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霊界物語 10_酉_黄泉比良坂の戦い 14 松風の音 第一四章松風の音〔四四四〕 風のまにまに近より来る宣伝歌の声に、前方を眺むれば、山上にて袂を別ちたる珍山彦、松、竹、梅の三人、悠々として此方に進み来る。 淤縢山津見『ホー、妙な所で邂逅しました。大変でございますよ』 珍山彦(蚊々虎)『大変とは何ですか』 淤縢山津見『今少し前に、法螺の声、鼓の音が聞えたでせう』 珍山彦『アヽ、あれですか、あれは敵が黄泉比良坂に進軍するのですよ。面白い事が始まつて来た。吾々共が斯うして宣伝に歩いたのも、黄泉比良坂の戦ひに出陣せむが為の用意であつた。ヤア、面白うなつて来たワイ』 淤縢山津見『珍山さま、面白いどころぢやありませぬワ。一時も早く、松、竹、梅は桃の実の御用に立たねばならぬ。敵に黄泉比良坂を占領せられぬ先きにと今まで思つてゐたが、余り俄の敵軍の出陣で時期を逸して了つた。あゝ如何したら宜しからう』 珍山彦『何うも斯うもあるものか。松、竹、梅の三人の宣伝使は去年の中に黄泉島に渡つて居られますよ』 淤縢山津見『そんな馬鹿な事がありますか。ここに現に三人、松、竹、梅の宣伝使がゐられるではないか』 珍山彦『この山を御覧なさい。松は世界に一本より生えないといふ規定はない筈だ。竹も梅もその通りだ。この三人は実は化物だよ』 言葉の終ると共に、三人の娘の姿は烟となりて消え失せにける。 淤縢山津見『イヨー、珍山さま、あなたは余程変つてゐますね』 珍山彦『変つてゐるでせうが、今気がつきましたか。随分ウスノロな眼力ですな』 淤縢山津見『あなたのお口の悪いこと、それでも宣り直し宣り直しと仰有るのだから、妙なものだ。まるで狐に魅まれた様だワイ』 この時、又もや人馬の物音凄じく聞え来る。見れば鼻のめしやげた鷹取別、照山彦の両人は、戎衣の袖に日光をキラキラ浴びながら駿馬に跨り、采配揮つて進め進めと下知してゐる。 今度は余程の大舞台[※八幡版では「大部隊」に修正してある。]で、部将には、大雷、黒雷、火雷、拆雷が各自部隊を引率し、白地に葵の紋所の旗を春風に靡かせながら、旗鼓堂々として進み行く勇ましき光景なり。 淤縢山津見『あれだけの軍勢を繰り出して了つたら、後の陣営は空虚でせうか』 珍山彦『形に於ては空虚だ。そのかはりに幾百千万とも限りなき醜女探女の魔神が城の内外に充満してゐる。最後になつて彼の魔軍は比良坂に攻め寄せるのだ』 といふより早く、珍山彦の姿は又もや煙となつて消え失せにける。 淤縢山津見『アヽ何だ、怪体な事だワイ。オイオイ固虎さま、お前も煙となつて消えるのではないかな』 固虎『余り偉い神さまばかりで、恥かしくて私は消えたいやうに思つてゐるが、どうしても消えられないのですよ』 淤縢山津見『あゝ仕方がない。これからロッキー山の城内に化け込んで様子を探らうか。今から黄泉比良坂へ行くのも後の祭りだ。オー固虎殿、そなたは今まで常世城の家来であつたのを幸ひに、私を連れて城内に導いてくれまいか』 固虎『それはお安いことながら、淤縢山津見の名を知らぬものは滅多にない。また大国姫命は元の貴方の素性もお顔も知つてゐる。軽々しく進み入るは剣呑ですよ』 淤縢山津見『さうかな。併し、あまりグヅグヅいたして居つて、黄泉比良坂の神業に遅れて了つた。それだから大神様の本陣と連絡を取つておかねばならぬのだ。自由行動を執つたばかりで、吾計画は六日の菖蒲、十日の菊となつて了つたのか。エヽ残念な、口惜しい。どうしてこの失敗を挽回しようか』 と悔し涙に咽びながら、両手を拍つて神言を奏上し、力なげに宣伝歌をうたひ始むる時しも、忽然として現はれ出でたる宣伝使あり。淤縢山津見は、 淤縢山津見『オー、貴方は照彦、戸山津見様、エヽお互に残念な事をいたしましたなア。千載一遇の比良坂の戦に参加し遅れたのは口惜しい。最早ロッキー山の魔神らは退去[※校定版・八幡版では「大挙」に修正してある。]、黄泉島へ出陣して了つた。どうしたら宜からうか』 照彦(戸山津見)『イヤ、別に心配はいりませぬ。神界の御経綸によつて、貴方を此処に止め置く必要があるのですよ。幸ひ、固虎さまを案内者として、ロッキー山深く進み入り、伊弉冊の贋神の様子を探る必要がある。遅れたのは所謂水も洩らさぬ神の仕組だ。戦に出陣するのみが神業ではない。サア、これから御両人はロッキー城にお進み下さい。吾々は常世城に忍び入り、一切の計画を調査いたしまする。左様なら』 と言ふかと見れば姿は消えて白煙、松吹く風の音のみぞ聞ゆる。 あゝ、この三人は如何なる神業に参加するであらうか。 (大正一一・二・二二旧一・二六桜井重雄録)
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霊界物語 11_戌_コーカス山の大気津姫退治 08 明志丸 第八章明志丸〔四七五〕 山川どよみ国土揺り曲神猛ぶ常暗の 雲を晴して美しき神代を建てて黄金の 世界を造り固めむと黄金山に現れませる 三五教の宣伝使東雲別や青雲の 別の命はやうやうに百の悩みを忍びつつ 神の仕組もクス野原男女六人の神司 荒野ケ原にめぐり会ひ西へ西へと北の森 一夜の露を凌ぎつつ神の教を畏みて 道も明志の湖のこなたの郷に各自に 袖を別ちて進み行く錦の木の葉散り果てて 北風寒き冬の空地は一面の銀世界 行きつ倒れつ雪の路春をも待たぬ梅ケ香の 薫ゆかしき宣伝使明志の湖の岸の辺に 独りとぼとぼ着きにける。 明志丸は数十の船客を乗せ、今や出帆せむとする時であつた。梅ケ香姫は急ぎ船中の客となつた。骨を裂く様な寒風はヒユーヒユーと笛を吹きて海面を掃き立てる。浪に揉まれて船の動揺は刻々に激しくなつて来た。大抵の船客は寒さと怖さに慄ひあがつて、船底に小さくなりてかぢりつく様にして居る。中に四五人の男は腰の飄の栓を抜いてソロソロ酒を飲み始めたり。 甲(勝公)『空は何ンだか、ドンヨリとして日天様も碌に見えず、白い雲が一面に天井を張つて居る。地は見渡す限り真白けだ、青いものといつたら、此明志の湖と貴様の顔丈だ。一つ一杯グツとやつて元気をつけたらどうだい』 乙(八公)『イヤ俺は下戸で………貴様一人飲ンだら宜からう』 甲(勝公)『オイ八公、貴様は飲ける口だから、お相手にして遣らう』 と杓を突出す。八公は杓を受取りて、瓢より注いでは飲み注いでは呑む。だんだんと酔が廻り、 八公『オイ勝公、貴様は何時にない悄気た顔しやがつて、チツト元気を出さぬかい。北の森で宣伝使に縛られやがつて、それからと云ふものは大変に顔色が悪いぞ』 勝公『喧しい云ふない。今作戦計画をやつて居る所だ。アーメニヤのウラル彦の神さまから、北の森へ宣伝使がやつて来るに違ないから、彼奴を縛つて連れて来いと云ふ命令を受けて毎日日日夜昼なしに張つて居つた処、大袈裟にも一度に六人もやつて来やがつたものだから、如何に強力な俺も、一寸面喰つたのだ。村の奴は何奴も此奴も腰抜計りでビクビクと震ひあがつて、みんな逃げて了ふなり、俺一人が何程固くなつて気張つたところで、どうにも斯うにも仕方がない、是からお断り旁村の奴の腑甲斐ない事を、ウラルの神に注進に行くのだ。オイ貴様等も弱虫の中だ』 八公『えらさうに言ふな、霊縛とかいふものをかけられやがつて、寒空に一日一夜も化石の様になつて、目ばつかりギヨロつかせて、見つともない涙をボロボロ垂して居たぢやないか、村の奴が居らぬと思つて偉さうに云つても、此処に証拠人が居るぞ、貴様が村の者の悪い事をウラル彦に言ふのなら勝手に言へ、俺は村中の総代で、斯うやつて四人が行くのだ。貴様の欠点を全部申上げるのだから、無事に帰れると思ふな』 勝公『馬鹿を云ふな、なにほど強力無双の勝ちやまでも、雑兵がガチガチ慄して居るやうな事でどうして戦闘が出来るか。オイ鴨公、貴様何だ、慌て一番先に宣伝使の前へ行きやがつて逃腰をした時の態つたら、本当に絵にもない様な姿だ。マア喧ましう言はずと厭でも応でも酒でも喰つて元気を附けて、ここで一つ和合をしたらどうだ。見直し聞直し詔直しだ』 八公『コラ勝公、貴様そンな事云ふとやられるぞ。知らぬ間に三五教に魂を取られやがつて、宣伝歌の様な事を吐くぢやないか。三五教と云ふ奴は、月が照るとか走るとか、雪が積むとか積まぬとか、海が覆るとか潮もない事をほざく教だ。伝染り易い奴だな、全然虱の子孫みた様な奴だ』 勝公『ナニ虱の子孫だ、馬鹿にするな、虱の本家本元は勝ちやまだ。一寸見い俺の頭を、一寸掴んでも一合位は養うてあるぞ。虱と云ふ奴は生れ故郷がないと云うて悔むと云ふ事だが、其生れ故郷と云ふのは勝ちやんの頭だ。何奴も此奴も虱をわかしやがつて、俺の頭にわいたと吐かさずに、うつつたうつつたと吐かすものだから、虱の奴生れ故郷がないと云つて泣きやがるのだ。虚偽の世の中と云ふのは是でも能く分る』 鴨、小さい声で、 鴨公『オイ、今あの隅くらに蓑笠を着て乗つて居る奴、どうやら宣伝使らしいぞ』 八公『さうだ水を呉れと吐かす奴だ』 鴨公『水を呉れと云つたつて、こんな塩水は飲まれたものぢやない。米の水でも一杯飲ましてやつて、どうだ退屈ざましに踊らしたら面白からう』 勝公は『ヨー』と言ひ乍ら、酔眼朦朧と女の方を見詰め、 勝公『ヤア占めた、ハア是で北の森の失敗も償へると云ふものだ。船の中だ、彼奴が上陸る時に我々が前後左右から、手を執り足を取り、後手にふん縛つて、アーメニヤへ連れて行く事にしようか。兎も角酒を呑まして酔はすが一等だ』 鴨公『そいつは駄目だぞ。三五教といふ奴は、酒は飲むな喰ふなと吐す奴だ』 八公『ソリヤ表面丈だ、酒喰はん奴が何処にあろかい、御神酒あがらぬ神はないと云つて神さまでさへも酒を飲まれるんだ。其神のお使が酒を嫌ひなんてぬかすのは、そりや偽善だ。彼奴の前で美味さうな香をさして、飲んで飲んで呑みさがしてやらう。さうすると、宣伝使が舌をチヨイチヨイ出しよつて唇を甜り出す、そこで、オイ姐さま一杯と突出すんだ』 鴨公『俺は下戸だから酒の様子は知らぬが、そんなものかいなア』 女宣伝使はムツクと立つて、宣伝歌を歌ひ始めた。 梅ケ香姫『神が表に現はれて常夜の暗を明志丸 救ひの船に乗せられて憂瀬に沈む民草を 救はむ為の此首途千尋の海の底よりも 深き恵の神の恩教へ導き北の森 堅き巌に腰かけて茲に六人の宣伝使 息を休らふ折柄にウラルの神の間者 二つの眼を光らせて窺ひ来る可笑しさよ 何れの方と眺むれば心許りの勝さまや 蛸の様なる八さまの足もヒヨロヒヨロ鴨々と おどして見たら腰抜かしかもて呉れなと減らず口 高彦さんの鎮魂に化石の様に固まつて 一夜一日を立暮し妾一同の後追うて 三五教の宣伝使取逃がしたる事由を 明志の湖の荒浪に揉まれて進む気の毒さ 酒の機嫌にまぎらして互に泡を吹く風に』 勝公『コラコラ何を吐しやがるのだ。女の癖に勝さまだの、蛸だの、鴨だのと、猪口才な三五教の教は善言美詞と吐して居るぢやないか、風引くも引かぬも抛つときやがれ、弱味に附込む風の神さまと云つたら俺の事だぞ。此間は六人も居やがつたので、見逃しておいたのだ。今日は幸ひ貴様一人だ、焚いて喰はうと、煮て喰はうと、引裂かうと俺の勝手だ。サア、モ一つほざいて見い、ほざいたが最後貴様の笠の台は鱶の餌食だ』 梅ケ香姫『ホヽヽヽヽ、勝さんとやら、末まで聞いて下さいな』 勝公『エツ、聞かぬ。此大勢の中で、勝さまが勝つたの負けたのと、恥を振舞ひやがつて男前が下がるワイ。斯うなれば意地だ、貴様に勝つたか負けたか、此処で一つ、此湖ぢやないが明志をして、俺のあかりを立てねばならぬのだ。どちらが善か悪か、明志暗しは今に分るのだ』 と言ひ乍ら、鉄拳を振上げて、梅ケ香姫に打つて掛らうとする。此時襟髪をグツト握つて二三尺ばかり猫をつまむだ様に提げた男がある。 男(時公)『アハヽヽヽ、サア勝か負か明志の湖だ。此手を離したが最後、勝は鰹の餌食だ』 勝公『マアマア、待て待て、待てと言つたら、待つたが宜からうぞ。一つよりない生命だ大切にせぬかい。俺でも神様の分霊だぞ。俺は貴様に殺されたつてビクともせぬ男だが、貴様が神のお宮の此方を損つたら、貴様に罰が当るから、殺すなら殺せ、地獄で仇討をしてやるから………』 男(時公)『減らず口を叩くない、一つ、貴様は酒を喰ひ酔つて大分に逆上て居るから、調和の取れる様に、水の中へ一遍ドブ漬茄子とやつてやらうかい』 勝公『マアマア待つて下さい、同じ天の下のおほみたからだ。四海同胞だ』 男(時公)『ここは魔海死海と言うて、ここは人の死ぬ海だ。此死海へ御註文通り死海ドボンとやつてやらう』 勝公『オイ八、鴨、何故愚図々々としてやがるのだ、此奴の足を攫へぬかい。此奴を死海ドボンだ』 鴨公『態ア見やがれ、強い方へ附くのが当世だ、貴様が強いと思うて、俺等は何時も、表向はヘイヘイハイハイ言うて居るものの、後向に舌を出してゐるのも知りやがらずに、よい気になつて村中で暴れ廻した其報いだ。天道さまは正直だ、貴様がドブンとやられたら、北の村は餅搗いて祝ふぞい』 勝公『人の難儀を見て、見殺しにするのか』 八公『見殺しも糞もあつたものかい、………もしもし、何処の何方か知りませぬが、さう何時までも提げては、お手が倦いでせうから、今の死海ドボンとやらをやつて下さい』 勝公『コラ貴様までが相槌打ちやがつて、友達甲斐のない奴だ』 男(時公)『アハヽヽヽ、弱い奴だ、そんなら一寸また後の慰みに見合しておかうかい』 勝公『あとは後、今は今、一寸先や暗の夜、暗の後には月が出る』 八公『月は月だが運のつきだ、俺も貴様に愛想がつきた』 一人の男は勝公をソロリと船の中に下してやつた。 勝公『ヤ、有難う御座いました、お蔭で生命が助かりました』 男(時公)『ヤア、暫くお預けだ』 八公『まるで狆みたいに言はれてけつかる』 男(時公)『ヤア、これはこれは梅ケ香姫様、不思議な所でお目にかかりました。皆の方はどうなさいました』 梅ケ香姫『ヤ、あなたは時さまであつたか』 (大正一一・三・一旧二・三松村真澄録)
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霊界物語 12_亥_天の岩戸開き 序文 序文 教祖御筆先と霊界物語に就て、少しく所感を述べて置きます。 抑も教祖の手を通して書かれた筆先は、到底現代人の智識や学力で之を解釈する事は出来ぬものであります。如何となれば、筆先は教祖が霊眼に映じた瞬間の過現未の現象や、又は神々の言霊の断片を惟神的に録したものですから、一言一句と雖もその言語の出所と時と位置とを霊眼を開いて洞観せなくては、其真相は判るものではありませぬ。之を今日の演劇に譬て見れば、艮の金神の筆先の名の許に、塩谷判官高貞の言語もあれば、高野師直、大星由良之介、大野九太夫、千崎弥五郎、早野勘平、お軽、大野定九郎、加古川本蔵、桃井若狭之介などの役者が各自に台詞を使ふのを、由良之介は由良之介一人に対する台詞、九太夫は九太夫一人のみの台詞を集めたのが、教祖の筆先であります。所謂芝居の下稽古の時に、各役者が自分の扮すべき役目の台詞のみを読み覚ゆるための抜書のやうなものであります。故に、実際の霊界にある神劇を目撃したものでなければ、筆先を批評する事は出来ませぬ。例へば大星由良之介の台詞の筆先を見れば、実に感心も為し忠臣義士の模範とする事も出来ますが、之に反して九太夫の台詞を記した筆先を見る時は、実に嘔吐を催す而已ならず、実に怪しからぬ筆先に見えるのであります。故に神様は、三千世界の大芝居であるぞよと、筆先に書いて居られます。其各自の台詞書を集めて、一つの芝居を仕組むのが緯の役であります。故に霊界物語は筆先の断片的なるに反し、忠臣蔵の全脚本とも云ふべきものであります。筆先の中にも、智恵や学では此筆先は到底判るもので無い、因縁の霊魂に神界の実地が見せてあるから、其者と直とでなければ筆先の精神は判らぬぞよ、と記してあるのを見ても判りませう。又時と処と位置とに因りて、筆先の文句に異同あるのも当然である。軽々しく筆先は人間の論評すべきものではありませぬ。筆先は決して純然たる教典ではありませぬ。 要するに、太古の神々の活動を始め、現在未来の神界の活劇を、断片的に示した台詞書きに過ぎませぬ。之を一つに取まつめてその真相を劇化して、完全に世人に示す様にするのが霊界物語編纂の大使命なのであります。右様の性質の筆先を一所に集めて、神劇の真相を世に発表せむと努力する緯役の苦心をも覚らずに、緯役が完全な筆先をワヤに作りかへたなぞと批評する人は、筆先の真の価値なり又神の御意志を以て、自分の意志と同一に見做した人々の誤りであります。教祖の書かれた筆先(台詞書)の九太夫の巻を見た人は、キツト艮の金神の教は悪であると云ふであらう。由良之介の台詞書を見た人は、定めて艮の金神の教を立派な結構な教であると云ふでありませう。この台詞書を整理して立派な神劇を組立てた上、始めて平民教育の芝居ともなり、バイブルともなるのであります。九太夫一人の台詞を見たり、由良之介一人の台詞書のみを見て、善だの悪だの忠だの不忠だのと批評するのは、批評する人が間違つて居るのであります。故に緯役は大正十年旧九月十八日、教祖の神霊の御請求に由つて、病躯を忍び臥床の儘霊界物語を口述することと致しました。然るに霊界物語は簡明を欠くとか、冗長にして捕捉する事が出来ないとか、複雑之を読むの煩に堪へないとか、神劇としても俗化して居て神威を冒涜するものだとか、甚だしきは緯役の精神そのものの発露だとか、種々雑多の小言を聞きますが、緯役として霊界物語を口述し始めたのは、今迄の信徒の方々が筆先の台詞書而も九太夫の台詞を真の神の教の如く軽信された結果、昨春の様な事件を突発する様になつたのだから、過失を再びせざらしめむとして、病中を忍び本物語を著述する事に成つたのであります。決して道楽や物好きでコンナ事が出来ませうか。 馬琴は二十八年間を費して八犬伝を作りました。この霊界物語は、僅かに一年足らずの間にて口述日数は百五十日、而も八犬伝の三倍を超過して居る大部なものであります。何れも人間の頭脳の産物でない事は、少し著述に経験ある文士なれば一目瞭然たるべきものだと考へます。又中には、霊界物語は神幽現三界の歴史であつて、家庭の宝典たる教化的価値なきものだと云つて居る布教師があるさうですが、未だ霊界物語を読了せないからの誤りであります。第一巻より第四巻迄位を読むだ人は、教訓的よりも歴史的方面の多いものと思惟されるのは寧ろ当然だろうと思ひます。併し霊界物語は歴史でもあり、教訓でもあり、教祖の筆先の解説書であり、確言書であり、大神劇の脚本であります。この物語に依らなければ、教祖の筆先の断片的(台詞書)のみにては、到底神界の御経綸と御意志は判るものでは無いのであります。 霊界物語の文句の中に、一旦帰幽した神人が時代不相応の後世まで生きて居て種々の活動をしたり、又ヱルサレムの都が現今の小亜細亜の土耳古であつたりするなどは、現代人の尤も疑ひの種を蒔くものと予期して居ます。併し何を謂つても数十万年前の物語であり、又霊界を主として口述したのですから、不審の点は沢山にあるでせう。口述者自身に於ても不審、不可解の点は沢山ありませう。筆先と霊界物語とは経緯不離の関係にある事を考へて貰ひたい。また今まで発表した神諭は、由良之介や千崎弥五郎の台詞のみを教訓として発表したものであります。たまに九太夫の台詞のやうに人に依つて感じられる点がある様なのは、其人が神劇の全体を見て居ないから起る誤解であります。由良之介でも七段目の茶屋場あたりでは、一寸見ると九太夫式の言辞を弄してゐる。されど彼の心中は決して悪ではない。緯役として今まで発表した神諭を、九太夫式の点がある様に解するのは、霊界の真相が解らないからであります。何れも緯役として解決の着かない様なものや、悪言的の筆先は決して発表はして居ませぬ。精神のゆがみたる人が見たら悪く見えるであらうが、緯役として神界の実地に触れ根拠ある点のみを選抜して神諭とした迄であります。悪く見ゆるのは神霊の活劇を見ないからであります。故にその蒙を啓くために、本書を発表する事となつたのであります。 中には『筆先は一字も直すことは成らぬぞよ』とあるのを楯に採り、緯役が直したのが不都合だと謂つて居る人がある。是も一を聞いて二を知らぬ人の誤りである。変性女子は緯役だから書き放題に出口直に書かしてあるから、女子がよく調べて直して出して下さいと示してある。是が緯役としての使命である。『一字も直す事は成らぬぞよ』と示されたる意義は、変性女子以下の当時の筆記者に対して示された筆先の詞である。之と混同して緯役を云々するのは少し早計でありませう。
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霊界物語 12_亥_天の岩戸開き 09 正夢 第九章正夢〔五〇五〕 常夜ゆく暗を晴らして皇神の珍の御子たち助けむと 稜威も高き高光彦や神より受けし伊都能売の 玉光彦の玉も照り大海原に漂ひて 海月なす国光彦のみづの身魂の三柱は イホの都の町はづれ老樹茂れる森の下 露を厭ひて仮枕国魂神を祀りたる 祠の後に身を隠しまどろむ折しも何処よりか 集まり来る人の影神灯神酒を奉り 常夜の様を歎きたるイホの都の酋長が 世人助くる手段さへ夏山彦の神司 神の御前に太祝詞唱ふる声もいと清く 心の闇も春公の倉あけ渡し食物を 神に誓ひて夫れぞれに配り与へ饑渇き 救ふはいとど易けれど霊の餌と充つるべき 教の餌に苦みつ神の御前に諸人を 集めて諭す神の教食物着物住む家と 酒より外に心なき醜の身魂を如何にして 神を敬ひ長上に尊び仕へ真心の 本霊にことごとく立直さしめ天地の 神の御子たる務をば各も各もに尽させて 神の怒も淡雪の溶けて嬉しき春の日の 花咲き匂ひ百鳥の歌ふ嬉しき神の代の 日月空に輝きて鬼も探女もナイル河 滝に洗ひしその如く清めむものと酋長が 心筑紫の白瀬川世人を思ふ真心の 涙は滝の如くなり夢か現蚊取別けて 言霊清き宣伝歌暗を透して鳴り渡る 時しもあれや初公が醜の雄健び踏たけび 狂ふ折しも宣伝使双手を組みし言霊の 其一声に肝打たれ魂研かれて各が 恵みも深き皇神の心を悟り服従ひし その嬉しさに胸躍り心勇みて四柱の 神の命の宣伝使初めて会ひし初公を 伴ひ進む闇の路四方に塞がる村雲の 空も愈春公や青葉も茂る夏山彦の 館を指して出て行く途中睡気を催して ここに五人の一行は露をも置かぬ草の上 腰打掛けて憩ふうち何時か睡魔に襲はれて 脆くも此処に横はり夜の更け行くも白瀬川 ナイルの滝の森林に黎明を待ちて秋月の 滝の魔神を一々に六つの滝まで清めむと 暗の木下に憩ふ折一つ火忽ち現はれて 一行五人が心をば照させ給ふ夢の跡 大蛇の背より飛下りて腰を抜かせし束の間に つかつか来る夏山彦が率ゆる人数の足音は いと高々と聞え来る。 蚊取別『ヤア、エライ恐ろしい夢を見たものだナア。余り知らず識らずの間に慢心して、大蛇の背中に乗せられ、雲の上まで引張り上げられて了つて居た。盲蛇に怖ぢずと云ふ事があるが、本当に目明の積りで、我こそは天下の宣伝使、世界の盲聾の目をあけてやらうナンテ偉さうに言つて歩いて居つたが、エライ怖い夢を見たものだ。コリヤきつと霊夢であらう、アーア慢心はし易いものだナア。慢心は大怪我の本だと、何時も口癖の様に云ひながら、箕売り笠でひると云うたとへは自分等の事だ。人が悪いとか馬鹿だとか思うてゐると皆自分のことだ、これから一つ魂の焼直しをして掛らねばならぬワイ。吁神様有難う御座います。能く気をつけて下さいました』 高光彦『蚊取別さま、どんな夢を御覧になりました。我々も恐ろしい夢を見ました。四方八方真暗がりで、秋月の滝の前だと思へば、大蛇の背に乗せられて、エライ所へ鰻上りではなうて蛇上りに上つてきつい戒めに遭ひ、中天から飛びおりて、腰をぬかし本当に妙な夢を見ましたよ』 蚊取別『ハア、我々の夢と同一ですワ』 と声をかすませ、首を捻る。玉光彦、国光彦、初公も異口同音に、 玉光彦、国光彦、初公『私も其通りそのとおり』 と胸を轟かせ乍ら、小声になつて首を頻りに傾けて居る。折柄の物音に前方を見れば、提灯の光瞬き、数十人の人声此方に向つて進み来る。 初公『あの提灯の印は丸に十、たしかに夏山彦の酋長が手下の者共、愈初公さまを召捕に来よつたな。ヨーシ、今迄の初公さまと思つて居るか、あまり我は、偉い偉いと思うて居るとスコタン喰うぞよ。足許は真暗がり、闇に烏のまつ黒々助、夏山彦の家来の奴共、片つ端から「ウウーン、ウーン」と阿吽の言霊、開くや否や四方八方に、蜘蛛の子を散らすが如く、チリチリバツト、花に嵐の其如く、皆散り散りに逃げて行く………』 蚊取別『コラコラ、何寝呆けてるのだ。あまりウーンに慢心をすると、今の様な怖い夢を見せられて、お警告を受けるのだぞ。ウーンも好い加減に使つて………乱用するとまた夢を見せられるぞ』 初公『モシ蚊取別さま、あれは夢だが、今そこへ来るのは現実ですよ』 蚊取別『幻術でも、妖術でも、神術でも無暗に使ふものぢやないよ』 初公『それでも、短兵急に押しよせて来た、この敵にムザムザと虜にしられようものなら、それこそ最早ウーンの尽だ。運の尽きる迄一つ、ウンウンを行つて行つて行り倒し、運を一時に決せむだ。サア来い勝負………』 高光彦『アハヽヽヽ』 初公『笑う所か大変ですぜ。あの提灯を御覧、丸に十だ』 高光彦『丸に十なら結構ぢやありませぬか、三五教の裏紋だからな』 初公『裏紋教でも、表教でも、大本でも、かうなつては最早百年目、自由行動と出ますから、あなた方四人の御方はジツトして、この初公のハツ人芸を御覧なさい。一人でハツ人ぢや、初夢の初功名、神力ハツ展の初舞台だ』 蚊取別『コラコラ、さうハツやぐものぢや無い、ハツかしい事が後になりて出て来るぞよ。神の申す間に聞かぬと、我で致したら失敗るぞよ』 斯かる所へ早くも夏山彦の一隊は徐々と現はれ来たる。 初公『ヤア、寄せたり寄せやがつたりな。我れこそはイホの都に隠れなき初公さまだ。召捕るなら美事召捕つて見よ。小癪に構ふ汝等が振舞、儘になるなら、麦飯、稗飯、粟飯、五もく飯、米の飯、サア勝手にメシ取つて見よ』 蚊取別『アハヽヽヽ』 三人『ワツハヽヽヽ』 群衆中より立派な姿をした二人の男、蚊取別の前に悠々と現はれ、 夏山彦、春彦『ヤ、あなたは蚊取別の宣伝使様、………御一同様、私等は夏山彦、春彦でございます。どうか此駕籠に御召し下さいまして我々が矮屋に一夜御逗留を御願申したく、態々御迎へに参りました』 初公『ヤア、ナーンだ、天が地となり、地が天となる、変れば変る世の中だ。オイオイ其駕籠は大蛇の背中とは違ふか』 夏山彦『ヤア、お前は初公か、我々は蚊取別その他三人の宣伝使様に御挨拶申上げて居るのだ。横間から喧しう申さずに、暫く待つて居て呉れ』 初公『ヨーシ承知した。併し駕籠は四台よりないぢやないか、初公さまの駕籠は後から来るのかい』 春彦『生憎四台よりありませぬので一台………』 初公『オイオイ、四台よりない?………何と情なきシダイなりけりだ。一だいのテレ臭い恥曝しだワイウフヽヽヽ』 蚊取別『折角の思召無にするも何となく心許なく思ひますが、我々はさ様な贅沢な駕籠などに乗ることは出来ませぬ』 初公『ヤア今あまり調子に乗つて、ウンウン気張ると云つて、ウンが増長して高い高いコクウンの中までおつぽり上げられ、スツテンドウと地上に真逆様に墜ちて、腰を折つた夢を見よつたものだから………そんな俄に殊勝らしい事を仰せられるのだ。恰度それならそれで都合が良いわ。三人の宣伝使様と此初公さまと四人乗せて貰はう』 玉光彦『私は駕籠は平に御免蒙ります』 国光彦『我々もその通り』 初公『拙者も同様、駕籠は平にお断り申す』 群衆の中より、 群衆の一人『コラ初公、貴様がお断り所か、頼んだつてコチラからお断りだよ』 夏山彦『折角の志、どうぞお召し下さいませ』 蚊取別『イヤ又尾の先から振落ちねばならぬと困るから、乗物は平にお断り申します』 初公『モシモシ蚊取別さま、どうやら此処も大蛇の背ぢやあるまいか、足許がツルツルするぢやないか。夏山彦の宅で御馳走を戴いたと思へば、牛糞か馬糞か、訳の分らぬ物を食はされて、舌鼓を打つた夢を見た連中だから、この夏山彦も夢の中ぢやあるまいかナア』 蚊取別『夢でも何でもよいぢやないか。天は暗く月の光は無く、何れ悪魔の跋扈跳梁する世の中だ。斯う暗黒になつて来ると、誠の物は一つもないと思つたら落度はない。マア夢でも化物でも何でも構はぬ。刹那心だ、行く所迄行かうかい』 と一行五人は夏山彦以下群衆に迎へられて、今度は愈夢でもない、幻でもない、曲神の館でもない、正真正銘の夏山彦の館へ着いたのである。 正門は左右に開放され、門内は薄暗けれど、塵一本なき迄に清く箒目正しく、掃除が行届いて居る様子である。表門の入口より一間巾程の麗しき真砂は敷詰められ、一行を歓迎した酋長の真心は此砂路にも現はれ居たりける。 初公『ヤア是は一遍通つた。門と云ひ門番の貫公、徹公[※第5章では「鉄公」]の朧ながらも顔と言ひ、玄関の様子、一分一厘間違ひのない仕組だ。コラ又夢だらう、………オイオイ蚊取別さま、一寸私の頬べた捻つて見て呉れぬか、自分がひねつたのでは、夢か夢ぢやないか明瞭せない………アイタヽヽヽあまり酷い事すな、鼻を捻上げよつて………』 蚊取別『捻つて呉れと云ふから、註文通り捻つてやつたのだ。貴様の鼻はあまり低いのと横つチヨに着いとるものだから、頬辺だと思つて捻つたのだ。はなはなもつて見当の取れぬ面付だなア』 初公『本当にさうだ、ケントウがとれぬワイ。提灯は取れても、軒灯は高い所に吊つてあるから、俺の様な背の低い者では、一寸取り難いなア』 蚊取別『今度は夢ぢやない、本当だ』 初公『本当か嘘か、蚊取別さまのお言葉もあまり当にはなりませぬワイ。一つ此処で一か八かぢや、真偽を確めて見よう』 と言ひ乍ら、初公は腕を振り、ドシドシと奥の間に進み入り、 初公『ヤア、拙者は今日迄イホ村の侠客権太郎の初公と云つたは世を忍ぶ仮の名、元を糺せば聖地エルサレムに於て、行成彦の従神たりし行平別命、汝夏山彦八岐の大蛇の片腕となり、白瀬川の大蛇となり、此イホの都に尻尾を現はし、我々に立派な館と見せかけ、牛糞馬糞を馳走と見せかけて食はさうと致す其計略は、前以て承知の拙者、サア尋常に白状致せばよし、白状致さぬに於ては、十握の宝剣を以て寸断にするぞ』 と大音声に呼はつて居る。夏山彦は此声に驚きて此場に走り来り、 夏山彦『ヤア、誰かと思へば初公ぢやないか、何だ大きな声を出して………』 初公『大きな声は俺の地声だ。大蛇の化物ツ』 夏山彦『モシモシ宣伝使様、この男はどうかして居るのでせうな』 蚊取別『イヤどうもして居りませぬ。一寸副守護神が乗り憑つて、訳もない事を吐ざくのですよ』 初公『ナニ、副守護神だ!馬鹿にするない。フクはフクだが世界の福を守護する七福守護神だぞ』 蚊取別『雑巾持たしたらそこらをフク守護神、雪隠へ行つても、碌に尻丈は拭かぬ守護神、法螺ばつかり吹く守護神だ。蟹の様に泡を吹く守護神、熱も吹く守護神だ。アハヽヽ』 夏山彦『御一同様、お疲労で御座いませう。どうぞ緩り、日の出の頃まで未だ夜が御座います。此頃は日の出と言つても、日輪様のお姿は雲に包まれて拝めませぬが、ここに一つ灯を点して置きますから、ゆつくり御飯でも召上つて、今晩はお休み下さいませ。明日ゆつくりお目にかかりませう』 初公『それ見よ蚊取別さま、初公の目は黒いものだ、やつぱり大蛇の背だ。日の出神だとか日の出だとか、一つ火とか言うたぢやないか』 蚊取別『此奴まだ夢見てゐる、困つた奴だナア』 とまた鼻を力限りに捻ぢ上げる。 初公『イヽヽヽイツタイ、蚊取別、フニヤフニヤフニヤ、ヘタイヘタイヘタイヘタイ、ハヤセハヤセハヤセハヤセ』 蚊取別『アハヽヽヽ』 初公『あまり人を馬鹿にすな。此好い男つ振を鼻を引延ばしよつて……天狗の様になつたぢやないか』 蚊取別『ヤ、是でへつこむだ鼻が延びて調和が取れた。ハナの都の初花姫の様な、立派な顔になつたよ』 この時奥の間より、嚠喨たる一絃琴の音幽かに聞え、女神の歌ふ声、蚊取別の耳に特に浸み込む様であつた。蚊取別は首を傾け乍ら手を組み、 蚊取別『ハテなア』 (大正一一・三・九旧二・一一松村真澄録)
