| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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241 (1582) |
霊界物語 | 13_子_フサの国・半ダース宣伝使 | 02 波斯の海 | 第二章波斯の海〔五二八〕 世は常暗となり果てて山川どよみ草木枯れ 叢雲四方に塞がりて黒白も分かぬ暗の夜を 隈なく照す朝日子の日の出の別の神の御子 天教山に現れませる木花姫の御教を 曲津の猛ぶ小亜細亜噂に高きアーメニヤの 醜の魔神の巣くひたる都の空を照さむと 神の御言を畏みて天に坐す神地にます 神の教に真名井河目無堅間の船に乗り 西へ西へと印度洋浪を渡りて鶴の島 鶴の港を後にして波斯の海にぞ着きにける。 鶴の湊よりは、数十人の乗客が加はつた。黄泉島の沈没に依りて、波斯の海面は、俄に水量まさり、海辺の低地は殆ど沈没の厄に会ひたりと云ふ。 日の出丸より乗替へたる鶴山丸の船中には日の出別命を初め、ウラル教の宣伝使数名これに乗込んで居る。昼とも夜とも区別の付かぬ薄暗い海面を、船脚遅くなめくぢの如く進み行く。 甲(岩彦)『吾々は斯うやつて、ウラル教の宣伝使として竜宮の一つ島に渡り、殆ど三年になつた。併し乍ら一つ島の守護神なる飯依彦は、中々信神堅固な宣伝使であるから、吾々の折角の目的も、殆ど黄泉島のやうに水の泡と消えて了つた。アーメニヤへ帰つて、どう復命したら宜からうか、それ計りが心配になつて、乾を指して帰るのも、何とはなしに影の薄い様な気分がするではないか』 乙『吾々はウラル教の宣伝使としての力限りベストを尽したのだから、この上何と言つたつて仕方がないではないか』 甲(岩彦)『仕方がないと云つた所で、敵国に使して、君命を辱ると云ふ事は、人としてのあまり名誉でもあるまい。况んや特命を受けて、しかも吾々六人、東西南北より一つ島を包囲攻撃して、唯一人の飯依彦に、旗を捲いて、予定の退却をすると云ふ事は、あまり立派な成功でもあるまい。こりや、何とかして一つの土産を持つて帰らなくては、ウラル彦様に対して申訳がないぢやないか』 丙『オイ岩彦、お前はアーメニヤを出立する時には、どうだつたい。岩より堅い岩彦が、言霊を以て黄泉島を瞬く間に、言向和すと、傍若無人に言挙し、非常にメートルを上げて居つたぢやないか、その時に吾輩が、貴様の不成功は俺の天眼通で明かにメートルと云つたのを覚えてるだろう』 岩彦『ソンナ死んだ子の年を算る様な事を言つて、愚痴るない。過越苦労は、三五教ぢやないが、大々的禁物だ。よく考へて見よ、数百日の間、天の戸はビシヤツと閉つて、昼夜暗黒と云つてもよい位だ。日の出、日の入の区別も分らず、吾々がアーメニヤを出発した時は、朝は清鮮の気漂ひ、東天には五色の幔幕が飾られて、そこから金覆輪の太陽が現はれ、夕方になれば、瑪瑙の様な雲の連峯が西天に輝き、昼夜の区別も実に判然したものであつた。然るに一つ島に上陸した頃から、日々雲とも霧とも靄ともたとへ方なき陰鬱なものが、天地を閉塞して、時を構はず地は震ひ、悪魔は出没し、如何にウラル教の体主霊従の宣伝使でも、一歩否百歩を譲らねばならないと言ふ惨酷な世の中に、どうして完全な宣伝が出来るものか、如何に智仁勇兼備の勇将でも時節の力には到底叶はない、ナア梅彦………』 斯く話す折しも、俄に吹き来る颶風の響、虎吟じ竜躍るが如く、激浪怒濤は白き鬘を揮つて、船体に噛みつき始めた、船は上下左右に怪しき物音を立て、動揺烈しく、浪と波との山岳の谷間を、浮つ沈みつ、漂ひながら西北指して進み行く。暗の帳は下されて、黒白も分かぬ真の暗、忽ち暗中より暴風怒濤の声を圧して、宣伝歌が聞え来たりぬ。 日の出別命『神が表に現はれて善と悪とを立別ける ウラルの彦やウラル姫コーカス山に現はれて この世を欺く神の宮太敷立てて三柱の 皇大神を斎きしは昔の夢となりはてて 今は僅に美山彦国照姫の曲神を 守護の神となぞらへ常世の国に打渡り 随従の神を海原の浪に漂ふ一つ島 宝の島に出立たせ山の尾上や川の瀬を 隈なくあさりてウラル教神の教を悉く 敷き弘めむと村肝の心をつくしの甲斐もなく 黄泉の島のその如く泡と消えたる憐れさよ 高天原に現れませる神伊弉諾の大神の 神言のままに花蓮草教を開く天教山の 神の聖地を後にして日の出の御船に身を任せ 津軽海峡後にして天の真名井の波を分け やうやう茲に印度の海深き恵をかかぶりつ 名さへ芽出度き鶴の島松の神代に因みたる 鶴の港を船出していよいよここに波斯湾 進み来れる折柄に思ひもかけぬウラル彦 神の教の宣伝使岩彦梅彦あと四人 如何なる神の経綸か鶴山丸の客となり 一蓮托生波の上なみなみならぬ大神の 心の空は掻き曇るあゝ岩彦よ梅彦よ 天教山に現れませる木花姫の御教を 四方に伝ふる宣伝使日の出神の分霊 豊栄昇る朝日子の日の出の別の神司 愈フサの国指して進むもしらに退くも はや白波のこの首途天津御空を眺むれば 墨を流せる如くなり大海原を眺むれば 泥を流せる如くなるこの浪の上にめぐり合ふ 厳の霊の宣伝使岩彦梅彦初めとし 此処に会うたは優曇華の花咲く春の引合せ 皇大神の神言もて日の出の別が詳細に 詔る言霊のその呼吸に汝が霊を洗へかし 天真名井に五十鈴の言霊洗ひ都牟刈の 太刀を清めて曲津見を蹶え放らかし打きため 神の心に復りなば如何に浪風猛くとも 醜の猛びの荒くとも何か恐れむ神の国 あゝ岩彦よ梅彦よ心の雲霧吹払ひ 天の岩の戸押開き直日に見直せ聞直せ この世を紊す曲神の醜の言霊詔り直せ この天地は国の祖国治立のしろしめす 珍の御国ぞ楽園ぞ神の御国に住む人の いかで心を汚さむや瀬織津姫の大神に 汚穢も曲事も能く清め塩の八百路の八潮路の 秋津の姫に許々多久の罪や穢を可々呑みて 曇りを晴らせ天地の神の心に叶へかし あゝ惟神々々御霊幸倍坐世よ 嗚呼惟神々々御霊幸倍坐世よ』 と歌ひ終るや、さしもに猛き暴風激浪も、拭ふが如くに静まり、海面は畳の如く、魚鱗の波を浮ぶるに至りけり。 船中の人々は、この声に驚いて一言も発し得ず、日の出別命の神徳に驚嘆の目を眸るのみ。岩彦は小声にて、 岩彦『オイ梅彦、音彦、亀彦、大変ぢやないか、エライ奴が乗つて居て、吾々に非常な鉄槌を喰はしよつたぢやないか、向ふは一人、此方は宣伝使の半打も居つて、衆人環視の前でコンナ神力を見せられては、ウラル教も薩張り顔色なしだよ。ナントか一つ、復讐を行らなくては、失敗の上の失敗ぢやないか。日の出別とか云ふ三五教の宣伝使が、フサの国へでも上つたが最後、あの勢でアーメニヤの神都へ進撃されようものなら大変だぞ』 亀彦『さうだなア、コラこの儘に放任して置く訳には行かない。お前は吾々一行の中での、チャーチャー(教師先生の意)だから、何とか良い御託宣でも宣示して呉れさうなものだ』 岩彦『訳も知らずに、燕の親方のやうにチャーチャ言ふものじやないワ。マアこの先生の妙案奇策を聴聞しろ』 亀彦『ヘン、えらさうに仰有りますワイ、目玉を白黒さしてその容子は何だ。蟹の様な泡を吹いて、大苦悶のていたらく、身魂の基礎がグラついて居るから、どうして妙案奇策が出るものかい。何分に戦ひは、将を選ぶと云つて、吾々万卒が骨を枯らしても、一将功成れば未だしもだが、貴様の大将は魂に白蟻が這入つてゐるから、統率その宜しきを得ず、万卒骨を枯らし、一将功ならず、一しようの恥を曝して帰らねばならぬのだ。コンナ大将に統率されて、どうして神業の完成が望まれよう、バベルの塔ぢやないが何時までかかりても、成功する気遣ひはない。ピサの塔のやうに斜になつて、何時ピサリと倒れるか分つたものぢやない。猫に逐はれた鼠のやうな面をして、アーメニヤに帰つた所でウラル彦さまに「貴様何をして居つた」と、いきなり横つ面をピサの塔とお見舞申され、これはこれは誠にハヤ恐れ入りバベルの塔と、たう惑顔するのは目に見るやうだ。引かれ者の小唄の様な、負惜みは止めて、どうだ一層のこと、日の出別の部下となつて三五教に急転直下、沈没したらどうだらう』 岩彦『チト言霊を慎まぬか、船の上は縁起を祝ふものだ、沈没なぞと、気分の悪い事を言うな。黄泉島ぢやあるまいし………』 梅彦『さうだ、亀彦の言ふ通り、あまりウラル教の神力がないのか、大将の画策宜しきを得ないのか知らんが、コンナ馬鹿な目に会つた事はない。二つ目には時世時節ぢやと、岩彦はいはんすけれど、ソンナ事はアーメニヤヘ帰つては通用しない。どうだ、梅彦の外交的手腕を揮つて、日の出別の宣伝使に、今此処で交渉して見ようかい。交渉委員長になつて、どうしよう交渉と談判をやるのだナア』 岩彦『喧しいワイ』 梅彦『やかましからう、イヤ耳が痛からう、良い加減に言霊の停電がして欲しからう。アハヽヽヽヽ』 岩彦『鮨に糞蝿が集つたやうに、本当に五月蝿い奴だ。さう云ふ事を喋くると、ウラル教の神様が立腹して、又もや暴風雨の御襲来だ。さういふ事は、神様の忌憚に触れる、貴様の言行に対しては、飽くまで吾々は忌避的行動を取るのだ。何ほど貴様が挑戦的態度を執つても、寛仁大度の権化とも言ふべき岩彦は、岩石として応ぜないから、さう思つて幾許でも喋舌つたが宜からうよ。……ナンだその面は、最前からの時化で、半泣きになつて居るぢやないか、見つともない』 梅彦『半泣きになつて居るとは誰の事だい。貴様こそ率先して泣いて居るぢやないか。涙こそ澪して居らぬが、俺の天眼通から見れば唯々泣き面をソツト保留してる丈のものだよ、貴様に共鳴する者は、烏か、千鳥位なものだらう』 岩彦『馬鹿ツ、いはしておけば傍若無人の雑言無礼、了見せぬぞ』 亀彦『オイ梅公、行つた行つた。ヲツシヲツシ………』 岩彦『オイ、犬と間違つちや困るよ』 梅彦『犬ぢやないか、ウラル教の番犬だ』 岩彦『いぬも帰なぬもあつたものかい、吾々はアーメニヤへいぬより往く所はないのぢや』 亀彦『兎も角、ここで一つ思案せなくてはならぬ。三五教は唯一人、此方の宣伝使は半打も居るのだから、強行的態度に出でて、三五教の宣伝使を降服させるか、但は吾々が柔かに出て、ウラル教を開城するか、二つに一つの決定を与へねばなるまい』 岩彦『岩より堅い岩彦は、如何なる難局に処しても、初心を曲げない。善悪共に、初心を貫徹するが、男子の本分だ。貴様、ソンナ女々しい弱音を吹くならば、アーメニヤへ帰つて、逐一盤古神王に奏聞するから、さう覚悟をせい』 亀彦『敗軍の将は兵を語らずだ、何の顔容あつて盤古神王に大失敗の一伍一什を奏聞することが出来ようか、貴様は統率者を笠に着て、吾々五人の者を威喝するのだな、今になつて何れほど威張つたところで、アルコールの脱けた甘酒の腐つたやうなものだ、鑑定人もなければ、飲手もなし、ソンナ嚇しを喰ふ奴が、何処にあるかい、あまり馬鹿にするなよ。それそれ向ふに見えるはフサの国だ。船が着くのには、モウ間もあるまい、この船の中で、一つ交渉を始めなくては、日の出別が上陸したが最後、どうすることも出来やしない。問題を一括して、今此処で秘密会議を開いて、和戦何れにか決せねばなるまいぞ』 又もや以前の如き暴風忽然として吹き来り、鶴山丸の運命は旦夕に迫り来たる。嗚呼この結果は如何。 (大正一一・三・一六旧二・一八松村真澄録) |
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242 (1583) |
霊界物語 | 13_子_フサの国・半ダース宣伝使 | 03 波の音 | 第三章波の音〔五二九〕 颶風は忽ち西北に変じ、鶴山丸は逆流して再び元来し海路に漂ひにける。 猛り狂ふ飛沫に、寿司詰になつた船中の人々は頭上より塩水を浴び、誕生の釈迦像の様になつて了つた。ウラル教の宣伝使、音彦は猛り狂ふ海を眺めて、 音彦『それ見ろ、岩公が偉さうに大将面を振り廻し頑張るものだから、再び天道様の御機嫌を損ねて二度驚愕しやつくりな目に合ふのだよ。貴様の改心が足らぬから皆の者が御招伴をさされるのだ。御馳走の御招伴なら宜いが命からがら此通り、何時船は奈落の底に落ち込むか分らない危急存亡のこの場合だ。はやく改心して日の出別命にお詫をせい。時化の景物に頭から塩水を浴びせられて、辛い目に合つて苦しむのは貴様計りぢやない、一同の迷惑だよ』 岩彦『改心せいと云つた処でこの頃は手元不如意で改心の原料が無いのだ。何うなるも斯うなるも船のまにまに行く処まで行かな仕方がないわ』 音彦『音に名高い、波斯の荒海だ。都合よく何れの湊かに漂着すれば宜いが、海底の竜宮へでもやられて見よ、何うする事も出来やしない』 岩彦『ソンナ取越苦労はすな。寸善尺魔、この瞬間が吾々の自由意志を発揮する時だ。一尺先の事が分るものか。それだからウラル教の宣伝歌に「一寸先は闇よ」と云ふのだ。 「波よ騒げよ一寸先は闇よ、波の中から月が出る」 と云ふのだ。たとへ船が沈没して竜宮へ行つた処で淤縢山津見の様に暫らく雌伏して居ると、待てば海路の風が吹く、そこへ日の出神が現はれて、吾々を助けて呉れると云ふ段取だ。莫迦らしい、日の出別なんてソンナ偽者にこの尊い頭を安売して堪るかい』 梅彦『オイオイ岩彦、お前がさう頑張る為に一同の迷惑だ。現当利益を現はした日の出別の宣伝使に兜を脱いで、今一度助けて貰つたら何うだ』 岩彦『三五教の宣伝歌ぢやないが、 「たとへ大地は沈むとも誠の力は世を救ふ」 吾々はウラル教の宣伝使となつて誠一つを立て通して来たものだ。たとヘウラル教が善にせよ悪にせよ、白鷺の子は白い、烏の子は黒いと定まつて居る。ウラル教が烏なら烏で宜い。身魂の因縁に依つて、烏に生れた者だから遽に白鷺にならうたつて、なれさうな事はない。下らぬ心配するよりも、宣伝歌でも歌つた方がよからう』 音彦『いくら云つてもこの大将は駄目だ。エヽ仕方がない。一寸先は闇だから心残りのない様に持合せの酒でも飲んだらどうだい』 亀彦『下地は好きなり、御意は良し。何も彼も忘れる為めに酒でも沢山飲んで新規蒔直しの管でも巻かうかい』 音彦『アヽアヽ五月蝿奴だナア。之丈けものの解らぬ宣伝使では竜宮の一つ島でも言向け和せないのは道理だ』 岩彦『貴様は落着きのない奴だ。これ位の時化が恐くてどうして天下の宣伝使が勤まらうかい』 梅彦『貴様でも勤まつたと思ふか。頻りに作戦の領分を拡張する計りで、腮の先計りで吾々を指揮したつて罰は目の前、頭が廻らな尾が廻らぬと云ふ事がある。よく考へて見よ。帰つて盤古神王にお目玉を頂戴するより此処で直に、日の出別命に謝罪つて助かる方が利巧なやり方だぞ』 とウラル教の宣伝使一行は、大恐怖落胆の御面相、ザツト半打斗りも陳列して居る。風は益々激しくなつて来た。船頭は声を張り上げて、 船頭『オイオイ皆のお客たち、最う駄目だぞ。用意をなされ』 岩彦『オイ船頭、用意をなされと云つたつて何を用意するのだい』 船頭『叶はぬ時の神頼みだ。この風に向つて負けず劣らず言霊を発射するのだよ。サアサア俺の後に付いて力一杯呶鳴るのだ』 と云ひながら、船頭は櫂や艪の手を止めて、臍下丹田に息を詰め、 船頭『アー、オー、ウー、エー、イー、』 と呶鳴り出したれば、船客一同は怖さに震ひながら声を揃へてアヽオヽウヽエヽイヽと複数的に言霊を発射するのであつた。岩彦は盥伏せに合つた泥棒猫の様な狡猾な面を薄暗い闇に曝して目玉をギヨロギヨロさせ何となく不安の面色にて手足をヂタバタさせて居る。 音彦『オイ大将、その狼狽へ加減は何だ。強さうな事を云つても、矢張まさかの時になれば弱い者だなア』 岩彦『斯うなつては吾々の刹那の権利と云ふものは只煩悶苦悩の自由を有するのみだ。自分の権利を充分自由に発揮して居るのに、貴様が干渉する権利があるか。オイ貴様等モウ駄目だ、俺は覚悟がある。たとへ海の藻屑になるとも三五教には降伏せない。よく考へて見よ、鶴山丸が沈没すれば、三五教の日の出別も矢張共に溺死する丈けの可能性は充分に具備して居るのだよ。放つとけ放つとけ。自分が怖かつたら神様に願つて波風を止めるだらう。吾々はその景物をソツト占領すればよいのだ』 梅彦『さうだな。船が沈没すれば三五教の宣伝使も沈没せずには居るまい。貴様の今云つた言葉は真に天来の妙音だ』 岩彦『何を云つた処で仕方が無い。空を仰いで見よ、真黒けな顔をして今にも泣き出しさうな暗澹至極の御面相だ。世の終りと云ふものは、天の力も如何共する事が出来ないと見える。船頭の奴、吾々にまで言霊の発射を強圧的に勧めよつて、発言機関を虐使するものだから言霊の停電を来して声も何もかすれて了つた。折角胃の腑に格納して置いた酒迄が逆流して、八百屋店を開店する。本当にこれくらゐ雑閙を極めた事はありやしない。貴様等ソレ船が沈むとか、死ぬとか、弱音を吹きよつたが何うだい、時節と云ふものは偉いものだらう。風の神、余程弱つたと見えて沈黙しかけたぢやないか。モウ心配するな。さしもに猛き荒の神も「ヤア長々お気を揉ませました、ウラル教の宣伝使様、また御縁があつたら陸上でお目に掛りませう、アリヨース」と云つて、尻に帆かけて、スタコラヨイヤサと、アーメニヤの都をさして予定の御退却だ。何うだ俺の刹那心には閉口しただらう』 亀彦『さうだ、余りの偉い時化で咫尺暗澹、吾身の進路を誤つて居たが、最う斯うなる上は何を苦しむで三五教に降伏する必要があるか。すんでの事で鶴山丸が大タンクになる処だつた。サア皆の奴勇気を鼓して、こちらは六人向ふは一人だ。宣伝歌を歌つてやらうかい。今の風ぢやないが、吹いて吹いて吹き廻し、三五教の宣伝使の胆玉を転宅させるのだよ。風力七十五メートルの勢いでナ』 一同は、 一同『面白い面白い』 と喉元過ぐれば熱さ忘れるとかや、妙な処へ刹那心を発揮して声調も整はぬ複数的のシドロモドロの宣伝歌を歌ひ始めたり。 一同『波よ騒げよ一寸先や闇よ闇の後には月が出る 月は月ぢやが盃ぢや飲んで酔へ酔へ酔うたら踊れ 酔へと云つても船には酔ふな踊れと云つても波の奴 船のかへる様な踊りをするなアンナ悪戯ちよこちよこやると 俺等の胸迄踊り出す飲めよ飲め飲め心地よく飲めよ 飲めと云つても船ではないぞ日の出の別の宣伝使を 波の鬘ふり立ててグツト一口飲んで了へ 俺はウラル教の宣伝使仮令大地は暗くとも 命の親の酒飲めば顔の色まで赤くなる 曇つた顔して天道様難かし顔して睨むより 飲めば栄えるこの酒を一寸一杯食召せ 酒と女は世の宝酒でなければ夜が明けぬ 酒でなければ夜が明けぬ酒から日が出る月が出る 酒から日が出る月が出る』 とシドロモドロの歌を歌ひ宣伝歌を潰して了つた。 斯くする中、船は漸く波斯の海岸タルの湊に安着したりける。 (大正一一・三・一六旧二・一八藤津久子録) |
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霊界物語 | 13_子_フサの国・半ダース宣伝使 | 04 夢の幕 | 第四章夢の幕〔五三〇〕 鶴山丸は、ペルシャ湾のタルの港に寄港した。日の出別の宣伝使は、此処に上陸してフサの国の都を指して宣伝歌を歌ひながら進み行く。 ウラル教の宣伝使、岩彦、梅彦、音彦、亀彦、駒彦、鷹彦の六人は互に目配せしながらタルの港に上陸し、足を早めて進み行く。 折から吹き来る強風の景物砂塵を浴び、灰泥餅のやうになつて、最大急行の突喊命令を下しつつ、シヅの森に向つて電光の如く疾走する。 日の出別命は、暴風強雨我不関焉といつたやうな調子で悠々として原野に遊べる野馬を御し、チヨクチヨクと進み行く。日は漸くに黄昏れたと見え、暗さは一しきり暗くなつて来た。もはや一寸も進むことが出来ない。 ここに日の出別は馬を乗り捨て、親譲りの交通機関に砂煙を立てながら、シヅの森指して進み来り、一夜を明さむと簑を木蔭に敷いて眠につく。 岩、梅、音、亀、駒、鷹のウラル教の宣伝使は、タルの港に上陸し足を早めてシヅの森に進み来たり。 梅彦『ヤア、漸く此処がシヅの森だ。サア人員点呼だ、一、二、三、四、五、』 梅彦『六は無いのか、オイ誰だ、途中落伍した奴がありさうだナア』 音彦『闇がり道を強行的行進を続けたものだから、岩公の奴たうとう落伍しよつたな。口程にもない奴だ。空虚なる器物は強大なる音響を発すと云うて、実力のないものだ。言葉多ければ品少しだ。吾々は三五教に帰順しようと思つて居たのに、岩公の奴、減らず口を叩きよつて、たうとう議会の停会と来たものだから、一も取らず二も取らず、その間に日の出別の宣伝使は、この広いフサの国に上陸して仕舞はれた』 亀彦『彼奴は何を云つたところうでモウ駄目だよ。自分ほど偉い者は無いと定めて居るのだから馬耳東風、余程酷い目に遇はねば、免疫性の無感覚者だから目が覚めないよ。多分タルの川の崖道の断巌絶壁から空中滑走をやつてタルの川の川底へでも有事着陸したのだらう。今頃にはプロペラーが折れたので谷底で進退谷まつて岩彦が岩を抱へてアヽいはぬは云ふに弥勝る、鶴山丸の中で、あんないはいでもよい事をいはなかつたらよかつたになぞと云つてこうかいして居るだらう』 駒彦『航海は吾々もして来たぢやないか。後の後悔先に立たず、ぢやない役に立たずだ。併し乍ら此処はシヅの森と云ふて、バの字とケの字の出る処と云ふ有名な妖怪窟だ。オイ確かりせぬと、トンダ目に遇ふか知れやしないぞ。岩彦は云はひこで好いと云ふ訳に行かない、吾々も極力捜索をやつて彼の潜伏所を突き留めねば宣伝使の役が勤まらない。アーメニヤに帰つて、あの大きな岩公をまさか紛失したとも、途中で遺失したとも、また磨滅して仕舞つたとも云ふ訳には行かぬからなア』 梅彦『何だ。遺失だの磨滅だのと、恰で手荷物のやうに云つて居るじやないか、些と言霊を慎まむかい』 駒彦『マア、マア、今晩はこれで打切りとして、明朝早々捜索兼探険と出かけよう。鼻を摘まれても分らぬやうな此暗夜にどうして居所が分るものか。木乃伊取りが木乃伊になるやうな慘虐事が継続しては堪らぬからなア』 鷹彦『君達は随分冷淡な男だなア。人情軽薄なる事紙の如しだよ』 梅彦『それや貴様、神様の使だもの、紙辺暗雲に包まれ咫尺も弁ぜざる深夜に、どう心配したつて進退谷まつた此場の光景、否暗景だ。如何とも策の施す余地が無いぢやないか』 鷹彦『何、暗くつても矢張り神の造つた神国の地の上に居る吾々だ。如何に妖怪が現はれるシヅの森だと云つても、これも矢張り神国の断片だ。誰か一人此処に待つ事にして後四人は岩公の捜索だよ』 音彦『おとましい、この深夜に縁起の悪い四人とはどうだ。何故四人と云はないのだ』 駒彦『言霊と云ふものは妙なものだ。まかり間違へば岩彦は死人になつて居るかも知れやしないぞ、よい辻占だ。マア如何でも好いぢやないか、明日は明日の事だ』 鷹彦『たかが知れた宣伝使の一羽や二羽、無くなつたつて構ふものかい。彼奴は余り自負心が強いから、神様の懲罰に遇うて居るのだ。何時も豪さうに聖人振つて、宇宙間の無限絶対なる不可解的な事実を道破したものは此岩彦だ……ナンテ駄法螺を吹きよつて吾々を煙に巻いて居たが、フサの海の暴風雨に出遇つた時は随分六ケ敷顔をしとつたよ。負惜みで声を立ててオイオイと吠えはせなかつたが、力一ぱい気張つて涙と泣面の保留をして居たのは確な事実だよアハヽヽヽ』 斯く話す時しも鼓膜の運命を危殆ならしむる如きドラ声が暗中より聞えて来た。 梅彦『ヤア唸るぞ、唸るぞ、大変だぞ』 音彦『ヤイ、何者なればこの深夜に唸るのだ。この方はウナル教の宣伝使、ウナル彦様の御家来だぞ。何ぼなと法螺を吹け、太鼓を打て、もつともつと馬力を出して喉が裂ける程呶鳴つたがよいわ。シヅの森は静な処だと思へば、反対に喧しの森の、騒がしの森の、呶鳴りの森だ。呶鳴るなら呶鳴れ、どうなりても構はぬ、命知らずの宣伝使の音さまだ。オイオイ梅、亀、鷹、駒、貴様達も何とか防戦せむかい。大きな言霊を出しよつて、吾々の耳の鼓膜を破裂させようとかかつて居やがるのだよ』 暗中より一層大きな声で、 (化物)『オヽヽー音公、駒の鼓膜が破れるどころか、鷹のやうな高声で呶鳴つてやるから、胆が破裂せぬやうに用心を致せ』 鷹彦『何ぢや、ケ、ケ、怪体な奴が、飛んで出よつたものだ。オイ、ドラ声先生、俺を誰人と心得て居る』 暗がりの大声、 (化物)『ウラル教の腰抜野郎、よつく聞け。アーメニヤの神都は殆ど零敗に帰し。今は僅に美山彦、国照姫の曲津見が弧塁を死守するのみ、実に惨なものだ。アーメニヤの城壁は所々くたぶれ果て、穴だらけ、貴様達はコーカス山に帰つて往くつもりであらうが、コーカス山は、もはや三五教の勢力範囲に帰して了つたぞ。今の間に改心いたせばよし、違背に及ばば汝が生命は風前の灯火、また岩彦のやうな運命に陥るぞ。アハヽヽヽ、オホヽヽヽ、ウフヽヽヽ、イヒヽヽヽ、エヘヽヽヽ』 と五韻を離れた鶴のやうな笑ひ声が聞え来たる。 亀彦『オイ皆の奴、これや一つ作戦計画を遣り直さねばならなくなつたぞ。新規蒔直し、吾々は兎角善と信じた事は飽迄も決行せなくてはならないのだ。どうだ岩公は今のバーとケーサンの言葉によれば、どうやら寂滅為楽疑ひなしだ。吾々も一つ我を折らねばなるまい、アヽ困つた事だワイ』 音彦『何だ、弱々しい亡国的の哀音を吐き、絶望的悲調を帯びたその世迷言は、貴様は宣伝使の天職を忘れたのか』 亀彦『宣伝万化、隠顕出没極まり無きが、宣伝使の正に用ふべき神秘だよ。貴様のやうな杓子定規でこの世の中が渡れるものか。郷に入つては郷に従へ、時の力には抵抗する事は出来ない。この頃は桜のシーズンだと云ふのに如何だ。花もなければ葉も萎れ、山野はほとんど冬のやうだ。これも天の時だ、何時までも春は花が咲く、秋は紅葉が照ると思つて居ると訳が違ふぞ』 かく雑談に耽る折しも、俄にクワツと明くなつて来た。五人は驚いて空を見上ぐる途端に、アツと一声大地に打ち倒れたり。 巨大なる光り物の中より、得も云はれぬ恐ろしき朱色の顔色に、アーク灯のやうに光つた目玉を剥いた怪物、五六尺もあるやうな舌の先に何だか人の首のやうな物を乗せてペロペロさして居る。よくよく見れば岩彦の首である。 梅彦『アヽ、岩々、岩公がいはされた』 音彦『ヤア、モシモシ赤い顔の白い目玉サン、それや余り胴欲だ。その首は岩彦の首ぢやないか、あまりだよ』 化物『余り退屈なのでア首が出たのだよ。人肉の温い奴を食ひ度いと思つて居たら、此処に四つ五つ転ついて居るワイ、ヤア甘い甘い、天道は人を殺さず、化物は人を食ふ、美味さうな奴が来たものだワイ。アハヽヽ、イヒヽヽ、ウフヽヽ、エヘヽヽ、オホヽヽ』 鷹彦『コラ、バヽバケモノ、了見せないぞ。今待つて居れ、俺がウラル教の宣伝歌を歌つてやるわ』 化物『ウラル教の宣伝歌を聞かして貰うと気分が好くなつて、益々貴様等が食ひ度くなつて来る。食はれぬ前にこの世の歌ひ納め、一つ歌つて呉れまいか』 鷹彦『ヨー、此奴は零敗の大当違ひだ。ソンナラ三五教の宣伝歌を歌はう』 化物『ウン、そいつは困る。しかし貴様はウラル教だ。三五教の宣伝歌を知らう筈が無い。マアマア大丈夫だ。歌ふなら歌つて見よ、アハヽヽ、イヒヽヽ、ウフヽヽ』 鷹彦『何を吐かしよるのだ。不完全な奇数的の馬鹿笑ひをしよつて、俺の宣伝歌を聞いて胆を潰すな。オイ梅公、音公、亀公、駒公、鷹サンと一緒に宣伝歌を歌ふのだ。サア今度は三五教の宣伝歌だぞ』 亀彦『三五教は一向不案内だ。まして宣伝歌なぞはサツパリ分らないよ』 鷹彦『貴様はウラル教の宣伝使であつて不心得な奴だ。三五教を征服しようと思へば、敵の総ての教理を呑み込んで置いて、ウラル教との優劣を判断し、ウラル教が三五教と、どの辺が勝つて居ると云ふ点を宣伝するのが、宣伝使の役ぢやないか。俺はウラル教だから三五教の教理は研究するのも汚らはしいと云ふやうな事で、どうして敵に向つて勝利を得る事が出来ようか、エヽ仕方がないデモ宣伝使ばかりだナア。サアこの鷹サンが俄に三五教の宣伝使と宙返り飛行をやつて御覧に入れる。化物の奴、今くたばるか、くたばらぬか、試して見るのだ。もし三五教の宣伝歌で化物が滅びたら矢張り三五教が豪いのだから、そこで貴様達も決心するのだぞ。サア俺の宣伝歌を聴いて見ろ』 と云ひながら怪しき化物の顔をグツと睨み付け、 鷹彦『神が表に現はれてお膳と箸とを立別ける この世の中に化物があつて耐るかシヅの森 静になれよ静になれよ三五教の宣伝歌 宣伝万化に曲津見の向ふを張つて跳ね廻る 梅彦、亀彦、駒彦やおとなしうない音彦の 頭を目蒐けて食ひつけよ』 音、亀『コラコラ鷹公、何を吐かしよるのだ。貴様は極端な個人主義だなア。一連托生、無我平等のウラル教、オツトどつこい三五教の精神を知つて居るか』 鷹彦『アハヽヽヽ、馬鹿な奴だなア、俺を一体誰だと考へて居る。抑々アーメニヤを出立するその時より、吾は三五教の鷹彦と云ふサルジニヤの一つ島に居つた宣伝使だ。猫を被つてウラル教に這入り、貴様等五人の中に加はりて竜宮の一つ島に渡り、飯依彦と以心伝心的作戦計画をやつて居るのも気がつかず、悪の企は注意周到にして水も漏らさぬやうに見えるが、肝腎の身魂に執着があるから足許が真暗がり、この鷹サンの化物に気が付かなかつたのだよ。アハヽヽヽ、オホヽヽヽ、イヒヽヽヽ、ウフヽヽヽ、エヘヽヽヽ』 梅、駒『何だ、貴様までが俄に化物の後継をしよつて、頭の上からと下からと、化物の包囲攻撃をやられて耐つたものぢやないワイ』 頭の化物、大きな舌を出して、 化物『アハヽヽー、イヒヽヽー』 亀、音『ヤア、又やりよつた。上下挟撃、えらい敵の術策に陥つたものだワイ』 頭の化物、 化物『オホヽヽー』 と笑つた途端に、舌の先からつるつると空中滑走をしながら五人の前に着陸した男がある。 一同『ヤア岩、岩、岩彦か、貴様は一体どうして居たのだ。化物の喉から出て来よつて、恰で、飴の中からお多ヤンと金太サンが飛んで出たやうな曲芸だ。誰にソンナ手品を教へて貰ひよつたのだい』 岩彦『オイ皆の奴、よい加減に目を醒まさぬかい。何をウンウンと唸つて居るのだ、此処はシヅの森だぞ、静にせないと化物が出ると云ふ事だよ』 一同『ムニヤムニヤ、アーアー恐かつた、エライ夢を見たワイ』 岩彦『アハヽヽヽ』 (大正一一・三・一六旧二・一八加藤明子録) |
