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101

(1613)
霊界物語 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) 03 鷹彦還元 第三章鷹彦還元〔五五三〕 鷹彦、梅彦、亀彦は心の堅き岩彦の改心を喜びて、駒彦諸共、駒に鞭打ち堂々と小鹿峠を登り行く。爪先上りの山道を神の教に夜の道、早頂上に登り着いた。 鷹『御蔭で、小鹿峠を見極めました。ご一同ここで馬を休息させて参りませうか』 と一同は鷹彦の提議に満場一致賛意を表はし馬よりヒラリと飛び下りた。 岩『何れも方、余りの急坂でお疲れでしたらう。然し、音彦の宣伝使は居ませんなア』 梅『アヽさうですな、どうしたのでせう。途中に馬でもへたつたのではありますまいか、真逆あれほど大きな声で呼んだのだから聞えぬ筈もなからうし、目の醒めない道理も無い。之は的切り落馬されたのではありますまいか。弥次、与太の二人も居ませぬなア』 岩『ナニ大丈夫ですよ。一人なれば心配もして見なくてはならぬが、三人連だから滅多に紛失する心配もありませぬワ、アハヽヽヽ』 亀『何だか私は気懸りでなりませぬワ、途中でウラル教の目付役に打つかつて苦戦して居られるのではありますまいか。音彦の宣伝使は温順で胆力があるから、如何なる難関も容易に切り抜けられませうが、新参者の弥次彦、与太彦が要らぬ空元気を出して一悶着やつて居るのではあるまいかと気が気でなりませぬ』 駒『亀サン貴方もさう思ふか、私も同感だ、何だか気懸りでなりませぬワ。なんでもこの辺はウラル教の根拠地だと云ふ事です。ウラル山アーメニヤの驍将共は大分フサの国に集まつてゐると云ふ事ですから油断は出来ませぬよ。鷹彦サン、御苦労だが貴方の特能を現はして、一寸鷹に還元して、偵察をして下さるまいか。大丈夫と云つても充分の安心は出来ませぬからナア』 鷹『承知致しました。暫く待つて下さい』 と忽ち霊鷹と変じ中天高く姿を隠した。 後に四人は此処に神言を奏上し、過来し方の物語りに時の移るのも知らなかつた。東の空は茜晒して、日の大神の影、タカオ山脈の頂より登りたまふ。 岩『アヽもう夜が明けた。鷹彦さまはどうだらう。木乃伊取りが木乃伊になつたのではあるまいかなア』 梅『真逆ソンナ事はあるまい。音サンの事だから今に何とか音づれがありませう』 駒『本当に音サンの連がないのは音づれないのと同じ事、道中が淋しい様な気がする』 斯る処へ、四人の男覆面のまま峠を西方より登り来たり、 甲『ヤア居るぞ居るぞ、而も三五教の宣伝使が四人だ。オイ八公、貴様は早く源五郎の大将に報告して沢山の捕手を差し向ける様にして呉れ。吾々はそれ迄此処に彼奴等の遁げない様に監視をして居るから』 と小声に囁いて居る。 岩『オイ其処へ来るのはウラル教の捕手ぢやないか、皆サンお早うから御苦労様だなア、緩り一服なとしなさい。海山の話しを致しませうよ』 梅『斯う峠の頂きから四方を見晴らしもつて、世間話をするのも余り悪くはありませぬよ。さう恟々として落着かない態度をせずに、吾々と一所にどつかと腰を下して御一服なさいませ』 甲『ヤアその方等は紛ふ方なき三五教の宣伝使だなア。吾々は汝等の察する如く、ウラル教の捕手の役人だ。最う斯うなる以上は百年目だ、たとへ神変不可思議の術を使つて天を翔り地を潜る共、此方にはまた此方の不可思議力がある、サア神妙に手を廻せ』 岩『アハヽヽヽヽ、仰有ります哩。鉛で拵へた仁王サンのやうに四角四面な顔をして、さう頑張るものぢあない。同じ天の神様の氏子だ、持ちつ持たれつ、互に助け助けられ、この世に生きて栄えて、誠の神の御用を致す尊い人間同志だ、マア緩りと一服なさるがよかろう』 乙『この期に及んで要らざる繰言、聞く耳持たぬぞ。貴様は三五教といふ邪教を天下に宣伝する曲津神だ、それ丈の悟りがあるなら何故そのやうな教を信ずるのだ。巧言令色致らざるなく、乞食の虱ぢやないが口で殺さうと思つたつて、ソンナ事に迂濶々々乗る六サンぢやないぞ。エヽグヅグヅ吐さずと従順に手を廻せ、ウラル山の砦に拘引してやらうか』 駒『アハハヽヽヽ、マアマア、マアこの日の長いのに朝つぱらから、さう発動をなさると草臥れますよ。マア鎮まつて一服しなさい。吾々が丁寧に鎮魂でもして上げませう』 六『ナヽ何を吐しよるのだ、その鎮魂が気に食はぬのだ。グヅグヅ吐すと貴様の命は瞬く間に沈没だぞ』 亀『何とウラル教といふ教は荒い言葉を使ふ教理だな、恰で雲助サンと間違へられますよ。言霊の幸はふ世の中、尠とは丁寧な言葉をお使ひなさつたら如何ですか』 六『喧しい哩。貴様の様に表は蚤も殺さぬ様な態度を装ふて、鬼か大蛇か狼か獅子か山犬かといふ様な表裏反対の教とは雲泥の相違があるのだ。温和い顔をして悪念を包蔵する奴程、この世の中に危険な者はない。外面如菩薩、内心如夜叉、悪鬼羅刹の化の皮今にヒン剥いてやるから覚悟を致せ。吾々ウラル教の御方は上から見れば荒削りの仁王サンの様だが、心の綺麗な事は竜宮の乙姫サンか天教山の木の花姫が素足で逃げ出す様な綺麗な御霊の持主計りだぞ。余り見違ひをして貰ふまいかい』 岩『それはそれは結構な教ですな、しかしながら霊肉一致といつて心の色が外に表はれるものだ。心が和ぎ美しければ其人の言行はやつぱり柔かく美しくなくてはならぬ。黄金の玉を襤褸で包むと云ふ道理は無い筈だ』 六『エヽ好うツベコベ団子理窟を捏ねる奴だナ。今の世の中の奴は、口許り発達しやがつて、男までが女のやうな言葉を使ひ、髪に油をつけ洒落る時節だ。俺らの様な、天真爛漫素地その儘の人間が鉦や太鼓で探し廻つた処でさう沢山はありはせぬぞ、悪魔は善の仮面を被つて好う誑らかすものだ。貴様等もその伝だらう、言ふべくして行ふべからざるものは教の道だ。グヅグヅ云はずに、もう斯うなつちや仕方が無い、因縁づくぢやと諦めてこの方の仰せに服従致せ』 岩『アハヽヽヽヽ、ウラル教は随分理窟は極めて巧妙に仰有りますな、否、聞いて見なくては分からぬものだ、誰も世の中の人間は食はず嫌ひが多くて困る。お前の云ふのが本当なら吾々もウラル教を信ずるのだ。然し乍らウラル教は言行相反する邪教だ。実の事を云へば吾々は元はウラル教の宣伝使だ、竜宮の一つ島に渡つて宣伝をし乍らつい一月前までウラル教の宣伝使を勤めて居たのだ。然し乍ら吾々は三五教を聞いてウラル教と比較して見れば実に天地霄壤の差ある事を心の底より悟つたのだ。要するに何程教が立派でも行ひが出来なくては却て社会に害毒を流す様になる。三五教は不言実行の教だよ。何ほど立派な教でも宣伝使にその人を得ざれば、折角の金玉を泥濘に埋没した様なものだ。お前たちもどうだ、今から三五教に帰順して了つたが後生の為だらう否この身このまま無限の安心と光栄に浴する事が出来るであらう。三五教は現当利益の教理だよ』 六『ヤイヤイ皆の奴、どう仕様かな。この四人の宣伝使は元はウラル教の宣伝使だと云ふ事だ。吾々も茲に到つて沈思黙考の余地は充分に存するではないか』 甲『今更らしい事を云つたつて仕方がないぢやないか。今に八公の報告に依つて、源五郎の大将が数多の部下を引連れ押し寄せて来るといふ手筈になつて居るのだ。コンナ処で、三五教になろうものなら、それこそ大変だぞ。何、構ふものか、弱音を吹くな、たとヘウラル教が悪の教であらうと、毒食はば皿まで嘗ぶれといふ事がある、行く処まで行くのだよ』 六『アヽ此処はサル山峠の頂上だ、此処へ降る雨は紙一枚の違ひで、一方は東へ流れ落ちる、一方は西へ流れ落ちる、善悪正邪の分水嶺だ。吾々も一つ此処で向背を決せねばなるまい』 この時、天空より舞ひ下つた一羽の霊鷹は見る見る身体膨張し、一丈許りの羽を拡げてバタバタ羽ばたきした。 岩『アヽ鷹様か、音彦の様子は如何に』 鷹彦は羽を納め元の姿となり汗を拭き乍ら、 鷹彦『御連中、大変ですよ。音彦の宣伝使はウラル教の大目付、鷲掴の源五郎の為に包囲攻撃をされ、命からがら小鹿峠の方面に遁れ去つたといふ事です。而うして源五郎は自分の馬の下敷となつて腹を破り悶死したさうです。八といふ男が一隊を引き連れて音彦様の後を追跡したと云ふ事です』 六『そりや大変だ、八といふ名は沢山にあるが源五郎といふ大将の名は一人だ、そうすれば吾々の大将は討死したのか、エヽ残念ぢやない哩、残念なのは源五郎御自身だ。常平生からウラル彦の大将を笠に着よつて、虎の威を藉る古狐に罰は覿面、死様にも種々あるに、自分の乗つた馬の背中に押へられ死ぬとはよくよく因果な者だナア。ヤア最う安心だ、何時もいつも吾々を圧迫しよつた報いだ。モシモシウラル教の元の宣伝使、三五教の新米のヌクヌクの宣伝使の御歴々さま、私も三五教に帰順いたしますワ』 岩『要らぬ事を沢山云ふものぢやない。旧だの新だのホヤホヤだのと、それだからウラル教は口が悪いと云ふのだ。帰順するならするで、ベンベンダラリと前口上を並べなくても好いぢやないか。モシモシ鷹彦さま、この男は今お聞きの通り帰順すると言ひました。貴方のお留守中にコンナ勝利品を得ました、ホンの一服休みに一人の帰順者を得たのですから随分豪勢なものでせう』 鷹『相変らず、喇叭吹きがお上手ですなア』 六『オイオイ皆の奴、小頭の六サンが帰順したのだから、貴様たちも俺に殉死だぞ。異議はあるまいな』 一同『あーりーがー度く存じませぬワイ』 六『なんだ、曖昧ぢやないか、しつかり云はぬかい』 辰『お前の云ふ通り、善悪正邪の分水嶺だ、一雨降るまで待つて呉れ。決着が着かぬ哩』 六『執着心の深い奴だナア、置け置け。人間は淡白とするものだ。三五教の宣伝使の音彦や二人の伴のやうに、吾々に両方から包囲攻撃されて深い谷間に身を躍らして飛び込み冥土の旅をした事を思へば屁でもない事だ。牛を馬に乗り換へる丈の事だ。とかく人間は諦めが肝腎だよ。断の一字は男子たるものの必要欠くべからざる宝だからのう』 岩『モシ六サンとやら、音彦が谷へ飛び込んで死んだと云ふのは、そりや本当かい』 六『私も三五教に帰順した以上は、何、嘘を申しませうか、誠も誠、現に私が実地を目撃したのですもの』 駒『そりや大変だ、こりや斯うして居られぬ哩』 六『モシモシ三五教は刹那心ですよ。過ぎ越し苦労はお止しなさい。もう今頃は三途の川の婆アに着物を強請られて渡す着物は無し当惑して居る最中ですだらう。何ほど泣いても悔んでも、一旦死んだ人は呼べど叫べど何の答へもないぢやくり、泣いて明石の浜千鳥』 岩『オイオイ六、ろくでも無いことを云ふな、冗談処ではないワ』 六『六道の辻で六サンが………と云ふ所ですワイ』 岩『エヽソンナ冗談処かい、神言を奏上してせめては音彦一同の冥福を祈り、幽界宣伝の加勢をして上げねばなるまい。……頓生菩提音彦、弥次彦、与太彦の御魂、神の御国に幸あれよ。アーメン、ソーメン、ドツコイ南無妙法蓮、陀仏、遠神笑みため、惟神祓給へ助け給へ、妙々』 鷹『アハヽヽヽヽ、岩彦サン、ソンナ混雑した祝詞がありますか』 岩『イヤもう親密なる友人の訃を聞いて心も心ならず、何れの神様を祈つたら音彦の御魂サンを守つて下さらうかと一寸麻胡つきました。然し乍ら之が人間の真心ですワ』 亀『岩彦サンは好う麻胡つく方だなア、シヅの窟で私たちの骨なと肉なと拾ふてやろうと仰有つた時のお麻胡つき方そつくりだワ』 岩『アハヽヽヽヽ、一寸余興に洒落て見ました』 駒『これは怪しからぬ、友人の訃を聞いてそれ程可笑しいですか』 岩『アハヽヽヽ、可笑しい可笑しい、苟くも三五教の宣伝使たるもの、尊き神の御守りある以上敵に包囲攻撃されたと云つて、自ら谷へ飛び込んで自殺を遂げると云ふ事がどうしてありませう。屹度助かつて居ると、吾々の何だか琴線に触れる様な心持ちがして来ましたアハヽヽヽ』 遽に聞ゆる人馬の物音、五人の宣伝使は一斉に立ち上り音する方を眺むれば、数百人のウラル教の捕手の役人、各自に柄物を携へて此方に向つて登り来る。 岩『ヨー、お出たお出た』 六公『サア面白い、一行の宣伝使様、此処で六公が三五教に帰順しました心底を現はして見せませう』 と捻鉢巻をしながら、六公は峠の真ん中に大手を拡げ大音声、 六公『其方は悪逆無道の鷲掴の源五郎か、自分の馬に押し潰されて死んだ奴めが。未だ娑婆が恋しいと見えて数多の亡者を引き連れて、三五教の宣伝使を召し捕むとは片腹痛い。サアこれから六サンが三五教に寝返り打つた初陣の活動、吾が言霊の神力に往生いたせ。アーオーウーエーイー』 この声終ると共に、大将源五郎の騎馬の姿も、数多の軍卒の影も忽ち煙の如く消え失せて、後には、尾の上を渡る松風の音が聞ゆるのみ。 六『アハヽヽヽヽ、何と源五郎の奴、執念深い奴だ。亡者になつても未だやつて来よる。しかし乍ら、三五教のお蔭で亡者隊は、モジヤモジヤと煙となつて消え失せたり。ヤア宣伝使御一同様、何卒これを証拠に貴方のお弟子にして下さいませ。お荷物でも持たして頂きませう』 岩『自分の荷物は自分が持つべき物だ。吾々は人の力を借りるといふ事は絶対に出来ない。六サンは六サンの荷物を持つて随いて来なさい』 六『御存じの通り、私の荷物は此の槍一つで御座ります。もう斯うなる以上は槍の必要もござりませぬ。コンナ物は谷底へやり放しにして、是れから大いに、神様の宣伝をやりませう。やり繰上手の六サンは一つ足らぬ許りで何時も七つやの御厄介、是からは、三五教の御厄介になりませう』 岩『アハヽヽヽヽ、滑稽諧謔口を突いて出ると云ふ風流人だナ、面白い面白い。お前の荷物と云ふのは外でもない、まだ一匹残つてゐる、四足の副守護神だよ』 六『エエソンナ物が居りますか』 岩『居るとも居るとも、その副サンが滑稽諧謔の主だ。然し乍らお正月言葉許り使つて居る宣伝使中には、時に取つては副サンも必要だ。或る時機までは大切に背負つて行きなさい』 六『六の身体から一つ取つたら五つになります。五ツの御霊の宣伝使にして下さいな』 岩『宜しい宜しい、もう暫らく副サンを保留して置くんだよ』 遽に一陣の強風吹き来ると見る間に、馬の蹄の音、何処ともなく響いて、木の間に現はれた眉目清秀の宣伝使あり。 鷹『貴方は、日の出別の宣伝使様、能う来て下さいました。一同の者がどれ丈け、憧憬れて居つた事ぢやか知れませぬワ』 日『ホー皆サンご苦労でした。しかし音彦、外二人は、コシカ峠においてウラル教の捕手の為めに包囲攻撃されて、進退維谷まり、千仭の谷間に身を投じて気絶をしてゐます。時遅れては一大事、サアサア皆サン早くお支度をなされ、一鞭当ててコシカ峠の溪間に、宣伝使を救ひに参りませう』 一同『ヨーそれは大変』 と云ふより早くヒラリと馬に跨り、九十九折のサル山峠の坂道さして『ヤア六サン来れ』と一目散に日の出別の神に従ひ走り行く。 (大正一一・三・二三旧二・二五藤津久子録)
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(1619)