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霊界物語 12_亥_天の岩戸開き 10 深夜の琴 第一〇章深夜の琴〔五〇六〕 夏山彦は一同に向ひ、 夏山彦『最早夜も深更に及びましたれば、緩りと御寝み下さいませ。また明朝、緩々と御話を承はりませう』 と一同に会釈し一間に姿を隠した。 初公『蚊取別さま、この度は夢ぢやなからうなア。アイタヽヽヽ』 蚊取別『アハヽヽヽ、矢張り痛いか、痛けりや本当だ。安心して寝むだら宜からう』 初公『あの一絃琴の音はどうだ。小督の局が居るのぢやなからうかな。 「峰の嵐か松風か、恋しき人の琴の音か、駒を留めて聞くからに、爪音しるき想夫憐」 と云つた奴だナア』 蚊取別『馬鹿云ふな。夫れは何十万年未来の世の出来事だ。今は天の岩戸隠れの神代だぞ』 初公『過去現在未来を一貫し、時間空間を超越するのが神界の経綸ぢやないか。己が斯うして夏山彦の館に一絃琴を聞いて彼是噂して居た事を何十万年の未来の世の狂人が、霊界物語だと云つて喋べる様になるのだ。是も神界の仕組だよ。さうだから、ちつとでも今の間に善い事をして未来の人間に持て囃される様にならねば困る。天の岩戸開きの神業に奉仕するのは、末代名の残る事だ。それを思うと一分間でも無駄に光陰を費やすと云ふ事は出来ないワ』 蚊取別『喧しう云はずに寝る時分には寝るものだ。最早子の刻だ。三人の宣伝使が御疲れだから、貴様一人寝るのが厭なら、門へ出て其辺を迂路付いて来い』 初公『子の刻だから寝ると云ふのか、妙なコヂツケだな』 蚊取別『コヂ付けでも何でもない。開闢の初めから定まり切つた言霊の規則だよ。戌の刻限は、人間のいぬる時だ。ぬるの言霊は寝るのだ。亥の刻限にはゐと云うて休む時なのだ。ゐも又寝るのだ。子の刻にはねるものだ。戌亥子の三時は人間が一日の疲れをすつかり休めて華胥の国に遊楽する刻限だ、即ち寝る時だよ。十分体が休まつて、ウーシとなると明日の働く元気が身体一面に、ウーと張り切りシーと緊り、トーと尖つて芽をふき、ラーと左旋運動を起す。それが寅の刻だ。丑寅の刻に元気を付けて、ウーと太陽が卯の方に上る時に人間も起き出で、日天様を拝し顔を洗ひ嗽ひをし、身魂を清めてそれから飯を食ひ、辰の刻が来れば立つて働く。巳の刻が来れば、霊魂にも体にも、みが入つて一日中の大活動時機となる。午の刻になれば日天様は中天に上られ、人間の体も完全に霊と体との活用がウマク行はれるのだ。未になれば火の辻と云うて、火と水との境目だ。それから段々下ると申の刻、そこら一面に水気が下つて来る。酉の刻になれば一日の仕事を取り纏べて、其辺中を取片付け、御飯をとり込んでまた神様にお礼を申し、皆揃うて戌の刻になるといぬるのだよ』 初公『お前は割とは難かしい事を知つて居る宣伝使だねえ』 蚊取別『根ツから葉ツから蕪から菜種迄、宇宙一切万事万端解決が着かねば、宣伝使にはなれないのだよ。牛の尻ぢやないが、牛の尻にならぬと世界を助け廻る事は出来ぬ。兎も角宣伝使が尤も慎むべき寅の刻、オツトドツコイ、虎の巻は何事も省ると云ふ事が一等だ、卯の刻ではない、己惚心を出してはならぬぞ。自分は足らはぬ者ぢや、力の弱い者だ、心の汚れた者だ、罪の塊だと、始終心に恥ぢ、悔い、畏れ、覚り、省みる様にならなくては神様の御用は出来ない。辰と緯との機の仕組、神の因縁を良く諒解し、一方に偏らず、其真ん中の道を歩み、巳の刻ではない、身魂を磨き身を慎み、身贔屓身勝手は捨て改め、猥りに人を審判かず、心は穏かに春の如く、午の刻、否うまく調和を取つて神に等しき言霊を使ふのが本当の神の使だよ』 初公『蚊取別さまの御話で大体甲子(昨日)から随いて歩いて、漸く十二分の干支九(会得)が出来た。然し一絃琴の音が益々冴えて来たぢやないか。寝よと云つたつて、琴の音に耳を澄まされ子る事は出来はしない。ことの外真夜中過ての一絃琴だ。一言禁止する訳には行こうまいかな』 蚊取別『ハテナ、あの琴の音はどうやら、秘密が潜むで居るワイ。此処に来たのも何か神様の一つの絃に操られて来たのだらう』 一絃琴の音はピタリと止むだ。高光彦を始め初公は漸く眠りに就いた。蚊取別は一絃琴の耳に入りしより何となく胸騒ぎ、心落着かず眠り兼ね寝床の上に双手を組むで思案に暮れて居た。又もや微に聞ゆる琴の音、微かに歌ふ声、蚊取別は眠られぬ儘に、琴の爪音を探りさぐり近付いて襖の外に息を殺し静かに聞き入つた。一室に女の歌ふ声、 祝姫『世は烏羽玉の暗くして黒白もわかぬ人心 此世の曲を天地の神の伊吹きに祝姫 山の尾の上や川の瀬に威猛り狂ふ曲神を 言向け和し宣り和め神の恵みを四方の国 百人千人に白瀬川言の葉車の滝津瀬と 逸れど曇る世の中は何の効果もナイル河 滝の涙も涸れ果てて緑の色も褪せにけり 夏山彦の神館百日百夜のもてなしも 早秋月の滝の水乾くよしなき今の身は 生きて甲斐なき宣伝使北光彦の媒介に 蚊取の別の妻となり比翼連理の片袖も 今は湿りて濡衣の乾くよしなき浅猿しさ シナイ山より落ちかかる秋月滝に身を打たれ 醜の魔神にさやられて神に受けたる玉の緒の 息も絶えなむ時もあれ情も深き夏山彦の 貴の命に助けられ病き悩む現身を これの館に横たへて朝な夕なの慈み 身も健かになりぬれば愈此家を立ち出でて 天が下をば駆巡り三五教の御教に 常夜の暗の戸をあけて荒振る神や醜神の 魂照さむと思ふ間思ひがけなき夏山彦の 貴の命の横恋慕夫ある身も白瀬川 流す浮名の恐ろしく操破らぬ祝姫 アヽさりながらさりながら世人の口の怖ろしく 戸もたてられぬ我思ひ義理と情にほだされて 操の松も萎れ行く嗚呼如何にせむ蚊取別 夫の命が此噂聞し召しなば如何にせむ 夏山彦は名にし負ふ心目出度き貴の司 神ならぬ身の祝姫夫持つ吾と知らずして 恋の小田巻繰返し返し重ねて朝夕に 心の丈を割りなくも口説き給ふぞ悲しけれ 此の世を造りし神直日心も広き大直日 只何事も人の世は直日に見直し聞き直し 世の過ちを宣り直す三五教の守り神 百の神たち我胸の暗き帳を引きあけて 心を晴らせ八重雲を伊吹き祓ひて日月の 光照らさせ給へかし蚊取別てふ背の君は 今は何処に荒野原独り苦しき漂浪の 旅を続かせ給ふらむ逢ひたさ見たさ身の詰り 只一言の言霊の夫の命に通へよや 峰の嵐や松風に寄せて妾が琴の音を 夫の命に送れかし夫の命に送れかし』 と静かに歌つて居る。蚊取別は思はず、ウンウンと溜息つきながら足音高く我居間に立帰り、四人と共に床の上にコロリと伏し、夜の明くるを今や遅しと待ち居たりける。 (大正一一・三・九旧二・一一藤津久子録)
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霊界物語 12_亥_天の岩戸開き 29 子生の誓 第二九章子生の誓〔五二五〕 そこで須佐之男命がお父さんの伊邪那岐命に申上げられましたのには、然らば私は根の堅洲国に参ります。併しそれにつきましては、高天原に坐す姉君の天照大御神に一度お暇乞ひを致して参り度と存じます。高天原に上りますと申されて、 『乃ち天に参上りますときに、山川悉く動み、国土皆震りき』 天にお上りになるといふ此天は大本で言へば高天原で、今日に譬へて見たならば国の政治の中心で現代日本の高天原は東京であります。神界にも政治の中心が高天原にあつたのは当然で御座います。そこでいよいよ高天原に上り給はむとするとき山も川も悉く動いた。国土皆震ひ出しました。即ち物質界の上にも精神界の上にも、大地震があつたのであります。併しこれは形容であつて、社会万民総てのものが今更のやうに驚き、国土の神々が一度に震駭した。今日の言葉で言へば内乱が起つたといふやうな意味で非常な騒ぎであります。須佐之男命がこれから根の堅洲国においでになるに就ては、今度お暇乞ひの為に高天原にお上りになるといふので、国中非常な大騒ぎで、終に騒乱が起つたのであります。一方天照大御神様は、今度須佐之男命が天に上るに就て、国中大騒ぎであるといふことを聞し召されて、大いにお驚きになつて、 『あが汝兄の命の上り来ます由は、必ず美しき心ならじ、我が国を奪はむと欲すにこそ』 と詔り給うて弟の須佐之男命が海原を治さずして、高天原に上つて来るといふことであるが、これは必ず美しい心ではなからう。我此主宰する所の高天原を占領に来るのであらうと仰せになつて、 『御髪を解き御美髪に纏かして』 男の髪のやうに結ひ直して大丈夫の装束をして数多の部下を整列せしめ、戦ひの用意をなさつたのであります。元来変性男子の霊性はお疑が深いもので、わしの国を奪りに来る、或は自分の自由にする心算であらう、斯う御心配になつたのであります。丁度これに似たことが、明治二十五年以来のお筆先に非常に沢山書いてあります。変性女子が高天原へ来て潰して了うと云つて、変性女子の行動に対して非常に圧迫を加へられる。また女子が大本全体を破壊して了うといふやうなことが、お筆先に現れて居ります。それで教主初め役員一同、教祖の教の通りに此皇国の為め、霊主体従の神教を説いて日夜務めて居るので御座いますが、併し大本教祖も変性男子の霊魂であつて矢張疑が深いといふ点もあります。天照大御神様は、疑ひ深くも弟の美しい心を、これは悪い心を以て来たのではあるまいかとお疑になつたのであります。教祖もさう云ふ工合に変性男子の神界の型が出来て居るのであります。さうして、 『左右の御美髪にも御鬘にも、左右の御手にも、各八坂の勾玉の五百津の御統真琉の珠を纏き持たして、背には千入の靱を負ひ』 矢筒や弓をお持ちになりて、 『伊都の竹鞆を取り佩して弓腹を振り立てて』 弓を一生懸命に、ギユツト満月の如く引き絞つて、 『堅庭は向股に踏みなづみ、沫雪なす蹶散かして、伊都の男健び踏み健びて待ち問ひ給はく』 男健びといふのは、角力取りが土俵に上つてドンドンと四股を踏んで、全身の勇気を出す有様であつて、弟が軍勢を引き連れて来たならば一撃の下に討ち亡ぼして了うて遣らうと、高天原の軍勢を御呼び集めになつたのであります。 如何にも女神の勇ましさと、偉い勢を形容してあります。弟の須佐之男命が上つて来るのは、高天原を攻め落さうと思つて来るのではないかと、非常に御心配になつてそれに対する用意をしてお待ちになつたのであります。今日世人や新聞雑誌記者や既成宗教家や学者などが、大本が何か妙なことを考へて居るのではあるまいかと、変な所へ気を廻して居るのと同じことであります。そこで、 『何故上来ませると問ひ給ひき』 汝は海原を治めて居ればよいのである。然るに今頃何が為めに高天原へ出て来たかとお問ひになつた。すると須佐之男命が答へられた。私が今来て見れば、大変な防備がしてある。大変な軍備がして有りますが、これは私に対する備へでせうが、私は決して然う云ふ穢い考へは持つて居りませぬ。ただ父君伊邪那岐命が何故その方は泣くかとお尋ねになりましたから、実状を申上げるのはどうも辛う御座いますし、親様に心配をかけるのは畏れ多いと思つて、私は母の国に参らうと思ひますと申し上げました所が、父の大御神は以ての外のお怒りで、此国を治めるだけの力無きものなら、勝手に行けと仰有つて、手足の爪を抜き、鬚をぬき、髪の毛を一本もないやうに、こんな風にせられました。で私はこれから母の国に参りますといふことを姉上に申上げに参つたのであります。然うしますると天照大御神様は、果して然らば、汝は何によつてその心の綺麗なことを証明するか、証拠を見せて貰ひ度いと仰せられた。そこで須佐之男命は、 『各誓ひて御子生まな』 誓ひといふことは、誓約のことであります。若しも私が悪かつたならば斯々、善かつたならば斯々といふ誓ひであります。 『故爾に各天の安河を中に置きて誓ふときに』 天の安河といふのは、非常に清浄な所を意味するのであります。総て河の流れのやうに、少しも滞らない留まらない所は綺麗であります。物を溜るといふことは腐敗を意味します。この綺麗な清らかな、公平無私な所を、天の安河といふのであります。それを真中にして、本当の公平無私なる鏡を茲に立てて、さうして両方から誓約をせられました。どう云ふ誓約であるかといふに、須佐之男命は十拳の剣を持つて居られた。剣といふものは男の魂であります。昔から我国では刀を武士の魂又は大和魂と申して居ります。女の魂は鏡であります。乃ちお前の魂である所の剣を渡せと天照大御神が仰せられたから、それをお渡しになると、天照大御神は三つに折つて、 『天の真名井に振り滌ぎてさ嚼みに嚼みて吹き棄つる気吹の狭霧に成りませる神の御名は』 第一番にお生れになつた神は多紀理姫命、次に市寸嶋比売命、次に多気津姫命の三女神で現に竹生嶋に祀つてあります。安芸の宮嶋に祀つてありますのは市杵島姫命であります。次に多紀理姫命、多岐津比売命、この三人の女神がお生れになつた。今度は須佐之男命、この神様は非常に怖い、絵で見る鐘馗さんみたいな暴悪無類の神様のやうに見える、おまけに剣まで佩ひて居られる、その剣をお調べになると、三人の綺麗な姫様がお生れになつて居るのである。この三女神は竹生島その他の神社に祀つてあります。三女神の神名を言霊上より解釈すれば『多紀理姫命は尚武勇健の神』『市寸島姫は稜威直進、正義純直の神』『多気津姫命は突進的勢力迅速の神様』で是が真正の瑞の御魂の霊性であります。この竹生島とは竹生と書きまして昔から武器の神様としてあります。即ち武器といふのは、竹が初まりであつて、先づ竹槍を造つた。そして竹で箭を造り、弓を拵へることを発明したといふやうな工合に、今の武器の初めは竹であつた故に武の字をタケと読むのであります。そこで今建速須佐之男命の持つて居られました剣、つまり須佐之男命様の御霊である所の刀からは三人の姫神がお生れになつた。刀を持つて居るから建速と申すとも言ひます。多紀理比売は手切姫で斬る。多岐都比売は手で突くといふ意味にもなります。伊突姫も突刺す意味である。すると槍とか剣とかは伊突き、手切り、手断突の働きになつて居ります。兎に角立派な綺麗な極従順な鏡の如き姫神様でありました。それで之れを瑞の霊とも、三人の瑞の霊[※御校正本・愛世版では「三人の瑞の霊」だが、校定版・八幡版では「三人の霊」に直している。]とも申します。三月三日の節句を女の節句として祝ひますのも然う云ふ所から出て居ります。それから今度は須佐之男命が天照大御神の御用ゐになつて居ります珠、平和の象徴たる所の飾りの八坂の勾瓊を御受けになつて、天の真名井の綺麗な水にお滌ぎになつて、 『さがみにかみて吹き棄つる気吹の狭霧に成りませる神の御名は』 玉と云ふものは元来清く美しい光り輝く真善美のものであつて、刀の如くに斬つたり突いたりするものではありませぬ。実に平和に見えるものであります。これは左とか右りとか沢山ありますけれども長くなりますから委しく申上げませぬ。而して気吹の狭霧になりませるとありますのは、此処はつまり鎮魂であります。初め先づ鎮魂して各自の霊を調べるのであります。吾々の静坐瞑目して致して居ります所の鎮魂と同じ意味であります。如何なる守護神が現はれてゐるか、霊魂の集中を審めて見るので御座います。そこでお生れになりましたのが、正勝吾勝勝速日天の忍穂耳命、不撓不屈勝利光栄の神、次に鎮魂してお生れになつたのが天の菩卑能命、血染焼尽の神。次が天津日子根の命、破壊屠戮の神。次に活津彦根命、打撃攻撃電撃の神。次が熊野久須毘命、両刃長剣の神。都合五柱の男の命がお生れになつたのであります。天照大御神は姿は女である。女の肉体をお有ちであつたので御座いますが、その霊は以上述べた如く実に勇壮無比の男神でありました。鎮魂の結果お生れ遊ばしたのは五柱の男の神様の霊性が現はれた、それで姿は女であつて男の御霊を備へて居られますから、天照大御神を変性男子と申し、厳の御魂と申し、須佐之男命は姿は男であつても女の霊をおもちであつたから変性女子と謂ひ瑞の御魂といふので御座います。而して前の三女の霊に対して、この五柱の命を五男の霊とも申します。之を仏教では八大竜王と唱へまして、京都の祇園では八王子というて御祭りになつて在ります。 茲で初めて須佐之男命は表面怖い暴逆な神様であるけれども実は極く優美しい、善い心の神様であるといふことが解り、これに引きかへ天照大御神は極くお優しい、鏡からぬけ出たやうな玲瓏たるお方でありますけれども、前の言霊解の如き御霊があつたのであります。 ここで一つよく考へなければならぬ事は天照大御神のお言葉に、 『言向け和はせ』 と書いてありますが、言葉を以て世界を治めよといふことになります。さうしますと天照大御神は外交の難しい事について御子孫にお示しになつたのでありまして、どこまでも此珠を以て充分に平和を旨として治めて行かなくてはいかぬといふ御心でありました。然るに須佐之男命は根の堅洲国へ行くについても、武備を非常に盛んにして軍艦を沢山に拵へ、大砲を沢山造るといふ、所謂武装的平和のお心である。斯う考へますと、今の外国の主義が須佐之男命のと同じである。体主霊従である。天照大御神は日本国になつて居るといつてもよいと思ひます。日本人の心の中には武備がある。大和魂がある。けれども表面には武装がないのである。いざといふ場合には稜威の雄健び、踏健びをしなくてはならぬがその間には常に極く平和に落着いて居る。然るに外国は始終刀を有てゐる。外に向つて十拳の剣を握つてゐるけれども、愈戦ふとなれば、あちらは三人の女の神様であるのに反して、表面弱い如くに見えても五人の男の神様の霊性が出て来るのである。この霊および身魂のことに就てはお筆先にも出て居ります。身魂の善悪を改めると申されてあります。 『是に天照大御神、須佐之男命に告り給はく』 後から生れた所の五柱の神はわしの有つて居る珠から出て来たものであるから自分の子である。所謂自分の魂から出た男神はみな自分の子である。それから先刻生れた姫御児はその種が汝が魂十拳の剣から出たのだからこれは汝の子であると仰有つた。これで身魂の立て分けが出来た。須佐之男命は変性女子で、天照大御神は変性男子であるといふことが明かになつた。所が須佐之男命は、姉天照大御神は今迄は私の心を疑うて御座つたが、これで私の清明潔白な事は証拠立てられた。私の心の綺麗な事は私の魂から生れた手弱女によつて解りませう。あの弱々しい女子では戦をする事は出来ますまい。斯う考へたならば最前あなたは、私が高天原を奪りに来たらうと仰られたがあれは間違ひでせう。私の言ふことが本当でせう。 『これによりて言さば自ら我勝ぬと言ひて、勝さびに天照大御神の営田の畔離ち、溝埋め、亦其の大嘗聞し召す殿に屎まり散らしき』 この言葉は少いけれども、この意味は、当時須佐之男命様にも尚ほ沢山の臣下が在つた。茲に須佐之男命に反対するものと、味方するものとが出来て来たので迷ひが起つたのであります。須佐之男命がお勝になつて、増長なさつたといふよりも寧ろ、私の綺麗な心は解つた筈である。然るに尚悪いと仰せになるのは心地が悪い、不快であるといふので終に自暴自棄に陥つたのであります。やけくそを起した結果が、田の畦を壊したり、溝を埋めたり、御食事をなさる所へ糞をやり散らして、いろいろ乱暴のあらむ限りを、須佐之男命に味方する系統の者が行つたのであります。天照大御神は此状態を御覧になり、弟は決してあの多量の糞をまいたりする筈はない、酒に酔つて何か吐いたのであらう。畔を離ちたり、溝を埋めるのは、丁度今でいふ耕地整理のやうなもので、いらぬ畔や溝を潰して沢山米が出来るようにする為めだらうと、所謂直日に見直し詔り直して、一切のことを総て善意に御解釈されて所謂詔り直し給うたのであります。何でも善い方に解して行けば波瀾は少いもので御座います。天照大御神も善意に解して居られましたけれども、御神意を悟らぬ神等の乱暴は愈長じて遣り方が余りに酷くなる。八百万の神様方がどうしてもお鎮まりがない。世の中が大騒ぎになつた。彼方でも此方でも暴動が起る。無茶苦茶な有様になつた。そのうちに、 『天照大御神、忌服屋に坐まして、神御衣織らしめ給ふときに、其の服屋の頂を穿ちて、天の斑馬を逆剥ぎに剥ぎて堕し入るるときに、天の御衣織女、見驚きて梭に陰上を衝きて死せき』 斯う云ふ事件が起つたので御座います。ここで機を織るといふことは、世界の経綸といふことであります。経と緯との仕組をして頂いて居つたのであります。すると此経綸を妨げた。天の斑馬暴れ馬の皮を逆剥にして、上からどつと放したので、機を織つて居た稚比売の命は大変に驚いた。驚いた途端に梭に秀処を刺し亡くなつてお了ひになつたのであります。さあ大変な騒動になつて来た。 (大正九・一〇・一五講演筆録) (大正一一・三・六旧二・八谷村真友再録)
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霊界物語 13_子_フサの国・半ダース宣伝使 08 醜の窟 第八章醜の窟〔五三四〕 夜は漸く明け放れたと見え、天津日の影は見えねども、天地はホンノリと明るくなつて来た。 鷹彦『オイ岩彦、何うだ、貴様もモウこれで我が折れただらうナア』 岩彦『ヤー今度に限つて徹底的に我が折れたよ。モウ心配して呉れな。併し日の出別の宣伝使は何うなつたのだらう。どうも腑に落ちぬ行動ぢやないか』 鷹彦『貴様は未だソンナ事を言ふから駄目だ。何うならうと、斯うならうと神様の御経綸が、吾々の如き一兵卒に分つてたまるかい。日の出別命がフル野ケ原の魔神を平げると仰有つた以上は、屹度先へ行つて水も漏らさぬ経綸をしてござるに違ひないワ。ソンナ事は吾々の容喙すべき所で無い。サアサア皆一時に用意だ用意だ』 音彦『ヤア鷹サン、待つて下さい。腹の虫が休戦の催促を頻りに志てゐます』 鷹彦『オーさうだつた。各自に腹を拵へねばならぬ』 と言ひつつ固きパンを出して、各自に噛じり乍ら旅装を整へ、西北を指して、宣伝歌を歌ひ歌ひ進み行く。 鷹彦『サア是からが戦場だ。孰れもしつかり戦闘準備に取りかかれよ。音に名高いフル野ケ原の醜の窟だからのう』 岩彦『其の窟には、一体ドンナ魔神が居るのだ』 鷹彦『夫れは種々雑多の悪魔が棲息しとるのだ。夜前斥候隊が来ただらう』 岩彦『ウン彼の化か。ナーニアンナ奴位は屁のお茶だ』 音彦『油断大敵だ。小敵たりとも侮るべからず、大敵たりとも恐るるべからず。機に臨み変に応じ、変幻出没、進退自由の大活動を吾々は開始するのだ』 鷹彦『アヽ神様は能く仕組まれたものだ。醜の窟には六個の入口がある。其処へ六人と云ふのだから恰度都合がよい。各自に其の一つ宛の穴を担当して進入するのだナア』 岩彦『それは面白からう、俺が一番槍の功名手柄。併し乍ら肝腎の大将が見てゐて呉れねば、働きごたへが無いやうな気がするぢやないか』 鷹彦『貴様はそれだから未だいかぬのだ。大将が見て居らうが、居らうまいが、自分の職務は力一杯全力を傾注してやればよいのだ』 岩彦『それでも蔭の舞、縁の下の踊りになつては骨折り甲斐が無いやうな気がする。ナア梅公、音公』 音彦『イヤ吾々はソンナことは決して思はぬ。どうせ碌な勝利は得られないのだから。下手なことをして居る所を大将に見られては却つて恥かしい。兎も角獅子奮迅の勢を以て力限りのベストを尽し、能ふ限りの奮戦をやるのだ』 梅彦『オイ鷹彦、何うだ。此辺で一寸休息をして各自に策戦計画を定め、悠乎と行かうぢやないか。化物退治は夜の方が却つて都合がよいかも知れぬぞ』 岩彦『さうだ。昼の化物は見たことが無い。化物の留守に行つた所で変哲が無いから。時機を考へて六方から突撃を試みると云ふことにしようかい』 一行六人は風に吹かれ乍ら勢よく進み行く。前方を見れば原野の中央に屏風の如く長く衝立てる岩山あり、その岩山の頂に一人の人影が立ちゐる。 鷹彦『オイ皆の者、彼の醜の窟の上に何が居るか一寸覗いて見よ。あれは夜前姿を隠された日の出別の宣伝使に間違ひ無からう。吾々の行くまでにチヤンと悪魔を封じて遁走せないやうな計略と見ゆる。サアもう大丈夫だ。急げ急げ。オイ岩公、もうウラル教は思ひ切つただらうな』 岩彦『思ひ切つたも切らぬもあるかい。テンでウラル教ナンか、夢にも思つたことは無いわ』 鷹彦『アハヽヽヽ、勝手な奴だ。マア何うでもよい。駆歩だ』 一二三と言ひ乍ら、醜の窟を指して駆けついた。日の出別は岩上に立つて声も涼しく宣伝歌を歌ひゐる。 日の出別『神が表に現はれて善と悪とを立別ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 直日の神の分霊此世の曇りを吹き払ふ 日の出の別の宣伝使雨もフル野ケ原を越え 醜の窟に来て見れば出口入口塞がりて 百草千草生茂り何処をそれと白真弓 射向ふ的もあら風に吹かれて立てる此の窟 岩より堅き鋭心の誠心を振り起し フサの天地を曇らせし八岐大蛇の分霊 醜の曲津を言霊の珍の気吹に払はむと 待つ間程なく鷹彦や巌の身魂のあと五人 漸く此処に現はれて曲の砦に立ち向ふ あゝ勇ましや勇ましや神の力の開け口 出口入口わからねど草をわけても探し出し 言向け和さで置くべきか言向け和さで置くべきか 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも たとへ大地は沈むとも神に任せし此の身体 神の御ため世のために捨てて甲斐あるわが生命 来れよ来れいざ来れ葎茂れる岩の戸を 隈なく探りし其上に天津祝詞の太祝詞 声も高天と詔りつれば天津御神は久方の 天の岩戸を押開き八重雲四方に吹きわけて 誠の願を聞し召し国の御祖の大御神 国治立の大神に随ひ給ふ百神は 山の尾の上や川の瀬の伊保理をさつと掻きわけて 吾が祈言を悉く聞し召すらむ三五の 神の教の隈も無く光り輝くフル野原 払ひ清めむ曲津霊の醜の曲業逸早く 汝が心の真寸鏡照して醜の正体を 現はす時ぞ来りけり現はす時ぞ来りけり あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と声も涼しく歌ひ興じつつありけり。鷹彦一行は漸くにして此場に安着したり。 岩彦『ホー貴使は日の出別の宣伝使様、夜前は大変にお先へ御無礼を致しました』 日の出別『イヤ御無礼はお互ひだ。昨夜は別に変つたことはなかつたかな』 岩彦『ヤー別に大したことはありませぬ。曲津神の斥候隊が一寸やつて来て、岩彦の言霊の気吹に吹き散らされ、鼠のやうに小さくなつて狐鼠々々と消えて了つたのですよ。イヤモウ悪神と云ふものは弱いものです』 日の出別『それは結構だつた。併し一寸腰を抜いたでせう』 岩彦『ヤー此奴は変だ。日の出別と見せかけて昨夜の化助奴が、又此処に作戦をやつて居るのぢやなからうか。ハテナ合点の行かぬ事もあればあるものだ。オイこらお化、馬鹿にするない。貴様日の出別命に化けて居よるが、其の手は喰はぬぞ。化物の証拠には昨夜俺が腰をぬかしたことを知つて居つたぢやないか。本当の日の出別は吾々を置去りにして、お先へ御免とも何とも言はずに、ドロンと其場から消滅して了つたのだ。大体が日の出別からして怪体な代物だが、彼奴は貴様のやうに化けないから安心だ。コラ夜前の化けの同類、夜前は夜分だつたから一寸ねむた目に相手になつてやつたのだが、今日は真剣だぞ。じたばた致してもモウ敵はぬ百年目、サア尋常に兜を脱ぐか、返答は如何ぢや』 日の出別『キヤツハヽヽヽ』 岩彦はトンと腰を下して、 岩彦『キヤツキヤツ、キヤツハヽヽとは、そりや何吐かす。合点の行かぬ脱線だらけの笑ひ声をしよつて、キヤツハヽヽヽキユツフヽヽのとは何の態だ。奴畜生の化けた証拠には、拗音や鼻音を使用してゐるぢやないか』 日の出別『アハヽヽヽ、日の出別は何吐かすと云ふが、さう云ふお前は腰ヌかす』 岩彦『吐かすない吐かすない、黙つて居れば何を吐かすかわかつたものぢやない。ヤイ一同の者、ぬかるな。此奴も変智奇珍だぞ』 鷹彦『アハヽヽヽ、オイこら岩公、貴様はよつぽど瓢六玉だ。彼の立派な日の出別命様が化物に見ゆるのか』 岩彦『見えいでかい。定つた巾着、揚げたお豆腐。何ほど俺をおどかさうと思つたつて豆腐に鎹、糠に釘だ。坊主鉢巻でチツトもこたへないのだ。俺は岩より固い岩サンだ。化物の百匹や千匹位群をなして押寄せ来るとも何のものかは。ウラル教のオツトドツコイ三五教の誠の神の言霊の気吹に依り、気吹き払ひ給へ清め給へと申すことの由を天津神国津神八百万の神等共に小男鹿の耳振り立て聞し召せと、畏み畏み申す。ポンポンだ』 日の出別『アハヽヽヽ、相変らず面白い奴だ。オイ岩彦、本当だ、本物だ。日の出別に間違ひは無いぞ。安心せい』 岩彦『サーその弁解が気に喰はぬ。何でも嘘を言ふ奴はうまい事弁解をするものだ』 音彦『オイオイ、貴様疑ひが深過ぎるぢやないか。さう深はまりしては物がさつさと片付いて行かぬ。後家婆サンの宿換へのやうに何でも手軽に片付けるものだよ』 梅彦『ヤー昨日と云ひ今日といひだ』 駒彦『本当に皆目一体全体訳がわからぬやうになつて来た。化物退治にやつて来て何だか化物に玩弄になつてゐるやうな気がする、又夢ではあるまいか』 鷹彦『夢々疑ふ勿れ。夢ではないぞ、現ではないぞ』 岩彦『イヨー此奴又怪しくなつて来たぞ。矢張フル野ケ原の醜の窟式だ』 日の出別は拍手を打ち声も涼しく天津祝詞を奏上する。其の声は天地六合に鳴り渡るが如く、忽ち雲の戸破れて日の大神は西天に温顔を現はし、一行の迷ひの雲をさらりと解き給ひける。 ここに岩彦以下の宣伝使は始めて真正の日の出別命なることを確認し、いよいよ黄昏を期してこの岩窟に進入することとなりにける。 (大正一一・三・一七旧二・一九外山豊二録)
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(1600)