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霊界物語 | 13_子_フサの国・半ダース宣伝使 | 06 逆転 | 第六章逆転〔五三二〕 日の出別『朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 曲津の神は荒ぶとも黄泉ムの島沈むとも 誠の神は世を救ふ神が表に現はれて 善と悪とを立別ける此世を造りし神直日 心も広き大直日唯何事も人の世は 直日に見直せ聞直せ世の過ちは宣り直せ 三五教の宣伝使日の出の別と現はれて ウラルの山に隠れたる魔神の砦を言向けて 神の教を伝へつつ又もや進むアーメニヤ 美山の彦や国照姫の醜の魔神の曲業を 誠一つの言霊に言向和はす神司 ペルシヤの海を乗り越えてタルの港に上陸し 駒に跨り静々と進みて来るシヅの森 森の木蔭に立寄りて疲れを休むる折もあれ 俄に聞ゆる人の声耳を済ませばこは如何に ウラルの神の御教を四方に伝ふる宣伝使 岩彦梅彦亀彦や駒彦音彦鷹彦の 訳も分らぬ同志打ち打ち寛ろぎて聞き居れば 狗に腐肉を見せし如言騒がしくさやぎつつ 打つ蹴る擲る泣くわめく名に負ふシヅの此の森も さやぎの森となりにけりウラルの神の宣伝使 汝も神の子神の宮此世を造りし大神は 唯一柱ゐますのみ本津御神を振り捨てて 枝葉の神を敬ひつ世を紊し行く曲神の 報いは忽ち目のあたり神素盞嗚の大神の 御稜威の風に払はれてウラルの山やアーメニヤ 堅磐常磐の住処ぞと仕へ奉りし鉄条網 木葉微塵となりはてて今は果敢なき夢の跡 美山の彦や国照姫の醜の魔神の細々と 苦節を守る憐れさよ高天原も国土も 曇り果てたる今の世はウラルの教も世の末ぞ 一日も早く片時も疾く速けく改めて 醜の曲言宣り直し栄え目出度き三五の 神の教に真心を捧げて祈れ六の人 世は紫陽花の七変り八洲の国は十重二十重 雲霧四方に塞がりてとく由も無き常夜国 汝が身に受けし村肝の心の魂を逸早く 天の真澄の御鏡と研き澄まして神直日 清き身魂に立替よわれは日の出の宣伝使 天津御空の日の神の御言畏み葦原の 瑞穂の国に降りたる神の依さしの厳身魂 瑞の身魂の現れませるコーカス山に進むなり 誠の神に刄向ひて栄えし例し昔より 今に至るもあら波の闇の海路を渡る如 その危さは限りなし限りも知らぬ大神の 深き恵みを悦びて仕へ奉れよ三五の 神の教の道芝に神の教の道芝に』 と歌ふ声に、一同は雷に打たれし如き心地して、大地にドツと平伏し、息を殺して控へゐる。 鷹彦『アヽ何れの方かと思へば、今日船中にてお目にかかつた日の出別の宣伝使様、われは元来は三五教の宣伝使鷹彦と申すもの、ウラル教の宣伝使となりすまし、彼等が悪計の秘密を探り、此処まで帰り来りしもの、今や五人の宣伝使に包囲攻撃を受け、前後左右に体を躱し、三五教の教理を聴聞させむと心胆を砕きし折、思ひがけ無き貴使の宣伝歌、アヽ有り難しありがたし。われも是より貴使のお供仕り、コーカス山にお送り申さむ。どうぞ此儀お許し下さいませ』 と声をしるべに物語るを、日の出別は、 日の出別『ホーその方は予て噂に聞きし鷹彦なりしか。よい所で逢ひけるよ。それにしてもこの五人の宣伝使を言向け和さねば、吾々の任務を果すことが出来ない』 鷹彦『イヤご心配はご無用です。三年ぶり此の男等と寝食を共にし、彼等が心理状態を確り承知致し居れば、余り心配せずとも帰順させることは容易の業だと思ひます。どうか此の五人は私にお任せ下さいませ』 日の出別は言外に承知の旨を面色にて示しゐる。 鷹彦『サア、岩彦、貴様一人は最も難物だ。貴様さへ改心をすれば他の連中は、最早九分九厘まで帰順してゐるやうなものだ。何うだ、三五教に帰順するか』 岩彦『アー仕方が無い。また神の道の逆転旅行だ。時あつて親子主従敵となり、味方となるも世の習ひ、是非に及ばず降伏いたさうかい』 鷹彦『そりや本当か』 岩彦『本刀でなうて何としよう、真剣だ、正宗の銘刀だ』 鷹彦『モウ少し早く改心すれば好いものを、トコトンまで頑張りよつて、ドン後で往生するとは余りみつとも良く無い。しかし乍ら改心せぬより優だ。軈てまた夜が明けるだらう、改心の褒美として、悠々安眠させてやらう。また明日は一生懸命てくつかねばならぬから』 岩彦『イヤもう寝るどころでも、何どころでもない。心の中の天変地妖だ。地震、雷、火の雨に逢うたよりも、きつい脅威だ』 鷹彦『アーさうだらう。其処を決心するのが誠の道を歩む宣伝使の態度だ』 斯く話す折しも十重二十重に包まれし月は、フサの海の彼方に影を顕はし、皎々たる光を此の森に斜に投げた。 又もや一同の顔は、ほのかに判別することが出来るやうになつて来た。これよりウラル教の宣伝使は、日の出別命の信者と急転し、夜明けを待つてフサの都に宣伝歌を歌ひ乍ら進み行く事となりける。 (大正一一・三・一六旧二・一八外山豊二録) |
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霊界物語 | 13_子_フサの国・半ダース宣伝使 | 08 醜の窟 | 第八章醜の窟〔五三四〕 夜は漸く明け放れたと見え、天津日の影は見えねども、天地はホンノリと明るくなつて来た。 鷹彦『オイ岩彦、何うだ、貴様もモウこれで我が折れただらうナア』 岩彦『ヤー今度に限つて徹底的に我が折れたよ。モウ心配して呉れな。併し日の出別の宣伝使は何うなつたのだらう。どうも腑に落ちぬ行動ぢやないか』 鷹彦『貴様は未だソンナ事を言ふから駄目だ。何うならうと、斯うならうと神様の御経綸が、吾々の如き一兵卒に分つてたまるかい。日の出別命がフル野ケ原の魔神を平げると仰有つた以上は、屹度先へ行つて水も漏らさぬ経綸をしてござるに違ひないワ。ソンナ事は吾々の容喙すべき所で無い。サアサア皆一時に用意だ用意だ』 音彦『ヤア鷹サン、待つて下さい。腹の虫が休戦の催促を頻りに志てゐます』 鷹彦『オーさうだつた。各自に腹を拵へねばならぬ』 と言ひつつ固きパンを出して、各自に噛じり乍ら旅装を整へ、西北を指して、宣伝歌を歌ひ歌ひ進み行く。 鷹彦『サア是からが戦場だ。孰れもしつかり戦闘準備に取りかかれよ。音に名高いフル野ケ原の醜の窟だからのう』 岩彦『其の窟には、一体ドンナ魔神が居るのだ』 鷹彦『夫れは種々雑多の悪魔が棲息しとるのだ。夜前斥候隊が来ただらう』 岩彦『ウン彼の化か。ナーニアンナ奴位は屁のお茶だ』 音彦『油断大敵だ。小敵たりとも侮るべからず、大敵たりとも恐るるべからず。機に臨み変に応じ、変幻出没、進退自由の大活動を吾々は開始するのだ』 鷹彦『アヽ神様は能く仕組まれたものだ。醜の窟には六個の入口がある。其処へ六人と云ふのだから恰度都合がよい。各自に其の一つ宛の穴を担当して進入するのだナア』 岩彦『それは面白からう、俺が一番槍の功名手柄。併し乍ら肝腎の大将が見てゐて呉れねば、働きごたへが無いやうな気がするぢやないか』 鷹彦『貴様はそれだから未だいかぬのだ。大将が見て居らうが、居らうまいが、自分の職務は力一杯全力を傾注してやればよいのだ』 岩彦『それでも蔭の舞、縁の下の踊りになつては骨折り甲斐が無いやうな気がする。ナア梅公、音公』 音彦『イヤ吾々はソンナことは決して思はぬ。どうせ碌な勝利は得られないのだから。下手なことをして居る所を大将に見られては却つて恥かしい。兎も角獅子奮迅の勢を以て力限りのベストを尽し、能ふ限りの奮戦をやるのだ』 梅彦『オイ鷹彦、何うだ。此辺で一寸休息をして各自に策戦計画を定め、悠乎と行かうぢやないか。化物退治は夜の方が却つて都合がよいかも知れぬぞ』 岩彦『さうだ。昼の化物は見たことが無い。化物の留守に行つた所で変哲が無いから。時機を考へて六方から突撃を試みると云ふことにしようかい』 一行六人は風に吹かれ乍ら勢よく進み行く。前方を見れば原野の中央に屏風の如く長く衝立てる岩山あり、その岩山の頂に一人の人影が立ちゐる。 鷹彦『オイ皆の者、彼の醜の窟の上に何が居るか一寸覗いて見よ。あれは夜前姿を隠された日の出別の宣伝使に間違ひ無からう。吾々の行くまでにチヤンと悪魔を封じて遁走せないやうな計略と見ゆる。サアもう大丈夫だ。急げ急げ。オイ岩公、もうウラル教は思ひ切つただらうな』 岩彦『思ひ切つたも切らぬもあるかい。テンでウラル教ナンか、夢にも思つたことは無いわ』 鷹彦『アハヽヽヽ、勝手な奴だ。マア何うでもよい。駆歩だ』 一二三と言ひ乍ら、醜の窟を指して駆けついた。日の出別は岩上に立つて声も涼しく宣伝歌を歌ひゐる。 日の出別『神が表に現はれて善と悪とを立別ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 直日の神の分霊此世の曇りを吹き払ふ 日の出の別の宣伝使雨もフル野ケ原を越え 醜の窟に来て見れば出口入口塞がりて 百草千草生茂り何処をそれと白真弓 射向ふ的もあら風に吹かれて立てる此の窟 岩より堅き鋭心の誠心を振り起し フサの天地を曇らせし八岐大蛇の分霊 醜の曲津を言霊の珍の気吹に払はむと 待つ間程なく鷹彦や巌の身魂のあと五人 漸く此処に現はれて曲の砦に立ち向ふ あゝ勇ましや勇ましや神の力の開け口 出口入口わからねど草をわけても探し出し 言向け和さで置くべきか言向け和さで置くべきか 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも たとへ大地は沈むとも神に任せし此の身体 神の御ため世のために捨てて甲斐あるわが生命 来れよ来れいざ来れ葎茂れる岩の戸を 隈なく探りし其上に天津祝詞の太祝詞 声も高天と詔りつれば天津御神は久方の 天の岩戸を押開き八重雲四方に吹きわけて 誠の願を聞し召し国の御祖の大御神 国治立の大神に随ひ給ふ百神は 山の尾の上や川の瀬の伊保理をさつと掻きわけて 吾が祈言を悉く聞し召すらむ三五の 神の教の隈も無く光り輝くフル野原 払ひ清めむ曲津霊の醜の曲業逸早く 汝が心の真寸鏡照して醜の正体を 現はす時ぞ来りけり現はす時ぞ来りけり あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と声も涼しく歌ひ興じつつありけり。鷹彦一行は漸くにして此場に安着したり。 岩彦『ホー貴使は日の出別の宣伝使様、夜前は大変にお先へ御無礼を致しました』 日の出別『イヤ御無礼はお互ひだ。昨夜は別に変つたことはなかつたかな』 岩彦『ヤー別に大したことはありませぬ。曲津神の斥候隊が一寸やつて来て、岩彦の言霊の気吹に吹き散らされ、鼠のやうに小さくなつて狐鼠々々と消えて了つたのですよ。イヤモウ悪神と云ふものは弱いものです』 日の出別『それは結構だつた。併し一寸腰を抜いたでせう』 岩彦『ヤー此奴は変だ。日の出別と見せかけて昨夜の化助奴が、又此処に作戦をやつて居るのぢやなからうか。ハテナ合点の行かぬ事もあればあるものだ。オイこらお化、馬鹿にするない。貴様日の出別命に化けて居よるが、其の手は喰はぬぞ。化物の証拠には昨夜俺が腰をぬかしたことを知つて居つたぢやないか。本当の日の出別は吾々を置去りにして、お先へ御免とも何とも言はずに、ドロンと其場から消滅して了つたのだ。大体が日の出別からして怪体な代物だが、彼奴は貴様のやうに化けないから安心だ。コラ夜前の化けの同類、夜前は夜分だつたから一寸ねむた目に相手になつてやつたのだが、今日は真剣だぞ。じたばた致してもモウ敵はぬ百年目、サア尋常に兜を脱ぐか、返答は如何ぢや』 日の出別『キヤツハヽヽヽ』 岩彦はトンと腰を下して、 岩彦『キヤツキヤツ、キヤツハヽヽとは、そりや何吐かす。合点の行かぬ脱線だらけの笑ひ声をしよつて、キヤツハヽヽヽキユツフヽヽのとは何の態だ。奴畜生の化けた証拠には、拗音や鼻音を使用してゐるぢやないか』 日の出別『アハヽヽヽ、日の出別は何吐かすと云ふが、さう云ふお前は腰ヌかす』 岩彦『吐かすない吐かすない、黙つて居れば何を吐かすかわかつたものぢやない。ヤイ一同の者、ぬかるな。此奴も変智奇珍だぞ』 鷹彦『アハヽヽヽ、オイこら岩公、貴様はよつぽど瓢六玉だ。彼の立派な日の出別命様が化物に見ゆるのか』 岩彦『見えいでかい。定つた巾着、揚げたお豆腐。何ほど俺をおどかさうと思つたつて豆腐に鎹、糠に釘だ。坊主鉢巻でチツトもこたへないのだ。俺は岩より固い岩サンだ。化物の百匹や千匹位群をなして押寄せ来るとも何のものかは。ウラル教のオツトドツコイ三五教の誠の神の言霊の気吹に依り、気吹き払ひ給へ清め給へと申すことの由を天津神国津神八百万の神等共に小男鹿の耳振り立て聞し召せと、畏み畏み申す。ポンポンだ』 日の出別『アハヽヽヽ、相変らず面白い奴だ。オイ岩彦、本当だ、本物だ。日の出別に間違ひは無いぞ。安心せい』 岩彦『サーその弁解が気に喰はぬ。何でも嘘を言ふ奴はうまい事弁解をするものだ』 音彦『オイオイ、貴様疑ひが深過ぎるぢやないか。さう深はまりしては物がさつさと片付いて行かぬ。後家婆サンの宿換へのやうに何でも手軽に片付けるものだよ』 梅彦『ヤー昨日と云ひ今日といひだ』 駒彦『本当に皆目一体全体訳がわからぬやうになつて来た。化物退治にやつて来て何だか化物に玩弄になつてゐるやうな気がする、又夢ではあるまいか』 鷹彦『夢々疑ふ勿れ。夢ではないぞ、現ではないぞ』 岩彦『イヨー此奴又怪しくなつて来たぞ。矢張フル野ケ原の醜の窟式だ』 日の出別は拍手を打ち声も涼しく天津祝詞を奏上する。其の声は天地六合に鳴り渡るが如く、忽ち雲の戸破れて日の大神は西天に温顔を現はし、一行の迷ひの雲をさらりと解き給ひける。 ここに岩彦以下の宣伝使は始めて真正の日の出別命なることを確認し、いよいよ黄昏を期してこの岩窟に進入することとなりにける。 (大正一一・三・一七旧二・一九外山豊二録) |
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霊界物語 | 13_子_フサの国・半ダース宣伝使 | 09 火の鼠 | 第九章火の鼠〔五三五〕 日は西山に傾きしと見えて、さしも陰鬱なる天地に一層の暗澹を加へ、荒野を吹捲る風の音は刻々に激しくなり来たりぬ。 鷹彦『サア、これから愈魔窟の探険だ。充分の食料を用意して了はないと、此岩窟は琵琶の湖の底を通つてコーカス山に貫通して居るのだから、三日、五日、十日位の旅では予定の探険は出来ない。先づドツサリと此袋にパンでも格納して、プロペラーに勢ひを付けて、身魂の基礎工事をしつかり撞固め、気海丹田を練つて進む事としよう。中途になつて腹の虫が汽笛を鳴らすと困るから準備が肝腎だ』 岩彦『ヨウ、エライ決心だ、モウ直に行くのか』 鷹彦『ナニまだまだ時機が早い、子の刻限だ。此六ツの岩穴は全部塞いであるから一寸やそつとには分らぬ。まして斯う夜中になつて来ては猶更の事だ。日の出別命の宣伝使によつて子の刻になれば、真赤気の鼠が現はれて案内する事となつてるから、マア夫迄待つ事にしよう』 音彦『サア、是れからが正念場だ。仮令百千万の悪魔、邪神、一団となつて攻め来る共この音チャンは言霊の神力に依つて、木つ葉微塵に打ち伸ばし、叩き潰して仕舞ふは訳はない』 鷹彦『オイコラ音公、今からさう逆上るな、キニーネでもあれば頓服でもさせてやるけれど生憎持合せがなくて仕方がない』 音彦『ナーニ悪魔を頓服させるのだ。ヤア此辺が穴恐ろしい穴の口らしいぞ。刻限の来る迄は、稲荷サンの昼寝とやらうかい』 亀彦『何だ、怪つ体な事を言ふぢやないか、稲荷の昼寝とは何の事だい』 鷹彦『アハヽヽヽ、穴のふちにころりだ。それにしても、日の出別の宣伝使の姿が又もや紛失して仕舞つたぢやないか、一行中の大巨頭が居らなくなつては、指揮命令がうまく行かない。何程岩公が万丈の気焔を上げた所で風の如うなものだ。危機一髪の、ハツハツになつて、直にベソをかくのだから頼りないものだ』 岩彦『オイオイ、お手際拝見してから後に言うて貰はうかい、貴様の気焔とは訳が違うのだ。朝つぱらは滅茶矢鱈にはつしやいで、昼前になるとヤアモウ機械の油が切れたの一歩も行進が出来ないなぞと、弱音を吹きよるからコンナ弱い奴を途連れにして居ると、同行者も並大抵の事ぢやない。忌憚無く駄法螺は噴火口から天を焦す如うに噴出させるなり、序に運の悪い先ばしりの糞をプンプンと振れ撒きよるなり、嗚呼糞慨の至り屁口千万だ』 鷹彦『オイオイ、ソンナ馬鹿話を言つてる処ぢやないぞ。それ見ろ、茅原の中を昨夜出た奴が………』 岩彦『ヤ又出よつたな。今度は化の奴、位置を変更しよつて、味方の間近く攻寄つたりと云ふ光景だ。オイ化サン、昨日の岩公とチツト岩公が違うのだい。此醜の巌窟をよく見よ。俺の腕は正に斯の通りだ。何時でも愚図々々と洒落た事をしよると已むを得ない、直接行動を取るから覚悟致せ』 化物『アハヽヽヽ、俺だ俺だ、岩公の胆試しに一寸化けて見せてやつたのだよ』 岩彦『さういふ貴様は一体誰だ』 化物『人をこまらす駒サンだ。それでも貴様此暗に俺の顔が見えるのかい』 岩彦『オツト待つた、見えるでもなし、見えぬでもなし、何だか亡国的悲調を帯びた異声怪音が耳に映ずるのだ。俺の耳は重宝なものだぞ、耳で見て目で聴くのだから化物よりも上手を越す宣伝使さまだ。馬鹿な真似をして後でベソをかくな。何だ蝗か、ばつたの様に草叢にもぐり込んで、あつちやに飛び、こつちやに飛び、飛びあるきよつて、それだから飛沫ものと云ふのだ。まるで際物師の如うな芸当をやらかして、胆力無双の岩さまを恐喝しようと思つたつて其手は喰はぬぞ』 駒彦『アー俺も此岩窟へ探険と出かくれば、ドンナ奴が出て来るか分らないから一寸化物の予習を遣つてみたのだ。どうぞ今後は御贔屓にお引立を願ひまして、引続き不相変予習を願ひます』 岩彦『洒落どころかい、戦場に向つて何をソンナ気楽な事を言つて居るのだ。ソンナ事では屹度途中に屁子垂れる事は確定的事実だ。貴様のしくじる事は既に已に閻魔の登記簿にチヤンと印紙を貼つて登録済になつて居るのだ』 駒彦『オイオイ、貴様何を言つて居るのだ。登録済だの登記簿だのつて、ソンナ言葉は基督降誕後二十世紀の人間のぬかす事だ。今は紀元前五十万年の昔だぞ』 岩彦『過去、現在、未来を超越した霊界の物語だ、ソンナ事は当然だよ。チツポケな時代だとか、言葉だとかに囚はれて居る様な小人物で無限絶対無始無終の神界の経綸が分つてたまるものかい。学、古今を圧し、知識東西を貫くと云ふ三五教の新宣伝使だよ。貴様もちつと文明の空気を吸ふたが好からう』 駒彦『何だ、不分明の事をよう囀る奴だ。今日の原始時代に、文明の糞のつて尻があきれるワイ』 岩彦『文明の逆転旅行と云ふ事を知らぬのか。是れでも、マア見て居れ、地上の人間が豆の様な胆玉になつた二十世紀と云ふ非文明の世の中が出て来ると、何処かに妙な奴が現はれて屹度吾々が今採りつつある行動を、寝物語にほざく奴が出来て来るかも知れぬのだ。その時にまた歴史は繰返すと云うてその時代の人間が、これは非文明とか、非真理とか、屁理窟に合うとか合はぬとかほざく様なものだ。マアマア黙つて時の移るを待つたが好からうぞい』 またもや一天俄に暗く逆巻く雲の渦、暴風しばく雨の槍衾に包まれにけり。 音彦『ヤヽヽヽ、又どつさりとあめ利加がフラン西とけつかるワイ。鼠の奴早く遣つて来て岩窟を吾々に明示して呉れないと、こつちの方が先に濡れ鼠になつちまふわ』 駒彦『其態はなんだ、猫に追はれた鼠のやうな腰付をしよつて、ニヤンチウ不格好な情ないていたらくだい』 鷹彦『オイオイ言霊の奏上だ。貴様等は暇だと直にはしやぎよつて騒がしくて仕様がない。篏口令の代りに間断なく祝詞奏上宣伝歌の合唱を厳命する』 岩彦『言はしておけば際限もなき其暴言、貴様の言ふ事を聞くものは、この広い天地の間に鼠一匹あるものかい。あまりメートルを上げ過ぎると汽缶が破裂するぞ』 此時日の出別命は又もや忽然として岩上に現はれける。 一同『弥陀の来向だ、生神の顕現だ、有難い有難い』 岩彦『モシモシ日の出別命様、ドウゾ早く火鼠の御出現遊ばすやうに斡旋の労を執つて下さいナ』 日の出別『ヨシヨシ、今だ』 と云ひながら、日の出別命は岩上に密生せる灌木を幹打ち切り末打断ちて、腰の細紐を解きこれを縛つて弓を拵へ、茅の茎を切つて矢を作り、東西に延長せる岩山に向つて、発矢と射放ちける。 日の出別『サアよほど天も紅くなつて来た。いま私の射放つた矢を拾つて来い。さうすれば入口がはつきりと判るのだ』 鷹彦『これから十万年未来に於て、大国主神が矢を拾ひに原野に往つた様な古事ではない未来の事実だ。拾ひには行きませうが、其時のやうに原野に火をかけて焼かれては困りますぜ』 日の出別『マア吾々の命のまにまに探して来るのだよ』 岩彦『サアサ、是れから流れ矢の探索隊編成だ。何れ日の出別と云ふから、火を出して焼くには違ひない、さうすると、内はホラホラ外はスブスブと鼠の先生が遣つて来ると云ふ段取だナ。全隊進め、オ一二三』 と暗雲に駆け出したり。 日の出別は直ちに燧石を取り出し折柄吹き来る暴風に向つて火を放てば、忽ち轟々たる音を立て火は四方に燃え拡がりぬ。嗚呼鷹彦以下の運命は如何に成り行くならむか。 (大正一一・三・一七旧二・一九谷村真友録) |
