| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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161 (3690) |
大本神諭 | 神諭一覧 | 大正6年旧3月12日 | 大正六年旧三月十二日 ミロク様が天の御先祖であるぞよ。斯世を初め為された御先祖であるぞよ。月の大神様の昔から仕組なされた事は、何彼の時節が参りて来たから、天地の岩戸を開けて見せねば、何時まで言い聞かして居りても、人民に解らんから、モウ実地を初ると、如何我の強い守護神でも、改心せずには居れん事になるぞよ。吾妻の国は一と晴れの実りの致さぬ薄野尾。実り致さな国は栄えぬぞよ。大分思いの違う守護神が出来てくるぞよ。今迄の心を持ちて居りたら如何変る判らんから、此世の大将の守護神に日々、手と口とで永らくの間気が付けてありたぞよ。 |
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162 (3693) |
大本神諭 | 神諭一覧 | 大正6年旧5月6日 | 大正六年旧五月六日 大国常立尊変生男子の霊魂も、変生女子の霊魂も、永らく苦労いたして居りた一輪の身魂も、世に落されて居りた、霊魂の肉体は至仁至愛神様の御出現が在る、時節が参りて来たから、悔し残念を堪りて来た身魂は、皆揃ふて世に出て、世の元の初まりの結構な御用が出来るから、良き御用の出来る身魂を見て、我の精神と行状とを考へて見て、神の心に叶ふやうに成りて居らんと、綾部の大本の世界の元の御用は出来んぞよ。外の教会のやうに思ふて、此の大本の御用いたさうと思ふて居りたら、大間違いが出来るぞよ。末代に一度ほか為られん、二度目の世の立替をいたす所へ、是迄の体主霊従主義[*底本では「体主肉従主義」だが七巻本では「体主霊従主義」に修正されているのでそれに準じた。]で、自分本意で早う出世[*底本では「出生」だが誤字と思われる。]が為たい様な、気の小さい守護神に使はれて居る肉体でありたら、今度の間には合んから、肉体から胴を据えて、守護神に言い聞かせるぐらい確りして居らんと、肝腎の御用の間には合んぞよ。是まで世に出て居れた守護神が、善の道へ立帰りて、末代の御用を致さうと思ふたら、是までの行り方を一寸も用ゐんやうに心得て、一から何事も行り変へて下されよ。此大本の中へ来て直きから上の御用がいたしたい様な、霊魂の守護神に使はれて居ると、大きな間違いが出来て、善の御用は為せて貰えず、悄然として居るのを見るのが厭で在から、世に出て居れた守護神が大本へ化けて来ても、一目に判るから、真心に成りて産ぶになりて、霊魂に出来る御用をさせて貰えば、其日から嬉し嬉しで暮るなれど、上へ上がりて直ぐから好い御用を致さうと思ふと、不調法が出来るから、自己の霊魂に似合ふた御用をいたせば安全に勤まるから、此先で仕損いをいたしたら、末代悪い名が残るから、是迄の行方を変へるのには、心が水晶に成らんと、大本の初発の御用は出来んぞよ。是までの心を入れ替て、腹の中に動かん誠が無いと、大本の御用は余程肉体がしっかりして居らんと、立直しが中々の大望であるぞよ。此世の元の天の御先祖様を、斯んな事に永い間御艱難をさせて置て、亦た地の先祖は力が在り過ぎて、手に合んと申して艮へ押籠て、天の光りも地の光もない様にいたして了ふて、物質の世に成りて、日本の霊の元の光といふものが無いやうに、金銀為本国に為て了ふて、日本の国に使はれん、学で末代行りて行うとの、エライ経綸をいたして、茲までは思ふやうに来たなれど、九分九厘の悪の世の終いとなりて来たから、何時手の掌が覆るか分らんから、斯んな事ならモット気を付けて呉そうなもので在りたと申して、地団太を踏んでヂリヂリ悶え致しても、ソコになりてからは後の祭りで、取戻しは出来んぞよ。天地の御先祖様が天晴れ表になりての、御守護があるから、男も女も心間違いの無いやうにして貰はんと、是からは厳しくなるぞよ。我の心の持方一つで、如何な神徳でも今度は神から授すから、水晶の世に成るので在るから、我の身魂を十分に磨いて置いたら、世の元の天地の先祖が何彼の守護をいたすから、思ふやうに何事も行くぞよ。敵対心が一寸でも在りたら、何も思ふ様に行んから、昔から此世に無い事をいたすので在るから、因縁の在る変生男子の身魂には、辛い御用がさして在るぞよ。明治二十五年から筆先に出してある事は、世界中の事で在るから、彼方此方に致さんと、斯んな事が一度に在りたら、何う仕様も成らん様に成るから、彼方や此方に罪穢の烈い処には、夫れ丈の罪穢の借銭であるから、可成は大難を小難に致して、借銭済を仕て了はんと、身魂が罪穢を負ふて居ると、何一つ思ふ様に行んぞよ。今の人民は自己に罪穢のある事を、チットも知らずに居るから、天地の先祖はこの肉体に守護して居る霊魂には、此ういふ罪穢を負ふて居るといふ事を、明白に知りて居るから、何程かくしても、何れほど甘い弁解を致しても、神の目は眛ます事は出来んぞよ。斯世は末代続かせねば成らんから、何事も筆先に出して知らして有るから、此の先は何事も一度に成りて来て、守護神人民の思ふて居る事が、大間違いが出来て、逆様斗りで世に出て居る守護神が、キリキリ舞を致さな成らん様になるから、茲へ成りて来た折に如何したら宜いか、訳が分らん様に成りて、実地の事はつかまゑられず、自己が宜いと思ふて為る事は、誠実地の神の眼から見て居ると、井戸の縁に茶碗を置いて在るのを、見るやうに有るから、筆先で是ほど細々と気を付けて、言い聞かせたなれど、言聞かした位で聞く守護神が、日本の国に無いやうに成りて居るから、此の先は聞かな聞くやうに致すから、是迄の様な心で神の御用したと思ふて、為る事が大きな邪魔に成るぞよ。邪魔を致しておいて、大神が邪魔を為ると申して、悪の行方の向ふの国の頭に湧いた守護神が、何程気張りて善い御用を為て居ると思ふて居りても、逆様斗りを為ておいて、実地の大神を怨める様な心の守護神が何を致しても…………日本の経綸の解る守護神が無いから、実地の大神が今に実現が出来んので在るぞよ。直々の取次は咽喉から血を吐く如く、今に安心がチットも成らん、誤解を世に出て居れる方の守護神がエラソウに、自分ほどのものは無き様に思ふて、慢神を致して、日本の御用を一角エラソウに思ふて致す事が、逆様ばかりを致すから、今迄の筆先にも世に出て居れる方に、大本の実地の御用の出来る守護神が無いと申して今に筆先を出ささな成らんから、実地の日本の天地の御用いたす取次は辛いぞよ。実地の御用が出来る身魂が一人出来て来たら、悪い霊を引抜て、日本の霊の元の生粋の、日本魂と入れ替てやりて、天と地との先祖が守護を致すと、思ふやうに筥指した様に、コトリコトリと行くやうに致すぞよ。 慢心と取違いが在りたら、此後は守護神の性来を表はして、其霊は利かんやうに成るのを、明治二十五年から今に成るまで、守護神人民に気を付けて在るのが、何も時節が一度に出て来るから、茲へ成りた折に心を復へて、日本の元の御用の出来る身魂に成りて居る様に、クドウ知らして居るなれど、思ふて居る事が全部間違ふて居るから、守護神に解らんから、仕損いが出来るので在るぞよ。是まで守護神が自己の勝手に、思ふやうに出来たのは悪の世と成りて居りたから、自分に悪力が有りて、悪の霊が利くほど上へ上れたなれど、モウ手の掌が覆りて居るから、是迄のやうに思ふて居ると、大きな失敗が出来るから、是程気が付けて在るのに失敗を為てをいて、未だ大神の所業の様に思ふて、取違いを為て居る事が、未だ自分に解らんのは、元の性来が悪であるから、日本の元の御用は、悪の性来では出来んので在るぞよ。元は日本の魂でも、外国魂に成切りて居るから、速に解らんのであるぞよ。 日本の性来の大和魂に立帰りて来んと、一寸でも混りがありたなら、世の元の大神様の御用は出来んから、何時まで不調法の無いやうに気を注けてをりても、矢張り思ひが違ふから、違ふた事が出来るので在るぞよ。日々に我の腹の中を能く考えて、自分の審神者を致さんと、大本の御用は、向ふの霊が一寸でも混りて居りたら、間違ふた事が出来るぞよ。各自の霊魂の性来の事ほか、出来は致さんぞよ。末代曇りの懸らん、生粋の水晶の世に致す、二度目の世の立替であるから、何に付けても大望ばかりで在るから、世に出て居れた海外の国の眷属が、何も分らずに修行も致さずに、日本の経綸の解らん方の守護神が、直ぐから世の本の日本の経綸は解りはせんから誠の心に成りて、身魂を研いて居りたなれば、何国へ廻されても、向ふの国へ還されても、成る可く優な方へ廻してやるから、修行した丈けの事は、身魂に徳が就くから、何に依らず素直に致して、辛い修行を致して置けば夫れ丈の御用が出来るぞよ。身魂が曇りて居るのに、日本の世の本の初りの御用は出来んなれど、三段に身魂を分けて、夫れ夫れに目鼻を付けて、改心が出来た産ぶの身魂から、それぞれの事を為せねば成らんから、何が大望と申しても、身魂の立替立分が一番困難な、骨の折れる事であるぞよ。大望な世の立替の中で、立直しが在ると云ふ事も、筆先で先に知らして在るが、立直しの御用が逸く成りて、大変忙しく成るから、是までの様な事はして居れんぞよ。天地の物事が変るから是迄の心と行方を代んと、大本の中には辛ふて居れんやうに成るぞよ。身魂が研けんと此後は辛うて、辛抱を能うせん肉体が出来るぞよ。是迄の世は暗黒の世でありたのが、日の出の守護と成りて来るから、善と悪との立分けの、辛い大峠と成る時節が参りて来たので、世に出て居れた方の守護神は、大変何彼の事が辛くなると申して、知らしてあるぞよ。上の方は大変辛う成るし、人民は穏かになると申して在るが、何も彼も時節が迫りて来るから、出る筆先を先繰り見て置かんと、俄にトチ面目を振る事が出来いたすぞよ。 変生男子の霊魂がビクリとも致さずに、茲まで気は張弓で来て呉れた御蔭で、色々と申して訳は言はずと、ここまで堪ばりて来たのであるから、此大望な事を前に申して、人民に斯ういふ御用を為てくれいと申したとて、一人も仕てくれるものも無いなれど、出口直は因縁のある身魂で在るから、厭とも申さずに辛い御用、勤めて下さりた故に、此所へ成りて来たのであるぞよ。変生男子と変生女子との身魂に、外の身魂では出来ん事が為せて在るなれど、人民は実地の事をして見せて、筆先とキチリキチリと合ふて来んと、未だ今に十ぶんの事が判らんなれど、何彼の経綸が解る時節が参りて来て、身魂が揃ふて来たから、是からは仕組も判りて、御用いたすのが安全に出来だすぞよ。斯んな大望な事を、何も知らん今の人民に、いたして呉れと頼みたら、一人も相手に成りてくれる人民は、在りはせんぞよ。至仁至愛神様と地の先祖は、世の根本の事から末代先の事が、見え透いて在りての深い経綸で、世に出て居れる神にも、判らんやうな尊とい仕組であるぞよ。 茲までは立替の筆先を書して知らしたなれど、立替の中で立直しをいたさねば、成らんと云ふ事が、筆先で知らして在るが、立替済して置いて、後の立直しを緩々する様な事を為て居りたら、是だけ何も分らん暗黒の世の中の盲目聾と同じ人民で在るから、何程智慧が在りても、学力が在りても、智慧や学力で考へては解らん、今度の二度目の世の立替の仕組で在るから、今迄の世の悪の行方為て居れた守護神には、解らん仕組で在るぞよ。一層学力の勝貫た霊魂に、使はれて居る肉体でありたら、筆先が能く解るなれど、中途の学では解らんから、綾部の大本の元の役員は、普通では出来んから、大勢は要らんぞよ。人の心とは余程かはりた、産ぶの心に成りておらんと、斯んな大望なミロクの世に、世を捻ぢ直す世界の大本になる尊い所が、現今では外に無い粗末な事にいたして在るから、見当が取れんなれど、経綸がいたしてある事の、時節が参りて来るから、心の入れ替をいたして、身魂を磨いておりて下さりたら、天地の元の大神が、致すので在るから、量見の違ふ守護神ばかりで、思ふて居る事が、大間違に成るぞと、彼程に日々に筆先で、気が付けて在るから、眼の付け処が違はんやうに為て下されよ。今度の立替は、是迄に無い事であるから、筆先を見て神徳を取らんと、綾部の大本の誠の経綸は判らんぞよ。天地の御先祖の直き直きの御用いたす霊の、元の日本魂は、肝腎の艮の御用であるから、何の守護神にでも、出来るやうな御用で無いぞよ。是までの世の守護神は、悪の世でありたから、悪智慧斗りで、悪い事ばかりを致して、人が困りて難渋を致して居りても、元が悪の性来であるから、人を困らしても、自己さえ好けら好いで悪い事を為る程、上へ上りて出世が出来て、世界中が悪るうなる事ばかりを、外国の性来に移りて、日本の守護神と九分九厘の身魂が、悪い事ばかりを企みて、今の日本の体裁、全部真暗黒界であるから、何んな事を為て居りても、頭が自由に為られて居るから、頭の血統と引方、悪魔に成りて居る眷属とが、一つの心に凝固て、悪い事の為方第、艮の金神の誠の善一つの、経綸が判りかけると、悪の霊魂が善の肉体を道具に使ふて、未だ未だ此大本を悪く申して、出口を引裂に来ると申して、筆先に毎度知らして在るが、何事ありても大丈夫であるから、誠を貫きて、一つ心に成りて居りたら、何処から此大本へ詰かけて参りても、歯節は立んぞよ。我程の者は無きやうに思ふて、慢心をいたすと、悪の守護神に悩められて、悪が善に見えたり、此の結構な大本の誠の教が、逆様に悪の行方に見えて、大きな間違いが出来るぞよ。 是ほど難渋な事になりて居るのに、まだ悪の方の仕組は深ひ目的があるが、其目的は霊が利かんやうの時節が参りて居るから、何程これ迄に覇が利いた守護神でも、世が代りて善の世となるから、悪の守護神は往生いたすより、モウ仕様が無いぞよ。モウ悪では一足も前へ行く事も、後へ戻る事も出来んやうに、悪の世の輪止りとなるから。何を企みていたして見ても、皆外る斗りで、余り思ふやうに行んから、気抜けがして、昼狐を放出したやうになるぞよ。是まで悪を働いた守護神は、一旦は天地へ揃ふて御詫びをいたさんと、赦すといふ事が出来んから、縛られた如くで、我肉体が我の自由にならんやうになるから、我は利巧なものじゃと思ふばかりか、他人が阿房に見えたのが耻ずかしうなりて、ヂリヂリ悶えて困しむからと申して、筆先で知らして置いたが、何彼の事が近うなるぞよと申して知らしてある事は皆でて来るから、産の心に立復りて神心になると、何事がでて参りても安全に暮せるぞよ。 |
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163 (3696) |
大本神諭 | 神諭一覧 | 大正6年旧9月30日 | 大正六年旧九月三十日 天の御先祖様が天御中主大神であるぞよ。全智全能神様であるぞよ。地の世界では天体之精、大霊魂球之主、一出現世と現はれて、隠れて守護致しなされたのを、世界の人民は何も知らずに、禅宗のダルマと混ぜ交ぜに致して、弄びにまで化りて、世に落されて御出遊ばした結構な神様を、今度世に表はして御神徳を拡めるのが、変性男子の御役であるぞよ。 形体具足成就、霊能完美、成付言霊の大神様は、弥勒菩薩と仏事に化りて御出遊ばしたなり、日の大神様は光明如来と化りて、仏事に落ちてお出遊ばしたのを、今度の世の立替で全部現はれて、御神力を御見せ成さる時節が循りて来たぞよ。天照皇大神宮殿も表面は神道で立て、奥の院は矢張り仏事が祭りて在りたぞよ。大国常立尊は余り力が強すぎたので、斯んな猛烈き神を斯世の大将に仕て貰ふたら、外の神は一柱も能う勤めむと、神々の心が一致して、天のミロクの大神様へ御願い在りたゆへ、夫れなれば一柱と多神とは代えられんと仰せありて、艮へ押込よとの御命令が下り、八百万の神に艮へ追退られて、艮能金神と名を付けられ、独神と成りて、日の本の大神が仏事の守護致して、茲までは来たなれど、何彼の時節が廻りて来て、仏事の世の終が末法の世と申して、未だ万年も続くので在りたのを、世を縮めて、艮の金神の世と致して、結構な神代に捻ぢ直すので在るぞよ。艮の金神は永らく世に押込られて、苦労艱難悔し残念を堪り詰て来た報で、太初からの経綸通りの世が循りて来たから、霊主体従の経綸通りになりて、善と悪との立別けを致す世に成りたから、悪の身魂は隠しても隠されず、我と我身に露はれて来るのが、天地の冥加に尽たので在るぞよ。天地の先祖の苦労で創造た斯世界を、悪魔と四ツ足との自由自在に致したが、茲まで斯世を持荒したら本望で在ろう。天地の先祖が悪の身魂を露はせずに、赦して遣りても、筆先には書いて置んと、斯んな事に成りて居るのに、知らずに居りたかと云はれては、天地の先祖も、元の御血筋も、威徳に傷が付くから、是非なく書残すぞよ。今迄で斯世を悪で搦て来た八頭、八尾の経綸も茲までの事より出来んぞよ。九分九厘で体主霊従の守護の輪止りと成りて○○○、この先は霊主体従の経綸の設備は致してあるぞよ。今迄善の方の御血統は、暗黒の世に成りて了ふて居りた世が、日の出の守護と成りて来たから、今度の二度目の世の立替を致すには、太元を拵らえた覚えの在る霊魂で無いと出来んぞよ。元のミロク様の世へ戻したら、悪の血筋は現世には無い様に、善一ツで世を立て行かねば、悪の性来が微塵程でも混りたら、斯世は立ては行かんぞよ。斯う成る事が世の元から能く判りて居るから、元から仕組が為てありた世が廻りて来たのであるから、国常立尊が奈袁の手で書きおくぞよ。口で申した丈では取遺しが在てはならんから、書しておくぞよ。世の立替を致したら末代の事が定りて、巌に松の世に成りて、天地の先祖が神界から世を構うから、中々激しき世と成るぞよ。斯世に判りた身魂が無いので、変性男子も変性女子も、中々骨の折れる事であるぞよ。今の人民は表面から見た丈により何事も見えんから、余り世に落して、結構な御用が命して在るから、筆先に書してある事が、世界から出て来ねば、誰も本真に致さんから、改心が出来いで、暇が要るのであるぞよ。天地の元の一輪の御血統の御手伝をなさる守護神を、三段に分けてあるから、三段の身魂に夫れ夫れの目鼻を附けねば世は治まらぬから、何に付ても大望斗りで在るぞよ。事の分らん強い斗りでは、世は治まらぬぞよ。斯世を持ちて行くのは、何の身魂でもと云ふ事には行かぬ、末代の事の判りて居る霊魂が、斯世を持ちて行かねば、世は途中に乱れて了ふて、往も還りも成らん事になると云ふ事が、筆先で知して在ろうがな。日本の国に経綸が為て無りたら、此先は世に出て居れる方の守護神には、末代の世を持ちて行く神は無いぞよ。有るなら申して出て下されよ。末代の規則を制定場所は、綾部の大本と末代きまりたので在るぞよ。天のミロクの大神様と、地の国常立尊が天地の王で、末代の規則を制定ぞよ。今迄は変化たり化したり致して、茲までの御用を命たが、世に出て居れる守護神人民に解らん事で在るから、暇が要るなれど、明治廿五年から書しておいた事は、皆出て来て居るぞよ。昔から無い事であると申して在ろうがな。無い事が皆出て来るから、筆先で先に知らして在るのじゃぞよ。元のミロク様の世の間は、誠に善き世で在りたなれど、呉て行くに従ひ、元の御血筋の行方では、辛うて能う堪らん神が出来て、終には多勢の神の自由に致して来たのであるぞよ………。斯世一切の事を致すには、何の身魂も拵えて置ねば成らんから、上の霊魂と下の霊魂と中の霊魂と、三段に立別けて在りたのが、暮て行く世に連れて、下の霊魂にエライ間違が出来て、上の霊魂を押込る如うに成り、上が下に、下が上に、大の字逆様の大きな間違が出来て来る事が、能く見えて居りたから、○に十を書して、白い所を二分、八分は真黒に致して、明治廿五年の初発に知らしてある通りに、世界が成りて居るぞよ。何事も物事が皆逆様に覆りて居る斯世を、本へ捻ぢ直さねば成らぬから、何に付ても大望ばかりで在るぞよ。日本の身魂が外国の身魂に化り切て了ふて居るから、皆四ツ足の精神であるぞよ。外国の四ツ足の頭が日本へ渡りて来て、外国よりも勝りて悪き行方に致して、今の体裁、日本の国の○○○自由に致して、畜生の毛を衣て、足には皮を履して、田舎へ連れ参りて…………昔には…………夫婦を○○○○○○○○、○○○○○○○○○○○○、御簾を揚げ○○○○○○○○○○○申た位で在りたのに、今の体裁、外国人に化されて、能うも茲までに汚されたものじゃ。