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101

(2308)
霊界物語 42_巳_黄金姫&清照姫の入那の国の物語2 02 馬上歌 第二章馬上歌〔一一二七〕 神の御稜威も高照山の厳の岩窟を後にして 入那の都の刹帝利セーラン王の一行は 栗毛の駒に跨りて狼吼える山路を 岩の根木の根ふみさくみ凩荒ぶ野路を越え 蹄の音も勇ましく音に名高き照山の 峠の麓に到着し馬上豊に歌ひつつ 都をさして進みゆく。 セーラン王は馬上静に歌ふ。 セーラン王『父の命の後をつぎ心の暗き吾身魂 入那の国の王となり徳望欠けたる所より 部下の統率誤りつ遂には右守の司をして 邪神の群におとしけるわれは尊きバラモンの 神の教を受けつぎて朝な夕な国民に 誠の模範を示すべき尊き職に在りながら 神の恵を軽んじつ知らず識らずに慢心の 雲立昇り村肝の心は暗に迷ひけり あゝ惟神々々御霊幸はへましまして 心に千花百花の香る時こそ北光の 神の恵に助けられ水も漏らさぬ御教に 漸く晴れし胸の闇空に日月輝きて 晴れわたりたる胸の空秋野を飾る黄金の 姫命の功績は清照姫と輝きぬ 神が表に現はれて善神邪神を立別ける 尊き稜威の御教悟りし上はセーランの 神の司も潔く前非を悔いて天地に 誠一つの三五の善言美行を励みつつ 神の司の天職を完全に委曲に顕現し 此世の鑑となりぬべしヤスダラ姫よ竜雲よ 神は汝と倶にあり神の大道に任す身は 如何に大黒主の神神変不思議の神力を 現はし来り入那城蹂躙せむといらつとも 何か恐れむ敷島の大和心のある限り 必ず神は吾々を安きに救ひ給ふべし 人は神の子神の宮天地を開く経綸に 仕ふる身ぞと知る上は骨を粉にし身を砕き 神の御為世の為に互に心を合せあひ 力を一つに固めつつ大慈大悲の神恩に 酬いまつれよ諸共に照山峠の坂路は いかに峻しくあるとても心の駒の脚並みの 揃ひし上は光栄の遂には都に進む如 如何なる事も成りとげむ進めよ進めいざ進め 誠の道を踏みしめて勝利の都に逸早く 進めよ進めいざ進め神の教を力とし 誠の道を杖として心の駒の勇ましく 上りつ下りつ村肝の心は最早秋の空 恩頼は目のあたり輝き初めて春の野の 百花千花咲き出づる嬉しき思ひに充たされぬ 誠の道に進む身はいかなる曲も夏草の 上に滴る露の玉朝日に消ゆる其如く 亡び失せむは目のあたり勇めよ勇め諸共に 前途多望の神司身の行末ぞ頼もしき あゝ惟神々々御霊幸はへましませよ』 ヤスダラ姫はセーラン王の後について、声も静かに馬上ながら歌ひ進む。 ヤスダラ姫『入那の国の刹帝利セーラン王の家筋に 生れ合ひたる吾こそは親と親との許嫁 セーラン王の妃となりて入那の国を永久に 守らむものと朝夕に神に願ひを掛巻も 畏き神の御心に反きしものかゆくりなく テルマン国に追ひやられ素性卑しき毘舎の家 シヤールの妻となり下り面白からぬ月日をば 歎きかこちつ暮しける時こそあれや青天の 霹靂胸をとどろかす惨状吾身に迫りけり 梵天帝釈自在天神は此世にまさずやと 吾身の不運を歎つ折忠義に篤きリーダーが 雨風烈しき真夜中に吾とらはれし牢屋をば 忠義の槌を打振りて砕き毀ちて救ひ出し 暗に紛れて荒野原スタスタ進み来る折 右守の司の捕手等に前後左右を取りまかれ 蓮の川の此方にていかがはせむと悩む折 竜雲司に助けられ又もやここに高照の 深山の奥の岩窟に危き身をば救はれて 北光神の御教を朝な夕なにかかぶりつ 曇りし胸も晴れ渡り迷ひの雲は払拭し 真如の月日は心天に強く輝き給ひけり あゝ惟神々々悪魔のしげき世の中に かくも仁慈に富み給ふ誠の神もいますかと 感謝の涙川となり沈みし胸も浮き立ちて 救ひの舟に棹をさし天国浄土の楽園に 逍遥しける折もあれ思ひがけなき刹帝利 セーラン王の一行が尋ね来ませる嬉しさよ 絶えて久しき二柱巡り会ひたる睦び言 かはす間もなく北光の神の司におごそかに 教へられたる神嘉言うなじに分けて両人は 感謝の涙払ひつつ駒に跨り岩窟を 名残を惜みふり返り馬上ゆたかに嵐吹く 野路を踏み越えやうやうに照山峠に来て見れば 木々の梢の紅葉はいつしか散りて淋しげに 尾の上をわたる秋の風淋しき山路も何となく 君に従ひ登る身は春めき渡り村肝の 心は映ゆる春心地神の教に導かれ 進む吾こそ楽しけれ入那の都に到りなば 右守の司の御子とますサマリー姫はさぞやさぞ 吾身の姿を打眺め心を悩ませ給ふべし あゝ惟神々々如何なる事も天地の 神の御旨に従ひて恋の執着秋の野の 木の葉の風に散る如くサラリと清め睦じく 姉妹と手を握つて誠一つを立て通し 三五教の神力を現はしまつり入那国 都の花と謳はれて誉れを千代に伝ふべし あゝ惟神々々大地の竜と名を負ひし 清き白馬に跨りつ誠を明かし奉る セーラン王よ聞し召せ妾を包みし恋の雲 瑞の御霊の吹き送る科戸の風に払はれて 塵もとめなくなりにけるあゝ惟神々々 吾等の身魂に皇神は清く涼しく宿りまし 汚れ果てたる吾身をば雄々しく照らさせ給ひけり 進めよ進めいざ進め誠の道を只管に 心の限り進みゆけ勝利の都も近づきぬ あゝ惟神々々御霊幸はへましませよ 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも誠一つは世を救ふ 誠の道を踏みしめて玉の御柱立直し 天地の花と謳はれて豊けき誠の実りをば 枝もたわわに結びつつ今迄もつれし心をば ときさばき行く奇魂曽富戸の神の幸ひに 進むわれこそ雄々しけれあゝ惟神々々 御霊幸はへましませよ』 道は益々急坂となり、鞍上最も注意を要すべき難路につき当つた。されど何れも乗馬の達人、鞍上人なく、鞍下馬なき有様にて、悠々として凩に面を吹かれながら英気に充ち、一行は単縦陣を張りつつ登るのであつた。竜雲は馬上豊かに歌ひ始めた。 竜雲『ハイハイハイハイ馬の奴照山峠の急坂だ 気を付け遊ばせ栗毛さま顛倒致しちや堪らない ハイハイドウドウハイドウドウ人世の旅は急坂を 登るが如しと聞くからは有為転変の世のさまを 思ひ浮べてハイハイハイゆかしさ胸に充ちわきぬ 月の御国の首陀の家に臍の緒おとした竜雲も 天馬が空をかけるよな思はぬ欲望に駆使されて 波間に浮ぶシロの島神地の都の神司 ハイハイ手綱をしめ直ししつかりせなくちや危ないぞ サガレン王を放逐し折柄起る風雲に 乗じて天へ舞ひ昇り心猿意馬は忽ちに 狂ひ出してハイハイハイ悪虐無道の張本と なりすましたる恐ろしさ心に潜む鬼大蛇 醜神どもの勢は鬣振り立て急坂を 越え行く駒のその如くとめどもなくに味噌汁が ステツペンへと飛上り意気揚々と雲の上 ハイハイハイハイドウドウドウ天の下をば睥睨し 俺程運のよい者が三千世界にあらうかと 笑壺に入りし折もあれ運命つきて北光の 神の司に荒肝を拉しがれ忽ち谷底へ 顛落したるあさましさオツトドツコイ馬の奴 道にさやりし岩角に躓きやがつた確りせい 膝を摧いちや堪らないお前は俺の助け舟 神の光に照らされて改心致した其おかげ 七千余国の月の国何の障も荒野原 巡りて進む神の道ハイハイハイハイシーシーシー セーラン王に従ひて誠の道に入那城 四方に輝く黄金姫身魂も清照姫命 あれます聖地へ進み行く吾身の上ぞ楽しけれ あゝ惟神々々神が表に現はれて 善をば助け悪神を誠の道にまつろはせ 救はせ給ふ三五の神こそ誠の世の柱 心ねぢけた竜雲も心の駒を立直し 教も清く照山のさしもに嶮しき坂路を 栗毛の駒に助けられ正しき人に従ひて 旗鼓堂々と登りゆくハイハイハイハイハイドウドウ 馬の合うたる人ばかり一緒にゆくのが同道々 いよいよ面白なつて来た最早絶頂も近づいた 峠の上で鹿毛さまよお前も一服するがよい 重い男を背に乗せ登る貴様もえらかろが 乗つてる俺も楽でないさはさりながら苦みの 後にはキツト楽がくるあゝ惟神々々 人馬諸共神の山登りつめたる暁は 四方を見はらす世界晴晴れて嬉しき胸の暗 忽ち開く天国の清き涼しき花園に 進むわれこそ楽しけれあゝ惟神々々 最早峠に着きました王様一服致しませう ヤスダラ姫様、テームスよレーブよ、カルよ、一休み 四足泡を吹き出したこれから先は下り坂 世の立替が始まつて上る身魂や下る魂 行合ひかち合ひ騒がしく入那の都の大空に 一悶錯の起る前縺れ果てたる小田巻の いとやすやすと治めませあゝ惟神々々 御霊幸はへましませよ』 と歌ひ了り、馬をヒラリと飛び下り、傍の巌に腰を打かけ、息を休むるのであつた。セーラン王其他も竜雲の言葉に従ひ、馬背を飛び降り、人馬共に、暫し息を休むることとなつた。 (大正一一・一一・一四旧九・二六松村真澄録)
102

(2318)
霊界物語 42_巳_黄金姫&清照姫の入那の国の物語2 12 心の色々 第一二章心の色々〔一一三七〕 カールチンの奥の間にはハルマン、サマリー姫と主人の三人が鼎坐となりて、ヒソビソ話に夜の明くるのも知らず、耽つてゐる。 ハルマン『旦那さま、貴方はお昼前から、館をソツとお立出でになり、お帰りが夜になつてもないので、若しや御城内で、お酒でもおすごし遊ばし、クダを巻いて皆の者を、いつものやうに困らせて厶るのではあるまいかと心配でならず、ソツと城内を窺うて見た所が、門番の話にも、今日は右守さまのお姿は見なかつたと言ひ、女中共に聞いて見ても、お越しがないと言つて居ましたので、そこら中を捜しまはつて居りました所、入那川の水面に怪しい音がするので、ハテ不思議と立止まり様子を考へてゐると、大きな狐がノソノソと橋を渡つて北の方へ行く。此奴ア変だと水面を眺めてると、パツと浮上つた黒い影、命カラガラ飛込んで救ひ上げ、よくよく見れば旦那様、取止めもないことを仰有つて、本当に此ハルマンも如何なる事かと気を揉みました。奥様の御不在中に、若しもの事があつたら、此ハルマンは申訳がありませぬからなア、マアマア結構で厶いました』 サマリー姫『お父さま、此頃はお母アさまの不在中ですから、何卒どつこへも行かずに内に居つて下さい。心配でなりませぬ。もし御登城遊ばすなら、何時ものやうに二三人の家来を伴れて行つて下さい。苟くも右守司の職掌でありながら、一人歩きをなさるとは、余り軽々しいではありませぬか』 カールチン『ナアニ、一人歩くのにも、之には言ふに云はれぬ秘密があるのだ。俺の神謀鬼策は女童の知る所でない。マア俺のする様に任しておいたが宜からうぞ』 ハルマン『日中ならばソリヤお一人でも宜しからうが、今夜の様な事があつては大変ですから、何卒日の暮れない内に之からお帰り遊ばす様に願ひます。若い男が恋女の後を追ふ様に、夜分にコソコソと一人歩きするのは、何卒心得て下さいませ。姫さまも大変に御心配遊ばしますから……』 カールチン『イヤ実の所は、お前の知つてる通り、女房が出陣をしたのだから、先づ第一に大自在天様に御祈願を凝らし、御先祖の墓へも参り、女房の武勇を発揮するやう祈つて居つたのだ。そした所が、御先祖様の石塔の後から、テーナ姫の顔其儘の怪物が現はれ、恨めしの冷飯の……と吐きやがつて、怪体な手付を致し、終焉の果にや、毬のやうな目を剥きよつた。そこへ又一人の化物がやつて来て、傘のやうな目玉を剥きよつたものだから、流石の俺も一寸おつたまげて、わが家を指して逃帰る途中、誤つて入那川へ陥没したのだ。そこを貴様が折よく通つて助けてくれたのだ、マア有難い、御礼を申さねばなるまい。併しながら、エー……ン、彼奴の命は如何なつたか知らぬてな』 ハルマン『彼奴の命も此奴の命もあつたものですか。貴方は大変に、ヤスダラヤスダラと仰有いましたが、ヤスダラ姫に対し、何かお考へがあるのですか』 カールチン『何、別に之といふ考へもあるのぢやない、彼奴の生死に就いて、少しばかり気にかかつてならないのだ』 サマリー姫『私もヤスダラ姫さまの事が気に係つてならないのですよ。噂に聞けば、テルマン国からお帰りになつたといふ事、若しや王様と御夫婦にでもなられようものなら、私は如何しようかと、そればかりが心配でなりませぬワ』 カールチン『コリヤ娘、そんな心配は少しも要らない。お前はどこまでもセーラン王の妃だ。俺がキツと保証して添はしてやるから安心せい。併しながら、若しも俺の女房が、今度の戦ひで命を奪られるやうな事があつたら、お前何と思ふか』 サマリー姫『それは申すまでもなく、悲しう厶います。お父さまも矢張り悲しいでせう』 カールチン『そりや俺だつて、悲しい……のは当り前だ。併しながらウーン……』 サマリー姫『お父さま、其後を言つて下さい。如何なさると仰有るのですか』 カールチン『マア刹那心を楽しむのだな。其時や其時の又風が吹くだらうから』 ハルマン『モシ姫さま、御心配なさいますな、旦那さまの心の中には、行先の事までチヤンと成案があるのですから……それはそれは抜目のない旦那さまですから、流石は貴女のお父さまだけあつて、よく注意の行届いたものです。ヤスダラ山の春風が吹いて、此お館は軈て百花爛漫、天国の花園と変るかも知れませぬ』 サマリー姫『お父さま、貴方は此頃、大変にヤスダラ姫さまを御贔屓遊ばすさうですが、ヨモヤ、セーラン王様の御妃になさる御考へぢやありますまいな。さうなりや、私はどうしたら良いのですか』 カールチン『すべて人間は、何事も十分といふ事はいかぬものだ。恋を得むと欲すれば位を捨てなくてはならず、位を得むと欲すれば恋そのものを放擲せなくてはならぬ。両方良いのは頬被りと○○だけだ。それさへお前に合点が行けば、お前の恋は永遠に継続させてやるが、どうだ、此間からお前に相談しようと思うてゐたが、丁度今日は好い機会だから聞いて見るのだ』 サマリー姫『妙なことを仰有います。私はイルナの国では最高級のセーラン王の妃、又国内第一の立派な夫に恋してゐるのです。それをどちらか捨てねばならぬとは、ヤツパリさうすると、貴方は王様を退隠させ、自分が年来の野心を遂げるといふ、面白からぬ御考へでせう』 カールチン『イヤ、俺の方から無理に迫るのぢやない。今までは武力に訴へてでも目的を達しようと思つてゐたのだが、お前の知つてゐる通り、大黒主様の応援軍迄お断り申し、部下の武士迄残らず遠征の途に上らせた位だから、何事も円満解決のつく見込が十分立つてゐるのだ。王様の口から仰有つたのだから、お前が何程頑張つた所で、王様の御決心は動かす事は出来まい。さうだから、位をすてて恋を選めといつたのだ。お前の夫が刹帝利になるのも、親がなるのも、お前としては別に差支がないぢやないか。チツとは親の養育の恩も考へて呉れたらどうだ』 サマリー姫『オホヽヽヽ、何とマア虫のよいお考へですこと。あの王様に限つて、そんなこと仰有る筈がありませぬワ。そりや貴方の独合点でせう。さうでなくば、城内の悪者共にチヨロまかされ、油断をさされて厶るのでせう。あゝ困つた事をなさいましたなア。あゝ併しながら、これで安心しました。貴方に軍隊を抱へさしておくと、勢に任せて脱線をなさるから気が気でありませなんだ。これで王様、一安心なさりませう。キツと貴方は翼剥がれた鳥のやうなものだから、叛逆人として入那の牢獄にブチ込まれるにきまつてゐます。それは私が気の毒でなりませぬ。併しながら海山の養育の恩に酬ゆる為、命に代へてでも貴方を助ける様に王様へ願ひますから、どうぞ之からは、悪い考へを出さないやうにして下さい。そしてヤスダラ姫様に、どうぞ接近しないやうに心得て下さい。頼みますから………』 カールチン『実の所は、何もかもブチあけて言ふが、ヤスダラ姫は最早俺の女房だ。いろいろと悪魔が邪魔をしやがつて、恋の妨害を致しよる、お前がゴテゴテいふのも、決してお前の本心からではあるまい。副守の奴、お前の口を借つて、俺の金剛心を鈍らさうとかかつて居るだらう。モウ斯うなつては俺も命がけだ。誰が何と云つても、梃子でも棒でも動くやうなチヨロい決心ぢやないから、モウ下らぬ意見は止めてくれ。ハルマン、貴様も俺が出世をすれば一緒について昇るのだから、邪魔を致しては後日の為にならないぞ、よいか。賢明な主人の本心がチツとは分つたか』 ハルマン『ハイ、分つたでもなし、分らぬでもありませぬ。併しながら、国家の為に自重せなくてはならない大切な御身の上、今後は私がどこへお出でになるにも、お供を致しますから、どうぞお一人で館を出ないやうに願ひます』 カールチン『エヽ小ざかしし、ツベコベと主人の行動に就て干渉するのか。今日限りグヅグヅぬかすと、暇を遣はすから、トツトと出て行け。サマリー姫、其方も、俺のする事に喙を入れるのならば、最早了簡は致さぬぞ。何だ偉さうに、夫に嫌はれて、のめのめと親の内へ逃帰り、世話になつてゐながら、何時までも親に対し、主人気取りで居るとは何の事だ。いゝ加減に慢心しておくがよからうぞ。最早俺は入那の国の刹帝利だ。国中に於て俺に一口でも逆らふ者があつたら、忽ち追放だから、さう思へ。エーン』 斯かる所へ慌しくやつて来たのは例のユーフテスであつた。三人はユーフテスの落着かぬ姿を見て、稍怪しみながら、ハルマンは膝を立て直し、 ハルマン『ヤア其方はユーフテス殿、いつもに変る今日の御様子、何か城内に変つたことが起つたのぢやありませぬか』 と言葉せはしく問ひかける。ユーフテスは真青な顔をしながら、 ユーフテス『城内には大変な事が突発しましたぞ。グヅグヅしてゐると、何時目玉が飛出るか、尾が下るか知れませぬ、気をつけなさいませ。旦那様も御注意をなさらぬと、馬鹿を見られちやお気の毒だと思つて御注進に参りました。私は大変にやられて来ました。前車の覆へるは後車の戒め、私のやうな失敗を旦那様にさしちや申訳がないと思ひ、忠義の心抑へ難く取る物も取敢ず、痛い足を引摺つて参つたので厶います』 ハルマン『テンと貴方のお言葉は要領を得ぬぢやありませぬか。その頬べたは如何なさいました。紫色に腫れ上つてるぢやありませぬか』 ユーフテス『天下無双の美人が両ホウから私の両ホホを、可愛さ余つて憎らしいと云つて、抓りよつたのです。ズイ分痛い同情に預かつて来ました。モシ旦那様、何卒ここ四五日は登城なさらぬやうに心得て下さい。又頬ベタを抓られちや堪りませぬからなア』 カールチン『美人に頬を抓られたのを、お自慢で俺に見せに来たのだろ。随分気分がよかつたらうのう』 ユーフテス『ハイ、宜かつたり、悪かつたり、嬉しかつたり、怖かつたり、つまり喜怒哀楽愛憎欲の七情が遺憾なく発露致しました。立派なセーリス姫だと思へば、其奴が大きな白狐になつてノソノソと歩き出す。一人は本当のセーリス姫だと思へば、其奴が又目がつり上り口が尖り、忽ち狐の御面相になつて了ふ。イヤもう入那の城内は、此頃はサーパリ妖怪変化窟となつて了ひました。何とかして本当のセーリス姫を発見しなくてはなりませぬ。旦那様も今お出でになつたら、キツと私の二の舞をやつて馬鹿を見せられるに違ひありませぬ。さうだから四五日は御見合せを願ひたいと言つてるのですよ』 カールチン『アハヽヽヽ面白い面白い、狐でも狸でも何でも構はぬ。そこを看破するのが天眼通力だ。貴様は恋の為に眼がくらんでゐるから、そんな目に遇ふのだ。そこは流石のカールチンさまだ。城内の妖怪を残らず看破して、至治泰平の天国を築き上げるのが此方の役だから、先づ黙つて俺の御手際を見てゐるがよからう。ハルマン、貴様も今が思案のし時だ。ここで改心致し、主人の自由行動を妨げないといふ誓ひを立てるなら、従前の通り、家来に使つてやらう。オイ、娘、貴様もその通りだ。今日の場合、神力無双、旭日昇天の御威勢高き俺に向つて、ツベコベ横槍を入れると、親子の縁も今日限りだ。どうだ、分つたか、エーン』 ハルマンはヤツと胸を撫で下し、兎も角も放り出されちや大変と、ワザとに嬉しさうな顔をして、 ハルマン『ハイ有難う厶いました。今後は決して何も申しませぬ。絶対服従を誓ひますから、どうぞ末永く可愛がつて使つて下さいませ』 カールチン『ウン、ヨシヨシ、それさへ慎まば、俺だつて貴様に暇をやりたいことはないのだ』 ハルマン『時にユーフテスさま、実際そんな不思議が城内に突発してるのか、チツと合点が行かぬぢやないか』 ユーフテス『ウン、本当に不可思議千万だ』 サマリー『それなら、カールチン殿、暫く妾は沈黙して、時の移るを待つであらう、さらば』 と言ひ棄て、裾をゾロリゾロリと引摺りながら、奥の間指して進み入る。ハルマンも、ユーフテスも続いて、自分の家路へ指して一先づ立帰る事となつた。カールチンは、 カールチン『ヤレヤレ邪魔物が払はれた』 と打喜び、化粧室に入つて、いろいろと顔の整理を終り、美はしき衣服を身に纒ひ、裏門よりニコニコとして、城内指して又もや進み行くのであつた。 (大正一一・一一・一六旧九・二八松村真澄録)
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霊界物語 42_巳_黄金姫&清照姫の入那の国の物語2 14 吃驚 第一四章吃驚〔一一三九〕 右守司のカールチンは意気揚々として清照姫、セーリス姫の話してゐる奥の間へ入り来り、 カールチン『あゝヤスダラ姫殿、セーリス姫殿、えらい御無沙汰を致しました。昨日はお目にかかる積りで居りましたが、少しく差支が出来まして到頭失礼を致しました』 セーリス姫『それはお忙しいことで厶りましたな。道中で頭の鉢合せをしたり、親切にお墓参りをなされたり、狸に騙されたり、河へ飛び込んだり、大変な御活動で厶りましたさうですな。流石は右守さまだと云つて、姉さまも感心して居やはりました。さう立ちはだかつて居らずに、マアここにお坐りなさいませ。昨日の一伍一什を一つ聞かして頂きたいもので厶ります』 カールチンは頭を掻きながら、 カールチン『ヘー、別に活動したと……云ふ訳でもありませぬ。時の勢やむを得ず、惟神的にさされたのですよ。誰が又そんな事を御報告に参りましたかな』 セーリス姫『私の天眼通で一寸此処から透視して居りましたよ。まづまづお怪我がなくて結構でしたな。時にユーフテスさまは如何してゐられますかな。昨日から待つてゐますが、お顔を見せなさらぬので大変に気を揉んで居ります』 カールチン『エ、何と仰有います。ユーフテスは昨日来たぢやありませぬか。大変に頬辺を抓られて顔を腫らして居ましたよ。大変苛めなさつたと云ふ事ですが、さう悪戯をするものぢやありませぬぞ。女はヤツパリ女らしう為さる方が床しいですな』 セーリス姫『この間からユーフテス様のお顔を拝んだ事はありませぬ。そりや何かのお考へ違ひでせう。大方私だと思つて仇志野の古狐にでも弄ばれて居らつしやつたのでせう。何とまア困つた人だなア』 カールチン『何分此頃は悪魔横行しまして、彼方にも此方にも古狸や狐が出現し、男を悩ますと見えますわい。ワハヽヽヽ』 セーリス姫『もしもし姉さま、何恥かしさうに俯向いて居られますの。あれほど八釜しく焦れて居ながら気の弱い、何です、早く御挨拶をなさいませぬか』 清照姫、細い声で恥かしさうに、 清照姫『ハイ』 と云つたきり益々俯向く。 カールチン『アハヽヽヽ、余程恥かしくなつて来たと見えるな。流石はお嬢さまだ。いやさうなくては女の価値がない。今時の女は男を三文とも思つてゐないから困るのだ。いやズンと気に入つた。海棠の花でも雨に湿つてチツとばかり俯向いて居る所に、得もいはれぬ風情のあるものだ。エヘヽヽヽ』 セーリス姫『もし右守さま、口から何だか長い紐が下がつて居るぢやありませぬか。早うお手繰り遊ばせ。姉さまが御覧になつたら、あまり見つともよくありませぬよ。ホヽヽヽヽ、あのまア細い目わいのう。本当に右守さまも、姉さまにスウヰートハートして居られると見えますな。お目出度いお目出度い。これ姉さま、お顔を上げなさらぬか。何ですか十二か十三の娘の様に、そんな気の弱い事で如何して恋が成功しますか。私、側に見てゐても本当にジレツたいわ』 カールチン『どうやら恥かしいと見えるわい。いやセーリス姫さま、姉妹の貴女がここに居らつしやると、姫も気がひけて思ふ事も云へないと見えます。何卒少し席を外して貰ふ事は出来ますまいかな』 セーリス姫『ホヽヽヽヽ、それはお易い御用で厶います。それなら邪魔者は暫く姿を隠しますから、何卒シツポリと御両人様お楽しみ』 と態とにプリンとして見せ、畳を二つ三つボンボンと蹶つて早々に自分の居間へ走つて行く。 カールチン『オホヽヽヽ、何と面白いものだなア。然し、あこに云ふに云はれぬ妙味があるのだ。チツとセーリス姫は俺達のローマンスを妬いてゐると見えるわい。いやヤスダラ姫殿、セーちやまは帰りました。サアもう誰に遠慮は入りませぬ。お顔をあげなさい。さうしてトツクリと将来の御相談を遂げておかうぢやありませぬか』 清照姫『オホヽヽヽ、好かぬたらしい男だこと、貴方は立派なイルナ城の右守様、さうして、テーナ姫様と云ふ立派な立派な牡丹餅のやうなお顔の奥さまがあるぢやありませぬか。私の様な出戻りの女を捉へて、そんな事仰有いますと、貴方の名誉に関はるぢやありませぬか。宜い加減におやめなさいませ』 カールチン『これはしたり、案に相違の姫の御言葉、そんな筈ではなかつたに。何とした変りやうだらう』 清照姫『妾は些も変つては居ないのよ。変つたのは貴方のお心ですわ』 カールチン『イヤ吾々は些も変つてゐない。姫の心がスツカリ変つてるぢやないか』 清照姫『さうですかな。貴方が好きで好きで仕方がなかつたのだが、今日は又何だか知らぬが、ぞぞ毛が立つ程嫌になりました。好きな貴方が嫌ひな貴方と変つてゐるのですから、ヤツパリ本人は貴方でせう。本人が変ればこそ、相手方の妾の目から変つて見えるのですわ』 カールチン『そんなこたア如何でも宜い。サア愈今日は情約締結を致しませう。私が当城の主人刹帝利と今になりますから、貴女は私の正妃、よもやお不足はありますまい』 清照姫『妾は貴方の様な水臭いお方は末の見込が厶りませぬから、嫌ひで厶ります。昔からいろいろと艱難辛苦をして、ヤツと此処まで夫婦が位置を築き上げ、今や進んで刹帝利におなりなさると云ふ所で慢心を遊ばし、不人情にも女房を殺しにやつた後で、妾の様な何にも経験のない、つまらぬ女を女房にしようと思ふ様なお方は、私絶対に嫌ひで厶ります。又外に綺麗な方が見付かつたら、私は第二のテーナ姫様にしられて了ひ、生命をとられるやらも図られませぬから、まアそんな剣呑な方にお相手になるのは止めておきませうかい』 カールチン『今更そんな事を云つて貰つちや困るぢやありませぬか。大黒主様から吾々の目的を達成する為めに、五百騎の軍勢を応援の為め御派遣下さるのをば、貴女の希望によりお断り申上げ、其上また味方を残らず呼び集め、ハルナの国へ遠征の旅に出して了ひ、最早守り少なくなつた此際、お前さまに尻を振り向けられて、如何して此右守司が立ち行きますか。チツとは推量して貰ひませうかい。エーン』 清照姫『ホヽヽヽヽ、お前さまはそんな頓馬だから妾が嫌ふのだよ。女にかけたら目も鼻もないのだから、本当に困つた唐変木だな。ウフヽヽヽ』 カールチン『これ、ヤスダラ姫さま、腹の黒い。いゝ加減にいちやつかして於て下され。男冥加につきますぞや』 隣の室にはオホンオホンと、男の咳払ひが聞えて来た。これは黄金姫が二人の掛合を面白可笑しく立聞きし、わざとセーラン王の声色で咳払ひをして見せたのであつた。清照姫は小声になり、 清照姫『あの通り、襖一枚次の間に王様が控へて厶るのですから、貴方の様にさうヅケヅケと何もかも云つて貰つちや困るぢやありませぬか。チと気を付けて下さいな』 カールチンは二つ三つ首を縦に振りながら小声になり、 カールチン『ウン、よしよし、あ!それで分つた。何だか妙な事を云ふと思つたが、王が隣室に居られるので、あんな事を云つたのだなア。よし分つた。もう俺も諒解したから心配して呉れな』 清照姫『ホヽヽヽ何が諒解ですか。妾の様な女を相手にせずに、もつと立派なお方にお掛合遊ばせ』 斯く云ふ折しも、ミルは慌しく走り来り、 ミル『もし右守さま、ヤスダラ姫様、今王様とヤスダラ姫と云ふ貴女にソツクリのお方が帰られました』 カールチンは、 カールチン『何、ヤスダラ姫が帰つた。王様がお帰り、ハテ、如何したものかな』 と腕を組み胡坐をかいて、暫し思案に沈みつつあつた。 (大正一一・一一・一六旧九・二八北村隆光録)