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霊界物語 | 13_子_フサの国・半ダース宣伝使 | 10 巌窟 | 第一〇章巌窟〔五三六〕 日の出別の射放ちたる矢を拾ふべく、鷹彦、岩彦一行は、先を争うて我一に功名せむと、萱野を分けて進み行く。 岩彦『この萱野原へ萱製の矢をたつた一本位射放つて、それを拾つて来いと云うたつて、天然坊の星あたり、何だけ探しても無ければもう駄目だ。失望落胆の淵に沈むとは、コンナことを云ふのだらうかい』 亀彦『際限もなきこの萱野原を、僅に一本の萱製の矢を探すと云つたつて、到底不可能的大事業だ、竿竹をもつて空の星をがらつよりも頼りない話ぢやないか』 鷹彦『また弱音を吹きよる。これが身魂の審めだ。何でも構はない、日の出別の宣伝使のおつしやる通り、唯々諾々として遵奉するのだよ』 駒彦『あまり無理ぢやないか』 鷹彦『親と主人と師匠は無理を云ふものだと思うて居れば好いのだ。滅多に吾々を親や師匠が窮地に陥没さして、痛快を叫ぶと云ふやうな事はなさる気遣ひがない。何処までも徹頭徹尾命のまにまに矢探しをするのだよ』 駒彦『ヤヤコシイ、矢探しだナ。矢矢暫く思案に暮れにけりの為体だ。オイオイ大変だ、火が燃えて来るぞ。これだけ生へ茂つた野原に火をつけられ、吾々は耐つたものぢやないワ、本当に日の出別の宣伝使は無茶ぢやないか、矢張り彼奴は怪しいと思つて居たよ』 鷹彦『吾々を奈落の底に陥穽すると云ふ悪神の企みに乗つたのだ。エヽもう自棄糞だ、焼け死する処まで荒れて、荒れて、暴れ廻してやらうかい』 斯くいふ折しも、火は四方八方より燃え猛り、黒煙濛々として一同を包んで了つた。梅公、音公両人は、 梅彦、音彦『暑いワイ、煙たいワイ、苦しい。如何しよう』 鷹彦『また弱音を吹くな、心頭を滅すれば火もまた涼しと云ふ事があるわ。斯ういふ時に、火に対する水だ。乾く事なく尽る事なき神の尊き水をもつて、猛火を消すのだ。これが吾々の身魂の試錬だよ』 かく言ふ折しも火は足許へ燃えて来た。進退谷まつた一同は一処に集まり互に抱きついて地団駄踏んで居る。忽ち地はバサリと陥落し、土中に一行は陥つた。火はその上を何の容赦もなく咆哮しながら燃え過ぎにけり。 岩彦『アヽこれで分つた。九分九厘叶はぬと云ふ処で神様が助けてやると仰有るのは茲の事だ。火鼠を現はして教へてやるなぞと、本当の赤い鼠が出るのかと思つて居たれば途方途徹もない大きな火鼠だつた。火の通つた跡は焼け殻が皆黒くなつて、炭になりよる。それで火鼠と仰有つたのだな』 鷹彦『ホー中々貴様は悟りがよいワイ。何だ未だブクブクするぢやないか。地獄の底まで陥没しても困る、好加減に止めて貰はぬと、過ぎたるは猶及ばざるが如しだ』 何処ともなく、『ククヽヽヽ』 一同『ヤア、あれは鼠の鳴き声ぢやないか。彼方の方に往つて見ようぢやないか』 と声を尋ねて一同は進んで行く。果して毛の緋色を帯びた古鼠が萱の矢を喰はへてこの処に現はれ、 古鼠『内はホラホラ、外はスブスブ』 と鳴いたきり姿を消して了つた。一同はドンと足踏する途端、ズドンと音がして深い穴に落ち込んだ。見れば其処には六個の巌窟が開いて居る。 鷹彦『ヤア此処だ此処だ、日の出別命もなかなか偉いワイ、矢の落ちた処が矢張この巌窟の入り口だつた。悪魔と云ふものは、本当に注意周到なものだ、コンナ処に入口を拵へておけば誰も気の付く筈はない、至れり尽せりだ。サアこれから約束の通り各自分担して探険に出かけるのだ』 六人は各一個の穴に姿を隠した。比較的高く横巾の広い巌穴である。どうしたものかこの巌窟の中は地中にも拘はらず非常に明い。六人は各一つの穴を目蒐けて進み行く。 日の出別の火鼠荒野に現はれて迷へる人の心を照せり 時々穴と穴との巌壁に風通しが開けてある。六人は六個の穴を二三町進むと其処に非常に広い場所がある。之より先は堅固なる巌の戸が鎖されて進む事が出来ない。六人は期せずして一処に集まり、 鷹彦『ヤア皆の連中、如何だつた。別に変つた事は無かつたか』 亀彦『あつた、あつた、大にあつた』 鷹彦『何があつたのだ』 亀彦『巌壁の両方に覗き穴が沢山あつたのだ』 鷹彦『何を云ふのだ、大層らしい。どの窟にも共通的に空気穴が開いて居るのだよ』 岩彦『之では約らぬぢやないか、相手なしの戦ひは出来やしない。何だ、醜の厳窟に化物が居るナンテ人を馬鹿にして居る。それだから世間の噂は当にならぬといふのだ』 鷹彦『イヤ、これからが正念場だよ。ここはホンの序幕だ。何十里とも知れぬ程あると云ふぢやないか、どこぞこの岩壁を力一杯押して見ようか。何でも沢山の戸があると云ふ事だから、アヽさうだ、一つ押してやらう。オイ皆一度に総攻撃だ』 と。力一杯ウンと押した。亀公の押した岩は、暖簾を押すやうに手もなく開いて、亀の勢あまつて巌穴の中へ飛び込んだ途端に幾丈とも知れぬ陥穽にザブンと音を立てて落ち込んだ。 亀彦『ヤヤ大変だ。皆の奴俺を助けて呉れぬかい』 五人は穴の傍を一足、一足、指に力を入れながらソツと向ふに渡り、 一同『アヽ、思はぬ不覚を取つた。これだから気許しは一寸も出来ないと云ふのだ』 鷹彦『何とかして亀サンを救うて上げて遣らねばなるまい』 亀、井戸の底より、 亀彦『オイ、オイ、何とかして呉れないか』 音彦『お前は名から亀サン、水の中は得意だらう、マア悠乎と水でも呑んで寛ぎたまへ。突差の場合よい智慧も出ないから此井戸の傍で山の神ぢやないが、井戸端会議を開会してお前を助けるか、助けないかといふ決議をやるのだ。マアマア、閉会になる迄辛抱して呉れ』 亀彦『ソンナ気楽な事を云うて居れるかい、一時も早く救ひ上げて呉れ』 岩彦『エヽ、矢釜敷い云うな、手の付けやうが無いぢやないか』 亀彦『手のつけやうどころか、足も頭も体中、浸けて居るぢやないか』 鷹彦『サアサア、臨時議会の開会だ、これから議長の選挙だ。院内総務は誰にしようかな』 亀彦『アヽ辛気臭い、洒落どころぢやないわ、冷たくなつて仕方がない、体も何も氷結して了ふわ』 岩彦『氷結したつて仕方がない、此方は多数決だ。五人を両派に分けて、三人と二人だ。鷹サンは議長といふ格だ』 鷹彦『エヽ諸君、遠路の処よく出席下さいました。今回臨時議会を開会いたしましたに就ては、最も急を要する事件で御座いまして、国家危急存亡の場合、何卒諸君の慎重なる御審議を願ひ度いのです。抑々今回の議案提出の要件は、御存じの通り、元ウラル教のヘボ宣伝使、亀公と云ふ男、醜の巌窟の探険に出かけ、実に短見浅慮にも思はぬ不覚を取り、深く井中に陥没致し、生命旦夕に迫る、と云ふ場合でございます。何卒諸君の箱入の知識を絞り出されて、彼が救済の策を講じ最善の努力を尽されむ事を希望いたします』 四人『ヤア賛成々々』 と、四人は一度に拍手をもつて迎へる。亀公は井戸の底より、 亀彦『ヤーイ、早く助けぬかい。死んでからなら助けても役に立たぬぞ』 鷹彦『何だ。井戸の底から矢釜敷云ふな、議会の神聖を汚すでないか。如何でせう、諸君、先決問題として亀公を救済すべきものなりや、将又このままに見殺にすべきものなりや、起立をもつてお示し下さい』 音彦『皆すでに起立して居るぢやありませぬか』 鷹彦『ヤア、これは間違つた。議員一同そこにお坐り下さい。賛成者は起立を願ひます。亀彦を助けると云ふお心の方は起立して下さい、救はないと云ふ御意見の方はそのまま坐つて居てもらひませう。一二三』 鷹彦『ヤア起立される方は駒サン一人ですか、これは怪しからぬ。然らば議長が起立いたしませう』 岩彦『議長横暴だ。多数決多数決。可とする者二人、否とする者三人』 鷹彦『多数党横暴極まる。議会の解散を命じませうか』 亀、井戸の底より泣き声を出して、 亀彦『ヤイ、馬鹿にするない、洒落どころかい。早く助けて呉れないか』 岩彦『この井戸の周囲は皆この岩サンで固めてあるのだ。岩に手をかけ足をかけ登つて来ればよいのだよ』 亀彦『登れと云つたつて、手も足も引つかかる処がないのだよ』 岩彦『さうだらう、手足が短くて背の甲羅がつかへて登れぬのだらう。モシモシ亀よ亀サンよ、世界の中にお前ほど、体の不自由なものは無い、アハヽヽ』 亀彦『何とおつしやる兎サン』 鷹彦『危急存亡の場合、命の瀬戸際になつて、洒落るだけの余裕があるものなら、サツサと登つて来い』 亀彦『皆サン大きに憚りさま。上から暗くて見よまいが、立派な段梯子が刻んであるわ、アハヽヽヽ』 と笑ひながら悠々として井戸から登つて来た。 岩彦『こいつ一杯喰された。イヤ此方が臨時議会まで開いて大騒動をやつて、沢山の機密費を使つたのは、吾々の方が陥穽に放り込まれたやうなものだ。有もせぬ脳味噌から機密費を絞り出して馬鹿らしい。この度の議会は歳費五割増だ。アハヽヽヽ』 斯く笑ひさざめく折しも、前方に当つて何とも形容の出来ないやうな異声怪音頻りに一同の耳朶を打つ。 不思議や一行の身体はその響と共に、電気にでも感じたやうに、身体の各部に震動を感じ、やや痳痺気味になつて来た。 鷹彦『ヤア、此奴は大変だぞ、オイオイ皆の者、緊褌一番、大に活動すべき時期が切迫した。何はともあれ、神言だ神言だ』 一同は声をそろへて、天津祝詞を奏上する。 (大正一一・三・一七旧二・一九加藤明子録) |
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霊界物語 | 13_子_フサの国・半ダース宣伝使 | 13 上天丸 | 第一三章上天丸〔五三九〕 声『神が表に現はれて善と悪とを立別ける 醜の窟に入り来る三五教の宣伝使 鼻息荒き鷹彦や固そに見えて和らかき 岩彦亀彦駒彦が音に名高き布留野原 これの窟に迷ひ来て千尋の深き陥穽に 二度吃驚の為体あゝ痛ましや痛ましや 是から先は真暗黒幾百千とも限りなき 醜の曲津の群りて汝が生命は嵐吹く 颶風に向ふ灯火の消え入るばかり身魂をば いろいろさまざま嘖まれ二度と帰らぬ根の国の 旅路をなすが気の毒ぢやわれは窟を守る神 汝等一行憐れみて生命救けむその為に 此処に現はれ気をつける気をつけられるその時に きかねば後は何うなろとわれは構はぬ憐みの 心を以て告げてやるあゝ叶はぬぞ叶はぬぞと 魂消て腰をぬかすより一時も早く元の道ヘ 踵を返して退けよ。ウヽヽ、ルヽヽ、サヽヽ、イヽヽ』 と云つた限り異声怪音はピタリと止まりける。 梅彦『オイ皆の連中、一寸ここで相談をして見ようか。勢に任して軽々しく進むは智者の為す可き所では無いぞ』 岩彦『エーナアンだ。弱音を吹きよつて一体貴様は何を目標に、ソンナ卑怯な事を云ふのだ。声が怖ろしいのか、声が恐くつて雷の鳴る世の中に生きて居れるか』 梅彦『声が恐いのぢやないが、その声の主をよく探究して、その上に策戦計画をやらうかと云ふのだ』 鷹彦『何かまふものか。何れ悪魔の巣窟だ。これ位の余興がなくては進撃するのも張合がないワ』 梅彦『進撃すると云つたつて此の隧道は馬鹿に闇いぢやないか』 岩彦『闇くても構ふものか。いはゆる暗中飛躍だ。百鬼暗行の岩窟だもの、此方も厄鬼となつて対抗運動をやれば、夫れで好いのだ』 幽か向方に稍光の有る円き穴が見え初めた。 岩彦『オイオイ、モウ先が見えた。兎も角あの明い穴を目標に進むことにしよう』 頭上の岩石は猛烈なる音響を立ててウヽヽヽと唸り始めた。鼓膜が破裂しさうな巨音である。一同は耳に指を当て乍ら一目散に円き光を目標に進み行く。漸う此処に着いて見れば、眼の届かぬばかりの広場がある。さうして上面は雲が見えてゐる。四辺は幾千丈とも知れぬ岩壁を以て囲まれありて、坦々たる大道は四方八方に通じゐたり。 鷹彦『ホー、此処は天の八衢のやうな所だ。お前達は、マア悠乎と相談をして是から本当の妖怪窟へ進撃して呉れ。俺は暫らく御免を蒙る』 と言ふより早く背の両翼を左右にひろげ、羽ばたきし乍ら中空に舞ひ上り、この窟を脱出して了つた。 岩彦『アヽ日の出別には捨てられ、魔性の女には遁げられ、鷹彦は帰つて了ひ、是から前途遼遠暗澹と云ふ所になつて、吾々五人が振り残されたのだから、この先はよほど注意をせなくてはいかぬぞ。少し気の利いた奴が居ればよいのに、ガラクタばつかり残つて居るものぢやから、如何にも斯うにも策の施しようがないワイ』 音彦『コラ岩公、失敬なことを云ふな。粕ばつかりとは何だ。残りものに福があるぞ。もう斯うなれば力にするのは神ばつかりだ。サーサ天津祝詞だ』 と云ひ乍ら音彦は墜道に端坐して祝詞を奏上する。四人も続いて一生懸命になつて合唱して居る。何処ともなく天空を轟かし来る天の鳥船は、五人の端坐する前に爆音すさまじく降下した。中より日の出別命、鷹彦、以前の女の三人現はれ来り、 日の出別『ヤア皆さま、ご苦労であつた。巌窟の探険はこれで終結だ。此の岩壁を到底人間として攀ぢ登る訳にも行かないから、迎ひに来たのだ、サア早く乗つたがよからう』 岩彦『これはこれは、何から何までお気つけられまして有難うございます。流石は日の出別命さまだ。人に将たるものは斯うなくてはならぬ道理だ』 鷹彦『オイ岩公、うまいな、巧妙な辞令だ。この八衢は斯う見えても、これが少し行けば皆行き詰つてゐるのだから、未練を残さず早くこの船に乗つたらよからう』 岩彦『誰がコンナ怪体な巌窟に未練があつて堪るか。天女のやうな女神さまと一緒に天の鳥船に乗つて、天国へ遊行するかと思へば実に有難い。サア皆の者早く乗らうかい』 と云ひ乍ら五人はヒラリと飛び乗つた。 又もや鳥船は巨大なる爆音の響と共に、何処とも無く天空に姿を隠しける。 (大正一一・三・一八旧二・二〇外山豊二録) |
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霊界物語 | 13_子_フサの国・半ダース宣伝使 | 15 蓮花開 | 第一五章蓮花開〔五四一〕 音、亀、駒の三人は、荒野ケ原を西北指して進み行く。傍の丈なす草原の中より現はれ出でたる五六人の怪しの男、大手を拡げて四方を取囲み、 男『ヤイ、何処の奴か知らぬが、此処を何と思つて踏ん迷うて来たか、サア所有物一切を悉皆此処へ、おつ放り出して赤裸になれ。さうすれば生命丈は助けてやらう』 音彦『何吐しよるのだ、泥棒奴が、情ない奴だナア。大きな図体をしよつて、人の物を盗らねば生活が出来ないとは、何といふ因果の生れ付だ。一体貴様は何と云ふ奴だい』 男『俺は蟒の野呂公さまだい』 音彦『道理で、のろのろしてけつかるワイ、この辛い時節に労働もせずに、遊んで食ふと云ふ様な悪い了見を出すな』 野呂公『何を古い事を言ふのだ。是でも当世向の新しい男だぞ。今の人間に泥棒根性の無い奴が、一匹でも半匹でもあるかい、鬼と賊との世の中だ。ナンダ貴様は、宣伝使面をしよつて、偽善者の骨頂奴が。馬の顔にハンモックを附けた様な長いシヤツ面をしよつて………貴様もやつぱり顔ばつかりぢやない、手も足も長い、手長彦や長髄彦の眷属だらう』 音彦『何を吐しよるのだ、マア俺の宣伝歌を、落着いて聴聞しろ』 野呂公『貴様は、神だとか、道だとか、善だとか、悪だとかほざきよつて、世界の人間を圧制に廻る宣伝使だらう。チツト頭脳が古いぞ、是程民衆運動の盛んな世の中に、守旧的な事を言つても、通用せないぞ。吾々は、貴様のやうな奴を、ケープスタンぢやないが、片つ端から一所へ巻き寄せて、ガタガタと片付ける積りだ。通常の泥棒だと思ふな。斯う見えても選を異にして居るのだぞ』 音彦『ア、ナント危ない原野だ。全然浮流水雷の濫設した中を、超努級艦が航海してる様なものだ。………ヤイ浮流水雷!、こちらも探海船があるぞ。爆発さしてやらうか』 野呂公『ヘン何を吐しよるのだい。ベンチレータの様な鼻をしよつて、鼻々以て不恰好千万な、鼻息ばつかり荒くても、石油の空缶ぢやないが、風が吹いても散る様なビクビク腰で……ナアンだ、蟇に池の底へ放り込まれよつて…………』 音彦『ナニ、蟇に抛り込まれた?、貴様どうして知つてるのだ』 野呂公『アハヽヽヽヽ、それだから貴様の宣伝使は零点と云ふのだ』 音彦『ソンナら貴様は一体何者だ』 野呂公『蟇の現実化したのが、蟒の野呂さまだよ』 音彦『オーさうか、貴様蛙なら、裸体で暮して居ればよいのだ。何故に此方の御衣服が必要なのだ、………オイ亀公、駒公、しつかりしよらぬかい。俺ばつかりに交渉させよつて、貴様はそれでいいのか、冷淡至極な奴だなア』 亀、駒『オイ音サン、お前は身魂の因縁で、難局に当らなならぬ役に生れて来て居るのだよ。吾輩は、後の烏が先になる、先を見て居て下されよだ。最後の神業に参加して、抜群の功名手柄を現はすのだよ』 音彦『二十世紀の三五教の宣伝使の様な事を言うて居やがる、なまくらな奴だナ。何時まで待つても、棚から牡丹餅は落ちては来ないぞ、天地間の真相を能く考へて見よ。霜雪を凌いで苦労をすればこそ、春になつて梅の花が咲くのだ。花が咲くから実を結ぶのだ。苦労なしに誠の花が咲くと思ふか』 野呂公『オイオイ、喧嘩の宿替は困るよ。俺をどうするのだ、俺の方から解決をつけぬかい』 音彦『八釜敷い言ふない。暫く中立を厳守して居れ』 野呂公『俺等の一部隊は六人だ、貴様の一行は僅に三人、三人を裸にした所で、帯に短し襷に長し、エー仕方がない、今回に限りて、見逃してやらう。以後はキツト心得て、改心を致すがよからう。アハヽヽヽヽ』 音彦『アハヽヽヽ、洒落やがるない。こちらが言ふ事を、泥棒の方から云つてゐよるワ』 野呂公『先んずれば人を制す、貴様の守護神が俺に憑つて言つたのだよ』 音彦『合点のいかぬ代者だ。一体全体貴様は何者だ』 野呂公『ハテ執拗い奴だナ。のろはのろぢや、貴様のやうな気楽な奴、世界を吾物の様に思つて居る体主霊従的人間をノロウのろさんだよ』 音彦『何だかサツパリ訳が分らぬ様になつて来た。兎も角、仮りに俺を資本家として、お前達を労働者とし、労資協調会議でも、この原野の中央で開いたらどうだ。原野の案だからキツト原案通過は請合だ、………アーア世の中は能うしたものだ、日の出別さまや、鷹公、梅公、岩公に棄てられたと思へば、また新しい六人の耄碌連が殖えて来た』 野呂公『アハヽヽヽ、盲ばかりの宣伝使だな、俺の正体が分らぬ様な事では、所詮駄目だ。醜の岩窟の中での探険は、到底不可能ぢやワイ』 音彦『コラ野呂公、何れ貴様は普通の奴ぢやない、何でも変つた化物だらうが、不幸にして岩窟の探険を中止するの已むを得ざる、不可抗力が加はつたものだから、中途に計画をガラリと転覆させて了つたのだ。帰つて土産がないから、貴様化者なら詳しいだらう。どうだ、俺に限つて話して呉れないか』 野呂公『話すとも話すとも、一体此処は何処だと思つてるのだい』 音彦『定つた事だい、布留野ケ原のタカオ山脈の手前ぢやないか』 野呂公『サア、それだから馬鹿だよ、此処はやつぱり、醜の岩窟の中心点だぞ』 音公は眼を擦り、能く能く四辺を見れば、岩窟が四方八方に開展して居る。 音彦『オイ亀公、駒公、貴様どう見える』 亀彦『さうだなア、何だか、岩窟の中のやうな気もするワイ』 駒彦『ホンに、睡とぼけて居たらしい、夢ではなからうかナア』 野呂公『左様なら……』 と云ふかと見れば、野呂公外五人の姿は消えて巌窟は白煙に全然包まれて了つた。忽ちボーとした円い光が現はれた。 駒彦『ヨー変なものが顕現したぞ、用心せよ。是から先に、ドンナ不思議な事が続出するか測定し難い、先づ身魂の土台をぐらつかせぬ様に、天の御柱を確乎立てて進む事にしようかい』 音彦『貴様は神経過敏だから、直にさう云ふ深案じをするのだ、何事も惟神だ、刹那心だ。行く所まで行かねば分るものぢやない。取越苦労は禁物だ』 駒彦『ヤアヤアあれを見よ、何だか彼の玉の中には、綺麗な顔が見えるぢやないか、全然木花姫の様な御面相だぞ』 音彦『ヨー、本当に、容色端麗、桜花爛漫たるが如しだ。最前出現した野呂公に比ぶれば何となく気持が良いワ』 美女の影は瞬く間に、全身を露はし、手招きし乍ら、三人を一瞥して、足早に何処ともなく走り行く。 音彦『ヤア、此奴は素的だ。白煙に包まれて、たうとう姿を見失つたが、吾々はどうでも其踪跡を探索し、モ一度面会して、事の実否を糺したいものだ』 亀彦『美人だと思つて居ると、当が違つて、四つ目小僧のお化かも知れぬぞ。そこになつてから……ヤアやつぱり是は別嬪ではナイスなんて云つた所で、ガブリとやられてからはどうも仕方がない。慎重の態度を以て漸進的に進む事だ。サアサア足許に注意し、この処徐行区域だ』 音彦『それでも吾輩に向つて手招きをし、あの美しい柳の眉の涼しき電波を送つた時は、何とも云へぬ電気に打たれた様な恍惚たる次第なりけりだ。阿片煙草に熟酔した時の様な気分に襲はれたよ』 亀彦『電波といふ事があるかい、秋波の間違だらう』 音彦『秋波と云ふのは、それは古い奴の言ふ事だ。二十一世紀の人間は気が早いから、電波は一秒時間に地球を七回半すると云ふ速力で、以心電心「ネー音サン」とも何とも云はずに往つた時の容子と云つたら、有つたものぢやない。あの涼しい眼をジヤイロコンパスの様にクルクルと廻して、目は口程に物を言ひ……とか云つて、二十世紀の人間の様に、口で物言ふ様な古めかしい事はやらない、流石は文明的だ。一分間に八千回転といふ恋の速力だから、最も破天荒のレコード破り……アーア色男になると煩さいものだワイ』 駒彦『アハヽヽヽ、何寝言を言つて居るのだ、頭から冷水でも被せてやらうか、チト春先でボヤボヤするものだから、逆上して居よるのだナ』 音彦『それでも、事実は事実だから、如何ともする事が出来ぬぢやないか。恋に苦労した事のない貴様は、門外漢だ、マア黙つて居るがよからう。近代思潮に触れない、旧思想人間に、恋が語れるものかい。恋には上下貧富美醜善悪の区別がないものだ、エツヘン』 亀彦『アハヽヽヽ、コンナ訳の分らぬ魔窟へ入つて来て、ソンナ能い気な事を言つてる所ぢやあるまいぞ。寸善尺魔だ、何が出て来るか知れやしない。チツトたしなんだが宜からう』 音彦『アー、何だか没分暁漢ばかりと旅行して居ると、気分が悪くなつて、頭に脚気が起り、足に血の道が起つて来て、足は頭痛がする、頭は腹痛がする、実に不快千万だ。マアマア世の中は酒と女だ、女の事を言つてる間にでも、コンパスが進むのだ。長い道中に、堅苦しい事ばかり言つて居つて、御用が勤まるかい』 亀彦『苟くも宣伝使たる者は、女だの、酒だのと言ふ事は、仮りにも口にすべきものでない、穢らはしいワイ。モチツト真面目にならないか、世間の奴に誤解される虞があるぞ』 音彦『それは杞憂だ。寛厳宜しきを得、伸縮自在、変幻出没極まりなくして、始めて神業が完成するのだ。路端に涎掛を何十枚も首に掛て居る様な、無情無血漢では、混濁せる社会の人心を救済する事は、到底不可能だ。操縦与奪其権我に有りと云ふ態度を以て、衆生を済度するのが、三五教の御主意だ。枯木寒巌に凭る、三冬暖気無しと言ふ様な、偽善的頑迷不霊の有苗輩では、どうして完全に神業が勤まると思ふか。貴様の堅い亀の甲をもぎ取つて、少しく軟化せなくつては、勤まりつこはないぞ。竜宮の一つ島の宣伝の様な失敗だらけに終らねばなるまい』 この時白煙は俄に消散し、広き隧道内は、又もや明るくなつて来た。 音彦『ヤア、女ならでは夜の明けぬ国、天の岩戸も、音サンの言霊で、サラリと開いた、開いた開いた菜の花が開いた、蓮草の花も開いた、天明開天だ、アハヽヽヽ』 (大正一一・三・二〇旧二・二二松村真澄録) |
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霊界物語 | 13_子_フサの国・半ダース宣伝使 | 19 馳走の幕 | 第一九章馳走の幕〔五四五〕 音彦、亀彦、駒彦の三人は、出雲姫に誘はれ、足を早めて漸くタカオ山脈のコシの峠の麓に着いた。此処には巨大にして平面なる数個の岩石があり、峠の両側に竝立して居る。日の出別命を初め、鷹彦、岩彦、梅彦はその中の最も巨大なる岩の上に、足を延ばして寝転び休らい居る。 出雲姫『音彦様、その他の方々、サゾお疲労でせう。これがコシの峠の登り口で御座います。日の出別の宣伝使一行は、今お睡眠中ですから、お目の覚める迄、静かに此処で、あなた方も足を延ばして御休息下さいませ。妾は少しく神界の御用の都合に依りて、一足お先へ参ります。また後ほどフサの都でお目にかかる事に致しませう』 と言ひ遺し、足早に峠を登り行くその早さ、 音彦『ヤアナンダ、折角美人の道連が出来たと思へば、コンナ処でアリヨウスを喰はされて、奴拍子の抜けた事だ。天の磐船から何時の間にか、吾々三人を墜落させよつた腹癒せに、日の出別を初め一行の連中に対し、報復手段を、講究せなくてはならうまい』 亀彦『ヤア幸ひ羽の無い磐船の上に、四人がゴロリとやつて居るのだから、ナントか一つ嚇かしてやらうかなア』 駒彦『コラ措け措け、日の出別の宣伝使は、神変不可思議の神徳を所持して居るから、反対に吾々がやられるかも知れやしない。先づおとなしくして下から出て、マ一度ご保護を受ける方が、賢明な行方だよ』 音彦『それでもあまり吾々を馬鹿にしよつたから、何とかして、吃驚をさしてやらねば虫が得心せぬぢやないか』 亀彦『貴様は三五教の宣伝使ぢやないか。宣伝使が未だソンナ卑劣な根性を保留して居るのか』 音彦『アハヽヽヽ、亀公、貴様は馬鹿正直な奴だ。誰がソンナ心を持つて居るものか、あまり嬉しいから、一寸貴様がどう云ふか心を曳いて見たのだ。神はトコトンまで気を引くぞよ、改心致されよ、改心ほど結構な事はないぞよ』 亀彦『アハヽヽヽ、何を吐しよるのだ』 音彦『岩に松の堅い神代が造られて、日の出の守護と致すぞよ』 駒彦『岩の上に、日の出別命が寝て居るぢやないか、もはや松の世は建設されたやうなものだよ』 音彦『巌に松が生えて、日の出の守護になるといふ瑞祥だ。どうぞ日の出別神様は、これなりに眼を覚さず、蒲鉾板の様に岩を背中に負うて、何時までも竪磐常磐に御守護して下さらば、世界の人民が勇んで暮す五六七の世になるけれどなア。ワツハヽヽヽ』 駒彦『岩の上に岩公が、フンゾリ返り、鷹公が高鼾をかき、梅公がウメイ塩梅で、スウスウとスウさうな鼻息をして睡眠んで居ると云ふのも、神代の出現する瑞祥だアハヽヽヽ』 音彦『そこへお出になつたのが音サンだ。コンナ結構な神徳は、亀の齢の亀サンぢやないが、千年も万年も御神徳を音サン様にして、身魂を研くと云ふ前兆だ。困つたのは駒公だ………イヤ困るのは駒サン計りでない、ウラル教の守護神、八頭八尾の大蛇と、金毛九尾のコンコンサンだ………』 駒彦『馬鹿にするない、俺計り継児扱ひにしよつて………コシの峠を越すのは、駒サンの御用だ、何程足が痛いと云つても、駒サンがヒーンヒンヒンと、一つ鼻息を荒くし足掻を行つたら、スツテントーと、大地へ空中滑走の曲芸を演じ、この深い谷底へ着陸し、プロペラを粉砕して、吠面をかわかねばならぬのは、今に一目瞭然だよ』 音彦『峠に掛つたから、駒サンが敵愾心を起し、奮闘する様に、一寸駒に鞭つて見たのだ。決して悪い気で云つたのぢやない。神直日大直日に見直し聞直し、凡ての事を善意に解釈するのだ。痩馬の様に、営養不良神経過敏な面をして居るから、一つ春駒の勇むやうにヒントを与へたのだよ』 駒彦『何を吐しよるのだい。貴様等の盲目漢が、吾々の人格をヒントする資格が有るかい。屁なつと喰うとけ………駒サンの尻からヘイヘイハイハイと云つて、ドウドウ(同道)すれば良いのだ。アハヽヽヽ』 音彦『音高し音高し。折角日の出別命が、積日の疲労を休養して御座るのに、お眼を覚しては済まないぞ。チット音なしくせぬかい。貴様は人情を解せない奴だよ』 駒彦『どうぞ音なしく、この場の結末は音便に願ひます。