悪の頭に自由自在に為られて、天地の大神様へ何う申訳が出来るか、申訳が出来る守護神が一方でも有るの乎。天地の畏で盲聾ばかりで在うがな。何も今に判ろまいがな。判らんのは外国の性来に化り切て居るから…………。日本の国の倭魂で在りたなら、天地の先祖が書して在る筆先が判りて、天地の御恩が判らん成らんぞよ。日本の人民が外国よりも下の身魂に化りて、余り惨い事であるから、顕はす事も出来ず、天地の大神を茲までに能くも致した。悪の頭に抱込れて、洋○○○○○○○○、そこら辺りをウロウロと○○共出て歩く所まで、四ツ足に自由に為られるのが、元の四ツ足の性来を露はせられて居るのが未だ判らんか。余りの事で末代遺す、世の本からの履歴を書き遺してあるぞよ。天地の先祖が此先の、末代の世を持て行ねば成らん、時節が廻りて来たぞよ。鬼でも蛇でも悪魔でも、時節には叶はんから、従ふ処へは従ふて行けば嬉しい事になりて、何とした結構な事に成りたと申して、上から下まで歓びて、善一つの道で、嬉し嬉しの生花が開くぞよ。今が大峠となる所で在るから、皆が辛いなれど、日本の人民に判りて来て、元の日本魂に成て来たら、元のミロク様の世と成て、人民の寿命も長くなり、神は烈敷なるなれど、人民は穏かに暮す如うに成るぞよ。人民が歓こべば上の大神の御歓こびと成るぞよ。是迄は上ばかりが得意時代で、下人民はヒシと行けなんだが、余り斯世に大きな運否運が在りて、好き者は好い斗り、貧窮者は不運斗りで、何時に成りても頭が上らず、可愛相で神が見て居れんぞよ。上の人民が贅沢なから、下までが見習ふて又贅沢を致すが、何時までも斯んな行方では続かんぞよ。天地の先祖の構ふ世に成れば、今迄の様な贅沢な行方を、根本から変えさせねば、此儘で行り放題にさして置たら、上も下も総潰れと成りて、斯世は立ん事に成るぞよ。是までの世の持方は、後前構はん利己主義の行方で在るから、強いもの勝で、弱い者は路頭に立ちたぞよ。上斗り宜くても下が立ねば、この世は治まらんから、上下揃ふて勇む神代に立替致して、天の御先祖様に御渡し申すぞよ。何程上を大事に思ふても、下が立て行ねば、上も何と無く淋[*ルビ「さぶ」は底本通り]しく成るぞよ。上に立つ神に何程力が在たとて、附々の一の眷属、二の眷属に豪神が無い事には、上は立ては行んぞよ。眷属の神が善く無りたら上の神も立んぞよ。初発のミロク様でも、彼れ位に御神力が在りても、地の先祖に何程神力が在ても、時節には何も叶はんぞよ。一の眷属二の眷属に謀反が在たら、何程大将が独り気張ても世は立んぞよ。是迄の世は附々にエライ謀反が在た故に、今の上の体裁、九分九厘で何彼の事が露はれて来て、善と悪との立替で、上る身魂と下る身魂とで、世界は大混雑に成るぞよ。悪の頭の仕組では悪る力は何程でも出るなれど、善の神の世に時節が成るので在から、悪の世の終の悪る力では、世は治まらんから、時節には叶はんから、素直に改心致すが宜いぞよ。素直な身魂から引立て、身魂相応の事を命して遣るから、其日から心が楽になりて、嬉し嬉しで暮る如うに成るなれど、何程気を注けて遣りても、我は豪いと慢心を為て居ると、皆が愛想を尽して了ふて、浪に取れた沖の船、何処へ取付く嶋も無く成ぞよ。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 大正6年旧10月16日 | 大正六年旧十月十六日 二度目の世の立替の艮めを刺すのが近う成りて来たぞよ。何も経綸通りに致すぞよ。西と東とに初発の御宮を建て戴いて、元の昔へ世を戻す時節が参りて来たから、大神が揃ふて元の神宮へ立帰りて神代に立替るから、何事に付けても大望斗りで在るぞよ。世の終の艮めと世の始りとの境の筆先であるぞよ。余り大望な御用で在るから、三体の大神が西と東の新宮に降り昇りを成されて、天からの御手伝を成さる実地が歴々と出口直の眼には見えるぞよ。火の元も天からで在るぞよ。水は天の根本の世の元の御先祖様が、斯世の元に拵らえ成れて、鉄の棒が針に成る所までの御苦労を遊ばし、斯世には夫婦と云ふ事を拵えねば世が立て行かんから、泥海の中に御居でまして、何彼の経綸を成されて、初発に地の世界を創造なさるに力に成る御夫婦の霊魂から、何も彼もミロク様の御骨折であるぞよ。外に身魂は湧して在りても、御力に成らん筋の違ふ身魂で在るから、是だけ永らくの御苦労なされたので在るぞよ。ミロク様でも地で御出生なされた御先祖様であるぞよ。力に成さる天地を創造る御血筋を、夫婦揃えて置いて天へ御上り遊ばすぞよ。天に御すまいの出来る如うに致して置いて、地の泥海を固め締るには、龍宮の音姫殿一輪の御手伝で、天地を修理固成た国常立尊と、ミロク様との、元からの動かぬ仕組であるから、何事も経綸通りに致すぞよ。余り世界の事が惨いことに成りて居るので、手も足も差出す事が出来ん如うに、真暗りの世になりて居るから、立替を急激に致しても、後の立直しが中々大望であるが、立直しに就ては御三体の大神様をモ一つ上へ御上りを願はねば成らぬ。夫れに就ては何彼の仕組は為て在るから、天地の先祖の経綸通りに致すぞよ。今度の事は智慧や学では出来ん事で在るから、何事も素直に致して御用を聞いて下さりたら、斯世を自由に致す元の活神が、直々に致さな成らん時節が廻りて来たので在るから、是迄の行り方が一寸でも混りたら跡戻りを致して、仕組が違ふたら、初発から仕直しを致さな成らん大本で在るぞよ。何彼の時節が迫りて来たから、日本の人民も今迄の如うに自己の経営斗り致して、慾に迷ふて居ると、俄に手の掌が覆りて、往きも還りも出来ぬ如うに成り、世界へ顔出しが出来ぬ事が出来するぞよ。夫れで永らくの間筆先で改心改心と一点張りに気を附けたなれど、今の人民は足元へ火が焼えて来て、身体が焦げる所まで判らんから神も助けやうが無いぞよ。 金龍界の神島に御宮を建て下さりて、三体の大神様に御鎮りに成りて貰ふて、結構で在るなれど、モ一段上へ上りて守護を致して、本宮山に御宮を建て、三体の大神さまが御鎮りに御成なされたら、地の先祖が神嶋の(一名大八洲)御宮へ鎮りて、天のミロク様と地の先祖とが、末代の世を持ちて、治めて行かねば、外の神魂では末代の世は続いては行かん斯世で在るぞよ。時節と云ふものは結構なものの恐いもので在るぞよ。何事も時節には叶はんから、改心致して従ふ所へは従ふて行けば、何事も心配無しに安全に行け出すぞよ。是迄の行り方は体主霊従の世で在りたから、悪の霊は全部平げて了ふて、善一筋、誠一筋の世に致して、世界を一つに丸めて、神国の世に致すぞよ。今迄に悪神の頭目が外国へ上りて居りたのを、日本の元の先祖が立分けて、日本の国は霊主体従で在るから、泥海の中に住居を為て居る折からの、悪神の目的はドエライ奸計を致して居るなれど、悪では末代の世が続きは致さんぞよ。今が善と悪との代り目の辛い所で在るぞよ。悪の経綸で此先をモ一とつ悪を強くして、此先の仕組を成就させる量見であれども、天地の先祖はドンナ事も能く知りて居るから、日本の国には水も漏さん経綸が為て在るから、悪の身魂が発根の改心を致さなならん事に成るぞよ。世に出て居れる守護神も、日本の国を外国の四ツ足に、自由自在に好き寸法に、好い弄物に為られて、天地の御先祖様へドウ申訳が立つか、何うして御詫を致すぞよ。外国の悪神の頭目が日本の、○○先祖よりも一段上へ上りて、茲まで世界を自由に乱らした事が、我と我手に露見て了ふて居るが、日本の国は洋○では世は立ちては行かんぞよ。今の日本の○○○○○○○○沓○○○日○○大将が、何処と無く飛び歩行ては、未だ世が治まる処へは行んぞよ。根本の大神を日本の人民の○○○も一段下たに致して居りて、○○十○○○○斯世を拵えた天地の先祖を、○○○○○〇一段下に落して、天地の大神を日本の地面に置いて与るのじゃと申て、大きな誤解を致して居るから、世の初発の事から、茲まで為て来た事から、悪い企みをして居る事から、茲まで四ツ足が為て来た事から、日本の国の神はドウでも宜いものと申て、天の御先祖様をドウでも宜いものと申して、皆の神が目論見て、押込めて、天地の神の元を無い同様に致して居りたのを、何彼の時節が参りて来て、我と我身に正体を露はせて了ふて居る事から、何事も世の一切の事から、末代の事から、行末の事まで、世界の始りのいろはから、変性男子と変性女子とに、人民では出来ん事を為せて在るから、明けては云はれず、言ふては行かず、変性男子の手で大国常立尊が、昔の根本の事からを書きをくから、是を説いて聞せるのが変性女子の身魂の役であるぞよ。変性男子は昔から言い置にも書き置にも、形も影も無い事を言はして在るから、人民は実地が出て来ねば誠に致さんのは無理は無けれども、余り疑念が甚いので、十年余り立替が遅くなりて、世界中の人民が皆、上から下まで苦しむのが永いから、神は埒能くいたすから、今の間に早く改心いたして下されよ。此先で永う立替にかかりて居りたら、向ふの国は申して在る如うな惨い事に成るし、日本の国も是だけに、明治二十五年から引続いて、何彼の事、一切の事を口と手とで知らして、今に気を附けて居るなれど、今に判らん守護神、何彼の時節が廻りて来て、キリキリ舞を致すぞよ。茲まで落度の無い様に知らして在るから、我の強い解らん守護神よ、後で不足を申さんやうに致されよ。不足ありたら自分を恨めるより仕様は無いぞよ。斯う成りて来るから、永らく筆先で気が付けて在るのに、我の身体に火が附て燃え上りて来んと、今の守護神は聞きは致さんから、悪い方へ引落されて、悪い鏡に成る守護神ばかりで気の毒なれど、何程に気を付けて知らしても、在って了はねば聞く身魂が無いから、茲までに天の先祖様と地の先祖が、ドウゾと思ふて、自己の血筋に厭な事を皆させて、見せて在るぞよ。誠善一とつの御道は他にキヅは附けられんから、我血統に厭な事はさして在りたぞよ。今だに出口直の血族にさせて有るから、何事も能く出口直の血筋の所作柄を見て置いて改心を致さんと、我れ好しの行り方では…………是迄は好な如うに為て行けたなれど、二度目の世の立替を致したら、全部行り方を代えて了ふから、今が境の性念場であるから、是までの行り方はチットも用ゐられんやうに、世が代りて了ふて、昔のいろはからの勉強を致さねば、学力ではモウ一寸も先へ行く事も、後へ戻る事も出来んやうに成るから、何事も一度で聞く守護神に使はれて居らんと、使はれる肉体が気の毒が出来るから、此先は何彼の事が神の方は厳しく成るぞよ。人民は穏和に成りて、是迄に思ふて居りた事が、大きな間違でありた事が判りて来るぞよ。是迄は学力が在りたなら上へ登れた成れど、学力は九分九厘で霊の利んやうに仕組てあるから、時節には勝れんから、いろはからの勉強を致さんと、今の学では誠の事が判らんので、世が渡れんぞよ。物質と学との世の終りと成りたぞよ。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 大正6年旧11月23日 | 大正六年旧十一月二十三日 至仁至愛大神の御出現に成る時節が参りて、明治廿五年から変性男子の身魂に、手と口とで知らさしてありた事が、実地に出て来るぞよ。今迄良き事を致して来た身魂は良き事が出来て来るなり、悪い事を致した身魂は悪い報が出て来るなり、何も彼も一度に現はれるぞよ。モー世の立替の事は知らせる事が無いから、今迄知らして在りた事の実地が世界にあるぞよ。何も彼も世界中の事は帳面に附留てある同様に、天地の先祖は何一つ知らんと云ふ事は無いから、底の判らぬ経綸が致してあるぞよ。底の深いイロハからの仕組で在るから、チットは言はれぬ事も在るし、六ケ敷経綸であるぞよ。言ふてはならず、言はいでは邪魔の這入る事もあるなり、変性男子の役は是程辛いことは無いぞよ。貧乏動ぎも出来んと云ふのは男子の役であるぞよ。一寸でも気を緩めたら真似を為られるなり、真似を仕られたら何遍でも跡戻り斗り致さんならんなり、コンナ叶はん御用は世界に有りは致さんぞよ。御魂は世界に沢山ありても、代理を為せる身魂は一つも無いので在るぞよ。変生男子の身魂の御用は、イロハ四十八文字で世界を治める経綸の御用であるが、向ふの国の体主霊従の頭と其次席の身魂が、中々一通りの身魂の手に合はんと云ふ事が、初発から見抜いてありて、今に変性男子の身魂に憂い目を為して居るから、是から、日本の元の経綸を顕はして、今に悪い目的を立て居る守護神は、日本と外国との施政方針を混ぜ交ぜて行ろうと思ふて居るが、モー悪の世の終りと成りたから、悪の霊はチットも利かぬ如うに致すから、今までの格合ひには行かんぞよ。悪の世は九分九厘でモー済みたから、此先きは天のミロク様の、昔の始りの元の良き世へ世を戻して、何彼の事、末代の事を規定るのであるから、何に附けても大望な事ばかりであるから、人民では見当の取れん事であるぞよ。今までは悪神の支配の世でありたから、何事も見て見ぬ振を為て居りたなれど。全然時節が廻りて来て、延っ引きの成らん事になりて来たから、何時船が覆るやら解らんぞよ。天地の先祖はモー此上守護神人民には充分気が附けてあるから、何事が世界から出て来ても、モー神に不足は在るまい。一度に披いてバタバタと致さねば、何時までも同じ事に永う掛りて居りたら、世界中が泥海に成りて、人胤も無く成りて了ふから、神は日本の元の経綸どほりを始めるから、一旦は世界中の大混雑と成るぞよ。さう成りて来る迄に、神の申す事を信実に聞いて、身魂を研く如うに、筆先で日々知らして在りたが、今の上の守護神も人民も一つも判らんから、今の世界の困難であるが、今でさえ何うする事も能う致さずに、途方に呉れて居るが、マダマダ斯んな容易い事では無いが、其時は吃驚いたして腰を抜かして、頭を下にして走行やうに成るぞよ。そこに成りたら、四ツ足の守護神の正体が自づと現はれて来るが誠に気の毒なもので在るぞよ。茲へ成る迄に改心を致すやうと永らく知らしたなれど、盲目と聾の守護神人民は、実地が来る迄真実に致さんから、ヂリヂリ舞の狼狽舞を致す事が来ても仕様は無いぞよ。鬼とも蛇とも悪魔とも譬へ方の無い、イヤらしい外国の性来を、日本の守護神が見習ふて、外国の行方は良いと申して、上も下も真似斗り致して、今の日本の国の心配、外国の今の態、アレ丈け畜生の性来が現はれて来て居りても、未だ眼が覚めぬか。大将までが下タに成りたり、上に成って見たり、全然日本の神国を畜生の玩弄物に為られて了ふて、天地の先祖も堪忍袋が切れ掛けたぞよ。神の堪忍袋が切れたら、万古末代モー取返しが出来んから、奥山の紅葉の照る内に早く改心いたして、神の申す如うに致さんと、末代の世を持ちて行く事は到底六ケ敷から、どうしても改心が出来ねば、陣を引いて下たに降りて扣えて下され、一人と世界中とには代えられんから、一向気楽にさして神が構ふてやるから、ドウシテも神の国の行いが出来ねば、城明け渡しを為さるが良かろう。神も可成は昔の儘で続かして行かしたいのが、胸に一溢であれど、余り外国人に惚けて居りて、何時までも神の教が聞けぬなら、一つの道へ行くより仕様は在るまい。神は気を附けた上にも気を附けて在るぞよ。一の番頭からして日本魂が全然消えて了ふて居るから、畜生の国の尻に附いて頭から湯気を立て、頭を三角に成る所まで捻ぢ鉢巻で気張って居れど、肝腎の腸が抜けて、腰がフナフナで在るから、斯んな約らん事に成りて来たのを、天地の御先祖様へ何んと申して申訳が出来るか。日本は日本で立て、外国を助けて遣らねば成らぬ、誠一つを貫く神国の一の番頭が、何も解らんから、畜生の尻馬に乗りて、外国の守護神の真似斗り致して、終には外国の自由に為られると言ふ事が判らぬか。モー神は依然して居れん事になりたから、是から表に成りて働くから、構ひ立てには来て下さるなよ。時節が来たぞよ。時節と云ふものは結構なものの、恐いもので在るぞよ。何事も此方から顕はさいでも、我身の方から全然正体を顕はして、何処となく飛び歩行て、見るのも厭で在るなれど、全部顕はせに、我が我の姿を田舎まで見せに歩行のが、顕はれるので在るから、時節ほど結構な恐いものは無いと申すので在るぞよ。時節には何ものも叶はんから、茲へ成る迄に世に出て居れる方の守護神、皆に筆先で細々と能く解るやうに書いて知らせ、口で言はして在るぞよ。筆先に出した事は皆世界に在るが、慢神と誤解とがありたら、真実の御蔭は取れんぞよ。露国ヘ昔から上りて居りた悪神の頭が、露国の国を六茶九茶に乱らして了ふて、モ一つ向ふの国へ渡りて、外国の隅々までもワヤに致して、金の費るのは底知れず、人の命を取るのも底知れず、行きも戻りも出来んやうに致して、食物も無い所まで致して、終には日本の神国へ攻めて来て、世界を我の儘に致すドエライ悪い奸計を致して居るが、モー九分まで悪の目的は成就いたした成れど、日本の国の先祖の一厘の経綸で、手の掌を返して、天下泰平に世を治めて、跡は七福神の楽遊びと致して、世界の人民を助ける日本の元からの経綸であれども、今の世界の守護神人民の心では、三分も助ける身魂が無いぞよ。誠一つの天地の先祖は、違ふた事はチットも申さんぞよ。違ふた事を致したら、茲まで忍耐て来た事が水の泡に成るから、皆が揃ふて今度の二度目の世の立直しの御用を勤めて下されよ。今度の御用は何に附けても辛い事ばかりであるから、確りと胴を据えて居らねば約らんぞよ。大本の中も日の出の守護と成りて来ると、何彼の事が辛くなるぞよ。善し悪しが厳重に判りて来て、是迄の心を全然変えて了はんと、辛うて辛抱が出来んぞよ。口を閉えて、男も女も腹帯を緩まんやうに確りと締て居らんと、此先は是迄のやうな事には行かんぞよ。斯世の上へ上りて居る悪の守護神が、皆揃ふて体主霊従では行かんと云ふ事が、発根と判りて来て、霊主体従の道へ立復らんと、世が治まると云ふ事は致さんぞよ。向ふの国はチットも急きは致さんぞよ。我の代に奪れな児の代に奪る、児の代に奪れな孫の代に奪ると云ふ、気の永い経綸であるから、何時に成りても奪りさえしたら良いと申して、チットも急ぎも動きも致さんぞよ。日本の国はソンナ事を致して居りたら、国家が潰れて了ふから、日本の国には天地の元の生神が、一寸の秘密が致してあるぞよ。外の身魂では出来ん、能う為ん経綸が致して在るが、実地の仕組は今の今まで言いも為られも致さん、大事の一厘の秘密で在るから……………、今の世界の守護神人民が、外国の性来に成りて了ふて、日本の神国と申しても、外国魂に成り切りた中に、生れ育ちて居る子供までが、国家の害を致すハイカラの真似ばかりを為て歓こびて居る中へ、大事の経綸を知らしたら、良い金設けが出来ると申して、実地の世の立直しの大邪魔を致すから、日本の国の仕組は、智慧や学力では何程考えても判りはせんぞよ。チト深い仕組が致して在るぞよ。外国の仕組は浅いから、直ぐに人の眼に判るなれど、日本の経綸は外国魂では判らんぞよ。何彼の時節が参りて来たから、始りたら何も一度に開けて来るから、余程しっかりと覚悟を致させねば成らんから、今に続いて知らして居るぞよ。疑ひと我情と取違いとが第一恐いぞよ。口を閉へて素直に致すが何よりも結構であるぞよ。何事も一度にバタバタと埒良く致さぬと、永う掛りたら日本も叶はん事が出来るぞよ。外国の悪神の頭が日本へ攻て来る仕組を、昔から致して居りたが、モー攻て来るのが近寄りたなれど、日本は日本で元の生神が深い経綸を致して居るから、日本の人民がサッパリ日本魂に成りて居らんと、肝腎の時に狼狽て胴を失ふぞよ。口先では日本魂と申しても、腹の中に誠が無いものは大化物であるから、今度の立替には化け物は皆神が平げて了ふぞよ。今度の大戦いは人種同志の戦争で無いぞよ。神と神と、国と国との、末代に一度より無い大戦いであるぞよ。今度の日本と外国との戦いには、男も女も小供も一つの心に成りて、日本の国を奪られては成らんから、年寄り迄も日本魂に立復りて、神国を守らねば、日本の先祖の大神へ申訳が立んぞよ。今の如うな我れさえ良かりたら、人はドウでも構はんと云ふ如うな精神でありたら、日本の国もエライ事に成るぞよ。日本の霊主体従の結構な神国を、悪神の頭と四ツ足に茲まで自由にしられて、是が悔しく無いやうな腰抜けが沢山あるが、今に日本の頭の上にかぶさって来て居る大難を、何んと致して打ち払ふ心算であるか。先の見えん守護神人民には、神も往生致して居るぞよ。