| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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霊界物語 | 70_酉_トルマン国の国政改革 | 05 花鳥山 | 第五章花鳥山〔一七七二〕 天津御空はいと清く五色の雲が棚引いて 鳳凰孔雀百鳥は低空飛行をやつてゐる 地は一面の青畳紫浅黄白黄色 紅の花咲き匂ひ胡蝶の姿翩飜と 天国浄土の光景をいとも楽しく眺めつつ 風に吹かるる心地して地上を距ること三四尺 空中易々進み行く遥前方を眺むれば 黄金の甍キラキラと天津日影に照り映えて 荘厳世界を現出し左手の方を眺むれば 青海原は波しづか彼方此方にチラチラと 胡蝶の空中に舞ふ如く白く輝く真帆片帆 五色の鳥は右左波の上走る面白さ 涼しき風は永遠に吹き何とも云へぬ芳香を 道行く人の身辺に送り来るぞ床しけれ。 茲に一人の旅人は鎗を片手につき乍ら 青草しげる丸山の其中腹に身をおいて 吾身の歩み来りたるあとを眺めてニコニコと 煙草をくゆらし憩ひゐるかかる所へ山下より オーイオーイと声をかけ登り来れる婦人あり よくよく見ればこはいかに思ひもよらぬ千草姫 涼しき清き白妙の衣を風に飜し 旅人のそばに近よりて満面笑を湛へつつ 『貴方は右守のスマンヂーコラまあ何うして此様な 平和の山に御到来訝かしさよ』と尋ぬれば 一人の旅人はうなづいて『貴女は尊きお姫様 何うして此処へお出ましか私は合点が行きませぬ トルマン城の奥の間でガーデン王や左守司 大足別の攻軍に抵抗せむといろいろに 軍議を運しゐたりしが協議叶はぬ私は 尊き主の御為にお手にかかつて身失せしと 思ひしことは夢なるか合点のゆかぬ此体 ここは何といふ所か名さへも知らない清浄の 百花千花咲ほこる浄土の如うな聖地です 貴女は何うして吾々の後を尋ねてお出ましか 不思議不思議が重なつてどうして可いやら分らない』 語れば千草はうなづいて『ここは所謂天界の 第三段の浄土です私は天寿が尽きまして 主の神様の命令で浄土の住居を命ぜられ 喜び勇んでスタスタと花咲く野辺を参りました 貴方も何うやら天界にお住居遊ばすお身の上 伊吹戸主の神様に確に聞いておきました 現界などに心をば残させ玉はず速に 神の依さしの天界へ私と共に昇りませう あゝ惟神々々尊き神の引合せ 貴方は永らく独身者私は夫はおはせ共 現幽所を異にした今日の吾身は独身者 意思想念の相異よりガーデン王と永久に 霊界までは添へませぬ貴方の智性は吾智性 私の意思は全然と貴方の意思に通ひます 神の開きし天界の此楽園に二柱 夫婦となつて永久に天国浄土の御用をば 力限りに致しませう如何で御座る右守さま』 いへば右守は頷いて『あゝ有難し有難し 私は現世に居る中ゆ貴女を恋して居りました とは云ふものの現界の下らぬ階級が邪魔をして 心の丈を一言も申し上げたることはない 貴女の心も其通り私を愛してゐらるると 早くも承知はしてゐたが現実界の義理人情 法則などを省みてこらへ忍んで居りました もう此上は神様の定め玉ひし縁ぢやもの 誰に遠慮はいりませぬ現実界におきまして あらむ限の善行を尽した二人の報酬は 今や稔つて此通り歓喜の苑に身をおいて 千代も八千代も万代も時間空間超越し 嬉しく楽しく暮しませうあゝ惟神々々 御霊の恩頼をほぎまつる』 かく互に歌つてゐる所へ、天空を輝かし、ゴウゴウと音を立て、両人の前に火弾となつて落下した。其光明はダイヤモンドの如く、白金光の如くであつた。両人はハツと驚き、両手で目を押へ其場に蹲踞んでゐる。火光は忽ち麗しき神人と化し、声も静に、 エンゼル『スマンヂー様、千草姫様、私は第一霊国より貴方をお迎へに来たエンゼルで御座います。どうかお目をあけて下さい』 両人は『ハイ』と言葉を返し乍ら、徐かに両眼を開けば、白妙の衣を纒ひたる、威厳備はる神人が七八尺前にニコニコし乍ら立つてゐる。 エンゼル『私は言霊別命であります。スマンヂーさま、千草姫さま、貴方等は現界に於て、トルマン国の為、多数民衆の為、現界に於ける最善を尽しておいでになりました。そして貴方等両人は、意思想念の合致した真正の御夫婦であり乍ら、所在苦痛を堪へ忍び、恋てふ魔に打勝つて、よくも一生の間忍ばれました。神界に於ては、特に貴女の善行が記されて御座いますよ。サア、之から第二霊国を御案内申しませう』 スマンヂー『ハイ有難う御座います。思はぬ所で神様に御目にかかり、何といふ有難いことで御座いませうか。御礼は言葉に尽されませぬ』 言霊別『貴方の培かふた畑に稔つた果実で御座いますよ。決して私に御礼を申されては困ります。今日の喜びは貴方が培ひ養つてゐた所の喜びの実で御座います。千草姫様も其通り、必ず必ず礼なんか言つてはなりませぬ。サア私についてお出なさいませ』 と言霊別命は一足先に立ち、両人は互に労り乍ら、雲の如き、波の如き青々とした丘陵をふみこえふみこえ、東へ東へと進んで行く。 何時とはなしに嚠喨たる音楽の響き、四辺より聞えるとみれば、二人は早くも方形の岩を以て畳んだ様な丘陵の上に着てゐた。 言霊別『此処は第二霊国に於て有名なる花鳥山で御座います。御覧なさい、緑の羽を拡げ、紅の冠を頂き、美しい鳥が四方八方に翺翔し、美妙の声を放ち、又此通り地上の世界にないやうな麗しき花が咲き乱れ香気を放つてをります。ここは貴方等の千代の住家で御座いますよ。食たい物は何でも望み次第、此麗しき樹木の枝に臨時に熟しますから、それを採つておあがりなさい』 スマンヂー『一寸エンゼル様にお尋ね致します。今霊国と承はりましたが霊国は宣伝使の集まる楽園では御座いませぬか。私はトルマン国の小臣、平素ウラル教を奉じ乍ら、深い信仰も致しませず、又千草姫様だとて其通り、トルマン国の王妃として、国民の母として最善をお尽し遊ばしたもの、宣伝使牧師ならばいざ知らず、吾々如き俗界に心をひたして居りましたものが、何うして又霊国へ来られたもので御座いませうか、どうも此理由が分りませぬ』 言霊『お尋ねの通り、霊国は凡て宣伝使や、国民指導者の善良なる霊の来るべき永久の住所で御座います。今日の現実界に於て、宣伝使や僧侶や神官牧師などは一人として霊国へ昇り来る資格を有つてをりませぬ。又天国へは猶更昇る者なく、何れも地獄に籍をおき、地獄界に於て昏迷と矛盾と、射利と脱線と暗黒との実を結んで、互に肉を削り合ひ、血を啜り合ひ、妄動を続けて居りまする。貴方は生前に於て宣伝使ではなかつたが、現実界の人間としての最善を尽されました。之は要するに表面的神を信仰せなくても、貴方の正守護神はすでに天界の霊国に相応し、神籍をおいてゐられたのです。凡て宇宙は相応の理に仍つて成立つてゐるものです。此第二霊国の花鳥山は貴方の物です。貴方の精霊が現界に於て、已に此麗しき霊山を造つておかれたのです。誰に遠慮は要りませぬ。永久に富栄えて夫婦仲よく神界の御用をお勤めなさい。左様ならば』 と立去らむとするを、千草姫は慌てて白い手を上げ乍ら、 『もしもし、エンゼル様、妾は今フツと考へましたが、スコブツエン宗のキユーバーと申す者と手を握り合ひ、双方共に一時に気絶した様に記憶が浮かんで参ります。あのキユーバーはどうなりましたか、一寸お尋ね致します』 言霊『彼は未だ現界に生命が残つて居りますから、今や八衢に彷徨て居ります。併し乍ら愛善の徳うすく、智慧証覚の光鈍き彼が如き人物のことを思い出してはなりませぬよ。貴女の智慧証覚が鈍りますから、今後は決して現界のことを思ひ起してはなりませぬ。最早現界の貴女の用はすんでをります。スマンヂーさまも御同様に決して決して現界のことを思はないで居て下さい』 両人はハツと頭を下げ有難涙にくれてゐる。言霊別命は五色の雲に包まれ、一大火光となつて、東天を指して空中を轟かせ乍ら帰つて行く。後に二人は顔見合せ、 スマンヂー『姫様、不思議な事ぢや御座いませぬか。吾々は夢でもみて居る様ですなア』 千草『本当に不思議でたまりませぬ。確に貴方も私も死んだに間違ひは御座いませぬ。それにも拘はらず、益々意識が明瞭になり、斯様な麗しき山の頂きに、恋しき貴方と二人許されて夫婦となると云ふやうなことが、どうして現実と思はれませう。どうも不思議でたまりませぬ』 スマ『私は現界に於て貴方の臣下で御座います。そして貴女はトルマン国に於ける王様に次いでの尊き御方、如何に神様のお許しとは云ひ乍ら、貴女を女房と呼ぶことは実に恐れ多くてなりませぬワ』 千草『スマンヂー様、現幽所を異にした今日、何もかも凡て洗替ぢや御座いませぬか、かかる尊き霊国に来り乍ら、未だ左様な虚礼虚式的な辞令をお使ひ遊ばすのは、自らの想念を詐るようなもので御座いますよ』 スマ『成程左様で御座いますな。そんなら改めて、貴女を妻と呼びませう。私を夫と呼んで下さい。一人の娘が残して御座いますけれど、此事も思ひ切りませう』 千草『どうかさうして下さいませ。サア之から二人で此喜びを歌ひませう』 茲に両人は手をつなぎ、胡蝶の如く花鳥山の頂きにて爽かな声を張上げ、歌ひつつ舞ひ始めた。 『天津御空を眺むれば百のエンゼル星の如 輝き玉ひ吾身をば或は遠く或は近く 守らせ玉ふ有難さ脚下を伏して眺むれば 堅磐常磐の巌もて造り固めし神の山 見なれぬ鳥は麗しき翼拡げて天界の 瑞祥うたひ百花は艶を競ふて咲匂ひ 吾等二人の眼をば心ゆく迄慰むる あゝ惟神々々人の命は現世の 百年許りに限らない幾億年の末までも 吾精霊は生通し生て栄えて花咲かし 誠の稔を楽しまむ誠の稔を楽しまむ 神は吾等と共にあり吾等も神と共にあり 神と神とがむつび合ひ神の御国をいや広に 広めてゆかむ夫婦仲弥永久に春なれや いや永久に栄えませいや永久に夏来れ いや永久に楽しまむ天は益す高くして 空気の色はいや清く地は益す広くして 百草千草皆光る光明世界の真中で 汝と吾とは世を送る夢か現か幻か 否々決して夢でない夢の浮世を立ちいでて 真の神のあれませる真の国へまゐ昇り 真の花を手折りつつ真の暮しをいとなまむ あゝ惟神々々御霊幸倍ましませよ』 と歌ひ乍ら、二人は永久の霊国に住民となつた。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一四・八・二三旧七・四於丹後由良秋田別荘松村真澄録) |
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霊界物語 | 70_酉_トルマン国の国政改革 | 10 二教聯合 | 第一〇章二教聯合〔一七七七〕 千草姫は、最愛のキユーバーがハリマの森の祭典に於て、祭官の列外に立たせられ、照国別をして斎主となした其処置に憤慨し、病と称して城内深く閉ぢ籠り、刹帝利、チウイン太子の参拝あるにも拘らず、吾居間にだだをこねて寝込んで仕舞つた。一方キユーバーは何気なく祭典を見むとて刹帝利に随ひ、ハリマの森に来て見れば、新調の盛装を身に纒ふて、照国別が斎主をやつて居る。一般の群集は、 『何と立派な宣伝使だ、ウラル教の中にもあんな神徳の高い宣伝使は無からう。今度の国難を救ふて下さつたのもあの宣伝使ださうだ。それだから、今度のお祭に王様の先に立つて斎主を勤めて居られるのだ。ほんとに偉い生神ぢやないか。又スコブツエンのキユーバーなんて、今迄偉さうに威張つて居やがつたが、今日の態つたら無いぢやないか。あの見窄らしい態を見い。祭官の端にも加へて貰はず、玉串の献上もさしてよう貰ひやがらぬぢやないか』 などと囁く声が耳敏きキユーバーの皷膜に響いたので、キユーバーは立腹の余り俄に逆上し、荘重なる儀式を蹂躙し、斎主の冠を擲きおとしたのである。それがチウイン太子の英断によつて、彼は即座にふん縛られ、忽ち牢獄に繋がれて了つた。こんな事とは夢にも知らぬ千草姫は、キユーバーの一刻も早く帰れかしと、一時千秋の思ひをして待ち焦れて居た。そこへガーデン王、照国別、照公、勇将ジヤンク、チンレイ、ハリス其他の面々と共に万歳を三唱し乍ら、玉座の次の間に帰つて来た。さうして今日の祭典の状況につき種々と談じ合ひ、特にキユーバーが聖場を乱し、忽ち縛につき牢獄に投ぜられた事なぞ迄、刹帝利の前にて興味を湧しつつ話し乍ら、直会の宴が開かれて居た。疑ひ深き千草姫は玉座の次の間に身を潜め、耳を澄まして聞いて居たが、キユーバーが乱暴を働き牢獄に投ぜられたと聞くより気が気でならず、どうとかして照国別を排除し、出来得べくんば彼に難癖をつけ牢獄に投じ、キユーバーの仇を打たむと瞋恚の炎を焦して居る。刹帝利は上機嫌で、照国別に再生の恩を謝し、トルマン国の救世主と迄称揚した。王は先づ盃を手にし乍ら祝歌を謡ふ。 『トルマン国は神の国遠き神代の昔より ウラルの彦の神霊を斎き祭りて世を治め 来りし事の尊さよさはさり乍ら世の中に 八岐大蛇や醜狐荒ぶる鬼の身魂等が 漸く首をもたげつつバラモン教やスコ教や 其他百の邪宗教吾神国に襲ひ来て 国人達の魂を支離滅裂に乱しつつ 敬神尊祖愛国の誠心は消え果てて 唯国人は我利我欲形の上の宝のみ 豺狼の爪牙を磨きつつあさり居るこそ悲しけれ 富者は益々富み栄え貧者は益々窮乏し 怨嗟の声は国内に漲り果てて……………… ……や……………[※御校正本・普及版・愛世版いずれもここは伏せ字だが、校定版では「漲り果ててコンミュニズムアナアキズムやソシヤリズム」になっている。]その他所在悪思想 国の外より襲ひ来て人の心はまちまちに 野獣の如くなりにけりかかる所へつけ込んで 大黒主の開きたるバラモン教の別派なる スコブツエン宗と云ふ邪教燎原を焼く火の如く 蔓延したるぞ是非なけれスコブツエン宗のキユーバーは 大黒主の命を受け吾国内に根拠をば 定めて日に夜に活躍し吾官民を睥睨し 暴威を揮ひ居たりしが尚ほ飽き足らずバラモンの 大足別と結託しトルマン国を手に入れて 七千余国の月の国片つ端から蹂躙し 野望を達成せむものと企らみ居たる憎らしさ 大足別の軍隊を率ゐて王家を威喝なし 思ひもかけぬ此度の軍を開き国民を 苦め難ませヅウヅウしくも吾城内に忍び入り 千草の姫の弁舌に捲き込まれては急激に 進路を転じ城内の味方とかはりし早業は 実に不思議の手品師だへぐれのへぐれのへぐれむしや へぐれ神社の身霊だろ彼は城内に現はれて 表面忠義をよそほへど仲々油断のならぬ奴 それゆへ此度の祭典に彼をば退け吾国を 助け給ひし三五の照国別の宣伝使 御苦労乍ら斎主をば願ひ奉りし次第なり あゝ惟神々々ウラルの神の御神力 三五教を守ります大国治立大御神 神素盞嗚の大神の高き御稜威に守られて 左守右守の二柱いよいよ国の守り神 千代に八千代に永久に納まりますぞ尊けれ キユーバーの司はこの体を見るより痛く腹を立て 乱暴至極に祭壇にかけ登りつつ師の君の 冠を矢庭に突落とし尚ほも悪言暴語をば 吐き散らすこそ憎らしきチウイン太子の命令に ジヤンクの司現はれて彼の妖僧を縛り上げ 一先づ牢獄に投げ込みてキユーバーが心のどん底ゆ 前非を悔ゆるそれ迄は閉ぢ込めおかむ吾心 あゝ勇ましや勇ましやトルマン国は今日よりは 三五教とウラル教二つの教を遵奉し 世の大本の大神を斎き奉りて国民を 導き行かむ頼母しさあゝ惟神々々 神の御徳の有難き神の恵の尊けれ』 照国別は言葉静に謡ふ。 『三五教の宣伝使照国別も其昔 ウラルの神の御教を奉じて教を伝へむと 名も梅彦と賜はりて竜宮洲に打渡り 三年の辛苦も水の泡止むを得ずして六人が 棚なし船に身を任せ大海原を渡りつつ ペルシヤの海に来て見れば暴風怒濤に悩まされ 九死一生の其場合三五教の宣伝使 日の出の別の言霊に危き命を助けられ いよいよ茲に三五の神の教に仕へつつ 神の御言を蒙りて照国別と名を賜ひ 産土山の斎苑館珍の聖地を後にして 教を伝へ今茲にトルマン国の危急をば 救はむ為の御軍に加はりたるもウラル教 守らせ給ふ大神の清き縁の引き合せ 人間界より眺むればウラルの道と三五の 教は二つに見ゆれども世界を創りし大元の 誠の神は一柱何れもおなじ神の道 それ故吾は三五の神の教にあればとて ウラルの宮の祭典に与り得ざる理由なし キユーバーの司の言霊は偏狭至極の世迷ひ言 いざこれよりは万教を一つになして愛善の 神の御徳を天の下四方の国々宣伝し 神政成就の神業を仕へ奉らむ吾覚悟 諾なひ給へ刹帝利チウイン太子の御前に 吾誠心のありたけを明して言挙げ奉る トルマン国は永久にこの王室は万世に 渡りて民の親となり神の創りし此国を 常磐堅磐に栄ゆべく守らせ給へと願ぎ奉る 開かせ給へと願ぎ奉る』 チウイン太子は又謡ふ。 『此神国は永久に栄え栄えて限りなく 天津御空の星の如浜の真砂の数知れず 日に夜に国民繁殖し穏麦豆粟よく実り トルマン国の中心を清く流るる清川は 魚類多く繁殖し野にも山にも鳥獣 数多住ひて国の富世界に冠たる目出度さよ 然るに大黒主の神瑞穂の秋の豊の国 トルマン国を奪ひ取り第二の根拠を作らむと スコブツエン宗を持ち込みて吾国内を乱さむと 大陰謀を企らみて妖僧キユーバーを派遣なし 此度の騒動の端緒をば開きたるこそ由々しけれ 彼キユーバーの悪業は天地も許さぬ大罪ぞ 然りとは云へど吾々は神の教にある上は 彼が心の改慎を認めた上に解放し 再び神の御使に任せむものと思へども 吾母君を誑かし大御心を奪ひたる 其曲業は許されじ照国別の宣伝使 照公司と計らひて彼が体の処決をば 如何はせむと大神に祈れば夢に現はれて 必ず明日はキユーバーを縛れと命じ給ひけり 斯くする上は母上の心を怒らせ奉らむは 火を覩るよりも明けしされども神の詔 国家の為を思ふ時許し置かれぬ吾立場 諾ひ給へ父君よ照国別の宣伝使 茲にキユーバーを縛りたる理由を陳謝し奉る 三五教やウラル教茲に両教聯合し トルマン国は云ふも更七千余国の月の国 漏らさず落さず国民に尊き神の御教を 教へ伝へて一日も早く神国成就の 大神業に仕ふべしあゝ惟神々々 神の御前に赤心を明かして誓ひ奉る 赤心籠めて願ぎ奉る』 斯く歌ふ折しも、夜叉の如き勢、満面朱を濺ぎ、血眼になつて現はれ来り、刹帝利の右に憤然と座を占めたのは王妃千草姫であつた。一座は千草姫の突然の出現によつて一種異様な空気に包まれて了つた。 (大正一四・八・二四旧七・五於由良海岸秋田別荘加藤明子録) |
