| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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霊界物語 | 48_亥_治国別の天国巡覧2 | 16 途上の変 | 第一六章途上の変〔一二七〇〕 松彦『神が表に現はれて善と悪とを立て別る 此世を造りし神直日心も広き大直日 只何事も人の世は直日に見直せ聞き直せ 身の過ちは宣り直せ三五教の宣伝使 治国別に従ひて野中の森に来て見れば 怪しの影の現はれて心を揉みし折もあれ 兄の命は何時の間か竜公さまと諸共に 吾等を見捨てて出で給ふ冷淡至極のお人だと 一度は怨んで居たけれど一寸先の見え分かぬ 曇りし身魂の吾々が深甚微妙の神界の 其お仕組は如何にして悟り得らるる事あらむ 只何事も神様の心の儘と宣り直し 小北の山に現はれてウラナイ教の松姫に 思はず知らず巡り会ひ思ひも寄らぬ吾娘 優しき顔に名乗り合ひ親子の名残惜しみつつ 五三公さまを初めとし万代祝ふ万公さま お寅婆さまの女武者アク、タク、テクと諸共に 一本橋を打渡り怪しの森を打過ぎて 漸く此処に着きにけり木枯荒ぶ冬の日の 四辺も淋しき旅の空俄に降り積む銀世界 見渡す限りキラキラと塵もとめざる眺めなり 此光景を見るにつけ思ひ出すは世の中の 詐り多き有様よ百千万の罪科や 穢れを腹に包みつつ表面を飾る白雪の 愛もなければ熱もなき冷酷無残の世の様を 暴露せるこそ慨てけれ浮木の森に屯せる ランチ将軍、片彦や其外百の軍人等 体主霊従の悪念に駆られて魔神の部下となり 至聖至上の天国と世に響きたる斎苑館 神の聖場を屠らむと百の軍を率つれて 進み行くこそ慨てけれ吾も片彦将軍の 一度は秘書となりつれど誠の道に眼覚め 仁慈無限の大神の心に復活せし上は 如何でか枉に交はらむいざ之よりは松彦が 心の限り身の極み真心献げて片彦や ランチ将軍其他の枉に曇りし身魂をば 大慈大悲の大神の其光明に照らしつつ 天国浄土に導きて神の教の司たる 其本分を尽すべしあゝ惟神々々 厳の御霊の大御神瑞の御霊の御前に 真心こめて願ぎ奉る朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 山裂け海はあするとも神に捧げし此身体 如何でか命を惜しまむや道理知らぬ世の人は 猪武者と云はば云へ仮令痴呆と誹るとも 吾真心は何処までも貫き通す桑の弓 ひきて帰らぬ此意気地此世に男子と生れ来て 現在敵を目の前に眺めて看過し得べけむや 昨日に変る今日の空心にかかる村雲は まだ晴れやらぬ師の君の今は何処に在はすらむ 又竜公は如何にして吾師の君の御為に 尽し居らむか、それさへも心もとなき冬の空 尋ぬる由もなき暮れて行く手に迷ふ吾一行 導き給へ天津神国津神等八百万 吾師の君の御前に一時も早く片時も 進ませ給へ惟神神の御前に願ぎ奉る』 と歌ひつつ進み来るのは松彦である。五三公は又歌ふ。 五三公『人は神の子神の宮神霊界は云ふも更 現実界の天地の其経綸の司宰者と 選まれ出でしものなれば人は此世の元の祖 国治立大神の神言の儘に畏みて 愛と善との徳に居り真の信仰励みつつ 天津御神の賜ひてし一霊四魂をよく磨き 忍耐力を養成し人と親しみ又人を 恵み助けつ神のため世界のために真心を 尽して此世の生神と堅磐常磐に仕へ行く 貴の身魂と悟るべし仮令天地は覆るとも 誠一つの大道は天地開けし初めより 億兆年の末までも堅磐常磐の巌の如 決して動くものでなし吾等は神をよく愛し 神の恵みに浸りつつ只惟神々々 神より来る智を磨き宇宙の道理をよく悟り 此世に人と生れたる其天職を尽さずば 此世を去りて霊界に到りし時の精霊は 伊吹戸主に審かれて忽ち下る地獄道 実に恐ろしき暗界に顛落するは必定ぞ かくも身魂を穢しなば吾等を造りし祖神に 対して何の辞あるべき日毎夜毎に村肝の 心を鍛へ肝を錬り善と悪とを省みて 神の賜ひし恩恵をうつかり捨つる事勿れ かかる境遇に陥らば天地を造り給ひたる 神に対して孝ならず吾身を初め子孫まで 曲津の群に墜ち込みて塵や芥と同様に 自ら世界に遠ざかり百千万の罪業を 集むる身とぞなりぬべし省み給へ諸人よ 吾は言霊別の神天教山に現はれし 木花姫の生魂此処に二神は相議り 心も清き精霊を充して五三公の体に入り 心曇れる人々に神霊界の光明を 照らし救はむそのために此処まで従ひ来りけり あゝ惟神々々神の任さしの神業も 一段落なりぬれば吾は之より身を変じ 火光となりて斎苑館皇大神の御舎に 帰りて尊の御前に心を平に安らかに 大神業に仕へなむいざいざさらば、いざさらば 治国別や竜公に程なく面会するならむ 其時汝松彦よ五三公が今の有様を 完全に委曲に伝へてよ汝が伝言を聞くならば 治国別も竜公もさもありなむと首かたげ さこそあらむと喜んで皇大神の神徳を 忽ち感謝するならむ松彦始め万公や 其他百の信徒よ随分健で潔く 尊き神の神業に心を清めて仕へませ 愈之にて別れなむあゝ惟神々々 御霊幸はへましませよ』 と歌ひ終ると共に五三公の姿は煙の如く消えて了つた。松彦始め一同は此不思議なる出来事にアフンとして、五三公が大光団となつて帰り行く大空を打眺め、途上に立止まり拍手して其英姿を涙ながらに拝みつつあつた。 万公は又歌ふ。 万公『不思議な事が出来て来たこりや又何とした事だ 吾友達と思うてゐた五三公さまは魔か神か 俄に煙と変化して斎苑の館へ帰るとて イソイソ逃げて去によつたさはさりながら五三公は 変つた奴と思うて居た折角此処までついて来て 拍子の抜けた吾々を途中に見捨てて帰るとは 合点の往かぬ人だなア浮木の森の敵軍が 恐うてマサカ逃げたとは思はれぬけれど肝腎の 戦場に乗込み来ながらも逃げて去ぬとは情ない 之を思へば師の君の治国別の司まで 何だか怪しうなつて来たバラモン教を諦めて 三五教に鞍替へを遊ばしました松さまも さぞや本意ない事だらう晴公さまも山口の 森で親子の巡り会ひ祠の森の玉国の 別の命の御前にスタスタ帰り行つた後 五三公さまを力とし此処まで進み来たものを こんな処で逃げられちや如何やら心細うなつた 松彦さまはバラモンの軍に仕へし秘書の役 アク、タク、テクも亦矢張りバラモン教の残党よ お寅婆さまはウラナイの教の道で覇を利かし ヤツと改心した上で此処迄ついては来たものの 何時変るか分らない之をば思ひ彼思ひ 深く思案を廻らせばほんに危険な身の上だ コレコレ松彦宣伝使貴方に限つて別条は あるまいけれどヒヨツと又片彦さまに巡り会ひ 三五熱が冷却しもとの鞘へと逆戻り なさつちや神に済まないぞ天を欺き吾魂を 欺く様になつたなら其時や貴方の身の果てぞ 決して変心せぬ様に万公が忠告仕る こんな事をば云つたとて決して怒つて下さるな お道を思ひお前をば大切に思ふばつかりと 老婆心かは知らねども一寸苦言を呈します 序にお寅婆アさまよお前も確りなさいませ 蠑螈別やお民さまもしも途中で会うたなら 又も持病が再発し口の車に乗せられて 焼木杭に火がついた様な不都合のない様に 一言注意を加へますそれにつづいてアク、テクや タクの三人も気をつけよ一旦男が口に出し 三五教の御教を信仰しますと云つた上は 何処々々までも真心を立て貫いて大神の 清き尊き神業に仕へまつれよ惟神 神に誓ひて万公が五人の方に気をつける あゝ惟神々々御霊幸はへましませよ』 斯く歌ひ来る折しも、浮木の森の陣営の入口に俄造りの物見櫓が目についた。よくよく見れば物見櫓の近傍はバラモン軍の兵卒蟻の山を築いた如く、右往左往に駆け巡りながら喚き叫ぶ其声は、一行の耳に何となく厳しく応へた。松彦一行は敵軍の中とは云ひながら、只事ならじ、或は治国別の遭難に非ずやと心も心ならず、敵の陣中を物ともせず、物見櫓の麓を指して足に任せて駆り行く。 (大正一二・一・一四旧一一・一一・二八北村隆光録) |
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霊界物語 | 48_亥_治国別の天国巡覧2 | 17 甦生 | 第一七章甦生〔一二七一〕 ランチ将軍、片彦、ガリヤ、ケースの四人は罪人橋の傍に佇み、肌を断る許りの寒風に曝されながら、幽かに聞ゆる宣伝歌の声をせめてもの力として、慄ひながら待つて居た。四方を見れば、今まで吾身辺を包みたる冥官は一人も居らず、又我利我利亡者の姿は残らず消え失せたれども、再び潜り来りし小孔は塞がりて分らず、此橋を向ふへ渡らむか、実に危険にして百中の百まで顛落しさうな光景である。宣伝歌の声は追々高くなつた。それに次いで、ワイワイと喚く数百人の声、前後左右より響き来る。四人は心も心ならず、如何なり往くならむと、絶望の淵に沈んで居た。かかる所へ忽然として現はれ給うたのは容貌端麗なる一人の女神、二人の侍女を伴ひながら、四人の前に鳩の如く下り給ひ、女神は優しき声にて、 女神『貴方は大自在天様の教を奉ずるランチ将軍の一行ぢや厶いませぬか』 四人は蘇生の思ひをしながら、俄に嬉し気に声まで元気よく、 四人『ハイ、仰せの如く、ランチ将軍主従で厶います。誠に罪悪のため斯様な所へ落され、二進も三進もなりませぬ。今日迄の罪悪はすつかり悔い改めまして、生れ赤児の心に立ち帰りますれば、どうぞ此の急場をお救ひ下さいませ』 女神『それは嘸お困りでせう。貴方が誓つて体主霊従の行ひを改むるとならばお助け申しませう。妾は都率天に坐ます日の大神のお傍に仕ふるもの、妾が申す事御合点が参りましたらキツと救うて上げませう、実の所は貴方等の危難を大神様が御照覧遊ばし「一時も早く彼が前に往き、誠を説き明し救ひやれ、時後れなば一大事」との仰せに、取るものも取り敢ず、都率天を下り此処に来ました。あれお聞きなさいませ。あの宣伝歌は、貴方等を救ふための宣伝歌の声で厶います』 片彦『ハイ、有難う厶います。歌は聞えますが、其歌がボンヤリとして少しも意味が分りませぬ』 女神『あの歌は、三五教の宣伝使が、貴方等を救ふべく神への祈り歌で厶います、サア篤りとお聞きなされ』 と懐中より大幣を取り出し左右左に打ち振れば、不思議や四人の耳はパツと開けて、歌の意味は益々明瞭になつて来た。四人は両手を合せ、大地に跪いて其歌を一語も洩らさじと聞き入つた。其歌、 (紫姫)『高天原の最奥の日の若宮に現れませる 至仁至愛の大神は八岐大蛇や醜狐 曲鬼共に取りつかれ善の道をば取り違へ 智慧証覚をくらまして体主霊従の小欲に 浮身を窶すバラモンの大黒主の部下となり ミロクの神の化身たる神素盞嗚の大神の 常磐堅磐に現れませる産土山の霊国の 貴の館を屠らむと大黒主の命をうけ ランチ将軍、片彦が数多の部下を引率れて 浮木の森に陣営を構へて作戦計画の 真最中に入り来る治国別の宣伝使 忽ち悪心勃発し神の尊き御使を 千尋の暗き穴の底落し入れたる曲業は 忽ち其身に報い来て眼はくらみ変化神 此上なき美人と過りて互に修羅を燃やしつつ 反間苦肉の策を立て互に命を奪ひ合ひ 忽ち精霊肉体を離れて地獄に踏み迷ひ 進退茲に谷まれる其窮状を臠はし 妾に向つて詔らすやう汝紫姫の神 二人の天女と諸共に根底の国に降臨し 彼等四人が心底を調べたる上真心の 聊かなりと照るあらば誠の道を説き聞かせ 再び娑婆に追ひかへし遷善改過の其実を あげさせよやと厳かに詔らせたまひし神勅を 慎み畏み今茲に降り来りしものなるぞ 軍の君よ汝は今吾言霊を聞き分けて 尊き神の愛に触れ再び現世に立ち帰り 大神業に奉仕する赤心あらば吾は今 汝を安きに救ふべしあゝ惟神々々 尊き神の勅もて汝等四人に詔り伝ふ』 と言葉淑かに聞え来る。よくよく見れば宣伝歌の声は外には非ず、女神の口から歌はれて居たのである。されど神格に満ちたる天人は、現代人の如く口を用ひたまはず、一種の語字を用ひ四辺より語を発し、其意を述べ給ふにより、四人の亡者の気づかなかつたのも道理である。 ランチ将軍は漸くにして力を得、歌をもつてエンゼルに答へた。 ランチ『高天原の最奥の日の若宮に現れませる 尊き神の勅もて天降りましたる紫の 姫の命の御前に慎み敬ひ願ぎ申す 吾はバラモン大御神大国彦を祭りたる 大雲山の聖場に朝な夕なに身を清め 難行苦行の功をへて漸く道の奥処をば 悟りて茲に神柱大黒主に選まれて 教司となり居たり時しもあれやウラル教 三五教の神柱数多の軍を引率れて 空照り渡る月の国ハルナの都に攻め来る 噂は強く聞えけり茲に大黒主の神 大に怒らせ給ひつつ善か悪かは知らねども 軍を起し産土の館を指して進むべく 鬼春別に依さしまし数多の兵士任けたまふ 鬼春別の部下なりし吾等は命に従ひて 浮木の森に来る折怪しき女に村肝の 心を汚し同僚を恋の敵と恨みつつ 悪逆無道の行動を敢てなしたる悔しさよ 斯くなる上は吾とても如何でか悪を尽さむや 唯今限り悪を悔い誠の道に立ち帰り 皇大神の御教に厚く服ひ仕ふべし 尊き神の御使よ此有様を憫れみて 何卒救はせたまへかしもし許されて現界に 再び帰り得るなれば神素盞嗚の大神に 刃向ひまつりし罪咎を償ふ為に一身を 捧げて誠の大道に進み奉らむ吾心 尊き神の御使の御前に心固めつつ 委曲に願ひ奉る朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 一旦誓ひし吾魂は皇大神の御為に 仮令命は捨つるとものどには捨てじ一歩も 顧みせざる誠心を清くみすかし給ひつつ 愍み給へ紫の姫の命の御前に 慎み敬ひ願ぎ申す』 と細き声にて詔り上げた。片彦も亦歌をもつて罪を謝した。 片彦『ここたくの罪や汚れになづみたる わが身魂をば清めて救へ。 惟神誠の道に踏み迷ひ 根底の国に落ちにけるかな。 何事も神の御為世のためと 知らず知らずに曲になりぬる。 ここたくの罪を許して現世に 救はせ給へと乞ひのみ奉る』 ガリヤ『吾も亦汚き欲に包まれて 黒白も分ぬ暗に落ちぬる。 いと深き神の恵に包まれて 根底の国を去るぞ嬉しき。 皇神の此御恵を如何にして 報はぬものと危ぶまれぬる。 さりながら元は尊き大神の 身魂なりせば清く帰らむ』 ケース『身の欲に心曇りて根の国の 川辺に迷ふ吾ぞ果敢なき。 如何にして此苦しみを逃れむと 千々に心を痛めたりしよ。 有難き神の恵の霑ひて 紫姫は降りましけり』 ランチ『有難し勿体なしと申すより 外に言の葉なかりけるかも。 大神の恵の露は根の国や 底の国まで霑ひにけり』 紫姫『村肝の心の闇の晴れし身は 安く帰らむ顕御国へ。 さりながら再び現世に帰りなば 曲の仕業は夢にな思ひそ。 皆さま、結構で厶いました。どうやら現世へお帰り遊ばす道が開けたやうです。妾も大慶に存じます。併しながら此国の守護神様は金勝要大神様、一度お許しを蒙らねばなりませぬ。お願ひを致して参ります』 と云ふより早く、麗しき雲を起し、罪人橋の上を北へ北へと其神姿を隠し給うた。四人は互に顔を見合せ、ホツと息をつきながら、 ランチ『あゝ片彦殿、真に済まない事を致しました。悪魔に取りつかれ、俄にあのやうな悪心を起し、こんな所へ閉ぢ込まれるとは、どうも恥かしい事で厶る。どうか現界へ帰るとも、今迄の恨は川へ流し、層一層御親交を願ひます』 と心の底より片彦に詫びた。片彦は之に答へて、さも嬉し気に云ふやう、 片彦『将軍様、勿体ない事を仰せられますな。皆私が悪いので厶います。数多の軍勢を指揮する身分で居ながら、陣中の規律を紊し、女に心を奪はれ、遂には思はぬ葛藤を起しました其罪は、私が大部分負担すべきものです。何卒今までの罪をお許し下さいまして、従前よりも層一層の御親交を願ひます』 と心の底より打ち解けて云つた。 ガリヤ、ケースの両人は両将軍の物語を聞き、身を縮め、感歎の息を洩らして居る。斯かる所へ治国別、松彦、竜公、万公、アク、タク、テクの一行、宙を飛んで走り来り、四人の前に整列し、 治国『片彦さま、貴方の改心が国魂の神、金勝要大神様に通じました。拙者は要の神の命により、貴方を現界に救ふべくお迎へに参りました』 片彦『ハイ、有難う厶います』 と落涙に及ぶ。松彦はランチ将軍に向ひ、 松彦『将軍殿、貴方の悔悟のお願が大地の金神金勝要神様の御前に達しました。拙者は神命に依り、貴方を現界へお送り申しませう、次にガリヤ、ケースの両人も同様現界へお帰りなさい』 三人は、 三人『ハイ有難う』 と頭を下げる途端、ザワザワと聞ゆる人声に目を醒ませば、浮木の森の物見櫓の下座敷に四人は横たはり、数多の人々に介抱されて居た。さうしてお民はお寅に救はれて居た。ランチ将軍、片彦は枕許をよく見れば、豈図らむや、今夢ともなしに罪人橋の麓にて救はれたる治国別、松彦を初め、竜公、万公、アク、タク、テクの面々であつた。彼等四人は治国別、松彦の一隊に死体を河中より救ひ上げられ、宣伝歌を聞かされ、且つ天津祝詞と天の数歌の功力に救はれ蘇へつたのであつた。又お民は蠑螈別の声にハツと気がつき四辺を見れば、其枕許には蠑螈別、エキス、アーク、タール、お寅婆アさまの面々が親切に介抱をして居た。是よりランチ将軍を初め幽冥旅行の面々は心の底より前非を悔い、初めて神素盞嗚大神の御前に両手を合せ、反逆の罪を陳謝し、遂に三五の道に帰順する事となつた。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・一・一四旧一一・一一・二八加藤明子録) |
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霊界物語 | 48_亥_治国別の天国巡覧2 | 18 冥歌 | 第一八章冥歌〔一二七二〕 浮木の森の陣営には主客打ち解けて、幽冥旅行無事終了の祝宴が開かれた。而して又敵味方和睦の宴を兼ねられたのは云ふまでもない。ランチ、片彦両将軍を初め、治国別は正座に直り、アーク、タール、エキス、蠑螈別、お民、お寅、竜公、万公、松彦、アク、タク、テク、ガリヤ、ケースの面々、可なり広き居間に円陣を作り、山海の珍味を集めて、土手を切らして歌ひ舞うた。勿論それ以前に、三五教の大神を祭り、感謝祈願の祝詞を奏上し了つた事は断つておく。 治国別は声調ゆるやかに歌ふ。 治国別『高天原は何処なる清き尊き神の国 栄えの花の永久に咲きみち匂ふ神の国』 竜公『高天原は何処なる八重棚雲をかき分けて 清き尊き神人の常磐堅磐にのぼりゆき 無限の歓喜に打たれつつ喜びゑらぎ遊ぶ国』 治国『高天原の神国は愛の善徳充ち充ちて 住む天人は悉く神の恵に包まれつ 日々の業務を謹みて神の御国の御為に 心を一つに固めつつ円満具足の団体を ますます清く麗しく開き進むる天人の 喜び勇み住まふ国』 竜公『高天原の霊国は月の御神の永久に 鎮まりいます瑞の国山川清く野は茂り 春と夏とのうららかな景色に充てる珍の国 百の木の実はよく実り名さへ分らぬ百鳥は 常世の春を祝ひつつ喜びゑらぎ遊ぶ国 顔面清く照りわたる姿優しくニコニコと 憂ひを知らぬ神の国人と生れし吾々は 此世に生きて大神の道の御為世の為に 心を研き身を尽し霊肉分離の其後は 天の八衢関所をば越えずに直に天国へ 上る御霊に進むべく今より心を研くべし 神は吾等と倶にあり人は神の子神の宮 いかでか神に帰らざらむあゝ惟神々々 御霊幸はへましませよ』 ランチ『根底の国は醜の国八十の曲津や醜魂の ウヨウヨ群がり住まふ国塵や芥に汚されて 鼻つくばかり臭い国常世の暗の前後ろ 足元さへも見えぬ国暗き隧道下りゆき 頭を岩に打ちつけて血潮は流れ滝の如 苦み痛む醜の国危き橋の細長く 深谷川に架けられて身を切る計りの寒風が いや永久に吹きまくる冷たき寒き醜の国 ガリガリ亡者の此処彼処秋の夕の虫の如 悲しみ歎き聞え来る胸の塞がる暗の国 あゝ惟神々々吾等は神の御光に 照らされここに救はれて再び此世の人となり 月日の光を委曲に拝する身とはなりにけり 思へば思へば天地の神の恵は何時の世か かよわき人の身を以て酬いまつらむ時やある 心を尽し身を尽し如何なる悩みに遇ふとても 神の尊き御恵に比べまつれば吾々が 尽す誠は九牛の一毛だにも及ぶまじ 許させ給へ惟神神の御前にわびまつる』 片彦『中有界の八衢に知らず知らずに迷ひ込み 此世に生れて今日までも体主霊従の悪業を 尽せし事を一々に伊吹戸主の門番に スツパぬかれた其時は身も世もあらぬ思ひして 穴があるなら逸早く消えたきやうな心持 何とも云へぬ苦しさに根底の国に墜されて 汚穢の臭気に充されし暗き岩穴腰屈め 足を傷つけ頭打ち漸く橋の袂まで 来りて見れば沢山の冥官達が立並び コハイ顔して睨みつけ叱り飛ばした恐ろしさ それさへあるに四方より骨と皮とに窶れたる ガリガリ亡者が蜂の巣をつついた如く現はれて 吾等の体に喰ひつき手足にまとひし厭らしさ 吹来る風は腥く自然に鼻のゆがむよな 臭気は四辺を吹きまくる如何なる深き罪あるも かやうな所におとすとは大国彦の神様も 聞えませぬと心中に恨みし事も幾度か 呼べど叫べど祈れども何の証も荒涙 苦み悶ゆる折もあれ幽かに聞ゆる宣伝歌 聞くより我利々々亡者たち煙の如く消え失せぬ 鬼のやうなる面さげた冥官共もチクチクと 姿を隠し漸くに四辺は少しく明くなり あゝ嬉しやと思ふ折許しの雲に打乗りて 悠々下る女神あり女神は二人の侍女を連れ 吾等が前に現はれていとも優しき御声に 汝はランチ将軍かお前は片彦将軍か 高天原の最奥の日の若宮に現れませる 皇大神の御言もて汝が苦念を助けむと 下り来れる紫の姫の命のエンゼルと 宣らせ給ひし嬉しさよ地獄に仏といふ事は かかる事をや云ふならむ甦りたる心地して ハツと頭をさぐる折紫姫は淑に 神の御言を宣り給ひ金勝要大神の 御心伺ひ奉らむと侍女を伴ひ雲に乗り 北方の空をいういうと渡りて姿を隠しまし 間もなく来る宣伝使治国別や竜公や 松彦司其他の真人たちに救はれて 再び此世の明りをば拝みし時の嬉しさよ 此大恩に酬うべく吾は之より真心を 神の御為道の為世人の為に捧げつつ 常世の暗の現界を一日も早く大神の 珍の光に照らすべく治国別に従ひて 月の御国はまだ愚か百八十国の果までも お道の為に雨露を冒して仕へ奉るべし あゝ惟神々々神の御前に真心を 捧げて祈り奉る』 松彦『バラモン軍の秘書官と仕へまつりて河鹿山 数多の軍勢と諸共に進む折しも三五の 神徳無限の宣伝使治国別の一行に 珍の言霊打出され総隊崩れ逃出す 其みじめさに憤慨し吾は竜公と諸共に 懐谷に身を隠し善後の策を講じつつ 逃げ遅れたる馬ともにトボトボ坂を降りつつ 祠の森に来てみれば三五教の宣伝使 二人の家来が頑張つて見張りしてゐる恐ろしさ 漸く此場のゴミにごし不思議の縁で兄弟の 目出度く対面相済ませ治国別に従ひて 野中の森に来て見れば忽ちドロンと消え給ふ 後に残りし吾々は数人連れにて小北山 ユラリの彦の神殿に進みて蠑螈別さまや お寅婆さまに出会し妻と娘に巡り会ひ 漸くここに来て見れば前後左右に人の声 小山の如く集まりてウヨウヨウヨと騒ぎゐる われを忘れて陣中に一行と共に走り入り 河辺に立ちて眺むればここに四人の川はまり コリヤ大変と進みより数多の軍兵にかつがせて 物見櫓の下の間に四人を運び惟神 神の授けし言霊を声淑かに宣りつれば 神の恵は目のあたり四人一度に甦り 目を開きたる嬉しさよ今まで捜し索めたる 治国別の師の君も竜公も此処に現はれて 互に手に手を握り合ひ無事を祝せし嬉しさは 天の岩戸の開きたる百神たちのゑらぎ声 それにも勝る思ひなりあゝ惟神々々 神の光の現はれてバラモン教の宣伝使 軍の思ひも今は早矛逆しまに立直し 剣を扇子に持ちかへて神の御前を伏拝む 目出度き仕儀となりにけりこれぞ全く素盞嗚の 神の尊の御威徳が表はれ給ひし証なり 謹み敬ひ皇神の御稜威を感謝し奉る あゝ惟神々々御霊幸はへましませよ』 お寅『小北の山に現はれし其名も高きウラナイの 教主の君の蠑螈別其お身分に似もやらず 信者の娘を唆し臍繰金をまき上げて おまけにお寅の頭まで叩いて逃げる強の者 憎き奴と思ひつめ一度は腹が立つたれど 金剛杖に叩かれた其為私は神徳を 腕もたわわに頂いてスツカリ迷ひの夢も醒め 三五教の御教を此上なく信じ奉り 松彦司に従ひて浮木の森に来てみれば 右往左往と人の影只事ならじと近寄りて よくよく見ればお民さま大地に蛙を投げたよに 早縡切れてゐなさつたコリヤ大変と万公や アク、テク、タクの一同は人工呼吸を施して 天津祝詞を奏上し祈り奉ればアラ不思議 神徳忽ち現はれて息ふき返した嬉しさよ 之も全く神様の吾等を導き給ふべく 計り給ひし御業ぞと尊み敬ひ今ここに 無事の対面遂げながら以前の恨を打忘れ 一切万事神様に御任せ申した気楽さよ いざ之よりは吾々も心の腹帯締め直し 魔神の猛ぶ荒野原よぎりて神の御為に 力限りに仕ふべしあゝ惟神々々 天地を造り給ひたる皇大神よ大神よ お寅が微衷を愍みて此大業を詳細に 遂げさせ給へと願ぎまつる』 万公『ヤア皆さま、幽冥組も元気恢復し、言霊車の運転も随分盛なものでした。