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番号
(No.)
書籍 内容
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(153)
ひふみ神示 5_地つ巻 第16帖 神が臣民の心の中に宝いけておいたのに、悪にまけて汚して仕まうて、それで不足申してゐることに気づかんか。一にも金、二にも金と申して、人が難儀しようがわれさへよけらよいと申してゐるでないか。それはまだよいのぞ、神の面かぶりて口先ばかりで神さま神さまてんしさま てんしさまと申したり、頭下げたりしてゐるが、こんな臣民一人もいらんぞ、いざと云ふときは尻に帆かけて逃げ出す者ばかりぞ、犬猫は正直でよいぞ、こんな臣民は今度は気の毒ながらお出直しぞ、神の申したこと一分一厘ちがはんのざぞ、その通りになるのざぞ。うへに唾きすればその顔に落ちるのざぞ、時節ほど結構なこわいものないぞ、時節来たぞ、あはてずに急いで下されよ。世界中うなるぞ。陸が海となるところあるぞ。今に病神の仕組にかかりてゐる臣民苦しむ時近づいたぞ、病はやるぞ、この病は見当とれん病ぞ、病になりてゐても、人も分らねばわれも分らん病ぞ、今に重くなりて来ると分りて来るが、その時では間に合はん、手おくれぞ。この方の神示よく腹に入れて病追ひ出せよ、早うせねばフニャフニャ腰になりて四ツん這ひで這ひ廻らなならんことになると申してあらうがな、神の入れものわやにしてゐるぞ。九月二十三日、ひつ九のか三。
2

(252)
ひふみ神示 8_磐戸の巻 第16帖 世の元からの生神が揃うて現はれたら、皆腰ぬかして、目パチクリさして、もの云へん様になるのざぞ。 神徳貰うた臣民でないと中々越せん峠ざぞ、神徳はいくらでも背負ひきれん迄にやるぞ、大き器もちて御座れよ、掃除した大きいれものいくらでも持ちて御座れよ、神界にはビクともしぬ仕組出来てゐるのざから安心して御用つとめてくれよ。今度はマコトの神の力でないと何も出来はせんぞと申してあろが、日本の国は小さいが天と地との神力強い、神のマコトの元の国であるぞ。洗濯と申すのは何事によらん、人間心すてて仕舞て、智恵や学に頼らずに、神の申すこと一つもうたがはず生れ赤子の心のうぶ心になりて、神の教守ることぞ。ミタマ磨きと申すのは、神からさづかってゐるミタマの命令に従ふて、肉体心すてて了ふて、神の申す通りそむかん様にすることぞ。学や智を力と頼むうちはミタマは磨けんのざ。学越えた学、智越えた智は、神の学、神の智ざと云ふこと判らんか、今度の岩戸開きはミタマから、根本からかへてゆくのざから、中々であるぞ、天災や戦ばかりでは中々らちあかんぞ、根本の改めざぞ。小さいこと思ふてゐると判らんことになると申してあろがな、この道理よく肚に入れて下されよ、今度は上中下三段にわけてあるミタマの因縁によって、それぞれに目鼻つけて、悪も改心さして、善も改心さしての岩戸開きざから、根本からつくりかへるよりは何れだけ六ヶ敷いか、大層な骨折りざぞよ。叱るばかりでは改心出来んから喜ばして改心さすことも守護神にありてはあるのざぞ、聞き分けよい守護神殿少ないぞ、聞き分けよい悪の神、早く改心するぞ、聞き分け悪き善の守護神あるぞ。この道の役員は昔からの因縁によってミタマ調べて引寄せて御用さしてあるのざ、めったに見当くるわんぞ、神が綱かけたら中々はなさんぞ、逃げられるならば逃げてみよれ、くるくる廻って又始めからお出直しで御用せなならん様になって来るぞ。ミタマ磨け出したら病神などドンドン逃げ出すぞ。出雲の神様大切申せと知らしてあること忘れるなよ。子の歳真中にして前後十年が正念場、世の立替へは水と火とざぞ。ひつじの三月三日、五月五日は結構な日ぞ。一月十四日、の一二のか三。
3

(269)
ひふみ神示 9_キの巻 第12帖 みぐるしき霊には みぐるしきもの写るぞ、それが病の元ぞ、みぐるしき者に、みぐるしきタマあたるぞ、それで早う洗濯掃除と申してくどう気付けておいたのぞ。神のためしもあるなれど、所々にみせしめしてあるぞ、早う改心して呉れよ、それが天地への孝行であるぞ、てんし様への忠義であるぞ、鎮魂には神示読みて聞かせよ、三回、五回、七回、三十回、五十回、七十回で始めはよいぞ、それで判らぬ様なればお出直しで御座る。三月十五日、ひつぐの神。
4

(344)
ひふみ神示 13_雨の巻 第10帖 天の岩戸開いて地の岩戸開きにかかりてゐるのざぞ、我一力では何事も成就せんぞ、手引き合ってやりて下されと申してあること忘れるでないぞ。霊肉共に岩戸開くのであるから、実地の大峠の愈々となったらもう堪忍して呉れと何んな臣民も申すぞ、人民には実地に目に物見せねば得心せぬし、実地に見せてからでは助かる臣民少ないし神も閉口ぞ。ひどい所程身魂に借銭あるのぢゃぞ、身魂の悪き事してゐる国程厳しき戒め致すのであるぞ。 五と五と申してあるが五と五では力出ぬし、四と六、六と四、三と七、七と三ではカス出るしカス出さねば力出んし、それで神は掃除許りしてゐるのざぞ、神の臣民それで神洲清潔する民であるぞ、キが元と申してあるが、キが餓死すると肉体餓死するぞ、キ息吹けば肉息吹くぞ、神の子は神のキ頂いてゐるのざから食ふ物無くなっても死にはせんぞ、キ大きく持てよと申してあるが、キは幾らでも大きく結構に自由になる結構な神のキざぞ。臣民利巧なくなれば神のキ入るぞ、神の息通ふぞ、凝りかたまると凝りになって動き取れんから苦しいのざぞ、馬鹿正直ならんと申してあろがな、三千年余りで身魂の改め致して因縁だけの事は否でも応でも致さすのであるから、今度の御用は此の神示読まいでは三千世界のことであるから、何処探しても人民の力では見当取れんと申してあろがな、何処探しても判りはせんのざぞ、人民の頭で幾ら考へても智しぼっても学ありても判らんのぢゃ。ちょこら判る様な仕組ならこんなに苦労致さんぞ、神々様さえ判らん仕組と知らしてあろが、何より改心第一ぞと気付けてあろが、神示肚にはいれば未来見え透くのざぞ。此の地も月と同じであるから、人民の心其の儘に写るのであるから、人民の心悪くなれば悪くなるのざぞ、善くなれば善くなるのぞ。理屈悪と申してあろが、悪の終りは共食ぢゃ、共食ひして共倒れ、理屈が理屈と悪が悪と共倒れになるのが神の仕組ぢゃ、と判ってゐながら何うにもならん事に今に世界がなって来るのざ、逆に逆にと出て来るのぢゃ、何故そうなって来るか判らんのか、神示読めよ。オロシヤの悪神の仕組人民には一人も判ってゐないのざぞ。神にはよう判っての今度の仕組であるから仕上げ見て下されよ、此の方に任せておきなされ、一切心配なく此の方の申す様にしておりて見なされ、大舟に乗って居なされ、光の岸に見事つけて喜ばしてやるぞ、何処に居ても助けてやるぞ。雨の神、風の神、地震の神、荒ノ神、岩の神様に祈りなされよ、世の元からの生き通しの生神様拝がみなされよ。日月の民を練りに練り大和魂の種にするのであるぞ、日月の民とは日本人許りでないぞ、大和魂とは神の魂ぞ、大和の魂ぞ、まつりの魂ぞ、取違ひせん様に気付けおくぞ。でかけのみなとは九九ぢゃぞ、皆に知らしてやりて下されよ、幾ら道進んでゐても後戻りぢゃ、此の神示が出発点ぞ、出直して神示から出て下されよ、我張りてやる気ならやりて見よれ、九分九分九厘で鼻ポキンぞ、泣き泣き恥ずかしい思いしてお出直しで御座るから気付けてゐるのぢゃ、足あげて顔の色変へる時近付いたぞ。世建替へて広き光の世と致すのぢゃ、光の世とは光なき世であるぞ、此の方の元へ引寄せて目の前に楽な道と辛い道と作ってあるのぢゃ、気付けてゐて下されよ、何ちらに行くつもりぢゃ。十一月二十七日、一二
5

(348)
ひふみ神示 13_雨の巻 第14帖 一番尊い所一番落してあるのぢゃ、此の事判りて来て天晴れ世界唸るのぢゃ、落した上に落してもう落す所無い様にして上下引繰り返るのぢゃ、引繰り返すのでないぞ、引繰り返るのぢゃぞ、此の事間違へるでないぞ。此の道難しい道でないぞ、欲はなれて、命はなれてなる様にしておりて下されたらそれでよいのぢゃ。今が神国の初めぞ、今までのことすっかり用ひられんのに未だ今迄の事云ふて今迄の様な事考えてゐるが、それが盲聾ざぞ、今迄の事自慢すると鼻ポキンぞ、皆鼻ポキン許りぢゃなあ。まだまだ俘虜になる者沢山あるなれど、今度の俘虜まだまだぞ、何れ元に帰って来るから、元に帰って又盛り返して来るなれど、またまた繰り返すぞ、次に又捕へられる者出て来るのざぞ、次はひどいのざぞ、是も因縁ざぞ。神の国は誰が見ても、どう考へても、二度と立ち上がられん、人民皆外国につく様になって、此の方の申した事、神示に書かした事、皆嘘ざと申す所まで世が落ちてしまうてから始めて神力現れるのざぞ、人民臣民早合点して御座るが九分九分九厘と申してあろがな、事務所作らいでもよいぞ、事務所作るのは表の仕組ぞ、裏の御用事務所禁物ぞ、それぞれの役員殿の住むとこ皆それぞれの事務所でないか、よく相談してやりて下され、段々判りて来るぞ。表と裏とあななひぞ、あななひの道と申してあろ、引寄せる身魂は、天で一度改めて引寄せるのであるぞ、今お役に立たん様に臣民の目から、役員の目から見えても袖にするでないぞ、地でも改めしてまだまだ曇り取らなならんぞ、磨けば皆結構な身魂許りぢゃぞ、人民の肚さへたら天もさへるぞ、心鎮もれば天も鎮もるぞ、神勇むぞ。我はぢっと奥に鎮めて表面には気も出されんぞ、我の無い様な事では、我で失敗た此の方の御用出来ないのざぞ、毒にも薬にもならん人民草木にかへしてしまふぞ。此の神示無闇に見せるでないぞ、神示は出ませんと申せよと申してある事忘れるでないぞ。天の規則千でやる事になってゐるのざぞ、今度規則破りたら暗い所へ落ち込んで末代浮ばれんきつい事になるのざから、神くどう気付けておくぞ。次に世に出る番頭殿まだ神なきものにして御座るから一寸先も判らんぞ、先判らずに人間の勝手な政治して世は治まらん道理ぢゃぞ、三日天下でお出直しぞ、その次もその次も又お出直しぢゃ、此の神示よく見てこの先何うなる、其の先どうなると云ふ事、神はどんな事計画しておいでますと云ふ事判らいで政治ないぞ、すればする程悪うなるぞ、神にはこうなる事判って呑んでゐるのざから、何んなことあっても心配ないなれど、それでは臣民可哀想なから、此の神示ウタにして印刷して世によき様にして皆に知らしてやれよ、表の集団でよいぞ、神は天からも地からも日も夜も九十で知らしてゐるのに、九十聞く身魂ないから、九十きく御身曇りてゐるから、人民は判らんなれど、余り判らんでは通らんぞ、早う洗濯掃除せよと申してゐるのざ。人の十倍も今の仕事して其の上で神の御用するのが洗濯ぞ、掃除ぞと申して知らした事忘れたか、地に足つけよと申した事判らんのか、百姓になれ、大工になれと申した事判らんのか、の地もあるぞ、天の百姓、大工もあるのざぞ。善と悪と小さく臣民分けるから判らんのざぞ、大きく目ひらけよ。松食せよ、松おせば判らん病直るのぢゃぞ、松心となれよ、何時も変らん松の翠の松心、松の御国の御民幸あれ。十二月十八日、ひつ九のかみ。
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(363)
ひふみ神示 14_風の巻 第12帖 日本の人民餌食にしてやり通すと、悪の神申してゐる声人民には聞こへんのか。よほどしっかりと腹帯締めおいて下されよ。神には何もかも仕組てあるから、心配ないぞ。改心出来ねば気の毒にするより方法ないなれど、待てるだけ待ってゐるぞ、月の大神様が水の御守護、日の大神様が火の御守護、お土つくり固めたのは、 大国 常立の 大神様。この御三体の 大神様、三日この世構ひなさらねば、此の世、くにゃくにゃぞ。実地を世界一度に見せて、世界の人民一度に改心さすぞ。五十になっても六十になっても、いろは、一二三から手習ひさすぞ。出来ねばお出直しぞ。慢心、早合点大怪我のもと、今の人民、血が走り過ぎてゐるぞ、気付けおくぞ。二月十六日、ひつ九のか三。
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(526)
ひふみ神示 24_黄金の巻 第15帖 人から見てあれならばと云ふやうになれば、この方の光出るぢゃ。行出来ねばお出直し、お出直し多いなあ。独断役には立たんぞ。イワトびらきの九分九厘でひっくり返り、又九分九厘でひっくり返る。天明九十六才七ヵ月、ひらく。かのととり。一二十
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(584)
ひふみ神示 24_黄金の巻 第73帖 四十八柱、四十九柱、それぞれの血筋の者引き寄せておいて、その中から磨けた者ばかり選り抜く仕組。磨けん者代りのミタマいくらでもあるぞ。お出直し出直し。世界が二分ぢゃなあ。もの見るのは額でみなされ。ピンと来るぞ。額の判断間違ひなし。額の目に見の誤りなし。霊界には時間、空間は無いと申してゐるが、無いのでないぞ。違って現はれるから無いのと同様であるぞ。あるのであるぞ。悪の霊はミゾオチに集まり、頑張るぞ。こがねの巻は百帖ぞ。こがねしろがね とりどりに出るのぢゃ。あわてるでないぞ。十二月二十七日一二十
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(680)
ひふみ神示 27_春の巻 第23帖 順と区別さへ心得て居れば、何様を拝んでもよいと申してあろうが。日の神様ばかりに囚われると判らんことになるぞ。気付けおくぞ。それでは理にならん。父だけ拝んで母拝まんのは親不孝ぞ。おかげないぞ。おかげあったらヨコシマのおかげと心得よ。手だけ尊んではいかん。足だけ尊んでもいかん。一切に向って感謝せよと申してあろうが。門もくぐらず玄関も通らずに奥座敷には行かれん道理。順序を馬鹿にしてはならんぞ。いつ迄門に立っていても何もならん、お出直しぢゃ。川がなければ水流れん道理。始はカタふんで行かなならんぞ。ひつくの神二月三日
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(716)
ひふみ神示 27_春の巻 第59帖 一足飛びには行かん。一歩々々と申してあろう。一度に神様を知りたいと申してもさうは行かん。一年生からぢゃ。出直し出直し。子供に大学のことは判らん。十貫の荷物はかつげん道理。進むには、それ相当の苦労と努力いるぞ。あぐらかいて、ふところ手してゐては出来ん。時もいるぞ。金もいるぞ。汗もいるぞ。血もいるぞ。涙もいるぞ。よいもの程値が高い。今を元とし自分をもととして善ぢゃ悪ぢゃと申してはならん。よき人民苦しみ、悪い人民楽している。神も仏もないのぢゃと申してゐるが、それは人民の近目ぞ。一方的の見方ぞ。長い目で見よと申してあろうが。永遠のことわりわきまへよと申してあろうが。支払い窓は金くれるところ、預け口は金とるところ。同じ銀行でも部分的には、逆さのことしてゐるでないか。全体と永遠を見ねばものごとは判らんぞ。よく心得よ。二月十五日、日月神
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(1314)
霊界物語 06_巳_大洪水/国生み神生み/三五教の誕生 43 猫の手 第四三章猫の手〔二九三〕 遠音に響く暮の鐘五月の空の木下闇 空に一声時鳥黒白も分ぬ夜の旅 ローマに通ふ広道別の貴の命の宣伝使 心にかかる故郷の空振り返り降る雨の 雲路を別の宣伝使東を指して進み行く 血を吐く思ひの杜鵑闇で暗せよ暫くは やがて三五の月の顔元照別の司の在す ローマの都も近付きて東の空に茜さし 変る変ると啼き渡る明けの烏の右左 頭上に高く飛び交ひて旅の疲を労るか その啼声も五月雨に湿り勝なる明の空 かあいかあいと鳴き渡る今日は珍し雨雲の 帳を開けて天津日の長閑な影を地に投げて 前途を照す如くなり前途を照らす日の神の 恵みの露に村肝の心の空も晴れ渡る 渡る浮世に鬼は無し鬼や大蛇や狼の 勢猛く荒れ狂ふローマの空も久方の 天津御神や国津神撞の御柱大御神 神の御かげを頼りとし寄せくる曲を言向けて 美し神世を経緯の綾と錦の機を織る 唐紅の紅葉の朝日夕日に照り栄ゆる 色にも擬ふ埴安の彦の命や埴安の 姫の命の織りませる百機千機の御教は 天の河原を中にして栲機姫や千々姫の 心も清き稚桜姫の神の命の御心ぞ 三五の月の御教を残る隈なく天が下 四方の国々布いて行く心の色ぞ美しき 心の花ぞ馨しき。 降りみ降らずみ雲に包まれたる五月雨の空も、今日は珍しくも天津日の神は、東天に円き温顔を現はし、下界に焦熱き光輝を投げ給ひける。 二人の宣伝使は、ホツと息吐きながら宣伝歌を謡ひつつ、ローマを指して膝栗毛に鞭うち進み行く。ここはローマの町外れの二三十軒ばかり小さき家の立ち列ぶ御年村といふ小村なりける。 村の若者五六人、路傍に蓑を敷き腰うち掛けながら、雑談に耽り居る。田植時の最中と見えて、町外れの田舎の田園には、蓑笠の甲冑を取りよろひ、手覆、脚絆の小手脛当、三々五々隊伍を整へ、節面白く田歌を唄ひながら、田植に余念なき有様なり。 見渡す限り、牛や馬の田を鋤く影、老若男女の右往左往に活動する有様は、実に猫の手も人の手といふ農家の激戦場裡ともいふべき光景なりける。 甲『アヽ斯うして夜も昼も碌に眠ることもできず、汗水垂らして働いて田は植ゑて居るものの、また去年のやうに大水が出て流されて了ふのぢやなからうかな。二年も三年もあんなことが続いては、百姓もたまつたものぢやない。俺はそんなこと思ふと腕が倦うなつて、手に持つ鍬も、ほろが泣いて落ちさうだ。百姓は実業だなんていふ者があるけれど、百姓ぐらゐ当にならぬものは無いぢやないか。せつかく暑いのに草を除り肥料を施り、立派な稲ができたと思へば、浮塵子がわく。肝腎の収穫時になると、目的物の米は穫れず藁ばつかりだ。本当に草喜びとは此のことぢやないか。それも自分の田地なら未だしもだが、穫つた米はみな野槌の神さまの所へ納めねばならず、納めた後は、後に残るものは藁と籾の滓ばつかりだ。アーア火を引いて灰残る。灰引いて火残る。さつぱり勘定が合はぬ。蚯蚓切りの蛙飛ばしも厭になつちまつた、割切れたものぢやない。四捨五入も六七面倒くさい約らぬものだ。ローマの都の奴は、暑いの涼しいのと云ひよつて左団扇を使つて、「呑めよ騒げよ一寸先は暗よ」なんて気楽さうに田の中の蛙のやうに、ガヤガヤ吐かして一汗も絞らずに、俺らの作つた米を喰ひよつて、米が美味いの味無いの、あらが高いの低いのと、小言八百垂れよつてな。おまけに垂れた糞まで俺らに掃除をさせよつて、土百姓、土百姓と口汚く、口からごふたくを垂れるのだ。誰だつてこんなこと思ふと、本当にごふが湧かア。これが何ともないやうな奴は、洟たれの屁古たれの、弱たれの馬鹿たれの、ばばたれの……』 乙『オイ、貴様もよく垂れる奴ぢやね。さう小言を垂れるものぢやない。誰もみな因縁ぢやと諦めて辛抱しとるのぢや。土百姓が都会の人間になつて、じつとして、うまい商売をして都会の人の真似をしようたつて、智慧がないから駄目だ。お玉杓子は、小さいときは鯰に似て居るが、チーイと日が経つて大きくなりよると、手が生え足が生えて蛙になつて了ふ。どうしても蛙の子は蛙だ。そんな下らぬ馬鹿を垂れるより精出して、糞でも垂れたが利益だよ。肥料になとなるからな。どうせ貴様たちは米を糞にする製糞器だ。人間は米を食つては糞にし、糞を稲にやつては米を作り、その米をまた食つては糞にし、糞が米になつたり、米が糞になつたり、互に因果の廻り合ひの世の中だ。これでも一遍芝を被つて出直してくると、都会の奴のやうな結構な生活をするやうになるのだ』 丙『さうか、そりや面白い。よい事を聞かして呉れた』 と言ひながら、大鍬を握るより早く路傍の芝草を起して頭に被つて、 丙『オイ、芝を被つて出直してきた。その後はどうしたら都会の人のやうになるのだ。教へてくれぬか』 乙『馬鹿、芝を被るといふ事は死ぬといふ事だ』 丙『死ぬのが芝を被るつて合点が往かぬぢやないか』 乙『マアー、そんな事はどうでもよい。この百姓の忙しい、猫の手も人の手といふ時に雑談どころじやない。先のことは心配するない。人間は今日の務めを今日すればよい。明日の天気を雨にしようたつて、日和にしようたつて人間様の自由になるものぢやない。みんな神様の為さるままだ。この間も三五教とかの宣伝使とやらが出てきてな、百姓を集めて六ケ敷い説教をしてゐたよ。その中にたつた一言感心したことがある。吾々土百姓はその心で無ければ、今日の日が務まらぬ。流石は宣伝使だ、偉いことを言ふよ』 甲『どんな事を言つたい』 乙『天機洩らす可らず。また雨が降ると困るからな。早苗饗休みに、ゆつくりと聞かしてやらう』 甲『一口ぐらゐ今言つたつて仕事の邪魔にもならないぢやないか。一寸先の知れぬ弱い人間のざまで、早苗饗の休みもあつたものかい。物いふ間も無常の風とやらが俺らの身辺をつけ狙うとるのぢや。その風が何処からともなしに、スツと吹いたが最後、寂滅為楽頓生菩提だ。いちやつかさずに言つてくれ。後生のためだ』 乙『ほんなら言うたらう。俺は宣伝使だぞ』 甲『にはか宣伝使様、蚯蚓飛ばしの蛙切り、糞垂れのはな垂れ、頤ばつかり達者で百姓を嫌うて一寸も宣伝使だ……』 乙『要らぬことを垂れない、はな垂れ奴。抑も三五教の教理は皇祖教だ』 甲『皇祖教つて何だい、そんな事を吐かすと、それそれ警察から不礼罪として訴へられるぞ』 乙『マア先まで聞けい。 この餓鬼は蚯蚓かあんこか虱か蚤か今日も明日もと糞垂れるなり』 甲『馬鹿、何吐かすのだい。貴様聞き損ねよつて、矢張り蛙切りの伜は蛙切りだ。困つたものだね。俺が云ふてやらう。ヱヘン。 この秋は水か嵐か知らねども今日のつとめに田草とるなり 明日の事はどうでもよい。今日の事は今日せいと宣伝使が吐かすのだ。頼りない宣伝使だ。俺はもう厭になつてしまつた。アーア、また一汗絞らうかい』 と甲は立ち上つた。つづいて四五の若者も蓑笠を身に纏ひ、水田の中へバサバサと這入つて了つた。 『神が表に現はれて善と悪とを立てわける』 と大声に呼ばはりながら、二人の宣伝使が此方に向ひ進みくる。 (大正一一・一・二四旧大正一〇・一二・二七外山豊二録)
