取つて下さい』 と突き出す。船頭は検めて見て、 船頭『ヤー、有難う、左様なら。モウ一旦手を拍つたのだから、変換へは利きませぬよ』 と言ひ捨て、恐さうに家に飛び込み、中よりピシヤンと戸を閉め、丁寧に突張りをこうてゐる。波は益々猛り狂ふ。 佐田彦『アヽ此の船だ。サア皆さま、乗りませう。ちつと荒れた方が面白からう』 と佐田彦は先に飛び込んだ。三人も喜んで船中の人となつて了つた。 佐田彦『サア、波留彦、櫂を使つて下さい。俺は船頭だ。艪を漕いで行く。随分高い浪だよ』 とそろそろ捩鉢巻になつて、艪を操り始めた。 月は雲押し開きて利鎌のやうな光を投げ、四人の乗つた神島丸を照して居る。不思議や暴風は忽ち止まり、浪は見る見る畳の如く凪ぎ渡つた。二人は一生懸命に櫂を操りながら、沖に浮べる神島目標に漕ぎ出した。漸くにしてミロク岩の磯端に横付けになつた。 玉能姫『皆さま、御苦労でした。貴方等二人は此処に待つて居て下さい』 佐田彦『イエ私も御供を致しませう。これ丈篠竹の茂つた山、大蛇が沢山に居ると云ふことですから、保護のために吾々両人が御供致しませう。言依別の教主様より「両人の保護を頼む」と云はれたのだから、もし御両人様が大蛇にでも呑まれて了ふやうなことが出来したら、それこそ申訳がありませぬ。是非御供を致します』 初稚姫『その大蛇に用があるのだから、来て下さるな。大蛇は男が行くと大変に腹立てて怒るさうですから』 波留彦『大蛇でも矢張り女が好いのかなア。斯うなると男に生れたのも詮らぬものだ』 玉能姫『さア、初稚姫さま、参りませう。御両人の御方、決して、後から来てはなりませぬよ。用が済んだら呼びますから、それまで此処に待つてゐて下さい』 二人は頭を掻き乍ら、 佐田彦『エー仕方がない。役目が違ふのだから、そんなら神妙に待つて居ます。御用が済んだら呼んで下さい』 玉能姫『ハイ、承知しました。何うぞ機嫌よう待つて居て下さいませ』 と初稚姫の手を把り、篠竹を押分け山上目蒐けて登り行く。 辛うじて二人は山の頂に到着した。五六歳の童子五人と童女三人、黄金の鍬を持つて何処よりともなく現はれ来り、さしもに堅き岩石を瞬く間に掘つて了つた。 初稚姫『アー、貴女は厳の身魂、瑞の身魂の大神様、只今言依別命様の御命令に依つて、無事に此処まで玉の御供をして参りました。さア、何うぞ納めて下さい』 五人の童子はにこにこ笑ひながら、ものをも言はず一度に小さき手を差出す。初稚姫は金剛不壊の如意宝珠の玉函を取り、恭しく頭上に捧げながら五人の手の上に載せた。十本の掌の上に一個の玉函、忽ち五瓣の梅花が開いた。童子は玉函と共に、今掘つたばかりの岩の穴に消えて了つた。 三人の童女は又もや手を拡げて、玉能姫の前に進み来る。玉能姫は紫の宝珠の函を取り上げ、恭しく頭上に捧げ、次で三人の童女の手に渡した。童女はものをも言はず微笑を浮べたまま、玉函と共に同じ岩穴に消えて了つた。玉能姫は怪しんで穴を覗き見れば、童男、童女の姿は影もなく、只二つの玉函、微妙の音声を発し、鮮光孔内を照らして居る。 二人は恭しく天津祝詞を奏上し、次で神言を唱へ、天の数歌を歌ひ、岩蓋をなし、其上に今童女が捨て置きし、黄金の鍬を各自に取り上げ、土を厚く衣せ、四辺の小松を其上に植ゑて、又もや祝詞を奏上し、悠々として山を下り行く。 玉能姫は、 玉能姫『お二人さま、えらう御待たせしました。さア、もう御用が済みました。帰りませう』 佐田彦、波留彦両人は口を揃へて、 佐田彦、波留彦『それは結構で御座いました。御目出度う。これから私等が一度登つて来ますから、暫らく此処に待つて居て下さいませ』 初稚姫『モー御用が済みましたのですから、一歩も上つてはなりませぬ。さア帰りませうよ』 佐田彦『折角此処迄苦労して御供をして来たのだから、埋めた跡なりと拝まして下さいな』 初稚姫は首を左右に振つてゐる。玉能姫を見れば、是亦無言の儘首を左右に振つてゐる。何処ともなく雷の如き声、 声『一刻も猶予はならぬ。これより高砂へは寄らず、淡路島を目標に再度山の麓に船をつけよ。サア、早く早く』 と呶鳴るものがある。此言葉に佐田彦、波留彦は、 佐田彦、波留彦『ハイ、畏まりました』 と玉能姫、初稚姫を迎へ入れ一生懸命に艪櫂を操りつつ、再度山の方面指して帰り行く。 (大正一一・五・二八旧五・二外山豊二録)
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(1820)
霊界物語 23_戌_木山の里/竜宮島へ出発 02 副守囁 第二章副守囁〔七一四〕 罪も穢れも那智の滝、洗ひ流した若彦は、心もすがすがしく三五教の教理を遠近に伝ふべく、普陀落山の麓に館を造り、教を四方に布きつつあつた。門を叩いて、 『頼まう頼まう』 と訪ふ二人の宣伝使がある。門番の秋公、七五三公は此声に眠りを醒まし、大欠伸をしながら、 七五三公『オイ秋公、誰だか門外に訪ふ人がある。早く起きて開けてやらないか』 秋公『夜も碌に明けてゐないのに、此の門開ける必要があるか。少し時刻が早いから、マア一寝入したがよからう』 門を叩く声益々忙はしい。七五三公は夜具を被つた儘、 七五三公『オイオイ開けるのは秋公の役だ。早く起きぬかい』 秋公『夫程喧しく言ふなら、貴様開けてやれ』 七五三公『オレは其名の如くしめる役だ。愚図々々して居ると、又若彦の大将からお目玉を頂戴するぞ。エー仕方の無い奴だ』 と寝巻の儘、仏頂面を下げて片足に下駄、片足に草履を穿き、三尺帯を引摺り乍ら、門をガラガラと開いた。二人は丁寧に会釈し、 二人の宣伝使『若彦の宣伝使は御在宅ですかな』 七五三公『そんな難かしいことを言つて解るかい。居るか、居らぬかと云ふのか。さうしてお前は何と云ふ宣伝使だ』 男『ハイ私は魔我彦、外一人は竹彦と云つて三五教の宣伝使です。大神様の御命令に依つて、遥々参つたのですから案内して下さい』 七五三公『曲つたとか、曲らぬとか、案内とか、門内とか、お前の言ふ事は全然訳が分らぬ。そんな英語を使はずに俺達に分る様に云つて呉れ』 魔我彦『アハヽヽヽ、訳の分らぬ門番もあつたもんぢやなア。こんな奴が門番して居る位だから、大抵若彦の御手並も分つてゐるワイ』 七五三公『一寸待つて呉れ。今お前は此家の御主人を若彦と云つたなア。何故若彦さまと言はないのだ。そんな無茶なこと云ふ奴は、此の門は通されぬのだ。大方魔谷ケ岳の蜈蚣姫の乾児だらう。三五教の宣伝使だなんて、うまく化て来たのではないかな。……オイ秋公、貴様起きて来い。大変な奴がやつて来居つたぞ』 秋公は此声に驚いて、寝巻の儘此場に現はれ来り、 秋公『大変な奴とは此奴か。如何したといふのだ』 七五三公『此方の主人を若彦なんて呼びつけにしやがるものだから、むかつくのだよ秋公』 秋公『それはむかつくとも、オイ何処の奴か知らぬが今日は帰つて呉れ』 魔我彦『其方は謂はば若彦の門番でないか。大神様の御命令で来た吾々を、通すの通さぬのと云ふ権利があるか。早く案内を致せ』 と稍怒りを帯びた語気で呶鳴りつけた。二人は頭を掻き乍ら、 秋公『マア是から吾々門番は手水を使ひ、着物を着換へ、朝飯を食つて悠くりと案内をしてやるから、それ迄其処に待つてゐるが好いワイ』 竹彦『魔我彦さま、広いと云つてもたかが知れた若彦の屋敷、サア、行きませう』 と先に立ち奥に入る。若彦は涼しさうな薄衣を着て、庭先の掃除に余念無く、箒目を正しく砂の上に画いてゐる。 魔我彦『アヽ彼れが何うやら若彦の宣伝使らしい。大将は朝早くから彼の通り、箒を以て園丁の役を勤めて居るのに、門番の奴グウグウと寝やがつて、ポンついてゐやがる。ウラナイ教の北山村の本山でも、依然さうだつた。門番は威張るばかりで働かぬものだ。なア竹彦、貴様も波斯の国ではウラナイ教の門番をしてゐた時、依然さうだつたなア』 竹彦『そんなことを今頃に持ち出すものぢやありませぬぞ。さうしてウラナイ教なんて、疾の昔に消滅して了ひ、今は吾々は立派な三五教の宣伝使だ。昔の門番を、こんな処で担ぎ出されると吾々の沽券が下る。そんな過去つたことを云ふのなら、青山峠の谷間の突発事件を此処で開陳しようか』 魔我彦『シーツ』 竹彦『シーツとはなんだ。人を四足扱ひにしやがつて、シーシー云うと、死んだ奴が又恨めしやーナアーとやつて来るぞ。縁起を祝ふ神の道だ。四と九とは言はぬやうに慎んだがよからう』 と佇んで若彦の掃除を見乍ら二人が囁いてゐる。其の声が耳に入り若彦は、箒を手にしながら両人の姿を眺めて、 若彦『アヽ貴方は魔我彦さまに竹彦さま、朝早くから、よくお入来になりました。どうぞ奥へ通つて下さい。一別以来の御話しも悠くり承はりませう』 魔我彦は儼然として、 魔我彦『私は玉照彦、玉照姫様の御使として、遥々参つたもので御座います』 竹彦『謂はば神様の御使、謹みて御聴きなさるがよろしからう』 と傲然と構へてゐる。若彦は腰を屈め、 若彦『何は兎もあれ、奥へ御通り下さいませ』 と先に立つ。二人は離れ座敷に招かれ、茶湯の饗応を受け、暫く打寛いで四方山の話に耽る事となつた。若彦は表に出で部下の役員信者と共に、神殿に朝の拝礼を為し、一場の説教を了り朝飯を喰つて居る。侍女は膳部を拵へ、離れ座敷の二人の前に持運び、朝飯をすすめて居る。若彦は朝餉を済まし、衣紋を繕ひ、離座敷の二人が前に現はれ、 若彦『これはこれは御両人様、長らく御待たせ致しました。遥々の御越し、何の御馳走も無く誠に済みませぬ』 魔我彦『三五教の教理は一汁一菜と云ふ御規則で御座る。それにも関はらず、イヤもう贅沢な御馳走に預りました。聖地に於ては到底玉照彦様でも、こんな御馳走は見られたことも御座りませぬ。併し乍ら折角の御志、無にするも如何かと存じ、快く頂戴致しました。アハヽヽヽ』 若彦『吾々も三五教の宣伝使、一汁一菜の御規則はよく守つて居ります。併し乍ら今日は神様の御入来ですから、神様に御馳走を奉つたのです。魔我彦さまや、竹彦さまに御上げ申したのでは御座らぬ。貴方は神様に上げたものを、気の毒だから御食れましたと仰有つたが、神様の分まで御食りになつたのですか』 と竹篦返しを喰はされ、二人はギヤフンとして円い目を剥く。 魔我彦『今日吾々の参つたのは大神様の御命令、玉照彦、玉照姫の二柱の神司より、御神慮を伝ふべく出張致しました。貴方は聖地の大変を知つて居りますか』 若彦『聖地は無事安穏に神業が栄えて居るぢやありませぬか』 魔我彦『さてさて貴方は長らく聖地を離れてゐるから解らぬと見えるワイ。貴方の御存知の杢助と云ふ奴、全然聖地へ入り込み、初稚姫の少女の言ふ事を楯に取り、横暴を極め、誰も彼も人心離反し、今に大変動が起らんとして居る。それで高姫さまも非常に御心配を遊ばして御座るのです』 若彦『さうすると貴方は高姫さまの旨を奉じて来られたのか、或は言依別の教主様の旨を奉じて御入来になつたのか、それから第一番に聴かして貰ひませう』 竹彦『そんな事は如何でも好いぢやないか』 と言はんとするを魔我彦は周章て押し止め、 魔我彦『コレコレ竹彦さま、お前は約束を守らぬか。お前の言ふべきところではない、謂はば従者ぢやないか』 竹彦『従者か何か知らぬが依然表面は魔我彦と同格の立派な宣伝使だ。余り偉さうに言つて貰ひますまい。青山峠の絶頂は何うですな』 と顔を覗き込む。 魔我彦『青山に日が隠らば烏羽玉の夜は出なむ。朝日の笑み栄え来て、拷綱の白き腕淡雪の若やる胸を、素手抱き手抱きまながり、真玉手玉手さし巻き、腿長にいほしなせ、豊御酒奉らせ。アハヽヽヽ』 と笑ひに紛らす。 竹彦『ヘン、うまい処へ脱線するワイ』 魔我彦『沈黙だ』 若彦『杢助が何うしたと言ふのですか』 魔我彦『杢助はお前さまを紀州下りまで追ひやつて置き、お前の女房玉能姫をうまく抱き込み、聖地へ連れて行き、言依別の命に密と○○させて、それを手柄に威張つて居るのだ。それが為に聖地の風紀は紊れ、「町内で知らぬは亭主ばかりなり」と云ふ事が突発して居ますよ。お前さんは杢助や、言依別を何と思ひますか。肝腎の女房を○○されて、それで安閑としてゐるのですかな。高姫さまが大変に憤慨なされて「アヽ若彦さんは気の毒ぢや、何卒一日も早く此事を知らして上げ、私と一緒に力を協して聖地を改革せねばならぬ」と仰有つて、錦の宮に御願ひを遊ばしたところ、玉照彦、玉照姫の神司に大神が御降臨遊ばし、「不届至極の言依別、今日より其職を免じ、高姫に一切万事を委任する。就ては杢助を叩き出し、若彦さんを総務にするのだから早く聖地へ帰つて貰へ」との有り難き御言葉、それ故吾々は遥々と参りました』 若彦『それは御苦労でした。併し乍ら貴方の仰有る大変とは、そんなものですか。それはホンの小さい問題ぢやありませぬか。例令玉能姫が○○されたと言つても、吾々さへ黙つて居れば済むことだ。其の位な事が、何大変であらう。アハヽヽヽ』 と手も無く笑ふ。魔我彦はキツとなり、 魔我彦『これは怪しからぬ。自分の女房を○○され乍ら平気で笑うてゐるとは、無神経にも程度がある。イヤ、貴方は玉能姫以上のナイスが出来たので、これ幸ひと思つてゐるのでせう』 若彦『私は神界に捧げた身の上、玉能姫を措いて他に女などは一人もナイスだ。アハヽヽヽ』 と木で鼻を擦つたように笑つて取り合はぬ。 魔我彦『それよりも未だ未だ一大事がある。如意宝珠や、紫の玉や、黄金の玉を隠した張本人は言依別命だ。可愛相に黒姫さまや、竜国別、鷹依姫其他の連中は、玉探しに世界中へ出て了つた。さうして言依別の教主は何でも目的があつて、自分一人で何処かへ隠して了ひよつたのだから、何処までも詮議立をしなくてはなりませぬ。