之から一つお民如来さまに、何か面白い歌を歌つて頂きませうか、ナアお民さま、あなたも随分○○の道にかけては、剛の者だからなア』 お民『ホヽヽヽヽ、私は余り慢心して高い所まで上り、神罰を被つて、階段から顛落し、サツパリ幽冥旅行を致しました。其時後頭部をシタタカ打つたと見え、何だか頭が変になつて、到底歌なんか出ませぬ、何卒御免下さいませ』 万公『コレコレお民さま、吾々はお前さまの命の救ひ主だ。チツとは恩にきせるぢやないけれど、歌位歌つてくれたつて、余り罰が当りもせまいぞや。蠑螈別さまの前だつて、さうテラすものぢやないワ。歌つたり歌つたり』 お民『エヽさういはれちや仕方がありませぬ、何れ死ぞこなひですから、生命のあるやうな歌は歌へませぬ、何でも宜しいか』 万公『何でも宜しい、お前さまの声さへ聞けばそれで満足だ。チツとは幽霊気分が交つても差支ありませぬ。現界の歌は随分聞いてるが、幽界の歌はまだ聞いた事がないから、チト位、いやらしてもいいから、幽界で覚えて来た事を歌つて下さいな』 お民『ハイ、お恥かしう厶いますが、それなら歌はして貰ひませう』 と云ひながら、両手をニユツと突き出し、掌をベロリとさげ、舌を出したり入れたりしながら、一口言つては踊る其可笑しさ、一同は思はず吹出し、俄に興を添へた。 お民『あゝ恨めしや恨めしや私は蠑螈別さまの 悪性男に騙されて浮木の森まではるばると 心ならずもついて来たワイなヒユーヒユードロドロヒユー、ドロドロ 恨めしや…………恨めしわいな足の裏に おまんまがひつついてウラ飯いこんな所につくよりも なぜに表の鼻の先天晴ついては下されぬ そしたら私と蠑螈別さまは誰憚らずママになる と思うてゐたのは今までだ冥土の旅をやつてから 白鬼さまに頼まれて審判の役となつたわいな ホツホツホツホヽヽヽあた厭らしい声がする 此奴ア不思議とよく見れば蠑螈別の副守さま 化物みたよな女をば沢山背に負ひながら エチエチエチと走りゆく後姿を眺むれば 青赤白や萠黄なすさも厭らしい鬼の顔 アーアこんな男とは私は夢にも知らなんだ お寅婆さまはさぞやさぞこれ程沢山曲鬼の 憑いた男をさらはれてホンに仕合せなお方だと 天の八衢の関所から打驚いてみてゐましたよ ヒユーヒユードロドロヒユー、ドロドロホヽヽホツホ、ホーホーホー ハテ恨めしやアな、恨めしや私はこれから蠑螈別の 後には従いて行きませぬ石塔の横から細い手を ニユツと前の方へ突き出して万公さまの首筋を 冷たい手々にてグツと掴みキヤツといはさにやおきませぬ ホヽヽヽホツホ恨めしやヒヽヽヽヒツヒ気味がよいや こんな女子に睨まれたが最後の錠観念なされや万公さま メツタに助かりつこはない程にイヒヽヽヒツヒ、イヒヽヽヽ』 万公『コリヤお民……ドン、やめてくれ、何を云ふのだ、アタ厭らしい』 お民『それだつて、冥土土産に唄へと云つたぢやありませぬか、私が修業して来たのは、こんなものですよ、ホツホヽヽヽ』 万公『エヽ気味の悪い、首筋がゾクゾクし出した。コレお寅さま、一杯ついでくれ、そしてお民さまを暫く、あつちの方へ送つて行つて下さい……本当に飲んだ酒がしゆんで了つたやうだ』 松彦『万公さまお民幽霊におどされて ブルブル震ひ汗をかくなり』 万公『われとてもお民位は恐れねど あの言霊が気にくはぬなり』 お民『万公さま恐ろしいないとは云はれまい 其顔色はホヽヽヽヽヽヽ』 万公『またしても厭らし声を出しよるな 早く此場を立つてゆけかし』 お民『立ちたくは山々なれど肝腎の 蠑螈別がおもひ切られず』 万公『何吐す貴様は口と心とが 裏表故うらめしといふ……のだらう』 お民『本当に恨めし人は蠑螈別 表にめすは万公さまなり』 万公『気にくはぬお民の奴よ一時も 頼みぢや程に退いてくれかし』 お民『幽霊に一旦なつた私ぢやもの お前の首を抜かにや離れぬ』 お寅『万公さま、コレお民さま、お互に 心得なされ、ここは陣中』 蠑螈『お民といひお寅といつて騒ぐとも 高姫司にまさる者なし』 お寅『さうだらう高姫さまは若い故 お民さままで厭になるのだ。 なアお民、お前の年はまだ二十 五十婆さまを若う見るとは。 それ故に夢の蠑螈別さまと 人が言ふのも無理であるまい』 ランチ『ヤア皆さま、面白く祝はして頂きました。最早夜も更けましたなれば、御寝み下さいませ。又明日ゆつくりと尊き御話を伺はして頂きませう』 此挨拶に一同は上機嫌で各居間に帰り、寝に就いた。 (大正一二・一・一四旧一一・一一・二八松村真澄録) |
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霊界物語 | 49_子_祠の森の物語1(高姫と妖幻坊) | 05 復命 | 第五章復命〔一二七九〕 漸くにして石搗も済み、道公、晴公、伊太公、純公、其外一同は、前後百余日を費して立派なる宮を建て上げた。而して其遷宮式は節分の夜に行はるることとなつた。四方八方より信者が密集し来り、祠の森のふくらんだ広い谷も、立錐の地なき迄に信者が集まつて来て、此遷宮式に列することとなつた。沢山の供物が山の如く集まつてゐる。道公始めバラモン組のイル、イク、サール、ヨル、テル、ハルの連中も祭官の中に加はり、イソの館より下附された立派な新調の祭服を身にまとひ、神饌所に入つて、何百台とも知れぬ神饌の調理にかかつてゐる。 ヨル『オイ、今日の祭りは俺のお蔭だぞ。神様を拝むよりも先づさきに俺を拝むのだな』 とお神酒の盗み呑みに、顔を真赤にしてクダを巻いてゐる。 イル『コラ、ヨルの奴、貴様は何だ、エヽン、祭服をつけやがつて、神様にお供へもせぬ内からお神酒を戴くといふ事があるか、チツと心得ぬかい』 ヨル『コラ、イル、何を吐しやがるのだ。今夜は玉国別さまがヨルの祭だと仰有つただないか、イルの祭だないぞ。それだから俺が先づ毒味をして喉の神様に供へ、其上でヨルの神様をお祭りするのだ。ヤツパリ身魂がよいとみえて、こんな立派なお宮様にヨルの霊を祭つて頂くのだからなア、本当に偉いものだらう』 イク『併しこれ丈沢山の金銭物品を供へても、神様はお受取になるだらうかなア。却て御迷惑だらうも知れぬぞ、神様はすべて無形にましますのだから、この様な人間の食ふ有形的供物はおあがりになる筈はないだないか。その証拠にやいくら永く供へておいても果物一つ減つてゐないぢやないか、こんな沢山の物供へるよりも、代表的にお三方に二台か三台か供へておいて差支なささうだがな。丸で八百屋の店みたやうだ。エヽー、ヨル、貴様何う思ふ?』 ヨル『貴様はヤツパリまだ神の事が分らぬと見えるワイ。神様は地上に降り玉ふ時はヤツパリ人間の肉の宮を機関と遊ばすのだから、自然界の法則を基として、何事もお仕へせなくちやならぬぢやないか。信者の供物を受取り玉ふ神様は無形にましますが故に、物質的食物は不必要だと云つて、此結構な御祭典に金額物品を備へない奴は神様の愛に居らず又神の恵に浴する事も出来ない偽信者のなすべき事だ。祭典といふ事は祭る法式といふ事だ。祭るといふ事は、人を待つ事だ、所謂お客様を招待するも同じ事だ。善と真とを衡にかけ、人間の愛と神の愛とを和合する神事だ。それだから真釣りにまつるといふのだ。何程神様に供へたお供へものがへらないと云つても、肝腎要のお供物の霊は皆おあがりになつてゐるのだ。大根は大根の味、山葵は山葵の味、魚は魚の味と、各自に其味が変つてゐるのは皆神様から造られたものであつて、人間の所為でもなければ、大根山葵夫れ自身のなし得たる所でもない。同じ土地に同じ肥料をやつて作つても、唐辛を蒔けば辛くなる、水瓜を作れば甘くなる、山椒を作れば又辛くなる、そして其甘さにも辛さにも各特色がある。これ皆神徳の内流によつて出来るものだ。それだから地上の人間は神様に結構なものを与へられて、之を感謝せずには居られない。夫れ故神の御恵みを謝する為に心を尽してお供物をするのだ。此通り沢山なお供物の集まつたのも、仮令少しづつでも、これ丈の人間が各自に何なりと持つて来たのだから、塵つんで山をなしたのだ。神は人間の真心を受けさせ玉ふものだから、菜の葉一枚でも供へてくれと云つて持つて来た者は、皆お供へせなくちやすまないぞ。それが祭の祭たる所以だから、……』 テル『それでも賽銭一文持たず、菜の葉一枚お供へせずして、有難がつて喜んでゐるのもあるだないか。それは何うなるのだ』 ヨル『其奴は夢を見て喜んでる様なものだ。此ヨルさまはヨルの祭だから、供へてくれた人間は皆覚えてゐるが、空参りする奴は空霊だからお蔭はやらないよ。ヨルの守護の世の中だからなア。何なつと手形を持つて来ないとヨルの神様も信仰が分らないからな』 テル『お前の神様はヨルの神様でなうて、欲の神様だろ』 ヨル『馬鹿云ふな。神を愛し、神に従ひ、仮令菜の葉一枚でも、神様に上げたいといふ真心の人間をヨルの神様だ。即ちより分ける神様だ。選まれたる者は天国にゆくといふぢやないか。選むといふ事はヨル事だ。併しチツとは其時の都合にヨル神だから、マアなるべく酒でも何でも構はぬ、供へ玉へ運び玉へだ、アハヽヽヽ』 ハル『丸でバラモン教みたいな事を言ふぢやないか、神様に物をお供へすればお蔭がある、お供へせない奴ア神様が愛せないといふのは、チツと神としての神格に抵触するではないか』 ヨル『バラモン教だつて、三五教だつて、祭に二つはないだないか、別に神様は人間の乞食でもあるまいから、醵出したものを以て生命を保ち玉ふ様なお方ではないが、すべて愛の心が起れば、人間は神様に何なりと上げたくなるものだ。又神様は人間を愛し玉ふ時は田もやらう、畔もやらうといふお心にならせ玉ふものだ。年よりの親が息子や娘に土産を買ふて来て貰つたり、又孫が仮令少しの物でも、これをお爺さまお婆アさまに上げたいと思つて買つて来たと聞いた時は、其爺さま婆アさまは、仮令僅少なものでも、どれ丈喜ぶか知れぬだないか。せうもないものでも、息子が買ふて来てくれたものだとか、孫が遥々買ふて来てくれたとか、送つてくれたとか、会ふ人毎に話して喜ぶだろう。そして僅二三十銭の物を孫がくれると爺さま婆アさまは臍繰金の十円も出して、孫にソツとやるだないか。愛は愛と相応し、善は善と相応するものだ。それだから、祭を真釣合といふのだ。決して爺さま婆アさまは吾子や孫に、土産を買ふて来て貰はうと望まない……と同様に神様は決してお供へを望み遊ばさない。けれど其子や孫が土産をくれた時の心と、くれない時の心とは、其時の愛の情動の上に於て、非常な差等のあるものだ。それだから神の愛に触れむと思ふ者は神を愛さなくてはならぬのだ。人間として何程心を尽しても、神様に対する御恩報じは金額物品を以て、其真心を神に捧ぐるより、外に手段も方法もないだないか』 テル『それでも人間は精神を以て神の為に尽し、神を愛すれば可いのだよ。なア、イク、サール、貴様、そう思はせぬか』 サール『それも一理あるやうだが、ヤツパリ、ヨルの神様の、云ふやうに、愛の心が起つたならば、キツト中途に止まるものだない、終局点迄達するものだ。其終局点は所謂人間の実地の行ひだ。霊から始まつて体に落ち着くのが真理とすれば、ヤツパリ神様に山野河海の珍しき物や幣帛料を献納するのは所謂愛と誠の表はれだと思ふ』 ハル『成程夫れに間違ない。さうでなければ何うして玉国別さまや、五十子姫様が、こんな大層な祭を遊ばすものか』 と神饌所が賑つてゐる。そこへ伊太公、純公の二人現はれ来り、 伊太『サア、是から祓戸が初まる、お前たちも準備をしてゐなくちやならないぞ。併し大変な参詣者だないか』 ヨル『本当に立錐の余地なき迄、参拝者が集まりましたなア』 伊太『ヤア、今太鼓がなつた。サア、神饌の用意は出来たかなア』 イル『余り沢山な供へ物で、実は目をまはす許りの多忙を極めて居ります。併し大方準備が出来たやうです』 伊太『純公さま、私は之から祓戸を勤めねばなりませぬ。貴方はどうか神饌長になつて下さい』 純公『ハイ承知しました』 伊太公は『皆さま宜しく、抜目のないやうに頼みます』と云ひすて、祓戸の館を指して急いで行く。 祓戸式、神饌伝供もすみ、玉国別の遷宮祝詞の奏上も了り、それより餅撒きの行事に移つた。祓戸主の祝詞や遷宮式の祝詞は略しておく。 昼夜を分たずポンポンと搗いた小餅は五石六斗七升と称へられた。而して其大部分は五十子姫今子姫の手に固められたものであつた。神饌係のイル、イク、サール、ヨル、テル、ハルを始め、神饌長の純公は高台の上に登り、一生懸命に四方八方へ餅を撒きつけた。数多の老若男女は波打つ様に餅の落ちる方へ雪崩を打つて、人を踏み越え、つき倒しなどして、一個でも多く拾はむ事を努めた。平素は神の教を聴き、人間は人に譲り、謙らねばならぬと云ふ事を心に承知し且人にも偉相に宣伝し乍ら、かかる場合にはスツカリ獣性を遺憾なく発揮するものである。丁度犬の子がさも親密相にじやれあふたり、ねぶり合ふて遊んでゐる所へ、腐つた肉を放りこんだやうな物である。之を思へば人間は肉体を有する限り、どうしても我慢と欲には離れ得ないものと見える。一つでも此餅を戴き家に帰つて家族や近所の者に分け与へて神徳を分たむとすれば、おとなしくして、後の方へ控へて居つても、半分の餅も拾ふ事は出来ない。始めの間はさういふ態度を取つて居つた信者も沢山あつたがグヅグヅしてると、押し倒され、踏み躙られ、餅は拾ふ事が出来ないので、群集心理とやらに襲はれて、さしも謙遜にして従順なりし男も、ソロソロ鉢巻をしめ出し、手に唾をつけ、邪魔になる奴を押し倒し、そして一つでも余計に拾ふて懐に捻ぢ込まねば損だといふ気になり、一時にあばれ出したからたまらない。彼方の端にもキヤアキヤア、此方の隅にもアンアンと子供の泣く声、俄に修羅道の浅ましき場面と変じて了つた。餅撒きも漸くすみ、餅の争奪戦も休戦のラツパが鳴つた。それより各信徒は立派に建て上つた新しき宮を伏拝み、欣々として河鹿峠を下り、各家路に日を暮し乍ら、帰つて行く。あとには宣伝使や祭典係の連中と熱心なる信者が十数人残つて居た。 因に神殿は三社建てられ、中央には国治立尊、日の大神、月の大神が斎られ、左の脇には大自在天大国彦命、並に盤古大神塩長彦神を鎮祭し、右側には山口の神を始め、八百万の神々を鎮祭された。此祭典がすむと同時に玉国別の眼病は全快し、顔の少しく、形まで変つて居たのが、以前にまして益々円満の相となり、俄に神格が備はつて来た様に思はれた。茲に玉国別は直会の宴を、社務所の広間に於て開く事となつた。而してこの席に並んだ者は、此祭典に与つた役員全部と十数名の熱心な信者とであつた。玉国別は鎮祭無事終了を祝する為、神酒を頂き乍ら、歌ひ出した。 玉国別『神が表に現はれて善と悪とを立て分ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 只何事も人の世は直日に見直し聞直し 身の過ちは宣り直す三五教の大御神 聖き教を四方の国開き伝ふる身を以て 少しの心の油断より天津御空の日月に 譬ふべらなる両眼を獣の為に破られて 痛さに悩み皇神が依さし玉ひし神業を いかにかなして果さむと思ひ悩める折もあれ 皇大神の御心に深き仕組のゐましてや 祠の森に止められ皇大神の御舎を 大宮柱太しりて仕へまつらせ玉ひたる 其御心は今となり初めて思ひ知られける これを思へば吾々が二つの眼を山猿に 掻きむしられし経緯は全く神の御心に 出でさせ玉ふものなりと悟るも嬉し今日の宵 今迄痛みし吾眼拭ふが如く癒えわたり 眼の霞もよく冴えて今は全く元の如 清き光を放ちけりあゝ惟神々々 神の守らす神の世は一切万事神界の 御教に服ひ奉り卑しき人の心もて 何くれとなく一々に争論うべきものならず 天地の間は一切を只神様の御心に 任せまつりて従順に吾天職を守るより 道なきものと悟りけり五十子の姫よ今子姫 最早吾身は斯くの如眼の悩み癒えぬれば 汝が命と何時迄も一つとなりて神の前 仕ふる事は叶ふまじわれは是より珍彦に これの館を守らせて神の依さしの神業に 立ち出で行かむ汝は又イソの館へ立ち帰り 今子の姫と諸共に皇大神の御前に 心を浄め身を清め朝な夕なに仕へかし 珍彦静子晴公よ汝は吾れに成り変り 祠の森の神殿に朝な夕なに仕へつつ 神の教を受けむとて参来集へる信徒を 完全に詳細に説き諭し神の御国の福音を 普く附近にかがやかし曲津身魂の往来を いよいよ茲にせきとめてイソの館に一歩も 進入させじと村肝の心を尽して守るべし 夜が明けぬれば吾々はこれの館を立出でて ハルナの都に蟠まる八岐大蛇の征服に 神の恵を浴び乍ら進みて行かむ惟神 神の守りを願ぎまつる』 と歌ひ了り、神殿に向つて合掌する。 五十子姫は長袖淑かに舞ひ乍ら、静に歌ひ出したり。 五十子姫『神素盞嗚大神の神言畏み背の君は 玉国別と名乗りまし獅子狼の吠えたける 荒野を別けて河鹿山風の悩みや山猿の 為に眼を失ひつ漸く茲に来りまし 悩みし眼を癒やす内如何なる神の御恵か 尊き神業を任けられて百日百夜を事もなく 過ごさせ玉ひ皇神の瑞の御舎仕へまし 祭も無事に相済みて神の恵も灼然に 眼の悩みなをりまし感謝の涙諸共に 今直会の宴席に列なり玉ひ珍彦や 其他の司に御社の守りの役を任けさせつ 只の一日も休まずに又もや猛き荒野原 雪踏み分けてフサの野を渡らせ玉ひ月の国 遠き都に出で玉ふ其功績は皇神の 御稜威に比べまつるべしさはさり乍ら五十子姫 漸く茲に尋ね来て夫の命の笑顔をば 拝む間もなくイソ館神の御前に帰るべく 宣らせ玉ひし言の葉は実にも雄々しき限りぞと 勇みに勇む胸の内今子の姫もさぞやさぞ 嬉しみ玉ふ事ならむ伊太公さまよ純公よ 其外百の司たち吾背の君に従ひて 一日も早く月の国ハルナの都に蟠まる 八岐大蛇や醜神を言向和し大神の 依さし玉ひし神業を完全に委曲に尽し了へ 一日も早く復命申させ玉へ惟神 神の御前に祈ぎまつる旭は照る共曇るとも 月は盈つ共虧くるとも仮令大地は沈むとも 誠の力は世を救ふ誠一つは神界の 唯一の宝生命ぞ皇大神を能く愛し 其神格を理解して神の御前に善徳を 積む傍に世の人を普く愛し導きて 神の司の本分を遂げさせ玉へ五十子姫 イソの館に勤めつつ吾背の君や汝が命 其一行の成功を身もたなしらに祈るべし いざいざさらばいざさらば勇み進んで出でませよ 妾はこれより河鹿山雪踏み分けてやうやうに イソの館に立ち帰り皇大神に此さまを 完全に委曲に奏上し百の司の真心を 洩らさず落さず大前に申し上げなむいざさらば 明日はお別れ申します何れも無事でお達者で 神の恵の幸あれや偏に祈り奉る あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 今子姫は又歌ふ。 今子姫『旭は照る共曇るとも月は盈つ共虧くる共 仮令大地は沈む共神の恵は永久に 変らせ玉ふ事あらじ抑も神が世の中を 造り玉ひし目的は地上に住める蒼生を 一人も残さず天国に救はむ為の御仕組 天国浄土の団体をますます浄く円満に 開かせ玉ひ神国を永遠無窮に建設し 百の神人喜びて常世の春の栄えをば 来さむ為の御経綸吾等は人と生れ来て 深甚美妙の神徳にひたり乍らも体欲に いつとはなしに晦され至粋至純の神霊を 汚しゐるこそはかなけれ皇大神は吾々の 曇れる霊を憐れみて高天原より降りまし ウブスナ山や其外の聖地を選りて神柱 立てさせ玉ひ現そ身の暗黒無明の世界をば 照らさせ玉ふ有難さ皇大神の神言もて 五十子の姫の侍女となりメソポタミヤの天恩郷 其外百の国々を経めぐり神の福音を 余り大した過ちも来さず漸く使命をへ イソの館に相召され尊き神の大前に 仕ふる身とはなりにけりハルナの都の曲津身を 征服せむと出でましし玉国別の遭難を 介抱せむと神勅を辱なみて五十子姫 みあとに従ひ来て見れば思ひ掛けなき御負傷に 一時は胸も轟きて憂へ悩みゐたりしが 神の仕組のいや深くかかる案じもあら涙 流せし事の恥かしさ百日百夜を無事に経て 茲に尊き皇神の瑞の御舎建て了り 国治立の大神や月の大神日の御神 大国彦の神様や其外百の神々を 斎きまつりて三五の教の道の御光を 照らさせ玉ふ今日の宵あくれば立春初春の 天津光をうけ乍ら玉国別は道の為 南を指して鹿島立ち妾は君と諸共に 雪踏み分けて河鹿山風に吹かれつ春の日を 頭にいただきいそいそと勇みて帰るイソ館 皇大神の御前に此有様をまつぶさに 復命する楽しさよ旭は照るとも曇る共 月は盈つとも虧くる共皇大神の御恵は 千代も八千代も永久に変らせ玉ふ事あらじ 玉国別よ百人よ勇み進んで月の国 ハルナの都は云ふも更七千余国の国々に 蟠まりたる曲神を厳の言霊打出だし 言向和し神国を此地の上に永久に 建てさせ玉へ惟神神の御前に今子姫 謹み敬ひ願ぎまつるあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 道公は又歌ふ。 道公『祠の森に宮柱太しく建てて永久に 鎮まりいます皇神の御前に謹み願ぎ奉る 皇大神の御道を四方に伝ふる道公は 玉国別の師の君に従ひまつり月の国 其外百の国々に威猛り狂ふ曲神を 神の力を蒙りて言向和し神国の 聖き教を世に布きて神の御前に復命 仕へ奉らむ吾心諾ひ玉ひ惟神 神の御前に道公が真心こめて願ぎまつる 五十子の姫よ今子姫汝が命はイソ館 いと安々と帰りまし皇大神の御前に 此有様を詳細に宣らせ給ひて師の君や 吾等が一行の身の上を深く守らせ玉ふべく 祈らせ玉へ道公は吾師の君に従ひて 吾身を砕き吾骨を粉にするとも厭ひなく 守り奉らむ心安く帰らせ玉へ惟神 神の御前に願ぎまつる』 と歌つて五十子姫に別れを告げた。五十子姫は忽ち神懸状態となつた。かからせ玉ふ神は国照姫命なりけり。 国照姫『皇神の神言畏み御舎を 仕へ奉りし人ぞ尊き。 玉国別神の命の悩みたる 目のはれたるも神の恵ぞ。 大神に尽す誠の顕はれて 再元の眼とぞなれる。 道公は名を道彦と改めて 玉国別に従ひて行け。 伊太公は伊太彦司と名を賜ひ 曲きたへむと月に出でませ。 純公は真純の彦と改めて 神の教を四方に伝へよ。 晴公は道晴別と名を替へて 治国別の後を追ひ行け』 玉国別『有難し、国照姫の詔 項にうけて進み行かなむ』 道彦『身も魂も曇りはてたる道公に 名を賜ひたる事の嬉しさ。 大神の恵はいつか忘るべき 心も身をも捧げ尽さむ』 伊太彦『暗の世にいたけり狂ふ曲神を 言向和さむ伊太彦司は』 道晴別『治国別神の命に従ひて 帰りて見れば道晴別となりぬ』 今子姫『国照姫、かからせ玉ふ五十子姫 汝は誠の神にいませし。 美はしき尊き神の生宮に 仕へ奉りしわれぞ嬉しき』 珍彦『皇神の瑞の御舎側近く 仕ふる吾れを守らせ玉へ』 静子『背の君は宮の司となりましぬ 守らせ玉へ国照姫の神』 楓『父は今、神の司となりましぬ 母と吾等を守らせ玉へ。 国照姫神の命の御教を 固く守りて仕へまつらむ』 国照姫『いざさらば、神の宮居も恙なく 成りたる上は天に帰らむ』 と歌ひ玉ひ、神上がり玉へば、五十子姫は元の肉体に復りける。 五十子姫『いざさらば吾背の君よ恙なく 神の仰せをとげさせ玉へ。 五十子姫イソの館にあるとても 霊は清き君が御側に』 玉国別『玉国別神の命の真心を 力となして神に仕へよ』 かく互に歌をよみかはし乍ら、大神の御前に恭しく拝礼し、前途の光明を祈り乍ら珍彦、静子、楓其外バラモン組の六人の役員や熱心な信者に後事を托し、玉国別は道晴別、真純彦、伊太彦、道彦と共に宣伝歌を歌ひ乍ら、潔く河鹿峠を、初春の日の光を浴びて下り行く。 (大正一二・一・一六旧一一・一一・三〇松村真澄録) |