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霊界物語 | 71_戌_玄真坊と千種の高姫 | 17 夢現神 | 第一七章夢現神〔一八〇六〕 千草の高姫、玄真坊の二人の計略にウマウマとかけられ穴の中に生埋にされたコブライ、コオロの両人は命カラガラ穴から這ひ出し、泥まぶれになつて息をつき乍ら、 コ『オイ、コオロ、どてらい目に遇はせやがつたぢやないか、狸坊主と狐女郎奴が。本当にいい馬鹿を見たぢやないか』 コオ『本当に俺やもう、憎らしうて堪らぬワイ。然しあの女は何処ともなしに可愛い奴だ。仮令生埋にされて死んで了つても元々ぢやないか。憎らしいのは彼の玄真坊だ。之から何処々々迄も後追つて生首引捉へ腹癒せをしようぢやないか』 コブ『ウンウン、そりやさうだ、俺等を助けて呉れた千草姫が俺等を殺す筈はない、玄真坊が千草姫の前で旧悪を云はれちや男前が下がると思つて、俺等を亡きものにさへすれば如何な事も出来ると思つて、あんな悪虐無道の事をしたのだらう。さア之から後追駆け生首を引抜き、千草姫の前で赤恥をかかせにや腹が癒えないワ。千草姫だつて、彼んなヒヨツトコ男に心からラブしてゐさうな筈が無い。屹度懐のお金を捲き上げられたら頭から青洟を垂れかけられるか、睾丸をギユーツと締めつけられてフンのびる位が関の山だらうよ、ウツフヽヽヽヽ』 コオ『兎も角こんな所で小田原評定やつた所で、はじまらぬぢやないか、さア之から彼奴の後追つて仇討ちと出かけやう』 コ『後追かけようと云つたつて、何方に逃げたか分らぬぢやないか』 コオ『ナニ、この木の端切れを道の真中に突つ立てて倒けた方に行つて見よう。屹度そつちに居ると云ふ事だ』 コ『そら、さうかも知れぬのう』 と云ひ乍ら木片を拾ひ真直に立てて離して見た。木片は南へバタリと倒れた。之より両人は月夜の道を南へ南へと駆けて行く。 両人『神が表に現はれて善と悪とを立別ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 只何事も人の世は直日に見直せ聞直せ 世の過ちは宣り直せなどと教ふる三五の 神の教は聞きつれどどうしても見直し宣り直し 聞直しさへ出来ぬ奴世界に一つ見つかつた 泥棒上りの玄真坊オーラの山に立籠もり 山子企んで失敗し又も其辺をうろついて 人を苦しめ女をば悩ませ来る悪僧奴 危い命を助けられ落した金迄吾々に 掘つて貰つて其恩を仇で報うた曲津神 何処へ失せたか知らね共草を分けても尋ね出し 恨を晴らさにや惜くものか神が此世にゐますなら 屹度善悪立別けて玄真坊の曲神を 懲し戒め給ふべしとは云ふものの吾々は 御気の長い神さまの御罰のあたる時を待つ 余裕は些も身に持たぬ一時も早く玄真の 生首引抜き仇をば打たねば男の意地立たぬ アヽ憎らしや憎らしや不倶戴天の仇敵と 定めて之から両人は四方八方に駆け廻り 彼の在所を尋ね出し命を取らいで措くものか アヽ憎らしや憎らしや泥棒上りの玄真坊 命を取らいで措くものかアヽ憎らしや憎らしや 一寸刻か五分試し骨も頭も粉にして 喰はねば虫が承知せぬアヽ腹が立つ腹が立つ 今度の恨を晴らさねば死んでも死ねぬ吾心 憐み給へ自在天大国彦の御前に 真心籠めて願ぎ奉る旭は照るとも曇る共 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 仇を討たねば措くものか悪逆無道の玄真坊 何処の果に潜むとも神の力と吾々の 熱心力に尋ね出し彼が所持する黄金を スツカリ此方へ引奪り最初の目的達成し 男を立てねば措くものかあゝ惟神々々 御霊幸倍ましませよ』 と云ひ乍ら蛙の行列向ふ見ずに形許りの細道を南へ南へと走つて行く。遥の前方にコンモリとした山蔭が見える。二人は芝生の上にドツカと尻を据ゑ、 コオ『オイ、兄貴、行途も無しに走つて居つた所で腹は空る、足は疲れる、如何する事も出来ぬぢやないか、一つ此処で考へて見ようぢやないか』 コ『やア、もウ、俺もコンパスが動かなくなつて来たのだ。仇の所在も分らないのに此広い田圃を走つた所で雲を掴む様な話だ。思へば思へば馬鹿らしいぢやないか。俺等は斯う南へ南へと走つてゐるのに、彼奴等は反対に北へ北へと走つたとすれば、きばれば、きばる程遠退く道理だ、此奴ア一つ考へねばなるまいぞ』 コオ『それでも杖占をやつたら南へ倒けたぢやないか。吾々は南へ走るより仕方はないのだ。アヽ斯うなると犬が恨めしい哩。俺が若し犬だつたら、彼奴の行つた後を嗅付けるのだけど、此人間様の鼻ぢやカラツキシ駄目ぢやからのう』 二人は斯く話し乍らグツタリと弱り、眠気さへ催し遂には原野の中で前後も白河夜船の客となつて了つた。 此処へ忽然として現はれた白衣の神人がある。神人は言葉静かに、 『汝はコブライ、コオロの両人ではないか』 両人一度に、 『ハイ、左様で御座います。貴方様は一寸お見かけ申せば、何処かの貴婦人と拝しまするが、何方へお越で御座いますか』 神人『吾こそは霊鷲山に跡をたるる豊玉別命であるぞよ。其の方は今日迄現世に犯せし罪悪に仍つて、種々雑多の神罰を受け玄真坊、千草姫の悪人のため土中に迄埋められ、九死に一生を得乍ら神徳の尊き事を忘れ、只一途に彼を恨、剰つさへ懐中の金子を奪ひ取らむと企んで居らうがな』 コ『ハイ、仰せの通りで御座います、恐れ入りました』 『汝等両人、今の中に吾教を聞き悔い改めざれば無間地獄に堕ちるであらう。どうだ、今の中に玄真坊に対する恨を打切り本然の誠に帰る気はないか』 コ『イヤ、もう私だとて、元より悪人では御座いませぬが、臍の緒の切り所が悪かつた為に人並の生活も出来ず、何時の間にやら自暴自棄となり、泥棒仲間に首を突つ込み、悪事の有らむ限りを致して来ました。同じ人間に生れ乍ら、豺狼のやうな事をすることは私の良心に大に恥て居りますなれど、此肉体を保全する為に止むを得ず種々よからぬ事を企みもし、行つても来ました。どうせ私は今迄の罪業に由つて地獄の底へ落されるものと覚悟してゐます。どうせ今から心を改めても、地獄に堕ちるのですから、悪を行るなら徹底的に悪業をやり度い決心を抱いて居りまする』 神人『如何なる悪人と雖も、悔い改めに依つて悪は忽ち消滅し、善の方面に向ふ事が出来るものだ。人間の肉体を持つて此地上に在る限りは絶対の善を行ふ事は出来ない。それで何事も神に任せ、神を信じ、神を愛し、日夜信仰を励んだならば、屹度生前死後共に安逸の生活を送る事が出来るであらう』 コ『ハイ、有難う御座います、如何なる神様を信仰すれば可いのでせうか。私はこれ迄バラモン神を信じてゐましたが、一度も安心や幸福を与へられた事は御座いませぬ』 神人『何れの神も皆、元は天帝の御分霊、神徳に高下勝劣は無けれども、今日の世の中は盤古神王の世も済み、バラモン自在天の世も過ぎ去り、今はミロク大神の御世と変つてゐるのだ。それ故汝等両人は今日より三五の大神を信じ惟神の名号を唱へ、能ふる限りの善事を行はば屹度安逸の世を送る事が出来るであらう。夢々疑ふ事勿れ』 と宣り給ふや否や忽然として煙の如く消えさせ給ふた。両人はフツと目を醒し、 コ『オイ、コオロ、お前起きたか、俺やもう大変な夢を見たよ』 コオ『ウーン、俺も妙な夢を見たのだ。もう玄真坊征伐は止めようかい』 コ『さうだな、玄真坊も悪いが俺も悪いから、之迄の因縁と諦めて泥棒も止め、玄真坊征伐も止めようぢやないか』 コオ『俺等ア、泥棒を止めたら喰ふ事は出来ぬが、之から身の振り方を如何したら可いのかなア。実は夢の中に神様が現はれたが、余り怖ろしうて、勿体なうて、お尋ねする事も忘れたが、之から何商売をしたら可いのかな』 コ『俺等の様に泥棒の外に何も芸を知らぬ者は商売も出来ず、学問も無し、仕方がないから修験者となつて一杖一笠の比丘となり、人の門に立つて物乞ひでもやらうぢやないか。そして三五の神様のお道を一人にでも云ひ聞かせ、死後の世界の安養浄土を開く準備をしようぢやないか』 コオ『兄貴お前もさう思ふか、実は俺もさう考へた所だ。さアさうと相談が定まれば、両人俄に比丘となつて印度七千余国の霊山霊場を巡拝しよう。玄真坊の様な悪人でさへも修験者と云ふ役徳に依つて見ず知らずの他人から、あの通り土の中へ葬られるのだ。俺等ア修験者でない為に死骸を路傍に委棄されてゐたのだからな。之を考へて見ても神様に仕へる位結構な事はないからのう』 茲に両人は意を決し、別に墨染の衣も、杖も笠も無けれども宣伝歌を口吟み乍ら、人里を尋ねて進み行く事となつた。 両人『神が表に現はれて善と悪とを立別ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 只何事も人の世は直日に見直せ聞直せ 身の過ちは宣り直せなどと教ふる三五の 神の教は目の辺り吾等が夢に現はれて 教へ給ひし神人の御言葉こそは尊けれ 悪逆無道の限をば尽し来りし吾々も 大慈大悲の大神の情の言葉に目を覚まし 転迷開悟の花咲いて今や真人と成り初めぬ 人は神の子神の宮珍の身魂を受け乍ら 曲津の棲処に使はれてどうして神の御前に 復命なさむ術あらむアヽ惟神々々 神の恵みの幸はひて吾等二人の行末は 天国浄土の花園に安く導き給へかし 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも曲津の神は猛るとも 誠の力は世を救ふ誠一つの三五の 神に従ふ吾々は如何なる悪魔も恐れむや 虎狼や大蛇など一時に襲ひ来るとも 神の守護の有る限り安く進ませ給ふべし アヽ有難し有難し闇路に迷ふ盲目の 俄に両眼打開き日出の国の花園に 進み出でたる心地なりアヽ有難し有難し 神の教を聞きしより吾魂は何となく 春駒の如勇み立ち雲井に登る如くなり アヽ惟神々々御霊幸倍ましませよ』 と元気よく歌ひ乍ら旅の疲れも空腹の悩みも打忘れスガの港の方面指て進み行く。 (大正一五・二・一旧一四・一二・一九於月光閣北村隆光録) |
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霊界物語 | 72_亥_スガの港(宗教問答所) | 15 災会 | 第一五章災会〔一八二四〕 トルマン国の王妃なる千草の姫の体をかり 再び娑婆に甦り千草の高姫と名を変へて 曲の精霊に沁み込んだウラナイ教をどこ迄も たてにやおかぬと雄猛びし前世に契を結びたる 大雲山の洞穴に棲へる大蛇の乾児なる 妖幻坊に再会し又もや夫婦の縁結び 彼方此方と彷徨ひつスガの港の北町に 漸く吾家を買求めスガの聖地に建てられし 三五教の神殿を向ふに廻して勢力を 比べむものと雄猛びし立派な神殿造り上げ 俄役員二三人雇ひ来りて厳かな 口調を以て寄り来る善男善女に相向ひ 四脚の机を前に置き椅子に腰かけ悠然と コツプの水を啜りつつエヘンと一声咳払ひ 扇片手に持ち乍ら信者の上に目を注ぎ 花を欺く美貌もて涼しき声にて語るらく 『皆さまようこそお詣りよ妾は人間に見ゆれども 決して俗人ぢやありませぬ第一霊国天人の 霊を受けて生れたる日出神の生宮で 底津岩根の大弥勒三千世界の救世主 千草の高姫と申します妾の教ふる御教は ウラナイ教と云ひまして天下に比類のない教 盲は目が開き聾は聞え躄は立つて歩きます 肺病、腎臓、心臓病胃病は愚か十二指腸 盲腸炎に神経痛気管支加答児に肺加答児 流行性感冒コレラ病猩紅熱にパラチブス 横根や疳瘡や骨うづき陰睾田虫に疥癬虫 如何なる病も高姫が心に叶うた人ならば 即座に癒して上げますよそれぢやと云つてウラナイの 誠の教の分らないお方にや神徳やりませぬ 三五教の神様とどちらが偉いと云ふやうな 比較研究の信者には罰こそあたれ神徳ない ここの道理を聞きわけて絶対服従の信仰を 皆さま励んでなさいませ斎苑の館に総務をば 務めて御座つた杢助さま神素盞嗚の大神の 三羽烏と云はれたる天下唯一の宣伝使 三五教に愛想をばおつかしなさつて高姫が 教の道に賛同し遂に進んで背の君と おなり遊ばし御教を天下に開いて御座ると云ふ 珍現象になつたのも決して不思議な事でない メツキは直ぐに剥げるぞや正真正銘のウラナイ教 擦れば擦る程光り出す鋭敏の頭脳の持主の 杢助さまは逸早くウラナイ教の誠をば 感得されて三五の曲津の教を捨てられた これ丈け見ても分るだらうスガの宮居の神司 玉清別と云ふ人は何処の馬骨か牛骨か 或は狐の容器か狸のお化か知らねども どうしてあのやうなスタイルで神の聖場が保てませう 見てゐて下され一月も経たない中にメチヤメチヤに 壊れて了ふは目のあたり鏡にかけし如くです 誠の救ひの神様はウラナイ教より外にない ヨリコの姫や花香姫ダリヤの姫とか云ふ女 何をしとるか知らねども清浄無垢の神館 月に七日の不浄ある女を三人も泊らせて どうして神が喜ばう若しも喜ぶ神なれば 必ず曲津に違ひない妾も最早四十三 若い姿はして居れど月に七日のお客さま 宿泊なさるやうな身ではない之を思うてもウラナイの 神の教は誠ぞや気をつけなされよ皆の人 必ず曲津の御教に迷うて地獄の先駆けを なさらぬやうにと気をつけるあゝ惟神々々 ウラナイ教の大御神ヘグレのヘグレのヘグレ武者 ヘグレ神社の大御神リントウビテンの大御神 地上大臣地上姫地上丸さま行成さま 定子の姫さま杵築姫弥勒成就の大御神 貞彦姫の大御神言上姫さま春子さま その外百の神様の御前に謹み高姫が 日出神と現はれてこの場に集ふ人々の 守護を命じおきまするあゝ惟神々々 御霊幸ひましませよ』かかる処へ修験者 錫杖左手につき乍ら深網笠に顔隠し いと荘重な言霊を張り上げ乍ら入り来り 『ウラナイ教の大本部教祖の君に御面会 お願申す』と云ひ乍ら群集の中をかき分けて 演壇目蒐けて進みより高姫司の前に立ち 『拙僧こそは月の国ハルナの都に現れませる 大黒主の御寵臣スコブッツエン宗の大教祖 キユーバーと申す僧で御座るどうか一場の演説を 許させ玉へ』と呼はれば高姫不審の眉ひそめ 何処かで聞いた声の色面は笠で見えねども もしや自分の恋ひ慕ふキユーバーの君ではあるまいか 『何は兎もあれ御登壇結構なお話頼みます これこれ皆の御信者よ妾はこれから降壇し 奥の一室で休みますこの御方は修験者 必ず尊いお話をして下さるに違ひない 神妙にお聞きなされや』と云ひつつ人をかき分けて 隣りの部屋に身を潜め様子如何にと窺ひぬ キユーバーも千草の高姫の顔を見るより仰天し ハートに浪は騒げどもそしらぬ顔を装ひつ 賛成演説初めけるキユーバーはコップに水をつぎ オホンと一声咳払ひ神官扇を斜に構へ 笠抜ぎ捨てて群集をジロジロ見廻し声高く 『拙僧こそはウラナイの道に永年苦労した 諸国巡礼の行者です今現はれた高姫の 教主の君は人でない天津空より雲に乗り 小北の山の聖場に天降り玉ひし生神ぞ 皆さま喜びなさいませ此神様を信じなば 寿命長久福徳円満五穀豊穣息災延命まがひなし そもそも神には正神と邪神の二つの区別あり 神を信仰するならば誠の神を敬うて 邪神を捨てなされ誠の神は生命を与へ 病を癒やし福徳を授け玉ふ仁慈無限の御やり方 曲津の神は病気を起し貧乏を齎し命を縮め 大雨大風地震まで人の嫌がる事許り 一生懸命にするものだスガの御山に建てられし 三五教も其通り善の仮面を被りつつ 悪魔の神を呼び集へ此世の中を乱さむと 朝な夕なに念じてる何卒皆さま気をつけて スガの山へは行かぬやう近所合壁いましめて ウラナイ教の神様のおかげを頂きなされませ あゝ惟神々々私も教主に用がある 一先づ御免』と云ひ乍ら悠々演壇降りつつ 高姫司の潜みたる隣の部屋をさして行く 数多の信者は怪訝顔何が何やら分らぬと 互に小言をつき乍らボツボツ家路に帰り行く あゝ惟神々々目玉飛出す面白さ。 高姫は一室に隠れてキユーバーの演説を聞いてゐたが、 『背恰好と云ひ、顔の形と云ひ、声色と云ひ、トルマン城で会うたキユーバーに少しも違はない。ハテ妙な事になつて来たワイ、悋気の深い杢助さまは別館に寝てゐらつしやるから、いいやうなものの何時目が醒めるか分らない。もしキユーバーさまであつたなら、如何しようかな』 と胸を抱いて考へて居る。其処へキユーバーが足音忍ばせ入り来り小声になつて、 『これ、千草姫どの、この面を覚えてゐますか』 高『ハイ、そのお顔を忘れてなりませうか、天下に類例のない御容貌ですもの。そして貴方、ひどいぢやありませぬか、何処をうろついてゐらつしやつたのです』 キユ『時に千草殿、スガ山の神館にはヨリコ姫と云ふ山賊上りの女が傲然と構へ込み、宗教問答所と大看板を掲げ、「妾を説き伏せた人には此館の役目をお渡し申す」と図々しくも掲げて居るのだ、どうだお前は一つ問答に行く気はないか』 高『ナニ、ヨリコ姫がそんな事を書いて居りますか、何と云ふ馬鹿でせう、己が刀で己が首、飛んで火に入る夏の虫とは此事でせう。ヤア面白い、それぢや今日から準備しておいて、明日は出かけてやりませう』 キユ『ヤ、早速の御承知有難い、及ばず乍ら拙者もお伴致しませう。然し千草姫さま、お前さまにこれはあるのかい』 と親指をつき出す。 高姫はやや口ごもり乍ら思ひきつて、 『ハイ、時置師の神の杢助さまと云ふ立派な夫が御座います。大きな声で仰有ると目が醒めますから、どうか小声で云つて下さい』 キユ『誠の夫が来て居るのに、誠の夫の俺が何遠慮する必要があるか、その杢助とか云ふ奴、俺の女房を横取りしよつた曲者だ。ヨーシ、奥へ踏み込んで談判をやつてやらう』 と立上らうとする、高姫は矢庭に胸倉をグツと取り、喉を締め、あて身をくわし、床の下にソツと投り込んで了つた。あゝキユーバーの運命は如何なるであらうか。 (大正一五・六・三〇旧五・二一於天之橋立なかや旅館北村隆光録) |