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霊界物語 43_午_玉国別と治国別1(玉国別の失明) 04 玉眼開 第四章玉眼開〔一一五五〕 伊太公『思ひきやきやきやきやと泣く猿に キヤツといふ目に会はされるとは』 道公『コリヤコリヤ伊太公、気楽相に狂歌所かい。宣伝使様が今日か明日か知らぬよな目に会はされて苦んで厶るのに、何を呆けてゐるのだ。サ、早く谷川へでも下りて清水を汲んで来い。俺は御介抱を申上げるから……』 伊太公『そんならお前達両人に、先生の御介抱を頼む事にしよう。俺はこれから谷水を汲んで来るワ』 といひ乍ら、水筒をブラブラブラ下げ、谷川さしておりて行く。 伊太公『ヤア此所に綺麗な水が流れてゐる。之を汲んで洗つて上げたらキツと癒るだろ。 山猿に掻きむしられて何もかも 水の御霊の救ひ求むる。 この水は神の恵の露なれば 今日は見えると言ひたくぞある。 谷川に落ち込み水を汲みに来た 深き心を汲ませ玉へよ。 此みづは眼ばかりか命まで 救ひ助くる恵の露ぞ。 惟神神の光の現はれて 玉国別の眼照らせよ。 みず知らず懐谷の山猿に 掻きむしられし事の悔しさ。 さり乍ら神の使命をおろそかに いたせし罪の報い来しにや。 時置師神の命が現はれて 心の眼開き玉へり。 待てしばしぐづぐづしてるとこぢやない 早く眼をあらはにやならぬ。 伊太公の目は大丈夫さり乍ら 師の君見る目いたいたしく思ふ』 と口ずさみ乍ら、清冽なる秋の谷水を水筒に盛り、一刻も早く玉国別を助けむと、小柴や茨を掻きわけ、息をはづませ登り行く。玉国別は両眼より血を垂らし乍ら、布にて血糊を拭き取り、手の掌を両眼にあてて痛さをこらへて俯いてゐる。道公、純公は、 道公、純公『サア大変々々』 と慌てふためき、うろたへ廻つて、チツとも間しやくに合はない。 玉国別『道公、水はまだか。伊太公はまだ帰らぬか』 道公『ハイ山路をタツタツタと下つて行たきり、今に至り姿を見せませぬ。先生が是程傷で困つて厶るのに……エヽ気の利かぬ奴ですワイ。オイ純公、貴様何をウロウロしてゐるのだ。早く伊太公の水の催促に伊太々々』 純公『エヽ洒落どころかい。大変な目に会うて吾々は進路に迷うてゐるのだ。一寸先は真暗やみだ。そんな気楽なことどこかいやい』 かかる所へ伊太公はフースーフースーと鼻息荒く登り来り、 伊太公『アヽ大変遅くなつてすみませぬ。一刻の間も早く帰りたいと思ひ、気をあせればあせる程、キツい坂で足がずり、漸くここ迄到着致しました』 道公『オイ早く水筒を出さぬかい。根つから持つてゐないぢやないか』 伊太公は腰のあたりを探り乍ら、『アツ』と一声打驚き、 伊太公『ヤア大変だ。余り慌てて、谷底へ水を汲んだなり忘れて来たのだ。オイ道公、貴様早く取つて来てくれぬかい。先生の痛みが気の毒だから、早く目を冷さぬと段々腫れて来ちや大変だ』 道公『エヽ慌者だなア、どこらに置いておいたのだ。それをスツカリ言はぬかい』 伊太公『谷川と云つたら、山の谷を流れる川だ。其水を汲んでチヤンと砂の上においてあるのだ。サア早く行かぬかい。一分間でも先生の苦痛を助けにやなるまいぞ』 純公『オイ伊太公、貴様が置いといたのだから、貴様が行かなグヅグヅ捜してゐる間がないぢやないか。本当に困つた奴だな。丸で雉子の直使だ。水を汲みに行つたつて、持つて帰らにや何になるものか』 伊太公『貴様、水を汲んで来いとぬかしたぢやないか。別に持つて帰れと迄は言はぬものだから忘れたつて仕方がないワイ。オイ純公、貴様も来てくれぬかい。実の所はどこで落したか分らぬのだ。二人よつて鵜の目鷹の目で、小柴の中や枯草の間を捜し求めて見つけて来うぢやないか、……モシモシ先生様、モウ暫くの御苦痛、どうぞ御辛抱下さいませ。誠に気の利かぬ男で厶いまして、御心中お察し申します。コラ、道公、何を呆けてゐるのだ、早く御介抱を申さぬかい』 道公『介抱せいと云つたつて、仕方がないぢやないか。俺やここで猿の再襲来を防禦してゐるから、貴様等両人、水筒捜しに行つて来い』 伊太公、純公両人はブツブツ呟き乍ら、小柴を分けて水筒の落ちた場所を探しに行く。漸くにして一丁ばかり下つた所に、水筒は落ちて居た。併し乍ら入口を下に尻を上に落したのだから、一滴も残らず吐き出して了ひ、空水筒となつて、天下太平気分で横はつてゐる。 伊太公『エヽ気の利かない水筒だな、落ちるのなら何故上向けに落ちないのだ。折角俺が呑ましてやつた水を、皆吐き出して……何と都合の悪い時にや、都合の悪いものだなア。オイ純公、仕方がない。マ一度谷底まで一走り行つて来うかい』 純公『さうだなア。水筒が見つかつた以上は貴様一人でいいのぢやけれど、元来が慌者だから、又道で落しよると何にもならぬ。俺が監視役として従いて行てやらう』 純公は水筒を懐にねぢ込み、急坂を小柴を分け、草に辷り乍ら、伊太公と共に深き谷底に下り立ち、清泉をドブドブドブと丸い泡を立てさせ、口まで満たした。 純公『すみ切りし此谷水を水筒に 呑ませて帰る身こそ嬉しき。 伊太公が折角汲んだ谷水は 水泡となりて消え失せにける』 伊太公『俺だとて落す心はなけれ共 目に見ぬ智慧を落したるらむ。 落したる瓶を拾うて音彦の 眼を洗ふわれおとましき』 純公『さア早う伊太公の奴よついて来い 眼伊太公と待つて厶るぞ』 と云ひ乍ら、又もや急坂を攀ぢ登り、漸くにして玉国別の傍に着き、水筒の水を手にすくひ、玉国別の両眼を念入りに洗滌した。 玉国別『アヽ有難い、これでスツカリ目の痛みが止まつたやうだ』 伊太公『先生、痛みが止まりましたか、それは何より嬉しい事で厶います。併し明りは見えますかな』 玉国別『イヤ痛みは余程軽減したやうだが、チツとも見えないワ』 道公『エヽ何と仰有います、お目が見えませぬか、コリヤ大変だ。大西洋の真中で蒸気船の機関が破裂したよなものだ、これから俺達は如何したら良からうかなア』 玉国別『心配してくれな。物のあいろは分らぬが、ボンヤリとそこら中が明く見えるやうだ。何れ熱が下つたら、元の通りになるだらう。これといふのも吾身の安全を第一として烈風に恐れ、肝腎の神様に祈願することや言霊を以て風神を駆逐することを忘れてゐた其罪が報うて来たのだ。実によい教訓を受けたものだ。せめて北光神様のやうに一眼なりと開かして下されば、結構だがなア』 道公はつくづくと玉国別の両眼を打ち眺め、 道公『ヨウこれは思つたよりも大疵だ。モシ先生、右の目はサツパリ潰れて了つてゐますよ。まだも見込のあるのは左の目ですよ』 玉国別『左の目は日の大神様、右の目は月の大神様だ。月の国へ魔神の征服に出陣の途中、月の大神に配すべき右の目を猿に取られたのは、全く神罰に違ない。まさしく坤の大神様が、吾目をお取上げになつたのだらう、あゝ惟神霊幸倍坐世』 道公『オイ伊太公、純公、コリヤ斯うしては居られまい、これから三人は谷底へ下つて一生懸命に水垢離を取り、先生の目の祈願をさして頂かうぢやないか』 斯く話す折しも、下の谷道を宣伝歌を歌ひつつ東北指して登り行く一隊があつた。これはケーリス、タークス、ポーロの一行が照国別の信書を携へ、斎苑館に修行に向ふのであつた。 道公『ヤアあの声は三五教の宣伝歌ぢやないか。モシ先生、キツとあれは吾々の味方に違ありませぬ。一つ後追つかけて、貴方の眼病を鎮魂して貰ひませうか』 玉国別『苟くも宣伝使の身を以て、山猿に眼を掻きむしられ、どうしてそんな事が、恥しうて頼めるものか。何事も神様にお任せするより道はないのだから、御親切は有難いが、それ丈はどうぞ止めてくれ』 道公『それだと申して、危急存亡の場合、そんな事が言うてゐられますか。今となつては恥も外聞もいつたものぢや厶いませぬ。何程神徳高き宣伝使でも、怪我は廻りものですからそれが恥になると云ふ事はありますまい。オイ伊太公、純公、何をグヅグヅしてるのだ。千危一機の此場合に泣く奴があるかい。早く宣伝歌の声を尋ねて頼んで来ぬか』 伊太公『それもさうだ。オイ純公、お前も御苦労だが、俺に従いて来てくれ』 純公『ヨーシ、合点だ。急かねばならぬ、急いては事を仕損ずる。気をおちつけて、ゆるゆる急いで行かう』 道公『何卒さうしてくれ。サアサア早う早う、手を合はして、今日は俺が頼むから』 玉国別『コリヤ三人、どうしても俺のいふ事を聞かぬのか、俺に恥をかかす積りか』 道公は頭を掻き乍ら、 道公『ダツて貴方、これが如何して安閑として居られませうか』 玉国別『神様の教に、人を杖につくな、身内を力にするな……といふ事がある。俺の目は俺が神様に祈つて何とかして貰ふから、どうぞそれ丈はやめてくれ、頼みだから』 道公『オイ伊太、純、どうも仕方がないぢやないか』 伊太公『俺達の先生だもの、俺達三人が神様に祈つて直して貰へばいいのだ。外の宣伝使に先生の恥を曝すのも済まないからなア』 玉国別は天に向つて合掌し、天津祝詞を奏上し、……国治立大神の神名を称へて、罪を謝した。其詞、 玉国別『高天原の主宰にして、一霊四魂三元八力の大元霊にまします大国治立大神様、私は貴神の尊き霊力体を賦与せられ、此地上に生れ来て、幼少の頃よりいろいろ雑多の善からぬ事のみ致しまして、世を汚し、道を損ひ、人を苦め、親を泣かせ、他人に迷惑をかけ、しまひの果にはウラル教の宣伝使となり、日の出別神様に救はれて一人前の宣伝使として頂きました。かかる罪深き吾々をも捨て玉はず、きため玉はず、広き厚き大御心に見直し聞直し詔直し下さいまして、尊き宣伝使にお使ひ下さいました事は、罪深き吾々に取つては、無上の光栄で厶います。かかる広大無辺なる御恩寵に浴し乍ら、知らず知らずの間に慢心を致し天下の宣伝使気分になつて、世の中の盲聾唖躄などを癒やし助けむと、勇み進んで此処迄参りました事を、誠に恥かしく存じます。今日只今山猿の手を借つて、吾々の両眼を刔出し、汚れたる心を清め、曇りたる心の眼を開かせ、身霊を明きに救ひ玉ひし其御恩徳を有難く感謝致します。人間の体は神様の生宮とある以上は何処迄も大切に此肉体を守らねばならないので厶いますが、自分の心の愚昧より大切なる肉の宮を損ひ破り、吾々の霊肉を与へ下さいました貴神様に対してお詫の申上げやうも厶いませぬ。誠にすまない無調法を致しました。仮令玉国別両眼の明を失する共、せめては心の眼を照らさせ下さいますれば神素盞嗚大神様より依さし玉ひし吾使命を飽迄も果たし、斎苑の館に復命をさして頂く考へで厶います。此上は御無理な願は決して致しませぬ。何卒々々惟神の御摂理に依りて、御心の儘にお取成し下さいます様に謹んで御願を申上げます』 と願ひ終り、両眼より雨の如く涙を流してゐる。三人も此有様を見て、思はず落涙にむせび、大地にかぶり付いて感謝の祈願を凝らしてゐる。玉国別は尚も一生懸命に、天地の大神に対し、懺悔の告白をなしつつあつた。不思議や左の目は俄に明くなり、四辺の状況は手に取る如く見えて来た。玉国別は嬉し涙に咽び乍ら、又もや拍手再拝して神恩を感謝する。 玉国別『イヤ道公、伊太公、純公、喜んでくれ。どうやら片眼が見え出したやうだ。神様は罪深き玉国別を助けて下さつた。あゝ有難し有難し』 と又もや合掌。三人は此言葉に驚喜し、 三人『あゝ有難し勿体なし』 と一斉に合掌し、勢込んで再び天津祝詞を奏上し始めた。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・一一・二六旧一〇・八松村真澄録)
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霊界物語 43_午_玉国別と治国別1(玉国別の失明) 12 双遇 第一二章双遇〔一一六三〕 晴公は夜道を下りながら、猿の人真似気分で歌ひだした。 晴公『昼さへ嶮岨な山道をドンドンドンと下りゆく こりや又何とした事かウントコドツコイヤツトコシヨ 是も矢張お月さまの吾等を照らしたまふ為め どうしても月日は世の中になければドツコイをさまらぬ 月日の駒は矢の如く早暮れかかる夜の道 ヒンヒンヒンと遠近に馬の嘶き聞え来る バラモン教の奴原が乗り捨て置いたお馬さま 声まで貧相な奴ぢやなア貧すりや鈍すと云ふ事は 俺も前から聞いて居るヒンヒン吠える痩馬に 鈍な男が乗つて来た河鹿峠の峻坂で 一泡吹いて逃げかかるその為体を見るにつけ 愛想が尽きてウントコシヨ早速口が塞がらぬ 片彦久米彦将軍は余程弱いやつぢやなア 唯一人の晴さまの生言霊に怯ぢ恐れ 全体残らず総崩れバラバラバラと坂道に 小石を打ちあけたその如く味方を踏み越え乗り越えて 命からがら逃げ失せぬよい腰脱けもあるものぢや 大黒主がウントコシヨ何程軍勢持つとても あれ程弱い代者をウントコドツコイヤツトコシヨ 連れて道中がなるものか足手纏ひにドツコイシヨ なる奴ばかり、エンヤラヤ三千世界の穀潰し お米が貴うなつたのもガラクタ共が沢山に ウヨウヨして居るその為だこの調子ではどうしても 食料問題ドツコイシヨ持ち上らねば治まらぬ お蔭で月を隠したる雲の衣がぬげたよだ 道が俄に白みえる此足形は何だらう 痩馬共の爪先に堅く打ちたる蹄鉄の 半月形が沢山にあちらこちらに落ちて居る あゝ面白や面白や神の御稜威に照らされて 虎狼の咆えたける噂に高き此山を 苦もなく進む吾々はウントコドツコイ天下一 古今無双の豪傑ぞ治国別の宣伝使 嘸や得意で厶いませう私のやうなよい弟子を よくマア探し当てたもの何程世界を探しても 二人と決してありませぬオツトドツコイドツコイシヨ 知らず識らずに慢心の鬼奴が角を振りたてて つまらぬ事をドツコイシヨ晴公の口から吐きよつた あゝ惟神々々尊き神のお守りに 稜威の宮居の此体悪魔の襲ふ事もなく いとすくすくと神の道進ませ給へ天地の 尊き神の御前に心も晴るる晴公が 畏み畏み願ぎまつるあゝ惟神々々 御霊幸倍ましませよ』 五三公は又歌ひ出したり。 五三公『朝日は輝く月は盈つ斎苑の館の神風に 吹かれて進む吾々は治国別に従ひて 河鹿峠の頂上で又もや風にドツコイシヨ 吹きまくられて行き悩むあゝ惟神々々 神は吾等をウントコシヨ捨てさせたまはず直々と さしも難所の坂道を心平に安らかに 渡らせたまひし有難さバラモン教の神司 片彦久米彦両人は数多の兵士を引率し 吾等一行のウントコシヨ彼等を待つと知らずして 駒に鞭ちエイエイと行き難みたる坂の道 登り来るぞをかしけれ治国別の御許しを 受けて万公が飛び出し胸突坂に大手をば 拡げて忽ち仁王立ち似合ふか似あはぬか知らないが 言霊機関が閉塞し眼玉をキヨロキヨロ剥きだして 絶句したるぞをかしけれウントコドツコイドツコイシヨ 又々月に黒雲がすつかりかかつて来たやうだ 吾師の君よ皆さまよ足許気をつけ下りませ 祠の森も近づいた懐谷を右手に見て 猿の声を聞きながら心いそいそ進み行く 吾は天下の宣伝使とは云ふもののドツコイシヨ 大きな声では云はれないやつとの事で候補生の まだぬくぬくの俺達だウントコドツコイドツコイシヨ 又々月が現はれた矢張俺等はドツコイシヨ ドツコイドツコイヤツトコシヨ武運が強いに違ひない 五三公五三公と沢山に万公さまが仰有るが この五三公があればこそ前代未聞の面白い 山路の旅が出来るのだアイタヽヽタツタ躓いた あんまり喋べつて足許がお留守になつたと見えるわい 坂を下るに第一の注意を要する足の先 口が過ぎるとウントコシヨ吾師の君にウントコシヨ 沈黙守れと叱られるほんとにきつい坂路だ み空に月は輝きて吾胸さへも晴れ渡り 吹き来る風も何のその些も心にかからない あゝ惟神々々神の恵を今更に 謹み感謝し奉る朝日は照るとも曇るとも 月黒雲に隠るとも虎狼の咆ゆる野も 悪魔の征討の旅立ちは金輪奈落やめられぬ こんな愉快の事あろかあゝ面白し面白し アイタタツタツタまた倒けたドテライお尻を台なしに ウンと云ふ程打ちましたこりやこりや晴公万公よ 暫く待つて呉れぬかい足が怪しくなつて来た 折角此処まで従いて来た友を見捨ててスタスタと 進み往くとは何の事友達甲斐のない男 そんな薄情な事すると此世を去つて幽界へ 落ちた其時ドツコイシヨかういふもののアイタタツタ アイタタツタツタ痛いわいな地獄の鬼奴がやつて来て 八万地獄へ突落しきつと成敗するだらう 後生の為を思ふなら俺を助けて往くがよい 決して俺の為ぢやないお前が来世にウントコシヨ 善因善果の喜びを人にも分けずまる貰ひ 其種蒔きぢやドツコイシヨ俺に同情して呉れよ あゝ惟神々々神の大地にありながら 仁義をしらぬ万公や晴公さまのすげなさよ これこれモーシ宣伝使二人を叱つて下しやんせ 神かけ念じ奉る』 万公は立ち止まり、腰を屈めて下りゆく五三公を眺め、 万公『チエ、何だい、肝腎要の時に斃りやがつて一体其腰付はどうしたのだい、まるで二重腰ぢやないか』 五三公『さうだから、最前から待つて呉れと云つたぢやないか、どうやら腰の骨が外れたやうだ。一寸見て呉れないか』 万公『馬鹿云へ、腰が外れたものが一足だつて歩けるかい。大方大腿骨を岩角で打つたのだらう。エヽ厄介者だなア。グヅグヅして居ると宣伝使様に後れて仕舞ふ。併し是も乗りかけた船だ、サア癒してやらう』 と云ひながら、平手で三つ四つ五三公の腰のあたりをピシヤピシヤと打つた。 五三公『アイタタツタ、これで息が楽になつた。ヤア有難う、持つべきものは矢張親友だ』 万公『サア早う往かう。とうとう先生の影が見えなくなつて了つた。いそげいそげ』 五三公は、『よし来た。駆歩々々』と云ひ乍ら万公の後について嶮しき坂路を下り行く。 ○ 話は元へ戻る。玉国別、道公、純公の三人は、伊太公の行方不明となつたのを打ち案じ乍ら、今や治国別の言霊に打たれて帰り来るべき敵を、言向和さむと、手具脛ひいて待つて居た。 純公『随分道公も妙な夢を見たものだなア。矢張常平生から、仕様もない事を考へて居るから、貘も食はないやうな、怪つ体な夢を見よつたのだ。本当に是を思へばお前の身魂は開闢以来のデレさまと見えるのう、ウフヽヽヽ』 道公『俺達の夢は先づザツトあのやうな華々しいものだ。お前達の見る夢は、鬼婆に追ひかけられたり、逃げ損なつて糞壺に落ち込んだ位なものだ。夢だつて余り馬鹿にならぬぞ。夢の浮世だから、何時かはそれが現実になるのだ。前途多望の良青年だからなア』 純公『良青年がそんな厭らしい夢を見るものか、ジヤラジヤラとした……先生様の前だぞ、不謹慎にも程があるわ。ナア先生、本当に可笑しいやつですね。あまりの事で臍が転宅しかけましたよ』 玉国別は目を押へながら、いとも冷然として『ウフヽヽヽ』と静かに笑つて居る。この時坂の彼方より騒々しき物音が聞えて来た。見るまに鞍をおいた荒馬七八頭速力を出して祠の前を逃げて往く。 道公『ヤア面白い面白い、いよいよ出会したな。落花狼藉、馬迄が驚いて敗走と見えるわい。軈て落武者共がやつて来るだらう、サアこれから一つ捻鉢巻だ。生言霊の連発銃だ、オイ純公、確り頼むぞ』 と捻鉢巻をしながらお相撲さまのやうにトントンと四股踏んで雄猛びして居る。 かかる所へ死物狂となつた数十人の敵は祠の森にて残党を集めむとやつて来た。玉国別一行の姿を見て片彦は声を怒らせ、 片彦『ヤア其方は三五教の宣伝使、いい所で出会つた。貴様の家来を生擒に致して、連れて帰つたのも知らず、のめのめとよう出て来やがつた。サア貴様も三五教の片割れ、江戸の仇を長崎かも知らぬが腹いせにやつてやらう。オイ者共、此奴等に槍の切つ先を揃へて取り掛れ』 と厳しく号令して居る。数人の敵は三人を目蒐けて猛虎の勢凄じく突いて掛る。三人は不意を喰つて手早く身をかはし祠を楯にとつて防ぎ戦はむとする。されども大将の玉国別は目を痛め、激烈なる頭痛に悩んで居る。如何に勇ありとて無茶で出て来る敵には無茶で行かねばならず、敵は目に余る大軍、あはや三人の命は風前の灯火と云ふ危機一髪の際俄に聞ゆる獅子の唸り声山岳も崩るる許りであつた。此声に敵は顫ひ戦き思はず知らず大地に耳を押つけて踞んで了つた。見れば巨大なる獅子に時置師神が跨つて居る。玉国別はこれを見て思はず知らず両手を合せ、 玉国別『木花咲耶姫命様、有り難う厶います』 と感謝の涙に咽ぶ。獅子に乗つた時置師神はものも云はず嶮しき山を駆け登り何処ともなく姿を隠した。 坂道の彼方より盛に宣伝歌が聞えて来た。一旦大地に踞んだ敵はムクムクと起き上り、先を争ひバラバラと人馬諸共、下り坂目蒐けて一人も残らず逃げて往く。 道公『ハヽヽヽヽ、御神力と云ふものは偉いものだなア、三五教には立派な生神様が御守護していらつしやるからうまいものだ。モシ先生様、結構ぢや厶いませぬか、虎口を逃れるとは此事で厶いませう』 玉国別『ウン、実に有難い事ぢや。併し今聞える宣伝歌の声は正しく治国別様ぢや、お出迎へするがよからうぞ』 道公『ナニ、治国別さまですか、ヤそいつは有難い、よい所へ来て下さつた。如何にも先生の仰有つた通り一分一厘間違ひは厶いませぬねえ。いやもう感心致しました。オイ純公何をキヨロキヨロして居るのだ、早くお迎への用意をせぬかい。エ、辛気臭い奴ぢや』 純公『余り有難いのと嬉しいのとで、どうしてよいか分りやしないわ。こりや道公夢ぢやあるまいかな。今お前は夢の話をして居つたであらう、俺は如何しても本当と思へないわ。モシモシ先生様、現実ですか』 玉国別『ウン、確に現実だ。早く一足なりとお迎へに往かねば済むまいぞ』 純公『ヤア本当とあればキヨロキヨロしては居られない、オイ道公サア往かう。それそれそこにどうやら黒い姿が見えて来た。あゝ惟神霊幸倍坐世、あゝ惟神霊幸倍坐世』 (大正一一・一一・二七旧一〇・九加藤明子録)