霊界物語 13_子_フサの国・半ダース宣伝使 20 宣替 第二〇章宣替〔五四六〕 音彦、亀彦、駒彦の三人は、臥竜姫の館を後に見て、又もや巌窟内の探険に出かけた。九十九折の或は広く、或は狭く、或は天井高く、或は低き石径を宣伝歌を歌ひ乍ら、勇ましく進み行く。 音、亀、駒『神が表に現はれて善と悪とを立別ける この世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直せ聞直せ 身の過ちは詔り直せ醜の窟の曲神を 吾等三人の宣伝使言向和し神の世を 堅磐常磐に立てむとて進み来りし其の間に 何時か誇りの雲覆ひ心は暗き闇の道 誠の道を踏み迷ひ夢に夢見る心地して 心たかぶる其の儘に磐樟船に乗せられて 九天高く昇りつめやつと安心する間なく 喜び消えて夢の間の荒野ケ原に踏み迷ひ 得体の知れぬ野呂サンに寂しき野辺に廻り合ひ 荒き言葉のその中に神の恵みの玉の声 含みあるとは知らずして肩臂怒らし進み行く わが身の程も恥しき夢か現か幻か 心の暗きわれわれは黒白もわかぬ闇黒の 再び窟の人となり醜の身魂の数多く 前後左右に飛び廻る中を切り抜けやうやうに 光を三叉の道の角思ひがけなく衝当る 痛さは痛し胸の闇得体の知れぬ弥次彦や 酒も飲まぬに与太彦の二人の男に出会して 開き兼たる石の門天津祝詞の言霊に さつと開いて眺むれば果しも知らぬ長廊下 一目散に進み行く行けども行けど果しなく 心の駒の逸る間に行き詰りたる岩壁に はつと気がつき眺むればこは抑も如何に大空に きらめく星の数多く怪しみゐたる折柄に 玉をあざむく優姿いづくの方か出雲姫 フサの都に進まむと先に立ちてぞ出て行く 吾等三人の宣伝使コシの峠の麓まで 到りて見ればこは如何に日の出の別の宣伝使 鷹彦岩彦梅彦の四人千引の岩の上に 白河夜船の夢結ぶあゝ嬉しやと思ふ間も あらしの音に目を醒しよくよく見ればこは如何に 臥竜の姫の住ひたる奥の一間に端坐して 蜥蜴蚯蚓や蛇蛙見るも穢きなめくぢり 蚯蚓の馳走を与へむと貴の女神にすすめられ 遠慮会釈の折柄に三人の身体は鉄縛り 手足も自由にならぬ身のいよいよ生命を捨鉢の 決心したる折柄に臥竜の姫は忽ちに 優しき笑顔を現はしつ水も漏さぬ善言美詞 宣り聞されし嬉しさに衿の夢も何処へやら 直日の身魂輝きてここに館をいづのめの 神の身魂となりそめし三五教の宣伝使 そしり言の葉吹き払ひみやび言葉の神嘉言 詔り直し行く勇ましさ朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるともたとへ大地は沈むとも 窟の曲津多くとも神の賜ひし言霊に 言向和し三五の神の教を縦横の 錦の機の此の仕組仕へまつらむ宣伝使 あゝ面白し面白し心は勇む岩の道 岩より堅き鋭心の大和心を振り起し 伊都の雄健び踏健び進みて行かむ神の道 進みて行かむ神の道』 と歌ひながら、岩窟内の十字路に着いた。この時前方より現はれたる三人の男、 岩彦『オー貴様は音公に亀公、駒公、何処にまごついて居よつたのだい。馬鹿野郎だな。俺たち三人は貴様の行方を探して、幾度この八衢の隧道を廻つたことか知れやしない。一体何をぐづついとつたのだい』 音彦『ハイ、コレハコレハ岩彦サンでございますか。誠に誠に御心配をかけまして済みませぬ。私は日の出別命様の磐船に、あなた方と一同に乗せられて雲の上に上げられ、ヤレ嬉しやと思つて居りましたが、豈図らむや何時の間にか草茫々と生え茂る荒野ケ原に、吾々三人は振り落されてゐました。あなた様三人は何うして居られますかと、今の今まで心配をして居りましたが、マアマア御無事な御一行の御顔を拝しまして、これ位嬉しいことはございませぬ。これも三五教の神様の全くの御引合せ有り難うございます』 岩彦『ナアンダ。俄に御丁寧な言葉を使ひよつて馬鹿にするない。礼に過ぐれば却て無礼だといふことを知らぬか。打つて変つた貴様の態度、気が狂つたのか、但は化物か、合点の行かぬ奴だ。ナア梅公、此奴はチト変痴奇珍だぞ』 梅彦『アーさうだ。三人の奴の面を見い。営養不良、色蒼白め、身体骨立餓鬼の如しだ。巌窟内の瓦斯に酔はされよつて精神に異状を来したのだらう』 音彦『コレハコレハ岩サン、梅サン、決して御心配下さいますな。精神に異状を来したでも、何でもございませぬ。私は三五教の宣伝使でございますから、ナー亀サン、駒サン、些も気が狂つてはゐませぬなア』 亀彦『左様々々、岩サン梅サンは大変心配をして下さるさうですが、決して異状はありませぬ、御安心して下さいませ』 岩彦『オイ梅公、鷹公、ますます変だ。女郎の腐つたやうに俄に糞丁寧になりよつたぢやないか。オイ音公、亀公、駒公、貴様等は人を嘲弄するのか。あまり馬鹿にするない』 亀彦『イエイエ滅相なこと仰有いませ。決して勿体ない三五教の宣伝使様を嘲弄ナンカしてどうして神様に申訳が立ちませう。私たちは三五教を天下に宣伝する神の僕でございます』 岩彦『ますます可笑しい奴だ。なぜ貴様はさう俄に女性的になつたのだ。モ少し勇壮活溌な男性的の精神を発揮して、ベランメー口調でも使つて勇ましく噪がぬかい。勇気がなくては大事は遂行することは出来ないぞ。お正月言葉を使ひよつて、ナンダ。俄に気分が悪いやうな御丁寧な言霊を使ひよるのか』 音彦『ハイ、吾々三人は仔細あつて改心を致しました』 岩彦『改心をすれば、さう女々しくなるものぢやない。何事も神様の御保護の下に、活機臨々として天下に雄飛活躍せなくてはならないのだ。貴様は惟神中毒をしよつて、雨が降つたというては胸を躍らせ、風が吹くというては胆を潰し、灯心の幽霊のやうな細い細い精神になりよつて、ナンダ、その女々しい言霊は。ちつと確りせぬか。元気がつくやうに二つ三つ拳骨をお見舞ひしてやらうか。これも貴様等を鞭撻するための情の鞭だ』 と云ひながら、蠑螺の如き拳骨を固め三人の頭をボカボカと急速度をもつて擲りつけた。 音彦『ご親切によう思つて下さいました。何卒これからは、幾度もご注意をして下さいませ』 岩彦『アハーやつぱり此奴どうかして居よる。オイ音公、確りせぬかい。貴様は魔に犯されたのだらう。ナンダその態度は』 亀彦『岩サンのご意見は御尤もでございます。決して無理とは申しませぬ。併し乍ら私等三人は以前に数十倍の力と強味が出来ました。如何なる難事に際会しても、少しも驚かぬやうになりました。如何なる敵に向つても怯めず臆せず、善戦善闘するだけの神力を与へられました』 岩彦『オイ鷹公、梅公、一体合点が行かぬぢやないか。此奴の態度と云つたら丸で処女の如しだ。辛気臭くて、長い長い口上を列べ立てよつて、干瓢でもたぐるやうに、あた辛気臭い。骨無しの力も無い、女々しい言霊、エーゲン糞の悪い』 鷹彦『ヤア感心です。音サン、亀サン、駒サン、よう其処まで魂を研き、強うなつて下さいました。今までの三人サンとは違つて勇気も百倍いたしました。嗚呼それでこそ如何なる敵にも打克つことが出来ませう。よい修業をなさいましたなア』 音彦『ご親切に能く言つて下さいました。貴方こそ本当の宣伝使様でございます。以後は何卒お見捨なくお世話下さいますやう御願ひ致します』 鷹彦『何う致しまして、お三人様お芽出度うございます。お互様に宜しく手を曳き合うて神の道に参りませう。貴方の方からもお見捨てなく』 岩彦『ナンダ。鷹公洒落ない。人が一生懸命に力を付けてやらうと思つて居るのに、貴様は横車を押しよつて人を嘲弄するのか。愈もつて怪しからぬ醜の巌窟式だ。ナア梅公、一体合点が行かぬぢやないか』 梅彦『岩サン、それは貴方のお考へ違ひでございませう』 岩彦『オツト待つた待つた。梅の奴、貴様までが逆上して何うするのだ。これだから精神の弱い奴は間に合はぬのだ。醜の窟の半分くらゐ探険してこれだから、全部探検する迄にはすつかり軟化して章魚のやうに、骨も何も無くなつて了ふかも知れやせぬぞ。オイ皆の奴、しつかりせぬか。腰抜け野郎奴が。あゝコンナ腰抜け野郎を五疋も伴れて、この岩サン一人が奮戦苦闘強敵に当らねばならぬかと思へば、心細くなつて来るワイ。エー何奴も此奴も好い腰抜けの揃つたものだな』 鷹彦『岩サン、貴方モー少し強くなつて下されや。外ばつかり強く見えても、肝腎の魂が落ついて居らねば、まさかの時の御間には合ひませぬからナア』 岩彦『エー腰抜け奴が、自分の目にある柱は見えぬでも人の目の埃はよう分るとは、貴様等のことだ。弱味噌奴が。何を吐かしよるのだい。天が地となり地が天となる。変れば変つたものだ。弱い者を称して強者といひ、強い者を称して弱者といふ。如何に逆様の世の中だと云つても、見直し、聞き直し、詔り直しを宣伝する神の使が、さう道理を逆転させては何うして此のお道がひらけると思ふか。しつかりせぬかい。何を呆けてゐるのだ。アヽ情無いわ。エライ厄介ものを背負はされたものだワイ』 音彦『アヽ私も岩サンのやうに空威張りの上手な心の弱い御方を、神様もナント思召してか知りませぬが、背負はして下さつたものだ。これも吾々の身魂研きの為に、弱い方の標本をお示し下さつたのだらうか』 岩彦『骨無しの腰抜け、何を吐しよるのだ。女郎の腐つたやうな弱音を吹きよつて情なくなつて来たワイ。オイ鷹公、梅公、貴様も一つ、ポカンと目醒しをくれてやらうか』 鷹、梅『ハイハイ何卒よろしうお願ひ申します。どつさりと気のつくまで叩いて下さいませ』 岩彦『ハテ合点の行かぬ五人の男、此奴ア狐にいかれよつたな。コンナ弱虫を引率して悪魔との戦闘は、たうてい継続されるものぢやない。ヤーヤー困つた事になつて来た。俺も一つ思案をせなくちやなるまい。オーさうだ。解つた。今まで俺は強い強いと思つてゐたが、人を杖について助太刀を頼むと云ふ心が悪かつたのだ。その点が俺の欠点であつた。これは神様が貴様一人で活動せエ。大勢の奴を力にしても駄目だ。まさかの時になつたら此の通りだ。何奴も此奴も腰抜け野郎だ。力と頼むは自分の守護神ばつかりだ。イヤイヤ吾身を守護し給ふ元の大神様ばかりだ。人に頼るな、師匠を杖につくなといふ教があつたワイ。サア俺はモ一つ強うなつて神業に参加せなくてはなるまい。それにつけても今まで寝食を共にして来た五人連れ、俺でさへも神様から弱いと云つて戒められて居るのだから、コンナ弱味噌を吾々として見棄てて置く訳にも行かない。アヽどうかして強くしてやりたいものだ。コンナ腰抜人足を世の中へ出したならば、これほど悪魔の蔓る荒野ケ原であるから、自分一身を保護することも出来やしない。アヽ情無いことだ。大国治立の大神様、どうぞ此の五人のものを憐れみ下さいまして、貴方のお力を分配してやつて下さいませ。九分九厘といふ所で、十中の八九まで大抵の宣伝使は腰を抜かして、屁古垂れるものだが、今ここに陳列してある五人の蛸宣伝使は、目的の半途にも達せずして殆ど崩壊して了ひさうだ。せめて九分九厘といふ所までなりと、活動さしてやつて下さいませ。国治立の大神憐れみ玉へ、助け玉へ。臆病神を払はせ玉へ、清め玉へ、岩彦が真心を籠めての一生の願ひでございます。惟神霊幸倍坐世、惟神霊幸倍坐世』 音彦『アヽ岩サンのご親切、何時の世にかは忘れませう。流石は三五教の宣伝使様、よくも吾々をそこまで思つて下さいます』 亀彦『ご親切に有り難う。骨身に応へます、嬉しうございます』 駒彦『性は善なり、人には添うて見よ、馬には乗つて見よとは、よく云つたことだ。岩サンの真心が現はれて大神様の直接の慈言のやうに、嬉しう辱なう存じます』 岩彦『アヽさつぱり駄目だ。モウ何ほど祈つたつて零点だ。アヽ止みぬる哉止みぬる哉。アヽ何とせむ方泣く涙、余りのことで涙さへ出ぬワイヤイ』 鷹彦『岩サンのお心遺ひ、われわれ一統満足を致しました』 梅彦『本当に心の色が現はれて、コンナ嬉しいことは無い。やつぱり神様に選ばれた宣伝使様だけあつて、ご親切に報ゆるために吾々も、彼の弱い岩サンをモ一つ強くして上げねばなりませぬ』 岩彦『コラ梅公、貴様そら何を云ふのだ。貴様より弱くなつて堪らうかい。今では俺が一番気が確だ。ここは醜の窟だ。気を張りつめて元気を出さぬか。何がやつて来るか知れやしないぞ。せめて自分だけの保護だけ位はやつて呉れぬと、俺も十分に奮闘が出来はしないワイ』 斯る所へ何処ともなく百雷の一時に落下する如き大音響と共に、巨大なる大火光は一同の前に落下した途端、爆発して四方八方に火矢を飛ばした。 岩公はアツと言うて、その場に昏倒した。五人は依然として両手を合せ、神言を奏上しつつありける。 (大正一一・三・二一旧二・二三外山豊二録) (第一五章~第二〇章昭和一〇・三・二九於吉野丸船室王仁校正)
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(1607)
霊界物語 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) 序歌 序歌 五六七の殿に招集る清き心にかけまくも 畏き天の御中主皇大神を初めとし 高皇産霊の大御神神皇産霊の大御神 大地の遠津祖神の国常立の大御神 豊国主の大御神日の神国を知食す 天照皇大御神神素盞嗚の大御神 須世理之姫の大御神御空を伝ふ月読の 皇神始め奉り天津神たち八百万 国津神たち八百万神の稜威も大八洲 嶋の八十嶋八十の国所々の大社 小さき社に常永に鎮まり玉ふ千万の 神に従ひ仕えます御供の神や千早振 遠き神代の昔より世に落ち諸の苦みを 受させ玉ひし神々の一柱だに漏るる無く 遺なく殊に幽事知らし玉へる八百米や 杵築の宮に現れませる大国主や大物主 医薬の術と禁厭の道に幸はひ玉ふてふ 少名彦那の神御魂四ツ尾の御山本宮の 桶伏山に鎮まりし世の大本の大御神 枝葉の神は言ふも更天をば翔り国駆ける カラや大和の仙人等凡て世にある諸々の 正しき清き御霊たち只一柱も漏れませず 是の霊界物語守りたまひて人々の 正しき御霊に奇魂清く憑らせ玉ひつつ 身魂を洗ひ水晶の輝き渡るたまと為し 広けく深く神界の仕組を悟らせ玉へかし 天勝国勝奇魂千憑彦神曽富戸神 亦の名久延毘古神御魂この大本に参ひ集ふ 信徒はじめ世の中のあらゆる人に惟神 御霊幸はへましまして各自の御魂に優れたる 御魂かからせ玉ひつつ今日が日までも知らずして 神の依さしの神勅をいと疎略に扱ひし 罪咎穢過を直日に見直し聞直し 宥させ玉ひて神々の神慮を深く覚るべく 神幽現の御聖言守らせ玉へ神国の 御祖の神の御前に畏み敬ひ願ぎ奉る アヽ惟神々々御霊幸はへましまして 出口教祖の御教をうまらにつばらに説き明かす 如意宝珠の物語暇ある毎に嬉しみて 読み窺ひつ天地の神の尊き勲功を 知らさせ玉へと瑞月が国の御為世のために 心を籠めて祈りつつ国常立の大神の 御言かしこみ諾冊の二柱神漂流へる 地球をば修理固成むと天の沼矛をさし下ろし 塩コヲロコヲロに掻き鳴して淤能碁呂嶋を生み玉ひ 御国の胞衣と定めつつ天の御柱国柱 見立たまひて八尋殿作りたまひて二柱 妹兄の道を常永に婚姻たまひて大八嶋 国々嶋々数多生み青人草の始祖等や 万の物を生みたまひ普く諸の神人を 地上に安住させむため太陽大地太陰の 諸々の神たち生み玉ひ各自々々の神業を 依さし玉ひて万ごと始め開かせ絶間無く 勤しみ玉へる有難さ天照皇大御神 国の御祖の大神の大御心を心とし 青人草を悉く恵み幸はひ愛くしみ いや益々に蕃息栄えしめ功竟へ玉ふを初めとし 大御神業をば受持ちて天津国をば知食し 五穀の種を御覧しこれの尊き種物は 現しき青人草たちの食ひて活くべきものなりと 詔らせ玉ひて四方の国隈なく植付けたまひたる ごとく御霊の幸はひて如意の宝珠の物語 世人の霊魂の糧となし四方の国々嶋々へ 開かせ玉へ惟神尊とき神の御守りに 神の言霊幸はひて荒ぶる神を悉く 払ひに払ひ語問ひし岩根木根立醜草の その片葉をも語止めて是の教に一筋に 靡かせ玉へ天地の神の御前に願ぎ奉る。
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(1617)
霊界物語 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) 07 難風 第七章難風〔五五七〕 小鹿峠の急阪を、弥次彦、与太彦、勝彦、六公の一行は、岩根に躓き、木の根に足を掻き、右に倒れ左に転けどつくりの口から出任せ、野趣満々たる俄作りの宣伝歌を謳ひ乍ら、爪先上りの雨に曝され掘れたる路を、千鳥の足の覚束なくも、喘ぎに喘ぎ上り行く。塵も積れば山となる、一尺一尺跨げた足も、始終休まぬ四十八坂を、心ばかりの勝彦が、自慢お箱の十八番の阪の上に、やつと上つて、鼈に蓼を噛ました様な荒息を継ぎ乍ら親も居らぬにハア(母)ハアと息をはづませ辿り行く。 勝『皆サン、此見晴らしの佳い所で、暫くコンパスの停車をして、浩然の気を養つたらどうですか』 弥『サア誰に遠慮会釈もありませぬワ、公然と休養致しませう、天洪然を空しうする勿れだ。しかし休養序に一つ石炭の積込をやりませうかい、斯う云ふ適当な港口は、この先には滅多に有りますまい、どうやら機関の油が涸れさうになつて来ました』 勝『何分アンナ堅い所へ格納されて居たものだから、サツパリ倉庫は空虚になつて了つた、何をパクついて可いか、肝腎の原料はないのだから仕方がありませぬワ、腹の虫が咽喉部まで突喊して来て、切りに汽笛を吹きます、せめて給水なりとやつて、芥を濁したいが、生憎谷は深し、起臥進退維谷まると云ふ腹具合ですワイ、何とか良い腹案はありますまいかな』 弥『オー此処にお粗末な、火にも掛けぬのに焦げた様な色のした握飯が、〆て二個ありますワイ、三途川の鬼婆アサンから記念の為に貰つて来た、形而上の弁当だ、噛む世話も要らねば、五臓六腑にお世話になる面倒も無い。これなつと食つて、唾液でも呑み込んで、食つた気分になりませうかい』 与『オイオイ弥次彦、あた汚い、貴様はまだ娑婆の妄執………オツトドツコイ幽界の妄執が除れぬと見えて、婆アだの、ハナ飯だのと、不潔い事を囀る奴だ、可い加減に思ひ切つたらどうだい』 弥『山に伐る木は沢山あれど、思ひ切るきは更にない………あの婆アサンの、厭らしい顔をして、歯糞だらけのくすぼつた歯を、ニユーツと突出し「親譲りの着物をこつちやへ渡せ」と吐しよつた時の面付を、どうして思ひ切る事が出来るか、飯食ふたびに握り飯のことを思ひ出して、ムカムカして来るワイ』 与『どこまでも弥次式だな、夫れほど恐ろしい婆アに、なぜ貴様は一蓮托生だとか、半座を分けて待つて居るとか、ハンナリとせぬ、変則的なローマンスをやりよつたのだ、得体の知れぬ唐変木だなア』 弥『そこは、外交的手腕を揮つたのだよ。燕雀何ぞ大鵬の志を知らむやだ、至聖大賢の心事が、朦昧無智の人獣に分つてたまるものかい』 与『人獣とは何だ、俺が人獣なら貴様は人鬼だ』 弥『定つた事だよ、天下一品の人気男だもの、それだから、閻魔サンでさへも跣足で逃げる様な、あの鬼婆アが、俺にかけたら、蛸か、豆腐のやうに骨無しになつて仕舞ひよつて目まで細くして、ミヅバナの混つた涎を垂れよつた位だもの………貴様は俺の人気男を実地目撃した正確な保証人だ、勝彦や、六公にも吹聴せぬかい、俺の戦功を報告するのは貴様の使命だ、縁の下の舞と埋没されては、吾々が苦心惨憺の神妙鬼策も何時の日か天下に現はれむやだ』 与『アハヽヽヽ、貴様どこまでも弥次式だな』 弥『定つた事だ、シキだよ、天下一品の色魔だよ。老若男女、貴賎貧富の区別なく、猫も杓子も、鼬も鼈も、蝸牛もなめくぢりも、牛も馬も、この弥次サンに向つては皆駄目だ。アヽ人気男と言ふものは随分気の揉めるものだ。冥土へ行けば行くで、優しうもない脱衣婆アまでが、強烈なる電波を向けるのだから、人気男の色男といふ者は変つたものだよ、古今にその類例を絶つと云ふチーチヤーだ、チーチヤー貴様もこの弥次彦にあやかつたらどうだ』 勝『アハヽヽヽ、ナント面白い人足………オツトドツコイ人気男に出会したものだナア』 弥『ヤア勝サン、お前は私の知己だ、英雄の心事を知る者は、君たつた一人だよ。人気応変、活殺自在、神変不思議の、赤門出のチヤキチヤキのチーチヤアだからネ』 与『アハヽヽヽ、開いた口が塞がらぬワイ』 弥『開いた口が塞がるまい、牛糞が天下を取るぞよ、コンナお粗末な弥次の弥次馬でも、馬糞の天下を取る時節が来るのだから、あまり軽蔑して貰ふまいかい、アンナものがコンナものになつたと云ふ仕組であるぞよ』 与『イヤー吹いたりな吹いたりな、三百十日の大風のやうだのう』 弥『三百十日と云ふ事があるかい、二百十日だらう』 与『馬鹿言へ、貴様は三百代言をやつておつた男だ、十人十日口だと吐して、その日暮しの貧苦の生活に苦しみ、三つ違の兄サン………と云ふて暮して居るうちに』 弥『何を吐しよるのだ、そりや貴様の事だよ、俺ん所は人も知る如く、高取村の豪農だ、下女の一人も使ひ、僕の半人も使つた門閥家だぞ』 与『アハヽヽヽ、半人の僕とは、そらナンダイ』 弥『きまつたことよ、允請ポリスを置いた事だよ』 与『ポリスでも判任官か……判任官の目下ぢやないか』 弥『その点はしつかりと判任せぬワイ、マアどうでも好いワ、貴様も一人前の人間になるのだ。一人一党主義で、快活に誰憚る所もなく、無限の天地に活躍するのが人間の本分だ』 与『エーソンナ雑談は中止解散を命じます』 弥『聴衆一時に立ち、喧々囂々収拾す可らずと云ふ幕だな、アハヽヽヽ』 勝『何と云つても、吾々は米喰ふ虫だ、腹が減つては戦が出来ない、何とか兵糧を工面せなくてはなりますまい』 六『御心配なされますな、今日の兵站部は私が担任致しませう、お粗末な物であなた方等のお口には合ひますまいが、大事なければ、召あがつて下さいませ』 と背中の風呂敷から固パンを出した。 勝『アー有難い、腹がカツカツして殆ど渇命にも及ばむとする所だつたよ』 弥『コラコラ六でもない事を言ふない、六公、人様に物を上げるのに、粗末だとか、お口に合ひますまいとか、そら何んだ、チツト言霊を慎まないか。これは美味しいから献げませう、うまいから食つて見て下さいと言ふのが礼儀ぢやないか……、ナンダ失敬な、食はれぬ様な物や、粗末なものを人に進上するといふ事があるかい。神様に物を献げるのにも、蜜柑の五つ位のピラミツドを拵へて、蕪や大根人参位をあしらひ、千切や昆布、和布、果実、小鮎、ジヤコ位をチヨンビリ奉つて、海河山野種々の美味物を、八足の机代に横山の如く置足らはして奉る状を、平けく安らけく聞し召せ、ポンポン………とやるぢやないか』 六『ハイハイ、あなたの御趣意は徹底しました。併し乍ら私の本心は、この麺包は美味しい結構なものだと思つて居るのだが、一寸遠慮をして、お粗末だとか、お口に合ふまいと言つたのですワ』 弥『口と心の違ふ横道者だナア、虚偽虚飾パノラマ式の生活を続けて、得々然として居るとは、何と云ふ心得ちがひだ。ソンナ事を言ふ奴は、五十万年未来の十九世紀から二十世紀の初期にかけて生れた、人三化七の吐く巧妙な辞令だ、チツト確乎せぬかい』 六『益々以て不可解千万、合点の虫がどうしても検定済みにして呉れませぬワイ』 弥『まだ貴様は分らないのか』 六『日本や支那の道徳を混乱して言つたつて和漢乱は当然ぢやないか、神様は正直と誠実の行ひをお喜びなさるのに、ナンダ、お粗末の物を、ホンの後家婆アの世帯ほど八百万の神様に奉つて、相嘗めに聞し召せとか、海河山野の種々の美味物だとか、横山の如く置足らはしてとか、現幽一致に御透見遊ばす神様の前に、虚偽を垂れて、商売繁昌、家運長久、子孫繁栄、無病息災、願望成就、天下泰平、国土成就、五穀豊穣なぞと、斎官共が吐すぢやないか、一体全体この点が腑に落ちないのだよ』 弥『分らぬ奴だなア、この天地は言霊の幸はふ国だ、悪い物でも善く詔直すのだ。少い物でも沢山なやうに宣り直すのだ、貴様の様に、善い物を悪いと言ひ、美味い物をまづいと云ふのは、言霊の法則を破壊すると云ふものだ。世は禁厭と言つて、勇んで暮せば勇む事が、とつかけ引つかけ現はれて来る、悔めば悔むほど悔み事が続発するものだ、それだから人間は、言霊を清くせなくてはならないのだよ』 六『モシモシ弥次彦サン、チツトの物を沢山だと言ひ、味無い物を美味い物と云ふのは、いはゆる羊頭を掲げて狗肉を売るといふものぢやないか。ソンナ事をすると、現行刑法第何条に依つて詐欺取財の告発を為られますよ。訳の分らぬ盲ばつかりの人間が集つてたかつて拵へた法律でさへも、是丈に条理整然として居るのだ、况して尊厳無比なる神様の御前に、詐欺をやつて良い気で済まして居れると思ふのか、無感覚にも程が有るぢやないか』 弥『定つた事だい、人間は神様の水火から生れた神の子だ、少しでも間隔があつて堪らうかい、無かんかくが当然だよ』 六『ヤア妙な所へ脱線しよつたな、本当に脱線もない………』 弥『脱線は流行ものだい、工事請負人と○○と結托して○○をやるものだから、広軌鉄道であらうが、電鉄だらうが、直に脱線転覆する世の中だ、善人は悪人と見做され、悪人は脱線して善人になると云ふ暗がりの世の中だ、吁脱線なる哉脱線なる哉だ、アハヽヽ』 勝『広軌鉄道とか電鉄とか云ふものは、それや何処に敷設されてるものですか』 弥『ヤア此れから数十万年後の、餓鬼道の世の中の、文明の利器と云ふ名の付く化物のことだよ。アハヽヽヽ』 六『随分あなたの滑車は能く運転しますな、万丈の気焔を吐いて、我々を煙に巻き、雲煙糢糊として四辺を包む態の鼻息、イヤモウ恐縮軍縮の至りですよ』 与『随分巨大なクルツプ砲が装置されて有ると見えますワイ、ホー砲、砲、砲、ホー』 弥『定つた事だよ、与太公や六公の様な、与太六とはチツト原料が違ふのだ、特別大極上等の、豊富なる原料を以て、鍛錬に鍛錬を加へ、製造したる至貴至重なる身魂の持主だ、古今に類例を絶つと云ふ逸物だから、何と言つたつて、弥次彦の足型をも踏めさうな事はないのだ』 勝『モシモシ弥次彦サン、あなたは余程自尊心の旺盛強烈なる御人格者ですネー、自分を称して弥次彦サンと敬語を使ひ、友人に対しては、与太公だの、六公だのと、恰も君王が僕に対する様な傲慢不遜の御態度、三五教の信者にも似合はぬお振舞、どこで勘定が違つたのでせう。これもやつぱり脱線の世の中の感化をお受けになつたのぢやありますまいかな』 弥『ソンナラ是から与太彦サン、六公サンと詔り直しますが、しかしよく考へて見なさい、神を敬する如く人を敬し、我身を敬すべしと云ふ信条が三五教の何処に有つたやうに思ひます。我々は無限絶対力の至貴至尊の大神様の水火を以て生れ出で、天地経綸の司宰者たる特権を賦与されて居る者ではありませぬか、人は神なり、神は人なり、神人合一して茲に無限の権力を発揮するのでせう。吾々の霊肉共に決して私有物ではありませぬ、みな神様の預り物です、さうだから、弥次彦サンと云つたつて別に少しの矛盾も撞着もないぢやありませぬか。神素盞嗚尊様は、大蛇を退治て、串稲田姫と芽出度く偕老同穴の契を結び給ふた時に、自分の胸を抑へて「あが御心すがすがし」と、自分が自分の心を敬はせ給ひ、天照大神様は「われは天照大神なり」と自ら敬語をお使ひになつた。昔の帝様は葛城山に狩猟をなされた時にも、その御腕に虻が食ひ付いた、その時に「あが御腕虻かきつき」と詔らせ給ふたぢやありませぬか、これを見ても敬語と云ふものは、どこまでも使用せなくてはなりませぬよ、決して等閑に附すべき問題ではなからうと拝察するのです。今の奴は、君主でもない友人に対して、君とか、賢兄とか言ひ、僕でもないのに僕だとか拙者だとか云つて、虚偽の生活を送り得意がつて居る逆様の世の中だ、自分の父ほど賢い者は無い、母ほど偉い者は無いと心の中で褒めて居乍ら、愚父だとか、愚母だとか言ひ、自分の息子は悧巧だ、他家の息子は馬鹿だ、天保銭だと心に思ひ乍ら、自分の子を称して、愚息だとか、拙息だとか豚児だとか吐き、他人の馬鹿息子や、鼻垂小僧を御賢息だとか、御令息だとか言つて、嘘で固めてゐる世の中だ。本当に冠履転倒とはこの事だ。女郎の言ひ分ぢやないが、「口で悪う言ふて心で褒めて、蔭ののろけが聞かしたい」と云ふ様な、娼婦的奴根性の人間許りだから、世の中は逆様ばつかり出来るのだ。一日も早く三五教の教理を天下に宣明して、第一着手として、この言霊の詔直しを始めなくては、何時までも五六七の神政は樹立さるるものではありませぬワイ』 勝『イヤア是は是は結構な御託宣を承はりました、斯う云ふお話は度々教へて下さいませ。私も宣伝使となつて、この通り変幻出没、自由自在の活動を続けて来ましたが未だその点に気が付いて居なかつたのです…………吁、何処にドンナ人が隠れて居るやら、何時神様が口を藉つて、戒めて下さるやら、分つたものぢやない。アヽ有難い有難い、惟神霊幸倍坐世、惟神霊幸倍坐世』 与『コレコレ弥次彦サン、お前は又、日頃の言行にも似ず、今日に限つて何故ソンナ深遠な教理を説いたのだい』 弥『ナニ、ナンダカ口が辷つて、中から何者かが言ひよつたのだい、弥次彦の知つた事かい、アハヽヽヽ』 勝『ヤア六サン、結構なお弁当を沢山頂戴いたしました、これで元気も快復しました。サア徐々御一同様、テクル事に致しませうかな』 弥『コレコレ勝彦サン、表は表、裏は裏だ、この道中にソンナ几帳面な挨拶は免除して下さいな、互に無駄口の叩き合で、われ、俺で行きませうかい、何だか肩が凝つて疲労の度を増す様だから…………のう勝公、与太六』 与『与太六とはあまり酷いちやないか』 弥『面倒臭いから、与太公と六公とを併合したのだ、会社でもチツト左前になると併合するものだよ』 与『今俺はパンを鱈腹食つたのだ、空腹前所か、これ見い、この通りの太つ腹だ』 弥『ホンにホンに、全然鰒の横飛見たやうな土手つ腹だな、蟇の行列か、鰒の陳列会か、イヤモウ何んともかとも形容の出来ないお姿だ、コンナ所を三面記者にでも見つけられた位なら、直に新聞の材料だよ。アハヽヽヽ』 折から小鹿山の山颪、木も倒れ岩も飛べよと許りに吹き来る。 弥『ヨー風の神、一寸洒落てゐよるなア。吹くなら吹け、大砲の弥次彦がご通行だ、反対に吹飛ばしてやらうか』 与『アハヽヽヽ、偉い元気だのう、しかし何ほど弥次サンが黄糞をこいて、金の目を剥いて気張つた所で、的サンは洒々落々、風馬牛といふ御態度だから、如何ともする事は出来まいかい』 弥『ヨーヨーこれや意外の強風だぞ、二人づつ肩と肩とをから組んで進まうかい…………与太六、貴様は一組だ、弥次彦は勝公と手を組んで、単梯陣を張つて、驀地に進軍だ。小舟に乗つて大海を渡る時にも、暴風怒濤に出会つた時には、舟と舟と二艘一所に合はして連結んで置くと、容易に顛覆せないものだ。舟じやないけれど、吾々は風に対する風船玉の難を避ける為に、連結んで風の波を漕ぎ渡る事とせうかい。グヅグヅして居ると小鹿峠の渓谷へ顛覆沈没の厄に遭ふかも知れない。サアサア早く早く、連結んだ連結んだ』 四人は二人づつ肩と肩とを組み合せ、風に向つて強圧的に、前方三十五度の傾斜体で坂路を跋渉する。 与『イヨー此奴ア猛烈だ、今日に限つて風の神の奴、どう予算を狂はせよつたのか、勿体なくも、天地経綸の司宰者たる人間様が御通行遊ばすのに、恐れ気もなく前途を抗塞するとは、不都合千万だ。ヤア六公、しつかりせぬかい、吹き飛ばされるぞ』 六『これ位な風に吹飛ばされる気遣はないが、弥次彦サンの気焔には随分吹飛ばされさうだ。アハヽヽヽ』 弥『コラコラ、貴様何をグヅグヅ言つて居よるのだい、この烈風に確乎勇気を出して進まないと、内閣の乗取は不可能だぞ、グヅグヅしてると、九分九厘行つた所で流産内閣になつて了ふかも知れないぞ』 与『エー八釜しう言ふない、如何に神出鬼没の勇将でも、ハヤこの風に向つて、どうして突喊が出来るものかい、千引の岩でさへも中空に巻きあげると云ふ様な風の神の鼻息だ、チツト風の神も、聞直して呉れさうなものだな、この谷間へでも落ちて見よれ、又候幽界の旅行をやらねばならぬぞ』 弥『そら何を幽界、悲観するな、モツト愉快になつて、風を突いて突進するのだ』 与『何と云つても貴様のやうな無茶な事は、俺には到底不可能だ。如何に人間が賢いと云つてもコンナ記録破りの暴風に出会しては、人間としては到底不可抗力だ、………オイ一寸そこらで一服したらどうだい』 弥『三五教に退却の二字はないぞ、どこ迄も唯進むの一事あるのみだ。一度に開く梅の花、何時までも風の神だつて、さう資本が続くものぢやない。グヅグヅ吐かすと足手纏ひになるから、貴様と俺とは最早国交断絶だ、旅券を交附してやるから、サツサと本国へ引返したが宜からうぞ』 与『アーア仕方のない頓馬助だナア……オイ六公、マア見とれ、向意気ばつかり強いが、タツタ今風に煽られて、再幽冥界の探険と出かけるのが落だぞ』 この時山岳も崩れ、蒼天墜落するかと思はるる許りの音響と共に、最大強烈なる暴風吹き来るよと見る間に、弥次彦の羽織袴の袂に風を含んで、勝彦と手を組んだまま、中空に吹あげられ、空中飛行の曲芸を演じつつ、風に追はれて谷間の彼方に、悠々として姿を隠した。不思議や烈風は、嘘をついた様にケロリと歇んだ。 与『ヤア大変だ、意地の悪い風だないか、弥次彦を吹飛ばして置きよつて、それを合図にピタリと休戦の喇叭をふきよつた様なものだ』 六『あまり弥次公は大法螺をふくものだから、風の神の奴、一つ懲しめてやらうと思つて、何でも早うから作戦計画をやつて居つたのに違ないぞ、何だか夜前から雲行が悪いと思つて居つた。ヤア夫れにしても吾々はこの儘に放任して置く訳には行かず、滅多に天上した気遣はなからうから、吾々両人は此処で一つ捜索をせなければなるまいぞ』 与『ナアニ、彼奴ア風に乗つて、コーカス山へお先へ失礼とも何とも言はずに、参詣しよつたのだらうよ。アハヽヽヽ』 六『ソンナ気楽な事を言ふて居る場合じやあるまい、是から両人協心戮力して、両人が在処を探さうじやないか』 与『探すもよいが、拙劣に間誤つくと、冥土の道伴にならねばならないかも知れないぞ、俺はモウ冥土の旅は一度経験を積んだのだから、余り苦しいとも思はぬが、貴様は初旅だから勝手も分らず、随分困るだらうよ』 六『エーろくでもない事を言ふものじやないワ、言霊の幸はふ世の中だのに』 与『風玉の災する世の中だ、アハヽヽヽ』 二人は弥次彦、勝彦の散りて行つた方面を指して、顔の色を変へ乍ら、急いで元来し道に引返し、二人の所在を捜索することとなつた。吁、二人の行衛はどうなつたであらう。 (大正一一・三・二四旧二・二六松村真澄録)
