🏠 トップページへ

📖 キーワード検索

番号
(No.)
書籍 内容
141

(1864)
霊界物語 25_子_豪州物語2(地恩城の黄竜姫) 02 与太理縮 第二章与太理縮〔七四八〕 地恩城の奥殿には黄竜姫と蜈蚣姫の二人、侍女を遠ざけ、頭を垂れ物憂し気に、何事か首を鳩めてヒソビソ話に耽つて居る。 蜈蚣姫『黄竜姫様、大変な事が出来ました。あの意地くねの悪い鼻曲りの友彦が、ネルソン山を西に渉り、獰猛なる土人をチヨロ魔化し、テールス姫と言ふ妖女を抱き込み、表面三五教を標榜し、衆を集めて此地恩郷に攻め寄せ来り、お前さまを否応なしに又元の女房にしようとの企み、今に本城へ攻め寄せ来るとの、金、銀、鉄の注進、万一左様な事が実現して、友彦此場に攻め来る事あらば、お前さまは如何なさる考へですか、御意中を承はりたい』 黄竜姫『母様、左様な御心配に及びませぬ。柔よく剛を制すと言つて、如何なる頑強不霊の友彦なりとて、妾が三寸の舌剣を以て腸まで抉り出し、見事改心させて見せませう。友彦如きは物の数でもありませぬ。あの様な者が恐ろしくて、此野蛮未開の一つ島が如何して拓けませう。取越苦労はなさいますな、ホヽヽヽヽ』 とオチヨボ口に袖を当て、手もなく笑ふ。蜈蚣姫は真面目な心配相な顔付にて、 蜈蚣姫『何程悧巧だと言つても未だお前は年が若いから、さう楽観をして居られますが、恋の意地と言ふものは又格別なもので、なかなか油断はなりませぬ。寝ても醒ても小糸姫に馬鹿にしられたと怨んで居る友彦の事だから、一時は時到らずとして尾を捲き目を塞ぎ爪を隠して、猫の様になつて居たものの、今やジヤンナの郷に於て、飛つ鳥も落す様な勢になつたのを幸ひ、日頃の鬱憤を晴すは今此時と戦備を整へ捲土重来する以上は到底なかなか一筋や二筋では納まりますまい。年寄の冷水、老婆心の繰言とお笑ひなさるか知りませぬが、年寄は家の宝、経験がつんで居るからチツとは母の言ふ事もお聞きなされ。後の後悔は間にあひませぬ』 黄竜姫『あの、マア母様にも似合はぬ御心配相なお顔付、母上も顕恩郷では随分剛胆な事をなさいましたではありませぬか。それのみならず、自転倒島の鬼ケ城山に敗れ三国ケ嶽に砦を構へ、次で魔谷ケ嶽、国城山と大活動をなされた時は、夜叉の様なお勢で御座つたぢやありませぬか。それに今日、母上の口からそんな弱い音色が出るとは思ひも掛けませぬ。此黄竜姫、仮令百の友彦、万の友彦来るとも、三五教の神様の神力、吾言霊の威力に拠つて言向け和し、前非を悔いしめ、至善至美の身魂に研き上げて助けてやる妾の所存、決して決して御心配遊ばしますな』 と脇息に肱を乗せ忍冬の茶を一口グツと飲んで、 黄竜姫『母様、何卒お寝み遊ばしませ。最早夜も更けかけました。いづれネルソン山へは数百里の道程、友彦が攻めて来ると言つても、まだ十日や半月は大丈夫です。あまり周章てるには及びませぬ』 蜈蚣姫『油断大敵、一時も猶予はなりませぬ。妾は先程一同の者に、防戦と出陣の用意を命じて置きました。やがて出陣するでせう』 黄竜姫『それは誰の吩咐で出陣をお命じになりましたか』 蜈蚣姫『ハイ、妾の計らひで……』 黄竜姫『それは又、不都合千万、私人としては貴女は妾の母、されど神様のお道から言へば妾が教主も同然、妾の命令をも聞かずに、公私混淆、自他本末を混乱して左様な命令を出されては困るぢやありませぬか。何卒早く取消しをして下さい』 蜈蚣姫『何程お前様が教主だと言つて威張つた処で、矢張り親は親だ。親の言ふ事を聞かぬ様では鬼も同様です。それでは神様のお道を守る人とは申されますまい。此蜈蚣姫も猪食た犬丈あつて、何んな経験も持つて居る。今こそ可愛い娘の光を出したいばかりに、目を塞ぎ爪を隠し、灰猫婆アになつて居るものの、まさかと言ふ時になれば忽ち虎猫になりますよ。虎も目を塞ぎ爪を隠して柔和しく見せて居れば、何時までも厄介者だと蔑み、年寄つたの、耄碌したのと思つて居ようが、いつかないつかな此蜈蚣姫、国家興亡の此際、何時迄も爪を隠す訳にはゆかない。虎猫の本性を現はし、之から大活動を演ずる覚悟ですよ。平和の時はお前さまを大将にして置いてもかなり勤まるが、斯んな非常の場合は生温い事で如何なりませう。アタ小面憎い友彦の首を引き抜いて、思ひ知らしてやらねばなりませぬ。エー、煩い事だ。又年寄に一苦労さすのかいな』 黄竜姫『母様、貴方はそれだから困ります。三五教の御教をお忘れになりましたか』 蜈蚣姫『エー、融通の利かぬ娘だな。三五教の教は天下太平の御代には実に重宝な教だが、危機一髪の此際、あの様な柔弱な無抵抗主義の教理は、マドロしうて聞いてゐられますものか。神様が無抵抗主義を採れと仰有るのは……為な、せい……と言ふ謎ぢや。お前さまは何と言つても未だ年が若いから正直に聞くので困る。口の端に乳が附いて居る様な事言つて……如何して此地恩城が維持出来ますか』 と最後の言葉に力を入れて、畳を握り拳でポンと叩いて見せた。 黄竜姫『アヽ情ない母様の御精神、如何したら本当の改心をして下さるであらう。……何卒神様、一時も早く真の道が、私の一人よりない大切な母に解ります様に、何卒心の鏡に光明を与へ、心の暗黒を照らして下さいませ。あゝ惟神霊幸倍坐世』 と合掌し涙含む。 蜈蚣姫『何程人間が改心したと言つても、元から悪の素質を持つて居る吾々の身魂、譬へて言へば、大きな鉢の中へ泥水を盛り、それが時節の力で泥は鉢の底に沈り、表面は清水に澄み渡つて居つても、何か一つ揺ぶるものがあると、折角底に沈つて居た泥が又もや浮き上り、元の泥水となるのは自然の道理だ。之が惟神のお道です。体を以て体に対し、霊を以て霊に対し、力を以て力に対するは天地の道理ぢやありませぬか。アインスタインの相対性原理の説明だつて、さうぢやないか。お前さまの様な其んな時代遅れの事を言つて居ると、蟹の手足をもぎ取り、鳥の翼を剥ぎ取つた様な目に遭はされますぞ。三千世界に子を思はぬ親がありませうか。お前が可愛いばつかりに、妾はお気に召さぬ事を言ふのだが、親の意見と茄子の花は、千に一つも仇花はありませぬぞ。良薬口に苦し、甘いものは蛔虫の源、何卒母が一生のお願ひだから、出陣を見合す事は思ひ止まつて下さい。妾も之から清公の左守神を引率れ、年寄の花を咲かし、冥途の土産に一戦やつて見よう程に、必ず必ず柔弱な精神を発揮して、折角張り詰めた母の勇猛心を挫いて下さるな。親が子に手を合して頼みます。海往かば水漬く屍、山往かば草生す屍、大神の辺にこそ死なめ、閑には死なじ顧はせじと、弥進みに進み、弥逼りに逼り、友彦が軍勢を山の尾毎に追ひ伏せ、河の瀬毎に薙散らして服へ和し、一泡吹かして懲らしめ呉れむは案の中、必ず邪魔召さるな』 と血相を変へて長押の薙刀を取るより早く、 蜈蚣姫『黄竜姫、さらば……』 と此場を立ち出でむとする。 黄竜姫『地恩城の女王、三五教の神司、今改めて蜈蚣姫に対し、三五教を除名する。有難くお受け召され』 蜈蚣姫は二足三足引返し、黄竜姫をハツタと睨み、 蜈蚣姫『久離絶つても、親子ぢやないか。親子の情は何処迄も変るものぢやない。仮令蜈蚣姫、天地の神の怒りに触れ、水火の責苦に会うとても、吾子の為めには厭ひはせぬ。三五教を除名された上は、最早其方に制縛は受けぬ、自由自在の活動を致すは之からだ。愈清公以下の勇士を引率れ、華々しき功名手柄を現はし呉れむ。小糸姫、さらばで御座る』 と又立ち出でむとするを、黄竜姫は言葉厳かに、 黄竜姫『最早三五教を除名せし蜈蚣姫、左守神たる清公を初め、其他一同を指揮する権利はあるまい。御勝手に只一人お出で遊ばせ。飛んで火に入る夏の虫、子の愛に溺れて真の神の愛を忘れ給ひし不届者、天に代つて懲戒致す。……ヤアヤア金州は在らざるか、早く来つて蜈蚣姫を縛せよ』 と呼はつた。 折から金、銀、鉄の三人、スタスタと此場に現はれ来り、親子が此体を見て不審の眉を顰め乍ら、 金州『コレハコレハ、お二人様の御様子、何か深い仔細が御座いませうが、先づ先づお静まり下さいませ』 黄竜姫『仔細は申すに及ばず、地恩郷の女王黄竜姫が命令だ。蜈蚣姫を縛り上げよ』 金州『コレハコレハ、案に相違の女王様のお言葉、一向合点が参り申さぬ。如何なる事情の在しますとも、子の分際として、天にも地にも掛替へなき、山海の恩ある御母上を縛せよとは何たる不孝のお言葉、女王様は狂気召されたか』 と涙を拭ふ。 蜈蚣姫『コレハコレハ金州、お前の言ふ通りだ。父と母とは天地に譬へてある。父の恩は天より高く、母の恩は地より重しと聞く。地の恩に因みたる此地恩郷の女王となり乍ら、母の恩、所謂地恩を忘れた小糸姫、サア、もう此上は親の権利を以て小糸姫を放逐する。汝……金、銀、鉄の三人、此蜈蚣姫が命令を聞き、友彦の軍勢に向つて応戦の用意を致せ。さはさり乍ら身に寸鉄を帯びよと言ふのではない。善言美辞の言霊と親切の行為を以て、敵を悦服致さすのだ。必ず必ず誤解を致すでないぞ』 金州『理義明白なる貴女のお言葉、金州確に承知仕りました。併し乍ら今貴女がお手に持たせ給ふ薙刀は、何の為めにお持ちで御座いますか』 蜈蚣姫『之は敵を薙ぎ払ふ武器では無い。味方の軍勢を励ます為めの武器だ。愚図々々致して居ると、此蜈蚣姫がお前達を片端から薙ぎ払ふも知れぬぞ。サア汝等は蜈蚣姫に続けツ。小糸姫に用は無い』 と又もや此場を慌しく立ち出でむとする。 黄竜姫『地恩郷の女王黄竜姫、蜈蚣姫を除名したる以上は、金、銀、鉄の三人の者共、彼が命を奉ずるには及ばぬぞ。心を鎮めて妾が言葉を篤と聞けよ』 此言葉に三人は平伏し、 銀州『之は又異なる事を承はるものかな。何の咎あつて蜈蚣姫様に対し除名の処分をなされましたか。一応理由を承はり度う御座います』 鉄州『此頃の暑熱の為に精神を逆上させ、非理非道なる悪言暴語をお吐き遊ばす黄竜姫様のお言葉、天地の道理に反したる貴女の御命令には、吾々は絶対に服従する事は出来ませぬ』 黄竜姫『今更めて銀、鉄の両人を除名する』 銀、鉄『コレハコレハ心得ぬ貴女の御言葉、何の咎あつて除名遊ばすのか。無道の除名処分には決して服従仕らぬ。また仮令除名されても蜈蚣姫様を奉じ、此の地恩城を守護致す考へで御座れば、少しも痛痒は感じませぬ。何卒々々、今一度お考へ直しを願ひ度う存じまする』 金州『女王様に申上げます。御立腹は御尤もなれども、何を言つても、絶つても絶れぬ御親子の間柄、斯様な事が城外に洩れましては、第一、大神様のお道の汚れ、余り褒めた話では御座いませぬ。何卒親子仲よく遊ばして下さいませ』 黄竜姫『今改めて母上様に申上げます。万々一敵軍襲来致す様な事あらば、此黄竜姫が陣頭に立ち、華々しく神界の為めに活動してお目に懸けませう。今迄の無礼の言葉お赦し下さいませ。除名の事は今改めて取消しませう。又……銀、鉄の両人に対する除名の言霊も只今宣り直しませう』 蜈蚣姫『アヽ流石は妾が血を分けた娘だけあつて偉いものだなア。さうなれば、さうと……何故早く言つて下さらぬのだ。年寄に要らぬ気を揉まして、親に余り孝行……な仕打ぢやなからうに』 と笑ひ泣きに泣く。 黄竜姫『最初より此精神で妾は申上げて居ましたけれども、母様は余り血気に逸り、其儘城外へ御出になれば、それこそ吾々親子を初め、地恩城一同の大恥辱になると思ひ、無礼な事を申上げました。何卒お赦し下さいませ』 蜈蚣姫『心安い親子の仲、さう更まつて御挨拶には及びますまい』 と機嫌を直し薙刀を長押に掛け、忍冬茶をグツと飲んで脇息に凭れる。 斯かる処へ足音高く入り来る鶴公は、恭しく両手をつき、 鶴公『黄竜姫様に申上げます。只今承はりますれば、蜈蚣姫様より出陣の用意を致せ……とのお言葉、敵無きに出陣とは心得申さぬ。之には何か深い御経綸の在する事ならむ。一応其真相を、私に差支へ無くばお洩らし下さいませ』 蜈蚣姫は黄竜姫の言葉も待たず、二足三足膝を摺り寄せ、 蜈蚣姫『お前はそれだから間抜者と言ふのだ。友彦が獰猛なる蕃人隊を引き率れ、本城へ復讐の為め攻め寄せ来ると言ふ事が分らぬのか』 鶴公『はて、心得ぬ貴女のお言葉、天が下に善に敵する仇はありますまい。何を苦んで防戦の用意とか、出陣とかを御命令になつたのですか。さうして又友彦が果して攻め寄せ来ると言ふ、的確なる調査がついて居りますか』 蜈蚣姫『現在此処に居る金、銀、鉄の三人が、注進に来て居るのだよ』 鶴公『はて心得ぬ。金、銀、鉄の三人は一ケ月許り此門内を出た事は御座らぬ。如何して其んな急報が耳に入つたのだらう。……コレコレ金、銀、鉄の三人共、其方は何人に左様な事を聞いたのか』 金州『ハイ……あの……それ……今の……何で御座います。エー、さうして……先方が……何ですから此方も何々して置かねば……何々の間に何だと……思ひまして一寸申上げました。これと言ふも全く清公様……オツトドツコイ……きよや昨日の事では御座いませぬ。誠に恐惶(清公)頓首の次第で御座います』 鶴公『其方の申す事は少しも分らない。も少し、はつきりと申さないか』 金州『オイ、銀州、貴様チツと応援して呉れ。俺ばつかりに言はすとは余りぢやないか、貴様が発頭人だよ。アーア発頭人に此答弁を譲つて、私はホーツと息をつき乍ら金公……オツトドツコイ……キン聴する事にしようかい』 銀州『ハイ、黄竜姫様、其他の方々の御前を憚り乍ら、謹み敬ひ言上仕りまする。抑々地恩城は四面山に囲まれ、メソポタミヤの顕恩郷にも勝る楽園地で御座いますれば、黄竜姫様の御威勢も日に日に旭日昇天の勢、それに日頃慕はせ給ふ母様に無事に会はせ給うて、其御顔色恐悦至極、左守の清公様、右守の鶴公様の誠心籠めての日夜のお活動、其為め地恩郷は益々隆盛に向ひ、斯んな喜ばしい事は又と世界にありませうか。然るに味良き果物には害虫多く、美しき花には風雨の害甚しとやら、治に居て乱を忘れず、乱に居て治を忘れず、治乱興敗は天下の常と存じますれば、吾々は先見の明なくとも斯くの如きは能く御合点の某、御忠告までに申上げ奉りまする』 鶴公『益々不分明なる汝の言葉、左様な問題を尋ねたものでは無い。友彦一件は何人より聞いたのかと尋ねて居るのだ』 銀州『オイ、鉄、何とかテツボをあはして呉れぬと、俺はスンデの事でテツ棒を喰はされる処だ。初から約束の通り、第一線危き時は第二線が防ぎ戦ひ、第二線敗るる時は第三線が力戦苦闘するは、締盟当時の吾等の決心、サア手坪をあはして巧く弁解をするのだよ。此言霊戦に敗をとれば吾々は、もう駄目だよ』 と耳の側に囁く。 鉄州『ハイ、……何で御座いますか。最前から金、銀の答弁を聞いて居れば徹頭徹尾、此鉄も意味貫徹しませぬ。鉄瓶の口から湯気を立てて居る様な二人の陳弁の有様、側の見る目も気の毒なりける次第なりです。斯かる事は夢の中の状態で、五里霧中に葬り去るが安穏で御座いませう。夢は袋に、刀は鞘に、秘密は腹に包んで置くが最も悧巧なやり方、吾々は此以上申上げる事は徹頭徹尾ありませぬ。此問題は只今限り撤廃を願ひませう』 鶴公『三人が三人共、実に瞹昧模糊として不徹底極まる答弁、……コリヤ金州、左様な瓢鯰式の言葉を用ゐず、友彦が襲来に関し、何人より聞きしか明かに申上げよ』 金州『ハイ是非に及ばず申上げまする、実は……その……何で御座います。実に清公さまの……エー……兎も角、マア……一つの計略ですな』 鶴公『コリヤコリヤ金州、畏くも女王様、蜈蚣姫様の御前なるぞ。真面目に謹んで答弁致さぬか』 金州『ハイ、おい第二線だ……吟味が斯う厳しうては逃げ道がない。貴様の雄弁を以て其処はそれ……何々してやつて呉れぬかい』 と耳に口を寄せ囁く。銀州は迷惑相な顔をし乍ら頭を掻き、一寸鶴公の顔を見上げ、 銀州『エー、何分……金州の申した通り、私が発起人で御座います。然し乍ら神の奥には奥があると同様に、発起人の奥にも奥が御座いまして……如何もハツキリと申上げ憎う御座います。奥を申上げるのは何だか臆劫な様で、奥歯に物が挟まつた様な感が致します。怯めず臆せず、記憶に存する事は臆面も無く申上ぐるが順当では御座いまするが、矢張り、エー何で御座いまする。本当の事は清公さまと宇豆姫さまの関係から起つた問題ですから、何卒神直日大直日に見直し聞直し、宣り直して下さいませ。人の非を人の前に曝す事は、神様のお戒めに背くと申すもの、之ばかりはお道の精神を守つて沈黙を致しませう』 鶴公『汝等三人は何事か申し合せ、吾々を嘲弄致すのだなア』 銀州『滅相もない。嘲弄と言へば左守神様は長老臭い。貴方が地恩城の長老に成られるが最後、吾々はお払ひ箱になるのは定つた事、長老の斧を以て竜車に向ふ如く一たまりも御座いますまい。それだから実の処は、友彦襲来の兆候ありと仮想敵を作りスマートボール其他のヤンチヤ連中は城内より追放り出し、後に清公さまを純然たる唯一の長老、即ち宰相たるの実権を握らせ、言ふと済まぬが、エー右守神の何々さまを排斥しようと言ふ吾々の計略で……はありませぬ。畢竟夢の浮世の夢を見たばかりの事、吾々が悪を企んだのだとは夢々疑うて下さいますな』 鶴公『イヤ、もう何も聞く必要は無い、人の非を穿鑿する吾々は考へも無いから、直日に見直し聞直し宣り直して置きませう。……モーシ、黄竜姫様、蜈蚣姫様、実に水禽の羽撃きに恐れたる平家の軍勢の如き馬鹿らしき此騒ぎ、いやもう油断のならぬ世の中で御座いますワイ』 蜈蚣姫『金、銀、鉄の言ふ事を綜合すれば、どうやら左守神の清公が張本人と見える。……清公を之へ呼んで来なさい。金州、サア早く』 金州『ハイ、お言葉で御座いまするが、叔母の死んだも直休み、漸く内乱鎮定の曙光を認めた処ですから、少し休養を願つてお使ひを致しませう』 鉄州『実際の事を申しますれば、清公さまは御存じの通り、実に立派なお方で御座います。ブランジーとして実に申分なきお方、然し乍らクロンバーが無ければ陰陽合致致さず、それが為に宇豆姫さまをクロンバーの位置に据ゑ度いと、吾々仲間の者は内々運動を開始して居ました。処が肝腎の宇豆姫さまは察する処、鶴公さまに秋波を送り、ブランジーの清公さまに、エツパツパを喰はさむとする形勢ほの見えたれば、何とか事を構へ、右守神鶴公さまを先頭に、スマートボール、貫州、武公、チヤンキー、モンキー、其他の連中を城外に放り出し、城門を固く鎖し、時を移さず無理往生にしてでも宇豆姫さまをクロンバーの役に就かせ、夫婦合衾の式を挙げさせ度いと鳩首凝議の結果、一寸狂言を致したに過ぎませぬ。此暑いのに何百里もあるネルソン山の彼方迄、誰が偵察に参る者がありませうぞ。全く以て真赤な嘘言で御座いました。身の過ちは宣り直せと言ふ神様の御教を奉体遊ばす黄竜姫さま、人をお赦し遊ばす慈愛の権化、滅多にお叱り遊ばす様な、天則違反的な行為には出られますまいから、安心して実状を申上げました』 と流石鉄面皮の鉄州も、稍羞恥の念に駆られてか、俯向いて真赤な顔をして居る。 蜈蚣姫『エーエー、しようもない悪企みをして此妾まで心配させ、親子喧嘩までオツ始めさせた太い奴だ。……ナア鶴公さま、油断も隙もあつたものぢや御座いませぬなア』 鶴公『お言葉の通り実に寒心致しました。然し乍ら之全く神様の吾々に対するお気付けでせう。之に鑑み今後は、人の言ふ事を軽々しくまる聞きしてはなりますまい』 蜈蚣姫『斯く事実の判明した上は何をか言はむ。今日は之にて忘れて遣はす。サア妾と共に神殿に於て、感謝祈願の祝詞を奏上致しませう』 と先に立ち、一同と共に神殿に足音静に進み入る。 (大正一一・七・七旧閏五・一三北村隆光録) (昭和一〇・六・四王仁校正)
142