霊界物語 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) 09 空中滑走 第九章空中滑走〔五五九〕 さしも烈しき山颪嵐の後の静けさと 天地は茲に治まれどまだ治まらぬ胸の中 与太彦、六公の両人は小鹿峠の谷々を 木の葉を分けて探せども梢は暗く下柴の 茂り茂りて道もなく遂にその日も暮れにけり 時しもあれや東天に雲押し分けて昇り来る 月の光に照らされて四辺明るくなりければ 二人は声を限りに 与太彦、六公『オーイ、オーイ、弥次公ヤーイ、勝公ヤーイ』 と叫ぶ声も遂に嗄れ果てて、今は心も皺がれの、声も無ければ音もなき、 二人の友が消息を右往左往に踏み迷ひ 尋ね行くこそ哀れなれ。 与太公、六公の二人は老樹鬱蒼として昼なほ暗き谷間に辿り着いた。 与『オイ六公、是丈け尋ねても見当らないのだから、もう断念するより仕方があるまいなア』 六『是ほど広い山の中を、人間の一人や二人が一日二日探して見た処が駄目だなア。然し乍らみすみす友の災難を見捨てて帰る訳にも行かず、吾々は息の続く限り、所在をつき留めて、せめては死骸なりと厚く葬つてやり度いものだ』 与『これ丈け尋ねて、生きて居つて呉れれば結構だが、不幸にして、弥次、勝の両人、敢なき最後の幕を降し、死骸となつて横はつて居るとすれば、本当にそれこそ世話のしがひが無いワ』 六『与太サン、ソンナ与太を云つてる処か、本真剣になつて下さいな』 与『真剣とも真剣とも本真剣だが、余り疲れたので足がヨタヨタ、与太サンだよ』 六『あれ丈け呼んでも、ウンともスンとも答が無いのだから困つたものだ。余り偉い風に吹き付けられて、弥次、勝の両人は、鼓膜を破られて、吾々のこの友情の籠つた悲哀的声調が耳に徹しないのだらうか』 与『何、あれ位の風に、耳の鼓膜が破れるものか、縡の糸が切れたのだよ。綽切れたに間違ひない、困つた事だワイ。ことに草深い山中の事といひ、捜索するのも、殊の外、骨の折れる事だ。是ほど呼んでも叫んでも、コトツとも云はぬのは、どうしたものだイ。この谷のあらむ限り悉く、言霊の発射をやつて見やうと思へど、どうした事か、声は嗄れ、貴重な言霊は忽ち停電と来たものだから、仕様事はない、道中で二人の友達を紛失致しましたと云つて、日の出別の神様にどう断りが立つものか。アヽ困つた事だ、コンナ事と知つたなら随いて来るのぢや無かつたにと云つて、慰藉晴らし愚痴の繰言繰り返し、呼べど叫べど死んだ人は、開闢以来帰つたと云ふ事はまだ一度も聞いた事がないワイ』 六『与太公、アヽお前はようことことと云ふ男だナア、生死不明の両人を捉へて、お前は最早死んだ者と覚悟を決めて居るのか』 与『耳も聞えず、物も言へない奴は死んだ者だ。アヽ六日の菖蒲、十日の菊だ、悔んで返らぬ事乍ら、恋しい弥次サン勝サンは、何処にどうして御座るやら、お前は情ない情ない、都合四人の道連れが、半死半生の目に合ふて、どうして之が泣かずに居られうか。アヽ私も一所に殺して下さんせ、死に度いわいなと許りにて、命惜まぬ武家育ち、シヤンシヤンシヤンか』 六『エヽ与太公、ヨタを云ふにも程がある哩、もつと真面目にならないか』 与『真面目になつても、ならいでも同じ事だよ、死んだ者は、どうしたつて帰つて来る例は無い、俺も余り心淋しく悲しくなつて来たので、気まぐれに、莫迦口を叩いて居るのだ。何処に友達の災難を見て喜ぶ者があらうかい。三五教の教には、取越苦労と過越苦労はいたすなよ、勇んで暮せ、刹那心が大切だ、刹那のその刹那こそ吾々の意志のまま、自由行動の勢力範囲だ。一分間前は最早過去の夢となつて、どうしても逆転させる訳には行かず、一分間後の事は人間の自由になるものではない、何事も神様の自由意志の儘だ。斯う云つて居る間も、無情の風とやらの悪魔は吾々の身辺を絶えず附け狙ふて居るのだ。弥次、勝の二人の友達は実に無情至極の烈風に誘はれて之も生死の程は明かならず、吾々はこうして両人に邂り逅ひ、ヤア居つたか居つたか、結構々々、豆で御無事でお達者で、美はしき御尊顔を拝し吾々身に取つて、恐悦至極に存じ奉ります。やア之は之は与太公か六公か、余が所在を尋ね、よくも難路を踏み越え、探しに来て呉れた、大儀々々、余は満足に思ふぞよ。褒美には、これを遣はすと云つて、鼻糞の万金丹でも、ヱンリンのアンカン丹でも御下賜あるに定つて居ると予算を立てて行つて見た処が、算用合ふて銭足らず、予算外の支出超過で、さつぱり二人の友達は破産申請、身代限りの処分を受けて、可愛い妻子をふり捨て、十万億土の冥途とやらいふ国へ移住でもして居つたら、その時こそ、折角張り詰めし心の綱も、頼みの糸も切れ果てて、泣いても悔んでも返らぬ悲惨な幕に打付かるかも知れやしない。その時なにほど失望落胆したつて駄目だよ。アヽコンナことを思ふよりも、日頃の信仰の力によつて強圧的に刹那心を発揮し、われと吾心の駒に慰藉を与へて居るのだよ。陽気浮気で無駄口が云へるかい。啼く蝉よりも啼かぬ螢が身を焦す。嗚呼それにしても、あの元気な弥次彦の顔がもう一度拝みたい。勝公も勝公ぢや、折角、窟の中から助けられ、僅か半日経ぬ内に、無情の風に誘はれて、木の葉の如く吹き散らされ、煙となつて消ゆるとは、何たる因果な生れ附だらう。想へば想へば矢張悲しいワイ。刹那心の奴、どうやら屁古垂れさうになつて来たワイ。アーンアーンアーンアーンアーン、ウーンウンウンウン』 六『日天様はニコニコと御機嫌好く、山の端をお昇りなさつて吾々の頭を照らして下さるが、心の中は雲に包まれ、涙の雨は夕立と降りしきり、何共云へぬ淋しい事だ。人間といふ者は、あかぬものだな。昨日まで、鬼でも挫ぐ様な元気で、機嫌良うはしやいで居つた二人の友達は、今は生死も分らず九分九厘までは彼の世へ行つたものと諦めねばならぬ破目になつて来た、俺も昨日まで、ウラル教の宣伝使であつたが、漸く三五教に帰順したと思へば、弥次彦、勝公に別れて了ふし、何だか知らぬが昨日から交際ふた人とは何うしても思はれない、十年も二十年も昔から交際ふた様な気がする。知り合ひになつてから、三日も経たぬ俺でさへも之丈け悲しいのだもの、与太公は、長い間の馴染、お前の心も察するよ』 与『アヽ仕方がない。此処で屁古垂れずに、もう一遍、大捜索をやつて見やうか、因縁があれば、神様が両人に逢はして下さるだらう、たとへ死骸なり共、もう一目逢ふて、二人の先途を見届けて置かねばならない。エヽ怪体の悪い烏の鳴き声だ、益々気に懸るワイ』 六『オーほんにほんに向ふの谷間の大木の枝に沢山の烏が止まつて鳴いてゐるなア。ハテ、こいつは怪しいぞ、何だか人間の着物らしい物が、梢に見えるぢやないか、見てみよ』 与太公は両手の親指と人差指にて輪を拵へ乍ら眼鏡の如くに、左右の目にピタリと当がひ、烏の群がり居る樹木の枝に目を注いだ。 与『ヤアあれは的切、弥次公、勝公の着物だぞ。天狗の奴、股から引裂きよつて、着物を木に掛けて置きよつたな、エヽ忌々しい、しかしながら着物でも構はぬ、友達の形見だと思へば宜い、一つ彼の木の根元へ行つて調べて見やう、あの下辺りに、死骸となつて横はつて居まいものでもないワ、彼れが第一、生きて居るのだつたら、烏の声が聞えるだらうから、俺達の言霊も聞える道理だ。一つ力限り叫んで見やうか』 六『叫ばうと云つたつて声の原料が根絶したのだから仕方がない。向ふが烏よりもこちらが声をからすだ、二人で此様な処で、とり留めもない、とりどりの噂をして居るよりも、とり敢ず、手取早く、彼の木の元にとり付いて調べて見やうかい。万一あの木の元に、死骸が一人でも二人でもあつたならば、俺は彼の女房の代り役者となつて、これこれ弥次サン勝サンヘ、逢ひたかつた、見たかつた、と顔や手足に取付いて、前後不覚に嘆きつつ、取乱したるその哀れさ、ヂヤンヂヤンヂヤンヂヤン』 与『俺の真似許りするない。ソンナ処かい、さア駆足だ』 樹木茂れる中を、茨に引掛り、蜘蛛の巣にまとはれ乍ら、漸くにして谷川の縁に着いた。 与『ヤア、折悪しく、川向ふの松の大木だ、この急潭をどうして渡らうかな、アヽ昨日や今日の飛鳥川、変る浮世といひ乍ら、有為転変も、ここまで往つたら、徹底して居る哩、この川の淵瀬がどうして渡られやうぞ。オイ六公、何とか好い考へは出ないかいのう』 六『俺の考へは只刹那心あるのみだ。この谷川へ飛び込んで、土左衛門になつたら、その時はもう仕方が無い。弥次公、勝公の後を追ふて一所に仲宜く、死出三途同行四人だ』 と云ふより早く、六公は着物を着た儘、ザンブと許り谷川へ飛び込んだ。 与『アツ六公め、気の早い奴だ、エヽ俺も破れかぶれだ』 と又もや、ザンブと身を躍らして、青淵目蒐けて飛び込んだ。折よく流れ渡りに向岸に無事に這ひ上る事を得た。 六『アヽお蔭で川渡りは成功した。与太公もやつたのか、偉いなア』 与『偉いの偉くないのつて、鼻から口から、水を充満飲んだものだから、息が止まりさうにあつたよ、然ながら、斯うぬれねずみでは、着物が足に巻り付いて歩く事も出来はしない、一つ大圧搾をやつて、荒水を取つて着替へて行かうか。ヤア六公の奴、早何処かへ行きよつたナ』 六公は一丁許り向ふの樹の茂みから、 六『オーイ、与太公、此処だ此処だ、オーイ、弥次公、勝公、俺は此処だヨウ』 与『何だ幽霊の名まで呼んでゐよる。冥土へ行つた弥次、勝と交ぜて俺の名を呼ばれて堪るものかい。顕幽混交だ、縁起の悪い。併しながら、俺は三途の川へ飛び込んで、最早や娑婆の人ではないのかな。何は兎もあれ、六公は頻りに呼び居るから、ともかく行つて見やう』 と独り言ちつつ声を目当てに上つて来る。 与『ヤア六公、どうだ、目的の主は御健全かな』 六『どうやら、姿だけは残つてゐるらしいぞ。何ぼ呼んでも、返事はせないから、生死の程は確かにそれとは計り兼ねる。上つて見やうと思つた処で、コンナ大木で、どうする事も、斯うする事も出来やしない、末期の水もよう汲んで貰はずに死んだかと思へば今更の様に思はれて、俺はもう悲しいわいやい、アーンアーンアーンアーン』 与『何メソメソ吠面かわくのだい、末期の水はなく共、松ケ枝で死んだのだもの松の露位は飲んで死んだらう、死んで了つてから何を云つたつて仕方がない。これからは、二人で弥次、勝の弔ひ合戦をやるのだ、二人寄つて四人前の働きをすれば、二人の亡者も、冥するであらう。もう斯うなれば、追善の為めに、各自が二人前の働きをするより、二人の霊を慰めてやる方法は無いワ』 松の上より幽かな声で、 弥『オーイ与太公か、六公か、与太六』 与『ヤア、お前は弥次彦か、勝公か、死んだらもう仕方がない、後は俺が引受けて女房までも都合宜う世話してやるワ。迷ふな迷ふな。娑婆の執着心をサラリと去つて極楽参りをしてくれ』 弥『(小声で)オイ勝公、お蔭でこの松の大木に助けられて気が付いたと思へば、与太、六の奴、俺たちを亡者と間違へよつて、アンナ事を云つて居よる。一つ此処まで、軽業の芸当をやつたのだから、このまま下りるのも何だか、変哲がない、一つ亡者の真似でもして、一芝居やつて見やうかな』 勝『お前、よつぽど腹の悪い奴だナ、可愛想に二人の友達が、泣声を出して探しに来て居るのに罪な事をするものぢやないワ』 弥『それでも勝公、既に既に、俺たちを亡者扱ひにして居るのだもの、このまま済しちや、折角の芝居のハネ口が悪いぢやないか。ハネ太鼓が鳴るまで一寸演劇気分になつたらどうだ、オイ勝公、お前芝居が下手なら口上言ひにならぬか、拍子木の代りに、両手を叩いて、お客様に口上を申上げるのだ』 勝『さうだ、一寸口上を云つて見様かな。東西々々、今晩御覧に入れまする狂言芸題の儀は、小鹿峠大風の段より三途の川、死出の山、脱衣婆に弥次彦が談判を試みる一条より後に残つた、与太、六といふ二人の腰抜け野郎が、泣面かはいてその後を尋ね、三途の川の向岸で松の大木の根元において嘆き狂ふ愁歎場を、大切と致しまして御高覧に供しまする。何分遽芝居の事にございますれば、神直日大直日に見直し聞き直し、あれは彼れ位の者、之は之れ位の者とお許し下さいまして、お爺サンもお媼サンもお子供衆も、近所隣誘ひ合せ賑々しく、御来場御観覧下さらむ事を、偏に希ひ上げ奉ります、チヤンチヤン』 与『オイ六公、世の中が変れば変るものだな、芝居といふものは娑婆丈けのことかと思へば、幽界に来ても、やつぱり芝居があると見える哩、なにほど幽界は淋しいと云つても、芝居さへ見せて呉れれば、ちつとは気保養も出来るといふものだ、変性男子の閻魔サンが御代りになつてからと云ふものは、地獄の中も、余程寛大になつたといふ事を、神憑の口を通じて聞いて居たが、如何にも変つたものだ、民権発達といふものは、地獄の底まで影響を及ぼし、今度の閻魔サンは、民主主義になられたと見えるな』 六『与太公、何を云ふてゐるのだい、ここは三途の川じやないぞ、小鹿峠の谷間ぢやないかい、勝の奴、好い気になつて、アンナ亡者芝居の真似をさらしよるのだよ。莫迦莫迦しい哩』 与『否々そう早合点をするものぢやない、俺も一旦、谷底へ飛び込んだ時に沢山な水を飲んで、気が遠くなり、大きな川を泳いだ様な気がする、婆の姿は見えなかつたが何でも深い大きな川だつたよ』 六『惚けない、今この川を渡つたとこぢやないか、俺は決して亡者ではないぞ。貴様も俺と一所に渡つたのだから、矢張り娑婆の人間だ。オイ、松葉天狗の弥次公、勝公、早く下りて来ないかい、ソンナ処で目を剥き、鼻を剥き、芝居をやつて居ると、真逆様に顛倒して、それこそ今度は、真正の亡者にならねばならぬぞ。好い加減に下りて来ないかい。貴様が仕様もない事を吐すものだから、与太公の奴、亡者気分になりよつて困つて了ふワ』 弥『(作り声して)ウラメシヤー、無情の風に誘はれて、小鹿峠の十八坂の上まで来た処が、無惨やナー、花は半開にして散り、月は半円にして雲に包まる、有為転変の世の中とは謂ひ乍ら、思ひもよらぬ冥土の旅、ま一度女房の顔が見たい哩のー。それに就いても恨めしいのは、なぜ与太公や六公を冥土の旅に連れて来なかつただらう。三途川の鬼婆奴の吐す事には、貴様は友達甲斐のない奴ぢや、なぜ与太公、六公を見捨てて来たか、水臭い奴ぢや、も一度帰つて誘ふて来いと吐しよつた。アヽ仕方がない………後に残つた与太公や六公の奴、弥次彦勝彦は情ない奴ぢや、何故に俺達を残して冥途の旅をしたのかー、この恨みは死んでも忘れは致さぬと、小鹿山の森林で娑婆の亡者となつて迷ふてゐるぞよ。早く貴様は娑婆の入口まで引返し、松の木の枝から、招いて来いと云ひ居つた。アンナ頑固な腰抜け野郎と、冥土の旅をしたなれば、嘸や嘸厄介のかかる事であらう程に、エヽ三途の川の鬼婆も聞えぬわいのー、ホーイホーイ』 六『コラ弥次公、何を誣戯けた真似をしよるのだい、死に損ひ奴が、早く下りぬかい』 与『オーイ弥次公、三途の川の婆が何と云ふたのか知らないけれど、与太公は娑婆で大病に罹つて足が立たぬから暫らく猶予をしてやつて下さいと頼んで呉れえやい。俺はその代りに、貴様の冥福を祈つて、朝晩に鄭重な弔ひをしてやる程に、何卒お婆アサンにその処は宜しう取做しを願ふぞやー、ホーイホイホイ』 六『ヤア此奴また怪しうなつて来たぞ、与太公は丸で六道の辻見た様なものだ、エヽ糞ツ、面白くもない、娑婆の幽霊の奴が。オイ弥次公、勝公よい加減に下りぬかい』 勝『ポンポン、東西々々ただ今御高覧に入れましたる一条は、冥土より娑婆の亡者迎への段、首尾よくお目に止まりますれば、次なる一幕を御覧に入れ奉りまーす』 六『エヽ、陰気臭い。下りな下りいで宜いワ、此処に都合の好い竹竿がある、之で貴様の尻をグサと芋ざしに刺してやるから左様思へ。オイ与太公、貴様も手伝はぬかい、たとへ亡者にした処で余りな事を吐す奴だ、突いてやるのだ、恰度竿も二本ある、誂へ向に二本置いてあるワ、オイあの尻を目蒐けてグサツと突くのだぞ』 弥『アナオソロシヤナー、アナオカシヤナー、突かれたらアナ痛やナー、あな畏あなかしこ。ヒユードロドロドロドロドロ』 手を腰の辺りにブラリと下げ、調子に乗つて松の小枝をスルスルと歩いた途端に踏み外してズルズルズルズルズルドターン。 弥『イヽヽイツターイ』 六『流石は弥次彦だ、空中滑走をやつて、御無事御着陸、今度はお次の番だよ。勝公も滑走だ滑走だ』 勝『東西々々、只今は弥次彦が幽霊となつて中空を浮遊し松の根元に着陸いたしました。滑走の芸当、お目に止まりましたなれば、皆サンお手を拍つて御喝采を願ひまーす』 六『コラ勝公、弥次彦が腰を抜いて冥土旅行をしかけて居るのに何をグズグズやつて居るのだ。好い加減に下りて来ぬかい』 勝『東西々々、これから第三段目も御覧に入れまーす。飛行機に乗つて勝彦の無事着陸、お目に止まりますれば今晩は之れにて、千秋楽と致しまする』 と云ふより早く、コンモリとした松の小枝より傍の竹の心を目蒐けて飛び付いた。竹は満月の如く弓となつてフウワリと大地に勝公を下ろした。 勝『お蔭で命だけは、どうやら、此方の者になつたらしいと思ひます。藪竹サン、左様なら』 と掴んだ竹を離せば、竹は唸りを立てて立ち直る。 弥『オイ与太公、貴様こそ本真物か』 与『何だか生死不明の境涯だ』 六『エヽ困つた奴と道連れをしたものだワイ』 弥『アヽどうやら腰が抜けたのでは無かつたさうだ、アハヽヽヽヽヽ』 勝『吾々は不都合な芸当を御覧に入れましたにも抱はらず、神妙に御覧下さいまして、勧進元は申すに及ばず役者一同有難く御礼申上げます、また御暇がございましたら、来年の春、また一座を引きつれて皆サンにお目に掛らうやも知れませぬから、永当々々、倍旧の御贔屓を偏に二重に七重の膝を八重に折り、かしこみかしこみ願ひ上げ奉ると申す、惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 一同『アハヽヽヽヽ、お目出度いお目出度い、甦つた甦つた、千秋万歳万々歳』 (大正一一・三・二四旧二・二六藤津久子録)