三千年余りての経綸を顕はして、昔の元の神の御血筋に速に代えて了ふて……………。二度目の世の立替は、現世が出来てから未だ無い大望な事であるぞよ。分けては言はれず、言はな判らず、言はれはせず、元の悪から速に改心を致して、上へ上りて居る血筋も改心致して、茲までに元の根本の天と地との先祖を世に落した事の、御詫を致さな成らん時節に近よりたぞよ。モウ此先は霊主体従の経綸通りに致して、早く立替を致して、後の立直しに掛らんと、何んでも無い事に国を潰して、脛腰の立つ、間に合ふ人民を、大根の葉房を切る如うな惨い事を致しても、向ふの国の何一つも効能の有る事は無いが、是も皆悪神の玩弄に成りて居るのであれど、世界に気の附いた人民は一人も無いとは、惨い事に成りたもので在るぞよ。初発からの筆先に、今度は世界が三分になると毎度申して知らしてあるが、世界は三分になるぞよ。何んと申した所で、日本の間に合ふ身魂が無いやうに成りて居るから、今迄に人民の思ふて居りた事が、大間違いになりて来るぞよ。外国の思いも大間違いで、大きな取違いを致して居るぞよ。中々一寸やそっとの取違いでは無いぞよ。日本の人民も外国の性霊に成り切て了ふて居るから、心の持ち方が天地に代りて居るので、茲までは向ふの国の……………。天と地との根本の大神の御血統だけに、誠と云ふ元の日本魂の性来は一厘ほか無いから、一輪の日本魂で元の昔へ世を捻直して、ミロク様の世に致す経綸であるから、何につけても大望な事ばかりであるぞよ。向ふの国の性来が皆体主霊従であるから、薩張り立分けてありたのが、世の末と成りて、斯んな見苦しき、混ぜ交ぜの世になりたのであるぞよ。初発の世界の泥海の折から、末代の巧みを為て居りた極悪神の身上は、日本の元の大神が良く知りて居られるから、日本にも初発から深い経綸が為てありての、今度の神と神との大戦であるぞよ。外国の悪の頭は、何うしてなりと日本へ上る巧みを為て居るなれど、日本の国へは上げられんから、露国の先祖と為てありたなれど、悪の強い奸賢い性来であるから、何の様に為てでも目的を立てねば、途中で邪魔を致すと云ふ邪神であるから、天地の根本の大神は茲まで悔しい残念を堪り詰て、悪神の仕組の九分九厘と成るまでの、永い間の堪忍を致して、悪神の頭の目的を立さしてをいたが、モー一つ目的を立て居るのを、日本の元の大神が能く知りて居るから、日本の神国には、外国の御魂の能う為ん事が仕組みてあるから、九分九厘迄はトントン拍子に出て来たなれど、モウ悪の経綸の輪止まりが来たから、フクロ鳥の宵企みと成りて、此の先では夜食に外れて、難しき顔を致さな成らん如うに、時節が参りたぞよ。 明治二十五年から知らして在ることが、皆その通り出て来るぞよ。寒さ暑さの容赦は無いと申して在ろうがな。是だけの寒じでも、斯の大望な事がはじまりたら、水の中でも火の中でも、熱い寒いは言ふて居れん、大望な大戦いであるぞよ。斯の世が出来てから未だ無い、末代に一度ほか為られん二度目の世の立替であるのに、何も判らぬ悪神の仕組は、我良しの強い者勝ちの行り方であるから、我の血筋と親族と眷属とさえが良かりたら、何時迄掛かりて居りても、奪れた折に奪りたら良いと云う悪神の仕組は、ラクな行り方であるぞよ。そんな仕組を致して居る方のいう如うに、相手になりて居りたら、此の世が泥海と成る事が見え透いて居るから、昔の元から日本の国には、悪神の方からは見えも判りも致さず、学力でも智慧でも、外の身魂では出来ん経綸が為てあるから、何うしても悪の身魂に改心が出来んなれば、国とは代えられんから、一輪の仕組通りに致して、爰迄は堪りたなれど、爰に成りておりても判らんやうな悪の頭なら、仕組みてある如うに致して、バタバタと処置を付けて、後の立直しの用意を致さんと、斯の世を茲迄に自由自在に致されて、天地の先祖の威光が解らんから、斯の世を創造て、末代の世を建てて行かねば成らん天と地との先祖が、今迄は堪忍て来たなれど、余りの事で、日本の霊主体従の一と申して二の無い国を、天竺や外国と同じ如うに致して、自由に為られるとは、時節とはいい乍ら、爰で改心を致せば又仕様も在るなれど、余りの事で、モウ堪忍袋が切れるぞよ。悪神に自由自在にして了われて、天の御三体様に何う申し訳が出来るか。艮の金神を無い神と致してから、恐いものが無いやうに成りたから、日本の神国を好きな如うに、我の一力で仕放題、好き寸法の悪力がありたら、上へ上がりて出世が出来て、ラクな行り方、我の一力で悪い事を為る守護神でありたら出世が出来たのが、頭が極悪でありたから、悪の登るのは早かりたので在るぞよ。上へ登りて、後も前も構わずに、頭と尾とで前後へ手が廻らずに、上さえ上がれたら良いと云ふ行方、九分九厘までは跡が何うなろうと先が何う成ろうと、行ける処まで胴体が無いから、八ツ頭八ツ尾で、肝腎の大事の真中が無いと、頭と尾とでは肝心の事が成就いたさんぞよ。日本は世界の中心で在るから、肝腎の要めの所に大事の経綸が為てあるから、モウ微躯とも致さねども、人民の方は何事も改心次第であるぞよ。日本の人民も大きな取違いを致して居ると、毎度筆先で書して知らして在るが、其大間違いの判る時節が参りて来たぞよ。余り一度に何彼の事が判りて来て、逆立ちに成ってヌタクラナ成らん如うになりて来たぞよ。神が一度申した事は何事に由らず皆世界から出て来るから、一日も早く改心を致すやうに、日々に続いて知らして遣りたなれど、今に誠に致さん故に、何彼の時節が九分九厘となりて来て、善悪の立分けを致さな成らんから、彼方にも此方にも足本にも、何から初まるやら人民には見当が取れん事になるぞよ。四ツ足の覇張りた事を天晴れと露はして、末代の記録に残すから、爰へ成る迄に身魂を磨いて置けと申して知らしたなれど、誠に致して聞く身魂が無いから、是からは罪穢の在る処には、罪過だけの借銭済を致さすので在るぞよ。何処も恨める所は無いぞよ。自分の身魂を恨めるより仕様は無いぞよ。今度の二度目の立替は国々処々、都会田舎村々家々に、身魂の借銭だけの事は天地の神から済さして了ふから、何処も恨む事は無いと申して、明治廿五年から今に続いて知らして在るぞよ。知らして在る事が良い事も厭な事も、みな一度に何も出て来るぞよ。そうなりた折には世界の人民は、矢張艮能金神は悪神であると未だ申すぞよと申して在るが、神から申して在る事は一分も違はずに皆出て来るから、艮の金神が悪い騒動をいたす如うに思ふで在らうなれど、天からの時節で何も出て来るのであるから、艮の金神も何う致す事も出来んので在るから、夫れ迄に一人なりとも改心さして助けたいと思ふて、今まで苦労艱難いたして知らしたので在るぞよ。新つの洗替の世になるのであるから、外国には厳しき事が在るぞよ。此事は明治廿七年の七月の差入りの筆先に書してあるぞよ。良い事も厭な事も一度出して在る事は、遅し速しは在るなれど、皆出て来るぞよ。悪の頭からトコトン発根の改心を致さんと、思ふて居る事に大間違が、我に皆出て来るぞよ。余り我好しの行方で大間違が顕はれて来て、腰が抜けて了ふて、腮が外れて言も云へず、足が上になりて頭が下たに成りて、手で其処ら傍りをヌタクラナ成らん様な事が出て来るぞよと、今年で二十七年目であるが、其間昼夜に知らして在るぞよ。天地の生神の先祖を要らんものじゃ、神は無くても良いものじゃと申して居りたが…………、悪と四ツ足とで此の世の政治が行れるかと云ふ事を、覚るやうに、充分に思わくを為して、大神が蔭から見て居れば、未だモ一つ悪を強くして、斯世を此儘で行りて行うとの精神であらうがな。日本の国を外国の悪と四ツ足とがモ一つ上へ上りて、王の王に成りて行うとの度豪い経綸を致して居らうがな。日本は神の国、神が守らな治まらぬ国であるのに、肝腎の一の番頭二の番頭から、薩張り外国魂に成切りて了ふて居るから、何時までも世はゴテゴテ致して、治りは致さんぞよ。人民力で斯結構な神国の政治が出来るなら、モチト立派に世が立ちては行けさうなものでないか。今の世の持方は丸切り畜生の行方で、強いものが弱いものの汗油を絞りて、其の汗と油で高い処へ上って、舌をペロリと出して見下ろして居るが、夫れが悪魔の世と申すぞよ。是だけ世界に上下懸隔が在りては、何時になりても斯世に口舌の絶ると云ふ事は無いぞよ。外国の真似斗り致して、是が開けた世の行方と申して居るが、何処が開けたのか。肝心の開くべき所は二重三重に閉いで了ふて、開いてはならぬ神国の宝を破乱かして了ふて、二進も三進も行かんやうになりて、途中の豪い鼻高が毎年一と処へ国々から集って来て、結構な御相談や争論を致して御座るが、下たの何も知らん人民は良い面の皮じゃぞよ。昔からの暦を潰したり、神の鎮まる先祖代々からの御宮を、金が無いからと申して潰したり、神を相借家へ投り込みて置いて、人民は昔の王も叶はんやうな家を建て、別荘を立て、金斗りを重宝がり、金さえ在りたら神も糞も要るものかと、エライ慢神と取違いを致して居るが、斯んな六茶な、天地を畏れぬ外国魂の畜生の行方は、神は何時までも許す事は出来んから、皆夫れ夫れに覚悟を為さるが良かろう。外国の四ツ足の真似を致して、結構な家の内で、牛や馬の肉を煮いて喰たり、首に畜生の皮を捲いたり、畜生の毛で織った物を肌に着たり、それが薩張り四ツ足の性来が顕はれて居るのであるぞよ。四ツ足の守護神が何程骨を折ても、万古末代の世を自由に致すと云ふ事は、到底出来は致さんから、素直に致して改心をして、神の申すやうの世の持方に致せば、此儘で神が構うて続かして、尾を隠くしてでも許して遣るなれど、余りしぶたう頑張りて居ると、三千世界の赤耻を掻く事が出来て来るぞよ。日本の国だけでも是だけ持て余して居りて、他の国の事ども構ひ立する暇は有りもせむのに、肝腎の足元は良い加減な事に致してをいて、終には共倒れに成ると云ふ事に、気の附かむ如うな明盲目であるから、○○の国は一日増しに押つまりて来て、食物は段々と欠乏になるなり、菜の葉一枚でも大切な事に今に成りて来るぞよ。何程金を貯て歓こんで居りても、正可の時には金銀では生命が継げんぞよ。百万円の金よりも一握りのお米[*ルビの「よね」は底本通り]の方が大切な世が廻りて来て、明治二十五年から毎度筆先で知らして在るやうに、田地に植込みて喜こびて居りた、桑迄も掘起さな成らん事に成りて来るが、人民と申す者は近慾で、近眼で、誠の神の申す事は判らんぞよ。誠に気の毒なもので在れども、人民の精神が薩張り曇り切りて居るから、何を為て見せても、何を聞かして遣りても、神の申す事を汲み取る人民が無いが、能うも茲まで曇りたものじゃ。無間の鐘まで掘上げて、今じゃ早じゃと知らせども、盲目と聾の今の世界の人民は、慾斗りに迷ふて一寸先きも見えず、是だけ天地に昼夜に鳴り渡る大神の声も聞えず、鳥獣にも劣りたもの斗り、世の立直しを致そうにも掛りかけが出来んぞよ。けれども、綾部の大本には神が綱を懸けて、昔の其儘の日本魂を引寄せる経綸が致して在るから大丈夫ではあれど、心はチットも許されん大望な所であるぞよ。外国の悪神が今に仲直りを致したら、今度は腹を合して一つになりて攻めて来るから、日本神国の人民は判りたものから用意を致して下されよ。末代に一度の世の立替立直しであるぞよ。 明治二十五年から出口直の手を借り、口を借りて知らしてありた事の、実地が出て来る世になりたぞよ。露国から始りて、日本と外国との大戦が在ると申したが時節が来たぞよ。外国は終には一腹になりて来ると申して知らして在ろうがな。この神一度申したら何時に成りても、毛筋の横巾ほども違いは致さんぞよ。これが違ふたら神は斯世に居らんぞよ。外国の悪神の頭が、露国を無茶苦茶に致して置いて、モ一つ向ふの国へ渡りて、人民の王を自由に使ふて、世界中の困難をも構はずに、自国さえ良けら他はドウデも良い、人は倒しても我さえ立ちたら満足じゃと申して、悪の頭が今に日本の神国へ攻めて来るぞよと申して知らしてあるぞよ。日本の人民にチットでも誠がありて、一の番頭、二の番頭の守護神に誠一つの日本魂さえ在りたら、何程外国の学力でも、人民が沢山在りても、金が何程ありてもビクとも致さねども、今の日本の持方は、守護神が薩張り外国よりもマダ一段身魂が劣悪て了ふて居るから、今にキリキリ舞を致さなならぬ事が出来てきて、往きも還りも出来ぬ様に成るのは、眼の前にチラ付て居るから、一日も早く改心致せよ身魂を研けよと、腹が立つ程クドウ申して気が付けてありたぞよ。この大本へ立寄る誠の人は、明治二十五年から昼夜に出口直に書してある筆先を調べて下されよ。一分一厘間違いは無いと申す事が、何程疑ひの強ひ人民でも判りて来るぞよ。それで改心の出来ぬやうな人民は、気の毒でも今度の二度目の世の立替には間曳かれて、万古末代根の国、底の国へ霊魂を落して了ふと云ふ、神界の規則であるぞよ。神は人民を助けたさの永い間の此苦労であるぞよ。兵隊を一旦日本へ引寄して、外国を地震、雷、火の雨降して絶滅さねば、世界は神国にならんから、余り何時迄も神の申す事を聞かねば、三千年の経綸通りに致すから、世界に何事ありても神と出口を恨めて呉れなよ。我身魂を恨めるより仕様は無いぞよと申してあろうがな。気の毒なものでもモウ神は一切りに致さねば、天の御先祖様へ艮の金神の申訳が立たんぞよ。明治二十五年から天の御先祖様の御命令を戴きて、世界の人民に何彼の事を知らせども、今の人民慾に惚けて、我身の用意斗り、国の事共おもふ人民は、上に立て居る守護神には薬にする程も無いから、世は段々と押詰りて来る斗り、今に皆の人民がキリキリ舞を致して、アフンと致す事が到来するぞよ。人民は神に次での霊であるから、チットは解りさうなものなれど、薩張り肝腎の霊魂が外国の悪神に自由自在にしられて、眉毛を読まれて尻の毛が一本も無い所までワヤに為られて居りても、マダ気が付かずに悪神の頭にだまされて、我と我手に苦しみ居るぞよ。吾妻の国は一時れの実の致さぬ薄野尾、実り致さな国は栄えぬ。吾妻の国へ遙々と都に致す心悲しき。唐土の鳥の渡らん先きに、神は還りて経綸を致せども、聴く人民無き故に、残念なれど唐土の鳥が今に日本へ渡りて来るぞよ。毒を空から降らして、日本の人民を絶やす経綸を、昔から致して居る事が、能く神には判りて居るから、永らく知らしたので在りたぞよ。早く改心致さぬと改心の間が無いぞよ。神は気を附けた上にも気が附けてあるぞよ。モウ何彼の事が一度に実現て来るから、斯んな事ならモ一つ気を附けて呉さうなものでありたと、未だ不足を申す守護神人民があるぞよ。何程不足を申しても、神が茲まで出口に苦労さして気を付けてあるからは、神にも宣教者にもヨモヤ落度はあろまい。不足があるなら我身の心を良く考えて見て不足申さんと、スコタンを喰ふぞよ。茲へ成る事が良く判りて居るから、今年で知らしかけてから二十七年目であるぞよ。今の人民も守護神も大きな誤解を致して居りて、今に成てから他へ問ひに行く所は無し、何う為様も無い事が近う成りて来たぞよ。是だけククメルやうに知らしてあるのに、未だ判らんとは惨い事に曇りたものであるぞよ。神はそれが出て来た折に何う為様も無い事が出来んやうに、噛みて口へ入れて、飲込みたら良いやうに致して、筆先で知らせ、言葉で知らせてあるが、モウ此上に知らせやうが無いぞよ。この悪の世を天と地との先祖の一つの誠の世へ立帰らすので在るから、茲までに申して聞したら、何程悪魔でもチットは合点が行かねば、神と名の付いて居る悪神も是からは気の毒な事になるぞよ。茲まで誠一つの天地の大神を、茲までに能うも苦しめたなア。ここ迄に致したら是に不足は有りは致すまい。極悪と申してもエライゑぐい身魂であるぞよ。モウ堪忍袋の緒が断れたぞよ。天地の先祖も茲までの辛抱を、水の泡には致しとも無いなれど…………茲迄は国を潰さぬ様にして、向うの国にモチトらしい身魂が在りたら、国と国とを立分けて、国の奪合と云ふやうな事を致さずに、皆手を引合ふて行きたいは神の一心なれど、余り向ふの国の身魂の性来では、国が治まると云ふ事の出来ぬ、悪い性来であるから、バタバタと埒を附けねば、世界は何時までも治まらぬぞよ。向ふの国へ上りて居りた外国の悪神の霊魂が、日本の国へ上りて来て、四ツ足や豆狸、蛆虫同様の悪るシブトウて、日本の国には使いやうが無いから、一旦は世界中を洗い替と致さねば、日本の国が外国の性来ばかりで、是ぞと曰ふ身魂が無いから、茲まではドウゾドウゾと思ひ過ごして気を揉みたなれど、到底助ける方法は今に無い所まで曇りて来て居るぞよ。モチットらしい身魂がありたら、セメテ二国程は残して遣りたいと思ふたなれど、余りエグイ身魂斗りであるから、昔からの天地の神の経綸どほりに致して、埒良く致さんと、悪が何時迄も絶えんぞよ。チット可成な身魂がありたらと思ふて延ばす程、向ふの国の極悪が猶ほ悪くなる斗りで、モ一とつ日本の国を下たに為どころか、日本の国を欺し討に致して奪取て了ふ、悪い巧みを致して居るから、霊主体従の経綸に神が致してやらんと、未だ未だ悪い事を仕組て居るぞよ。日本の人民は薩張皆揃ふて大和魂に成りて、胴を据えて、腹帯を占て掛らんと、是迄のやうな心で居りたら国が全然無いやうに成りて了ふぞよ。茲までに天地の御先祖様が御艱難を遊ばされた御苦労を、水の泡と成るやうな事は致さんぞよ。日本の人民が皆揃ふて御手伝いを致さんと、世界の立替の大峠となりて来たから、茲へ成りた折には、身体も霊魂も清やかになりて居らんと、日本の国の人民が、コンナ見苦しき国害を致す外国の身魂が、良いと申すやうな事になるのが、世の元から能く判りて居るから、天地の先祖は茲まで是だけに気張て、御血筋には充分の苦労、艱難、悔しき事を堪り詰て来て見て居れば、向ふの国の今の困難、あれ程の惨事がありても、何も気の付く守護神がチットも無いのが、人はドウデも構はぬと云ふ悪神の精神であるから、何も気が附かんのであるぞよ。向ふの身魂が日本へ皆渡りて来て居るから、日本も外国の身魂に化りて、日本の身魂が薬に致す程より無いのであるから、利己主義の行り方で、モ一とつ悪を強くして、日本の国を平げて、世界中を外国の世界に致して、王の王になりて、末代続かせる仕組をして居るのであるから、日本の国は男も女も誠一とつの日本魂の性来に成りて了ふて、女の一心巌でも突貫く精神で無いと、今度の二度目の世の立替の間には合はんぞよ。日本の国の人民も外国の人民も、今まで思ふて居りた事とは、エライ大きな間違いが出来るが、同じ如うな事に細々と、抜目の無い様に、取違いの無いやうに、変性男子の手で大国常立尊が、言葉と手とで知らしてある事は、一つも違はず皆実現来るぞよ。末代に一度より為られん大望な世の立替であるから、中々骨の折る事であれども、神が蔭から経綸致してありての事で在るから、モウ大丈夫であるぞよ。永らく知らした事を、今に成って居りても誠に致さず、疑ふて取違いを為て置て、悪い鏡に成ても、何処を恨める所は無いぞよ。外では判らん事の、誰も出来ん事で在るから、是だけ執念申して知らして居るのであるが、今の学で出来る機械が動く悪の力で、九分九厘までは行れるなれど、モ一厘と云ふ処になりたら手の掌が覆るぞよ。何うにも斯うにも仕様の無い、悪しぶとい悪力なら何程でも出すなれど、日本の国の昔からの秘密の神力を現はして、天地の先祖の経綸どほりに致して了はねば、外の身魂の手には合はむから、今度は神力で薩張り平げて了ふぞよ。そうなりた折には艮の金神は善の神じゃと申して居れど、矢張り悪神であると未だ人民は申すで在ろうなれど、誠の善といふ道は表面から見ては未だ悪に見えるから、取違いを致さぬ様に、身魂を一時も早く研くが結構であるぞよ。人民の眼に判らん誠の善でないと、是だけに曇りた世界を、善一つの道に立替る事は悪では能う致さんぞよ。誠の善は一旦は悪に見えるぞよと、筆先で毎度知らして在るから、一度知らした事は皆出て来るぞよ。一通りや二通の事では無いぞよ。今の日本の人民は男も女も外国の教の方が良いと申して、外国魂になりて居るから、一番に取損いを致して今の体裁、取返しの成らん事が出来て、日本の今の国会、何う仕様にも今の処では取戻しの成らん事であるぞよ。日本の霊主体従の身魂と、外国の体主霊従の身魂との、性来と云ふものが能く見えるのが、是が時節で在るなれど、大きな取違いを致したもので在るぞよ。小さい間違いで無いと云ふ事が、毎度申して在ろうがな。モウ取返しの出来ん事であるぞよ。