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霊界物語 44_未_玉国別と治国別2 17 罵狸鬼 第一七章罵狸鬼〔一一八六〕 松彦は宣伝使格となり、万公、五三公、及バラモン教のアク、タク、テクの六人は、敵味方の牆壁を忘れ、和気靄々として俄に笑ひ興じ出した。月はますます冴えて木立のまばらな此森は昼の如く明くなつて来た。 万公は俄に元気づいて喋り出した。 万公『松彦さま、治国別の先生が居られなくなつた以上は、入信の順序として先づ万公が宣伝使代理を勤むべき所ですな。神の道には依怙贔屓はチツトも無いのだから、神徳の高きものが一行を統一するのが当然でせうなア』 五三公『こりや万公、何と云ふ矛盾した事を吐くのだ。入信順から云へば万公がなる所だと云ふかと思へば、神徳のあるものが当るべきものとは前後矛盾も甚しいではないか、五三公には合点が行かないワ』 万公『ウン、順序から云へば万公さまが宣伝使代理を勤むべき処だが、松彦さまは後入信でも、バラモン教で素地が作つてあるから神徳が高い、それだから松彦さまが宣伝使代理になられたが宜からうと云つたのだよ。宣伝使の弟だつて、何にも神徳のない木偶の坊だつたら、吾々は統率者と仰ぐ事が出来ないと云つた迄だ。それが何処に矛盾して居るか。お前達は根性が曲つてゐるから怪体の処へ気をまはすのだナ。エー』 五三公『後の烏が先になるぞよと云ふことがあるからな。何程万公さまが先輩でも駄目だよ。昨夜の言霊戦には先輩が濁つて全敗し、今晩も亦哀れつぽい泣声を出して全敗したのだから、頼りのない先輩だよ』 万公『コリヤ五三公、千輩どころかい。俺は万輩だ。それだから俺は万公さまだよ。貴様の様な東海道とは違ふわい』 五三公『東海道とは何だ。馬鹿にするない』 万公『それでも五十三次の五三公でないか。破れた着物は東海道と云ふぢやないか。エー、襤褸布を五千三次つぎ合して着て居る乞食の代名詞だ。さうだから貴様は破れ宣伝使と云ふのだよ』 五三公『誰が何と云つても、此五三公さまは万敗さまよりも松彦さまを信用するワ。松は千年の色深しと云つて末代代物だからな』 万公『何と云つても万公の俺には人望がないのだから仕方がない。そンなら、さうとして置いて、俺の言霊の神力だけは認めるだらうな』 五三公『ハヽヽヽヽ笑はしやがるわい。何が言霊の神力だ。全敗万敗の破れ宣伝使奴が』 万公『その笑はせやがるのが俺ぢやないか。率先して笑つたのは此万公さまだぞ。四辺の陰鬱な空気を拭きとつた様に笑ひ散らしたのだからな。笑ふと云ふ事は即ち歓喜の表徴だ。薄の穂にも怖ぢ恐れビリついて居つた貴様等の魂に光明を与へ、力を与へたのも万公さまが笑ひの言霊の原料を提供したからだ。ウーピーの主人公だよ。凡て人の神霊と云ふものは歓喜楽天に存在するものだからな。悲哀の念を起し嘆声を洩らすと、神霊忽ち萎縮し、遂には亡びて了ふものだ。抑も人の神霊は善をなせば増し、悪をなせば減ず、歓喜によつて発達し、悲哀によつて消滅す。かかる真理の蘊奥を理解した万公さまは実に偉いものだらう。五三公が何程藻掻いた処で、斯くの如き深遠微妙なる宇宙の真理は分るまい。エヘン』 五三公『それ丈けの真理が分つて居ながら、何故女々しく悲哀の語調を並べて慄うて居たのだ』 万公『それは臨機応変の処置だ。婦人小児の敢て知る所でない』 五三公『アハヽヽヽヽ婦人小児は何処に居るのだ。俺は決して婦人でも小児でもないぞ』 万公『居ないから云つたのだ。そこが臨機応変だよ。時にバラモンの御三体さまを如何処置する積りだ。鱠にする訳にも行かず、吸物にし様と思つても骨は硬いなり、ナイフはあつても之は人斬り包丁なり、四足を料理する出刃の持合はなし、何うしたら宜からうかな』 五三公『貴様、出歯を持つてるぢやないか。山桜の万公と云つて花(鼻)より葉(歯)が先に出て居るだらう。餅の見せられぬ代物だよ』 万公『何故この万公さまに餅が見せられぬのだイ』 五三公『それでも出歯に餅見せなと云ふぢやないか。アハヽヽヽヽ』 松彦は声を強めて、 松彦『おい両人、いゝ加減に揶揄つて置かぬか。アク、タク、テクさまが笑ふて厶るぞ。三五教にもあンな没分暁漢が居るかと思はれちや、神さまの面汚しだからのう』 アクは、にじり寄り、 アク『ヤア松彦の先生、どうせ人に使はれて歩く様な連中に碌な者はありませぬわ。よう似て居ますわ、私のつれてゐる此両人も矢張り担うたら棒の折れる代物ですよ。それは万々々、話にも杭にもかからぬ五三々々した奴ですわ。アハヽヽヽヽ』 万公『こりやアク、貴様の口をアク所ぢやないぞ。万々々て、何だい。俺の事を諷して居よるのだな』 アク『万更さうでもありますまい。然しまんと云ふ名のついたものに、あまり宜い物はありませぬな。慢心に自慢、高慢、我慢、驕慢、万引に満鉄、それから病気には脹満、と云ふ様なものですな。も一つ悪いのは三面記者の持つて居る万年筆、それから慢性の痴呆性位のものですワイ。アハヽヽヽヽ』 五三公『賛成々々、仲々バラモンにも気の利いた奴がある。やア、もうずつと気に入つた。おいアクさま、それほどお前は物の道理を知つて居り乍ら、何故人間の身を以て四足の真似をして来たのだ、その理由をこの五三公さまに聞かして呉れぬか』 アク『別に四足の真似はし度くなかつたのですが、友達が先へ来て待つてゐるものですからナ』 五三公『その友達と云ふのは誰の事だい』 アク『そこに鎮座まします出歯彦命さまの事ですよ。万公さまと云ふぢやありませぬか。アクは又早聞きをして馬公さまと聞いて居りました。大分馬鹿の様なお顔付だからな』 五三公『五三公が聞いて居れば、山口の森でも、馬と鹿と鼬の変化した狸が現はれたぢやないか』 アク『アハヽヽヽヽそりやテンゴ(冗談)ですよ。吾々三人が互に罵り合つて居つたのです。然し乍ら、正真正銘の人間ばかりだから、あまり見くびつて貰ひますまいかい、アク性な』 万公『そンなら此万公さまも矢張り人間だ。あまり失敬な事を云つちやいけないよ』 アク『此万公さまは常世姫命の分霊山竹姫の口から生れた子でせう』 五三公は訝かり乍ら、 五三公『何、そンな事があるものか。何故又そンな事を云ふのだ』 アク『常世姫命さまがエルサレムの都で思ふ様にゆかないので、自分の霊を分けて山竹姫と現はれ、何とかして人間の生宮を生まうと天に祈り、口から吐き出した玉が、俄に膨脹して大きな四足の子となつた。そこで山竹姫が吃驚して目を円うし、口を尖らし両手を拡げ、体まで反りかへつて「まんまんうまあ」と仰有つた。それから馬と云ふのだ。馬も万も矢張り山竹姫さまの口から出たのだから、馬の先祖かと思ひましたよ。随分長い顔ですな』 五三公は手を打つて、 五三公『アハヽヽヽ此奴あ面白い。話せるわい』 万公『ヘン、あまり馬鹿にして貰ふまいかい。そンならアクと云ふ奴の因縁を聞かしてやらうか』 アク『そンな事ア聞かして貰はなくとも、とつくに御存じだ。抑もアクのアは天のアだ。クは国のクだ。天津神、国津神の御水火によつて生れ給うた天勝国勝の名をかねたる大神人だが、一寸下界の様子を探るため、アクせくと人間界にまはつて隅々迄歩いて居る艮金神さまだよ。悪に見せて善を働く神様だから、暗夜を照らすとは、アーク灯と云ふぢやないか。あまり口をアークとすこたんを喰ひますぞや』 万公『アハヽヽヽヽクヽヽヽヽぢや、抑も万公さまの考へでは、アクと云ふ奴ア、凡て始末におへないものだ。その灰汁がぬけさへすれば食へぬものでも食へるだらう。果物でも野菜でも灰汁の強い奴は水に漬けておくのだからな。藁にだつて灰汁がある。溝に流れてゐるのは皆悪水だ。その悪水に喜ンで棲ンでゐる奴が所謂溝鼠だ。鼬も矢張り溝水に近い処に棲むものだ。つまり要するに即ちアクと云ふのは溝狸の事だ。アハヽヽヽヽ』 五三公は吹き出し、 五三公『国常立之尊と溝狸とは天地霄壌の相違ぢやないか』 アク『至大無外至小無内、無遠近、無広狭、無大小、過去現在未来の区別なく、或時は天の大神となり、或時は狸は云ふも更、蠑螈蚯蚓と身を潜め、天地の神業に参加するのが即ちアクだよ。艮金神様は悪神祟神と人に云はれて、三千世界をお構ひ遊ばして厶つたと云ふ事を三五教では云ふぢやないか。三五教のアと国常立のクと頭と頭をとつてアクさまと云ふのだからな。馬の子孫とは大分に訳が違ふのだよ。ヒヒーンだ。ヒヽヽヽヽ』 松彦『ウツフヽヽヽヽ何だか知らぬが松彦には人間界を離れて、畜生国の会議に臨席した様な気がするわい。もつとらしい問題を提出するものはないのかな』 アク『そりや何程でもありますよ。バラモン教に於て智識の宝庫と称へられたるアクですからな』 万公『何とまア万々々吹いたものだな。三百十日が聞いて呆れるわ。フヽヽヽ』 斯く話す時しも一天黒雲に包まれ、俄に真黒の暗となつて了つた。万公はそろそろ慄ひ出した。 万公『オイ、いゝゝゝ五三公、もつと此方や寄らぬかい。さう遠慮するものぢやないわ』 五三公『お前から此方へ寄つてくれ。かう暗くては仕方がないわ。俺や何だか体が地にくつついた様な気がして動けなくなつたのだ、根つから五三々々せぬワイ』 万公『おい、何うやら怪しくなつて来たぞ、何程気張つても腹の底から慄うて来るぢやないか。何うも合点がゆかぬ。歓喜楽天の奴、いつの間にか万わるく遁走して了ひよつた。俺の神霊もそろそろ脱出したと見えるわい。五三公お前だけなつと、しつかりしてゐてくれよ』 五三公『何、心配するな。松彦さまがついて厶るわい。あまり頬桁を叩くから神様から戒めを受けたのだよ。サア祈れ祈れ』 アク『もし皆さま、どうも怪しくアクなつて来たぢやありませぬか』 五三公『本当に気遣ひな状況になりましたな。皆さま御遠慮は要りませぬ。一所へ五三ぎ密集しませうか』 タク『おいアク、一所へ寄つちやいかないよ。もしも空から爆弾でも落ちて来たら全滅だ。何事も散兵線が安全だからな、生命は捨タク無いからなア』 アク『それもさうだ。然し何とはなしにアクの守護神がよりたがつて仕様がないわ』 タク小声で、 タク『この暗がりに三五教の側へ寄ると、あの懐剣でグサツとやられるかも知れぬぞ。あまり気を許しちや大変だからな』 アクは故意と大きな声で、 アク『何、暗がりで側へ寄ると、三五教が懐剣で突くかも知れぬと云ふのか。何突いても構はぬさ、突かしておけばよいのさ。敵も味方も牆壁をとつて親しくつき合ひと云ふのだから、つくのは結構だ。つかれるのも結構だ。やがて黒雲排して月も出るだらう』 タクは袖を引つ張つて、 タク『おい、アク、さう大きな口を開くものぢやないわ。タク山のタク宣を、そンな大声でさらけ出されちや堪らぬぢやないか』 アク『大声の方がいいのだよ。大声俚耳に入らずと云うてな。却てこそこそ話をしてゐると聞えるものだよ』 斯く話してゐる処へ、暗の中から光の無い薄青い火の玉が永い褌を引ずつて、地上五六尺の処をフワリフワリとやつて来た。 松彦は火の玉に向ひ、 松彦『廻れ右へ』 と号令を掛るや火の玉は松彦の言葉に従ひ俄に頭を転じ右の方へクルリと廻つた。さうして松彦の額のあたりを尾にて撫で乍らスツと通り、中央にブンブンブンと呻つて、尾を直立させ火柱を立てた様になつた。 万公はビツクリしながら、 万公『松彦さま、「廻れ帰れ」と云つて下さいな。随分厭らしいものがやつて来るぢやありませぬか』 松彦『アハヽヽヽありや狸だよ。最前から狸々と罵つたお前の言霊が実地に現はれたのだから、お前が処置をつけねば誰が処置をつけるのだ。それそれ火の玉がお前の方へ近寄つて来るぢやないか』 万公『こりや火の玉、貴様の本家は万公ぢやないぞ。バラモンのアクさまだ。アクさまの方へトツトと行け。戸惑ひするのも程がある。エー』 火の玉はジリジリと万公目蒐けて迫つて来る。万公は一生懸命になつて両手を組みウンウンと鎮魂の姿勢をとつた。火の玉は益々太く長く膨脹するばかり、見る見る間に鬼女の顔が現はれ頭に三本の蝋燭が光つて来だした。胸には鏡をかけてゐる。夜前の楓姫そつくりである。万公は目を閉ぎ耳をつめて蹲むで了つた。アク、タク、テクの三人はアツと云つたきり大地に横たはつた。目をぎよろつかせ口を開いたぎり、アフンとしてゐる。怪物は長い舌をペロペロ出し乍ら嫌らしい声で、 怪物『万公、五三公、アク、タク、テクの五人の英雄豪傑、大雲山から迎へに来たのだ。さア俺について出て厶れ。(大声)違背に及べば噛み殺さうか』 五三公『たゝゝゝゝゝ狸の化物奴、なゝゝゝゝ何を吐しよるのだイ。だゞゞゞゞ誰が大雲山まで行く奴があるか、ばゞゞ馬鹿、五三公の神力を知らぬかい』 と冷汗をかき乍ら呶鳴りつける。怪物の姿は象が屁を放つた様にボスンと云つたまま消えて了つた。中天に昇つた月は、もとの如くに皎々と輝いてゐる。四辺を見れば一匹の白い動物が太い尾を垂らしノソリノソリと森の中を目蒐け逃げて行く。 松彦『アハヽヽヽヽヽ又やられたな』 一同『ヘヽヽヽヽ』 と一同のかすかな笑ひ声でつき合ひ笑ひをやつてゐる。これより松彦は五三公、万公、アク、タク、テクの五人を従へ夜明けを待ち浮木の森をさして出でて行く。 (大正一一・一二・九旧一〇・二一北村隆光録) (昭和九・一二・二九王仁校正)
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霊界物語 44_未_玉国別と治国別2 19 婆口露 第一九章婆口露〔一一八八〕 松彦は山道の傍に屹立せる大岩の傍に、五人の従者を集め息を休めて話に耽つてゐる。 松彦『アクさま、随分危ない事だつたな。マア結構だつたよ』 アク『婆におどかされて走る途端に足をふみ外し、随分冷つこい目に逢ひました。併し乍ら水泳に得意な私ですから助かつたのですよ。タク、テクの両人だつたら、サツパリ駄目ですわ』 松彦『そらさうぢや。マアよかつた。万公さま、お前は偉う親子の女にやられて居つたぢやないか。随分弱い男だなア』 万公『ヘーヘ、悪に弱い、善に強い万公ですもの、無抵抗主義の三五教でなかつたら、婆を河へほりこンで了ふとこでしたけれども、成る可く直日に見直し聞直して、無抵抗主義を固く守つてをつたのですよ。さうしたところ婆と娘とが按摩をしてくれました。肩をうつやら腰をもむやら、足を引ぱるやら、おかげで体が楽になりましたよ』 五三公はふき出し、 五三公『アハヽヽヽ負惜みのつよい男だな。キヤアキヤア云つて泣いて居つたぢやないか』 万公『ナーニあれはこそばいとこを揉むものだから笑つてゐたのだよ。貴様には泣いた様に聞えるか』 五三公『それでも人殺、助けてくれと云つたぢやないか』 万公『ウン一寸テンゴに言つて見たのだ。その証拠には婆さまと娘とが泣いてをつたぢやろ。俺は一寸も泣きはせぬよ、大丈夫たるもの女位に泣かされてたまるかい』 五三公は、 五三公『モシモシ松彦さま、此奴の秘密を探つて来ました。仕方のない奴ですでー』 松彦『ナニツ、秘密をさぐつたと、そりや面白い。どンな事だ、差支なくば聞かしてくれ』 万公『コリヤコリヤ五三公、他人の秘密をあばくやうな不道徳はないぞ、慎まぬかい』 五三公『それなら仕方がない、五三公も沈黙しようかな、お里がわかると気の毒だからなア』 万公『コリヤお里の事は云はぬやうにしてくれ。さう親友の事を公衆の前にさらけ出すものぢやないわ』 五三公『松彦さま、あー云つて頼みますから、五三公も友情を以て、或時期まで保留しておきませう。その代りに、万公が私の命令を奉じない時には、さらけ出します。なア万公、その条件附で暫く沈黙を守ることにしようかい』 万公『どうぞ頼む、万公末代云はぬやうに』 五三公『ヨシヨシその代りに俺の尻を拭けといつても拭くのだぞ。滅多に違背はあるまいなア』 万公『ヘン馬鹿らしい。誰が貴様の尻をアタ汚い拭く奴があるかい。体ばかりか心迄汚い代物だからなア。吝ン坊で悪口言ひで穴さがしで、奸黠で、狡猾で、不道徳で、権謀術数家で、強欲で丸で旃陀羅のけつに醤油の実をつけて甜つてるやうな奴だ。こンな奴に秘密を握られて居ると一生頭が上らぬから、イツソの事俺の方から松彦さまの前で公開をするから構うて呉れな。オイ五三公さま、えらい御心配をかけました。別に人のものをチヨロマカシたのでも無し、聞いたら涎の出るよなボロイ面白い話だから、別に恥にもなるまい。誰だつて多少のローマンスはあるのだからなア。女なンか胸が悪いと云ふやうな顔をしてゐ乍ら、人の見ぬところでは、女に湯巻の紐でしばかれて涎を繰つて居る奴が多いのだから、多少の恋物語があるのは寧ろ誇りだ。貴様の様な唐変木では、春が来ても花は咲きはせぬぞ』 五三公『何うなと勝手にほざいたが好いわい。俺やもう干渉せぬわ。その代り貴様が失敗しても五三公は高見から見物するから、さう思つたがよからう』 アク『なンだか様子ありげな口振だな。そのローマンスとやらをアクも聞たいものだよ』 万公は肱を張り、 万公『きかしてやらう、謹聴せい』 と今や話の糸口を解かむとしてゐる所へ、以前のお寅、お菊はスタスタとやつて来た。 お寅『モシモシ、万は其処に居りますかなア、あの悪たれ男は』 五三公『そーれ、やつて来たぞ。万公、喜べ、モ一遍按摩をして貰つたら何うだイ』 万公『お婆さま、モウ沢山で厶います、イヤもうズンと万公も改心いたしました。何卒帰つて下さいませ』 お寅『イヤイヤ未だ改心が出来て居らぬ。娘と二人よつて折檻をしてやるのに結構な按摩で肩の凝が下つたと捨台詞を残して逃げて行くよな男だからな。死なねば治らぬカク病だ、エーエ、骨の折れた事だが思ひ切つて荒療治をしてやらう。オイ万、此方やへ来い』 万公は小さくなつて慄ひ戦いてゐる。 お寅『アハヽヽヽ、やつぱり何処か心に光明があると見えて、恥を知つて顔を隠しよる。マア頼もしいものだ。コレコレお前さまは万の親方と見えるが、こンな厄介物を連れて旅をなさるのは、嘸お骨が折れる事でせう。此婆が物語をするのを聞いて下さいませ。此奴の欠点をよく呑み込ンでおいて貰ひませぬと、貴方の御迷惑になるといけませぬから、後へ引返して参りました』 松彦『何事か存じませぬが承はりませう。此男には一つの秘密があるさうですなア』 万公『お寅さま、殺生な、コレお菊、どうぞお前仲裁して止めてくれぬか。あンな事を云はれちや顔が赤くなつて、ついて行く事が出来ぬからなア』 お菊『お母さま、一つか二つ程にして、みんな云はないやうにして上げて下さい。押かけ婿に入つて来た事やら、私を手込にしかけた事は云はないやうにしてねー』 万公『コラお菊、そンな秘密が何処にあるか。肝腎の事を皆云つて了つたぢやないか、万公さまを馬鹿にするない』 お菊『私は子供上りだから何云ふかしれないよ。気にかけずに許して頂戴ね』 五三公『アハヽヽヽ、ウフヽヽヽ到頭面の皮をむかれよるのか。イヒヽヽヽ』 と五三公、アク、タク、テクの四人は手を拍ち踊り上つて喜ぶ。 お寅『松彦の先生様、此の婆の云ふ事一通り聞いて下さい。此の万と云ふ男は酢でも菎蒻でも行かぬ動物で厶いますよ。一昨年の冬だつたか、凩のピユーピユーと吹く夕間ぐれ、家の門前に見すぼらしい乞食がふるうてゐると、僕の者が奥へ知しに来たものですから、私も小北山の神様を信心して居るのだから、人を助けるのは神様の御奉公だと思ひ握り飯を一つ持つて門口迄出て見れば、若布の行列か、シメシの親分と云ふよなツヅレの錦を着て、蓆をかぶつて慄うて居る奴乞食があるぢやありませぬか。そこでアー可愛相に同じ様に神様の息から生れた人間だ、助けてやるのが神様への孝行だと思ひ、握り飯を一つお盆にのせて、アタ汚い乞食に御叮嚀に、さア嘸おひもじう厶いませう。さあ、これでも食べて帰つて下さいと云ふと、その乞食は黒い黒い顔から、眼をむき出し、吐すことには「アー世界に鬼はない、誠に有難う厶います。此御恩は忘れませぬ」と米搗バツタの様に腰をペコペコ百遍計りも曲げて拝むぢやありませぬか、私も不愍が重なつて何とかして湯巻の古手でも探して被せてやりたいと思つて居りました。お盆に握り飯をのせて突出して居るのに取らうともせず、腰ばつかりペコペコさして居る。辛気くさくて仕方がないから、お前、此の握り飯が気に入らぬのかいと聞くと、その乞食の云ふには今近所で葬式の残りの御馳走を鱈腹頂いて来たところだから、握り飯は欲しくはありませぬ、暖かいお茶が一杯頂きたいと云ふので、私も浮木の村のお寅と云つて仇名を取つた女侠客だから人を助けてやらぬ訳にも行かず、苔だらけの手を握つて奥へつれて行き、たぎつて居つた茶を出して、サア之をお上りなさいと茶椀を添へて出しておきました。而して奥の間へ入つて障子の破れから考へてゐると生れついての乞食だと見えて、アタ行儀がわるい。土瓶の口から煮え切つた茶をグツと呑み込み、喉に焼傷をして目をクルクルとむき、泡を吹き七転八倒してゐるぢやありませぬか。エー怪体のわるい、ド乞食を引張込ンだものだと思ひ、慌て行つて見れば、大切にしておいた青土瓶はポカツと二つに破れ、折角沸かした茶は畳にこぼれ、畳が御馳走とも何とも言はずにけろりとなめて、細い目を沢山ならべて睨ンでゐるぢやありませぬか。ホヽヽヽヽ、そのド乞食が仰向に倒れてゐるとこを見れば、煤で煮〆たような褌を垂らし、吊柿のよな真黒気のものを出して倒れてゐる。サア大変だと家内中がよつてたかつて水をのませ、いろいろと介抱した結果、ようよう息を吹きかへした。併し乍ら舌をやけどしたものだから、舌も口も腫れ上り、国所を尋ねようにも名を聞こうにも物が言へないので、聞く訳にも行かず、筆紙を持つて来て名を書けと云つても、此奴は明きめくらと見えて一字もよう書かず、仕方なしに藪医者を頼ンで来て裏門から灌腸して到頭物を云ふ様にしてやりました。それから虱だらけの衣物を油をかけて、焼いて了ひ、亡くなつた爺さまの一番古い衣物を着せてやつて、行く処もない代物だと云ふから下僕につかつて野良仕事に使つて居りました』 五三公は首をかたむけ乍ら、 五三公『そら誰の事ですか、よもや万公さまでは有りますまいナ』 お寅『云はいでも知れたこつちや、此の万のことだよ』 五三公『何とマンのわるいとこに出会したものだなア、万公さま』 アク『アハヽヽヽ面白い面白い、お婆さま、しつかり頼みますデ。千両々々アクアクするワ』 万公『コリヤ、アクの奴馬鹿にすない、俺は瑞のみたまだ。アクの鏡が映つとるのだから、俺の事ぢやない、世間の奴の悪い事が奇麗なみたまの俺にうつつたのだ。其のつもりでお婆さまの云ふ事を聞けよ。取違ひと慢心は大怪我の基だから、お婆さまの云ふ事をよく味はうて聞くがよいぞよ。人の事だと思へば皆吾身の事であるぞよ。世界中がかうなつて居ると云ふ事を変性女子の身魂にさして見せてあるぞよ。…………と云ふ教をきいて居るだろ、それが俺の事だからのう』 松彦『フヽヽヽヽお婆さま、その次を松彦にお聞かせ願ひます』 お寅『一寸此処で中入といたしまして、又後はゆるゆると御清聴を煩はします。オホヽヽ、万公さま随分耳が痛からうなア』 万公『チヨツ、万公も万がわるいワイ』 お寅『アーア、こンな事は云ひたい事ないけれど、これも万公の将来の為だから、モウ一息先生のお耳をわづらはしませうかなア。コレ万公さま、お前が決して憎うて云ふのぢやない、たとへ三日でも因縁があればこそだ。お前の為に云ふのだから、聞いて下さい。どうせチツトは耳が痛いのは請合だが、罪亡ぼしだと思つて辛抱しなさい』 五三公『ナント御親切なお婆さまだなア、五三公もこンな親切に云うて呉れるお婆さまに逢ひたいわ。それからお婆さま、後は何うなつたのだい』 お寅『それからお前さま、此の万を野良仕事にやつて置いたところが、鼠かなンぞのよに大根を作つておけば噛ぢつて食ふ。蕪をひいて食ふ、サツマ芋は根からひいて食つて了ふ。まるで土竜を飼うてをるよなものだ。こンなものを飼うてゐちや百姓をせぬがましだと思つて、仕方なしに娘の見守り役にしてやつた。それがサツパリ災の種となつたのだ。此の婆が熱病をわづらつて今日か明日か分らぬといふやうになつたので、孝行な娘のお里が此万をつれて氏神の社へ参拝をしたのだ。ソーすると何時の間にかお里の腹がポテレンと太つて来た。婿も貰はぬのに腹がふくれるといふのは、コリヤ屹度脹満に違ひないと藪医先生を頼ンで見て貰つたら、娘の氏神参りの御かげで私の病気は直つて了うたが娘が脹満になつて了つた。医者も医者だ。脹満だ脹満だといつて矢鱈に苦いものを飲ます、ソレでも十月目にターンクの口が開いてホギヤアと一声、娘はビツクリして其場に気絶して了つたわいのー、アンアン。それから上を下へと大騒動を始め、朝鮮人蔘を飲ましたおかげで、ヤツトの事で気がつき、おかげで娘の生命はとりとめたが、肝腎の乳が出ぬものだから、生れた子は骨と皮とになり、到頭死ンで了つた。アーンアーン』 五三公『ソリヤどうも気の毒な事だなア。そしてその子は一体誰の子だい』 婆はところまだらに残つた歯をかみしめ、イーンイーンと頤をつき出し、妙な手つきで万公の肩をこづくやうな手振りをして、 お寅『此奴だ此奴だ、此のガキだよ。アーンアーン』 アク『オイ万公さま、まンざらでもないのー。エー、アクにも一杯おごつて貰はうかい』 万公『ウン』 お寅『それからいろいろと詮議の結果、お里が言ふには万さまの子だ。こうなるのも前生の因縁づくぢやから、何卒乞食上りの万さまでも私の夫に違ひない。此人と添はしてくれなければ死にます死にますと駄々をこねるのだ。此道ばかりは親が何うする訳にも行かず気に入らぬ男だと思つたが、何を言うても肝腎の娘がゾツコン惚こンでゐるのだから、此婆も我を折つて泣き寝入りにしたのだ。所が運の悪いお里は産後の肥立ちが悪うて、帰らぬ旅に行きました。アーンアーン』 と涙を拭ふ。 五三公はホツと息をつぎ乍ら、 五三公『ナント万公といふ奴は罪な事をしたものだなア。刃物持たずに二人も人を殺しやがつたなア。道理で野中の森で暗うなるとビリビリふるひよると思つた。やつぱり斯う云ふ原因があるのだから、怖ろしがるのだワイ』 万公は、 万公『コリヤ五三公、批評はやめてシツカリきけ。これからが性念場だぞ』 と焼糞になつて怒鳴り立ててゐる。 お寅は言を次いで、 お寅『それから此万の恩知らず奴、増長しよつて、まだ蕾の花のお菊を手込めにし、二代目の女房にしようと企みをつたのだ。流石に偉い女だからお菊はポンと肱鉄をくはした。すると万公奴、妹に肱鉄をくはされて逢はす顔がないと遺書を書いて吾家を出た切り、膿んだ鼻が、つぶれたとも、河童の屁がくさくないとも云つて来ず、本当に困つたガラクタ男だ。妾は今日小北山の神様に、浮木の森の村に一時も早く軍人が居らぬ様になります様と祈つて居る所へ、娘に神憑があり「今早く行けば万公に出逢ふ」との御指図で、実の処は万公に意見をしてやらうと思つて出て来たのだ。此上の神様には沢山な人がこもつて居るが、まだ三人や五人寝られぬ筈はないが、万公の様子を探らうと思つてあンな事を云つて居つたのだ。……松彦の先生さま、私の家では斯ういふ事をやつて居ましたから、嘸世間でも悪い事をして歩くでせう。何卒気をつけて真人間にして下さい。因縁あればこそ娘の腹をふくらしたのですから、娘の惚て居つた男を憎いとは思つて居ませぬ、何卒一人前の人間にして貰ひたいと思つて再び引返して来ました』 と涙乍らに語り終る。 松彦『何もかもわかりました。何卒御安心なさいませ。私ばかりか治国別様といふ立派な先生がついて居られますから、万公の事は御案じ下さいますな』 お寅『ハイ有難う厶います、何卒よろしう御願ひいたします。サアお菊、失礼して一足お先へ行きませう。お竜さまが待つてゐられますから』 お菊『皆さま御面倒いたしました。菊はお先へ失礼いたします』 松彦『左様ならば御機嫌よう』 五三『アハヽヽヽ』 アク『オツホヽヽヽ』 タク、テクは飛び上つて、 タク、テク『ワツハヽヽヽ面白い面白いオツホヽヽヽ』 万公『アーア、悪い夢を見たものだ。薩張り俺の顔は台なしだ。ドーレこれから一つ花々しい功名をして万公末代世界に名を残し、お里の霊を慰めてやらうかなア』 五三公『アハヽヽヽ、五三公にまで、万公、到頭お里が解つたぢやないか。イヒヽヽヽ』 (大正一一・一二・九旧一〇・二一外山豊二録)