(1879)
霊界物語 25_子_豪州物語2(地恩城の黄竜姫) 17 森の囁 第一七章森の囁〔七六三〕 黄金の玉を紛失し、高姫に追放されて、オセアニヤの一つ島に玉の所在を探らむと艱難辛苦を冒して立向うた黒姫は、夫高山彦と共に、一つ島の酋長格となり、数多の土人を手なづけ、一時は武力を以て東半分の地に勢力を扶植しつつあつた。 其処へ小糸姫、五十子姫、梅子姫、今子姫、宇豆姫の容色端麗なる美人現はれ来り、土人の崇敬殊に甚しく、高山彦、黒姫も之を排斥するの余地なきを悟り、抜目なき両人は直に猫を被つて小糸姫が部下となり、遂には心より小糸姫に悦服し、地恩城にブランジー、クロンバーの職を務め、二年三年一意専心に玉の所在を、土人を以て捜索せしめつつあつた。されども玉らしき物は何一つ手に入らず、殆ど絶望の思ひに沈む時、高姫其他の一行が此島に来るに会し、最早本島に用は無し、仮令オセアニヤ全島を我手に握る共、三千世界の宝たる三つの神宝には及ぶ可らず。躊躇逡巡せば、又何人にか宝玉の所在を探られむと、高姫、黒姫、高山彦は、日頃手撫づけ置きたるアール(愛三)、エース(栄三)の二人を引連れ、稍広く大なる樟製の船に身を任せ、タカの港を秘に立出で、後白浪と漕ぎ出す。 やうやうにして太平洋の波濤を横断り、数多の島嶼を縫うて馬関を過ぎり、瀬戸の海に帰還し、淡路の洲本(今の岩屋辺り)に漸く船を横たへ高姫を先頭に一行五人、洲本の酋長東助が館を指して進み行く。見れば非常に宏大なる邸宅にして、表門には二人の門番阿吽の仁王の様に儼然と扣へて居る。よくよく顔を眺むれば、生田の森の杢助館に於て出会した虻公、蜂公の両人である。 高姫『オヽお前は虻公、蜂公……如何してマア泥棒がそこまで出世をしたのだい。日の出神の御入来だから、一時も早く館の主東助殿に、日の出神御光来だと報告をしてお呉れ』 と横柄に命令する様に云ふ。 虻公『此頃は御主人はお不在で御座いますから、何人がお入来になつても、此門を通過さしてはならないと言はれて、斯う我々両人が厳重に固めて居るのだから、日の出神さまであらうが、仮令国治立尊様であらうが、通す事は罷りなりませぬワイ。主人の在宅の時は門番は誰も居ないのだが、主人が一寸神様の御用で、何々方面へ御越し遊ばし、其不在中に戸惑ひ者……何々が四五人連でやつて来るから、決して入れてはならぬぞ。若し我命令を破つて門内に通す様な事があつたら、其方は直に暇を呉れる。さうすれば貴様も虻蜂取らずになつて了ふぞよ……と厳しき御命令だ絶対に通す事はなりませぬ……なア蜂公、さうぢやないか』 蜂公『さうだ、国依別さまが生田の森からお迎へにお出でた時、鷹姫とか、鳶姫とか、烏姫とか、黒姫とか云ふ奴がキツと此館へゴテゴテ言うて来るに違ひないから、一度でも顔見知つた虻公、蜂公を門番にして置くがよからう……と云つて、東助さまと相談の上、臨時門番を勤めて居るのだ。神様と云ふものは偉いものだ。チヤンと日の出神様の様に、前に知つて御座るのだから堪らぬワイ、アツハヽヽヽ』 高姫少しく声を尖らし、 高姫『泥棒上りの虻蜂の分際として、此結構な神柱を鷹だの、鳶だの、烏だのと、何と云ふ口汚い事を申すのだ。大方言依別の奴ハイカラから聞かされたのだらう』 虻公『そんなこたア如何でもよい。誰が言つたのか知らぬが、世界中知らぬ者はありますまい。つひこの近くに結構な玉が隠してあるのに、オーストラリヤ三界まで飛んで行くと云ふ羽の強いお前共だから、鳥に譬られても仕方があるまい。グヅグヅして居ると国依別や東助さまが玉の所在を嗅ぎ出して、又お前さまに取られぬ様にと宝の埋換を遊ばすと見え、何でも立派な玉が聖地へ納まるから、お迎へとか、受取りとかに行かはりました。お前さまの居らぬ間に聖地には……噂に聞くと、何でも近い内、五色の玉が納まると云ふ事、それなつと受取つて、又お前さまに隠さしたら、チツトは高姫、黒姫の病気も癒るだらうと、国依別さまが笑ひ半分に言つてましたよ。アハヽヽヽ』 黒姫『あの三つの御宝を、言依別が又埋けなほすと云ふのかい、エーエ胸がスイとした。初稚姫の様な小チツペや、玉能姫などが末代の御用をしたと思つて……三十万年未来までは何と仰有つても申し上げられませぬ……なんて威張つて居つたのが……思へば思へば可憐らしいわいの。……それはさうと言依別の奴ハイカラ、クレクレと猫の目程精神が変るのだから、今度は又国依別のヤンチヤや、船頭あがりの東助に御用をさすのらしい。コリヤうつかりとして居られますまい。……サア虻、蜂の御両人、そこまで聞いて居る以上は、モツと詳しい事を御承知だらう。お前は中々正直者だ、それでこそ御神業が勤まると云ふもの、サア私と一緒に聖地へ帰り様子を偵察して、末代の御神業に仕へませう。其代り此高姫、黒姫の御用を聞けば、立派な御出世が出来まする。宜しいかな、分りましたか』 と三歳児をたらす様に、甘つたるい声を出して抱き込まうとする。 蜂公『グヅグヅして居ると、国依別が肝腎の御用をしますで、早うお帰りなされ。悪い事は言ひませぬ……(小声)と斯う言うて門を潜らさぬ様に、追ひまくる様にする俺の計略だ』 と小さい声で呟くのを、高姫は耳敏くも、半分計り聴き取り、 高姫『コリヤ門番の古狸奴が、黒姫さまはお前にチヨロまかされても、世界の大門開きを致す日の出神の生宮は東助の門番位に誤魔化されはせぬぞ。黙つて聞いて居れば何を云ふか分つたものぢやない。察する所家島(絵島)か、神島四辺に隠し置いたる三個の宝玉を、我々が遠い所へ往つたのを幸ひ、ヌツクリと取り出し、初稚姫や玉能姫に揚壺を喰はし、此館に言依別、国依別、東助が潜んで、玉相談をやつて居る事は、日の出神の天眼通にチヤンと映つて居る。どうだ、虻、蜂、恐れ入つたか』 虻、蜂一度に、 虻公、蜂公『アハヽヽヽ、エライ日の出神さまだなア。何も彼もよう御存じだワイ』 高姫『定まつた事だ。世界見えすく水晶身魂の日の出神様の仰有る事に間違ひがあつてたまらうか。……サアサア高山彦さま、黒姫さま、アール、エース、……虻、蜂両人を取押へてフン縛り、我々は奥へ進み入つて、三人の面の皮を剥いてやりませう』 高山彦『高姫さま、コリヤ……一つ考へ物ですな。多寡が知れた虻、蜂の門番、そんな秘密が分らう筈がない。グヅグヅして居ると、良い翫弄物にしられるかも知れませぬぞ』 高姫『そら何を仰有る高山さま、千騎一騎の此場合、チツト確乎なさらぬかいな。……黒姫さまも余程耄碌しましたね』 虻公『俺を取り押へるの、フン縛るのと、そりや何を言ふのだ、這いるなら這入つて見よ。危ない事がして有るぞ。忽ち神の罰が当つて、虻蜂取らずの目に会つても良けら、ドシドシとお通りなさい……と云ひたいが、金輪奈落此門を通しちやならぬと云ふ厳命を受けて居るのだから、表門は俺の責任があるから、入口は一所ぢやない。貴様勝手に這入つたがよからうぞ。此前にやつて来たお前に似た様な宣教師は廁の中からでも逃げ出たのだから、裏の方へそつと廻つて、廁の下から糞まぶれになつて這入らうと這入るまいと、ソラお前の勝手だ。此門だけは、絶対に通る事は罷りならぬのだ。ウツフヽヽヽ。……三つの玉とか、五つの玉とか、今頃には聖地は玉の光で美しい事だらうな。初稚姫さまも、玉能姫さまも、余り欲が深過ぎるワイ。三つの玉の御用をし乍ら、今度又竜宮の一つ島で結構な玉を五つも手に入れて八咫烏とかに乗つて帰つて御座るとか、御座つたとか云ふ無声霊話が、頻々と東助さまの館へかかつて来た。アヽさうぢや、杢助さまも結構な生田の森の館を棄てて聖地へ行かつしやる筈だ。初稚姫、玉能姫さまは、年は若うても、流石は立派な方だ。一度ならぬ、二度ならぬ、三千世界の御神業の花形役者だ。心一つの持様で、あんな結構な御用が出来るのだからなア。そこらの人、爪の垢でも煎じて飲んだら薬になるだらう。ウツフヽヽヽ』 高姫『誰が何と云つても聞くものか。そんな巧い事云つて、此館に高姫を入れまいと防禦線を張るのだらうが。そんな事を……ヘン喰ふ高姫で御座いますかい。そんなら宜しい。裏門から這入つてやらう。さうすればお前の顔も立つだらう』 と掛合ふ所へ、東助の妻お百合は門口の喧しき声に気を取られ、座を立ちて一人の侍女と共に此場に現はれ来る。 虻公『これはこれは奥様、よう来て下さいました。三五教のヤンチヤ組の高姫一行がお出でになりやがつて、此門を通せと仰有りやがるのです。如何言つて謝絶つても、帰らうと仰有りやがらず、それ程這入りたければ、友彦の様に廁の穴からでも這入れと云つてゐる所で御座います。此御館は表門計りで、裏門と云へば雪隠の穴計り、そこからでも這入らうと云ふ熱心な方ですから……どうでせう、御主人はあれ丈厳しくお戒めになつて居ますけれども、そこは又臨機応変、どつと譲歩んで通してやつたら如何でせう』 お百合『これはこれは高姫様御一行で御座いますか、噂に承はつて居りましたが、ホンに立派なお方計り、ようお入来なさいました』 高姫『私は仰有る通り、高姫、高山彦、黒姫の三人で御座います。何時やらは御主人の東助どんに、家島まで送つて貰ひ、アタ意地くねの悪い、私の家来の清、鶴、武の三人を自分の船に乗せ、私を家島に島流しも同様な目に会はし、其後と云ふものはイロイロ雑多と此高姫を苦めて下さいまして、実に有難う御座います。其お蔭で余程私は身魂磨きをさして頂きました』 お百合『どう致しまして、お礼には及びませぬ。苦労の塊の花の咲く三五教で御座いますから、貴方の様な肝腎のお方を改心させる御用を勤めた私の主人は、謂はば高姫のお師匠さま格ですな。オツホヽヽヽ』 高姫『何と、理窟も有れば有るものだな。海賊上りの東助の女房丈の事あつて、巧い逆理屈をお捏ね遊ばす。斯んな立派な館を建てて、酋長々々と言つて居つても、人品骨柄の下劣な事、破れ船頭が性に合ふとる。海賊をやつて沢山な宝を奪ひ取り、財産家となつて、栄耀栄華の有りたけを尽し、今度は三つの御神宝にソロソロ目を付け出した大泥棒の計画中だらう。何と云つても奥へ踏み込み、言依別、国依別を助けて失敗をさせない様に注意するのが男子の系統の高姫の役だ。サア案内をなされ』 お百合『そんなら開放致しませう。自由自在御勝手にお探し遊ばせ。此館は四方八方蜘蛛の巣の如く、到る所に暗渠が掘つて御座いますから、うつかりお這入りになると生命がお危なう御座いますぞ。これ程広い屋敷でも、安心して歩行ける所は、ホンの帯程より有りませぬ。それも生憎東助殿が絵図面を持つて出て居られるものですから、私達は庭先だとて迂濶り歩けないので御座います。それ丈前に御注意申し上げておきます』 虻公『日の出の神の天眼通様、貴女はよく御存じだらう。サア、トツトと早くお入りなされ』 高姫は双手を組んで思案に暮れ乍ら、一生懸命に祈願を凝らし出した。稍あつて高姫は、 高姫『あゝ此処にはヤツパリ居りませぬワイ。……サア黒姫さま、高山彦さま、一時も早く生田の森へ参りませう。彼の方面に三箇の宝玉が現はれました。私の天眼通にチヤンと映つた。早く往かないと又チヨロまかされると大変だ』 お百合『どうぞ、さう仰有らずと、御ゆつくり遊ばしませ』 高姫『ヘン京のお茶漬は措いて下されや』 とプリンプリンと肩や尻を互交ひに揺り乍ら、磯端の船に身を任せ、アール、エースの両人に艪櫂を操らせ、一目散に再度山の峰を目標に漕いで行く。 執着心に搦れて玉を抜かれた高姫や 黒姫二人の玉探し太平洋の彼方まで 心焦ちて駆け出だしどう探しても玉無しの 力も落ちて捨小舟高山彦等と五人連れ 折角永の肝煎りも泡と消えゆく波の上 誠明石の向岸浪の淡路の島影に 船を漕ぎつけ東助が館の門に走せついて 虻と蜂との門番に上げつ下しつ、揶揄はれ 心を焦ちて高姫は又もや玉に執着を 益々強く起こしつつ再度山の山麓の 生田の森へと急ぎ行く。 生田の森の杢助館には、国依別、秋彦、駒彦の三人が、臨時留守居役として扣へて居た。 国依別『玉能姫さまも此館をお立ちになつてから、随分月日も経つたが、どうやら今度は竜宮の一つ島から結構な宝を受取つて、聖地へお帰りになると云ふ事だ。何れ初稚姫様、玉治別も一緒だらう。何時までも私も斯うしては居られないから、聖地へお迎へに行かねばならぬから、……秋彦さま、駒彦さまと両人で此館を守つて居て下さい。直に又帰つて来ますから、……』 秋彦『ハイ承知致しました。併し乍ら万々一、例の高姫一行が帰つて来て、国依別さまは何処へ行つたと尋ねた時には、何と云つて宜しいか、それを聞かして置いて貰ひたいですなア』 国依別『滅多に高姫は帰つて来る様な事はあるまい。併し万一来たならば、一層の事、事実を以て話すのだな』 秋彦『そんな事話さうものなら、高姫は気違になつて了ひますよ。三つの玉の所在は分らず、それが為一生懸命になつて居る矢先、又もや結構な五つの玉を、同じ竜宮島から、初稚姫様や玉能姫さまが頂いて帰つたのだと言はうものなら、大変ですからなア』 駒彦『オイ秋彦、取越し苦労はせなくても良いよ。其時は其時の事だ。……国依別さま、何事も刹那心で我々はやつてのけますから、御安心下さつて、どうぞ一時も早く聖地へお迎へに行つて下さいませ』 国依別『それぢや安心して参りませう』 と話して居る。窓を透かしてフト外を見れば、夜叉の様な顔した高姫、黒姫、高山彦外二人、此方に向つて慌しく進んで来る。 駒彦『ヤア国依別さま、秋彦、あれを見よ。呼ぶより誹れだ。高姫が血相変へて帰つて来よつた。三人が斯うして居ると面倒だから、先づ此駒彦が瀬踏みを致します。あなた方二人は奥へ這入つて、様子を考へて居つて下さい。私が一つ談判委員になりますから……サアサア早く、見つけられぬ内に……』 と促せば、国依別、秋彦はニタリと笑ひ乍ら、次の間に入り、火鉢を中に松葉煙草を燻べて様子を考へて居た、漸く近付いて来た高姫、表の戸を叩いて、 高姫『モシモシ頼みます』 中より駒彦はワザと婆アの作り声をし、 駒彦『此山中の一つ家を叩くは、水鶏か、狸か、狐か、高姫か……オツトドツコイ鳶か真黒黒姫の烏の親方か、ダ……ダ……ダ……誰だい』 外から高姫、婆声を出して、 高姫『誰でもない、日の出神の生宮だ。早く戸を開けぬか』 駒彦『今は日の暮だ、日の出神は朝方に出て来るものだ。蝙蝠の神なれば戸を開けてやるが、日の出神なればマアマア御免コウモリだよ。オツホヽヽヽ』 高姫『此館には国依別と云ふ奴ハイカラが留守番をして居る筈だが、お前は一体、何と云ふ婆アだ。根つから聞き慣れぬ声だが、誰に頼まれて不在の家を占領して居るのだ』 駒彦『オツホヽヽヽ、私かいな。私は国依別の妾だ。雀百まで牡鳥忘れぬと云うて、棺桶へ片足を突込んで居る鰕腰の婆アでも、姑の十八を言ふぢやないが、昔は随分あちらからも此方からも袖を引かれ、引く手数多の花菖蒲、それはそれは随分もてたものだよ。残りの色香は棄て難く、どこやら、好い匂ひがあると見えて、色の道には苦労をなされた国依別さまが、ゾツコンわたしに惚込んで五十も違ふ年をし乍ら朝から晩まで大事にして下さるのだ。思へば思へば私の様な運の好い者が何処にあらうか。男やもめに蛆が湧くと云ふが、女やもを程結構なものはないワイの。お前はどこの婆アだか知らぬが、余程よい因果者と見えて、其面は何だい。汐風に吹かれ顔の色は真黒け、何方が黒姫だか、アカ姫だかテント見当の取れぬお仕組だ。オツホヽヽヽ。お気の毒様乍ら、婆ア一人暮し、お茶一つ上げる訳には行かぬから、トツトと帰つて下され』 高姫は戸の節穴から一寸中を覗き、 高姫『日の暮れの事とて確実は分らぬがお前は婆アの仮声を使つて居るが男ぢやないか。チツと怪しいと思つて居た。白状せぬかい。日の出神の眼を晦ます事は出来やしないぞ』 駒彦ヤツパリ婆の仮声を出して、 駒彦『言霊は女で体は男だ。変性男子の根本の生粋の神国魂の御身魂だよ』 高姫『ヘンお前は元は馬公と云つた駒彦だらう。馬い事言つて私達を駒らさうと思つても、日の出神は……ヘン、そんな事では困りませぬワイ。グヅグヅ申さずに、サツサと開けなされ』 駒彦『アツハヽヽヽ、とうと日の出神に発見せられました。……叩けば開く門の口。叩いて分る俺の口。サツパリ化けが現はれたか。三千世界の大化物も薩張駄目だ』 と無駄口を叩き乍ら、ガラリと戸を押開け、駒彦は腰を屈め、揉み手をし乍ら女の声を使ひ、 駒彦『これはこれは三五教にて隠れなき御威勢の高き、変性男子の系統の高姫様、黒姫様、高山彦様の御一行、よくよくお訪ね下さいました、私は若彦の妻玉能姫と申す者、何時も何時も結構な御教訓を賜はりまして有難う御座ります。紀州に於て高姫様に夫婦対面の所を見付けられ、イヤモウ赤面を致しました。オツホヽヽヽ』 高姫『コレ駒彦さま、人を馬鹿にするのかい。大きな口を無理におチヨボ口にしたり、玉能姫の仮声を使つて何の態だ。婆になつたり、娘になつたり、此頃はチツとどうかしとりますな』 駒彦『ハイ、大にどうかしとります。何分三箇の玉は紛失致し、玉能姫に、折角御用を承はり乍ら、蛸の揚壺を喰はされ、此頃又五つの玉が聖地に這入つたとやら云ふ事、それで此駒彦も気が気でならず心配をして居ると、最前の様に黒姫とか云ふ婆アの霊が憑つたり、玉能姫の霊が憑つたり、時々刻々に声までが変ります。ハイハイ誠に面目次第も御座りませぬワイ。アツハヽヽヽ』 と肩を揺る。黒姫は、 黒姫『お前さまは黒姫の霊が憑つたと仰有つたが、それは誰の事ですか。聞捨ならぬ今のお言葉…』 と鼻息を荒くする。 駒彦『駒彦の身魂は神が御用に使ふて居るから、イロイロの霊魂が憑るぞよ。駒彦が申しても駒彦が云ふのでないぞよ。口を借る計りであるぞよ。駒彦を恨めて下さるなよ。何事も神の仕組であるぞよ。駒彦は何にも知らず…ウンウン』 ドスン、バタンと飛びあがつて見せた。 黒姫『エー馬鹿にしなさるな。併し此館はお前一人かな』 駒彦『一人と言へば一人、大勢と言へばマア大勢だ』 黒姫『其大勢は何処に居るのだい』 駒彦『何を言うても神様の容器に造られた此肉体、天津神、国津神、八百万の神が出入り遊ばす駒彦の肉の宮、チヨコチヨコ日の出神もおいで遊ばすなり、竜宮の乙姫さまもチヨコチヨコ見えますぞよ。真の乙姫は此頃は駒彦の肉の宮に宿換を致したぞよ……と仰有つて結構な玉を見せて下さいますワイ。ここにも現に天火水地結の五つの玉が、ヤツパリ……ヤツパリぢやつた。マア言はぬが花ですかいな』 高姫得意顔になり、 高姫『それ、黒姫さま、高山彦さま、私の天眼通は違ひますまい。キツと生田の森に隠して有るに違ひないと言つたぢやありませぬか。東助館にグヅグヅして居ようものなら又後の祭になる所だつたが、斯う自分の口から白状した以上は、てつきり玉の所在は此館に間違ない。……サア駒彦、モウ叶はぬ。綺麗サツパリと其玉の所在を系統の肉体にお明かしなされ』 駒彦『玉の所在は竜宮島の諏訪の湖、玉依姫命さまが、モウ時節が到来したから、身魂の立派な守護神に渡したい渡したいと仰有るので、玉照姫様の御命令に依り、言依別神様から、東助さまや国依別さまに……お前受取りに往つて来んか……と云つて御命令が下つたさうです、私も御用に行きたいのだが怪体の悪い、留守番を命ぜられ、指を啣へて人の手柄を遠い所から傍観して居るのだ。本当に羨ましい事だワイな』 高姫『そりや又本当かい。モウ既に聖地へ納まつたと云ふぢやないか』 駒彦『何分、時間空間を超越した神界の御経綸だから、過去とも未来とも現在とも、サツパリ凡夫の我々にや分りませぬワイ。アツハヽヽヽ』 高姫『どうやら奥の間に人の気配がする。煙草を吸うて居るのか、煙管で火鉢をポンポン喰はして居るぢやないか。松葉臭い薫がして来出した。誰が居るのだ、白状なされ』 駒彦『ハイ鼠が二三匹奥の間に暴れて居るのでせう』 高姫『それでも煙が出るぢやないか』 駒彦『鼠が煙草を吸うて居るのでせうかい』 高姫はスタスタと奥の間の襖を引き開けて飛びこみ、二人の姿を見て、 高姫『これはしたり、国依別、秋彦の両人、卑怯千万にも不在を使ひ、奥の間に姿を隠し、我々を邪魔者扱になさるのかーツ』 と言葉尻に力を入れ、角を立てて呶鳴りつけた。国依別は杢助流にグレンと仰向けにひつくり返り、手と足を上の方にニユウと伸ばし、 国依別『チユウチユウチユウ』 と鼠の鳴き声をして見せる。秋彦は亦グレンと転倒り、同じく手足を天井の方へニユウと伸ばし、 秋彦『クツクツキユツキユツキユツ』 と脇の下に笑ひを抑へて居る。高姫は、 高姫『何と云ふ不作法な事をなさるのだ。四足の真似をしたりして、本守護神が現はれたのだ。アヽ隠されぬものだ。身魂と云ふものは……日の出神の御威光に照らされて、此憐れな態、斯んな身魂を言依別の奴ハイカラが信用して居るのだから……本当に悲しくなつて来た。幹部の奴は色盲計りだから、人物を視る目が無いから困つたものだ。誠のものは排斥され、斯んな者が雪隠虫の高上りをするのだからなア』 国依別『チウチウチウ』 秋彦『クウクウクウ』 国依別『サツパリ………身魂がチウクウに迷うて居るワイの、ウツフヽヽヽ。キユツキユツキユツキユツ』 と体一面に笑ひを忍んで、波を打たせて居る。 高姫『コレコレ黒姫さま、高山彦さま、一寸来て御覧、大変な事が出来致しました。天が地となり、地が天となり、サツパリ身魂の性来が現はれて、足が上になつて歩く人間が現はれました。どうぞ皆さま、やつて来て天津祝詞を奏上し、元の人間になる様に拝んでやつて下さい。あゝ惟神霊幸倍坐世、惟神霊幸倍坐世』 と気の毒さうな顔して、一生懸命に祈願をこめて居る。 (大正一一・七・一二旧閏五・一八松村真澄録)
143

(1898)
霊界物語 26_丑_麻邇宝珠が錦の宮に奉納 13 三つ巴 第一三章三つ巴〔七七八〕 炎熱火房に坐す如く恰も釜中に居る如し 酷暑の空に瑞月が身を横たへて述べ立つる 廻すハンドル力なく半破れしレコードも 針の疲れにキシキシと鳴り出で兼ねしかすり声 妙音菩薩の山上氏傍に現はれましませど 泣き嗄したる時鳥八千八声も尽き果てて 唇加藤明きかぬる珍の言霊松村氏 真澄の空を眺めつつ此処迄述べて北村の 錦の宮の隆光る三五の月の神教を 守る神人言依別の瑞の命を始めとし 玉照彦や玉照姫の瑞の命の聖顔は 外山の霞掻き分けて豊二昇る朝日子の 日の出神の如くなり五六七太夫の谷村氏 真の友と水火合せ汗に眼鏡を曇らせつ 万年筆と口の先素的滅法に尖らせて 松雲閣の中の間で鼻高姫や黒姫が 御玉探しの大騒ぎ神素盞嗚大神が 帯ばせ給ひし御佩刀の三段に折りし誓約より 現はれませる三女神市杵嶋姫、多紀理姫 多岐都の姫を祀りたる御稜威輝く竹生島 社殿の下に瑞宝の匿されありと国依別の 俄天狗にそそられて此処に三人の玉抜けや ヤツサモツサの経緯を筆に写して止め置く あゝ惟神々々御霊幸はへましませよ。 ○ 三五教の宣伝使変性男子の系統を 唯一の楯と頼みたる日の出神の肉の宮 嘘か真か知らねども天狗の鼻の高姫が 尊き御魂を持ちながら肝腎要の神業に 取り除かれし妬ましさ言依別が匿したる 玉の在処を何処迄も仮令火になり蛇になり 骨になるとも執拗に探り当てねば置かないと 執着心の鬼大蛇醜の曲津に誘はれて 自転倒島は云ふも更明石の海や淡路島 家島を越えて小豆島波濤に浮ぶ南洋の 蘇鉄の茂る大島やバナヽの薫り香ばしき 南洋一のアンボイナ谷水清く苔青く 竜宮島と聞えたるこれの聖地を後にして 流れ流れて一つ島黄金の島に上陸し 地恩の城に現はれて黄竜姫に玉抜かれ 流石剛気の高姫も胸轟かし黒姫や 高山彦を伴ひて潮の八百路の八潮路の 潮の八百会漕ぎ帰り淡路の島の東助が 鉄門を守る虻蜂に鼻を折られて再度の 山を目蒐けて漕ぎ帰り生田の森に名も高き 玉能の姫の神館執念深くも訪ぬれば 国依別や秋、駒の思ひも寄らぬ三人連れ やつさもつさと争論ひ揚句の果は竹生島 憑依もしない天狗の口に鼻高姫は勇み立ち 今度は願望成就と館の裏口走りぬけ 闇に紛れて細道を進み行くこそ可憐らしき 上野、篠原乗り越えて秋の御空も住吉の 郷に漸く辿り着き東の空を眺むれば 金剛不壊の如意宝珠光争ふ朝日子の 日の出神の御姿両手を合せ伏し拝み 中野の郷もいつしかに葭と芦屋の忙しく 運ぶ歩みも立花や小田郷、柴島、淀の川 漸く道も枚方やいつしか廻り大塚の 此坂道も高槻や山崎越えて美豆の郷 河の流れも淀の町銀波漂ふ巨椋池 宇治の流れに下り立ちて飲み干す水は醍醐味や 小山、大谷早越えて逢坂山の真葛 人に知らされ来る由も嬉しき玉を三井の寺 ミロクの神世に大津辺の幾多の船の其中に 殊更堅固な船を選り高姫艪をば操りて 心は後に沖の島波を辷つて進み行く 向ふに見ゆるは竹生島月西山に傾きて 闇の帳は水の面四辺を包む大空に 閃き渡る星の影船漕ぎ浪を砕きつつ 浅黄に星の紋つけた黒い婆さまがやつて来る 又もや続いて来る船は頭の光る福禄寿さま 弁天さまの此島に女布袋や大黒が 黄金の槌はなけれども土の中より瑞宝を 探り当てむと執着の心の暗に塞されて 星影映る湖の上互に息を凝らしつつ 進み寄るこそ訝かしき。 近江の国の琵琶の湖水は、其形楽器の琵琶に似たるをもつて、此名ありと巷間伝へらる。併し乍ら此湖中に浮べる竹生島に、神素盞嗚大神の佩かせ給ひし十握の剣を、天の安河に於て誓約し給ひし時、瑞の御霊の表徴として、温順貞淑の誉高き三女神現はれ給ひ、此処に其御霊を止めさせられ、時々竜神来りて、姫神の御心を慰め奉るため、琵琶を弾じたるより琵琶の湖と称ふるに至つたのである。又一名天の真奈井とも言霊学者は称へて居る。今の竹生島は湖水の極北にあれども、此時代は湖水の殆ど中央に松の島、竹の島、梅の島の三島嶼相浮び三つ巴となつて其雄姿を紺碧の波上に浮べて居たのである。松の島には多紀理姫神鎮座在まし、竹の島には市杵島姫神鎮まり給ひ、梅の島には多岐都姫神鎮まらせ給ひ、各島各百間許りの位置を保つて行儀よく配列されてあつた。高姫は先ず竹の島の市杵島姫を祀りたる社を指して漕ぎつけた。 黒姫、高山彦も期せずして闇夜の悲しさ、同じ竹の島に船を寄せ、同じ社の床下に玉探しの為め頭を集めた。 神素盞嗚の貴の子と生れ給ひし英子姫 万世祝ふ亀彦は神素盞嗚大神の 厳の神業詳細に遂げさせ給へと朝夕に 天津祝詞を奏上し天の数歌潔く 一二三四五つ六つ七八つ九つ十たらり 百千万と村肝の心を籠めて祈る折 磯の彼方に船繋ぎしとしと来る黒い影 気にも止めずに一向に祈る最中に神の前 忽ち現はれ額きて天津祝詞を奏り上ぐる 暗に確とは分らねど皺嗄れ声は高姫か 執着心に搦まれて当所も知らぬ玉探し 見るも無残と英子姫そつと此場を立ち出でて 己が館に静々と星の光を力とし 闇路を分けて島影の清き館に帰りけり 後に亀彦唯一人声を密めて御扉を そつと開いて中に入り様子如何にと窺へば 神ならぬ身の高姫は社の中に人ありと 知らぬが仏一心に無事の安着感謝しつ 拍手の音も湿やかに金剛不壊の如意宝珠 黄金の玉や紫の珍の宝珠を高姫の 両手に授け給へよと声を震はせ祈り居る 暫くありて高姫は珍の社の床下に 鼠の如く這ひ寄つて黒白も分かぬ闇の中 小声に神名唱へつつ探り居るこそ可笑しけれ 又もや近づく足音は社の前に手を拍つて 心の秘密を語りつつ暗祈黙祷稍暫し 心いそいそ御社の四辺を密かに窺ひつ 土竜の如く床下に又もや姿を匿しける 月の光は無けれども星の光に照らされて 長い頭の唯一つ闇を掻き別け進み来る 入日の影か竿竹か見越入道の大男 又もや社前に手を拍つて感謝の声も口の中 何か細々願ぎ終へて忽ち社殿の床の下 長き頭を匿しけるあゝ惟神々々 迷ふ身魂の三つ巴誠の仕組も白浪の 沖に浮べる神島に胸に荒波打たせつつ 心の鬼に爪立てて無暗矢鱈に掻き廻し 汗をたらたら三人が時々頭を衝突し ピカリピカリと火を出して四辺の闇を照らせども 心の闇は晴れやらず互に顔を不知火の 心砕くる思ひなり高姫心に思ふやう 国依別の云うたには言依別のハイカラが 二人の使を遣はして肝腎要の神宝を 掘り出させてうまうまと再びどこかに埋め置き 初稚姫や玉能姫可愛や二人に鼻明かせ 折角立てた功績をオジヤンにしようとの悪戯か 憎さも悪い言依別の醜の命のドハイカラ 初稚姫や玉能姫思へば思へばお気の毒 吾子の功績を鼻にかけ高天原に参上り 総務々々と敬はれ威張つて御座つた杢助も 今度はアフンと口あけて吠面かわくも目のあたり 嗚呼面白い面白いさはさりながら何者か 此場に二人もやつて来て玉を掘り出し帰らうと 一生懸命探し居る何処の奴かは知らねども 愈玉の出た時は変性男子の系統や 日の出神を楯に取り此高姫が恙なく 大きな顔で受け取らうそれにつけても黒姫や 高山彦は今何処黄金の玉や紫の 宝はもはや分りしか心もとなき吾思ひ 仮令小爪は抜けるとも金輪奈落土の底 土竜蚯蚓にあらねども土掻き分けて探し出し 吾手に取らねば措くものかあゝ惟神々々 叶はぬ時の神頼み南洋諸島へ遥々と 危険を冒して玉探し往た事思へば一丈や 二丈三丈掘つたとて何の手間暇要るものか 国依別の云うたには三角石を取り除けて 下三尺の深さぞと天狗に急かれて已むを得ず 白状致した面白さ天狗の申した其如く 三角形の石はある早三尺も掘り終へて もはや四五尺掘りぬいたされども玉は現はれぬ 是はてつきり三丈の深さのきつと間違ひだ 三丈四丈はまだ愚仮令地獄の底迄も 掘つて掘つて掘り抜いて探し当てねば措くものか 苦労と苦労の塊で尊い花の咲くと云ふ 神の教を聞くからは仮令百年かかるとも 掘らねば措かぬ吾心女の誠の一心は 岩をも射貫くためしありきつと掘り出し見せてやろ 目出度く玉が手に入らば意気揚々と立ち帰り 言依別を始めとし杢助お初やお節等の 顔の色迄変へさせて改心さして救はねば 日の出神の生宮のどうして顔が立つものか あゝ惟神々々御霊幸はへましませよ。 と心の底に迷ひの雲を起しながら、一生懸命汗を流して火鼠か土竜のやうに砂混りの土を掻き上げて居る。 ○ 黒姫心に思ふやう再度山の大天狗 国依別の口借つて黄金の玉の匿し場所 近江の国の竹生島弁天社の床下と 確に確に云ひよつた国依別が云ふのなら 些しは疑ふ余地もある天狗は心潔白で 些とも嘘は云はぬもの間違ふ気遣ひあるものか 天狗の仰せの其如く言依別のハイカラが あらぬ智慧をば絞り出し此処に匿して置きながら 高姫さまや黒姫の昼夜不断の活動に 肝を潰して狼狽し見付けられない其中に 外へこつそり匿さうと猿智慧絞つて態人を 一足先に此島へ掘らしに来したに違ひない あの熱心な探しやう如何に剛気な黒姫も 呆れて物が云はれない宝探しの神業は 唯一言も言霊を使つちやならない神の告 迂濶言葉を出すならば折角見つけた宝玉も 煙となつて消え失せむ嚔一つ息一つ ほんに碌々出来はせぬ苦しい時の神頼み 祝詞を唱へて神様にお願ひする事は知つて居る 云ふに云はれぬ玉探しこんな苦しい事あらうか 言依別の使等が黄金の玉を発見し 持ち帰らうとした所で竜宮に在す乙姫の 鎮まりいます肉の宮千騎一騎の此場合 黒姫中々承知せぬ仮令地獄の底までも 掘つて掘つて掘つて掘り抜いて光眩き金玉を 再び吾手に納めつつ綾の聖地に持ち帰り 言依別や杢助をアフンとさせてやりませう あゝ惟神々々叶はぬ時の神頼み 頼りもならぬ口無しの息をつまへる鴛鴦の 番離れぬハズバンド高山彦は今何処 紫色の宝玉は何処の島か知らねども もはや手に入れ給ひしか高姫さまは今何処 金剛不壊の如意宝珠首尾よく御手に返りしか あちらこちらと気が揉めるあゝ惟神々々 叶はぬ迄も探し出し初心を貫徹せにやおかぬ 苦労と苦労の塊の花の咲くのはこんな時 又と出て来ぬ此時節琵琶の湖水は深くとも 闇の帳は厚くとも三五教の神司 高山彦や黒姫が言依別に着せられた 恥の衣を脱ぎ捨てて神国魂をどこ迄も 見せねばならぬ此立場何処の奴かは知らねども 高山さまに好く似たる茶瓶頭がやつて来て 又もやがさがさ探し出す欲と欲とのかちあひで 玉の詮議に頭うち火花を散らす苦しさよ 仮令天地が覆るとも黄金の玉は何処迄も 探し当てねば措くものか岩をも射貫く一心は 女たる身の天性だあゝ惟神々々 御霊幸倍ましませよ。 とひそかに思ひ、ひそかに念じながら、汗をたらたら搾り出し、一生懸命に砂を掻き上げて居る。 ○ 高山彦は訝かりつ心の中に思ふやう 再度山の大天狗国依別の口借つて 竹生の島の神社其床下に三角の 石を蓋せて紫の宝玉深く荒金の 土中に埋没せしと聞く三角石は此処にある さはさりながら訝かしや言依別の使とも 思へぬ節が一つある闇の帳は下されて さだかにそれとは分らねど体の恰好動きやう 頭をぶりぶり振る所高姫さまや黒姫に どこやら似て居る気配ぢやぞ天狗は至つて正直と 昔の人も云うて居る滅多に嘘は申すまい 高姫さまや黒姫によく似た者は世の中に 一人や二人はあるだらう何を云うても鴛鴦の 名乗もならぬ玉探し実際俺は言依別の 神の命が神界の仕組によりて匿されし 宝の在処を探そとは夢にも思うた事はない さはさりながら高姫や黒姫までが焦ら立つて 玉よ玉よとやかましく騒ぎ廻るが煩さに 己も何とか工夫して玉の在処を探し出し 二人の婆に執着の雲を晴らさしやらうかと 牛に牽かれて善光寺心ならずも竜宮の 一つ島迄駆廻り地恩の城にブランヂー クロンバー迄も勤めつつ数多の国人使役して 玉の在処を探したがこれ程広い世の中を 土中に深く隠されし玉の分らう筈がない 高山彦も今日限り此処で失敗したならば これきり思ひ切りませう日の出神や竜宮の 乙姫さまかは知らねども俺にはチツと腑に落ちぬ 真日の出神なれば玉の在処は何処其処と ハツキリ知らして呉れるだらう竜宮の乙姫さまならば 猶更玉の匿し場所知らない道理がどこにあろ 同じ名のつく神様も沢山あると見えるわい 高姫さまや黒姫に憑つて御座る神さまは 神力足らぬ厄雑神それでなければどうしても 俺の心にはまらない六十路の坂を見ながらも 五十女に操られ玉を探しに何処迄も 往かねばならぬか情ないあゝ惟神々々 叶ひませぬから高姫や黒姫二人の執着を 科戸の風に吹き払ひ生れ赤子に立てかへて 何卒助けて下しやんせ竹生の島の御神に 心を籠めて願ぎまつるあゝ惟神々々 御霊幸はへましませよ。 と心の中に呟きながら、高姫、黒姫の改心を専一と祈願し、紫の玉は殆ど念頭に置かぬものの如くであつた。 (大正一一・七・一九旧閏五・二五加藤明子録)
144

