| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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141 (1843) |
霊界物語 | 24_亥_豪州物語1(高姫と蜈蚣姫) | 03 波濤の夢 | 第三章波濤の夢〔七三三〕 野卑下劣なる友彦の態度にぞつ魂愛想をつかし、ぞぞがみを立て蛇蝎の如く忌み恐れたるセイロン島の女王小糸姫は、友彦が大酒に酔ひ潰れ前後不覚になつた隙を窺ひ三行半を後に残し、黄金を腹巻にどつさりと重い程締込み錫蘭の港より、黒ン坊チヤンキー、モンキーの二人に船を操らせ、月照り渡る海原を力限りに辷り往く。 天上には浄玻璃の鏡厳かに懸り、大地の水陸森羅万象を映して居る。小糸姫が今往く此船も、矢張り月の面にかかつた天然画中のものであらう。小糸姫は漸く虎口を逃れホツと一息つきながら独言………。 小糸姫『アヽ妾程罪深い者が世に有らうか。山より高き父の恩、海より深き母の恩、恩に甘え、親の心子知らずの譬に漏れず、人も有らうに、万人の見て以て蛇蝎の如く忌み嫌ふ友彦のやうな下劣な男に、何うして妾は迷つたであらうか。我と我身が怪しくなつて来た。執念深き男の常として、嘸今頃は酔も醒め、四辺をキヨロキヨロ見廻し、我残せし手紙を見てアツト腰を抜かし、例のいかい目を剥き出し、嘸や嘸、腹を立てて居るだらう。思へば可憐さうな様でもあり、小気味がよいやうにもある。妾の心は鬼か蛇か神か仏か、我と我が心を解き兼ねる。それにしてもあの友彦と云ふ男、金さへあれば朝から晩まで飲み倒し、体を砕き魂を腐らせ、殆ど人間としての資格は最早ゼロになつて仕舞つた所だから、今度の驚きで些とは性念も直るであらう。真人間にさへなつて呉れたならば、妾とても別に憎みはせぬ。あの男に一片良心の光があれば、キツト心を取り直し、立派な人間になるであらう。さすれば今見捨てて逃げ出す妾の非常手段も、あの男の為には却つて幸福の種、腐つた魂は清まり、酒に砕けた肉体は又元の如く健かになり、神界の為、社会のために、活動するだけの神力が備はるであらう………友彦殿、妾が書置を見て嘸憤慨して居るであらう。併し乍ら之も妾が御身に対する恵の鞭だと思つて、有難く感謝するがよいぞや。必ず必ず迷うてはならないよ。破れ鍋に閉ぢ蓋、それ相当の女を見つけ出して夫婦仲よく暮しやんせ。提灯に釣鐘、釣り合ぬは不縁の基と云ふ事は昔からの金言友彦の守護神殿、肉体、いざさらば之にて万劫末代お別れ致します』 と頤をしやくり、傍に人無き如き横柄なスタイルにて喋り立てて居る。無心の月は浄玻璃の鏡の如く真澄の空に緩やかに懸り、小糸姫が船中のモノログを床しげに見詰めて聞いて居るものの如くに思はれた。チヤンキー、モンキーの二人は大海原の真中に浮び出たのを幸ひ、目と目を見合せ、そろそろ肩を聳やかせながら体迄四角にして、機械人形の様に小糸姫の両脇にチヨコナンと坐り、 チャンキー『何と今日のお月様は、まんまるい綺麗なお顔ぢやないか。恰で小糸姫女王のやうな、玲瓏たる容色。空を仰げば如意宝珠の如き月光如来、船中を眺むれば雪を欺く純白の光明女来の御出現、俺達も男と生れた上は、一つ此様な美人と握手をしたいものだなア、アハヽヽヽ』 と作つたやうな笑ひ声を出す。 モンキー『オイ、チヤン、擽つたいやうな遠廻しにかけて何を云ふのだ。一里や二里ならまだしもだが、大空のお月さま迄引張り出しやがつて、そんな廻り遠い事は今の世には流行せないぞ。何事も簡単敏捷を貴ぶ世の中だ。海底にも此通り立派な月が浪のまにまに漂うて居る。月の上を渡る此船は、天人の乗つた天の鳥船も同様だ。これ見よ………海の底には幾十万とも知れぬ星の影、月と月、星と星とに包まれた此大空仮令俺達の色が黒いと云うても、唇が厚いと云うても、最早此通り天上を翔る様になつたのだから、顕恩郷のお姫様に何遠慮する事があるものかい。僅か十六歳の繊弱き女、此通り頑丈な鉄のやうな固い腕をした我々の自由にならぬ道理があるか。際限も無き此海原、何一つ楽しみなくして何うして之が勤まらう。………これ小糸姫さま、お前の家来だと云うて連れて居つた友彦の鼻曲りや、出歯亀に比ぶれば幾層倍立派だか知れやしまい。色は黒うても浅漬茄子、何うだ一つ妥協をやらうではないか』 小糸姫『ホヽヽヽヽ、これ二人の黒ン坊さま、冗談を云ふにも程がある。女だと思うて無礼な事をなさると了見はせぬぞエ』 チャンキー『アハヽヽヽ、見事云ふだけの事は仰有りますワイ。まさかの時になれば言論よりも実力が勝つ世の中だ。もうかうなつちや此方の自由自在、何事も因縁ぢやと諦めて我々の要求を全部容れるがお前さまの身の為だ。可憐さうに、あれ程焦れて居つた友彦を酒を飲まして酔潰し、其間にすつかり路銀を腹に巻き、逃げ出すと云ふ大それた年にも似合はぬ豪胆者、後に残つた友彦は………僅か肩揚の取れた計りの小娘に三十男が馬鹿にされ、どうして世間に顔出しがなるものか、「エヽ残念や口惜や、仮令千尋の海の底迄も小糸の後を探ねて、恨みを云はねば死んでも死ねぬ」………と恨んだ男の魂が結晶して副守護神となり我々両人にすつかり憑依つたのだ、因縁と云ふものは恐ろしいものだらう。かう申す言葉は決して黒ン坊が云ふのではない、友彦の霊魂が口を籍つて云うて居るのだ。さア返答は如何だ』 と形相凄じく肩肱を怒らせ汗臭い体で両方から詰寄せて来る。 小糸姫『ホヽヽヽヽ、これこれ黒ン坊さま、何ぢやお前は、卑怯千万な、友彦の霊魂だなぞと……なぜ黒ン坊のチヤンキー、モンキーが女王さまに惚れましたと、キツパリ云はぬのだい』 チャンキー『ヤア割とは開けた女王様だ。それも其筈十五やそこらで大きな男を翻弄し故郷を飛び出すやうな阿婆摺れ女だから、其位な度胸は有りさうなものだ。そんなら小糸姫さま、改めて私等二人は、お前さまに心の底から、スヰートハートをして居るのだ。余り憎うもありますまい』 小糸姫『ホヽヽヽヽ、あゝさうですかいな。それ程私に御執着ですかな。矢張天下無双のナイスでせう』 モンキー『ナイスは云はぬでも分つて居る。何うだ、吾々両人の思召を聞いて下さるのか』 小糸姫『妾は聾ぢやありませぬよ。最前から一言も残らず聞いて居るぢやありませぬか』 チャンキー『ソンナ聞きやうとは違ひますワイ。要するに、吾々の要求を容れて下さるかと云ふのだ』 小糸姫『アタ阿呆らしい、誰が炭団玉のやうな黒い男に秋波を送りますか、烏の芝居だと思つて、最前から、面白可笑しう観覧して居るのだよ』 チャンキー『コラ阿魔女……かう見えても俺は男だぞ。女の癖に、裸一貫の大男を嘲弄するのか』 小糸姫『何程胴殻は大きうても、お前の肝は余り小さいから、サツク迄が矢張小さく見えて仕方がないワ』 チャンキー『何処迄も吾々を馬鹿にするのだな。よしよし、この船を何処へやらうと俺達の勝手だから、往生する所迄苦しめてやるからさう思へ』 小糸姫『同じ船に乗つた以上は、妾の苦しい時は矢張お前も苦しいのだ。妾はかうしてお客さまだから手を束ねて見て居るが、お前達は労働せなくては一日も暮れない身分だ。常世の国の果迄なりと勝手に漕いで往つたがよからう。妾は此広々とした此海面を天国のやうに思うて、仮令三年でも十年でも漂うて居るのが好きなのだ』 チャンキー『何と豪胆な女だな。流石は鬼熊別の血の流れを受けた丈あつて、どことはなしに違つた所があるワイ。なア、モンキー、用心せぬと此奴は化物か知れないぞ。何程胆力があると云うても十五や十六で之だけ胴の据わる筈がない。三五教の守護を致して居る高倉か旭の化身かも知れない。………オイ一寸尻をあげて見い。尻尾でも下げて居やがりやせぬか』 と小糸姫の背部を一生懸命見詰めながら、 チャンキー『矢張此奴は正真正銘の小糸姫だ。………オイ、モンキー愈是から不言実行だ』 モンキー『ヨシ合点だ』 とモンキーは前より、チヤンキーは後より小糸姫に武者振りつき、手籠にせむと飛び掛るを小糸姫は右に左にぬるりぬるりと身を躱し、暫し揉み合ひ居たりしが、強力なる二人の男に取り押へられ「キヤツ」と叫ぶ折しも、四人の乗つた一艘の船、此場に浪を切つて疾走し来り、一人の女は二人の男に当身を喰はしたれば、二人は脆くも船の中にウンと云つたきり大の字になり打ち倒れける。 小糸姫は思はぬ助け船のために危難を救はれ、一人の女に向ひ、 小糸姫『危い所をお救ひ下さいまして有難う御座います』 と月夜に透かし見て、 小糸姫『貴女は今子姫様、何うしてまア斯様な所へ御入来遊ばしました』 と聞かれて今子姫は驚き、 今子姫『さう云ふ貴女は顕恩郷の副棟梁様のお娘子、小糸姫様では御座いませぬか。去年の春、友彦の宣伝使と手に手を取つて何処へかお越し遊ばし、御両親のお歎きは一通りでは御座いませぬ。傍の見る目もお気の毒で耐りませなんだ。さア貴女は一日も早くお帰り遊ばして、御両親に御安心おさせ遊ばすが宜しからう』 小糸姫『イエイエ何うあつても妾は竜宮の一つ島へ参らねばなりませぬ。少し様子あつて友彦に別れ、今渡海の途中で御座います。顕恩郷の本山は益々隆盛で御座いますか』 今子姫『私は三五教の大神、素盞嗚尊様の御娘子五十子姫様の侍女となり、三五教の信者で御座いましたが、鬼雲彦様や、貴女の御両親に改心して頂かうと、種々心は砕きましたなれど何うしても駄目、とうとう天の太玉命の宣伝使が御入来になり、鬼雲彦初め、御両親は何処へか身を匿され、顕恩郷は今や三五教の霊場となつて居ります。そして妾は五十子姫様、梅子姫様と宣伝の途中、片彦、釘彦等部下の為に促へられ、此船に乗せて流されました途中で御座います』 と聞いて小糸姫は大いに驚き、 小糸姫『さすれば貴女は三五教に寝返りを打つた謀反人。鬼雲彦様を初め、妾の両親の敵も同様、サア此上は覚悟をなされ』 と懐剣をスラリと抜いて斬り掛らうとする。五十子姫、梅子姫、宇豆姫は、乗り来し船の上より、騒がず焦らず端然として此光景を打ち看守つて居る。今子姫は言葉淑やかに、 今子姫『マアマアお鎮まり遊ばせ。何程貴女がお焦慮なさつても、此通り此方は四人の女、貴女は一人、到底駄目ですよ。それより貴女の度胸を活用し、竜宮の一つ島へ渡りお道の宣伝を開始なさつたら何うでせう。妾もお力になりまする』 小糸姫は勝敗の数既に決せりと覚悟を極め、 小糸姫『世界は皆神様のお造り遊ばしたもの、謂はば世界の人間は神様の御子で御座います。神の目から御覧になれば妾も貴女も皆姉妹、今迄の事はスツカリと河へ流しイヤ海に流し、相提携して神様に奉仕しようではありませぬか』 今子姫『それは真に結構で御座います。……五十子姫様、梅子姫様、宇豆姫様、貴女方の御考へは如何でせう』 三人一度に頷く。 今子姫『アレ彼の通りお三人共、妾と御同感、さア是から御一緒に一つの船で参りませう。併し乍ら二人の男に活を入れ、助けてやらねばなりますまい』 と今子姫は『ウン』と力を籠めて活を入れた。忽ち二人は正気づき涙を流して謝罪つて居る。 小糸姫『これはこれは二人の黒ン坊さま、長々御苦労であつた。妾は是より三五教の宣伝使となつて、世界の隅々迄巡歴するから、お前達はこれで帰つてお呉れ』 と懐中より小判を取り出し投げやれば、二人は押し頂き、 チャンキー、モンキー『誠に御無礼を到しました上に、之程沢山お金を頂戴致しまして有り難う御座います。左様なれば貴女は彼方の船にお乗り下さいませ。私共は此船で錫蘭の港に引返します、万一友彦様に遇うたら何う申して置きませうか』 小糸姫『アー知らないと云うて置くが無難でよからう』 二人は『ハイ有難う』と感謝し乍ら手早く櫓を操り、東北さして漕ぎ帰る。茲に五人の女は代る代る櫓を操りながら、浪のまにまに流されて、遂にオーストラリヤの一つ島に無事上陸する事となりける。 (大正一一・六・一四旧五・一九加藤明子録) |
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142 (1846) |
霊界物語 | 24_亥_豪州物語1(高姫と蜈蚣姫) | 06 アンボイナ島 | 第六章アンボイナ島〔七三六〕 高姫、蜈蚣姫を乗せたる船は、波のまにまに大小無数の嶋嶼を右に左に潜りつつ進み行く。俄に包む濃霧に咫尺を弁ぜず、此儘航海を続けむか、何時船を岩石に衝き当て破壊沈没の厄に会ふも知れざる破目になつて来た。流石の両婆アも船中の一同もはたと当惑し、何となく寂寥の気に充たされ、臍の辺りより喉元さして舞ひ上る熱き凝固は、螺旋状を為して体内を掻き乱すが如く、頭部は警鐘乱打の声聞え、天変地妖身の置き処も知らぬ思ひに悩まされた。何ともなく嫌らしき物音、鬼哭啾々として肌に粟を生じ心胆糸の如く細り、此上少しの風にも、玉の緒の糸の断絶せむ許りになり来たり。何処ともなく嫌らしき声、頭上に響き渡りぬ。 声『アヽヽ飽迄我を立て徹す高姫、蜈蚣姫の両人、天の八衢彦命の言葉を耳を浚へてよつく聞け。汝は悪がまだ足らぬ。悪ならば悪でよいから徹底的の大悪になれ。大悪は即ち大善だ。汝の如き善悪混淆、反覆表裏常なき改慢心の大化物、是こそ真の悪であるぞよ。悪と云ふ事は万事万端、神界の為めに埒があく働きを言ふのだ。 イヽヽ嫌らしい声を聞かされて慄ひ上り、意気銷沈の意気地無し。今此処で慣用手段の日の出神を何故現さぬか。大黒主命は如何したのだ。因循姑息、悪魔の我言に唯々諾々として畏服致すイカサマ宣伝使。てもいげち無い可憐らしい者だなア』 高姫は直ちに、 高姫『何れの神様か存じませぬが、 アヽヽ悪をやるなら大悪をせいとはチツトと聞えませぬ。善一筋の日本魂の生粋を立て貫く此高姫。 イヽヽいつかないつかな、変性女子的貴女の言葉には賛成出来ませぬ。なア蜈蚣姫さま、お前さまもチツト、アフンとしていぢけて居らずに、アヽヽイヽヽアイ共に力を協せ、相槌を打つたら如何だい。斯んな時こそ誠の神の御神力を現はさいで何時現はすのだ、アヽヽ、イヽヽ意気地のない人だなア』 空中より怪しき声、 声『ウヽヽ、煩さい代物だ。何処までも粘着性の強い高姫の執着、有為転変の世の中、今に逆とんぼりを打たねばならぬぞよ。言依別の教主に反抗致した酬い、眼は眩み波にとられた沖の船、何処にとりつく島もなく、九死一生の此場合に立ち到つて、まだ改心が出来ぬか。 エヽヽ偉相に我程の者なき様に申して世界中を股にかけ法螺を吹き捲り、誠の人間を迷はす曲津神の張本人、鼻ばかりの高姫が今日は断末魔、扨ても扨ても可憐想な者だ。浮世に望みはないと口癖の様に申し乍ら、其実、浮世に執着心最も深く、偉相に肩臂怒らし大声で嚇す夏の雷鳴婆ア……。 オヽヽ鬼とも蛇とも悪魔とも知れぬ性来に成りきりて居りても未だ気がつかぬか。恐ろしい執着心の鬼が角を生やして其方の後を追つ掛け来り、今此処で往生させる大神の御経綸、尾を捲いて改心するのは今であらう。返答は如何だ』 高姫は負けず、又もや、 高姫『ウヽヽ煩さい事を仰有るな。 エヽヽえたいの知れぬ声を出して、 オヽヽ嚇さうと思つても日の出神の生宮はいつかないつかな、ソンナチヨツコイ事に往生は致しませぬぞ。一つ島の女王と聞えたる黄竜姫を、お産み遊ばした蜈蚣姫の姉妹分とも言はれたる此高姫、何れの神か曲津か知らねども、チツトは物の分別を弁へたが宜からうぞ』 空中より、 声『カヽヽ重ねて言ふな、聞く耳持たぬ。蛙の行列向ふ見ず、此先には山岳の如き巨大な蛙が現はれて、奸智に長けたる汝が身も魂も、只一口に噛み砕き亡ぼして呉れる仕組がしてあるぞ。叶はん時の神頼みと言つても、モウ斯うなつては駄目だ。神は聞きは致さぬから左様心得たが宜からう。 キヽヽ危機一髪、機略縦横の高姫も最早手の下し様もあるまい。気違ひじみた気焔を吐いた其酬い、気の毒なものだ。聞かねば聞く様にして聞かすと申すのは此事であるぞよ。 クヽヽ黒姫と腹を合せ、変性男子の系統を真向に振り翳し、神界の経綸を無茶苦茶に致した曲者、苦労の凝りの花が咲くと何時も申して居るが、神の道を砕く苦労の凝りの花は今愈咲きかけたぞよ。 ケヽヽ見当のとれぬ仕組だと申して遁辞を設け、誤魔化して来た其酬い。 コヽヽ堪へ袋の緒がきれかけたぞよ。聖地の神々を困らしぬいた狡猾至極の汝高姫、我と我心に問うて見よ。心一つの持ち様で善にも悪にもなるぞよ。 サヽヽ探女醜女の両人、よくも揃うたものだ。サア是からは蜈蚣姫の番だ。逆様事ばかりふれ廻り天下万民を苦しめた蜈蚣姫の一派。 シヽヽ思案をして見よ。神の申す言葉に少しの無理もないぞよ。皺苦茶婆アになつてから、娑婆に執着心を発揮し、死後の安住所を忘れ、獅子奮迅の勢を以て種々雑多の悪計を廻らし乍ら、至善至美至真の行動と誤解する痴者。 スヽヽ少しは胸に手を当てて見よ。素盞嗚大神の御精神を諒解せぬ間は、何程汝が焦慮るとも九分九厘で物事成就は致さぬぞよ。 セヽヽ背中に腹が代へられぬ様な此場の仕儀、それでも未だ改心が出来ぬか。雪隠虫の高上り、世間知らずの大馬鹿者。 ソヽヽ其方達二人が改心致さぬと、総ての者が総損ひになつて、まだまだ大騒動が起るぞよ。早々改心の実を示せ。そうでなければ今此処でソグり立ててやらうか』 蜈蚣姫『ソヽヽそれは、マア一寸待つて下さい。それ程妾の考へが違つて居ますか。此蜈蚣姫は明けても暮れても、神様の為め、世界の為め、人民を助ける為めに、苦労艱難を致して居る善の鑑と堅く信じて居ります。それが妾の生命だ。何れの神か悪魔か知らねども、我々の心が分らぬとは実に残念至極だ。粗忽しい、観察をせずに、もうチツト真面目に妾の腹の底を調べて下さい』 空中より、 声『タヽヽ叩くな叩くな、腹の中をタヽヽ断ち割つて調べてやらうか。高姫も同様だぞ、汝の腹の中は千里奥山古狸の棲処となつて居る。日の出神と名乗る奴は銀毛八尾の古狐の眷族だ。大黒主と名乗る奴は三千年の劫を経たる白毛の古狸だ。又蜈蚣姫の腹中に潜む魔神はアダム、エバの悪霊の裔なる大蛇の守護神だ。 チヽヽ違ふと思ふなら、今此処で正体を現はさうか。地の高天原を蹂躙せむと、汝等両人の体内を借つて仕組んで居るのだ。汝はそれも知らずに誠一つと思ひつめ、自分の身魂に自惚し、最善と感じつつ最悪の行動を敢へてする、天下の曲津神となつて居るのに気がつかぬか。 ツヽヽつまらぬ妨げを致すより、月の大神の心になり、心の底より悔悟して。 テヽヽ天地の神にお詫を致せ。 トヽヽトンボ返りを打たぬうち、トツクリと思案を致し、トコトン身魂の洗濯を励むが肝腎だぞよ。 ナヽヽ何と申しても其方等は曲津の容器。弥勒神政の太柱は地の高天原に、神世の昔より定められた身魂が儼然として現はれ給ふ。何程其の方が焦慮つても、もう駄目だ。 ニヽヽ二階から目薬をさす様な頼りのない法螺を吹き廻るより、生れ赤子の心になつて言依別の教主の仰せを守れ。 ヌヽヽヌーボー式の言依別だと何時も悪口を申すが、其方こそは言依別の神徳を横奪せむとする、ヌースー式の張本人だ。 ネヽヽ熱心な信者を誤魔化し、蛇が蛙を狙ふ様に熱烈なる破壊運動を致す侫人輩。 ノヽヽ野天狗、野狐、野狸の様な野太い代物。喉から血を吐きもつて、折角作り上げた誠の魂を攪乱致す野太い代物。下らぬ望みを起すよりも良い加減に往生致したら如何だ』 高姫は、 高姫『もうもう十分です。 ハヽヽハラハラします。腹が立つて歯がガチガチしだした。早くしようも無い事は、もうきりあげて下さい。 ヒヽヽ日の出神の生宮が堪忍袋の緒を切らしたら、何程偉い神でも堪りませぬぞ。 フヽヽ不都合千万な、此方の行動を非難するとは何れの神だ。 ヘヽヽ屁でもない理屈を並べて閉口さそうと思うても……ン……此高姫さまは一寸お手には合ひませぬワイ。 ホヽヽほんに訳の分らぬ廻しものだ。斯んな海の中へ我々を引張り出し、一寸先も見えぬ様な濃霧に包んで置いて、暗がりに鶏の頸を捻ぢる様な卑怯な計略、其手は喰はぬぞ。 マヽヽ曲津の張本。 ミヽヽ身の程知らずの盲目神。 ムヽヽ蜈蚣姫と高姫が。 メヽヽ各自に神力のあらむ限りを発揮して。 モヽヽ耄碌神の其方を脆くも退治して見せよう。 ヤヽヽ八岐大蛇だの、狐だの、狸だのとは何たる暴言ぞ。 イヽヽ意地気根の悪い。 ユヽヽ油断のならぬ胡散な痴呆もの。 エヽヽえー邪魔臭い。 ヨヽヽよくも、ヨタリスクを並べよつたな、ようも悪魔の変化奴。 ラヽヽ乱臣賊子、サア正体を現はせ、勇気凛々たる日の出神の生宮、大自在天の太柱、グヅグヅ吐すと貴様の素首を引き抜いてラリルレロとトンボリ返しを打たしてやらうか』 空中より一層大きな声で、 声『ワヽヽ笑はせやがるワイ。我身知らずの馬鹿者共、手のつけ様のない困つた代物だ。 ヰヽヽ何程言うても合点の往かぬ歪み根性の高姫、蜈蚣姫。 ウヽヽ煩さくなつて来たワイ。艮の金神国治立尊の御前に我は是より奏上せむ。 ヱヽヽ襟を正して謹聴して待つて居らう。やがて御沙汰が下るであらう。 ヲヽヽ臆病風に誘はれてヲドヲドし乍ら、まだ。 ガヽヽ我の強い。 ギヽヽぎりぎりになる迄。 グヽヽ愚図々々致して居ると。 ゲヽヽ現界は愚か。 ゴヽヽ後生の為めに成らないぞ。 ザヽヽ態さらされて。 ジヽヽジタバタするよりも。 ズヽヽ図々しい態度を改め。 ゼヽヽ前非を悔い改心致して。 ゾヽヽ造次にも顛沛にもお詫を致せ。 ダヽヽ騙し歩いた。 ヂヽヽ自身の罪を。 ヅヽヽ津々浦々まで白状致して廻り、玉に対する執着心を只今限り綺麗薩張此海に流して仕舞へ。さうして仕舞へば又神の道に使つてやるまいものでもない。 デヽヽデンデン虫の角突き合ひの様な小さな喧嘩を致し。 ドヽヽ如何してそんな事で神界の御用が勤まると思ふか。 バヽヽ婆の癖に馬鹿な真似を致すと終には糞垂れるぞよ。 ビヽヽ貧乏揺ぎもならぬ様になりてから。 ブヽヽブツブツと水の中に屁を放いた様な小言を申しても。 ベヽヽ弁舌を何程巧に致しても。 ボヽヽ木瓜の花だ、誰も相手になる者はないぞよ。 パヽヽパチクリと目を白黒致して。 ピヽヽピンピン跳ねても、キリキリ舞ひを致しても。 プヽヽプンと放いた屁ほどの効力も無いぞよ。 ペヽヽペンペン跳ねても。 ポヽヽポンポン言つても、もう日の出神も通用致さぬから覚悟をしたが宜からう。汝果たして日の出神ならば、此濃霧を霽らし、天日の光を自ら浴びて船の方向を定め、アンボイナの聖地に渡れ。其時又結構な教訓を授けてやらう』 高姫、蜈蚣姫は返す言葉も無く、船の中に両手を合せ、負けぬ気の鬼に妨げられて謝罪り言葉も出さず、俯向いて謝罪と片意地との中間的態度を執つて居た。何時しか濃霧は霽れた。よくよく見れば船は何時の間にやら南洋一の聖地、竜宮島と聞えたるアンボイナの港に横着けになり居たりける。 (大正一一・七・二旧閏五・八北村隆光録) |
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霊界物語 | 24_亥_豪州物語1(高姫と蜈蚣姫) | 07 メラの滝 | 第七章メラの滝〔七三七〕 瀬戸の海、小豆ケ島を船出してより、大島、琉球島、台湾、ヒリツピン群島をいつしか越えて、南洋一の竜宮島と聞えたる、アンボイナ島の一角に高姫の一行は漸く到着したり。 総て此方面には濁水漲り飲料水は唯天水を受けて使用するのみである。然るに此島計りは竜宮島と称するだけありて、島の到る所に清泉湧き出で、且つ島は二つに分かれ雄島、雌島と称へられて居る。雌島の方には釣岩の滝、一名雄滝、及びメラの滝、一名雌滝の二つの竜琴が懸つて居る。さうして雄滝の方は岩と岩との間より囂々として流れ落ち、雌滝の方は大木の根本より湧き出づる稍細き水を、人工をもつて筧を作り滝として居るのである。此島は世界の所在草木繁茂し、数多の屹然たる岩島の中に樹木蒼然として特に目だつた宝島である。酷熱の夏の日も此滝の辺に往けば樹葉天を封じ、瀑は淙々として清く落下し、万斛の涼味を湛へたる実に南洋第一の天国浄土とも称すべき聖地なりける。 高姫、蜈蚣姫は第一に此島に目をつけ、玉能姫が匿し置いたる三個の宝玉は、テツキリ此島に納まりあるならむと、既に既に宝玉を手に入れた如く喜び勇み、先を争うて上陸し、雄滝の方に向つて歩を進めた。余りの嬉しさに船を磯端に繋ぐ事を忘れた。折柄の稍強き風に、船は一瀉千里の勢で沖の彼方に流れ去つて仕舞つた。されど一行は船の流れたる事を夢にも悟らず、意気揚々として釣岩の滝の麓に進み、汗染んだ着衣を脱ぎ捨て、我一に涼味を味はむと滝壺に飛び込み、一生懸命に蘇生した気持で神言を奏上し始めたり。 三日三夜一同は水垢離をとり元気も恢復し、四辺の新鮮なる木の実を食ひ勢頓に加はり、弥全島残らず玉の捜索に係る事となつた。高姫は雌島を、蜈蚣姫は雄島と部署を定めて、些しにても怪しき石と見れば引き剥り、山の芋を掘るやうに、こぐちから掻き廻し、此島に毛氈の如く敷き詰めたる麗しき青苔を残らず引繰返したるに、苔の下よりは怪しき形したる蛇、蜈蚣、守宮、蜥蜴の類間断なく現はれ来り、高姫其他一同の体を目蒐けて飛びつき喰ひつく嫌らしさ、されど玉の行方に魂を抜かれた一行は何の頓着もなく『惟神霊幸倍坐世』を口々に唱へながら、時間を構はず疲れては休息し、喉が渇けば水を掬ひ、腹が空けば随所の果物をむしり喰ひながら、向上虫が梅の大木を一葉も残らず食ひ尽すやうな勢で、島山の頂きまで残らず土を引繰返し、苔を剥り捜索し終りたり。其間殆ど三ケ月を要したりける。 高姫、蜈蚣姫は執念深くも今度は磯辺に下り、大石小石をこぐちより一つも残さず引繰り返し調べ見たれど船虫や蟹計りで、玉らしきものは一つも見当らざりけり。流石の高姫、蜈蚣姫も根気尽き、又もや雄滝の麓に集まり来り、胴を据ゑて水垢離にかかる事となりぬ。磯辺を各自調べながら玉に心を取られて、乗り来りし船の影だに無き事に気の付く者は一人もなかりけり。 七日七夜ばかり滝壺を中心に水垢離を取つて居たスマートボールは、一人海辺に出でよくよく見れば船の姿なきに打ち驚き、島の廻りを何回となく廻つて調べ見たるが、一向見当らず、驚いて滝壺の前に現れ来り、 スマートボール『高姫様、蜈蚣姫様、大変で御座います』 と顔色を変へて云ふ。蜈蚣姫は口を尖らして、 蜈蚣姫『大変とは何だエ、玉の所在が分つたのか』 スマートボール『ソンナ気楽な事ですかいな。船が薩張逃げて仕舞ひましたよ』 蜈蚣姫『何、船が逃げた……なぜ追つかけて引張つて来ぬのだい』 スマートボール『逃げたか沈みたか、皆目行方が分らないのですもの』 蜈蚣姫『そりや大変だ、高姫さま、何うしませう』 高姫『さてもさても気の利かぬ者計りだな。……これ貫州さま、お前は船の責任者だ。一体何うして置いたのだい』 貫州『何うも斯うもありませぬワ。日の出神様が私に憑つて船をかやせと仰有つた。それ故高姫さまの本守護神の御命令によつて、何処なりと勝手に往けと放り出しました。あの船は竜宮の一つ島に着くのが目的だから、遊ばして置くのも勿体ないと思つて、独り活動さして置きましたよ。やがて目的を達するでせう』 高姫『お前は何と云ふ馬鹿なのだ、船計り行つた処で、我々の肉体が往かねば何にもならぬぢやないか。船が無ければ、何時迄も此島に蟄居して居らねばならぬぢやないかい』 貫州『それでも貴女は人間の肉の宮は神の容器と仰有つたでせう。日の出神様も、大黒主命も、蜈蚣姫様の本守護神も、今頃はあの船に乗つて、目的地に安着して居るでせう。此島に上つてから百日以上になりますから、何程遠くても最早一つ島に到着し、そろそろ帰つて来る時期ですから、さうやきもき云はずに待つて居なさるが宜しからう』 と態と平気な顔をして見せる。 蜈蚣姫『何と間の抜けた男だなア。……高姫さま、流石は貴女の御家来ぢや。抜け目のない理屈計りはよく捏ねますね。一体何うして下さる』 高姫『此処は南洋の竜宮島、澆季末法の世の中には諸善竜宮に入り給ふと云ふからには、妾等は善一筋の誠の神だから、この竜宮島を永遠の住家として、天寿を楽しまうぢやありませぬか』 蜈蚣姫『ようも……負惜しみの強い事が云へますぢやい。………三つの宝玉は何うなさる積りだ』 高姫『それは飽迄も探さねばなりませぬ。まア見とりなさい、おつつけ神様が妾等の神徳に感じ、船を持つて迎ひに来て下さるのは鏡にかけて見るやうなものだ。刹那心を楽しむで、取越し苦労をせないやうにして下さい』 スマートボール『何だか船が無いと来ては、何程結構な竜宮島でも気楽に暮す気にはなれぬぢやありませぬか。……アヽ俄に綺麗な山も嫌な色になつて来たワイ。美しい滝の景色も地獄のやうな気分がしだした。アヽ此結構な島が船のやうに動いて、俺達を何処かの大陸へ送つては呉れまいかなア。スマートも心配ぢやワイ』 高姫『まア愚図々々云はずに待つて居なさい。海賊船でも来たら、それでも占領して乗つて行けばよいぢやないか。何事もなるやうにしか成らぬ世の中だ』 と稍捨鉢気分になり、青草の上へ身を打つ付けるやうに、不行儀に高姫は寝転むで仕舞つた。 スマートボール『エヽ何処迄も徹底した自我の強い婆アだなア』 とスマートは小声に呟きながら密林の中に姿を匿したり。蜈蚣姫其他一同は、思ひ思ひにこの島山を捨鉢気分になつて駆廻り、適当な場所に身を横へて、因果腰を定める事となりぬ。雄滝の麓に高姫は唯独り横はつた儘遂に夢路に入りけり。……… 高姫は漸く目を醒し四辺を見れば、一人の人影も無きに驚き、 高姫『サア大変、誰も彼も腹を合せ此高姫を置去にして、流れて来た船にでも乗つて逃げたに相違あるまい。アヽ頼み難きは人心。……貫州の奴、此高姫に一言も答へず、逃げ帰るとは不親切極まる。併し乍ら余り口汚く叱りつけたものだから、根に持つて復讐をしようとしたのだらう。エヽ仕方がない』 と四辺を見廻せば、蓑笠などが其処に残つて居る。 高姫『ハア、矢張何処かへ行つたのだな。何処へ匿れても此島中には居るだらう。まアまア皆の者共が早く此処へ帰つて来るやう御祈念でも致しませう』 と独言ちつつ雌滝の傍に進み寄る。折柄の濃霧に包まれて、一尺の先も見えないやうになり来たりぬ。高姫は雌滝の傍に蹲踞みながら、両手を合せ祈願を始めたり。 高姫『第一番に力と頼む貫州の行方が分りますやう。蜈蚣姫其他の連中は神界の御都合に依つてお匿し遊ばすなら、たつてとは申しませぬ。兎も角も必要なは貫州一人、何卒彼だけなりと私の傍に引き寄せて下さいませ。何分小さい島と申しても、十里も周つた此浮島、容易に探し当てる事は出来ますまい。何卒御神力をもつて、一時も早くお引き寄せを願ひ奉ります』 メラの滝の上にチヨコナンとして、滝水を弄つて居つた貫州は、高姫の此祈り声を聞いて造り声をしながら、 貫州『此方は、誠の生粋の日本魂の日の出神であるぞよ。其方は日の出神と申せども、実は三千年の劫を経たる古狸の霊が宿つて居るのであるぞよ。よく胸に手を置いて思案を致せよ。汝の改心が出来たなら、いつ何時なりとも、其方の前に貫州一人現はして見せうぞ。何うぢや、もう今後は日の出神様呼ばはりは致さぬか』 高姫『貴方は日の出神様と今仰有つたが、そりや違ひませう。真の日の出神は此高姫の肉体にお憑り遊ばし、大黒主命と半分同志の霊魂が一つになつて高姫と現はれ、世界中の事を調べぬいて、神政成就の土台となる結構な身魂でありますぞ。いづれの神か知らねど、よく審神をして下さい。真の事を知つた神は、世界に一神よりか無いとお筆に出て居ますぞ。枝の神の分際として何が分つて堪らうぞい。改心なされ足許から鳥が立ちますぞえ』 貫州は余りの強情に愛想を尽かし、且つ可笑しさに吹き出さうとしたが、歯を喰ひしばり気張り居る。歯は『キーキー』、喉許で笑ふ声『キウキウ』と体中に波を打たせ蹲踞んで気張り居る。高姫は滝の下より、 高姫『エヽ油断のならぬ。何程諸善神の集まる竜宮島でも、寸善尺魔とか云ふ悪神が高姫の気を引きに来よつたな。併し乍ら高姫の弁舌、否言霊に、仕方なく四足の性来を現はし、……キーキー、キウキウ……と啼いてゐやがる。野良鼠か、栗鼠か、鼬か貂か、又も違つたら豆狸か、一時も早く此場を立ち去れ。日の出神の生宮の前も憚らず、四足の分際として高い所に上ると云ふ事は、天地顛倒も甚だしい。シイシイ』 と頻りに歯の脱けた口から唾を飛ばしながら叱つて居る。貫州は益々可笑しさに耐へ兼ね、脇の辺りで『キウキウ』と笑ひ出したり。此処へ濃霧の中を両手を前に突き出し、盲が杖無くして歩くやうに、探り足にやつて来たのは蜈蚣姫なりき。貫州は皺嗄れ声を出し、 貫州『如何に高姫、汝の願ひ叶へてやらう。其方は蜈蚣姫を此島に一人残し置き、貫州を連れて逃げだした方が都合がよいとの意志を表示したであらう。表面は蜈蚣姫とバツを合せて居るが、其方の心の中は決してバラモン教では無い事はよく分つて居る。唯三個の玉さへ手に入れば、蜈蚣姫は何うでもよいのだ。何うだ、神の申す事に間違ひあるまい』 高姫は聊か迷惑顔しながら、 高姫『モシモシ蜈蚣姫様、何処に居られましたの。私はどれだけ心配したか分りませぬワ。ようマア無事でゐて下さいました。此通り濃霧に包まれて一尺先は分らぬやうな事で御座いますから、種々の枉津が現はれて、今お聞きの通り貴女と私の仲を悪くし内輪喧嘩をさせ、内部から結束を破らせようとするのだから、用心なさいませや』 滝の上から貫州は、 貫州『蜈蚣姫とやら、高姫の口車に乗るなよ。真の日の出神此処にあり』 蜈蚣姫『ハイ、有難う御座います。貴神のお言葉は寸分間違ひはありますまい。私はこれから気をつけます。……モシモシ高姫さま、神様は正直ですな。国城山の岩窟で貴女が俄に豹変的態度を取つた時から、一癖ありと始終行動を監視して居りました私の案に違はず、今真の日の出神様が証明して下さいました。サア如何です。これ高姫さま、返答がありますか』 貫州は霧の中より、 貫州『蜈蚣姫も蜈蚣姫だ。高姫を巧く利用して玉を探させ、其上にて巧くボツタクリ、高姫に蛸の揚げ壺を喰はす所存であらうがな。神は汝の申す如く正直一方、嘘はチツトも申さぬぞよ』 高姫はしたり顔、 高姫『蜈蚣姫さま、それ御覧、貴方こそ腹が悪いぢやありませぬか』 蜈蚣姫『悪と悪との寄り合ひだもの、云ふだけ野暮ですよ。オホヽヽヽ』 と笑ひに紛らす。 此時この島の特産物たる五寸許りの熊蜂が、『ブーン』とうなりをたてて高姫の頭に礫の如く衝突し、勢あまつて蜈蚣姫の鼻柱に撥ね返され、蜂は一生懸命に鼻にしがみつき鼻の孔を鋭利なる剣にてグサリと突き立てた。蜈蚣姫は『アイタヽヽ』と云つたきり、両手に鼻を抑へて其場に倒れた。蜈蚣姫は高姫が鉄拳で鼻柱を目蒐けて喰はした事と思ひつめ、 蜈蚣姫『悪逆無道の高姫、不意打を喰はすとは卑怯千万。やア、スマートボール其他の者共、早く来つて高姫を縛り付けよ』 と呶鳴りゐる。見る見る顔は脹れ上り、鼻も目も口も腫れ塞がりにけり。高姫は驚いて、 高姫『モシモシ蜈蚣姫さま、妾ぢやありませぬ。熊蜂が噛むだのです。何卒悪く取つて下さいますな』 滝の上の霧の中より、 貫州『蜈蚣が蜂に刺されたぞよ。是を見て高姫改心を致されよ。雀ケ原に鷹が降りたやうな横柄振を今迄発揮して居たが、高姫の目を又熊蜂に刺さしてやらうか。此方は熊蜂の精霊であるぞよ。其方は余り慢心が強い故に、両人互に他人の頭の上に上らうと致して居るから、こんな戒めに遇うたのぢや。それ程偉い者になつて人の頭に上りたくば、天井裏の鼠になつと成つたがよからう。人が除けて通るやうな御神徳が欲しいと申して、南洋三界まで玉を探しに参り、それ程偉くなり度くば肥担ぎになれ。誰も彼も皆除けて通るぞよ。も一つよい事を教へてやらう。泥棒になれば人が恐れるぞよ。神徳を得て人を恐がらし度くば何の手間暇は入らぬ。鉄道を噛り砂利を喰ひ、鋼鉄艦を呑むやうな達者な歯になれ。さうすれば世界の奴は其方に対して歯節は立たぬぞよ。またも間違つたら癩病患者、疥癬患者になれ』 と『キウキウ』と喉の中で笑うて居る。突然涼風吹き起り、四辺を籠めた濃霧は俄に晴れて遠望千里の光景となつて来た。貫州は驚いて高姫に顔を見られじと袖に面部を被ひ乍ら走り行く途端に踏み外し、高姫の足許にドスンと落ちて来た。高姫は『キヤツ』と云うて二歩三歩後へ飛び退き、よくよく見れば貫州なりける。 高姫『ヤア、お前は貫州かイナア。何だか合点がゆかぬと思つてゐたら何と云ふ悪戯をするのだイ。罰は覿面、これこの通り逆とんぼりを打つて苦しまねばならうまいがなア』 貫州『ヤアもう誠に不都合千万で御座いました。何分守護神が現はれたものですから』 高姫『馬鹿を云ひなさるな。二つ目には守護神々々々と口癖のやうに……其手は喰ひませぬぞエ。それよりも今の中に船に乗つてサアサア玉探しにゆきませう』 貫州『蜈蚣姫様が蜂に刺されて此通り苦しみて御座るのに、何うするつもりですか。神様の道は敵でも助けるのが法ぢやありませぬか。さうして船に乗らうと云つた処で船が無いぢやありませぬか』 高姫『アヽさうだつたなア。ほんとにほんとにお気の毒な事になつたものだ。蜈蚣姫さま、何卒早く全快して下され』 と蜈蚣姫の背中を撫で、次に胸を撫でて慰めてやらうとする。目も鼻も口も腫れて化物のやうになつた蜈蚣姫は、鷲のやうになつた爪を立てて、高姫の手が体に触つたのを目当に力限り掻きむしる。高姫は顔を顰めながら血潮の滴る手を押へ、草をもつて血止めの用意とくるくる捲きつけゐる。 スマートボール、久助、お民其他の従者共は、濃霧の晴れたのを幸ひ此場に駆け来り、二人の態を見て驚き、口をポカンと開けた儘言をも云はず立ち居る。この時磯端に当つて、涼しき三五教の宣伝歌が聞え来たりぬ。果して何人の声ならむか。 (大正一一・七・二旧閏五・八加藤明子録) |