何を云つても玉能姫を○○するために、お前さまを斯んな遠国へ、杢助と諜し合せて追ひやるやうな代物だからなア』 若彦『アヽさうですか、私は言依別様が何をなさらうとも、神界に仕へて居る方だから、少しも異存は申しませぬ、絶対服従ですから』 魔我彦『服従も事に依りますよ。些と冷静に御考へなさい。天下の大事ですから。教主一人と天下とには換られますまい』 若彦『彼の賢い抜目の無い玉治別や、国依別が付いて居るのですから、滅多なことはありますまい。もしも左様なことがあれば、屹度知らして来る筈になつて居るのですから』 竹彦『玉治別や国依別は、モウ現世には………』 と言ひかけるのを、魔我彦は『シーツ』と制し止める。 竹彦『又人をシーなんて馬鹿にするない。シーシー死骸、死人、しぶとい、知らぬ神に祟り無し。死んだがマシであつたかいなア』 と首を篦棒に振り、長い舌を出してゐる。魔我彦は心も心ならず、 魔我彦『若彦さま、此男は些と逆上してゐますから、何を云ふか解りませぬ。チツとキ印ですから其のつもりで聴いて下さい』 若彦『玉治別と国依別さまの消息は御存知でせうな』 魔我彦『………』 竹彦『此の竹彦は知つても知りませぬ。併し乍ら副守護神が能く知つてゐますよ』 魔我彦は矢庭に両手を組み、竹彦に向つてウンと一声、魔我彦は、 魔我彦『副守の奴、除けーツ』 と呶鳴り立てゐる。 竹彦『ウヽヽ油断を致すと谷底へ突落されるぞよ。一旦谷底へ落した上で神が救けて、誠の御用を致さすぞよ。此世は神の自由であるから、人間のうまい計画は成就致さぬぞよ。蛙は口から、われとわが手に白状致さして面の皮を引剥くぞよ』 魔我彦『下れ下れ、下り居らう。其方は野天狗であらう』 竹彦『野天狗でも何でも可いわ、谷底ぢや、押も押れもせぬ三五教の宣伝使でも、矢張押されて谷底へ落ちてアフンと致すことがあるぞよ。今に上が下になり下が上になるぞよ。神が表に現はれて善と悪とを立別るぞよ』 魔我彦『エー喧しい野天狗だ。下れと云つたら下らぬか』 竹彦『ウヽヽ若彦殿、気をつけたがよからうぞよ。悪の誘惑に乗つてはならぬぞよ。何程うまいこと申して来ても、神に伺うた上でなければ、聞いてはならぬぞよ。マガマガマガ』 魔我彦『モシモシ若彦さま、困つた邪神が憑依したものですなア』 若彦『イヤ邪神でもありますまい。大方此の守護神の言ふことは、事実に近いやうですよ。国依別、玉治別の宣伝使は、若しや或はマガタケル彦に谷底へ突き落されたのではありますまいかな』 竹彦『ウヽヽ流石は若彦の宣伝使だ。汝の天眼通、天晴れ天晴れ』 魔我彦は顔蒼白め、ソロソロ遁腰になつて此場を立去らうとする。 若彦『マア魔我彦さま、悠くりなさいませ。天が下には敵も無ければ味方も有りませぬよ。神様が善悪は御審判き下さいますから、吾々は何事が起らうとも惟神に任して居れば好いのですよ。サア、お茶なつと召上りませ』 と茶を汲んで突き出す。魔我彦は身体ワナワナと戦き出した。 斯る処へ召使のお光と云ふ女、あわただしく走り来り、 お光『只今三人のお客様が見えました。何う致しませう』 若彦『表の奥の間へ御通し申して置け』 魔我彦『モシモシ其の三人の方と云ふのは、何んな御方で御座いますか』 お光『なんでも宣伝使さまのやうです。大変大きな御方が一人混つてゐられます』 魔我彦の面色はサツと変つた。竹彦は身体をブルブルと慄はせ乍ら、又神憑りになつて、 竹彦『それ来たそれ来た、谷ぢや谷ぢや、玉ぢや玉ぢや、クニクニクニモクモクモク』 と呶鳴り出した。若彦は、 若彦『コレお光や、四五人の男を此処へ招んで来てお呉れ』 『ハイ』と答へて、お光は表を指して姿を隠し、暫くありて甲、乙、丙、丁、戊の五人の大男を伴れて来た。 若彦『ヤア五人の男ども、私は表のお客さまに少し用があるから、二人のお客さまを見放さないやうに、大切に保護をして居るのだよ。出口入口に気をつけて悪魔の侵入せないように守つてあげて呉れ。遁げられては一寸都合が悪いからなア』 甲『ハイ何事もチヤンと私の胸に御座います。御心配下さいますな』 若彦『何分宜しう頼む。モシ魔我彦さま、竹彦さま、私は表の客人に一寸会つて来ます。何うぞ悠くりお茶でも上つて遊んで下さいませ』 と五人の男に目配せし、悠々と此場を立つて表屋の方に姿を隠す。 (大正一一・六・一〇旧五・一五外山豊二録)
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(1833)
霊界物語 23_戌_木山の里/竜宮島へ出発 15 婆と婆 第一五章婆と婆〔七二七〕 高姫は貫州と共に玉能姫より贈つた新造の船を操り乍ら、漸くにして瀬戸内海の最大巨島小豆ケ島に到着し、磯端に船を繋ぎ、暫し此島に滞在し、山の谷々までも隈なく宝の所在を探さむと、国城山の中腹まで登りつめた。茲には巨大なる岩窟があつて、昔から怪物の潜む魔窟と称へられて居る。 貫州『高姫様、ここには立派な岩窟が有りますなア。玉能姫の奴、ヒヨツとしたら斯う云ふ所へ隠して置いたかも知れませぬ。昔から人の出入した事のない、深い岩窟だと杣人が云つて居りましたから、一つ探険して見ませうか』 高姫『マア暫く考へさして貰はう。どこ迄も注意深い玉能姫の事であるから、吾々両人が此岩窟へ這入るや否や、見張らして置いた味方の奴が穴でも塞ぎ、徳利詰にでもしよつたら、それこそ大変だ。此界隈をせめて四五丁四面調査べた上の事にしよう』 貫州『そんな心配は要りますまい。そんなら此処に貴女は待つて居て下さい。私は一人探険して来ますから……』 と云ふより早く、岩窟の中へ腰を屈めて、ノソノソ這ふ様に這入つて了つた。後に高姫は腕を組み胡床をかき、思案に暮れて独語。 高姫『あゝする事成す事、鶍の嘴程喰ひ違うと云ふのは、ヤツパリ大自在天大国別命の御神慮に背いた酬いかも知れない。一旦鬼雲彦の部下となり、バラモン教の教理を称へ乍ら、又もや三五教の変性男子が恋しくなり、ウラナイ教と銘打つて、中間教を捻り出し、何時の間にか大自在天の名も唱へぬ様になり、再び国治立命を信じ、再転して素盞嗚尊の三五教に逆戻りをなし、今又三五教の幹部の為に散々な目に遇はされ、日の出神さまも如何して御座るのだらうか。此頃は高姫の精神も変だが、日の出神様も何とはなしに便りなうなつて来た。あれ程光る玉の所在が分らぬ様な日の出神では、実際の事役に立たぬ。ヒヨツとしたら此頃は眼病でも患つて居られるのではあるまいかなア。あゝ最早瞋恚の雲に包まれて、一寸先も見えなくなつて了つた。どこを探ねたら此玉の行衛が分るであらうか。但は熱心な黒姫が最早手に入れて居るのではあるまいか、サツパリ五里霧中所か岩前夢中に彷徨すると云ふ高姫の今日の境遇。アーアもう神様が厭になつて了つた。時々腹の中からイロイロの事を言つて聞かして呉れるが、後振り返り眺むれば、一つとして神勅の的中した事はなく、自分の体に憑依して居る霊には、何とはなしに贔屓がつくものだから、自分もチツと怪しいとは思ひ乍ら、今の今迄日の出神の生宮で頑張り、貫き通して来たが、明石の灘で難船に遭ひ、又家島では船を奪られ島流し同様の憂目に会うても、何にも知らして呉れぬ様な盲神の容器になつた所で、日に日に恥の上塗りをするばつかりだ、アヽ如何したらよからうかなア。今更聖地へ引返し、言依別の教主や杢助に対し謝罪るのも馬鹿げて居るし、モウ仕方がない、毒を喰はば皿迄舐れだ。今となつて、ヤツパリ妾は日の出神の生宮では有りませなんだと……そんな事は是迄威張つた手前、言はれた義理でもなし。……一つ守護神に談判をして其上の事にしよう。……コレコレ腹の中の守護神、チツと発動して妾の質問に答へて下さい。今度は今迄の様なヨタリスクは聞きませぬぞ。ネツトプライスの誠一つを開陳なされ。返答に依つては高姫も今日限りお前の言ふ事は聞かぬのだから、サア早く発動せぬか、口を切らぬか』 と拳を固めて臍の辺りを力一杯擲りつけて居る。如何したものか、今日に限りて日の出神と称する憑依物も、チウの声一つ挙げず、臍の下あたりに萎縮して、小さき毬の様になつて付着して居る。高姫は力一杯其玉の上から握り詰め、 高姫『サアどうぢや、なんとか返答せぬか。結構な変性男子の系統の肉体を、今迄よくも弄物にしよつた。捻り潰してやらうか』 と腹の皮が千切れる程力を籠めて、グリグリとした固い塊を握り潰さうとする。腹の中より、 (木常姫の霊)『アヽ痛い痛い。白状します。どうぞ宥へて下さい。私は金毛九尾の狐の乾児、昔エルサレムの宮で、大八洲彦命以下の神々を苦めた木常姫の霊で御座います。其木常姫の分霊が疑つて貴女の肉体が形作られ、此世に生れて来たのだ。そして私は同じ身魂の分派だから、お前に憑るより外に憑る事は出来ないのだ』 高姫『よう白状した。大方そんな事だらうと思うて居つたのだ。併し乍ら同じ身魂の因縁なれば、お前の云ふ通り離す訳に行かず、妾も実際はお前と別れとも無い。併し木常姫の霊魂だなぞと、何と云ふ弱音を吹くのか。始めから日の出神と偽つて現はれた以上は、どこまでも日の出神で通さぬか。そんな気の弱い守護神は妾は嫌ひだ。サア是から妾がキツと教育をしてやるから、今迄の様に此肉体を自由自在に使ふ事はならぬぞ。高姫が今度はお前を使ふのだから、さう思へ』 木常姫の霊『肉体が霊をお使ひになれば、体主霊従になりはしませぬか』 高姫『エー又しても、お前までが理屈を言ふのか。世間の奴は皆表面でこそ霊主体従と済ました顔して吐いて居るが、分らぬ奴だなア。物質の世の中にそんな馬鹿な事が如何して行へるものか。体主霊従が天地の真理だ。妾は今迄お前の霊に従ひ、霊主体従を守つて来て、一つも碌な事は出来なんだぢやないか。体主霊従に世の中は限る。虚偽式生活は此高姫の取らざる所、これからはスツクリ気を持直し、赤裸々に露骨に、体主霊従を標榜して世の中に立つ心組だから、お前もそう心得ろ』 木常姫の霊『アヽ仕方がない。何を言つても水のでばなに聞いて呉れる筈がないから、ここ暫くは沈黙の幕をおろさうか。アハヽヽヽ』 と自問自答を荐りにやつて居る。 此所へ糞まぶれになつて登つて来た一人の宣伝使があつた。宣伝使は岩窟の前に中婆の首を垂れ、モノログして居るのを見て、 宣伝使『ハハア、此奴ア気違だなア。独り言うては独り答へて居よる。昔から腹の中から自然にものを言ふ病気があると云ふ事を聞いて居つたがテツキリ斯んな奴の事を云うたのだらう。神懸[※三版・御校正本・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑」。このセリフ内の他の2ヶ所も同じ。]にしては少し調子が違ふ。併し乍ら病気でも何でも可い、腹の中より何でも可いから、物を言つて呉れると、実否は兎も角も、神懸として誤魔化すのに都合が好いけれど……自分の様に何時まで修行しても、鎮魂しても、腹の中からウンともスンとも言うて来ない者には困つて了ふ。あちらでも神懸の真似をしては失敗し、こちらでも真似をしては失敗し、到頭洲本の酋長の宅に於て、九分九厘と云ふ所で、女房に看破され肝を潰し居る所へ、死んだ筈の主人が帰つて来よつて大いに面目玉を潰し、雪隠の中から籠脱けをやつた時の苦しさ、恐さ、大自在天様のお蔭で漸く海辺に無事到着し、一艘の舟を見付けて、無理やりに沖へ漕出し、暴風に吹き流され、此島までやつて来たのだが、雪隠を潜つた時に、自分の宣伝使服は雪隠の雑巾役を勤めよつたと見えて、未だに怪体な臭気がする。アヽ困つた事だ。一層の事、再び改悪して、此婆を裸にし、臭い着物と取換こをしてやらうかなア』 と何時の間にか小声が大きくなり、高姫の耳に聞えて来た。高姫は、大部分宣伝使の独語を聞き悟り、 高姫『オツホヽヽヽ、糞まぶれの宣伝使、雪隠の雑巾と日の出神の生宮の教服と換るなんて、そんな大それた野心を起すものぢやない。チヤンとお前の腹の底まで見抜いてあるのだから……』 宣伝使『ヤアお前は何処の婆アか知らぬが、俺の腹中をさう早くから見透かして居るのなれば仕方がない。止めて置かう。俺の着物にはドツサリと黄金色のババが付いて、ババの着物になつて了つた。貴様のを脱がした所でヤツパリババの着物だ。……オイ婆さま、どこぞ其処らの谷川で俺の着物を洗濯して呉れぬか』 高姫『日の出神の生宮の宣伝使と、洗濯婆と間違へられては迷惑だ。こんな高い山の水もない所に、洗濯婆が居るものか。谷川の畔へでも行つて探して来い。婆は川に付物だ。此婆は世界の人民の身魂を洗濯する大和魂の根本の洗濯婆だぞ。……ヘン宣伝使面をしやがつて、何をとぼけて居るのだ。余程よい頓馬野郎だなア』 と今までの腹立ち紛れに、宣伝使の方へ鉾を向けて了つた。 宣伝使『なんと口の達者な婆アも有ればあるものだ。恰度今ウラナイ教を立てて居る高姫の様な、口喧しい婆アさまぢやないか』 高姫『その高姫は此肉体ぢや。わしの名を如何して知つて居るか』 宣伝使『私は其時に雉子と云つた男だ。お前が鬼雲彦の膝元へ出て来て、バラモン教を聞いて居つた時、私も聴いて居つた。あの時の事を思へば随分年が寄つたものだなア……今はバラモン教の宣伝使友彦と云ふ名を賜はつて、自転倒島一円の宣伝に廻つて居るのだ』 高姫『アヽさうかい。そんなしやつ面で宣伝が出来たかな』 友彦『センデン万化に身を窶し、獅子奮迅の勢で活動した結果、とうと糞塵の中に陥り、フン失の所だつた。アハヽヽヽ』 と打解けて笑ふ。 高姫『お前もそこまで糞度胸がすわつて、雪隠の中まで潜れば、最早是から上り坂だ。