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霊界物語 44_未_玉国別と治国別2 20 脱線歌 第二〇章脱線歌〔一一八九〕 松彦はお寅、お菊の後を見送つて、 松彦『万公がお寅婆さまに巡り会ひ 恨みの数々お菊さま哉。 万更に捨てたものではあるまいと たかを括つた五三公の口。 川の辺で昔の垢を流しけり 万公末代取れぬ罪とがを。 荒波の伊猛り狂ふ河鹿川 丸木の橋を渡る危さ。 猿叫ぶ野中の森を立出でて 婆さンとはまつた万公の破目』 万公『お寅さま、お菊をつれて河の辺に 万公来ると茲に松彦。 あま相なお里の浮名を永久に 流しける哉河鹿川原に』 五三『身の油とられた上に小言をば 菊子の姫の耳の痛さよ。 偉相に此行先は言はれまい お里の分つた万公の身は』 万公『コラ五三公、おればつかりぢやない程に 貴様も尻の臭い奴だよ。 吾尻の赤いを知らぬ山猿が 人の事をばかきまはすなり』 五三『恥をかき頭をかきてベソをかき お寅婆さまにかき毬られる。 アハヽヽヽ開いた口さへ塞がらぬ ローマンスのロは口と申せば。 大根畑荒す野鼠土鼠[※「もぐらもち」はモグラの異称] お里の芋の穴までねらふか』 万公『穴尊と穴ない教の穴を見よ 宣伝使にも妹が居るぞよ』 五三『芋をほり蕪をぬいてくらふ奴 三五教の大根役者よ』 万公『馬鹿云ふな蕪をぬいた其跡に てまりの様な穴があるぞよ。 三五の神の教と誰が言うた 貴様の顔にも抜穴がある。 抜けた面口あンぐりとあけ乍ら 三五教とはよくぬかしたり。 五三公のローマンスをば尋ぬれば 磯の鮑の片思ひかも。 万公は何と云うても色男 お里の方に思はれたぞや。 思はれて思ひ返すは益良男の 権威と知らぬ馬鹿者もあり』 アク『アク垂れのババに悪垂れ口いはれ へこ垂れよつた万公の面』 万公『こりやアク奴、何も知らずに喧ましう きさまが口をアク所でない。 山猿の様な面した其方に 恋が分つてたまるものかい』 アク『仕殺したお里の事を思ひ出し ホヽヽヽとほほゑみをする。 幾度もホヽヽヽヽと森の中 暗に紛れて死嬶が慕ふ。 おかし奴、何程こがれ慕うとも 幽霊抱いては寝られまいぞや』 万公『こらアクよ、貴様は何を幽霊か 無礼を云ふも程があるぞや』 タク『コレは又面白うなつて来よつたぞ お里が墓からお出でお出でする』 万公『タクの奴何も知らずに八釜しい 子供に恋が分るものかい』 タク『タクさまは、タク山に姫を持つたぞよ 天下無双のナイスばかりを』 万公『何ぬかす蜥蜴のやうな面をして ナイスもクソもあつたものかい』 テク『こりやタクよ慢心奴を捉まへて 相手にするな人が笑ふぞ』 タク『笑うてもかまふものかい笑はれて 油取られた万公ぢやもの』 テク『三五の教の道の万公は 婆と娘にくはれける哉』 万公『テク迄が何ゴテゴテと囀るか 俺の心を知つて居るかい。 万公は今こそ負て居るけれど お菊成人した時を見よ』 五三『お菊さま大きくなつたら又やろと 万が一をばあてにしてるのか』 万公『コリヤ五三公、急いで事はなるものか 先を三年の春を見て居れ』 五三『又してもそンな野心を起すなよ 今度は首と胴と別れる』 万公『三年の先になつたらお寅さま 冥途の旅に行つたあとだよ。 何事も万さまなればお菊ぢやと 今から秋波を送り居るらし』 松彦『腰折れのみ歌ばかりをうたひ上げ うたてき事の限りつくせし。 サア万公、五三公、アク、タク、テク五人 もうボツボツと山に登ろか』 万公『宜しかろお寅婆さまはさておいて お菊の奴が待つてゐるから』 五三『執着の深い奴ぢやと思たけれど これ程迄とは思はなかつた』 万公『呆れたかオツたまげたか五三公よ 人は見かけによらぬ者だよ。 さり乍ら俺も誠の道をゆく 万公なれば恋は廃した。 心配をどうぞなさつて下さるな メツタにお菊は思はないから』 五三『さうだらう、何程思うてみた所が 向ふが厭なら仕方なからう』 アク『コレは又面白うなつて来たわやい 旅の慰め此上もなし』 テク『テクついて川の畔に来て見れば 婆さンに追はれてバサンとはまる。 アク運の強いお方が助かつて 世に珍しき話きく哉』 万公『万さまがあつたらこされお前等も 歓喜の笑に漂うたのだ。 心霊の餌さは歓喜と云ふぢやないか おれを命の親と尊め』 松彦は先に立つて歩み出せば、五三公は一足々々坂道を登り乍ら笑ひ半分に歌ひ始むる。 五三公『神が表に現はれて善と悪とを立分ける ババが川辺に現はれて万公とアクを苦しめる 此世を造りし神直日心も広き大直日 此世の鬼に巡り会ひ心もひどく悄気返り 只何事も人の世は直日に見直し宣直し 只何遍も人の前なぶられものに会はされて 身の過ちは宣直せ身の過ちを述べられて 万公の奴がベソをかく旭は照る共曇る共 アク公は川へはまる共月は盈つ共虧くる共 罪のあり丈さらす共仮令大地は沈む共 譬方なき大痴呆誠の力は世を救ふ 万公の畜生は夜這ひする三五教の宣伝使 ウラルの教の穴捜しウブスナ山を後にして 河鹿峠をよぢ登りウツカリ川辺に巡り会ひ 嬶の親になぐられる祠の森に来て見れば 玉国別の宣伝使野中の森を立出でて たまたま会うた婆娘猿に目玉をかき取られ 気の毒なりける次第なり皿のよな目玉をむき出され 気が気でならぬ次第なり険しき坂をエチエチと 下りて漸く山口の険しき流れを打わたり やうやう茲に息休め魔性の女に出会はし 荒肝とられし可笑しさよ万公が婆に追ひつかれ 欠点さらされし可笑しさよあゝ惟神々々 御霊幸ひましませよあゝ叶はぬから叶はぬから 目玉飛出しましませよアハヽヽツハアハヽヽヽ イヒヽヽツヒイヒヽヽヽウントコドツコイきつい坂 万公は足がだるからうおれも一度はお菊さまに 何とか都合よく巡り会ひマ一度万公の臆病振り 一伍一什を打明けて愛想をつかさせやらうかい それが万公の一生のお為になるに違ない これこれもうし松さまへ私の云ふのが違うたら どうぞ叱つて下さンせウントコドツコイ小北山 ウラナイ教の本山に一寸よう似た名称だ 此奴ア大方高姫や黒姫さまの慢心の 其ほとばりが芽をふいて怪体な教を立て通し 十曜の紋を引つけて世界をごまかし居るのだろ 何だか知らぬが五三公は一寸も気乗がせないぞや お寅のよな皺苦茶の婆さまばかりがウヨウヨと 両手を合せ水鼻汁を啜りまはして八釜しう 下らぬ事を囁きつ曲津を拝みてゐるのだろ あゝ惟神々々目玉飛出しましませよ アハヽヽハツハアハヽヽヽ最早ここらでやめておこ これから万公の番ぢやぞやあゝ惟神々々 息がつまつて出て来ない』 万公は負ぬ気になつて歌ひ出した。 万公『ウントコドツコイドツコイシヨ五三公の奴めが悋気して 何ぢやかンぢやと誂りよる貴様の事ぢやあるまいし かもうておくれなホツトイテ法界悋気も程がある 昔におうた古疵が一寸物言うたばつかりだ これも一つの御愛嬌昔はつまらぬ奴なれど 今は立派な宣伝使治国別の片腕だ ゴテゴテ言うて貰うまいおれにはおれの権利ある 松彦さンが偉うてもウブスナ山の神様に 許して貰うた事もなくホンの内証の宣伝使 治国別の留守役だ本当の事を云うたなら 万公さまが宣伝使臨事代理となる所だ コラコラ五三公アク公よタク、テク両人よつく聞け すべて此世に大業をなさうと思ふ人物は 大きな影のあるものだそれをばおかげといふのだぞ 冷血漢の五三公がどうして英雄豪傑の 心裡が分つてたまらうか子供は子供のやうにして 沈黙してるが悧巧だぞモウ之からは万公も 遠慮会釈はせぬ程に正々堂々先に立ち 治国別の代弁を努めて見よう皆の奴 おれの命令に反くのは治国別の命令に つまり反くといふものだ旭は照る共曇る共 五三公はこける共辷る共月は盈つ共虧くる共 狐は啼く共吼えるとも仮令大地は沈む共 仮令五三公は平太る共誠の力は世を救ふ 曲津の五三公は世を紊す此世を造りし神直日 此山登る神の御子心も広き大直日 乞食上りの皆の奴只何事も人の世は 高い山路シトシトと直日に見直せ聞直せ 並ンでドシドシ登りゆけ身の過ちは宣り直せ 皆過つてふン伸びよ三五教の宣伝使 アブナイ教のセンチ虫治国別に従ひて ハアハア山路分け登る悪魔の征途に上りゆく 飽迄つづくセンチ虫あははツはアハヽヽヽ どうやら種が切れて来た小北の山の真中で ババを垂れるかこきたないたうとう俺もへこたれた ハーハーフーフーフースースー オイ皆の奴、ドウコイ、皆の立派なお方、万々ここで御休息なさつたら何うですか。歌のまづい松彦さまに、テクの下手なテク公、ゴータクの上手なタク公、悪運の強いアク公、東海道の五十三次、一つここらで、休まう……かい』 松彦は吹き出し、 松彦『ハハー、たうとう弱りよつたなア、川端ではいぢめられ、森の中ではおどかされ、又山路で苦められ、よくよく万の悪い男だなア。アハヽヽヽ、併し何だか松彦も足が変になつて来た。幸ここにロハ台が並ンでゐる。全体とまれツ』 此声の終るか終らぬに万公はドスンと腰をおろす。続いて一同は嬉し相に腰を下ろし休息する。 (大正一一・一二・九旧一〇・二一松村真澄録) (昭和九・一二・二九王仁校正)
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霊界物語 44_未_玉国別と治国別2 21 小北山 第二一章小北山〔一一九〇〕 松彦一行は暫く休憩の後、一町計り峻坂を登り、細い階段を二百計り刻み乍ら漸く小北山神館の門口に着きける。そこには白髪の老人が机を前に据ゑ、白衣に白袴で置物の様にキチンと坐つてゐる。奥の方にはザワザワと祈念の声が聞えて居る。松彦は、 松彦『お爺イさま、私は旅の者ですが、結構な神様がお祀りになつてあると承はり参拝をさして頂きました、ここの教は何と申しますか』 老人(文助)『お前さまはどこの方か知らぬが、ようマア、御参詣になりました。私は目が見えぬので、かうして受付けをやつてゐるのだが、それでも有難いもので、人の声を聞けば、男か女か年寄か若い者か心のよい人か悪い人か、よく分るのだから有難いものだ。そしてチヨコチヨコ人に頼まれて、此通り絵を書いてるのだ』 松彦『何と妙ですなア、一寸見せて御覧』 老人『ハイハイ見て下さい、これでも信者の人が喜ンで額にしたり、掛地にしたりするのだから……』 松彦『なる程、目の見えぬ人の書いた絵にしては感心なものだ。ヤア松に竜神さまが巻きついたり、蕪に大根、円山応挙でも跣で逃げ相だ。オイ万公さま、お前蕪に大根は好物だないか、一つ頂いたら何うだ』 万公『松彦さま、あなたも余程身魂が悪いと見えて、此絵を御覧なさい、お前さまの名の松に一本の角の生えた黒蛇が巻いてるぢやありませぬか』 老人『何処の方か知らぬが、これは竜宮の乙姫さまの御神体だ。黒蛇なぞと勿体ない事をいひなさるな』 万公『それでも大きな口があつて黒い縄が引ついとるぢやないか。それで私は黒い口縄だといつたのだ』 老人『アハヽヽヽ、お前さまは絵を見る目が無いから困つたものだナア』 万公『此方に目の無いのは当然だ。目の無いお爺イさまの書いたのだもの、こら大方冥土の竜神さまかも知れぬぞ』 老人『お前さまは此お館へ冷かしに来たのだな、そンな人は帰ンで下さい、アタ万の悪い』 松彦『お爺イさま、此奴ア、チと気が触れてますから、何卒了見してやつて下さい。実の所は此気違ひを直して頂かうと思つて連れて来ましたのぢや、田圃の中へ這入つて、大根や蕪の生を噛つたり、薩摩芋を土のついたなり、ほほばるのですから、困つた癲狂院代物ですわい。何とか直して頂く工夫はありますまいかな』 老人『成る程さう聞けばチツと此方は気が触れてると見えますわい、どうも私の霊に其様に始めから感じました。気の毒で厶いますなア。この気違ひは容易に直りますまいから、暫く気の鎮まる迄、石の牢がして厶いますから、お預かり申して三週間計り暗い所へ突つ込ンでおきませうよ』 万公『イヤもうお爺イさま結構です。貴方のお顔を拝ンでから、次第々々に気分がよくなり何うやらモウ正気になりました。モウ結構で厶います』 老人『それでも再発したりすると困るから、二三日入れて見ませうかな。松彦さまとやらお考へは何うですか』 万公は松彦の袖を頻りに引ぱつてゐる。 松彦『ヤア之位なら大した事はありますまい。マア暫く容子を見た上でお願する事に致しませう』 老人『そンなら貴方の御意見に任しませう。何時でも御預かり致しますから』 松彦『ハイ有難う厶います。何卒宜しう頼みます』 五三公は小声で万公の袖をチヨイチヨイと引ぱり、 五三公『オーイ松に黒蛇、大根に蕪計り書いてるぢやないか、丸で二十世紀の三五教の五六七殿に居る四方文蔵さまの様なお爺イさまだねえ』 万公『ウフヽヽオイあこに髭の生えた人が居るぢやないか。あの人こそ本当の神さまみた様だなア。あの先生に拝ンで貰うたら、有難いに違ひないぞ』 五三公『ナアにあれは謡の先生だ。大分に酒が好きだと見えて、あの顔の色みい、ホテつてるぢやないか』 万公『コリヤ大きな声で言ふな。聞えるぞ』 松彦は、 松彦『此教会の縁起が聞たいものですなア』 と云へば、老爺は心よく、 老人『ハイ此小北山のお広間は元はフサの国の北山村にあつたのだ。高姫黒姫といふ立派な宣伝使があり、高姫さまが教祖で、黒姫さまが副教祖であつた。たうとうあの人も惜い事になつたものだ。アブナイ教とかへ首を突込ンで了ひ、今はどうならしやつたか、便りもなし、実にアブナイ事をしたものだ。そこで総務をして厶つた蠑螈別さまが魔我彦といふ弟子を連れてここへお出になり、小北山の神殿というて、高姫の遺鉢を受け、ここで教を開かれたのだ。随分沢山の神様が集まつて厶る地の高天原ぢやぞえ。お前さまも神様の因縁があればこそ引寄せられなさつたのだよ』 松彦は、 松彦『有難う厶います。其蠑螈別さまはゐられますかなア』 老人『ハイ大奥にゐられますが、余りいろいろの神様が御出入り遊ばすので、お忙しうてお酒の接待計りしてゐられます』 松彦『蠑螈別様の一つの体にさう大勢お集まりになるのですかなア。ソリヤ大抵ぢやありませぬなア』 老人『今はかむづまり彦命と仰有いましてな、ウラナイ教の教祖で厶いますぞ。それだから随分沢山の神様が御出入り遊ばし、お神酒をあがるので、朝から晩まで本性はチツとも厶いませぬ、本当に妙ですワ。今仰有つた事と、少し後で仰有つた事とは、クレリツと違ふのですから、そこが所謂八百万の神様のお集まりなさる証拠です。何と偉いお方もあつたものですワイ』 松彦『さうするとお憑りになる神様は何と申しますかな』 老人『余り沢山で早速には数へる事も出来ませぬが、何を言つても、八百万の神さまですからな。先づ第一神集ひ彦の神、神議姫命様、葦原の瑞穂彦命様、八洲国平姫命様、言依さしまつりの命様、荒ぶる神様、言問し姫命様、神払彦命様、岩根木根立彦命様、片葉言止め姫命様、天の岩座放ちの命様、天の八重雲姫命様、厳の千別彦命様、四方の国中彦命様、下つ岩根彦命様、宮柱太しき立ての命様、天の御影彦、日のみかげ姫、益人姫、過ち犯し彦、くさぐさの罪の姫、畔放ち彦、みぞうめ姫、ひ放ちしきまき姫、串さし様……といふ様な立派な神様が沢山に祀つて厶います』 万公はあきれ顔で、 万公『丸で三五教の祝詞そつくりぢやないか。妙な名のついた神さまもあつたものぢやなア』 爺イは真面目な顔して、 老人『神様は其お働きに依つてお名が現はれて居るのだから、お名さへ聞けば何を御守護下さるといふ事がよく分るやうに、蠑螈別の教祖がおつけ遊ばしたのだ。元より神様に御名はない、人間が皆お名を差上げて称へまつるのだからなア』 松彦『成る程、如何にも御尤も。流石は蠑螈別の教祖様ですなア、お爺さま、一つ松彦に神様の因縁を聞かして下さいな、今仰有つた神様はどこに祀られて厶いますか』 老人『其神様は神言殿といふ御殿を立てて祀らねばならぬのだが、まだ準備中だ。かうして山のどてつ辺まで沢山の宮が建つてゐるが、一番下の大きな御殿が大門神社と云つて、世界根本の生えぬきの神様が祀つてあるのだ』 松彦『そして其神様の名は御存じですか』 老人『アハヽヽヽ、肝腎の御仕へしてる神様の名が分らいで何うなりますか、お前さまも余程分らずやだなア』 松彦『分らないからお尋ねしとるのぢやありませぬか』 老人『一番此世の御先祖さまが、国治立命様、それから左のお脇立がゆらり彦命、右のお脇立が、上義姫命様だ。そしてゆらり彦命様の又の御名末代日の王天の大神様と申しますのだ。それから日照す大神さまといふのが祀つてある、其神様の御分霊が羊姫様、羊姫の妹様が常世姫命様だよ。そして稚姫君命様は艮の金神様坤の金神様の御娘子だ』 松彦『一寸待つて下さい。ソリヤ少し配列が違はしませぬか』 老人『お黙りなさい。神様の戸籍調べをしてゐるのに、勿体ない何をグヅグヅ云ひなさる。気にいらな聞いて下さるな。モウいひませぬぞや』 松彦『イヤこれはこれは不調法申しました。どうぞ御教訓を願ひます』 老人『それなら聞かして上げやう。確り聞きなされ。此大門神社にはそれ丈の神様と、まだ外に沢山の神様がお祀りしてあるのだ。稚姫君命様が天地から御預かり遊ばした八人の結構な神様がある。第一に義理天上日出神様、第二に青森白木上の命様、次に天地尋常様、これ丈が男の神様、次に常世姫様、次が金竜姫様、次が大足姫様、次が琴上姫様、其次が金山姫様此三男五女が変性男子の系統で厶いますぞや。それから又常世姫様が天地の神様から始めてお預かりになり育て上げられた神様が八柱、これは五男三女だ、第一に地上大臣様、次がたがやし大臣様、次が地上丸様、次がきつく姫様、次が旭子姫様、次が花依姫様、此神様の霊が猿彦姫と変化、又変化遊ばしてみのり姫とやがてお成り遊ばすさうだ。それから早里姫、地上姫、以上十六柱が魂の根本の元の誠の生粋の大和魂の因縁の神様で厶います。これを合して四々十六の菊の神様と申します。それから又、義理天上さまが預つて育てた神様が七人厶る。第一に天照彦、天若彦、次が八王大神、大野大臣、それから道城よしのり、大広木正宗、柔道行成、都合二十三柱の神様が天地根本、生粋の霊の元の神様だ。これ位結構な神様の教を聞き乍ら、第一の教祖の高姫さまはアブナイ教へ沈没して了つたのだから惜いものですわい』 万公『もし松彦さま、サツパリ支離滅裂ぢやありませぬか。親かと思へば子になつたり、子かと思へば親になつたり、なンと訳の分らぬ神さまですな。マンマンマンマー』 老人『コレ、支離滅裂とは何を云ふのだ。ヤツパリお前は気違ひだな、黙つて聞かつしやらぬかいな』 万公『ハイ万々聞かして貰ひませぬワイ』 松彦『此奴あキ印ですから、どうぞ気にさえずに居つて下さい。松彦はお詫します』 老人『ヨシヨシ、今言うた二十三柱の神様が天地をお造り遊ばし、人間の姿を現はして、現界の政治を遊ばしたが大将軍様、常世姫様の夫婦で厶います。それが又、大将軍御夫婦が余り我が強いので、折角の神政が破れ、御退隠なされ、第二の政治をなされたのが、地上大臣様、耕し大臣様、そこへ地上丸様が御手伝遊ばして、三人世の元結構な世が開きかけてをつたが、又もや慢心が出て現界の政治が潰れ、止むを得ず又大将軍様が変化てサダ彦王となり、常世姫様が変化てサダ子姫となり、きつく姫、旭子姫、花依姫といふ三人の子をお生み遊ばしたが、又其政治が潰れ高天原は大騒動が始まりました。それから今度は四代目の天下の政治を遊ばしたのが、八王大神様と王竜姫様、王竜姫は後に大鶴姫とおなり遊ばした。又其政治がつぶれ、五代目の政治をなさつたのが大野大臣様、大野姫のお二方、此時は非常に盛であつて、世界中が一つに治まり、後にも先にもないやうな世の中の政治が行はれた。そして青森行成さまや、義理天上さま、天地尋常さまがお手伝ひをなさつたので、非常な勢になつて来た。そした所が余り世が上りつめて又大野大臣さまの政治がメチヤメチヤに破れ、第六番目には道場美成様と事足姫の御夫婦が御政治を遊ばし、大広木正宗、柔道行成といふ二人のお子さまが出来、いよいよ神政成就が成上がつたと思へば少しの間に又もや、慢心を遊ばし、八岐大蛇や金毛九尾曲鬼の悪霊に蹂躙されて、世の中がサーパリわやになつて了ひ、そこへ変性女子の素盞嗚尊が現はれて、悪の鏡を出したものだから、今日のやうな強い者勝の世界が出来たのだ。此ウラナイ教は御覧の通り天下太平上下一致だが三五教にバラモン教、ウラル教などは戦ばかりしてゐるぢやないか。神様が喧嘩なさるといふ事はある可からざる事だ、お前さまもそンな喧嘩好の神様を信仰せずにウラナイ教の神様を信仰をなされ、昔の昔のさる昔の因縁から、根本の根本から、大先祖の因縁、霊魂の性来、手に取る如くに分りますぞや。あゝ惟神霊幸倍坐世』 万公『アハヽヽヽ万公は満口が閉さがらぬワ、イヒヽヽヽ』 松彦『又気が違ひ出した、困つた奴だなア、ウツフヽヽ、松彦も困りますよ』 老人『これで此大門神社の神様の因縁はあらまし分つたでせう』 松彦『ハイ、よく分りました。有難う厶いました。貴方は随分詳しいお爺さまだが、お名は何と申しますかな』 老人『私はおちたきつ彦と申しますよ』 松彦『ヘー、長いお名ですな』 老人『蠑螈別様に頂いた神名だから、長くても仕方がありませぬ。名が長い者は長生をするとかいひますから、モ少し長くてもいいのですが、まだ修行が足らぬので、ここらで止められて居るので厶います。私の修行が積みた上は、おちたきつ速川の瀬にます彦命といふ名をやらうと仰有いました』 一同『ウツフヽヽ、エツヘヽヽ』 と一同は笑ふ。 老人『サア是から、種物神社へ案内致しませう』 松彦『老爺さま、目のお悪いのにすみませぬなア』 老人『目が悪いと云つても、神様の御用ならば何でも出来るのだ。サアついて来なさい。きつい山だぞえ、辷りこけて向脛を打つたり、腰をぬかさぬやうになさいませや』 と云ひ乍ら、種物神社の前へエチエチと登りつめた。 松彦『ここには石造りの宮と木造の拝殿が建つて居りますなア。何とマア偉い断岩絶壁を開いて建てられたものですなア』 老人『ハイ之は大将軍様の生宮と地上丸さまの生宮が鶴嘴の先が擂粉木になる所迄岩をこついてお造り遊ばしたのだ。何と感心なもので厶いませうがなア。此神様に地の世界の大神様と日の丸姫の大神様が祀つてある。そして右の方に義理天上さまと玉乗姫様と祀る事になつて居ります。左の方には大将軍様と常世姫様のお宮が建つのです。これは世界の万物の種物をお始め遊ばした結構な結構な根本の神様ですから、よく拝みておきなさい。お前さまも若いからどうせ種まきをせにやならぬのだろ。神の生宮をポイポイと拵へるのが神の役目だから、今こそ男と女が暗がりで、かが安う生宮を拵へるやうになつたが、昔は人間一人仲々並や大抵で作れたものでありませぬぞや。其お徳にあやかる為に種物神社に祭つてあるのだ』 松彦『ハイ有難う』 と松彦はうつむく。 老人『サア之から、おちたきつ彦がモ一つの上のお宮様を御案内致しませう』 万公は、 万公『モシモシお爺イさま、そンなきつい岩石を目の悪いのに登つて、何卒谷底へ落ちたきつ彦にならぬ様に願ひますで。サア五三公、アク、タク、テク、お爺イさまのお伴だ。何とマアきつい坂だなア』 老人『あゝあ、人に改心さそうと思へば仲々の苦労だ。ソレ御覧なさい、ここに木造りの宮が三社建つてをるだろ。中央が生場神社の大神様、岩照姫の大神様、此御夫婦が祀つてある。右のお社はりんとう美天大臣様、木曽義姫の大神様の御夫婦が祀つてあるのだ。そして左の方の宮には五六七上十の大神様、旭の豊栄昇りの大神様御夫婦が祀つてあるのだ。モ一つ上に三社あるけれど、これから上は道がないから、ここからお話しておかう。石の宮が三社あつて、正中が月の大神様、日の大神様御夫婦が祀つてある。右の石の宮は末代日の王天の大神様上義姫大神様御夫婦がお祀りになつてゐる。左の方が日照らす大神様、大照皇大神宮様御夫婦が御祀りだ。何と結構な地の高天原が開けたものでせうがな』 松彦『モウ此外に神様の祀つてある所はありませぬかナ』 老人『まだない事はないが、さう一遍にお話しすると、話の種が切れるから、又今度にのけておきませうかい。お前さまも一遍に食滞しては困るからなア』 万公『アツハヽヽヽお爺イさま、御苦労でした。実の所は私は三五教の宣伝使、治国別命の片腕の万公さまだ。気違でも何でもないのだから、さう思うて下さい。随分怪体な神さまばかり、能う拝まして下さつた。これも話の種になりますわい。『霊界物語』にのせたら、キツと大喝采を得ませう。お前さまの方では種物神社だが、此万公さまは種取り神社だ。義理かき天上の神様となつて、これからウラナイ教を一生懸命に信神しませぬワ。オツホヽヽ』 老人『この年寄を此処迄連れて来て、何と云ふ愛想づかしを云ふのだい。それだから三五教は悪の教といふのだよ。大方お前も変性女子の廻し者だろ、油断のならぬ代物だなア』 松彦『此奴ア、お爺イさま気が違うてるのですから、どうぞ気に触へて下さいますな』 老人『あゝさうださうだ、気の触れた方だつたなア。何ぼ気違でも余りな事云ふと気の宜うないものだ。併し気違ひとあれば咎める訳にもゆかぬ、見直し聞直しておかう』 松彦『ハイ有難う厶いました。お年寄に高い所迄御苦労になりまして申訳が厶いませぬ』 老人『お前さま達、下の大広間で今晩はお泊りなされ、女ばかり百人あまりも鮨詰になつて寝て居ります』 五三公はにやりとしながら、 五三公『オイ、アク、タク、テク、泊めて貰はうかなア』 アク『なンだ、女ばかり鮨詰になつてると、爺さまが言つたら、顔の紐迄解きよつて、アタ見つともない、女の側は険呑だ。サア松彦さま、遅れちやなりませぬ、折角のお爺さまの御親切だが、今日はマア御免被つて、又改めてお世話になりませうか』 松彦『あゝそれがよからう、お爺イさま、どうぞ蠑螈別さまに宜しう言つて下さい。今日は急ぎますから、これで御免を蒙ります』 老人『万さまとやらを気を付けて上げて下さいや、危ない一本橋がありますから、川の中へでも、気の触れた人は飛込むかも知れませぬからな』 松彦『ハイ御親切に有難う厶います。サア一同の者、お暇乞ひして急がう。発車時間に遅れちや今夜中に万寿山へ帰れぬからなア。お爺さま左様なら』 万公『おちたきつ速川の瀬にます彦の神さま、万々々公有難う厶いました』 老人『アハヽヽヽ、気を付けてお帰りなさい、万公さまとやら』 (大正一一・一二・九旧一〇・二一松村真澄録) (昭和九・一二・二九於湯ケ嶋王仁校正)
