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書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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221 (1698) |
霊界物語 | 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 | 10 四百種病 | 第一〇章四百種病〔六二一〕 真名井ケ原の珍の宝座に参拝せむと、息せき切つて進み行きたるお楢は、ゆくりなくもウラナイ教の鍵鑰を握れる女豪傑黒姫に説き伏せられ、くれりと心機一変し、手の掌足の裏を覆して、スタスタと黒姫一行を伴ひ、漸く丹波村の伏屋に着きにける。 お楢『モシモシ、ウラナイ教の大将様、此処が私の荒屋で御座います。サアサアどうぞお這入り下さいませ。嘸お疲労でせう』 黒姫『ナニ、これしきの雪道で疲労るやうな事で、三千世界の神界の御用が出来ますものか、ウラナイ教にはソンナ弱虫は居りませぬ、オホヽヽヽ』 お楢『どうぞ気をつけてお這入り下さい、大江山の鬼落しが掘つて御座いますから、ウカウカ這入ると大変な事が出来致します。サアサア私の通る処を足をきめて通つて下され、一足でも外を歩くと、陥穽へ落ち込みますから』 黒姫『ナント用心の良い事だナア、アヽ感心々々、何と云うても比沼の真名井に瑞の霊の悪神が現はれる世の中ぢやから、この位の注意はして置かななりますまい。サアサア、照さま、清さま、私の後を踏みて来るのだよ』 お楢『モウ大丈夫で御座います。サアサアどうぞお上り下さいませ』 黒姫『ハヽア、平助どのはこの井戸の水を汲みて倒けたのだな。ホンニホンニ危なさうな井戸ぢや。お婆アさま、お前も随分年をとつて居るから気を付けなされよ』 お楢『有難う御座います。娘も嘸喜ぶことで御座いませう』 お節は夢中になつて、 お節『青彦さま、青彦さま』 と呼ンで居る。 黒姫『ドレドレ、これから神さまへ御祈念をして上げよう。それについても一つ妾の話を篤りと聞いた上の事だ。お婆アさま、聞きますかな』 お楢『有難い神さまのお話、どうぞ聞かして下さいませ』 黒姫『この娘の病気は、全体けつたいな病ぢや。病気には四百種病というて沢山な病がある。其中でも百種の病は放つて置いても癒る。あとの百種は薬と医者とで全快する。又あとの百種は、神さまぢや無いと癒らぬのぢや。そして、あとの百種は神さまでも医者でも薬でも癒りはせぬ。これを四百種病と云ふのだ。この娘は第三番目に言うた神信心で無ければ到底癒らぬ。お医者さまでも有馬の湯でもと云ふ怪体な粋な病気ぢや、青彦々々と云ふのは、大方妾の使つて居るウラナイ教の宣伝使、今は三五教に呆けて、この間も音彦とやらの後についてウロついて居た男ぢや。この娘が快くなつたら青彦を養子に貰ひ、娘から青彦を説きつけて、又旧のウラナイ教に逆戻りさせる神様のお仕組の病気に違ひない。お婆アさま、これを良く承知して居て貰はぬと癒す事は出来ぬぞい』 お楢『ハイハイ、ドンナ事でも生命さへ助けて下されば承はります』 黒姫『サア、これから日の出神様のお筆先を頂くから聞きなされ、このお節の守護神にも読みて聞かして改心致させねば、三五教の悪守護神が憑いて居るから、追ひ出す為に結構な御筆先を聞かして上げよう。謹みて聞きなされや』 筆先『変性男子の系統の御身魂、日の出の神の生宮、常世姫命と現はれて、高姫の肉体を藉りて、三千世界の世の初まりの、根本の根本の、身魂の因縁性来から、大先祖がどう成つて居ると云ふ事を明白に説いて聞かす筆先であるぞよ。変性男子は経の御役、誠生粋の正真の大和魂、一分一厘違へられぬ御役であるぞよ。毛筋の横巾も変性男子の系統の肉体に憑つて書いた事は間違ひは無いぞよ。三千世界の大立替大立直しの根本の結構な御筆先であるぞよ。変性女子の身魂は緯の御用であるぞよ。緯はサトクが落ちたり、糸が切れたり、色々と致すから当にならぬ悪のやり方であるから、変性女子の書いた筆先も、申す事も、行状も真実に致すでないぞよ。一つ一つ審神を致さねば、ドエライ目に会はされるぞよ。女子の御役は悪役で、気の毒な御用であるぞよ。身魂の因縁性来で、善と思うて致す事が皆悪になるぞよ。善にも強い悪にも強い常世姫の筆先、耳を浚へて確り聞いて下されよ。毛筋も違はぬ誠一つの、生粋の大和魂の、日の出神の生宮の常世姫命の性来、金毛九尾の悪神を、一旦キユウと腹に締め込みて改心させる御役であるぞよ。それに就いても黒姫の御用、誠に結構な御役であるぞよ。竜宮の乙姫さまがお鎮まり遊ばして御座るぞよ。魔我彦には日の出神の分霊、柔道正宗が守護致すぞよ。蠑螈別には大広木正宗の守護であるぞよ。此神一度筆先に出したら、何時になりても違ひは致さぬぞよ。違ふ様にあるのはその人の心が違うからだぞよ。唐と日本の戦ひが始まるぞよ。日の出神の教は日本の教であるぞよ。変性女子の教はカラの教であるぞよ。変性男子の筆先と、日の出神の筆先とをよつく調べて見て下されよ。さうしたら変性女子の因縁がすつくり判りて来て、ドンナ者でも愛想をつかして逃げて去ぬぞよ。アフンと致さなならぬぞよ。常世姫の御魂の憑るこの肉体は、昔の昔のさる昔、またも昔のその昔、モ一つ昔の大昔から、此世の御用さす為に、天の大神が地の底に八百万の神に判らぬ様に隠して置かれた誠一つの結構な生身魂であるから、世界の人民が疑ふのは無理なき事であるぞよ。神の奥には奥があり、その又奥には奥があるぞよ。三千年の深い仕組であるから、人民の智慧や学では、ソウ着々と判る筈は無いぞよ。今迄の腹の中の塵埃をすつくりと吐き出して誠正真の生粋の大和魂に成りて下さらぬと、誠のお蔭を取り外すぞよ。アフンと致して眩暈が来るぞよ。何程変性女子が鯱になりて耐りても、誠の神には叶はぬぞよ。此の肉体は元を査せば、変性男子の生粋の身魂から生れて来た女豪傑、若い時分から男子女と綽名を取つた、天狗の鼻の高姫であるぞよ。今はフサの国の北山村のウラナイ教の太元の、神の誠の柱であるぞよ。此世を水晶に立直す為に、永い間隠してありた結構な身魂であるぞよ。世界の人民よ、改心致されよ。誠程結構は無いぞよ。苦労の花が咲くのであるぞよ。苦労無しにお蔭を取らうと致して、変性男子の系統を抱き込みて、我身の我で遣らうと致したらスコタンを喰うぞよ。開いた口がすぼまらぬ、牛の糞が天下を取るとは、今度の譬であるぞよ。神の申す事をきかずに遣つて見よれ、十万億土の地獄の釜のドン底へ落して了ふぞよ、神界、幽界、現界の誠の救ひ主は、変性男子と日の出神の生宮とであるぞよ。女子の身魂は此世の紊れた遣り方を見せるお役、天の岩戸を閉める御苦労なかけ替への無い身魂であるぞよ。これも身魂の因縁性来で、昔の因縁が廻つて来たのであるから、神を恨めて下さるなよ。吾身の因縁を恨みて置こうより仕方が無いぞよ。天にも地にもかけ替への無い日の出神の生宮が、三千世界の神、仏事、守護神、人民に気をつけて置くぞよ。改心さへ出来て、この常世姫の申す事が判りたら、如何な事でも叶へてやるぞよ。病位は屁でも無いぞよ。魂を磨いて改心なされ。常世姫が気をつけた上にも気を付けるぞよ。俄信心間に合はん。信心は正勝の時の杖に成るぞよ。一時も早く身魂の洗濯いたして、神に縋りて下されよ。昔は神はものは言はなかつたぞよ。時節来りて艮の金神世に現はれて、三千世界の立替へ立直しを遊ばすについて、第一番に、御改心なされたのが竜宮の乙姫様であるぞよ。この竜宮の乙姫様は、黒姫の肉体にお鎮まり遊ばして、日夜に神界の御苦労に成りて居るから、粗末に思うたら、神の気ざわりに成るぞよ。高姫の肉体は元の性来が勿体なくも天の大神様の直々の分霊であるから、日の出神が引つ添うて、世の立替の地となつて、千騎一騎の御活動を遊ばす御役となりたぞよ。金勝要の大神、坤金神も、一寸我が強いぞよ。早く改心なさらぬと、神界の御用が遅れるぞよ。神界の御用が遅れると、それ丈、神も人民も難儀を致すから、早く改心致して、変性男子と常世姫の御魂の宿りて居る日の出神の生宮の申す事を聞いて下されよ。きかな聞くやうに致して改心させるぞよ。三五教は神の気障りがあるから、神は仕組を変へて此の肉体に御用をさして居るぞよ。神力と智慧学との力比べ、常世姫の神力が強いか、変性女子の智慧学が強いか、神と学との力比べであるぞよ。神の道には旧道と新道と道が二筋拵へてありて、何の道へ行きよるかと思うて、神がジツと見て居れば、新道へ喜びて行きよるが仕舞にはバツタリ行当りて了うて、又もとの旧道へ復つて来ねば成らぬ様に成つて了うぞよ。大橋越えて未だ先へ、行方判らぬ後戻り、慢神すると其通り、早く改心致さぬと、青い顔してシヨゲ返り白米に籾が混つた様にして居るのを見るのが、此の常世姫が辛いから、腹が立つ程気を付けてやるが、変性女子が我が強うて、慢神致して居るから、神ももう助けやうが無いぞよ。もう勘忍袋がきれたぞよ。それにつけては皆の者、変性女子の申すこと、一々審神を致してかからぬと、アフンと致す事が出来致すぞよ。常世姫の憑る肉体を侮りて居ると、スコタン喰う事が出来るから、クドウ申して気をつけて置くぞよ』 と厳の御魂の筆先の抜萃した高姫の書いた神諭を、声高々と読み聞かして居る。 お楢は畳に頭を擦りつけ、ブルブルと慄ひ泣きに泣いて居る。お節は発熱甚しく、益々『青彦青彦』と夢中になつて叫びはじめたり。黒姫は清子、照子の二人に向ひ、 黒姫『サアサア妾が今お筆先を拝読いたから、今度はお前さまがウラナイ教の宣伝歌を謡ふのぢや、サアサア早う、言ひ損ひの無いやうに謡ひなされ』 二人はハイと答へて座を起ち、病に苦しむお節の枕辺に廻り、声張上げて、 清子、照子『朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むともウラナイ教は世を救ふ 常世の国の常世姫昔の神代のそのままの 大和魂の生粋で日の出神の生宮と 現はれ出でたる高姫の身魂にかかりて筆をとり 三千世界の梅の花一度に開くことのよし 委曲に詳細に説き諭すたとへ大地は沈むとも 月日は西から昇るとも日の出神の生宮が 書いた筆先言うたこと毛筋の横巾ちがはぬぞ 違うと思ふは其人の心間違ひある故ぞ 昔の神代の折からに世界のために苦労した 高姫、黒姫、魔我彦や高山彦や蠑螈別 いづの身魂と現はれて竜宮さまの御守護で 此世の宝を掘り上げて北山村にウラナイの 神の教の射場を建て世界の人を教へ行く 実にも尊き神の代の其の根本の因縁を どこどこ迄も説き諭す常世の姫のお筆先 昔々の神代から隠しおいたる生身魂 日の出神の生魂で唐も日本も悉く 悪の仕組をとり調べ四方の国々島々に 漏れなく知らす神の道いづの身魂の御教 変性男子の御身魂善の身魂の生粋ぞ 変性女子の瑞身魂悪の鏡と定まりた 善は苦労が永けれど悪の苦労は短いぞ 悪の道行きや歩きよい善の道程険しいぞ 険しい道を喜びて歩いて行けば末遂に 誠も開く神の国広い道をば喜びて 進みて行けば末つひにハタと詰つて茨むら 針に身体をひつ掻いて逆転倒を皆うつて ヂリヂリ舞をしたとてもあとの祭ぢや十日菊 誠の神の申すうち聞かずに行るならやつて見よ 善と悪との立別けの千騎一騎の大峠 変性女子をふり捨てて常世の姫の生宮と 現はれ出でたる高姫の日の出神の御経綸 万劫末代芳ばしき名を残さうと思ふなら ウラナイ教の神の道一日も早く片時も 先を争ひ歩めかし畏き神のウラナイの 誠一つの根本の毛筋も違はぬこの教 神の奥には奥があるその又奥には奥がある 大国常立大神の三千年の御仕組 隅から隅まで悟つたるあの高姫の生宮は 三千世界の宝物広い世界の人民よ 今ぢや早ぢやと早鐘を撞いて知らする常世姫 暗に迷うた身魂をば日の出の守護に助けむと 朝な夕なに一筋に誠の教伝へ行く 常世の姫の真心は善の鑑ぢや世の鑑 誠の鑑はここにある身魂を清めて出て来たら 三千世界が見えすくぞ鎮魂帰神をせい出して 変性女子に倣ふより神から出したこの鏡 一つ覗いて見るがよい三千世界の有様は 一目に見えるこの教ウラナイ教は世を救ふ 誠の道の神ばしら日の出神の生宮が 三千世界の太柱グツと握つて居る程に 世界の事は何なりと常世でなけりや判りやせぬ 真名井の神が何偉い瑞の身魂が何怖い 怖いと云うたら吾心心一つのウラナイ教 心も身をも大神に捧げて祈れよく祈れ 祈る誠は神心あゝ惟神々々 身魂幸倍坐しませよ』 と謡ひ了れば、お節は益々苦しみ悶え、遂にはキヤアキヤアと怪しき声を振り絞り、冷汗は滝の如く流れ出で、容態は刻々に危険状態に入りける。 お楢『モシモシ皆さま、御親切に拝みて下さいまして有難う御座いますが、お前さまが此処へ御座つてから、お節の病気は楽になるかと思へば、一息々々、苦しさうに成つて来る、コラマア何うしたら宜しいのだ。オーンオーンオーン』 黒姫『コレコレお婆アさま、勿体ない事を言ひなさるな。これ程結構な日の出神の生宮の御筆先を読みて聞かし、結構な結構な宣伝歌まで唱へて、夫れで悪うなつて死ぬ様な事があつたら、神さまのお蔭やと思ひなされ。妾ぢやとて何うして一刻も早う楽に仕て上げたい、生命を助けて上げたいと思へばこそ、コンナ山路を雪踏み分けて遥々と来たのぢやないか。コンナ繊弱い妙齢の娘を二人まで連れて此処へ来たのも、神から言へば浅からぬ因縁ぢや。何うなるも斯うなるも神様の思召、仮令お節さまが国替なさつた処が、別に悔むにも及ばぬ、如才の無い神さまが、結構な処へ遣つて下さつて、神界の立派な御用をさして下さるのぢや。お前さまの達者を守り、この家を守護する守り神として下さるのぢや。勿体ない、何を不足さうに、吠面をかわくのぢやい、何うなつても諦めが肝腎ぢやぞへ』 お楢『ハイハイ、有難う御座います。然し乍ら妾の生命を取つて、どうぞお節を助けて下さいませ。それがお願ひで御座います』 黒姫『ハテサテ判らぬ方ぢやなア。何程偉い神さまぢやとて、お前の生命とお節さまの生命と交換が出来るものか。ソンナ無茶な事を言ひなさるな』 お節の容態は益々危篤に成つて来る。黒姫は何とは無しに落ち着かぬ様子にて、 黒姫『コレコレ照さま、清さま、今日は神界に大変な御用がある。サア帰りませう。コレコレお婆アさま心配なさるな。気を確り持つて居なさいよ。私は神界の御用が急くから、今日はこれでお暇致します』 お楢『モシモシお節は助かりませうか、助かりますまいか』 黒姫『いづれ楽になるわいナ。屹度癒る、安心なされ』 お楢『楽に成るとはあの世へ往く事ぢやありませぬか、癒ると仰有るのは、霊壇へ御魂に成つて直ると云ふ謎ではありますまいか』 黒姫『アヽ神界の御用が忙しい。照さま、清さま、サアサアお出で』 と雲を霞と比治山の彼方を指してバラバラと走せ帰り行く。あとにお楢はワツと許り泣き伏しぬ。 (大正一一・四・二二旧三・二六東尾吉雄録) |
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霊界物語 | 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 | 01 春野の旅 | 第一章春野の旅〔六二九〕 風暖かく八重霞春日と伯母はクレさうで クレナイに包む弥生空朧の月は中天に 照らず曇らずボンヤリとかかる山家の夕まぐれ 川の流れは淙々と轟き渡る和知の里 空を封じて立並ぶ老樹の下の小径を トボトボ来る宣伝使神の教をどこまでも 伝へにや山家の肥後の橋月の光を力とし 神の恵を杖となし烏は眠る鷹栖の 川辺の里に進み来る顔も容も悦子姫 水の流れの音彦ややがては来る夏彦の 九十九曲りの山路を曲つた腰のトボトボと 這はぬばかりに加米彦が草鞋に足を擦り乍ら 神子坂橋の袂まで来る折しも向ふより スタスタ来る二人連れ何かヒソヒソ囁きつ 夜目に透かして一行を心有りげに眺めゐる。 二人(英子姫、亀彦)『モシモシ、一寸お尋ね致します。最前から承はれば、路々宣伝歌を謡ひつつお出になつた様で御座いますが、若しやあなたは、三五教の宣伝使様では御座いますまいか』 加米彦は、 加米彦『ヤアさう仰有るあなたは、何だか聞覚えのあるやうな感じが致します。朧夜の事とてハツキリお顔は分りませぬが、どなたで御座いましたかなア』 男(亀彦)『私は三五教の宣伝使亀彦と申す者、今一人の方は素盞嗚尊様のお娘子英子姫と云ふ方で御座います』 悦子姫『アヽお懐しや、英子姫様で御座いましたか、妾は悦子で厶ります。好い所でお目にかかりました。妾は剣尖山の麓に於てお別れ申しましてより、真奈井ケ原の貴の宝座を拝礼致し、それより三岳の岩窟を言向和し、鬼熊別の割拠する鬼ケ城山の岩窟を、四五の同志と共に言霊を以て包囲攻撃致し、それから生野、長田野を越え、神知地山の魔神を征服し、高城山に立向ひ、再び道を転じ、和知の流れに沿うて聖地に引返し、あなた様に御目にかかり、今後の妾等が取るべき方法を、御相談申上げたいと思ひまして、遥々夜を冒し、此処まで参りました』 英子姫は喜び乍ら、 英子姫『アヽ左様ですか、妾は其方に別れてより、神様の命に依り、弥仙の深山に、或使命を帯びて登山し、今又父大神の神霊のお告に依りて、亀彦を伴ひ、伊吹山に参る途中で御座います。アヽ好い所でお目にかかりました。お連れの方は何方か存じませぬが、何れ三五教の方でせう。此川音を聞き乍ら、出会うたを幸ひ悠くりと休息致しませう』 悦子姫『それは願うてもないこと。妾もどこか良い所があれば一休み致したいと思うて居ました。……此方は音彦加米彦の宣伝使、一人はウラナイ教に暫く入信して居た夏彦と云ふ男で御座います』 亀彦『私は亀彦です。貴下は由良の湊の人子の司、秋山彦の門前に於てお目にかかつた加米彦さまですか、コレハコレハ妙な所でお目にかかりました。又音彦さまとは、フサの国でお別れ致しました私の旧友ぢやありませぬか』 音彦『左様その音彦で御座いますよ』 亀彦『遥々と此自転倒島へお越しになつたのは、何か深い仔細が御座いませう』 音彦『これに就いては、種々珍談も御座いまするが、ユルリと後から申上げませう。サアサア皆さま、打揃うて此芝生の上で骨休めを致しませうかい』 一同『宜しからう』 と一同は老樹の蔭に打解け、手足を延ばして休息したり。 茲に六人の宣伝使六つの花散る冬も過ぎ 風に散り布く山桜香りを浴びて来し方の 百の話に花咲かせ思はず時を移しける。 音彦『モシ英子姫様、最前あなたの御言葉に依れば、弥仙山へ神務を帯びて御登山になつたと仰せられましたなア。音彦も一度其霊山へ、是非登山致したいと存じて居ます。随分嶮岨な所でせうなア』 英子姫『お察しの通り、実に嶮峻な深山で御座います。昼猶暗く、鬱蒼たる老樹天を封じ、到底日月の光は拝む事は出来ませぬ。併し乍ら、貴方方は登山なされますならば、大変都合の好い事が御座います。妾は父の神勅に依りて、一つの経綸を行うて置きました。どうぞあなた方一度行つて下さいませ』 音彦『其御経綸とは、如何なる御用で御座いました。予め仰有つて下さいませぬか。音彦も其覚悟を致さねばなりませぬ』 英子姫『只今申上げずとも、お出になれば、……ハハア之であつたかなア……と自然にお判りになりませう。先楽しみに、此お話は暫く保留して置きませう』 加米彦『エー英子姫様さう出し惜みをなさるものぢやない、アツサリと云つて下さいナ』 英子姫『イエイエ宣伝使の言葉に二言は御座いませぬ。一旦申上げぬと云つた事は、金輪際口外する事は出来ませぬ』 加米彦『あなた様は綺麗な女神にも似ず、随分愛嬌のない事を仰有いますなア。初めて加米の御願ひしたことを、直様お聞き容れ下されず、クルツプ式砲弾を発射し、加米等の欲求を撃退なされますか。シテ、あなたは愛嬌の定義を知つて居ますか』 英子姫『イヤもうおむつかしい議論を吹つかけられますこと。マアマアぼつぼつと御登山なされませ。それはそれはアツと言ふ様な仕組がして御座いますワ』 加米彦『何だか諄々として詭弁を弄するお姫さまだナア。キベン万丈加米当る可からずだ、アハヽヽヽ』 悦子姫『コレコレ加米彦さま、さうヅケヅケと無遠慮に物を仰有るものでない。チトたしなみなさらぬか』 加米彦『ハイハイたしなみませうよ、悦子さま。無礼ぢやとか、謙遜ぢやとか、遠慮ぢやとか、たしなみぢやとか、種々の雅号が沢山有つて、取捨選択に殆ど閉口頓死致します』 音彦は顔をシカメ、 音彦『エー縁起の悪い。閉口頓死なぞと、せうもない事を言ふものでない。お前達は哲学とか道学とか云ふ親不孝、不作法の学問をかぢつて居るから、仕末にをへない、マアマア英子姫様の仰有る通りハイハイと温順しくして居れば良いのだ。吾々六人の中では、最もお偉い方だ、言はば吾々のお師匠様だ。師の影は六尺下つても踏むなと云ふ位だ』 加米彦『あなたも縁起の悪い事を言ひますネ。加米が閉口頓首と云つた事を咎め乍ら、あなたは死の影がどうの斯うのつて、夫れこそ自縄自縛ぢやありませぬか』 音彦は吹き出し、 音彦『ハヽヽヽ、訳の分らぬ団子理屈を能く捏ねる男だなア』 加米彦『お前こそ団子理屈だ。吾々のは餅理屈だ。蚋が餅搗きや加米彦が捏ねる、ポンポンと音彦がすると云ふぢやないか、アハヽヽヽ』 亀彦は立ち上がり、 亀彦『サア皆さま、何時まで御話を致して居つても際限が有りませぬ。冗談から暇が出る、瓢箪から駒が出る。駒に鞭打ち、一日も早く目的地へ向つて発足致しませう。ナア英子姫様……』 英子姫『折角お目にかかつて嬉しいと思へば、神界の御命令、止むにやまれませぬ。英子も直様お別れ致しませう。皆様左様なら、何れ又お目にかかる機会が御座いませう』 と会釈し、早くも歩み出したり。 悦子姫は会釈しながら、 悦子姫『左様ならば、姫様、ご機嫌よくお出で下さいませ。亀彦様、御如才は御座いますまいが、どうぞ姫様の御身辺に注意を払つて下さいませやア』 亀彦『亀彦、委細承知仕りました。必ず必ず御煩慮下さいますな。サアこれからコンパスに油を注して進みませう。悦子姫さま、音彦、加米の宣伝使殿、夏彦さま、左様ならば御機嫌よう……』 一同『お二人様、お仕合せよう抜群の功名手柄を現はし給はむ事を念願致します、アリヨース』 と双方に袂を分つ。二本の白い杖のみ朧月夜の山路を、川上指して上り行く。 春の夜は瞬く中に明け放れ、霞の空を押し分けて、天津日の大神は、まん円き温顔を差し出して、四人が頭を照し給ふ。心持よき春風に、道も狭きまで散り布く山桜、花を欺く悦子姫、山路通る床しさは、画中の人の如くなり。 音彦は急坂を打ち仰ぎ、 音彦『アヽ随分嶮しい坂ですなア。英子姫さまが一切沈黙を守つて居られたのも、斯う云ふ胸突坂が沢山あるので、吾々が恐怖心を起し、折角張詰めた精神を、薄志弱行の逆転旅行と出かけるかと思つての御心配り、イヤもう恐れ入りました。人を導き、向上させてやらうと思ふ宣伝使の御心は、又格別なものですなア』 悦子姫は、 悦子姫『イヤ決して決して英子姫様の御心中は、さうではありますまい、モ少し意味の深い事があるのでせう。妾も英子姫様の御言葉の端に、深い深い意味があると、直に胸の琴線に触れました。マアマア行く所まで行つて見なくては分りますまい』 音彦『さうですかなア。音彦の様な木訥な人間は、ソンナ微細な点まで気が付きませぬ、何分仁王の荒削り然たる男ですからなア、ハヽヽヽヽ』 加米彦は大声で、 加米彦『コレコレ音彦さま、巧妙い事言つてるぢやないか。悦子姫さまと、此細い道を引つ付く様にして歩き乍ら、似合うの似合はぬのつて、ソラ何を言ふのだ、鬼が笑ふぞよ、アツハヽヽヽ。オイ夏彦、貴様は苦しさうに、汗をたらたらと流して居るぢやないか』 夏彦『きまつた事ですよ。夏ヒコに当れば、汗は滝の如く流れ出るのが、昔からきまりきつた、天地の御規則。汗をかかねば、天則違反の罪に問はれるよ加米さま』 加米彦『何を言ふのだ。鼈に蓼を咬ました様に、大きな鼻息をしよつて……』 夏彦『加米彦、鼈だつて、カメ彦だつて同じ事ぢやないか。鼈が荒い息をする様に、亀が一匹、どこやらで、ヤツパリ、フースーフースーと呼吸をし乍ら、法界悋気をやつて居るやうだワイ、ハツハヽヽヽ』 加米彦『アヽ夏チヤン、ホーカイなア』 音彦『オイオイ加米彦、夏彦の両人、早う来ぬか、ナンダ、斯ンなチツポケな坂に屁古垂れよつて………随分足の遅い奴だなア』 加米彦『喧しい言うて呉れない音彦さま、上り坂は前が高いワイ。其代りに下り坂になつたら、ドンナものだ、一瀉千里の勢で、アフンとさしてやるぞ。併し乍ら此日の永いのに、さう急ぐにも及ばぬぢやないか、そこらの木蔭で一つ切腹したらどうだい』 音彦は、 音彦『エー又縁起の悪い事を云ふ加米だナア。エヽ仕方がない。悦子姫様、此の平地で一服致しませうか、両人の奴、大変に屁古垂れて居る様ですから』 悦子姫は気軽るげに、 悦子姫『マア此処で悠くりと待つてあげませう』 加米彦は小柴の茂る小径を、ガサガサ喘ぎ喘ぎ、手負猪の様な鼻息を立て、玉の汗を絞りつつ、漸く二人の側に登り着きける。 足を容るる許りの細路を、粗朶を背に負うて降り来る二人の女あり、四人の姿を見て、 女『コレハコレハ皆様、狭い路を量のたかい物を負うて通りまして、誠に済みませぬ、どうぞ御勘弁下さいませ』 加米彦は、 加米彦『サアそれは仕方がありませぬ、天下御免の大道、否、羊腸の山路、………サアサア皆さま、林の中へ暫く沈没致しませう。そして敵艦二隻、暗礁を避けた安全海路を通過させてやりませうかい』 四人はガサガサと、木の茂みへ避けると、二人の女は汗を片手に、手拭にて拭ひ乍ら、 女『コレハコレハ皆さま、済みませぬ』 と板を立てし如き細き坂路をエチエチ降り行く。 加米彦は二人の後姿を見送りて、 加米彦『アヽ無事に御神輿通過も済ンだ。サアサア皆さま、一服のやり直しを致しませう……』 音彦『あの女は沢山の粗朶をムクムクと負うて帰りよつたが、一体何と云ふ雅名だらう』 加米彦『あれかい、きまつて居るワイ。オハラ女が柴を負うて通つたのだ』 音彦『ナニ、斯ンな所に大原女が通つてたまるものか。叡山の麓ぢやあるまいし』 加米彦『それでも大きな腹をして居つたぢやないか』 音彦『あれはヤセの女だよ。八瀬大原と云つて、畑の小母の産地だよ。此処もヤツパリ山地には間違ひない。前の女は大変な痩女、後のは孕み女だ。それで一人はヤセ女、一人はオハラ女だ、斯う宣り直せば、双方の意見が成立して、複雑な議論も起らぬだらう』 加米彦『モシ悦子姫さま、あなた最前音彦と、大変仲ようして歩いて居ましたなア。気をつけなされませや。此音彦は、女房の五十子姫は竜宮の一つ島へ行つて居るものですから、やもめ鳥も同様、ウツカリして居ると、今行つた女ぢやないが、今はヤセ女のあなたでも、何時の間にか大腹女になりますよ』 悦子姫『オツホヽヽヽ、お気遣ひ下さいますな、決して決して御心配はかけませぬから』 加米彦『アヽそれならマア私も御安心だ』 音彦『オイ加米彦、冗談も良い加減にせぬか、永い春日が又暮れて了ふぞ』 悦子姫『サア皆さま、参りませう』 と九十九折の嶮しき小径を登り行く。 音彦『今度は加米彦、夏彦、先へ行け、又煩雑い問題を提起されては処置に困るから』 加米彦『さうだらう。ヤツパリ物がある奴は、何処までも注意深いものだ、イヒヽ』 加米彦は悦子姫の後に、三尺許り離れて随いて行く。七八丁登つたと思うと、胸突坂を登り来る二人の姿、半丁許り谷底に、笠ばつかり揺ついて居る。 加米彦『ヤア、大きな白い松茸が登つて来るワイ。オイ音彦、夏彦、悦子姫さまが夫程恥かしいのか。何だ、笠で顔も体もみな隠しよつて……』 悦子姫『加米彦さま、又貴方は嘲弄ふのかい、良い加減、冗談はよしにしなさいよ』 加米彦『此さみしい山路、私の様な鳴り物が一つあるのも亦重宝でせう。併し乍ら、お気に入らぬとあれば仕方がない。冗談はこれ限りヨシコ姫に致しませう、アツハヽヽヽ』 悦子姫『それまた、冗談を仰有るワ』 加米彦『仰有いますな。加米彦に憑依して居る雲雀彦の守護神奴、山へ来ると親類へ帰つた様に思つて、はしやいでなりませぬワイ、ウフヽ』 悦子姫『大分音彦さまが遅れなさつたよな塩梅ぢや。少し待ち合はせませうか』 加米彦『ヤツパリ気に懸りますかな、遅れとるのは音彦ばつかりぢやありませぬ。腰の曲つた夏彦にもチツとは目を呉れてやつて下さいナ。あなたは博愛心がどうかしてますネー』 悦子姫『何だかケンケン言つてるぢやありませぬか』 加米彦『エーあれや雉子ですよ。音彦の兄弟分ですがなア。二つ目にはケンケンコンコンと言つては頭を打たれ、腰を打たれ、攻撃の矢ばつかり喰つて居ます。雉子も鳴かねば撃たれまい………と云ひましてなア……』 悦子姫『雉子と云ふ鳥はコンナ深い山に棲みて、何を喰つてるのでせう』 加米彦『アルタイ山の蛇掴の様に、蛇ばつかり喰つて居よるのです』 悦子姫『丸で加米彦さまの様な鳥ですネー』 加米彦『ソラ何を仰有います。私が何時蛇を喰ひましたか』 悦子姫『蛇ぢやありませぬ。あなたは何時も、ヘマばつかり喰つてるぢやありませぬか、ホヽヽヽ』 加米彦『ナアンダ、屁でもない屁理屈を能く並べなさる。あなたも随分言霊の練習が出来て、お口丈は悦子姫ぢやなくて、悪子姫になりましたなア』 悦子姫『ホツホヽヽヽ』 加米彦『アヽ何だか交通機関が倦怠して来ました。音彦の来るまで待つてやりませうかい』 悦子姫『重宝なお口だこと、進退維れ谷まりて、待つておあげなさるのでせう』 加米彦『ハハア、あなた用心しなさいよ。悪神が憑いて居ますで………随分言霊が濁つて来ました。一つ神霊注射をやつてあげませうか』 悦子姫『有難う。またユルユル皆さまの御協議の上で、御願致します』 と悦子姫が蓑を敷いて、一年越の霜枯れの萱の上にドツカとすわる。 千歳の老松杉檜槻楓雑木も苔蒸して 神さび立る左右の密林躑躅の花の此処彼処 白に紅青黄色艶を争ふ其中を 藪鶯や山雀四十雀ガラ鳴き立つる 山路を越えて何時しかに小広き田圃に流れ出る 古き神代の物語唯一言も漏らさずに 書き伝へむと土筆鉛筆尖らし道の辺に 待構へ居るしほらしさ麦の青葉は止め葉うち 筆を隠して青々と手具脛ひいて待つて居る 花は一面田の面に艶を競ふて咲きぬれど 床には置くな、矢張野で見よ紫雲英虎杖草のここかしこ 万年筆の芽を吹いて書き取り清書の準備顔 此物語の主人公四辺の景色も悦子姫は 音彦、加米彦、夏彦を吾子の如く労はりつ 親になつたる気取りにてお山を見当てに進み行く。 加米彦『アーアナント云ふ佳い景色だらう。……音彦さま、向ふに雲の被衣を着て居るズンと高い高山がそれぢやないか』 音彦『さうだ、あれが目的の木の花姫の御分霊の祀られてある弥仙のお山だ』 加米彦『道理で、首から上は、雲の奴、スツカリ包みて、峰の姿を……ミセンの山だな、併し乍ら泰然自若として動かないあの姿を見ると、実に癪に障るぢやないか。俺達ばつかりにテクらせよつて、一歩も動かず、ヂツとして、俺が見たけら此処まで御座れ、と云ふ塩梅式だ。丸で吾々を眼下に見くだし、奴隷視して居るぢやないか。何だか軽蔑せられる様な心持がしてきたワイ』 音彦『アハヽヽヽ、云ふ事が無いと、何なと言はねば気の済まぬ男だなア。さう心配するな、今に、何程威張つて居る弥仙山でも、頭の頂辺を、吾々の足で踏みにじる様になるのだよ。さうだから、時節を待て……と云ふのだよ』 夏彦『皆さま、此美しい紫雲英野で、お弁当でも開いて、お山を拝み乍ら休息致しませうか』 加米彦『待て待て、女王様の御機嫌を伺つた上、認可してやらう。暫く控へて待つて居らう』 夏彦『随分薬鑵が能く沸騰りますなア、否かめは能く沸騰しますナア、アハヽヽヽ』 悦子姫『皆さま、どうでせう、此麗しい野原で、お山を遥拝し乍ら、くつろぎませうか』 夏彦『ソラ、どうだい、以心伝心、吾輩の身魂は暗々裡に、女王様に感応して居たのだ。斯うして見ると、肉体は主従だが、霊は……』 加米彦『その次を言はぬかい、霊魂が何だい、狸身魂の鼬みたまをして、何だか物臭い事を言ふ奴だ、斯ンな怪体なスタイルをして、能うソンナ事が云はれたものだワイ』 夏彦『ナーニ、スタイルで女が……ウンニヤ、ムニヤムニヤ』 加米彦『又行詰りよつたナ、閻魔さまの浄玻璃の鏡の前では、心の奥まで照されて、恥かしさに忽ち唖とならねばなるまい。グヅグヅして居ると、舌を抜かれて了ふぞ』 夏彦『舌の一枚や二枚抜かれたとて、沢山に仕入れてあるから大丈夫だよ。今の人間に一枚や二枚の舌で甘ンじて居る様な者は、それこそ不便極まる片輪人足だ』 加米彦『本当に能う廻る舌だなア。俺も此奴には一寸ビツクリ舌、イヤ感服舌、アツハヽヽヽ』 斯かる所へ、小夜具染の半纒をまとひ、あかざの杖を突き乍ら、ヒヨコリヒヨコリと一人の老翁、四人が前に立現はれ、 翁(豊彦)『皆さま達は、弥仙のお山へ御参拝のお方と見受けますが、どうぞ私の家へお寄り下さいませぬか。一つお尋ねをしたり、お願ひしたい事が御座います』 加米彦はシヤシヤり出で、 加米彦『ヤアお前さまは、北光の神さまの様な、崇高な容貌をしたお爺さまだな、コンナ若い宣伝使や、若い男に、老人が物を尋ねるとは、チツと間違つては居やせぬか。一年でも先へ此世へ飛び出した者は、経験が積み、社会学に達して居る筈だ、怪体な事を言ふお爺さまだなア。わしは又、お前さまの姿が木蔭にチラと見えた時から……ヤア占た、一つ沓でも穿かして上げて、張子房ぢやないが、太公望の兵法でも伝授して貰はうと思うて楽しみて居たのだ』 爺(豊彦)『世界の事なら、一日でも先へ生れた丈わしは兄貴だ、教へても上げるが、これ丈長生をして、世の中の酸いも甘いも悟りきつた此爺に、どう考へても合点のいかぬ事が一つあるのだ。これはどうしても神様のお道の人に聞かなくては、分らぬ事だと思うて、お山へ詣るお方を、婆アと二人が、茅屋へ寄つて貰ひ、種々と尋ねて見るけれども、どのお方も完全な解決を与へて下さらぬのだ。此間も英子姫さまとやら……此お女中よりもズツと綺麗な、神様のお使ひのお方が凛々し相なお従者を連れて通らしやつたので、一つ尋ねてみた所、二人のお方はニヤツと笑うて、何にも仰有つて下さらず、やがて女一人男三人の一行が、お山詣りをするから、其者に会うて尋ねて呉れいと仰有つたので、毎日日日首を長うして待つて居つたのだ、もしや、お前さま等の事ではあるまいかと思うて、重い足を引きずつて出て来たのだ』 加米彦『アヽさうだつたか、社会学はまだ未完成だが、神様の事ならば、ドンナ事でも解決をつけてあげよう。英子姫さまも流石は偉いワイ。手柄を俺達に譲つてやらうと思召して、昨夜会うた時にも仰有らなかつたのだ。流石は先見の明ありだ。古今来を空しうして東西位を尽したる、世界の外の世界迄踏み込んで、宇宙の真相を悉皆看破したる、此加米彦がお出でになると云ふ事を、流石は明智の英子姫様、予期して御座つたと見える。サアサア何なりとお尋ねなされ。神界に関する事ならば決して退却は致さぬ、三五教には退却の二字は有りませぬから………オツホン』 爺(豊彦)『さうかな、若いにも似合はず、能うそこまで勉強をなさつた、感心々々。今時の若い者は、皆心得が悪くて、神さまなンテ、此世の中に有るものか、人間が神さまだ、神があるのなら、一遍会はして呉れ、そしたら神の存在を認めてやるなンテ、大ソレた事を云ふ時節だ。それにお前さまは、何も彼も御存じとは、実に偉いお方だ、此爺も今迄コンナ方に会ひたいと思うて、待つて居ました……アヽ神様、有難う御座います、これと云ふのも全く弥仙のお山の木の花姫様の篤き御守護……』 と袖に涙を拭ふ。 夏彦『モシモシお爺さま、此奴ア、由良の湊の秋山彦の門番をして居つた男です。偉さうに口ばつかり開くのですよ。朝から晩まで門を開くのが商売だから、其惰力が未だに残つて居つて、大門の様な大けな口を開きよるのだ。相手になりなさるな。此男の云ふ位な事は、私だつて、年の功は豆の粉だ、豆の粉は黄な粉だ、黄な粉はヤツパリ豆の粉だ。猪喰た犬は、犬のどこやらに勝れた所が有りますワイ。私が教へてあげませう』 加米彦『コレコレお爺さま、此奴はなア、ウラナイ教の黒姫と云ふ、口ばつかり達者な奴に十年間も朝から晩まで、法螺を仕込まれて来た奴だから、何を言ふやら、蜜柑やら、金柑桝で量るやら、なにも分つた代物ぢやありませぬワイ』 爺(豊彦)『最前から此老爺が一生懸命に頼みて居るのに、お前さま達は、此老人を飜弄するのかい、エーエやつぱり英子姫さまの仰有つた偉いお方は、此御連中ぢや有るまい。アーア阿呆らしい、コンナ事なら此重い足を、老人が引摺つて来るのぢやなかつたのに……』 音彦『モシモシお爺さま、さう腹を立てて下さるな。此等二人は雲雀や燕の親類ですから、どうぞお望みの事を、私に仰有つて下さいませ。私の力限り神様に伺つて御答を致しませう』 爺(豊彦)『アヽさうかなア、お前さまはどこやらが、締りのある男だと思うて居つた。此処では話が出来ませぬから、お前さま一人、私の宅へ来て下され、婆アや娘が待つて居ります』 音彦『お爺さま、それは有難う御座いますが、私の……此処に御主人とも先生とも仰ぐ悦子姫さまがいらつしやいます。此お方は吾々の大先生で御座いますから、此方を捨てて私ばつかり参る訳にはゆきませぬ』 爺(豊彦)『アーさうだらうさうだらう、ソンナラ、悦子姫さまの先生とお前さまと来て下され、斯ンな若い男は此処に待たして置いたら宜しからう』 音彦『併し乍ら、四人はどうしても離れないと云ふ不文律が定められてあるので、此男二人を此処に放棄して置く訳にはゆきませぬ、四人共参りませう。それがお気に入らねば仕方がありませぬから御断り申すより途は御座いませぬ』 爺(豊彦)『アヽソンナラ来て下さいませ。コレコレ二人のお若いの、私の家へ来て下さるのは構ひませぬが、あまり喧しう言つて下さるな、娘の身体に障ると困りますから……』 加米彦『オイ夏、貴様一杯奢らぬと冥加が悪いぞ、此中で一番の年長だ、それに「お若いの」と云はれよつたぢやないか、是れと云ふのも、俺の好男子の余徳に依りて若く見られたのだよ。それだから老爺さまが、娘の体に障ると困ります……ナンテ予防線を張るのだよ。険呑な代物と見込まれたものだなア、アツハヽヽヽ』 音彦『サア悦子姫さま、御苦労乍ら、一寸老爺さまの宅まで寄つてあげて下さいませ』 悦子姫『不束な妾でもお間に合ひますれば、お爺さま参ります』 爺(豊彦)『ハア有難い有難い、御礼は後で致します。老爺の家は此向ふの森を一つ廻つた所で御座います。私の座敷から、あなた方が此処に御休息になつて御座るのが、手に取る様に見えました位ですから、ホンの一寸の廻りで御座います』 と先に立ち、ヨボヨボと己が家路へ伴ひ行く。 (大正一一・四・二四旧三・二八松村真澄録) |