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霊界物語 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) 14 一途川 第一四章一途川〔五六四〕 小鹿峠の四十八坂をば、一行四人はやつと打越え、見渡す限り茫々たる雑草茂る広野原、足にまかせて進み行く。ピタリと行当つた、水勢轟々として飛沫を飛ばし、渦まき流るる谷川の傍に辿り着いた。 弥『アヽ吾々はやうやうにして、小鹿峠の四十八坂を越え、此処の広野原を一行四人連れ、てくついて来たが、此処にピタリと行詰まつた、偉い川が横はつて居るワイ。これからフサの都へ渡り、コーカス山に行く迄は、随分長い道程だが、それまでには沢山の難所が在るだらう。それにしても絡繹として続く日々の老若男女の参詣者は、一体何処を通つて行くのだらう。この頃街道は雑沓だと云ふ事だのに、吾々の通過する処は人の子一匹居らぬぢやないか。ナンデも之れは小鹿峠の下り終ひから行手に踏み迷ひ、反対の方向に進んで来たのではあるまいかなア』 与『何だか、ご気分の冴えぬ天候と云ひ四辺の状況と云ひ、まるで幽界旅行の様だ。いつやら谷底に落ちて魂が宙に迷ひ、とうとう六道の辻まで行つて銅木像に逢つた時の様な按配式だぞ。どうやら此川も三途の川の兄弟分ぢやあるまいか、何だか変な風が吹いて来るぞ。アヽ此奴は不思議だ、今の今まで泰然自若乙に構へこみて居た山岳の奴、知らぬ間に何処かへ消えて仕舞ひよつた、まるで三途の川のやうな按配式だ、ナア弥次彦、貴様はどう思ふか』 弥『吾々の言霊の御神力に恐縮しよつて、山の奴雲を霞と逃げ散りよつたなア。随分三五教の吾々は豪勢なものだワイ』 勝『オイ此処は冥土を流るる三途の川ぢやなからうかな。何だか娑婆の川に比べて調子が違ふやうだ』 弥『調子が違つたつて御心配なさいますな、この弥次サンはドンドンながらポンポンながら、カンカンながら、前後〆めて弐回までも、幽界探険の実地経験を持つて居るお兄サン。最初与太公と遣つて来た時には、三途の川は実に綺麗な水だつた、それが第二回目に来た時には何とも知れぬ、臭気紛々たる川風が鼻を突くやう、小便大便黒血鼻啖の混合したやうな、汚くるしい物が流水代用の芸当を静かにやつて居た。その時三途の川の渡守兼脱衣婆奴が、世の中の奴が汚れた事をしをるから、この清い川がコンナに汚くなつたと云ひよつた。どうせコンナ汚い娑婆が、さう俄に清潔になるものぢやないから矢張冥土にある三途の川なら、依然として汚濁の水が永久に満ち流れて居る筈だ。之はまた素敵滅法界な清流だ、これを思へば三途の川とは、どうしても受取れないワ』 六『モシモシ皆サン、彼処の枝振の洒落た松の根許に小さい家が現はれて居るぢやありませぬか、あれやきつと三途の川の鬼婆の本宅かも知れませぬぜ』 弥『ナーニ、あれや瓦葺だ。婆の御館と云ふものは、それはそれは立派なものだ。どうしても比較にはならない黄金蔵の様だよ』 与『黄金蔵つて何だい、この前に貴様と旅行した時には見すぼらしい雪隠小屋の様な庵じやなかつたかい』 弥『アハヽヽヽ、頭の悪い奴だナ、雪隠小屋の様だから、当世流に黄金蔵と言霊を詔り直したのだよ』 与『何を吐しよるのだ、然しどうも臭いぞ。一つドンナ奴が居るか訪ふて見やうかい』 弥『マア待て一つ考へものだ。熟思黙考の余地は十二分に存する』 与『ヤア構はぬ当つて砕けだ。一つ善か悪か虚か実か爺か媼か、絶世の美人かおかめか、検非違使の別当与太衛門尉無手勝公が首実検に及ばうかい』 弥『アハヽヽ、又そろそろはつしやぎ出したなア、それほどはつしやぐと、日輪様が御出ましになつたら、貴様の細腕が燻ぼつてしもうぞ』 与『何を言ふのだ、燻つて来たら、この川にザンブと浸れば好いのだ。採長補短、水欠水補だ、ソンナ事に心配するな。自由自在の天地を跋渉する、三五教の宣伝使の候補者だ』 と云ひながら小屋の傍にツツと立寄り妙な腰付きをして、両手を蟷螂の様に構へたまま膝をくの字に曲げ、尻を振りながら、一軒屋の無双窓を覗き、 与太彦『モウシモウシお媼サン一夜の宿を願ひます それはお易い事ながらこれなる部屋を開けまいぞ それは誠に有難う今宵は此処にゆつくりと 足を伸ばして寝るであらうお婆は口を尖らして これなる居間を開けまいぞ言ひつつお婆は谷川に 手桶をさげて水汲みに後に与太彦只一人 今なるお婆の云ふたにはこれなる部屋を開けなとは てつきりおむすの添伏しか何は兎もあれ開けて見よ 左手に襖カラリ開けつらつら見ればこは如何に あちらの隅には手があるこちらの隅には足がある 今宵この家にとまりなば手足も骨もグダグダに 出刄で料理つて塩つけておほかたお婆が喰ふであろ これやたまらぬと泡を吹き裏口指して尻からげ スタコラヨイサノ、ドツコイシヨドツコイサノエツサツサノ、エンサノサ エツササノエササ、エササノサツサイ アハヽヽヽ』 弥『コラこの大馬鹿、何を洒落るのだ、此処はどうやら三途の川だぞ。まごまごして居ると本当に三途の川の鬼婆が、又着物をすつくり取り上げて、親譲りの洋服まで渡せと吐しよるぞ、君子危きに近づかずだ、早くこちらへ逃げてこぬかい』 与『エヽ今回も前回もあつたものかい、カイツクカイのカイカイカイだ。オーイ三途の川の鬼婆、先達来た与太公が又来たぞ。モウ何時ぢやと思ふて居るのだ、好い加減に起きぬかい』 家の中より、中婆の声として、 婆『誰れぢや誰れぢや、折角夜中の夢を見て居るのに、門口であた八釜しい吐す奴は何奴ぢやい』 与『誰でもないワイ、俺様ぢや』 婆『俺様と言つたつて名を言はな分るかい、貴様も智慧の足らぬ奴ぢやなア、目に見えぬ肝腎なものを落として来よつたと見えるワイ』 与『コラコラ三途の川の鬼婆奴、何を愚図々々と言つて居るのだい。早く手水をつかつて与太サンの一行に、渋茶でも汲まないかい』 婆『八釜しい言ふな、病人があるのに病気に障るワイ、ゲンの悪いことを言ふて呉れな、冥土か何ぞの様に三途の川ぢやのと、此処は一途の川ぢやぞ』 与『ヤア時節柄物価下落の影響を受けて、ドツと踏張りよつて二途を引き下げたな、サヽ投げ売り投げ売り、只より安い買ふたり買ふたり。このカリカリ糖は食べれやおいしい、食や美味い、ボロリボロリと歯脆うて歯につかぬ、湿る例しもなし、雨が降つてもカーリカリだ、アハヽヽヽ』 婆『エヽー、アタ八釜しい、お前は何処の奴乞食じや。ソンナ芸位いしたつて一文もやらせぬぞよ』 与『一門残らず討死と、聞く悲しさは嵯峨の奥、泣いてばつかり暮せしに、一途の川の乞食小屋とやらに、鬼婆がお坐しますと、一行四人は手に手を取つて、此処まで来たのがおみの仇、思へば思へばこの与太は、去年の秋の病気に、一層死んでしもうたら、斯うした歎きは在るまいもの、娑婆塞ぎになるとは知りながら、半時なりと生き長らへたいと思ふて来たのが吾身の仇、今の思ひに較ぶれば、なぜに三年も先にこの川へ、エーマ身を投げて死ななんだであらう、アヽヽヽチヤチヤチヤンチヤンチヤンチヤンチヤぢや』 弥『また演劇気分になつて居よるナ、門附芸者の様な、見つともない。洒落は止めたがよからうぞ』 婆『何処の奴乞食か知らぬが、表の戸をプリンと押して這入つて来なさい。田子の宿で飲んだ様な小便茶なと汲んで上げやうかい』 与『オイオイ弥次公、何を怕々して居るのだ、婆アサンが結構な茶をヨンデやらうと云ふて居るぞ。早う来て一杯グツと頂戴せぬかい』 弥『モシ宣伝使様、どうしませうかな』 勝『兎も角這入つて見ませうか』 三人は与太彦の後に随いて門口を跨げた。這入つて見れば外から見たよりは、比較的広き二間造りの座敷に、この家の主人と見え中年増の婆が横はつて居る。その傍に少し若さうな一人の婆が、何かと病人の世話をして居る。 勝『ヤア見れば当家には御病人が、おありなさると見える。是れは是れは御取込みの中に大勢のものが御邪魔を致しました』 婆『ハイハイ、ようマア立寄つて下さつた。此処は一途の川と云つて、お前サン等の身魂の洗濯をする処だ。二人の婆がかたみ代りに、往来の人の身魂の皮を脱がして洗濯をする処だ。サア此処へ来たが幸ひ、真裸にして親譲りの皮を脱がして上げやう。お前の顔は蕪の千枚漬ぢやないか、随分厚い皮だ。サア一枚々々隙がいつても仕様がない、年寄に苦労を掛けて困つた人だな、これもウラル彦の神様の御命令ぢやから仕方がないワ。お前等は三五教の宣伝使や信者であらう、アヽ三五教と云ふやつは、男子ぢやとか女子ぢやとか吐して、俺達の世の中を奪うとする奴ぢや。お前もその乾児だからエーイ出刄でも持つて来て、その厚い皮を剥いて遣らうかい。男子の方はまだしもだが女子と云ふ奴は瑞の御魂で、カメリオンの様な代物だ。アンナ奴の立てた教に呆けて、まだそこら中に開きに往くとは不都合千万、エーイ腰の痛い事だワイ』 と右手に出刄を持ち左手を握り、腰の辺を三つ四つポンポン打ちながら、 婆『アーエーイ、腰の痛いこつちや』 弥『オイ貴様はウラル教の悪神の乾児だな。道理で星の紋の付いた布団を着たり、羽織まで星の紋を着けてゐよるワイ、コラ婆アサン貴様こそ改心したらどうだい』 婆『エーイ八釜しいワイ、常世姫命様のお台サンが病気で寝て御座るのに、何をガアガアと騒ぐのだ。神妙にせぬと十万億土と云ふ処へ、送り届けて万劫末代この世へ上がれぬ様にして遣らうか』 与『何だ出刄を提げよつて、強圧的に矢張りウラル教はウラル式だ、奥州安達ケ原の鬼婆見た様な奴だなア。貴様はかうして此川辺に巣を構へよつて、三五教の宣伝使や信者の身魂を引抜く奴ぢやな。コレヤ、その手は喰はぬぞ、貴様の身魂をこなサンが引抜いてやらうか』 婆『何ほど八釜しく、じたばたしても恟とも動くものかい。俺は善の仮面を被つてヱルサレムの宮に、出入をして居つた常世姫命の一の家来の、木常姫の生れ替りだぞ、酢でも蒟蒻でも往く婆でないぞ』 弥『貴様は木常姫の生れ替りだな、木常姫と云ふ奴は仕方のない奴だ』 婆『仕方がなからう、小鹿峠の二十三峠の上で、この婆が貴様を苦しめた事を覚えて居るだらう、恐かつたか恐れ入つたか』 弥『エー何だか俺の背に虻がとまつたかと思つたら、貴様だつたなア。何をへらず口叩きよるのだ、愚図々々吐すと言霊の発射だぞ』 木『オホヽヽ、仰有るワイ仰有るワイ、あの時に日の出別と云ふ我楽多神が出て来よつて、いらぬチヨツカイを出しよるものだから、戦ひ利あらず、時非なりと断念して、茲に第二の作戦計画を立て、手具脛引いて待つて居たのだ。モウ斯うなつては此方のものだ、袋の鼠も同様、これや此出歯の言霊で霊なしにしてやらうか』 弥『アハヽヽヽヽ、婆の癖に剛情な奴だなア。貴様のやうな奴は屹度死んだら、三途の川の脱衣婆の後任者となつて、終身官に任ぜられる代物だナ』 婆『オホヽヽヽ、脱衣婆の役は俺の姉さまの役だよ、わしは其妹だ、酢でも蒟蒻でも梃でも棒でも、いつかないつかな恟ともせぬ、我の強い岩より堅いカンカンの鬼婆だ。如何に三五教の宣伝使でも此婆には敵ふまい。一遍に行かねば、二度でも三度でも、仮令十年百年千年かかつても、貴様の身魂を抜き取らな置くものかい』 弥『何と執念深い婆ぢやないか、早く修羅の妄執を晴らしよらぬかい。天国に往くのが好いか、地獄に行くのが好いか、此処は一つ思案の仕処ちやぞ』 婆『俺は天国は大嫌ひぢや。天国へ往かうとする奴を片つ端から、霊を抜いて地の底へ送るのが、俺の役だ。偽の変性男子だぞ。此処に寝て居る常世姫の懸る肉体は、偽の日の出神ぢや、竜宮の乙姫もタンマには憑つて来るぞ。三五教の奴は、日の出神を地に致して竜宮の乙姫殿のお活動で、この世を水晶に致すとぬかしよつて威張つてをるが、この世が水晶になつて耐るかい。日の出の世になつたら、俺達の居る処は無くなつてしまうワ、それだから貴様等のやうな馬鹿正直な頓痴気野郎や、腰抜け女を鼠が餅を引くやうに、チヨビリチヨビリと引張り込んで、日の出の神は此処ぢや、竜宮の乙姫も此処に現はれて居ると、三五教の奴を誑かして、女子の霊魂を困らしてやるのだ。アハヽヽヽ、気分の好い事ぢや、心地が好いワイ、イヒヽヽヽ』 勝『ヨウ貴様等は不届至極な婆達ぢや、最早貴様の口から自白致した以上は、弁解の辞はあるまい。曲津と云ふ奴は賢い様でも馬鹿だなア、蛙は口から吾と吾手に白状致し居つた。アハヽヽヽ』 婆『ドウセ貴様は只で帰す奴ぢやないから、俺達の企みを隠す必要もなし、因果腰を定めて、貴様の霊を一々手渡しせい。愚図々々吐すと俺が手づから、貴様の土手腹へ此奴をグサリと突つ込み、一抉りに抉つて取つてやるぞ』 弥『何を吐すのだ。顋太許り叩きよつて、脅したりすかしたり貴様の奥の手は好く分つて居るぞ』 婆『貴様達は三五の月の御教だと吐して居るが、その月は運の尽ぢや、片割月ぢや、ソンナ月が間に合ふか。 十五夜に片割月はなきものを 雲に隠れて此処に半分 と云ふ事を貴様は知つて居るか、本当の真如の月は、此処に半分どころか、丸で隠れて居るのだ、切れてばらばら扇の要だ。三五教は自在天と盤古大神の系統の神に、ばらばらに骨を抜かれよつたぢやないか、肝腎の要は此処に握つて居るのぢや。神の奥には奥があり、その又奥には奥がある、その又奥に奥がある、昔々去る昔、ま一つ昔の其昔、その又昔の大昔から、この世を自由に致さうと思うて、八頭八尾の大神様や、金毛九毛のお稲荷様、酒呑童子のお身魂様が、この一途の川の片傍に、仕組を致して居るのを知らぬか。好い加減に目を醒まして、魂をこちらへ潔く渡して、生れ赤子になつて悪神の眷族にならぬかい』 弥『アハヽヽ、コラ二人の婆、何を劫託ほざきよるのだ。勿体なくも五六七大神様が地の高天原に顕現なされた以上は、何程貴様等が火になり蛇になり猿になり狼になり狸になり、或は大蛇、狐、鬼になつて、黄糞をこいて藻掻いたつて駄目だぞ。一日も早く改心を致したがよからう』 婆『イヤイヤ、誰が何と言うても、仮令百遍や二百遍、生命がなくなつても、誠の道は嫌ひだ。誠の道と見せ掛けて悪を働くのが俺達の身魂の性来だ。金は何処までも金ぢや、瓦は何処迄も瓦ぢや。俺達は善の仮面を被つて、高い処へとまつて、熱さ寒さも知らず顔に、世界の奴を睨み下ろして居る鬼瓦ぢやぞ』 与『こりや鬼婆、イヤ鬼瓦、道理で冷酷な奴ぢやと思うて居つた』 婆『定つた事だ、俺達の眷属や系統のものが世界の奴の霊をスツクリ引抜いて、鬼瓦の霊と入替へをして置いたから、世の中の奴は皆冷酷無残な動物霊になつて、餓鬼修羅畜生の境遇になり、優勝劣敗、弱肉強食の体主霊従的非行を盛んに続けて居るのだ。最早三千世界は九分九厘まで、俺の心の儘に曇つて来居つたが、困るのはモウ一輪の所だ。変性男子の身魂はどうなつとして、チヨロマカして来たが、歯切れのせぬのは金勝要の神魂だ。そこへ我の強い変性女子の御魂や、木の花咲耶姫の御魂が出しやばりよつて、俺達の仕組の邪魔をさらすものだから、多勢の者の難儀と云ふたら、口で言ふやうなものでないワイ。貴様等も変性女子やら木の花姫の、霊主体従の教を開きに廻つて、俺等の邪魔をする奴ぢや。何と云つても貴様の霊を引抜かねば、常世姫命に対して申訳が立たず、第一盤古大神や自在天様に申訳がないワイ。婆アの一心岩をも突貫く、いい加減に因果腰を据ゑたが好からうぞ。イヒヽヽヽヽ』 勝『ヤアこの婆、貴様はよつぽど因縁の悪い奴だ。本当にこの世界がほしいか、執着心のきつい奴だ』 婆『ほしいワほしいワ、欲しい印に星の紋が附けてあるのも知らぬかい。星の紋は米の紋ぢやぞ。それが欲しいばつかりに夜昼なしにやきやきして居るのぢや、オーンオーンアーンアーン、何でもかでも欲しいワイ欲しいワイ。三五教はどうしてもやめてほしい、此方の方へ魂を渡して欲しい、是丈け梅干婆にほしいほしいが重なつて、目にまで星が這入つたワイ。蛙の干乾の様な痩た身体になつても、それでもまだ欲しいワイ。欲に呆けた為に俺の着物も梅雨が来て、アチラコチラに星が入つて来た、早う土用が来てほしいワイ、土用干でもせな星がとれぬワイ』 弥『コラ婆アサン、その星を取つたが好いのか、とらぬが好いか、どつちやか返答が一寸きかしてほしいワイ』 婆『着物の星は取つてほしいが、俺のほしいは取つてはならぬワイ』 与『イヤア此婆、五右衛門風呂の蓋のやうな事を吐きよるな、入るときに要らぬ、入らぬときに要る風呂の蓋だ。オイ風呂蓋婆、梅干婆、貴様も棺桶に片足突込んで居つて、好い加減に我を折つたらどうだい。ほしい、おしい、可愛い、憎い、欲に高慢、恨めしい、苦しい八つの埃と吐かす十九世紀の転理数のやうな奴だな』 婆『エーエー言はして置けば止め度なく、痢病患者のやうにビリビリとよう垂れる奴ぢや。くだらぬ理屈を管々しく垂れ流してエヽ汚苦しいワイ。何も彼も綺麗さつぱり御塵払ひをして、この婆に根こそげ奉納しよらぬかい。愚図々々して居ると、俺の方から行動を開始するぞ。コレコレ常世姫の神、もう起きてもよかろう、サア早く起きて下さい、二人寄つて此奴等四人を真裸にして、ソツと猫糞をキメやうかいな』 伏婆むくむくと起き上り、 婆(常世姫)『ヤア最前から病人と詐はり、様子を考へて居れば、ようマア理屈を垂れる娑婆亡者、此処は三五教の女子の系統の魂がほしさに、寝ても起きても一途の川の脱衣婆アサンぢや、車の両輪、飯食ふ箸、人間の二本のコンパス、両方からばばとばばが狹み打ちをしてやる、サアどうぢや』 四人一度に身構へをなし、 四人『ヤア何と吐いた、サア来い勝負』 と手に唾し、グツと睨み付けた。婆は手に手に出刄をひらめかし、突いて掛るを四人は汗みどろになつて、前後左右に身を躱し、奮戦格闘すること殆ど半時ばかり、勝彦は常世姫の出刄に、腰骨をグサリと突かれた途端に目を覚ませば、豈図らむや一行四人は二十五峠の麓の谷底に風に吹かれて落ちこみ居たりける。 (大正一一・三・二五旧二・二七谷村真友録)
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(1641)
霊界物語 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 09 薯蕷汁 第九章薯蕷汁〔五七六〕 千早振る遠き神代のその始め、神の教に背きたる、天足彦や胞場姫の、醜の身魂の凝結し、八岐大蛇や、金毛九尾白面の悪狐となつて、天地の水火を曇らせつ、常世の国に現はれし、常世彦や常世姫、盤古大神の体に宿りて世を乱し、一度は神の御教に、服ひ奉り真心に、立帰りしも束の間の、いや次々に伝はりて、ウラル彦やウラル姫の、又もや体に宿りつつ、天地を乱す曲業の、力も失せて常世国、島の八十島八十国の深山の奥に立籠り、人の身魂を宿として、バラモン教やウラナイの、教を樹てて北山の、鳥も通はぬ山奥に、数多の魔神を呼び集へ、ウラナイ教と銘打つて、又もや国を乱し行く、其の曲業ぞ由々しけれ。 館の主高姫は、安彦、国彦、道彦の宣伝使に危難を救はれ、感謝の意を表はし館に迎へ入れて、鄭重に饗応せむと強て一行を迎へ入れた。 一行五人は美はしき一室に招ぜられ、手足を伸ばし悠々として寛いでゐる。高姫は此の場に現はれ、 高姫『コレハコレハ三人の宣伝使様、能うマア危き所を御救け下さいました。これと云ふも全く妾が日頃信仰するウラナイ教の御本尊大自在天様の御引合せでございませう。神様は三五教の宣伝使に憑依つて、妾の危難を御救ひ下さつたのです。謂はば貴方等は神の御道具に御使はれなさつただけのもの、貴方の奥には大自在天様が御鎮まりでございます。誠に以て御道具御苦労でございました。何もございませぬが悠々と御あがり下さいませ』 と言ひ棄てて徐々と次の間に姿を隠した。 国彦『ナンダ、怪体な挨拶じやないか。われわれは三五教の教理に依つて、敵を敵と致さず生命を的に危険を冒して救つてやつたのだ。それに何ぞや、大自在天の御道具に使はれなさつたなぞと、減ず口を叩きよつて何うも宗旨根性と云ふものは、何処迄も抜けぬものとみえるワイ』 道彦『マアマア何うでも好いぢやないか。彼奴を片端から三五教に兜を脱がしさへすれば好いのだ。何でも好いから言はすだけ言はして置けば、腹の底が自然に解つて来る。さう言葉尻を捉へて、ゴテゴテ言ふものでは無い。洋々たる海の如き寛容心を以て衆生済度に掛らねば、彼れ位なことに目に角を立てて鼻息を喘ますやうなことでは、到底宣伝使どころか、信者たるの価値さへもないと云つても然りだよ』 斯く話す折しも以前の高姫は、縁の欠けたる丼鉢に麦飯を盛り、粘々したものをドロリとかけ、三人の小間使に持たせて入り来り、 高姫『コレハコレハ皆サン、ご苦労でございました。山家のこととて何か御構ひを致さねばなりませぬが、麦飯に薯蕷汁が出来ました。これなりとドツサリ御あがり下さい。俄の客来で沢山の鉢の中から探しましたが、縁の欠けたのは漸く三つよりございませぬ。二人の御供は最前ソツとあがれとも音はぬのに、喜三郎をなさいましたから、どうぞ辛抱して下さいませ。貴方等に出すやうな器は漸う三つ見つかりました。後は立派な完全無欠の器ばつかりでございます。この様に見えても痰なぞは滅多に混入してゐる気遣ひはございませぬ。どうぞタントタント御あがり下さいませ。オホヽヽヽヽ』 と厭らしき笑ひと共に、白い出歯をニユツと出し、のそりのそりと又もや元の居室に姿を隠しける。 国彦『われわれを飽く迄侮辱しよる怪しからぬ奴だ。恰で一途の川の二人婆のやうな面をしよつて、モー堪忍袋の緒が切れた』 と云ひ乍ら、丼鉢の麦飯とろろを座敷一面に投げつける。座敷はヌルヌルととろろの泥田のやうになつて了つた。 又もや二人分の丼鉢を次の室に投げ付け、次の室も亦とろろの泥田となつた。 国彦『さアこれで溜飲が下つた。婆の奴滑り倒けよると一層御愛嬌だがナア』 安彦『オイ国彦、貴様は乱暴な奴だナア。三五教の宣伝使が喧嘩を買うと云ふことがあるものか、如何なる強敵に向つても飽く迄無抵抗主義で、誠で勝つのだよ。ナント云ふ情無いことをして呉れるのだ。今日限り破門を致すから、さう心得ろ』 国彦『それだから三五教は腰抜け教だと云ふのだよ。貴様の方から破門する迄に、こちらの方から国交断絶だ』 と自暴糞になり、捻鉢巻となつてドンドンと四股を踏み鳴らし、荒れ狂ふ此の物音に驚いて、高姫を始め数人の男女此場に現はれ、 高姫『コレハコレハ三五教の宣伝使様、誠に御立派な御教理には感心致しました。口では立派なことを仰有るが、其の行ひは一層見上げたもの、人の座敷に泊り乍ら、吾々一同が心を籠めた御馳走を座敷一面に撒き散らし襖を蹴倒し、障子の骨を折り、イヤもう乱暴狼藉、実に立派な御教理には、ウラナイ教の吾々も、あまり感心の度が過ぎてアフンと致します。開いた口が閉まりませぬ。三五教の御教通り手も足も踏込む所がございませぬ。オホヽヽヽヽ。コレコレ皆の者ども、この宣伝使様の立派な御教をお前達は、能く腹へ入れて置くがよいぞや』 もう一人の婆は口を尖らし、 婆『コリヤお前達は三五教の宣伝使だと云つて偉さうに天下を股にかけて歩く代物だらう。大方三五教は斯んな行ひの悪い宗教だと思つて居つた。やつぱり人の風評は疑はれぬワイ。屹度変性女子の世の乱れたやり方を見倣うて、其処中をとろろドツコイ泥だらけに穢して歩く悪の御用だらう。素盞嗚命は天の岩戸を閉める役だと云ふことだが、悪も其処まで徹底すれば反つて面白い。このウラナイ教は斯う見えても立派なものだぞ。変性男子の生粋の教を守つとるのだぞ。三五教も初めは変性男子の教で立派なものだつたが、素盞嗚命の身魂の憑つた肉体が出て来て、人の苦労で徳を取らうとしよつて、変性男子を押込めて世の乱れた行り方の、女子の教が覇張るものだから三五教もコンナ悪の教になつて了つたのだ。三五教の奴は二つ目には、ウラル教が何うだのバラモン教が悪だのと、お題目のやうに仰有るけれど、今の宣伝使の行ひは何うぢやな。これでも善の立派な教と云ふのかい。この高姫も元は変性男子の御血筋の肉体だ、日の出神の生宮ぢや。竜宮の乙姫さまもチヨコチヨコ御出でになつて、体主霊従国の悪神の仕組を、すつかりと握つてござるのぢや。変性女子と云ふ奴は胴体無しの烏賊上り、三文の大神楽のやうに頤太ばつかり発達しよつて、鰐のやうな口を開けて、其方此方の有象無象を噛んだり、吐いたりする大化物だ。お前達は其の大化物を神様だと思つて戴いて居る小化物ならよいが、小馬鹿者の薄馬鹿者だよ。これからちつとウラナイ教の教を聴きなさい。身の行ひを換へて誠水晶のやり方に立替へねば何時まで経つても五六七の世は来はせぬぞえ』 国彦『エーエ、ツベコベと能う八釜敷く吐す婆だな。貴様は偉さうにツベコベと小理窟を並べよるが、人を招待するに欠けた穢い鉢を選んで出すと云ふことがあるかい。これが抑も貴様の方から俺を焚きつけにかかつてゐよるのだ。三五教だつて、いらはぬ蜂はささぬぞ、釣鐘も叩くものが無ければ音なしいものだ、春秋の筆法で言へば、貴様が丼鉢を投げたのだ。イヤ大自在天がやつたのだ。俺は大自在天の道具に使はれたのだ。此処の大将が最前さう云つたぢやないか。ナント大自在天と云ふ神は乱暴な神だなア。ウラナイ教はコンナ悪魔の乱暴な神を御本尊にして居るのか苟くも三五教の宣伝使は、至粋至純の身魂の持主だぞ』 高姫『オホヽヽヽ、至粋至純の身魂の持主の為さること哩のー。自分のした責任を、勿体無い、大自在天様に塗りつけて、それで自分は知らぬ顔の半兵衛をきめこんでゐるのか。都合の好い教理だなア』 国彦『われわれの魂は水晶魂だ。真澄の鏡も同様だ。それだからウラナイ教の悪がすつかり此方の鏡に映つて居るのだ。アーア水晶の身魂も辛いものだワイ。アハヽヽヽ』 黒姫『団子理窟をこねる日には際限が無い。兎も角行ひが一等だ。立派な御座敷の真ん中に主人の好意で出した麦飯とろろを打ち開けるとは沙汰の限り、やつぱり悪の性来は何うしても現はれるものぢや。ソンナ馬鹿な教の宣伝使になるよりも、一つ改心してウラナイ教になつたら如何だい。誠の変性男子の教は此の高姫さまと、黒姫がチヤント要を握つてゐるのだよ。昔の神代の根本の身魂の因縁から、人民の大先祖のことから又万劫末代のこと、根の国、底の国、なにも彼も知つて知つて知り抜いた世界で、たつた一人の日の出神の生宮ぢや。この黒姫は竜宮の乙姫の守護だぞ。艮の金神様も元は此処から現はれたのだ。本が大事ぢや。「本断れて末続くとは思ふなよ。本ありての枝もあれば、末もあるぞよ」と三五教は教へて居るぢやないか。その根本の本の本の大本は、此日の出神がグツト握つて居るのぢや。神の奥には奥があるぞ。三五教の宣伝使のやうに理窟ばかり言つてこの頃流行る学の力を以て、神の因縁を説かうと思つても、それは駄目ぢや。千年万年経つたとて誠の神の因縁が判つて堪るものか。誠の神の御用が致し度くば、ウラナイ教に改心して随うがよかろう』 国彦『婆アサン、大きに御心配かけました。この国彦は三五教でも無ければ、ウラル教でもない、ウラナイ教では尚更ないのだ。あまり三五教の悪いことばつかり仰有ると、ウラナイ教の化けの皮が現はれるぞえ。左様なら、モシモシ三五教の二人の宣伝使サン御悠くりと下らぬ説教でも聴かして貰つて、眉毛を読まれ、尻の毛が一本も無いとこ迄抜かれなさるがよろしからう。コラ二人の皺苦茶婆、用心せーよ。何処に何が破裂致さうやら判らぬぞよ』 と尻をクリツと捲つて裏門から、一発破裂させ乍ら何処とも無く姿を隠して了つた。 道彦『アハヽヽヽ』 安彦『アーア道彦サン、彼様乞食を伴れて来るものだから、薩張り三五教と混同されて偉い迷惑をした。これから迂濶と何でも無い者を連れて歩くものぢやない』 道彦『アヽ左様ですな、モシモシ高姫サン、黒姫サン、三五教には彼の様な宣伝使は、一人も居りませぬよ。彼の男は途中から道案内に伴れて来たのですから、好い気になつて宣伝使気取りでアンナことを言つたのですよ。アハヽヽヽ』 黒姫『神様の宣伝使は嘘は言はぬもの、誠一つの教を樹てるのは、此のウラナイ教。三五教は矢張り嘘をつきますなア。彼の男は元は与太彦と云うて、貴方等と一緒に宣伝に歩いて居つた人でせう。違ひますかな』 安彦、道彦『サア』 黒姫『サア返答は』 安彦、道彦『サアそれはマアマアマア彼奴は俄に気が違つたのですよ。それだからアンナ脱線した行ひをやるのですワ。アハヽヽヽ』 黒姫『能う嘘をつく人だナ。今お前サンは道案内に途中から雇うて来たと云つたぢやないか。それだから三五教は駄目、ウラナイ教が誠の教と云ふのだ』 安彦『一体此処の館には盲人ばつかり居りますな』 と話を態と横へ転じた。 黒姫『誠の教を聴かうと思へば、目が開いて居つては小理窟が多くつて仕様がないから、みな盲目や聾ばかり寄せてあるのだ。見ざる、聞かざると言うて、盲目聾程よいものは無い。此処へ来る奴は、みな此高姫サンと黒姫が耳の鼓膜を破り、眼の球を抜いて、世間の事がなにも解らぬやうに、神一筋になるやうにしてあるのだ。お前も怪体な目をウラナイ教に、すつくり御供へしなさい。さうしたら本当の安心が出来るぢやらう。昔竜宮城に仕へて居つた小島別は、盲目であつたお蔭で、結構な国魂の神となつて神の教を筑紫の島でやつて居るといふことだ。目の明いた奴に碌な奴が居るものかい。盲目千人に目明き一人の世の中に、十目の視る所十指の指さす所、大勢の盲目の方に附くのが誠だ。サア、これからウラナイ教に帰順さしてやらう』 と高姫、黒姫の二人は、出刃庖丁をひらめかし、安彦、道彦の眼球目蒐けて突いてかかる。二人は、 安彦、道彦『コリヤ大変』 と逃げ出す途端に、座敷一面のとろろ汁に足を、辷らして、スツテンドウと仰向けになつた。 二人の婆も、とろろに足を滑らし、仰向けにドツと倒れた。婆の持つた出刃庖丁は道彦の眼の四五寸側に光つてゐる。 道彦、安彦は一生懸命逃げ出さうとすれど、ヌルヌルと足が滑つて同じ所にジタバタやつてゐる。百舌彦、田加彦は一室から飛んで出て、 百舌彦、田加彦『コラコラ婆の癖に手荒いことを致すな。その出刃渡せ』 と矢庭に引捉へむとして、又もやズルリと滑り、二人は尻餅搗いた途端に、道彦の顔の上に臀をドツカと下ろした。その痛さに気が付けば王仁は、宮垣内の茅屋に法華坊主の数珠に頭をしばかれ居たりける。 (大正一一・四・二旧三・六外山豊二録) (昭和一〇・三・二〇於彰化支部王仁校正)
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(1645)