向ふの国の身魂は、悪い事ならドンナ事でも致すエライもので在るぞよ。向ふの国と和合いたしたら、末代嬉しいと云ふやうな事は一日も無しに、乱世斗りが続くぞよ。悪の精神斗りで善と云ふ性来がチットも無いから、向ふの国の仕組ではヤレうれしいと申して、人民の気の休まると云ふ事の無い、何時になりても利己主義の、人は倒けやうが仆れやうが、起してやると云ふ様な優しい身魂は、何時になりても在りはせむから、全部と極悪の身魂の性来を直すのには、言い聞した位に聞くやうな、素直な身魂は有りはせんから、帰幽をさして充分の行を命せて、新つに致さん事には、エグイ性来の悪のカンカンであるから、そう致すより道は無いぞよ。今度の世を立直したら途中で又た変るといふ様な、ヤニコイ経綸で無いから、今助けるだけは助て遣らねば成らぬから、シカリたりタラシたり、何時まで掛りて居りたとて、到底今の人民の耳へは這入らんから、気の毒でも神も助け様が無いぞよ。日本の身魂が上から下まで、外国の悪の身魂に、団子廻はす如くに為られて了ふて、一寸も先の見えん所まで曇らせられて居るが、ヨウも爰までに為られたものじゃ。が、無理は無い。艮の金神を艮へ押籠る下地を拵らえた、悪賢い守護神であるから、体主霊従の道ならドンナ事でも致すなれど、至仁至愛神と地の先祖とが天晴れ表面に顕はれたら、ドンナ極悪でも、火に水を掛ける如く、蛭に塩を振りた如くであるから、爰までは自由自在に、我ほどのエライものは無いやうに思ふて、世の本を創造た天地の先祖を下たへ見降して、王は十善、神は九善と致して、日本の○○○○一段下に見て、大神を斯世において遣ると申して、人民の○より一段下へおろして、外国人を上へ上げて敬まうて、外国ほど結構な国は無いやうに思ふて、大きな取違いを致して居りたが今の様、この先は日本の霊主体従国を、斯んな見苦しき事に致して、天地の大神をドウ致すのか、ドウ云ふ事に仕組て居るか。日本の国は何国へも与る事はならむぞよ。日本の国は一と申て二の無い大事の神国であるから、外国へ与る事は致さんぞよ。今の日本の人民は、男子も女子も皆外国の方が良く見えるから、外国の真似ばかりを致して、開けた人間の様に有頂天になって迷ふて居るが、外国の仕組て居る悪い巧みは解ろまい。薩張畜生の国の性来に移りて了ふて、此先はドウ致す積りである乎。四ツ足に自由自在に、好き寸法に為れて居る事が気が附いて居るか。また斯世の本はドウして出来たと云ふ思遣のある守護神は在るまいがな。ドウ云ふ事で斯世が爰まで立ちて来たと云ふ事の解るものは、守護神にも人民にも有は致すまいがな。四ツ足の身魂を上に致して、実地の斯世の本の神を下たに致して居りて、ドウして斯世が立って行くと思ふか。大間違も程があるぞよ。外国の悪の頭の身魂が、此の乱れた悪の行り方で、モ一段上へ上る仕組をして居るが、日本の○に解りて居るか、中々に解りは致すまい。○と成ると眼で見ずとも、心で何彼の事が見え透いて居らぬと、是迄のやうな事では、○○立つ人が番頭に自由に仕られるやうな事では、何時までも治まらんから、此先は薩張り今迄のやり方を替えて了ふぞよ。○○が今迄のやうな嬢や坊では行かんから、行り方、法律を全然変えて了ふぞよ。○○が嬢や坊では、斯う云ふ世になりたら、ドウ仕様にも方法が無い事に成りて来るのは、世の元から見え透いて居るから、日本の霊主国には誰にも出来ぬ一寸の神秘が致して在るから、神界の秘密通りに致して埒良くいたさんと、斯んな約らん事は無いぞよ。向ふの国の仕組は能く解りて居るなれど、解るべき所へ解らんので、神も助けやうが無いぞよ。向ふの国の守護神にザラザラと、永う引張りて良い玩弄物に為られた上に、モ一とつエライ仕組をいたして居るぞよ。是迄の世は肝腎の大地の上の先祖を無い神として居りて、四ツ足の憑り切った日本の人民は、今では向ふの国の悪神の自由に、ドナイでもなるから、モ一つ十分にお玩弄にいたして置いて、モ一つ上へ上りて王の王になる経綸を致して居るぞよ。人は何うでも我さえ良けりゃ良いと云ふやうな、極悪の経綸は厭らしい仕組をして居るぞよ。向ふの国の性来は、言い聞かして開くやうな優しい身魂は無いから、○○○○茲へ成りて来る事は、世の本から能く解りて居るから、日本の国には昔から、天地の先祖が深い経綸を致して在るから、何事も今度は実現て来るぞよ。今に成りてから経綸を変えると云ふ事はならん、大本の経綸通りに、何事も一度に出て来るぞよ。今度の洗い替へは三千世界の大洗濯であるから、何程かいてありても書いて在るだけの事は致して了はねば、天地から何事も無しに済すと云ふことは、今度は借銭済をせずに堪忍事は出来んから、明治二十五年から同じ如うな事を、能く人民守護神に解るやうに書いて気が附けてあるぞよ。一度申した事は違はん筆先であるから、途中に変りは致さんぞよ。何事も昔から霊魂の所作柄を、一々帳面に付け留てある同様であるから、借銭を済して了はんと、赦して遣ると云ふ事は出来んので在るから、此世のエンマと申す活神であるから、血筋引方は尚ほ酷いぞよ。厭な事は引方にさせて在るぞよ。何事も大本の変性男子の筆先で、天地の大神が時節時節の事を先きに書して置きなさると、其通りが来るのであるから、善き事も悪き事も皆出て来るから、其覚悟を致さねば成らぬぞよ。支那から昔攻めて来た折には、夫れでも見せしめの為に三人だけは還してやりたなれど、今度外国が同腹になりて攻めて来た折には、只の一人も還してはやらんぞよ。日本へ外国の兵隊を一旦皆引寄して、其後で地震、雷、火の雨降らして、外国を往生いたさす経綸であるぞよ。日本も霊魂の悪い人気の良くない所には、何が在るとも判らんから、神の申す中に一時も早く改心を致さんと、取返しのならん事が出来いたして、ヂリヂリ舞を致さな成らんと申して、二十七年の間知らして在りたが、其知らした実地が出て来るのが近寄りて来たぞよ。 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大本神諭 | 神諭一覧 | 大正7年旧1月12日 | 大正七年旧正月十二日 至仁至愛神の御出ましに成る時節が参りたぞよ。天ではミロク様なり、地の世界は大国常立尊が守護ねば、立ちては行かぬ斯世であるぞよ。根本の天の御先祖様を、口で崇めて心の中では、斯世に無ても良いと云ふやうに成りて了ふて居りた故に、地の先祖を押込ねばならぬやうに成りたのであるぞよ。地の先祖の大国常立尊は、神力が有り過ぎて邪神の手には合んから、邪神の精神が皆一致して瑞霊大神への御願を致して、此方を艮へ押込みて、サア是で安心じゃと申して、皆の悪神が喜こびて、斯世を自由に致して茲までに乱したのであるぞよ。筆先に書いては速いやうなれど、永い間の事実であるぞよ。概略の事は初発に書して在るなれど、一度には書けんから、間々に細々の事を書かせると申して知らし在りたぞよ。ドノ筆先も同じことじゃと申して、可い加減な見様をして居ると、実地の筆先通りが来た折には、余りに思ふて居りた事が大きな取違いで、ヂリヂリ舞を致さな成らん事が出て来るから、念に念を押して執念深く知らして在るのじゃぞよ。未だ筆先の読み様が足らん人勝ちであるぞよ。思ふて居るとは大間違いであるから、夫れで筆先を充分に繰返して、読て下されと申して気が附けてあるのじゃぞよ。悪の頭が余り大きな取違いを致して居りたから、世界中の大きな難渋であるぞよ。今からの改心は出来もせず、間にも合はんぞよ。筆先の実地が出て来だしたら、続いて世界が一度に破乱けて、余りの事で鬼でも蛇でも極悪神でも叶はん、往生いたさな成らん事に成るぞよ。悪神に今の中に此の次第が判りて来て、善道へ立帰りたら豪いなれど、向ふの国の守護神の仕組は、ダラダラと何時まで掛りても頓着は致さん、気の永い仕組を致して居るから、今度は大分慮見の違ふ守護神が出来るなれど、日本の経綸は迅速な経綸が致して在るから、何程向ふの極悪神でも、日本の世の元からの仕組を始めたら兎ても叶はんぞよ。余り見損いが大きなから、大間違いが出来てきて見当が取れず、何うしたら良かろうかと途方に暮て、降参も出来ず、茲に成りてからドレ丈の御詫を申して来ても、世界の大峠となりたら、そんな事には掛りては居れんから、今の内に聞いて改心を致して、身魂を研いて居らんと、今度は彼我の国も国が無くなるか、一つ二つの大峠であるぞよ。是からは国が無くなる乎、泥海になる乎の境目であるから、○○の身魂が水晶になりたら、末代の世が立ちて行くなり、今の儘で今の心で在りたなら、向ふの国の悪神の頭が、モ一つ悪を強く致して、日本の国を奪略のは最容易ことに思ふて居るぞよ。日本の国は小さいから、人民も尠いのは当然であれども、霊主体従国には誰も能う為ん秘密の経綸が、神界から致してあるから、往生を致させて、万古末代刃向ひは出来んやうに致すぞよ。今向ふの国の悪の頭は、日本の国を下たに見降して居るから、九分九厘と一厘とで斯世が泥海に成る所を、一厘の秘密で跡は水晶の身魂斗りに致して、末代の世を続かす経綸が致してあるから、悪の方の身魂では、日本の神国の経綸は見当は取れんぞよ。悪の開けるのは速いなれど、善と云ふ御道を開くのは、中々一通りの事を為て居りては開けんぞよ。ドンナ行も斯世一切の事は何を問はれても、是一色知らんといふ事は無いやうに行を致さねば、これだけは知らんと云ふ様な事では善の御道は開けんぞよ。善の道を開くのは陽気心が一寸でも有るやうな事をして居りたら、坂に車を廻す如くであるぞよ。是までに苦労を致した事が、直ぐに後へ戻りて仕直し斗りで、誠の事は出来は致さんぞよ。善と悪との行り方は天地の大違いであるから、夜の眼も気楽に寝る事もならん、辛い行り方であるぞよ。善と悪との立分けで世界が動くぞよと申して、筆先で毎度知らしてあるなれど、人民と申すものは何事も実地をして見せんと、ソレソレと申して知らしても、人民では神の心が汲取れんから、思ふ事が逆様ばかりで、六ケ敷いのであるぞよ。今の守護神が余り粗末な身魂であるから、実地の生神の気に入りさうな事が無いのは当然、解りさうな事が無いから、素直に致すが一等であるぞよ。 この曇り切りた世の中へ、実地の世の本の大神が其儘の姿を顕はして、言ひ聞かしたとて、恐いばかりで、傍へも寄付く事が出来んから、何れは矢張り天地の大神と申して居りても、悪神に相違ないと未だ申すのは当り前であるぞよ。人民にそんな事が判る筈が無いのが道理、一旦帰幽にさして、霊魂斗りに致して、新つの世に致さねば、言い聞して聞くやうな身魂は、向ふの国にはチットも有りはせんから、初発から違ふた事は今に一つも無いぞよ。違いは致さんぞよ。其霊魂に日本の国の霊魂が憑りて、向ふの国を良いと思ふて居るのが、何に付けても大間違いであるぞよ。何から何まで向ふの国の為る事が、良いと思ふて居る事が、真の元の大神から見ると、眼を明けて見る事の出来んほど、見苦しき有様であるぞよ。 天地の違いと云ふ事は譬に申すなれど、譬よりは一層ヒドイ大間違の行り方で、たとゑにも成らん如うな取違いを致して居るから、世界には斯様な難渋な事が出来て来るのであるぞよ。実地の大本を無いものに致して居るのが、何うしても今度は言訳は出来よまい。この先は一日ましに何事も、世の本からの事柄や所作柄が、別に此方から顕はせずに堪忍て遣ろうと思ふ程、我の為る事を我の口からざんげを晒して各自に、神からは何も問はいでも、我の口から吐き出して了ふて、斯世で大きな取違いをして居りたと云ふ事が、発根と天地から判りて来て、抜き差しの出来ん事になるぞよ。是迄の世は真暗黒の世でありたから、何も分らん向ふの守護神が、コンナ良い世が有るものかと申して、何も知らずに慢心を致して、日本へ来られなんだ悪の守護神やら、四ツ足の守護神ばかりが、好き寸法の行り方を致して、日本の国を畜生の国にして了ふた、その暗がりの中に出来た盲目や、聾ばかりの世に成りて、世界中が何う仕様も無い事に成るから……………。爰へ成りて来た折には、天地から斯んな身魂では斯世に居れん事が出来てくるから、是までの心を持替て身魂を研いて居らんと、世界一度に難渋な事になるから、二十七年の間引続いて知らして居るなれど、まだそんな事があるものかと、足元へ火が燃えて来て居るのに、悪度胸を据えて、世界が潰れたら皆な並であると申して、平気で今に居る如うな守護神に使はれて居る人民が、ドウ仕様も無い事が何れは出て来るから、素直に申す事を聞いて居る守護神に使はれて居る肉体は、ドエライ難渋は致すまいなれど、余り良い気で居る肉体は、思ひが違ふ事になりて来るぞよ。 是からは霊魂の善悪が全部別るから、明治二十五年から申してある事の時節が参りて来たから、何所から何事が始まるやら知れんぞよと申してあるやうに、何彼のことが世界中の大困難で、昔から末代に一度ほか無い、大望な二度目の世の立替であるから、人民の思ふよりも大望であるから、始まると何う仕様も無い事が出来て、何処へ迯げて行うにも行く処の無い様になるから……………。日本の人民が向ふの国の性来になりて居るから、平気で、今に成っても判らん守護神に使はれて居るやうな肉体は、日本に事がありたら外国へ迯げて行く位に思ふて、国の事ども何んとも思はずに、気楽に思ふて居るで在ろうがな。外国は夫れまでにまだまだ激い事があるから、何処へも迯げて行く所は無いぞよ。我では行けん時節が廻りて来たから、素直に致さうより仕方はないぞよ。此先は頑張るほど微躯りとも成らんやうになるぞよ。我を出して縮尻た地の先祖が、爰までに善一つを立貫きて、今度の二度目の世の立替を首尾能く致した其上では、世界中の生あるものは皆良くして遣りたいと思ふて、永らくの間悔し残念を堪忍たなれど、外国は余り非道い悪の頭と眷属とが、善といふ事の道の判らん極悪であるから、埒良く致さねば成らんから、一旦は未だ天地の大神は矢張り悪神であると、皆の者が申すなれど、実地の善の身魂は、斯世の変り目には極悪のやうに見えるぞよ。細工は流々、仕上げた所を見て貰はんと、人民からは出来もせず、解る事でも無い。一厘の秘密で三千世界を水晶に立替、立直すのであるぞよ。用意を成されよ。足元から鳥が立つぞよ。時節が近よりたぞよ。 三千世界一度に開く梅の花、艮の根神の守護の世になりたぞよと、明治二十五年から出口直の手を借り、口を借りて知らした事の、実地が現はれる時節が近寄りて来たぞよ。今迄の世は悪神の覇張る世で、何事も好き寸法、利己主義の行り方で、此世を乱して来たが、モウ是からは昔の元の生神が世に現はれて、三千世界を守護やうに時節が参りたから、思ひの違ふ守護神、人民が大多数に出来て来るぞよ。今度の二度目の世の立替へ、天の磐戸開きは、悪の身魂が毛筋の横巾でも混りてありたら成就いたさぬ大望な、末代に一度より為られん神界の経綸であるから、茲まで悪神の覇張た暗黒の世を、生粋の水晶の如うな明らかな、何時までも変らぬ神世に致さねば成らぬから、神も中々骨の折れる事で在るぞよ。 昔のミロク様の純粋の、何時になりても変らぬ其儘の秘密の経綸の凝結で、末代動かん巌に松の仕組、何神にも解らぬ様に為てある善一つの誠の道であるから、途中に精神の変るやうな身魂では出来も致さず、判りも為ぬぞよ。此の世の元を創造て、世界中の一切の事、何一つ知らんといふ事の無い身魂でないと、今度の二度目の世の立替は、世界を創建るよりも何程骨が折れるか知れんぞよ。限り無しの潰ぶされぬ末代の経綸、世の立替、立直しといふことは、爰まで悪神が覇張りて、モ一とつ日本の国を奸賢しこう人民をいたして、未だ未だ悪神の力を強して、善の神の道は立てさせぬ如うに、悪神の体主霊従主義で貫く仕組を致して居るから、日本の人民は余程魂を研いて、日本魂を元へ戻して光を出して置かねば、万古末代日本は外国の自由に為られて了ふぞよ。 昔から露国へ上りて居りた悪神の頭目が、モ一つ向うの国(独逸)へ渡りて、人民の頭を自由自在に、我れの思惑どほりに悪を働き、世界中の大困難を構はず、何処までも暴れて暴れて暴れまわして世界を苦しめ、又た露国を自由に致して我れの手下たに附けて、今に日本へ攻めて来る経綸を致して居るが、そんな事に微躯つく如うな日本の守護神、人民でありたら日本は到底続きは致さんぞよ。是から神が蔭から手伝ふて、日本の軍隊に神力を附て与るから、今度は大丈夫であれども、向ふの国同士が戦争は到底叶はんと申して、可い加減な事で仲直りを致して、一腹に成って今度は日本へ押詰て来るから、日本の守護神も人民も腹帯を占て掛らな、万古末代取返しの出来ん事になるぞよと申して、明治二十五年から出口直の手を籍り口を籍りて知らして置いた事の実地が迫りて来たぞよ。外国は悪が強いから、ドコ迄も執念深う目的の立つ迄行り通うすなれど、九分九厘と云ふ処まで来た折に、三千年の神が経綸の[*「三千年の神が経綸の」は底本通り]奥の手を出して、外国を往生いたさすので在るから、日本は大丈夫であれども、罪穢の深い処には罪穢の借銭済しが在るから今の中に改心をいたさんと、日本にも酷しき徴罸が天地から在るぞよ。 霊主体従主義の行り方で末代の世が立つか、体主霊従の施政方針で世が末代続く乎、今度は善と悪との力量比べであるから、勝ちた方へ末代従ふて来ねばならんぞよ。それで神界は茲まで煉りに煉りたので在るぞよ。 この先は善一つの誠の道を立貫かねば、斯世に安住て貰えんやうに酷しく成るから、爰まで永らく言ひ聞かしたので在るぞよ。善と悪との境界の大峠であるから、爰まで十分に煉らねば悪の性来には聞けんから、今の今まで煉りたのであるが、チットは腹へ浸み切りて居る身魂が在るであらう。爰までに言い聞かしても判らん如うな身魂は体能く覚悟をいたさんと、是迄のやうな心で居りたなら又た天地を汚して了ふから、善へ心底から従ふ身魂で無いと、今迄の如うな心の人民が在りたら総損害になりて、モ一つ遅れるから、艮の金神も助けて遣る事も出来ず、天の御三体の大神様へ申訳の無いやうな事に成りて来るから、止を得ず気の毒でもモウ経綸どほりに致すぞよ。世の立替が段々と近寄りたから、是までの如うな事には行かんから、一か八と云ふ事を向ふの国の悪の頭に書いて見せて置くが良いぞよ。今の日本の番頭のフナフナ腰では兎ても恐がりて、コンナ事を書いて見せて遣るだけの度胸は在りは致すまいなれど、神の申すやうに致したら間違いは無いぞよ。一の番頭の守護神が改心が出来たら肉体に胴が据はるなれど、到底六ケ敷いから、今に番頭を取り替て了ふぞよ。モウ悪の頭の年の明きであるから、悪い頭から取払ひに致すぞよ。何事も時節が一度に参りて来て、世界中の困難が到来すると云ふ事が毎度申して知らした事が実地になりて、一度に開く梅の花、追々分らなんだ事が明白に判りて来て、キリキリ舞をいたさな成らん、夜の目も眠られん如うな事に成ると申して置いたが、一度筆先に出した事は皆出て来るぞよ。能く念を押して置くぞよ。念に念を押して、クドイと云はれても復た念を押して在るから、モウ是からは神界の事情も能く解る様に一度に成りて来るから、誠で無いと此先は誠一つの善の道が拵えて在るから、一日も早く善の道へ立復りて日本魂に捻ぢ直して下されよ。悪の世は齢が短いから、体主霊従の身魂が大変困しむ事が出来るから、明治二十五年から怒られる程申して在りたぞよ。日本の人民は男も女も腹帯を確り〆て掛らんと、一旦は堪れん如うな混雑になるぞよ。 明治二十五年から九度いと申して怒られもって、今に立替の神諭を書して居るぞよ。何時までも同じ事に間々に細々能く判る様に抜目の無い様、落度の無い様に知らしたなれど、ソンナ事が在るものかと申して、今に疑ふて居る人民斗り、実地が出て来て青白い顔をして腰が抜けて足も立たず、腮が外れて足が上に成り頭が下たに成りて、ソコラ中をヌタクラナ成らん事が出て来るぞよと知らして在るが、モウ近うなりて来たぞよ。悪の昇るのは迅いなれど降るのも又速いぞよ。善の分るのは手間が要るなれど、善の道の開けたのは万古末代の栄えであるから、爰まで悪る開けに開けた世界を根本から革正いたして、今後は体主霊従主義と云ふ様な醜るしき世は無い如うに致すので在るから、是ほど大望な事は末代に一度ほか為られんのであるから、神も中々骨が折れるぞよ。是ほど世界中が曇り切りて居る世の中を、世界中を水晶に致すのであるから、骨が折れるのも当然であるぞよ。