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霊界物語 11_戌_コーカス山の大気津姫退治 03 死生観 第三章死生観〔四七〇〕 冴え渡る音楽の声、馥郁たる花の香りに包まれて、忽ち時公は精神恍惚とし、天を仰いで声する方を眺めてゐる。 梅か桜か桃の花か、翩翻として麗しき花瓣は雪の如くに降つて来る。香はますます馨しく、音楽はいよいよ冴え、神に入り妙に徹する斗りなり。 東彦(本当は高彦)『オー、時さま、目の帳は上つただらう、耳の蓋は取れたであらう。鼻も活返つたであらう』 時公『ヤアー、豁然として蓮の花の一度にパツと開いたごとき心持になりました』 東彦(本当は高彦)『是でも私を化物と思ふか』 時公『化物は化物だが、一寸良い方の化物ですなア。是丈では時公もトント合点が行きませぬが、最前貴方のおつしやつた、私の何万年とやら前に生て居つたとか云ふ、その訳を聞かして下さい』 東彦(本当は高彦)『今度は真面目に聞きなさい。人間と云ふものは、神様の水火から生れたものだ。神様は万劫末代生通しだ。その神様の分霊が人間となるのだ。さうして、肉体は人間の容れ物だ。この肉体は神の宮であつて、人間ではないのだ。人間はこの肉体を使つて、神の御子たる働きをせなくてはならぬ。肉体には栄枯盛衰があつて、何時迄も花の盛りで居ることは出来ぬ。されどもその本体は生替り死替り、つまり肉体を新しうして、それに這入り、古くなつて用に立たなくなれば、また出直して新しい身体に宿つて来るのだ。人間が死ぬといふことは、別に憂ふべき事でも何でもない。ただ墓場を越えて、もう一つ向ふの新しい肉体へ入れ替ると云ふ事だ。元来神には生死の区別がない、その分霊を享けた人間もまた同様である。死すると云ふ事を、今の人間は非常に厭な事のやうに思ふが、人間の本体としては何ともない事だ』 時公『さうすれば、私は何万年前から生て居つたと云ふ事が、自分に分りさうなものだのにチツとも分りませぬ。貴方のおつしやる通りなら、前の世には何と云ふ者に生れ、何処にどうして居つて、どういう手続きで生れて来たと云ふ事を覚えて居りさうなものです。さうしてそんな結構な事なれば、なぜ今はの際まで、死ぬと云ふことが厭なやうな気がするのでせうか』 東彦(本当は高彦)『そこが神様の有難いところだ。お前が前の世では、かう云う事をして来た、霊界でこンな結構なことがあつたと云ふ事を記憶して居らうものなら、アヽアヽ、こんな辛い戦ひの世の中に居るよりも、元の霊界へ早く帰りたい、死んだがましだと云ふ気になつて、人生の本分を尽す事が出来ない。総て人間が此世へ肉体を備へて来たのは、神様の或使命を果す為に来たのである。死ぬのが惜いと云ふ心があるのは、つまり一日でもこの世に長く居つて、一つでも余計に神様の御用を勤めさせる為に、死を恐れる精神を与へられて居るのだ。実際の事を云へば、現界よりも霊界の方が、いくら楽いか面白いか分つたものでない、いづれ千年先になれば、お前も私も霊界へ這入つて「ヤア、東彦様」「ヤア時様か」「どうして居つた」「お前は何時死んだのか」「さうだつたかね、ホンニホンニ何時やら死んだやうに思ふなア」ナント云つて互に笑ふ事があるのだ』 時公『アヽそンなものですか。そんなら私の様に、この様に長生をして罪を作るより、罪を作らん中に、早く死ンだ方が却つて幸福ですなア』 東彦(本当は高彦)『サア、さう云ふ気になるから、霊界の事を聞かすことが出来ぬのだ。この世ほど結構なとこは無い。一日でも長生をしたいと思うて、その間に人間と生れた本分を尽し、一つでも善いことを為し、神様の為に御用を勤めて、もう是でよいから霊界へ帰れと、天使の御迎ひがある迄は、勝手気儘にこの世を去る事は出来ぬ。何ほど自分から死に度いと思つても、神が御許しなければ死ぬ事は出来ぬものだ』 時公『一つ尋ねますが、私が子供の時は、西も東も知らなかつた。昔から生通しの神の霊魂であるとすれば、子供の時から、もう少し何も彼も分つて居りさうなものだのに、段々と教へられて、追々に智慧がついて来たやうに思ひます。是は一体どう云ふ訳ですか』 東彦(本当は高彦)『子供の肉体は虚弱だから、それに応ずる程度の魂が宿るのだ。全部本人の霊魂が肉体に移つて働くのは、一人前の身体になつた上の事だ。それ迄は少し宛生れ替るのだ』 時公『さうすると人間の本尊は十月も腹に居つて、それから、あと二十年もせぬと、スツカリと生れ替る事が出来ぬのですか』 東彦(本当は高彦)『マアそンなものだ。併し何ほど霊界が結構だと云つても、人生の使命を果さず、悪い事を云うたり、悪ばかりを働いて死んだら、決して元の結構な処へは帰る事は出来ぬ。それこそ根の国底の国の、無限の責苦を受るのだ。それだから此生の間に、一つでも善い事をせなくてはならぬ』 時公『大分に分りました。一遍に教へて貰うと、忘れますから、又少し宛小出しをして下さい』 東彦(本当は高彦)『サア、行かう、夜の旅は却つて面白いものだ』 時公『エー、終日荒野を歩いて、夜迄も歩くとは、チツト勉強が過ぎはしませぬか。日輪様でも夜さりは黒幕を下してお休みだのに、それは余りです』 東彦(本当は高彦)『夜の旅と云ふ事は寝る事だ。サア、憩うと云ふ事は休むと云ふ事だ、アハヽヽヽヽ。また今晩も茅の褥に肱枕、雲の蒲団でお寝みだ。神の恵の露の御恩を感謝する為に、神言を奏上し、宣伝歌を歌つて寝む事としよう』 時公『新しい宣伝歌は根つから存じませぬ。何でも宜しいか』 東彦(本当は高彦)『先づ私から宣伝歌を唱へるから、お前はお前の言霊に任して歌ふのだ』 と云ひ乍ら東彦は直に立て、 東彦(本当は高彦)『天と地とは永久に陰と陽との生通し 神の水火より生れたる人は神の子神の宮 生くるも死ぬるも同じ事是をば物に譬ふれば 神の世界は故郷の恋しき親のゐます家 此世に生まれた人生は露の褥の草枕 旅に出たる旅人のクス野を辿るが如くなり 辿り辿りて黄昏にいづれの家か求めつつ 是に宿りし其時は此世を去りし時ぞかし 一夜の宿を立ち出て又もや旅をなす時は 又人間と生れ来て神の働きなす時ぞ 生れて一日働いて死んで一夜を又休む 死ぬと云ふのは人の世の果には非ず生魂の 重荷下して休む時神の御前に遊ぶ時 栄えの花の開く時歓喜充てる時ぞかし 又もや神の命令に神世の宿を立出て 再び人生の旅をする旅は憂いもの辛いもの 辛い中にも亦一つ都に至る限りなき 歓喜の花は咲き匂ふ神の御子たる人の身は 生れて死んで又生れ死んで生れて又生れ 死んで生れて又生れどこどこ迄も限りなく 堅磐常盤に栄え行く常磐の松の美し世の 五六七の神の太柱玉の礎搗き固め 高天原に千木高く宮居を造る働きは 神の御子たる人の身の勤めの中の勤めなり 嗚呼頼もしき人の旅嗚呼頼もしき人の身の 人は神の子神の宮神と人とは生替り 死に替りして永久に五六七の世迄栄え行く 五六七の世迄栄え行く』 時公『ヤア、面白い面白い、有難い有難い』 東彦(本当は高彦)『分つたか』 時公『ハイ、今度は根つから葉つからよう分りました』 東彦(本当は高彦)『分つた様な、分らぬ様な答だなア』 時公『分つた様で分らぬ様なのが神の道、人生の行路です。この先にどんな化物が出るか貴方分つてますか』 東彦(本当は高彦)『困つた奴だなア』 時公『奥歯に物のコマツタやうな、困らぬ様な事を云ふ奴だ。アハヽヽヽヽ』 東彦(本当は高彦)『サア、時公、貴様の宣伝歌を聞かう』 時公『災多い世の中にヒヨイト生れた時公の 胸はトキトキ時の間も死ぬのは恐い怖ろしい どうしてこの世に何時までも死なず老ずに居られよかと 朝な夕なに案じたが三五教の宣伝使 石凝姥や梅ケ香の姫の命がやつて来て 穴無い教と云ふ故にコイツアー死なでもよいワイと 思つて居たら東彦人はこの世に生れ来て 墓に行くのが目的と聞いたる時の吃驚は 矢張り墓の穴有教と力も何も落ち果てた 一つ目小僧が現れて一つの穴へ時公を 連れて行かうと云うた時アナ怖ろしやアナ恐や 案内も知らぬ田圃道草押し分けて来て見れば 又も一つの化物が茅の芒の間から ヌツと立ちたる恐ろしさコイツも矢つ張り化物と 一目見るより鉄の杖振つて見せたらヤイ待てと 掛けたる声は魔か人か将た化物か何だろと 胸もドキドキ十木公が狽へ騒ぐ折からに サツト吹き来る木枯の風より太い唸り声 虎狼か獅子鬼か地獄の底を行く様な 厭な気持になつた時天の恵か地の恩か 耳爽かな音楽は聞えて花の雨が降り 心の空も一時にパツと開いた花蓮 コイツアー誠の人間と覚つた時の嬉しさは 生ても忘れぬ死んだとて是が忘れてよからうか どうぞ一生死なぬ様と頼む神さま仏さま 妙見さまもチヨロ臭いウラルの山の法螺吹嶽に 止り玉ふ天狗さまに一つお願ひ掛巻も 畏き神の御利益で人の生死ぬ有様を 聞いたる時の嬉しさよ斯うなるからは何時にても 死んでもかまはぬ時さまのヤツト覚つた虎の巻 嬉しい嬉しい有難いドツコイドツコイドツコイシヨ』 東彦(本当は高彦)『アハヽヽヽヽ、オイ時公、ソンナ宣伝歌があるか。宣り直せ宣り直せ』 時公『宣り直したいとは思へども、生憎旅のこととて肝腎要の女房を、連れて来て居らぬので……』 東彦(本当は高彦)『馬鹿ツ』 時公『馬鹿とはどうです。宣り直したり、宣り直したり』 東彦(本当は高彦)『宣り直せとは抜け目の無い男だなア』 夜は深々と更け渡る。烈しき野分に二人は笠を被つて心持よく寝に就きける。 (大正一一・二・二八旧二・二岩田久太郎録)
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霊界物語 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) 08 泥の川 第八章泥の川〔五五八〕 果しも知れぬ枯野原、神の恵も嵐吹く、濁り切りたる川の辺に、二人は漸く着きにける。 弥『ヤ、何だい、又もや幽界へ逆転旅行だな、オウ此処は三途の川だ。勝公、ナンデもこの辺に俺のなじみの頗る別嬪が、楽隠居をやつて居る筈だがナア』 勝『弥次彦サン、此処はどうやら娑婆気の離れた処のやうですなア、小鹿峠を暴風に梳づり、突貫の最中何だか気が変になつたと思つたが最後、局面忽ち一変して草茫々たる枯野原になつて居る、別に飛行機に乗つた覚えもないのに、何時の間にコンナ処に来ただらう、哲学者たら云ふ奴の好く云ふ夢中遊行でも遣つたのぢやあるまいか。誰か催眠術の上手な奴を連れて来て、早く覚醒でもさして呉れないと、まかり間違へば幽界旅行となるかも知れないなア』 弥『知れないも何もあつたものか、正に幽界旅行だ、此処は三途の川の渡場だよ』 勝『それにしては、婆アが居らぬじやないか』 弥『この頃は物価騰貴で収支償はぬと見えて、廃業しよつたのだらうよ、それよりもマア俺の昔なじみの別嬪が囲つて在るのだ、それに面会さして遣らうかい』 勝『貴様は何処までも弥次式だな、処もあらうに怪態の悪い、三途の川の傍に妾宅を構へると云ふ事があるものかい』 弥『それでも向ふが妾宅したのだから仕方がないさ。新月の眉濃やかに、緑したたる眼の光り、鼻の恰好から口の恰好、ホンノリとした桃色の頬、それはそれは何ともかとも云へぬ逸品だよ』 勝『ヨウ、ソンナ逸品があるのか、俺にもいつぴん見せて呉れぬかい』 弥『洒落ない、これから千騎一騎だよ、青、黒、赤、白、橄欖、種々雑多の百鬼千鬼万鬼と格闘をせなければならないのだ。アハヽヽヽヽ』 勝『何者が現はれ来るとも、神変不可思議の言霊の武器を使用すれば大丈夫だ、夫よりも早くその逸品とやらを、御高覧に供へ奉らぬかい』 弥『よしよし驚くな、随分別嬪だぞ、一度お顔を拝んだが最後、万劫末代五六七の代までも忘れることの出来ないやうな、すごい様な恐ろしい別嬪だ。一寸俺に随いて来い、それ其処に見越しの松といふ小ちんまりとした、妾宅があると思つたのは夢だ、茅葺の雪隠小屋のやうな中に、今頃はビイビイチヨンだ』 勝『怪体な言を云ふぢやないか、何がビイビイチヨンだい』 弥次彦は藁小屋の戸の隙より一寸覗いて、 弥『ヤー御機嫌だなア、また遣つて来ました、オツトドツコイ女房の脱衣場のお婆アサン、二世の夫天下一品の色黒い男、弥次彦サンだ、早う戸を開けぬかい』 藁小屋の中より、 婆『エーエーまた来たのか、よう踏み迷ふて来る餓鬼だな、この川は一遍渡つたら渡る事の出来ぬ三途の川だのに、何しに娑婆から冥土に踏み迷ふて来るのだい、娑婆の幽霊奴が』 弥『コラコラ夫婦と云ふものは、ソンナ水臭いものぢやないぞ、三途の川と云ふからは三度までは、渡るのは当り前だ。飯でも一日に三度は食はねばその日が暮れぬのだ、娑婆の幽霊とはそれや何をぬかしよるのだい』 婆『お前は娑婆の幽霊だよ、幽霊会社に首を突き出したり、幽霊株を振り廻したり、これやちつと有利得の株だと云へば、欲の皮を突つ張つて、身魂を汚し、女房子供に苦労をさせ、世間の奴に迷惑をかけ、どうして娑婆に立つて行けやうかなぞと、腰から足の無い奴の様に、藻掻きよつて宙ぶらりの影の薄い代物だ。娑婆の幽霊と云ふたのが何が不思議だい。幽冥界には貴様のやうな亡者は一人も居らないぞ、学亡者の親方奴が』 弥『コリヤ婆ア、それや何ぬかしよるのだ、女房が老爺をぼろ糞に言ふと云ふ事があるものか、貞操と云ふ事を知つて居るか、不貞腐れ婆奴が』 婆『不貞腐とは何だ、女ばかりが不貞腐れぢやない、男の奴にも沢山不貞腐れがあるぢやないか。貴様は何だ、娑婆に居つて彼方へ小便ひつかけ、此方へ糞をひつかけ、隣の嬶をチョロマカシ、近所の娘を誑かし、嬶アが古くなつたと云つては、博労が馬か牛を入れ替する様に、人間を畜生か機械の様な扱をしよつて、不貞腐れの張本奴が。この婆は斯う見えても地獄開設以来、この川端で規則を守つて職務忠実に勤めて居るのぢや、貴様のやうに月給が高いの安いの、此処は辛度いの楽だのと、猫の目のやうにクレクレと変りよつて落着きのない我楽多人間とは、チート訳が違ふのだよ。又しても又しても、この婆に厄介をかけよつて、モウ好い加減に退却せい、貴様の来るのはモチツト早いワ。此処へ来るのは、娑婆の罪を亡ぼした奴の来る所だ。貴様は罪悪の借金を沢山積んで居るから、モツトモツト苦しい目をしてから出て来るのだ。罪悪の借金を娑婆へ残して、コンナ処へ逃げて来るとは、余り狡いぢやないか、薄志弱行にも程があるワ、この三途の川はドンナ所だと思つて居るか、貴様の身魂を洗濯する所かい、天で言へば天の安河も同様な処ぢやぞ』 弥『エー八釜敷い、口の好い嬶だ、女賢しうて牛売りそこなふと云ふ事がある、折角夫婦になつてやつたが、今日限り三くだり半をやるから覚悟せい、夫婦喧嘩は犬でも喰はぬと云ふが、この弥次彦サンはソンナ執着心のある男ぢやないぞ』 婆『誰が弥次彦の女房になると云つたか、貴様が勝手に此前に踏み迷ふて来た時に、わしの名は弥次彦だから、お前の老爺彦だと言ひよつて、自分一人できめたのでないか、正式結婚でもなけりや、自由結婚でもない、貴様の方は何ほど縁談を申込んでも、此方の方から真平御免だ、肱鉄だ。この広い幽冥世界に貴様の女房になる奴は、半人でも四半人でも在ると思ふか、余り自惚するない、罪悪に満ちた娑婆でさへも、愛想をつかされた結果、コンナ結構な地獄に出て来よつて、女房ぢやの、ヘツたくれぢやのと、何を劫託云ふのぢや、此処に釘抜きがあるから、舌でも抜いてやらうかい』 弥『コラ古婆、それや何を吐しよるのだ、貴様は世間見ずだから、ソンナ馬鹿な事を言ふのだ。廿四世紀の今日に、原始時代のやうな、古い頭を持つてゐるから判らぬのだ、今日の娑婆を何と考へて居る、天国浄土の完成時代だ。中空を翔ける飛行機飛行船はすでに廃物となり、天の羽衣と云ふ精巧無比の機械が発明され、汽車は宙を走つて一時間に五百哩といふ速力だ、蓮華の花は所狭きまで咲き乱れ、何ともかとも知れない黄金世界が現出して居るのだ。それに貴様は開闢の昔から涎掛を沢山首にかけて道端にチヨコナンと、番卒の役を勤めて居る奴の様に、コンナちつぽけな雪隠小屋に焦附きよつて、娑婆が何うだの斯うだのと云ふ資格があるか、廿四世紀の兄サンだぞ』 婆『さうかいやい、それほど娑婆が結構なら、なぜ娑婆に居つて苦業をせぬのかい、ナンボ開けたと言つても、日輪様が二つも三つも出てをる筈もなからう、何時も何時も満月許りと云ふ訳にも行くまい、五十六億七千万年の昔から変らぬものは誠許りだ。どうだ貴様は物質的の欲望とか、文明とか云ふ奴に眩惑されよつて、視力を失つたのだらう、資力がなくては娑婆に居つたとて、会社の一つも立ちはせぬぞ、株券買ふと云つたつて、株の一枚も買へはしまい、貴様は二十四世紀だと云ふて威張つて居るが、十五万年ほど昔の過去となつて居るのが分らないか、今は一万八千世紀だぞ、古い奴だなア』 弥『オイ婆アサン、一寸待つて呉れ、俺は紀元前五十万年の昔に、娑婆に現はれて大活動を続け、ついたつた今、小鹿峠を宣伝歌を謳つて通つた様に思ふが、何だ、それから十万年も暮れたとは、一寸合点が行かぬワイ』 婆『光陰は矢の如しだと、十八世紀の豆人間が吐き居つたが、光陰の立つのはソンナ遅いものぢやない、ヂヤイロコンパスが一分間に八千回転を廻る様に、世の中は貴様の様な分らぬ奴には頓着なしに、ドシドシと進行して行くのだ。貴様も罪の決算期が来るまで、まア一度娑婆へ帰つて、苦労をして来るが可からうぞ。一時でも早く帰つて民衆運動でもやつて、ポリスの御厄介にでもなつて来い、さうせないと貴様の罪は重いから、この三途の川を渡るが最後石仏を放り込んだ様にブルブルとも何とも言はずに寂滅為楽だよ』 弥『オツト待つた、一旦亡者になつたものが、また川へはまつて、寂滅為楽と云ふ事があつてたまるかい、訳の分らぬ婆だなア』 婆『貴様は分らぬ訳だ、娑婆の奴は二重転売と吐かして、一遍売りよつて二度売つたり仕様もない六〇六号の御厄介にならねばならぬ様な腐れ女に、涎を垂らしながら揚句の果てには二次会とか三次会とか吐かして騒ぐぢやないか。それさへあるに一夫一婦の天則を破り、第一夫人第二夫人だの、第一妾宅だの第二第三、何々妾宅だのと洒落よつて、体主霊従のありつ丈けを尽して居る虫けらの如うな人間許りだらう。現界の事は直に幽界に写るのだ、一遍死んだ位ぢや死太い身魂が、仲々改心いたさぬから今一遍出直し、それでも改心せずば三遍四遍と何遍でも焼き滅すのだ。貴様は娑婆で廿世紀頃に始まつた三五教の教を聞いてゐるだらう、改心をいたさねば何遍でも、身魂を焼いて遣るぞよと云ふことがあるだらう、今の娑婆の奴は一度死んだら、二度は死なないと、多寡をくくつて居やがるが、一度あつた事は、二度も三度もあるものだぞ、何遍でも死なねばならないぞ』 弥『ヤア、文明の風がコンナ所まで吹いて来よつて、婆の奴この前に旅行した時とは、よほど娑婆気のある事を吐かしよる、かうして見ると時代の力は偉いものだ、幽界までも支配すると見えるワイ』 婆『それや何を幽界、貴様は小鹿峠を通る時に、一方の男の間抜面を見込んで、肩を組み合せ、屁の如うな風に吹き散らされよつて、冥土の道連れに勝公を幽界に誘拐して来よつた奴だ、愚図々々ぬかさずと、もう一遍甦生りて一苦労して来い。まだまだ地獄に出て来る丈け資格が具備して居ないワ、孰れ一度や二度はこの川を渡る丈けの権利は、登記簿にチヤンと附けて、確に保留して置いてやるワ、どうだ嬉しいか』 弥『エヽ、ツベコベと能う吐かす婆ぢやないか、碌な事は一寸も言ひよらぬワイ。道理ぢや、老婆心で吐かすことだから、これもあまり誅究するのは可愛想だ。オイオイ勝公、貴様は何故沈黙を守つて居るのだ、チツト位砲門を開いて砲撃をやつたらどうだい、敵は間近く押寄せたりだ、なにほど堅牢な船だと云つたつて艦齢の過ぎた老朽艦のしかもたつた一隻だよ』 勝『オイ弥次公、場所柄を弁へぬかい、何と云ふたつて此処へ来たらお婆サンの勢力範囲だ、従順に服従するより仕方がないじやないか、魚心あれば水心だ、なアお婆アサン、なんぼ悪道なお役だと言つても矢張血もあり涙もあるだらう、この弥次公は御存じの通り生れつきの弥次的一片の男ですから、お気にさえられず神直日、大直日に見直し聞直して、許してやつて下さいませ』 婆『何と云つてもこの男はこれだから………今度から、先の地獄にやりたいのだけれども、閻魔サマから、何の為めに貴様は、川番をして居つたのぢや、コンナヤンチヤを通過さすと云ふ事があるものか、何で娑婆へ追返さないのかと、免職を喰ふか分らない。