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霊界物語 | 49_子_祠の森の物語1(高姫と妖幻坊) | 07 剛胆娘 | 第七章剛胆娘〔一二八一〕 初稚姫『此世の中に人となり神の恵に救はれて 父の命と諸共に産土山の聖場に 朝な夕なに仕へたる吾身の上こそ嬉しけれ 神素盞嗚の大神は高天原に登りまし 姉大神に疑はれ高天原の安河で 誓約の業をなしたまひ清明無垢の瑞御霊 現はれ給ひし尊さよさはさりながら八十猛 神の命は猛り立ち吾大神の御心は かくも尊き瑞御霊しかるを何故大神は 汚き心ありますと宣らせたまひし怪しさよ 事理聞かむと伊猛りて遂には畔放ち溝埋め頻蒔や 串さしなどの曲業を始めたまひし悲しさよ 我素盞嗚の大神は百千万の神人の 深き罪をば身一つに負はせたまひて畏くも 高天原を下りまし島の八十島八十の国 雪に埋もれ雨にぬれはげしき風に曝されて 世人のために御心を尽させたまひ産土の 伊曽の館にしのばせて茲に天国建設し 千座の置戸を負はせつつ五六七の御代を来さむと いそしみ玉ふ有難さ妾も尊き御神の 御許に近く仕へつつ天国浄土の真諦を 悟り得たりし嬉しさよ父の命に暇乞ひ 踏みも習はぬ旅の空出で往く身こそ楽しけれ 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも誠一つの三五の 愛と信との御教は幾万劫の末までも 天地と共に変るまじかくも尊き御教に 吾精霊を充しつつ尊き神の御使と 茲に旅装を調へてハルナを指して出でて往く あゝ惟神々々神の恵の深くして 往く手にさやる曲もなく身も健に此使命 果させたまへ大御神石の枕に雲の夜着 野山の露に身を伏せて仮令幾夜を明すとも 神の御守り有る上は何か恐れむ宣伝使 かよわき女の身ながらも絶対無限の神力を 保たせ給ふ大神の吾は尊き御使 必ず神の御名をば汚さず穢さず道のため 世人のためにあくまでも神の御旨を発揚し 八岐大蛇も醜神も剰さず残さず神の道 救はにややまぬ吾覚悟立てさせたまへ惟神 神の御前に赤心を捧げて祈り奉る 神が表に現れまして善神邪神を立てわける 五六七の御代も近づきて常世の春の花開き 小鳥も歌ふ神の園此世は曲の住家ぞと 世人は云へど吾身には皆天国の影像ぞ あゝ勇ましや勇ましや悪魔の征討に上り行く 吾身の上ぞ楽しけれ』 と声淑やかに歌ひつつ、産土山を下り、荒野ケ原を渡り、漸く黄昏時深谷川の丸木橋の辺についた。此谷川は川底迄殆ど百間許りもある、高き丸木橋である。総ての宣伝使は皆この一本橋を渡らねばならない。併し一本橋とは云へ、谷川の辺の大木を切り倒し、向岸へ渡せし自然橋なれば、比較的丈夫にして騎馬のまま通過し得る巨木の一本橋であつた。初稚姫はこの丸木橋の中央に立ち、目も届かぬ許りの眼下の谷水が飛沫をとばして囂々と流れ往く其絶景を打ち眺めて居た。 初稚姫『大神の恵は清き谷水の 流れて広き海に入るかな。 闇の夜を明きに渡す丸木橋 妾は今や中に立ちぬる。 眺むれば底ひも知れぬ谷川に 伊猛り狂ふ清き真清水。 谷底を流るる水はいと清し 空渡り往く人は如何にぞ。 黄昏れて闇の帳はおろされぬ されど水泡は白く光れる。 伊曽館、咲き匂ひたる白梅に 暇を告げて別れ来しかな。 月もなく星さへ雲に包まれて 暗さは暗し夜の一人旅。 かくばかり淋しき野路を渡り来て 黒白もわかぬ闇に遇ふかな。 さりながら神の光に照らされし 吾が御霊こそは暗きを知らず。 唯一人橋のなかばに佇みて 思ひに悩む父の身の上。 いざさらば此谷川に名残りをば 惜みていゆかむ河鹿峠へ』 かく歌ひながら暗の小路を足探りしつつ進み往く、遉の初稚姫も暗さと寒さに襲はれ止むを得ず路傍に蓑をしき、一夜を此処に待ち明さむと、天津祝詞を奏上し、うとうと眠る時しも一本橋の彼方より現はれ出でたる黒い影、のそりのそりと大股に踏張り乍ら、初稚姫の傍近く進みより、 甲(赤六)『オイ、臭いぞ臭いぞ』 乙(黒八)『何が臭いのだ。ちつとも臭くは無いぢやないか。昨夕も失敗し、今晩こそは人の子を見つけて腹を膨らさなくちや、最早やり切れない。何とかして人肉の温かいやつを食ひたいものだなア』 甲(赤六)『さうだから臭いと云つて居るのだ。何でも此辺に杢助の娘、初稚姫と云ふ奴が来た筈ぢや。昼は到底俺達の世界ぢやないが、都合のよい事には女一人の旅、肉はムツチリと肥て甘さうだ。何とかして捜索出して御馳走に預かり度いものだ。……オイますます臭がして来たよ。何でもこの辺の横つちよの方に休息して居るに相違ない。オイ黒、貴様はそつちから探して呉れい。この赤サンは足許から探しに着手する』 黒(八)『オイ赤、貴様は鬼の癖に目が悪いのか』 赤(六)『何、ちつとも悪くは無いが、此間から人間を食はないので些しうすくなつたのだ。オイ黒、貴様は見えるかい』 黒(八)『見えいでかい。イヤ、其処に金剛杖や笠が見えかけたぞ。ヤ旨い旨い今晩はエヘヽヽヽ久し振りで、どつさりと御馳走を頂かうなア』 初稚姫は不思議の奴が来たものだと、息を凝らして考へて居た。さうして心の中に思ふやう、 初稚『妾は天下の宣伝使だ、此位な鬼が怖ろしくて、此先数千里の旅行が続けられやうか。一つ腕試しに此方の方から先をこして相手になつて見よう、否威かしてやらう』 と胆力を据ゑ、 初稚『こりやこりやそこな赤黒とやら申す鬼共、貴様は最前から聞いて居れば、大変に腹を減して居るさうだなア。人肉の温かいのが喰ひたいと云ふて居たが、茲で温かい肉と云へば妾一人しかいない筈ぢや。年は二八の若盛り、肉もポツテリと肥て大変味がよいぞや。所望とならば喰はしてやらう。サア手からなりと、足からなりと、勝手に喰つたがよからう。妾は天下の万物を救ふべき宣伝使だ。吾の御霊は神の聖霊に満されて居る。汝は哀れにも悪霊に取りつかれ、肉体迄が鬼になつたと見える。妾は今日は宣伝使の門出、初めて聞いた其方の悔み事、之を救うてやらねば妾の役がすまぬ。サア遠慮はいらぬ、吾肉体を髪の毛一条残さず食ふて呉れ。神の神格に満された初稚姫の肉体を喰はば、汝赤、黒の鬼どもはきつと神の救ひに預かり、清き尊き人間になるであらう。妾は繊弱き身なれども、汝の如き荒男に喰はれ、汝を吾生宮として使ひなば、初稚姫の身体は荒男二人となつて神のために尽す非常の便宜がある。サア、早く喰つてもよからうぞ』 赤黒二人は初稚姫の此宣言に肝を潰したか、ビリビリと慄ひ出した。 赤(六)『オイ、ク、黒、駄目だ駄目だ。サヽ遉は杢助さまの娘だけあつて偉い事を云ふぢやないか。俺はもう嚇し文句が何処へかすつ込んで仕舞つた。貴様何とか云つて呉れないか。帰宅で話が出来ぬぢやないか』 と慄ひ慄ひ囁いて居る。 黒(八)『オイ赤、彼奴はバヽヽ化物だよ。決して初稚姫さまぢやなからう。あんな柔しい女がどうしてあんな大胆の事が云へるものか。彼奴はキツト化物に違ひない。グヅグヅして居ると反対に喰はれて仕舞ふぞ。サア、逃げろ逃げろ』 赤(六)『俺だつて足がワナワナして逃げるにも逃げられぬぢやないか。ほんとに貴様の云ふ通り彼奴は、バヽ化物だ。それだから杢助さまに耐へて下されと云ふのに、ちつとも聞いて下さらぬからこんな目に遇ふのだ』 と二三間此方の萱の中に首を突つ込んで慄ひ慄ひ囁いて居る。初稚姫は、 初稚『ホヽヽヽヽ、何とまア腰抜けの鬼だこと、そんな鬼みそに喰つて貰ふのは御免だよ。お前の身体に入つて見た所で、そんなみそ鬼は仕様がないから今の宣言は取り消しますよ。オイ鬼共一寸茲へ来なさい、少し神様のお話を聞かしてあげる。お前も可愛さうに人間の身体を持ちながら、何と云ふ弱い事だ。妾は初稚姫に違ひありませぬよ。決して化物ぢやありませぬ。最前からお前の囁き声を聞いて居れば、何うやら下僕の六と八のやうだが、夫に違ひはあるまいがな。妾も初めはほんとの鬼かと思ふて身体を喰はしてやらうと云つたが、幽かに囁く話声を聞けば六と八とに相違あるまい。お父さまに頼まれて私を試しに来たのだらう。サアここに来なさい、決して化物でもありませぬ』 赤と名乗つて居た六は小声になり、 六『オイ黒八、どうだらう、本当に姫様だらうか?どうも怪しいぞ。うつかり傍へ往かうものなら、頭から噛りつかれるかも知れやしないぞ』 八『さうだなア、赤六の云ふ通り、どうも此奴は怪体だぞ。それだから今晩の御用は根つから気に喰はぬと云つて居たのだ。あゝ逃げるにも逃げられぬ、どうも仕方がない。鬼さま、いや化さまの所へ行つて断りを云はうぢやないか。喰はれぬ先にお詫をして九死に一生を得る方が余程賢いやり方だ』 赤(六)『ウンさうだな、もしもし初稚姫様にお化けなされたお方、実は私は八、六と云ふ伊曽館の役員杢助と云ふ方の下僕です。実は姫様のお身の上を案じ、且つ試す積りで主人の命令をうけ此処迄来たもので厶います。決して悪い者ぢやありませぬ。何うぞ命許りはお助け下さいませ』 初稚『ホヽヽヽヽ、やつぱり六に八であらう。そんな肝のチヨロイ事で何うして此初稚姫が試されませう。お父さまもそんな腰抜男を沢山の給料を出してお抱へ遊ばすかと思へばお気の毒だよ。六でもない八助だなア』 六『もしお化様どうぞ勘忍なして下さいませ。そしてお嬢様は此処をお通りになつた筈ですがお前さま喰つたのでせう。喰はれたお嬢さまは仕方がありませぬが、併し吾々二人の命だけはどうぞお助けを願ひます』 初稚『これ六に八、妾は初稚姫に間違ひないぞや。些と確りなさらないかい。お前、睾丸をどうしたのだい』 八『オイ六、やつぱり化州だ。彼奴は睾丸狙ひだよ。俺の睾丸まで狙つてけつかる、此奴は堪らぬぢやないか』 六『睾丸狙ひだつて、俺の金助は余程気が利いとると見えて、どこかへ往つて仕舞つた。貴様は八と云つて八畳敷の大睾丸だから些つと困るだらう』 八『イヤ、俺の睾丸も何処かへ往つて仕舞つたやうだ。吃驚してどこかへ落したのではあるまいかな』 六『ハヽヽヽヽ、馬鹿云へ、睾丸を落す奴があるか、大方転宅したのだらう』 八『何だか腹が膨れたと思ふたら腹中にグレングレンやつて居ると見える。オイ一つこんな時には御主人の云つて居られた惟神霊幸倍坐世を唱へようでないか。さうすればきつと曲津神が消えると云ふ事だよ』 六『そりやよい所へ気がついた。サア一所に惟神だ。カーンナガアラ、タヽマチ、ハヘ、マセ』 八『カンナンガラ、タマチハヘマセ。……何だか自分の声迄怖ろしくなつて来た。アンアンアン』 初稚『惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世、吾家の下僕六、八の二人の御霊に力を与へさせたまへ。惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 初稚姫はうとうとと眠りについた。六、八の両人は初稚姫の鼾を聞いて益々怖ろしくなり、一目も眠らず夜中頃まで互に体を抱き合ひ、怖ろしさに慄へて居た。 (大正一二・一・一六旧一一・一一・三〇加藤明子録) |
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霊界物語 | 49_子_祠の森の物語1(高姫と妖幻坊) | 08 スマート | 第八章スマート〔一二八二〕 夜風は寒く吹雪さへまじりて淋しき草枕 露の蓐をやすやすと初稚姫は眠れ共 臆病風に誘はれし六公八公両人は 歯の根も合はずガタガタと慄ひ戦き抱き合ひ 夜の明けゆくを一時も早かれかしと祈りつつ 宙に飛ばした魂の据ゑ所なき憐れさよ 暗はますます深くして天津空には星さへも 見えぬ許りの黒雲に包まれ胸はドキドキと 戦く折しも時置師神の命の家の紋 付けた提灯ブラブラと一本橋の向方より 此方に向つて足早に進み来るを両人は 眺めてハツと胸を撫でこれぞ全く時置師 神の命のわれわれを救はむ為に遥々と イソの館を立出でて来らせ玉ふものならむ 卑怯未練な有様を見せまいものと両人は 俄にムツクと立上り近寄る提灯打ながめ 貴方は杢助御主人か六公八公で厶ります 仰せに従ひ姫様の度胸を甘くためさむと 茲まで進み来て見れば初稚姫に似たれ共 まだ十七の初心娘柄に合はないことを言ふ 此奴ア、テツキリ妖怪奴初稚姫の御身をば うまうま喰ひ吾々を騙さむ為に姫となり ここにグウスウ八兵衛と大胆至極に寝てゐます 何卒々々御主人のお出でありしを幸に 姫の仇を吾々と力を併せ討つてたべ 残念至極で厶います私もすでに妖怪の 餌食たらむとせし所ウブスナ山の神徳で 貴方を茲に遣はして一つは姫の仇を討ち 一つは家来を助けむとお越しなさつた有難さ 早く御査べ下さんせそれそれそこにあの通り バツチヨ笠をばひつかぶりグウグウ鼾をかいてゐる 大胆不敵の化物といふ声さへも慄ひつつ 語れば杢助打笑ひ卑怯未練な六八よ そも世の中に化物と誠のあるべき筈がない 貴様は余程卑怯者其化物はどこにゐる 早く案内致せよと一声呶鳴れば両人は ハイハイ只今それ其処に鼾をかいて居りまする 貴方は先へ御出張遊ばしませ腰の骨 何とはなしに慄ひ出し私の命令を聞きませぬ 自由の身体となつたならどんなことでも聞きませう 斯かる折しもムクムクと笠を被つて立上る 片方の長き芒原初稚姫は優しげに 三人の男に打向ひ汝等三人の荒男 何用あつて真夜中に妾が跡を慕ひ来る 六、八、二人は兎も角も杢助などと佯つて ここに来れる可笑しさよそも杢助はイソ館 総務の役に仕へたる尊き司の身を以て 吾子のことが気にかかり神務を忘れてはるばると 慕ふて出て来る向ふ見ず左様の訳の分らない 妾は親は持ちませぬ正しく悪魔の変化して 吾等の行手を妨害し神務を遂行させまいと 企みしものと覚えたり早々此場を立去れよ 妾は初稚姫神汝に構つてゐる暇は なければ是より出でて行く汝等三人トツクリと 善からぬ相談するがよいお先へ御免と云ひながら 蓑を被つて杖をつきスタスタ進み出でて行く 杢助後より声をかけオーイオーイと云ひ乍ら 六、八、二人を従へて姫の後をば追ひ来る 初稚姫はトントンと天津祝詞を奏上し 神歌を歌ひ進み行く夜はホノボノと明けそめて あたりも明くなりぬれば道の片方の岩石に 腰うちかけて息休め少時思案に暮れにける。 初稚姫は河鹿峠の坂口の岩の上に腰うちかけ、 初稚姫『昨夜現はれし怪物は合点のゆかぬ代物だナア。六、八両人と言ひ、父の杢助と云ひ、合点のゆかぬことだなア。妾が首途の時、あの様に素気なく云つた吾父が、妾を慕つて追つかける位ならば、モウ少し優しい言葉をかけさうな筈。大神様の、妾が心を試さむ為の御計らひだらうか、何につけても合点のゆかぬことだなア』 と差俯いて思案に暮れてゐる。そこへ突然現はれたのは杢助、六、八の三人であつた。 杢助『オイ其方は初稚姫だないか、なぜ父があれ程呼び止めるのに待つてくれないのだ。一言お前の旅立について言つておきたいことがあつた。それを忘れたに仍つて、後追つかけ、言ひきかしに来たのだ』 初稚『妾はお前さまの様な卑怯未練な親は持ちませぬ。能く考へて御覧なさい。貴方が果して杢助とやら言ふお方ならば、なぜイソの館に専心お仕へなされませぬか。何事も一身一家を捧げて神に仕へるとお誓ひなさつた杢助ぢやありませぬか。ヤツパリ貴方も年が老つたとみえて耄碌しましたねえ。妾はイソの館の大神様より直接使命を受けた、年は若うても、立派な宣伝使で厶います。最早悪魔の征途に上つた上は、立派に使命を果す迄、杢助さま何かに用は厶いませぬ。早く御帰りなさいませ。併しお前は本当の杢助さまぢやありますまい。其耳は何ですか、獣の様にペラペラと動いているぢやありませぬか。初稚姫がハルナの都に参ると聞き、手をまはして出発の間際に妾を邪道に引入れ、目的の妨げを致さうとするのだらう。いかなる魔術も初稚姫に対しては一切駄目ですよ。ホヽヽヽヽ、マアマア能くも巧に化けましたねえ』 杢助『其方は父に向つて何といふ無礼なことを言ふのだ。これ見よ、何程耳が動いても、これは風が吹いてゐるからだ。風が吹けば耳許りか、木の葉でさへも、大木でも動くだないか、流石は子供だなア。親の心は子知らずとはお前のことだ。此杢助は何程冷淡に見せて居つても、心の中には愛の熱涙が沸き立つてゐるのだ。左様なことをいはずに人間は老少不定だ。不惜身命的神業に参加するお前、これが別れにならうも知れぬと思ひ、態々ここ迄、夜の目も寝ずに、御用の隙を考へて追つかけて来たのだ。親の心もチツとは推量してくれ、初稚姫殿』 初稚『ホツホヽヽヽ、うまい事お化けなさいますなア。妾は二人の父は持ちませぬ、いい加減にお帰りなさい。何と云つても駄目ですよ』 六『もし姫様、此杢助様はさうすると本真物ぢや厶いませぬか』 初稚『本真物か贋物か、頭の上から足の爪先迄、能く見て御覧』 八『オイ六、姫様の仰有る通り、様子が変だぞ。御主人に本当に能く似てゐるが、何となしに腑におちぬ所があるぢやないか』 六『コヽコラ、モヽ杢助のバヽ化物、ドヽ何うぢや、姫様の眼力には往生致したか』 杢助『コラ六、主人に向つて不都合千万な、化物扱ひに致すことがあるか、八、貴様も六と同じやうな奴だ。今日限り暇を遣はすから、モウ、イソ館へ帰るには及ばぬツ』 六『貴様の様な化物の乾児になつてたまるかい。のう八公、さうではないか』 八『さう共さう共、本当の杢助様の御家来だ。こんな耳の動く奴の家来になつてたまるかい。コラ化州、何時だと考へてる、モウ夜明けだないか。可いかげんスツ込まぬかい』 杢助『アツハヽヽヽ六、八の両人、若も此方が本当の杢助であつたら何と致す』 六『ナアニ、本当の杢助であつた所が構ふものかい。暇を貰つたら姫様の後に従いて、何処迄でもお供するのだ。のう八公』 初稚『六、八の両人、一時も早く御帰りなさい、妾は飽迄一人旅でゆかねばならぬ。今に此化物の正体を現はし往生さして見せるから、お前さまは早く御帰りなさい』 と云ひ乍ら、天の数歌を唱へ上げた。杢助は忽ち、牛の如き怪物となり、 (杢助)『ウー』 と唸りを立て、目を怒らし、牙を剥き出し、初稚姫を目がけて飛びかからむとし、前足の爪を逆立て、大地の土をかいて、爪を尖らしてゐる。初稚姫は平然として天津祝詞を奏上し始めた。六、八の両人は此姿をみて、顔色土の如くに変り、其場に打倒れ、チウの声も得上げず慄ふてゐる。怪獣の顔をよくよくみれば、巨大なる唐獅子である。唐獅子は初稚姫をグツと睨めつけ、猛然として咬みつかむとする一刹那、後の方より『ウー』と又唸り声、何者ならむと、後ふり返れば、逞しい大きい山犬である。山犬は大獅子に向つて、疾風の如く飛び付いた。獅子は一目散に細くなつて、逃げてゆく、山犬は獅子の跡を追跡する。初稚姫は後見送つて打笑ひ、 初稚姫『ホツホヽヽ、始めての神様の試しに会うて、お蔭で及第した様だ。ヤア六、八、最早心配は要らぬ、一時も早く吾家へ立帰り、父の杢助に、初稚姫は大丈夫だから御安心遊ばせと伝へてくれ、左様ならば』 といふより早く、足早に河鹿峠を登り行く。六、八両人はヤツと胸を撫でおろし、神言を称へ乍ら、杢助館を指して、又日が暮れては一大事と急ぎ帰り行く。初稚姫は只一人宣伝歌を歌ひ乍ら、河鹿峠を登り行く。以前の猛犬慌ただしく駆来り、初稚姫の前になり、後になり尾を掉つて、嬉しさうにワンワンとなき乍ら、駆けめぐる。初稚姫は漸く坂の頂上に達し、四方の景色を眺め乍ら、少時腰を卸して休息した。以前の猛犬は初稚姫の前に蹲まり、耳を垂れ目を細くし、尾を掉つてゐる。 初稚姫『其方はどこの山犬か知らぬが、随分敏活な働きをする者だ。これから妾の家来として上げよう。ハルナの都まで従いて来るのだよ。而してお前には「スマート」といふ名を上げませう』 と云ひ乍ら、猛犬を抱へ、首筋を撫でなどして労はつてゐる。スマートは頻りに尾を掉り、ワンワンと叫び乍ら、感謝の意を表してゐる。初稚姫は此犬を得て非常に心強くなり、宣伝歌を歌ひ乍ら、河鹿峠の南坂を下りつつ歌ふ。 初稚姫『神が表に現はれて善と悪とを立別ける 悪魔の征途に上り行く初稚姫の魂を 査べむ為か父となり或は巨大な獅子となり 妾が首途を遮りて所存の程を調べしか 但しは誠の曲神か心に解せぬ事あれど 只何事も一身を神に任せし上からは 仮令如何なる事あるも初心を曲げずドシドシと 人にたよらず皇神の神言のままに真心を 尽して往かむ吾心仮令曲津は行先に さやりて仇をなすとても吾には神の守りあり 今又神はスマートを吾行先の供となし 与へ玉ひし尊さよ神は吾等と共にあり 吾等は神の子神の宮いかでか恐れむ敷島の 大和心をふり起しハルナの都に蟠まる 八岐大蛇を言向けて神素盞嗚の大神の 誠をあらはし奉り五六七の御代を詳細に 普く地上に建設し三五教の神力を 現はし奉る神の道進みゆくこそ嬉しけれ あゝ惟神々々御霊幸ひましませよ』 と歌ひ乍ら進み行く。 (大正一二・一・一八旧一一・一二・二松村真澄録) |
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霊界物語 | 50_丑_祠の森の物語2 | 15 妖幻坊 | 第一五章妖幻坊〔一三〇九〕 春雨の降りしきるシンミリとした窓の中、四辺の空気も和らいで、物に熱し易い高姫の頭はどことはなしにポカポカと助炭の上に坐つた様な心持がする。高姫は腹中に潜める沢山のお客さまと、徒然の余り、斎苑の館を占領すべき空想を描いて、独り笑壺に入つてゐる。腹の中から義理天上と称する兇霊は、何とはなしに此頃は元気がよい。それは初稚姫が高姫の命令によつて、珍彦館に籠居し、暫く神殿又は大広前に姿を現はす事を禁じられ、且スマートを追ひ返したと云ふ喜びからである。併しながらスマートは変現出没自由自在の霊獣なれば、決して何処へも行つては居ない。只初稚姫の身辺近く侍し、人の足音が聞えた時は、早くも悟つて床下に身を隠すことを努めてゐたのである。高姫は一絃琴を取出して歌ひ始めた。無論高姫は琴などを弾く様な芸は持つてゐない。憑依してゐる蟇先生が肉体を自由自在に使つて、琴を弾ずるのであつた。 (高姫)『チンチンシヤン、シヤツチンシヤツチン、シヤツチン、チンチン 春雨にしつぽり濡るる露の袖 こつちが恋ふれば杢助さまも 同じ思ひの恋心 チンチンチン、シヤン……シヤンシヤン、シヤツチン、チンチリチン、チンーチンー すれつ、もつれつ、袖と袖 会うて嬉しき此館 玉国別の身魂をば 此高姫を守護する 義理天上日出神 深い仕組に操られ やうやう此処に宮柱 太しき建てて神々を 斎きまつりて珍彦や 静子の方を後におき 宮の司と相定め 後白浪と道晴別 其他の家来を引連れて 何処をあてとも永の旅 出で行く後に入り来る 神力無双の杢助さま 身魂の合うた高姫が 昔の昔の大昔 神の結びし縁にて やうやう此処に巡り会ひ 其神徳を世の人に 鼻高姫とホコラの森 二世も三世も先の世かけて 自由自在の麻邇宝珠 厳の身魂の玉椿 八千代の春を楽しみに 二人の仲は岩と岩 堅き契を結び昆布 神楽舞をば鯣の夫婦 実にも楽しき吾身の上 杢助さまも嘸や嘸 嬉しい事で……あらう程に 思へば思へば惟神 日出神の引合せ 厳の御霊の御守り 瑞の御霊の悪神が 千々に心を配りつつ 妨げなせど神力の 充ちたらひたる夫婦が企み とても破れぬ悲しさに 今は火となり蛇となりて 心をいらち胸こがし 騒ぎまはるぞ……いぢらしき。 シヤツチンシヤツチン、シヤツチンチンシヤツチンチン、チーンリンチン、チンリンチンリンチンツ、シヤーンシヤーン』 と弾き終り、一絃琴を傍に直し、膝の上に両手をキチンとついて、床の間の自筆の掛軸を眺めながら、 高姫『ホホホホ』 と嬉しげに笑ひ興ずる。妖幻坊は廁から廊下をドシンドシンと、きつい足音させながら襖をあけて入り来り、 妖幻坊の杢助『高姫、お前は不思議な隠し芸を持つてゐるのだな。俺は又そんな陽気な事はチツとも知らない、信仰一途の熱狂女だと思うてゐたよ。イヤもう感心した』 高姫『ホホホホ、能ある鷹は爪かくすと云ひましてな。今迄此高ちやまも、爪をかくして居つたのだが、今日は此通り春雨で、何とはなしに心が淋しいやうでもあり、花やかなやうでもあり、お琴をひくには大変に天地と調和が取れるやうな気分になつたものですから、久し振で一寸爪弾きをやつてみましたのよ』 妖幻坊の杢助『情趣こまやかに四辺の空気を動揺させ、次いで此杢助の心臓迄が非常に動揺したよ。俺も今迄永らくの間、斎苑の館に御用をして居つたが、二絃琴の音はいつも聞いて居るけれど、一絃琴はまだ聞き始めだ。一筋の糸の方が余程雅味があるねえ。一筋縄ではいかぬお前だと思つてゐたが、到頭正体が現はれよつたなア。アツハハハハ』 高姫『コレ杢助さま、余り揶揄つて下さるなや』 妖幻坊の杢助『カラが勝たうが日本が勝たうが、そんなこたチツとも頓着ないのだ。兎角浮世は色と酒だからなア。オイ高ちやま、一杯注いでくれないか』 高姫『杢助さま、貴郎は酒ばかり呑んで居つて、一度も神様に拝礼をなさつた事はないぢやありませぬか。神様にお仕へする者が、それ程無性では、皆の者の信仰をつなぐ事が出来ぬぢやありませぬか。貴郎が模範を示さなくちや、役員や信者迄が神様の御拝礼をおろそかにして困るぢやありませぬか』 妖幻坊の杢助『俺は斎苑の館に居つても総務をやつて居つたのだ。総務といふものは一切の事務を総理するものだ。祭典や拝礼などは、又それ相当の役員にさせばいいのだ。ここには珍彦といふ神司が置いてあるのだから、俺はマア遠慮しておこかい。何だか神様の前へ行くと恐ろしい……イヤイヤ恐ろしく霊がかかるので、又大きな声でも出しちや皆の者がビツクリするからなア。それで実は拝みたくつて仕方がないのだが、辛抱して御遠慮して居るのだ。吾々の身魂は霊国の天人だから、神教宣伝の天職が備はつてをるのだ。祭典や拝礼は天国天人の身魂の御用だ。神界には、お前も知つてゐるだらうが、互に其範囲を犯す事は出来ない厳しい規則が惟神的に定められてあるからな』 高姫『成程、それでお前さまは拝礼をなさらぬのだな。さうすると私は霊国天人ですか、天国天人ですか、何方だと思ひますか』 妖幻坊の杢助『勿論お前だつて、ヤツパリ霊国の天人だよ。