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霊界物語 | 72_亥_スガの港(宗教問答所) | 18 法城渡 | 第一八章法城渡〔一八二七〕 ヨリコ姫は訪ね来し高姫の、酢でも蒟蒻でも、一条縄ではいけぬやんちや牛たる事を看破し、下から上まで白綸子づくめの衣装を着、髪を長う後に垂れ、中啓を手に持ち、絹摺れの音サラサラと、廊下を寛歩しながら悠々然と問答椅子に寄りかかり、 ヨリ『何神の化身にますか白梅の 花の薫も高姫の君。 久方の天より高く咲く花も 君の装に及ばざるらむ。 君こそはウラナイ教の神柱 日の出の神と聞くぞ尊き』 高『お世辞をばならべて稜威高姫を 揶揄ひたまふ面の憎さよ。 追従を喰ふよな神で御座らぬぞ ヨリコの姫よその顔洗へ。 今日こそは汝が生死のさかひ目ぞ 善悪別ける神のおでまし』 ヨリ『これはしたり高姫様の御言葉 ヨリコの姫もあきれかへりぬ。 妾こそ誠の神にヨリコ姫 醜の荒風如何で恐れむ。 恐ろしき其顔は奥山の 岩窟に住める鬼かとぞ思ふ』 高『何と云ふ失礼な事を吐すのだ 泥棒上りの山子女奴。 みやびなる歌よみかけて神の宮 汚さむとするずるさに呆れし。 これからは誠の日の出が現はれて 汝が心の闇を照らさむ』 ヨリ『吾霊は昼夜さへも白雲の 空に輝く月日なりけり。 久方の天より下るエンゼルの 内流受けし吾ぞ生神』 高『猪口才な泥棒上りの分際で 生神などとは尻が呆れる。 尻喰へ観音様の真似をして 装ひばかり胸の狼』 ヨリ『狼か大神様か知らねども 吾の霊はいつも輝く。 吾霊は空に輝く日月の 光にまして四方を照らさむ』 高『ぬかしたり曲津の巣ふ霊で 尻餅月日の螢の光り奴』 ヨリ『五月雨の闇を縫ひ行く螢火も 夜往く人のしるべとぞなる。 螢火を数多集めて文をよみ 国の柱となりし人あり』 高『偉さうに理窟ばかりを夕月夜 山にかくれてすぐ闇とならむ。 大空に神の御稜威も高姫の 光を見れば目も眩むらむ』 ヨリ『君こそは大高山の山伏か 朝な夕なに大法螺吹くなり』 高『法螺貝は此世の邪気を払ふてふ 誠の神の神器なりけり。 法螺一つ吹けないやうな弱虫は 此世の中に生きて甲斐なし』 ヨリ『魂はよしや死すとも法螺の貝 音高姫になりわたるかな』 高『玄真坊法螺貝吹きの妻となり 世を乱したる汝ぞ悪神。 法螺吹いて錫杖をふり村々を かたつて廻る乞食祭文。 オーラ山大法螺吹の山の神 スガの宮にて又法螺を吹く』 ヨリ『何なりと勝手な熱を吹きたまへ 科戸の風に伊吹払へば』 高『伊吹山鬼の再来と聞えたる 汝は此世の曲津神なる』 ヨリ『汝こそはミロクミロクと大法螺を 吹きまくるなる醜の曲神』 高『こりやヨリコ口に番所がないかとて 此生神に楯をつくのか』 ヨリ『たてつくか嘘をつくかは知らねども 汝がほこには手答もなし』 高『手答のなき歌垣に立つよりも 言霊車めぐらして見む。 いざさらば吾訊問に答へかし 汝が生死の別るる所ぞ』 ヨリ『如何ならむ問にも答へまつるべし 早河の瀬の流るる如くに』 高姫拳を握りつつ雄猛びなして立上り ヨリコの姫を睨つけて声の調子もいと荒く 面上朱をば注ぎつつ扇パチパチ卓を打ち 『これこれヨリコの女帝さまこれから直接問答だ 天地の元を創りたる大根本の根本の 生神様の名は如何に』云へばヨリコは笑湛へ 『如何なる難題ならむかと思へばそんな事ですか 天地の元は無終無始無限絶対永劫に 静まり居ます国の祖国常立の神様よ 此一柱の神おきて外に誠の神はない 如何で御座る高姫』と顔さしのぞけば高姫は フフンと笑ふ鼻の先 高『何と分らぬ神司あきれて物が云へませぬ 大慈大悲の神様は天下万民悉く 安養浄土に救はむと心をくばりたまひつつ 底津岩根に身をかくし時節を待つて種々の 艱難苦労のそのあげくいよいよミロクの大神と ここに現はれましますぞその神様の生宮は どこに御座るかヨリコさますつかり当てて下さんせ もしも妾が負けたなら現在お前さまの目の前で 生たり死んだりして見せる』云へばヨリコは嘲笑ひ ヨリ『貴女の仰せは違ひます神の御書を調ぶれば 此世の初めと在す神は国常立の大神ぞ 其他の百の神々は皆エンゼルの又の御名 これより外にありませぬ』云へば高姫グツと反り 高『ホヽヽヽヽヽホヽヽヽヽこれや面白い面白い 三五教の盲神こんな事をば偉さうに 世の人々に打ち向ひ誠しやかに教へるのか 国常立の大神がもしも此国に御座るなら 妾の前に連れ参れそれが出来ない事なれば 空想理想の神でせう此高姫の問ふ神は 生きた肉体持ちながら生きて働き生ながら 人を救くる神ですよその神様はどこにある それを知らして貰ひたい』云へばヨリコは打ち笑ひ ヨリ『肉体もつてます神は産土山の聖場に 千木高知りてはおはします神素盞嗚の大御神 三千世界の太柱これより外にはありませぬ 貴女の守るウラナイのお道の神は何神か 確り妾は知らねども大した神では御座るまい』 云へば高姫腹を立て 高『神は清浄潔白で仁慈無限に在しませば 兎の毛の露の悪もない人を殺して金を奪り 数多の男女を誑らかし泥棒稼ぎをするやうな 輩を使ふ神ならば誠の神では御座るまい お前の素性を調ぶればオーラの山の山賊の 親分して居た曲津神神素盞嗚の大神の 正しく清く鎮座ます此聖場に腰据ゑて 神をば汚す曲津神早く改心した上で 一時も早く此席を退きなされヨリコさま 何程改心したとても白布に墨がついたなら 洗うても洗うても洗うても墨のおちない其如く どうせ貴女は創者よ創ある身霊が神業に 奉仕するとは理に合はぬこれでも返答御座るかな 此高姫は済まないが泥棒などはやりませぬ 大根本の根本の誠の神の太柱 妾に創が若しあればどうぞ探して下さんせ 抑々誠の神様は身霊相応の理によつて 善には善の神守り悪には悪の神がつく 創ある身霊にや傷の神清い身霊にや清い神 これが天地の相応だ』云へばヨリコは俯むいて 高姫一人残しおきすごすご一室に入りにける 高姫後を見送つて大口開けて高笑ひ 高『オホヽヽヽオホヽヽヽ狐や狸の正体を 日出神の御前に包むよしなく現はして 尻尾を股に挟みつつすごすご奥へ逃げ込んだ ほんに小気味のよい事よもう此上はヨリコとて 此高姫に打ち向ひ楯つく勇気は御座るまい 誤り証文認めて今日から貴女に此館 お任かせ申奉る罪ある妾の身の素性 何卒隠して下されと哀訴歎願と来るだろう あゝ面白や心地よや今日からこれの神館 棚の上から牡丹餅が落ちて来たよな塩梅に 吾手に入るは知れたこともしも問答に負けたなら 妾の役目を渡すぞと書いた看板が証拠ぞよ 待てば海路の風が吹く神が表に現はれて 善悪正邪を立て別ける此御教は三五の 決して神の教でない今目の当り高姫が 実行なしたる生言葉生証文のウラナイ教 千秋万歳万々歳ウラナイ教の大神の 御前に謹み畏みて今日の生日の足る時の 成功守り玉ひたる恵に感謝し奉る あゝ惟神々々御霊幸倍ましませ』と 四辺かまはず大声を張り上げながら唯一人 傍若無人の振舞はよその見る目も憎らしき。 話変つて玄関口には、アル、エス、キユーバーの三人が頻に口論を始めて居る。 アル『こりや、便所掃除の糞坊主奴、バラモン署へ訴へるなんて脅喝文句を並べ立て、犬の遠吠的に逃げ失せながらづうづうしくも何しにやつて来やがつたのだ。エヽ汚ない汚ない臭い、糞の臭気が鼻をついて耐らないワ、サア去んだり去んだり』 キユ『ハヽヽヽヽ、馬鹿云ふな、此処は今日から俺の領分だ。貴様こそ何処かへ出て往け、今奥で高姫さまと女帝との大問答が始まつて居るやうだが、きつと高姫さまの勝だ。これや此看板を見い、今にこの看板通り励行するのだ』 エス『ハヽヽヽヽこの糞坊主奴。高姫とか云ふ婆に泣きついて応援を頼んで来よつたのだな、何と見下げ果てた腰抜け野郎だな。八尺の褌をかいた男が何だい、女の加勢を頼んで来るとは卑怯にも程があるではないか、糞垂れ坊主奴。まごまごして居ると笠の台が無くなるぞ、サアサア足許の明い中股に尾を挟んで帰つたり帰つたり』 キユ『ハヽヽヽヽ馬鹿だのう。足許に火がついて、尻が熱うなつて居るのにまだ貴様達は気がつかぬのか。まあ見て居れ、今に法城の開け渡しと来るから、その時は吠面かわくな。又薬屋の門番に逆転して番犬の境遇に甘じワンワン吠ながら勤めるのが関の山だ。何とあはれな代物だな、ウフヽヽヽ』 問答席にはヨリコ、花香、ダリヤ姫の三人が高姫とさし向ひになり、法城開け渡しの掛合中である。 ヨリ『千草の高姫様、すつぱりと法城を開け渡しますから受け取つて下さい。貴女の問答には決して負るやうな女ぢやありませぬが、妾も一つ感じた事が御座います。何程立派な器でも焼つぎにした器はやつぱり創物です。貴女の最前仰有つた通り如何にもオーラ山の山賊の女頭目として世人を苦しめ、所在罪悪を犯して来ました。かやうな罪深い身霊をもつて至粋至純なる大神様の前に仕へまつるのは冥加の程が恐ろしう御座います。到底妾は汚れた罪の重い体、神様の御前に出る資格は御座いませぬ。貴女は今日迄どんな事を遊ばしたか神ならぬ身の妾、些しも存じませぬが、妾に比べては余程清らかなお身霊と拝察致します、是から一先づスガの薬屋に引き取りますから、後は御勝手になさいませ』 高姫『ホヽヽヽヽ、成程お前さまも比較的よく物の分る人だ。最前生宮の云うた言葉に感激して身の罪を恥ぢ、法城を開け渡す、その御精神、実に見上げたものですよ、併し創物はどこ迄も創物ですから足許の明い中、トツトとお帰りなさるがよからう』 ヨリ『妾の妹の花香、ダリヤも妾に殉じて退席すると云ひますから、どうかこれも御承知を願ひたう御座います』 高『何程上面は綺麗でも創物のお前さまに使はれて居つた代物だから、どうせ完全な器ぢやあるまい。自発的に退かうと云ふのはこれも感心の至りだ。何とまあ神界の御経綸と云ふものは偉いものだな、ホヽヽヽヽ』 と笑壺に入つて居る。そこへキユーバーが得意面を晒し肩肱を怒らし大手を振つて四人の前に入り来り、 『千草の高姫どの天晴々々、功名手柄お祝ひ申ます。ヤイ、ヨリコ、花香、ダリヤの阿魔女態ア見やがれ。俺の権勢はこの通りだ。サアこれから玉清別の野郎もアルもエスも叩き払ひだ。エヽ、臭い臭い、鼻が汚れるワ、腐り女、腐り野郎奴一刻も早く出て失せろ』 と仁王立になり蜥蜴が立ち上つた様なスタイルで四辺キヨロキヨロ睨め廻して居る。 (大正一五・七・一旧五・二二於天之橋立なかや別館加藤明子録) |
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霊界物語 | □_特別編-入蒙記 | 02 神示の経綸 | 第二章神示の経綸 明治の末葉大正の初期にかけ、思想混乱の極に達せる現実界に向つて、一大獅子吼をなし、神教を四方に伝達したる結果、恰も洪水の氾濫して大堤防を破壊するが如き勢を以て勃興したる天授の聖教、三五の聖団、其大本所在地と聞えたる綾の聖地──仏徒の所謂霊山会場の蓮華台、キリスト教徒の最も憧憬して已まざるパレスチナの聖場、オレブ山、エルサレムの聖地にも比すべき──神の本宮、桶伏山を中心とし、宏壮なる殿堂、錦の宮を建設し、四百四十四坪の八尋殿に於て、盛に主神の聖教を伝達し、既成宗教の上に卓越して、世界万有愛の教旗を飜へし、自転倒島を初め、地上の世界に無数の崇信者を有する三五教の根源地、八尋殿に於て、恆例の節分祭が執行された。此節分祭はキリスト教の所謂逾越祭の如きものである。此殿堂は五六七神政に因みて五六七殿と称へられてゐる。国照姫は地上に肉体を以て生存すること八十余年、大正七年陰暦十月三日神諭を書き了つて昇天し、其聖霊は稚姫君命と復帰し、天界に於て神政を行ひ、其遺骸は天王平の奥津城に永眠してゐる。国照姫の後継者はすでに二代三代と立並び、神教を伝達することとなつてゐる。 源日出雄は神示によつて、明治三十二年聖地に来り、水洗礼の教務を補佐し、大正十年迄神業を続けてゐた。此間殆ど二十四年、高姫の精霊の宿りたる徳島お福、菖蒲のお花、高村高造、四方与多平、鷹巣文助、其他数多の体主霊従派に極力妨害されつつも、凡ての障壁を蹴破して、十年一日の如く、神教に従事した。 梅村信行、湯浅仁斎、西田元教などの輔けはあつたが、分らずやの妨害最も甚だしく、大いに神業の進展を阻害した。 大正五年の末頃から鼻高学者等が続々と聖地に来り、大正十年に世界全滅の却託を並べ、一夜作りの霊学を称導し、三五の声望をして、一時は天下に失墜せしめた。其結果は大正十年に於て、有名なる大本事件を勃発し、次いで桶伏山、錦の宮の、乱暴至極な取毀ちとなり、源日出雄等は一時獄に投ぜられ、いかめしき閻魔の庁に引出されて、善悪邪正を審判さるることとなつた。此事件に肝をつぶし睾丸の宿換さした学者連は、数十万円の負債を投付け、日出雄以下の純真なる神の子を、千丈の谷間につきおとし、知らぬ顔の半兵衛をきめこみ、第二の計画を立て、迷へる少年をかり集めむとし、心霊会なるものを組織したが、天は斯かる暴虐を許さず、一時其傘下に集まれる猛者連は四方に散逸し、今や孤立無援の境地に立ち心霊と人生なる孤城に隠れて、切りに三五の本城に向つて征矢を放つてゐる。此間日出雄は桶伏山の山下、祥雲閣に於て、万有愛の教旗を飜し、三五の神教を伝ふべく、神示の霊界物語を口述発行し、天下に宣伝せしより、教勢頓に回復し、何れも其教理に歓喜雀躍し、洋の内外を問はず信者は日に月に蝟集し来り、昔日に優る大勢力を醸成した。 源日出雄は節分祭の済んだ後、壇上に立ちて一場の演説を試みた。 源日出雄『天地万有を創造し玉ひし独一真神主の神を斎きまつる今日は、一年一回の最も聖き祭典日であります。殊に大正十三年二月四日の節分祭は、天運循環して、甲子の聖日でありまして、吾々人間としては、十万年に一度より際会することの出来ない、最も意義ある主日であります。大神の愛善の徳と信真の光に充たされたる各国各地の役員信徒諸氏が、神縁相熟して、此八尋殿にお集まりになり、吾等と共に芽出度き大祭典に、奉仕さるることを得られましたのは、至仁至愛の主の神様の御恵みに外ならないことを、皆様と共に感謝せなくてはなりませぬ。御承知の通り、教祖国照姫命に懸らせ玉うた神様は、宇宙の創造者、天地の祖神大国常立尊でありまして、明治廿五年正月元旦、心身共に浄化したる教祖は稚姫君命の精霊を宿され、前後未曾有の聖教を、一切の衆生に向つて伝達されたのは、吾々人類の為には、実に無限絶大の賜物であります。主の神様は厳霊稚姫君命の御精霊に其神格をみたされ、地上の神人たる清浄無垢の霊身三五の教祖の肉体を終局点として来らせ玉ひ、間接内流の形式に仍つて、大地の修理固成の神業を、三界の衆生に対し洽く伝達すべく現はれ玉うたのであります。其初発の神諭には『三千世界一度に開く梅の花、艮の金神の構ふ世になりたぞよ、須弥仙山に腰をかけ、三千世界を守るぞよ』と大獅子吼をされてゐます。此神示を略解すれば、三千世界とは、神界幽界現界の三大境界であり、過去現在未来をも指して居ります。梅の花の梅は言霊学上、エと云ふことになる、エは万物の始、生命の源泉であり、用はスといふことになり、スは一切統一の意味であります。又スは清浄潔白スミキリの意味ともなる。花とは初めて成るの意であり、最初の意味であり、教祖の意味ともなる。主の神が空前絶後の大神業をいよいよ開始し、最初の御理想たる黄金世界を地上に完全に建設し玉ふといふ芽出度き意味であります。艮といへば東北を意味し神典にては日の若宮の方位であり、万物発生の根源であつて太陽の昇り玉ふ方位であります。又艮といふ字義は艮めとなり初となり固めとなり永しとなり、世の終りの世の初まりの意味となります。金神といふ意味は売卜者の云つてゐる方除けをせられたり、祟り神として排斥せられてゐるやうな人間の仮りに造つた神の意味ではなく、尊厳無比金剛不壊の意味を有し、三界をして黄金世界に完成し玉ふ救ひの神といふ、約り言葉であります。 須弥仙山といふのは、仏経にある仮想的の山であつて所謂宇宙の中心を指したものであります。日月星辰が此須弥仙山を中心に進行し、須弥仙山には三十三の天があるといつてゐるのを見ても、無限絶対なる大宇宙の意味であることが明瞭となつて来ます。此須弥仙山に腰をかけ艮の金神が守ると宣示されたのは、実に驚嘆すべき大神業の大完成を予示されたもので、万有一切は此大神の愛善の徳と信真の光に浴し、現幽神三界に亘り、永遠無窮に真生命を保ち、歓喜に浴することを得るのであります。太古に於ける現世界の住民は何れも、清浄無垢にして、智慧証覚にすぐれ、愛の善と信の真をよく体得し、直接天人と交はり、霊界も現界も合せ鏡の如く、実に明かな荘厳な世界であつたのであります。それより追々と世は降つて白銀時代となり、八岐大蛇や醜狐が跋扈し始め、智慧証覚は漸くにしてにぶり出し、降つて赤銅時代黒鉄時代と益々現実化し、妖邪の空気は天地に充満し、三界に紛争絶間なく、今や泥海時代と堕落して了つたのです。仏者は之を末法の世といひ、基督教は地獄といひ、神道家は常暗の世と称へてゐます。地上一切の民は仁慈無限の大神の恩恵を忘却し、自己愛的行動を敢てなし、互に覇を争ひ、権利を獲得せむとし、排他と猜疑と、呪咀と悪口のみを之れ事とし、仏者の所謂地獄餓鬼畜生修羅の惨状を現出することとなりました。此に於て国祖の神霊は此惨状を座視するに忍びず、神より選まれたる清浄無垢なる霊身国照姫命をして神意伝達の機関となし、万有救済の聖業を托されたのであります。故に三五の教は根本の大神の聖慮を奉戴し、神界より此地上に天降し玉へる十二の神柱を集め、霊主体従的国土を建設し、常暗の世をして最初の黄金世界に復帰せしむる御神業に仕へまつるべき大責任をお任せになつたのであります。今や天運循環の神律によつて、世界各地に精神的救世主が現はれてをります。就いては日出雄も主の神の神示に従ひ、到底此小さき教団のみの神柱となつてゐることは出来ない様になりました。今日の人間は口先では実に勇壮活溌な、鬼神も跣足で逃げるような大気焔をはき、メートルを上げてる者もありますが、愈々実地となつた時は竜頭蛇尾に終るのが一般の傾向であります。今日の人間は凡てが卑劣で柔弱で、小心で貪欲で、我利々々亡者で、排他的で、真の勇気がありませぬ。かかる汚穢陀羅昏迷の極度に達した人心に活気を与へ、神の聖霊の宿つた活きた機関として、天晴れ活動せしめむとするには、先づ第一に勇壮活溌なる模範を示し、各人間の心の岩戸を開いてやる必要がありますので、国照姫命は荒波猛る絶海の孤島冠島沓島などに、小舟で渡り、荒行をなし、或は鞍馬山の幽谷其他の霊山霊地へ自ら出修して、信徒の肝を大ならしめ、有為なる信者を作り、社会の為に至誠を尽さしめむと努められたのであります。乍併元来臆病神の巣窟となつてゐる人間は盲聾同様で、国照姫命の聖跡をふんで、其実行を試みた者は一人もなかつたのであります。勿論開祖の行かれた冠島沓島や鞍馬山へ参拝して御神業が勤まつたと思つてゐる分らずやは相当にありました。けれども其精神を汲取つて其道に大活動を続けようとする勇者は一人も出なかつたのであります。此体をみて憤慨した日出雄は三五の信徒を始め自転倒島の人間及世界の人間に模範を示す為に、神示を畏み、蒙古の大原野を先づ第一に開拓すべく、大正六年の春より、秘かに其準備に着手して居りました。古語にも南船北馬といふ語があります。どうしても東北に進むのには馬に乗ることが必要である。故に日出雄は此年より準備の一端として、四頭の馬を飼育し、背の高き馬、低き馬、おとなしき馬、はげしき馬を乗こなし、時の到るを待ちつつあつた。そこへ神示の如く、大正十年辛酉の年に至つて、事件の為再び天下の大誤解をうけ、行動の自由を失つたので、意を決し、此世界の源日出雄として活動せむと思つてゐます。どうか諸子は其の考へを以て神業に奉仕されむことを希望致します。』 と結んで降壇した。源日出雄の心中には既に既に神命を奉戴し、空前絶後の大神業を今や企てむとし、満月の如く絞つた弓の矢は近く放たれむとしてゐたのである。 (大正一四、八、一五、松村真澄筆録) |