サヽ一時も早く尻引つからげて足許の明るい内にいんだりいんだり』 弥『アハヽヽヽ、とうとう婆の奴、本音を吹きよつたな、ヤア面白い面白い、エーこの三途の川をばサンばサンと向ふに渡つて、青黒白赤と種々雑多の鬼共を、片つ端から鷲掴、香物桶の中にブチ込んで、上からグツと千引岩のおもしをかけ味噌漬にして、朝夕の副食物にしてやるのだ、娑婆に居たつて堅パンを一つか三つばかりパクついて、甘いの味ないのと言ふて居るよりも、温く温くの鬼味噌漬だ、稀代の珍味佳肴だ、吾々の前途は有望だ、オツトドツコイ幽霊だ、サアババサン緩りと、水の流れを見て暮シヤンセ、人間は老少不定だ、必ず達者にして暮せよ、アハヽヽヽヽ』 婆『エーエ八釜敷いワイ、渡ろと云ふたつて渡しては遣らないぞ』 弥『何、渡さむと仰有つても渡しは渡しの考へで此渡しを渡つて見せますワイ、渡しの御神徳を川の端から指を食へて見て居て下さいや、お婆アサン左様なら』 婆『オツト待つた待つた、待てと申せば待つたが好からうぞ』 弥『何を吐しよるのだい、春先になるとそろそろ逆上しよつて、三途の川の婆奴、三途のない奴だ、然しながら此川は大変濁つて居るぢやないか、この前に旅行した時とは天地の相違だ』 婆『定つた事よ、娑婆の奴が毎日、日にち汚い事ばつかりしやがつて、結構な水神の御守護遊ばす溝川へ、糞滓、小便を垂流して、一等旅館だの、特等旅館だとか吐いて、そこら中を糞まぶれに汚すなり、サツカリンの這入つた腐つた酒を、ガブガブ飲みよつて肺臓を痛め、そこら中に血を吐き散らすものだから、雨が降る度に皆この三途の川に流れ込むのだ、それだからこの通り川が濁つてしもうのだ、この川の中には貴様の糞も小便も交つて居るワイ、一杯喉が乾いたら飲んだらどうだい』 弥『何を吐かしよるのだ、コンナ物が飲めるかいやい、ソンナ事を聞くとこの川を渡るのが嫌になつて来た、婆の云ふ通イヤだけど、再び娑婆へ引返さうかな』 婆『お前達は糞や小便や血や啖のこの川が汚いのか、お前の身体は何だ、糞よりも小便よりも、鼻啖よりも、もつと穢苦しいぞ、糞の身体が糞水に浸つて糞水を飲むのが、それが、何が汚いのぢや、共飲みぢや遠慮はいらぬ、貴様の物を、貴様が飲むのぢやないかい』 弥『これは怪しからぬ、共食共飲みとは天地の神様に大違反の罪悪だ、人が人を喰ひ、猫が猫を食ふと云ふ事があつて耐らうかい』 婆『吐かすな吐かすな、貴様は親の脛を噛ぢつて食い足らないで、山を飲み家を飲み、まだ喰ひ足らずに蔵を喰ひよつて、揚句の果には可愛い子まで鬼の様に売つて喰ふて、それでもまだ足らいで友達を食ひ、世間のおとなしい人間の汗や脂を搾つて舐ぶり、餓鬼のやうな奴ぢや、余り大きい顔して頬げたを叩くものぢやないぞ』 弥『ヤアこの婆仲々ヒラけてゐよるワイ、一寸談せる奴だ』 勝『定つた事よ、毎日日にち世界中のいはゆる文明亡者が、此処を通過するのだから、門前の雀経を読むとか云ふてな、聞き覚え見覚えて居るのだ、貴様は小学校出、俺は赤門出のチヤーチヤー大先生だと吹きよつたが、このお婆アサンは赤門どころか、よつぽど黒門だ。早稲田大学出身の大博士だ、洋行婆アサンだぞ、うつかりして居ると赤門先生赤恥を掻いてアフンと致さねばならぬぞよ』 弥『コラ、カカ勝公、横槍を入れない、尋常学校の落第生奴が』 勝『今の学校を卒業したつて何になるのだ、碌でもない事ばつかり教へられよつて、尋常の間が本当の教育だ、それ以上になると薩張り四足身魂の教育だ、余り学者振るな、学者の覇の利いた時代は廿世紀の初頭だ、二十四世紀になつて居るのに学のナンノと、学が聞いてあきれるワ』 弥『それでも矢張り形式を踏まねば、ナンボ二十四世紀だとてあまり買手がないぞ、赤門出と云へばアカンモンでも威張つて直に買手が付くし、卒業早々立派な会社の予約済みに成れるのだ』 勝『まるで人間を貨物と間違へてゐる世の中だから仕方がないワイ、時世時節の力には神もかなはぬと仰有るのだから、俺も時勢に逆行する様な、馬鹿でないからまア一寸此処らで切上げて置かうかい。なア赤門先生』 弥『何と云つたつて赤門出は貨物だらうが、物品だらうが、価が好いから、仕様がないワ、この婆アサンのやうに何程大学を卒業したつて、黒門(苦労者)出で何ぼ立派でも使ひ手がないのだ、それだからカンカ不遇で何時も川端柳を見てクヨクヨと、脱衣婆の境遇に甘んぜねばならないのだよ。アヽ私はどうして赤門に這入らなかつたらう、鈍なアカンモンでも赤門出なればドント出世は出来るが、私は又どうして黒門(苦労者)になつただらうといくら悔んでも後の祭りだ、何時の世にも蔓と云ふものをたぐらねば出世は出来はしないぞ。あの芋を見よ、蔓にぶら下つてなつて居るのぢや、それだから游泳術の上手な奴をみんな芋蔓と云ふのだよ』 勝『エヽ訳の分らぬ事を云ふな、まるで薩摩の芋屁でも放つた様な臭い臭い理窟を伸べよつて鼻持ちがならぬワイ。ヤアお婆アサン、長らく御面倒いたしました、末長う宜しうお頼み申します、オツトドツコイ三途の川のお婆アサンにお頼みするやうでは、六な事ぢやない、末長うお頼み申しませぬワ、アハヽヽヽ』 婆『ア、さうださうだ、私の厄介になるやうな奴は、どうで碌な奴ぢやないワ、それよりもお前の連の与太や六が心配をして目を爛らして探して居る。早く帰つてやりなさいよ』 弥『オーさうだつた、ウツカリ婆アサンとの外交談判に貴重な光陰を夢中になつて消費して居つたものだから、二人の奴、俺の記憶から消滅して仕舞つて居つた、消滅地獄に落ちたやうだ。今頃はさぞ心身を焦がして居るであらう程に、もうしもうし勝五郎サンエ、勝チヤンえ、此処らあたりは山家故、オツトドツコイ川べり故、嘸寒かつたで御座んしようなア[※浄瑠璃の『箱根霊験躄仇討』のシャレ。]』 勝『オイしつかりせぬかい、此処は箱根山ぢやないぞ、俺を躄と間違へて貰つては迷惑千万だ』 婆『ヤレこの障子開けまいぞ開けまいぞ、そも三浦が帰りしとは坂本の城に帰りしか、よも此処へのめのめと迷ふて出て来る弥次彦ぢやあるまい、そりや人違ひ、若し又それが諚なれば、コーカス山、アーメニヤ分け目の大事の戦ひに参加もせずに戻つて来る不届者この茅屋根の家は婆が城廓、その臆れた魂でこの藁戸一重破らるるならサヽヽ破つて見よと[※浄瑠璃の『鎌倉三代記』の「三浦別の段」のシャレ。]』 弥『百筋千筋の理を分けて、引つかづいたるあばらやの内、チヤンチヤンぢや』 勝『ハハアそのお言葉を忘れねばこそ、故郷を出て今日まで一度の便りも致さねど、お命も危しと聞くより風に吹き飛ばされ、玉は碎け胸は痛み、眼眩んで三五の道を忘れし不調法、真平御免下されかし、いで戦場へ駆向ひ、華々しき功名して、コーカス山におつつけ凱陣仕らむ』 弥『アハヽヽヽヽヽ』 婆『オホヽヽヽヽ、もう御しばいだよ』 (大正一一・三・二四旧二・二六谷村真友録)
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(1723)
霊界物語 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 12 大当違 第一二章大当違〔六四〇〕 月傾いて山を慕ひ人老て妄りに道を説くとかや 弥仙の山の麓なる賤が伏家の豊彦は 三五教の宣伝使悦子の姫の一行に 娘のお玉を助けられ世にも優れし初孫の 顔を眺めて老夫婦蝶よ花よと労はりつ 神の教を説き諭す此事四方に何時となく 風のまにまに伝はりて於与岐の郷の爺さまは 弥仙の山と諸共に其名も高くなりにける 老若男女は絡繹と蟻の甘きに集ふが如く 豊彦老爺の教示をば神の如くに敬ひて 昼は終日夜は終夜救ひを求めて詣り来る。 中に目立つて三人の大男、宣伝使の服を着けながら、 男『御免なさいませ。私は富彦、寅若、菊若と申す者、此度弥仙山のお宮に参拝を致し、神勅に依りて承はれば、此山麓の一つ家に豊彦と云ふ方現はれ、誠の教を伝ふる故、汝等三人は帰路に立寄り、彼れ豊彦をウラナイ教に誘ひ帰れ、娘のお玉及び今度生れた玉照姫を本山に迎ひ帰れ……との、有り有りとの御神示、神様のお言葉は疑はれずと、弥仙の山麓を彼方此方と探す内、道行く人に承はれば於与岐の森の彼方の一つ家こそ、豊彦さまの住宅と聞いた故、御神勅により出張仕りました』 と門口に立つた儘呶鳴つて居る。幸ひ今日は参詣者もなく、老夫婦と娘、孫の四人、弥仙の神霊を祀りたる霊前に、拝跪黙祷する最中であつた。豊彦は拝礼を終へ、門口近く進み来り、 豊彦『どなたか知らぬが、門口に何か尋ぬる人が有るらしい、何れの方か、先づ戸を開けてお這入りなされませ』 寅若『ハイ有難う』 と斜交になつた雨戸をガラリと開け、 寅若『ヤア随分立派な家だなア……オイ富彦、菊若、這入れ、……汚い家に不似合な綺麗な娘さまが御座るなア、下水に咲いた杜若と云はうか、谷底の山桜、これはどつか良い所へ植替へたならば、随分立派な者になるだろう』 豊彦『コレコレお前さまの仰有る通りムサ苦しい茅屋なれど、これでも私の唯一の休養場ぢや、……あまり失礼ぢやありませぬか』 と足音荒く、破れ畳を威喝し乍ら、上り口に下りて来て、ジロジロと三人の顔を睨みつけて居る。 寅若『ヤアこれはお爺さま、誠に失言を致しました。決して悪く申したのぢや御座いませぬ。少しも飾りのない、正直正銘な、心に映じた儘を申上げたのだから、お悪く思つて下さいますな、歪みかかつた家を、立派な家だと云つた方が却つて嘲弄した事になりませう。お多福を掴まへて、お前は別嬪だと言へば、お多福は馬鹿にしたと言つて怒る様なもので、兎も角も神の道に仕へて居る者は、チツとも斟酌とか巧言とかが有りませぬ、お気に障りましたら、どうぞ宥して下さいませ』 豊彦『ソレヤお前の言ふ通りぢやが、併し碌に挨拶もせないで、イキナリ吾々の住宅を非難すると云ふのは、あまり此方も気の良いものぢやない。お前も宣伝使だと仰有つたが、斯う云うたら人が感情を害するか、害せないか位は分りさうなものだなア』 寅若『只今申したのは決して寅若では有りませぬ。弥仙山に鎮まります大神の眷属、寅若天狗が言つたのです。天狗と云ふ奴は世に落ちぶれて、神様の下働きばつかりやつて居ますから、行儀も無ければ、作法も知らず、酒呑みの極道天狗もあり、どうぞお赦し下さいませ。何分身魂が研け過ぎて居るものだから、感じ易うて直に憑られて困ります、アハヽヽヽ』 豊彦『さうして御神勅の趣はどう云ふ事だ、早く聞かして貰ひませう』 寅若『御存じの通り、私はあまり素直な身魂で、種々の神が憑依致しますから、余程審神をせねばなりませぬが、此富彦と云ふ宣伝使は、それはそれは立派な者で御座います。実は富彦に御神勅が有つたのです。サア富彦さま、御神勅の次第をお爺さまにお知らせなされ』 富彦、両手を組み、威丈高になり、 富彦『コヽヽ此方は、弥仙山に守護致す木花咲耶姫であるぞよ。此度汝が家に、木花姫の御霊、玉照姫を遣はしたのは、深き仕組の有る事ぢや、何事も皆神からさせられて居るのだから、吾子であつて、吾子ではないぞよ。体内に宿つて十ケ月目に生れ出でたる此玉照姫は、神のお役に立てる為に、昔から因縁の身魂を探して、其方が娘に御用をさせたのであるぞよ。サア是れからは其玉照姫を神の御用に立てるが良いぞよ。神の申す事を諾かねば諾く様に致して諾かしてやるぞよ。返答はどうぢや、豊彦、承はらう』 豊彦、平気な顔でニタリと笑ひ、三人の顔をギヨロギヨロ眺め、 豊彦『ハヽヽヽヽ、お前達、巧妙い事を行りますなア。田舎の老爺ぢやと思うて、一杯欺けようと企んで来ても、斯う見えても此爺はナカナカ、酢でも蒟蒻でも行く奴ぢやない。お前達とは役者が七八枚も上だから、其手は喰ひませぬワイ、アツハヽヽヽ、なる程人間の子は十月で生れるだらうが、此方の子はそんな仕入とはチツと種が違ふのだ。神さまもタヨリ無いものだなア。実際お前様に大神が懸つて仕組まれたのならば、此玉照姫は何時宿つて、何ケ月目に分娩したか、又何と云ふ方が取上げて下さつたか分つて居る筈だ。サアそれを聞かして下さい』 富彦、汗をタラタラ出し、真青な顔をして、 富彦『ヤア大神と云つたのは実は眷属だ。……ケヽヽ眷属はモウ引取る。今度は本当の大神様がお憑りなさるから、御無礼を致してはならぬぞ。ウーム』 と言つた限り、パタリと倒れ、又もや手を振つて、姿勢を直し、 富彦『今度こそは真正の神だ。頭が高い、下れ下れ下り居らう……』 豊彦『ヘン、又かいな、どうで碌な神ぢやあるまい。大方羽の無い天狗か、尾の無い狐なんかだらう。随分此暑いのに、そんな芸当を無報酬でやつて見せて下さるのも大抵ぢやない。あんたは慈悲心の深い人ぢや、其点丈は此爺も大いに感謝する。今朝も二三人参つて来よつたが、お前の様な野天狗憑がやつて来て、法螺を吹くの吹かんのつて、随分面白かつた。お前もウラナイ教の宣伝使なら、モ一つ修業をなされ。其様な事で衆生済度なぞとは、思ひも寄りませぬぞい』 富彦『大神に向つて無礼千万な、其方は此神を嘲弄致すか。量見ならぬぞ』 豊彦『ハヽヽヽヽ、此方から量見ならぬ。サア一つ審神してやらう。……娘のお玉の妊娠の日は何時ぢや。何ケ月孕んで居つた、ハツキリ云うて見よ。十月位で出来た様な普通の粗製濫造品とはチツと違ふのだ。特別神界から念に念を入れて、鍛錬に鍛錬を加へ調製された玉照姫だよ。サアサア当てて御覧なさい』 富彦『十二ケ月だ。間違ひなからう。此お玉は牛の綱を跨げたに依つて、十二ケ月掛つたのぢや。どうぢや恐れ入つたか』 豊彦『アハヽヽヽ、これ富彦さんとやら、良い加減に、そんな芸当はお止めなさい。随分エライ汗だ』 富彦『大神は折角結構な事を言うて聞かしてやらうと思ひ、因縁の身魂に憑つて知らしてやれ共、此爺は我が強うて、少しも改心致さぬから、神は已むを得ず、帳を切つて引取るより仕方はないぞよ。後で後悔致さぬ様に気を付けて置くぞよ』 豊彦『ヘエヘエ有難う御座んす。お狸さまか、お狐さまか知らぬが、斯う見えても、此家は神様の立派なお宮だ。エー四足の這入る所ぢやない。穢らはしい、出て下さい、玉照姫様が大変御機嫌が悪い。サアサア帰なつしやい帰なつしやい』 と箒を把つて掃き立てる。富彦は手持無沙汰に、手拭で顔を拭いて居る。 寅若『オイ爺さま、あまりぢやないか。人を埃か何ぞの様に、箒で掃き出すと云ふ法があるか。よい年して居つて、チツと位行儀作法を心得たらどうだい』 豊彦『エーエー神様のお宮の中へ、ノコノコ這入つて来る四足に、行儀も何も要るものかい、行儀と云ふものは人間同士、又は人間か、より以上の神様に対してこそ必要だ。グヅグヅ吐すと、此箒が頭の上まで参るぞ』 菊若は爺の振り上げた箒をクワツと掴み、 菊若『モシモシお爺さま、お静まり下さい。短気は損気だ。さうお前の様に神懸をけなしては話が出来ぬ。マア静まつた静まつた』 豊彦『お前達に説教を聴く耳持たぬ。斯う見えても、此豊彦は神様の御神徳を頂いて、何処の教にもつかず、独立独歩で、神様直接の御用を致して居るのだ。人を助けるのは神の道だから、お前さへ改心して、低うなつて来れば、どんな結構な事でも教へてやるが、そんな態度では一息の間も置く事は出来ぬ。サアサア帰つた帰つた』 お玉『お爺さま、あまり酷い事を言はぬが宜しい』 豊彦『コレコレお玉、お前は黙つて居なさい。又こんな奴に因縁を附けられては煩雑いから……』 寅若『ヤアお玉さま、話せる、さうなくては女ではない。ヤツパリ社交界の花は女だ。挨拶は時の氏神、そこを巧く斡旋の労を取つて下さい。お前さま所の床の置物を御覧なされ。私等が此処の門を潜るや否や、能うお出やす……と云つて、あの長い頭をうちつけて、福禄寿の像が叮嚀に挨拶をして居るぢやないか。あんな無心の福禄寿さまでも、吾々の御威勢には……いや神格には感応して、畏まつて御座る。それに此お爺さまはあまり剛情が過ぎる。私達が言つても、中々年寄りの片意地で諾かつしやるまいから……娘にかけたら目も鼻も無い爺さまに、お玉さまからトツクリと気の軟らぐ様に言つて下さい』 お玉『ホヽヽヽヽ』 豊彦『エー帰ねと言つたら帰なぬか』 と床が落ちる程四股を踏む。三人は、 三人『エーお爺さま、又お目にかかります。今日は大変天候が悪いから……又日和を考へてお邪魔に参ります』 豊彦『エーグヅグヅ言はずに、早く帰んで呉れ、玉照姫様の御機嫌が悪くなると困るから……オイ婆ア、塩持つて来い。そこらを一つ浄めないと、何だか四足の香がして仕方がないワ、アハヽヽヽ』 三人は突出される様に怪訝な顔して此家を立出で、スタスタと弥仙山の急坂にさしかかる。 菊若『オイ此処らで一つ、一服しやうぢやないか』 寅若『あまり怪体が悪くつて、黒姫さまに会はす顔がない。休む気にもならぬぢやないか。そこらの蝶々や糞蛙まで、俺達の顔を見て、馬鹿にして居やがる様な心持がする。どつか、蛙や蝶の居らぬ所へ行つて一服しやうかい』 と胸突坂を後から追手にでも追ひかけられる様な、慌てた姿で、三本桧の麓までやつて来た。 三人『アヽ此処に良い休息所がある。清水も湧いて居る。水でも飲んで、ゆつくりと第二の作戦計画に着手する事としやうかい』 三人は樹下に涼風を入れ乍ら、雑談に時を移した。 菊若『これ程名高くなつた豊彦と云ふ爺も、あの玉照姫と云ふ赤ん坊が出来て、それがイロイロの事を知らすと云ふのが呼びものになつて、毎日日日、桃李物言はずして小径をなす様に、あちらこちらから、信者が集まるのだ。黒姫さまが毎朝起きて、行水をなさると東の天に当つて紫の雲が靉靆くから、何でも弥仙山の方面に違ひないから一遍偵察に行て来いと言はれ、此間、俺一人此山麓まで来て見ると、大変な人気だ。紫の雲の出所は、どうしても、あの茅屋に間違ひない。そして毎晩東の天に当つて大変な綺麗な星が輝き始めた。偉人の出現には、キツと天に明星が現はれると云ふ事だが、テツキリそれに間違ないと、直に立帰つて報告をした所、黒姫さまは……「マア待て、一週間水行をして、ハツキリと神勅を受ける」と仰有つて、夜、丑の刻から起き出でて、皆の知らぬ間に、何百杯とも知れぬ水行を遊ばした結果、イヨイヨそれに間違ない。グツグツして居ると、三五教の奴に取られて了ふから、お前達早く外の者に秘密で、其子供を貰つて来い……との御仰せ、あんな茅屋の娘、二つ返事でウラナイ教に、熨斗を付けて献上するかと思ひきや、今日の鼻息、到底一通りや二通りでは、梃子に合はぬ。それに寅若の先生、最初からヘマな神懸り[※三版・御校正本・愛世版では「神懸り」、校定版では「神憑り」。]を行つて爺に睨まれ、第二線として現はれた富彦は、老爺の審神に睨まれ、ヨロヨロと受太刀になり……これはヤツパリ野天狗で御座いました……と出直した所は巧いものだが、今度又大神と、太う出やがつて、零敗を喰はされ、最早回復の見込みなく、終局の果てにや、箒で掃出された無態さ……斯んな事を、怪我の端にでも、黒姫さまや外の連中に聞かれようものなら、馬鹿らしくつて、外も歩けやしない。何とか一つ智慧を絞り出して、会稽の恥を雪がねばなるまい。何ぞよい考へはなからうか』 寅若『別に方法手段もないが、先づ梅公式だなア。それが最後の手段だ』 富彦『梅公式を行り損なうと、滝板式になり、終局におつ放り出されにやならぬ様な事になると大変だ。此奴ア一つ、熟思熟考の余地は充分に存するぞ』 寅若『ナーニ、目的は手段を選ばずだ。善の為にするのだから、別に罪になると云ふ事もあるまい。一つ決行しやうぢやないか』 菊若『アヽ結構々々、結構毛だらけ、猫灰だらけだ。弥仙山の大神さまは、猫が使者だと云ふ事だ、何でも今度は猫を被つて、梅滝流を行らうぢやないか』 富彦『梅滝流とはソラ何だ』 菊若『其正中を行くのだ。普甲峠の梅公の行り口は、味方八人も居つたものだから、大変に都合が好かつた。船岡山の近所で行つた滝板の芝居は、何分役者が少いものだから、バレて了つたのだよ。併し吾々三人では、どうする事も出来ぬぢやないか、三人寄れば文珠の智慧と云つても、程よい考案が浮んで来ない。ハテ困つた事だなア』 寅若『噂に聞けば、明日はお玉が七十五日の忌明で、弥仙山へお参りするさうだ。どうぢや。吾々三人は一つ、体一面に日蔭葛でも被つて、お玉の参詣路を脅かし、グツと括つて猿轡を箝め、山伝ひに連れ帰り、さうして外の連中を爺の家へ差し向け、「お前さまの家は、大事のお玉さまを悪者の為に拐かされたさうぢや。気の毒なが、何と吾々が力一杯骨を折つて探して来るから、其褒美に玉照姫さまを、三日でも、四日でもよいから、貸して下さらぬか」……と云つて、チヨロまかすより外に途は有るまい、どうだ賛成かなア』 菊若、富彦『ヤアあまり名案でもないが、斯うなれば仕方が無い。マアそれ位な事で辛抱しやうかい。併し巧くいかうかな』 寅若『何は兎も角一遍都合よくいく様に、お空の大神様へ参拝をして来う。今晩中三人が一生懸命に、木花姫様の御分霊の前で、祈つて祈つて祈り倒すのだ、さうすれば神さまだつて……終局にや五月蠅いから……エー仕方がない、一遍は諾いてやらう……と仰有るに違ひない。さうでなくちや、どうしてウラナイ教へ帰る事が出来ようか。青彦さまや、紫姫さまに恥かしいぞ』 と云ひ乍ら、山上目蒐けて進み行く。一夜は頂上の社前に夜を明かし、一生懸命に願望成就の祈願を凝らし居る。果して大神様は御聴許遊ばすであらうか。 (大正一一・四・二八旧四・二松村真澄録)
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(1747)