それにしても日の出別命様は、特別待遇として、岩公の奴、ナントか一つ悪戯をやらないと景物がないぢやないか』 岩彦『古池に飛込んで、脂を取られた音公、化玉に出会つて、魂をひしがれた駒公、亀公未だ改心が貴様は出来ぬか』 音、亀、駒一時に、 音、亀、駒『ヤー此奴あ狸寝をやつて居よつたな、油断のならぬ奴だ。これだから現代の人間は油断が出来ぬと云ふのだ。岩公の寝の悪さ、見られた態ぢやないワ。一方の目を塞ぎよつて、一方の眼を猟師が兎でも狙ふ様に、クルリと開けて眠てる奴は、どうせ碌な奴ではない。此奴は横死の相がある、可哀相なものだ。寝る時にはグツタリと寝、起きる時には潔く起きて活動するのが人間の本分だ。こいちや因果者だから、半分寝て半分の目は起きて居やがる』 駒彦『定つた事よ、右の眼はウラル教、左の眼は三五教だ。まだ守護神が改心せぬと見えてウラめし相に、片一方の目は団栗の様な恰好して睨んでけつかるのだ。………オイ岩公、良い加減に起きぬかい』 岩彦『グウグウ…………』 音彦『ヤアナンだ。寝言ぬかしてけつかつたのだナア。それにしても、目を開けて寝る奴は厭らしいぢやないか』 亀彦『さうだ、本当に厭らしい。どうぢや、片一方の目を剔出してやつたら本当に改心するかも知れないぞ。三五教の北光神の様に「あゝ有難い神様、私はまだ一つの目を与へて貰ひました」ナンて言ひよれば、本当に改心をしてるのだが………一つ改心の有無を試験してやらうか』 駒彦『ソンナ事をしたら、日の出別命様にお目玉を頂戴するぞ』 音彦『お目玉を一つ頂戴すれば返してやれば良いのぢやないか。三人が一つ宛貰つたら、まだ二つ余るといふ勘定だ。アハヽヽヽ、………オイどこぞ其処らに竹片でもないか、一寸探して来い』 駒彦『岩公の目は岩目と書く。眼目を無くしては宣伝使が勤まろまい』 音彦『ナニ所存の片目ぢや。岩の信仰を岩の如く片目と云ふ洒落だ』 亀彦『目惑千万な事だ。どれ、其処らにないか探して来てやらうか。併し夫れ迄に緊急動議がある』 駒彦『緊急動議とは何だ』 亀彦『北光神は、覚醒状態で目を突かれたのだ。岩の上に端座して、三五教の教理を説いて居る時に突かねば、騙討は卑怯だぞ。寝鳥を締める様な悪逆無道は、宣伝使の為すべき事ではあるまいぞ』 音彦『そらさうだ、一つ起してやらうかい』 と云ひ乍ら、岩公の足をグイグイと引つ張る。 岩彦『ダダ誰だ、俺の足をひつぱる奴は、大方音公だらう。北光神の様に片目にしてやらうかい、ナア音公、グウグウムニヤムニヤ』 音彦『ヤア怪体な奴ぢや、やつぱり此奴は半眠半醍状態だ。自己催眠術にかかりよつて幻覚でも起して居ると見えるワイ』 鷹彦『アハヽヽヽヽ』 梅彦『ウフヽヽヽヽ』 亀彦『ヤア一時に覚醒状態になりよつたなア』 鷹彦『オイ貴様等三人は、何処を間誤ついて居つたのだ。貴様等の顔はなんだ、蜘蛛の巣だらけぢやないか。いつ手水を使うたか分らぬ様な面付しよつて、その態は一体どうしたのだ』 音彦『曖昧濛糊として訳が分らぬやうになつて来たワイ』 鷹彦『狸穴にひつぱり込まれよつて、ナニ今頃に寝言を云つてるのだ。此処はどこだと思つてるツ』 音彦『どこだつて、此処ぢやと思つてるのだ』 鷹彦『此処は定つてる、地名は何だ』 音彦『知名の士は、鷹公、梅公、岩公、日の出別の宣伝使だ』 鷹彦『馬鹿、所の名は何処だと云うのだ』 音彦『所の名は、やつぱり所だ』 鷹彦『今は何時ぢやと思つとる』 音彦『定つた事だ、昨日の今頃とは、言ふ間丈遅いのだ』 鷹彦『オイ岩公、起ぬか起ぬか、三人の奴、ド狸に魅まれて来よつて、蜘蛛の巣だらけになつて、催眠術にかかつた様な事をほざきよるのだ。一寸やそつとに、覚醒する予算がつかぬ、強度の催眠状態だから。一つ貴様と協力して片一方の目を剔つてやつたら、チツとは気が付くだらう』 岩彦『そら面白からう。吾輩の目の玉を抜いてやるなんて、明盲奴が最前から岩上会議をやつて居よつたのだ。オイ音公、亀公、駒公、目を出せツ』 音彦『この頃は春先で、何処の草木も沢山に芽を出して居るワイ。ナンダか頭がポカポカして来だした。アハヽヽ』 鷹公は三人の前にスツと立ち、プウプウプウと霧水を、面上目がけて吹きかけた。三人は初めて吃驚し、 三人『ヤア此処はどこだ。岩窟の中ぢやないか』 とキヨロキヨロ見廻す。琵琶の声は幽かに聞えて、奥の方より玉の中から現はれた美人の顔に酷似の主が琵琶を抱へ乍ら、ニコニコとして現はれて来た。三人は附近をキヨロキヨロ見廻せば、日の出別の宣伝使の姿も、その他三人の影も、巌も何も無い。以前の石畳をもつて繞らしたる岩窟内の女神の屋敷であつた。 音彦『ヤア夢とも現とも何とも訳が分らぬぢやないか。やつぱり醜の岩窟だけの特色が有るワイ』 三人は目を見張り、首を傾けて怪訝の念に打たれ、両手を組み、青息吐息の態にて、一言も発せず、沈黙を続けて居る。琵琶を抱へた美人は、しとやかに襠姿の儘、三人の前に静かに座を占め、 美人『コレハコレハ三人の宣伝使様、能くも妾が茅屋を御訪問下さいました、嘸々お腹が空いたで御座いませう。蜥蜴の吸物に百足のおひたし、蛙の膾に蛇の蒲焼、お口に合ひますまいが、ゆるりとお食り下さいませ。コレコレ松や、春や、お客様に御膳を持つて来るのだよ』 音彦『イヤー、モシモシ滅相な。蜥蜴や百足、蛙、蛇、ソンナ御馳走を頂戴いたしましては、冥加に尽きまする。どうぞ御構ひ下さいますな』 美人『オホヽヽヽヽ、お嫌ひとあれば仕方が御座いませぬ。然らばなめくぢのつくり身に、蚯蚓の饂飩でも如何で御座いませう』 音彦『イヤ、コレハコレハ一向不調法で御座います。どうぞ御心配下さいますな。このお宅は何時もさういふ物を召しあがるのですかなア』 美人『ホヽヽヽヽ、妾は蛙が大好物ですよ』 音彦『オイオイ亀公、駒公、どうやら此奴ア怪しいぞ。ノロノロと違うか』 美人『ホヽヽヽヽ、妾の夫は蟒の野呂公と申します』 音彦『ヤア失敗つた、野呂公の奴、到頭計略にかけよつて、コンナ岩窟の中へ引つ張り込みよつたのだらう、油断の出来ぬ奴だ。斯う立派な邸宅と見えて居るが、どうやら、フル野ケ原の草茫々と生えたシクシク原ではあるまいかな。オイ亀公、駒公、一寸そこらを撫でて見よ、立派な座敷の様なが、ヒヨツとしたら芝ツ原かも知れぬぞ』 美人『イヤお三人のお方、御心配下さいますな。………あなた方は醜の岩窟の探検はどうなさいました』 音彦『醜の岩窟の、いま探険最中だ。岩窟の中かと思へば、野ツ原のやうでもあり、野原かと思へば、岩窟の中でもあり、何が何だか、一向合点が承知仕らぬワイ。ナンでも貴様は大化物に相違ない。もう斯うなつた以上は、ウラル教の地金を現はし、双刃の劔の刄の続く限り、斬つて斬つて切りまくり、荒れて荒れて暴れ廻り、汝等が化物の正体を、天日に曝して、天下の禍を断つてやるから、覚悟を致せ』 美人『ホヽヽヽヽ、あのマア音サンの気張り様、苧殻に固糊をつけたやうな腕を振りまはして力味シヤンス事ワイナ。肝腎の身魂も研けずに、腹の中に………イヤイヤ腹の岩窟に、沢山の曲津を棲息させて、足許の掃除もせずに、おほけなくも、醜の岩窟の悪魔退治とお出掛なさつた、心根がいじらしう御座ンす。ホヽヽヽヽ』 亀彦『エー言はして置けば、ベラベラ能う囀る野呂蛇奴が、人を馬鹿にするな。一寸の虫にも五分の魂だ。一寸刻の五分試し、思ひ知れよ』 と双刃の劔に手をかけて立上らむとし、 亀彦『アイタヽヽヽ、ナンダ、床板が足に固着して了つた』 美人『亀サン、それはお気の毒さま、床板に足が固着しましたか。コチヤ苦にならぬ、コチヤ構やせぬ。ホヽヽヽヽ』 亀彦『エーもう斯うなる上は、破れかぶれだ。覚悟を致せ。オイ駒公、しつかりせぬかい。この阿魔女を、俺に代つてブスリとやるのだ』 駒彦『八釜しう云ふない、俺の身体は、信神堅固なものだ。首から下は斯ういふ場合に天然的にビクとも動かぬ一大特性を、完全に具備して御座るのだよ』 亀彦『何減らず口を吐しよるのだ。貴様は身体強直したな』 駒彦『吾輩の身心は鞏固不抜なものだ、ビクとも致さぬ某だ』 亀彦『ヤイ音公、貴様なにマゴマゴしてるのだ。二人の敵を討たぬかい』 音彦『敵を討てと云つたつて、堅木所か、松の木も、杉の木も生えて居ないぢやないか。難きを避けて易きに就くが処世の要点だよ』 美人『ホヽヽヽヽ、モシモシお三人様、あなた様は三五教の宣伝使丈あつて、随分お堅いお方、あなたの肝腎の霊も、霊肉一致して堅くなつて下さらむ事を希望いたします』 亀彦『エー放つときやがれ。オーさうだ、良い事を思ひ出した、神言だ。悪魔調伏の唯一の武器を所持して居るこの方を、ナント心得とる。サアこれから言霊の乱射だぞ。生命の惜い奴は、一時も早く逃げたがよからうぞ』 美人『ホヽヽヽヽ、あなたの言霊は、三味線玉ですよ。ソンナボンボン三味線でも、神力が現はれますかな』 亀彦『エー八釜しいワー、最前も貴様の宅の石門を開いた、現実的経験があるのだ。吾輩の言霊を敬虔の態度を以て、経験の為に聴聞を致せ』 美人『オホヽヽヽ、どうぞ聴聞さして下さいませ。妾が為に頂門の一針、あなたの為にも前門の狼後門の虎、随分御用心なされませや』 亀彦『エー人を馬鹿にして居よる、………オイ音サン、駒サン、言霊の一斉射撃だ。鶴翼の陣を張つて、一声天地を震憾し、一音風雨雷霆を叱咤する、無限絶対力の天津祝詞の太祝詞、善言美詞の言霊の発射だよ』 音彦『タ、タ、カ、カ、タカ、ヒ、ヒ、ヒ、コ、ニ、ホ、ホカサレ、ヒ、ヒノデノ、ワケニ、ス、ステラレ…………』 亀彦『オイ音公、何を吐しよるのだ、「高天原」を言ふのだぞ』 音彦『ナンだか知らないが、自然的に脱線するのだ』 美人『ホヽヽヽヽ、モシモシ音サン、亀サン、駒サン、あなた方は何がお商売で御座いますか』 音彦『いまさら尋ねるに及ばぬ、勿体なくも、三五教の宣伝使の御一行だ。この方の被面布が目に着かぬか、盲女奴』 美人『被面布は、どこに御所持で御座います、お頭にも懸つて居らぬ様ですが』 音公は頭へ手をあげて見て、 音彦『ヤア何時の間にか消滅して了ひよつた。………オイ亀公、駒公、貴様等の被面布はどうした』 亀、駒『ヤア吾々も何時の間にか、過激な労働をしたので、磨滅して了つたらしいワイ』 美人『ホヽヽヽそれでは、三五教の宣伝使も被免になりませう。お気の毒さま』 音彦『エーけつたいの悪い、一体此処はどこだ。モウ吾輩も兜を脱ぐから、魔性の女、斯う五里霧中に彷徨つては仕方がない。頭からカブリなと呑みなと、勝手にせい。俺の身体は全部貴様に任した、エー棄鉢だツ』 美人『ヤア三人のお方、そこまで行つたら、あなたの臍下丹田も、岩戸が開けました、能う改心して下さいました。此処はフル野ケ原の醜の岩窟の中心点、木花咲耶姫命が経綸の聖場、高照姫神の堅磐常磐に鎮まり給ふ岩窟第一の珍の御舎で御座います。サアサアこれから妾が先達となつて、この岩窟の探険を首尾能く終了させませう。決して執着心を、又もや持たぬ様に、今の心になつて神業に参加して下さい。この先種々の怪物が現はれても、必ず御心配なされますな。生命を棄てると云ふ御考へならば、ドンナ難関でも、無事に通過が出来ますから………サア斯う定つた以上は、一時も早く当館を御出立遊ばして、醜の岩窟の修業場を巡回して下さい。何れ日の出別の宣伝使にも、その他の方々にも、この岩窟内で御対面が出来ませう、左様なら』 と徐々と襖を開いて奥の間に姿を隠したりける。 音彦『アヽ随分吾々の身魂は、種々の残滓物が蓄積してると見えて、散々な目に会はされたが、何だか生れ変つた様な心持になつた。気分も晴々として来た、サア是から醜の岩窟の探険だ。あまり日の出別の宣伝使を依頼にするものだから、妙な幻覚を起したり、迷うたのだ。改めて神言を奏上し、岩窟の探険と出掛ることとしようかい』 亀、駒『左様で御座います。結構さまで御座います。謹んでお伴を致しませう』 音彦『アヽあなた方も、是で善言美詞の言霊が使へる様になつて来ました、私もどうぞあなた方のお力を借つて、共に岩窟の修業をさして頂きませう。サア皆さま参りませう』 と今までの野卑な言葉を改め、心より清々として、三人は岩窟の探険に出かける事となりける。 (大正一一・三・二一旧二・二三松村真澄録) |
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霊界物語 | 13_子_フサの国・半ダース宣伝使 | 20 宣替 | 第二〇章宣替〔五四六〕 音彦、亀彦、駒彦の三人は、臥竜姫の館を後に見て、又もや巌窟内の探険に出かけた。九十九折の或は広く、或は狭く、或は天井高く、或は低き石径を宣伝歌を歌ひ乍ら、勇ましく進み行く。 音、亀、駒『神が表に現はれて善と悪とを立別ける この世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直せ聞直せ 身の過ちは詔り直せ醜の窟の曲神を 吾等三人の宣伝使言向和し神の世を 堅磐常磐に立てむとて進み来りし其の間に 何時か誇りの雲覆ひ心は暗き闇の道 誠の道を踏み迷ひ夢に夢見る心地して 心たかぶる其の儘に磐樟船に乗せられて 九天高く昇りつめやつと安心する間なく 喜び消えて夢の間の荒野ケ原に踏み迷ひ 得体の知れぬ野呂サンに寂しき野辺に廻り合ひ 荒き言葉のその中に神の恵みの玉の声 含みあるとは知らずして肩臂怒らし進み行く わが身の程も恥しき夢か現か幻か 心の暗きわれわれは黒白もわかぬ闇黒の 再び窟の人となり醜の身魂の数多く 前後左右に飛び廻る中を切り抜けやうやうに 光を三叉の道の角思ひがけなく衝当る 痛さは痛し胸の闇得体の知れぬ弥次彦や 酒も飲まぬに与太彦の二人の男に出会して 開き兼たる石の門天津祝詞の言霊に さつと開いて眺むれば果しも知らぬ長廊下 一目散に進み行く行けども行けど果しなく 心の駒の逸る間に行き詰りたる岩壁に はつと気がつき眺むればこは抑も如何に大空に きらめく星の数多く怪しみゐたる折柄に 玉をあざむく優姿いづくの方か出雲姫 フサの都に進まむと先に立ちてぞ出て行く 吾等三人の宣伝使コシの峠の麓まで 到りて見ればこは如何に日の出の別の宣伝使 鷹彦岩彦梅彦の四人千引の岩の上に 白河夜船の夢結ぶあゝ嬉しやと思ふ間も あらしの音に目を醒しよくよく見ればこは如何に 臥竜の姫の住ひたる奥の一間に端坐して 蜥蜴蚯蚓や蛇蛙見るも穢きなめくぢり 蚯蚓の馳走を与へむと貴の女神にすすめられ 遠慮会釈の折柄に三人の身体は鉄縛り 手足も自由にならぬ身のいよいよ生命を捨鉢の 決心したる折柄に臥竜の姫は忽ちに 優しき笑顔を現はしつ水も漏さぬ善言美詞 宣り聞されし嬉しさに衿の夢も何処へやら 直日の身魂輝きてここに館をいづのめの 神の身魂となりそめし三五教の宣伝使 そしり言の葉吹き払ひみやび言葉の神嘉言 詔り直し行く勇ましさ朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるともたとへ大地は沈むとも 窟の曲津多くとも神の賜ひし言霊に 言向和し三五の神の教を縦横の 錦の機の此の仕組仕へまつらむ宣伝使 あゝ面白し面白し心は勇む岩の道 岩より堅き鋭心の大和心を振り起し 伊都の雄健び踏健び進みて行かむ神の道 進みて行かむ神の道』 と歌ひながら、岩窟内の十字路に着いた。この時前方より現はれたる三人の男、 岩彦『オー貴様は音公に亀公、駒公、何処にまごついて居よつたのだい。馬鹿野郎だな。俺たち三人は貴様の行方を探して、幾度この八衢の隧道を廻つたことか知れやしない。一体何をぐづついとつたのだい』 音彦『ハイ、コレハコレハ岩彦サンでございますか。誠に誠に御心配をかけまして済みませぬ。私は日の出別命様の磐船に、あなた方と一同に乗せられて雲の上に上げられ、ヤレ嬉しやと思つて居りましたが、豈図らむや何時の間にか草茫々と生え茂る荒野ケ原に、吾々三人は振り落されてゐました。あなた様三人は何うして居られますかと、今の今まで心配をして居りましたが、マアマア御無事な御一行の御顔を拝しまして、これ位嬉しいことはございませぬ。これも三五教の神様の全くの御引合せ有り難うございます』 岩彦『ナアンダ。俄に御丁寧な言葉を使ひよつて馬鹿にするない。礼に過ぐれば却て無礼だといふことを知らぬか。打つて変つた貴様の態度、気が狂つたのか、但は化物か、合点の行かぬ奴だ。ナア梅公、此奴はチト変痴奇珍だぞ』 梅彦『アーさうだ。三人の奴の面を見い。営養不良、色蒼白め、身体骨立餓鬼の如しだ。巌窟内の瓦斯に酔はされよつて精神に異状を来したのだらう』 音彦『コレハコレハ岩サン、梅サン、決して御心配下さいますな。精神に異状を来したでも、何でもございませぬ。私は三五教の宣伝使でございますから、ナー亀サン、駒サン、些も気が狂つてはゐませぬなア』 亀彦『左様々々、岩サン梅サンは大変心配をして下さるさうですが、決して異状はありませぬ、御安心して下さいませ』 岩彦『オイ梅公、鷹公、ますます変だ。女郎の腐つたやうに俄に糞丁寧になりよつたぢやないか。オイ音公、亀公、駒公、貴様等は人を嘲弄するのか。あまり馬鹿にするない』 亀彦『イエイエ滅相なこと仰有いませ。決して勿体ない三五教の宣伝使様を嘲弄ナンカしてどうして神様に申訳が立ちませう。私たちは三五教を天下に宣伝する神の僕でございます』 岩彦『ますます可笑しい奴だ。なぜ貴様はさう俄に女性的になつたのだ。モ少し勇壮活溌な男性的の精神を発揮して、ベランメー口調でも使つて勇ましく噪がぬかい。勇気がなくては大事は遂行することは出来ないぞ。お正月言葉を使ひよつて、ナンダ。俄に気分が悪いやうな御丁寧な言霊を使ひよるのか』 音彦『ハイ、吾々三人は仔細あつて改心を致しました』 岩彦『改心をすれば、さう女々しくなるものぢやない。何事も神様の御保護の下に、活機臨々として天下に雄飛活躍せなくてはならないのだ。貴様は惟神中毒をしよつて、雨が降つたというては胸を躍らせ、風が吹くというては胆を潰し、灯心の幽霊のやうな細い細い精神になりよつて、ナンダ、その女々しい言霊は。ちつと確りせぬか。元気がつくやうに二つ三つ拳骨をお見舞ひしてやらうか。これも貴様等を鞭撻するための情の鞭だ』 と云ひながら、蠑螺の如き拳骨を固め三人の頭をボカボカと急速度をもつて擲りつけた。 音彦『ご親切によう思つて下さいました。何卒これからは、幾度もご注意をして下さいませ』 岩彦『アハーやつぱり此奴どうかして居よる。オイ音公、確りせぬかい。貴様は魔に犯されたのだらう。ナンダその態度は』 亀彦『岩サンのご意見は御尤もでございます。決して無理とは申しませぬ。併し乍ら私等三人は以前に数十倍の力と強味が出来ました。如何なる難事に際会しても、少しも驚かぬやうになりました。如何なる敵に向つても怯めず臆せず、善戦善闘するだけの神力を与へられました』 岩彦『オイ鷹公、梅公、一体合点が行かぬぢやないか。此奴の態度と云つたら丸で処女の如しだ。辛気臭くて、長い長い口上を列べ立てよつて、干瓢でもたぐるやうに、あた辛気臭い。骨無しの力も無い、女々しい言霊、エーゲン糞の悪い』 鷹彦『ヤア感心です。音サン、亀サン、駒サン、よう其処まで魂を研き、強うなつて下さいました。今までの三人サンとは違つて勇気も百倍いたしました。嗚呼それでこそ如何なる敵にも打克つことが出来ませう。よい修業をなさいましたなア』 音彦『ご親切に能く言つて下さいました。貴方こそ本当の宣伝使様でございます。以後は何卒お見捨なくお世話下さいますやう御願ひ致します』 鷹彦『何う致しまして、お三人様お芽出度うございます。お互様に宜しく手を曳き合うて神の道に参りませう。貴方の方からもお見捨てなく』 岩彦『ナンダ。鷹公洒落ない。人が一生懸命に力を付けてやらうと思つて居るのに、貴様は横車を押しよつて人を嘲弄するのか。愈もつて怪しからぬ醜の巌窟式だ。ナア梅公、一体合点が行かぬぢやないか』 梅彦『岩サン、それは貴方のお考へ違ひでございませう』 岩彦『オツト待つた待つた。梅の奴、貴様までが逆上して何うするのだ。これだから精神の弱い奴は間に合はぬのだ。醜の窟の半分くらゐ探険してこれだから、全部探検する迄にはすつかり軟化して章魚のやうに、骨も何も無くなつて了ふかも知れやせぬぞ。オイ皆の奴、しつかりせぬか。腰抜け野郎奴が。あゝコンナ腰抜け野郎を五疋も伴れて、この岩サン一人が奮戦苦闘強敵に当らねばならぬかと思へば、心細くなつて来るワイ。エー何奴も此奴も好い腰抜けの揃つたものだな』 鷹彦『岩サン、貴方モー少し強くなつて下されや。外ばつかり強く見えても、肝腎の魂が落ついて居らねば、まさかの時の御間には合ひませぬからナア』 岩彦『エー腰抜け奴が、自分の目にある柱は見えぬでも人の目の埃はよう分るとは、貴様等のことだ。弱味噌奴が。何を吐かしよるのだい。天が地となり地が天となる。変れば変つたものだ。弱い者を称して強者といひ、強い者を称して弱者といふ。如何に逆様の世の中だと云つても、見直し、聞き直し、詔り直しを宣伝する神の使が、さう道理を逆転させては何うして此のお道がひらけると思ふか。しつかりせぬかい。何を呆けてゐるのだ。アヽ情無いわ。エライ厄介ものを背負はされたものだワイ』 音彦『アヽ私も岩サンのやうに空威張りの上手な心の弱い御方を、神様もナント思召してか知りませぬが、背負はして下さつたものだ。これも吾々の身魂研きの為に、弱い方の標本をお示し下さつたのだらうか』 岩彦『骨無しの腰抜け、何を吐しよるのだ。女郎の腐つたやうな弱音を吹きよつて情なくなつて来たワイ。オイ鷹公、梅公、貴様も一つ、ポカンと目醒しをくれてやらうか』 鷹、梅『ハイハイ何卒よろしうお願ひ申します。どつさりと気のつくまで叩いて下さいませ』 岩彦『ハテ合点の行かぬ五人の男、此奴ア狐にいかれよつたな。コンナ弱虫を引率して悪魔との戦闘は、たうてい継続されるものぢやない。ヤーヤー困つた事になつて来た。俺も一つ思案をせなくちやなるまい。オーさうだ。解つた。今まで俺は強い強いと思つてゐたが、人を杖について助太刀を頼むと云ふ心が悪かつたのだ。その点が俺の欠点であつた。これは神様が貴様一人で活動せエ。大勢の奴を力にしても駄目だ。まさかの時になつたら此の通りだ。何奴も此奴も腰抜け野郎だ。力と頼むは自分の守護神ばつかりだ。イヤイヤ吾身を守護し給ふ元の大神様ばかりだ。人に頼るな、師匠を杖につくなといふ教があつたワイ。サア俺はモ一つ強うなつて神業に参加せなくてはなるまい。それにつけても今まで寝食を共にして来た五人連れ、俺でさへも神様から弱いと云つて戒められて居るのだから、コンナ弱味噌を吾々として見棄てて置く訳にも行かない。アヽどうかして強くしてやりたいものだ。コンナ腰抜人足を世の中へ出したならば、これほど悪魔の蔓る荒野ケ原であるから、自分一身を保護することも出来やしない。アヽ情無いことだ。大国治立の大神様、どうぞ此の五人のものを憐れみ下さいまして、貴方のお力を分配してやつて下さいませ。九分九厘といふ所で、十中の八九まで大抵の宣伝使は腰を抜かして、屁古垂れるものだが、今ここに陳列してある五人の蛸宣伝使は、目的の半途にも達せずして殆ど崩壊して了ひさうだ。せめて九分九厘といふ所までなりと、活動さしてやつて下さいませ。国治立の大神憐れみ玉へ、助け玉へ。臆病神を払はせ玉へ、清め玉へ、岩彦が真心を籠めての一生の願ひでございます。惟神霊幸倍坐世、惟神霊幸倍坐世』 音彦『アヽ岩サンのご親切、何時の世にかは忘れませう。流石は三五教の宣伝使様、よくも吾々をそこまで思つて下さいます』 亀彦『ご親切に有り難う。骨身に応へます、嬉しうございます』 駒彦『性は善なり、人には添うて見よ、馬には乗つて見よとは、よく云つたことだ。岩サンの真心が現はれて大神様の直接の慈言のやうに、嬉しう辱なう存じます』 岩彦『アヽさつぱり駄目だ。モウ何ほど祈つたつて零点だ。アヽ止みぬる哉止みぬる哉。アヽ何とせむ方泣く涙、余りのことで涙さへ出ぬワイヤイ』 鷹彦『岩サンのお心遺ひ、われわれ一統満足を致しました』 梅彦『本当に心の色が現はれて、コンナ嬉しいことは無い。やつぱり神様に選ばれた宣伝使様だけあつて、ご親切に報ゆるために吾々も、彼の弱い岩サンをモ一つ強くして上げねばなりませぬ』 岩彦『コラ梅公、貴様そら何を云ふのだ。貴様より弱くなつて堪らうかい。今では俺が一番気が確だ。ここは醜の窟だ。気を張りつめて元気を出さぬか。何がやつて来るか知れやしないぞ。せめて自分だけの保護だけ位はやつて呉れぬと、俺も十分に奮闘が出来はしないワイ』 斯る所へ何処ともなく百雷の一時に落下する如き大音響と共に、巨大なる大火光は一同の前に落下した途端、爆発して四方八方に火矢を飛ばした。 岩公はアツと言うて、その場に昏倒した。五人は依然として両手を合せ、神言を奏上しつつありける。 (大正一一・三・二一旧二・二三外山豊二録) (第一五章~第二〇章昭和一〇・三・二九於吉野丸船室王仁校正) |