(1902)
霊界物語 26_丑_麻邇宝珠が錦の宮に奉納 17 帰り路 第一七章帰り路〔七八二〕 執着心に煽られて玉の在処を執拗に 発見せむと再度の山の天狗の囈言に 心を焦ちて高姫が黒姫、高山彦を伴れ 思ひ思ひに竹生島古き社の床下に 三角石を取り除けて掘つても掘つても玉無しの 無駄働きに眼まで三角形に尖らせて 肩を四角に揺りつつ暗の帳を押分けて いよいよ茲に断念し屋根無し小舟に身を任せ 琵琶の湖水を横切りて大津の浜に安着し 高山彦や黒姫の魂ぬけ男女と諸共に アール、エースを引連れて力の抜けた旅の空 路傍に立てる柿の木に渋い顔して村鴉 高姫一行を頭上より瞰下しながら声限り アホーアホーと鳴き立てる高姫小癪にさへながら 空ふり向いて独り言あゝ馬鹿らしい馬鹿らしい 烏の奴まで笑ひやがるこれもヤツパリ黒姫が 気が利き過ぎて間がぬけた神策実行の報酬ぢや 偉い家来は欲しいものほしは星ぢやが夜這星 何処の空か暗雲に脱線するか分らない 高山低山数越えて足許危き老の坂 何の力も梨の木の愛想つかした胸の暗 王子暗がり宮の下明かして通る恥しさ 向ふに見えるは亀山か雲に聳えた森林の 中にキラキラ十曜の紋あれこそ確に月宮殿 あこには梅照彦司鹿爪らしい顔をして 扣へて居るに違ひない一寸立寄り高姫が 日の出神と現はれて三千世界の御仕組の 変性男子の御教旨を聞かして改心さしてやろ 道に迷うた亡者をば見すてて素通り出来はせぬ これも神業の一端だ黒姫さまはどう思ふ 高山彦の福禄寿さま御意見あらば今此処で 遠慮会釈は要りませぬ包まず隠さずサツパリと 意見をお吐きなされませ言へば黒姫肯いて 実に尤もぢや尤もぢや高姫さまのお言葉に 迎合盲従致します高山彦のハズバンド 貴方も一緒に参りませう三人世の元結構ぢや アール、エースは供の役これは身魂の数でない 三人寄れば昔から文殊の智慧が出ると聞く 弁天さまの床下で馬鹿にされたる腹いせに 文殊菩薩となりすまし普賢勢至の三人が 只一厘の御経綸真向上段に振りかざし 言依別に盲従する梅照彦を言向けて 聖地へ帰る案内の猿田彦神としてやらう あゝ惟神々々御霊幸はへましませと 徳利膝頭に大地をばドンドンドンと威喝させ 大道狭しと横柄面月宮殿の片ほとり 梅照彦の神館目指して進む可笑しさよ。 ○ 梅照彦の神館門に佇み高姫は もしもし此処を開けとくれ日の出神の御入来 竜宮海の乙姫が憑りなされた肉の宮 梅照彦は在宅かこんな結構な神人が 来訪あるのを知らずして奥に居るとは情ない 天眼通も此頃は曇つて来たと見えるわい 執着心に搦まれて吾身よかれの信心者 言依別にハイハイと迎合盲従した罰で 折角覚えた天眼通ゼロになつたか情ない 一時も早く村肝の胸の岩戸を押し開けて 日の出神を迎へ入れ空前絶後の神界の 誠の花咲くお仕組を聞かして貰はうとせないのか ホンに身魂の因縁は争はれないものぢやなア 梅照姫も亦さうぢやよくよく揃うた盲共 爺も爺嬶も嬶早う開けぬか開けぬかと 皺嗄れ声を張りあげて力限りに訪へば 仏頂面した門番は不承不性に現はれて 主人の不在の此家に門戸を叩くは何人か トツトと帰つて下さんせ聞くより高姫声をかけ お前は此家の門番か梅照彦は何処へ行た 日に日に神界切迫し千騎一騎の此場合 世界の難儀を他所に見て夫婦二人が気楽相に 紅葉見遊山に往たのだろ親の心は子知らずだ 神の心は人知らずそれも俗人ならばよい 宣伝使たる身を以て館を空にとび歩く これもヤツパリ言依別の醜の命のドハイカラ 深き感化の映像か不在なら不在で仕方ない 早く此門開けてくれ一度館を検めて 善か悪かを調べあげ神に報告せにやならぬ グヅグヅしてると日が暮れる日の暮神ではない程に 早く開けたが宜からうぞ開けよ開けよと急り立てる 中より門番尖り声どこの奴かは知らねども 無理に此門開けよとは礼儀を知らぬ馬鹿女 梅照彦の御夫婦はお前の言ふよな人でない 言依別神さまが竜宮の島の麻邇宝珠 立派な立派な五色のお宝物が納まつて 其お迎へやお祝を兼ねて一同参れよと 実にも目出度い御知らせに千騎一騎の神業に 仕へ奉るは此時と勇み進んで行かれたぞ それに就いても高姫や黒姫さまや高山彦の 長い福禄寿の神司三つの玉に魂抜かれ 阿呆が足らいで近江路の琵琶の湖水の竹生島 影も形もない玉を掴みに往つた其後で 肝腎要の神業が綾の聖地で行はれ 万事是にて鳧がつきアフンとするのは高姫や 黒姫さまぢやと云ふ事だお前は誰かは知らねども 長い道中する間に高姫さまに出会うたら 分りもせない玉探し心の底から思ひ切り 早く聖地へ帰れよと梅照彦の門番が 言づけしたと言うてくれあゝ惟神々々 私は叶はぬ秋の空飯が焦げつく気が紅葉 どれどれ早う奥へ行き梅照彦の不在事に ゆつくり御馳走食べませうあゝ惟神々々 叶はぬなれば立帰れこれで御免と門番は いそいそ奥へ隠れゆく。 ○ 梅照彦の門番が話を聞いて高姫は 電光石火雷の轟く如く胸躍り 心に荒浪立ち騒ぐ猪喰た犬の高姫は さあらぬ態に胸押へ言葉もいとど淑やかに 打つて変つた猫撫でのいやらし微笑を浮べつつ ホンに浮世は儘ならぬヤツパリ竜宮の御宝 時節参りて綾錦高天原に納まつて 神政成就待ち給ふそれに就いては竜宮の 乙姫さまの肉の宮ここでしつかりなされませ 天火水地と結びたる麻邇の宝珠は竜宮の 乙姫さまの御宝初稚姫や玉能姫 国依別が喜んで上を下へと立ちさわぎ 勇むはヤツパリ黒姫の身魂の御蔭である程に 日の出神は神としてこれからお前が片肌を 脱いで掛らにやなりませぬ肝腎要の性念場 三五教の黒姫の肉の宮にと納まつて 修業なされた玉依姫の貴の命はわしぢやぞえ 永らく竜宮の一つ島に住みて居たのは外でない 今日の慶事を前知してわしの身魂が活動し 五つの玉を授けたと甘く言ふのは今ぢやぞえ 肝腎要の性念場空前絶後の神業だ 必ず抜かつちやなりませぬ高山さまも其心算 四角い肩をなめらかに丸い目玉を細うして 険を隠した地蔵顔そこは体よくやるがよい 此高姫も一か八此手で行かねばあれの手で 早速の頓智やつて行くこれが全く朝日子の 日の出神の御働き只何事も神直日 心も広く大直日直日に見直し宣り直し 身の過ちは打消して正々堂々神の為 世人の為に少々の瑕瑾はうまく葬つて 空前絶後の神業を完成したる暁は それこそ誠の神柱四方に薫れる梅の花 かう宣り直し見直せば今迄嘗めた失敗も 琵琶の湖水の泡と消え伊吹の山の白雲と なつて煙散霧消する心一つの持ちやうで いつも気楽に暮される笑うて暮すも一生ぢや 悔んで暮すも亦一生人の手柄を横取し ずるい奴ぢやと言はれうが構うて居れない今の首尾 勝てば善なり負ければ悪ぢや勝つて甲の緒をしめりや あとは天下は泰平ぢやあゝ本当に本当に面白い 結構な智慧が湧いて来たこれも全く竜宮の 乙姫さまの御手伝ひ日の出神の御働き 天晴れ表に現はれたヤツパリ辛抱はせにやならぬ 誠の力のある神はトコトン迄も気を引くと 変性男子の筆先に立派に立派に書いてある 筆先活かして使ふのも心一つの使ひ方 筆先殺して使ふのはあつたら宝の山に入り 裸跣で怪我をして吠面かわいてメソメソと 帰つて来る馬鹿の所作ヤツパリ表の筆先を 真解するのはわしぢやぞえ変性女子のハイカラが どうしてお筆が解けますか日の出の守護と云ふ事は 日の出神の生宮が天晴れ高天に現はれて 何から何まで落ちもなく筆先通りに気を配り 指揮をせいと云ふ事ぢやここの道理をよく腹へ 締め込みおいて下されや聖地へ帰つてこんな事 ゆつくり話す暇はない道々誠の御仕組を お前の腹に詰めておくあゝ惟神々々 日の出の曙光が見えて来たいよいよ今日から高姫は 千人力の経の役瑞の御霊を頭から ウンと一口噛みつけて経のお筆をふりかざし 言向け和して神界の誠の御用をせにやならぬ 是を思へば何となく重たい足も軽うなり 沈んだ心も欣々と俄に浮いて来た様だ あゝ潔し潔し千軍万馬の功を経し 高姫司のある限り三五教は千代八千代 磐石の如動かない誠のお方が現はれて 誠の事を説いたなら体主霊従の身魂等が アフンと致して後へより指を啣へて見てをると 経のお筆に出してある尊きお筆が実現し 瑞の御霊が屁古垂れて日の出神の生宮が 天晴れ表に現はれる之を思へば頼もしい あゝ惟神々々御霊幸はへましませと 高姫一行勇み立ち足音高く大地をば 威喝させつつ帰り行く万代祝ふ亀山の 貴の館を後にして船井へ渡る千代川の 流れも清き川関や音に名高き鳴石の 旧趾を左手に眺めつつ猫を被つて虎天の 堰所を越えて松並木高城山に立寄りて ウラナイ教の松姫が幅を利かした表門 馬と鹿との両人が身魂の性来現はれて 四つ這姿で這ひ込んだ此処が名高い古戦場 平助、お楢の両人が腹から生れたお節奴が 玉能の姫と偉相に松姫さまの後をとり 坐つて居たのは憎らしいあゝ惟神々々 思へば胸が悪くなるサアサア早く帰りませう 八十八字の郷を過ぎ道の広瀬の川伝ひ 翼なければ鳥羽の宿小山松原縫ひながら 花の園部の大橋をスタスタ渡り桐の庄 観音峠の急坂を爪先上りの高姫が 一行五人汗垂らし錦染めなす四方の山 眺めもあかぬ此景色日の出神の生宮の 清き心は目のあたり山は錦の衣を着て 錦の宮に帰り行く吾等一行歓迎する 御空は清く澄み渡り大地は錦の山屏風 これぞ晴天白日の高姫さまの真心が 現はれました兆候ぞや黒姫続けと先に立ち 須知山峠をスタスタと下りて来る綾の口 小雲の川の松影に釣する男に目をつけて これこれお前は何処の人三五教に仕へたる 神の司ぢやあるまいか千騎一騎の此場合 日の出神の御帰りを余所に眺めて気楽相に 魚釣り三昧何の事そんな殺生はやめなさい 諸行無常是生滅法生滅滅已の理を 知らずに魚の命取り楽しみ暮らす悪神の 憑つた悪い守護神其肉体は何人ぞ あゝ忌はしやと側に寄り釣する男の笠を取り 顔を眺めて仰天し国依別か国州か 宗彦、お勝の其昔巡礼姿となり終せ 宇都山郷の川の辺で太公望気取の松鷹彦に 意見した事忘れたか曲つた針に餌をつけて 世界の亡者を釣らうとは余り虫がよすぎるぞ 改心なされ国さまよ再度山の山麓で 身魂の曇り切つたる野天狗に憑かれた時の面付は まだ消えやらぬありありとどこかの端に残つてる 吾等三人うまうまと欺して近江へ追ひ下し エライ憂目に遇はしたな此高姫をうまうまと 竹生の島へ追ひやれば万劫末代帰らぬと 思うて居たのが運の尽き高姫ぢやとて足がある 石の地蔵なら知らぬこと時節がくれば帰り来る サアサア早う帰りやんせお前に向つていろいろと 言はねばならぬ事があるサアサア帰のうと促せば 国依別は微笑して頭を軽く下げながら お前は高姫黒姫か高山彦かよう無事で 早く帰つて下さつたあなたが御帰り遊ばすと 国依別の天眼通早くも悟つて御馳走の 用意をしようと勇み立ち小雲の川に竿たれて 勢鋭き真鯉をばせめて四五尾釣りあげて 刺身にしたり煮〆あげお前等一行三人を 招待せむとの魚釣り悪くは思うて下さるな 国依別はお前から悪の身魂と見えるだろ 心の奥の其奥に誠の血潮が流れてる そこをば買つて貰はねば国さま立つ瀬がないわいな あゝ惟神々々御霊幸はへましまして 頑迷不霊の高姫がスツパリ転迷開悟して 誠を悟り今日よりは憎まれ口を叩かずに 神前奉仕をさせてたべ東の空を眺むれば 瑞雲棚引き澄みわたる今日は菊月十五夜の 瑞月空に皎々と下界を照らす瑞光は 綾の聖地の瑞祥を寿ぎ給ふ如くなり 厳の御霊や瑞御霊三五の月の神教は 豊葦原の瑞穂国島の八十島八十の国 大海原の果てまでも輝き渡れ惟神 御霊幸はへましませよ。
145

(1913)
霊界物語 27_寅_麻邇宝珠の紛失/琉球物語 06 玉乱 第六章玉乱〔七八八〕 玉照姫、玉照彦は口を揃へて、 玉照姫、玉照彦『英子姫殿、紫の玉を我前に持来られよ』 と宣示された。英子姫は「ハイ」と答へて紫の玉を柳筥に納めた儘、恭しく捧持して二神司の前に奉らむとする時しも、高姫は、 高姫『一寸待つて下さい。又紛失すると大変だから、此玉は日の出神が保管致しておきます』 国依別『コリヤ高、又腹の中へ呑んで了ふ積りだらう。何程日の出神が偉くとも、玉照彦、玉照姫の御命令を反く訳には行くまい。……サア英子姫さま、お二方の御命令です、躊躇逡巡するに及びませぬ。早く献上なさいませ』 高姫『エー又しても又しても、邪魔計り致す男だ。今日只今限り、国依別を除名する』 国依別『エー又しても又しても、玉を呑まうと致す偽日の出神、今日只今より、国治立命、国依別の口を通し、高姫を除名する。ウンウンウン』 高姫『ヘン、おいて貰ひませうかい。何程国依別でも、国治立命様のお懸りなさる筈がありますかい。サア一時も早く国処立ち退きの命となつて帰つて貰ひませう』 玉照姫、高座より声しとやかに、 玉照姫『高姫、国依別両人共、お控へめされ』 国依別『ハハー』 と畏縮して其場に平伏する。高姫、 高姫『エーエ、日の出神の生宮さへあれば良いのに、無用の長物……でもない。何と言うても二つの頭が並んで居るのだから、行りにくいワイ。両頭蛇尾と云つて、善悪両頭使ひの高姫も芝居が巧く打てませぬワイ』 と小声で呟いて居る。 国依別『高姫さま、玉照姫様の御命令もだし難く、貴女の除名を、国依別茲に取消し致します』 高姫は舌をニヨツと噛み出し、あげ面し乍ら、二三遍しやくつて見せ、右の肩を無恰好に突起させ、 高姫『ヘン、……能う仰有いますワイ。日の出神が更めて国依別を外国行と定めるから、喜んでお受けをなさるがよからう』 国依別『お前さまに命令して貰はなくとも、言依別神様、杢助様、国依別は三人世の元となつて、チヤンと外国で仕組がしてあるのだ。七つの玉もお先に海外の或地点に隠してあるのだから、要らぬ御世話で御座います』 高姫『そんなら国依別、お前は早くから三人腹を合せて企んで居つたのだな』 国依別『どうでも宜しいワイ。虚実の程は世界の見えすく日の出神様が御存じの筈だ』 玉照姫『国依別、改めて申し渡すべき事あれば、暫く汝が館に立帰り、命を待たれよ』 国依別『ハハー、承知致しました』 と丁寧に挨拶をなし、終つて、 国依別『ヤア、テールス姫、玉能姫、玉治別、久助、お民さま、竜宮の女王黄竜姫、蜈蚣姫其他一統の方々、高姫、黒姫に対して、充分の防戦をなされませや。此国依別が此場を立去るや否や、そろそろと又吹き出しますからなア』 玉治別『ヤア有難う、あとは我輩が引受ける、安心して帰つて呉れ。さうして言依別様に宜しく申上げて呉れ。……オツト失敗つた、言依別様は最早どつかへ御不在になつた筈だなア』 高姫『今の両人が話振を聞けば、玉治別も同類と見える。お前もトツトとここを退場なされ。日の出神が命令する』 玉治別『高姫さま、大きに憚りさんで御座います。済みませぬが、私の進退は私の自由ですから、余り御親切に構うて下さいますな』 高姫、杢助の方にギヨロリと目を転じ、 高姫『お前さまは総務を辞職した以上は、そんな高い所に何時迄も頑張つて居る権利はありますまい。トツトと御下りめされ。サア是からは、言依別は逐電致すなり、杢助は辞職をするなり、ヤツパリ此八尋殿は高姫が教主となつて行らねばならぬかなア。時節は待たねばならぬものだ』 玉治別『コレハしたり、高姫さま、誰の命令を受けて貴女は教主になるのですか。誰もあなたを教主として尊敬し、且つ服従する者はありますまいぞ』 高姫『コレコレ田吾さま、お黙りなされ。天地開闢の初から系統の身魂、日の出神の生宮が教主になるのは、きまり切つた神界の御経綸だ。それだから日の出神の守護に致すぞよと、お筆先にチヤンと書いてあるのだ。……今までは悪の身魂に結構な高天原をワヤにしられて居たが、世は持切には致させぬぞよ。天晴れ誠の生神が表に現はれて日の出の守護となつたら、今迄上へあがりて偉相に申して居りた御方アフンとする事が出来るぞよ。ビツクリ致して逆トンボリを打たねばならぬぞよ。それを見るのが神は辛いから、耳がたこになる程知らしたが、チツとも聞入れないから是非なき事と諦めて下されよ。決して神を恨めて下さるなよ。我身の心を恨めるより仕様がないぞよ。……と現はれて居りませうがな。誰が何と云つても三五教は日の出神の生宮が表に立たねば、神界の仕組は成就致しませぬぞエ。誠の者が三人あれば立派に立替が成就すると仰有るのだから、イヤな御方は退いて下されよ。誠一つの生粋の水晶玉の大和魂の根本の、地になる日の出神の生宮と竜宮の乙姫の生宮と、高山彦と三人さへあれば、立派に神業は成就致しますワイな。グツグツ申すと帳を切るぞえ』 玉治別『アハヽヽヽ、よう慢心したものだなア。……コレコレ波留彦さま、秋彦さま、お前と私と三人世の元となつて、高姫軍に向つて一つ戦闘を開始したらどうだ』 波留彦『それは至極面白い事でせう。……なア、秋彦さま』 高姫『コレコレ滝、鹿、田吾作、お前達は何程三角同盟を作つても駄目だよ。モウ今日から宣伝使なんか、性に合はないことをスツパリ思ひ切つて、紫姫さまの門掃きになつたり、宇都山郷に往つて芋の赤子を育てたり、ジヤンナの郷へ帰つて土人にオーレンス、サーチライスと持てはやされる方が御互に得策だ。(高姫は逆上の余り滝と友と同うして喋つてゐる)いよいよ日の出神が教主となつた以上は何事も立替だ。今更めて教主より除名するツ』 玉照姫高座より、 玉照姫『三五教の教主は言依別命、神界の御経綸に依りて高砂島へ御渡り遊ばした。又杢助は神界の都合に依り筑紫の島へ出張を命ずる。淡路の島の人子の司東助を以つて三五教の総務に任じ、且つ臨時教主代理を命ずる。高姫、黒姫は特に抜擢して相談役に致す。玉治別、秋彦、友彦、蜈蚣姫、黄竜姫、玉能姫は以前の儘現職に止まるべし』 と宣示し玉うた。 高姫『玉照姫さまもチツと聞えませぬワイ。玉照彦様は何とも仰有らぬに、女のかしましい差し出口。何程結構な身魂でも、此三五教は艮の金神、坤の金神、金勝要神、竜宮の乙姫、日の出神の生魂で開いて行かねばならぬお道、お玉の腹から生れて出た変則的十八ケ月の胎生……言はば天下無類の畸形児ぢやないか。何と仰有つても今度計りは命令を聞きませぬぞ』 玉照姫『汝高姫、四個の麻邇の玉の所在を尋ね、それを持帰りなば、始めて汝を教主に任じ、高山彦、黒姫を左守、右守の神に任ずべし。誠日の出神又玉依姫の身魂なれば、其玉の所在をつきとめ我前に奉れ』 高姫『其お言葉に間違ひはありますまいな。宜しい。言依別と杢助の両人、腹を合せて隠しよつたに、間違ひない。証拠は……これ……此教主の書置き、立派に手に入れてお目にかけます。其代りにこれを持帰つたが最後御約束通り此高姫が教主ですから、満場の皆様もよつく聞いておいて下されや。日の出神の神力をこれから現はしてお目にかける。其時には玉能姫、蜈蚣姫、黄竜姫、玉治別、友彦、テールス姫、久助、お民、佐田彦、波留彦……其他の連中は残らず馘首するから覚悟なさいませ、とはいふものの、玉の所在を知つてる者があれば、そつと此高姫に云つて来い……でもよい。兎に角以心伝心無声霊話でもよいから……』 玉治別、両手を拡げ、体を前後ろにブカブカさせ乍ら、 玉治別『アツハツハヽ、アツハツハヽヽ』 と壇上で妙な身振をして笑ひ出した。 高姫『オイ田吾さま、そろそろ守護神が現はれかけたぢやないか。其態は何ぢやいな。コレコレ皆さま、御覧の通り、日の出神が表になると、皆の身魂が現はれて恥しい事が出来ますぞえ。今の所は言依別や東助さまが表面主権を握つて居る様だが、実際の所は床の間の置物だ。実地誠の権利は日の出神の生宮にあるのだから、取違をなされますなや。日の出神も中々大抵ぢやない。遥々と高砂島や筑紫の島まで行くのは並や大抵ぢや御座らぬ。魚心あれば水心だ。出世をしたい人は誰に拘はらず、我れ一とお働きなされ。お働き次第で日の出神が御出世をさして上げますぞえ』 波留彦一同を見まはし乍ら、 波留彦『皆さま、今高姫の仰有つた通り、手柄のしたい人はお手を上げて下さい……一、二、三……ヤア唯の一人も手を上げる人がありませぬなア』 玉治別『それで当然だよ。地位も財産も名誉も捨てて、一心に神界の為に尽さうと云ふ誠の人計りだから、そんな人欲に捉はれて、三五教へ入信つた者は一人もありませぬワイ。人欲の雲に包まれてるのは高姫さまに黒姫さま、高山彦位なものだなア』 一同手を拍つて「賛成々々」と呼ぶ。 高姫『口と心とサツパリ裏表の体主霊従計りがよつて来て、すました顔して御座るのが見えすいて可笑しう御座いますワイの、オツホヽヽヽ』 高山彦『高姫さま、私は今日限りお暇を頂きまして、竜宮の一つ島へ帰り、元のブランヂーとなつて活動致します。仮令貴女が目的を達して教主になられても、私はあなたの麾下につくのは真平御免ですよ。……黒姫もこれから充分竜宮の乙姫さまを発揮して、日の出神さまと御一緒に御活動なされませ。左様なら……』 と云ひすて、玉照彦、玉照姫の方に向つて丁寧に辞儀をなし、 高山彦『英子姫、五十子姫、梅子姫、初稚姫、其外御一同様、御機嫌よく御神業に御奉仕遊ばされん事を高山彦祈り上げ奉ります。御一同の方々、此高山彦は今日限り高姫様と関係を解き、皆様の前にて公然黒姫に暇を使はします。どうぞ其お心組で高山彦を可愛がつて下さいませ』 玉治別『それでこそ高山彦さまぢや。感心々々』 一同は「万歳」と手をあげて歓呼する。高山彦は、 高山彦『皆さま、左様ならば之より一つ島へ参ります。高姫殿、黒姫殿、さらば……』 と立出でんとする。黒姫は周章て裾をひき止め、 黒姫『マアマア待つて下さんせいな。最前からのあなたの御言葉、残らず承知いたしました。……とは云ふものの情なや、過ぎし逢う夜の睦言を、身にしみじみと片時も、思ひ忘るるひまもなう、年月重ぬる其内に、うつり易いは殿御の心と秋の空、もしや見捨はなさらぬかと、ホンにあらゆる天地の神さまや、竜宮さまに願かけて、案じ暮した甲斐もなう、今日突然離別とは、余りムゴイ御仕打、これが如何して泣かずに居られませうか、オンオン』 とあたりを構はず、皺くちや顔に涙を夕立の如くたらして泣沈む。 玉治別『悔んで帰らぬ互の縁、中をへだつる玉治川。……サアサア高山彦さま、思ひ切りが大切だ。グヅグヅして居ると、又もやシヤツつかれますよ。あとは此玉治別が、全責任を負うて引受けますから、一切構はず勝手にお越し遊ばせ』 高山彦『何分宜しく御頼み申す』 と立出でんとする。 黒姫『高山さまも聞えませぬ。お前と二人の其仲は、昨日や今日の事ではありますまい。私をふりすてて帰のうとは、余り聞えぬ胴欲ぢや。厭なら嫌で、無理に添はうとは言ひませぬ。生田の川の大水を渡つた時の私の正体[※第19巻第3章で黒姫は蛇体に還元して、水が氾濫した川を渡っているが、生田川ではなく白瀬川と呼ばれている。(どちらも由良川の別名と思われる)]、よもや忘れては居りますまいな』 高山彦『一度還元した以上は再び還元出来ぬ大蛇の身魂、もう大丈夫だ。日高川を蛇体になつて渡つた清姫[※平安時代の安珍・清姫伝説で、道成寺に逃げた安珍を追い駆け、清姫は蛇体に変じて日高川を渡ったことを指す。]の様に太平洋を横切つて、高山彦の色男を尋ねて来なさい。地恩の郷の大釣鐘を千代の住家として、高山彦は安逸に余生を送る考へだ。さうすれば極安珍なものだ。何程お前が地団駄ふんで道成寺かうせうじなどといつて、藻掻いた所でモウ駄目だよ。アハヽヽヽ』 と大きく肩をゆすり乍ら悠々として出でて行く。黒姫は夜叉の如く、あと追つかけんと、婆さまに似合はず捩鉢巻をし、裾を太腿の上あたりまで引あげて、大股にドンドンとかけ出しかけた。玉治別は追ひすがつて黒姫の後よりムンヅと許り帯をひつつかんで力に任せ、グツと引戻す。黒姫は金切声を出して、 黒姫『千危一機の此場合、どこの何方か知らねども、必ずとめて下さるな。妾にとつて一生の一大事、アヽ残念や口惜しや、そこ放しや』 と振向く途端に見合す顔と顔、 黒姫『ヤアお前は意地くね悪い田吾作殿、ここは願ぢや、放しておくれ』 玉治別『意地くね悪い田吾作だから放さないのだよ。雪隠の水つき婆うきぢやと人が笑ひますよ。まあチツと気をおちつけなされ。高山さま計りが男ぢやありますまい。男旱魃もない世の中に、コラ又きつう惚たものだなア』 黒姫は、 黒姫『エー放つといて』 と力限りふり放し、群衆の中を無理に押分け人を押倒し、ふみにじり乍ら、尻まで出して一生懸命高山彦の後を追つかけ走り行く。 (大正一一・七・二四旧六・一松村真澄録)
146

(1919)
霊界物語 27_寅_麻邇宝珠の紛失/琉球物語 12 湖上の怪物 第一二章湖上の怪物〔七九四〕 言依別は若彦と共に、途中に国依別の身に対し、斯かる変事ありとは夢にも知らず一心不乱に神言を奏上し乍ら、千畳敷の岩石、彼方此方に伍列する谷間に、漸く辿り着き、目を放てば紺碧の淵、際限もなく山と山との谷間に押し拡がり、風も無きに波高く立ち騒いで居る。一見して実に凄惨の気に襲はるる如くである。言依別は後振り返り、 言依別『若彦さま、ここは琉と球との宝玉を持つて居る竜神の棲処でせう』 若彦『ハイ左様で御座います。今日は大変に浪が荒れて居ります。屹度途中に於て国依別、常楠が、何か神慮に叶はぬ事を行つたのではあるまいかと、気に掛つてなりませぬ。………アレアレ御覧なさいませ。此無風地帯に浪は増々荒くなつて来たではありませぬか。アレアレ山の如き波が立つて来ました』 言依別『成程、此湖水は余程趣きが違つて居ります。此波の立つ様子から考へても、貴き竜神が潜伏して居られるのは明かであります。併し乍ら国依別や常楠其他の方々は、如何なつたのでせうか。大変に遅いぢやありませぬか』 若彦『途中に於て、竜神の守護すると云ふ太平柿が、枝もたわわに実のつて居りましたが、大方彼の柿でも国依別さまが取つて喰ひ、竜神の怒りに触れて、一騒動をオツ始めて居るのではありますまいかと気が気でなりませぬ』 言依別『あの男は茶目式で、揶揄専門より外に芸能のない男だ。然し淡白で正直で面白い奴だから、人の恐れる柿を取つて見ようなぞと、痩我慢を出したのかも知れませぬよ。常楠翁は実に真面目な人だから、矢張国依別の巧い口に乗せられて、犠牲を喰つて居るのでせう。何は兎もあれ一同無事な様に此処で祈願を致しませう』 と両手を合せ、湖面に向つて両人は天津祝詞を奏上し、天の数歌を唄ひ上げて稍時を費やした。 木の間を漏れて笠が揺ついて来る。よくよく見れば常楠は只一人、息せききつて登り来り、二人の前に手を突いて、 常楠『ドウも御待たせ致しました。嘸御退屈で居らせられたでせう。これには少し訳が御座いますので、ツイ時間を潰しました。どうぞ御赦しを願ひたう御座います』 言依別『大方国依別が、竜神の柿を採つて喰つたのぢやありませぬか』 常楠『ハイ其為めに大変な珍事突発致し、イヤもう気を揉みましたが、稍安心する事が出来ましたので、取るものも取り敢ず、此処迄急いで登つて参りました』 と息をつぎつぎ苦しさうに物語る。言依別は膝を進め猶も次から次へと、詳細に尋ねた。常楠は有りし事ども一切包まず隠さず物語つた。 三人は又もや国依別の無事を祝し、再び感謝祈願の祝詞を奏上しつつあつた。其処へ以前の歌を歌ひ乍ら、意気揚々として国依別は、チヤール、ベース外五人を引き連れ、三人の前に現はれ、頭を掻き乍ら、 国依別『イヤどうも、長らく御待たせ申して申訳が御座いませぬ。様子は残らず常楠翁から御聞取の事と存じますれば、何も申上げませぬ。これにて私も副守護神の茶目坊が悉皆退散致しまして、本当に真摯な、率直な、清廉な、潔白な、勇壮活溌な人物に生れ代りました』 若彦『アハヽヽヽ、国依別さま、茶目坊は……益々猛烈なつたぢやありませぬか』 国依別『灯火の滅せんとするや其光殊に強し……とか云つて、副守の奴、今や滅亡の断末魔の悲痛の叫びで御座います。実に悲痛こい守護神で、国依別も誠に迷惑千万。チヤール、ベースの両人も、鰒の如く腹膨れ、臨月の女房が三ツ児腹を抱へた様な体裁、ウンウンキヤアキヤア唸り通し、揚句にや皮癬掻いて、おまけに疳瘡で、陰金たむしで………』 若彦『国依別さま、又脱線しましたぞ。好い加減に茶目坊を追ひ出しなさらぬか』 国依別『何程チヤール、ベース坊を追ひ出さうと思うても、私に引付いて生命の親ぢやと思うて、副守が放れぬのですから仕方がありませぬ……なア、チヤール、ベース、若彦さまの仰有る通り、モウ私の副守護神になる必要はないから、トツトと離れて下さい』 常楠『オホヽヽヽ、何とまア、戦場に臨んで気楽な事を言うて居る方だ事』 国依別『強敵を前に控へて横笛を吹き、悠揚迫らざる其態度、これで無くては本当の言霊戦に参加し、大勝利を羸ち得る事は不可能でせう。アハヽヽヽ』 此時一陣の暴風水面より吹き起り、巨大なる岩石迄空中に巻き上げる勢となつて来た。「コリヤ大変」と国依別は、大木の幹に抱付き、一生懸命に声迄震はせて祈念して居る。何故か言依別、若彦、常楠其他一同は、さしもの暴風に裾さへも吹かれず依然として其場に端坐して居た。 言依別『国依別さま、強敵を前に控へて、余裕綽々たる貴下の態度、実に感じ入りました』 若彦可笑しさを耐へて「キユーキユーキユープー」と吹き出して居る。常楠は真面目な顔をして控へて居る。 国依別『綽々として根つから余裕は有りませぬ。神直日、大直日に見直し聞直して下さいませ。どうぞ此烈風を止まるやうに御祈念して下さい。あのやうな大岩石が頭上に落下しようものなら、それこそ五体は微塵になりませう。何だか体躯の筋肉が細密に活動し初めました』 若彦『国依別さま、何処に烈風が吹いて居りますか。少し風が欲しい位だ。余り暑いからなア……貴下の目には風が吹くやうに見えますか』 国依別『アヽどうしても……コリヤ……私はどうかして居るワイ。ほんに矢張風は吹いて居りませぬなア。大方過去か未来の烈風の惨状が時間空間を超越して、私の目に映つたのでせう』 若彦『何処迄も徹底した何々ですな、アハヽヽヽ』 と笑ふ。 言依別命は厳然として、 言依別『サア、国依別さま、是からが正念場だ。今晩は此谷間の湖水を眺めて祈願を凝らし、竜神の宝玉を受取らねばならない、大切な用でありますぞ。是限り真面目になつて善言美詞の一点張り、気を付けなされませ』 国依別『ハイ』 と淑やかに夢から覚めたる如く、両手を突き真面目くさつて、頭を下げて居る。一同は三間計り距離を隔てて、谷川の湖辺に伍列する岩影に身を忍ばせ、暗祈黙祷し乍ら時の移るを待つ事とした。 夜は追々と更けて来る。西から東から延長した、山と山との谷間は、二十三夜の利鎌の様な月、漸く雲を押し分けて昇つて来た。一同は月光に向つて祈願を凝らし居る際、礫の雨、まばらにパラパラと石を撒くやうに降つて来た。湖面を見れば幾つともなく、水鉢を並べた様に水面に凹みを印し、円き波紋は互に重なり重なりて、時計の蓋の生地の様に見えて来た。暫くにして大粒の雨は止まつた。湖底に得も言はれぬ蜒々たる火柱の如きもの横たはり輝き初めた。一同は声を潜めて、此光景を見守つて居る。微妙の音楽に引かへ、四辺の谷々山々より何とも云へぬ殺風景な怪音が一時に響いて来た。大地は唸りを立てて震動し、一同の体迄がビリビリと響き出した。忽ち四辺は暗澹として咫尺を弁ぜざるに立至つた。 其時忽然として波の上を歩み乍ら、此方に向つて進み来る白色の長大なる怪物がある。近づくに従つてよくよく見れば、頭髪飽迄白く背後に垂れ、髯は臍の辺まで垂らし、顔は紅の如く目は鏡の如く、金色燦然たる二本の角四五寸許りのもの、額の左右に行儀よく並立し、耳迄引裂けたる鰐口に金色の牙を剥き出し、何とも言へぬ妙な石原薬鑵声で、 怪物『我こそはハーリス山の竜神、大竜別命、大竜姫命の一の眷属、竜若彦神であるぞよ。其方事聖地に於て、玉照彦、玉照姫命より神命を奉じ、琉、球の宝玉を大竜別命、大竜姫命より受取らんと、遥々此処に来れる事、大神様に於ても止むを得ずとして、御満足遊ばして御座る。併し乍ら言依別命の幕下に仕ふる、国依別命、竜神の柿を盗み喰ひし其為めに、我眷属共大に立腹致し、斯かる天地の道理を弁へざる家来を持つ言依別に渡す事は、一つ考へねばならぬと大変な大評定で御座る。も一度聖地へ帰り、出直して修行を一から行り替へ、改めて二つの宝玉を御迎ひに参つたがよからうぞ』 若彦『それ見よ、国依別さま、お前一人で皆の者が総崩れになつたぢやないか。それだから一匹の馬が狂へば千匹の馬が狂うと云ふのだ』 国依別『八釜敷う云ふな。俺が竜若彦に直接談判をやつて、見ん事受取つて帰る。……コラコラ竜若彦とやら、汝は三五教の宣伝使に向つて、礼儀を知らず不届きな奴だ。種々と化様もあらうに、其方の失敬千万なる顔は一体何だ。人に対する時は最も美はしき顔色を以て、笑顔を十二分に湛え、挨拶するが神の礼儀なるに、鬼面人を驚かすと云ふ、其方の遣り方、国依別中々承知仕らぬぞ。これに返答有らば承はらう。……又竜神の柿を採り喰ひしを、汝は非常に罪悪の如く今申したが、彼の柿なるもの、竜神の平素食す可きものなるや返答聞かう。柿は人間の喰うべきもの、人間に次いでは猿、烏の食す可き物だ。人にも喰はさず、棚にも置かず、あたら天与の珍味を毎年木に腐らし、天恵を無視する大逆無道、国依別…サアこれより言霊の神力を以て、汝等は申すに及ばず、大竜別命、大竜姫命を言向け和し、天晴、琉、球の玉を奉らせ呉れん。此方の言に向つて一言の弁解あるか……一二三四五六七八九十百千万………』 と国依別は自暴自棄になり、背水の陣を張つて力限りに言霊を奏上した。竜若彦命と称する怪物は、次第々々に容積を減じ、遂には豆の如くになつて消えて了つた。国依別は、 国依別『アハヽヽヽ、コレ若彦さま、御心配御無用になされませ。これより国依別、飽迄も言霊を以て奮戦し、目的の琉、球の宝玉を受取つて見せませう。最早吾々に渡す可き時機が到来したのだ。さうでなくては大神の直司なる、玉照彦様、玉照姫様が何しに教主に御命令あるものか。此竜神執着心未だ晴れやらず、小さき事にかこ付けて、すつた揉んだと一日なりとも永く手に持たんと、吝嗇な奴根性から申して居たのである。………ヤアヤア湖底にある竜神、よつく聞け。三五教の神の司言依別命、国依別命、若彦、常楠の四魂揃うて玉受取りに向うたり。時節には叶ふまい、速かに我前に持来り目出度く授受を終れツ』 と大喝した。此時の国依別の顔面は、四辺を射るが如く崇高なる権威に、何処となく充されて居つた。 (大正一一・七・二五旧六・二谷村真友録)
147