糞に生く雪隠虫は遂には這ひあがつて、空中飛行自在の玉蠅となり、どんな偉い人間の頭へでも止まつて、糞を放りかける様になるものだ。お前も是から一つ糞発して、妾と一緒に活動したらどうだ。フンパツせいと云つても雪隠へ往て尻をまくるのだないぞツ』 友彦『お前は随分口の達者な糞婆ぢやなア。併し乍らヤツパリ、ウラナイ教とか云ふ中間教を立て通して居るのかい』 高姫『バラモン教も、鬼雲彦の大将、大江山の砦から三五教に追ひまくられて逃げ帰る様な腰抜教なり、ウラナイ教から一寸都合に依りて、元の三五教へ逆転して見たのだが、ヤツパリ此奴も糞詰り教だ。何分穴の無い教だから、万事万端行詰りだらけ、それに分らず漢が幹部を占めて居るのだから活動しようと思つても手も足も出し様がない。併し乍らバラモン、ウラル、ウラナイ、三五、四教を通じて一番勢力の有るのは依然三五の道だ。此島には天上天下唯我独尊的の三つの宝があるのだが、其奴の隠し場所を探し当てさへすれば、三五教は吾々の自由自在になり、天晴れ神政成就は出来るのだから、玉の所在を探さうと思つて、一人の家来を連れて此島まで来た所だが、お前も事と品に依つたら家来にしてやるから、今迄の経路を物語つて呉れ。先づ第一にお前の着物の因縁から聞かう。雪隠から脱け出た事は聞いたが、それは何処の雪隠だい』 友彦は有りし次第を悉く物語りける。 高姫『さうすると、お前は東助の宅へ行つたのだな。彼奴は三人の男を連れて帰つた筈だが、お前見たのかい』 友彦『何だか三五教の宣伝使の服を着けて居つたやうだ。併し乍ら東助にスツカリ服従して、是から東助を大将に、高姫の所在を探ね打亡ぼさねば置かぬと云うて、力んで居ましたよ』 と嘘を並べ立て、高姫の肝を挫がうとする。高姫は驚いて口を尖らせ、目をグルグルと廻転させ乍ら、 高姫『そりや本当か。そして何時出て来ると云つて居つたかな』 友彦『何でも東助の囁くのを聞けば、高姫は小豆島に漂着したに違ないから、数百人の軍勢を引連れ、全島を片つ端から捜索して、高姫を生擒にして連れ帰り、舌を抜いてやると云つてましたよ。用心せぬと何時やつて来るか分りませぬぜ。アツハヽヽヽ』 と笑ふ。高姫は其顔をチラリと見て、 高姫『エー腹の悪い。そんな恐喝を食ふものか、小豆ケ島へ来たと云ふ事がどうして東助に分る道理があらう。又お前の声色と云ひ、顔色と云ひ、嘘を吐いて居るのだろ』 友彦『アヽそこまで看破されては仕方がない。お察しの通りだ。マア嘘にして置きませうかい』 斯く話し合ふ所へ、顔一面に蜘蛛の巣だらけになつた貫州は、数多の衣類を小脇に抱へて出て来た。高姫はこれを見て、 高姫『ヤアお前は貫州、一体其顔は如何したのだ』 貫州『ハイ此処は恐ろしい泥棒の岩窟と見えて、沢山の掠奪品が山の如く積んで有りました。私も泥棒のウハマヘをはねて、大泥棒となり、顔は此通りクモ助になつて出て来ました。資本が何分懸らぬ代物だから、安うまけと来ます。絹物も有れば、木綿物も有るが、突込みで一尺何程で卸ませうかい。……ヤア何だ、怪しい臭気がすると思へば、そこに糞まぶれの着物を着てる奴が一人立つて居る。大方雪隠虫のお化けだらう。早速此奴ア買手が出来た。世の中はようしたものだ。斯んな山中に店出しした所で、たアれも買手は有るまいと思うて居つたのに、出せ買はう……とか云つて、不思議なものだなア』 と一人洒落てゐる。 高姫『お前そんな悪い事をして、何ともないのか。神様に済まぬぢやないか』 貫州『私の天眼通で糞まぶれの人間が今出て来ると云ふ事を、チヤンと悟りました。こんな所で洗濯する訳には行かず、困つてるだらうと思つて、慈善的に抱へて来たのだ。サア俺の物ぢやないけれど、お前勝手に着たがよからう』 友彦『持主の分らぬ着物を勝手に着る訳には行きませぬ。買ふとか、借るとかせなくては、黙つて着服すれば泥棒になりますから……』 貫州『殊勝らしい事を言ふな。お前は宣伝使のサツクを嵌めて泥棒をやつて居つた男に違ひない。お前の面付は、どう贔屓目に見ても、泥棒としか俺の天眼通に映じない、大方貴様の…ここは親分の根拠地だらう。何だか此岩窟の奥には大勢の声が聞えて居つたから、ソツト是れ丈の着物を引抱へ逃げ出して来たのだが、貴様も大方岩窟の乾児に違ひあるまい』 友彦『これは聊か迷惑だ。実の所は始めて此島へ漂着したばかりだから、そんな痛うない腹を探るものだない。併し此着物は暫く拝借しよう。其代りに私の衣類を渡すからお前御苦労だが、岩窟の中まで持ち運んで置いてくれぬか』 貫州は、 貫州『勝手にせい』 と捨台詞を残して、又もや岩窟の中に駆込んだ。高姫、友彦も続いて岩窟の中に入る。或は広く、或は狭く、起伏ある天然の隧道を、身を堅にし横にし、或は這ひなどして漸く広き窟内に進み入つた。どこともなく糸竹管絃の音が聞えて来る。三人は怪しげに耳を澄まして其音の出所を佇み考へ込んだ。或は前に聞え、後に聞え、右かと思へば左、左かと思へば頭の上に、地の底に音がする。途方に暮れ、半時ばかり無言の儘、顔を見合せて考へ込んでゐた。傍の岩壁は音もなくパツと開いて、中より現はれ来る一人の婆ア、三人を見るより、 婆(蜈蚣姫)『アヽ、お前は鷹鳥山に巣を構へて居つた鷹鳥姫其他の奴だなア。アヽよい所へやつて来た。サア是れから日頃の恨みを晴らし、金剛不壊の玉や紫の玉の所在を白状させねば置かぬ』 高姫『これはこれは御高名は予て承はりて居りましたが、一つ谷を隔てた魔谷ケ岳と鷹鳥山、御近所で居り乍ら、誠に御不沙汰を致して居りました。妾も其玉を……よもやお前さまが何々してゐるのではあるまいかと思うて来たのです。人を疑うて誠に済みませぬが、貴女もあの玉に就ては非常な執着心がお有りなさるのだから、妾が疑ふのも強ち無理では有りますまい』 とシツペ返しに捲し立てる。蜈蚣姫は顔色を変へ、 蜈蚣姫『盗人猛々しいとはお前の事だ。何なと勝手にほざいたがよからう。此穴にはスマートボールや其他の勇士が沢山に抱へてあるから、最早お前達は袋の鼠も同様、運の尽きぢやと諦めて、神妙に白状したがよからう。あのマア迷惑相な面付わいの、オツホヽヽヽ』 と肩を揺り、腮をしやくり、舌まで出して笑ひ転ける憎らしさ。 高姫『お前さまは音に名高い鬼ケ城山、鬼熊別の奥さま蜈蚣姫さまと云ふお方でせうがなア。妾も元は鬼雲彦の弟子となり、バラモン教の教理を信用して聞いた事がある高姫で御座います。今は一寸都合があつて、三五教の宣伝使と化け込んでゐるのだが、心の底はお前さまと同様、ヤツパリ大自在天様を信仰し、生命までも捧げて、千騎一騎の活動をしてゐるので御座います。どうぞして三五教の三つの宝を奪ひ取り、それを手柄にメソポタミヤの本山へ献上し、御神業を助けたいばつかりに、斯うして化けてゐるのですよ。貴女方は今迄妾を敵と思うて御座るが、決して敵ではありませぬ。強力なる味方です。玉の所在が分らうものなら、それこそ隠す所か、貴女の手を経て鬼雲彦様に奉つて貰ふ考へで、これ丈苦労をしてゐるのです。三五教の教主言依別命が、玉能姫、初稚姫と云ふ女や子供に現を抜かし、肝腎の玉を隠さして了ひよつたのだから、何でも其所在を探さうと思つて、此島までやつて来たのが、神様の不思議の縁で、思はぬ所でお目に掛りました』 蜈蚣姫『アヽそう聞くとメソポタミヤでお目に掛つた高姫さまによく似てゐる。それなら何故妾が魔谷ケ岳に居つた時、お前さまは三五教ぢやと云つて反対をしたのだ。それが一体合点がいかぬぢやないか』 高姫『アハヽヽヽ、誰も彼れも皆、此高姫の腹は知らない奴計りだから、三五教の熱心な宣伝使とのみ思うて居る矢先に、何程お前さまに会ひたうても、会ふことが出来ない。そんな事ども分つた位なら、今迄の苦心が水の泡になるのだから、妾の心もチツと推量して下さい。神の奥には奥があり、其又奥には奥があるのだから、そんな企みをして居れば直に発覚しますから、事を成さむとする者は仮令、自分の夫であらうが、女房であらうが、何程信用した弟子であらうが、一口でも喋る様な事では、成就しませぬからな。オホヽヽヽ』 蜈蚣姫『何とお前さまは感心な人ぢや。さう事が分かれば敵でもなし、姉妹同様、サアどうぞ奥へ通つてゆつくりと寛ろいで下さい。昔話をして互に楽みませう』 と今迄と打つて変つた挨拶振りに、高姫は与し易しと心の中に笑ひ乍ら、蜈蚣姫の後に従いて、奥の間に進み入る。 貫州、友彦は入口の間に木の根で造つた火鉢を与へられ、手をあぶり乍ら、様子如何にと待つて居た。高姫は今後如何なる策略をめぐらすならむか。 (大正一一・六・一三旧五・一八松村真澄録)
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霊界物語 24_亥_豪州物語1(高姫と蜈蚣姫) 04 一島の女王 第四章一島の女王〔七三四〕 今迄皎々たる浄玻璃の月は忽ち黒雲に蔽はれ、満天の星光は瞬く中に雲の帳に包まれた。海面は俄に薄闇く、暴風忽ち臻り、小舟を波のまにまに翻弄虐待する。船底に横たはり以前の夢を見て居た小糸姫は驚いて目を瞠り、 小糸姫『アヽ大変な恐ろしい夢を見た。……これ船頭さま、俄に闇くなつたぢやないか、此処は一体何と言ふ所だなア?』 チャンキー『あまり暗くて薩張り見当がとれなくなりました。然し大方ニユージランドの近辺だと思ひます。波は刻々に高くなり、もう此上は風に任して行く処まで行るより仕方がありませぬ。斯う言ふ時にバラモン教のお経を唱へて下さつたら、チツトは風も凪ぎませう。お姫様、何卒神様に願つて下さいな』 小糸姫『此通り風が吹き波が荒く立ち騒ぎ……櫓櫂の方に一生懸命に力を入れて呉れる方が妾に取つて何程安全だか知れませぬよ。最前の夢の様な目に会はされては迷惑だから……』 モンキー『夢にドンナ目に会はれましたな?』 と言ひ乍ら一生懸命に櫓を漕いで居る。山岳の如き波の間を、船は木の葉の風に散る如く浮きつ沈みつ、荒波の翻弄に任すより途はなかつた。忽ち巨大なる音響と共に船は一つの岩山に衝突し、滅茶々々になつて仕舞つた。小糸姫は辛うじて壁を立てた如き岩に壁蝨の様に喰ひつき、運を天に任し経文を唱へて居る。二人の男は如何なつたか浪の音に遮られ、一声さへも聞く事が出来なかつた。一時ばかり経つと思ふ頃、空を包みし黒雲は拭ふが如く晴れ、風は凪ぎ、浪静まり、魚鱗の月光は海上一面に不知火の如く瞬き初めた。斯かる所へ四人の女を乗せた一艘の小舟、島影より悠々と現はれ来り、小糸姫が叫ぶ声を聞きつけ、中の一人は棹をさし述べ漸々にして小糸姫を船中に救ひ上げた。二人の男の影は目に当らなかつた。小糸姫は疲労の結果、船底に横たはつたまま二時、三時ばかり顔を得上げず、礼をも言はず蟹の如うな泡を吹いて苦しみ居たり。 メソポタミヤの顕恩郷鬼雲彦が本城に 種々雑多と身を窶し神素盞嗚大神の 御言畏み八乙女が鬼雲彦の側近く 仕へ待りてバラモンの悪逆無道を立直し 国治立の大神の至仁至愛の御息より 現はれ出でたる三五の神の教に服はせ 名実叶ふ顕恩の郷の昔に復さむと 心を配る折柄に天の太玉宣伝使 数多の司を伴ひて顕恩城に入り来り 言霊戦を開始して鬼雲彦の大棟梁 其他の魔神を伊照らせば忽ち大蛇と身を変じ 雲を起して遁げ去りぬ天の太玉宣伝使 顕恩郷を掌り此処に八人の乙女子は 天地四方の国々に三五教の御教を 宣べ伝へんと手を別けて荒野を彷徨ふ折柄に バラモン教の枉神に嗅出されて捕へられ いたいけ盛りの姉妹は半破れし釣舟に 投げ入れられて浪の上何処を当てと定めなく 漂ひ来る折柄に大海中に突き立てる 岩ばかりなる一つ島辺に漕ぎ着き眺むれば 何れの人か知らねども年端も行かぬ真娘 岩に喰ひ付き声限り救ひを求めて叫び居る 仁慈無限の五十子姫は三人の女子と諸共に 言はず語らず心合ひ棹を延ばして救ひあげ 互に櫓櫂を操りつ風に送られ西南 竜宮島を指して行くあゝ惟神々々 霊の幸を隈もなく世人の上に照らします 至仁至愛の神の御救ひに小糸の姫は生きかへり 撥ね返りたる心地して朝日の豊栄昇る頃 漸く頭を抬げける四辺を見れば四柱の 顕恩郷に見覚えの娘と見るより仰天し 暫し言葉も無かりしが漸く心落ち着けて 『あゝ訝かしやいぶかしや夢か現か幻か 五十子の姫や梅子姫御供の宇豆姫、今子姫 貴女は何故海原に彷徨ひ来り在しますぞ 是には深き理由の在するならむ詳細に 宣らせ給へ』と手を合せ胸もどきどき問ひかくる。 五十子姫は小糸姫に向ひ、 五十子姫『貴女は顕恩郷の鬼熊別様のお娘子、如何して、マア斯様な処へお越しなされましたか。さうして友彦様は如何遊ばしましたか』 小糸姫『それよりも貴女等四人様、斯様な処へ御船に乗つてお越し遊ばすとは合点が参りませぬ。何の御用で何処へ御いでになりますか、お聞かせ下さいませな』 五十子姫『是には深い仔細が御座いまする。何れゆるゆる聞いて頂きませうが、貴女から何卒先へお口開きを願ひます』 小糸姫は『ハイ』と答へて、顕恩郷を出でしよりその後友彦に別れ、此処迄逃げ来りし一伍一什の顛末を包み隠さず述べ立てた。四人は年にも似合はぬ小糸姫の悪竦にして豪胆なるに舌を捲きける。 梅子姫は呆れ顔にて、 梅子姫『随分貴女も人格がお変りになりましたね』 小糸姫『さうでせうとも、妾は竜宮の一つ島の未来の女王ですから、今迄の様な嬢や坊では数多の国人を治める事は出来ませぬ』 と未だ島影さへも見えぬ内から、早くも竜宮島を腹に呑んで居る豪胆不敵の女なり。 