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霊界物語 45_申_小北山の宗教改革1 01 松風 第一章松風〔一一九一〕 野も山も錦に染なす秋の風 冬の始めとなり果てて凩さそふ村時雨 木々の木の葉は無残にも散りてはかなき小北山 朝な夕なに信徒が汗をば絞り声からし 詔る言霊も何となく濁りはてたる世の態を 曝露なしたる神館迷ひに迷ふ盲人 心の聾が寄り集ひあらぬ教に歓喜して 天国浄土を来さむともがきあせれば曲津見は 時を得顔に跳梁しウラナイ教を主管する 蠑螈別の身体を曲神の巣くふ宿となし 夜と昼との別ちなく心をとろかすどぶ酒に 舌ももつれて言の葉のあやちもつかぬ御託宣 心の曲つた魔我彦が猊然と側に侍し 何ぢやかんぢやと機嫌とり眉毛をよまれ尻毛をば 抜かれ乍らも村肝の心の魂を研きしと 迷ひ切つたる眼より婆嬶共を呼び集ひ 支離滅裂の神教を誠しやかに説きたてる 訳の分らぬ迷信者厠に蠅の集ふ如 臭い匂ひをかぎつけて沈香ハイコとかしづきて 麝香の様に喜びつ屁のよな教理を珍重し 醜の魔風を四方八方に吹き送るこそ忌々しけれ 眼の見えぬ文助は大門神社の受付に 白い装束白袴白目をギロギロ剥き出して 苦労する墨硯の海に心を映す筆の先 松の神代の瑞兆と千歳の老松に蜿々と からみかかりし黒蛇背筋と腹との別なく 只一心に固まりし一本角の御神体 切りに首を振り乍ら朝から晩まで書き通し 迷信深き婆嬶に与へ随喜の涙をば こぼさせ鼻を啜らせつ掛地や額に仕立上げ 拍手うつて叮嚀に祀らせ居るぞ面白き それのみならぬ神様に御供の代りと言ひ乍ら 甘菜辛菜の墨絵をばはそばはそばに筆を執り 怪しき教にカブラれた其証ではなからうが 蕪大根のまづい絵を頭と共に書きつける 根から葉つから言霊のゆかぬ小北の館には 上から下まで脱線の盲聾の誤神業 立つる煙も烏羽玉の墨絵にかいた竜の如 御空を指してくねくねと宙空に迷ふ人の胸 見るもいぶせき次第也松彦、万公、五三公は アク、タク、テクの三人とブツブツ小言を云ひ乍ら 義理一片の暇乞不平たらたら下り坂 館をあとに帰り来る河鹿川原にかけ渡す 一本橋の袂までスタスタ来る折もあれ はるか後の坂の上に皺枯れ声を張上げて 十曜の紋の印したる扇を開いてさし招き オーイオーイと声限り熊谷もどきに呼とめる 怪しみ一行は立止まりあと振返り眺むれば 橋の袂で出会したお寅婆さまがスタスタと 矢を射る如く坂路を髪ふり乱し下り来る 只事ならじと一行は橋の袂に腰おろし 息を休めて待ちゐたるあゝ惟神々々 御霊幸ひましまして小北の山に蟠まる 八十の曲津や醜司真理を紊し世を汚す 其実状を細やかに漏れなく落ちなく委曲に 述べさせ玉へと瑞月が神素盞嗚の大神の 御前に畏み願ぎまつる。 松彦一行は、小北山の神館を暇乞をなし、急坂を下りて、一本橋の袂迄帰つて来ると、後の方からオイオイと呼とめる者がある。面白くないとは思へ共、何れ、あの勢で走つて来ればどつかで追ひつかれるに違ない、どんな事をいふか参考の為、聞いても万更損にはなるまいと、ここに腰を下し、蓑を布いて暫し待つ事とした。慌だしく走つて来たのは以前のお寅婆さまであつた。お寅婆さまはハーハースースーと息を喘ませ乍ら、 お寅『モシ一寸待つて下さい。お尋ね致したい事もあり、聞いて貰ひたい事もありますから』 松彦『別に私としてはモウあれ丈聞けば沢山で厶いますから、聞きたくもありませぬ。又頼まれるべき種もありませぬが、余り偉い勢で、オイオイとお呼になつたものだから、素知らぬ顔してゆくのも不人情だと思ひ、ここで一寸お待ち申して居りました』 お寅『誠にお呼止め申して済みませぬ。実は蠑螈別の教主様から、折角神様の御縁で小北山へ参拝して下さつたのだから、お神酒を一杯献上がしたい。そしてウラナイ教の教理を一通り聞いて貰ひたいから、お寅、お前御苦労だが、モ一度此方へ来て下さるやうに願つて来いと、喧しう仰有るので追つかけて参りました。どうぞ来て下さいませ。御迷惑でせうが、決して貴方のお為に悪いやうなこと申しませぬから……』 松彦『折角乍らお神酒は、私は下戸で厶いますから、お断りを申します。又教理も略見当がついて居りますから、これで御免を蒙りませう』 お寅『そんな事仰有らずに、何卒一足、御苦労ですが引返して下さいませな。せめて貴方丈なりと御苦労になれば結構で厶います。貴方は蠑螈別の教主が仰有るには、因縁のあるお方だから、あの方を取逃がしては神政成就が遅くなるから……と仰有りました。貴方のお聞の通り、小北山の山頂に石の宮様が三社祭つて厶いませう。そして右のお宮様にはユラリ彦命様、又の御名は末代日の王天の大神様と申します。貴方は松彦様と云つて、松に因縁のあるお方、其お身魂の生宮様で厶いますからどしてもこしても来て頂かねばなりませぬ』 松彦『貴方は最前、バラモンの軍人が浮木の村を荒すに依つて、ここへ逃げて来たと仰有つたが、様子を考へて見れば、中々信者所でない、蠑螈別さまの大切なお脇立の様な感じが致しますが、違ひますかな』 お寅『流石は貴方は偉いお方だ、実は私の霊はきつく姫と申しまして、蠑螈別様には大変な御厄介に預つてゐます。何時も信者だと申して、一本橋の詰へ出張し往来の人様をウラナイ教に引張る役を務めて居ります。ウラナイ教の宣伝使で厶いますよ』 松彦『きつく姫か何か存じませぬが、随分キツク御活動をなさるのですな』 お寅『ハイ私は霊の因縁性来に依つて御用をせなくちやならぬのだと、蠑螈別さまが仰有いましたので、母子が一生懸命になつて、御用致して居ります。私の娘も地上姫の生宮で厶います。貴方は末代日の王天の大神様だから、是非共小北山で御用をして頂かねばなりませぬ』 松彦『ハハハー、わしの様なガラクタ人間でも、又拾うてくれる神様があるのかなア』 万公『モシモシ松彦さま、そんな事聞くものぢやありませぬ、サア参りませう。ユラリ彦なんて、馬鹿にしとるぢやありませぬか。何ぼ貴方がユラユラしてると云つても、ユラリ彦では、余り有難うないぢやありませぬか』 お寅『コリヤ万公、何をツベコベと横槍を入れるのだ、泥棒奴が』 万公『コリヤ怪しからぬ、私がいつ泥棒致しましたか』 お寅『イツヒヽヽヽ能うマア白々しい、そんな事を云ふぢやい。お前は娘舎弟の婆舎弟だ』 万公『舎弟といへば弟の事ぢやないか、弟が何うしたと言ふのだい』 お寅『バカだなア、舎弟といふ事は泥棒といふ事だ、しやてもしやても合点の悪い娘泥棒だな』 万公『アハヽヽヽ、無学文盲にも程がある、こんな先生が蠑螈別の一の乾児だから、大抵分つたものだい。サア松彦さま、行きませう』 松彦『ウン、そんなら行かうかなア』 お寅『モシモシ日の王天の大神様の生宮様、貴方に帰られては、五六七の神政が成就致しませぬ。三千世界を助けると思うて一寸待つて下さいませ』 松彦『何とウラナイ教は巧なものですなア。そんな偉い神様の生宮だと言はれると、ウソだと知り乍ら、つい釣り込まれて、私も何だか悪い気分がしませぬわい。併し乍らそんな事にゴマかされる私ぢや厶いませぬ。折角乍ら御免を蒙りませう』 お寅『イエイエ何と仰有つても、神が綱をかけたら放さぬぞよと仰有るのだから、放しませぬ』 万公『私をユラリ彦にしてくれたら、喜んで居つてやるのだけどなア、のう五三公、お前は先づタガヤシ大神の生宮位にしてくれると良いのだけどなア』 お寅『コラ万、貴様は何処を押へたら、そんな大それた言葉が出るのだ。勿体ないユラリ彦なんて、何を言ふのだい。お前はブラリ彦だ、ブラリ彦でもまだ勿体ない。泥彦位が性に合うてゐる。併し乍ら泥彦でも改心さへすれば、蠑螈別様が何とかよい名を下さるだらう』 万公『義理天上日の出神位にして貰へますかな』 お寅『それは改心次第だ、改心の上ではそれぞれ御名を下さるのだから有難いものだぞ。貴様もおれの可愛い娘を仕殺してくれた、余り可愛うもない、憎うもない男だから、茲で一つ改心をしたがよからうぞ』 万公『改心改心つて、人を丸で罪人扱に、ウラナイ教はしてゐるぢやないか、そんな事を聞くとムツとして来て、どんな結構な話か知らぬが聞く気がせぬわい。神様の教を聞いて理解せいと言ふのなら分つてるが、改心と云はれちや余り面白くない、丸で二十世紀の三五教の宣伝使が言ふやうな事を吐くのだなア。チツとお前の方から改心をして、言葉を改めたら何うだ』 お寅『エヽお前達のツベコベ云ふ場合だない、人間が小理屈を云うた所で何になるか、神様が改心せいと仰有れば、ハイ改心致しますと云ひ、慢心せいと仰有れば、ハイ慢心致しますと云つて、一から十迄盲従するのが信仰の要諦だよ。小理屈云ふ間は、まだ神の国の門口も覗いてゐない代物の証拠だ』 万公『三年前のお寅さまとは大変な違ですなア、能うマアそれ丈呆けたものだな』 お寅『きまつた事だ、呆けなくて神様の信心が出来るか、呆けて気違ひになるのが誠の信仰だ。鶯でさへも春になると、ホヽ呆け狂といふぢやないか』 万公『オイ五三公、お前代つて一つ談判をやつたら何うだ。かう云へばあゝ云ふ、あゝ云へば斯う云ふ、ヌラリクラリと甘い事団子理屈を捏ねまはすのだから、流石の俺もウルさくなつて来た、分らぬと云つてもこれ位分らぬ教は聞いた事がないワ』 お寅『分らぬ所に有難味があるのだ。分つて了へば信神する必要がない、分らないから信仰をするのだよ』 万公『ウフヽヽ』 五三『コレお婆アさま、私の霊は分つて居りますかな』 お寅『あゝ分つて居る。お前は青森白木上様の生宮様だ、結構なお霊ぢやなア』 万公『アハヽヽ、甘い事仰有るワイ、オイ五三公、嬉し相な顔しとるぢやないか。貴様もソロソロ小北山のお寅狐に眉毛をよまれさうだぞ』 五三『どうでも良いぢやないか。言霊の幸はふ国だ。青森白木上になりすまして、一つ羽振を利かしてみようかい、イツヒヽヽヽ』 お寅『あゝ五三公さまとやら、お前さまは偉いものだ、流石青森白木上さまの肉のお宮丈あつて、会得が早い、万公のやうな霊の疵物では中々分り憎い。此霊は一遍焼直さねば到底本物にはなりますまい』 五三『お寅さま否大先生様、私は霊の因縁が分つたとした所で、此三人……アク、テク、タクの霊は分つて居りますか』 お寅『そりや分つて居る共、此アクさまはアクビ直し彦命、タクさまはヒツタクリ彦命、テクさまはテクセ直し彦命様だ。此肉の宮も小北山にはなくてはならぬ御守護神、早く改心して御用を聞きなされ。夫れ夫れお宮を建てて祝ひ込めて上げますぞや』 アク『アク迄貴方の命令を遵奉して、神様の為に舎身的活動を励みま…せぬわい』 タク『これからタク山な信者を集めて、神様の御託宣を四方に宣伝し、三五教の為に尽しますワイ』 テク『テクセ直し彦命がそこら中をテクリ廻してウラナイ教の奴を片つ端から言向和し、三五教の為に活動致しませう。なアお寅さま、それでお前は満足だらう』 お寅『ナニ、お前はさうすると三五教の信者だなア。アブナイアブナイ、よい所でお会ひなさつた。今が改心の仕時ぢやぞえ。三五教も結構だが、ウラナイ教は根本の根本の教だから、マア一つ聞いて見なさい。無理に押売はせぬからな』 テク『此婆アさまは、丸で亡者引の様な奴だなア』 お寅『亡者引の様な奴とは何だい。余り馬鹿にしなさるな』 テク『滅相な。決して悪く思うて云うたのぢやありませぬ。誠の道に踏ん迷うてゐる亡者を導く八王大神のやうな方だと云つたのですよ。お前はチツと耳が悪いので困る。よう云うた事が悪う聞えるのだからなア』 お寅『ヤア、悪う聞える事でも、直日に見直し聞直すのだから、八王大神様にしておきませう。私も何だか気分がよくなつた、オツホヽヽヽ時に末代日の王天の大神様の生宮様、どうぞ三千世界の人民は云ふに及ばず、鳥類畜類餓鬼虫ケラを助ける為、蠑螈別様の命令を聞いて引返して下さいな』 松彦『そんならお世話にならうかな』 万公『アハヽヽとうとユラリ彦さまになられましたな』 松彦『ウン、ユラリ彦かナブリ彦か、ナブラレ彦か、其時に依つて改名するのだ。オイ、ブラリ彦の万公さま、お前も一緒にブラリブラリと引返して見たら何うだ』 万公『ブラリ彦もお伴致しませう。オイ、青森白木上、アクビ直し彦、クツタク直し彦、テクツキ彦、サア行かう』 お寅『流石は万公だ。否ブラリ彦だ。よい挨拶をしてくれた。それでこそお里の帳消しをしてやる。サアサア大広木正宗様が、義理天上さまと待つてゐられます。サア御苦労乍ら一足登つて下さい』 松彦『大広木正宗さまの肉の宮はどなたですか』 お寅『夫は教祖様の蠑螈別さまの事ですよ。そして義理天上様の肉宮は魔我彦さまです』 松彦『あゝさうですか、さうするとユラリ彦の方が余程上の神さまですなア』 お寅『さうです共、さうだから大広木正宗様が御慕ひ遊ばすのです』 松彦『私がユラリ彦の肉の宮ならば、なぜ大広木正宗や義理天上が迎へに来ぬのだらう。怪しからぬ奴だ。そんな礼儀を知らぬ正宗や義理天上なら、モウ行く事はやめておかう。サア、万公、五三公、アク、テク、タク、行かう』 と橋を渡らうとする。お寅は帯のあたりをグツと引つかみ、 お寅『モシモシ末代日の王天の大神様、暫くお待ち下さいませ。尊き御身を持ち乍ら、世界の為に御苦労遊ばし、同情の涙にたへませぬ。これも時世時節で厶います。二三日御逗留下さいましたならばキツと正宗さまも天上さまも貴方に厚くお仕へなさるでせう』 松彦『さうすると、私が教主になるのかなア』 お寅『そこは正宗さまと御相談の結果如何なりますやら、そこ迄申上げるこた、此婆アには権能がありませぬからな。何は兎もあれ引ずつてでも帰らねばおきませぬ。見込まれたが因縁だと思うて、貴方も男らしう決心なされませ』 松彦『あゝ大変な迷惑だなア。仕方がない。そんなら行かうか』 万公『ハツハヽヽとうと捕虜になつて了つた。ホリヨホリヨと涙が溢れるワイ、ウフヽヽ、可笑し涙がイヒヽヽ』 一同『フツフヽヽプーツクワツハヽヽ』 (大正一一・一二・一一旧一〇・二三松村真澄録)
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霊界物語 45_申_小北山の宗教改革1 14 三昧経 第一四章三昧経〔一二〇四〕 蠑螈別はお寅婆アさまに抓められ、鼻をねぢられ気絶した揚句、犬も喰はない悋気喧嘩をケロリと忘れて、奥の一間でお寅婆アの酌で再び般若湯に舌鼓を打始めた。お寅は神より大切に思うて居つた千両の小判を悪因縁のまはり合せか、十五年前にふりすてた夫、酔どれの熊公にふンごまれ、酒をしたたか呑みつぶされ、ふンだくられて劫を煮やし、迷信者にはよくある信仰上のグラツキを始め出し、口を極めて屁のつつ張りにもならぬ神だとコキおろした揚句、自ら舌を噛み、ハツと気がつき、再び神を礼拝する心に立返つた。五三公は今こそ迷夢を醒ましやらむと歌によそひて説明した。小北山の祭神の虚偽的無名の神なること、高姫が自ら心に積んだ罪悪のために、一旦根底の国に陥り、天の八衢にさまよひ、漸く息を吹返し、気が遠くなつてゐる所へ、其虚を窺つて這入つて来た古狐が神の真似をして、いろいろの他愛もない神名を編み出し、日の出神の生宮と妄信し、自分は変性男子の系統だ、生粋の大和魂だと固く主張し出し、三千世界のことは此日の出神でなければ分らぬ、之を変性女子にソツと知らしてやるお役だと、悪い狐に誑かされて、益々固く自分の副守を信じ出し、変性女子の御霊や金勝要神の御霊が取上げぬのを、非常に憤慨し、黒姫、蠑螈別、魔我彦、其外精神上に大欠陥のあるデモ紳士や婆嬶共を籠絡し、三五教の信者より寄附金を集め、北山村に本拠を構へてゐた所、とうとう化がはげかけたので、蠑螈別に命じ、小北山へ本山を移すことを命じておいたのである。其内に肝腎の高姫、黒姫は極悪無道の神と思つてゐた神素盞嗚大神の仁慈の徳に感歎し、ウラナイ教を弊履の如くに棄てて、三五教に帰順し、宣伝使の中にヤツと加へられたのである。併し乍ら執着心はどこ迄も強く、自分は義理天上日出神の生宮だといふ観念は中々容易に除れなかつた。又黒姫は黒姫で自分こそ竜宮の乙姫の生宮だと固く信じ、随分三五教の宣伝使を手古摺らしたものである。併しながら言依別命以下の熱心なる種々の薫陶に依つて、高姫、黒姫は一日々々薄紙をヘグ様に迷ひの雲が心の空から取除かれた。今は全く二人は迷夢も醒めて、今迄の自分の言行を省み、羞恥の心に悩んでゐる。然るに蠑螈別は依然として高姫の遺鉢をつぎ、執念深くウラナイ教を支持してゐた。其理由は、今迄高姫、黒姫の肉体を機関として三五の誠の教を攪乱せむと企んでゐた諸々の悪魔共は、高姫、黒姫の帰順と共に其身内に止まる余地なく次第々々に脱出して、小北山の蠑螈別、魔我彦、お寅婆さまの肉体に全部宿替をして了つたのである。それだから此等三人の猛烈なる迷信は以前の高姫、黒姫に優る共決して劣らなかつた。又蠑螈別は以前は軍人であつて、相当の社会的教育もあり、一寸哲学もカジリ、各宗の教典も生かじりて稍見聞を広くして居たから、曲神が道具に使ふのには、高姫、黒姫よりも余程の便利があるのだ。併し乍ら何程常識があつても、学問があつても、肝腎要の良心を犯され、精神の大欠陥を来した上は、世間の所謂賢人も学者もヤツパリ愚夫愚婦以上に始末がをへなくなるものである。蠑螈別は高姫のあらはした支離滅裂な神名や教理を審判することの出来ない様な文盲者ではないが、併し乍ら最早今日となつては公平な理解力も全然失つて居た。それ故晨にウラナイの神を念じ、日中にアーメンを叫び、夕暮になれば数珠をもみ、鈴を鳴らして、仏の教典を一生懸命に読誦して唯一の善行と信じてゐたのである。 蠑螈別の有難がつて唱へる御経はいつも観物三昧経であつた。此経文は釈迦仏の弟子共の偽作であつて、仏教弘通の方便として、釈迦を弁護する為に作つたものである。要するに此経文は釈迦に対し贔屓の引倒しであることは少し思慮ある者は悟り得ることであらう。夕暮になつたので、蠑螈別は例の如く数珠をもみ、鈴を打鳴らし乍ら観物三昧経を称へ出した。 蠑螈別『爾時太子於其根処出白蓮華。其色紅白上下二三華相連。諸女見已復相謂言。如此神人有蓮華相。此人云何。心有染著。作此語已噎不能言。是時蓮中忽有身根如童子形。諸女見已更不勝喜悦現此相。時羅睺羅母見彼身根華々相次如天劫貝。一々華上乃有無数大身菩薩。手執白華囲繞身根現已還没。爾時復有諸婬女等。皆言。瞿曇是無根人。仏聞此語如馬王相漸々出現。初出之時猶如八歳童子身根。漸々長大如少年形。諸女見已皆悉歓喜。時漸長大如蓮華幢。一々層間有百億蓮華。一々蓮華有百億宝色。一々色中有百億化仏。一々化仏有百億菩薩無量大衆。以為侍者。時諸化仏異口同音毀諸女人悪欲。而説偈言。 若有諸男子年皆十五六盛壮多力勢 数満恒河沙持以供給女不満須臾意 時諸女人聞此語已。心懐慚愧懊悩。躃地挙手拍頭。而嗚呼悪欲。各厭女身皆発菩提心』[※底本では返り点が付いているが霊界物語ネットでは省略した。]チーン…… 万公、五三公、アク、テク、タクの五人はヘグレ神社をブラブラと巡見して種々と批評を試みて居た所、俄に不思議な、神の館に似合はず、経文の声が聞えて来たので、ソツと壁の外から、足音を忍ばせ、どこの坊主がやつて来て、経文を称へてゐるのだらう、蠑螈別も余程物好だ、ドレ一つ考へて見ようかと、一行五人は耳をすまして聞いてゐる。五人の中で仏の経文を知つてゐる者は五三公一人であつた。 五三『あゝコリヤ不思議だ、あの声は蠑螈別だ。観物三昧経を上げてゐる様だ。ヤツパリ三教合同の御本尊の眷族だと聞いてゐたが、神、仏、耶混淆のウラナイ教の教主さまだな』 万公『観物三昧経にはどんなことが云つてあるのだ。一つ其訳を聞きたいものだなア。オイ是から蠑螈別さまに拝謁を願つて、お経の解説を願ふことにしようかなア』 五三『何……ダメだよ、観物三昧経の真相が理解されたら、馬鹿らしくつて、有難さうに唱へられるものぢやない。ああして棒読みにダヽブダダヽブダと読んで行くから、有難い様に聞えるのだ』 万公『さうするとヤツパリ分らぬのが有難いのかなア。五三公さま、お前経文の精神を知つてゐるのなら、一つ其説明を願ひたいものだなア』 五三『余り馬鹿らしくて、説明する丈の価値がないのだ。お釈迦さまも、ああして祭り込まれちや、本当にお気の毒だ。露骨に言へば……全体釈迦如来様は無生無死の大神人国大立尊の別御霊なる大八洲彦命様が月照彦と現はれ三五教の教を宣布し、永く幽政を掌り遂には久劫の昔から成仏して都率天といふ天上に坐し坐し印度の国に於て再び肉体を示顕され時代と地方との関係上から仏法を弘布せむと天津神様の命令を奉じて浄飯王の妻摩耶夫人の腹に宿つて生れ婆羅門教の勢力旺盛にして刹帝利族を圧迫し且つ毘舎、首陀の二族を虐げ弊害が甚だしかつたので婆羅門教を言向和すべく活動されたのだ。併しその教の流れを汲む後世の仏弟子どもが若し人に、釈迦はそれ程久しい昔から成仏して居たといつたならば、妻子の如きものが在るべき筈がないと難じられた時に困る訳だから、その時の尻を結ぶために糞坊主どもが言つたことだ。まだまだその他の仏教にも尻の結べぬ事が書いて居るが皆釈迦如来の精神ではないのだ。 今唱へて居るのは観物三昧経だが、その意味を訳すれば、釈迦は妻を娶つたけれど交合を為なかつた、所が耶輸陀羅を始め数多の侍女どもが非常に怪しんで居た時に、侍女の一人が云ふには妾は釈迦に奉事して永らくの年を経たけれども未だにその根を見たことが無い、況んや世事あらむやといふ、但俺が根と云つたるは即ち陰茎のことだ。そして世事と云ふのは、やがて交合の事だ、何の事はない釈迦に仕へて年を経たけれどもその陰茎を見たことが無いから況して交合はせぬ筈ぢやと云ふのだ。時にまた一人の女が云ふには、妾は太子に仕へて十八年を経たが未だ太子の便利の患あるを見ない況ンや復た諸の余を見ようぞと云つた。そこで一同が然らば太子は男ではあるまいと云つて居るので釈迦は之を察して態と昼寝をして彼の一物を出して見せた、其趣を経文の儘に棒読みにするから実に有難く見えたり聞えたりするのだ、アハヽヽヽ後の坊主どもが釈迦を贔屓に思ひ過ごしてこんな馬鹿な説を作つて贔屓の引倒しを為たものだ。何程わからぬ人間だとて蠑螈別の如き文盲なものばかりも有るもので無いから坊主のやうにダヽブダダヽブダダヽブダとばかり読んで居らず、たまさかには俺の様にシヤンと読む人もあるからなア、こんな具合で諸々の仏経は尽く釈迦に托して後の仏者どもが偽作したものだよ、大方の人間は凡ての仏経は全部阿難が書いて置いたものだと固く思つて居るから目指して釈迦を譏つたり非難する様になるのだ』 万公『ヤア有難い。併し乍らヒイキの引倒し、商売道具に使はれちや、お釈迦さまもキツと阿弥陀をこぼして厶るだらう。何程教祖は正しいことを云つても、後の奴がいろいろと誤解をしたり、勝手な熱を吹いたり、自分の説が通らないと、如是我聞とつけて、釈迦に是の如く聞いたと自説を弁護せうとするのだから困つたものだな、併し五三公さま、お前は一行中の大学者だ、ヤアもう感心した、今後は決してお前を軽蔑しないから、どうぞ俺に知識の分配をしてくれ、お頼みだ』 五三『ヨシヨシ俺も神でもなければ仏でもないのだから、万屋の様に何でも引受けるといふことは出来ない。蠑螈別の様に知らぬことでも何とか理屈をつけてチヨロまかすのなら、どうでもなるが、ゴマ化しは永続きがせぬからな、そして又下根の人間に何程結構なことを聞かした所で、聞く耳がないと反対に取れるものだ、さうだから愚夫愚婦には却て誠のことは言はれないのだ。自分の暗愚な卑劣な心を標準として、凡ての人間は聞くのだから、玉に光のない者には本当のことを云つてやると却て誤解するものだ、併し万公さまは下根ではない、中根位な所だから、天国で云へば第二天国といふ所だ。第二天国相応の説明を与へることにせう』 万公『ヤア有難い、中根なら結構だ。俺は又下根だと言はれるかと思つてヒヤヒヤしてゐたよ』 五三『上根にも上中下があり、中根の中にも又上中下があり、下根の中にも亦上中下があつて、三三が九階級、区別がついてゐるのだ、これもホンの大要で、細かく言へば百八十段になる』 万公『さうすると、此万公は中の中位な者かなア』 五三『さうだなア、ヤツとマア中の下位な者だらうよ』 アク『五三公さま、私はどこら位ですか』 五三『ウン、お前は比較的霊が研けてゐる、中根の上だ、モ一つ気張れば上根に進むのだよ』 万公『オイ、アク、慢心すなよ、お芽出たう』 アク『五三公さま、イヤ先生、私のやうな霊でも中の上位な理解力がありますかな』 五三『ハイ大丈夫ですよ、併し慢心をすると、すぐに落ちますからな、ハヽヽヽヽ』 タク『先生、私はどこらですか』 五三『ウン、お前はさうだなア、何と云つてよからうかな』 タク『ヘー、さうすると上中下三根を超越してゐるのですか』 五三『番外だなア、よいと云へばよい、悪いと云へば悪い、まだ混沌として鶏子の如く、溟淆にして牙を含めりと云ふ所だ』 タク『あゝさうすると、開闢の初に現はれた国治立命様同様の身魂ですかな、即ち化して神となる、国治立命と号す……といふ様なものですか。成程国治立命様は世界最初の偉い神様であり乍ら、一番世の中におちぶれて御座つたといふ事だから、いかにも番外でせう。オイ、中の下先生、中の上先生、どうですなア』 万公『ハヽヽヽ、国所立退きの命だな、砂が化して瓦となるといふ所だ』 テク『先生、私は何ですか』 五三『さうだなア、テクもタクと余り勝ち負はないだらう』 テク『ヤア有難う』 万公『ハヽヽヽつまり言へば神界のハネノケ者だ。チツと之から観物三昧経でも研究して、下の下位迄進んだらよからうぞ、ウツフヽヽ』 テク『馬鹿にすない、あんな者がこんな者になるといふ仕組だ、今よくても先がよくならねば誠でないぞよ。霊がよいと申して慢心致すとスコタンを食ふぞよ、万公どのに気をつけるぞよ、早く改心して下されよ、改心が一等ぞよ。艮婆アに間違ないぞよ、蠑螈別の女房お寅が気をつけるぞよ、アハヽヽヽ』 (大正一一・一二・一三旧一〇・二五松村真澄録)