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霊界物語 | 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 | 04 四尾山 | 第四章四尾山〔六三二〕 天と地との神の水火うまらにつばらに大八洲 天の沼矛の一雫自転倒島の真秀良場や 青垣山を繞らせる下津岩根の貴の苑 此世を治むる丸山の神の稜威は世継王山 力隠して桶伏の丸き姿の神の丘 黄金の玉の隠されし貴の聖地の永久に 動かぬ御代の神柱国武彦の常永に 鎮まりまして天翔り国かけります神力を 潜めて茲に弥仙山木の花姫の生御魂 埴安彦や埴安姫の神の命の建てましし 神の都の何時しかに開けて栄ゆる梅の花 薫り床しき松の世の弥勒の御代に老松の 茂る川辺や小雲川清き流れの底深く 四方の神々人々の霊魂を洗ふ白瀬川 神の仕組に由良のほまれを流す生田川 イクタの悩み凌ぎつつ神素盞嗚大神は 天と地との神柱堅磐常磐に建て給ふ 暗を晴らして英子姫万代寿ぐ亀彦が 鶴の巣籠る松ケ枝に千代の礎固めつつ 此世を紊す曲津神鬼雲彦を言向けて 四方に塞がる叢雲を神の伊吹に吹払ひ 清めにや山家の肥後の橋神子坂橋の手前まで スタスタ来る宣伝使朧にかかる月影を 透して向ふを眺むれば虫が知らすか何となく 心にかかる春霞シカと見えねど陽炎の 瞬く間もなく宣伝歌耳さす如く聞え来る ツと立止まり道の辺に様子窺ふ折もあれ 夜目にシカとは分らねどどこやら気分が悦子姫 床しき影とおとなへば案にたがはぬ麻柱の 神の司の悦子姫川瀬も響く音彦や まだシーズンは来らねど名は夏彦や加米彦の 随従の影は四人連れ情無き浮世に揉まれたる 心の底のつれづれを徒然草を褥とし 互にあかす物語神徳照らす一イ二ウ三四 五の御霊の六人連れ七度八度九十 百度千度万度亀と加米との呼吸合せ 顕幽二界に出没し五六七の御代を来すまで 心の帯を堅く締め尽くさにや山家の道の辺に 深き思ひを残しつつ東と西へ別れ路の 積る願ひの山坂をさらばさらばの声共に 別れ行くこそ雄々しけれ悦子の姫はスタスタと 三人の益良夫伴ひて胸突坂を辿りつつ 心の空に浮かぶ雲英子の姫の御言葉 由縁ありげに味はひつ霞を辿る心地して いと勇ましくかけて行く山の老樹は大空を 封じて月日を隠しつつ深き仕組を包むなる 躑躅の花のここかしこ胸もいろいろ乱れ咲く 咲耶の姫を祀りたる木の花匂ふ神の山 恵も高き須弥仙の山の麓に来て見れば アヽ天国か楽園か山と山とに挟まれし 青麦畑菜種花紫雲英の花も咲きみちて 心持よき花むしろ蝶舞ひ遊ぶ神苑に 心も赤き丹頂の鶴の下りたる如くなる 景色眺めて賤の屋の細き煙も豊彦が 雪を欺く白髯を折柄吹き来る春風に いぢらせ乍らコツコツとあかざの杖にすがりつつ 神の使ひか真人かやつれし人に似もやらず 威風備はる翁どの頼むとかけし言の葉の 刹那の風に煽られて心もそよぐ悦子姫 神にひかるる思ひにて伏屋の前に来て見れば 三月三日の菱餅に擬ふべらなる門の戸に 驚き乍ら何気なう表戸開く音彦が 悦子の姫を伴なひてしけこき小屋の上り口 休らふ折しも老夫婦蝶よ花よと育みし 生命と頼む掌中の娘のお玉が病気の 心にかかる物語うまらにつばらに宣りつれば 慈愛の権化の悦子姫真玉手玉手さし延べて 娘のお玉を撫でさすり首を傾けとつおいつ 老の夫婦に打向ひ豊彦豊姫お玉さま 必ず心配遊ばすな一生癒らぬ脹れ病 生命にかかる気遣ひはないた涙を晴らしませ 厳の御霊の大神が五六七の御代の礎と 神の水火をば固めましお玉の方の体を藉り 三つの御霊の睦み合ひ宿りましたる神の御子 人の呼吸にて固めたる曇りの多き魂でない 水晶玉のミツ御霊厳の御霊を兼ねませる 三五の月の大神の教を守る神人の 今日は嬉しき誕生日黒白も分かぬ暗の夜も 愈開き春の空アヽ惟神々々 御霊幸はひましませと祈る折しも忽ちに ホギヤアホギヤアと産の声爺と姿アは云ふも更 おつたま消たるお玉まで妊娠がしてから十八月 神の恵に恙なく生み落したる音彦や 万代祝ふ加米彦が手の舞足の踏む所 知らぬ許りに雀躍し芽出度い芽出度いお芽出たい 千代に八千代に伊勢蝦の曲つた腰の夏彦が 百の齢を重ねつつピンピンシヤンと跳ねまはる 此瑞祥のミツ御霊悦子の姫の計らひに 玉照姫と命名し述ぶる挨拶そこそこに 口籠りたる涙声涙の雨を凌ぎつつ 門口出づる四つの笠四ツつの杖は地を叩き 春の霞に包まれて笠は空中に揺ぎ行く 夜は烏羽玉と暮れ果てて一夜を明かす森の中 鴉の声と諸共に又もや進む四つの杖 弥仙の山の絶頂に四足の草蛙に恙なく 七尺余りの身を乗せて神の御声を笠の内 厳の御前のいと清く鬼も大蛇もコンパスの 谷間を指して下り行く茲に四人の一行は 峰の嵐に送られて老木茂る谷路を 流れに沿ひて逸早く進み進みて檜山 神の恵の木の花も一度に開く梅迫や 道も直なる上杉の郷を後に味方原 深き仕組は白瀬川浪音高き音彦が 加米と夏とを伴なひて悦子の姫を守りつつ 綾の聖地に上り来る珍の御言を蒙りし 悦子の姫の胸の内うちあけかねし苦みは 神より外に世の人の計り知られぬ仕組なり アヽ惟神々々御霊幸はひましませよ。 悦子姫は、世継王山の麓に、神の大命を被りて、加米彦、夏彦、音彦に命じ、些やかなる家を作らしめ、ここに国治立命、豊国姫命の二神を鎮祭し、加米彦、夏彦をして之を守らしめ、自らは音彦を伴なひ、神素盞嗚大神の隠れ給ふ近江の竹生島に出立せむとする折しも、悦子姫の在処を尋ねて来る四人の男女、日は漸く西山に没れし黄昏時、門の戸を叩いて、 女『モシモシお尋ね申します。此お家は悦子姫様のお館では御座いませぬか』 と優しき女の声。 加米彦『ヤアどこやらで聞いた事の有る様な声だ……おい夏彦、表を開けて見よ』 夏彦『此木の生え茂つた山の裾の一軒家、薄暗くなつてから、女の声を出して尋ねて来るよな者は、どうせ本物であるまい……加米彦、御苦労だが開けて下さらぬか。私は又弥仙山の様な声がすると困るからなア』 加米彦『エー気の弱い男だなア。昼になるとビチビチはしやいで、夜になると悄気て了ふ加米彦……オツトドツコイ夏彦の様な男だなア』 夏彦『ハヽヽヽ、オイ加米彦、チツト勘定が違ひはしませぬか、ソンナ計算をやつて居ると、一年も経たずに破産の運命に陥り、身代限りの処分を受けますぞ』 加米彦『ナーニ、一寸神霊術に依つて、人格交換をやつたのだ。お前の肉体には加米彦が憑り、加米彦の肉体にはお前の霊が憑つて居るのだから、所謂、お前が戸を開けるのは畢竟加米彦が開けるのだ。……オイ加米彦の代表者、夏彦が命令する、……早く開けないか』 夏彦『エー何とかかとか言つて、責任を忌避する事ばつかり考へて居やがる。……アヽ仕方がない、ソンナラ准加米彦が戸を開けてやらうかい』 と小声に囁き乍ら、ガラリと開けた。 夏彦『ヤアあなたは紫姫様、……ヤア青彦さま、馬さま、鹿さま、久し振だ。サア這入つて下さい。……オイオイ夏彦の代理、紫姫様の御光来だ。悦子姫様に御取次を申さぬか』 加米彦『モウ人格変換だ。併し悦子姫様に申上げるのは、矢張加米彦の特権だ』 と一間に入り、 加米彦『モシモシ悦子姫さま、紫姫さま一行が見えました』 悦子姫『それは良い所へ来て下さつた。実は夜前から、一寸、神界の御用があるので、鎮魂をかけて置いたのです。青彦、馬公、鹿公さんも来ましたでせう』 加米彦『ヤアあなたは変な事を仰有いますネ』 悦子姫『天眼通、自他神通の妙法を以て、人の霊魂を自由自在に使うたのです、ホヽヽヽ』 加米彦『ヤアそンな事があなたに出来るとは、今迄思はなかつた。人は見掛に依らぬものですネー』 悦子姫『紫姫さまを一時も早く、私の居間へお連れ申して下さい』 加米彦『承知致しました』 と加米彦は、次の間に下り、 加米彦『アヽやつぱり女は女連れだ。モシモシ紫姫さま、悦子姫様が特別待遇を以てあなた一人に限り、拝謁を許すと仰せられます。どうぞ奥へお通り下さい』 紫姫『ハイ有難う御座います』 と奥の一間に姿を隠したり。 悦子姫『コレ音彦さま、加米彦さま、あなた暫く、妾の声の聞えぬ所に居て下さい。少し御相談がありますから……』 加米彦『女は曲者とはよく言つたものだ、ナア音彦さま、今迄は音彦々々と仰有つたが、紫姫さまがお出でになるが早いか、一寸相談があるから、聞えぬ所へ往て下さい……なンテ本当に馬鹿にされますなア』 音彦『何は兎も角、皆さま、暫く林の中へでも往つて、面白い話でも致しませう。何時吾々は斯うやつて居つても、悦子姫女王から、ドンナ御命令が下つて、何処へ出張を命ぜられるやら分つたものぢやない。今の内に一つゆつくりと、芝生の上で打解けて話を致しませうかい。青彦さま、馬さま、鹿さま、サア参りませう』 と音彦は先に立ち、半丁許り離れたる木下闇に、探り探り進み行く。 加米彦『アヽ暗い暗い、丸で弥仙山に野宿した時の様だ』 夏彦『キヤツキヤツ、ザアザア、ウンウン、バチバチ、ガラガラ……ガ、サアこれから幕開きと御座い』 加米彦『エーしやうもない事言ふな。言霊の幸はふ国だ。併し乍ら夏彦、貴様は紫姫さまに電波を、チヨイチヨイ送つて居るが、長持の蓋だ、片一方はアイても、片一方はアク気遣ひはないワ。モウ今日限り、執着心を棄てたが宜からうぞ』 夏彦『何を言ひよるのだ。蛙は口から、……それや貴様の事だよ』 加米彦『ナーニ、貴様の霊が俺の肉体に始終出入しよつて、ソンナ心を出しよるのだ。貴様の霊が憑依した時の恋の猛烈さ……と云つたら、九寸五分式だ、まだも違へば軋死式、首吊り式、暴風雨地震式の恋の雲が包ンで来よつて、暗澹咫尺を弁ぜずと云ふ……時々幕が下りるのだよ。もう良い加減に改心をして、俺の肉体を離れて呉れ。其代りに小豆飯を三升三合、油揚を三十三枚買つて、四辻まで送つてやる、斯れでモウさつぱりと諦めるのだよ』 夏彦『何を言やがるのだ。勝手な熱ばつかり吹きよつて、……弥仙山の極秘を、音彦さまの前で暴露しようか』 加米彦『どうなつと勝手にしたが宜いワい。大胆不敵の加米彦は梟鳥式だ。斯う云ふ暗夜になればなる程、元気旺盛となつて来るのだ。弥仙山に野宿した時は、貴様の副守護神が俺の肉体に憑依しよつて、臆病な態を見せたぢやないか。他人の事ぢやと思うて居れば、皆吾が事であるぞよ、改心なされ……』 夏彦『どこまでも厳重な鉄条網を張りよつて、攻撃する余地がなくなつた。まつ四角な顔に四角い肩を聳やかし、四角四面な、冗談一つ言はぬ様な風を装うて居乍ら、ぬらりくらりと、まるで蛸入道の様な代物だなア。カメと云ふ奴ア、六角の甲を着て居る奴だが、此奴は二角程落して来よつた。カメと鼈との混血児だなア。……オーさうさう混血児で思ひ出した。コンコン鳴く奴ア、やつぱり、ケツだ。小豆飯に油揚式の霊魂だ。其勢か、能く口が滑らかに辷る哩』 音彦『オイ加米彦、充分に今日は気焔を吐いて聞かして呉れ。明日はお別れせにやならぬかも分らないからなア』 加米彦『エーそれや音彦さま、本当ですか』 音彦『どうやらソンナ気配がする様だ。どうも悦子姫さまのお顔色に現はれて居る様だ』 加米彦『アハー、あなたは、間がな隙がな、あの美しい別嬪を見詰めて御座る丈あつて違つてますなア。男を怪しい笑靨の中に巻き込みて了ふ丈の魔力を保有して御座る女王さまだから、何時の間にか音彦さまも恋縛を受けなさつたと見えるワイ……ヤアお芽出たう、おウラ山吹さま、……併し乍ら道心堅固の悦子姫様だ。太田道灌ぢやないが「七重八重花は咲けども山吹の、実の一つだになきぞ悲しき」とウツカリ秋波でも送らうものなら、三十珊の巨弾で撃退されて了ふよ。自惚と梅毒気の無い者は滅多にないから、音彦さま、能う気を付けなさい』 音彦『アハヽヽヽ、加米彦さま、それは、例の人格交換ぢや有りませぬか。音彦でなくて実際は加米彦さまの事でせう。お芽出たいお方ですネ』 一同大声を挙げて笑ふ。 加米彦『モウ密談も済みただらう。宜い加減に気を利かして帰りませうか、コンナ暗がりへ放り込まれて、夜分に目の見えぬ人間は、聊か迷惑だ。斯う云ふ暗い晩に得意な奴はアマ夏彦一匹位なものだ、ワツハヽヽヽ』 と仇笑ひつつ先に立ち帰つて行く。加米彦、門口より、 加米彦『モシモシ悦子姫様、モウ御安産は済みましたかな、男でしたか女でしたか、……何と云ふお名をおつけになりました。……玉照彦ですか……』 悦子姫『ホヽヽヽ、加米さまですか。エライ失礼を致しました。サア皆さまと一緒にお這入り下さいませ』 加米彦『お役目なれば、罷り通るツ。悦子姫殿、紫姫殿、許させられえ』 とワザと体を角立て、紙雛の様なスタイルで、稍反り気味になつて、悦子姫の居間にズーツと通る。 悦子姫『加米さま、冗談も良い加減にして置きなさらぬか。妾は明早朝、音彦さまと此処を立出で、或る所へ参ります。加米彦さまと夏彦さま、どうぞ留守をシツカリ頼みます』 加米彦『ヘー、ヤツパリ……ヤツパリですなア』 悦子姫『エツ、何ですと』 加米彦『ヤア、何でも有りませぬ。ヤツパリあなたは神界の大切な御用をなさるお方、到底吾々ヘツポコの計り知る可らざる御経綸が有ると見えますワイ』 悦子姫『ホヽヽヽ』 紫姫『ホヽヽヽ』 音彦『唯今承はれば、私はあなたと共に、どつかへ参るのですか』 悦子姫『ハイ御苦労様乍ら、どうぞ妾に従いて来て下さいませ』 音彦『ハイ承知仕りました。どこまでも、神様の為ならば、お伴致しませう』 加米彦『ヤア音彦の命、万歳々々』 と、度拍子の抜けた大声で呶鳴り立てる。 音彦『加米彦さま、永らく御昵懇になりましたが、暫くお別れせなくてはなりませぬ。どうぞ機嫌よく留守をして居て下さいませや』 加米彦『ハイハイ畏まりました。あなたも、悦子姫さまと御機嫌よく、相提携して、極秘的神業に御参加下されませ』 と意味有りげに、ニタリと笑ふ。 夏彦『悦子姫様、私はお伴は叶ひませぬか』 悦子姫『ハイ有難う御座います。併し乍ら神様の御命令で、あなたは暫く、妾の帰るまで、加米彦さまと留守をして居て下さいませ』 加米彦『アハヽヽヽ、態を見い、サア明日からは此加米彦の、何事も指揮命令に服従するのだぞ。……モシモシ悦子姫さま、どうぞあなたのお留守中は、夏彦が吾々の命令に服従致します様に、厳しく命令を下しておいて下さい。上下の区別がついて居ませぬと、凡ての点に於て矛盾撞着、政治上の統一を紊しますから……』 悦子姫『加米彦さま、あなたお年は幾歳でしたかネー』 加米彦『ハイ私はザツト二十才で御座います』 悦子姫『違ひませう……』 加米彦『イエ別に……さう沢山も違ひませぬが……精神上から申せば、先づ二十才……現界に肉体を現はしてからは三十三年になります』 悦子姫『それは大変な違算ぢやありませぬか』 加米彦『何分亡父が貧乏暮しをして居たものですから、素寒貧で、十三(仰山)な遺産も御座いませぬ、アハヽヽヽ』 悦子姫『夏彦さまは幾才ですか』 夏彦『ハイ私は見た割とは、ひね南瓜で御座います。精神は兎も角も、肉体は四十八になりました』 悦子姫『アヽそれなら年長者を以て上役と定めます。加米彦さま、妾が此家を出立するが最後、何事も夏彦さまの指揮命令に従つて、神妙に留守をして下さいや』 加米彦『ヘエ………』 悦子姫、稍顔色を変へ、 悦子姫『加米彦さま、お嫌ですか』 加米彦『イヤイヤ滅相もない、何事もあなたの御命令に従ひます』 悦子姫『夏彦さまの命令は即ち妾の命令、どうぞ宜しうお頼み申します』 とワザと両手をついて叮嚀に下から出る。 加米彦『エー実の所は、夏彦の下に従くのは虫が好きませぬが、其処まで仰有つて下さいますれば、謹みてお受致します。……悦子姫様のお代理夏彦様、どうぞ宜しう、何事も御指導下さいませ』 夏彦『お互様に宜しうお願致します』 悦子姫『どうぞお二人さま、公私混同せない様に頼みますで……』 二人一度に、 夏彦、加米彦『ハイハイ承知致しました』 と両手を突き、今度は真面目になつてお受をする。 紫姫『青彦さま、馬さま、鹿さま、これから妾は、悦子姫様の神様より重大なる使命を蒙りました。明朝未明に此処を立出で、妾の行く所へ、御苦労乍ら従いて来て下さい。さうして青彦さまと云ふお名は、一寸都合の悪い事が有りますから、今日限り名を改めて、日の出神様より若彦とお改へになりましたから、其お積もりで居て下さいや』 青彦『ハイ承知致しました。何だか天の稚彦命様に能く似たよな名ですなア。嬉しい様でもあり、悲しい様な気持も致します。併し乍ら、何事も神命のまにまに、絶対服従を致します。どうぞ宜しう……』 紫姫『ハイ、不束な妾、どうぞ宜しう御指導を仰ぎます。……まだ夜明けまでには間が御座いますれば、皆さま一休眠致しませう』 音彦『それや結構です。サア皆さま、お休眠なさいませ。お先へ失礼』 と横になつて、早くも高鼾をかく。 加米彦『ナント罪のない男だなア。今物を言つて居つたかと思えば、早高鼾だ。人間も茲まで総てに超越すれば、モウ占たものだ、悦子姫様の眼力も偉いワイ』 夏彦『コレコレ加米彦さま、皆様のお就寝の御邪魔になります。あなたも早く、おとなしくお睡眠なさい』 加米彦『コレハコレハ上官の御命令、確に遵守し奉る、恐惶頓首、アツハヽヽヽ』 と笑ひ転けた儘、呼吸不整調な高鼾をかく。一同は之れに倣うて、残らず寝に就きたり。 鶏の声に目をさまし、悦子姫は音彦を伴ひ、綾の大橋打渡り、山家方面を指して進み行く。紫姫は、由良川の川辺伝ひに、西北指して三人の男を伴ひ、行先をも告げずトボトボと下り行く。嗚呼、紫姫は今後如何なる活動をなすならむか。 (大正一一・四・二五旧三・二九松村真澄録) (昭和一〇・六・一王仁校正) |
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霊界物語 | 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 | 09 朝の一驚 | 第九章朝の一驚〔六三七〕 晩秋の長き夜はいつしか明けて、朝霧籠むる東南の天に、太陽は霞みて低うかかり居る。高山彦は漸く起き上り、不便の地に似あはぬ贅沢三昧、朝風呂、丹前、長火鉢、入り日の影に当つたやうな細長き体に、長煙管を持つた黒姫と二人睦まじさうに、ニタニタと、昨夜の夢を思ひ出してか、悦に入つて居る。斯る処へ新参者の夫婦連、恭しく両手をつかへ、 綾彦『コレハコレハお二人様、お早う御座います、昨夜はいかい御厄介になりまして、吾々夫婦は暖かく寝さして頂きました。どうぞ今日より、折角の思召では御座いますが、吾々夫婦にお暇を下さいませ』 黒姫、怪訝な顔にて、 黒姫『お前は昨夜来た許りぢやないか、あれ程固い事を云つて居つて、一夜の間にさうグラグラと心をかへて何うするのだい。大方お民を高城山へ遣はすのが、夫婦共お気に入らぬのだらう、ヤアそれは若い夫婦として御無理もない、併しながら此処が辛抱だ、前夜も云つたやうに、一つの苦労心配と云ふ事がなければ、人間は誠の花が咲きませぬぞや』 綾彦『重ね重ねの御教訓、誠に有難う御座います、併し乍ら吾々夫婦は一旦神様にお任せした以上は、仮令夫婦がこの儘生別れにならうとも、ソンナ事に執着心は持ちませぬ。併しながら、夜前承れば皆様のお酒の上のお話に、八人の方が八百長をお行りなされて、私をウラナイ教に引き込む手段で、俄に芝居を仕組まれましたのですから、私のやうな馬鹿正直者は、到底あの方々と共に暮す事は出来ませぬから、どうぞお暇を下さいませ』 黒姫『何と妙な事を仰有るぢやないか、誠正直一方のウラナイ教に、ソンナ八百長芝居があるものか、大方お前旅の疲れで、ソンナ夢でも見たのだらう』 綾彦『イエイエ決して夢では御座いませぬ、夜前貴方様に御挨拶をして、寝さして貰はうと思ひ、廊下を通りますと、皆さまがお酒に酔ひ、面白さうなお話、聞くともなしに吾々夫婦の耳に雷の如くに響いたのは、夜前普甲峠の辛辣な計略、一伍一什の自慢話、私は腹が立つやら恐ろしいやら、一旦有難いと思うた信念も煙と消え、唯口惜しさに二人は一睡もせず、夜の明けるのを待つて泣いて居りました。必ず夢ぢや御座いませぬ、何卒お暇を下さいませ』 黒姫不思議の顔をして、 黒姫『何とお前合点が行かぬ事を仰有る。どうかして居るのぢやないかな、此処の若い者には、毎日噛みて含めるやうに誠の道が説き聞かしてある。鵜の毛で突いたほども嘘を云ふものはない、あまり正直で間が抜けて、当世に役に立たぬやうな代物ばかりぢや、ソンナ筈は断じてありませぬ、それや何かの幻でせう』 お民『イエイエ決して幻でも何でも御座いませぬ、現に夜前のお方が自慢話に仰有つたのをお民は確かに聞きました』 と聞くより黒姫は訝しがり、 黒姫『一寸待つて下さい、妙な事を云ひなさる、今査べて見ませう。これこれ浅公、幾公、梅公、寅公、辰公、鳶公、皆々此処へ、尋ねたい事がある、出て来なさい』 と稍慄ひ声で呶鳴り立てる。此声に一同八人はバラバラと現はれ来り、各自蛙踞ひになつて、 一同『今吾々を、お呼びになつたのは、何御用で御座いますか、ねつから間に合ひませず、偶に人を助けた位で沢山の御馳走を戴き、まだ其上に何彼の恩命を下し給ふのは余り勿体なくて冥加に尽きます、何一つ御恩報じも致さず、誠に恥かしい次第で御座います。ヤアお前は夜前の人、マアマアよかつたねエ、これと云ふのも全くウラナイ教の神様のお蔭だ、次には私達のお蔭だよ、此御恩は何時迄も忘れてはなりませぬぞえ』 綾彦、煮え切らぬ返事、 綾彦『ヘエ』 お民『ヒン』 浅公『これこれお民さまとやら、その返事は何だ。痩馬か何ぞの様にあげづらをしてヒンなぞと、命の恩人に向つて嘲弄するのかい、イヤ挑戦的態度を執るのだな』 お民『ヘン』 黒姫『お前達八人の者、夜前の話をもう一遍詳しうして下さらぬか』 梅、肩を怒らし得意顔で、 梅公『アヽ夜前の吾々の功名手柄話ですか、よう聞いて下さいました。唯一回だけでは折角の神謀奇略、ではない辛苦艱難したことが、貴女のお心に十分徹底しないやうな心持がして物足りないと思つて居ました。それはそれは随分沢山な鬼の手下共』 と針小棒大にべらべらと喋り立てるを黒姫は、 黒姫『アヽそれは嘘ぢやあるまいなア』 梅公『エヽ決して決して嘘と坊子の頭は生れてからいうた事がありませぬ、正真正銘ネツトプライスの物語ですよ』 黒姫『それでもお前、夜前酒を飲みて、種々の手段を廻らし、八百長をやつて此方を無理に信仰させ、引張つて来た手柄話を交る交るやつて居たぢやないか、誠一つの神の教の道に居ながら、何と云ふ事をするのだい。綾彦夫婦が大変残念がつてこれから暇をくれと云うて居らつしやる所だ。何程云つて聞かしてもお前等は駄目だ、サア只今限り浅、幾外六人破門する。エヽ汚らはしい、ウラナイ教を破る者は外からでない、ウラナイ教から現はれるから気をつけよと神様が仰有つた、何程要害堅固な針をもつて固めた丹波栗でも、中からはぢけ落ちるやうに、お前等はウラナイ教の爆裂弾ぢや、神様のお道の面汚し、アヽ汚らはしい、トツトと一時も早く帰つて下さい』 梅公『それは何を仰有います、傘屋の丁稚ぢやないが、骨折つて小言を聞かされては梅公一同も一向算盤が合ひませぬ』 黒姫『それでも蛙は口からと云うて、現在お前の口から自白したぢやないか』 梅公は空とぼけて、 梅公『アヽあれですかい、夜前は沢山なお酒を頂いて気が緩みたものですから、其処へ大江山の悪魔の霊が襲うて来よつて、吾々八人の功名手柄を抹殺しやうと思ひ、私を初め皆にのり憑り、酒は私には余り呑まさず、悪霊が皆飲みて仕舞ひ、遂には私等の口を藉りて反間苦肉の策をやりよつたのですよ、真実に悪霊と云ふものは油断のならぬものですなア、アハヽヽヽ。オイ浅、幾、寅、辰、鳶、鷹公、貴様も余程腹帯を締めぬと昨夜の様に魔霊に襲はれ、鬼の容器になつて仕舞うぞよ』 辰公『偉さうに云ふない、貴様にも矢張鬼が憑いて居るのぢやないか』 梅公『それやさうだ。お互さまぢや、悪平等的に、吾々八人にすつかり憑依しよつたのだ、アヽ何だか気分が悪い、どうぞ高山彦さま、黒姫さま、一遍悪魔の入らぬやう、ウンと神霊注射の鎮魂をして下さいませな』 黒姫『オホヽヽヽ、アヽさうだつたか、大抵ソンナ事だと思うて居た。之から気をつけなさい、追て鎮魂して上げるから、谷川にでも行つて充分体を清めて来るのだよ』 梅公『オイ、大江山の鬼の住宅七軒の奴、サア洗濯だ。又もや鬼の来ぬまに洗濯婆サン婆サン』 と志やり散らし乍ら、尻引きからげ、細い岩戸を潜り谷川目蒐けて走り行く。後には高山彦、黒姫、綾彦、お民の四人。 黒姫『ヤア油断のならぬ悪霊ぢや、折角の綾彦夫婦が善の道に救はれようとなさる最中に、執拗なる鬼の霊がやつて来よつて引落しにかからうとする。高山さま、確りせないと、何時悪霊が襲来するやら分りませぬなア』 高山彦『ヤアさうだなア、これこれお二人のお方、心配なさるな、今お聞の通りだから決してウラナイ教にはソンナ悪いものは居りませぬ、安心なされ』 綾彦『悪霊と云ふものはソンナものですか、ヘエ油断がなりませぬなア』 黒姫『隅から隅まで、蜘蛛の巣を張つたやうに手配りをして居ますから、一寸も油断は出来ませぬよ、貴女は未だウラナイ教は初めてですから、霊の事を云つても分りますまいが、暫く信神して見なさい、何も彼もすつかり分つて来ます、さうしたらお前さまの疑も氷解するでせう』 お民『アヽ左様で御座いましたか、誠にお気を揉ましまして申訳が御座いませぬ、どうぞ宜敷お願ひ致します』 黒姫『アヽ、それで好い好い、奥へ往つて神様にこの解決がついたお礼を云つて来なさい』 二人は叮嚀に頭を下げ、静々と神壇の間に進み行く。 梅公外七人は黒姫の面部にさつと現はれた低気圧の襲来を、危機一髪の間にやつと許され、虎口を逃れた心地して谷川目蒐けて禊のために走り行く。梅公は道々、 梅公『嗚呼恐ろしや恐ろしや剣を渡る心地して あらぬ智慧をば絞り出し反間苦肉の策を立て 漸く目的成就して意気揚々と立ち帰り 黒姫さまの御前に忠臣気取で報告し やつと解けた閻魔顔福禄寿の様なハズバンド 高山彦の目の前で手柄話を諄々と 並べ立つれば黒姫も相好崩して感歎し 褒美の積りで甘酒をどつさり飲まして呉れた故 出会うた時に笠ぬげと世の諺の其儘に 前後を忘れて舌鼓うつて廻つた酒の酔ひ 副守か何か知らねども功名心にかり出され 迂闊と喋つた謀み事天に口あり壁に耳 いつの間にかは綾彦やお民の奴に顛末を 一切残らず聞き取られ知らぬが仏、神心 白河夜船のぐうぐうと夢路を渡り起き上り 互に顔を見合せて旨くやつたな、ようやつた 俺の知識はこの通り文殊菩薩も丸跣 是から信者を集めるは是より外に手段なし これや好い事を覚えたと心窃に誇りつつ 肩肱怒らす折柄に黒姫さまの高い声 こいつアてつきり御褒美と喜び勇み八人が 西瓜頭を並ぶれば電光石火雷の 轟くやうな凄い声胆玉取られ臍ぬかれ 爪を取られて恥をかき此難関を如何にして 突破し呉れむと首ひねる折しも浮かぶ守護神 法螺を副守のべらべらと布留那の弁の黒姫を 煙に捲いて大江山鬼の悪霊の仕業よと 大責任を転嫁する早速の頓智、梅公が 甘い理屈に欺かれ閻魔の顔は忽ちに 急転直下の地蔵顔鬼と仏の入替はり やつと破門を助かつて黒姫さまの命令で 憑依もしない悪霊を放り出すために谷川で 禊をせいと教へられ胸撫で下ろし皺延ばし 国家興亡はまだ愚か危急存亡の身の始末 川に流した心地して漸く此処にやつて来た あゝ面白い面白い孫呉に勝る兵法を 際限もなく編み出し虱殺しに諸人を 一人も残さずウラナイの教の道に引き入れて 鼻高姫や黒姫の笑壺に入るが吾々の 上分別では在るまいか知識の浅い浅公よ 意気地の弱い幾公ようめい智慧出す梅公の 手足の爪でも頂戴し煎じて飲めば偉くなる 寅公、辰公、鳶公よ是から俺の云ふ事を 聞いて出世をするがよい黒姫さまの大将が 口を極めてべらべらとお節を説いてウラナイの 道に入れよと全力を尽して見てもあの通り 弁論よりも実行だ直接行動に限るぞや さは然りながら皆の者夢にもコンナ計略を 高山さまや黒姫に必ず喋舌つちやならないぞ 若しも分つた其時は皆、各々の鼻の下 大旱魃の大恐慌蛙は口から、うつかりと 酒を飲む時や心得よ心一つの遣ひよで 賢も見える又阿呆に見えると思へば口だけは どうぞ慎み下されよ賛成のお方は手をあげて 拍手喝采してお呉れあゝ惟神々々 御霊幸倍坐しませよ月は盈つとも虧くるとも 朝日は照るとも曇るとも仮令大地は沈むとも 黒姫さまが怒るとも金輪奈落この秘密 云うてはならぬぞお互の身の一大事と心得て 必ず口外するでない秘密はどこ迄秘密だよ 神の奥には奥がある其又奥には奥がある 奥の分らぬ梅公の智慧の奥山踏み分けて 確と梅公に従いて来いこいでこいでと松世はこいで 末法の世が来て門に立つ一つ違へば俺達も 門に立たねば、ならぬとこ持つて生れた智慧の徳 大きな顔して黒姫に賞めて貰うて傲然と ウラナイ教の宣伝使あゝ面白い面白い 唯何事も人の世は曲津に見直し聞直し 身の過ちは都合好く宣り直すのが智慧の徳 あゝ惟神々々叶はぬ時があつたなら 頭を下げて梅公にドンナ事でも聞くがよい 聞くは当座の恥なれど聞かずに知つた顔をして 失敗したら末代のそれこそ恥となる程に 阿呆正直今迄の態度すつくり立替へて 権謀、術策、戦略に心の底から立直せ あゝ惟神々々何故に是程よい智慧が 梅公だけは出るであろあゝ其筈ぢや其筈ぢや 厳の霊のお筆先一度に開く梅の花 梅で開いて常磐の松で世界治める神の道 見違ひするなよ皆の奴黒姫さまは偉くとも 高山さまを貰うてから何とはなしにぼつとした これから俺が全軍の参謀総長である程に 参謀本部の梅公の指揮命令に従つて 事を執るなら毛の条の横幅程も違算なし 余程偉い守護神俺に守護をして御座る 必ず俺が云ふでない日の出神や竜宮の 乙姫さまのお脇立中でも一層偉い奴 吾が神勅を軽蔑し必ずぬかりを取らぬやう 皆の奴等に気をつけるあゝ惟神々々 叶はぬ時の神頼みアハヽヽハツハアアハヽヽヽ』 一同『アハヽヽヽ、随分偉くメートルを上げたものだなア』 梅公『何をごてごて吐くのだ、貴様等の命の親だ、お飯の種だ、サアサア黒姫さまがお待ち兼だ。御禊がすみたら帰らう』 一同はバラバラと元の地底の岩窟に向つて帰り行く。 (大正一一・四・二六旧三・三〇加藤明子録) |
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霊界物語 | 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 | 10 赤面黒面 | 第一〇章赤面黒面〔六三八〕 谷川に禊を済まして、梅公一行は再び地底の館に帰り来たり、 梅公『高山彦様、黒姫様、お蔭で大江山の悪霊も、スツカリ退散致しました。そこら中が何ともなしに軽くなつた様で、明晰な頭脳が益々明晰になり、モウ是れで大宇宙の根本が、現界、神界、幽界の、万事万端手に取る如く明瞭に、梅が心鏡に映ずる様になつて来ました。随分御禊と云ふものは結構なものですなア』 黒姫『さうだろさうだろ、何時もそれぢやから、朝と晩と昼と、間さへあれば、お水を頂きなさいと云うとるのぢや。火と水とお土の御恩が第一ぢや。何時も水を被るのは、蛙の行ぢやと言つてブツブツ叱言を云つてらつしやるが、今日は合点がいつただらう』 梅公『ヤアもう徹底的に分りました。有難い事には、日の出神様と竜宮の乙姫さまが私の肉体にお懸り下さいまして、結構で御座いました』 黒姫『これこれ梅公、何と云ふ傲慢不遜な事を言ひなさる。日の出神様は、誠水晶の生粋の根本の元の身魂でなければお憑りなさらず、又竜宮の乙姫さまは、因縁の身魂でなければ、誰にも、彼れにもお憑りなさる筈がない。「昔から神はものを言はなンだぞよ。世の変り目に神が憑りて、世界の人に何かの事を知らせねばならぬから、因縁の身魂に神が憑りて、世界の初まりの事から、行末の事、身魂の因縁性来を細かう説いて聞かして、世界の人民を改心さすぞよ。稲荷位は誰にも憑るが、誠の大神は禰宜や巫子には憑らぬぞよ」と変性男子の身魂が仰有つて御座る。それに何ぞや、下司の身魂にソンナ結構な神様が憑りなさる筈があるものか。日の出神の生宮が、さう二つもあつたり、竜宮の乙姫さまの生宮が、さう彼方にも此方にも出来て堪るものか。お前は一寸良いと直によい気になつて、慢心をするなり、一寸叱られると、直に青くなつてビシヨビシヨとして了ふ。それと云ふのも、モ一つ腹帯が締つて居らぬからぢや。身魂相応の御用をさされるのぢやから、慢心をし、高上りをしてブチヤダレヌ様にしなされや、灯台下はまつ暗がり、自分の顔の墨は分るまい。空向いて世の中を歩かうと思へば、高い石に躓いて、逆トンボリを打たねばならぬぞよ。開いた口がすぼまらぬ様なことのない様に、各自に心得たが宜いぞ』 梅公『ヤア承知致しました。併し乍ら、臨時御降臨遊ばしたのだから仕方がありませぬ』 黒姫『そら何を云ひなさる。神憑には公憑、私憑と二つの種類がある。其中でも私憑と云ふのは、因縁の身魂丈によりお憑りなさらぬと云う事ぢや。国治立命は変性男子の肉体、日の出神は系統の肉体、竜宮の乙姫は又その系統の肉体と、チヤンと定つて居るのぢや。公憑と云うて、上の方の身魂にも、中の身魂にも、下の身魂にも臨機応変に憑ると云ふ様な、ソンナ自堕落な神さまとは違ひまつせ。竜宮の乙姫さまを、何と思うて居りなさる。チツトお筆先でも拝読きなさい。お筆さへ腹へ締め込みておきたら、目前の時に、ドンナ神力でも与へて下さる。兎角お前達は、字が悪いとか、読み難いとか、クドイとか、首尾一貫せぬとか、肉体が混つとるとか、ここは神諭ぢや、此点は人諭ぢやと、屁理屈ばつかり仰有るから、サツパリ訳が分らぬ様になつて了うのだ。日の出神の生宮のお書き遊ばしたお筆先を審神したり、しやうとするから間違ふのだ。是れから、絶対に有難いと思うていただきなさい』 梅公『私はお道を開く因縁の身魂ぢやありませぬか』 黒姫『きまつた事ぢや。因縁なくて、此結構なウラナイ教へ来られるものか』 梅公『因縁の身魂の中でも、私は最も因縁の深いものでせう。高姫さまは高天原に因縁のある名ぢやし、黒姫さまは、くろうの固まりの花が咲くとお筆先に因縁があるなり、私は三千世界一度に開く梅の花と云ふ、変性男子の初発のお筆先に出て居る因縁の名ぢやありませぬか。何と云つても梅は梅、一度に開く役は梅公の守護神のお役でせう』 黒姫『此広い世界に、梅の名のつくのは、お前ばつかりぢやないわいな』 梅公『それでも、今あなた、因縁の身魂ばつかり引き寄せて有ると仰有つたぢやありませぬか。ウラナイ教へ引寄せられた人間の中に、梅の名の付いた者が、一人でもありますか。松で治めると云ふ、松に因縁のある松姫さまは、高城山であの通り羽振りを利かし、なぜ此梅公は、さうあなたから軽蔑されるのでせう』 黒姫『もうチツと修業しなされ。さうしたら又、松姫と肩を並べる様にならうも知れぬ。併し今日は初めて綾彦、お民に、宣伝を、竜宮の乙姫の肉体が、直接にしてあげるから、お前もシツカリ聴きなされ。そして此肉体の宣伝振をよく腹へ締め込みて、世界を誠で開くのぢやぞえ』 梅公『それは有難う御座います。吾々も傍聴の栄を得まして……』 黒姫『コレコレあまり喋るものぢやない……男だてら……口は禍の門ぢや。黙つて謹聴しなさい』 と押へつけ乍ら、少し曲つた腰付をして底太い声を張上げ歌ひ始めたり。 黒姫『昔の昔その昔遠き神代の初めより 国治立の大神は千座の置戸を負ひ給ひ 世を艮に隠れまし三千年の其間 苦労艱難遊ばして此世を永久に開かむと 種々雑多と身をやつし蔭の守護を遊ばされ ミロクの御代を待ち給ふ時節参りて煎豆に 花咲く御代となりかはり変性男子の御身魂 道具に使ふて昔から末の末まで見通され 尊きお筆を出しまし世に落ちぶれた神々を 今度一緒に世にあげてそれぞれお名を賜ひつつ 神の御用に立て給ふ時節来たのを竜宮の 乙姫様は活溌な御察しの良い神故に 今まで生命と蓄へた金銀、珠玉、珊瑚珠も 残らず宝投げ出して大神様へ献つり 穢ない心をスツパリと海へ流して因縁の 身魂と現れし黒姫を神政成就の機関とし 現はれ給うた尊さよ今まで竜宮の乙姫の 醜しかつた御霊丈系統の身魂に憑られて 懺悔遊ばし一番に改心なされた利巧者 三千世界の世に落ちた神々さまは竜宮の 乙姫さまを手本とし力一杯身魂をば 磨いて今度の御大謨にお役に立つた其上で それぞれお名を頂いて結構な神と祀られる 三千世界の梅の花一度に開くと云ふ事は 永らく海の底の底お住居なされた竜宮さま 肉のお宮にをさまりて広い世界の民草に 誠一つのお仕組を現はしなさるお働き 日の出の神と引つ添うて今度の御用の地となり 神の大望成就させ天にまします三体の 大神様へ地の世界斯うなりましたとお目にかけ お手柄遊ばす仕組ぞや此お仕組は三五の 神の教を厳御霊変性男子の筆先に くまめる様に書いてある其筆先の読み様が 足らぬ盲のミヅ御霊変性女子が混ぜ返し 蛙の行列向ふミヅ瑞の御霊と偉相に 日の出神の筆先を何ぢや彼ンぢやとケチをつけ 黒姫までも馬鹿にするされ共此方はどこまでも 耐り耐りて出て来たが余り何時まで分らねば 是非に及ばず帳を切り悪の鑑と現はして 万劫末代書き残す変性男子は唯一人 変性女子も亦一人それに何ぞや三つ御霊 三つもあつてたまるかい此事からが間違ひぢや 変性男子は経の役変性女子は緯の役 経と緯とを和合させ錦の機を織る仕組 日の出神が地となりて竜宮様のお手伝ひ 今度一番御出世を遊ばす事を知らないか 必ず必ず三五の緯の教に迷ふなよ 経が七分に緯三分これでなければ立派なる 誠の機は織れないに三五教の大本は 次第々々に紊れ来て経が三分に緯七分 変性男子は先走り変性女子は弥勒さま 何ぢや彼ンぢやと身勝手な理屈を並べて煙に巻く 此儘棄てて置いたなら変性男子の永年の 艱難苦労も水の泡水の泡にはさせまいと 系統の身魂を選り抜いて日の出神が現はれて 誠の筆先書きしるし一度読めよと勧むれど 変性女子の頑固者どうして此れが読まれよかと 声を荒立て投げつけるそれ程厭なら読までよい 後で吠面かわくなと言うて聞かしてやつたれど 訳の分らぬ頑固者神の恵を仇に取り 何ほど親切尽してもモウこの上は助けやうが 無いと悔みて高姫が何時も涙をポロポロと 零して御座るお慈悲心それに続いて分らぬは 金勝要の大御神この肉体もド渋とい まだまだ渋とい奴がある仮令大地は沈むとも 生命の綱が切れるとも日の出神の筆先は 当にならぬと撥ねつける木の花姫の生宮と 嘘か本真か知らねども現はれ出でた男女郎 火が蛇になろがどうしようが改心させねば置くものか 縦から横から八方から探女醜女を遣はして いろいろ骨を折るけれど固より愚鈍な生れつき 石の地蔵に打向ひ説教するよな塩梅で どしても聞かうと致さない木の花姫の肉体を 改心させねば何時までも神の仕組は成就せぬ ウラナイ教も栄やせぬサア是れからは黒姫の 指図に従ひ身をやつし千変万化に活動し 一日も早く因縁の身魂を改心さす様に 祈つて呉れよ黒姫もこれから百日百夜は 剣尖山の谷川の産のお水で身を清め 一心不乱に祈念するアヽ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 と汗をブルブルに掻き、身体一面ポーツポーツと湯気を立て、 黒姫『アーア苦しいこと。……世界の人民を助けようと思へば、並大抵ぢやない、変性男子や高姫さまの御苦労が身に浸みて、おいとしう御座るわいの、オンオンオン』 と泣き崩れる。 これより黒姫は、百日百夜、宮川の滝に水行をなし、高山彦の懇望もだし難く、一旦数多の信徒を宣伝使に仕立てて、自転倒島の東西南北に間配り置き、手に手を把つて、フサの国へ渡り、高姫の身許に着きける。高姫は三五教の勢力侮り難きを黒姫より聞き、黒姫を北山村の本山に残し置き、自らは二三の弟子と共に、自転倒島に渡り、再び魔窟ケ原に現はれ、衣懸松の下にて庵を結び、三五教覆滅の根拠地を作らむとして居たのである。又もやそれより由良の湊の人子の司、秋山彦が館に於て、冠島、沓島の宝庫の鍵を盗り、遂には如意宝珠の玉を呑み、空中に白煙となりて再び逃げ帰りしが、それと行違に黒姫は、又もや魔窟ケ原に現はれ、草庵の焼跡に新に庵を結び、前年高姫と共に築き置きたる地底の大岩窟に居を定め、極力宣伝に従事して居たりしなり。然るに黒姫の部下に仕ふる夏彦、常彦、其他の弟子共は、フサの国より扈従し来り乍ら、少しも黒姫に夫ある事を知らざりける。黒姫は独身主義を高唱し、盛ンに宣伝をして居た手前、今更夫ありとは打明け兼ね、私に高姫に通じて、神界の都合と称し、始めて夫を持つた如く装ひける。高山彦の表面入婿として来るや、以前の事情を知らざりし弟子達は、黒姫の此行動に慊らず、遂にウラナイ教を脱退するに至りたるなり。夏彦、常彦以下の主なる者は、此時高城山に立籠り、東南地方を宣伝し居たれば、梅、浅、幾などの計らひに依りて、新に入信したる綾彦の事は少しも知らざりける。また高城山の松姫が侍女として仕へ居るお民の素性も、気が付かず、唯普通の信者とのみ思ひて取扱ひ居たりしなり。黒姫は又もや剣尖山の麓を流るる宮川に、綾彦外一人を伴ひ、禊の最中、紫姫、青彦の一行に出会し、青彦が再びウラナイ教に復帰せしと聞き、喜び勇みて、この岩窟に意気揚々として帰り来たりしなり。 ○ 黒姫『サアサアこれが妾の仮の出張所だ。大江山の悪魔防ぎに地下室を拵へて有るのだから、這入つて下さいませ。……青彦、お前は勝手をよく知つてる筈ぢや。どうぞ皆さまを叮嚀に案内をしてあげて下さいな』 鹿公『ヤアこれは又奇妙なお住居ですな、三五教の反対で、穴有教だなア、ヤア結構結構、穴有難や穴たふとやだ』 と一人々々、ゾロゾロと辷り込む。 黒姫『モシモシ高山彦さま、極道息子が帰つて来ました。どうぞ勘当を赦してやつて下さい』 高山彦『ヤアお前の常々喧しう言つて居つた……これが青彦だらう』 青彦『ハイ始めてお目にかかります。どうぞ宜しう御願ひ致します』 高山彦『ハイハイ、もう是れからは、あまりグラつかぬ様にして下さい』 青彦『決して決して、御心配下さいますな』 高山彦『ヤアなンと綺麗な娘さまがお出になつたぢやないか』 青彦『此お方は由緒ある都の方で御座いますが、お伊勢様へ御参拝の折、黒姫様の言霊を聞いて、大変感心遊ばし、「どうぞ妾も入信が致したう御座いますから、青彦さま、頼みて下さいな」ナンテ、それはそれはお優しい口許でお頼みになりました。私もコンナ綺麗な方が、男ばつかりの所へお出になつては、嘸御迷惑だらうと思ひましたけれども、折角のお頼み、無下に断る訳にもゆかず、黒姫様に御取次致しました。黒姫さまは二つ返辞で承知して下さいました』 紫姫『ホヽヽヽヽ』 と袖に顔を隠す。 黒姫『コレ青彦、チツと違つては居らぬかな』 青彦『アーさうでしたかなア。あまり嬉しかつたので、精神錯乱致しました。どうぞ見直し聞直しを願ひます』 黒姫『青彦お前は久振で親の家へ帰つたのだから、気を許して奥でゆつくりと寝なされ、今は新顔ばつかりで、お前の知つて居る者は、みなフサの国の本山へ往つたり、高城山へ行つて居る、馴染がなくて寂しいだらうが、気の良い者ばつかりだから、気兼なしにユツクリと休まつしやい。