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霊界物語 | □_特別編-入蒙記 | 03 金剛心 | 第三章金剛心 錐襄中にあれば必ず頴脱し[※史記に出る「嚢中の錐(のうちゅうのきり)」のこと。「才能のある人はたちまち外に現れることのたとえ」〔広辞苑〕]、空気球に熱を加ふれば膨張して破裂せざれば止まず、熱烈なる信仰と燃ゆるが如き希望と抱負は、日出雄の肉体をかつて遂に大本と云ふ殻を打破つて脱出せざるを得ざらしめた。 ポンプも強力なる圧迫によつて滝の如く空中に水柱を立て、油は圧搾器に押へつけられて滲み出る、僅かに五尺の空殻に宇宙我にあり的の精魂を宿しその放出を防ぐに苦心すること、ここに五十年。山も裂けよ、岩も飛べよ、天を地となし、地を天となす日出雄が心中の抱負の一端は、ここに蒙古入となつて現はれたのである。 明治三十一年以来、教養して来た役員信徒の霊性を一々点検すれば、愚直と因循固陋排他と誇大妄想狂と罵詈讒謗等、あらゆる悪徳の暗影を現はすのみにて、真の勇なく智なく愛なく親なし。あゝ斯如ならば蜆貝を以つて大海の水を汲み出し、その干るを待つが如く、駱駝を針の穴に通すが如く、たとへ数万年を費すと雖も、その獲得する所は苦労と失敗とにして寸効なきを看破した日出雄は、先づ第一に神の島と聞えたる筑紫島に渡りて阿蘇の噴火口を探り、三韓征伐に由緒ある息長帯比女命の入浴されしと伝ふる杖立の霊泉に心魂を清め、志賀瀬川の清流に禊をなし、鏡の池の清泉に己が姿を写し眺め、阿蘇の噴煙の如く大気焔を吐き乍ら九州一の都会熊本城外に立帰るや否や、山本権兵衛内閣の出現、東都の大震災大火災のいたるに会ふ。あゝ世界改善の狼火は天地の神霊によりて揚げられたり。奮起すべきは今なり。重大なる天命を負ひ乍ら、何を躊躇逡巡するか、日本男子の生命は何処にあるかと、日出雄の精霊は彼の肉体を叱咤するのであつた。日出雄は匆々として従者と共に聖地に帰り、世上の毀誉褒貶を度外におき、一切の因れより離れ、人界を超越して愈神業遂行の腸をきめた。その結果、支那五大教との提携となり、朝鮮普天教との提携となり、国際語エスペラントの宣伝となり、精神的世界統一の一歩を走り出した。旧習に因はれ不徹底なる信仰上よつぱらつた役員信徒の中には、男らしくもない、蔭に潜んで、ブツブツ小言を云つてゐるものも沢山に現はれた。今迄独断的排他的気分に漂ひ、高き障壁や深き溝渠を繞らしてゐた大本の信徒団体も、此時よりやや解放気分となり、圏外の空気を多少吸収することとなつたのも、全く日出雄の英断的行動によるものであつた。開祖の神諭に曰く、 『三千世界の立替立直し、天の岩戸開き、神は小さい事は嫌ひである、大きな事を致す神であるぞよ。役員信者は胴据え、大きな腹で居らねば到底神の思惑は立たぬぞよ。サツパリ世の洗替であるから、小さい事を申して居つては、いつ迄も世は開けぬぞよ。此ものと思うて神が綱かけて引寄して見ても、心が小さいから、肝腎の御用の間に合はぬぞよ。誠のものが三人あつたならば、三千世界の大望は成就いたすぞよ』 と示されてある。あゝ偉大なるかな、高遠なるかな、神の宣示よ。大神の神示を徹底的に理解したる日出雄の身は、有司の誤認によつて極刑五年の懲役を云ひ渡され、大阪控訴院に控訴し、厳正なる裁判を受け、厳重なるその筋の監視を受けてゐた。新聞雑誌の日々の銃先揃へての大攻撃、世間の非難、役員信者の反抗離背、加ふるに財政の圧迫、かてて加へて大国賊、乱臣賊子、大山師、大馬鹿者、曰く何、曰く何、あらゆる悪名を附与せられ天下皆是れ敵たるの境涯にあつた。されど日出雄の肉体は小なりと雖、彼が心中にかかへたる天下救済の抱負と信念は火も焼く能はず、水も溺らす能はず、巨砲も之を粉砕し得ず、鬼、大蛇、虎、熊、唐獅子、駒、数百千の攻撃も意に介するに足らなかつた。現代人より見て如何なる悲運の域に沈淪するとも大困難に陥るとも、その精神を飜さず、強き者には強敵あり、大なる器には大なる影のさすの見地に立ち、寧ろ之を壮快となし天下を睥睨してゐた。 凡ての人間には、何れも長所と短所とがある。各人は各人の短所を見て口を極めて非難攻撃し、吾意に合はざるを見て罵詈し排斥するものである。人はその面貌の異なる如く愛善の徳も信真の光もその度合がある。従つて智慧証覚も優劣等差がある。おのが小さき意志に従はしめむとして、之に和するものを善人となし、和せざるものを悪人と見なすのは凡人の常である。大本の役員信者にも、世間の御多分に洩れず此種の人物が蝟集して居た。日出雄は各人特有の長所短所を知悉してゐる。故にその長所を見て適材を適所に用ゐむとした。頑迷固陋にして小心翼々たる凡俗的役員信者の目には、日出雄が人を用ゆる点に於て大いに不平を漏してゐる。故に日出雄が近く用を命ずる役員は一般の目より不正者或は悪人と見えたのである。乍然神界の御用は人間の意志に従ふべきものでない。神の命じ玉ふ人物こそ神の御用をつとむるに適したものである。因襲や情実や外形的行為を見て人を左右すべきものでない、敢然として所信を遂行してこそ初めて神業の一端に奉仕し得らるるのである。 多数者の非難を斥け、エス語を採用しブラバーサを以て之が普及の主任に任じ日支親善の楔たる五大教道院を神戸に開き、隆光彦を以て主任者となし、蒙古の開発には真澄別を参謀長となして時代進展の挙を進めたのである。 扨て蒙古入に就いては、昨冬王仁蒙古入記と題し霊界物語第六十七巻に編入した。乍然飜つて考ふれば種々の障害のため、事実を闡明するの便を得ず、不得已上野公園著として天下に発表する事としたのである。故に本巻は六十七巻の代著として口述し専ら内面的方面の事情を詳記する考へである。文中変名を用ゐたのも思ふ所あつての故である。 読者幸に諒せられむ事を。 (大正一四、八、一五、北村隆光筆録) |
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霊界物語 | □_特別編-入蒙記 | 14 トウ南の雲 | 第一四章洮南の雲 当地の家屋は内地に比して非常に変つてゐる。何れの民家も皆家の周囲に高き土塀をめぐらし、馬賊の襲来に備へ、屋内は室毎に入口のみあつて一方口である。中から鍵をかけて寝る構造となつてゐる。一尺以上もある様な厚い壁で間を仕切り、そして鰻の寝所のやうな細長い間取になつてゐる。冬季は昼夜温突に火を入れてあるから室内は暖かい。之に反し一歩屋外に出づれば寒気厳しく身に迫り、うつかりしてゐると、直ぐに咽喉を害して了ふ。それから道行く車馬を見ると、例の支那式の床の低い梶棒の篦棒に長い人力車は見られないが、不恰好な牛車や馬車が灰の様な道路を駆け廻り、防砂眼鏡をかけねば一歩も先を通行することが出来ない。何れの家も入口に赤い紙を張り、富貴だとか幸福だとか、瑞祥だとか、目出度さうな文字を誌してゐる。そして夕方から城門を固く閉し、夜分は他の地方へ出られない事になつてゐる。当城内に居る数千の兵士も数多の巡警も大部分馬賊上りだから、夜の帳がおりると同時に、平気の平左で、軍服の儘泥棒をやると云ふのだから、生命財産の保証などは到底駄目である。そして城内の三分の一迄は馬賊の頭目や小盗児連が大小各店を開いてそ知らぬ顔してゐるのだからこれ程危険極まる話はない。此附近の馬賊の団体は三十人或は五十人の小勢で村落に入り来り、三日間位其村に逗留して、能く食ひ、能く飲み、女と見れば老若の別なく強姦をなし、飲食物がなくなると、悠々として又次の村へ行つて同じ事を繰返すといふ呑気千万な泥棒団が横行し、蒙古の住民は実に枕を高くする事が出来ないと云ふ有様である。それから東蒙古地方の俗称活仏の名望と信用は全然地に墜ち、蒙古人の信仰が動き出したといふ。現にパインタラの活仏は麻雀に負けて十万余の負債が出来、広大な土地は支那人にボツたくられ、且つ婦女子を小口から引つかけて、今は梅毒に罹り苦しんでゐるといふ有様だ。王爺廟の活仏も又いろいろ面白からぬ評判が立つてゐる。昨年の三月十四日満鉄の上村某が当地にて馬賊に擲り殺された一周忌に当るといふので、其追悼会が日本人間で行はれた。上村は剣道の達人であつたが、暗夜に後から棍棒で脳天を擲りつけられて一堪りもなく斃れたとの事である。 寒風烈しく吹きまくり、黄塵万丈の巷をいろいろの鳴物入りで葬式の行列が通つて行く、窓内より眺むれば喇嘛僧が二十人許り、黄や赤の衣を着け、面白い旗を沢山押立て、死骸を輿に載せ、五六間もあるやうな長い棒でかついで、チワチワさせ乍ら、馬車数台に豚や羊などを縛りつけて長い行列を作つて通る。恰も氏神の祭礼の神輿渡御の様な光景である。斯る立派な葬式は此土地でも余程名の売れた人士だと云ふことだ。 岡崎は日出雄の手から運動費を受取りニコニコし乍ら、洮南府知事の縁類なる将校と共に五六人の支那官吏を招き底抜散財をやり、且つ小遣を与へて彼等の歓心を買ひ、まさかの時の用意にと極力運動をやつてゐた。日出雄の宿泊してゐる平馬氏と同じ邸内に洮南府の将校某連長が住んでゐる。岡崎は此連長と懇意になり、互に往復してゐた。連長夫婦が大喧嘩をおつ初め、死ぬの走るの、暇くれの、殺すの殺せのと、悋気喧嘩が起る度毎に、下女が驚いて岡崎を呼びに来るといふ深い仲になり、遂には兄弟分となつて了つた。岡崎は得意然として大きな声で辺り構はず、遂には洮南府を○○しようと云ふやうな事まで主張し出し、それが支那官憲の耳に這入つたとか、日本官憲の耳に這入つたとか云ふので、日本人側は非常に気を揉んだ。それでなくても排日思想の烈しい洮南府に潜伏してゐるのだから、こんな事が仮令冗談にもせよ、日本人の口から出たと云ふ事が支那官憲に聞えようものなら、何んな事になるかも知れないと、岡崎の失言が奉天の同志に伝はつたので、唐国別、佐々木、大倉は顔色を変へ、狼狽し、岡崎君を奉天に返さないやうにして貰ひたい。そして一日も早く日出雄先生が岡崎を引張つて公爺府へ行つて貰ひたいなどと言ふ手紙を坂本広一に持たせて依頼して来た。岡崎はそんな事には少しも頓着なく……国家の為、社会の為に吾々は最善の方法を講じてゐるのだ。大体佐々木、大倉の奴肝玉の小さい腰抜けだから、何でもない事を心配しよつて、そんな事で、こんな大事が成就するものか、ヘン、馬鹿馬鹿しい……と鼻の先で吹き散らしてゐる。日出雄は岡崎に向つて……『今の場合は可成秘密を守り、余り大事なことは口外せないよう』……と注意すると、誰のいふことも聞かない岡崎も二三日間は神妙に沈黙を守つてゐた。すると一日四平街の奥村幹造氏が倉皇としてやつて来た。岡崎の大言壮語が祟り、日支官憲の耳に這入つた様なので日出雄一行の身の上を案じ、親切に見舞に来たのである。其処へ岡崎が這入つて来て、支那の各将校と前夜青楼に上り一緒に麻雀や散財をして彼等を全く買収しておいたからモウ安心だと、意気揚々として語る。奥村は岡崎の平気な顔を見て意外の感に打たれてゐた。 日出雄一行は愈蒙古奥地へ入るに付て、万事便宜の為支那の家屋を王元祺の名義にて一ケ年百五十円の家賃で借入るることとなつた。温突付四間の家屋で、長栄号と命名し表面は貿易商といふことになし、軍器や糧食の中継場とした。 日出雄が守高と共に平馬氏の宅に書見をしてゐると、日本領事館員月川左門氏がやつて来た。そして猪野敏夫と長い間種々の談話を交換し、結局日本と支那との関係を円滑ならしむるには日本の実力を示すより仕様がないと、満蒙経営談に耽つてゐた。日出雄は次の間から両人の談話を聞いてゐた。暫時すると支那将校がやつて来て、一つの卓子を囲み、嬉し相に笑ひ乍ら、麻雀と云ふ博奕を深更迄やつてゐる。平馬氏夫人の二葉子も一緒に麻雀に耽つてゐた。文学趣味を有つた日出雄は幾日間一室に閉籠つてゐても少しも苦痛を感じないのみならず、いろいろな思想の泉が湧いて来ると云つて、面白く楽しく日を送り詩歌などに耽つてゐる。其中の数首を左に、 十二夜の月見る度に思ふかな我生れたる夜半はいかにと 日の本を立出で再び十二夜の月を蒙古の空に見るかな 大空に月は慄ひて風寒しされど我身は神懐[※2ヶ所「我」があるが校定版や愛善世界社版では「吾」に直している。] 鈴の音いと賑はしく聞えけり又もや馬車の路を行くらむ 潜竜の潜む此家は神界の深き仕組の館なるらむ 三月十六日(旧二月十三日)満鉄社員の山崎某が四平街の日本憲兵隊へ、日出雄一行が洮南府へ来た事を密告したので、支那側の官憲が活動を始め出したと云ふ噂が耳に入り、一行は薄氷を踏むが如き思ひに悩んでゐた。そして月川書記生や満鉄の佐藤某が代る代る平馬氏の宅を窺つてゐた。 洮南へ来りて安心する間もなく又もや深き悩みするかな と日出雄は口誦んだ。併し彼は、危険なる家に留まり居るも却つて安全なるべし、窮鳥懐に入れば猟夫も之を殺さずとの金言と神力とを頼みとして日を送つて居たのである。其当時の日出雄の述懐に左の如き一節がある。 (日出雄)『日出雄が天下万民の為に正々堂々と天地に愧ぢざる行動を採つて居ながらも、斯くの如く身を忍ばせ、秘密の行動を採らねばならないといふのは、要するに上に卑怯なる為政者が居るからである。内強外弱唯々諾々として外人の鼻息のみを伺つて居る日本外交官及内閣員の少しでも心配せない様との慮りからである。其癖日本の官憲は支那や朝鮮、露国に対しては、随分鼻意気荒く凡てが威圧的であるに拘らず、英米に対しては、頭から青痰を吐きかけられても小言一つ言ひ得ない腰抜けばかりだ。皇道大本の勢力が大きいと云つて、所在圧迫を加へ遂には純忠無二の大思想家に、無理槍に冤罪を被らせたり、天地の大神の宮を毀つたり、色々雑多の悪政暴虐を加へ、正義の団体を見るに悪逆無道を以てする、実に呆れ果てたるものである。而も東洋の君子国、浦安国と自惚れて居るのだから堪らない。自分が警戒線を悠々と破つて、神界の経綸を行ふべく、遥々やつて来たのに対して、上下狼狽、一千円の懸賞附で捜索を始めかけたと云ふ、実に気の毒なものだ。然し決して心配下さるな、滅多に諸君等の為にならない様な拙劣な事はせないから、世界平和共栄の大理想を実行実現の為だ。君等の様な尻の穴や睾丸で、一体今日の世の中に於て何が出来ると思ふか、どうして万世一系の国家が守つて行けるか、不義と罪悪との淵源たる君等から、少しは眼を覚まして呉れねば、東洋に国を安全に建てて行く事は不可能だ、現に今日の状態は何んだい……』 又張作霖に関しては左の如く評してゐた。 (日出雄)『東三省の張作霖も随分支那人としては豪い男だ、コソコソと画策を廻らすのも中々上手だ。そして自分は肝心の金を出さず、人に苦労さして自分がそつと甘い汁を吸はふといふのだから堪らぬ。併し資本なしの商売は結局駄目に了るだらう。利は元にありだ。資本主が最後の勝利だ。盧氏果して永遠に張の頤使に甘んずるで在らうか、直奉間の引掛合も久しいものだが、何れ遠からぬ中に何とか一幕の芝居が打たれるだらう云々』 (大正一四、八、筆録) |
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霊界物語 | □_特別編-入蒙記 | 大本の経綸と満蒙 | 大本の経綸と満蒙 愈々大本は開教四十周年を迎へる様になりました。教祖様の御筆先には、三十年で世のきり替へをすると出てゐますが、それが余り世の乱れ様がひどいので更に十年延びたといふ事が書いてあります。本年が開教四十年に相当しますから、十年引いて見ると本年がまる卅年であるから、立替立直しの時期になつた事と信ずるのであります。 卅と書くと世界の『世』といふ字になる。外国では百年一世紀といつて居るが、日本では卅年が一世紀であります。世界の『世』といふ字は十を三ツよせたのである。で人間の一代といふのは約り卅年で、三十歳で世帯を持つて六十になつて隠居するといふ事になる。隠居する時分には殆ど子が三十歳になる。かういふ工合に人間の一世紀といふものは、文字の上から見ても卅年ときまつて居るのであります。 本年は壬申の年であります。結婚なんかに就てよく迷信家は今年は申の年で『去る』だからいかぬと云ふ。然しこれは総ての禍をみづのえさる──水に流し去る年であつて非常に結構な年である。仏法の法は水偏に去である。今年は壬申の年であるから、仏法がすたれて神の御教の発展すべき時になつたのであります。 印度の言葉で法のことをダルマと云ひますが、達磨さまといふのは、本来抽象的の仏であつて、眼を大きく描くのはこの法を表徴したものである。そして無茶苦茶に大きな眼を描くのは日月に譬へたのである。これは天地日月の法であるといふ意から達磨といふのでダルマは即ち印度の言葉である。今年は所謂ダルマの年であり、弥勒の年であるのであります。この満四十周年に際して、神様が予て御警告になつて居りましたシベリヤ線を花道とするといふ事が愈々実現して来たのでありますから、吾々はジツとして居られない、日本臣民として袖手傍観する事が出来ない場合になつて来たのであります。兎も角吾々の頭の上に火の粉が落ちて来たのであります。この火の粉をどうしても払はねばならぬ。この事あるを私は神様から始終聞いて居りましたので、大正元年頃から今の中に蒙古を日本のものにして置きたい。蒙古に行つて蒙古を独立さして置いたならば日本は仮令外国から経済封鎖をやられやうが、或は外国から攻めて来られようが、自給自足、何処迄も日本の本国を保つ事が出来る。──かういふ考へをもつて大正元年から馬の稽古をやつたのであります。本当にやりかけたのは大正五年からでありますが、何故馬の稽古を始めたかと云ふと、昔から支那では南船北馬と申してゐる通り南に行くには船でなければならず、北に行くには馬でなければならぬので、蒙古の大平原を行くのにはどうしても馬術を知つて置くのが肝腎であると思つたがためであります。一時は金竜、銀竜、金剛、千早といふ馬を四頭も置き、その他の馬にも乗り廻して馬術を稽古して居りましたが、愈々大正十年になつてこれから入蒙を決行しよう、節分祭から行かうと思つて居つた時に、あの十年事件が突発したため、満州でなくて人の来られぬ様な所に一寸はいつて来たのであります。 それから大正十三年に愈々年来の素志を決行したのであります。所が、その時恰度蒙古のタークロンと云ふ所に偉い喇嘛が居つて、昔成吉斯汗が蒙古に兵を挙げてから六百六十六年目にナランオロスからイホエミトポロハナが出て蒙古を助ける。即ちナランオロス(日出づる国)から生神が出て来て蒙古を救ふといふ予言があつたのであります。それが恰度甲子の年、大正十三年が六百六十六年目に当つて居つたのであります。吾々はさういふ事は知らなかつたけれども、恰度さうなつて居つたのであります。しかもこの蒙古を救ふ人は年五十四歳と云ふのでありましたが、当時私は五十四歳であつたからこれも符号したのであります。その外色々な事が符号した為に蒙古人に歓迎されまして、思ひの外にどんどんと進んだのであります。けれども結局は張作霖の裏切り及び赤軍との戦ひの疲れ、呉佩孚軍との戦ひによつて携帯した所の食料も弾丸もなくなつて了ひ、已むを得ず白音太拉で吾々は捕へられ、銃殺されむとする迄に至つたのでありましたが、その当時には世間の人々及び大本の信者の人は大変に失敗をして来た様に感じて居つた。その時私一人が大成功だと云つて、自分一人で平気で居りましたので、皆が負けをしみが強いと云つて笑つて居つたのであります。けれどもこれが一ツの種蒔きとなつて恰度今時がめぐつて来たのであります。 今皇軍は連戦連勝で東三省は殆ど平定された様な形でありますが、この東三省の民衆の心は未だ未だ服従して居らぬ。これをさせるのにはどうしても宗教をもつて行かねばいけないのであります。 愛といふ事は基督も、マホメツトも説いて居る。仏教は慈悲心を説き、或は十善といふ事を説いてゐる。各神道、各仏教は皆愛と善との外に出てゐないのであります。併し今迄の宗教は国によつて皆垣を造つて居る、出雲八重垣を造つて居る。即ち猶太は猶太の神、支那は支那の神といふ風に自分一国の神様にして居る。この垣を、この出雲八重垣を破るのには、人類愛善といふ大風呂敷を頭から被せて行くのが一番よいのであります。 