霊界物語 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 14 声の在所 第一四章声の在所〔六五九〕 谷丸、鬼丸、テルヂー、コロンボの四人は堺峠の天狗岩を後にし乍ら、山麓の老松の根元を越え、玉照彦の幼児の隠し場所に走り着いた。谷丸は、目を丸くして、此処彼処と探し廻し、三人は吾一の功名せむと、血眼になつて、谷丸の行く後に従ひ、捜索を始めた。忽ち聞ゆる赤児の泣き声、谷丸は立止まり、腕を組み、泣き声の何れより来るかを考へて居る。 谷丸『慥に此処に、お寝かせ申して置いた筈だ、それに形跡だに残つてゐないのみならず、御声は聞えて居るがトント方角が分らない。東に聞える様でもあるし、西の様でもあるし、西かと思へば南に聞えるし、南かと思へば、北に聞える様だし、ハテナ、こいつは、狐の奴、玉照彦様を啣へて、其処中を迂路ついて居やがるのだな、オイ俺は東を探すから、鬼丸、貴様は西の方を探して呉れ。そして、テルヂー、コロンボ二人は、南、北に手分けして捜索して下さい。其代り誰が見付けても共有だから其お積もりで願ひますよ』 テルヂー『其約束は間違ひありませぬなア。イヤ面白い。さあコロンボ、貴様は南に行け、俺は北の方を探して見る』 不思議にも、幼児の泣声は、谷丸の耳には東に最も高く聞えて来る。鬼丸には西の方に聞える。コロンボの耳には南に聞える。テルヂーの耳には慥に北の方から聞えて来る。 四人は東西南北に、慌しく、声を尋ねて駆け出した。四人の耳に聞ゆる猛烈な泣き声、各自前後左右より響いて来る。四人は其声に、耳を引張られる様に、体をキリキリ舞ひさせ、目を廻して四人共、バタリと倒れた。一時許り四人の呼ぶ声も、風の音も鎮まり閑寂の幕が下ろされた。夜はそろそろと明け放れ、東の空の雲押し分けて昇り給ふ天津日の御影に照され、各一度に目を醒せば、豈計らむや、四人は天狗岩の根元にヅブ濡れになつて眠りゐたりき。 谷丸『アヽ何だ、夢見て居たのか、矢張天狗岩の傍だから鼻高の奴、俺達を一寸チヨロマカしやがつたのだな。それにしても、肝腎の、玉照彦様は何処にお出でになつたのだらう。アヽ此処に御座つた、有難い有難い、玉照彦様どうぞ許して下さいませ。貴方お一人をこんな岩の上に、御寝かし申し、吾々は前後も知らず寝込んで了ひました』 と云ひつつ傍に寄り、抱き上げむとしたるに、玉照彦の全身は冷切つて氷の如くに冷たくなつて居る。 谷丸『オイ鬼丸、玉照彦様は冷たくなつて居らつしやる、こりやマア何うしたら宜からうかなア』 鬼丸『そりや夢の中に見た通り石ぢやありませぬか』 谷丸『ヤア如何にも、此奴は夢の通り矢張石だつた』 テルヂー、コロンボ一度に、 テ、コ『アハヽヽヽ、誠に誠に、御挨拶の仕様も御座いませぬ、もう斯うなつた以上は何程泣いても悔んでも石が物云ふ例は御座いませぬ、どうぞ鄭重に弔うて上げて下さい。さあコロンボ、夢の処へ行くのだ』 と駆出す。谷丸、鬼丸も続いて駆出したり。 坂の中程迄下り来る折しも、水の滴る如き一人の美人、玉照彦を抱いて上り来るに出会つた。 テルヂー『モシモシ、貴方は言照姫様では御座いませぬか』 美人『ハイ左様で御座います。今玉照彦の神様を保護して此処迄参りました』 テルヂー『変な事を申しますが、何卒ウラル教の神様として大切に致しますから、吾々に下さいますまいか』 言照姫『ハイ何誰かに貰つて貰はねばならないのですから、お望みとあれば、何うとも致しませう』 斯かる処へ、谷丸、鬼丸は追かけ来り、 谷、鬼『ヤア玉照彦様で御座いましたか、大変にお慕ひ申し探して居りました。サアサア何卒谷丸へお越し下さいませ。私が抱いて上げませう』 言照姫『お前は、谷丸さまぢやないか。私の不在中に、岩窟の中から盗み出し、大切にする事か、あのやうな茨室へ蓑を敷いて、捨子同様にして置きなさつたぢやないか。どうして貴方に、此尊い玉照彦様を安心してお預け申す事が出来ませうか』 谷丸『イヤ誠に済みませぬ。何を云つても、ウラル教のテルヂーが狙つて居るのですから、取られちや大変と、茨の中とは知らず、朧月夜の事とて間違ひ、お寝かせ申したのです。どうぞ私に下さいませ』 言照姫『斯う両方から懇望されては、一方を立てれば一方に済まず、処置に困ります。そんなら斯う致しませう。玉照彦様は御生れ遊ばしてからまだ百日にもなりませぬが、ちよいちよい物も仰有る、立歩みもなさいますから、ウラル教のテルヂーとバラモン教の谷丸とお二人で両方の手を握つて、玉照彦様を引張合ひして下さい。引張つて勝つ方に上げませう』 四人一度に、 四人『さう願へば公平で結構です』 言照姫は玉照彦を坂道の真中に下ろした。玉照彦は左右の手を両方に差し延ばし、 玉照彦『サア坊の手を引張つて下さい。勝つたお方の方へ参ります。然しソツと引いて下さいや』 谷丸、テルヂー『承知致しました』 と谷丸、テルヂーの二人は、左右に立ち現はれ、腰を跼めて、背の低い玉照彦の手をグツト握り力を極めて、 谷丸、テルヂー『サア玉照彦様、私の方へ来て下さい』 と、一生懸命、腕が抜ける程引張る。 玉照彦『アヽ痛い痛い、痛いわいなア』 と顔を顰め泣き出す。テルヂーは此声に驚いて、思はず手を離した。 谷丸『サア愈こちらの物ぢや。玉照彦様、御苦労乍ら、今日から、バラモン教の神様になつて下さい』 玉照彦、首を振り、 玉照彦『イヤイヤテルヂーの方に御世話になります』 谷丸『そりやあ約束が違ふぢやありませぬか』 玉照彦『貴方は、私が悲鳴を上げて痛がつて居るのに、構はずに引張つたぢやありませぬか、あの時にテルヂーが放して下さらなかつたら、私の体は二つに千切れて居るのです。愛情の深いテルヂーに御世話になります』 谷丸『小難かしい事を仰しやいますなア、チト位辛抱して下さつても宜いぢやありませぬか。モシモシ言照姫様、どうぞ生みの御母様の貴方からよく云つて下さいな』 と振り向き見れば、こは如何に、言照姫の姿は最早影も形もない。 玉照彦『私は最う斯うなる以上は、どちらへも参る事は止めませう。今ウラナイ教の松姫さまが、お迎へに来て下さるから、そちらへ行きます』 此時トボトボと坂を登つて来る一人の女がありしが、玉照彦は嬉しさうに、 玉照彦『ヤア、其方は松姫か、よう迎へに来て呉れた。サアサア連れて行つておくれ』 松姫『これはこれは玉照彦様、焦れ慕うて参りました。サア私が御負して進ぜませう』 と背中を突き出す。四人は目と目を見合せ乍ら、松姫を前後左右より取り巻き、鉄拳を以て擲きつけ、悲鳴を上げて倒れるのを見済まし、玉照彦を引攫へ、四人は林の茂みに姿を隠したり。 松姫は暴漢に乱打され忽ち気絶して坂道に倒れ居たりしが、其日の夕暮頃フト息を吹き返し、四辺を見れば、麗しき二柱の女神、儼然として其前に立ち給ふ。 女神一『汝は高城山の松姫であらう。サア、妾に従つて是より、高熊山の岩窟に参りませう』 松姫『何れの神様か存じませぬが、ようマア助けて下さいました。私は悪者に虐げられ気絶をして、遠い遠い彼の世の旅行をやつて居ました。処が二人の女神様が現はれて、コレ松姫、此処は何と心得て居る、幽界の入口であるぞや。汝はまだまだ幽界に出て来る時でない、サアサア妾が送つてやるから、と仰有つたと思へば気が付きました。見れば幽界で見た女神様と、寸分も間違ひのない御二方様、お蔭で命を助けて戴きました』 と手を合せ感謝の涙にくれて居る。 女神二『サア松姫どの、高熊山の玉照彦様をお迎へに行きませう』 松姫『あの玉照彦様はたつた今、悪者に攫はれて行かれました。最早、高熊山には居らつしやいますまい』 女神一『オホヽヽヽ、今朝ウラル教とバラモン教の宣伝使が来たでせう。彼等は貪欲心に絡まれ、眼暗み、石くれを玉照彦様と思ひ違へ、喜んで逃げ帰つたのです。サアこれから、貴女は気を取り直し、単身岩窟に進み、言照姫にお逢ひなされて、玉照彦様をお連れ申してお帰りなさい。妾は来勿止迄送つて上げませう。それから奥は貴女一人のお働きです。妾達二柱、お手伝ひ申すは易き事乍ら、それでは貴女の御手柄にはなりませぬから、心丈夫に以てお出でなさいませ』 松姫『何から何迄、有難う御座います。お言葉に甘へて来勿止迄送つて頂きませうか。さうして、貴女様の御神名は何と申します』 二人の女神はニコリと笑ひ、 二人の女神『何れ分る時節が参りませう。此処では一寸申し上げ兼ねます』 と先き立ち、足早に、山奥指して進み給ふ。松姫は、二女神の後に従ひ、心いそいそ歩み出したり。 二女神『もう二三丁先が、来勿止の関所で御座います。吾々は此処でお別れ致します。何れ改めてお目にかかる事が御座いませう。左様なら』 と云ふかと思へば二女神の姿は忽ちかき消す如く見えなくなりぬ。松姫は盲人が杖を失つた如く、暗夜に提灯取られた如き心地して、重き足を、希望の車に乗せられ、引摺つて行く。日は既に黄昏れ、十七夜の月はまだ昇り給はざる一の暗み時、来勿止の神の関所に着いた。此処は厳格な関門が築かれてある。 松姫『モシモシ私は霊山へ詣る者で御座います。何卒、此門お通し下さいませ』 門番の一人甲は、横門を押し開け出で来り、 甲(勝公)『何誰か知りませぬが、此一の暗に、此門あけいと云ふ者は碌な者ぢやありませぬ。何時も何時も狐や狸に誑られて、馬鹿を見通しだから、今日は何と云つても開けませぬ、否通過させませぬ。出直して明日の朝お出なさい』 松姫『左様では御座いませうが、決して怪しい者では御座いませぬ。どうぞ通して下さいませ。玉照彦様の御誕生地へ至急詣らねばなりませぬから』 乙此声を聞いて、 乙(竹公)『オイ勝公、此暗がりに、アタ厭らしい、そんな白い装束を着た女を相手に何を揶揄つて居るのか、早く這入らぬか、又例の奴に定つて居るぞ』 勝公『そうだと云つて此の方が是非玉照彦様に参拝したいから、通過させて呉れと、懇願なさるのだもの、無情に断る訳にもゆかぬぢやないか』 乙(竹公)『何だ、又貴様、日の暮れ紛れに、女を掴まへて、愚図々々云つて居やがるのだな、余程、勝手な奴だ。男が尋ねて来ると、何時も、慳もほろろに、木で鼻こすつた様な応待をするクセに、今日は言葉付迄、優しく出やがつて、貴様の面つたら、大方崩壊して居るのだらう。暗夜でマア仕合せだ。昼であつて見よ、好い化者だぞ』 勝公『俺の顔が化者なら、貴様の顔は何だい。鯰が沸茶を浴ぶせられた様な面をしやがつて、人さんの御面相迄、批評すると云ふ資格がどこに有るかい』 乙(竹公)『何と云つても貴様は女にかけては五月蠅い奴だ、俺が来なんだら、優しい声を出しやがつて何々を、何々する、何々だつたらう。エライ邪魔物が飛び出しまして済みませぬなア、アハヽヽヽ』 松姫『モシモシお二人様、今日は特別の御憐愍を以てお通し下さいませ。どうしても今晩の中に参拝致さねばなりませぬから』 乙(竹公)『大胆至極な、女の分際として此山奥に只一人踏み込み来り、此怖ろしい岩窟へ参詣し様なんて、そんな大野心を起しても駄目ですよ。屹度途中で、狼にバリバリとやられて了ふのは請合だ。此門潜るや否や、地獄の八丁目だから、悪い事は云はぬ。お前の身の為ぢや。いつ迄も絶対通さないとは申さぬから、明日来て下さい』 松姫『御注意は有難う御座いますが、私は神様に何事もお任せ申した身の上、命なんかどうなつても宜しいから、何卒心よう通して下さいませ』 乙(竹公)『イヤイヤ、命が惜しくない様な、ド転婆を通す事は愈以てなりませぬ哩、来勿止の神様に又どんなお小言を頂戴するか知れやしない。此頃は此門番も失策だらけで、薩張り鼻べちやで威勢が上らない。それと云ふのも、勝公が心の締りがないものだから、いつでも俺達が巻添へを食ふのだ。オイ勝公、サアこんな命知らずの強者を相手にせずと、トツトと奥へ這入つてそれから門を閉めて、警戒を厳重にせなくちやならぬぞ。サア這入らう這入らう』 勝公『それだと云つてこれ程熱心に、お頼みなさるのに、どうして刎ね付ける訳にゆくものか。貴様這入りたければ、勝手に這入つて勝手に閉めたが宜からう。俺は仕方がないから、日頃覚えた、ぬけ道を伝うて此御方を背中に背負つて上げるのだ』 乙(竹公)『とうとう尻尾を現はしやがつたな、アハヽヽヽ、随分女にかけては腰抜けなものだ』 勝公『エヽ竹公の唐変木奴、貴様に女が分つて堪るかい。女で苦労して来た者でないと女人心理は解らないぞ。さう毒々しく無情な事を云ふものぢやないワ。人間は堅い許りが能ぢやない。砕ける時は砕けて、世の中の人々の為に便利を計るのが人間の務めだ。况して此館に泊めて呉れと仰有るのでもなし、通してさへ上げれば宜いのぢやないか』 竹公『貴様が何と云つても、一旦男の口から、通さぬと云つたら通さぬのだ』 勝公『モシモシお女中、今お聞きの通り同僚役があの通りの頑固者ですから、無理にお通し申しても、後でどんな難題を吾々両人にふきかけるやら分りませぬ。さうすればお互の迷惑ですから、どうぞ貴方も折角此処迄お出でになつたのですから、お気の毒で堪りませぬが、今晩は一旦、引返して下さいませぬか』 松姫『どうぞ、方角だけなつと教へて下さいませ。送つて貰つては大変な、貴方の御迷惑になつては済みませぬから』 勝公『実の処は、これだけ厳しく門番も今迄は云はなかつたのですが、二三日前に、バラモン教の、谷とか鬼とか云ふ奴がやつて来て、来勿止神様を始め、吾々をチヨロまかし、トウトウ大切な、玉照彦様を盗んで帰つたものですから、其後と云ふものは大変に警戒が厳しくなつて、暮六つ下れば、老若男女にかかはらず、一切通してはならぬと云ふ、来勿止神様の厳しき御命令で御座います。それ故、今の男があんな無情な事を云うたのですが、然しあゝ見えても彼奴は極めて平常から親切な男ですよ。言葉つきこそ、穢ふ御座いますが、それはそれは心の美しい男ですよ。屹度腹の中では涙をこぼして居たに違ひありませぬ。どうぞ、竹公は無情な奴だと恨んでやつては下さいますな』 松姫『イエイエ決して決して何の恨みませう。お役目大切にお守りなさる処を、私が御無理を申しますのですから、何と仰有られても是非はありませぬ。併し今貴方のお言葉によれば、玉照彦様はバラモン教の方が盗んで帰つたと仰有いましたが、それは事実ですか』 勝公『盗んで帰つたのは事実ですが、併し乍ら御神徳高き高熊の霊山、不思議な事には盗まれたと思つた玉照彦様は、依然として御機嫌麗はしく、言照姫様に抱かれて居られます。本当に妙な事があつたものです』 松姫『それ聞いて安心致しました。私にも成程と諾かれる点が御座います』 斯く話す折しも石の本門はガラリと開いた。灯火をとぼし、現はれ来る、白髪異様の老人の姿が、松明に照されて、明瞭と松姫の目に映つた。 松姫は思はず、ハツと地に平伏した。 勝公『これはこれは来勿止神様、何処へお出ましになります』 来勿止神『ヤアお前は勝ぢやなア。此処へ一人の女が来る筈ぢや。未だ出て来ないかな』 勝公『ハイ、それは何と云ふ方ですか。松姫ぢや御座いませぬか』 来勿止神『アヽさうぢや、其松姫が来る筈だ。二時ばかり以前に、玉照彦様よりお使が見えて、此処へ松姫と云ふ女が一人来る筈だから、夜分でも構はぬ故、通してやつて呉れとの御命令であつた』 勝公『その方なら、今此処に居られます。サア松姫様、御心配なさいますな。今お聞きの通りですから』 松姫頭を上げ、 松姫『勝さまとやら、御親切有難う御座いました。して貴方が来勿止神様で御座いましたか。罪深き妾なれど、どうぞ此御門を通して下さいませ』 来勿止神『サアサア遠慮は要りませぬ、ズツとお通り下さいませ。貴女のお登りを、岩窟の大神様が大変に御待ち遊ばして居られます。サアサアこちらへ』 と松姫の手を把り門内に導き入れたり。 (大正一一・五・九旧四・一三藤津久子録)
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霊界物語 20_未_丹波物語5 錦の宮の発足 09 童子教 第九章童子教〔六七一〕 九重の花の都の山背畏き神代に近江路や 色も若狭に丹波の三国に跨る三国ケ嶽 木立の茂みは大空の月日を封じて物凄く 昼さへ暗き大高峰鬼か大蛇か魔か人か 見るさへ凄き婆一人聳えて高き岩の根に 仮の庵を結びつつ蛇や蛙を捕喰ひ 其日を送る物凄さ此山麓に立並ぶ 形ばかりの破れ家の小さき棟も三四十 浮世離れし別世界老若男女は谷川の 蟹や蛙を漁りつつ餌食となして日を送る 鬼婆一人を棟梁と仰いで遠く夜に紛れ 山城丹波近江路や若狭能登まで手を延ばし 赤児の声を探しつつ隙さへあらば引捉へ 山の尾伝ひに逃げ帰り婆の餌食に奉る 此曲津見は何者か言向け和し世の中の 悩みを払ひ救はむと神素盞嗚大神の 御言畏み高天の原に現れます言依別は 聖地に上り来りたる心も清き宗彦に 依さし玉へば喜びて一も二もなく承諾し これぞ布教の初陣と親兄妹に暇乞 明石峠を乗越えて道の熊田の一つ家 病に悩む原彦が心の迷ひ吹き払ひ 奇しき御稜威を現はして里の老若男女をば 三五教の大道に一人も残らず帰順させ 少時足をば休めつつ原彦、田吾作、留公の 三人の信者を伴ひて青垣山を繞らせる 平野の里や山国の一本橋を打渡り 宮村、花瀬を後にして三国ケ嶽の山麓に 四人は漸く着きにける。 さしも三国に渡る大高山、杉の木立は鬱蒼として風を孕み、咆哮する声、数百千の獅子狼が一度に雄猛びする如く聞えて来る。夏とは言ひ乍ら何となく底冷たき空気漂ひ、谷川の音も何処となく物凄く、悪魔の囁くが如く耳を打つ。猿の群は梢を伝ひて、キヤツキヤツと鳴き叫ぶ。四人は山麓を流るる深谷川の畔にドツカと坐し、旅の疲れを休め乍ら、ヒソビソ話に耽つて居る。 留公『随分薄気味の悪い谷間だないか。山国の丸木橋を越えてからと云ふものは、人の子一人出会つた事もなし、時々左右の密林から怪しの声、どうしても此処は大江山以上の魔窟らしい。オイ田吾作、此処までは喜び勇んでやつて来たものの、首筋がゾウゾウとして、何んとも言へぬ気分になつて了つたぢやないか』 田吾作『宇都山村で、魚を漁つたり、麦畠に鍬杖ついて、雲雀の糞を頭から浴びせられて居るのとは、そりやチツとは骨が有るワイ。こんな山奥へ悪魔退治に来たのだもの、どうせ満足に生命を持つて帰れないのは、出発の際から定りきつた話だ。貴様宅を出る時の勢はどうだつた。鬼でも大蛇でも虎でも、狼でも、何でも来い。此留公の腕には骨が有ると、力味返つた時の事を考へて見よ。こんな所でそんな弱音を吹いて宣伝使のお伴が出来ると思ふか』 留公『そらそうだ。併し乍らモウ少し暖かい山ぢやと思うて居たに、夏の最中に斯う寒くつては耐れないぢやないか。斯んな事と知つたなら、袷の一枚も持つて来るのだつたが、薄い単衣一枚では堪へられない。俺は一つ、宇都山村まで引返して、着物を着替て出直して来るから、お前御苦労だが、宣伝使の御伴をしてボツボツ登りかけて呉れ』 田吾作『ハヽヽヽ、隣近所か何ぞの様に、さう着々と着替に帰ねるものか。巧い辞令を作つて、態よく遁走するつもりだらう。口程にもない代物だなア。ヨー今からビリビリ慄うて居よるなア』 留公『何程留めようと思つても、ガチガチと歯が拍子木を打つものだから仕方がないワ。モシモシ宣伝使様、私を此処から……実際の事言へば、帰らして貰ひたいのです』 宗彦『それだから伴れて行かぬと言ふのに、お前が無理に来たのぢやないか。宣伝使は一人旅、決して同伴はならぬのだ。私に相談は要らぬ、自由行動を取つたがよからう』 留公『ハイ有難う御座います。お蔭で命が助かりました。あなた方も、どうぞ無事で帰つて下さいませ。キツと、私は此処でお別れしても、あなたの事は忘れませぬ。お茶湯でも献げて冥福を祈ります』 田吾作『オイ留公、冥福を祈るとは何だ。死ぬに定つた様な事を言ひやがつて、吾々の首途を祝する事を措いて、貴様は弔ふのだな』 留公『弔ふのか、呪ふのか、祝ふのか、どつちか一つの内だ。エー長居は恐れ、こんな生臭い風が吹くからには、太い長い奴がノロノロと今にやつて来るだらう。宣伝使は一人と仰有つた。遠慮は要らぬ、原彦、お前は先へ行け。さうして田吾作は俺の尻に従いて帰るのだ。サアサア帰つたり帰つたり』 原彦『私は生命を助けて貰つた御恩返しに、御案内役となつて来たのですから、宣伝使の為に生命を棄てた所で、別に欠損にもなりませぬ。元々です。此場に及んで男らしくもない、帰れますものか』 留公『生命の安い奴は行つたが宜からう。……オイ田吾作、貴様は生命が大事だらう。お勝の事もチツとは思うてやれ』 田吾作『お勝がなんだ。神様の御用のお伴をするのに、そんなことを気に掛けて居つて勤まるものかい。貴様勝手にしたがよからう』 留公は、 留公『蛙の行列向う見ず、生命知らずの馬鹿者』 と口ぎたなく罵り乍ら、坂路指して韋駄天走りに、霧の中に姿を没した。 田吾作『ハヽヽヽ、宣伝使様、随分妙な活劇否悲劇が演ぜられましたなア。何れ彼奴は今言つた様な臆病者ぢやないから、先駆けの功名手柄をやらかさうと思つて、キツト単騎登山と道を変へて出かけやがつたのでせう。途中でアツと言はせる様な芸当を演ずるのかも知れませぬから、怪しき者が出たら油断をなさいますなや。キツト留公の化者に定つてゐます。彼奴は何時でもああ云ふ事をして喜ぶ癖があるのです。それで私も勝手に帰んだがよからうと、あなたの御言葉を幸ひに帰なしてやりました』 宗彦『面白い男ですな。何れ岩窟の附近まで往つたら、鬼婆の真似でもして現はれるのでせう。原彦さん、サア案内を頼みませう』 原彦『私も御案内とは申しましたが、実は初めての事で一向不案内です。併し私の通る所は貴方も通れるでせう。露払や蜘蛛の巣払に、先へ行きますから、従いて来て下さい』 と不案内の路を谷に沿うて、トントンと登り行く。二人は後を追ふ。前途に激潭飛沫の谷川が横たはつて居る。四五人の男女が熊の皮を洗ひ晒らして木の梢に架け渡し風を当てて乾かして居る。さうして何れも此れも皆、黒い熊の皮や、赤い猪の皮を身に纏うて立働いて居た。 原彦『オーイ、オイ、其処に居る五六人の御連中さま、三国ケ嶽の婆アの岩窟は、どつちやへ行つたら良いのかな』 川向ひの男、無言の儘、指先で……此谷川を渡り、東へ指して行け……と手真似で知して居る。 原彦『アヽ此奴ア唖と見えるワイ。併し乍ら此谷川を渡つて東の方へ行けと云うたのだらう。……モシモシ宣伝使様、私が一寸瀬踏みをして見ませう。大変流れも急なり、水量も多いから、万一私が死ぬ様な事があつたら、キツト渡らない様にして下さい。先づお毒見……否お水見を勤めませう』 と尻を捲つて早くも谷川を渡らうとする。 田吾作『オイ原彦、死ぬのはチツと惜しいぢやないか。お水試なんかせなくとも分つてる。どれ程水の達者な河童の兄弟分でも、此急流がどうして渡れるものか。