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霊界物語 | 13_子_フサの国・半ダース宣伝使 | 21 本霊 | 第二一章本霊〔五四七〕 巨大なる火弾爆発すると見る中に、忽然として以前の女神の姿が現はれた。五人は思はず平地に蹲んで最敬礼を表した。女神は声も淑かに、 女神『道の勲も鷹彦や、一度に開く白梅の、薫り床しき梅彦や、心の駒の勇み立ち、誠の道に矗々と、進む駒彦万代の、神の教の亀彦や、言霊清き音彦よ、汝等今より麻柱の、神の教を宣べ伝ふ、いつの御魂の宣伝使、あゝ勇ましし勇ましし、もはや汝が身魂の曇り、晴れ渡りたり真如の日月、心の海に隈なく照り渡り、胸の仇浪静まりたれば、一日も早く片時も、疾く速やけく、フサの都に出立せよ、それにしても岩彦が、固き心は嘉すれど、三五教の宣伝使として、今少し足らはぬ処あれば、汝等五の御魂は岩彦が、心をなごめ、誠に強き益良雄として、立ち働かしめよ。斯く申す妾は天教山の木花姫が和魂なるぞ、夢々疑ふ事なかれ』 と宣し終ると共に、女神の姿は火煙と消えにけり。五人は感謝の涙に咽びつつ、嗚呼有難し忝なし、天津祝詞を奏上せむと一同宣る言霊も円満清朗、その声はさしもに広き遠き巌窟の内を隈なく響き渡りける。この言霊の声に岩公はムクムク起き上り、 岩彦『アヽ大変だ。エライ目に出会した。俺のやうな肝玉の太い宣伝使でも吃驚して一時性念を失つた位であるから、鷹公、亀公、駒公、音、梅の連中は定めて肝を潰したらう。アヽ胆を潰すは俺位の程度の者だ。それ以下の程度の五人の奴は、大方木葉微塵となつたかも知れやしない。彼奴等にしても可愛い女房や子が国許に待つて居るのだから、エヽ道連になつた好誼に骨なと拾つて女房や子供に届けてやらねばなるまい。これがせめてものこの岩サンの親切だ。アヽ五人のもの情ない事になつて呉れたなア。何だか真闇がりで目も碌々見えやしないわ。エヽ仕方がない、鷹公の骨だか音公の肉だか区別はつくまいが、何でも女房や子の気休めの為に、これが鷹公の骨だ、これや髪だと云つて慰めてやるより仕方がないワイ。暗いと云つても、これくらゐ暗い事は開闢以来だ』 と云ひながら四つ這になり、 岩彦『オイ鷹公の骨ヤーイ、音公の腕ヤーイ、俺は岩公ぢや、死んでも魂魄この世に留まつて居るだらう、骨の所在地ぐらゐは俺に知らせやい。アヽコツクリ、コツクリと何処かへ散つて了つたと見える。あまり無残だ、焼けても灰なと残るのだが、髪の毛一本落ちて居らぬとは此奴はあんまり残酷だ。大方巌窟の化物が来よつて、余り弱音を吹くものだから、蟒の奴弱味につけ込んで一呑みに呑みよつたに違ひないワ。待て待て、一行六人の三五教の宣伝使、五人まで大蛇に呑まれて俺一人が何うしてオメオメと生て還られようか。待て待てこれから胆玉の太いこの岩サンが、大蛇を見付けたが最後、足でもグツと出して、オイ蟒の奴、尻から俺を呑めと言挙げしてやらう。さうすれば大蛇の奴、あの岩公は手強奴だ、彼奴だけは迚も呑む事は出来ぬと因果腰を極めて居つたのに、先方の方から呑めと云ひよる、五人呑むも六人呑むも一しよだ。ヤア美味々々と蛇が蛙を呑んだやうに、呑みにかかるだらう。さうしたら此方の勝利だ。神妙に呑まれてやつて、這入がけに、頤の片一方に、この十握の劔をグツと引つかけて両手で力一ぱい柄を握り、大蛇の奴がグツと呑めばグツと切れる。グウグツと呑めばグウグツと切れる。自業自得、大蛇は竹を割つたやうに二つにポカンと割れたが最後、呑まれてからまだ間もない五人の宣伝使、虫の息でウヨウヨとやつて居るだらうから、其処へこの岩サンが恭しく神言を奏上し、声も涼しく言霊の水火をもつてウンとやつたが最後息吹き返し、アヽ誰かと思へば岩公サンか、イヤ岩サンか、誠にもつて有難い、貴方のお蔭でこの弱い吾々も命が助かりましたと半泣きに泣きよつて、手の舞ひ足の踏む処を知らずと云ふ歓喜の幕が下りるのだ。可愛い子には旅をさせと云ふ事がある。神様も随分皮肉だな、大蛇の喉坂峠を旅行して痛い味を知り、危険な関所を越えて初めて勇壮活溌なる大丈夫の宣伝使とならせる経綸だらう。あまり弱音を吹くものだから屹度神様の試錬に遇うたのだらう、愚図々々して居れば息が止まるか知れない。ヤアヤア巌窟に棲む大蛇の奴、五人喰ふも六人喰ふも同じ事だ。五人の奴は麦飯だ。この岩サンは名は固いが歯当りのよい味のよい鮨米のやうな肉着きだよ。サア早く尻の方から呑んだり呑んだり』 暗がりより『アハヽヽヽ、ウフヽヽヽ』 岩彦『ヤイ大蛇の奴、嬉しいか、嬉しさうな笑ひ声をしよつて、サア早く呑まぬかい』 音彦『モシモシ岩サン、お気が付きましたか、それは誠に結構でございます』 岩彦『モシモシ岩サン、お気が付きましたか、結構だつて、ソンナ辞令は後にして遠慮は入らぬ。結構だらう。早く呑んだり呑んだり』 鷹彦『岩サン、結構は結構ですが、貴方はお考へ違ひでせう。吾々はお案じ下さいますな、助かつて居りますよ』 岩彦『何だ、尻も甲もあつたものかい、足から喰へ、食料に欠乏して餓死に迫つて居つた処、半ダースも人肉の温かいのが来たものだから、結構でございますの、吾々はお蔭で助かりましたのと、何を吐すのだい。愚図々々して居ると侶伴の奴の息が切れるワイ、遠慮は要らぬ早く呑まぬかい』 亀彦『モシモシ岩サン、私は亀でございます、何卒ご安心して下さいませ。種々のお心づくし、骨身にこたへて嬉しうございます』 岩彦『ヤア貴様は亀と云つたな、狼か、骨身にこたへるなンて何だい、グツと一口に呑まぬかい。バリバリと骨も身も一緒にパクつかれては此方もちつと都合が悪いワイ』 この時闇がりに、六個の光玉いづくともなく現はれ来り、たちまち五柱の女神と、一柱の鬼のやうな顔した男とが現はれた。岩公は驚いてこの姿を見守りゐる。 五人の女神には一々名札がついて居る。見れば鷹彦の本守護神、梅彦、音彦、亀彦、駒彦の本守護神の名札をぶら下げて居る。一方の鬼の名はと見れば、こは抑如何に、一層広く長き名札にグシヤグシヤと文字が現はれて居る。よくよく見れば、 『この鬼は岩彦の副守護神なり、本守護神は岩彦の驕慢不遜にして慢心強き為に、未だ顕現する事能はず。一時も早く改心の上、かかる醜き副守護神に退却を命ずべし。野立彦命の命に依り、木花姫これを記す』 と現はれて居る。 岩彦『ヤア大変だ。五人の宣伝使は何だ。俄に女見たやうな優しい事を云ひよると思つたら、何奴も此奴もアンナ綺麗な本守護神が現はれたからだな。しかしながら岩サンはどこまでも岩サンだ。アンナ女々しい本守護神よりも、仁王様の様な鬼面をした副守護神に守護して貰ふ方が悪魔征伐にはもつて来いだ。未だ未だ武装撤回は出来ない。ヤア副守護神、明日から九分九厘までお前が俺の肉体を守護するのだよ、一厘と云ふところになつてから本守護神の女神になればよいのだ。何だ五人の宣伝使奴、目的の半途にして最早一角の神業奉仕をしたやうに、泰然と澄まし切つて居よる。これからが肝腎要の正念場だぞ。エヽ仕方がない、副守護神確り頼む』 鬼『俺は、お前の買ひ被つて居るやうな鬼ぢやない。鬼みそだよ。一つの火の玉にも雷にも胆を潰す柔しい鬼だ。姿はかう強さうに怖さうに見えても、肝腎の魂は味噌のやうなものだよ。アンアンアン、オイオイオイ、ウンウンウン、エンエンエン、インインイン』 岩彦『何だ、不整頓な言霊の泣き声を出しよつて、俺はソンナ弱い守護神と違ふぞ。貴様大方偽神だらう』 鬼『それでも、お前の模型だから仕方がないわ。空威張りの上手な、胆玉の据わらぬ、見かけ倒しのガラクタ鬼だよ』 岩彦『さう云へば、何処かの端が些と似とるやうな、矢張さうかいなア。ヤア本当にこれから強くなる。貴様今日限り暇を遣はす程に、必ず必ず岩サンの肉体に踏み迷つて戻つて来るな。門火を焚いて送つてやるのが本当なれど、生憎焚物もなし、不本意だが今日限り帰つて仕舞へ』 鬼『ハイハイ、何しにマゴマゴとして居りませう。疾うの昔から帰り度くて帰り度くて仕方が無けれども、お前の執着心が私を今まで鉄の鎖で縛つて何うしても斯うしても解放してくれないのだ。左様ならこれでお暇を致しませう、アリヨウス』 岩彦『アーア、これでこの岩公も何だか其辺が明かるくなつたやうな心持が致しました。モシモシ五人の宣伝使様、ご苦労でございました。サアサアこれから貴方方のお伴して、タカオ山脈のコシの峠の麓を指して参りませう。イヤもう私の鬼を逐出す為にいかいご苦労をかけました』 一同『アハヽヽヽ岩サンお目出度う、あれをご覧なさいませ、鬼の帰りた後に、あのやうな立派な守護神が顕現されました』 岩彦『ヤア、本当にこれはこれは、マア何と云ふ立派な、お岩彦の御御守護神様だこと、マアマア、よくもよくも御御守護下さいました。お有難うございます』 守護神『岩サン分りましたか、ようマア鬼を去して下さいました。私も天の岩戸が開けたやうな心持が致します。サアサアこれから貴方と私と霊肉一致して膠の如く漆の如く密着不離の身魂となつて、岩戸開きの神業に参加さして頂きませう』 岩彦『これはこれは畏れ入つたるご挨拶、本守護神様のご迷惑になる事ばかり、我を張り詰て致して来ました。どうぞこれからは比翼連理偕老同穴の夫婦のやうになつて、二世も三世も、後の世かけてご提携を願ひます』 ここに六人の本守護神と、六人の宣伝使は巌窟の広場を指し、手を拍ち宣伝歌を高唱し、春の野の花に蝶の狂ふが如く、大地を踏み轟かし、 一同『開いた開いた菜の花が開いた蓮の花が開いた 心の花も開いた身魂のもつれも開いた 開いた開いた常夜の闇となり果てし 天の岩戸もサラリと開いた』 各自の本守護神はやがて、得も云はれぬ五色の玉となつて各自の頭上に留まつた。玉は頭脳に吸収さるる如く、追々その容積を減じ、遂には宣伝使の体内に残らず浸み込んで仕舞つた。 これより一行はこの巌窟を立ち出て、原野を渡り、コシの峠を指して勇ましく進み行く。 (大正一一・三・二一旧二・二三加藤明子録) |
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霊界物語 | 13_子_フサの国・半ダース宣伝使 | 信天翁(三) | 信天翁(三) 神がおもてに現はれて善神邪神を立別ける この世を造りし神直日心も広き大直日 ただ何事も人の世は直日に見直せ聞き直せ 世の過失は詔り直す吾神国の御教は 顕幽神の三界の過去と未来と現在に 一貫したる真象をうまらに具らに説き明かす 三五教の御ン教神の御言をかしこみて 朝な夕なに述べて行く清き霊界物語 種々雑多と批難して智者や学者と自認せる 或種の人は口々に山子上手の瑞月が 百科全書を読破してそれを種とし神言と 偽り作りしものなりと中傷するこそ賤らしき 心ねぢけし人々の如何でか尊き大神の 神慮を悟り得らるべき慢神するも程がある 百科全書を抜いたとはどこを押したらソンナこと 言はれるだろか世の人を盲者にしたる曲つ神 呆れて物が言はれないたとへ霊界物語 神の作りしもので無くこの瑞月が頭から ひねり出したり百科全書暗記して居て諄々と 述べたとすれば神よりもこの瑞月は偉いだろ 釈迦も孔子も基督もそのほか諸々の宗祖等が 成し遂げ得ざりし大著述一千二百五十頁 僅三日に述べ終るこの速力が如何にして 古今の著者に出来ようか解らないにも程がある 変性女子の調べたる大本神諭は大開祖 書かせたまへる綾錦光も強き絹糸に 紡績糸も混入し劣等糸とせしものぞ 元の筆先調べむと鼻たかだかとうごめかし それの実地に突当り錦の糸の原料は 桑葉なりしに胆潰しアフンとしたる其上に 変性男子の筆先も女子の作つた神諭も 薩張あてに成らないで信用せないが良からうと 自己の不明を触れあるく珍らし人の言葉だろ アヽ惟神々々御霊幸ひましまして 一日も早く片時も疾く速やけく迷雲を 晴らして真如の日月を迷へる人の心天に 照させ玉へ惟神神の御前に願ぎ奉る アヽ惟神々々御霊幸ひましませよ 今大本にあらはれた変性女子は似而非ものだ 誠の女子が現はれてやがて尻尾が見えるだろ 女子の身魂を立直し根本改造せなくては 誠の道はいつ迄も開く由なしさればとて それに優りし候補者を物色しても見当らぬ 時節を待つて居たならばいづれ現はれ来るだろ みのか尾張の国の中変性女子が分りたら モウ大本も駄目だらう前途を見こして尻からげ 一足お先に参りませう皆さまあとから緩くりと 目がさめたなら出て来なよ盲目千人のその中の 一人の目明きが気を付けるなぞと慢神してござる 王仁はこの言聴くにつけお気の毒にてたまらない こんな判らぬ奴ばかり盲目斗りがささやけり ○ この歌を各自の事に誤解して 罪を重ぬる曲人もあり (昭和一〇・三・三〇王仁校正) |
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霊界物語 | 13_子_フサの国・半ダース宣伝使 | 余白歌 | 余白歌 むつかしき世とはなりけり上も下も重鎮となるべき石のなければ〈モノログ(再版)〉 日の本は神のひらきし神の国神の出でずば治まらぬ国〈モノログ(再版)〉 今の世に吾が大本の道なくばこの行く先はあやふかるべし〈モノログ(再版)〉 神様に仕へぬうちぞ神心神にすがりて曲となるあり〈第1章〉 立替を世人のことと思ふなよ立替へするは己が身魂ぞ〈第1章〉 鬨の声あげつつ迫る曲神をやらひつ霊界物語あみし〈第2章(再版)〉 国々にわがあみおきし物語の言霊ひびく時とはなりけり〈第2章(再版)〉 何事もわがなす業は神業ぞ天地とともに栄えはてなし〈第2章(再版)〉 天地の神の御子とあれし身のむなしく暮すは罪と思へり〈第6章(再版)〉 一刻も休みたまはぬ天地の神にならひてわれはいそしむ〈第6章(再版)〉 天地の恵の露に神の子と生れたる身を嬉しみいそしむ〈第6章(再版)〉 人の身は神をはなれて一日だも世に栄ゆべき道なきを知る〈第7章(再版)〉 生きいきて生きの限りを天地の道にいそしめ神の御子たち〈第7章(再版)〉 予言のみ好きな信者は兎もすれば妖言過言に脱線するなり〈第8章〉 現世の事業さへ全で出来ぬ身の神の御業に仕へ得べきや〈第9章〉 神様を喰ひものにする曲津見の心の曲を直したきもの〈第10章〉 天津神国津御神の造らししこの地の上は徳にをさまる〈第13章(再版)〉 徳育を忘れて智育におぼれたる報いは地上の乱れとなりけり〈第13章(再版)〉 たまちはふ神の心は垂乳根の親の心と一つなりけり〈第13章(再版)〉 そこ此処に抜け穴ばかり漏れて行く尻の締りの付かぬものしり〈第14章〉 にらみつつ人を見下す鬼瓦暑さ寒さも知らず顔なる〈第15章〉 神の道雲井の空を輝しつつ動かぬ君が御世を守りつ〈第16章〉 奇魂智慧の鏡の明ければ来る世の事も写るなりけり〈第21章〉 さながらに春の弥生の姿かな神の教につどふ人々〈第21章〉 夢の世に夢を見るてふ人の世も神の御声に醒めざるはなし〈第23章〉 しづたまき数にも入らぬ身にしあれどあつき守りの添はる嬉しさ〈第23章〉[この余白歌は八幡書店版霊界物語収録の余白歌を参考に他の資料と付き合わせて作成しました] |
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255 (1607) |
霊界物語 | 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) | 序歌 | 序歌 五六七の殿に招集る清き心にかけまくも 畏き天の御中主皇大神を初めとし 高皇産霊の大御神神皇産霊の大御神 大地の遠津祖神の国常立の大御神 豊国主の大御神日の神国を知食す 天照皇大御神神素盞嗚の大御神 須世理之姫の大御神御空を伝ふ月読の 皇神始め奉り天津神たち八百万 国津神たち八百万神の稜威も大八洲 嶋の八十嶋八十の国所々の大社 小さき社に常永に鎮まり玉ふ千万の 神に従ひ仕えます御供の神や千早振 遠き神代の昔より世に落ち諸の苦みを 受させ玉ひし神々の一柱だに漏るる無く 遺なく殊に幽事知らし玉へる八百米や 杵築の宮に現れませる大国主や大物主 医薬の術と禁厭の道に幸はひ玉ふてふ 少名彦那の神御魂四ツ尾の御山本宮の 桶伏山に鎮まりし世の大本の大御神 枝葉の神は言ふも更天をば翔り国駆ける カラや大和の仙人等凡て世にある諸々の 正しき清き御霊たち只一柱も漏れませず 是の霊界物語守りたまひて人々の 正しき御霊に奇魂清く憑らせ玉ひつつ 身魂を洗ひ水晶の輝き渡るたまと為し 広けく深く神界の仕組を悟らせ玉へかし 天勝国勝奇魂千憑彦神曽富戸神 亦の名久延毘古神御魂この大本に参ひ集ふ 信徒はじめ世の中のあらゆる人に惟神 御霊幸はへましまして各自の御魂に優れたる 御魂かからせ玉ひつつ今日が日までも知らずして 神の依さしの神勅をいと疎略に扱ひし 罪咎穢過を直日に見直し聞直し 宥させ玉ひて神々の神慮を深く覚るべく 神幽現の御聖言守らせ玉へ神国の 御祖の神の御前に畏み敬ひ願ぎ奉る アヽ惟神々々御霊幸はへましまして 出口教祖の御教をうまらにつばらに説き明かす 如意宝珠の物語暇ある毎に嬉しみて 読み窺ひつ天地の神の尊き勲功を 知らさせ玉へと瑞月が国の御為世のために 心を籠めて祈りつつ国常立の大神の 御言かしこみ諾冊の二柱神漂流へる 地球をば修理固成むと天の沼矛をさし下ろし 塩コヲロコヲロに掻き鳴して淤能碁呂嶋を生み玉ひ 御国の胞衣と定めつつ天の御柱国柱 見立たまひて八尋殿作りたまひて二柱 妹兄の道を常永に婚姻たまひて大八嶋 国々嶋々数多生み青人草の始祖等や 万の物を生みたまひ普く諸の神人を 地上に安住させむため太陽大地太陰の 諸々の神たち生み玉ひ各自々々の神業を 依さし玉ひて万ごと始め開かせ絶間無く 勤しみ玉へる有難さ天照皇大御神 国の御祖の大神の大御心を心とし 青人草を悉く恵み幸はひ愛くしみ いや益々に蕃息栄えしめ功竟へ玉ふを初めとし 大御神業をば受持ちて天津国をば知食し 五穀の種を御覧しこれの尊き種物は 現しき青人草たちの食ひて活くべきものなりと 詔らせ玉ひて四方の国隈なく植付けたまひたる ごとく御霊の幸はひて如意の宝珠の物語 世人の霊魂の糧となし四方の国々嶋々へ 開かせ玉へ惟神尊とき神の御守りに 神の言霊幸はひて荒ぶる神を悉く 払ひに払ひ語問ひし岩根木根立醜草の その片葉をも語止めて是の教に一筋に 靡かせ玉へ天地の神の御前に願ぎ奉る。 |
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霊界物語 | 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) | 01 三途川 | 第一章三途川〔五五一〕 大海原に漂へる宝の島と聞えたる 竜宮海の一つ島宝の数もオセアニヤ ウラルの彦の神勅を奉じて来る六人が 信神堅固の守護神元は竜宮に仕へたる 神の力を田依彦魂を研いて飯依彦の 神の司と現はれて善言美詞の言霊に 言向和す勢はウラルの教の宣伝使 三年の苦労も水の泡何の土産もアルパニー 港を後に千万の浮島原を乗越えて 航路も長き鶴の国鶴の港を立出でて フサの海まで帰り来る時しもあれや東北の 風に煽られフサの海三五教の宣伝使 日の出の別に巡り合ひタルの港に上陸し 足さへダルの河の辺を徐々進むシヅの森 神の光に照されて茲に心を翻し 忽ち変る三五の教司に伴なはれ フル野ケ原を打渡り醜の岩窟を探険し コシの峠もいつしかにわたりて茲に猿山の 峠の麓に一同はまどろむ折しも音彦が 眠を醒して眺むれば月は木の間に輝きて 茲に五人の宣伝使影も姿も長の旅 弥次彦与太彦伴なひて寄せ来る敵に追はれつつ 荒野を渡り河を越え曲の関所を乗り越えて 泥田に落ちし裸身の足も軽げに小鹿山 四十八坂に来かかりし時こそあれや前後 数多の敵の襲来に衆寡敵せず音彦は 弥次彦与太彦諸共に千尋の谷間に飛込みて 谷間流るる速川の水の藻屑となりひびく 谷間を渡る荒風は実に凄じき許りなり。 弥『世の中は能くしたものですな。一方には断巌屹立したる山腹を控へ、一方には千仭の谷間、かてて加へて前後より数多の敵に取囲まれ、衆寡敵せず、命を的に溪川目がけて、ザンブと許り飛込みた時の心持と云つたら、何ともかとも知れぬ苦しさであつたが、エーままよ、神様に捧げた生命、一寸先は神の御手にあるのだと覚悟をきわめ、飛込み見れば、都合の好い青々とした淵、素より裸の吾々両人は、水泳には誂へ向だ。宣伝使はドツサリと、ベラベラした装束を身に纏つて居られたものだから、水中へ陥つた時には、大変なお苦みでしたな。幸ひ吾々両人が真裸になつて居つたものだから、溺死もせずに助かつたと云ふもの、斯うなると親譲りの裘で無一物の方が、千騎一騎の時には何ほど楽だか知れぬ。それだから神様が持物を軽くせいと仰有るのだ。裸で物を遺失さぬと云ふ事がある。裸くらゐ結構なものはない。ナア与太公……』 与太彦『ウンさうだなア、泥田へ落ちて赤裸になつた時には、裸で道中がなるものか、アー情ない事だ、せめて褌丈なつと欲しいものだと、執着心が離れなかつたが、斯う言ふ時には生れ赤児の赤裸が一番都合が好い。これも神様のお蔭だ。三人が三人共重い着物を着けて居つたなれば、誰も彼も助からずに、幽界とやらへ旅立をする所であつたにナア』 音公は、 音彦『ソレモさうだ、神の道に荷物は不要ぬ。併し乍ら何とかして、木の葉でも編んで着物を拵へなくちや、この先旅する訳にも行かぬ。風俗壊乱でポリス先生に科料でも取られちや見つともない。ぢやと云つて泥棒する訳にもゆかず、困つたものだ。草でも編みて、一つ着物でも作つたらどうだらう、のう弥次公』 弥次彦『ウン折角裸にして貰つたのだから、これも惟神だ。逆転は御免だ。ナーニ構うものか、面の皮の慣はせとか云つて、何ほど寒くつても、面の皮には薄着一枚着せた事はない、慣れて了へば真裸でも、寒くも暑くも何ともない、身は身で通る裸ん坊だ、裸の道中も面白いよ、音彦君』 音彦『それだと云つて、どうも不恰好だ。吾輩の衣類を分配して、一人は羽織、一人は袴、一人は着物と云ふ風にやつたらどうだらうかナア弥次公』 弥次彦『ヤアそいちア、尚々恰好が悪い、それこそ化物の行列みたやうだ。エー構はぬ、行きませうかい。与太公ドウダイ』 与太彦『日が暮れたと見えて、非常に暗くなつたぢやないか。暗い所を歩くのは、裸でも何でも構はぬ、見つとも良いも、見つとも悪いも有つたものぢやない。一つ大手を拡げてコンパスの続く限り前進せうかい』 と三人は暗の路を当途もなく足に任せて進み行く。音公は、 音彦『ヤア、俄に明くなつて来たぞ。一体此処は何処だらう、大変な大河が南北に流れて居るぢやないか、河向ふには得も言はれぬ金殿玉楼が、雲に浮いた様に見えて来出した。ナンダか気がいそいそとして、一刻も早く行きたい様な心持になつて来たワイ』 弥次、与太両人は、 弥次彦、与太彦『ホンにホンに、立派な建築物が見えますな、是を見ると勝利の都に近付いた様な心持がして来ました、………ヤア有難い有難い、進退維谷まつて、九死一生の谷間に飛込みの芸当をやつたと思へば、豈図らむや、コンナ結構な都に近付いた。是だから怖い所へ行かねば熟柿は食へぬと云ふのだ。有難い有難い、それにしても、鷹公、梅公、岩公、駒公一同は、どうして御座るであらう、猿山峠の急坂を、痩馬の尻を叩いて行軍の真最中だらうか。是だから先へ行つた者が手柄をするとも、後れた者が手柄をするとも分らぬものだ、何事も神のまにまに任すほど安心な事はないなア』 と語りつつ、三人は漸く河幅広き水底深き青々とした流れ岸に着いた。弥次は驚いて、 弥次彦『ヤアこの河は立派な河だナア。大抵の河は、通常は河原ばつかりで、横の方を帯の様に、青い水がホンの形式的に、お条目の様に流れて居るものだが、この河はまた例外だよ、河一面の流れで、しかも青味立つた清水が流れて居る。大抵の河は、河一面に水の流れる時は大雨の時で、泥々の真赤な水だが、コラまた稀代に立派な河だワイ』 与太彦は、 与太彦『河は立派だが、何時まで褒めちぎつて居た所で、橋も無ければ、舟も無いぢやないか、どうして渡つたがよからうかな。これや一つ、何とか工夫をせねばならないぞ』 弥次彦『ナニ、吾々は幸ひ真赤裸だ。水泳の妙を得とるのだから、対岸へ流れ渡りに渡れば良いのだ。斯う言ふ時には、裸一貫の無一物は、大変に都合が好いワイ、唯困るのは音彦の宣伝使様だけだ……………もしもし宣伝使様、一層の事あなたの御衣服を全部この河へ投り込んで、三人共裸になつたらどうですか、牛の子でも附合を致しますで…………』 音彦『それもさうだが、お前はまだ普通の人だ。吾々は三五教の宣伝使といふ重荷を持つて居る。この被面布も大切に致さねばならず、法服を棄てる訳には行かない。アヽこうなると、責任の地位に立つ者は辛い者だ、窮屈不便利至極だわい』 弥次彦『あなたは、宣伝使の法服だとか、被面布だとかに執着心があるから可けないのだ。保護色に包まれて居るから、自由自在の活動が出来ないのだ。裸になれば又裸で立行くものです。カメリオンの様に、青い草に交れば青くなり、赤い葉に止れば赤くなり、白い木にとまれば白くなると云ふ、変幻出没自由の活動を執るのが、宣伝使の寧ろ執るべき手段ではありますまいか。大歳の神は、宣伝使の服を脱いで俄百姓となり、農夫の服を着て農業を手伝ひ、立派に宣伝使の本分を尽されたと云ふ事ですよ。河を渡るのには裸でなくちや駄目だと弥次彦は思ふがナア』 音『さう云へばさうだが、せめてコーカス山にお参詣する迄音彦は、この服は離したくない』 弥次彦『あなたはさうすると、何時迄も此処に、河端柳ぢやないが、水の流れをクヨクヨと見て暮すと云ふ方針ですかい』 音彦『ヤア進退維谷まつた。音彦もどうしたら可からうかなア』 と双手を組み思案に暮れて居る。傍に藁を以て屋根を葺いた小さい家が目に着いた。 弥『ヤア此処に、〆て一戸、村落があるワイ、あまり小さいので、見落して居つた。先づ先づあの館へでも侵入して、ユツクリと河端会議でも開催しませうか』 と先に立つて弥次彦は、藁小屋の中に進み入る。 弥次彦『ヤアこの藁小屋の中には、ナンダか生物が居るぞ。コンコンと咳払をやつて居るワイ、もしもし宣伝使さま、これは後家婆アの隠れ家と見える、マア一服さして貰ひませうかい………』 小屋の中より皺枯れた婆の声で、 婆『誰だ誰だ、この河辺に立つて何を囁いて居るか。此処はどこぢやと思ふて居る、三途の河の縁だぞ』 と聞くより弥次彦は婆々を睨み乍ら、 弥次彦『ナニツ、三途の河の縁だと?全然冥途の旅の様だ。ソンナラ大方着物を脱がす婆ぢやないか。ヤアナンダか気分が悪いワイ。モシモシ宣伝使さま、何をグズグズして居るのだい、早く来て鎮魂をして下さいな、怪しからぬ事を云ふ老婆が居りますで……』 音彦『弥次彦お前は、何を怖さうに言ふのだ。乞食婆アだよ、放つときなさい』 婆『乞食婆とは何だ、三途河の鬼婆だぞ。サアサア娑婆の執着をスツクリ流す為に、真裸にしてやらうかい』 と藁で編みたる押戸を開けて、白髪頭をヌツと出し、渋紙面を曝して現はれて来た。 弥次彦は、 弥次彦『ヤアナント背の高い、小面憎い面をした老婆だな………オイ糞婆、貴様は良い加減に改心をせぬかい。よい年しよつて、何時までも欲の皮をひつぱると、死んだら地獄に落ちるぞ』 婆『わしはお前達の着物を脱がす役だよ。サア綺麗サツパリと脱いで行かつしやれ』 弥次彦『何を吐しよるのだ。貴様は他人の着物を脱がして、沢山に箪笥の中へ仕舞込み置いても、末の短い貴様が、死んだならば冥土とやらへ行かねばなるまい。その時に三途河の鬼婆が、みな脱がして了ふと云ふ事だぞ。あまり欲をかわくない』 婆『その三途川の鬼婆が此方さまだ。