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霊界物語 | 24_亥_豪州物語1(高姫と蜈蚣姫) | 08 島に訣別 | 第八章島に訣別〔七三八〕 (玉治別)『神の経綸も白浪の三つの御玉を探らむと 執着心の何処までも深き海原に浮びつつ 此世の瀬戸の海越えて家島高島小戸島 国城山の岩窟に砦を構へて瑞宝の 所在を探す蜈蚣姫心も同じ高姫が やうやう妥協を整へて再び船に棹をさし 梅島竹島桜島馬関の海峡乗越えつ 神の恵も大島や栗島岩島竹野島 尚も進んで琵琶の島南洋一の霊場と 噂に高き竜宮島玉の所在を探るべく 尋ね来るぞ果敢なけれ吾は聖地に現れませる 言依別の神司稜威の御言をかかぶりて 再度山の山麓に尋ねて来る折柄に 玉能の姫の物語三五教の高姫は 玉に心を奪はれて荒き海路を渡りつつ 南洋さして出で行きし話を聞くより矢も楯も 耐り兼ねたる玉治別の天地に通ずる真心は 玉能の姫を動かせて新に堅き船造り 御後を慕ひ来りけり馬関の瀬戸を過ぐるとき 波に漂ひ船を破り岩に喰ひつき泣き叫ぶ 二三の人の影を見て船を近寄せ眺むれば バラモン教の宣伝使友彦初め三五の 神の教の信徒と仕へ奉りし鶴さまや 清さま武さま四人連九死一生の有様を 救うて漸く此島に来りて見れば海端に 落ちたる笠は高姫の此処に居ませる印ぞと 心も勇み身も勇み青葉茂れる木の間をば 潜りて此処に来て見れば雄滝雌滝と相並び 天下に無比の絶景と憧憬れ居たる折もあれ 忽ち包む深霧に咫尺を弁ぜず一行は 雄滝の前に佇みて様子窺ひ居たりしが 雌滝の方より聞え来る怪しき女の叫び声 何事ならむと気を苛ち助けむものと思へども 咫尺弁ぜぬ霧の中手を下すべき由もなく 心をいらつ一刹那忽ち吹き来る科戸辺の 神の伊吹に払はれて一望千里の晴れの空 小路を伝ひ来て見れば高姫さまの一行が 愈此処に立籠り禊の修業の最中と 覚りし時の嬉しさよあゝ惟神々々 御霊幸ひましまして高姫さまの胸の中 一日も早く晴らせかし吾は玉治別の司 玉能の姫や初稚姫の誠の御言に従ひて 汝が命を救はむとやうやう此処に来りたり 嗚呼高姫よ其外の神の大道を歩む人 心平に安らかに吾一行の真心を うまらに詳細に聞召せ』 と歌ひつつ男女七人、高姫の前に立ち現はれ、歌に装ひて来意を述べ立てたり。 高姫は一行の姿を眺め、 高姫『ヤアお前は玉能姫と初稚姫さま、それに玉治別の田吾作どの、何用あつて執念深く高姫の後を付け狙うてお出でたのだ。矢つ張り玉の所在を探されてはならないと思つて、夜も碌々寝られず、こんな所迄調べに来たのだらう。遥々と御遠方の処御苦労様。よもや高姫が此島に居るとは思はなんだでせう。サアかうなる以上は玉を隠したのは、此竜宮島に間違ひない。百日余りも探して見たが、何分大きな島だから充分に調べる訳にも行かず、サアよい処へ来た。今度は玉の所在を明瞭言ひなされ』 玉能姫は静かに、 玉能姫『高姫さま、何程お探し遊ばしても、三十万年の未来でなければ、三つの神宝は現はれませぬ。妾は決して貴女方の玉探しを、気に懸けて参つたのではありませぬ。初稚姫様が教主言依別命様の命を奉じ、高姫さまは玉に心を奪はれ、いらぬ苦労をなさるのが気の毒だから、お迎ひ申して来いとの御命令、船は流され嘸お困りだといふ事を、神様が先にお分りだから、二つの船を持つてお迎ひに来たのです。どうぞ吾々の此処へ来た事を善意に解して下さい』 高姫『これはこれは何から何まで抜け目のない言依別命。……初稚姫、玉能姫さま、船を二艘も持つてようマア来られました。誠に御親切有難いと申したいが、さう安々とお礼を申されぬ理由が……ヘン御座いますワイ。あれだけ此高姫に揚壺を喰はし、喜んで居る言依別命に海洋万里の此島迄私を助けに来る親切があれば、玉隠しをしたりして我々を苦しめる道理がない。元をただせば此高姫がコンナ処まで来て、あらゆる艱難苦労するのも、みな言依別命、初稚姫、杢助、玉能姫様のお賢い悪智慧のお蔭ですワイ。ようマアこれ丈人に心配をかけて下さつた。何程高姫の機嫌をとらうと思つても其手には乗りませぬぞえ』 玉治別は口を尖らせ、 玉治別『何とマア執念深き訳の分らぬ高姫だなア、命からがら小舟に乗つて、万里の波濤を渡り助けに来ながら、こんな小言を聞かうとは思はなかつた。……高姫さま、お前さま、本当に没分暁漢だなア』 高姫『コレ田吾作どの、何をツベコベと横槍を入れるのだイ。お前は宇都山村で、芋の赤子さへ大切に育てて居れば性に合ふのだ。言依別の珍らしもの喰ひに抜擢されて宣伝使になり、玉治別の名を戴いたと思うて、変性男子の系統の生宮に、何をツベコベほざくのだ、スツコンで居なさい。あまり偉相に云ふと此島の熊蜂が遣つて来て……それ其処に居る蜈蚣姫の様な目に遭はされますよ』 と言葉尻をピンとはねて体を揺り、蜂を払ふ様な態度にてパタパタと羽ばたきして見せる。玉治別は初めて其処に蜈蚣姫の倒れて居るに気付き、一生懸命に神言を奏上し、言霊を唱へ鎮魂を施した。不思議や蜈蚣姫の腫は刻々にひすぼり、忽ち元の姿に復り、玉治別に向ひ両手を合せ、涙を滝の如く流し感謝の意を表して居る。 高姫『コレハコレハ蜈蚣姫さま、お仕合せな事、妾が今救けて上げようと思つて、色々神様に願つて居つた所、半時ばかりの間に全快させてやらうと、日の出神が仰有つて恰度今半時許り経つた所だ。其処へ玉治別がやつて来て烏のおどしの様な恰好して鎮魂をしてそれで癒つたと思ふと大きな間違ひ、恰度好い時刻に来よつて自分が癒した様に思うて、お前さまの感謝の言葉を手柄顔に偉相に、……蚯蚓切りの蛙飛ばしの癖に、鎮魂に、神力があつてたまりますか。コンナ男に病気が癒せる位なら、妾は既に神様の宣伝使はやめて居りますよ』 蜈蚣姫『ドチラのお蔭だか知りませぬが、有難う御座います。然し高姫さま、貴女の最前濃霧に包まれた時、……貫州だけ助けて下され、蜈蚣姫は御都合でドウなとして下さい……と祈つて居ましたねエ。随分水臭いお方ですワ』 高姫は無言。 玉能姫『貴女が噂に聞きました蜈蚣姫様で御座いますか。これは珍らしい所でお目にかかりました。妾は生田森の玉能姫で御座います。此小さい女の方は聖地に於て有名な初稚姫様で御座います』 蜈蚣姫『さうかいナア。……お前がアノ梃でも棒でも動かぬ玉能姫だな。さうして頑固者の杢助の娘と云ふのは此奴かいなア。ホンニ一寸小賢しい悪気の有りさうな、無ささうな顔をして居るワイ、オホヽヽヽ。……ヤアお前は糞まぶれになつて逃げて来た友彦ぢやないか。大方妾の後を追ひ、娘に逢はうと思つて来たのだらう。エヽ穢らはしい。友彦の糞彦、サア、トツトと帰らつしやれ』 友彦『私は決して小糸姫に未練があつて参つたのではありませぬ。淡路島の酋長東助様が、私の大罪を赦して下さいまして、其代り御一同をお助けする為めに船を持つて行けと命ぜられ、清さま、武さま、鶴さまと一緒に後を追うて参つたのです。東助様に神様がお告げ遊ばしたには、お前さまは南洋のアンボイナ島で船をとられるに違ひないから、船を持つて迎ひに行つて来いと仰有られて、情深い東助様が、お前を助ける様に私をお遣はしになつたのだ。東助さまにお礼を申さねばなりませぬぞえ。高姫さま、蜈蚣姫さま、どうです。これでも不足を云ふ処がありますかい』 高姫『友さま、イランお世話だ。誰が助けて呉れと頼みました。自分が勝手に口実を設けて、玉の所在を探さうと思ひよつて来たのだらう。ヘン阿呆らしい。誰がお礼を云ふ馬鹿があるものかい。いい加減に人を馬鹿にして置きなさい。余人はイザ知らず、此高姫に限つて、ソンナ巧妙な嘘を喰ひませぬわいなア。オホヽヽヽ』 と一言々々肩から胴体を揺つて嘲弄する。友彦は疳筋を立て、 友彦『私は何程嘲笑されても不足を云はれてもかまはぬが、さういふ挨拶をされて東助様に対して、ドウいふ返事をしてよいか分りませぬ。何とか其処は人情を弁へての御挨拶が有りさうなものですなア』 高姫『ヘン、巧い事を仰有いますワイ。人を家島に放つたらかして、東助の野郎、清、武、鶴の三人を引捉へ、気楽さうに追分を歌つて帰んだぢやないか。それ丈け親切があるなら、ナゼ私を家島へ放つて帰んで仕舞つた。ナント巧い事を云うても、事実が事実だから仕方がありますまい。オー恐や恐や、虫も殺さぬ様な面をして居るチツペの初稚姫や玉能姫が、此年寄に素破抜きを喰はして、玉隠しをやると云ふ世の中だから、油断も隙もあつたものぢやないワイなア。何程親切にして見せて下さつても、心から親切でない以上は、有難いともナントモ思ひませぬ。却て其仕打が憎らしい。イヒヽヽヽ』 と上下の歯をけたりと合はせ唇を四角にして、前に突出して見せる。 友彦『高姫さま、あまりぢやありませぬか。東助さまはアヽ見えても、親切な方ですよ』 高姫『親切ぢやと云つて船頭位をして居る奴が何になるか。日の出神の天眼通でチヤンと調べてある。船頭社会のヤンチヤで家も何も無い奴だらう。偉さうに国城山に清、鶴、武を来させよつて、一廉酋長だとか金持だとか吐しよつて、態とに八百長で友彦を引縛つて帰り、其後を追かけて来たのだらう。船頭が賃銭なしに誰がお前達をよこすものか。又お前達も日頃の泥棒根性を発揮して、高姫が玉を発見したら、フンだくつて帰らうと思うて来たのに違ひない。三百両フンだくつたり、人の女房を狙ひそこねて、雪隠を潜つて逃げ出したりする様な男が、何んな巧い言を云うても駄目だ。モツト人格のある男が云ふのなら、一つや半分は承知をせまいものでもないが、お前の様な泥棒根性の男や、清、鶴、武の様な裏返り者の云ふ事が、ドウして、……ヘン信じられますか。初稚姫、玉能姫、田吾作だとて其通りだ。七人が腹を合せ、高姫や蜈蚣姫の手柄を横取りしようと思つてやつて来た其計略、仮令千万言を尽し弁解しても……ヘン、だアめですよ』 と両手を前の方にニユウと突き出し、腰を曲め、尻を縦に振つて、蛙の如く二三間前にピヨンピヨン飛んでキヨクツて見せる。 蜈蚣姫は気の毒がり、 蜈蚣姫『高姫様が何と仰有ろうとも、どうぞお気に障へて下さいますな。あの方は一寸変つて居ますから、妾は船を持つて来て下さつたのが何より有難い。玉能姫様、初稚姫様有難う。此通りお礼を申します』 と涙を流しながら両手を合して心の底より感謝する。 玉能姫『何これしきの事に、お礼を仰有つて下さつては、玉能姫一行、却て恥かしい様な気が致します。世の中は相身互ひで御座います。天が下に他人だの敵だのと云ふ者が有らう道理が御座いませぬ。サア何時迄も斯様な所に居られましても、玉は決して出ては参りませぬ。早く帰りませう』 蜈蚣姫『ハイ有難う。ソンナラ船を持つて来て下すつたのを幸ひ、妾は娘の小糸姫に逢ひたくてなりませぬから、竜宮の一つ島に渡りますから、どうぞ一艘の船をお貸し下さいませ』 玉能姫『二艘持つて参りましたから、一艘丈はどうぞ、御自由にお使ひ下さい。……サア高姫様、妾と一緒に聖地に帰りませう。お供致しますから』 高姫『ナント云つても此処は一寸も動きませぬぞへ、高姫は』 玉治別は、 玉治別『ソンナラお前さまの御勝手になさいませ。……サア皆さま、帰りたい方は船に乗つて帰りませぬか。居りたい方は手を上げて下さい。一、二、三……ヤア何方も帰りたいと見えます。一人も居りたい人はないと見えます。一寸も動かないと仰有つた高姫さまでさへも手を上げなさらぬワイ』 高姫『誰が田吾作の命令に服従して、この尊い手を安々と上げたり下げたりしますかいナア。ササ早う往つて丈夫な船に乗りませうかい』 とムクムクと起上り、浜辺を指して一目散に走つて行く。一同は高姫のあとに付き添ひ浜辺に向ふ。高姫は早くも一艘の船に飛び乗り大勢を残し、只一人海の中に遠く漕いで走り行く。 玉治別は舌をまきながら、 玉治別『ヤア高姫の奴、怪しからぬ事をしよる。大きい好い船に只一人乗りよつて此小船に是丈けの者が乗るのは大変に険難だ。波の静かな時は好いが、チツトでも波が立つたら遣り切れない。困つた事になつたものだ』 と磯端に地団駄踏んで口惜しがつて居る。一方高姫はメラの滝の麓に肝腎要の印籠を忘れた事を思ひ出し、イヤイヤ乍ら再び船を漕いで此方へ帰り来る。 玉治別は手を拍つて、 玉治別『ヤア、さすがの高姫も沖まで出て恐くなつたと見え、後戻りして来をる。偉さうに云つても流石は女だ。これでは日の出神の生宮も好い加減なものだなア。アハヽヽヽ』 一同『オホヽヽヽ』 大勢一度にドツト笑ふ。此時長途の航海に馴れた手で、艪を操り矢を射る如く戻つて来た高姫は、 高姫『皆さま、一寸漕いで見たが随分面白いものだ。是なら仮令百里千里漕いだところで大丈夫だよ。妾はメラの滝に落し物をしたから、五六丁の所だから往つて来るよつて待つて居て下さいよ。……コレコレ貫州、玉治別さま、妾に付いてお出で、若し船を出されちや大変だから……』 貫州、玉治別は口を揃へて、 玉治別、貫州『滅相な、吾々両人は揃ひも揃うて足の裏を竹の切り株に突き、一歩も歩けないのだよ。吾々一同は此海の景色を眺めて待つて居るから、貴女一人行つて来て下さい、決してお前さまのやうに意地の悪い事はせぬからなア』 高姫は慌しくメラの滝の方に向つて、青葉を縫うて姿を隠したり。其間に玉能姫、初稚姫、玉治別、清、鶴、武の六人は新しき船に乗り込みぬ。蜈蚣姫、友彦、久助、スマートボール、お民其の他二人は、稍古き小船に身を寄せたり。さうして手早く纜を解き、十間ばかり陸をはなれて面白可笑しさうに笑ひさざめき居る。そこに高姫は印籠を引掴み、スタスタと走り来り、 高姫『妾に応答もなしに…………何故船を出したのだい。サア、早く船を漕いでこちらへ寄せなされよー』 玉治別は新船を、友彦は古船を一生懸命に漕ぎ出す。一刻々々陸地を遠ざかる。高姫は声を限りに、 高姫『オーイその船、此方へ寄せるのだー』 友彦『ナンダか知らぬが、友彦が漕げば漕ぐほど船が先へ行くのだよ』 と歌を謡ひながら、意地悪く沖に向つて漕ぎ始めける。高姫は赤裸になり、印籠を口に銜へ、着物を頭にくくりつけ、抜手を切つて蜈蚣姫の乗つた古船に向つて泳ぎ行く。友彦は相変らず急いで艪を漕ぐ。蜈蚣姫は、 蜈蚣姫『コレコレ友彦、ソンナ意地の悪い事をするものでない。高姫さまの心にもなつて見たがよからう』 友彦『余り口が好いから改心の為めに、友彦が一寸いちやつかしてやつたのです。ソンナラ待ちませうか』 と艪の手を休める。高姫は命カラガラ漸くにして船に喰ひつきぬ。スマートボール、貫州は高姫の両手を持つて、やつとの事で船の中に引上げた。 玉治別は艪を操つりながら此場を見捨てて何処ともなく帰り行く。……高姫、蜈蚣姫一行を乗せた船は友彦に操られ、西南の縹渺たる大海原を指して進み行く。 (大正一一・七・二旧閏五・八谷村真友録) |
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霊界物語 | 24_亥_豪州物語1(高姫と蜈蚣姫) | 10 土人の歓迎 | 第一〇章土人の歓迎〔七四〇〕 南洋一の竜宮島アンボイナをば後に見て 救ひの船に身を任せ進み来れる高姫や 蜈蚣の姫の一行は夜を日に継いでオセアニヤ 一つ島根に渡らむと心勇みて漕ぎ来る 時しもあれや海中にすつくと立てる岩島を 左手に眺めて進み行く俄に海風吹き荒び 浪高まりて船体を操る術も無きままに 浪を避けむと岩島の蔭に漕ぎつけ眺むれば 怪しき影の唯二つ何者ならむと立ち寄つて 素性を聞けば錫蘭島のチヤンキーモンキー両人が 顕恩城の小糸姫竜宮城[※校定版・八幡版では「竜宮洲」に修正されている。]へ送る折 俄の時化に船を破り茲に非難し居たりしを 漸く悟り高姫は日頃探ぬる神宝の 匿せし場所は此島と疑惑の眼光らせつ 二人の男を引つ捉へためつ賺しつ尋ぬれど 元より訳は白浪の中に漂ふ二人連れ 取つく島も泣き寝入り蜈蚣の姫は両人が 話を聞いて仰天し小糸の姫は世の中に もはや命は無きものと悲歎の涙に暮れながら 船底深くかぢりつくころしもあれや南洋に 其名も高き一巨島テンカオ島は海中に 大音響と諸共に苦もなく沈みし勢に 海水俄に立ち騒ぎ水量まさりて魔の島を 早一呑みに呑まむとす高姫其他の一同は 九死一生の苦しみに生きたる心地も荒浪の 肝を潰せる折柄に黄昏時の海原を 声を目当に進み来る救ひの船に助けられ やつと安心胸を撫で進む折しも玉能姫 初稚姫や田吾作の助けの船と悟りてゆ 高姫持病は再発し竹篦返しの減らず口 頤を叩くぞ憎らしきあゝ惟神々々 神の恵は何処までも悪の身魂も懇に 誠の教に導きて救ひ給ふぞ有難き 玉治別の漕ぐ船は夜に日を重ねてやうやうに ニユージランドの沓島の磯端近く着きにけり 浪打ち際に近づけば思ひもよらぬ高潮の 寄せては返す物凄さ船の操縦に悩みつつ スマートボールや貫州やチヤンキーモンキー諸共に 汗を流して櫂を漕ぎ漸く上陸したりける あゝ惟神々々御霊の幸ぞ尊けれ 神の恵ぞ畏けれ。 物珍らしげに島の土人は小山の如く現はれ来り、口々に手を打ち「ウツポー、クツタークツター」と叫びゐたり。これは「珍しき尊き神人来り給へり」と云ふ意味なり。一同は「ウツポー、クツタークツター」の諸声に送られ、禿計りの島に似合はず、樹木鬱蒼たる大森林の樹下に導かれ、珍しき果物を饗応され、神の如くに尊敬されたりける。 友彦は得意満面に溢れ、言語の通ぜざるを幸ひ、猿の如く大樹の枝にかけ登り、懐より麻を取り出し左右左に打ち振りながら、 友彦『ウツポツポーウツポツポー、テンツルトウテンツルトウ、チンプクリンノチンプクリン、プクプクリンノプクプクリン、ペンコペンコ、チヤツクチヤツク、ジヤンコジヤンコ、テンツルテンノテンツルトウ、トコトンポーリートコトンポーリー、カンカラカンノケンケラケン、高姫さまのガンガラガンノコンコロコン、蜈蚣姫のパーパーサン、コンコンチキチン、コンチキチン、小糸の姫の婿様は、トントコトンの友彦が、ウツパツパーウツパツパー、シヤンツクテンテンツクテンテン、キンプクリンノフクリンリン』 と囀り初めたり。数多の土人は一行中の最も貴き神と早合点し、随喜の涙を零し合掌しゐたり。スマートボールは又もや駆け登り、矢庭に木の枝を手折り、左右左に打ち振り、 スマートボール『ウツポツポーウツポツポー、キンライライノクタクタライ、キンプクリンノキンライライ、ウツポツポーウツポツポー』 と囀り出したり。スマートボールは自分の云うた事を自分ながら些とも解して居ない。されど土人の胸には、先に上つた友彦よりも最上位の神たる事を悟りたり。友彦は又もや、 友彦『ウツポツポー、ペンペコペン、ウツポツポ、パーパーサン、エツポツポー、エツポツポー』 と囀り出したり。是は土人の言葉に対照すると、 『二人の女は真の平和の女神だ。さうして若い方の婆アは悪党だ。色の黒い婆アは一つ島の女王の母上だ』 と云ふ意味になる。数多の土人は蜈蚣姫の前に跪き、手を拍ち嬉し涙に暮れながら恭敬の意を表し、踊り狂ひ、其次に玉能姫、初稚姫を胴上げにし「エイヤエイヤ」と声を揃へて森の木蔭を舁ぎ廻り、踊り狂ふ其可笑しさ。玉能姫、初稚姫は様子分らねど、兎も角も自分等を尊敬せしものたる事は、其態度に依つて悟る事を得たりける。 森林の最も高き所に七八丈許りの方形の岩が、地の底から湧き出たやうに現はれ居たり。其上に玉能姫、蜈蚣姫、初稚姫の三人を舁ぎ往き、種々の果物を各自に持ち来り、所狭き迄並べ立て、此岩を中心に踊り狂ひ廻つた。残りの一隊は大樹の下に移り往き、何事か一生懸命に祈願し初めたり。 玉治別は一向構つて呉れないのに稍悄気気味となり、又もや樹上に駆け登り木の枝を手折つて、前後左右に無精に打ち振り、 玉治別『ウツパツパーウツパツパー、キンライライノクタクタライ、ラーテンドウラーテンドウ』 と幾度も繰返しける。此意味は、 『吾は海底の竜神、今此島を平安無事ならしめむために現はれ来り』 と云ふ事になる。又もや土人は玉治別を一生懸命に拝み初めたり。スマートボールは、 スマートボール『パーパーチンチン、パーチンチン』 と囀りぬ。数多の群集は各尻をまくり、高姫の身辺近く取り巻き「我臀肉を喰へ」と云ふ意味にて、 土人『パーパーキントウ、キントウ、パーパーキントウ、キントウ、パースパース』 と云ひながら御丁寧に一人も残らず尻をまくりて、三間許り四つ這になり、各此場を捨てて、初稚姫等が坐せる石の宝座の方に、先を争うて進み行く。 樹下に蹲踞み、感涙に咽んで居る数十人の、残つた土人の敬虔の態度を眺めた高姫は、そろそろむかづき初め、 高姫『これこれ此処の土人さま、お前は何と思つて居るか。あの先に登つた奴は友彦と云ふ、それはそれは恐ろしい、人を騙して金を奪り、嬶盗人をやつた悪い悪い男だよ。そして後から上つた細長い猿の様な男はスマートボールと云ふ、最前行つた蜈蚣姫の乾児の中でも一番意地くねの悪い代物だ。三番目に登つた奴は神でも何でもない。自転倒島の宇都山の里に、蚯蚓切りの蛙飛ばしを商売にする、田吾作と云ふ男だ。如何に盲千人の世の中だと云うても、取違ひするにも程がある。此中で一番尊い御方は日の出神の生宮たる此高姫だよ、取り違ひをするな』 と癇癪声を張り上げながら、自分の鼻先をチヨンと押へて見せたれど土人には何の事か一つも通ぜず、歯脱け婆が気を焦つて、尻をかまされた腹立紛れに怒鳴つて居るのだ位に解され居たり。一同の土人は高姫に向ひ、両手の食指を突き出し、左右の指を交る交る鼻の前に突出し、しやくつて見せたり。高姫も何事か訳が分らず、同じやうに今度は指を外向けにして、水田の中を熊手で掘るやうに空中を掻いて見せる。其スタイルは蟷螂の怒つた時の様子に似たりける。数十人の土人は何故か一度に頭を大地につけたり。高姫は調子に乗つて幾回となく空中を掻く。樹上の友彦は又もや、 友彦『エツポツポーエツポツポー、パーパーチクリン、パーチクリン、ポコポコペンノポコポコペン、ペンポコペンポコ、チンタイタイ』 と叫べば、一同はムクムクと頭を上げ、日に焦けた真黒な腕をニウと前に出し、一斉に高姫に向つて突きかかり来る。此時玉治別は樹上より、 玉治別『エイムツエイムツ、ツウツウター』 と叫ぶ。一同は俄に腕をすくめ、力無げに又元の座に平伏し、樹上の三人に向つて合掌し、何事か声低に祈り居る。 暫くありて玉能姫は、蜈蚣姫と共に初稚姫を中に置き、後前を警固しながら数多の土人に送られて、大樹の下に引き返し来りぬ。玉治別は調子に乗つて口から出任せに、 玉治別『ダールダール、ネースネース、ツツーテクテクテレリントン、ニウジイランドテテーポーポー、ツツーポーポ、タターポーポー、エーポーポー、エーツクエーツク、エーポーポー、エーツクエーツク、エーテイテイ』 と叫ぶや否や、土人の大多数は蜘蛛の子を散らすが如く此場を立ち去りにける。玉能姫は樹上を見上げながら、 玉能姫『玉治別さま、スマートボールさま、早く下りて下さい、玉能姫は一つ島に往かねばなりますまい。サア早く早く』 と手招きするにぞ、三人は此声に応じて、ずるずると樹下に苦もなく下り来たりぬ。暫くありて土人は満艦飾を施したる立派な船を一艘と、其他に堅固なる船十数艘を率ゐ来り、中には至つて見苦しき泥船一艘を交ぜて居た。最も麗しき船に玉能姫、初稚姫、蜈蚣姫を丁寧に寄つて集つて舁ぎながら、恭しく乗せた。玉治別は我乗り来りし船に、スマートボール、友彦と三人分乗した。久助、お民は土人と共に麗しき船に乗せられた。チヤンキー、モンキー及び高姫は泥船に無理に捻込まれ、艫を漕ぎながら、数百人の土人は大船に満乗して、一つ島目蒐けて送つて行く。高姫は不平で堪らず、種々と言葉を尽して……日の出神の生宮を最も立派な船に乗せるのが至当だ、玉能姫ナンカは普通の船でよい……と身を踠いて喋り立てたが、土人には一向言葉も通じないと見えて、 土人『エツポツポーエツポツポー、パーパーチツク、パーチツク』 と云ひながら、一つ島目蒐けて進み行く。玉治別は船中にて宣伝歌を歌ひ初めたり。 玉治別『コーツーコーツーオーリンスセイセイオウオウオウセンス チーサーオーサーツウツクリンコモトヨコモト、カンツクリン ターツーテーツーテーリンスノウミスノウミスヨーリンス メースヤーツノーブクリン』 と歌ひ出しぬ。土人は此声に随喜の涙を澪し、手を拍つて合掌したり。この意味は、 『神が表に現はれて、善と悪とを立て別ける、此世を造りし神直日、心も広き大直日、唯何事も人の世は、直日に見直せ聞き直せ、身の過ちは宣り直せ』 と云ふ宣伝歌の直訳なり。玉治別は此島の神霊に感じ、俄に南洋の語を感得したるなりき。其他の一同も、残らず此島に上陸して神霊に感じ用語を悟りぬ。されど我慢にして猜疑心深き高姫には、一語も神より言葉を与へ給はざりしなり。船中は残らず南洋語で持ち切り、恰も燕の巣の如く「チーチーパーパー、キウキウ」の声に満たされ、漸くにして一つ島のタカ(テーク)の港に無事上陸したりける。 土人の中にても最も羽振の利いた酋長のカーチヤンは、二三人の供人と共に辛うじて港に上陸するや否や、黄竜姫の鎮まる王城の都を指して、蜈蚣姫一行の到着を報告すべく、一目散に島内深く姿を隠しけり。 初稚姫、玉能姫、蜈蚣姫は土人の手車に乗せられて、之を舁ぐやうな体裁で、「エツサアサアエツサアサア」と云ひながら都をさして送られて行く。玉治別は驢馬に跨がり、友彦其他を従へ悠々として土人の一隊に守られ進み行く。高姫は非常の侮辱と虐待を受けながら意気銷沈の体にて、恨めしげにとぼとぼと、どん後から随従て往く。往く事数十丁、前方より麗しき輿を舁ぎ、騎馬の兵士数十人、前後につき添ひ、威風堂々として来る真先に立てる勝れて背の高い男、馬上より、 ブランジー『我こそは黄竜姫の宰相、ブランジーと申すもの、今日は女王の御母上蜈蚣姫様御来臨と承はり、これ迄お迎ひのため罷り越したり。……サア蜈蚣姫様、この輿にお乗り下さいませ』 とすすむるにぞ、蜈蚣姫は意外の待遇に嬉しさ余つて言葉も得出さず差俯むき居る。群衆は何の容赦もなく手車の儘輿の傍に近づき、御輿の戸を開けて、蜈蚣姫を乗らしめたり。初稚姫、玉能姫は土人の手車に乗りしまま輿の後に従ひ行く。 行く事数十丁、忽ち黄竜姫の城内に一同迎へ入れられ、御輿は玄関の前に据ゑられける。此時黄竜姫はクロンバーを従へ玄関に立ち現はれ、輿より出づる蜈蚣姫の手を取り、嬉し涙を湛へながら奥深く姿を匿しけり。クロンバーは玄関に佇み、一行の姿を見やりながら、 クロンバー『ヤアお前はお節ぢやないか。お初、何ぢや偉さうに手車に乗つて……慢神するにも程がある。ヤア田吾作、スマートボールに鼻の先の赤い男、ヤア何とした今日は怪態な日だらう。高山さまも高山さまだ、なぜコンナ代物を迎へ入れたのだらう……それにつけても高姫さま、酷い事を仰有つて私を追ひ出しなさつたが、嘸や今頃は心細く思うて居なさるだらう、アヽお哀憫しい。コンナ連中に遭ふのも嫌だが、高姫さまに何うかして一目遭ひたいものだ』 と独り呟き居る。玉能姫、初稚姫はクロンバーに向ひ、 初稚姫『ヤア貴女は三五教の黒姫さまでは御座いませぬか、妾は初稚で厶います』 黒姫『ハイ、左様で御座います。世間は広いもの、自転倒島に居つて、皆さまに笑はれ譏られ、邪魔計りしられて居りましては真実の神力が出ませぬが、此広い島に渡つて来て自由自在に神力を発揮し、今では此通り立派な一国の宰相の北の方となりました。お前さまは矢張言依別命について自転倒島を宣伝に廻り、失敗の結果、又ボロイ事があらうかと思つて、南洋三界迄彷徨うて来なさつたのだな。ウンよしよし、世界に鬼は無い。改心さへ出来れば黒姫が助けて上げよう。窮鳥懐に入れば猟師も之を取らずと云ふ事がある。もうかうなつては今迄のやうに我を張らずに、お節……ハイ、……お初……ハイ……と云うて黒姫に絶対服従をなさるのが身の為めぢやぞエ。……お前は田吾作ぢやないか。矢張周章者は周章者ぢや。自転倒島ではもう相手が無くなつたかや。オホヽヽヽ、気の毒な事いのう』 玉治別は余りの侮辱にむツとしたが、堪忍袋を押へて素知らぬ顔にて笑ひ居る。ブランジーの高山彦は馬に跨がり乍ら、 高山彦『ヤアヤア数多の人々、遥々御苦労なりしよ。城の馬場に沢山の酒肴の用意もしてあらば、自由自在に飲み食ひしてお帰り下さい』 群衆はウローウローと云ひながら、雪崩を打つて城門を駆出し、広き馬場に列べられたる酒肴に舌鼓をうち、酔が廻るに連れて唄ひ舞ひ、踊り狂ひ、歓喜の声は天地も揺ぐ許りなり。 高姫は悄々として、漸く玄関に現れ来り、黒姫の姿を見るより、矢庭に飛び込み獅噛みつき、 高姫『アヽ貴女は黒姫様、お久しう御座います』 また黒姫は、 黒姫『アヽ貴女は高姫様、会ひたかつた、懐かしや』 と他所の見る目も憚らず、互に抱きつき嬉し涙に掻き曇る。 高山彦は馬を乗り捨て其場に現はれ、 高山彦『高姫さまですか、私は高山彦ですよ。ようまア来て下さいました』 と涙含み乍ら、二人の手を取り奥深く進み入る。玉治別、初稚姫、玉能姫其他の一同は裏門より密に逃れ出で、裏山の森林に姿を隠し息を休め居たりける。 (大正一一・七・三旧閏五・九加藤明子録) |
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霊界物語 | 25_子_豪州物語2(地恩城の黄竜姫) | 02 与太理縮 | 第二章与太理縮〔七四八〕 地恩城の奥殿には黄竜姫と蜈蚣姫の二人、侍女を遠ざけ、頭を垂れ物憂し気に、何事か首を鳩めてヒソビソ話に耽つて居る。 蜈蚣姫『黄竜姫様、大変な事が出来ました。あの意地くねの悪い鼻曲りの友彦が、ネルソン山を西に渉り、獰猛なる土人をチヨロ魔化し、テールス姫と言ふ妖女を抱き込み、表面三五教を標榜し、衆を集めて此地恩郷に攻め寄せ来り、お前さまを否応なしに又元の女房にしようとの企み、今に本城へ攻め寄せ来るとの、金、銀、鉄の注進、万一左様な事が実現して、友彦此場に攻め来る事あらば、お前さまは如何なさる考へですか、御意中を承はりたい』 黄竜姫『母様、左様な御心配に及びませぬ。柔よく剛を制すと言つて、如何なる頑強不霊の友彦なりとて、妾が三寸の舌剣を以て腸まで抉り出し、見事改心させて見せませう。友彦如きは物の数でもありませぬ。あの様な者が恐ろしくて、此野蛮未開の一つ島が如何して拓けませう。取越苦労はなさいますな、ホヽヽヽヽ』 とオチヨボ口に袖を当て、手もなく笑ふ。蜈蚣姫は真面目な心配相な顔付にて、 蜈蚣姫『何程悧巧だと言つても未だお前は年が若いから、さう楽観をして居られますが、恋の意地と言ふものは又格別なもので、なかなか油断はなりませぬ。寝ても醒ても小糸姫に馬鹿にしられたと怨んで居る友彦の事だから、一時は時到らずとして尾を捲き目を塞ぎ爪を隠して、猫の様になつて居たものの、今やジヤンナの郷に於て、飛つ鳥も落す様な勢になつたのを幸ひ、日頃の鬱憤を晴すは今此時と戦備を整へ捲土重来する以上は到底なかなか一筋や二筋では納まりますまい。年寄の冷水、老婆心の繰言とお笑ひなさるか知りませぬが、年寄は家の宝、経験がつんで居るからチツとは母の言ふ事もお聞きなされ。後の後悔は間にあひませぬ』 黄竜姫『あの、マア母様にも似合はぬ御心配相なお顔付、母上も顕恩郷では随分剛胆な事をなさいましたではありませぬか。それのみならず、自転倒島の鬼ケ城山に敗れ三国ケ嶽に砦を構へ、次で魔谷ケ嶽、国城山と大活動をなされた時は、夜叉の様なお勢で御座つたぢやありませぬか。それに今日、母上の口からそんな弱い音色が出るとは思ひも掛けませぬ。此黄竜姫、仮令百の友彦、万の友彦来るとも、三五教の神様の神力、吾言霊の威力に拠つて言向け和し、前非を悔いしめ、至善至美の身魂に研き上げて助けてやる妾の所存、決して決して御心配遊ばしますな』 と脇息に肱を乗せ忍冬の茶を一口グツと飲んで、 黄竜姫『母様、何卒お寝み遊ばしませ。最早夜も更けかけました。いづれネルソン山へは数百里の道程、友彦が攻めて来ると言つても、まだ十日や半月は大丈夫です。あまり周章てるには及びませぬ』 蜈蚣姫『油断大敵、一時も猶予はなりませぬ。妾は先程一同の者に、防戦と出陣の用意を命じて置きました。やがて出陣するでせう』 黄竜姫『それは誰の吩咐で出陣をお命じになりましたか』 蜈蚣姫『ハイ、妾の計らひで……』 黄竜姫『それは又、不都合千万、私人としては貴女は妾の母、されど神様のお道から言へば妾が教主も同然、妾の命令をも聞かずに、公私混淆、自他本末を混乱して左様な命令を出されては困るぢやありませぬか。何卒早く取消しをして下さい』 蜈蚣姫『何程お前様が教主だと言つて威張つた処で、矢張り親は親だ。親の言ふ事を聞かぬ様では鬼も同様です。それでは神様のお道を守る人とは申されますまい。此蜈蚣姫も猪食た犬丈あつて、何んな経験も持つて居る。今こそ可愛い娘の光を出したいばかりに、目を塞ぎ爪を隠し、灰猫婆アになつて居るものの、まさかと言ふ時になれば忽ち虎猫になりますよ。虎も目を塞ぎ爪を隠して柔和しく見せて居れば、何時までも厄介者だと蔑み、年寄つたの、耄碌したのと思つて居ようが、いつかないつかな此蜈蚣姫、国家興亡の此際、何時迄も爪を隠す訳にはゆかない。虎猫の本性を現はし、之から大活動を演ずる覚悟ですよ。平和の時はお前さまを大将にして置いてもかなり勤まるが、斯んな非常の場合は生温い事で如何なりませう。アタ小面憎い友彦の首を引き抜いて、思ひ知らしてやらねばなりませぬ。エー、煩い事だ。又年寄に一苦労さすのかいな』 黄竜姫『母様、貴方はそれだから困ります。三五教の御教をお忘れになりましたか』 蜈蚣姫『エー、融通の利かぬ娘だな。三五教の教は天下太平の御代には実に重宝な教だが、危機一髪の此際、あの様な柔弱な無抵抗主義の教理は、マドロしうて聞いてゐられますものか。神様が無抵抗主義を採れと仰有るのは……為な、せい……と言ふ謎ぢや。お前さまは何と言つても未だ年が若いから正直に聞くので困る。口の端に乳が附いて居る様な事言つて……如何して此地恩城が維持出来ますか』 と最後の言葉に力を入れて、畳を握り拳でポンと叩いて見せた。 黄竜姫『アヽ情ない母様の御精神、如何したら本当の改心をして下さるであらう。……何卒神様、一時も早く真の道が、私の一人よりない大切な母に解ります様に、何卒心の鏡に光明を与へ、心の暗黒を照らして下さいませ。あゝ惟神霊幸倍坐世』 と合掌し涙含む。 蜈蚣姫『何程人間が改心したと言つても、元から悪の素質を持つて居る吾々の身魂、譬へて言へば、大きな鉢の中へ泥水を盛り、それが時節の力で泥は鉢の底に沈り、表面は清水に澄み渡つて居つても、何か一つ揺ぶるものがあると、折角底に沈つて居た泥が又もや浮き上り、元の泥水となるのは自然の道理だ。之が惟神のお道です。体を以て体に対し、霊を以て霊に対し、力を以て力に対するは天地の道理ぢやありませぬか。アインスタインの相対性原理の説明だつて、さうぢやないか。お前さまの様な其んな時代遅れの事を言つて居ると、蟹の手足をもぎ取り、鳥の翼を剥ぎ取つた様な目に遭はされますぞ。三千世界に子を思はぬ親がありませうか。お前が可愛いばつかりに、妾はお気に召さぬ事を言ふのだが、親の意見と茄子の花は、千に一つも仇花はありませぬぞ。良薬口に苦し、甘いものは蛔虫の源、何卒母が一生のお願ひだから、出陣を見合す事は思ひ止まつて下さい。妾も之から清公の左守神を引率れ、年寄の花を咲かし、冥途の土産に一戦やつて見よう程に、必ず必ず柔弱な精神を発揮して、折角張り詰めた母の勇猛心を挫いて下さるな。親が子に手を合して頼みます。海往かば水漬く屍、山往かば草生す屍、大神の辺にこそ死なめ、閑には死なじ顧はせじと、弥進みに進み、弥逼りに逼り、友彦が軍勢を山の尾毎に追ひ伏せ、河の瀬毎に薙散らして服へ和し、一泡吹かして懲らしめ呉れむは案の中、必ず邪魔召さるな』 と血相を変へて長押の薙刀を取るより早く、 蜈蚣姫『黄竜姫、さらば……』 と此場を立ち出でむとする。 黄竜姫『地恩城の女王、三五教の神司、今改めて蜈蚣姫に対し、三五教を除名する。有難くお受け召され』 蜈蚣姫は二足三足引返し、黄竜姫をハツタと睨み、 蜈蚣姫『久離絶つても、親子ぢやないか。親子の情は何処迄も変るものぢやない。仮令蜈蚣姫、天地の神の怒りに触れ、水火の責苦に会うとても、吾子の為めには厭ひはせぬ。三五教を除名された上は、最早其方に制縛は受けぬ、自由自在の活動を致すは之からだ。愈清公以下の勇士を引率れ、華々しき功名手柄を現はし呉れむ。小糸姫、さらばで御座る』 と又立ち出でむとするを、黄竜姫は言葉厳かに、 黄竜姫『最早三五教を除名せし蜈蚣姫、左守神たる清公を初め、其他一同を指揮する権利はあるまい。御勝手に只一人お出で遊ばせ。飛んで火に入る夏の虫、子の愛に溺れて真の神の愛を忘れ給ひし不届者、天に代つて懲戒致す。……ヤアヤア金州は在らざるか、早く来つて蜈蚣姫を縛せよ』 と呼はつた。 折から金、銀、鉄の三人、スタスタと此場に現はれ来り、親子が此体を見て不審の眉を顰め乍ら、 金州『コレハコレハ、お二人様の御様子、何か深い仔細が御座いませうが、先づ先づお静まり下さいませ』 黄竜姫『仔細は申すに及ばず、地恩郷の女王黄竜姫が命令だ。蜈蚣姫を縛り上げよ』 金州『コレハコレハ、案に相違の女王様のお言葉、一向合点が参り申さぬ。如何なる事情の在しますとも、子の分際として、天にも地にも掛替へなき、山海の恩ある御母上を縛せよとは何たる不孝のお言葉、女王様は狂気召されたか』 と涙を拭ふ。 蜈蚣姫『コレハコレハ金州、お前の言ふ通りだ。父と母とは天地に譬へてある。父の恩は天より高く、母の恩は地より重しと聞く。地の恩に因みたる此地恩郷の女王となり乍ら、母の恩、所謂地恩を忘れた小糸姫、サア、もう此上は親の権利を以て小糸姫を放逐する。汝……金、銀、鉄の三人、此蜈蚣姫が命令を聞き、友彦の軍勢に向つて応戦の用意を致せ。さはさり乍ら身に寸鉄を帯びよと言ふのではない。善言美辞の言霊と親切の行為を以て、敵を悦服致さすのだ。必ず必ず誤解を致すでないぞ』 金州『理義明白なる貴女のお言葉、金州確に承知仕りました。併し乍ら今貴女がお手に持たせ給ふ薙刀は、何の為めにお持ちで御座いますか』 蜈蚣姫『之は敵を薙ぎ払ふ武器では無い。味方の軍勢を励ます為めの武器だ。愚図々々致して居ると、此蜈蚣姫がお前達を片端から薙ぎ払ふも知れぬぞ。サア汝等は蜈蚣姫に続けツ。小糸姫に用は無い』 と又もや此場を慌しく立ち出でむとする。 黄竜姫『地恩郷の女王黄竜姫、蜈蚣姫を除名したる以上は、金、銀、鉄の三人の者共、彼が命を奉ずるには及ばぬぞ。心を鎮めて妾が言葉を篤と聞けよ』 此言葉に三人は平伏し、 銀州『之は又異なる事を承はるものかな。何の咎あつて蜈蚣姫様に対し除名の処分をなされましたか。一応理由を承はり度う御座います』 鉄州『此頃の暑熱の為に精神を逆上させ、非理非道なる悪言暴語をお吐き遊ばす黄竜姫様のお言葉、天地の道理に反したる貴女の御命令には、吾々は絶対に服従する事は出来ませぬ』 黄竜姫『今更めて銀、鉄の両人を除名する』 銀、鉄『コレハコレハ心得ぬ貴女の御言葉、何の咎あつて除名遊ばすのか。無道の除名処分には決して服従仕らぬ。また仮令除名されても蜈蚣姫様を奉じ、此の地恩城を守護致す考へで御座れば、少しも痛痒は感じませぬ。何卒々々、今一度お考へ直しを願ひ度う存じまする』 金州『女王様に申上げます。御立腹は御尤もなれども、何を言つても、絶つても絶れぬ御親子の間柄、斯様な事が城外に洩れましては、第一、大神様のお道の汚れ、余り褒めた話では御座いませぬ。何卒親子仲よく遊ばして下さいませ』 黄竜姫『今改めて母上様に申上げます。万々一敵軍襲来致す様な事あらば、此黄竜姫が陣頭に立ち、華々しく神界の為めに活動してお目に懸けませう。今迄の無礼の言葉お赦し下さいませ。除名の事は今改めて取消しませう。又……銀、鉄の両人に対する除名の言霊も只今宣り直しませう』 蜈蚣姫『アヽ流石は妾が血を分けた娘だけあつて偉いものだなア。