五十子姫、梅子姫は善悪は兎も角、野蛮未開の地の女王としては最適任ならむ、此船に乗つたのを幸ひ竜宮島に到着する幾多の日数を応用して三五教の教理を体得せしめ、精神的天国を建設せしめむと早くも心に定め……顕恩郷を立ち出で、三五教の教理を四方に宣伝せむとする時しも、バラモン教の片彦、釘彦一派に捕へられ、此海に漂流し来りし事の顛末を細さに物語り、互に敵味方の障壁を除却し、一蓮托生の船の上にて遂に首尾よく小糸姫に三五教の教理を植付けた。 小糸姫は船中より已に女王気取で五十子姫、梅子姫を顧問か参謀の様に独り定めにして仕舞つた。今子姫、宇豆姫は自分の小使として待遇して居た。五十子姫、梅子姫は良き機関を得たりと喜び、表面十六才の阿婆摺れ娘の小糸姫を首領と定め、漸くにして五人の女は竜宮島のクスの港に無事到着し、船を岸辺に繋ぎ、五人は宣伝歌を歌ひ乍らさしもに広き一つ島を足に任せて進み行く。日は漸く没して四方闇黒に包まれ、五人はとある谷川の辺に蓑を敷き安々と寝に就きけり。 猛獣の声は山岳も揺ぐばかり唸り出した。豪胆不敵の五人の女は松風の音か琴の音位に軽く見做し、其声を就寝の栞とし、他愛も無く此処に一夜を明した。四辺の果実をむしりて腹を拵へ、草茫々と身を没するばかりの谷道を宣伝歌の声に木霊を響かせ乍ら、進み進みて或る一つの平坦なる部落に出たり。山と山とに包まれたる摺鉢の底の様な稍広き原野と山腹に穴を穿ち、炭焼竈の様に各戸煙をボウボウと立てて居る。五人は原野の中央にある小高き大岩の上に登り、声を限りに天津祝詞を奏上し宣伝歌を歌ひ出した。此声に驚いてか、山腹の数限りもなき穴より色の黒き老若男女一つの穴より或は五人或は十人、二十人と這ひ出で各柄物を手にし、五人の立てる大岩の周囲に蟻の如く群がり集まつた。此処は一つ島にても稍都会と聞えたる萱野ケ原といふ処であつた。一同は色白き五人の美女が岩上に立てる姿を見て、天津乙女の天上より降り給ひしものと固く信じ随喜の涙を流し乍ら、四方八方より掌を合せ拝跪敬礼して居る。 斯かる処へ山奥より法螺貝の声「ブウブウ」と響き渡り、見れば数百人の荒男を率ゐた大男駻馬に跨がり、ツカツカと此場に現はれ来り、 大男(ブランジー)『ヤア、汝は何れの国より漂着してうせた。此一つ島は、他国人の上陸を許さざる秘密境だ。誰の許可を得て出てうせた。速に其岩を下り一々事情を申し伝へよ』 小糸姫は泰然自若、満面に笑を湛へて大男の一行を看守つた。四人の宣伝使も同じく両手を組み合せ、儼然として小糸姫の両脇に立ち、一同の顔を打ち看守つた。大の男は声荒らげ、 大男(ブランジー)『此方は一つ島の大棟梁ブランジーと言ふ者である。此方の威勢に恐れぬか。一時も早く座を下り我等が縛につけ』 と鬼の如き眼を光らしグツと睨めつけたるを、小糸姫は莞爾と笑ひ、 小糸姫『愚なりブランジー、妾は天津神の命を受け、只今四柱の従者を率ゐ、五色の雲に乗り此一つ島に天降りしものぞ。此国は妾が治むべき神の定めの真秀良場なれば今日より妾に誠心を捧げて仕ふるか。さもなくば、天譴を下して槍の雨を降らせ、雷の弾を以て懲戒の為め汝等を打滅し呉れむ。返答如何に』 とキツと言ひ渡せば、流石のブランジーも崇高なる女の姿に首を傾け、暫し思案に暮れて居た。数百人の荒男は武装の儘大地に平伏し、五人に向つて萱野ケ原の住民と共に両手を合せ随喜の涙に暮れて居る。ブランジーは此光景を見て我を折り、又もや馬を下り大地に平伏して帰順の意を表したり。小糸姫は言葉淑やかに、 小糸姫『汝は天津乙女の棚機姫に帰順せし徳に依つて、妾が従司となし重く用ひむ。飽迄も誠を以て吾等に仕へよ』 と巧く言霊を応用すれば一同は感に打たれ、五人の宣伝使を神人と敬ひ、前後を護りて稍展開せる美はしき原野の中の都会に導き、広殿に五人を迎へて心よりの馳走を拵へ、いと懇に誠意を表したりける。 茲に五人は一つ島の花と謳はれ、三五の神の教を四方に宣伝し、其驍名は全島に轟き渡りけり。此処を是より地恩郷と命名し、小糸姫は遂に島人に挙げられて女王となり黄竜姫と改名する事となりける。 茲に五十子姫は今子姫を従へ、梅子姫、宇豆姫を小糸姫が左右に侍せしめ、自転倒島さして神素盞嗚大神の御跡を慕ひ進み渡る事となりぬ。ブランジーの妻にクロンバーといふ女あり。夫婦何れも五十の坂を四つ五つ越えたる年輩なり。ブランジーはクロンバーと共に今は黄竜姫の宰相役となり、遠近に其名を轟かして居た。クロンバーは或時黄竜姫に拝謁を乞ひ奥の間近く進み入り、 クロンバー『黄竜姫様に折入つてお願ひが御座います。妾の夫ブランジーは貴女様のお見出しに預り、宰相として恩寵を辱なうし、此島に於ては飛ぶ鳥も落す勢となりました。クロンバー身にとり有難く御礼の申し上げ様も御座いませぬ。御存じの通り大男の不束者で御座いますれば、何卒御見捨てなく末永く使つてやつて下さいませ。妾は実は此島の生れではなく、聖地エルサレムに仕へて居りました者で御座いますが、大切なる玉の紛失せし為め其所在を探ねむと、竜宮の乙姫様の生宮として今年で殆ど満二年、残る隈なく探せども今に所在は分らず、何卒々々貴女の天眼力を以て御示し下さらば有り難う御座います』 黄竜姫は厳然として、 黄竜姫『是は珍らしき汝の願ひ、其玉と申すは如何なる玉なるぞ』 クロンバー『ハイ、左様で御座います。金剛不壊の如意宝珠に黄金の玉、紫の玉の三つの御宝で御座います。今迄は自転倒島の三五教の東本山に納めありし処、何者にか盗み取られ今に行方が分りませぬ。黄金の玉は妾が保管致して居りました所、何者にか盗み出され、又残り二つの玉は噂に聞けば是亦行方不明との事、何卒貴女の御神力を以て、此島の何れの地点にあるやお示し下さらば有り難う存じます』 黄竜姫はさも鷹揚さうに微笑み乍ら、 黄竜姫『其宝玉は此竜宮島には隠しては無い。自転倒島の或地点に隠しあり、容易に発掘すべからず、最早汝は玉に対する執着心を離れ、ブランジーと共に誠心を尽して国務に奉仕したが宜からう』 と言ひ捨て逃ぐるが如く奥殿に姿を隠して仕舞つた。後にクロンバーは独言、 クロンバー『アーア、仕方がない。黄金の玉を紛失し、高姫様に叱り飛ばされ、守護神の囁きに依つて竜宮の一つ島に隠しあると聞き、此処まで探ねて来たものの、此広き島に三年や五年国人を使うて探して見た処で雲を掴む様な咄し、黄竜姫様のお言葉に依れば三つの宝は此島には無いとの事、如何したら宜からうか。彼の玉無き時は如何しても聖地に帰り高姫様に会はす顔がない。此黒姫は夫高山彦と共にブランジー、クロンバーと外国様に名を変へて此島に居るものの、もう斯うなつては何程結構な役を仰せ付けられても聖地に比ぶれば物の数でも無い。アヽ早く帰り度いものだナア』 と語る折しもブランジーは此場に現はれ、 ブランジー『ヤア黒姫、早く館へ帰らうぢやないか。黄竜姫様の御機嫌を損ねてはならないぞ』 クロンバー『高山さま、何を仰有る、もう妾は此島が嫌になりました。何程探したとて此広い島に手掛りの出来る筈がありませぬ。此上は破れかぶれ、一旦聖地へ立ち帰り、三五教を根本より立直し、言依別の教主を追つ放り出さねば虫が得心致しませぬ。我々夫婦が波濤万里の此島へ来て苦労するのも、皆言依別のためではありませぬか、エヽ残念や、口惜や、妾はもう破れかぶれ、是から狂乱になりますから其積りで居て下さい』 ブランジー『ハヽヽヽヽ、又何時もの疳癪病が突発したのか。マアマア宅へ帰つて、酒でもゆつくり飲んで其上の事にしようかい』 と背を三つ四つ打ち、クロンバーの手を引いて己が館へ帰り行く。 (大正一一・六・一四旧五・一九北村隆光録)
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霊界物語 24_亥_豪州物語1(高姫と蜈蚣姫) 14 タールス教 第一四章タールス教〔七四四〕 玉治別は合点ゆかず、次の間に押出され天然の岩の鏡に向つて吾鼻を調べて見たるに、鼻は不細工に膨れ上り、熟した紫葡萄の様な色になり居たりける。 玉治別『ヤア、是で読めた。真黒ケの此鼻では、テールス姫さまも……エツパエツパ……と仰有つた筈だ。イーエスイーエス……と仰有るのも尤もだ。エヽ残念な……どうぞして此鼻が元の通りになれば、も一つ揶揄つて友彦の慢心せぬ様に戒めてやるのだが、神様も聞えませぬワイ。到頭残念乍ら大失敗かな。それは如何でも宜いが、数多の土人が折角尊敬して呉れて居たのに如何して此面が向けられよう……アヽ天教山に在します木花咲耶姫命様、何卒此花の黒いのをお癒し下さいませ。惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世。はなは桜木、人は武士、名を後の世に穢さぬ様に、木花咲耶姫さま何卒々々神直日大直日に見直し聞直し、何卒此玉治別に暫時の間、赤いはなを持たせて下さいませ』 と一心に念じた。不思議や葡萄の様な鼻の色はサツと除れ、一層麗しき鮮紅色の鼻となつて仕舞つた。 玉治別『神様、早速お聞き届け下さいまして有難う御座います。併し乍ら、もう友彦の膏は取りませぬ。之から私は此処を立去つて西へ西へと進み、次の部落を宣伝します』 と言ひ乍ら、次の間へ悠々と下つて来た。チーチヤーボールは又もや此姿を見て打驚き、 チーチヤーボール『ボースボース、チユーチチユーチ、チーリスタン、ポーリンス、テークテーク、オツポツポオツポツポ』 と言ひ乍ら恐相に後退りする。此意味は、 『此人は神か悪魔か、訳の分らぬ大化物だ。迂濶して居ると如何な神罰が当るか知れぬ……皆の者、用心せい。さうして皆々、お詫をせい』 と言ふ事である。一同はチーチヤーボールの言葉に頭を大地につけ、 一同『プースープースー』 と声を揃へて謝つて居る。「プースー」と言ふ事は「お許し」と言ふ事である。玉治別は口から出放題に、 玉治別『トーリンボーストーリンボース』 と言つた。誰も彼も此声に頭を下に足を上にノタノタと歩き出した。中心を失つて何れも是もバタバタと前後左右に倒れて仕舞つた。 玉治別『クース、リヤー、ポール、ストン』 と出放題を言つて見た。此言葉は、 『皆さま許して上げますから御安心なさい』 と言ふ意味に惟神的になつて居たのである。一同は声を揃へて「ウワーウワー」と言ひ乍ら玉治別を胴上げし「エツサーエツサー」と声を揃へて一里ばかり山道を送り、谷一つ向ふへ風の神でも送る様にして送りつけ、一生懸命に鬨を作つて逃げ帰り行く。玉治別は後見送つて、 玉治別『何だ、薩張り訳が分らぬ。まるで疱瘡神でも送る様にしやがつた。余程俺が恐かつたと見えるワイ、アハヽヽヽ。……時に玉能姫様、初稚姫様は何方へお行きなされたらう。洒落どころの話ぢやない。一時も早く御所在を探さねば申訳が無い』 と思案に暮れて両手を組み俯向いて居る。其処へガサガサと足音をさせ乍ら近寄り来るものがある。見れば大なる白狐であつた。玉治別は白狐に向ひ、 玉治別『やア貴方は鬼武彦様の御眷属月日明神様、ようこそ御いで下さいました。初稚姫様、玉能姫様の所在をお知らせ下さいませ』 白狐は無言のまま、打頷き尾を二三遍左右に掉り、ノソノソと歩み出した。玉治別は白狐の後に従ひ、樹木茂れる山林の中を右に左に小柴を分け乍ら、大蛇の背を踏み越え或は跨げ、二三里ばかり西北指して随いて行く。谷の底に幽に聞ゆる天津祝詞の声、耳を澄まして聞いて見れば確に初稚姫、玉能姫の声の様であつた。念の為めと再び目を塞いで声の所在を確めた上、目を開けば白狐の姿は影も形もなくなり居たりけり。 玉治別は谷底の声をしるべに草を掻き分け下つて行く。不思議や今迄聞えた声はピタリと止まり、谷川の岩に打かかる水音のみ囂々と聞え、雪の如き飛沫を飛ばして居るのみで、人の影らしきもの少しも見当たらない。谷川の上流下流を声を限りに、 玉治別『玉能姫様、初稚姫様』 と呼ばはりつつ捜索すれども何の応答もなく、谷川の水音に加へて猛獣の唸り声、刻々に烈しく聞えて来る。谷川の彼方を見れば蜿蜒たる大蛇、鎌首を立て三四尺もあらむと思はるる舌をペロペロと出し、玉治別を睨みつけて居る。 玉治別『ヤア、大変な太い奴だ。確に此処にお二人の声がして居た筈だが、大方大蛇の奴、呑んで仕舞ひやがつたのだらう。アヽ残念な事をした。友彦等を面白半分揶揄つて居た天罰で遅くなつたか。も一歩早かりせば、お二人をヤミヤミと蛇腹に葬るのではなかつたのに、三五教の御教には……油断は大敵、一寸の間も油断を致すな、改心の上にも改心を致して、一呼吸の間も神を忘れな、慢心は大怪我の基だ……と戒められてある。我々も日々口癖の様に世人に向つて……慢心をすな、改心をせよ……と言つて宣伝に廻つたが、遂には無意識的に蓄音機の様に出る様になつて、言葉ばかり立派で魂が脱けて居つた。それだからコンナ失敗を演じたのだ。エヽ憎き大蛇の奴、……否々決して大蛇が悪いのではない。彼奴は所在生物を呑むのが商売だ、生物を呑んで天寿を保つ代物だから大蛇を怨めるのは我々の見当違ひ、玉能姫様、初稚姫様も矢張り注意が足らなかつたのだ。みすみす二人を呑んだ大蛇を前に見ながら敵を討たずに帰らねばならぬのか。最早大蛇を殺して、無念を晴らして見た処が、お二人の生命が助かると言ふ訳でもなし、要らざる殺生をするよりも此実地教訓を玉治別が胸に畳み込み、之から粉骨砕身、生命を的に三人分の活動をして見よう。さうすればお二人の心を慰むる事が出来るであらう』 と独語ちつつ谷の傍に立つて両手を合せ天津祝詞を奏上し、大蛇に向つて鎮魂を施し、 玉治別『一時も早く………大本皇大神様、大蛇の罪を御宥し下さいまして、早く人間界へ生れさしてやつて下さいませ』 と涙と共に祈願を凝らす。大蛇は両眼より涙をポロポロと流し、玉治別に向つて頭を下げ感謝の意を表し乍ら、悠々として嶮しき岩山を上り、遂に其長大なる姿を隠しけり。 