それならばこそ義理天上さまが、毎日守護神人民に教ふる為に、神諭をお書きなさるぢやないか。其生宮たるお前はヤツパリ相応の理によつて、肉体的霊国天人だからなア』 高姫『流石は杢助さま、偉いものだなア。何だか私も此間から拝礼が厭になつて仕方がないのよ。又曲津が腹の中へ這入つて来やがつて、大神様を恐れるので、こんな気になつたのかと心配して居りました。併し、貴郎の説明に依つて何も彼も身魂の因縁がハツキリと分りました。ヤツパリさうすると、此高姫は偉いものだなア』 妖幻坊の杢助『そりやさうとも、杢助さまの女房になる位な神格者だからなア、お前も亦これでチツと筆先の材料が出来ただらう』 高姫『ヘン、馬鹿にして下さいますなや。人に教へて貰うて、筆先なんか書きますものか』 妖幻坊の杢助『それでも見てゐよ。キツとお前の筆先に現はれて来るよ。俺がこれだけお前に聞かしておくと、義理天上さまが成程と合点して、キツと明日あたりから、霊国の天人といふお筆先を御書きなさるに違ないワ。何せよ、模倣するのに長じてゐる肉宮だからなア』 高姫『お前さまが今言つた言葉は、決してお前さまの力ぢやありませぬぞや。義理天上さまがお前さまの身魂を使うて此高姫に気をつけなさつたのだよ。これ位な道理が分らぬ様な杢助さまぢやありますまい。お前さまが、こんな事を仰有るやうになつたのもヤツパリ時節だ。高姫に筆先を書かす為に、義理天上様が、お前さまの口を借つて一寸言はせなさつたのだから、これからの筆先はよつぽど奇抜なものが現はれますで、マア見てゐなさい。お前さまだけにはソツと見せて上げますワ』 妖幻坊の杢助『ハツハハハ、また出来上りましたら拝読を願ひませうかい』 高姫『杢助さま、一寸俄に神界の御用が忙がしうなつたから、貴郎はお居間へ行つて、お酒でもあがつて休んでゐて下さい。お前さまが側にゐられると、思はし筆先が書けませぬからなア』 妖幻坊の杢助『ハツハハハ、お筆先の偽作を遊ばすのに、私が居るとお邪魔になりますかな。それなら謹んで罷りさがりませう。御用が厶いましたら、御遠慮なくお召し出し下さいますれば、鶴の一声、宙を飛んで御前に伺候致しまする。ハハハハ、高ちやま、アバヨ』 と腮をしやくり腰を振り、ピシヤツと襖を締めて、吾居間へ帰りゆく。そして中から突張りをかへ、怪物の正体を現はしてグウグウと鼾をかいて寝て了つた。 高姫は俄に墨をすり、先のちびれた筆をキシヤキシヤとしがみ、墨をダブツとつけて一生懸命に書き始めた。一時ばかりかかつて書き終り、キチンと机の上に載せ独言、 高姫『義理天上さまも追々御出世を遊ばし、お書きなさる事が大変に変つて来た。こんな結構な教は人に見せるのも惜しいやうだ。併し之をイル、イク、サール、ハル、テルの幹部に読ましておかぬと、高姫の肉宮を安く思つて仕方がない。又肝腎の事が分らいではお仕組の成就が遅くなつて、どもならぬから、惜しいけれど、一つ此処へ呼んで来て拝読させてやらうかな。初稚姫にも聞かしてやれば改心するであらうか……イヤイヤ待て待てモウ暫く隠しておかう、発根と改心が出来たら読むやうになるだらう。何だか初稚姫は、私の筆先を心の底から信用してゐない様な心持がするから、読めと云つたら読むではあらうが、身魂の性来が悪いから、充分に腹へは這入るまい。杢助さまの教だと云へば、聞くかも知れぬが、さうすると日出神の神力がないやうにあつて、都合が悪いなり……困つた事だなア。待て待て、一つこれは考へねばなろまい。ウーン成程々々、イルに大きな声で拝読さしてやらう。そして珍彦の館へ、あの受付からならば突き抜けるやうに聞えるのだから、此結構なお筆を耳に入れたならば、イツカな分らぬ初稚姫も、成程と耳をすませ改心するに違ひない、此筆先で押へつけるに限る』 とニコニコしながら、書いた筆先二十枚綴を三冊ばかり、三宝に載せ、目八分に捧げ、襖をスツと開け、ソロリソロリと勿体らしく受付指して進み行く。受付では担当者のイルを始め、ハル、テル、其他の連中が胡坐をかいて自慢話に耽つてゐる。 ハル『オイ、イルさま、お前一体此受付で偉さうにシヤチ張つて居るが、月給は幾ら貰つて居るのだい』 イル『まだ珍彦さまが、定めて下さらぬのだ。ナアニ別に神様の御用するのだから、何なつとヒダルないやうにして貰へさへすりや、月給なんかいらないよ。結構な神様の御用をするならば、献労の積で、無報酬で御用さして頂きたい。併しながら高姫なんかの指図を受けねばならぬとすれば、相当の給料を貰はないと厭だなア』 ハル『それなら幾ら欲しいと云ふのだい』 イル『マア一ケ月十円位で結構だ』 ハル『貴様、バラモン教ではモチと沢山に貰うてゐたぢやないか』 イル『さうだ、五十円に一円足らずで、四十九円の月給だ。アハハハハ、ハル……併しお前は幾ら頂戴して居つた』 ハル『俺かい、俺はザツと十八円だ』 イル『成程、それでは毎日九円々々の泣暮しだな、エヘヘヘヘ』 と他愛もなく話に耽つてゐる。そこへ高姫は三宝に今書いたばかりの、まだ墨も乾いてゐないボトボトした筆先を目八分に捧げて入り来り、 高姫『コレ、皆さま、何を云つて居るのだい。お前さま達は、神様の御精神がチツとも分らぬ八衢人間だから困つて了ふ。受付といふものは、一番大切なお役ぢやぞえ。奥に居る大将は仮令少々位天保銭でも、受付さへシツカリしてさへ居れば、立派な御神徳が現はれるのだ。ここへ立寄る人民が、受付の立派なのを見て……あああ、受付でさへもこんな立派な人間が居るのだから、ここの教主は偉い者だらう……と直覚する様になるのだ。をかしげな、訳の分らぬ人間が受付に居らうものなら、何程教主が立派な神徳があつてもサツパリ駄目だからな。今義理天上様から、結構な結構なお筆先が出たによつて、ここで之を拝読いて、ギユツと腹に締め込みておきなされ。そして立寄る人民に此お筆先を読んで聞かすのだよ。併しお直筆は勿体ないから、お前さまがここで写して控をとり、お直筆をすぐ返して下され。結構な事が書いてあるぞや』 イル『ハイ、それは何より有難う厶ります。早速写さして頂きまして、拝読さして貰ひます』 高姫『ヨシヨシ、併しながら読む時には、珍彦さまの館へ透き通るやうな声で、読んで下されや』 イル『此お筆先はまだズクズクに濡れて居りますな、只今お書きになつたのですか』 高姫『ああさうだよ。今書いたとこだ。結構なお蔭を、ぢきぢきにお前に授けるのだから、神様に御礼を申しなさいや』 イル『エエ一寸高姫さまにお伺ひしておきますが、此お筆先は今書いたと仰有いましたね。それに日附は去年の八月ぢやありませぬか。貴女は八月頃には此処に居られたやうに思ひませぬがなア』 高姫『そこは神界のお仕組があつて、日日が去年にしてあるのだよ』 イル『さうすると、貴女は杢助さまに教へて貰つたのですな。それを教へて貰うてから書いたと云はれちや、義理天上様の御神徳が落ちると思うて、杢助さまに聞くより先に知つて居つたといふお仕組ですな。成程流石は抜目のない高姫さまだワイ』 高姫『コレ、訳も知らずに何を言ふのだい。義理天上様が、去年からチヤンと神界で書いて置かれたのだ。肉体が忙しいものだから、肉体の方が遅れて居つたのだよ。お前達は霊界の事が分らぬからそんな理窟を言ふのだよ。何事も素直にいたすが結構だぞえ。それが改心と申すのだからな』 イル『エツヘヘヘヘ、さうでがすかなア、イヤもう恐れ入りました、感心致しました、驚きました、呆れました、愛想が……尽きませぬでした。有難う厶いました』 高姫『コレ、イルさま、ましたましたと、そら何を云つてるのだい』 イル『エーン、あの、何で厶います、ましだ……と云うたのです。つまり要するに、日出神様のお筆先は、厳の御霊のお筆先よりも幾層倍マシだと思ひまして、ヘヘヘヘ一寸口が辷りまして厶ります。余り立派な事が書いてあるので、呆れたので厶います』 高姫『コレ、まだ読みもせない癖に、どんな事が書いてある……分るかなア』 イル『ヘ、エ、そこがそれ、天眼通が利くものですから、眼光紙背に徹すと申しまして、チヤンと分つて居ります』 高姫『さう慢心するものぢやありませぬぞや。サ、早く写していただきなさい』 と少しく顔面に誇りを見せて、反身になつてゾロリゾロリと天下を握つた様な態度で、おのが居間へと帰り行くのであつた。 (大正一二・一・二三旧一一・一二・七松村真澄録) |
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霊界物語 | 50_丑_祠の森の物語2 | 16 鷹鷲掴 | 第一六章鷹鷲掴〔一三一〇〕 イルは冷笑を泛べながら、高姫の御機嫌取りの為に、一間に入つて大速力にて書き写し、直様に直筆を右の手にひん握り、左の手に三宝を掴んで高姫の居間の前まで到り、元の通りキチンと叮嚀にのせ、目八分に捧げ、襖の外から言葉もいと荘重に、 イル『日出神の義理天上、只今御入来、アイヤ、高姫殿、此襖をあけめされよ』 と呼ばはつた。高姫は余り荘重な言葉に、ハテ不思議と襖をサツとあけ見れば、イルは筆先を載せた三宝を恭しく捧げ立つてゐる。 高姫『何だ、お前はイルぢやないか。腹の悪い、私を吃驚さしたがなア。ヘン日出神なんて、偉さうに云ふものぢやないワ。日出神様は此高姫の体内にお鎮まり遊ばすぞや。お前さまのやうなお方に、何うしてお鎮まり遊ばすものか』 イルは立ちはだかつたまま、 イル『アイヤ、高姫、よつく承はれ。日出神は汝が体内に宿ることもあり、又筆先に宿る事もあるぞよ。このイルに持たせた筆先は即ち日出神の御神体であるぞよ。或時は高姫の体内に宿り、或時は筆先に宿り、イルの肉体を以て之を守らせあれば、只今のイルは即ち義理天上日出神の生宮であるぞよ。粗末に致すと罰が当るぞよ。取違ひを致すでないぞよ。アフンと致して目眩が来るぞよ。日出神に間違ひはないぞよ。おちぶれ者を侮ることはならぬぞよ。何んな御方に御用がさしてあるか分らぬぞよ』 高姫『あああ、とうと、日出神様の御神徳に打たれて半気違ひになりよつた。これだから猫に小判、豚に真珠といふのだ。サ早く此方へかしなされ、日出神が二人も出来たら治まらぬからな』 と矢庭にパツと引たくらうとする。イルはワザとに三宝を握り締めた。高姫は力をこめて、グツと引いた拍子に、三宝の表と脚とがメキメキと音を立てて二つになつた。其勢に筆先は宙を掠めて、ゴンゴンといこつてゐた[※「いこって」…「いこる」は関西の方言で、炭に火がついて赤くなった状態。]炭火の中へパツと落ちた。忽ち三冊のお筆先は黒き煙の竜となつて天に昇つて了つた。 高姫『あああ、何の事ぢや、これ、イル、何うして下さる。折角神様がお書き遊ばしたお直筆を、サツパリ煙にして了つたぢやないか』 イル『何と日出神様はえらいものですな。たうとう結構な御神体が現はれました。貴女も御存じの通り、火鉢から火が出て日出神となり、あの通り黒い竜となり、煙に包まれて天上なされました。イヤ煙ではなからう、朝霧夕霧といふギリでせう。それだから義理天上日出神が御竜体を現はして天上なされました。何とマア貴女は御神徳が高姫さまで厶いますな。エヘヘヘヘ、イヤもう感じ入りまして厶います』 と口から出任せに高姫を揶揄半分に褒めそやした。高姫は怒らうと思つて居つたが、イルの頓智に巻き込まれ、嬉しいやうな腹立たしいやうな、妙な気分になつて、胸を撫でおろし、 高姫『お直筆は天上なさつたが、併しマアマア結構だ。お前が写しておいてくれたから、マ一度書き直さして頂かうかな。滅多にあんな結構なお筆先は出るものぢやないからな。コレ、イルや、早くあのお筆先の写しを、ここへ持つて来てくれ』 イル『ヘーエ、写さして頂かうと思ひましたが、何分御神徳が高いお筆先だものですから、後光がさしまして、サツパリ目がくらみ、一字々々其文字が鎌首を立てて、竜神さまになつて動くやうに見えるものですもの、到底吾々の如き神徳のない者では、写すことは愚か拝読くでさへも目がマクマク致します。それでお前さまに写して頂かうと思つて、此通り御神体をここ迄送つて来たので厶います』 と揶揄好のイルは、其実スツクリ写し取つて居ながら、ワザとこんな事を云ふ。 高姫『エーエ、気の利かぬことだなア、お前が能う写さな、なぜ他の者に写ささなかつたのだい』 イル『それでもイルに写せよと、貴女が御命令をお下しになつたものですから、日出神様のお言葉には背かれないと思うて、他の者には見せもしませなんだのですよ』 高姫『エーエ、気の利かぬ男だな。あああ、どうしたらいいかしらぬて……お前さまは暫く謹慎の為、彼方へ控へて居りなさい。そして受付はハルに申付ける。こんな不調法を致して、よい気で居るといふ事があるものかいな』 イル『ハイ、仕方が厶いませぬ。併しながら私の守護神が霊界で写したかも知れませぬから、もし出て来ましたら、勘忍して下さるでせうなア』 高姫『馬鹿な事を言ひなさるな。お前等の守護神がそんな事が書けてたまりますか。此高姫でさへも守護神が書くといふ事は出来ぬ故に、此生宮の手を通してお書きなさるのだ。エエ気色の悪い、彼方へ行つて下され。お前さまの面を見るのも胸クソが悪い。結構な結構なお筆先を三冊まで燃やして了うて、どうしてこれが神様に申訳が立ちますか』 イル『霊国の天人に会はうと思うて、義理天上さまが化相の術を以て、天上なさつたのかも知れませぬよ。さう気投げしたものぢや厶いませぬワイ』 高姫『エー喧しい、彼方へ行きなされ。グヅグヅ致して居ると、此箒が御見舞ひ申すぞや』 と顔を真赤にし、捨鉢気味になり、半狂乱になつて呶鳴り散らすのであつた。イルは、 イル『ハイ』 と一言残し、匆々に襖を開け閉めし、首をすくめ、舌を出し、腮をしやくりながら受付へ足音を忍ばせ帰つて来た。受付にはハル、テル、イク、サールの四人が筆先の写しをゲラゲラ笑ひながら読んでゐる。 イル『オイ、そんな大きな声で笑つてくれな、今義理天上が大変に怒つてゐるからな』 ハル『ナアニ、怒る事があらうかい。早く写して腹へ締め込みておいて下されよ……と云つて帰つたぢやないか。今一生懸命に他人の褌を締めこみてゐる所だ。アハハハハ』 サール『これ程分りにくい文字を写させておいて、何の為に高姫さまが、それ程怒るのだい。怒る位ならなぜ写せと云つたのだ。本当に訳の分らぬ事をぬかすじやないか』 イル『ナアニ、そりやそれでいいのだが、高姫の奴、とうと、過つて三冊の筆先を火の中へおとし、焼いて了ひよつたのだ。それで大変に御機嫌が悪いのだよ』 サール『イヒヒヒヒ、そりやいい気味だねえ、随分妙な面をしただらう』 イル『丸きり、竈の上の不動さまを焼杭でくらはした時のやうな面をしよつて、きつく睨みよつた。そして其写しがあるだらうから、すぐ持つて来いと云ひよつたので、俺は余り劫腹だから、あのお筆先は御威勢が高うて後光がさし、一字々々文字が活躍して、鎌首を立て竜神になつて這ひ廻るやうに見えたから、能う写しませなんだ……とやつた所、流石の高姫も真青の面して、其失望、落胆さ加減、実に痛快だつたよ。それだから大きな声で読むなと云ふのだ』 サール『アハハハハ、成程、其奴ア面白い。オイ皆の奴、此処で一つ大声を張上げて読んだろかい』 イル『そんな事したら、高姫がガンづくぢやないか』 サール『なアに、俺が廊下に見張をしてゐるから、向ふへ聞えるやうに読むのだ。そして高姫が来よつたら、筆先を尻の下へかくし、素知らぬ顔してるのだ。今読んで居つたぢやないかと云ひよつたら、イルの腹の中へ義理天上さまがお這入りになつて、あんな大きな声でお筆先を読まれた……とかませばいいぢやないか』 イル『なアる程、妙案だ、それでは俺が一つ読んでやらうかなア』 とサールを廊下に立番させ、ハル、テル、イクを前に坐らせ、イルはワザとに大声を出して読み始めた。 イル『義理天上日出神の誠正まつの、生粋の五六七神政の筆先であるぞよ。高姫の肉宮は、昔の昔の根本の神代から、因縁ありて、神が御用に使うて居りたぞよ。この肉体は高天原の第一の霊国の天人の身魂であるぞよ。高姫の身魂と引添うて、三千世界の守護がさしてありたぞよ。それについては杢助殿の身魂もヤツパリ霊国天人の生粋の身魂であるぞよ。霊国の天人の霊は結構な神の教を致す御役であるぞよ。祭典や拝礼などを致す霊は、天国天人の御用であるぞよ。併し乍ら世が曇りて、天人の霊は一人もなくなり、八衢人間が神の御用を致して居るぞよ。世界の人民は皆地獄の餓鬼の霊や畜生道の霊ばかりであるから、此世がサツパリ曇りて了うたぞよ。夜の守護であるぞよ。此暗くもの世を日の出の守護といたす為に、義理天上が因縁のある高姫の身魂を生宮と致して、三千世界を構ふ時節が参りたぞよ。変性男子の霊は日出神が現はれるについて、神から先走りに出してありたぞよ。そして変性女子の霊は此世を曇らす霊であるぞよ。此儘にしておいたなれば、此世は泥海になるより仕様がないぞよ。三千世界の救世主は此高姫より外にないぞよ。それについては杢助殿の霊は夫婦の霊であるから、高姫と引添うて御用させるやうに天の大神からの御仕組であるぞよ。初稚姫は杢助の御子であるけれども、霊の親子ではないぞよ。高姫も肉体上母子となりて居るなれど、霊から申せば天地の相違があるぞよ。高姫は一番高い霊国の天人の霊であるなれど、初稚姫は八衢の霊であるから、到底、一通りでは側へも寄りつけぬなれども、肉体が何を云うても、憐れみ深い結構な人間ぢやによつて、初稚姫を吾子と致して居るぞよ。初稚姫殿も改心を致されよ。杢助の子ぢやと申して慢心致すでないぞよ。それについてはイル、イク、サール、ハル、テル殿に結構な御用を致さすぞよ。此筆先は火にも焼けず水にも溺れぬ金剛不壊の如意宝珠であるから、粗末に致したら目眩が来るぞよ。珍彦の霊も静子の霊も誠に因縁の悪い霊であるぞよ。其中から生れた楓は、誠に了簡の悪い豆狸の守護神であるから、三人共に神が国替を致さして、神界でそれぞれの御用を仰せつけるぞよ。此筆先に書いた事は間違はないぞよ。初稚姫も改心を致して下さらぬと、何時舟が覆るか分らぬぞよ。可哀相な者なれど、霊で御用さすより仕様がないぞよ。虬の霊であるから、今迄はばりてをりたなれど、善悪の立別かる時節が参りて、高姫が此処へ現はれた以上は、到底叶はぬぞよ。皆の者よ、此筆先をよく腹へ締め込みておいて下されよ。杢助殿と高姫と夫婦になりたと申して、チヨコチヨコとせせら笑ひを致して居るなれど、人民の知りた事でないぞよ。神は何処迄も気を引くから、取違を致さぬやうに御用心なされよ。義理天上日出神の筆先は一分一厘間違ひはないぞよ。高天原の霊国の天人の一番天上の身魂であるぞよ。又杢助殿には大広木正宗殿の霊が授けてあるぞよ。今迄は摩利支天の霊が憑りて居りたなれど、神界の都合により、義理天上の命令により、大広木正宗の御用をさして、常世姫の肉宮と、末代の結構な御用を致させるから、杢助殿が何事を致しても申してもゴテゴテ申すでないぞよ。又初稚姫は我の強き霊なれども、日出神の神力に、トウトウ往生致して、四つ足のスマートを斎苑の館へ追ひ返したのは、まだしも結構であるぞよ。これからスマートを一息でも、此祠の森の大門へよこしてみよれ、初稚姫の体はビクとも動かぬやうに致してみせるぞよ。杢助殿は霊が水晶であるから、四つ足が来るのは大変御嫌ひ遊ばすぞよ。初稚姫が四つ足を連れて参りたトガメに依つて神罰を蒙り、命がなくなる所でありたなれど、神の慈悲によりて、杢助殿を身代りに立て、チツと許り疵を致させ許してやりたぞよ。これをみて初稚姫殿改心致されよ。神の御恩と親の御恩とが分らぬやうな事では、誠の神の側へは寄りつけぬぞよ。余り慢心が強いので親の側へ寄れぬぞよ。其方の改心が出来たなれば、義理天上が取持致して、杢助殿に会はしてやるぞよ。早く霊を研いて下されよ、神が前つ前つに気をつけるぞよ。義理天上日出神の申す事に間違ひはないぞよ。此筆先は義理天上の生神が高姫の生宮に這入りて書いたのであるから、日出神の御神体其儘であるから、粗末には致されぬぞよ。もし疑ふなら、火鉢にくべてみよれ、焼けは致さぬぞよ。それで誠の生神といふ事が分るぞよ。ぢやと申して、汚れた人民の手で、いらうたら、焼けぬとも限らぬから、余程大切に清らかにして下されよ』 と読み了り、 イル『ハツハハハ、甘い事仰有るワイ、火にも焼けぬ水にも溺れぬと仰有つた筆先が、パツと焼けたのだからたまらぬワイ。イヒヒヒヒ、これでは日出神も、サツパリ駄目だなア』 サール『それでも……汚れた人民が触りたら、焼けるかも知れぬぞよ……と書いてあつたぢやないか』 イル『ハハハ、そこが高姫の予防線だ。引掛戻しの所謂仕組をやつてゐよるのだ。兎も角小気味のよい事だなア』 サールは、いつの間にやら廊下の見張を忘れて、イルの前に頭を鳩め聞いて居た。そこへ高姫が筆先の声を聞付けて、足音忍ばせ、半分余り末の方を障子の外から聞き終り、 高姫『コレ、お前達、今何を言うてゐたのだい』 この声に、イルは驚いて尻の下に隠し、素知らぬ顔して其上に坐つてゐる。 高姫『コレ、此障子一寸あけておくれ、今何を云つてゐたのだい。お筆先を拝読いて居つたのだらう。そして大変に義理天上さまの悪口を云つて居つたぢやないか』 イルは小声で、 イル『オイ、サール、貴様番をすると吐しよつて、こんな所へ這入つてけつかるものだから、これ見ろ、とうと見付けられたでないか』 サール『ウン、マア仕方がないサ、……ヤア高姫様、ようこそお出で下されました。サ、お這入り下さいませ』 と突張のかうてあつた障子をサツと開いた。高姫は受付の間へヌツと這入つて来た。 高姫『コレ、イルさま、お前、筆先を写さぬと云つたぢないか。今読んで居つたのは何だいなア』 イル『ハイ、日出神様が、お前の体内にイルと仰有いまして、暫くすると、あんな事を私の口から仰有つたので厶います。誠に結構な御神勅で厶いましたよ。そして又蟇の守護神が私の肉体に這入り、高姫様や天上様の悪い事を申しますので、イヤもう困りました。何卒一つ鎮魂をして下さいな』 高姫『日出神さまなどと、悪神がお前を騙して真似を致すのだらう。それだからシツカリ致さぬと悪魔に狙はれると、何時も申してあらうがな。エーエ困つた事だ、サ、そこを一寸お立ちなされ。日出神が鎮魂をして上げるから……』 イル『イー、ウーン、一寸ここは退く訳には行きませぬ、尻に白根が下りましたので、痺が切れて何うする事も出来ませぬ。何卒又後から鎮魂して下さいな。ああ高姫さま、あの外を御覧なさいませ、大きな鷲が子供をくはへて、それそれ通ります』 と高姫の視線を外へ向け、手早く尻に敷いた写しの筆先を懐へ捻ぢ込み、席を替へようとした。されど余り慌てて、二冊は甘く懐へ這入つたが、まだ一冊尻の下に残つて居る。 高姫『コレ、イル、そんな事を申して、此高姫を外を向かせておき、其間に何だか懐へ隠したぢやらう、サ、其懐を見せて御覧』 イル『ヘー、此の懐は私の懐で厶います。何程一軒の内に住居して居つても、懐は別ですからな。珍彦様が会計して下さるので、私の懐まで御詮議は要りますまい』 高姫『一寸、お前さま、妙なものが憑つてゐるから、鎮魂して上げよう。私が坐らにやならぬから、一寸退いて下さい。お前さまが一番正座へ坐ると云ふ事は道が違ひますぞや』 イル『ハイ、承知致しました。ああ杢助さまが門を通らつしやるわいな』 と云ひながら、尻の下の残りの筆先をグツと取り、懐へ入れようとした。高姫は今度は其手に乗らず、イルの態度を熟視して居つたから、たまらぬ。矢庭にイルの懐へ手を入れ、三冊の写しの筆先を掴み出し、キリキリと丸めて、イルの鼻といはず、目と云はず、滅多打に打据ゑ、 高姫『オホホホホ、悪の企みの現はれ口、日出神には叶ひますまいがな。頓て沙汰を致すから、其処に待つて居るがよからうぞ。イク、ハル、テル、サールも同類だ。今に杢助さまと相談して、沙汰を致すから待つてゐなさい』 と憎々しげに睨みつけ、懐に捻ぢ込んで、サツサと吾居間に帰り行く。後見送つて五人は頭を掻き、冷汗を拭きながら、 五人(イル、イク、ハル、テル、サール)『あああ、サーツパリ源助だ、ウンウン、イヒヒヒヒ』 (大正一二・一・二三旧一一・一二・七松村真澄録) |