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霊界物語 45_申_小北山の宗教改革1 17 万公月 第一七章万公月〔一二〇七〕 暗の中から、 女の声『万公さま、あなた其処に何して居らつしやるの。あたい最前から大広前の周囲をクルクル廻つてゐたのよ』 万公『さう云ふ声はお菊さまぢやないか。あられもない女の身として連れもなく、只一人夜歩きなさるとはチツと大胆ぢやありませぬか、女は夜分になれば決して一人出るものぢやありませぬよ』 と故意とに嬉しさを隠して力んで見せる。 お菊『ホヽヽヽヽあたい、一人出たつて構はないよ。男のつれでもあつて見なさい、それこそお母さまに大いお目玉を頂戴せなくてはならないわ。万公さま、お前だつて此暗がりに一人何してゐるの。早く夜分は寝るものですよ』 万公『今俄に神懸になつたものだから種物神社に詣つてここ迄帰つて来た所だ。一寸息を休めてこれから寝ようと思つてるのだ』 お菊『ホヽヽヽヽ種物神社なんて、よう云へたものだ。種物が違ふのでせう』 万公『さう素破抜かれちや隠しても駄目だ。実の所は如何しても寝られないので、外をぶらついて居つたら天然棒の星あたり、犬も歩けば棒に当ると云ふから、あたつて砕けて見ようと思つてブラリブラリとやつて来たのだ。何と暗い夜だないか。お菊さまの美しい白い顔が満足に見えないのだからなあ』 お菊『あたいの顔を見て如何するの。あたいは見せ物ぢやありませぬよ。これ万公さま、お前さまの目的は一体何だい。皆さまが寝て厶るのに暗がりで一人うろつくのは何か野心がなくちやなりますまい』 万公『別に野心もないが耕し大神の本守護神が地上姫を尋ねてお出御になつたのだよ』 お菊『ホヽヽヽヽこれ万公さま、お前はそんな慢心をしてゐるのかい。耕し大神だなんて思つてるのだな。随分お目出度いね』 万公『耕し大神と云つたら万公さまぢやないか。それが違ふならお寅さまに聞いて見ろよ』 お菊『ホヽヽヽヽお寅さまに聞いたつて何が分るものか。みんな此処の神さまは嘘だよ。お母さまは迷信家だから、あんな事云つて喜んで居るのよ、本当に嫌になつて了ふわ。お菊は地上姫だなんて、何時でも云つてるの。好かんたらしい。地上を耕すと云ふので耕し大神と地上姫が夫婦だなんて、こんな妙な理屈をつけるのだから、本当に馬鹿らしくて仕方がないのよ。お前も、もちとらしい人かと思つたら、そんな事を聞いて本当にしてるのかい。天下泰平だね』 万公『さうするとお菊さま、お前は地上姫だないと思つてるのかい』 お菊『痴情の結果、家を飛び出るものが痴情姫だよ。こんな箱入娘に痴情姫なんて仇名をつけられちや大変な迷惑だ。然し万公さまは耕し大神が性に合ふとるよ。人と約束した事でも直に、たがやし大神だからね。ホヽヽヽヽ』 万公『これや怪しからぬ、さうすると此万公を何神さまだと思つて居るのだ』 お菊『さうだね、まんまんたわけ大神位なものでせうよ』 万公『こりや怪しからぬ、さうすると蠑螈別教祖は大広木正宗ではないのか』 お菊『阿呆らしい、あんな酒喰ひが大広木正宗なんて、呆れつちまふわ。あの人は蠑螈の様な人だよ。井戸の底にすつ込んで、のたくつて居るのだからな。松姫さまだつて決して上義姫でも何でもありやせない。松彦さまだつてユラリ彦でも何でもないのだよ。蠑螈別さまやお母さまが迷信して居るのだから始末におへないのよ。よくもかう惚け人足ばかりが寄つて居るものだと呆れてゐるの。それでもお母さまが可哀相だから斯うして付いて居るのだが、仲々容易に夢は覚めないのだよ。此目を覚まして呉れる立派な男さへあれば、其男を夫に持ち度いのだけど、そんな立派な人は一人もありやせないわ。万公さまだつてさうだもの』 万公『やあ、此奴あ感心だ。実の所は俺も、それや知つてるのだ。只お寅さまの前で、一寸テンゴに神懸の真似をして耕し大神と云つて見た所が大変に信用して呉れたもんだから俺も其気になつて、一寸化けて見たのだ。要するにお前と結婚をして誠の道の御用をしさへすれば宜いのだ。耕し大神や地上姫なんか、眼中にないのだ』 お菊『エーエ、阿呆らしい。たれが万公さまの様なお方に身を任す馬鹿がありますか。あたい、もう姉さまの事で懲り懲りしてるのだもの。お前さまの顔を見ると嘔吐が出る様だわ。夜分だから顔が見えぬので、斯うして、しつぽりと辛抱して話をしてあげるが、昼だつたら気分が悪うて一目見てもゾツとするのだよ。そんな馬鹿な夢を見て居らずに、さあチヤツとお寝み。ホヽヽヽヽ男と云ふものは気の利かないものだな』 此方の木の茂みから、 (細い色々な声)『尤も尤も、然り然り、左様々々、お菊さま、万歳』 と叫ぶ声がする。 万公『なんだ。如何にも小北山は怪体な魔窟だな。女とも男とも得体の知れぬ声を出しやがつて、何を吐すのだ。ヤツパリ斑狐サンの御眷族だな。アハヽヽヽヽ』 お菊『ホヽヽヽヽ狐ばつかりの寄り合うた世の中だもの、無理もないわ。況して此小北山は狐狗狸さんの巣窟だからね』 暗がりから細い声で、 (細い声)『お菊さま、頼みまつせ。しつかりおやりやす。此万公はなあ、高慢人だから逆様に慢高と云ふのよ。慢の字のついたものには碌な奴はありやせないわ。自慢高慢我慢慢心に万引に満鉄、マント、まんまんこんな者だよ。まんの悪い処へ小狐がやつて来て済みませぬね』 万公『はあて、益々合点の行かぬ処だ。此奴あ夢でも見てるのぢやなからうかな。夢の蠑螈別の館へ来てるのだから、大方夢かも知れないぞ。アイタヽヽヽヽヤツパリ頬を抓つてみれば痛いわい』 お菊『オホヽヽヽヽ』 万公『こりやお菊、いやらしい声出しやがるない。そんな笑ひ声出しやがると首筋元がゾクゾクするぢやないか』 お菊(声色)『一枚、二枚、三枚、四枚、五枚、六枚、七枚、八枚、九枚、エー残念やなあ、怨めしやなあ』 万公『これやこれやお菊、戯けた真似をさらすと承知せないぞ』 お菊『播州の皿屋敷だよ、ホヽヽヽヽ』 暗がりから、 (アクの声?)『オヽヽ一枚、オヽヽ二枚、オヽヽ三枚、オヽヽ四枚、オヽヽ五枚、オヽヽ六枚、オヽヽ七枚、オヽヽ八枚、オヽヽ九枚、さあ後の一枚を今宵の中に出さぬ事には不憫乍ら其方の生命はないぞや。其一枚の皿はお菊の股にある筈、万公がその皿を狙つて隠して居るのだ。万に皿だから万皿嘘でもあるまい。ウツフヽヽヽヽ』 万公『これや、誰ぢやい。馬鹿な真似さらすと承知せないぞ、俺を誰様と心得てるのだ。エーン』 お菊『ホヽヽヽヽ幽霊が出る、化物が出る、何とまあ小気味の悪い小北山だこと。ドレドレ又お母さまが蠑螈別さまの大広木正宗を苛めてゐると可哀相だ。どれ仲裁に行かうかな。万引満鉄の万さま、左様なら、アバよ、ホヽヽヽヽ』 と笑ひ乍ら足早に教祖の館をさして帰つて行く。万公は双手を組み合点の行かぬ怪しの声と考へ込んでゐる。闇がりから、 (アク)『ワツハヽヽヽヽヽウツフヽヽヽヽプツプヽヽヽヽ』 万公は其笑ひ声に聞き覚えがあつた。万公は恥かしさと腹立たしさとに自棄になり、 万公『チヨツ、これや、アクの奴、要らぬ悪戯をやりやがるない。本当に人の肝玉を冷やしやがつて仕方のない奴だ。タク、テク、貴様もチツと心得ないと痛い目をさしてやるぞ』 アク『偉い失恋な事を致しました。ウツフヽヽヽ』 万公『エーエ、馬鹿らしい夢を見たものだ。あゝ夢になれなれ(口上句調)夢の蠑螈別の神館、万公が失恋の幕、首尾克うお目にとまりますれば先客様は之でお代り』 一同『アツハヽヽヽヽ』 (大正一一・一二・一三旧一〇・二五北村隆光録)
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霊界物語 46_酉_小北山の宗教改革2 06 千代心 第六章千代心〔一二一六〕 竹公は立上り、演壇に登つて面をふくらし、錫の瓶からコツプに水を、ついでは飲みついでは飲み、オホン徳利の様な面をさらし、顎を斜に前の方へニユツとつき出し、両手で卓をグツと押へ、腰を弓に曲げながら、述懐を述べ始めた。 竹公『浮木の村に生れたる竹公さまとは私のこと 親の代から蓄へた資産は余り多くない さはさりながら夫婦等が一生遊んで暮すだけ 物質的の財産があつた所へお寅さま 朝も早うから飛んで来てウラナイ教の祝詞をば 声高々と唱へ上げコレコレモウシ竹さまよ 此世の立替始まつて悪の世界は滅亡し 世界は三分に減りますぞさうした後へ世を救ふ 五六七菩薩が現はれて結構な神世を立てなさる 之を神政成就と教祖のきみが申された 結構な事ではないかいなこんな時代に生れ来た 私は云ふも更なれどお前等夫婦のお霊は 昔の昔のさる昔此世の先祖とあれませる 国治立の神様の根本の根本の御系統 五六七成就の大神の霊がうつつて厶るぞや 物質的の財産を皆神様に献り 家をたたんで小北山大聖場に参上り 朝から晩まで結構な御用を遊ばす気はないか お前の家のお福さまこなたも結構なお霊だ 旭の豊栄昇り姫五六七神政成就の 尊き神の奥様だなぞと甘い事並べたて 枯木に餅がなるやうによい事づくめで云ふ故に 首を傾け思案する間もなくお福が手をふつて 突然起つた神憑旭の豊栄昇り姫 神の憑つた因縁の霊のお福ぢや竹公よ お前は五六七成就の皇神様の生宮ぞ 旭の申す神勅をもしも疑ひ反くなら きつい神罰当るぞや七生までも祟るぞと 現在女房の口をかりなだめつおどしつ言ふ故に 神はウソをば云はないと思ひ込んだが病みつきで 近所隣や親族のとめるも聞かず家倉を 二足三文に売飛ばし残らずお金にとりまとめ 何れ此世が替るのだ物質的の財宝は ガラガラガラガラメチヤメチヤと今になるのは知れてゐる 結構な神の御教を人より先に聞いたのは ヤツパリ身魂のよい故だコリヤ斯うしては居られぬと お寅婆さまのお言葉を一も二もなく承諾し 夫婦は茲にウラナイの信者の中の世話役と 選まれ朝から日暮まで碌でないもの食はされて 蕪大根芋牛蒡これを唯一の御馳走と 今まで勤めて来ましたがタク、テクさまやお菊さまの 今の話を聞くにつけどうやら眼がさめかけた 五六七成就の大神と得意になつてゐたけれど どうやら此奴ア怪しいぞ小北の山の古狸 俺の体を宿として巣ぐつてゐるに違ひない 女房お福の体にも古い狸が巣をくんで 天眼通だといひながら女房の眼をくらませつ 妙な所を見聞きさせ馬鹿にしてるに違ひない 思へば思へば恥しや騙したお寅さまは憎けれど これもヤツパリ昔から悪を働いた其酬い 今に現はれ来たのだろこんな事にて今迄の 罪や汚れがスツパリと払はれ清まる事ならば 真に安い代償だかうなる上は三五の 誠の神の御教を遵奉なして道の為 世人の為に真心を捧げまつらむ惟神 神の御前にねぎまつるお福よお前もこれからは 心をスツパリ立直し旭の豊栄昇り姫 なぞといふよな慢心を致しちやならない惟神 神に目ざめて竹公が一寸お前に気をつける あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 お千代は壇上に登り、小さき顔に笑を湛へながら歌ひ出した。 お千代『天地を造り給ひたる尊き誠の神様の 智慧と力に比ぶれば神の生宮人間の 知識と力は大海の水一滴に如かざらむ そは云ふものの人は又万の物の霊長だ 尊き神が守護して守り給へる上からは 決して曲の犯すべき道理はなかろ、あの様に 一心不乱に真心をこめて天地の神様を 祈り遊ばす上からは其信仰の力にて 八岐大蛇も醜鬼も金毛九尾も如何にして 犯さむ由もなかるべしこれの御山に集まれる 人は残らず世の中にすぐれて正しき人ばかり ちつとは理解のある方と思うて居たに情なや 子供の私の目にさへも分り切つたる詐りが 欲に迷うた魂にやてつきり誠と見えるそな 尊き誠の神様を朝から晩まで誹謗して 名もなき詐り神どもを立派なお宮の中に入れ 鬚面男が嬉しそに十能のやうな手を合せ 一生懸命に祈るさま横から眺めた其時は フツと吹出し笑ひこけ尻餅ついてべべよごし 松姫さまにお叱言を頂戴致した事もある ホンに人間といふものは身欲に迷うた其時は 二つの眼もくらみはて耳は塞がり曲事が 神の慈言に響くのか五官の作用は忽ちに 大変調を来しつつ肝腎要の心霊まで ねぢけ曇りてあとさきの見えぬ心の盲目と なつて憐れな生涯を送るに至るあはれさよ 松姫さまは朝夕に皆さま方の迷信を 払ひて誠の大道に救はむものと心をば 配らせ給ひ皇神の真の御名を讃へむと 心を焦ち給へども神素盞嗚大神や 豊国姫大御神かかる尊き神名を 公然唱ふるものならば蠑螈別が目をむいて 御機嫌殊に斜なり婆アさままでが尾について いかい小言を云ふ故にこらへ忍んで今日迄も 館を別になされつつ人に聞かさぬやうにして 誠の神を一心に祈つて厶つた甲斐あつて 今日はいよいよ天地を包んだ雲は晴れ渡り 誠の日の出神様が輝き給ふ如くなる 目出度き道の開け口謹みここに祝します 只何事も神様の深き仕組にあやつられ 曲津の神の手をかつてよせられ来たのに違ひない 心の曇つた人間を初めの中から正直な 誠ばかりを教へたら中々容易によりつかぬ それ故天地の神様は曲津のなすが儘にして 御目をとぢて黎明の来る時をば待たせつつ 迷へる魂を天国にお救ひ下さる有難さ これを思へば皆さまが今まで神に尽したる 事に一つも仇はない皆神様の御神業 立派に仕へまつりたる殊勲者なれば力をば 落さずとみに弱らさず益々勇気をほり出して 今日から身魂を立直し小北の山の神殿に 誠の神の御光が輝き渡るを待ちませう あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 喜久公は壇上に登り述懐を歌ふ。 喜久公『蠑螈別や魔我彦の神の司に従ひて 北山村を出立しやうやう此処に来てみれば 坂照山の急坂をコチコチコチと穿ちゐる 二人の親子がありました不思議と側に立ちよつて あなたは何れの神様かお名告りなされて下されと いと慇懃に尋ぬれば坊主になつた鶴嘴を 巌の上に投げ出して滴る汗をふきながら わしは丑寅金の神世におちぶれて今は早 いやしき賤の野良仕事そのひまひまに此山へ 登つて岩を打砕き尊き神の鎮座ます 下津岩根を親と子が朝夕穿つて居りまする わたしも卑しき首陀なれど大将軍の生宮だ 此子の霊は地上丸何だか知らぬが自ら 一人腕がうごき出しこれ程堅い岩山が いつとはなしに平坦な場所が沢山出来ました ここに神さまを祀つたらさぞや結構になりませう 此御言葉に蠑螈別魔我彦さまは手を拍つて 実に感心々々だこれが人間だつたなら どうしてここまで開けよぞてつきりここは聖地だろ 一先づ神に伺うて実否を尋ね探らむと 私の女房のお覚をば神のうつらす生宮と 定めて祝詞を奏上しうやうやしくも伺へば 女房のお覚は手をふつて声の色まで変へながら 喜久公しつかり聞くがよいお覚はお前の女房だが 木曽義姫の生宮ぞこれから神がかる程に 此聖場に立派なる神の御舎建つまでは 決して女房と思ふなよ夜のしとねも別にして 河鹿の川で水垢離夫婦が取つて御神業に 仕へてくれる事ならば喜久公さまの守護神を 天晴現はしやりませうといと厳かに宣り給ふ 八岐大蛇の守護神か金毛九尾の身魂かと 案じ煩ふ折もあれリントウビテン大臣の 因縁深き生宮と聞いたる時の嬉しさよ それより夫婦は朝夕に普請万端気を付けて 夜の目もロクに寝もやらず御用をつとめて参りました タク、テク、お寅さまの言ふ事を真とすれば吾夫婦 話にならぬ呆け方バカの骨頂を尽したと そろそろ腹が立ち出して神のお宮を小口から こはしてやらうと思ふ折年端もゆかぬお千代さまが 清明無垢の魂に尊き神がかかられて 善悪不二の道理をば教へ給ひし嬉しさよ モウ此上は何事も皇大神の御心に 従ひまつり一言も決して不足は云ひませぬ 其日々々を楽んでしつかり御用を致しませう ここに並みゐる皆さまよ定めて私のやうな事 思うて厶つたでありませう私にならひ之からは 只何事も神のまま謹み敬ひ御奉公 身もたなしらに励みませうあゝ惟神々々 神の御前に喜久公が迷ひの雲霧ふき分けて リントウビテンの称号を御返し申し民草の 一つの数に加へられ心の限り身のきはみ 尽しまつるを平けくいと安らけく聞しめせ 偏にこひのみ奉る』 (大正一一・一二・一五旧一〇・二七松村真澄録)
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霊界物語 46_酉_小北山の宗教改革2 12 怪段 第一二章怪段〔一二二二〕 万公は後髪引かるる心地しながら、肝腎要の神務を打ち忘れ、お菊の愛に溺れて、金と色との二道かけ、木枯荒ぶ高山の尾の上の薄雪を踏みしめながら、お菊のやさしき後姿を打ち眺め、顔の紐まで解いて道々歌ひ出した。 万公『神が表に現はれて善と悪とを立てわける 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直し聞き直し 身の過ちを宣り直す三五教の神様は この万公が恋の暗迷うて脱線した事を 心安らに平らかに必ず許させたまふべし 河鹿峠をのり越えて治国別と諸共に 野中の森迄やつて来た時しもあれや亀彦は 弟子の万公を振り捨てて雲を霞とかくれけり これを思へば万公ももはや御用が済んだのか 一本橋の袂にて恋しきお菊に廻り会ひ お寅婆さまにいろいろと苦い意見を聞かされて 大分心も改まり松彦さまと諸共に 悪魔の征途に上るべく喜び勇んで居たものを どうした身魂の因縁か結ぶの神の引き合せ いとし可愛の愛娘お菊に深く思はれて 引くに引かれぬ羽目となり心ならずも神の道 暫く捨てて往きまする国治立大御神 豊国主大御神三五教の太柱 神素盞嗚大御神誠に済まぬ事ながら 暫くお暇を下しやんせ是から二人は山の尾を 伝ひ伝ひて月の国何処の果にか身を潜め 二人仲よく世を送りさうした上で神様の きつと御用を致します今暫くは是非なしと 何卒見直し下さつて恋を許させたまへかし まだ十七の愛娘肩揚さへも取れぬよな あれ程可愛い女をば何程神の道ぢやとて これが見捨ててやれませうか夫婦となるも前世の 深い縁でありませうお菊の姉も中々に 人に勝れた器量ものほんとに惜しい事をした そのお里にも弥勝り鈴のやうなる丸い目に 花のやうなる唇でニツと笑うた其時は 知らず知らずに魂が中空に飛んで往くやうだ エヘヽヽヘツヘ何とまア面工のよい事出来たのか 矢張り身魂がよい故に心の花が咲き初めて 福の神めが降つて来て二人の仲をば円満に 神聖な恋を完全にお守りなさるに違ひない 思へば思へば俺のよな幸福者が世にあろか これこれお菊ちよつと待てお前は子供に似合はない 随分早い足だなア道もないよな山の尾を さう安々と歩くのは矢張り結ぶの神様が お前の体を委曲にお守りなさるに違ひない 暫く待つて呉れぬかい俺等は呼吸が切れさうだ』 待てよ待てよと呼ばはればお菊は後を振り向いて お菊『これ万さま焦つたい今暫くは身の限り 足の続かむ其限り走つて往かねばなりませぬ もしも追手に見つけられ捕はれようものならば それこそ甚い事になる大泥棒の駆落奴 此儘許しは致さぬと蠑螈別が腹を立て どんな事をなさるやら分つたものぢやありませぬ それが私は気にかかるもう一息ぢや万さまよ サアサア早う往きませう』 言葉を後に残しつつ小松茂れる山の尾を 見えつかくれつ走り往く万公は息を喘まして 万公『おいおい待つたお菊さまそれ程早く走るなよ 姿が見えずなつたならこの深山で何とする お前と俺と唯二人外に力になるものは 猫の子一匹居らぬぞやまアまア待つて下しやんせ アイタヽタツタ躓いた途なき処をスタスタと ようまアそれだけ走られる遉の万公も舌を巻き 尾を巻き降参せにやならぬそりや其筈ぢや誰だとて 大胆至極な事をして何うしてゆつくり歩かれよか これから肝玉放り出してもう一気張りお菊さまの 後を慕うて往つて見よう何とはなしに呼吸めが 苦しくなつて来たわいな此処で一服しよぢやないか これだけ逃げて来た上はよもや追手もかかるまい アイタヽタツタ目をついた松葉の奴めが出しやばつて 大事な大事な眼をば遠慮もなしに突きよつた こりやこりやお菊どこへ往つた子供の癖にとんとんと はぐれて仕舞つたら何とする向ふ見ずにも程がある 待て待て暫し待て暫し』 と云ひながら、呆けたやうな面をして細い階段を登つては下り、下つては登り、何か口をもがもがと動かして幾度となく上下して居る。 お菊とお千代は手を引きながら石段の所まで下りて来た。見れば万公が何かブツブツ分らぬ事を呟きながら、石段をトントントンと下つたり上つたりして居る。 お菊『お千代さま、あの万公さまを御覧、間抜けた顔して、お千度をして居るぢやありませぬか、何で又あんな妙な事をするのでせうなア』 千代『万公さまが、狐に撮まれて居るのでせうよ。随分小北山には古狐の穴が沢山ありますからなア』 お菊『一つ背中でも叩いて気をつけてやりませうか』 お千代『兎も角「オイ」と云つて見なさい。そしたら気が付くかも知れませぬぜ』 お菊は登つて来る階段の上に立ち一間程前から、 お菊『オイ万公さま、確りせぬかいな』 と声をかけた。万公は矢庭に口重たげに、 万公『オーイお菊、さう走つては追付かれない。二十七万両の金を落しては大変だぞ。まアちつと待つてはどうだ。もう此処まで逃げて来たら大丈夫ぢや』 お菊『ホヽヽヽ好かぬたらしい。万公さまは私と駆落をして居る夢でも見て居るのだらうか、なアお千代さま』 お千代『きつとさうですよ、あの顔を御覧なさい。あれは狐に撮まれて居るのですよ。さうして夢を見て居るのですよ。困つた気の利かない男ですなア』 万公は又下を向いてトントントンと汗をタラタラ流しながら下つて往く。魔我彦が散々狐に膏を取られ、松彦館を訪ねむと階段を上り往くと、万公が気のぬけたやうな顔して下りて来るのにベツタリと出会つた。魔我彦は、 魔我彦『ハヽ此奴も悪い狐にやられよつたのぢやな。俺ばかりかと思へば、伴侶もあるワイ。こいつは大方、お菊と駆落でもして居る積りで撮まれて居るのだらう、オイ万公、何をグヅグヅして居るのだ、何を喋つて居るのだ』 と云ひながら、力をこめて背を三つ四つ打ち叩く途端に万公は気がつき、 万公『アヽ一体此処は何処だ、お菊は何処へ往つたのだ、オーイ、お菊ヤーイ、オーイ』 魔我『アハヽヽヽ、これ万、確りして呉れい、最前から随分ここを上つたり下つたりして居たさうだが、大方狐に撮まれたのだらう。余りお菊を思つて居るから、こんな目に遇ふのだよ』 万公『ここは一体何処だと云ふのだ』 魔我彦『分らぬ奴だなア、小北山の階段だ。目を閉いどつては分らぬぢやないか。何だい、大きな口を開けやがつて』 万公『エヽ馬鹿にしやがつた。余りド狐の悪口を言つたものだから、奴さん仕返しをしやがつたな』 魔我彦『アハヽヽヽ、俺の二代目が出来たわい、ウフヽヽヽ』 お菊は傍に走り来り、 お菊『これ万さま、お前最前からここに何して居るの』 万公はお菊の首筋グツと握り、 万公『これド狐、何で人を馬鹿にしやがるのだ。サアもう了簡せぬぞ、覚悟せい』 お菊『万さま恐い、魔我さま助けてえ』 魔我『こりやこりや万公、狐の化けたお菊と、本物のお菊とごつちやにしては困るぢやないか、ちつと確りさらさぬかい』 万公『ウンさうだつたか、そりや済まぬ事をした。神さまは恐いものぢや、もう斯うなつては白状するが、実はお菊と駆落をした積りだつた。矢張り神様に気を引かれたのかなア』 斯く云ふ所へ、五三公、アク、タク、テク四人は松彦館を訪ねむと階段の下までやつて来た。魔我彦は直に、 魔我彦『小北山醜の狐にだまされて この階段を上りつ下りつ。 お菊さまと手を引きあうて駆落を してる覚悟で同じとこゆく』 五三『お寅さま魔我彦さまをたばかりし 醜の狐の仕業なるらむ』 万公『二十あまり七万両の金もつて 駆落せしと思ひけるかな』 アク『馬鹿だなアお菊にうつつ抜かしよつて 狐にまでも騙されてけり』 万公『木石にあらぬ身なれば俺だとて 女に心動かざらめや』 タク『女なら是非はなけれどド狐に まゆ毛よまれて馬鹿を見るかな』 万公『俺だとて狐位にやだまされぬ つもりぢやけれどまんが悪うて』 タク『慢心が頂上までも登りつめ この浅猿しき態となりぬる』 万公『狐まで化けて惚れよる俺の顔は どこかに柔和しいとこあるだらう』 テク『テクテクと二百の階段下り上り 騙されきつた馬鹿者あはれ』 万公『ここは又高天に登る階段だ 何も知らずにゴテゴテ云ふな。 狐にもせめて一度は撮まれて 見ねば社会の事は分らぬ』 五三『村肝の心に迷ひある時は 醜の曲津の誘ふものなり。 万公さま心の駒を立て直せ 狐のやつにもてあそばれて。 如何にして神の御業がつとまろか ほうけ男を伴ひし身は』 万公『恥かしや恋の狐にたばかられ 思はぬ醜態現はれにけり。 大神の道おろそかにした罪は 今目のあたり現はれてけり』 (大正一一・一二・一五旧一〇・二七加藤明子録)