(1935)
霊界物語 28_卯_台湾物語(日楯と月鉾) 07 無痛の腹 第七章無痛の腹〔八〇七〕 泰安城はセールス姫、サアルボース、ホーロケース、セウルスチン等の横暴極まる悪政に、国民怨嗟の声は、日に月に高まり来り、漸く革命の機運熟す。シヤーカルタンの一派とトロレンスの一派は、東西相呼応して、泰安城に攻め寄せ、今やセールス姫以下の身辺は、最も危急の地に迫つて来た。此事早鐘の如く台湾全島に響き渡り、玉藻山の聖地には一しほ早く或者の手より其真相を報告されたり。 茲にヤーチン姫、真道彦命の部下に仕へたる神司ホールサース、マールエース、テールスタン、其他数多の幹部連は八尋殿に集まつて、此度の泰安城に於ける大革命的騒擾に対して、如何なる処置を取るべきかを協議したりけり。 真道彦命を始め、日楯、月鉾は八尋殿の中央なる高座に現はれて、此会議を監督する事となりぬ。 ホールサースは、先づ第一に高座に登り、一同に向つて開会の挨拶を述べ、徐に降壇した。次でマールエースは、今回の恰も議長格として意気揚々と登壇し、一同に向ひ、 マールエース『皆様、今日此八尋殿に炎暑を構はず、御集会下さいましたのは、吾々発起人として実に感謝の至りに堪へませぬ。就きましては諸君に於いても略御承知の通り、セールス姫其他の暴政に依つて、国民塗炭の苦しみを受け、今や此苦痛に堪へ兼ねて、新進気鋭の国民の団体は、シヤーカルタン、トロレンスの首領に引率され、泰安城へ攻め寄せたりとの事で御座います。承はればシヤーカルタン、トロレンスはバラモン教の錚々たる神司との事、彼破竹の勢を以て泰安城を乗り取り、又もや、バラモン的暴政を布くに於ては、世は益々混乱を重ね、遂には三五教の聖地迄も蹂躙され、吾々は此島より放逐されねばならなくなるのは、火を睹るよりも明かな事実で御座いませう。これに就て私は考へます……一日も早く三五教の信徒を率ゐ、泰安城に向つて言霊戦を開始し、シヤーカルタン、トロレンスの一派を言向け和し、三五教の部下となし、其機に乗じて全島の支配権を握らば、三五教は万世不易の基礎が建ち、又国民も泰平の恩恵に浴する事と考へます。……皆さまの御意見は如何で御座いませう。どうぞ此演壇に登りて、御感想を述べて頂きたう御座います』 と言つて、壇を降り吾席に着いた。此時肩を揺り両手の拳を握り締め、堂々として登壇したのはテールスタンであつた。満場を睥睨し乍ら声を励まして言ふ。 テールスタン『これの聖地は遠き神代より、真道彦命様の遠祖茲に鎮まり玉ひ、至仁至愛の三五教を樹立し、無抵抗主義を遵守して、ここに国魂神の神力を以て数多の国民を教へ導き玉ひつつ、多く年所を経玉ひました。併し乍ら、余り極端なる無抵抗主義の為に追々其領域は狭められ、僅に日月潭の附近にのみ其勢力を維持して居られたのは、諸君も御承知の通りで御座います。然るに泰安城に於てセールス姫を中心とする悪人輩の日夜の行動に慊きたらず、吾々始め此席に列し玉ふ幹部の方々は、顕要の地位を棄てて、現世的に無勢力なる此聖地に集まり、信仰三昧に入り、殆ど政治欲を絶つて、花鳥風月を友となし、其日を送り来りしも、決して無意味に吾々は光陰を費やして居たのではありませぬ。時来らば国家の為に全力を発揮し、カールス王を助けて、元の地位に復やし奉り、完全無欠なる神政を布き、再び元の地位に立たむと欲するの念慮は一日も忘れた事はありませぬ。諸君に於ても、此席に列せらるる方々は、十中の八九迄元は泰安城の重要なる地位に立たせ玉ひし方々なれば、吾々と御同感なるべし。吾々は此聖地に来りてより、三五教は蘇生せし如く、日々に隆盛に赴きたるも、全く人物の如何に依る事と考へられます。諸君は瀕死の境にありし三五教をして、斯の如く隆盛に赴かしめたる能力者で御座いますれば、キツと此腕前を活用して泰安城に向ひ、シヤーカルタン、トロレンスの向うを張つて、此際一戦を試み、セールス姫を言向け和し、且又シヤーカルタン、トロレンスの一派を吾等の言霊に帰順せしめ、全島の政教両権を掌握するは、此時を措いて何時の日か来るべき。曠日、瀰久徒に逡巡して、彼等に先を越されなば、吾々は何時の日か頭を抬ぐるを得られませうか。何卒皆様に於ても御熟慮……否御即考あつて、速かに御賛成あらむ事を希望致します』 と云ひ終つて悠々と壇を降る。拍手の声は雨霰の如く場の内外に響き渡つた。 此時末席よりセールス姫の間者として入り込み居たるハールは壇上に現はれ、 ハール『皆さまに、末席の吾々恐れげもなく、此高座に登りて、御意見を承はりたしと斯く現はれました。マールエース、テールスタンの幹部方の御意見は、末輩の私に於ても、極めて賛成を致します。就いては三五教の信徒を以て言霊軍を組織し、泰安城へ攻め寄せ玉ふ目的は此度の暴動を鎮定し、シヤーカルタン、トロレンスの一派に対して痛棒を加ふるにあるか、但はセールス姫を中心とする泰安城の重役に対して、大痛棒を与ふるの覚悟で御座るか、此点を、何卒明瞭に御示し頂きたう御座います。先づ出陣に先立ち、敵を定めておかねばなりますまい』 と心ありげに述べ立てた。此時ホールサースは再び壇上に現はれて言ふ。 ホールサース『天は必ず善人に組す。吾々は正義の為に戦ふのである。セールス姫にして悪ならば、彼を懲し、又善ならば彼れを輔けん。シヤーカルタン、トロレンスにして其目的、国家民人の為ならば吾は彼を助けむ。未だ何れを善とも悪とも定め難し。さり乍ら、カールス王の御病気を楯に、淡渓の畔に小さき館を造り、之に幽閉し、セウルスチンの如き賤しきホーロケースの伜を重用して、悪政を布くセールス姫の行動に居たたまらず、吾等一同は此聖地に逃れ来りし者なれば、此度の大騒動も其原因は、セールス姫一派の暴政に依りて勃発せしものたる事は察するに余りあり。要するに此度の神軍はカールス王を御助け申上げ、再び元の泰安城に立て直す目的と思へば間違なからうと思ひます』 とキツパリ言つて抜けた。ハールは再び口を開いて、 ハール『此度の神軍幸にして勝利を得、カールス王を救ひ出だし、再び王位に立たしめなば、セールス姫を正妃となし玉ふ御所存なるか。但はヤーチン姫を以て正妃と定め玉ふ考へなりや承はりたし』 と呼はつた。ホーレンスは始めて登壇し、 ホーレンス『吾々の考ふる所は、カールス王を救ひ奉り、ヤーチン姫を正妃となさむ事を熱望して居ります。さうなればカールス王もヤーチン姫も日頃の思ひが遂げられて、円満に政事が行はれ、国民の父母と仰がれ玉ふ瑞祥の来る事と信じて居ります』 ハール『ヤーチン姫様は最早昔とは御心が変つて居る様に思はれます。此事は第一教主の真道彦様の御意見に依らねばなりますまい。一般の噂に依れば、内面的に御夫婦の関係が結ばれ居ると云ふ事、むしろ神軍の勝利を得たる暁は真道彦様を政教両面の主権者となし、ヤーチン姫様を其妃と公然遊ばしたら如何で御座いませう。それの方が余程治まりが良き様に考へられます』 テールスタン『吾々は要するに泰安城の主権者を選み其幕下に仕へて元の位地に帰りさへすれば良いのである。主権者がカールス王であらうと、真道彦命であらうと、問ふ所ではありませぬ。吾々の考ふる所では、真道彦命様必ず心中に泰安城の王たるべきことを御期待遊ばされある事と確信致し、泰安城を棄てて茲に集まつて来た者で御座います。真道彦命様にして、只単に教法上の主権者を以て甘んずるの御意志ならば吾々は元より斯様な所へ首を突込む者ではありませぬ。諸君に於かせられても、吾々と同感ならむと察します』 一堂は拍手の声に満たされた。 真道彦は憤然として身を起し、壇の中央に現はれ、慨歎の情に堪へざるものの如く、暫くは壇上に目を閉ぎ悄然として立つた儘、両眼よりは涙さへ流して居る。漸くにして口を開き、 真道彦『只今の幹部方の御話を聞き、此真道彦に於きましては、実に青天の霹靂と申さうか、寝耳に水と申さうか、驚きと慨歎とに包まれて了ひました。世の中に誤解位恐ろしきものは有りませぬ。各自の心を以て人の心を推し量ると云ふ事は、実に対者たるもの恐るべき迷惑を感じます。吾々は祖先以来、国魂の神を斎り、三五教の教を確く遵守し、少しも政治に心を傾けず、万民を善道に教化するを以て最善の任務と衷心より確く信じ、且つ神慮を万民に伝ふるを以て、無限の光栄と存じて居ります。然るに只今の幹部方の御意見を承はり見れば、私を以て政治的救世主の如く思つて居られるやうで御座います。又王族たるヤーチン姫様と私の間に、何だか怪しき関係でも結ばれある様な語気を洩らされました。私は実に心外千万でなりませぬ。どうぞ三五教の精神と、吾々の誠意を能く御諒解下さいまして、大慈大悲の大神様の御旨に叶はせらるる様、神かけて祈り奉ります。重ねて申して置きますが、決して此真道彦は物質的の野心も無ければ、政治的欲望は毫末も有りませぬ。又皆様に推されて政治的権威を握らうとは、夢寐にも思ひませぬ。此事は呉々も御承知をして頂きたう御座います』 と云ひ終り、憮然として、吾居間に姿を隠した。真道彦の退場に連れて、日楯、月鉾の兄弟も亦満場に目礼し、悄然として父の後に従ひ此議席を退場したり。 後には気兼なしの大会場は口々に勝手な議論が沸騰し出した。セールス姫の間者として予てより入り込み居たりしカントンと云ふ男、忽ち壇上に現はれ衆に向つて言ふ。 カントン『皆さま、只今真道彦命が仰せられた御言葉、何と御観察なされますか。吾々の貧弱なる智識を以て教主の御心中を測量致すは、少しく烏呼の沙汰では御座いますが、あの御言葉は、吾々は心にも無き嘘言を云つて居られるのだと思ひます。政治的に野心は毛頭無いと仰せられたのは、要するに大に有りといふ謎で御座いませう。注意周到なる教主はセールス姫の間者、もしや信徒に化けて忍び入り居るやも知れずと心遣ひ、……ヤアもう英雄豪傑の心事は容易に計り知れないもので御座います。吾々はキツと真道彦命、泰安城に現はれ、自ら主権者となり、最愛のヤーチン姫を妃として君臨せむと心中企画し居らるる事は、少しも疑ふの余地なき事と確く信じます。幹部の方々の御意見は如何で御座いまするか』 一同は『賛成々々、尤も尤も』と拍手して迎へた。カントンは得意の鼻を蠢かし乍ら両手を鷹揚に振りつつ、壇を降りて自席に着く。 幹部の一人と聞えたる頑固派の頭領株エールは、慌しく壇上に立上り、 エール『吾々は素より泰安城の重臣としてカールス王に仕へ、殊恩に浴したる者、然るにサアルボース、ホーロケース一派の悪臣の為に大恩あるカールス王を御病気を楯に、淡渓の畔に幽閉し奉り、悪鬼の如きセールス姫、権を恣にし、暴虐日々に増長し、無念の涙やる瀬なく、如何にもしてカールス王を救ひ奉り、元の泰安城に立直さむと肺肝を砕きつつあつた者で御座います。然るに天の時未だ到らず、涙を呑んで時の到るを待つ内、此玉藻山の聖地に、現幽二界の救世主現はれたりと聞き、城内を脱出して、茲に三五教の信徒となり、幹部に列せられ、時を得てカールス王の為に全力を尽し、忠義を立てむと決意し、顕要の地位を棄て、無抵抗主義の三五教に身を寄せて居たのであります。併し乍ら吾々日夜真道彦の挙動を偵察するに、畏れ多くもヤーチン姫と怪しき交際を結ばれたる如く感ぜられ、憤怒の情に堪へませぬ。又一般の噂もヤハリ教主とヤーチン姫との交際の点に就て、ヒソビソと怪しき噂が立つて居ります。火の無い所には決して煙も立つものではありませぬ。これに付いて吾々は考へまするに、教主は最早ヤーチン姫を内縁の妻となし居らるる以上は、仮令カールス王を救ひたりとて、一旦汚されたるヤーチン姫をして、堂々と王妃に薦めまつる事は、吾々臣下の身として忍びざる所で御座います。又教主はヤーチン姫を自己薬籠中の者となし、カールス王を排斥して自ら治権を握る野心を包蔵さるるは、一点疑ふの余地は無からうかと信じます』 と憤然として壇上に雄健びし、足踏みならして鼻息荒く降壇した。 カントンは再び壇上に上り、 カントン『吾々は時節の力と云ふ事を確く信じて居る者で御座います。泰安城の主権者が、カールス王だらうが、真道彦命であらうが、但はセールス姫であらうが、国民の歓迎する主権者であらば良いので御座います。天下公共の為には些々たる感情の為に左右されてはなりますまい。只今エールさまの御言葉は一応御尤もでは御座いまするが、それはエール其人を本位としての議論であつて、天下に通用しにくい御話だと思ひます。カールス王に殊恩を蒙つた其御恩に酬いむ為に種々と肺肝を砕かせらるるは、それは主従としての関係上、主恩に酬いむとする真心より出でさせられたる感情論であつて、言はば乾児が親分の贔屓をする様なものであります。国民一般より見れば余り問題とならない議論だと、私は思ふのであります。吾々の如き無冠の太夫は別にエール様の如く、特別の恩寵を被つた覚えもなければ、又カールス王に対して一片の恨みも持ちませぬ。唯此際は国家の為に善良なる主権者を得、万民鼓腹撃壌の享楽を得る様に、世の中が進みさへすれば、それで満足であります。諸君の御考へは如何で御座いますか。小田原評定にあたら光陰を空費し、時機を失するよりは、手取早く話を決めて、早く救援に向はねば、国家は益々修羅の巷の惨状を極め、国民の苦しみは日を逐うて烈しくなるでせう。何は兎もあれ、出陣か非出陣か、一時も早く諸君の誠意に依つて御決定を願ひます』 と言ひ終るや、以前のエールは烈火の如く憤り、忽ち壇上に駆上がり、弁者の面上を目あてに鉄拳を乱打したるより、満場総立ちとなりて、 (一同)『ヤレ乱暴者を捉へよ』 とひしめき立ちぬ。エールは敏捷にも混乱の隙を窺ひ、何処ともなく、此場より姿を隠したりける。 (大正一一・八・八旧六・一六松村真澄録)
148

(1943)
霊界物語 28_卯_台湾物語(日楯と月鉾) 15 願望成就 第一五章願望成就〔八一五〕 日楯は祝意を表する為、マリヤス姫に傚つて自ら歌ひ且つ自ら舞ひ始めた。 日楯『遠き神代の昔より尊き神の選みてし 高砂島の中心地雲に聳えた新高の 山の巽の神聖地日月潭の湖を 控へて清き玉藻山遠津御祖の真道彦命は 代毎々々に神定の此処に鎮まりましまして 尊き神の御教を四方の民草残りなく 教へ導き玉ひつつ父の命の御代になり 醜の教のバラモン教此神島に渡り来て 体主霊従の振舞を世人の頭に浸み込ませ 日に夜に曇る人心山河どよみ草木枯れ 四方の人々泣き叫び争ひ絶ゆる隙もなく 修羅の巷となり果てぬ父の命は今の世の 有様見るに忍びかね心を尽し身を尽し 誠の道を世の人に朝な夕なにこまごまと 諭し玉へど如何にせむ時の力は容赦なく 悪人栄え蔓りて善はますます凋落し 神の威徳も完全に現はれ玉はず今は早 御国の為に尽したる其真心が仇となり カールス王に疑はれ往来絶えたる岩窟上の 暗き牢獄に呻吟し果敢なき浮世を歎ちつつ 暮し玉へる悲しさに吾等兄弟両人は 烏羽玉の世を旭の豊栄昇るごと 照し清めて国民を塗炭の苦より救ひ出し 父の命の寃罪をすすぎまつりて孝養を 尽さむものと国魂神竜世の姫の神勅を いと厳かに被りてアーリス山を打渡り 須安の山の峰伝ひふみも慣らはぬ長の旅 千里の波を乗切りて弟月鉾、ユリコ姫 茲に三人は琉球の南の島に安着し サワラの都に進み入り三五教の神司 国王を兼ねたる照彦王や照子の姫に面会し 神政成就の神策をいと細やかに教へられ 大谷川を打渡り向陽山の岩窟に 進み進みて常楠の神の司の仙人に 玉や鏡を授けられ二男三女の五つ身魂 心も勇み身も軽く再び船を操りて 此神島に到着しやうやう此処に帰りけり あゝ惟神々々御霊の幸を蒙りて 吾等兄弟始めとしユリコの姫や八千代姫 曇る此世も照代姫奇き功績を現はして 父の命の永久に鎮まりゐませし霊場に 帰り来れる嬉しさは何に譬へむ物もなし あゝ尊しや神の恩仰ぐも畏き神の徳 いよいよ吾等は大神の大御守りを力とし 泰安城に立向ひ玉と鏡を手に持ちて 言霊戦を押開き魔神を残らず言向けて カールス王やヤーチン姫の珍の命を始めとし 恋しき父の生命をば救ひ奉らむ時は来ぬ 思へば嬉し神の恩仰げば高し神の徳 あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と歌ひ終つて座に着いた。月鉾は又もや立上り自ら歌ひ自ら舞ひ始めた。 月鉾『時世時節といひ乍ら父は牢獄に捕へられ 三五教の聖地なる玉藻の山に立向ひ 千代の住家と定めたる数多の神の取次も 父の命の遭難に心の生地を露はして 神に反いて逃げ帰り阿諛諂佞の限りを尽し カールス王に取入りて自己の利益や栄達を 謀る魔神と還りけり月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも二つなき身の生命をば 神の為には捧げむと口先計り華やかに 囀りゐたる百鳥の尻より糞を引つかけて 素知らぬ顔の曲業に無念の涙やるせなく 朝な夕なに国魂神の珍の御前にひれ伏して 祈る折りしも竜世姫いと厳かに現はれて 吾等二人に打向ひ汝はこれより琉球の 南の島に打渡りサワラの都の照彦王に 一日も早く面会し至治太平の神策を 授かり帰れと詳細と宣らせ玉ひし嬉しさに 兄の日楯やユリコ姫暗に紛れて聖地をば 密に立出で蓑笠の軽き扮装トボトボと 山路を伝ひてアーリスの峠にかかり路端の 巌に腰を打掛けて息を休むる折柄に 思掛けなきテーリン姫が蛇が蛙を狙ひし如く 執念深くも後追ひて大胆至極の一人旅 ヤツサモツサと恨み言百万ダラリと並べられ 困り切つたる最中に現はれ出でしマリヤス姫の 珍の命の御計らひ金剛杖を打ふりて 吾身体を滅多打木石ならぬ月鉾も 腹は切りに立騒ぎ悔し涙は雨の如 降り来れ共如何にせむ大事を抱へし今の身は 堪忍するより道なしと諦め居たる折柄に テーリン姫は忽ちにマリヤス姫の御腕に 力限りに噛りつき争ふ隙を窺ひて 吾等三人は逸早く暗に紛れて身をかくし 山の尾渉り谷を越えいろいろ雑多の苦みを 嘗めてやうやうキル港船を求めて波の上 琉球島に安着し竜世の姫の命の如 照彦夫婦や常楠の尊き神にめぐり会ひ 五つの宝を授かりて漸く茲に帰り来ぬ あゝ惟神々々御霊幸はひましまして 今日の生日の喜びは煎りたる豆に生花の 咲き匂ひたる思ひなり天津御神や国津神 国魂神の御恵未だ吾々兄弟を 見放し玉はぬ嬉しさよさらば是れより五つ身魂 水火を合せて泰安の都に進み言霊の 伊吹の征矢を放しつつ群がる魔神を言向けて 国治立大神の仕組ませ玉ひし五六七の世 堅磐常磐の松の世を千代万代に動ぎなく 建設せむは案の中マリヤス姫の計らひに テーリン姫はアーリスの山の尾の上の争ひを 漸く茲に納得し今迄時節を待居たる 其心根の健気さよさはさり乍らテーリン姫 妹背の契を今ここで結び了へむは易けれど 泰安城の一戦無事に凱旋する迄は 暫く待つて賜へかしあゝ惟神々々 竜世の姫の御前に固く御誓ひ奉る 必ず共にテーリン姫心を悩ます事勿れ』 と歌ひ了つた。テーリン姫は直に立上り、銀扇を拡げて、自ら歌ひ自ら舞うた。 テーリン姫『男心と秋の空猫の目玉と諸共に 変り易いと聞くからは如何なる固き御言葉も 妾は心安からず添はねばならぬ身魂なら 今でも将来でも同じこと美味い物なら先に食へ 世の諺もあるものを何れの人に気兼して 左様の事を仰有るか聞えませぬぞえ月鉾さま そんな気休め妾に云うて結構な玉を手に入れた 為にお前の心が変り田舎じみたるテーリン姫を 一生一代の女房に持つよりは泰安城に到りなば 桃や菫や桜花選り取り見取りのよい女房 勝手気儘に娶らむと先を見越してのお前の言葉 妾はどしても腑におちぬどうせ添うなら今の内 大事を抱へたお前の身の上無理に枕を交せとは 妾も野暮な女でない限り分らぬ事は云ひませぬ マリヤス姫の御前で二世も三世も夫婦ぞと キツパリ言うて下さんせお前の兄の日楯さま ユリコの姫と手を曳いて仲よう暮して厶るでないか お前は妾を邪魔者扱になさつて一人琉球の 島へお出でたばつかりに夫婦の中に只一つ 白い玉よりありはせぬお前の兄の日楯さま 夫婦揃うて神業にお勤めなさつた其おかげ 玉と鏡の夫婦事これでも分るでありませう あの時お前が此妾を御用に伴れて行つたなら 妾も結構な神業に加はり珍の御鏡を 貰うて帰つたに違ひない今度お前が泰安城へ 言霊戦に行くならば日楯夫婦と同じ様に 妾と結婚相済まし夫婦の水火を合せつつ 神の御用に立たうでないかこれ程妾が言わけて 言うても聞かぬお前ならヤツパリ今のお言葉は 嘘と言はれても仕方があるまい早く返答承はりませう あゝ惟神々々国魂神の竜世姫様 何卒々々今ここで夫婦の契を結ばせ玉へ テーリン姫が真心を捧げて祈り奉る あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と歌ひ了つた。月鉾は当惑顔を隠し、 月鉾『あゝテーリン姫様、あなたの御心はよく分りました。私もこれから千騎一騎の活動を致さねばなりませぬ。女房があつては、其為心を惹かれ、思ふ様の活動が出来ませぬから、どうぞ凱旋の後まで待つて下さい。キツト約束を履行致しませう。……マリヤス姫様、さう致しましたら、如何で厶いませうかな』 マリヤス姫『ヘイ……』 と言つた限り、黙然として俯むいてゐる。 テーリン姫『女房があつては気を惹かれて十分の働きが出来ぬとは、これは又妙な事を仰有いますな。女房があつて働きが出来ないのなら、世界の男は残らず未結婚で居る筈ぢやありませぬか。日楯さまでさへも、夫婦揃うて立派に御神業を御勤め遊ばしたぢやありませぬか。瓢箪鯰式に何とか彼んとか云つて、一時逃れに日を延ばし、妾を姥桜にして了ふ貴方の御考へでせう。何と仰有つても、妾は貴方の後を慕ひ戦場に向ひます。貴方と一緒に参り、チツとでも御邪魔になる様な事がありましたら、妾も女の端くれ、潔う喉を掻き切つて死んで見せませう』 月鉾『そんな事をさせともないから、凱旋の後まで待つて呉れと云ふのだ』 テーリン姫『それ程妾をヤクザの女とお見下げ遊ばして御座るのですか。妾だつてユリコ姫様のなさる事位は立派に勤めてお目にかけます。……コレコレ、マリヤス姫様、貴女は、アーリス山で妾に仰有つたぢや御座いませぬか。どうぞ早く結婚の取持をして下さいませ。此期に及んで躊躇なさるのはヤツパリ末になつて月鉾さまと情意投合なさるお考へでせう』 と妙な所へ鉾を向けて駄々を捏ね出した。マリヤス姫は是非なく思ひ切つた様に、 マリヤス姫『月鉾さま、是非此場で結婚の式を挙げて下さい。万一お聞き下さらねば、妾はテーリン姫様の疑惑を解く為、ここで自刃して相果てまする』 と早くも懐剣をスラリと引抜き決心の心を現はし、唇をビリビリ震はせ、顔色青ざめて、唯事ならぬ気配を示してゐる。 月鉾『ハイ、貴女の御意に従ひます。……テーリン姫様、そんなら今日から天下晴れての夫婦仲、どうぞ末長う御世話を頼みます』 テーリン姫飛び立つ許りに打喜び、 テーリン姫『マリヤス姫様、有難う、……月鉾さま、お前は立派な男、流石は真道彦様の御胤、私の観察は違はなかつた』 と狂気の如く喜び、直に神前に駆上つて、感謝の祝詞を奏上するのであつた。 マリヤス姫の媒酌にて芽出度く、月鉾、テーリン姫の結婚は行はれた。これより、マリヤス姫を首領とし、日、月夫婦を始め、八千代姫、照代姫の二男五女は、愈準備を整へ、泰安城へカールス王、ヤーチン姫、真道彦命其他を救ふべく出陣する事となつた。 (大正一一・八・九旧六・一七松村真澄録)
149

(1957)
霊界物語 29_辰_南米物語1 鷹依姫と高姫の旅 02 懸橋御殿 第二章懸橋御殿〔八二四〕 竜国別、テーリスタン、カーリンスの三人は、黄金の玉献上といふ旗印を、木の間にチラとすかし見て、胸を躍らせ、俄に心も緊張し、謹厳振を装うて、祈願に余念なきものの如く、素知らぬ顔にて一生懸命に祈つて居る。そこへ御輿を担がせ、数多の村人を伴ひ、ヒルの国のテーナの酋長アールは盛装を整へ、細路を漸くにして、アリナの滝を横にながめ、この岩窟の前に辿り着き、三人の祈願の姿を見て感じ入り、自分もソツと、御輿を傍の美はしき岩の上に据ゑさせ、一生懸命になつて鏡の池に打向ひ、拝跪合掌してゐる。一同は無言の儘、テーナの酋長の背後に堵列し、跪いて鏡の池を隔てて岩窟内を拝みゐる。 岩窟の中より、奴拍子の抜けた声で、 月照彦(正体は鷹依姫)『月照彦命、此処に在り。黄金の玉を遥々と持参致したる身魂の美はしき信者、一時も早く其処に居る神司に手渡し致せ、汝の名は月照彦神より国玉依別命と名を賜ふ』 酋長のアールはハツと平伏し、 アール『恐れ乍ら、月照彦大神様、私はヒルの国のテーナの里の酋長、アールと申す賤しき神の僕で御座います。此の度神界の御経綸上いろいろの玉を、神様よりお集めになると云ふことを承はり、家の重宝として大切に保護致したる黄金の玉を、女房のアルナ姫と謀り、只今此処に持参致しまして御座います。どうぞ御調べの上、御受納め下さいますれば、私を始め妻のアルナも恐悦至極に存ずることで御座いませう』 岩穴の中より、 月照彦(正体は鷹依姫)『国玉依別命、神は時節参りて、声を人民の前に発する様になりたれ共、吾姿を現はすことは、神界の規則として相成らざれば、そこに控へ居る竜国別の審神者、月照彦神が代理として受取らしめむ、左様心得たがよからうぞ』 アール、アルナの夫婦はハツと許りに有難涙をこぼし、 アール、アルナ『実に有難き神の御言葉、斯様な嬉しい事は御座いませぬ。……竜国別の神司様、どうぞ此の宝玉をよく検めて御受取りを願ひ奉ります』 竜国別は、漸くにして重たさうに口を開き、 竜国別『其方は噂に高きテーナの郷の酋長であつたか。其方は神界に因縁深き身魂であるから、斯の如く結構な御用が勤めあがつたのであるぞよ。有難く思へ。……あいや、テー、カーの両人、酋長アルナの献上つた黄金の宝玉を早く実検めて、此方が前に差出せよ』 テー、カー両人は小声にて、 テーリスタン、カーリンス『何ぢや、馬鹿々々しい。竜国別の奴、俄に荘重らしい言霊を使ひよつて、まるで俺達を奴扱ひにしやがる。怪しからぬ奴だ。これが果して吾々の捜してゐる黄金の宝玉なれば結構だが、モシヤ鍍金玉でもあつたら、吾々両人の者は愈馬鹿の上塗りをせなならぬがなア』 と呟き乍ら輿の前に進み寄る。アルナは恭しく輿の戸を開き、玉筥を取出し、テー、カーの二人の前に差出した。テー、カー両人は左右より其玉筥を手に取り、頭上高く捧げ、蟹の様になつて、四つの足をそろりそろりと運び出した。余り頭上の玉筥に心を奪られ、足許に気が付かず、岩角にガンと躓いた途端に、二人は玉筥と共に、鏡の池にドブンと音立てて落ち込んで了つた。竜国別を始め、酋長夫婦、其他一同は総立ちとなり『アツ』と叫んで、池の面を眺めてゐる。幸ひ玉筥は、二人の落ち込んだ機みに撥られて、岩窟の中に都合よく飛び込みにけり。 岩窟内の鷹依姫は吾足許に勢よく飛込んで来た玉筥に心を奪はれ、外に酋長其他の人々の居るのも忘れ、玉筥を引抱へ、ツカツカと岩窟内を走り出で、竜国別の前に持来り、 鷹依姫『コレコレ竜国別、よく検めて御覧なさい。全くこれは本物に相違ありませぬぞよ』 竜国別『お母アさま、こんな所へ出られちや困るぢやありませぬか。モウ暫く幸抱して居つて下さらぬと化が現はれますよ』 鷹依姫『モウ現はれたつて良いぢやないか。斯うして此方の手に入つた以上は、誰が何と云つても構はぬぢやないか』 斯くする内テー、カーの両人は体中、青藻を被つて這ひ上り来り、 テーリスタン、カーリンス『アーア、玉のおかげで、ドテライ目に会ひ、肝玉を潰し、面目玉をなくして了つた』 酋長は鷹依姫の姿を見て、神様の御意に叶ひしと見え、大神様は婆の姿と変じ、此処に生神となつて出現し玉ひしものと深く信じ、有難涙をこぼし、恐る恐る拍手を打ち、 アール『コレはコレは月照彦神様、よくも御神体を現はして、私如き身魂の曇つた者の前に現はれ下さいました。どうぞ此玉をお納め下さいますれば、夫婦の者の喜び、里人の喜びは此上御座いませぬ』 鷹依姫はヤツと安心したものの如く、俄に荘重な口調にて、 鷹依姫『其方、国玉依別命、神は汝の至誠を満足に思ふぞよ。併し乍ら汝に言ひ渡したき事あれ共、まだ身魂の垢取れざれば、四五丁下つて、アリナの滝に一日一夜、夫婦共身魂を浄め、又従ひ来れる者共、残らず赤裸となつて御禊をなし、更めて吾前に登り来れ。大切なる使命を汝に仰せ付けるぞよ』 アール、アルナの夫婦を始め、供人一同は、此言葉に、 アール、アルナ、供人一同『ハイ畏まりました』 と恐る恐る後しざりし乍ら、岩窟の前を退きアリナの滝に一昼夜の御禊をなすべく、降つて行く。 蜩の声は谷間の木々にけたたましく聞えて来た。 鷹依姫は一同をうまくアリナの滝に向はせおき、猫の様に喉を鳴らし、玉筥に飛付き、中を開いて見れば、金色燦然たる黄金の玉、されど、黒姫が保管せし玉に比べては、稍小さき感じがした。されどこれも心の故であらうと、無理に得心し、手早く元の如く蓋を閉ぢ、 鷹依姫『サア此玉さへ手に入れば、吾々の願望は成就したのだ。併し乍らテーナの郷の酋長に対し、何か一つの神徳を渡しておかねば済むまい。何とか良い工夫はあるまいかな』 竜国別『お母アさま、そんなら斯う致しませう。此玉筥の中の黄金の玉は錦の此袋に納め吾々が持帰ることと致し、後へ此処にある沢山の玉の中、最も優れたるものに、月照彦神様の御霊をうつし……『テーナの酋長アールを以て国玉依別命と名を賜ひ、アルナを以て玉竜姫命と名を賜ふ。汝はこれより此庵に永住し、月照彦神の神司となり、普く万民を救へよ。此汝が献りし黄金の玉は万劫末代開く可からず。万一此玉筥を開く時は神霊忽ち現はれ、汝等夫婦の身に大災厄来り、高砂島は、地震洪水の厄に遭ひ、海底に沈没するの虞あり、必ず必ず神の言葉を反く勿れ。月照彦神は此黄金の玉に御霊をうつし、三人の眷属を引連れ、雲に乗つて天上に帰るべし』……(とスラスラと玉筥のぐるりに烏羽玉の実の汁もて書き記し)……サア斯うしておけば、酋長も結構なお蔭を戴き、御神徳が世界に輝くであらう』 これから[※御校正本も「これから」になっている。「それから」の誤りか?]此鏡の池にお暇乞の為に天津祝詞を奏上し、後をよく御願ひ申し、 『国玉依別命、玉竜姫命に宏大無辺なる御神徳をお授け下され、遂には高砂島の生神となつて、人望を一身に集むる様御守護下さいませ』 と一生懸命に祈願し、一行四人は闇に紛れて、雲を霞と、山を越え、夜を日に継いで、漸く宇都の国の櫟が原と云ふ平原に辿り着きけり。 アール、アルナの酋長夫婦は月照彦の神示と確信し、一昼夜の御禊を終り、恭しく鏡の池の前に来て見れば、庵の中は藻抜けの殻、神様の声もなければ、三人の男の姿も見えぬ。……ハテ不思議……と庵の中を隈なく捜し見れば、美はしき石を積み重ね、其上に自分の持来りし玉筥がキチンと載つて居る。よくよく見れば以前の文句が書き記してある。酋長夫婦は送り来りし御輿を鏡の池の向ふ側、岩窟の入口に安置し、玉筥を再び其中に納め、書置きの文句を堅く信じ、自分は国玉依別命、妻は玉竜姫命となり済まし、御輿の前に朝夕祈願を凝らし、夜は庵に入りて、夫婦はここを住処とし、普く四方より参り来る人々の為に福徳円満、寿命長久、病気平癒などの祈願を凝らし居たりける。 テー、カー二人の宣伝は大に功を奏したと見え、日々絡繹として、玉の形したる石塊を携へ、或はいろいろの木の実を持来りて神前に供し、国玉依別命夫婦の祈願を依頼し、相当の御神徳を蒙つて帰る者、日に月に殖えて来た。遂には余り多数の参詣者にて、身を容るる所なく、余り広からざる鏡の池のあたりは、身動きならぬ計りの雑閙を来すこととなり、止むを得ず、数多の信者協議の上、谷から谷へ橋を渡し、宏大なる八尋殿を造り、ここに改めて玉筥を奉斎し、夫婦は神主として神前に仕へ、国、玉、依、竜、別などの人々を幹部とし、三五の神の教を日夜宣伝することとなりぬ。此八尋殿は谷の上を塞いで橋の如く造られたるを以て、懸橋の御殿と称へられける。 国玉依別夫婦は、毎夜丑満の頃に、神殿に怪しき物音の聞ゆるに不審を起し、十五の月の照り輝く夜、幹部にも知らさず、夫婦只二人、神前に端坐して、怪しき物音の正体を調べむと待構へてゐた。神殿の床下より怪しき煙ポーツと立昇り、朦朧として蛸の様な禿頭の不細工な一柱の神、腰をくの字に曲げて、煙の中より現はれ、輿のぐるりを幾回となく、クルクルと廻つてゐる、其怪しさ、厭らしさ。玉竜姫は肝を潰し『キヤツ』と悲鳴をあげて其場に倒れた。国玉依別は流石気丈の男子とて、怪しき影に向ひ、言葉厳かに、 国玉依別『吾こそは月照彦神の命を奉じ、御神霊を玉筥に納め、朝夕此八尋殿を作りて奉仕する神司なるぞ。汝何者なるか、吾々の許しもなく、神聖なる神殿に夜な夜な現はれ来り、御神宝の辺りに附纏ふ曲者、名を名乗れ、返答次第に依つては容赦は致さぬぞ』 とキツとなつて身構へした。怪しき影は追々濃厚の度を増し、そこに倒れたる玉竜姫の傍に足音も立てず寄添ひ、細き手を伸べて、二三回胸のあたりを撫でさすれば、姫は忽ち正気づき、両手を合せて怪物に向ひ、恐れ気もなく感謝の意を表し居たりける。 国玉依別は合点行かず、黙然として怪物の姿を眺めて居た。怪物は涼しき、細き声にて、 怪物『吾れこそはアリナの滝の水上、鏡の池の岩窟に三五の教を宣伝し居たる狭依彦の神の霊体である。吾れ帰幽後は、一人として吾霊魂を祭る者なく、御供一つ供へ呉るる者もなし。然るに一年以前、三五教の宣伝使鷹依姫、竜国別は二人の供人を引連れ、鏡の池の岩窟に来り、玉集めをなし、遂に汝が家の重宝黄金の玉を奪ひ取り帰りたり。吾れは此事を汝に知らさむが為に夜な夜な出現するものなり。其玉筥の中は瑪瑙の玉と摺替へおき、黄金の玉を引さらへて、四人の者は今や宇都の国の櫟が原に出で、草原をあちらこちらとさまよひつつあり。汝は其玉を取返す所存なきか』 国玉依『何れの神様かと思へば、昔鏡の池の神として有名なる狭依彦様で御座いましたか。御親切は有難う御座いまするが、何事も因縁づくと諦めて居りますれば、仮令黄金の玉が瑪瑙の玉に変ればとて、少しも苦しうは御座いませぬ。月照彦の御神霊の懸らせ玉ふ以上は、仮令団子石の玉にても、私に取つては、それの方が何程重宝だか知れませぬ。黄金の玉などには少しも執着はかけませぬ』 狭依彦『実に感じ入つたる其方の心掛け、それでこそ三五教の神の教は天下に拡まり、万民を救う事が出来るであらう。狭依彦も汝夫婦が尊き、清き真心に感じ、これより此神前に幽仕して、汝が神業を助けむ。ゆめゆめ疑ふ事勿れ』 と又もやパツと立上る煙の中に、怪しき姿を消しにける。これより夫婦は狭依彦の霊を祀るべく鏡の池の傍に宮を造り、朝夕に種々の供物を献じ、崇敬怠らざりき。月照彦神の霊力と狭依彦の守護と、国魂神の威徳に依つて、懸橋の御殿の奥深く斎き奉れる神壇は日に月に神徳輝き、遂には高砂島全部に国玉依別夫婦の盛名は隈なく喧伝さるるに至りける。 鰯の頭も信心からとやら、黄金の玉は掏り替られ、似ても似つかぬ瑪瑙の玉も神の神霊の力と、信仰の誠に依つて無限絶大なる光輝を放つに至りしを見れば、形体上の宝の、余り尊重すべき物にあらざるを悟り得らるるなるべし。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・八・一一旧六・一九松村真澄録) ○ 因に曰ふ。竜国別一行が遥々海洋万里の浪を渡りて、玉の所在を尋ねむとしたるは、実は鷹依姫の帰神を盲信したるが故なり。帰神に迷信したるもの程、憐れむべきは無かるべし。然り乍ら又一方には、是によりて海外の布教宣伝を為し得たるは神慮と云ふべき也。[※「因に曰ふ」からの文章は王仁三郎が校正の際に付け加えたものである。校定版・八幡版では「帰神」ではなく「神憑」に直されている。]
150