ラテン語で云うと『人類愛善』と云ふ言葉は『大本』といふ事になる。それで『人類愛善』も『大本』も精神は少しも違はない。併し乍ら『大本』は至粋至純なる日本の神様、日本の国体を闡明する所のものであり、『人類愛善会』は各思想団体及び各宗教一切の融合統一する所のもので、同じ名であつても異なつた働きをして居るのであります。で先般満州へ日出麿をやりましたのも、さういふ精神からであります。先づ東三省の人心を統一する事が肝腎である。あらゆる宗教を人類愛善の大風呂敷で包んで了はねばならぬといふ考へで、人類愛善旗を飜して満州の天地に活躍をして居るのであります。私自身でも満州へ行つて活動したいと思つて居ますが、それも余り慌ててもいかぬし落付きすぎて機を逸してもいかぬ。恰度六月時分の柿は未だ渋いが九月から十月頃になると熟して美味しくなつて柿の木の下に行くと、何もしないでも味のよいのが落ちて来る。約り熟柿の落ちる迄待つのが一番賢明なやり方である、と云つても只ジツとして居るのではない。それ迄に総ての準備を整へて置かぬと熟柿も拾へないのであります。 それで信者の中には『もう行かれさうなものである。何時行かれるか何時行かれるか』と尋ねる人があるが、さう簡単なものではない、大きな仕事である。日本の明治維新でも当時内地人は三千万であつたが、矢張り憲法発布迄には廿三年かかつて居るのであります。同じく不思議にも三千万人の東三省の人──此処にはロシア人も居れば支那人も居る。西洋人も居れば日本人も居る、又朝鮮人も居る。かういふ様なゴチヤゴチヤの人種が集り面積は殆ど東三省だけで日本の三倍もありますが、日本の同じ人種、同胞で廿年かかつた、それに今満蒙を統一しようとするのですから、神様の徳によつて割とたやすく出来るとは思ふのでありますが、皆様が考へて居られる様な容易な事ではないのであります。それに就ては私は非常に責任を感じて居るのであります。心は千々にはやつて居ります。心の駒は足掻してゐます。けれどもこの手綱を引きしめて愈々といふ時を考へるといふ事が最も必要な事でありますから、落付いて時の来るのを待つて居るのであります。 今日は出口澄子の誕生祭でもあります。又節分祭でもあります。この節分といふ事はこれは冬から春にかはるのであるが、天の陽気は節分が冬の真中になつてゐるのであります。節分がすめば大寒になつて来る。皆は節分が来れば春と思ふけれども少しも暖かくならぬ。旧の二月にならぬと、梅の花が咲かぬ様に、矢張未だこれから寒くなる。然し、この冬といふものは万物雌伏の時代である。人間も矢張り雌伏する時代であつて大いに考へねばならぬ時である。軽挙妄動をつつしんで極く着実に一年中の事或は将来の事を考へるのには今が最も適当な時期だと思ふのであります。で私もそれに倣つて非常に──若槻さんぢやないが深甚の考慮を払つて居るのであります。今迄は若槻さんを嘘つき礼次郎と云つて居るものがあつたが、今度は犬養首相は修練による心境の変化と云つて居る。嘘を云つても心境の変化と云へばすんでゐるといふ事は、今日の日本としては面白くない事と思ひますけれども、併しさういふ大臣の言葉は今の日本国民の精神を代表して居るのであります。併し吾々は始めから終始一貫何処迄も心境の変化をせない様に貫徹したいものであります。 かう云つて居りましても、時期の変化によつて、約り心境の変化ではなく時期の変化によつて三月に飛び出すか、五月に飛び出すか、それとも本年中飛び出さないかも知れませぬ。そこをよく考へて貰はぬと、もどかしがつて貰うと困ります。今度の事は重大であるから沈黙を守つて居る。よい加減な事であつたならば、とうに騒いで行つたのである。この前に蒙古に行つた時と今度は違ふ。あの時は兎も角先鞭をつけて置きたい、成功するせぬは別として、日本国民に満蒙といふ事を今の中に力強く意識させておかねば日本は滅びると思つたのであります。この点満蒙問題に先鞭をつけた事は非常に効力があつたのであります。 蒙古人はかういふ事を云つて居る『黒蛇が世界中を取巻くその時に愈々世の立替があつて弥勒仏が現れ蒙古の国を救はれる。その時は禽獣草木が人語を囀る』と。今日の世の中は木や草──民草と云へばこれは人間の事であります。木や草がものを云ふ、所謂普選になつて蛙切りでも、田子作でも、議員とかなんとかいふものになつて、ものを云ふ時になつて居る。黒蛇といふ事は鉄道といふ謎で、已にシベリヤ線が出来て蒙古を取り巻いて了つてゐる。かういふ予言があり、然も初めて私が行つた時は六百六十六年目に当つてゐた。六百六十六の獣といふ事がありますが、六六六といふ事は非常に意義のある事であります。六六六はミロクであるから──家を建てるのにも天地上下が揃はないと駄目である。その時から本年は恰度八年になつて居ります。六百六十六年──六百七十四年になつて居る。吾々大本信者は云ふに及ばず、日本国民全体が鉢巻をして大いに考へ、大いに尽さねばならぬ時が来たのでありますから、吾々は世界の戦争が起る、或は日本は世界を相手に戦はねばならぬといふ悲壮なる覚悟を要する時だと思ふのであります。 (昭和七、二、四、みろく殿に於ける講演──三月号神の国誌) |
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霊界物語 | 73_子_太元顕津男の神の物語1 | 11 紫微の宮司 | 第一一章紫微の宮司〔一八四二〕 天の道立の神は茲に主の神の大神言をもちて、紫天界の西の宮居の神司となり、遍く神人の教化に専念し給ひ、天津誠の御教を𪫧怜に委曲に説き給ひ、太元顕津男の神は東の国なる高地秀の宮に神司として日夜奉仕し給ひ、右手に御剣をもたし左手に鏡をかざしつつ、霊界に於ける霊魂、物質両面の守護に任じ給ひたれば、其神業に於て大なる相違のおはす事はもとよりなり。如何に紫微天界と雖も清浄無垢にして至賢至明なる神人数多おはさざれば、其統制につきては、いたく神慮を難ませ給ひたり。 天の道立の神は個神々々についての誠を教へ給ひ、太元顕津男の神は宇宙万有に対しての教化を司り給ひけるが、西の宮の教は意外に凡神の耳に入り易く、且つ誠を誠として認め得るに反して、東の宮の御教は範囲広大にして小事に関はらず、万有修理固成の守護なれば、いづれも凡神の耳に入り難く、遂には配下の神々の中よりも反抗者現れ来りて、顕津男の神をなやまし奉る事一再ならざりける。顕津男の神は表に個神の悟り得べき西の宮の教を唱導し、聰明なる神人に対しては天下経綸の大業を説き明したまへば、其苦心又一方ならざりき。 顕津男の神は高地秀の峰に上り御代を歎きつつ、御声さへも湿らせて三十一文字の言霊を宣らせたまふ。其御歌。 『東の空より輝く天津陽も 西に傾く神代なりにけり ふき荒ぶ醜の嵐をなごめむと 幾年我はなやみたりしよ 大神の神旨にそむくよしもなく 泣きいさちつつ永久につとむる よしあしの真言のもとを白浪の 漂ふ世こそ淋しかりけり 厳御霊西の宮居の御教は 凡神達の耳に入るなり 東の宮の教は凡神の 悟り難きぞ惟神なる 大宇宙現れ出でし昔より 今に苦しき我なりにけり 長き世を経綸の為めに苦しみて 泣きいさちつつ今に及べり 八十比女を我持たせれば凡神は 経綸を知らず言挙げなすも 八十比女の御樋代なくば如何にして 此天界をひらき得べきや 主の神の神言かしこみ凡神の 嘲り譏りに忍びつつ居る 永久に神国を立つる礎は 国魂神を生むより外なし ももさらふ蟹の横さの道もある 神代に我は正道をゆく 大なる真言の道は凡神の 目に入り難く諾ひ難し 千万に心くだきて高地秀の 宮に朝夕仕へまつるも 万世の末の末までわが魂は 若返りつつ世の為めいそしむ 凡神には西の道説き賢神に 東の道を説くはせわしも わが身近く侍る妻さへ主の神の 真言の経綸知らぬ淋しさ わが近く仕ふる八人の比女神の 中にも我を悟らぬ神あり 凡神の心の暗に乗じつつ 醜の曲霊はかき廻すなり 一日だも祓ひの言葉宣らざれば 忽ち乱れむ此天界は さしのぼる天津日光も時折は 黒雲つつむと思ひて忍ぶも 経緯の神の経綸も知らずして さわぎ廻るも凡神の群 成し遂ぐるまでは心をゆるめじと 思ひつ辛き我身なりけり 果しなき此天界を治めむと 心矢竹にはやる我なり まことにも大中小の差別あり 凡神大なる真言を知らず 上根の御魂の神に非ざれば わが説く真言はみとめ得られじ 中根の神はわが身の経綸をば 言葉喧しくさやぎ廻るも さりながら諭せば諾ふ中根の みたまは我の力なりけり 上根の御魂少く中根の 御魂もあまり多からぬ神代 うようよと下根のみたまはびこりて わが説く道にさやるうるささ うるさしと言ひて捨てなば凡神の 安きを守る道は立たなく 愛善の真言の心ふりおこし 朝夕をいそしむ我は 玉の緒の命死せむと思ふまで 幾度我は心をなやめし 曲津みたまを真言の魂に甦し 授けむとする我は苦しも 主の神の至純至粋の言霊に 生れし世界もくもるうたてさ 朝夕に妖邪の空気払はねば この天国は暗世とならむ 大神の神言かしこみ大宮を 玉と鉾との光に守らむ わが身には左守右守の神もなく 独り淋しく世を開くなり 比女神は数多あれども今すぐに 力とならむ種のすくなき 御祭に仕へまつらむ暇もなく 我は神国をかけ廻りつつ 神まつる司の神は沢あれど わが神業を助くる術なし 直接のわが神業を助け守る 神の出でまし待つぞ久しき 鬼大蛇醜女探女も日に月に むらがり起りて道にさやれり 果しなき紫微天界の神業に 仕へて朝夕身魂砕きつ 久方の天の道立男の神の 教生かしてなやむ我なり 此国に真言の道を知る神の 十柱あらば我はなやまじ 主の神に朝夕を祈れども つぎつぎおこる醜のたけびよ 高地秀の尾上は如何に高くとも わが苦しみに及ばざるべし 主の神の造りたまひし天国の 司よ今日より我は歎かじ』 斯くの如く顕津男の神は肝むかふ心の鉾をとり直し、大勇猛心を発揮し、国向けの鉾をとらし給ひ、大善の道に進ませ給ひぬ。 『罪汚れ無しと思へる天国も 醜の仇雲たつぞ怪しき 惟神真言の道をふみしめて 邪神の荒ぶ世に我勝たむ』 (昭和八・一〇・一〇旧八・二一於水明閣加藤明子謹録) |
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霊界物語 | 73_子_太元顕津男の神の物語1 | 13 神の述懐歌(一) | 第一三章神の述懐歌(一)〔一八四四〕 太元顕津男の神は太陰を機関として、御霊を月界に止めて其肉体は高地秀の宮に朝な夕なに仕へまし、神の経綸を行はむとして、彼方此方に教司を分配りて天界の経綸に仕へ奉れども、厳の御霊の御教を誤信せる凡神は個神的小乗教に傾く神のみ多くして、国生み神生みなる天界経綸の御神業を悟らず、種々のあらぬことのみ言ひ触らして力限りに妨ぐるぞ是非もなき。太元顕津男の神は高地秀の峰に登らせ給ひ、天を拝し地を拝し述懐を謡ひ給ふ。 『主の神の依さしはおろそかならねども 手を下すべき余地もなきかな 国を生み神生み万のものを生む 我神業は果し得ざるか 主の神の神宣畏し国魂の 神生まばやと思ふ朝夕 我にして怪しき心持たねども 百神達はわが道なみする ゆとりなき心を持てる凡神の 醜のささやき由々しかりけり 凡神の心に従ふ我なれば 妨げらるることもあるまじ 凡神の心に叶へば主の神の 神慮に合はず我如何にせむ 主の神の大経綸を知らずして 我を悪しさまに言ふぞうたてき 主の神の心は深く又広し 小さき神の如何で悟らむ 凡神は浜の真砂の数の如 多く居坐せば詮術もなし 主の神の御心覚る敏き神 少き神世の経綸は苦し 遠近に御樋代神は配りあれど 相見むよしも無き身なりけり いすくはし神を生まむと朝な夕な 願ひしこともあだとなりぬる 主の神の造り給ひし天界の 清明真悟の神ぞすくなき 主の神の依さしを如何に果さむと 我は久しく艱みけるかな 皇神の依さし給ひしくはし女も 又さかし女もあはむすべなし 御依さしに反くと思へど天界の 乱れ思ひてためらふ我なり』 主の神が顕津男の神に天界経綸の為め授け給ひし八十の比女神は、徒らに神命を待ちつつ長き年月を経給ひにける。とりわけ側近く仕へ奉れる八柱の比女神も、凡神の囁き余り強きに怖ぢ給ひて空しく神業を放棄し、只時の到るを待ち給ふのみ。終には老い去り給ひて神業を果し得ず、世は益々曇らひ荒びて、さしもの天界も日に月に邪神蔓延し、収拾すべからざるに至れるこそ是非なけれ。 顕津男の神は大勇猛心を発揮し、其神業を敢行せむと、村肝の心の駒を立直し給ひしこと幾度なりしか、されど終には百神の雄猛びに妨げられて、遂行し給はざりしこそ永劫の遺憾なりける。八柱の御側近く仕へ奉る比女神は、顕津男の神に対し述懐を述べ給ふ。其の御歌、 『主の神の御霊を受けし寿々子比女の 心しらずやあが主の岐美は 結ぼれし心を解かむ術もなし 神業に仕ふる暇にしなければ 天界の穢れを水に寿々子比女 深き流れに落ち入りにける 天界はさやけく広し曇りたる 心いだきて縮まるべきやは 玉の緒の生命の限り仕へむと 思ふ誠を岐美は汲まずや 吾心淋しくなりぬ朝夕を 御側に仕へて詮術なければ 朝夕を岐美に仕ふる身ながらも 夢うつつなる御霊の吾なり 夢かあらず顕かあらず幻か まぼろしならぬ岐美が神姿 高地秀の宮に朝夕祈りつつ まだ吾時は到らざりけり 大神の依さし給ひし此月日 あだに過さむ身こそうたてき 主の神の大御心を汲み奉り 岐美の御旨を悟りては泣く 泣くさへも自由にならぬ吾身なり 神にある身は殊更つらし』 顕津男の神は、之に答へて謡ひ給はく、 『比女神の心汲まぬにあらねども 時到るまで忍びて待ちませ 吾とても木石ならぬ身にしあれば 汝の悲しき心は知れり』 寿々子比女の神は謡ひ給ふ。 『斯くならば束の間さへも忍び得じ 岐美が心の弱きをかなしむ 天地に憚る事のあるべきや 主の大神の依さしなりせば』 顕津男の神『兎も角も暫しの間待たれたし 我にも春の備へありせば』 斯く互に歌を取交し時の到るを待ち給ひぬ。朝香比女の神も亦御歌詠まし給はく、 『岐美思ふ心は暗にあらねども 思ひにもゆる朝香比女吾は あさからぬ朝香の比女の胸の火を 消し止め給へ瑞の大神 朝夕を岐美に侍らふ朝香比女の 深き心を汲ませ給はれ 心弱き岐美と思ひて朝香比女 朝な夕なのいきどうろしもよ 曇りたる神の心を迎へます 岐美の心の弱きをかなしむ 燃えさかる炎を消さむ術もなし 幾度死なまく思ひたりしよ 顕津男の神にいませば明けく 此世に晴れて見合ひましませ 一度のみとのまぐはひあらずして 忍ばるべしやは若き女の身に 厳の御霊神の教は重けれど あまりの堅きをうらみつつ生く 主の神の許し玉ひし道なれば 如何でためらふことのあるべき』 顕津男の神は、之に答へて御歌詠ませる。 『あさからぬ真心清き朝香比女 汝の艱みは吾も知るなり 心弱き我にあらねど今暫し 真の神の出づるまで待て 我とても依さしの神業遂げざるを 朝な夕なに悲しみて居り』 朝香比女の神は再び謡ひ給ふ。 『朝夕をこめて恨みし吾心 朝香の比女のあさましきかな 燃ゆる火の火中に立ちし心地して 朝な夕なを岐美思ひ泣く 村肝の心の誠を岐美の前に 打明けしこそせめてもと慰む』 宇都子比女の神は、顕津男の神の前に御歌詠まし給ふ。 『村肝の心は炎に包まれて つれなき岐美を恨むのみなる よしやよし百神如何にはかゆとも 神の神業をばはかるべしやは 岐美こそは比古遅にませば神の為め 経綸のために憚り給ふな 朝夕に御側を近く仕へつつ 岐美にまみゆることの苦しき 宇都比女が貴の心を明さむと 岐美の御前に言挙げするも 岐美思ふ心の糸は百千々に 乱れ乱れて解くよしもなし 御側近く仕へ奉らふ身ながらも 言問ふさへも儘ならぬ身よ 蟹が行く横さの神の言の葉を 拾ひ給はず吹き捨てませよ 言霊の伊吹きの狭霧に醜草の 醜の言の葉吹き払ひませ 御側に侍るはつらし御側を 離るるも憂き吾なりにけり 神業の何時果つるとも知らずして 月日を送る吾身をぞ悲しき 此上は心の駒を立て直し 吾にゆるせよ一夜の契りを』 顕津男の神、答へて謡ひ給はく、 『手枕の夢は夜な夜な見ながらも 逢ひ見ることのあたはぬ苦しさ 主の神に言訳け立たず側の女に 男の甲斐もなきわが身は苦しき 今暫し神々の心明くるまで 時を待たせよいとほしの汝』 宇都子比女の神は再び謡ひ給ふ。 『はしたなき女の繰り言繰り返し 岐美なやませしことの悲しき 恥かしさ苦しさ面はほてれども 得堪へ兼ねつつ真心のべしよ 此上は岐美をなやます力なし 神に任せて時を待たむか 惟神神の依さしのなかりせば かほどに吾は悩まじものを』 梅咲比女の神も亦述懐の歌を述べ給ふ。 『如月の梅咲く春に逢ひながら かをるすべなき現身の花 大方の春の陽気の漂へる 此天界を淋しむ吾なり 春立ちて梅咲く比女のあだ花を 岐美はあはれと思召さずや 天地も一度に梅咲く比女のわれ 小さきことを如何で思はむ 背の君の苦しき心を諾ひて 吾はもださむ春の身なれど 開くべきよしなき花と知りながら 岐美の恋しくなりまさりつつ 春立ちて梅咲く比女の初花は 開かむとして霜に打たれつ 雪も降れ霜も霰も降りて来よ 春をかかへし梅咲比女よ 惟神時の到るを待たむかと 幾度か心を立直しつつ 曇りたる此の世の中を照します 岐美の神業の苦しさに泣く』 顕津男の神謡ひ給ふ。 『真心の君の真言にあひてわれ 安くなりつつなほもかなしき 百神の醜のたけびは恐れねど 乱れ行く世を思ひてためらふ 今の世に厳の御霊の道なくば わが神業はやすしと思へり さりながら厳の御霊の光なくば 瑞の力は備はらざるべし 汝こそは我の心をよく知れり 我また汝が心をあはれむ ぬゑ草の女にしあれども汝が心の 雄々しさ赤さに感謝の念湧く 今暫し待たせ給へよ汝が心に 添はむ月日も無きにあらねば 朝夕に神業を思ふわが胸を 覚らす公の心嬉しも』 梅咲比女の神は又謡ひ給ふ。 『愛恋やの岐美の言霊耳にして 梅咲く春に逢ふ心地せし 惟神岐美の心に任せつつ 忍び奉らむ幾年までも 村肝の心のたけを岐美の前に 今あかしたることの嬉しき 天界はよし破るとも愛恋やの 岐美の真言は忘れざるべき 主の神の造り玉ひし天界にも 朝夕かかる悩みを持つも 真清水に昆虫のわく例あり 天界なりとてかはりあるべき』 花子比女の神の歌。 『天界に非時匂ふ花子比女の 花は香もなく艶だにもなし 天界の花と咲くべき吾身なり 岐美は何故手折りまさずや 花も実も無き岐美かもと朝夕に 涙の雨に潤ふ吾なり よしやよし百神如何に譏るとも 躇ふことなく手折り給はれ 天国の春に逢ひたる花子比女の 心に時じく降る時雨かな 玉の緒の命までもと思ひつつ 吾は野に咲く紫雲英の花かも 神業はただに畏しためらひて ただ徒らに過すべきやは 朝夕につれ無き岐美に侍りつつ 神業の日を待つ身はうたてき 玉の緒の命死せむと思ふまで 胸の炎は燃え盛りつつ 炎々と御空をこがす火炎にも 似て苦しもよあつき心は 厳の御霊の神の教は聞きながら 瑞の御霊をあはれと思へり 大局に目をつけずして百神は 小さきことに言さやぐかも 神界の大経綸を妨ぐる 醜の曲神打払ひませよ』 顕津男の神、答へて謡ひ給ふ。 『愛善の神の教を説く身には 如何ではふらむ醜の曲霊を わが力及ばむ限り説き諭し 愛と善とに照さむとぞ思ふ 愛善の心しなくば我とても 経綸の神業ためらひはせじ 瑞々し瑞の御霊の神業は 一神も捨てぬ誓ひなりけり 花も実もある言の葉にほだされて 悲しくなりぬ汝が真言に』 花子比女の神は又謡ひ給ふ。 『花も実もある身魂ぞと宣らすこそ 命にかへて嬉しかりけり よしやよし岐美に逢ふ日のあらぬとも 吾はうらまじ歎かじと思ふ 曲神の中に交こり雄々しくも 忍ばす岐美の心をいとしむ 女の子吾岐美の真心知る故に 只一度の言挙げせざりき 神業を誰はばからず勤むべき 時を待ちつつ楽しみ暮さむ』 (昭和八・一〇・一一旧八・二二於水明閣森良仁謹録) |