霊界物語 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 13 神女出現 第一三章神女出現〔五八〇〕 神素盞嗚の大神は天の岩戸の変に依り 百千万の罪咎を其身一つに引受けて 千座置戸の艱難辛苦神の御運も葦原の 瑞穂の国を此処彼処漂ひの旅に出立ち給ひしより 今まで影を潜めたる八岐大蛇や金毛九尾 醜の曲鬼遠近に又もや頭を擡げつつ 此世を紊すウラル教バラモン教やウラナイの 教の道の人々の肉の宮居を宿となし 以前に勝る悪逆無道世人の心は悉く ねぢけ曲りて一柱誠を守る者も無く 世は日に月に曇り行く遠近の山の伊保理や川の瀬に 伊猛り狂ふ曲神の声は嵐か雷か 譬ふる由も地震の一時に轟く騒がしさ 山川どよみ草木枯れ非時雨は降り頻り 風荒らぎて家を倒し木々の梢は裂き折られ 木の葉は破れて鋸の歯を見る如くなりにけり。 神素盞嗚の大神は、神代に於ける武勇絶倫の英勇にして、仁慈の権化とも称ふべき、瑞霊の雄々しき姿、漆の如き黒髪を長く背後に垂れ給ひ、秩序整然たる鼻下の八字鬚、下頤の御鬚は、瑠璃光の如く麗しく、長く胸先に垂れ給ひ、雨に浴し風に梳り、山と山とに囲まれし、西蔵国に出で給ふ。 地教山に現はれて、一度は尊の登山を塞ぎ奉りし鬼掴は、昔ペテロの都に在りて、道貴彦の弟と生れたる高国別の後身、幾度か顕幽二界に出没し、又も身魂は神界の、高天原に現はれて、天の岩戸の大変に差加はりし剛の者、神素盞嗚の大神の、清き御心推しはかり、義侠に富める逸男の、いかで此儘過ごすべき、天教山に坐しませる、皇大神の御言もて、地教の山に立ち向ひ、一度は神命もだし難く、瑞の霊の大神に、刃向ひまつり、尊の登山を悩まさむとしたりしが、心の奥は裏表、神素盞嗚の大神を、心の限り身の限り、助け奉らむものをとて、地教の山に夫れとなく、尊の登り来ませるを、今か今かと待ち居たる、其御心ぞ尊けれ。 神素盞嗚の大神は、高国別を伴なひて、地教の山を後にして、青垣山を繞らせる、豊葦原の秘密国、凩荒び雪深き、ラサフの都に差掛る、斯かる例は昔より、まだ荒風のすさぶ野を、神を力に誠を杖に、心の駒の嘶きに、勇み進んで出でて行く。一天俄に掻き曇り、灰色の空ドンヨリと、包む折しも降り来る、激しき雪に二柱、とある藁屋に駆け込みて、一夜の宿を請ひ給ふ。 素盞嗚尊は門口に立ち、声も静に、 素盞嗚尊『吾々は漂ひの旅を致す二人連、雪に閉され日は暮果て、行手に困り、困難を致す者何卒お慈悲に一夜の宿を許せかし』 と訪ひ給へば、 娘『アイ』 と答へて一人の浦若き娘、門口に立ち現はれ、 娘『これはこれは旅のお方様、さぞ雪にお困りで御座いましたでせう。みすぼらしい茅屋なれど、奥には相当の広き居室も御座いますれば、どうぞ御寛りと御休息を願ひます』 尊は、 素盞嗚尊『アヽ世界に鬼はないもの……夫れは千万忝ない、御言葉にあまえ、今晩はお世話になりませう』 娘『どうぞ、そうなさつて下さいませ、奥へ御案内致しませう』 と娘は淑やかに、足許優しく奥の一室に二人を導き行く。二人は娘の案内に連れ、奥の一室の囲炉裡の前に安坐して、手をあぶりつつ、ヒソヒソと話に耽り給ふ。此時主人らしき男揉手をし乍ら此場に現はれ、二人に向つて叮嚀に会釈し、 主人『これはこれは旅の御方様、能くも此茅屋に御逗留下さいました。何分焚物の不自由な所にて、嘸お困りで御座いませう』 と云ひ乍ら、黎牛の糞の乾きたるを籠に盛りて、囲炉裡に焚べ、室を暖めるのであつた。此地方は四面高山に包まれたる、世界の秘密国にして、交通不便の土地なれば、他国人の入国を許さざる所である。されど高天原の大事変より、人心大に軟化し、稍世界同胞主義に傾きたる折柄なれば、他国人の入り来るを、今は反対に歓迎し、物珍らしがりて、部落の老若男女先を争ひ訪ね来り、面白き話を聴聞せむとするのである。平素の燃料は麦藁又は黎牛の糞を乾かせて用ゐ、麦を炒りて粉末とし、食料として居る。一時晴るれば、一時雪霰降り来り、天候常に定まらざる土地である。世界に於ける大高地なれば、穀物も余り豊熟ならず、豊作の年と雖も、例へば五升の麦種を蒔いて、一斗の収穫を得れば、是を以て豊作となす位な所である。この家の主人の名はカナンと云ふ。カナンは炒麦の粉を木の椀に盛り、茶を沸かせ持ち来り両手をつき、 カナン『お二人のお方、御存じの通り不便の土地、他国の方に差上ぐる様な物は御座いませぬが、此れが吾々の国にては、最良の馳走で御座いますれば、ゆるゆる召しあがり下さいませ』 と言ひ棄てて一室に姿を隠したり。二人は麦の炒粉に茶を注ぎ、匙もて捏ね乍ら食事せる最中に、五人の美しき娘この場に立現はれ、叮嚀に両手をついて辞儀をなし、一度に立つて歌を歌ひ且舞ひ、二人の旅の疲れを慰めむと努むる様子なり。 素盞嗚尊『ヤア各方、遅がけに参り、御邪魔を致した上、結構な馳走に預り、実に満足の至りである。汝等は此家の娘なりや』 と言葉も終らざるに、年長の娘、 娘『ハイ妾は此家の主人カナンの妻で御座います。此処に居りまする女は、皆妾の姉妹何れもカナンの妻となつて楽しき月日を送る者、併し乍ら高天原より神素盞嗚の大神様、千座の置戸を負はせ給ひ、何処ともなく落ち行き給ひしより、今迄平穏無事なりし此秘密郷に、ウラナイ教の魔神侵入し来り、古来の風俗を攪乱し、人心恟々として安き心無き折柄、又もやバラモン教の邪神、潮の如く押寄せ来り、今や国内は恰も修羅の巷の惨状で御座います。神素盞嗚の大神が此大地の御主宰と現はれましたる世は、此秘密郷も実に天国楽土の様なもので御座いましたが、大神様がお隠れ以来と云ふものは、俄に国外より諸々の悪神入り来つて、種々の変異をなし、此儘に放任せば、忽ち地獄道を現出するやも計り難しと、国人の心ある者は、再び大神の出現を希ひ、茶断ち塩断ち火の物断ちを致し、天に祈願を籠めて居ります。夫故ここ一月許りは、吾々は総ての飲食を断ち、日夜祈願を凝らし、善根を励み居りまする様の次第、御相手も仕らず、御無礼の段は、右様の次第なれば、何とぞ悪からず御見直して下さいませ、一同の姉妹に代りて御願ひ致します』 素盞嗚尊は双手を組み、両眼より涙をホロホロと落し、黙然として吐息をつき給ふ。 高国別『アヽ実に感心だ、有難い有難い。汝等国人が憧憬する、神素盞嗚の大神様は、即ち此処に……否……やがて此国に御降臨遊ばして、汝等が望みを叶へさして下さるであらう、必ず心配されなよ』 カエン『妾はカナンの妻カエンと申す者、どうぞ宜しくお願ひ致します。十日も二十日も、百日も、永く御逗留を願ひます。何分此国は食物の穫れない国で御座いまするから、家を増加す事は出来ませぬので、此通り一戸の内に家内が沢山居るので御座います。吾夫は妾が兄で御座います』 高国別『さうすると、此国は一夫多妻主義だな』 カエン『ハイハイ、已むを得ず、妾の家庭は一夫多妻、家に依りては多夫一妻の所も御座います』 高国別『ハテナア、モルモン宗の様だワイ』 カエン『ホヽヽヽヽ……夜も早深更に及びました、どうぞ御寛りと御就寝み下さいませ』 と五人は一度に挨拶をし乍ら、次の室に姿を隠したり。 尊『高国別殿、今晩はゆるりと寝まして貰はうかい』 高国別『有難う御座います』 と傍の物入より獣の皮を取り出し、之れを敷き、幾枚も幾枚も重ねて、二人は安々と寝に就き玉ひける。 此国の風俗は、戸数を増加す事を互に戒めて居る。例へば六人の兄弟があつて、其中の一人が男であれば、此男を夫とし、決して他家へ縁付はせないのである。又一戸の家に五人の男があり、一人の娘の出来た時は、五人の夫に一人の妻といふ不文律が行はれて居る。夫れ故男子許り生れたる時、或は女子許り生れたる時は、此家の血統は絶えて了ふといふ不便があるのである。茲に素盞嗚尊は、此惨状を見るに忍びず、他家と縁組をすることを許された。是れより素盞嗚神を縁結びの神と賞讃へ、此国にてはイドムの神として、国人が尊敬する様になつた。 素盞嗚尊は、男女の囁き声にフト目を醒まし、耳を澄して聞き給へば、何事か祈りの声である。尊は高国別の肩をゆすり乍ら、 尊『ヤア高国別、目を醒されよ。何だか怪しき人の祈り声』 と言葉終らぬに、高国別はパツと跳起き、 高国別『如何にも大勢の声で御座います。最前も此家の女房カエンとやらの話に、茶断ち、塩断ちを致し、素盞嗚尊の再出現を祈つて居るとか聞きましたが、大方ソンナ事ではありますまいか』 尊『吾は此室に於て休息致し居れば、汝はこれより事の実否を調べ来れよ』 高国別『承知致しました』 と此場を立つて、忍び足に声する方に進み行く。見れば数十の男女、真裸の儘、庭前の野原に両手を合せ蹲踞み乍ら、力なき声を振絞り、何事か一心不乱に祈願をこめ、やがて一人の男、大麻を打振り乍ら神懸状態となつて、驀地に西北指して駆け出したり。数多の男女はわれ遅れじと一生懸命に追跡する。されど永らくの断食に身体弱り、転けつ輾びつ其後を追ひ行く。高国別はその状況を瞬きもせず打眺めて居たが、知らず識らず自分も歩み出し、引きずらるる如き心地して、大勢の後に忍び忍び従ひ行く。遥前方に当りて枯芝の盛りたる如き小さき饅頭形の丘が見えて居る。麻振りつつ先に進んだ男は小丘の上に突つ立ち、何事か叫び乍ら、麻を前後左右に打振り打振り狂気の如く踊り廻り、飛びあがり跳まはり、キヤツキヤツと怪しき声を立てて居る。数十人の老若男女は同じく小丘の上に駆けあがり、これ亦先の男と同様踊りまはり跳廻る。高国別は原野の草に身を隠し、其怪しき祈祷を息を殺して見つめて居た。暫くあつて麻持つた男は、小丘の彼方に忽ち姿を隠した。続いて数多の男女は一人減り二人減り、三人、五人と数を減じ、終には唯一人の麗しき女を残して、残らず姿を没して了つた。 高国別『ハテ、不思議な事があればあるものだ。あれ丈け大勢の老若男女が、何処へ往つたか、見渡す限り目を遮る物なき此広原に、煙の如く消え失せるとは合点の行かぬことだ。まさか大地に吸収されて粉末になつたのでもあるまい』 と独ごち乍ら、前後左右に心を配り、一足々々進み行く。一人の娘は小丘の上に双手を組み、稍伏目勝に無言の儘俯むいて居る。高国別はつかつかと進み、 高国別『何れの女中か知りませぬが、先程物蔭にて窺へば、幣束を持てる男の後より数十人の男女、此小丘を目がけて駆け上り、前後左右に踊り狂ふよと見る間に、忽ち姿は消え失せて了つた。あなたは其中の一人らしく思はるるが如何なる次第なるか、詳細に………お構ひなくば物語られたし。吾は天下を救ふ神の使………』 と問ひかけたるに、女は其声に驚いて高国別の顔を打見守り、首を左右に振つて何の応答もせざりける。高国別は已むを得ず、自ら小丘に駆け上り、附近を一々点検すれ共、別に穴らしきものもなければ、人の倒れたる姿も見えぬ。虫の声さへ聞えない。高国別は、 高国別『ハテ訝かしや』 と丘上にどつかと坐し、双手を組んで思案に暮れ居たり。此時、以前の女は、突然高国別の首に細紐をひつかけ、背中合せに負ひ乍ら、トントントンと元来し路へ走り出す。高国別は喉を締められ、息も絶え絶えに、手足を藻掻きつつ負はれて行く。大の男が命懸の大藻掻きに屁古垂れたと見え、女は一二丁来たと思ふ時、石に躓き、脆くも其場に倒れた。途端に女は細紐を放す、高国別はヒラリと身返りし起上り、女の素首をグツと握つて、 高国別『コラ汝は大胆不敵の曲者、容赦はならぬぞ』 と蠑螺の如き拳骨を固めて、骨も砕けよと許り、打下ろさむとする形勢を示す。併し高国別の心の中は、決して此孱弱き女を打擲する心は、毫末もなかつた。唯勢を示して事実を白状せしめむ策略であつた。 女は、 女『ホヽヽヽヽ、あのマア恐ろしいお顔わいなア。ソンナ怖い顔をなされますと、此西蔵の国は女房になる者が御座いませぬよ。あのマアおむつかしい顔……ホヽヽヽ』 高国別『アハヽヽヽ、ナント大胆至極な女もあればあるものだなア』 女『オホヽヽヽヽ、何程怖い顔をなさつて、拳を固め、妾を打つ様な形勢をお示しになつても、あなたの腹の中はさうではありますまい。何を言うても、一方は孱弱き女一方は鬼をも挫ぐ荒男の英雄豪傑、どうして繊弱き女が、………馬鹿らしくも打擲が出来ませう』 とニタリと、高国別の顔を打まもる。 高国別『ナント妙な女だ。………コラ女、此方はソンナ優しい女の腐つた様な男でないぞ、鬼雲彦の一の家来の鬼掴とは俺の事だ。頭からかぶつて喰てやらうか……』 女『ホヽヽヽヽ、夫れ程偉い鬼掴なら、何故妾に油断をして、細紐に喉を締められたのか。それや全く偽り、お前は高天原から下り来たれる高国別であらうがなア』 高国別『イヤ拙者は決して左様な者では御座らぬ。悪逆無道のバラモン教の悪神だ。この方が此国に現はれた以上は、何奴も此奴も、片つ端から雁首を引抜いて、御大将鬼雲彦や、八岐大蛇の神に御馳走を献上するのだ』 女『ホヽヽヽヽ、置かんせいなア、これ高サン』 と肩をポンと叩く。 高国別『オイ馬鹿にするな。金毛九尾のお化奴が色で迷はす浅漬茄子、何程巧言令色の限りを尽し、吾を誑惑せむとするも、女にかけては無関係、没交渉の拙者だ。女色に迷うて、どうして此悪の道が弘まらうかい。グズグズ吐すと股から引裂いてやらうか』 女『サアサア股からなつと、首からなりと、あなたに任せた此体、一寸刻か五分試し、焚いて喰はうと、焼いて喰はうと、あなたの御勝手、妾は夫れが満足で御座んす。ホヽヽヽヽ』 高国別『益々分らぬ奴だ。エー、怪つ体の悪い、此広野ケ原で幸ひ人が居ないから好いものの、天知る地知る吾も知るだ。七尺八寸の荒男が、六尺足らずの繊弱き女に口説かれて、グズグズ致して居るのは、実に何とも慚愧汗顔の至りだ………オイ女其方は一体全体何者だ。早く化の皮を現はさぬか』 女『ホヽヽヽヽ、妾はあの天教………否々やつぱり化物の女で御座います』 高国別『アハア、さうか、貴様はやつぱり、癲狂院代物だな。コンナキ印に暇を潰して居つては尊様に対して申訳がない………オイ女、貴様ゆつくりと、夢でも見て、独言を言つて居るが宜からう』 と踵を返し、小丘を指して進み行かむとす。以前の女又もや細紐をパツとふりかけた途端に、足をさらへられて、大の男はドスンと大地に倒れた。 高国別『アイタヽ、エーエーまた引つかけよつた。馬鹿にするない、モウ了見ならぬぞ』 女『ホヽヽヽヽ、高国別の弱い事わいのう、アイタタとは、そら何とした又弱音を吹きやしやんす。ひつかけ戻しの仕組ぢやぞい。神が綱を掛けたら、逃げやうと言つても逃しはせぬ、アイタタとは誰に会ひたいのだエ、神素盞嗚の大神にか………』 高国別『エーやつぱり此奴ア金毛九尾の化狐だ。何もかも皆知つてゐよる、サアもう勘忍袋の緒が切れた、………ヤア女、此高サンが首途の血祭だ、覚悟を致せ……』 女『ホヽヽヽヽ、あの言霊でなア』 高国別『エー言霊もあつたものかい、高サンの腕力で荒料理だ、覚悟を致せ』 女『ホヽヽヽヽ、妾は数万年の昔より、磐石の如き覚悟を定めて居りますよ。あのソワソワしい高サンの振舞、わしや可笑しい、ホヽヽヽヽ』 高国別『エー邪魔臭い、コンナ奴に相手になつて居つたら、日が暮れるワイ。兎に角怪しき彼の小丘、一伍一什を取調べて尊様へ報告を致さねばなるまい、尊におかせられても、さぞやお待兼であらう。エー此綱を此奴に持たして置けば、又もやひつかけ戻しに遭はしよるかも知れない』 と云ひ乍ら、細紐をクルクルと手繰つて、懐に捩ぢ込まうとする。 女『ホヽヽヽヽ、広野ケ原で七尺八寸の泥棒が現はれた、ナントまあ甲斐性のない泥棒だこと、女の腰紐を奪つて帰る様な泥棒にロクな奴はない』 高国別『エー面倒臭い、今度は真剣だ、股から引裂いてやらう………ヤイ女、俺が怒つたら、本真剣だ』 女『オホヽヽヽヽ、其本真剣も怪しいものだ、細紐一本で貴重な女の生命を取らうとする腰抜泥棒………美事取るなら取つて見よ。妾もサル者、此細腕の続く限り、力の限り、お相手になりませう』 高国別『アハヽヽヽ、一寸やりよるな、…………アーア、女子と小人は養ひ難しだ。ヤア何処のお女中か知らぬが、観客の無い芝居は根つからはづまない。モウ此処らで幕切れと致して二人手に手を取つて、二世や三世はまだ愚、五六七の世までも、生死を共に、死出も三途も、駱駝の道伴れ、鴛鴦の衾の睦み合ひと云ふ段取だ。サアサア最早平和克復だ。あなにやしエー乙女、チヤツとおじや』 と目を細くし、舌をペロリと出して、腰付怪しく手を差し延ばせば、女は三十珊の榴弾を撃つたる如く、 女『マア好かんたらしいお方』 と云ひ乍ら、肱鉄砲を二三発乱射したり。 高国別『アイタヽ、益々合点の行かぬ剛の女、古今無双のヒーロー豪傑、高国別も半分許り感服仕つた』 女『ホヽヽ、自我心の強い高国別、半分感服とはそりや何の囈語』 高国別『イヤもう全部感服仕つた。金毛九尾白面の悪狐と云ふ奴は実に巧なものだ。それ位の力量がなくては、到底此秘密郷を蹂躙する事は出来ないワイ。何は兎も有れ是から貴様の気に入らぬ彼の土饅頭の探険だ』 と大股にノソリノソリと駆出したり。 女は(義太夫調) 女『マアマア、待つて下さいませ。折角顔見た甲斐も無う、モウ別るるとは曲がない。お前に会ひたさ、顔見たさ、死なば諸共死出三途、神々様に願をかけ、先へ廻つてお前の行衛、お前の来るのを待つて居た妾が思ひ、物の憐れを知らぬ男は、人間ではあるまい、妾が切なき思ひを推量して下さんせ』 高国別『アーア馬鹿にしよる、斯うして何時までも暇取らせ、其間に数十人の老若男女を計略を以て虐殺するの計画であらう。………エー邪魔ひろぐな』 と女を蹴飛ばし、踏み散らし、韋駄天走りに進み行く。 女『オーイオーイ、高サン待つた』 高国別『エー待つも、待つたもあるものか、貴様、勝手に何なとほざけ』 と一足々々小丘の周囲を四股踏み乍ら歩み出した。忽ちバサリと大地は凹んで四五間地の底ヘズルズルズルと落ち込んだ。以前の女は落込んだ穴の口より、下を覗いて、 女『ヤア高サンか感心々々ホヽヽヽヽ』 と笑つて居る、高国別の身の上は果して如何なるであらうか。 (大正一一・四・三旧三・七松村真澄録)
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霊界物語 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 14 奇の岩窟 第一四章奇の岩窟〔五八一〕 高国別はドサリと陥穽に落ち込んだ。以前の女、又もや追掛来り、 女『ホヽヽヽヽ』 と笑ひ乍ら、何時の間にか金線を吊り下ろし、高国別の腮に引つかけ、振釣瓶を手繰る様にプリンプリンと引き上げる。高国別は喉締め上げられ、又もや旧の穴の口に上つて来た。 女『ホヽヽヽヽ、あのマア蒼いお顔』 高国別『エー、又しても又しても、能く悪戯をする女だなア。繊弱き女の分際として荒男の腮に綱を掛け、引き上るとは不届千万な、飽迄も図々しい奴だ。見た割りとは力の強い女だなア』 女『オホヽヽヽ、何処までも執着心の綱は離れませぬよ。此者と見込みを付けて神が綱を掛けたら放さぬぞよ、引掛戻しの此仕組、開いた口が閉まるまいがな』 高国別『人の腮太に堅い堅い金線を引掛けよつて開いた口が閉んで仕舞つた哩、コウ之見よコンナ型がつきよつた』 女『喉の型はついたが妾のかたは、如何してつけて下さる』 高国別『エー、五月蝿い奴だ、かたをつけるも、つけぬも有つたものかい。貴様と俺とは夫婦でも無ければ味方でも無い、又不倶戴天の敵でも無いのだ。あまりチヨツカイを出すと将来の為めにならぬぞ』 女『貴方、ちつと見方が違ひは致しませぬか、堅き誠の心を以て飽迄も神の道を進まねばなりますまい。軽挙妄動を慎み慎重の態度を以て神の道に仕ふるが貴方のお役』 高国別『エー味方が違ふの、敵が違ふのと、あた八釜しい哩、一体貴様は何者だ、如何も腑に落ちぬ代物だなア』 女『妾は腑に落ちぬ代物か知りませぬが、貴方は穴に落ちる代物だ。ホヽヽヽ、一寸当てて御覧、妾の正体が分らぬ様な事で、如何して此地底の岩窟が探険出来ませうか。第一着手として妾の素性を能く審神して下さい』 高国別『吁、邪魔臭いな、お前の方から「妾は何々の何々じや」と自白せぬかい。さうしたら此方が正か邪か、真か偽かと言ふ事を審神して与るのだ』 女『ホヽヽヽヽ、デモ審神者の、探り審神者の、ヘボ審神者サン、妾のネームを聞かねば審神が出来ませぬか、貴方には神様の御守護は零ですな』 高国別『何だ、審神者には審神者としての権能があるのだ、人に物を尋ねるのに何故自分のネームを名告らないのか、「妾は何か当てて御覧」ナンテ、まるで十字街に立てる旅人が「俺は何方へ行くか知つてますか」と尋ねる様なものだ。ソンナ理窟が何処にあるかい、早く名告らないか』 女『ホヽヽヽヽ、お前サンは丁度「私の行く処は何処で御座います」と、人に訊ねる様な審神者だ。ソンナ審神者が如何して地底の岩窟が探険出来ませうぞ。妾の素性がはつきり分る迄、千遍でも万遍でも綱を掛けて引掛戻しをしますから覚悟をなさいませ、ホヽヽヽ』 高国別『アーア「進退維れ谷まる」とは茲の事だ、黐桶へ足をつツ込んだ様な者だ、困つたな。オイオイ女、良い加減に洒落て置いたら如何だ、神界の御経綸の妨害致すと為めにならぬぞ。如何だ、神界へ汝の罪を奏上致さうか』 女『何と言つても放しはせぬ、いや一寸も動かしはせぬ、動くなら動いて御覧うじ、ホヽヽヽヽ』 高国別『アーア、仕方が無いなア、いやもう何れの神か知りませぬが、トコトン往生致しました。何卒今迄の御無礼、お気障は千万御座いませうとも、広き厚き大御心に見直し聞直し下さいまして御勘弁を願ひます。鼻の高国別も斯うなつちや台なしだ、此鼻は薩張り常世城の鷹取別ぢやないがベシヤベシヤだ』 女『ホヽヽヽヽ、此鼻々々、不細工屋姫の低国別サン、合点がゆきましたか』 高国別『オヽヽ、いつたいつた、いやもう、ずんと合点がいつた哩』 女『ソンナラ当てて御覧』 高国別『マアマア矢つ張女ぢや。怪体な訳の分らぬ女神だな』 女『妾のネームは何と申しますか』 高国別『サア何と申して好いやら、一向合点がゆかぬ、大方お前サンはジユピターの神であらう』 女は首を左右に振り、 女『違う違う』 高国別『ソンナラ、ジユピターの神のシスターだらう』 女『違う違う』 高国別『アポロの女神か、アテーナの女神か、あてなア、合点の往かぬ事だ』 女『お前も余つ程アポーロ(阿呆)の男神だよ、オホヽヽヽ』 高国別『アヽ斯うなると天下の審神者は並や大抵では無い哩』 女『さうさ、俄信心の俄審神者では此女神の正体は分りますまい』 と鼻をチヨンと抑へて見せた。高国別は忽ち大地に平伏し、 高国別『之は之は御無礼を致しました。いやもう梅花の春陽に会うて一度にパツと開く如く爛漫たる桜花の如く心の暗は開けました。貴神は天教山に坐します木花姫の命様』 と両手を合せて拝跪する。忽ち空中に微妙の音楽聞え、馥郁たる梅花の香、鼻に迫るよと見る間に如何はしけむ、女神の姿は煙と消えて、野路を吹き渡る風に雪さへ交つてちらつき初めた。 此時捩鉢巻、襷十文字に綾どり、息せききつて此場に現はれた一人の男、大地にピタリと頭を下げ、 男『もうしもうし、高国別の神様、カナンの家に御逗留遊ばす立派なお方から、大事変が突発したから貴神様を呼んで来いと仰せられました。サア一時も早く私の後についてお帰り下さいませ。タヽヽ大変な事が出来ました』 高国別『ナニ、須佐之男之尊様が某に帰れと仰有つたか、はて、合点の往かぬ事だワイ』 と双手を組んで小丘の上に端坐した儘考へ込んで居る。地底よりは何者の声とも知らぬ、 怒鳴り声『ヤアヤア、高国別、何を愚図々々致して居る、早く地底の岩窟へ這入つて来ないか、岩窟内には大惨事が突発致して居るぞ。人を救ふは宣伝使の役だ、数十人の生霊をみすみす見殺しに致すか』 と呶鳴り声が聞えて来た。 男は、 男『もしもし高国別サン、大神の御命令で御座います、サアサア早く御越し下さいませ。神様の御命令には一時も早く立帰れ、愚図々々致さば主従の縁をきるとの厳しき御仰せ、サア早くお越し下さい』 地底の岩窟より、 声『ヤア高国別、汝は数十人の生霊を見殺しに致す所存か、宣伝使の天職を何と心得て居る。九死一生の場合だ、一刻も早く岩窟に侵入して人命を救へ』 男『もしもし何卒早くお帰り下さい、大神様の一大事』 高国別『大神様の一大事とは如何なる事が突発いたしたか、詳細に物語れよ』 男は、 男『大神様には数百人のウラナイ教の魔神に十重二十重に取囲まれ、衆寡敵せず御身辺刻々に危機に瀕し給ふ。早く早くお帰り遊ばせ、時遅れては一大事、必ず必ず躊躇逡巡して呑臍の悔を貽し給ふな』 地底の岩窟より、 声『ヤアヤア高国別、数十人の生霊を見殺しに致す所存か、疾く来りて可憐なる彼等の生命を救へ』 と両方より絞木にかかつた高国別はホツと一息、兎やせん斯くや詮術もなくなく涙に暮れて居る。忠と仁との板挟みになつた高国別は忠ならむとすれば仁ならず、仁ならむとすれば忠ならず、心は宙に岡の上、双手を組んで深き思案に沈み居る。地底の岩窟よりは阿鼻叫喚の声、益々烈しく手にとる如く耳朶をうつた。 高国別『アヽ如何にせむ、彼方たてれば此方がたたぬ、此方たてれば彼方がたたぬ、両方たつれば身がたたぬ』 と両刃の剣を執るより早く両肌を脱いで、左の脇腹にグツと突き立てむとする折しもあれ、忽然として此場に現はれたる以前の女神、忽ち高国別が右手をグツト抑へて動かさず。高国別は身を藻掻き手を振り放ち、又もや両刃の剣を我脇腹に突き立てむとする折しも、以前の女神は飛鳥の如く飛びかかり、両刃の剣を手早くもぎ取り声厳かに、 女神『汝は忠と仁との分水嶺に立ち其去就に迷ひ、今や自ら身を殺さむとせしは不覚の至りなり、先づ先づ心を落付けよ。神須佐之男の大神は御安泰に坐しますぞ、汝が真心を試さむ為め、木花姫之命身を変じて迎への男となり、所存の臍を固めしめむとなしたる神業なり。須佐之男尊は神変不思議の神力在しませば心慮を煩はすに及ばず、一時も早く地底の岩窟に落ちて、魔神に悩まされつつある数多の生霊を救へ』 と言葉終ると共に女神の姿も男の影も煙の如く消え失せた。高国別は地底の岩窟目蒐けて身を躍らしヒラリと飛び込んだ。岩窟は意外に広く幾十丁ともなく前方に開展して居る。高国別は足を速め神歌を歌ひ乍ら先へ先へと進んで行く。 (大正一一・四・三旧三・七北村隆光録)
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霊界物語 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 05 秋山館 第五章秋山館〔五九五〕 高天原を追はれて千座の置戸を負はせつつ 八洲の国を漂浪の旅に出立ち給ひたる 神素盞嗚の大神の行衛如何と案じつつ 東の空を打眺め心にかかる村肝の 雲の渦巻サラサラと晴れて嬉しき今日の朝 君の便りを菊月の上九日の菊の宴 親子主従めぐり会ひ胸の岩戸も秋山彦の 神の司の真心に綾と錦の機を織る 赤き心は紅葉姫万代祝ふ亀彦が 暗を照らして英子姫心地もわけて悦子姫 廻り会うたる折柄に表に聞ゆる鬨の声 忽ち開く表門秋山彦は立出でて 寄せ来る魔軍に打向ひ天の数歌勇ましく 力限りに宣りつれば敵の人数も大江山 鬼雲彦が部下共大地にドツと打倒れ 苦み悶ゆる状態は実に面白き限りなり 顔色赤く目は青く棕櫚の赤髪を振紊し 六尺計りも踏張つてノソリノソリと遣つて来る 鬼雲彦が懐の刀と頼む鬼彦は 虎皮の褌締め乍ら牛の様なる角目立て 大口開けて高笑ひ。 鬼彦『アハヽヽヽ、猪口才千万な、秋山彦が言霊の防戦、左様な事でたぢつく様な鬼彦と思うて居るか。此方には雲霞の如きジヤンジヤヒエールが、数限りもなく控へて居るぞ。仮令汝獅子王の勢あるとも、此鬼彦が片腕を揮ふや否や、汝の身体は木つ端微塵、今日は九月九日、大江山の本城に於ては、鬼雲彦の御大将、バラモンの大祭典を御執行の贄として、神前に暖かき人肉を供へ、血の酒を献らねばならぬ。それに就ては、バラモン教を目の敵と狙ふ三五教の張本人、素盞嗚尊一族の者、汝が館に隠れ忍ぶと聞く、四の五の吐さず、速に主人を吾面前に引ずり出せ。ゴテゴテ吐さば、それがし自ら踏み込みて、片つ端から腕を捻ぢ、脚を折り、量を低く致して此網代籠に詰め込み、汝諸共神の神饌に供してくれむ』 と言ふより早く、秋山彦の襟首をグツと握り、締め附けたり。秋山彦は豪力無双の鬼彦に捻ぢ伏せられ乍ら、委細構はず言霊を奏上せむとするや、手頃の石を拾つて秋山彦の口に捻ぢ込み、其上に猿轡を啣ませ、 鬼彦『アツハヽヽヽ、最早大丈夫だ、サア秋山彦、汝が唯一の武器と頼む言霊も、モウ斯うなつては叶ふまい。オイ言霊はどうだい……ヤアヤア皆の者共、最早心配は要らぬ。速に立上れ』 と云ふ間もなく、言霊に打たれて苦悶し居たる部下の魔神共は、やうやう立上がり、真つ青な顔に、空元気を附け、ガタガタ震ひの空威張り声、 『ウワアウワア』 と鬨を作つて、盛に示威運動を開始するこそ可笑かりける。 奥には糸竹管絃の響、長閑な歌の声、此場の光景を知らず顔に響き渡りける。魔軍は力限りに鬨の声を揚げ呶鳴り立て居たり。此方の奥殿には、此声を峰の嵐の音と聞き流し酒宴の真最中、慌ただしく駆けつけ来る門番の銀公、加米公はピタリと両手をつき、頭を畳に摺り附け乍ら、 加米公『申上げます、表門はタタ大変で御座います』 紅葉姫『ヤア汝は加米、銀の両人、大変とは何事なるぞ。委曲に物語れ』 加米公『ハイハイ申上げます、あのモシ……あの……何で御座います。夫れは夫れは申上げ難い事で……マアマア大変な事が出来ました……斯う言へば、申上げずとも大抵、御判断が附きませう』 紅葉姫『早くしつかり申しなさい』 加米公『オイ銀公、お前は上役だ。詳しい事は、お前が知つとる筈だ。御主人の御容子を……』 銀公『ヤア此方は折悪く雪隠に往つて居つたのだから、実状は承知して居らぬ。加米、貴様は実地目撃して居つたのだ。直に申上げぬか』 加米公『上役の分際として、御主人様が危急存亡の場合、雪隠へ隠れよつて、慄うて居つたぢやないか。俺は何分大勢の寄せ手に、肝を潰し、目は眩み、実地目撃不充分、貴様は安全地帯に身を隠し、雪隠の窓から覗いて居よつたのだ。早く申さぬと、御主人様の口に石を捻ぢ込み、猿轡を箝め、高手小手に縛しめて、網代籠に、手足をもぎとり量を低うして、今日の祭典に大江山の本城に連れ帰り、犠牲にするかも知れぬぞや、早く実地を申さぬかい』 銀公『ハア申上げます。加米公の申した通り、寸分違は御座いませぬ。早く何々をなさらぬと、鬼彦が御主人様を何々して、何々へ何々するかも知れませぬ。どうぞ一時も早く表門に立向ひ、御主人様をお助け下さいませ』 素尊『ハヽヽヽヽ』 国武彦『ヤア面白い事が出来ました。鬼彦とやらの軍勢を、当館を開放し奥深く侵入させて、彼等が手振り足振りを眺め乍ら、悠くりと菊見の宴を張りませう』 亀彦『これはこれは国武彦の御言葉とも覚えぬ。今承はれば、秋山彦は敵の為に囚はれの身となり、危機一髪の場合、チツトは紅葉姫の御心中も察し上げねばなりますまい。それだから此亀彦が、寄せ来る敵に向つて進まむと致せし時、横合から吾が行動を止めさせられたは、其意を得ぬ。冷淡至極の貴下が振舞、秋山彦を見殺しになさる所存か返答聞かう』 と目を怒らし、腕を張つて詰め寄せたれば、国武彦はニツコリしながら、 国武彦『秋山彦の一人や二人犠牲にした処で、何騒ぐ事があるか。一人を殺して吾々数人が助かると云ふものだ。一人を損するか、吾等一同を損するか、利害得失を能く胸に手を当て、算段をして見よ。情を棄つるか、理智を棄つるか、二つに一つの性念場だ。情に惹かされ、大事を謬る天下の痴呆者、仮令秋山彦の三人、五人殺されようとも、神素盞嗚尊様さへ御無事ならば、吾等は是れにて満足致す。マアマアゆつくりと、酒でも飲みて、今日の酒宴を賑やかに致せ。喜悦の座席に血腥い話を持込まれては、サツパリお座が醒める』 亀彦『汝国武彦とは真赤な詐り、大江山に現はれたる、鬼雲彦が鬼の片腕、国武彦と名を偽り、三五教に忍び込み来たり、内外相応じ、神素盞嗚尊を損はむとする者ならむ、首途の血祭り、亀彦が一刀の下に斬りつけ、蹴散らかして呉れむ』 と短剣ヒラリと引抜いて、切つて掛かるを、国武彦は少しも騒がず、体を左右に躱し、あしらひ乍ら、 国武彦『アハヽヽヽヽ、亀の踊は格別面白う御座る、ヤア素盞嗚の大神殿、御愉快では御座らぬか』 素尊『ワハヽヽヽヽ面白い面白い』 亀彦『是れは怪しからぬ、利己主義の中心、個人主義の行方……高天原を神退ひに退はれたは、寧ろ当然の成行、此亀彦は今迄貴神が悪逆無道の心中を知らず、至善至美至仁至愛の大神と信じて居たは残念だ。