愚図々々言はずに脱がぬかい』 弥次彦『ヤア此奴ア盲婆だな、裸の俺に着物を脱げつて吐しよる、良いケレマタ婆も有れば有るものだナ。ワツハヽヽヽ』 婆『お前は先祖譲りの洋服を着とるぢやないか、兎の皮を剥いたやうに、頭からクレクレと剥いてやるのだ。弥次彦覚悟は良いか』 弥次彦『これは裘だぞツ』 婆『河の縁で脱がすのだから、裘は尚結構だよ』 弥次彦『エー洒落ない、婆の癖して………オイ与太公、宣伝使さま、チツト来て下さらぬか、思ひの外シブトい婆だから』 音彦『ヤア、弥次さま、どうやら此処は三途の河らしいぞ。小鹿峠から谷川へ飛込んだ時に、気絶した途端に、どうやら幽界の旅行と急転したらしい、どうも空気が変だ。ナア与太彦、お前はどう思ふか』 与太彦『宣伝使のお考へは違ひますまい。私も何だか、四辺の状況が娑婆とは違ふ様な気が致しますワ………』 婆『コラコラ、お前たち三人の奴は、俺を誰だと思ふて居る、俺の面を見よ』 弥次彦は顎をシヤクリ乍ら、 弥次彦『ツラツラ考ふるに、何とも早、形容の出来ない怪体な面付だナア。ひよつとしたら、宣伝使のお言葉の通り、三途川の鬼婆かも知れぬワイ』 婆『合点が行つたか、親重代の宝物たる黒い土瓶の中へ小便を垂れる様な、汚れた身魂の人足だから、此処で赤裸にして霊の洗濯を為てやるのだよ』 弥次彦『ヤア合点の行かぬ婆アだ。土瓶の事まで吐しよる、貴様はお竹の母親か』 婆『お竹の母親か、父親か、よう考へて見ろ。弥次彦のガラクタ奴』 弥次彦『黒い黒い手で握飯を握りよつて、手鼻汁をかみ、洟を落した握飯を拵へた汚い老婆に比べると、モ一つ汚穢い奴だ。俺の霊が汚いから洗濯せいと言ひよるが、マア貴様の汚い顔から洗濯せい………霊魂を洗濯せい、美しうなれと、口ばつかり他人に言ひよつて、自分の汚い事は知らぬ顔の半兵衛でけつかる。困つた者だなア、自分の尻糞は目に着かぬと見えるワイ。全然三五教の宣伝使の様な事を吐す奴だ。アハヽヽヽヽヽ』 婆『ババはババいから婆と云ふのだ。ヂヂはヂヂムサイから老爺と云ふのだよ。糞は汚い、痰は汚い、花は美しいと、開闢以来定つとるぞ。俺の様な汚い所へ落ちた者は、汚なうして居ればよいのだよ。貴様のやうに、表は立派な、三五教の宣伝使だとか、信者とか言ひよつて羊頭を掲げて狗肉を売る様な罪悪人は、何処までも洗濯をせな可かない。腹の底まで洗濯をしてやるのだ。チツト苦しうても辛抱せい。親譲りの着物を是から脱がして、この老婆が洗濯をして着替さしてやらうかい、コラ弥次彦のガラ奴』 弥次彦『ヤア、此処ア洗濯婆アだな、鬼の来ぬ間に洗濯バタバタ早く身魂を洗ふて下されよ、改心が一等だぞよ、今までの塵芥、流れ川ヘサツパリ流して、水晶の身魂になつて下されよ……といふ筆法だな。ソンナ事は三五教の教祖の教にチヤンと出て居るのだ。事新しく三途河の縁まで来て、言つて貰はいでも、遠の昔に御存じだ。大学卒業生だぞツ。骨董品の様な古い頭をしよつて、文明人種の吾々に意見をするのは、釈迦に経を説く様なものだよ』 婆『お前達は口ばつかり立派な信者だ。舌と耳とは極楽へ遣つて、その外はみな地獄行だ。舌と耳とを俺が預つて、是から高天原へ小包郵便で送つてやらう。マア裘を脱ぐより、第一着手として舌を出せ、舌と耳とを切つてやらうかい、弥次の奴』 弥次彦『エー何処までも婆は婆らしい事を吐しよるワイ。舌切雀の話の様に、舌を切つてやらうの、桃太郎の話の様に、洗濯をするのと、らしい事を言ひよるワイ、アハヽヽヽ。オイ婆、この河には随分桃が流れて来るだらう。二つや三つは貯へて居るだらうから、一つ俺に招伴させぬかい、腹が空つて聊か迷惑の態だ』 婆『お前の食ふのは此処に預つてある、サアサア是なと食つて着物を渡すのだよ』 と真つ黒けの握飯を二つ出す。 弥次彦『ヤア此奴ア、お竹の宅の柴屋で見た握飯だ。コンナ垢の着いた、鼻水だらけの握飯が仮令餓えて死んでも食はれるものかい、渇しても盗泉の水を呑まぬ俺だぞ』 婆『どうしても食はねば、貴様を此鬼婆が代りに食つて了ふがよいか………勿体ない、粒々辛苦になつた結構なお米で拵へた握飯を、黒いの汚いのとは何の事だ。たとへ鼻水が入つて居らうが、百分の一位なものだ、何ほど綺麗な人間でも、百分の八九十までは汚い分子が含蓄して居る。貴様の肉体つたら、九分九厘まで真つ黒けの鼻水握飯の様なものだぞ。俺が辛抱して食てやると言ふのだから、これが冥途の食納め、喜んで食はぬかい』 弥次彦は首を傾けて 弥次彦『オイ与太公、サツパリ訳が分らぬぢやないか、貴様の食ひ残しだ。おれや元から一つも食はないのだから、貴様が食つたらよからう』 与太彦『私はあなた様の分まで頂戴致しまして、スツカリ食べるのは、あまり礼を失すると思ひ、二つ丈残して置きました。決して汚いから残したのぢやありませぬ、此れは弥次彦の領分だと思つて遠慮したのです………もしもしお婆アさま、私は腹一杯頂戴したので、それ以上は食へなかつたのと、弥次彦に愛想に残してやつたのですから、決して決して、汚いの何のといふ、ソンナ冥加の悪い心で残したのでは御座いませぬ。これは弥次彦の食ふべきもので御座います』 弥次彦『エーエー、与太彦までが怪しからぬ議案を出しよつた。河端会議だから握り潰しといふ訳にも行くまい。三途の河へ一瀉千里の勢で、否決流会だ』 と握飯を握つて河に棄てむとするを、婆はその手をグツと握りたり。弥次彦は、 弥次彦『ヤア冷たい冷たい、氷のやうな手をしよつて………手が痺れて了ふワイ』 婆『ヤア不思議だワイ、お前の霊は、遠の昔に痺れて了ふて免疫性の無感覚だと思つたに、冷たいのが分るか、それではチート何処かにまだ息があるワイ、コンナ所へ来るのはチト早いのだけれど、修業の為に、我を折る様に、この河を渡れ、裘を剥ぐ丈は免除してやらう。随分冷たい河だぞ、この河が冷たくなくして渡れる様ならモウ駄目だ。冷たければチツトはまだ人間の息が、霊に通ふて居るのだよ』 弥次彦『オイ婆アさま、お前も随分屁理窟を言ふがそれ丈理窟が分つて居れば、この弥次彦は寒うて困つとるのを、チツトは同情するだらう。亡者の着物を毎日追剥しよつて、沢山に蓄めとるだらうが、俺に似合ふ様な着物を一枚分配して呉れぬか、どうで老若男女色々と風も違ふだらうから、俺に打つて附けた様な着物もあるだらうにのう』 婆『エヽ附上りのした男だなア、お前に着せる様な着物は一枚もありやしないよ。みな河へ脱がしては流し、脱がしては流し、今ここに五枚ある丈だ。それもみな子供の着物だ。一枚は俺が着にやならぬし、五枚の着物を貴様に一枚やれば、モウあとは四枚だよ』 弥次彦『ヤアこの婆、なかなか洒落てけつかる、風流婆アだなア』 婆『定つた事だ、何事も執着心を棄てて、風流で胸の垢を洗濯婆アだ。お前も早う身魂の洗濯をせないと云ふと、腹の中に毛虫がわいて、弥次身中の虫となつて、お前の肉体を亡ぼす様になるぞ』 弥次彦『婆さま、オツト待つた、俺は亡者じやないか、一旦亡びた者が復亡びるといふ事があるかい』 婆『顕幽一致、生死不二だよ。今の娑婆に居る奴は、肉体は生きて居るが、霊はみな死にたり、腐つたり、亡びて了つて居るのだ。併し乍ら、貴様は感心な事には、肉体は亡びたが、まだ霊に生命があるワイ』 弥次彦『定つた事だい、せいめい無垢の生粋の大和魂だもの。万劫末代朽つる事なく亡ぶ事なき霊主体従の弥次彦さまの本守護神は、永世不滅の神の分霊、万劫末代生通しだ。肉体は亡びても、吾々の霊は至極健全だ。これから三途の河を横渡りをして、心の鬼も地獄の鬼も片ツ端から言向和し、地獄を化して天国とする覚悟だ。オイ婆ア、貴様もコンナ所に弱い者苛めをして、亡者に対し剥取強盗をするよりも、早く改心を致して俺のお伴をせないかエーン』 与太彦は、 与太彦『オイ弥次彦、しやうもない事を言ふない。地獄開設以来、三途川の鬼婆と云つて、この河に備へ付の常置品だよ。ソンナ者でも閻魔の庁へ連れて行つたが最後、天則………ドツコイ地獄則違反者だ………と云つて、罪に罪を重ねる様なものだよ』 弥次彦『さうだな、出雲姫の様な美人を連れて、閻魔の庁へ出立するのは気分が良いが、斯う苔の生えた枯木の様になつた骨董品を伴れて行くのは、弥次彦もチツト迷惑だ。……オイ婆ア、お前何時までも此川辺に、コンナ事をやつとるのが面白いのかい』 婆『何が面白からう、これも仕方がないワ、木蓮尊者の母親ぢやないが、罪の塊で、因果が廻り来て、コンナ人の厭がる役を、よい年してやらされて居るのだよ。俺はモウ駄目だ、終身官だから、辞職する訳には行かぬワイ』 弥次彦『それを聞けば、何だかチツト、哀憐の心が起つて来たワイ。一層の事、一思ひにこの川へ、バサンと投げ込みてやらうか。さうすれば、地獄の苦を逃れて、お前も幸福だらうに』 婆『婆サンとやつたつて駄目だよ。善の道を破産した俺だから、到底救はれる予算が立たぬワイ』 弥次彦『アヽ三途がないなア、かはいさうな者だ。ナント詮術なきの川水、ミヅバナ垂らして握飯に固めて、ムスメのお世話になつた御主人様に、有らう事か有るまい事か、食べさそうと致し、おまけに小便茶をも勧めた天罰は覿面に廻り来つて、三途川の鬼婆とまで成り果てしか、アヽ思へば思へばいぢらしや、弥次彦同情の涙に暮にけりだ』 音彦『アハヽヽヽ、面白い面白い、弥次喜多道中は、冥土へ来てもヤツパリ、五十三次気分がするワイ、音彦はまるで大井川の川縁に着いた様な心持がするワイ』 弥次彦『大井川なら、この婆を大井に川いがつてやるのですな、アハヽヽヽ』 この時いかめしい装束をした一人の男、金剛杖をつき乍ら、トボトボと歩み来たりぬ。能く能く見れば、ウラル教の大目付、源五郎なりける。弥次彦は見るより、 弥次彦『ヤア貴様はウラル教の源五郎だナ、俺が猿山峠の麓の森林で、華胥の国に遊楽する折しも、しやうもない夢をば、与太公に見せよつて、驚かしよつた腰抜野郎だらう。馬からひつくり返つて、四足に圧搾されて、背中に腹は替へられぬぢやない、馬の背中で腹を抉られて、蛙をぶつけた様に、目をクルクルと剥きよつて死ばつた代物だらう。サア好い所へ来よつた。こちらは三人貴様は一人だ。娑婆に居つた時は此方は三人貴様の味方は五十人、五十人でさへも敗北した様な腰抜だから、到底叶ふまい。貴様の着物を一切脱ぎ取るのだ、サアサア脱いだり脱いだり』 音彦は、 音彦『オイオイ弥次、婆アサンの職権まで蹂躙すると云ふ事があるかい』 弥次彦『モシモシ、お婆アサン、此所ちよつと代理権を執行致しますから、事後承諾を願ひます』 婆『ハーイハイ、宜しき様に………お前に一任致すぞや』 弥『音彦さま、サアどうだ、是からこの弥次彦が、お婆アサンの代理だ。脱衣婆アといふ職権ができた。婆アサンの片相手は、お弥次サンに定つてるよハヽヽヽ。オイ源五郎、婆アサンのおやぢだ。娑婆に居つた時は弥次彦だが、今は三途川の鬼おやぢだ。キリキリチヤツト脱いで了ヘツ』 源五郎は、 源五郎『ヤア、仕方がない、ソンナラ脱ぎませう。一枚でこらへて下さいや』 弥次彦『エー執着心を持つな、真裸になれ』 源五郎『それでもまだ此先、十万億土も旅をせにやならぬのだから、お慈悲に一枚は残して下さいナ』 弥次彦『エツ一枚脱ぐも三枚脱ぐも、脱ぐのに違ふた事があるか、生れ赤子になるのだよ』 源五郎『ナント、お前さまはエライ権利を持つてますなア』 弥次彦『定つた事だよ、泥棒権利の執行者だ。キリキリチヤツト、裸になつたり裸になつたり』 源『アヽもう斯うなつては源五郎もサツパリ源助だ、娑婆に居る時には、立つ鳥も落す勢であつたが、可愛い女房には別れ、生命より大事と蓄めた財産は弊履の如く打棄てて、身軽になつて此処へ来たと思へば、この薄い着物まで剥がれて了ふのか、アヽ仕方がない。どうしたら宜からうかナア』 弥次彦『エー女々しいワイ、郷に入つては郷に従へだ。娑婆の理窟は冥土には通用せぬぞ。泥棒にも三分の理窟があるのだ。脱衣爺の命令は全部服従……否盲従するのだ。亡者が亡者に従ふのは所謂亡従だよ。アハヽヽヽ』 源五郎『アヽ仕方がありませぬ、脱がして戴きます』 弥次彦『貴様が脱いだ後は、俺も裸で困つて居るのだから、右から左へスツと着替へるのだ。…………オイ与太公、此奴ア、大分沢山に着て居よるから、貴様と分配して、着々歩を進めるのだよ』 源五郎『お前さまも、裸の辛い事は御存じでせう。自分の苦しみにつまされて、私を不憫とは思ひませぬか』 弥次彦『エー八釜しいワイ、暗がりの世の中だ。一々目をあけて居つたならば、一日も生活が出来るものかい。何事も人の憐れは、見ざる、聞かざる、言はざるで…………自分の一身一族を保護するのが当世だよ。まだまだ是では済まぬぞ、貴様の持物をみな脱いで了へ』 源五郎『これ丈褌まで脱いで了つたぢやありませぬか、この上何を脱ぐのですかい……』 弥次彦『定つた事だよ、親譲りの………貴様はまだ洋服を着て居る。靴も、手袋も、頭巾も、何もかも、みな脱ぐのだ。貴様は娑婆に居る時から、彼奴は鉄面皮だと言はれて居つたぢやらう。その鉄面皮を此処で脱がしてやらう。舌も千枚舌だと言ふ事だから、一枚は助けてやるが、九百九十九枚まで此処で抜き取るのだ。コレコレ婆アサン、釘抜を貸しテンかいナ』 婆『ハイハイ、おやぢ彦の言ふ事なら、何でも聞きませう。釘抜がチツト錆びて居るけれど、此奴の舌も錆びてゐるから、合ふたり、叶ふたりだ、ワハヽヽヽ』 弥次彦『ヤア気の利いた婆アだ、流石俺の女房丈あるワイ、………オイ源公、千枚舌を出せ…………口を開け…………』 源五郎『アーア仕方がない、冥途の法律に従はねばならぬか。ソンナラどうぞ、ヤンワリと抜いて下さい』 弥次彦『よしよし』 と云ひつつ、釘抜を以て源公を大地に仰向けに寝させ、右の足を頭にグツと乗せ、 弥次彦『イヨー沢山な舌だワイ………此舌は放蕩を舌、一枚……オイオイ与太公、貴様は勘定役だ。音彦は受取つて下さい。……この舌は違約を舌……オツト二枚……こいつは間女房を舌……オツト三枚……こいつは讒言を舌、オツト四枚だよ、……こいつは失敗を舌、オツト五枚だ………こいつはアフンと舌、オツト六枚………こいつはインチキを舌……道傍でウンコを舌……遠慮を舌……ドツコイ遠慮会釈もなしに乱暴を舌……強欲を舌……ウツカリ舌……スベタに現を抜か舌……姦通を舌……人を監禁舌……苦面を舌……喧嘩を舌……善悪を混同舌……散財を舌……要らぬ心配を舌……狡猾い事を舌……民衆運動を煽動舌……探偵を舌……損を舌……畜生を殺舌……掴まへ損なひを舌……而も三五教の宣伝使を……手癖の悪いことを舌……遁亡を舌……難儀を舌……物に窮迫舌……人を見殺しに舌……憎まれ口を叩いた舌だ……盗みも舌……猫婆も舌……無報酬の飲食を舌……神に反対を舌……貧乏を舌奴を圧迫舌……憤慨も舌……変改も舌……人の金で漫遊を舌……無理も舌……斤量の目盗みも舌……悶着も舌……魂の宿替も舌……それは良心の転宅だ……隠険なことも舌……嘘つきも舌……縁談の妨害も舌……欲な企みも舌……乱痴気騒ぎも舌……悋気も舌……不在の宅を狙つて○○を舌……猟師をして沢山な畜生も捕獲舌……論にも杭にもかからぬ様な議論も舌……忘八苦も舌……意地の悪い事も舌……エー閻魔さまの眼鏡に叶はぬ様な事も沢山舌……人をおど舌……霊界物語の邪魔も舌……俺もモウウンザリ舌…是でまだ六十枚だがモウ良い加減に止めに舌がよからうかアツハヽヽヽ』 音彦『随分沢山な舌ですネー、音彦感心しま舌、ワアツハヽヽヽ』 弥次彦『此奴は、何時も数多の人間を顎で使ひよつて、舌長に物を吐かす舌たか者だから、舌の根も随分強くつて、この三途川の鬼爺も、大変な苦労を舌、アーア舌抜き商売も、懲々舌わい、ワツハヽヽヽ』 婆『これはこれはおやぢ彦、偉い苦労をかけま舌、これで一寸源五郎の制敗も一部落着いた舌と云ふものだ』 源五郎『アーア辛い目に逢ふたものだ。三味線の糸ほど引締められて、撥を当てられ、お前のお好きに紫檀棹、源五郎も是で無罪放免にして貰ひませうか』 婆『まだまだ……此処はこれでよい、この河を渡つて向ふへ行つたら、今度はお前の腕を抜くのだよ』 与太彦は面白さうに、 与太彦『アヽそうかいな、痛いかいな、苦しいかいな』 弥次彦『コラ与太公、ソンナ陽気な事を言ふとる場合ぢやないぞ、改心をせぬか、緊張せぬかい、お弥次彦が舌を抜いてやらうか』 与太彦『オイ弥次彦、よい加減にコンナ殺生な商売は辞職したらどうだい』 弥次彦『八釜し云ふない、モウ少し勤めさして呉れ、……恩給年限が満つるまで……』 与『貴様はどこまでも、徹底的に欲な奴だナ、欲々の体主霊従の性来ぢやと見えるワイ。世の中で他人がよく云はぬのも当然だ』 婆『サアサア弥次彦サン永々お世話だつた。只今限り解職する、速くこの河を渡りしやれ』 弥次彦『ヤア何だ、何時の間にか河が無くなつて了つた。かわい女房に生別れと云ふ場面だナ。オイ婆ア、折角な綺麗な河を何処ヘスツ込めて了つたのだい』 婆『お前の罪が薄らいだから、河はモウ流して了つたのだよ』 弥次彦『河を流すとは妙だな、ヤツパリ現界とはすべての光景が河つて居るワイ……ヤア面白い、茫々たる原野と俄に早替り、活動写真を見とる様だ……是れは是れはお婆アサン、永らく御厄介に与りました。頭の一つもおなぐり惜いが、私も先が急きますから、これで垢の別れを致しませう。これから爺は三人の亡者を連れて、あの世の旅をする程に、おばば、後の供養をしつかり頼むぞや。極楽と言ふ立派な所へ行つて半座を分けて待つて居る、一時もはやく、第二の娑婆を振り棄てて、おやぢの側へやつて来て呉れ、万劫末代、一蓮托生、必ず忘れて呉れるなよ』 与太彦は吹き出して、 与太彦『アハヽヽヽ、何を吐しよるのだ、アンナ老婆と一蓮托生になつて堪るかい』 弥次彦『それでも袖振合ふも他生の縁よ「ヤアおやぢサン、ばばア……」と仮令半時でも縁を結んだ以上は、夫婦には違ない、夫婦の情は門外漢の窺知すべき所でない、色気の無い唐変木の容喙すべき限りにあらずだ』 音彦、与太彦、源五郎も一度にふき出し、 音、与、源『アハヽヽヽ、ウフヽヽヽ、エヘヽヽヽ』 (大正一一・三・二三旧二・二五松村真澄録) |
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霊界物語 | 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) | 04 馬詈 | 第四章馬詈〔五五四〕 日の出別神は、サル山峠の頂上に憩へる五人の宣伝使と六公の一行を率つれ、コシカ峠の谷底に蹄の音も勇ましく、轡を連らねて現はれたり。 茲に音彦、弥次彦、与太彦の三人は、谷底の真砂の上に枕を並べて気絶して居る。一同の宣伝使は交る交る河水を掬ひ口にふくんで三人の面部に濺ぎかけた。音彦はウンと一声起き上がり、 音『オイ此処は何処だつたかなア、三途の川を渡つて天の八衢に進んだ積りだに、この川は何時出来たのか、また三途の川が此処へ転宅をしたのではあるまいか』 岩『これこれ音彦サン、あなた気絶して居たのですよ。ここはコシカ峠の谷底です、チト確りして下さい』 音『ウンさうだつたかなア、すつての事で幽界旅行地獄探険をやるところでした。ようまア助けに来て下さいました。未だ未だ現界にご用があると見えますなア』 岩『あるともあるとも、今斯様なところに国替して耐るものか、確りして下さい。之から遥々フサの都に到着してコーカス山に進まねばならぬ。途中に斃られては吾々は幸先が悪いですからなア』 音彦は目を擦りながら、 音『ハア日の出別の神様その他御一同、妙な処でお目に掛りました。イヤお助けに預りました』 岩『音彦サンは、やつとの事で蘇生をして下さつたが、二人の方はまだ魂がへしが出来て居ない。皆さま一斉に魂呼びを致しませう』 一同は声を揃へて一二三四五六七八九十百千万を四五回繰返せば、弥次彦、与太彦はムクムクと動き出したり。 音『ヨー弥次彦サン、気を付けたり。与太彦サン目を開けたり』 弥『銅木像奴が、また手を換へ品を換へ瞞さうと云つたつて、その手に乗るものかい。これ源五郎のサツク奴、三途川の鬼婆の代理を勤めたこの弥次サンだぞ。好い加減に改心せぬかい』 岩『これこれ弥次サン、確りせぬか』 (岩)『これこれ与太サン、確りせぬか』 与『何吐しよるのだ。源五郎のお化奴が』 音『オイオイ、弥次彦、与太彦の両人、此処は冥土ぢやないぞ、コシカ峠の谷底だよ』 弥『ヘン、馬鹿にするない、コシカ峠は疾の昔に空中滑走をやつて首尾よく帰幽したのだ。それから三途の川を渡つて天の八衢の銅木像を今遁走させた処だ。如何に亡者になつたとて、娑婆へ舞ひ戻る奴があるかい、俺は刹那心だ。一足も後戻りは、嫌ひだよ』 音『アヽ困つたものだなア、やつぱり亡者気分で居ると見える。コレコレ弥次サン、与太サン死んで居るのぢやないよ、生て帰つたのだよ』 弥『馬鹿を云ふな、死んだ者が二度死ぬ前例があるかい。生き返るも跳ねかへるもあるものかい、お前の修羅の妄執をサラリと捨てて、十万億土の旅をするのだ。顕幽境を異にしたこの幽界で幾何娑婆が恋しうても一旦往くところ迄往かねばならぬのだ。今は中有だ。やがて生有が来るであらう、それまでは幽界の規則を遵奉して神妙に旅行するのだ、ノウ与太公』 与『エヽ弥次サン、些と変ぢやないか、何だか娑婆臭くなつて来たやうだよ。日の出別の神様もお見えになつて居る。沢山の宣伝使も御列席だ。好い加減に目を醒まさぬかい』 弥『馬鹿云ふな、日の出別の一行は俺等よりも先に幽界旅行だ。銅木像の化の奴が日天様に頭を打ちよつて遁走した後へ現はれて来られたぢやないか』 岩『彼奴は一つ水の吹きやうが足らぬ、いつその事、身体ぐち此川へドブヅケ茄子とやつたらどうだらう』 与太彦は泣き声を出して、 与『モシモシ宣伝使様、折角助かつたものを、ソンナ事をして貰つたら土左衛門になります。それだけは何卒許してやつて下さいませ。アーア弥次彦はなぜコンナに分らぬのだらうか、可愛さ余つて憎らしうなつて来たワイ』 と与太彦は力限り鼻を捻上げる。 弥『アイタヽヽ、冥土へ来ても未だ改心をせずに俺の鼻を捻ぢよつて、貴様きつと地獄の鼻責に遇はされるぞよ』 一同『アハヽヽヽ』 弥『何だ、人が鼻を摘まれて苦しんで居るのに、敬神の道を伝ふる宣伝使たるものが、可笑しさうに笑ふと云ふ事があるものか。冥土の道連に貴様の命も奪つてやるのだけれど既に死んだ奴だから奪る命もなく、エヽ残念な事だ。鬼にでも遇つたら全部告発してやるからさう思へ』 与『エヽ仕方の無い奴だナア。此奴甦りそこねよつて、身魂の転宅をやらかし発狂しよつたな』 と拳骨を固めて横面をポカンと撲る。その勢に弥次彦はヒヨロヒヨロとひよろつき、石に躓きばたりと倒けた。 弥『アイタヽヽ、やつぱり痛い事が分る哩、さうすると未だ娑婆に居つたのかいなア。ヤア日の出別さま、鷹サン、岩サン、梅サン、駒サンに音サン、与太彦に、もう一匹のお方』 音『アーア、お前はそれだから困るのだ。性念がつくと直他のお方を捉へて一匹だなんて口の悪い男だナア』 弥『ヤア矢張本当だ。コシカ峠の谷底だつたワイ』 一同『気が付いた、気が付いた。サア祝に祝詞の奏上だ』 と一同は真裸となつて川に飛び込み、御禊を修し天津祝詞を奏上する。 日『オー思はぬ時間を費やした。コーカス山の神務が忙しい。吾々はお先に失敬する、皆様悠り後から来て下さい』 と云ひながら馬の手綱を掻い繰り空中目蒐けて鈴の音、轡の音勇ましく、シヤンコシヤンコと空中指して昇り行く。 岩『ヨー遉は日の出別の神さま、天馬空を行くと云ふ離れ業は、吾々の如き力の無い宣伝使では到底望まれない。皆サンこれからフサの都に急ぎませう。弥次彦、与太彦、モ一人のお方、悠り後から来て下さい』 六人の宣伝使は轡を並べて駆け出さむとする。弥次彦は馬の轡をぐつと握り、 弥『マア待つた待つた、二人の裸人はどうして下さるのだ』 岩『みな一枚づつ脱いで借して上げませうか』 一同『宜敷からう』 と上着を一枚づつ脱ぎ、 一同『三人様、後から悠り来て下さい。貴方は二本足、吾々は四本足に乗つて居るのだから、到底追つけない。フサの都で待つて居ます』 と駿馬に鞭ち雲を霞とかけ去りにける。 弥『アア世の中は妙なものだワイ、三途川の鬼婆が、裸体の吾々を捉へて衣服が無ければ親譲りの皮衣を出しよらぬかと吐しよつたに、遉は三五教の宣伝使、立派な着物を脱ぎ捨てて惜し気もなく二人に与へて往つてしまつた。オイ与太、羽織ばかり貰つたところで、仕方が無いぢやないか、帯もなし、袴もなし、生憎針も糸も持つて居ないから、仕立直すわけにも行かず、アヽこれだから独身生活は困ると云ふのだ。青瓢箪のやうな嬶はあつても、高取村まで帰らねばお目に懸る訳にも行かず、電話でもあつたら掛けて呼び寄せるのだけれど、仕方がないなア』 与『良い事がある、羽織を倒まにして袖に両足を突込めば立派な袴が出来る。さうして上に羽織を着るのだ、もう一枚の羽織を前後にして着さへすれば好い、何と妙案だらう』 弥『妙案々々、しかし帯は如何するのだい』 与『帯は其辺の蔓をむしつて臨時代用だ。これを着て久し振り女房の家へ帰り、門口に立つて、女房喜べ、背中がお腹になつたぞよ、とかますのだ。そこで女房の奴、一つ逃れて又一つ』 弥『オイオイソンナ滑稽を云つて居る場合ぢやないぞ、ソンナ事は五十万年後未来の十九世紀とか云ふ時の、ガラクタ人間の近松とか出雲とか何とか云ふ坊主上りが作る文句だ。今は天孫降臨前の原始時代だ。未来の夢を見る奴があるかい』 与、六『ウフヽヽヽ』 弥『お前は何処から降つて来たのだ、何といふ男だい』 六『ハイ、私は六といふ男でございます』 弥『何うせろくでも無い奴だと思つて居つた。ろくろくに挨拶もしよらぬと何だい、その六ケしい顔は』 六『どうぞ以後お見知り置かれまして、お六つまじう末長く御交際を願ひます』 与『アハヽ此奴は面白い、三人世の元だ、いよいよ之からコシカ峠の四十八坂を跋渉し、ウラル教の奴輩を片端から言向け和し、フサの都に凱旋をするのだ。何時迄もコンナ谷底に呆け顔してウヨウヨして居るのも気が利かない。さあさあ馬丁、馬の用意だ』 六『馬ア何処に居りますか』 弥『何、膝栗毛だ。心の駒に鞭打つて敵の牙城に突撃を試むるのだ。一二三四、全隊進めツ』 与『オイオイ弥次公、四とは何だ、三人より居ないぢやないか』 弥『馬鹿云ふな、守護神がついとるぞ、サア詔直して今度は一人二人で勘定だ。