マア危きに近寄らんがよからうぞ』 原彦『私は命を既に宣伝使様に差上げてあるのだから、運を天に任して渡つて見る』 と無理無体に川瀬を横ぎり、漸く辛うじて対岸に着いた。五人の男女は之を見て驚き、『ア、ア、アー』と声を立て、一目散に歩み慣れし山の細路を伝うて、霧の林に姿を没した。 原彦『ヤア有難い。沢山な熊の皮が並べてある。乾いた奴も相当に有るワイ。サア此奴を一つ身に纏うて登つてやらう。……オイオイ田吾作、早う渡つた渡つた。割とは浅かつた。大丈夫だよ』 田吾作『サア宗彦さま、お渡りなさいませ。私が後から従いて行きます。もしも誤つて水の藻屑にならしやつた所が、義理の兄弟の私が、決して棄てては置きませぬ。キツト死骸は拾つてあげます。サアあなたからお先へお渡りお渡り』 宗彦『そこまで徹底的に受合つて貰へば、私も安心だ』 と戯談半分に喋舌り乍ら、尻を捲つて漸く対岸に着いた。田吾作は手を拍つて、 田吾作『アハヽヽヽ、本当の登り路は此方にあるのだ。そんな方へ行かうものなら、近江の国へ往つて了ふぞ』 原彦は川の向うから大きな声を出して、 原彦『コレ田吾作、そんな事が分つて居るのなら何故早くに知らして下さらぬのだ』 田吾作『知らしてなるものか。俺のお土産に其猪の皮を全部ひつ抱へて此方へ渡るのだ。宣伝使様も四五枚掻攫へてお帰りなさい。其為に此田吾作が計略で、向ふへ渡らしたのだ』 宗彦『ハヽハア、一杯喰はされましたな。併し失敗が幸ひになるとは茲の事だ。何れ他人にも要るだらうし、原彦さま、お前と二人、持てる丈持つて向ふへ渡らうかな』 と大きな熊の皮をひん抱き谷川に足を入れる。原彦も体一面に熊の皮をくくりつけ、漸くにして再び谷川を渡り、田吾作の前に引返して来た。 田吾作『皆さま大い御苦労で御座いました。お土産に一番飛切の上等を頂戴致しませう』 原彦『イエイエ是れは私の分丈だ。生命も危ない此谷川を、どうして二人前も背負うて渡れるものか、お前の分はチヤンと向ふに、屑ばつかり残してある。人の苦労で徳を取るといふ事は、神様の大変に戒め玉ふ所だ。サアサア自分の物は自分で処置をつけるのだよ』 田吾作『そんな事は、遠の昔から御存じの田吾作だ。釈迦に経を説く様な事を言うて貰ふまいかい』 早くもザブザブと対岸へ渡り、洗ひ立ての選り残りのヅクヅクばつかり引抱へ、 田吾作『ヤア重い奴ばつかり除けて置きやがつた。併し己れの欲する所能く人に施せ。欲せざる所は人に施す勿れと云ふ事が有るなア』 とワザと大音声に呼はり乍ら、藤蔓に残らず縛りつけ、自分の腰に結ひ、ザアザアと引ずり乍ら帰つて来た。 田吾作『宣伝使さま、私の智慧は大したものでせう。神智神策、水も洩らさぬ所まで水を利用し、此通り沢山の獲物を占領して来ました。ヤツパリ役者が七八枚も上だ。千両役者だからなア』 と独り悦に入つて居る。 原彦『チツと絞つてあげませうか。こりや干さねば重たくて持つて往けますまい』 田吾作『不言実行だよ』 原彦『不言実行とは初めて聞きますが、どう云ふ意味ですか。言つて下さいな』 田吾作『言はないのに気がついて実行するのが不言実行だ。言つてやるとよいが、天機を洩らすと雨が降る。不言の教無為の化だ。マアマア考へて社会奉仕を励むが、御神徳の入口だな、アハヽヽヽ』 原彦『宣伝使様、不言実行の訳を聞かして下さいませぬか』 宗彦は黙々として、濡れた皮を取り上げ、一生懸命に絞つては木の枝に引つかける。原彦も黙つて見て居る訳にも行かず、同じく皮を絞つては懸け、絞つては懸けて風に乾かさうと、車輪の活動を行つて居る。田吾作は、 田吾作『アヽそれが不言実行だよ。分つたか』 原彦『まだ分りませぬ』 田吾作『分らなくても、実地さへ出来ればよいのだ。現今の奴は宣伝だけは立派だが少しも実行が伴はない。併しマアマア漸く及第点に達した。宗彦様は率先して不言実行をやられたから六十五点、お前は漸く四十五点だ。五点の事で落第点になる所だよ』 原彦『ますます分りませぬ』 田吾作『原の腹が暗くつて、胸が開けぬから、実地の事が目が有つても見えず、田吾作の立派な生きた教が耳へ這入らず、嗅出す事も出来ず、舌は有つても味はふ事が出来ないのだ。斯う思へば何にも知らずに実行する者位幸福な者はないワイ』 宗彦『有難う御座いました。お蔭で田吾作の宣伝使より六十五点頂戴しました。サア是れでモウ三十五点頂戴致しませうか』 と一番立派な熊の皮を選り出して、田吾作の背中に着せる。 田吾作『ヨシヨシ、モウ試験済だ。希望通り三十五点を与へる。これで満点だ。満天下に神教を宣伝しても恥ぢることなき大宣伝使だ。お芽出たう。銀のセコンドでも賞与に与りたいのだが、生憎持つて居ないから、親譲りのヘソンドで辛抱するのだなア、これでも十二時が来るとよく知つて居る』 原彦『私にも、せめて二十点下さいな』 と自分の攫へて来た中より、最も優れたる毛皮を取り出し、田吾作の背中に乗せる。 田吾作『ヨシヨシ、物品一点俺に呉れたから、一点を増してやらう。総計四十六点だ、アハヽヽヽ』 田吾作は原彦の顔を眺め乍ら、又もや、 田吾作『不言実行不言実行不言実行』 と節をつけて謡ふ様に繰返して居る。原彦は狼狽へて、彼方の皮をかやして見、此方の皮を嬲つて見、田吾作の背中を撫でて見るやら、宣伝使の足許の草鞋が切れて居るのではなからうかと、キリキリ舞ひをして居る。田吾作は一層大きな声で、節をつけて、 田吾作『不言実行不言実行不言実行』 を又もや繰返して居る。原彦はハツと膝を叩いて、片方に落ちてゐた棒の様な木切を拾ひ、毛皮を両端に括りつけ、肩に担いで、 原彦『サア私が不言実行のお伴を致します。不言菩薩に実行菩薩様、サアお出でなさいませ』 田吾作『普賢菩薩は聞いた事があるが、実行菩薩は聞き始めだ』 原彦『実行菩薩といへば、ミロク様の事だよ。瑞の御霊の大神さまだ。本当に月光(結構)な神さまと云ふ事だよ』 田吾作『アハー月光菩薩の洒落だな。洒落所かい、是から先は不言実行で勝つのだ。最前の五人の男女を見い。一口も言はず、不言実行の標本を示して、手早く逃げやがつたぢやないか。あれ位慈悲深い奴は有つたものぢやない。其お蔭で吾々は月光な恩恵に浴したのだ、アハヽヽヽ、ドレ田吾作も不言実行菩薩と出かけようかい』 と先に立ちて羊腸の小径を辿り辿り進んで行く。田吾作は歩み減らした細い路を、曲々と舞ひ乍ら、先に立ちて稍平坦な地点に着いた。 田吾作『アヽ不言実行組は何をして居るのか。足の遅い事だなア』 と呟いて居る。そこへ横合から三人の五六才と覚しき男の子、一人は赤裸となり顔に手を当てて泣いて居る。一人は裸の儘で面ふくらして怒つて居る。一人はニヤニヤと笑ふ。 田吾作『ヤア此奴ア三国ケ嶽の化物だな。こんな所で三人上戸が出て来やがつて、酒でも有つたら不言実行してやるのだが。生憎酒もなし……ハヽハ赤裸だ。ヨシヨシ考へがある。早く原彦の奴、毛皮を持つて来やがると良いのだけれどなア』 と云ふ折しもハアハアと息を喘ませ、両人は登つて来た。田吾作は物をも言はず、原彦の担いで居る荷をボツタクり、手早くほどいて、其中の小ささうな皮を選り別け出した。原彦は、 原彦『不言実行だつて、泥棒まで実行して良いのか』 と脹れる。田吾作は三人の童子を指し示した。宗彦、原彦は見るより『ヤア』と倒れむばかりに驚いた。よくよく見れば三人の童子の背後から五色の光明が輝き、麗しき霊衣に包まれて居る。田吾作は少しも気が付かず、慌てまはして、適当の毛皮を取り出し、三人に一々着せて廻つた。三人は黙つて毛皮を取り外し、大地にパツと敷いて、各自其上に行儀よくキチンと坐つた。 宗彦『これはこれは何神様かは知りませぬが、よくマア現はれて下さいました。私は是れより山頂の岩窟に割拠する鬼婆を言向け和す為に参ります。どうぞ御守護を御願ひ致します』 笑童子『アハヽヽヽ、七尺の男子が……而も宣伝使の肩書を持ち、岩窟の鬼婆を退治せむと、此処まで勇み進んで登り来乍ら、人の助けを借らうとするのか。ハツハツハ可笑しい可笑しい、依頼心の強い男だなア』 宗彦『恐れ入りました。モウ決して依頼は致しませぬ。何れの神様か知りませぬが、ついお頼み申すとか、御守護を願ひますとか云ふ事が、吾々の常套語になつて居ますので心にもなき卑怯な事を申したので御座います。どうぞ見直し聞直して下さいませ』 泣童子『アンアンアン、情無い宣伝使ぢやなア。三人も荒男が、たつた一人の婆アを当に出て来よつて、何の態ぢや。斯んな事でどうして三五教の神徳が現はれようぞ。思へば思へば厭になつて来た。これでは国治立大神様、素盞嗚尊様が何程骨を折り、心を砕かしやつても、こんなガラクタ宣伝使ばつかりでは、神政成就も覚束無いわいの、……オンオンオン』 宗彦『どうぞモウ見直し聞直し下さいませ。是からキツと勇猛心を発揮し、婆アの千匹や万匹は、善言美詞の言霊の神力に依つて吹き散らしますから、どうぞ泣いて下さいますな』 泣童子『捕らぬ狸の皮算用をしよつて、当もない事に威張つて居る……其心根が可憐らしい。一寸先は暗の世ぢや。なんにも知らぬ人民は、足許に火が燃えて来る迄分らないのか。アヽア可哀相なものぢや。どうして人間は是れ丈、物が分らぬのだらうな……オンオンオン』 宗彦『誠に汗顔の至りで御座います。さう仰しやれば……さうですが、何事も神様にお任せ致して進むので御座います』 怒つた顔の童子、面ふくらし目を剥き、 童子『惟神、惟神と口癖の様に言ひやがつて、難を避け易きに就き、自分の責任を神様に転嫁し、惟神中毒病を起し、大きな面をして天下を股にかけ、濁つた言霊の宣伝歌を謡ひ、折角の結構な世の中を濁す奴は貴様の様な代物だ。チツとも足元に目が付かず、尻が結べぬ馬鹿者だ。それでも誠の道の宣伝使かい。貴様の様な穀潰しが沢山に世の中に、ウヨウヨと発生やがるものだから、世界の人民が苦むのだ、エーエー腹立たしい。神を笠に着たり、杖に突いたり、尻敷にしたり、汚らはしい、盗んで来た熊の皮を俺達の背中に乗せよつて、ケツケツけがらはしいワイ。尻敷にしてやつてもまだ虫が承知せないのだ。コラ斯う小さい子供の様に見えても、至大無外、至小無内、千変万化の結構な神様のお使ひだぞ。貴様の量見次第で、閻魔ともなれば、鬼ともなり、大蛇ともなつて喰て了うてやらうか。イヤ背筋を立ち割り鉛の熱湯を流し込んで、制敗をしてやらうか。三国ケ岳に大蛇が居るの、鬼婆が居るのと吐して、言向け和すの、征服するのとは何の事だい。鬼婆も大蛇も、鬼も悪魔も、貴様の胸に割拠して居るのを知らぬのか。鬼婆を言向け和さうと思へば、貴様達の腹の中の鬼婆から先へ改心さして出て行きやがれ。大馬鹿者奴。ウーン』 と目を剥き出し、大きな口を開け、咬り付く様な勢で、突つ立ち上り、三人の顔をギヨロギヨロと睨めまはす。三人は一度に大地に頭を下げ、 三人『誠に取違ひを致して居りました。イヤもう結構な御神徳を戴きました。モウこれから改心を致します』 笑童子『アハヽヽヽ、一寸よいと得意がつて無暗に噪やぎ、一寸叱言を聞いては直に悄気返るカメリヲンの様な男だな。大きな図体をして、こんなチツポケな子供に叱られて、それが怖いのかい。神界にはそんな妙な弱い弱い人足は一人も居りはせぬぞや。神界の喜劇よりも、よつぽど面白い面白い。アハヽヽヽアハヽヽヽ』 と臍を抱へて笑ひ転ける。 泣童子『アーア情無い事を見せられたものだ。これでも現界では選りに選つて選まれた特別選手ぢやさうなが、其他は推して知るべしだ。瑞の御霊の祖神様も嘸御骨の折れる事だらう。オイオイオイ。あまり悲しうて涙も出やせぬわいなア。宣伝使と云ふ者は、何とした腑甲斐ないものだらう。蛸の様に骨も何も有りやせぬワ。こんな事で、どうして八岐の大蛇が退治が出来るものか、世の中は益々悪鬼羅刹の横行濶歩を擅にさせるのみだ。どうして現界には誠らしい者が無いのだらうか、アンアンアン』 田吾作『モシモシ子供の神さま、さうお歎きなさいますな。広い世界には一人や二人は立派な者が無いとも言へませぬ。現に此処に唯一人有るぢやありませぬか。さう取越し苦労をして、泣くものぢやありませぬ。世の中は何事も善言美詞に宣り直すのが天地の御規則だ。泣いて暮すも一生なら、笑つて暮すも一生だ。結構な此世の中に、何が不足でメソメソと泣くのだ。わしは「悔み事と泣き事は大の嫌ひであるぞよ。勇んで暮して下されよ」と云ふ神様の教を守つて、世の中を大楽観して活動して居るのだ。お前さまもチツとは思ひ直して改心なさつたらどうだ。「悔めば悔む事が出来て来るぞよ」……と云ふ事を知つとりますか。ヤ、まだ子供だから分らぬのも無理はない』 泣童子『わしも朝から晩まで泣いて暮した事はない。今日初めて泣かねばならぬ事が出来たのだわいのう…アンアンアンアン…折角骨折つて、生命懸けで熊を捕り、皮を綺麗に洗ひ、爺さま婆アさまの着物にしようと思つて、楽しんで居つた人間の物品を、横奪した泥棒根性の宣伝使に説教を聞かされるかと思へば、残念で残念で、是が泣かずに居られようか。モウどうぞ今日限り泥棒根性はやめて下さい……アンアンアン…それに付けても言依別神様から、大切な御命令を受た宗彦のデモ宣伝使、二人の奴が盗人をするのに、なぜ黙つて居つたか、…イヤ自分から率先して泥棒の手本を見せよつたぢやないか。斯んな事でどうして誠の道が開けると思ふか。アーア日暮れて道遠しの感益々深しだ。どうしたら人間らしい人間が、一人でも出来るだらう。泥棒に聖山を汚されて取返しのならぬ事をした哩……アンアンアンアン』 宗彦『イヤ決して決して泥棒をすると云ふ様な考へはチツとも有りませぬ。あの様な所に棄てておいては、又泥棒が攫へて行つちやならない………それよりも吾々が暫く拝借して、又帰りがけにや、旧の所へ御返しをして帰る積りだつた。世の中は相身互だからと思つて、一寸借つたのですよ。心の底から泥棒する根性は有りませぬ』 怒童子『エーつべこべと此期に及んで卑怯未練な言ひ訳をするのが気に喰はぬワイ。貴様は女殺しの後家倒し、其上嬶泣かせの家潰し、沢山な人を泣かして来た揚句、不知不識とは云ひながら、平気の平三でお勝と〇〇になつて居た汚れた人足だ。何程言依別神様から大任を仰せ付けられたと言つて、一も二もなく御受けして来ると云ふ事が有るものか。貴様はそれでも清浄潔白な人間だと思うて居るのか。此の岩窟の鬼婆よりも、モ一つ悪い奴だ。心の底から改心すればよし、マゴマゴして居ると、天狗風を吹かして吹き飛ばしてやるぞ。天下の娑婆塞ぎ奴。ここを何処だと心得てゐる。貴様の目には悪神の巣窟と見えるであらうが、誠の神の目から見れば、どこもかしこも皆天国浄土だ。貴様の心に地獄が築かれ、鉄条網が張られ、鬼が巣を組んで居るのが分らぬか』 三人は頭を鉄槌にて打砕かるる様な心地し、一言も発し得ず、大地にピタリと鰭伏し、暫くは頭を得上げず、慄ひ戦いて居た。半時ばかり経ちしと思ふ頃、得も謂はれぬ美はしき天然の音楽耳を澄まして響きわたる。三人はフト頭を擡げ四辺を見れば、童子の影もなく又一枚の獣皮も無くなつて居る。 田吾作『神様から大変なお目玉を頂戴したものだ。原彦の奴率先して不言窃盗をやるものだから、斯んな目に遭つたのだよ。併し乍らマアマア結構な教訓を受けたものだ。先づ自分の心の中の鬼婆を征服して掛らねば、何程努力しても駄目だワイ』 原彦『三人の愁笑怒の神様が現はれて、噛んで呑む様に、詳細に堂々と教へて下さるのに、お前が口答へをするものだから、到頭怒鳴りつけられ、縮みあがつて、大きな七尺の男が斯んな馬鹿な態を見たのだ。チツト是れから言霊を控へて貰はねば、此先はどんな事が突発するか分つたものぢやありませぬワイ。ナア宗彦の宣伝使様』 宗彦『何事も神様のなさる事。惟神に我々は任すより仕方が有りませぬ』 田吾作『それ又覚えの悪い、今惟神と云つて怒られたぢやありませぬか。惟神中毒をすると、怒り神さんが又現はれますぞや。貴方こそ慎んで貰はねばなりませぬ』 宗彦『さうだと云つて、我々は惟神の道に仕へて居る者だ。惟神を言はなければ、宣伝も何も出来ぬぢやないか。鶏にコケコーと鳴くな、烏にカアカア囀るな、釣鐘になんぼ敲かれてもゴンゴンと鳴らずに沈黙せよと云ふ様な註文だないか。そんな天地不自然な事がどうして実行出来るものかい』 田吾作『惟神、不言実行さへすれば良のですよ。何事も心と行ひを惟神にして、口だけは暫く言はない方が宜しかろ。材木でもカンナがらをかけて見なさい、一遍々々細くなるぢやないか。あまり執拗うカンナがらを使つて居ると、結局にや糸の様になつて、結構な宣伝使神柱の資格が消滅して了ひますワ』 宗彦『ハヽヽヽ、余程怒り神様の御言が感応へたと見えるワイ。ありや一体どこから来た神様だと思つて居るのだ』 田吾作『神界の事は我々に分るものぢや有りませぬが、マア天から天降られたと云ふより仕方が有りますまい』 宗彦『馬鹿言ふな、あの怒り神さまは宗彦さまの本守護神だ。泣神さまが貴様の本守護神、笑ひ神さまが留公の守護神だ。チツト貴様改心せぬとあの通り守護神がベソを掻いて居るぢやないか』 田吾作『そりやチト違ひませう。笑つて居るのが私の守護神、怒つて居るのがあなたの守護神、泣いとる奴が留公の守護神に違ひありませぬワイ。結構な御用を仰せ付かり乍ら、お前さまはまだ腹の底に曇りがあると見えて、本守護神が怒つて居るのだ。良い加減に改心をしなさらぬと、どんな地異天変がおこつておこつて、おこりさがすか知れませぬぞ。お前さまの大将面して威張つて歩くのがあまり可笑しうて、田吾さんの本守護神が笑つて居るのだ』 宗彦『どうでも良いぢやないか。怒る神もあれば笑ひ神もあり、泣き神もある。実際のこたア、三柱の神共共通的に守護して御座るのだ』 原彦『モシモシ私丈は本守護神がどうなりました』 田吾作『お前の本守護神はまだ現はれる幕ぢやない、地平線下の身魂だから、土の上へ出る所へは往かぬ。併し乍ら孟宗竹でさへも土を割つてニユーと首を突出すのだから、どつか其辺に頭をあげかけてゐるかも分らぬぞ。チツト探して見たらどうだ』 原彦『アハヽヽヽ、身魂と筍と一つに見られちや、原彦も迷惑だ。丸でドクトルの身魂の様に、田吾さんが仰しやいますワイ。疑ふのぢやありませぬけれど、随分道理に違うた事を言ふお方ですな。 「竹の子の番人見れば藪にらみ」 アハヽヽヽ、オイ藪にらみの田吾竹さま』 田吾作『議論は後にせい。筍の身魂と云ふ事は、モウつい、日日薬で竹々と分つて来る。チクと身魂を練薬して、俺の言ふ事を膏薬(後学)の為に聞いて置くのだな。……エー何を薬々と笑ふのだい。薬価い(厄介)者奴、それよりも身魂の煎薬(洗濯)が一等だぞ』 原彦『これはこれはイカい(医界)お世話になりました。漸く医師(意思)が疎通しました。モウ此上決して、医(異)議は申しませぬ』 田吾作『キツト医薬(違約)をするでないぞ。俺の云ふ事を守れば、キツト薬九層倍の報いが出て来る。力一杯薬(約)を守つて、此上は口答へをしてはならぬぞ。俺の云ふ事はチツトは苦い事もある。併し良薬は口に苦しだ。薬(厄)雑魂を下痢させて、神霊の注射を為し、身体一面何の医(異)状もないとこまで清めて、是れから悪魔征伐に向ふのだ。心に煩ひのある時は病が起ると云ふ、其病の問屋が山の神を置去りにして、斯んな深い山い(病)あがつて来るものだから、到頭逆上して不健窃盗病が勃発するのだ、アハヽヽヽ』 宗彦『サアもう行こう。グヅグヅして居ると、中途で日が暮れて薬鑵が風を引いて了ふぞ』 二人は黙つて座を立ち、宗彦の後よりエチエチと小柴を分け、這ふ様にして胸突坂を掻きあがる。忽ち右方の谷間に当つて女の悲鳴が聞えて来た。 田吾作『イヨー怪しい声がするぞ。婆アの声にしては少し若い様だ。併し婆ア許りぢやない、沢山な女も居るであらうから、一つ声を当に実地検分と出かけたらどうでせう。ナア宗彦さま』 宗彦『追々と叫び声が高くなつて来るやうです。何か此には秘密が伏蔵されて居るでせう。私は此処に原彦さまと待つて居るから、一寸偵察して来て貰へませぬかなア』 田吾作『ハイ診察して参ります。探険家のオーソリチーの田吾作ですよ』 と早くも小柴の中に姿を隠した。宗彦は、 宗彦『アハヽヽヽ、口も達者な男だが、随分足も達者だ…ヨウヨウ、一人の声かと思へば大勢らしいぞ。こりや安閑としては居られない。私も行つて調べて見ようかな』 と首を傾げて居る。原彦は、 原彦『マア少時御待ちなさいませ。今に田吾さまが帰へつて来れば、様子が分りませうから、大方最前出た泣きの守護神が極端に泣きの本性を発揮してるのかも知れませぬぜ。最前の様なお叱言を頂戴すると困りますから、マアゆつくりと此処に待ちませうかい』 宗彦『そうだな。待つてもよいが、併し何だか気がイライラして来た。田吾作一人遣つて置くのも心許ない。………そんなら此処に待つて居るから、原さま、お前往つて来て呉れないか』 原彦『ハイ、そりやモウさうです。あまり何ですから、何となく気分が何しませぬ。ならう事なら、何々様と御一緒に願ひたいものですなア』 宗彦『分つたやうな分らぬやうな事を云ふぢやないか。ハツキリと言つたらどうだ』 原彦『現在私の心が、あなたには分りませぬか。天眼通、天耳通、漏尽通、宿命通、自他神通、感通に天言通、七神通の阿羅耶識を得たと云ふ宣伝使ぢやありませぬか、「一を聞いて十を知る身魂でないと、誠の御用は出来ぬぞよ」……と神様が仰有いませう。さうすれば貴方は最前の百点を返上なさらねばならぬ破目に陥りますよ』 宗彦『俺は天言通はお神徳を戴いて居るが、どうもまだ人語通は得て居ないのだ。況して曇つた身魂の囁きは尚更判別がつきかねる。何程近くに居つても、御神諭の通り「灯台下は真暗がり、遠国からわかりて来るぞよ」……と云ふのが本当だからなア』 原彦『左様か、左様ならばあなたも何々の割とは何々ですな。私は今迄チツト許り八丁笠を買ひ被つて居りました』 宗彦『さうだらう、御互様だ。お前もモウチツト勇気が有るかと思へば、実に脆いものだ、田吾作でさへも、一人で探険にいつたのに、わしの側にくつついて、慄うて居るとは実に見上げたものだ。生命を宣伝使に差上げると云つた癖に、ヤツパリ生命が惜いと見えるワイ。きつく俺も買ひ被つたものだワイ』 原彦『初めに言つたのは、アラ見本ですよ。見本通の物品を製造して輸出でもしようものなら、海関税を沢山取られて、今日の烈しい商業戦争に零敗を取りますワ』 宗彦『アハヽヽヽ、お前は口ばつかりの男だなア』 原彦『さうですとも、ハラから出口の神が表に現はれて、此世を悪に立直し、善の身魂を改心させるお役ですもの……』 宗彦『悪に立直し、善の身魂を改心さすとは、そら何を言ふのだ』 原彦『イヤ一寸違ひました。「ニ」と「ヲ」との配置を誤つたのです。悪を立直し、善の身魂に改心させるのです。上に付くか、下に付くか、「に」……にか、「を」にか、どつちやにせよ、チツト許りの間違ひだ。さう一字や二字配置が違つたと言つて、気の小さい事を言ふものぢやありませぬワ。アハヽヽヽ』 俄に傍の小柴の中よりガサガサと音を立て、現はれて来たのは田吾作であつた。 宗彦『ヤア田吾作か、様子はどうだなア』 田吾作『最早讐敵は攻め寄せて候へば、あなたに代つて一戦、御身は早く此場を遁れて下さりませ……と口には言へど御名残……チヽヽヽヽヽヽチンチンだ』 宗彦『ハヽヽヽヽ、そんな冗談言つてる所ぢやなからう。どんな事が起つて居つたか、早く聞かして呉れい』 田吾作『ハイ申上げます。一方の大将は大岩石を楯に取り、一丈有余の大木の小枝に甲冑を鎧ひ、一生懸命に阿修羅王の如く荒れ狂ひ、采配採つて号令をなすあり、此方の谷間よりは、又古今無双の豪傑樹上に陣取り、負ず劣らず声を限りにキヤツキヤツキヤツキヤツの言霊戦、勇ましかりける次第なり、ハアハアハアハアだ。ウツフツフツウツフツフツフウ』 宗彦『なアンだ、ちツとも分らぬぢやないか』 田吾作『ソラさうでせうとも。実地目撃した私でさへも、テンと了解の出来ない、猿芝居、否猿合戦ですもの……』 宗彦『ハヽヽヽヽ、千匹猿の喧嘩だつたのか。なアーンだ、しやうもない。……サアサア愚図々々しては居られまいぞ。此前途で又々大蛇の芝居か、熊のダンスでも開演されて居るだらう、面白い無料観覧と出かけよう』 (大正一一・五・一四旧四・一八松村真澄録)