モウ斯うなる上は、天下の為に汝を滅し、吾れも生命を棄てて、宇宙の悪魔を除かむ』 と切つて掛るを、英子姫、悦子姫は其前に立塞がり、 英子姫、悦子姫『オホヽヽヽヽあの亀彦の元気な事、さぞお草臥でせう。妾が代つて一芝居致しませう。マアマアお休み遊ばせ』 紅葉姫は声を挙げて泣伏しける。 亀彦『是れは是れは紅葉姫様、お歎き御尤も、主人の災難を聞き乍ら、女房として此れがどう忍ばれませう。あかの他人の亀彦さへも、残念で残念で堪りませぬワイ。斯う云ふ時に助けて貰はうと思つて、秋山彦が日頃の親切、イヤモウ気楽千万な素盞嗚の御大将呆れ蛙の面の水と申さうか、馬耳東風と言はうか、味方の危難を対岸の火災視し、一臂の力も添へざるのみか、愉快気に酒を飲むで戯むれむとするは、人情軽薄紙の如く、イヤもう実に呆れ果てて御座る。サア紅葉姫殿、斯かる連中に斟酌なく、亀彦と共に表へ駆け出し、秋山彦が弔戦、此細腕の続かむ限り、剣の目釘の続く丈、縦横無尽に斬り立て、薙ぎ立て、敵の奴輩一人も残さず、秋の紅葉を散らせし如く、大地を血汐に染めなし、血河屍山の大活動を仕らう、紅葉姫、サア亀彦に続かせ給へ』 と表を指して行かむとす。英子姫は腰の紐帯を取るより早く、亀彦が首にヒラリと打かけ、グイと引戻せば、亀彦は細紐に喉笛を締められ、脆くも仰向に其場にパタリと倒れたり。表に聞ゆる人声は、刻々に館の奥を目蒐けて近づき来る。 紅葉姫は、 心も魂も捧げたる神素盞嗚の大神に 力の限り身の限り仕へまつるか但し又 此場を棄てて吾夫の秋山彦を救はむか。 神命は重し又夫の身の上は、妻の身として坐視するに忍びず、千思万慮とつおいつ、心の中を紅葉姫、顔に散らした唐紅の血汐漲る鬨の声、胸はドキドキ、刻々に、近付き来る敵の勢、姫が心ぞ憐れなる。 此場に近付き来るかと聞えし声は、何時しか消えて跡なき小春空、秋山彦は悠然と騒がず、遽らず、奥の間指して帰り来る。亀彦、紅葉姫の両人は、余りの嬉しさに、ハツと胸逼り、ものをも言はず、其場に打倒れ、夢か現か幻かと、吾と吾が心を疑ひ、思案に時を移すのみ。国武彦は立ちあがり、 国武彦『亀彦、紅葉姫、心配致すな。吾等が眷族鬼武彦をして、鬼雲彦の悪逆無道を懲す為神変不思議の神術を用ひ、敵の本城に忍ばせたれば、少しも案ずる事勿れ』 と始めて事情を打明けたるにぞ、亀彦、紅葉姫は、 亀彦、紅葉姫『ハヽア、ハツ』 と計りに嬉し泣き、暫しは顔を得上げざりしが、素盞嗚尊は亀彦に向ひ、 素尊『ヤア亀彦、汝が心の中の美はしさ、吾れは満足致したぞよ、イザ是れより賑々しく酒宴を催し、大江山の本城は彼等眷族に打任せ、吾々一行は由良の湊より船に乗り綾の高天原に進まむ』 と宣示し給へば、亀彦は勇み立ち、 亀彦『アヽ、ハツハヽヽヽ芽出たし芽出たし、愈是れより大神の御伴致し、聖地を指して逸早く進み上り、神政成就の基を開かむ、ヤア秋山彦、紅葉姫、お喜びあれ。貴下が誠忠、至誠、至愛の真心天地に通じたり。併し乍ら吾々一同当家を去らば、再び大江山より鬼雲彦の部下の者、又もや押し寄せ来るも計り難し、随分心を附け召されよ』 秋山彦夫婦は涙を揮ひ、 秋山彦夫婦『何から何まで、貴下の御親切、骨身に徹して辱なう存じます。併し乍ら吾等は神素盞嗚大神の御守りあれば、必ず御心配下さいますな、一時も早く聖地を指して御上り下され。神政成就の基礎を樹立する為、御奮励の程偏に希ひ上げ奉る』 と慇懃に謝辞を述べける。 素尊『ヤア秋山彦夫婦、多大いお世話になりしよ。我れは是より一先づ聖地に立向ひ、天下の悪神を掃蕩すべき準備をなさむ、船の用意を致せ』 秋山彦『ハハア委細承知仕りました。……銀公、加米公、汝は一時も早く湊に出で、御船の用意にかかれ』 銀公『ハヽア委細承知仕りました。併し乍ら船は敵軍の為に殆ど占領せられたるやも計られませぬ。万々一船なき時は、如何取計らひませうや』 秋山彦双手を組み頭を傾け思案にくるるを、国武彦は、 国武彦『ナニ心配に及ばぬ、御船は残らず国武彦が眷属を以て守らせあれば大丈夫なり。安心致せ。且又当邸の周囲には、最早敵の片影だもなし、勇み出船の用意をせよ』 銀公、加米公は、 銀公、加米公『ハイ』 と答へて此場を立去りぬ。又もや糸竹管絃の響は屋外に洩るる陽気と一変したりけり。 神素盞嗚尊は突立上り、声も涼しく歌はせ給ひぬ。 素尊『高天原を立出でて四方の国々島々を 世人を助け守らむと彼方こちらと漂浪の 旅を重ねて西蔵やフサの荒野を打渡り ウブスナ山に立籠りイソ山峠の絶頂に 仮の館を構へつつ熊野樟毘命をば 留守居の神と定めおき我れは悲しき隠れ身の 愛しき娘は四方八方に四鳥の別れ釣魚の涙 憂を重ねてやうやうに渡りて来る和田の原 醜の曲津も大江山鬼雲彦を言向けて 世人の悩みを救はむと船に揺られて由良湊 心も赤き秋山彦の館に暫し身を休め 四方の国形伺へば十里四方は宮の内 内と外との境なる大江の山にバラモンの 神の司の鬼雲彦が又もや砦を築きつつ 醜の荒びの最中に訪ねて来る艮の 神の命の分霊国武彦と現はれて 我れに附添ひ右左前や後を構ひつつ 鬼武彦の伊猛るの神に従ふ白狐共 暗夜を照らす朝日子や月日明神神徳も 高倉稲荷の活動に悩ませられて悪神は 愈今日は運の尽月に村雲花に風 心の錦秋山彦の神の司の真心は 紅葉の姫の如くなり光眩ゆき英子姫 すべての用意も悦子姫万代固むる亀彦が 忠義の刃研ぎすましさしもに猛き曲神を 言向和すは目前吁、面白し面白し さはさりながら神心凡ての敵を救はむと 善をば助け曲神を懲して救ふ神の道 青垣山を繞らせる天津神籬磐境と 現はれませる世継王山深き仕組を暫くは 雲に包みて弥仙山本宮山に現はれて はちすの山の蓮華台三五教の御教を 常磐堅磐に搗固め鬼も大蛇も丸山の 神の稜威に桶伏や汚れを流す由良の川 言霊響く五十鈴川曲の健びは音無瀬の 水に流して清め行く科戸の風の福知山 めぐりて此処に鬼城山鬼も悪魔も無き世ぞと 治むる御代こそ楽しけれ治むる御代こそ楽しけれ』 国武彦は立ちあがり歌ひけり。その歌、 国武彦『宇宙を造り固めたる大国治立神の裔 国治立の大神と綾の高天原に現はれて 天地の律法制定し天地を浄め照さむと 思ひし事も水の泡天足の彦や胞場姫の 邪気より成れる鬼大蛇醜の狐や悪神の 荒びの息は四方の国充塞がりて月も日も 光失ひ山河や木草の果てに至るまで 所得ずしてサワサワに騒ぎ烈しき醜の風 誠嵐の吹き荒び日の稚宮に坐しませる 日の大神の思召し根底の国に退はれて 百千万の苦しみを嘗め尽したる身の果ては 野立彦の神と現はれて天教山を胞衣となし 猛火の中を出入し此世を守る我が身魂 世を艮の神国と鳴り響きたる中津国 自転倒島の中央に姿隠して今は早 国武彦となり下り五六七の御代の来る迄 心を尽し守らむと神素盞嗚の大神の 瑞の御霊と諸共に愈此処に厳御霊 三と五との組合せ八洲の国を三五の 教の則に治めむと心尽しの益良夫が 花咲く春を松の世の松の緑に花が咲き 一度に開く白梅の花の香を天地に 揚ぐる時こそ待たれける我は是より世継王の 山の麓に身を忍び弥勒の御代の魁を 勤むる艮金の神神素盞嗚の大神は 一旦聖地に現はれて三五教の礎を 築固めたる其上に又もや海原打渡り 大地隈なく言向けて五六七の御代の魁を 開く神業に真心を注がせ給ふ瑞御霊 三五の月のキラキラと明き神代を望の夜の 月より丸く治めませ治まる御代は日の本の 誠一つの光なり誠一つの光なり』 英子姫は立上り、 英子姫『父大神の御言もて妾姉妹八乙女は 豊葦原の中津国メソポタミヤの顕恩の 郷に籠れる曲神の鬼雲彦を平げて 三五教の神の道八洲の国に照さむと 思ふ折しも曲神が醜の企みの捨小船 波のまにまに流されて流す涙も海の上 荒き汐路を踏み分けてやうやう此処に揺られつつ 由良の湊に来て見れば秋山彦が真心に 妾等二人は照されて心の暗も晴れわたる 斯る浮世に鬼無しと世人は言へど大江山 鬼の棲家のいと近く人の生血を絞り喰ふ 此有様を聞き乍らどうして此場を去られうか 父大神や国武彦の神の命の出立は 是非に及ばず然り乍ら妾は後に残り居て 鬼雲彦の一類を言向和し世の中の 醜の災禍根を絶ちて聖地に進むも遅からじ 許させ給へ父の神国武彦の大神よ 偏に願ひ奉る偏に拝み奉る』 と両手を合せ、二神に向つて拝礼し、涙と共に頼み入る。 国武彦『英子姫の願、一応尤もなれども、多寡が知れたる鬼雲彦が一派、何の恐るる事かあらむ。神力無限の鬼武彦をして、彼れ悪神が征討に向はせたれば安心あれ、サアサア一時も早く聖地を指して進み行かむ。躊躇に及ばば、鬼雲彦が一派鬼掴の眷属共、我等が到着に先立ち、聖地を穢すの虞あり、イザ早く……』 と急き立つれば、神素盞嗚の大神は、装束整へ、一行と共に悠然として此家を立出で、由良の湊の渡船場、世継王丸に身を任せ、折から吹き来る北風に真帆を孕ませ、悠々と河瀬を溯り給ふこそ尊けれ。 (大正一一・四・一四旧三・一八於瑞祥閣松村真澄録)
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霊界物語 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 06 石槍の雨 第六章石槍の雨〔五九六〕 大空碧く澄み渡り山河清くさやかにて 静かに流るる和知の川枝も鳴らさぬ音無瀬の 川の流れは緩やかに幾千丈の青絹を 流すが如くゆらゆらと水瀬も深き由良の川 神代も廻り北の風真帆を膨らせ登り来る 深き恵を河守駅や河の中央に立ち岩の 関所を越えて漸うに足許早き長谷の川 水の落合右左左手に向ひ舵をとり 上る河路も長砂や幾多の村の瀬を越えて 此処は聖地と白瀬橋下を潜つて上り来る 臥竜の松の川水に枝を浸して魚躍り 月は梢に澄み渡る向方に見ゆるは稲山か 丹波の富士と聞えたる弥仙の山は雲表に 聳えて立てる雄々しさよ敵も無ければ味方郷 味方平に船留めて四方の国形眺むれば 青垣山を繞らせる下津岩根の竜宮館 此処は名におふ小亜細亜地上の高天と聞えたる 昔の聖地ヱルサレム橄欖山や由良の 景色に勝る聖地なり。 神素盞嗚大神、国武彦命其他三人は、桶伏山の蓮華台上に登らせ給ひ、天神地祇八百万の神を神集へに集へ給へば、命の清き言霊に先を争ひ寄り来る百の神等、処狭きまで集まりて、皇大神の出でましを、祝ひ寿ぐ有様は、蓮花の一時に、開き初めたる如くなり。 神素盞嗚大神は、国武彦命に何事か、密に依さし給ひ、ミロク神政の暁迄三十五万年の其後に再会を約し、忽ち来る丹頂の鶴にヒラリと跨り、中空高く東を指して飛び去り給ふ。国武彦命は亀彦を始め、英子姫、悦子姫に何事か囁き乍ら万司に向ひ厳格なる神示を与へ、茲に別れて只一柱、四王の峰の彼方に雄々しき姿を隠したまひける。 後に残されし一男二女の宣伝使は二神の依さしの神言を心の底に秘め置きて、又もや此処を立ち出でて、大江の山を目蒐けて、いそいそ進み行く。嗟此の山上の五柱は、如何なる神策を提議されしぞ。神界の秘密容易に窺知すべからず、月は盈つとも虧くるとも、仮令大地は沈むとも誠の力は世を救ふ、誠の神が出現し再びミロクの御代となり、世界悉く其堵に安むじて、天地の神の恵みを寿ぎ、喜び、勇む尊き神代の来るまで、云うてはならぬ神の道、言ふに言はれぬ此仕組、坊子頭か、禿頭、頭かくして尻尾の先を些し許り述べて置く。もとより物語する王仁も、筆執る人も聞く人も、何だか拍子の抜けたやうな心いぶせき物語、今は包みてかく言ふになむ。 秋山彦の門前に数多の魔人を引連れて、現はれ出でたる鬼彦は、第一着に秋山彦の口に石を捻込み、猿轡を箝ませ、高手小手に縛め置き、尚も進みて奥殿深く、神素盞嗚の大神を始め、国武彦、紅葉姫、英子姫、亀彦諸共、高手小手に踏ン縛り、勝鬨あげて悠々と大江山の本城を指して勇み帰り行く。 千歳の老松生茂れる山道を、網代の駕籠を舁つぎながら、川を飛び越え岩間を伝ひ、やつと出て来た魔窟ケ原、一同網代の駕籠を下ろし周囲の岩に腰打ち掛け、息を休めながら雑談に耽る。 甲(熊鷹)『オイ鬼虎、貴様は竜灯松の根本に於て、さしも強敵なる二人の女にちやつちや、もちやくにせられ、鬼雲彦の御大将に目から火の出るやうなお目玉を頂戴致して真青になり、縮上つて居よつたが、何うだい、今日は大きな顔をして帰れるだらう、帰つたら一つ奢らにやなるまいぞ』 鬼虎『オヽさうだ、熊鷹、貴様らも同じ事だ、あの時の態つたら見られたものぢやなかつたよ。何分此方様の御命令通り服従せないものだから、ハーモニイ的行動を欠いだ為めに思はぬ失敗を演じたのだ。それにしても慎むべきは酒ではないか、あの時に吾々は酒さへ飲みて居なかつたら、アンナ失敗は演じなかつたのだよ』 熊鷹『ナニ、決して失敗でもない、二人の女を取り逃がした為に却て素盞嗚尊の所在が分り、禍転じて幸となつたやうなものだ。何事も世の中は人間万事塞翁が馬の糞だ、併し今日は鬼彦の指揮宜しきを得たる為に、かういう効果を齎したのだ、何事も戦ひは上下一致ノーマル的の活動でなくては駄目だワイ、何程ジヤンジヤヒエールが沢山揃つて居たところで総ての行動に統一を欠いだならば失敗は目前だ。総て何事も大将の注意周到なる指揮命令と、吾々が大将に対する忠実至誠のベストを尽すにあるのだ、サテ鬼彦の御大将、今日の御成功お祝ひ申す、之で鬼雲彦の御大将も御安心貴方も安心皆の者も安心、共に吾々も御安心だ、アハヽヽヽ』 此時頭上の松の茂みよりポトリポトリと石の団子が雨の如く降り来り、鬼彦始め、鬼虎、熊鷹其他一同の体に向つて叩きつけるやうに落ち来たり。一同はアイタヽ、コイタヽ、イヽイタイと逃げようとすれども、石雨の槍襖に隔てられ、些しも身動きならず頭部面部に団瘤を幾つとなく拵へけり。石熊は頭上を仰ぐ途端に鼻柱にパチツと当つた拳骨大の石に鼻をへしやがれ、血をたらたらと流し、目をしかめ、ウンと其場に倒れたり。網代駕籠の中に囚はれたる神々は、金城鉄壁極めて安全無事、此光景を眺めて思はず一度に高笑ひ、アハヽヽヽ、オヽホヽヽヽ。 石の雨はピタリとやみぬ。神素盞嗚尊を始め、一同七人はヌツと此場に現はれたりと見れば猿轡も縛の縄も何時の間にか解かれ居たりける。 悦子姫『オー皆様気の毒な事が出来ましたナア。此峻嶮の難路を吾々を駕籠に乗せて、命辛々汗水垂らして送つて来て呉れました博愛無限な人足を、頭部面部の嫌ひなく、支店を開業して団子販売営業を盛に奨励致して居ります。何うか皆さま腹も減いたでせう、あの出店の団瘤を一つ宛買つてやつて下さい、アハヽヽヽ』 亀彦『吾々も大変腹が減きました。支店の売品では面白くない、一層の事本店の背から上の目鼻の附いた団瘤を捩ちぎつて頂戴致しませうか。アハヽヽヽ』 一同『ホヽヽヽヽ』 鬼虎は顔を顰めながら、 鬼虎『ヤイヤイ皆の奴確りせぬかい、石の雨が降つたつてさう屁古垂れるものぢやない。俺は除外例だが、貴様達は早く元気をつけて此奴を踏ン縛つて仕舞はねば、ドンナ事が出来致すも分らぬぞ。エイ、何奴も此奴も腰抜けばかりだナア、鬼掴の奴、敵と味方と感違ひを仕よつて、味方の頭上に石弾を降らしよつたのだ。敵の石弾に打たれたと云ふのならまだしもだが、味方の石弾に打たれてこの谷川の露と消えるかと思へば、俺ア死ンでも死なれぬ哩。アヽヽ何うやら息が切れさうだ、オイ貴様達、俺の女房を呼ンで来て呉れ、最後の際に唯一目会うて死にたい顔見たい、そればつかりが黄泉の迷ひだ。アンアンアン』 熊鷹『ヤイヤイ何奴も此奴も確りせぬかい、何ぢや、地獄から火を取りに来たやうな真青な顔をしよつて、ソンナ弱い事でこの役目が勤まらうか、確りせぬかい、アイタヽヽ、矢張り俺も苦しい哩、苦しい時の鬼頼みだ、南無鬼雲彦大明神様、吾等が精忠無比の真心を憐れみ給ひ、一時も早く痛みを止め、其反対に素盞嗚一派の奴の頭の上に鋼鉾の雨でも降らして滅ぼし給へ。それも矢張貴方の為ぢや、一挙両得自分が助かりや家来も助かる、コンナ好い事が何処にあるものか、エヽナンボ頼みても聞き分けのないバラモン教の大神様だワイ』 此時又もや鋭利なる切尖の付いた矢は雨の如く降り来り、鬼彦以下の魔神の身体に遠慮会釈もなく突き立ちにける。 熊鷹(か?)『アヽまたか、大神様は感違をなされたか、敵はあの通り無事、味方には激しき征矢の集注、好く間違へば間違ふものだなア、アイタヽヽヽ耐らぬ真実に此度は息が切れるぞ、仕方が無い死ンだら最後地獄の鬼となつて此奴共の来るのを待ち受け、返報がへしをしてこます、ヤイ素盞嗚尊、其他の奴等覚えて居れ、貴様が死ンだら目が潰れるやうに、口が利けぬやうに、びくとも動けぬやうにしてやるぞや』 亀彦『アハヽヽヽ、吐くな吐くな、目が潰れる口が利けぬ、体が動かぬやうにしてやらうとは好くも言へたものだワイ、天下一品の珍言妙語だ、モシモシ英子姫さま、悦子姫さま、舞でも舞うたらどうでせう、コンナ面白い光景は滅多に、大江山でなくては見られませぬよ』 英子姫、悦子姫『ホヽヽヽヽ』 秋山彦は両手を組み、声も涼しく一二三四と天の数歌を唱ふるや、一同の魔神の創所は忽ち拭ふが如くに癒え来たり、彼方にも此方にも喜びの声、充ち充ちにける。 『アヽ助かつた』 『妙だ』 『不思議だ』 『怪体の事があるものだワイ』 と囁き始めたり。秋山彦は一同に向ひ声も涼しく宣伝歌を謡ふ。 秋山彦『朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 鬼雲彦は強くとも大江の山は深くとも 数多の部下はあるとても虱の如き弱虫の 人の生血を朝夕に漁りて喰ふ奴ばかり 沢山絞つて蓄へた身体の中の生血をば 吐き出すための神の業頭を砕く石の雨 血を絞り出す征矢の先潮の如く流れ出でぬ 吾は此世を救ふてふ人子の司三五の 神の教のまめ人ぞ鬼や悪魔となり果てし 汝が身魂を谷川の清き流れに禊して 天津御神のたまひたるもとの身魂に立て直し 今迄犯せし罪咎を直日に見直し聞き直し 百千万の過ちを直日の御霊に宣り直す 神素盞嗚の大神の恵も深き御教 胆に銘じて忘れなよ石熊、熊鷹、鬼虎よ 心猛しき鬼彦も此処で心を取り直せ 如何なる敵も敵とせず救ひ助くる神の道 誠の力は身を救ふ救ひの神に従ふか 曲津の神に心服ふか善と悪との国境 栄え久しき天国の神の御魂となり変はり 誠一つの三五の教にかへれ百人よ 元は天地の分霊善もなければ悪もない 善悪邪正を超越し生れ赤子の気になりて 天地の法則に従へば鬼や大蛇の荒ぶなる 魔窟ケ原も忽ちにメソポタミヤの顕恩郷 栄えの花は永久に木の実は熟し味もよく 心を砕いて世の人を苦しめ悩め吾身亦 苦しむ事は要らぬものサア諸人よ諸人よ 心の底より改めて真の道に帰るなら 神は救の御手を延べ栄に充てる永久の 高天に救ひ玉ふべし応は如何にサア如何に 心を定めて返り言声も涼しく宣れよかし 神は汝の身に添ひて厚く守らせ給ふらむ あゝ惟神々々霊幸倍坐世よ』 と謡ひ終れば、鬼彦始め一同は大地にはたと身を伏せて、感謝の涙に咽びつつ山岳も揺ぐばかりに声を放つて泣き叫びける。 (大正一一・四・一四旧三・一八加藤明子録)
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霊界物語 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 08 衣懸松 第八章衣懸松〔五九八〕 大江山の本城に間近くなつた童子ケ淵の傍に現はれ出でたる二人の男女、又もや地中より這ひ出でて、岩戸の入口を打眺め、 青彦『ヤア高姫さま、何時の間にか、吾等が入口を、斯くの如き千引の岩を以て塞ぎよつたと見えます。幸ひ脱け穴より斯うして出て来たものの、万一此穴がなかつたならば吾々は三五教に魂を抜かれた鬼彦一派の奴と共に、徳利詰に遭つて滅びねばならない所であつたのです。何とかして、此岩を取り除けたいものですな』 高姫『オホヽヽ、是れ全くウラナイ教の神様の御守護で御座いませう。何れ又時節到来せば、此岩は春の日に氷の解けるが如く消滅するであらう。瑞の御魂の変性女子が悪戯を致しよつたに相違なからふ。必ず心配に及びますまい』 青彦『さうだと言つて、此巨大なる岩石が、どうして解けませうか。押したつて、曳いたつて、百人や千人の力では、ビクとも致しますまい』 高姫『あのマア青彦さまの青ざめた顔ワイなあ、これ位な事に心配致す様では、神政成就は出来ますまい。あなたも聖地ヱルサレムに現はれた行成彦命と化けた以上は、モウ少し肝玉を大きうして下さいや』 青彦『ぢやと申して、此岩を取り除けなくては、再び吾等は地底の巌窟に出入する事は出来申さぬ。出る事はヤツトの事で、胸の薄皮を摺剥き乍ら出て来ましたが、這入るのは到底困難です。早速の間に合ぢやありませぬか。鬼雲彦の大勢力を以て、今にも此場に現はれ来るとあらば、吾々は如何致すで御座らう、吁、心許ない今の有様』 と悄気返る。高姫はカラカラと打笑ひ、 高姫『ホヽヽヽ、マア阿呆正直な青彦さま、顔から首まで真青にして、慄うて居るのか、夫れだから、世間からお前は青首だと言はれても仕方があるまい。チト確乎なさらぬか、鬼雲彦が何恐ろしい』 青彦『それでも鬼雲彦はバラモン教の大棟梁、彼奴が恐さに、万一の時の用意と、此処に巌窟を掘つておいたのではなかつたのですか』 高姫『一旦はさう考へたが、最早今日となつては、何事も此高姫が胸中の策略を以て、鬼雲彦も大半此方の者、あまり心配するものでない。お前もチツトは改心を致して、鬼心になつたが宜からう』 青彦『イヤ、其様な悪魔に与するならば、吾々は真つ平御免だ、今日限りお暇を頂きませう』 高姫『オホヽヽヽモウ斯うなつては、逃げようと云つたつて、金輪奈落、逃がすものか、チヤンと、湯巻の紐でお前の知らぬ間に、体も魂も縛つて置いた。逃げようと云つたつて、どうも出来まい、逃げるなら、勝手に逃げて御覧うじ、妾の掛けた細紐は、鉄の鎖よりもまだ強い、女の髪の毛一筋で大象でも繋ぐと云ふではないか。夫れさへあるに下紐を以て結び付けた以上は、ジタバタしてもあきませぬ。ホヽヽヽ』 青彦『わたしは今迄、あなたの教は、三五教以上だ、変性女子の御霊をトコトン懲しめ、部下の奴等を一人も残らず、ウラナイ教の擒に致し、善に導き助けてやらうと思つて居たのに、これや又大変な当違ひ、善か悪か、あなたの本心が聞きたい』 高姫『善に見せて悪を働く神もあれば、悪に見せて善を働く神もある。善悪邪正の分らぬ様な事で、能う今迄妾に随いて来た、………愛想が尽きた身魂ぢやなア、ホヽヽホーホ』 青彦『さうすると、ウラナイ教は、善に見せて悪を働くのか、悪に見せて善を働くのか、どちらが本当で御座る』 高姫『エー、悟りの悪い、悪と言へば何事に係はらずキチリキチリと埒の明く人間の事だ。善と云へば、他人の苦労で得を取る、畢竟御膳を据ゑさして、苦労なしに箸を取ることだ』 青彦『益々合点が往かぬ、あなたの仰せ……』 高姫『善に強ければ悪にも強い、此方は仮令善であらうと、ソンナ事に頓着はない、盗人の群に捕手が来たら、其捕手は盗人からは大悪人ぢや、コツソリと博奕を打つて居る其場へポリスが踏み込んで来た時は、博奕打から見たら、其ポリスは大悪人だ。お前と妾と暗の夜に橋の袂でヒソヒソ話をして居る所へ、三五の月が雲の戸開けて覗いた時は、其月こそ吾等の為には大の悪魔だ。これ位の事が分らいで、ウラナイ教がどうして開けるか。全然是れから数十万年未来の十七八世紀の人間の様な事を思つて居らつしやる。せめて十九世紀末か、二十世紀初頭の、善悪不可解の人間に改善しなさい。エーエー悟りの悪い。……一人の神柱を拵へるのにも骨のをれた事だ。若い時から男性女と云はれたる此高姫が、心に潜む一厘の仕組、言うてやりたいは山々なれど、まだまだお前にや明かされぬ、エーエー困つた事になつたワイ』 青彦双手を組み、暫し思案にくれて居る。 高姫『アヽ仕方がない、コンナ分らぬ神柱を相手にして居ると、肩が凝る。エー仕方がない。サアサア衣懸松の麓の妾が隠れ家に引返して、酒でも飲みて機嫌を直し、ヒソヒソ話の序に、誠の事を知らして遣らう。さうしたら、チツとはお前も改悪して胸が落着くであらう。改心と云ふ事は、神素盞嗚尊の誠の教を、嘘だ嘘だと言つて、其教子を虱殺しに喰ひ殺し、そつと舌を出して、会心の笑を漏らすと云ふ謎だよ。お前もまだ悪が足らぬ、飽くまで改心……ドツコイ……慢心するが宜い。慢心の裏は改心だ、改心の裏は慢心だ、表教の裏はウラル教、表と裏と一つになつて、天地の経綸が行はれるのだよ』 青彦『エー益々訳が分らなくなつた。さうすると貴女は迷信教を開くのだな』 高姫『さうだ、迷信とは米の字に、辵をかけたのだ。米の字は大八洲の形だよ、大八洲彦の命の砦に侵入して、信者をボツタクるから、所謂迷信教だ。オホヽヽヽ、迷うたと云ふ言葉は、悪魔の魔を呼ぶと云ふ事だ。それに三五教の奴は馬鹿だから、迷うたと云ふのは、誠のマに酔ふのだなどと、訳の分らぬ事を言つてゐよる、嗚呼迷信なる哉、迷信なるかなだ』 青彦『ますます迷宮に入つて来た』 高姫『定まつた事だ。米の字に因縁のある所に建てたお宮に立てこもつた吾々は、迷宮に居るのは当然だ。三五教の素盞嗚尊は、よつぽど、馬鹿正直な奴だ、世界の為に千座の置戸を負ひよつて、善を尽し、美を尽し、世界から悪魔だ、外道だと言はれて、十字架を負ふのは自分の天職だと甘ンじて居る、コンナ馬鹿が世界に又と一人あるものか、世界の中で馬鹿の鑑と云へば、調子に乗つて木登りする奴と、自ら千座の置戸を負ふ奴と、広い街道を人の軒下を歩いて、看板で頭を打つて瘤を拵へて吠える奴位が大関だ。……鬼雲彦も余つ程馬鹿だ。初から悪を標榜して悪を働かうと思つたつて、ナニそれが成功するものか、智慧の無い奴のする事は、大抵皆頓珍漢ばつかりだよ。善悪不二、正邪同根と云ふ真理を知らぬ馬鹿者の世の中だ。青彦、お前も大分素盞嗚尊に被れたな、世の中は何事も裏表のあるものだよ、ゴンベレル丈権兵衛り、ボロレル丈ボロつて、其後は、白蓮るのが賢い行方だ。お前も余つ程能い青瓢箪だなア』 と、ビシヤリと額を叩く。 青彦『ヤアどうも意味深長なる御説明恐れ入つて御座います。モウ斯うなる上は、どうならうとも、あなたにお任せ致しますワ』 高姫『アヽさうぢやさうぢや、さうなくては信仰は出来ない。信仰は恋慕の心と同じ事だ、男女間の恋愛を極度に拡大し、宇宙大に拡めたのが信仰だ。恋に上下美醜善悪の隔ては無い、宜いか、分かりましたか』 青彦『ハイ、根つから……能く分りました』 高姫『エー怪体な、歯切れのせぬ、古綿を噛む様な、歯脱けが蛸でもシヤブル様な返辞だなア、オホヽヽヽ、何は兎もあれ、衣懸松の隠れ家へ行きませう』 と先に立つてスタスタとコンパスの廻転を初める。青彦は不性不性に随いて行く。 最前現はれた鬼雲彦の使の魔神、五人の男は先に立ち、数多の魔軍を引連れて、此方を指して進み来る。忽ち聞ゆる叫び声、右か左か後か前か、何方ならむと窺へど、姿は見えず声ばかり、足の下より響き来る。鬼雲彦は栗毛の馬にチリンチリンのチヨコチヨコ走り、馬を止めて大音声、 鬼雲彦『ヤアヤア者共、此岩石を取除け。…此地底には宏大なる岩窟がある、ウラナイ教の宣伝使高姫、青彦の二人、数多の人々と共に隠れ忍ぶと見えたり。早く此岩石を取除けよ』 と呶鳴り立つれば、数多の魔神は此巨岩に向つて、牡丹餅に蟻が集つた様に、四方八方より武者振り付く。然れども幾千万貫とも知れぬ、小山の如き岩石に対して、如何ともする事が出来ざりけり。鬼雲彦は気を焦ち、自ら駒を飛び下りて、人の頭髪を以て綯へる太き毛綱を持出し来り、巌に引つかけ、一度に声を揃へて、エーヤエーヤと曳きつける。曳けども、引けども、動かばこそ、蟻の飛脚が通る程も、岩は腰を上げぬ。中より聞ゆる数多の人声刻々に迫り来る。斯かる所へ天地も揺るぐ許りの大声を張上げ乍ら、宣伝歌を歌ひ、十曜の手旗を打振り打振り進み来る一男二女の宣伝使ありき。 亀彦『ヤアヤア鬼雲彦の一派の奴輩、最早汝が運の尽き、吾れこそは三五教の宣伝使、万代祝ふ亀彦、暗夜を照らす英子姫、悦子姫の三人なるぞ。一言天地を震動し、一声風雨雷霆を叱咤するてふ三五教独特の清き言霊を食つて見よ』 と云ふより早く、天の数歌を謡ひ上げつつ、三人一度に右手を差出し食指の先より五色の霊光を発射して、一同にサーチライトの如く射照せば、流石の鬼雲彦も馬を乗り棄て、転けつ、輾びつ一生懸命、大江山の本城指して雲を霞と逃げて行く。 亀彦『アハヽヽヽ』 二女『ホヽヽヽヽ』 亀彦『ヤア面白い面白い、彼れが鬼雲彦の大将、我言霊に畏縮して逃散つたる時の可笑しさ、イヤもう話にも杭にも掛つたもので御座らぬ。是れと申すも全く、神素盞嗚大神の尊き御守り、国武彦の御守護の力の致す所、先づ先づ此処で一服仕り、天津祝詞を奏上し、神界に対し御礼を奏上し、ボツボツと参りませう。今日は九月九日菊の紋日、是が非でも、今日の内に悪神を言向け和さねばなりますまい。六日の菖蒲十日の菊となつては、最早手遅れ、後の祭り、ゆるゆると急ぎませう』 茲に三人は巨岩の傍に端坐し、天津祝詞を奏上したりしが、祝詞の声は九天に響き、百千の天人天女下り来つて、音楽を奏づるかと疑はるる許りなり。祝詞の声は山又山、谷と谷との木霊に響き、悪魔の影は刻々と煙となつて消ゆるが如き思に充たされける。 亀彦『サアサア御二方、ゆつくりと休息を致しませう』 英子姫『大変に足も疲労を感じました。休息も宜しからう』 悦子姫『ゆつくり英気を養つて、又もや華々しく言霊戦を開始しませう』 茲に三人は手足を延ばし、芝生の上に遠慮会釈もなく、ゴロリと横たはりぬ。後の方より震ひを帯びた疳声を張上げ乍ら、 男女二人(高姫、青彦)『オーイオーイ』 と呼ばはりつつ、此方を指してスタスタと息をはづませ遣つて来るのは男女の二人、 亀彦『ヤア何だか気分の悪い、亡国的悲調を帯びた声がする。あの言霊より観察すれば、どうで碌な神ではあるまい。ウラル教的声調を帯びて居る。……モシ英子姫様、一寸起きて御覧なさいませ』 英子姫はムツクと立上がり、後を振返り眺むれば、顔を真白に塗り立て、天上眉毛の角隠し、焦茶色の着物を着流した男女の二人、忽ち此場に現はれて、 女『これはこれは旅の御方様、斯様な所で御休息なされては、嘸やお背が痛う御座いませう、少し道寄りになりますが、妾の宅へお越し下さいますれば、渋茶なりと差上げませう。あの衣懸松の麓に出張致す者、どうぞ御遠慮なくお出で下さいませ。あなたのお姿を眺むれば、どうやら三五教の宣伝使とお見受け申す。妾等も三五教には切つても切れぬ、浅からぬ因縁を持つて居る、実地誠の事は、常世姫の霊の憑つた此肉体、日の出神の生宮にお聞きなさらねば、後で後悔して、地団駄踏みても戻らぬ事が出来まする。あなたは三五教の教をお開きなさるのは、天下国家の為、誠に結構で御座いまするが、併し乍ら三五教の教は国武彦命が表であつて、素盞嗚尊は緯役、邪さの道ばつかり教へる。天の岩戸を閉める、悪の鑑で御座いまする。根本のトコトンの一厘の仕組は、此高姫が扇の要を握つて居りますれば、マアマア一寸立寄つて下さい。本当の因縁聞かして上げませう。他人の苦労で徳を取らうと致す素盞嗚尊の教は駄目ですよ。三五教の教は国武彦の神がお開き遊ばしたのだ。本当の事は系統に聞かねば分りませぬ。サアサア永い暇は取りませぬ。どうぞお出で下さりませ』 亀彦『私はお察しの通り三五教の宣伝使、併し乍ら、あなたとは反対で、国武彦の教は嫌です、緯役の素盞嗚尊の教が飯より好、お生憎様乍ら、どうしても、あなたと私は意向が合はぬ。真つ平御免蒙りませう、ナア英子姫さま、悦子姫さま』 英子姫『ホヽヽヽ、亀彦さま、物は試しだ、一服がてらに聞いてやつたらどうでせう』 高姫眉を逆立て、口をへの字に結び、グツと睨み、暫くあつて歯の脱けた大口を開き、 高姫『サア夫れだから、瑞の御霊の教は不可ぬと云ふのだよ。