さうなれば、さうと……何故早く言つて下さらぬのだ。年寄に要らぬ気を揉まして、親に余り孝行……な仕打ぢやなからうに』 と笑ひ泣きに泣く。 黄竜姫『最初より此精神で妾は申上げて居ましたけれども、母様は余り血気に逸り、其儘城外へ御出になれば、それこそ吾々親子を初め、地恩城一同の大恥辱になると思ひ、無礼な事を申上げました。何卒お赦し下さいませ』 蜈蚣姫『心安い親子の仲、さう更まつて御挨拶には及びますまい』 と機嫌を直し薙刀を長押に掛け、忍冬茶をグツと飲んで脇息に凭れる。 斯かる処へ足音高く入り来る鶴公は、恭しく両手をつき、 鶴公『黄竜姫様に申上げます。只今承はりますれば、蜈蚣姫様より出陣の用意を致せ……とのお言葉、敵無きに出陣とは心得申さぬ。之には何か深い御経綸の在する事ならむ。一応其真相を、私に差支へ無くばお洩らし下さいませ』 蜈蚣姫は黄竜姫の言葉も待たず、二足三足膝を摺り寄せ、 蜈蚣姫『お前はそれだから間抜者と言ふのだ。友彦が獰猛なる蕃人隊を引き率れ、本城へ復讐の為め攻め寄せ来ると言ふ事が分らぬのか』 鶴公『はて、心得ぬ貴女のお言葉、天が下に善に敵する仇はありますまい。何を苦んで防戦の用意とか、出陣とかを御命令になつたのですか。さうして又友彦が果して攻め寄せ来ると言ふ、的確なる調査がついて居りますか』 蜈蚣姫『現在此処に居る金、銀、鉄の三人が、注進に来て居るのだよ』 鶴公『はて心得ぬ。金、銀、鉄の三人は一ケ月許り此門内を出た事は御座らぬ。如何して其んな急報が耳に入つたのだらう。……コレコレ金、銀、鉄の三人共、其方は何人に左様な事を聞いたのか』 金州『ハイ……あの……それ……今の……何で御座います。エー、さうして……先方が……何ですから此方も何々して置かねば……何々の間に何だと……思ひまして一寸申上げました。これと言ふも全く清公様……オツトドツコイ……きよや昨日の事では御座いませぬ。誠に恐惶(清公)頓首の次第で御座います』 鶴公『其方の申す事は少しも分らない。も少し、はつきりと申さないか』 金州『オイ、銀州、貴様チツと応援して呉れ。俺ばつかりに言はすとは余りぢやないか、貴様が発頭人だよ。アーア発頭人に此答弁を譲つて、私はホーツと息をつき乍ら金公……オツトドツコイ……キン聴する事にしようかい』 銀州『ハイ、黄竜姫様、其他の方々の御前を憚り乍ら、謹み敬ひ言上仕りまする。抑々地恩城は四面山に囲まれ、メソポタミヤの顕恩郷にも勝る楽園地で御座いますれば、黄竜姫様の御威勢も日に日に旭日昇天の勢、それに日頃慕はせ給ふ母様に無事に会はせ給うて、其御顔色恐悦至極、左守の清公様、右守の鶴公様の誠心籠めての日夜のお活動、其為め地恩郷は益々隆盛に向ひ、斯んな喜ばしい事は又と世界にありませうか。然るに味良き果物には害虫多く、美しき花には風雨の害甚しとやら、治に居て乱を忘れず、乱に居て治を忘れず、治乱興敗は天下の常と存じますれば、吾々は先見の明なくとも斯くの如きは能く御合点の某、御忠告までに申上げ奉りまする』 鶴公『益々不分明なる汝の言葉、左様な問題を尋ねたものでは無い。友彦一件は何人より聞いたのかと尋ねて居るのだ』 銀州『オイ、鉄、何とかテツボをあはして呉れぬと、俺はスンデの事でテツ棒を喰はされる処だ。初から約束の通り、第一線危き時は第二線が防ぎ戦ひ、第二線敗るる時は第三線が力戦苦闘するは、締盟当時の吾等の決心、サア手坪をあはして巧く弁解をするのだよ。此言霊戦に敗をとれば吾々は、もう駄目だよ』 と耳の側に囁く。 鉄州『ハイ、……何で御座いますか。最前から金、銀の答弁を聞いて居れば徹頭徹尾、此鉄も意味貫徹しませぬ。鉄瓶の口から湯気を立てて居る様な二人の陳弁の有様、側の見る目も気の毒なりける次第なりです。斯かる事は夢の中の状態で、五里霧中に葬り去るが安穏で御座いませう。夢は袋に、刀は鞘に、秘密は腹に包んで置くが最も悧巧なやり方、吾々は此以上申上げる事は徹頭徹尾ありませぬ。此問題は只今限り撤廃を願ひませう』 鶴公『三人が三人共、実に瞹昧模糊として不徹底極まる答弁、……コリヤ金州、左様な瓢鯰式の言葉を用ゐず、友彦が襲来に関し、何人より聞きしか明かに申上げよ』 金州『ハイ是非に及ばず申上げまする、実は……その……何で御座います。実に清公さまの……エー……兎も角、マア……一つの計略ですな』 鶴公『コリヤコリヤ金州、畏くも女王様、蜈蚣姫様の御前なるぞ。真面目に謹んで答弁致さぬか』 金州『ハイ、おい第二線だ……吟味が斯う厳しうては逃げ道がない。貴様の雄弁を以て其処はそれ……何々してやつて呉れぬかい』 と耳に口を寄せ囁く。銀州は迷惑相な顔をし乍ら頭を掻き、一寸鶴公の顔を見上げ、 銀州『エー、何分……金州の申した通り、私が発起人で御座います。然し乍ら神の奥には奥があると同様に、発起人の奥にも奥が御座いまして……如何もハツキリと申上げ憎う御座います。奥を申上げるのは何だか臆劫な様で、奥歯に物が挟まつた様な感が致します。怯めず臆せず、記憶に存する事は臆面も無く申上ぐるが順当では御座いまするが、矢張り、エー何で御座いまする。本当の事は清公さまと宇豆姫さまの関係から起つた問題ですから、何卒神直日大直日に見直し聞直し、宣り直して下さいませ。人の非を人の前に曝す事は、神様のお戒めに背くと申すもの、之ばかりはお道の精神を守つて沈黙を致しませう』 鶴公『汝等三人は何事か申し合せ、吾々を嘲弄致すのだなア』 銀州『滅相もない。嘲弄と言へば左守神様は長老臭い。貴方が地恩城の長老に成られるが最後、吾々はお払ひ箱になるのは定つた事、長老の斧を以て竜車に向ふ如く一たまりも御座いますまい。それだから実の処は、友彦襲来の兆候ありと仮想敵を作りスマートボール其他のヤンチヤ連中は城内より追放り出し、後に清公さまを純然たる唯一の長老、即ち宰相たるの実権を握らせ、言ふと済まぬが、エー右守神の何々さまを排斥しようと言ふ吾々の計略で……はありませぬ。畢竟夢の浮世の夢を見たばかりの事、吾々が悪を企んだのだとは夢々疑うて下さいますな』 鶴公『イヤ、もう何も聞く必要は無い、人の非を穿鑿する吾々は考へも無いから、直日に見直し聞直し宣り直して置きませう。……モーシ、黄竜姫様、蜈蚣姫様、実に水禽の羽撃きに恐れたる平家の軍勢の如き馬鹿らしき此騒ぎ、いやもう油断のならぬ世の中で御座いますワイ』 蜈蚣姫『金、銀、鉄の言ふ事を綜合すれば、どうやら左守神の清公が張本人と見える。……清公を之へ呼んで来なさい。金州、サア早く』 金州『ハイ、お言葉で御座いまするが、叔母の死んだも直休み、漸く内乱鎮定の曙光を認めた処ですから、少し休養を願つてお使ひを致しませう』 鉄州『実際の事を申しますれば、清公さまは御存じの通り、実に立派なお方で御座います。ブランジーとして実に申分なきお方、然し乍らクロンバーが無ければ陰陽合致致さず、それが為に宇豆姫さまをクロンバーの位置に据ゑ度いと、吾々仲間の者は内々運動を開始して居ました。処が肝腎の宇豆姫さまは察する処、鶴公さまに秋波を送り、ブランジーの清公さまに、エツパツパを喰はさむとする形勢ほの見えたれば、何とか事を構へ、右守神鶴公さまを先頭に、スマートボール、貫州、武公、チヤンキー、モンキー、其他の連中を城外に放り出し、城門を固く鎖し、時を移さず無理往生にしてでも宇豆姫さまをクロンバーの役に就かせ、夫婦合衾の式を挙げさせ度いと鳩首凝議の結果、一寸狂言を致したに過ぎませぬ。此暑いのに何百里もあるネルソン山の彼方迄、誰が偵察に参る者がありませうぞ。全く以て真赤な嘘言で御座いました。身の過ちは宣り直せと言ふ神様の御教を奉体遊ばす黄竜姫さま、人をお赦し遊ばす慈愛の権化、滅多にお叱り遊ばす様な、天則違反的な行為には出られますまいから、安心して実状を申上げました』 と流石鉄面皮の鉄州も、稍羞恥の念に駆られてか、俯向いて真赤な顔をして居る。 蜈蚣姫『エーエー、しようもない悪企みをして此妾まで心配させ、親子喧嘩までオツ始めさせた太い奴だ。……ナア鶴公さま、油断も隙もあつたものぢや御座いませぬなア』 鶴公『お言葉の通り実に寒心致しました。然し乍ら之全く神様の吾々に対するお気付けでせう。之に鑑み今後は、人の言ふ事を軽々しくまる聞きしてはなりますまい』 蜈蚣姫『斯く事実の判明した上は何をか言はむ。今日は之にて忘れて遣はす。サア妾と共に神殿に於て、感謝祈願の祝詞を奏上致しませう』 と先に立ち、一同と共に神殿に足音静に進み入る。 (大正一一・七・七旧閏五・一三北村隆光録) (昭和一〇・六・四王仁校正) |
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霊界物語 | 25_子_豪州物語2(地恩城の黄竜姫) | 03 交喙の恋 | 第三章鶍の恋〔七四九〕 宇豆姫『神素盞嗚大神の御言畏み顕恩の 郷に現れます梅子姫二八の春の花盛り 木の花姫の一時に匂ひそめたる唇を 開いて宣らす三五の神の大道に心より 麻柱ひ奉りバラモンの神の教を振り捨てて 梅子の姫の侍女となり貴の教の宇豆姫と 慈しまれて仕へ居る時しもあれや太玉の 神の司の宣伝使顕恩郷に現れまして 鬼雲彦を初めとし鬼熊別や其外の 拗け曲れる枉人を雲の彼方に逐ひ払ひ ここに太玉神司顕恩郷に三五の 教の射場を建て給ひ妾は各々八乙女の 神の司に従ひてエデンの園に臨まれし 五十子の姫や梅子姫今子の姫と諸共に 波斯の国原彼方此方と教を伝ふ折柄に バラモン教の宣伝使片彦釘彦其外の 枉の司に捕へられ棚無小舟に乗せられて 荒波猛る海原に押流されし恐ろしさ 吾等四人は皇神の救ひを求めて各自に 天津祝詞を宣りつれば万里の波濤も恙なく 音に名高き竜宮の黄金の島に上陸し 小糸の姫と諸共に地恩の郷に現はれて 三五教の大道に仕へまつれる折もあれ 思ひがけなき蜈蚣姫数多の供人引きつれて 此処に現はれましましぬ地恩の城は日に月に 神の恵の加はりて一度に開く兄の花の 匂ふが如く栄え行くアヽさり乍らさり乍ら 往く手に塞る恋の闇千歳の松の鶴さまが 月照る夜半に庭の面彷徨ひ遊ぶわが姿 認めて後より抱きつき心の丈を繰返し 誘ひ給ふ嬉しさに胸轟きて何となく 河瀬の鯉の一跳に昇り詰めたる吾が恋路 水泡と消えて跡もなく云ひ寄る術も泣くばかり 後に至りて吾心天を仰いで悔めども 心の中の曲者に取り挫がれて胸の火の 消ゆる術なき苦しさよ妾が心を白雪の 冷たき魔の手に捉へられ退引ならぬ言の葉に 解くる由なき冬の雪心の色も清公が 左守神を笠に着て云ひ寄り給ふ苦しさよ 情なく当りし恋人に詫びる事さへ口籠り 心の悩みを大空の月に向つて歎つ折 又もや一つの影見えて吾手を掴み木下暗 四辺憚り声ひそめ吾は清公ブランジー 左守神と選ばれし栄の身なれど何時迄も 一つ柱に三五の道を支へむ事難し 汝宇豆姫クロンバーの神の司と成りなりて 吾身と共に地恩城三五教の神徳を 天地四方に輝かし開かば如何にと執拗に 度重なりし口説ごと断る力もないじやくり 神に任せし身の上は如何なる事の来るとも 覚悟の前とは云ひながら心に添はぬ夫を持ち 長き月日を送るより一層気楽に独身者 やもめとなりて大神の教に仕へまつらむと 決心するはしたものの清公さまの矢の使ひ 引きてかやさぬ桑の弓撥き返さむ由も無く 如何がはせむと煩ひつ憂目を忍ぶ折もあれ 金銀鉄の三人はかたみに妾の前に出で 左守神の妻たれと言葉尽して説き立つる 嗚呼如何にせむ今の吾千尋の海に身を投げて 此苦しみを脱れむか神の咎めを如何にせむ 千思万慮も尽き果てて今は苦しき板挟み 恋しき人に肱鉄を喰はせて御心怒らせつ 心に合はぬ清公に日に夜に口説き責められつ 心の暗も知らぬ火の砕けて落つる吾涙 汲む人もなき地恩郷あゝ惟神々々 御霊幸倍坐まして日夜に慕ふ鶴さまに 夢になりとも吾思ひ伝へ給へよ三五の 道を守らす須勢理姫神の命の御前に 心を清めて願ぎまつる朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 鶴公さまに吾思ひ通さにや置かぬ桑の弓 女の思ふ真心は岩をも射貫くと聞くからは 通さざらめや吾が恋路恋し恋しと朝宵に 積る思ひの恋の淵浮ぶ涙は滝津瀬の 水に流してスクスクと落ち行く末は海の原 情も深き恋の海男波女波を乗り越えて 棚無船に梶を取り太平洋の彼方まで 互に手に手を取り交し真の神の御教を 開かせ給へ惟神御霊幸倍坐ませよ』 と、四辺に人無きを幸ひ、宇豆姫は述懐の歌を歌つて胸の縺れを解かむとして居る。 此処へ慌しく駆来れるスマートボールは、 スマートボール『コレハコレハ宇豆姫様、御機嫌は如何で御座います。貴女のお顔は何処となく憂愁の色が漂うて居るやうで御座います。如何なる事か存じませぬが、スマートボールの力に及ぶ事ならば、何なりと仰せ下さいませ』 と出しぬけの言葉に、宇豆姫は心の底まで見透かされたやうな驚きと、嬉しさをもつてスマートボールに向ひ、赭らむ顔に笑を湛へ、 宇豆姫『コレハコレハ何方かと思へばスマートさまで御座いましたか。御親切によく仰有つて下さいました。余り神様の御神徳の無限絶対なる御仁慈を思ひ出し、感謝の涙に暮れて居りました。貴方も相変らず御壮健で御神業に御奉仕遊ばされ、何よりも結構で御座います』 スマートボール『ハイ、有難う御座います。私が唯今参りましたのは他の事では御座いませぬ。貴女に折入つてお尋ね致したい事が御座いますので、失礼をも顧みず唯一人、男子の身を持ち乍ら女御一人の処へ参りました。貴女に取つては嘸々御迷惑にお感じなさるでせうが、決して私は不潔な心を持つて、女一人のお居間をお訪ねしたのでは御座いませぬ。何卒悪からず思召し下さいませ』 宇豆姫『スマートさま、其お心遣ひは御無用にして下さいませ。清廉潔白にして、信心堅固の誉高き貴方様、如何して左様な事を思ひませう。誰だつて貴方の行動を疑ふ者は有りませぬから、お気遣ひなさいますな。人間は平生の行ひが肝腎です。貴方の如く信用のある方なれば、何時お越し下さいましても些しも苦しうは御座いませぬ』 スマートボール『ヤア、それで安心致しました。私は御存じの通りの周章者、円滑な辞令を用ひて遠廻しに貴女の御意中を探る様な事は到底出来ませぬから、唐突乍ら、手つ取り早くお伺ひ致し度い事が有つて参りました』 宇豆姫『妾に対してお尋ねとは、それは何う云ふ事で御座いますか』 スマートボールは頭を掻き乍ら、 スマートボール『エー、実は………』 と云ひ悪さうにモジモジして居たが、斯くてはならじと腹を据ゑ、 スマートボール『宇豆姫さま………』 と改まつたやうな口調で切り出した。 宇豆姫『ハイ』 スマートボール『貴女の御存じの通り、此地恩城も三五教の大神の御神徳にて日に月に栄え、国民は其徳に悦服し、天下泰平に治まり、其上素盞嗚大神様の御娘子、梅子姫様を初め黄竜姫様の御母上まで、黄竜姫女王の神務を内助され、地恩城の組織は稍完全に定まりましたのは、お互に大慶の至りで御座います。就きましては、今迄教務に老練なる高山彦様がブランジーの職に就かせ給ひ、黒姫様はクロンバーのお役を遊ばし、夫婦息を合して陰陽合体の神務に従事されて来ましたが、御両人が当城を出立遊ばしてより、清公様が左守神としてブランジーの職を継がせられ、大変に吾々迄が喜んで居りまする。就てはクロンバーとして奥様を迎へねばなりませぬが、一寸人々の噂を聞けば、貴女様が清公さまの妻となり、クロンバーの職をお継ぎ下さるとの事、吾々は是を聞いて衷心より歓喜の涙に打たれました。併し乍ら人の噂は当にはなりませぬ。それ故失礼乍ら、直接貴女様にお目にかかつて御意中を承はらむとお尋ね致した次第で御座います。何卒御腹蔵なく私迄お漏らし下さいますまいか』 宇豆姫はさも迷惑さうな顔をしながら、 宇豆姫『左様な事、何方にお聞きなさいましたか。ほんに嫌な事で御座いますな』 スマートボール『イヤ誠に恐れ入ります。失礼な事をお尋ね致しました。併し貴女として、まさか……さう……ハツキリと、左様だと云ふ事は仰有り悪いでせう。其処は人情ですから、矢張……ヤア分りました。さうすると貴女の御精神は、クロンバーの職にお就き下さるお覚悟と拝察致します。何卒私のやうな愚者なれど、末長く可愛がつて下さいませ』 宇豆姫は周章て、 宇豆姫『モシモシ、スマートさま、滅相な事仰有いますな。妾は清公さまの妻にならうなぞとは夢にも思つた事は御座いませぬ。何卒誤解の無きやうにお願ひ致します』 スマートボール『さうすると貴女はモウ好い年頃、何処までも独身生活を遊ばすお考へですか』 宇豆姫『ハイ……イヽエ』 とモガモガする。 スマートボール『ハヽヽヽヽ、流石は乙女心の恥かしさ、ハツキリと仰有らぬワイ。三月の壬生菜と同じぢやないが、仕たし怖しと云ふ所ぢやな』 宇豆姫『オホヽヽヽ、好い加減な当て推量は止めて下さいませ。妾はまだ外に……』 スマートボール『エヽ、あなたはまだ外にと仰有つたが、其次を続けて下さいませな』 宇豆姫『厭なこと、好い加減に堪忍て下さいな』 スマートボール『イエイエ、貴女の一身上の大事は申すも更なり、本城に取つて重大な問題ですから、何卒ハツキリと私迄云つて下さいませ』 宇豆姫『妾は嫌で御座います』 スマートボール『これは迷惑、決して私は貴女に対して野心は持つて居りませぬ。又私のやうな軽薄な人間は嫌と仰有るのは当然です』 宇豆姫『さう悪く気を廻して貰つては困りますよ。決して決してスマートさま、貴方を嫌ひと云つたのぢや御座いませぬ』 スマートボール『ハテ、合点のゆかぬ。さうすると権要の地位にあるブランジーの清公様を嫌ひと仰有るのですか』 宇豆姫『ハイ、仮令天地が覆るとも、絶対に嫌で御座います』 と思ひ切つたやうに、ハツキリと云うて退けた。 スマートボール『ハテナ、実際当つて見なくては分らぬものだ。人の噂と薩張り裏表だ』 と呟く。 宇豆姫『どんな噂が立つて居りますかなア』 スマートボール『余り貴女に対して気の毒だから、もう云ひますまい』 宇豆姫『チツとも構ひませぬから云うて下さいませ。お願ひで御座います』 スマートボール『城内の噂では、貴女はあれだけ人気のある鶴公さまを蛇蝎の如く忌み嫌ひ、権要の地位にある左守神の清公さまに秋波を送り、非常に御熱心だと云ふ噂が立つて居りますよ。蓼喰ふ虫も好き好きとやら、何程地位が高くても、あれだけ大勢の者が忌み嫌ふ清公さまに電波をお送り遊ばすとは、貴女の日頃の立派なお心に照り合して、些しも合点が参らぬと思うて居りました。併し乍ら、今仰有つたお言葉が真実としますれば、何事も氷解致しました』 宇豆姫『ハイ、有難う御座います』 スマートボール『貴女は意中の人があれば、女房におなりなさるのでせうな、神の道は女としては夫を持つのが本当です。何卒私に包まず匿さず仰有つて下さいませ。どんな斡旋でも致しますから』 宇豆姫『ハイ、有り難う御座います。何うも不束な妾、何程此方から恋しい意中の人があつても、先方様にそれ丈けのお心が無ければ、到底末が遂げられませぬから、マア今の処、妾の夫になつて下さると云ふ人は御座いますまい。妾の好いと思ふ方は先方からエツパツパーとお出かけ遊ばすだらうし、先方様から妾をお望み下さる方に限つて妾の方から虫が好かず、何うも思ふやうに行かないものです。何と云つても長い一生の間暮さねばならぬ夫婦の間柄、気の合はぬお方と一生暮すのは不快で堪りませぬ。女は夫に絶対服従すべきものだと云ひますが、妾としては些しく道理に合はない様に思ひます。夫が如何なる事を云つても、妻として絶対服従を強らるるのは残酷です。夫婦は互に意見を交換し、相携へて行かねばならぬもの、然るに世間の夫婦を見ますると、女房は殆ど夫の奴隷か、玩弄物のやうな扱ひを受け、夫が何んな不始末な事を致しても、妻として是を云々する権利もなく、まさか違へば髻を掴んで打ち打擲をされ、不貞腐れ女、不柔順な妻と無理やりに醜名を着せられ実に無告の民も同様で御座いますから、妾は夫を持つならば、この間の消息をよく弁へた、物事のよく分つた方と夫婦になり、円満なホームを作り、神界の御用に面白く嬉しく、潔く奉仕する事の出来る夫を持ち度う御座います。男女同権と云つて、男子も女子も同じ神の分霊、どちらも無ければなりませぬもの、然るに夫婦となれば、最早同権ではありませぬ。夫唱婦随と云つて夫によく仕へ、何事にも服従するのが妻たるの道、併し乍ら無理解な夫に無理難題を強られ、夫の権利を振りまはされては不快で耐りませぬから、心の底より妻の境遇を憐れみ、同情心をもつて添うて下さる夫が持ち度いので御座います』 スマートボール『成る程、承はれば御尤も千万だ。吾々は未だ妻を持つた事もなし、夫婦の味は知りませぬが、女の心理状態はそんなもので御座いますかなア。ヤアもう承はつて人情の機微を窺ふ事が出来ました。併し貴女の最前のお言葉に、意中の人は先方から応じない……との意味を漏れ承はりましたが、意中の方と云ふのは何方で御座いますか』 宇豆姫『ハイ……』 と云つて俯いた儘、顔を匿す。 スマートボール『貴女、意中の人にエツパツパーをやられた時のお心持は、どんなにありましたかな。女の心も、男の心も同じ事、意中の女に撥かれた男は、層一層残念なものですよ。七尺の男子が女の為に肱鉄を喰はされ、天地の神に対して合す顔が無いと云うて、庭先の松で、首を吊らうとした立派な男がありますよ。併もその男は貴女に撥かれて……』 宇豆姫『エヽ何と仰せられます。妾に撥かれて首を吊りかけたとは、それは本当の事で御座いますか』 スマートボール『白ばくれ遊ばしてはいけませぬ。現に貴女は撥いたぢやありませぬか。撥かれた男は此の庭先の松で、プリンプリンと空中活動を開始して居た。私はフト通り合せて、驚いて命を救つた哀れな男が御座います』 宇豆姫『エヽ……』 と云つた限り、又俯く。 スマートボール『貴女は右守神鶴公さまを月照る夜半に、素気なくも蜂を払ふやうな目に遇はせ、恥を掻かせたのでせう、其男が寝ても覚めても貴女の事を思ひ詰め、此頃は貴女が清公さまの女房になられるとの噂を聞き、真実に可憐さうに、大悲観の極に落ちて居ますよ。貴女も余つ程罪な方ですな』 宇豆姫『エヽ、あの鶴公さまが、そんなに御熱心でゐらつしやるので御座いますか』 スマートボール『貴女のお嫌ひな鶴公さまが、そこ迄執着があるとお聞きになつては、聊か御迷惑でせうな』 宇豆姫『何うして何うして御勿体ない。妾はあんなお方に、仮令半時なりとも添うて見たう御座いますワ』 と真赤な顔をして、思ひ切つたやうに云ひ放ち、クレツと後を向き顔を匿した。 スマートボール『ヤア、それでやつと安心しました。流石は貴女お目がよう利きます。恋も其処迄ゆけば神聖ですよ。屹度私がお力になつて此恋を叶へさせますから、御安心下さいませ』 宇豆姫『…………』 斯かる所へ、金、銀、鉄の三人を従へ入り来つた黄竜姫は、言葉静に、 黄竜姫『宇豆姫様、……ヤア貴方はスマートボールさま、御都合の悪い所に参つたのではありますまいかな。お話が御座いますれば、暫く彼方に控へて御遠慮致しますから、御両人、お話を済ませて下さい。妾は次の間に控へてお待ち申して居ります』 此言葉を聞いた宇豆姫は容を改め、襟を正し、座を立つて下座に坐り、 宇豆姫『コレハコレハ、女王様、よくこそ被入せられました。どうぞ此方へ御着座下さいませ』 黄竜姫『左様なれば着座致しませう。時に宇豆姫様、貴女に折入つて申上げ度い事が御座いますから、……スマートボール、暫く席をお外し下さい。金、銀、鉄の三人も暫し遠慮召されや』 スマートボールは、 スマートボール『ハイ、承知致しました』 と素直に此場を立ち退いた。三人も次の間に姿を隠した。暫く両人の間には沈黙の幕が下りた。屋外には嵐の音轟々と鳴り渡り、庭園に咲き乱れたる花弁を惜気もなく散らして居る。晃々たる太陽の光は戸の隙間より細く長く線を引き、煙のやうな塵埃がモヤモヤと飛散して居るのが、キラキラと日光に輝いて不知火の如く見えて居る。 黄竜姫『モシ宇豆姫さま、御覧遊ばせ。斯の如く咲き乱れたる百の花に向うて、日天様が晃々と輝きたまふにも関はらず、雲も無きに暴風吹き荒み、落花狼藉、庭の面は一面に花蓆を敷き詰めたやうでは御座いませぬか。実に花永久に梢に止まらむとすれど嵐来つて是を散らす。樹木静ならむとすれど風止まず、子養はむとすれども親待たずとかや、世の中は或程度迄は、吾々人間の自由には成らぬもので御座いますな。夫婦の道だとて同じ事、自分の添ひ度いと思ふ夫に添へなかつたり、自分の嫌で耐らぬ男に一生を任さねばならぬ事は、まま世界にある習ひで御座います。何事も天地の間に生れた以上は、神様の大御心に任し、何う成り行くのも因縁と諦めて我を出さぬのが天地の親神様に対して、孝行と申すものでは御座いますまいか』 と遠廻しに網を張つて居る。其言葉を早くも感づいた宇豆姫は、ハツと胸を躍らせ乍ら素知らぬ顔にて、 宇豆姫『女王様の仰せの通り、世の中は人間の勝手にはならぬもので御座います』 と僅に応酬した。 黄竜姫『今改めて黄竜姫が、宇豆姫に申し渡す事が御座います』 と儼然として立ち上り、最も荘重な厳格な口調にて、 黄竜姫『此地恩城は、清公を以て左守神と神定め、ブランジーの職を授けたる事は、和女の既に知らるる所、就てはクロンバーとして和女を清公が妻に定めまする。黄竜姫の申す事、よもや違背はありますまい。サア直様御返事を承はりませう』 宇豆姫は胸に警鐘乱打の響き、地異天変突発せし狼狽へ方をジツと耐へ、さあらぬ態にて胸撫で下し、 宇豆姫『ハイ、有り難う御座います。不束な妾の如き者を、勿体無くもクロンバーの位置に据ゑ、畏れ多くも驍名隠れ無き清公様の妻にお定め下さいました仁慈無限の思召し、早速お受致しますのが本意では御座いますが、何卒暫く御猶予を下さいませ。熟考した上で御返事を致しませう』 黄竜姫『黄竜姫が心を籠めた夫婦の結婚、一時も早く良き返事をして下されや』 宇豆姫『ハイ、兎も角も熟考の上御返事を致しませう』 黄竜姫は些しく言葉を強め、 黄竜姫『もはや熟考の余地は有りますまい。神様の為め、お道の為め、身命を捧げた貴女、仮令少々お気に足らぬ所があつても、其処を耐へ忍ぶのが三五の道の教ゆる所、必ず必ずお取り違ひのないやうに……』 と退つぴきならぬ釘鎹、進退維谷まつた宇豆姫は、何の答もないじやくり、涙を呑み込む哀れさよ。 黄竜姫『一時の猶予を致しまする。其間に良く熟考をなさいませ。本末自他公私の大道を誤らないように、呉れ呉れも注意して置きます』 と又一つ千引の岩の重石をかけられ、宇豆姫は、煩悶苦悩の極に達し、慄い声になつて、 宇豆姫『黄竜姫様の御親切、有り難う存じます。暫くの御猶予をお願ひ致します』 と僅に口を切つた。黄竜姫は莞爾としてこの場を悠々と立ち去る。 後に宇豆姫唯一人、夢か現か幻か、夢ならば早く覚めよと、とつおいつ、思案に暮れて居たりしが、 宇豆姫『嗚呼矢張夢ではない。アヽ何うしようぞ。何うして是が耐へられよう。神様の御為、お道の為とは云ひながら、妾程因果なものが世に在らうか。何故に男に生れて来なかつただらう』 とワツと許り、大河に濁水氾濫し、堤防を崩潰せし如く、一度にどつと涙川、身も浮く許り泣き叫ぶ。廊下を通りかかつた右守神鶴公は、耳敏くも此声を聞きつけ、何事の変事突発せしかと慌しくドアを押開け進み入り、 鶴公『モシモシ、宇豆姫様、如何なさいました。腹が痛みますか……介抱さして下さいませ』 と親切に後に廻つて横腹の辺りを抱へた。癪を止むる男の力、恋の力と一つになつて宇豆姫は一生懸命、 宇豆姫『是がお手の握り納め』 と云はぬ許りに、日頃恋慕ふ右守神の手も砕けむ許りに力限り握り締め、涙の顔を振り上げて、鶴公の顔を打ち眺め、 宇豆姫『鶴公様、何卒お許し下さいませ。情無き女と御蔑み、御恨み遊ばしたで御座いませう。妾の心は決して貴男様を忌み嫌つて居るのでは御座いませぬ。余りの嬉しさと驚きに、御無礼の事をいつぞやの夜致しました。御無礼のお咎めも遊ばさず御親切に御介抱下さいまするお志、妾は此儘息が絶えても、最早此世に恨みは御座いませぬ』 と又もや咽び泣く其可憐らしさ。 鶴公『アヽ其お心とは夢にも知らず、情無い貴女と、今の今迄恨んで居りました。何卒お許し下さいませ。仮令貴女と偕老同穴の契は結ばずとも、其のお言葉を一言承はつた上は、私は最早何一つ恨みは御座いませぬ。アヽよく仰有つて下さいました』 と両眼に涙を浮べ目をしば叩き、声を出して男泣きに泣く。割りなき恋路の二人の男女他の見る目も哀れなり。 (大正一一・七・七旧閏五・一三加藤明子録) |
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霊界物語 | 25_子_豪州物語2(地恩城の黄竜姫) | 06 三腰岩 | 第六章三腰岩〔七五二〕 大蛇の尻尾に跳ね飛ばされた清公は、広言を吐いたチヤンキー、モンキーの二人の目の前に腰を抜かし、醜態にも顔を顰め、大腿骨を痛め、苦虫を噛んだやうな、六ケしい顔をして気張つて居る可笑しさ。腰の立たぬ三人は、口ばかりは相変らず達者である。 チヤンキー『モーシモーシ清公さまお前は余つ程偉い奴 竜宮嶋の地恩郷左守神まで登りつめ 雪隠の虫の高上り漸う大地へ這ひ上り カンピンタンになつた上蠅に孵化して王さまの 頭の上まで登らうと企んだ事も水の泡 小便垂れて糞垂れて宇豆姫さまに撥かれて ドン底迄も顛落しいよいよ此処に改心の 実を示さうと我々を言葉巧にちよろまかし 相も変らぬ悪い事続けるつもりでスタスタと タカの港までやつて来て誰の船かは知らねども 屋根無し船を何々し吾物顔に悠々と 浪を渡つて夜のうち人目を忍んでヒル港 改心したとは何の事大事の大事の他人の船 代価も遣らずにぼつたくり三五教を此郷に 開かうとしたのが運の尽俺まで矢張盗人の そのお仲間に引き込んで大将顔を提げ歩き クシの雄滝の手前まで口と心のそぐはない 宣伝歌をば歌ひつつ同じ教の道の子の 我々二人を頤の先チヤンキーモンキーと口の先 汚い言葉で扱き使ひ主人面してやつて来た その天罰は目のあたり大蛇の尻尾に撥ねられて 左守神になつたやうに一旦高く舞ひ上り スツテンドウと土の上忽ち変る地獄道 腰弱男が腰抜かしお尻の骨を打ち砕き 吠面かわくは何の事お尻の仕末のつかぬ人 そんなお方と知らずして従いて来たのが我々の 不覚と悔んで見たとこが六日の菖蒲十日菊 改慢心の清公[※初版・愛世版では「虎公」になっているが、校定版・八幡版では「清公」に直している。「虎公」という人物はここには登場せず、文脈上「清公」が妥当である]の猫の眼球のお招伴 こんな約らぬ事はないチヤンキーモンキー騒いでも お腰が立たねば仕方ない私等二人をこんな目に 遇はして置いて清公さま何うする積りで御座るのか 余りと云へばあんまりぢやお前の腰は何うなろが お尻の骨は砕けやうが私は些とも構やせぬ お傍杖をば喰はされた私等二人は此儘に 此処で死んだら化けて出てお前の影身に附添うて 生首かかねば置かぬぞやあゝ惟神々々 目玉飛び出るやうな目に私は遇はされ耐らない 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも清公の奴は死ぬるとも 私にとつては大蛇ない早く改心した上で 我等二人が壮健でお前を見捨てて帰るやうに どうぞ祈つて下さんせ此世を造りし神直日 心も広き大直日唯何事も人の世は 直日に見直せ聞き直せ身の過ちは宣り直せ さはさりながら我々は清公の奴にこんな目に 遇はされ何うして此儘に恨み返さでおかれやうか 尻尾の毛迄一本も無い処迄抜かれたる チヤンキー、モンキーは云ふも更肝腎要の清公は 肝を抜かれて腰を抜き悲惨極まる為体 お互一様に身の上は気の毒なりける次第なり』 と自暴自棄になりて、出放題を喋り立てて居る。清公も此滑稽な揶揄半分の歌に痛さを忘れてクツクツ笑ひ出す。 清公『セイロン島の土籠黒ン坊人種の成れの果 チヤンキーモンキー両人が小糸の姫に頼まれて 可愛い妻子を後に置きお金の欲に目が眩み 義理も人情も打ち忘れ海洋万里の浪の上 汗もたらたら漕ぎ廻る時しもあれや天狗風 魔島に船は打ちあたり木端微塵となつた時 肝腎要のお客さま小糸の姫を顧みず 船は無けれど黒い尻帆をかけ登る岩の上 三年三月も雨風や天日に曝され泣き面を 乾かし蟹や貝を採り食つて漸々惜しからぬ 命をながらへ時を待つ高姫さまや蜈蚣姫の 船が来たのを幸ひに玉を匿した匿さぬと やつさもつさの押問答囀る折しもテンカオの 島は忽ち海底に沈んだお蔭で魔の神[※初版・愛世版では「魔の神」だが、校定版・八幡版では「魔の島」に直している。]は 浪に呑まれて大勢が蚊の啼くやうな情けない 声を絞つて居たところ玉治別の一行に 安い命を助けられニユージランドの玉森で エツパツパーを喰はされて泣く泣く竜宮の一つ島 タカの港に上陸し地恩の郷に登りつめ チヤンキーモンキーと呼び捨てに皆の奴等に馬鹿にされ 雪隠の中の掃除までやつて居たるを見た俺は 可愛さうだと慈悲心を起してタカの港より 黙つて船を拝借し鳥無き郷の蝙蝠に 出世をさせようと連れて来て働かさうと思つたら 卑怯未練の馬鹿者が大蛇の姿に腰抜かし 中にもチヤンキーの腰抜けは話を聞いて胴慄ひ 脛腰立たぬその態で俺に向つて屁理窟を 云ふとは些と両人の見当違ひぢやあるまいか 大馬鹿者の腰抜けが二人揃うた岩の上 愚図々々すると最前の大蛇の奴が飛んで来て 今度は深き谷底へ尻尾の先で振り落し 身を砕かれて冥途往き三途の川の鬼婆に 何ぢやかんぢやと虐められ末には血の池針の山 焦熱地獄に墜落し鬼に喰はれて仕舞ふぞよ あゝ惟神々々叶はぬからの神頼み 哀れなりける次第なりアハヽヽハツハ阿呆面 ウフヽヽフツフ呆つけ者イヒヽヽヒツヒ因果者 オホヽヽホツホ大馬鹿よエヘヽヽヘツヘエーやめて置かう』 と喋り終つた途端に、清公の腰はヒヨツコリと立つた。続いてチヤンキーの腰も亦立ち上つた。 チヤンキー『ヤア、余り清公がしようも無い事を云ふものだから、言霊の口罰が当つて、堅磐常磐に鎮座ましました石座を離れ、又徐々働かねばならぬやうになつて仕舞つた。……モンキー、貴様は幸福者だ。何処迄も泰然自若として、安楽に岩の上に暮らせる身分だ。我等両人はそろそろ是から活動に這入るのだ。何卒貴様、生神様になつて其処に胴を据ゑ、俺等両人の幸を守つて呉れ。南無モンキー大明神、叶はぬなら立ち上りませだ。アハヽヽヽ』 と二人は面白さうに足が立つた嬉しさに妙な手つきで踊つて居る。モンキーは業を煮やし、立つて見ようと焦慮れど藻掻けど、ビクともしない。たうとう自棄気味になつて下らぬ歌を喋り始めた。 モンキー『清公チヤンキーよつく聞け俺は誠の生神ぢや 岩に喰ひつき獅噛みつき胴は据わつて動かない ビクとも致さぬ大和魂貴様の腰は浮き調子 又々悪魔に導かれ大蛇の尻尾に撥かれて 再び天上するがよい俺は貴様の墜落を 空を仰いで待つて居る雪隠虫の高上がり 名は清公と申せども心の色は泥公が チヤンキーチヤンキーと偉さうに口では云へど何一つ チヤンキーチヤンキーと埒明かぬ困つた奴が唯一人 此世の中の穀潰し娑婆に居つても用はない 俺は何にも岩の神万劫末代動き無き 下津岩根に腰据ゑて貴様等二人の行末を アーイーウーエーオホヽヽヽ嘲笑ひつつ見て暮らす 四つ足身魂に汚された碌な事せぬ二人連れ 一日も速く此場をば離れて往けよお前達 愚図々々してると其辺中空気の色迄悪くする あゝ惟神々々目玉の飛び出るやうな目に 遇はせて下さい三五の皇大神の御前に 二人の為に祈りますエヘヽヽヘツヘ得体の知れぬ オホヽヽホツホ大馬鹿者奴カヽヽヽカツカ空威張り キヽヽヽキツキ気に喰はぬクヽヽヽクツク糞奴 ケヽヽヽケツケ怪しからぬコヽヽヽコツコ困り者 サヽヽヽサツサ逆とんぼシヽヽヽシツシ強太い奴 スヽヽヽスツス好ん平野郎セヽヽヽセツセ雪隠虫 ソヽヽヽソツソそぐり立てたタヽヽヽタツタ高上り チヽヽヽチツチちんちくりんツヽヽヽツツツ聾者盲人 テヽヽヽテツテ天狗面トヽヽヽトツト呆け野郎 ナヽヽヽナツナ泣きツ面ニヽヽヽニツニ憎まれ子 憎まれにくまれ世に覇張るヌヽヽヽヌツヌヌーボ式 ネヽヽヽネツネ鼠の子ノヽヽヽノツノ野天狗野狐豆狸 ハヽヽヽヽツハ薄情者ヒヽヽヽヒツヒ非常識 フヽヽヽフツフ戯けた事をしやがつて ヘヽヽヽヘツヘ屁理窟ばかり叩きよる ホヽヽヽヽツホほうけ野郎マヽヽヽマツマ曲津御霊の張本よ ミヽヽヽミツミ蚯蚓土竜の土潜り ムヽヽヽムツム蜈蚣姫臭い婆さま腰巾着 メヽヽヽメツメ盲目聾者の腰抜け野郎 モヽヽヽモツモ耄碌魂の二人連れ ヤヽヽヽヤツヤ奴野郎の イヽヽヽイツイ意地くね悪い ユヽヽヽユツユ幽霊腰 エヽヽヽエツエえぐたらしい ヨヽヽヽヨツヨ妖魅面提げて ワヽヽヽワツワ悪い事毎日毎夜考へよつて ヰヽヽヽヰツヰ一寸先は暗の夜だ ウヽヽヽウツウ迂路々々と其辺あたりを魔胡つき出だし ヱヽヽヽヱツヱ偉さうに ヲヽヽヽヲツヲ大失策を致したる大馬鹿者の臆病者………… 大腰抜けの狼野郎、お目出度い変り者だ。サア何処へなりと勝手に往け。その代りに盗んで来た船を元の所へ返して来い。さうで無ければ三五教の宣伝に歩いても亦此通りだ。脛腰が立たぬやうに致してやるぞよ。ウンウンウン』 と体を揺り、そろそろ発動し初め、岩の上で餅を搗くやうに体を上げたり下げたり、十数回繰り返し、何時の間にやら抜けた腰はちやんと元の通りに納まり、そろそろ歩き出した。 清公『ヤア、モンキー、貴様、何時の間に腰が立つたか』 モンキー『俺は初めから、決して貴様等のやうに腰は抜かしては居ないぞ。余り偉さうに家来扱ひに致すから、一寸芝居をしてやつたのだ。ウフヽヽヽ』 と肩を揺る。 チヤンキー『アレアレ、追々騒がしく聞えて来る老若男女の叫び声、こりや斯うしては居られない。いづれ三人の中一人は船を返しに帰らねばならないが、先づ神様に御猶予を願つて、大蛇の征服を済す事にしようかい』 清公『それもさうだ。余り大蛇に気を取られて祝詞奏上を忘れて居た。其罰で腰が立たなくなつたのだ。……アヽ神様、何卒お赦し下さいませ』 と三人は一所に集まり来り、高らかに天津祝詞を奏上し、天の数歌及び宣伝歌を歌ひクシの滝壺を目蒐けて進みゆく。 (大正一一・七・八旧閏五・一四加藤明子録) |