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霊界物語 | 73_子_太元顕津男の神の物語1 | 24 天国の旅 | 第二四章天国の旅〔一八五五〕 眼知男の神は如衣比女の神の遭難を見て驚き且つ歎きつつ、一刻も早く高日の宮の神司、顕津男の神に一伍一什を報ぜむと、猿も通はぬ巌壁や岩の根樹の根をふみさくみつつ、辛うじて高日の宮に帰りつき、轟く胸をおさへ乍ら落着かむとして落着かず、宮の広庭に呆然として立ち給ひ、天を拝し地を拝し、如衣比女の神の冥福を祈る折もあれ、大物主の神を従へて、悠々と顕津男の神は御殿の階段を降り給ひ、目の神の呆然たる姿を見て、 『汝こそは眼知男の神なれや 黙して立たすさまのあやしも』 目の神は初めて此の御歌に心づき、 『復言申さむ術なき今日の吾を おもひて天に祈りてしはや 如衣比女は滔々落つる中滝の 滝壺ふかくかくれましけり 滝壺にひそみて住める大蛇神は 比女の神言を呑みてかくれぬ 言霊の力に救ひ奉らむと 吾がねがひさへ水泡となりぬる 如何にして此の有様を申さむかと われは汀にたたずみ居しはや』 顕津男の神は泰然自若として、色をも変じ給はず、御歌うたはせ給ふ。 『比女神の今の歎きはかねてより 我はさとれり主の神言もて 美玉姫の命を安く産みおきて 天の宮居に昇りし比女神 比女神の高き功に報いむと 我は御霊を祀りて待ちぬ 何事も神の経綸のみ業なれば 泣くも悔むも詮なかるべし 神業を全く終りて御子を産み 天に昇りし比女ぞ尊し さり乍ら滝の大蛇を言向けて この天界の禍を祓はむ』 目の神はこの御歌に、はつと胸を撫で下しながら、 『広きあつき岐美の心に宣直し 見直しますぞ嬉しかりけり 比女神のみ供に仕へただ一人 かへらむつらさ苦しさにをり 比女神の隠れまししを目のあたり 打ち仰ぎつつ心みだれぬ 八千尋の水底ふかく隠れましし 比女の神言の悩みかしこし 今日よりは女神いまさず如何にして 国つくらすとおもひわづらふ』 大物主の神は両神の仲に立ちて、涙ぐみつつ声低に謡ひ給ふ。 『比古神の今日の心の苦しさを おもひて吾は涙にくるる 貴御子と夫神を遺し神去りし 比女の神言の心しのばゆ 如何にして御子を育み奉らむと 大物主のこころなやまし 目の神の心遣ひを聞く身には ふたたび涙あらたなりけり わが涙天に昇りて雲となり 地に降りて雨となるらむ』 斯く謡ひて両眼の涙をスーと拭はせ給ひぬ。目の神も亦悄然として再び謡ひ給ふ。 『二柱神の神言の言霊に 吾は言ふべき言の葉もなし 如何にせむ神の依さしの御使の 吾は女神を見捨ててかへりし この上は滝の大蛇を言向けて み代の禍はらはむとおもふ』 斯く謡ひ終り、三柱の神は奥殿深く入らせ給ひ、祭壇の前に端坐して、生言霊の神言を宣り給ふ。顕津男の神は比女の遭難を神命に依りて前知し、早くも御霊代を造りて祓ひ清め、祭壇の上に納め、いろいろの花を供へ、目の神の帰り来るを待ち給ひたるなりき。目の神は此のさまを見て驚きながら、 『岐美こそは真の神よ瑞の神 比女の遭難前に知りませり 明けき岐美の神霊を今更に 仰ぎぬるかな目の神吾は 語らはむ術なき身ぞと思ひしを 前に知らせるあはれ岐美はも 何事も主の大神のみさだめと おもひさだめて歎かざるべし 滝津瀬の音滔々と吾が耳に 今も聞ゆる恨めしきかな 恨むまじ歎くまじとは思へども 霊代拝せばひとしほ恋ほし』 大物主の神は拍手を終り、声さはやかに謡ひ給ふ。 『八洲河のみ底ゆ安く生れましし 如衣の比女はあはれ世になし 春駒を曳きて仕へし如衣比女 神の神言をおもへば悲しも 幾年を高日の宮に住みまして 御子を生ませし功績おもふ これよりは御子の命にかしづきて 岐美の神業をつがせ奉らむ 比女神の御霊は天津高宮に 帰れど此処にいます如おもふ 比古神の御手代となりいやますに 仕へ奉らむ比女よ安かれ』 比古神の顕津男の神は、儼然として霊代の前に謡ひ給ふ。 『幾年を吾に仕へてつつがなく 御子を生ませる公ぞかしこき 一柱御子の命のある上は 我は力を落さざるべし 比女よ比女あとに心を残さずに 主の大神の大宮にゆけ 汝に逢ひし日を思ひつつ今茲に くやみの涙とどめあへぬも さり乍ら神の定めは詮もなし 我もこころをたて直してむ せめてもの我が志と霊代の 比女神これの供物を召せよ』 八百万の神々は、如衣比女の神の昇天と聞きて吾先にと、高日の宮に集り給ひ、弔ひの歌を次々謡はせ給ふ。遠津御幸の神、 『歎くとも詮なきものか比女神は 天津神国に昇りましぬる 如衣比女天国に帰りましませど 霊は高日の宮を照らさむ 姫御子を後に遺して神去りし 比女神の心いたはしきかも 神の国にかかる歎きのあらむとは おもはざりしよ御幸の神は』 次に大御母の神は、比女神の昇天をいたく悼ませ給ひて、御歌詠ませ給ふ。 『八洲河の清水に生れし比女神は 惜しや天国に昇りましける 主の神の貴の経綸か知らねども われ朝夕のなげかひ絶えず 幾千代も共にみわざに仕へむと わがおもひしは夢なりにけり 顕津男の神の神言のみ心を おしはかりつつ涙しぐるる 白銀の駒にまたがり迎へたる よき日おもへば夢か現か 歎くとも最早詮なしこの上は 美玉の姫を育み仕へむ 比女神の神去りましし此宮は 月日の光もうすら曇りつ 天津日も月も歎かせ給ふらむ 今日の御空はうすらくもれり』 日の本の神は誄歌詠み給ふ。 『高照の山もくもりて比女神の 今日のみゆきを仰ぎおくりつ からたまの神生みましし功績を のこして比女は神去りにけり 神去りし比女の神言のけなげさよ 平然として大蛇に呑まれぬ 吾は今比女の神言の訃を聞きて 日の本山より降り来にけり 諸々の神一柱おちもなく 比女の昇天惜しまざるなし 比古神の心如何にと思ひつつ 空に知られぬ涙の雨降る 主の神の大みよさしにまつろひて 如衣の比女は神去りにけむ』 片照の神はまた謡ふ。 『おもひきや高日の宮の神柱 如衣の比女の神去りますとは 一度は見らくおもひつ比女神に あはで別るる事の惜しさよ 比女神の昇天ききて吾はただ 夢になれよと祈りけるかな 紫微界に姿見えずも比女神は 天の高宮に輝き居まさむ 吾はしも片照の神高地秀の 尾の上をわけて来り弔ふ 主の神の神言畏み今日はしも 比女弔ふと降り来しはや 比女神の神去り給ふは惜しかれど 神の経綸とおもへば尊し』 明晴の神はまた謡ひ給ふ。 『比女神のここに現れましてより この天界は明晴の神 あきらけく晴れ渡りたる天界の 今日は曇りぬ比女いまさねば あけくれを仕へ奉りし比女神の かげだに見えず淋しき今日なり 比古神の雄々しき心きくにつけ わが天界の栄えをおもふ 美玉姫神の命に従ろひて 吾は神国をひらき照らさむ』 近見男の神は謡ひ給ふ。 『中滝の大蛇の神の醜業を 比女神のために退はむと思ふ 愛善の光に満つる天界に 仇報ゆるは如何あるべき さり乍ら世の禍を打ち祓ふ みわざは神も許させ給はむ これに在す百の神達きこし召せ 世のため大蛇の神のぞかばや』 茲に真澄の神は声高々と謡ひ給ふ。 『ます鏡真澄の神の言霊に 切り放るべし滝の大蛇を 天も地も真澄に澄みてある世なり 醜の曲霊を清めずあるべき われここに真澄の神と現れて 比女を弔ひ言はかりすも 天界に禍をなす醜神を 打ちきためずば神世は栄えじ』 斯く滝の大蛇の言向けを提唱し給へば、百神は一度に「オー」と答へて、真澄の神の御謀り事に参じ、これより百の神々は、中津滝に向つて大蛇を言向けやはすべく、さしも難路の高照山の谿間を進ませ給ふぞ畏けれ。 (昭和八・一〇・一六旧八・二七於水明閣内崎照代謹録) |
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霊界物語 | 73_子_太元顕津男の神の物語1 | 25 言霊の滝 | 第二五章言霊の滝〔一八五六〕 抑々紫微天界の高照山は、仏書に所謂須弥仙山にして、スメール山と言ひ又、気吹の山とも言ふ。次に高地秀山は、又の御名を天の高日山と称へ、高照山に次ぐの高山なり。 高照山は高さ、今日の測量法によれば、三十三万尺にして、其周囲は八千八百里にあまり、大峡小峡の四方に流るる数は、五千六百七十条あり。その中最も深く広く数多の谷水を合して東方に向つて流るるを日向河と言ひ、南に向つて流るるを日南河と言ひ、西に向つて流るるを月の河と言ひ、北に向つて流るるをスメール河、一名高照河と言ふ。 又高地秀山の高さも之に準じて三十万尺、東には東河流れ、南には南の大河流れ、西には西の大河、北には高地秀河流れて、紫微天界の大洋に注ぐ。而して高地秀山も谷の数、高照山に比して大差なかりける。 ただ高地秀山は、スメール山に比して岩石多く、山姿峻しく、屹然たるの差違あるが如し。両山共常に七色の雲ただよひ、神霊の気山を包みて霊気を四方に放てども、あちこちの谷間には邪気鬱結して邪神現れ、遂には中津滝の大蛇の如き曲神現れ出でたるなり。 ここに高日の宮の神司等は、如衣比女の霊を厚く慰め終りて、中津滝の大蛇を言向けやはすべく、大御母の神、大物主の神、明晴の神、眼知男の神、真澄の神等その他、百の神々を伴ひて、岩石起伏の谷の難路を辿りつつ、厳の言霊宣り上げて、谷間の邪気を祓ひ乍ら、勇み進んで中津滝のふもとに着き給ひぬ。 太元顕津男の神は、如衣比女の霊を弔ふべく、高日の宮に在しまして、大御母の神の一行の無事を祈り、大蛇の神を言向けやはすべく、大御前に端坐して、瑞の言霊宣り給ひつつありき。 その言霊の御歌に、 『三ツ栗の中津滝根に出でましし 神の神言につつがあらすな 天界を曇らせ濁せし禍ひを 起す曲神を放らせたまへ 如衣比女犠牲となりし中津滝の 大蛇を言向けやはしませ神よ 主の神の功績なくば如何にして この曲神のまつろふべきやは 高照の峰より落つる滝津瀬に 住む曲神は厳しき神はも 曲神はいかに厳しく強く共 生言霊の力におよばむ 比女神は大蛇の曲神恨みつつ 天の高宮ゆ助けますらむ』 と謡ひ終り、神の御前にひれ伏して、一行の成功を祈り給ふ。 ここに大御母の神等一行は、中津滝の滝壺の周囲に整列して、おのもおのもに生言霊を宣り給ふ。 大御母の神『澄みきらひ澄みきらひたる滝壺に かくるる曲神とく出でませよ 吾こそはアの御霊より現れし 大御母神言霊宣らむ 久方の高日の宮の神柱 底の曲神を吾はきためむ 言霊の厳の力をおそれなば 大蛇の神よ早やにまつろへ 万丈の滝は空より落たぎち 大蛇の頭打ちたたけかし かく迄に宣る言霊を知らずがに 水底に潜むあはれ大蛇よ』 大御母の神の水火を込めての言霊も何の功なく、依然として滝壺は青き波をたたへ、滔々と落つる滝の音のみ四辺の森林を震はせにけり。 ここに大物主の神は、儼然として言霊歌を宣り給ふ。 『大御母神の神言の言霊も 聞かず顔なる醜の大蛇よ 主の神の与へ給ひし言霊を 醜神汝に吾はたむけむ 潔ぎよくまつろひ来れ水底に 長くひそめる大蛇の神よ なるべくは厳の言霊宣り上げて 汝助けむと思ひつつ来し 吾こそは大物主の神司 高照山も滝も吾もの この滝は主の大神の神言もて 吾に賜ひし言霊の滝よ 常磐木の松は茂りて天を閉ぢ 昼なほ暗く大蛇しのぶか 主の神の生言霊に八千尋の 水底までも照し明かさむ』 斯く謡ひ給ふ折もあれ、八千尋の底より、まばゆき許りの光現れ来り、大蛇は水面に浮び上り、右に左にのた打ち廻りつつ、又もや水底に潜り入りぬ。 ここに眼知男の神は、万の神等の力を得て、言霊歌を宣る。 『高照の山にひそめる曲神を 言向けやはすと立ち向ひたり かくならばせむ術なけむ大蛇神 生言霊にまつろひ奉れよ 比女神を吾が目の前にて害ひし むくいよ大蛇今に亡びむ 亡ぼさず生言霊に救はむと 百神達は現れましにける この御山顕津男の神知食す 清所なりせば早く去れかし いつまでもこの水底に潜むならば 吾は許さじ斬りてはふらむ 澄みきらふこの神国を畏れなく 荒ぶる神のおろかさあはれ』 斯く謡ふ折しも、千尋の滝壺を紅に染め乍ら、又もや大蛇は水面に体を現し、前後左右にのた打ち廻り遂に水底深く沈みける。ここに明晴の神は謡ひ給ふ。 『久方の天の高照山に棲む 大蛇の神よ斬りてはふらな 玉の緒の生命惜しけく思ひなば 生言霊にまつろひ奉れ 吾は今神国の禍ひのぞかむと 百神伴ひ上り来しはや 水底に大蛇は深くひそむ共 言霊の征矢さくる由なけむ 御功績も高日の宮の比女神を 呑み喰ひたる大蛇悪らしも 汝も亦神より出し身魂なれば ただに放るは惜ししと思ふ なるべくは吾言霊を諾ひて よきに従ひまつろへよかし 八千尋の淵の底まで明晴の 神の功績を汝は知らずや よしやよし千尋の底にひそむ共 生言霊にやらはで置くべき 百神は今ここにあり如何にして 大蛇よ刃向ふ力あるべき』 この言霊に水底の大蛇は、紅の腹をひるがへし乍ら浮き上り、巨口を開いて黒き毒気を吐く事数百丈、忽ち四辺は暗夜の如く、咫尺を弁ぜざるに至れり。 ここに近見男の神は、この邪気を祓はむとして、言霊歌をよみ給ふ。 『烏羽玉の黒き水火はく曲神は 今を最後と荒れくるひつつ 近見男の神ここに在り汝大蛇 心なごめてまつろひ来れ 曲神の水火は真黒に包めども ふきて放らむわが言霊に 科戸比古神よ忽ち現れて 谷間を包む邪気祓へかし』 斯く謡ひ給ふや、全山の百樹の梢をゆるがせて、科戸の風は、岩も飛べよと吹き荒れつつ、大蛇の吐ける真黒き毒気は、跡かたもなく散りうせて、万丈の滝は白くかかり、滝壺は大蛇の血潮に染みて真赤く見えぬ。又もや大蛇は水底にしのびたりと見え、ブクブクと水泡を水面に吹き上ぐるのみ。 ここに真澄の神は、威儀を正して、天を拝し地に伏して、言霊歌を詠ませ給ふ。 『科戸辺の神の伊吹きに退はれて 黒雲忽ち吹き散りにけり 言霊の稜威貴し近見男の 厳言霊に風出でにける 高照の山の百樹をそよがせて 科戸の神は生れましにけり 神国に禍なす滝の大蛇さへ 得たまりかねて隠ろひにけり いざさらば真澄の神は主の神の 御水火に厳の言霊宣らむ 八千尋の滝壺深くしのぶなる 大蛇よ厳の言霊知らずや 言霊の厳の剣をぬきかざし まつろふ迄を攻めなやまさむ 吾こそは天の真澄の神言ぞや 汝の力はつきむとすらむ 斬りはふる生言霊をやはめつつ 言向けやはすと真心の吾よ 水底の大蛇よ吾宣る言霊を つぶさに悟れ命を助けむ』 斯く謡ひ給へば、大蛇は以前にかはる優しき姿を水面に浮べ乍ら、両眼に涙を流し幾度も頭を下げ、忽ち滝水を口にふくみ伊吹の狭霧を吹き起し吹き起し、雲を湧かせ、雨を降らせ乍ら、高照山の頂高く、天に向かつて逃げ行きぬ。 ここに大御母の神は真澄の神の言霊の威力を感じ給ひて、御歌よまし給ふ。 『畏しや真澄の神の言霊に 醜の大蛇は蘇りたり 愛善の光ただよふ天国に 救はれぬものはあらざりにけり 比女神をなやまし奉りし大蛇さへ 主の言霊に救はれにけり 愛善の心照して吾も亦 万の神に交はらむかな』 真澄の神は謡ひ給ふ。 『天も地も真澄にすめる神国に ひとり輝く愛善の力よ 村肝の心汚き大蛇神も 主の大神の御子なりにけり 主の神の御水火のくもり固まりて 現れ出でにけむこれの大蛇は 主の神の霊に生りしと思ふ故に 吾は大蛇を助け逃しつ』 大物主の神は、真澄の神の清き心に感じ給ひて、謡ひ給ふ。 『天も地も真澄の神の優しかる こころに感じて蘇りつつ 魂も真澄の神の真心に 吾恥かしくなりにけらしな 愛善の力の強く輝かば 醜の曲神もなびき伏すなり』 明晴の神は謡ひ給ふ。 『高照の御山の邪気も明晴の 今日より清く月日照るらむ 今日よりは高照山は安らかに 神業仕へむ百の神たち』 かくして中津滝の大蛇は、百神の生言霊にうたれ、蘇りつつ天高く立ち去りにける。 (昭和八・一〇・一六旧八・二七於水明閣谷前清子謹録) |