女の分際として、今の言葉遣ひは何の態、……ホンニホンニ立派な三五教ぢや、ホヽヽヽ。コレコレ青彦さま、お前もチツト言はぬかいな、唖か人形の様に、知らぬ顔の半兵衛では、三五教崩壊の大望は…………ドツコイ………三五教改良の大望は成就致しませぬぞや』 青彦『何れの方かは存じませぬが、吾々も元は素盞嗚尊の教を信じ、三五教に迷うて居ました。併し乍らどうしても変性女子の言行が腑に落ちぬので、五里霧中に彷徨ふ折から、変性男子のお肉体より現はれ給うた日の出神の生宮、誠生粋の日本魂の高姫さまのお話を聞いて、スツクリと改心致しました。あなたも今は変性女子に一生懸命と見えますが、マア一寸聞いて見なさい、如何な金太郎のあなたでも、訳を聞いたら変性女子に愛想が尽きて、嘔吐でも吐き掛けたい様になりますぜ。物は試しだ、一つ行きなさつたら如何ですか』 亀彦『ソンナラ一つ聴いてやらうか』 高姫『聴いて要りませぬ、誠の道を教へて、助けて上げようと、親切に言つて居るのに、聴いてやらうとは、何たる暴言ぞや。どうぞお聴かせ下され………と何故手を合はしてお頼みなさらぬか』 亀彦『アハヽヽヽ、お前の方から聴いて呉れいと頼みたぢやないか、夫れだから、研究の為に聴いてやらうと言つたのが、何が誤りだ。エーもう煩雑くなつた。ご免蒙らうかい』 高姫『妾が是れと見込みた以上は、どうしても、斯うしても、ウラナイ教を、腹を破つてでも、叩き込まねば承知がならぬ、厭でも、応でも、改心させる。早く我を折りなされ、素直にするのが、各自のお得だ。あいた口が塞まらぬ、キリキリ舞を致さなならぬ様な事が出て来ては可哀相だから、……サアサア早う、日の出神の生宮の申す事を、耳を浚へて聴いたが能からう』 亀彦『アハヽヽヽ』 英子姫『オホヽヽヽ』 悦子姫『ホヽヽヽヽ』 高姫『何ぢや、お前さま等は、此日の出神の生宮を馬鹿にするのかい』 亀彦『イエイエ、どうしてどうして、あまり勿体なくて、見当が取れなくなつて、面白笑ひに笑ひました。笑ふ門には福来る。副守護神か、伏魔か知らぬが、米々と能く囀つて人の虚に侵入せむとする、天晴の手腕、天の星をガラツ様な御説教、旅の憂さを散ずる為聴かして貰ひませう』 高姫『サアサア神政成就、日本魂の根本の一厘の仕組を聴かして上げよう………エヘン……オホン……』 と女に似合はぬ、肩を怒らし、拳を握り、大手を振り、外輪に歩いて、ヅシンヅシンと、衣懸松の麓を指して跨げて行く。三人は微笑を泛べ乍ら、青彦を後に従へ伴いて行く。 衣懸松の麓に近寄見れば、些やかなる草屋根の破風口より黒烟、猛炎々々と立ち昇る。高姫は此態を見てビツクリ仰天、 高姫『ヤア火事だ火事だ、サアサア皆さま、火を消して下さい』 亀彦『煙は猛炎々々と立上れ共、家はヤツパリ燃えると見える。お前さまの腹の中も此通り紅蓮の舌を吐いて燃えて居るであらう、霊肉一致、本当に眼から火の出神の生宮だ、アハヽヽヽ』 高姫『ソンナ事は後で聞いたら宜しい。危急存亡の場合、早く助けて下さい、水を掛けなされ』 亀彦『ヤア大分最前から問答もして来た。水掛論は良い加減に止めて貰はうかい、舌端火を吐いた報いに、家まで火を吐いた。人を烟に巻いた天罰で、家まで烟に巻かれよつた。天罰と云ふものは恐ろしいものだ。マアゆつくり高姫さまの活動振を見せて貰ひませう。雪隠小屋の様な家が焼けた所で、別に騒ぐ必要もなからう。人の飛出した空の家が焼けるのだ。高姫さまは雪隠の火事で糞やけになつて居らうが、此方は高見の見物で、対岸の火災視するとは此事だ。一切の執着心を取る為には、火の洗礼が一番だ、是れで火の出神の神徳が完全に発揮されたのだ。ナア高姫さま、あなたの……此れで御守護神が証明されると云ふものだ。お喜びなさい』 高姫『エー喧しいワイ、何どこの騒ぎぢやない、グヅグヅして居ると、皆焼けて仕舞わア、中へ這入つて、燗徳利なと引つ張り出して呉れい。コレコレ青彦、何して居る、火事と云ふのは家が焼けるのだ、水が流れるのは川だ、目は鼻の上に在る』 と狼狽へ騒いで半気違になり、摺鉢抱へて右往左往に狂ひ廻る可笑しさ。瞬く間に火は棟を貫き、バサリと焼け落ちた。高姫、青彦は着衣の袖を猛火に嘗められ、頭髪をチリチリと燻べ乍ら、一生懸命に走りゆく。火は風に煽られて益々燃え拡がる。警鐘乱打の声、速大鼓の音頻りに聞え来る、二人は進退谷まり、丸木橋の上より青淵目蒐けて、井戸に西瓜を投げた様に、ドブンと落込みしが、此音に驚いて目を覚せば、宮垣内の賤の伏屋に、王仁の身は横たはり居たり。堅法華のお睦婆アが、豆太鼓を叩き鐘を鳴らして、法華経のお題目を唱へる音かしまし。 (大正一一・四・一四旧三・一八松村真澄録)
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(1675)
霊界物語 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 15 谷間の祈 第一五章谷間の祈〔六〇五〕 亀彦、英子姫、悦子姫の三人は、由良の流れを遡り河守駅に辿り着き、路傍の石に腰打掛け息を休めゐる。右も左も鬱蒼たる老樹繁茂し、昼尚ほ暗き谷の底、蟻の甘きにつくが如く絡繹として数多の老若男女は山奥目蒐けて進み往く。 亀彦はその中の一人を捉へ、 亀彦『斯う沢山に人が北へ北へと行列を組みて往くのは、何か変はつたことがあるのか。様子を聞き度いものだナア』 男『ハイハイ何だか知りませぬが、二三日以前から大江山の麓の剣尖山の谷間に結構な神様が現はれたと云ふことで、何れも病気平癒や、商売繁昌などの御願で参拝を致すものでございます。私も別に願とては無いけれども、余り沢山の人が詣るなり、偉い評判だから、ドンナ者か一つ見がてらに参る所です』 亀彦『それは一体何と云ふ神様だ』 男『ナンデも裏とか、表とか云ふ名の附いた畳屋の様な神さまぢや相です。さうして青彦とか、青蛙とか、青畳とか、ナンデも青の附く名の御取次が居つて、樹の枝を以て参拝者を一々しばくと、それで病気が立所に癒つたり、願望が成就したりするとか云つて、それはそれは偉い人気でございます。流行神さまは、何でも早う参らねば御神徳が無いと、皆剣尖山の麓へ指して弁当持で参拝するのです。マアお前さまも妙な風をしてござるが、大方神さまの取次ではありますまいか』 亀彦『さうぢや、吾々も神の道の取次ぢや』 男『ヤア貴方は取次と云つても、生臭取次ぢやろ。此の奥の谷川に現はれた青い名の附く御取次は、精進潔斎、女などは傍にも寄せつけぬと云ふ、それはそれは偉い行者ぢやさうな。それにお前は鶏か何ぞの様に三羽番で、誰がお前の言ふことを聞くものか、笑ふに定つとるワ。アハヽヽヽ』 亀彦『決して決して女房でも何でもござらぬ。各自一個独立の教の道の宣伝使だ。お前達は男と女と歩いて居れば、直にそれだから困る。凡夫と云ふ者は浅猿しいものだ』 男『ヘエ、うまいこと仰有いますワイ。凡夫の中にも聖人があり、聖人らしう見せても凡夫がある世の中ぢや。余りボンボン言つて貰ふまいかい。ボンくら凡夫のボンボン宣伝使奴が。マア悠乎と路傍で三羽番、羽巻でもして狎戯いたがよからう。アーア、コンナ偽宣伝使に掛り合つて、伴の奴はモー何処か先へ往つて了ひやがつた』 と一目散に駆け出し、奥へ奥へと進み行く。 亀彦『英子姫さま、今の男の話に依つて考へて見ると、何うやらウラナイ教の青彦のことらしい様に思はれます。又もやウラナイ教を弘めて世人を迷はし、害毒を流す様なことがあつては神界へ対し、吾々宣伝使の役が済みませぬから、是から一つ実地調査に参りませうか』 英子姫『さうですなア、別に急ぐ旅でも無し、調べて見ませうか。これも何かの神様の御仕組かも知れませぬ』 悦子姫『それは面白うございませう。先日より余り沈黙を守つて居ましたので、口に虫が湧く様で不快で堪りませぬ。何卒今度は一つ妾に交渉をさせて下さい。言霊の有らむ限り奮闘してお目にかけます』 英子姫『アーそれも面白からう』 亀彦『サアサア参りませう。悦子姫さまの雄弁振り、奮戦振りを拝見さして貰ひませう』 と三人は群集に紛れて昼尚ほ暗き山道を、北へ北へと進み行く。 一行は群集に紛れ漸く剣尖山の麓を流るる谷川の畔に着きぬ。此の谷川の岩壁には産釜、産盥と云ふ美はしき水を湛へた天然の水壺あり。ウラナイ教の宣伝使青彦は厳き白装束の儘、此の滝壺の側に立ち、谷川の水を杓で汲み上げ柴の枝に吹きかけ、数多の老若男女に向つて病を癒し、或はいろいろの神占を為し、数多の男女を誑惑しつつありける。悦子姫は亀彦、英子姫に向ひ、 悦子姫『サア御約束の通り、是から妾が一人舞台、貴方等は日の暮れたを幸ひ、木蔭に潜み妾の活動振りを御覧下さい』 と云ひ棄て何処ともなく深林の中に姿を隠したり。青彦は儼然として水壺の側に立ち、数多の人々に対して教訓を施し居る。 甲は拍手し乍ら、恐る恐る青彦の前に蹲踞み、 甲『生神様に一つ御願ひがございます。私は疝の病に、年が年中苦しみてゐます。ナントか御神徳を以て御助け下さいませ。薬で治ることなら何薬がよいか。これも御指図願ひ度うございます』 青彦『疝でも何でも治らぬことは無い。それはお前の改心次第ぢや。一時も早く此頃流行る三五教を放して、ウラナイ教の神様の信者になれ。其日から疝の病気は嘘を吐いた様に全快間違ひなしぢや』 甲『ハイハイ有り難うございます。疝の治ることなら、何時でもウラナイ教になります』 後の方より疳高き女の声、 女(悦子姫)『ウラナイ教を見切つて三五教に誠に尽くせ、疝気の虫は三五教の神力に怖れて滅びて了ふぞ。此奴は金毛九尾の狐に使はれて居る曲津の容器だ。ホヽヽヽ』 甲『モシモシ生神様、男の声を出したり、女の声を出したりなさいまして、先に仰有つた事と後から仰有つた事とは全然裏表ぢやありませぬか』 青彦『此方は誠の道の宣伝使だ。決して決して二言は申さぬ』 甲『それでも今妙な声を出してござつたぢやありませぬか』 又もや暗黒より女の声、 女(悦子姫)『妾こそは天上より降り来れる天照大神の御使、瑞の御魂の教へ給へる三五教の生神なるぞ。青彦の如き体主霊従の教を耳に入れるな』 青彦『ヤアこれは怪しからぬ。何者とも知れず空中に声を出して、某が宣伝を妨害致す魔神現はれたりと覚ゆ。コラコラ悪神の奴、この青彦が言霊の威力を以て、汝が正体を現はし呉れむ』 と拍手し、言霊濁れる神言を奏上し始めたり。又もや暗黒の中より女の声、 女(悦子姫)『ホヽヽヽ、面白い面白い、彼の青彦の青い顔わいな』 青彦『エー又しても又しても曲津神が出て来よつて。コラコラ今に往生さしてやるぞ』 と汗みどろになり、一生懸命に天津祝詞を何回となく奏上する。後方の山の小高き暗中より、又もや女の声、 女(悦子姫)『オホヽヽヽ、青彦、汝は秋山彦の館に於て三五教の宣伝使亀彦に悩まされ、生命辛々此処まで遁げ延び、又もや悪逆無道の継続事業を開始してゐるのか。好い加減に改心致さぬと汝が霊魂を引抜き、根の国、底の国に落してやらうか』 青彦『ナンダ、誠の道の妨害致す悪魔ども、容赦は致さぬ。今青彦が神徳無限のウラナイ教の言霊を以て、汝が身魂を破滅せしめむ。速かに退散致さばよし、愚図々々致さば容赦はならぬぞ』 とぶるぶる慄ひ乍ら空元気を附けて呶鳴りゐる。暗中より、又もや女の声、 女(悦子姫)『オホヽヽヽ、可笑しい哩。汝が力と思ふ高姫は今フサの国に遁げ帰り、黒姫は行方不明となりし今日、何程汝、力味返るとも斯の如き誠の神の使現はれし上は最早汝が運の尽き、一刻も早く此の場を退却致せよ』 青彦『エーナント云つても一旦思ひ立つた拙者が宣伝、たとへ此の身は八裂に遭はうとも、いつかないつかな心を飜すやうな腰抜けではないぞ。何れの魔神か知らねども、人を見損ふにも程がある。サア正体を此処に現はせ。誠の道を説いて聞かして改心させてやらう程に』 暗中より『オホヽヽヽ』 乙は拍手を打ち、 乙『モシモシ生神様、ナンダか貴方が仰有いますと、後の中空の方に妙な声が聞えます、ナンデも貴方様に反対の神様らしうございます。此の暗いのに神様が喧嘩遊ばして吾々なにも知らぬものが側杖を喰ひまして誠に迷惑。何卒此の声を止めて下さいませぬか』 又もや女の声、 女(悦子姫)『オホヽヽヽ、止めて止まらぬ声の道、道は二筋善と悪、善に服らふか、悪に従ふか、何れも今ここでハツキリと返答を致せよ』 青彦『何れの神かは知らねども、拙者が宣伝を妨害致す曲者、了見致さぬぞ』 暗中より、又もや、 女(悦子姫)『オホヽヽヽ、彼のマア青彦の空威張り』 青彦『ヤア何とはなしに聞き覚えのある声だ。其方は三五教の女宣伝使であらう。後の山に潜み、拙者が宣伝を妨害致すと覚えたり。今に正体現はし呉れむ』 と火打を取出しカチカチと火を打ち四辺の枯柴を集めて盛ンに火を焚きつけたり。 一同の顔は昼の如く照らされたれど、木の茂みに隠れたる悦子姫の姿は見えざりける。悦子姫は尚も屈せず、 悦子姫『オホヽヽヽ、ウラナイ教の阿呆彦の宣伝使、畏れ多くも昔天照大御神様の御生まれ遊ばした時に、産湯を取らせ給うた産釜、産盥の側に立ち宣伝を致すとは、僣越至極の汝が振舞、今に数多の蜂現はれ来つて汝が眼を潰すであらう。オホヽヽヽ』 焚火の光に驚いて傍に巣を喰つてゐた雀蜂の群、火焔の舌に巣を嘗められ堪り兼ね、青彦の底光りのする目玉を目がけて、一生懸命幾百千ともなく襲撃し始めたるにぞ、青彦は、 青彦『アイター』 と其の場に倒れける。蜂の群は青彦の身体一面に空地もなく噛み付きける。 数多の参詣人は蜂に光つた目を刺され、苦しむもの彼方此方に現はれ、泣くもの、喚くもの、忽ち阿鼻叫喚の巷となりぬ。又もや暗中より、 悦子姫『ヤアヤア此処に集まる老若男女、穢らはしき肉体を持ち乍ら、此の聖場を汚すこと不届千万な、一時も早く神界に謝罪をせよ。三五教の宣伝歌を唱へ奉り、蜂の災禍を払ひ与へむ。惟神霊幸倍坐世』 と唱ふる声につれ、一同は一生懸命になりて、 一同『惟神霊幸倍坐世、惟神霊幸倍坐世』 と唱へ始めける。 此の声は四辺の山岳をも揺がす許りなり。暗中より、 悦子姫『ヤアヤ、汝等蜂に刺された目は、これで全快したであらう。聖場を汚してはならないから、一刻も早く此の場を立去り、綾の高天へ御礼のために時を移さず参詣致せよ。夢々疑ふな。惟神霊幸倍坐世』 一同は此の声に驚き、且つ歓び、声する方に向つて拍手し乍ら、長居は恐れと一目散に河伝ひに帰り往く。アヽ青彦の運命は如何。 (大正一一・四・一五旧三・一九外山豊二録)
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(1679)
霊界物語 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 19 文珠如来 第一九章文珠如来〔六〇九〕 ヤンチヤ婆アの黒姫は、性来の聞かぬ気を極度に発揮し、青彦、音彦其他に向つて舌端黒煙を吐き、一人も残さず紅蓮の焔に焼き尽さむと凄じき勢なり。 黒姫『コレコレ、最前から其処に、男とも、女とも、訳の分らぬ風をして居る三五教の宣伝使、良い加減に此世に暇乞ひをしても悦子姫の阿婆擦れ女、沢山の荒男を引きつれて、女王気取りで、傲然と構へて御座るが、チト此婆アが天地の根本の道理を噛みて啣める様に言ひ聞かしてやるから、ソンナ蓑笠をスツパリと脱いで、此処へ御座れ、滅多にウラナイ教の為に悪い様な事は申さぬ。問ふは当座の恥、知らぬは末代の恥だ、此山の中で結構な神徳を戴いて、又都会へ出たら、自分が発明した様に、宣伝使面を提げて歩かうと儘ぢや。何でも聴いて置けば損は往かぬ。サアサア婆アの渋茶でも呑みて、トツクリと身魂の洗濯をしなされ。チツト此頃はお前も顔色が悪い。此黒姫が脈を執つて上げよう。……どうやら浮中沈、七五三の脈膊が混乱して居る様ぢや、今の間に療養せぬと、丸気違になつて了ふぜ。今でさへも半気違ぢや。神霊注射を行つてあげようか。それが利かなくば、モルヒネ注射でもしてやらうかい。サアサアトツトと前へ来なさい』 悦子姫『それはそれは、何から何まで御心を附けられまして、御親切有難う御座います』 黒姫『有難いか、ウラナイ教は親切なものだらう。頭の先から足の爪先、神経系統から運動機関は申すに及ばず、食道、消化機関から生殖器、何から何迄、チヤンと気をつけて、根本から説き明かし、病の根を断る重宝な教ぢや。お前も神経中枢に多少異状があると見えて、三五教の木花姫の生宮の様に、女だてら、男の風采をして、男を同伴つて、そこら中を歩きまはすのは、普通ではない。此儘放つとくと、巣鴨行をせなければならぬかも知れやしない。………サアサア此黒姫は耆婆扁鵲も跣足で逃げると云ふ義理堅い義婆ぢや。世間の奴は訳も知らずに、黒姫を何の彼のと申すけれども、燕雀何ンぞ大鵬の志を知らむやだ。三千世界の立替立直しの根本を探ると云ふ、大望なウラナイ教を、三五教の宣伝使位に分つて堪るものか。お前が此処へ来たのも、みなウラナイ教を守護し給ふ、尊き大神様の御引合せぢや。躓く石も縁の端と言つて、世界には道を歩いて居ると、沢山な石が転がつて居る。其幾十万とも知れぬ石の中に、躓く石と云つたら、僅に一つか二つ位なものだよ。これも因縁が無ければ蹴躓く事も出来なければ、蹴躓かれる事も出来やしない。同じ時代に生れ、同じお土の上に居つても、コンナ結構なウラナイ教を知らずに、三五教にとぼけて一生を送る様な事は本当に詰らぬぢやないか。何事も神様のお引合せ、惟神の御摂理、縁あればこそ、斯うしてお前は此山の奥に踏み迷ひ……イヤイヤ神様に引つ張られて来たのだ。決して決して黒姫の我で云うと思つたら量見が違ひますデ、竜宮の乙姫さまが仰有るのだ。今迄永らく海の底のお住居で、沢山の宝を海の底に蓄へて居られたのぢやが、今度艮の金神様が世にお上りなさるに就て、物質的の宝よりも、誠の宝が良いと云つて、五六七神政成就の為に、惜しげも無く綺麗サツパリと、艮の金神さまに御渡しなされると云ふ段取りぢや。併し人間は誠の宝も結構ぢやが、肉体の有る限り、家も建てねばならず、着物も着ねばならず、美味いものも食はねばならず、あいさには酒もチヨツピリ飲みたいと云ふ代物だから、形のある宝も必要ぢや。三五教の奴は「この世の宝は、錆、腐り、焼け、溺れ、朽果つる宝だ、無形の宝を神の国に積め」なぞと、水の中で屁を放いた様な屁理屈を言つて、世界の奴を誤魔化して居るが、お前等も大方其部類だらう……イヤ其通り宣伝して歩くのだらう。……能う考へて見なされ。お前だつて食はず飲まずに、内的生活ばかり主張して居つて、堂して神の道の宣伝に歩行けるか。これ程分り切つた現実の道理を無視すると云ふ教はヤツパリ邪教ぢや。瑞霊の吐す事は、概して皆コンナものだ。言ふ可くして行ふ可らざる教が何になるものか。体主霊従と霊主体従の正中を言ふのが当世ぢや。当世に合ぬ様な教をしたつて誰が聴くものか。神の清き御心に合むとすれば、暗黒なる世の人の心に合ず、俗悪世界の人の心に合むとすれば、神の心に叶はず……なぞと訳の分り切つた小理屈を、素盞嗚尊の馬鹿神が囀りよつて、易きを棄て難きに就かむとする、迂遠極まる盲信教だから、根つから、葉つから、羽が生えぬのぢや。ウラナイ教は斯う見えても、今は雌伏時代ぢや。軍備を充実した上で、捲土重来、回天動地の大活動を演じ、それこそ開いた口が塞がらぬ、牛の糞が天下を取る、アンナ者がコンナ者になると云ふ仕組の奥の手を現はして、天の御三体の大神様にお目にかける、艮の金神の仕組ぢや。三五教は艮の金神の教を樹てとる様な顔して居るが、本当は素盞嗚尊の教が九分九厘ぢや。黒姫はそれがズンとモウ気に喰はぬので、変性男子の系統の肉体の、日の出神の生宮を力と頼み、竜宮の乙姫さまの生宮となつて、外国の行方を、隅から隅迄調べあげて、今度の天の岩戸開に、千騎一騎の大活動をするのぢや。お前も、三五教の宣伝使と云ふ事ぢやが、名はどうでもよい、お三体の大神様と艮の金神様の御用を聴きさへすれば宜いのだらう。サアサア今日限り化物の様な奴の吐す事を、弊履の如く打棄てて、最勝最妙、至貴至尊、無限絶対、無始無終の神徳輝く、ウラナイ教に兜を脱いで、迷夢を醒まし、綺麗サツパリと改心して、ウラナイ教を迷信なされ、悪い事は申しませぬ、ギヤツハヽヽヽ』 悦子姫『ホヽヽヽ、アハヽヽヽ、あのマア黒姫さまの黒い口、……妾の様な口の端に乳の附いてる様な者では、到底あなたの舌鋒に向つて太刀打は出来ませぬ。あなたは何時宣伝使にお成りになりましたか、随分円転滑脱、自由自在に布留那の弁、懸河の論説滔々として瀑布の落ちるが如くですナ』 黒姫『定つた事だよ。入信してからまだ十年にはならぬ。夫れでも此通りの雄弁家だ、是れには素養がある。若い時から諸国を遍歴して、言霊を練習し、唄であらうが、浄瑠璃であらうが、浪花節であらうが、音曲と云ふ音曲は残らず上達して鍛へたのぢや。千変万化、自由自在の口車、十万馬力を掛けた輪転機の様に、廻転自由自在ぢや、オホヽヽヽ』 加米彦『モシモシ悦子姫さま、コンナ婆アに、何時までも相手になつとると、日が暮れますで、一時も早く真名井ケ原に向ひませうか』 悦子姫『アヽさうだ、折角の尊いお説教を聞かして貰うて、お名残惜しいが、先が急きますから此処らで御免蒙りませうか』 鬼虎『アーア、最前から黙つて聴いて居れば、随分能く囀つたものだ。一寸謂はれを聞けば、根つから葉つから有難い様だが、執拗う聞けば、向つ腹が立つ……お婆アさま、ゆつくり、膝とも談合、膝坊主でも抱へて、自然に言霊の停電するまで、馬力をかけ、メートルを上げなさい。アリヨース』 黒姫『待つた待つた、大いにアリヨースだ、様子あつて此婆アは、此魔窟ケ原に仮小屋を拵へ、お前達の来るのを待つて居たのだ。往くと云つたつて、一寸だつて、此婆が、是れと睨みたら動かすものか』 鬼虎『まるで蛇の様な奴ぢやナア。執念深い……何時の間にか、俺達に魅入れよつたのぢやナ』 黒姫『さうぢや、魅を入れたのぢや、お前もチツト身入れて聞いたが宜からう、蛇に狙はれた蛙の様なものぢや、此処をかへると云つたつて、帰る事の出来ぬ様に、チヤーンと霊縛が加へてある。悪霊注射も知らず識らずの間に、チヤアンと行つて了うた。サア動くなら動いて見よれ』 鬼虎『アハヽヽ、何を吐すのだ。動けぬと云つたつて、俺の体を動かすのは、俺の自由権利だ。……ソレ……どうだ。これでも動かぬのか』 黒姫『それでも動かぬぞ。お前が今晩真名井ケ原に着いて、草臥れて、前後も知らず、寝ンだ時は、ビクとも体を動かぬ様にしてやるワイ』 鬼虎『アハヽヽヽ、大方ソンナ事ぢやろと思うた。……ヤイヤイ黒姫、三五教は起きとる人間を、目の前で霊縛して動けぬ様にするのぢやぞ。一つやつてやらうか、……一二三四五六七八九十百千万……』 黒姫『一二三四五六七八心地よろづウ……ソラ何を言ふのぢや、それぢやから三五教は体主霊従と云ふのぢや。朝から晩まで、算盤はぢく様に数を数へて、一から十まで千から万まで……取り込む事につけては抜目のない教ぢや。神の道は無形に視、無算に数へ、無声に聞くと云ふのぢやないか、…何ンぢや、小学校の生徒の様に、一つ二つ三つと勿体らしさうに、……ソンナことは、三つ児でも知つてるワイ。……大きな声を出しよつて、アオウエイぢやの、カコクケキぢやのアタ阿呆らしい、何を吐すのぢやい……白髪を蓬々と生やしよつた大の男が見つともない、桶伏山の上へあがつて、イロハからの勉強ぢやと云ひよつてな、……小学校の生徒が笑うて居るのも知らぬのか、…良い腰抜だなア、それよりも天地根本の大先祖の因縁を知らずに神の教が樹つものか、三五教の様な阿呆ばつかりなら宜いが、世の中には三人や五人、目の開いた人間も無いとは謂はれぬ。其時に、昔の昔のサル昔からの因縁を知らずに、どうして教が出来るか、馬鹿も良い加減にしといたが宜からう。鎮魂ぢや、暗魂ぢやとか云ひよつて、糞詰りが雪隠へでも行つた様に、ウンウンと汗をかきよつて、何のザマぢやい、尻の穴が詰つて穴無い教と云ふのか、阿呆らしい、進むばつかりの行方で、尻の締りの出来ぬ素盞嗚尊の紊れた教、何が夫程有難いのぢや、勿体ないのぢや、サア鎮魂とやらをかけるのなら、懸けて見い、……ソンナ糞垂腰で鎮魂が掛つてたまるかイ。グヅグヅすると、妾の方から、暗魂をかけてやらうか』 加米彦『ヤア時刻が移る、婆アさま、又ゆつくりと、後日お目にかかりませう』 黒姫『後日お目にかからうと云つたつて、一寸先は闇の夜ぢや。逢うた時に笠脱げと云ふぢやないか、此笠松の下でスツクリと改心して、宣伝使の笠を脱ぎ、蓑を除り、ウラナイ教に改悪しなさい。一時も早う慢心をせぬと、大峠が出て来た時に助けて貰へぬぞや』 加米彦『アハヽヽヽ、オイ婆アさま、お前さま本気で言つてるのかい、お前の言ふ事は支離滅裂、雲煙模糊、捕捉す可らずだがナア』 黒姫『定つた事だイ、広大無辺の大神の生宮、竜宮の乙姫さまのお宿ぢや、捕捉す可らざるは竜神の本体ぢや、お前達の様な凡夫が、竜宮の乙姫の尻尾でも捉へようと思ふのが誤りぢや、ギヤツハヽヽヽ』 音彦『アヽ是れは是れは、加米彦さま、久し振ぢやつたナア』 加米彦『ヤア聞覚えのある声だが、……その顔はナンダ、真黒けぢやないか、炭焼の爺かと思つて居た、……一体お前は誰だ』 音彦『音彦だよ、北山村より此婆アの後に従いて、ドンナ事をしよるかと思つて、ウラナイ教に化け込み伴いて来たのだ。イヤモウ言語道断、表は立派で、中へ這入ると、シヤツチもないものだ、伏見人形の様に、表ばつかり飾り立てよつて、裏へ這入ればサツパリぢや。腹の中はガラガラぢや。ウラナイ教は侮る可らざる強敵と思つて今日迄細心の注意を怠らなかつたが、噂の様にない微弱なものぢや、何程高姫や、黒姫が車輪になつても、最早前途は見えて居る。吾々もモウ安心だ。到底歯牙に掛くるに足らない教理だから、わしもお前の後に伴いて、今より三五教の宣伝使と公然名乗つて行く事にしよう。此婆アさまは、如何しても駄目だ。改心の望みが付かぬ、縁なき衆生は済度し難し、……エー可憐相乍ら、見殺しかいなア』 黒姫『アーア音彦も可憐相なものだナア。如何ぞして誠の事を聞かしてやらうと思ふのに、魂が痺れ切つて居るから、食塩注射位では効験がない哩、アーア気の毒ぢや、いぢらしい者ぢや……それに付けても青彦の奴、可憐相で堪らぬ。……コラコラ青彦モ一遍、直日に見直し聞直し、胸に手を当てて能う省みて、ウラナイ教に救はれると云ふ気はないか。此婆はお前の行先が案じられてならぬワイ』 青彦『アーア、黒姫婆アさま、お前の御親切は有難い、併し乍ら、個人としては其親切を力一杯感謝する、が、主義主張に於ては、全然反対ぢや、人情を以て真理を曲げる事は出来ぬ、真理は鉄の棒の如きもの、曲げたり、ゆがめたり、折つたりは出来ない、公私の区別は明かにせなくては、信仰の真諦を誤るからナア、……左様なら…御ゆるりと御休みなされませ、私は是れから、悦子姫様のお後を慕ひ、一行花々しく、悪魔の征討に向ひます。ウラナイ教が何程、シヤチになつても、釣鐘に蚊が襲撃する様なものだ。三五教は穴が無いから大丈夫だ。水も洩らさぬ神の教、御縁が有つたら又お目に掛りませう』 黒姫『アーア、縁なき衆生は度し難しか、……エー仕方がないワイ………ウラナイ教大明神、叶はぬから霊幸倍坐世、叶はぬから霊幸倍坐世、……ポンポン』 魔窟ケ原の黒姫が伏屋の軒に暇乞ひ 日は西山に傾いて附近を陰に包めども 四方の景色は悦子姫松吹く風の音彦や 秋山彦の門番と身をやつしたる加米彦が 顔の色さへ青彦を伴なひ進む九十九折 鬼の棲処と聞えたる大江の本城左手に眺め 鬼彦、鬼虎、岩、市、勘公引連れてさしも嶮しき坂路を 喘ぎ喘ぎて登り行く地は一面の銀世界 脛を没する雪路を転けつ転びつ汗水を 垂らして進む岩戸口折柄吹き来る雪しばき 面を向くべき由もなく笠を翳して下り行く 夜の帳はおろされて遠音に響く波の音 松の響も成相の空吹き渡る天の原 天の橋立下に見て雪路渉る一行は 勇気日頃に百倍し気焔万丈止め度なく 文珠の切戸に着きにけり。 青彦『アーア、日も暮れたし、前途遼遠、足も良い程疲労れました。アヽ文珠堂の中へ這入つて一夜を凌ぎ、団子でも噛つて休息致しませうか』 悦子姫『何れもさま方、随分御疲労でせう。青彦さまの仰有る通り、あのお堂の中で、兎も角休息致しませうか』 一同此言葉に『オウ』と答へて、急ぎ文珠堂に向つて駆けり行く。 鬼虎『ヤア此処へ来ると、何時やらの事を連想するワイ、恰度今夜の様な晩ぢやつた。此様に雪は積つて居らぬので、あたりは真暗がり、鬼雲彦の大将の命令に依つて、あの竜灯松の麓へ、悦子姫さま達を召捕に行つた時の事を思へば、全然夢のやうだ。昨日の敵は今日の味方、天が下に敵と云ふ者は無きものぞと、三五教の御教、つくづくと偲ばれます。其時に悦子姫さまに霊縛をかけられた時は、どうせうかと思つた。本当に貴女も随分悪戯好の方でしたなア』 悦子姫『ホヽヽヽヽ』 鬼彦『オイオイ鬼虎、貴様はお二人の中央にドツカリ坐りよつて、良い気になつて居たのだらう』 鬼虎『馬鹿言へ、何が何だか、柔かいものの上に、ぶつ倒れて、気分が悪いの、悪くないのつて、何分正体が分らぬものだから、ホーズの化物が出たかと思つて気が気ぢやなかつたよ、それに就けても、生者必滅会者定離、栄枯盛衰、有為転変の世の中無常迅速の感愈深しだ。飛ぶ鳥も落す勢の鬼雲彦の御大将は、鬼武彦の為に伊吹山に遁走し、吾々は四天王と呼ばれ、随分羽振を利かした者だが、変れば替はる世の中だ。あの時の事を思へば、長者と乞食程の懸隔がある。三五教の宣伝使の卵になつて悦子姫さまのお供と迄、成り下つたのか、成上がつたのか知らぬが、モ一度、あの時の四天王振が発揮したい様な気もせぬ事はない。アーア誠の道は結構なものの、辛いものだ。 あひ見ての後の心に比ぶれば昔は物を思はざりけり だ。善悪正邪の区別も知らず、天下を吾物顔に、利己主義の自由行動を採つた時の方が、何程愉快だつたか知れやしない、吁、併し乍ら人間は天地の神を畏れねばならぬ、今の苦労は末の為だ。アーアコンナ世迷言はヨウマイヨウマイ。神直日大直日に……神様、見直し聞直して下さい。私は今日限り、今迄の繰言を宣り直します。アヽ、惟神霊幸倍坐世』 青彦『因縁と云ふものは妙なものですな、同じ此竜灯の松の下蔭に於て、捉へようとした宣伝使を師匠と仰いで、お伴をなさるのは、反対に悦子姫様の擒となつた様なものだ。アハヽヽヽ、吾々も全く三五教の捕虜になつて了つた。それに就けても、執拗なのは黒姫ぢや、何故あれ程頑固なか知らぬ、どうしても彼奴ア改心が出来ぬと見えますなア』 音彦『到底駄目でせう。私もフサの国の北山のウラナイ教の本山へ、信者となり化け込みて、内の様子を探つて見れば、何れも此れも盲と聾ばつかり、桶屋さまぢやないが、輪変吾善と思つてる奴ばつかり、中にも蠑螈別だの、魔我彦だのと云ふ奴は、素的に頑固な分らぬ屋だ。高姫黒姫と来たら、酢でも蒟蒻でもいく奴ぢやない。どうかして帰順さしたいと思ひ、千辛万苦の結果、黒姫の荷持役とまで漕ぎつけ、遥々と自転倒島まで従いて来て、折に触れ物に接し、チヨイチヨイと注意を与へたが、元来が精神上の盲聾だから、如何ともする事が出来ない。私も加米彦さまに会うたのを限として、此処迄来たのだが、随分ウラナイ教は頑固者の寄合ですよ』 加米彦『フサの国で、あなたが宣伝をして居られた時、酒を飲むな酒を飲むなと厳しい御説教、私はムカついて、お前サンの横面を、七つ八つ擲つた。其時にお前サンは、痛さを堪へて、ニコニコと笑ひ、禁酒の宣伝歌を謡うて御座つた、その熱心に感じ、三五教を信じて、村中に弘めて居つた処、バラモン教の捕手の奴等に嗅付けられ、可愛い妻子を捨てて、夜昼なしに、トントントンと東を指して駆出し、月の国まで来て見れば、此処にもバラモン教の勢力盛ンにして、居る事が出来ず、西蔵を越え、蒙古に渡り、天の真名井を横断つて暴風に遭ひ、船は沈み、底の藻屑となつたと思ひきや、気が附けば由良の湊に真裸の儘横たはり、火を焚いて焙られて居た。