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霊界物語 | 25_子_豪州物語2(地恩城の黄竜姫) | 17 森の囁 | 第一七章森の囁〔七六三〕 黄金の玉を紛失し、高姫に追放されて、オセアニヤの一つ島に玉の所在を探らむと艱難辛苦を冒して立向うた黒姫は、夫高山彦と共に、一つ島の酋長格となり、数多の土人を手なづけ、一時は武力を以て東半分の地に勢力を扶植しつつあつた。 其処へ小糸姫、五十子姫、梅子姫、今子姫、宇豆姫の容色端麗なる美人現はれ来り、土人の崇敬殊に甚しく、高山彦、黒姫も之を排斥するの余地なきを悟り、抜目なき両人は直に猫を被つて小糸姫が部下となり、遂には心より小糸姫に悦服し、地恩城にブランジー、クロンバーの職を務め、二年三年一意専心に玉の所在を、土人を以て捜索せしめつつあつた。されども玉らしき物は何一つ手に入らず、殆ど絶望の思ひに沈む時、高姫其他の一行が此島に来るに会し、最早本島に用は無し、仮令オセアニヤ全島を我手に握る共、三千世界の宝たる三つの神宝には及ぶ可らず。躊躇逡巡せば、又何人にか宝玉の所在を探られむと、高姫、黒姫、高山彦は、日頃手撫づけ置きたるアール(愛三)、エース(栄三)の二人を引連れ、稍広く大なる樟製の船に身を任せ、タカの港を秘に立出で、後白浪と漕ぎ出す。 やうやうにして太平洋の波濤を横断り、数多の島嶼を縫うて馬関を過ぎり、瀬戸の海に帰還し、淡路の洲本(今の岩屋辺り)に漸く船を横たへ高姫を先頭に一行五人、洲本の酋長東助が館を指して進み行く。見れば非常に宏大なる邸宅にして、表門には二人の門番阿吽の仁王の様に儼然と扣へて居る。よくよく顔を眺むれば、生田の森の杢助館に於て出会した虻公、蜂公の両人である。 高姫『オヽお前は虻公、蜂公……如何してマア泥棒がそこまで出世をしたのだい。日の出神の御入来だから、一時も早く館の主東助殿に、日の出神御光来だと報告をしてお呉れ』 と横柄に命令する様に云ふ。 虻公『此頃は御主人はお不在で御座いますから、何人がお入来になつても、此門を通過さしてはならないと言はれて、斯う我々両人が厳重に固めて居るのだから、日の出神さまであらうが、仮令国治立尊様であらうが、通す事は罷りなりませぬワイ。主人の在宅の時は門番は誰も居ないのだが、主人が一寸神様の御用で、何々方面へ御越し遊ばし、其不在中に戸惑ひ者……何々が四五人連でやつて来るから、決して入れてはならぬぞ。若し我命令を破つて門内に通す様な事があつたら、其方は直に暇を呉れる。さうすれば貴様も虻蜂取らずになつて了ふぞよ……と厳しき御命令だ絶対に通す事はなりませぬ……なア蜂公、さうぢやないか』 蜂公『さうだ、国依別さまが生田の森からお迎へにお出でた時、鷹姫とか、鳶姫とか、烏姫とか、黒姫とか云ふ奴がキツと此館へゴテゴテ言うて来るに違ひないから、一度でも顔見知つた虻公、蜂公を門番にして置くがよからう……と云つて、東助さまと相談の上、臨時門番を勤めて居るのだ。神様と云ふものは偉いものだ。チヤンと日の出神様の様に、前に知つて御座るのだから堪らぬワイ、アツハヽヽヽ』 高姫少しく声を尖らし、 高姫『泥棒上りの虻蜂の分際として、此結構な神柱を鷹だの、鳶だの、烏だのと、何と云ふ口汚い事を申すのだ。大方言依別の奴ハイカラから聞かされたのだらう』 虻公『そんなこたア如何でもよい。誰が言つたのか知らぬが、世界中知らぬ者はありますまい。つひこの近くに結構な玉が隠してあるのに、オーストラリヤ三界まで飛んで行くと云ふ羽の強いお前共だから、鳥に譬られても仕方があるまい。グヅグヅして居ると国依別や東助さまが玉の所在を嗅ぎ出して、又お前さまに取られぬ様にと宝の埋換を遊ばすと見え、何でも立派な玉が聖地へ納まるから、お迎へとか、受取りとかに行かはりました。お前さまの居らぬ間に聖地には……噂に聞くと、何でも近い内、五色の玉が納まると云ふ事、それなつと受取つて、又お前さまに隠さしたら、チツトは高姫、黒姫の病気も癒るだらうと、国依別さまが笑ひ半分に言つてましたよ。アハヽヽヽ』 黒姫『あの三つの御宝を、言依別が又埋けなほすと云ふのかい、エーエ胸がスイとした。初稚姫の様な小チツペや、玉能姫などが末代の御用をしたと思つて……三十万年未来までは何と仰有つても申し上げられませぬ……なんて威張つて居つたのが……思へば思へば可憐らしいわいの。……それはさうと言依別の奴ハイカラ、クレクレと猫の目程精神が変るのだから、今度は又国依別のヤンチヤや、船頭あがりの東助に御用をさすのらしい。コリヤうつかりとして居られますまい。……サア虻、蜂の御両人、そこまで聞いて居る以上は、モツと詳しい事を御承知だらう。お前は中々正直者だ、それでこそ御神業が勤まると云ふもの、サア私と一緒に聖地へ帰り様子を偵察して、末代の御神業に仕へませう。其代り此高姫、黒姫の御用を聞けば、立派な御出世が出来まする。宜しいかな、分りましたか』 と三歳児をたらす様に、甘つたるい声を出して抱き込まうとする。 蜂公『グヅグヅして居ると、国依別が肝腎の御用をしますで、早うお帰りなされ。悪い事は言ひませぬ……(小声)と斯う言うて門を潜らさぬ様に、追ひまくる様にする俺の計略だ』 と小さい声で呟くのを、高姫は耳敏くも、半分計り聴き取り、 高姫『コリヤ門番の古狸奴が、黒姫さまはお前にチヨロまかされても、世界の大門開きを致す日の出神の生宮は東助の門番位に誤魔化されはせぬぞ。黙つて聞いて居れば何を云ふか分つたものぢやない。察する所家島(絵島)か、神島四辺に隠し置いたる三個の宝玉を、我々が遠い所へ往つたのを幸ひ、ヌツクリと取り出し、初稚姫や玉能姫に揚壺を喰はし、此館に言依別、国依別、東助が潜んで、玉相談をやつて居る事は、日の出神の天眼通にチヤンと映つて居る。どうだ、虻、蜂、恐れ入つたか』 虻、蜂一度に、 虻公、蜂公『アハヽヽヽ、エライ日の出神さまだなア。何も彼もよう御存じだワイ』 高姫『定まつた事だ。世界見えすく水晶身魂の日の出神様の仰有る事に間違ひがあつてたまらうか。……サアサア高山彦さま、黒姫さま、アール、エース、……虻、蜂両人を取押へてフン縛り、我々は奥へ進み入つて、三人の面の皮を剥いてやりませう』 高山彦『高姫さま、コリヤ……一つ考へ物ですな。多寡が知れた虻、蜂の門番、そんな秘密が分らう筈がない。グヅグヅして居ると、良い翫弄物にしられるかも知れませぬぞ』 高姫『そら何を仰有る高山さま、千騎一騎の此場合、チツト確乎なさらぬかいな。……黒姫さまも余程耄碌しましたね』 虻公『俺を取り押へるの、フン縛るのと、そりや何を言ふのだ、這いるなら這入つて見よ。危ない事がして有るぞ。忽ち神の罰が当つて、虻蜂取らずの目に会つても良けら、ドシドシとお通りなさい……と云ひたいが、金輪奈落此門を通しちやならぬと云ふ厳命を受けて居るのだから、表門は俺の責任があるから、入口は一所ぢやない。貴様勝手に這入つたがよからうぞ。此前にやつて来たお前に似た様な宣教師は廁の中からでも逃げ出たのだから、裏の方へそつと廻つて、廁の下から糞まぶれになつて這入らうと這入るまいと、ソラお前の勝手だ。此門だけは、絶対に通る事は罷りならぬのだ。ウツフヽヽヽ。……三つの玉とか、五つの玉とか、今頃には聖地は玉の光で美しい事だらうな。初稚姫さまも、玉能姫さまも、余り欲が深過ぎるワイ。三つの玉の御用をし乍ら、今度又竜宮の一つ島で結構な玉を五つも手に入れて八咫烏とかに乗つて帰つて御座るとか、御座つたとか云ふ無声霊話が、頻々と東助さまの館へかかつて来た。アヽさうぢや、杢助さまも結構な生田の森の館を棄てて聖地へ行かつしやる筈だ。初稚姫、玉能姫さまは、年は若うても、流石は立派な方だ。一度ならぬ、二度ならぬ、三千世界の御神業の花形役者だ。心一つの持様で、あんな結構な御用が出来るのだからなア。そこらの人、爪の垢でも煎じて飲んだら薬になるだらう。ウツフヽヽヽ』 高姫『誰が何と云つても聞くものか。そんな巧い事云つて、此館に高姫を入れまいと防禦線を張るのだらうが。そんな事を……ヘン喰ふ高姫で御座いますかい。そんなら宜しい。裏門から這入つてやらう。さうすればお前の顔も立つだらう』 と掛合ふ所へ、東助の妻お百合は門口の喧しき声に気を取られ、座を立ちて一人の侍女と共に此場に現はれ来る。 虻公『これはこれは奥様、よう来て下さいました。三五教のヤンチヤ組の高姫一行がお出でになりやがつて、此門を通せと仰有りやがるのです。如何言つて謝絶つても、帰らうと仰有りやがらず、それ程這入りたければ、友彦の様に廁の穴からでも這入れと云つてゐる所で御座います。此御館は表門計りで、裏門と云へば雪隠の穴計り、そこからでも這入らうと云ふ熱心な方ですから……どうでせう、御主人はあれ丈厳しくお戒めになつて居ますけれども、そこは又臨機応変、どつと譲歩んで通してやつたら如何でせう』 お百合『これはこれは高姫様御一行で御座いますか、噂に承はつて居りましたが、ホンに立派なお方計り、ようお入来なさいました』 高姫『私は仰有る通り、高姫、高山彦、黒姫の三人で御座います。何時やらは御主人の東助どんに、家島まで送つて貰ひ、アタ意地くねの悪い、私の家来の清、鶴、武の三人を自分の船に乗せ、私を家島に島流しも同様な目に会はし、其後と云ふものはイロイロ雑多と此高姫を苦めて下さいまして、実に有難う御座います。其お蔭で余程私は身魂磨きをさして頂きました』 お百合『どう致しまして、お礼には及びませぬ。苦労の塊の花の咲く三五教で御座いますから、貴方の様な肝腎のお方を改心させる御用を勤めた私の主人は、謂はば高姫のお師匠さま格ですな。オツホヽヽヽ』 高姫『何と、理窟も有れば有るものだな。海賊上りの東助の女房丈の事あつて、巧い逆理屈をお捏ね遊ばす。斯んな立派な館を建てて、酋長々々と言つて居つても、人品骨柄の下劣な事、破れ船頭が性に合ふとる。海賊をやつて沢山な宝を奪ひ取り、財産家となつて、栄耀栄華の有りたけを尽し、今度は三つの御神宝にソロソロ目を付け出した大泥棒の計画中だらう。何と云つても奥へ踏み込み、言依別、国依別を助けて失敗をさせない様に注意するのが男子の系統の高姫の役だ。サア案内をなされ』 お百合『そんなら開放致しませう。自由自在御勝手にお探し遊ばせ。此館は四方八方蜘蛛の巣の如く、到る所に暗渠が掘つて御座いますから、うつかりお這入りになると生命がお危なう御座いますぞ。これ程広い屋敷でも、安心して歩行ける所は、ホンの帯程より有りませぬ。それも生憎東助殿が絵図面を持つて出て居られるものですから、私達は庭先だとて迂濶り歩けないので御座います。それ丈前に御注意申し上げておきます』 虻公『日の出の神の天眼通様、貴女はよく御存じだらう。サア、トツトと早くお入りなされ』 高姫は双手を組んで思案に暮れ乍ら、一生懸命に祈願を凝らし出した。稍あつて高姫は、 高姫『あゝ此処にはヤツパリ居りませぬワイ。……サア黒姫さま、高山彦さま、一時も早く生田の森へ参りませう。彼の方面に三箇の宝玉が現はれました。私の天眼通にチヤンと映つた。早く往かないと又チヨロまかされると大変だ』 お百合『どうぞ、さう仰有らずと、御ゆつくり遊ばしませ』 高姫『ヘン京のお茶漬は措いて下されや』 とプリンプリンと肩や尻を互交ひに揺り乍ら、磯端の船に身を任せ、アール、エースの両人に艪櫂を操らせ、一目散に再度山の峰を目標に漕いで行く。 執着心に搦れて玉を抜かれた高姫や 黒姫二人の玉探し太平洋の彼方まで 心焦ちて駆け出だしどう探しても玉無しの 力も落ちて捨小舟高山彦等と五人連れ 折角永の肝煎りも泡と消えゆく波の上 誠明石の向岸浪の淡路の島影に 船を漕ぎつけ東助が館の門に走せついて 虻と蜂との門番に上げつ下しつ、揶揄はれ 心を焦ちて高姫は又もや玉に執着を 益々強く起こしつつ再度山の山麓の 生田の森へと急ぎ行く。 生田の森の杢助館には、国依別、秋彦、駒彦の三人が、臨時留守居役として扣へて居た。 国依別『玉能姫さまも此館をお立ちになつてから、随分月日も経つたが、どうやら今度は竜宮の一つ島から結構な宝を受取つて、聖地へお帰りになると云ふ事だ。何れ初稚姫様、玉治別も一緒だらう。何時までも私も斯うしては居られないから、聖地へお迎へに行かねばならぬから、……秋彦さま、駒彦さまと両人で此館を守つて居て下さい。直に又帰つて来ますから、……』 秋彦『ハイ承知致しました。併し乍ら万々一、例の高姫一行が帰つて来て、国依別さまは何処へ行つたと尋ねた時には、何と云つて宜しいか、それを聞かして置いて貰ひたいですなア』 国依別『滅多に高姫は帰つて来る様な事はあるまい。併し万一来たならば、一層の事、事実を以て話すのだな』 秋彦『そんな事話さうものなら、高姫は気違になつて了ひますよ。三つの玉の所在は分らず、それが為一生懸命になつて居る矢先、又もや結構な五つの玉を、同じ竜宮島から、初稚姫様や玉能姫さまが頂いて帰つたのだと言はうものなら、大変ですからなア』 駒彦『オイ秋彦、取越し苦労はせなくても良いよ。其時は其時の事だ。……国依別さま、何事も刹那心で我々はやつてのけますから、御安心下さつて、どうぞ一時も早く聖地へお迎へに行つて下さいませ』 国依別『それぢや安心して参りませう』 と話して居る。窓を透かしてフト外を見れば、夜叉の様な顔した高姫、黒姫、高山彦外二人、此方に向つて慌しく進んで来る。 駒彦『ヤア国依別さま、秋彦、あれを見よ。呼ぶより誹れだ。高姫が血相変へて帰つて来よつた。三人が斯うして居ると面倒だから、先づ此駒彦が瀬踏みを致します。あなた方二人は奥へ這入つて、様子を考へて居つて下さい。私が一つ談判委員になりますから……サアサア早く、見つけられぬ内に……』 と促せば、国依別、秋彦はニタリと笑ひ乍ら、次の間に入り、火鉢を中に松葉煙草を燻べて様子を考へて居た、漸く近付いて来た高姫、表の戸を叩いて、 高姫『モシモシ頼みます』 中より駒彦はワザと婆アの作り声をし、 駒彦『此山中の一つ家を叩くは、水鶏か、狸か、狐か、高姫か……オツトドツコイ鳶か真黒黒姫の烏の親方か、ダ……ダ……ダ……誰だい』 外から高姫、婆声を出して、 高姫『誰でもない、日の出神の生宮だ。早く戸を開けぬか』 駒彦『今は日の暮だ、日の出神は朝方に出て来るものだ。蝙蝠の神なれば戸を開けてやるが、日の出神なればマアマア御免コウモリだよ。オツホヽヽヽ』 高姫『此館には国依別と云ふ奴ハイカラが留守番をして居る筈だが、お前は一体、何と云ふ婆アだ。根つから聞き慣れぬ声だが、誰に頼まれて不在の家を占領して居るのだ』 駒彦『オツホヽヽヽ、私かいな。私は国依別の妾だ。雀百まで牡鳥忘れぬと云うて、棺桶へ片足を突込んで居る鰕腰の婆アでも、姑の十八を言ふぢやないが、昔は随分あちらからも此方からも袖を引かれ、引く手数多の花菖蒲、それはそれは随分もてたものだよ。残りの色香は棄て難く、どこやら、好い匂ひがあると見えて、色の道には苦労をなされた国依別さまが、ゾツコンわたしに惚込んで五十も違ふ年をし乍ら朝から晩まで大事にして下さるのだ。思へば思へば私の様な運の好い者が何処にあらうか。男やもめに蛆が湧くと云ふが、女やもを程結構なものはないワイの。お前はどこの婆アだか知らぬが、余程よい因果者と見えて、其面は何だい。汐風に吹かれ顔の色は真黒け、何方が黒姫だか、アカ姫だかテント見当の取れぬお仕組だ。オツホヽヽヽ。お気の毒様乍ら、婆ア一人暮し、お茶一つ上げる訳には行かぬから、トツトと帰つて下され』 高姫は戸の節穴から一寸中を覗き、 高姫『日の暮れの事とて確実は分らぬがお前は婆アの仮声を使つて居るが男ぢやないか。チツと怪しいと思つて居た。白状せぬかい。日の出神の眼を晦ます事は出来やしないぞ』 駒彦ヤツパリ婆の仮声を出して、 駒彦『言霊は女で体は男だ。変性男子の根本の生粋の神国魂の御身魂だよ』 高姫『ヘンお前は元は馬公と云つた駒彦だらう。馬い事言つて私達を駒らさうと思つても、日の出神は……ヘン、そんな事では困りませぬワイ。グヅグヅ申さずに、サツサと開けなされ』 駒彦『アツハヽヽヽ、とうと日の出神に発見せられました。……叩けば開く門の口。叩いて分る俺の口。サツパリ化けが現はれたか。三千世界の大化物も薩張駄目だ』 と無駄口を叩き乍ら、ガラリと戸を押開け、駒彦は腰を屈め、揉み手をし乍ら女の声を使ひ、 駒彦『これはこれは三五教にて隠れなき御威勢の高き、変性男子の系統の高姫様、黒姫様、高山彦様の御一行、よくよくお訪ね下さいました、私は若彦の妻玉能姫と申す者、何時も何時も結構な御教訓を賜はりまして有難う御座ります。紀州に於て高姫様に夫婦対面の所を見付けられ、イヤモウ赤面を致しました。オツホヽヽヽ』 高姫『コレ駒彦さま、人を馬鹿にするのかい。大きな口を無理におチヨボ口にしたり、玉能姫の仮声を使つて何の態だ。婆になつたり、娘になつたり、此頃はチツとどうかしとりますな』 駒彦『ハイ、大にどうかしとります。何分三箇の玉は紛失致し、玉能姫に、折角御用を承はり乍ら、蛸の揚壺を喰はされ、此頃又五つの玉が聖地に這入つたとやら云ふ事、それで此駒彦も気が気でならず心配をして居ると、最前の様に黒姫とか云ふ婆アの霊が憑つたり、玉能姫の霊が憑つたり、時々刻々に声までが変ります。ハイハイ誠に面目次第も御座りませぬワイ。アツハヽヽヽ』 と肩を揺る。黒姫は、 黒姫『お前さまは黒姫の霊が憑つたと仰有つたが、それは誰の事ですか。聞捨ならぬ今のお言葉…』 と鼻息を荒くする。 駒彦『駒彦の身魂は神が御用に使ふて居るから、イロイロの霊魂が憑るぞよ。駒彦が申しても駒彦が云ふのでないぞよ。口を借る計りであるぞよ。駒彦を恨めて下さるなよ。何事も神の仕組であるぞよ。駒彦は何にも知らず…ウンウン』 ドスン、バタンと飛びあがつて見せた。 黒姫『エー馬鹿にしなさるな。併し此館はお前一人かな』 駒彦『一人と言へば一人、大勢と言へばマア大勢だ』 黒姫『其大勢は何処に居るのだい』 駒彦『何を言うても神様の容器に造られた此肉体、天津神、国津神、八百万の神が出入り遊ばす駒彦の肉の宮、チヨコチヨコ日の出神もおいで遊ばすなり、竜宮の乙姫さまもチヨコチヨコ見えますぞよ。真の乙姫は此頃は駒彦の肉の宮に宿換を致したぞよ……と仰有つて結構な玉を見せて下さいますワイ。ここにも現に天火水地結の五つの玉が、ヤツパリ……ヤツパリぢやつた。マア言はぬが花ですかいな』 高姫得意顔になり、 高姫『それ、黒姫さま、高山彦さま、私の天眼通は違ひますまい。キツと生田の森に隠して有るに違ひないと言つたぢやありませぬか。東助館にグヅグヅして居ようものなら又後の祭になる所だつたが、斯う自分の口から白状した以上は、てつきり玉の所在は此館に間違ない。……サア駒彦、モウ叶はぬ。綺麗サツパリと其玉の所在を系統の肉体にお明かしなされ』 駒彦『玉の所在は竜宮島の諏訪の湖、玉依姫命さまが、モウ時節が到来したから、身魂の立派な守護神に渡したい渡したいと仰有るので、玉照姫様の御命令に依り、言依別神様から、東助さまや国依別さまに……お前受取りに往つて来んか……と云つて御命令が下つたさうです、私も御用に行きたいのだが怪体の悪い、留守番を命ぜられ、指を啣へて人の手柄を遠い所から傍観して居るのだ。本当に羨ましい事だワイな』 高姫『そりや又本当かい。モウ既に聖地へ納まつたと云ふぢやないか』 駒彦『何分、時間空間を超越した神界の御経綸だから、過去とも未来とも現在とも、サツパリ凡夫の我々にや分りませぬワイ。アツハヽヽヽ』 高姫『どうやら奥の間に人の気配がする。煙草を吸うて居るのか、煙管で火鉢をポンポン喰はして居るぢやないか。松葉臭い薫がして来出した。誰が居るのだ、白状なされ』 駒彦『ハイ鼠が二三匹奥の間に暴れて居るのでせう』 高姫『それでも煙が出るぢやないか』 駒彦『鼠が煙草を吸うて居るのでせうかい』 高姫はスタスタと奥の間の襖を引き開けて飛びこみ、二人の姿を見て、 高姫『これはしたり、国依別、秋彦の両人、卑怯千万にも不在を使ひ、奥の間に姿を隠し、我々を邪魔者扱になさるのかーツ』 と言葉尻に力を入れ、角を立てて呶鳴りつけた。国依別は杢助流にグレンと仰向けにひつくり返り、手と足を上の方にニユウと伸ばし、 国依別『チユウチユウチユウ』 と鼠の鳴き声をして見せる。秋彦は亦グレンと転倒り、同じく手足を天井の方へニユウと伸ばし、 秋彦『クツクツキユツキユツキユツ』 と脇の下に笑ひを抑へて居る。高姫は、 高姫『何と云ふ不作法な事をなさるのだ。四足の真似をしたりして、本守護神が現はれたのだ。アヽ隠されぬものだ。身魂と云ふものは……日の出神の御威光に照らされて、此憐れな態、斯んな身魂を言依別の奴ハイカラが信用して居るのだから……本当に悲しくなつて来た。幹部の奴は色盲計りだから、人物を視る目が無いから困つたものだ。誠のものは排斥され、斯んな者が雪隠虫の高上りをするのだからなア』 国依別『チウチウチウ』 秋彦『クウクウクウ』 国依別『サツパリ………身魂がチウクウに迷うて居るワイの、ウツフヽヽヽ。キユツキユツキユツキユツ』 と体一面に笑ひを忍んで、波を打たせて居る。 高姫『コレコレ黒姫さま、高山彦さま、一寸来て御覧、大変な事が出来致しました。天が地となり、地が天となり、サツパリ身魂の性来が現はれて、足が上になつて歩く人間が現はれました。どうぞ皆さま、やつて来て天津祝詞を奏上し、元の人間になる様に拝んでやつて下さい。あゝ惟神霊幸倍坐世、惟神霊幸倍坐世』 と気の毒さうな顔して、一生懸命に祈願をこめて居る。 (大正一一・七・一二旧閏五・一八松村真澄録) |
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霊界物語 | 26_丑_麻邇宝珠が錦の宮に奉納 | 03 真心の花(二) | 第三章真心の花(二)〔七六八〕 玉治別は立上り銀扇を拡げて歌ひ舞ひ始めた。 玉治別『吾は玉治別司天と地との三五の 誠を諭す神使宇都山郷に現はれて 樵の業や野良仕事名も田吾作の賤の男が 天の真浦の宣伝使松鷹彦に三五の 誠の道を教へられ国依別と諸共に 三国ケ嶽にバラモンの教の館を構へたる 此処に在れます蜈蚣姫三五教の大道に 救はむものと老木の茂る山路を打ち渉り 岩窟の中に乗り込みてお玉の方に廻り会ひ 蜈蚣の姫の秘蔵せる黄金の玉を発見し 綾の高天原へ持ち帰り意気揚々と宣伝の 使となりて遠近を彷徨ひ歩く其中に バラモン教の其一派鷹依姫の神司 高春山に居を構へ体主霊従の御教を 四方に開くと聞きしより国依別や竜国別の 貴の命と諸共に心の駒に鞭韃ちて 進む折しも津田の湖敵の捕手に囲まれて 生命危き折柄に杢助司や初稚姫の 貴の命に助けられ高春山に立ち向ひ 廻り会うたる天の森竜国別と鬼娘 ヤツサモツサの問答も神の恵みの御光に 煙と消えて潔く神の御稜威を伏し拝み 鷹依姫の割拠せる岩窟の中に立ち入りて 高姫、黒姫両人を救ひ出して鷹依の 姫の命は忽ちにアルプス教を解散し 三五教の大道に仕へまつりて綾錦 高天原に連れ帰り黄金の玉の紛失に 思はぬ濡衣被せられ泣く泣く立つて和田の原 遥々越えて何処となく黄金の玉の在処をば 探らむ為に親と子が海の彼方に出でましぬ あゝ惟神々々神の恵みの幸はひて 一日も早く片時も疾く速けく親と子が 在処を知らせ給へよと玉治別の朝宵に 祈る心ぞ悲しけれ金剛不壊の如意宝珠 紫色の宝玉の在処探ねて高姫が 又もや神都を後にして海の内外の区別なく 探ねて廻る気の毒さ神の仕組を打ち明けて 当所も知らぬ玉探し諦めさせむと玉能姫 初稚姫と諸共に屋根無し小舟に身を任せ 遠き浪路を打ち渡り高姫一行の危難をば 救ひ守りつ竜宮島到りて見れば高姫は 高山彦や黒姫と暗に紛れて逸早く 後白浪となり果てぬあゝ惟神々々 御霊幸はへましまして高姫一行が執着の 心の雲を晴らせかし一日も早く真心に かへらせ給へと太祝詞となふる声も湿り勝ち 玉治別は是非もなく初稚姫と諸共に ネルソン山の高嶺をば西に渉りて山深み 谷底潜り種々と百の艱難に出会ひつつ 神の恵を力とし誠の道を杖として 石の枕に星の夜具猛獣哮ける大野原 夜を日に次いで進みつつ虎狼や大蛇まで 吾三五の言霊に言向け和し玉野原 一眸千里の草分けて諏訪の湖辺に辿り着き 社の前に額きて善言美詞の太祝詞 汗に穢れし身体を清き湖水に禊ぎつつ 拍手の声は中天に轟き渡る折柄に 浪を十字に引き分けて現はれ給ふ百の神 天火水地と結びつつ五づの身魂の御宝 携へ来る女神等吾等一行に立ち向ひ 竜宮海の麻邇の玉汝等五人に授けむと いと厳かに宣らせつつ身魂を研けと言ひ捨てて 後白浪と消え給ふ初稚姫や玉能姫 玉治別は伏し拝み諏訪の湖あとにして 西北指して進みつつ幾度となく皇神の 深き試錬に遇ひながらさしもに広き竜宮島 神の使の霊鳥に救はれ無事に国人を 言向け和し神業を略了へまつる折柄に 神の使の八咫烏黄金の翼拡げつつ 吾等一行五つ身魂其背に乗せて玉依姫の 貴の命の在れませる竜の宮居に送りけり あゝ惟神々々御霊の幸を蒙りて 吾等五人は皇神の教の道に尽すより 外に一つの望みなし執着心の雲晴れて 輝き渡る日月は心の空に永久に 鎮まりいます心地して不言実行の神の業 竜の館に仕へつつ時の到るを待つ間に 梅子の姫を始めとし黄竜姫や蜈蚣姫 テールス姫や友彦が黄金の舟に浮びつつ 黄金の門を潜りぬけ現はれ来ます嬉しさに 互に見合はす顔と顔嬉し涙はせきあへず 言葉を掛くる術もなく無言の儘に奥殿に 進む折柄玉依姫の神の命は悠々と 青人草を救へよと露の滴る青の玉 ものをも言はず玉治別の神の司の掌に 授け給ひし嬉しさを喜び畏み村肝の 心の魂の照るままに黄竜姫の双の手に 漸く渡し胸を撫で不言実行の一端に 仕へまつりし折柄に玉依姫は奥深く 御神姿隠し給ひけり吾等一同勇み立ち 三つの御門を潜りぬけ黄金の浪の漂へる 諏訪の湖辺に来て見れば忽ち飛び来る八咫烏 吾等を乗せて白雲の御空を高く翔上り 翼の音も勇ましく漸く当館に帰りけり あゝ惟神々々御霊幸はへましまして 三五教の御教は堅磐常磐に松の世の ミロク神政の基礎と仕へまつりて天地の 百の神等百人を浦安国の心安く 守らせ給へ惟神神の命の御前に 玉治別が真心を開いて細さに願ぎまつる 神素盞嗚大神や国治立の御分魂 国武彦大神よ三五教は言ふも更 島の八十島八十の国青雲棚引く其限り 天地百の生物に平安と栄光と歓喜を 与へ給へと願ぎまつるあゝ惟神々々 御霊幸はへましませよ』 と歌ひ終つて自席に着いた。 次に黄竜姫は立ち上り歌ひ始めた。 黄竜姫『大国彦の神霊堅磐常磐に祀りたる バラモン教は常世国大国別の神司 開き給ひし貴の道万里の波濤を乗り越えて イホの都に来りまし教の園を開く折 三五教の宣伝使夏山彦や祝姫 行平別の言霊に鬼雲彦の大棟梁 根城を抜かれ是非もなく数多の部下を引き率れて 天恵洽きエヂプトを見捨てて来る中津国 メソポタミヤの顕恩郷漸く此処に落ち付いて 堅磐常磐に根城をば固めて道を四方の国 布き弘めたる折柄に神素盞嗚大神の 肉の宮より生れませる神姿優しき八乙女が 心の色もいと清く誠の花を開かせて 教の園を作らむと忍び忍びに出で給ふ 鬼雲彦を始めとし鬼熊別や蜈蚣姫 吾足乳根はバラモンの教の道に勤しみて 心のたけを尽しつつ仕へ給へる折柄に 功績も太玉宣伝使現はれ況して言霊の 珍の剣を抜き放ち誠の鉾を振廻し 薙立て斬り立てバラモンの教の疵を正さむと 真心籠めて出で給ふその御心を白雲の 烟に巻かれて大棟梁鬼雲彦を始めとし 従ひ給ふ神司顕恩郷を後にして 波斯の御国へ出で給ふさはさりながら其以前 顕恩郷の神司幹部一同を従へて 花見の宴を開きまし饗応の酒に酔ひしれて エデンの川を渡る折御舟の傍に立ち居たる 十五の春の吾姿酔ひたる人に撥ねられて ザンブとばかりエデン川流れて底に白浪の 生命絶えむとする折に従僕の司の友彦は 身を躍らして川中を潜り潜りて漸くに 妾を抱きて救ひ上げ背に負ひつつ吾父の 館を指して帰りましぬあゝ惟神々々 神の恵みの浅からず二つなき身の生命をば 神の恵みと言ひながら助け呉れたる友彦に 心は移る恋の闇吾垂乳根の目を忍び 闇に紛れて顕恩郷をソツト脱け出で友彦と 手に手を取つて錫蘭の島深山の奥に身を潜め 一年ばかり経る中に妾が心機一転し 何の情もあら男後に残して逃げて行く 錫蘭の浜辺の里人のチヤンキー、モンキーの両人に 艪を操らせ限りなき大海原を打ち渡り 九死一生の苦みを五十子の姫や梅子姫 御供の神に助けられ長き浪路を渡りつつ 昼は終日終夜三五教の御教を 心の底の奥庭に植付けられてバラモンの 迷ひの夢も醒めにけり五十子の姫の一行に 推戴されて竜宮の黄金花咲く一つ島 地恩の郷に顕現しオーストラリヤの新女王 三五教の神司あらゆる名誉を身に負ひて 本末顛倒の境遇を知らず識らずに日を送る 心の中の浅間しさ高山彦や黒姫に 政務教務を打ち任せブランジー、クロンバー相並び 政教一致の神業を開いて国を守る折 三五教の高姫と共に来ませし蜈蚣姫 母の命に廻り会ひ嬉し涙にせきあへず 心を協せ身を尽し教は四方に輝きて 朝日の豊栄昇る如歓ぎ楽しむ折柄に 現はれ来る友彦が夫婦の神の来訪に 喜び驚き一時は心の海に荒浪の 立つ瀬なき迄狼狽し互に過去を語り合ひ ヤツと解けたる胸の裡園遊会になぞらへて 昔の交り温めつ東と西と相応じ 宝の島を治めむと心も勇む時もあれ ネルソン山の空高く現はれ出でし蜃気楼 如何なる事の天啓かよくよく仰ぎ眺むれば 紛ふ方なき諏訪の湖地恩の城に仕へたる 左守神の清公がチヤンキー、モンキー其外の 二人の供と諸共に荘厳美麗の玉の宮 玉依姫の御前に近く仕ふる有様は 手に取る如く見えにけりネルソン山の西の空 尊き神の坐しますと思ひ定めて梅子姫 蜈蚣の姫やテールスの姫の命と諸共に 友彦さまを先頭に旅の枕も数重ね 漸く来る玉野原金砂銀砂を敷きし如 漸く道を進みつつ諏訪の湖畔に建てられし 祠の前に辿り着き湖面に向つて再拝し 天津祝詞を奏上し愈此処に村肝の 心の帳も開け初め梅子の姫の御前に 知らず識らずに犯したる百の罪咎詫びぬれば 木花姫の懸らせて天火水地の大道を 諭し給へば小糸姫蜈蚣の姫や一同は 転迷開悟の蓮花一度に開く梅子姫 尊き神の御教を心の底より正覚し 感謝祈願の折柄に諏訪の湖面に浮びたる 浮島影を悠々と黄金の船に真帆を上げ 此方に向つて進み来るその気高さに驚きて 湖上を看守る折もあれ左守神の清公が 四人の供と諸共にものをも言はず手を挙げて 乗らせ給へと麾く妾一行五人連れ 直に船に打ち乗りて黄金の浪を辷りつつ 西北指して進み行く天国浄土か楽園か 青赤白黄紫の花は梢に咲き乱れ 大小無数の島嶼は彼方此方に永久に 浮べる中を心地よく勇み進んで玉依の 姫命の在れませる竜の宮居に行き見れば 月雪花の御姿に擬ふべらなる姫神の 十二の神姿立ち並び玉治別や初稚姫の 神の命や玉能姫久助お民も諸共に 吾等一行を迎へつつ奥殿深く進み入る 梅子の姫は奥の間の宝座に静に座を占めて 暗祈黙祷なし給ふ時しもあれや高御座 扉を開き悠々と現はれ給ふ貴姿 玉依姫の御神は数多の侍女を従へて 貴の玉器携へつ十曜の紋の十人連れ ものをも言はず目礼し微笑を浮べてそれぞれに 五色の玉を手づからに渡し給へば玉治の 別の命の神司青き玉をば授かりて 直に吾手に微笑みつ渡させ給ふ尊さよ 天火水地と結びたる麻邇の御玉の其一つ 授かり給ひし喜びを私せずに妾の手に 渡し給ひし功績を建てよと示す玉治別の 神の命の志玉を争ふ世の中に 執着心の影もなく月日の如く明けき 其の御身魂々々々感謝の涙せきあへず 感謝は忽ち村肝の心の海に浪起り 進みかねたる恋の海玉治別の真心は 天地の神も嘉すらむ妾は賤しき小糸姫 恵の露に潤ひて今は嬉しき宣伝使 神の司となりぬれど心汚き人の身の いかで誠を尽し得む斯る身魂も省みず 尊き玉の神業を惜しまず妾に譲りてし 清き心は又と世に何処の果を探ぬとも いかで例のあら涙漂ひ浮ぶ一つ島 夫なき身の独身者玉治別の神司よ 妾は切なき恋の闇玉の光の現はれて 照らさせ給へ妹と背の尊き道の誓言 神素盞嗚大神や国武彦大神の 尊き御前を顧みず心のたけを打ち明けて 幾重に願ひ奉る黄竜姫が授かりし 麻邇の御玉を妾のみ私なさず三五の 教司の高姫や高山彦や黒姫の 神の司も諸共に空前絶後の此度の 尊き神業に参加させ心の隔てを除き去り 三五教の御教を月日輝く地上に 照させ給へ厳魂瑞の魂の御前に 黄竜姫が真心を捧げて謹み願ぎ申す あゝ惟神々々御霊幸はへましまして 神伊弉諾大御神神伊弉冊大神の 撞の御柱右左廻り給ひて千代八千代 誓ひ給ひし其如く妹背の契を結ばせて 神の教を四方の国夫婦の息を合せつつ 身もたなしらに仕ふべし許させ給へ玉治別の 神の司の宣伝使心の底を打ち明けて 完全に詳細に願ぎ奉る朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 神の御前に誓ひたる妹背の道は永久に 変らざらまし松の世の尊き神の御心に 八千代を籠めて願ぎ奉るあゝ惟神々々 御霊幸はへましませよ』 と祝賀と喜悦と恋慕とゴツチヤにして心のたけを歌ひ終り座に着いた。玉治別は聊か当惑し直に立つて黄竜姫の歌に答ふべく、再び銀扇を開いて言葉静かに歌ひ始めた。 玉治別『神の恵に助けられ玉治別と名を負ひて 今は尊き宣伝使三五教の御教を 天地四方に開かむと山の尾渉り川を越え 潮の八百路も厭ひなく進み進みて竜宮の 一つの島に上陸し心も清き諏訪の湖 玉依姫の御神に麻邇の御玉を賜はりて 地恩の城を治めます黄竜姫の玉の手に 渡して神の功績を高き低きの隔てなく 神の御前に現はして教の道を照さむと 心を尽す玉治が清き身魂を臠し 妹背の道を結ばむと語らひ給ふ尊さよ さはさりながら玉治の別の命は其昔 宇都山郷に現はれし国依別が妹なる お勝の姫を妻となし夫婦揃ひて睦まじく 神の神業に仕ふ身ぞ黄竜姫の真心は 己玉治別として無限の感謝に充ちぬれど 皇大神の定めたる一夫一婦の御規則 破らむ由もないじやくり国に残せし若草の 妻の命の心根を思へばいとど哀れなり 宇都山郷の田吾作と蔑まれたる時も時 卑しき身をも顧みず尊き神の御裔もて 吾に仕へし貴の妻吾身に一人ある事を 完全に詳細に聞こし召し此事のみは今日限り 心に放させ給へかし汝が身を思ひ妻の身を 思ふ玉治別神清き心を汲みとりて 必ず怒らせ給ふまじあゝ惟神々々 生命二つとあるならば汝をも娶り又もとの お勝の方と睦まじく仕へむものと吾心 汲ませ給へよ黄竜姫神素盞嗚大御神 国武彦の御前に真心明かし汝が身の 思ひを此処に情なくも科戸の風に打ち払ふ 黄竜姫の神司汝が切なる心根を 仇には捨てぬ玉治別の仇に思はぬ真心を 直日に見直し聞直し弥永久に宣り直し 吾に勝りていと清き夫の命を持たせまし あゝ惟神々々神の御前に玉治が 真心明かし奉る』 と妻のお勝の宇都山郷にありて神業に奉仕し居れば、貴嬢の御心は察すれども、到底夫婦たる事を得ずとの旨を神の前に表白したのである。黄竜姫は愈恋の雲晴れて熱心に神業に奉仕する事となつた。 (大正一一・七・一七旧閏五・二三北村隆光録) |
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151 (1896) |