馬公鹿公も、トツトとお休み、又明日になつたら結構な話を聞かしてあげる。……サテ紫姫さまとやら、あなたは三五教の宣伝使におなりになつたのは、何を感じてですかなア。何か一つの動機がなければ、あなたの様な賢明な淑女が、あの様な瑞の御霊の混ぜ返し教に入信なさる道理がない。みな奥へ行つて睡眼みて了つたから、誰も聞く者もないから、遠慮なしに話して下さいな』 紫姫『ハイ有難う御座います、別に是れと云ふ動機も御座いませぬ。国家の為社会の為に舎身的の活動をなさる瑞の御霊の大神さまに同情を表しまして、つい何とはなしに宣伝使になりました』 黒姫『それはそれは結構な事だ。身魂の因縁がなくては、到底尊い宣伝使にはなれませぬ。三五教もウラナイ教も、みな変性男子、変性女子と、経と緯との身魂が現はれて錦の機の仕組をなさるのぢやが、併し乍ら、素盞嗚尊は天の岩戸を閉めるお役で、大神様が、此世の乱れた行方がさしてあると仰有る。ナンボ神様の仰有る事でも……これ丈乱れた世の中を、治める事を措いて、乱れた方の御守護をしられて堪りますか。そこで吾々は元は三五教の熱心な取次だが、今では変性女子の行方に愛想をつかし、已むを得ず、ウラナイ教と名をつけて、神様の御用をして居りますのぢや。同じ事なら三五教の名が附けたいけれど、高姫や黒姫は、支部ぢやとか、隠居ぢやとか言はれるのが癪に障るので、已むを得ず結構な結構なウラル教の「ウラ」の二字を取り、アナナイ教の「ナイ」の二字をとつて、表ばつかり、裏鬼門金神の変性女子の教は一寸も無いと云ふ、生粋の日本魂のウラナイ教ぢや。お前も、同じ宣伝使になるのなら、喰はせものの三五教を廃めてウラナイ教になりなされ。あなたのお得ぢや。否々天下の為ぢや』 紫姫『素盞嗚尊さまは、それ程悪いお方で御座いますか。世界万民の為に千座の置戸を負うて、世界の悪を一身に引受け、人民の悪い事は、みな吾が悪いのぢやと言つて、犠牲になつて下さる神さまぢや有りませぬか』 黒姫『それはさうぢやけれども、モ一つ我が強うて改心が出来ぬものぢやから、神界のお仕組が成就しませぬ。何と言うても、高天原から、手足の爪まで抜かれて、おつ放り出される様な神ぢやから、大抵云はいでも分つとる。お前も能う胸に手を当てて御思案なさいませ』 紫姫『ウラナイ教には、ちツとも……仰有る通り裏がないので御座いますか』 黒姫『勿論の事、見えた向きの、正真正銘、併し乍ら、神様のお仕組は奥が深いからなア、一寸やそつとに、人間の理屈位では分りませぬ。マアマア暫く絶対服従で信神して見なさい。御神徳が段々分つて来るから』 斯く話す折しも、慌ただしく走り帰つた二人の男。 黒姫『ヤアお前は滝と板とぢやないか』 滝公、板公『ハイ左様で御座います』 黒姫『昨日から此処を飛び出した限り、どこをウロウロ迂路ついとつたのだい』 滝公『ハイ昨日遅がけに、一人の女が通りましただらう。それをあなたが捉まへて来いと仰有つたものだから、此奴ア又、梅公の故智に倣つて、一つ大手柄を現はし、あの女を入信させてやるか、あまり諾かねば、何れ三五教の奴だから、叩き潰してやらうかと思うて、あなたの御命令で追ひかけて行きました』 黒姫『誰が叩き潰せと言つたのか。丹波村のお節に違ひないから、捉まへて来いと言つたのだ、そして其お節を如何したのぢやい』 滝公『板公と二人、尻引き捲つて……お節は走る、二人は追ひかける、船岡山の手前までやつて来ると、日は暮れかける。お節は石に躓きパタリと倒れたので、其間に追ひつき、無理無体に手足を括り、暗の林に連れ往つて、グツと縛りつけ、猿轡を箝ませ、再び姿を改ため、……コレコレどこのお女中か知らぬが、コンナ所に悪者に括られて可愛想に……と云つて助けてやる。さうすれば如何なお節もウラナイ教の親切に感じて、三五教を思ひ切るだらう……と思ひまして、一寸智慧を出しました。さうした所が、お前さまがやつて来て、種々と仰有るものだから、暗がり乍ら御案内しました。……あなた覚えが御座いませう……忽ちお節は息が切れ、厭らしい声を出して、化けて出よつた、其途端に私は尻餅を搗いて、暗さは暗し、傍の谷川へサクナダリに落ち滝つ、腰イタツ磐根に打据ゑて、それはそれは酷い目に遭ひました。暫くは気を取り失うて、半死になつて了ひ、苦みて居るのに、あなたは側へ来て居り乍ら私を見殺しにして帰りなさつたぢやないか。何時も人を助ける助けると仰有るが、アンナ時に助けて貰はねば、常に御大将と仰いで居る甲斐がありませぬワ』 黒姫『そら何を云うのだ、妾が何故ソンナ所へ行く必要があるか、又何とした乱暴な事をするのだい。ソンナ事がウラナイ教の教にありますか。モウ今日限り、破門するツ、サア出て行け出て行け』 滝公『悪人は悪人とせず、鬼でも、蛇でも、餓鬼虫けらでも助けるのが、ウラナイ教ぢや有りませぬか。出て行けとはチツと聞えませぬワ』 黒姫『モシ紫姫さま、斯う云ふ取違する者がチヨコチヨコ出来ますので、誠に困ります。併し乍ら、コンナ者ばつかりぢや御座いませぬ。これは大勢の中でも、選りに選つて一番悪い奴で御座います。そして又入信してから、幾らもならぬものですから、つい脱線をしましてナ』 板公『モシモシ黒姫さま、余り甚いぢやありませぬか、私が悪人なら、モツとモツと大悪人が沢山居りますで……綾彦だつて、お民だつて、改心さしたのは、あなた知らぬか知らぬが、それはそれは大変な酷い事をやつて入信させたのだ。私も兄弟子の兵法を倣つて巧くやらうと思つたのが当が外れた丈のものですよ、あれ程喧しう下の者が噂をして居るのに、あなたの耳へ這入らぬ筈はない、一年からになるのに、世界が見え透くと云ふあなたが、知つとらぬとは言はれませぬ。腹の底を叩けば、「権謀術数的手段は用ゐるな。併し俺の知らぬ所では都合よく行れ、勝手たるべし」と云ふ、あなたの御精神でせう』 滝公『ソンナこたア、言はなくても定まつて居るワイ。あれ程、神の取次する者は、独身でなければ可かぬと仰有つた黒姫さまでさへも、ヤツパリ言うた事をケロリと忘れて因縁だとか、御都合だとか理屈を附けて、ハズバンドを持たつしやるのだもの、言ふ丈野暮だよ』 黒姫『何を言ふのだ。早う出て下さい』 滝公『都合が悪うおますかなア……初めての入信者の前ですから、成るべくは、コンナ内幕話は言ひたくはありませぬが、お前さまが今日から除名すると仰有つた以上は、今迄の師匠でもなければ、弟子でもない。力一杯奮戦して、どこまでも素破抜きませうか』 黒姫は唇を震はし、目を逆立て、クウクウ歯を喰ひしばつて、怒つて居る。 滝公『モシ黒姫さま、怒る勿れ……と云ふ事がありますなア。怒つて居るのぢやありませぬか。チツと笑ひなされ』 黒姫『ウームウーム』 と歯を喰ひしばり、目を剥いて居る。 紫姫『これはこれは滝さまとやら、板さまとやら、良い加減にお静まりなさいませ。夜前あなたがお節さまを悩めて御座る所を、妾外三人の者がよく見て居りました。黒姫さまは決してお出でぢやありませぬ。妾の連の鹿と云ふ男が黒姫さまの……暗を幸ひ……声色を使つたのですよ。それに黒姫さまがお出でになつたなぞと仰有つてはお気の毒ですワ、お節さまはこの奥へ来て、スヤスヤ寝みてゐらつしやいますよ』 滝公、板公『エー何と仰有る、お節さまが……そいちやア大変だ』 紫姫『さう御心配なされますな、青彦さまも見えて居ります』 滝公『ヤアうつかりして居ると、ドンナ目に合ふか分らぬぞ。仇討に……岩窟退治に来よつたのだなア。……オイ板公、黒姫さまはどうでも良い。生命あつての物種だ、見付からぬ間に、一刻も早く此場を退却だ』 と滝は駆出す。板も続いて、 板公『オイ合点だ』 と後を追ふ。黒姫は、 黒姫『オイこれこれ、滝公、板公、待つた待つた、言ひたい事がある』 滝板の両人は、岩穴の外から内を覗いて、 滝公、板公『黒姫さま、左様なら、ゆつくりと、青彦やお節に、脂を搾られなさつたが宜からう、アバヨ、アハヽヽヽ、ウフヽヽヽ』 と云つた限り、何処ともなく……それ限りウラナイ教には姿を見せなくなりにけり。 紫姫は気の毒がり、 紫姫『モシモシ黒姫さま、お腹が立ちませうが、若い人の仰有る事、どうぞ宥して上げて下さいませ、……イヤもう人を使へば苦を使ふと申しまして、御苦心の程、お察し申します』 黒姫『これはこれは、ご親切によう言うて下さいました。無茶ばつかり申しまして困ります。これと言ふのも、決して決して、滝や板が申すのぢや御座いませぬ。又さう云ふ様な悪い事をする男ぢや有りませぬが、素盞嗚尊の悪神の眷属が憑つて、吾々を苦めやうと思うて、アンナ事を言つたり、したりするのです。チツとも油断はなりませぬ。悪神に使はれた、滝公板公こそ不憫な者で御座います、オンオンオン』 と泣き真似をする。 紫姫『黒姫さま、モウお休みなさいましたらどうでせう。大分夜も更けた様です』 黒姫『ハイ有難う、ソンナラお先へ御免蒙りませう。明日又ゆつくりと、根本のお話を聴いて貰ひませう』 紫姫『ハイ有難う』 と互に寝に就きにける。 (大正一一・四・二六旧三・三〇松村真澄録) |
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霊界物語 | 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 | 11 相身互 | 第一一章相見互〔六三九〕 降りみ降らずみ空低う四辺は暗く黄昏れて 山時鳥遠近に本巣かけたか、かけたかと 八千八声の血を吐いて声も湿りし五月空 憂に悩める人々を教へて神の大道に 救はむものと常彦が鬼ケ城山後にして 足もゆらゆら由良の川蛇が鼻、長谷の郷を越え 生野を過ぎての檜山須知、蒲生野を乗り越えて 駒に鞭打つ一人旅観音峠の頂上に シトシト来る雨の空遠く彼方を見渡せば 天神山や小向山花の園部も目の下に 横田、木崎と開展し高城山は雲表に 姿現はす夜明け頃眼下の野辺を眺むれば 生命の苗を植つける早乙女達の田の面に 三々伍々と隊をなし御代の富貴を唄ふ声 さながら神代の姿なり。 常彦は峠の上の岩石に凭れ、夜の旅路の疲れを催し、昇る旭を遥拝しつつ、知らず識らずに睡魔に襲はれ居る。 観音峠の頂上さして、東より登り来る二人の乞食姿、 甲(滝公)『人間も、斯う落魄れては、どうも仕方がないぢやないか。何程男は裸百貫だと云つても、破れ襦袢を一枚身に着けて、斯うシヨボシヨボと、雨の降る五月雨の空、どこの家を尋ねても、戸をピツシヤリ閉めて、野良へ出て居る者ばつかり、茶一杯餐ばれる所も無し、谷川の水を掬つて飲めば、塩分はあるが、忽ち腹の加減を悪うして了ふ。裸で物は遺失さぬ代りに、何か有りつかうと思つても、せめて着物丈なつとなければ、相手になつて呉れる者もなし。純然たるお乞食さまと、誤解されて了ふ。実に残念だなア』 乙(板公)『天下を救済するの、誠の道ぢやのと、偉相に言つて居るウラナイ教の高城山の松姫も、今迄とは態度一変し、飯の上の蠅を払ふ様に虐待をしよつたぢやないか。これと云ふのも、ヤツパリ此方の智慧が足らぬからぢや。雨には嬲られ、風にはなぶられ、おまけに蚊にまで襲撃され、七尺の男子が、此広い天地に身を容るる所もなき様になつたのも要するに、智慧が廻らぬからだよ。あの梅公の奴を始め、松姫の如きは、随分陰険な代物だが、巧妙く黒姫に取入つて、今では豪勢なものだ。何とかして、モウ一度黒姫の部下になる訳にはいかうまいかなア』 甲(滝公)『一旦男子が広言を吐いて、此方から暇を呉れた以上、ノメノメと尾を掉つて帰ぬ事が出来ようか。鷹は飢ゑても穂を喙まぬ……と云ふ事がある。ソンナ弱音を吹くな、暗の後には月が出るぢやないか』 乙(板公)『人間の運命と云ふものは定まつて居ると見える。黒姫や高姫、松姫はどこともなしに、丸い豊な顔をして居るが、丸顔に憂ひなし、長顔に憂ひありと云つて、俺達は金さへ有れば、社会にウリザネ顔だと言つて、歓待る代物だけれど、今日の様な態になつては、ますます貧相に……自分乍ら見えて来る。自分から愛想をつかす様な物騒な肉体、何程馬鹿の多い世の中だと言つて、誰が目をかけて呉れる者が有らうか。アーア仕方がない。何とか一身上の処置を附ける事にしようかい。ヌースー式をやつては、神界へ対して罪を重ね、万劫末代苦しみの種を蒔かねばならず、実、さうだと言つて、自殺は罪悪であり、死ぬにも死なれず、困つた者だ。どうしたら此煩悶苦悩が解けるであらう。否スツパリと忘れられるだらう』 甲(滝公)『心一つの持ちやうだ。刹那心を楽むんだよ』 乙(板公)『貴様はまだ、ソンナ気楽な事を言つて居るが、衣食足りて礼節を知るだ。今日で三日も何も食はずに、胃の腑は身代限りを請求する。一歩も歩む事も出来なくなつて、どうして刹那心が楽めよう。刹那々々に苦痛を増ばつかりぢやないか。アーアこれを思へば、黒姫の御恩が今更の如く分つて来たワイ』 甲(滝公)『ヤア情ない事を言ふな。そら其処に三五教の宣伝使が立つて居るぞ』 乙(板公)『モウ斯うなつちやア、三五教もウラナイ教も有るものぢやない。食はぬが悲しさぢや。飢渇に迫つてから、恥しいも何も有つたものかい』 と常彦の佇む前に進み寄り、 乙(板公)『モシモシ、あなたは三五教の宣伝使ぢやありませぬか』 と力無き声に、常彦はフツと目を醒し、 常彦『アーア夜の旅で草臥れたと見えて、知らぬ間に寝込んで了うたワイ。……ヤアお前は乞食と見えるな。何ぞ御用で御座るか』 乙は何にも言はず、口と腹を指し、飢に迫れる事を示した。 常彦『ヤア一人かと思へば、二人連ぢやな。幸ひ、ここに握り飯が残つて居る。失礼だが之をお食りなさらぬか』 乙(板公)『ハイそれは有難う御座います。早速頂戴致しませう。……オイ滝公、助け船だ兵站部が出来たぞ。サア御礼を申せ』 滝公『アーそんなら頂戴しようかなア、恥しい事だ。旅人の弁当を貰つて食ふのは、生れてから始めてだ』 と四個の握り飯を分配し、二ツづつ、飛び付く様に平げて了ひ、 乙(板公)『アーアこれで少し人間らしい気がして来た。……イヤ宣伝使様、有難う御座います。……併し乍ら此先は又どうしたら宜からうかなア』 滝公『刹那心だよ。又神様がお助け下さる。心配するな。……何れの方か知りませぬが有難う御座いました。これでヤツと、こつちのものになりました』 と見上ぐる途端にハツと驚き顔を隠す。 常彦『ヤア失礼乍らあなたは、ウラナイ教の滝公さまぢやありませぬか。ヤアあなたは板公さま、どうしてそんな姿におなりなさつた。何か様子が御座いませう。差支なくばお聞かせ下さいませいなア』 板公『恥しい所、お目にかかりました。実は斯うなるも身から出た錆、何とも言ひ様がありませぬが、実の所は、あまり宣伝の効果が挙がらないので、一寸した事をやりました。それが此通り大零落の淵に沈む端緒となつたのです』 滝公『誠に赤面の至り、智慧も廻らぬ癖に、人真似をして、大変な失敗を演じ、闇の谷底へ転落し、生命カラガラな目に遭ひ、終には黒姫の御機嫌を損ねたのみならず、青彦、お節に踏み込まれ、一生懸命逃げて来ました。それから私等二人は高城山へ参り、松姫の前に尻を捲つて、ウラナイ教の内幕を暴露してやらうと、強圧的に出た所、中々の強者、吾々の智嚢を搾り出した狂言も、松姫に対しては兎の毛の露程も脅威を与へず、シツペイ返しを喰つて、生命からがら此処までやつて来ました。併し乍ら窮すれば乱すと云ふ諺もありますが、吾々は一旦誠の道を聞いた者、仮令餓死しても人の物を失敬する事は絶対に厭で堪らず、最早生命の瀬戸際、一生の大峠となつた所、あなたに巡り会ひ、一塊のパンを与へられて、漸く人間心地が致しました。これもアカの他人に恵まれるのであつたならば残念ですが、有難い事には、一旦御心易うして居たあなたに救はれたと云ふのも、まだ天道は吾々を棄て給はざる証と、何となく勇気が出て来ました』 常彦『今のお言葉に、青彦お節が黒姫の所へ往つたと仰有つたが、ソレヤ本当ですか』 滝公『ヘエヘエ本当も本当、一文生中の、掛値も御座いませぬ。今頃は黒姫も、青彦お節其他の二三人の男女に欺かれて、道場を破られ、フサの国へでも逃げて行つたかも知れますまい、高城山の松姫の様子が何だか変で御座いましたから……』 板公『ナーニ黒姫はそんな奴ぢやない。キツと青彦、お節は袋の鼠、舌の先で巧くチヨロまかされて居るに違ひない。それよりも惜しいと思うのは、紫姫さまに、馬公鹿公と云ふ若い男だ。キツと、ウラナイ教に沈没して居るに相違ない』 常彦『ハテナ、吾々も御両人の知らるる通り、ウラナイ教のカンカンであつたが、余り内容が充実せないのと、黒姫の言心行一致を欠いだ其点が腑に落ちず、又数多の信者に対して、吾々部下の宣伝使として弁解の辞がないので、アヽ最早ウラナイ教は前途が見えた。根底から崩れて了つた。斯う云ふ事で、どうして天下の修斎が出来ようぞ、信仰に酔払つた連中は今の所、稍命脈を保つて居るが、酔払つた酒は何時しか醒める如く、信仰も追々冷却するは当然の帰結と、前途を見越して、ヤツパリ天下を救ふは三五教だと、直に三五教に入信し、鬼ケ城の邪神退治と出掛け、それより諸方を宣伝し廻つて居るのだ。それにしても合点のゆかぬは、あれ程決心の堅かつた青彦、お節に紫姫さまぢや。これには何か深い様子が有る事であらう。コラ斯うしても居られない。一時も早く魔窟ケ原へ行つて、事の真偽を確め、其上で又作戦計画を定めねばなるまい。アーア困つた事が出来たワイ』 と手を組んで太い息をつく。 滝公『これに就て常彦さま、あなたは何かお考へがありますか。ならう事なら、私達も共々に三五教の為に尽さして頂きたいのですが、何を言うても零落れた此体、あなたの顔にかかはりますから……』 常彦『ソラ何を仰有る。衣服は何時でも替へられる。あなたの今迄の失敗の経験に会つて鍛へ上げられたる其身魂は、容易に得られるものでない。何は兎も角一緒に参りませう。また都合の好い所が有れば、衣服でも買つて上げませう。兎も角青彦以下の救援に向はねばならぬ。サア滝公、板公、参りませう』 二人は何にも言はず、嬉し涙に暮れ乍ら、常彦の後に従ひ、西北指して、今迄の衰耗敗残の気に充された態度は忽ち枯木に花の咲きし如く、イソイソとして従いて行く。 山頭寒巌に倚りて立てる古木も春の陽気に会ひて深緑の芽を吹き出したる如く、青ざめた顔は忽ち桜色と変り、常彦に絶対服従の至誠を捧げつつ、花咲き匂ふ枯木峠を打渡り、神の救ひをエノキ峠の急坂後に見て、握り拳をホドいて夏風に、そよぐ蕨の野辺を打渡り、とある茶店に立入りて、再び腹を拵へ忽ち太る大原の郷、テクテク来る須知山峠の絶頂に、青葉を渡る涼しき夏の風を受け乍ら、かたへの巌に腰打掛け、 常彦『アヽ早いものだ、モウ一息で聖地に到着する。世継王山の山麓には、悦子姫さまの経綸場が出来たと云ふ事だ。一つ立寄つて見ようかな。大抵青彦の様子も分らうから………イヤイヤ今度は素通をして、青彦に対面し、救はるるものならば、どこまでも誠を尽して忠告を与へ、其上にて悦子姫様の庵を御訪ねする事にしよう。幸に青彦以下が改心をして、三五教に復帰したとすれば、先へ妙な事をお耳に入れ置くのは却て青彦の為に面白くない。友人の道として絶対秘密にしてやるが本当だらう』 滝公『青彦さまはよもや、ウラナイ教になつて居る気遣ひは有りますまい』 板公『何とも、保証がでけぬ、突然の事で吾々も岩窟退治に来たのだと思つて驚いたが、後になつてよくよく考へて見れば、どうも黒姫と云ひ、青彦、紫姫さま其他の顔色に少しも変な色が浮かんで居らなかつた。黒姫の魔術に依りて剣尖山の滝の麓でうまくシテやられたのかも知れない、兎も角も常彦さまをお頼み申して、吾々も弟子となつた以上は、青彦さま一行を元の道へ救はねばなりますまい。これから首尾能く凱旋する迄、悦子姫様の庵を訪ねなさらぬ方が、万事の都合が良い様に思ひます。ナア常彦さま』 常彦『アヽ私はさう考へるのだ。何に付けても大事件が突発した様なものだ』 と話す折しも、坂を登り来る二人の男、 男(荒鷹、鬼鷹)『ヤアあなたは常彦さまぢやありませぬか。何処へお出でになつて居ました?吾々二人は丹州と共に弥仙山の麓に当つて、紫の雲、日々立昇るのを見て、コレヤ何か神界の経綸が有るのだらうと其雲を目当に参りました。所が近くへ寄つて見れば、恰度虹の様で、其雲は一寸向ふの方に靉靆いて居る。コレヤ大変だ、どこまで行つても雲を掴むとは此事だと、丹州さまにお別れをして、ここまでやつて来ました』 常彦『ヤアお前は鬼ケ城言霊戦の勇士、荒鷹、鬼鷹のお二人さま、どこへ行く積りだ』 荒鷹『丹州さまは吾々に向ひ仰有るには、一寸神界の御用があるから弥仙山を中心として暫く此辺を探険しようと思ふから、お前達はこれから聖地を指して進んで行け。併し乍ら聖地に立寄る事はならぬ。須知山峠を指して行けとの御言葉、どこを目的ともなくやつて来ました。其時々に神が懸つて知らしてやるから、安心して行けとの事、大方伊吹山の邪神退治に行くのではなからうかと思つて参りました。併しあなたのお顔を見るなり、何だか向ふへ行くのが張合が抜けた様な気がしてなりませぬワイ』 常彦『それは不思議な事を聞くものだ。何か外に聞いた事は有りませぬか』 鬼鷹『ヤア有ります有ります、大変な変つた事があるのですよ』 常彦『変つた事とは何ですか』 鬼鷹『弥仙山の麓の村に、お玉と云ふ娘があつて、夫も無いのに腹が膨れ、十八ケ月目に生み落したのが女の子、玉照姫とか云つて、生れてから百日にもならないのに、種々の事を説いて聞かせる、さうして室内を自由に立つて歩くと云ふ噂で……あの近在は持切りで御座います。それに就て、ウラナイ教の黒姫の奴、抜目のない……其子供を何んとか彼とか云つて、手に入れようとし、幾度も使を遣はし、骨を折つて居るさうですが、爺と婆アとが、中々頑固者で容易に渡さない。家の血統が断れると云つて居るさうです。なかなかウラナイ教も抜目がありませぬなア』 常彦『不思議な事が有るものだなア。兎も角吾々も一度其子が見たいものだが、それよりも先に定めた問題から解決せなくてはならぬ。其問題さへ解決がつかば、黒姫の様子も分り、子供の因縁も分るだらう。併し鬼鷹さま、荒鷹さま、あなたは何処へ行く積りか』 荒、鬼『まだ行先不明……私の行く所は何処で御座います……と実はあなたにお尋ねしたいと思つて居るのです』 常彦『兎も角丹州さまのお言葉通り、行く所までお出でなさいませ。神の綱に操られて居るのだから、今何を考へた所で仕方が有りますまい。併し丹州さまは……あなた方、何と思うて居ますか』 荒鷹『どうもあの方は、吾々としては、正とも邪とも、賢とも愚とも、見当が取れませぬ。つまり一種の……悪く言へば怪物ですなア。併し何とも言はれぬ崇高な所があつて、自然に吾々は頭が下がり、何程下目に見ようと思うても、知らぬ間に吾々の守護神は服従致します』 鬼鷹『私も同感です。何でも特別の神界の使命を受けた方に違ひありませぬワ、元吾々が使つて居つた其時分から、少し変だなアと思うて居た。今日の所では、兎も角不可解な人物だ。時々頭上より閃光を発射したり、眉間からダイヤモンドの様な光が放出して忽ち人を射る。到底凡人の品等すべき限りではありませぬワ』 常彦、手を組み、首をうな垂れ、思案に暮れて居る。荒鷹、鬼鷹は、 荒鷹、鬼鷹『左様なら常彦さま、又惟神に再会の時を楽みませう』 と一礼して、スタスタ坂を南へ下り行く。常彦は少しも気付かず、瞑目して俯むいて居る。 滝公『モシ常彦さま二人の方はモウ行かれました』 と背中を揺る。常彦は夢からさめた様な心地、 常彦『ナニ、二人はモウ行かれたと……エー何事も神様のお仕組だらう。とも角、弥仙山麓へ往つて見たいやうな気がするが、始めに思ひ立つた青彦の事件から解決するのが順序だ。サア皆さま、参りませう……』 (大正一一・四・二八旧四・二松村真澄録) |
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霊界物語 | 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 | 12 大当違 | 第一二章大当違〔六四〇〕 月傾いて山を慕ひ人老て妄りに道を説くとかや 弥仙の山の麓なる賤が伏家の豊彦は 三五教の宣伝使悦子の姫の一行に 娘のお玉を助けられ世にも優れし初孫の 顔を眺めて老夫婦蝶よ花よと労はりつ 神の教を説き諭す此事四方に何時となく 風のまにまに伝はりて於与岐の郷の爺さまは 弥仙の山と諸共に其名も高くなりにける 老若男女は絡繹と蟻の甘きに集ふが如く 豊彦老爺の教示をば神の如くに敬ひて 昼は終日夜は終夜救ひを求めて詣り来る。 中に目立つて三人の大男、宣伝使の服を着けながら、 男『御免なさいませ。私は富彦、寅若、菊若と申す者、此度弥仙山のお宮に参拝を致し、神勅に依りて承はれば、此山麓の一つ家に豊彦と云ふ方現はれ、誠の教を伝ふる故、汝等三人は帰路に立寄り、彼れ豊彦をウラナイ教に誘ひ帰れ、娘のお玉及び今度生れた玉照姫を本山に迎ひ帰れ……との、有り有りとの御神示、神様のお言葉は疑はれずと、弥仙の山麓を彼方此方と探す内、道行く人に承はれば於与岐の森の彼方の一つ家こそ、豊彦さまの住宅と聞いた故、御神勅により出張仕りました』 と門口に立つた儘呶鳴つて居る。幸ひ今日は参詣者もなく、老夫婦と娘、孫の四人、弥仙の神霊を祀りたる霊前に、拝跪黙祷する最中であつた。豊彦は拝礼を終へ、門口近く進み来り、 豊彦『どなたか知らぬが、門口に何か尋ぬる人が有るらしい、何れの方か、先づ戸を開けてお這入りなされませ』 寅若『ハイ有難う』 と斜交になつた雨戸をガラリと開け、 寅若『ヤア随分立派な家だなア……オイ富彦、菊若、這入れ、……汚い家に不似合な綺麗な娘さまが御座るなア、下水に咲いた杜若と云はうか、谷底の山桜、これはどつか良い所へ植替へたならば、随分立派な者になるだろう』 豊彦『コレコレお前さまの仰有る通りムサ苦しい茅屋なれど、これでも私の唯一の休養場ぢや、……あまり失礼ぢやありませぬか』 と足音荒く、破れ畳を威喝し乍ら、上り口に下りて来て、ジロジロと三人の顔を睨みつけて居る。 寅若『ヤアこれはお爺さま、誠に失言を致しました。決して悪く申したのぢや御座いませぬ。少しも飾りのない、正直正銘な、心に映じた儘を申上げたのだから、お悪く思つて下さいますな、歪みかかつた家を、立派な家だと云つた方が却つて嘲弄した事になりませう。お多福を掴まへて、お前は別嬪だと言へば、お多福は馬鹿にしたと言つて怒る様なもので、兎も角も神の道に仕へて居る者は、チツとも斟酌とか巧言とかが有りませぬ、お気に障りましたら、どうぞ宥して下さいませ』 豊彦『ソレヤお前の言ふ通りぢやが、併し碌に挨拶もせないで、イキナリ吾々の住宅を非難すると云ふのは、あまり此方も気の良いものぢやない。お前も宣伝使だと仰有つたが、斯う云うたら人が感情を害するか、害せないか位は分りさうなものだなア』 寅若『只今申したのは決して寅若では有りませぬ。弥仙山に鎮まります大神の眷属、寅若天狗が言つたのです。天狗と云ふ奴は世に落ちぶれて、神様の下働きばつかりやつて居ますから、行儀も無ければ、作法も知らず、酒呑みの極道天狗もあり、どうぞお赦し下さいませ。何分身魂が研け過ぎて居るものだから、感じ易うて直に憑られて困ります、アハヽヽヽ』 豊彦『さうして御神勅の趣はどう云ふ事だ、早く聞かして貰ひませう』 寅若『御存じの通り、私はあまり素直な身魂で、種々の神が憑依致しますから、余程審神をせねばなりませぬが、此富彦と云ふ宣伝使は、それはそれは立派な者で御座います。実は富彦に御神勅が有つたのです。サア富彦さま、御神勅の次第をお爺さまにお知らせなされ』 富彦、両手を組み、威丈高になり、 富彦『コヽヽ此方は、弥仙山に守護致す木花咲耶姫であるぞよ。此度汝が家に、木花姫の御霊、玉照姫を遣はしたのは、深き仕組の有る事ぢや、何事も皆神からさせられて居るのだから、吾子であつて、吾子ではないぞよ。体内に宿つて十ケ月目に生れ出でたる此玉照姫は、神のお役に立てる為に、昔から因縁の身魂を探して、其方が娘に御用をさせたのであるぞよ。サア是れからは其玉照姫を神の御用に立てるが良いぞよ。神の申す事を諾かねば諾く様に致して諾かしてやるぞよ。返答はどうぢや、豊彦、承はらう』 豊彦、平気な顔でニタリと笑ひ、三人の顔をギヨロギヨロ眺め、 豊彦『ハヽヽヽヽ、お前達、巧妙い事を行りますなア。田舎の老爺ぢやと思うて、一杯欺けようと企んで来ても、斯う見えても此爺はナカナカ、酢でも蒟蒻でも行く奴ぢやない。お前達とは役者が七八枚も上だから、其手は喰ひませぬワイ、アツハヽヽヽ、なる程人間の子は十月で生れるだらうが、此方の子はそんな仕入とはチツと種が違ふのだ。神さまもタヨリ無いものだなア。実際お前様に大神が懸つて仕組まれたのならば、此玉照姫は何時宿つて、何ケ月目に分娩したか、又何と云ふ方が取上げて下さつたか分つて居る筈だ。サアそれを聞かして下さい』 富彦、汗をタラタラ出し、真青な顔をして、 富彦『ヤア大神と云つたのは実は眷属だ。……ケヽヽ眷属はモウ引取る。今度は本当の大神様がお憑りなさるから、御無礼を致してはならぬぞ。ウーム』 と言つた限り、パタリと倒れ、又もや手を振つて、姿勢を直し、 富彦『今度こそは真正の神だ。頭が高い、下れ下れ下り居らう……』 豊彦『ヘン、又かいな、どうで碌な神ぢやあるまい。大方羽の無い天狗か、尾の無い狐なんかだらう。随分此暑いのに、そんな芸当を無報酬でやつて見せて下さるのも大抵ぢやない。あんたは慈悲心の深い人ぢや、其点丈は此爺も大いに感謝する。今朝も二三人参つて来よつたが、お前の様な野天狗憑がやつて来て、法螺を吹くの吹かんのつて、随分面白かつた。お前もウラナイ教の宣伝使なら、モ一つ修業をなされ。其様な事で衆生済度なぞとは、思ひも寄りませぬぞい』 富彦『大神に向つて無礼千万な、其方は此神を嘲弄致すか。量見ならぬぞ』 豊彦『ハヽヽヽヽ、此方から量見ならぬ。サア一つ審神してやらう。……娘のお玉の妊娠の日は何時ぢや。何ケ月孕んで居つた、ハツキリ云うて見よ。十月位で出来た様な普通の粗製濫造品とはチツと違ふのだ。特別神界から念に念を入れて、鍛錬に鍛錬を加へ調製された玉照姫だよ。サアサア当てて御覧なさい』 富彦『十二ケ月だ。間違ひなからう。此お玉は牛の綱を跨げたに依つて、十二ケ月掛つたのぢや。どうぢや恐れ入つたか』 豊彦『アハヽヽヽ、これ富彦さんとやら、良い加減に、そんな芸当はお止めなさい。随分エライ汗だ』 富彦『大神は折角結構な事を言うて聞かしてやらうと思ひ、因縁の身魂に憑つて知らしてやれ共、此爺は我が強うて、少しも改心致さぬから、神は已むを得ず、帳を切つて引取るより仕方はないぞよ。後で後悔致さぬ様に気を付けて置くぞよ』 豊彦『ヘエヘエ有難う御座んす。お狸さまか、お狐さまか知らぬが、斯う見えても、此家は神様の立派なお宮だ。エー四足の這入る所ぢやない。穢らはしい、出て下さい、玉照姫様が大変御機嫌が悪い。サアサア帰なつしやい帰なつしやい』 と箒を把つて掃き立てる。富彦は手持無沙汰に、手拭で顔を拭いて居る。 寅若『オイ爺さま、あまりぢやないか。人を埃か何ぞの様に、箒で掃き出すと云ふ法があるか。よい年して居つて、チツと位行儀作法を心得たらどうだい』 豊彦『エーエー神様のお宮の中へ、ノコノコ這入つて来る四足に、行儀も何も要るものかい、行儀と云ふものは人間同士、又は人間か、より以上の神様に対してこそ必要だ。グヅグヅ吐すと、此箒が頭の上まで参るぞ』 菊若は爺の振り上げた箒をクワツと掴み、 菊若『モシモシお爺さま、お静まり下さい。短気は損気だ。さうお前の様に神懸をけなしては話が出来ぬ。マア静まつた静まつた』 豊彦『お前達に説教を聴く耳持たぬ。斯う見えても、此豊彦は神様の御神徳を頂いて、何処の教にもつかず、独立独歩で、神様直接の御用を致して居るのだ。人を助けるのは神の道だから、お前さへ改心して、低うなつて来れば、どんな結構な事でも教へてやるが、そんな態度では一息の間も置く事は出来ぬ。サアサア帰つた帰つた』 お玉『お爺さま、あまり酷い事を言はぬが宜しい』 豊彦『コレコレお玉、お前は黙つて居なさい。又こんな奴に因縁を附けられては煩雑いから……』 寅若『ヤアお玉さま、話せる、さうなくては女ではない。ヤツパリ社交界の花は女だ。挨拶は時の氏神、そこを巧く斡旋の労を取つて下さい。お前さま所の床の置物を御覧なされ。私等が此処の門を潜るや否や、能うお出やす……と云つて、あの長い頭をうちつけて、福禄寿の像が叮嚀に挨拶をして居るぢやないか。あんな無心の福禄寿さまでも、吾々の御威勢には……いや神格には感応して、畏まつて御座る。それに此お爺さまはあまり剛情が過ぎる。私達が言つても、中々年寄りの片意地で諾かつしやるまいから……娘にかけたら目も鼻も無い爺さまに、お玉さまからトツクリと気の軟らぐ様に言つて下さい』 お玉『ホヽヽヽヽ』 豊彦『エー帰ねと言つたら帰なぬか』 と床が落ちる程四股を踏む。三人は、 三人『エーお爺さま、又お目にかかります。今日は大変天候が悪いから……又日和を考へてお邪魔に参ります』 豊彦『エーグヅグヅ言はずに、早く帰んで呉れ、玉照姫様の御機嫌が悪くなると困るから……オイ婆ア、塩持つて来い。そこらを一つ浄めないと、何だか四足の香がして仕方がないワ、アハヽヽヽ』 三人は突出される様に怪訝な顔して此家を立出で、スタスタと弥仙山の急坂にさしかかる。 菊若『オイ此処らで一つ、一服しやうぢやないか』 寅若『あまり怪体が悪くつて、黒姫さまに会はす顔がない。休む気にもならぬぢやないか。そこらの蝶々や糞蛙まで、俺達の顔を見て、馬鹿にして居やがる様な心持がする。どつか、蛙や蝶の居らぬ所へ行つて一服しやうかい』 と胸突坂を後から追手にでも追ひかけられる様な、慌てた姿で、三本桧の麓までやつて来た。 三人『アヽ此処に良い休息所がある。清水も湧いて居る。水でも飲んで、ゆつくりと第二の作戦計画に着手する事としやうかい』 三人は樹下に涼風を入れ乍ら、雑談に時を移した。 菊若『これ程名高くなつた豊彦と云ふ爺も、あの玉照姫と云ふ赤ん坊が出来て、それがイロイロの事を知らすと云ふのが呼びものになつて、毎日日日、桃李物言はずして小径をなす様に、あちらこちらから、信者が集まるのだ。黒姫さまが毎朝起きて、行水をなさると東の天に当つて紫の雲が靉靆くから、何でも弥仙山の方面に違ひないから一遍偵察に行て来いと言はれ、此間、俺一人此山麓まで来て見ると、大変な人気だ。紫の雲の出所は、どうしても、あの茅屋に間違ひない。そして毎晩東の天に当つて大変な綺麗な星が輝き始めた。偉人の出現には、キツと天に明星が現はれると云ふ事だが、テツキリそれに間違ないと、直に立帰つて報告をした所、黒姫さまは……「マア待て、一週間水行をして、ハツキリと神勅を受ける」と仰有つて、夜、丑の刻から起き出でて、皆の知らぬ間に、何百杯とも知れぬ水行を遊ばした結果、イヨイヨそれに間違ない。グツグツして居ると、三五教の奴に取られて了ふから、お前達早く外の者に秘密で、其子供を貰つて来い……との御仰せ、あんな茅屋の娘、二つ返事でウラナイ教に、熨斗を付けて献上するかと思ひきや、今日の鼻息、到底一通りや二通りでは、梃子に合はぬ。それに寅若の先生、最初からヘマな神懸り[※三版・御校正本・愛世版では「神懸り」、校定版では「神憑り」。]を行つて爺に睨まれ、第二線として現はれた富彦は、老爺の審神に睨まれ、ヨロヨロと受太刀になり……これはヤツパリ野天狗で御座いました……と出直した所は巧いものだが、今度又大神と、太う出やがつて、零敗を喰はされ、最早回復の見込みなく、終局の果てにや、箒で掃出された無態さ……斯んな事を、怪我の端にでも、黒姫さまや外の連中に聞かれようものなら、馬鹿らしくつて、外も歩けやしない。何とか一つ智慧を絞り出して、会稽の恥を雪がねばなるまい。何ぞよい考へはなからうか』 寅若『別に方法手段もないが、先づ梅公式だなア。それが最後の手段だ』 富彦『梅公式を行り損なうと、滝板式になり、終局におつ放り出されにやならぬ様な事になると大変だ。此奴ア一つ、熟思熟考の余地は充分に存するぞ』 寅若『ナーニ、目的は手段を選ばずだ。善の為にするのだから、別に罪になると云ふ事もあるまい。一つ決行しやうぢやないか』 菊若『アヽ結構々々、結構毛だらけ、猫灰だらけだ。弥仙山の大神さまは、猫が使者だと云ふ事だ、何でも今度は猫を被つて、梅滝流を行らうぢやないか』 富彦『梅滝流とはソラ何だ』 菊若『其正中を行くのだ。普甲峠の梅公の行り口は、味方八人も居つたものだから、大変に都合が好かつた。船岡山の近所で行つた滝板の芝居は、何分役者が少いものだから、バレて了つたのだよ。併し吾々三人では、どうする事も出来ぬぢやないか、三人寄れば文珠の智慧と云つても、程よい考案が浮んで来ない。ハテ困つた事だなア』 寅若『噂に聞けば、明日はお玉が七十五日の忌明で、弥仙山へお参りするさうだ。どうぢや。吾々三人は一つ、体一面に日蔭葛でも被つて、お玉の参詣路を脅かし、グツと括つて猿轡を箝め、山伝ひに連れ帰り、さうして外の連中を爺の家へ差し向け、「お前さまの家は、大事のお玉さまを悪者の為に拐かされたさうぢや。気の毒なが、何と吾々が力一杯骨を折つて探して来るから、其褒美に玉照姫さまを、三日でも、四日でもよいから、貸して下さらぬか」……と云つて、チヨロまかすより外に途は有るまい、どうだ賛成かなア』 菊若、富彦『ヤアあまり名案でもないが、斯うなれば仕方が無い。マアそれ位な事で辛抱しやうかい。併し巧くいかうかな』 寅若『何は兎も角一遍都合よくいく様に、お空の大神様へ参拝をして来う。今晩中三人が一生懸命に、木花姫様の御分霊の前で、祈つて祈つて祈り倒すのだ、さうすれば神さまだつて……終局にや五月蠅いから……エー仕方がない、一遍は諾いてやらう……と仰有るに違ひない。さうでなくちや、どうしてウラナイ教へ帰る事が出来ようか。青彦さまや、紫姫さまに恥かしいぞ』 と云ひ乍ら、山上目蒐けて進み行く。一夜は頂上の社前に夜を明かし、一生懸命に願望成就の祈願を凝らし居る。果して大神様は御聴許遊ばすであらうか。 (大正一一・四・二八旧四・二松村真澄録) |
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228 (1724) |