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霊界物語 | 52_卯_小北山の文助の改心物語 | 02 哀別の歌 | 第二章哀別の歌〔一三三八〕 人間は天の高天原と地の高天原とを問はず、その霊域に昇るに際し、愈内に入るに従ひ、(即ち愈高きに昇るに従ひ)証覚と智慧とは愈増し来りて、其霊魂に光明を放ち、真理に住し、嘗て難解の問題と思惟した事も、追々と感得するに至り得るものである。何れも皆斯の如き情態に進むは、大神より来る愛の力に依るものである。此愛なるものは高天原の一切のものを容るべき器なるが故である。大神の御神格を其内分に受くること多き所の人間を称して天的天人といふ。又内的天人、高処天人とも別称するのである。高天原にも亦内的、外的の区別があり、内的の天界を高処天界といひ、外的の天界を低処天界と称へられてゐる。而して天国に在る天人が居る所の愛を天愛といひ、在霊国の天人が居る所の愛を霊愛といふ。而して天国には大神は太陽と現はれ給ひ、霊国に在つては月と現はれ給ふ。初稚姫の如きは、どちらかと云へば天国天人の部類に属し、厳の御霊にして太陽の熱即ち愛の全部とも云つても可いのである。又言依別命は霊国に在る天人にして、信の真に居り、月の光を以て其全部となし給ふものである。故に初稚姫は能く神を祭り、祝詞を奏上し、而して宣伝使や信者の模範となり給ひ、言依別命は智的方面に主として住し給ふが故に、宇宙の真理を説き諭し、現幽神三界の真相を明かにし、すべての原動力とならせ給ふ霊的天人である。木花姫命の如きは霊的天人の部に属し給ひ、日の出神は天的天人の部類に属し給ふ神人である。されども何れの神も、霊的天人にして天的天人たり、天的天人にして霊的天人たることは、其平素の御活動の状態に依つて悟り得るのである。 天国はすべて大神の祭司的国土にして大神の御住所である。霊国は大神の王土にして之を王座又は瑞の宝座とも云ふ。而して天国と霊国との交通の機関は、何れも媒介的天人団体の手によつて行はれてゐる。これも皆大神の思召に依つておかせ給うた所の交通機関である。初稚姫は又此媒介的天人の手によつて、或時は天国と交通し、或時は霊国と交通し、又は天国霊国一度に交通し給ふ事があつた。初稚姫の如き地上の天人は、媒介的団体の手に依らなくても、直に交通し得べきものと考へらるるなれども、一旦地上に降りて肉体人の境遇に居らるる間は、何うしても媒介者を通ずる必要があるのである。如何とならば、内的外的の両方面の中に介在し給ふ天人なるが故である。 初稚姫は祠の森を立出でて、愈遠征の途に就かむとした。此時珍彦夫婦を始め楓及び幹部役員を始め、正しき信徒は、親の如く神の如く慕うてゐた此神人に別るる事を非常に歎き悲しみ、せめてモウ一日なりとも足を留められむことをと赤心より懇願して止まなかつた。されど初稚姫は、如何に愛らしき信仰に充てる人々が熱涙を流しての哀願も、之を受入るる余地がなかつた。何故ならば、自分は大神より任されたる大神務を果さねばならぬ身の上である。そして一日も早く神業を完成し天下の害を除き大神の前に復命せなくてはならぬからであつた。初稚姫も哀別離苦の情に絆されて、其内心は、此処を立去る事を非常に惜しんだのである。万一吾此処を去らば、未だ徳全からず智慧証覚の薄き珍彦を始め其他の役員信者は、又もや強烈なる曲神の為に誑惑され、折角の信仰を失墜せざらむやとの案じが残つてゐたからである。併し乍ら斎苑の館に余り遠からざる地点なれば、正勝の時には綺羅星の如く立並ぶ宣伝使が、何とか事務を繰合して応援に来て呉れるであらう。さうすれば、自分はここを去つても、さまで憂ふべき失態は来さないであらうと一縷の望みを残して、いよいよ心を励まし、人情の外に立つて、神の為に活動せむことを決意した。初稚姫は神殿に向つて訣別の辞を述べられた。其詞、 初稚姫『高天原の霊国を地上に移しまつりたる 祠の森の聖場を珍の宮居と定めまし 下つ巌根に宮柱太しく立てて永久に しづまりいます三五の皇大神を始めとし 左右の脇にあれまする百の神等御霊等 珍の御前に謹みて初稚姫が真心を 披陳し仕へ奉る三千世界の梅の花 一度に開く御神業精霊界や地獄界 其外怪しき邪神界暗に彷徨ふ霊等 残る隈なく大神の至善至愛の高徳に なびかせまつり愚かなるおのもおのもの霊をば 研き清めて心身の光を与へ天界の 神の光に向はしめ宇宙一切万有を 高天原の楽園に救はむ為めの鹿島立ち 妾は若き身を以て魔神のたけぶ荒野原 分けゆき進む身にしあれば醜の曲津は隙間なく 妾を亡ぼしなやめむと隙を窺ひ待つならむ ああ大神よ大神よ如何なる曲の襲ふとも 醜の魔風のすさぶとも聖き尊き御光と 愛の熱とに吾身魂守らせ給へ皇神の 依さし給ひし神業をいと平けく安らけく 事終へしめて大前に一日も早く復命 申させ給へ惟神御前に慎み願ぎまつる 旭は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 天変地妖は襲ふとも神に任せし此身体 生死の外に超越し愛の善徳経となし 信の真徳緯として撓まず屈せず何処までも 吾天職を守るべく誓ひまつりし上からは 仮令吾身は亡ぶとも神に受けたる霊身は 千代に八千代に永久に朽ちず亡びず活動し 幾万年の後までも顕幽二界に出没し 此目的を達せずばいかでか止まむ大和魂 吾身の内に天国を開きて進む勇ましさ 忽ち地獄は天国と神のまにまに立直し 吾霊魂の天分を完全に委曲に尽すべし 守らせ給へ惟神皇大神の大前に 畏み畏み願ぎまつる』 と念じ終り、且珍彦以下の神の下僕が悪魔に誑惑さるることなく、惟神の大道を遵奉し、其使命を全うせむことを懇願して大前を退き、珍彦の館に入りて送別の宴に臨み、いよいよ此処を離るることとなつた。 珍彦は別れに臨んで歌をよむ。 珍彦『久方の天津空より降りましし 君に別るる今日の悲しさ。 願はくばせめて一日を此森に 過させ給へ厳の生宮』 初稚姫『珍彦の神の御言を如何にして 背くべきかは、ああされどされど。 惟神神の言葉は背かれず 惜しき別れを告ぐる苦しさ。 身は遠くハルナの都に進むとも 吾魂は汝に添ひなむ』 珍彦『有難し其御言葉を力とし 柱となして神に仕へむ。 野も山も荒れに荒れたる醜草を 別けて進ます君ぞ尊き。 何事も幸あれかしと大前に 朝な夕なに願ひまつらむ』 静子『貴の君これの館へ出でまして 聖き宝を与へ給ひぬ。 目に見えぬ百の宝を与へられぬ 研きすまして神に捧げむ』 初稚姫『目に見えぬ宝は朽ちず虫喰はず いや永久に汝が物となるも。 信仰の徳充ちぬれば曲津見も 如何なる仇も襲ふべしやは』 静子『妖幻坊高姫の如き曲津見が 来りし時は如何になさむか。 これのみが心にかかり日も夜も 眠られぬ身を救はれにけり。 さりながら又思ふかな曲津見の 襲ひ来らむ例しなきやと』 初稚姫『珍彦よ静子の君よ楓姫よ 心安かれ珍の聖地ぞ。 汝が身に高天原の開けなば 大蛇も鬼も襲ひ来べきや。 恐るべき吾身の仇は心より 神に背きし罪とこそ知れ』 珍彦『有難し聖き教を蒙りて 甦りたる心地しにけり』 楓姫『初稚姫神の命の帰りまさば 誰をたよりに日をや過さむ。 この君を命の親と崇めつつ 仕へ来りしわれぞ悲しき。 別れても又会ふ事のあるものと 神の教をたよりに待つも』 初稚姫『楓姫名残は尽きず吾涙 神の光に干して行くべし』 楓姫『今流す涙の雨もやがて又 晴れて嬉しき神国の園』 イル『いかにして此出でましを止めむと 祈りし甲斐なく別れむとぞする』 イク『どうしても御供に仕へまつらむと 朝な夕なに願ひてしかも』 サール『何処までも君の御後に従ひて 吾は行くなり神のまにまに』 初稚姫『ますらをの心は嬉しさりながら 神の仰せに背くよしなし』 サール『さりとても是が此儘何として 別れらりようか胸の苦しさ』 ハル『はるばると荒野を越えて月の国に 出でます君ぞ雄々しかりけり。 われも亦御供に仕へまつらむと 願ひしことも夢となりぬる』 テル『如何にして君が首途をとどめむと 思ひし甲斐も泣く泣くわかるる』 初稚姫『いざさらば珍彦其他の司等 神の守りに安くましませ』 珍彦『君行かば祠の森は凩に 木の葉の散りし如くなるらむ』 初稚姫『木の葉散るも春の陽気の生れ来て 恵の花の匂ふ聖場。 いつまでも此処にあるとも如何にせむ 神の心に叶はざりせば。 皇神の大御心に逸早く ハルナに行けと宣らせ給へば』 斯く互に訣別の歌を交換し、哀別の涙を流しながら、愛犬スマートを従へ、宣伝歌を唄ひつつ、初稚姫は崎嶇たる山路を、宣伝使服に身をかため、杖を力に降り行く。スマートも祠の森の人々に別れを惜しむものの如く、二声三声悲しげな声を残し、初稚姫の後になり先になり、又もや嬉しげに頭をふり、尾を掉り従ひ行く。 (大正一二・一・二九旧一一・一二・一三松村真澄録) |
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霊界物語 | 52_卯_小北山の文助の改心物語 | 06 梟の笑 | 第六章梟の笑〔一三四二〕 サール『初稚姫に従ひてハルナの都に進まむと イクと二人が云ひ合せ一足先に失敬して 河鹿峠の上り口樫の大木の麓にて 神算鬼謀を廻らしつ否応云はさず御供の 許しを受けむと三番叟折角企んだ芸当も 忽ち画餅となりぬれば最後の手段と首を吊り 初稚姫を驚かし有無を云はせず御供に 仕へむものと思ひしがこれも矢張当はづれ 忽ち熊と変化して睨み給ひし怖ろしさ 魂奪はれ魄消えて絶え入るばかり戦けど 弱味をみせては叶はじと吾と心を励まして 御後を慕ひすたすたと曲神の集ふ山口の 森の手前にかかる折夜はずつぽりと暮れ果てて 黒白も分かずなりにけり忽ち見ゆる大火光 これぞ全く大神の吾等を守りたまへるかと 喜び勇み近づけば形相実にも凄じき 二つの鬼が立つて居るこれぞ全く姫様が 吾等を嚇して帰さむと企み給ひし業ならむ 素性の分つた化物に如何でか怖れ縮まむや 二人は傍にかけよつて平気の平左でかけあへば 初稚姫に非ずして正体の知れぬ妖魅界 意想外なる古狸蜈蚣の奴がやつて来て 吾等二人を刺し殺し悩めむとして待ち居たる 危き所をあら尊天を照らして降りくる 光眩き大火光吾等が前に現はれて 四辺隈なく伊照らせば遉の魔神も戦慄し 雲を霞と逃げて行く火団は忽ち縮小し 一寸ばかりの玉となり清き光を現はして 吾等を守りたまひけりああ有難や尊やと 感謝の言葉捧げつつ知らず知らずに眠りけり 烏の声に驚きて眼をさまし眺むれば 水晶玉が唯一個二人の間に置いてある これぞ全く皇神の闇夜を照らす御宝 吾等二人が赤心に感じて天より宝玉を 下させ給ひしものなりと押し戴いて懐に いと叮嚀に納めつつ勇気は頓に加はりて 百草萠ゆる春の野を心いそいそ進み往く ああ惟神々々斯くも尊き御守り 吾等に下らせ給ふ上は如何でか曲を怖るべき 闇夜を照らす宝玉の光と共に何処までも 初稚姫の後追うて御供に仕へ奉らねば 男の顔が立つまいぞイクの司よ気をつけて サールの後について来い野中の森も近づいた それから先は小北山珍の聖場がありと聞く もしや初稚姫様は其聖場に道寄りを なさつて厶るぢやあるまいか吾々二人は兎も角も 小北の山に参詣で神に願をかけまくも 畏き所在を探ねだし初心を貫徹せにやならぬ ああ惟神々々三五教の大御神 何卒吾等両人が此願望を逸早く 許させたまへと願ぎまつる』 と歌ひつつ行く。 イク『朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも落つるとも 海はあせなむ世ありとも大和男子の益良夫が 一旦思ひ立ちし事通さにやおかぬ弓張の 月に誓ひて突き貫かむ初稚姫はスマートを 伴ひ一人出でませど妖幻坊の曲津見や 高姫司がいろいろと姿を変じ待ち構へ もしも艱ませまつりなば大神業は如何にして 完成すべき道やある神の司は綺羅星の 如くに数多ましませど此姫君に勝りたる 神の司は稀なれば吾等はたとへ死すとても 初稚姫の御前を助け守らにや居らうまい 身も魂も打ち捨てて神に仕ふる吾々は 如何なる敵も怖れむや野は青々と生ひ茂り 風暖かく薫りつつ蝶舞ひ遊ぶ野辺の花 菫、蒲公英、紫雲英咲き誇りたる道の上 其中心を進み往く吾等は天国浄土をば 旅行なしつる心地なりああ惟神々々 初稚姫の御上を守らせたまへ大御神 珍の御前に願ぎまつる』 と歌ひつつ道を急ぎ行く。 道の片方の榛の木の下に、一人の美人が黒い犬をつれて首をうなだれ、真青な顔をして何か思案に沈む風情であつた。イク、サールの両人は十間ばかり道を隔てた田の向ふに女の立つて居るのを眺め、つと立留まり、 イク『オイ、サール、あの女は初稚姫様によく似て居るぢやないか。そしてスマートによく似た犬まで傍について居る。一つお尋ねして見ようぢやないか』 サール『ウン、一寸見た所ではよく似て厶るやうだが、些し顔が長いなり、背が高過ぎるぢやないか。そしてあの犬もスマートから見れば、どこともなしに容積がないやうだ。又昨夜の曲神奴が第二の作戦計画を立てよつて、吾等を艱めようとして居るのかも知れないぞ。うつかり相手になつては不利益だから、見ぬ顔して行かうぢやないか』 イク『それもさうだが、何だか心配さうな顔をして居るぞ。彼処は川側だから、身投げでもする積りぢやなからうかな』 サール『サア、あの様子では何とも判別がつかないよ。まア暫く此処で様子を考へようぢやないか』 イク『ウン、よからう』 と、二人は暫し女の挙動を看守つて居た。忽ち女は榛の木に細帯を投げかけ、プリンプリンとぶら下つた。傍に居た黒犬は悲鳴をあげ、二人の方に向ひ、前足で空をかきながら救ひを求むるものの如くであつた。 イク『オイ、サール、俺達の後継が出来たぢやないか、随分苦しさうにやつてけつかる。何と無細工なものだなア、あれを見い、洟を垂らしよつて、あの態つたら見られたものぢやない。初稚姫様が吾等のブリブリして洟をたらした姿を眺められた時にや、何とした馬鹿な奴だ、情ない男だとキツト思はれたに違ひないぞ。人の姿見て吾姿直せと云ふ事があるからなア』 サール『オイ、イク、そんな気楽な事を云うて居る所ぢやないよ。人の危難を見て批評所ぢやない。グヅグヅして居ると絶命れて了ふから、サア貴様と二人で助けてやらうぢやないか』 イク『初稚姫様は、女の身として荒男の首吊り二人まで御助けなさつたのだ、高が女の首吊り一人に男が二人まで行かなくても貴様一人で結構ぢや。俺は此処で水晶玉の御守護をして居るから……汚れたものに触ると玉が汚れるからのう、貴様往つて助けて来い』 サール『何だか気分が悪くて仕方がない、イクよ、せめて傍までついて来て呉れないか。さうしたら俺が一人で助けてやるから』 イク『エエ意気地のない男だなア、サア行かう』 とサールを促し榛の木の下に歩を急いだ。女は真青になつて、最早手足も動かず、ブラリと吊柿のやうに垂つて居る。サールは、手早く女を抱き、 サール『アヽ何と柄にも似合はぬ重い女だなア、此奴ア化州かも知れぬぞ』 と云ひながら助け下した。女は漸くにして気がついたらしく、キヨロキヨロ其処辺を見廻し、 女『ああお前さまは何処のお方か知らぬが、私が折角天国の旅をしかけて居る所を、殺生な、なぜ邪魔をするのだい。よい加減に人を助ける宣伝使が悪戯をして置きなさいよ』 と礼を云ふかと思へば、反対に女は仏頂面をして怒り出した。 サール『オイ、何処の女か知らぬが、命を助けて貰うて不足を云ふものが何処にあるかい、のうイク、こんな事なら助けてやるぢやなかつたに、チエー馬鹿にしてけつかる。ハハ此奴はキ印だな』 女『キ印でも構うて下さるな。朋友でもなければ親類でもなし、お前さまに助けられる理由が無いぢやないか』 サール『それだつて此犬奴、一生懸命俺の方に向いて救ひを求めたものだから、忙しい道中を繰合せて助けに来てやつたのだ』 女『ヘン阿呆らしい、犬が物言ひますか。お前さまも見た割りとは馬鹿だな。人の目的の邪魔をして置きながら、礼を云へなどとは以ての外だ。これ位分らぬ馬鹿野郎が又と世界にあるだらうかなア、私は死ぬのが目的だ。その目的を妨害して置いて何だ、お礼を云ふの云はぬのと……謝罪りなさい、怪しからぬ人足だ』 イク『こりや女、俺達を馬鹿だとは何だ。余り口が過ぎるぢやないか。貴様は死ぬのが目的だと申したが、死んでどうする積りだ。エーン、何ぞいい目的があるのか』 女『ヘン馬鹿だなア、お前達に霊界の事が分つて耐らうかい。馬鹿と云うたのは外でもないが、今の世の中は命がけの事をして人を助け、さうして世界の人間から褒めて貰はうと考へたり、一口の礼でも云つて貰はうと考へる奴ばかりだ。それだから馬鹿と云ふのだよ。命を助けてやつた女に、眉毛を読まれ、尻の毛をぬかれ、現をぬかし、涎を繰り、終には先祖譲りの財産迄すつかり取られる馬鹿の多い世の中だよ。貴様達も俺が女だと思うて助けに来たのだらう。どうだ、これから骨を抜き取り、章魚のやうにグニヤグニヤに蕩かしてやらうか。俺の目は千両目と云うて、一瞥よく城を傾け、山林を吹き飛ばす威力を持つて居るのだぞ。俺のやうな者が娑婆を離れて霊界に行つたならば、娑婆の邪魔者がなくなつて、人民がどれ位喜ぶか知れないのだ。また生かしやがるものだから、この涼しい目をもつて腰抜野郎を片つ端から骨を抜き、足腰の立たぬやうに殺生をしなくてはならぬワイ。貴様は一人を助けて大きな害を世の中に拡げようとする頓馬だから馬鹿と云つたのだ。これ二人の馬鹿野郎、分つたか。分つたら犬蹲となつてお断りを申せ』 サール『何とまア、理窟と云ふものは、どんなにでもつくものだなア。まるで高姫や黒姫のやうな事を吐すぢやないか、のうイク』 イクは、 イク『フン』 と呆れ果て、女の顔を打ち眺め、 イク『こんな優しい顔をしながら、どこを押へたら、あんな悪垂口が出るのだらうか』 と頻りにみつめて居ると、女は、 女『馬鹿』 と一声イクの横面を張り倒した。イクはヨロヨロとよろめいて田圃の中に倒れた。犬はイクの懐の水晶玉をくはへるや否や、一生懸命に駆出した。サールは、 サール『こりや畜生待て』 と叫ぶのを見て、女は手を拍つて笑ひ、 女『ホホホホホ、馬鹿だな、俺は昨夜山口の森で貴様を嚇さうとした怪物だ。貴様に水晶玉を持たせて置くと俺達の邪魔になるから、計略を以て取つてやつたのだ。アバヨ、イヒヒヒヒ』 と白い歯を出し、腮をしやくりながら大狸の正体を現はし、南をさして雲を霞と逃げ出した。サールはイクを抱起し、ブツブツ小言を言ひながら、兎も角も小北山の聖場に参拝せむと、間抜けた面をして力なげにトボトボと進み行く。傍の密樹の枝に梟がとまつて、 『ホー、ホー、ホー助、ホー助、ころりと取られたなア、ホー、ホー、ホー助、アツポーアツポー』 と啼いて居る。 (大正一二・一・二九旧一一・一二・一三加藤明子録) |
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霊界物語 | 52_卯_小北山の文助の改心物語 | 09 黄泉帰 | 第九章黄泉帰〔一三四五〕 侠客育ちのお菊は年にも似合はず人馴れがして、二人の男をよくもてなし、夜中頃まで酒を勧め互に歌などを詠み交してゐた。イク、サールは初稚姫にお供を願つた処、あの様子では到底許されさうにもない。夜光の玉は戴いて嬉しいが、其為に自分の目的を遮られるのは、又格別に苦しい。初稚姫さまも宝を与へて、吾々の進路を壅塞せむとし給ふ、其やり口、随分お人が悪い……と時々愚痴りながら、お菊の酌でチビリチビリと飲んでゐた。されど神経興奮して、或は悲しく或は淋しくなり、ま一度夜が明けたら、所在方法を以て姫に願ひ出で、どうしても聞かれなければ、自分等二人は自由行動をとり、後になり先になりしてハルナの都まで行かねばおかぬ。神様が吾々の決心を試して厶るのかも知れぬなどと、積んだり崩したり、ひそびそ話に時を移した。お菊は既に既に初稚姫が此聖場を出立された事はよく知つてゐた。併し二人に余り気の毒と思つて、其実を明さなかつたのである。 イク『黙然と手を組みし儘寝もやらず 息の白きに見入りけるかも』 サール『悲しみは冥想となり歌となり 涙となりて吾をめぐるも』 お菊『益良夫が固き心をひるがへし 帰り行きます事のあはれさ』 イク『何事の都合のますか知らねども 強ひて行かましハルナの都へ』 サール『益良夫が若き女に弾かれて 恥の上塗するぞ悲しき』 お菊『皇神は何処の地にも坐ませば いまし二人は此処に居たまへ』 イク『イク度か思ひ返してみたれども 思ひ切られぬ初一念なり』 サール『玉の緒の命惜しまず道の為に 進む吾身を許させ給へ。 神国に生れあひたる吾々は 神より外に仕ふるものなし』 イク『いかにして此難関を切抜けむ ああ只心々なりけり』 お菊『汝が心深くも思ひやるにつけ われも涙に濡れ果てにける。 魔我彦の司なりともましまさば かくも心を痛めざるらむ』 イク『兎も角も初稚姫に今一度 命を的に願ひみむかな』 サール『千引岩押せども引けども動きなき 固き心をいかにとやせむ』 お菊『夜の間にもしも嵐の吹くならば 汝等二人はいかに散るらむ』 イク『イク度か嵐に吹かれ叩かれて 実を結ぶなり白梅の花は』 サール『敷島の大和心は白梅の 旭に匂ふ如くなりけり。 大和魂振ひ起して進み行かむ 千里万里の荒野わたりて』 イク『岩根木根ふみさくみつつ月の国に 進まにやおかぬ大和魂』 斯く三人は夜更けまで眠もやらず、淋しげに歌を詠んで、初稚姫の拒否の如何を気遣ひつつあつた。俄に騒がしき人の声、足駄の音、何事ならむと耳をすます処へ、お千代は慌しく入り来り、 お千代『お菊さま、文助さまの様子が変になりました。何卒来て下さいな』 お菊『そら大変です、もしお二人さま、此処に待つてゐて下さい。一寸文助さまの居間まで行つて来ます』 と早くも立出でむとする。二人は驚いて、 イク、サール『私もお供しませう』 とお菊の後に従ひ、文助の病室へ駆け込んだ。見れば松姫が一生懸命に魂返しの祝詞を奏上してゐる最中であつた。数多の役員信徒は室の内外に狼狽へ騒いで、殆どなす所を知らざる有様である。イク公は、 イク『御免』 と云ひながら、文助の側に寄り、松姫に向ひ、 イク『御苦労さまで厶います』 と軽く挨拶し、懐中から夜光の玉を取出して、文助の前額部に当て、赤心を捧げて十分間ばかり祈願を凝らした。此時既に文助は冷たくなつてゐた。只心臓部の鼓動が幽かにあるのみ。 イク『ヤア此奴ア駄目かも知れませぬな、実に困つた事です。松姫様、此玉を貴女にお預け致します。何卒之を前額部に離さぬやうに当てておいて下さい。私はこれから河鹿川で禊をして参ります』 とイクはサール、お菊を伴ひ、河辺に向つた。そして神政松の根元に衣類を脱ぎすて、ザンブとばかり飛込んで、鼻から上を出し、三人声を揃へて、文助の再び蘇生せむ事を祈つた。 お菊『赤心を神に捧げて仕へたる 司の命救ひ給へよ。 惟神神のまにまに行く人を 止めむとするわれは悲しも』 イク『何事も速川の瀬に流しすてて 清き身魂を甦らせよ』 サール『死して行く人の命をとどめむと 願ふも人の誠なりけり。 今一度息吹返し道の為に 尽す真人とならしめ給へ』 お菊『日頃より誠一つの此翁を 神も憐れみ救ひますらむ。 道のために世のため尽す此翁を 救はせ給へ神の力に。 無理ばかり神の御前に宣る心を あはれと思へ天地の神』 と心急くまま、口から出任せの歌を歌ひ、激流に浮きつ沈みつ、危険を冒して祈り出した。大神もこの三人が赤心を必ず許し給ふであらう。平素は悪戯好の茶目男、余り親切らしく見えぬイク、サールの口の悪い連中も、お転婆娘のお菊も、人の危難に際しては其赤心現はれ、吾身の危険を忘れて神に祈る。これぞ全く美はしき人情の発露にして、常に神に従ひ、神を信じ、誠の道を悟り得るものでなくては出来ぬ所為である。 三人は文助の身を気遣ひながら帰つて来た。忽ちお菊は神懸状態となつて病床に駆け入り、松姫が手より夜光の玉を取り、左右の耳の穴に代る代る当て、何事か小声に称へながら、汗を流して祈つてゐる。イク、サールの両人は赤裸のまま文助の足を揉んだり、息を吹いたり、あらゆる手段を尽した。「ウン」と一声叫んで目をパチリとあけ、起上つた文助、四辺をキヨロキヨロ見廻しながら、大勢の集まりゐるを知つて、 文助『皆さま、何ぞ変つた事が出来ましたか、大勢さまがお集まりになつて居りますが』 お菊『気がつきましたか、それはマア嬉しいこつて厶います。本当にお菊も心配いたしましたよ』 文助『私は或美はしき山へ遊びに行つて居りました。何だか急に目が見え出して、そこら中の青々とした景色や咲き匂ふ花の色香、久し振りで自分の目が見え、世の中の明りに接した時の愉快さ、口で云ふ様な事ぢやありませぬ。ああ又目が見えなくなつた』 と力なげに云ふ。 松姫『文助さま、貴方は此間から人事不省で、皆の者が大変に心配をして居りました。初、徳の両人が貴方を打擲したきり姿を晦まし、貴方はその時からチツとも性念がなかつたのですよ。毎日日日囈言ばかり云うてゐられました。マアマア正気になられて結構で厶いますワ。松姫も蘇生の思ひが致します』 文助『成程、さう聞けば、そんな事もあつたやうに仄に覚えて居ります。