霊界物語 | 26_丑_麻邇宝珠が錦の宮に奉納 | 11 言の波 | 第一一章言の波〔七七六〕 秋彦は漸く聖地に船の近付きしに元気益々旺盛となり、副守護神の発動気分を発揮し歌ひ始めた。 秋彦『四尾の山が見えて来た和知の流れは永久に 清き教を白瀬川生田の里も早越えて 何の便りも音無瀬の流れも清き由良の川 由良の港に名も高き秋山彦や紅葉姫 鹿と呼ばれし秋彦が言依別に従ひて 麻邇の宝珠を迎へむと流れを下り来て見れば 思ひ掛なき瑞御霊八洲の河原に誓約して 清明無垢の御心を現はし給ひし救世主 神素盞嗚大神の聖顔殊に麗しく 慈愛の涙満面に湛へいませる崇高さよ 四尾の山に奥深く此世を忍び給ひつつ 神世をここに待ち給ふ国武彦の御身魂 煙の如く現はれて紅葉かがやく秋山の 館に隠れ給ひつつ遠き昔の初より 黄金の島の秘密郷諏訪の湖水の底深く かくれて神世を待ち給ふ玉依姫の厳御魂 麻邇の宝珠は恙なく八咫烏に送られて 天津御空を潔く秀妻の国の中心地 外の囲ひと聞えたる由良の港に鳩のごと 降り給ひて神の世の礎固くつき給ふ あゝ惟神々々御霊の幸を蒙りて 流れも清き和知川に汚れし身魂を洗ひつつ 前代未聞の神業に参加なしたる尊さよ 思ひまはせば其昔兄の駒彦諸共に 紫姫に従ひて花の都を後になし 豊国姫の常久に鎮まりいます比沼真奈井 瑞の宝座に詣でむと主従三人山を越え 草を分けつつ進み行く普甲峠の手前まで 主従三人進む折バラモン教に仕へたる 三嶽の山の守護神名も恐ろしき鬼鷹や 情容赦も荒鷹の曲津の神に誘はれ 紫姫と諸共に醜の岩窟に捕へられ 進退ここに谷まりて前途を煩ふ折柄に 三五教の宣伝使悦子の姫を始めとし 音彦、加米彦両人が岩窟の中に駆入りて 神の化身の丹州と息を合せて救ひ出し 茲に三人は三五の心の岩戸をさらさらと 開き給ひし尊さよ三五教の人々と 三嶽の山の峰伝ひ蜈蚣の姫の籠りたる 鬼ケ城へと立向ひ言霊戦を開始して バラモン教の司等を雲の彼方に追ひ散らし それより聖地に駆向ひ神の大道を伝へむと 高城山の松姫が館をさして進み行く 堪へ忍びの花咲きて神の御目に叶ひしか 名も秋彦と賜はりていよいよ尊き宣伝使 西や東や北南神の御教を伝へつつ 稚姫君大神を祀りし生田の神館 国依別や駒彦と三つの御霊の御教を 道を求むる人々に明し伝ふる折もあれ 玉を索めて南洋の竜宮島まで彷徨ひし 高姫さまの一行が訪問されて国さまや 駒彦、秋彦三人は又も五月蠅い玉詮議 さつと裁いて近江路の竹生の島に宝玉は 社殿の下に奥深く隠されありと出放題 其虚言を真に受けて高姫さまを始めとし 高山彦や黒姫は時を移さず進み行く あゝ惟神々々国依別や秋彦が 心にもなき詐りを宣り伝へたる曲業を 直日に見直し聞直し是非なきことと宣り直し 赦させ給へ三五の道を守らす大御神 埴安彦や埴安姫の貴の命の御前に 慎み敬ひ詫びまつるあゝ惟神々々 御霊幸はへましませよ』 と歌ひ終つた。 歓呼声裡に玉の御船は漸くにして、吉美の浜辺の南岸に安着した。 言依別命を先頭に、五十子姫、梅子姫、初稚姫、玉能姫、玉治別や黄竜姫、蜈蚣姫と順序を正し、錦の宮の八尋殿より迎へ来れる数多の信徒に神輿を舁がせ、列を正してしづしづと、微妙の音楽に前後を守られつつ、粛々として錦の宮に帰り行く。 腰の曲つた夏彦は、嬉しさの余り足も地に着かず、千鳥の如く右左、大道狭しと手を振り首を揺りつつ祝ひの歌を高らかに口ずさみながら帰り行く。 夏彦『あゝ惟神々々御霊幸はへましまして 天地を清むる三五の神の教の御光は 四方に輝く時来り三つの宝珠を始めとし 今また五つの麻邇の玉経と緯との御仕組の 錦の機を織りませる真の神を斎りたる 錦の宮に更めて鎮まりますこそ尊けれ 心も赤き秋山彦の神の命の真心は 照り輝きて紅葉姫大和心の厳御霊 皇大神は詳細に夫婦が心をみそなはし 空前絶後の神業を依さし給ひて永久に 誉を四方に伝へむと神素盞嗚大御神 国武彦の厳御霊再び館に現はれて 三五の月の大御教を堅磐常磐に固めまし 神の大道に五十子姫教の花は香ばしく 一度に開く梅子姫花の莟の初稚の 姫の命や玉能姫玉の光はいやちこに 玉治別と現れまして神の御稜威もテールス姫の 神の司や黄竜姫蜈蚣の姫や友彦の 鼻の先まで紅の赤き心の宮仕へ 暗夜を明石の久助が海洋万里の波を越え 妻のお民と諸共に空前絶後の神業に 仕へまつりし健気さよ花さく春も早過ぎて あつき心の夏彦が今日の生日の足日をば 喜び祝ひ奉り千代も八千代も三五の 神の教の礎はいや固らかに揺ぎなく 茂り栄ゆる八桑枝の日に夜に開きのぶるごと 進ませ給へ惟神神の御前に慎みて 今日の喜び祝ぎまつるあゝ惟神々々 御霊幸はへましませよ』 と歌ひ了つた。 常彦は又夏彦の歌に促されて怪しき口調を以てうなり出した。 常彦『ウラナイ教の黒姫に愛想をつかして三五の 誠の道に救はれし沈香も焚かぬ屁も放らぬ 教も知らぬ常彦が錦の宮の側近く 朝な夕なに仕へつつ唯々諾々と日を送り 三五教の隆盛を指折り数へ松の世の 来るを遅しと伺へば三つの御霊の如意宝珠 綾の聖地に納まりて教の光日に月に 四方に輝く目出度さよ慶びを積み暉きを 重ねて広き八尋殿九つ花の咲き匂ふ 十の美世廻り来て思ひもよらぬ竜宮の 五つの御霊の麻邇宝珠初稚姫や玉治別の 神の使等一行の清き身魂の働きに 諏訪の湖空高く神の使に送られて 雲を圧して悠々と輝き渡り帰ります 今日の生日の足日こそ五六七神政成就して 天国浄土も目のあたり出現したる思ひなり あゝ諸人よ諸人よ天津神等国津神 百の司の神等の御前に赤き心もて 慎み感謝し奉れ先に現れます三つ御玉 神の仕組を畏みて隠させ給ふ言依別の 瑞の命の御指図仕へまつりし玉能姫 初稚姫の御前を寿ぎ奉る信徒の 沢ある中に高姫や高山彦や黒姫が 妬みの焔消えやらず心焦ちて西東 南の洋の果てまでもあてども知らぬ玉探し 出でます後に竜宮の実にも尊き麻邇宝珠 現はれ給ひて言依別の神の司の御許に 納まり給ふと聞くならば高姫如何に村肝の 心なやます事ならむ今から思ひやられける あゝ惟神々々御霊幸はへましまして 三五教の上下は神に心を任せつつ 睦び親しみ末永く歓ぎて伊都の大前に 心平に安らかに心の空の雲霧を 尊き御水火に吹き払ひ堅磐常磐の礎を 築かせ給へ惟神神の御前に願ぎ奉る』 佐田彦は又もや歌ひ出した。 佐田彦『○○山の頂上に○○○に従ひて 空前絶後の神業に仕へ奉りし佐田彦は 初稚姫や玉能姫危き生命を救はむと 音高々とおちかかる○○滝の麓にて バラモン教の神司蜈蚣の姫と格闘し 初稚姫や玉能姫二人の神使を救ひつつ 波留彦諸共○○の又もや○に立帰り ○○○の御前に三つの御玉を○○し ここにいよいよ谷丸を道の先頭の佐田彦と 宣り直されて滝公は夏の初と言ひながら 名も波留彦と与へられ初稚姫や玉能姫 一行四人は慎みて此の世彼の世の○の海 波に浮べる○○の島に小舟を漕ぎつけて ○○○を○○し神の厳しき戒めに 折角来るは来たものの○○○の隠し場所 知らずに再び漕ぎ帰るさはさりながら○○の ○○したる○○は確かにここと明らめて 知つては居れど皇神のいとも厳しき戒めに 三十万年未来まで○○○にして置かう 高姫さまや黒姫が心を焦ちて遠近と 三つの宝珠の在処をば夜叉の如くに駆巡り 当所も知らぬ玉探しお気の毒ぢやと知つた故 いろいろ様々理を分けて申上ぐれど高姫は 日の出神を楯にとり続いて黒姫竜宮の 乙姫さまを標榜し三つの宝珠はどうしても 系統の身魂が預らにや完全無欠の松の世の 五六七神政は成就せぬ佐田彦言はぬと申すなら 言はでも宜しい高姫が日の出神の神力で 探して見せうと雄猛びし万里の波濤を乗越えて どこどこまでも探し行く心の中の可憐らしさ 玉の在処は○○と知らして安心させたいは 山々なれど○○の教はどうも反かれぬ あゝ惟神々々又もや神の御仕組で 高姫さまの居らぬ間に竜宮島の麻邇宝珠 綾の高天に納まりて梅子の姫を初とし 初稚姫や玉能姫再び尊き神業に 仕へませしと聞くならば日の出神も竜宮の 乙姫さまも肝ぬかれアフンとするに違ひない 夜食にはづれた梟鳥むつかし顔を目のあたり 今見るやうに思はれてお気の毒なる次第なり 今に高姫帰りなば初稚姫や玉能姫 向ふにまはして一戦おつ始まるに違ない 平和克復一時も聖地の空に来て欲しい 三つの宝珠や五つ宝珠ほしうて探す高姫の 心はいつか玉脱けのラムネの様な気ぬけ顔 味もしやしやりも無きのみか誰が呑んでも水臭い うすい憂目にあはしたと教主の襟髪引掴み 金切り声を搾り出し一悶錯をなさるだろ 佐田彦それが気にかかり一夜さへも安々と 眠りに就いた事はない三つの御霊に比ぶれば 天地霄壤に違ひある竜宮島の麻邇の玉 一つ位は高姫に手柄を分けてやつたなら 無事に解決つくだらう言依別神さまも お年が若いで気が利かぬ私が言依別ならば 今度は高姫、黒姫に一つ手柄を指してやる さうすりや高姫、黒姫も手の舞ひ足の踏む所 知らずに顔の紐をときお多福面になるだらう どうしてあれ程因縁が悪い方へとまはるのか これを思へば高姫の執着心の雲晴れず 自ら暗路に迷ひこみ大切の大切の神業に 外れて行くに違ない心一つの持様で 善の御用を命ぜられ悪の御用も引受ける 善悪正邪の二道に迷ひ切つたる三人連れ 三つの御玉は是非なくも因縁づくぢやと諦めて 思ひ切つたにしたとこで麻邇の宝珠のかくされし 竜宮の島に遥々と渡りて長らく住みながら 玉の在処を探らずに帰り来れる其後で 五つの玉の現はれし皮肉な神の経綸に 定めて舌を巻くだらう思へば思へば可憐らしい どうして是が事もなく高姫さまが聞いたなら 心の底から勇むだろ今から思ひやられます あゝ惟神々々神が表に現れまして 言依別や高姫の二つ柱が睨み合ひ どうぞ和めて下さんせ三五教の佐田彦が 真心こめて願ぎまつる厳の御霊の大御神 瑞の御霊の大御神あゝ惟神々々 御霊幸はへましませよ』 滝公の波留彦は佐田彦の歌に引出され、始めて言霊の口を切つた。 波留彦『魔窟ケ原に現れしウラナイ教の黒姫が 幕下となつて日に夜に口汚くも使はれし 体主霊従の滝公も普甲峠の梅公が 故智に倣つて船岡の山の麓の森林に お節の後を追ひまくり一寸芝居を打つてみた 悪い時には悪いもの紫姫の一行が 暗の中より現はれて折角仕組んだ此芝居 蛇尾にされたる其揚句板公さまと諸共に 暗の谷間へ蹴落され腰をしたたか打ちなやめ やうやう其処を這ひあがり帰つて見れば黒姫の 大い目玉に睨まれて居た堪らねば板公と 二人は尻に帆をかけて漸う其場を抜け出し どこへ行つてもふられ蛸骨なし男と蔑すまれ 吸ひつく術もなくばかりお尻を喰へ観音の 山の峠に佇みて此世を果敢なむ折柄に 三五教の常彦が情のこもつた握飯 押戴いて蘇生りいよいよ心をため直し 神の恵に救はれて錦の宮の門掃除 塵や芥を掃きちぎり心の奥の奥庭を 清めて時を待ち居れば尊き神の御恵は 電の如身に下り言依別の神司 近く吾をば招きつつ再度山の……こら違うた 再びとなき神業を依さし給ひし嬉しさよ 杢助さまの愛娘初稚姫を始めとし 暗に紛れて縛りたるお節の方の玉能姫 因縁者の寄合ひで○○山の○○に 五人の男女は巡り会ひ黄金の玉は○○の 峰に○○かくしまし金剛不壊の如意宝珠 紫色の御宝初稚姫や玉能姫 滝公さまは波留彦と名を賜はりて谷丸の 佐田彦さまと諸共に帯を二つに引裂いて 俄に狂ふ玉能姫髪ふり乱しどんどんと 二つの玉を肩にかけ○○山の山頂を 一目散に駆出し谷を飛び越え山伝ひ 波打際に立並ぶ堅磐常磐の松林 蜈蚣の姫の手下等が目を眩ませて訳もなく 四人は無事に通りぬけ胸の動悸も高砂の オツト違うた高まりて息もせきせき又走る ○○浜に辿り着き一艘の船に二百両 初稚姫の御手より渡せば船頭は仰天し 忽ち家に駆入りて中より戸口を押へつつ 違約させじと力み居る頃しも波は高まりて 船を出すべき由もなく○月五日の月低う 波は愈高くなり大海原に永久に 浮びて立てる○の島神の恵に易々と 渡り終せて初稚姫や玉能の姫の二人連れ 二つの玉を守りつつ○○山の絶頂に 堅磐常磐に隠し置き千代の印と○○を 植ゑて帰りし勇ましさ吾等は○まで送れども ○○○は分らない○○○の海上を 夜を日に継いで漕ぎ帰る時間の程は分らねど どうやら四十(始終)一日か再度山の…又違うた 又と再び手に入らぬ此御宝を恙なく 隠しまつりし神業は空前絶後の大手柄 あゝ惟神々々御霊幸はへましまして 悪に溺れし滝公も神の光に照らされて 転迷開悟の花咲かせ名も波留彦と宣り直し 今は聖地に名も高き神の使の宣伝使 深き恵を尊みて遥に感謝し奉る 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも三五教の御宝 三つの御玉の宝をば探さにやおかぬと高姫が 心の駒に鞭ちて岩の根木の根踏みさくみ 疲れ果てたる膝栗毛やがて高姫一行は 一先づ聖地に帰るだろアヽ其時は其時は 又も五つの麻邇宝珠心に好かぬ玉能姫 初稚姫や玉治別の神の司が竜宮の 玉依姫の御手づから麻邇の宝珠を受取りて 帰りし後と聞くならばさぞや御心揉めるだろ 国依別や秋彦の早速の頓智再度の 山に坐します大天狗小天狗までが現はれて 近江の国の竹生島玉無し場所を知らしたる 其天罰は目のあたり高姫さまが帰りなば 上を下へと喧しく又々もめる事だらう 今から思ひやられますあゝ惟神々々 御霊幸はへましまして今度計りは高姫や 黒姫さまの一行に何とか一つ花持たせ 執着心の雲霧を払ひ清めて村肝の 心の空に日月の澄み渡るごと爽かに 一切万事相済みて和気靄々と共々に 手を携へて三五の神の教の御光を 四方の国々島々に完全に委曲に布き教へ 五六七の神世の礎を立てさせ給へ惟神 尊き神の御前に慎み敬ひ願ぎ奉る』 と歌ひ了り、日頃の述懐を宣べ終りて拍手し、錦の宮の方に向つて暗祈黙祷するのであつた。 五個の神宝を乗せたる神輿は無事に聖地に到着し、言依別命を先頭に八尋殿に設けられたる聖壇に安置され、聖地の神司を始め信徒等は立錐の余地もなく集まり来りて、神威のいやちこなるに感謝の涙をふるひつつ、五六七神政の曙光を認めたる如き歓喜の声に充たされた。 九月九日の聖地の空は、金翼を一文字に伸べて、空中に翺翔する八咫烏の雄姿悠々として右に左に飛び交ひ、妙音菩薩の微妙の音楽は、三重の高殿の空高く響き渡つた。あゝ惟神々々御霊幸はへましませよ。 (大正一一・七・一九旧閏五・二五松村真澄録) |
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152 (1898) |
霊界物語 | 26_丑_麻邇宝珠が錦の宮に奉納 | 13 三つ巴 | 第一三章三つ巴〔七七八〕 炎熱火房に坐す如く恰も釜中に居る如し 酷暑の空に瑞月が身を横たへて述べ立つる 廻すハンドル力なく半破れしレコードも 針の疲れにキシキシと鳴り出で兼ねしかすり声 妙音菩薩の山上氏傍に現はれましませど 泣き嗄したる時鳥八千八声も尽き果てて 唇加藤明きかぬる珍の言霊松村氏 真澄の空を眺めつつ此処迄述べて北村の 錦の宮の隆光る三五の月の神教を 守る神人言依別の瑞の命を始めとし 玉照彦や玉照姫の瑞の命の聖顔は 外山の霞掻き分けて豊二昇る朝日子の 日の出神の如くなり五六七太夫の谷村氏 真の友と水火合せ汗に眼鏡を曇らせつ 万年筆と口の先素的滅法に尖らせて 松雲閣の中の間で鼻高姫や黒姫が 御玉探しの大騒ぎ神素盞嗚大神が 帯ばせ給ひし御佩刀の三段に折りし誓約より 現はれませる三女神市杵嶋姫、多紀理姫 多岐都の姫を祀りたる御稜威輝く竹生島 社殿の下に瑞宝の匿されありと国依別の 俄天狗にそそられて此処に三人の玉抜けや ヤツサモツサの経緯を筆に写して止め置く あゝ惟神々々御霊幸はへましませよ。 ○ 三五教の宣伝使変性男子の系統を 唯一の楯と頼みたる日の出神の肉の宮 嘘か真か知らねども天狗の鼻の高姫が 尊き御魂を持ちながら肝腎要の神業に 取り除かれし妬ましさ言依別が匿したる 玉の在処を何処迄も仮令火になり蛇になり 骨になるとも執拗に探り当てねば置かないと 執着心の鬼大蛇醜の曲津に誘はれて 自転倒島は云ふも更明石の海や淡路島 家島を越えて小豆島波濤に浮ぶ南洋の 蘇鉄の茂る大島やバナヽの薫り香ばしき 南洋一のアンボイナ谷水清く苔青く 竜宮島と聞えたるこれの聖地を後にして 流れ流れて一つ島黄金の島に上陸し 地恩の城に現はれて黄竜姫に玉抜かれ 流石剛気の高姫も胸轟かし黒姫や 高山彦を伴ひて潮の八百路の八潮路の 潮の八百会漕ぎ帰り淡路の島の東助が 鉄門を守る虻蜂に鼻を折られて再度の 山を目蒐けて漕ぎ帰り生田の森に名も高き 玉能の姫の神館執念深くも訪ぬれば 国依別や秋、駒の思ひも寄らぬ三人連れ やつさもつさと争論ひ揚句の果は竹生島 憑依もしない天狗の口に鼻高姫は勇み立ち 今度は願望成就と館の裏口走りぬけ 闇に紛れて細道を進み行くこそ可憐らしき 上野、篠原乗り越えて秋の御空も住吉の 郷に漸く辿り着き東の空を眺むれば 金剛不壊の如意宝珠光争ふ朝日子の 日の出神の御姿両手を合せ伏し拝み 中野の郷もいつしかに葭と芦屋の忙しく 運ぶ歩みも立花や小田郷、柴島、淀の川 漸く道も枚方やいつしか廻り大塚の 此坂道も高槻や山崎越えて美豆の郷 河の流れも淀の町銀波漂ふ巨椋池 宇治の流れに下り立ちて飲み干す水は醍醐味や 小山、大谷早越えて逢坂山の真葛 人に知らされ来る由も嬉しき玉を三井の寺 ミロクの神世に大津辺の幾多の船の其中に 殊更堅固な船を選り高姫艪をば操りて 心は後に沖の島波を辷つて進み行く 向ふに見ゆるは竹生島月西山に傾きて 闇の帳は水の面四辺を包む大空に 閃き渡る星の影船漕ぎ浪を砕きつつ 浅黄に星の紋つけた黒い婆さまがやつて来る 又もや続いて来る船は頭の光る福禄寿さま 弁天さまの此島に女布袋や大黒が 黄金の槌はなけれども土の中より瑞宝を 探り当てむと執着の心の暗に塞されて 星影映る湖の上互に息を凝らしつつ 進み寄るこそ訝かしき。 近江の国の琵琶の湖水は、其形楽器の琵琶に似たるをもつて、此名ありと巷間伝へらる。併し乍ら此湖中に浮べる竹生島に、神素盞嗚大神の佩かせ給ひし十握の剣を、天の安河に於て誓約し給ひし時、瑞の御霊の表徴として、温順貞淑の誉高き三女神現はれ給ひ、此処に其御霊を止めさせられ、時々竜神来りて、姫神の御心を慰め奉るため、琵琶を弾じたるより琵琶の湖と称ふるに至つたのである。又一名天の真奈井とも言霊学者は称へて居る。今の竹生島は湖水の極北にあれども、此時代は湖水の殆ど中央に松の島、竹の島、梅の島の三島嶼相浮び三つ巴となつて其雄姿を紺碧の波上に浮べて居たのである。松の島には多紀理姫神鎮座在まし、竹の島には市杵島姫神鎮まり給ひ、梅の島には多岐都姫神鎮まらせ給ひ、各島各百間許りの位置を保つて行儀よく配列されてあつた。高姫は先ず竹の島の市杵島姫を祀りたる社を指して漕ぎつけた。 黒姫、高山彦も期せずして闇夜の悲しさ、同じ竹の島に船を寄せ、同じ社の床下に玉探しの為め頭を集めた。 神素盞嗚の貴の子と生れ給ひし英子姫 万世祝ふ亀彦は神素盞嗚大神の 厳の神業詳細に遂げさせ給へと朝夕に 天津祝詞を奏上し天の数歌潔く 一二三四五つ六つ七八つ九つ十たらり 百千万と村肝の心を籠めて祈る折 磯の彼方に船繋ぎしとしと来る黒い影 気にも止めずに一向に祈る最中に神の前 忽ち現はれ額きて天津祝詞を奏り上ぐる 暗に確とは分らねど皺嗄れ声は高姫か 執着心に搦まれて当所も知らぬ玉探し 見るも無残と英子姫そつと此場を立ち出でて 己が館に静々と星の光を力とし 闇路を分けて島影の清き館に帰りけり 後に亀彦唯一人声を密めて御扉を そつと開いて中に入り様子如何にと窺へば 神ならぬ身の高姫は社の中に人ありと 知らぬが仏一心に無事の安着感謝しつ 拍手の音も湿やかに金剛不壊の如意宝珠 黄金の玉や紫の珍の宝珠を高姫の 両手に授け給へよと声を震はせ祈り居る 暫くありて高姫は珍の社の床下に 鼠の如く這ひ寄つて黒白も分かぬ闇の中 小声に神名唱へつつ探り居るこそ可笑しけれ 又もや近づく足音は社の前に手を拍つて 心の秘密を語りつつ暗祈黙祷稍暫し 心いそいそ御社の四辺を密かに窺ひつ 土竜の如く床下に又もや姿を匿しける 月の光は無けれども星の光に照らされて 長い頭の唯一つ闇を掻き別け進み来る 入日の影か竿竹か見越入道の大男 又もや社前に手を拍つて感謝の声も口の中 何か細々願ぎ終へて忽ち社殿の床の下 長き頭を匿しけるあゝ惟神々々 迷ふ身魂の三つ巴誠の仕組も白浪の 沖に浮べる神島に胸に荒波打たせつつ 心の鬼に爪立てて無暗矢鱈に掻き廻し 汗をたらたら三人が時々頭を衝突し ピカリピカリと火を出して四辺の闇を照らせども 心の闇は晴れやらず互に顔を不知火の 心砕くる思ひなり高姫心に思ふやう 国依別の云うたには言依別のハイカラが 二人の使を遣はして肝腎要の神宝を 掘り出させてうまうまと再びどこかに埋め置き 初稚姫や玉能姫可愛や二人に鼻明かせ 折角立てた功績をオジヤンにしようとの悪戯か 憎さも悪い言依別の醜の命のドハイカラ 初稚姫や玉能姫思へば思へばお気の毒 吾子の功績を鼻にかけ高天原に参上り 総務々々と敬はれ威張つて御座つた杢助も 今度はアフンと口あけて吠面かわくも目のあたり 嗚呼面白い面白いさはさりながら何者か 此場に二人もやつて来て玉を掘り出し帰らうと 一生懸命探し居る何処の奴かは知らねども 愈玉の出た時は変性男子の系統や 日の出神を楯に取り此高姫が恙なく 大きな顔で受け取らうそれにつけても黒姫や 高山彦は今何処黄金の玉や紫の 宝はもはや分りしか心もとなき吾思ひ 仮令小爪は抜けるとも金輪奈落土の底 土竜蚯蚓にあらねども土掻き分けて探し出し 吾手に取らねば措くものかあゝ惟神々々 叶はぬ時の神頼み南洋諸島へ遥々と 危険を冒して玉探し往た事思へば一丈や 二丈三丈掘つたとて何の手間暇要るものか 国依別の云うたには三角石を取り除けて 下三尺の深さぞと天狗に急かれて已むを得ず 白状致した面白さ天狗の申した其如く 三角形の石はある早三尺も掘り終へて もはや四五尺掘りぬいたされども玉は現はれぬ 是はてつきり三丈の深さのきつと間違ひだ 三丈四丈はまだ愚仮令地獄の底迄も 掘つて掘つて掘り抜いて探し当てねば措くものか 苦労と苦労の塊で尊い花の咲くと云ふ 神の教を聞くからは仮令百年かかるとも 掘らねば措かぬ吾心女の誠の一心は 岩をも射貫くためしありきつと掘り出し見せてやろ 目出度く玉が手に入らば意気揚々と立ち帰り 言依別を始めとし杢助お初やお節等の 顔の色迄変へさせて改心さして救はねば 日の出神の生宮のどうして顔が立つものか あゝ惟神々々御霊幸はへましませよ。 と心の底に迷ひの雲を起しながら、一生懸命汗を流して火鼠か土竜のやうに砂混りの土を掻き上げて居る。 ○ 黒姫心に思ふやう再度山の大天狗 国依別の口借つて黄金の玉の匿し場所 近江の国の竹生島弁天社の床下と 確に確に云ひよつた国依別が云ふのなら 些しは疑ふ余地もある天狗は心潔白で 些とも嘘は云はぬもの間違ふ気遣ひあるものか 天狗の仰せの其如く言依別のハイカラが あらぬ智慧をば絞り出し此処に匿して置きながら 高姫さまや黒姫の昼夜不断の活動に 肝を潰して狼狽し見付けられない其中に 外へこつそり匿さうと猿智慧絞つて態人を 一足先に此島へ掘らしに来したに違ひない あの熱心な探しやう如何に剛気な黒姫も 呆れて物が云はれない宝探しの神業は 唯一言も言霊を使つちやならない神の告 迂濶言葉を出すならば折角見つけた宝玉も 煙となつて消え失せむ嚔一つ息一つ ほんに碌々出来はせぬ苦しい時の神頼み 祝詞を唱へて神様にお願ひする事は知つて居る 云ふに云はれぬ玉探しこんな苦しい事あらうか 言依別の使等が黄金の玉を発見し 持ち帰らうとした所で竜宮に在す乙姫の 鎮まりいます肉の宮千騎一騎の此場合 黒姫中々承知せぬ仮令地獄の底までも 掘つて掘つて掘つて掘り抜いて光眩き金玉を 再び吾手に納めつつ綾の聖地に持ち帰り 言依別や杢助をアフンとさせてやりませう あゝ惟神々々叶はぬ時の神頼み 頼りもならぬ口無しの息をつまへる鴛鴦の 番離れぬハズバンド高山彦は今何処 紫色の宝玉は何処の島か知らねども もはや手に入れ給ひしか高姫さまは今何処 金剛不壊の如意宝珠首尾よく御手に返りしか あちらこちらと気が揉めるあゝ惟神々々 叶はぬ迄も探し出し初心を貫徹せにやおかぬ 苦労と苦労の塊の花の咲くのはこんな時 又と出て来ぬ此時節琵琶の湖水は深くとも 闇の帳は厚くとも三五教の神司 高山彦や黒姫が言依別に着せられた 恥の衣を脱ぎ捨てて神国魂をどこ迄も 見せねばならぬ此立場何処の奴かは知らねども 高山さまに好く似たる茶瓶頭がやつて来て 又もやがさがさ探し出す欲と欲とのかちあひで 玉の詮議に頭うち火花を散らす苦しさよ 仮令天地が覆るとも黄金の玉は何処迄も 探し当てねば措くものか岩をも射貫く一心は 女たる身の天性だあゝ惟神々々 御霊幸倍ましませよ。 とひそかに思ひ、ひそかに念じながら、汗をたらたら搾り出し、一生懸命に砂を掻き上げて居る。 ○ 高山彦は訝かりつ心の中に思ふやう 再度山の大天狗国依別の口借つて 竹生の島の神社其床下に三角の 石を蓋せて紫の宝玉深く荒金の 土中に埋没せしと聞く三角石は此処にある さはさりながら訝かしや言依別の使とも 思へぬ節が一つある闇の帳は下されて さだかにそれとは分らねど体の恰好動きやう 頭をぶりぶり振る所高姫さまや黒姫に どこやら似て居る気配ぢやぞ天狗は至つて正直と 昔の人も云うて居る滅多に嘘は申すまい 高姫さまや黒姫によく似た者は世の中に 一人や二人はあるだらう何を云うても鴛鴦の 名乗もならぬ玉探し実際俺は言依別の 神の命が神界の仕組によりて匿されし 宝の在処を探そとは夢にも思うた事はない さはさりながら高姫や黒姫までが焦ら立つて 玉よ玉よとやかましく騒ぎ廻るが煩さに 己も何とか工夫して玉の在処を探し出し 二人の婆に執着の雲を晴らさしやらうかと 牛に牽かれて善光寺心ならずも竜宮の 一つ島迄駆廻り地恩の城にブランヂー クロンバー迄も勤めつつ数多の国人使役して 玉の在処を探したがこれ程広い世の中を 土中に深く隠されし玉の分らう筈がない 高山彦も今日限り此処で失敗したならば これきり思ひ切りませう日の出神や竜宮の 乙姫さまかは知らねども俺にはチツと腑に落ちぬ 真日の出神なれば玉の在処は何処其処と ハツキリ知らして呉れるだらう竜宮の乙姫さまならば 猶更玉の匿し場所知らない道理がどこにあろ 同じ名のつく神様も沢山あると見えるわい 高姫さまや黒姫に憑つて御座る神さまは 神力足らぬ厄雑神それでなければどうしても 俺の心にはまらない六十路の坂を見ながらも 五十女に操られ玉を探しに何処迄も 往かねばならぬか情ないあゝ惟神々々 叶ひませぬから高姫や黒姫二人の執着を 科戸の風に吹き払ひ生れ赤子に立てかへて 何卒助けて下しやんせ竹生の島の御神に 心を籠めて願ぎまつるあゝ惟神々々 御霊幸はへましませよ。 と心の中に呟きながら、高姫、黒姫の改心を専一と祈願し、紫の玉は殆ど念頭に置かぬものの如くであつた。 (大正一一・七・一九旧閏五・二五加藤明子録) |
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153 (1899) |
霊界物語 | 26_丑_麻邇宝珠が錦の宮に奉納 | 14 大変歌 | 第一四章大変歌〔七七九〕 折から吹き来る夜嵐に湖水の面は波高く 島の老木の根本より吹きも倒さむ勢に 神さび建てる神社風にゆられてギクギクと 怪しき音を立て初めぬこれ幸ひと亀彦は 社の扉を打開きそろそろ階段下り来て 玉に魂をばぬかれたる三つ巴の玉奴 身辺近く進み寄り白衣の着物を頭より フワリと被り吹く風に長き袖をばなぶらせつ 声も女神の淑かに宣り出せるぞ面白き 天教山に現はれしわれは木花姫神 その御心を汲みとりて汝等三人の迷人に 玉の在処を説き示すあゝ惟神々々 御霊幸はへましまして三五教やバラモンの どちらか知らぬが宣伝使三人ここに現はれて 憑依もせない天狗の宣示を誠と思ひつめ 長途の旅をエチエチと暗かき分けて波の上 三つの御霊の鎮まれる竹生の島に漕ぎつけて 隠してもない神宝を下らぬ意地に絡まれて 探しに来る愚さよ鼻高姫や村肝の 心の暗の黒姫や頭の光る福禄寿面 揃ひも揃うた大馬鹿の社殿の下の玉探し たとへ百丈掘つたとて金輪奈落その玉は 出て来る気づかひあるまいぞ日の出神や竜宮の 乙姫さまの生宮と威張つて居たが何の態 女神の癖に荒い事吐くと思ふか知らねども 決して女神が云ふでない三人の心に憑りたる 副守の鬼が吐くのだ要らぬ苦労をするよりも 吾身の行ひ省みて玉の詮索思ひ切り 一日も早く大神の誠の道を世の中に 懺悔さらして仕へ行け先に来たのは高姫ぢや 次に出て来た黒姫が言依別の遣はせし 玉掘神と誤解して吾劣らじと暗雲で 指の先まですりむきつオチヨボのやうに砂を掘り いよいよ味噌を摺鉢の糠喜びの砂煙 何時迄お前が掘つたとて隠してないもな出ては来ぬ 高山彦のハズバンド婆さまのお尻をつけ狙ひ 六十面を下げながらようも天狗に欺された あゝ惟神々々訳の解らぬ奴ばかり こんなお方が三五の教の幹部に坐るなら それこそ勿ち聖場は地異天変の大騒動 亀彦ドツコイ亀の背に乗つて波間に浮び来る 木花姫の御心を承はりて現れた 玉の在処を守り居るわしは誠の女神ぞや 三つの玉は神界の御経綸なれば高姫が 何程日の出神ぢやとて現はれ来る筈はない そんな謀反は諦めて一時も早く三五の 綾の聖地に立帰り神に御詫をするがよい 九月八日の秋の空黄金花咲く竜宮の 一つ島なる諏訪の湖玉依姫の御宝 天火水地と結びたる麻邇の宝珠は由良港 秋山彦の庭先に鳩の如くに下りまし 言依別を始めとし梅子の姫や五十子姫 お前の嫌ひな玉能姫初稚姫も諸共に 神輿に乗せて悠々と由良の川瀬を遡り 嬉しき便りを菊の月今日は九日四尾の 山の麓の八尋殿たしかに納まる日なるぞや お前もグヅグヅして居ると後の祭の十日菊 恥の上塗りせにやならぬ生田の森の館から 直様聖地に帰りなば前代未聞の盛典に 首尾よく列して五色の麻邇の宝珠を拝観し 尊き神業の末端に奉仕出来たであらうのに 執着心に煽られて憑依もせない天狗に だまされぬいて遥々と探ねて来る盲神 気の毒なりける次第なりあゝ惟神々々 それが叶はぬと思ふなら一時も早く立帰れ 玉守姫が親切で一寸誠を明し置く そろそろ風も強なつた嵐に吹かれて何時迄も ここに居つては堪らないウントコドツコイ高姫さま ヤツトコドツコイ黒姫さま高山彦の福禄寿さま そんならお暇申しますドツコイシヨのドツコイシヨ ウントコドツコイドツコイシヨヤツトコセーのヨーイヤナ アレはのせーコレはのせーヤツトコドツコイ玉探せ。 と歌ひ了り、暗に紛れてクツクツ噴出しながら英子姫の館を指して帰り行く。 ○ ここに三人の玉探し汗をタラタラ流しつつ 無言のままで一心に側目もふらず土掘りの 真最中に亀彦が俄に女神の作り声 高姫、黒姫、高山彦の福禄寿頭の三人と 図星を指されて高姫はハツと驚き立上り よくよく見れば黒姫や高山彦の二人連れ アヽ残念や口惜しや国依別の極道奴 日の出神や高姫や竜宮さまの生宮を マンマとよくも騙したな馬鹿にするのも程がある 十里二十里三十里痛い足をば引ずつて いよいよ今度は如意宝珠その外二つの宝をも うまく手に入れ年来の願望成就と思ひきや 又だまされて玉探しわしより若い奴輩に 馬鹿にしられて口惜しい黒姫さまもこれからは チツとしつかりするがよい高山彦も余りぢや 朝から晩までニヤニヤと黒姫さまの面計り 眺めて居るからこんな事流石に尊い竜宮の 乙姫さまも腹を立て遠くの昔に魂ぬけの あとは盲の守護神今までお前を生宮と 思うて居たのが情無い思へば思へば腹が立つ それぢやに依つて初から神の誠の御道は 夫婦あつては勤まらぬわしがあれ程言うたのに 馬耳東風と聞き流し肝腎要の竜宮の 乙姫さまにぬけられてその面付は何の事 暗夜でお面は分らねど定めて夜食に外れたる 梟のやうな面付でアフンとしてるに違ひない 私も愛想がつきました何程日の出神ぢやとて こんな分らぬ守護神憑いた御身を伴にして どうして神業が勤まらうチツとは改心なされませ 性懲もなく又しても油揚鳶にさらはれた 高山彦の親爺さま六日の菖蒲十日菊 きくさへ胸が悪くなる再度山の大天狗 身魂の曇つた国公にサツと憑つて世迷言 吐いた言葉を真にうけてここ迄来たのは情無や あゝ惟神々々神の御都合と諦めて これから大きな面をして正々堂々陣を張り 言依別のハイカラに恨みを晴らす逆理屈 御二人しつかりしなされよ神の教を次にして 親爺の事や女房の身の上計り気にかけて 現を吐すと此通りこれこそ神の御戒め これで改心なさつたか思へば思へば馬鹿らしい お前のやうな没分暁漢黄金の玉を盗まれて 在処探ねてはるばると竜宮島に二三年 留まりながら何の態お前の帰つたその後で 初稚姫や玉能姫玉治別や友彦に 又もや麻邇の如意宝珠尊い御用を占領され 天地の神の御前に何うして顔が立ちますか 胸に手を当てつくづくと考へなさるがよからうぞ 何程泣いて悔んでももう斯うなれば是非は無い サアサア皆さま帰りませう一度に開く梅の花 開いて散りて実を結ぶ平助お楢の両人が 腹から生れたお節等に馬鹿にしられて堪らうか 高姫ぢやとて骨があるお前のやうなグニヤグニヤの 蒟蒻腰では無い程に見違ひなさるな高姫が 岩より堅い大和魂日の出神の生宮に お前のやうな盲神何うしてついて来たであろ うまい果実にや虫がつく賢い人には魔が来る お前の忠告真に受けて今迄出て来た高姫も 余り偉そにや言はれねど大将は素より看板ぢや 側に付添ふ副柱こいつに力の無い時は 何程偉い生宮も策を施す余地がない 持つべきものは家来ぢやが持つて困るは馬鹿家来 こんな事なら初からお前を使ふぢや無かつたに 悔みて返らぬ今日の首尾諦めようより仕様が無い あゝ惟神々々御霊幸はへましませよ。 と、流石の高姫も焼糞になつて、黒姫、高山彦に八当りの歌をうたひ、胸の焔を消さむとして居る。 ○ 星の明りに黒姫は高慢強き高姫の 歌を聞くより腹を立て暗をすかして眺むれば 前歯のぬけた膨れ面汗をブルブルかきながら 蟹の様なる泡を吹き眼を怒らして睨み居る 黒姫見るより腹を立てこちらも劣らぬムツと顔 声の色まで尖らして日の出神の生宮と 当てすつぽうな名をとなへ世界が見え透く見え透くと 何時も仰有るその癖にたかの知れたる再度の 山に隠れた野天狗にうまく騙され泡を吹き 何程腹が立つたとて私に当るといふ事は お前さまそれはチト無理ぢや口に税金要らぬとて 業託言ふにも程がある私も女の端くれぢや 日の出神の生宮が高姫さまなら黒姫は 矢張竜宮の乙姫ぢや日の出神と引添うて 竜宮さまの御手伝これで無ければ神界の 経綸は成就せぬぢや無いかあなたは何時も言うただろ その言霊を夢の如ケロリと忘れて黒姫に 熱を吹くとは余りぢや私もチツトは腹が立つ 私丈なら何うなりと悔しい残念堪らうが 二世を契つたハズバンド高山さままで引出して 悪口言ふとは虫がよい神のお道を世の中に 伝へて歩く高姫の仰有る事とは受取れぬ 真の日の出神さまは余り偉い慢神に 愛想をつかして御帰りのあとに曲津が巣をくみて お前の御口を自由にしそんな悪口吐くのだろ 油断も隙も無い御道一寸慢神するや否 八岐の大蛇の醜魂にのり憑られて眼はくらみ 魂は捻けて此の通り国依別や秋彦の 身体に憑つた野天狗にチヨロマカされてはるばると 夜を日についで三十里琵琶の湖までやつて来て 寄辺渚の離れ島隠してもない玉探し お腹が立つのは尤もぢやさはさりながらお前さま 胸に手をあてトツクリと考へなさるが宜しかろ 真の日の出神ならば玉の在処は居ながらに 判然分らにやなるまいに海洋万里の島々を うろつき廻る玉探しそれから可笑しと思て居た 何うしても斯うしても腑に落ちぬ口先ばかり偉さうに 頬桁叩くやくざ神早く帰すがよいわいな これから心改めて三五教の神司 言依別の命令にハイハイハイと箱根山 痩馬追うて登る様に神妙に御用を聞きなされ 私はこれで三五の神の御道は止めまする 聖地へ帰つて人々に何うして面が合はされよう 鉄面皮なる黒姫も今度計りは何うしても 面向け致す術が無い変性男子の筆先に 慢神致すと面の皮引きめくられて家の外 歩けぬやうに成り果てて頭抱へて奥の間に 潜みて居らねばならないと御示しなさつてあるものを 日の出神の生宮を無性矢鱈に振り廻し せつぱつまつた今日の空思へば思へば御気の毒 私は同情いたしますこれから聖地へ立帰り 心の底から改めて今迄とつたる横柄な 態度をすつかり止めにして小猫のやうになりなされ 仁慈無限の神様の尊き試練に遇ひました あゝ惟神々々御霊幸はへましませよ 叶はぬから帰りませう。 ○ 高山彦はムツとして薬鑵頭に湯気を立て ドス声頻りに張りあげて高姫さまよ黒姫よ 日の出神や竜宮の乙姫さまを楯にとり 一丈二尺の褌を締めた男を馬鹿にした 俺は元からお前等の言うとる事が怪しいと 思うて居たがまさかにもこんな馬鹿とは知らなんだ 男の顔に泥を塗り返しのつかぬ恥かかせ 日の出神もあるものか尻が呆れて屁も出でぬ お前の様な年寄を女房に持つのは厭なれど 尊い竜宮の乙姫が肉の宮ぢやと聞いた故 高姫さまの媒介で波斯の国から遥々と 天の鳥船空高く乗つて来たのは馬鹿らしい 白い頭に黒い汁コテコテ塗つて誤魔化して 枯木に花の咲きほこりこんな事だと知つたなら お前と添ふのぢや無かつたに日の出神も竜宮の 乙姫さまも此頃はねつから当にはならないぞ 執着心にそそられて国々島々かけめぐり 玉の在処を探し行く二人の婆の馬鹿加減 俺は愛想が尽きたぞよ国依別や秋彦の 若い男の憑霊に眉毛をよまれてこんな態 どうして聖地へ帰られうか女子供に到る迄 俺の顔見りや馬鹿にするかうなり行くも高姫や 黒姫二人の為す業ぞあゝ惟神々々 玉の詮議は今日限りすつぱり思ひ諦めて 誠心に立帰り三五教の神司 玉照彦や玉照姫の貴の命の神人が 御言畏みよく仕へ必ず自我を出すでない 高山彦が両人に真心こめて気を付ける あゝ惟神々々神のまします此島に 何時迄居つても仕様がない恥をばしのび面被り 兎も角聖地へ立帰り心の底から今迄の 誤解慢神悉く神の御前に御詫して 赤恥さらせばせめてもの罪滅しとなるであろ それが嫌なら高姫も女房の黒姫今日限り 三行半の離縁状すつぱり書いて渡さうか 今迄男を馬鹿にした天罰忽ち報い来て こんな憂目に遇うたのだ改心するのは結構だ 高天原の門開き慢心すると此通り 世間の人に顔向けのならない様な事が来る 今日からサツパり心をば洗ひ直して惟神 うぶの心になるがよいサアサア帰のうサア帰のう 吹き来る風は強くとも高波如何に猛ぶとも 仁慈無限の大神の大御守を力とし 杖と頼みて帰らうぞあゝ惟神々々 御霊幸はへましませよ。 (大正一一・七・一九旧閏五・二五外山豊二録) |
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154 (1908) |