霊界物語 | 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 | 13 救の神 | 第一三章救の神〔六四一〕 寅若、富彦、菊若の三人は金峰山の頂上、弥仙神社の前に一心不乱に願望成就の祈願を凝らし、遂に夜を明かした。 寅若『アヽ大分沢山に神言を奏上し、最早声の倉庫は窮乏を告げたと見え、そろそろかすつて来だした』 と瘡かきの様な声で云ふ。二人も同じくかすり声、 寅若『もう仕方がない、ありだけの言霊を献納したのだから、声としては殆んど無一物だ、声の裸になつた様なものだ、これだけ生れ赤子になれば、如何な願も聞いて下さるだらう』 と枯れ草の上を竹箒で撫でる様な貧弱な言霊をやつと発射してゐる。寅若、懐中の短刀をヒラリと抜いて傍の木を削り、それへ向けて矢立から、竹片を叩いた、笹葉の様な、長三角の筆を取り出し、何かクシヤクシヤ書き初めた。書き終つて唖の様にウンウンと木の文字を見よと指さし得意顔、二人は立ち寄つて読み下ろすと、 『木花姫の命の筆先、今日は七十五日の忌明で必ず参拝致す筈のお玉に神が気をつける、汝に授けた玉照姫は普通の人間の子で無いぞよ、神が御用に立てる為めに汝の肉体に、そつと這入つて生れ変つたのであるから、今此処で改心を致してウラナイ教に献り、神のお役に立てて下されよ、これが神の仕組であるぞよ、若し承知を致したなれば其しるしに日蔭葛を頭にのせて、其方の家まで帰つて下されよ、若し不承知なれば其儘で帰るがよい、又後から神がみせしめを致すぞよ』 と書いてある。菊若、かすり声で、 菊若『アハヽヽヽ、うまいうまい、ナア富彦、やつぱり哥兄貴だなア』 寅若『哥兄貴だらう』 と、かすり声で云つて居る。三人は軈てお玉が朝参詣して登つて来る時刻と裏山より、ずり下り、そつと廻つて中腹の灌木の繁茂に姿を隠し、お玉の下向を待つて居た。お玉は只一人桜の杖をつき乍ら漸く頂上に達し、神前に向つて感謝の辞を奉り、フツと社側の大木を見れば何か文字が現はれて居る。『ハテ不思議』と近寄つて見れば以前の文面、暫く其木と睨めくらし、腕を組んで思案に暮れて居た。暫時あつて、 お玉『エー、馬鹿らしい、神様が斯んな事をお書き遊ばすものか、何者かの悪戯であらう。日蔭葛を被つて帰る所を眺めて、近在村の若い衆が手を拍いて笑つてやらうとの悪戯だらう、ホヽヽヽ、阿呆らしい』 と独語ちつつ又もや神前に軽く会釈をし、もと来し急坂を下り行く。半分あまり下つたと思ふ時、 寅若『ヤア、駄目だ、日蔭葛を被つて居やがらぬぞ、不承諾だと見える、もう斯うなる上は直接行動だ、サア、一、二、三つで一度にかからうかい』 菊若『オイオイ、あまり慌るな、彼奴の身体を見よ、一歩々々些とも隙がない、うつかりかからうものなら、谷底へ取つて放られるかも知れないから、余程ここは慎重の態度をとらねばなるまいぞ』 富彦『愚図々々云つてる間に、さつさと帰つて仕舞うちや仕方がないぢやないか、もう斯うなつては何の猶予もない、サア一、二、三つだ』 とお玉の前に身体一面、日蔭葛で取り巻いた化物の様な姿で三人は現はれた。 お玉『シイツ、オイ畜生、何と心得て居る、此処は神様のお宮だ、昼中に四つ足が出ると云ふ事があるものか、昼は人間の世界、夜はお前達の世界だ、早く姿を隠せ、一二三四五六七八九十百千万……』 寅若、作り声をして、 寅若『オイ、お玉、其方は生神様に向つて獣と云つたな、もう量見がならぬ、覚悟致せ』 お玉『オホヽヽヽヽ、お前は昨日妾の家へやつて来て、お爺さまに審神をせられた狐や狸の生宮だらう、やつぱり争はれぬもの、宅のお爺さまは目が高い、今日は正真になつて姿を現はし遊ばしたな、ホヽヽヽヽ』 寅若『何を吐すのだ、もう斯う成つた上は此方も死物狂ひだ、幸ひ外に人は無し、何程貴様に神力があるか、手が利いて居るか、荒くれ男の三人と女一人、愚図々々吐さず後へ手を廻せ』 お玉『オホヽヽヽ、お前こそ、ちつと尻へ手を廻さぬと大変な失敗が出来ますよ、後へ手を廻す様な人間はお前の様な悪人ばつかりだ、やがて捕手が出て来て……括つて去なれぬ様に御注意なさいませや』 菊若『エー自暴糞だ、やつて仕舞へ、サア一、二、三つ』 お玉『オホヽヽヽ、随分偉い馬力ですこと、お宮の前に綺麗な楽書がして御座いましたな、妾拝見致しまして、見事なる御手跡だと感心しましたのよ』 寅若『エー、ベラベラと怖くなつたものだから追従ならべやがつて、此場をちよろまかして逃げ様と思つたつて、仏の碗ぢや、もうかなわんぞ、神妙に手を廻さぬかい』 お玉『大きに憚りさま、廻さうと、廻すまいと妾の手、自由の権利だ、お構ひ下さいますな、それよりも貴方の身の上を御注意なさいませ、玩具のピストルを突きつける様な脅喝手段にのる様なお玉ぢや御座いませぬワ』 富彦『何程口は達者でも力には叶うまい、オイ寅若菊若、もう斯うなれば容赦はならぬ、愚図々々して居ると、人に見付かつちや大変だ、早う事業に着手しようぢやないか』 寅若、菊若『オツト合点だ』 と三人は武者振り付く。お玉は右に隙かし左に隙かし、飛鳥の如く揉み合ひへし合ひ戦つて居る。寅若はお玉の足に喰ひついた途端にお玉は仰向態に、ひつくりかへり二三間谷を目蒐けて、寅若と上になり下になりクレリクレリと三四回軽業を演じた。菊若、富彦は予て用意の藤綱を以て後手に縛り、猿轡を箝め様とする。此時下の方から白い笠が揺らついて登つて来る。 寅若『ヤア、何だか怪しげな奴が一匹やつて来やがつたぞ、大方豊彦爺だらう』 菊若『親爺にしては随分足並が早い様だ、早く縛りあげて其処辺へ隠し、彼奴の通るのをば待とうぢやないか』 と慌て括つたお玉の肉体を灌木の繁茂に隠して仕舞つた。そこへ上つて来た一人の男、 男(丹州)『ヤアお前はウラナイ教の方ぢやなア、一寸物をお尋ね致します、此処へ於与岐の豊彦の娘お玉と云ふ綺麗な女は通らなかつたかな、見れば貴方等は身体一面、狐の襷を身に纒うて居るが、何ぞ面白い事でもありましたか』 寅若『イヤ、別に何もありませぬ、お玉さまはねつからお目にかかりませぬがな』 と故意とお玉を隠した反対の方へ目を注ぐ。 男(丹州)『もう此処へ来て居らねばならぬ時刻ですが……彼方から一寸窺つて居ましたが人の影が四ばかり動いて居つた様だ』 寅若『ハイ、そう見えましたかな。それは大方昼の事でもあり影法師がさしたのでせう』 男(丹州)『天を封じた此密林、影が映すとは妙ですな、私も此処で一つ煙草でも……さして貰ひませう、何だか女の息が聞える様だ、ハツハツハヽヽヽ、お前、隠して居るのぢやあるまいな』 寅若『滅相な、此昼中に隠すと云つたつて……何を隠す必要がありますものか、かくすれば斯くなるものと知り乍ら止むにやまれぬ日本魂と云ひまして、ホンの一寸……』 男(丹州)『何が一寸……だ、其一寸が聞かして欲しい』 寅若『そう四角張つて仰有るに及びませぬワ、サアサアお伴致しませう、貴方お空へお詣りでせう、私お伴致します。オイ菊若、富彦、宜いか、合点か、お前は足弱だから、先へ何を何々せい、私は此お方のお伴をしてお空へ詣つて来るから……』 菊若『昨晩詣つただないか』 寅若、グツと目を剥き、 寅若『シイツ、何を云ふのだい、夢を見やがつて……此処までやつて来て「アヽお山はきついから……神様は何処からも同じことだ、ここで勘へて貰はう」と平太つて仕舞つたぢやないか、アハヽヽヽ。昨晩のうちに詣りよつた夢を見たのぢやな、旅人、こんな弱虫を連れて居ますと閉口致しますワイ、サアお伴致しませう』 男(丹州)『御親切は有難いが、私はお空には一寸も用はない、私の許嫁のお玉と云ふものに会ひさへすればよいのだ、何だか此処へ来ると足がピツタリ止まつて、お玉臭い匂ひがして来た』 三人は徐々目と目とを見合して逃げかけ様とする。 男(丹州)『オイオイ、三人の奴共、貴様に談判がある、一寸待て』 寅若『ヘイ、なゝゝゝ何と仰しやいます』 男(丹州)『一寸待てと云うのだ』 寅若『ぢやと申して……鬼と申して……寅と申して……』 男(丹州)『アハヽヽヽ、随分よく動くぢやないか、その態は何ぢやい』 寅若『ハイ………地震の霊が憑依しまして……いやもう慄つて居ますワイ』 男(丹州)『真に三人共慄つてるな、まてまて今一つ退屈覚しに悪霊注射でもやつて霊縛してやらう』 菊若『めゝゝゝ滅相な、もう之で沢山で御座います』 男(丹州)『ウン』 と一声、霊縛を施した。三人は腰から下は鞍掛の足の様に踏ん張つたまま地から生えた木の様にビクツとも動かず、腰から上は貧乏ぶるひをやり乍ら目許りぎろつかせて居る可笑しさ。 男(丹州)『アーア、お玉さまを之から助けて上げねばなるまい』 と傍の灌木の中に倒れて居るお玉の綱を解き猿轡を取り外し、 男(丹州)『旅のお女中、否お玉さま、えらい目に会ひましたね、サ、しつかりなさいませ、もう大丈夫ですよ、あの通り霊縛を施して置きました』 お玉はキヨロキヨロ男の顔を見廻し、 お玉『ヤア、其方は同類であらう、そんな八百長をしたつて欺される様なお玉ではありませぬよ』 男(丹州)『これは迷惑千万、私は丹州と云ふ男、豊彦さまの知己ですよ』 お玉は男の顔を熟視し、 お玉『ヤア貴方は先日お越し下さいました丹州さまで御座いますか、これはこれはよい処へ来て下さいました、サア帰りませう』 丹州『マア、ゆつくり成さいませ、足は歩かねども天の下の事悉く知る神なりと云ふ案山子彦又の御名は曽富斗の神が御三体現はれました、アハヽヽヽ』 お玉『ほんに、マア見事な案山子彦の神さまですこと』 丹州『何でも世界の事は御存じのお方だから、一つ伺つて見ませうか』 お玉『それは面白からう、いやいや面白いでせう』 丹州『神様に伺ふのに面白いなんて、……そんな失敬な事がありますか、ちつと言霊をお慎みなさい』 お玉『ホヽヽヽ、屹度慎みませう』 と寅若の前に徐々と現はれ、 お玉『ハヽア、此神様は目ばかり剥いて居らつしやる、何かお供へしたいが何もありませぬ、丹州さま、如何でせう、大きな口を開けて居らつしやいますが………』 丹州『お土かお石の団子でも腹一杯捻込んであげたら如何でせう、アハヽヽヽ』 お玉『それは経済で宜しいね、お三方とも勝負のない様にお供へしませうか』 丹州『ヤア手が汚れますから措きませうかい、こらこら六本足、霊縛を解いてやる、一時も早く立帰り此由を高姫、黒姫、高山彦の御前に包まず隠さず注進致して、御褒美に預つたが宜からう』 『ウン』と一声霊縛を解くや否や三人は一生懸命ガラガラガラと坂道に石礫を打ちあけた様に転んで逃げて行く。 丹州はお玉と共に於与岐の豊彦の家に黄昏ごろ帰つて来た。豊彦夫婦はお玉の遭難の顛末より丹州が助けて呉れた一条を涙と共に聞き非常に感謝し、丹州は生命の親として鄭重に待遇され、それよりお玉の宅に暫時同棲する事となつた。されど丹州とお玉との両人の仲は一点の怪しき関係も無く極めて純潔であつた。 (大正一一・四・二八旧四・二北村隆光録) |
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229 (1725) |
霊界物語 | 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 | 14 蛸の揚壺 | 第一四章蛸の揚壺〔六四二〕 魔窟ケ原の地下室に、ウラナイ教の双壁と己も許し人も許した、素人離れのした黒姫が、高山彦と睦じさうに晩酌をグビリグビリとやつて居る。 黒姫『コレ高山さま、時節は待たねばならぬものだなア。お前と偕老同穴の契を結び乍ら、枯木寒巌に依つて、三冬暖気無しと云ふやうな、没分暁漢の部下の宣伝使や信者の動揺を恐れて気兼ねをして、貴方をフサの国の本山に、私はこの自転倒島へ渡つて、神様の為にお道の為に、所在最善の努力を尽し、一生懸命に宣伝して来たが、何を云つても追ひ追ひと年は寄る、無常迅速の感に打たれて、何処とも無く心淋しく、どうぞ晴れて夫婦と名乗つて暮したいと思つて居たが、これ迄独身主義を高張して来た手前、今更掌を覆したやうな所作もならず、本当に空行く雲を眺めて雁がねの便りもがなと、明け暮れ涙に暮れた事は幾度あつたでせう、然し乍ら何程お国の為お道の為だといつても、自分に取つて一生の快楽を犠牲にしてまで、痩せ我慢をはつて居つても、こいつは駄目だ。初めの内は、黒姫は偉いものだ、言行一致だといつて褒めて呉れよつたが、終ひには神様の御取次ぎする者は、女だつて独身生活するのは当然だ。何感心する事があるものか。あれや大方、どつか身体の一部に欠陥があるので、負惜みを出して独身生活をやつて居るのだ……何ぞと云ふ者が出来て来た。エヽ、アタ阿呆らしい。これだけ辛抱して居つても悪く言はれるのなら、持ちたい夫を持つて、公然とやつた方が、何程ましか知れないと、いよいよ決行して見たが、初めの内は夏彦、常彦をはじめ、頑固連が追々脱退し、聊か面喰つたが、案じるより生むが易いといつて、何時の間にやら、私と貴方の結婚問題も信者の話頭に上らなくなり、この頃はソロソロと、青彦やお節、おまけに紫姫といふ様な、賢明な淑女迄が帰順したり、入信したり、実に結構な機運に向つて来たものだ。これからは高山さま、もう一寸も遠慮はいらないから、私ばかりに命令をささずに、あなたは天晴れ黒姫の夫として、権利を振うて下さいねエ』 高山彦『アヽさうだなア、待てば海路の風が吹くとやら、時の力位、結構なものの恐ろしいものは無いなア』 黒姫『時に寅若、富彦、菊若の三人は、ここを出てから四五日にもなるに、まだ帰つて来ない。何か道で変つた事でも出来たのではあるまいか。何だか気にかかつて仕方が無いワ』 高山彦『そう心配するものでも無い。何事も時節の力だ』 かく言ふ折しも、ソツと岩の戸を開けて辷り込んだ三人の男、 黒姫『アヽ、噂をすれば影とやら、寅若エロウ遅かつたぢやないか。首尾はどうだつたなナ』 寅若『ハイ、委細の様子は悠くりと、明日の朝でも申上げませう。ナア菊若、富彦、エライ目に遇うたぢやないか』 黒姫『お前達は、あまり遠い道でも無いのに、どうして御座つた。今日で七日目ぢやないか。何時も都合が良い時は、大きな声で門口から呶鳴つて帰つて来るが、今日はコソコソと細うなつて這入つて来たのは、余り結構な話しぢや有るまい、明日の朝申し上げるとは、そら何の事だ。此間から、日日毎日指折り数へて待つて居たのだ。サア早く実地の事を、包まず隠さず云ひなさいや』 寅若、頭をガシガシ掻き乍ら、言ひ難さうに、 寅若『あの、何で御座います。それはそれは、大変な事で、何とも彼とも、注進の仕方が有りませぬワイ。併し乍ら、物質的獲物は一寸時期尚早で、暫時機の熟するまで保留して置きましたが、霊的には大変な収獲がありました』 黒姫『又しても又しても、霊的の収獲と仰有るが、それはお前の慣用的辞令だ。もう霊的の収獲には、この黒姫もウンザリしました。ハツキリと成功だつたとか、不成功だつたとか、女王の前に陳述するのだよ』 と声を尖らせ、目を丸うして睨みつける。 三人は縮み上り、 三人『イヤもう、斯うなれば委細残らず言上いたします。紫雲棚引く東北の天、如何なる神の出現したまふやと、心を清め身を清め、途々宣伝歌を唱へながら、弥仙の山麓までやつて行つた。時しもあれ、噂に高き玉照姫の生母お玉の方は、吾々三人の威風に恐れてか、一生懸命に嬰児を背に、弥仙山に向つて雲を起し、雨を呼び、為に地は震ひ雷鳴轟き、山岳は一度に崩るる許りの大音響を発し、面を向く可からざる景色となつて来た。流石の寅若、富彦、菊若の三勇将も、暫し躊躇ふ折柄に、忽ちあなたの御霊や、高山彦の御霊が、吾々三人に憑依遊ばされ、勇気百倍して弥仙山目蒐けて驀地にかけ登り行く。時しもあれや、山の中腹より、現はれ出たる三五教の奴輩、各自に柄物を携へ、僅か三人の吾々の一隊に向つて攻めよせ来るその勢の凄じさ、されども黒姫さま、高山彦様の御霊の憑つた吾々三人、何条怯むべき。群がる敵に向つて電光石火、突撃攻撃、言霊の火花を散らして戦うたり。さはさり乍ら、此方は形許りの九寸五分、只一本あるのみ。群がる敵は数百千万の同勢、全山人を以て埋まり、如何に防ぎ戦うとも、遉黒姫様の御神力も是れには敵し兼ねたりと見え、吾々三人の肉体を自由自在にお使ひ遊ばされ、血路を開いてターターターと、滝水の落ちるが如く、一潟千里の勢にて、こなたに向つて予定の退却、鬼神も欺くその早業、勇ましかりける次第なり』 黒姫『コレ、富彦、寅若の今言つた通り、間違は無からうなア』 富彦『ヘーヘー、間違つて堪りますものか。あなたは常に吾々の身の上に、仁慈のお心をお注ぎ下さいまする、其一念が幸はひ給ひて、御分霊忽ち降下し給ひ、さしもの強敵に向つて、獅々奮迅の応戦をやつたのも、全くあなた様御両人の神徳の然らしむる処、万々一お両方の御霊の御守護無き時は、如何に吾々勇なりと雖も、忽ち木端微塵に粉砕されしは勿論のこと、然るに僅三人を以て、かく迄よく奮闘し、敵の胆を寒からしめたるは、形体上に於ては兎も角も、精神上に於て、敵を威嚇せしこと、幾何なるか計り知られませぬ。マアマア御喜び下さいませ』 黒姫『それは先づ結構であつた。併し、お玉に玉照姫は何うなつたのか』 富彦『オイ菊若、これからは貴様の番だ。確りと申し上げるのだぞ』 菊若『ハイハイ、申上げます。いやもう何のかのと云うた処で、向うはたつた女の一人』 黒姫『ナニ、女一人』 菊若『女一人と思ひきや、四辺の物蔭より来るワ来るワ、恰も蟻の宿替への如く、ゾロゾロゾロと此方へ向つて馳せ来る。三人は丹州の霊縛にかけられ、身体忽ち強直し』 黒姫『何、お前達三人が』 菊若『イエイエ、滅相な、丹州と云ふ奴、吾々三人を目蒐けて、霊縛を加へ強直させようとかかつた処、流石黒姫様、高山彦様の御威霊憑らせ給ふ吾々三人を如何ともするに由なく、敵は一生懸命死力を尽して押しよせ来る。吾々三人は、アヽ面白い面白いと、勇気百倍して、挑み戦はむとする折しも、吾々三人に憑り給うた御魂の命令、汝は一先づ引返し、時機を待つて捲土重来の準備をなすが得策なりと、流石神謀鬼略に富ませ給う黒姫様、高山彦様の御霊の命令もだし難く、みすみす敵を見捨て一目散に立帰つて候』 と言ひをはつて冷汗を拭く。 黒姫『コレコレ、私が馬鹿になつて聞いて居ればお前、それや何という法螺を吹くのだい。みな嘘だらう。一人か二人の木端武者に怖れて一目散に逃げ帰つたのだらう。そんなお前さん達の下司身魂に私の霊魂が憑つて堪るものか。馬鹿にしなさるな』 寅若『そんなら、あなたの名を騙つて、四足か何かが憑いたのでせうか』 富彦『そうかも知れぬよ。豊彦の爺が言つて居ただ無いか』 黒姫『それ見なさい。お前らは豊彦の家へ行つて尻を喰はされて、謝罪つて逃げて帰つたのだらう。エヽ仕方のない男だ。はるばる高山さまがフサの国から、選りに選つて連れて御座つたお前は大将株ぢやないか。そらまた何とした腰抜けだ』 寅若『何を云つてもフサの国なれば、地理をよく存じて居りますが、この自転倒島は地理不案内で、思うやうに戦闘も出来ず、さうして陽気が眠たいですから、思うやうな活動も、実際の事は出来なかつたのです。併し一遍失敗したつて、さう気なげをしたものぢやありませぬ。失敗毎に経験を重ね、遂には成功するものですから、マア今度の失敗は結局成功の門口ですなア』 黒姫『エヽ、おきなされ。敗軍の将は兵を語らずという事が有るぢやないか。余り大きな声で減らず口を叩くものぢや無い。奥へ這入つて麦飯なと、ドツサリ食つて休みなさい。折角機嫌よう飲んで居つた酒までさめて了つた。エヽ早く寝なさらぬか』 と長煙管が折れる程火鉢を叩く。三人は頭を抱へ、こそこそと奥に影を隠した。 黒姫『高山さま、もうお休みなさいませ。私は一寸綾彦に詮議をしたい事がありますからお前が側に居られると、ツイ臆めてよう言はないと困るから、私は女の事であり、やあはりと尋ねて見ますから、早く寝んで下さい』 高山彦『ハイハイ、お邪魔になりませう。さやうなればお先き御免を蒙りませう』 黒姫『記憶えて居らつしやい。貴方こそお邪魔になりませう。紫姫のお側へでも往つて、ゆつくりと夜明かしをなさいませ』 と、ツンとした顔をする。 高山彦『ハヽヽヽ、形勢頗る不隠と成つて来た。どれどれ雷の落ちぬ間に退却しよう、アヽ桑原桑原』 と捨台詞を残し、ノソリノソリと奥へ行く。 黒姫『高山さまはあゝ見えても、やつぱり可愛相な程正直な人だ。何処ともなしに、身魂にいいとこが有るワイ』 と肩を揺り、又もや長煙管に煙草をつぎ乍ら、 黒姫『綾彦綾彦』 と呼ぶ声に綾彦はこの場に現れ、両手をつき、 綾彦『今お呼びになりましたのは私で御座いましたか』 黒姫『アヽ左様ぢや左様ぢや、お前に折入つて尋ねたいと此間から思うて居たのぢやが、ここへ来てから大分になりますが、一体お前のお国許は何処ぢやな、色々と誰に尋ねさしても言ひなさらぬが、大方何処かで悪い事をして逃げて来たのだらう。それを体よう真名井さまへ詣つたなぞと、誤魔化しとるのだらう』 綾彦『イエイエ滅相もない、生れてから悪い事は、塵程もやつた覚えは有りませぬ』 黒姫『そんならお前の処は何処ぢや。虱でさへも生れ所は有るのに、滅多に天から降つたのでもあるまい。地の底から湧いて出たのでも有るまい。お父さまや、お母さまが有るだらう。処と親の名と聞かして下さい』 綾彦『これ許りはどうぞ赦して下さいませ』 黒姫『それ見たかな。矢張怪しい人ぢや。私は何処までも、言うて悪い事は秘密を守る、私丈に言ひなさらぬかいな』 綾彦『貴方様はいつも仰有る通り、世界中隅から隅まで見え透く、竜宮の乙姫の生宮ぢやありませぬか。そんな事お尋ねなさらないでも、遠の昔に何も彼も御存じの筈、煽動て下さいますな』 黒姫『ソラさうぢや。霊の方ではお前の身魂は何の身魂ぢや、昔の根本は何んな事をして居つた。また行く先は何う成ると云ふ事は、能く分つて居るが、肉体上の事は畑が違うから、聞いた方が便利がよい。こんな事を神さまに勿体なうて、御苦労かけずともお前に聞いた方が早いぢやないか。又お前も、これ丈長らく世話に成つて居ながら、何故生れた処を言はれぬのか』 と言葉に角を立て、長煙管で畳を二つ三つ叩いた。 綾彦『何と仰有つても、これ丈は申上げられませぬ。どうぞあなた、天眼通でお調べ下さいませ、私の口が一旦いかなる事があつても国処、親の名は言うで無いと、両親にいましめられ、決して生命にかかる様な事が有つても申しませぬと約束をして出た以上は、何処迄も申上げる事は出来ませぬ』 黒姫『ハヽヽヽ、お前は親に孝行な人ぢや。親の言葉をよく守つて、どうしてもいけぬと仰有るのは、実に感心ぢや。人間はさう無くては成らぬ。併し乍ら、お前はモ一つ大事の親を知つて居ますか。大方忘れたのだらう』 綾彦『私は親と云つたら、お父さまと、お母さまと二人より御座いませぬ。其上にま一つ大事の親とは、それや何の事で御座いますか』 黒姫『アーアー、お前も見た割とは愚鈍な人ぢやな。あれ程毎日日日、竜宮の乙姫さまのお筆先を読んで居つて、まだ判らぬのかいなア。自分の肉体を生んで呉れた親は仮の親ぢやぞい。吾々の霊魂、肉体の根本をお授け下さつた、天地の誠の親が有る事を、お前聞いて居るぢや無いか』 綾彦『ハイ、それはお筆先でお蔭をいただいて居ります』 黒姫『お前は、誠の親が大切か、肉体の親が大切か、どちらが大切か考へてみなされ』 綾彦『それは何方も大切で御座います』 黒姫『何方も大切な事は決つてゐるが、併し其中でも、重い軽いが有るだらう。僅か百年や二百年の肉体を生んで呉れた親が大切か、幾億万年と知れぬ身魂の生命を与へて万劫末代守つて下さる、慈悲深い神様が大切か、それが聞きたい』 綾彦『ハイ………』 黒姫『天地の根本の神様の生宮の私は、つまり大神様の代りぢや。何故親の云ふ事を聞いて私の云ふ事が聞けぬのかい。一寸信心の仕方が間違うて居やせぬか』 かかる処へ紫姫現はれ来り、 紫姫『今承はりますれば、大変に綾彦さまに、何かお尋ねのやうですが、何うぞ私に任して下さいませ。私が機を見て、綾彦さまに篤りと尋ねまして、お返事を致します』 黒姫『さよかさよか、どうぞ貴女、やあはりと問うて見て下さい。何分婆の言ふことは、気に入らぬと見えますワイ、綺麗な貴女のお尋ねなら、綾彦も惜気なく言ひませう』 紫姫『ホヽヽヽ、サア、綾彦さま、もうお寝みなさいませ。黒姫さま、夜も更けました、何卒御休息を』 黒姫『ハイハイ、早く寝て下さい』 紫姫『さやうなら』 紫姫は綾彦の手を引き、廊下伝ひに奥に入る。 黒姫は又もや疳声を出して、 黒姫『青彦青彦』 と呼び立ててゐる。 青彦は周章てて此の場に走り来り、 青彦『ハイ、何の御用で御座いましたか』 黒姫『青彦、お前もお節を高城山へやつて、さぞ淋しからう。心の裡は私もよく察して居る。本当にお気の毒ぢや。同情の涙は、いつも外へ零さずに、内へ流して居る』 と追従らしく言ふ。 青彦『何御用かと思へば、そんな事で御座いますか。イヤそんな事なら、御心配下さいますな、却て私は気楽で宜しう御座います』 黒姫『お前に折入つて尋ねたい事がある。外でも無いが、あの綾彦と云ふ男は、弥仙山の麓の、於与岐の村の豊彦と云ふ男の息子ぢやないか』 青彦『あなた、それが何うして分りましたか』 黒姫はしたり顔にて、 黒姫『そんな事が判らないで、竜宮の乙姫さまの生宮ぢやと言はれますかいな。蛇の道は矢張蛇だ。間違ひは有らうまいがな』 青彦『ヤア、あなたの御明察には恐縮致しました。それに間違ひは有りますまい』 黒姫『さうだらうさうだらう、流石はお前はよう改心が出来て居る。正直な男だ。時にお前に折入つて相談があるが、乗つて下さるまいかな』 青彦『これは又、改まつての御言葉、何なりと御遠慮なく仰有つて下さいませ』 黒姫『ヤア、有難い有難い。お前も噂に聞いて居る通り於与岐の里に、お玉といふ綺麗な娘が有つて玉照姫とかいふ、不思議な子が出来たといふ事ぢや。それは何うしても斯うしても、ウラナイ教へ引き入れねば、神界のお仕組が成就しないから、此の間も、寅若や、富彦、菊若の三人を遣はして交渉に遣つたが、何うやら失敗して帰つたらしい、併し乍ら、よう考へて見れば、向うの老爺が孫を呉れんのも、一つの理由がある。何故といつたら、あの綾彦夫婦は行衛不明となり、只一人の娘お玉とやらが、年寄の世話をして居るさうだ。そのお玉に、男も無いのに子が胎り、其子が又妙な神力を持つて居るので、エライ評判ぢやげな。そこで其子を貰うには、綾彦夫婦を元へ還してやらねば成るまい。若しも三五教の連中が、綾彦とお民が、爺さまの子ぢやと云ふ事を探知うものなら、何んな手段を運らしてでも、引張り込んで交換に玉照姫を貰つて了ふに違ひ無い。さうなれば、此方は薩張、蛸の揚壺を喰つた様な羽目に成らねばならぬ。どうぢや、青彦、何とかお前の智慧で、玉照姫を此方の者にする工夫は有るまいかな』 青彦『それは重大事件ですなア。よくよく考へませう。どうぞ此処限り他に漏れないやうに、絶対秘密を守つて下さいませ』 黒姫『よしよし、お前と私と二人限りだ。高山彦さまにだつて、此の事成就する迄は、言はぬと言つたら言はないから、安心して下さい』 青彦『左様ならば充分熟考した上、又コツソリと御相談致しませう。今晩はこれでお寝みなされませ』 青彦は一間に姿を隠した。後に黒姫はニタリと笑ひ、 黒姫『アーアー、何と言つても青彦だ。今ウラナイ教で誰がエライと言つても、彼に越した奴は有りはしない、三五教が欲しがつた筈だ。持つ可きものは家来なりけりだ、アヽどれどれ、高山さまが淋しがつて御座るであらう、一寸話相手になつて上げませう』 と、独言ちつつ一間に入る。 (大正一一・四・二八旧四・二東尾吉雄録) (昭和一〇・六・二王仁校正) |
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霊界物語 | 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 | 15 遠来の客 | 第一五章遠来の客〔六四三〕 米価の騰貴る糠雨が、赤い蛇腹を空に見せて居る。八岐大蛇に憑依されしウラナイ教の頭株、鼻高々と高姫が、天空高く天の磐船轟かしつつフサの国をば後にして、大海原を乗越えて、由良の港に着陸し、二人の伴を引き連れて、大江の山の程近き、魔窟ケ原に黒姫が、教の射場を立てて居る、要心堅固の岩窟に勢込んでかけ来る。 梅公は目敏く高姫の姿を見て、叮嚀に会釈しながら、 梅公『ヤア、これはこれは高姫様、お達者でしたか、遠方の所ようこそ御飛来下さいました。黒姫様がお喜びで御座いませう、サアずつと奥へお通り下さいませ』 高姫は四辺きよろきよろ見廻しながら、 高姫『嗚呼大変に其辺あたりが変りましたね、これと云うのもお前さま達の日頃の丹精が現はれて、何処も彼もよく掃除が行届き、清潔な事』 梅公『エヽ、滅相な、さう褒めて頂いては実に汗顔の至りで御座います、サア奥へ御案内致しませう』 高姫『黒姫さまは在宅ですかな』 梅公『ハイ高山さまも、御両人とも朝から晩迄それはそれは羨ましい程お睦まじうお暮しで御座います』 斯る処へ黒姫はヌツと現はれ、 黒姫『マア高姫様、ようこそお出下さいました。何卒悠くりお休み下さいませ』 高姫『黒姫さま、久し振りでしたねえ、高山彦さまも御機嫌宜敷いさうでお目出度う御座います』 黒姫『ハイ、有難う御座います、頑固なお方で困つて居ります』 高姫『ヤア、人間は頑固でなければいけませぬ、兎角正直者は頑固なものですよ、変性男子式の身霊でなくては到底神業は成就致しませぬからな。時に黒姫さま、貴女は日々この自転倒島の大江山の近くに、紫の雲が立ち昇り、神聖なる偉人の出現して居る事は御存じでせうね』 黒姫『ハイハイ委細承知して居ります』 高姫『承知はして居ても又抜かりなく、其玉照姫とやらをウラナイ教に引き入れる手筈は調うて居ますか』 黒姫『仰しやる迄もなく、一切万事羽織の紐で、黒姫の胸にチヤンと置いて御座います。オホヽヽヽ』 高姫『ヤアそれで安心しました、愚図々々して居ると、また素盞嗚尊の方へ取られ仕舞つては耐りませぬからなア、私は夫れ許りが気にかかつて、忙しい中を飛行機を飛ばして態々やつて来ました。そうして肝腎の目的物はもう手に入りましたか』 黒姫『イヤ、今着々と歩を進めて居る最中なんです。それについては斯様斯様こうこうの手段で』 と耳に口寄せて、綾彦夫婦の人質に使用する事も打ち明けて、得意の顔を輝かす。 高姫『善は急げだ。如才はあるまいが一日も早くやらねばなりませぬぞえ、私もそれが成功する迄は気が気ぢやありませぬ、私も此処で待つて居ませう、玉照姫が手に入るや否や、飛行機に乗せてフサの国に帰りませう』 黒姫『高姫さま、お喜び下さいませ、一旦三五教に堕落して居た青彦が、神様の御神力に往生して帰つて来ました』 高姫『何と仰有る、あの青彦が帰りましたか、それはマアマアよい事をなさいました。遉は千軍万馬の功を経た貴女、いやもうお骨が折れたでせう、貴女の敏腕家には日の出神も感服致しました。時に夏彦、常彦は何うなりましたか、なんだか居ないやうですな』 黒姫『ヘイ、彼奴はたうとう三五教に眈溺して仕舞ひました。併し乍ら之も時間の問題です、きつと呼び帰して見せます。何か神界のお仕組でせう、ああして三五教に這入り、帰りには青彦のやうに沢山の従者を連れて帰るかも知れませぬ』 高姫『さう楽観も出来ますまいが、艮の金神様は何から何迄抜け目のない神様だから屹度深い深いお仕組があるのでせう』 黒姫『貴女にお目にかけ度い方が一人あります、それはそれは行儀と云ひ、器量と云ひ、知識と云ひ、言葉遣ひと云ひ、何から何まで穴のない三十三相揃うた観自在天のやうな淑女が信者になられまして、今は宣伝使の仕込み中で御座います、何うか立派な宣伝使に仕立てあげて、貴女様に喜んで頂かうと思つて日々骨を折つて居ります、まア一遍会うて見て下さい、幸ひ其方も青彦も、青彦の連れて来た鹿公も、馬公と云ふそれはそれは実に男らしい人物も来て居ります、真実に掘出しものです、きつとウラナイ教の柱石になる人物ですなア』 高姫『それは何より結構です』 と話す折しも高山彦は、羽織袴の扮装、此場に現はれて、 高山彦『ヤア高姫さま、久し振りで御座いました、ようマア遥々と御入来、御疲労で御座いませう、サアどうぞ悠くりして下さいませ』 高姫『ヤア高山彦さま、貴方は幾歳でしたいなア、大変にお若く見えますよ、奥さまの待遇が好いので自然にお若くなられますなア、私は此通り年が寄り、歯が抜けてもうしやつちもない婆アですが、貴方とした事わいなア、フサの国に居らした時よりも余程お元気な、お顔の色が若々として、私でも知らず識らずに電波を送るやうになりましたワ。オホヽヽヽ』 高山彦『高姫さま、何うぞ冷やかさずに置いて下さい、若い者ぢやあるまいし、いやもう斯う見えても年と云ふものは嘘を吐かぬ者で、気許り達者で体が何となしに無精になります』 高姫『余り奥さまの御待遇が好いので、いつも家に許り居らつしやるものだから、自然に体が重くなるのでせう、私も貴方のやうな気楽な身になつて見度う御座いますワ、オホヽヽヽ』 黒姫『今日は遠方からの高姫さまのお越し、それについては青彦、紫姫、其他一同の者を集めて貴女の歓迎会やら祝を兼ねて、お神酒一盃頂く事にしませうか』 高姫『何うぞお構ひ下さいますな、併し私の参つた印に皆さまにお神酒を上げて貰へば尚更結構です』 黒姫はツト立つて「梅梅」と呼んだ。 此声に梅公は慌ただしく走り来り、 梅公『何御用で御座いますか』 黒姫『今日は高姫様の久し振のお越しですから、皆々お神酒を頂くのだから、其用意をして下さい』 梅公『ハイ畏まりました、嘸皆の者が喜ぶことでせう』 といそいそとして納戸の方に姿を隠した。紫姫は青彦と共に此場に現はれ、叮嚀に手をつかへ、 紫姫『これはこれは高姫様で御座いますか、貴い御身をもつて能くも遠方の所入来られました。私は都の者、元伊勢様へ二人の下僕を連れて参拝致します折、黒姫さまの熱心なる御信仰の状態を目撃しまして、それから俄に有難うなり、三五教の信仰を止め、お世話になつて居ます。何うぞ今後は御見捨てなく宜敷く御指導をお願ひ致します』 青彦『私は御存じの青彦で御座います、誠に不調法許り致しまして、大恩ある貴女のお言葉を忘れ、三五教に眈溺致し、大神様へ重々の罪を重ね、何となく神界が恐ろしくなりましたので、再び黒姫様にお詫を申し、帰参を叶へさして頂きました、何うぞ宜敷くお願ひ致します』 高姫『ヤア紫姫さまに青彦さま、皆因縁づくぢやから、もう此上は精神をかへては不可ませぬぞえ、貴女は黒姫さまに聞けば、立派な淑女ぢやと仰有いましたが、如何にも聞きしに勝る立派な人格、日の出神の生宮も、全く感服致しました』 紫姫『さうお褒め下さいましては不束かな妾、お恥かしうて穴でもあれば這入り度くなりますワ』 高姫『滅相な、何を仰有います、貴女は身魂がよいから、もう此上御修業なさるには及びますまい、貴女は此支社に置いておくのは勿体ない、私と一緒に北山村の本山へ来て貰つて、本山の牛耳を執つて貰はねばなりませぬ。これこれ青彦、お前も確りして今度は私について来なさい、此処に長らく置いておくと剣呑だ、大江山の悪霊が何時憑依して又もや身魂を濁らすかも知れないから、今度は或一つの目的が成就したら、高姫と一緒にフサの国の本山に行くのだよ』 青彦『アヽそれは何より有難う御座います、私の変心したのをお咎めもなく、本山迄連れて帰つてやらうとは、何とした御仁慈のお言葉、もう此上は貴女の御高恩に報ゆるため、粉骨砕身犬馬の労を厭ひませぬ』 高姫『アヽ人間はさうなくては叶はぬ、空に輝く日月でさへも、時あつて黒雲に包まれる事がある。つまり貴方の心の月に三五教の変性女子の黒雲が懸つて居たのだ。迷ひの雲が晴るれば真如の日月が出るのぢや、アヽ目出度い目出度い、これと云ふのも黒姫さまのお骨折り』 と高姫は一生懸命に褒めそやして居る。かかる処へ、 梅公『モシモシ、準備が出来ました。皆の者が待つて居ます、何うぞ皆さま奥の広間へお越し下さいませ』 黒姫『ヤア、それは御苦労であつた。サア高姫さま、紫姫さま、高山さま、青彦さま参りませう』 と先に立つ。高姫は鷹の羽ばたきしたやうな恰好しながら、いそいそと奥に入る。一同は高姫導師の下に神殿に向ひ天津祝詞を奏上し、続いて日の出神の筆先の朗読を終り弥々直会の宴に移つた、高姫は歌を謡つた。 高姫『フサの御国の空高く鳥の磐樟船に乗り 雲井の空を轟かせ一瀉千里の勢ひで 西より東へ電の閃めく如くかけ来り 世人の胸を冷しつつ高山、低山乗り越えて 天の真名井も打ち渡り安の河原を下に見て 瞬くひまに皇神の日の出の守護の著く 由良の港に着陸し鶴亀二人を伴ひて 千秋万歳ウラナイの教の基礎を固めむと 東に輝く明星を求めて此処に来て見れば 神の経綸の奥深く凡夫の眼には弥仙山 山の彼方に現はれし玉照姫の厳霊 弥々此処に出現し三千年の御経綸 開く常磐の松の代を待つ甲斐あつて高姫が 日頃の思ひも晴れ渡る時は漸く近づきぬ アヽ惟神々々御霊幸倍坐し在して 誠の道にさやり来る頑固一つの瑞霊 変性女子が改心をする世とこそはなりにけり 月は盈つとも虧くるとも旭は照るとも曇るとも 仮令大地は沈むともウラナイ教の神の道 唯一厘の秘密をばグツと握つた高姫が 仕組の奥の蓋あけて腹に呑んだる如意宝珠 玉の光を鮮かに三千世界に輝かし 鬼や大蛇や曲津神三五教も立直し 金勝要の大神や木花姫の生宮を 徹底、改心さして置きグツと弱つた、しほどきに 此高姫が乗り込んでサアサア何うぢや、サアどうぢや 奥をつかんだ太柱弥改悟をすればよし 未だ分らねば帳切らうか変性男子の御血統 神の柱となりながらこんな事では、どうなるか 誠の事が分らねば早く陣引きするがよい 後は高姫、乗り込んで唯一厘の御仕組 天晴成就させて見せう斯うして女子を懲らすまで 一つ無くてはならぬもの弥仙の山に現はれた 玉照姫を手に入れて是をば種に攻寄れば 如何に頑固な緯役の変性女子も往生して 兜を脱ぐに違ひない一分一厘、毛筋程 間違ひ無いのが神の道三五教やウラナイ教 神の教と表面は二つに分れて居るけれど 元を糺せば一株ぢや雨や霰や雪氷 形変れど徹底の落ち行く先は同じ水 同じ谷をば流れ往く変性女子の御霊さへ グヅと往生させたなら後は金勝要の神 木花咲耶姫の神彦火々出見の神霊 帰順なさるは易い事邪魔になるのは緯役の 此世の乱れた守護神此奴ばかりが気にかかる アヽさりながらさりながら時は来にけり、来りけり 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直し、宣り直す 三五教やウラナイの神の教の神勅 高天原に高姫が天晴れ表に現はれて 誠の道を説き明かしミロクの神の末長う 経のお役と立直し緯の守護を亡ぼして 常世の姫の生魂や世界の秘密を探り出し 日の出神や竜宮の乙姫さまの神力で 堅磐常磐の松の世を建つる時こそ来りけり アヽ惟神々々御霊幸倍坐ませよ』 黒姫も稍、微酔機嫌になつて低太い声を張り上げて謡ひ始めたり。 黒姫『遠き海山河野越え遥々此処に帰ります ウラナイ教の根本の要、掴んだ高姫さま よくもお出まし下されて昔の昔のさる昔 国治立の大神の仕組み給ひし大謨を 一日も早く成就させ世に落ちたまふ神々を 残らず此世に、あげまして三千世界の民草を 上下運否の無いやうに桝かけひいて相ならし 神政成就の大業をいよいよ進めたまはむと 出ます今日の尊さよ朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令、天地を探しても こんな結構なお肉体日の出神の生宮が 又と世界にあるものかまた竜宮の乙姫が 憑りたまひて艮の金神様のお経綸で 骨身、惜まぬお手伝いこんな誠の神様が 又と世界にあるものかアヽ惟神々々 今迄、種々態々に神のお道を彼是と 要らぬ心配して見たが時節参りて煎豆に 花咲き実る嬉しさよ』 と謡ふ折しも表の岩戸の方に当つて、消魂しい物音聞え来たる。 嗚呼鼻の高姫さまよ、お色の黒い黒姫さまの長たらしい腰曲り歌や、青彦の舌鼓、紫姫の淑やかな声、馬公、鹿公、梅、浅、幾、丑、寅、辰、鳶、鶴、亀その他沢山の酒に酔うた場面を霊眼に見せられて、余り霊肉両眼を虐使した天罰、俄に眠くなつて来た。一寸これで切つて置きます。 (大正一一・四・二八旧四・二加藤明子録) |