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霊界物語 46_酉_小北山の宗教改革2 17 惟神の道 第一七章惟神の道〔一二二七〕 お寅婆アさまと魔我彦は互に顔を見合せ、友の一刻も早く善道を悟り、忠実なる神の下僕となり、且つ神の代表者、生宮たる実を挙げしめむと、互に親切にほだされて暫しが間黙然として顔色ばかりを見つめてゐる。一方は老人にも似合はず十七八の娘のやうな色つやを浮べ、ぽつてりと太り、活々としてゐるに引替へ、一方は冬の木の葉が凩に叩き落され、雪に慄へて、えもいはれぬ淋しみを感じた様な悄然たる面を向けてゐる。恰も枯木寒岩に倚る三冬暖気なしといつたやうな、熱のあせた冷やかい気分に包まれてゐる。昨日まで煩悶苦悩の淵に沈み、下らぬ情欲に捉はれ、且黄金に眼をくらましてゐたお寅婆アさまは、神の仁慈に照されて、恰も無碍光如来の様な霊肉に変じ、否向上し、一方魔我彦は悲歎の淵に沈み、万劫末代浮ぶ瀬のない八寒地獄の飢と寒さに泣く亡者の様な容貌をさらし、不安と不平の妖雲に包まれ、頬は痩せこけ、皺は網の目の如く、顔色青白く、唇は紫色に変じ、言葉さへもどことなく力失せピリピリと慄ひ戦いてゐる。実に信仰の光といふものは恐しいものである。同じ山の頂に降る雨も、両半滴の降る場所に依つて、或は東に落ち或は西に落ち、南に北に別れて落ち流るる如く、鵜の毛の端程違つても大変な距離の出来るものである。此両人は恰も峠の上に降つた雨であつた。如何してもお寅婆アさまの雨は旭に向つて流れねばならなくなつてゐた。魔我彦の雨はどうしても夕日の方に向つて流れ落ちねばならない境遇になつてゐた。善悪正邪の分水嶺上に降る雨は、如何しても天から降らねばならぬ、決して人間の身体から雨は降るものでない。茲に悟ると悟らざるとの区別がついて来るのである。お寅婆アさまは恵の雨は天より降るものだといふことを自覚した。そして魔我彦は、自分の知慧や力や考察力や苦労の結果で、自分の身体から自由自在に雨を降らし得るものと考へてゐた。ここに惟神と人ながらの区別のつく所以である。如何なる聖人君子智者勇者と雖も、天の御恵なくしては、到底救はるることは出来ない。広大無辺の天然力即ち神の御威光によらなくては、地上一切の事は何一つ思ひの儘に出来るものでない。吾頭に生えた髪の毛一筋だも、或は黒くし、或は白くし得る力のない人間だ。此真理を理解して始めて宇宙の真相が悟り得るのである。これが所謂惟神であり、魔我彦が最善と思惟して採つたやり方は即ち人ながらであつて、神の御目より見給ふ時は慢心といふことになるのである。 要するに真の惟神的精神を理解とも言ひ又は改心とも言ふ。仮令人の前にて吾力量を誇り、吾知識を輝かし、吾美を現はすとも、偉大なる神の御目より見給ふ時は実に馬鹿らしく見えるものである。否却て暗く汚らはしく、悪臭紛々として清浄無垢の天地を包むものである。故に神は謙譲の徳を以て、第一の道徳律と定め給ふ。人間の謙譲と称するものは其実表面のみの虚飾であつて、所謂偽善の骨頂である。虚礼虚儀の生活を送る者を称して、人間社会にては聖人君子と持て囃されるのだからたまらない。かかる聖人君子の行くべき永住所は、概して天の八衢であることは申すまでもない。 人間が此世に生れ来り、美醜、強弱、貧富、貴賤の区別がつくのも決して人間業でない。何れも皆惟神の依さしの儘に、それ相応の霊徳をもつて地上に蒔きつけられたものである。富める者は何処までも富み、貧しき者は何処までも貧しいのは其霊の内分的関係から来るものであつて、決して外分的関係より作り出されるものでない。貧しき霊の人間が現界に活動し、巨万の富を積み、金殿玉楼に安臥し、富貴を一世に誇ると雖も、依然として其霊と肉とは貧しき境遇を脱する事は出来ない。丁度如何に醜婦が絶世の美人の容貌にならむと、紅白粉を施し、美はしき衣服を装ひ、あらむ限りの人力を尽すと雖も、醜女は依然として醜女たるの域を脱せざると同一である。鼻の低い者は如何に隆鼻術を施すとも、美顔術を施すとも、到底駄目に了る如く、貧者は何処までも貧者である。凡て貧富の二者は物質的のみに局限されたものでない。真に富める人は一箪の食、一瓢の飲を以て、天地の恵を楽み、綽々として余裕を存し、天空海濶たる気分に漂ふ。如何に巨万の財宝を積むとも、神より見て貧しき者は、その心平かならず豊ならず、常に窮乏を告げて欲の上にも欲を渇き、一時たりとも安心立命することが出来ない。金の番人、守銭奴たるの域に齷齪として迷ふのみである。又天稟の美人は美人としての惟神的特性が備はつてゐるのである。美人として慎むべき徳は、吾以外の醜婦に対し、なるべく美ならざるやう、艶ならざるやう努むるを以て道徳的の根本律としてゐるのは、惟神の真理を悟らざる世迷言である。美人は益々装ひを尽せば、ますます其美を増し、神又は人をして喜悦渇仰の念を沸かさしむるものである。之が即ち美人として生れ来りし自然の特性である。これを十二分に発揮するのが惟神の真理である。又醜婦は決して美人を妬みそねまず、自分の醜をなるべく装ひ、人に不快の念を起さしめず、且又美人に対して尊敬の念を払ふのが醜婦としての道徳である。 富者となり貧者となり、貴人となり賤民となり、美人となり醜婦となり、智者となり愚者と生れ来るも、皆宿世の自ら生み出したる因果律に依つて来るものなれば、各自に其最善を尽し、賤民は賤民としての本分を守り、貴人は貴人としての徳能を発揮し、富者は富者としての徳を現はし、貧者は貧者としての本分を守るのが天地惟神の大道である。斯の如く上下の万民が一致的に其本分を守るに於ては、神示に所謂桝かけ引きならして、運否のなき五六七の世が現出したのである。瑞月が斯の如き説をなす時は、頑迷固陋の倫理学者、道徳学者は、必ず異端邪説として排斥するであらう。併し乍ら天地の真理の惟神の大道たる以上は、如何ともすることが出来ない。五六七仁慈の大神の心の儘に説示しておく次第である。 あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・一二・一六旧一〇・二八松村真澄録)
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霊界物語 46_酉_小北山の宗教改革2 18 エンゼル 第一八章エンゼル〔一二二八〕 お寅、魔我彦両人が、犬と猫とが互に隙を窺ひ、虚々実々論戦に火花を散らし、仁義の争ひ、最も酣なる所へ、エンゼルの如き美人が降つて来た。これは言ふまでもなくお千代であつた。お千代は足早に二人の前にかけ上り、双手を組み、ウンと一声、三尺ばかり空中に飛上り、キチンと二人の前に端坐した。お寅も魔我彦も、威厳備はり何となく優美なる乙女の姿に、思はず知らず頭を下げ、両手をついて畏まつた。 千代『われこそはユラリ彦命なり。汝等両人、小北山の祭神の善悪正邪に就いて論戦稍久しきを知り、天極紫微宮より降臨し、汝両人が迷夢を醒まさむとす、謹聴あれよ』 とおごそかに宣示した。お寅は意外の感に打たれ、実否如何と、神勅の裁断を待つてゐる。魔我彦は心の中にて……それお寅さま、御覧なさい、ヤツパリ私の信仰するユラリ彦命さまは誠の神だろ、此エンゼルの降臨に依つて、一切の迷夢を醒ましなされ……と口には言はねど、心の中に期待してゐる。 魔我『これはこれはユラリ彦様、よくマア御降臨下さいました。実の所はお寅さまと、神様の御事や信仰上の点に就て衝突を来し、互に論戦をしてゐた所で厶います。どうぞ明晰なる御宣示を願ひたう厶います』 天使『魔我彦、汝の苦悶をはらすべく降臨せしものなれば、遠慮会釈はいらぬ、何事でも質問をなされよ』 魔我彦『然らばお言葉に甘へてお尋ね致しますが、此小北山にお祀りしてある神様は有名無実だとお寅さまが申しますが、実際は如何で厶いませうか。ある神ならばあると仰有つて頂きたい。なき神ならば、ないと仰有つて下さらば、それにて私は去就を決します』 天使『此小北山に祀られたる大小無数の神霊は、宇宙に存在せるは確なる事実である。生羽神社の大神、リンドウビテンの大神、五六七成就の神、木曽義姫の大神、旭の豊栄昇り姫の大神、地の世界の大神、日の丸姫の大神、義理天上日の出神、玉則姫、大将軍、常世姫、ヘグレ神社の大神、末代日の王天の大神、上義姫の大神、其他いろいろ雑多の祭神は、確に存在する神なることは証明しておくぞよ』 魔我彦は狂喜しながら、お寅の方を打見やり、したり顔にて、 魔我彦『コレお寅さま、如何でげす、ヤツパリ私の考へは違ひますかな』 と稍得意の面をさらしてみせる。 お寅『そりや祀つてある以上は神霊はなけねばなりませぬ』 魔我『それ御覧なさい、それなら朝夕御給仕をしても差支はないぢやありませぬか』 天使『神といへば皆斉しくや思ふらむ 鳥なるもあり虫なるもあり。 よき神も曲れる神もおしなべて 神と言ふなり天地の間は』 お寅『どうも有難う厶いました。コレ魔我彦さま、神様には違ひないが、神の中にも百八十一の階段があるのだから、そこを考へねばなりますまいぞや』 魔我『エンゼル様に重ねてお尋ね致します。小北山に祀られたる神々様は、上は第一天国より、地の世界を御守護遊ばす主なる神様と聞きましたが、それに間違ひ御座りますまいなア』 天使『小北山宮居は数多建ちぬれど まつれる神は八衢にます。 八衢にさまよふ神はまだおろか 根底の国の醜神にます。 さりながら人は天地の司なれば 汚れし神を救ふも宜べよ。 世を守り人の身魂を守るてふ 誠の神は此神ならず。 此神は罪や汚れを犯したる 曲の霊をいつきしものぞ。 拝むより救うてやれよ小北山 まつれる神の身を憐れみて。 われこそはユラリの彦と宣りつれど 只魔我彦を救はむがため。 ユラリ彦神とふ神は常世国 ロツキー山に蟠まる曲。 松彦をユラリの彦と尊みて 敬ひ仕ふる人の愚かさ。 松彦も其真相は悟れども 汝救はむとしばし忍びつ。 松姫も上義の姫は曲神と 云ふ事知らぬ生宮でなし。 さりながら迷へる人を救ふべく あらぬ御名をば忍びゐる哉』 魔我『これはしたり世人を救ふ神々と 思ひし事の仇となりしか。 訳もなき神を山々いつかひて 世を迷はせし事の悔しさ。 今よりは心の駒を立て直し 皇大神の道に仕へむ』 お寅『エンゼルの厳の言霊輝きて 魔我彦の暗を照らし給ひぬ。 有難し心にかかる村雲を 払ひ給ひし神ぞ嬉しき。 魔我彦もさぞ今よりは村肝の 心の空に月を仰がむ』 魔我『久方の心の空も晴れにけり 神の使ひのエンゼルの声に』 お寅『吾言葉聞き入れざりし魔我彦も 神の使ひにまつろふ嬉しさ。 身に魂に光の足らぬ吾なれば 魔我彦司を救ひかねつつ。 有難き神の使の下りまし 照らし給ひぬ二人の胸を』 天使『相生の松より生れし愛娘 千代の固めを茲に築きぬ。 これよりは小北の山の神々を 祀り直せよ神の詞に』 お寅『いかにして神の御言を反くべき 勇み進むで仕へまつらむ』 魔我『今は只神の御旨に任すのみ 力も知慧も足らぬ吾身は。 掛巻くも畏き神の御恵に うるほひにけりかわきし魂も。 うゑかわき悩み苦む吾魂も 瑞の御魂に甦りける。 瑞御霊、厳の御霊の神柱 おろそかにせしわれぞ悔しき。 今迄の深き罪科許せかし 心の曲の仕業なりせば』 お寅『魔我彦よ心の鬼に罪科を きせてはならぬ汝が身の錆。 迷ひたる汝が身魂に鬼住みて あらぬ御業に仕へせしかな』 天使『二柱迷ひの雲は春の水 氷となりて解けし嬉しさ。 主の神の永遠にまします神国は 常世の春の花咲き匂ふ。 人の身は天つ御空の神国の 真人とならむ苗代にこそ。 地の上は汚れ果てたるものなりと 思ふは心の迷ひなりけり。 村肝の心に神の国あらば 此地の上も神国となる。 地の上に神の御国を立ておほせ おかねば死して神国はなし。 地の上に住みて地獄に身をおかば まかれる後は鬼となるらむ。 鬼大蛇醜の曲霊の猛ぶ世も 心清くば神の花園。 うつし世を地獄や修羅と称へつつ さげすみ暮す人ぞゆゆしき。 人は皆天津御国に昇るべく 生みなされたる神の御子ぞや。 主の神は青人草の霊体を もらさず落さず天国へ救ふ。 救はむと御心いらち給へども 人は自ら暗におちゆく。 根の国や底の国なる暗の世へ おちゆく魂を救ふ大神。 此神は瑞の御霊とあれまして 三五の道開き給へり。 三五の道の誠を守る身は いかでおとさむ根底の国へ。 神の愛神の智慧をば理解して 住めば地上も天国の春。 秋冬も夜をも知らぬ天国は 人の住むべきパラダイスなり。 永久の花咲き匂ひ木の実まで 豊な神の国ぞ楽しき。 主の神は数多のエンゼル地に降し 世を救ふべく守らせ給ふ。 三五の教司はエンゼルよ ゆめ疑ふな神の詞を』 魔我『ウラナイの神の司も皇神の 珍の使ひにおはしまさずや』 天使『ウラナイの神の司は鳥獣 虫族なぞを救ふ正人』 魔我『虫族も神の御水火に生れたる ものとし聞けば救はむとぞ思ふ』 天使『大神の心用ひて救ふべし 人の愛する神ならざるを知れ』 お寅『此山にまつれる神は虫族の 救ひ求むる神にますらむ』 天使『さに非ず虫族までも取りて食ふ 曲の神ぞや心許すな』 魔我彦は始めて、エンゼルの訓戒に依り、心の闇をはらし、俄に顔色清く、元気百倍して無限の歓喜を感得する事を得た。魔我彦はエンゼルに向ひ、涙と共に其神恩を感謝した。 魔我『尊き清きエンゼルの御降臨、御蔭に依りまして、今までの私の迷ひも春の雪が太陽にとけるが如く氷解する事を得ました。実に無限の努力と生命とを賦与されたやうな思ひに漂ひます、歓喜の涙にうるほひました。此上は今迄の愚なる心を立直し、只一心に誠の神様の為に全力を注ぐ考へで厶います』 天使『魔我彦、汝は今神様の為世の為に尽すと云つたが、神の力は広大無辺、汝の力を加ふべき余地は少しもないぞよ。只汝は天の良民として汝の身につける一切の物を完全に照り輝かし、万一余裕あらば之を人に施すべきものだ。併し乍ら人間として、どうして世を救ひ、人を救ふ事が出来ようぞ。汝自らの目を以て、汝の顔及び背を見る事を得るならば、始めて人を幾分なりとも救ふべき力が備はつたものだ。之を思へば、人の身として、如何でか余人を救ふ事を得む。斯の如き考へを有する間は、未だ慢心の雲晴れきらぬものなるぞ』 魔我彦『ハイ、いろいろの御教訓、誠に以て有難う厶います。併し乍ら吾々は自分の身を救うて、それで決して満足は出来ませぬ。憐れな同胞の身魂を救つてやりたいので厶います。宣伝使の必要も吾身を救ふ為では厶いますまい。ここをハツキリと御教示願ひたいもので厶います』 天使『宣伝使は読んで字の如く、神の有難き事、尊き事を体得して、之を世人に宣べ伝ふる使者である。決して一人なりとも救ふべき権利はない。世を救ひ、人を救ふは即ち救世主の神業である。只宣伝使たるものは、神の国に至る亡者引である。此亡者引は、ややもすれば眼くらみ、八衢にさまよひ、或は根底の国に客を導き、自らも落ち行くものである。それ故何事も惟神に任すが一等だ。何程人間が知識ありとて、力ありとて、木の葉一枚生み出す事も出来ないではないか。一塊の土たりとも産出する事の出来ない身を以て、いかでか世人を救ふ力あらむ。只宣伝使及び信者たるものは、神を理解し神の国の方向を知り、迷へる亡者をして天国の門に導く事を努むれば、これで人間としての職務は勤まつたのだ。それ以上の救ひは神の御手にあることを忘れてはなりませぬ』 魔我彦『ハイ、何から何まで親切なる御教訓有難う存じます』 天使『最前お寅どのの口をかつて、惟神の説明を致しておいたが、其方はお寅の肉体を軽蔑して居るから、誠の事を云つて聞かしても其方は分らなかつた。そこで今度は清浄無垢の少女が体をかつて、神は魔我彦の為に訓戒を与へたのである、決して慢心致すでないぞや』 魔我彦は歓喜の涙をしやくり上げ、畳を潤はし蹲まる。お寅は有難涙にくれ、顔もえ上げず、合掌して伏拝む。四辺に芳香薫じ微妙の音楽耳に入るよと見る間に、エンゼルは元つ御座に帰り給ひ、可憐なるお千代の優しき姿は、依然として十二才のあどけなき少女と変つて了つた。 魔我彦は初めて前非を悔ひ、神の光に照らされ、松彦の指揮に従つて小北山の祭神を一所に集め、厳粛なる修祓式を行ひ、誠の神を鎮祭する事を心より承認したのである。いよいよこれより松彦を斎主とし、五三公を祓戸主となし、厳粛なる遷座式に着手することとなつた。 あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・一二・一六旧一〇・二八松村真澄録)
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霊界物語 47_戌_治国別の天国巡覧1 序文 序文 太陽は日本の太陽だ、世界は日本の太陽のお蔭で生きてゐるのだ、それ故日本をヒノモトと云ふのだ。世界を人体に譬へて見ると日本は頭にある、小さいけれども身体全部を支配する脳髄を持つて居る。欧羅巴は手足に当る、それだから汽車、汽船其他便利な機械を発明して足の役目を勤め、また種々の文明利器を発明して手の役目を勤める、又亜米利加は胴に当るから大きい事は大きいが馬鹿である、と云ふやうなことを真面目に書いてあつた。水戸の会沢伯民といふ儒者の作つた書物新論にかぶれた連中は未だ我国民の中には多少あるらしい。今日はモハヤ斯んな事を云つても通用しない、併し日清、日露の両戦役に勝利を得てから日本人は益々自負高慢となり、近来の日本人の思想感情の中には、此新論に類した誇大妄想狂が少くないと思ふ。殊に神を信仰する人々の中には著しくこの思想と感情が擡頭してゐるやうに思はれる。西洋は物質文明の国、日本は精神文明の国であると識者の間には屡々称へられてゐるが、その精神文明と雖も今日の処では、西洋に劣ること数等下位にありと言つても可い。物質文明には、泰西人に先鞭をつけられ、今又精神文明に於ても彼泰西人の後へに瞠若たるの浅間しい有様である。日本は霊主体従と謂つて精神文明即ち神霊の研究には他に優れて居なければならない筈だ、研究すべき材料も比較的豊富に伝はつて居るのだ。然るに今日の我国の学界の趨勢を見れば実に惨澹たるものではないか。又日本は武力に就ては殊に自負高慢の度が強く、此武力を以てすれば何事でも意の如く解決し得らるるものと思つて居るものも少くないやうだ。大本の筆先にも「日本の人民は支那の戦争にも勝ち又今度の露国との戦争にも勝ちたと申して大変に慢心を致して居るが何時迄もそんな訳には行かぬぞよ」と示されてある。油断をして居ると何んな事に成るか分つたものでない。頑迷固陋な国粋論者は何時までも愛国心の誤解をして却て我国を滅亡に向はしむるやうな言論を吹き立て、独りよがりの態度を持して居るのは実に国家の為に悲しむべきことである。この物語も亦決して日本のみに偏重したことは述べてない。世界一統的に神示の儘に記述してあるのだ。未だ新論的迷夢の醒めない人々は、この物語を読んで不快に感ずる人もあるであらうが、併し真理は石の如く鉄の如く感情や意志を以て枉ぐることは出来ない。神道も仏教も耶教も時代と地方との関係上、表面別々の感があるやうだが、その最奥を極むれば同一の神様の教であることを覚り得らるるのである。故に神の道を研究する人は広き清き偏頗なき心を以て真面目にかかつて頂きたいものであります。 大正十二年一月八日 王仁識
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霊界物語 47_戌_治国別の天国巡覧1 10 震士震商 第一〇章震士震商〔一二四三〕 治国別、竜公両人は伊吹戸主の神の関所に於て優待され茶果を饗応せられ、少時休息してゐると、其前をスタスタと勢よく通りかかつたデツプリ肥えた六十男がある。 赤顔の守衛はあわてて、其男を引きとめ、 赤顔の守衛『コラ待てツ』 と一喝した。男は後振返り、不機嫌な顔をして、 男(欲野深蔵)『何だ天下の大道を往来するのに、待てと云つて妨げる不道理な事があるか、エー、俺をどなたと心得て居る。傷死位窘死等死爵鬼族婬偽員欲野深蔵といふ紳士だ。邪魔を致すと、交番へ引渡さうか』 赤顔の守衛『オイ、其方はここをどこと心得て居る』 欲野深蔵『言はいでもきまつた事だ。野蛮未開の北海道ぢやないか』 赤顔の守衛『其方は何うして此処へ来たのだ』 欲野深蔵『空中視察の為、飛行機に乗つて居つた所、プロペラの加減が悪くて、風波でこんな方へやつて来たのだ。何うだ俺を本国へ案内してくれないか、さうすりや腐つた酒の一杯も呑ましてやらぬこともないワイ』 赤顔の守衛『コリヤコリヤ欲野深蔵、ここは冥途だぞ、天の八衢を知らぬか』 欲野深蔵『鳴動も爆発もあつたものかい、そんなメードウな事を云ふない、俺こそはフサの国に於て遠近に名を知られた紳士だ……否紳士兼紳商だ。男のボーイに酒をつがす時には男酌閣下で、自分一人ついで呑む時には私酌閣下だ。エヽーン、そんなおどし文句を並べて、鳴動だの、破裂だのと云はずに、俺の案内でもしたらどうだ、貴様もこんな所で二銭銅貨の様な顔をして、しやちこ張つて居つても、気が利かぬぢやないか。銅銭ロクな奴ぢやあろまいが、俺も大度量をオツ放り出して、椀給で門番にでも救うてやらう』 赤顔の守衛『コリヤ深蔵、貴様はチツとばかり酒に喰ひ酔うてゐるな、今紳士紳商だと吐したが欲にかけたら親子の間でも公事を致したり、又人の悪口を針小棒大に吹聴致し、自己の名利栄達を計り、身上を拵へた真極道だらう、チヤンとここな帳面についてゐるのだ、何程娑婆で羽振がよくても霊界へ来ては最早駄目だ。サ、ここの衡にかかれ、貴様の罪を測量してやらう』 欲野深蔵『さうすると、此処はヤツパリ冥途でげすかなア』 赤顔の守衛『気がついたか、貴様は積悪の酬に仍りて、地震の為に震死した震死代物だらう』 欲野深蔵『成程、さう承はれば朧げに記憶に浮かむで来ますワイ。飛行機に乗つたと思つたのは……さうすると魂が宙に飛んだのかな』 赤面の守衛は帳面をくりながら、 赤顔の守衛『其方は欲野深蔵と云つたな、幼名は渋柿泥右衛門と申さうがな』 欲野深蔵『ハイ、ヨク、深い所まで御存じで厶いますなア、それに間違ひは厶いませぬ』 赤顔の守衛『其方は娑婆に於て、殺人鉄道嵐脈会社の社長兼取締役を致して居つたであらう』 欲野深蔵『ハイ其通りで厶います』 赤顔の守衛『優先株だとか、幽霊株だとか申して、沢山な蕪や大根を、金も出さずに吾物に致しただらう』 欲野深蔵『ハイそんな事もあつたでせう、併しそれを致さねば現界に於ては、鬼族院偽員になる事も出来ず、紳士紳商といはれる事も出来ませぬから、娑婆の規則に依つて止むを得ず優勝劣敗的行動を致しました、コリヤ決して私の罪ではありませぬ、社会の罪で厶います、何分社会の組織制度が、さうせなくちやならない様になつてゐるのですからなア』 赤顔の守衛『馬鹿申せ、そんな法律が何時発布されたか』 欲野深蔵『表面から見れば、左様な事はありませぬが、其内容及精神から考へれば、法文の裏をくぐるべく仕組まれてあるものですから、之をうまく切抜ける者が、娑婆の有力者と云ふ者です、総理大臣や或は小爵や柄杓や疳癪などの高位に昇らうと思へば、真面目臭く、法文などを守つて居つちや、娑婆では犬に小便をかけられ猫にふみつぶされて了ひますワ。郷に入つては郷に従へですから、娑婆ではこれでも立派な公民、紳士中でも錚々たる人物で厶います、ここへ来れば、凡ての行方が違ふでせうが、娑婆は娑婆の法律、霊界は霊界の法律があるでせう、まだ霊界へ来てから善もやつた事がない代りに、悪をやる暇もありませぬ、娑婆の事迄、死んだ子の年をくる様に、こんな所でゴテゴテ云はれちや、やり切れませぬからなア。