霊界物語 | 27_寅_麻邇宝珠の紛失/琉球物語 | 01 高姫館 | 第一章高姫館〔七八三〕 五六七の神世の経綸地青垣山を繞らせる 霊山会場の蓮華台桶伏山の東麓に 旭を受けて小雲川清き流れを瞰下する 風景絶佳の岩が根に丸木柱に笹の屋根 厚く葺いたる神館静かに建てる冠木門 天然石を敷き並べ梅と松との庭園を 可なりに広く繞らして建てる館は四間造り 奥の離れの一棟は高姫さまが書斎の間 萩の小柴を編み立てて造り上げたる文机 天然石の硯をばお鍋が味噌を摺る様に 焼木杭をクリクリと連木の様に摺り減らし 竹の篦にて造りたる筆に墨をば染ませつつ 青く乾きし芭蕉葉に何か知らねどスラスラと 書き記し居る時もあれ門を開いて入り来る 高山彦や黒姫の姿眺めて下男 勝公安公両人は竜宮様の御入来と いと丁寧に腰屈め敬意を表せば黒姫は 高姫様は在宅か高山彦の夫婦連れ 参りましたと奥の間へ伝へてお呉れと促せば ハイハイと答へて勝公はコレコレ安公門の番 しつかり頼むと言ひ捨てていそいそ奥へ駆けて行く 暫くありて勝公は二人の前に腰屈め 高姫さまの仰せには待兼山の時鳥 お二人共に奥の間へ早くお進み下さんせ 以ての外の御機嫌と話せば黒姫羽撃きし 高山彦も教服の塵打払ひ悠々と 細き廊下を伝ひつつ奥の間さして忍び入る 高姫は別棟の書斎から廊下伝ひに袴も着けず、板縁をめきめき云はせ乍ら、稍空向き気味になつて奥の間に現はれ、木の株を切抜いた火鉢を前に据ゑ、煎餅の様な薄い座蒲団の上に四角張つて、 高姫『コレハコレハ高山彦さまに黒姫さま、お仲の良いこと。独身者の高姫の前にそんなお目出度いとこを展開して貰ひますと、堪りませぬワ。オホヽヽヽ、まあまあ御遠慮は要りませぬ。ズツと奥へ御通り下さい。………さう遠慮をして貰うと、肝心要の話も見えず、お顔も聞えず、大変に都合がよくありませぬワ』 と態とに顔が聞えぬの、話が見えぬのと、脱線振を発揮して、高山彦夫婦に対し大日の照るのに、昼日中気楽相に夫婦連れでやつて来たのは、チツト脱線ぢやないかとの意味を仄かして居る。 黒姫の顔はサツと変り、高山彦の袂をチヨイチヨイと引張り、早く気を利かして貴方はお帰りと云ふ意味を私かに示した。 高山彦『コレ黒姫、お前は何時も人の袂をチヨイチヨイ引張るが、唖でもあるまいに、何故明瞭と言はないのだ。わしはそんな、狐鼠々々と手真似や仕方で以心伝心の使分けは嫌ひだからなア』 黒姫『エー気の利かぬ……瓢六爺だなア。高姫さまが最前の御言葉、貴方は何と聞きましたか。竹生島でも仰有つた通り、夫婦ありては御用の出来ぬ御道だのに、高山さまを貰うてから、私の間が抜けたとキツパリ仰有りましたでせう』 高山彦『オホヽヽヽ、いやもう恐れ入りました。此高山彦も高姫様の御精神に、大賛成です』 黒姫目に角を立て、少しく口角より泡を滲ませ乍ら、 黒姫『それ程何々さまがお気に入りますれば、どうぞ御好きな様になさいませ。何と云つても何時も貴方の仰有る通り、色の黒い烏の嫁に、首や手足の長い鶴の婿さまは釣合ひませぬ。ヘン……此頃の空と男の心、折角御邪魔を致しましたが、私は是で御免を蒙ります。高山彦に鷹鳥姫様、高と鷹との情意投合、私も是にて断念致します。こんな厄介な爺を誰が好き好んでハズバンドにしたい者が御座いませうか。高姫さまの御紹介だと思つてお道の為、国家の為に今迄辛抱して参りました。男鰥に蛆が湧く、女鰥夫に花が咲く、ヘン…済まないが私だつて……ヘーン』 高山彦『大変な所へ鋒鋩を向けるのだなア。ここを何と心得てる』 黒姫『ヘン、仰有いますな、そんな事の分らぬ様な黒姫ですかいな。擬ふ方なき高姫さまの御館、桶伏山の朝日の直刺す景勝の地、小雲川の畔で御座んすぞえ』 高姫『オホヽヽヽ、随分御気楽なことですな。私等は春の花も仲秋の月も、楽しむ暇は無く、何だか神様の為にかうヂツとして居ても、気が焦々し、忙しくつてなりませぬワ。小心者の高姫に比べては、余裕綽々たる御夫婦仲、実にお羨ましう御座います。ホツホヽヽ』 黒姫『今日は左様な貴女の嘲罵的御話を聞きに参つたのぢや御座いませぬ。国依別が高姫さまに進上して呉れと云つて、妙な物を持つて来ました。開けて見れば大変な立派な重の内、上に一つの短冊が載つてゐる。其文面には………鮒もろこ、鯰からかぎ鯉に鱒、酒の肴に鰌ニヨロニヨロ、ふんぞくらいに砂くぐり、石食ひ魚に釜掴み、直におあがり下さらねば、直に石に変化する虞あり………と書いてありました。こら妙だと開けて見れば、不思議も不思議、上の重も中の重も下の重も残らず石ばつかり、何程国依別が悪戯好きだと云つても、まさか石を初から持つては来ますまい。貴女に怒られると大変だと思ひ、一寸私の宅に其儘預つておきました。どう致しませうかな』 高姫俄に面を膨らし、 高姫『黒姫サン』 と言葉尻をピンと撥ね、 高姫『お前さまは余程良い馬鹿ですね』 黒姫『ヘー……』 高山彦『何分にも竜宮の乙姫様が一つ島とやらへ、御旅行遊ばした不在宅のガラン洞ですからなア、アハヽヽヽ』 黒姫『情意投合のお二人様、どうなつと仰有りませ。あなたは何時もサカナ理屈を言うておイシが悪いから、意趣返しに団子理屈………オツトドツコイ団子石を国依別が態と持つて来たのでせう。そんな事の気の付かぬ様な黒姫ぢや御座りませぬ。金剛不壊の宝珠でさへも御呑み遊ばす高姫さまだから、今度はお生憎様、堅い玉がないから、これなつと御あがり遊ばして、腹の虫を御癒やしなされと云ふ、国依別の皮肉な謎ですよ』 高姫『兎も角国依別を招んで来ませうか。本人に直接承はれば一番近道だから………コレコレ安公さま、お前ちよつと御苦労だが、杢助館の隣の豚小屋の様な小さい家に、国依別が今頃は昼寝の夢でも見て居るに違ひないから、高姫さまが此間の御礼に御馳走をあげたい。就いては折入つて御頼みしたい事があるから、最大急行で御出で下さいと、呼んで来るのだよ』 安公『ハイ、さう御註文通り、国依別さまが来て呉れませうかな』 高姫『来いでかい。もし来なかつたら……系統の生宮の命令を何故聞かないか、日の出神を何と心得て御座る……と一本、槍を突つ込んでおくのだ。さうすると国依別は取るものも取り敢ず、スタスタとやつて来るよ。サア早く往つてお呉れ』 安公『アイ』 と一声後に残し、国依別の矮屋の前に走り着いた。 安公『もしもし、国の大将さま、大変だ。高姫さまの御居間で高山彦と黒姫が夫婦喧嘩をおつ始め、組んず組まれつ、乱痴気騒ぎ、イヤもう大変な事ですよ。それに就て、国依別が愚図々々吐すと、日の出神の生宮だ、系統の身魂を何と心得てる……と云うて剣突を……ドツコイ違うた。槍を一本突つ込んで帰れと仰有つた。もう邪魔臭いから何も彼も一緒に申し上げますワ』 国依別『アハヽヽヽ、夫婦喧嘩ぢやあるまい、石の問題だらう、此頃は陽気が悪いで、早く料理するか、煮しめん事にや、石に変化して了ふさうだ。山の芋が鰻になつたり、鮒が化石したり、青雲山ぢやないが、木の枝に魚が実つたり、川の瀬に兎が泳いだりする例しもあるからなア』 安公『国さま、最大急行だよ。早う来て貰はないと、高姫館は地震雷火の車、地異天変のガラガラ、ドタンバタンの幕が下りる。急行々々』 と国依別の手を取りて無理に表へ引摺り出す。 国依別『オイ安公、手を放せ。コレから往つてやらう』 と先に立ち高姫の館に行かんとする時、秋彦は後より走り寄つて、 秋彦『国依別さま、どこへ御出で遊ばす、高姫館ぢやありませぬか』 国依別『オウさうだ。これから一談判始まる所だ。お前も来ぬか、随分面白いぞ』 秋彦『有難う、サア参りませう。……オイ安公、しつかり案内せいよ。何分天地暗澹、黒姫の世の中ですから、道路の石の高姫に躓いて、鼻の高山彦を台無しにしちや堪らないからなア、アツハヽヽヽ』 と嘲笑ひ乍ら、スタスタと高姫の門前迄立向うた。秋彦は形計りの門を開いて先へ飛び込み、少しく腰を曲げ、右の手指を固めて細くし乍ら、 秋彦『コレハコレハ国依別の宣伝使様、妾が如き見窄らしき茅屋へよくこそ御入来下さいました。日の出神の生宮、心の底より光栄に存じます。又先達ては黒姫様の御手を通し、結構な結構な堅いお魚を沢山に頂戴致しまして有難う厶います。何か御返礼をしたいと思ひましても、御存じの通り貧家に暮す高姫、御礼の仕様も厶いませぬ。併し乍ら折釘のかます子に、最後屁のかます、手製の左巻き、かいちう虫の饂飩、雪隠虫の汁の子、青菜に塩の蛭の素麺、蛇の蒲焼、蛙の吸物、なめくじの胡瓜揉み、どうぞ御遠慮なく、サア奥へチヤツと行つて腹一杯おあがり下さいませ。ホツホヽヽヽ、あのマア国依別さまの御迷惑相な御顔付…』 国依別『コレコレ鹿さま……ではない……お鹿さま。いい加減に戯談仰有いませ』 秋彦『お鹿さまが申すのでは厶いませぬ。高姫さまの副守護神が此門を入るや否や神憑り[※初版・校定版では「神憑り」、愛世版では「神懸り」。]されまして、斯様な事を仰有ります。決して秋彦のお鹿が言うたとは思つて下さいますな、オホヽヽヽ』 と出歯の口を無理にオチヨボ口にしようと努むる可笑しさ。 国依別『左様ならば、遠慮なしに罷り通るツ。出歯鹿殿、案内召され』 安公『アハヽヽヽ、門芝居がお上手な事、高姫さまが御覧になつたら嘸御笑ひでせう…イヤ腮を外してひつくり返り、又もや外科医者を頼みに行かねばならない様なことが突発したら、又候……安公さま、御苦労乍ら、お前一寸外科医の山井養仙さま所へ、最大急行で頼みに往つて呉れ……なんて仰有るのは目のあたりだ、腮阿呆らしい。ワツハヽヽヽ』 国依別『汝安公とやら、今日只今より国依別が直接の家来となし、名を安彦と授くる。其積りで国依別に随いて来るがよからう』 安公『コレハコレハ思ひもよらぬ御恩命、安彦の宣伝使、確かに御恩命を拝しませぬ、アタ阿呆らしい、言依別神様から頂くのなら、結構だが、巡礼上りの胸の悪い宗彦に宣伝使を任命されて堪らうかい』 秋彦『どうでも良いぢやないか。兎も角頂戴しておけ。お前は松鷹彦になるのだよ。さうしておれはお勝になつて、此宗彦さまと巡礼に歩くのだ。少し川は届かぬけれど、あの小雲川を宇都山川と見做し、高姫館を松鷹彦の茅屋に擬し、茲で一つ面白い芝居をやるのだな』 安公『そんな事言つたつて、松鷹彦がどうするのか、ちつとも分らぬだないか』 国依別『そこは臨機応変だ。そこは……此方から言ふのに応じて答へればよいのだ。お前は霊界物語の如意宝珠の未の巻を読んで居ないから、其間の消息が分るまいが、其時は又其時の絵を書くのだ』 安公『よし、棹が無いが、茲にチツと太いけれど物干し竿がある、これでマア鷹や鴉を釣ることにしようかい。サア早く巡礼御夫婦、やつて来なさいや』 国依別『よし、ここを川辺と見做し、向ふから宣伝歌を歌ひつつやつて来るから、お前は太公望気取りで竿を垂れて居るのだ』 と云ひ乍ら国依別、秋彦は門を出て一二丁後返りをなし、出鱈目の歌を歌ひ乍ら進んで来る。 安公は庭先の飛石を川の瀬と見做し、物干し竿の先に藤蔓を糸の代りに付け、太公望気取りで魚釣りの真似をして居る。そこへ勝公が飛んで来て、 勝公『オイ安、貴様何して居るのだ。最前から高姫さまが大変に御待兼だ、まだ使に行かぬのか』 安公『喧しく云ふない、無声霊話をかけて招んであるのだ。俺は武志の宮の松鷹彦だぞ。まあグヅグヅして居るより見てをれ、かうして居れば国依別や秋彦が引つかかつて来るのだよ。俺が此竿を振るや否や、妙な宣伝歌を歌つてツルツルツルと引摺られて来るのだ』 勝公『そんな馬鹿な事があるものか。是から高姫様に注進するぞ』 と云ひすてて、屋内に隠れた。国依別はどこで寄せて来たか、蓑笠を被り、俄作りの金剛杖を突き、 国依別『嬶が表に現はれて善ぢや悪ぢやと立騒ぐ 此世の困つた娑婆塞ぎ乞食心の高姫が 只玉々と朝夕に心を焦つ気の毒さ われは宗彦バラモンの神の教の修験者 殺生するのは善くないと高姫さまが言うた故 小雲の川におり立つて生物擁護の実行と 無心無霊の団子石魚と見做して釣り上げる 手間暇要らぬ漁りは経済上の大便利 刃物も要らねば煮る世話も一寸も要らぬ石の魚 さざれ石さへ年経れば巌となりて苔が蒸す 瓢箪からも駒が出る団子石とて馬鹿にはならぬ 如意の宝珠や紫の玉に変るか分らない サア是からは是からは宇都の河原の川辺に 松鷹彦の庵を訪ひ一つ談判してやらう 秋公来れ早来れオツと違うた妻お勝 教の道の兄弟が夫婦気取で面白く 高姫川の川堤やつて来たのは安公が 芝居気取の太公望もうしもうしお爺さま お前は古い年をして水なき川に竿を垂れ 何を釣るのか気が知れぬ諸行無常や是生滅法 高姫さまの目的は寂滅為楽となるであろ 黒姫さまや高山の女大黒福禄寿面 欲の川原に竿たれて金剛不壊の玉の魚 釣らむとするも辛からう欲につられて高姫が 南洋三界駆け巡り黒くなつたる面の皮 つらつら思ひ廻らせば燻り返つた釣られ鯛 睨み合うたる二人仲恵比須でさへも尾を巻いて 跣足でサツサと逃げて行くあゝ気の毒や気の毒や 安公までが国さまの言葉に釣られて欲の川 物干竿に綱をつけ宗彦お勝の巡礼が 茲に来るを待暮すあゝ惟神々々 叶はん事が出来て来た高姫さまが腹を立て コレコレ国よ国公よ日の出神の生宮を 馬鹿にするのも程がある何程呑み込みよい妾も 歯節の立たぬ団子石団子理屈を捏ねやうと 二重三重に封をして持つて来たのが憎らしい 此因縁を聞かうかと面ふくらして飛びかかり 胸倉とつて一騒ぎおつ始まるに違ない スワ一大事と言ふ時に逃げる用意をしておかう 秋公横門開けておけまさか厠の股げ穴 脱け出す訳にも行かうまい太公望の安公よ もう釣竿は流すのだ是から釣るのは高姫ぢや もうしもうし高山の福禄寿爺と黒さまは 当家におゐで遊ばすか一寸お尋ね致します』 此声聞いて勝公は戸口をガラリ引あけて 勝公『賤しき巡礼の二人連国依別や秋彦に よう似た声を出しやがつて瞞しに来てもそりやあかぬ スツカリ駄目だと諦めて早く帰つて下さんせ 巡礼なぞのノソノソと出て来る場所ではない程に 高姫さまが見付けたら長い柄杓に水汲んで 頭の上からザブザブと熱吹きかけるに違ない 犬ぢやなけれど尾を振つて一時も早くイヌがよい ワンワンワンといがみ合ひ喧嘩をされては堪らない 巡礼に化けた国さまや秋さま二人の宣伝使 危険区域を逸早く逃れてお帰り下さんせ 奥に高姫黒姫が額の静脈血を充たし 青筋立てて控へ居る』早く早くと手を拡げ つき出す様な真似をする。 高姫は門口の怪しき声に、黒姫、高山彦を奥の間に残し、自ら茲に現はれ、 高姫『勝公さま、お前今何を言つて居たの、どこに私が青筋を立てて居ますか』 勝公『イイエ滅相もない、そんな事は申した覚えはテンで厶いませぬ。今そんな男が一寸やつて来ましたので、高姫さまのお目にかけたら、嘸お笑ひ遊ばすだらうと云つて居たので厶います……それ、そこに乞食巡礼が二人立つて居ませうがなア。一人は宗彦、一人はお勝、もう一人は松鷹彦、欲の川で竿をたれ、鷹とか鴉とかつるとか言つて居ました。……ヘーまあ、何で厶います、ザツと此通りで』 とモヂモヂして頭を掻く。 高姫『お前は国依別さま、秋彦の両人でせう。大それた悪戯をなさつて、此高姫に合す顔がなくなり、蓑笠を被つて元の宗彦時代に立返り、心の底から改心を致しました、と云ふ証拠でやつて来たのだらう。そんな芸当は世界の見え透く日の出神の前では通用致しませぬぞえ。サアサア早く正体を現はして這入つて下さい』 国依別『幽霊の正体見たり枯尾花。 たそがれて山低う見る薄かな』 高姫『俄に風流人めいた事を言つて、誤魔化さうと思つてもあきませぬぞや。サアサアとつとと這入つて下さい。お前さまに尋ねたい因縁があるのだから……』 国依別『因縁の玉を集むる此館……因縁つける高姫大根…… 旅役者大根と聞いて顔しかめ。 大根役者どこやらとなく魂が脱け。 玉おちのラムネぶつぶつ泡を吹き。 今抜いたラムネの泡や高姫……オツト高く飛び。 黒姫の様な葡萄酒萩の茶屋。 高山も低う見ゆるや萩の花。 如意宝珠空に輝く秋の月。 秋彦の空高くして馬は肥え』 高姫『コレコレ、国さま、何を愚図々々言つて居るのだ。這入れと云つたら、這入りなさい』 国依別『這入れよと言はれて躊躇ふ熱い風呂。 風呂吹を喰はぬ役者の子供哉。 大根の役者の芝居チヨボ葱』 高姫『エー、辛気臭い。気が咎めて閾が高いのだな』 国依別『高姫の敷居の欲に股が裂け。 股裂けた五つの玉は不在の間に。 黒姫は酒より男好きと言ひ。 高山に黒雲起り日は隠れ。 東天に日の出の光暗は晴れ。 堂々と国依別は進み入り』 と言ひ乍ら秋彦を伴ひ、高姫に先立つて奥の間に進み入る。 高姫、黒姫、高山彦、国依別、秋彦の五つの頭は火鉢を中に置いて、五弁の梅の花の開いた様に行儀よく並んだ。 国依別『明月や高山頭に照り渡り。 高山を透かして見れば星低し』 高姫『国依別さま、此間は御心を籠められた沢山な魚を頂戴致しまして、有難う御座います。これには何か御意趣のあることで御座いませう。サア其因縁から包まず隠さず聞かして下され』 国依別『和知川に洗ひ曝した石の玉、我は尊き人に捧げつ。 身魂相応堅くなつたる石の玉。 石よりも堅い決心感じ入り。 激流に揉まれて石は円くなり。 瀬を早み岩に堰かれて石の魚』 高姫『エーもどかしい。そんなむつかしい事を言つて分りますかいな。救世軍のブース大将が言つた事を知つて居ますか。例へば一軒の家でも一番小さい三つ児か、無学な下女に分る言葉でなければ名語ぢやありませぬぞ。俳人気取りで何を駄句るのだ。お前さまチツト此頃はどうかしとりますねえ。小雲川で一つ顔を冷し目を醒まして来なさい』 国依別『底までも澄みきりにけり秋の水。 秋の水腐つて居れどいと清し。 清らかな水には棲まぬ鮒もろこ。 濁江の深きに魚は潜むともなど川蝉の取らでおくべき』 高姫『おきなさんせ、大石内蔵之助の真似をしたり、何も知らぬと言へば調子に乗つて、人の歌まで自分が作つた様な顔をしようと思つて……本当にお前は歌泥坊だ』 国依別『床の下深きに玉は隠すとも など高姫の取らでおくべき。アツハヽヽヽ』 高姫『コレ国さま、どこまでも人を馬鹿にするのかい』 国依別『馬鹿野郎夜這の晨狼狽しゆき詰りては胸も高姫。………動悸は玉の置所。 竜宮へおと姫したかと気を焦ち世界隈なく探す馬鹿者』 高姫『コレ黒姫さま、国さまに是丈馬鹿にされてお前さま何ともありませぬか。チツト日頃の弁舌をお使なさつたらどうですかい』 黒姫『何だか人間らしうないので、話の仕様がありませぬもの』 国依別『人間を超越したり神司。 黒雲に包まれ星は影潜め。 高山に黒雲懸り雨は降り。 涙川忽ち濁る玉の雨』 黒姫『コレ高山さま、今国さまがどうやらお前さまや妾の事を、俳句とやらで罵倒して居るやうだ。お前さまも立派な男だないか、何とか一つ言霊で遣り返し、国を遣り込めて了ふ丈の甲斐性は無いのかい』 高山彦『苦にするな国依別けて大切な げほう頭は如意宝珠……光は玉の如くなりけり』 黒姫『高山さま、自分の事を言つてるのだないか。国さまに対して言ふのだよ。エーエ、鈍な男に緞子の羽織、女房も随分気の揉める事だなア。そんなら妾が代つて言ひませう。聞いて居なされ、斯う云ふのだよ。…… 黒姫の黒い眼で睨んだら 神の国依別もなく散る 桜の花は神風に 吹かれてバラバラバラモン信者 聞いてもムネ彦悪くなる 負てもお勝の尻を追ひ 肥桶担ぎの玉治別に 玉を取られし気の毒さ 泣面に蜂 止まつて咬んだ如くなりけり』 国依別『アハヽヽヽ、ウフヽヽヽ、此奴ア面白い。始めて聞いた名歌だ。柿本人麿も丸跣足だ。与謝野晶子の所へ持つて往つたら、屹度秀逸点を呉れるだらう。イヒヽヽヽ、エヘヽヽヽ、オホヽヽヽ…… 黒姫の歌にお臍が宿替へし。 脇の下キユウキユウキユウと鼠鳴き。 名歌の徳床板迄が動き出し。 睾玉の皺まで伸ばす此名歌』 高姫『黒姫さま、こんな男にかかつちや、口八丁手八丁の高姫だつて、三舎を避けねばなりませぬワ。もうそんな歌などで話しちや駄目ですよ。……コレ国さま、お前さまは何の為にあの様な物を、私に贈つたのだ。失礼ぢやありませぬか。何程物喰のよい豚だつて石は喰ひませぬよ』 国依別『豚よりも物喰ひのよき人もあり。 如意宝珠玉さへ噛る狂女哉。 今の世は砂利さへ喰ふ人もあり。 嫁入の祝ひに据ゑる石肴二世を固めの標なるらむ。 マアざつと斯う云ふ精神で、貴方の堅固な精神をお祝ひ申し、お賞め申した国依別の真心。 岩さへも射貫く女の心哉。 と云ふ様なものですワイ。悪気を廻して貰つちや、折角の国依別の志が水泡に帰しまする。魚だつて……魚が水に棲めば、此石だつて綺麗な流水にすみきつて、神世の昔から永久に川底に納まりきつて居つた石肴ですよ。別に喰つて下されと云つて贈つたのぢやありませぬ。お目にかけると云つたのだから、食へる食へぬはお前さまの御勝手、そんな問題は些いと的外れでせう』 高姫『流石はドハイカラの仕込み丈あつて、巧いものだワイ。オホヽヽヽ。コレコレ黒姫さま、高山彦さま、お前も随分鉈理屈が上手だが、国さまにかけちや側へも寄れますまい。言霊の幸はふ世の中だ。チツト是から言霊の練習をなされませ』 斯かる所へ夏彦、常彦両人は、言依別の目を忍び系統の高姫に御機嫌伺ひの為、太平柿を風呂敷に包み、やつて来た。勝公は直に奥の間に進み入り、 勝公『もしもし高姫さま、夏彦、常彦の両人が御機嫌伺ひだと云つて今見えました。如何致しませう』 高姫したり顔に、嫌らしく笑ひ乍ら、国依別、秋彦に目を注ぎ、 高姫『勝公さま、どうぞ御両人様、ズツと奥へ御通り下さい、と丁寧に御迎へ申してお出で………アーアやつぱり身魂の良い者は分るワイ。 落魄れて袖に涙のかかる時人の心の奥ぞ知らるる だ。妾が聖地へ帰つてから今日で三日目だ。それに言依別を始め、杢助迄が不心得千万な、系統のお帰りを邪魔者扱に致して、馬鹿にして居る………エー、今に見ておぢやれよ、アフンと致さして見せるぞよと、日の出さまが仰有るので、先づ神様にお任せして辛抱して居るのだ。人間と云ふ者は薄情なものだ。冷酷無惨の浮世とは云ひ乍ら、人情薄きこと紙の如しだ』 国依別『此国さまは人情厚きこと神の如しでせう』 高姫『さうでせうとも、偶の挨拶に団子石を贈つて来る様な、無情……オツトドツコイ親切なお方ですからな』 国依別『イヤその御礼には及びませぬ。沢山なもので厶いますから……』 斯る所へ勝公に導かれ、夏彦、常彦は目をギヨロつかせ乍ら、此場に恐る恐る現はれ来り、国依別や秋彦の其場に端坐せるを見て、聊か手持無沙汰な顔付にて、ドギマギして居る可笑しさ。夏、常両人、丁寧に高姫の前に手をつかへ、 両人『是は是は高姫様、御遠方の所永らく御苦労様で厶いました』 高姫『イヤもう御挨拶痛み入ります。何分身魂が研けぬもので厶いますから、不調法計り致して居ります』 両人『滅相もない、貴方は決して無駄では厶いませぬ。神様の御筆にも、人民から見れば何でもないやうだが、神の方からは大きな御用が出来て居るぞよ……と現はれて居りますから、屹度結構な御用が出来てをるに違ひありませぬ。兎角神界のことは人民では分りませぬから、形の上で彼此申すのは、申す人が分らぬので御座いませう』 高姫『ハイ、有難う』 と涙含む。 両人『是は是は高山彦様、黒姫様、つい申し遅れました。あなたも永らく神界の為に御苦労様で厶いました。直様御伺ひ致すのが本意で厶いますけれど、二三日前から杢助さまに………エー、一寸…何で厶いますので………つい遅れまして厶います。マア御無事で御両所共御帰り下さいまして、聖地は益々御神徳が上がるであらうと、一同影から御喜び申してをる様な次第で厶います』 高山彦『ヤア常彦さま、夏彦さま、あなたも御無事で御目出度う』 黒姫『ヨウ親切に此婆アを訪ねて下さいました。年がよると腰が屈む、目汁鼻汁……イヤもう醜くるしいもので、誰もふりかへつて呉れるものは御座いませぬワイ。力と頼むは大神様と、日の出神様、竜宮の乙姫様計りで厶います。人情紙の如き軽薄な世の中に、ようマア御訪ね下さいました。あなたも御無事で結構で厶いますなア』 両人『ハイ、有難う。……ヤア国依別さま、秋彦さま、あなたは何時御越しになりましたか』 国依別『………』 秋彦『つい、最前参りました。お三方が久し振で御帰りになつたので、我々も何となく心勇み、御祝ひ旁お訪ねしたのですよ』 国依別『来客に其場を外す悧巧かな。 心から除けて見たきは襖かな。 石よりも堅き心の集ひかな。 鐘一つ年は二つに分かれけり』 と口吟み、一同に、 国依別『御密談の御邪魔になりませうから、我々両人は御遠慮致します』 との意を示し、目礼し乍らスタスタと帰つて行く。門をくぐり出た両人、互に顔を見合せ乍ら、ニタリと笑ひ、 国依別『高姫も大分に我が折れたねえ。あれなればもう気遣ひあるまいね』 秋彦『さうでせう。黒姫も、高山彦も余程変つて来ましたよ。何時もなら、あんな石でも贈らうものなら、忽ち低気圧が襲来して雷鳴轟きわたり、地異天変の勃発するところですが、矢張苦労はせんならぬものですなア』 国依別『アヽ是で杢助さまに対し、相当の報告が出来るワイ。神様の御経綸は到底我々には分るものでない。それにつけても貧乏籤を引いたのは此国依別だ。いつとても揶揄役を仰せ付けられて居るのだから、堪つたものぢやない』 秋彦『身魂の因縁で善の御用をするものと、悪の御用をするものとあるのだから、御苦労な…あなたも御役ですな』 国依別『三千世界改造の大神劇の登場役者だから、仕方がない。併し乍ら悪役ばつかりは御免蒙りたいワ』 秋彦『末になりたら、皆一所に集まつて互に打解け合ひ、あゝ斯うであつたか、さうだつたかと云つて、力一杯神様に使はれて、こんなことを思つて居つたのかと、笑ひの止まらぬ仕組ださうですから、さう気投げをしたものぢやありますまいで、常彦や夏彦が忠義顔して、高姫の前で味噌を摺つて居るのも、あれも何かの御仕組の一端でせう。一寸聞くとムカツキますがなア。よく考へて見ると、どんな仕組がしてあるか分りませぬからなア』 国依別『そらさうだ。マア細工は流々仕上げを御覧うじと仰有るのだから、改造鉄道の終点迄行かねば分らぬなア。ヤアもう何時の間にか、国依別館の門前まで来て了つた』 秋彦『ハヽヽヽヽ、何処に門があるのですかい』 国依別『有つても無うても、有ると思へばある、無いと思へば無いのだ。俺の居宅は九尺二間の豚小屋の様に、お前の眼では見えるだらうが、国依別の天空海濶なる霊眼を以て見る時は、錦の宮の八尋殿同様に広く見えるのだからな。これ丈広い世界も心の持様一つで、我七尺の体を置く所もない様に見えたり、又こんな小さい居宅が宇宙大に見えたりするのだから、色即是空、空即是色だ。娑婆即寂光浄土の真諦はこんな小さい家の中に居つて、魂を研くとよく了解が出来るよ。アハヽヽヽ』 秋彦『そんなものですかいな。私の眼には如何しても八尋殿と同じ様には見えませぬワイ。裏口出た所に厠が附着いたり、小便壺が有つたり、その横に井戸が在つたり、走りに竈、何だか醜くるしい様な気分がするぢやありませぬか。一寸聞くと、あんたの御言葉は痩我慢を言つてるやうに聞えますで。何程無形的に広いと云つても、現実が斯う矮小醜陋では、余り大きなことも云へますまい。これから国依別さま、私になら何を言つてもよろしいが、人の前でそんなことを仰有ると、皆が取違して、国依別は負惜みの強い奴だ、減らず口を叩く奴だと却て軽蔑しますよ』 国依別『形ある宝は錆び、腐り、焼け、亡び、流れ壊るる虞がある。起きて半畳寝て一畳だ。広い館に住んで居れば、あつたら光陰を掃除三昧に空費し、肝腎の神業の妨害になるだないか。小さいのは結構だ、何かに都合が好い。第一経済上から云つても得策だからなア』 秋彦『あなた掃除をなさつた事があるんですか。雪隠の虫が竈の前に這うて居るぢやありませんか』 国依別『……ここ暫し家の美醜は忘れけり神大切に思ふ計りに…… と云ふ様なものだな』 秋彦『ヘーエあなたも余程高姫化しましたねえ。弁舌滔々風塵を捲く。実に揶揄役のあなたは、高姫さまに接するの度が多いから余程の経験が積んだと見えますワイ。都合の悪い時には、発句か川柳か、鵺式の言葉を使つて駄句り続け、腰折歌を並べ随分側から聞いてると苦さうでしたよ』 国依別『苦中楽あり、楽中苦ありだ。それも見やうによるのだよ。一葉目を蔽へば、大空一度に隠れ、一葉を掃へば、大空我目に映ずと云つて、凡て物は見方に依るのだ、見方が大切だ』 秋彦『味方計り大切だと云つて愛する訳には行きますまい。神様は敵する者を愛せよと仰有るぢやありませぬか』 国依別『それだから高姫さまに対し、私は何時も適対ふのではない、適当の処置を取つて居るのだ。ヤツパリ見方によつては味方に見えるだらう』 秋彦『何程贔屓目に見ても、あなたが高姫さまに対して為さることは、余り同情のある遣り方とは見えませぬぜ。何時も高姫さまの鼻をめしやげたり、手古摺らしては痛快がつてるぢやありませぬか』 国依別『……心なき人は何とも言はば言へ世をも怨みじ人も恨みじ…… 燕雀何ぞ鴻鵠の志[※「鴻鵠」は一般には「こうこく」と読むが、ここでは「こうこう」とフリガナが付いている。誤字か?]を知らんやだ。紫蘭満路に咲く、芳香何ぞ没暁漢の知る所ならんやだ。アハヽヽヽ』 (大正一一・七・二二旧閏五・二八松村真澄録) |
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155 (1909) |
霊界物語 | 27_寅_麻邇宝珠の紛失/琉球物語 | 02 清潔法 | 第二章清潔法〔七八四〕 西に円山東に小雲山と川とに挟まれし 並木の松の片傍り桧、松、杉、柏木の 丈余にあまる大木は天を封じて立ち並ぶ それの木蔭に瀟洒たる丸木柱に笹の屋根 青、白、赤の庭石もどことは無しに配置よく 敷き並べたる庭の奥幽かに聞ゆる話声 聞くともなしに友彦は思はず門をかい潜り 何かの綱に曳かれしごと何時の間にやら門の口 此処は高姫御館奥には幽かな人の声 何処の客かは知らねども何は兎もあれ戸を叩き 主人の様子を窺はんさうぢやさうぢやと独言 忽ち表戸打ち叩き『教の道の友彦が 久方振にお館へ帰り来ませる高姫に 敬意を表して御挨拶申さんものと取る物も 取らずに尋ね来ましたぞお構ひなくば表戸を 早く開けさせ給へかし』呼べば中より安公が 『折角乍ら友彦よお前は意地久根悪い故 高姫さまの気に合はぬ今も今とて国さまや 秋彦さまがやつて来て何ぢや彼んぢやと駄句りつつ 形勢不穏と見済まして尻を紮げて去にました お前も立派な男なら些とは考へなされませ 奥の一間に高姫や高山彦や黒姫が 夏彦、常彦前に置き秘密の話をして御座る 秘密は何処迄秘密ぢやと高姫さまの常套語 今日は風向悪い故去んだがお前の得だらう 男を下げて帰るより貞操深きテールスの 姫の命と親密に尊き神の御言葉を 調悟つた其上で喧嘩の材料を蓄へて 此場を出直し堂々と捲土重来するがよい 七尺男が高姫や黒姫さまに凹まされ 泡を吹くのも見ともないお前は私の好きな人 お鼻の赤い愛嬌者木花姫の再来と 勝公さまが云うて居た一度に開く蓮花 此処は聖地の蓮華台それの麓の神館 嘘か誠か知らねども系統の身魂に憑られし 日の出神が御座るぞや竜宮海の乙姫も 黒姫さまを機関とし天狗の身魂も引き添うて 高山彦の夫婦連れ三人世の元結構と 済ました顔で御座るのに赤鼻天狗がやつて来て 鼻と鼻とが衝突し又もや悶着起りなば 安公さまも勝公も何うして傍に居られよか 地震雷火の雨もさまで恐れぬ豪傑の 安公さまも高姫のその鼻息にや耐らない 男一匹助けると思うて帰つて下さんせ 肝腎要の性念場秘密話の最中に お前が来たと聞いたなら忽ち起る暴風雨 柱は倒れ屋根剥れ険難至極の修羅場裏 あゝ惟神々々御霊幸はへましまして 白い玉をば預かつたジヤンナの郷の救世主 此処では詮らぬ宣伝使神の上には上がある 口が悪いと腹立てて怒つて呉れなよ高姫が 今日も今日とて云うて居た俺が云うので無い程に 日の出神の生宮の御霊が憑つて説き明す 斯う云ふ中にも高姫のお耳に入れば大変だ 地異天変は目のあたり早く帰れ』と促せば 友彦フフンと鼻で息『魂ぬけ婆さまの高姫が 四股の雄健び踏み健び何程勢強くとも バラモン教の友彦と世に謳はれた俺だもの 高姫位が何怖い女の一人や十人が 怖くて此世に居られよか腰抜け野郎』と云ひながら 力の限り表戸を押し分け入らんとする所 『千騎一騎の此場合友彦如きに這入られて 何うして門番勤まろか後でゴテゴテ高姫の お小言聞くのが耐らない友彦お前は夫程に 物の道理が分らぬか荒浪凪いだ明朝 又出直して来てお呉れ其時こそは喜んで 𧘕𧘔つけて門口へ私が出迎へ致します 頼む頼む』と泣き声を放てば友彦立ち止まり 平地に浪を起すよな悪戯しても済まないと 心を柔げ声を変へ『お前の云ふのも尤もだ そんなら今日は帰ります高姫さまや黒姫に 友彦さまがやつて来て秘密の話があるさうぢや お邪魔をしてはならないと賢いお方の事なれば 先見つけて我館いそいそ帰つて往きました 万一明日来たなれば高姫さまも黒姫も 高山彦も安公も𧘕𧘔姿でお出迎ひ 必ず粗相あるまいぞ呉れ呉れ申て置く程に 沢山さうに友彦とお前は思うて居るだらう 黄金花咲く竜宮の一つ島にて名も高き ネルソン山の峰続きジヤンナの郷の救世主 小野の小町か衣通かネルソンパテイか楊貴妃か テールス姫かと云ふやうな古今無双のナイスをば 女房に持つた果報者必ず必ずこの言葉 忘れちやならぬぞ高姫に頭を低ふ尻高く 犬蹲踞に身構へし申伝へて呉れよかし 高姫さまも友彦の光来ありしと聞くならば 忽ち顔色青くして待ち兼ね山の友彦が 訪ねて来たのを素気なくも主人の我に無断にて 帰すと云ふ事あるものか気の利いた割に間の脱けた 安公の野郎と頭から雷さまが落ちるだろ 夫を思へば安公がお気の毒にて耐らない 減らず口ぢやと思ふなよ武士の言葉に二言ない 研き悟りし天眼通鏡に映したその如く 一切万事知れて居るあゝ惟神々々 御霊幸倍坐ませよ青垣山は裂けるとも 和知の流は涸れるとも友彦さまの云つた事 一分一厘違はない大地を狙つて打ち下ろす 此棍棒は外れても我一言は外れない 頤が外れて泡吹いて吠面かわいて梟鳥 夜食に外れた時のよな妙な面つきせぬやうに 親切心で友彦が一寸お前に気をつける 教の道の友達の好誼ぢや程に安公よ 決して仇に聞くでない天が下には敵も無く 一人も悪は無い程に心の隔ての柴垣を 早く取り除け世の中の人を残らず仁愛の ミロクの眼で見るならば尊き神の御子ばかり 高姫さまに此事を重ねて云うて置くがよい 別れに望んで友彦が一寸憎まれ口叩く あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と歌ひ乍ら夕焼の空を打ち仰ぎつつ、いそいそと我家をさして帰り往く。 友彦の帰り往く後姿の見えぬ迄見送つた安公は、 安公『アヽとんでも無い奴がやつて来やがつて、いらぬ気を揉ましやがつた。褒めて去なさうと思へば調子に乗つて這入らうとする。仕方が無いから悪く云つて帰さうと思へば、無理やりに戸を押し開けて這入らうとする。困つた奴だ。あんな男を此の結構な日の出神のお館へ入れやうものなら、又高姫さまが四足身魂が来たから、此辺が汚れたから、塩をふれ、水を撒け、其辺を掃けと矢釜しく仰有るに違ひない。此広い庭前を俺達二人が何程鯱んなつても、お気に入るやうな事は出来はしない。マアマア高姫さまに分らいで掃除だけは助かつた。友彦の奴減らず口を叩きやがつて、𧘕𧘔姿でお出迎ひせよと馬鹿にしやがる。併し俺が一寸其場逃れにお仕着せ言葉を使つたのが誤りだ。……何、変説改論の世の中、日進月歩だ。今日の哲学者の以つて真理となす所、必ずしも明日は真理でない。又夫以上の大真理が発見せられたら、今日の真理は三文の価値も無く社会から葬られて仕舞ふのだ。エヽそんな事考へて取越苦労をするのは馬鹿らしい。刹那心を楽しむのだ。あゝ今と云ふ此刹那の心配と云うたら有つたものでない。併しマア無事に帰つて呉れたので、俺も今晩は足を長うして寝られるワイ』 と口の中で呟いて居たが、いつしか声高になり、高姫が小便に往つた帰りがけ、フト耳に入り、 高姫『これこれ安公さま、お前今大きな声で何を云つて居たの』 安公『ハイ、眼下に瞳を放てば淙々たる小雲の清流老松の枝を浸し、清鮮溌溂たる魚は梢に躍る。実に天下の絶景だ。それにつけても此お庭先、勝公と安公さま両人の丹精により、実に清浄なものだ。実に一点の塵もなく汚れも無い。まるで御主人の身魂に好く似た綺麗な庭先だと、感歎して居た所で御座いますワイ』 高姫『友彦が何とか、……云うて居たぢやないか』 安公『ヘー、……ヘヽヽヽー、左様で御座います。舳解き放ち艫解き放ち、あの水面を漕ぎ渡る船の美しさ。兎も角も何ともかんとも云はれぬ、結構な眺めだと云つて居ましたのですよ』 高姫『これ安公さま、お前は掃除するのが嫌ひだらう』 安公『ハイ、決して決して、身魂の洗濯、心の掃除するために此聖地へ修業に参り、貴女のお館の掃除番をさして頂き、日々身魂を結構に研かして貰うて居ます』 高姫『何うも糞彦の匂ひがする。厠の穴から抜け出た男の友彦が来たのぢやないかな』 安公『何とまア貴女の鼻は能う利きますね。恰でワンワンさまのやうですわ』 高姫『私の云ふ事なれば聞いて下さるかな』 安公『ハイハイ如何なる事でも聞きまする。仮令貴女が死ねと仰有つても背かずに聞きまする』 高姫『耳だけ聞くのぢやないよ。聞くと云ふのは行ひをする事ぢや。サア是から屋敷中隅から隅まで箒で掃き浄め、塩をふり、水を一面に打つて下さい。さうして此雨戸にも何うやら四足の手で押したやうな臭がする、此戸の薄くなる程砂で磨いて擦つて置きなさい』 安公『それや……些と……ぢや御座いませぬか』 高姫『些とで不足なら座敷から厠の中迄掃除をさして上げやう。人間は苦労せなくては神様の事は分りませぬぞエ』 安公『チー……、チツト……、ムヽヽヽですな』 高姫『そんならとつとと今日限り帰つて下さい』 安公『勝公さまと二人で掃除をさして頂くのでせうなア』 高姫『勝公さまは炊事万端、座敷の用もあるし、一息の間も手が抜けませぬ。エヽ何だか汚い臭がする。是から夜が明けても構はぬ、掃除をするのだよ』 安公『アヽ掃除ですか』 と力無げに頸垂れる。 高姫『安公さま、間違無からうなア』 安公『ヘエー……』 と長返辞し乍ら水桶を持つて井戸端に、のそりのそりと進み行く。高姫は細い廊下を伝つて奥の間に姿を隠した。 安公はブツブツ云ひ乍ら、十三夜の月の光を幸に、さしもに広き庭の面に、深い井戸から撥釣瓶に汲み上げては手桶に移し、撒布しながら、小言を云つて居る。 安公『アヽ大変な事が起つて来た。天変地異よりも何よりも俺に取つては大問題だ。大国治立尊様が三千世界をお立替へ遊ばし、綺麗薩張水晶の世になさる以上の大神業だ。併し乍ら折角ちやんと掃除を済まし、高姫衛生委員長の試験にやつと合格して、やれやれと息を入れる時分に、又もや友彦が明日になるとやつて来よる。さうすりや又同じ事を繰返さねばなるまい。高姫も高姫じや、友彦も友彦ぢや、鷹とも鳶とも、鬼とも、蛇とも、馬鹿とも、何とも訳の分らぬ代者の寄合だ。さうぢやと云つて此儘掃除をせずに置く訳にも往かず、是非とも皆やらねばならぬ。旭は照るとも曇るとも、月は盈つとも虧くるとも、仮令大地は沈むとも、友彦の命のある限り、やつて来ぬとも分らない。困つたものだ。同じ神さまの道に居ながら、何故犬と猿のやうに仲が悪いのだらう。共に手を引き合うて往かねばならぬ神のお道、とも角も困つたものだなア、エヽ焼糞だツ。 (安公)『今日は九月の十三夜俺の副守よ能つく聞け 必ず忘れちやならないぞこんな苦しい目に遭ふも 鼻赤男の友彦が来やがつたばかりに肉体も お前も共に苦労する苦労するのがイヤなれば 俺の体を一寸放れ鼻赤天狗に憑依して 又しても友彦が来ぬやうに頭を痛め足痛め 鉄条網を張つて呉れ毎日日日来られては 俺の肉体がつづかないあゝ惟神々々 叶はん叶はん耐らない叶はん時の神頼み 同じ主人を持つならば言依別神さまや 杢助さまのやうな人神さま持たして下しやんせ 鼻高姫の頑固者偏狭な心を出しよつて 気に喰はぬ奴が来たと云ひ汚れて臭いとは何の事 我儘気儘も程がある人を使はうと思つたら 一度は使はれ見るがよい高姫さまのやうな人 弥嫌になつて来た是から此家を夜抜けして 国依別か秋彦の館を指して逃げ込まうか 宇都山郷の破屋の松鷹彦の真似をした 俺は矢張国さまの親の御霊か知れないぞ エヽエヽ思へば高姫が小癪に触つて耐らない 小癪に触つて耐らない小杓を握つた此手さへ びりびり震ひ出して来たエヽ邪魔くさい邪魔くさい』 云ふより早く水桶を頭上に高く差し上げて 庭に並んだ捨て石を睨んでどつと打ちつける 桶は忽ちめきめきと木つ端微塵に潰滅し 水は一度に飛び散つて高姫黒姫其外の 居間の障子に打つ突かる高姫驚き外面をば 眺める途端に安公は『お前は高姫黒姫か 長らくお世話になりましたお前のやうなえぐい人 誰がヘイヘイハイハイと粗末な粗末な椀給で 御用聞く奴がありませうか一先づ御免候へ』と 後を振り向き振り向いて月の光を浴びながら 黍畠深く隠れける。 高姫『エヽ仕方のないものだ。とうとう彼奴は国依別の悪霊に憑かれて仕舞つたな。是から国依別の館に行くと、独言を云うて居た。四つ足身魂が出て来ると、碌な事は一つも出来はしない。……なア黒姫さま、確りしないと貴方も何時悪神に憑依せられるか分りませぬぜ』 黒姫『オホヽヽヽ』 斯かる所へ勝公は、 勝公『もしもし御一同さま、大変に御飯が遅れて済みませぬ。どうぞ此窓を開けて、お月さまを見乍ら、悠くりとお食り下さいませ』 高姫『あゝ夫は御苦労だつた。お前も早う御飯をお食り、安公のやうに飛び出さぬやうにして下されや』 勝公『ヘエ、もう彼奴は飛び出しましたかな。ヤヽ仕舞つた。先立たれたか、残念だ』 高姫『これこれ勝公さま、お前は何を云ふのだ。高姫館が嫌になつたので、抜け出す積りで居たのだらう』 勝公『何だか聖地の方々に対しても肩身が狭いやうな気が致しましてなア。立寄れば大木の蔭とやら、何程此お館に大木が沢山あつても、箸と親分は丈夫なのがよいとか申しましてな。実は一寸思案をして居りますので御座いますワイ』 高姫『宜敷い、旗色のよい方につくのが当世だ。体主霊従の杢助さまにでも引き上げて貰ひなさい』 勝公『今日から此処を出されては実は困ります。何と云つても、○○の留守をして居つた奴だからと云つて、誰も彼も排斥して使つて呉れませぬから、止むを得ず貴方のお宅にお世話になつて居ました。よい口があれば誰がこんな所へ半時でも居りませうか。私の口が出来る迄一寸腰かけに置いて下さい』 高姫『エヽ汚らはしい。そんな心の人はトツトと去んで下さい、反吐が出る』 勝公『神様は反吐の出るやうな汚い者を集めて洗濯をなさるのぢやありませぬか。清らかな者計りなら、別に教を立てる必要はありますまい。高姫さまもよい洗濯の材料が出来たと思つて、も少し私の身魂を洗濯して下さいな』 高姫『もう洗濯屋は廃業しました。洗濯がして欲しければ一本木迄いつて来なさい。サアサアトツトと帰つた帰つた……とは云ふものの、明日から誰が飯を炊いて呉れるだらう。チヨツ、いまいましいが、そんなら暫く置いて上げよう』 勝公『何だか安公が出やがつてから俺も出たくなつた。何ぼう置いてやると云うても居る気もせず、あゝ仕方がないなア』 と小さい声に呟きながら、納戸の方に姿を隠した。 (大正一一・七・二二旧閏五・二八加藤明子録) |