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(1621)
霊界物語 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) 11 河童の屁 第一一章河童の屁〔五六一〕 勝公の宣伝使を始め弥次彦、与太彦は六公の後を追跡して漸く二十峠の麓に着いた。 与『サア又之からが危険区域だ、敵の防禦網を突破して善戦善闘、秘術を尽し神軍の威力を示すべき時は迫つた』 勝『アヽさうだ、各自に腹帯をしつかりと締めて、四辺に気をつけ登阪する事としよう。それにしても六公は何処へ磨滅して仕舞つたのだらうか、三人では如何も話し相手のバランスがとれない、仲々の慌て者だからなア』 弥『何でも彼奴、お竹の顔を見るより猫のつるんだ後の様に両方へパツと逃げ散つた。その時の可笑しさ、之は何か込み入つたローマンスが伏在して居るのかも知れないぞ』 与『何、ローマンスなんて、アンナ男にあつて堪るものかい』 弥『さう見絞つたものじや無い、縁は異なもの乙なものだ。今に六公がお竹を連れて「ヤア六サンか、お前は如何して居つたのだ、その袴は何事ぞ、此お召物は」と取り付いて涙片手に掻き口説く、そこで六公の奴「ヤアお竹、如何成り行くも因縁づくぢやと諦めて呉れよ、昨日に変る今日の空、定めなき世の習ひに洩れぬ二人が切ない恋路、アーア、天道様も聞えませぬ」等と何処か途中で悲劇の幕を演じ、ヤツト機嫌をとり直し手に手を把つて二十峠を目蒐けて現はれ来り「天下の色男はマアこの通り、比翼連理を契つた仲、切つても切れぬ二人が恋路」なんて惚けよつて首を其場へヌツと現はすかも知れないぞ、アハヽヽヽ』 与『ウツフヽヽヽ、アーア、馬鹿な事を言ふて呉れない、臍が弛くなつて、足がガブリガブリするワ』 弥『勝彦サン、コンナ足が笑ふ様な奴に構はずに二人仲良く進みませうかい。三人の道中と言ふものは何だか一人空手が出来て、話しもつて歩くのに如何も都合が悪い』 与『ヘン俺を放つといて二人先に行つたら面白からう、丁度四足の旅行だから早く先へ行つて路瑞の草でも噬ぶるか、石地蔵に小便でもかけたが良い哩』 弥『コラ、馬鹿にするない、牛馬か犬の様に草を喰への、小便をひつかけろのと余り馬鹿にするない』 与『ヤア割とは気の小さい奴だナ、コンナ事に腹の立つ様な事で宣伝使のお伴が出来るかい、娑婆幽霊奴い、ツベコベ囀ると又、松の梢から踏み外して腰を抜かさなならないぞ。此処は小鹿峠だが後になれば弥次彦のこしぬかし峠と名がつくだらう。オイ腰抜け先生、御勝手にお越しなさい、もう貴様とは只今限り国交断絶だ、旅券を交付して与るから蒸汽に乗つて早く帰国致せ』 弥『アハヽヽヽ、与太の奴、真面目になりよつて其面ア何だ、まるで夜鷹の様な団栗眼を剥きよつて嘴を鋭らして、あまり見つとも良くないぞ。之から与太を改名して夜鷹と言つたが宜からう、夜鷹と言ふ奴はござをひつかけて暗い辻に立てつて居よる奴だ』 与『アヽそうか(惣嫁)とけつかる哩』 弥『お前と俺との仲は何うやら形勢不穏になつて来かけた、サア勝公の宣伝使の御目の前で平和克復の条約を結ばうかい』 と言ひ乍ら、尻を捲つて、 弥『サアサ屁いはこく吹くだ』 与『アハヽヽヽ、屁と言ふ奴は笑顔の好い奴だな、然し乍ら貴様の屁は、あまり牡丹餅を沢山格納したので瓦斯が猛烈に発生して、異様の臭気紛々として鼻を向くべからずと言ふ臭の臭の醜たるものだ、アハヽヽヽ、臭い臭い、貴様の尻から行くと年が年中雪隠の中で年期奉公をしてる様なものだよ、真実に吾輩も不平満々だ』 弥『俺の屁は臭の臭の秀逸だらう、臭気紛々として恰も麝香の如しだ。臭いのが屁の生命だ、臭うない屁は既に已に屁たるの資格を失つたものだ。河童の屁の様に匂ひのせぬ奴は屁の腐つたのだよ。屁をこくなら生きた屁をこけ、死屁は縁起が悪いぞ』 与『貴様の屁は伊勢参宮の道中屁だ、堅い堅い屁を放るから石部だ、音は大津で後は草津だ、真実に威勢(伊勢)の良い事だ、アハヽヽヽ』 弥『軍学の名人、兵法の達人とは弥次彦の事だよ。今に砲兵工廠でも建設して大砲を製造し盛に砲列を敷いて戦闘準備に着手する考へだよ、アハヽヽヽヽ』 与『オイ弥次屁衛、貴様はこれから兵助、文助、久助と、尊名を奉らう。有難く頂載せい』 弥『ヘイヘイ有難う、確に頂戴仕りませう、マア斯うなれば二人の仲もへな戸の風にへ解き放ち艫解き放ちて大海の原に、大津べに居る大船を押し放つ事の如くへい和の風はソヨソヨと春の海面を撫でて天下泰へい最後屁和こく土成就だ。愈へい和克復の曙光を認めた、へこく(四国)へち十へつか所(八十八ケ所)何んぼ(南無)放いても大師遍照金剛だ、アハヽヽヽ』 与『モシモシ勝彦サン、貴方はよつぽど真面目な人ですな、コンナ可笑しい事が貴方は何ともありませぬか』 勝『お前達は屁でもない様な事が可笑しいのか、水中に放屁した様な下らぬ喧嘩をオツ始めて平和克復もあつたものか、人を屁煙に捲いて、吾等は聊か閉口頓首の至りだ』 弥『この与太公は屁放り腰の屁古垂男だから、もちつと向ふへ行つたら屹度屁古垂れますぜ、アハヽヽヽ』 与『お前は膝栗毛の弥次郎兵衛と云ふ屁こき爺だ。あまり調子に乗ると社会の弊害になるから良い加減に筒口を閉門した方が宜からうぞ、アハヽヽヽ』 勝『まるで鼬や馬や屁こぎぶんぶと道連れの様だワイ、オツホヽヽヽ』 弥『ヨーヨー何時の間にか話につられて頂上へやつて来ました。矢つ張り此処にも平坦な道が開平されてあるですな。遠く彼方を見渡せば目も届かぬ許りの之も大平原、矢つ張り天下太平の世の中だワイ、アハヽヽヽ』 勝、与『ウツホヽヽヽ』 弥『何だか、チツと腹が変になつて来ました、一寸そこ迄失礼いたします、ここらに屁太張つて待つてゐて下さいませ、ヘイ御免なさいませよ』 とチヨコチヨコ走り、樹の繁みに姿を隠した。 与『ハツハヽヽヽ、何処かに芋を植ゑに行きよつたな、太い奴を、アハヽヽヽ。アーア胸が悪くなつた、折角喰つた牡丹餅もどうやら嘔吐り相になつて来た哩』 一方の森林の中よりウンウンと言ふ呻り声、弥次彦の隠れた方にも亦もやウンウンといふ呻り声が聞えて居る。 与『ヤア此奴は堪まらぬ、右と左より、敵に挟撃されてる様なものだ、オイオイ、ウンウン吐かす奴は何処の糞奴だい』 忽ちガサガサと現はれて来た一人の男がある、見れば何だか見覚えのある顔だ。 与『ヤア六公の奴、何をしてゐたのだい』 六『何…………、一寸…………ホンノ…………僅かなものだよ…………、俄に陣痛が来たので産婆は居らぬけれど一人でトツクリお産をやつてゐたのだ』 与『フンさうかい、彼方にも此方にも子を生みよつて吾々は糞攻めに遭ふて、実に糞慨の至りだ。オイ弥次兵衛、よい加減に出て来ないか、汽笛が鳴つたぞ、発車時間に乗り遅れても知らぬぞよ』 弥『八釜しう言ふな、今発射の最中だ。貴様も其処でお山の大将俺一人と言ふ調子でハシヤイで居れ、糞八釜しい』 与『オイ六公、貴様ア一体、お竹の顔を見て、血相を変へて逃げ出したのは、あらア何だ』 六『ヤア何卒それ丈けは聞いて呉れな、後生だから』 与『ご生でも六升でも構はぬ、吾等一同(一斗)の者に一石(一刻)も早く事情逐一申し上げぬかい』 六『ヤアお竹の事思へば一石どころか万斛の涙が零れる哩、それはそれは歯の浮く様なローマンスがあるのだ、アーア』 与『アーアとは何だい』 六『アーアは矢つ張りアーアだ』 弥次彦はガサリガサリと笹原を踏み分けて現はれ来り、 弥『御一同様、お待たせ申しました。ヨウ六公、其処に居るのか、能うマア鼠にも引かれずに無事で此処まで来て呉れた、偉い偉い、ヤレヤレ二十峠の頂上で愈四魂が揃ふた、サア之からは原(腹)の下り阪ぢや、鵯の谷渡りぢや、ピーピーだ、全隊進め、オ一、二、三、四』 四人は急阪を飛ぶが如くに自然的に足に任せて速度を加へ雪崩の如く下つて行き、漸く麓に着いた。 弥『サア、上る身魂と下る身魂で世界は一旦騒がしくなるぞよ、後は結構な神世となるぞよ、松のミロ九の世が参るぞよ、改心致して下されよ、改心ほど結構は無いぞよ、改心すればその日から屁をこいた様に腹の中までスツと致して気楽に暮らされる様になるぞよ、この世の鬼を往生さして世界の人民に安心をさせるぞよ』 与『そら、何を言ふのだい、勿体無いぞ』 弥『三五教のお筆先だ、貴様等のホヤホヤ信者に分つて堪まらうかい』 与『屁をこいた様に腹が空いて楽になるぞよなぞと、ソンナ事を神様が仰有るものかい、大方貴様の入れ事だらう』 勝、六『アハヽヽヽヽヽ』 傍の丈なす雑草の中より覆面の男十七八人、ムクムクと現はれ手槍を扱き乍ら、 男『ヨー其方は三五教の宣伝使の一行、吾こそはウラル教の大目付役、鷲掴源五郎の身内に於て三羽烏と聞えたる烏勘三郎だ。サア斯うなる上はジタバタ藻がいてもモウ駄目だ、神妙に手を廻せ』 弥『ハヽヽヽ、吐くな吐くな、抑も天教山に現はれ給ふ野立彦の大神、木花姫命、まつた黄金山に現はれ給ふ埴安彦、埴安姫、コーカス山に時めき給ふ須佐之男命の御名代日の出別命の御家来の弥次彦とは俺の事だ、吾名を聞いて胆を潰すなウフヽヽヽ』 勘『ワツハツハヽヽヽ、この場に及んで切端つまり、コケ嚇しの豪傑笑ひ、今に吼え面かわかして見せう、ヤア者共、彼奴等四人に一度にかかれ』 勝『ワツハヽヽヽ、洒落な洒落な、今に三五教の宣伝使が、目に物見せて呉れむ』 と言ふより早く両手を組み食指の先より五色の霊光を発射し、勘三郎初め一同の捕手に対つて速射砲的に霊弾をさし向けたれば、勘三郎始め一同は俄に頭痛み、胸裂くる許りウンウンと苦悶を始め柄物を大地に投げ捨て七転八倒、息も絶えむ許りの光景となりぬ。 勝『アハヽヽヽ、脆いものだワイ、一つ宣伝歌を歌つて一同の奴等を帰順させ、コーカス山に伴ひ行きて吾手柄を表はし呉れむ。ヤアヤア、弥次彦、与太彦、六公、宣伝歌を吾と共に声高々と歌ふのだぞ』 勝彦外一同声を揃へて 一同『神が表に現はれて善と悪とを立別ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 只何事も人の世は直日に見直せ聞き直せ 身の過ちは詔り直せ身の過ちは詔り直せ』 と歌ひ終つた。勘三郎始め一同はこの言霊の神徳に救はれて、さしも厳しき霊縛は解かれ涙声を絞り乍ら茲に一同帰順の意を表し神恩を感謝するに至りたり。 (大正一一・三・二四旧二・二六北村隆光録)
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霊界物語 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) 12 復縁談 第一二章復縁談〔五六二〕 勝彦の宣伝使を始め、弥次彦、与太彦、六公の一行は、烏勘三郎の一軍を言向和し、意気揚々として峠の幾つかを越えて、又もや一つの部落に着いた。 此処は二三十軒斗り彼方此方に家の散在せる小部落で小山村と云ふ。 弥『ヤーまた此処にも一小天地が形造られてあるワイ。どこにか都合の好い家を探して休息をさして貰はうかい』 と先に立つてキヨロキヨロと適当の家を探してゐる。小さき草葺の家の門口に一人の婆アが立つてゐる。 弥『モシモシお婆アサン、どうぞ一服さして下さるまいか』 婆『わしは盲目だから、どなただかお顔が分らない。お前サンは一体何処へ行く旅人だい、伴の衆は有るのかい』 弥『ハイハイ、伴の者は一行四人、山坂をいくつも跋つて来たのだから、脚が棒のやうになつて知覚精神は何処やらへ転宅したと見え、チツトも吾々の命令に足の奴服従せないやうになつて来ました。どうぞ此縁側を一寸貸して下さらぬか。儂はこれからコーカス山へ参拝するものですから』 婆『アーさうかな。それは能う御信心が出来ます。私もコーカス山の神様を信心して居る信者の一人だ。ウラル教なら平に御断りだが、コーカス参りをする方なら、きつと三五教だらう。マア悠くりと休んでゐて下さい』 弥『三五教も三五教、チヤキチヤキだ』 勝『モシモシお婆アサン、私は三五教の勝彦と云ふ宣伝使でございます』 与『私は与太彦と云ふ信者でございます。どうぞ宜しう御願ひ致します』 婆『今お前サン等四人と云はつしやつたが、お声は三人ぢやないか。モウ一人の方は何処へ行かれたのだい』 六は作り声して、 六『わたくしはロークと申す吝な野郎でごんす程に、どうぞよろしう御見知り置かれまするやうに』 婆『見知り置けと云つても私は盲目だ。お声を聞知り置くより仕方がないワ。アハヽヽヽヽ』 弥『比較的広い家にお婆アサン、たつた一人かい』 婆『ナニ老爺ドンは中風に罹つて、裏の離棟で今年で三年振り、床に就いたきり困つて居ります』 弥『お婆アサン、お子サンは無いのかい』 婆『子は二人あるが、兄は此間から女房を伴れて私の眼が癒るやうにと、コーカス詣りをしたのだ。モウ二三日したら帰つて来ませう。それに一人の妹があるのだが彼奴は運が悪うて、一旦嫁いた亭主が俄にウラル教の捕手の役人になり、酒を喰ふ賭博を打つ、女にはづぼる、どうにも斯うにも仕方が無い男だ。そこで私の娘のお竹と云ふのを嫁にやつてあつたけれども、お竹は三五教の信者なり、何時も家内がゴテゴテして到頭夜中に逃出して帰つて来よつたのだ。何程勤めてもアンナ極道亭主の所へは仮令死んでも帰らぬと云ふて頑張るものだから、仕方無しに十九番坂の麓の山田村の松屋といふ家へ奉公にやつたのだ。年が寄つてから彼奴の為に偉い苦労をしとるのだ。お前サンも三五教の宣伝使サンなら、一つ神様に祈つて下さらぬか』 弥『ハイハイ承知致しました。御祈念さして貰ひませう。さうしてその娘は年でも切つたのか、ホンの当座奉公か、何方だい』 婆『縁談があれば何処か嫁けねばならぬから、年は切つては居らぬのだ。お前サンもさうして世界を歩きなさるのなら適当な所があつたら世話してやつて下さい。親の口から褒めるぢやないが、お竹と云ふ奴は、夫は信心の強い正直な気の優しい女だ。私もお竹の婿がきまる迄は爺サンも共に死んでも死なれぬと云ふて居るのだ。どうぞ良い縁の有るやうに神様に、とつくりと祈念して下さい』 与『お竹サンの今迄の婿サンと云ふのは、何と云ふ人だな』 婆『それはそれは意地の悪さうな顔をした根性の曲つた六と云ふ男だ。碌でも無い奴だと見える。どうした因縁か、アンナ心の良いお竹が、げぢげぢのやうに嫌はれて居る碌でなしの六助に縁付くとは、神サンもチト胴欲ぢやと、毎日日日爺と婆とが悔んで居るのだ。アーア今頃はお竹はどうして居るか知らぬが、可愛想に、アーンアーン、アンアン』 弥次彦は六の顔を一寸見て、顋をしやくり、 弥『オイ、ロークサン、どうだい。チツトお前も御祈念して上げぬかい』 六『ハーイ、ゴーキネンシテ、アゲマシヨカイ』 弥『アハヽヽヽ、妙な声だ』 婆『お竹の奴は亭主マンが悪うて、其の六公の前にも一度嫁いだのぢやが、其奴がまた酒喰ひで、しかも大泥坊で村ばねに会ふたものだから、泣きの涙で帰つて来て悲しい月日を送つて居つた。