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霊界物語 21_申_高春山のアルプス教 02 夢の懸橋 第二章夢の懸橋〔六七六〕 高春山に割拠するバラモン教の一派アルプス教の教主鷹依姫を言向け和すべく、言依別命の旨を奉じて天の磐樟船に乗り、勢よく聖地を出発した高姫、黒姫は殆ど三ケ月を経るも何の消息もない。言依別命は密かに竜国別、玉治別、国依別の三人の宣伝使を招き、聖地の何人にも明さず、高春山に二人の消息を探査すべく出張を命じた。竜国別はもと高城山の松姫館に仕へたる竜若の改名である。玉治別は田吾作、国依別は宗彦の改名である。 教の花も香ばしく咲き匂ひたる桶伏の 山の麓にそそり立つ錦の宮を伏し拝み 言依別の命令を密かに奉じて三人は 月の光を浴びながら勇み進んで石原の駅 長田野、土師を夜の間に栗毛の駒に跨りて 蹄の音も勇ましく晨の風の福知山 尻に帆かけてブウブウと痩せ馬の屁を放りながら 青野ケ原を右左眺めて走る黒井村 心いそいそ石生の駅御教畏み柏原の 田圃を越えて進み行く。 此処は神智地山の入口、アルプス教の鷹依姫の勢力範囲として居る十里四方の入口である。鬼の懸橋と云つて、谷から谷へ天然に架け渡された一本の岩の橋がある。此処を通らねば何うしても高春山へ進む事が出来ない嶮要の地である。 幾百丈とも知れぬ山の頂きに天然に架け渡された石橋、眼下を流るる谷川の水は淙々として四辺に響き、自ら凄惨の気に打たるる許りである。玉治別はこの橋の前に着くや否や、頓狂な声を出して、 玉治別『ヨー要害堅固の絶所だ。アルプス教の奴、中々良い地点を撰んで関所にしやがつたものだなア。我恋は深谷川の鬼かけ橋、渡るは怖し、渡らねば、恋しと思ふ鷹依姫の鬼婆アさんに会はれない』 と無駄口を叩きながら半分許り進んで行つた。どうした機か、さしもに長い石橋は、中程より脆くも折れて、橋と共に玉治別は深き谷間に顛落し、泡立つ淵にドブンと、落ち込んで仕舞つた。 竜国別、国依別は此変事に胆を潰し、 竜国別『ヤア、国さん、何うしよう何うしよう』 と顔を見合して驚きの浪に打たれて居る。 国依別『今日は何となしに気分の悪い日だと思つて、石生の里から馬を放ちやり、三人が斯うしてテクついて来たが、まアまア結構だつた。馬にでも乗つて居らうものなら玉治別と一緒に馬も死んで仕舞ふところだつた』 竜国別『何を云つて居るのだ。馬位死んだつて諦めがつくが、肝腎の玉治別を谷底へ落して仕舞つて詮らぬぢやないか。何とか考へねばなるまい。馬と同じやうに取扱はれては玉治別も可憐さうだ』 国依別『アヽさうだつた。余り吃驚して狼狽へたのだ。サア川下へいつて、何処かの岩石に宿泊して居るだらうから、肉体なと探してやらねばなるまい』 と早くも引返す。竜国別も後についてトントンと四五丁ばかり引返し、谷川を彼方此方と眼配り、捜索し始めた。 いくら探しても影も形もない。二人は途方に暮れて施すべき手段もなく、悔し涙に暮れて居る。二三丁下手の方より、 『オーイオーイ』 と呼ぶ者がある。二人は、 竜国別、国依別『ハテなア、聞き覚えのある言霊だ』 と声する方に向つて駆出した。 見れば玉治別は、谷川の中に立つ大岩石ホテルの露台の上にて、着物を一生懸命にしぼつて居る。 竜国別『オー、お前は玉治別ぢやないか。何か変つた事はなかつたかなア』 玉治別『変つた事が大ありだ。堂々たる天下の宣伝使がお通り遊ばしたものだから、あれだけの大きい石の橋が脆くも折れよつて、忽ち玉治別のプロパガンデイストは、数千丈の空中滑走を旨く演じ、無事御着水、直ぐ谷川の水に送られて殆ど下流十丁許り、忽ち変る男の洗濯婆アさま、今濡れ衣を圧搾して居る最中だ、アハヽヽヽ』 と平気で笑つて居る。 国依別『オイ、貴様は真実の玉治別ではあるまい。あれだけ高い石橋から顛倒し、谷底の深淵へ墜落しながら、そんな平気な顔して居れる筈がない。大方貴様は化州だらう。オイ竜国別、ちつと合点が行かぬぢやないか』 竜国別『アヽさうだ。彼奴は何かの変化であらうよ』 と矢庭に眉毛に唾をつけて居る。 玉治別『実際は玉治別は死んだのだ。大岩石と共に墜落し、五体は木つ端微塵、流血淋漓として谷水を紅に染め、忽ち変るインフエルノの血の河となつたと思ひきや、まアざつと此の通り御壮健体だ。オイ竜、国の両人、お前も橋は無いが、あの橋詰から一辺飛び込んで見よ、随分愉快だよ』 竜国別『益々怪しからん事を云ふ奴だ。オイ国依別、も少し下を探して死骸でも拾うて帰らうぢやないか』 玉治別『お前の探す肝腎の玉は、この岩上に洗濯爺となつて鎮座坐しますのを知らぬのか。お前の考へはタマで間違つて居る。玉治別の宣伝使が二人もあつてたまるものかい。死骸を探すと云うても、死なぬ者の死骸が何処にあるか。そんな至難の業はよしにせよ。苦労の仕甲斐がないぞよ、アハヽヽヽ』 竜国別『本当に玉治別に間違ひは無からうかのう、国依別』 玉治別『間違ひがあつて耐らうかい。俺はお勝の婿の元の田吾作だ。これでもまだ疑ふのか。今の人民は薩張悪の心になりて仕舞うて居るから、疑がきつうて何を云うても誠に致さず、神も迷惑致すぞよ。改心なされよ。改心致せば盲も目があき、聾も耳が聞えるやうになるぞよ。灯台下は真闇がり、目の前に居る友達の真偽が分らぬとは良くも此処まで曇つたものだぞよ。玉治別の神も、今の人民さまには往生致すぞよ。余り鼻を高う致すと、鼻が邪魔して上も見えず、向ふも見えず、足許は尚見えぬやうになつて仕舞ふぞよ。開いた口が塞がらぬ、煎豆に花の咲いたやうな結構な御神徳が、目の前にぶらついて居りながら、灯台下は真闇がり、ほんに可憐さうなものであるぞよ。改心なされよ。改心致せば其日から目も見えるぞよ。身魂も光り出すぞよ。二人のお方疑ひ晴らして下されよ。玉治別の幽宣伝使に間違ひはないぞよ。これが違うたら神は此世に居らぬぞよ。余り慢心致して宣伝使が馬に乗つたり致すから、神罰を蒙つて、結構な神のかけた橋を折られ、谷川に落されてアフンと致さなならぬと云ふ実地正真を見せてやつたのであるぞよ。高姫や黒姫を見て改心なされよ。結構な二本の足を神界から頂きながら、偉さうに飛行船に乗つて、悪魔の征服なぞと云つて出かけるものだから、今に行衛が知れぬではないか。其方等は神の御用を致す宣伝使だ。鑑は何程でも出してあるから、鑑を見て改心致されよ。この玉治別は誠に結構な神が守護して御座るぞよ。明神の高倉、旭を眷属と致して、身代りに立てたぞよ。人民の知らぬ事であるぞよ、アハヽヽヽ』 国依別『オイオイ田吾作、馬鹿にするない。貴様は稲荷ぢやないか。稲荷なら稲荷ではつきりと云へ、俺はこれから貴様の審神をしてやるから、早く素直に往生致さぬと取り返しのつかぬ事が出来致すぞよ。ジリジリ悶え致しても後の祭り、苦しむのを見るのが国依別は可憐さうなから、気もない中から気をつけるぞよ。お前は俺の妹のお勝の婿に化けて居るが、早く往生致して改心致せばよし、余り我を張通すと、神界の規則に照らして帳を切るぞよ、外国行きに致すぞよ』 竜国別『こらこら何を云ふのだ。彼方にも此方にも、しようもない神懸をやりよつて、俺を馬鹿にするのか』 玉治別『神は直き直きにものは云はれぬから田吾作の肉体を借りて気をつけるぞよ。実地正真の手本を見せてあるぞよ。大本の大橋越えてまだ先へ、行方分らぬ後戻り、慢心すると其通り谷底へ落されて仕舞ふぞよ』 竜国別『エヽ怪体な、早く真正ものなら此方へ出て来い』 玉治別『真正者でも贋者でも、何時迄もこんな所に立つて居れるかい。早く改心して呉れ、改心さへ出来たなら、神はいつでも谷を渡つて、其方へ行つてやるぞよ』 国依別『竜公の改心の出来ぬのは、度渋太い豆狸の守護神であるから、玉治別神様が御降臨、イヤ御降来遊ばさぬのは無理もないぞよ。早く豆狸や、野天狗の守護神を放り出して、神様に貰うた生粋の水晶魂に磨いて下されよ。神は嘘は申さぬぞよ』 竜国別『エヽ兄と弟と寄りよつて、此谷底で竜国別を馬鹿にするのか』 玉治別『馬鹿にし度いは山々なれども、頂上に達した完全な馬鹿だから、此上もう馬鹿にしようがないので、玉もたまらぬから神も胸を痛めて居るぞよ』 竜国別、自暴自棄になつて、 竜国別『余り此世が上りつめて、悪魔計りの世になりて、神は三千年の苦労艱難致して此世に現はれて見たなれど、余り其処辺中が穢しうて、足突つこむ所も、指一本押へる処もありは致さぬぞよ。余り此豆狸の身魂が世界を曇らしたによつて、神が仕組を致して、玉治別の身魂を懲戒のために、折れる筈のない石橋をポキンと折つて、神力を現はし、身魂の洗濯をして見せたぞよ。曇つた世の中にも、一人や二人は誠の者があらうかと思うて、鉄の草鞋が破れる処迄探して見たが、唯た一人誠の者が現はれたぞよ。之を地に致して三千世界の立替立直しを致すのであるぞよ。竜国別の身魂は誠に結構な因縁の身魂であるから、神が懸りて何彼の事を知らさねばならぬから、長らく御苦労になりて居るぞよ。糞糟に落ちて居りて下されと神が申したら、一言も背かずに竜国別が聞いて下されたおかげによつて、神の大望成就致したぞよ。それについても因縁の悪い身魂は玉治別、国依別のガラクタであるぞよ。此身魂さへ改心致せば世界は一度に改心致すぞよ。此御方は誠に結構な清く尊い偉い立派な、世界にもう一人とない生粋の根本の元の分霊であるから、神が懸りて大望な御用が仰せつけてあるぞよ。世界の者よ、竜国別の行ひを見て改心致されよ』 玉治別『アハヽヽヽ、何奴も此奴も皆神懸の真似ばかりしよるわい。サアサアこんな人足に相手になつて居れば日が暮れる。一遍出直して、再び出陣しようかい』 と、濡れた着物を脇に拘へ、真裸のまますたすたと谷の流れを此方に渡り、坂道を谷沿ひに下り行く。二人は、 竜国別、国依別『オーイ待て』 と後を追ふ。 折から俄に黒雲塞がり、咫尺も弁ぜざるに至つた。玉治別は、 玉治別『オーイオーイ二人の奴、俺の声を目当について来い』 と力一杯呶鳴り立てる。 竜国別『アヽ吃驚した。何だい、夜中に夢を見やがつて、大きな声を出しよつて、寝られぬぢやないか』 国依別『アヽ俺もエライ夢を見て居つた。玉公の奴、鬼の懸橋から谷川に顛落し、軈て仕様もない事を口走りよつたと思つたら、何だ、夢だつたか。錦の宮の高殿に七五三の太鼓が鳴りかけた。サア早くお礼をして、言依別様の夜前俺達に云ひつけられた高春山征伐に向はうぢやないか』 折からの風に小雲川の水瀬の音は手に取る如く耳に入る。 言依別の御言もて聖地を後に竜国別の 神の命の宣伝使心の玉治別司 国依別を伴ひて小雲の流れを溯り 高春山の鬼神を征服せむと出で行きし 高姫黒姫両人を助けにや山家の肥後の橋 膝の栗毛に鞭打ちて草鞋脚絆に身を固め 菅の小笠の草や蓑巡礼姿に身を窶し 谷を伝ひてテクテクと須知蒲生野ケ原を過ぎ 観音峠も乗り越えて教の花の咲き匂ふ 珍の園部や小山郷翼なけれど鳥羽の里 道も広瀬の川伝ひ高城山を右手に見て 名さへ目出度き亀山の珍の館に着きにける。 此処には梅照彦、梅照姫の二人、言依別命の命を奉じ、小やかな館を建て、教を遠近に伝へて居た。三人の姿に驚いて梅照姫は奥に駆入り、 梅照姫『モシモシ御主人様、妙な男が三人やつて来ました。さうして門口に立つて動きませぬ。どう致しませうか』 梅照彦『誰人か知らぬが、服装が悪くつても、如何なる神様が化けて御座るか知れないから、鄭重にお迎へ申したらよからう』 梅照姫は召使の春公を招き、 梅照姫『何人か門に来て居られる筈だから、鄭重にお迎へ申して来なさい』 春公『承知致しました』 と門口に走つて出た。春公は其処をきよろきよろ見廻しながら独言。 春公『庭長にせよと仰有るから迎ひに出たが、誰も居やせぬぢやないか。乞食が三人居る計りで、大切なお客さまは見えはせぬ。ハヽア、もう、つい御座るのであらう。オイ其処な乞食共、其処退いて呉れ。唯今庭長さまがお越しになるのだから、お前のやうな乞食が門口に立つて居ると、見つとも好くない。サアサア何処かへ往つたり往つたり』 竜国別『貴方は当家の召使ですか。梅照彦は居られますかな』 春公『エヽ何をごてごて云ふのだ。人を見下げて召使かなんて、其様なものとはちつと違ふのだ』 竜国別『然らば貴方は当家の御主人ですか』 春公『マアマア何うでもよいわい。どつちかの中ぢや』 竜国別『御主人とあれば、一寸承はり度い事があつて参りました』 春公『そんな者に当家の主人は用が無いわい。早く何処かへ退散せぬか。今庭長さまがお越しになるのだ。邪魔を致すと此箒で撲りつけるぞ』 玉治別『これや、お前は此処の召使だらう。下男だらう。門前に三人の宣伝使が見えて居るのに主人にも取り次がず、追ひ出すと云ふ事があるものか。早く取り次いで呉れ』 春公『取り次がぬ事もないが、今日は俄にお取込みが出来たのだ。庭長さまがお出になるのだから、何れ御馳走をせなくてはならぬ、さうすれば又ちつとは余るから、明日除けて置いてやるから、更めて出て来い。それ迄其辺うちを迂路ついて、今日はまア他家で貰ふが好からう』 玉治別『お前は我々を乞食と見て居るのだなア。それや余りぢやないか』 春公『余りも糞もあつたものかい。縦から見ても、横から見ても乞食に間違ひはない。余りぢやと云うたが、今日は御馳走が余るとも余らぬとも見当がつかぬ。明日出て来い。屹度握り飯のあんまりを一つ位は俺がそつと除けて置いてやる。貴様も腹が空つとるだらうが、まア辛抱をして居れ。俺だつて生れつきの悪人ぢやない。つい十日程前まで、乞食に歩いて、道の端で飢に迫り倒れて居つたところ、此家の主人が拾ひ上げて下さつたのだから何処迄も大切に此門を守らねばならぬのだ。何卒頼みだから暫く他家へ行つて居て呉れ。今庭長さまがお見えになるのだ。若しその庭長さまが、此家の主人にでも何かの端に、此方の門口には乞食が三人立つて居ましたと云はつしやらうものなら、それこそ俺は此家を放り出されて又元の乞食になり、お前等の仲間に逆転せなくてはならぬから、何うぞここは俺を助けると思つて、暫く退却して呉れ。乞食の味は俺もよく知つて居る。辛いものだ。本当に同情するよ。訳の分らぬ無慈悲の奴だと恨めて呉れな』 国依別は大声を発し、 国依別『梅照彦々々々』 と呶鳴つた。春は吃驚して、 春公『コラコラ、そんな非道い事を云ふものぢやない。俺が叱られるぢやないか。乞食が云うたと思はずに、俺が主人を呼び捨てにしたやうにとられては耐らぬぢやないか。些とは俺の身にもなつて呉れ』 竜、玉、国の三人の宣伝使は一時に声を揃へて、 三人『梅照彦々々々』 と呶鳴り付ける。春は、 春公『やアこいつは耐らぬ、ぢやと云うて人の口に戸を立てる訳にも行かないわ。一つ奥へ行つて言ひ訳をして来う』 とバタバタと奥に駆込む。梅照彦は人待顔にて、 梅照彦『お客さまはどうなつたか。早くこちらへ御案内せぬか』 春公『イヤ、未だ見えませぬ。何うしてこんなに遅いのでせうなア』 梅照彦『今何だか大勢の声がしたではないか』 春公『あれは乞食が歌を歌つて御門前を通つたのですよ』 梅照彦『お前の声ではなかつたかな』 春公『イエイエ滅相もない、誰人が御主人様を梅照彦なんて呼びつけに致しますものか。何でも貴方のお名を知つて居る乞食が云つたのでせう』 梅照彦『ハテナ、それでも今妻が、門口に三人のお方が門を開けて呉れと云つてお待ちになつて居ると云うて居た。今御飯の仕度をすると云つて炊事場の方にいきよつたが、もうお客さまは帰つて仕舞はれたのかなア』 春公『イヽエ、まだお客さまは見えませぬ。唯三人の見すぼらしい乞食が、蓑笠を着て、門の傍に立つて居ります』 梅照彦『何、まだ立つて居られるか』 春公『御主人様、貴方はあんな乞食に丁寧な言葉をお使ひになるのですなア』 梅照彦『乞食だつて誰人だつて、同じ神様から生れた人間だ。丁寧に致さねばならぬではないか』 春公『それでも私に対しては余り丁寧ぢやありませぬな。いつも春、春と呼びつけになさるでせう』 梅照彦『そんならこれから、春さまと云つたらお気に入りますかなア』 春公『御尤もでございますなア』 斯く話す折しも、門口から宣伝歌が聞え来る。 (玉治別)『神が表に現はれて善と悪とを立て別ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直せ聞き直せ 身の過ちは宣り直す三五教の神の教 四方に伝ふる亀山の珍の館を守り居る 梅照彦の門の前遥々訪ね来て見れば 佇み居たる山の神我等の姿を見るよりも 踵を返し奥に入る嗚呼訝かしや訝かしや 主人の妻か下婢か不思議と門に立ち止まり 門の開くを待つうちに躍り出たる下男 我等の前に竹箒掃出すやうな捨言葉 庭長さまが来るまで帰つて呉れいと頑張つて 又もや門をピシヤと締め蒼惶姿を隠しけり 汝梅照彦司三五教の御教を 何と思ふか世の人を貴賤老幼別ちなく 救ひ助けて皇神の教の徳に靡かせつ 世人を守る神司世にも尊き天職を もはや汝は忘れしか神の教を笠に着て 体主霊従利己主義を発揮し居るは三五の 神の教に非ずしてバラモン教の行り方ぞ 我は御国を救はむと晨の風や夕の雨 そぼち濡れつつ高春の山に向うてアルプスの 神の教の司なる鷹依姫を言向けて 世人を救ふ神柱言依別の御言もて 漸う此処に来りしぞ汝が日頃のやり方は 今現はれた下男言葉の端によく見える 貴き衣を身に纏ひ表面を飾る曲人を 喜び迎へ入れながら服装卑しき我々を 唯一言に膠もなく追ひ帰さむと努むるは 全く汝が指金か但は下男の誤りか 詳細に御答へ致されよ朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 神に仕へし身の上は如何なる卑しき姿をも 如何なる見悪き服装せる乞食の端に至るまで 救ひ助けにやおかれまい汝は易きに狎れ過ぎて 救ひの道を忘れしか神は我等と倶にあり 神の勅を畏みて曲津の征途に上り行く 我等一行三人連れ竜国別や玉治別 国依別の宣伝使此処に暇を告げまつる あゝ惟神々々恩頼を蒙りて 早や暮れかかる冬の日を御稜威も高き高熊の 御山を指して進むべし梅照彦よ妻神よ 随分お健でお達者で神のお道に尽くされよ 私はこれにて暇乞ひ三人の司が凱旋を 指をり数へて待つがよいさアさア往かうさア往かう 門前払ひを喰はされて余り嬉しうは無けれども これも何かのお仕組か行けるとこ迄行つて見よう 決して世界に鬼は無い三五教の身の内に 梅照彦の鬼が坐すもしや我等の云ふ事が お気に障れば赦してよあゝ惟神々々 御霊の幸を賜へかし』 と玉治別は大声にて心の丈を歌ひ終つた。 梅照彦は此歌を聞くや、驚いて表門に駆けつけ砂上に頭を下げ、 梅照彦『これはこれは宣伝使様で御座いましたか。まことに下男が粗忽を致しまして、申訳が御座いませぬ。さアさアどうぞお這入り下さいませ』 玉治別『イヤ有難う。かういふ立派なお館へ乞食が這入りましては、お館の名誉にかかはりますから、今日はまアこれで御免を蒙りませう』 梅照彦『お腹立御尤もで御座いますが、つい失礼致しまして……全く下男の業で御座いますから、どうぞ許して下さいませ。さアさア御機嫌直して、トツトとお這入り下さいませ。コレ梅照姫、春公、お詫を申上げないか』 と呶鳴つて居る。二人は此声に驚いて様子は分らねど、梅照彦が土下座をして居るのを見て、自分も同じく大地に平伏して頭を下げた。 玉治別『今貴方は下男が悪いのだと云はれましたな。決して下男ぢやありませぬよ。責任は矢張主人にある。さう云ふ気のつかない馬鹿な男を、門番にするのが第一過りだ』 梅照彦『ハイ、何と仰せられましても弁解の辞がありませぬ』 竜国別『サア、事が分れば好いぢやないか。玉治別、国依別、お世話になりませうかい』 と先に立つて進み入る。二人もニコニコしながら、 玉治別、国依別『アヽ、エライお気を揉ませました。もうこれで一切の経緯は帳消だ。さア梅照彦御夫婦さま、春さま、何うぞ安心して下さいませ』 梅照彦『有難う御座います』 と安心の胸を撫で下し、妻諸共三人の後に従いて奥に入る。春公は門の傍に佇立し、 春公『アヽ庭長さまの御挨拶だつた。お蔭で免職もどうやら免れたやうだ』 (大正一一・五・一六旧四・二〇加藤明子録)