俺が一つ標本を出してやらう、俺が、一人二人三人四人五匹六匹七人八匹九匹十人十一匹十二匹、と斯う云ふのだよ』 与『怪体な勘定だな、何故ソンナ人と匹とを混合するのだい』 弥『極つたことよ、人間が三人に守護神が三人、四つ足が六匹だ、貴様等の守護神は一匹二匹で沢山だよ』 与『馬鹿にしよる、エヽ仕方がない、一匹でも連が多い方が道中は賑やかだ、オイ六人六匹突喊々々』 と馬鹿口を叩きながら絶壁を、木の株を力に坂道まで漸く辿り着いた。 弥『アヽ此処だ此処だ、ウラル教の奴、数百人をもつて吾々を囲みよつた所だ。弥次サン与太サンの古戦場だ。亡魂が此辺に迷ふて居るかも知れぬ。記念碑でも建ててやらうかい』 与『アハヽヽ、好く洒落る奴だナア』 六『之から先には四十八坂と云ふ大変な峻い坂がありますぜ、まア悠りと此処で休息して行きませう、大分に長途の旅で疲れましたからなア』 弥『馬鹿にするない、長途の旅か一寸の旅か知らないが、今此処の谷川から漸く此処まで登つて来たばかりぢやないか』 六『私は宣伝使のお伴をしてサル山峠の頂上から七八里の道をテクツて来ました、足が草臥れて居ます、一寸一服さして下さいな』 弥『何だ、八里や十里歩いたつてそれ程苦しいか、俺たちは今十万億土の旅をして来たところだ。それでも俺のコンパスはコンナものだい。アハヽヽヽ』 かく雑談に耽る折しも、数千頭の野馬群をなして此方に向つて駆け来る。 六『ヤア有難いものだ。天の与へた野馬に乗つて往く事にせう、鞍もなし裸馬に乗るのは野馬なものだが、仕方がないワ、もしも野馬と一緒にこの渓谷に辷り落ちて又もや弥次サンや、与太サンのやうに冥土の旅をするやうになつたら後世の人間が此処は六道の辻の六公の終焉地だ。野馬の落ちた処や、野馬渓だと記念碑でも建てて名所にするかも知れぬぞ。オイ、野馬公の奴、六サンの仰せだ、馬匹点検だ、全隊止まれ。ヤアこの野良馬奴、吾輩の言霊を馬耳東風と聞き流しよるナ、余り馬鹿にするない』 馬『モシモシ三人の足弱サン、私に御用ですか、賃金は幾何出します』 六『ヨー此奴、勘定の高い奴だナ、ウラル教だな。世が曇つて来ると馬までが化けよつて人語を使ふやうになつて来る哩、もう世の終りだ』 馬『馬でも物を言ひますとも、狐でも狸でも物を云つてるぢやないか』 弥『何処に狐や狸が物を云つてるかい』 馬『お前サンの腹の中から副守護神とか云つて喋つて居るよ。狐が物言ふのに馬が物云はれぬと云ふ規則があるか、お前も聞いて居るだらう「馬が物云ふた鈴鹿の坂で、お三女郎なら乗せうと云た」この馬サンも女なら乗せたいのだけれど、ソンナ欠杭の化け物見たやうな唐変木を乗せるのは些と背が痛い。しかしお三の変りに狐三匹乗せてやらうか、お前のやうな奴は、世間から「狐を馬に乗せたやうな奴」だと云はれて居るから名実相伴ふ、言行一致三五教の教理の実現だ。どうだ、この馬サンのヒンヒン、ヒントは外れはせまい』 六『馬いこと吐しよる、馬鹿々々しいが、今日は弥次彦、与太彦サンの御命日オツトどつこい再生日だから、お慈悲で乗つてやらうかい、貴様もこれで後の世には人間に生れて来られるワ、宣伝使を乗せた御利益と云ふものは偉いものだぞ』 馬『人間を乗せるのなら有難いけれど、狐や狸の容器を乗せるかと思へば情なくなつて来た。ヒンヒンヒン、貧ほど辛いものがあらうか、四百四病の病より、辛いのは狐狸に使はれる事だ。アヽ慈善的に四十八坂を渡つて野馬渓の実現でもやつて、末代名を残さうかな』 弥『こりや怪しからぬ、迂濶乗れたものぢやないぞ』 馬『人には添ふて見い、馬には乗つて見いだ、サア早く乗らぬかい、貴様は毎時真つ暗な処へ嬶アの目をちよろまかして、金を盗んで、行灯部屋に放り込まれ、終には馬をつれて帰る代物だよ。馬に送つて貰ふのは、一寸願つたり叶つたりだ、ヒンヒンヒン』 三人『エヽ八釜しい哩、それほど頼めば乗つてやらう』 と、数十の馬を目蒐けて飛びついた。 弥『ヤア此奴は宛が違つた、睾丸のある奴だ。同じ乗るのなら牝の方に乗り換へてやらうか、身の過失はのり直せだ』 馬『ドツコイ、さうは行かぬぞ、乗りかけた船ぢやない馬だ。もうかうなつては此方の者だ、鷲掴の源五郎のやうに、急阪になつたら前足を上げてデングリ返つて背で腹を潰してやるのだ。ヤア面白いおもしろい』 与『俺のは牝だ、此奴は些と温順しいらしいぞ』 六『俺のも牝ぢや』 弥『ヤイ八釜敷いわい、馬がヒンヒン吐してビン棒籤を抽いて困つて居るのに、貴様迄が同じにヒンヒンと吐すな、ヒンの悪い』 数多の馬声を揃へて、 馬『ヒンヒンヒン、ヒンヒンヒン』 (大正一一・三・二三旧二・二五加藤明子録) |
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霊界物語 | 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) | 05 風馬牛 | 第五章風馬牛〔五五五〕 三人は駻馬に跨り放屁の砲撃を受けながら小鹿峠の急阪を一目散に登り行く。 弥『長鞭馬腹に及ばずだ、エー邪魔臭い、鞭は無用だ』 と馬上より惜し気もなく鞭を投げ捨てた。 馬『無智な奴の、人三化七に鞭の必要があるものかい、牛飲馬食の大将奴、もう此処らで一つ直立してやらうかい』 弥『馬公の奴、減らず口をたたくな。古今無双の乗馬の達人、弥次彦サンを知らないか、愚図々々吐すと胴腹を締めて息を止めてやらうか』 馬『ヒヽヽヽヽヒンヒン、可笑しい哩、蚊の一匹も留つたやうな感覚も起らぬワ、狐の容器奴が』 弥『オイ、畜生、口が過ぎるぞ。主人に向つて無礼であらうぞ』 馬『ヒヽヽヽヽヒン、美ん事仰有る哩、轡も嵌めずに馬に乗る奴があるかい、余程いい頓馬だな』 弥『頓馬とは貴様の事だよ』 馬『弥次彦の馬鹿者奴、お竹の宿で小便を飲まされよつて、此奴は馬の小便ぢや無からうかと馬首を傾けて思案した時の可笑しさ、屁馬ばつかりやる奴だな。それだから馬抜野郎と言ふのだ』 弥『エー、能く囀る頓馬野郎だ、轡は無し一寸困つたな』 馬『轡が無けりや乗るない、貴様は木馬で結構だ。何でも今の奴は金の轡さへ嵌めさへすれば温柔しくなるのだよ、如何だ、金を持つとるかい』 弥『俺も貴様のやうな頓馬だから此頃は手許不如意でヒンヒン(貧々)だ。オイ与太彦、貴様の馬は如何だ』 与『乗心地が良いワ。女偏に馬の字に跨つた様な気分だよ』 弥『エー仕方が無いワ、コンナジヤジヤ馬に乗り合したのが災難だ。オイ六サン、お前は如何だい』 六『俺もチヨボチヨボだ、乗心地が良いよ、何とも言へぬ良い気持だ。丁度金竜、銀竜に乗つとる様な股倉加減だよ』 弥『エー、異馬々々しい、貧乏籤を抽いたものだワイ』 馬『オイ弥次サン、お前は弥次馬だから仕方が無いよ。マア馬の俺の背中から空中滑走をやつて着陸して頭をポカンと割つて、ま一遍十万億土へ行つて来い、さうすれば立派な馬に乗れまいものでも無いワ』 弥『エー、能う口答をする馬鹿野郎だナア』 馬、鬘を振り立て目を瞋らし口を開けてガブツと腕を噛みかけやうとする。 弥『コラ、何をしやがるのだい、ジヤジヤ馬奴が、貴様等に噛まれて堪るかい』 馬『直立しやうか、貴様は四足の容器だから一遍ぐらゐ人間らしう直立した馬に乗つて見るも良からう』 弥『コラ、馬は馬らしうせぬかい、四足が立つて歩くといふことは天則違反だぞ』 馬『ヒンヒンヒン、それは貴様の事だ。四足身魂が偉相に、立つて歩くのが何が不思議だい、ヒンヒンヒン』 弥『エー仕様の無い奴だ、もう暇を遣はす、これから親ゆづりの膝栗毛に乗つて歩かうかい、胴柄ばかり大きくて、屁ばつかり達者な頓馬野郎奴、止まれ止まれ、下りてやらう』 馬『下さぬぞ下さぬぞ、下す所が違ふワ。も少し待つて居れ、この先に大変な断巌絶壁があつて、谷底には猿捉茨が一面生えてゐる、そこまで行つて下してやらぬと根つから興味が薄い哩』 弥『此奴は聊か迷惑千万馬の、閉口頓首ぢや』 馬『今に閉口頓死だよ』 弥『何を吐しやがるのだ、落すなら落して見よ。貴様の鬘に喰ひついて居るから貴様も一所に猿捉茨の中に埋没だ。死んだ馬につけたら能う動かぬほど、其処になつたらドツサリと賃銀をはりこんで与る哩』 馬『サア之からだ、一ン二ン三ンツ』 弥『コラ、暴れるな、静にせないかい、俺は貴様が暴れると喰ひついて血を吸ふてやるぞ、それでも可いかエーン』 馬『何だか、チツポイ人間だと思つたら貴様は蚤の如うな奴だ。馬偏に蚤といふ奴は騒ぐに定つてる。ヨシ之から一騒ぎだ、覚悟せい』 弥『もう仕方が無い、馬上悠かに此世の名残りに飲食でもやらうかい。馬よ騒げよ、一寸先や闇だ、蚤が食ひついて飲食だ、これが牛飲馬食だ、チツト噛つて遣らうかい』 馬『ヒンヒンヒン、貧相な奴だな、品格の悪い』 弥『何だ、宣伝使の人格を品等すると言ふ事が畜生の分際としてあるものかい』 馬『ヤア、もう斯うなつたら破れかぶれだ、ジヤジヤ馬だ』 と言ふより早く鬘を震つて直立し、前後左右に二三間ばかり空中に跳び上り狂ひ廻るにぞ、 弥『コラコラ静にせないか、目が廻るわい、目どころか、山も道もみんな廻り出したワイ、ジヤイロコンパスの様に、そこらが廻転し出した哩、いい加減に静まらないか』 馬『何、貴様が落ちる所まで暴れるのだ。今に冥土に送つてやるのだ』 弥『鳴動も爆発もあつたものかい、これだけクルクル廻る地球上は俺も嫌になつた哩、何でも世の立替が急速度を以て開展して行くと見えるわい。アーア、能く廻る世の中だ』 馬『輪廻に迷ふ浅間しさ、回天動地の神業に参加すると貴様は毎時も吐いてゐるが如何だい、回天動地の大事業は馬サンの活動に勝るものはあるまい、一分間に八千回、回転するジヤイロコンパスよりも早い俺の放れ業には感心したか』 弥『恐れ入つた、もう耐へて呉れえ』 馬『醜態見やがれ、一体俺を誰だと思つてるのだ』 弥『畜生の馬公ぢやないか』 馬『馬鹿だな、俺は木花姫の分霊だ、罵倒観音だ。すなはち馬頭観音様だよ』 弥『これはこれは、失礼いたしました、何卒許して下さいませ』 馬ブウブウブスと音を立てて屁のやうに消えて仕舞つた。 弥『アヽア、大変だつた、恐い目に遭はされた。オー与太公、六公、貴様、馬は如何したのだ』 与、六『馬を如何したつて、誰が馬に乗つたのだい』 弥『貴様、今いい気でヒン馬に跨つて此処まで来たのぢやないか』 二人『馬鹿言ふない、俺たちは親譲りの交通機関でてくつて来たのだ、貴様も矢張り何だか妙な面をしよつて目を塞いだまま歩いて居つたぢやないか、歩きもつて夢を見よつたのだな、気楽な奴だ、アヽコンナ奴と道連れになるのも頼りない事だナア』 弥『ハテ、面妖な、合点の往かぬこの場の光景、何物の仕業なるぞ』 与『アハヽヽヽ、何だ、大きな目を剥きよつてコンナ処で芝居をやつたとて誰も観客は出て来はせないぞ。ど拍子の抜けた銅羅声を出しよつて、団栗眼を廻転させて大根役者奴が、何の真似だい、チツト春さきで逆上せよつたな、アハヽヽヽヽ』 弥『そうすると矢張り夢だつたかいな』 与『一遍手洗を使はむかい、恍け人足奴、貴様は図体ばかり仁王の荒削り見たいな奴だが、大男総身に智慧が廻りかねか、独活の大木、胴柄倒し、困つた奴だナア。この与太サンは身体は小さくても山椒小粒でもヒリリツと辛いと言ふ哥兄サンだぞ』 弥『チヤチヤ吐すない、鶏は跣足だ』 与『馬は大きうてもふりまらだ、チツト褌でも締めて、しつかりせむかい、アハヽヽヽ』 弥『この小鹿峠はやつぱり噂の通り化物峠だ、しつかりせむとお三狐にちよろまかされるぞ』 与『アハヽヽヽ、吐したりな吐したりな、自分がちよろまかされよつて憚りさまだ、この与太サンはチツト身魂の製造法が違ふのだ。貴様のやうな粗製濫造とは聊か選を異にしてゐるのだぞ、喃う六公』 六『恰で弥次サンは六道の辻に亡者が迷ふた様な人ですな』 与『オイオイ、亡者の序に向ふを見よ、沢山の亡者が来るぢやないか』 弥『貴様こそ恍けて居よる、彼奴は牛じやないか』 与『牛だからもうじや』 弥『何を吐しやがる、コンナ処で口合ひを出しやがつて』 六『くちあいものには蝿が集るか、アハヽヽヽヽ』 弥『真実に沢山なもう公ぢや、オイ如何だ与太公、馬を牛に乗り換へたら』 与『乗り換へるも乗り換へぬもあつたものかい、馬に乗つた覚えがないぢやないか』 牛の群ドシドシと三人の前に突進し来たる。 与『牛公の奴、貴様の喧嘩ぢやないが天地間は、もちつ、もたれつぢや。如何だ、附合に俺を一つ乗せて行かないか、附合ぢやと言つても俺を突いては困るよ』 牛『もう止めておこかい、もう昧頑固なもう碌を乗せたつてもうからぬからな』 与『此奴、洒落た事を言ひよる、一寸談せる哩、乗つてやらうか』 牛『乗るなら乗れ、その代りに牛々言ふ目に遇はされるぞ』 与『何を吐しよるのだ、ソンナ不心得の事をしよつたが最後、貴様のどたまをトン骨とやつて肉は喰ひ皮は太鼓に張つてやるのだ』 牛『マア兎も角、乗つたが良からう』 与『ヨー有難い、牛に引かれて善光寺詣りと言ふ事は聞いて居るが、牛に乗つてコーカス詣りか。合ふたり、適ふたり、開いた口に牡丹餅、三口にしんこ、四つ口に羊羹、○○に踵、ピツタリコだ。水も漏らさぬ仲となつてコーカス詣でだ』 牛『オイ与太公、俺の朋輩は百人、貴様の連れは三匹だ、この中から選挙して何れなつと乗るが宜からう』 弥『サアサア選挙権の所有者は三人だ、被選挙権者も三匹だ、如何だ、普通選挙でやらうかな』 牛『如何でも宜いワ、早くやらないか』 与『一人一票だ、俺は赤の牝だ』 牛『貴様、矢張り牝が好きだな、余程あかだと見える哩』 六『俺は白の牝だ』 牛『白い牛に烏のやうな男が乗ると似合はないぞ、一層黒にして乗つてやれ』 六『俺は牛に乗るのはしろ人だから白にするのだ。黒に乗つて、苦労するのは困るからのう』 弥『俺は選挙権の棄却だ』 牛『神聖な一票の選挙権を放棄すると言ふ事があるものか、立憲政治を何と心得てゐる』 弥『俺は馬に乗つた夢を見て、懲り懲りした、もうもう乗り物は廃止だ。これからボツボツとてくる事にしやう、乗つた所で牛の奴、足が遅いから却てテクが良い訳だ』 与『ソンナラ俺は乗せて貰はう。オイ六公、貴様も乗つたり』 六『乗らいでか、ロハで乗せてやらうと言ふのだもの、コンナ安価い乗り物があるかい、サア白サン、赤サン、歩いたり歩いたり』 赤、白『ヤア当選の光栄を得まして有難うございます』 与『極つた事だ、一騎当千の英雄豪傑が乗つて居るのだもの、当選するのは当然だ、サア進んだり進んだり』 赤『オイ、与太サン、この先へ行くと峻い阪がある、その阪まで行つたら直立するから覚悟してお呉れや』 与『よしよし直立せい、俺は貴様の角に喰ひ付いて居るから大丈夫だよ』 白『これこれ六サン、俺もチヨボチヨボだ、この先へ行くと羊腸の小径がある、そこを通る時は如何しても直立せねばならぬから、しつかりなさいよ、千人の者が九百九十九人まで落ちて死ぬ処だから……』 六『ヤアソンナ処があるのかい、ソンナラもう此処で破約だ、小便だ、下して呉れ』 白『下して堪るか、喃、赤公』 赤『極つた事だ、下すのはまだ早い、断巌絶壁で振り落してやらうかい』 与『ヤア此奴洒落た事を吐いてゐよる、エー、仕方が無い、思ひ切つて空中滑走だ。一、二、三つ、ドスン、アイタヽヽヽ』 弥『オイオイ貴様、何だ、二人とも道を歩きもつて跳び上りよつて地べたにへたつて、アイタタもあつたものかい、しつかりせぬか』 与『オレは、もうもう、牛々云ふ目に遭はされちやつた』 弥『如何したと言ふのだ、夢を見たのぢや無いか、歩きもつて夢を見る奴が何処にあるかい』 与『何を吐しよるのだ、歩きもつて夢見るのは貴様が教祖ぢやないか、俺も競争して夢を見てやつたのだ、ナア六公、貴様も碌でもない夢を見たのだらう』 弥『アハヽヽヽヽ、神様は偉いものだ、俺が夢を見たと言つて襤褸糞に笑ひよるものだから罰は覿面、貴様も同じ様に歩きもつて夢を見せられよつたな。これだからアルコールの脱けた甘酒のやうな低脳児と同行するのは困ると言ふのだ』 この時山岳も崩るる許りの怪音が聞えて来た。三人は驚いて目を醒せば豈図らむや小鹿峠の道端にコクリコクリと居睡つて居た。 三人『アーア偉い夢を見た喃、夢の中に夢を見たり、何が何だか有名無実、曖昧朦朧、アア小鹿峠だ、こしつかりと腹帯でも締めて行かうかい』 (大正一一・三・二三旧二・二五北村隆光録) |
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霊界物語 | 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) | 07 難風 | 第七章難風〔五五七〕 小鹿峠の急阪を、弥次彦、与太彦、勝彦、六公の一行は、岩根に躓き、木の根に足を掻き、右に倒れ左に転けどつくりの口から出任せ、野趣満々たる俄作りの宣伝歌を謳ひ乍ら、爪先上りの雨に曝され掘れたる路を、千鳥の足の覚束なくも、喘ぎに喘ぎ上り行く。塵も積れば山となる、一尺一尺跨げた足も、始終休まぬ四十八坂を、心ばかりの勝彦が、自慢お箱の十八番の阪の上に、やつと上つて、鼈に蓼を噛ました様な荒息を継ぎ乍ら親も居らぬにハア(母)ハアと息をはづませ辿り行く。 勝『皆サン、此見晴らしの佳い所で、暫くコンパスの停車をして、浩然の気を養つたらどうですか』 弥『サア誰に遠慮会釈もありませぬワ、公然と休養致しませう、天洪然を空しうする勿れだ。しかし休養序に一つ石炭の積込をやりませうかい、斯う云ふ適当な港口は、この先には滅多に有りますまい、どうやら機関の油が涸れさうになつて来ました』 勝『何分アンナ堅い所へ格納されて居たものだから、サツパリ倉庫は空虚になつて了つた、何をパクついて可いか、肝腎の原料はないのだから仕方がありませぬワ、腹の虫が咽喉部まで突喊して来て、切りに汽笛を吹きます、せめて給水なりとやつて、芥を濁したいが、生憎谷は深し、起臥進退維谷まると云ふ腹具合ですワイ、何とか良い腹案はありますまいかな』 弥『オー此処にお粗末な、火にも掛けぬのに焦げた様な色のした握飯が、〆て二個ありますワイ、三途川の鬼婆アサンから記念の為に貰つて来た、形而上の弁当だ、噛む世話も要らねば、五臓六腑にお世話になる面倒も無い。これなつと食つて、唾液でも呑み込んで、食つた気分になりませうかい』 与『オイオイ弥次彦、あた汚い、貴様はまだ娑婆の妄執………オツトドツコイ幽界の妄執が除れぬと見えて、婆アだの、ハナ飯だのと、不潔い事を囀る奴だ、可い加減に思ひ切つたらどうだい』 弥『山に伐る木は沢山あれど、思ひ切るきは更にない………あの婆アサンの、厭らしい顔をして、歯糞だらけのくすぼつた歯を、ニユーツと突出し「親譲りの着物をこつちやへ渡せ」と吐しよつた時の面付を、どうして思ひ切る事が出来るか、飯食ふたびに握り飯のことを思ひ出して、ムカムカして来るワイ』 与『どこまでも弥次式だな、夫れほど恐ろしい婆アに、なぜ貴様は一蓮托生だとか、半座を分けて待つて居るとか、ハンナリとせぬ、変則的なローマンスをやりよつたのだ、得体の知れぬ唐変木だなア』 弥『そこは、外交的手腕を揮つたのだよ。燕雀何ぞ大鵬の志を知らむやだ、至聖大賢の心事が、朦昧無智の人獣に分つてたまるものかい』 与『人獣とは何だ、俺が人獣なら貴様は人鬼だ』 弥『定つた事だよ、天下一品の人気男だもの、それだから、閻魔サンでさへも跣足で逃げる様な、あの鬼婆アが、俺にかけたら、蛸か、豆腐のやうに骨無しになつて仕舞ひよつて目まで細くして、ミヅバナの混つた涎を垂れよつた位だもの………貴様は俺の人気男を実地目撃した正確な保証人だ、勝彦や、六公にも吹聴せぬかい、俺の戦功を報告するのは貴様の使命だ、縁の下の舞と埋没されては、吾々が苦心惨憺の神妙鬼策も何時の日か天下に現はれむやだ』 与『アハヽヽヽ、貴様どこまでも弥次式だな』 弥『定つた事だ、シキだよ、天下一品の色魔だよ。老若男女、貴賎貧富の区別なく、猫も杓子も、鼬も鼈も、蝸牛もなめくぢりも、牛も馬も、この弥次サンに向つては皆駄目だ。アヽ人気男と言ふものは随分気の揉めるものだ。冥土へ行けば行くで、優しうもない脱衣婆アまでが、強烈なる電波を向けるのだから、人気男の色男といふ者は変つたものだよ、古今にその類例を絶つと云ふチーチヤーだ、チーチヤー貴様もこの弥次彦にあやかつたらどうだ』 勝『アハヽヽヽ、ナント面白い人足………オツトドツコイ人気男に出会したものだナア』 弥『ヤア勝サン、お前は私の知己だ、英雄の心事を知る者は、君たつた一人だよ。人気応変、活殺自在、神変不思議の、赤門出のチヤキチヤキのチーチヤアだからネ』 与『アハヽヽヽ、開いた口が塞がらぬワイ』 弥『開いた口が塞がるまい、牛糞が天下を取るぞよ、コンナお粗末な弥次の弥次馬でも、馬糞の天下を取る時節が来るのだから、あまり軽蔑して貰ふまいかい、アンナものがコンナものになつたと云ふ仕組であるぞよ』 与『イヤー吹いたりな吹いたりな、三百十日の大風のやうだのう』 弥『三百十日と云ふ事があるかい、二百十日だらう』 与『馬鹿言へ、貴様は三百代言をやつておつた男だ、十人十日口だと吐して、その日暮しの貧苦の生活に苦しみ、三つ違の兄サン………と云ふて暮して居るうちに』 弥『何を吐しよるのだ、そりや貴様の事だよ、俺ん所は人も知る如く、高取村の豪農だ、下女の一人も使ひ、僕の半人も使つた門閥家だぞ』 与『アハヽヽヽ、半人の僕とは、そらナンダイ』 弥『きまつたことよ、允請ポリスを置いた事だよ』 与『ポリスでも判任官か……判任官の目下ぢやないか』 弥『その点はしつかりと判任せぬワイ、マアどうでも好いワ、貴様も一人前の人間になるのだ。一人一党主義で、快活に誰憚る所もなく、無限の天地に活躍するのが人間の本分だ』 与『エーソンナ雑談は中止解散を命じます』 弥『聴衆一時に立ち、喧々囂々収拾す可らずと云ふ幕だな、アハヽヽヽ』 勝『何と云つても、吾々は米喰ふ虫だ、腹が減つては戦が出来ない、何とか兵糧を工面せなくてはなりますまい』 六『御心配なされますな、今日の兵站部は私が担任致しませう、お粗末な物であなた方等のお口には合ひますまいが、大事なければ、召あがつて下さいませ』 と背中の風呂敷から固パンを出した。 勝『アー有難い、腹がカツカツして殆ど渇命にも及ばむとする所だつたよ』 弥『コラコラ六でもない事を言ふない、六公、人様に物を上げるのに、粗末だとか、お口に合ひますまいとか、そら何んだ、チツト言霊を慎まないか。これは美味しいから献げませう、うまいから食つて見て下さいと言ふのが礼儀ぢやないか……、ナンダ失敬な、食はれぬ様な物や、粗末なものを人に進上するといふ事があるかい。神様に物を献げるのにも、蜜柑の五つ位のピラミツドを拵へて、蕪や大根人参位をあしらひ、千切や昆布、和布、果実、小鮎、ジヤコ位をチヨンビリ奉つて、海河山野種々の美味物を、八足の机代に横山の如く置足らはして奉る状を、平けく安らけく聞し召せ、ポンポン………とやるぢやないか』 六『ハイハイ、あなたの御趣意は徹底しました。併し乍ら私の本心は、この麺包は美味しい結構なものだと思つて居るのだが、一寸遠慮をして、お粗末だとか、お口に合ふまいと言つたのですワ』 弥『口と心の違ふ横道者だナア、虚偽虚飾パノラマ式の生活を続けて、得々然として居るとは、何と云ふ心得ちがひだ。ソンナ事を言ふ奴は、五十万年未来の十九世紀から二十世紀の初期にかけて生れた、人三化七の吐く巧妙な辞令だ、チツト確乎せぬかい』 六『益々以て不可解千万、合点の虫がどうしても検定済みにして呉れませぬワイ』 弥『まだ貴様は分らないのか』 六『日本や支那の道徳を混乱して言つたつて和漢乱は当然ぢやないか、神様は正直と誠実の行ひをお喜びなさるのに、ナンダ、お粗末の物を、ホンの後家婆アの世帯ほど八百万の神様に奉つて、相嘗めに聞し召せとか、海河山野の種々の美味物だとか、横山の如く置足らはしてとか、現幽一致に御透見遊ばす神様の前に、虚偽を垂れて、商売繁昌、家運長久、子孫繁栄、無病息災、願望成就、天下泰平、国土成就、五穀豊穣なぞと、斎官共が吐すぢやないか、一体全体この点が腑に落ちないのだよ』 弥『分らぬ奴だなア、この天地は言霊の幸はふ国だ、悪い物でも善く詔直すのだ。少い物でも沢山なやうに宣り直すのだ、貴様の様に、善い物を悪いと言ひ、美味い物をまづいと云ふのは、言霊の法則を破壊すると云ふものだ。世は禁厭と言つて、勇んで暮せば勇む事が、とつかけ引つかけ現はれて来る、悔めば悔むほど悔み事が続発するものだ、それだから人間は、言霊を清くせなくてはならないのだよ』 六『モシモシ弥次彦サン、チツトの物を沢山だと言ひ、味無い物を美味い物と云ふのは、いはゆる羊頭を掲げて狗肉を売るといふものぢやないか。ソンナ事をすると、現行刑法第何条に依つて詐欺取財の告発を為られますよ。訳の分らぬ盲ばつかりの人間が集つてたかつて拵へた法律でさへも、是丈に条理整然として居るのだ、况して尊厳無比なる神様の御前に、詐欺をやつて良い気で済まして居れると思ふのか、無感覚にも程が有るぢやないか』 弥『定つた事だい、人間は神様の水火から生れた神の子だ、少しでも間隔があつて堪らうかい、無かんかくが当然だよ』 六『ヤア妙な所へ脱線しよつたな、本当に脱線もない………』 弥『脱線は流行ものだい、工事請負人と○○と結托して○○をやるものだから、広軌鉄道であらうが、電鉄だらうが、直に脱線転覆する世の中だ、善人は悪人と見做され、悪人は脱線して善人になると云ふ暗がりの世の中だ、吁脱線なる哉脱線なる哉だ、アハヽヽ』 勝『広軌鉄道とか電鉄とか云ふものは、それや何処に敷設されてるものですか』 弥『ヤア此れから数十万年後の、餓鬼道の世の中の、文明の利器と云ふ名の付く化物のことだよ。アハヽヽヽ』 六『随分あなたの滑車は能く運転しますな、万丈の気焔を吐いて、我々を煙に巻き、雲煙糢糊として四辺を包む態の鼻息、イヤモウ恐縮軍縮の至りですよ』 与『随分巨大なクルツプ砲が装置されて有ると見えますワイ、ホー砲、砲、砲、ホー』 弥『定つた事だよ、与太公や六公の様な、与太六とはチツト原料が違ふのだ、特別大極上等の、豊富なる原料を以て、鍛錬に鍛錬を加へ、製造したる至貴至重なる身魂の持主だ、古今に類例を絶つと云ふ逸物だから、何と言つたつて、弥次彦の足型をも踏めさうな事はないのだ』 勝『モシモシ弥次彦サン、あなたは余程自尊心の旺盛強烈なる御人格者ですネー、自分を称して弥次彦サンと敬語を使ひ、友人に対しては、与太公だの、六公だのと、恰も君王が僕に対する様な傲慢不遜の御態度、三五教の信者にも似合はぬお振舞、どこで勘定が違つたのでせう。