其処へ仲人が出て来て、盲目の私にツベコベと、木に餅がなるやうなことを云つて六公の家へ嫁にやつたのだが、その六公が最前も言つた通り、棒にも箸にもかからぬ仕方の無い奴だから、娘も可愛想なものだ。三五教の教には二度迄は縁付きは止むを得ぬから神は大目に見るが、三度になれば天の御規則に戻るとかと云つて、それは八釜敷い教だから可愛想に娘も若後家を立てると云ふて決心はして居るものの、親の心として仮令天の御規則は破れても、モー一遍私の生命を捨ててでも好い夫を持たしてやり度いと思ふのが一心ぢや。お前サンも三五教のお方ぢやさうながどうだらうなア。一遍神様に伺つて下さいますまいか』 弥『ヤアこれは難題だ。吾々には到底解決が付かない。モシモシ勝彦の宣伝使様、何とか解決を与へて下さいな』 勝『三五教の教に親子は一世、夫婦は二世と教へてある。此事に就て随分信者の中にも迷ふ人があるが、之を明瞭と解釈すれば、夫婦といふものは、夫でも女房でも二度より替へられないのが不文律だ』 婆『さうすると先の夫なり、女房なりの片一方が死ぬ。止むを得ないから又後の夫なり、女房を迎へる。さうなると死んでからは夫が二人あつたり、女房が二人あつたりするやうなことが出来るぢやないか。それでは何うも神界へ行つて何方の女房と一所に暮したら本当だか判らぬと云ふて、皆のものがいろいろと評議をして居るのだが、お前サンは如何思ひますか』 勝『夫婦と云ふものは無論身魂の因縁で結ばれるものではあるが、身魂と云ふものは、いくらにも分れて此世へ生れて来て居るものだ。併し余程神力の有る神の身魂なれば四魂と云つて四つにも分れて此世に生れて来るものだが、一通りの人間は先づ荒魂とか和魂とか二魂が現はれて来るのが普通だ。それだから二度迄は同じ身魂の因縁の夫婦が神の引合はせで、不知不識に縁を結ぶ事となる。それだから三人目の夫や、女房は身魂が合はぬから、どうしても御神業が勤まらないのみならず、神界の秩序を紊し身魂の混乱を来す事になるから厳禁されて居るのだ。また霊界に行つた夫婦は肉体欲がチツトも無い、心と心の夫婦だから幽体はあつても此世の人間のやうな行ひは、チツトもする必要も無く、欲望も起らぬから綺麗なものだ。中には執着心の強い身魂は此世に息ある動物を使ふて、ナントか、かとか云ふてわざをする奴がある。けれどもコンナのは例外だ。恰度幽界へ行つてからの夫婦と云ふものは、仲の好い兄弟のやうなものだ。肉体の夫婦は肉体の系統を繋ぐための御用なり、神界の身魂の夫婦は神界に於ける経と緯との御用をするのが夫婦の身魂の神業だ』 婆『コレハコレハ御親切によく教へて下さいました。アヽさうすればあのお竹は最早縁付くことは出来ませぬか。アヽ可愛想に可愛想に、オンオンオン』 勝『ヤアお婆アサン、御心配なされますな。その六とやらの精神を、全然焼き直して、三五教の信者にさせ、酒も、賭博も、道楽も全然止めさして元の通りの夫婦に請合つてして上げやうか。改心すればお前サンも娘の婿にするのは不服ではあるまいな』 婆『アンナ真極道は芝を被らな到底治りつこはないと、お竹が云ふて居りました。それでも神様の御諭しで立派な人間になりませうか。煎豆に花咲く時節も来ると云ふことだから、何とも知れぬけれど迚も迚もあきますまい』 勝『悪に強いものは善にも強いものだ。生れ赤子の真人間に、其の六公サンがなつたらお前どうする考へぢや』 婆『ソンナ結構なことがあれば、爺も婆も兄も喜んで大賛成を致します』 勝『お婆アサン、その六公サンは此頃は三五教の信者となつて、それはそれは立派な人間になつて居ますよ。どうです、私に仲人をさして元の鞘に収めさして下さらぬか。さうすれば三世の夫に嫁いで天則を破る必要も無いのだから』 婆『エーそれは本当ですか』 勝『苟くも神の教を伝ふる宣伝使、なにしに嘘偽りを曰ひませうか』 婆『どうぞさうして下さい、頼みます』 勝『実はその六サンを改心させて、此処へ伴れて来たのだ』 婆『ヤーナンダか聞き覚えのある声だと思ふたが、六、お前来て居るのか。ソンナら夫れで何故早く名乗つて呉れないのだ』 六『お母サン、誠に心配をかけて済みませぬ。今は全然改心を致しまして三五教の宣伝使のお伴を致し、コーカス詣りの途中でございます。山田村の松屋で一寸一服した時に、お竹に思はず一寸出会ひましたが、お竹は私の面を見るなり、裏口ヘ遁げ出しました』 婆『アヽさうであつたか、併し六、心配して呉れな。お竹もお前の改心したことが分つたら、どれ位喜ぶことか知れたものぢやない。善は急げだ、早く誰か使を立てお竹を呼んで来て、まア一度改めて祝言の杯をさし度いものだ』 六『有り難うございます。誠に合す顔もございませぬ。偉い悪魔にとつつかれて居りました。モウ此後はチツトモ御心配はかけませぬから安心して下さい』 婆『アヽ六、よう言ふて呉れた。その一言を聞いたら私はモウ何時国替へしても、この世に残ることは無い、安心して高天原へ行きます』 勝『早速の和談まとまつて重畳々々、併し乍ら此処の息子サンもコーカス詣りの留守中なり、お竹サンも奉公の身の上、吾々も六サンもコーカス詣りの道中、一度参拝を終つてから悠くりと婚礼をしたらどうでせうか』 婆『ハイハイ有り難う。一日や二日に何うといふことは有りませぬ。六サンの精神さへきまれば、それでモウ何も彼も落着だ。どうぞ早く機嫌よく参詣を了つて一日も早く帰つて下さい』 一同『めでたいめでたい、ウローウロー』 (大正一一・三・二四旧二・二六外山豊二録) (昭和一〇・三・一六於台南高雄港口官舎王仁校正)
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霊界物語 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) 14 一途川 第一四章一途川〔五六四〕 小鹿峠の四十八坂をば、一行四人はやつと打越え、見渡す限り茫々たる雑草茂る広野原、足にまかせて進み行く。ピタリと行当つた、水勢轟々として飛沫を飛ばし、渦まき流るる谷川の傍に辿り着いた。 弥『アヽ吾々はやうやうにして、小鹿峠の四十八坂を越え、此処の広野原を一行四人連れ、てくついて来たが、此処にピタリと行詰まつた、偉い川が横はつて居るワイ。これからフサの都へ渡り、コーカス山に行く迄は、随分長い道程だが、それまでには沢山の難所が在るだらう。それにしても絡繹として続く日々の老若男女の参詣者は、一体何処を通つて行くのだらう。この頃街道は雑沓だと云ふ事だのに、吾々の通過する処は人の子一匹居らぬぢやないか。ナンデも之れは小鹿峠の下り終ひから行手に踏み迷ひ、反対の方向に進んで来たのではあるまいかなア』 与『何だか、ご気分の冴えぬ天候と云ひ四辺の状況と云ひ、まるで幽界旅行の様だ。いつやら谷底に落ちて魂が宙に迷ひ、とうとう六道の辻まで行つて銅木像に逢つた時の様な按配式だぞ。どうやら此川も三途の川の兄弟分ぢやあるまいか、何だか変な風が吹いて来るぞ。アヽ此奴は不思議だ、今の今まで泰然自若乙に構へこみて居た山岳の奴、知らぬ間に何処かへ消えて仕舞ひよつた、まるで三途の川のやうな按配式だ、ナア弥次彦、貴様はどう思ふか』 弥『吾々の言霊の御神力に恐縮しよつて、山の奴雲を霞と逃げ散りよつたなア。随分三五教の吾々は豪勢なものだワイ』 勝『オイ此処は冥土を流るる三途の川ぢやなからうかな。何だか娑婆の川に比べて調子が違ふやうだ』 弥『調子が違つたつて御心配なさいますな、この弥次サンはドンドンながらポンポンながら、カンカンながら、前後〆めて弐回までも、幽界探険の実地経験を持つて居るお兄サン。最初与太公と遣つて来た時には、三途の川は実に綺麗な水だつた、それが第二回目に来た時には何とも知れぬ、臭気紛々たる川風が鼻を突くやう、小便大便黒血鼻啖の混合したやうな、汚くるしい物が流水代用の芸当を静かにやつて居た。その時三途の川の渡守兼脱衣婆奴が、世の中の奴が汚れた事をしをるから、この清い川がコンナに汚くなつたと云ひよつた。どうせコンナ汚い娑婆が、さう俄に清潔になるものぢやないから矢張冥土にある三途の川なら、依然として汚濁の水が永久に満ち流れて居る筈だ。之はまた素敵滅法界な清流だ、これを思へば三途の川とは、どうしても受取れないワ』 六『モシモシ皆サン、彼処の枝振の洒落た松の根許に小さい家が現はれて居るぢやありませぬか、あれやきつと三途の川の鬼婆の本宅かも知れませぬぜ』 弥『ナーニ、あれや瓦葺だ。婆の御館と云ふものは、それはそれは立派なものだ。どうしても比較にはならない黄金蔵の様だよ』 与『黄金蔵つて何だい、この前に貴様と旅行した時には見すぼらしい雪隠小屋の様な庵じやなかつたかい』 弥『アハヽヽヽ、頭の悪い奴だナ、雪隠小屋の様だから、当世流に黄金蔵と言霊を詔り直したのだよ』 与『何を吐しよるのだ、然しどうも臭いぞ。一つドンナ奴が居るか訪ふて見やうかい』 弥『マア待て一つ考へものだ。熟思黙考の余地は十二分に存する』 与『ヤア構はぬ当つて砕けだ。一つ善か悪か虚か実か爺か媼か、絶世の美人かおかめか、検非違使の別当与太衛門尉無手勝公が首実検に及ばうかい』 弥『アハヽヽ、又そろそろはつしやぎ出したなア、それほどはつしやぐと、日輪様が御出ましになつたら、貴様の細腕が燻ぼつてしもうぞ』 与『何を言ふのだ、燻つて来たら、この川にザンブと浸れば好いのだ。採長補短、水欠水補だ、ソンナ事に心配するな。自由自在の天地を跋渉する、三五教の宣伝使の候補者だ』 と云ひながら小屋の傍にツツと立寄り妙な腰付きをして、両手を蟷螂の様に構へたまま膝をくの字に曲げ、尻を振りながら、一軒屋の無双窓を覗き、 与太彦『モウシモウシお媼サン一夜の宿を願ひます それはお易い事ながらこれなる部屋を開けまいぞ それは誠に有難う今宵は此処にゆつくりと 足を伸ばして寝るであらうお婆は口を尖らして これなる居間を開けまいぞ言ひつつお婆は谷川に 手桶をさげて水汲みに後に与太彦只一人 今なるお婆の云ふたにはこれなる部屋を開けなとは てつきりおむすの添伏しか何は兎もあれ開けて見よ 左手に襖カラリ開けつらつら見ればこは如何に あちらの隅には手があるこちらの隅には足がある 今宵この家にとまりなば手足も骨もグダグダに 出刄で料理つて塩つけておほかたお婆が喰ふであろ これやたまらぬと泡を吹き裏口指して尻からげ スタコラヨイサノ、ドツコイシヨドツコイサノエツサツサノ、エンサノサ エツササノエササ、エササノサツサイ アハヽヽヽ』 弥『コラこの大馬鹿、何を洒落るのだ、此処はどうやら三途の川だぞ。まごまごして居ると本当に三途の川の鬼婆が、又着物をすつくり取り上げて、親譲りの洋服まで渡せと吐しよるぞ、君子危きに近づかずだ、早くこちらへ逃げてこぬかい』 与『エヽ今回も前回もあつたものかい、カイツクカイのカイカイカイだ。オーイ三途の川の鬼婆、先達来た与太公が又来たぞ。モウ何時ぢやと思ふて居るのだ、好い加減に起きぬかい』 家の中より、中婆の声として、 婆『誰れぢや誰れぢや、折角夜中の夢を見て居るのに、門口であた八釜しい吐す奴は何奴ぢやい』 与『誰でもないワイ、俺様ぢや』 婆『俺様と言つたつて名を言はな分るかい、貴様も智慧の足らぬ奴ぢやなア、目に見えぬ肝腎なものを落として来よつたと見えるワイ』 与『コラコラ三途の川の鬼婆奴、何を愚図々々と言つて居るのだい。早く手水をつかつて与太サンの一行に、渋茶でも汲まないかい』 婆『八釜しい言ふな、病人があるのに病気に障るワイ、ゲンの悪いことを言ふて呉れな、冥土か何ぞの様に三途の川ぢやのと、此処は一途の川ぢやぞ』 与『ヤア時節柄物価下落の影響を受けて、ドツと踏張りよつて二途を引き下げたな、サヽ投げ売り投げ売り、只より安い買ふたり買ふたり。このカリカリ糖は食べれやおいしい、食や美味い、ボロリボロリと歯脆うて歯につかぬ、湿る例しもなし、雨が降つてもカーリカリだ、アハヽヽヽ』 婆『エヽー、アタ八釜しい、お前は何処の奴乞食じや。ソンナ芸位いしたつて一文もやらせぬぞよ』 与『一門残らず討死と、聞く悲しさは嵯峨の奥、泣いてばつかり暮せしに、一途の川の乞食小屋とやらに、鬼婆がお坐しますと、一行四人は手に手を取つて、此処まで来たのがおみの仇、思へば思へばこの与太は、去年の秋の病気に、一層死んでしもうたら、斯うした歎きは在るまいもの、娑婆塞ぎになるとは知りながら、半時なりと生き長らへたいと思ふて来たのが吾身の仇、今の思ひに較ぶれば、なぜに三年も先にこの川へ、エーマ身を投げて死ななんだであらう、アヽヽヽチヤチヤチヤンチヤンチヤンチヤンチヤぢや』 弥『また演劇気分になつて居よるナ、門附芸者の様な、見つともない。洒落は止めたがよからうぞ』 婆『何処の奴乞食か知らぬが、表の戸をプリンと押して這入つて来なさい。田子の宿で飲んだ様な小便茶なと汲んで上げやうかい』 与『オイオイ弥次公、何を怕々して居るのだ、婆アサンが結構な茶をヨンデやらうと云ふて居るぞ。早う来て一杯グツと頂戴せぬかい』 弥『モシ宣伝使様、どうしませうかな』 勝『兎も角這入つて見ませうか』 三人は与太彦の後に随いて門口を跨げた。這入つて見れば外から見たよりは、比較的広き二間造りの座敷に、この家の主人と見え中年増の婆が横はつて居る。その傍に少し若さうな一人の婆が、何かと病人の世話をして居る。 勝『ヤア見れば当家には御病人が、おありなさると見える。是れは是れは御取込みの中に大勢のものが御邪魔を致しました』 婆『ハイハイ、ようマア立寄つて下さつた。此処は一途の川と云つて、お前サン等の身魂の洗濯をする処だ。二人の婆がかたみ代りに、往来の人の身魂の皮を脱がして洗濯をする処だ。サア此処へ来たが幸ひ、真裸にして親譲りの皮を脱がして上げやう。お前の顔は蕪の千枚漬ぢやないか、随分厚い皮だ。サア一枚々々隙がいつても仕様がない、年寄に苦労を掛けて困つた人だな、これもウラル彦の神様の御命令ぢやから仕方がないワ。お前等は三五教の宣伝使や信者であらう、アヽ三五教と云ふやつは、男子ぢやとか女子ぢやとか吐して、俺達の世の中を奪うとする奴ぢや。お前もその乾児だからエーイ出刄でも持つて来て、その厚い皮を剥いて遣らうかい。男子の方はまだしもだが女子と云ふ奴は瑞の御魂で、カメリオンの様な代物だ。アンナ奴の立てた教に呆けて、まだそこら中に開きに往くとは不都合千万、エーイ腰の痛い事だワイ』 と右手に出刄を持ち左手を握り、腰の辺を三つ四つポンポン打ちながら、 婆『アーエーイ、腰の痛いこつちや』 弥『オイ貴様はウラル教の悪神の乾児だな。道理で星の紋の付いた布団を着たり、羽織まで星の紋を着けてゐよるワイ、コラ婆アサン貴様こそ改心したらどうだい』 婆『エーイ八釜しいワイ、常世姫命様のお台サンが病気で寝て御座るのに、何をガアガアと騒ぐのだ。神妙にせぬと十万億土と云ふ処へ、送り届けて万劫末代この世へ上がれぬ様にして遣らうか』 与『何だ出刄を提げよつて、強圧的に矢張りウラル教はウラル式だ、奥州安達ケ原の鬼婆見た様な奴だなア。貴様はかうして此川辺に巣を構へよつて、三五教の宣伝使や信者の身魂を引抜く奴ぢやな。コレヤ、その手は喰はぬぞ、貴様の身魂をこなサンが引抜いてやらうか』 婆『何ほど八釜しく、じたばたしても恟とも動くものかい。俺は善の仮面を被つてヱルサレムの宮に、出入をして居つた常世姫命の一の家来の、木常姫の生れ替りだぞ、酢でも蒟蒻でも往く婆でないぞ』 弥『貴様は木常姫の生れ替りだな、木常姫と云ふ奴は仕方のない奴だ』 婆『仕方がなからう、小鹿峠の二十三峠の上で、この婆が貴様を苦しめた事を覚えて居るだらう、恐かつたか恐れ入つたか』 弥『エー何だか俺の背に虻がとまつたかと思つたら、貴様だつたなア。