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霊界物語 | 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 | 17 玉照姫 | 第一七章玉照姫〔六四五〕 自転倒島の第一の霊地と世にも鳴りひびく 世界に無二の神策地瑞の御霊の隠れ場所 青葉も、そよぐ夏彦が万世不動の瑞祥を 祝ふ加米彦、諸共に四つの手足を働かせ 朝な夕なに勉強みて主の留守を守り居る 世継王の山の夕嵐雨戸を敲く折からに 息もせきせき尋ね来る三五教の宣伝使 常に変りし常彦が顔に紅葉を散らしつつ 音もサワサワ滝公や心痛むる板公が これの庵を打叩き頼も頼もと訪なへば オウと答へて加米彦は雨戸ガラリと引開けて 此真夜中に一つ家を訪なふ神は何者ぞ 鬼か大蛇か曲神かまさか違へば木常彦 唯一言の言霊の愛想もコソも夕嵐 吹き払はむと夕月夜キツと透して眺むれば 何とは、なしに見覚えの姿に心和らげつ 林の中の一つ家訪なふ人は何人ぞ 御名を名乗らせ給へよといと慇懃に言霊を 宣り直すれば常彦は首をかたげ腰を曲げ 両手を膝の上に置き鬼ケ城にて別れたる 吾れは常彦宣伝使汝は加米彦、夏彦か 申上げたき仔細あり紫姫や青彦が 三五教にアキの空天津御空も黒姫が 醜の魔風に包まれて誠の道を取りはづし 悪魔の擒となりにける友の身魂を救はむと 夜を日についで遥々と茲まで訪ね来りしぞ。 加米彦はこれを聞くより、 加米彦『ナニ、紫姫、青彦がウラナイ教に沈没しましたか。それは大変、先づ先づお這入り下さいませ……ヤア見馴ぬ方が、しかもお二人』 滝、板一度に、 滝公、板公『私は常彦様のお伴を致して参りました新参者で御座います、何卒宜しうお願致します』 加米彦『アーよしよし、御互にお心安う願ひませう。……夏彦の御大将、何をグヅグヅして御座る。天変地妖の大事変が出来致しましたぞ』 夏彦は奥の間より、ノソノソ出で来り、 夏彦『ヤア常彦さま、暫くでしたネ、ようこそお出下さいました。マアマアお上り下さいませ。ユツクリと内開け話でも致しませうか』 加米彦『コレコレ夏彦の大将、そんな陽気な所ぢやありませぬワ』 夏彦『そう慌てずとも宜しいワイ。何事も皆神様のなさる事ぢや。ヤア常彦さま、決して決して御心配は要りませぬ。今に紫姫、青彦も、意気揚々として此家へ帰つて来ますよ』 常彦『そうかは存じませぬが、只今の所では非常な勢で御座います。私も青彦、紫姫の堕落を救はむ為に、ワザワザ敵の本城へ侵入し、忠告を加へてやりました。そうした所、青彦の人格はガラリと悪化し、終結の果てには乱暴狼藉、棍棒を以て吾々の身体を、所構はず滅多打ち、斯かる乱暴者は最早救ふべき手段なしと、取る物も取敢ず此二人を伴ひ、悦子姫様初めあなた方に、何とか良い智慧を借りたいと思つて、一先づ引返して来ました。そう楽観は出来ませぬ』 加米彦『ヤア其奴ア大変だ。悦子姫さまは竹生島へ、英子姫さまの後を追うてお出でになつた不在中、こんな突発事件を等閑に附して置くと云ふ事は、不忠実の極まりだ。サア常彦さま、時を移さず魔窟ケ原の黒姫の本陣へ乗込み、言霊戦の大攻撃を致しませう』 と早くも尻ひつからげ飛び出さむとする。 夏彦『アハヽヽヽ、よく慌てる奴だなア。これだから若い奴は困るのだ。マアゆるゆると久し振だ、お神酒でも戴いて、作戦計画をやらうぢやないか。急いては事を仕損ずる』 加米彦『急かねば事が間に合はぬ。芽出度凱旋した其上で、ゆるゆるお神酒をあがる事にせう。刻一刻と心の底に浸潤し来るウラナイ教が悪霊の誘拐の矢は日に日に烈しくなるであらう、老耄爺の夏彦の腰折れ、モウ俺は愛想が尽きた。悦子姫様の御命令だから、姫様に仕へると思つて、今迄は如何なる愚論拙策も、目を塞いで盲従して来たが、それは平安時の時の事だ。危急存亡の此場合、臨機応変の処置を執らねばならぬ。平和の時の宰相には、カナリ適当かは知らぬが国家興亡危機一髪の此際、仮令上官の夏彦が命令たりとも、服従すべき限りにあらずだ。サアサア常彦外両人加米彦に続かせられい……』 夏彦『アツハヽヽヽ、石亀の地団駄、何程騒いだ所で駄目だよ。マアゆつくりと落着いたが宜からう。俺は一寸紫姫様の御意中を以心伝心的に感得して居るから、滅多な事は無い。何か深いお考へが有つての事だ。万一紫姫を始め、青彦其他の者、一人にてもウラナイ教の黒姫に籠絡さるる様な事が実現したら、此夏彦が一つより無い首を、幾つでも加米彦、常彦さまに献上する』 加米彦『今日に限つて夏彦の大将、糞落ち着に落ち着いて御座るぢやないか。コラちと変だ黒姫の悪霊が憑依して居るのではなからうかなア。一つ厳重なる審神を施行するの余地充分あるワイ』 夏彦、二人の耳元に口を寄せ、何事か囁いた。 加米彦『アーさうか、ア、それなら安心だ。ナア常彦、肝腎の事を俺達に言つて呉れぬものだから、要らぬ気を揉んだぢやないか』 夏彦『身魂にチツとでも曇りの有る間は、神は今の今迄誠の仕組は申さぬぞよ。誠が聞きたくば、我を折りて生れ赤児の心になり、水晶の身魂に研いて下されよ。神は誠を聞かしてやりたいなれど、悪の身魂の混りて居る守護神には、実地正真の事が云うてやれぬぞよ……とお筆先に現はれて居りますぞ』 加米彦『ヤアさうすると常彦さま、吾々二人はまだ数に入つて居らぬのだ。なんとムツカしいものだなア』 夏彦『兎も角、神様にお礼を申上げ、此処で一日二日休養して下さい。其間にキツと紫姫様、青彦の消息が分るでせう』 加米彦『流石は御大将、イヤもう今日限り、何事も盲従致しませう。併し乍ら間違つたら、約束の通り、常彦と加米彦が、夏彦の御首頂戴仕るから……御覚悟は確でせうな』 夏彦『アハヽヽヽ、たしかだたしかだ』 斯く話に眈り乍ら、其夜は主客五人枕を並べて寝に就いた。 連日連夜曇り果てたる五月の空も、今日はカラリと日本晴の好天気、煎りつく様な大空に、朝鮮燕の幾十となく泥を含みて、前後左右に飛び交ふ有様を、夏彦外四人は窓を開いて愉快気に眺めて居る。 加米彦『随分よく活動をしたものだなア。我々も燕に傚つて、一層の雄飛活躍をやらねばなるまい。……ヤア向うの方へ、白い笠が揺らついて来たぞ』 と話す折しも、勢よく此方に向つて、青葉の中を波打たせつつ進み来れる饅頭笠、三本の金剛杖、黒い脚が二本、白い脚が四本。 加米彦『モシモシ夏彦の大将、青彦がどうやら凱旋と見えますワイ。一つ万歳を三唱しませうか。祝砲でも上げませうか』 と言ひも終らず「プツプツプウ」と放射する。 夏彦『アーア煙硝臭い、屋内で花火を揚げるのは険呑だ、外へ行つてやつて下さい』 加米彦『モウ裏の言霊は材料欠乏、これから表の言霊だ……ウローウロー』 と唯一人呶鳴つて居る。近づいた三人の男女、 三人(音彦、悦子姫、五十子姫)『ヤア加米彦さま、エライ元気だなア』 加米彦『サアエライ元気だ。紫姫に、青彦に、モ一人は……大方お節だらう。よう帰つて下さつた。サアサア奮戦の情況、委細に夏彦の御大将に言上遊ばせ』 男(音彦)『アハヽヽヽ』 と一人の男は笠を脱ぐ。 加米彦『ヤアお前は音彦様か。……アヽこれはしたり、悦子姫様……ア何だ、五十子姫様……ヤア音彦様、お芽出度う。悦子女王が居らせられなかつたら、大変御夫婦ご愉快で有りましただらうに……ヤアもう世の中は思う様に行かぬものですナア[※音彦と五十子姫は夫婦である。]』 悦子姫『オホヽヽヽ』 加米彦『中を隔つる悦子川かなア、可哀相に、焦れ焦れたコガの助、お顔見乍ら儘ならぬ……と云ふ、喜劇、悲劇の活動写真……ヤア兎も角お這入り下さいませ』 音彦『然らば許しめされよ』 加米彦『姫御前と道中を遊ばしたお蔭で、大変言霊が向上しました。……サア夏彦さま、今日限り吾々と同僚だ、何時までも女王の代りは出来ませぬぞ。……サア悦子姫女王、ズツと奥へお通り下さいませ』 悦子姫『加米彦さま、夏彦さま、よく神妙にお留守をして下さいました。あなた方の健実な事、よく気を附けて下さると見えて、風流な夏草が家の周囲に一杯生えて居ります。小蛇でも出そうに御座いますな。オホヽヽヽ』 加米彦、頭を掻き乍ら、 加米彦『イヤもう……エー外は惟神に任し、内は一生懸命に、内容の充実を主と致しました。これが所謂内主外従と云ふものです』 悦子姫『ホヽヽヽ、成程外には茫々と美しい草が御天道様のお蔭で繁茂して居ます。室内はザツクバラン、沢山に紙片が散乱して、まるで花見の庭の様です』 加米彦『イヤ此間から、夏彦の仮の大将、寝冷えを致し、風邪を引いたものですから、鼻紙をそこら中に散らして置いたのです。……一寸待つて下さい。箒で今掃いて除けます、ウツカリ踏んで貰へば、足の裏にニチヤツとひつつきます。……オイ夏彦鼻紙の大将、何をグヅグヅして居るのだ。此加米彦は何事も盲従して来たのだ。どうだ、此鼻紙を箒で掃き散らしても、お叱りは御座いませぬかなア』 夏彦『これはこれは悦子姫様、今煤掃の最中へお帰り下さいまして、誠に申訳が御座いませぬ。どうぞ暫く、裏の森林に美しい花も咲いて居ます、恰度菖蒲が真つ盛り、お三人共暫く御覧なし下さいませ。其間に夏季大清潔法を執行致します。……オイ加米彦、箒だ、水を汲め、采払だ……』 加米彦『貴様はジツとして手を出さずに、頤ばつかりで……そう一度に……千手観音様ぢやあるまいに、水を汲む、采払を使ふ、箒を使うと云ふ事が出来るものか。貴様も一つ活動せぬか。門外の燕の活動を、チツと傚へ』 夏彦『ハイハイ畏まりました』 と襷をかけ、 夏彦『わしはお家を掃除する。お前は庭を掃除して呉れ…』 俄にバタバタ、ガタガタ……、 夏彦『オイ常彦、板、滝、手伝ひして呉れぬか。……ヤアどつか往きやがつたなア』 と窓を覗き、 夏彦『ヤア一生懸命に草をひいて居るワイ』 半時ばかりかかつて大掃除を、吐血の起こつた様な騒ぎでやつてのけた。時を見計らひ悦子姫、音彦、五十子姫、ニコニコし乍ら、 音彦『ヤア俄に参りまして、エライ御雑作をかけました』 加米彦『ヤア有難う。斯う云ふ事が無ければ、モウ一月も経たぬ内に、此家は草の中に沈没する所でした。アハヽヽヽ』 音彦『身魂相応の御住宅で……』 悦子姫『オホヽヽヽ』 茲に八つの笠の台は、畳の上に二列に並列した。悦子姫を始め一同は、互に久濶を叙し、打解話に時を移す。折しも門口に現はれ来る馬公、鹿公、 馬公、鹿公『モシモシ夏彦さま、馬、鹿の両人です。御注進に参りました』 と門口より呶鳴り込んだ。 夏彦『ヤア馬公に鹿公、よう帰つて来た。併し今日は奥に珍らしいお客さまだ。御主人公の紫姫さま始め青彦はどうなつた』 馬公『只今結構な生神さまの玉子を奉迎して、これへお帰りになります。どうぞ座敷を片付けて、充分清潔にして待つて居て呉れいとの、青彦さまの御命令、宙を飛んで御報告に参りました。やがて御入来になりませう』 夏彦『アーそれはそれは御苦労でした。マア一服して下さい』 とイソイソとして奥に入り、 夏彦『悦子姫様、只今紫姫様、青彦がこれへ帰つて来るそうで御座います』 悦子姫『アーそうだらう。床の間もよく掃除して御待受けを致しませう。キツと玉照姫様の御光来でせう』 夏彦『そんな事が御座いませうかなア。どうして又それが分りますか』 悦子姫『何事も英子姫様の御経綸、キツと今にお越しになります』 斯く言ふ所へ、丹州を先頭に、お玉は玉照姫を恭しく捧持し、紫姫、青彦、お節の一行ゾロゾロと此一つ家に勢よく入り来る。加米彦、慌て飛んで出で、 加米彦『ヤア杏るより桃が安い。今日はモモだらけだ。モウモウ忙しうて忙しうて、嬉しいやら面白いやら、勇ましいやら、根つから、葉つから見当が取れなくなつた。改心致すとマサカの時に、嬉しうてキリキリ舞を致す身魂と、辛うてキリキリ舞致す身魂とが出来るぞよ……とは此事だ。サアサア皆さま、ズツと奥へ、キリキリ舞ひもつてお這入り下さいませ……ドツコイシヨのヤツトコシヨ…』 と面白い手つきをして踊つて居る。青彦、 青彦『コレコレ加米彦さま、早く玉照姫様を、悦子姫様に御紹介して下さい』 悦子姫は奥より走り来り、恭しく拍手し、嬉し涙をタラタラと流し乍ら、 悦子姫『玉照姫様、よくもお越し下さいました。これで愈神政成就疑なし。アヽ有難し、辱なし』 と言つた限り、嬉し涙に暮れて、顔さへあげず泣きいる。 加米彦『これはこれは悦子姫の女王様、何を此芽出度い時に、メソメソお泣き遊ばすのだ。ヤツパリ女は女だなア。涙脆いと見えるワイ。アヽ矢張り俺も何だか泣きたくなつて来た、アンアンアン』 青彦は歌ふ、 青彦『神素盞嗚大神の御言畏み曇りたる 世を照さむと英子姫神の仕組を奥山の 心に深く包みつつ隠して容易に弥仙山 万代祝ふ亀彦を伴ひ聖地を後にして 国の栄えも豊彦が娘のお玉に木花の 姫の命の分霊咲耶の姫を取り懸けて 後白雲と帰り行く心も春の山家道 折こそよけれ悦子姫音彦、加米彦、夏彦が 川辺の木蔭に立寄りて英子の姫の神界の それとはなしに秘事を以心伝心語りつつ 父に近江の竹生島足を速めて出で給ふ。 悦子の姫は急坂を三人の男と諸共に 辿りて、やうやう弥仙山麓に建てる豊彦が 賤の伏家に立寄りて俄産婆の神業に 思ひも寄らぬ貴の声お玉の腹を藉つて出た 玉照姫を取りあげてイソイソ帰る世継王の 山の麓に霊場を卜して庵を結びつつ 二人の男に留守をさせ紫姫に何事か 囁き合ひて右左り悦子の姫は近江路へ 紫姫や青彦は馬、鹿二人を伴ひて 西北指して進み行く船岡山の山麓に かかる折しも夕闇を透して聞ゆる叫び声 青彦、馬、鹿三人は声を尋ねて暗の路 進む折しもウラナイの道の教の滝、板が 一人の女を引捉へ松の古木に縛りつけ 権謀術数の最中を闇を幸ひ黒姫の 声色使ふ鹿公が早速の頓智、滝、板は おののき怖れ幽霊と思ひ誤り谷底に スツテンコロリと転落し腰骨打つてウンウンと 闇に苦む憐れさよ紫姫は三人の 男にお節を守らせつ進んで来る元伊勢の 稜威の御前に参拝し天津祝詞を奏上し 神示を仰ぐ時もあれ谷に聞ゆる言霊の 怪しき響に青彦は紫姫を伴ひて 剣先山の深谷を尋ねて行けば、こは如何に 顔色黒き黒姫が二人の男と諸共に 一心不乱に水垢離其熱烈な信仰に 何れも肝を冷しつつ紫姫や青彦は 何か心に諾きつ俄に変るウラナイの 神の教の宣伝使馬公、鹿公諸共に 魔窟ケ原に築きたる黒姫館に出て行く 高山彦や黒姫は相好崩してニコニコと 忽ち変る地蔵顔勝ち誇りたる会心の 笑にあたりの雰囲気は乾燥無味の岩窟も 忽ち春の花咲いて飲めよ騒げの賑はしさ 大洪水の氾濫し堤防崩した如くなる 乱痴気騒ぎの最中に阿修羅の如き勢で 現はれ来る常彦が滝公板公伴ひて 青彦さまが胸の内知らぬが仏の黒姫や 折柄来れる高姫に喰つてかかつた可笑しさよ 可哀相とは知り乍ら時を繕ふ青彦が 早速の頓智、棍棒を打ち振り打ち振り常彦が 体を目がけて滅多打地蟹の様に泡吹いて 涙を流す滝公や痛々しげに板公が 雲を霞と逃て行くこの振舞に高姫や 道に迷うた黒姫が始めてヤツと気を許し 紫姫や青彦に大事の大事の宝物 玉照姫の人質を何の気もなく吾々に 渡して呉れた其お蔭綾彦、お民を伴ひて 心イソイソ山坂を右に左に飛び越えつ 於与岐の里の豊彦が館に到りいろいろと 一伍一什を物語る紫姫の言霊に 豊彦夫婦は雀踊りしお玉を添へて玉照の 姫の命の貴の御子一も二もなく奉る 大願成就、大勝利長居は恐れ又御意の 変らぬ内に帰らむと丹州、お玉に送られて イヨイヨ聖地に来て見れば思ひかけぬは悦子姫 科戸の風の音彦や心いそいそ五十子姫 並ぶ五月の雛祭悠々然と構へ居る 此方の隅を眺むれば常に変つた常彦が むつかしい顔の紐を解き滝公、板公従へて 坐つて御座る勇ましさ剽軽者の加米彦が 主人の留守を幸ひになまくら、したる其酬ゐ 捻鉢巻に尻からげ庭を掃くやら采払ひ そこらバタバタ叩くやら戸口の外を眺むれば 蛙や蛇の巣窟となつた庭をば滝、板の 二人は忽ち頬かぶり汗をタラタラ流しつつ 狼狽へ騒ぐ草むしり蓬ケ原を掻き分けて 黄金花咲く今日の空黄金の峰に現はれし 木花姫の分霊咲耶の姫の再来と 仰ぐ玉照姫の神迎へ奉りて三五の 教を守る元津神国武彦の隠れます 世継王山の表口朝日輝く夕日照る これの聖地に永久に鎮まり居まして常闇の 天の岩戸を開きますミロクの御代の礎と 寿ぎまつる今日の空壬戌の閏五月 五日の宵の此仕組イツカは晴れて松の世の 栄を見るぞ目出度けれアヽ惟神々々 御霊幸はへましませよ』 と青彦は声も涼しく謡ひ終りぬ。十八バムの仮名に因みし松の神代の物語、松竹梅と祝ひ納むる。 (大正一一・四・二八旧四・二松村真澄録) (昭和一〇・六・三王仁校正) |
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霊界物語 | 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 | 01 高熊山 | 第一章高熊山(謡曲調)〔六四六〕 梅咲き匂ふ春の夜半、牛飼ふ男子の枕辺に、忽然として現はれ出でたる異様の輝き、眼を睜り眺むれば、世人の無情残酷を、うら紫や青黄色、神の大道も白玉や、赤き心の五色の玉は、賤が伏屋の室内を、右往左往に飛び交ひて、何時とはなしに男子の身体目蒐けて、或は胸に、或は腹に、肩に背中に滲み込み、男子は忽ち心機一転して、三十路に近き現身の、命毛の筆執るより早く、苦労する墨硯の海に、うつす誠の月照の、神の御霊に照らされて、床の間近く立寄りつ、壁にさらさら書き下ろす、天地大本大御神、今日は昨日に引替へて、此世に神なきものをぞと、思ひ詰めたる青年が、恭敬礼拝神号を唱へつつ、吾身の罪を詫ぶる折しも、門の戸を叩き訪ふ者あり。 神使『吾こそは、天教山に現はれ給ふ木の花姫の御使、弥勒の御代を松岡の、梅花も開く蓮葉の、台の国に導かむ。早く此門あけさせ給へ』 若男『あら訝かしや、此真夜中に金門を敲く人の有りとは。風も静まり水さへも、子の正刻に候へば、夜の明くるを待つて訪れ給へ』 松岡神使は詞も終らぬに、戸をさらりと引き開け、悠々として入り来り、 神使『吾は天教山の皇大神の御使なり。抑も木花咲耶姫命、蓮華の山に立たせ給ひて、西の空高く望ませ給へば、瑞雲棚引き、星の光奇く照させ給へば、神の仕組の真人の現はれ給ふ瑞祥ならむ。汝迅く迅く我神言を奉じ、雲井の空を翔つけて、天の八重雲押開き、心の空も丹波の、青垣山を繞らせる、穴太の郷に出立ちて、我神言を宣り伝へ、迎へ帰れとの御神勅なり。早々吾に続かせ、天教山に参上り給へ』 男子は益々訝かりつ、松岡神使の顔を打眺め、暫し茫然として居たりけり。時しもあれや一陣の春風烈しく、梅の花片を撒いて、家の外面を亘りゆく。忽ち屋内に美妙の音楽聞え、梅の花片チラチラと、男子が頭に降かかるよと見る間に、紫の被衣に包まれ、あと白雲となりにける。 若男『嗚呼吾は空行く鳥なれや。遥に高き雲に乗り、地上の人が各自に、喜怒哀楽に捉はれて、手振り足振りする様を、吾を忘れて眺むなり。実に面白の人の世や。然れども余り興に乗り、地上に落つる事もがな。嗟、大神よ大神よ、千代に八千代に永久に吾身を守らせ給へかし』 と唯一筆の落し書、賤が伏家に遺し置き、松樹茂れる山の口、洋服姿の松岡神使、俄に白髪異様の神人と変化し、男子が手を把り、林の茂みをイソイソと、進むで此処に如月の、九日の月西山に傾きて、再び閉ざす闇の幕、千丈の岩窟の前に着きにけり。 松岡神使は男子に一礼し、 神使『此処は名におふ、高天原の移写と聞えたる高熊山の岩窟にて候、天地百の神たちの、時有つて神集ひに集ひ給ふ、四十八個の宝座あり。吾はこれにて袂を別たむ。汝は此処に現世の粗き衣を脱ぎ、瑞の御霊の真人として、五六七の神業に奉仕せよ。さらばさらば』 と云ふかと見れば、姿は消えて白雲の、彼方の空に幽かに靉く訝かしさ。男子は忽ち身体硬化し、時間空間を超越し、寒暑の外に立ちて、何時とはなしに身変定の、今の姿と白装束、黄金の翼身に備へ、一道の空に輝く光の架橋、矢を射る如く天の八重雲切り抜けて、須弥仙山の頂上に、早くも其身は立ちにける。白馬に跨り、白雲別けて駆来る一人の神人、男子の前に立ち現はれ、馬を乗り棄てツカツカと立寄り、男子の左手をシツカと握り、 明神『われは小幡大明神なり。此度五六七の神世出現に際し、天津神国津神の依さしのまにまに、暫時丹州と現はれ給ふ汝が御霊、現幽神三界の探険を命じ、神業に参加せしめよとの神勅なれば、三十五年の昔より、木の花姫と語らひて、汝が御霊を拝領し、我が氏の子として生れ出でしめたり。ゆめゆめ疑ふ事勿れ』 男子は驚き『ハイ』と一声、さし俯き、涙に暮るる折しもあれ、松吹く風に覚されて、四辺を見れば此は如何に、処はシカと分らねど、何処とはなしに見覚えの、有難や、清き岩窟の前に端坐し居るこそ不思議なれ。男子は首を傾け、 若男『人里離れし此深山の奥、何処の山かは知らねども、何とはなしに、心勇ましき所かな。牛飼ふ男子の昨日まで、賤の職業に励精みし身の、四辺に輝く吾身の服装、紫青赤白黄色、白地に梅の花は散り、裳裾に松葉の模様、何時の間にかは更衣や、忽ち変る女神の姿、心も凪ぎて春風の、木々の木の花撫で渡る、いとも長閑な思ひなり』 忽ち虚空に音楽聞え、今迄岩窟と見えしは、夢か現か幻か、際限もなく四方に展開せる、荘厳無比の大宮殿、黄金の甍旭に輝き、眼下の渓間を眺むれば、緑漂ふ池の面に、鴛鴦の比翼の此処彼処、時ならぬ菖蒲の花も咲きみだれ、百鳥の唄ふ声、天国浄土も斯くやあらむと思はるる許りなり。嗚呼訝かしや訝かしやと、首を傾げ思案に暮るる時しもあれ、宮殿の彼方に声ありて、 『瑞月、瑞月』 と呼ばせ給ふ。男子は此声に耳を澄ませ、 若男『瑞月とは誰人なるか、われより外に人も無し。怪しき事よ』 と佇む折しも、黄金の翼を飜し、此場に向つて現はれ来る、黄金の鵄を先頭に、孔雀、鳳凰、迦陵頻伽、八咫烏、何時とはなしに王仁の身は、又もや月の付近まで進み居るよと見る中に、黄金の扉は開かれて、中より現はれ給ふ梅花の如き女神の姿、二人の侍女に松梅の小枝を持たせ、御手に玉を携へて、言葉静かに宣り給ふ。 女神『われこそは三千年の其昔、国治立の大神と共に、中津御国の聖地を後にして、根底の国に到りしが、一度に開く梅花の時を得て、再び天に舞ひ昇り、今は西王母が園の桃、花散り実のる時ぞ来て、皇大神に奉らむ。時遅れては一大事、小幡明神の承諾に依りて、今より汝が命の体を借らむ』 と言ふかと見れば、姿は消えて白煙、忽ち其身は天馬に跨り、小幡明神に送られて、宇宙の外の世界を眺め、地上を指して降り来る。此処は何処ぞ、以前の宝座の前、不思議なりける次第なり。 (大正一一・五・六旧四・一〇松村真澄録) ○ 本章は、謡曲まがひに口述してありますから、専門の方々は言葉の長短を補ひ又は削り謡ひよく直して見て下さい。 |
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霊界物語 | 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 | 05 零敗の苦 | 第五章零敗の苦〔六五〇〕 炎熱火房に坐するが如く、釜中に在るが如き酷暑の空、雲路を別けて降り来る一隻の飛行船は、フサの国北山村のウラナイ教が本山の広庭に無事着陸したり。魔我彦、蠑螈別の二人は此音に驚き、高姫の御帰館なりと、取るものも取敢ず、表に駆け出し見れば、高姫は眼釣り、得も謂はれぬ凄じき形相し乍ら、鶴、亀の両人を伴ひ、船より出で来り、 高姫『アヽ蠑螈別さま、留守中大儀で御座いました。別に変つた事は有りませなンだかな』 蠑螈別『ハイ、たいした変りは有りませぬが、二三日以前より、何とも知れぬ太白星の様な光を発した光玉、夜半の頃になると、大音響を立て、庭前に落下する事屡で有ります』 高姫『それは大変な吉祥だ。併し其玉はどうなさつたか』 魔我彦は丁重に首を下げ、 魔我彦『毎朝早くより、綿密に調べて見ましたが、別に此れと云ふものも落て居らず、又何の形跡も残つて居ませぬ』 高姫『それは不思議な事だ。いづれ何か結構な事が有るでせう』 蠑螈別『紫の雲の出所は分りましたか。定めて良結果を得られたでせう。万事抜目も無いあなたの事ですから、大成功疑なしと、館内一同の者は貴方の御帰りを今か今かと首を長くして待つて居ました。どうぞ早く奥へお這入り下さいまして、結構な御土産話を、一同に聞かして下さいませ』 高姫『………』 魔我彦『コレコレ蠑螈別さま、大切な神界の御経綸、玄関口で尋ねると云ふ事があるものか、高姫様が沈黙なさるも当然だ』 蠑螈別『ア、それもさうでした。高姫さま、サア奥へ御案内致しませう』 高姫は奥に入る。一同は俄に上を下へと、バタバタ歓迎の準備に多忙を極め居る。 高姫『今日は無事に墜落もせず、遥々と帰つて来たのだから、御神前にお神酒を沢山に献上し、種々の御馳走をお供へ申し、ゆつくり直会の宴でも張つて下さい。あまり急速力で帰つて来ましたので、妾は少し許り頭痛気味だから、奥へ往つて二三日ユツクリ休息を致します』 蠑螈別『ア、それはさうでせう。併し乍ら御休みになれば、お尋ね申す訳にもゆかず、一寸端緒なりと、一口仰有つて下さいませいナ』 高姫『神界の御経綸、秘密は何処までも秘密ぢや。今は御神命に依りて言ふ事が出来ませぬ……コレ鶴に、亀、お前も休みなさい。種々の事を言ふではないよ』 鶴公『私はチツトも疲労して居りませぬ。別に休む必要も御座いませぬから、ゆつくりと貴方に代つて、亀と二人が交る交る、一切の大失敗……ウン……オツトドツコイ顛末を演説致しませうか』 高姫『コレコレ鶴、亀、鶴は千年、亀は万年と云ふ事が有るぢやないか。鶴には千年の間箝口令を布く。亀には一万年が間箝口令を布く…』 鶴公『モシ高姫さま、千年も箝口令を布かれては、唖も同様ですから、そればつかりは取消を願ひます』 高姫『イヤ、今度の事に関してのみ箝口令を布くのだよ。其外の事はお前の勝手だ。紫の雲に関した秘密の件だけは言うてはならない。時節が来たならば、高姫が皆に披露するから、サア鶴、亀、お前も永らくお供をして呉れて、辛かつただらう。二三日、誰も居らぬ所へ往つてユツクリと遊びて来なさい、又いろいろの事を喋舌ると煩雑いからな。……蠑螈別さま、魔我彦さま、それなら失礼致します。どうぞユツクリ酒でも飲み、皆さまと仲よく、神恩を感謝して下さい。妾は何だか頭痛がして、モウこれつきり暫く言ひませぬから』 と襖を引開け奥の間に力無げに進み入り、中より固く鍵をかけて了ひけり。 蠑螈別『サア皆さま、これから祭典を執行し、終つて直会の宴だ。今日は酒の飲み満足だ。併し酒を飲むのはいいが、酒に呑まれない様にして下さいよ』 甲『蠑螈別の大将、あなたこそ何時も酒に呑まれるでせう。今日はあなたから十分の御警戒を願ひますで。何分高姫様が頭痛を起してお休みになつて居るのだから、あまり大きな声を出しては、お体に障つちやなりませぬからなア』 蠑螈別『きまつた事だ。ソンナ事に抜かりの有る私だと思つて居るか』 祭典は型の如く厳粛に行ひ了り、一同は別殿に進み入り、直会の宴に現を抜かし、そろそろ酒の酔が廻るにつれて、喧騒を極め出したり。 甲『オイ鶴、随分愉快だつたらうなア。お羨ましい。吾々もアヽ云ふお供がして見たいワ』 鶴公『何を云うても、大飛行船に乗つて、地上の森羅万象を眼下に見くだし、空中征服の勇者になつて、自転倒島へ渡るのだもの、実に愉々快々、筆紙の尽すべき限りでは無かつたよ』 甲『立派に目的は達しただらうな』 鶴公『勿論の事、途中に墜落もなく、立派に目的地に到達したのだ』 甲『それは定まつて居るが、モ一つの肝腎要の紫の雲だ。それはどうなつたのだい』 鶴公『紫の雲に関する事は千年間の箝口令が布かれてあるから、紫だけは言つて呉れな。其代りに玉照姫の一件は、事に依つたら報告してやらう。併し乍らモウ少し酒が廻らぬと、巧く言霊が運転しないワイ。一つ滑車に油を注ぐのだな』 亀公『コラコラ鶴公、紫の雲に関する事と云へば、玉照姫の事だつて言はれぬぢやないか、箝口令を厳守せぬかい』 鶴公『ナーニ、紫の雲の事さへ言はなかつたら良いぢやないか。皆の御連中が証人ぢや、ナア蠑螈別さま、高姫さまはそう仰有つただらう』 蠑螈別『兎も角、成功話を言つて下さい。皆の者が待ちに待つて居つたのだ』 亀公『コラコラ鶴、滅多の事を言うではないぞ』 鶴公『貴様は酒を喰はぬから、生真面目で仕方がない。融通の利かぬ奴だ。高姫様のお口からは、アンナ事がどうしても言はれぬものだから、俺達に代つて、言うではないぞと仰有つたのは、要するに言へと云ふ事だよ。別に俺の口で俺が喋べるのに、資本金が要るのでもなし、国税を納める心配も要らぬのだから……俺は俺の自由の権を発揮するのだ』 亀公『ソンナラお前の勝手にしたがよいワイ。俺だけは何処までも沈黙を守るから…』 鶴は酒にグタグタに酔ひ、傲然として肱を張り、 鶴公『今日の鶴公は、要するに高姫様の代言者ぢや。さう心得て謹聴しなさい、エヘン、 フサの国をば後にして雲井の空を高姫が 翼ひろげて鶴亀の二人の勇士を伴ひつ 高山短山下に見て大海原を打渡り 自転倒島にゆらゆらと降り着いたは由良湊 魔窟ケ原へテクテクと三人駒を並べつつ 黒姫館に立入りて委細の様子を尋ぬれば 弥仙の山の裾野原賤が伏家に世を忍ぶ 豊彦夫婦の館より色も芽出度き訝かしの 雲立ち昇り玉照姫の神の命の神人が 現はれました事の由聞いたる時の嬉しさよ 黒姫司は逸早く千変万化の手を尽し 紫姫や青彦の二人の勇士に一任し 玉照姫をウラナイの教の道の本山に 迎へむものと気を配り心を尽す妙案奇策 どうした拍子の瓢箪かガラリと外れて三五の 神の教の間諜紫姫や青彦は 手の掌返す情無さ高姫司は青筋を 立ててカツカと怒り出す高山彦や黒姫は ソロソロ喧嘩を始め出す此有様を見る俺は 立つても坐ても居られない気の毒さまと申さうか 愛想が尽きたと申さうか言ふに謂はれぬ為体 これから奥は有るけれど此れより先は神界の 秘密ぢや程にどうしても紫姫や青彦の 誠の様子は話せないアヽ惟神々々 高山彦や黒姫はさぞ今頃はブクブクと 面を膨らし燻つて互に顔を睨み鯛 目を釣り腮釣り蛸釣つて一悶錯の最中だらう モウモウコンナ物語飲みし酒迄冷えて来る 三五教は日に月に旭の豊栄昇るごと 玉照姫の神力で宇内へ輝き渡るだらう それに引換へウラナイの神の教はゴテゴテと 貧乏世帯の夕日影段々影が薄くなり 終局に闇となるで有らうアヽ惟神々々 叶はぬ時の神頼み鶴公司の報告は 先づ先づザツと此通り』 蠑螈別『オイ鶴公、真面目に報告をせないか。ソンナ馬鹿な事が有つて堪るものかい』 鶴公『堪つても堪らいでも、事実は事実だ』 蠑螈別『仕方がないなア』 鶴公『エーもう此鶴公は、千年の箝口令を布かれて居るが、俺の副守護神に対しては言論自由だ。……オイ副守の奴、チツと酒ばつかり喰うて居らずに発動せぬかい。責任は副守が負ふのだよ。……副守護神が現はれて何から何迄包まず隠さず知らすのであるから、鶴公司は何にも知らず、高姫殿、必ず必ず鶴公を恨めて下さるなよだ、ヒヽン』 魔我彦『サア副守先生、細かく仰有つて下さいませ』 鶴公『ウーン、ウンウン、此方は鶴公の肉体を守護致す副守護神のズル公であるぞよ。併し乍ら大体の要領は、鶴公の肉体が申した通り、今回の事件は全部高姫さん一派の零敗だ。大当違の大失策だ。それだから頭痛もせないのに頭痛がすると言つて、此不利益極まる報告を避けたのだ。何れ早晩分る事実だから、隠したつて仕方がない。モウ、ウラナイ教は駄目だ。バラモン教は間近まで教線を張り、猛烈な勢でやつて来る。ウラル教は又もや蘇生した様に、此フサの国を中心として押寄せて来て居る。三五教も其通り。三方から敵を受けて、どうして此教が、拡張所か現状維持も難かしい。日向に氷だ。風前の灯火だ。アツハヽヽヽ、良い気味だ。世界一の黍団子、何程キビキビした高姫の智嚢でも、最早底叩きだ。底抜けの大失策だ。底抜け序に自棄酒でも飲み、底抜け騒ぎをやつたがよからうぞよ。ウーン、ウン、もうズル公はこれで引取るぞよ。蠑螈別、魔我彦、好な酒でもズルズルベツタリに飲みたが宜からうぞよ』 とグレンと体をかわし、汗をブルブルかいて正気に返つた様な姿を装ひ、 鶴公『何だか副守護神が仰有つたやうですな。何と言はれました。自分の口で言つて自分の耳へ聞えぬのだから、大変に不便利だ。知覚精神を忘却し、大死一番の境に立ち、感覚を蕩尽し、意念を断滅して、仮死状態になつて居たものだから、言うた事がトンと分らない。…鶴公は何も知らぬぞよ。高姫の先生殿、屹度鶴公を叱つて下さるなよ。守護神が口を借つた許りであるぞよ』 甲『アハヽヽヽ、何は兎もあれ、貴様は知らな知らぬでよいワ。副守護神の奴、鶴公が全部言つた通りだと証明したよ。ヤツパリ鶴公の肉体に責任があるのだ。…モシモシ蠑螈別さま、一寸先や暗の夜だ。飲めよ騒げよと、ウラル教もどきに乱痴気騒ぎでもやりませうかい。チツト位乱暴したつて、劫腹癒やしだ。今日に限つて、高姫さまだつて、失敗して帰つて来て、吾々に荘重な口調を以て、戒告を与へる事は出来ますまい』 亀公『今鶴公の肉体の言つた事も、ズル公の副守の言つた事も、全然反対だ。お前達を驚かさうと思つて、アンナ芝居をやりよつたのだ。鶴位の知つた事かい。本当の事は此亀公が脳裡に秘め隠してあるのだ。鶴と云ふ奴ア、ツルツルと口が辷るから本当の事は知らしてないのだよ。屹度一道の光明がウラナイ教の上に輝いて居るのだから、さう気投げをするものぢやない。千秋万歳楽の鶴亀の齢と共に、天の岩戸は立派に開けて日の出神様の御守護の世となるのだ。闇の後には月が出る。夜が過ぐれば日の出となるのは、天地の真理だ。暗中明あり、明中暗あり、明暗交々代り行くは、所謂神の摂理だ。人は得意の時に屹度失望落胆の種を蒔き、不遇の境遇に有る時、屹度光明幸福の因を培ひ養ふものだ。何時も昼ばつかり有るものぢやない、又暗黒な夜ばかりでもない。善悪不二、吉凶同根、明暗一如、禍福一途、大楽観の中に大苦観あり、大苦観の中に大楽観あり、天国に地獄交はり、地獄に天国現はる。有耶無耶の世の中だ。マアマア心配するな。コンナ結構な事は無いのだよ。人は心の持様一つだ。ドンナ苦しい事でも、観念一つで大歓楽と忽ち一変する世の中だ。吁惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 と拍手し、祈願を凝らして居る。高姫は此場に手拭にて鉢巻し乍ら、ノコノコと現はれ来り、 高姫『ヤア皆さま、お元気な事、親の心は子知らず、神の心は人間知らず。あなた方は実に羨ましいお身分だ。妾も半時なりとあなた方の様な気分になつて見たいワ』 魔我彦『何分に重大なる責任を負担して御座る貴女の事ですから、御心中を御察し申します。今回の遠路の御旅行、さぞさぞお疲れで御座いませう。それに就いても言ふに謂はれぬ御苦心が有つた様です。玉照姫は到頭三五教に取られて了つた様ですなア』 高姫『エー、それは誰れが言つたのかなア』 魔我彦『ズル公が詳細に報告を致しました。併し乍ら失敗は成功の基、失敗が無くては経験が積みませぬ。即ち万世に残る大偉業は七転び八起きと云うて、幾度も失敗を重ね、鍛へ上げねば駄目ですよ。イヤもう御心中お察し申します』 高姫『ヤアこれだけ沢山な宣伝使や信者がある中に、妾の苦衷を察して呉れる者はお前だけだ、アヽ妾もこれで死ンでも得心だ。千歳の後に一人の知己を得れば満足だと覚悟して居たが、現在此処に一人の知己を得たか、アヽ有難や、これと云ふのもウラナイ教の神様のお蔭…』 鶴公『知己を得ましたか。千歳の後で無くて今チキに妙チキチンのチンチキチン、心の曲つた魔我彦が共鳴しましたのは、実に上下一致天地合体の象徴でせう。併しこれは鶴公の肉体に守護致すズル公の託宣ですから、決して鶴公に怒つては下さるなよ。…神は物は言はなンだが、時節参りて鶴公の口を藉りて委細の事を説いて聞かすぞよ。ウンウンウン、ドスン……アーア又何だか憑依しよつたな。イヤ副守の奴発動したと見える。飛行機に乗つて空中を征服し乍ら、意気揚々とやつて居つたと思へば、俄の暴風に翼を煽られ、地上目蒐けて真つ逆様に顛落せしと思ひきや、ウラナイ教の本山、八咫の大広間の酒宴の場席、アーア助かつた助かつた』 高姫『コレコレ鶴公、ソンナ偽神術をやつたつて、此高姫はチヤンと審神をして居ますよ。お前は余程卑怯者だ。残らず責任を副守護神に転嫁せうとするのだナ』 鶴公『イエイエ決して決して、臍下丹田に割拠する副守の発動です。どうぞ此副守を何とかして追ひ出して下さいな』 高姫『蠑螈別さま、魔我彦さま、鶴公の臍下丹田に割拠する副守の奴、此短刀を貸してあげるから、剔り出してやつて下さい。鶴公の願ひだから……ナア鶴公、チツトは痛くつても辛抱するのだよ。苦の後には楽がある。死ぬのは生れるのだ。生れるのは墓場へ近寄るのだ。仮令死ンだ所で、やがて新しくなるのだからナア、ヒヽヽヽ』 鶴公『モシモシ高姫さま、そンなことせなくつても、副守は飛ンで出ますよ。ウンウンウン……ソレ、もう飛ンで出ました。ア、もう此ズル公は鶴公の肉体には居らぬぞよ』 魔我彦『馬鹿にするない。飛ンで出たと言つてからまだ……此肉体には居らぬぞよ……とは誰が言つたのだ。ヤツパリ副守が居つて貴様の口を使つたのだらう。肉体を離れた奴が貴様の肉体を使つて腹の中から声を出すと云ふ理由が有るか』 鶴公『これは副守護神の言霊の惰力だ。どうぞ半時ばかり待つて居て下さい』 斯かる所へ又もや一隻の飛行船天を轟かし、庭前に下り来る。 鶴公『あの物音は敵か、味方か。紫姫、青彦、玉照姫を捧持してウラナイ教に献納に来たのか。但は高山彦、黒姫、悄然として泣き面かわき帰つて来たのか。……ヤアヤア者共、一刻も早く表へ駆け出し、実否を調べて参れ。世界見え透く日の出神が、鶴公の肉体を借りて申付けるぞよ』 亀公『何を言うのだ。日の出神様は世界中見え透き遊ばすのだが、門口へ出て来た者が敵か味方か分らぬと云ふ様な、日の出神が有るものかい』 鶴公『ウラナイ教に憑依する日の出神は、先づ此位な程度だよ、イヒヽヽヽ』 亀公『誠の日の出神の生宮の高姫さまの御前だぞ。チツトは遠慮を致さぬかい』 鶴公『モシモシ本当の日の出神の生宮、高姫さま、貴女はジツとして、世界中の事が見え透く御身霊、表へ下つて来た飛行船の主は敵で御座いますか、味方で御座いますか、どうぞお知らせ下さいませ。これがよい審神のし時ぢや。これが分らぬよな事では、日の出神さまも良い加減なものですよ。貴女の信用を回復し……否御威徳を顕彰するのは、今を措いて他にありませぬ。サア此一瞬間が貴女に対し、ウラナイ教に対し、国家興亡の分るる所、明かに命中させて、一同の胆玉を取り挫ぎ、疑惑を晴らしてやつて下さい』 高姫『コレコレ鶴公、一歩出れば分る事ぢやないか。お前は大それた、神を審神せうとするのかい。ソンナ逆様事が何処に有るものか。恰度学校の生徒が校長の学力を試験するよなものだ。ソンナ天地の転倒つた事が何処に有りますか。心得なされツ』 鶴公『これは誠に済みませぬ。併し乍ら、私も実は今回の貴女の大失敗を回復させ、帰依心を増さしめむが為の、血涙を呑みての忠告ですから、悪く思つて下さつてはなりませぬ』 高姫、心の中に、 高姫『今来た人は何して居るのかなア、早く此処へ来て呉れれば良いのに……』 鶴公『高姫さま、スツタ揉ンだと掛合つとる間に、やがて誰か這入つて来ませう。さうすればヤツと胸撫でおろし、虎口を遁れたと、一安心する人が、どつかに一人現はれさうですよ』 高姫チツトでも暇をいれようと考へて居る。外には高山彦、黒姫、寅若、菊若、富彦の五人連れ、傷持つ足の何となく屋内に進みかね、モヂモヂとして入りがてに居る。 黒姫『アヽ誰か来て呉れさうなものだなア。何時もの様に堂々と……何だか今日は閾が高くて這入れない様な気がする……オイ寅若、お前這入つて下さいな』 寅若『此奴ア一つ低気圧が襲来しますよ。ウツカリ這入らうものなら、暴風雨の為に何処へ吹き散らされるか分つたものぢや有りませぬ。私の様に横平たい図体の者は、風が能く当つて散り易いから、斯う云ふ時にはお誂ひ向の細長い、風を啣まぬ、帆柱竹の様な高山彦さまが適任でせう』 黒姫『エー一寸も自由にならぬ人だな。なぜお前はそれ程師匠の言ふ事を用ひぬのだい』 寅若『ヘン、師匠なぞと、殊勝らしい事を仰有いますワイ。失笑せざるを得ませぬワ。今までは乞食の虱の様に口で殺して御座つたが、今度の失敗はどうです。吾々の顔までが、何ともなしに痩せた様な気が致しますワイ。これと云ふも全く、お前さまが出しやばるからだ。それだから牝鶏の唄ふ家は碌な事が出来ぬと言ひませうがな。此役目は大責任の地位に立たせられる黒姫さまの直接任務だ。外の事なら二つ返辞で承はりませうが、こればつかりは真つ平御免だ。お生憎様……』 と白い歯を喰ひ締め、腮をしやくつて見せたり。 黒姫『エー剛情な男だナア。一旦師匠と仰いだら、何でも彼でも盲従するのが弟子の道だ。師匠や親は無理を云ふものだと思ひなされと、常々云うて聞かして有るぢやないか。何事に依らず、絶対服従を誓つたお前ぢやないか。モウお前は今日限り、師弟の縁を切るから、さう思ひなさい』 寅若『トラ、ワカらぬ事を仰有いますな。宇治の橋姫ぢやないが、二つ目には縁を切るの、封を切るのと、口癖の様に……馬鹿々々しい。実の所は此方から切りたい位だ。アツハヽヽヽ』 菊若『モシモシ黒姫さま、私は何時も申す通り、善悪邪正の外に超越し、絶対信仰を以て貴女の仰せは、徹頭徹尾キク若だ。オイ富彦、俺と一緒に出て来い。何時まで閾が高いと言つて、物貰ひの様に門口に立つて居たところで、解決がつかない。常よりも大股に跨げて這入らうぢやないか、黒姫さまばつかりの失敗ぢやない。総監督の任に当る高姫さまも、其責を負ふべきものだ。先んずれば人を制すだ。ナニ構ふものか、堂々と這入つてやらうかい』 と菊若はワザと大きな咳払をなし、富彦を従へ、大手を揮つて、人声のする八咫の大広間へ向つて進み行く。 菊若『これはこれは高姫様、御無事で御帰館遊ばされまして、お芽出たう存じます』 高姫『此日の出神が霊眼で見た通り、お前は黒姫のお使で、飛行船に乗つて遠方ご苦労だつたなア。あア見えても高山彦、黒姫さまも大抵ぢやない。非常な御苦心だ。何事も時節には敵はぬから、お前が帰つたら、どうぞ慰めて上げて下さいよ。妾もつい腹が立つて、怒つて帰るは帰つたものの、何だか黒姫さまの事が気になつて、後ろ髪曳かるる様な気がしてならなかつた。アヽ可哀相に……魔窟ケ原の陰気な岩窟で、黒姫さまも第二の作戦計画をして御座るであらう』 菊若『イエ、黒姫さま始め、高山彦、寅若も、今門前へ飛来致しまして、余り貴方に会はす顔がないので、門口にモガモガと手持無沙汰で、這入るにも這入られず、帰るにも帰られぬと言つて、煩悶苦悩の自由権利を極端に発揮して居られます』 高姫『アヽさうだらうさうだらう、妾の見たのは黒姫さまの本守護神だつた。本守護神は依然として岩窟に止まつて居られる。副守の先生肉体をひつぱつて来たのだな。何分顕幽を超越して居る天眼通だから、ツイ軽率に見誤つたのだ。霊眼と云ふものは余程注意をせなならぬものだ、ホツホヽヽヽ』 鶴公『高姫さま、貴方の霊眼は実に重宝ですなア。活殺自在、実に一分一厘の隙も有りませぬワ。さうなくては一方の将として、多数を率ゐる事は出来ませぬワイ。イヤもう貴方の神智神識には……否邪智頑識には、実に感服の外なしで御座います』 高姫『エーつべこべ何理屈を仰有る。神界の事が物質かぶれのお前に分つて堪るものか。斯うして幾十年も神界の為に尽して居る妾でさへも、あまり奥が深うてまだ其蘊奥を究めて居ない位だのに、僅か十年足らずの入信者が分つてたまるものか……誠が分りたら、口をつまへて黙りて居つて、改心致さなならぬ様になるぞよ。ゴテゴテと喋舌りたい間は、誠の改心が出来て居らぬのであるぞよ。一時も早く改心致して、うぶの心になりて、誠の御用を致して下されよ……と変性男子のお筆先にチヤンと書いて有るぢやないか。筆先の読みよが足らぬと、そンな屁理屈を言はねばならぬ。神の道は理屈では可けませぬぞエ。絶対服従、帰依心、帰依道、帰依師でなければ信仰の鍵は握れませぬぞエ』 鶴公『二つ目にはよい避難所を見つけられますなア。鍵が握れぬなぞと、うまく仰有いますワイ。鶴公の名論卓説を握り潰すと云ふ心算でせう』 高姫『きまつた事だ。古参者の吾々に、新参のお前たちが、太刀打しようと思つたつてそりや駄目だ。駄目の事は言はぬが宜しい。あつたら口に風引かすよなものだ。何時までもツルツルと理屈を仰有るなら、モウ神のツルを切らうか』 鶴公『ツルなつと、カメなつと、縁なつとお切りなさい。三五教もウラナイ教も奉斎主神は同じ事だもの。私は神さまと直接交渉致します。人を力にするな、師匠を杖につくなと、三五教もどきに貴女も始終仰有つたぢやありませぬか。嘘を吐く師匠を杖に突くと云ふ事は、熟々考へて見ればみる程厭になつて来ましたワイ。何れ私が脱退すれば、千匹猿の様に、喧し屋の革新派が従いて来るでせう。さうすればウラナイ教もシーンとして、世間から見て、大きな館で沢山人が居る様だがナンした静かな所ぢやと、世間から申す様になるぞよ。さうでなければ誠が開けぬぞよと日の出神のお筆先にも出て居る通り、貴方も御本望でせう。筆先の実地証明が出来て、日の出神の生宮の御威勢は益々揚り、旭日昇天のウラナイ教となりませう』 高姫『コレ鶴公、よう物を考へて見なさいや、ソンナ浅薄な仕組ぢや有りませぬぞエ。お前はチツトばかり青表紙や、蟹文字を噛つて居るから、仕末にをへぬ。マアマア時節を待ちなさい。枯木にも花咲く時が来る。後になつて、アーアあの時に短気を起さなかつたらよかつたにと、地団駄踏みてジリジリ悶えをしてもあきませぬぞエ。よう胸に手を当て心と相談をして見なさい』 鶴公『ヤツパリ、私の様なプロテスタントにも未練がかかりますかなア』 高姫『プロテスタント派だから余計可愛のだ。敵を愛せよと神様は仰有る。改心の出来ぬ悪人程、妾は可愛いのだ。不具な子程親は余計憐れみを加へたがる様に、神様の御慈愛と云ふものは、親が子を思ふと同じ事だ』 鶴公『アヽ仕方がない。流石は高姫さまだ。チツトも攻撃の出来ない様に、何時の間にか鉄条網を張つて了つた』 高姫『早く黒姫さまを此方へお迎へして来ないか。コレコレ亀公、黒姫さま一同にどうぞお這入りなさいませと言つて、御案内を申してお出で……』 亀公『承知致しました』 鶴公『オイ亀公、鶴と亀とは配合物だ。俺も従いて往かう』 亀公『ヤアお前が来ると又難問題が突発すると仲裁に困るから、マア控へとつて呉れ』 鶴公『ナーニ、鶴と亀と揃うてゆけば、鶴亀凛々だ。活機臨々として高姫の御威勢は、天より高く輝き亘り、大空に塞がる黒姫……オツトドツコイ黒雲は、高山彦のイホリを掻き分けて、天津日の出神の御守護となるに定つて居る。それは此鶴公が鶴証するよ。アハヽヽヽ』 高姫『コレコレ鶴公、お前は此処に待つて居なさい。亀公一人で結構だ』 鶴公『これは高姫さまのお言葉とも覚えませぬ。折角遠方からお出でになつたのに、亀公一人を出しては、チツト不待遇ぢや有りませぬか。鶴亀の揃はぬのは、あまりお芽出たうは有りますまいぞ。併し乍ら高姫様は芽出たい様にと、鶴亀の両人を連れてお出でになつたが、ヤツパリ……ヤツパリだから、御案じ遊ばすのも無理は御座いますまい。……エー仕方が有りませぬ。大譲歩を致しまして、鶴公は本陣に扣へて居りませう。……オイ亀公、一人御苦労だが、鶴公は奥にハシヤいで居ます……と黒姫さま一行に伝言をするのだよ』 亀公『勝手に、何なと吐けツ』 と足を早めて表へ駆け出したり。黒姫の一行は亀公に案内され、喪家の犬の様に悄気返つて、コソコソと足音までソツと、薄氷を踏む様な体裁で此場に現はれたり。 高姫『アヽ黒姫さま、高山彦さま、ようマア帰つて下さつた。今も今とて霊眼で貴方の御心労を拝観して居ました。お前さまは副守護神の容器だらう。黒姫さまや、高山彦さまの本守護神は屹度アンナ利巧な事はなさいますまい』 黒姫『ハイ誠に申訳の有り……もせぬ事を致しまして、何分副守護神が此頃は権幕が強いものですから、黒姫の本守護神も持て余して居られますワイ。高山彦さまの本守護神も第二の作戦計画をやつて居られます。此処に参上たのはヤツパリお察しの通り副守護神の容器で御座います』 高姫『それはそれは副守護神どの、遠路の所御苦労で御座いました。サアサアどうぞ妾の居間へお出で下さいませ。副守護神同志、何かの相談を致しませう』 ハイと答へて、黒姫、高山彦は、高姫の後に従ひ、ホツと一息つき乍ら、奥の間指してシホシホと進み行く。後には魔我彦、蠑螈別、鶴公、亀公、寅若、菊若、富彦、甲乙丙丁戊己其他数十人の者、酒に酔ひ潰れ、喧々囂々、遂には打つ、蹴る、擲る、泣く、笑ふ、怒るの一大修羅場が現出されウラナイ教の本山は鼎の沸くが如く大乱脈の幕に包まれにける。 (大正一一・五・七旧四・一一松村真澄録) |