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霊界物語 | 73_子_太元顕津男の神の物語1 | 28 心内大蛇 | 第二八章心内大蛇〔一八五九〕 ここに顕津男の神は、今迄の退嬰的政策を採りし弱き心を悔ひ給ひ、心の駒を立直し、大勇猛心を発揮して、世に憚らず、阿らず、偽らず、清き赤き正しき心のままを輝かし、生言霊の幸ひに国魂神を生まむやと、再び主の神の祭壇に斎戒沐浴して、海河山野種々の美味物を八足の机代に所狭き迄置き足はし、生言霊も朗かに、太祝詞宣り給ひぬ。 『掛巻も綾に畏き、久方の天津高日の宮に厳の御柱立て給ひ、高天原に千木多加知りて、弥永遠に領有ゐます、天津大御祖の大神の大前に、高日の宮の神司、太元顕津男の神は、謹み敬ひ天に蹐まり地に跼して願ぎ白さく。抑々此の天界は、天之道立の神紫微の宮居に鎮まり在して、神々の心を治むる道を依さし給ひ、我はしも主の大神の神宣以て、東の宮の神司と任けられ、弱き心のたへがてに、神の依さしに背きつつ、高照山の麓なる此の宮居にうつろひて、神の依さしの神業に仕へ奉らふ折もあれ、如衣の比女を女と定め、美玉姫の命を生みて喜び勇む間もあらず、比女の神言は高照山の、中津滝に忍ばひ棲める、大蛇の神にあへなくも玉の緒の生命を奪はれぬれば、我はしも心の穢れを悔いにつつ、己が御霊を清めつつ醜の曲霊を退はむと、主の大神を祈る折、天の雲路をかき分けて、いと厳かに下り給ひし主の神の神宣畏み、これよりは心の駒を立て直し、百神等のささやきを浜の千鳥と聞きながし、空吹く風とみなしつつ、神の依さしの神業に、身もたなしらに仕ふべし。仰ぎ願はくば主の大神の清き正しき言霊の、貴の力をたび給ひて、我神業を遺ちもなく、𪫧怜に委曲に遂げさせ給へ。今日の良き日の佳き辰に、高日の宮の神司顕津男の神謹み敬ひ祈願奉らくと白す』 大御母の神は、神前に向ひ御歌よまし給ふ。 『主の神の貴の神宣を畏みて 今たたすかも瑞の御霊は 主の神の神宣畏み吾も亦 瑞の御霊の神業助けむ 吾言葉正しと思ひ居たりしを 今や悟りぬ偽りなりしと 凡神の心をもちて主の神の 御心如何に悟らひ得べきや 中津滝の醜の大蛇は逃げぬれど なほ思はるる後のなやみを 神々のくらき心の固まりて 大蛇の神は生れ出でにけむ 水清き中滝の淵に沈みたる 曲は吾にもあらずやと思ふ 澄きれる高日の宮に仕ふ吾は 淵の大蛇にさも似たるかな』 大物主の神は又謡ひ給ふ。 『この宮は見る目清しき中滝の 淵にも似まして曲のわれをり 神業を力限りにさまたげし 吾は大蛇の霊魂なるらし 神々の心のくもり晴れぬれば 醜の大蛇は生れざるべし 如衣比女を悩まし奉りし大蛇こそ 吾等が心の曲にぞありける 主の神に言とく由もなき迄に 吾言霊は閉ざされにけり』 明晴の神は又謡ひ給ふ。 『思ひきや吾魂に中ツ滝の 大蛇の深く潜み居しとは 比女神を悩ましたるも吾胸に 住む大蛇よと思へば悲しき 日に夜に比女を悲しむ心もて 心の大蛇斬りはふるべき 滔々と滝の清水のおつる如 清しかれよと心を祈る 吾心くもりゐし事恥かしと 思へど詮なし魂洗はばや 身を責むる鬼も大蛇も他になし 皆吾魂ゆ生れ出づるも』 近見男の神は又謡ひ給ふ。 『神々の言霊歌を聞きながら 吾面映ゆくなりまさりつつ 今日までの事を思へば恥かしも 面ほてりつつ言葉さへ出でず 他を悪しと思ひし事の浅ましさ 皆吾魂ゆ生み出でしものを 愛善の真言の心照る身には 御魂さやけく四方を照さむ 照すべき貴の魂を持ち乍ら 曇らせ奉りし罪を悔ゆるも 善き事と思ひひがめて日に月に 吾為せし業曲にぞありける 今日よりは心の駒を引き立てて 愛善世界に進まむと思ふ』 真澄の神は又御歌よませ給ふ。 『万丈の岩根にかかる清滝の 清き心を持たまほしけれ 真清水の澄みて溜れる深淵は 底の底まで澄みきらひたり この滝とこの深淵は主の神の 御霊の凝りて集へるならむか 魂にひそむ大蛇を言向けて 輝き給へ瑞の御霊よ』 ここに顕津男の神は、憮然として謡ひ給ふ。 『愛恋の如衣の比女を悩ませし 大蛇はくらき我魂なりけり 今日よりは曲の影だにあらせじと 生言霊のひかり照らさむ 朝夕に神前に言霊宣りつれど 心の曲は放れざりしよ この滝の清きが如く瑞御霊 四方の神国うるほし奉らむ 国魂の神となるべき御子生むと 我は今日より霊魂磨かむ 如衣比女み罷りたるも主の神の 我を教ゆる鞭なりにけり 我心清く正しくありしならば 如衣の比女は罷らざりしを 我心小さく汚くくもらひて 淵の大蛇となりにけらしな 我は今月の御霊と現れて 国の八十国隈なく恵まむ』 斯く謡ひ終り、中津瀬の滝壺に身をひたし給ひつつ、 『仰ぎ見れば万丈の滝よ伏して見れば 千尋の淵よわが魂をののく 戦ける心のおくにあるものは 曲の大蛇の片割れならむや 清く赤き真言の魂持つ身には 千尋の淵もおどろかざるらむ』 斯く謡ひ給ひつつ、百神と共に七日七夜の禊を修し、大御母の神に美玉姫の命の養育をたのみ置きて、高照の峰を後に、神々を率ゐて東の国原目ざしつつ、いそいそとして御山を降り給ふぞ畏けれ。 (昭和八・一〇・一七旧八・二八於水明閣谷前清子謹録) |
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霊界物語 | 73_子_太元顕津男の神の物語1 | 35 四鳥の別れ | 第三五章四鳥の別れ〔一八六六〕 茲に顕津男の神は、主の大御神の依さしの神業の其の一部の成りしをいたく喜び給ひ、世司比女の神、日向姫の命の神人を、大物主の神に頼みおき、且つ河守比女の神に厚く謝辞をのべ乍ら、名残惜しくも住みなれし此の館を立ち出でむとして、御歌詠まし給ふ。 『久方の天の高宮いや高に われは仰がむ神生み終へて わが心天津日の如晴れにけり 国魂神は安く生れまし 国魂の神の生れます今日よりは 依さしの神業またも仕へむ 世司比女神に別れてわれは今 南の国に進まむとすも 高照山南にひらく神国は あらぶる神の多しとぞ聞く この館久見ることはあたはじと おもへば寂しきわが思ひなり 日向姫の命よ汝はすくすくに 育ちて国の柱となりませ 日向姫命の御前を離るとも われは忘れじ愛ぐしみにつつ 世司の比女神われに別るとも 歎かせ給ひそ惟神なれば われこそは神国をひらき神を生む 司にしあれば留まり得ずも』 此の御歌を聞くより、世司比女の神は、追慕の念止みがたく、御声を曇らせ乍ら御歌うたひ給ふ。 『みづみづし瑞の御霊の神柱は 幾代ふるともわれ忘れめや 露の間の契と思へば悲しもよ 夜ごと夜ごとを如何に眠らむ 高照の峰より高き瑞御霊 神に別れて何たのしまむ 年月をけながく待ちて逢ひ初めし 岐美ははやくも別れ立たすか 凡神の身におはさねば出でましを 止むる術もわれなかりけり よしや岐美万里の外におはすとも 忘れ給ひそわれと御子とを 日向姫命を育て岐美の前に 捧げむよき日なきぞかなしき』 大物主の神は御歌うたはせ給ふ。 『二柱神の心をおしはかり われは涙にくれにけるかも 斯る世にかかる歎きのおはすとは 夢にもわれは思はざりしよ この上は御子を守りて比女神に 安く仕へむ岐美出でまさね 比女神のあつき心を知りながら 出でます岐美を雄々しとおもふ』 河守比女の神は謡ひ給ふ。 『この上は神の神業よ妨げじと 思ひ直しつ名残惜しまる 玉泉湧き立つ清水真清水は 岐美の姿を永久に浮べむ 二柱向ひ立たして御姿を うつし給ひしことを忘れじ 月も日も朝夕浮ぶ玉泉 忘れたまひそこれの真清水 大空の月も宿らす玉泉 岐美の姿のうつらであるべき 常磐木の松の梢の色ふかみ 岐美の御ゆきを送る今日かも 万年の齢たもてる大幹の 楠の梢は露垂らしつつ 楠の木の葉末の露は岐美を送る まことのしたたる涙なるかも』 顕津男の神は暗然として両眼に涙を湛え乍ら、ひらりと馬背に跨り御歌詠まし給ふ。 『足曳の山の百草八千草も 露にうなだる神代なりにけり 東雲の国は広けし比女神よ 心くばりて安くましませ 住みなれしこれの館に別れ行く 苦しき我の心をさとらせ 朝夕に御子の声聞きし楽しさも 今日より聞き得ず我は淋しも いざさらば名残は尽きじ神たちよ 国つくるべくわれは立たなむ』 と謡ひ給ひて、馬背に鞭ち神姿勇しく玉泉郷を立ち出で給ふ。世司比女の神は御後見送りながら、ハツとばかりに泣き伏し給ふ其の真心ぞあはれなりけり。大物主の神は御後遥かに見送りながら、 『天晴々々貴き瑞の御霊はや 只一柱大野を馳せます 紫の瑞気ただよふ東雲の 広き国原独り進ますも 瑞御霊これの館に現れまして 命生みませし事の畏き 千万のなやみに耐へて瑞御霊 国つくります神業尊し 百神の醜のさやぎをよそにして 国つくります雄々しき神よ 大空にかがやく月の光澄みて 玉の泉はかがやきにけり 瑞御霊これの館にまさずとも この玉泉を御霊と仰がむ 村肝の心淋しき夕ぐれは 玉の泉の月を仰がむ せめてもの岐美の名残と玉泉 夕べ夕べを仰ぎまつらな』 世司比女の神は、やうやう心をとり直し儼然として立ち上り、玉泉の前に近寄り御歌詠まし給ふ。 『永久に澄みきり漂ふこの泉は 瑞の御霊か月宿ります 比古神のこれの館にまさずとも 玉の泉はわれをなぐさむ 仰ぎ見れば空に月読俯して見れば 玉の泉にやどらす月かげ 久方の御空を渡る月読の 御霊にそひて御子を生みけり この御子はいたづら事に生れ出でし 命にあらず神の御霊よ 駿馬に鞭ち出でし比古神は 今やいづこを駆りますらむ わが霊は岐美の乗らせる駿馬に いそひて行くも月照る野辺を 夢現露のちぎりの岐美送る 今日の夕のはかなき思ひよ 村肝の心を洗ふ玉泉 うつらふ月はわが命かも』 河守比女は御歌詠ませ給ふ。 『雄々しくも神の御業に仕へむと 妻子をあとに岐美立ちにけり ただ一人果しも知らぬ国原に 鞭たす岐美の雄々しさおもふ 雄々しくも優しくませし瑞御霊 かたみと泉に月を浮かせり 今よりは日向の姫の命をば 育みまつり国を治めむ 大物主の神の御稜威に日向姫 国の柱と生ひ立ちまさむ』 いづれも述懐の歌詠み給ひつつ、主の立ち出でし館に神言を奏上し、其の夜は淋しく語り明し給ひけるが、比古神を恋ふる心の愈々深く悲しく、世司比女の神は東雲の空近く、三層楼の高殿に登り、南方を遥かに打ち見やりつつ御歌詠まし給ふ。 『天晴々々雲のあなたに出でましし 岐美はいづらぞ心もとなや むらさきの雲は南にたなびけり ああこの清しき紫の雲はや 東雲の国魂神を生みおきて 雄々しき岐美は立たせけるかも 恋ほしさの心は同じわが岐美の あつき心を愛しとおもふ ままならば瑞の御霊と諸共に いづくの果も照らさむものを 南の空にかがやき給ふべく 岐美ははろけく出でましにける かりごもの乱れ果てたる国原を 治めますらむ岐美の稜威は 岐美は今いづらの空を駈けますか われは恋しもあとに残りて 比古神に再び逢はむ術もなき わが身とおもへばひたに悲しも 愛善の光に満つる神代にして かかる歎きのありと知らざりき 村肝の心の駒をたて直し われは歎かじ神の御前に なげかへばひたに曇らむ国原と おもひあきらめ世に生きむかも 主の神よ瑞の御霊の行先に 幸あれかしと守り給ひね』 世司比女の神は、一切をあきらめ給ひ、高殿を降りて玉の泉に禊しつ、是より二柱の神と共に朝夕心を配り、力を合せ、御子を守り育て、東雲の国を千代に八千代に守り給ひしぞ畏けれ。 (昭和八・一〇・一八旧八・二九於水明閣内崎照代謹録) |
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霊界物語 | 74_丑_太元顕津男の神の物語2 | 02 野路の草枕 | 第二章野路の草枕〔一八七〇〕 広袤千里の原野を覆ひたる夕空の叢雲を、生言霊に吹き払ひ、天地を清めたる多々久美の神の功績を深く感じ給ひて、御歌詠ませ給ふ。 顕津男の神『天晴れ天晴れ多々久美の神の言霊に 天地をこめし雲は散らへり 言霊の御水火に生れしもの皆は また言霊に消え失するかも わが行手深く包みし醜雲の 晴れて清しき夕の広野よ 久方の天津御空の星かげは 黄金白銀とかがよひにけり 多々久美の神の功績なかりせば 科戸の風は吹かざるべきを わが供に仕へて公はいやさきに 貴の功を立て給ひける 三笠山頂上つつみし白雲も 今はあとなく晴れ渡るらむ 夕月の影やうやくに現れて 草葉の露は照り初めにけり 月出でて草葉にすだく虫の音も いよよ清しくなりにけらしな 天津日はかくろひ給へども月読の 神の光に草枕やすし 草枕旅を重ねて大野原 闇と雲とに包まれしはや 久方の空に輝く月かげを 見ればわが霊冴え渡り行く 現世の比女神も今日の月読を 仰ぎつ吾を偲びますらむ』 多々久美の神は、御歌詠ませ給ふ。 『はづかしも瑞の御霊の称言 聞けば嬉しも今宵の胸は 御尾前に仕へ奉りて言霊の 力をはじめて試みしはや 岐美が行く道に雲霧あらせじと 吾御尾前に仕へ奉りぬ 惟神神の生みてし天界にも 雲のさやるは怪しきろかも』 顕津男の神、再び御歌詠ませ給ふ。 『愛善の道をはづして恋となりし わが胸の火ゆくもらひにけむ 比女神を恋ふる心の胸の火は 雲霧となりて空にあふれしか 現世比女神の思ひは天を焼き わが霊線は地を覆へり 執着の心ゆ出し黒雲の 群立ちにつつ行手なやますも 今日よりは心の駿馬綱締めて 安らに平らに神業仕へむ 天界といへども未だ生み終へぬ 国土は怪しの雲霧立つも 科戸辺の神の伊吹に四方の国 包める雲霧払ふたふとさ』 近見男の神は歌ひ給ふ。 『瑞御霊出でます神業の大野原を 包みし雲は晴れ渡りけり 晴れ渡る御空の奥にかがやける 月の面のにこやかなるも 瑞御霊月読の神を力にて 国土生みの御供仕へ奉らな 見渡せば大野が原に湯気立ちて 未だ地稚く一樹だにもなし 見の限り草ばうばうの荒野原 分け行く道のはろけくもあるか 主の神の神霊に生れし国土なれば 安く進まむ醜の荒野も 多々久美の神の添ひますこの旅路 雲立ち騒ぐも何おそるべき 多々久美の神の功は風の神 科戸辺比古を生ましめにけり 国土造る道ははろけし吾は今 荒野の夕虫の音聞くなり 駿馬の足は急げど大野原 果しなければ夕さりにけり 夕されば虫の音清しきこの野辺に 鏡の月は満ち照らひたり 仰ぎ見る御空雲なく星の海 浪も静かに月舟の行く 月舟の御空流るるさま見つつ 移り行く世を偲ばれにける』 圓屋比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『思ひきや万里の荒野に瑞御霊と 月に照らされ虫を聞くとは 瑞御霊行手はろけし圓屋比古 吾は気永く仕へ奉らな 久方の天津高宮伏し拝み 遥けく宣らむ善言美詞を 善言美詞朝夕を宣りつれど 非時曇るわが魂あやしも』 茲に国中比古の神は御歌詠み給ふ。 『限りなき広けき紫微の天界に 国魂神を生ます畏さ 美しき紫微天界の国中に さやる黒雲わが憎らしも 神々の心の曇り固まりて 水火濁りつつ雲となりつる 朝夕に厳の言霊宣り上げて 世の黒雲を払ひ清めむ 山青く水又清き天界の 中に生れしわが幸思へり 言霊の水火を清めて主の神の 依さしの神業朝夕守らむ 御供に仕へ奉りてこの宵を わが言霊はひらき初めたり 主の神の天津真言の言霊に この天地は弥栄えまさむ 清き赤き正しき真言の言霊は 荒ぶる神も和ぎ伏すなり 瑞御霊神の御供に仕へつつ 今日言霊の功をさとりぬ 多々久美の神の功は言霊の 清き明るき水火の力よ』 宇礼志穂の神は歌ひ給ふ。 『草枕旅のなやみの空晴れし このたそがれを宇礼志穂の神 天地に喜び満つる国原と 思へば吾は宇礼志穂の神 主の神の神言かしこみ瑞御霊 神に仕へて宇礼志穂の神 宇礼志穂の神の喜び花となり 又月となり四方にかをらむ 行き暮れて闇に包まれ淋しかる 夕を出でし月は宇礼志穂 御子生ませ喜び勇み宇礼志穂の いとまもあらに立ち出で給ひぬ 幾千里荒野を渡り瑞御霊の 岐美と居るかも月の夕を』 国中比古の神は再び歌ひ給ふ。 『天晴れ天晴れ天津日は照る月は満つ 野に花匂ひ虫の音冴えたる 久方の天津神国の国中に 吾は楽しも神業に仕へて 瑞御霊神の神言の功績に この曠原や神国樹つらむ 国土造り国魂神を生まさむと 勤しみ給ふ功畏し 美しき天と地との国中に 比古比女二神は御子を生ませり 永久の神国の種と瑞御霊 生ませる御子に国は拓けむ 瑞御霊神の御稜威ぞ高照の 尾上遥けし月読のかげは 瑞御魂朝な夕なをさすらひて 八十比女神に涙そそがす 尊さを思へば朝夕暮の わが魂は曇らひにつつ 月読の神のかがやく夕の野に 駒諸共に安寝するかも 神々はいねましにけむ草の根に 鼾の浪の打寄せにつつ』 斯く各も各も述懐を歌ひ給ひて、一夜を明し、天津日の豊栄昇りし頃、近見男の神先頭に、瑞の御霊の神柱は、駒に鞭うち、際限もなき草莽々の野を、御歌をうたひながら進ませ給ふぞ畏けれ。 (昭和八・一〇・二〇旧九・二於水明閣森良仁謹録) |
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霊界物語 | 74_丑_太元顕津男の神の物語2 | 08 黒雲晴明 | 第八章黒雲晴明〔一八七六〕 ここに真鶴山を深く包みし生代比女の神の、恨みの炎は黒煙となりて、一行の神々を悩めたりしが、瑞の御霊の厚き情の言葉に、稍心安んじたるか、さしもに深き黒雲は、拭ふが如く晴れ渡り、梅ケ香四方に薫じ、紫微天界の真相を表はしければ、遠見男の神も喜びの余り、御歌うたひ給ふ。 『いたましき生代の比女神の心かな 燃ゆる胸の火黒雲となりしか 恐しきものは恋かも言葉かも 闇は忽ち晴れ渡りける 天の世に恋の黒雲ふさぐとは われは夢にも思はざりしよ 愛善の天界なれば恋ふるてふ 心のおこるも是非なかるべし 愛されて愛し返すは天界の 道に叶へるものとし思ふ 瑞御霊神のやさしき言霊に 晴れ渡りける恋の黒雲 愛すてふ心はめぐしわれもまた 愛し愛され住ままく思ふ』 美波志比古の神はうたひ給ふ。 『二柱神の心をみたすべく われ言霊の神橋かけばや はしかけのわれ神となりこの恋を 𪫧怜に委曲に遂げさせ度きもの さりながら主の大神の御依さしに そむかせまつるは心苦しも ことわりにあはねど恋は恋として 聞くべき心の理ぞある 理の外を流るる恋雲は 神の力も及ばざりけり ウの声の生言霊に生れたる われには恋のかげだにもなし ただ恋ふるわれの心は瑞御霊 神業の光のみなりにける』 国中比古の神は御歌うたひ給ふ。 『玉の湖の汀の森にとこしへに います比女神の心いぢらし 玉野比女神もこの事聞かすならば またもや炎をもやし給はむ 神の代にかかる例はあらせじと 万代のためわれは祈るも 祈りても何の甲斐なき恋衣 破らむ術のなきぞ悲しき 栄えゆく豊葦原の国中に 恋なかりせば神代は栄えじ よき事に曲事いつき曲事に よき事いつく神代なるかも 鬼となり魔神となりて胸の火は 真鶴山を雲に包みし 恐しくまた優しきは恋すてふ 心の炎の燃ゆるなりけり』 産玉の神は御歌うたひ給ふ。 『瑞御霊神の心の苦しさを 思へばわれは悲しかりけり 玉野比女生代比女神の中にたち 心なやます岐美ぞ偲ばゆ ままならば岐美の悩みを救はむと 思へど及ばじ醜面われは』 圓屋比古の神は再び御歌詠ませ給ふ。 『国土造り神を生まさむ神業の 難きをつくづく今日悟りけり 顕津男の悲しき心今ぞ知る 国の柱と立たすが故に 凡神の身にしおはさば大らかに 恋を楽しみ給はむものを 主の神の言葉は重し生代比女 神の心は炎とわき立つ 燃ゆる火の中に立たせる思ひして なやみ給へる瑞御霊あはれ 真鶴の国津柱と立ち給ひ 間もなく雲に包まれ給ひぬ 村肝の心をつつむ恋雲を 生代の比女は晴らしまさずや 如何にしてこの難関を瑞御霊 のがれ給ふと煩ふわれは 生代比女燃ゆる胸の火消す術も なかりけらしな瑞御霊神も』 宇礼志穂の神は御歌詠ませ給ふ。 『如何にして恋の縺毛とかばやと 思ふも瑞の御霊の御為め 生代比女神に叶へば玉野比女の 神の心をなやまし給はむ 上下のへだてを知らぬ恋なれば 心のつよき霊止の勝つらし 真鶴山黒雲ただに晴れぬれど まだ晴れやらぬ岐美の心よ われは今瑞の御霊の御胸を 思ひて涙止めあへずも 恋すてふ道は神代を限りとし 末の世までも残さじと祈る 祈るとも恋は詮術なかるらむ 心の糸の縺れし女神に』 魂機張の神は歌ひ給ふ。 『たまきはる生命をかけし恋衣 破らむ術もあらじと思ふ たまきはる生命惜しまぬ比女神の 恋の炎は鬼となりしか 恋ゆゑに生命捨てむと思ふこそ 心のいろのまことなるらし 瑞御霊雄々しき優しきものごしに 比女神の心いつきたりけむ 理の道をなみしてひた進む 恋の闇には木戸なかりけり ともかくも百神たちよ真鶴の 山の聖所に神言宣らばや』 この御歌に百神等は、心を清め身を浄め、恭しく神言を、天津高宮の方に向つて奏上し、七十五声の言霊を、繰り返し繰り返し、祈り給ふぞ久しけれ。 (昭和八・一〇・二一旧九・三於水明閣白石恵子謹録) |