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156 (1910) |
霊界物語 | 27_寅_麻邇宝珠の紛失/琉球物語 | 03 魚水心 | 第三章魚水心〔七八五〕 高姫、黒姫、高山彦、夏彦、常彦の五人は、四方山の話に耽り乍ら晩餐を済ませ、窓を開けて月を拝し乍ら、ヒソヒソ話に耽つてゐる。 高姫『夏彦、常彦さま、お前さまは言依別の教主に随いて、五色の御玉を御迎へに秋山彦の館まで往つたぢやありませぬか』 夏彦『ハイ行きました。それはそれは御立派な事で御座いましたよ。なんでも初稚姫、玉能姫、玉治別、久助、お民の五人さまが、竜宮の一つ島の諏訪の湖の竜の宮居とかで、乙姫さまから五色の結構な玉を御頂きなされ、それを自分の手柄にするのも勿体ないと云ふ御精神から、初稚姫さまは紫の玉を梅子姫様に御渡し遊ばされ、それに倣うて四人の御方は黄竜姫、蜈蚣姫、友彦、テールス姫にその玉を無言の儘渡されたといふ事です。人間も、アー云ふ工合に私を捨て譲り合つて行けば、何事も円満に行くのですがなア』 高姫『何ツ、黄竜姫や蜈蚣姫、彼の友彦にテールス姫、彼んな輩がそんな御用をしましたかい。何程人物払底だと云つても、あんまり酷いぢやありませぬか。さうしてその玉は今聖地に納まつてあるだらうな。竜宮の乙姫さまの肉の宮、黒姫さまが此処に御座るのだから、謂はば黒姫さまが二三年も竜宮の島に渡つて御仕組をして置かれたのだ。それも此の高姫が神様の御都合で、黒姫さまを聖地から追出したのが矢張御用になつて居るのだ。そんな事の分つた奴は一人も有りますまい。何を云つても杢助のやうな没分暁漢が総務さまだからね』 夏彦『それは誰もよく存じて居ります。これは全く日の出神さまや、竜宮の乙姫様の御蔭で授かつたのだと云つて居ますで』 高姫『それは定つて居るぢやないか。併し日の出神の肉の宮と、竜宮の乙姫さまの肉の宮は、何方ぢやと云ふ事が分つて居らねば駄目ですよ』 常彦『それは云はいでも定つてゐますがな。系統の肉体に憑らいで何処へ憑らはりませう。乙姫さまだつて、依然日の出神さまの生宮に引添うて御座る御方に定つとるぢやありませぬか。それで言依別神様が信者一同に玉を開けて一度拝まし度いのだけれど、肝腎の系統の生宮さまが御帰りになる迄、吾々は開ける事は出来ないと云つて、御自分で何処かへ御納めになりました。貴方が些とも言依別さまの御館へ顔出しをなさらぬものだから、待つてゐられるのですよ』 高姫『言依別も大分此頃は改心が出来たと見えますワイ。此の肉体が日の出神の生宮ぢやと云ふ事が徐々と気が付いたらしい。なア竜宮の乙姫さま、それに就いても、些と分らぬぢやありませぬか。吾々が訪ねに行かずとも、それが分つた以上は日の出神や竜宮の乙姫様へ御礼に来ねばならない筈だ。本末顛倒も実に甚しい』 夏彦『決して決して、言依別様はそんな御考へは些とも無いのですが、貴方は何時も言依別の奴灰殻だとか、四足身魂だとか仰有るものだから言依別様は、貴方の御宅を御訪ねなされ度いのは胸一杯になつて居らつしやるのですが、人手の少いのに、又々秋季大清潔法をなさらんならぬ様な事が起ると、御気の毒だと云つて控へて御座るのですよ』 高姫『そんな御心配は要りませぬわ。日の出神や竜宮の乙姫の生宮が分る丈の身魂なら、最早四足身魂は退散して居るに違ひないから、高姫、黒姫が待ちかねてゐるから一遍御出でなさいと云つて下さい。いろいろと言うて聞かしたい事もある。何程賢い教主だと云つても年の若い経験の無い社会大学を卒業せない人だから、言はねばならぬ事が山程あるのだけれど、又煩さがられると思うて今迄云はずに居つたのだよ。それが本当なら言依別も見上げたものぢや。オツホヽヽヽ』 夏彦『折角立派な御玉が納まつて皆の信者が拝観したいと云つて待つて居ります。何卒その玉を貴女の御手で開いて貰はなければ誰も開く事が出来ぬのですから、何卒早く御機嫌を直して錦の宮へ御参詣の上、言依別様と御相談して下さいな』 高姫『ソリヤ道が違ひませう。言依別は教主だと云つても、それは人間が定めたもの、誠生粋の日の出神様や竜宮の乙姫様の御鎮まり遊ばす肉の宮へ、一度の面会にも出て来ぬと云ふ失礼な事がありますかい』 夏彦は言ひ憎さうに一寸頭へ手を上げて、 夏彦『あなたの仰有る事も一応は御尤ものやうに考へますが、そこはさう四角張らずに、言依別様は言依別様として、教主と云ふ名に対し貴方から御訪問なさるが至当だと思ひます。それも亦直接に御会ひになつてはいけませぬ。何程御嫌ひになつても総務の杢助さまの手を経て御面会をなさいませ。それが至当だと此の夏彦は御神徳を頂いてゐます』 高姫『あんな杢助や国依別のやうな行儀知らずに、阿呆らしくて面会が出来ぬぢやありませぬか。二つ目には四足かなんぞのやうにゴロンと横になり、不作法な…生宮の前でも寝て話をすると云ふ代物だから、国依別までが同じ様に猿の人真似をしよつて、好いかと思つてグレンと仰向けになり応対をして居るから、この高姫が「些と心得なさい、失礼ぢや無いか」とたしなめてやれば、霊界物語でさへも仰向けになつて、足をピンピン上げ以て結構な神界の因縁を説かれるぢやないかと、屁理屈をこねる仕方の無い奴だ。そんな奴を又言依別さまも人間が好いものだから、悦んで使つてゐると云ふ御目出度さ。第一これからが退けて了はなくちや、三五教も何時になつても駄目ですよ』 夏彦『あなたの御言葉は実に御尤もです。私も時々杢助さまが仰向けになつて、私達にいろいろの事を御指図をなさるので時々ムツとしてその訳を詰問すると杢助さまの言草が面白い。「今のやうな百鬼昼行の世の中の人間は、みんな鬼や蛇や悪魔が人間の真似をして立つて歩いて居るのだ。さうして蟹が行く横さの道計り平気でやつてゐるから耐らない。今日の世の中を革正しようと思へば、何うしても人のようせぬ事を致さねば立替、立直しは出来ない。今日の社会を見なさい、その潮流は滔々として横へ横へと流れてゐるぢやないか。それが所謂天地自然の道だ。川の水でも潮水でも横に流れて居るべきものだ。数多の人命を乗せて走る汽車も矢張横に長うなつてゐる。レールでさへもさうぢやないか。もしもレールがチヨコンと坐つたり、立てつて見なされ、汽車は忽ち転覆するぢやないか。横に流れて居る河川は洋々として少しも淹滞なく、又愛らしい雛を育てる牝鳥は翼の中へ大切に抱えて巣の中へ寝てゐます。卵を孵すのだつて寝て居らねば孵りはしない。ノアの方舟だつて矢張り水面を横に進んで流れてゐる、水平社の運動でも……」と仰有いましたよ』 高姫『そんな屁理屈がありますか。この庭先の松や篠竹を見なさい。皆地から真直に上へ向つて立つてるぢやありませぬか。横になつてる奴は幹が腐つて風に吹き倒された木許りぢや。又本打切り末打断ちて皮を剥かれた枯木の材木ばつかりだ。横になつてる奴に碌なものがありますか。さうだから杢助では駄目だと云ふのですよ』 と力をこめて握拳で閾を思はずポンと叩き、『アイタヽヽ』と云はんとしたが、『アイ……』と云つた限り顔を顰めて左の手でコツソリと撫でてゐるその気の毒さ。 常彦『なんと理屈は何方へでもつくものですな。火中水あり、水中火あり、火は水の力を借つて燃え上り、水は火の力に依つて動かされる道理で、何方から聞いても理屈は合ひますワイ。それで経が変性男子、緯が変性女子と神様が仰有るのでせう。経糸計りでは所詮駄目で、矢張り緯糸が無ければ錦の機は織る事は出来ませぬ』 高姫『その緯がいかぬのですよ。緯は梭が落ちたり、糸が切れたり致すから、それで変性女子の行方は駄目だと云ふのだよ…… 機の緯織る身魂こそ苦しけれ一つ通せば一つ打たれつ なんて弱音を吹いて居るやうな言依別に何が出来ますかいな。イヤイヤ矢張言依別は出来ぬとも限らぬ。此頃は大分に改心をしかけたから、変性男子の経糸に対して、私がサトクとなつて立派な機を織つて見せませう。緯糸になる緯役さへサトクの言ふ通り従いてくれば好いのだ。……ナア黒姫さま、さうぢやありませぬか』 黒姫『左様々々、貴方の仰有る通り一分一厘毛筋の横巾程も違ひはありませぬ。何卒一時も早う杢助さまが改心さへしてくるれば、何にも云ふ事はありませぬがなア』 常彦『杢助さまの方では何卒一日も早く高姫さまや黒姫が改心さへしてくれれば何も云ふ事はないがなア…と首を傾げて大変に考へてゐましたよ。国依別だつてあんたの敵対役に実際の所はこしらへてあるのですよ。此間もお肴だと云つて石を持つて来たでせう。それは大きな声では云へぬが全く言依別様の御指図ですよ』 高姫『ナニ、言依別が……あんまりぢやないか』 常彦『言依別様は深い思召しがあつて国依別にあーいふ事をさせて、お前さまが怒るか怒らないか、怒るやうでは玉の御用をさす時機がまだ来て居らぬのだし、それを耐へ忍ぶやうな高姫さまなら、モウ大丈夫だからと云つて気を御引きなさつたのですよ。お前さまは矢張腹が立ちませうね』 高姫『エー腹が立つといふやうな、そんな小つぽけな精神で、大和魂と云はれますかい。大海は塵を選まず、百川の濁流を呑んで濁らずと云ふ高姫の態度ですからなア。天の高くして諸鳥の飛翔するに任するが如く、海の濶く深くして魚鼈の躍るに任すが如しといふ広大無辺の大精神ですから……ヘン……あんまり見損ひをして貰ひますまいかい。妾を試すなんて猪口才過ぎる。矢張自分の心が小さいからだよ。自分の心の尺度を以て、生神様の大精神を測量しようと思ふのが、テンから間違つてゐる。併し乍らそこまで言依別もなつたか、ホンに可愛いものだ。……そんなら常彦さま、お前、言依別さまに逢つて、高姫さまは彼の位な事は、何処を風が吹くらんといふやうな態度で、余裕綽々、泰然自若として笑つて御座つたと、実地正真らしく……オツトドツコイ……実地正真の立派な態度を、よく腹へシメこんで置いて申上げるのだよ』 常彦『兎も角今日の有りの儘を申上げたら好いのですか。嘘は一寸も云はれぬ御道ですからなアー』 高姫『エー矢張モウ云うて下さるな。妾が直接に御目にかかつてその寛大振を見せて来るから、今日の事は何にも云ひつてはなりませぬぞ』 常彦『魚心あれば水心あり、打てば響くとやら……、ナア夏彦、さうぢやないか。チツトはコンミツシヨンとか、ボーナスとか有りさうなものだなア』 黒姫『オホヽヽヽ、何と現金なお方だこと』 常彦『何分此肉体は融通の利く人間ですが、三五教の誠の教を守護神の奴、腹中で、すつかりと聞き居つたものだから、相手の通り云ひたがつて仕様がありませぬ。この肉体は何も云ひませぬ。副守の奴に何か気をつけてやつて下さい。袂が重ければ重い程都合が宜しいで。少々の重味位乗せた所で、中々の強い奴ですからなア』 高姫『マアマア成功の後、御注文通りボーナス(棒茄子)なつと、ボーウリ(棒瓜)なつと、干瓢なつと上げませうかい』 常彦『そいつはなりませぬぞ。何事も前銭を出して註文して置かねば、何程変換されても仕方がありますまい。証拠金とか手付金とか先へ頂いて公証役場へ行つて、公正証書でも取つて置きませうかな。アハヽヽヽ』 高姫『コレ常彦さま、冗談もよい加減にしなさい。……千騎一騎の此場合ぢやありませぬか』 常彦『ソラさうでせう。あなたにとつては千騎一騎、吾々は及ばず乍ら麻邇宝珠の御迎へを御勤め申し、一寸休養を賜はつて居るところですから、極めて悠々閑々たるものです。兎も角他の苦労で徳をとらうと云ふのは、却て骨が折れるものですワイ。併しこれは世間の話しですよ。お前さまは気が早いから直に自分の事に取つて怒る癖があるから剣呑だ』 高姫『何を仰有る。それは大きな声で云はれぬが、言依別命の事でせうがなア』 常彦『あんたはさう思つてますか。それで安心だ……。なア夏彦さま』 夏彦『オホヽヽヽ、イヤモウ何うも感心いたしました』 斯かる処へ夜の閑寂を破つて宣伝歌の声が聞えて来た。 (亀彦)『神が表に現はれて善と悪とを立別ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直せ聞直せ 身の過ちは宣り直せ頑迷不霊の高姫も 執着深き黒姫も天と地との御水火より 現はれませる神の御子神素盞嗚大神の 仁慈無限の御心を酌みとりまして言依別の 瑞の御魂は八尋殿麻邇の御珠を奥深く 納め給ひて高姫や黒姫さまの帰るまで 拝観する事ならないと言葉厳しく宣り伝へ 高姫さまの一行が聖地を指して帰り来る その吉日を待ち玉ふ思へば深し神の恩 仰げば高し御恵み露だも知らぬ高姫が 聖地に帰り来乍らも錦の宮の大前に 未だ詣でし状も無し玉照彦や玉照姫の 神の柱は言ふも更神素盞嗚大神の 珍の御子とあれませる五十子の姫や梅子姫 わけて尊き英子姫言依別の教主等に 未だ一度も挨拶の便りもきかぬうたてさよ あゝ惟神々々御霊幸倍ましまして 執着心と片意地にとりからまれし両人や 高山彦の身魂をば神の御稜威にさらさらと 清め玉ひて片時も疾く速けく大前に 詣で来りて神業に参加なさしめ玉へかし 如何に高姫黒姫が頑強不霊と云ひ乍ら 神の御裔の方々に無礼の罪を重ぬるは 実に悲しき事ぞかし教の道の友彦を 一度遣はし見たれども金門を守る安公に 追ひ退はれて減らず口叩いて館へ立帰り 面を膨らせブツブツと小言の限り列べ立て とりつく島もなき別れわれは亀彦宣伝使 英子の姫の御言もて高姫黒姫両人を 今や迎へに来りけり月は御空に皎々と 輝き渡り万有に恵みの露を賜へども 心の空の村雲に十重に二十重に包まれて 黒白も分かぬ胸の闇晴らし玉へよ天津神 国津神達八百万三五教を守ります 皇大神の御前に万代祝ふ亀彦が 謹み敬ひ祈ぎ奉るあゝ惟神々々 御霊幸倍ましませよ』 と歌ひつつ高姫館を指して次第々々に近づき来る。 亀彦は門の開きあるを幸ひ、つかつかと進み来り、 亀彦『モシモシ夜中にお邪魔を致しまするが、私は亀彦の宣伝使で御座りまする。江州の竹生島より英子姫様と同道にて聖地へ参つて居りまする。承はりますれば高姫様、黒姫様、高山彦と共にお帰り遊ばしたとのこと、御機嫌をお伺ひに参りました。お差支なくばお通し下さいませ』 高姫『ヤア貴方は亀彦さまか。よくマア竹生島に於て国依別さまと東西相応じ、御親切に何から何まで御注意下さいまして有難う御座います。私も一度英子姫様始め、貴方達にもお礼のためにお伺ひ致したいと思つて居ましたが、何とは無しに貧乏暇なしで御無礼を致して居りまする。併し乍ら今日は来客がありますので、失礼乍らお帰り下さいませ。只今の宣伝歌を拝聴いたしましたが、随分立派なお声でお節もお上手になられました。丁度竹生島の社の後に現はれ玉うた女神様のお声その儘でしたよ。オホヽヽヽ』 亀彦『御差支とあれば是非が御座いませぬ。左様ならば、お暇致しませう』 と云ひつつ月の光を浴び乍ら足早に帰り行く。後見送つて高姫は、 高姫『オホヽヽヽ、やつぱり気が咎めると見えますワイなア。……黒姫さま、高山彦さま、あの亀彦が恐相な帰り様、計略の裏をかかれて、コソコソと鼠のやうになつて逃げたぢやありませぬか』 黒姫『ウフヽヽヽ』 高山彦『アハヽヽヽ』 (大正一一・七・二二旧閏五・二八外山豊二録) |
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霊界物語 | 27_寅_麻邇宝珠の紛失/琉球物語 | 04 教主殿 | 第四章教主殿〔七八六〕 松の老木、梅林楓の紅葉、百日紅 木斛、木犀、樅、多羅樹や緑紅こきまぜて 幽邃閑雅の神苑地魚鱗の波を湛へたる 金竜池に影映す言霊閣は雲表に 聳りて下界を睥睨し神威は四方に赫々と 轟き亘る三五の神の教の教主殿 八咫の広間に寄り集ふ梅子の姫を始めとし 神の大道に朝夕にいそしみ仕ふる五十子姫 闇をはらして英子姫万代寿ぐ亀彦や 五十鈴の滝の音彦や心も光る玉能姫 玉治別を始めとし初稚姫や杢助は 言依別と諸共に奥の広間に座を占めて 玉依姫の賜ひたる麻邇の宝珠の処置につき 互に協議を凝らし居る時しもあれや玄関に 現はれ来る三人連れ御免々々と訪へば 玉治別は出迎へ一目見るより慇懃に 笑顔を作り腰屈め高姫さまか黒姫か 高山彦の神司ようこそお入来下さつた 言依別の神司其他数多のお歴々 今朝からひどう御待兼ねサアサア御通りなさいませ 高姫軽く会釈してそれは皆さまお待兼ね 奥へ案内願ひませう黒姫さまや高山彦の 神の司のお二方サアサア共に参りませう 黒姫夫婦は黙々とものをも言はず足摺りし 静々あとに従うて奥の間さして進み入る。 高姫『ヤア是は是は言依別様を始め、英子姫様其他のお歴々様方の御前も憚らず、賤しき高姫、恐れ気もなく御伺ひ致しまして、さぞ御居間を汚すことで御座いませう。何事も神直日大直日に広き御心に見直し聞直しまして、此老骨をお咎めなく可愛がつて下さいませ』 一同は一時に手をついて、礼を施した。 言依別『高姫様、そこは端近、ここにあなた方お三人様のお席が拵へて御座います。どうぞこちらへお坐り下さいませ』 高姫『何分にも身魂の研けぬ、偽日の出神の生宮や、体主霊従の身魂計りで御座いまするから、そんな正座につきますのは畏れ多う御座います。庭の隅つこで結構で御座いますが、御言葉に甘えて、お歴々様の末席を汚さして頂くことになりました。どうぞ左様な御心配は下さいますな』 玉能姫『高姫様、さういふ御遠慮には及びますまい。教主様の御言葉、どうぞお三人様共快くお坐り下さいませ』 高姫『コレお節、御歴々様の中も憚らず、何をツベコベと……女のかしましい……口出しなさるのだ。チツと御慎み遊ばせ。もう少し神様の感化に依りて淑女におなりなさつたかと思へば、ヤツパリお里は争はれぬもの、平助やお楢の娘のお節丈あつて、名は立派な玉能姫さまでも、ヤツパリ落付きがないので、かういふ時には醜態もない。高姫がかう申すと、猜疑心か、意地悪かの様に思ふでせうが、決して私はそんな心は毛頭も持ちませぬ。お前さまの身魂を立派なものに研き上げて、神業に参加なさつた手前、恥しくない様に、終始一貫した神司にして上げたい計り、お気に障る様なことを申しますワイ。必ず必ず三五教の教は、悪意に取つてはなりませぬぞ。序に初稚姫にも云うておきますが、お前もチツとは我慢が強い。何程杢が総務ぢやと云つて、親を笠に被り年端も行かぬ癖に肩で風を切り、横柄面を曝してはなりませぬぞ。金剛不壊の如意宝珠を何々したと思つて慢心すると、又後戻りを致さねばなりませぬから、慈母の愛を以て行末永きお前さまに注意を与へます』 玉能姫『ハイ何から何まで御心をこめられし御教訓、猜疑心などは少しも持ちませぬ。此上、何事も万事足らはぬ玉能姫、御指導を御願ひ致します』 高姫『お前さまはそれだから可かぬのだ。ヘン、言依別の教主さまから、紫の玉の御用を仰せつけられ、何々へ何々したと思つて、鼻にかけ、玉能姫なんて、傲慢不遜にも程があるぢやありませぬか。そんな保護色は綺麗サツパリと払拭し去り、何故お節と仰有らぬのだ。かう申すと又お前さまは平助でもない、お楢でもない様な、お節介ぢやと御立腹なさるだらうが、人は謙遜と云ふ事が肝腎ですよ。今後はキツと玉能姫なぞと大それた事は御遠慮なさつたがよからう。何から何まで、酢につけ味噌につけ、八当りに当つて根性悪を高姫さまがなさるなぞと思つちや大間違ですよ。……これお節さま、わたしの申すことに点の打ち所がありますかなア』 玉能姫『ハイ、実に聖者のお言葉、名論卓説、玉能姫……エー否々お節、誠に感服仕りました。其剛情……イエイエ御意見には少しも仇は御座いませぬ、併し乍ら個人としてはお節でも、お尻でも少しも構ひませぬが、神様の御用を致します時は、教主様から賜はつた玉能姫の職掌に奉仕せねばなりませぬから、公の席に於ては、どうぞ玉能姫と申すことをお許し下さいませ』 高姫『女と云ふ者はさう表に立つて、堂々と神業に参加するものではありませぬ。オツトドツコイ……それはエー、ある人の言ふ事、私とても女宣伝使、女でなくちや、天の岩戸の初から夜の明けぬ国、言依別の教主様もヤツパリ女に……綺麗な女の言葉は受取易いと見えますワイ。オツホヽヽヽ、もう斯う皺が寄つて醜うなると、到底若い教主様のお気に入らないのは尤もで御座います。こんなことを申すと、又高姫鉄道の脱線だと仰有るかも知れませぬが、決して脱線でも転覆でも御座いませぬぞ。皆日の出神さまが私の口を借つての御託宣、冷静に聞き流されては高姫聊か迷惑を致します。お節計りでない、お初も其通り、初稚姫なぞと大それたことを言つちやなりませぬぞ。本末自他公私を明かにせなならぬお道、神第一、人事第二ぢやありませぬか。私は系統の身魂、四魂の中の一人、日の出神の生宮、言依別さまが何程偉くても人間さまぢや。人間の言ふことを聞いて、此生神の言葉を冷やかな耳で聞き流すとは、主客転倒、天地転覆も甚しいと云はねばなりませぬぞえ。……コレ田吾作、お前も余程偉者になつたなア。竜宮の一つ島へ行つて、玉依姫様に玉を頂き乍ら、スレツからしの黄竜姫に渡したぢやないか。ヤツパリ田吾作はどこ迄も田吾作ぢや、どこともなく目尻が下つて居る。何程顔が美しくても……其声で蜴喰ふか時鳥……、心の奥の奥まで、なぜ見抜きなさらぬ。そんな黄竜姫の様な若い方に渡すのならば、なぜスツと持つて帰つて、立派な生宮にお渡しせぬのぢやい。お節だつて、お初だつて、皆量見が間違つて居るぢやないか。あんまり甚しい矛盾で、開いた口が塞がりませぬワイな。……コレコレ英子姫さま、梅子姫さま、五十子姫さま、お前さまは変性女子の系統、天の岩戸を閉めた身魂の血筋だから、よほど遠慮をなさらぬと可けませぬぞえ。人がチヤホヤ言うと、つい好い気になるものだ。何程立派な賢い人間でも、悪くいはれるのは気の好くないもの、寄つてかかつて持上げられると、つい好い気になり、馬鹿にしられますぞえ。表で持上げておいて、蔭でソツと舌を出す世の中で御座いますからな』 英子姫『ハイ、有難う御座います。御懇切な御注意、今後の神界に奉仕する上に於ても、あなたのお言葉は私の為には貴重なる羅針盤で御座います。併し乍ら面従腹背的の人間は、此質朴なる今の時代には御座いますまい。善は善、悪は悪とハツキリ区劃が立つて居りまする。左様な瓢鯰的の行動をとる人間は、三十万年未来の二十世紀とか云ふ世の中に行はれる人間同志の腹の中でせう』 高姫『過去現在未来一貫の真理、そんな好い気な事を思つて居らつしやるから、無調法が出来ますのだ。エ、併し大した……あなた方に不調法は出来て居らないから、先づ安心だが、併し三五教は肝腎要の日の出神の生宮は誰、竜宮の乙姫即ち玉依姫の生宮は誰だと云ふ事が分らなければ、どこまでも御神業は成就致しませぬぞ。それが分らねば駄目ですから、今後は私の云ふ事を聞きますかな』 玉治別『モシ英子姫様、決して何事も高姫さまが系統だと云つて、一々迎合盲従は出来ませぬぞ。婆心乍ら一寸一言申上げておきます』 英子姫『ハイ有難う御座います』 高姫『コレ田吾、お前の出る幕とは違ひますぞ。日の出神が命令する。此場を速に退席なされ』 玉治別『ここは言依別様の御館、御主人側より退席せよと仰せになる迄は、一寸も動きませぬ。我々は神様の因縁はチツとも存じませぬ。只言依別の教主に盲従否明従して居るのですから、御気の毒乍ら貴女の要求には応じかねます。何分頻々として註文が殺到して居る、今が日の出の店で御座いますから、アハヽヽヽ』 高姫『コレ黒姫さま、高山彦さま、お前さまは借つて来た狆の様に、何を怖ぢ怖ぢしてるのだ。日頃の鬱憤………イヤイヤ蘊蓄を吐露して、お前さまの真心を皆さまの前に披瀝し、諒解を得ておかねば今後の目的……否神業が完全に勤まりますまい』 黒姫『あまり貴女の……とつかけ引つかけ、流暢な御弁舌で、私が一言半句も申上げる余地がなかつたので御座います』 高姫『アヽさうだつたか、オホヽヽヽ。余り話に実が入つて気がつきませなんだ。そんなら黒姫さま、発言権を貴女にお渡し致します』 黒姫『ハイ有難う御座います。私としては別にこれと云ふ意見も御座いませぬが、只皆様に御了解を願つておきたいのは、竜宮の乙姫様即ち玉依姫様の肉のお宮は、黒姫だと云ふことを心の底より御了解願ひたいので御座います』 杢助『アハヽヽヽ』 黒姫『コレ杢さま、何が可笑しいのですか。チト失敬ぢやありませぬか』 と舌鋒を向けかける。 杢助『黙して語らず……杢助の今日の態度、さぞ貴女にも飽き足らないでせう。杢助は総務として、責任の地位に立つて居る以上、成行きを見た上で、何とか申上げませう』 黒姫『コレ玉治別さま、玉能姫さま、一番お偉い初稚姫さま、お前さまはあの玉を誰に貰つたと思うて居ますか』 初稚姫『ハイ、竜の宮居の玉依姫様から……』 玉能姫『竜宮の乙姫さまから………』 黒姫『そらさうに違ひありますまい。そんなら私を何とお考へですか』 初稚姫『あなたは怖いお婆アさまの黒姫さまだと思ひます。違ひますかな』 玉能姫『竜宮の乙姫様の生宮だと聞いて居りまする』 黒姫『さうか、お前さまはヤツパリ年とつとる丈で、どこともなしに確りして居る。併し乍ら聞いた計りで、信じなければ何にもなりませぬぞ。信じて居られますか、居られませぬか、それが根本問題です』 玉能姫『ハイ、帝国憲法第二十八条に依つて、信仰の自由を許されて居りますから、信ずるも信じないも、私の心の中にあるのですから……』 黒姫『成るべくはハツキリと言つて貰ひたいものですな』 玉能姫『ハツキリ言はない方が花でせう。……ナア初稚姫さま、あなた如何思ひますか』 初稚姫『私は黒姫さまを厚く信じます。併し乙姫様の生宮問題に就ては不明だと信ずるのです』 黒姫『誰も彼も歯切れのせぬ御答弁だな。女童の分る所でない、神界の御経綸、どんな人にどんな御用がさせてあるか分らぬぞよ……とお筆に出て居ります。マアそこまで分れば結構だ。……コレコレ玉治別さま、お前さまの御意見はどうだな』 玉治別『私の御意見ですか。私の御意見はヤツパリ御意見ですな。灰吹から蛇が出たと申さうか、藪から棒と申さうか、何が何だかテンと要領を得ませぬワイ』 黒姫『さうだろさうだろ、分らな分らぬでよい。分つてたまる事か。広大無辺の神界のお仕組を、田吾作さま上りでは分らぬのが本当だ。これから私が神界の事を噛んで啣める様に教へて上げるから、チツと勉強なされ』 玉治別『お前さまに教へて貰ひますと、竹生島の弁天の床下に隠してある三つの宝玉が出て来ますかな。私も其所在さへつきとめたら、竜宮の乙姫の生宮だと云つて、羽振を利かすのだけれどなア。序に日の出神にも成り澄すのだが、……黒姫さま教へて下さいますか』 高姫『コレコレ黒、黒、黒姫さま、タヽ田吾に相手になんなさんな。……コレ田吾さま、お前さまは我々を嘲弄するのですか』 玉治別『滅相もない、神様から御神徳をタマハルワケを聞かして下さいと言つて居るのですよ。何分私の身魂が黒姫で、慢心が強うて、鼻が高姫で、おまけに頭が高うて、福禄寿の様に延長し、神界の御用だと思つて一生懸命になつてお邪魔を致して居りまする田吾作で御座いますから、どうぞ宜しく執着心の取れますよう、慢心の鼻が折れますやう、守り玉へ幸ひ玉へ、アヽ惟神霊幸倍坐世』 高姫『ヘン仰有るワイ。黒姫さま、高山彦さま、サア帰りませう。アタ阿呆らしい。お節やお初、田吾や杢に馬鹿にせられて、日の出神様も、竜宮の乙姫さまも、涙をこぼして居やはりますぞえ。何と云つても優勝劣敗、弱肉強食だ。善の分るのは遅いぞよ、其代り立派な花が咲くぞよとお筆に出て居ります。皆さま、アフンとなさるなツ。是から是からサア是れから獅子奮迅の勢を以て、三五教を根本から立替いたすから、あとで吠面かわかぬようになされませや。ヒン阿呆らしい』 と座を立つて帰らうとする。英子姫は、 英子姫『モシモシ高姫様、一寸お待ち下さいませ。それは余りの御短慮と申すもの、十人十色と申しまして、各自に解釈が違つて居りまするが神様は一つで御座います。さうお腹を立てずに、分らぬ我々、充分納得のゆく様にお示し下さいませ。誠の事ならばどこまでも服従いたします』 高姫はニヤリと笑ひ乍ら、俄に機嫌をなほし、 高姫『流石は八乙女の随一英子姫様、お前さま丈だ。目のキリツとした所から口元の締つた所、ホンにお賢い立派な淑女の鏡だ。お前さまならば、此高姫の申すことの分るだけの素養はありさうだ。そんならモ一度坐り直して、トツクリと御意見を伺ひませう』 と一旦立つた膝を、又元の座にキチンと帰つた。 英子姫『私は御存じの通り、まだ世の中に経験少き不束者、どうぞ何から何まで御指導をお願ひ致します。就きましては御聞き及びでも御座いませうが、此度竜宮の一つ島、諏訪の湖より五色の貴重なる麻邇の宝珠が無事御到着になりまして、言依別様が兎も角お預り遊ばして、一般の信徒等に拝観をさせ、それから一々役を拵へ、大切に保管をいたさねばなりませぬ。何分……貴女始め黒姫さま、高山彦さまの肝腎の御方が御不在でありましたので、今日まで拝観を延期して居りました次第で御座います。先づ第一に其玉の御点検を、高姫様、黒姫様に御願ひ致しまして、それぞれ保管者を定めて頂かねばなりませぬ。……今日は言依別様始め皆様と御協議で御足労を煩はした様な次第で御座いますから、どうぞ日をお定め下さいまして、御点検を願ひ、其上で保管者をお定め願はねばなりませぬ』 高姫ニツコと笑ひ、 高姫『流石は英子姫さま、言依別さまも大分によく分つて来ました。併し乍ら、梅子姫様、五十子姫、杢助さまの御意見は……』 英子姫『何れも私と同意見で御座います』 高姫『それならば頂上の事、日の出神の生宮が先づ麻邇の宝珠を受取り、竜宮の乙姫の生宮が玉を検めて、其上、各自日の出神、竜宮の乙姫の指図に従つて一切万事取行ふことと致しませう。此玉が無事に納まつたのも、此高姫が神界の命に依つて、黒姫さまを一つ島へ遣はしたのが第一の原因、次に黒姫は高山彦さまと共に竜宮島の御守護を遊ばされ、肝腎要の結構な玉を他に取られない様に、其身魂をお分け遊ばして玉依姫命となし、此玉を大切に保管しておかれたからだ』 英子姫『ハイ………』 玉治別『黒姫さまの分霊は又大変に立派なものだなア。其神格と云ひ、御精神といひ、容色と云ひ、御動作と云ひ、実に天地霄壤の相違があつた。これが本当なら、雀が鷹を生んだと云はうか、途方途徹もない事件だ。此玉治別も竜宮の玉依姫様から玉を受取つた時の心持、一目拝んだ時の気分と云ふものは、中々以て黒姫さまの前へ行つた時とは、月と鼈ほど違つた感じが致しましたよ』 高姫『コレ田吾さま、黙つて居なさい。新米者の分る事ですかいな』 玉治別『さうだと云つて、其玉に直接に関係のあるのは私ですからなア』 五十子姫『玉治別さま、何事もお年のめしたお方の仰有ることに従ひなさる方が宜しからう』 玉治別『ヘーエ、そらさうですな』 と煮え切らぬ返事をし乍ら頭をかいて居る。 梅子姫『今迄の経緯は何事もスツパリと川へ流し、和気靄々として御神業に奉仕することに致しませう。……高姫様、黒姫様、高山彦様、従前の障壁を除つて、層一層神界のため、親密な御交際をお願ひ致します』 高姫『ヨシヨシ、結構々々』 黒姫『お前さまも少々話せる方だ』 玉治別『何だか根つからよく分りました。何は兎も有れ、日をきめて頂きませう。信者一般に報告する都合がありますから……』 言依別は杢助の方を看守つた。杢助は厳然として立上り、 杢助『かくも双方平穏無事に了解が出来ました以上は、来る二十三日を以て、麻邇の宝珠を一般に拝観させることに定めたら如何でせう。先づ第一に高姫様、黒姫様の御意見を承はりたう御座います』 高姫ニコニコし乍ら立上り、 高姫『何事も此件に付ては、杢助さまの総務に一任致しませう』 黒姫『私も同様で御座います』 高山彦『どちらなりとも御都合に願ひます』 杢助『左様ならば愈九月二十三日と決定致します。皆さま、御異存あらば今の内に御遠慮なく仰有つて下さい』 一同『賛成々々』 と言葉を揃へる。折柄吹き来る秋風に十二分の涼味を浴び乍ら各自に退場する事となつた。アヽ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・七・二三旧閏五・二九松村真澄録) |