つひ最前も小さい村の四辻で二人に会ひましたが、大変親切にしてくれました』 お菊『文助さま、貴方は此処に寝たきり、そんな男は来ませぬよ。大方夢でも見たのでせう。チツと確りなさいませ。一旦貴方は死んで居たのですからなア』 文助『イエイエ、私は決して死んだ覚はありませぬ。どこの方か知らぬが、美しい娘さまが私の手を曳いて、いろいろの所へ連れて行つて下さいました。そして目を直して下さつたお蔭で、永らく見なんだ現界の風光に接し、本当に楽しい旅を続けました。そした処に、自分の顔の二三間ばかり前に、大変な光物が現はれ、眩しくてたまらず、暫く目を塞いで居つた所、今度は祝詞の声が聞え出したので、よくよく耳をすませて考へてゐると、松姫さまやお菊さま其他の方々の声であつた。ハツと思うたら又目が見えなくなりました』 と惜しさうにいふ。 文助は初、徳の二人の若者と格闘した際、頭蓋骨を打たれて昏倒し、一旦仮死状態になつてゐたのである。此時若しもイク、サールの両人が夜光の玉を持つて居らなかつたなれば、或は蘇生しなかつたかも知れぬ。文助が幽冥界に入つて彷徨うたのは、第三天国の広大なる原野であつた。そして或村の十字街頭で初、徳の両人に出会つたのは、何れも其精霊であつた。初、徳の両人は元より文助を尊敬してゐた。併しながら一時の欲に駆られて、高姫や妖幻坊に誤られ、文助の拾うておいた妖幻坊の玉を受取つて帰らうとしたのを文助が拒んだので、止むを得ず、こんな騒動が突発したのである。併しながら二人の精霊は肉体の意思と反対で、文助を虐待したことを非常に怒り、暫く両人の体を脱出して、文助を現界に今一度呼戻さむと此処までやつて来たのである。そこへ熱心なるイク、サール、お菊、松姫等の祈祷の力に依つて、再び現世の残務を果すべく蘇生せしめられたのである。文助は肉体の眼は既に盲し、非常な不愍な者であつたが、霊界に到るや、忽ち外部的状態を脱出し、第二の中間状態を越えて、第三の内分的状態にまで急速度を以て進んだ。其為、神に親しみ神に仕へたる赤心のみ残存し、心の眼開け居りし為に、天界を見ることを得たのである。 すべて現界に在つて耳の遠き者、或は手足の自由の利かぬ者、其他種々の難病に苦んでゐた者も、霊肉脱離の関門を経て霊界に入る時は、肉体の時の如き不具者ではない。すべての官能は益々正確に明瞭に活動するものである。併しながら仮令円満具足せる肉体人と雖も、其心に欠陥ありし者は、霊肉脱離の後に聾者となり盲目となり、或は痴呆者となり不具者となり、其容貌は忽ち変化して妖怪の如くなるものである。総て人間の面貌は心の索引ともいふべきものなるが故に、其心性の如何は直に霊界に於ては暴露さるるものである。現界に於ても悪の最も濃厚なる者は、何程立派な容貌と雖も、之を熟視する時は、どこかに其妖怪的面相を認め得るものである。形体は申分なき美人にして、凄く或は厭らしく見える者もあり、又どことなくお化の様な気持のする人間は、其精霊の悪に向ふ事最も甚だしきを証するものである。 文助は先づ天の八衢の関所に突然着いてゐた。されど本人は自分の嘗て死去した事や、如何なる手続きによつて、こんな見ず知らずの所へ来たかなどと云ふ事は一向考へなかつた。そして現界に残してある妻子のことや、知己朋友の事などもスツカリ忘れてゐた。只神に関する知識のみ益々明瞭になつてゐた。彼は八衢の関所の門を何の気もなく潜つて行つた。後振り返つて見れば、白面赤面の守衛が二人、門の左右に立つてゐる。 文助『ハテ不思議な所だ、地名は何といふだらうか、あの守衛に尋ねて見たいものだ』 と再び踵を返して側に寄り、文助は、 文助『此処は何と云ふ所ですか』 と尋ねてみた。二人の守衛は、 白、赤の守衛『何れ後になつたら分るでせう。お尋ねには及びませぬ。又吾々も申し上げる事は出来ない』 とキツパリ答へた。これはまだ現界へ帰るべき因縁がある事を守衛が知つてゐたからである。もし此処は霊界の八衢であるといふ事を知らしたならば、或は文助が吃驚して、現界に於ける妻子のことを思ひ浮かべ、美はしき天国の関門を覗く事も出来ず、又其魂が中有界に彷徨うて、容易に肉体に還り得ない事を知つたからである。文助は何とはなしに愉快な気分に充たされ、小北山の事も念頭になく、只自分の行先に結構な処、美はしき所があるやうな思ひで、足も軽々と進むのであつた。そして俄に目の開いたのに心勇み、フラフラフラと花に憧憬れた蝶の如く、次へ次へと進んだのである。途中に現界に在る友人や知己並に自分等の知己にして、既に帰幽せし人間にも屡出会うた。されど其時の彼の心は帰幽せし者と帰幽せざる者とを判別する考へもなく、何れも自分と同様に肉身を以て生きて働いてゐることとのみ思うてゐたのである。 斯の如く、人間は仮死状態の時も、又全く死の状態に入つた後も、決して自分は霊肉脱離して、霊界に来てゐるといふ事を知らないものである。何故ならば、意思想念其他の総ての情動に何等の変移なく、且現界に於けるが如き種々煩雑なる羈絆なく、恰も小児の如き情態に身を置くが故である。之を思へば人間は現世に於て神に背き、真理を無視し、社会に大害を与へざる限り、死後は肉体上に於ける欲望や感念即ち自愛の悪念は払拭され、其内分に属する善のみ自由に活躍することを得るが故に、死後の安逸なる生涯を楽しむ事が出来るのである。 天国は上り難く地獄は落ち易しと或聖人が云つた。併しながら人間は肉体のある限り、どうしても外的生涯と内的生涯との中間的境域に居らねばならぬ。故に肉体のある中には、どうしても天国に在る天人の如き円満なる善を行ふ事は出来ない。どうしても善悪混淆、美醜相交はる底の中有的生涯に甘んぜねばならぬ。人の死後に於けるや、神は直に生前の悪と善とを調べ、悪の分子を取り去つて、可成く天国へ救はむとなし給ふものである。故に吾々は天国は上り易く、地獄は落ち難しと言ひたくなるのである。併しながら之は普通の人間としての見解であつて、今日の如く虚偽と罪悪に充ちたる地獄界に籍をおける人間は、既に已に地獄の住民であるから、生前に於て此地獄を脱却し、せめて中有界なりと救はれておかねば、死後の生涯を安楽ならしむることは不可能である。されど神は至仁至愛にましますが故に、如何なる者と雖も、あらゆる方法手段を尽して、之を天国に導き、天国の住民として霊界の為に働かしめ且楽しき生涯を送らしめむと念じ給ふのである。 前にも述べたる如く、神は宇宙を一個の人格者と看做して之を統制し給ふが故に、如何なる悪人と雖も、一個人の身体の一部である。何程汚穢しい所でも、そこに痛みを生じ或は腫物などが出来た時は、其一個人たる人間は種々の方法を尽して之を癒さむ事を願ふやうに、神は地獄界に落ち行く……即ち吾肉体の一部分に発生する腫物や痛み所を治さむと焦慮し給ふは当然である。之を以ても神が如何に人間を始め宇宙一切を吾身の如くにして愛し給ふかが判明するであらう。惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・一・三〇旧一一・一二・一四松村真澄録) |
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霊界物語 | 52_卯_小北山の文助の改心物語 | 10 霊界土産 | 第一〇章霊界土産〔一三四六〕 小北山の神殿にては、文助が蘇生したる其祝意を表する為に、盛大なる祭典を行ひ、且直会の宴を張つた。松姫を始め其他一般の役員信者は大広前に集まつて、文助が神より与へられたる広大無辺の神徳にあやからむと参籠せる信者は各宿舎より来つて歓喜の神酒に酔うた。文助はソロソロ歌ひ出した。 文助『無限絶対無始無終生死の上に超越し 此世を造り給ひたる皇大神の神徳に 生れ出でたる人草は何れも神の子神の宮 永遠無窮の生命を保ちて顕幽両界に 生き通し行く尊さよわれは一度大神の 恵の綱にあやつられふとした事より霊界に 知らず知らずに突入し山河草木悉く 現実界に変りなく大地の上を歩みつつ 吾身の嘗て死去したる事は一つも知らざりき 之を思へば人の身は神の教にある如く 不老不死にて永遠に神の御国に栄え行く 霊物ぞと知られけるああ惟神々々 一度神の御国へ旅立したる愉快さは 醒めて此世にありとても容易に忘るることを得ず 実にも楽しき霊界の光は今に現然し 宛然高天の神界に身をおく如き心地なり 松姫司や其他の百の司の介抱に 再び現世に立帰り四方の有様伺へば 実にも此世は娑婆世界罪に汚れし状態に 彷徨ふものとの感深し神霊界に至りては 目かひの見えぬ吾々もすべての物をありありと 残る隈なく目撃し殊更気分も麗しく 身も軽々と道を行く地上の世界を行く如き 苦痛は少しも知らざりき現界人は気を急ぎ 足を早めて道行けば必ず呼吸切迫し 心臓の鼓動忽ちに烈しくなりて息塞り 喉は渇き汗は出で足は疲れて苦しさを 覚ゆるなれど神界の旅行は之に相反し 何の苦もなく易々と思ひの儘に進みけり 実にも此世は苦の世界厭離穢土ぞと言ふことは 只聖人の方便と思ひそめしは誤謬と 深くも感得したりけり抑も神の坐す国は 恨み嫉みも醜業も塵ほどもなきパラダイス 愛と善との徳に充ち信と真との光明に 輝き渡り日限も土地さへ知らぬ長閑なる 常世の春の如くなり之を思へば大神の 仁慈無限の御経綸ゆめゆめ疑ふ余地もなし 此大前に参集ふ信徒等よ司等 人の此世にある時は時世時節に従ひて 国の掟をよく守り五倫五常の大道を 明め悟り実行し最第一の神の国 開き給ひし大神の其神格を理解して 善と真との徳を積み神より来る美はしき 智慧証覚に充たされて仮の浮世の生涯を 完全無欠に相送り凡ての罪を大神の 御前にひれ伏し悉く悔い改めて天国の 門戸を開く準備をば此文助は云ふも更 皆さま心を一つにし身の行ひを慎みて 神の御国の御為に吾三五の大道を 尽しまつらむ神力を具備させ給へと大前に 祈れよ祈れ百の人これ文助が霊界に 至りて親しく見聞し実験したる物語 黄泉路帰りの礼祭に集ひ給ひし人々に 土産話と述べておくああ惟神々々 御霊幸はひましませよ朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 少しも動かぬ神の国常住不断の信楽に 身をおくならば何事も恐るることやあらざらむ 省み給へ百の人われ人ともに慎みて 此神国に生れたる恵に報いまつるべく 心の限り身のきはみ誠を捧げまつるべし ああ惟神々々神の御前に文助が 見聞したる一端を此処に謹み述べ終る ああ有難し有難し限りも知らぬ神の恩 果てしも知らぬ御稜威』 と歌ひ了り、一同に向つて自分が仮死中種々親切な介抱に預かつたことを感謝し、且将来の自分の神に仕ふる方針に就いて略叙し自席に着いた。次に松姫は歌ふ。 松姫『高姫司の開きたるウラナイ教によく仕へ 支離滅裂の教義をば至善至美なる大道と 渇仰したる受付の文助さまも漸くに 三五教の御光に照らされ給ひ大神の 誠の心を理解して朝な夕なに神殿に いと忠実に仕へたる誠の信者となり給ふ かかる尊き真人を惜しみ給ひて神々は 再び此世に追ひ返し現実界に残したる 其神業を完成し神の御前に復命 申させ給はむ御心仰ぐも畏き次第なり 此世を造りし神直日心も広き大直日 只何事も人の世は直日に見直せ聞直せ 身の過ちは宣りかへと善言美詞の詔 深遠微妙の真理をば含ませ給ふ有難さ 初公、徳公両人は妖幻坊や高姫の 醜の曲津に欺かれ朝な夕なに大神に いと忠実に仕へたる此真人を打擲し 仮死状態に至るまで悩めしかども翻り 其真相を思惟すれば之も全く神界の 不可知的なる御経綸文助さまは其為に 願うてもなき霊界の真相までも探険し 再び此世に帰り来て世人を導き給ふべく 計らひ給ひし事ならむああ惟神々々 只何事も神様に任しておけば怪我はない 何程人が利口でも物質界に住む上は 幽玄微妙の神界の深き真理は分らない 卑しき弱き人の身で何程真理を究めむと 焦慮するとも無益なり文助さまの物語 聞くにつけてもヒシヒシと胸にこたえて吾魂は 俄に向上せし如く神の御国の有様を いと明かに悟り得し歓喜の心に充たされぬ いざ之よりは松姫は文助さまを師父となし すべての執着排除していと忠実に仕ふべし 許させ給へ真人よ朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも少しも動かぬ神の国 現実界の人々の計り知らるる事ならず ああ惟神々々神のまにまに進むより 吾等は手段なきものぞ初稚姫の神司 天国浄土や地獄道中有界の状態を いと懇に説き給ひ帰りましたる其後へ 文助さまの甦り右と左に真人が 現はれまして霊界の其真相を詳細に 教へ給ひし有難さああ諸人よ諸人よ 此世に命のある限り神に親しみ神を愛し 善と真との徳を積み生きて此世の範となり 死しては神の御使と仕へまつらふ其為に 三五教の御教を心ひそめて拝聴し 処世を誤ること勿れああ惟神々々 神の御前に此度の恵を感謝し奉る』 イクは立上つて歌ひ出した。 イク『ああ有難し有難し思ひ掛なき神界の 深遠微妙の経綸を今目のあたり明かに 説き示されし吾々は此世の中の人として いと幸福の者ぞかし文助さまの物語 松姫さまの御教訓聞くにつけても何となく 心は勇み腕は鳴り只一刻もグヅグヅと して居れないよな心持俄に湧き出し全身の 血は漲りて歓楽の涙は胸に溢れけり さはさりながら命とも柱杖とも頼みてし 初稚姫の神司夜前の騒ぎを他所にして 出で行きますとは何事ぞかかる優しき神人も 文助さまの危難をば他所に見すてて帰るとは 合点の行かぬ節があるとは言ふものの吾々は 向ふの見えぬ愚か者智慧証覚に秀れたる 愛と信との善徳を身に帯び給ひし姫君の 心は如何で吾々の小才浅智の知悉する 限りにあらずと諦めて此上何にも言ひませぬ さは言へ吾はどこ迄も初心を貫徹せにやならぬ 初稚姫に相反き仮令地獄に堕つるとも 神の御為世の為に尽す誠の益良夫を 神は必ず救ふべし松姫様よお菊さま 其外百の司たちいかいお世話になりました 之より私は小北山神の御前に拝礼し 膝の栗毛に鞭うつて特急列車に身を任せ 矢を射る如く御後をつけて行かねばおきませぬ 我慢の強い男だと必ず笑うて下さるな バラモン軍の猪突武者首もまはらぬ男だと 今迄言はれて来たけれど夜光の玉を保護しつつ 常世の暗を踏み分けて浮き瀬に悩む人々を 神の光に照らしつつ舎身の活動継続し 首尾よくハルナに立向ひ大神業に参加して 斎苑の館に復命申さむ折は小北山 大神殿に参詣で山と積れる御話を 皆々さまの御前に申上ぐべき時こそは 今より楽しみ待たれけるああ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 と歌ひ了り、サールを促して早くも此場を立出で、初稚姫の後を追はむとした。松姫は百方言葉を尽して、イク、サールの出立を止むべく、初稚姫の意を体して説き諭した。されどはやり男の猪武者、いかでか其言葉に耳を傾くべき。サールと共に小北山を拝礼し、善一筋の心を渡す一本橋、二人の身なりも怪シの森、運ぶ歩みも浮木ケ原を指して進み行く。 (大正一二・一・三〇旧一一・一二・一四松村真澄録) |
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霊界物語 | 52_卯_小北山の文助の改心物語 | 11 千代の菊 | 第一一章千代の菊〔一三四七〕 お菊は歌ふ。 お菊『三月三日の桃の花散り敷く庭の小北山 春めき渡り何となく小鳥の歌ふ声さへも いとど長閑に聞えくる四四十六の菊の花 一つ越えたる此お菊朝な夕なに大前に 清く仕へし文助の翁の祝に加はりて 此聖場に並びます多士済々の役員が 前をも怖ぢず一言の言霊奏で奉る 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 地異天変は起るとも只一身を神様に 任して仕へまつりなば世に恐ろしきものはない 文助さまの甦り霊界土産の物語 聞くにつけても神様の広大無辺の御神徳 実に有難く拝します百の司よ信徒よ 此世の泥を雪がむと地上に降りて三五の 教を開き給ひたる国治立の大神や 豊国姫の大神の化身とあれます厳御魂 瑞の御霊の御教を朝な夕なに畏みて 心に悟り味はひつ其行ひを忠実に 尽して神の御心に酬いまつるは吾々の 最第一の務めぞや高姫司の開きたる ウラナイ教の神々は世に恐ろしき兇党界 醜の身魂の憑依して書きあらはせる醜道を 此上なく尊み敬いて世の人々を迷はせし 蠑螈別や魔我彦や母のお寅に至るまで 日に夜に深き罪重ね此世を曇らせまつれども 至仁至愛の神様は広き心に見直して 許し給はむ惟神神の心はありありと 手にとる如く知られけり文助さまがよい手本 ウラナイ教に惑溺し千座の置戸を負ひまして 汚れし此世を清めます神素盞嗚の大神を 悪鬼邪神と貶しつつ教を伝へ来りしゆ もし文助が世を去らば忽ち無限の地獄道 神に背きし罪科を冥官共に数へられ 無残の運命に陥らむ由々しき事よと恐れみて 蠑螈別や魔我彦や母の罪をば救はむと 朝な夕なに祈りけりさはさりながら大神の 心は吾等人々の如何でか図り知られむや 悔い改めて大道に甦りなば大神は 必ず許し給ふべく無限の楽土に導きて 円満具足の生涯を送らせ給ふ事の由 実に有難く悟りけりああ惟神々々 神の御為世の為に之より腹帯締め直し 災多き世の中の小さき欲を打忘れ 水に溺れず火に焼けず錆び朽ち腐らぬ宝をば 高天原の天国に貯へ置きて永遠の 死後の生涯送るべく決心したる此お菊 心の空も晴れ渡り月日は輝き綺羅星は 我霊身に閃きて愉絶快絶譬ふるに 物なき身とはなりにけりああ惟神々々 神の御前に吾々が犯し来りし罪科を 慎み敬ひ悔いまつる』 お千代は又歌ふ。 お千代『常世の春の気はひして四方の山々青々と 甦りたる現世界花咲き匂ひ蝶は舞ひ 小鳥は歌ふ楽しさよ小北の山の霊場も 一度は冬の凩に吹かれて法灯滅尽し 已に危くなりけるが松姫司が現はれて 朝な夕なに誠心を籠めさせ給ひ神の道 仕へまつりし折柄に蠑螈別や魔我彦の 踏み荒したる聖域も漸くここに返り咲き やや賑はしくなりにける此時松彦神司 五三公さまを始めとしアク、タク、テクや万公司 引連れ来り三五の教の道に立直し 世に恐ろしき兇党界醜の魔神を追ひ出し 誠一つの三五の正しき神を奉斎し 正しき清きいと赤き誠心を捧げつつ 仕へまつりし甲斐ありて今は漸く立春の 梅咲く季節も打過ぎて百の花咲く弥生空 草青々と生茂る常世の春となりにけり 蕪大根黒蛇や其外百の絵姿を 描きて四方の信徒に配り与へし文助も 漸くここに目をさまし厳の御霊と瑞御霊 経と緯との経綸を悟らせ給ひ今迄の 偏狭心を立直し四辺輝く朝日子の 日の出神や木花姫の神の教を真解し 義理天上と自称せる日の出神の贋神を 放逐したる雄々しさよウラナイ教の発起人 高姫司が現はれて妖幻坊の杢助と 此処に本拠を構へつつ一旗挙げむと企らみて 言葉巧に司等を言向けせむとする時に 皇大神の御光に曲の心を照破され アツと驚く其途端断岩上より墜落し 二人は傷を負ひながら魔法使の宝物 曲輪の玉を文助の内懐に捻ぢ込んで 後白浪と逃げて行く小さき欲に捉はれて 神に背きし初、徳の二人は後を慕ひつつ 八百長芝居がききすぎて尻を破られ血を出し 足の痛みを堪へつつテクテク後を追つて行く 後に残りし文助は吾懐に残りたる 曲輪の玉を打眺めブンブン玉よと恐れつつ 小箱に固く封じ込み守り居たりし折もあれ 初公、徳公帰り来て曲輪の玉を奪はむと 文助さまを殴りつけ倒れた隙を見すまして スタスタ逃げ行く憎らしさ文助さまは其日より 人事不省に陥りて訳の分らぬ囈言を 喋り出せしぞ悲しけれかかる所へ三五の 教の司イク、サール日の出神の賜ひてし 夜光の玉の神力を現はしまして文助を 全く生かし給ひけり文助さまは霊界に 彷徨ひ給ひ種々と現界人の夢にだも 悟り得ざりし秘密をば詳細に委曲に目撃し 吾等が前に概略を伝へ給ひし尊さよ 斯く明かに霊界の様子を悟る上からは 尚吾々は心をば洗ひ清めて日々の その行ひを改良し神の心にかなふべく 仕へまつらであるべきや思へば思へば人の世は 実に浅間しきものなれど必ず死後の生涯は 栄えに満てるパラダイス円満具足の天国に 救ひ上げられ永遠の清き正しき生涯を 送られ得べきものぞかし神を敬ひ且つ愛し 神の心に逆らはず世人の為めに善業を 勤め励みて神界の人を此世に下したる 其目的に叶ふべく仕へまつれよ百の人 吾等と共に大前に誓ひを立てて懇ろに 身の幸ひを祈るべしああ惟神々々 恩頼を賜へかし朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも地異天変は起るとも 神の此世にます限り誠一つを通しなば 必ず救ひ給ふべし吾等は神の子神の宮 世の万物に勝れたる奇き尊きものなれば 神の順序を克く守り愛と信との全徳に 浸りて此世の花となり光ともなり塩となり 穢れを洗ひ魔を払ひ天地の花と謳はれて 人の人たる本分を尽すも嬉し神国に 生ひ立ち出でし吾々は実にも至幸のものぞかし 仰ぎ敬へ神の子よ勇み行へ善の道 ああ惟神々々御霊幸はひましませよ』 此外神の司等並に信徒の祝歌は数限りなくあれども此処には省略する。扨て文助は数多の人々に盃をさされ、折角の志を受けぬ訳にも行かぬので少しく頭の痛む身に、元来下戸の事とて忽ち酩酊し階段を踏み外して地上に顛落し、又もや人事不省に陥つた。ここに松姫外一同は忽ち祝酒の酔も醒め、河鹿川に禊して文助の病気平癒を祈る事となつた。数多の役員信者の熱心なる祈願の声は九天に響き山岳も揺ぐばかりに思はれた。 (大正一二・一・三〇旧一一・一二・一四北村隆光録) |
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霊界物語 | 52_卯_小北山の文助の改心物語 | 27 胎蔵 | 第二七章胎蔵〔一三六三〕 時置師神杢助は、ライオンを守衛に預けおき、八衢の審判神伊吹戸主の館へ進み入り、奥の一間に於て伊吹戸主と二人対談をやつてゐる。 伊吹戸主『ああ時置師神様、随分宣伝はお骨の折れる事でせうなア、御苦心お察し申します』 時置師『ドーモ曇り切つた世の中で、吾々の如き人間は神様の御思召の万分一も働く事が出来ませぬので、実に慙愧の至りで厶います。つきましては今度お訪ね致しましたのは、神素盞嗚大神様の御命令に依つてで厶います。三五教に居りました高姫と云ふ女、彼の行状に就ては実に困つたもので厶います。兇党界の精霊、妖幻坊なる妖怪に誑惑され、それをば私と思ひ込み、彼方此方で時置師や杢助をふり廻すので世の中の人間が非常に迷ひます。それ故今度霊界へ参つたのを幸ひ、暫くの間現界へ帰さないやうに取計らつて貰ひたいものです』 伊吹戸主『成程、大神様の御言葉、何とか致さねばなりますまい。併しながら彼高姫は、未だ生死簿を見れば二十八年が間寿命が残つて居ります。霊界に止め置くのは御易い事で厶いますが、どうしても彼は現界へ還さねばならぬもの、余り長く止め置けば、其肉体が役に立たないやうになつて了ひます。其肉体を換へても差支なくば、何とか取計らひませう』 時置師『どうか二三年の間此処に御止めを願ひ、三年先になつて霊界へ来るべき女の肉体に高姫の精霊を宿し下さいますれば、大変都合が好いでせう』 伊吹戸主神は暫く目を閉ぢ、思案をしてゐたが、やがて打肯いて、 伊吹戸主『イヤ宜しう厶います。適当な肉体が三年後に霊界へ来るのが厶いますから、その肉体に高姫の精霊を宿し、二十八年間現界へ生かす事に取計らひませう』 時置師『イヤ、それは実に有難う厶います。左様なれば御免を蒙りませう』 伊吹戸主『時置師神様、エー今此処へ大原敬助と片山狂介、高田悪次郎などの大悪党が出て参りましたが、今審判が開けますから、一寸傍聴なさつては如何ですか。高姫も是から審判が始まります』 時置師『イヤもう、高姫が居るとすれば折角ながら止めませう、ハハハハハ』 伊吹戸主『たつて御勧めはいたしませぬ。左様ならば大神様へ宜敷く仰有つて下さいませ。私はこれより審判に参ります』 とツイと立つて廊下を伝ひ審判廷に行く。杢助は守衛を呼んでライオンを曳き来らしめ、ヒラリと背に跨り、ウーツとライオンの一声辺りを轟かせながら、一目散にウブスナ山の方面指して中空を駆り帰つて行く。 中有界の八衢に伊吹戸主が永久に 鎮まりまして迷ひ来る数多の精霊一々に 衡にかけて取調べ清浄無垢の霊魂は 各所主の愛に依り高天原の霊国や 三階段の天国へ霊相応に送りやり 極悪無道の精霊は直ちに地獄に追ひ下し 善ともつかず又悪に強からざりし精霊は 一定の期間中有の世界に広く放ちやり いよいよ霊清まりて高天原に上るべく 愛と善との徳を積み信と真との智を研き 覚り得たりし精霊を皆天国に上しやり 悔い改めず何時迄も悪心強き精霊は 涙を払ひ暗黒の地獄へ落し給ふなり 今現はれし敬助や片山狂介、悪次郎 右三人の兇悪はいと厳格な審判を 下され直ちに暗黒の地獄の底へ落されて 無限の永苦を嘗むるべく両手を前にぶら下げて 意気消沈の為体顔青ざめてブルブルと 慄ひ戦く相好は忽ち変る妖怪の 見るも浅まし姿なり後に来りし呆助や おつやの二人は姦通の大罪悪を審かれて 色欲界の地獄道右と左に立別れ さも悲しげに進み行く続いて高姫神司 伊吹戸主にさばかれて此処三年の其間 中有界に放り出され荒野を彷徨ひいろいろと 艱難辛苦を味はひつ我情我慢の雲も晴れ 漸く誠の人となり又現界に現はれて 三五教の御為に誠を尽し居たりしが 再び情念勃発し妖幻坊に欺されて 印度の国のカルマタのとある丘陵に身を潜め 妖幻坊と諸共に悪事の限りを尽すこそ 実にもうたてき次第なり斯く述べ来る霊界の 誠を写す物語五十二年の時津風 みろく胎蔵の鍵を持ち苦集滅道明かに 説き諭し行くみろく神小松林の精霊に 清きみたまを満たせつつ此世を導く予言者に 来りて道を伝達し世人を普く天国に 導き給ふ御厚恩無下には捨てな諸人よ 三五教の大本に参来集へる信徒や 百の司は村肝の心を鎮め胸に手を 当ててよくよく悟るべしああ惟神々々 御霊幸はひましませよ旭は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 海はあせなむ世ありとも神のよさしの言霊は 幾万劫の末迄も尽きせぬものと覚悟して これの教をよく信じ愛と善との徳に居り 信と真との光をば世に輝かし惟神 智慧証覚を摂受して此身此儘天人の 列に加はり人生の清き本務を尽すべし 神は吾等と倶にあり神は汝と倶にます 人は神の子神の宮神より外に杖となり 柱となりて身を救ふ尊きものはあらざらめ 仰ぎ敬へ諸人よ神の御水火に生れ来て 神の造りし国に住み神の与へし粟を食み 神の誠の教をば心に深く植込みて 束の間も忘るなよ人の人たる其故は 皇大神の神格を其身にうけて神界の 御用に仕ふる為ぞかしああ惟神々々 神の御前に赤心を捧げて感謝し奉る。 惟神神の御言を畏みて 五十二巻を述べ終りける。 教へ子に筆とらせつつ床の上の 寝物語に物せし此書。 いろいろと醜の妨げありけれど 神の守りに編み終りけり。 (大正一二・二・一〇旧一一・一二・二五外山豊二録) |