何をへらず口叩きよるのだ、愚図々々吐すと言霊の発射だぞ』 木『オホヽヽ、仰有るワイ仰有るワイ、あの時に日の出別と云ふ我楽多神が出て来よつて、いらぬチヨツカイを出しよるものだから、戦ひ利あらず、時非なりと断念して、茲に第二の作戦計画を立て、手具脛引いて待つて居たのだ。モウ斯うなつては此方のものだ、袋の鼠も同様、これや此出歯の言霊で霊なしにしてやらうか』 弥『アハヽヽヽヽ、婆の癖に剛情な奴だなア。貴様のやうな奴は屹度死んだら、三途の川の脱衣婆の後任者となつて、終身官に任ぜられる代物だナ』 婆『オホヽヽヽ、脱衣婆の役は俺の姉さまの役だよ、わしは其妹だ、酢でも蒟蒻でも梃でも棒でも、いつかないつかな恟ともせぬ、我の強い岩より堅いカンカンの鬼婆だ。如何に三五教の宣伝使でも此婆には敵ふまい。一遍に行かねば、二度でも三度でも、仮令十年百年千年かかつても、貴様の身魂を抜き取らな置くものかい』 弥『何と執念深い婆ぢやないか、早く修羅の妄執を晴らしよらぬかい。天国に往くのが好いか、地獄に行くのが好いか、此処は一つ思案の仕処ちやぞ』 婆『俺は天国は大嫌ひぢや。天国へ往かうとする奴を片つ端から、霊を抜いて地の底へ送るのが、俺の役だ。偽の変性男子だぞ。此処に寝て居る常世姫の懸る肉体は、偽の日の出神ぢや、竜宮の乙姫もタンマには憑つて来るぞ。三五教の奴は、日の出神を地に致して竜宮の乙姫殿のお活動で、この世を水晶に致すとぬかしよつて威張つてをるが、この世が水晶になつて耐るかい。日の出の世になつたら、俺達の居る処は無くなつてしまうワ、それだから貴様等のやうな馬鹿正直な頓痴気野郎や、腰抜け女を鼠が餅を引くやうに、チヨビリチヨビリと引張り込んで、日の出の神は此処ぢや、竜宮の乙姫も此処に現はれて居ると、三五教の奴を誑かして、女子の霊魂を困らしてやるのだ。アハヽヽヽ、気分の好い事ぢや、心地が好いワイ、イヒヽヽヽ』 勝『ヨウ貴様等は不届至極な婆達ぢや、最早貴様の口から自白致した以上は、弁解の辞はあるまい。曲津と云ふ奴は賢い様でも馬鹿だなア、蛙は口から吾と吾手に白状致し居つた。アハヽヽヽ』 婆『ドウセ貴様は只で帰す奴ぢやないから、俺達の企みを隠す必要もなし、因果腰を定めて、貴様の霊を一々手渡しせい。愚図々々吐すと俺が手づから、貴様の土手腹へ此奴をグサリと突つ込み、一抉りに抉つて取つてやるぞ』 弥『何を吐すのだ。顋太許り叩きよつて、脅したりすかしたり貴様の奥の手は好く分つて居るぞ』 婆『貴様達は三五の月の御教だと吐して居るが、その月は運の尽ぢや、片割月ぢや、ソンナ月が間に合ふか。 十五夜に片割月はなきものを 雲に隠れて此処に半分 と云ふ事を貴様は知つて居るか、本当の真如の月は、此処に半分どころか、丸で隠れて居るのだ、切れてばらばら扇の要だ。三五教は自在天と盤古大神の系統の神に、ばらばらに骨を抜かれよつたぢやないか、肝腎の要は此処に握つて居るのぢや。神の奥には奥があり、その又奥には奥がある、その又奥に奥がある、昔々去る昔、ま一つ昔の其昔、その又昔の大昔から、この世を自由に致さうと思うて、八頭八尾の大神様や、金毛九毛のお稲荷様、酒呑童子のお身魂様が、この一途の川の片傍に、仕組を致して居るのを知らぬか。好い加減に目を醒まして、魂をこちらへ潔く渡して、生れ赤子になつて悪神の眷族にならぬかい』 弥『アハヽヽ、コラ二人の婆、何を劫託ほざきよるのだ。勿体なくも五六七大神様が地の高天原に顕現なされた以上は、何程貴様等が火になり蛇になり猿になり狼になり狸になり、或は大蛇、狐、鬼になつて、黄糞をこいて藻掻いたつて駄目だぞ。一日も早く改心を致したがよからう』 婆『イヤイヤ、誰が何と言うても、仮令百遍や二百遍、生命がなくなつても、誠の道は嫌ひだ。誠の道と見せ掛けて悪を働くのが俺達の身魂の性来だ。金は何処までも金ぢや、瓦は何処迄も瓦ぢや。俺達は善の仮面を被つて、高い処へとまつて、熱さ寒さも知らず顔に、世界の奴を睨み下ろして居る鬼瓦ぢやぞ』 与『こりや鬼婆、イヤ鬼瓦、道理で冷酷な奴ぢやと思うて居つた』 婆『定つた事だ、俺達の眷属や系統のものが世界の奴の霊をスツクリ引抜いて、鬼瓦の霊と入替へをして置いたから、世の中の奴は皆冷酷無残な動物霊になつて、餓鬼修羅畜生の境遇になり、優勝劣敗、弱肉強食の体主霊従的非行を盛んに続けて居るのだ。最早三千世界は九分九厘まで、俺の心の儘に曇つて来居つたが、困るのはモウ一輪の所だ。変性男子の身魂はどうなつとして、チヨロマカして来たが、歯切れのせぬのは金勝要の神魂だ。そこへ我の強い変性女子の御魂や、木の花咲耶姫の御魂が出しやばりよつて、俺達の仕組の邪魔をさらすものだから、多勢の者の難儀と云ふたら、口で言ふやうなものでないワイ。貴様等も変性女子やら木の花姫の、霊主体従の教を開きに廻つて、俺等の邪魔をする奴ぢや。何と云つても貴様の霊を引抜かねば、常世姫命に対して申訳が立たず、第一盤古大神や自在天様に申訳がないワイ。婆アの一心岩をも突貫く、いい加減に因果腰を据ゑたが好からうぞ。イヒヽヽヽヽ』 勝『ヤアこの婆、貴様はよつぽど因縁の悪い奴だ。本当にこの世界がほしいか、執着心のきつい奴だ』 婆『ほしいワほしいワ、欲しい印に星の紋が附けてあるのも知らぬかい。星の紋は米の紋ぢやぞ。それが欲しいばつかりに夜昼なしにやきやきして居るのぢや、オーンオーンアーンアーン、何でもかでも欲しいワイ欲しいワイ。三五教はどうしてもやめてほしい、此方の方へ魂を渡して欲しい、是丈け梅干婆にほしいほしいが重なつて、目にまで星が這入つたワイ。蛙の干乾の様な痩た身体になつても、それでもまだ欲しいワイ。欲に呆けた為に俺の着物も梅雨が来て、アチラコチラに星が入つて来た、早う土用が来てほしいワイ、土用干でもせな星がとれぬワイ』 弥『コラ婆アサン、その星を取つたが好いのか、とらぬが好いか、どつちやか返答が一寸きかしてほしいワイ』 婆『着物の星は取つてほしいが、俺のほしいは取つてはならぬワイ』 与『イヤア此婆、五右衛門風呂の蓋のやうな事を吐きよるな、入るときに要らぬ、入らぬときに要る風呂の蓋だ。オイ風呂蓋婆、梅干婆、貴様も棺桶に片足突込んで居つて、好い加減に我を折つたらどうだい。ほしい、おしい、可愛い、憎い、欲に高慢、恨めしい、苦しい八つの埃と吐かす十九世紀の転理数のやうな奴だな』 婆『エーエー言はして置けば止め度なく、痢病患者のやうにビリビリとよう垂れる奴ぢや。くだらぬ理屈を管々しく垂れ流してエヽ汚苦しいワイ。何も彼も綺麗さつぱり御塵払ひをして、この婆に根こそげ奉納しよらぬかい。愚図々々して居ると、俺の方から行動を開始するぞ。コレコレ常世姫の神、もう起きてもよかろう、サア早く起きて下さい、二人寄つて此奴等四人を真裸にして、ソツと猫糞をキメやうかいな』 伏婆むくむくと起き上り、 婆(常世姫)『ヤア最前から病人と詐はり、様子を考へて居れば、ようマア理屈を垂れる娑婆亡者、此処は三五教の女子の系統の魂がほしさに、寝ても起きても一途の川の脱衣婆アサンぢや、車の両輪、飯食ふ箸、人間の二本のコンパス、両方からばばとばばが狹み打ちをしてやる、サアどうぢや』 四人一度に身構へをなし、 四人『ヤア何と吐いた、サア来い勝負』 と手に唾し、グツと睨み付けた。婆は手に手に出刄をひらめかし、突いて掛るを四人は汗みどろになつて、前後左右に身を躱し、奮戦格闘すること殆ど半時ばかり、勝彦は常世姫の出刄に、腰骨をグサリと突かれた途端に目を覚ませば、豈図らむや一行四人は二十五峠の麓の谷底に風に吹かれて落ちこみ居たりける。 (大正一一・三・二五旧二・二七谷村真友録)
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霊界物語 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) 跋文 跋文 神の御諭を蒙りて述べ始めたる霊界の 奇しき神代の物語神代許りか幽界も また現界も押並べて神の随に随に口車 現幽神の三界の峠に立ちて三ツ瀬川 三ツ尾峠や四ツ尾の峰の麓にそそり立つ 黄金閣の蔭清き教主館に横臥して 三途の流滔々と瑞の御魂の走り書き 十四の巻のいや終にその真相を示すべし 三途の河は神界と現界又は幽界へ 諸人等の霊魂の行衛の定まる裁断所 八洲の河原とヨルダンの河とも唱ふ神聖場 悪の霊魂が行く時はその川守は鬼婆と 忽ち変じ着衣剥ぎ裸体となりて根の国や 底つ幽世へ落し捨て善の御魂の来る時は 川守忽ち美女となり優しき言葉を使ひつつ 旧き衣服を脱却し錦の衣服と着替へさせ 高天原の楽園へ行くべき印綬を渡す也 善悪未定の霊魂が来たれば川守また婆と 忽ち変り竹箒振り上げ娑婆へ追返し 朝と夕の区別なく川の流れの変る如 千変万化の活動をいや永遠に開き行く 善悪正邪を立別ける是ぞ霊魂の分水河 千代に流れて果もなし抑もこれの川水は 清く流るることもあり濁り汚るることもあり 清濁不定の有様は集まり来たる人々の 霊魂々々に映り行く奇しき尊とき珍らしき 宇宙唯一の流れなり激しき上つ瀬渉るのは 現実界へ生れ行く霊魂や蘇生する人許り 弱き下津瀬渉り行く霊魂は根の国底の国 暗黒無明の世界へと落ち行く悲しき魂のみぞ 緩けく強く清らけく且つ温かく美はしき 中津瀬渉り行くものは至喜と至楽の花開く 天国浄土に登る魂それぞれ霊魂の因縁の 綱に曳かれて進み行く神の律法ぞ尊とけれ 三途の川の物語外に一途の川もあり 抑も一途の因縁は現世に一旦生れ来て 至善至真の神仏の教を守り道を行き 神の御子たる天職を尽し了はせし神魂 大聖美人の天国へ進みて登る八洲の川 清めし御魂も今一度浄めて進み渉り行く 善一途の生命川渡る人こそ稀らしき 一旦現世へ生れ来て体主霊従の悪業を 山と積みたる邪霊の裁断も受けず一筋に 渉りて根底の暗界へ堕ち行く亡者の濁水に 溺れ苦しみ渡り行く善と悪との一途川 実にも忌々しき流れ也アヽ惟神々々 御霊幸へましまして三途の川や一途川 滑稽交りに述べ立てしこの物語意を留めて 読み行く人の霊魂に反省改悟の信念を 発させ給ひて人生の行路を清く楽もしく 歩ませ玉へと天地の神の御前に澄み渡る 大空輝く瑞月が天照し坐す大神の 遍ねく照す光明に照され乍ら人々の 身魂の行衛を明かに説き示し行く嬉しさよ 朝日は照るとも曇る共月は盈つとも虧くるとも たとへ大地は沈む共誠の神の御諭しは 万劫末代いつ迄も天地の続くその限り 変りて朽ちて亡び行くためしは永遠にあらざらめ アヽ惟神々々御魂幸はへましませよ。 ○ 神諭に『松の代弥勒の代神世に致すぞよ云々』とあり、弥勒は至仁至愛の意にして、宇宙万有一切の親也師也主也と説きたまへり。読者の中には、仏教の教典に由りて釈迦の説と引き合せ、ミロクは七仏出生説の中にある一仏にして、大本の神諭にある如き尊き位置にある仏又は神にあらずと云ふ人あり。仏書のみを読みたる人の意見としては、最も至極なる見解と謂ふべしである。王仁は、序を以て本巻の末尾に於て仏典に現はれたる弥勒の位置を茲に掲載して、読者の参考に供して見ようと思ふ。 法華経の序品第一に 前略 菩薩摩訶薩八万人あり。皆阿耨多羅三藐三菩提に於て退転せず、皆陀羅尼を得、楽説弁才あつて不退転の法輪を転じ、無量百千の諸仏を供養し、諸仏の所に於て衆の徳本を植ゑ、常に諸仏に称嘆せらるることを為、慈を以て身を修め、善く仏慧に入り、大智に通達し、彼岸に到り名称普く無量の世界に聞えて、能く無数百千の衆生を度す。その名を、 一文珠師利菩薩 二観世音菩薩 三得大勢菩薩 四常精進菩薩 五不休息菩薩 六宝掌菩薩 七薬王菩薩 八勇施菩薩 九宝月菩薩 十月光菩薩 十一満月菩薩 十二大力菩薩 十三無量力菩薩 十四越三界菩薩 十五跋陀婆羅菩薩 十六弥勒菩薩 十七宝積菩薩 十八導師菩薩 右の如き菩薩摩訶薩八万人と倶也 と記してある。この菩薩も霊界物語を全部通読されなば、何菩薩は何神何命に当たるやといふことは自ら判明することと思ひます。 釈提桓因その眷属二万の天子と与に倶なり。復 一名月天子 二普香天子 三宝光天子四大天王あり、其眷属万の天子と与に倶なり。 四自在天子 五大自在天子 その眷属三万の天子と与に倶なり。 娑婆世界の主 六梵天王 七尸棄大梵 八光明大梵 等その眷属万二千の天子と与に倶なり。 八の竜王あり、 一難陀竜王 二跋難陀竜王 三娑伽羅竜王 四和修吉竜王 五徳叉迦竜王 六阿那婆達多竜王 七摩那斯竜王 八優鉢羅竜王なり。 各若干百千の眷属と与に倶なり。 四の緊那羅王あり 一法緊那羅王 二妙法緊那羅王 三大法緊那羅王 四持法緊那羅王なり。 各若干百千の眷属と与に倶なり。 四の乾闥婆王あり。 一楽乾闥婆王 二楽音乾闥婆王 三美乾闥婆王 四美音乾闥婆王なり。 各若干百千の眷属と与に倶なり。 四の阿修羅王あり 一婆稚阿修羅王 二佉羅騫駄阿修羅王 三毘摩質多羅阿修羅王 四羅睺阿修羅王なり。 各若干百千の眷属と与に倶なり。 四の迦楼羅王あり、 一大威徳迦楼羅王 二大身迦楼羅王 三大満迦楼羅王 四如意迦楼羅王なり。 各若干百千の眷属と与に倶なり。 韋提希の子阿闍世王若干百千の眷属と与に倶なり云々。 と、示されてある。之を以て之を見る時は、大本教祖の筆先なるものは神の道とは云ひながら、最初より仏神一体の神理により、現代人の耳に入り易きやうに仏教の用語をも用ゐられてあることを覚り得らるるのである。明治二十五年正月元日に初めて艮の金神様が出口教祖に神懸された時の大獅子吼は、 三千世界一度に開く梅の花艮の金神の世になりたぞよ。須弥仙山に腰を懸け艮の金神世界を守るぞよ云々。 三千世界も仏教中の用語であり、艮の金神も神道の語ではない。須弥仙山は仏教家の最も大切にして居る霊山である。またミロク菩薩とか竜宮とか竜神とか、天子とか、王とか現はれて居るのは、悉く仏教の語を籍りて説かれたものであります。故に筆先にある王とは、八大竜王及諸仏王の略称であり、天子と云へば明月天子、普香天子、宝光天子、四大天王その他諸天子、諸天王の略称であることは勿論であります。自在天子、大自在天子、梵天王、その他王の名の付いた仏は沢山にあり、仏も神も同一体、元は一株と説いてある。また大自在天子のその眷属三万の天子と与に倶なりとあるを見れば天子とは即ち神道にて云ふ神子又は神使であります。要するに、神の道、仏の道に優れたる信者の意味になるのであります。天子は、また天使エンゼルとキリスト教では謂つて居ます。大本の筆先は教祖入道の最初より仏教の用語で現はせられたのであるから凡て仏教の縁に由つて説明せなくては、大変な間違ひの起るものであります。王仁は弥勒菩薩に因める五百六十七節を口述し了るに際し、仏教に現はれたるミロク菩薩の位置を示すと同時に筆先は一切仏の用語が主となりて現はれて居ることを茲に説明しておきました。 アヽ惟神霊幸倍ませ。 大正十一年十一月四日 (昭和一〇・三・一七於嘉義公会堂王仁校正)