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霊界物語 21_申_高春山のアルプス教 06 小杉の森 第六章小杉の森〔六八〇〕 高春山の岩窟に巣を構へたる曲神の 鷹依姫を言向けて誠の神の御教に 靡かせ見むと三五の道の教の宣伝使 鼻も高姫黒姫が天の岩樟船に乗り 意気昇天の勢で高天原を後にして 天空高く飛んで行く三月経ちたる冬の空 何の便りも無き儘に言依別の神司 竜国別や国依別玉治別の三柱に 密かに旨を含ませつ高春山に向はしむ ここに三人の宣伝使草鞋脚袢に蓑笠や 軽き姿の扮装に万代寿ぐ亀山の 梅照彦が神館一夜を明かし高熊の 稜威の岩窟に参拝し神の御言を拝聴し 来勿止神に送られて善悪正邪の大峠 越えて漸う法貴谷戸隠岩の傍に 登りて見ればこは如何に行手に当りて四五人の 怪しき影は山賊の群と玉治別司 俄に変る三国岳蜈蚣の姫の片腕と 早速の頓智に山賊は一時は兜を脱ぎたれど 元来ねぢけた曲霊湯谷が峠の谷底の 木挽小屋なる杢助が家に立寄り金銀の 包みの光に目が眩み又もや元の曲津神 心の鬼に遮られ悪魔の道に逆転し 心秘かに六人は目と目を互に見合せつ 竜国別に従ひて津田の湖水の畔まで 素知らぬ顔を装ひつ三人の司と諸共に やうやう湖辺に着きにける。 三州『モシ玉治別さま、あなたは三五教の宣伝使と云つて居るが、実際は蜈蚣姫の乾児の玉公に間違ひはあるめい』 玉治別『馬鹿を言つては困るよ。汝はどうして、俺がそんな悪神に見えるのだ』 三州『論より証拠、泥棒の乾児を使つて、杢助の宅へ忍び入らせ、沢山の金銀を強奪しお前は赤児岩に待伏せして、乾児から受取つたのだらう。直接に盗らないと言つてもやはり人を使つて盗ませたのだから、要するに今回の強盗事件の張本人だよ』 玉治別『汝は今になつて、まだそんな事を言ふのか。俺の無実は既に杢助始め、大勢の者が氷解してゐるぢやないか』 三州『それでも戸隠岩の麓で、蜈蚣姫の片腕だと自白したぢやないか。ナア甲州、雲州汝が証拠人だ』 甲州『そらそうだ。蛙は口から、吾れと吾手に白状すると云ふ事がある。……オイ玉州モウ駄目だぞ。何と言つても自分の口から言つたのだから、竜州に国州、俺の観察は誤謬はあるまい。斯う大地に打おろす此杖は外れても、俺の言葉は外れよまいぞよ』 玉治別『アヽこれは聊か迷惑の至りだ。あの時は汝等を改心させる為に、三十三相の観自在天の真似をして方便を使つたのだ。これから高春山の曲神の征伐に向ふと云ふ真最中、内訌を起しては味方の不利益だから、そんな事は後に詳しく、合点の行く様に説明してやらう。今日は先づ沈黙を守るがよい』 三州『仮にも欺く勿れと云ふ宣伝使が、方便を使つたり、嘘を言つて良いものか。嘘から出た真でなくて、真から出た嘘を云ふお前は大泥棒だ』 遠州『コラ三州の野郎、尊き宣伝使に向つて、何と云ふ雑言無礼を吐くのだ。愚図々々吐すと此遠州が承知致さぬぞ』 三州『今迄は遠州の哥兄と尊敬して来たが、汝の様な泥棒心の俄に消滅する様な、腰抜は今日限り俺の方から縁を絶つてやらう。泥棒ならば徹底的になぜ泥棒で通さぬのだ、又改心するならば、本当の宣伝使に従つて誠の道へ這入るのなれば、俺だとてチツトも不服は称へないが、此玉に竜、国と云ふ代物は、どこまでもヅウヅウしく宣伝使だなぞと、仮面を被つて居やがるからムカツクのだよ』 遠州『オイ駿州、武州、汝はどう思ふ?俺はどうしても立派な宣伝使と観測して居るのだ』 駿州『俺もそうだ』 武州『定つた事だ。グヅグヅ吐すと、三甲雲の木端盗人、雁首を引抜いてやらうか』 三州『ナニ猪口才な』 と三州は俄作りの有合せの杖を以て、武州の向脛を擲りつけた。武州は『アイタヽ』と其場に顔を顰めて倒れた。続いて甲州、雲州の二人、遠州、駿州を目蒐け、向脛を厭と云ふ程擲りつける。脆くも三人は其場に踞んで顔を顰め、笑つたり、泣いたり、怒つたりして居る。 遠州『蟻も這はすなと云ふ大切な向脛を叩きやがつて、……覚えて居れ』 三州『杢助爺ぢやないが、肝腎のおアシをとられて苦しからう。おアシの沢山な蜈蚣姫さまの乾児共に修繕して貰へ。俺は最早汝等三人とは縁絶れだ。勿論玉、竜、国の奴盗人とも同様だ。こんな所に居るのは胸が悪い。これから先は善になるか悪になるか、我々三人の都合にする。汝等は鷹依姫に散々脂を搾られ、高姫、黒姫の様に岩窟の中へ閉ぢ込められて、木乃伊になるのが性に合うて居るワ……アバヨ』 と歯を剥き出し、腮をしやくり、尻を叩いて、あらゆる嘲笑を加へ、此場を棄て、湯谷ケ岳の方面指して駆けて行く。 三州、甲州、雲州の三人は津田の湖辺を後に、湯谷ケ岳の山麓に着いた。此処には少彦名神を祀りたる形ばかりの小さき祠がある。樫の大木は半ば枯れながら、皮ばかりになつて、若き枝より稠密な葉を出し、空を封じて居る。猿の声はキヤツキヤツと祠の背後の木の茂みに聞えて居る。 三州『オイ、ここまで漸く来るは来たが、玉治別以下の宣伝使はどうだらう。我々を此儘にして放任して置くだらうかな。彼奴は馬鹿正直者だから、「折角神の綱の懸つた三人、再び邪道へ逆転させては、大神様に申訳がない」とかなんとか云つて、俺達の後を追つかけて来はせまいかと、そればつかりが気にかかるよ』 甲州『向うにも現に三人の足を折られた連中が居るのだから、去る者は追はず、来る者は拒まずとか、何とか御都合の好い理屈を付けて、此アタ辛い山坂を、行方も知れぬ我々の後を追つかけて来さうな筈がない。マア安心したが宜からうぞ』 雲州『そんな心配は要らないよ。三人残してあるのだから、三人が三人の足にでも喰ひ付いて、何とか此方へ来ない様に工夫をするだらう。そんな取越苦労は止めたが良いワイ。彼奴等三人は足が痛いと云つて、キツと津田の湖を、玉治別と一緒に船に乗つて高春山の山麓に渡る手段をとり、湖水のまん中程で、俄に足痛が癒り、彼奴の懐の秘密書類を取り返し、ウマク目的を達するに定まつて居る。それよりも俺達は軍用金の調達が肝腎だから、自分の……これから作戦計画を進める事にしようぢやないか』 三州『何を言つても、百人力と云ふ豪傑の杢助だから、到底正面攻撃では目的を達する事は出来ない。幸ひに女房の葬式の手伝ひや、穴掘までしてやつたのだから、先方は気を許して俺達を歓迎するにきまつて居る。さうしてまだ女房の一七日は経たないのだから、彼奴も菩提心を出して、手荒い事はせないに定つて居るよ』 甲州『併し高春山に行くと云つて出たのだから、今更何と云つて、杢助をチヨロ魔化さうか、ウツカリ拙劣な事を云ふと、計略の裏をかかれて、取返しのならぬ大失敗に陥るかも知れない。爰は余程智慧袋を圧搾して、違算なき様に仕組んでいかねばなるまい。一つ此処で練習をやつて行かうではないか』 三州『オヽそれが宜からう』 甲州『三州、お前は杢助になるのだ。さうして俺と雲州がウマク化け込んで這入るのだ。其時の問答を、今から研究して置かねばならぬからのう』 三州『杢助の腹の中が分らぬぢやないか。それから観測せぬ事には此練習も駄目だぞ。……雲州、汝が一層の事、杢助になつたらどうだ。体も大きいなり、どこともなしにスタイルが似て居るからなア』 雲州『俺も俄に百人力の勇士になつたのかな。ヨシヨシ芝居をするにも、憎まれ役は引合はぬ。汝は小盗人役、此雲州が杢助だ。サア何なとウマく瞞して来い……雲州否杢助は智勇兼備の豪傑だから、借つて来た智慧や、一夜作りの考へではチヨロ魔化す事は到底駄目だぞ。此祠を杢助の館と仮定して、貴様等両人が金銀の小玉を、ウマく手に入れるべく言葉を尽して来るのだよ』 三州『定つた事だ。シツカリして肝腎の宝を、……杢助……どうして俺が盗るか、妙案奇策を出して来るから、今後の参考資料にするがよからう。泥棒学の及第点を貰ふか、貰へぬか、ここが成功不成功の分界線だ。サア甲州、二三丁出直して、改めて杢助館へ乗り込むとしようかい』 と二人は此場より姿を消した。 雲州『暫く此祠を拝借して、杢助館と仮定し、泥棒の襲来に備へねばなるまい。併し盗人は何時来るか分らないから、常に戸締りを厳重にして置くのだが、今度の盗人は予告して来るのだから、充分の用意が出来さうなものだが、さて差当つて防禦の方法が無い。本当の杢助なれば小盗人の五十や百は手玉に取つて振るのだが、此杢助はそう云ふ訳にも行かず、何とか工夫をせねばなるまい……オウさうだ。今持つて帰ると云ふ所へ、コラツと大喝一声腰を抜いてやるに限る。玉治別の宣伝使が何事も言霊で解決がつくと云ひよつた。一つ力一杯呶鳴つてやらう。併し此処に金銀の代りに砂利でも拾つて、褌に包んで、分らぬ様に置いとくのだなア』 と真黒の褌の包を祠の下にソツと隠した。 三州『オイ甲州、本当の杢助だないから、盗るのは容易だが、併しそれでは本当の練習にならぬ。何とか本真者と見做してゆかねば、本場になつてから当が外れ、首つ玉でも抜かれたら大変だからのう』 甲州『到底強盗は駄目だ。マア住込み泥棒の方法が安全第一だらう。彼奴は嬶アに死なれて困つて居る所、我々が親切に隠坊の役まで勤めてやつたのだから、巧妙く行つたら杢助も気を許して、俺達を泊めて呉れるに違ひはない……サア其覚悟で行くのだよ』 「ヨシヨシ」と三州は勢込んで行かうとする。甲州は袖をグツと握り、 甲州『オイオイそんな戦に行く様な調子で行つては駄目だ。涙でもドツサリと目に溜めて、如何にも同情に堪へないと云ふ態度を示して行かねば先方が気を許さぬぢやないか』 三州『まだ一二丁もあるから、ここで目に唾をつけても、到着までには風がスツカリ拭き取つて了ひよる。先方へ行つてから、ソツと唾を付けるのだ。忘れちや可かぬよ』 甲州『忘れるものかい』 とコソコソと足音を忍ばせ乍ら、 甲州『モシモシ杢助様、私は此間御宅で御世話になつたり、あんまり人の喜ばぬ隠坊までさして戴きました三州、甲州……モ一人は半鐘泥棒の雲州で御座います。併し雲州は其名の如く、どつかへウンでもやりに行つたと見えて遅れましたが、やがて後から来るでせう。あんな奴はどうでも良いのだ。折角盗つた宝を分配するのにも配当が少なくなるから、同じ事なら二人が成功すれば、それの方が余程結構だ』 三州『コラコラそんな腹の中を先へ言つて了ふとスツカリ落第だ。不成功疑なし。ここは杢助館ぢやないか』 甲州『杢助なれば又其考へも出るのだが、現在雲州が此処に居ると思へば、本気になつて泥棒の練習も出来ぬぢやないか』 三州『幸ひ、雲州の杢助がどつかへ行つて居ると見えて、不在だから良いものの、そんな事が聞えたら、サツパリ駄目だぞ』 甲州『さうだと云つて、我良心の詐らざる告白だもの』 三州『良心が聞いて呆れるワ。貴様の両親もエライ放蕩の子を持つたものぢや……と云つて泣きの涙で暮して居るだらう』 甲州『ヤア其涙で思ひ出した。早く唾を付けぬかい』 三州『そんな大きな声で言うと、発覚て了ふぞ。此方は何程目に唾を付けても、先方が音に聞えたツバ者だから、グヅグヅしてると、一も取らず二も取らず、アフンとせねばなるまいぞ。……モシモシ杢助さま、其後、よう御訪ねを致しませなんだが、御機嫌は宜しいかな、お嬢さまも御変りはありませぬか』 雲州『此真夜中にお前達は何しに来たのだ。折角改心し乍ら、俺の持つて居る金銀に眼が眩んで、魔道へ逆転して来たのだらう。モウ良い加減に改心をしたらどうだ。悪をする程世の中に馬鹿な奴はありませぬぞ。仮令人間は知らずとも、天知る地知る、自分の精霊たる本守護神も、副守護神も皆知つて居る。天網恢々疎にして漏らさず。良い加減に小盗人を廃めて、結構な無形の宝を手に入れる事を、何故心がけぬか。俺は女房がなくなつて非常に無情を感じて居るのだ。 白銀も黄金も玉も何かせん女房にます宝世にあらめやも 併し乍ら肉体のある限り、衣食住の必要がある。汝に慈善的に盗らしてやりたいのは山々であるが、さうウマくは問屋が卸さぬ。それよりも善心に立帰つたらどうだい』 三州『オイ雲州、しようも無い事を言ひよると、張合が抜けて泥棒が出来ないぢやないか。アーアーもう廃業したくなつた。併し乍ら遠州、駿州、武州に対しても、足まで叩き懲して仕組んだ狂言だから、不成功に終れば彼奴等に合はす顔がない。モウちつと変つた事を言つてくれ』 雲州『ヨシ、御註文通り変つた事を言つてやらう……其方はアルプス教の鬼婆の乾児であらうがな。改心したと見せかけ、目に唾を付け、俺の心に油断をさせ、金銀の小玉をウマくシテやらうと思つて来たのだらう。そんな事は俺の天眼通でチヤンと前に承知して居るのだ。此閾一足でも跨げるなら跨げて見よ。百人力の杢助だ。手足を引き千切つて、亡き女房の御供へにしてやらうか。狐鼠盗人奴』 三州『オイオイ雲州、さう出られては俺の施すべき手段がないぢやないか。女郎屋の二階で孔子の教を説く様な事を言ひよるものだから、拍子が抜けたワイ。強く出いと云へばそんな縁起の悪い事を言ひよつて、どうする積りだ。チツとは俺の立場になつて見よ』 雲州『サア勝手に持つて帰れ。貴様の執着心の懸つたこの金銀、長い浮世を短う太う暮さうと汝は思つて居るが、幽界へ行つて鬼に金の蔓で首を絞められ、逆様に吊られるのを覚悟して持つて帰れ』 甲州『コレヤ雲州の奴、しようも無い事を云ふない。そんな事を聞くと泥棒も出来ぬぢやないか』 雲州『さうだと云つて真理は依然真理だ。取りたい物は幾らでも取らしてやらう。其代りに俺も取つてやらう。汝の一つより無い生命を……金が大事か生命が大事か、事の大小軽重をよく考へて見い』 甲州『そんな事を考へて居つて、泥棒商売が出来るものかい』 雲州『泥棒商売が辛けれや働け。働くのが厭なら睾丸なつと銜へて死ぬるか、首でも吊つた方が良いワイ』 三州『ヤア此奴ア駄目だ。モウ練習も打切りにしようかい』 雲州『さうすると汝は最早断念したのか。腰抜野郎だなア。それだから天州の乾児になつて、ヘイヘイハイハイと箱根の坂を痩馬を追ふ様に言つて、いつ迄も頭が上がらないのだ。鉄槌の川流れとは汝の事だよ。何なつと持つて行かぬかい』 三州『持つて帰ねと言つた所で、何も無いぢやないか』 雲州『其処辺を探して見い。金銀の妄念が褌に包んであるかも知れぬ』 甲州『オイ三州、どうしよう。何でも好いから手に入れた摸擬をせぬ事には、練習にならぬぢやないか』 三州『さうだと云つて、プンプン臭気のする、斯んな褌が、どうして懐へ入れられるものか。屋根葺の褌を三年三月、鰯の糞壺の中へ突込んで置いた様な臭気がして居るワ……汝御苦労だが、懐へ入れてくれ。之でもヤツパリ金包だ、黄金色の新しい奴がそこらに付着して居るぞ。褌は古うても尻糞は新しい。早く処置を付けて、此奴の化物ぢやないが、カイた物がものを言ふ時節だ。併し書いた物と言へば、玉治別の懐にある一件書類を巧妙く遠州の奴、取返しよつたか知らぬて』 雲州『そんな外の話をする所ぢやない。一意専心、さしせまつた大問題を研究しなくてはなるまいが』 三州『杢助さま、私は真実改心致しました。玉治別の宣伝使の仰有るには……多寡が知れた高春山の鬼婆位に、お前達大勢をゴテゴテ連れて行くと見つともない。三人居れば大丈夫だ。それよりも早く杢助さまの宅へ行つて、亡くなられた奥さまの御霊前で祝詞を奏げて来い。何れ帰路には杢助さまのお宅へ寄るから、それまで毎日神妙にお前達三人は、故人の霊を慰めるのだ。又杢助さまも寂しいだらうから、話相手になつてあげるが良い。嬶アに死なれた時は何となく、世の中が寂寥になり、憂愁の涙に暮れるものだから、面白い話でもして、一呼吸の間でも、心を慰めてあげるが宜い。それが一番に亡者の精霊に対しても、杢助さまに対しても、最善の道だ……と斯う仰有つた。それで暫くの間お宅へ御厄介に参りました。決して金銀などを盗らうと思うて三人が相談して来たのぢやありませぬから、留守は私等三人が立派にしてあげます。サア暫く都会へでも出て遊んで来なさるか、友達の宅へでも行つて、酒でも飲んで来なさい。あなたの奥さまの霊が玉治別さまに姿を現はして、涙を零して頼まれたさうです。さうして金を見えぬ所へ隠して置くのは、金に対して殺生だ。妾の死骸を埋葬たも同然だから、よく分る所へ出し、さうして妾にも一遍見せる為に、霊前へ三四日供へて置いて下さい。さうすれば妾は天晴れ成仏致します…………と斯う仰有つたさうで、玉治別さまが……エー此亡者は執着心が強いと見えて、死んでからまでも金銀に目をくれるのか、身魂の因縁と云ふものは仕方のないものだ…………と仰有いました。どうぞ霊前へお供へになつても、我々三人が盗るのぢやありませぬ。万一無くなつたら、それはインヘルノの立派な旅館で宿泊る旅費に、奥さまが持つて行かれたのでせうから、惜気なく執着心を棄てて御出しなさる方が宜しからう……なア杢助さま』 雲州『此杢助は金なんかに執着はない。併し乍ら人間と云ふ者は宝を見るとつい悪心が起るものだから、折角改心したお前達に又罪を作らすは可哀相だによつて、マア金の在処は知らさぬがよい。強つて、それでも知りたければ知らしてやらぬ事は無い。嬶アの死骸の懐に持たして帰なしてあるのだから、玉治別の神さまの前へ現はれてそんな事を女房が言ふ筈がない。大方お前達が仕組んで来たのだらう。これから墓へいつて土を掘り起し、逆様に首を突込んで、懐の金を盗るなら取つて見い。女房は金に執着心の強い奴だから、キツト冷たい手で、お前達の素首にギユツと抱付き、頭を下にしられて、汝の尻の穴を花立に代用するかも知れやしないぞ。それでも承知なら墓へいつて掘つて行かつしやい』 三州『オイ雲州、モウ汝の杢助は駄目だ。臨機応変、兎も角杢助の住家へいつてから、当意即妙の知識を発揮する事にしよう。何事も俺の云ふ通りにするのだぞ。衆口金を溶かす……と云つて、大勢が喋舌ると、目的の金銀が溶けて無くなつて了うと困るから、総て俺に一任せいよ』 雲州『何だか雲でも無い様な気になつて了つた。杢助気分が漂うて、汝等が泥棒に見えて仕方が無いワ』 三州『汝も泥棒ぢやないかい』 雲州『モウ此計画は中止したらどうだ。何とはなしに大変な罪悪を犯す様な気がしてならないのだよ』 甲州『何れ善ではない。併し我々泥棒としては、巧妙く手に入れるのが最善の方法だ。善とか悪とか、そんな事に心を奪はれて、どうして此商売が発展するか。サア大分に夜も更けた、これからボツボツ行かう』 と十丁許り前方の杢助が館に、体を胴震ひさせ乍ら、萱の穂のそよぎにも胸を轟かせつつ心細々脚もワナワナガタガタ震ひで進んで行く。 (大正一一・五・一九旧四・二三松村真澄録)
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(1909)