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霊界物語 | 74_丑_太元顕津男の神の物語2 | 09 真鶴鳴動 | 第九章真鶴鳴動〔一八七七〕 天と地との世の中に 生言霊の御稜威より 尊きものはほかに無し 天の神国も主の国も 生言霊のいさをしに 山河生れ草木萌え 百の神々生れ出でぬ そもそも紫微の天界は 愛と善との国土なり 愛と善とは主の神の 誠のみたまみすがたよ 愛は天界のはじめより 神の心を生かすべく 生れ出でたる御賜 さはあれ愛は重なりて 遂にはあやしき恋となり 胸の炎に天を焼き 地を焦して諸々の 禍おこす恐しさ 真鶴山のみたまとし あらはれ出でし生代比女 神の神言の瑞御霊 太元顕津男の神の 雄々しき御姿見るよりも 恋の炎は燃え盛り 面ほてりつつ玉の緒の 命をかけて恋ひ給へば 主の大神の御旨に そむかむ事をおそれまし 言葉たくみに理を 宣らせ給ふを比女神は 忽ち失望落胆の 淵に沈ませ給ひつつ 胸の炎は燃えさかり 天地を包む黒雲と 忽ち変じ恐しき 大蛇の姿と現れて 玉野の比女に仇せむと 言あげ給ふ恐しさ 顕津男の神はじめとし 百神等は悩みまし 比女の心を和めむと よきほどほどに瑞御霊 其の場を逃れ給ひしが 胸の炎はをさまらず 全身熱して燃え盛り 強き悩みに堪へかねて 湖水に飛び込みなやましさ 消し止めむとなし給ふ 比女の心ぞいぢらしき 嗚呼惟神々々 神は愛なり仁なり 愛と情の終極は とくにとかれぬ恋の糸 もつれ乱るぞ是非なけれ。 結比合の神は御歌うたひ給ふ。 『天界の総てのものを結び合はす 誠の力は恋なりにけり 結び合ひ睦び合ひつつ水火合せ 命を生まむ神業かしこき 比古神は比女神を恋ひ比女神は 比古神恋ふる天界の道 喜びもまた悲しみも楽しみも 騒ぎも恋よりわき出づるなり 如何にせむ止むるよしもなきものは 恋てふ駒のあがきなりけり ウの声の水火に生れし結び合せの 神なるわれはかなしと思へり 玉野比女生代の比女の真心を なだむる由も吾なかりける』 美味素の神は御歌詠ませ給ふ。 『美味国弥栄の国玉の国に ときじくひらく恋の花かも 愛の果て善の極みは恋となり 誠となりてあらはるるなり 天界に恋てふもののなかりせば さびしかるらむこれの国原 やがて今再び荒び給ふらむ 生代の比女は湖水を割りて この時ゆ天地一度に揺ぎ出し 風吹き荒び雨地に溢れむ 言霊に生み出で給ひし美味素の 国も再び泥濘となるらむ 久方の御空をはじめ地の上の 総てを焼かむ恋の炎は 恋心天と地とにふさがりて 神の心を闇に包まむ 恐しきものは恋なり楽しきも 恋路にかをる花なりにけり』 斯く歌はせ給ふ折しも、再び山麓より猛火燃え上り、顕津男の神の身辺近く迫り来ければ、瑞の御霊は止むを得ず、百神等を率ゐまして、 『サーソースーセーシー ザーゾーズーゼージー さがれさがれ炎よ煙よ 瑞の御霊は炎を消さむ。 真鶴の山は尊き神の山 曲津の神の威猛るべきやは 生代比女神はひたすらわれ恋ひつ 炎となりしかあさましとおもふ 国土を生み御子を生まさむ道の辺に さまたげするな恋の比女神 我は今恋心なしさはあれど しばしを汝の犠牲とならむ 国魂の神を生み得ば我はただ 離りて進まむ苦しき身なるよ 生代比女我を恋ふるも如何にせむ ただ一度の手枕なりせば』 斯く歌ひ給ふや、足下まで燃え上りし火焔は忽ち跡なく消えて、芳香四辺に薫じ、迦陵頻伽の啼く音さへ清しく聞え来たるぞ不思議なれ。 (昭和八・一〇・二一旧九・三於水明閣内崎照代謹録) |
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霊界物語 | 74_丑_太元顕津男の神の物語2 | 11 万代の誓 | 第一一章万代の誓〔一八七九〕 茲に百神等の真心を籠めし昼夜の祈願に、主の大御神の感応ありて空中より厳かなる御神示ありければ、顕津男の神は恐れ畏み大勇猛心を発揮し給ひけるに、四辺を包みし生代比女の神の恋の炎の黒雲は跡もなく散り行きて、蒼空一点の雲なく、日月の光再び輝きたるにぞ、神々は主の神の御稜威と、恋の執着心の恐ろしきを思ひ慮りて、各も各も御歌うたひ給ふ。 遠見男の神の御歌。 『主の神の御稜威尊し常闇の 天地は忽ち晴れ渡りける 主の神の天地なれば黒雲も 如何で包まむこの神国を 主の神の功尊し恋闇の 思ひ恐しと今悟りけり 生代比女神の心を推しはかり 炎吐かせし苦しさを思ふ 瑞御霊御心の内を思ひ慮り 吾涙未だ止めあへずも』 圓屋比古の神の御歌。 『久方の天地一度に晴れにけり 四方を包みし叢雲散らして 今更に主の大神の功績を 目のあたり見つ畏みにけり 吾は今瑞の御霊に従ひて 天地の水火の活用を見し 国土を生み神を生ませる神業の 容易ならぬをつくづく思へり 瑞御霊神の御尾前守りつつ 御子生みの神業を助けむと思ふ 未だ稚き真鶴山の国原を 生言霊の真言に固めむ 生代比女神の悲しき心吾知れど 詮術もなし惟神なれば 遠近の国土を拓きて御子生ます 瑞の御霊の活動天晴れ 濛々と湯気立昇り非時に 天を包める稚き国原よ』 国中比古の神の御歌。 『月も日も主の大神の言霊に 晴れ渡りたる国原貴し 今日よりは心を清め身を清め わが言霊も清め澄まさむ 夜昼の差別も知らに宣り上ぐる わが言霊は功なかりき 曇りたる言霊つとめ宣らむとても 如何で開けむ天地の闇は 恋心ほど恐しきものはなし 生言霊を塞ぎて曇らふ 比女神の恋の心の炎さへ 消さむ術なきわが言霊よ 恥づかしきわが言霊の力かな 恋の炎におさへられつつ』 宇礼志穂の神の御歌。 『天に坐す日の大御神月の神 わが国土造り守らせ給はれ 瑞御霊神に従ひ真鶴の 稚き国原固めむと思ふ 渺茫と限りも知らぬ真鶴の 国土稚くして葭葦の国土 葭葦をきり拓きつつ主の神の 生言霊に国土造りせむ 瑞御霊神の功績今ぞ知る 国魂神を生ます艱みを 愛善のこの国原に御子生ます 瑞の御霊の功績を思ふ 御子生みの神にしあれば吾はただ 大神心に従ふのみなる 凡神の囁き如何に高くとも わが言霊に鎮めて行かむ 真鶴の山を廻りし沼さへも 生言霊に乾きはてたり 斯の如功績著き瑞御霊は 百八十国土の主なりけり 百八十の国土広ければ主の神の 八十の御樋代賜ひたりけり 遥なる彼方の森に玉野比女 岐美の出でまし待たす尊さ 定まりし御樋代神を外にして 見合ひ給はぬ岐美ぞ畏き 御心によし合はずとも御樋代の 神にしあれば見合ひ給はれ 好まざる御樋代さへも忍ばれて 愛を注がす岐美ぞ畏き 八十柱御樋代あれど好みまさぬ 神にも見合すを畏しと思ふ 天津日は真鶴山を照しつつ 国土造る神業助け給へり 天伝ふ月読の神も曇りませり 瑞の御霊の心のかげか はろばろと御供に仕へ来りけり 岐美の神業を補ひまつると 御尾前に仕へまつりし百神の 赤き心を照らさせ給へり』 美波志比古の神の御歌。 『泥濘の地を固めて神橋かけし 吾は地固めの神業に仕ふ 泥濘を干し乾かして地を固め 五穀をば植ゑ生ふしみむ 仰ぎ見れば西南の方に青々と 月日の浮ぶ玉野湖水よ 玉野比女の神の功に玉野湖の 水はかくまで清まりにけむ 真鶴の山はつぎつぎ高まりて 裾野に広き雲の遊べる 白雲の上に抜き出しこの山は 国の柱に相応きかも そよそよと風薫るなり玉野湖の 汀の梅の匂送るか 黒雲に包まれ艱みし真鶴の 山は晴れたり主の言霊に 万代の末の末まで国津柱 動かざるべし真鶴の山に タトツテチ玉野の比女の言霊に 生り出でませし千羽鶴かも 鶴も鷺もこれの神山に集りて 松の梢に千代を歌はむ』 産玉の神の御歌。 『真鶴の山は高しも清しもよ 常磐の松に鶴の巣ぐへば 主の神のタの言霊の御水火より 松は忽ち生ひ立ちにける 生い立ちし松は千歳の色そへて 緑も深くなりまさりつつ 吹く風に松の梢はうなるなり ウの言霊の幸ひ畏し アオウエイ生言霊は天と地に うなり止まずも貴の天界に 吾はしもウ声の言霊活用きて 生れ出でにつつ神業に仕ふる 瑞御霊四方を巡らす功績に 稚き国原固り行くも 国土を生み神生ましつつ果しなき 此天界を巡らす岐美はも 常磐樹は所狭きまで生ひ立ちぬ 生言霊に隙もなければ』 魂機張の神の御歌。 『たまきはる生命守りて永久に 吾は仕へむ瑞の御霊に 瑞御霊神の生命は弥永に 保たせ給へ国土造らす為に 玉の緒の生命なくして国土を生み 神生みの神業かなふべきやは 主の神のウ声に生れし魂機張 神は生命を守る神ぞや 神々はいふも更なり万有を 生かすは吾の活動にこそ 玉の緒の生命を永久に守るべく 瑞の御霊に従ひ来りぬ 瑞々しく永久にましませ瑞御霊 世に若返り若返りつつ 幾億万年を経るとも魂機張の 神は総ての生命を守らむ 若返り若返りつつ果しなき 総ての生命を守る吾なり 常磐樹の松も千歳に栄えかし 真鶴山も永久に繁れよ 国魂の神を生ますも魂機張 神の神言の加はらぬはなし 無始無終無限絶対に天地の 生命を吾は守りこそすれ 永久に栄へ果なき主の神の ウ声に生れし生命の神ぞや 見の限り真鶴の国土は未だ稚し 吾は生命を与へて生かさむ 末の世に生れ出でなむ人草の 生命守ると誓ひ置くなり 神人はいふも更なり草も木も 獣も魚も虫も守らむ 真鶴の国津柱の山に立ちて 万代までも誓ひ置くなり』 結比合の神の御歌。 『有難き尊き言霊聞くものか 生命守らす神の誓ひを 水火と水火結び合せて生れしこの 生命を永久に守らせ給へよ 八十柱御樋代の神の玉の緒を 結び合せて永久に守らせ 瑞御霊生ませる御子に永久の 生命と栄えを守らせ給へ 吾こそは山と河とを結び合せ 女男の神等の水火結ぶなり 国と国神と神とを結び合せ 紫微天界を永久に守らむ 神と人君と臣とを睦じく 結び合せむわが言霊に』 美味素の神の御歌。 『神々の日々の食物悉く 美味しきくはしき味を与へむ 味なくば百の食物何かあらむ 石の礫と変らざるべき 神の味また人の味食物の 味ひ守るわが神業かも 足引の山野海河種々の ものら残らず味ひ与へむ 言霊も味なき時は神々の 心荒びて神代は乱れむ 山に野に味ひあれば草も木も 神の御水火に生ひ繁るべし』 真言厳の神の御歌。 『主の神の真言ゆ出づる言霊は この天界を造りましけり 主の神のウ声に吾は生り出でつ 世の言霊を統べ守るべし 言霊に光あらずば如何にして 総てのものをば生り出づべきやは 濁りたる神の言葉は天地を 曇らし濁す偽言葉なり 村肝の心を清め身を清め 神を尊びて真言出だすも 動きなき真言の心は天地を 永久に固むる基なりけり 天は割け山河どよむ災も 言霊清くば治まると知れ 神々の日々の言霊守りつつ 美し神国と拓き守らむ 言霊の水火正しくば山も野も 月日もひとり輝くものなり 主の神の吾はウ声に生り出でて 世の言霊を永久に守らむ 末の世の人の言葉の活用も 吾ある限り開き守らむ 国中比古神は真鶴山にまして この国原を永久に守らむ 瑞御霊国魂神を生み置きて 出でます吉日はや近みけり』 茲に百神等は真鶴山頂に立たせ給ひて、各も各も持別け給ひし神業を宣り明し、愈々御心を合せ力を一に固めて、紫微天界はいふも更なり、各層の諸天界を守らむと言挙げ給ひつつ、国中比古の神に真鶴の霊山を守らせて置きて、玉野湖の汀に鬱蒼と繁れる清しき森蔭を目当に出で立ち給ふこととはなりぬ。 (昭和八・一〇・二三旧九・五於水明閣森良仁謹録) |
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霊界物語 | 74_丑_太元顕津男の神の物語2 | 12 森の遠望 | 第一二章森の遠望〔一八八〇〕 ⦿の言霊に澄みきりし真鶴山の頂上に 顕津男の神はじめとし百神等は立たせつつ 遥かに遠き西の国輝き澄める玉野湖の 水にうつらふ日月の光は鏡の如くなる 其の光景を打ち眺め美しき国よと宣らしつつ 瑞の御霊を先頭に白馬に跨がりとうとうと 緩勾配の坂道を下らせ給ふぞ勇ましき 駒の嘶き蹄の音轡の響もがちやがちやと 風に頭髪梳り玉野湖さして進みけり。 顕津男の神は、馬上ゆたかに歌ひ給ふ。 『月日は天に輝きつ 国原隈なく照しまし 吹き来る風もかんばしく 梅の花香のただよひつ 進むも楽しき玉野森 真鶴山を後にして 神国をひらき神を生み 真鶴国を生かさむと 百神等に送られて 大野ケ原を進むなり 葭葦茂るこの国土は まだ地稚し言霊の 水火を合せてすがすがに 神の神業に仕ふべし。 見渡せば大野の奥に鏡なす 玉野湖水に月日浮べり こんもりと老樹の森の繁りたる 清庭に行かむ比女神いませば 生代比女心の曇り晴れにけむ わがゆく道は空晴れにつつ わが駒の蹄の音も勇ましく 美波志の神の幸に進むも 主の神の依さしの言葉そむかじと 国の八十国廻る旅なり』 遠見男の神は御歌うたひ給ふ。 『瑞御霊神の御供の清しさよ 玉野の鏡行手に横ふ 月も日も浮びて清き玉野湖は 岐美を待たせる比女神の心か 道遠み駒ははやれどすくすくに 進まぬ旅をもどかしみ思ふ いざさらば駒の手綱を引きしめて 一鞭あてて駆け出さむかな 瑞御霊岐美の姿の雄々しさは 常磐の松のよそほひなるも 真鶴の山は後にかすみたり 国中比古の神如何ますらむ 黒雲に包まれなやみし真鶴の 山に学びし言霊の幸を』 圓屋比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『月も日も圓屋の比古のまるまると 高く照らせり真鶴国原 進み行く玉野の森は遠けれど 駒の力に安くいたらむ 月も日も波間に浮ぶ玉野湖の 清きは岐美の姿なるかも 久方の月日のかげを浮べたる 湖水は瑞の御霊なるらむ 白梅の薫ゆかしき国原を 駒たて並べ進むたのしさ 真鶴の山はつぎつぎ影遠み わが目路さへもとどかずなりぬ 真鶴山遠くかすみて玉野森 つぎつぎわが目にしるくなりぬる 瑞御霊進ます道に幸あれと 吾は祈りぬ後姿拝みつ 駿馬の蹄の音も勇ましく 進む今日こそ国土生みの旅 国土生みの旅の門出を天地は 寿ぎ給ふか澄みきらひつつ 玉野比女見合ひます日の近づきて 吾も勇みぬ駒も勇みぬ 野辺を吹く風やはらかに瑞御霊 御髪を撫でて薫りゆくかも 葭葦の生い茂るなる国原を 出で立つ今日の旅はさやけし さらさらと葉末に渡る風の音も 岐美の旅立ち寿ぐがに聞ゆ 見の限り墜居向伏す白雲の 果さへ神の言霊生くるも』 多々久美の神は御歌うたひ給ふ。 『天地にタタの言霊組み合ひて 生り出でにけむ玉野の森は わが駒は勇みに勇みわが魂は 清みに清み心安き今日 瑞御霊旅に立たする今日の日は 天地清しく晴れ渡りぬる 清きあかき正しき神の言霊に 晴れ渡りけむこれの天地は つぎつぎに国土生み神を生ましつつ 荒野を拓かす岐美ぞ畏き 気永くも岐美を待たせし玉野比女は 今日の生日を寿ぎますらむ 吾は今駿馬の背に跨りて 葭葦茂る大野を走るも わが駒は言霊の水火に生れし駒 永久に疲れず進み行くなり』 宇礼志穂の神は御歌詠ませ給ふ。 『玉野森いやつぎつぎに近まりて 嬉しも吾は心浮き立つ 玉野湖に清く浮べる夕月は わが魂線を洗ひ清むる 日ならべて岐美の御供に仕へつつ 出でゆく旅のたのもしきかも 天地に如何なる曲のさやるとも 吾はくやまず宇礼志穂の神 歓びの天津国なり愛善の 紫微天界よ何を歎かむ わが駒は鬢振ひ勇むなり 嗚呼雄々しかる姿よ嬉しき 歓びの満ちあふれたる天界に 生れし幸を吾は嬉しむ 楽しみと喜びの果てぬ神の国に 吾は勇みて神業に仕へむ 大空は蒼く澄みきり国原は 花匂ひつつ吹く風涼しき 駿馬の脚早けれど出づる汗の 風にはらはれ清しく行くも こんもりと大野の奥に青みたる 玉野の森の眺めさやけし』 美波志比古の神は御歌うたひ給ふ。 『浮脂なすただよへる真鶴の 山を生ませる御稜威畏し 真鶴の山は離りて見えずなりぬ 道の隈手も遠く来にけむ 見はるかす国土の大野に鏡なして 光れる水は玉野湖はも 吾は今瑞の御霊に従ひて 心清しく進み行くなり 大野吹く風も穏いに薫りつつ 今日の旅路は楽しかりけり 久方の天清らけく澄みきらひ わが行く国土は風も清しき 叢に鳴き立つ虫の声聞けば 岐美の出で立ち寿ぎにつつ 真鶴は翼を天にうちながら わが行く頭上をかけめぐるかも 葭葦の狭間に白き鷺の群 わが駒の音に驚きて立つも 並び行く駒の脚並勇ましき 揃ひも揃ふ十一柱神よ 国土つくり神を生ますと出でませる 今日の御供は心清しも 村肝の心正しく清く持ちて 岐美に真言を捧げ奉らむ 大河をいくつ渡らひ荒野越え 今日は清しき森かげを見つ 月も日も星の光も冴えに冴え 澄みに澄みきる真鶴の国よ』 産玉の神は御歌うたひ給ふ。 『御子生みの神業助けむ産玉の 神の神言のあらむ限りは 国土を生み御子を生ませる神業を 産玉の神あななひ奉らむ 見渡せば四方の大野は清らけく 美しく広く限り知られじ ひろびろと果しも知らぬ稚き国土を つくらす岐美の功尊し 青雲の壁立つ極み白雲の 墜居向伏す限りは神国 天界の国魂神を生み給ふ 神に従ひわが来つるかも 神業は広し遥けし天界の 弥果までも御供仕へむ 顕津男の神の神姿後より 拝み奉れば光なりけり この稚き真鶴国の花となり 光となりて出でます岐美はも 国遠み荒ぶる神のささやきは 野の末までも響かひにけり 瑞御霊貴の言霊宣りまして 百の醜神まつろひ給へ 吾も亦瑞の御霊の御尾前に 仕へて瑞の言霊宣らむか わが駒は鬣高く振り乱し これの大野を勇み行くかも 百神も勇み給ひて言霊の 御歌詠ませる今日ぞ目出度き』 魂機張の神は御歌詠ませ給ふ。 『たまきはる生命保ちて今日の日の 御供に仕ふと思へば楽しも 永久の生命保ちて国土を生み 神生み給ふ神業守らむ 言霊の水火の命の幸ひて 紫微天界は永久に栄えむ 魂機張神の神言は玉野湖の 神を言向け和さむと思ふ 真鶴の山の黒雲晴らしつつ 生代の比女は湖水にひそめり 生代比女の潜める湖水も波凪ぎて 鏡の如く月日浮べり 常磐樹の空を封じてそそり立つ 玉野の森はいよいよ近し 玉野比女瑞の御霊の出でましを 湖畔に立ちて待たせ給はむ 駒の脚にはかに早くなりにけり 神の神業のいそぎけるにや』 結比合の神は御歌詠ませ給ふ。 『天地の神の御水火の結び合せ みもとに仕ふる今日ぞ嬉しき 玉野比女の清き御魂とわが岐美の 御霊を結び合せ守らむ 玉野湖の水底深く潜みたる 神を神国にのぼらせ救はむ 一きれの雲片も無き今日の空を 進む大野は風も清しき 勇ましき瑞の御霊の出でましに わが駿馬も勇み立つなり わが駒の蹄の音もかつかつと 聖所に進む今日の旅立ち 茅草の露をあびつつ一夜さを いねし思へば楽しき今日なり 夕されば玉野の森に宮柱 建たせる館に進まむ嬉しさ』 美味素の神は御歌詠ませ給ふ。 『黄昏にはや近づきてわが駒は 行手急ぐか勇み出でけり 玉野湖に写れる月日のかげさへも 光やはらぎ夕近みかも そよそよと科戸の風はわが面を 清しく吹きて黄昏れむとすも 夕近み草葉にすだく虫の音も 一入高く聞え来にけり 愛善の天津神国に生れあひて 永久に生く身は楽しかりけり』 真言厳の神は馬上より御歌うたひ給ふ。 『山鳥の尾のながながと野路越えて はや黄昏となりにけらしな 目路近く玉野湖横はり 水の面に浮く白鳥の影 白鳥は清しき影をさかしまに 写して遊ぶ夕暮の湖 空蒼く水また青きこの湖に 染まず浮べる白鳥のかげ この広き玉野湖水を渡り給ひて 進み行かむか玉野森まで 黄昏となれども御空の月かげは 弥ますますも輝き給へり』 茲に顕津男の神の一行は、長途の旅を続けたる夕、玉野湖畔にやうやく着き、息を休め、駒を休ませ、彼岸に青き森影を打ち見やり乍ら、清しく佇ませ給ふ。 (昭和八・一〇・二三旧九・五於水明閣内崎照代謹録) |