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霊界物語 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 03 十六花 第三章十六花〔五七〇〕 太玉命は路傍の岩に腰打掛け、天津祝詞を声低に奏上しつつあつた。百鳥の声は遠近の林に聞え始めた。東の空はほんのりとして暁の色刻々さえて来た。数多の魔神の声は森の彼方にザワザワと聞え来る。油断ならじとキツト身構する折しもあれ、馬の蹄の音いと高く、岩彦、梅彦、音彦、亀彦、駒彦、鷹彦は矢を射る如く此場に馳来り、太玉命に向つて、 岩彦『ヤア貴下は太玉命の宣伝使、私等はフサの都に於て、日の出別神の命に依り、貴下と共に顕恩郷を言向和さむと、エデン河の濁流を渡り、漸く此処に走せ参じたり、一行の人々は如何なりしか』 太玉命『ヤア思ひも寄らぬ貴下等の御入来、いよいよこれより敵の牙城に唯一人進撃せむとする場合で御座る。斯の如き曲神の砦を言向け和すは吾一人にて充分なり。折角の御出馬なれど、貴下は速かにフサの都に引返し、夫々の神業に就かせられたし』 岩彦『それはあまり無謀の極と申すもの、吾々は折角山川を渡り漸く此処に立向ひ、目前に敵を見ながら空しく駒の頭を立て直すは、男子の本分にあらず。願はくは吾等を此神戦に参加させ給へ』 梅彦以下五人の宣伝使は、口を揃へて従軍せむことを強要した。 太玉命『然らば是非に及ばぬ、御苦労乍ら御加勢を願ふ』 岩彦一行六人『早速の御承知、有難し辱なし』 と一行六人は、太玉命の後に従いて、山深く進み入る。この場の光景は絵巻物を見る如くであつた。 進むこと一里半許り、此処には深き谷川が横たはつて居る。その幅殆ど十間許り、ピタツと行詰つた。七人の宣伝使は暫く此処に駒を繋ぎ、少憩し、如何にして此渓谷を対岸に渡らむかと協議を凝らしつつありき。谷の向側には、オベリスクの如うな帽子を被つた半鐘泥棒的ジヤイアントが七八人、巨眼を開き、大口開けてカラカラと打笑ひ、 巨人『ワハヽヽヽハア、どうぢや、何程肝の太玉の命でも、この谷川を渡ることは出来まい此川底を熟視せよ』 と指す。見れば川底には、空地なき程、二尺許りの鋭利なる鎗の穂先が、幾百千ともなく、土筆の生えてる様に直立して居る。此川に落ちるが最後、如何なる肉体も芋刺となつて亡びねばならぬシーンを現はして居る。太玉命はカラカラとうち笑ひ、 太玉命『これしきの谷川を恐れて、三五教の宣伝が出来ようか、美事渡つて見せうぞ』 と云ふより早く一同に目配せした。一同は心得たりと馬に跨り、太玉命は岩彦の背後に飛乗り、忽ち四五丁許り元来りし道に引返し、又もや馬首を転じ鞭をうちつつ、幅三間許りの谷合を勢に任せて一足飛に飛び越えた。巨大の男は驚き慌て、雲を霞と逃帰る。又もや続いて梅彦、鷹彦、亀彦、その他一同矢庭に駒に鞭つて、難なく此谷川を打渡り、後振返り見れば豈図らむや、谷川らしきものは一つもなく、草茫々と生え茂る平野であつた。 太玉命『アハヽヽヽ、又瞞しをつた、各方能く気を付けねばなりませぬぞ、此前途は仮令如何なる渓谷ありとも平気で渉ることに致しませうかい。神変不可思議の妖術を使ふ悪魔の巣窟ですから、最前も吾妻の松代姫、及び娘照妙姫と変じ、吾精神を鈍らさむと致せし魔神の計略、飽く迄も誑かられない様に気を付けて参りませう』 と先に立つて進み行く。一同は馬を傍の樹木に繋ぎ、山と山との渓道を、宣伝歌を歌ひ乍ら山深く進むのであつた。行く事数里にして、荘厳なる城壁の前にピタリと突当つた。朱欄碧瓦の宏壮なる大門は建てられ、方尖塔の如き冠を被りたる四五のジヤイアント門を堅く守つて居る。太玉命一行は忽ち門前に立現はれ、 太玉命一行『吾れこそは三五教の宣伝使、当国には八岐大蛇、金狐、悪鬼の邪霊に憑依されたる鬼雲彦夫妻立籠り、不公平極まる神政を布き、この顕恩郷をして殆ど地獄の境地と変ぜしめたるは、天恵を無視する大罪なれば、吾は是より鬼雲彦を善道に帰順せしめむため、大神の命を奉じて宣伝に向うたり。速かに此門扉を開けよ』 と言葉厳しく詰り寄る。門番は面喰ひながら、 門番『暫くお待ち下さいませ、あなた方のエデン河を御渡りありしより城内は上を下への大混雑、如何にして貴下等を満足せしめむやと、鬼雲彦の大将に於かせられても千辛万苦の御有様、やがて開門のシグナルの鐘が響き亘りますれば、それ迄ゆるゆる此処に御休息願ひたし。必ず必ず敵対申す者は一柱も居りませぬ。御安心下さいませ』 音彦『ヤア其方は何ぢや彼ぢやと暇取らせ、其間に戦闘の準備を整へ、吾々を鏖殺せむとするの計略ならむ。ソンナヨタリスクは聞く耳持たぬ、速に此門開けよ』 門番『これ程申上げてもお疑晴れずば、御自由に御這入り下さいませ』 と云ふより早く、潜り門を開いて、門内に姿を隠して了つた。 鷹彦『一つ吾々が還元の芸当をやつて、城内隈なく偵察をやつて見ませう』 と忽ち霊鷹と変じ、中空に舞上り、顕恩城の内外を隈なく偵察し、もとの大門に現はれ来り、中より閂を外し、門扉を左右に開いた。 鷹彦『サアサア是から吾々一同が活動のステージだ。轡を並べて七人がスパークを散らして、奮戦するの時や迫つた、ヤア面白し面白し、太玉命続かせ給へ』 と先に立つて進み行く。数多の敵は左右に、蟻の集ふが如く整列して、七人が通行を敵対もせず、歓迎もせぬと云ふ態度にて見まもつて居る。 岩彦『ヤア各方、あれ丈沢山の敵が吾々に抵抗も致さず、各自手槍を携へ乍ら目送しつつあるは、合点の行かぬ次第で御座る。余り軽々しく進み過ぎて、四方八方より取囲まれなば、如何とも出来ない様な破目に陥るかも知れませぬぞ、これは一つ考へねばなりますまい』 太玉命『ナニ躊躇逡巡は三五教の大禁物、生死も、勝敗も、皆神の手に握られあれば、運を天に任せ、行く所迄行つて見ませう』 と太玉命は先に立つて進み行く。鬼雲彦の御殿の前に近付く折しも、瀟洒たる白木の門をサラリと開いて悠々現はれ来る十数人の窈窕嬋研たる美人、スノーの如き繊手を揉み乍ら、 美人『これはこれは三五教の宣伝使様の御一行様、能うマア遥々お越し下さいました。鬼雲彦の御大将の御命令に依りて、妾一同はお迎へに参りました。訳の分らぬ者共が種々と御無礼を働きましたでせう、何事も足らはぬスレーブの為す業と、広き厚き大御心に見直し聞直し下さいまして、ゆるゆると奥殿にて御休息の上、尊き御話をお聞かせ下さいませ、御大将も定めて御満足の事と存じます』 と言葉スガスガしく、満面に笑を湛へて慇懃に挨拶する。太玉命以下の宣伝使は、張合抜けたる如き心地し乍ら、美人一行の後に伴いて、奥殿に悠々と進み入るのであつた。 宣伝使の一行は、顕恩城の奥殿に深く進み入つた。山海の珍味は整然として並べられてあつた。美人の中の最年長者と見ゆる、眼涼しく、背の高き愛子姫は溢るる許りの愛嬌を湛へ、 愛子姫『これはこれは宣伝使様、能うこそ遠路の所入らせられました。顕恩郷の名産、桃の果実を始め、種々の珍らしき物を以て馳走を拵へました、お腹が空いたで御座いませう、どうぞ御遠慮なくお召あがり下さいませ。果実の酒も沢山御座いますれば御遠慮なく……サアお酌をさして頂きませう』 と云ふより早く、杯を太玉命に献した。 太玉命『ヤア思ひがけなき山野河海の珍味、御芳志の段恐れ入りました。それに就いても当城の御大将鬼雲彦に面会の上、戴きませう』 愛子姫『御大将は只今御出席になります、それまでに御寛りと御酒を飲つてお待ち下さいませ』 岩彦、大口を開けて、 岩彦『アハヽヽヽ、どこ迄も脱かりのない悪神の計略、太玉命の御大将、迂濶り酒でも口に入れるものなら、それこそ大変だ。七転八倒、苦悶の結果、敢なき最期を遂げにけりだ。ナア梅彦サン、あなたはどう思ひますか』 梅彦『吾々は五里霧中に彷徨の為体だ、夢に牡丹餅、食つた牡丹餅はダイナマイトの御馳走か、何が何んだか、サツパリ不得要領だ。ナア鷹彦サン、あなたはどう思ふか』 鷹彦『先づ十六人の別嬪さまから、毒味をして頂きませう。其上でなくば到底安心が出来ない、ナア愛子姫さまとやら、さう願ひませうか』 愛子姫『オホヽヽヽ、御心配下さいますな、然らば妾がお先へ失礼致します』 と盃に酒を注いで、グツト飲んだ。 岩彦『妙々、これや心配は要らぬらしいぞ、ナア音サン、駒サン………百味の飲食を心持よく頂きませうか』 音彦、駒彦は頭を左右に打振り、黙然として俯むくのみであつた。奥の襖を引開けて悠々として現はれ来る鬼雲彦夫婦、目鼻が無かつたら、万金丹計量か、砂つ原の夕立か、山葵卸の様な不景気な面付に、所々色の変つたアドラスの様な、膨れ面をニユツと出しドス声になつて、 鬼雲彦夫婦『これはこれは三五教の宣伝使様、当城は御聞及の通、霊主体従を本義と致すバラモン教の教を立つる屈強の場所、三五教は予て聞く霊主体従の正教にして、ウラル教の如き体主霊従の邪教にあらず、バラモン教は茲に鑑る所あり、ウラル教を改造して、真正の霊主体従教を樹立せしもの、是れ全く天の時節の到来せるもの、謂はば三五教とバラモン教は切つても断れぬ、教理に於て、真のシスター教であります。どうぞ以後は互に胸襟を開いて、相提携されむ事を懇願致します』 と御面相にも似合はぬ、御叮嚀な挨拶をするのであつた。太玉命はこれに答へて、 太玉命『何分宜しく、今後はシスター教として提携致したい。夫れに就いては互に長を採り短を補ひ、正を取り偽を削り、神聖なる大神の御心に叶ふべき教理を立てたきもので御座います。吾々一行、当城に参る途中に於て、妖怪変化の数多出没するは何故ぞ。バラモン教は斯の如き妖術を以て世人を誑惑し、信仰の道に引き入れむとするや、其意の在る所承はりたし』 と稍語気を強めて詰問的に出た。鬼雲彦、事もなげに打笑ひ、 鬼雲彦『アハヽヽヽ、左様で御座いましたか、諺にも云ふ、正法に不思議無し、不思議有るは正法にあらず。此メソポタミヤは世界の天国楽土と聞えたれば、甘味多き果物に悪虫の簇生するが如く、天下の悪神此地に蝟集して、妖邪を行ふならむ、決して決して霊主体従のバラモン教の主意にあらず。正邪を混淆し、善悪を一視されては、聊か迷惑の至りで御座います。又中には教理を能く体得せざる者多く、或パートに依りては羊頭を掲げて狗肉を鬻る宣伝使の絶無を保証し難し。何教と雖も、創立の際は総て、ハーモニーを欠くもの、何卒時節の力を待つてバラモン教の真価を御覧下さい。創立間もなき吾教、到底ノーマルに適つた教理は、容易に完成し難いのは三五教の創立当初に於けると同様でありませう、アハヽヽヽ』 と腮をしやくり、稍空を向いて嘲笑的に笑ふのであつた。鬼雲姫は言葉優しく、 鬼雲姫『これはこれは三五教の宣伝使様、能くこそ御訪問下さいました。教の話になりますと自然堅苦しくなつて、お座が白けます、お話はゆつくりと後に承はることに致しませう。心許りの馳走、何卒御遠慮なくお食り下さいませ、決して毒などは入つては居りませぬから…………』 岩彦『これはこれは思ひがけなき御饗応、吾々の如き乞食宣伝使は、見た事も御座らぬ山野河海の珍味、有難く頂戴致しませう』 鬼雲彦は、愛子姫、幾代姫に向ひ、 鬼雲彦『ヤア愛子姫、幾代姫の両人、遠来の珍客を犒う為、汝等二人はアルマの役を勤め、舞曲を演じて御目に掛けよ』 愛子姫、幾代姫『アイ』 と答へて、両女は白扇を開き、春野の花に蝶の狂ふが如く、身も軽々しく長袖を翻して、前後左右に踊り狂ふた。顕恩城の上役、数十人は此場に現はれ、酒に酔ひて、或は舞ひ、或は歌ひ、遂には無礼講と変じ、赤裸になつて踊り狂ふ。七人の宣伝使は心許さず、表面酒に酔ひ潰れたる態を装ひ、他愛もなく腮の紐を解いて、或は笑ひ、或は歌ひ、余念なき体を装うて居た。不思議や数十人の顕恩城の上役の面々は、忽ち黒血を吐き、目を剥き、鼻水を垂らし、さしもに広き殿内を、呻吟の声と諸共に、のたうち廻り、顔色或は青く、或は黒く、赤く、苦悶の息を嵐の如く吹き立てた。十六人の美人は、てんでに襷を十文字にあやどりて、人々の介抱に従事した。七人の宣伝使もお附合に、苦悶の体を装ひ、縦横無尽に、 七人の宣伝使『苦しい苦しい』 と言ひ乍ら、跳廻るのであつた。此態を見て鬼雲彦夫妻は高笑ひ、 鬼雲彦夫婦『アハヽヽヽ、汝太玉命、吾計略にかかり、能くも斃ばつたな、口汚き宣伝使、毒と知らずに調子に乗つて、命を棄つる愚さよ。吁、さり乍ら味方の強者を数多殺すは残念なれど、斯の如き豪傑を倒すには、多少の犠牲は免れざる所、……ヤアヤア数多の家来共、汝等は毒酒に酔ひ今生命を棄つると雖も、バラモン教の神力に依つて、栄光と歓喜とに充てる天国に救はれ、永遠にバラモンの守り神となるべきステーヂなれば心残さず帰幽致せ、……ヤア三五教の宣伝使、予が身変不思議の神術には恐れ入つたか、最早叶はぬ全身に廻つた毒酒の勢、ワツハヽヽヽヽ苛しい者だなア』 此時愛子姫、幾代姫、五十子姫、梅子姫は、鬼雲彦に向ひ、柳眉を逆立て、懐剣を抜き放ち、四方より詰めかけながら、 愛子姫たち四人『ヤア汝こそは悪逆無道の鬼雲彦、前生に於ては竜宮城に仕へ、神国別の部下とならむとして、花森彦命に妨げられ、是非なく鬼城山の棒振彦が砦に参加し、神罰を蒙つて帰幽したる悪魔の再来、復び鬼雲彦と現はれて、この顕恩郷に城砦を構へ、天下を紊さむとする悪魔の帳本、思ひ知つたか、妾十六人の手弱女は、神素盞嗚の大神の密使として、汝が身辺に仕へ、時機を待ちつつありしを悟らざりしか、城内の豪の者は残らず、汝の計略の毒酒に酔ひて、最早命旦夕に迫る。七人の宣伝使には、清酒を与へ、元気益々旺盛となり、一騎当千のヒーロー豪傑、最早斯くなる上は遁るるに由なし、汝速に前非を悔いて三五教に従へよ……返答如何に』 と前後左右より、鬼雲彦夫婦に向つて詰めかけた。残り十二人の美人は、又もや手に手に懐剣スラリと引抜き、 十二人『サアサアサア鬼雲彦夫婦、返答如何に』 と詰めかくる。鬼雲彦は此は叶はじと、夫婦手に手を執り、高殿より眼下の掘を目がけて、ザンブと許り飛込んだ。パツと立ち上る水煙、見るも恐ろしき二匹の大蛇となつて雲を起し、雨を呼び、風に乗じ、東方波斯の天を目がけて、蜒々として空中を泳ぐが如く姿を隠した。 太玉命一行は、十六人の女神に向ひ、 一行『ハテ心得ぬ貴下等の振舞、これには深き様子のある事ならむ、逐一物語られたし』 と叮嚀に頭を下げ、両手をついて挨拶するを、愛子姫は言葉淑やかに、 愛子姫『妾はコーカス山に現れませる、神素盞嗚尊の娘、愛子姫、幾代姫、五十子姫、梅子姫、英子姫、菊子姫、君子姫、末子姫の八人姉妹にて侯、これなる八人の乙女は妾の侍女にして、浅子姫、岩子姫、今子姫、宇豆姫、悦子姫、岸子姫、清子姫、捨子姫と申す者、バラモン教の勢力旺盛にして、天下の人民を苦しめ、邪教を開き生成化育の惟神の大道を毀損する事、日に月に甚しきを以て、吾父素盞嗚大神は、妾八人の姉妹に命じ、各身を窶し、或は彼が部下に捕へられ、或は顕恩郷に踏迷ひたる如き装ひをなして此城内に運び入れられ、悪魔退治の時機を待ちつつありしに、天の時到りて太玉命は、父の命を奉じ当城に現はれ給ひしも、全く吾父の水も漏らさぬ御経綸、又八人の侍女は、今迄鬼雲彦の側近く仕へたるバラモン教の信徒なりしが、妾達が昼夜の感化に依りて、衷心より三五教の教を奉ずるに至りし者、最早変心するの虞なし。太玉命の宣伝使よ、彼等八人の侍女を妾の如く愛し給ひて、神業に参加せしめられよ』 と淀みなく述べ立つる。太玉命は首を傾け、感歎の声をもらし、 太玉命『吁、宏遠なるかな、大神の御経綸、吾等人心小智の窺知すべき所にあらず。大神は最愛の御娘子を顕恩郷に乗込ましめ置き乍ら、吾れに向つて一言も漏らし給はず、顕恩郷に進めと云ふ御託宣、今に及んで大神の御神慮は釈然として解けたり。吁、何事も人智を棄て、神の命のまにまに従ふべしとは此事なるか、アヽ有難し、辱なし』 とコーカス山の方に向つて、落涙し乍ら手を合せ神言を奏上しける。六人の宣伝使を始め、十六人の女性は、コーカス山に向つて両手を合し、太玉命と共に天津祝詞を奏上した。忽ち何処ともなく、馥郁たる芳香四辺を包み、百千の音楽嚠喨として響き渡り、紫の雲天空より此場に下り来り、容色端麗なる女神の姿、中空に忽然として現はれ、 女神『われは妙音菩薩なり、汝が行手を守らむ、益々勇気を励まし神業に参加せよ。また、安彦、国彦、道彦を始め、田加彦、百舌彦の五人は、一旦エデン河の濁流に溺れて帰幽せりと雖も、未だ宿世の因縁尽きず、イヅの河辺に於て、汝等に邂逅せば彼も亦再び神業に参加するを得む。一時も早く、太玉命は本城に留まり、愛子姫浅子姫は太玉命の身辺を保護し、其他の宣伝使と女人はエデン河を渡りて、イヅ河に向へ、ゆめゆめ疑ふ事勿れ』 と云ふかと見れば、姿は掻き消す如く、百千の音楽は天に向つて追々と消えて行く。一同は声する方に向つて恭敬礼拝し、感謝の意を表したりける。 (大正一一・四・一旧三・五松村真澄録)