俄に後の方に当つて数多の足音が聞えて来た。玉治別は不図振り返り見れば、猩々の群の数十匹、中には赤児を抱き乳を含ませ乍ら、玉治別の前に向つて進み来る。玉治別は一生懸命に天津祝詞を奏上した。猩々の群は各々跪き、両手を合せ「キヤアキヤア」と言ひ乍ら、感謝するものの如くであつた。猩々の中より最も勝れて大なるもの現はれ来り玉治別の前に手をつき乍ら頭を下げ、背に無理に負ひ乍ら、嶮しき道を矢を射る如くに登り行く。数多の猩々は玉治別の負はれたる後より従ひ来る。此時、山岳も崩るるばかりの大音響聞え、周囲三四丈ばかり、長さ五六十間もあらむと思ふ太刀肌の大蛇、尻尾に鋭利なる剣を光らせ乍ら、玉治別が端坐し居たりし谷川を一瀉千里の勢にて囂々と音させ乍ら、ネルソン山の方に向つて進み行く。若し猩々の助けなかりせば、玉治別の生命は如何なりしか殆ど計り知れざる破目に陥つたであらう。 猩々は玉治別を背に負ひ、谷を幾つとなく飛び越え、或高山の山腹の稍平坦なる地点に導きドツカと下した。玉治別は猩々に向ひ、 玉治別『アヽ何れの神様の化身か存じませぬが、危き処をよくもお助け下さいました。お礼には天津祝詞を奏上致しませう』 と猩々の群に向つて、宣伝歌を歌ひ祝詞を奏上し、指頭より霊光を発射した。さしも多数の猩々は忽ち霊光に照され、烟の如く消えて仕舞つた。一塊の白煙は其処より立昇るよと見る間に、美しき一人の女神、ニコニコし乍ら玉治別の前に近より来り、両手をつかへ、 女神『妾は猩々の精で御座います。折角人間の姿に生れ乍ら斯様な浅間しき言葉も通ぜぬ獣と生れ、身の不幸を嘆いて居りました。然るに有難き尊き天津祝詞の声を聞かして頂き、我々は之にて人間に生れ変り、天下国家の為めに大活動を致します。さうして貴方の御探ね遊ばす初稚姫様、玉能姫様は御無事でいらつしやいます、御心配なさいますな。軈てお会ひになる時があるでせう。此先如何なる事が厶いませうとも、必ず御心配下さいますな』 と言ふかと見れば、姿は消えて白煙も次第々々に薄れゆき、遂には影も形も見えなくなつた。 玉治別は一生懸命に祝詞を奏上して居た。後の方の森林より忽ち現はれ出でたる十四五人の文身した大の男、玉治別の姿を見るなり、 男『ウツポツポウツポツポ、ホーレンス、サーチライス』 と言ひ乍ら両手を合せて拝み倒す。玉治別は心の中にて、 玉治別『……ハヽア又……サーチライス………だな。俺の鼻が赤くなつたので、友彦の二代目にして呉れるのかな。然し如何な別嬪が居つても、俺には国依別の妹のお勝と言ふ立派な女房が国許に待つて居るのだから、そんな巫山戯た真似は出来ないし、有難迷惑だ。然し大将は女ばかりに限らない。ひよつとしたら此棟梁は男かも知れない、さうすれば大変に都合が好いがな………』 と呟き乍ら、 玉治別『我こそは天教山に在します、神伊弉諾大神の珍の御子木花姫命であるぞ』 と赤い鼻を指で抑へて見せた。一同は「ウワーウワー」と言ひ乍ら、玉治別を手に乗せる様に大切にし乍ら、土も踏まさず丁寧に身体を持ち上げ、傍の岩の戸をパツと開いて蟻が蚯蚓を引込む様な調子で奥深く連れて行く。二三丁ばかり隧道を担がれ、パツと俄に明るくなつたと思へば、大きなあかり採りが出来て居る。それより奥に担がれ、又もや四五丁ばかり進んだと思うた処へ一同は声を揃へて、 一同『ウツポツポ、ジヤンジヤヒエール、ウツパツパ』 と言ひ乍ら恭しく稍広き場所に玉治別を下し、チルテルと言ふ其中での大将らしき男、玉治別の手を握り、傍の岩の戸を押し奥に連れ込んだ。思ひの外広い岩窟であり、芭蕉の葉の七八倍もある様な大きな葉が、鱗形に厚く敷き詰めてあつた。木の葉の青く枯れた香りは何とも言へぬ気分が漂うて居る。 斯かる処へ、髪の毛を漆の如く黒く塗つた三十恰好の大の男、文身もせず男振りの良い比較的色の白い、何とはなしに高尚な風姿にて、ニコニコし乍ら玉治別の前に出で来り、丁寧に両手をつき、 男『ホーレンス、サーチライス、ウツタツタウツタツタ、カーリスカーリス』 と言ひ乍ら、忽ち玉治別の手を握り頻りに揺つた。玉治別はニコニコしながら、右の拳を握り、人差指をツンと立て、天井の方をチユウチユウと二三回指さして見せた。さうして、 玉治別『アーマアーマ、タラリータラリー、トータラリトータラリ、リートリート、ジヤンジヤヒエール、オノコロジマ、玉治別、神司』 と言つた、其男はタールス教の教主であつて、名をタールスと言ふ。タールスは、 タールス『ホーレンス、タールス、チツクチツク、アツパツパ、テーリステーリス』 と挨拶する。此意味は、 『吾等の救世主、よくまア、お越し下さいました。只今より貴方を救世主と仰ぎ、誠を捧げてお仕へ致します。何卒長らく此処にお鎮まり下さいませ』 といふ事であつた。玉治別は、 玉治別『テーリステーリス』 と半ば歪みなりの此処の語を使つた。その意味は、 『何事も惟神に任してお世話になります』 といふ事なり。タールスは尊敬至らざるなく、玉治別を最も奥深き最上等の室に導き、珍らしき果物を出して饗応し、生神の降臨と心の底より感謝して居た。ネルソン山以西の住民は昔より、救世主、天より降り給ひ、万民を霊肉ともに救ひ給ふと言ふ事を堅く信じて居た。こはジヤンナの郷でも同様である。此処はアンナヒエールと言ふ里であつた。 此時玉能姫、初稚姫は宣伝歌を歌ひ乍ら、アンナヒエールの里に進んで来た。チルテル以下数十名の里人は、果樹の実を採らんとてアンナの大樹の下に集まつて居た。其処へ二人の美人現はれ来れるを見てチルテルは真先に進み出で、二人の前に目礼し乍ら、 チルテル『アツタツタ、ネースネース』 と言ひ乍ら玉能姫の手を執らむとした。玉能姫は驚いて強く振り放した。チルテルは、 チルテル『エーパツパ、エーネースエーネース』 と言ひ乍ら、顔面怒気を含んで大勢に目配せするや、寄つて集つて二人を手籠めになしタールスの岩窟内に運び込みぬ。 (是から分りやすき様に日本語にて物語る) チルテル『汝は何処の女だ。此処を何と心得て居る。竜宮の一つ島でも最も獰猛な人種にして、他郷の者は一人として、恐れ戦き此地を踏んだものはない。然るに図々しくも女の分際として、此里に断りもなく進み来るこそ不届き至極の女ども、此チルテルは斯う見えても血も涙もある男だ。何とかして助けてやり度いと思ひ親切に手を執れば素気なくも振り放し敵意を表する横道者、さアもう斯うなる上は此方の自由自在だ。煮いて喰はうと焼いて喰はうと此方の儘だ』 と、鬼の様な顔に真黒気に文身した奴、前後左右より取囲む。 玉能姫『ホヽヽヽヽ、僅かに二人の繊弱き女を、大きな男が数十人、寄つて集つて蟻が蝉の死骸でも穴へ引込む様に「エツサエツサ」と担ぎ込み、御親切によう言つて下さいました。吾々は天教山に現はれ給ふ花赤神の一の眷属、玉能姫、初稚姫と言ふ生神で御座るぞや。取違ひ致すと量見ならぬぞ』 と目をキリリツと釣り上げたり。 チルテル『花赤神の眷属とは真赤な偽りだらう。よし、そんな偽りを申すと今に化の皮を剥いてやるぞ。花赤の神様はタールス教の教主様と今奥にてお話の最中だ。一度お目に懸け様ものなら、忽ち汝の化が露顕れるだらう。左様な偽りを申すよりも、今日は目出度き神様の御降臨日だから赦して遣はす。よつて此方の申す事を素直に聞くが宜い。常の日ならば汝の生命は無い処である。さア我教主は未だ女房はお持ち遊ばさず、何とかして文身のない女を女房に致したいと常々仰有つて御座るのだ。恰度よい処だ。ウンと言はつしやい。さすれば我々は今日只今より………御主人様、奥様と崇め奉つて、如何な御用でも御無理でも聞きます程に、万々一不承諾とあれば本日は成敗を赦し、明日はお前等の生命を奪つて仕舞ふから、覚悟をきめて返答をなさい』 初稚姫『モシ玉能姫さま、何と言つても、仮令殺されても応ずる事はなりませぬぞや。貴女には立派な若彦様と云ふ夫がおありなさるのだから』 玉能姫『お言葉までもなく、妾は決して生命を奪られても左様な難題には応じませぬから、安心して下さい』 チルテル『こりや、小女ツチヨ、何悪智慧をかうのだ。不届き千万な……俺を何方と心得て居る、ジヤンジヤヒエールのチルテルさんとは、アンナヒエールの郷に於て誰知らぬ者もない、鬼をも取挫ぐチヤーチヤーだぞ。チヤーチヤー吐すと最早堪忍ならぬ。膺懲の為めに此鉄拳を喰へ』 と言ひ乍ら、初稚姫を目蒐けて鬼の蕨を頭上より喰はさむとする。 初稚姫は、飛鳥の如く体を躱し「オホヽヽヽ」と平気で笑つて居る。白狐の姿は両人の目に明かに映じて居る。チルテル初め一同は「タールス教主の女房になれ」と種々嚇しつ慊しつ、遂には声高となつて来た。チルテルは斯くては果てじと奥の間に走り入り、タールスの前に両手をつき、 チルテル『只今麗しき女二人、此郷に迷ひ来り、玉能姫とか、初稚姫とか申して居りましたが、実に綺麗な女で御座います。貴方の女房には持つて来いの適役、若い方は先でお妾と遊ばしたら宜しからうと存じ、岩窟の中へ連れ込みましたが、なかなかの剛情者で、少しも、我々の申す事を尻に聞かして、頤で返事を致す横道者、如何取計らひませうや』 之を聞いた玉治別はハツト胸を躍らせたが、さあらぬ態にて控へ居る。 タールス『何、美しき女が二人迄も来たか、此場に引連れ来れ。因縁の有無を調べ見む、一時も早く』 と急き立てる。「ハイ」と答へてチルテルは此場を立退き、 チルテル『サア玉能姫、初稚姫、今日は花赤神様の御降臨で、教主様の大変な御機嫌、其処へ其方が参つたのも何かの因縁であらう。兎も角御面会の為、チルテルの後に従いて御座れ』 玉能姫『ハイ、有難う。然らば参りませう。……初稚姫様、貴女も一緒に』 と初稚姫の手をとり、チルテルの後に従ひ教主の居間に導いた。玉治別は二人の顔を見るなり、「アツ」と言はむとせしが自ら制し止めた。玉能姫、初稚姫は玉治別の姿を見て、救世主に会ひし如く心の裡に喜んだ。然し、様子ある事と態と素知らぬ顔して俯向いて居る。タールスは玉治別に向ひ、 タールス『オーレンス、サーチライス、アツタツタ、今日は遥々天上より御降臨下さいまして、アンナヒエールの郷人は欣喜雀躍、天下泰平を祝福致し居ります処へ、又もや当国に於ては類稀なる是なる美人、而も二人までこれへ参りましたのは、全く神様の御引合せで御座いませう。私の女房に致しましたら如何で御座いませう』 玉治別『イーエスイーエス、エータルスエータルス、エツパツパ、パーツクパーツク、エツパツパ』 と言つた。タールスは頭をガシガシ掻き乍ら再び、 タールス『左様で御座いませうが、何とかしてお許し頂く訳には参りますまいか。ならう事なら、私が宿の妻と致したう御座います。又若い方は我娘として大切に育て上げ、天晴タールス教の神司と仕上げる覚悟で御座いますから、何卒お許しを願ひます』 と頼み込んだ。 玉治別『是なる女は高天原より降り給へる天女にして、人民の左右すべきものに非ず。万々一過つて神慮に触るる様な事あらば、汝が生命は直に召取らるるであらうぞ』 と声に力を入れて、きめつけた。タールスは其厳しき言霊の威に打たれ、思はず頭を下げ、 タールス『今後は決して左様な事は申しませぬから、何卒お許し下さい』 と嘆願した。玉治別は心中に可笑しさを堪へ、ソツと見ぬ様な風して両女の顔を覗き込んだ。両女の目は同時に玉治別の両眼に注がれた。 是より玉治別は此里の言葉をスツカリ覚えた上、三五教の教理を説き諭し、タールスを立派なる神司に仕上げ、チルテルも同じく神司となり、アンナヒエールの里人を一人も残らず大神の道に帰順せしめ、二三ケ月滞在の上、三人は此里を立ち出で、西北さして山伝ひに宣伝歌を歌ひ乍ら進み行くのであつた。七八里の間はチルテルを初め一同見送りをなし、茲に涙と共に惜き別れを告げたりける。 (大正一一・七・五旧閏五・一一北村隆光録) 窓外和知川の氾濫を眺めつつ (昭和一〇・三・八於吉野丸船室王仁校正)
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(1863)