「アーア世界に鬼は無い、何処の何方か知りませぬが、生命を御助け下さいまして有難う」と御礼を申し見れば秋山彦の御大将、生命を拾つて貰うた恩返しに、門番となり、馬鹿に成りすまし勤めて来たが、人間の身は変れば替はるものぢや、世界は広い様なものの狭いものぢや。フサの国で、あなたを虐待した私が、又あの様な破れ小屋でお目にかからうとは神ならぬ身の計り知られぬ人の運命だ…………アヽ惟神霊幸倍坐世、三五教の大神様有難う御座います、川の流れと人の行末、何事も皆貴神の御自由で御座います。どうぞ前途幸福に、無事神業に参加出来まする様、特別の御恩寵を垂れさせ給はむ事を偏に希ひ上げ奉ります』 悦子姫『サアサア皆さま、天津祝詞を奏上致しませう』 一同は『オウ』と答へ、声も涼しく奏上し終る。 悦子姫『サア皆さま、坊主は経が大事、吾々は又明日が大切だ。ゆつくりとお休みなされませ。妾は皆さまの安眠を守る為、今晩は不寝番を勤めませう』 鬼虎『ヤア滅相な、あなたは吾々一同の為には御大将だ。不寝番は此鬼虎が仕りませう。どうぞお休み下さいませ』 悦子姫『さうかナ、鬼虎さまに今晩は御苦労にならうか』 と蓑を纒うた儘、静かに横たはる。一同は思ひ思ひに横になり、忽ち鼾声雷の如く四辺の空気を動揺させつつ、華胥の国に入る。鬼虎は不寝番の退屈紛れに雪路をノソノソと歩き出し、何時の間にやら、竜灯の松の根元に着き、ふつと気が付き、 鬼虎『あゝ此処だ此処だ、悦子姫に霊縛をかけられた古戦場だ。折から火光天を焦して竜灯の松を目蒐けて、ブーンブーンと唸りを立てて遣つて来た時の凄じさ、今思つても竦然とするワイ。あれは一体何の火だらう。人の能く言ふ鬼火では有るまいか。鬼虎が居ると思つて、鬼火の奴、握手でもせうと思ひよつたのかナア。霊魂もお肉体もあの時はビリビリのブルブルぢやつた。どうやら空の様子が可笑しいぞ、真黒けの鬼が東北の天に渦巻き始めた。今度こそ遣つて来よつた位なら、一つ奮戦激闘、正体を見届けてやらねばなるまい。是れが宣伝使の肝試しだ。オーイ、オイ、鬼火の奴、鬼虎さまの御出張だ、三五教の俄宣伝使鬼虎の命此処に在り、得体の知れぬ火玉となつて現はれ来る鬼火の命に対面せむ』 とお山の大将俺一人気取になつて、雪の中に呶鳴つて居る。忽ち一道の火光、天の一方に閃き始めた。 鬼虎『ヤア天晴々々、噂をすれば影とやら、呼ぶより譏れとは此事だ。鬼虎の言霊は、マアざつと斯くの通りぢや。一声風雲を捲き起し、一音天火を喚起す。斯うなつては天晴れ一人前のネツトプライス、チヤキチヤキの宣伝使ぢや、イザ来い来れ、天火命、此鬼虎が獅子奮迅の活動振り……イヤサ厳の雄猛び踏み健び御覧に入れむ』 言下に東北の天に現はれたる火光は、巨大なる火団となりて、中空を掠め、四辺を照し、竜灯の松目蒐けて下り来る。 鬼虎『ヨウ大分に張込みよつたな、此間の奴の事思へば、余程ネオ的だとみえる。容積に於て、光沢に於て天下一品だ……否天上一品だ。サア是れから腹帯でもシツカリ締て、捻鉢巻でも致さうかい、腹の帯が緩むとまさかの時に忍耐れぬぞよと、三五教の神様が仰有つた。サアサア鬼虎さまの肝玉が大きいか、天火の命の火の玉が大きいか、大きさ比べぢや』 火団は竜灯の松を中心に、円を描き、地上五六尺の所まで下り来り、ブーンブーンと唸りを立て、ジヤイロコンパスの様に、急速度を以てクルクルと回転し居たり。 鬼虎『ヤイヤイ火の玉、何時までも宙にぶら下がつて居るのは、チツト、ノンセンスだないか、良い加減に正体を現はし、此方さまと握手をしたらどうだい。お前は天の鬼火命、俺は地の鬼虎命だ、天地合体和合一致して、神業に参加せうではないか。是れからは火の出の守護になるのだから、貴様のやうな奴は時代に匹敵した代物だ……イヤ無くて叶はぬ人物だ。サアサア早く、天と地との障壁を打破して、開放的にならぬかい。お前と俺と互にハーモニーすれば、ドンナ事でも天下に成らざるなしだ』 火団は忽ち掻き消す如く、姿を隠しけるが、鬼虎の前に忽然として現はれた白面白衣のうら若き美女、紅の唇を開き、 女『ホヽヽヽヽ、お前は鬼虎さまか、ようマア無事で居て下さつたナア』 鬼虎『何ぢやア、見た事も無い、雪ン婆アの様な真白けの美人に化けよつて、雪に白鷺が下りた様に、白い処へ白い者、一寸見当の取れぬ代物だナア。俺を知つて居るとは一体どうした訳だ、俺は生れてから、お前の様な美人に会つた事は一度も無い、何時見て居つたのだ』 女『ホヽヽヽヽ、モウ忘れなさつたのかいなア、覚えの悪い此方の人、お前は今から五十六億七千万年のツイ昔、妾が文珠菩薩と現はれて、此切戸に些やかな家を作り、一人住居をして居つた所へ、年も二八の優姿、在原の業平朝臣の様な、綺麗な顔をして烏帽子直垂で、此処を御通り遊ばしただらう。其時に妾は物書きをして居つたが、何だか香ばしき匂ひがすると思つて、窓から覗けば、絵にある様な殿御のお姿、ホヽヽヽヽおお恥し……其一刹那に互に見合す顔と顔、お前の涼しい……彼の時の眼、何百年経つても忘られようか、妾が目の電波は直射的にお前の目に送られた。お前も亦「オウ」とも何とも言はずに、電波を返した……。あの時のローマンスをモウお前は忘れたのかいなア。エーエ変はり易きは殿御の心、桜の花ぢやないが、最早お前の心の枝から、花は嵐に打たれて散つたのかい……、アーア残念や、口惜しや、男心と秋の空、妾は神や仏に心願掛けて、やつと思ひの叶うた時は、時ならぬ顔に紅葉を散らした哩なア、オホヽヽヽ、恥しやなア』 鬼虎『さう言へば、ソンナ気もせぬでも無いやうだ。何分色男に生れたものだから、お門が広いので、スツカリ心の中からお前の記憶を磨滅して居たのだ。必ず必ず気強い男と恨めて呉れな。是れでも血も有り、涙も有る。物の哀れは百も承知、千も合点だ。サア是れから互に手に手を取かはし、死なば諸共、三途の川や死出の山、蓮の台に一蓮托生、弥勒の代までも楽みませう』 女『ホヽヽヽ、好かぬたらしいお方、誰がオ前の様な山葵卸の様な剽男野郎に心中立するものかいナ。妾は今其処に、天から下りて御座つた日の出神様にお話をしとるのだよ。良い気になつて、お前が話の横取りをして、色男気取りになつて……可笑しいワ、ホヽヽヽ』 鬼虎『エーツ何の事だ。人を馬鹿にしよるな、まるで夢のやうな話だワイ』 女『ホヽヽヽ、夢になりとも会ひたいと云ふぢやないか。妾の様な女神を掴まへて、スヰートハートせうとは、身分不相応ですよ。馬は馬連れ、牛は牛連れ、烏の女房はヤツパリ烏ぢや。此雪の降つた白い世界に烏の下りたよな黒い男を、誰がラブする物好があるものか。自惚も程々になさいませ。オツホヽヽヽ、おかしいワ……』 鬼虎『エー馬鹿にするな、俺を何と思つて居る。大江山の鬼雲彦が四天王と呼ばれたる、剛力無双のジヤンヂヤチツクのジヤンジヤ馬、鬼虎さまとは俺の事だよ。繊弱き女の分際として、暴言を吐くにも程が有る。サアもう量見ならぬ。この蠑螺の壺焼を喰つて斃ばれ』 と力限りに、ウンと斗り擲り付けたり。 悦子姫『アイタタタ…誰だイ、人が休眠みてるのに、……力一杯頭を擲ぐるとはあまりぢやありませぬか』 鬼虎『ヤア、済みませぬ。悦子姫さまで御座いましたか。ツイ別嬪に翫弄にしられた夢を見まして、力一杯擲つたと思へば、貴女で御座いましたか。ヤア誠に済まぬ事を致しました。真平御免下さいませ。決して決して、悪気でやつたのぢや御座いませぬ』 悦子姫『ホヽヽヽ、三五教に這入つても、ヤツパリ美人の事は忘れられませぬなア』 鬼虎『ヤアもう申訳も御座いませぬ。世の中に女がなくては、人間の種が絶えまする。日の出神も素盞嗚尊も、世界の英雄豪傑は、みな女から生れたのです。 故郷の穴太の少し上小口ただぼうぼうと生えし叢 とか申しまして、女位、夢に見ても気分の良い者は有りませぬワ、アハヽヽヽ』 鬼彦『ナヽ何ンぢや、夜の夜中に大きな声で笑ひよつて、良い加減に寝ぬかイ。明日が大事ぢやぞ。貴様は、……今晩私が不寝番を致します……なぞと、怪体な事をぬかすと思つて居たが、悦子姫さまの綺麗な顔を、穴の開く程覗いて居よつただらう。デレ助だなア』 鬼虎『馬鹿を言ふない。俺は職務忠実に勤める積りで居つたのに、何時の間にか、ウトウト睡魔に襲はれ、竜灯松の下へ行つて別嬪に逢うた夢を見て居つたのぢや。聖人君子でなくてはアンナ愉快な夢は見られないぞ。貴様のやうな身魂の曇つた人間は、到底アンナ夢は末代に一度だつて見られるものかい』 鬼彦『アツハヽヽヽ、その後を聞かして貰はうかい。他人の恋女に岡惚しよつて、色男気取りになつて、肱鉄を喰つた夢を見よつたのだらう。大抵ソンナものだよ、アハヽヽヽ。早く寝ぬかい、夜が明けたら又、テクつかねばならぬぞ』 此の時天の一方より、今度は真正の火団閃くよと見る間に、竜灯松を目蒐けて、唸りを立て矢を射る如く降り来り、一同の前にズドンと大音響を発し、爆発したり。火光はたちまち、花火の如く四方に散乱し、数百千の小さき火球となつて、地上二三丈許りの所を、青、赤、白、紫、各種の色に変じ、蚋の餅搗する如くに浮動飛散し始めたる。其壮観に一同魂を抜かして見惚れ居る。吁、此火光は何神の変化なりしか。 (大正一一・四・一六旧三・二〇松村真澄録)
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霊界物語 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 07 枯尾花 第七章枯尾花〔六一八〕 味方の人数も大江山魔窟ケ原に穿ちたる 岩窟の中に黒姫は五十路の坂を越え乍ら 歯さへ落ちたる秋の野の梢淋しき返り咲き 此世にアキの霜の髪コテコテ塗つた黒漆 俄作りの夕鴉カワイカワイと皺枯れた 声張り上げてウラナイの道を伝ふる空元気 天狗の鼻の高山彦を三世の夫と定めてゆ 流石女の恥かしげに顔に紅葉を散らしつつ 黒地に白粉ペツタリと生地を秘した曲津面 口喧しき燕や朝な夕なにチユウチユウと 雀百まで牡鳥を忘れかねてか婿欲しと あこがれ居たる片相手星を頂月を踏み 日にち毎日山坂を駆け廻りつつ通ひ来る 男の数は限りなく蓼喰ふ虫も好き好きと 酷い婆アの皺面に惚けて出て来る浅間しさ 広い様でも狭いは世間色は真黒黒姫の 心に叶うた高山彦のタカか鳶か知らね共 烏の婿と選まれて怪しき名に負ふ大江山 魔窟ケ原の穴覗き奥へ奥へと進み入る 一コク二コクと迫り来る三国一の花婿を 取つた祝ひの黒姫が嬉しき便りを菊若や 心頑固な岩高や人の爺を寅若の 情容赦も夏彦や富彦、常彦諸共に 飲めよ騒げの大酒宴岩屋の中は蜂の巣の 一度に破れし如くなり。 黒姫は皺苦茶だらけの垢黒い顔に、白い物をコテコテに塗り、鉄倉の上塗みた様な、真白な厚化粧、白髪は烏の濡羽色に染め、梅の花を散らした派手な襠衣を羽織り、三国一の婿の来るを、今や遅しと、太い短い首筋を細長く延ばして、蜥蜴が天井を覗いた様なスタイルで、入口の岩窟を覗き込み、年の寄つた嗄れ声に色を附け、ワザと音曲に慣れた若い声を出し、 黒姫『コレコレ夏彦、常彦、まだお客さまは見えぬかな。お前は御苦労だが、一寸そこまで迎へに往つて来て下さらぬか。由良の湊までは、フサの国から、天の鳥船に乗つてお越しなのだから、轟々と音が聞えたら、それが高山彦さまの一行だ。空に気をつけ足許にも気を付けて往て来て下さい』 夏彦『ハイハイ承知致しました。遠方の事とは云ひ乍ら、随分暇の要る事ですなア。サア常彦、お迎へに行つて来うぢやないか』 常彦『黒姫さま、今日はお芽出度う。ソンナラ往て来ませうか』 黒姫『何ぢや常彦、改まつて、お芽出度うもあつたものか。あまり年寄りが婿を貰うと思うて冷やかすものぢやない。サアサアトツトと往て来なさい』 常彦『ソンナラ、何と言つて挨拶をしたら好いのですか。今日は芽出たいのぢやありませぬか』 黒姫『芽出たいと云へば芽出たいのぢやが、ナニもう妾は、五十の坂を越えて、誰が好みて婿を貰うたりするものか。これと云ふのも、神様の教を拡げる為に、此黒姫の体を犠牲にして、天下国家の為に尽すのだよ。お芽出たうと云ふ代りに御苦労様と言ひなされ』 常彦『これはこれは五苦労の四苦労、真黒々助の黒姫様、十苦労さまで御座います』 黒姫『エーエーお前は此黒姫を馬鹿にするのかい。十苦労と云ふ事があるものか。あまりヒヨトくりなさるな』 常彦『イエ滅相な、あなたも天下の為に犠牲に御成りなさるのは五苦労さまぢや。又此常彦が三国一の婿さまを、斯う日の暮になつてから、細い山路を迎ひに行くのも、ヤツパリ五苦労さまぢや。お前さまの五苦労と私の五苦労と、日韓併合して十苦労様と云うたのですよ。アハヽヽヽ』 夏彦『常彦、行かうかい』 と、岩穴をニユツと覗き、 夏彦『ヤア占た占た、モウ行かいでも可い』 常彦『行かでも良いとは、ソラ何だい、高山彦さまが見えたのかい』 夏彦『きまつた事だ。モシモシ黒姫さま、お喜びなさいませ。偉い勢で沢山な家来を伴れて見えましたよ』 黒姫『それはそれは御苦労な事ぢや。どうぞ穴の口まで迎ひに行て下され。あまり這入り口が小さいので、行過されてはお困りだからなア』 夏彦は肩から上をニユツと出し、高山彦の一行の近付き来るを待ち居たる。 高山彦『此処は黒姫の住家と聞えたる魔窟ケ原ぢやないか。モウ誰か迎ひに来て居さうなものだに、何をして居るのだらうな』 虎若『ヤア御大将様、此魔窟ケ原は随分広い所と聞きました。何れ先方から遣つて来られませうが、何分予定とは早く着いたものですから、先方も如才なく準備はやつて居られませうが、つい遅くなつたのでせう。御馳走一つ拵へるにも斯う云ふ不便な土地、何事も三五教ぢやないが、見直し聞直し、御機嫌を直してモウ一息お進み下さいませ』 高山彦『それはさうだが、如何に黒姫、部下が無いと云つても、二十人や三十人は有りさうなものだ。三人や五人迎ひに来したつて良いぢやないか。縁談は飯炊く間にも冷ると云ふ事が有る。あまり寒いので、冷たのぢやあるまいか、ナア虎若』 虎若『トラ、ワカりませぬ。何分此通り、あちらにも此方にも雪が溜つて居りますから随分冷る事でせう。私も何だか体が寒くなつて来た。フサの国を出た時は随分暖かであつたが、空中を航行した時の寒さ、それに又此自転倒島へ着いてからの寒さと云つたら、骨身に徹えますワ』 高山彦は苦虫を喰つた様な不機嫌な顔をし乍ら、爪先上りの雪路を進み来る。雪の一面に積つた地の中から、夏彦は首丈を出して、 夏彦『コレハコレハ高山彦のお出で、サアサアお這入り下さいませ。黒姫さまが大変にお待兼で御座います。あなたも遥々と国家の為に犠牲になつて下さいまして有難う御座います』 虎若『ヤア何だ、コンナ所に首が一つ落ちて、物言つて居やがる。……ハヽア此奴ア、大江山の化州だな……オイ化州、這入れと言つても、蚯蚓ぢやあるまいし、何処から這入るのぢやい。入口が無いぢやないか。貴様の体は如何したのぢや。松露か何ぞの様に頭ばつかりで活てる筈もあるまいし、怪体な代物ぢやなア』 夏彦『黒姫さまは高山彦さまに、お惚け遊ばして首つ丈陥つて御座るが、此夏彦は首は外へ出して、体丈はまつて御座るのだ。サアサア不都合な這入口の様だが、中は立派な御座敷、用心の為にワザと入口が細うしてある。高山彦さま、どうぞお這入り下さいませ。一人づつ這入つて貰へば、何程大きな男でも引つ掛らずに這入れます』 と言ふより早く夏彦は窟内に姿を隠しける。 虎若『ヤア妙だ。見た割とは大きな洞が開いて居る。ヤア階段もついて居る。サア高山彦さま、御案内致しませう』 虎若を先頭に、高山彦は数多の従者と共に、ゾロゾロと岩窟の中に潜り入る。黒姫は此時既に奥の間に忍び込み、鏡の前で口を開けたり、目を剥いたり、鼻を摘ンで見たり、顔の整理に余念なかりける。夏彦は此場に走り来り、 夏彦『モシモシ、高山彦の御大将が見えました。どうぞ早く此方へお越し下さいませ』 黒姫『エー気の利かぬ事ぢやなア。何とか云つて、お茶でも出して、口の間で休まして置くのだよ。それまでに化粧をチヤンと整へて、型ばかりの祝言をせなくてはならぬ。菊若、岩高は何をして居るのだ。料理の用意は出来たか。お茶でも献げて世間話でもして待つて貰ふのだよ』 夏彦『今日は芽出度い婚礼、それにお茶をあげては、茶々無茶苦になりやしませぬか。今日はお水を進げたらどうでせう』 黒姫『エー茶ア茶ア言ひなさるな。茶が良いのだ。水をあげると水臭くなると可かぬから……』 夏彦『ハヽア、茶ア茶アと茶ツつく積りで、茶を呑ませと仰有るのかなア……茶、承知致しました』 黒姫『エーグヅグヅ言はずに、あちらへ行つて、高山彦様御一同のお相手になるのだよ。こつちの準備が出来たら、祝言の盃にかかる様にして置きなさい。……アーア人を使へば苦を使ふとは、能う言つたものだ。男ばつかりで、女手の無いのも……ア困つたものだ。清サン、照サンと云ふ二人の若い女は有つたけれども、これは真名井ケ原の隠れ家に置いてあるなり、斯う云ふ時に女が居らぬと便利が悪い。お酒の酌一つするにも、男ばつかりでは角ばつて面白くない。併し乍ら清サン、照サンは十人並優れた美しい女、折角貰うた婿どのを横取しられちや大変だと思つて、伴れて来なかつたが、安心な代りには便利が悪いワイ。サアサアこれで若うなつて来た。化粧と云ふものは偉いものだナア。昔から女は化物だと云ふが……われと吾手に見惚れる様になつた。如何に色男の高山彦でも、此姿を見たら飛び付くであらう。現在女の自分でさへも、自分の姿に見惚れるのだもの……ヤツパリ霊魂が良いと見える。アーア惟神霊幸倍坐世、惟神霊幸倍坐世。………コレコレ常彦……オツトドツコイ、コンナ年の寄つた婆声を出しては愛想を尽かされてはならぬ。端唄や浄瑠璃で鍛へて置いた十七八の娘の声を使はねばなるまい、……コレコレ夏彦、用意が出来たよ。これ夏彦、一寸此方へお越し』 夏彦『エツ、何だ、妙な声がするぞ。黒姫さま、何時の間にか若い照サン、清サンを引ぱつて来たと見える。アンナ別嬪を連れて来たら、婿を横取りに仕られて了うがな……』 黒姫『コレコレ夏彦サン、早う来なさらぬかいな』 夏彦『婆アと違うて、娘の声は何処ともなしに気分が好いワイ。今晩黒姫と高山彦の婆組が婚礼をする。後は照サンと夏彦サンの婚礼だ。これ丈沢山に男も居るのに、あの優しい声で夏彦サンと言ひやがるのは、余つ程思召が有ると見えるワイ。どうれ、一つ、襟でも直して、お目に掛らうかい』 目を擦り、鼻をほぜくり、唇を舐め、襟の合せ目をキチンとし、帯から袴まで検め、 夏彦『ヤアこれで天晴れ色男だ……エツヘン』 足音を変へ乍ら、稍反り返りて、色男然と澄まし顔、一間の障子をガラリと開け、 夏彦『今お呼びとめになつたのは、照サンで御座いますか、何用で御座います……』 黒姫『お前は夏彦ぢやないか。何ぢや其済ました顔は……照サンぢやないかテ…夜も昼も照サンに……照の女に現を抜かしよつて、わしの云うた事が耳へ這入らぬのか』 夏彦『それでも若い女の声がしましたもの、若い女と言へば、今の所では照サン、清サンより無いぢやありませぬか』 黒姫『照や清は真名井ケ岳の隠れ家に置いてあるぢやないか。何をとぼけて居るのぢや。黒姫が呼びたのですよ』 夏彦『ヘエー、何と若い声が出るものですな』 黒姫『きまつた事ぢや。言霊の練習がしてあるから、老爺の声でも、婆の声でも、十七八の女の声でも、赤児の声でも、鳶でも、烏でも、猫でも、鼠でも、自由自在の言霊が使へるのですよ』 夏彦『ア、ハハー、さうですか、さうすると今晩は、鼠の鳴声を聞かして貰はうと儘ですな、アハヽヽヽ』 黒姫『エーエー喧しいワイ。早うお客さまのお相手をして、それからソレ……レイの用意をするのよ』 夏彦『レイの用意だつて……何の事だか分りませぬがなア』 黒姫『レイの上にコンが付くのぢや。アタ恥しい。良い加減に気を利かしたらどうぢや』 夏彦『霜降り頭に黒ン坊を着けて、鍋墨の様な顔に白粉を附けて、華美な着物を着ると、ヤツパリ浦若い娘の様な気になつて、恥かしうなるものかいなア。恥かしい事と言つたら知らぬ黒姫ぢやと思うて居つたのに、流石は女だ。恥かしいと仰有る、アツハヽヽヽ』 其処へ常彦現はれ来り、 常彦『黒姫様、万事万端用意が整ひました。サアどうぞお越し下さいませ』 黒姫はつと立ちあがり、姿見鏡の前に、腰を揺り、尻を叩き、羽ばたきし乍ら、稍空向気味になり、すまし込み、仕舞でも舞う様な足附で、ソロリソロリと婚礼の間に進み行く。 黒姫、高山彦の結婚式は無事に終結した。三々九度の盃、神前結婚の模様等は略しておきます。 黒姫は結婚を祝する為、長袖淑やかに、自ら歌ひ自ら舞ふ。日頃鍛へし腕前、声調と云ひ、身振りと云ひ、足の辷り方、手の操り方、実に巧妙を極め、出色のものなりける。 黒姫『色は匂へど散りぬるを吾が世誰ぞ常ならむ 有為の奥山今日越えて浅き夢見しゑひもせず 昨日やきやう(京)の飛鳥川清く流れて行末は 善も悪きも浪速江の綿帽子隠したツノ国の 春の景色に紛ふなる花の容顔月の眉 年は幾つか白雲の二八の春の優姿 皺は寄つても村肝の心の色は稚桜姫 神の命の御教を朝な夕なに畏みて 仕へ奉りし甲斐ありて色香つつしむ一昔 花は紅、葉は緑手折り難きは高山彦の 空に咲きたる梅の花時節は待たにやならぬもの 天は変りて地となり地は上りて天となる さしもに高き高山彦の吾背の命の遅ざくら 手折る今日こそ芽出度けれ疳声高き高姫の 朝な夕なに口角を磨きすまして泡飛ばし 宣る言霊も水の泡アワぬ昔は兎も角も 会うた此世の嬉しさは仮令天地が変るとも 替へてはならぬ妹と背の嬉しき道の此旅出 旅は憂いもの辛いもの辛いと言つても夫婦連 凩荒ぶ山路も霜の剣を抜きかざす 浅茅ケ原も何のその夫婦手に手を取りかわし 互に睦ぶ二人仲二世の夫とは誰が言うた 五百世までも夫婦ぞと世の諺に言ふものを 坊ツチヤン育ちの緯役が世間をミヅの御霊とて 訳の分らぬ事を言ふ表は表、裏は裏 仮令雪隠の水つきと分らぬ奴が吐くとも 斯うなる上は是非もない雪隠千年万年も 浮世に浮いて瓢箪の胸の辺りに締めくくり 縁の糸をしつかりと呼吸を合して結び昆布 骨も砕けし蛸入道烏賊に世人は騒ぐとも 登り詰めたは吾恋路成就鯣の今日の宵 善いも悪いも門外漢の容喙すべき事でない 高山彦の吾夫よ千軍万馬の功を経し 苦労に苦労を重ねたるすべての道にクロトなる 此黒姫と末永く世帯駿河の富士の山 解けて嬉しき夏の雪白き肌を露はして 薫り初めたる兄の花の一度に開く楽しみは 神伊弉諾の大神が妹の命と諸共に 天の瓊矛をかき下しコヲロコヲロに掻き鳴して 山河草木百の神生み出でませし其如く 汝は左へ妾は右右と左の呼吸合せ 明かす誠に裏は無いウラナイ教の神の道 国治立の大神の開き給ひし三五の 神の教も今は早瑞の御霊の混ぜ返し 穴有り教となりにける愈是れから比治山の 峰の続きの比沼真名井豊国姫の現はれし 珍の宝座を蹂躙し誠一つのウラナイの 神の教を永久に夫婦の呼吸を合せつつ 立てねば置かぬ経の教稚桜姫の神さへも 花の色香に踏み迷ひ心を紊して散り給ふ 其古事に神習ひ此黒姫も慎みて 神の御跡を追ひまつる五十路の坂を越え乍ら 浮いた婆アと笑ふ奴世間知らずの間抜者 さはさり乍ら夏彦よ岩高彦よ常彦よ 色々話を菊若よ妾に習つて過つな 年を老つての夫持つ妾は深い因縁の 綱にからまれ是非もなく神の御為国の為 ウラナイ教の御為に心にもなき夫を持つ 陽気浮気で黒姫がコンナ騒ぎをするものか 直日に見直し聞直し善言美詞に宣り直し 必ず悪口言ふでない後になつたら皆判明る 神の奥には奥が有る其又奥には奥がある 昔の昔のさる昔マ一つ昔のまだ昔 まだも昔の大昔神の定めた因縁の 魂と魂との真釣り合ひ晴れて扇の末広く 仰げよ仰げ神心心一つの持ちやうで 此黒姫の言ふ事は善に見えたり又悪に 見えて居るかも知れないが身魂の曇つた人間が 心驕ぶりツベコベと構ひ立てをばするでない 総て細工は流々ぢや仕上げた所を見てお呉れ 身魂の因縁性来の大根本の根本を 知つたる神は外に無い日の出神の生宮と 定まりきつた高姫や永らく海の底の国 お住居なされた竜宮の乙姫さまの肉の宮 此黒姫と唯二人要らぬ屁理屈言はぬもの 心も清きモチヅキの音に耳をば澄ましつつ 三五の月の清らかな心の鏡をみがきあげ ウラナイ教の御仕組何も言はずに見て御座れ 今は言ふべき時でない言はぬは云ふに弥勝る 高山彦や黒姫の婚礼したのも理由がある 人間心で因縁がどうして分らう筈はない 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも此因縁は人の身の 窺ひ知らるる事でない今に五六七の世が来れば 唯一厘の神界の仕組をあけて見せてやる それ迄喧しう言ふでない口を慎み、ギユツと締め 瑞の御霊にとぼけたる訳の分らぬ人民は 高山彦や黒姫の此結婚を彼此と 口を極めて誹るだらう譏らば誹れ、言はば言へ 妾の心は神ぞ知る神の御為国の為 お道の為に黒姫が尽す誠を逸早く 世界の者に知らせたい吁、惟神々々 御霊幸倍ましませよアヽ、惟神々々 そろうて酒をば飲むがヨイヨイヨイヨイトサア ヨイトサノサツサ』 黒姫は調子に乗つて踊り狂ひ、汗をタラタラ流し、白粉をはがし、顔一面縄暖簾を下げたる如くなりにける。高山彦は立ちあがり、祝歌を唄ふ。 高山彦『フサの都に生れ出で浮世の風に揉まれつつ 妻子を捨てて遥々とウラナイ教の大元の 北山村に来て見れば鼻高々と高姫が 天地の道理を説き聞かす支離滅裂の繰言を 厭な事ぢやと耳押へ三日四日と経つ内に 腹の虫奴が何時の間かグレツと変つてウラナイの 神の教が面白く聞けば聴く程味が出る 牛に牽かれて善光寺爺サン婆サンが参る様に 何時の間にやらウラナイの教の擒と成り果てて 朝な夕なの水垢離蛙の様な行をして 嬉し嬉しの日を送る盲聾の集まりし ウラナイ教の大元は目あき一人の高山彦が 天津空より降り来し天女の様に敬はれ 持て囃されて高姫の鋭き眼鏡に叶うたか 抜擢されて黒姫が夫となれとの御託宣 断りするも何とやら枯木に花も咲くためし 地獄の上を飛ぶ様に胆力据ゑて高姫に 承知の旨を答ふれば高姫さまも雀躍りし これで妾も安心と数多の家来を差しまわし み空を翔ける磐船を数多準備ひフサの国ゆ 唸りを立てて中空に思ひがけなき高上り 高山彦や低山の空を掠めて渡り来る 大海原の島々も数多越えつつ悠々と 風に揺られて下り来る由良の湊の広野原 イヨイヨ無事に着陸し虎若富彦伴ひて 大江の山を探りつつ魔窟ケ原に来て見れば 見渡す限り銀世界妻の住家は何処ぞと 眼白黒黒姫の岩戸を守る夏彦が 首から先を突出してヤア婿さまか婿さまか 黒姫さまのお待兼ね遠慮は要らぬサア早く お這入りなされと先に立ち頭を隠して段階 ヒヨコリヒヨコリと下り行く虎若、富彦先に立ち 高山彦を伴なひて内はホラホラ岩窟に 潜りて見れば此は如何に名は黒姫と聞きつれど 聞きしに違ふ白い顔夢に牡丹餅食た様な 嬉しき契の今日の宵年は二八か二九からぬ 姿優しき此ナイス幾久しくも末永く 鴛鴦の衾の睦び合ひ浮きつ沈みつ世を渡る 今日の結縁ぞ楽しけれ月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも高山彦と黒姫の 妹背の中は何時までもいや常永に変らざれ 八洲の国は広くとも女の数は多くとも 女房にするは唯一人神の結びし此縁 睦び親しむ玉椿八千代の春を迎へつつ ウラナイ教の神の憲四方の国々宣り伝へ 神政成就の神業に仕へ奉りて麗しき 尊き御代を弥勒の世弥勒三会の暁の 鐘は鳴るとも破れるとも二人の中は変らまじ あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と謡つて、大きな図体をドスンとおろした其機会に、盃も、徳利も、一二尺飛び上り、俄に舞踏を演じ、思はぬ余興を添へにける。夏彦は、くの字に曲つた腰を、三つ四つ握り拳にて打ち乍ら、土盃を右手に捧げ、オツチヨコチヨイのチヨイ腰になつて、自ら謡ひ、自ら踊り始めける。 夏彦『アヽ芽出たい芽出たいお芽出たい年は老つても色の道 忘れられぬと見えまする娘や孫のある中に 田舎の雪隠の水漬かババアが浮いてうき散らし 顔に白粉コテコテと雀のお宿のお婆アさま 高い山から雄ン鳥を言葉巧に誘て来て 言ふな言ふなと吾々の舌切雀のお芽出たさ 夜さりも昼もチヨンチヨンと皺のよつたる機を織る ハタの見る目は堪らない雀百までをンどりを 忘れぬ例は聞いて居る私も男のはしぢやもの 相手が欲しい欲しいわいナ恋路に迷うと云ふ事は 可愛い男に米辵かけた事ぢやげな 図蟹が泡を福の神恵比須大黒ニコニコと 腹を抱へて踊り出す弁天さまの真似をして 顔コテコテと撫塗り立て月が重なりや布袋腹 膨れて困るは目のあたりそれでも私は黙つてる 長い頭の寿老人さま高山彦を婿に持ち まるビシヤモンを叩き付け上を下への大戦 大洪水に流されて天変地妖の大騒動 黒白も分かぬ暗の夜に思はぬ地震が揺るであろ 地震雷火の車変れば変る世の中ぢや 娘や孫のある人が烏の婿に鷹を取り 目を光らして是からは天が下なる有象無象を 何の容赦も荒鷹の勢猛き山の神 苦労重なる黒姫の行末こそはお芽出たい あゝなつかしや夏彦の夢寐にも忘れぬ照さまは どうして御座るか比治山の黒姫さまの隠家に 肱を枕に寝て御座ろアヽなつかしやなつかしや 高山彦や黒姫の今日の慶事を見るにつけ 心にかかるは照さまの比治山峠の独寝ぢや コンナ所を見せられて羨なり涙がポロポロと 私は零れて来たわいナアヽ惟神々々 ホンに叶はぬ事ぢやわい叶はぬ時の神頼み 比沼の真名井の神さまに一つ願ひを掛けて見よう ウラナイ教に入つてより早十年になるけれど 神の教の信徒は女に眼呉れなよと 高姫さまや黒姫の何時も厳しきお警告 それに何ぞや今日は又黒姫さまが身を扮装し 天女の様に化けかはり返り咲きとは何の事 黒姫さまが口癖に裏と表がある教 奥の奥には奥があると言うて居たのは此事か 俺はあンまり神さまに呆けて居つて馬鹿を見た 馬鹿正直の夏彦もこれから心を改悪し 今まで堪へた恋の道土手を切らしてやつて見る サア常彦よ岩高よ何時も話を菊若の 若い奴等は俺の後を慕うて出て来ひ比治山の 照さま、清さま潜む家に肱鉄砲を覚悟して 訪ねて行かうサア行かう高山彦や黒姫の 今日の結婚済みたなら私はお暇を頂かう グヅグヅしてると年が老る若い盛りは二度とない 皺苦茶爺イになつてから如何に女房を探しても 適当な奴は有りはせぬ時遅れては一大事 花の盛りの吾々は今から心を取直し 女房持つて潔く体主霊従の有丈を 尽して暮すが一生の各自の得ぢやトツクリと 思案定めて行かうかいのサアサ往かうではないかいナ ドツコイシヨウドツコイシヨウウントコドツコイ黒姫さま ヤツトコドツコイ高山彦の長い頭のゲホウさま ドツコイシヨのドツコイシヨ』 と自暴自棄になつて、一生懸命に不平を漏らし躍り狂ふ。常彦、岩高、菊若も、夏彦の唄に同意を表し、杯を投げ、燗徳利を破り、什器を踏み砕き、酔にまぎらし乱痴気騒ぎに其夜を徹かしけるが、流石の黒姫も結婚の祝ひの夜とて一言もツブやかず、夏彦等が乱暴をなす儘に任せ居たりける。 明くれば正月二十七日、黒姫は、高山彦其他の面々を一間に招き、比沼の真名井の豊国姫が出現場なる、瑞の宝座を占領せむことを提議し、満場一致可決の結果、猫も杓子も脛腰の立つ者全部を引連れ、高山彦は駒に跨り、真名井ケ原指して驀地に進撃し、茲に正月二十八日の大攻撃を開始し、青彦、加米彦が言霊に、散々な目に会ひ散り散りバラバラに、再び魔窟ケ原の岩窟に引返し、第二の作戦計画に着手したりける。嗚呼、黒姫一派は如何なる手段を以て、真名井ケ原の聖場を占領せむとするにや。 (大正一一・四・二二旧三・二六松村真澄録)