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霊界物語 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 09 薯蕷汁 第九章薯蕷汁〔五七六〕 千早振る遠き神代のその始め、神の教に背きたる、天足彦や胞場姫の、醜の身魂の凝結し、八岐大蛇や、金毛九尾白面の悪狐となつて、天地の水火を曇らせつ、常世の国に現はれし、常世彦や常世姫、盤古大神の体に宿りて世を乱し、一度は神の御教に、服ひ奉り真心に、立帰りしも束の間の、いや次々に伝はりて、ウラル彦やウラル姫の、又もや体に宿りつつ、天地を乱す曲業の、力も失せて常世国、島の八十島八十国の深山の奥に立籠り、人の身魂を宿として、バラモン教やウラナイの、教を樹てて北山の、鳥も通はぬ山奥に、数多の魔神を呼び集へ、ウラナイ教と銘打つて、又もや国を乱し行く、其の曲業ぞ由々しけれ。 館の主高姫は、安彦、国彦、道彦の宣伝使に危難を救はれ、感謝の意を表はし館に迎へ入れて、鄭重に饗応せむと強て一行を迎へ入れた。 一行五人は美はしき一室に招ぜられ、手足を伸ばし悠々として寛いでゐる。高姫は此の場に現はれ、 高姫『コレハコレハ三人の宣伝使様、能うマア危き所を御救け下さいました。これと云ふも全く妾が日頃信仰するウラナイ教の御本尊大自在天様の御引合せでございませう。神様は三五教の宣伝使に憑依つて、妾の危難を御救ひ下さつたのです。謂はば貴方等は神の御道具に御使はれなさつただけのもの、貴方の奥には大自在天様が御鎮まりでございます。誠に以て御道具御苦労でございました。何もございませぬが悠々と御あがり下さいませ』 と言ひ棄てて徐々と次の間に姿を隠した。 国彦『ナンダ、怪体な挨拶じやないか。われわれは三五教の教理に依つて、敵を敵と致さず生命を的に危険を冒して救つてやつたのだ。それに何ぞや、大自在天の御道具に使はれなさつたなぞと、減ず口を叩きよつて何うも宗旨根性と云ふものは、何処迄も抜けぬものとみえるワイ』 道彦『マアマア何うでも好いぢやないか。彼奴を片端から三五教に兜を脱がしさへすれば好いのだ。何でも好いから言はすだけ言はして置けば、腹の底が自然に解つて来る。さう言葉尻を捉へて、ゴテゴテ言ふものでは無い。洋々たる海の如き寛容心を以て衆生済度に掛らねば、彼れ位なことに目に角を立てて鼻息を喘ますやうなことでは、到底宣伝使どころか、信者たるの価値さへもないと云つても然りだよ』 斯く話す折しも以前の高姫は、縁の欠けたる丼鉢に麦飯を盛り、粘々したものをドロリとかけ、三人の小間使に持たせて入り来り、 高姫『コレハコレハ皆サン、ご苦労でございました。山家のこととて何か御構ひを致さねばなりませぬが、麦飯に薯蕷汁が出来ました。これなりとドツサリ御あがり下さい。俄の客来で沢山の鉢の中から探しましたが、縁の欠けたのは漸く三つよりございませぬ。二人の御供は最前ソツとあがれとも音はぬのに、喜三郎をなさいましたから、どうぞ辛抱して下さいませ。貴方等に出すやうな器は漸う三つ見つかりました。後は立派な完全無欠の器ばつかりでございます。この様に見えても痰なぞは滅多に混入してゐる気遣ひはございませぬ。どうぞタントタント御あがり下さいませ。オホヽヽヽヽ』 と厭らしき笑ひと共に、白い出歯をニユツと出し、のそりのそりと又もや元の居室に姿を隠しける。 国彦『われわれを飽く迄侮辱しよる怪しからぬ奴だ。恰で一途の川の二人婆のやうな面をしよつて、モー堪忍袋の緒が切れた』 と云ひ乍ら、丼鉢の麦飯とろろを座敷一面に投げつける。座敷はヌルヌルととろろの泥田のやうになつて了つた。 又もや二人分の丼鉢を次の室に投げ付け、次の室も亦とろろの泥田となつた。 国彦『さアこれで溜飲が下つた。婆の奴滑り倒けよると一層御愛嬌だがナア』 安彦『オイ国彦、貴様は乱暴な奴だナア。三五教の宣伝使が喧嘩を買うと云ふことがあるものか、如何なる強敵に向つても飽く迄無抵抗主義で、誠で勝つのだよ。ナント云ふ情無いことをして呉れるのだ。今日限り破門を致すから、さう心得ろ』 国彦『それだから三五教は腰抜け教だと云ふのだよ。貴様の方から破門する迄に、こちらの方から国交断絶だ』 と自暴糞になり、捻鉢巻となつてドンドンと四股を踏み鳴らし、荒れ狂ふ此の物音に驚いて、高姫を始め数人の男女此場に現はれ、 高姫『コレハコレハ三五教の宣伝使様、誠に御立派な御教理には感心致しました。口では立派なことを仰有るが、其の行ひは一層見上げたもの、人の座敷に泊り乍ら、吾々一同が心を籠めた御馳走を座敷一面に撒き散らし襖を蹴倒し、障子の骨を折り、イヤもう乱暴狼藉、実に立派な御教理には、ウラナイ教の吾々も、あまり感心の度が過ぎてアフンと致します。開いた口が閉まりませぬ。三五教の御教通り手も足も踏込む所がございませぬ。オホヽヽヽヽ。コレコレ皆の者ども、この宣伝使様の立派な御教をお前達は、能く腹へ入れて置くがよいぞや』 もう一人の婆は口を尖らし、 婆『コリヤお前達は三五教の宣伝使だと云つて偉さうに天下を股にかけて歩く代物だらう。大方三五教は斯んな行ひの悪い宗教だと思つて居つた。やつぱり人の風評は疑はれぬワイ。屹度変性女子の世の乱れたやり方を見倣うて、其処中をとろろドツコイ泥だらけに穢して歩く悪の御用だらう。素盞嗚命は天の岩戸を閉める役だと云ふことだが、悪も其処まで徹底すれば反つて面白い。このウラナイ教は斯う見えても立派なものだぞ。変性男子の生粋の教を守つとるのだぞ。三五教も初めは変性男子の教で立派なものだつたが、素盞嗚命の身魂の憑つた肉体が出て来て、人の苦労で徳を取らうとしよつて、変性男子を押込めて世の乱れた行り方の、女子の教が覇張るものだから三五教もコンナ悪の教になつて了つたのだ。三五教の奴は二つ目には、ウラル教が何うだのバラモン教が悪だのと、お題目のやうに仰有るけれど、今の宣伝使の行ひは何うぢやな。これでも善の立派な教と云ふのかい。この高姫も元は変性男子の御血筋の肉体だ、日の出神の生宮ぢや。竜宮の乙姫さまもチヨコチヨコ御出でになつて、体主霊従国の悪神の仕組を、すつかりと握つてござるのぢや。変性女子と云ふ奴は胴体無しの烏賊上り、三文の大神楽のやうに頤太ばつかり発達しよつて、鰐のやうな口を開けて、其方此方の有象無象を噛んだり、吐いたりする大化物だ。お前達は其の大化物を神様だと思つて戴いて居る小化物ならよいが、小馬鹿者の薄馬鹿者だよ。これからちつとウラナイ教の教を聴きなさい。身の行ひを換へて誠水晶のやり方に立替へねば何時まで経つても五六七の世は来はせぬぞえ』 国彦『エーエ、ツベコベと能う八釜敷く吐す婆だな。貴様は偉さうにツベコベと小理窟を並べよるが、人を招待するに欠けた穢い鉢を選んで出すと云ふことがあるかい。これが抑も貴様の方から俺を焚きつけにかかつてゐよるのだ。三五教だつて、いらはぬ蜂はささぬぞ、釣鐘も叩くものが無ければ音なしいものだ、春秋の筆法で言へば、貴様が丼鉢を投げたのだ。イヤ大自在天がやつたのだ。俺は大自在天の道具に使はれたのだ。此処の大将が最前さう云つたぢやないか。ナント大自在天と云ふ神は乱暴な神だなア。ウラナイ教はコンナ悪魔の乱暴な神を御本尊にして居るのか苟くも三五教の宣伝使は、至粋至純の身魂の持主だぞ』 高姫『オホヽヽヽ、至粋至純の身魂の持主の為さること哩のー。自分のした責任を、勿体無い、大自在天様に塗りつけて、それで自分は知らぬ顔の半兵衛をきめこんでゐるのか。都合の好い教理だなア』 国彦『われわれの魂は水晶魂だ。真澄の鏡も同様だ。それだからウラナイ教の悪がすつかり此方の鏡に映つて居るのだ。アーア水晶の身魂も辛いものだワイ。アハヽヽヽ』 黒姫『団子理窟をこねる日には際限が無い。兎も角行ひが一等だ。立派な御座敷の真ん中に主人の好意で出した麦飯とろろを打ち開けるとは沙汰の限り、やつぱり悪の性来は何うしても現はれるものぢや。ソンナ馬鹿な教の宣伝使になるよりも、一つ改心してウラナイ教になつたら如何だい。誠の変性男子の教は此の高姫さまと、黒姫がチヤント要を握つてゐるのだよ。昔の神代の根本の身魂の因縁から、人民の大先祖のことから又万劫末代のこと、根の国、底の国、なにも彼も知つて知つて知り抜いた世界で、たつた一人の日の出神の生宮ぢや。この黒姫は竜宮の乙姫の守護だぞ。艮の金神様も元は此処から現はれたのだ。本が大事ぢや。「本断れて末続くとは思ふなよ。本ありての枝もあれば、末もあるぞよ」と三五教は教へて居るぢやないか。その根本の本の本の大本は、此日の出神がグツト握つて居るのぢや。神の奥には奥があるぞ。三五教の宣伝使のやうに理窟ばかり言つてこの頃流行る学の力を以て、神の因縁を説かうと思つても、それは駄目ぢや。千年万年経つたとて誠の神の因縁が判つて堪るものか。誠の神の御用が致し度くば、ウラナイ教に改心して随うがよかろう』 国彦『婆アサン、大きに御心配かけました。この国彦は三五教でも無ければ、ウラル教でもない、ウラナイ教では尚更ないのだ。あまり三五教の悪いことばつかり仰有ると、ウラナイ教の化けの皮が現はれるぞえ。左様なら、モシモシ三五教の二人の宣伝使サン御悠くりと下らぬ説教でも聴かして貰つて、眉毛を読まれ、尻の毛が一本も無いとこ迄抜かれなさるがよろしからう。コラ二人の皺苦茶婆、用心せーよ。何処に何が破裂致さうやら判らぬぞよ』 と尻をクリツと捲つて裏門から、一発破裂させ乍ら何処とも無く姿を隠して了つた。 道彦『アハヽヽヽ』 安彦『アーア道彦サン、彼様乞食を伴れて来るものだから、薩張り三五教と混同されて偉い迷惑をした。これから迂濶と何でも無い者を連れて歩くものぢやない』 道彦『アヽ左様ですな、モシモシ高姫サン、黒姫サン、三五教には彼の様な宣伝使は、一人も居りませぬよ。彼の男は途中から道案内に伴れて来たのですから、好い気になつて宣伝使気取りでアンナことを言つたのですよ。アハヽヽヽ』 黒姫『神様の宣伝使は嘘は言はぬもの、誠一つの教を樹てるのは、此のウラナイ教。三五教は矢張り嘘をつきますなア。彼の男は元は与太彦と云うて、貴方等と一緒に宣伝に歩いて居つた人でせう。違ひますかな』 安彦、道彦『サア』 黒姫『サア返答は』 安彦、道彦『サアそれはマアマアマア彼奴は俄に気が違つたのですよ。それだからアンナ脱線した行ひをやるのですワ。アハヽヽヽ』 黒姫『能う嘘をつく人だナ。今お前サンは道案内に途中から雇うて来たと云つたぢやないか。それだから三五教は駄目、ウラナイ教が誠の教と云ふのだ』 安彦『一体此処の館には盲人ばつかり居りますな』 と話を態と横へ転じた。 黒姫『誠の教を聴かうと思へば、目が開いて居つては小理窟が多くつて仕様がないから、みな盲目や聾ばかり寄せてあるのだ。見ざる、聞かざると言うて、盲目聾程よいものは無い。此処へ来る奴は、みな此高姫サンと黒姫が耳の鼓膜を破り、眼の球を抜いて、世間の事がなにも解らぬやうに、神一筋になるやうにしてあるのだ。お前も怪体な目をウラナイ教に、すつくり御供へしなさい。さうしたら本当の安心が出来るぢやらう。昔竜宮城に仕へて居つた小島別は、盲目であつたお蔭で、結構な国魂の神となつて神の教を筑紫の島でやつて居るといふことだ。目の明いた奴に碌な奴が居るものかい。盲目千人に目明き一人の世の中に、十目の視る所十指の指さす所、大勢の盲目の方に附くのが誠だ。サア、これからウラナイ教に帰順さしてやらう』 と高姫、黒姫の二人は、出刃庖丁をひらめかし、安彦、道彦の眼球目蒐けて突いてかかる。二人は、 安彦、道彦『コリヤ大変』 と逃げ出す途端に、座敷一面のとろろ汁に足を、辷らして、スツテンドウと仰向けになつた。 二人の婆も、とろろに足を滑らし、仰向けにドツと倒れた。婆の持つた出刃庖丁は道彦の眼の四五寸側に光つてゐる。 道彦、安彦は一生懸命逃げ出さうとすれど、ヌルヌルと足が滑つて同じ所にジタバタやつてゐる。百舌彦、田加彦は一室から飛んで出て、 百舌彦、田加彦『コラコラ婆の癖に手荒いことを致すな。その出刃渡せ』 と矢庭に引捉へむとして、又もやズルリと滑り、二人は尻餅搗いた途端に、道彦の顔の上に臀をドツカと下ろした。その痛さに気が付けば王仁は、宮垣内の茅屋に法華坊主の数珠に頭をしばかれ居たりける。 (大正一一・四・二旧三・六外山豊二録) (昭和一〇・三・二〇於彰化支部王仁校正)
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霊界物語 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 15 山の神 第一五章山の神〔五八二〕 此世を澄す素盞嗚の神の命に従ひて 御稜威も高き高国別は奇の岩窟に陥りし 老若男女の生命を一人も残さず助けむと 地底の洞に飛び込みて神に願をかけまくも 雄々しき姿すたすたと声する方を辿りつつ 往き当りたる岩の戸に又もや両手を組みながら 進退茲に谷まりて暫し思案に暮れ居たる。 時しもあれや何処よりか、閃光輝き高国別が前に火玉となりて進み来るものあり。 高国別は剣の把に手をかけて、寄らば斬らむと身構へす。巨大なる火の玉は、高国別が四五間前に万雷の一時に落つるが如き音響と共に落下し、白煙となつて四辺を包み咫尺を弁ぜざる靄の中、高国別はきつと腹を据ゑ臍下丹田に息を詰め、天津祝詞を奏上しければ、今迄咫尺を弁ぜざりし猛煙は拭ふがごとく消え失せて、優美なる一人の女神、莞爾として佇立して居たまふ。 高国別は、 高国別『ヤア汝は何者なるぞ、察する所此岩窟に蟠まる金毛九尾の悪狐の眷属ならむ、吾が両刃の長剣に斬り捨てむ』 と云ふより早く剣光閃く電の早業、斬つてかかれば女神は中空に舞ひ上り、飛鳥の如く右に左に上に下に体を躱し、遂には又もや以前の火弾と化し、唸りを立てて岩窟の内を矢を射る如く逃げ去りにける。 油断はならじと高国別は附近キヨロキヨロ見廻す折しも、身の丈一丈五六尺もあらむと思はる大男、異様の獣を引きつれながら此場に現はれ、高国別に一寸会釈したり。高国別は又もや魔神の襲来ならむと眼を配り身構へする。大の男は大口開けて高笑ひ、 男『アハヽヽヽヽ、汝は高天原より下り来れる俄造りの似非審神者、吾正体を見届けよ』 と鏡の如き眼を見開き、かつと睨めつけたり。高国別は両手を組み、鎮魂の姿勢を取り、ウンと一声言霊を発射したるに、大の男は忽ち体を変じ優美なる女神となりぬ。 高国別は、 高国別『千変万化の悪神の悪戯、今に正体を現はして呉れむ』 と両刃の長剣を閃かし、女神に向つて骨も通れとばかり突きかかる。女神は手早く体をヒラリと躱した途端、勢余つて高国別は岩窟の中の隧道を、トントントン、と七八間許り行き過し、底ひも知れぬ陥穽に真逆さまに転落し、高国別は其儘息絶え、最早此世の人にはあらざりけり。 高国別は唯一人、天青く山清く百花爛漫たる原野を神言を奏上しながら何処を当ともなく、足の動くままに身を任せ進み行く。 前方に屹立する雲の衣を半被りたる高山が見えて来た。高国別は山に引つけらるる如き心地して、足に任せて進み行く。パタリと行き当つた峻坂、仰ぎ見れば鮮花色の男女の群四五人、何事か面白可笑しく囁きながら、此方に向つて悠々と進み来る。高国別は両手を組んで独言、 高国別『アヽ吾は素盞嗚尊の大神の御伴仕へまつり、カナンが一家に休息し給ふ尊の命によつて諸人の後を追ひ、不思議の岩窟に忍び入りしと思ひきや、天空快濶一点の雲霧風塵もなき大原野を渡り、今又此山口に来るこそ合点がゆかぬことである哩』 と後振返り四方の光景を眺めて思案に暮れて居る。五人の男女は此処に現はれて一斉に恭しく目礼しながら、 五人『貴下は高国別の宣伝使、活津彦根神に在さずや、吾等は神伊邪諾大神の使者として貴下を迎への為に罷越たり、イザイザ御案内申さむ』 と先に立つて進み行く。高国別は何心なく、いそいそと五人の後に従ひ急坂を登り行く。漸う坂の絶頂に達した。