霊界物語 25_子_豪州物語2(地恩城の黄竜姫) 01 水禽の音 第一章水禽の音〔七四七〕 時間空間超越し現幽神の三界を 過去と未来と現在に通観したる物語 伊都の教祖が艮の神の御言を蒙りて 現はれ給ひし瑞祥の明治は二十五の年 それに因みし巻の数須弥仙山に腰を掛け 三千世界を守ります神に習ひて掛巻くも 畏き神の現れませる高天原の大宇宙 その外側に身を置きてここに六合隈もなく 見渡し給ひし瑞御霊神素盞嗚の御心を 汲み取り給ふ大八洲彦神の命は月照の 瑞の御霊と現はれて綾の聖地に身を潜め 五十路の阪を二つまで越えた赤子の口を借り 大海原に漂へる名さへ芽出度き竜宮の 一つ島なるオセアニヤ黄金の砂を敷き詰めし 地恩の郷に三五の神の教を開きたる 五十子の姫や梅子姫鬼熊別の珍の子と 生れ出でたる小糸姫仁慈無限の天地の 元津御神の御心を覚りて道に尽したる 古き神代の語り草松竹梅の大本の 竜宮館を立出でて流れも清き小雲川 並木の老松ふくの神風に誘はれ吹き立てる 法螺貝喇叭にあらねども夢か現か誠か嘘か 嘘ぢやあるまい誠ぢやなかろさても解らぬ物語 心真澄の松村が口と鉛筆尖らして 吾が口述を書きとめる松雲閣の中の間に 無尽意菩薩を始めとし五六七太夫や加藤女史 やがては急ぎ北村の隆々光る神界の 御稜威を畏み村肝の心清めて書きとむる 所謂三界物語辷り出でたる蓄音器 取手を握りクルクルと螺旋仕掛のレコードが 茲に廻転始めけるあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ。 ○ 地恩城の役員控室には、スマートボール(敏郎司)、チヤンキー(英吉)、モンキー(米吉)其他二三人、赤裸の儘、芭蕉の実を喰ひ乍ら雑談に耽つて居る。 スマートボール『皆の御連中、人間も良い加減なものだなア。俺達も蜈蚣姫様に朝夕真心を尽し、随分忠勤を擢でて、危険区域に往来出没し、種々雑多の艱難辛苦を嘗めて来た者だが、海洋万里の竜宮島までお供をして来乍ら、吾々は平役人の一部に加へられ、清公さまの頤使に甘んじて居らねばならぬのだから、暗君に仕へるのは実に不利益此上なしだ。此頃は蜈蚣姫さまも女王様に会うた嬉しさに、俺達の殊勲を念頭から遺失して了ひ、今迄は寝ても起きても「スマート、スマート」とお声がかかつたが、此頃は何処のスマートに居るかとも言つて下さらぬ。本当に良い加減なものだよ。俺ア……モウ同伴者が有つたら波斯の国へでも帰りたくなつて来たワイ』 チヤンキー『お前が蜈蚣姫さまに夫丈尽したにも関はらず、抜擢されないのは、みんな身魂の因縁だ。前生からの罪の借金済しを指して下さるのだから、それで大変な御恵に預つて居るのだよ。俺だとて肝腎の黄竜姫様を、シロの島から生命からがら送つて来て、中途で難船をした殊勲者だから、何とか御言葉が懸りさうなものだけれど、ヤツパリ平役人の仲間だ。モンキーだとて其通り、そこが神様の依怙贔屓のない処だ……なア、モンキー、貴様もさうだらう』 モンキー『吾々小身者の分際として、チヤンキーモンキー言つて見た所で、歯節は立たぬよ。マアどうなりと生命さへ助けて貰へば、結構だなア』 スマートボール『それだと云つて、清公の奴、高山彦の後釜に坐り、宰相面をして俺達に何事も指揮命令する特権を与へられたのは、チツと合点がゆかぬぢやないか。何程身魂の因縁性来かは知らぬが、吾々の見る所では、何一つ是れと云ふ手柄をした様にもなし、半泥的の友彦宣伝使のお供をして来た平信者の分際として、出世すると云つてもあんまりぢやないか。レコード破りと言はうか、破天荒と言はうか、譬方の無い黄竜姫のやり口、人も有らうに、清公の様な若輩に、あれ丈の重任を御負はし遊ばしたのは、如何考へても合点の虫が承認して呉れないよ。それ程賢い人間でもなし、どつちかと云へば、チツと許り落して来た様な代物ぢやないか』 チヤンキー『さうだからお筆先に……阿呆になりて居りて下されよ。神の道は悧巧を出すと失敗るぞよ。他人が出世を致したと云うて嫉むでないぞよ。身魂の因縁丈の御用がさせてあるのだから……とお示しになつてるぢやないか』 スマートボール『それに……まだまだ業の沸く事がある……と云ふのは噂にチラツと聞けば、天下無双のネース宇豆姫さまを女房に貰ひ、ブランジー(国主)、クロンバー(国妃)の夫婦が後釜になると云ふ事だが、それが実際とすれば、俺達ア馬鹿らしくて、ジツとして居る事が出来なくなつて了ふ。其時にや貴様達は如何考へるか』 チヤンキー『アハヽヽヽ、又人の疝気を頭痛に病んで居よるな。実際の事を言へば、貴様宇豆姫に大変な執着心を懸けて居るのだらう。チツと妬けとると見えて、酢につけ味噌につけ因縁を附けるのだなア。……何時やらの月の輝く夜の事、宇豆姫さまが庭園を天女の様なお姿で、スラリスラリと木蔭を逍遥ひ遊ばした時、貴様は差足、抜足後の方から近寄つて、電話姫の様に……モシモシと吐した処、宇豆姫様にエツパツパを喰はされ……サーチライス、ユーリンスユーリンスと謝罪つて逃げ出したと云ふ専らの評判だよ。其時のエツパツパの肱鉄を根に持つて居るのだらう』 スマートボールは顔赭らめ、俯むいて黙つて居る。 モンキー『アハヽヽヽ、ヤツパリ……さうすると、火の無い所に煙は立たぬ。何時も……女なんか汚らはしい……と云ふ様な面付をして、スマーして御座るスマートボールさんも、ヤツパり気があるのかなア。恋に上下の隔てないとはよく言つたものだ』 スマートボール『馬鹿を云ふな。それや俺の事ぢやない。鶴公の事だ。……鶴公がなア、性懲りもなく宇豆姫さまのお臀を嗅ぎ廻り、幾回となくエツパツパエツパツパを喰ひ、悲観の極、失恋病に罹り、柿の木で人知れず首をツル公とやりかけた処、此様子を物蔭より見すまして居たスマートボール……ヘン此方が矢庭に其場に駆出で、プリンプリンの最中をギユツと下から抱きあげ、……如何に鶴さまだとて、首をツルと云ふ事が有るかい、マア待て、死は一旦にして易く、生は難しだ。キツと俺がお前の願望を叶へ指してやるから……と云つて慰め、漸くボールス(自殺)を中止させたのだ。其責任上俺は如何しても清公の縁談に水を注し、鶴公の女房に宇豆姫さまをせなくては、一旦男の口から吐いた唾を呑み込む訳にはゆかぬ。それ故昼夜肺肝を砕き、何とかして鶴公の恋を叶へさせてやりたいと、宇豆姫さまの間近く寄つて、機会ある毎に掻き口説いて居るのだ。それを心なき没分暁漢の連中が、俺が姫さんにスヰートハートして居る様に誤解して、下らぬ根無し草の噂の花を咲かして居るのだ。諺にも……人の口に戸は閉てられない……と云つて、一々俺がそんな弁解に廻る訳にもゆかず、千万無量の俺の心中を、チツとは察してくれの鐘だ。烏はカアカアと啼いて塒を定め、夫婦睦まじく暮して居るに、鶴公のやもを鳥、宇豆姫の事を思つて心をウヅウヅさせ乍ら……アーア夏の夜も蚤はせせり、蚊が喰つて寝られないワイ……と歎息して居るのを思ひ出すと、俺だとてそれが袖手傍観出来るものか。早く鶴公さまの恋をかなへさせて、夫婦睦じく卵子を生み、川と云ふ字に寝さしたいのだがそれや将来の事として、一時も早くリの字にさしてやりたい俺の一念。……アーア待つ間の長き鶴公の首、千歳の松の末永く、梢に巣籠る尉と姥との、高砂の謡曲が早く聞きたいので尽力して居るのだよ』 と心配さうに俯むく其様子、冗談とも思はれなかつた。斯かる所へ貫州、武公の両人現れ来り、 貫州『ヤア御連中、何か面白いお話でも有りますかなア』 チヤンキー『今チヤンキーモンキーと、スマートボールのローマンスを遺憾なく聞かして頂き指を銜へて居た処なのだ。……貫州さま、お前此頃の清公の横柄振を何と考へて居るか』 貫州、稍仰向き気味になり『フ、フーン』と云つた限り、力無げに笑ふ。 武公『イヤもう此頃の清公の態度と云つたら、さつぱり、ブランジー気分になり、クロンバーを得むとして、種々と暗中飛躍を試みて居ると云ふ事だ。併し乍ら到底物にはなるまいよ。アハヽヽヽ』 貫州『そんな問題は如何でもよい。国家興亡に関する大問題が今別に突発して居るのだが、お前達分つて居るか』 スマートボール『分つて居らいでかい。鶴公を黄竜姫の夫に推薦すると云ふ大問題だらう。……併し其奴は駄目だから、せめて宇豆姫さまの婿にしてやりたいと思つて、昼夜肝胆を砕いて居るのだ。併し清公の奴、どうやら予約済の札を掛けて居る様だから、此奴もならず、実に世の中は意の如くならないものだ。何か良い智慧を貸して呉れないかネー』 貫州『そんな事が国家興亡の問題かい。あゝ貴様も知つて居る通り、鼻赤の友彦の奴、ネルソン山を西へ渉り、ジヤンナイ(治安内)教のテールス(照子)姫の夫となり、大変な勢でオーストラリヤの西部一帯を勢力範囲となし、今に軍備を整へて此地恩城へ鬼の様な荒武者を引率し、やつて来ると云ふ噂があるのだ。お前達も聞いて居る通り、黄竜姫様は元は友彦の女房だつたが、地恩郷の奴等に打ちのめされ、城外に担ぎ出された其無念を晴らすべく、一挙に当城へ攻め寄せ、否応言はさず、黄竜姫様に兜を脱がせ改めて友彦の第二夫人になるか如何だと、大変な威喝的態度で蹂躙すると云ふ計画オサオサ怠りなしとのこと。吾々は斯うしてジツとして居る訳には行かぬ。婦人問題などの気楽な話に没頭して居る時ぢやない。何を云つても内輪を固めなくては、外敵に当る事は不可能だ。地恩城には清公派と鶴公派が互に鎬を削り、内争絶間なく、如何して此城が持てるものか。兄弟垣に鬩ぐとも、外其侮りを防ぐと云ふ事があるから。サア皆一致和合して、今迄の態度をスツカリ改めて貰ひたいものだよ』 スマートボール『それが又神界の御都合だよ。よく考へて見よ、夜中夫婦喧嘩許りして居る家には泥棒も這入らない。互に軋轢して力比べをし、今の今迄演習をして置くのだ。力士だつてさうぢやないか。一生懸命に稽古と云つて挑み闘ひ、其間に天晴れと力が付いて晴れの場所で格闘すると云ふ段取りになるのだ。友彦が門前まで押寄せ来るを待ちて、協力一致すれば良いのだよ。サアサアモツトモツト内乱を奨励せなくちや本当の勇士は造れないワ。アハヽヽヽ』 と笑ひに紛らす。此処へ蜈蚣姫は稍腰を屈め、ヒヨコヒヨコやつて来て、 蜈蚣姫『お前はスマートボールに貫州、武公、チヤンキー、モンキーの頭株ぢやないか。今……金、銀、鉄等三人の注進に依れば、鼻曲りの意地クネの悪い友彦が、ジヤンナイ教の荒くれ男を率ゐ、当城へ攻めて来るとの急報……サア早く防戦の用意をせなくてはなりますまい』 スマートボール『蜈蚣姫様、無抵抗主義の三五教の本城に防戦とは心得ませぬ。武器と云つては寸鉄もなく、如何したら良いのですか』 蜈蚣姫『サア其防戦は善戦善闘だ。本城へ押寄せ来らぬ間に、ネルソン山の山麓に、威儀を正して友彦の軍隊を待受け、所在款待をするのだ。さうして飽く迄忍耐振と親切振を発揮する。これが第一の味方の神法鬼策、六韜三略の奥の手だ。さうだと云つて、決して権謀術数を弄するのではない。誠一つの実弾をこめて、誠を以て戦ふのだよ。分つたか』 スマートボール『ハイ、根つから……よく分りました』 蜈蚣姫『何だか歯切れのせぬ返答ぢやないか』 スマートボール『返答だか、弁当だか、テントウ様だか、テンと訳が分りませぬワイ。先方は吾々を殺しに来ると云ふ、此方は御馳走の弁当を拵へて歓迎せよと仰有る。ベントウとか天道とかは、人を殺さぬとか…殺すとか云ふぢやありませぬか』 蜈蚣姫『オホヽヽヽ、何でも良い。お前ではチツと事が分り兼ねるに依つて、貫州、武公、チヤンキー、モンキー等の大将株と相談して、最善の方法を講じて下さい。妾は是れから神殿へ参つて御祈念を致すから、周章てず騒がず、静に急いで準備をするがよからうぞや』 スマートボール『徐かに急げとは尚々以て不得要領だ。寝て走れ、目噛んで死ね、睾丸銜へて背伸びせいと云つた様な御註文ですなア』 チヤンキー『御チウモンも表門もあつたものかい。……モシモシ蜈蚣姫様、チヤンとチヤンキーが胸に御座いますれば、どうぞ御心配なくお帰り下さいませ』 蜈蚣姫『そんなら是れでお別れする。よきに取計らひなされ』 と握り拳を固め、蝦の様になつた腰を三つ四つ打ち乍ら、 蜈蚣姫『エーエ、人を使へば苦を使ふ』 と呟きつつ奥の間に姿を隠した。 スマートボール『訳も知らずにチヤンキーモンキーと雀の親方見たいに、チヤアチヤア吐すな。鶏は跣足だ。モンキー、馬は大きくてもフリマラだよ。アハヽヽヽ』 斯かる所へ威風堂々として四辺を払ひ、二三の従者を伴ひ、現れて来た清公、 清公『ヨー、スマートボール其他の役員さま、大変な事が出来致しました。蜈蚣姫様から一応お聞きでせうが、あなた方は其準備を早くして貰はねばなりませぬ』 スマートボール『ハイ先づ内を固めて外に向ふのが順当でせう。外部の敵は、駆逐する事は何でもありませぬが、先づ内部の敵から言向け和せ、其上の事に致しませうかい』 清公『コレだけよく治まつた地恩城に内紊のあらう道理がない。それや又如何した訳でそんな事を言ふのですか』 スマートボール『只今地恩城の俄宰相清公のブランジーに対し、挙国一致的強敵が現はれ居ますぞ』 清公『其敵と云ふのは誰ですか』 スマートボール『其敵は本能寺にあり。汝の敵は汝の心に潜む。先づ清公さまのブランジー気分を撤廃し、自由自在に開放なさらなくては、内部の敵も外部の魔軍も、如何ともする事が出来ますまい。先づ第一に私の方から条件を提出致しますから、御採用になるかならぬか知りませぬが、其上で吾々は決心を定めませう。……貫州、武公さま、サア是から君が特命全権公使だ。早く談判の口火をお切りなさい』 貫州『清公のブランジーさまに質問があります。お前さまは謙遜と云ふ事を知つて居ますか。三五教の教理は如何御解釈になつて居りますか。言心行一致の実をお示し下さらなくては、吾々は去就を決する事が出来ませぬ。斯う言へば表だつて議案を提出せなくても、一を聞いたら十を覚る鋭敏な頭脳の持主と、黄竜姫様が御信任遊ばした貴方だから、一伍一什お分りでせう』 清公『さう突然訳の分らぬ事を言はれても返答の仕方がありませぬ。吾々の施政方針にあなた方の御意に召さぬ欠点が有ると云ふのですか』 チヤンキー『有る有る、大有りだ。大あり大根で胴体ばつかり大きくても味もシヤシヤリも…ないじやくりだ。それだから誰も彼も清公さまには、キヨう交際は出けぬと此処に居る御連中が不平して居ましたぞや。チツと重しをかけて、糠味噌の中へ突込んでやらねば、良い味は出なからうと言つて居ました。重りが重い程圧迫が強くて漬物の味がよくなると云ふ事だから、吾々が尾張大根の重り石にならうと相談をして居つた最中だ。……ナア、モンキー、間違あるまい』 モンキー『何だか知らぬが、エライ人気だ。あつちにも、こつちにも、チヤンキーモンキーと清公さまの不信任問題が喧伝されて居る。先づ是から先へ解決を付けて貰ひませうかい。解決と云つても、股にキネ糞を挟んで立派な礼服を着し、座敷の正中に坐り込み、立ちもならず動きもならぬ様な、蛇の生殺しの様な解決では、此危急存亡の場合、駄目ですよ。