これもやつぱり脱線の世の中の感化をお受けになつたのぢやありますまいかな』 弥『ソンナラ是から与太彦サン、六公サンと詔り直しますが、しかしよく考へて見なさい、神を敬する如く人を敬し、我身を敬すべしと云ふ信条が三五教の何処に有つたやうに思ひます。我々は無限絶対力の至貴至尊の大神様の水火を以て生れ出で、天地経綸の司宰者たる特権を賦与されて居る者ではありませぬか、人は神なり、神は人なり、神人合一して茲に無限の権力を発揮するのでせう。吾々の霊肉共に決して私有物ではありませぬ、みな神様の預り物です、さうだから、弥次彦サンと云つたつて別に少しの矛盾も撞着もないぢやありませぬか。神素盞嗚尊様は、大蛇を退治て、串稲田姫と芽出度く偕老同穴の契を結び給ふた時に、自分の胸を抑へて「あが御心すがすがし」と、自分が自分の心を敬はせ給ひ、天照大神様は「われは天照大神なり」と自ら敬語をお使ひになつた。昔の帝様は葛城山に狩猟をなされた時にも、その御腕に虻が食ひ付いた、その時に「あが御腕虻かきつき」と詔らせ給ふたぢやありませぬか、これを見ても敬語と云ふものは、どこまでも使用せなくてはなりませぬよ、決して等閑に附すべき問題ではなからうと拝察するのです。今の奴は、君主でもない友人に対して、君とか、賢兄とか言ひ、僕でもないのに僕だとか拙者だとか云つて、虚偽の生活を送り得意がつて居る逆様の世の中だ、自分の父ほど賢い者は無い、母ほど偉い者は無いと心の中で褒めて居乍ら、愚父だとか、愚母だとか言ひ、自分の息子は悧巧だ、他家の息子は馬鹿だ、天保銭だと心に思ひ乍ら、自分の子を称して、愚息だとか、拙息だとか豚児だとか吐き、他人の馬鹿息子や、鼻垂小僧を御賢息だとか、御令息だとか言つて、嘘で固めてゐる世の中だ。本当に冠履転倒とはこの事だ。女郎の言ひ分ぢやないが、「口で悪う言ふて心で褒めて、蔭ののろけが聞かしたい」と云ふ様な、娼婦的奴根性の人間許りだから、世の中は逆様ばつかり出来るのだ。一日も早く三五教の教理を天下に宣明して、第一着手として、この言霊の詔直しを始めなくては、何時までも五六七の神政は樹立さるるものではありませぬワイ』 勝『イヤア是は是は結構な御託宣を承はりました、斯う云ふお話は度々教へて下さいませ。私も宣伝使となつて、この通り変幻出没、自由自在の活動を続けて来ましたが未だその点に気が付いて居なかつたのです…………吁、何処にドンナ人が隠れて居るやら、何時神様が口を藉つて、戒めて下さるやら、分つたものぢやない。アヽ有難い有難い、惟神霊幸倍坐世、惟神霊幸倍坐世』 与『コレコレ弥次彦サン、お前は又、日頃の言行にも似ず、今日に限つて何故ソンナ深遠な教理を説いたのだい』 弥『ナニ、ナンダカ口が辷つて、中から何者かが言ひよつたのだい、弥次彦の知つた事かい、アハヽヽヽ』 勝『ヤア六サン、結構なお弁当を沢山頂戴いたしました、これで元気も快復しました。サア徐々御一同様、テクル事に致しませうかな』 弥『コレコレ勝彦サン、表は表、裏は裏だ、この道中にソンナ几帳面な挨拶は免除して下さいな、互に無駄口の叩き合で、われ、俺で行きませうかい、何だか肩が凝つて疲労の度を増す様だから…………のう勝公、与太六』 与『与太六とはあまり酷いちやないか』 弥『面倒臭いから、与太公と六公とを併合したのだ、会社でもチツト左前になると併合するものだよ』 与『今俺はパンを鱈腹食つたのだ、空腹前所か、これ見い、この通りの太つ腹だ』 弥『ホンにホンに、全然鰒の横飛見たやうな土手つ腹だな、蟇の行列か、鰒の陳列会か、イヤモウ何んともかとも形容の出来ないお姿だ、コンナ所を三面記者にでも見つけられた位なら、直に新聞の材料だよ。アハヽヽヽ』 折から小鹿山の山颪、木も倒れ岩も飛べよと許りに吹き来る。 弥『ヨー風の神、一寸洒落てゐよるなア。吹くなら吹け、大砲の弥次彦がご通行だ、反対に吹飛ばしてやらうか』 与『アハヽヽヽ、偉い元気だのう、しかし何ほど弥次サンが黄糞をこいて、金の目を剥いて気張つた所で、的サンは洒々落々、風馬牛といふ御態度だから、如何ともする事は出来まいかい』 弥『ヨーヨーこれや意外の強風だぞ、二人づつ肩と肩とをから組んで進まうかい…………与太六、貴様は一組だ、弥次彦は勝公と手を組んで、単梯陣を張つて、驀地に進軍だ。小舟に乗つて大海を渡る時にも、暴風怒濤に出会つた時には、舟と舟と二艘一所に合はして連結んで置くと、容易に顛覆せないものだ。舟じやないけれど、吾々は風に対する風船玉の難を避ける為に、連結んで風の波を漕ぎ渡る事とせうかい。グヅグヅして居ると小鹿峠の渓谷へ顛覆沈没の厄に遭ふかも知れない。サアサア早く早く、連結んだ連結んだ』 四人は二人づつ肩と肩とを組み合せ、風に向つて強圧的に、前方三十五度の傾斜体で坂路を跋渉する。 与『イヨー此奴ア猛烈だ、今日に限つて風の神の奴、どう予算を狂はせよつたのか、勿体なくも、天地経綸の司宰者たる人間様が御通行遊ばすのに、恐れ気もなく前途を抗塞するとは、不都合千万だ。ヤア六公、しつかりせぬかい、吹き飛ばされるぞ』 六『これ位な風に吹飛ばされる気遣はないが、弥次彦サンの気焔には随分吹飛ばされさうだ。アハヽヽヽ』 弥『コラコラ、貴様何をグヅグヅ言つて居よるのだい、この烈風に確乎勇気を出して進まないと、内閣の乗取は不可能だぞ、グヅグヅしてると、九分九厘行つた所で流産内閣になつて了ふかも知れないぞ』 与『エー八釜しう言ふない、如何に神出鬼没の勇将でも、ハヤこの風に向つて、どうして突喊が出来るものかい、千引の岩でさへも中空に巻きあげると云ふ様な風の神の鼻息だ、チツト風の神も、聞直して呉れさうなものだな、この谷間へでも落ちて見よれ、又候幽界の旅行をやらねばならぬぞ』 弥『そら何を幽界、悲観するな、モツト愉快になつて、風を突いて突進するのだ』 与『何と云つても貴様のやうな無茶な事は、俺には到底不可能だ。如何に人間が賢いと云つてもコンナ記録破りの暴風に出会しては、人間としては到底不可抗力だ、………オイ一寸そこらで一服したらどうだい』 弥『三五教に退却の二字はないぞ、どこ迄も唯進むの一事あるのみだ。一度に開く梅の花、何時までも風の神だつて、さう資本が続くものぢやない。グヅグヅ吐かすと足手纏ひになるから、貴様と俺とは最早国交断絶だ、旅券を交附してやるから、サツサと本国へ引返したが宜からうぞ』 与『アーア仕方のない頓馬助だナア……オイ六公、マア見とれ、向意気ばつかり強いが、タツタ今風に煽られて、再幽冥界の探険と出かけるのが落だぞ』 この時山岳も崩れ、蒼天墜落するかと思はるる許りの音響と共に、最大強烈なる暴風吹き来るよと見る間に、弥次彦の羽織袴の袂に風を含んで、勝彦と手を組んだまま、中空に吹あげられ、空中飛行の曲芸を演じつつ、風に追はれて谷間の彼方に、悠々として姿を隠した。不思議や烈風は、嘘をついた様にケロリと歇んだ。 与『ヤア大変だ、意地の悪い風だないか、弥次彦を吹飛ばして置きよつて、それを合図にピタリと休戦の喇叭をふきよつた様なものだ』 六『あまり弥次公は大法螺をふくものだから、風の神の奴、一つ懲しめてやらうと思つて、何でも早うから作戦計画をやつて居つたのに違ないぞ、何だか夜前から雲行が悪いと思つて居つた。ヤア夫れにしても吾々はこの儘に放任して置く訳には行かず、滅多に天上した気遣はなからうから、吾々両人は此処で一つ捜索をせなければなるまいぞ』 与『ナアニ、彼奴ア風に乗つて、コーカス山へお先へ失礼とも何とも言はずに、参詣しよつたのだらうよ。アハヽヽヽ』 六『ソンナ気楽な事を言ふて居る場合じやあるまい、是から両人協心戮力して、両人が在処を探さうじやないか』 与『探すもよいが、拙劣に間誤つくと、冥土の道伴にならねばならないかも知れないぞ、俺はモウ冥土の旅は一度経験を積んだのだから、余り苦しいとも思はぬが、貴様は初旅だから勝手も分らず、随分困るだらうよ』 六『エーろくでもない事を言ふものじやないワ、言霊の幸はふ世の中だのに』 与『風玉の災する世の中だ、アハヽヽヽ』 二人は弥次彦、勝彦の散りて行つた方面を指して、顔の色を変へ乍ら、急いで元来し道に引返し、二人の所在を捜索することとなつた。吁、二人の行衛はどうなつたであらう。 (大正一一・三・二四旧二・二六松村真澄録) |
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霊界物語 | 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) | 08 泥の川 | 第八章泥の川〔五五八〕 果しも知れぬ枯野原、神の恵も嵐吹く、濁り切りたる川の辺に、二人は漸く着きにける。 弥『ヤ、何だい、又もや幽界へ逆転旅行だな、オウ此処は三途の川だ。勝公、ナンデもこの辺に俺のなじみの頗る別嬪が、楽隠居をやつて居る筈だがナア』 勝『弥次彦サン、此処はどうやら娑婆気の離れた処のやうですなア、小鹿峠を暴風に梳づり、突貫の最中何だか気が変になつたと思つたが最後、局面忽ち一変して草茫々たる枯野原になつて居る、別に飛行機に乗つた覚えもないのに、何時の間にコンナ処に来ただらう、哲学者たら云ふ奴の好く云ふ夢中遊行でも遣つたのぢやあるまいか。誰か催眠術の上手な奴を連れて来て、早く覚醒でもさして呉れないと、まかり間違へば幽界旅行となるかも知れないなア』 弥『知れないも何もあつたものか、正に幽界旅行だ、此処は三途の川の渡場だよ』 勝『それにしては、婆アが居らぬじやないか』 弥『この頃は物価騰貴で収支償はぬと見えて、廃業しよつたのだらうよ、それよりもマア俺の昔なじみの別嬪が囲つて在るのだ、それに面会さして遣らうかい』 勝『貴様は何処までも弥次式だな、処もあらうに怪態の悪い、三途の川の傍に妾宅を構へると云ふ事があるものかい』 弥『それでも向ふが妾宅したのだから仕方がないさ。新月の眉濃やかに、緑したたる眼の光り、鼻の恰好から口の恰好、ホンノリとした桃色の頬、それはそれは何ともかとも云へぬ逸品だよ』 勝『ヨウ、ソンナ逸品があるのか、俺にもいつぴん見せて呉れぬかい』 弥『洒落ない、これから千騎一騎だよ、青、黒、赤、白、橄欖、種々雑多の百鬼千鬼万鬼と格闘をせなければならないのだ。アハヽヽヽヽ』 勝『何者が現はれ来るとも、神変不可思議の言霊の武器を使用すれば大丈夫だ、夫よりも早くその逸品とやらを、御高覧に供へ奉らぬかい』 弥『よしよし驚くな、随分別嬪だぞ、一度お顔を拝んだが最後、万劫末代五六七の代までも忘れることの出来ないやうな、すごい様な恐ろしい別嬪だ。一寸俺に随いて来い、それ其処に見越しの松といふ小ちんまりとした、妾宅があると思つたのは夢だ、茅葺の雪隠小屋のやうな中に、今頃はビイビイチヨンだ』 勝『怪体な言を云ふぢやないか、何がビイビイチヨンだい』 弥次彦は藁小屋の戸の隙より一寸覗いて、 弥『ヤー御機嫌だなア、また遣つて来ました、オツトドツコイ女房の脱衣場のお婆アサン、二世の夫天下一品の色黒い男、弥次彦サンだ、早う戸を開けぬかい』 藁小屋の中より、 婆『エーエーまた来たのか、よう踏み迷ふて来る餓鬼だな、この川は一遍渡つたら渡る事の出来ぬ三途の川だのに、何しに娑婆から冥土に踏み迷ふて来るのだい、娑婆の幽霊奴が』 弥『コラコラ夫婦と云ふものは、ソンナ水臭いものぢやないぞ、三途の川と云ふからは三度までは、渡るのは当り前だ。飯でも一日に三度は食はねばその日が暮れぬのだ、娑婆の幽霊とはそれや何をぬかしよるのだい』 婆『お前は娑婆の幽霊だよ、幽霊会社に首を突き出したり、幽霊株を振り廻したり、これやちつと有利得の株だと云へば、欲の皮を突つ張つて、身魂を汚し、女房子供に苦労をさせ、世間の奴に迷惑をかけ、どうして娑婆に立つて行けやうかなぞと、腰から足の無い奴の様に、藻掻きよつて宙ぶらりの影の薄い代物だ。娑婆の幽霊と云ふたのが何が不思議だい。幽冥界には貴様のやうな亡者は一人も居らないぞ、学亡者の親方奴が』 弥『コリヤ婆ア、それや何ぬかしよるのだ、女房が老爺をぼろ糞に言ふと云ふ事があるものか、貞操と云ふ事を知つて居るか、不貞腐れ婆奴が』 婆『不貞腐とは何だ、女ばかりが不貞腐れぢやない、男の奴にも沢山不貞腐れがあるぢやないか。貴様は何だ、娑婆に居つて彼方へ小便ひつかけ、此方へ糞をひつかけ、隣の嬶をチョロマカシ、近所の娘を誑かし、嬶アが古くなつたと云つては、博労が馬か牛を入れ替する様に、人間を畜生か機械の様な扱をしよつて、不貞腐れの張本奴が。この婆は斯う見えても地獄開設以来、この川端で規則を守つて職務忠実に勤めて居るのぢや、貴様のやうに月給が高いの安いの、此処は辛度いの楽だのと、猫の目のやうにクレクレと変りよつて落着きのない我楽多人間とは、チート訳が違ふのだよ。又しても又しても、この婆に厄介をかけよつて、モウ好い加減に退却せい、貴様の来るのはモチツト早いワ。此処へ来るのは、娑婆の罪を亡ぼした奴の来る所だ。貴様は罪悪の借金を沢山積んで居るから、モツトモツト苦しい目をしてから出て来るのだ。罪悪の借金を娑婆へ残して、コンナ処へ逃げて来るとは、余り狡いぢやないか、薄志弱行にも程があるワ、この三途の川はドンナ所だと思つて居るか、貴様の身魂を洗濯する所かい、天で言へば天の安河も同様な処ぢやぞ』 弥『エー八釜敷い、口の好い嬶だ、女賢しうて牛売りそこなふと云ふ事がある、折角夫婦になつてやつたが、今日限り三くだり半をやるから覚悟せい、夫婦喧嘩は犬でも喰はぬと云ふが、この弥次彦サンはソンナ執着心のある男ぢやないぞ』 婆『誰が弥次彦の女房になると云つたか、貴様が勝手に此前に踏み迷ふて来た時に、わしの名は弥次彦だから、お前の老爺彦だと言ひよつて、自分一人できめたのでないか、正式結婚でもなけりや、自由結婚でもない、貴様の方は何ほど縁談を申込んでも、此方の方から真平御免だ、肱鉄だ。この広い幽冥世界に貴様の女房になる奴は、半人でも四半人でも在ると思ふか、余り自惚するない、罪悪に満ちた娑婆でさへも、愛想をつかされた結果、コンナ結構な地獄に出て来よつて、女房ぢやの、ヘツたくれぢやのと、何を劫託云ふのぢや、此処に釘抜きがあるから、舌でも抜いてやらうかい』 弥『コラ古婆、それや何を吐しよるのだ、貴様は世間見ずだから、ソンナ馬鹿な事を言ふのだ。廿四世紀の今日に、原始時代のやうな、古い頭を持つてゐるから判らぬのだ、今日の娑婆を何と考へて居る、天国浄土の完成時代だ。中空を翔ける飛行機飛行船はすでに廃物となり、天の羽衣と云ふ精巧無比の機械が発明され、汽車は宙を走つて一時間に五百哩といふ速力だ、蓮華の花は所狭きまで咲き乱れ、何ともかとも知れない黄金世界が現出して居るのだ。それに貴様は開闢の昔から涎掛を沢山首にかけて道端にチヨコナンと、番卒の役を勤めて居る奴の様に、コンナちつぽけな雪隠小屋に焦附きよつて、娑婆が何うだの斯うだのと云ふ資格があるか、廿四世紀の兄サンだぞ』 婆『さうかいやい、それほど娑婆が結構なら、なぜ娑婆に居つて苦業をせぬのかい、ナンボ開けたと言つても、日輪様が二つも三つも出てをる筈もなからう、何時も何時も満月許りと云ふ訳にも行くまい、五十六億七千万年の昔から変らぬものは誠許りだ。どうだ貴様は物質的の欲望とか、文明とか云ふ奴に眩惑されよつて、視力を失つたのだらう、資力がなくては娑婆に居つたとて、会社の一つも立ちはせぬぞ、株券買ふと云つたつて、株の一枚も買へはしまい、貴様は二十四世紀だと云ふて威張つて居るが、十五万年ほど昔の過去となつて居るのが分らないか、今は一万八千世紀だぞ、古い奴だなア』 弥『オイ婆アサン、一寸待つて呉れ、俺は紀元前五十万年の昔に、娑婆に現はれて大活動を続け、ついたつた今、小鹿峠を宣伝歌を謳つて通つた様に思ふが、何だ、それから十万年も暮れたとは、一寸合点が行かぬワイ』 婆『光陰は矢の如しだと、十八世紀の豆人間が吐き居つたが、光陰の立つのはソンナ遅いものぢやない、ヂヤイロコンパスが一分間に八千回転を廻る様に、世の中は貴様の様な分らぬ奴には頓着なしに、ドシドシと進行して行くのだ。貴様も罪の決算期が来るまで、まア一度娑婆へ帰つて、苦労をして来るが可からうぞ。一時でも早く帰つて民衆運動でもやつて、ポリスの御厄介にでもなつて来い、さうせないと貴様の罪は重いから、この三途の川を渡るが最後石仏を放り込んだ様にブルブルとも何とも言はずに寂滅為楽だよ』 弥『オツト待つた、一旦亡者になつたものが、また川へはまつて、寂滅為楽と云ふ事があつてたまるかい、訳の分らぬ婆だなア』 婆『貴様は分らぬ訳だ、娑婆の奴は二重転売と吐かして、一遍売りよつて二度売つたり仕様もない六〇六号の御厄介にならねばならぬ様な腐れ女に、涎を垂らしながら揚句の果てには二次会とか三次会とか吐かして騒ぐぢやないか。それさへあるに一夫一婦の天則を破り、第一夫人第二夫人だの、第一妾宅だの第二第三、何々妾宅だのと洒落よつて、体主霊従のありつ丈けを尽して居る虫けらの如うな人間許りだらう。現界の事は直に幽界に写るのだ、一遍死んだ位ぢや死太い身魂が、仲々改心いたさぬから今一遍出直し、それでも改心せずば三遍四遍と何遍でも焼き滅すのだ。貴様は娑婆で廿世紀頃に始まつた三五教の教を聞いてゐるだらう、改心をいたさねば何遍でも、身魂を焼いて遣るぞよと云ふことがあるだらう、今の娑婆の奴は一度死んだら、二度は死なないと、多寡をくくつて居やがるが、一度あつた事は、二度も三度もあるものだぞ、何遍でも死なねばならないぞ』 弥『ヤア、文明の風がコンナ所まで吹いて来よつて、婆の奴この前に旅行した時とは、よほど娑婆気のある事を吐かしよる、かうして見ると時代の力は偉いものだ、幽界までも支配すると見えるワイ』 婆『それや何を幽界、貴様は小鹿峠を通る時に、一方の男の間抜面を見込んで、肩を組み合せ、屁の如うな風に吹き散らされよつて、冥土の道連れに勝公を幽界に誘拐して来よつた奴だ、愚図々々ぬかさずと、もう一遍甦生りて一苦労して来い。まだまだ地獄に出て来る丈け資格が具備して居ないワ、孰れ一度や二度はこの川を渡る丈けの権利は、登記簿にチヤンと附けて、確に保留して置いてやるワ、どうだ嬉しいか』 弥『エヽ、ツベコベと能う吐かす婆ぢやないか、碌な事は一寸も言ひよらぬワイ。道理ぢや、老婆心で吐かすことだから、これもあまり誅究するのは可愛想だ。オイオイ勝公、貴様は何故沈黙を守つて居るのだ、チツト位砲門を開いて砲撃をやつたらどうだい、敵は間近く押寄せたりだ、なにほど堅牢な船だと云つたつて艦齢の過ぎた老朽艦のしかもたつた一隻だよ』 勝『オイ弥次公、場所柄を弁へぬかい、何と云ふたつて此処へ来たらお婆サンの勢力範囲だ、従順に服従するより仕方がないじやないか、魚心あれば水心だ、なアお婆アサン、なんぼ悪道なお役だと言つても矢張血もあり涙もあるだらう、この弥次公は御存じの通り生れつきの弥次的一片の男ですから、お気にさえられず神直日、大直日に見直し聞直して、許してやつて下さいませ』 婆『何と云つてもこの男はこれだから………今度から、先の地獄にやりたいのだけれども、閻魔サマから、何の為めに貴様は、川番をして居つたのぢや、コンナヤンチヤを通過さすと云ふ事があるものか、何で娑婆へ追返さないのかと、免職を喰ふか分らない。サヽ一時も早く尻引つからげて足許の明るい内にいんだりいんだり』 弥『アハヽヽヽ、とうとう婆の奴、本音を吹きよつたな、ヤア面白い面白い、エーこの三途の川をばサンばサンと向ふに渡つて、青黒白赤と種々雑多の鬼共を、片つ端から鷲掴、香物桶の中にブチ込んで、上からグツと千引岩のおもしをかけ味噌漬にして、朝夕の副食物にしてやるのだ、娑婆に居たつて堅パンを一つか三つばかりパクついて、甘いの味ないのと言ふて居るよりも、温く温くの鬼味噌漬だ、稀代の珍味佳肴だ、吾々の前途は有望だ、オツトドツコイ幽霊だ、サアババサン緩りと、水の流れを見て暮シヤンセ、人間は老少不定だ、必ず達者にして暮せよ、アハヽヽヽヽ』 婆『エーエ八釜敷いワイ、渡ろと云ふたつて渡しては遣らないぞ』 弥『何、渡さむと仰有つても渡しは渡しの考へで此渡しを渡つて見せますワイ、渡しの御神徳を川の端から指を食へて見て居て下さいや、お婆アサン左様なら』 婆『オツト待つた待つた、待てと申せば待つたが好からうぞ』 弥『何を吐しよるのだい、春先になるとそろそろ逆上しよつて、三途の川の婆奴、三途のない奴だ、然しながら此川は大変濁つて居るぢやないか、この前に旅行した時とは天地の相違だ』 婆『定つた事よ、娑婆の奴が毎日、日にち汚い事ばつかりしやがつて、結構な水神の御守護遊ばす溝川へ、糞滓、小便を垂流して、一等旅館だの、特等旅館だとか吐いて、そこら中を糞まぶれに汚すなり、サツカリンの這入つた腐つた酒を、ガブガブ飲みよつて肺臓を痛め、そこら中に血を吐き散らすものだから、雨が降る度に皆この三途の川に流れ込むのだ、それだからこの通り川が濁つてしもうのだ、この川の中には貴様の糞も小便も交つて居るワイ、一杯喉が乾いたら飲んだらどうだい』 弥『何を吐かしよるのだ、コンナ物が飲めるかいやい、ソンナ事を聞くとこの川を渡るのが嫌になつて来た、婆の云ふ通イヤだけど、再び娑婆へ引返さうかな』 婆『お前達は糞や小便や血や啖のこの川が汚いのか、お前の身体は何だ、糞よりも小便よりも、鼻啖よりも、もつと穢苦しいぞ、糞の身体が糞水に浸つて糞水を飲むのが、それが、何が汚いのぢや、共飲みぢや遠慮はいらぬ、貴様の物を、貴様が飲むのぢやないかい』 弥『これは怪しからぬ、共食共飲みとは天地の神様に大違反の罪悪だ、人が人を喰ひ、猫が猫を食ふと云ふ事があつて耐らうかい』 婆『吐かすな吐かすな、貴様は親の脛を噛ぢつて食い足らないで、山を飲み家を飲み、まだ喰ひ足らずに蔵を喰ひよつて、揚句の果には可愛い子まで鬼の様に売つて喰ふて、それでもまだ足らいで友達を食ひ、世間のおとなしい人間の汗や脂を搾つて舐ぶり、餓鬼のやうな奴ぢや、余り大きい顔して頬げたを叩くものぢやないぞ』 弥『ヤアこの婆仲々ヒラけてゐよるワイ、一寸談せる奴だ』 勝『定つた事よ、毎日日にち世界中のいはゆる文明亡者が、此処を通過するのだから、門前の雀経を読むとか云ふてな、聞き覚え見覚えて居るのだ、貴様は小学校出、俺は赤門出のチヤーチヤー大先生だと吹きよつたが、このお婆アサンは赤門どころか、よつぽど黒門だ。早稲田大学出身の大博士だ、洋行婆アサンだぞ、うつかりして居ると赤門先生赤恥を掻いてアフンと致さねばならぬぞよ』 弥『コラ、カカ勝公、横槍を入れない、尋常学校の落第生奴が』 勝『今の学校を卒業したつて何になるのだ、碌でもない事ばつかり教へられよつて、尋常の間が本当の教育だ、それ以上になると薩張り四足身魂の教育だ、余り学者振るな、学者の覇の利いた時代は廿世紀の初頭だ、二十四世紀になつて居るのに学のナンノと、学が聞いてあきれるワ』 弥『それでも矢張り形式を踏まねば、ナンボ二十四世紀だとてあまり買手がないぞ、赤門出と云へばアカンモンでも威張つて直に買手が付くし、卒業早々立派な会社の予約済みに成れるのだ』 勝『まるで人間を貨物と間違へてゐる世の中だから仕方がないワイ、時世時節の力には神もかなはぬと仰有るのだから、俺も時勢に逆行する様な、馬鹿でないからまア一寸此処らで切上げて置かうかい。なア赤門先生』 弥『何と云つたつて赤門出は貨物だらうが、物品だらうが、価が好いから、仕様がないワ、この婆アサンのやうに何程大学を卒業したつて、黒門(苦労者)出で何ぼ立派でも使ひ手がないのだ、それだからカンカ不遇で何時も川端柳を見てクヨクヨと、脱衣婆の境遇に甘んぜねばならないのだよ。アヽ私はどうして赤門に這入らなかつたらう、鈍なアカンモンでも赤門出なればドント出世は出来るが、私は又どうして黒門(苦労者)になつただらうといくら悔んでも後の祭りだ、何時の世にも蔓と云ふものをたぐらねば出世は出来はしないぞ。あの芋を見よ、蔓にぶら下つてなつて居るのぢや、それだから游泳術の上手な奴をみんな芋蔓と云ふのだよ』 勝『エヽ訳の分らぬ事を云ふな、まるで薩摩の芋屁でも放つた様な臭い臭い理窟を伸べよつて鼻持ちがならぬワイ。ヤアお婆アサン、長らく御面倒いたしました、末長う宜しうお頼み申します、オツトドツコイ三途の川のお婆アサンにお頼みするやうでは、六な事ぢやない、末長うお頼み申しませぬワ、アハヽヽヽ』 婆『ア、さうださうだ、私の厄介になるやうな奴は、どうで碌な奴ぢやないワ、それよりもお前の連の与太や六が心配をして目を爛らして探して居る。早く帰つてやりなさいよ』 弥『オーさうだつた、ウツカリ婆アサンとの外交談判に貴重な光陰を夢中になつて消費して居つたものだから、二人の奴、俺の記憶から消滅して仕舞つて居つた、消滅地獄に落ちたやうだ。今頃はさぞ心身を焦がして居るであらう程に、もうしもうし勝五郎サンエ、勝チヤンえ、此処らあたりは山家故、オツトドツコイ川べり故、嘸寒かつたで御座んしようなア[※浄瑠璃の『箱根霊験躄仇討』のシャレ。]』 勝『オイしつかりせぬかい、此処は箱根山ぢやないぞ、俺を躄と間違へて貰つては迷惑千万だ』 婆『ヤレこの障子開けまいぞ開けまいぞ、そも三浦が帰りしとは坂本の城に帰りしか、よも此処へのめのめと迷ふて出て来る弥次彦ぢやあるまい、そりや人違ひ、若し又それが諚なれば、コーカス山、アーメニヤ分け目の大事の戦ひに参加もせずに戻つて来る不届者この茅屋根の家は婆が城廓、その臆れた魂でこの藁戸一重破らるるならサヽヽ破つて見よと[※浄瑠璃の『鎌倉三代記』の「三浦別の段」のシャレ。]』 弥『百筋千筋の理を分けて、引つかづいたるあばらやの内、チヤンチヤンぢや』 勝『ハハアそのお言葉を忘れねばこそ、故郷を出て今日まで一度の便りも致さねど、お命も危しと聞くより風に吹き飛ばされ、玉は碎け胸は痛み、眼眩んで三五の道を忘れし不調法、真平御免下されかし、いで戦場へ駆向ひ、華々しき功名して、コーカス山におつつけ凱陣仕らむ』 弥『アハヽヽヽヽヽ』 婆『オホヽヽヽヽ、もう御しばいだよ』 (大正一一・三・二四旧二・二六谷村真友録) |