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霊界物語 | 53_辰_ビクの国1(ヒルナ姫とカルナ姫) | 08 連理 | 第八章連理〔一三七一〕 新郎のハルナは立ち上り扇を片手に持ち、歌ひ舞ひ初めたり。 ハルナ『高天原に現れませる皇大神の御恵 塩長彦の現れまして今日の慶事を恙なく 結ばせ給ひし嬉しさよそも今迄は両人が 父と父とは敵同士何彼につけてさまざまと 衝突したる浅ましさ此惨状を治めむと 年も幼き時分より案じ煩ひ居たりしが 幸なるかなカルナ姫吾と相思の恋に陥ち 思ひ切られぬ身の因果如何なる宿世の因縁か 父と父とは敵同士到底も恋路は遂げざらむ 仮令此世で添へずとも死して未来で睦じく 地獄の底まで手を曳いて落ちなむものと思ひつめ 恋の涙に暮れけるが父と兄との理解力 幸ひなして今此処に鴛鴦の契を結びたる 今宵の首尾の嬉しさよ天には比翼の鳥となり 地には連理の枝となり夫婦互に睦び合ひ 親と兄とは云ふも更畏き君に赤心を 捧げて清く仕ふべしああ惟神々々 御霊幸倍ましまして二人の縁をどこ迄も 欠ぐる事なく守りませ天の御柱廻り合ひ 国の御柱取り巻いて天と地との経綸に 仕へて御子を数多生み左守の家の繁栄を いや永久に祈るべしああ惟神々々 塩長彦の大前に畏み畏み祈ぎまつる』 と歌ひ終る。左守の家令、ヱクスは雀躍りしながら其尾について祝歌を歌ふ。 ヱクス『朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 星は天より落つるとも地震雷火の車 仮令一度に来るともこの縁談が恙なく 調つた上はこのヱクス仮令死んでも構やせぬ 刹帝利様は云ふも更左守右守の両宗家 和合なされた其上はビクの御国は穏かに 治まり栄え行くだらう今迄縺れに縺れたる 犬と猿との間柄今日は目出度和解して 此宴席に打ち解けて並ばせたまふ嬉しさよ 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直せ聞き直せ 世の過は宣り直せこれぞ全く三五の 教の道の歌なれど斯やうな時に応用して 今日の宴会を祝ぎつ幾久しくも御両所よ 上は御国の御為に下はお家の安泰を 守らむ為に睦じく暮らさせたまへ惟神 今日の喜びいつ迄も忘れぬためにこのヱクス 舞ひつ踊りつ歌歌ひお酒に酔うて後前も 分ぬばかりに土堤切らし命限りに踊りませう ああ有難い有難いカルナの姫やハルナさま あなたも嘸や嬉しかろ日頃の思ひが相達し 相思の夫婦が睦じく新しがつて暮すのも 全く神の御守護ぞや夢にも神の御恩徳 忘れる事があつたならこの結構な良縁も 中途に破裂するだらうそんな憂ひの無いやうに 今日から心を改めて皇大神を敬拝し 清き教をよく守り君には忠義親に孝 隣人迄も憐みて神の形に造られた 人たるものの本分をお尽しなされや左守家の 家令ヱクスが赤心を籠めて注意を致します ああ惟神々々御霊幸倍ましませよ』 シエールは又歌ふ。 シエール『右守の司と現れませるベルツの司の家令職 シエールが此処に赤心を捧げて今日の結婚を 嬉しく祝し奉る兵馬の権を握ります ビクの御国の権力者ベルツの君の其威勢 朝日の如く輝きて飛ぶ鳥さへも落すよな ベルツの司の妹君カルナの姫を貰ひうけ 女房となしたハルナさま嘸やさぞさぞ御満足 なさつた事で厶いませう家令のシエールはお二人の 其嬉しげな顔を見てやつと安心致しました さうして何だか羨ましうなつて来たよに思はれる これもやつぱり人の云ふ法界悋気ぢやあるまいか 世界に名高き美男と美人こんな配偶がまたと世に 三千世界にあるものか木の花姫の顔に 似させたまへるカルナ姫お姿見ても目が眩み 後光がさすよな心地する私ももちと若ければ こんな美し女房が貰へるだらうと思うたら 何だか浮世が厭になる蜥蜴が欠伸をしたやうな アバタだらけの山の神無理に持たされ四五人の 餓鬼をゴロゴロ拵へて生活難に追はれつつ 青息吐息の為体ほんに人間の運命は これ程懸隔あるものか折角人と生れ来て 天地の花よ万物の霊長なりと誇るとも 同じ月日を送るのにこれだけ幸と不幸とが 分ると云ふは先の世の宿世の罪が報いしか 実につまらぬシエールの身ハルナの司に比ぶれば 天と地との相違ありさはさりながらこんな事 愚痴つて見たとて仕様がない因縁づくぢやと諦めて 今日の結構な御結婚幾久しくと赤心を 籠めて祝ぎ奉るああ惟神々々 御霊幸倍ましませよ』 と歌ひ終り座につきぬ。 左守『昔より山と積りし塵埃 散りにし今日の吾ぞ嬉しき』 右守『何事も唯惟神々々 神の心に任すのみなり』 タルマン『鴛鴦の番離れぬ睦じさ 見るにつけても羨ましきかな』 ハルナ『惟神縁の糸に結ばれて この世を渡る吾ぞ楽しき』 カルナ姫『天渡る月の御影を眺むれば 笑はせたまひぬ吾顔を見て』 ヱクス『姫様を娶りたまひしハルナの君 春咲く花と栄えますらむ』 シエール『類なき松と松との睦み合ひ 千代の栄を祝ふ今日かな』 斯く歌ひ終り目出度結婚の式を終へ、左守、右守の両家は表面稍打ち解けたる如く見えしが、右守の司の心中は容易に和らがず、依然として左守の司を邪魔者扱ひ為し居たりけり。 (大正一二・二・一二旧一一・一二・二七於竜宮館加藤明子録) |
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霊界物語 | 54_巳_ビクの国の物語2(後継者問題) | 06 執念 | 第六章執念〔一三九二〕 左守は治国別の居間に進み、襖を密閉して、松彦、竜彦と共にアールの結婚問題につき、声を潜めて意見を聞かむと、有りし顛末を物語つた。 左守『治国別様、誠に心配が出来ました。何を云つても一方は刹帝利の家、一方は素性の低い首陀で厶いますから、何うしても之は体面上成立させる事は出来なからうと存じますが、如何で厶いませうかな』 治国『成程、それはお困りでせう、何とか考へねばなりますまい。併し乍ら此恋愛関係計りは、到底如何なる権威を以てしても制止することは出来ますまい。凡て愛なるものは自己を放棄することに依つて、却て自己を主張してゐるものですから、愛の終局に達した時は、自己の地位や財産などを構ふものではない、実に猛烈なものですからな。其恋愛が益々嵩じて強烈の極度に達する時は、自己の生命も惜まずに喜んで投出すに至るものですから、此問題については何程宣伝使だとて力は及びますまい。国家を愛するが為に、主君を愛するが為に、又は金銭を愛するが為に、全く他を顧みずして生命を投げ出す者があるのは、世間に珍らしくない例で厶います。殊に燃ゆるが如き宗教信念の為に、神の愛の祭壇に生命を捧げて悔いざる殉教者の如きも、殆ど恋愛と同じやうなものです。此強烈なる恋愛を目して狭隘なる自己的行為だとのみ非難する事は出来ませぬ。愛の度の強烈なるに比べて益々集中的となることを免がれませぬ。従つて恋愛に於てそれが最も狭隘らしく見えるのは、たまたま恋愛が他の如何なる愛よりも強烈に集中的でもあり、熾熱の最高度に達するものを証して居りまする。此両人の恋は殉教者が教に殉じて悔いざると同様の心境に立つてゐるのですから、可る成く穏かに治めなさつたが得策だと考へます』 万公は襖の外から、様子如何にと耳を傾けて立聞をしてゐたが、治国別の答弁を聞いて、……何ともなしに芳ばしい言葉だ。そしてハツキリ分らぬけれど、体面だとか首陀だとか言ふ言葉が聞えたからは、ヤツパリ自分の事に違ひない。治国別さまも偉いワイ、ヤツパリ俺の贔屓をして下さる……と打ち喜び乍ら、尚も耳をすまして聞いてゐる。話はだんだん声が低くなりつつ進んでゐる。万公は襖の外に自分が立つてゐるのを、何時の間にか忘れて了ひ、五寸許り襖をあけてヌツと顔を出した。されど四人は頭を一緒に鳩めて、一生懸命に此問題に頭を痛めてゐるので、万公が覗いてるのに気がつかなかつた。万公はソツと竜彦の後ににじり寄り、俯いて作り声をし乍ら、女の優しい声で、 万公『恋愛の心境に於てのみ、人間は最も完全なる人であり得るのです。それに一生の間、一度も恋を味はつた事のないやうな人間、又終身全く異性に接しないやうな人間には、人として必ずどこかに大なる欠陥のあるものですよ。ねえ治国別様、一切の人間愛の源泉が性欲にあるのは、開闢以来の神律でせう、性欲がなければ恋愛はありませぬ。恋愛がなければ一切の愛なる者はありませぬよ』 治国別一同は俄に妙な声がして来たと、一度に顔を上げて見れば、竜彦の後に小さくなつて万公が慄うてゐる。左守は早くも自分の目の前に万公の姿を見て、 左守『オツホホホホ、万公さまが秘密会議の席上へおみえになつて居ります。これ万公さま御心配なさいますな。決してお前さまのことぢやありませぬからなア』 治国『オイ万公さま、何だ、妙な女の声を出したぢやないか。なぜあちらに番をしてゐないのか』 万公『ハイ、何だか存じませぬが、ダイヤ姫さまが私にパツとのり憑り、こんな所へ引摺つて来たのです。そしてあんな優しい声で何だか仰有いました』 治国『馬鹿に致すな、サ、早く彼方へ行け、グヅグヅしてゐると尻尾が見えるぞ』 万公は不承無承に後ふり返りふり返り表へ厭相に出でて行く。 治国『ハハハ、左守さま、困つたものですよ。彼奴は此頃春情立つて居りますので、困りますよ。併しアールさまの結婚問題は大体に於て私は賛成致します。何卒其処は刹帝利様によく取持つて、此話をつけて上げて下さい』 左守は案外な治国別の挨拶に肝を潰し乍ら、万一刹帝利が不服を称へられた時は、治国別さまを頭にふりかざし、此縁談を結ぶより仕方あるまいと決心し乍ら、叮嚀に礼を述べ、帰つて行く。 後に治国別は万公を近く招き、 治国『万公、お前は左守司を相手に大変吹いてゐたぢやないか。チツと心得て貰はぬと俺達の顔に係はるぢやないか』 万公『ヘー、そらさうでせうが何と云つても一生一代の私に取つて大問題ですから、チツとは火花も散らしたでせう。何うです、都合好く話をして下さいましたかな』 治国『ウーン』 竜彦『オイ万公、先生が千言万語を費し、お前の為に非常に斡旋の労をとられたが、肝心の所へ襖をあけて飛び出し、ダイヤ様の声色を使つたり致すものだから、左守司もたうとう愛想をつかし……見下げ果てたる男だ。何程姫様がラブされても私の目の黒い内は此縁談は結ばせない。本当に下劣な人格者だ……と云つて、愛想をつかして帰つて了つた。それで虻蜂取らずになつて了つた。貴様も下劣な事をしたものだなア』 万公『ヤア、其奴は困つた。併し乍ら当人と当人との精神が結合してゐるのだから、誰が何と云つても大丈夫だ。竜彦さま安心して下さい、キツと、コリヤ、早かれ遅かれ成功しますからなア』 竜彦『お前、妻君を貰うてどうする心算だ。先生は吾々と、此お宮が落成と共に、黄金山に向つてお越しになるのだから、貴様もお伴をせねばなるまい。あんな子供を女房だと云つて伴れて行く事は許されまい。貴様は宣伝使のお伴はやめる心算かなア』 万公『妻君を持つたが為に、宣伝使のお伴が出来ぬと云う事があるかい、よく考へてみよ、先生だつて、松彦さまだつて皆立派な奥さまがあるぢやないか。俺に妻君があるからと云つてお伴をささぬと云ふ事があるものか、そらチト得手勝手だ。貴様の悋気で言ふのだらう』 松彦『アハハハハ、オイ万公、お門が違ふのだ。お前の話だない、アールさまの結婚問題でお越しになつたのだから心配するな。そして此竜彦の云ふ事は嘘だよ。お前が余り逆上せてゐるから揶揄はれるのだ』 万公『これは怪しからぬ、天国迄探険した竜彦とあるものが、嘘を云つてすむか。オイ竜彦、どうだ。本音を吹け、返答次第に仍つて俺にも考へがある』 竜彦『考へがあるとは、何うすると云ふのだ。俺が嘘を云つたと云つて、貴様はせめるが、貴様も随分左守司に歌迄うたつて、上手に嘘を並べ、内兜を見すかされ、屁古垂れたでないか』 万公『ウーン、ソラさうだ。そんならモウ、此奴ア帳消しにしよう。併しアールさまの結婚問題とは、一方は誰だ。一寸聞かしてくれないか』 竜彦『余りハンナ……りせぬ話だが、縁は何うやらアールと見えるワイ、アハハハハ。万公お前も熱心が届いたら、又お菊と夫婦になれるかも知れぬから、余り落胆せずに、黄金山の御用がすむ迄、女の事は云はないやうにしたらどうだ』 万公『ヘン、馬鹿にして貰ふまいかい。お菊なんて、古めかしいワ、俺は何うしてもダイヤ姫だ。一番がけに俺が手をかけて助けた女だからな。どうしても向ふは俺に対しては、何者かが残つてゐるのだ。それをば無下に放棄すると云ふ事は、男として人情を弁へぬと云ふものだから、仮令三年先でも十年先でも構はぬ、男の一心岩でもつきぬく程の大金剛心を以て、どこ迄もやりぬく心算だ』 竜彦『何とエライ野心を起したものだなア、其しやつ面で、ダイヤ姫のバチュウンカ(旦那)にならうとは余り虫が好すぎるぞ。そんな事を思ふよりも、なぜ神様の信仰を励まないのか』 万公『神様は神様だ。神の愛と人の愛とは又別だ、神の地位に立てば神の愛、人の地位に立てば人の愛を完全に遂行するのが人間の道だ。一寸先生、俄に便が催しましたから失礼致します』 と万公は此場を外し、裏口から左守司の後を逐うて、抜け道から走つて行く。左守司は老の足許トボトボと杖を力に漸く城門前の馬場に着いた。万公はチヤンと先へ廻つて、 万公『ヤア之れは左守様、遠方の所御苦労で厶いました。エエ承はりますれば、アール様と、ハンナとかいふお方との御結婚がととのうたやうな塩梅で、さぞさぞ貴方も御骨折で厶いませう。人間は一生に一度は何うしても仲介人をせなくては、人間の役がすまぬと云う事ですが、それは普通の人間の事、何と云つてもビク一国の左守様、到底一人や二人の仲介人では、神様に対し御責任がすみますまい。ついては六人の御兄妹様、皆貴方が御仲介人を遊ばすに違ひ厶いますまい。何卒ダイヤ姫様の御結婚丈は、まだお年も若いなり、どこから誰が何と云つて来ましても何卒取合ないやうにしておいて下さいませ。それ丈神勅に仍つて、ソツと万公が御注意を申しておきます』 左守『アハハハハ、宜しい宜しい、まだ年も若いなり、又其時は其時の風が吹くでせう。私はモウ此御結婚が纒まつたら、縁談の仲介人は之れぎり御断り申す心算だ。こんな心配な事はないからなア』 と体よくつつ放し、サツサと門を潜り入る。万公は後姿を見送り、ポカンとして口をあけたままテレ臭いやうな顔して立つてゐる。 治国別は万公の便所へ行くと云つて出たきり、どこにも姿が見えぬので、……大方左守の後を逐うて、せうもない事を頼みに行つたのではあらうまいか、困つた事だ、コレヤ誰か行つて貰はねばなるまい……と松彦をソツと招き耳打した。松彦は一生懸命にビクトリヤ城を指して駆け出し、門前に行つて見ると、万公が奴拍子のぬけた顔して、烏や鳶の中空に舞うてゐるのをポカンと眺めてゐる。松彦は足音を忍ばせ万公の側によつて、『オイ』と一声、肩に手をかけて二つ三つゆすつた。万公は吃驚して、 万公『誰ぢやい、人をおどかしやがつて……』 と振返りみれば松彦であつた。 松彦『オイ万公、偉い遠い雪隠だなア』 万公『ナアニ、別に遠い事もありませぬ、雪隠の窓から覗いて居つたら、鳶と烏がつるんでをつたので、此奴、妙な事だなア、大方刹帝利の娘と首陀の息子とが婚礼をする前兆だと思つたものですから、突止めやうとここ迄やつて来た所、たうとうここでパツと放れ、あの通り中空を翔つてをるのですよ。何とマア不思議な事があるものですなア』 松彦『馬鹿云ふな、鳶と烏がさかるといふ事があるかい』 万公『サ、それが不思議だから、かうして見てゐるのです。天がかうして標本を見せてる以上は、キツと首陀の息子に刹帝利の娘が結婚を申込み、目出たく合衾の式をあげるやうになるかも知れませぬで。松彦さま、お前さまは立派な奥さまがあるから結婚問題に付いては門外漢だ。私は今研究中だから邪魔をしないやうにして下さい。既婚者と未婚者と同一に扱つちや困りますからな』 松彦『エエ困つた男だなア。お前はそんな事を云つて、左守の後を追ひ、恥をかかされたのだらう、吾々宣伝使一行の好い面汚しだ。これから暇をやるから、小北山へなと帰つて、お菊さまの弄物にでもなつて来い。治国別さまが、只今限り師弟の縁を切ると云つて、大変に御立腹だぞ』 万公『ああどうも粋の利かぬ先生についてゐると、面白くないなア。併し乍らこんな所でつつ放されちや、こつちも男が立たず、マア辛抱して、黄金山迄お伴をさして頂かうかなア』 松彦『ソレヤならぬ、どうしてもお前は師弟の縁を切ると、一旦仰有つたからは、何と云つても駄目だ、サ、ここに旅費を預かつて来たから、之を持つて小北山迄帰れ』 万公『竜彦の奴、甘く先生の喉の下へ這入りやがつて、俺の恋人をせしめやうと企んでゐるのだなア、さうだらう。万公さまが居ると一寸都合が悪いから……』 松彦『馬鹿を云ふな、竜彦はそんな男ぢやないぞ。清浄潔白な宣伝使だ。御用の途中に女に目をくれるやうな腐れ男ぢやない。そんな事をいうと竜彦に気の毒でたまらないワイ。自分の卑しい心を土台にして人の心を忖度しようとは、訳が分らぬにも程があるぢやないか』 万公『ヘン、仰有いますわい、治国別の貴方は弟なり、竜彦さまは義理の弟、兄弟三人が肚を合して、他人の万公さまを体よく排斥する心算だなア。口で立派な事を云つても、ヤツパリ身贔屓をなさると見えるワイ。ドーレ、之から斎苑の館へ帰つてお前等三人の不公平な処置を一切合切陳情するから、其心算でをれ。こんな旅費は要らぬワイ』 と松彦の渡した金を芝生の上に投げつけてしまつた。松彦は身贔屓すると言はれて大に弱り、一応治国別に頼んで再び万公の罪を許して頂き、黄金山まで御用のお伴にさしてやらうと決心し、いろいろと宥めて万公をたらしつ、賺しつ、治国別の館へ連れ帰る事となつた。そして万公は治国別の懇篤なる訓戒に仍つて、ダイヤ姫に対する執着の念をヤツと断ち切る事を得たりける。 (大正一二・二・二一旧一・六於竜宮館松村真澄録) |
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霊界物語 | 54_巳_ビクの国の物語2(後継者問題) | 08 祝莚 | 第八章祝莚〔一三九四〕 ビクトリヤ城の客殿には刹帝利、ヒルナ姫を始め治国別の一行、及び内事司のタルマン、左守、右守を始めハルナ、カルナ姫、並びに数多の役員が列を正し、結婚式が行はれた。此事誰云ふとなく城下に拡がり、寄ると触るとレコード破りの結婚だと云つて、話の花が長屋の裏迄咲いてゐた。さうして政治大改革の象徴だと国民一同に期待されたのである。ここに治国別の媒介にて神前結婚の式も恙なく相済んだ。 それから刹帝利、ヒルナ姫は治国別に厚く礼を述べ吾居間に帰つた。後に新夫婦を始め一同の祝宴が開かれた。 治国別は祝歌を歌ふ。 治国別『神代の昔伊邪那岐の皇大神は伊邪那美の 神と諸共高天原にて天の御柱巡り会ひ 妹背の道を結びまし山川草木の神までも 完全に委曲に生み玉ひ此世を安く美はしく 造り給ひし雄々しさよその神術に習ひまし ビクトリヤ城の奥の間で時代に目覚めたアールさま 上下の障壁撤回し耕奴の家に生れます ハンナの姫と合衾の式を挙げさせ玉ひしは 之ぞ全く天地の尊き神の御心に かなひ奉りし吉例ぞ尊き卑しき差別をば 神の御子たる人草につけて待遇に差別をば 作ると云ふは皇神の心を知らぬ曲業ぞ 一陽来復時臻り至仁至愛の大神の 大御心のそのままに妹背の道を開きまし 国人等に其範を示させ玉ふ尊さよ かくなる上は国民は王をば誠の親となし 主と崇め師となして心の底より真心を 捧げて仕へまつるべし神が表に現はれて 善と悪とを立別ける此世を造りし神直日 心も広き大直日只何事も人の世は 直日に見直し聞直し世の過ちは宣り直す 皇大神の御前に今まで道に違ひたる 形式差別を撤回し上下心を一にし 御国のために国民が力を協せ心をば 一になして君の辺を弥永久に楽しみて 守り仕へむ惟神神は嘸々此式を 諾ひまして永久に妹背の道を守りまし ビクの国をば弥栄に栄え賑せ玉ふべし ああ惟神々々神の御前に誠心を 捧げて祝ひ奉る』 左守司は金扇を開き自ら踊り自ら謡ふ。 左守(謡曲)『ああ有難や尊やな、掛巻も綾に畏き天地の、皇大神の神勅もて、ビクの国に鎮まり居ます、刹帝利、ビクトリヤ王の、初めての御子と在れませる、王子アールの君に、耕奴の家に生れ玉ひし、心雄々しき才女と、鴛鵞の衾の永久に、睦み親しみ妹と背の、道を開き玉ひたる、これの御式の尊さよ。仮令首陀の家に生れたりとも、誠に明かき賢女を、娶らせ玉ふ若君は、天地開けし其時より、例もあらぬ珍の御子、賢しき御子に在しまして、上と下との隔を絶ち、下国民を憐みまし、美はしき政を開かせ玉ふ、端緒ぞと左守の司を始めとし、右守司は云ふも更、百の司に至るまで、今日の芽出度き御式をば、仰ぎ喜び拍手の声も賑しく、その喜びは天地に、響き渡りて大空の、雲をつきぬき和田の原、水底深く響き渡り、四方八方の国の内外隈もなく、此新しき妹と背の御契を、仰がぬものぞなかるべし。実にも芽出度き君が代の、千代万代も極みなく、鶴は御空に舞ひ遊び、亀は御池に浮びつつ、君が幾代を祝ぎて、仕へまつるぞ芽出度けれ。朝日は照るとも曇るとも、月は盈つとも虧くるとも、天は地となり地は天となるとも、君が誠は幾千代も、変らせ玉ふ事ぞあるべき。実にも尊き三五の、神の教に仕へます、御空も清く治国別の、珍の宣伝使、二人の仲に立たせ玉ひ、神代の例そのままに、婚嫁の道を新しく、始め玉ひし尊さよ、神の御稜威も高砂の、尾上の松の友白髪、積もる深雪の何処迄も、溶けずにあれや妹と背の道、ああ惟神々々、恩頼を喜び勇み願ぎ奉る』 と謡ひ終つて座についた。右守司は又謡ふ。 右守(謡曲)『天なるや乙棚機のうながせる、玉の御統瓊御統瓊に、あな玉はや、みたにふたわたらす、あぢしき高彦根の神の、その御神姿にも比ぶべき、珍の御子なるアールの君、神の恵みに抱かれて、ここに理想の妻と在れませる、ハンナの姫を娶らせ玉ひ、今宵芽出度く合衾を、完全に委曲に挙げさせ玉ひ、四海波風静にて、枝も鳴らさぬ君の代の、その礎と畏くも、婚嫁の道を行はせ玉ひ、天地の神に代らせ玉ひて、吾国民を心安く、治め玉はむ天の御柱、国の御柱とこれの館に並ばして、すみきり玉ふぞ尊けれ。吾は右守の神司、まだ新参の身なれども、君の御為国の為、誠の事と知るなれば、仮令生命は捨つるとも、仕へまつらむ若君の御前、ハンナの姫の御前に、ああ二柱の妹と背の君よ、左守司を始めとし、その外百の司等を、誠の家の奴と思召され、如何なる事も打明けて、吩ひ咐け玉へ宣らせ給へ、上下睦ぶ君が代の、瑞祥示す今宵の空、月の光もさやかにて、星さへ今日は何時もより、光りも強くきらめき渡り、世継の君の行末を、祝ぎ守らせ玉ふなり、荒き風もなく悪き雨もなく、五穀は豊に実のり、天下太平国土成就、天神地祇を崇め祀り、父と母との君によく仕へまし、下国民を憐れみて、美はしき清き政を、布かせ玉へ聖の君と謡はれて、神の賜ひしビクの国を、弥永久に守らせ玉へ、神に誓ひて右守の司、若君二柱の御前に、慎み敬ひ願ぎ奉る。朝日は照るとも曇るとも、月は盈つとも虧くるとも、星は空より墜つるとも、地は震ひ山は裂け、海はあせなむ世ありとも、君に対して二心、吾あらめやも、心の限り身の限り、身を犠牲に奉り、君の御為世の為に、清き尊き三五の、神を拝み仕へまつり、君の御言を畏みて、下万民に臨みまつらむ、二柱の若君心安くましませよ。右守の司が天地の、皇大神の御前に、誠心捧げ今日の慶事を、寿ぎ奉る、ああ惟神々々、御霊幸はひましませよ』 タルマンは又謡ふ。 タルマン『ビクトル山の山麓に大宮柱太知りて 皇大神を奉りつつ国の王と在れませる ビクの御国の刹帝利仁慈の君に仕へたる 内事司のタルマンが今日の慶事を心より 喜び勇み祝ぎ奉る三五教の神司 治国別の宣伝使松彦竜彦万公の 珍の御子をば伴ひて天降りましたるその時ゆ 此城内に塞がれる醜の雲霧あともなく 吹き払はれて千万の艱みは科戸の春風に 散り行くあとは青々と野辺の草木は茂り合ひ 四方の山辺はニコニコと笑ひ初めたる芽出度さよ かかる時しも刹帝利世継の君と在れませる アールの御子を始めとしその外五人の御子等は 恙もあらず大神の恵みに安く帰りまし 吾君始め司等喜び歓ぐ間もあらず 又もや今日は合衾の芽出度き式を挙げられて 千代の礎を築きますその瑞祥ぞ有難き 三千世界の梅の花一度に来る常磐木の 松の緑もシンシンと花咲き匂ふ君が御代 枝も茂りて鬱蒼と巣ぐへる鶴の声さへも いと勇ましく千代と呼ぶ雀雲雀も諸共に 今度の慶事を祝ふ如声勇ましく歌ひけり ああ惟神々々神の恵は目のあたり 今迄悩ませ玉ひたる君の心は春の日の 氷と解けて桜花一度に咲き出す如くなり 花と蝶とに譬ふべき妹背の君の御姿 仰ぐも畏し大空の八重の雲路を掻き別けて 下り玉ひし天人か天津乙女の降臨か 見るも芽出度き御姿喜び勇み御前に 真心こめて祝ぎ奉る朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 誠の力は世を救ふ誠一つを立て通し ビクの御国を何処迄も上下心を協せつつ 守らせ玉へ惟神若君様の御前に 慎み敬ひ願ぎ奉るああ惟神々々 御霊幸ひましませよ』 と歌ひ終つて座に着きにける。 (大正一二・二・二一旧一・六於竜宮館北村隆光録) |