流れ川に尻を洗つた様に、綺麗サツパリと、川の流れの宇豆姫さまを思ひ切つて、鶴公さまの女房となし、お前さまは鶴さまに代つて、裏の柿の木でブランジーとぶら下らうと、それや御自由だ。兎も角鶴公さまが宇豆姫にエツパツパを喰はされ、柿の木でブランコをやりかけた位だから、友人を思ふ真心があるならば、自分の愛を犠牲として、信任深き鶴さまにラバーを譲つてやりなさい。是が先決問題だ。グヅグヅして居ると、鶴さまの恋は九寸五分式だから、センケツ、リンリ問題が突発するかも知れない。……アーアあちら立てれば此方が立たず、両方立てれば宇豆姫さまが立たず、世の中は思ふ様に行かぬものだ。併し乍ら清公さま、大勇猛心を発揮し、一皮剥いたら、誰しも髑髏のみつともない肉体計りだから、宇豆姫さまの事をスツカリ思ひ切つて、国家の為にそれ丈の決断力を、今此場で発揮して貰ひませう』 清公、俯むいて『ムニヤムニヤムニヤ』 スマートボールは、 スマートボール『危急存亡の此場合、唯一言の御返答もなきは、不承諾と見えます。それならば其れで宜しい。吾々も共同一致的に不承諾だ。……コレ清公さま、大勢と一人には換へられませぬから、どうぞ早く城を明け渡し、陣引きをなされませ。其後は鶴公さまがブランジーとなつて、地恩城を総轄し、宇豆姫をクロンバーの位置に据ゑ、神業に参加すれば、万代不易の基礎が建つ。サア御返答を承はりませう』 清公『宇豆姫さまは承諾せられますかなア』 と確信あるものの如く冷笑を向ける。 スマートボール『皆さま、暫く此処に待つて居て下さい。これより宇豆姫さまの居間に参り、直接談判をやつて来ますから』 チヤンキー『そんなにグヅグヅして居つたら、友彦が軍勢を引連れやつて来ますぞ。蜈蚣姫様の仰せの如く此方より無抵抗主義の先鞭を付け、友彦の進軍をネルソン山麓に待受け、互に諒解を得なくてはなりますまい。宇豆姫さまより、清公さまの返答さへ聞けば解決の付く話だ。左様な廻りくどい事をして居る場合ではありますまい。……サア清公さま、あなたも立派な堂々たる七尺の男子だ。直に御返事を承はりませう。色男気分になつて、独断的に、私はブランジーだから、きつとクロンバーになるのは宇豆姫に定まつたりと、自惚心を起して威張つて居つても、先方の精神はまだ明瞭と分つては居りますまい。万一最後の一段になつて、宇豆姫さまにエツパツパを喰はされ、アフンとして男を下げるよりも、今の間に綺麗サツパリと断念なさつた方が、何程立派だか知れますまい。是れチヤンキーが心よりの貴方に対する真実なる忠告ですから、空吹く風と聞き流してはなりませぬぞ。男は断の一字が最も必要だ。サーチライス、ユーリンスユーリンスと頭を抱へて恥を掻き、蚤の様に頭ばかり突込んで尻を盛立て、恥を掻くよりも、今の間に思ひ切つたが、貴方に取つて最も賢明な行方だ。さうすれば永遠無窮に地恩城の右守神となりて、尊敬の的となり、神業に参加することが出来ませう。何程井モリの神ぢやと云つても、黒焼になる所まで妬いちや可けませぬよ』 と揶揄ひ半分に忠告する。ここへ何気なうやつて来た右守神鶴公、 鶴公『ヤア皆さま、大変な事が起こつた様ですなア。……モシ左守神の清公殿、如何なさいますか。御所存を承はりたい』 スマートボール初め一同は拍手し乍ら、 一同『鶴公さま、万歳、ウローウロー』 と叫ぶ。 鶴公『兎も角、友彦の寄せ手に向ひ、最善の方法を講ぜねばなりますまいが、清公殿、如何の御所存で御座いますか』 清公『先づ右守神の御意見を承はりませう』 鶴公『吾々は左守神の次の位置に位する者、何事も貴方の指揮命令に従ふのが本意で御座いますから、どうぞ御腹蔵なく仰せ付け下さいませ』 貫州『左守神は最前より吾々一同種々と申上げましたが、何の返答もなされませぬ。察する所、自ら総統権を棄却された事と察しまする。さうでなければ精神錯乱か、或は本城の危急存亡を対岸の火災視し、利己主義を立て通す体主霊従の御方と断定するより道はありませぬ。宇豆姫様さへ手に入らば、地恩城も三五教も、清公さまの眼中には無いと云ふ事を赤裸々に表白されて居ります。吾々は如何しても斯様な御人格の方の風下に立つて活動する事は到底出来ませぬ。さうだと云つて三五教の神の教は大切なり、其教の全権をお握り遊ばす黄竜姫様を御見棄て申す訳には参りませぬ。徹頭徹尾辞職などは出来ませぬから、先づ第一に吾々の代表的犠牲となつて、左守神様から処決して頂きませう』 清公は一同に向ひ、 清公『これより奥殿に入りて、黄竜姫様の御意見を伺ひ、其上に処決する事に致しませう。何は兎もあれ、出陣の用意急がせられよ』 と言ひ棄て、此場を逃ぐるが如く姿を隠した。 チヤンキー『猫に追はれた鼠の如く、左守神も到頭尾を捲いて奥の間へスゴスゴと隠れて了つた。何時まで待つて居たつて、出て来る気遣ひはあるまい。吾々は鶴公様に身も魂も捧げて、如何なる指揮命令にも服従する考へであります。皆さまの御精神は如何で御座いますか』 と一同の顔を看守つた。スマートボールを初め並居る面々口を揃へて、 一同『大賛成大賛成』 と叫ぶ。 鶴公『皆さまはそこまで不束な私に対し、同情を寄せて下され、実に感謝に堪へませぬ。が、併し乍ら清公さまは私の上役、左守神を差し措いて如何する事も出来ませぬ。左様な僣越の行動は神の赦し玉はざる処、先づ第一に清公様のお身の上の解決が付いた上、皆さまの思召に応じ、御用を承はりませう』 スマートボール『モシモシ右守神さま、貴方は吾々の上に立つ御方、下の者に対し御用を承はらうとは、チツと矛盾ぢやありませぬか』 鶴公『イエイエ、上に立つ者は決して下を使ふ役ではありませぬ。あなた方が吾々をお使ひなさらねばならぬのです。吾々の命令を聞いて活動をする様な事では、木偶も同然だ。何時までかかつても神業は発達致しませぬ。先繰り吾々の仕事を拵へて、斯うして呉れ、ああして呉れと御註文下さらねばならぬのです。今の世の中の人は上に立てば下の者を弟子か奴隷の様に使ふべきものだと誤解して居る。上に立つ者は要するに下から使はれるのだ。広大無辺の国祖大神でさへも、吾々の願事を聞いて下さるではありませぬか。所謂吾々は………斯く申せば少しく語弊が有りますけれども……神様は要するに御使ひ申して居る様なものだ。何卒御見捨てなく御用を仰せ付け下さいませ』 と道理を分けて説き諭す。スマートボールは黙然として、時々頭を上下に振り『ウンウン』と頷いて居たが、忽ち鶴公の前に両手をつき、 スマートボール『イヤ何事も諒解致しました。然らば是れから貴方を充分に酷使致しますから、其お積りで御願申しませう』 鶴公『何分宜しく御注意下さいまして、末永くお使ひの程をお願ひ申します』 一同感歎の声を洩らして居る。此処へ金、銀、鉄の三人現はれ来り、 金州『ヤア貴方は鶴公様、只今戸外にて承はればハツキリ訳は分りませぬが、危急存亡の今日の場合、清公様に対しストライキをなさると云ふ御相談らしい。宜しい、これから奥殿に参り、此由黄竜姫の御前に奏上致しますから、其お積りで御決心をなさるがよからう』 と捨台詞を残し、三人は足早に奥を目蒐けて進み入る。 (大正一一・七・七旧閏五・一三松村真澄録)
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(1865)
霊界物語 25_子_豪州物語2(地恩城の黄竜姫) 03 交喙の恋 第三章鶍の恋〔七四九〕 宇豆姫『神素盞嗚大神の御言畏み顕恩の 郷に現れます梅子姫二八の春の花盛り 木の花姫の一時に匂ひそめたる唇を 開いて宣らす三五の神の大道に心より 麻柱ひ奉りバラモンの神の教を振り捨てて 梅子の姫の侍女となり貴の教の宇豆姫と 慈しまれて仕へ居る時しもあれや太玉の 神の司の宣伝使顕恩郷に現れまして 鬼雲彦を初めとし鬼熊別や其外の 拗け曲れる枉人を雲の彼方に逐ひ払ひ ここに太玉神司顕恩郷に三五の 教の射場を建て給ひ妾は各々八乙女の 神の司に従ひてエデンの園に臨まれし 五十子の姫や梅子姫今子の姫と諸共に 波斯の国原彼方此方と教を伝ふ折柄に バラモン教の宣伝使片彦釘彦其外の 枉の司に捕へられ棚無小舟に乗せられて 荒波猛る海原に押流されし恐ろしさ 吾等四人は皇神の救ひを求めて各自に 天津祝詞を宣りつれば万里の波濤も恙なく 音に名高き竜宮の黄金の島に上陸し 小糸の姫と諸共に地恩の郷に現はれて 三五教の大道に仕へまつれる折もあれ 思ひがけなき蜈蚣姫数多の供人引きつれて 此処に現はれましましぬ地恩の城は日に月に 神の恵の加はりて一度に開く兄の花の 匂ふが如く栄え行くアヽさり乍らさり乍ら 往く手に塞る恋の闇千歳の松の鶴さまが 月照る夜半に庭の面彷徨ひ遊ぶわが姿 認めて後より抱きつき心の丈を繰返し 誘ひ給ふ嬉しさに胸轟きて何となく 河瀬の鯉の一跳に昇り詰めたる吾が恋路 水泡と消えて跡もなく云ひ寄る術も泣くばかり 後に至りて吾心天を仰いで悔めども 心の中の曲者に取り挫がれて胸の火の 消ゆる術なき苦しさよ妾が心を白雪の 冷たき魔の手に捉へられ退引ならぬ言の葉に 解くる由なき冬の雪心の色も清公が 左守神を笠に着て云ひ寄り給ふ苦しさよ 情なく当りし恋人に詫びる事さへ口籠り 心の悩みを大空の月に向つて歎つ折 又もや一つの影見えて吾手を掴み木下暗 四辺憚り声ひそめ吾は清公ブランジー 左守神と選ばれし栄の身なれど何時迄も 一つ柱に三五の道を支へむ事難し 汝宇豆姫クロンバーの神の司と成りなりて 吾身と共に地恩城三五教の神徳を 天地四方に輝かし開かば如何にと執拗に 度重なりし口説ごと断る力もないじやくり 神に任せし身の上は如何なる事の来るとも 覚悟の前とは云ひながら心に添はぬ夫を持ち 長き月日を送るより一層気楽に独身者 やもめとなりて大神の教に仕へまつらむと 決心するはしたものの清公さまの矢の使ひ 引きてかやさぬ桑の弓撥き返さむ由も無く 如何がはせむと煩ひつ憂目を忍ぶ折もあれ 金銀鉄の三人はかたみに妾の前に出で 左守神の妻たれと言葉尽して説き立つる 嗚呼如何にせむ今の吾千尋の海に身を投げて 此苦しみを脱れむか神の咎めを如何にせむ 千思万慮も尽き果てて今は苦しき板挟み 恋しき人に肱鉄を喰はせて御心怒らせつ 心に合はぬ清公に日に夜に口説き責められつ 心の暗も知らぬ火の砕けて落つる吾涙 汲む人もなき地恩郷あゝ惟神々々 御霊幸倍坐まして日夜に慕ふ鶴さまに 夢になりとも吾思ひ伝へ給へよ三五の 道を守らす須勢理姫神の命の御前に 心を清めて願ぎまつる朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 鶴公さまに吾思ひ通さにや置かぬ桑の弓 女の思ふ真心は岩をも射貫くと聞くからは 通さざらめや吾が恋路恋し恋しと朝宵に 積る思ひの恋の淵浮ぶ涙は滝津瀬の 水に流してスクスクと落ち行く末は海の原 情も深き恋の海男波女波を乗り越えて 棚無船に梶を取り太平洋の彼方まで 互に手に手を取り交し真の神の御教を 開かせ給へ惟神御霊幸倍坐ませよ』 と、四辺に人無きを幸ひ、宇豆姫は述懐の歌を歌つて胸の縺れを解かむとして居る。 此処へ慌しく駆来れるスマートボールは、 スマートボール『コレハコレハ宇豆姫様、御機嫌は如何で御座います。貴女のお顔は何処となく憂愁の色が漂うて居るやうで御座います。如何なる事か存じませぬが、スマートボールの力に及ぶ事ならば、何なりと仰せ下さいませ』 と出しぬけの言葉に、宇豆姫は心の底まで見透かされたやうな驚きと、嬉しさをもつてスマートボールに向ひ、赭らむ顔に笑を湛へ、 宇豆姫『コレハコレハ何方かと思へばスマートさまで御座いましたか。御親切によく仰有つて下さいました。余り神様の御神徳の無限絶対なる御仁慈を思ひ出し、感謝の涙に暮れて居りました。貴方も相変らず御壮健で御神業に御奉仕遊ばされ、何よりも結構で御座います』 スマートボール『ハイ、有難う御座います。私が唯今参りましたのは他の事では御座いませぬ。貴女に折入つてお尋ね致したい事が御座いますので、失礼をも顧みず唯一人、男子の身を持ち乍ら女御一人の処へ参りました。貴女に取つては嘸々御迷惑にお感じなさるでせうが、決して私は不潔な心を持つて、女一人のお居間をお訪ねしたのでは御座いませぬ。何卒悪からず思召し下さいませ』 宇豆姫『スマートさま、其お心遣ひは御無用にして下さいませ。清廉潔白にして、信心堅固の誉高き貴方様、如何して左様な事を思ひませう。誰だつて貴方の行動を疑ふ者は有りませぬから、お気遣ひなさいますな。人間は平生の行ひが肝腎です。貴方の如く信用のある方なれば、何時お越し下さいましても些しも苦しうは御座いませぬ』 スマートボール『ヤア、それで安心致しました。私は御存じの通りの周章者、円滑な辞令を用ひて遠廻しに貴女の御意中を探る様な事は到底出来ませぬから、唐突乍ら、手つ取り早くお伺ひ致し度い事が有つて参りました』 宇豆姫『妾に対してお尋ねとは、それは何う云ふ事で御座いますか』 スマートボールは頭を掻き乍ら、 スマートボール『エー、実は………』 と云ひ悪さうにモジモジして居たが、斯くてはならじと腹を据ゑ、 スマートボール『宇豆姫さま………』 と改まつたやうな口調で切り出した。 宇豆姫『ハイ』 スマートボール『貴女の御存じの通り、此地恩城も三五教の大神の御神徳にて日に月に栄え、国民は其徳に悦服し、天下泰平に治まり、其上素盞嗚大神様の御娘子、梅子姫様を初め黄竜姫様の御母上まで、黄竜姫女王の神務を内助され、地恩城の組織は稍完全に定まりましたのは、お互に大慶の至りで御座います。