(1961)
霊界物語 29_辰_南米物語1 鷹依姫と高姫の旅 06 玉の行衛 第六章玉の行衛〔八二八〕 高姫は言葉を軟らげ、 高姫『コレコレ常彦さま、ヤツパリお前は私が三五教の宣伝使の中でも、一番気の利いた立派な方だと思うて連れて来たが、……ヤツパリ此高姫の目は違ひませぬワイ。ようマア目敏くも、言依別や、国依別の船に乗つてるのが気がつきましたなア』 常彦『蛇の道は蛇ですからなア。どうも言依別や国依別の臭が船に乗つた時から、鼻について仕方がないものですから、一寸考へてゐましたが、いよいよ此奴ア変だと思うてかぎつけました』 春彦『まるで犬の様な鼻の利く男だなア。蛇の道は蛇でなくて、猪の道は犬ぢやないか。さうして本当に言依別さまや国依別が立派な玉を持つて御座つたのか』 常彦『貴様が海へ踊つて落込んだ時に、綱を投げて呉れた船客が国依別だつたのだ。つまりお前は国依別さまに生命を助けて貰うたのだよ』 春彦『アヽさうか、それは有難い。一つ御礼を言うぢやつたに、お前が云つて呉れぬものだから、つい御無礼をした。ヤツパリ国依別さまは親切だなア。二つ目には足手纏ひになるの、エヽ加減にまいて了はぬと、あんなヒヨツトコは邪魔になるとか仰有る生神もあるなり、世は種々だ。そして立派な玉をお前は拝見したのか』 常彦『天機洩らす可からずだ。大きな声で云ふない。そこに高姫さまが聞いて御座るぢやないか。高姫さまの御座らぬ所で、トツクリとお前丈に一厘の秘密を知らしてやるワ。オツと了うた、余り大きな声でウツカリ喋つて了つた。……モシ高姫さま、今私が何を言うたか聞えましたか。余りハツキリとは聞えては居やせぬだらうな。聞えたら大変ぢやからなア。アヽ桑原々々、慎むべきは言葉なりけりぢや、アハヽヽヽ』 高姫『コレ常彦さま、お前、そんなにイチヤつかすものぢやありませぬぞえ。トツトと有体に仰有い。そしたら此高姫は云ふに及ばず、錦の宮の教主となり、お前を総務にして立派な神業に使つて上げます。五六七の世でも出て来て見なさい。それはそれはあんな者がこんな者になつたと云ふ御仕組ですから、それで神には叶はぬと仰有るのぢやぞえ』 常彦『ハヽア、さうすると最前アンナ、カナンに化けたのも、強ち徒労ではありませぬな。私がアンナ、春彦はカナン、私はアンナ者がコンナ者になり、春彦は立派な人間になつて、高姫さまでも何人でも、到底カナンと云ふ立派な人間になると云ふ前兆ですか、ハツハヽヽヽ。これと云ふのも国依別さまが御親切に、玉の所在を決して他言はならぬと固く戒めて仰有つて下さつたのは、本当に有難い。よく私の魂を悟つて下さつた。士は己を知る者の為に死すとか云つて、自分の真心を見ぬいてくれた人位、有難く思ふものはない。私も男と見込まれて、大事の秘密の玉の所在を知らされ、実物迄拝見さして頂いたのだから、此首が仮令千切れても、国依別さまが云つてもよいと仰有る迄申されませぬワイ。アヽ云はな分らず、云うてはならず、六かしい仕組であるぞよ……とお筆先に神様が仰有つてゐるのは、大方こんな事だらう。お筆先の文句がキタリキタリと出て来て、身に滲みわたる様で御座いますワイ』 高姫『お前は言はねばならぬ人には隠して云はぬなり、言うて悪い人には言はうとするから、国依別さまが厳しく口止めをしたのだよ。よう考へて御覧なさい。私の供になつて来て居るお前に秘密を明かすと云ふ事は、つまり高姫に知らせよと云ふ謎ですよ。此事を詳しう高姫に伝へてくれと云つたら、却て心易う思ひ、忘れて了ふだらうから、言ふな……と云つておけば、大事な事と思ひ、お前が念頭にかけ、コッソリとお前が私に云うだらうと、先の先まで気をまはし、お前に言うたのだよ。国依別も中々偉いワイ。よう理窟を云ふ男だが、どこともなく香ばしい所のある男だと思うた。……コレコレ常彦、言ひなさい、キット後は私が引受けますから……』 常彦『メッサウな、そんな事言うてなりますかいな。お前さまは私を、甘くたらして云はさうと思ひ、巧言令色の限りを尽して、うまく誘導訊問をなさるが、マア止めておきませうかい。こんな所でお前さまに言はうものなら、あとは尻喰ひ観音、そこに居るかとも仰有らせないだらう。マア言はずにおけば常彦の御機嫌を損はぬ様に親切に目をかけてくれるに違ひない。言ひさへせなきや、桜花爛漫と常彦の身辺に咲き匂ふといふものだ。言うたが最後、明日ありと思ふ心の仇桜、夜半に嵐の吹かぬものかは……と忽ち高姫颪に吹きおろされ、ザックバランな目に遇はされるに定つてる。花は半開にして、長く梢に咲き匂ふ位な所で止めておきませうかい。イッヒヽヽヽ。アヽこんな愉快な事が又と再び三千世界にあらうかいな。三千世界一度に開く梅の花、開く時節が来たら秘密の倉を開けて見せて上げませう。それも一寸でも私の御機嫌を損ねたが最後駄目ですよ』 高姫『コレ常彦、情ない事を云うておくれな。なんぼ私だつてさう現金な女ぢやありませぬぞえ。今の人間は思惑さへ立ちや、後は見向きもせぬのが多いが、苟くも、善一筋の誠生粋の大和魂の根本の性来の、而も日の出神の生宮、変性男子の系統、これ丈何もかも資格の揃うた高姫がそんな人間臭い心を持ち、行ひを致さうものなら、第一神様のお道が潰れるぢやありませぬか。変性男子の身魂に対しても、お顔に泥を塗るやうなものなり、日の出神さまに対しても申訳がありませぬ。さうだから大丈夫ですよ。先で云ふも今云ふも同じことだ。さう出し惜みをせずと、お前の腹の痛む事ぢやなし、一口、かうだとお前の口に出して呉れたら良いぢやないか。サア常彦、ホンにお前は気の良い人だ。そんなにピンとすねずにチヤツと仰有つて下さいナ』 常彦『猫があれ程好な鼠を生捕にしても中々さうムシヤムシヤと食ひはしますまい。くはへては放り上げ、くはへては放り上げ、追ひかけたり押へたり、何遍も何遍もイチヤつかして、終局には嬲殺にして、楽んで食ふように、此話もさう直々に申上げると、大事件だから値打がなくなる。マア楽しんで私に従いて来なさい。其代りに或時期が来たら知らして上げますから、一つ約束をしておかねばなりませぬ。高姫さま、物を教へて貰ふ者が弟子で、教へる者が先生ですなア』 高姫『きまつた事だよ。教へる者が先生だ。さうだからお前達は私の弟子になつて居るぢやないか』 常彦『あゝそれで分りました。其御考へなれば、行く行くは玉の所在を教へて上げませう。其代り今日から私が先生でお前さまは弟子だよ。サア荷物を持つて従いて来なさい』 高姫『コレ常彦、おまへは何と云ふ事を云ふのだい。天地顛倒も甚しいぢやないか。誰がお前の弟子になる者があるものか。苟も日の出神の生宮ですよ。余り馬鹿にしなさるな』 常彦『これはこれは失礼な事を申し上げました。そんならどうぞ何もかも教へて下さいませ。私は教へる資格がありませぬから、モウ此れ限り何も申上げませぬ。教へて上げやうと云へばお目玉を頂戴するなり、其方が宜しい。モウ此れ限り、夜前あなたの仰有つた様に此国の人を弟子にして、半鐘泥棒や蜥蜴面の吾々に離れて活動して下さい。……なア春彦、半鐘泥棒や蜥蜴面が従いて居ると高姫さまのお邪魔になるから、これでお別れせうかい』 春彦『何が何だか、俺やモウサツパリ訳が分らぬ様になつて来たワイ。……オイ常彦、そんな意地の悪い事言はずに、男らしう薩張と高姫さまに申し上げたら如何だ』 高姫『コレコレ春彦、流石はお前は見上げたものだ。さうなくては宣伝使とは言へませぬワイ。……コレ常彦、言はな言はぬで宜しい。お前の行く所へ従いて行きさへすればキット分るのだから……』 常彦『ソラ分りませう。併し乍ら私は出直してくる共、お前さまの従いて厶る限りは、玉の在る方面へは決して足は向けませぬワ。そしたら如何なさる。オホヽヽヽ』 高姫『エヽ気色の悪い、しぶとい奴だなア。ヨシヨシ今に神界に奏上して、口も何も利けぬ様に金縛りをかけてやるから、それでも宜しいか』 常彦『どうぞ早うかけて下さい。お前さまに玉の所在を言へ言へと云うて迫られるのが、辛うてたまらぬから、物が言へぬようにして下されば、それで私の責任が逃れると云ふものだ。どうぞ早うかけて下さいな。不動の金縛りを……』 と云ひ乍ら、舌を一寸上下の唇の間に挟んで高姫の前に頤をしやくり、突き出して見せる。 高姫『エヽどうもかうも仕方のない、上げも下ろしもならぬ動物ぢやなア』 常彦『オイ春彦、駆足々々。高姫さまをまくのだよ』 と尻引まくり、一生懸命に地響きさせ乍ら、降り坂を駆出した。高姫は後より一生懸命に二人の姿を見失はじと追つかけて行く。 高姫は高い石に躓きパタリと大地に倒れ、額をしたたか打ち、血をタラタラ流し、且つ膝頭を打つて、頭を撫で足を撫で、身を藻掻いてゐる。二人は高姫が必ず追つかけ来るものと信じて、一生懸命に南へ南へと走り行く。 ここを通りかかつた四五人の男、高姫の疵を見て気の毒がり、傍の交り気のない土を水に溶かし、額と足とに塗りつける。高姫は、 高姫『何方か知りませぬが、ようマア助けて下さいました。これも全く日の出神さまのお神徳で厶います。貴方方も結構なお神徳を頂きなさつたな。高姫と云ふお方は、誠に結構な身魂であるから、此身魂に水一杯でも、茶一滴でも供養した者は、大神様のお喜びによつて、家は代々富貴繁昌、子孫長久、五穀豊饒、病気平癒、千客万来の瑞祥が出て参ります。皆さま、結構な御用をさして貰ひなさつた。サア、是から、三五教の神様に御礼をなさい。私も一緒に御礼をしてあげます』 甲『何と妙な事を言ふ婆アぢやのう。人に世話になつておいて、反対にお礼をせい、御礼をして上げるのと、訳が分らぬぢやないか。大方これはキ印かも知れぬぞ。うつかり相手にならうものなら大変だ。イヽ加減にして行かうぢやないか』 高姫『コレコレ若い衆、キ印ですよ。三千世界の大狂者の大化物の変性男子の系統の生神様ぢや』 乙『それ程エライ生神さまが、何で又道に倒れて怪我をなさるのだらう。此点が一寸合点が行かぬぢやないか』 高姫『そこが神様の御仕組だ。縁なき衆生は度し難しと云ふ事がある。日の出神様が、一寸此肉体を道に倒してみせて、ワザとお前等に世話をさせて、手柄をさして、因縁の綱を掛け、結構にして助けてやらうと遊ばすのだ。分りましたかなア』 乙『根つから分りませぬワイ。……オイ皆の連中、早く玉を御供へに往かうぢやないか。結構の玉を供へたら、結構にしてやらうと云ふ神があるから、早く何々迄急がうぢやないか』 丙『随分沢山にお参りだから、ヤツと玉もいろいろと寄つて居るだらうなア』 乙『ソリヤお前、一遍俺も参つて来たが、それはそれは立派な玉が山の如くに神さまの前に積んであつたよ。金剛不壊の如意宝珠に黄金の玉、竜宮の麻邇宝珠の玉とか云つて、紫、青、白、赤、黄、立派な玉が目醒しい程供へてあつたよ』 高姫『コレコレお前、其玉はどこに供へてあるのだ。一寸云つて下さらぬか』 乙『其玉の所在ですかいな。ソリヤ一寸何々して貰はぬと、何々に何々が納まつて居ると云ふ事は云はれませぬなア』 高姫『そんならお金を上げるから仰有つて下さい』 乙『私も実は貧乏で困つてをるのだ。金儲けになる事なら云つてあげようかな。ここに五人も居るけれど、玉の場所を知つた者は俺丈だから儲け放題だ。一口にナンボ金を出しますか』 高姫『一口に一両づつ上げよう。成る可く二口位に詳しう云つて下さいや』 乙『中々一口や二口には云ひませぬで、一口云うたら一両づつ引替に致しませう。それも先銭ですよ』 高姫『サア一両』 と突き出す。 乙『ア……』 高姫『後を言はぬかいな』 乙『モウ一両だけ、一口がとこ云つたぢやないか。モ一両下さい。其次を云うて上げよう』 高姫『あゝ仕方がない、……それ一両』 と又突き出す。 乙『リ……』 と云ひ乍ら、又一両を呉れと手を突き出す。 高姫『何と高い案内料ぢやなア。モチト長く言うてお呉れぬかいな』 乙『元からの約束だ、ア……と云へば一口かかる。リ……といへば又一口ぢやないか』 高姫『エヽ欲な男ぢや。……それ一両、今度はチト長く言うて呉れ』 乙は又一両懐にねぢ込み、 乙『今度は長く言ひますよ。……ナーー……』 かう云ふ調子に『アリナの滝の水上、鏡の池の前に沢山の宝玉が供へてある』と云ふ事を教へられ、高姫は勢込んでテルの国のアリナの滝を指して、一生懸命に駆けり行く。 道傍の木蔭に休んで居た常彦、春彦は、高姫の血相変へて行く姿を眺め、 常彦、春彦『オイオイ高姫さま、一寸待つて下さいなア』 と呼びかけた。高姫は後を一寸振向き、上下の歯を密着させ、ニユツと口から現はし、頤を二三遍しやくつて、 高姫『イヽヽ、大きに憚りさま。玉の所在は日の出神さまから知らして貰ひました。必ず従いて来て下さるなや』 と一生懸命に走り行く。常彦は、 常彦『本当に玉が此国に隠してあるのかな。こりや一つ高姫さまの後から従いて行つて、白玉でも黄玉でも、一つ拾はぬと、はるばる出て来た甲斐がないワ。……オイ春彦、急げ』 と尻ひつからげ大股にドンドン、髪振り乱し砂煙を立て乍ら、高姫の通つた後を一目散に走り行く。 (大正一一・八・一一旧六・一九松村真澄録)
151

(1966)
霊界物語 29_辰_南米物語1 鷹依姫と高姫の旅 11 日出姫 第一一章日出姫〔八三三〕 高姫は矢庭に神前に駆け上り、扉に手をかけた。忽ち頭の光つた脇立の狭依彦神、煙の如く朦朧と現はれ、高姫の首筋をグツと握つて壇上より、蛇を大地に投げつけた様に、ポイと撥ね飛ばした。高姫は暫く虫の息にてそこに打倒れ、何事か切りに囈言を言つてゐる。国、玉は驚いて『水ぢや水ぢや』と立騒ぐを、常彦は制し止め、 常彦『モシモシ皆さま、構立をせずに、少時放つといて下さいませ。御存じの通御神前の脇に朦朧として御神体が現はれ、こらしめの為に高姫を取つて投げられたのですから、余り高姫を構うと、又へらず口を叩き慢心を致しますから、十分改心する所迄放つといてやつて下さいませ。高姫の身の為ですから……一人前の誠の宣伝使にしてやらうと思召さば、十分に苦ましておく方が高姫に対する慈悲になりまする』 と真心から語り出したるを、一同は常彦の言に従ひ、高姫が自然正気に復る迄、そこに放任しておき、各自別間に入つて、神徳を戴き、昼飯などを喫し、悠々として世間話に耽つてゐた。暫くすると神殿に於て、高姫の金切声が聞えて来た。常彦、春彦、国、玉等一同は此声に驚いて、神殿に駆けつけ見れば、高姫は何とも知れぬ大きな男に、毬つく様に、放り上げられたり、おとされたり、なぶりものに会はされ、悲鳴を上げゐたりける。 常彦、春彦の姿を見るより、大の男は煙の如くに消えて了つた。此大の男と見えしは、鏡の池に現はれました月照彦命の出現であつたとの事なり。 高姫は真青な顔をし乍ら、懸橋の御殿を表に駆け出し、一生懸命にアリナの山を指して登つて行く。常彦、春彦は見失うては大変と、高姫の後を一生懸命に追つかけて行く。国玉依別命の命令によつて、竜、玉の両人は常彦、春彦の後より、『オーイオーイ』と呼ばはり乍ら、アリナの峰を駆け登り行く。 高姫は漸くにして、鷹依姫一行が野宿したる白楊樹の傍まで駆け着いた。何とはなしに身体非常に重たくなり、疲労を感じ、グタリと横になつて、大蜥蜴の沢山に爬行して居る草原に横たはり、他愛もなく寝て了つた。 夜半に目を醒まし、そこらあたりをキヨロキヨロと見廻し、 高姫『ハテナア、ここは何処だつたいなア。鏡の池の懸橋御殿の中だと思つてゐたのに、そこら中が萱野原、人の子一匹居りはせぬ。アハー、やつぱり鏡の池のスツポン奴、此野原を、あんな立派な御殿と見せて、騙しよつたのだな。悪神と云ふものは油断のならぬものだ。禿頭の神が出て来て、取つて放かしたり、大きな男が現はれて、此高姫を毬つくやうにさいなめよつたと思つたが、ヤツパリ騙されて居たのかなア。昔常世会議の時にも、八百八十八柱の立派な国魂神が、泥田の中で狐に魅まれ、末代の恥をかいたと云ふことだが、ヤツパリ此高砂島も常世の国の陸つづきだから、居ると見えるワイ。アヽドレドレ眉毛に唾でも付けて、しつかり致しませう。……時に常や春の周章者は、どこへ沈没しよつたのか、テンで影も形も見えなくなつて了つた』 と独語を云つて居る。 俄に大粒の雨パラパラパラと降り出して来た。満天黒雲に包まれ、次第々々に足許さへ見えなくなつて来た。獅子、虎、狼の吼えたける様な怪しき唸り声は、暴風の如く耳をつんざく。寂寥刻々に加はり、流石の高姫も茫々として際限もなき原野の中に只一人投げ出され、足許さへ見えなくなり、心細さに目を塞ぎ、腕を組み、大地に胡坐をかき思案に暮れて居る。 パツと雷光の如き光が現はれたと思ふ途端に、雲突く計りの白髪の怪物、耳迄引裂けた口から、血をタラタラと垂らし乍ら、高姫の前にのそりのそりと浮いた様に進み来り、 怪物『アハヽヽヽ、人肉の温かいのが一度食つて見たいと、常がね希望して居たが、アヽ時節は待たねばならぬものだ。少し古うて皺がより、肉が固くなり、骨も余り軟かくないが、これでもひだるい時にまづい物なし、辛抱して食つてやらうかな。イヒヽヽヽ、ウフヽヽヽ、エハヽヽヽ、オホヽヽヽ。甘いぞ甘いぞ』 とニコニコし乍ら、高姫の髻をグツと握つた。高姫は猫に掴まつた鼠の如うに、五体萎縮し、ビリビリと震ひ戦いて居る。此時何処ともなく、嚠喨たる音楽の音が聞えて来た。此声の耳に入ると共に、高姫は俄に心晴れ晴れしくなり、強力なる味方を得たやうな気分に充された。怪物は高姫の髻を握つた手をパツと放した。目をあけて見れば、容色花の如く、水のしたたる様な黒髪を背後に垂らし、梅の花を片手に持ち、片手に白扇を拡げて持つた女神、厳然として現はれ、言葉静かに宣り玉ふやう、 女神『其方は高姫であらうがな。今迄我情我欲の雲に包まれ、少しも反省の念なく、日の出神の生宮を標榜し、随分大神の御神業に対し妨害を加へ来りし事を悟つて居るか。其方は力一杯神界の御用を努めた積りで、極力神界の妨害を致し、神の依さしの教主言依別命に対し、悪言暴語を以て向ひ奉り、黒姫を頤使して今迄聖地を混乱致した其方の罪、山よりも高く、海よりも深し。さり乍ら、汝今茲にて悔い改めなば、今一度其罪を赦し、身魂研きし上、神界の御用に使うてやらう。高姫、返答は如何であるか』 と宣らせ玉ひ、高姫の顔を熟視し給ふ。高姫は女神のどこともなく身体より発する光輝に打たれ、 高姫『ハイハイ、今日限り改心致しまする。どうぞ今迄の罪はお赦し下さいませ。如何なる事でも、神様の仰せとあらば承まはりませう』 女神『然らば汝に申し付くる事がある。此白楊樹の空に、錦の袋止まりあり、其中には、テーナの里の酋長が鏡の池に献りたる黄金の宝玉あり。今これを汝の手に相渡す。汝が手より明朝茲に現はれ来る懸橋御殿の神司、玉、竜の両人に相渡し、持帰らしめよ。金色燦爛たる此玉を眺めて、再び執着心を起す如きことあらば、最早汝は神界の御用には立つ可らず。能く余が言葉を胸に畳みて忘るるな』 高姫『ハイ、決して決して忘れは致しませぬ。今日限り、玉に対する執着心は放棄致します』 女神は白楊樹に向ひ、 女神『来れ来れ』 と招き玉へば、不思議や、白楊樹は暗の中に輪廓明く現はれ、錦の袋はフワリフワリと女神の前に降り来たりぬ。 女神『高姫、此錦の袋の中には黄金の如意宝珠が包まれあり。披見を許す。早く撿め見よ』 高姫は、 高姫『ハイ』 と云ひ乍ら、袋の紐を解き、中を覗き見てハツと計り、其光に打たれ居る。 女神『どうぢや、其玉は欲しくはないか』 高姫『イエもう決して、何程立派な玉でも、形ある宝には少しの未練も御座いませぬ。無形の心の玉こそ、最も大切だと御神徳をとらして頂きました。決して決して今後は、玉に対して、心を悩ます様なことは致しませぬ』 女神『又後戻りを致さぬ様に気をつけて置く。就いては、汝これより常彦、春彦と共に此原野を東へ渉り、種々雑多の艱難を嘗め、アルの港より海岸線を舟にて北方に渡り、ゼムの港に立寄り、そこに上陸して、神業を修し、再び船に乗り、チンの港より再び上陸して、アマゾン河の口に出で、船にて河を遡り、鷹依姫、竜国別の一行に出会ひ、そこにて再び大修業をなし、言依別命、国依別命の命に従ひ、直様自転倒島に立帰り、沓島、冠島に隠されてある、青、赤、白、黄の麻邇の珠を取出し、錦の宮に納めて、生れ赤子の心となり、神業に参加せよ。少しにても慢神心あらば、最前の如く、鬼神現はれて、汝が身魂に戒めを致すぞよ。ゆめゆめ疑ふ勿れ。余れこそは言依別命を守護致す、日の出姫神であるぞよ。今日迄其方日の出神の生宮と申して居たが、其実は金毛九尾白面の悪狐の霊、汝の体内に憑りて、三五の神の経綸を妨害致さむと、汝の肉体を使用してゐたのであるぞや』 高姫『ハイあなた様から、さう承はりますと、何だか、其様な心持が致して参りました。それに間違は御座いますまい』 女神『最早夜明けにも近ければ、妾は天教山に立帰り、日の出神、木花姫神に汝が改心の次第を申し上げむ。高姫さらば……』 と言ふより早く、五色の雲に乗り、天上高く昇らせ玉うた。高姫はホツと一息し乍ら、あたりを見れば、夜は既に明け放れ、東の空は麗しき五色の雲靉き、太陽は地平線を離れて、清き姿を現はし給ふ間際なりけり。 (大正一一・八・一二旧六・二〇松村真澄録)
152