霊界物語 27_寅_麻邇宝珠の紛失/琉球物語 02 清潔法 第二章清潔法〔七八四〕 西に円山東に小雲山と川とに挟まれし 並木の松の片傍り桧、松、杉、柏木の 丈余にあまる大木は天を封じて立ち並ぶ それの木蔭に瀟洒たる丸木柱に笹の屋根 青、白、赤の庭石もどことは無しに配置よく 敷き並べたる庭の奥幽かに聞ゆる話声 聞くともなしに友彦は思はず門をかい潜り 何かの綱に曳かれしごと何時の間にやら門の口 此処は高姫御館奥には幽かな人の声 何処の客かは知らねども何は兎もあれ戸を叩き 主人の様子を窺はんさうぢやさうぢやと独言 忽ち表戸打ち叩き『教の道の友彦が 久方振にお館へ帰り来ませる高姫に 敬意を表して御挨拶申さんものと取る物も 取らずに尋ね来ましたぞお構ひなくば表戸を 早く開けさせ給へかし』呼べば中より安公が 『折角乍ら友彦よお前は意地久根悪い故 高姫さまの気に合はぬ今も今とて国さまや 秋彦さまがやつて来て何ぢや彼んぢやと駄句りつつ 形勢不穏と見済まして尻を紮げて去にました お前も立派な男なら些とは考へなされませ 奥の一間に高姫や高山彦や黒姫が 夏彦、常彦前に置き秘密の話をして御座る 秘密は何処迄秘密ぢやと高姫さまの常套語 今日は風向悪い故去んだがお前の得だらう 男を下げて帰るより貞操深きテールスの 姫の命と親密に尊き神の御言葉を 調悟つた其上で喧嘩の材料を蓄へて 此場を出直し堂々と捲土重来するがよい 七尺男が高姫や黒姫さまに凹まされ 泡を吹くのも見ともないお前は私の好きな人 お鼻の赤い愛嬌者木花姫の再来と 勝公さまが云うて居た一度に開く蓮花 此処は聖地の蓮華台それの麓の神館 嘘か誠か知らねども系統の身魂に憑られし 日の出神が御座るぞや竜宮海の乙姫も 黒姫さまを機関とし天狗の身魂も引き添うて 高山彦の夫婦連れ三人世の元結構と 済ました顔で御座るのに赤鼻天狗がやつて来て 鼻と鼻とが衝突し又もや悶着起りなば 安公さまも勝公も何うして傍に居られよか 地震雷火の雨もさまで恐れぬ豪傑の 安公さまも高姫のその鼻息にや耐らない 男一匹助けると思うて帰つて下さんせ 肝腎要の性念場秘密話の最中に お前が来たと聞いたなら忽ち起る暴風雨 柱は倒れ屋根剥れ険難至極の修羅場裏 あゝ惟神々々御霊幸はへましまして 白い玉をば預かつたジヤンナの郷の救世主 此処では詮らぬ宣伝使神の上には上がある 口が悪いと腹立てて怒つて呉れなよ高姫が 今日も今日とて云うて居た俺が云うので無い程に 日の出神の生宮の御霊が憑つて説き明す 斯う云ふ中にも高姫のお耳に入れば大変だ 地異天変は目のあたり早く帰れ』と促せば 友彦フフンと鼻で息『魂ぬけ婆さまの高姫が 四股の雄健び踏み健び何程勢強くとも バラモン教の友彦と世に謳はれた俺だもの 高姫位が何怖い女の一人や十人が 怖くて此世に居られよか腰抜け野郎』と云ひながら 力の限り表戸を押し分け入らんとする所 『千騎一騎の此場合友彦如きに這入られて 何うして門番勤まろか後でゴテゴテ高姫の お小言聞くのが耐らない友彦お前は夫程に 物の道理が分らぬか荒浪凪いだ明朝 又出直して来てお呉れ其時こそは喜んで 𧘕𧘔つけて門口へ私が出迎へ致します 頼む頼む』と泣き声を放てば友彦立ち止まり 平地に浪を起すよな悪戯しても済まないと 心を柔げ声を変へ『お前の云ふのも尤もだ そんなら今日は帰ります高姫さまや黒姫に 友彦さまがやつて来て秘密の話があるさうぢや お邪魔をしてはならないと賢いお方の事なれば 先見つけて我館いそいそ帰つて往きました 万一明日来たなれば高姫さまも黒姫も 高山彦も安公も𧘕𧘔姿でお出迎ひ 必ず粗相あるまいぞ呉れ呉れ申て置く程に 沢山さうに友彦とお前は思うて居るだらう 黄金花咲く竜宮の一つ島にて名も高き ネルソン山の峰続きジヤンナの郷の救世主 小野の小町か衣通かネルソンパテイか楊貴妃か テールス姫かと云ふやうな古今無双のナイスをば 女房に持つた果報者必ず必ずこの言葉 忘れちやならぬぞ高姫に頭を低ふ尻高く 犬蹲踞に身構へし申伝へて呉れよかし 高姫さまも友彦の光来ありしと聞くならば 忽ち顔色青くして待ち兼ね山の友彦が 訪ねて来たのを素気なくも主人の我に無断にて 帰すと云ふ事あるものか気の利いた割に間の脱けた 安公の野郎と頭から雷さまが落ちるだろ 夫を思へば安公がお気の毒にて耐らない 減らず口ぢやと思ふなよ武士の言葉に二言ない 研き悟りし天眼通鏡に映したその如く 一切万事知れて居るあゝ惟神々々 御霊幸倍坐ませよ青垣山は裂けるとも 和知の流は涸れるとも友彦さまの云つた事 一分一厘違はない大地を狙つて打ち下ろす 此棍棒は外れても我一言は外れない 頤が外れて泡吹いて吠面かわいて梟鳥 夜食に外れた時のよな妙な面つきせぬやうに 親切心で友彦が一寸お前に気をつける 教の道の友達の好誼ぢや程に安公よ 決して仇に聞くでない天が下には敵も無く 一人も悪は無い程に心の隔ての柴垣を 早く取り除け世の中の人を残らず仁愛の ミロクの眼で見るならば尊き神の御子ばかり 高姫さまに此事を重ねて云うて置くがよい 別れに望んで友彦が一寸憎まれ口叩く あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と歌ひ乍ら夕焼の空を打ち仰ぎつつ、いそいそと我家をさして帰り往く。 友彦の帰り往く後姿の見えぬ迄見送つた安公は、 安公『アヽとんでも無い奴がやつて来やがつて、いらぬ気を揉ましやがつた。褒めて去なさうと思へば調子に乗つて這入らうとする。仕方が無いから悪く云つて帰さうと思へば、無理やりに戸を押し開けて這入らうとする。困つた奴だ。あんな男を此の結構な日の出神のお館へ入れやうものなら、又高姫さまが四足身魂が来たから、此辺が汚れたから、塩をふれ、水を撒け、其辺を掃けと矢釜しく仰有るに違ひない。此広い庭前を俺達二人が何程鯱んなつても、お気に入るやうな事は出来はしない。マアマア高姫さまに分らいで掃除だけは助かつた。友彦の奴減らず口を叩きやがつて、𧘕𧘔姿でお出迎ひせよと馬鹿にしやがる。併し俺が一寸其場逃れにお仕着せ言葉を使つたのが誤りだ。……何、変説改論の世の中、日進月歩だ。今日の哲学者の以つて真理となす所、必ずしも明日は真理でない。又夫以上の大真理が発見せられたら、今日の真理は三文の価値も無く社会から葬られて仕舞ふのだ。エヽそんな事考へて取越苦労をするのは馬鹿らしい。刹那心を楽しむのだ。あゝ今と云ふ此刹那の心配と云うたら有つたものでない。併しマア無事に帰つて呉れたので、俺も今晩は足を長うして寝られるワイ』 と口の中で呟いて居たが、いつしか声高になり、高姫が小便に往つた帰りがけ、フト耳に入り、 高姫『これこれ安公さま、お前今大きな声で何を云つて居たの』 安公『ハイ、眼下に瞳を放てば淙々たる小雲の清流老松の枝を浸し、清鮮溌溂たる魚は梢に躍る。実に天下の絶景だ。それにつけても此お庭先、勝公と安公さま両人の丹精により、実に清浄なものだ。実に一点の塵もなく汚れも無い。まるで御主人の身魂に好く似た綺麗な庭先だと、感歎して居た所で御座いますワイ』 高姫『友彦が何とか、……云うて居たぢやないか』 安公『ヘー、……ヘヽヽヽー、左様で御座います。舳解き放ち艫解き放ち、あの水面を漕ぎ渡る船の美しさ。兎も角も何ともかんとも云はれぬ、結構な眺めだと云つて居ましたのですよ』 高姫『これ安公さま、お前は掃除するのが嫌ひだらう』 安公『ハイ、決して決して、身魂の洗濯、心の掃除するために此聖地へ修業に参り、貴女のお館の掃除番をさして頂き、日々身魂を結構に研かして貰うて居ます』 高姫『何うも糞彦の匂ひがする。厠の穴から抜け出た男の友彦が来たのぢやないかな』 安公『何とまア貴女の鼻は能う利きますね。恰でワンワンさまのやうですわ』 高姫『私の云ふ事なれば聞いて下さるかな』 安公『ハイハイ如何なる事でも聞きまする。仮令貴女が死ねと仰有つても背かずに聞きまする』 高姫『耳だけ聞くのぢやないよ。聞くと云ふのは行ひをする事ぢや。サア是から屋敷中隅から隅まで箒で掃き浄め、塩をふり、水を一面に打つて下さい。さうして此雨戸にも何うやら四足の手で押したやうな臭がする、此戸の薄くなる程砂で磨いて擦つて置きなさい』 安公『それや……些と……ぢや御座いませぬか』 高姫『些とで不足なら座敷から厠の中迄掃除をさして上げやう。人間は苦労せなくては神様の事は分りませぬぞエ』 安公『チー……、チツト……、ムヽヽヽですな』 高姫『そんならとつとと今日限り帰つて下さい』 安公『勝公さまと二人で掃除をさして頂くのでせうなア』 高姫『勝公さまは炊事万端、座敷の用もあるし、一息の間も手が抜けませぬ。エヽ何だか汚い臭がする。是から夜が明けても構はぬ、掃除をするのだよ』 安公『アヽ掃除ですか』 と力無げに頸垂れる。 高姫『安公さま、間違無からうなア』 安公『ヘエー……』 と長返辞し乍ら水桶を持つて井戸端に、のそりのそりと進み行く。高姫は細い廊下を伝つて奥の間に姿を隠した。 安公はブツブツ云ひ乍ら、十三夜の月の光を幸に、さしもに広き庭の面に、深い井戸から撥釣瓶に汲み上げては手桶に移し、撒布しながら、小言を云つて居る。 安公『アヽ大変な事が起つて来た。天変地異よりも何よりも俺に取つては大問題だ。大国治立尊様が三千世界をお立替へ遊ばし、綺麗薩張水晶の世になさる以上の大神業だ。併し乍ら折角ちやんと掃除を済まし、高姫衛生委員長の試験にやつと合格して、やれやれと息を入れる時分に、又もや友彦が明日になるとやつて来よる。さうすりや又同じ事を繰返さねばなるまい。高姫も高姫じや、友彦も友彦ぢや、鷹とも鳶とも、鬼とも、蛇とも、馬鹿とも、何とも訳の分らぬ代者の寄合だ。さうぢやと云つて此儘掃除をせずに置く訳にも往かず、是非とも皆やらねばならぬ。旭は照るとも曇るとも、月は盈つとも虧くるとも、仮令大地は沈むとも、友彦の命のある限り、やつて来ぬとも分らない。困つたものだ。同じ神さまの道に居ながら、何故犬と猿のやうに仲が悪いのだらう。共に手を引き合うて往かねばならぬ神のお道、とも角も困つたものだなア、エヽ焼糞だツ。 (安公)『今日は九月の十三夜俺の副守よ能つく聞け 必ず忘れちやならないぞこんな苦しい目に遭ふも 鼻赤男の友彦が来やがつたばかりに肉体も お前も共に苦労する苦労するのがイヤなれば 俺の体を一寸放れ鼻赤天狗に憑依して 又しても友彦が来ぬやうに頭を痛め足痛め 鉄条網を張つて呉れ毎日日日来られては 俺の肉体がつづかないあゝ惟神々々 叶はん叶はん耐らない叶はん時の神頼み 同じ主人を持つならば言依別神さまや 杢助さまのやうな人神さま持たして下しやんせ 鼻高姫の頑固者偏狭な心を出しよつて 気に喰はぬ奴が来たと云ひ汚れて臭いとは何の事 我儘気儘も程がある人を使はうと思つたら 一度は使はれ見るがよい高姫さまのやうな人 弥嫌になつて来た是から此家を夜抜けして 国依別か秋彦の館を指して逃げ込まうか 宇都山郷の破屋の松鷹彦の真似をした 俺は矢張国さまの親の御霊か知れないぞ エヽエヽ思へば高姫が小癪に触つて耐らない 小癪に触つて耐らない小杓を握つた此手さへ びりびり震ひ出して来たエヽ邪魔くさい邪魔くさい』 云ふより早く水桶を頭上に高く差し上げて 庭に並んだ捨て石を睨んでどつと打ちつける 桶は忽ちめきめきと木つ端微塵に潰滅し 水は一度に飛び散つて高姫黒姫其外の 居間の障子に打つ突かる高姫驚き外面をば 眺める途端に安公は『お前は高姫黒姫か 長らくお世話になりましたお前のやうなえぐい人 誰がヘイヘイハイハイと粗末な粗末な椀給で 御用聞く奴がありませうか一先づ御免候へ』と 後を振り向き振り向いて月の光を浴びながら 黍畠深く隠れける。 高姫『エヽ仕方のないものだ。とうとう彼奴は国依別の悪霊に憑かれて仕舞つたな。是から国依別の館に行くと、独言を云うて居た。四つ足身魂が出て来ると、碌な事は一つも出来はしない。……なア黒姫さま、確りしないと貴方も何時悪神に憑依せられるか分りませぬぜ』 黒姫『オホヽヽヽ』 斯かる所へ勝公は、 勝公『もしもし御一同さま、大変に御飯が遅れて済みませぬ。どうぞ此窓を開けて、お月さまを見乍ら、悠くりとお食り下さいませ』 高姫『あゝ夫は御苦労だつた。お前も早う御飯をお食り、安公のやうに飛び出さぬやうにして下されや』 勝公『ヘエ、もう彼奴は飛び出しましたかな。ヤヽ仕舞つた。先立たれたか、残念だ』 高姫『これこれ勝公さま、お前は何を云ふのだ。高姫館が嫌になつたので、抜け出す積りで居たのだらう』 勝公『何だか聖地の方々に対しても肩身が狭いやうな気が致しましてなア。立寄れば大木の蔭とやら、何程此お館に大木が沢山あつても、箸と親分は丈夫なのがよいとか申しましてな。実は一寸思案をして居りますので御座いますワイ』 高姫『宜敷い、旗色のよい方につくのが当世だ。体主霊従の杢助さまにでも引き上げて貰ひなさい』 勝公『今日から此処を出されては実は困ります。何と云つても、○○の留守をして居つた奴だからと云つて、誰も彼も排斥して使つて呉れませぬから、止むを得ず貴方のお宅にお世話になつて居ました。よい口があれば誰がこんな所へ半時でも居りませうか。私の口が出来る迄一寸腰かけに置いて下さい』 高姫『エヽ汚らはしい。そんな心の人はトツトと去んで下さい、反吐が出る』 勝公『神様は反吐の出るやうな汚い者を集めて洗濯をなさるのぢやありませぬか。清らかな者計りなら、別に教を立てる必要はありますまい。高姫さまもよい洗濯の材料が出来たと思つて、も少し私の身魂を洗濯して下さいな』 高姫『もう洗濯屋は廃業しました。洗濯がして欲しければ一本木迄いつて来なさい。サアサアトツトと帰つた帰つた……とは云ふものの、明日から誰が飯を炊いて呉れるだらう。チヨツ、いまいましいが、そんなら暫く置いて上げよう』 勝公『何だか安公が出やがつてから俺も出たくなつた。何ぼう置いてやると云うても居る気もせず、あゝ仕方がないなア』 と小さい声に呟きながら、納戸の方に姿を隠した。 (大正一一・七・二二旧閏五・二八加藤明子録)
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(1919)
霊界物語 27_寅_麻邇宝珠の紛失/琉球物語 12 湖上の怪物 第一二章湖上の怪物〔七九四〕 言依別は若彦と共に、途中に国依別の身に対し、斯かる変事ありとは夢にも知らず一心不乱に神言を奏上し乍ら、千畳敷の岩石、彼方此方に伍列する谷間に、漸く辿り着き、目を放てば紺碧の淵、際限もなく山と山との谷間に押し拡がり、風も無きに波高く立ち騒いで居る。一見して実に凄惨の気に襲はるる如くである。言依別は後振り返り、 言依別『若彦さま、ここは琉と球との宝玉を持つて居る竜神の棲処でせう』 若彦『ハイ左様で御座います。今日は大変に浪が荒れて居ります。屹度途中に於て国依別、常楠が、何か神慮に叶はぬ事を行つたのではあるまいかと、気に掛つてなりませぬ。………アレアレ御覧なさいませ。此無風地帯に浪は増々荒くなつて来たではありませぬか。アレアレ山の如き波が立つて来ました』 言依別『成程、此湖水は余程趣きが違つて居ります。此波の立つ様子から考へても、貴き竜神が潜伏して居られるのは明かであります。併し乍ら国依別や常楠其他の方々は、如何なつたのでせうか。大変に遅いぢやありませぬか』 若彦『途中に於て、竜神の守護すると云ふ太平柿が、枝もたわわに実のつて居りましたが、大方彼の柿でも国依別さまが取つて喰ひ、竜神の怒りに触れて、一騒動をオツ始めて居るのではありますまいかと気が気でなりませぬ』 言依別『あの男は茶目式で、揶揄専門より外に芸能のない男だ。然し淡白で正直で面白い奴だから、人の恐れる柿を取つて見ようなぞと、痩我慢を出したのかも知れませぬよ。常楠翁は実に真面目な人だから、矢張国依別の巧い口に乗せられて、犠牲を喰つて居るのでせう。何は兎もあれ一同無事な様に此処で祈願を致しませう』 と両手を合せ、湖面に向つて両人は天津祝詞を奏上し、天の数歌を唄ひ上げて稍時を費やした。 木の間を漏れて笠が揺ついて来る。よくよく見れば常楠は只一人、息せききつて登り来り、二人の前に手を突いて、 常楠『ドウも御待たせ致しました。嘸御退屈で居らせられたでせう。これには少し訳が御座いますので、ツイ時間を潰しました。どうぞ御赦しを願ひたう御座います』 言依別『大方国依別が、竜神の柿を採つて喰つたのぢやありませぬか』 常楠『ハイ其為めに大変な珍事突発致し、イヤもう気を揉みましたが、稍安心する事が出来ましたので、取るものも取り敢ず、此処迄急いで登つて参りました』 と息をつぎつぎ苦しさうに物語る。言依別は膝を進め猶も次から次へと、詳細に尋ねた。常楠は有りし事ども一切包まず隠さず物語つた。 三人は又もや国依別の無事を祝し、再び感謝祈願の祝詞を奏上しつつあつた。其処へ以前の歌を歌ひ乍ら、意気揚々として国依別は、チヤール、ベース外五人を引き連れ、三人の前に現はれ、頭を掻き乍ら、 国依別『イヤどうも、長らく御待たせ申して申訳が御座いませぬ。様子は残らず常楠翁から御聞取の事と存じますれば、何も申上げませぬ。これにて私も副守護神の茶目坊が悉皆退散致しまして、本当に真摯な、率直な、清廉な、潔白な、勇壮活溌な人物に生れ代りました』 若彦『アハヽヽヽ、国依別さま、茶目坊は……益々猛烈なつたぢやありませぬか』 国依別『灯火の滅せんとするや其光殊に強し……とか云つて、副守の奴、今や滅亡の断末魔の悲痛の叫びで御座います。実に悲痛こい守護神で、国依別も誠に迷惑千万。チヤール、ベースの両人も、鰒の如く腹膨れ、臨月の女房が三ツ児腹を抱へた様な体裁、ウンウンキヤアキヤア唸り通し、揚句にや皮癬掻いて、おまけに疳瘡で、陰金たむしで………』 若彦『国依別さま、又脱線しましたぞ。好い加減に茶目坊を追ひ出しなさらぬか』 国依別『何程チヤール、ベース坊を追ひ出さうと思うても、私に引付いて生命の親ぢやと思うて、副守が放れぬのですから仕方がありませぬ……なア、チヤール、ベース、若彦さまの仰有る通り、モウ私の副守護神になる必要はないから、トツトと離れて下さい』 常楠『オホヽヽヽ、何とまア、戦場に臨んで気楽な事を言うて居る方だ事』 国依別『強敵を前に控へて横笛を吹き、悠揚迫らざる其態度、これで無くては本当の言霊戦に参加し、大勝利を羸ち得る事は不可能でせう。アハヽヽヽ』 此時一陣の暴風水面より吹き起り、巨大なる岩石迄空中に巻き上げる勢となつて来た。「コリヤ大変」と国依別は、大木の幹に抱付き、一生懸命に声迄震はせて祈念して居る。何故か言依別、若彦、常楠其他一同は、さしもの暴風に裾さへも吹かれず依然として其場に端坐して居た。 言依別『国依別さま、強敵を前に控へて、余裕綽々たる貴下の態度、実に感じ入りました』 若彦可笑しさを耐へて「キユーキユーキユープー」と吹き出して居る。常楠は真面目な顔をして控へて居る。 国依別『綽々として根つから余裕は有りませぬ。神直日、大直日に見直し聞直して下さいませ。どうぞ此烈風を止まるやうに御祈念して下さい。あのやうな大岩石が頭上に落下しようものなら、それこそ五体は微塵になりませう。何だか体躯の筋肉が細密に活動し初めました』 若彦『国依別さま、何処に烈風が吹いて居りますか。少し風が欲しい位だ。余り暑いからなア……貴下の目には風が吹くやうに見えますか』 国依別『アヽどうしても……コリヤ……私はどうかして居るワイ。ほんに矢張風は吹いて居りませぬなア。大方過去か未来の烈風の惨状が時間空間を超越して、私の目に映つたのでせう』 若彦『何処迄も徹底した何々ですな、アハヽヽヽ』 と笑ふ。 言依別命は厳然として、 言依別『サア、国依別さま、是からが正念場だ。今晩は此谷間の湖水を眺めて祈願を凝らし、竜神の宝玉を受取らねばならない、大切な用でありますぞ。是限り真面目になつて善言美詞の一点張り、気を付けなされませ』 国依別『ハイ』 と淑やかに夢から覚めたる如く、両手を突き真面目くさつて、頭を下げて居る。一同は三間計り距離を隔てて、谷川の湖辺に伍列する岩影に身を忍ばせ、暗祈黙祷し乍ら時の移るを待つ事とした。 夜は追々と更けて来る。西から東から延長した、山と山との谷間は、二十三夜の利鎌の様な月、漸く雲を押し分けて昇つて来た。一同は月光に向つて祈願を凝らし居る際、礫の雨、まばらにパラパラと石を撒くやうに降つて来た。湖面を見れば幾つともなく、水鉢を並べた様に水面に凹みを印し、円き波紋は互に重なり重なりて、時計の蓋の生地の様に見えて来た。暫くにして大粒の雨は止まつた。湖底に得も言はれぬ蜒々たる火柱の如きもの横たはり輝き初めた。一同は声を潜めて、此光景を見守つて居る。微妙の音楽に引かへ、四辺の谷々山々より何とも云へぬ殺風景な怪音が一時に響いて来た。大地は唸りを立てて震動し、一同の体迄がビリビリと響き出した。忽ち四辺は暗澹として咫尺を弁ぜざるに立至つた。 其時忽然として波の上を歩み乍ら、此方に向つて進み来る白色の長大なる怪物がある。近づくに従つてよくよく見れば、頭髪飽迄白く背後に垂れ、髯は臍の辺まで垂らし、顔は紅の如く目は鏡の如く、金色燦然たる二本の角四五寸許りのもの、額の左右に行儀よく並立し、耳迄引裂けたる鰐口に金色の牙を剥き出し、何とも言へぬ妙な石原薬鑵声で、 怪物『我こそはハーリス山の竜神、大竜別命、大竜姫命の一の眷属、竜若彦神であるぞよ。其方事聖地に於て、玉照彦、玉照姫命より神命を奉じ、琉、球の宝玉を大竜別命、大竜姫命より受取らんと、遥々此処に来れる事、大神様に於ても止むを得ずとして、御満足遊ばして御座る。併し乍ら言依別命の幕下に仕ふる、国依別命、竜神の柿を盗み喰ひし其為めに、我眷属共大に立腹致し、斯かる天地の道理を弁へざる家来を持つ言依別に渡す事は、一つ考へねばならぬと大変な大評定で御座る。も一度聖地へ帰り、出直して修行を一から行り替へ、改めて二つの宝玉を御迎ひに参つたがよからうぞ』 若彦『それ見よ、国依別さま、お前一人で皆の者が総崩れになつたぢやないか。それだから一匹の馬が狂へば千匹の馬が狂うと云ふのだ』 国依別『八釜敷う云ふな。俺が竜若彦に直接談判をやつて、見ん事受取つて帰る。……コラコラ竜若彦とやら、汝は三五教の宣伝使に向つて、礼儀を知らず不届きな奴だ。種々と化様もあらうに、其方の失敬千万なる顔は一体何だ。人に対する時は最も美はしき顔色を以て、笑顔を十二分に湛え、挨拶するが神の礼儀なるに、鬼面人を驚かすと云ふ、其方の遣り方、国依別中々承知仕らぬぞ。これに返答有らば承はらう。……又竜神の柿を採り喰ひしを、汝は非常に罪悪の如く今申したが、彼の柿なるもの、竜神の平素食す可きものなるや返答聞かう。柿は人間の喰うべきもの、人間に次いでは猿、烏の食す可き物だ。人にも喰はさず、棚にも置かず、あたら天与の珍味を毎年木に腐らし、天恵を無視する大逆無道、国依別…サアこれより言霊の神力を以て、汝等は申すに及ばず、大竜別命、大竜姫命を言向け和し、天晴、琉、球の玉を奉らせ呉れん。此方の言に向つて一言の弁解あるか……一二三四五六七八九十百千万………』 と国依別は自暴自棄になり、背水の陣を張つて力限りに言霊を奏上した。竜若彦命と称する怪物は、次第々々に容積を減じ、遂には豆の如くになつて消えて了つた。国依別は、 国依別『アハヽヽヽ、コレ若彦さま、御心配御無用になされませ。これより国依別、飽迄も言霊を以て奮戦し、目的の琉、球の宝玉を受取つて見せませう。最早吾々に渡す可き時機が到来したのだ。さうでなくては大神の直司なる、玉照彦様、玉照姫様が何しに教主に御命令あるものか。此竜神執着心未だ晴れやらず、小さき事にかこ付けて、すつた揉んだと一日なりとも永く手に持たんと、吝嗇な奴根性から申して居たのである。………ヤアヤア湖底にある竜神、よつく聞け。三五教の神の司言依別命、国依別命、若彦、常楠の四魂揃うて玉受取りに向うたり。時節には叶ふまい、速かに我前に持来り目出度く授受を終れツ』 と大喝した。此時の国依別の顔面は、四辺を射るが如く崇高なる権威に、何処となく充されて居つた。 (大正一一・七・二五旧六・二谷村真友録)