就きましては、今迄教務に老練なる高山彦様がブランジーの職に就かせ給ひ、黒姫様はクロンバーのお役を遊ばし、夫婦息を合して陰陽合体の神務に従事されて来ましたが、御両人が当城を出立遊ばしてより、清公様が左守神としてブランジーの職を継がせられ、大変に吾々迄が喜んで居りまする。就てはクロンバーとして奥様を迎へねばなりませぬが、一寸人々の噂を聞けば、貴女様が清公さまの妻となり、クロンバーの職をお継ぎ下さるとの事、吾々は是を聞いて衷心より歓喜の涙に打たれました。併し乍ら人の噂は当にはなりませぬ。それ故失礼乍ら、直接貴女様にお目にかかつて御意中を承はらむとお尋ね致した次第で御座います。何卒御腹蔵なく私迄お漏らし下さいますまいか』 宇豆姫はさも迷惑さうな顔をしながら、 宇豆姫『左様な事、何方にお聞きなさいましたか。ほんに嫌な事で御座いますな』 スマートボール『イヤ誠に恐れ入ります。失礼な事をお尋ね致しました。併し貴女として、まさか……さう……ハツキリと、左様だと云ふ事は仰有り悪いでせう。其処は人情ですから、矢張……ヤア分りました。さうすると貴女の御精神は、クロンバーの職にお就き下さるお覚悟と拝察致します。何卒私のやうな愚者なれど、末長く可愛がつて下さいませ』 宇豆姫は周章て、 宇豆姫『モシモシ、スマートさま、滅相な事仰有いますな。妾は清公さまの妻にならうなぞとは夢にも思つた事は御座いませぬ。何卒誤解の無きやうにお願ひ致します』 スマートボール『さうすると貴女はモウ好い年頃、何処までも独身生活を遊ばすお考へですか』 宇豆姫『ハイ……イヽエ』 とモガモガする。 スマートボール『ハヽヽヽヽ、流石は乙女心の恥かしさ、ハツキリと仰有らぬワイ。三月の壬生菜と同じぢやないが、仕たし怖しと云ふ所ぢやな』 宇豆姫『オホヽヽヽ、好い加減な当て推量は止めて下さいませ。妾はまだ外に……』 スマートボール『エヽ、あなたはまだ外にと仰有つたが、其次を続けて下さいませな』 宇豆姫『厭なこと、好い加減に堪忍て下さいな』 スマートボール『イエイエ、貴女の一身上の大事は申すも更なり、本城に取つて重大な問題ですから、何卒ハツキリと私迄云つて下さいませ』 宇豆姫『妾は嫌で御座います』 スマートボール『これは迷惑、決して私は貴女に対して野心は持つて居りませぬ。又私のやうな軽薄な人間は嫌と仰有るのは当然です』 宇豆姫『さう悪く気を廻して貰つては困りますよ。決して決してスマートさま、貴方を嫌ひと云つたのぢや御座いませぬ』 スマートボール『ハテ、合点のゆかぬ。さうすると権要の地位にあるブランジーの清公様を嫌ひと仰有るのですか』 宇豆姫『ハイ、仮令天地が覆るとも、絶対に嫌で御座います』 と思ひ切つたやうに、ハツキリと云うて退けた。 スマートボール『ハテナ、実際当つて見なくては分らぬものだ。人の噂と薩張り裏表だ』 と呟く。 宇豆姫『どんな噂が立つて居りますかなア』 スマートボール『余り貴女に対して気の毒だから、もう云ひますまい』 宇豆姫『チツとも構ひませぬから云うて下さいませ。お願ひで御座います』 スマートボール『城内の噂では、貴女はあれだけ人気のある鶴公さまを蛇蝎の如く忌み嫌ひ、権要の地位にある左守神の清公さまに秋波を送り、非常に御熱心だと云ふ噂が立つて居りますよ。蓼喰ふ虫も好き好きとやら、何程地位が高くても、あれだけ大勢の者が忌み嫌ふ清公さまに電波をお送り遊ばすとは、貴女の日頃の立派なお心に照り合して、些しも合点が参らぬと思うて居りました。併し乍ら、今仰有つたお言葉が真実としますれば、何事も氷解致しました』 宇豆姫『ハイ、有難う御座います』 スマートボール『貴女は意中の人があれば、女房におなりなさるのでせうな、神の道は女としては夫を持つのが本当です。何卒私に包まず匿さず仰有つて下さいませ。どんな斡旋でも致しますから』 宇豆姫『ハイ、有り難う御座います。何うも不束な妾、何程此方から恋しい意中の人があつても、先方様にそれ丈けのお心が無ければ、到底末が遂げられませぬから、マア今の処、妾の夫になつて下さると云ふ人は御座いますまい。妾の好いと思ふ方は先方からエツパツパーとお出かけ遊ばすだらうし、先方様から妾をお望み下さる方に限つて妾の方から虫が好かず、何うも思ふやうに行かないものです。何と云つても長い一生の間暮さねばならぬ夫婦の間柄、気の合はぬお方と一生暮すのは不快で堪りませぬ。女は夫に絶対服従すべきものだと云ひますが、妾としては些しく道理に合はない様に思ひます。夫が如何なる事を云つても、妻として絶対服従を強らるるのは残酷です。夫婦は互に意見を交換し、相携へて行かねばならぬもの、然るに世間の夫婦を見ますると、女房は殆ど夫の奴隷か、玩弄物のやうな扱ひを受け、夫が何んな不始末な事を致しても、妻として是を云々する権利もなく、まさか違へば髻を掴んで打ち打擲をされ、不貞腐れ女、不柔順な妻と無理やりに醜名を着せられ実に無告の民も同様で御座いますから、妾は夫を持つならば、この間の消息をよく弁へた、物事のよく分つた方と夫婦になり、円満なホームを作り、神界の御用に面白く嬉しく、潔く奉仕する事の出来る夫を持ち度う御座います。男女同権と云つて、男子も女子も同じ神の分霊、どちらも無ければなりませぬもの、然るに夫婦となれば、最早同権ではありませぬ。夫唱婦随と云つて夫によく仕へ、何事にも服従するのが妻たるの道、併し乍ら無理解な夫に無理難題を強られ、夫の権利を振りまはされては不快で耐りませぬから、心の底より妻の境遇を憐れみ、同情心をもつて添うて下さる夫が持ち度いので御座います』 スマートボール『成る程、承はれば御尤も千万だ。吾々は未だ妻を持つた事もなし、夫婦の味は知りませぬが、女の心理状態はそんなもので御座いますかなア。ヤアもう承はつて人情の機微を窺ふ事が出来ました。併し貴女の最前のお言葉に、意中の人は先方から応じない……との意味を漏れ承はりましたが、意中の方と云ふのは何方で御座いますか』 宇豆姫『ハイ……』 と云つて俯いた儘、顔を匿す。 スマートボール『貴女、意中の人にエツパツパーをやられた時のお心持は、どんなにありましたかな。女の心も、男の心も同じ事、意中の女に撥かれた男は、層一層残念なものですよ。七尺の男子が女の為に肱鉄を喰はされ、天地の神に対して合す顔が無いと云うて、庭先の松で、首を吊らうとした立派な男がありますよ。併もその男は貴女に撥かれて……』 宇豆姫『エヽ何と仰せられます。妾に撥かれて首を吊りかけたとは、それは本当の事で御座いますか』 スマートボール『白ばくれ遊ばしてはいけませぬ。現に貴女は撥いたぢやありませぬか。撥かれた男は此の庭先の松で、プリンプリンと空中活動を開始して居た。私はフト通り合せて、驚いて命を救つた哀れな男が御座います』 宇豆姫『エヽ……』 と云つた限り、又俯く。 スマートボール『貴女は右守神鶴公さまを月照る夜半に、素気なくも蜂を払ふやうな目に遇はせ、恥を掻かせたのでせう、其男が寝ても覚めても貴女の事を思ひ詰め、此頃は貴女が清公さまの女房になられるとの噂を聞き、真実に可憐さうに、大悲観の極に落ちて居ますよ。貴女も余つ程罪な方ですな』 宇豆姫『エヽ、あの鶴公さまが、そんなに御熱心でゐらつしやるので御座いますか』 スマートボール『貴女のお嫌ひな鶴公さまが、そこ迄執着があるとお聞きになつては、聊か御迷惑でせうな』 宇豆姫『何うして何うして御勿体ない。妾はあんなお方に、仮令半時なりとも添うて見たう御座いますワ』 と真赤な顔をして、思ひ切つたやうに云ひ放ち、クレツと後を向き顔を匿した。 スマートボール『ヤア、それでやつと安心しました。流石は貴女お目がよう利きます。恋も其処迄ゆけば神聖ですよ。屹度私がお力になつて此恋を叶へさせますから、御安心下さいませ』 宇豆姫『…………』 斯かる所へ、金、銀、鉄の三人を従へ入り来つた黄竜姫は、言葉静に、 黄竜姫『宇豆姫様、……ヤア貴方はスマートボールさま、御都合の悪い所に参つたのではありますまいかな。お話が御座いますれば、暫く彼方に控へて御遠慮致しますから、御両人、お話を済ませて下さい。妾は次の間に控へてお待ち申して居ります』 此言葉を聞いた宇豆姫は容を改め、襟を正し、座を立つて下座に坐り、 宇豆姫『コレハコレハ、女王様、よくこそ被入せられました。どうぞ此方へ御着座下さいませ』 黄竜姫『左様なれば着座致しませう。時に宇豆姫様、貴女に折入つて申上げ度い事が御座いますから、……スマートボール、暫く席をお外し下さい。金、銀、鉄の三人も暫し遠慮召されや』 スマートボールは、 スマートボール『ハイ、承知致しました』 と素直に此場を立ち退いた。三人も次の間に姿を隠した。暫く両人の間には沈黙の幕が下りた。屋外には嵐の音轟々と鳴り渡り、庭園に咲き乱れたる花弁を惜気もなく散らして居る。晃々たる太陽の光は戸の隙間より細く長く線を引き、煙のやうな塵埃がモヤモヤと飛散して居るのが、キラキラと日光に輝いて不知火の如く見えて居る。 黄竜姫『モシ宇豆姫さま、御覧遊ばせ。斯の如く咲き乱れたる百の花に向うて、日天様が晃々と輝きたまふにも関はらず、雲も無きに暴風吹き荒み、落花狼藉、庭の面は一面に花蓆を敷き詰めたやうでは御座いませぬか。実に花永久に梢に止まらむとすれど嵐来つて是を散らす。樹木静ならむとすれど風止まず、子養はむとすれども親待たずとかや、世の中は或程度迄は、吾々人間の自由には成らぬもので御座いますな。夫婦の道だとて同じ事、自分の添ひ度いと思ふ夫に添へなかつたり、自分の嫌で耐らぬ男に一生を任さねばならぬ事は、まま世界にある習ひで御座います。何事も天地の間に生れた以上は、神様の大御心に任し、何う成り行くのも因縁と諦めて我を出さぬのが天地の親神様に対して、孝行と申すものでは御座いますまいか』 と遠廻しに網を張つて居る。其言葉を早くも感づいた宇豆姫は、ハツと胸を躍らせ乍ら素知らぬ顔にて、 宇豆姫『女王様の仰せの通り、世の中は人間の勝手にはならぬもので御座います』 と僅に応酬した。 黄竜姫『今改めて黄竜姫が、宇豆姫に申し渡す事が御座います』 と儼然として立ち上り、最も荘重な厳格な口調にて、 黄竜姫『此地恩城は、清公を以て左守神と神定め、ブランジーの職を授けたる事は、和女の既に知らるる所、就てはクロンバーとして和女を清公が妻に定めまする。黄竜姫の申す事、よもや違背はありますまい。サア直様御返事を承はりませう』 宇豆姫は胸に警鐘乱打の響き、地異天変突発せし狼狽へ方をジツと耐へ、さあらぬ態にて胸撫で下し、 宇豆姫『ハイ、有り難う御座います。不束な妾の如き者を、勿体無くもクロンバーの位置に据ゑ、畏れ多くも驍名隠れ無き清公様の妻にお定め下さいました仁慈無限の思召し、早速お受致しますのが本意では御座いますが、何卒暫く御猶予を下さいませ。熟考した上で御返事を致しませう』 黄竜姫『黄竜姫が心を籠めた夫婦の結婚、一時も早く良き返事をして下されや』 宇豆姫『ハイ、兎も角も熟考の上御返事を致しませう』 黄竜姫は些しく言葉を強め、 黄竜姫『もはや熟考の余地は有りますまい。神様の為め、お道の為め、身命を捧げた貴女、仮令少々お気に足らぬ所があつても、其処を耐へ忍ぶのが三五の道の教ゆる所、必ず必ずお取り違ひのないやうに……』 と退つぴきならぬ釘鎹、進退維谷まつた宇豆姫は、何の答もないじやくり、涙を呑み込む哀れさよ。 黄竜姫『一時の猶予を致しまする。其間に良く熟考をなさいませ。本末自他公私の大道を誤らないように、呉れ呉れも注意して置きます』 と又一つ千引の岩の重石をかけられ、宇豆姫は、煩悶苦悩の極に達し、慄い声になつて、 宇豆姫『黄竜姫様の御親切、有り難う存じます。暫くの御猶予をお願ひ致します』 と僅に口を切つた。黄竜姫は莞爾としてこの場を悠々と立ち去る。 後に宇豆姫唯一人、夢か現か幻か、夢ならば早く覚めよと、とつおいつ、思案に暮れて居たりしが、 宇豆姫『嗚呼矢張夢ではない。アヽ何うしようぞ。何うして是が耐へられよう。神様の御為、お道の為とは云ひながら、妾程因果なものが世に在らうか。何故に男に生れて来なかつただらう』 とワツと許り、大河に濁水氾濫し、堤防を崩潰せし如く、一度にどつと涙川、身も浮く許り泣き叫ぶ。廊下を通りかかつた右守神鶴公は、耳敏くも此声を聞きつけ、何事の変事突発せしかと慌しくドアを押開け進み入り、 鶴公『モシモシ、宇豆姫様、如何なさいました。腹が痛みますか……介抱さして下さいませ』 と親切に後に廻つて横腹の辺りを抱へた。癪を止むる男の力、恋の力と一つになつて宇豆姫は一生懸命、 宇豆姫『是がお手の握り納め』 と云はぬ許りに、日頃恋慕ふ右守神の手も砕けむ許りに力限り握り締め、涙の顔を振り上げて、鶴公の顔を打ち眺め、 宇豆姫『鶴公様、何卒お許し下さいませ。情無き女と御蔑み、御恨み遊ばしたで御座いませう。妾の心は決して貴男様を忌み嫌つて居るのでは御座いませぬ。余りの嬉しさと驚きに、御無礼の事をいつぞやの夜致しました。御無礼のお咎めも遊ばさず御親切に御介抱下さいまするお志、妾は此儘息が絶えても、最早此世に恨みは御座いませぬ』 と又もや咽び泣く其可憐らしさ。 鶴公『アヽ其お心とは夢にも知らず、情無い貴女と、今の今迄恨んで居りました。何卒お許し下さいませ。仮令貴女と偕老同穴の契は結ばずとも、其のお言葉を一言承はつた上は、私は最早何一つ恨みは御座いませぬ。アヽよく仰有つて下さいました』 と両眼に涙を浮べ目をしば叩き、声を出して男泣きに泣く。割りなき恋路の二人の男女他の見る目も哀れなり。 (大正一一・七・七旧閏五・一三加藤明子録)