(1967)
霊界物語 29_辰_南米物語1 鷹依姫と高姫の旅 12 悔悟の幕 第一二章悔悟の幕〔八三四〕 常彦、春彦は後より追つかけ来りし玉、竜の二人と共に、アリナの高山を漸く登り、到底、高姫に追付く可らざるを断念し、高山の頂きにて息を休め、其夜を明かした。 丑満頃と覚しき時、東の空をフト眺むれば、俄に黒雲起り、満天の星は一つも残らず姿を隠し、追々風は烈しく峰の尾の上を吹き捲り、四人は眠りもならず、其雲を怪しみ眺めつつあつた。忽ち東の天に黒雲の中より、輪廓明かなる白髪の大怪物現はれ来り、地上に向つて降る姿が見えた。四人は『アレヨアレヨ』と指し、眺めてゐた。暫くあつて容色端麗なる女神又もや空中に現はるるよと見る間に、見るも恐ろしき金毛九尾白面の悪狐は暗を照らし乍ら、北方常世国の空を目がけて走り行く。四人は奇異の思ひに打たれ、目も放たず東天を眺めて居た。不思議や空中に錦の袋、あたりを照らし乍らこれ又フワリフワリと櫟が原の上に落下するのを見た。 漸くにして東天五色の雲に色どられ、天津日は悠々として昇らせ給うた。四人は直に天津祝詞を奏上し終つて、木々の果実を朝飯の代りにむしり喰ひ、宣伝歌を歌ひ乍ら、足に任せて、高姫の所在を探らむと下り行く。 漸くにして日の暮るる頃、櫟ケ原の高姫が端坐せる白楊樹の下に辿り着いた。高姫は心魂開け、真如の日月心の空に輝き、天眼通力を得て、四人の後を追ひ来る事を知り、茲に端坐して祝詞を奏上し乍ら、一行を待つてゐたのである。 鏡の池の神霊と現はれませる月照彦の 神の命の戒めに天狗の鼻の高姫は 高い鼻をばめしやがれて忽ち身体震動し 人事不省に陥りつ懸橋御殿にかきこまれ 国玉依別始めとし数多の神の司等に 水よ薬よ祝詞よと手あつき介抱に息を吹き 感謝するかと思ひきや又もや例の逆理窟 教主夫婦も驚いて愛想をつかし別館に 早々姿を隠しける後に高姫傲然と 御殿に近く仕へたる国、玉、竜の宣伝使 向ふに廻して減らず口いろは匂へど散りぬるを 四十八文字で世の中の一切万事高姫が 解決すると法螺を吹き金剛不壊の如意宝珠 麻邇の宝を国依別の教司や玉治別 言依別の教主等が広き御殿を拵へて 三千世界の神宝を隠してゐるに違ない 高姫ここへ来た上は最早逃れぬ百年目 綺麗サツパリ渡せよと無理難題を吹きかける 常彦、春彦其外の御殿に仕ふる司等も 猜疑の深き高姫に顔見合せて当惑し 一時も早く此場をば出発つて欲しいと促せば 高姫眼を怒らして悪言暴語を連発し 遂には清き神殿に阿修羅王の如駆上り 扉に両手をかくる折鏡の池の守護神 狭依の彦が現はれて高姫司の首筋を グツと掴んで階段の真下にきびしく投げつける 流石の高姫目をまはし半死半生の有様を 以後の見せしめ捨ておけと常彦、春彦両人は 国、玉、依や竜などの神の司の親切を 暫しとどめて別館に到りて神酒を頂戴し 世間話に耽る折御殿に怪しき叫び声 何事ならむと一同は駆より見れば此は如何に 大の男は高姫を手玉に取つてさいなみつ 其儘姿を隠しける高姫驚き立上り 玄関口に立出でて手早く草鞋を足にかけ アリナの山の急坂を矢を射る如く逃げて行く 高姫やうやう大野原芒の茂り白楊樹 並びて立てる櫟ケ原の大木の根元に辿り着き 草臥果てて腰おろし前後も知らず眠入りけり。 高姫夜中に目を醒まし耳をすませばコハ如何に 獅子狼や虎熊の幾百千とも限なく 声を揃へて唸るよな身の毛もよだつ物凄さ 黒雲四方に塞がりて足許さへも見えかぬる 暗の帳を押あけて現はれ出でたる白髪の 雲つく許りの大男耳まで裂けた大口に 血をにじませて進み寄りアハヽヽヽと大笑ひ 時節は待たねばならぬもの生々したる人間の 肉を食ひたい食ひたいと今迄飢ゑて居た爺 天の恵か有難や此高姫は年を老り 少しく肉は固けれど腹の空いたる吾身には 決して不味うはあるまいぞあゝ有難や有難や これから頂戴致しませうと高姫司の前に寄り グツと髻を握りしめ笑うた時の厭らしさ 廿日鼠が大猫に掴まへられた時のよに 身をビリビリと震はして戦く折しも嚠喨と 天津御空に音楽の響き聞えて一道の 光明大地を射照らせばさも恐ろしき怪物は 煙と消えて美はしき女神の姿忽然と 笑を湛へて出現し種々雑多と天地の 真の道理を高姫に諭し玉へば頑強な 高姫司も村肝の心の底より悔悟して 玉に対する執着の迷ひは爰に速川の 清き流れに落しけるあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ。 常彦、春彦外二人は高姫の今迄の如き高慢面に引替へ、極めて温順な顔色となり、行儀よくつつましやかに、芝生の上に端坐して、小声に祝詞を奏上し居る姿を眺めて、案に相違し乍ら、 常彦『モシモシ高姫さま、如何で御座いました。貴女のお姿を見失つては大変だと、吾々はお後を、一生懸命に附けて走つて参りましたが、何を言つても、アリナの高山……とうとう貴女の御健脚には追ひ付き得ず、峰の尾の上で、とうとう往生致し、一夜を明かして、漸く此処に参りました。ようマア待つてゐて下さいました。アヽ、これで肩の重荷が下りた様で御座います』 高姫『常彦に春彦、鏡の池のお役人様、嶮しき道を遥々と、能うマア来て下さいました。私もおかげで、長い夢が醒めました。只今の高姫は昨日迄の様な、自我心の強い、猜疑心の深い、高慢坊の高姫では御座いませぬ。スツカリと神様の訓戒を受けて改心を致しましたから、どうぞ御安心をして下さいませ。さうして茲に御座います此錦の袋に這入つて居る黄金の玉は、テーナの里から国玉依別の教主がワザワザ持つて来られた御神宝で御座います。どうぞ玉公、竜公、あなた御苦労ですが、此お宝を鏡の池の懸橋御殿へお供をしてお帰り遊ばし、国玉依別様に御神殿へ納めて戴いて下さいませ。此お宝は夜前まで白楊樹の梢に引かかつてあつたので御座いますが、天教山の日の出姫神様が御神力に依りて、無事に私の前に降つて来られた、大切な神界の御神宝で御座います。一寸御覧なさいませ。金色燦爛として目の眩き計りの御光がさして居ります』 とニコニコし乍ら、錦の袋の紐を解き、四人の前に玉を現はして見せた。四人は稀代の神宝に肝を潰し、只茫然として舌を巻き、目を見張り、少時無言の儘感歎を続けてゐる。暫くあつて常彦は口を尖らせ乍ら、 常彦『高姫様、貴女は今迄寝ても醒めても、玉々と玉気違の様に仰有つて御座つたが、こんな結構な玉が手に入つた以上は、さぞ御満足と思ひの外、玉公や竜公にお渡しなさると云ふ其見上げたお心は、私も感心しましたが、心機一転も余り早いぢやありませぬか』 高姫『イヤ早い所ぢや御座りませぬ。妾の改心が丁度十二年遅れました。それが為に聖地の方々に対し、いろいろの御迷惑をかけ、神業のお邪魔を致し、大神様に対しても申訳のない御無礼計りを致しました。妾の様な身魂の曇つた神界の邪魔者を、神様はお気の長い、改心さして使うてやらうと思召して、能うマア茲まで辛抱して下されたと思へば、妾は勿体なうて、お詫の申様も、御礼の致し様も分りませぬ。是から妾は此櫟ケ原を東へ渡り、いろいろと神様の為に苦労を致し、今迄の深い罪を除つて貰ひ、アマゾン川を溯り、鷹依姫様や竜国別様、あわよくば、言依別様にも面会し、今迄の深い罪のお詫を致した上、自転倒島へ帰り、御神業の一端に奉仕する妾の考へ、……コレ常彦、春彦、お前も妾に従いてこれから先は真面目に御用を勤め上げて下されや』 常彦涙を流しながら、 常彦『ハイ有難う、能うそこ迄なつて下さいました。今になつて白状致しますが、実の所吾々両人は杢助様の内々の御頼みで、貴女のお供に参り、徹底的に改心をして頂かねばならない使命を受けて来て居つたので御座います。アヽそれを承はつて、私も何となく嬉し涙が澪れます。……なア春彦、有難いぢやないか』 春彦『ウン有難いなア』 と云つた限り、涙を隠して俯むいて居る。 これより玉、竜の両人は錦の袋に納めたる黄金の宝玉を高姫の手より受取り、三人に別れを告げて、アリナ山を越え、懸橋の御殿に立帰り、教主夫婦を始め、役員信徒の前にこれを据ゑ、御禊を修し、教主自ら斎主となり、神殿に奉按する事となつた。これより懸橋の御殿の神徳は益々四方に輝き、遂には高砂島の西半部を風靡する事となつた。 又高姫は常彦、春彦と共に、大蜥蜴や蜈蚣、蛇、蜂、虻などの群がれる原野を越え、アルの港を指して進み、それより海岸伝ひに、便船に乗じ、ゼムの港に上陸し、又もやチンの港よりアマゾン川の河口に出でて、船を溯らせ、玉の森林に進む事となつた。此間の道中の記事は別項に述ぶる考へであります。 (大正一一・八・一二旧六・二〇松村真澄録)
153

(1971)
霊界物語 29_辰_南米物語1 鷹依姫と高姫の旅 16 波の響 第一六章波の響〔八三八〕 常彦が祝を兼ねたる佯らざる告白歌に励まされ、ヨブは立上がり、入信の祝歌を歌つた。 ヨブ『高天原と定まりし貴の聖地のエルサレム 国治立大神は三千世界を救はむと 神の御言を畏みて教を開き玉ひつつ 天地の律法制定し世は平安に治まりて 神人和楽の瑞祥を楽み玉ふも束の間の 隙行く駒の曲神に天の御柱国柱 転覆されて葦原の瑞穂の国の守護権 常世の国に生れたる曲の頭に渡しつつ 天教山の火坑より根底の国におりまして 忍びて此世を守ります其功績ぞ尊けれ 斯かる尊き皇神のいかで此儘根の国や 底の御国にましまさむ時節を待つて天教の 再び山に現はれて野立の彦と名を変じ 埴安彦と現れまして迷へる四方の人草を 安きに救ひ助けむと仁慈無限の心より 三五教を建設し神の司を四方の国 間配り玉ひて川の瀬や山の尾の上に至る迄 尊き御教を布き玉ふあゝ惟神々々 神の心を白波の天足彦や胞場姫が 罪より現れし醜神の醜の叫びに化されて 世人の心日に月に曇り行くこそ忌々しけれ 厳の御霊の大神は国武彦と現れまして 四尾の山の神峰に此世を忍び玉ひつつ 五六七の御世の経綸を行ひ玉ひ素盞嗚の 神尊の瑞御霊コーカス山や産土の 斎苑の館に現れまして八洲の国にわだかまる 八岐の大蛇や醜狐曲鬼共を言向けて 天地にさやる村雲を神の伊吹に払はむと 心を配らせ玉ひつつ言依別を現はして 自転倒島の中心地綾の高天と聞えたる 錦の宮に神司清き神務を命じつつ 世人を救ひ玉ひけり。旭日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 高砂島は亡ぶ共誠の神の御教に いかでか反きまつらむや大和田中に浮びたる カーリン島の神の御子ヨブは今より高姫が 清き心を諾なひて仮令野の末山の奥 虎狼や獅子大蛇如何なる曲津の棲処をも おめず臆せず道の為心を尽し身を尽し 皇大神や世の中の青人草の其為に 仕へまつらむ惟神神の恵の幸はひて ヨブが身魂を研き上げ尊き貴の御柱と 依さし玉へよ天津神国津神達八百万 国魂神の御前に謹み敬ひ願ぎまつる あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と歌ひ終つて座に着いた。春彦は又もや歌ひ出したり。 春彦『綾の聖地を後にして変性男子の御系統 高姫さまに従ひて瀬戸内海を打渡り 南洋諸島を駆けめぐり如意の宝珠を探ねつつ 高砂島の手前まで小舟を操り来る折 隠れた岩に突当り当惑したるをりもあれ 高島丸に助けられ漸くテルの港まで 到着するや高姫は数多の船客かきわけて 先頭一に上陸し吾等二人をふりまいて 暗間の山の松林姿を隠し玉ひしが 綾の聖地に現れませる杢助さまに高姫の 監督役を命ぜられ居乍らのめのめ見失ひ 如何して言訳立つものか急げ急げと一散に 尻ひつからげ大地をばドンドン威喝させ乍ら 暗間の山の麓迄来りて様子を窺へば 高姫さまの独言常彦、春彦両人の 半鐘泥棒や蜥蜴面間抜男を伴うて 高砂島の人々に軽蔑されてはたまらない 何とか立派な国人を甘く操り弟子となし 千変万化の一芝居打つて見ようと水臭い 吾等二人を放棄して甘い事のみ考へる 其蔭言を灌木の茂みに隠れて聞き終り 余りに腹の立つままにガサガサガサと飛出せば 高姫さまの曰くには油断のならぬ世の中ぢや 仮令獣といひ乍ら今の秘密を聞きよつた 神の霊を授かりし四つ足なれば一言も 聞かれちや都合がチト悪い天に口あり壁に耳 謹むべきは口なりと後悔遊ばす可笑しさよ 常彦、春彦両人は足音隠して二三丁 山の麓に忍び足それから足音高めつつ テル[※校定版・八幡版では「ヒル」。オニペディアの「霊界物語第29巻の諸本相違点」を見よ]の国王のお側役私はカナン[※御校正本・愛世版では「アンナ」。オニペディアの「霊界物語第29巻の諸本相違点」を見よ]と申す者 暗間の山に如意宝珠隠してあると聞いた故 私は捜しに行きましたされど遅れた其為に 後の祭りと春彦[※御校正本・愛世版では「常彦」。オニペディアの「霊界物語第29巻の諸本相違点」を見よ]が声高々と話する そこで私はヒル[※校定版・八幡版では「テル」。オニペディアの「霊界物語第29巻の諸本相違点」を見よ]の国国王様のお側役 アンナ[※御校正本・愛世版では「カナン」。オニペディアの「霊界物語第29巻の諸本相違点」を見よ]と申す男ぞと八百長話を始むれば 猫が松魚節見た如うに高姫さまが飛びついて もうしもうし旅の人暫くお待ちなされませ 変性男子の系統で日の出神の生宮と 世に謳はれた高姫ぢやお前も中々偉い人 私の話を聞きなされ昔の昔の根本の 尊き因縁聞かさうとお婆アの癖に小娘の やうな優しい作り声吹出すように思へども ここで笑うては一大事大事の前の小事ぢやと 脇のあたりでキユーキユーと笑ひの神をしめつけて 足音低く高くして遥向うから後戻り して来たように作りなしどこの何方か知らね共 私に向つて何御用早く聞かして下されと 吾から可笑しい作り声流石の高姫嗅ぎつけて お前はアンナと云ふけれど半鐘泥棒の常彦だ カナンと名乗る蜥蜴面春彦さまにきまつたり 余り人を馬鹿にすな声を尖らし怒り出す 暴風襲来低気圧二百十日の風害も 来らむとする其時に私がアンナと云うたのは お筆先にもある通り神の仕組はアンナ者 こんな者になつたかと世界の人がビツクリし アフンとさせるお仕組ぢやカナンと云うて名乗つたは 春彦さまの平常は赤子のやうな人なれど 神が憑つた其時は誰でもカナン身魂ぢやと 言はして人を大道に導くお役と逆理窟 一本かましてやつたれば高姫さまは腹を立て 私等二人を振すてて又も逃げよとする故に 高島丸の船中で国依別に面会し 金剛不壊の如意宝珠其他珍の御宝を 拝見さして貰うたとカマをかけたら高姫が 玉にかけたら夢うつつ忽ち機嫌を直し出し ホンにお前は偉い人気の利く男と思うてゐた さうして如意の宝玉は国依別が如何したか 知らしてお呉れと云ふ故に此春彦は知らねども 狐のやうに常彦が眉毛に唾をつけ乍ら 三千世界の神宝は高砂島にコツソリと 言依別や国依の神の司が出て参り 何々々に何々し絶対秘密ぢや云はれない 国依別のお言葉にお前を男と見込んでの 肝腎要の秘密をば明かした上は高姫に 決して云ふちやならないぞ私も常彦宣伝使 言はぬと云つたらどこ迄も首がとれても云はないと 約束したから如何しても高姫さまには済まないが これ許りは御免だとキ常彦口から出任せに からかひまはす可笑しさよとうとう喧嘩に花が咲き 常彦私の両人は高姫さまを振すてて 今度は二人が逃げ出した高姫さまは驚いて 吾等二人を引捉へ玉の所在を白状させ 綾の聖地に持帰り日の出神の生宮の 天眼通は此通り皆さまこれから吾々の 言葉に反いちやならないと法螺吹き立てる御算段 そんな事には乗るものか三十六計奥の手を 最極端に発揮して雲を霞と駆け出せば 高姫さまは道の上の高い小石に躓いて 大地にバタリと打倒れ額を打破り膝挫き 生血を流してアイタタと頭を撫でたり膝坊主 押へて顔をしかめゐる此時四五の若者は どこともなしに出で来り高姫さまを介抱して 抱き起して助くればいつも変らぬ減らず口 結構なおかげをお前等は頂きなさつた神様に 御礼なされよ私にも御礼を仰有れ神の綱 私がかけて上げましたなどと又もや世迷言 玉の所在を知ると云ふ一人の男に騙されて アと云つては金一両リと聞いては金一両 ナーと云つては金取られ滝と云つては二両取られ 鏡の池と六つの口又もや六両はぎ取られ 呑み込み顔で高姫が吾々二人が路端に 憩ふ所をドシドシと肩肱いからし高姫は 日の出神の御告げにて玉の所在を知つた故 これから独り行く程に間抜男は来るでない 神の仕組の邪魔になる必ず従いて来てくれな 言葉を残してドンドンとテル国街道を走せて行く 吾等二人は高姫が後を追ひつつ駆出して 牛のお尻に衝突しヤツサモツサと争ひつ 牛童丸に横笛で首が飛ぶ程横ツ面 やられた時の其痛さ常彦さまが行つた事 私は傍杖くわされてあんなつまらぬ事はない 牛童丸に牛貰うて常彦さまは牛の背 私は綱を曳き乍ら小川を伝うて杉林 十間許り遡り高姫さまが他愛なく 休んで厶る其前に牛引つれて往て見れば モウモウモウと唸り出す其大声に目を醒まし 高姫さまはうるさがり又も二人を振棄てて アリナの滝に只一人玉を占領せむものと 行かうとしたので吾々はお前はアリナの滝の上 鏡の池に行くのだろ吾等二人は牛に乗り お前さまより二三日先にアリナへ到着し 玉を手にして帰ります左様ならばと立出づる 高姫さまは又しても猫撫声と早変り コレコレ常公春公へ私の心を知らぬのか 海山越えてはるばるとこんな所迄やつて来て お前に別れて如何ならう一緒に行かうぢやないかいと 相談かけて呉れた故モウモウモーさん帰んでよと 牛に向つて言霊を発射致せばアラ不思議 煙となつて消えにける夫れより三人手を引いて テルの街道ドシドシと大西洋を眺めつつ アリナの滝のほとりなる鏡の池に来て見れば 数千年の沈黙を破りて池はブクブクと 泡を立てたりウンウンと厭らし声にて唸り出す 高姫さまは玉どこか肝腎要の魂抜かれ 焼糞気味になりまして月照彦神さまと いろはにほへとちりぬるの四十八文字の掛合に 奴肝を抜かれて失心し人事不覚となられける 懸橋御殿の神司現はれまして高姫を 助け玉へば高姫は相も変らぬ憎い事 百万ダラリと並べ立て側に控えた吾々も 余り憎うて横ツ面擲つてやりたいよに思うた 夫程分らぬ度し太い高姫さまもどうしてか 櫟ケ原の真中で天教山に現れませる 木の花姫の御化身日の出姫の訓戒に 心の底から改心し虎と思うた高姫が サツパリ猫と早変りそれから段々おとなしく もの言ひさへも改まり誠に可愛うなつて来た 玉の湖水の畔にて椰子樹の森に夜を明かし 鷹依姫や竜国別の神の司やテー、カーの 姿を刻んだ石地蔵眺めて高姫手を合し コレコレ四人のお方さま此高姫が悪かつた どうぞ勘忍しておくれ黒姫さまの過ちを お前さま等に無理云うて綾の聖地を放り出し 苦労をかけたは済みませぬ罪亡しに今日からは お前等四人の姿をば刻んだ重たい此石を 背中に負うて自転倒の島迄大事に連れ帰り 祠を建てて奉斎し朝晩お給仕致します どうぞ許して下されと心の底から善心に 立返られた健気さよ余り早い変りよで 私も一寸疑うたアルの港で船に乗り 高姫さまが偽らぬ其告白に感歎し ヨブさま迄が驚いて高姫さまの弟子となり 入信されたお目出度さあゝ惟神々々 神の恵は目のあたりこんな嬉しい事はない 高姫様の御改心入信なされたヨブさまの 前途益々健全に渡らせ玉ひて神徳を 世界に照らし玉ふ日を指折数へ待ちまする あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 最後に高姫は改心と入信の悦びの歌を唄ひけり。 高姫『あゝ惟神々々尊き神の御恵に 常夜の暗も晴れわたり真如の月は村肝の 心の空に輝きて金毛九尾の曲神に すぐはれ居たる吾身魂今は漸く夢醒めて 曲津の神の影もなく神の賜ひし伊都能売の 霊の光輝きて心の悩みも消え失せぬ 旭は照る共曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも一旦改心した上は 身魂の此世にある限り天地に誓うて変らまじ 此高姫の改心が一日遅れて居つたなら 此船中でヨブさまに命取らるるとこだつた 変性男子の筆先に何よりかより改心が 一番結構と云うてある改心すれば其日から 敵もなければ苦労もない早く改心なされよと 幾度となく書いてあるあゝ改心か改心か 木の花姫の御言葉で始めて悟つた改心の 誠の味は此通り私を仇と狙うたる カーリン島のヨブさまが打つて変つて高姫を 師匠と仰いで入信し無事に此場の治まりし 其原因を尋ぬればヤツパリ私の改心ぢや 改心入信一時に善い事計りが降つて来た こんな嬉しい事はないさはさり乍ら海中に 陥り玉ひし四人連思へば思へばいぢらしい せめては霊を慰めて朝な夕なに奉斎し 叮嚀にお給仕致しませう鷹依姫や御一同 広き心に見直して私の罪を赦しませ あゝ惟神々々神の御前に慎みて 今日の慶び永久に感謝しまつり鷹依姫の 教の司や三人の冥福祈り奉る あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 斯く歌ひ了りて、莞爾として座に着いた。船は三日三夜さ海上を逸走し、漸くゼムの港に安着した。高姫一行四人はここに上陸し、ゼムの町を二三里許り隔てたる天祥山の大瀑布に御禊をなすべく、意気揚々として、宣伝歌を歌ひ乍ら山深く進み入りにける。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・八・一二旧六・二〇松村真澄録)
154

(1989)
霊界物語 30_巳_南米物語2 末子姫と言依別命の旅 10 妖雲晴 第一〇章妖雲晴〔八五二〕 石熊は改めて姿勢を正し、再び水面に向つて、言霊を発射し始めた。此男は得意の時には無茶苦茶に威張るなり、少し弱り目になつて来ると、顔色迄真青にかへる、精神の未だ安定しない男であつた。末子姫に再び宣り直しを命ぜられ、且又カールの忠言を痛く気にして心を痛め乍ら、引くに引かれぬ因果腰を定めて又もや歌ひ始めた。されど何処ともなしにハーモニーを欠いた悲哀の情を遺憾なく現はして居た。其歌、 石熊『仰げば高し久方の高天原に現れませる 皇大神の御言もて豊葦原の瑞穂国 造り固め玉ひつつ世人の為に御心を 配らせ玉ひし国治立の神の命の御仕組 普く世人を助けむと三五教の御教を 野立の神と現れまして数多の神を呼びつどひ 開き玉ひし尊さよ天照します大神の 弟神と現れませる神素盞嗚大神は 仁慈無限の瑞御霊鬼や大蛇や曲神の 日々に悩める苦みを生言霊の幸はひに 清く見直し聞直し宣り直さむと八洲国 雨の晨や風の宵雪積む野辺も厭ひなく 遠き山河打わたり大海原を越えまして 森羅万象悉く助け玉へる有難さ 皇大神の珍の子と現はれませる末子姫 乾の滝に現れましてバラモン教の石熊が 大蛇の神に狙はれて命も危き折柄に 三五教の御心を完美に委曲に現はして 大蛇の神は云ふも更此石熊が身魂まで 合せて救ひ玉ひけり吾れは賤しき人の身の 天地に怖ぢず暗雲の高照山の聖域に 館を構へて世の人に神の使と誇りつつ 濁り汚れし言霊を打出し乱す四方の国 知らず知らずに悪神の醜の擒となりにける あゝ惟神々々御霊の幸を蒙りて 天地に充ちし罪穢れ末子の姫の言霊に 伊吹払はれ救はれて今は全く三五の 神の僕となりにけり巽の池の底深く 堅磐常磐に鎮まれる大蛇の神の御前に 吾れは謹み畏みて生言霊を宣りまつる 大蛇の神よ生神よ汝も天地の皇神の 御水火に生れし神の御子仮令姿は変る共 尊き神の御心に清き御目に照らしなば いかで差別のあるべきや汝も神の子神の宮 吾れも神の子神の宮互に睦び親しみて 天地の教を伝へたる三五教の神の道 開き玉ひし言霊の珍の力を味はひて 一日も早く村肝の心の岩戸を開きつつ 月日の影も美はしく汝が心に照らせかし 吾れは賤しき人の身よ汝は尊き神の御子 汝に向つて言霊を宣り伝ふべき力なし さは去り乍ら吾れも又尊き神の御守りに 珍の柱と選ばれて汝の霊を救はむと 遥々尋ねて来りけり大蛇の神よ生神よ 心平らに安らかに賤しき者の言霊を さげすみ玉はず御心を鎮めて深く聞き玉へ これの天地はいと広しいかに御池は広くとも いかに水底深くとも限りも知らぬ大空に 比べて見れば此池も物の数に這入らない 斯かる処に潜むより天地に充てる言霊の 力に心を清めまし大空高く翔登り 尊き神の右に座し雨をば降らせ風吹かせ 青人艸に霑ひを与へて神の経綸に 仕ふる神となりませよ幸ひ汝の身体は 時を得ずして池底に身を潜む共時津風 吹来る風は忽ちに天地の間に蟠まり 風雨電雷叱咤して神政成就守ります 素質のゐます生神ぞあゝ惟神々々 神の心を推し量り吾言霊を詳細に 聞し召しませ惟神大蛇の神の御前に 三五教に仕へたる神の僕の石熊が 謹み敬ひ八平手を拍ちて勧告仕る あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 今度は最も叮嚀に善言美詞的に言霊を宣り上げた。され共水面の光景は依然として元の如くであつた。 末子姫『今度のあなたの言霊は実に神に入り、妙に達したと云つても宜しい。併し乍ら、其効果の現はれないのは、あなた如何御考へなさいますか』 石熊『ハイ、何と云うても過去の罪が深いもので御座いますから、大蛇の神様も馬鹿にして、あの汚らはしい小僧奴、何を猪口才な、殊勝らし事を言ひよるのだ!……と云ふ様なお心持で聞いて下さらないのでせう。実にお恥かしう御座います』 末子『あゝさう御考へになりましたか、それは実に善き御考へで御座います。どうぞ其心を忘れない様にして下さい。さうしてあなたは別に三五教にお這入りにならなくても宜しい。又高照山とかの立派な館を三五教へ献るとか仰有つたように記憶して居りますが、決してそんな御心配は要りませぬ。神さまの誠の御教は左様な小さい区別されたものでは御座いませぬ。三五教だとか、バラモン教だとか、ウラル教だとか、いろいろ小さき雅号を拵へ、各自に其区劃の中に詰め込まれて蝸牛角上の争ひをして居る様なことでは、到底大慈大悲の大神の御神慮には叶ひませぬ。誠の道は古今に通じ、東西に亘り、単一無雑にして、悠久且つ宏大な物、決して教会とか霊場とか、左様な名に囚はれて居る様なことでは、誠の神の御心は分るものでは御座りませぬ。あなたも三五教の中に宜しい点があるとお認めになれば、そこを御用ゐになり、バラモン教で宜しいから、悪いと気のついた所は削り、又良いことがあれば、誰の言つた言葉でも少しも構ひませぬ。長を採り短を補ひ、完全無欠の神様の御教を何卒天下に拡充されむことを希望致します。妾も三五教の宣伝使なぞと言はれる度毎に、何だか狭苦しい箱の中へでも押込められる様な心持が致しまして、実に苦しう御座います。すべて神の教は自由自在に解放されて、一つの束縛もなく、惟神的でなくてはならないものですよ。どうぞ其お積りで今後は世界の為に、神様の御為に力一杯誠を御尽し下さいませ。これが此世を造り玉ひし元津御祖の大神、国治立命様其外の尊き神々様に対する三五の道の真相で御座いますから……』 石熊は涙をハラハラと流し、 石熊『如何にも公平無私にして、理義明白なる姫様の御教訓、いやモウ実に今日は結構な御神徳を頂きました。今後はキツと今迄の様な小さい心を持たず、努めて大神様の御心に叶ひまつるべく、努力する考へで御座います。何卒御見捨てなく、愚者の私、御指導の程幾重にも念じ上げ奉ります』 と合掌し、感謝の涙に声さへかすんでゐた。 末子『モシ捨子姫様!あなた御苦労ですが、大蛇の神様に言霊をお手向け下さいませぬか?石熊様があの通りの不結果に終られましたから、其補充として、貴女に御奮戦を御願致します』 捨子『左様なれば、仰せに従ひ、言霊を宣らして頂きませう』 と云ひ乍ら、山岳の如く、波立ちさわぐ水面に向つて、言葉涼しく清く言霊を宣り始めたり。 捨子姫『巽の池に永久に鎮まりゐます生神の いづの御前に捨子姫天と地との神々が 授け玉ひし言霊を茲に慎み宣りまつる あゝ惟神々々神の造りし神の国 神の守りし神の国成り出でませる人艸や 森羅万象悉く神と神との御恵を 受けざるものはあらざらむ大蛇の神よ生神よ 神より受けし其身魂時世時節と言ひ乍ら 底ひも知れぬ此池に忍びゐますは何故ぞ 天津御空もいや高く翔りて此世を守るべき 汝が身は実にも皇神の珍の御楯と選ばれし 尊き身魂にあらざるか森羅万象悉く 永遠無窮の生命を与へ助くる言霊の 神の御水火を諾ひて一日も早く片時も 御池の波を掻き分けて天津御空の生神と 返らせ玉へ三五の神の教に仕へたる 捨子の姫が真心をこめて偏に請ひまつる あゝ惟神々々神の御霊を受けまして 限も知れぬ大空の尊き神と現れませよ 神素盞嗚大神の珍の御子なる末子姫 其言霊を蒙りて汝が身に勧め奉る 汝が身に勧め奉るあゝ惟神々々 御霊幸はひましまして捨子の姫の言霊を 空吹く風や川の瀬の音と見逃し玉ふまじ 大蛇の神の御前に心をこめて宣べまつる 心の丈を明かしつる』 と歌ひ終つた。捨子姫の言霊は極めて、簡単なれ共、天授の精魂清らかにして、一点の汚点もなく、暗雲もなく、真如の月は心の海に鏡の如く照り輝き居たれば、其言霊の効用著しく現はれて、さしもに高かりし荒波は次第々々に静まり、四辺を包みし黒雲は忽ち晴れわたり、マバラの雨は俄に降りやみ、天津御空には金色の太陽晃々と輝き始め玉うた。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・八・一五旧六・二三松村真澄録)
155