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霊界物語 | 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 | 06 和合と謝罪 | 第六章和合と謝罪〔六五一〕 一葉落ちて天下の秋を知るとかや。神の教も不相応ぬフサの国、北山村の本山ウラナイ教の頭株、心も驕る高姫が、執着心の胸の闇、鼻高山彦や黒姫は、奥の一間に差し籠もり、ウラナイ教の前途に就いて、コソコソ協議を凝らし居る。 高姫『栄枯盛衰、会者定離は人生の常とは云ひ乍ら、よくも是だけウラナイ教は、庭先の紅葉の風に散る如く凋落したものだ。彼れ程熱心に活動して居つた蠑螈別は煙の如く此本山から消えて了ひ、数多の部下や信徒は四方に散乱し、全で蟹の手足をもがれた様な敗残のウラナイ教、何とか回復の道を講ぜねばなりますまいよ』 黒姫『日の出神さまも此際、ちつとどうかして居らつしやるのではありますまいかなア』 高姫『日の出神様は外国での御守護、世界の隅々迄も調べに往つて御座るのだから今はお留守だ。何れお帰りになれば、日の出の守護になるのは定つて居りますが、さうだと云つて此儘放任して置けば此本山は、孤城落日、土崩瓦解の憂目に会ねばなりませぬワ。それよりも黒姫さま、竜宮の乙姫様は此頃はどうして御座るのでせう。随分気の利かぬ神様ですねエ。コンナ時に御活動下されば宜しいのに』 黒姫『竜宮の乙姫様は貴方もお筆先で御存じの通り、日の出神様に引添うて一所に外国で御守護して居られるに定つて居るぢやありませぬか。高姫様は、玉照姫の一件から何処ともなしに、ボーとなさいましたなア』 高姫『黒姫さまも御同様ぢやありませぬか。貴女は、高山彦さまが、あちらにお出でになつてから、日増に、ボンヤリなされましたさうですよ。御自分の事は御自分には分りますまいが、寅若がそう云つてましたぞえ』 黒姫『何を仰有います。そう人を見損なつて貰つては困ります。高山さまがお出でになつて以来といふものは、層一層活動しました。それよりも高姫さま、斯う云うとお気に障るか知れませぬが、蠑螈別さまが此本山から姿を隠されてより、層一層気抜けがなさつた様な、燗ざましの酒を十日も放つて置いて飲みた様な塩梅式ですよ。お互に気を取直して確りと仕様ではありませぬか。あの三五教を御覧なさい。旭日昇天の勢、まるでウラナイ教なぞとは比較物になりませぬワ』 高姫『憎まれ子世に覇張る、と云つて、悪が栄える世の中だ、その悪の世に栄ゆる教だから大概分つて居りますよ。併し九分九厘迄悪の身魂は世に覇張る、善の身魂は落ちて居ても一厘でグレンと覆ると日の出神様が仰有る。三五教は何程沢山集まつて居ても烏合の衆ですよ。何れ内裏から内閣瓦解の運命が萌しかけて居ります。ウラナイ教は少数でも、善一筋の誠生粋の大和魂の堅実な信仰の団体だ。万卒は得易く一将は得難しと云つてな、少数なのは結構ですよ。余り瓦落多人足がガラガラ寄つて居ると、遂に虫がわきまして水晶の水が臭くなり、孑孑がわいて鼻持ちならぬ臭がし出し、終局には此孑孑に羽が生えて飛散し、遂には人の頭に留まつて生血を絞る様になります哩。必ず必ず御心配なさいますな。日の出の守護になれば一度にグレンと覆るお仕組がして御座います』 黒姫『さうすると善許り選り抜いて、身魂の曇つた者は一人も寄せないと云ふ神様の御方針ですかな』 高姫『其処は惟神ですよ。無理に引張に行つた処で寄らなきや仕方がありませぬワ。又何程引留めたつて綱を付けて縛つて置く訳にもゆかず、脱退する者は是も惟神に任して、自由行動を取らして置くのですな。来る者は拒まず、去る者は追はずと云ふのが神様の思召だ。無理に引張りに行つて下さるなよ、時節参りたら神が誠の者を引寄せて誠の御用をさすぞよ。と仰有るのだから、そうヤキモキ心配するには及びませぬ哩』 黒姫『それでも玉照姫さまを無理に引張て来いと御命令をなさつたぢやありませぬか』 高姫『それはあなたの量見違だ。無理に引つぱらうとするから、取り逃したのだ。向うの方から何卒玉照姫様をお預り下さいと云つて来る様に、上手に仕向けぬから、そンな事にかけては抜目のない素盞嗚尊は甘い事をやつたぢやないか。お前さまも随分賢いお方ぢやが、千慮の一失とか云つて、此度あの件に限つては黒姫さまの失敗でしたよ』 黒姫『そうだと云つて、愚図々々して居れば三五教に八九分取られて了ふ様になつて居たのだから、ソンナ廻り遠い事をして居つては、六菖十菊の悔いを残さねばならぬと思つたから非常手段をやつただけの事です。勝敗は時の運、今になつて死ンだ児の年を数へたつて仕方がありませぬワ。貴方も余程愚痴つぽくなつて、取返しのつかぬ愚痴な事を言ひなさいますな』 高姫は眉をキリリとつり上げ、ドシンと四股を踏み、畳を鳴らしプリンと尻を向け、次の間に姿を隠したり。 高山彦『コレコレ黒姫さま、お前は何と云ふ御無礼な事を仰有るのだい。大将や師匠は無理を云ふものだと思へと何時も部下の者に云つて聞かせて居乍ら、何故一つ一つ口答へをしたり、言ひ込めたりなさるのだ。仲に立つた柱の私は何とも挨拶の仕様が無いではないか』 黒姫は目に角立てて、 黒姫『コレお前さま、以前由良の川を渡つた時に、何でも彼でも絶対服従すると云つたぢやないか、草履取にでもして呉れと云つたではないか。今良い亭主面をして竜宮の乙姫様の生宮の云ふ事に一々干渉なさるのか。黙つて引込みて居なさい、お前さまが首を突き出して出しやばる幕ぢやないのだ。余り差出口をしなさると箝口令を励行しますぞ』 高山彦『ハイハイ竜宮様の御逆鱗、もう是れからは沈黙を守りますワイ』 黒姫『何程黒姫が砲弾を発射しても、高山砲台は沈黙を守つて決して応戦してはなりませぬぞや。二〇三高地の性念場になつて居るのに傍から敵の援軍が来て堪るものか』 高山彦『ハイハイ仕方がありませぬ。どつか、渤海湾の海底にでも伏艇して形勢観望と出かけませう。併し乍ら黒船が敵弾を受けて苦戦の最中を見て居る私は、どうしても中立的態度は取れませぬワ。何とか応援を致し度い様な気が致します』 黒姫は稍機嫌を直し、 黒姫『アヽさうかいなア、それが真心の現はれと云ふものだ。矢張り気になるかいなア、夫婦となれば気にかかると見える。矢張黒姫のハズバンドとして相当の資格を保有して御座る。元は赤の他人でも夫婦の愛情と云ふものは又格別なものだ』 と又ニコニコ笑ひ出すおかしさよ。 一天黒雲漲り暴風吹き起り雷鳴轟くかと思ひきや、高山彦の円滑なる言霊の伊吹によつて黒雲忽ち四方に飛散し、明皎々たる満月の光、中天に綺羅星の現はれたる如き天候と一変したりける。 黒姫『コレコレ高山彦さま、お前さまは見掛けに依らぬ親切な人だつた。其親切を吐露して高姫さまの御機嫌を直して来て下さい。併し親切を尽くすと云つても程度がありますよ』 高山彦『随分難かしい御註文ですなア。其程度が一寸分りませぬ、何処迄と云ふ制限を与へて下さいな』 黒姫『エヽ不粋な人だなア。そこはそれ、不離不即の間に立つて円満解決を計るのだ。電波を送るなぞは絶対に禁物ですからな』 高山彦『誰がアンナ婆アさまに電波を送つて堪るものか、安心なさい』 黒姫『婆アさまに電波を送らぬと仰有つたが、高姫さまが婆アさまなら、私はもう一つ婆アさまだ、そうするとお前は余程険呑な人だナア。これだから折角出て来たお民を、巧い事を云つて高城山迄放り出したのだ。コレ高山さま、ソンナ事に抜け目のある様な、素人とは違ひますよ。此道にかけたら、世界一の経験者だから、お前の様な雛子とは違ひますよ、確りとやつて来なさい。これからは婆アと云ふ事は云つて貰ひますまい。年は取つても心は二八の花盛り、霊主体従の仕組と云つて心に重きを置くのだよ』 高山彦『同じ、婆アどつこい、昔の娘でも貴方は又格別ぢや、どことは無しに、良い処があります哩』 黒姫『それはそうだらう、七尺の男子を手鞠の様に飜弄すると云ふ黒姫の腕前だから、何程高山さまが、地団太踏んだつて、足許へも寄り付けるものか。然し乍ら、良く気を付けて、昔の娘の高姫さまに旨く取り入つて御機嫌を回復して来るのだ。呉れ呉れも送つてはなりませぬぞや』 高山彦は迷惑相な顔付で高姫の居間を訪れた。高姫は、夜着を頭迄グツスリ被つて、捨鉢気味になつて横たはつて居る。 高山彦『モシモシ高姫さま、高山で御座います』 高姫『コレお前さま、戸惑ひをして居るのかな、私は黒姫さまぢやありませぬよ。貴方のお出でになる処は方角違ですよ。サアサアトツトとあつちへ往つて下さい、黒姫さまに痛くも無い腹を探られちやお互の迷惑だからなア』 高山彦『イエイエ決して決して御心配下さいますな。山の神様の公然認可を得て参りました。実の処、黒姫がお詫に参りますので御座いますが、どうも余り失礼な事を物の機で申上げ、貴方に合す顔がないところから、私に代つて旨く御機嫌をドツコイ、十分に御得心の往く様にお詫をして来いと仰有いました。何卒黒姫さまの脱線振りは、神直日大直日に見直し聞直し不調法は宣り直して上げて下さいませ』 高姫『コレコレお前さまは、何時の間にやら下鶏になつて了つた。何故それ程主人のクセに奥様に敬語を使ふのだい』 高山彦『ハイハイこれには、曰く因縁が御座います』 高姫『因縁があるか何だか知らぬが、貴方がさう御丁寧な言霊を使ひなさると、自然に夫婦仲が良くなつてお目出度い。それだから嬶大明神で、高山彦さまはお目出度いと人が云ひますよ。ホヽヽヽヽ』 高山彦『何でも結構です。何卒貴方も御機嫌を直して下さい。さうすれば此お目出度い男が尚お目出度くなりますから、和合して下さい』 高姫『和合して下さいとはそれは何を云ひなさる。一方の大将と大将の争ひを平和にするのは和合だが、何と云つても、私と黒姫さまとは師弟の間柄ぢやないか。師匠の私に和合して呉れなぞとチツと僣越ぢやありませぬか。今迄のお気に障つた処は何卒お許し下さいませと謝罪するのが当然だ、それをソンナ傲慢不遜の態度では、高姫の腹の虫が容易にチヤキチヤキと承諾致しませぬよ』 高山彦『御説御尤も、夫婦の仲と師弟の間を混同して居ました。これは黒姫と私との間に用ゆる言葉で御座います。高姫のチヤチヤ様、何卒黒姫の御無礼、寛大な大御心に見直し聞直し許してやつて下さいませ』 高姫『アヽさうかいな、さう物が分かれば、元より根のない喧嘩だ。どちらも神を思ひお道を思うての争ひなのだから、私人としての恨みはチツとも無いのだ。どうぞ黒姫さまに早く此処に来て貰つて下さい』 高山彦『承知致しました。黒姫さまも嘸お喜びになる事で御座いませう』 高姫『ソレ又々、貴方は奥さまに対して敬語を使ひなさる。余り見つともよくない、慎みなさいや』 高山彦『ハイハイ以後は慎みます』 と此場を立ち、 高山彦『アヽ敬語を使はねば、黒姫さまには叱られるなり、困つた事だ』 と呟きつつ黒姫の居間に帰り来り、高山彦は怖さうに、襖をスーツと開き、半分逃げ腰になつて、顔許り突出し、形勢観望の態度を取つて居る。黒姫は目敏くこれを眺めて、 黒姫『コレコレお前は高山さまぢやないか。其態度は一体どうしたのだい』 と震ひ声で呶鳴り付けた。 高山彦『ハイ、ドドドーモ致しませぬ』 と云ひつつびつくりして閾の外にドスンと尻餅を搗きアイタヽヽヽ、 黒姫『コレ高山さま、何をしとるのだい。這入つて来て早く注進なさらぬかい』 高山彦はもぢもぢし乍ら、云ひ難さうに、 高山彦『高姫さまがそれはそれは御機嫌麗はしく、和合は和合、謝罪は謝罪、そこで和謝何も彼も中立と合罪』 黒姫『何だか歯切れのせぬ返事だな。何は兎もあれ、高姫さまのお居間にお伺ひしよう、何時迄兄弟牆に鬩ぐ様な内輪喧嘩を継続して居ても、お互の不利益だ。どれ、これから和合して来ませう』 高山彦『モシモシ黒姫さま、和合はいけませぬよ』 黒姫『何、和合が不可と、喧嘩をせいと云ひなさるのか』 高山彦は周章気味で、 高山彦『イエ高姫さまが、喧嘩株式会社を創立なさつて、株券を募集したり、社債(謝罪)を起したりするとか何とか云つてましたよ。何でも些細な間違ひで、いつ迄も蝸牛角上の争闘を続けて居るのは、国家の内乱も同様だから可成く平和の解決を致します』 黒姫は委細かまはず、ドスンドスンと床を響かせ乍ら、高姫の居間をさして進み入り、 黒姫『高姫様、御機嫌は如何で御座います。御無礼の段は平にお詫を致します』 高姫『イヤ御無礼はお互様で、何卒これからは感情の衝突は一掃し車の両輪となつて、神国成就の為めに活動致さうぢやありませぬか』 黒姫『有難う御座います。何分宜しく御願ひ致します』 高姫『時に黒姫さま、自転倒島の魔窟ケ原に残してある梅公、其他の宣伝使の方々は、愚図々々して居ると、又もや三五教に、青彦や常彦、夏彦の様に沈没すると困りますから、今の内に本山に迎へ取つたらどうでせうか』 黒姫『ハア御意見通り、黒姫も賛成致します。飛行船を二艘許り、鶴、亀の両人に操縦さして迎へて帰つてはどうでせうか』 高姫『それは至極適任でせう。コレコレ鶴公、亀公』 と高姫は金切声を出して呼び立て居る。軈て鶴、亀の二人は、二艘の飛行船を操縦して四五の随員と共に天空を轟かして進み行く。 (大正一一・五・七旧四・一一藤津久子録) |
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霊界物語 | 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 | 08 大悟徹底 | 第八章大悟徹底〔六五三〕 紫姫、若彦、お玉は元伊勢の神殿に祈願を籠め終り、玉照姫を介抱しつつ、馬、鹿両人の復命如何にと待つて居た。 黄昏過ぐる頃神殿に向つて急ぎ来る二つの影。 馬公、鹿公『モシモシ紫姫さま、若彦さまは居られますか、馬、鹿の両人で御座います』 若彦『ヤア馬公に鹿公、御苦労だつたナア。様子は如何ぢや』 馬公『ハイまアまア上いきでした。黒姫はフサの国へ帰つて不在中だとかで、残りの十四五人の連中、酒に喰ひ酔つて大騒ぎの真最中、到頭吾々両人も引張り込まれ、酒に酔ひ潰され、敵味方の区別も無く互に歓を尽して居る最中へ、やつて来たのはフサの国の本山より高姫、黒姫の使として鶴公、亀公の両人、そこで吾々両人は貴女方の御意見を伝へますると、鶴公、亀公は一も二も無く承諾をしました。併し乍ら一寸フサの国まで伺つて来るから、確たる返答は後程するとの事でございました』 紫姫『アヽそれは御苦労でしたナ。左様ならば御返事のあるまで、一旦聖地へ引返しませうか』 若彦『それが御よろしうございませう。玉照姫様が元伊勢へ御参拝の御供を致したと思へば無駄にはなりませぬ。サアサア急ぎ帰りませう』 と一行五人は、玉照姫を恭しく捧持しつつ再び世継王山麓の館に立帰りける。峰の嵐に吹き散らされて満天の雲は何処ともなく姿を消し、上弦の月は東天に輝き初めた。夜明けに間もなき時なりける。 四五日過ぐる夜半頃、世継王山麓の玉照姫が庵を訪ねる数名の男女が現はれた。凩吹き荒ぶ真夜中頃、紫姫以下の家族は残らず寝に就て居た。門の戸を敲く男の声、 鶴公『モシモシ夜中に参りまして済みませぬが、私は御存知のフサの国のウラナイ教の本山から参りました鶴公でございます。先日馬公さま、鹿公さまに御聞き申したことを、直様高姫、黒姫様に御伝へ致しました所、殊の外御悦び遊ばして、唯今此所へ大勢伴れて御出でになりました』 馬公は此の声を聞き、家の中より、 馬公『ヤア擬ふ方なき鶴公さまの声、一寸待つて下さい。今直に紫姫様に申上げますから、オイ鹿公、起きぬか、大変だ大変だ』 鹿公はむつくと起き、 鹿公『ナヽヽ何が大変だ。大方フサの国から黒姫さま、高姫さまが殊の外御悦びで御出でになつたのだらう』 馬公『なまくらな奴だ、聞いてゐやがつたのだな』 鹿公『アハヽヽヽ、モシモシ紫姫さま、若彦さま、高姫、黒姫の御両人が御出でになりましたよ』 紫姫『アーそれは御遠方の所、よう来て下さつた。馬公や、早く表を開けて下さい。さうして受付で一寸御茶でも差上げて、此方の奥の片付くまで待つて居て貰うて下さい』 と欣々として寝床を片付け、掃除にかかる。若彦は寝巻を着替へ、慌て表に飛び出し、 若彦『ヤー黒姫さま、高姫さま、よう御出で下さいました。サアほんの仮小屋で貴方の御在遊ばす本山に比ぶれば、全で柴小屋の様なものでございますが、どうぞ御入り下さいませ』 高姫『青彦さま、何事も神界の御都合だから今迄の事は、全然水に流して仲好うするのだよ』 若彦『ハイハイ仰せの通り仲好うする程、結構なことはございませぬ』 黒姫『お前は矢張り私の眼識に違はず、屹度こんな好結果を齎すであらうと思つて居つた。私の眼は矢張り黒いワ。高姫さま如何でございます、間違ひはありますまい』 高姫『イヤどうも恐れ入りました。サアサア御免蒙りませう』 と一同はぞろぞろと閾を跨げて奥に進み入る。 紫姫『これはこれは皆様よくおはせられました。毎日日日首を伸ばして御返事如何にと御待ち申してゐました。こちらの方から御返事の有り次第伺ふつもりでしたのに、自ら御出張下さいますとは、実に有難いことでございます。どうぞ今迄の御無礼は御赦し下さいませ』 黒姫『モー斯うなれば親子も同然だ。決して御気遣ひ下さるな』 と奥の間の正座に一行七人ずらりと棚の布袋然として座を占る。 紫姫は心底より嬉々として、丁寧に遠来の客をもてなしてゐる。若彦、馬、鹿の三人は俄に襷掛けとなり、御馳走の献立に全力を尽してゐる。お玉は玉照姫の側を離れず大切に保護して居る。 黒姫『これ紫姫さま、貴女は本当に見上げた御方だ。この黒姫でさへも深遠霊妙なる貴女の秘策には気が付かなかつた。大事を遂行するものは、さうなくてはならぬものだ。現在上役の私さへも知らぬやうに、うまく芝居を仕組まれた其の腕前は、実に感服致しました。モシ高姫さま、それだから私が貴女に御目にかけた時、掘り出し物が手に入つたと言うたぢやありませぬか。黒姫の眼力も、あまり捨てたものぢやありますまい。エヘヽヽヽ』 と肩を揺る。 紫姫『イエイエもとより智慧の足らはぬ妾のことでございますから、実の処は若彦、元の名の青彦と二人、悦子姫さまの御指図に従つて、済まぬとは知り乍ら黒姫様を誑かつたのです。つまり貴女に揚げ壺を喰はし、玉照姫様を此方へ捧持して帰つた時は、それはそれは何とも知れぬ心持でございました。嬉しいやら又何ともなしに気持が悪いやら、貴女に対して御気の毒やら、何か心の奥の奥に一つの黒い影があるやうな心持でした、今日となつては実に一点の曇りも無き様になりまして、こんな嬉しいことはございませぬ』 黒姫は眼を丸うし、口を尖らし、 黒姫『さうすると矢張りお前等二人諜し合はして、私を抱き落しにかけたのだな。ほんにほんに油断ならぬ途方も無い腹の黒いお姫様だ。オホヽヽヽ』 高姫『これ黒姫さま、もう好いぢやありませぬか。改心さへなさつたら何も言ふことはありませぬワ。過ぎ去つたことを言うて互に気分を悪うするよりも、勇んで御用をするのが神様に対して孝行ぢや。もうそんな事は打切りに致して、打解けて是から神業に参加しようではありませぬか』 紫姫『有難うございます。これに就きましては種々と深い理由がございますが、軈て御膳の支度も出来ませうから、ゆつくりと召上つて其の後に、妾等の懺悔話を聞いて貰ひませう』 斯る処へ若彦は現はれ来り、 若彦『皆さま、御飯の用意が出来ました。もう夜も明けかけましたから、どうぞ御手水を使つて御飯を召上つて下さいませ』 黒姫『サア皆さま、身体を潔めて神様に御礼を申上げ、御飯を頂戴して、ゆるゆると御話を承はることにしませう』 此の言葉に一同は裏の谷川の清泉に口を嗽ぎ、手水を使ひ神前に祝詞を奏上し、終つて朝餉の膳に就いた。 黒姫『何から何まで心を籠めた結構な御馳走を頂戴致しました。青彦さまの真心が染み込んで、何となく美味く頂戴致しました。時に青彦さまに否紫姫さまに改めて御訊ね致しますが、それだけ仕組んで此の年寄をちよろまかし、茲まで成功して置き乍ら、何の為に今となつて玉照姫様を、私の方へ渡さうと言ふのだい。大方玉照姫様の御意に叶はずして何か恐ろしい夢でも毎晩二人の方が見せられ、責られるのが辛さに切羽詰つての今度の降参ぢやないか。素盞嗚尊の悪神の御用をするお前として、どうも不思議で堪らぬぢやないか。サアすつぱりと打明けて言ひなされ。事によつたら玉照姫様を受取つて上げぬこともない』 若彦『イエイエ滅相もない。玉照姫様は何時も大変な御機嫌でゐらせられ、御神徳は日々輝きまして、此の御方あるため三五教は大変な勢力になつて来ました』 黒姫『そんな結構な玉照姫様を何故又あれだけ秘術を尽して手に入れ乍ら、ウラナイ教へ受取つて下されと頼みに来たのだい』 若彦『実は剣尖山の麓の谷川で、貴女に御眼にかかつた時、紫姫様と吾々以心伝心的に詐つて、ウラナイ教に帰順と見せかけ、貴女の計略をすつかり探知し、うまく取り入つて重任を仰せ付けらるるところまで漕ぎつけ、これ幸ひと豊彦の家へ綾彦夫婦を引伴れ、玉照姫様、お玉さまを受取り、黒姫さまは今頃は欠伸をして待つてゐらつしやるだらう。エー好いことをした、痛快だと心欣々帰つて参り、日に夜に侍き仕へ奉り、その御かげで旭日昇天の三五教の勢ひとなり、素盞嗚大神様も嘸御悦びの事と思つて居りましたところ、或夜のこと大神様の御娘英子姫様に、大神様より非常な御意見を遊ばされた上、権謀術数的偽策を弄して貴き神様を手に入れるとは不都合千万だ、三五教に於て最も必要なる玉照姫なれば、ウラナイ教にも必要であらう。黒姫が全力を尽して手に入れようとしてゐるものを、無慈悲にも何故そんな掠奪的行動を執つたのだ。己の欲する所は他人に施せと云ふ神の心を知らぬか、一時も早く黒姫に玉照姫を御渡し申し、御詫を致せ。さうして其方等は三五教の宣伝使を止めよとの意外なる御不興、厳しき御命令でございました。それが為に紫姫様も、私も嗚呼縮尻つた。三五教の精神はそんなものぢやない。また素盞嗚大神様の大御心は、吾々のやうな半清半濁の魂ではない。誠一つの水晶の御魂と感じ入り、恐れ入つて気が気でならず、貴女が依然として魔窟ケ原の巌窟に御座ることと思ひ、玉照姫様が元伊勢様へ御参拝の御供を幸ひ、馬、鹿の両人を遣はして御詫にやつたところ、生憎本山へ御引上げの御留守中、幸ひにも本山より、鶴、亀の御両人が御出でになつたさうで、そこで馬、鹿の両人が吾々の意志を伝へて、貴女に御願ひしたやうな次第でございます。決して決して吾々両人が心からの改心で御渡し申さうと言ふのではございませぬ。全く大神様の御命令に拠つたのでございます』 紫姫『唯今若彦の申された通り、寸分の相違もございませぬ。どうぞ吾々の今迄の悪心を御赦し下さいまして、玉照姫様をウラナイ教へ御受取下さいませ。吾々一同がフサの国迄御供を致します。さうして吾々最早三五教を除名されたものでございますれば、どうぞ貴女の幕下に御使ひ下さいますように御願ひ申します』 黒姫『よしよし私の否ウラナイ教の立派な宣伝使にして上げませうよ。御心配なさるな。又玉照姫様もお玉さまも確に御受取り致しませう』 高姫『アヽ一寸黒姫さま、御待ち下さいませ。こりや吾々も一つ考へねばなりますまい。何程玉照姫様が結構な御方だと言つて、ハイ左様かと頂いて帰る訳には行きますまい』 黒姫『そりや又何故に、折角ここ迄に漕ぎつけたのに、神様の御神徳を受取らぬと仰有るのですか』 高姫『私は実に心の中のさもしさが今更の如く恥かしくなつて来ました。素盞嗚尊様は変性女子だ、悪役だと今の今まで思ひ詰め、こんな神の建てた教は絶対に根底から粉砕して了はねば世界は何時迄も闇黒だから、仮令私の生命は如何なつても、素盞嗚尊の悪神を打滅し、三五教を根底より替へて誠一つのウラナイの教で世界を水晶に致し、二度目の岩戸開きをせなならぬと、今の今迄一生懸命に活動して来ましたが、素盞嗚尊様は矢張り善であつた。大善は大悪に似たり、真の孝は不孝に似たり、誠の教は偽りの教に似たりと言ふ神様の御教示が、私の胸に釘さすやうに響いて来ました。アヽ瑞の御霊様、今迄の私の取違ひ、御無礼を何卒赦して下さいませ』 と両手を合せ、涙をハラハラと流し、身体を畳に打突けるやうに藻掻いて詫入るのであつた。 黒姫は狐につままれたやうな顔をして、一言も発せず、眼ばかりギヨロつかせて一同を眺めて居る。梟鳥の夜食に外れたと言はうか、鳩が豆鉄砲を喰つたと言はうか、何とも形容の出来ぬスタイルを遺憾なく暴露してゐる。紫姫は高姫に取縋り、涙乍らに、 紫姫『モシモシ高姫様、どうぞ許して下さいませ。貴女は其様な綺麗な御心とは知らず、今の今迄陰険な御方と疑つて居りました。何も彼も是にてすつかり御心中が氷解致しました。アー私は何としたさもしい根性でありましただらう。どうぞ私達を助けると思つて、玉照姫様を御受取り下さいませ』 高姫は漸々顔を上げ、涙を袖にて拭ひ乍ら鼻を啜つて、 高姫『イヤもう前世よりの深い罪業で、今が今迄瞋恚の雲に包まれ、執着心の悪魔に囚はれて、思はぬ恥を神様の前に晒しました。国治立の大神様、豊国姫の大神様、素盞嗚大神様も嘸端ない奴だと御笑ひでございませう。それに就けても茲迄素盞嗚大神様を敵として、有らむ限りの悪口を申上げ、神業の御邪魔を何彼につけて致して来ました。此の深い罪をも御咎めなく、大切な玉照姫様を私達に御遣はし下された上、大切な宣伝使まで懲戒のため除名をするとの御言葉、何たる公平無私な神様でございませう。アヽ勿体ない、どうぞ神様赦して下さいませ』 と又もや泣き伏しける。黒姫も何となく悲しさうに俯向いて、肩で息をして居る。 馬公『オイ鹿公、どうしても世継王山の麓はフモトぢや。全で狐を馬に乗せたやうな天変地変が勃発したぢやないか』 鹿公『そうだから一寸先は暗の世よ。何事も惟神に任せ、人間の分際で神の経綸は判らぬと仰有るのだ』 馬公『そうだと言つて、変ると言つても、あまりぢやないか。彼れ程両方から一生懸命になつて、狙つて居つた玉照姫様を貰つて呉れ、イヤ勿体ないなんて肝腎の玉照姫様を馬鹿にして居るぢやないか。此方で振られ、彼方で振られ、玉照姫さまだつて立つ所が無いぢやらう。俺はウラナイ教が伴れて帰らねば、お玉さまと一緒に手を携へて、玉照姫様を捧持し、何処かの山奥に行つて、一旗挙げて見ようと思ふが如何だらうな』 鹿公『何を吐すのだ。貴様等に玉照姫さまやお玉さまが随いて往かつしやると思ふか』 馬公『一寸先は暗の世だ。人間の知識の範囲でわかるものかい。何事も神様の御意思の儘だ。併しよく考へてみよ、高姫さまや、黒姫さまが泣いて受取らず、紫姫さまや、若彦が受取つて呉れと言ふ。何方にもゆき場がなくなつて、宙にブラリの玉照姫さまだ。白羽の矢は屹度俺にささらねば、ささるものがないぢやないか』 鹿公『アハヽヽヽ、取らぬ狸の皮算用だ、拾はぬ金子の分配話見たやうな惚けたことを言ふない。余程貴様もお目出度い奴だ。アハヽヽヽ』 若彦『こりや馬、鹿の両人、沈黙せぬか』 馬公、鹿公『ハイ沈黙致します。併しお前さま等のやうに涙をこぼしての沈黙とは違ひますから、玉石混淆されては困りますで』 若彦『要らぬ口をたたくものぢやない』 馬、鹿は目を細うし、舌をベロツと出し、腮をしやくつて蹲踞んで見せた。 高姫は涙を払ひ、 高姫『アヽ兎も角一旦フサの国の本山へ帰りまして、トツクリと思案を致しまして其上に御返事をさして貰ひませう。サア黒姫さま、御暇乞ひをしようではございませぬか』 黒姫『玉照姫さまの御身の上はどうなさる。序に鄭重に御迎ひ申して帰つたら如何でせう』 紫姫『どうぞさうなさつて下さいませ。ナアお玉さま、貴方行つて下さいますか』 お玉『ハイ何事も惟神に任した妾、どうぞ宜敷きやうに御願ひ致します』 高姫『なんと仰有つて下さいましても、心が恥かしくつて玉照姫様を御世話さして戴くだけの資格がないやうに、守護神が申します。どうぞ此場は、これ限りにして下さいませ』 若彦『どうしても御受取下さらぬのですか。又吾々の願ひを諾いてやらぬとの御了簡ですか。それはあまりぢやありませぬか』 高姫『なんと仰有つても暫らくの御猶予を頂きます。どうぞ大切に玉照姫様を御世話して上げて下さいませ。万々一素盞嗚大神様が此事に就て、貴方方をお咎めになるやうなことがあれば、此の高姫がどんな責任でも負して頂きます。アヽ玉照姫様どうぞ御機嫌よう三五教を御守り下さいませ。罪深き高姫、御言葉をおかけ申すも畏れ多うございますが、広き厚き大御心に見直し、聞直し下さいまして罪深き吾々どもを御許し下さいませ。左様ならば御暇致しますよ』 黒姫『もうお帰りですか』 高姫『サア貴方も帰りませう。玉照姫様にお暇乞ひをなさいませ。紫姫様、青彦様、其外御一同様、突然参りまして、エライ御造作をかけました。一先づ本山まで帰つて参ります。何分宜しうお願ひ申します』 紫姫『アヽ強つてさう仰有れば是非はございませぬ。これも全く妾等の行届かないからのこと、どうぞ悪からず思召し下さいまして、将来何分宜敷く御願ひ申します』 馬公『是非ともよろしう』 鹿公『私も同じく是非ともよろしう』 高姫『サア金公、八公、飛行船の用意だ』 高姫一行は二隻の飛行船に搭乗するや否や、円を描いて空中に駆け昇り、西天高く姿を隠したり。 アヽ高姫、黒姫は今後如何なる行動に出づるならむか。 (大正一一・五・七旧四・一一外山豊二録) |
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霊界物語 | 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 | 10 馬鹿正直 | 第一〇章馬鹿正直〔六五五〕 雲を抜き出てそそり立つ高城山の峰伝ひ 松樹茂れる神の山木の間に閃く十曜の神紋 国治立の大神や埴安神や木の花の 姫の命の御教を四方に伝ふるウラナイの 神の教の出社と鳴り響きたる神館 五六七の御世を松姫が朝な夕なに真心を こめて祈りの言霊に百の神たち寄り集ひ 醜の教と云ひ乍ら御国を思ひ世を思ふ 其御心を諾なひて守らせ給ふぞ尊けれ。 松姫館の表門には、受付兼門番の溜り所が設けられてある。竜若、熊彦、虎彦の三人は、あどけなき話に冬の短き日を潰して居る。 竜若『此春頃は陽気も良し、日々木の芽を萌く様に、求道者が踵を接し、随分吾々も受付や門の開閉に繁忙を極めたものだが、春逝き、夏過ぎ、秋去り、冬来る今日此頃、雪は散らつく、凩は吹く、梢は真裸となり白い白い花が咲く様になつた様に、ウラナイ教の此館も、一葉落ちて天下の秋を知る処か、全葉落ちて寂寥極まる天下の冬となつて来たぢやないか。如何に栄枯盛衰は世の習ひだと云つても、ウラナイ教の凋落と云つたら、実に哀れ儚なき有様だ。我々は斯うチヨコナンとして用も無いのに、借つて来た狆の様にして居るのも、何だか気が利かない。松姫様に対しても気の毒な様な気がしてならないワ。嗚呼ウラナイ教にも、冷酷無残の冬が来たのかなア』 熊彦『それが身魂の恩頼だ。冬が有りやこそ春が来るのだ。神様は引懸け戻しの仕組ぢやと仰有るぢやないか。海の波だつて風だつて其通りだ。七五三と風が吹き、波は立つ、ウラナイ教も此春頃は七の風が吹き、七の波が立つて居た。夏になると五の風や五の波、秋の末から冬のかかりにかけて、三の風が吹き、三の波が打つて居る様なものだ。又世の中の歴史は繰返すものだから、花咲く春は屹度ウラナイ教に見舞うて来るよ。天下の春にウラナイ教計り何時迄も、冬の冷酷を眺めて居る様な事はあるまい、さう悲観したものぢやないよ』 虎彦『熊公、随分お前は楽観者だなア。蜘蛛が巣をかけて、虫が引つかかるのを待ち受ける様なやり方では何時迄経つても、ウラナイ教に春は見舞うて呉れない。矢張能ふ限り最善の努力を費やさねば駄目だ。運と云ふものは手を束ねて待つて居たつて、来るものではない。矢張こちらから、活動を開始せねばならないぢやないか。それに此頃は館の松姫様も、宣伝使の布教をお止めなさつたぢやないか。一体吾々は諒解に苦まざるを得ないのだ』 竜若『吾々一同の宣伝使が御神慮に叶つて居ないのだから、十分に此静かな間に、身魂を研き上げ、御神慮を悟り、本当の神様の大御心を体得して、神様から是れなら宣伝をしにやつても差支へ無いと御認めになる迄、吾々は修行をさされて居るのだ。月日の駒は再び帰り来らず、一日再び晨成り難し、此機会に、吾々は充分の魂磨きをやつて置くのだ。今迄の様な脱線だらけの宣伝をしたつて、世の中を益々混乱誑惑させるだけだ。一かど立派な神様の御用を勉めた積りで、お邪魔許りして居たのだから、神様が戒めの為に、此頃の様に宣伝もお止めなさつたり、求道者もお寄せにならないのだらうよ。吾々一同の者が、本当の誠の神心が解つたならば、宣伝にもやつて下さらうし、因縁の身魂も寄せて下さるだらう。神様は何処から何処迄抜け目が無いからなア』 熊彦『それに就いても三五教は比較的隆盛ぢやないか。高姫さまや、黒姫さまの大頭株が得意の神算鬼智を発輝して、玉照姫様をウラナイ教に奉迎せむとなさつたが、薩張三五教の紫姫や、青彦の奴に裏をかかれて馬鹿を見たと云ふのだから、油断も隙もあつたものぢやない。それに又合点のゆかぬは松姫さまぢや。青彦の裏返り者の女房お節が、此間から猫撫で声を出しよつて、旨く松姫さまに取り入り、今では奥の間の御用を務めて居るぢやないか。又黒姫の二の舞を演じてアフンとなさる様な事はあるまいかなア。何程、清濁併せ呑む大海の様な松姫さまの御心でも、お節の様な危険人物を奥に住み込ませて置くのは、爆裂弾を抱へて寝る様なものだ。此位な分り切つた道理がどうして松姫さまは気が付かぬのだらうか』 虎彦『何は兎もあれ、権謀術数至らざるなき、素盞嗚尊の悪神の一派だから千変万化に身を窶し、大胆不敵にも、女の分際としてこんな所へ、恐れ気もなくやつて来居つた危険性を帯びた化物だから、一つでもお節の欠点を発見したら、それを機会に松姫の大将が何と仰有つても、吾々は職を賭してお諫め申し、お節をおつ放り出さねばなるまいぞ』 竜若『それもそうだ。女でさへも三五教へ這入つた奴は、あれだけの胆力が据わつて居るのだから、男は尚更手に合はぬ奴計りだ。又何時三五教の奴がやつて来居つて、魔窟ケ原の岩窟の二の舞ひをやらうと掛るかも知れないから良く気を付けて、三五教の連中だつたら、此門内へ一足でも入れさす事は出来ないぞ。箒で掃出すか、それも聞かねば六尺棒で袋叩きにしても懲らしめてやらねば、ウラナイ教は何時根底から顛覆さされるやら分つたものぢやない。松姫さまは狼であらうが、虎であらうが、老若男女の区別なく、物食ひがよいから困つて了ふ。腹の中へ毒薬を呑み込んで平気で居るのだから実に剣呑千万だ。もうこれからは、一々出て来る奴を誰何して、身魂を調べた上でなければ、通行させる事は出来ないぞ。此門の出入を許否するは吾々一同の権限でもあり大責任だから、今後吾々は三角同盟を形造り、結束を固うして、毛色の変つた怪しき人物は、断乎として通過させない事にして締盟仕様ぢやないか、日の出神の生宮でも竜宮の乙姫さまの生宮でも、月夜に釜を抜かれた様な馬鹿らしい、悲惨な目に遭はされ給ふのだから、余程警戒を厳重にせなくては国家の一大事だ。此門一つが危急存亡の分るる所だからなア』 斯かる処へ馬、鹿の両人、潜り戸をガラガラと開けて這入り来たり。 熊彦『ヤア、門番の吾々に何の応答もなく、潜り戸を開けて這入つて来るとは、怪しからぬぢやないか、サア出て下さい』 馬公『ヤアこれは誠に失礼を致しました。余り森閑として居たものですから、貴方等が厳しい御装束をして門を守つて御座るとは露知らず、心急く儘ついお応答もせず御無礼致しました。何卒此不都合は、神直日大直日に見直し聞直し下さいまして通過させて下さいませ』 熊彦『成らぬと云つたら絶対にならぬのだ。事と品によつたら通してやらぬ事もないが、貴様に限つて通す事出来ぬ哩。