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霊界物語 | 54_巳_ビクの国の物語2(後継者問題) | 09 花祝 | 第九章花祝〔一三九五〕 婚姻の当事者たる王子アールは金扇を披いて立ち上り自ら謡ひ自ら舞ふ。 アール(謡曲)『高天原に八百万神集ります、神伊邪那岐尊神伊邪那美尊、筑紫の日向の立花の青木ケ原に、あもりまして天の御柱国の御柱見立てたまひ、左右りの廻り合ひ、廻り廻りてあな愛乙女をと、宣らせたまひし古事の、今目の当り廻り来て、今日の喜び千秋万歳楽。首陀の家に生れたる、心やさしきハンナを娶り、妹と背の盃を取り交し、天と地との御息を合せ、ビクの御国は云ふも更なり、国主と現はれ出でしビクトリヤの王家を、千代万代に守らむと、授けたまひし妹の命、目出度茲に相生の、松の緑の色深く、栄え果てなき珍の御国、下国民も穏かに、聖の君の御代を仰ぎつつ、日々の生業歓ぎ楽しみ、山川は清くさやけく、野は穀物実のり、人の心は穏かに、澄みきりすみきる、今宵の空、恵の露を永久に、降らさせ給ふミロク神、月の顔せ、望の夜の、弥つぎつぎに変りなく、天の河原のいつ迄も、乾く事なく時あつて、甘露を地上に降らし給ひ、五穀木の実は云ふも更、総ての物に慈愛の露を、恵ませたまふ深き尊き御恵、戴く吾こそ楽しけれ、戴く吾こそ楽しけれ、日は照るとも曇るとも、月は盈つとも虧くるとも、仮令大地は沈むとも、誠をもつて盟ひたる、妹背の道は永久に、変らざらまし、動かざらまし、ああ惟神々々、今日の寿千秋万歳楽と、喜び祝ひ奉る。いざこれよりは父の御後を継ぎ奉り、アールの君と現はれて、ハンナの姫と諸共に、左守右守を力とし、柱となして神つ代より、伝はり来りしビクトリヤの家を、神を敬ひ拝み奉り、麻柱の清き教によりて、祖先の家を守り国民を撫で慈しみ、ミロクの御代の礎を、固めむための今日の御式、芽出度く祝ひ納むる、目出度く祝ひ納むる』 と謡ひ終り座についた。拍手の声は急霰の如く、広き殿中に響いた。ハンナ姫は中啓を披き、長袖淑かに自ら歌ひ自ら舞ふ。 ハンナ『嗚呼有難し有難しサアフの家に生れたる 吾は賤しきハンナ姫尊き神の引き合せ 雲井の空に輝き給ふビクの御国の国主の御子 アールの君に見出されパインの林の木下蔭 籠や熊手を携へて枯れて松葉の二人連れ 掻き集めたる数々を籠におしこみ居る折もあれ 天の八重雲掻きわけて降りましたる一人の珍の御子 一目見るより勿体なくも卑しき乙女の手を曳いて いと懇に労はりつ音に名高きビクトリヤ城に 還らせたまふ畏さよ妾は心も戦きて 如何になり行くものなるかと案じ煩ひ居たりしが 結ぶの神の引き合せ蠑螈は化して竜となり 九五の位にあれませる吾が背の君の妻となり 今日はいよいよ結婚の式を挙げさせ給ひけり ああ有難し有難し総て女と云ふものは 氏なくして玉の輿と里の翁に聞きし事も 佯ならず今ははや吾身の上に降りかかり 繊弱き女の身をもつて重き位にのぼせられ もしや冥加に尽きはせざるかと静けき心はなけれども 君の心の深き情に絆されて否みも得せず身の程も 弁へ知らぬ女よと世の人々の譏をも 心にかけず謹みて君が御旨に従ひ奉りぬ ああ吾君よ吾君よ足らはぬ妾をいつ迄も 愍みまして永久に御傍に仕へさしてたべ 左守の司よ右守さま内事司のタルマンの君 愚かなる身を憐れみたまひいや永久に足らはぬ事は気をつけて 家内の事は云ふも更国の祭の要をば 教へてたべや惟神神の御前に願ぎ奉る ことに尊き三五の教の道に仕へます 治国別の宣伝使松彦竜彦万公の 珍の司も諸共に吾背の君を導きて 国の祭を過たず神の教を背かずに 誠一つを経となし仁慈の教を緯として いや永久に国民を守らせ給へ惟神 神素盞嗚の大神の珍の御前に謹みて 畏み畏み願ぎ奉る朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも星は空より落つるとも ハンナの姫の赤心は仮令死すとも変らまじ 恵ませ給へ大御神父の命や母命 あが背の君よ諸共にいや永久に吾ために 教を垂れさせ給へかし偏に願ひ奉る 千秋万歳万々歳』 と歌ひ舞ひ納めた。ハルナは立ち上り自ら歌ひ自ら舞ふ。 ハルナ『神の造りて治めます神代は云ふも更なれど このビク国も神の国如何に上下の人々の 心は乱れ果つればとて誠の道にかはりのあるべきや 古き道徳打ち破り相思の男女が赤心を 捧げて盟ふ結婚は千代も八千代も永久に 変る事なき天国のその有様にさも似たり 天の下をばよく治め民の心を治めむと 祈り祈らせ給ふ聖の君はまづ第一に結婚の 道を改め上下の差別を取りて雲井の空も 八重葎茂り栄ゆる地の上も一つに治め世界桝かけひきならし 運否なき世の手本を示し給ふにつけて今宵の結婚 一つはお家のため一つは国のため 実にも目出たき次第なり此結婚を恙なく 結び給ひし上からは天が下には曲もなく 曇りも非ず国民は君の恵を悦びて 赤き心を捧げつつ誠を尽し君の社稷を永久に 守り仕へむ惟神神にかなひし吾君の 尊き御業ぞ有難き左守の家に生れたる ハルナの司謹みて今日の慶事を心より 喜び祝ぎ奉るアールの君よハンナの君よ いや永久にいつ迄も御国の柱となりまして 家の子達を恵みつつビクの御国に生茂る 天の益人一人も残さず恵の露を下しまし 黄金時代を現出し世界稀なる聖の君と 世に謳はれて王者の模範を示させ給へ 偏に願ひ奉るああ惟神々々 御霊幸倍ましませよ』 (大正一二・二・二一旧一・六於竜宮館加藤明子録) |
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霊界物語 | 54_巳_ビクの国の物語2(後継者問題) | 19 流調 | 第一九章流調〔一四〇五〕 治国別は謡ふ。 治国別(謡曲調)『久方の天の八重雲掻きわけて名さへ目出度きフサの国 ビクトル山の頂上の上つ岩根を搗きこらし 下つ岩根に搗固め礎固く敷き並べ 金銀瑪瑙瑠璃硨磲琥珀や玻璃に擬ふべき ライオン川の清き真砂を上つ岩根に敷き詰めて 大峡小峡の幹を切り本と末とは山口の 皇大神に献り置きて神の御稜威も三つ栗の 中つ幹を忌斧忌鋤もて心を籠めて削りたて 飛弾の工の業もあざやかに御代の光を現はす真木柱 つきたて木組も細やかに 天の御蔭日の御蔭と大屋根をしつらへ 桧の皮のいと厚く葺きつめ給ひしこの社 高天原の天国の皇大神の御舎を 天津風時津風吹き捲るまにまに茲に現世の 国の守りと定めつつ霊国にありては月の大神と現はれまし 天国にありては日の大神と現れませる大国常立の大神の 珍の御舎つかへまつり国王の君を初めとし后の宮や 世継の御子左守右守の宮司をはじめ 百の司も悦びて今日の御祭祝ぎ奉り 天津御空の極みなく底つ岩根の果てもなく 澄み渡りたる大空や紫の浪漂ふ大海原の如くいや高く いや深き大御恵を喜びて治国別を初めとし 三五教の神司今日の喜び永久に 神の賜ひし村肝の心に銘じ忘れまじ ああ斯る目出度き聖代に扇の御代の末広く 国の要と現れませる神に等しき聖の君 五風十雨の序よく山河は清くさやけく 百の種物はよく実り万民鼓腹撃壤の 至幸至楽の境涯を全く神と国王の御徳と 仰ぎ奉らむ今日の御典の尊さよ朝日は照るとも曇るとも 大空渡る月影は或は盈ち或は虧くるとも 金砂銀砂を布きつめし天の河原の星の数 浜の真砂の数多き蒼生の身の上を 恵ませ給へ皇大神ミロクの御代を来たさむと 朝な夕なに仕へたる闇夜も清く治国別の 神の使常磐の松の松彦や 世は永久に竜彦の司の悦びは云ふも更 亀の齢の万公が今日の盛典を心より 歓ぎ喜び祝ぎ奉るああ惟神々々 御霊の恩頼を祈り奉る御霊の恩頼を祈り奉る』 と謡ひ終り元の座についた。タルマンは前ウラル教の宣伝使たりしが、此度治国別の弟子となり、三五教の御教や儀式を教へられ、宮司となつて長く仕へ、王家を初め国家の安泰を祈るべき職掌となつた。タルマンは宮司として祝意を表すべく立ち上り謡ひ始めた。 タルマン(謡曲調)『赤玉は緒冴へ光れど白玉の君がよそひし尊くもあるかな 抑もビクの国は天地開闢の初めより ビクトリヤ家の遠つ御祖国の国王と現はれまして 上は神を崇め奉り下万民を慈み 五日の風や十日の雨もほどほどに与へられ 御国は栄え民はとみ天国浄土の有様を いや永久に伝へたる珍の御国も時ありて 曲の醜風吹き荒び千代の住所と定めたる ビクトリヤの城も既に傾かむとする所へ 天の八重雲掻きわけて天降りましたる神司 此世の闇をすくすくに治国別の神人を 初め三人の神司下り給ひし尊さよ タルマン司は云ふも更国王の君も后の宮も 左守右守の宮司も迷ひの雲を吹き払ひ 御空に輝く日月の光に擬ふ三五の 教の道に照らされて誠の道をよく悟り 愛善の徳に住し信真の光を浴び ビクトル山の下つ岩根に大宮柱太しき建てて 皇大神を斎ひまつり天下泰平国土成就 万民安堵の祈願を凝らし賤しき身をも顧みず 吾師の君や国王の君の任けのまにまに おほけなくも此玉の宮の神司と仕へ奉り 朝な夕なに身を清め汚れを避けて只管に 誠を尽すタルマンが心を諾ひ給へかし 天津御空の日影は或は照り或は雲り 月は盈ち或は虧くる夜ありとも誠一つの三五の 神の教を力としライオン川の水永久に 絶ゆる事なく涸るる事なき赤心のあらむ限りは 骨を砕き身を粉にし神の御為君の為め 御国の為に尽すべしああ畏くも此世をば 統べ守り給ふ大国常立の大神を初め奉り 天地八百万の大神従ひ給ふ百神達の御前に 謹み敬ひ願ぎ奉るああ惟神々々 御霊幸倍ましませよ御霊幸倍ましませよ』 松彦は又歌ふ。 松彦『千代万代も色かへぬ常磐の松の松彦が いや永久のビクの国いや永久にいつ迄も 栄えませよと大神の御前にひれ伏し朝夕に 赤心籠めて祈りしが皇大神は速に 吾等が願を聞召し百日百夜の其中に かく麗しき御舎を造らせ給ひし嬉しさよ 抑ビクの神国は神の守りのいや厚く 恵み給ひし国なればビクトル山の岩のごと いや永久に動くまじ斯かる目出度き神国の 国王の君は三五の教を悟り給ひてゆ いよいよ国は盤石の礎清く固まりて 松の緑の青々と果てしも知らず栄ゆべし 抑此国は四方の山見渡す限り松林 木々の木の間にちらちらと見ゆるは樫の大木か 但しは樟の霊木か千代に八千代にかたらかに 命も長く朽もせず枯るるためしもなき霊樹 これに因みてビクの国ビクとも動かぬ瑞祥と 遥に四方を打ちながめ心に浮かみし其儘を 茲に写して惟神神の宮居の御祭りを 祝ぎつかへ奉るああ惟神々々 御霊幸倍ましませよ』 左守は老躯を起して嬉しげに歌ふ。 左守『ああ有難し有難し神の恵は目の当り 傾きかけしビクの城立直します神の息 三五教を守ります厳の御霊や瑞御霊 皇大神は云ふも更斎苑の館を後にして 天降りましたる神司治国別の一行が 鳩の如くに下りまし吾大君を初めとし 百の司や国人の難みを救ひ給ひたる 大御恵はいつの世かいかで忘れむ大空の 限りも知らぬ星のかげ忽ちおつる事あるも 浜の真砂の尽くるとも誠の神の御恵は いや永久に忘れまじ抑国を治むるは まづ第一に天地の尊き神を寿ぎ奉り 神の教に従ひて下国民に相臨み 国の司と現れませる模範を示し詳細に 民の心をやはらげて世を永久に治むべき 誠の道を悟りけり左守の司も今迄は 霊の光暗くして心を政治に焦ちつつ 現世に心傾けて元つ御祖の神様を 次になしたる愚さよ知らず知らずに神の前 幾多の罪を重ねたる吾をも懲めたまはずに 広き心に見直して許させ給ふのみならず 左守の司の職掌を元の如くにおほせられ いと重大な任務をば任けさせ給ひし有難さ お礼の言葉は尽されずいざこれよりはキユービツトも 心を研き身を清め先づ第一に大神を 祈り奉りて君の為めいと麗しき政治 助けまつらむ吾心諾ひ給へ惟神 御前に謹み願ぎまつる』 と歌ひ座についた。右守のエクスは又歌ふ。 エクス『ビクの御国の刹帝利ビクトリヤ王の重臣と 仕へまつりし右守司エクスは茲に謹みて 皇大神の御高恩治国別の御恵 畏み畏み赤心を捧げて感謝し奉る 此世を造りし神直日心も広き大直日 ただ何事も人の世は直日に見直せ聞直せ 身の過ちは宣り直せかくも尊き御教を 授けられたる上からは孫子の代に至るまで 畏れ慎み三五の誠の教を遵奉し 右守の司の職掌を一心不乱に相守り 神と君との御為に心の限り尽すべし ああ惟神々々一度は醜の魔軍の バラモン軍に囲まれて社稷危く見えけるが 仁慈無限の大神は仁徳高き吾君の 其窮状を憐みて救はせ給ひし有難さ 唯何事も世の中は神の御旨に従ひて 如何なる小さき事とても決して我意を主張せず 神のまにまに行へばキタリキタリと恙なく 箱さすやうに行くものと初めて覚りし神の道 ああ惟神々々皇大神よ永久に 此聖代を守りまし御国を栄え給へかし ああ惟神々々神の御前に願ぎまつる』 と歌ひ終り悠然として座についた。 (大正一二・二・二三旧一・八於竜宮館加藤明子録) |
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霊界物語 | 54_巳_ビクの国の物語2(後継者問題) | 21 鼻向 | 第二一章鼻向〔一四〇七〕 治国別一行は刹帝利の催したホーフスの直会の会に臨み、盛大なる酒宴を終り一夜をここに明かした。朝未明よりビクトル山の神殿に王を始め一同は初詣をした。竜彦は忽ち神懸となつて云ふ。 竜彦『吾は天教山の木花姫命である。汝治国別、最早ビクの国は風塵治まり後顧の憂ひなければ、一刻も早く西に向つて出立せよ。汝が徒弟道晴別は玉木村の里庄テームスの娘スミエル、スガールの両人が、バラモン軍のゼネラル、鬼春別、久米彦一派に奪はれたるを救はむとして、却て、岩窟内の深き穴に墜し入れられむとして居るから、一時も早く猪倉山に立向ふべし。時遅れては一大事、松彦、竜彦、万公も共に救援に向ふべし』 と宣らせ給ひ神上がり玉うた。 治国別は此神勅を聞いて吾徒弟の晴公が道晴別となり憐れなる女を救はむが為に敵の術中に陥りたる事を覚り、此由を刹帝利に告げて時を移さず出立する事となつた。 治国『只今お聞きの通り神勅が下りましたから、長らくお世話に預かりましたが、之でお暇を致します』 刹帝『長らくお世話に預かりましてお礼の申上様も厶いませぬ。併し乍ら此儘お別れ申すのは実に本意無う厶りますれば、兎も角一度ホーフスにお帰りの上、袂別の盃を取交し度う厶ります。あまり廻り道でもありませぬからお寄り下さい。又お急ぎとならば馬の用意も致さねばなりませぬから』 治国『然らば折角の思召、此まま徒歩で急ぐよりもお馬を拝借すれば非常に便利が宜しう厶います。然らば今一応お世話になりませう』 と一行四人は刹帝利以下の役員と共に急ぎホーフスに帰つた。左守司は部下に命じ名馬を四頭選り出して、一行が出立の用意を急いでゐる。刹帝利は別れを惜み涙を流し乍ら、自ら盃をとつて治国別に渡し、酒をなみなみと酌いで袂別の式を挙げた。 刹帝利『何時迄も君の御影を拝まむと 思ひし事の水泡となりぬる。 さりながら君の残せし勲功は 万代迄も朽つる事なし。 かねてより斯くある事と知り乍ら 今更の如悲しかりけり』 治国別『七十路を越えさせ玉ふ身なれども 健やかに在す御姿ぞ嬉しき。 村肝の心を後に残しつつ 進みて行かむ神の大道に。 ヒルナ姫治国別は只今ゆ 君に別れて旅に出でむとす。 願はくば国王の君を朝夕に 心配らせ守らせ玉へ』 ヒルナ姫『なつかしき治国別の神司 別れむとして涙こぼるる。 吾君の身に附き添ひて朝夕に 守り守らむ神の恵みに。 治国の別の司よ松彦よ 竜彦万公健やかに在せ』 松彦『千代八千代動かぬビクの国柱 立てさせ玉へ神を祈りて。 いざさらば吾師の君と諸共に 駒に鞭ち別れ行かなむ』 タルマン『天地の神の力を身に受けて 進ませ玉へ月の御国へ。 治国の別の命は神にませば 如何なる曲もさやらざるらむ。 吾君は云ふも更なり此国の 司や民は如何に嘆かむ。 さり乍ら心安けく思召せ 君師の教厚く守れば』 治国別『有難し別れに臨み一言の 言の葉さへも出でぬ悲しさ。 さり乍ら神の賜ひし魂は これの御国にとどまりて守る』 左守『治国の別の命よ心して 進ませ玉へ醜野ケ原を。 バラモンの又もや醜の軍人 払はむとして出でます君よ。 健気なる教の司の首途を 見送る吾ぞ涙こぼるる』 治国別『大神の厚き恵みに抱かれて 進みて行かむ心安かれ』 右守『常暗の世を照らします神司 今は果敢なく別れむとする。 今暫し輿を止め玉へかしと 頼む甲斐なき今日の首途。 君往かばこれのホーフスは忽ちに 火の消えしごと淋しくならむ』 治国別『仮令吾ビクの御国を去るとても 神ましませば淋しからまじ。 願はくば右守の司よ国王の君に 誠心捧げ仕へ玉はれ。 三五の神の大道を夢にだに 忘れ玉ふな夢にも現にも』 竜彦『いざさらば君の館を竜彦も 神のまにまに別れ行かなむ。 刹帝利百の司の人々に 袂を分ち行くぞ悲しき。 さり乍ら道晴別を救はずば 神の司の道が立たねば』 右守『竜彦の神の司の御言葉 聞くにつけても勇ましきかな』 万公『万代もいと健かにましませと 祈るは誠心なりけり』 ハルナ『吾国の艱難を払ひ吾君を 助け玉ひし人ぞ尊き。 万代も御側に仕へまつらむと 思ひし甲斐なく別れむとぞする。 願はくば三五教の神司 ビクの御国を忘れ玉ふな』 治国別『いかにして神のまします神国を 神の司の忘れるべきかは』 カルナ姫『大神の恵みの露に霑ひし 人の悉さぞや嘆かむ。 吾も亦今日の別れを何となく 涙ぐまれぬ惜まれにける』 斯く互に歌を取り交し、早くも刹帝利より賜はつた駿馬に跨り、轡を並べて四人の師弟は別れを告げ鞭を上げて一目散に大原野を駆り行く。後見送つて一同は両手を合せ感謝の涙に声を曇らせてゐた。 治国別の一行は神の御言を畏みて ビクの国王や司等に暇を告げて潔く 心尽しの駒に乗り轡を並べ戞々と 青葉茂れる露の道初夏の微風に面をば なめられ乍ら進み行く瞬く間に五十里の 原野を踏み越え猪倉の魔神の籠る峰続き シメジ峠の麓まで早くも無事に着きにけり ここに四人は蹄をばとどめて大地に飛び下りつ 馬首をば東に差向けて一鞭あつればさしもの名馬 もと来し道へ引返し名残惜げに嘶きつ 一目散に帰り行く治国別の一行は シメジ峠の急坂をエンヤラヤツと登りつめ 暫し汗をばいれ乍ら四方の景色を打眺め 絵に見る様な風色に旅の疲れを癒やしけり 少時ありて一行は立板なせる坂道を 行進歌をば歌ひつつ注意し乍ら降り行く。 万公は先に立ち一歩々々調子をとつて歌ひ出した。 万公『バラモン軍の将軍と威張り散らした両人が ビクの国をば退はれて命からがらドツコイシヨ 卑怯未練に猪倉の山に漸う落延びて 土竜の様な穴住まひ三千余騎を引率し さも強さうに構へゐるその権幕と反対に 僅か四人の神司打出す厳の言霊に 恐れて逃げ出す卑怯さよいざ之よりはフサの国 玉木の村に立向ひ始終の様子を探索し 吾師の君に従ひて魔神の住まへる岩窟に 一大騒動起すべく進みて行かむ楽しさよ ア、ウントコドツコイ危ないぞ松彦さまよ、竜彦よ 貴方は足が弱い故用心なさるが宜しかろ これこれ御覧この坂は一方は断岩屹立し 一方は千尋の谷の底岩石起伏の間をば 飛沫を飛ばす水の音見るさへ胆が寒くなる 命あつての物種だ必ず怪我の無い様に 大神様に太祝詞唱へ上げつつ下りませ ア、ウントコドツコイドツコイシヨこれ程難所が又と世に 如何してあらうか親不知子不知峠を行く様だ 命知らずの宣伝使とは云ふものの肉体が なくては神業勤まらぬ人の体は神様の 御使用遊ばす傀儡だ此傀儡を何処までも 立派に保護し奉り大黒主が三五の 教の道に服ひて誠心に復るまで 大必要の此体守らせ玉へ惟神 神の御前に願ぎまつる朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 神の任しの使命をば果さにやおかぬ益良夫の 赤き心を臠し猪倉山は云ふも更 黄金山や大雲山寄り来る曲津を言向けて 太しき勲功を万代に立てさせ玉へ惟神 亀の齢の万公が真心こめて願ぎまつる ウントコドツコイドツコイシヨ皆さま気をつけなさいませ シメジ峠で第一のここが難所と云ふ事だ 足許大切に頼みますア、ウントコドツコイ、アイタツタ あんまり歌に気をとられ注意を与へた万公が 第一番に転けよつたアイタタタツタこれや如何ぢや お尻の皮が剥けた様だこれも全く神様の 私の体に降り来る大厄難を小難に 見直しましたお蔭だろああ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 治国別一行は交る交る宣伝歌や進行歌を歌ひ乍ら、漸くにして玉木の里のテームスの館に着いた。邸内は老木鬱蒼として際限もなく広く、立派な建物が沢山に立並んでゐた。されども何処ともなく此館の内に憂事が包まれて居る様な気配がしてゐる。 万公『もし先生、ここが木花姫様がお示しになつた、玉木の村の里庄テームスの館と見えますな。二人の娘が捕はれて居るので心配があると見え、立派な家の棟までが何だか力無げに俯向いて嘆いてゐる様に見えますな。何時も先生は人の家の屋根を見たら其処の宅は栄える家か、衰へる家か、喜びがあるか、悲しみがあるか、分るものだと仰有いましたが、如何にも其通り、何とはなしに家迄が心配にしてゐるぢやありませぬか』 治国『万公、こんな処で左様な事を云ふものでない。之からテームスの館へ行けば決して喋つてはいかぬぞ。治国別が命令する迄普通一般の挨拶だけしたら黙つてゐるのだ。脱線だらけの事を喋り立てると却てお前の人格を軽く見られ、ひいては私迄が恥しい目をせなくてはならぬから屹度慎んでくれよ』 万公『はい、慎みます。万口と云へば万の口ですから一口づつ云つても万口並べ様と思へば、随分量が多うなりますからな』 松彦『アハハハハハさア先生の御言葉の通り、これから万口ぢやない、篏口令だ』 と云ひ乍ら表門に立ちトントンと拳を以て訪れた。 (大正一二・二・二三旧一・八於竜宮館北村隆光録) |