斯の極悪の世を立替て了ふて、末代口舌の無い如うに大神様の御血筋一つの世に立直しをいたさねば世界の苦舌が絶えんから、人民の心が悪るなる斗り、何時になりても国の奪り合ひ斗りで治まりは致さんぞよ。 日本の国は本が霊主体従であるから、外国の霊魂は来る事の成らん様に立別けて在りたので、誠に穏かに在りたなれど、世が逆様に覆りて今日本の状態であるぞよ。薩張り上下たへ世が覆りて了ふて、日本の神国を四ツ足が渡りて来て、上から下までの醜るしさと云ふものは、天地の誠の神からは眼を明けて見る事が出来んぞよ。斯世を結構と申して大きな取違いを為て居りて、良いと云ふ事も悪いと云ふ事も、可非の判らん見苦しき四ツ足が上へ上りて大将なぞとは凄まじき事なれど、斯う言ふ世が一旦は出て来ると申す事は、地球を創造る折から良く判りて居るので、日本の国には外の身魂では能う為もせず、解りも致さんぞよ。一輪の火水(言霊)の経綸がいたして在りて先が見え透いて居るから、爰までに辛い事も堪り詰て来られたので在るぞよ。今度の二度目の世の建替は、智恵でも学でも機械でも、世界中の大戦いには手柄は出来んぞよ。何程悪の頭でも到底是からの世は今迄の行方では行かぬと云ふ事に気が附いて、綾部の大元へ今の内に願いに来る守護神でありたら、善一つの道へ乗替へさして末代の世を構はして、毛筋の横巾も悪の性来の混りの無い結構な神代に助けて遣るから、早く改心なされよ。何程我を張りて見ても時節には叶はんぞよ。 善一筋の純粋の元の御血筋で、末代の世を立て行く結構な仕組の解る世が参りて来たから、爰までに知らしても、未だ今に成って凝ふて居る守護神や人民斗りで、可憐なものなれど、モウ神からは人民に知らせ様が無いから、何時までも邪魔を致す極悪の頭から平げると云ふ事を、永らく筆先で知らして在る通りに時節が迫りて来るぞよ。余り何時までも高上りを為て居ると、時分の過ぎた色花の萎れる如く、今日の間にも手の掌が覆るぞよ。今の中に発根からの改心が一等であるぞよ。疑ふて居りて何事が出来しても神はモウ知らんぞよ。 悪の霊を曳抜いて元の日本魂の霊と入替て遣ると申して、爰までに知らして在るなれど、余り向ふの霊魂が悪る渋とうて手に合はんから○○○○○。日本の霊魂が向ふの悪るシブトイ性来に成切りて居るから、言ひ聞かした位に聞く如うな優しい身魂は在りはせんぞよ。今の日本の人民は外国の行り方が良く見えるのであるから、何程言い聞しても聞きはせぬぞよ。困ったものであるぞよ。外国ほど良い国は無いと心に錠を降して了ふて居るから、何程実地の事を言ひ聞しても逆様斗りに取るから、助けて遣り様が無いぞよ。是でもモチト先に成りたら大きな取違いを致して居りたと云ふ事が、上へ上がりて覇の利いて居りた人民に自然的に判りて来るぞよ。今迄の様に、自分好しの目的はトントン拍子には行かぬ如うになるぞよ。 日本の人民確り致さんと今に大変な事になりて来るから、吾妻の国も危ないと申して彼方此方へと狼狽まはして、行く処に迷ふぞよ。○○を守護いたす安全な処は綾部の大本より外には無いぞよ。綾部は三千年余りて昔からの神の経綸の致して在る結構な所であるから、大本の教を聞いて居る人民は余程シッカリいたして居らんと、油断が在りたら肝腎の経綸を他国から取りに来るぞよ。何程奪ろうと致しても神が奪しは致さんなれど、物事が遅れるだけ世界の困難が永びくから、十分に覚悟をいたして正勝の時の御用を勤めて下されよ。三千世界の鏡の出る大本であるぞよ。『○○の鎮まる○○は大和にしようか、尾張にしようか、一層信州が良かろうか、但しは備前か常陸かと、上の番頭も守護神も人民も、トチメンボウを振るぞよ。何程あせりても艮を刺すのは綾部であるぞよ』今の人民は神がいつまで言ふて聞かしても、人を威す位にほか能う取らんから、一度にバタツイても間に合はんぞよ。俄かの信心は役に立たぬから、常から神信いたせと申して知らして在るぞよ。世界に恐い事が出て来だしたと申して迯げ込で来ても、大峠の真最中に成りたなら、何程力量の在る神でもソンナ事には掛りては居れんやうに忙しく成るから、常に信心を致せと申して爰までに気が付けてあるぞよ。善の行り方と悪の行り方とを、末代書いて遺す綾部の大本であるから、変性男子の身魂の出口直が書いた筆先を、坤の金神が変性女子と現はれて説いて聞して、守護神、人民に改心を致さす御役であるから、世界の人民よ、筆先の事が聞たくば綾部の大本へ参りて来て細々と聞かして貰ふたら、世界の事が心相応に解りて来て、世界に何事ありても驚きは致さん如うになるぞよ。 向ふの国の極悪神の頭が、日本の人民を一人も無いやうに致す仕組を為て居るなれど、日本にも根本から動かぬ経綸が致して在るから、国も小さいし人民も尠いなれど、初発から一厘と九分九厘との大戦いで在ると申して、何時までも同じやうな事を書して在る通り、口で言はして在る事がドチラの国にもあるから、神力と学力との力比べの大戦いであるから、負けた方が従がはねば成らんと申して筆先に出して在る通り、実地に出現て来るから、此先で神から不許と申す事を致したり、我の一力で行ろうと思ふても、世が薩張り変りて了ふから、是までの事はチットも用ゐられんぞよと度々気を付けて在るのに、聞かずに吾の我で行りたら、彼方へ外れ此方へ外れて、一つも思ふ様には行かんぞよ。素直にさえ致せば何事も思ふやうに箱差した様に行くのが神代の政治であるぞよ。今の人民は余り我が強いから、是迄は神の申す事も聞かずに、守護神の自由に一力で思惑に行けたのは、地の上に誠の大将と申すものが無りたから、世に出て居る方の守護神が、向ふの国の大将に気に入る様な悪る力が在りたなら何処までも上げて貰える邪神等の世と成りて居りたから、悪い事の仕放題、悪神の自由で在りたなれど、モウ時節が廻りて来たから、其時節の事を致さな世は立ちては行かんぞよ。今迄は物質の世でありたから、学が茲まで蔓りて学力でドンナ事でも九分九厘までは成就いたしたなれど、モウ往生いたさな成らん如うに成りて来たぞよ。茲に成るまでに悪の守護神を改心さして助けて遣りたいと思ふて、明治二十五年から深い因縁のある出口直の身魂に知らさしたのであるなれど、我ほど豪いものは無きやうに思ふて、チットモ改心の出来ん罪人ばかり、神も是には往生いたさな仕様が無いぞよ。現世の鬼を平らげて、世界のものに安心を致さすぞよと云ふ事が、初発に筆先にかかして在るが、世界の大洗濯をいたして、元の水晶の身魂やら天地の大神の直系の御血筋の世に致して、天に坐ます御三体の大神様に御眼に懸ねば成らぬ御役であるぞよ。来いで来いでと松の世を待ちて居りたら、松の世の初まりの時節が参りて来たなれど、肝腎の悪の性来の改心をいたして貰はんと、何時までも頑張るやうな事では、斯世は水晶にならんから、ドウシテも聞ねば聞くやうに致すより仕様は無いぞよ。国には代えられんから、此先の規則通りに制配を致さねば御三体の大神様へ申訳が無いから、二度目の世の立替をいたしたら、悪の性霊は微塵も無い如うに洗い替をして、巌に松の動かぬ世にいたす、綾部の大本は世界の大本と成る尊い所であるから、余り何時までも疑ふて居ると、天地の大神様へ大きな御無礼になるから、今一度気を附けておくから、素直に致すが徳であるぞよ。本宮村、綾部の町の人。 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大本神諭 | 神諭一覧 | 大正7年旧2月26日 | 出口直八十三歳大正七年旧二月二十六日 天照皇大御神様が天の御先祖様であるなれど、今迄は世が逆様になりて居りたゆへに、地の先祖までも斯世に無い同様に為て在りたので、斯世は薩張り永い間暗黒界となりてありたのが、時節が参りて日出の守護になりたぞよ。至仁至愛神は、善一つの何んとも譬へるものも無い円満至真の何処まで往ても角の無い世界の主師親三徳具足神であるぞよ。 天ではミロク様なり、地の世界は大国常立尊が構はねば、外の御魂では到底此の乱れ切った世を立直して誠一つの神国にいたす事は出来ぬぞよ。大国常立尊は、表面から見れば悪に見えるから悪神にしられて、除名れて茲迄は、斯世にない神となりて、幽界から守護をいたして居りたなれど、陰斗りの守護は先へ行く事も跡へ戻る事も出来ぬやうに成て居る是迄の世の持方を、全然替るには表面になりて天晴活動かねば物事が成就いたさんので在ぞよ。 綾部の大本は、世界の大元と成る大望な事を致す所であるから、書置にも言置にも、歴史にも無い事を。 いろは四十八文字で、世界中へ知せる尊い所であるから、今の人民は真実にいたさねど、言葉で申してあることも、筆先で書いてある事も毛筋も違いの無い事斗りで在るから、疑念を去って了ふて、産児の心に持代えて、誠一つに成りたならば、何んな事でも合点が行くやうに成るぞよ。 撞の大神様は、地の世界では、足定満様の霊魂の性来であるから、此の足定満様の誠の心に成りたなれば、世界の事は何事に依らず、思ふやうに箱さしたやうに行き出すぞよ。 国常立尊を丑寅へ押込て、鬼門の金神悪神崇り神と申して、何一つ不調法も無い神に悪い名を附て居りたが。 世の元の国常立尊が世界の守護をいたさねば、お地から何一色も産出は致さぬぞよ。今の人民は何も知らずに、空斗りに眼を付けて、肝腎の脚下へは気が附かず、上へ登る事ばかり考へて居ると、薩張りスコタンになるぞよ。此の世の人民が大きな取り違いを致して居りたと、云ふ事が判る時節が参りたから、世の立替の先走りの教会に、段々と気が附て来て改心するに近よりたから、早ふから斯大本へ立寄りて、神の話を聞いて居る役員は、確りいたさんと、後の烏に追い越れて恥かしい事が出来るから、永らく大本の中の役員に気を付けたなれど、何を言ふても心の曇り切たもの斗りが集りて居りたのであるから、何程神が説いて聞しても、解りかけが出来ぬ、可愛想な身魂ばかりであるぞよ。自分の発根の改心で無いと、誠一つの明白な神の道は、肉体心がチットでも混りたら何も判らぬ如うになるぞよ。 茲は世界の大本に成る尊い神の経綸地であるから、身魂の行を致さねば、良い御用は到底出来ぬぞよ。 早く良い御用を致して、世人に見せたいやうな心では、誠の神業が出来んから、何でなり共斯神は行を命すぞよ。世に出て居れた、守護神は、是までの行方が余り安楽に有り過ぎて、世界に大将無し同様に我の一力で勝手気儘の仕放題、悪い事の行り放題で、恐いもの無しに、奸智慧斗りが働いて、今の世界の斯のありさま。神はモウ黙っては居れん事に成りたぞよ。 今迄は腹の中はドウデモ表面ばかり立派で、悪い智慧がありたら、何処までも上へ登がれたなれど、此後は二度目の世の立替を致して、末代善一とつで世を持ちて行く、天の規則が制定る時節が廻りて来たから。 何に付けても骨が折れると申して知してあるが。巌に松の動かぬ固い神世に成るのであるから、梅で開いて松で治める天地の先祖が変化て世界の守護を陰で致して居りたなれど、モウ何時迄も和光同塵ては居れんから、天地の先祖の神権を発動して、善悪を速に立て別けて、日本の国は元の霊主体従の大神の御血筋で、日本の国は混り無しの御魂で立て行く昔からの経綸であるぞよ。是までの世の持ち方や、神の法律を根本から立替て了ふて、守護神人民の心の持ち方を薩張り代えさして了はねば、今迄のやうな人民の行り方なり、贅沢三昧は、何うしても出来ぬやうに厳しく変るぞよ。今迄のやうな贅沢な生活方法では世界中がモウ立行かんから、明治廿五年から筆先に出してある通りの心の持方を致して居らぬと、大変に困窮事が出来するぞよ。(編者曰今回は都合に依り之にて止め申候) |
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伊都能売神諭 | 神諭一覧 | (年月日不明) | (年月日不明) 艮の金神国常立尊が、天の御三体の大神様の御命令を戴きて、三千世界を立直し致すに就ては、ミロクの大神様の御加護を戴かねば物事成就いたさんから、因縁のある身魂変性女子を表はして、大正五年辰の年旧三月三日に、大和国畝火の山を踏〆さして、世界立直しの守護が致してあるぞよ。畝火の山は出口に因縁の深き神山であるから、昔から土米が竜神の守護で生出して在りたなれど、神界の都合に依りて変性女子に守護を命して、肝川の深山八大竜神に土米の御用を仰せ付けたので在るぞよ。沢山の土米が出来ると申して一粒でも粗末に致されぬぞよ。大本の許し無きことには、一粒でも勝手に拾ふ事は成らんから、我を張りて拾ふなら拾ふて見やれ、神界の仕組の土米であるから、是からは厳しき戒めを致すぞよ。昔から元伊勢、丹後の比沼真奈為の宮に生出してありたなれど、明治四十五年の三月八日に出口直が、伊勢の内宮、外宮、加良洲の宮へ御神霊を御迎い致してから、丹後には今迄のやうには生出ぬやうに成りたぞよ。チツト斗り種は遺してあれど、土米の神力はモウ無くなりて居るぞよ。是も深い神界の仕組であるから、人間界では解る事で無いぞよ。 大正五年の旧五月五日には、変性女子の身魂に、昔から永らく世に隠れて守護を致して居りた、坤の金神の住居を致した播州の神島が開かしてあるが、人民からは左程にも無い御用の如うにあれども、神界では大変な神業でありたぞよ。朝日の直刺す夕日の日照す高砂沖の一島一つ松、松の根本に三千世界の宝いけおくと、昔から言伝へさして在りたが、今度は瑞の御魂の肉体を使ふて、三千世界の宝を掘上げさしたぞよ。その宝と申すのは、斯世を水晶の松の代、神世として治め遊ばすミロクの大神様の事で在りたぞよ。その年の九月九日に艮の金神国常立尊が、変性男子の身魂出口直に懸りて、二代三代を引連れ艮めを刺して参りたのも、深い経綸のある事ぞよ。斯の因縁もモウ少し致したら分けて見せるぞよ。大正五年辰の年五月午の月の八日に、変性女子が全部と現はれて、女神の姿になりて、大本へ参りた折、出口直は変性男子国常立尊と表はれ、海潮は変性女子豊雲野尊と現はれて、昔の神代から沓島と神島へ別れて落ちて居りた夫婦の神が、竜宮館の高天原で再会の祝に盃がさして在らうがな。其日から変性女子の身魂には、坤の金神と豊雲野尊が守護致したから、段々と緯の御用が表はれて、ボツボツと神界の経綸が出来かけて来たので在るぞよ。此の大本は明治二十五年から申してある如うに、男子と女子の経緯が揃はねば何事も成就いたさぬのであるぞよ。坤の金神の身魂には、変性男子と女子との御用を勤めて貰はな成らんから、是からは今迄とは海潮は忙がしうなりて、苦労が段々殖へて来るから今迄の身魂では能う忍耐んから七十五日の神から修行をさしたのであるぞよ。この先きは変性女子の教祖と致して、男子の直系の二代三代の後見を致さすのであるから、坤の金神の女子は一代の役であるから、此の次第を取違ひ無きやうに気を付けておくぞよ。今が艮めの肝腎要めの大事の場合であるぞよ。艮の金神は誰にも憑ると云ふ事は出来ぬなれど、天から守護いたして海潮に筆先をかかして置くぞよ。同じ筆先の書き様であるから、今までの男子の筆先も矢張り変性女子が書いて、男子の筆先にいたして、居りたじやろと、疑ふ人民が沢山に出来るなれど、夫んな事に気を掛けて居りたら、物事が成就いたさんから、ドシドシと女子に筆先を書して、三千世界を開くぞよ。出口直の八人の御児と、今までの筆先に出して在るのは、八柱の金神大将軍の事でありたぞよ。この八人の御児が今度は二度目の天之岩戸開きの御用に手柄いたさして、末代名を残さして、結構な神に祀りて貰ふのであるぞよ。八人の御子の働きは是からボツボツと現はれて来るぞよ。人民の思ひとは大変な違いであるぞよ。此の世の立替には、艮の金神が九万九億の眷属を使ふて、天地を一度に開く梅の花の経綸が昔の神代から致してありての事であるぞよ。世に出て居れる神様にも、守護神にも、人民にも、見当の取れん仕組がいたしてあるから、今の今まで判りは致さんぞよ。人より早う手柄を致さうと思ふて、焦慮りて縮尻る守護神人民が是からは出来て来るから、大本の役員は余程しつかり筆先を腹へ入れておかんと、経綸の邪魔になりて立直しが遅くなるから、念に念を押して気を付けて置くぞよ。大本の経綸で神の宮を建てるのは、沓島と神島と嵯峨の奥と三ケ所より外には成らんぞよ。肝川は八大竜神の守護があるから、大本の分社と致してあるので在るから、肝川には奇しびな神業が見せてあろうがな。世の立直しが済みたら、国々所々に大本の御宮を立て、夫れ夫れの守護神を鎮めて御用を致さすから、それ迄には御宮形も建てられんぞよ。広間も大本の経綸が成就いたして、天下泰平に世が治まる迄は、新たらしう建てる事は出来ぬぞよ。今迄に鏡が出して在ろうがな。京都で新に広間を立て神から潰され、伏見に建てまたその通り、肝川に建てても役に立つまいがな。大本の根本の極まらぬ中に、守護神人民が勝手に致した事は、九分九厘で覆りて了ふぞよと、何時も筆先で気が付けてありたなれど、神の申す事を背いて致した事は、何遍でも跡戻り斗り致すぞよ。大本を次に致して、園部で広間を建ようと致して、材木を寄せてサア是から建前と言ふやうに成りた所で、俄の大雨で材木が影も形も無いやうに流れた事があらうがな。皆神界から善悪の鏡が出して、大本の中に実地が見せてあるぞよ。明治廿五年から、幹退けて末続くとは思ふなよ、幹ありての枝もあれば末もあるぞよ。幹退きたら末は枯れるぞよと申して、出口直の手で毎度気が付けてあるぞよ。 明治二十五年から申した事は、何時になりても毛筋の横巾も違はん事ばかりであるぞよ。 |
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伊都能売神諭 | 神諭一覧 | 大正7年12月27日 | 大正七年一二月二七日 艮の金神の筆先で大本内部の役員に気を付けるぞよ。明治二十五年から変性男子大出口の守の身魂に苦労を致さして、二十七年の間神界の御用をいたさして在りたなれど、出口直が天地の冥加が畏ろしいと申して、何程厳しき冬の寒空にも、日に三度五度の水行を致して、其上に神の御用を勤めて下されたなれど、何程寒うても火鉢一つ使ふた事も手を暖ためて筆先を書いた事も無く、誠に慎みの良い身魂であるから、永らくの間大本の中の役員信者に鏡にして見せてありたが、今迄の大本の役員は直が申す事や行状を能く呑込みて、ミロクの行り方を致して下されて、神の経綸も段々と出来て来たなれど、誰も楽な方へ行き易いもので在るから、今の大本の中の役員の行り方は、薩張り精神が緩みて了ふた、世間並の行り方に逆戻り致して居るぞよ。出口直は八十三歳になりても火鉢一とつ抱えた事は無かりたぞよ。出口直を鏡に出して世の立直しの行り方が致して見せて在りたなれど、今の大本の行り方と申すものは、若い者が火鉢を持たな何一とつ能う致さず、金竜殿へ修行に参る守護神人民は沢山に火鉢を並べて贅沢な今の行り方、ソンナ事で斯の世の立直しの大本の修行は到底出来は致さんから、冬の修行は火が無ければ出来んような弱い人民は、修行を止めて一日も早く各自の国元へ立帰らして下され。折角永らくの間大出口直に苦労さして、今まで築き上げたる教の土台が転覆いたしかけて居るから、神は誠に困りて居るなれど、今の人民さんは鼻高が多いから、知らず知らずに慢神が出て、神の教に背くやうな事が出来いたすのであるから、余程大本の役員は隅から隅まで気を付けて下されよ。世界から参りて来る守護神人民は可成は外に宿めて下されよ。大本の内部に宿まれる様になるのは、余程の研けた身魂でないと、誰でも是からは構はずに止める事は出来ぬから、堅う心得て下され。神界から一度筆先に出して気を付けた事は、早速に聞いて貰はんと、大変な邪魔になりて後悔いたす事が出来て来るぞよ。神界の都合が在るから、此の節分からは修行者は一人も宿められんから、其覚悟を致して下され。役員信者の家で止めて下さるのは誠に結構であるぞよ。是から斯大本は神界の御用は段々と激しく成るから、国々から出て参る修行人を内部に止めて居るやうな事で在りたら、肝腎の神界の大事の経綸を、未だ訳の判りて居らん守護神が生聞きいたして、却て仕組の邪魔を致すから、神の集会する事も出来ぬ故、神の経綸が遅れて来る斗りで在るぞよ。此の大本は地の高天原の竜宮館、神宮坪の内と申して、天地の元の生神の天地へ昇降いたす神聖な地面で在るから、御地を踏む丈けでも恐れが多い所であるのに、何も判らぬ守護神人民を神の座より上の二階に寝さしたり、広前に休ましたり、何時までもそんな事致して居りたら神聖な場所が汚れて了ふから、神が集まる事が出来ぬから、其心得に此の中の役員から改めて下され。大出口直の身魂は国替いたしたなれど、肉体の時よりは一層酷しく成るから、今のやうな行り方は到底赦されんから、節分限り大本に宿める事は止めて下されよ。此の大本の立廻り役は止むを得んから、今の内は大本で寝起きを為せて修行なり御用をさせるぞよ。 大正七年十二月二十七日旧の同年十一月二十五日 |