其理由とする処は今貴様が、神直日大直日に見直し聞き直して呉れと云つたぢやないか。そんな文句を称へる者は、此広い世界にウラナイ教と三五教の二派あるのみだ。併し乍ら貴様はウラナイ教の人間ぢやない。てつきり三五教の瓦落多だらう。貴様の様な奴を此館へ侵入させ様ものなら、それこそ館の中は忽ちぢや、さうならば、我々も何々に何々しられては矢張忽ちぢや。忽ち変る秋の空、冬の来るのにブルブルと、面の皮剥ぎオツポリ出されて、七尺の男子も矢張忽ちぢや』 馬公『ヤアヤアそれは誠に御親切有難う。我々三五教の馬、鹿の二人が此処へ参る事を、流石明智の松姫様が御存じ遊ばして、門番に命じ吾々を歓迎の為め立待ちさせて置かしやつたのだな。たちまち開く心の門、是れから愈日の出の守護になるであらう、サア鹿公、御免を蒙つて奥へ参りませうかい』 熊彦『何だ、怪つ体な、馬だとか鹿だとか、道理で馬鹿な面付をして居やがる哩。コラコラ此門は善一筋、誠一つの神様や人間の通行門だ。四足の通るべき処ぢやない。トツトと帰らぬか』 馬公『如何にも吾々の名は馬、鹿、四足に間違ひありませぬが、此御門を御覧なさい、これも矢張四足ぢやないか。それにお前の名も、竜とか熊とか、虎とか云うぢやないか。矢張四足だらう。四足門を、四足が守るとは、余程よいコントラストだ、アハヽヽヽ』 虎彦『トラ何を吐しやがるのだ。それ程コントラストが望みなら、貴様の薬鑵を此棍棒でコントラストと叩き付けてやらうか』 と云ふより早く傍の六尺棒を以て、馬、鹿の前頭部を二つ三つ撲り付けた。 鹿公『随分ウラナイ教は、手荒い事をなされますなア』 虎彦『何、ウラナイ教が手荒い事をするのだ無い、貴様の悪心が此虎彦をして、貴様を打たしめるのだ。心の虎が身を責めると云ふのは此事だ。名詮自性、馬鹿な事を云つて通過を懇望するものだからそれで御註文通り、棍棒を頂かしてやつたのだ。今後は謹んで、斯様な乱暴な事を致すでないぞよ。馬、鹿の守護神、勿体なくも、虎彦さんの肉体を使つて馬鹿にしてけつかる、アハヽヽヽ』 馬公『重々私が悪う御座いました。何卒御勘弁下さいませ』 熊彦『悪いと云ふ事が分つたか。悪かつたら勘弁せい、と云つて、それで勘弁が出来ると思ふか。結構な御神門を、四足門だの、吾々三人を四足だのと失敬千万な、劫託を吐きやがつて、何だ、三五教はそんな無茶な身勝手な理屈は通るか知らぬが、誠一途のウラナイ教ではそんな屁理屈は通らぬぞ』 鹿公『イヤもう、通つても通らひでも結構です、吾々の目的は此門を通りさへすれば宜いのだ。黙つて門を開けたのは誠に済まないけれど、諺にも「桃李物云はず」と云ふ事がある。それだから、物静かに敬虔の態度を以て通行したのです』 虎彦『エヽツベコベと、よう囀る奴だ。愚図々々吐すと、鬼の蕨がお見舞ひ申すぞ』 と骨だらけの握拳を固めて、鹿の顔を二つ三つガツンとやつた。 鹿公『アイタヽヽ、随分気張り応があります哩』 虎彦『定つた事だ、斯う見えても、朝から晩迄、剣術に柔術で鍛え上げた百段の免状取りだ。全身鉄を以て固めた、虎彦さまの鉄身、鉄腸、槍でも鉄砲でも持つて来て、撃つなと、突くなとやつて見よ。鋼鉄艦にブトが襲撃する様なものだ、アハヽヽヽ』 と得意の鼻を蠢かし、四角な肩を不恰好に腰迄揺つて嘲笑する。馬公、鹿公は堪忍袋の緒が今やプツリと切かけた。エヽ残念だ、もう此上は善も悪もあつたものかい、三人の奴を片ツ端から打のめし、三五教の腕力を見せてやらうか。イヤイヤ、なる勘忍は誰もする、ならぬ堪忍するが堪忍だ。訳の分らぬ下劣な奴を相手にしての争ひは自ら好んで人格を失墜するのみならず、延いては、大神様の御心に背き、三五教の名誉を毀損する生死の境だ。仮令叩き殺されても柔和と誠を以て、彼等悪人を心の底より、改心させるのが吾々信者の第一の務めだ。国治立の大神様や素盞嗚大神様の御事を思へば、これ位の口惜残念は宵の口だ。怒りに乗じ手向ひすれば、一時の胸は治まるだらうが、叩かれた者は、安楽に夜分も寝られる、叩いた者は夜分に寝られぬといふ事だ。嗚呼、何事も大慈大悲の大神様の深遠なる恵の鞭だ。吾々は大神様の試錬を受けて居るのだ。紫姫様のお身の上に関する様な失敗を演じては済まない。と、馬、鹿両人は一度に、心中の光明に照されて、嬉し涙をタラタラと流し大地にカヂリ付いて神恩を感謝して居る。 虎彦『オイ馬、鹿、どうだ、往生致したか。初めの高言に似ずメソメソと泣面掻きやがつてチヨロ臭い。女郎の腐つた様な奴だなア。貴様は何時の間にか、睾丸を落して来やがつたのだらう。オイ熊彦、貴様は馬の睾丸を検査するのだ。俺は鹿の睾丸を実地検分してやらう』 と目と目を見合せ両人の尻を引捲り、三つ四つ臀部を叩き、 虎彦『ヤア腰抜けだと思つたら、矢張此奴の体は女に出来て居やがる。骨盤が非常に大いぞ。ヤア長い睾丸を垂らして居やがる』 とギユツと握り、無理無体に後向けに引張つた。 馬、鹿両人は睾丸を引張られ痛さに堪らず、後向けにノタノタと這ひ乍ら、門の外へ引摺り出された。 熊彦、虎彦両人は、手早く門内に駆入り、潜り戸の錠前を下ろし、 熊、虎『アハヽヽヽ、態ア見やがれ、ノソノソとやつて来ると又こんなものだぞ。早く帰つて三五教の奴に、酷い目に遭はされましたと報告しやがれ』 馬公『モシモシ、それは余りで御座います。開けて下さいと無理に申しませぬ、何卒、馬、鹿の両人が、門の外迄参りました、と松姫さまに報告して下さいませ』 虎彦『報告すると、せぬとは、吾々の自由の権利だ。犬の遠吠の様に、見つともない、門の外で、ワンワン吐すな』 鹿公『左様で御座いませうが、どうぞ、何かのお話の序に、一言でも宜しいから、仰有つて下さいませ』 虎彦(大きな声で)『喧しう云ふない。貴様が言つて呉れなと云つたつて、此手柄話を黙つて居る馬鹿が何処にあるかい。ウラナイ教の邪魔計り致す、三五教の馬、鹿の両人の睾丸を掴んで、門外におつ放り出してやつたと云ふ、古今独歩、珍無類の功名手柄を包み隠す必要があるか、縁の下の舞は、我々の取らざる所だ、一時も早く帰らぬか、愚図々々致して居ると、薬鑵に熱湯を浴びせてやらうか。シーツ、シー、こん畜生ツ、アハヽヽヽ。是れで俺も日頃の鬱憤が晴れ、溜飲が下つた。サアこれから、松姫様に申上げて喜んで頂かう、さうすれば又、御褒美に御神酒の一升もお下げ下さるかも知れぬぞ、オホヽヽヽ』 馬公『オイ鹿公、随分結構な神様の試錬に遭つたぢやないか。ようお前も辛抱して呉れた。俺は、お前が短気を起しはせぬかと思つて、どれだけ胸を怯々さして心配したか知れなかつたよ。それでこそ俺の親友だ、有難い、此通りだ、手を合して拝むワ』 と涙を滝の如くに流し男泣きに泣き沈む。 鹿公『そうだな、本当に結構な御神徳を頂いた。これで俺達も、余程、身魂に力が出来て胴が据わつた。身魂に千人力の御神徳を与へて下さつた。アヽ神様、あなたの深き広き御恵み、身に浸み渡つて有難う感謝致します』 と嬉し涙に掻きくれる。 馬公『オー鹿公、よう云うて呉れた。嬉しい』 と、しがみ付く。鹿公も亦、馬公の体にしがみ付き、互に抱き合ひ、忍び泣きに泣いて居る。 秋の名残りの柿の実、只二つ、冬枯れの梢に淋しげにブラ下つて居る。 凩に煽られて、烏の雌雄連れは忽ち此柿の木に羽を休め、悲しさうに可愛い可愛いと啼き立てる。 嗚呼此結果は、如何なるならむか。 (大正一一・五・八旧四・一二藤津久子録) |
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霊界物語 | 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 | 11 変態動物 | 第一一章変態動物〔六五六〕 書院造りのこつてりとした、余り装飾の施して無い瀟洒たる建物の中に、三十路を越えた一人の女と、二十前後の優しい女、桐の丸火鉢を中にひそひそと何か囁き話を始めて居る。 お節『松姫様、春の景色も宜敷う御座いますが、かう薄雪の溜つた四方八方の景色、この苔蒸した庭から見渡す時の美しさは又格別で御座いますな。満目皆銀の蓆を敷き詰めたやうに、それへ日輪様の御光が宿つてきらきらと反射して居る所は恰で玉を敷き詰めたやうですなア、荒金の土を御守護遊ばす神素盞嗚大神の大御心は、此景色のやうに一点の塵もなく汚れもなく、実に瑞々しい御霊で御座いませう』 松姫『左様です、此雪の野辺を眺めますと、妾達の心迄、すがすがしうなつて来ます。貴女のお国は此辺とは違つて雪も深く、今頃は嘸綺麗な事で御座いませう、何事も天地の合せ鏡と云つて、国魂の清い所は又それ相当に清い美しい景色が天地自然に描き出されるものです、私も一度比沼の真名井の珍の宝座に参拝したいと思つて居ますが、何分大任を負はされて居ますので、一日も館をあけて置く訳にもゆかず、実に神様のお道は広いやうで、窮屈なもので御座います。お節さま、貴女はこの夏の初め、魔窟ケ原の黒姫さまの方へお越しになつて以来、俄にお心変りがして三五教へ後戻りをなさつたさうぢやが、三五教とウラナイ教は何う違ひますか』 お節『ハイ誠にお恥かしい事で御座います、心にちつとも根締めが無いものですから、風のまにまに弄ぶられて、つい彼方此方と迂路つき廻りました。併し乍ら何方の教も実に結構だと思ひます、神様は元は一株、三五教だとかウラナイ教だとか、名称は分かれて居りますが、尊敬する誠の神様に些つとも変りはありませぬ、唯教を伝ふる人々の解釈に浅深広狭の別があるのみです。併し乍ら人間と致しましては何事も神様にお任せするより仕方がありませぬ、此世をお造り遊ばして人民を昼夜の区別なくお守り下さる神様を念じさへすればよいのです、教が高遠だとか、浅薄だとか云ふのは人間の解釈の如何によるので、神様御自身に対しては何の関係も無からうと思ひます』 松姫『其お考へなれば何故ウラナイ教へお出でになりましたか、貴女の御主人はいまだに三五教の宣伝使を勤めて居られるのではありませぬか。「二世契る夫婦の中も踏みてゆく道し違へば憎み争ふ」と云ふ道歌がありましたねエ、夫は東へ妻は西へと云ふやうな信仰のやり方はちと考へものですよ、信仰の道を異にする時は屹度家内は治まりますまい、夫唱婦従と云うて女は夫に従ふべきものたる以上、青彦さまの奉じ給ふ三五教を信奉なさつた方が、御家庭の為めよいぢやありませぬか、但青彦さまを貴女の奉ずるウラナイ教へ帰順させるとか、どちらか一つの道にお定めなさつたらどうでせう』 お節『実の所は私がこれへ参りましたのは、貴女に聞いて貰ひ度い事があるからで御座います、貴女は三五教のどの点が悪いと思召すか』 松姫『別に私としては彼是申上げるだけの権利も知識もありませぬ。併し乍ら今の三五教は変性女子の御霊が混入して、変性男子の教にない種々のものが輸入されて居りますから、此儘にして置けば折角の男子の御苦労も水の泡になつて、天下国家の為に由々敷一大事と、男子の系統の高姫さまが御心配遊ばし、止むを得ずウラナイ教をお立てなさつたのですから、ならう事なら三五教の方々も一つ考へ直して頂いて、本当の教を立てて貰ひ度いものです』 お節『変性女子の御霊の素盞嗚尊様の教はお気に入らぬのですか』 松姫『何だか虫が好きませぬ、どこかに物足らぬ所があるやうで御座います、合縁奇縁と云うて信仰の道にも向、不向がありましてな』 お節『さう致しますと貴女は此頃の高姫様や、黒姫様の御意中はお分りになつて居ないのですか』 松姫『イヤ、うすうす承知致して居ります、何うかするとお二人様は怪しくなつて来ました、やがて三五教へお帰りになるのでせう、併し乍ら私としては、さうくれくれと掌返したやうに軽々しく、吾精神を玩弄物にする事は出来ませぬ』 お節『さうすると貴女の師匠と仰ぐ高姫様や、黒姫様の御命令でもお聞きなさらぬお考へですか』 松姫『仮令高姫さまが顛覆なされても、私は最後の一人になる所迄ウラナイ教を立てて行きます。師匠も大切だがお道も大切です、お道が大事か、師匠が大切か、よく考へて御覧なさい、それだと申して師匠に背くと云ふ心は露程も持ちませぬが、止むを得ない場合には矢張本末自他公私の区別を明かにするため、ウラナイ教の孤城を死守する考へで御座います』 お節『さう聞きますと貴女は何処迄もお固いのですなア』 松姫『岩にさへも姫松の生える例がある。一心の誠は岩でも射貫くと云ひます。私の鉄石心は如何なる砲火も威力も動かす事は出来ますまい、これが私の唯一の生命ですから誰が何と云つてもビクとも致しませぬよ。槍でも鉄砲でも梃子でも棒でも、いつかないつかな動くやうな脆弱な御魂ぢやありませぬ、そんな動揺するやうな信仰なら初めからしない方がよろしい、お節さまが私に対して何程婉曲に熱心にお勧め下さつても駄目ですから、何卒是限り御親切は有難う受けますが、もう云つて下さいますな。人は柔順と忍耐と誠さへ徹底的に守つて居れば神様は守つて下さいます。教派の如何にかかはるものぢやありませぬ』 斯く二人の話す折しも、慌ただしく駆け来る門番の熊彦、虎彦二人、 熊、虎『松姫様に申上げます、只今大変な事が出来致しました、それはそれは、小気味よい大勝利です、何卒お喜び下さいませ』 松姫『オヽお前は熊公と虎公さま、エライ血相をして慌だしく何事ですか』 虎彦『貴方も御存じの通り、ウラナイ教の目の上の瘤仇敵、素盞嗚尊の悪神の教を奉ずる三五教の木端武者、馬、鹿と云ふ馬鹿面した二人の奴がやつて来まして、御免とも何とも云はず、潜り門を開き、吾々の門番に無断で、すつと奥へ通らうと致します。貴女が今迄仰有つたでせう、三五教の連中が来たら、一人たりとも通してはならぬ、追払へとの仰せ、又魔窟ケ原の黒姫さまのやうな馬鹿な目に遭つてはならないからと仰有つたのを、我々は其お言葉を夢寐にも忘れず、今日迄よく守り、表門を厳重に固めて居りました。其所へヌクヌクとやつて来て、門が四足だの、吾々を四足身魂だのと嘲弄するものですから、エイ猪口才な、礼儀を知らぬ畜生め、畜生なら畜生相当の制裁を加へてやらうと云うて、吾々両人が六尺棒を以て頭を三つ四つガンとやつた処、口程にもない腰抜け野郎、荒肝を摧がれ、大地に蛙踞になりめそめそと吠面かわいて居る、エヽ此尊い神門を無断で通り、剰つさへ門の様が四足だのと吐いた上、涙を大地に零して霊場を汚しよつたので、つい勇猛心を発揮して断行しました』 松姫『それは乱暴な事をなさつたものだ、誰がそんな事をせいと云ひましたか、これ熊公、真実にお前達、虎公の云ふやうな事をしたのかい』 熊彦『ヘエヘエ、そんな事処ですか、余り業腹が立つので尻をひん捲くり、虎公と二人、両人の臀部をエヽこの柔道百段の腕拳を固めて、青くなる所まで叩いてやりました、其時の態つたら実に滑稽でしたよ』 松姫『其お二人の方は何うなつたのかい』 熊彦『ヘエ、其二人ですか、イヤ二匹の畜生ですか、門の外へ追放り出され、めそめそと女の腐つたやうに抱きついて愁歎場の一幕を演じて居ました。戸の節穴より覗いて見ましたら実に憐れなものでした、イヤ気味のよい、溜飲が下がるやうでした。アヽ大変に骨を折つてウラナイ教の爆裂弾を未発に防ぎ得たのは、全く大神様の広大無辺の御神力は申すに及ばず、吾々両人が愛教の大精神の発露で御座います、何卒何分の何々を何々して下さいますれば吾々は益々神恩を忝けなみ、層一層に厳格に御用を務めます』 松姫『竜若の受付は黙つて見て居たのかい』 熊公『指揮をなさつたでもなく、なさらぬでもなし、悪く云へば瓢鯰式ですな、併し乍ら吾々に対し一部の声援を与へて呉れましたから、其功績は矢張等分と見て差支無からうと思ひます、ヘエヘエいやもうエライ活動致しました』 松姫、膝に手を置き、俯むいて何事か考へて居る。 お節『熊公、虎公、今承はれば三五教の馬公に鹿公が見えたやうですが、真実に其様な手荒い事をなされましたのか、ウラナイ教は時々乱暴な事をする人が現はれますな、決して大神様はお喜びなされますまい』 虎彦『オイお節、何を吐しやがるのだ、貴様は猫見たやうな奴だ、甘く口先で松姫様をチヨロマカしよつて、其上に馬、鹿の畜生と内外相応じ、此館を根底から顛覆させようと仕組んで居るのだらう、そんな事は貴様が来た時からチヤンと看破して居るのだ、貴様も序に睾丸を握つて門外へ追放り出してやらうか』 熊彦『アハヽヽヽ女の睾丸とは今が聞き初めだ、そりや虎公貴様肝玉の間違ひだないか』 虎彦『ちつと位違つたつて、ゴテゴテ云ふな、睾のんと肝のもだけの間違ひだ、元来が門から起つたもん題だから、肝のもを睾のんの言霊に詔り直したのだ。それだからお節の守護神は俺がいつも、きんもう九尾の悪神と云うたぢやないか、アハヽヽヽ』 松姫『コレ虎公熊公、馬公鹿公とやらによくお詫をして私の居間へお迎へ申して来るのだよ、本当に仕方のない男だなア』 虎彦『ヘエ、何と仰有います、あの様な爆裂弾を連れて来いと仰有るのですか、貴女も此頃はちつと変だと思うて居ましたが、矢張脱線しとりますなア』 松姫『ごてごて云はいでも宜敷い、迎へてお出でなさいと云うたら迎へてお出なさい。熊公も一緒に行くのだよ』 両人は『ヘエ』と嫌さうな返事を此場に投げ捨て力無げに表門にやつて来た。 竜若『オイ両人、ちつと貴様顔色が変だないか、一体どうしたのだい』 虎彦『何うしたも斯うしたもあつたもんかい、門から大もん題が起つて我々は煩もん苦悩の真最中だ。本当に馬鹿な目に遭つて来たよ』 熊彦『摺つた、もんだともん着の結果この熊公も今日はもんもんの情に堪へ難しだ』 竜若『貴様の出方が悪いから、打ち返しを喰つたのだよ』 熊彦『何、出方は至極完全無欠寸毫も欠点なしだが、何を云うてもお節の奴、間がな隙がな松姫を籠絡しきつて居やがるものだから、松姫さまの性格はガラリと一変し、いつもなら、比丘尼に何やらを見せたやうに飛びついて悦ぶのだけれど、どんな結構な報告をしてもビクともしやがらぬのだ。俺やもうお節の面を見ても腹が立つのだ。エヽ怪体の悪い、ケツ、ケヽケ怪体が悪くて腸がでんぐり返る哩、それにまだまだ業の沸くのは、折角追放り出した馬、鹿の両人を此処へ丁寧にお迎へ申せと吐しやがるのだもの、薩張お話にならないのだ』 虎彦『余りてれ臭いから、両人は疾くの昔に逃げ帰りやがつて、其辺に居なかつたと報告して置かうかい』 竜若『そんな事を云つた処で、云ひ出したら後へ引かぬ片意地な松姫の大将だ、仮令百里でも千里でも跡追つかけて馬、鹿の二人を此処へ連れて来いと頑張つて、大きな雷でも落しよつたらどうする、屹度さうお出になるに定つて居るよ、虎、熊の両人が乱暴したのだから貴様は当の責任者だ、七重の膝を八重に折つて、お二人さま、何と仰有つてもお頼み申して、お迎へ申して御大将のお目通りへ実検に供へ奉るのだよ』 虎彦『さうだと云うて、まさかそんな阿呆げた事が七尺の男子として出来るものかい』 竜若『オイ、虎、熊の両人、上官の命令に服従せぬか』 虎彦『ヘン、一寸、上役風を吹かし遊ばす哩、併し乍ら今度の事件は上官の責任だからさう思ひなさい、我々は唯上官の目色を見てやつただけのものだ、万々一吾々の行動に対し、不都合の点ありとみた時は、上官の職権を以て、制止せなくてはならぬ筈だ』 竜若『その責任はどこ迄も此方が背負ふのは当然だ、ゴタゴタ云はずに早く謝罪つて来い』 熊彦『オイ虎公、仕方がないなア』 と不承無精に潜り門を開き、門外をキヨロキヨロと見廻して居る。遥向ふの森蔭に馬、鹿の両人を始め、立派な女神が二柱立つて居る。 虎彦『オイ熊公、何時の間にかなめくじりのやうにあんな所迄這つて往きやがつたぢやないか、エヽ厄介の事が起つたものぢや、何うしようかなア』 熊彦『何うしようも斯うしようもあつたものぢやない、謝罪つてお迎へするより仕方がないワ』 虎彦『それだと云うてあんな綺麗な美人が二人も傍に立つて居るぢやないか、睾丸を提げた男が、あんな綺麗な美人の傍で謝罪るなんて男の顔が全潰れだ、困つた事だなア』 熊彦『エヽ、身から出た錆、誰人に聞いて貰ふ訳にも行かず、恥を忍んで参りませう、サア虎彦、俺に従いて来るのだよ』 虎彦『本当に土竜になり度いワ、せめて貴様の後から俺の姿を隠して往かうかなア、さうぢやと云うて貴様より俺の方が背が高いから肝腎の顔の方が見えるなり、困つた事だ』 熊彦『何れ面を晒らされるのだ、併し一時凌ぎに俺の後から、腰を屈めて出て来るか、邪魔臭ければ四つ這になつて従いて来い、さうすれば暫くなりと助かるだらう』 虎彦は熊彦の後から這はぬ許りに屁つぴり腰をしながら従いて往く。 熊彦『モシモシ馬公に鹿公、先刻は誠に御無礼な事を致しまして、何とも顔の合しやうがありませぬ、松姫様の御命令で面を被つて参りました』 馬公『ハイ、有難う、吾々のやうな無礼者に、左様な鄭重な言葉をお使ひ下さつては畏れ入ります、貴方の背後に従いて来た影はなんで御座いますか』 熊彦『これは私の影法師で御座います』 馬公『お日様が西に輝いて御座るのに、この影法師は南の方へさして居ますなア』 熊彦『此奴ア高城山で生擒つた虎で御座います』 虎彦『オイ熊彦、余り人を馬鹿扱ひにするものぢやないぞ、モシモシ今囀つて居る奴は、人間に見えても此奴は矢張四足の熊で御座います』 熊彦『エヽいらぬ事を云ふものぢやない哩、モシモシ馬公に鹿公さん、私は良心に責られて貴方の前へ出て来るだけの勇気がありませぬ、お詫のために恥を忍んで四足になつて参りました、何卒、神直日、大直日に見直し聞き直して下さいまして御機嫌を直し、奥へお通り下さいませ、松姫様に大変なお目玉を頂戴致しました。三五教のお節さまも待つて居なさいます、貴方等がお出で下さらねば私達は今日限り鼻の下が干上つがて仕舞ひます。何卒、虎一匹、熊一匹助けると思うてお這入り下さいませ』 馬公『ハイ、有難う、何卒宜敷うお願ひ致します』 鹿公『御丁寧なお迎ひ有難う感謝致します』 熊公は馬、鹿の頭部に目を注ぎ、 熊公『ヤア、お頭に大変に血が流れて居ります、どうなさいました』 馬公『これは貴方のお慈悲の鞭で御座います』 鹿公『これも矢張、貴方等のお情で、結構なお蔭を頂きました』 虎、熊は之を聞くより、大地に犬踞となり拳大の石を拾ひ、片手に捧げ乍ら、 虎彦、熊彦『モシ馬公に鹿公さま、何卒私にもこの石をもつて頭に沢山お蔭を頂かして下さいませ、さうでなければ奥に這入る事が出来ませぬ、何卒お願ひで御座います』 馬公『それは絶対になりませぬ』 鹿公『折角の御懇望なれど、これ許りは御免蒙りませう』 隆靖彦『皆さまの真心が現はれて実に気分が冴え冴え致しました。何事も神様の思召しで御座いませう』 隆光彦『何事も此場の事は私にお任せ下さいませ、松姫様がお待ち兼でせう、サア何卒御案内して下さいませ』 熊彦、虎彦は四這ひになり、 熊彦、虎彦『サアサア四足の後へ従いて来て下さい、御案内致しませう』 馬公『そんな事をなさるには及ばぬぢやありませんか、ナア鹿公さま』 鹿公『ヘエ、さうですとも、御両人さま、何卒立つて御案内して下さいな』 虎、熊『何卒、門へ這入る迄この儘にさし許して下さいませ』 馬公『アヽ仕方がない、そんなら馬も鹿も四足になつて這つて往かうかなア』 と二人の後を四這ひになつて従いて行く。 熊を先頭に虎、馬、鹿、四四十六足の変態動物は表門さして、のそりのそりと這つて往く。 隆靖彦『何と誠と云ふものは偉いものですなア』 隆光彦『ヤア実に感心致しました』 と感歎しながら気の毒さうな顔をして四人の跡をつけて往く。 (大正一一・五・八旧四・一二加藤明子録) |
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霊界物語 | 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 | 13 混線 | 第一三章混線〔六五八〕 月照りわたる御空よりまばらの雪はちらちらと 恥かしさうに降つて来る樹木茂れる木下闇 ウラル教の宣伝使テルヂー、コロンボの両人は 常世の国を後に見てウラルの道を開かむと 海河山野を打渡り自転倒島に来て見れば 遥の空に紫の雲立ち昇る怪しさに 是れぞ正しく真人の出現ならむ兎も角も 雲を目当てに行き見むと高熊山の峰伝ひ 大原山の山麓に月の光を浴び乍ら 二人テクテク進み来る。 片方の森に怪しき人の声、何事ならむと両人は、差し足、抜き足、摺寄つて、声の出処を窺ひ居る。 谷丸『オイ、鬼丸、御苦労だつたなア。鬼雲彦の御大将は、三五教の宣伝使に撃退され、続いて鬼ケ城に堅城鉄壁を構へ、天下を席巻せむとして居た鬼熊別の副将も亦、アヽ云ふ悲惨な態になつて、フサの国に逃げ帰り、振り残された吾々は、鳥の翼を取られたやうな悲境に沈淪し、何とかしてモウ一度、大江山、鬼ケ城を回復し、吾々両人は両山に立て籠り、再び堂々と陣取り、以前の隆盛に復活せむと、千辛万苦の結果漸く目的を達し、斯うして高熊山の言照姫が産んだとか云ふ玉照彦の神様をお迎へした以上は、何程三五教だつて、どうする事も出来まい。ウラナイ教の高姫や黒姫の奴が一生懸命に骨を居つて、その結果三五教に肝腎の玉照姫を横奪され、今の所ではウラナイ教も追々と凋落の風が吹いて来よつたぢやないか。それに引替へ三五教は、玉照姫の神力で、あの通りの隆盛だ。吾々の奉ずるバラモン教も、玉照彦さへ手に入らば、三五教もウラナイ教も、唯一蹴の下に滅ぼして了ふのだが、到底大将があんな事になつたのだから、どうする事も出来やしない。併し乍ら吾々は仮令鬼雲彦、鬼熊別の大将が屁古垂れても誠の神さまは決して屁古垂れないのだから、一人になつても此道を立てねば置かぬと思つて居たが、待てば海路の風が吹くとやら、今日は本当に結構な日だつたネー。それに就てもお前に随分骨を折らしたものだ』 鬼丸『谷丸の哥兄、別に俺にそう礼を言ふには及ばぬぢやないか。お前の働きつたら、実に華々しいものだつた。山口の来勿止まで行つた時は、来勿止神が沢山の手下を引連れ、固く守つて居る。俺はモウ此難関をどうして突破しようと心配でならなかつた、その時お前は来勿止神に向つて、強硬な談判をやつたお蔭で、ヤツと其場を通過し高熊山の麓まで泳ぎつく様にして駆けつけて、ヤアこれでこつちのものだと安心して居る最中へ、神国守の神が国依姫とか云ふ女房を連れて其場に現はれ、俺達を睨んだ時の其形相の凄じさ、今思つてもゾツとするよ』 谷丸『併し乍らイロイロと得意の弁舌を以て、此関所をウマく切り抜け、両人が岩窟の前に行つた所、目的物の言照姫も玉照彦さまも、お姿は見えず、イロイロと岩窟内を探険する最中、赤児の泣き声が耳に這入つた時の嬉しさ、臍の緒切つてから、あの時位愉快な事はなかつたなア』 鬼丸『お蔭で玉照彦様は奉迎して帰つたが、女神の様な立派なお姿の母親と聞いて居た言照姫は、皆目影を見せなかつたぢやないか』 谷丸『吾々の威勢に恐れて遁走して了つたのだ。併し腹は借り物、玉照彦様の蝉の脱殻も同然だ。肝腎の本尊を手に入れて帰つたのだから、言照姫なんかどうでも良いぢやないか』 と玉照彦を大切に傍に休ませ乍ら、一方に窺ふ人有りとも知らず、嬉しさの余り声高々と囁いて居る。此方の木蔭に身を潜めた二人、 コロンボ『コレ、テルヂーよ、遥々と常世の国からやつて来て功名を現はし、ウラル教を昔の勢に回復しようと思つたのに、バラモン教の奴に先を越されて詰らぬぢやないか。何とかして此方の方へボツたくる手段はあるまいかなア』 テルヂー『さうじやなア、向ふはどうやら二人らしい。此方もヤツパリ二人だ。何とかして、一つ脅かし、玉照彦様をウマく手に入れる工夫を廻らさねばなるまい。現在五六間眼の前に、肝腎の玉が輝いて居るのだから、成功不成功は後の問題として、吾々としては此儘帰る事は出来ないなア』 コロンボ『併し今の彼奴の話で聞けば、来勿止神が沢山な部下を連れて、厳守して居た山口の関所も、モ一つ奥の神国守の関所も、巧く突破した位な奴だから、中々力の強い奴に違ひないぞ。吾々の様に長途の旅で疲労れきつた肉弾を以て打向ふた所で到底駄目だ。何とか奇計を廻らすより仕方がない。……オイ、テルヂーの哥兄お前何か良い考へは湧いて来ぬかなア』 テルヂー『何れ此路を通つて帰るのだから、中途に待ち受けて、何とかやらうぢやないか。あまりヒソビソ話をやつて居て、敵に悟られては一大事だ。サア俺に随いて来い』 と足音を忍ばせ、腰を屈め、這ふ様にして此場を後に、元来し道へ引返し、堺峠の山麓に帰り着いた。 テルヂー『何時バラモン教の奴が帰つて来るか知れないから、早く計略をめぐらさねばならぬ、俺は此老木に攀登り、松の枝をザアザアと揺つて、天狗の声色を使ふから、貴様は灌木の茂みに身を隠し、二人連れの奴がビツクリして腰を抜かした隙を考へ、玉照彦さまをソツと抱きあげ、堺峠の天狗岩の側まで逃げて呉れ、そうすれば成功屹度疑無しだ』 コロンボ『兄貴の計画も一寸聞くと面白いが、しかし当事と牛のオモガイは先から外れるとか云つて、危ない芸当だなア、罷り違へば高い木の上から滑走して、腰を抜くか、脚の骨を折る位が結末かも知れないよ』 テルヂー『エヽまだ松の木に登らぬ間から、落ちるの、落ちぬのつて、せうもない事言ふな。俺の計略に一つとして今迄欠点があつたかい』 コロンボ『天道様の弔ひだ、空葬だ』 テルヂー『エー又怪体の悪い事を云ふ奴だ。これから高い木へ登らうと思つて居るのに、空葬だなんて、又しても縁起の悪いことを言ふ奴だなア。併しながら、何時帰つて来るか知れない。早く計画に取りかからう。…………俺は貴様に妙な言霊を使はれたから、今日は遠慮して置く。罰金として貴様が木登り役だ。うまく天狗の言霊を使ふのだよ』 コロンボ『兄貴、俺の木登りの拙劣なのは、常から能く知つて居るぢやないか。そんな事言はずに、お前上役だから、ヤツパリ上の役をして呉れ。俺は下役を務める。こんな挽臼の様な重たい体で木登りをして踏み外し、地上へスツテンコロンボーとやつては、それこそ大変だ。サアサア一イ二ウ三ツだ』 テルヂー『エー仕方がない。勇将の下に弱卒有り。これも俺の型が悪いのだ』 と猿の如く、大木の幹をかかへて、樹上高く駆登つた。 コロンボ『オーイ、兄貴、どこに居るのだ』 テルヂー『馬鹿ツ、大きな声で物を言うと、そこいらへ近寄つて来る二人の奴に聞えると大変だぞ。チツと静かにせぬかい』 コロンボ『併し作戦計画を、俺に充分教へて置かないものだから、どう方針を採つたら良いかサツパリ暗雲だ』 テルヂー『暗雲だから結構だ。幸ひ雪雲の空、円いお月さまも見えず、ボンヤリと其処らが暗いので、此芸当がうてるのだ。グヅグヅして居ると発覚するぞ。モウ良い加減沈黙せい』 コロンボ『アヽさぶしい事だ。なんだ白い手を出して招いて居やがるぞ。いやらしい事だなア……………オイ何だか厭らしい奴が、細い白い手を出して、俺を招いて居るワイ。俺も何とかして兄貴の側へ登つて行かうかなア』 テルヂー『エー臆病者の、気の利かぬ奴つたら仕方がない。俺の側に居れば随分強さうな事を言ひ、立派な智慧も出しやがる癖に、一人になると直ぐ怖けやがつて……グヅグヅ言うてると帰つて来るぞ。白い手を出して招く様に見えたのは、それは枯尾花だ。昔から……幽霊の正体見たり枯尾花……と云ふ事がある。チツと臍下丹田に魂を据ゑて……千騎一騎の場合だ。奮闘して呉れないと困るぢやないか』 コロンボ『エー仕方がない。木の茂みへ隠れて居らうかなア』 とコワゴワ枯尾花の中に身を隠し慄うて居る。斯かる所へ鬼丸、谷丸の両人は、玉照彦を恭しく抱き乍ら進み来り、 鬼丸『オイ谷丸、何だか妙な声がして居たぢやないか。三五教の奴が吾々の行動を探知し、玉照彦様を横領に来たのぢやありますまいか』 谷丸『そうだ、人間の声らしかつた。一人や二人来たつて構はぬが、大勢だと一寸面倒だ、此方は玉照彦様をお守りせにやならず、さうすれば、敵に向つて奮闘する者は唯の一人だ。そつと……失礼だが……玉照彦様に此叢に御休息を願つて、二人で様子を考へる事にしようではないか』 鬼丸『それでも、玉照彦様がホギヤアホギヤアとでも仰有らうものなら大変だぞ』 谷丸『玉照彦様、誠に申訳が御座いませぬが、一寸暫くの間此処にお休み下さいませ。必ず必ず御声をお発てにならない様にお願ひ致します』 と恭しく蓑を敷き、其上に笠を蔽ひ、木の枝を折つて載せ、 谷丸『サアもう是れで大丈夫だ。事急なれば、一時逃げる事にせなくてはならぬが、両人が此山中で散り散りバラバラになつて了つては困るから、落ち着く所を定めて置かう。………堺峠の天狗岩の前だぞ。良いか………』 鬼丸『ハイハイ承知致しました』 両人は四辺を窺ひ乍ら、ノソ……ノソと握り拳を固めて、大木の下に進んで来た。コロンボは草の中から樹上を眺め、妙な声を出し、 コロンボ『イ………マ………ジヤ………』 谷丸『ヤア何だか妙な声がするぞ。鹿でもなし、虫でもなし、鳥の声でもなし、怪体な亡国的悲調を帯びた、奇声怪音だないか』 鬼丸『イ……ヤ……ラ……シイ………』 谷丸『オイ鬼丸、貴様までが、イ……なんて、何を言ふのだ。シツカリせんかい。俺が附いて居る以上は、百万人力ぢや。シツカリ胴を据ゑるのだぞ』 忽ち樹上より、 声(テルヂー)『ザアザアザア、ウーツ、其方は大江山の悪神の残党であらうがな。不都合千万な、高熊山の神山に立ち入り玉照彦様を奪つて帰る横道者、今高熊山の大天狗が汝の素ツ首引抜き、股から裂いて松の木の枝に懸けてやらう。それが叶はぬとあれば今其方が懐に抱いて居る玉照彦様を、此木の下にソツとおろし一時も早く此場を立去れツ』 谷丸『何だ、怪体な天狗も有れば有るものぢやないか。天狗と云ふ奴は、千里向うの事でも知つとる筈だ。玉照彦様を懐からソツと出せと吐しやがる。此奴ア木葉天狗か野天狗だらう。………ヤイ樹上の野天狗、木葉天狗、馬鹿な真似を致すと、此方が反対に股から引裂いてやらうか』 鬼丸『モシモシ谷丸さま、そんな途方もない事を言ふものぢや有りませぬ。こんな大木に棲まつて御座る天狗に、相手になつて堪りますか………モシモシ樹上の天狗様、私の大将は一寸酒に酔うて居りますから、どうぞ御見のがし下さいませ。これは酒が言つたので御座います』 谷丸『エー何をゴテゴテ言ふのだ。……オイ樹上の天狗、シツカリ聞け、吾れこそはバラモン教の大棟梁鬼雲彦が懐刀と綽名を取つた谷丸ぢやぞツ。野天狗の千疋万疋は此方に取つては河童のこいた屁程にも感じないのだ。サア早く木から下りて来て此方の前に謝罪を致さぬか』 樹上又もや、 声(テルヂー)『ザワザワザワ、ウ………ツ』 鬼丸『モシモシ天狗様、どうぞ赦して下さいませ』 草の中よりコロンボは、 コロンボ『モシモシ谷丸さま、どうぞ生命ばかりはお助け下さいませ。序に天狗も助けてやつて下さい、アンアンアン』 谷丸『ヤア何だ。鬼丸、貴様余程怖いと見えるな。副守の奴、貴様の体から飛び出しやがつたと見えて、萱の中に隠れて、見つともない、泣いて居るぢやないか』 鬼丸『こんな恐ろしい、魂飛び魄消えると云ふ様な目に会うたのだもの、副守護神も飛び出しませうかい。モウモウどうぞ我を出さぬ様にお鎮まり下さいませ。あなたの副守護神も随分乱暴です。どうぞ副守護神さま、お静まりを願ひます。………コレ此通り手を合して拝みます。アンアンアン』 コロンボ『オンオンオン』 とソロソロ勢が付いたと見えて、狼泣きを始めたり。 鬼丸『アーア上には天狗、下には狼、コラまア、どうしたら宜からうかなア』 この時テルヂーは、どうした機みか、足踏み外し、風を切つて『ズーズドン』と真逆様に落ち来りぬ。鬼丸は『キヤツ』と云つて腰を抜かす。谷丸は一生懸命、此光景に面喰つたか、もと来し道に引返し、玉照彦を引抱へ、天狗岩指して茨茂れる密林を、遮二無二掻き分けて行く。コロンボは、 コロンボ『生命あつての物種、予ての約束天狗岩だ。兄貴、後から続けツ』 と言葉を残し、一生懸命に駆出す。 鬼丸『アーア何だ、天狗の奴、木から落ちて目を暈して居やがるな。ヤアこれでヤツと安心した。………ヨウ腰が抜けたと思へば、まだ腰抜けの未成品だ。天狗岩さして一散走りだ』 と又も駆出す。 テルヂー『アーア、あまり下の活劇が面白いので、枝の端へ行つて、一生懸命に覗いて居つたら、何時の間にか、斯んな所へ墜落して居る。一寸……コラ目を暈して居たと見えるワイ。…………オイ、コロンボ、俺だ俺だ……ヤア、コロンボの奴天狗岩へ行きよつたと見える。……ドーレ彼奴を捜索旁行つてやらうかなア。それにしてもバラモン教の奴等、俺達の目をまはしとる間に、巧く関所を通過しよつたと見える……エー残念だが仕方がない』 と地団駄を踏みつつ、叢の中を峠の上の天狗岩さして、又もや登り行く。コロンボは漸くにして、朧月夜を便りに、目的の天狗岩の傍に登り着いた。樹木繁茂して暗く、岩のみ白く闇に浮き出て居る。 コロンボ『アヽこれが目的の天狗岩だ、名高い割には見映えのせぬ巨岩だなア。併し乍ら俄天狗のテルヂーは、どうしとるだらうか。本当に、偉い奴が来やがつて、反対に荒胆を取つて了ひよつた。スツテの事で睾丸の洋行する所だつた。……アーア早く来て呉れれば好いのに……寂しい事だ。……そうして玉照彦様はウマく手に入つたか知らぬテ』 と一人呟いて居る。其処へノソノソと白い物を抱へてやつて来た一人の男、 コロンボ『ヤアうまく玉照彦様が手に入つて結構でした。私は大変に心配致しました』 谷丸『なんだ、お前は声まで嗄らして居るぢやないか。胴の据わらぬ奴ぢやなア。……玉照彦様を渡して堪るものかい。此通りチヤンと懐に奉按して居るのだ』 コロンボ『それはそれは結構でした。流石大将だけありますワイ』 谷丸『定つた事だよ。貴様の様に泣声を出して慄うとるのはチツと違ふのだから』 コロンボ『併し天狗の失敗はどうでした。別状は有りませぬかい』 谷丸『ウン天狗の失敗か。彼奴ア一寸乙だつた。併し乍ら肝腎の玉照彦さまに別状は無いのだから、マア安心せい』 コロンボ『ハイ有難う御座います。………あなたもチツトお声がどうかなさいましたなア』 谷丸『ウンあまり俄の出来事で、一寸面喰つたものだから、どうで声も変らうかい。三五教の奴が鵜の目鷹の目で考へて居るのだから、チツとも油断は出来ないぞ』 コロンボ『御尤もです。ヤツパリ哥兄は哥兄だ。何から何まで抜目が有りませぬなア』 谷丸『定つた事だよ』 話かはつてテルヂーは、峠の七八合目まで登り着き、路傍の岩に腰打掛け息を休めて居る。そこへ鼻息荒く上つて来た一人の男、 男『ヤア哥兄、イヤ参謀長、玉照彦はどうだつた。うまくいきましたかな』 テルヂー『貴様が卑怯な、下の方から泣き声を出しよるものだから、到頭目的物をシテやられて了つたのだ。エー仕方のない腰抜だナア』 鬼丸『腰が一時抜けたと思つた丈で、ヤツパリ腰はもとの通り大丈夫ですよ。其点は必ず必ず心配して下さるな。併し折角此処まで仕組んだ玉照彦さまを取逃すとは残念な事だ。そうだから上役面をして高上りをするものぢやないと、何時も言うのですがなア』 テルヂー『貴様さう言つたつて、ヤツパリ上役の務めが出来やせうまいがな。マアマア生命丈拾つたら結構だと思つて諦めるのだなア』 此時雪雲を分けて十六夜の満月は、明皎々と二人の顔を照したまふ。 テルヂー『ヤア貴様はコロンボぢやないのか』 鬼丸『ヤア貴様は谷丸ぢやないのか』 テルヂー『ウン進退維れ谷丸ぢや。何程月はテルヂーでも、吾々の心は真暗闇だ。暗闇紛れに頭と尻を、何時の間にか取つ換へて了つたらしい』 鬼丸『そんな事仰有つても、私は頭からシリませぬワイ、アハヽヽハア』 テルヂー『ヤア貴様はバラモン教の奴だなア。貴様の大将はどうしたのだい』 鬼丸『サツパリ婆羅門だ。笠が古くなれば新しいのと換へたら好いのだ。お前、俺の大将になつて呉れないか。こんな山路で一人になつちや心寂しくつて仕方がない』 テルヂー『ウン、なつてやらぬ事もない。頭許りで歩く訳にも行かず。………俺も大切な足をどつかの谷底へコロンボーして了つたので困つて居るのだ。合うたり叶うたり。サアこれから仲善うして行くのだぞ。此俄天狗に従いて来い。貴様は小天狗にしてやらう』 鬼丸『さうすると、お前は松の木から墜落した天狗だな。………ヤアもう解約致しませう。アタ恐ろしい、天狗と主従の縁を結ぶなんて、どんな祟りが来るか知れたものぢやない』 テルヂー『アハヽヽヽ、実の処、貴様達両人、うまい事をやりよつて、大原山麓の木蔭で、玉照彦さまを手に入れた自慢話をやつて居つたのを、俺達両人がソツと拝聴して、……此奴一つ計略を以て横奪せむものと、俺の家来のコロンボと云ふ奴を、樹下の薄原に忍ばせ、俺は松の木の上に登つて、天狗の声色を使ひ、貴様等両人を嚇かして目的を達しようと、一幕の芝居を行つて見た処、貴様の大将谷丸が、非常に剛腹な奴で、此天狗も策の施す所が無かつたのだ。実際は俺も横目立つ鼻の人間だ、疑ふなら俺の鼻を見い。一割低い鼻だらう』 鬼丸『アハー、それでヤツと安心しました。モウ斯うなれば、神さまの道は元は一株、ウラル教とバラモン教の同盟軍を作り、玉照彦様の行衛を尋ね、三五教に一泡吹かせてやりませうかい』 テルヂー『それも宜からう。併し肝腎の時になつて、俺達に素ツ破抜きを喰はさぬやうにして呉れよ』 鬼丸『それは三五教ぢやないが、刹那心ですよ。何時神界の御都合で、どうなるやら予測す可からざるが、吾々神に仕ふる宣伝使の境遇、其時はマア其時、兎も角玉照彦様の行衛を協心戮力捜査する事に致しませう。私は是れから一寸、天狗岩まで往つて来ねばなりませぬ。約束があるのですから……併し天狗岩は本当の天狗が出よつたら困るから……どうぞテルヂーさま、あなたのお伴をさして下さいな』 テルヂー『ハヽヽハア、巧い事言やがるなア。天狗岩には大方谷丸の大将が玉照彦様を奉按して待つて居るのだなア』 鬼丸『サア其辺は保証出来ませぬが、抜目の無い谷丸先生の事だから、屹度大切に保護して、私の行くのを待つて居られるでせう』 テルヂー『谷丸に会うたが最後、俄に又噪やぎ出して、俺に三行半を渡すと云ふ計画だなア』 鬼丸『イエイエ斯うして、あなたと此処で会うたのも神様の御引合せでせう。谷丸の大将も中々ひらけて居ますよ。屹度喜んであなたと提携するに間違ひ有りませぬワ』 テルヂー『俺も実は天狗岩へ行かねばならぬのだ。コロンボが先へ往つて待つてる筈だから』 鬼丸『あなたもヤツパリ天狗岩に御用が有るのですか。……ア、そんなら別にあたま下げて頼むぢやなかつたに……エライ言霊の濫費をしたものだ』 テルヂー『アハヽヽヽ、現金な奴だなア。口に資本は要らぬぢやないか。何程物価騰貴の今日此頃でも、言霊丈は無料だ。親の讎敵でも討損なうた様に、そう過ぎこし苦労をするものぢやない……サアサア行かう』 とテルヂーは先に立つ。鬼丸はブルブル慄ひ乍ら従いて行く。漸く木下闇に白く浮き出た天狗岩の間近になつた。 鬼丸『モシモシ谷丸は来て居ますかなア。天狗を一疋連れて来ました』 テルヂー『それ見たか。直噪やぎやがる』 谷丸『誰だ。鬼丸の作り声を仕やがつて、狐か狸か、但はウラル教の奴だらう。そんな手に乗る谷丸ぢやないぞ。俺の部下の鬼丸は最前から此処に来て居るのだ。二人も鬼丸が有つて堪るか』 テルヂー『オイ、バラモン教の谷丸とやら、俺はウラル教のテルヂーと云ふ宣伝使だ。玉照彦様を、御無事に奉按して来たか』 谷丸『ナニツ、貴様、玉照彦様の事を尋ねてどうする積りだ。仮令天地が覆つても、貴様等に渡すものかい。天狗の化損ひ奴が……』 コロンボ『アヽ、テルヂー、今来たのかい。私は今迄お前だと思つて、一生懸命に話して居つた。ア馬鹿らしい』 テルヂー『アハヽヽヽ、エライ混線したものだなア。是れだけ需要者が殖えて来ると、電話交換局も大抵ぢやないワイ』 再び月は皎々と輝き始めた。四人の顔は、菊石まで見える様になつて来た。 谷丸『ウラル教の御大将、是れも何かの神様の御引合せだらう。どうぞ打解けて仲ようして下さいや。併し乍ら松の木から墜落する事は廃めて下さい。一つ違へば、一つより無い生命を棒に振らねばなりませぬぞ』 テルヂー『それは有難う。そんなら此処で平和条約を締結しませう。併し玉照彦さまは何方の手に預つたら良いのだ、先決問題として、それが定めたいのだ』 谷丸『是ればつかりは、御免蒙りたい。折角骨折つて奉迎して来たのだから………ヤア玉照彦さまは冷たくなつて居らつしやる。コリヤ大変だ……ハヽア、あまり慌て石と間違へてきたなア。道理でエロウ重たくならつしやつたと思うて居た。エーエ何の事だい』 テルヂー『アハヽヽヽ、態を見なさい。それだからあまり欲張るものぢやありませぬぞ』 谷丸『ヤアこりや大変だ。マ一遍元の所へ引返して探して来うかな』 テルヂー『今度は一イ二ウ三ツで、先へ往つた者が頂く事にしようかい。お前が放かして置いたものだから、棄かしたものを拾ふのは拾ひ勝だ。サア走つた走つた』 谷丸『テルヂー、お前から先へ走りなさい。わしや、ゆつくりと後から探しに行きます』 テルヂー『それだと言つて、お前から先へ往つて呉れな、何処に落してあるか方角が分らぬぢやないか。谷丸、御遠慮は要らぬ。サアお前からお先へお出でなさいませ、最後の一秒間が勝負ぢや』 谷丸『アハヽヽヽ、うまい事仰有るワイ。お前が動かねば、私は二日でも三日でも動かせぬのだい。人を先頭に立てて所在を探さうと思つて……本当にウラル教の宣伝使は、狡猾いなア』 鬼丸『オイオイ谷丸、グヅグヅして居ると、三五教の奴が通つて、拾つて帰んで了ひますで。サア早う往きませう』 谷丸『エヽ気の利かぬ奴ぢやなア。俺が斯う言うて暇費れてる間に、貴様は場所を知つてるのだから、何んでソツと何々せぬのぢやい。頓馬な野郎だ』 テルヂー『オイ、コロンボ、鬼丸君の側をチツトも離れちやならぬぞ。キユツと袖を掴まへて何処へ行つても構はぬ、往く所へ従いて往くのだ。そして何々を何々して来るのだ。良いか』 コロンボ『承知致しました。併し鬼丸の足が速かつたら、どう致しませう』 テルヂー『帯なつと、足なつと、喰らひついて行くのだ。気の利かぬ奴だなア』 谷丸『アヽもうこうなつちや、到底独占する訳にはゆかなくなつて来た。そんならモウ仕方がない、共有物として、ユツクリと行きませう』 とソロソロ歩き始めた。テルヂーは谷丸の袖をグツト握り乍ら、 テルヂー『オイ、コロンボ、鬼丸を放しちや可けないよ』 谷丸『エーエ鳥黐桶に足を突つこんだ様なものだ。エライ所でダニが喰ひ付きやがつて……アヽ是れも何かの罪業だらう』 と面膨らし乍ら、四本足の二組は、堺峠の麓を指して急ぎ下り行く。 (大正一一・五・九旧四・一三松村真澄録) |