エヽ、何だか気がせく、斯様な所でヒマ取つては、第一タイムの損害だ、娑婆で金貸しをして居つた時にや、寝とつても起きとつても、時計の針がケチケチと鳴る内に、金の利息が、十円札で一枚づつ、輪転機で新聞を印刷する様に、ポイポイと生れて来たものだが、最早ここへ来ては無一物だ、之から一つ冥途を開拓して、娑婆に居つた時よりもモ一つ勉強家となり、大地主となつて、冥途の一生を送りたい。どうぞ邪魔をして下さるな』 と云ひながら、大股にふん張つて、関所を突破せむとする。 此騒ぎに伊吹戸主の神は関所の窓をあけて、一寸覗かせ給うた。欲野深蔵は判神の霊光に打たれて、アツと其場に悶絶し、蟹の様な泡を吹いて苦み出した。忽ち館の一方より数人の番卒現はれ来り、欲野深蔵の体を荷車に乗せ、ガラガラガラガラと厭らしき音をさせながら、何処ともなく運び去つた。之は地獄道の大門口内へ放り込みに行つたのである。深蔵は暗き門内へ放り込まれ、ハツと気がつき、ブツブツ小言を小声で囁きながら、トボトボと欲界地獄を指して進み行くのであつた。 抑も此八衢の関所は天国へ上り行く人間と地獄へ落ちる人間とを査べる二つの役人があつて、天国へ行くべき人間に対しては、色の白き優しき守衛が之を査べ、地獄へ行くべき人間に対しては形相凄じい赤い顔した守衛が之を査べる事になつてゐる。 竜公は此光景を見て、何とも云へぬ怖れを抱き治国別の袂を固く握り、不安の顔付にて少しばかり慄へながら、息をこらして数多の精霊の取査べらるるのを冷々しながら眺めて居る。暫くすると錫杖をガチヤンガチヤンと言はせながらやつて来たのは、バラモン教の宣伝使であつた。宣伝使が此赤門をくぐらうとするや白、赤二人の守衛は門口に立塞がり、 二人の守衛『暫らくお待ちなさい、取調ぶる事がある』 と呼びかけた。宣伝使は後振返り怪訝な顔をして、 宣伝使(ハリス)『拙者は大自在天大国彦命の御仁慈と御神徳を天下に紹介致すバラモン教の宣伝使で厶る。拙者をお呼止めになつたのは何用で厶るかな』 赤『ここは霊界の八衢だ。其方が生前に於ける善悪の行為を査べた上でなくては、此門を通行させることはなりませぬ。ここに御待ちなされ』 宣伝使(ハリス)『ハテ心得ぬ、吾々は大黒主の命を奉じ、月の国を巡回致し、デカタン高原に向ふハリスと申す者、決して吾々は死んだ覚えは厶らぬ。いい加減に戯談を云つておきなさるがよからう。大黒主の御命令、片時も猶予してゐる訳には参らぬ』 と又もや行かむとする。赤は目を怒らし、大喝一声、 赤顔の守衛『偽宣伝使、暫く待てツ』 と呶鳴りつけた。ハリスは此声にハツと気が付き、あたりをキヨロキヨロ見廻しながら、 ハリス『ヤアどうやらこれは霊界の様で厶る、いつの間に斯様な所へ来たのかなア』 赤顔の守衛『其方は世界の人民に神の福音を宣べ伝へ天国へ案内すると申しながら、其実際に於て霊界の存在を信ぜず、神を認めず、半信半疑の状態に在つて、数多の人間を中有界又は地獄へ幾人落したか知れない偽善者だ。今ここで浄玻璃の鏡にかけて、其方が霊肉共に犯したる罪悪を査べてやらう』 ハリス『イヤもう恐れ入りました。仰せの通り社会の人民に対し、勧善懲悪の道を説き又は天国地獄の存在を朝から晩迄説き諭して参りましたが、実際に於て左様な所があるものか、人間は此肉体を去らば、後は煙の如く消え失せるものだ、コーランに示されたる天国地獄の状態は、要するに、社会の人心を調節する方便に過ぎないものだと信じて居りました。それ故何うしてもハツキリとした事は申されず、自分も半信半疑ながら天国地獄の消息を説諭して来たので厶います。今となつて考へてみれば、死後の世界が斯くも儼然として存在するとは、実に驚愕の至りで厶います』 赤顔の守衛『其方は宣伝使のレツテルをつけて世人を迷はした罪は大なりと雖も、又一方に於て朧げながら、神の存在を無信仰者に伝へた徳に依つて、地獄行丈は許して遣はす、少時此中有界にあつて心を研き神の善と真は何如なるものなるかを了解し得る迄、修業を致したがよからう。ここ三十日の間、中有界に止まることを許してやるから、其間に智慧と証覚を得、愛の善と信の真を了得し得るならば、霊相応の天国へ昇り得るであらう。此期限内に万々一改過遷善の実をあげ得ざるに於ては、気の毒ながら地獄へ落さねばならない、サア早く東を指して進んだがよからう』 ハリス『ハイ、特別の御憐愍を以て地獄落の猶予期間をお与へ下さいまして有難う厶います。左様なればこれから中有界を遍歴し、力一杯善の為に善を行ひ、迷ひ来る精霊に対し、十分の努力を以て、私の悟り得たる所を伝へるで厶いませう』 赤顔の守衛『コリヤコリヤ、ハリス、其方が覚り得たと思つたら大変な間違であるぞ、皆神さまの御神格の内流に依つて、知覚し、意識し、証覚を得るものだ。決して汝一力のものと思つたら、忽ち天の賊となつて地獄へ落ちねばならないぞ、ええか、分つたか』 ハリス『ハイ、分りまして厶います、然らば之より東を指して修業に参ります』 赤顔の守衛『期限内に必ずここへ帰つて来るのだぞ、其時改めて汝の改過遷善の度合を査べ、汝が所住を決定するであらう』 ハリス『どうも御手数をかけまして、真にすみませぬ、左様なれば御免下さいませ』 と云ひながら、始めの勢どこへやら、悄然として次第々々に其影はうすれつつ、靄の中に消えて了つた。 竜公は治国別の袖をひき、小声になつて、 竜公『モシ先生、宣伝使も霊界へ来ては、カラキーシ駄目ですなア、現界では丸で救の神様の様に言はれて居つても、茲へ来ると本当に見る影もないぢやありませぬか』 治国別『ウン、さうぢや、俺達もまだ天国へは行けず、中有界に迷うて居るのだからなア、それだから吾々は八衢人足と、信者以外の連中から云はれても仕方がないのだ』 竜公『何うしたら天国へ行けるでせうかな』 治国別『さうだ、心のドン底より、神さまの神格を理解し、神の真愛を会得し、愛の為に愛を行ひ、善の為に善を行ひ、真の為に真を行ふ真人間とならなくちや到底駄目だ。俺達も少しばかり言霊が利くやうになつて、自分が修行した結果神力が備はつたと思うて居つたが、大変な間違ひだつた、何れも皆瑞の御霊神素盞嗚尊様の御神格が吾精霊を充たし、吾肉体をお使ひになつて居つたのだつた。之を思へば人間はチツとも我を出すことは出来ない、何事も自分の智慧だ力だ器量だと思ふのは、所謂大神の御神徳を横領致す天の賊だ。斯様な考へで居つたならば、到底何時迄も中有界に迷ふか、遂には地獄道へ落ちねばならぬ、有難や尊や、神様の御恵に依つて、ハツキリと霊界の様子を見せて頂き、実に感謝の至りである。之から吾々は、今迄の心を入れ替へて、何事も神様に御任せするのだなア、自分の力だと思へば、そこに慢心の雲が湧いて来る。謹んだ上にも謹むべきは心の持方である。あゝ惟神霊幸倍坐世』 と合掌し感涙に咽ぶのであつた。竜公も亦無言のまま手を合せ、感謝の涙にくれてゐる。伊吹戸主神は二人に会釈し、スーツと座を立つて、館の奥深く入らせ給うた。二人は後を眺むれば、伊吹戸主神の姿は丸き玉の如く光り輝き、其神姿は判然と見えず、月の如き光が七つ八つ或は九つ円球の周囲を取巻き、次第々々に奥の間に隠れ給ふのであつた。 凡て智慧と証覚のすぐれたる神人を、それより劣りし証覚者が拝する時は、光の如く見えて、目も眩くなるものである。神の神格は神善と神真であり、それより発する智慧証覚は即ち光なるが故である。二人は愕然としてものをも言はず、再び八衢の関所に目を放ちここに集まり来る精霊の様子を瞬きもせず窺つてゐた。 (大正一二・一・九旧一一・一一・二三松村真澄録)
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霊界物語 47_戌_治国別の天国巡覧1 14 天開の花 第一四章天開の花〔一二四七〕 治国別、竜公両人は一心不乱に油断と慢心の罪を謝し、一時も早く吾精霊に神格の充たされむ事を祈願しつつあつた。 そこへ天国には居るべき筈もない臭気紛々たる弊衣を着し、二目とは見られぬ様な醜面を下げ、膿汁のボトボトと滴る体をしながら、三尺ばかりの百足虫の杖をつき二人の前に現はれ来り、忽ち岩石に躓き苦悶し初めた。竜公は驚いて、 竜公『もし、先生、天国には決して斯様な穢いものは居らない筈です。こりや何時の間にか慢心して地獄へ逆転したのぢやありますまいか。此通り四方は暗雲に包まれ、一丁先は見えぬ様になり、得も云はれぬ陰鬱の気が襲うて来たぢやありませぬか』 治国別『否々決して地獄ではあるまい。最下層の天国に相違ない。然しながら矢張り天国にも不幸な人があると見え、斯様な業病に罹り苦んでゐる方がゐると見える。何とかして救うてやらねばなるまいが、吾々が救ふと云ふのは之亦慢心だ。何うか神様の御神格を頂いて御用に使つて頂き度いものだ』 と神に合掌し初めた。竜公は袖を引いて小声になり、 竜公『もし、先生、こんな穢い人間に触らうものなら、霊身が穢れて忽ち地獄の団体へ落転せねばなりますまい。決してお構ひ遊ばすな。大変で厶ります』 治国別『いや、さうではない。天国は愛善の国だ。神は愛と信とを以て御神格と遊ばすのだ。吾々も神様の愛と信とを受けなくては生命を保つ事は出来ない。さうして神より頂いた此愛と信を洽く地上に分配せねばなるまい。地獄におつるのを恐れて現在目の前に苦んでゐる此憐れな人々を救はないと云ふのは、所謂自愛の心だ、自愛の心は天国にはない。仮令此場所が地獄のドン底であらうとも、自愛を捨て善と愛との光明にひたる事を得るならば、地獄は忽ち化して天国となるであらう』 竜公『さう承はればさうかも知れませぬな。然し乍ら斯様な天国へ来て居りながら、あの様な穢い人間に触れて、折角磨きかけた精霊を穢す様な事があつては、多勢の人間を娑婆へ帰つて救ふ事が出来ますまい。只の一人を助けて精霊を穢すよりも、此場は見逃して多勢の為めに愛と信との光を輝かす方が、何程神界の為になるか知れませぬぜ。此処は一つ考へ物ですな』 治国別『いや決してさうではない。目の前に提供された、いはば吾々の試験物だ。此憐れな人間を見逃して行過ぐる位ならば、到底吾々の愛は神の神格より来る真の愛ではない。矢張り自然界と同様に自愛だ、地獄の愛だ。斯様な偽善的愛は吾々の採るべき道ではない』 斯く話す時しも、前に倒れた非人は治国別を打眺め、 非人『おい、そこな宣伝使、俺は今斯様に業病を煩ひ、剰つさへ岩に躓き、此通り足を挫き苦み悶えて居るのだ。早く来て抱き起して呉れないか』 治国別は、 治国別『ハイ、承知致しました』 と、ツと側に寄り体を抱き起さうとすれば、臭気紛々として鼻をつき、身体一面に蛆がわき、いやらしき種々雑多の虫共が体一面にウヨウヨと、肉体の腐つた部分から数限りもなくはみ出してゐる。治国別がかけた手には幾百とも限り知られぬ蛆がゾウゾウと伝うて、治国別の全身を瞬く間に包んで来る。竜公は之を見て、 竜公『もし先生、何ぼ何でも、そんな腐つた人間を相手になさつちや、いけませぬよ。到底助かる見込はありませぬよ。それ御覧なさい、体一面蛆がわいてるぢやありませぬか』 治国別は言葉静かに、 治国別『何処の誰方様か知りませぬが、嘸御難儀で厶りませう。サア私の肩にお縋り下さい。何処迄なりとお宅迄送つて上げませう』 非人『うん、俺の云ふ事は何でも聞くだらうな』 治国別『ハイ、如何なる事でも吾々の力の及ぶ限りは御用を承はりませう』 竜公『先生、宜い加減に止めたら如何ですか。あんまり物好きぢやありませぬか。何程人を助けるが役だと云つても、二目と見られぬ体を抱起して貰ひながら、まるで主人が僕に対する様な言葉を用ゐ、馬鹿にして居やがつて……お礼の一言位云つた処で宜しからうに……其様な恩も義理も知らぬ位だから、此天国に来てもやつぱり苦んでゐるのですよ。神様の罰が当つてゐるものを、何程宣伝使だつて構はぬでもいいでせう。臭い臭い、エグイ香がして来た』 非人『こりや竜公、慢心を致すな。此方の足を擦れ』 竜公『チヨツ、エー』 治国別『おい竜公、俺の命令だ。此非人さまの云ふ通り、お足を揉まして貰へ』 竜公『ぢやと申して、それが……』 治国別『何が「ぢやと申して」だ。左様な不量見の奴は、只今限り師弟の縁を切る。俺はもうお前と何処へも一緒には行かない』 竜公『エーエ、ぢやと申して、それが如何して……』 非人『こりや竜、俺の尻を嘗め。早く嘗めぬかい』 竜公『エー、馬鹿にして居やがる。貴様等のアタ穢い尻を嘗める位なら、俺や死んだがましだ。アーンアーンアーン』 非人『表に善を標榜する偽善者奴、今に貴様も俺の様な病気にかかるが、それでも宜いか』 竜公『そ……そんな業病にかかる様な……ワヽヽ悪い事はした事はないワイ。あんまり馬鹿にすない。俺の大切のお師匠さまを、僕か何ぞの様に使つて、二目と見られない体を介抱させ、尚其上に世話をさせやがつて……エー、もう先生、こんな奴はいい加減にしておきなさいませ』 治国別『これも神様の御恵みだ。袖ふり合ふも他生の縁、かかる尊き天国に於て、かうしてお目にかかるのも何かの御神縁だらう。何程汚き人間様でも、神様の愛の神格に照らされてからは、少しも汚穢を感じない。実に有難く感じてゐる。お前も此方に会うたのを幸ひに、身の罪を償ふべく介抱をさして頂いたら如何だ』 非人『おい、治国別、俺の足の裏を一寸嘗めて呉れ。大分に膿が出て居る様だ。此膿を吸ひとらねば如何しても歩く事は出来ない』 治国別『ハイ、有難う厶ります。御用さして頂きます』 と云ひながら、足の裏の膿をチウチウと吸ひかけた。竜公は堪りかね、 竜公『無礼者』 と云ひながら、拳骨をかためて非人の頭をポカンと殴つた。拍子に醜穢見るに忍びなかつた非人の姿は、忽ち容色端麗なる妙齢の美人と変り、得も云はれぬ笑をたたへながら、 女(木花姫)『治国別さま、貴方は本当に神の愛が徹底しましたよ。サア妾と天国の旅行を致しませう。竜公さまの様な無情漢は、此処に放つといてやりませうよ』 治国別『私は、憐れな精神上の不具なる此竜公を直してやらず、捨てて行く事は出来ませぬ。竜公と共に天国の巡覧が出来ねば、最早仕方がありませぬ。彼と苦楽を共にする考へなれば、何卒貴女はお一人おいでなさいませ』 女(木花姫)『成程、さうでなくては神の愛が徹底したとは云へない。治国別殿、天晴々々、妾は天教山の木花姫で厶るぞや』 治国別は二足三足後へしざり、大地に手をついて一言も発し得ず、感謝の涙にくれてゐる。木花姫は言葉淑やかに、 木花姫『治国別さま、貴方はよくそこ迄善の道に徹底して下さいましたね。嘸大神様も御満足で厶りませう。最前言依別命と現はれ給うたのは、国治立尊様で厶りましたよ』 治国別『ハイ、初めの間は智慧暗く証覚うとき治国別、全く言依別命様とのみ思ひ居りましたが、如何やら大神様の御化身なりし事をおぼろげに考へさして頂きまして、感謝の涙にくれて居りました処へ、貴方様の御試みに預り、願うてもなき御神徳を頂戴致しました。何卒々々、此竜公も私同様にお目をかけてやつて下さいませ』 木花姫『竜公さま、貴方も随分義の固い人ですな。もう少し愛が徹底すれば天国が立派に被面布をといて上れますよ。師匠を思ふ真意は実に感服致しました。其忠良なる志によつて、貴方の愛の欠点を補ふ事が出来ますから、益々魂を磨いて天国の巡覧を成さいませ』 竜公は感涙に咽びながら、 竜公『重々の御懇切なる御教訓、有難う厶ります。左様なれば、お供をさして頂きませう』 木花姫『ここは最下層の天国、これより中間の天国団体へ案内致しませう。中間天国の天人の証覚や智慧及び愛と信は、下層の天国に住む天人に比ぶれば、万倍の光明が備はつて居ります。それ故此天国より一万倍の愛の善と信の真、智慧証覚を備へなくては、仮令天国へ無理に上るとも、眼くらみ、頭痛甚だしく、力衰へ、殆ど自分の生死の程も分らない様になるものですよ。竜公さまは被面布を頂かれて、先づ之で第二天国の探険も出来ませうが、治国別様は其儘では到底参れますまい。妾が所持の被面布を上げませう』 と云ふより早く懐中より取出し、手早く治国別の頭部にかけ給うた。之より治国別、竜公は木花姫の後を慕ひ、足に任せて東を指して一瀉千里の勢ひで進み行くのであつた。 あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・一・九旧一一・一一・二三北村隆光録)
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霊界物語 47_戌_治国別の天国巡覧1 16 霊丹 第一六章霊丹〔一二四九〕 天教山にあれませる木花姫の御化身に 案内されて第三の天国界を後にして 五色の雲を踏み分けつ東をさして上り行く 治国別や竜公は如何はしけむ目は眩み 頭は痛み足はなえ胸は轟き両の手は 力も落ちてブルブルと慄ひ出すぞ是非なけれ 木花姫の御化身は順風に真帆をかかげたる 磯の小舟の進むごと何の故障もあら不思議 とんとんとんと上ります治国別や竜公は 吹く息さへも絶え絶えに命限りの声しぼり (治国別、竜公)『これこれもうし木花の姫の命の神司 暫く待たせ給へかし如何なる訳か知らねども 何とはなしに目は眩み意識は衰へ力落ち 進退茲に極まりて最早一歩も進めない 何卒お慈悲に両人をも一度後に引返し お助けなさつて下されや偏に願ひ奉る 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも尊き神の御恵は いつの世にかは忘れませう抑天国の存在は 神の慈愛を善真の其高徳に構成され 愛と善とに満ち満ちし神の国土で御座いませう 貴神も尊き神なれば吾等二人の苦みを 決して見捨て給ふまじかへさせたまへ惟神 木花姫の御前に命限りに願ぎまつる 嗚呼惟神々々御霊幸はへましませよ』 と歌ふ声も切れ切れに第二天国の入口迄来てバタリと平太り込んで了つた。竜公は唯一言も発し得ず、痴呆の如く口をポカンと開いたまま僅かに指先を間歇的に動かして居る。木花姫は後ふり向きもせず巨大なる光と化して、天の一方に姿を隠させ給うた。治国別は後打ち眺め、 治国別『あゝ、過つたりな過つたりな。自愛の欲に制せられ、吾身の苦しさに木花姫様の救助を求めた愚かしさよ。「師匠を杖につくな、人を頼りにするな」と云ふ御教を、正勝の時になつて忘れて居たか。あゝ人間と云ふものは、何と云ふ浅ましいものであらう。竜公はもはや虫の息、かかる天国に於て、精霊の命までも捨てねばならぬのか、あゝ何うしたらよからうな。国治立大神様、豊国主大神様、神素盞嗚大神様、何卒々々此窮状を、も一度お救ひ下さいませ』 と色蒼ざめ、殆ど死人の如くなつて、合す両の手もピリピリ慄ひ戦き、実に憐れ至極の有様となつて来た。願へど、祈れど、呼べど、叫べど唯一柱の天人も目に入らず、神の御声も聞えず、四辺寂然として物淋しく、立つても居ても居られなくなつて来た。竜公はと顧みれば、哀れにも大地に蛙をぶつつけた如く手足をのばし、殆ど死人同様になつて居る。されど治国別は何処迄も神に従ひ神に頼り、神の神格を信じ、斯かる場合にも微塵も神に対し不平又は怨恨の念を持たなかつた。治国別は決心の臍を固め、 治国別『あゝどうなり行くも神の御心、吾々人間の如何ともすべき限りでない。神様、御心の儘に遊ばして下さい。罪悪を重ねたる治国別、過分も此清き尊き天国に上り来り、身の程をわきまへざる無礼の罪、順序を乱した吾等の罪悪を、何卒神直日、大直日に見直し下さいまして、相当の御処分を願ひます』 と祈る声も細り行き、最早絶体絶命となつて来た。此時俄に天の戸開けて天上より金色の衣を纏ひたる目も眩きばかりの神人、二人の脇立を従へ、雲に乗つて二人の前に悠々と下らせ給ひ、懐より霊丹と云ふ天国の薬を取り出し、二人の口に含ませたまへば、不思議なるかな二人は正気に返り、勇気頓に加はり、痩衰へた体は元の如く肥太り、顔色は鮮花色と変じ、得も云はれぬ爽快の気分に充されて来た。二人は恐る恐る面を上ぐれば、威容儼然たる男とも女とも判別し難き優しき天人、その前に莞爾として立たせたまふのであつた。治国別は思はず手を拍ち、 治国別『あゝ有難し有難し、大神の御仁慈、罪深い吾々をよくもお助け下さいました。有難う存じます』 とよくよくお顔を見れば、以前に別れた木花姫命が、二人の侍女を連れ立たせ給ふのであつた。 治国別『ヤア、貴神は木花姫命様で厶いましたか。誠に誠に御仁慈の段感謝の至りに堪へませぬ』 竜公『神様、能くまアお助け下さいました。竜公は既に既に天国に於て野垂れ死をする所で厶いました。天国と云ふ所は、真に苦しい所で厶いますなア』 木花姫『総て天国には善と真とに相応する順序が儼然として立つて居りますから、此順序に逆らへば大変に苦しいものですよ。身霊相応の生涯をさへ送れば、世の中は実に安楽なものです。水に棲む魚は、陸に上れば直に生命がなくなるやうなもので厶ります』 治国別『成程御尤もで厶います。八衢に籍を置いて居る分際をも顧みず、神様のお言葉に甘え、慢心を起し、天国の巡覧などを思ひ立つたのは、吾々の不覚不調法の罪、何卒々々大神様にお詫を願ひ上げます』 木花姫『治国別殿、其方は媒介者によつて天国の巡覧に来られたのだから、決して身分不相応だとは申されますまい。貴方は宣伝使としての肝腎要の如意宝珠を道で落しましたから、それで苦しかつたのですよ。殆ど息が絶えさうに見えましたので、妾は急ぎ月の大神様の御殿に上り、霊丹を頂いて再び此処に現はれ、貴方等の御生命をつなぎ留める事を得たので厶りますよ。まア結構で厶いましたなア』 治国別『ハイ、吾々が命の親の木花姫様、此御恩は決して忘れは致しませぬ』 木花姫『妾は貴方の命の親ではありませぬ。貴方の命の親は月の大神様ですよ。妾は唯お取次をさして頂いたのみですよ。左様にお礼を申されては、何だか大神様の御神徳を妾が横領するやうに思はれて、何となく心苦しう厶います。宇宙一切は月の大神様の御神格に包まれて居るので厶います。吾々には御神徳を伝達する事は出来ても、命をつないだり御神徳を授ける事は出来ませぬ。此後は何事がありても、仮令少しの善を行ひましても、愛を注ぎましても、決して礼を云うて貰つては迷惑に存じます。何卒神様に直接にお礼を仰有つて下さい』 治国別『ハイ、理義明白なる御教、頑迷なる治国別も貴神の御伝教によつて、豁然と眠りより醒めたるやうで厶います。あゝ国治立大神様、月の大神様、最高天国にまします天照大御神様、唯今は木花姫様の御身を通して吾等に命と栄えと喜びを授け給ひし事を、有難く、ここに感謝致します』 木花姫『貴方は途中でお落しになつたものを未だ御記憶に浮かびませぬか、如意宝珠の玉ですよ』 治国別『ハイ、私は高姫さまのやうに如意宝珠の玉などは一度も拝んだ事もない、手に触れさせて頂いた事も厶いませぬから、従つて落す理由も厶いませぬ。何かの謎では厶いますまいかな。心愚なる治国別には、どうしても此謎が解けませぬ』 木花姫『高姫さまの執着心を起された如意宝珠は、あれは自然界の形態を具へた宝玉です。天界の事象事物は総て霊的事物より構成されて居りますれば、想念上より作り出す如意宝珠で厶いますよ。先づ御悠りとお考へなさいませ。妾が申上げるのはお易い事で厶いますけれど、これ位の事がお分りにならない位では、到底中間天国の天人に出会つて、一言も交へる事が出来ませぬ。神の愛と神の信に照され、神格の内流をお受け遊ばし、智慧と証覚を得れば、何でもない事で厶います』 治国別は、 治国別『ハイ』 と答へた儘双手を組み、眼を閉ぢ暫く考へ込んで居る。遉鋭敏の頭脳の持主と聞えて居る治国別も、霊界へ来ては殆ど痴呆の如く、何程思索を廻らしても容易に此謎が解けなかつた。竜公は傍より手を打ち嬉しさうな元気のよい声を出して、 竜公『もし先生、霊界の如意宝珠と云ふのは善言美詞の言霊ですよ。中間天国へ上る途中に於て天津祝詞や神言の奏上を忘れたので、姫命様が、お気をつけて下さつたのですよ』 治国別『成程、ヤ、ウツカリして居つた。木花姫様、有難う厶います。ほんに竜公さま、お前は私の先生だ、ヤア実に感心々々』 竜公『先生、そんな事云つて貰ふと大に迷惑を致します。決して竜公の智慧で言つたのではありませぬ。御神格の内流によつて、斯様に思ひ浮べて頂かせられたのです』 木花姫『現界に於きましては、竜公さまは治国別さまのお弟子でありませう。併しこの天国に於ては愛善と信真より来る智慧証覚の勝れたものが最も高き位置につくので厶います。神を信ずる事が厚ければ厚い程、神格の内流が厚いので厶いますから』 治国別『いや実に恐れ入りました。天国に参りましても、やはり現界の虚偽的階級を固持して居つたのが重々の誤りで厶います。あゝ月の大神様、日の大神様、木花姫様の肉の御宮を通し、又竜公さまの肉の宮を通して、愚鈍なる治国別に尊き智慧を与へて下さつた事を有難く感謝致します』 木花姫『サア皆さま、是より天津祝詞の言霊を奏上しながら、第二天国をお廻りなさいませ。左様ならば、是にてお別れ致します』 治国別、竜公両人は、 治国別、竜公『ハイ有難う』 と首を垂れ感謝を表する一刹那、嚠喨たる音楽につれて木花姫の御姿は、雲上高く消えさせ給ふのであつた。 あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・一・九旧一一・一一・二三加藤明子録)