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伊都能売神諭 | 神諭一覧 | 大正8年1月11日 | 大正七年一二月二三日 大正七年十二月二十三日 艮の金神が永らく変性男子の手と口とで知らして在りた、五六七の世が参りたぞよ。釈迦が五十六億七千万年の後に、至仁至愛神の神政が来ると予言したのは、五六七と申す事で在るぞよ。皆謎が掛けてありたのじやぞよ。五は天の数で火と云ふ意義であつて、火の字の端々に○を加へて五の○となる。火は大の字の形で梅の花、地球上の五大洲に象どる。六は地の数で水と云ふ意義であつて、水の字の端々に○を加へて六の○となる。火は人の立つ形で水は獣類の形であるぞよ。火は霊系、天系、君系、父系。水は体系、地系、臣系、母系であるぞよ。火は高御産巣日の神が初り、水は神御産巣日の神が初まりで、火はカの声、水はミの声、之を合してカミと申すぞよ。七は地成の数で、土也成の意義であつて、土は十と一の集りたもの、十は円満具足完全無欠両手揃ふ事で、一は初めの意義であるぞよ。十は物の成就、一は世界統一、一人の事である。世の終いの世の初りがミロクの世であるぞよ。また土は地球と云ふ意義で土也、成事である。火水地(神国)が五六七である五六七の世となる時は、神国に住む日本の人民が五千六百七十万人となる。大本は時節まいりて五六七の御用を致さす、変性女子の身魂に、大正五年五月五日辰の年午の月に、火水島の五六七の神を祭らせ、大正六年六月には肝川の竜神を高天原、竜宮館へ迎へ、大正七年七月には七十五日の修行が仰せ付けてありたのも、皆神界の昔から定まりた経綸が実現してあるのじやぞよ。五六七の神政は大正五六七三ケ年の間に、神界の仕組を現はし、又五年から七年までの間に、瑞の大神の神社八重垣ノ宮を三人兄弟の身魂に申付けて成就さしたのも、神界から因縁のある事であるぞよ。結構な御用でありたぞよ。五六七の世には、善き事も悪き事も一度に出現るぞよ。独逸へ渡りた八頭八尾の守護神は、大きな世界の戦を始めた其の間の日数が千と五百六十七日、世界風邪で斃れる人民が、全世界で五百六十七万人であり五年に渡る大戦争中に戦死者重軽傷者死者が又た五千六百七十万人であろうがな。是が釈迦の申した五十六億七千万年と云ふ意義である。五六七を除いた後の十億千万年と云ふ意義は、万世一系天壌無窮の神皇を戴き、地球上に天津日嗣の天子一人坐して、神政を行ひ玉ふと云ふ謎でありたが、其謎の解ける時節が来たのであるぞよ。昔の神代の泥海の折に、ミロクの大神様が地の先祖と成つた艮の金神国常立之尊に御命令を下し遊ばして、一旦は土と水とを立別け、人民初め万物の育つやうに致したので在るが、今に充分悪神の為に神国が成就いたして居らんから、時節参りて艮へ押込められて居りた艮の金神が、潰れて了ふ世を、天の御三体の大神様に御願申して立直し度いと思ふて、三千年の経綸をフタを開けて、明治二十五年から変性男子若姫君之尊の身魂に憑りて経綸を致して居れど、地の守護斗りで、天地が揃はぬと成就いたさぬから、撞の大神様ミロク様が、肝心の世を治め遊ばす経綸となりたのを、五六七の世と申すのであるぞよ。ミロクの御用は撞の大神と現はれる迄は、泥に混みれて守護いたさな成らぬから、ミロクの御用の間は変性女子を化かしたり、化けさして世の立直しを致さすから、女子は未だ未だ水晶の行状斗り命す事は出来ぬ、和光同塵の御用で辛い役であるぞよ。それで女子の身魂は未だ未だ内からも外からも、笑はれたり、怒られたり、攻められ苦しめられ、譏られ愛想を尽され、疑はれ、云ふに云はれぬ辛抱もあり、悔しい残念を忍耐ねば成らぬ、気の毒な御役であるぞよと女子の行状を見て御蔭を落す人民も、沢山是から出て来るぞよ。女子は斯世の乱れた行り方が命してあるぞよ。申して、変性男子の手と口とで永らく気が付けて、三千世界の大化物じやと申してあろうがな。余り浅い精神やら小さい身魂では、途中で分らぬ様になりて、迯げて帰ぬぞよと申してあろうがな。二十七年の間の筆先を能く調べて下されたら、何一言も申す事は無いぞよ。肝心の時に成りて御蔭を墜して、間曳かれんやうに致して下されと、毎度筆先で気を付けてあろうがな。神はチツトも困らねど其人民が可愛想なから、呉々も気を付けておいたから、大本へ不足は申されんぞよ。 変性女子の身魂が五六七の御用を致して下さる時節が参りたから、神界の経綸通り、変性男子の身魂は若姫君の命と一つになりて天へ上り、天からは若姫君之命、地からは国常立尊、天地の間は大出口国直霊主命が守護いたして、大国常立命と現はれて、世の立替の大掃除をいたすなり、地には変性女子の身魂が豊雲野命と現はれて、泥に浸りて、三千世界の世を立直して、天下泰平、末永き松の世ミロクの神世と致して、撞の大神豊国主之尊と現はれる経綸であるから、今の人民には見当は取れぬぞよ。 何時神が女子の身魂を何処へ連れ参ろうやら知れぬから、何事を致さすも神の経綸であるから、別条は無いから、何時姿が見えぬやうになりても神が守護いたして居るから、役員の御方心配を致さずに、各自の御用を致して居りて下されよ。神が先に気を注けておくぞよ。是から変性女子の身魂に五六七の神政の御用を致さすに就ては、神界の経綸を致させねば、大望が後れて間に合はぬ事が出来いたしては、永らくの神界の仕組も水の泡になるよつて、秘密の守護を為せるから、其つもりで落付いて居りて下され。中々人民の思ふて居るやうなチヨロコイ経綸でないぞよ。末代動かぬ大望な仕組の苦労の花の咲くのは、一と通りや二通りや五通りでは行かぬぞよ。山の谷々までも深い経綸で在るから、誠の仕組を申したら、悪の守護神は大きな邪魔を致すから、大正八年の節分が過ぎたら、変性女子を神が御用に連れ参るから、微躯ともせずに平生の通り大本の中の御用を役員は勤めて居りて下されよ。今迄は誠の役員が揃はなんだから、女子の御用を命す所へは行かなんだので、神界の経綸の御用が後れて居りたなれど、誠の熱心な役員が、揃ふて御用を、大本の中と外とで致して下さる様になりて来たから、弥々女子の身魂を経綸の場所へ連れ参るぞよ。女子の誠実地の御用は是からが初りで在るぞよ。何時まで神が経綸の所へ連れ行きても、跡には禁闕要乃大神、木花咲耶姫命、彦火々出見尊の身魂が守護遊ばすから、暫時の間位は別条は無いから、安心いたして留守を為てをりて下されよ。 一度に開く梅の花、開ひて散りて実を結ぶ御用に立てるは、変性女子の身魂の御用で在るぞよ。変性男子の御魂の御用は、三千世界一度に開く梅の花の仕組なり、女子の御用は、三千世界一度に開く梅の花の開ひて散りて跡の実を結ばせ、スの種を育てて、世界を一つに丸めて、天下は安穏に国土成就、万歳楽を来さす為の御用であるから、中々骨の折れる事業であるぞよ。是でも艮の金神は、此の身魂に守護いたして本望成就さして、三千世界の総方へ御眼に掛けるから、何事をいたしても細工は流々、仕上げを見て下され。水も漏さぬ仕組であるぞよ。たとへ大地が水中に沈むとも、神の仕組は動かぬから、金剛力を出して持上げさせるぞよ。是が一番要めの大望な瑞の御魂の今度の御用であるぞよ。人民の智慧や学力では一つも見当の取れん事斗りで在るぞよ。女子も今迄は乱れた行り方が致さして在りたから俄に神が御用に使ふと申せば、多勢の中には疑ふ者もあるで在ろうなれど、神は俄に手の掌を覆えして改心さして、誠の御用に立てるぞよと、永らく大出口直の手と口とで知らして在りた事の、実地を致さす時節が来たのであるぞよ。此者と直で無ければ実地の仕組の御用には連れ行かれん事であると申して、永らく筆先で知らしてありた事の、実地が出て来たのであるぞよ。大本はこれからは段々良くなるぞよ。気使いに成るぞよ。 |
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伊都能売神諭 | 神諭一覧 | 大正8年2月6日 | 大正八年一月二七日 大正八年一月二十七日旧十二月二十六日 艮の金神変性男子の御魂が、地の高天原の竜宮館に現はれて、世界の事を誌しおくぞよ。五六七の神が御出ましに成りたから、世が押釣りて天の鳥船や鳥の磐樟船の神が、空中を自由自在に荒れ廻はし、世界中に火の雨を降らして地の世界を苦しめ、神国を外国に致す悪神の企みが、九分九厘に成りて来たなれど、日本の国は神国であるから、四ツ足が何程上空へ昇りて、悪を働かうと致しても、四ツ足身魂の眼に付かぬ金神の鳥船が、中界を守護いたして居るから大丈夫であるぞよ。火の神も羽張り出すぞよ。火の輝日子や迦倶槌や、火の焼速男の神はエライ勢いで、明治三十年代から荒れ廻りて来たが、今度はモ一とつ烈しき活動をいたすから、人民も油断はいたされんぞよ。青山は枯山となり、海川は残らず泣き干す時節が近よりたぞよ。金山彦や金山姫を多具理上げる時節が参りて、今の成金の体主霊従の身魂が、頭を土に着けて苦しむ時節が今に来るぞよ。クハラの跡は草原となり、ススキの跡は薄原、イハサキの跡は茨咲き、フジタの末は不事多となるぞよ。三ツの泉の水も涸れ、ツルの池水は濁りに濁りて、鮒や鯰が泥に困しみ悶える時節が来るぞよ。鶴の宝は雀が拾ひ、亀の宝は小魚が喰ふ。山は変りて淵と成り、海の中にも山が湧く、是が体主霊従の身魂の年の空であるぞよ。秋風待てど罪悪の、日に夜にフユの霜先に葉も実も散りて丸裸、夜寒の凌ぎも何んと詮方なつ虫の、飛んで火に入る憐れさを、見せまいものと朝夕に、神の出口の手を借りて、助け与らんと艮の、神の心は五月暗み、泣く郭公血も涸れて、救ひの術も泣く斗り、神の心配酌み取りて、早く改心頼むぞよ。 艮の金神変性男子の身魂が、天地の間を守護致して、三千世界の大掃除を致すに付ては、ミロクの大神様は金竜に跨がり、大直日主命は銀竜に、若日女君の命は金剛に打乗り、天と中界と地の上を守護致して居るから、是からは経綸が一日増に良く解りて来るから、大本の内と外との誠の役員信者は、確りと胴を据へて下さらぬと今迄のやうな気楽な事では、肝心の御用が後れて了ふぞよ。宇宙の塵埃曇り汚れを掃き祓ふ、神の経綸の箒星、不意に出現する時は、天津大空澄み渡り、神の威勢の強くして、空に懸れる群星は、天の河原に集りて、言問ひ議り議り問ひ、終には思案も手術も泣き暗し、地上一つの神光を、尋ねて各自に降り来る、大木の蔭や神館、綾に畏き地上の高天原、神の助けを請ひ奉り、身魂清めて苅こもの、乱れ果てたる世の中を、元の神代に立直す善と悪との戦いに、大本直日大神を、総大将と戴きて、曲つ軍を打罰ため、言向和はす空前絶後の大神業は、いろはの産の神御魂、誉れを千代に遺す経綸の、奥の手の只一輪の白梅の、花咲き実のる常磐木の、松の神代こそ尊とけれ。金竜銀竜金剛剱破四ツの神馬のいななきは、天地に響く言霊の、神の力と神人の日本魂の活動に四方の国々依り来り、天津日嗣も永遠に、治まる神代の瑞相は、七堂伽ランの神界の、世界鎮めの基礎と成り渡るぞよ。 |
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伊都能売神諭 | 神諭一覧 | 大正8年2月18日 | 大正八年二月一八日 大正八年二月十八日旧正月の十八日 艮の金神国常立之尊が世界の中心田庭の国の神屋敷、神宮本宮坪の内、竜宮やかたの地の高天原に現はれて、瑞の御魂の宿りて居る言霊幸彦命の手を借りて、世の根本からの大略の因縁を書いて置くぞよ。恋しくば尋ね来て見よ丹波の、山と山との畳並べる綾部の里の谷間の、世の大本に咲く花の薫る在所を。 二度目の世の立替改造は、天の在る限り地の在る極み、根底の国のドン底までも、説いて聞かせる綾部の大本であるぞよ。変性男子と変性女子の身魂が現はれて、世界の改造を致して居る事は、此の節分からは明白に成りて来て居ろうがな。明治二十五年から三十年で世の立替立直しを致すと申して、出口直の手と口とで知らした事の実地が、誰の眼にも付く如うになりて来て居るのに、肝心の大本へ這入りて永らく筆先を読みて居る人民に何も判らぬので、神界の経綸は世界から一日ましに実現するなり、膝下はアフンと致して結構な神徳を後の烏に奪つて帰られるからと、毎度気を付けてありたから、今に成りて元の役員は何程地団駄踏んで悔しがりても追付かぬから、素直に致して何なりと身に合ふた御用を、一生懸命に勤めて下されよ。今迄は元の役員は皆慢神いたして瑞の御魂の五六七の世の御用の邪魔計り致して居りたから、大変な神界の御気障り、世界改造の御用が十年も後れて居るから、明治二十五年に三十年の間に全部世界改造を遂功て、結構な神界に致そうと思ふた仕組を、元の役員が女子の御用の邪魔計り致して、十年余り後れさして居るから、余程御詫を致して、十分の活動を致さんと天地から御許しがないぞよ。毎時出口直の手で、変性女子は大化物であるから、取違いを致すなと申して知らしてあれど、余り慢神の強い、訳の分らぬ身魂で在るから、力一杯変性女子の御用の邪魔を致して置いて、大変な結構な御用を致して来た様に思ふて、今に大きな取違い計り致して居るぞよ。此の大本は元の役員が在りたならこそ、茲まで発達したのぢやと云ふやうな心で居るが、それがヱライ慢神取違いであるぞよ。元の役員が覇張らずに控えて居りたなら、モウ十年早く物事が運びて、世界の人民も早く助かり、神界もモチト早ふ満足して戴けるので在りたなれど、十二人の役員の慢神取違いが今に響ひて来て、世界の事が大変に後れて了ふて、神も迷惑を致して居るぞよ。早く大本の中の元からの役員の身魂の改正を致さねば、神界の経綸の邪魔に成る計りで在るから、今の中に改心が出来れば良し、堂しても改心が出来ねば、可愛想でも世界の万民と少しの人民とは代えられんから、小の虫を殺してでも大の虫を助けねば成らぬから、重ねて気を付けるぞよ。後から参りた役員も未だ時日が浅いから、判らぬのも無理はないから、余り八釜敷うは申さぬなれど、世界の物事が絶命の所まで迫りて居るから、神界も急ぐから、一日も早く身魂を研いて、誠の日本魂を発揮して下され。油断はチツトも出来ぬ世界の大本であるぞよ。 いよいよ三千年の神界の経綸の時節が来たぞよ。三千年と申しても、百を三十重ねた意味では無いぞよ。数十万年の永き神の世一代を指して申す事であるぞよ。古き神世の有様を早く世界の人民に解いて聞かさんと、日本の神国の人民が、天地を経綸する主宰者で在りながら、外国の人民と同じ如うに成りて了ふて居るから、第一番に日本の人民が我身魂の天職を覚りて、日本魂に立帰りて、神世からの尊い因縁を覚りた上、世界の人民を助けて与らねば成らぬ、天来の大責任者であるぞよ。世界に大混雑が起るのも、悪い病が流行るのも、日本の人民の上下の身魂が曇りて、天までも曇らして、日本魂の活動が出来ぬからの事で在るぞよ。世界の小言の絶えぬのも、日本国の責任であるから、斯の地の世界を守護いたす、日本の守護神と人民が一番に改心を致して、天地の間を清浄に致さねば、何時までも天下泰平には治まらんぞよ。日本の人民は尊とき天地の神の宮に拵らへてあるので在るから、神の生き宮を余程清浄に致さんと、神が生きた宮に住みて、天地経綸の御用を勤める事は出来んから一日も早く今までの汚ない心や、小さい物欲を速川の瀬に流し捨てて、身禊の行を致して居らんと、肝腎要めの世界改造の御用が勤め上がらんぞよ。此の時代に生れて来た日本の人民は、特別に神界の仕組に仕ふやうに生れさして在るのであるから、今の日本の人民は、天地の使命が中昔の世の人民とは一層重大いのであるぞよ。同じ地の世界でも日本の国ぐらい結構な国はないぞよ。其の結構な日本の神国に生を享けた神民は、猶更この上もなき仕合せもので在るから、世界万国に対する責任が、外国の人民よりは何十倍も重いので在るから、自己本意の精神では日本の人民とは申されんぞよ。斯の結構な神国の神民が、霊主体従の行り方を薩張り忘れて了ふて、外国の体主霊従の世の持ち方に八分も九分も成りて了ふて居るのも、昔の神代に露国で育ちた八尾八頭の大蛇の悪霊に欺し込まれて、泥の世界に浸み切つて居るから、艮の金神が神世一代の苦労を致して、五六七の大神様の御加勢で、水晶の神世に立直す経綸であれども、永らくの間泥に浸みた守護神人民であるから、何程言ひ聞かしても耳へ這入らず、泥の世界から暗の世界へ落ち行うと致す、一寸先きの見えぬ盲目同様の身魂に成りて、今では外国人よりも劣りた人民が沢山出来て居るから、神も中々骨が折れるぞよ。今が世界の大峠の坂に掛りた所で危機一髪の場合であるから、攻めて因縁ありて引き寄せられた大本の役員信者が、一日も早く改心いたして、我身の荷物を軽くいたして、千騎一騎の活動を致して、千載一遇の神業に参加いたして、末代の晴れの舞台を踏みて下されよ。神は信心の旧い新しいは申さんから、判りた人から我一と神国成就の為に活動いたして、天地の祖神様の御神慮を安んじ奉るように致して下され。小さい物質の欲位いに心を曳かれて居るやうな事では、到底此度の大神業は勤まりは致さんぞよ。神の方には役員信者の区別は致さん、身魂の研けた人民から神徳を渡すから誰に由らず身魂次第で、神界から黙りて居りて御用を其人の知らぬ間に致さして居るから、其の覚悟を致してをらねば大間違いが出来るぞよ。神界は誰彼の区別はないから、身魂の研けた人民から其れ其れの御用に使ふてをるから、未だ此の大本の名も在所も何も知らぬ人民でも結構な御用が命して在るぞよ。其れで此の大本は外にも沢山に経綸の御用が致さして在るから、油断は一寸も出来んと申して、いつも筆先で気を注けてありたのじやぞよ。是から未だ未だ神界の経綸の良く解る、結構な御用の出来る守護神人民を、地の高天原へ引き寄せるから、大本の神霊界を充分に骨折りて世界へ拡めて下され、神が守護を致すから、未だ未だ経綸の人民が世に隠れてをるぞよ。其人を一日も早く引き寄して、経綸の御用に使はねば、神界が後れる計りで、世界の人民の困難が永く成る計りで在るぞよ。神の警告した筆先を見いでも、少しでも身魂の光りた守護神人民で在りたら、此後の世界の成行きの様子が見当が付かねば成らぬやうに、世の中の様子が変りて来て居るのに、体主霊従の外国の身魂に染み切りて居るから、先きが見えぬどころか、我身の脚下へ火が焼えて来て、身体が半分火傷する所まで気が付かぬやうな、動物よりも劣りた穀潰しの人民が、幾千万人居りた所で、何の役にも立ちは致さん。米喰虫の蛆虫同然、国が立うが立つまいが、外国に奪られようが何うなろうが、我身さへ気楽に食えさえしたら良いと云ふ今の世界の有様、今に人が人を喰ふやうに成るから、其う成りたら一旦この世界を根本から元の○○に致して、改造さねば成らぬから、可成は此儘で世界の人民を改心さして、世を立てたいのが艮の金神の一心であるから、後で取返しは成らんから、同じ事をクドウ申して知らすので在るから、日本の人民神の生き宮ならチツトは神の心も推量して下されよ。 艮の金神大国常立之尊が、天照彦之命の御魂の宿りて居る、坤の金神の生き宮、言霊幸彦命の手を借りて天地の開けた時からの世の成立から、神々の各自の御活動を書いて知らすぞよ。田庭の国は世界の始り、游能碁呂島の正中で、天地を造り固めた世の音の世の元、言霊の最初に鳴り出でし、天地経綸の霊地であるぞよ。出口の守と申すのも言霊の活用の事であるぞよ。夫れで綾部の大本へ出て来ねば、天地を一声の下に震動させ、雨風を自由に使い、雷神を駆使すると云ふ事は出来ぬので在るぞよ。天地経綸の神力なる言霊アオウエイ五大母音[※「母音」は底本通り。]は綾の高天原の神屋敷が大本であるぞよ。人体を備へた五男三女の神は、近江の国が始り、其他の生物は八木が始まりで在るぞよ。この言霊の初り、丹波綾部、竜宮館の地の高天原、神宮本宮の神屋敷に、伊都の身魂、瑞能身魂の二柱が表はれて、元の神世へ世を捻じ直す時節が来たのであるぞよ。