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霊界物語 | 27_寅_麻邇宝珠の紛失/琉球物語 | 05 玉調べ | 第五章玉調べ〔七八七〕 仰げば高し久方の高天原の若宮を 地上に写し奉り大宮柱太知りて 高天原に千木高く仕へ奉りし珍館 錦の宮に連なりし稜威も広き八尋殿 英子の姫を始めとし梅子の姫や五十子姫 初稚姫や玉能姫音彦亀彦始めとし 杢助総務其外の役員信者は粛々と 八尋の殿に寄り来り早くも殿の内外に 溢るるばかりなりにけり。 かたの如く祭りも無事に終了した。上段の間には杢助の総務を始めとし、英子姫、五十子姫、梅子姫、初稚姫、玉能姫、お玉の方、最高座には玉照彦、玉照姫扣へられ、亀彦、音彦、国依別の幹部連、秋彦、夏彦、常彦を始め、英子姫と相並んで黄竜姫、蜈蚣姫、テールス姫末端に扣へ、友彦は幹部の上席に顔を並べて居た。群集を分けて意気揚々と登り来る高姫、黒姫、高山彦の三人は、今日玉調べの神務奉仕の役として、盛装を凝らし、英子姫よりも一段と上座に着いた。 杢助『私は素より鈍魂劣器至愚至痴なる身魂の持主で御座いまして、総務なぞをお勤め申す柄ではありませぬが、神命黙し難く心ならずも拝命致し、皆様のお助けに依つて御用の一端を勤めさして頂いて居りますは、是れも全く皆様の御同情のお蔭と厚く感謝致します。就ては私も少しく思ふ所あつて、神界の為めに、もう一働き致したう御座いまするので、後任者を推薦致して置きました。教主様は今日は急病でお引籠もりで御座いますから、御意見を伺ふ事は出来ませぬが、私の後任者として淡路島の東助様を、御苦労に預りたいと思うて、内々伺ひは出して御座います。就きましては、今日は実にお目出度い日柄で御座いまして、竜宮島より、お聞及びの通り、五色の麻邇宝珠納まり、言依別命様が兎も角御主管なされて居られましたが、今日、高姫、黒姫のお取調を願ひ、信者一同に拝観をさせよと、教主のお言葉で御座いますから、其お心算で、ゆつくりと御拝観を願ひます。再び拝観する事は出来ぬので御座いますから、此際充分御神徳を戴かれる様に、一寸一言申上げて置きます』 一同は雨霰のごとく拍手する。杢助は初稚姫、玉能姫、五十子姫、梅子姫を伴ひ、社殿の奥深く進み、黄金の鍵をもつて傍の宝座を開き、各一個の柳筥を、頭上高く差し上げながら、静々と八尋殿の高座に現はれ、五個の柳筥は、段上に行儀好く据ゑられた。 高姫は段上にスツクと立ち、一同を見廻し乍ら、 高姫『皆さま、今日は誠に結構なお日柄で御座います。今迄は瑞の御霊の三種の神宝此処に納まり、今日又厳の御霊の五色の神宝無事に納まり、皆様が拝観の光栄に浴さるる空前絶後の第一吉祥日で御座います。神様は引掛け戻しのお経綸をなさいますから、肝腎の厳の御霊の経を後に出し、瑞の緯を先に出したり、変幻出没究極す可らざる事を遊ばすのは、皆様御承知の事で御座いませう。今日迄三つの御玉を私共南洋あたりまで、捜索に行つたと申すのは、決して左様な緯役の玉を求めに行つたのではありませぬ。玉には随分モンスターの憑依するものでありますから、此高姫等は三つのお宝を探す様に見せて、其方に総ての精神を転じさせ、其時に日の出神、竜宮の乙姫の礎になるお方様が、一つ島に人のよう往かない如うな秘密郷の諏訪の湖に深く秘し、さうして仕組を遊ばして御座る事は、最初から我々両人の熟知する所、否仕組んで居る所で御座います。今日初稚姫、玉能姫、黄竜姫、梅子姫、蜈蚣姫其他五人の神司に、此御用をさせたのも日の出神の仁慈無限のお取計らひと、竜宮の乙姫様の御慈悲ですよ。それが分らぬ様では、三五教の五六七神政の仕組は到底、分るものではありませぬ。幸ひに賢明なる英子姫、稍改心の出来た言依別命の神務奉仕の至誠が現はれて、竜宮の麻邇の宝珠が聖地へ納まる事が出来る様になり、夫を受取り且つ調べるお役は特に此高姫、黒姫両人が致すべきもので御座います。依つて只今より御玉の改めを致しますから、皆さま、謹んで拝観なさるが宜しい。三つの御玉はどうならうとも私は知りませぬ。今度の五つの御玉こそ肝腎要な大望な御神業大事のお宝、就ては玉治別や其他の半研けの身魂が取扱つたのですから、少しは穢れて居ないかと心配を致して居るので御座います。身魂相応に玉の光が現はれるのですから、実に恐いもので御座いますよ。サアサ是れから、お民が預つてテールス姫に手渡した、黄色の玉を函から出して調べる事と致しませう。……黒姫さま、御苦労ながら一寸これへお越し下さい。さうしてお民さま、テールス姫さま、貴女は直接の関係者、此処にお扣へなされ』 『ハイ』と答へて両人は高姫の傍に立寄る。高姫は口をへの字に結び、柳筥の桂馬結びの紐を解き、恭しく玉函を捧げ、八雲琴の調子に合して体躯を揺り、手拍子を取りながら、機械人形の如うに柳筥の蓋を、シヤツチンシヤツチンと取つて見た。黄色の玉が出るかと思ひきや、中より団子石がゴロリと出た。よくよく見れば何か文字が記してある。高姫は眉を顰め光線にすかし見て「高姫、黒姫の身魂は此通り、改心致さねば元の黄金色の玉にはならないぞ」と記されてあつた。高姫は顔色烈火の如く、声を震はせ、 高姫『コレお民さま、テールス姫さま、お前さま達は偉さうな面をして、海洋万里の一つ島まで何しに往つて居つたのだ。アタ阿呆らしい。コンナ玉なら小雲川には邪魔になるほどあるぢやありませぬか』 お民『ハイ、何んな玉で御座います』 高姫『何んな玉もこんな玉もありますかい。お前の身魂の感化に依つて、折角の玉もこんな事になつて仕舞つた。……コレ、ジヤンナの土人の阿婆摺女テールス姫とやら、何の態だ、これは……阿呆らしい、早く改心なされ』 テールス姫『ハイハイ改心を致します。どうしてマアこんな玉になつちやつたのだらう、いやな事』 黒姫『それだから瑞の御霊は憑り易いと言ふのだ』 玉治別『瑞の御霊は憑り易いと仰有つたが、これは五の御玉ぢやありませぬか』 黒姫『何れも憑り易い身魂だ』 玉治別『そんなら貴女の身魂が憑つたのでせう。どれどれ、私が調べて見ませう』 高姫『お構ひなさんな。お前さまの如うな瓢六玉が見ようものなら、ただの玉になつて終ひます』 群集はワイワイと騒ぎ出した。 国依別は段上に立つて、 国依別『皆さま、お騒ぎなさるな。今日の玉調べは高姫さま、黒姫さまの身魂調べも同様ですから、決してテールス姫やお民さまの身魂が黒いのではありませぬ。最前も高姫さまが仰有つた通り、何と云うても御両人が、自分でお仕組なさつたのですから心配は要りませぬ。皆見る人の心々に写りますから……如意宝珠、又見る人の随意々々替はるから麻邇の宝珠といふのです。之が本物に違ひありませぬ。どうぞお騒ぎなさらない様に願ひます。一度高姫さまのメンタルテストをやる必要がありますからなア』 高姫『コレ国さま、お前さま、ゴテゴテ言ふ資格がありますか』 国依別『ありますとも、そんなら何故私に生田の森で、玉の所在を知らせ知らせと云つたのですか』 高姫『お前さまの言ふ事は、チツトより信用が出来ぬ。ブラツクリストに登録されて居る注意人物だ。お黙りなさい』 国依別『高姫署のブラツクリストに記されて居る私でも、チツト位信用が出来るのですか。私は又大いに信用が出来ぬと仰有ると思つたに……それはさうとして次の白色の玉を早く調べて見せて下さい』 高姫『八釜しう云ひなさるな。お前さまがツベコベ嘴を容れると、又玉が変化するかも知れませぬぞ。エヽ穢はしい。其方に往つて下さい。……サア今度は久助さま、友彦さま、お前さま達の責任だ。早く此処へお入来なさい』 両人は「ハイ」と云ひながら高姫の左右に寄り添うた。高姫は又もや以前の如く、恭しく柳筥を開いて見た。中には前同様の団子石に同様な事が書いてある。高姫はへの字に結んだ口をポカンと開けて暫し見詰めて居た。群集は又もやワイワイ騒ぎ出した。国依別は又もや段上に押し上り、 国依別『皆さま、お騒ぎなさいますな。コリヤこれも屹度以前の通り団子石ですよ。丸で狐につままれた如うですが、これも心の随意々々変化する玉ですから、驚くに及びませぬ。小人玉を抱いて罪ありと云うて、どんな立派な玉でも小人物が扱うと、其罪が直に憑つて団子石になるのですから、団子石だと言うて力を落してはなりませぬぞ。これでも身魂の磨けたお方が見れば本真物になります』 黒姫『コレコレ国さま、いらぬ事を仰有るお前こそ小人だ。お前の様な小人が居るものだから、此通り玉が変化する。私が竜宮で久助に渡した時は、こんなものぢや無かつた。久助と友彦の慢心の身魂が憑つてこんなに変化したのですよ。大勢の前に、此様身魂ですと曝されて、誠に誠にお気の毒様ですけれどもお諦めなされ』 友彦は大いに怒り目をつり上げながら、黒姫の頸筋をグツと握り締め、 友彦『コラ黒姫、失敬な事を言ふか、大勢の前で人の身魂の悪口を云うと言う事があるものか』 爪の延びた手で頸筋をグツと喰ひ入る程掴み押へつける。黒姫は「キーキー」と言ひ乍ら其場に蹲踞む。側に居た高山彦は友彦の襟髪をグツと取り、段上から突き落さうとした途端に、友彦は体をパツとかはした。高山彦は二つ三つ空中廻転をして、群集の中に唸りを立てて落ちて来た。「サア大変」と大勢は寄つて掛つて介抱をし乍ら、痛さに唸く高山彦を担いで、黒姫館にドヤドヤと送つて行く。 国依別『黒姫さま、誠にお気の毒な事で御座いました。貴女も嘸お腹が立ちませう。又高山彦も思はぬ御災難で誠に御心配でせう。然し乍ら此処は神様の前、滅多な事は御座いませぬから御安心なさいませ』 黒姫『何から何まで、何時もお構い下さいまして、……ヘン……お有難う御座いますワイなア』 と肩と首をカタカタと揺つて居る、其容態の憎らしさ。 杢助『友彦殿、今日は職権を以て退場を命じます』 友彦『仕方がありませぬ。御命令に従ひ自宅へ控へ命を待ちまする。立腹の余り、ツイツイ粗怱を致しました』 と帰り行く。後見送りて黒姫は肩の中に首を耳の辺りまで石亀の如に突込んで仕舞ひ、頤を出したり引込めたり、舌を唇でチヨツと噛んで、何とは無しに嘲弄気分を表はして居た。 高姫『杢助さま、どうも怪しからぬぢやありませぬか。折角の如意宝珠の玉をこんな事にして仕舞うとは、一体全体訳が分らぬぢやありませぬかい。此責任は誰にありますか。……久助さま、お民さま、テールス姫さま、こんな不調法をして置いて、よう安閑として居れますな。此高姫が三人に対し退場を命じます。よもや杢助さま、是に向つて違背は有りますまいな』 杢助『何事も責任は私に有りますから、三人のお方はどうぞ此処に動かずに居て下さい』 三人一度に「ハイ」と俯向く。 高姫『エヽそんなら時の天下に従へだ、もう何も言ひますまい。是から青玉だ。……サア玉治別、黄竜姫様、此処にお出でなさい。さうして久助さま、元の座にお帰りめされツ』 と稍甲声を張り上げながら、又もや例の如く調査し、恭しく玉筥の蓋を取つて見た。高姫の顔は又もや口が尖り出した。舌を中凹に巻いて二三分ばかり唇の外に出し、首を右の方に傾げて目を白黒させ、両手を開いて乳の辺りで行儀好く、扇を拡げた様にパツとさせ、腰を二つ三つ振つて居る。玉治別は是れを眺めて、 玉治別『これ高姫、黒姫、矢張お前さまお二人は改心が足らぬ。海洋万里の竜宮の一つ島の、秘密郷の諏訪の湖水から聖地高天原迄、万里の天空を八咫烏に乗せられ捧持して帰つた結構な玉を、黒鷹の身魂が憑つて斯んなに変化さしよつたのだ。玉治別承知致しませぬぞツ』 と今度は反対に高姫に喰つて掛る。 高姫『へー甘い事を仰有いますワイ。肝腎要の水晶玉の高姫が覗いて、玉が変化する道理が何処に有りますか。お前さまがあんまり慢心して御用した御用したと、法螺を吹くものだから斯んな事になつたのだ。……コレ小糸どん、此醜態は何だいな。これで立派に御用が勤まつたのですかい。本当に呆れてものが言へませぬワイ。これ小糸どん、どうして下さる。結構な玉に悪身魂を憑して、お前さまは神界のお邪魔を致す曲者だよ。童女の癖に大の男をアフンとさせる様な悪党者だから、玉の御用が出来さうな道理がない。妾は初めから、お前が玉の御用をしたと聞いた時、フフーと惟神的に鼻から息が出ました。日の出神が腹の中から笑うて御座つたのだ』 黄竜姫は屹となり、『高姫さま』と声に力を入れ、 黄竜姫『ソレは余りの御言葉ではありませぬか。貴女の御身魂さへ本当にお研けになれば、本当の玉がお手に入るのですよ。屹度、神様がお隠しになつたのだが、御自分の心から御立替遊ばせ。さうすれば、本当の麻邇の宝珠がお手にお入り遊ばすのでせう』 高姫『何と云つても立派な御弁舌、高姫も二の句が次げませぬ。オホヽヽヽ』 と肩を揺り又も腮をしやくる。 玉治別『モシモシ黄竜姫さま、斯様な没分暁漢のお婆アさま連に相手になつて居つても詰りませぬから、もう止めて置きませう』 黄竜姫はニタリと笑ひながら、 黄竜姫『ハイ、さう致しませう』 と元の座に帰る。 高姫『アノマアお仲の好い事ワイの。ホヽヽヽヽ、若い男と女には監視を付けて置かにや険難だワイ』 杢助は苦虫を噛み潰した如うな顔をして、厳然として無言の儘扣へて居る。 高姫『コレ杢助さま、お前も偉さうに総務面をして御座つたが、今日は目算ガラリと外れただらう。アノマア恐い顔ワイなア』 杢助『アハヽヽヽ、何だか知らぬが面白い事で御座るワイ。アハヽヽヽ』 高姫『コレ黒姫さま、確りなさらぬかいな。一向元気が無いぢやないか。お前の竜宮の乙姫が玉の持主ぢやないか。此奴等に三つまで此様な事にしられて、それを平気でようまア、居られますな』 黒姫『ハイ何分心配が御座いますので』 高姫『ウン、さうだともさうだとも、高山彦さまがエライお怪我をなさつたから、御心配になるのも御無理と申しませぬが、もう暫らくだ、辛抱して下さい。さうしたら無事解放して上げます。……コレコレお節、お前の持つて帰つた赤玉を是から調べるのだから、蜈蚣姫さまも此処へ御出でなさい。お前さまも随分魔谷ケ岳で私に対して弓を引いたり、国城山で悪口を言ひました。先へ申して置きますよ。若し此赤玉が団子石になつて居つたら、どうなさいますか』 蜈蚣姫『何事も惟神に委した私、どうすると云ふ訳に行きませぬ。神様の御処置を願う迄です。乍併高姫さまの指図は断じて受けませぬ。左様御心得を願ひます』 と一つ釘を刺す。高姫は又も口をへの字に結び桂馬結びの紐を解き、 高姫『サアお節、地獄の釜の一足飛だ。お前が長らくの苦労も花が咲くか、水の泡になつて了うか、禍福吉凶幸禍の瀬戸の海ぢやぞい。瀬戸の海で思ひ出したが、ようも馬鹿にして下さつた。助けてやつたなぞと決して思つては居ますまいな。エー何をメソメソと吠えて居るのだ。善い後は悪い、悪い後は善いと云う事があるから、何月も月夜計りは有りませぬぞ。チツとばかし都合が悪いと言つて顔を顰める様では、どうして立派に玉能姫と言はれますか』 と口汚く罵り乍ら、柳筥の蓋をパツと開けた。 高姫『黒姫さま、一寸御覧、何だか此玉は黒いぢやありませぬか』 黒姫は一寸覗き込む。 黒姫『ホンニホンニ、蜈蚣姫さまの如うに黒い玉だなア。コリヤ大方蜈蚣の身魂が憑つて、赤い筈の玉が黒くなつたのだらう』 玉能姫『黒姫さまも随分お白くありませぬから、どちらのがお憑り遊ばしたか分りますまい。オホヽヽヽ』 高姫『又しても又しても碌でもない、コリヤ消炭玉だ。道理で、ちと軽いと思つて居つた。アカ阿呆らしい。モウ玉調べは御免蒙りませうかい』 とプリンプリン怒つて居る。 杢助『御苦労ですがモウ一つ紫の玉をお調べを願ひます』 高姫『エー杢助さま、又かいなア』 と煩さ相に言ひ乍ら、万一の望みを最後の紫の玉に嘱して居た。国依別は一同に向ひ、 国依別『モシモシ皆さま、モウ一つになりました。何を言つても手品上手の高姫さまで御座いますから、水を火にしたり火を水にしたり、石を玉にして呑んだり吐いたり、終ひには天を地にしたりなさいます。天一の手品よりはお上手ですから、其お心算で確りとお目にとめられます様に願ひまアす。東西々々』 高姫はクワツと怒り、 高姫『神聖なる八尋殿に於て何と言ふ事を言ふのか。此処は寄席では有りませぬぞい。尊き尊き神様のお鎮まり遊ばす錦の宮の八尋殿では有りませぬか』 国依別『八尋殿だからといつて、手品が悪い道理が有りますか。現にお前さま手品をして居る途中です。そんな事を言うと自縄自縛に落ちますぞ。二十世紀頃の三五教の五六七殿でさへも劇場を拵へてやつて居るぢやありませぬか。訳の分らぬ事を言ふものぢや有りませぬ』 高姫『それだから瑞の御霊の遣り方は、乱れた遣り方だと神様が仰有るのだよ。アアモウ此玉は調べるのが嫌になつた。又初稚姫や梅子姫さまに恥をかかすのが気の毒だから、こりやもう開けない事にして置かう』 杢助『此玉は是非調べて頂きたい。神様は我子、他人の子の隔ては無いと仰有るのだから、神素盞嗚尊の御娘御の梅子姫様と、杢助の娘の初稚姫、依估贔屓したと言はれてはなりませぬから、どうぞ此場でお調べを願ひませう』 高姫『エーエー仕方がないなア。本当にイヤになつちまつた。そんなら、マアマも一苦労致しませう。……梅子姫さま、お初さま、サア早く此処へ来るのだよ』 と稍自棄気味になり言葉せはしく呼び立てる。言下に梅子姫、初稚姫は莞爾として高姫の側に寄り添うた。高姫は又もや柳筥の蓋をチヤツと開いた。忽ち四方に輝くダイヤモンドの如き紫の光り、流石の高姫もアツと驚いて二足三足後に寄つた。黒姫は飛び上つて喜び、思はず手をうつた。一同の拍手する声、雨霰の如く場の外遠く響いた。 高姫『お初、イヤ初稚姫さま、梅子姫さま、お手柄お手柄。矢張りお前等は身魂が綺麗だと見えますワイ。……杢助さま、お前さま中々好い子を持つたものぢや。ヤレヤレ是で一つ安心、後の四つは四足魂に汚されて了うた。瑞の御魂のやうに憑る麻邇の珠だから、田吾作、久助、お民、友彦、黄竜姫、蜈蚣姫、テールス姫、お節も是から、百日百夜小雲川で水行をなさい。さうすれば元の玉に還元するだらう。嫌といつても此高姫が行をさせて元の光りを出さねば措くものかい』 七人はアフンとして頭を掻いて居る。其処へ走つて来たのは佐田彦、波留彦両人であつた。 佐田彦『杢助さまに申上げます。今朝より言依別命様は御病気と仰有つて、御引籠りになつておいでなさいましたが、余りお静かですから、ソツと障子を開けて中へ這入つて見れば、萩の机の上に斯様な書き置きがして御座いました』 と手に渡す。杢助開いてこれを見れば、 『此度青、赤、黄、白の四個の宝玉を始め三個の玉、三つ四つ併せて都合七個、言依別命都合あつて、或地点に隠し置いたり、必ず必ず玉能姫、玉治別、黄竜姫其他此玉に関係者の与り知る所に非ず。然し乍ら杢助は願ひの如く総務の職を免じて、淡路の東助を以て総務となす。言依別は何時聖地に帰るか、其時期は未定なり。必ず我後を追ひ来る勿れ』 と書いてあつた。杢助は黙然として涙をハラハラと流し、千万無量の感に打たるるものの如くであつた。 (大正一一・七・二三旧閏五・二九谷村真友録) |
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霊界物語 | 28_卯_台湾物語(日楯と月鉾) | 02 無理槍 | 第二章無理槍〔八〇二〕 タールスの報告によつて、サアルボース、ホーロケースの二人は足音荒々しく、此場に現はれ来り、セールス姫に向ひ、 サアルボース『只今タールスの注進に依れば、姫はヤーチン姫の病気見舞に参り、名状す可らざる虐待を蒙り、拭ふ可らざる侮辱を被りしと聞く。果して真か。サアルに於ても覚悟を致さねばならぬ。事の顛末を包まず隠さず物語つて呉れ。怪我は大きくはなかつたか。気分はどうだ』 と流石の悪人も、吾子の愛に引かされて、胸を轟かせ乍ら、慌だしく問ひつめた。セールス姫はさも苦しげに漸く顔をあげ、 セールス姫『御父上様、叔父上様、残念で御座います。……どうぞ此讐敵を討つて下さいませ』 サアルボースは首を縦に振り乍ら、 サアルボース『ヤア心配するな。天にも地にも掛替のない一人の娘、仮令台湾島を全部手に握るとも、汝の生命には換へられ難し。大切なる娘を打擲致せし憎くきヤーチン姫、今に思ひ知らせてやらう』 と子の愛に掛けては、目の中へ這入つても痛くないセールス姫の針を棒に変へての陳弁を一も二もなく信じて了つた。 セールス『それにつけても残念なのは、マリヤス姫で御座います。彼はいつも妾が侍女として仕へ乍ら、一事々々口答を申し、今日も今日とて、ヤーチン姫に無体の乱暴と恥辱を受けたる主人の妾をいたはらず、却て痛快げに欣々と立帰り、タールスの訊問に対しても一言も答へず、つまり妾親子の悪虐無道を天の戒め玉ふものなりと、口には言はねど、其面色にありありと画いてゐます。それ故妾は女の身として乱暴とは知り乍ら、ヤーチン姫より蒙りたる迫害と恥辱を彼に移して、タールスに見せました。女の身としての乱暴狼藉、心きつき娘と、どうぞ御叱り下さいませぬ様、余り残念が凝つて、マリヤス姫を打擲致しました』 とワツと許りに声をあげて泣き倒れ、身を揺つて悶えて居る。ホーロケースはニヤリと笑ひ、 ホーロケース『ヤア待つて居たのだ。斯ういふ事がなければ、吾々の陰謀は成就致さぬ。……セールス姫、能くも打擲されて帰つた。如何に病気とは言へ、ヤーチン姫の乱暴狼藉、到底カールス王の妃としての資格はこれにて絶無となつた。あゝセールス姫、汝が今日受けたる虐待と侮辱は、却て汝が身の仕合せ、よくもマア苦められた。……時にマリヤス姫、汝はセールス姫の侍女として、昼夜身辺に仕へ乍ら、何故ヤーチン姫に向つて抵抗せなかつたか。何の為の侍女であるか。汝の不忠不義の天罰は忽ち眼前に巡り来つて、此有様、天はセールス姫の手を借つて汝を戒め玉うたのだ。必ず恨むことはならぬぞ。恵の鞭と思つて、有難くセールス姫の前に両手をついて謝罪致せよ』 マリヤス姫、漸く血汐の滴る顔を拭ひ乍ら、つと身を起し、四人をハツタと睨みつけ、 マリヤス姫『妾こそは賤しき汝が娘セールス姫の侍女となり、汝親子が日夜の陰謀を監視せむ為、前アークス王の旨を受け、汝が家に忍び込みし者なるぞ。妾はアークス王の落胤マリヤス姫……言はばカールス王とは兄妹の間柄、汝が如き賤しき親子の侍女として仕へしも、深き仔細あつての事、天は何時までも、汝親子が悪逆無道を赦し玉はず。妾はこれより、カールス王の御兄の前に出で、汝が陰謀を一々申告し国内一般に発表せむ。さは去り乍ら、汝只今より悔い改めて、善道に帰りなば、此儘にて差許す可し。返答如何』 と、勢烈しく詰責し始めた。サアルボース外三人はマリヤス姫の言葉に肝を潰し、如何はせむと暫しためらひ居たりしが、茲まで企みし陰謀、いかで初心を翻さむや、互に目と目を見合し、各長刀を引抜き、マリヤス姫に前後左右より、斬つてかかる。 マリヤス姫は刃の中を上下左右に潜りぬけ、サアルボースの襟首をグツと握つて、庭前の溜池に投げつけた。 マリヤス『ナニ猪口才な』 と抱つくタールスの又もや襟首とつて高殿より眼下の泉水に投げ込んだ。残り二人は此態に驚き、此場を逃げ去つた。 マリヤス姫は悠々として鏡の前に立ち、髪をつくろひ、衣服を着替、天の数歌を歌ひ乍ら、何処ともなく、玉の如き姿を隠して了つた。あゝマリヤス姫の行方はどうなつたであらう。 ○ カールス王は日頃念頭にかけたるヤーチン姫の危篤の報に接し、失望落胆の余り、新高山の淡渓に身を投げ、恋愛の苦痛を免れむと、夜窃に館を立出で、谷の畔に到り、彼方此方と死場所を求めて彷徨ひつつあつた。 谷の彼方に忽然として一塊の火光現はれ、其中より容色端麗なる美人、莞爾として中空を歩み乍ら、カールス王の前に近付き来り涙を腮辺にたらし乍ら、細き繊手をさし伸べて、カールス王の手を握つた。カールス王は忽ち精神恍惚として吾身の此処にある事を忘るる計りであつた。能く能く見れば、夢寐にも忘れぬヤーチン姫に容貌、骨格、言葉の綾までも其儘であつた。 女、言葉静かに、 女『妾が最も愛するカールス王よ』 と言つた限り、恨めしげに両眼に涙を湛へて居る其愛らしさ。カールス王は忽ち心輝き、今迄の悲哀の情は全く消え失せた。 カールス『御身はヤーチン姫ならずや。病気危篤に陥り、汝が命旦夕に迫ると聞きしより、吾は失恋の結果、此渓流に身を投げて、汝の来るのを幽界にて待たむと思ひしに、俄に変る汝の容貌、且つ健全なる其身体、如何せしぞ』 と不審顔に問ひつめた。ヤーチン姫は莞爾として打諾き乍ら、カールス王の手を取り、館を指して帰り行く。 館の前に近付き見れば、今迄伴ひ来りし姫の姿は煙の如く消え、月は中天に皎々と輝き、油蝉の声は彼方此方に騒がしく聞えて居る。カールス王はフツと気が付き、 カールス王『サテ訝かしや、吾は失恋の結果、渓流に身を投げむとせし時、ヤーチン姫来りて、此処まで伴ひ帰りしと見しは夢なりしか。何は兎もあれ、館に入りて休息し、其上にて決心の臍を固めむ』 と独語つつ、奥の間に忍び足にて進み入る。 今現はれしヤーチン姫は、セールス姫が使役せる金狐の邪霊の変化であつた。カールス王の変死を喰ひ止め、吾目的を達成せむとの計略より出でたる魔術であつた。 カールス王は奥の間に端坐し双手を組んで、ヤーチン姫の雲に乗り谷を渡り、或は吾が館の前にて煙の如く消え失せたるを見て、稍怖気づき、疑惑の念に駆られて其夜は一睡もせず夜を明かした。 ヤーチン姫は三五教の神徳に依つて、さしもの重病も全く恢復したれば、ユリコ姫、キールスタンを伴ひ、カールス王の館を訪問した。表門には門番のホールいかめしく控へて居る。 キールスタン『あいやホール、只今ヤーチン姫様の御来城、何卒一刻も早くテーレンス殿に申上げ、カールス王の御前に奏聞して下さい』 ホール『ハイ承知致しました。暫く此門前に御待ち願ひます』 と足早に奥深く進み入り、テーレンスに委細を報告した。テーレンスは直ちにカールス王の御前に伺候し、 テーレンス『只今ヤーチン姫、御来城で厶います』 との声に、カールス王はハツと驚き、 カールス王『ナニ、ヤーチン姫が参つたか。雲に乗つて参つたのでないか。又館の入口にて消滅は致さぬか。よく調べて来て呉れ』 テーレンス『これは又異な事を承はります。妖怪変化ならぬヤーチン姫様、雲に乗り、或は煙の如く消滅し玉ふ道理は厶いませぬ。立派なる玉の輿に御乗り遊ばし、キールスタン、ユリコ姫御供を致して参られました。直様御通し申しませうか』 カールス王は暫く小首をかたげ、吐息をもらし乍ら、 カールス王『何は兎も有れ、吾目通へ通せ』 『ハイ』と答へて、テーレンスは自ら門前に迎へ、王の前に三人を案内した。 ヤーチン姫恭しく両手を仕へ、 ヤーチン姫『妾は、ヤーチン姫で御座います。永らく病気に付き、いろいろと御心配掛けまして、御蔭によりて此通り全快を致しました。どうぞ御安心下さいませ』 カールス王は稍暫し無言の儘、ヤーチン姫の姿に目を放たず、考へ込んで居る。夜前現はれたヤーチン姫に寸分違はぬ訝かしさ。又もや昨夜の妖怪変化にはあらざるかと、無言の儘考へ込んで居た。 斯かる所へ宰相神のサアルボース、ホーロケースの両人は、セールス姫を先に立て数多の従者を引連れ、カールス王の館の奥の間指して、遠慮会釈もなく進み来り、此態を見て、冷笑を向け乍ら、カールス王に向ひ、 サアルボース『これはこれはカールス王殿、いつとても御健勝で吾々恐悦の至りに存じます。就いては御存じの通り、ヤーチン姫は発狂致し、身体は痩衰へ、最早削るべき肉もなく、骨計の醜き有様、到底台湾島のカールス王が妃として仕へ奉る事は不可能となりました。実に吾々は御気の毒と申さうか、残念至極と申さうか、憂苦の結果申上げる言葉も知りませぬ。就いては一日も妃なくして、万機の政事を総裁することは出来ますまい。不束乍ら吾一人娘セールス姫を王の御妃として献上仕りまする。どうぞ不束者なれ共、幾久しく御納め下されまする様に、国家の為に申上げまする』 と稍強圧的にセールス姫を妃となすべき事を申込みたり。 カールス王は五里霧中に彷徨する如き面色にて、何の応答もなく黙然として、ヤーチン姫、セールス姫の顔を見比べてゐた。 キールスタンは不審の眉をひそめ、 キールスタン『サアルボース殿の只今の御言葉、ヤーチン姫様は病気の為、身体痩衰へ醜き御姿到底王妃としての御用は勤まらないかの如く仰せられましたが、御覧の通りヤーチン姫様の御病気は既に既に御全快遊ばされ、斯の通り御健勝なる御身体、英気に充ちた御容色、然るに何を以てか、宰相殿は左様なことを仰せられまするか』 と反問した。サアルボースはニツコと笑ひ、 サアルボース『只今此処に安坐し居るヤーチン姫は本者にあらず、これ全く妖怪変化の偽者で御座る。雲に乗り、或は身を白烟と消し、種々雑多の魔術を使ひ、王の館に忍び込み、巧言令色の限りを尽し、王の心胆を奪ひ、国内を攪乱せむとする悪魔の再来で厶る。某は不肖なれ共、バラモン教の大神の神力に依りて天眼通を得たれば、ヤーチン姫の真偽を分別する位は朝飯前の事で厶る。あゝサテモサテモ、当館内には盲神許りの……よくも集まつたもので厶るワイ。アツハヽヽヽ』 と肩を揺り、パツとキールスタンを睨め付けた。 キールスタン『益々以て不届き至極の宰相の言葉、何を証拠に左様の事を仰せらるるか』 サアルボース『汝等如き盲神の関知する所ではない。賢明なるカールス王に於ては、よくも其真偽を御存じの筈、吾々が弁明するの必要は御座らぬ。……恐れ乍らカールス王様、如何思召しまするや』 カールス王は黙然として腕をこまねき、俯むいて思案に暮れて居る。 ヤーチン姫『アイヤ宰相殿、妾を妖怪変化とは、何を証拠に仰せらるるか。詳細に弁明なされよ。返答次第に依つては、ヤーチン姫容赦は致しませぬぞ』 カールス王の叔父エーリスは稍言葉を荒らげ憤怒の面色物凄く、 エーリス『ヤア、サアルボース、汝は無礼千万にも吾娘ヤーチン姫を妖怪変化と申すは何故ぞ。これには深き企みのある事ならむ。詳さに事情を申述べよ』 ホーロケースは立あがりて、 ホーロケース『エーリス殿に申上げます。貴方の御娘、ヤーチン姫様は先つ頃重病に罹らせられ、身体は痩衰へ、見る影もなき御姿と御成り遊ばされ、到底御全快の見込みもなく、カールス王様を始め、吾々一同憂苦の情に堪へず、如何にもして一刻も早く御全快遊ばす様と、バラモン神に祈願を籠め居りました所、三五教の邪神忽ち来つて姫の肉体を喰ひ、己代つてヤーチン姫と成りすまし、斯の如く堂々として、此処に姿を現はして居りまする。現在御父上なる貴方の御目にさへも、其真偽が判明せないまで、よく化込んだ枉神、到底一通りや二通りでは、正体を現はす様なチヨロコイ奴では御座らぬ。此真偽はカールス王様の既に御承知の事と存じまする。言はば貴方の御娘ヤーチン姫の仇敵で御座いますれば、此場で御手討に遊ばされたう存じます。万一御疑ひとあらば、憚り乍ら此ホーロケースが此場に於て退治し御目にかけませう』 ヤーチン姫『コレコレ、ホーロケース、そなたは何を言ふのだ。気が違うたか。トツクリと妾が顔を調べて見よ』 ホーロケース『カールス王様、貴方の御考へは如何で御座いまする』 カールス王『如何にも合点の往かぬヤーチン姫、昨夜雲に乗り、吾前に現はれ、再び館の前にて消え失せたる不思議の女に寸分違はぬ此女。吾は正しく妖怪変化と見るより外に手段はない』 サアルボース、ホーロケースの両人は王の言葉を聞くより、俄に鼻息荒く、 サアルボース『王者の言葉に二言なし。汝ヤーチン姫、妖怪変化にきはまつたり。此国の掟に従ひ、ヤーチン姫を籠に乗せ、新高山の淡渓に投げ棄て、災の根を絶たむ。……如何にエーリス殿、これでも猶御疑ひあるや』 と睨めつけた。エーリスは暫く首を傾けて居たが、頓て王に向ひ、 エーリス『カールス王よ、ヤーチン姫を妖怪変化に相違なしと断定さるるや』 と息を喘ませ、問ひつめた。カールス王は首を左右に振り、 カールス王『否々吾は決して妖怪変化と断定はせない。只訝かしき昨夜出会ひたる女に、容貌其他寸毫の差なきを不思議と思ふのみ。果して妖怪変化なりや、ヤーチン姫なりや、これは未だ判明せず』 エーリスはサアルボース兄弟に向ひ、 エーリス『宰相殿、今の王の御言葉に依れば、未だ的確なる妖怪変化と認め玉はざるに非ざるか。然るに軽々しくヤーチン姫を妖怪変化として、渓流に棄つるは没義道で御座らう。今一息御熟考を願ひませう』 ホーロケースは言下に、 ホーロケース『お黙りなさい。カールス王の叔父たるの地位を利用して、吾等が忠言を遮らむとする貴神の振舞、如何に親子の愛情に眼眩めばとて、妖怪変化を以てカールス王の妃となし、国家を紊乱せむとするは不忠不義の至りで御座らう。御控へめされ』 サアルボースは又もや立上つて、 サアルボース『一旦王者の口より妖怪変化ならむと宣示されたる以上は、再撤回す可からず。且又現在目前に居る妖怪に対し、真偽に迷ふが如き暗君なれば、王としての資格は絶無なり。速かに退位さるるか、さなくば吾言葉を容れ、ヤーチン姫と変じたる妖怪を淡渓に捨て、セールス姫を容れて妃となし玉はば、上下一致、天下泰平の祥兆を見む事火を睹るより明かならむ、返答承はらむ』 のつぴきさせぬ釘鎹にカールス王も返す言葉なく、うつうつとして顔色青ざめ、二三の従臣と共に奥の間に姿を隠した。サアルボース、ホーロケースの二人は数多の従臣に命じ、ヤーチン姫を高手小手に縛め、粗末な吊籠に入れ、父のエーリス始め、キールスタン、ユリコ姫の止むるのも聞かばこそ、突きのけ撥ねのけ、凱歌を奏しつつ淡渓指して進み行く。 (大正一一・八・六旧六・一四松村真澄録) (昭和一〇・六・五王仁校正) |
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霊界物語 | 28_卯_台湾物語(日楯と月鉾) | 20 鉈理屈 | 第二〇章鉈理屈〔八二〇〕 常彦、春彦は驚いて、高姫の縛を解き、抱起し、 常彦『先生、どうも御座いませなんだが、大変な危ないこつて御座いました。モウどうぞこれから船の中は、云ひたい事があつても仰有らずに辛抱して居て下さいませ。両人が御願致します』 高姫『お前達はそれだから腰抜といふのだよ。三千世界を団子にせうと餅にせうと、三角にせうと、四角にせうと、自由自在に遊ばす国治立尊の片腕とお成り遊ばす日の出神様の生宮、たかの知れた高島丸の船頭位に尾を巻いてなるものか、ヘン余り見損ひをして下さるなや。お前等は丁度猫に小判を見せた様なものだ。小判よりもダイヤモンドよりも立派な光の強い、日の出神の此生宮を何と心得て御座る。チツと確りなさらぬか。神様が吾々を御守護をして御座る以上は、仮令船頭の百人や千人、束になつて来た所で、指一本さへさす様な高姫ぢやありませぬぞえ』 春彦『それでも貴女、タルチールさまに後手に縛られ、帆柱へ逆さまにして吊り上げられたぢやありませぬか』 高姫『何とマア、身魂の曇つた者は、御神徳の頂きようが拙劣だから困りますワイ。日の出神の生宮が一寸高砂島の様子を見やうと思ひ、タルチールを御用に立てて、帆柱の上まで手も使はず、足も労せず、エレベータ式に上げさしたのだよ。何でも人は神直日大直日に見直し聞直し、善意に解釈しなくてはなりませぬぞや。それが日の出神さまの水も洩らさぬ結構なお仕組、それだから何時も身魂を研き改心をなされと、耳が蛸になる程云うて居るのだよ。タルチールの奴たうとう、日の出神の御光に恐れて、どつかへ鼠の様に隠れて了つた』 常彦『私は余り感心して目も碌に見えず、ハツキリした事は分りませぬが、何でも立派なお方が二人現はれて、船頭さまに何か言ひつけられたと思へば、船頭は匆惶として綱をゆるめ、あなたを吊りおろして、どつかへ隠れましたよ』 高姫『サアさうだから、高姫は神の生宮と云ふのだ。船頭の奴、帆柱の上へ吊りあげて見た所、余り日の出神の御光がきつうて、目が眩みさうになり、お客までが目舞が来さうなので代表者が二人やつて来て、船頭に掛合ひ、其為に止むを得ずおろしよつたのだ。そこが所謂神の御神力、御都合ある所だ。こんな水も洩らさぬ仕組が、お前達に分つて堪るものかい』 常彦『オイ春彦、何とマア剛情な先生だないか。今日と云ふ今日は俺も本当に呆れて了つたよ。こんな人の弟子だと思はれたら、それこそ無事に高砂島へ着く事は出来やしないぞ。大陸へ上つてからなら、はしやぎなりと、法螺吹くなりと、如何なつと、高姫さまの勝手になさつてもよいが、こんな所で分りきつた負惜みを出し、へらず口を叩き、船長に憎まれたら大変だぞ。コりや茲で一つ高姫様にお願申して、師弟の縁を切つて貰ひ、アカの他人となつて了はうぢやないか。心の底から切つて頂かうと云ふのぢやない。此船の上だけ、表面的に切つて貰ひたいのぢや』 春彦『それは至極妙案だ。直様高姫様にお願致さうぢやないか』 常彦『春彦と私との御願で御座います。暫くあなたと師弟の関係を絶つて下さいませぬか。それも表面丈で、高砂島へ無事に着いたならば、又元の通りに使つて下さい。さうせないと険呑で堪りませぬから……』 高姫『帳を切つてくれと云ふのかい。お前の方から言はいでも、高姫の方からお前の様なガラクタの弱虫は、足手纏ひになつて困つて居つたのだ。一時も早くうるさいから、縁を切らうと思うたけれど、此高姫に見放されたが最後、乞食一つよう致さぬ、奴甲斐性なしだから、可哀相と思つて今まで助けて来たのだ。お前の方から暇くれと云ふのなら、こつちは得手に帆だ。万劫末代帳を切るから、二度と再び高姫の目に障る所に居つて下さるな。ガラクタ野郎奴、あゝ盲万人目明き一人とはよくも言うたものだ。高姫の真の力を知つて呉れる者は此広い世界に日の出神様ばつかりだ。人民を相手にする位うるさいものはないワイ。サア常、春の両人、早くどつかへ行きなさらぬか。名残惜さうに、男らしうもない、何マゴマゴして居るのだ、エヽ』 と頬をプツと膨らし、体を角に振つて甲板の上を二つ三つ強く踏みならし、二三遍くるりと廻つて見せた。 常彦『モシモシ高姫様、さう怒つて貰つては堪りませぬ。ホンの二三日の間、表むき丈お暇を下されとお願して居るので御座います……なア春彦、お前もさうだろう』 春彦『さうだとも、高姫さまに見すてられて、俺達は如何なるものか。どうぞ高姫様さう短気を出さずに、吾々の申す事を善意に解釈して下さいませ』 高姫『仮令一日でも縁を切つたが最後、アカの他人ぢや。三日や五日の間縁切るのは邪魔臭い。万劫末代序に五六七の世の末迄縁を切りますぞや。お前の様な蛆虫がたかつて居ると、そこら中がムザムザして気分が悪い。あゝこれで病晴れがしたやうだ。縁切つた以上は、師匠でも弟子でもない。どうぞ早う、どつこへなりと姿を隠して下さい。見ても厭らしい、胸が悪うなる』 常彦『高姫様、一時も早う、姿を隠せとか、厭らしいとか、胸が悪いとか、丸で座敷へ青大将が這うて来た様な事を仰有いますなア』 高姫『きまつた事だよ、お前は本当の阿呆大将だ。グヅグヅしてをると、線香を立ててくすべますぞ。あゝ面倒臭い、一昨日来い一昨日来い』 と云ひ乍ら、歯のぬけた口から、ブツブツと、唾を矢たらに、両人に向つて吹きかける。 春彦『蛛蜘か何ぞの様に一昨日来いとは、そりや余りぢやありませぬか』 高姫『お前は蜘蛛だよ。一寸先の見えぬ暗雲の雲助だ。今迄高姫のおかげで、結構な神様の御用をして威張つて来たが、今日限り高姫から縁を切られたが最後、雲助にでもならねば仕方がないぢやないか。何程平た蜘蛛になつて謝つても、苦悶しても駄目ですよ。オツホヽヽヽ』 常彦は稍顔色を赤らめ、 常彦『高姫さま、吾々は決して貴女の弟子ではありませぬよ。言依別命の教主から立派な宣伝使を命ぜられて居る者、言はばあなたと同格だ。併し乍ら長幼の序を守り、先輩の貴女を師匠と、義務上から尊敬して居る丈の者、弟子扱をしておき乍ら、帳を切るも切らぬも有るものか。グヅグヅ仰有ると、私の方から絶交致しますよ……なア春彦、お前もさうぢやないか』 春彦『さう聞けばさうだ。モシ高姫さま、誠にお気の毒乍ら、只今限り貴女と万劫末代、五六七の世の末迄縁をきりますから、否絶交しますから、厭らしい……阿呆臭いから早く何処かへ姿を隠して下さい。渋たうして御座ると線香を立てますぞ。アハヽヽヽ』 高姫『それもよからう。併し乍ら、高姫との交際は絶つても、日の出神様に離れる事は出来ますまい』 常彦『尤も、日の出神様には絶対服従ですから、誰が何と云つても離れは致しませぬ。春彦、お前もさうだらうなア』 春彦『勿論の事だ』 高姫『それ御覧、ヤツパリさうすると、日の出神の生宮の高姫には絶対服従をせなくてはなりますまい』 常彦『誠の日の出神様には服従しますが、俄作りの自称日の出神には絶対服従致しませぬ。言依別の教主に玉を隠されて、隠され場所が分らいで、世界中うろつき廻る日の出神さまなら、余り立派な身魂でもあるまい。日の出所か、真暗がりのまつくろ黒助の身魂が憑つてゐる肉の宮の鼻の高姫さま、誰が馬鹿らしい。服従する者がありますか。自惚も良い加減にしておいたが宜しからうぜ。アツハヽヽヽ』 高姫『常彦の結構な宣伝使様、春彦の結構な結構なデモ宣伝使さま、勝手にホラを吹き、勝手に自惚ておきなさい。左様なら』 と体をしやくり乍ら、足音荒く、次の船室に姿を隠して了つた。 常彦は甲板の上に立ち、春彦と手をつなぎ高姫の去つた後で、いろいろと高姫話に耽り乍ら、焼糞になつて、海風に向ひ歌ひ出した。 常彦『日の出神の生宮か系統の身魂か知らね共 自負心強い鼻高の男女郎の高姫に 甘い事づくめにたらされて結構な結構な自転倒島の 秀妻の国の中心地錦の宮を後にして 遠き山坂打渡り命を的に海原の 荒波わけて琉球の島に漸く上陸し 言依別や国依別の神の命の後を追ひ 執念深くも麻邇の玉高姫さまの手に入れて 人も羨む神業に奉仕せむとて両人が 欲の皮をば引ぱり乍ら可愛い女房をふりすてて ここまで来たのが馬鹿らしい琉球の島へ来て見れば 言依別の神さまは琉と球との宝玉を すでに受取り国依別と小舟に乗つて高砂の 島に行かれた後だつた高姫さまは気をいらち 夜叉の如くに相恰を変へて又もや船に乗り フーリン島や台湾島後に眺めて漸う漸うに テルの連峰霞みつつ目に入る迄に近寄りし 時しもあれや生命の綱とも頼む吾船は 波間に潜む暗礁に衝突なして粉砕し 何と詮方波の上辛くも進む折柄に 俄に吹き来る荒風に波立さわぎ三人の 生命最早これ迄と慌てふためく時もあれ 神の恵の幸はひて高島丸は走せ来り 吾等三人を救ひあげ船長室に招かれて 国や所や姓名を一々詳しく尋ねられ 日の出神の生宮と高姫さまの法螺貝に 船長殿も舌を巻き押し問答の末遂に 高姫さまを発狂と見なして手足を縛りあげ 身を逆しまに帆柱にクルリクルリと巻あげる 吾々二人は肝潰し驚き倒れて居る内に 何処の人かは知らね共尊き二人の影見えて タルチールの船長に何かヒソビソ囁けば タルチールは匆惶と畏まりつつ高姫を 即座にここに巻おろし一間の内に隠れ行く 吾等二人は高姫の厳しき縛めとき放ち いと親切に労はれば高姫さまのへらず口 分りきつたる負惜み流石の吾等も呆れ果て 暇を呉れよと掛合へば高姫さまは驚いて 万劫末代帳きるとおどし文句を並べ立て ヤツサモツサと嘅み合ひ揚句の果は四股をふみ 肩をゆすつてどこへやら婆の姿を隠された あゝ惟神々々御霊幸はひましまして 折角茲まで来た三人どうぞ互に睦まじう 高砂島に上陸し麻邇の宝珠の所在をば 索めて聖地に恙なく帰らせ玉へ惟神 尊き神の御前に常彦、春彦謹みて 畏み畏み願ぎまつるあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 と一生懸命に歌ひ乍ら舞ひ狂うて居る。左右一丈計りの羽を拡げた信天翁は二人の頭上を掠めて前後左右に潔く翺翔して居る。 (大正一一・八・一〇旧六・一八松村真澄録) |