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霊界物語 | 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 | 17 言霊車 | 第一七章言霊車〔六六二〕 仰げば遠し其昔広大無辺の大宇宙 天地未だ定まらず陰陽未分の其時に 葦芽の如萠えあがり黄芽を含む一物は 忽ち化して神となるこれぞ天地の太元の 大国常立尊なり其御霊より別れたる 天地の祖と現れませる国治立の大神は 豊国主の姫神と力を協せ御心を 一つになして美はしき世界を造り玉ひつつ 七十五声の言霊をうみ出でまして千万の 身魂を造り国を生み青人草や山河を 𪫧怜に委曲に生み終へて神伊邪諾の大神や 神伊邪冊の大神に天の瓊矛を賜ひつつ 修理固成の大神業依さし給へる折柄に 現はれませる素盞嗚の神の尊は畏くも 大海原を治しめし国治立の大神や 豊国主の姫神の大御心を心とし 千々に御胸を砕かせつ千座の置戸を負ひ給ひ 八洲の国を治めむと心を配らせ給へども 天足の彦や胞場姫の醜の身魂に成り出でし 怪しき霊伊凝り居て八岐大蛇や醜狐 醜女探女や曲鬼の荒ぶる御代と成り果てて 体主霊従の雲蔽ひ世は常暗となり果てぬ 日の神国を治食しめす天照します大神は 此状態を畏みて岩屋戸深く差しこもり 戦き隠れ玉ひしゆ百の神たち驚きて 安の河原に神集ひ議り玉ひし其結果 神素盞嗚の大神を天地四方の神人の 百千万の罪科の贖罪主と定めまし 高天原を神追ひ追ひ玉へば素盞嗚の 神は是非なく久方の尊き位を振り棄てて 大海原に漂へる島の八十島百国の 山の尾の上の曲神を言向け和し麗しき 五六七の神代を始めむと百の悩みを忍びつつ 八洲の国を遠近と漂浪ひ給ふぞ尊けれ ○ 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は転倒るとも天津神達国津神 百の神々百人を誠一つの言霊の 稜威の剣を抜き持ちて天地にさやる曲津神 八岐大蛇を言向けて此世の災禍払はむと 大和心の雄心を振起しつつ進み行く 神素盞嗚の大神はすべての罪を差し赦す 三五教を守りつつ心も広き神直日 大直日にと見直しつ肉の宮より現れませる 八の柱の姫御子に苦しき神命を下しつつ 斎苑の館に身を忍び日の出神や木の花の 姫の命と諸共に恵の露を天が下 四方の国々隈もなく注がせ玉ふ有難さ 埴安彦や埴安姫の神の命と現はれし 国治立や豊国の姫の命の分霊 黄金山下に現はれて暗き此世を照さむと 八千八声の時鳥血を吐く思ひの苦みを 永の年月重ねつつ五六七神政の礎を 常磐堅磐に固めまし豊葦原の瑞穂国 秋津の洲や筑紫島常世の国や高砂の 島にそれぞれ神司国魂神を定めつつ 天の岩戸もやうやうに開き初めて英子姫 教の花も悦子姫空に棚引く紫の 姫の命の現はれて自転倒島の中心地 錦の御機織りなせる四尾の峰の山麓に 幽玄微妙の神界の経と緯との経綸を うまらに委曲に固めつつ薫りゆかしき梅が香の 一度に開く御経綸松は千歳の色深く 心の色も丹波の綾の聖地に玉照彦の 神の命や玉照姫の神の命の二柱 時節を待ちて厳御霊瑞の御霊のいと清く 濁り果てたる天地の汚れを流す和知の川 並木の松の立並ぶ川辺に建てる松雲閣 奥の一間に横臥して五六七神政の神界の 尊き経緯を物語るアヽ惟神々々 御霊幸はひましませよ。 ○ 見渡す限り紺青のみ空に清く玉照彦の 神の命や玉照姫の神の命の現はれて 弥勒の御代に伊都能売の神の御霊の神業を 開始し玉ふ物語三五教を守ります 神素盞嗚の大神の仁慈無限の真心に 流石の曲霊も感銘し心の底より悔悟して ウラナイ教の神司本つ教に帰順せし 聞くも芽出度き高姫や高山彦や黒姫の 罪や穢れを贖ひし松の心の松姫が 高熊山の山麓に心の岩戸を開きつつ 最早悪魔も来勿止の神に魂をば鍛へられ 御稜威も高き高熊の岩窟の中に駆入りて 貴の御子をば奉迎し天が下をば平らけく いと安らけく治め行く神の仕組に参加せし 誠心は三千歳の花咲きいでて今茲に 五六七の神代の開け口松竹梅の宣伝使 月雪花を始めとし教を開く八島主 言依別の言霊に敵と味方の差別なく 誠一つの大本を世界に照す糸口を 手繰りて述ぶる物語筆執る人は松村氏松村 無尽意菩薩の山上氏頭も照す身も照す山上 月照彦の肉の宮言霊開く観自在 三十三相また四相妙音菩薩の神力を 愈現はす十九の巻永き春日に照されて 物語るこそ楽しけれ。 ○ 四方に塞がる雲霧を神の御水火に吹き払ひ 心も清く身も清く青き御空を五六七殿 本宮山の新緑は大本教の隆盛を 衣の色に現はして行手を祝ぐ如くなり 眼下に漂ふ金銀の波に浮べる大八洲 天の岩戸の其上に大宮柱太しりて 千木勝男木も弥高く朝日に輝く金光は 神の御稜威の十曜の紋冠島沓島や六合大の 常磐木茂る浮島は擬ふ方なき五大洲 言霊閣は雲表に黄金の冠戴きつ 聳えて下界を打まもる教御祖を斎りたる 甍輝く教祖殿金竜殿や教主殿 木々の梢も青々と春風そよぐ神の苑 水に浮べる錦水亭地水に輝く瑞月が 尽くる事なく物語る瑞の御霊の開け口 神の力も厳御霊五十鈴の滝の鼕々と 際涯も知らぬ神の代の奇しき尊き物語 高天原と鳴り亘る言霊閣のいや高に 声も涼しき神の風常磐堅磐に吹き送り 醜の草木を靡かせて世人の胸に塞がれる 雲を晴らして永久の花咲く春の神国に 導き救ふぞ雄々しけれアヽ惟神々々 御霊幸はひましませよ。 ○ 月日並びて治まれる聖の御代の二十余り 五つの年の睦の月寒風荒ぶ真夜中に 本宮新宮坪の内遠き神代の昔より 貴の聖地と聞えたる竜門館の神屋敷に 現はれ給ひし艮の皇大神は三千歳の こらへ忍びの松の花手折る人なき賤の家に 住まはせ玉ふ未亡人出口直子の肉宮に 電の如懸りまし宣らせ給へる言霊は 三千世界の梅の花一度に開く時来り 須弥仙山に腰をかけ曲津の猛ぶ世の中を 神の御水火に言向けてミロクの御代を開かむと 厳の雄健び踏みたけび厳のころびを起しつつ 神の出口の口開き大本教の礎を 固め給ひし雄々しさよ賤が伏家の賤の女は 神の御声に目をさまし黒白も分ぬ暗の夜を 光眩き旭子の日の出の神代に還さむと 朝な夕なに命毛の御筆を執りて神言を 心一つに記しつつ二十七年が其間 唯一日の如くにて仕へ玉ひし言の葉は 国常立の大神の貴の御声と尊みて 集まり来る諸人は遠き近きの隔てなく 貴賤老幼おしなべて聖地をさして寄り来る 神の御稜威の赫灼に日々に栄えて大本は 朝日の豊栄昇るごと四方の国々照らし行く 変性男子と現れて錦の機の経糸を 仕組みて茲に七年の月日を重ねて待ち給ふ 時しもあれや三十余り一つの年の秋の頃 変性女子の生御魂神の教を蒙りて 穴太の郷を後にして変性男子の住所をば 訪ねし事の縁となり愈茲に緯糸の 機織姫と現はれて襷十字に掛巻も 畏き神の御教を稜威の仕組の新聞紙に 写して開く神霊界金言玉詞の神勅を 心も狭き智慧浅きパリサイ人が誤解して あらぬ言挙げなしければ清けき神の御教も 漸く雲に包まれて高天原の空暗く 黒白も分かぬ人心瑞の御霊は悲しみて 此雲霧を払はむと心痛むる折柄に 忽ち轟く雷の雲の上より落ち来り 身動きならぬ籠の鳥忠と囀る群雀 漸く声をひそめける瑞の御霊の神言もて パリサイ人や世の人を尊き神の御教に 眼を覚まさせ助けむと心を定めて病労の 身もたなしらに述べ立つる尊き神の御心 筆に写して松の世の栄えの本の物語 臥竜如来と現はれて松雲閣に横たはり 落葉を探す佐賀伊佐男(佐賀伊佐男)垢を清むる温泉の 湯浅清高両人を(湯浅清高)金剛童子や勢多迦の 二人の役になぞらへて倒れかかりし神柱 立直さむと真心の限りを尽し身を尽し 世人の覚醒を松村や外山豊二氏加藤明子(外山豊二) 藤津久子の筆の補助神代の巻の前宇城(加藤明子) 口に任せて信五郎なみなみならぬ並松の(藤津久子) 流れも深き物語空吹く風の颯々と(宇城信五郎) 心いそいそ言霊の車に乗りて勇み行く あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ (大正一一・五・一〇旧四・一四松村真澄録) |
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霊界物語 | 20_未_丹波物語5 錦の宮の発足 | 01 武志の宮 | 第一章武志の宮〔六六三〕 常世の暗を晴らさむと神の御稜威も高熊の 静の岩窟の奥深き恵の露の雨となり 雪ともなりて空蝉の醜世を洗ひ照さむと 空に輝く旭子の光も強き玉照彦の 伊豆の命を奉按し言照姫の神霊や 数多の神に送られて五六七の神代を松姫が 心イソイソ山坂を渉りて来る玉鉾の 道も広らに世継王山東表面の峰続き 紅葉の色も照山の麓に立てる仮の殿 神の御言を畏みて悦子の姫が守りたる 珍の宮居に木の花の姫の命の御水火より 出でし玉照彦の神勇み進んで送り来る 天火水地と結びたる紫姫や若彦は 喜び勇み彦神を迎へ奉りて玉照の 姫の命の夫神と称へまつらむ真心の 限りを尽し仕へ居る神素盞嗚の大神は 英子の姫を遣はして五六七の神代の礎の 百の仕組に仕へしめ国治立の大神が 国武彦と現はれて曇り果てたる末の世を 照し清むる先駆と姿隠して桶伏山 黄金の玉と諸共に御稜威は四方に輝きぬ 言依別の宣伝使斎苑の館を立出でて 雲路押分け遥々と綾の聖地に着き玉ひ 心の空に玉照彦の神の命や姫命 経と緯との皇神の分の御霊と嬉しみて 三五教を弥固にいや遠永に宣り伝ふ。 言依別命は、神素盞嗚大神の命を奉じ、照山と桶伏山の山間に、国治立の大神、豊国姫の大神の、貴の御舎を仕へまつりて、其威霊を鎮祭し、玉照彦、玉照姫をして宮仕へとなし、世界経綸の神業の基礎を樹立せむとしたまひ、遠近の山野の木を伐り、瑞の御舎を仕へまつつた。神人等の道を思ひ、世を思ふ真心凝結して、荘厳無比の瑞の御舎は瞬く中に建造された。称して錦の宮と云ふ。玉照彦、玉照姫は幼時より数多の神人に秀で、神徳高く、神格勝れ、神代に於ける救世主として、天下万民の尊敬を集めたまふに到りけり。 言依別命は、素盞嗚大神の命を奉じ、錦の宮を背景として、自転倒島に於ける三五教の総統権を握り、コーカス山、斎苑の館と相俟つて、天下修斎の神業を宇内に拡張し給ふ事となつた。三五教の宣伝使は云ふも更なり、ウラナイ教を樹て、瑞之御霊に極力反抗したる高姫、黒姫、松姫は、夢の覚めたる如く心を翻し、身命を三五教に奉じ、自転倒島を始め、海外諸国を跋渉して、神徳を拡充することとなつた。茲に元照彦の御霊の再来、天の真浦は、大台ケ原の山麓に生れ、木樵を業となし其日を送り居たるが、綾の高天に錦の宮の建造され、神徳四方に光り輝くと聞きて、樵夫の業を廃し、遥々聖地に訪ね来り、言依別命に謁し、新に宣伝使となることを得た。天の真浦は大に喜び、昼夜の区引なく宣伝歌を謡ひ乍ら、先づ自転倒島に向つて、神徳宣布の神業を試みむとし、聖地を後に唯一人、霧の海原押分けて風のまにまに、人の尾峠の西麓に着いた。道行く人も見えぬ許りの粉雪、滝の如くに降り来り、見る見る一尺許りも地上に積もり、日は黄昏れて、道いよいよ遠く、真浦は行手に迷ひ、進みもならず、退きもならず、蓑笠を着けたる儘、路上に佇立して、声低に天津祝詞を幾度となく繰返しつつあつた。怪しき獣の影幾十となく隊をなして、山上より降り来る。されど真浦は滝と降り来る雪に眼を遮られ、足許に進み来るまで知らざりき。唯何となく雪踏み砕く何者かの足音、追々近づく声のみ耳に入る。真浦は独言、 真浦『今迄暖かい国に育ち、此様な深雪は見た事がなかつた。始めて神様のお道に入り、百日百夜の修行を積み、漸く許されて今茲に宣伝使補となり、足に任せて進みて来たが……アヽゆき詰つたものだ。言依別命様より「汝は是れより人の尾峠を越え、河水清き宇都の郷に初宣伝を試みよ」と仰せられた。併し乍ら、斯う降り積る大雪、況して樹木茂れる此谷間、日は暮かかる……アーア宣伝使も辛いものだ。追々積る雪の量、罷り違へば我身は雪に埋まつて、冷たくなつて了うであらう。進退惟谷まるとは此事だなア』 と心細げに呟く折しも、最前の足音追々近づき来る。見れば数十頭の熊の群、真浦が足許を勢込んで走り行く。真浦は驚いて雪の中に路を避けた。熊の群は何の遠慮もなくスタスタと列を組んで、西方さして走り行く。 真浦はホツと息をつき、 真浦『アヽ、有難い、沢山の熊が現はれて雪路を踏み分けて、立派な通路を開いて呉れた。是れも全く神様の御神徳であらう…………有難し有難し』 と感謝しながら、熊の足跡を踏み分け上り行く。道の傍に一軒の茅屋が有ることが目に付いた。屋内には幽かな火影が瞬いて居る。風が持て来る雪しばき益々烈しく、熊の折角開いて呉れた雪の新道も、瞬く間に閉塞して了つた。屋内には気楽さうに笑ひさざめく声。真浦は此愉快気に笑ふ声を聞き、 真浦『ホンに羨ましい事だなア。我れは神命とは言ひ乍ら、此雪路に悩み、玉の緒さへも切れなむとする極寒の苦しみ、血管を流るる血潮も凝結せむとする辛さに引替へ、此家の内の面白さうな笑ひ声、…………実に人の境遇位運否のあるものはない。併し乍ら我れも神の道を伝ふる宣伝使の初陣、斯の如き雪に恐れ、人の家に這入つて、一夜の宿を請はんとするも、何となくウラ恥かしい、アヽ如何にせむか』 と躊躇ふ折しも、屋内より男の声、 男『オイ、どこの乞食だか知らぬが、此雪の降るのに、何を愚図々々して居るのだ。チツと俺の宅へでも這入つて休んだらどうだ。あつたかい湯も沸いてある。沢山な火も焚いてあるぞ』 真浦『ハイ有難う御座います。併し乍ら私はどうしても此峠を越さねばなりませぬ。御志は有難う御座いますが……』 男『ナニ、俺の宅で休むのは厭だと云ふのか、馬鹿な奴だなア。俺は此辺の杣人だ。少しの雪はチツとも苦にならない男だが、流石山猿の俺でさへも、一歩も今日の雪には歩む事は出来ない。どうして此坂が登れると思ふのか。マアそんな馬鹿な事を言はずに旅は道連れ世は情だ。一樹の蔭の雨宿り、一河の流れを汲む人も、深い縁の有るものだ。サア遠慮は要らぬ、這入つて休息したがいい』 真浦は其言葉に稍心動き、 真浦『どなたか知りませぬが、御親切に有難う御座います。左様ならば暫く休息をさせて頂きませう』 男『アヽそれが良い。サアサアお這入りなさい』 と真浦の手を取り引き入れ、斜に歪んだ雨戸をピシヤツと閉めた。 男『大変な大雪で、倒けかかつた家が益々怪しくなつて来た。愚図々々して居ると雪の重みで、此家も平太つて了ふかも知れないぞ。………オイ駒公、お客さまだ。どつさりと薪木を燻べて御馳走するのだぞ。寒い時には火が一番御馳走だ』 駒公『馬鹿言ふな。どこの馬の骨か、鹿の骨か分りもせぬ代物を、物好きにも駒さんの承諾も得ず、引き摺り込みやがつて、火を焚けも有つたものかい。貴様は何でも取込む事ばつかり考へて居やがる。チツと執着心を脱却せぬかい。取り込むことなら犬の葬式でも喜んで引張り込むと云ふ代物だから困つて了ふ。そんな事で此の立派な家が、どうして立つて行くと思ふのか、秋公の不経済家には俺も本当にアキが来た。寒い時に俄に体を火に近づけると、却て凍傷を起すものだ。どこの奴か知らぬが、赤裸にして頭から冷水でも、ドツサリ御馳走してやるのだなア。貴様と二人斯うして雪に閉されて居つても、チツとも面白味がない。此奴の衣服万端を奪ひ取り、其上赤裸にして水をかけ、それを肴に一杯やつたら面白からう』 真浦『なんだ、其方らは甘言を以て此方をひつぱり込み、泥棒を致すのか』 秋彦『アハヽヽヽ、好い頓馬だなア。そんな事を尋ねるのが馬鹿だ。俺も今日が泥棒の初陣だ。此家は実は吾々の物ではない。老爺と婆アとが居つたのだが、凄い文句を並べてやつた所、昨日の日の暮頃、どつかへ逃げて行きよつた。彼奴は雪爺に雪婆だつたと見えて俄にこんな大雪が降つて来た。サア皮を剥いてやらう』 と真浦の身に着けたる衣服を剥奪せむとする。 真浦『それは、あまりぢや。一寸待つて呉れ』 秋彦『松も檜も有つたものか。袋の鼠、どうしたつて剥かねば置かぬ』 真浦『此家を立去る時に脱ぎませう。それまで此衣服を私に貸して下さいませぬか』 駒彦『オイ秋公、仕方がない、貸してやれ。……オイ何程借賃を出す?それから約束して置かねば喰逃げされては、泥棒商売も棒が折れるからなア。ワハヽヽヽ』 真浦『自分の着物に利息をつけて貸して貰ふとは、又妙な規則の出来たものですなア』 駒彦『愚図々々言ふない。郷に入つては郷に従へだ。是れが泥棒社会の規則だ』 真浦『貴様達は丸でバラモン教みたやうな奴だなア』 駒彦『きまつた事だ。鬼雲彦様の乾児だよ。秋、駒と云つたら、それは本当に翔つ鳥も落すやうなバラモン教の有名な宣伝使だぞ。貴様は三五教の宣伝使、無抵抗主義を標榜して居る腰抜教の奴だから、指一本俺に触へても、抗言一つ致しても、抵抗した事になる。頭をカチ割られようが、黙つて辛抱するのだぞ』 真浦『アーア困つた事になつたもんだワイ。三五教には噂に聞けば、もとは馬、鹿と云ふ紫姫様の家来があつて、それが高城山の松姫さまを帰順させ、駒彦、秋彦と云ふ名を貰つたさうだが、お前の名は秋と云ひ、駒と云ひ、能く似て居る。何か因縁の糸が結ばれて居る様だ。もしや三五教の駒彦、秋彦ではなからうかなア』 秋彦『そんな腰抜の秋彦や、駒彦とはチト相場が違ふのだぞ。俺は三五教の宣伝使真浦と云ふ新米者が宇都山の郷へ初陣に往くので、言依別の神様から……』 駒彦『オイ秋公、何を言ふのだ。ウツカリした事を言ふものでないぞ』 真浦『アハヽヽヽ、大方そんな事だと思つた。言依別の神様が俺の信仰力を試す為に、貴様を此処へ廻しおき、そうして此道を通れと仰有つたのだなア……オイ秋彦、駒彦、モウ駄目だぞ。泥棒でも、バラモンでも、ベラボウでもない、貴様の襟の印は何だ』 駒、秋『アハヽヽヽ、到頭陰謀発覚したか。エヽ仕方がない。そんなら事実をスツカリ白状致して遣はす』 真浦『イヤもう沢山だ。何も承はる必要は有りませぬワイ』 駒公『先づ宣伝使の点数六十五点だ。速に言依別の神様に成績表を書留郵便で送つて置かう。夜が明ける迄三人鼎坐してお神酒を戴いて御日待をしようではないか』 真浦『またそんな事言つて、点数を減らすのではないか』 秋彦『心配するな。一旦認めた以上は減点は決してしない。其代り俺の事もよく報告するのだぞ』 真浦『能く報告してやらう。コンミツシヨンとしてモウ四十五点あげて呉れ』 秋彦『六十五点に四十五点を加へると満点以上になつて了ふ。それでは試験官として報告の仕方がないワ』 真浦『俺の改心は百点以上だ。其代り貴様は百八十点に俺から報告してやらう。併し二人合計してだから……』 と他愛なき雑談に一夜を明かしたりける。 天の真浦の宣伝使秋彦駒彦諸共に 神の教を伝へむと人の尾峠の急坂を 雪かき分けて登り行く地は一面の銀世界 金烏の光りキラキラとまたたき初めて大空は 拭ふが如く晴れ渡り茲に三人は勇ましく 谷の流れに沿ひ乍ら足踏みなづみ進み行く 旭輝く雪は照る神の恵も白妙の 雪に包まる宇都の郷武志の宮を祀りたる 浮木の里に辿り着く又もや降り来る雪しばき 茲に三人は大宮の脇に建ちたる社務所に 雪を凌いで車座になつて暖をば採り乍ら 携へ持てる握り飯ムシヤリムシヤリと平げて 四方の話に耽る折雪かき分けて登り来る 怪しの翁唯一人覚束無げに杖を突き 宮の階段登り来る真浦秋彦駒彦は 眼を据ゑて眺むれば怪しの翁は神前に やうやう近づき拍手の音も涼しく太祝詞 称ふる声の麗しく三人の耳に透きとほる 神の使か真人か但は悪魔の化身かと 怪しみ乍ら秋彦は此場を立ちてザクザクと 雪踏み鳴らし神前に額づく翁に打向ひ 汝は何処の何人ぞ人里離れし此森に 雪を冒して参来たり祈願するは何故ぞ 聞かまほしやと尋ぬれば翁は漸く顔を上げ 胸に垂れたる白鬚を二つの手にて撫で乍ら 四辺キヨロキヨロ見廻して武志の宮の神司 朝な夕なに真心を尽して仕へ奉る 吾れは松鷹彦の司汝は何処の何人ぞ 訝かしさよと問ひ返す其容貌のどことなく 得も言はれざる気高さに秋彦思はず手を突いて 三五教の宣伝使心の色も紅葉の 錦の宮に仕へたる秋彦駒彦二人連れ 天の真浦も諸共に宇都山郷に現はれし バラモン教の曲神を言向け和す鹿島立ち 雪を冒してやうやうに此処まで進み来りしぞ 雪に埋まる山里の家並も見えぬ淋しさに 武志の宮の社務所を借りて休らひ居たりけり 綾の高天に現はれし玉照彦や玉照姫の 宇豆の命の仕へます三五教の司神 言依別の御言もてあもり来りし三人連れ 汝松鷹彦の司吾等三人を宇都山の バラモン館に伴なひて太しき功績を建てませよ 応答如何と詰め寄れば松鷹彦は畏みて 老の歩みもトボトボと雪の階段降りつつ 天の真浦や駒彦が前に現はれ会釈なし 先頭に立たむと誘へば三人は勇み喜びつ 翁の後に従ひて武志の宮に一礼し 東を指して進み行く。 松鷹彦は雪路を杖を突き乍ら先頭に立ちて、バラモン教の宣伝使と聞えたる友彦館に案内すべく進み行く。真浦は翁の後に七八尺遅れて、一歩々々深雪の中の足跡を目標に進む折しも、秋彦、駒彦は物をも云はず、真浦を引抱へ、数丈の崖下に突落した。突落された真浦は何の負傷もせず、高く積もれる雪の上にニコニコと安坐して三人の姿を仰ぎ見て居る。 秋彦『モシ真浦さま、どうだ、御気分は宜しいかな。どこもお怪我は御座いませぬか』 真浦『ハイ有難う、無事着陸致しました』 駒彦『サア六十五点に三十五点を加へて百点だ。肉体は高所から落第したが、御霊はいよいよ立派な宣伝使に及第したのだから喜び給へ』 松鷹彦、目を円くし、 松鷹彦『コレコレお前達は何と云ふ乱暴な事をするのだい。世界の人民を助けて天国へ救ふ役であり乍ら、地獄のやうな断崖から突落すと云ふ事が有るものか、グヅグヅして居ると此老人まで、どんな事をするか分つたものぢやない』 秋彦『お爺さま御心配下さいますな。身魂調べの為に、吾々両人は言依別様の御命令に依りて、あの男の修業をさせに来たのです。ここで腹を立てる様な事では、宣伝使の資格がないのだから、謂はば我々は宣伝使の試験委員だ。是れであの男も立派な宣伝使になりました』 松鷹彦『こんな絶壁から落されては、どうする事も出来ない。何とか工夫をして此処まで救ひ上げて来なさらねばなりますまい』 秋彦『何も御心配は要りませぬよ。獅子は児を産んで三日目に谷底へ棄て、上つて来た奴を又突落し、三遍目に上がつた奴を、始めて自分の子にすると云ふ事だ。こんな所から一遍や二遍突落されて屁古垂れる様な者なら、到底駄目だ。悪魔の栄ゆる世の中の宣伝使にはなれませぬ。上つて来よつたら、又突き落す積りです』 松鷹彦『それだと言つて、それはあまり残酷ぢやないか。早く助けてお上げなさい』 秋彦『そんな宋襄の仁は却つてあの男を憎む様なものだ。可愛いから此断崕から突き落してやつたのです』 松鷹彦『なんと妙な可愛がり様も有つたものだなア。私も此年をして居るが、そんな愛は聞いた事が無い』 と不思議さうに覗き込んで居る。 駒彦『お爺さま、お前も一つ可愛がつてあげようか』 松鷹彦『イヤもう結構々々、お前等に可愛がられようものなら、生命も何も無くなつて了ふ。若い者は兎も角も、此老人がどうなるものか。恐ろしい人達だなア』 と蒼惶として走り去る。 駒彦『アハヽヽヽ、到頭老爺さま肝を潰して逃げて了ひよつた。サア秋彦、モウ用が済んだ。是れから各自手分けをして、命ぜられた方面へ行く事にしよう。…コレコレ真浦さま、マアゆつくりと雪の上でお鎮魂でもなさいませ。これでお暇致します。其代りに百点だよ』 と両手を拡げて見せ、雪路を一生懸命に何処ともなく左右に別れて走り行く。真浦は苦心惨憺の結果、漸く廻り路を見出して、元の所に駆上り、四辺をキヨロキヨロ見廻し乍ら、 真浦『アヽ誰も彼も皆どつかへ埋没して了つた。エヽ仕方がない、足型を便りに後追つかけよう』 と独語しつつ雪に印した草鞋の跡を、犬が鋭利な嗅覚で猪の後を逐ふ様な調子で進んで行く。雪は鵞毛と降り頻り、足跡の窪みは殆ど埋没して了つた。見渡す限りの白雪の野を、一歩々々探る様にして、遂には大川の畔に辿り着いた。河の堤に細い烟の破風口より立昇る小さき茅屋が淋しげに立つて居る。真浦は『御免』と押戸を開けて入り見れば以前の老爺が、婆アと二人茶を啜つて居る。 松鷹彦『ヤアお前は最前の宣伝使だつたなア。能う来て下さつた。随分乱暴な男も有つたものだ。あれは大方バラモンの残党であらう。お前気を付けないと、どんな目に遭はされるか知れませぬぞや』 真浦『ハイ有難う御座います。実は人の尾峠の西麓に於て、盗賊に出会ひました。それから其盗賊さまに武志の宮まで送つて頂いたのです』 松鷹彦『何か盗られましたかなア』 真浦『イエ別に……盗られる処か結構な物を沢山頂戴致しました。盗難品は唯の一点も無く、貰つたものは前後二回で百点ばかりです。実に結構な御神徳を頂きました。最前もアノ絶壁から突き落され、其時にも三十五点呉れましたよ』 松鷹彦『ハテ合点のゆかぬ事を仰有る。その代物はどこに御所持なさるかなア』 真浦『ハイ残らず私の腹の中にしまつてあります。要するに無形の宝ですよ』 松鷹彦、両手を拍ち、打諾づき乍ら、 松鷹彦『ハヽヽヽ、年を老つて、わしも余程耄碌したと見えるワイ、ホンにそうだ。わしもお前さまから宝を四五十点頂戴した。実に忍耐と云ふ宝は結構なものだ。さうでなくては誠の道は拡まりますまい。バラモン教は随分荒行を致しますが……私も元は三五教を奉じて居りました。それから三五教の宣伝使の行方があまり脱線だらけで、愛想が尽き、同じ事なら大勢の者の信ずるバラモン教の方が処世上の便利だと思ひ、一旦は入信しましたが、これ亦どうしても私の腑に落ちない点が沢山ある。そうかうして居る間にバラモン教の一部を採り、ウラル教の或点を加味し、三五教を加へて、新に起つたウラナイ教と云ふ新しき教が出て来たので、又もやウラナイ教に間男をしました。そうして神様を武志の宮にお祀りした処が、その夕から夫婦の者が俄に病気付き大変な発熱で、幾度も死ぬ様な目に遭ひ……コリヤやつぱり元の神様にすがらねばなるまい……と夫婦の者が三五教の大神に謝罪をした処、不思議にも其時より熱が段々に降り、婆アは二三日の後ケロリと嘘を吐いた様に全快して了つた。私は此れから一里許りある下の村の者から選まれて、武志の宮の神主をして居る者だが、村人にさう幾度も幾度も神様を出したり入れたりすると思はれては、信用がないから、ソツとウラナイ教の高姫さまが祀つて呉れた御神号を河に流し、今では三五教の神様をお祀りしたいのだが、一旦御神号を流して了つたので、戴く訳にもゆかず、空の宮を……今日も今日とて謝罪旁拝みに行きました。今日で此雪路を三七廿一日、毎日通ひましたが、不思議な事には、あなた方に宮様の前でお目にかかつたのは、全く神様の御引き合せで御座いませう。併し詳しい教理は存じませぬが、三五教の宣伝使はみな貴方の様に忍耐が強い方ばかりですか』 真浦『昔の三五教は随分乱暴な宣伝使もあり脱線者も沢山出たさうです。併し此頃は玉照彦、玉照姫と云ふ立派な神様の生れ替はりが、聖地に現はれ玉うてより、誰も彼も、緊張気分になり、忍耐を第一として天下に宣伝を始めて居ります。恥かし乍ら私は大台ケ原山麓の暖かい所に生れ、楽に育つて来た報いで、此雪国へ始めて宣伝に参り、余程苦みました。さうして今日が宣伝の初陣です。僅かの時日、神様の教を聞かして頂き、言依別の教主様から許されて、宣伝に参つた者ですから、詳細しい事はまだ存じませぬ』 松鷹彦『さうすると、あなたは今日が始めてですか。それはそれは本当に結構です。宣伝使は分らぬ間こそ却て神徳もあり、人徳も備はるものだ。少し物が分ると知らず識らずに慢心が出て、終には信仰に苔が生え、又元の邪道に逆転するものだ。私もさう云ふ初心な宣伝使に一度会ひたいと思うて居つた。どうぞ貴方はこれから私の茅屋に逗留し、武志の宮の御神体を斎つて下さい。さうして村の者にも教を伝へ、バラモン教を改めさせたいものです』 真浦『神様を祀ると云つても、私の様なものでは、到底それだけの資格が有りませぬ。時を得て聖地にあなたも参拝し、言依別命様に面会して、御神体を奉迎してお帰りなさいませ。それが何より結構でせう。我々は宣伝をするばかりの役、神様の御神体を扱ふ事は出来ませぬ』 松鷹彦『如何にも、さう聞けばさうです。物品か何かの様に軽々しう扱ふ事は出来ますまい。時機をみて御願ひする事に致しませう。さうして三五教の教の樹て方は、大体どう云ふ事が眼目になつて居りますか』 真浦『あなたは最前も、三五教に入信て居たと仰有つた。私よりは、謂はば古参者、能くお分りでせう』 松鷹彦『唯々世界統一の神様だと信じ、此曇つた世の中を早う安楽な、潔白な世にしたい許りに信仰を続けて居たのみで、言はば徹底せない信仰で有りました。それ故あちら此方と迂路付いて見たのだが、どうしても三五教が斎る神様に御神力がある様だ。何とはなしに恋しくなつて来ました』 真浦『私が知つて居る事の大体だけを簡単に申しますれば、……世界を神の慈愛の教に依りて、道義的に統一し、世の立替立直しを断行する事。能ふ限り神様の道を宣揚し、体主霊従の物質的教に心酔せざる様教ふる事。如何なる事も神様にお任せ申し、自分の我を出さずに能ふ限り道に依りて力を尽す事。天地神明の鴻恩を悟り、造次にも顛沛にも、感謝祈願の道を忘れざる事。常に謙譲の徳を養ふ事。如何なる難儀に遇うとも、誠の道の為ならば少しも恐れず、誠を以て切り抜ける事。社会の為に全力を尽し、天下救済の神業に奉仕する事なぞを以て、吾々は宣伝使の尽すべき職務と確信して居ります。併し乍ら、中々思つた様に行ひが出来ないので、神様に対して何時も恥入つて居る次第で御座います』 松鷹彦『オウ、それで大体の御主意が分りました。今までの三五教の宣伝使は、三五教には退却の二字は無いと云つて、随分乱暴な喧嘩もしたものです。然るに今日あなたの御説の通り、三五教自身に立替が出来た以上は、最早天下何者をか恐れむやである。其実行さへ出来れば、此宇都山の里人も残らず帰順するでせう。どうぞ武志の宮の社務所にお止まり下さつて、不言実行の手本を見せて下さい。それが第一の宣伝です』 真浦『有難う御座います。何分宜しく御願ひ致します。私の初陣として、あなたの御病気の全快を神様に祈らして下さいませぬか』 松鷹彦『それは是非共頼まねばならぬ。併し乍ら不言実行だ。お前さまが私の宅へ来て間もなく、私の病気が知らぬ間に癒る様になさらぬか。願はして呉れ……なぞと仰有るのが間違つて居る。まだお前さまはチツと許り名誉欲の魔が憑いて居ますな』 真浦『ハイ恐れ入りました。それならモウ決して祈りませぬ。あなたの病気には無関係ですから、さう思つて下さい』 松鷹彦『ハイハイ分つた分つた。御互に神様の御子ぢや。右の手より施す物を左の手が、知らぬ様にするのが、誠の不言実行、三五の教だ』 真浦『あなたは何も彼も能く知つて居て、私を実地教育して下さるのだなア。有難う御座います。アヽ神様は人の口を藉つて、イロイロと修業をさして下さるか、思へば思へば有難い、勿体ない』 と涙を袖に拭ふ。 松鷹彦『わしは何にも知らない。唯お前さまと話をして居る際、俄に体が変になつて、あんな失礼な事を言ひました。どうぞ気に止めて下さるな……アヽ有難い、今迄ヅキヅキとウヅいて居つた私の足が、何時の間にかスツカリ癒つて了つた』 と拍手再拝、真浦を神の如くに手を合して拝み立てる。 雪に閉され四五日真浦は、老夫婦の親切にほだされて、教話を説き乍ら冬の日を消した。 松鷹彦『此処は御存じの通り、山と山とに囲まれて不便の土地、御馳走も一度上げたいと思へども、斯う雪に閉されては、どうする事も出来ぬ。幸ひ此川の淵には、沢山な小魚が居つて、つい其処の淵には、冬の寒さで一所に籠つて居る。これを掬うて来て、お前さまの御馳走にして上げませう』 真浦『ア、それは有難う』 と言ひつつ、後は小声で、 真浦『不言実行が肝腎だなかつたかなア』 と幽かに呟いた。老爺さまは玉網を担げ、雪掻き分けて川縁に行つた。そうして玉網を淵に突つ込み、荐りに骨を折つて居る。此家の座敷から能く見える距離である。婆アさまと真浦は、爺さんの川漁を面白げに眺めて居た。松鷹彦はどうした動機か、誤つてドブンと川に落込み、チツとも浮いて来ない。婆アさまは素知らぬ顔して眺めて居る。真浦は驚いて、 真浦『ヤアお爺さまが川へ落ち込んだ。助けてあげねばなるまい』 と立ちあがる。婆アさまは初めて口を開き、 婆(お竹)『不言実行だ』 真浦『恐れ入りました。これから私もお前さまに代つてあの青淵目蒐けて、バサンと飛び込み、ヂイさまを救はう』 婆(お竹)『お手並拝見の後御礼を申しませう。何は兎も有れ不言実行ですからなあ』 真浦は尻ひつからげ雪の中を倒けつ転びつ飛んで行く。爺イは此時柳の木に取り付き、ムクムクと上つて来た。 真浦『お爺さま、結構でした。能う助かつて下さつた。実は私もビツクリして助けに来たのだ』 松鷹彦『あなたは有言不実行だ、アハヽヽヽ』 真浦は黙つて老爺さまの着物を搾りかけた。 松鷹彦『自分の着物は自分が絞る。モツと忘れたものがあるだらう』 真浦は黙つて引返し、矢庭に座敷の中をキヨロキヨロ見乍ら、おやぢさまの着替を見付け、小脇に抱へて飛出した。婆アは、 婆(お竹)『コレコレお前さま、それはおやぢの着物だ。老爺の陥つたのを幸ひ、大切な着替を不言実行して、どこへ浚へて行くのだ。……ホンにホンに油断のならぬ人だなア、オホヽヽヽ』 真浦『エー夫の危難を前に見乍ら、一言も頼みもせず、不言実行だなんテ、謎をかけやがつて、おまけに俺を盗人扱ひにして洒落て居やがる。此奴ア普通の狐……オツトドツコイ女ぢやあるまい。……早く行かぬと、爺が凍てて了ふ』 と裏口を跨げかける。婆アは、 婆(お竹)『真浦さま、早く早く、不言実行だ』 真浦は物をも言はず、爺の所に走り着いた。老爺は赤裸となりて真浦の持つて来た着物を、手早く身に着け『大きに』とも、『御苦労』とも言はず、黙つてスゴスゴと吾家に帰る。真浦は濡れた着物や網を引抱へ、 真浦『アヽ本当に不言実行歩と出よつたな。油断のならぬ化物爺だ。モウこれからは暫時唖の修業だ』 と独ごちつつ、爺の家に帰つて来た。 婆(お竹)『流石三五教の宣伝使ぢや。能う気が付いた。これでお前も又一点程点数が増えましたデ、ホヽヽヽヽ』 松鷹彦『アイタヽヽ、又しても痛くなつた。此奴ア病気が撥ね返るのではあるまいか。非常な激痛だ』 と顔を顰め、 松鷹彦『不言実行不言実行』 と呶鳴つて居る。婆アは、 婆(お竹)『折角御神徳を戴き乍ら……爺さま、お前は二口目には不言実行と仰有るが、取らぬ狸の皮算用をする様に、棚の牡丹餅をおろして喰ふ様に、慢心して、真浦さんに御馳走をしてあげようかなんテ、仰有るものだから、忽ち神様の御戒めを食つて、有言不実行になり、そんな土産を頂戴して苦むのだよ。チツと神様に謝罪をなさらぬか』 松鷹彦『俺は神様に対して不言実行、暗祈黙祷を行つて居るのだ。どつか其辺らに不言実行者が、モウ出さうなものだ。アイタヽヽ』 真浦は赤裸となり、裏の川にザンブと飛び込み、御禊をなし、一生懸命で何事か祈願し始めた。爺イの足の痛みは不思議にもピタリと止まつた。 松鷹彦『真浦様、有難う。御神徳を頂きました。サアどうぞ此方へ来て下さい。火を焚いてあたらしてあげませう』 真浦は川より這ひ上り、身体の露を拭ひ乍ら、 真浦『お老爺さま、火を焚くのもヤツパリ不言実行だ、アハヽヽヽ』 (大正一一・五・一二旧四・一六松村真澄録) |