式三番叟の歌にも、今日の三番叟、天下泰平、国土成就、日は照るとも曇るとも、鳴るは五十鈴の滝の水々々々、千秋万歳、処も富貴繁昌、この色の白き尉どのが治め参らせ候事は何よりも易き事にて候。元の屋敷へ御直り候と申す事は、今度の二度目の世の立替の、変性男子と女子との活動の事やら、綾部に二柱の神の立帰りて、天下泰平に世を治めて、万古末代続かすと云ふ事の神示が、神界から作りて在りたのじやぞよ。三千世界の立替の三番叟も恙なく相済みて、弥々初段が世界に初りたから、皆一日も早く改心致さぬと後の祭りに成りて、肝心の晴の舞台に登場出来んぞよ。 ◎ 世界の人民は皆天地の神の分霊分体であり、亦た神々の宿にて世界を開発く生き宮であるぞよ。中にも日本は豊葦原の中津国と申して在るが、其中津国に生れた人民は殊更上級の神々の生宮で在るから、神国の神民は上御一人の現人神を真の親とし主となし師と致して上下心を一に固めて、天地の経綸を行ふ可き天職の有る事を悟り、一日も早く今迄の誤まりた精神を立直して、二度目の天の岩戸を開ひて、常世往く黒白も分かぬ暗黒界を光り輝やく神世に致さねば、天地の神々様に申訳が立たぬぞよ。此の大本の教が真実に腹に納まりて、其行いが出来る人民でありたら夫れが誠の差添の種で在るぞよ。是から本の種を現はして善と悪とを分けて見せるぞよ。此の神の経綸は何程悪の種でも今度の際に改心さえ致したなら、元の胤を表はさずに善と悪との真釣合はせを致して御用を致さすから、此の金神の慈悲心が心の底に浸徹りたら、如何な悪魔も改心せずには居れぬやうに成りて、心から発根と改心いたすやうに成るから、第一番にこの大本の内部から充分身魂を清らかに致さんと、世界の神と守護神人民に押しが利かんぞよ。今が大本の千騎一騎の改心の時で在るぞよ。一日でも後れる程世界が永く苦しむぞよ。 この地の世界の初りは世界一体に泥海で在つて、光りも温みも何ものもなかりたぞよ。丁度譬へて曰へば朧月夜の二三層倍も暗い冷たい世界で、山も河も草木も何一種なかつたので在るぞよ。其泥の世界に身の丈けは五百丈ばかり、身の太さは三百丈程も在る蛇体の荒神が住居して居られたのが、御精神の良い大神様の前身で、是が五六七の大神様と御成り遊ばしたので在るぞよ。誠に長閑やかな御神姿で、鱗は一枚もなし、角も一本もなし、体の色は青水晶のやうな立派な神様で、天地の元の祖神と成られたので在るぞよ。斯世を創造して、天地を開く事に非常に苦心遊ばしましたのが、此の大神様が第一番で、ミロクの大神ともツキの大神とも申上げる御神様であるぞよ。世界を造るに就て非常に独神で御心配を遊ばして御座る所へ、同じく似たやうな御神姿の大蛇神が現はれたが、此の神には十六本の頭に角が生えて、其角の先から大変な光りが現はれて居る神様に、五六七の大神様が世界創造の御相談をお掛けになつたので在るぞよ。扨て其時の六六六の大神様の御言葉には、何時まで斯うして泥の世界の暗い所に住居を致して居つても、何一つの楽みもなし、何の功能もなし、沢山の眷属も有る事なり。何とか致して立派な天地を造り上げ、万の眷属の楽しく暮すやうに致したいのが、我の大望で在るが、其方様は我の片腕となりて天地を立別け、美はしき地上の世界を造る御心は有りませぬかと御尋ね遊ばしたら、日の大神の前身なる頭に十六本の光る角を生やした大蛇神様が御答には、我身は女体の事なり、且つ又た斯んな業の深い見苦しき姿で在りますから、貴神様の如うな御精神の良い、立派な神様の片腕に成ると云ふ事は、恐れ入りて御言葉に従ふ事が出来ませぬと、大変に謙だつて御辞退遊ばしたなれど、六六六の大神様が強いて御頼みに成り我の片腕に成るのは其方様より外にない、我が見込んで居るからとの仰せに、日の大神様も左様なれば御本望の遂ぐるまで我身の力一杯活動いたして見ます、去る代りに天地が立派に出来上りましたら、我を末代貴神様の女房役と致して下され私は女房役となりて万古末代世界を照しますとの御約束が地の高天原の竜宮館で結ばれたので在りたぞよ。其所へ艮の金神の前身国常立尊の荒神が現はれて、世界を造り遊ばす御手伝を命して下されと御願申上げたので在りたぞよ。そこで六六六の大神様が早速に御承知被下て仰せ遊ばすには、其方は見掛に由らぬ誠忠無比の神であるから世界の一切を委すから、落度のなきやうに致すが良かろうと仰せられ、其上に国常立之命に思兼の神と申す御名を下され、八百万の神様を天の山河澄の川原に集めて一人の眷属も残さず相談の中間え入れて大集会を遊ばしたので地の在る限りに住居いたして居れる蛇体の神々様が集り合ふて御協議の上、六六六様の仰せの通りに国常立之命を総体の局に選み下さりたのであるぞよ。 そこで八百万の神々の意見を聞き取りて、其の由を五六七の大神様へ申上げたら、日の大神伊邪那岐之尊様と月の大神五六七様との御弐体の大神様が更に集会あそばして、国常立之尊を地の造り主と致すぞよとの御命令が下りたので、此の方が地の主宰となりて多陀与弊流地面を修理固成いたしたのであるぞよ。天も水(六)中界も水(六)下界も水(六)で世界中の天地中界三才が水(六)計りで在りた世に一番の大将神の御位で御出遊ばしたので六(水)を三つ合せてミロクの大神と申すのであるが、天の水の(六)の中からヽの一霊が地に下りて五(火)と天が固まり地の六(水)にヽの一霊が加はりて地は七(地成)となりたから、世の元から申せばミロクは六六六なり、今の世の立直しの御用から申せばミロクは五六七と成るのであるから、六百六十六の守護は今までのミロクで、是からのミロクの御働きは五六七と成るので在るぞよ。国常立之尊が世の元を修理固成るに就て、天地中界の区別もなく、世界は一団の泥土泥水で手の付け様がなかりたので、堅いお土の種をミロクの大神様に御願い申し上げたら、大神様が直ぐに御承知になりて一生懸命に息を吹き懸けなされて一凝りの堅いお土が出来たのを国常立之尊の此方に御授けに成りたので其一団の御土を種に致して土と水とを立別け、山、川、原、野、海を拵らえたのが地の先祖の大国常立之尊であるぞよ。艮の金神大国常立之尊の姿は今まで筆先にも現はした事はなかりたなれど、畏れ多きミロクの大神様、日の大神さまの御神姿まで筆先に出して知らしたから、何時までも発表を見合はす事が出来ぬから、実地の姿を書き誌すぞよ。 大国常立之尊の元の誠の姿は頭に八本角の生えた鬼神の姿で、皆の神々が余り恐ろしいと申して寄り付かぬやうに致した位いの姿で在るから、今の人民に元の真の姿を見せたら、震い上りて眼を廻すぞよ。 月の大神に御成遊ばした五六七の大神様と日の大神様と、御二体の大神が(水火)を合はして天を固めに御上り遊ばした霊場が今の綾部の神宮本宮の坪の内、竜宮館の地の高天原であるぞよ。日本は世界の中心であり、綾部は日本の中心で在るから、天地の神々が世の元から昇り降りを致されたり集会を遊ばし坐て、天地を造られる折に御相談なされた結構な霊地であるから、其時分にはたつ鳥も落ちる勢いの場所で言霊の世の元でありたぞよ。其後に艮の金神が八百万の邪神に艮へ押込められてから、一旦は悉皆影も形もなきやうに亡びて了ふたが、時節参りて煎豆にも花が咲きて再び国常立之尊の世に世が戻りて来たから、変性男子と女子との身魂を借りて、世の元からの因縁を説いて聞かせる世界一の大本と成りたので在るぞよ。天の固まりたのは御弐体の大神様が天へ上りて各自に水火を合はしてキリキリと左右に三遍御舞い成されて伊吹の狭霧を遊ばすと、夫れで天が完全に固成たので在るぞよ。次に亦た吹き出し玉ふ伊吹の狭霧に由りて天に幾億万の星が出現したので在るぞよ。其星の数だけ地の世界に生物が育ちたら夫れで一旦世の洗い替に成るので在るぞよ。天は判然と造れたなれど、未だ地の世界が充分に固まりて居らなんだ際に、頭に十本の角の生へた大蛇神が我は地の世界の修理固成の加勢よりも天へ上りて天上から働き度いと申されて天で○○○○○○と成られたのであるが、大変な御神力が強いので御惣領に為てあるなれど、今の世界の人民の思ふて居る様な事とは神界の様子は又た大変な違いであるぞよ。それで先づ天の方は固まりて動かぬ事に成りたなれど、国常立之尊の主宰する地の世界は未だ充分の所へは行て居らんから、此方が先途に立ちて地の在らん限り方々の神に申付けて持場持場を固めさしたのが国々の国魂神で在るぞよ。其折には何れの神も心一つに素直に活動なされて、地の世界も程なく固まりて眼鼻が付く様に結構に成つたのであるが、今の露国の方面に八頭八尾の大蛇神が住居いたして居りたか、其蛇神の目的は綾部の高天原を中心として置いて、自身が天へ上りて天から末代地の世界を守護いたし度いと云ふ思わくで在りたなれど、夫れより先に天を造りたいと思ふて夫れ夫れ苦労を遊ばしたミロク様なり、一番に相談に乗つて供々に活動なされた日の大神様なり、地の世界は国常立之尊なり、世の元の根本の始りに天地三体の神が八百万の神を集めて天地を創造いたした其後へ八頭八尾の巨蛇神が現はれて、何程天地を自由に致そうと思ふても誰も相手に致すものがなかつたのであるぞよ。其の八頭八尾の蛇神が地の世界を充分乱らして置いて、我の自由に致す考えで種々と甘い事を申して誠の神まで手に入れて、此の神国の世を持荒らし、終には地の先祖の此方まで押込めるやうに企みて悪の目的が今まではトントン拍子に面白い程来たなれど、今度は艮へ押込められて居りた此方が時節で世に出て地の世界の一切を主宰するやうに成りたから、改心いたせば供々に手を曳合ふて神界の御用に立てて与るなり、改心出来ねば弥々艮めを刺して往生さすぞよ。 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伊都能売神諭 | 神諭一覧 | 大正8年2月21日 | 大正八年二月二一日 大正八年二月二十一日旧正月二十一日 艮の金神国常立之尊が竜宮館の地の高天原の神屋敷に現はれて、天照彦之尊の御魂の宿りた言霊幸彦命の体内を借りて世界改造の筆先を誌しおくぞよ。明治二十五年から大出口直の手を借りて世界に出現事変一切を日本の守護神人民に警告てをいた事の実地が近よりて来たぞよ。日本の神国に生れて来た身魂は皆日本魂の性来が授けて在りて上中下の三段の身魂が天から降して世界を経綸させるやうに天国の政治が地上に写して、君と臣と民とに立別けて在れども、今は世が逆様に成りて居るから、民の身魂が大臣小臣となり、大臣小臣の身魂が民の位置に落ち、其上に八頭八尾の邪神が守護いたして、斯世を体主霊従の行り方に乱して了ふて今の世界の此の惨害、是を何んとも思はぬやうに成りたのは、日本及び世界の人民が皆な四ツ足に欺され切つて居るからであるぞよ。世界を経綸する天職の備はりた日本の人民は日本魂が薩張り抜けて了ふて、九分まで獣蓄の身魂に成つて居るぞよ。天地開闢の初の世からの約束の時節が参りたから、愚図々々致して居れんから、今の静まりて在る間に一日も早く身魂を研いて居らんと、東の大空から西の谷底へ天の火が降る事が出来いたしたら俄に、栃面貌を振つてアフンと致さな成らぬやうになるぞよ。それで一日も早く日本魂を研けと申すので在るぞよ。日本魂と申すものは天地の先祖の神の精神と合一した心で在るぞよ。至仁至愛の大精神にして、何事にも心を配り行届き、凶事に逢ふとも、大山の如く微躯とも致さず、物質欲を断ちて精神は最も安静な心であるぞよ。天を相手とし凡人と争はず、天地万有山野海川を我の所有となし、春夏秋冬も昼も夜も暗も雨も風も雷も霜も雪も皆我言霊の自由に為し得る魂であるぞよ。如何なる災禍に逢ふも艱苦を甞るも意に介せず、幸運に向ふも油断せず、生死一如にして昼夜の往来する如く、世事一切を惟神の大道に任かせ、好みも無く憎みも為さず、義を重んじて心裏常に安静なる魂が日本魂であるぞよ。常に心中長閑にして、川水の流るる如く、末に至る程深くなりつつ自然に四海に達し、我意を起さず、才智を頼らず、天の時に応じて神意に随つて天下公共の為に活動し、万難を撓まず屈せず、無事にして善を行ふを日本魂と申すぞよ。奇魂能く活動する時は大人の行ひ備はり、真の智者となり、物を以て物を見極め、自己に等しからん事を欲せずして身魂共に平静なり。小人なるものは自己を本として物を見、自已に等しからん事を欲するが故に、常に心中静かならず、之を体主霊従の精神と申すぞよ。今の世の中一般の心は皆この心で在るぞよ。誠の日本魂のある人民は其意志平素に内にのみ向ひ、自己の独り知る所を慎み、自已の力量才覚を人に知られん事を求めず、天地神明の道に従ひ交はり、神の代表となりて善言美辞を用ひ、光風霽月の如き人格を具へて自然に世に光輝を放つ身魂であるぞよ。心神常に空虚にして一点の私心無ければ、常永に胸中に神国あり、何事も優れ勝りたる行動を好み、善者を喜こびて友となし、劣り汚れたるを憐み且つ恵む、富貴を欲せず羨まず、貧賤を厭はず侮らず、只々天下の為に至善を尽す事のみに焦心す、是の至心至情は日本魂の発動であるぞよ。我身富貴に処しては君国の為に心魂を捧げ、貧に処しては簡易の生活に甘んじ、欲望を制し暇にも他を害せず、自暴自棄せず、天命を楽みて自己応分の天職を守る、是が日本魂の発動であるぞよ。天下修齋の大神業に参加する共決して周章ず騷がず、身魂常に洋々として大海の如く、天の空うして鳥の飛ぶに任すが如く、海の広くして魚の踊るに従ふが如き不動の精神を常に養ふ、是が神政成就の神業に奉仕する身魂の行動でなけねば成らぬのであるぞよ。凡人の見て善事と為す事にても神の法に照して悪しき事は是を為さず、凡人の見て悪と為す事にても神の誠の道に照して善き事は勇みて之を遂行すべし。天意に従がひ大業を為さんとするものは一疋の虫と雖も妄に之を傷害せず、至仁至愛にして万有を保護し、世の乱に乗じて望を興さぬ至粋至純の精神を保つ、是が誠の日本魂の発動であるぞよ。今度の二度目の天之岩戸開きの御用に立つ身魂は是丈の身魂の覚悟が無ければ到底終りまで勤めると云ふ事は出来んから、毎度筆先で日本魂を研いて下されと申して知らして在るぞよ。今の日本の人民は九分九厘まで日本魂が曇り切りて了ふて居るから、今の人民の所作柄と申すものは薩張り精神を利害のために左右せられて、一寸先きは暗黒であるから、何時も心が急ろしうて、一寸の事変にも狼狽え騷いで顏の色まで変えて了ふ人民計りで在るぞよ。是では到底日本の神国の人民とは申されんぞよ。今の人民の精神と申すものは体主霊従であるから心は平素外面ばかりに走り、人前だけは殊勝らしく慎しみて居れど、内心と申すものは頑空妄慮であるから、少しの事にも微躯付いて外国の四ツ足に喰えて振るやうな難に逢されて居りても未だ気が付かぬ厄介な人民であるぞよ。今の人民は霊界の事実が頭から少とも解りて居らんから、万古末代生き通しの真理を弁まへず、現世でさえ立派に暮したら死後は堂でも搆はぬと云ふ一般の馬鹿な身魂で在るから、天地神明の御威光も畏れず、現世の富貴安逸快楽のみに心を奪られて貧を蛇蠍の如くに忌み嫌い、精神が腐ろうが天則を外そうが其んな事には毛程も心配いたさず、黄金万能主義の信者に落ち込み、国家の為に身命を捧げんとする真人を馬鹿ものの如うに詈り嘲り、死ぬ事を厭ひ下らぬ体欲に耽りて、肝心の天の使命の降つた神の生き宮の身魂である事を忘れて居るから、世界は日に増しに悪事災害が発生いたすので在るぞよ。少し順境に向えば千年も万年も生き度いと申し、少し逆境に落つれば直に斯の結構な神国を畏れ果敢なみ、名聞に恥るが故に誠を忘れ利欲に眼眩みて義を弁へず天命を覚らず、自己よりも富貴の人を羨やみ且つソネミ、自己よりも貧賤なる人を侮り軽蔑み凌ぎ苦しめ、才智芸能の自己より勝れたる人に従ひ学ぶ事を為さず、却て之を譏り、自己の足らざるを補ふ精神毫もなく、善かれ悪かれ自己を賞め、且つ自己に追従するものを親しみて害毒を招き、遂に又た之を悪み、智者賢者に問ふ事を愧ぢて一生無知愚鈍の生活を送る憐れな今の世界の人民の度根性で在るから、何時までも世の中が暗黒界で、我と我手に要らん困難を致す人民計りで、神の眼からは可愛想で見て居れんから、今度は神が表に現はれて世界の人民の目を醒して改心さして結構な神代に立直すので在るぞよ。余り世界の曇りやうが激しいから、神界も中々骨が折れるぞよ。世界の人民の中の悪の身魂を平げて了ふて、世の立直し致すのなれば容易なれど神は世界の人民を一人もツツボに致し度もないから、色々と申して永らく出口直の手で警告たので在れども、余り何時までも守護神人民が聞いて下さらぬと止むを得ずの事に致さねば成らぬから、神も中々辛い思ひを致して居るから、日本の人民ならチツトは神の心も推量いたして早く身魂を研いて神国の行動を為て下され。何時までも神は人民に説き諭して居る暇がないから、改心いたすなら今の間であるぞよ。今の人民の心に合ふやうな行為は誠の神の心に叶はず、神の心に叶ふ行為いたす人民は俗悪世界の鼻の高い人民の心に叶はぬから、腰の弱い日本魂の腐りた人民は残らず今の世界の人民に従いて了ふて、譬え天道に叶はぬ事でも世界の人民の善いと申す事は靡くなり、天道に叶ふた結構な事業でも世界から悪く言はれたら直ぐに止めて了ふなり、只眼の前の名利を求め、形の欲に迷ふて天津誠を知らず、故に斯の結構な地の高天原の誠の教を迷信教とか、怪宗とか、危険集団とか申して、新聞にまで書いて悪く申すので在るが、今の俗悪世界の新聞などに良く言はれる様な世間向きのする教で在りたら却て斯の大本の教は悪の教であるぞよ。悪く言はれて良く成る経綸であると明治二十五年から知らして置いた事の実地が出て参りたので在るから、世間から悪く言はれる程此の大本の教は結構になるので在るぞよ。今の人民は人から褒められると過ぎた事でも大変に歓こび且つ人にほこり高振りたがり、又自己を譏るのを聞いては実際なれば驚き周章て顏の色まで蒼くし、無い事を譏られると大変に立腹いたして名譽恢復の訴訟を起し、自己の過失を飾り、又は隠し、非を遂げて改心する事を知らず、自己の心の邪悪なるを知りつつ人が賞めて呉れると自己の邪悪は誰も知らぬと気を赦し、自己の欲する事は譬え少々罪悪なりと承知しながら善人の諫言を耳に入れず、却て其誠の人を悪人扱ひに致すやうに成りた今の世の中であるから、况して誠の神の申す事は聞きさうな筈はなけれども、天から貰ふた直霊の御魂にチツトは尋ねて見たら神の申す事は解らねば成らぬ筈で在るぞよ。結構な直霊を我身に抱え乍ら、小人罪を作りて知らぬとは余りで在るぞよ。間がな隙がな人の非事を探したり、人の名与を毀けて自己の眼識が高く成つたやうに考がへ且つ又たそれを偉いやうに思ふて自慢を致したり、天道に背いて俗悪世界の名与を求めたり、義に背いて利己主義を立貫き高貴に媚びへつらい、以て我身の栄達を計り人の目を眩まして利を企み、浮雲の如き富貴を希望して一生懸命に心身を労し、終には子孫断絶の因と成るを覚らず、我霊魂の永苦を省みず、只現在に於てのみ自己在る事を知つて人在る事を知らず、自己に利益あれば公道を破り、人を害ふをも顧みずして近きは其身を亡ぼし、遠きは其家を亡ぼす事を知らず、我程の立派な利発ものはなしと慢心して獣族境界に安んじ、親子兄弟他人の区別もなく、利害の為には互に敵視する今の世の中の有様。此様な沒義道な汚らはしき世が何時までも続きそうな事はないぞよ。此世が何時までも此調子で行く如うな事で在りたら天地の間は神は一柱もないので在るぞよ。今度は地の高天原の竜宮館から天地に神が在るかないかを明白に解けて見せて、世界の人民に改心さして松の世ミロクの神代と致して、世界一列勇んで暮すやうに世を替へて了ふのであるぞよ。夫れに成る迄に世界の黄泉津比良坂が在るから、今の世の中の精神を根本から立替て了ふて誠の日本魂に立帰り、神国成就の御用を勤めて、末代神国の名を残して下され、神が誠のものにはドンナ神力も蔭から渡して与るぞよ。一日も早い改心が結構であるぞよ。 明治二十五年からの筆先は充分に腹へ入れて見て貰はぬと、大変な取違いを致すものが出来るぞよ。この綾部へ出て来ねば神徳が貰えんやうに思ふて、一家を挙げて移住したり、今迄の結構な職業まで捨てたり、学校を退学したりして迄大本へ出て来るやうな事は神慮に叶はぬぞよ。大本の祝詞の中にも学びの術に戦の法に益々も開け添はりて玉垣の内津御国は細矛千足国心安国と云々と出てあらうがな。学びの術を捨てまで信心いたせとは申さんぞよ。それとも事情止むを得ぬ事があれば仕方はなけれども、悔しい残念を忍耐ることの出来んやうな身魂でありたら到底神の御用どころか我身一つさえも修まらんぞよ。是から大本の中も充分気を付け合ふて落度のなき様に心得て下さらんと斯の結構な神国の教の名を汚す事に成りて却て世界から悪るく申されても弁解の出来ぬ事が出来するぞよ。此の大本の名を汚すものは大本の中から出現するぞよ。外部からは指一本さわる事は出来ぬ完全で在と毎度筆先に出て知したが余程是からは何彼の事を気配いたして神の教に背かぬ様に善一筋の行ひを致して神の善き名を出やうに致して下されよ。何も分らずに人民の心の騒ぐ様な事を申で無ぞよ気を付るぞよ。 |