(1991)
霊界物語 30_巳_南米物語2 末子姫と言依別命の旅 12 マラソン競争 第一二章マラソン競争〔八五四〕 茲に末子姫は捨子姫、カール、春公、幾公、鷹公、石熊の一行と共に芽出たく巽の池の大蛇を言向け和し、解脱せしめ、池に向つて感謝の詞を述べ、向後決して此池に、従前の如き竜蛇神の棲居して、世人を苦めざる様と深く鎮魂を修し、災を封じおき、いよいよ珍の都に向つて進むこととなりにけり。 此時不思議にもカールの足の長短は何時の間にか両足相揃ひ、行歩極めて容易になつてゐた。されどカールは少しも気付かず、依然として跛の不具者と信じてゐるものの如くであつた。末子姫は天津祝詞を奏上し、天の数歌を歌ひ上げ、一同に向ひ、 末子姫『サア皆様、御苦労で御座いました。これからボツボツと参りませう』 と先に立つて進み行く。 石熊『モシモシ皆様!待つて下さい。どうしたものか、チツとも足が動かなくなりました。どうぞ鎮魂をして下さいませ。何だか締つけられる様で、仕方が御座いませぬ』 カール『もし、末子姫様、石熊の大将、足が立たないと云つてゐます。困つた者ですなア』 末子『イエイエ決して御心配には及びませぬ。キツと時節が参れば、立つ様になります……なア、カールさま、不言実行と云ふことを御存じですか?』 カール『ハイ、分りました。どうぞ、そんなら姫様、一足お先へお越し下さいませ。捨子姫様も御一緒に御願致します……オイ春、幾、鷹の三公、お前はお二人様のお伴して帰つて呉れ。俺は少し石熊の大将の足を直してから帰るから……』 春『オイ、カール、いい加減にしとかぬかい。余り今迄悪党なこと計りやつて来た酬いで神罰が当つたのだ。お前がどれ丈言霊が上手でも御祈りが立派でも駄目だよ。神様が御許しがなければ到底足が立つ筈がないワ。余り汚れた身魂だから、神様がウヅの聖地へ来ないようと、不動の金縛りをかけて御座るのだよ。いい加減に帰つたらどうだ』 カール『そんな訳に行くものか。人の難儀を見て、それを救はずに帰る様なことで、如何して神様の取次が出来るものか。何は兎もあれ姫様の御命令だ。グツグヅ云はずに早く姫様の御伴をして帰つて呉れ。すぐに俺は追ひ付くから……』 春『さうか、ソリヤ実に感心な心になつたものだなア』 と嘲る様に言ひ乍ら、二人の後に従ひ、ウヅの都をさして帰り行く。 後に二人は稍少時、水面に向つて暗祈黙祷を続けて居た。 カール『オイ石熊の大将!今迄俺はお前の弟子となつて、エライお世話になつたものだ。今日は其御恩返しと罪亡ぼしの為に、邪が非でもお前の足を直して、やらねばならぬ。如何しても足が立たなければ、俺が背中に負うてでもウヅの都へ連れて行く覚悟だからマア安心せよ』 石熊『ソリヤどうも有難い。苦労をかけて済まぬなア』 カール『世の中は相身互だ。さう病気も直らない内から礼を云つてくれると、如何云つて良いやら、俺も返答に困つて了ふ。マアゆつくりと気をしづめたが良からう。マア待て、俺が是から新規蒔直しの言霊を奏上するから、キツとお前の足が巽の池となるのは受合だ。さうなつたら二人手に手を取つて潔く宣伝歌を謡ひ、ウヅの都をさしてサツサと乾の池だよ。水も洩らさぬ二人の仲だ。池ないことは互に堤かくさず、打明けて、兄弟の如く親切を尽し合はうぢやないか。此池の様に水がタツプリ過ぎて、水臭い交際は最早改めねばならないよ。サア是から一つカールさまの生言霊だ。マアそこへ足をニヨツと出せ。一つ鎮魂を御願してやらう。さうして言霊歌を奏上することにせう。笑ふなよ!』 石熊『勿体ない、祈念をして貰つて笑ふ奴があるものか。併し乍ら病気が直つたら、余り嬉しくて、笑ひ泣きをするかも知れないから、夫丈は前以てお断りをしておく』 カール『嬉し笑ひなら、ドツサリ笑つて呉れ。俺も手を拍つて嬉し笑ひをするからなア』 石熊は池の畔の芝生の上に足をヌツと揃へ、突出してゐる。カールは例に依り、叮嚀に大腿骨の辺りから爪先まで、天の数歌を謡ひ乍ら、幾回となく撫でおろし、そろそろ祈願の歌を謡ひ始めた。其歌、 カール『天津神様八百万国津神様八百万 此奴は余り悪が過ぎた故最早運命は月照彦の 神様どうぞ此足をカールに直して下さんせ 高砂島を守ります生国魂の神様よ 石熊さまの両足が一時も早く竜世姫 立つて踊つてシヤンシヤンとウヅの国へと喜んで 勇んで参ります様にお守りなさつて下さりませい 一時も早く此躄巽の池の竜神の 罪はほどけて天上に立帰りました其如く 忽ち平癒さしてたべ腰から上はどうもない なぜ此足が悪いだろヤツパリあしき事をした 深いめぐりが来たのだろ悪きを払うて助け玉へ 転輪王ではなけれ共天にまします神様よ 地にまします神様よカールが代つて御願 完美に委曲にきこし召し早く助けて下さりませい 私もこんな男をば連れにするのは厭なれど 旅は道伴れ世は情神の戒め恐い故 せうことなさに介抱するオツトドツコイ石熊さま これは私の冗談だ瓢箪からは駒が出る 冗談からは隙が出る灰吹きからは蛇アが出る 一時も早く石熊に憑依致した悪霊が 出る様に守つて下さんせ此奴の体に這入つた以上 キツと入口あるであろ出口の神さま一時も 早く追ひ出し下さんせ百人一首ぢやなけれ共 足を痛めた足引の山鳥の尾のしだり尾の 長々しくも何時迄も斯うしてゐては堪らない どうで罪をば重ねた男御無礼の数々いつとなく 尽しましたで御座いませうお腹の立つのは尤もぢや 併し神様私の願を容れて腹立てず 足の立つよにしてお呉れ夜明けに立つは○○ぢや 親と一度に生れたる伜は見ん事立つなれど 此奴の足はどうしてか容易に立たうと致さない 如何なる罪があらうとも今度計りはお助けを たつて御願申しますこりや又不思議何時の間に 俺の一方の長い足誰が盗んで帰んだのか いつの間にやら両足が高低なしに揃うてゐる かうなる上は俺とても採長補短の融通は コレから利かすこた出来ぬいやまて暫し待てしばし そんな不足は云はれないこれも尊き神様が 一方の足を縮めたか但は一方を伸ばしたか 何ぢや知らぬが嬉しいぞ心もカールなつて来た 石熊さまよ!これ見やれ誠が天地に通じたら 一生病のド跛もいつの間にやら神さまが 頼みもせぬのに気を利かしチヤンと直して下さつた お前の足は真直に長い短いない足だ こんな所で腰ぬかし立つも立たぬもあるものか 気を引立てて立つてみよ三五教の御教に 経と緯との御仕組艮鬼門金神の 気勘に叶うたことなれば錦の綾の機をあげ 天晴れ神の太柱下つ岩根に立て通し 上つ岩根につきこらし信仰の徳をつむならば どんな悪魔もたてつかぬ立てよ立て立て早く立て 立てと云うたら立たぬかいお前は余程腰抜だ 巽の池の竜神のあの勢に辟易し 肝玉つぶして腰をぬきアタ恥かしい荒男 腰をぬかして何とする俺のぬかすは口計り 何時もグヅグヅ吐す奴黙つて居れよと何時の日か 俺を叱つたことがあろあゝ惟神々々 叶はぬなれば立あがれ性のよくない此病 耆婆扁鵲が現はれて忽ち直して呉れまいか 俺の言霊立所に御兆候がなければならぬ筈 恥し乍ら是程に言霊車を運転し きばつて見れどまだ立たぬ立つた立つた立つた立つたラツパ節 法螺貝吹いた其酬いこんな憂目に合ふのだろ 竜世の姫の神さまよお前の水火に生れた子 なぜに立たして下さらぬ私は痛うも痒ゆもない さは去り乍ら心の中はホンに歯痒い痛ましい いたつて口のやかましい此石熊も今は早 往生致して居りまする最早慢心致すまい 改心記念に今一度足が立つよに頼みます 衝き立つ船戸の神様の御名を負へる此杖を 力にチヨツと立つて見よあゝ惟神々々 どうして是程お前の病しぶとう直らぬ事だらう 末子の姫の御一行立つて行かれた其跡で 気が気でならぬ二人連れ神さまたつて頼みます オイオイ石熊立つて見よ立つて立てない事はない お前の心を引立てて誠の道を立て通し 猜疑の心を絶つならばキツと此足立つだらう たつからお前を眺めても横から見ても気にくはぬ ハラの立つよなスタイルだこれでは役に立つまいぞ ヤレ立てソラ立て早う立てドツコイドツコイドツコイシヨ 転けつ輾びつ気を引立つてカールの後に跟いて来い 最早俺さまは立つ程に石熊さまよ御ゆつくり そこで御隠居なされませお腹が立つかは知らね共 立たねばならぬ此場合早く帰りて姫様の お役に立つが俺の役サアサア行かうサア行かう ドツコイドツコイドツコイシヨウントコ立つたり石熊さま 気張つて立つたり石熊さま左のお足を一寸屈め 右の御足を一寸屈め神さま力に立つて見よ 立つに立たれぬことはない心一つの持様だ さらばさらば』と立帰る後に石熊只一人 石熊『オイオイカール待つて呉れ俺達一人をこんな所に 捨てておくのは胴欲ぢやこんな無情な事されて 腹が立たずにおかうかい腹が立たずに済むものか 残念至極思ひ知れ』無念の歯がみし乍らも 怒りにまぎれて両足の痛を忘れて立上がり 『コラコラカール一寸待て貴様は誠に済まぬ奴 コレから素首引抜いて命を取らねばおかうか』と 尻ひつからげドンドンとカールの後を追うて行く。 あゝ惟神々々神の御霊の幸はひて カールの願も竜世姫完美に委曲に聞し召し 助け玉ひし有難さ足の立つたる石熊は 始めて天地の神徳を悟ると共に逃て行く カールの心を能く悟り忽ち両手を合せつつ 『コレコレカール待つて呉れお前のおかげで立ちました 忽ち神徳現はれて俺の体は此通り 決してお前を恨まない一口お前に追ひついて 今の御礼が申したいたつて頼みぢや待つて呉れ』 声を限りにドンドンと後おつかけて走り行く カールは後を振返り カール『ここまで厶れ早厶れ甘酒飲まして上げませう ウヅの都に末子姫捨子の姫の両人が 首を伸して待つて御座るお前の様なヒヨツトコに 話する間があるものか用があるなら従いて来い ウヅの都でトツクリとお前の合点が行く様に 詳しう説明してやらうあゝ惟神々々 御霊幸はひましませ』と二人はマラソン競争の 決勝点を競ふよに大地を威喝させ乍ら 阿修羅の荒たる勢で進み行くこそ勇ましき。 これぞカールが大神に教へられたる神策を 実地に活用致したる千変万化の働きぞ いよいよ茲に両人はウヅの都に安着し 互に胸を打割つて慈愛の神の御心を 涙と共に語り合ひ感謝するこそ畏けれ あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ。 (大正一一・八・一五旧六・二三松村真澄録)
156

(2013)
霊界物語 31_午_南米物語3 国依別の旅 04 不知恋 第四章不知恋〔八七〇〕 国依別は楓別命の懇望に依つて、暫時此処に止まることとなりぬ。併し乍ら日暮シ山の岩窟に遣はしたるキジ、マチ両人を始め、エスの消息を案じ煩ひ、如何にもして此館を立出で、一刻も早く彼の消息を探り、救ひ出さむと焦慮すれども、数多の人々は神の如くに尊敬して集まり来り、此度の大地震に依りて、負傷をなしたる人々を、或は輿に舁ぎ、或は戸板に乗せ、救ひを求めに来る者、日々幾百人ともなくありければ、国依別も此惨状を見棄てて立去る訳にも行かず、悩める人々に向つて鎮魂を修し、之を救ひつつ、思はず知らず時日を過ご志たりける。 扨て又、九死一生の難関を助けられたる紅井姫は、これより国依別に対して、一種異様の愛慕の念慮、刻々に雲の如くに起り来り、最早情火にもやされて胸は苦しく、ハートは鼓の波を打ち、熱き息をハアハアと吐き乍ら、まだ初恋の口に云ひ出しかねて、肩で息をなし、遂には思ひに迫つて、身は痩衰へ、色青ざめ、病床に呻吟するに至りける。 楓別命は紅井姫の病気を眺めて、大に憂慮し、如何にもして快癒せしめむかと、朝な夕な神前に祈願をこらし居たり。アリー、サールの侍女も、一刻も紅井姫の傍を離れず、昼夜心をこめて看護に尽すと雖も、姫の病は、日に重り行くのみにして施こす手だては無かりける。 国依別は姫の重病と聞き、鎮魂を以て病を救ひやらむと、ワザワザ病床に姫を訪ひけるに、姫は国依別の訪問と聞きて、重き頭を擡げ、顔を赤らめ乍ら、少しく俯伏目になり、盗むが如く、国依別の顔を眺め、微笑をもらし、愉快げに、両手を合せて感謝の意を表しけり。 国依別は紅井姫の枕頭に端座し、天津祝詞を奏上し、天の数歌を謡ひ上げ、姫に向つて慰安の言葉を与へ乍ら、しづしづと此場を立出で、与へられたる吾居間に帰りて、再び神に祈願をこらし居るこそ殊勝なれ。 楓別命に仕へて信任最も厚く、数多の信者の人望を集めたる秋山別は、紅井姫の色香妙なるに心を寄せ、日に日に募る恋慕の心に胸をこがし、機会ある毎に、姫の歓心を買はむと、心を配りつつありき。 又内事の司たるモリスは紅井姫に接見の機会多きに連れて、いつしか姫の美容に心を蕩ろかし、将来紅井姫の愛を一身に集中する者は、吾れならむと、深くも心中に期待し居たり。故に、此度の姫の重病につき真心の限りを尽し、其歓心を買はむものと、モリスは内事の勤めをおろそかにし、暇ある毎に、病気見舞や看護を口実に、姫の寝室を訪ふを以て、唯一の神策として居たり。 一方秋山別も同じ思ひの恋慕の情火消し難く、見すぼらしく痩衰へたる紅井姫の寝室を、朝夕何時となく尋ね来りて、真心のあらむ限りを尽し、姫が全快の後は一日も早く、合衾の式を挙げむものと、心中深く期待しつつありける。 然るに国依別の此館に来りしより、紅井姫が秋山別に対し、又モリスに対する態度は、どこともなく冷やかになりしが如く思はるるより、二人は煩悶の淵に沈み、如何にもして姫の信用を恢復せむかと、心の中の曲者に駆使されて、巧言令色追従の限りを尽すこそ可笑しけれ。 紅井姫は最初より、秋山別、モリスに対し、只普通の教の道の役人、又は内事の用を勤むる取締として、優しく交際してゐたるのみにして、別に此二人に対し、夢にも恋愛の心は持たざりける。されど二人の男は、紅井姫の優しき言葉を聞く度に、吾れを愛するものと思ひひがめ、三国一の花婿は秋山別を措いて、他に適当の候補者はなしと、自ら自惚鏡に打向ひ、鼻を蠢かし、当てなき事を頼みとして日を暮しつつありき。亦た内事司のモリスも同様に、将来の紅井姫の夫はモリスならめと、自ら心に定めて、吉日良辰の一日も早く来らむ事を期待しつつあり志なり。 秋山別は此頃モリスの姫に対する態度の何となく怪しげなるに、心を痛め、法界悋気の角を生やしかけゐたるが、モリスも又秋山別の姫に対する態度の目立ちて親切なるに心を苛ち、恋の仇敵として、油断なく秋山別の行動を監視しつつありき。而して秋山別は侍女のアリーを取入れ、薬籠中の者となし、モリスは侍女のサールを取入れ、吾薬籠中のものとなし、互に其輸贏を争ひつつ、秘かに愛の競争を続けゐたるぞ面白き。 斯かる所へ、天下の神人活神と尊敬せられたる国依別命、紅井姫の九死一生の危難を救ひてより、姫の信任日を逐うて厚くなりければ、二人の心中は常に悶々の情に堪へかね、国依別の欠点を探り出し、楓別命の教主を始め、紅井姫の前に曝露して、其信任を傷つけ破らむと、二つ巴の両人は恋の炎を燃やしつつ、卍巴の如く相互に暗々裡に弾劾運動の準備に着手しつつありき。されど国依別は素より女に対し、少しも執着心なく、又紅井姫に対しても、怪しき心は毫末も持ち居らず、それ故に国依別は、何の憚る所もなく、只姫の大病を救はむ為に心の底より案じ過ごして、神に祈り、屡病の経過を探るべく、姫の寝室を、昼となく夜となく訪れたるなり。 されど国依別の此行動は、恋に囚はれたる痩犬の秋山別、モリスの目には、非常なる苦痛を感じ、遂には仇敵の如く見做すに至りたりける。 折柄玄関に訪るる一人の女あり。モリスは忽ち吾居間に招いて、其来意を尋ぬれば、女はやや愧らひながら言志とやかに、 女(エリナ)『三五教の宣伝使国依別様は、御館に御出でで御座いますか?アラシカ峠の麓からエリナと云ふ女が訪ねて参りましたと、若しお出ならばお伝へを願ひます』 モリス心の内にて、 モリス『ハヽー、此奴は国依別のレコだなア。良い所へ来て呉れた。モウ斯う秘密が分つた以上は、何程紅井姫様が国依別に御熱心でも、女があると聞けば、千年の恋も一度に醒めるだらう。一つ甘く調子に乗せて、腹の底を探つてやらう……』 と決心し愛想よく、 モリス『それはそれは能う訪ねて来て下さいました。大変な大地震で御座いましたが、御宅は大した事は御座いませぬかな』 エリナ『ハイ有難う御座います。あの大地震で小さい乍ら住家は倒され焼かれ、一人の母は地震と火事の為に無くなつて了ひました。実に不運な女で御座います』 と早涙含む。 モリス『それは気の毒な事でしたなア。御察し申しますよ。併し乍ら、老人と云ふ者は何れ先へ死ぬものです。一番芽出たい事と言へば、ぢい死に、婆死に、爺死に、嬶死に、子死に孫死と申しまして、こんな芽出たい事はないのですよ。先に死ぬべき者が先に死ぬのは当然、老人が後に残り、若い者が先に死にて御覧なさい。年が老つて脛腰が立たぬやうになり、尿糞のたれ流しと云ふやうな惨酷な目に会うても、若い者が先に亡くなつて了へば、誰も親身になつて世話して呉れる者もありますまい。それにお前さまは、国依別さまと二人若夫婦が残つたのだから、斯んな目出たい事は有りませぬよ。人はすべて思ひようですからな。親の代りにドシドシとお正月の餅搗をして、子餅を沢山に、天の星の数程拵へなさい。それが一番神様へ対しても御奉公だ、アハヽヽヽ』 エリナ『私は決して国依別様の女房でも何でも御座いませぬ。只私の母が急病で困つて居りますので、常世神王の御社へ参拝して居りますと、そこへ国依別の宣伝使が二人の家来を連れて現はれ、御親切に私の宅へ来て……お前の母の病気平癒の祈願をしてやらう……と仰有つたので、五六日泊つて頂いた丈のもので御座います』 モリス『さうして二人の家来は如何なつたのです?』 エリナ『二人の御家来は私の父の或処に囚へられてゐるのを助けると云つて出て行かれました限り、今に何の便りも御座いませぬ。大変に案じて居りまする』 モリス『ハヽー、さうすると、二人の家来をどつかへまいておいて、国依別さまが、人も通らぬ山道を、国さまとエリナさまと手を引いて通らうかいな、二人の仲はよいけれど、二人の奴が邪魔になり、用を拵へ、まいてやつた……と云ふ様な……そこは要領宜しくやつたのでせう。私は斯う見えても、そンな事に粋の利かぬ男ぢやありませぬ。どんな御取持でも致しますから、ハツキリと貴女の御嬉しい芝居の顛末を話して下さいな。其都合に依つて国依別さまへ御取次を致しますから……』 エリナ『決して左様な関係は御座いませぬが、あの宣伝使様の仰有つた御言葉を思ひ出し、御神徳を慕つて遥々此処まで参りましたので御座ります』 モリス『ハヽヽヽヽ、一口仰有つた御言葉を思ひ出して慕うて来たと云はれましたなア。蜜のような甘い言葉でしたらう……コレ、エリナ、私は是れからヒルの都へ往て来る程に、お前と私と斯うなつた上は、旭は照る共、曇る共、月は盈つ共虧くる共、仮令大地は沈むとも、お前の事は忘れやせぬ、二世も三世も先の世かけて、切つても切れぬ誠の夫婦、仮令身は東西に別れて居つても、魂は尊いお前の側……ヘン、なンて甘つたるい事を言つたのでせう。お羨ましう御座いますワイ。あなたも中々おとなしさうな顔して、随分やりますな。陰裏の豆でも時節が来ると花が咲き初めますからなア、アハヽヽヽ』 エリナ『さう、ぢらさずと御頼みですから、早く取次いで下さいませ』 モリス『取次がぬ事はないが、併しお前さまに取つては、此間の地震よりも、大火事よりもビツクリなさる事が出来て居りますよ。命迄はめこんだ国依別さまには、此お館の名高い紅井姫さまが、ゾツコン惚込ンで恋病を煩ひ、国依別さまに朝晩目尻を下げて涎をくり、それはそれは見られた態ぢやありませぬよ。そして、姫様も姫様ぢや、……お前さまのやうな、一寸立派な奥さまがあるにも拘はらず、人の男に惚て、恋病を煩ふなンて、本当に怪しからぬぢやありませぬか。……コレ、エリナさま、お前さまも一人前の女ぢやないか。のめのめと大事の夫を世間見ずのお嬢さまに占領せられて、如何して女子の意地が立ちますか。サア私が案内して上げるから、姫さまのお部屋に立入り、国依別さまの胸倉をグツと取り思ふ存分不足を言ひなさい。若しも外の奴が寄つて来て、乱暴者だとか何ンとか云つて取押へようとしよつたら、内事の司をして居る私がグツと抑へて、何事も言はさぬよつて、一つ大騒ぎをやりなさい。さうすれば如何に惚たお姫さまでも愛想をつかし、国依別さまを思ひ切つて返して呉れるに違ない。是が六韜三略の兵法だ。サア何よりも決心が第一だ。直接行動に限りますぞえ。……何ぢやお前さま、肝腎の夫を取られ乍ら、気楽相な顔して笑うてゐると云ふ事があるものかい。さういふ薄野呂だから、大事の男を取られて了うのだよ。犬でもケシをかけねば猪に飛びつかぬものだ。まだ私のケシ掛けようが足らぬのかいな』 エリナ『ホヽヽヽヽ、あなたの仰有る事は大変に混線致して居りますよ』 モリス『何分自転車や自動車の交通頻繁の為、電話線に響くと見えて、少々混線して居りますワイ。併し混線と云つたら、国依別さまの事だ。お前に対してもまだ幾分未練はあらうし、お姫さまに対しては命を投出しても苦しうもないと云ふ惚け方、そこへ向けて、秋山別と云ふ恋の強敵が現はれて居る。まだ外に二人……競争者がある。随分混線したものだ。其混線序に、お前さまが口から火を吹き、角を生やし、鬼か蛇になつて、お姫様の部屋へ飛び込みさへすれば、私の望みもオツトドツコイ、お前の望みも成功すると云ふものだ、サア早く決心の次第を聞かして下さい』 エリナ『そんな事仰有らずに、どうぞ会はして下さいなア』 モリス『会はして上げたいは山々なれど、自分の男を人に取られて、平気で居るやうな腰抜には能う会はしませぬワイ。どうぞ帰つて下さい、左様なら……』 と一間に隠れようとする。エリナはコリヤ一通りでは取次いで呉れぬと心に思うたか、俄に声を変へ、 エリナ『エー残念やな、残念やな、残念やな、残念やな、大事の大事の可愛い男を、人にムザムザ盗まれて、私も女の意地、コレが黙つて居られうか。これから奥へふみ込ンで、国依別さまのたぶさをつかみ引ずり廻し、恨みの数々述べ立てて、姫さまにもキツイ御礼を申さなおかぬ』 と地団駄をふみ出した。モリスはシテやつたりと引返し、 モリス『ヤア天晴れ天晴れ、あなたの武者振り誠に勇ましう御座る。サア是よりモリスが先陣を仕る。天晴れ、紅井山の戦闘に功名手柄を現はし、国依別を奪ひ返し、一時も早く凱歌をあげて、ヒルの館を立出でなされ。然らば御伴仕りませう』 と大手を振り乍ら、 モリス『サア古今無双の女豪傑エリナさま、モリスが後に従つて十分決心を定め、鉢巻の用意をして、ドシドシと足音高くお進みあれ』 と先に立つて、姫が病室へと進み行く。 (大正一一・八・一八旧六・二六松村真澄録) (昭和九・一二・一七王仁校正)
157

(2018)
霊界物語 31_午_南米物語3 国依別の旅 09 誤神託 第九章誤神託〔八七五〕 秋山別、モリスの両人は、日暮シ河の南岸の萱野原に休息する折忽ち暗がりより怪しき声の聞え来りしに怖気付き、四這となつて其処を逃げ出し、二三丁計り引返し、やうやうここに胸を撫でおろし、それより再びアラシカ山を駆登り、神王の森に到着し、神勅を受て、紅井姫の行方を伺ふ事となしぬ。秋山別は、神主となり、モリスは審神者となつて、翌日の真夜中頃に神占を奉伺する事とはなりぬ。 古ぼけた祠の床の上に三四尺間隔を置いて、神主、審神者は向ひ合ひ、モリスは双手を組み、不整調な音調もて天の数歌を歌ひ上ぐる。 モリス『人、二人、見つけて、四るでも昼でも、五ちやつきまはし、六りやりに押さへつけて、七んでもかでも八り倒し、九ころに思ふ丈十く心する迄、百千万遍でも、思惑を立てさせ玉はねば、常世神王の森は離れませぬぞや』 秋山別『コラ、モリス、何を吐すのだ。そんな事で霊がかかるかい。馬鹿らしくつて、きばつて居れぬぢやないかい。モ一遍やり直せ』 モリス『専売特許の新規発明だ。特許意匠登録の手続き中だから、マア黙つて聞いて居らう。何でも新しい事が流行する時節だから、開闢の初から襲用して来た一二三四……も余り苔が生えて面白くないからなア。神様も今迄の数歌はモウ聞き飽いてゐらつしやるから、チツと珍らしい事を申し上げて、此方を向かすと云ふ俺の一厘の秘密だ』 秋山別『お前神主になれ、秋山別が審神者をしてやらう。お前の審神者では根つから気乗りがせぬワイ。審神者さへよければ、どンな立派な神でも憑り玉ふのだからなア。併し何ぼモリスだつて、モリ住居の烏の神懸りは御免だから、臍下丹田に心を納めて、無我の境遇に入らねば駄目だよ。先づ第一に一切の夢想を除去する事。身体衣服を清潔にする事。併し旅行中だから衣服を清潔にする事丈は免除しておかう。山の上で水行する所がないから、身体の清潔も已むを得ずとして、是も免除する。次に感覚を蕩尽し、意念を断滅する事、大死一番の境に入る事。姿勢を正しうして瞑目静座する事。次に審神者が何を尋ねるか……何ぞと云ふ様な疑惑を持たぬ事。取越苦労を致さぬ事。過越苦労を致さぬ事。刹那心を楽むこと。それから最も大切な心得は、紅井姫に対して少しも執着のなき事。これ丈の心得がなければ、正しい神が憑つて来て、正しい判断を与へてくれぬから、其積もりで心身を澄清にし、感触の為に乱れざる事を慎むべし……マアこンなものだ』 モリス『大変に六つかしい事を言うのだね。モツと平たく云うて呉れないか』 秋山別『俺だつて平たく言ふこた出来ぬワイ。現在どンな意味だと云ふ事は、俺も分らぬのだからな。楓別命さまが何時も仰有る事を無意識に腹へ詰め込みた丈だ。併し分らぬのが有難いのだよ。お経だつてさうぢやないか。唱へてる坊主でさへもテンデ何の事か分らず、聞いてる連中にも分らぬとこに有難味があるのだからのウ。 分つて見ての後の心に比ぶれば、分らぬ昔ぞ有難かりけり と云ふ様なものだな。サア早く瞑目静座せぬかい』 モリス『サア、どンなエライ神さまが、お憑りになるか知れぬぞ。ビツクリするなよ』 秋山別『何だ其スタイルは、無茶苦茶に肱を張りよつて、馬鹿に威張つとるぢやないか。丸で鉛の天神さま見たいに、見つともないぞ。モウちつと肩を下て、品のよい地蔵肩にせぬかい』 モリスは無性矢鱈に手を振り、首を揺り、口をパクパクさせ乍ら、歯糞だらけの不整律な田螺の様な歯を剥き出し、 モリス『ウーウーウー』 ドスンドスンドスンと床をふるはせ乍ら飛びあがり出した。秋山別は、随分烈しい神懸りだナアと小声に言ひ乍ら、ポンポンと二拍手し、恭しく頭を下げ、 秋山別『何れの神様で御座いますか?何卒御名を告げさせ玉へ。及ばず乍ら秋山別、審神者を仕りまする』 モリス『アハーアハーアハー、阿呆らしいワイ。アキもせぬ恋路にあくせくと致して、そこらあたりを歩き廻し、憐れな面を致して、姫に会ひたい会ひたいと憧憬歩く、安本丹、悪人の癖に女に対しては、随分涙脆い奴ぢやのう。此方は神王の森に、年古く守護致す悪魔大王と申す大天狗であるぞよ』 秋山別『アヽヽ余りぢや御座いませぬか。アタ悪性な人の欠点計り並べ立てて、あられもない事を仰有ります。余りのこつて、秋山別も呆れてものが言はれませぬワイ、アフンとして開いた口が早速には塞がりませぬ。悪魔大王様、モウちつと色よい御託宣をして下さつたら如何です』 モリス『イヒヽヽヽ色よい返事をせいと申すが、此大天狗は男であるぞよ。其方の色よい返事がして欲しいのは、紅井姫の口からであらう。いろいろと工夫を致し、手を廻し、足を働かせ、幾年掛つても意思互に疏通するまで行くのだ、さうすれば色よい返事が来るかも知れぬぞよ。いらつでないぞよ。勢に任して早く盛物に手をかけようと致すと、サツパリ可かぬぞよ。何事もイヽ因縁づくぢや。力一杯意茶つく様になるのは、一二年先かも知れぬぞよ。一日も早く添ひたくば、イモリの黒焼を拵へてふりかけたが、一番著しい偉効があるぞよ。要らぬことに何時までも心配を致すでないぞよ。いけすかない面をして、余り威張るものだから、厭がられて了ふのだ。俺の意見に異議があれば、どこ迄でも尋ねたがよいぞよ。委細の様子を一伍一什、説き諭してやるぞよ』 秋山別『イヽヽ意茶つかさずに、モツと一さくにとつとと言つて下さいませ。心が、いらいらして、意思が固まりませぬ。石よりも固い私の決心、いつかないつかな、何時になつても動く様なチヨロ臭い恋では御座いませぬ。意地づくでも目的を立てねば置かぬので御座いますが、一体此恋は何時になつたら成就するもので御座いませうかな。一年も二年も待てと仰有つても、到底さう永くは待てませぬワ』 モリス『ウフヽヽヽうるさがられて、肱鉄を乱射され乍ら、まだ目が醒めぬか。うろたへ者奴、紅井姫もお前の迂濶な智慧にはウンザリしてゐるぞよ。何程其方が秋波を送つても、膿んだ鼻が潰れたとも、言つて来る気遣ひはあるまい。うぶの心になつて神の誠の教を悟り、普く人を愛し、牛の様に俯むいて働きさへすれば、美しい女がうるさい程、ウザウザと其方の側へ集まつて来るぞよ。先づ第一運の循つて来る迄、誠を尽して待つて居るが良からう』 秋山別『ウヽヽうつかり聞いて居らうものなら、此天狗何を吐すか分つたものぢやないワ。モウ御引取り下さい……』 ポンポンと手を拍つ。 モリス『エツヘヽヽヽ、まだまだ言はねばならぬ事がある。縁と月日は待つがよいと云ふ事があらうがなア。併し乍ら其方と紅井姫との縁は余り遠方過ぎて、届き兼ねるから、其方から遠慮を致したが得だらう。絵にもかけない様な美人を、鳥羽絵の如うな面をした其方が、女房に選ぶとは、チツと提灯に釣鐘だ。閻魔の帳面を拝借して調べて見い、紅井姫はモリスの妻なりと、ハツキリと附け止めてあるぞよ』 秋山別『エヽ此奴ア偽神懸りをやつてやがるのだな。感覚を蕩尽し、意念を断滅した神懸りがモリスの都合の好い事を吐すと云ふのが怪しい……オイ、モリス、もう駄目だ。サツパリ化けが現はれたぞ。秋山別の審神者を瞞さうと思つても、此方の天眼通を欺く事は出来まい。頭到狐の尻尾を出しよつたぢやないか』 モリス『オツホヽヽヽ、尾を出したと申すが、其方に尾が見えるか、見えるなら一つ掴まへて見よ。横道者奴、大天狗を掴まへて狐などとは能くも大きな口で申したなア』 秋山別『オヽヽおきやがれ。脅し文句計り並べて、往生さそうと思つて、そンな事に尾を巻いて、ヘーヘー言ふ様な俺ぢやないワイ』 モリス『カツカツヽヽヽ烏の婿に孔雀の嫁とは、チツと釣合ぬぢやないか。能く考へて見い』 秋山別『カヽ構うない、俺の嬶の事まで干渉する権利がどこにあるか』 モリス『キツヽヽヽ貴様、それでも嬶の事に就いて神勅を伺ふと申し、モリスを神主として尋ねて居るのではないか。チツときまり悪うなり、気味が良くない事を吐す気にくはぬ、気障な大天狗だと思つて居るであらうのウ。 クヽヽ黒い面をして、雪の如うな姫に恋だの鮒だのと、何を洒落るのだ』 秋山別『ハテ、どうしても此奴ア怪しいぞ。オーイ、モリス、いい加減に止めたら如何だい。そンな偽神懸りをやつたつて、駄目だぞ』 モリス『ケツケツケツ怪つ体の悪い、とうとう尻尾を掴みよつたな、ヤツパリ俺はモリス大明神だ。烏一匹の霊も蜥蜴の霊も、実は懸つてゐないのだよ。何と云つても俺の霊が皆紅井姫にかかつてるものだから、サツパリ脱殻だ。受ける霊がないものだから、大天狗も懸る事が出来ぬぞよ。アツハヽヽヽ』 秋山別『コツコヽ斯んな事を言つて居つても、何時までも果てぬから、是から口占を行つて、吾々の進退をきめる事にせうかい、のう、モリ公』 モリス『モリスも同感だ、サヽヽ早速口占で決定て了はう。シヽヽ確りと腹帯を締めて掛らぬと、又国依別にスヽヽすつぱ抜を喰はされて了ふぞ。国依別の奴甘い事をしよつて、セヽヽ雪隠で饅頭食たよな面をしてゐやがるのが癪に障つて堪らぬぢやないか?』 秋山別『ソヽヽそらさうぢや。互にしつかりせぬと、タヽヽ忽ち……忽ちぢや。チヽヽ血道を分けて、ツヽヽ附き纒うた、テヽヽ、天女の様な御姫さまを、トヽヽ取られて了うて、ナヽヽ、情ないぢなないか。ニヽヽ二人共能い面曝て、月夜に釜を、ヌヽヽ抜かれて了ひ、ネヽヽ根つから葉つから、糞面白くもない。斯んな目に会うて、ノヽヽ呑気な顔しても居られぬワイ。ハヽヽ早う何とか良い智慧をめぐらし、ヒヽヽ秘密の奥を探り、妙を尽し、一時も早くフヽヽ夫婦になつて、ヘヽヽ平和な家庭を作り、姫をホヽヽホームの女王と仰ぎ奉り、マヽヽまめやかに、ミヽヽ身を粉にして、一言も背かず、女王さまのムヽヽ無理を無理と思はずに喜ンで参り、メヽヽ滅多に怒らぬ様にせなくては、折角モヽヽ貰うた奥さまもサツパリ駄目になつて了うかも知れないぞ』 モリスは又喋り出した。 モリス『ヤヽヽ喧しワイ、イヽヽいろいろとらつちもないことを、ユヽヽ言やがつて、エヽヽ縁起の悪い、ヨヽヽヨタリスクを、ラヽヽ乱発し、リヽヽ理窟にも合ぬ事を、ルヽヽ縷々数万言を並べ立て、レヽヽ廉恥心を一寸弁へぬか、ロヽヽ碌でなし奴、ワヽヽ笑はしやがる、ヰヽヽ何時迄も女の尻を、ウヽヽ迂路々々と、うろつき廻り、エヽヽエツパツパを喰はされても、オヽヽお前はまだ目が醒めぬのか、ガヽヽ餓鬼ぢやなア、我利我利亡者の、ギヽヽ義理知らず奴、グヽヽ愚にもつかぬ事を、何時迄もグヅグヅと、ゲヽヽげん糞の悪い、ゴヽヽ御託を並べ、ザヽヽザマが悪いぞ。ジヽヽジつと胸に手を当てて考へて見い、貴様の様なズヽヽづ法螺に誰がエリナだつて、ゼヽヽ膳を据ゑるものかい、ゾヽヽぞぞ髪が立つと云うて逃げ出すぞよ』 秋山別も又負ぬ気になり、 秋山別『ダヽヽ黙れ、矢釜しいワイ。ヂヽヽぢつとして聞いて居れば、ヅヽヽ図々しくも止め度もなく喋べり立てよつて、モウ俺もウンザリした。勝手に喋つておけ、デヽヽでんでん虫でさへも家を持つてるのに、宿無し坊奴が、ドヽヽどこまでも毒つきよつて、バヽヽ馬鹿にするも程があるワイ。此上何なつと吐いて見よ、ビヽヽ貧乏揺ぎもならぬよに霊をかけて封じてやろか。ブヽヽ無細工な鯱面をし依つて、ベヽヽべらべらと色男気取で、何を吐くのだい、ボヽヽぼけの粕奴が』 モリスは又喋り出す。 モリス『パヽピヽプヽペヽポヽと庇をこいた様な庇理窟をやめて、是から二人の女を力一杯アイウエオだ。さうすれば向方だつて結局にはお前さま私に向つてナニヌネノなさると言はれまい。終ひの果にやサシスセソだ。彼奴の事思うと、何時も何だか知らぬが、タチツテトだ。暗がりに○○の○○へハヒフヘホして肱鉄をかまされ、恥をカキクケコやるよりも、あのナイスをワヰウヱヲにして了うのだなア。サア神懸りや口卜で伺つて居つても根つからマミムメモな事を知らして呉れないから、実地が一番早道だ。キツと日暮シ山の岩窟の中で陥穽に放り込まれ、誰か強い人が出て来て私を早く助けて紅井姫かなア……と青息吐息をついてるかも知れないよ。サア天狗の託宣ぢやないが、マラソン競争で決勝点を得た者が紅井姫のハズバンドだ。スヰートハートし切つたナイスを無下に見殺しにするのも、男の顔が立たない。都合よく陥つて居れば良いがなア、秋公』 秋山別『さうすれば此秋山別が、紅井姫さまをグツと抱上げ……これはこれはどなたかと思へば、ヒルの館の楓別命様の御妹の紅井の君で御座いましたか、誠に危いとこで御座いましたが、マアマア結構で御座います。是と云ふのも神様の御かげ、第一秋山別の舎身的活動の結果で御座いますワイ……と円滑に高飛車に言霊車を運転さす、さうすると姫様が玉の涙を泛べ給ひ……誰かと思へばお前は秋山別であつたか、これ程世の中に沢山の人があつても、妾に命がけの同情をして呉れる者はお前より無い、あゝ済まなかつた。そンな親切な男と知らずして、今まで飯の上の蠅を追うやうにすげなうしたのは、済まなかつた。秋山別、相変らず可愛がつて頂戴ね……なんて反対に紅井姫さまの方からラバーすると云ふ段取りだ。イヒヽヽヽウフヽヽヽエヘヽヽヽオホヽヽヽおゝ面白い面白いイヤお芽出たい。割なき仲となつて御互に面白く可笑しく此世を送るのだなア。泣いて暮すも一生なら、笑つて暮すも一生だ。アハヽヽヽ、モリ公、どうだい』 モリス『勝手に何なつと言つて、糠喜びをして居るが好いワ。サア一時も早く決勝点に達した者がハズバンドだ。誰が何と云つても、大天狗の御許しだから、……オイ、グヅグヅしてると、丸木橋のあたりで日でも暮れようものなら、例のホヽヽヽヽだよ。サア行かう』 と尻ひつからげ、神王の森を後に、二人は一生懸命に、又もや日暮シ山の岩窟さして進み行く。 (大正一一・八・一九旧六・二七松村真澄録)
158

(2020)
霊界物語 31_午_南米物語3 国依別の旅 11 売言買辞 第一一章売言買辞〔八七七〕 アナンはハル、ナイルの両人を先に立て、岩窟の入口に悠然として腰打掛けて待つて居る国依別外二人の前に来り、忽ち地ベタに手をつき乍ら、 アナン『これはこれは、国依別の宣伝使様、能くこそ斯様な所迄御入来下さいまして、岩窟内一同恐悦至極に存じ奉ります。就いては今迄御無礼の御咎めも厶りませうなれど、三五教の御教通り、只何事も神直日大直日に見直し聞直し、吾々の身の過ちは宣り直し下さいまして、仁慈無限の大御心を発揮し下さいまして、何事もあなた様の大御心によりて寛大なる御処置を取られむ事を神かけて念じ奉ります。あゝ惟神霊幸倍坐世』 と国依別を無暗矢鱈に拝み倒し、一口も不足を言はせない様に、大手搦手より鉄条網を張つて了つたのは、実に狡猾至極の曲者である。 国依別『これはこれはアナンさまとやら、何時ぞやらは丸木橋の畔に於て、花々しく御奮闘遊ばされ、実にあなたの神謀鬼策には国依別感嘆の舌を巻いて厶る。兵法の奥の手は三十六計の中、逃ぐるを以て第一とすとかや、世の中は勝たう勝たうと思ふに依つて治まらない、あなた方の様に、少数の敵に勝を譲り、恥かしげもなく算を乱して御遁走遊ばす其御勇気には、吾々も倣はなくてはなりませぬ。負て勝取るとやら、ネツトプライスの掛値なしの店よりも、ドツサリと負値を吹き立て、客に対しドツサリ負てやる店の方が能く繁昌致しますから、定めてウラル教もよくお負遊ばしたのでせう。それ故得意は億客兆来の御繁昌で厶いませう。イヤもう国依別、側へも寄れませぬ。どうぞ相変らず御店の繁昌する様に、今度もキレーサツパリと御負下さいませ。あなたの方に於て、算盤が合はないから負ないと仰有れば仕方がありませぬ。私は漆彦命となつて負かしてあげませう。チツとはうるし、否うるさくても、そこが何事も神直日大直日に見直し聞直し宣り直すので厶いますからなア、ハヽヽヽヽ』 アナン『ハイハイ、まだ御取引の御用命を蒙らぬ中から、負て負てとこ切り御便利を計つて居りまするから、何卒永当々々御贔屓の程を御願ひ申します』 国依別『時に吾々の参りましたのは、一つ売つて貰ひたい品物が厶いまして、ワザワザ当商店へ罷り越した、新得意で厶います。どうぞ安く負て御譲り下さいませぬか』 アナン『御註文の品物とは一体何物で御座いますか。動物か、植物か、器具か或は魚類か、貝類か、何なつと御註文次第、有さへすれば只でも進ぜませう。併し乍ら無いものは御免を蒙つておかねばなりませぬ』 国依別『吾々の買ひ求めに来た者は動物や植物ではありませぬ。摺出しと、キギスと住家とで御座いますよ』 アナン『へー、これは又妙な御註文ですな。キギスなどは此館には居りませぬ。摺火もなければ売る様な家も生憎仕入れて居ませぬので、どうぞ外さまを御尋ねなさつて下さいませ。へー毎度有難う、御贔屓に預りまして……』 国依別『毎度御贔屓と云ふが、今日始めて註文に来たのぢやないか』 アナンは切りに腰を屈め、揉手をし乍ら、 アナン『へー、これは商ひの習慣で御座いまして、始めての御客さまでも、毎度御ひいきに……と云ふ事になつて居りまする。どうぞマア奥へお這入り下さいまして、京の御茶漬けでもドツサリ食つて下さつて、御帰り下さいませ』 国依別『最前の吾々が註文致した、キギスと云ふのは、三五教のキジ公の事だ。又摺出しと云ふたのはマチ公の事だよ。住家と云ふたのはエスと云ふ事だ。何時までも穴倉の中へ仕舞ひ込みておいても、余り利益にもなりますまい。新規流行の此時節、寝息物になれば売れ行きが悪くなるから、買手のある中にお売りになる方がお店のお得だと考へますがなア』 アナン『コレ計りは親方の意見を聞かねば、番頭の自由にはなりませぬから、一寸待つてゐて下さい。マア奥に旦那様がお茶でも立ててお待受で御座いますから、どうぞ何なら御這入りになつては如何で御座います。たつて厭なお方に這入つて貰ひたい事も御座いませぬ……では御座いませぬが』 国依別『何は兎もあれ、奥へふみ込み、ブールの大将に直接面談を遂げ、三人の男を受取つて帰りませう。……サア姫様、エリナさま、私に従いて御出でなさりませ』 と無理に行かうとするを、アナンは大手を拡げて、 アナン『モシモシそれは余り理不尽と申すもの、暫くお待ち下されば、教主の御許しが出ますから、それ迄余り永くとは申しませぬ。暫くお待を願ひます』 国依別は、 国依別『イヤ、少しも猶予はならぬ。邪魔めさるな』 と進み入るを、又もやアナンは大手を拡げて、『待つた待つた』と後退りし乍ら、行手に塞がり、過つてキジ、マチの落込める落し穴へ真逆様に自分も落ち込みにける。 国依別『ヤア自分の作つた陥穽へ自分がはまるとは、実に天罰と云ふものは恐ろしいものだナ。併しチツとも油断は出来ない。……紅井姫様、エリナ様、国依別の歩いた足跡より外を歩いちや可けませぬよ。大変な危険区域ですから……』 と云ひ乍ら、陥穽を上から覗き込めば、穴の底にキジ、マチの両人が今おち込みしアナンを引捉へ、 キジ『サア、アナン、貴様も此処へ落込みし以上は、最早叶ふまい。一時も早く俺達を救ひ上げる様に、大将に歎願致せばよし、グヅグヅ致すと、生首を引抜いて了うぞ。モウ大丈夫だ、上から何を落としよつても、貴様の体で受ければ好いなり、良いものが降つて来たものだ。万一腹が減れば貴様の肉を食つてやるなり、何と云つてもモウ此方のものだ。アツハヽヽヽ』 と笑ひ乍ら、空を仰ぐ途端にふと目に付いたのは国依別の宣伝使であつた。キジ公は思はず、 キジ『ヤア宣伝使様、能う来て下さいましたナア』 マチ『今日か今日かとマチ公はマチかね山の時鳥、マチに待つたる今日の吉日、アナ有難やアナ尊や、アナ嬉しやなア。穴の中へアナンが又降つて来ました。モシ宣伝使様、あなたさへ御越し下さらば最早千人力です。どうか、梯子をかけて下さいませ。梯子が無ければ、太い綱を吊りおろして下さらば、それに縋つて上ります』 国依別『永らくの御隠居、さぞ精神修養が出来たでせう。実に国依別はお羨ましう存じますワイ』 キジ『何事も善意に解釈すれば、陥穽だつて、別に苦しいとは思ひませぬ。本当に神様の御蔭で、キジ公も結構な魂研きをさして頂きました』 国依別『それ程結構ならば、モウ暫く御両人共、そこで徹底的の修業を遊ばしては如何ですか』 マチ『イヤもう是れで一寸一服さして貰ひまして、又更めて荒行にかかりますから、どうぞ一刻も早く吊り上げて下さいませ。併し、此アナン殿は今這入つたばかしですから、上げては気の毒です。せめて四五年も、実地修行の出来る迄、此井の底で断食修業をさしてやりませう。……なア、アナン、それが結構だらう、吾身を抓つて人の痛さを知れ……と云ふ事がある、吾々も永らく結構な深い、冷たい陥穽の御世話に預つて、此御恩は忘れられませぬワイ。己の欲する所は之を人に施せ、欲せざる所は人に施す勿れ……と云つて、吾々は大変に此陥穽の底が気に入つたから、アナンさまにも御神徳の丸取りをせずに、分配してあげませうかい』 アナン『誠に済まぬ事を致しました。どうぞ今迄の事は一条の夢とお忘れ下さいまして、此アナンをあなたと一所に引上げて貰ふやうに国依別さまに、お願ひ下さいな』 キジ『ヤアそれは願つてあげませう。併し何時上げて下さるかはキジ公が保証する事は出来ませぬよ。人間は刹那心が大切だ。マアゆつくりと気を落着けて居られたがよからう。泰然自若として山岳の動かざるが如し底の大度量がなくては、ウラル教の幹部は勤まりますまい、アハヽヽヽ』 斯く云ふ中、国依別は縄梯子を捜し出し、パラリと吊り下ろせば、一番にキジ公は、猿の如く縄梯子を伝ひあがる。次で、マチ公が上がつて来た。今度はアナンが一生懸命に縄梯子に手をかけ、二段三段上がつた所を、キジ公縄梯子の結び手をプツツと切つた。アナンは再び井戸の底にドスンと音を立てて尻餅をつき、 アナン『助けて呉れい、助けて呉れい』 と叫んで居る。キジ公は上から、 キジ『助けてやらぬ事はないが、それには一つ註文がある。其註文に応ずるかどうだ』 アナン『ハイハイ、何事も御註文に応じます。最前も国依別様に無類飛切り、めちやめちやの投売を致しますと、約束しておきました。ドツと負ておきますから、精々御註文を願ひます。其代り、私を井戸から上げて下さるでせうなア』 キジ『負る品物を上げるといふ事があるかい。就いては註文の次第は、エスの所在はどこだ。それをキツパリと白状するのだ。さうせなくてはキジ公も助けてやる事は出来ぬワイ』 アナン『エスさまですか、そりや私では分りませぬ。ブールの大将に聞いて下さい。大将が秘密にして居りますから、吾々の窺知を許しませぬ』 国依別は言も急がしげに、 国依別『キジさま、マチさま、サア是れから気をつけもつて奥へ参らう。……アナンさま、暫くそこで修業をなさいませ。キツと救ひ上げますから、併し乍らエスの所在が分り次第助けますから、それ迄そこで御辛抱をなさいませや。何か御入用の物が厶いますれば、何なりと遠慮なく仰有つて下さいませ。石の団子でも、砂の握り飯でも、蛔蟲虫の素麺でも、御註文次第、勉強して御安く差上げますワ、アハヽヽヽ』 と笑ひ乍ら、教主の居間を指して、三男二女の一行は足許に気をつけ乍ら、進み行く。 (大正一一・八・一九旧六・二七松村真澄録) (昭和九・一二・一七於七尾市王仁校正)
159

(2053)
霊界物語 32_未_南米物語4 アマゾンの兎の都 16 回顧の歌 第一六章回顧の歌〔九〇七〕 ウヅの神館の八尋殿に、末子姫の発起として大歓迎会は開かれ、言依別命は立つて、簡単なる祝歌を歌ひ給ふ。 言依別命『此世を造り固めたる 厳の御霊とあれませる 国治立の大神は 百八十国の神人を おいずまからず永久に 五六七の神世に救はむと 天地の律法制定し 清き教を立て給ひ 豊国姫の大神は 瑞の御霊と現はれて 錦の機を織らせつつ 天教地教の神の山 堅磐常磐に鎮まりて 貴の聖地と諸共に 教を開き給ひける 時しもあれや天足彦 胞場姫二人の霊より 生れ出でたる曲津神 八岐大蛇や醜狐 曲鬼共の現はれて 豊葦原の瑞穂国 隈なく荒び猛りつつ 神の依さしの八王神 八頭神まで籠絡し 追々勢力扶植して 塩長彦を謀主とし 国治立の大神が 此世を遂に退隠の 余儀なきまでに至らしめ 世は刈菰の乱れ行く あゝ惟神々々 神の主なる厳御霊 国治立の大神は 天教山の火口より 身を跳らして根の国に 一度は落ちさせ給へども 此世を思ふ真心の 凝り固まりて身を下し 野立の彦と現はれて 豊国姫の化身なる 野立の姫と諸共に 天教地教の両山に 現はれ給ひて三五の 教を開き給ひけり 再び厳の御霊を 分けさせ給ひて埴安彦の 厳の御霊や姫命 時節をまちてヱルサレム 黄金山下に現はれて 救ひの道を宣べ給ふ 其御心を畏みて 国大立の大神の 四魂の神とあれませる 御稜威も殊に大八洲彦 神の命や大足彦の 神の命の神司 神国別や言霊別の 瑞の御魂と現はれて 茲に再び三五の 清き教を四方の国 開き給ひし尊さよ 国大立の大神は 神素盞嗚の大神と 現はれまして許々多久の 罪や汚穢を一身に 負はせ給ひて天地の 百神等の罪科を 我身一つに引き受けて 八洲の国に蟠まる 八岐大蛇や醜神を 天津誠の大道に 言向け和して助けむと いそしみ給ふぞ尊けれ ウブスナ山の斎苑館 此処に暫く現れまして 日の出別の命をば 後に残して皇神は いろいろ雑多に身をやつし 島の八十島八十の国 大海原を打ちわたり 自転倒島に出でまして 貴の霊場と聞えたる 綾の聖地に上りまし 四尾の山に潜みます 国治立の御化身 国武彦の大神と 互に心を合せつつ 経と緯との糸筋を 整へ給ひて世を救ふ 錦の機を織り給ふ 錦の宮の神司 玉照彦や玉照姫の 貴の命にかしづきて 八尋の殿に三五の 神の教を開きつつ 教主の役を任けられて 教を開きゐたりしが 厳の御霊や瑞御霊 経と緯との大神の 御言畏み聖地をば 後に眺めて和田の原 渉りてここに来て見れば 思ひがけなき瑞御霊 神素盞嗚の珍の子と 生れ給ひし末子姫 桃上彦の鎮まりし 教の館に現はれて 神の教を楯となし 恵の露を民草の 頭に下し給ひつつ 五六七の神世の有様を 今目のあたり開きます 斯かる尊き霊場に 参り来りし楽しさよ 時しもあれや素盞嗚の 神の尊ははるばると これの館に出でまして 捨子の姫に神懸り[※初版・愛世版は「神懸り」、校定版は「帰神(かむがか)り」。] アマゾン河の曲神を 言向け和し救へよと 宣らせ給ひし言の葉を 謹み畏み屏風山 帽子ケ岳に立向ひ 国依別に巡り会ひ 琉と球との霊光に 数多の魔神を言向けて 目出度く凱歌を奏しつつ 十八柱の神の子は ウヅの館に安々と 帰りて見れば有難や 神素盞嗚の大御神 はるばる此処に出でまして 憩はせ給ふ嬉しさよ あゝ惟神々々 御霊幸はひましまして 高砂島は云ふも更 豊葦原の瑞穂国 百八十島の果て迄も 恵の露に潤ひて 世は泰平の花開き 梅の香りの五六七の世 松の操のいつ迄も 色も変らず永久に 栄えましませ惟神 神の御前に願ぎまつる 朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも 誠の力は世を救ふ 誠の神は今ここに 現はれ給ひし上からは 天地と共に永久に 神の言葉は失せざらむ 厳の御霊や瑞御霊 金勝要の大御神 日の出神や木の花の 咲耶の姫の神力は 竜宮海の底深く 天教山の空高く 千代に八千代に揺ぎなく 輝き渡り天地の 光となりて輝かむ あゝ惟神々々 神の尊き御恵を 謹み感謝し奉り 神の司を始めとし 四方の民草悉く 神の恵を嬉しみて 常磐の松のいつ迄も 変らざらまし高砂の 島根に生ふる青松の 梢に鶴のすごもりて 名さへ目出度き尉と姥 亀の齢のどこ迄も 大海原の波清く 吹く風さへも朗かに 静まりませと祝ぎまつる あゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 と歌ひ了り、末子姫の後を逐ひて、神素盞嗚大神の休ませ給ふ奥殿指して進み入る。 国依別は立上り、金扇を開いて祝歌を歌ひ且つ舞ひ始めた。其歌、 国依別『錦の宮を立出でて言依別の大教主 高砂島に出でませる御供に仕へまつりつつ 波間に浮ぶ琉球の宝の島に上陸し 琉と球との玉を得て棚無し船に身を任せ 伊猛り狂ふ荒浪を乗り切り乗り切り高砂の 島の手前に来て見れば高姫一行暗礁に 船を乗上げ浪の上渡りて進む時もあれ 山なす浪に襲はれて命危く見えければ 高島丸の船長に命じて船に救はしめ テルの港に来て見れば先頭一に高姫は 常彦、春彦伴ひて姿を早く隠しける 言依別の神司われを伴ひ三座山[※御倉山のこと] 国魂神を祀りたる竜世の姫の神霊地 集まり来る国人の霊と肉とを救ひつつ 暫く此処に止りて誠の道を宣り伝へ それより進んでヒルの国楓の別の永久に 鎮まりいます神館に出で行く折しも天地は 震ひ動きて山は裂け河は溢れて人々の 住家は砕け諸人は水と炎に包まれて 苦み悶ゆる憐れさよ楓の別の妹なる 紅井姫の命をば艱みの中より救ひ出し ヒルの館に立向ひ稜威の言霊宣り上げて 天変地妖を鎮定し館を立ちてアラシカの 峠を越えて日暮しの館に教を開きたる ウラルの道の神司ブール其他の人々に 神の教を宣り伝へ紅井姫やエリナ姫 二人の女性を預けおき又もやここを立出でて 安彦、宗彦従へつブラジル峠に差しかかり 丸木の橋を危くも生命カラガラ打ちわたり シーズン川を乗越えて帽子ケ岳に立向ひ 別れて程経し神司言依別に巡り会ひ 手を握りたる楽しさよ琉と球との霊光に アマゾン河や森林の数多の魔神を言霊の 御水火に助けしづめつつ凱歌をあげて十八の 神の柱は潔くウヅの館に来て見れば 思ひ掛なき末子姫捨子の姫と諸共に 貴の教をひらきまし松の神代と栄えゆく 其目出度さは言の葉の尽す限りにあらじかし 心静かな国彦が御子の松若彦の神 主の君に能く仕へ治まるこれの神館 来りて見れば瑞御霊神素盞嗚大神は はるばるここに出でまして我等が言霊軍をば 遥に守り給ひつつ光り輝き給ふこそ 実に尊さの限りなれあゝ惟神々々 国依別の神司厳の御霊や瑞御霊 日の出神や木の花姫の貴の命の御前に 国魂神を通しつつ嬉しみ尊み祝ぎまつる 畏み尊み祝ぎまつる』 と歌ひ終り、欣然として奥殿に進み入る。 (大正一一・八・二三旧七・一松村真澄録)
160

(2068)
霊界物語 33_申_玉の御用の完了/高姫と黒姫の過去 04 楽茶苦 第四章楽茶苦〔九一九〕 夜の明けぬ前から捨子姫は、末子姫の結婚の用意に取掛り、相当に繁忙を極めて居た。そこへ松若彦は慌ただしく走り来り、案内を請うた。高公は玄関にて其用事の趣を聞き、直ちに捨子姫の居間に通した。 捨子姫『松若彦様、慌ただしきあなたの御様子、何か変事が出来したので御座いますか』 松若彦は息を喘ませ乍ら、 松若彦『今日は誠に以てお目出たう存じます。さて只今私の館へ高姫さまが御出でになり大変な権幕で御座いました。要するに今度の結婚をジヤミにしようと熱心に車輪的運動をやつて居られます。私も言依別命様より昨夜大体を承はつて居りましたので、これは屹度其問題に違ないと思つてゐますと、果して私が只一口……ウン……と云つて、首を縦にふりさえすれば、万事解決のつく話だと言はれましたので、コリヤ大変、今となつて水を注されては、素盞嗚大神様初め、末子姫様に対し、申訳がない。弁舌の巧な高姫さまに対して議論をして居つても、追つ付かない、取り合はぬが奥の手と、裏口から逃げて参りました。あと振り返り見れば、高姫さまは髪ふり乱し、夜叉の様な勢ひで、私のあとを追つかけて来ます。私は幸ひ、一本橋を落しておいて高姫さまの進路を遮り、漸く此処まで駆けつけました。何れ、後程お宅へお出でになるでせうから、それ迄にトツクリとあなたと御相談を遂げ、姫様にも断乎たる決心を持つて頂きたいと存じまして、お邪魔を致しました次第で御座います』 捨子姫『あゝ左様で御座いましたか。それは大変御心配をおかけ申しました。姫様の方に於ては夜前より、言依別命様と私が、及ばず乍ら、いろいろと申上げ、今の処では挺でも棒でも動かぬ様な固い御決心で御座いますから、たとへ高姫さまが何と云はう共、最早ビクとも動きませぬ。安心して下さいませ』 松若彦『それを聞いて私も一寸安心致しました。併し乍ら、こんなゴテゴテした事が、肝腎の国依別さまの耳へでも這入らうものなら、淡泊な人だから……エヽもう斯んなゴテゴテした縁談なら真平だ……と首を横にふられたが最後、吾々は大神様に対して申訳が御座いませぬから、それが第一心配で御座います』 捨子姫『国依別さまも、妾が夜前ソツと高公を伴れ訪問致し、いろいろと御意見を承はりましたが、高姫さまの混つ返しについて、少し許り、うるさがつて居られました。併し乍ら、今度はどうしても、大神様の思召だから、否む訳には行かぬ……と仰有つて固い固い決心が見えました。これも一つ御安心下さいませ』 斯かる所へ、言依別命は只一人現はれ来り、高公に案内させ乍ら、ツカツカと奥に入り、 言依別命『ヤア松若彦さま、此処でしたか、よい所でお目にかかりました……捨子姫様、御忙しい事で御座いませうなア』 松若彦『つい今の先、参つた所で御座います』 捨子姫『何と云つても、お目出たい事で御座います。あなたも此事に就て御奔走遊ばし、さぞお心遣ひの程御察し申上げます』 言依別『時に松若彦さま……高姫さまの事ですが、俄に病気が起り、一旦は人事不省に陥られましたが、吾々初め、カール、春彦両人の祈願に依りて、漸く息を吹き返されました。併し乍ら言霊が停止されて了ひ、何を言つても御答へなく、目計りパチつかせ、体をプリンプリンと振つて計りゐられます。何れ今夜の御結婚がお気に入らないのでせうが、此事計りは如何あつても、高姫さまの御意見ばかり用ゐる事は出来ませぬから、飽く迄も此盛典を完全に成功させたいと思つて、あなたの御宅へ御訪ねした所、常彦さまが留守をして居り、大方捨子姫様の御宅へ御出でになつたのだらうとの事、それ故お邪魔を致しました様な次第で御座います』 松若彦『何と云つても、最早動かすことは出来ませぬ。サア是から御殿へ上りまして、一切の準備に取掛りませう』 言依別『左様ならば、捨子姫さま、松若彦様、取急ぎ参りませう』 と立出でむとする所へ、高姫は髪ふり乱し、玄関口に立塞がり、何時の間にか言霊の停止は解除されて、 高姫『言依別、松若彦、捨子姫殿、用が御座る。早く此門あけて下さい』 と呶鳴り立ててゐる。後よりカール、春彦の二人は慌ただしく走り来り、漸く玄関先で追ひ着き、胸を撫で卸してゐる。 言依別命外二人は、高姫の声を聞き、又うるさい、やつて来よつたなア……と口には云はねど、互の顔を色に表はし乍ら、松若彦は表の戸を開き、 松若彦『高姫さま、今日は取込んで居りますので、どうぞ御帰り下さいませ。又明日ゆつくりとお目にかかりませう』 高姫『又しても妾を邪魔者扱ひにして、門前払ひを食はす積りですか。言に捨の両人も此に居られるでせう。何程忙しいか知りませぬが、今晩のことよりわけて、きまりつけねば、此儘に捨子姫と云ふ訳にも参りませぬぞや。各自が気をつけて、姫様の此結婚は末の末子姫まで考へて上げねば、あつたら娘をドブ壺へおとすやうなことを致しましたら、それこそ瑞の御霊様へ、あなた方の言ひ訳が立ちますまいぞや、此高姫も第一申訳が立ちませぬからなア。妾の言ふ事はどうで御気には容りますまいが、ここは一つ大雅量を出して老人の云ふ事も取上げて貰ひませぬと、後に至つて臍を噛むとも及ばない、困つた事になりますぞや』 松若彦『そんな玄関口で、見つともない、どうぞ奥へ御通り下さい』 高姫『通れと云はなくても、通らなおきますか。妾の云ふ事が通らねば、通る所まで通して見せます。桃李物云はずと云ふ事がある。此高姫が通りたら最後、物言ひなしに私の意見を通して下さい。お前さま方は寄つてたかつて、とりどりの小田原評定計りに日を暮して御座るが、何を云つても、雪と炭、月と鼈程身魂の違ふ此縁談がどうして纏まりませう。チツト胸に手を当てて後先を考へて御覧なさい。誠に神様を侮辱すると云うても、これ位甚だしい事は御座いますまい。誰も彼も末子姫様の御機嫌をとる事計り考へて、御身の上の大事と云ふ事を一寸も構はないから、已むを得ず、年の老つた高姫が又しても又しても出馬せねばならぬ様な事が、出来て来るのだ』 カール『高姫さま、そらさうですワイ。お前さまは三五教の元老株だから、かういふ時にや飛んで出るのが当り前だらう。内閣組織の時でも、いつも元老が飛出すぢやないか。併し乍ら立憲政体の今日、元老の飛出しは時代錯誤だとか何とか云つて、随分国民が小言を云うてゐますよ。モウいい加減にお前さまも目をつぶつておとなしくしたら如何ですか。日進月歩の今日余り古い事をふりまはされると、時代に順応すると云ふ神策が行はれなくなり、此ウヅの国は今日の文明から継子扱をされる様になつて了ひますよ』 高姫『お黙り召され……カール口か何ぞのやうにベラベラと、こんな所へ出しやばる幕ぢやありませぬぞえ。私は言依別様、其外の立派な方々に御意見に来たのだ。コンマ以下のお前さまが、此大問題に対して、何嘴を尖らすのだい』 カール『これだから、あの儘にしておいたが宜かつたのだ。言依別さまを途中まで御送りすると……おいカール、お前は高姫の言霊が利く様に、マ一度引返し、ウ…ア…と二声言霊を唱へてやれ、そしたら自由自在に口が利けるやうになるから……と気の良い言依別様が仰有つたものだから、此奴ア今物言はしたら、面倒だと思ひ乍ら、教主の命令背くに由なく、引返して物を言ふ様にしてやれば、すぐ此れだから困つて了ふ。どうぞマ一遍、とめる工夫はあるまいかな』 と首を振つてゐる。 高姫『ヘン、お構ひ遊ばすなや。高姫は生れついてから唖ぢや御座いませぬぞや。言霊は天地の神様から授かつて居ります。とめられるものなら、とめて御覧なさい。妾が物言はなかつたのは余りむかつくから、言はぬは言ふにいや優ると、プリンプリンと身振りで妾の意志を表示してゐたのだよ。何も御前さまのウ…ア…なんてアタ阿呆らしい、そんな言霊で物が云へたなぞと、余り、ヘン、見違ひをして貰ひますまいかいなア。アヽドレドレ、何時迄も門立ち芸者の様に玄関口に立ちはだかつて、言霊の発射も気が利きませぬワイ』 と云ひ乍ら、奥の間に主人顔して、ドンとすわり込み、 高姫『松若彦さま、今朝程は大きに御世話になりました。ヨウまアあんな深い川へおとして下さいまして、誠に高姫も空中滑走の味を覚え、愉快なこつて御座いました、ホヽヽヽヽ。人を呪はば穴二つですよ。お前さまもシツカリなさらぬと何時ドブへはまるか分りませぬぞや……コレ捨子姫さま、お前に一つ言ひたい事がある』 捨子姫『ハイ、何事か存じませぬが、承はりませう』 高姫『お前も大抵私が何しに来た位は、云はいでも御分りになつてゐるでせう。今高姫が茶々入れに来るから、腹帯をしめねばならぬと、三人が三人云ひ合はして御座つたでせう。併し乍ら、よく考へて御覧なさい。あの国依別と云ふ男、若い時から親子兄弟散り散りバラバラとなり、碌に教育も受けず、乞食の様にうろつきまはり、少し大きくなると、女たらしの後家倒し、婆嬶弱らせの家潰しをやつて来た如何にも斯うにも仕方のない代物を、此頃球の玉とかの神力を受けたと云つて、御勿体ない素盞嗚尊様の大切な御娘子、末子姫様の婿にしよう等とは地異天変、天地転倒の行方と申さねばなりますまい。是までお前さまは何時も末子姫様の近侍を勤めてゐた関係上、主人が大事と思ふ誠があれば、国依別の欠点を包まず隠さずさらけ出して、愛想をつかさせ、此縁談を破約なさるやうに仕向けるのが、お前の誠だ。本当に姫様を大事と思召すなら、早く御意見を遊ばして、やめさせて下さい。年が老つた高姫がワザワザここへ訪問したのも其為ですから、どうぞ高姫のここへ来たことが無駄足にならぬ様に頼みますよ…なア捨子姫さま、お前は余り身魂が良過ぎて、映り易いから、言依別さまや松若彦に甘く抱き込まれ、とうとう末子姫様の御心を動かしたのぢやありませぬかなア』 捨子姫『ハイ妾が第一、大賛成で御話を持ちかけたので御座います。さうすると言依別様や、松若彦様、竜国別様初め、肝腎の末子姫様が、それはそれは御愉快相な御顔でニコニコとお笑ひ遊ばし……捨子姫、何事もそなたに御任せするから、宜しう頼むよ……と恥かし相に仰有いました。それで妾が気を利かし、相手方の国依別様へも極力運動いたし、ヤツとの事で纏まつた此縁談、何程高姫様が水をお注し遊ばしても最早ビクとも動かす事は出来なくなつて居ります。御注意御親切は有難う厶いますが、今度はモウ仕方がないと御諦め下さいませ。肝腎の御本人様同志が、ニコニコで居られるなり、大神様は特に御喜びなり、どうして今日になつて之を顛覆さす事が出来ませうか』 高姫『エヽそこ迄モウ固い決心が出来て、若い方同志が思ひ合うて御座るのを動かさうと云つたつて動きますまい。残念乍ら、モウ高姫も賛成いたしま……せうかい、就いては、貴女も御存じの通り、大神様の教には一汁一菜との定めで御座いますから、決して御馳走はしてはなりませぬぞや。上から贅沢な鑑を出すと、人民が皆それに傚ひ、世の中が不経済になつて来ましては、神様に又もや御心配をかけなくてはなりませぬからなア』 松若彦『何程軍備縮小、経費節約の流行する世の中だとて、一生一代の結婚に其様なケチな事が如何して出来ませうか、そんな時代遅れのイントレランス[※イントレランスとは英語のintoleranceで、不寛容、偏狭という意味。]な事を言ふと、人が馬鹿にしますよ。それ相当の身分に応じて御馳走もせねばなりますまい。お酒もドツサリ皆さまに飲つて頂き、底抜騒ぎをやつて面白可笑しく御祝をする方がどれ丈素盞嗚大神様が御喜び遊ばすかも知れませぬ。又吾々も大変に御喜びですからな。アハヽヽヽ』 高姫『私の云ふ事が頑迷だと仰有るのですか、何程新しいのが流行る時節だと云つて、神様の教まで背いてすると云ふ事は、一つ考へものでせう』 言依別『高姫さまの御言葉も御尤もです。松若彦さまの御意見も強ち棄てる訳にも行きますまい。そこは身分相応と云ふ事に致しまして、正中を取り、余りケチつかず、余り奢らずといふ程度に、今晩の結婚を無事に、幾久しく祝ひ納めるやうにしたら如何でせう』 高姫『そんなら私も我を折つて言依別様にお任せ致します。又空中滑走さされたり、言霊を停止さされたり、灰猫婆アにせられると困りますから、憎まれないやうにおとなしう改心しておきませう』 言依別『有難う』 松若彦『安心致しました』 捨子姫『お目出たう御座います』 カール『面白うなつて来ました』 春彦『今晩は御馳走で、ドツサリと酔はして貰ひませう。何より彼より上戸の春彦、一番にお目出たいワ、有難いワ、アハヽヽヽ』 (大正一一・八・二六旧七・四松村真澄録)