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伊都能売神諭 | 神諭一覧 | 大正8年3月12日 | 大正八年三月一〇日 大正八年三月十日旧二月九日 国常立尊の筆先であるぞよ。変性男子の御魂稚日女之命[*ママ]は世の初りに、天若彦命と素盞嗚尊の為に押込まれて、八重九重に咲く芳ばしき花の苔みを、半開にして散り亡せ給ひ、地に落ちて神代一代の永い艱難苦労を遊ばしたが、天若彦命の天の規則破りの罪を我身に引受け、今まで善一とつを貫いて御出なされた日本魂の誠の大神様であるぞよ。大本の役員から此の次第を了解いたして下さらぬと、今度の仕組は根本が判らんのであるぞよ。稚日女命[*ママ]の肉体は上天いたして、天地の間を守護いたして居れるから、是からは世界の物事は速く成るから、一日の猶予も出来ぬぞよ。世の初りから、誠の日本魂を天地に貫いて来られた御徳が、今度斯世に表はれて、天も地も一度に明らかに稜威が輝く様に成りたのは、誠と苦労の結果であるから、斯神の昔からの行状は世界の善の亀鑑であるぞよ。亦た天若彦命は非常な狡猾な陰険な邪神であるから、誠の神様の御苦労の徳を横奪いたして、神の世を自由自在に持荒らした神であるぞよ。天若彦命は若姫君命の養育された黄金竜姫命に恋慕して、天の規則を破り、貞操を汚さしめ、傍若無人の挙動を致し、終に他の神々も夫の行動に感染して残らず天の罪を犯し、総損ないと成りて了ふて、皆の神が世に落ちねばならぬ始末となつたのであるぞよ。夫れで今日までは元の誠の神は世に現はれず、根底国の刑罰を受けて苦しみて居りたなれど、今度の二度目の天岩戸開きに就て、艮の金神の元の誠が現はれて来て、九ツ花が咲く時節が参りたから、善一と筋を貫きて御出遊ばした、若姫君命の養育なされた八柱の神を世に上げて、十葉の花を咲かす神代と成りたから、今度の世の改造に昔からの神々の因縁を説分けて、万古末代の世を治めて、神も仏も人民も、餓鬼虫けら迄も助けて、松の代ミロクの代と立直して了ふので在るから、中々骨の折れる事であるぞよ。大本の信者の中には、世の立替と申す事を大変な誤解を致して居るものが在るが、世の立替は神界幽界現界の邪悪分子を全部改革いたすと云ふ意味であるぞよ。世の立直しと申すのは昔の神代に皇祖の神々が御定め成された通りの、完全無欠の神政を開いて、三千世界を天津日嗣の御威徳で言向和はし、天の下四方の国を平けく安らけく知食し給ふ御神業の完成いたす事で在るぞよ。余り大きな間違いで、アフンと致す事が来るから、充分に神の慈悲心に成りて、筆先を眼を通して下されよと永らくの間気が付けてあるのに、自己の心が汚ないから、色々と疑ふたり、取違い致したり、中には途方も無い事を申して世界の人民を驚かす事になるから、神の深き慈悲心に照り合して、我身魂の善悪を省みるが良いぞよ。神からは世界の人民は皆な我子で在るから、しかりたりたらしたり、色々と致して改心を促がして居るので在るから、大本の肝腎の役員から充分に神心を考へて、出て来る人に違はぬ教を致して下されよ。善になるのも悪に代るのも、皆役員の舌一枚の使い様に由るぞよ。人民の舌ほど結構なものの恐ろしいものは無いぞよ。明治二十五年からの筆先を心を鎮めて覗いて居りたら、神の誠の精神が判りて来るぞよ。八釜しう申さいでも神の知らした事は世界から順に出て来るから、黙りて居りて改心も出来るなり、神徳も与へられるぞよ。 ◎ 斯大本には昔の神代から罪を作りて来た体主霊従の身魂の人民ほど、先へ引き寄せて、御魂の借金済しの為に大望な神界の御用を命して在るので在るから、其の覚悟を致して、我れ一と神国の為に尽して下さらぬと、我に神力学力が在るから引き寄せられた如うに思ふて油断いたしたら、大変な間違いが出来てくるぞよ。斯の大本は盛んになる程敵が多く出て来るから、其敵対ふて来た人民を、大切に致して親切に取扱ひ、神界の真理を懇切に説き諭して、歓こばして改心さして、皇道大本の神の誠の教に帰順いたさす経綸であるから、敵が殖える程段々と良く成るぞよ。今度の神界の経綸は強い敵ほど良き味方に成りて御用を助ける仕組であるから、敵が殖えて来る程この教は立派に開けるぞよ。三千世界を開くと云ふ事は、今までの如うな筆法で古事記を説いても、肝腎の奥の奥が明らかにならぬから、誠の神政復古は成就いたさんぞよ。今度は二度目の天の岩戸開きで在るから、肉体その儘で天地の在らん限り、幽界現界に出入往来いたして、今の人民の智慧や学力で判らぬ神理を調べて置いて三人世の元の経綸が致して在るから、是が判りて来たら三千世界が一度に鳴るぞよ。三人世の本の因縁も、日の出神の御苦労も鏡の如くに判りて来るぞよ。そこへ成りたら如何な鼻高でも悪神でも成程と改心いたすなれど、斯大本の経綸は世界中に仕組てあるから、今に吃驚箱の蓋が開いたら、我も私もと申して世界中から綾部の大本へ詰かけるから、今の内に充分の用意が出来て居らぬと、俄にトチ面貌[*「面貌」は底本通り]を振るやうに成るぞよ。節分から世界の様子が大変に替るに就て、先づ斯の大本の内部から立替改造を致すと申して知らした事の実地が参りたぞよ。各自に腹帯を確かり占て居らぬと、一つの峠が在りても直ぐに後戻りをいたすと申したが、筆先の十分腹へ這入た人民は大磐石で、押しても突いても微躯りとも致さねど、浅い筆先の見様をいたして居る人民は、ヒヨロ付いて後餅を搗いて、神力は落ちるなり世界からは良い笑はれものと成るから、何時も日本魂を研いて居れと申して、細こう書いて知らして在りたぞよ。艮の金神が綾の高天原の神屋敷に現はれて、八百万の神を集めて、天の大神様から思兼の神と御命令を戴きて万物の種を編み出し、苦労いたして立派な神の世が造れたと思へば、天の若彦命が色々と勝手な事の行り放題で、天地の教を根本から覆がへしてから、世は段々と曇る斗り、上げも下ろしも成らぬ様に、此神の眷属の羽張り様と申すものは、人の苦労を横奪ばかりで在りたから、高天原から乱れて来て、今の世までも悪の種が伝はりて来て居るから、今の世界の所作柄は、万物の霊長どころか、四ツ足にも劣りた精神になり切りて了ふて居るぞよ。一寸先きも見えぬ所まで霊魂が曇り切つて居るから、今度は天の時節が参りて、人民の霊魂に燈明を付けて、元の日本魂に生れ返やして与らねば、斯世の泥海を此ままに致して置いては、モウ此の后は一寸の間も、行きも還りも出来ん事になりて、何から破裂いたすやら分らんから、神は人民を助けたいのが一心で在るから、一日も早く人民の首の位にある日本の人民から改心いたして、世界へ善一と筋の良き鏡を出して下され、今に世界は激しく成るから、変性女子の身魂から水晶に研いて下されよ。女子の身魂の改心さえ出来たら、世界の人民の改心が早く成るなり、改心が一日遅れたら遅れた丈けは、世界が永く苦しむので在るから、斯の大本の肝心の御方から日本魂に立帰りて、神国成就の御用を勤めて下されよ。大本の教は智慧や学では何程考へても、人民力では見当の取れん、奥の深い経綸であるから、是からソロソロと変性女子の手で、順に時節に応じて知らすぞよ。大本の筆先は其人々の御魂相応に感得る様に書してあるから、余程御魂を研かんと、真理の神意が判らんから、取違いが出来るから、筆先を説く役員も聞く人民も、第一に神の心に成りて考へて下さらんと困る事が出来いたすぞよ。筆先の御用いたして、錦の旗の経綸の御用を致して居る変性女子の御魂でさへも、今までは神界の機の仕組は判りて居らなんだ位であるから、普通の人民には判らんのも無理は無いぞよ。夫れで今迄は夜ルの守護であると申して知らして在りたなれど、大正八年からは弥々日出の守護となりて、変性男子と女子との身魂が世界へ天晴れ現はれるから、一日も早く此の大本の中から改心いたして、世間から見てアレデならこそ三千世界の大本、地の高天原で在ると申すやうに成りて来たら、一度に開く梅の花と申すのであるぞよ。開いて散りて実を結び、隅々までも澄極りて、世界に輝やく世の本の神の教を、四方の国から尋ねて来る八ツの年、新畳でさえも打てば、埃の出る者なれど、何程たたいても埃一つ出て来ん所まで研き上げて、天地え御眼に掛る艮の金神の経綸であるから、其覚悟を致して、斯の大本へ出て来る人民は、世界並の改心ぐらいでは可んから、研いた上にも研いて下されと毎時も申して知らして在るぞよ。世の諺にも、大きな器物には大きい影が刺すと申すなれど、大本の教は大きな器でも小さい器でも、水晶に澄極る処まで研く教で在るから、影と日向の区別無く、却つて影には強い光りが差す教であるぞよ。毛筋の横巾も間違いの無い教であるから、大本の信者は日本魂に立帰りて、毛筋ほどの虚言や詐りは致されず、悪いと申す事は露ほども出来ぬ世の立直の教であるから、明治二十五年から艮の金神の教は、他の教会の行り方とは天地の相違で在ると申すので在るぞよ。我の心が写りて心相応に感得る神諭であるから、我の身魂の磨けん内から知つた顔して筆先を説いても、大間違い大取違い斗りに成るから、口と心と行いの揃ふ誠の人民でないと、神諭の奥の精神はとうてい分らんぞよ。 |
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伊都能売神諭 | 神諭一覧 | 大正8年4月23日 | 大正八年四月二三日 大正八年四月二十三日 艮の金神国常立の命の筆先であるぞよ。明治二十五年から、変性男子の御魂の宿りて居る、出口直の手を借り口を借りて警告た事実の実地が参りたぞよ。邪神界は一腹に成りて来ると申して在りたが、神が一度申した事はイツに成りても毛筋の横巾も間違いの無いのが、変性男子の一々万々確固不易経言であるぞよ。日本は神国で在るから、太古の神世からの固有の教を守りて御用を致せば何一つ邪神界の自由には出来ぬ神国であるなれど、今の日本の守護神人民は、肝腎の脚下にある結構な神宝を、我と我手に踏み付けて少しも顧みず、遠き遠き西の大空斗り眺めて、浮雲の天に御魂を取られて了ふて、日本の国の今の困難、跡にも先にも此世始りてから未だ無き事変が日増しに出て来て、国の大難が差迫つて来て居るのに、其日暮の今の守護神人民の行り方、何程智慧や学の力でも今度は到底間に合んから、神国は神国の行り方に一日も早く立替て、日輪様を背に負ひて、何彼の経綸を致さむと、今の行り方は日輪に向うて知らず知らずに戦かうて居るので在るから、邪神界に薩張り馬鹿に知られて、尻の毛まで一本も無き所まで曳抜かれて了ふて居るので在るから、今に成りて何程立派な事を申しても致しても四つ足の耳へは這入りは致さんぞよ。日本は結構な神国であり、天子は天照皇大神様の直系の生神様であるから、是位ひ立派な神国は、此の広い世界に外にモ一つは無いなれど、日本の国の守護神人民は全然四つ足の精神と日本魂とを摺替られて了ふて、今の人民の行状、是では到底神国の責任が果せぬから、永らく出口の手で充分に気を付けたので在るぞよ。 日本の国体を学理的に闡明して、世界の人文の発達に於ける、日本独特の使命を発揮すると申して、一生懸命に国家の為に骨を折つて居る大学者が在るが、日本の国体と申すものは、世界に類例の無い神の建てたる立派な国体であるから、今日の如うな不完全な幼稚な学理で解決の出来るやうな、ソンナ国体では無いから、今の体主霊従の精神を根本から立直して掛らぬと、到底見当は取れは致さんぞよ。敬神尊皇愛国の精神が、日本の天賦の日本魂で在れども、今の日本の学者は、神の建てた神国と言ふことを忘れてをるから、何程立派な尊王愛国論を唱導致しても、肝腎の皇祖の神が判らぬから、御魂が無いから、何程骨を折ても駄目であるぞよ。斯う云ふことを申すと又今の鼻高は、綾部の大本は世界の大勢に逆行する、危険な頑迷思想であると申して、力一杯反対いたすものが出て来るなれど、何程反対いたしても、ソンなことに往生いたす如うな神でありたら、三千年の永がい間の苦労をいたして、世の改造は仕組は致さむぞよ。一日も一刻も速に改心いたして、神国の行り方にいたさんと、今に上げも下ろしも成らん事が出来いたすから、日本の守護神人民に神から気を付けるぞよ。神は毫末も嘘は申さむから、日本の人民は早く改心致して、世界神国成就の準備に掛りて、日本の国民の天職を全う致して下されよ。神が今度は現はれて、天と地から守護いたすから、一旦は何が在ろうとも艮は刺すから、安神いたして早く身魂を研ひて下されよ。モウ愚図々々致してをる間が無いから、跡のカラスに追越されんやうに致して下されよ。大正七年の十一月に宿替いたした悪神の大将が、今化けの皮を現はしかけて来てをるが、中々日本の人民は油断が出来ぬぞよ。是れから艮の金神が悪神の正体を表はして、世界の人民に見せて与るから、九分九厘までは日本も心配いたす事がまだまだ湧いて来るなれど、人民の改心さえ出来たなれば、昔の神世の経綸通りに致すから、一厘の仕組で艮を刺して、三千世界を泰平に治めて、万劫末代動かぬ松の神代に建替えて了ふて、天地の神々の大宮を地の高天原に建て、世界一列勇んで暮すミロクの大神の美代と致すぞよ。 ◎ 艮の金神国常立尊が永らく世に落て、三千年の経綸致した事の実地が参りて、明治二十五年から変性男子の体内を借りて、三千年の現界の守護で、松の代五六七の神代に致して、天下泰平に世を治めて、国会開きを致す経綸でありたなれど、余り日本の人民の曇りが思ふたよりも激いので、国会開きの仕組が十年斗り延びたなれど世の立替は早く致さねば、日本も立たず世界も潰れるより仕様は無いから、脚下から始まるから、日本の人民は元の日本魂に立帰りて、艮めの折りの用意に御魂を研ひて、神国の為に一身を献げる覚悟を致さぬと、今迄のやうな気楽な考えを以てをりたら、国中がアフンと致さなならぬことが出来いたすぞよ。スとフとヨとの大戦ひは是からであるぞよ。一旦はフとヨの天下と成る所まで行くなれど、ナの御魂とノの御魂の和合一致が出来て、スの御魂が統一することに成るぞよ。それに就ては通力自在の大真人が底津巌根に埋めてあるから、此者を一日も早く世に挙げて御用に使はねば、ミロクの神代は成立たんのであるぞよ。此者は三千世界の大化物であるから、現はれたら此の地の上には、是迄の如うな惨酷な戦争も根を絶ち、悪るい病魔も消え失せ、世界に大きい困難も無く、盗人も出来ず、天災も地変も末代起らず、誠に結構な平穏な神代に成るので在るぞよ。禁闕金乃神と申す勝金木神が世界の艮に表はれて、三千世界の艮めを刺すのは、モウ暫くの間であるから、誠の真人は一日も早く身魂を研ひて、スの御用の輔けに成る如うに致されよ。万劫末代名の残る結構な御用であるぞよ。今の世界の有様を見てをりては、真の人民なればヂツトしてはをれよまいぞよ。是から段々と半日の間にも世界の様子が変りて来るぞよ。 ◎ 地の高天原、陸の竜宮館に八ツの社を建て、夫れ夫れに神力の在る生神を御祭り申して、今度の二度目の岩戸開きの御用を致させる経綸であれども、肝腎の御三体の御宮が出来上らぬので、経綸が後れるので在るから、一日も早く因縁の御魂が竜宮の乙姫殿の心に立帰りて下さらぬと、後れた丈けは世界のことが後れて、人民が永く苦しむから、今までの小さい心を早く改めて下されよ。神の言に二言は無いから、一言で聞く守護神人民でないと、今度の誠の御用に外れるぞよ。五六七の神代になるまでに、綾部の大本から、日本の内の大社大社へ、神の命令で参拜いたすことが在るが、此御用に立つ人民は身魂の研けたものから選り抜いて神が御用を申付けるぞよ。今ではモチト身魂が研けておらぬから御用が定まらんなれど、夫れが定まるやうになりたら、綾部の大本が世界へ天晴れ表はれて来て世界の人民が口を揃へて大本の教は昔から未だ聞たことの無い結構な教でありたと感心いたすやうになるから、夫れまでは此の大本の役員信者は御苦労であるぞよ。就ては変性女子の身魂と金勝兼の神の身魂に一層ヱライ気苦労があるから女子が何事を致しても神の経綸であるから、黙りて見ておりて下されよ。細工は流々あるから仕上げを見んと、何も判りは致さんぞよ。普腎菩薩の身魂が美濃の国に表はれて八咫鏡を説きをいて国替いたされたなれど、今では肉体が無くなりて居るから、跡を継ぐものも無し、其流れを汲むものが尾張にもあるなれど、肝腎の五六七の出現地が判り居らんから、世界の艮は刺せんから、色々の所へ首を突込むと終には何も解らぬ如うになりて跡で地団太踏んでヂリヂリ舞を致しても行かむ事になるぞよ。斯の大本の教は艮の教であるから大本の大橋を一旦渡りたものが外へ参りて何程結構な事を聞いても行けば行く程道が無くなりて跡戻り斗りになるから神が気を付けてやるぞよ。今は何処の教も表面は立派であれども誠の生神の守護が無くなりて人民の智慧や学で考へた事であるから、肝心の艮めは刺せんぞよ。誰に由らず此大本の筆先に背いて研究に行て見よれ、跡戻り斗りで一つも思ひは立たんぞよ。三千世界の艮を刺すのは艮の金神の大本より外には世界中探しても一所も無いぞよ。心の狹い腹の小さい誠の無いものは迯げて去ぬぞよと毎度申して筆先に出して在ろうがな。肝心の時になりて迯げ帰りて結構な神徳を落すものが沢山に出て来るぞよ。瑞の御魂は物事に移り易いと今に申して神諭を取違い致して居るものが在るが、何程瑞の御魂はうつり易いと申しても神界の経綸に就ては毛筋ほども違はさんから、其んな考で居ると一も取らず二も取らず、御蔭の段になりた折には指を喰はへてアフンと致さなならぬ事になりて来るぞよ。明治二十五年からの変性男子の筆先と大正元年からの女子の申した事や書いた筆先を熟と考えて見よれ、皆その通りに成りて来ておるぞよ。まだ斯後で実地が来る事も沢山にあるぞよ。日本の国は今が大峠に掛りた所であるから、守護神も人民も充分に腹帯を〆ておりて天地の神々を敬まひ大君を心の底から主、師、親と仰ぎ奉り、愛国心を養ふて置かぬと、天地の御先祖へ申訳の立たぬ事が出来いたすぞよ。 ◎ 鶏津鳥かけ鳴き騒ぎ立上り米の餌をば食飽きて、東の空に立向ふ、吾妻の空は茜刺す日の大神の守りまし常世の暗を照り返し、一度は晴るる葦原の中津御国の功績も、ヱベス大国現はれて、大土小土ふり廻はし猛ひ狂ひつ日に月に進み来るぞ恐ろしき。然れども霊主体従火水の国。三つ巴が表はれて、四つ尾の峰の弥高き稜威の御魂の神力に六の此世を平穏に治むる地成の年よりも、天に登りて稚日女の神の神言の弥尊く、九つ花の咲き匂ふ高天原の神屋敷。十方世界の艮めを刺して塵や埃をサルの年、万代朽ちぬ美はしき、高き与れをトリ年の、世の根の神は丑艮に光りかがやく目出度さよ。二十二人の生御魂、天地の神の宮殿の幹の柱[※ルビ「あしら」は底本通り]と鳴戸海、渦卷き来る国津神。国の礎千代八千代、動かぬ神代ぞ楽もしき。 ◎ 二つの入の入りかけた此品物を方々から、我の自由にせむものと、神の敏き目も顧みず、ヱベス大国大盗梁、仏さんまで捻鉢卷の大車輪、九分にイタりて迯げ出せば、西の御寺の和尚まで此場を引くとの権幕に、コリヤ惨酷じや堂しようと、ヱベスと仏が一思案、一時和尚の言前を立てやろかい又た跡は跡の考え合点か合点々々と額体合ひチント談は済んだなれど葉マキの煙草の一服休み、舞台換はれば大平の、夢を醒した海若の、その驚ろきや如何ばかり、トントン拍子の悪神も、鯨に鯱の戦いに果敢なき最后を酉の年、猛悪無道の獅子王も身中の小さき虫に仆さるる、昔のたとゑも目のあたり、日出の神の国の柱[※ルビ「あしら」は底本通り]は永遠に、四方の国々言向けて、名も高砂の千代の松、松の緑りの色深く神の恵を仰ぐなり。 |