二男三女の神人は口を揃へて、 五人『これはこれは高国別様、お疲れで御座いませう。此処は珍の峠の絶頂、先づ御休息下さいませ』 高国別は、 高国別『アヽ思ひも寄らぬ一人旅、何となく此麗しき山野を跋渉するにも話相手もなく稍寂寥を感じて居ました。然るに此坂の下より麗しき貴方等の御迎へ、一円合点が参り申さず、珍の峠とは何国の山で御座るか』 五人は、 五人『ハイ』 と云つたまま、ニコニコと笑つて答へぬ。折しも得も云はれぬ涼しき風徐に吹き来り、高国別の顔を撫で颯々たる声を立て、幅広の木葉を翻しながら過ぎて行く。 高国別『オー恰で天国浄土のやうな心持が致す、百鳥は空に謡ひ百花爛漫として咲き乱れ、風は清く香ばしく、幽かに聞ゆる微妙の音楽、曇り果てたる葦原の国にもかかる麗しき郷土のあるか、アヽ心持よや』 と芝生の上にどつかと坐し、言葉涼しく一同に向ひ、 高国別『合点の行かぬ今日の旅行、貴方等は何れの神に坐し在すか、名乗らせたまへ』 一人の男は恭しく、 男『私は三五教の宣伝使たりし亀彦で御座います。これなる女は菊子姫と申し、神素盞嗚の大神の第六の御娘、今は大神の御心により千代も変らぬ宿の妻、此処は地底の国の天国、珍の峠で御座います』 高国別『アヽ、貴方は音に名高い亀彦の宣伝使、貴方は大神の御娘菊子姫様か、思はぬ処でお目に懸りました。してして父素盞嗚の大神は今何処くに在すか、聞かま欲しう存じます』 菊子姫は涙をはらはらと払ひながら、 菊子姫『申すも詮なき事ながら、父大神は天地諸神人のために、千座の置戸を負はせたまひ今は味気なき漂泊の一人旅、何処の果に在すらむ、せめては其御消息なりとも聞かま欲し』 と涙ぐみ芝生の上に泣き伏しにけり。 梅彦は、 梅彦『これはこれは菊子姫殿、此処は地底の天国で御座る。天国に涙は禁物、歓喜の花の開くパラダイスで御座るぞ。いや高国別様、吾々は三五教の宣伝使たりし梅彦と申す者、これなる妻は菊子姫の姉幾代姫で御座います。大神の内命に依つて夫婦の約を結びました。此後宜敷くお願ひ致します』 高国別『アヽ左様で御座つたか、思ひも寄らぬ不思議の対面、全く大神様のお引き合せ、アヽ有難し。斯くも麗しき山上にて大神の姫御子に御目に掛る事望外の仕合せで御座る』 梅彦『貴神はペテロの都に於て驍名隠れなき御神様、幾度か生死を往来遊ばされ、此処に活津彦根神と現はれ給ひし天下無双の忠勇義烈の神様と承はる。天の太玉命の仲介により、素盞嗚の大神の御許しを得て第一の御子たる、此愛子姫様を貴下の妻と神定めさせ給へば、今より愛子姫様を妻となし、神国のためにお尽し下されば有難う存じます。貴方にお渡し申す迄吾等は日夜の気懸り、之にて吾願望も成就致しました』 と梅彦は心落ち付きし様子なり。 愛子姫『これはこれは、音に名高き高国別様、夫となり妻となるも神の結びたまひし身魂の因縁、千代も八千代も妾と共に、手を携へて神業に尽させたまへ』 と顔に紅葉を散らしつつ優しき手を膝にあて語り出るは愛子姫なり。高国別は、夢か現か幻か合点行かぬと、暫し茫然として大空打ち仰ぎ思案に暮れ居たり。 梅彦はモドかしがり、 梅彦『高国別様、何を御思案なさいます、何事も結びの神の御定め、直に御承諾なさいませ』 高国別『アヽ、有難し有難し、思ひも寄らぬ山上の見合ひ、山の神様の御仲介、草の筵に雲の天井、風の音楽に木々の木の葉の舞ひ踊り、イヤもう有難う承知仕りました』 と高国別は笑顔をもつて迎へゐる。これより世俗は妻を山の神と云ふのである。愛子姫は立ち上り、高国別に向つて、南方の諸山を圧してそそり立てる高山を指さし、 愛子姫『雲の彼方の黄金の山は我等が永久の故郷、いざいざ御一同進みませう』 と先に立つて急坂を南に下る。一同は一歩一歩力を入れながらアブト式流に坂を下り行く。雲表に屹立せる彼方の遠き高山の山頂に何時の間にやら達してゐた。三夫婦は山頂に衝立ち天津祝詞を奏上するや、山を包みし五色の雲は扉を開きし如く、颯と左右に開けた。目の届かぬ許りの青野原、白き、赤き、青き、黄色き、紫色の三重五重十重二十重の塔は、眼下の青野が原の部落の中に幾百ともなく屹立し、其絶景譬ふるに物なく、遠く目を放てば紺碧の波を湛へたる大海原、浪静に純白の真帆片帆、右往左往に走り行くさま、画伯の手に成れる一幅の大画帳の如く、時の移るも忘れて一同は絶景を見守つて居た。此時山頂の麗しき祠の中より、黄金の扉を開き現はれ出でたる一柱の女神、二人の侍女を伴ひ悠々と六人が前に現はれて、 女神『妾は木花姫なり、汝等は忠勇義烈至仁至愛の神人なれば、汝が永久に住むべき国は此聖域なり。併しながら未だ現界に於て勤むべき事あれば、再び現界に引き返されよ。今後は心を緩ませ玉ふな。体主霊従の魔風に誘はれなば、再び此処に来る事能はざるべし、今より速かに現界に帰り給へ』 と優美にして荘重なる言葉を残し、黄金の扉を閉ぢて、侍女と共に又もや祠の中に姿を隠したまうた。 忽ち四辺暗黒となり、身体に寒冷を覚ゆると見る間に甦り見れば、高国別は岩窟内の深き井戸の底に倒れ居たるなり。 高国別『アヽ夢であつたか、併し乍ら吾を活津彦根と仰せられしは不審の一つ、吾身の守護神を知らずして憖に審神を行ひしため、大神の御仁慈によつて教へたまひしか、アヽ有難し有難し』 と、合掌し声も涼しく天津祝詞を奏上したりける。フト空を仰ぎ見れば窟の周囲に麗しき二男三女の夢に見し神人が立ち現はれ、井底を覗きて何事か囁き居るあり。高国別は夢に夢見る心地して、又もや両手を組み心の縺れを手繰り居る。稍ありて高国別は井底より空を仰ぎながら、 高国別『もしもし亀彦様、梅彦様、その他三人の女性様、私は高国別で御座います。人の命を救はむために、地中の岩窟に忍び入り、過つてかかる古井戸の底に陥ちました。何とかして私をお救ひ下さいますまいか』 亀彦『ヤア噂に聞き及ぶ高国別様か、それは嘸お困りでせう、何とか一つ工夫をしてお救ひ申さねばなりませぬ。併し乍ら斯る岩窟の中にある古井戸には階段があるものです。この亀彦も一度フサの国の醜の岩窟の古井戸に陥ち込んだ時、如何はせむかと心を痛めましたが、フト傍を見れば階段が刻まれてありました。よくよく調べなさいませ』 高国別『有難う御座います、少しの手がかりも足がかりも御座いませぬ。恰度竹筒の中に落ちたやうなものです』 梅彦は、 梅彦『アヽ、困つたな、吾々も一度古井戸に陥ちた経験があるが、階段がないとは意外だ、何とか工夫をせねばなりますまい。亀彦サン、貴方の褌と帯を外して下さい、吾々も帯と褌とを解きます。これを繋いで井底に釣り下しませう』 と云ひつつ、くるくると帯を解き、褌を外し手早く繋いだ。亀彦も同じく帯と褌を取り外し、手早く繋ぎ合せ井戸に下げ降して見た。 梅彦は、 梅彦『モシモシ、高国別様、この帯にお掴まり下さい』 高国別『イヤ、有難う、折角の思召ながらどうも届きませぬ。加ふるに怪しき臭気が致します』 梅彦は、 梅彦『アヽ、何と云ふまわしの悪い事だらう。エヽ仕方がない、三人のお女中、貴女方の帯を解いて下さいませ』 愛子姫『ハイ、如何致しませう。菊子さま、幾代さま』 二女『さうですなア、吾裸体になるのは恥かしいワ』 梅彦『恥かしいの何のと云つてゐる所か、人命に係はる大事だ。サアサアコンナ時には恥も糞もあつたものでない、帯をお解きなさい』 愛子姫『それでも余り残酷ですワ』 亀彦『これこれ愛子姫さま、何を仰有るのだ、貴女こそ残酷だ。高国別様が危急存亡の場合、サアサア、キリキリとお解きなさい。もしもし高国別さま、何うも仕方がありませぬ、吾々が帯を解き褌を解き、三人の女神の帯を繋ぎ合して、今垂下致しますからね、少々臭くても御辛抱下さいませ、女の匂ひと云ふものは却つて床しいものですよ、アハヽヽヽ』 高国別『夫計りは御免蒙り度い、ヤア神様の宿り給ふ頭の上で、ソンナ物をべらべらさして貰つては有難迷惑だ。どうぞ早く手繰り上げて下さい』 亀彦『エヽ、無理計り云ふ神様だな、此場に及んでどうも仕方がありませぬワ。些とは鼻を摘んで御辛抱なさいませ。異性の匂ひは却つてよいものですよ』 高国別『アハヽヽヽ、ヤア皆さま、御心配をかけました。何うやら梯子が刻まれてあるやうに思ひます』 亀彦『アハヽヽヽ、矢張り三五教の宣伝使は洒落が上手だなア、此処迄洒落ると、洒落も徹底して面白い。もしもし三人の姫御前、御安心なさいませ、帯を解くのだけは赦して上げませう』 三女『ホヽヽヽ、誰が帯ども解きますものか、帯を解く時間にはも些と早いぢやありませぬか、ホヽヽヽヽ』 亀彦『また貴女方も洒落るのか、モシモシ高国別さま、早くお上りなさらぬか』 高国別『アヽ矢張り間違ひだつた、些とも手係りがありませぬワ。誠に済みませぬが私の一命を助けると思召し、どうぞお慈悲に三人の女性様の帯を解いて、繋ぎ合して助けて下さい、お願ひぢやお願ひぢや』 亀彦『エヽ、何だ矢張り虚言だつたか、これは仕方がない。サアサア三人の女性様、ちつと時間は早いが夫の云ふ事だ、女房が聞かぬと云ふ事があるものか、早く解いたり、解いたり。エヽ何、恥かしいと。何が恥かしい、水も漏らさぬ夫婦仲ぢやないか』 菊子姫『それでも姉さまに恥かしいワ』 亀彦『何、姉さまのお婿さまを助けるのだ。ソンナ遠慮が要るものか』 愛子姫『ホヽヽヽヽ、エヽ仕方がありませぬ、妾が率先して模範を示しませう』 と帯を解きかける。井戸の底より陽気な声で、鼻歌を謡ひながら、トン、トンと上つて来る。 高国別『ヤア皆様、種々と御心配をかけました。お蔭で梯子段が俄に出来ました。兎も角咄嗟の場合急造したものですから、実にやにこいものです。アハヽヽヽ』 梅、亀『何だ、裸体になり損をしたワイ』 高国別『人間は生れ赤子にならねば神様の御神徳は頂けませぬよ、赤子の時には裸体で生れたのだもの、アハヽヽヽ』 高国別は拍手を打ち合掌しながら天津祝詞を奏上し始めた。一同は声を揃へて合唱する、其声音朗々としてさしもに広き岩窟に響き渡り、天地開明の気分漂ふ。 愛子姫『貴方は父の許せし吾夫、活津彦根の神様、ようマア無事で居て下さいました』 高国別『ヤア合点の行かぬ事もあればあるものだなア、お前が珍の峠でお目にかかつた山の神さまだなア。ヤア有難い有難い、三夫婦揃うた瑞霊の夫婦連れ、二三が六人手を携へて睦まじく、此処で結婚の式を挙げませうか』 亀彦『結婚の式を挙げやうと云つた所が、此様な岩窟の中、何うする事も出来ないぢやありませぬか』 高国別『イヤ、御霊と御霊の結婚、心の盃の取り替はし、千代も八千代も末長く、睦びて進む六人連、栄の花を三夫婦が、天地人揃うて岩窟の探険、三つの御霊の父大神の御引合せ、アヽ有難し有難し、目出度し目出度し、一度に開く梅彦さま、万代祝ふ亀彦さま、嬉しき便りを菊子姫、幾代変らぬ幾代姫、神の恵の愛子姫、睦び合うたる三夫婦が、身魂の行末こそは楽しけれ』 といそいそ神歌を謡ひながら、又もや奥へ奥へと進み行く。 (大正一一・四・三旧三・七加藤明子録) (昭和一〇・三・二三於花蓮港分院王仁校正)
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霊界物語 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 22 和と戦 第二二章和と戦〔五八九〕 言依別命は不思議の事より神界を探険し再び正気に立ち復り給ひて、玉彦、厳彦、楠彦諸共に、駒に鞭ちしとしととウブスナ山脈を神素盞嗚大神の御舎指して進み行く。 山上の御舎は何れも丸木柱を以て造られありぬ。用材は桧、杉、松、樅其他種々の木をあしらひ、余り広からず狭からず何とも言へぬ風流なる草葺の屋根、幾棟となく立ち並び居たり。一行四人は門前に到着し、馬をヒラリと飛び下りて大音声に、 一行『頼まう頼まう』 と訪なへば、 男『応』 と答へて大の男三四人、門を左右にパツと開き、四人の姿を見るより、 国武彦『ヨー、これはこれは、能く入らせられました。只今高天原よりの急報に依り貴使等四人当邸に現はれますと承はりお待ち申して居りました。サアサ御這入り下さいませ、御案内致しませう。私は八十猛の神の長を勤むるもの、国武彦と申すもので御座います』 と言ひつつ先に立つてドスンドスンと地響きさせ乍ら奥へ奥へと案内したり。 本宅と覚しき館の玄関口に佇み、国武彦は、 国武彦『アア八島主様、言依別命御一行がお出でになりました』 と言葉終ると共に玄関の襖はサラリと開かれたり。 国武彦『サアサアこれが命様の御本殿で御座います、御遠慮なく御上り下さいませ』 と案内する。 一同『然らば御免』 と一同は奥へ奥へと進み入る。容色麗しき二人の美人此場に現はれしを能く能く見れば愛子姫、幾代姫なりき。 言依別『アア貴神は顕恩郷に坐ませし尊の御娘子、愛子姫、幾代姫様では御座らぬか』 愛子姫『ハイ、左様で御座います、能くマアお越し下さいました』 幾代姫『妾は仰せの如く幾代姫で御座います、何卒御悠りと御休息下さいませ。妾の父は天下蒼生の為めに、ここ十日許り以前に館を立ち出で、常世の国さして行くと申して出られました。折角のお訪ねで御座いまするが父は生憎の不在なれども、妾が兄八島主父の代理として留守を致して居りますれば、何卒ゆるりとお話し下さいます様に』 言依別『アヽ左様で御座るか、之は惜しい事を致した。イヤ先程御父上に地の高天原に於て拝顔を得ました』 愛子姫、幾代姫一度に、 愛子姫、幾代姫『エ、父にお会ひで御座いましたか、それは何れの地方に於て』 言依別『ハイ、地の高天原に於て三十五万年の未来に麗しき御尊顔を拝しました』 愛子姫、幾代姫『アヽ左様で御座いましたか、それはそれは都合の好い事で御座いましたナア。父は何と申しましたか』 言依別『イヤ吾々には未だ現界に於て尽すべき神務あれば、三十五万年の昔に立ち復り現界的神業を尽せよとの御厳命で御座いましたよ。イヤもう罪の深い吾々、容易に高天原へ参る事は出来ませぬ』 玉彦、厳彦、楠彦、三人一度に、 三人『オー貴女は神様の御娘子で御座いましたか、私共は言依別の命様の御供致すもの常世の国に於て生れましたる、はした者に御座います。何卒以後はお見捨なく御昵懇に御指導を願ひ上げ奉ります』 と慇懃に挨拶する。 愛子姫、幾代姫『御挨拶は却て痛み入ります、妾は、たらはぬ女の身、何卒御見捨なく何時々々迄も御昵懇に願ひ度う御座います』 と頭を下ぐる。此時、眼清く眉秀で鼻筋通り口許しまり桃色の顔、鼻下の八字髭及び下顎の垂髯を揉みつつ徐々と入り来り、一行の前に端坐し、叮嚀に会釈し乍ら、 八島主『私は八島主で御座います。貴使は噂に高き言依別の命様、遠路の処遥々能く御越し下さいました。吾父が在しましたならばどれ程喜ぶ事で御座いませう』 と目を瞬き、そつと涙を拭ふ。一同は何となく八島主の態度につまされて哀れを催し涙の袖を絞り居る。此時菊子姫は二人の侍女を伴ひ、 菊子姫『御一同様、御飯の用意が出来ました、何卒此方へ御越し下さいませ』 と挨拶する。主人側の八島主を始め四人は菊子姫の後に従つて奥の別室に進み入る。別室の入口には亀彦、梅彦、愛子姫、幾代姫の四人が叮嚀に端坐し頭を下げ一行を迎へ居る。ここに一場の晩餐会は催され、果実の酒に心勇み一同は代る代る小声に謡を唄ひ、菊子姫は長袖しとやかに舞曲を演じて興を添へにける。 日は漸く西に没れて夕暮告ぐる諸鳥の声、淋し気に聞え来たる。時しもあれ、慌しく此場に現はれたる八十猛の神は、 八十猛『八島主の命様に申し上げます、只今バラモンの大棟梁鬼雲彦なるもの、鬼掴を先頭に数多の魔軍を引率し、当館を十重二十重に取囲み雨の如くに矢を射かけ、又決死隊と見えて数百の荒武者男、長剣長槍を閃かしドツと許りに攻め寄せました。当館の猛将国武彦は館内の味方を残らず寄せ集め、防戦に力を尽して居りますれど、敵の勢刻々に加はり味方は僅かに二十有余人、敵の大軍は衆を恃んで鬨を作り、一の館、二の館、三の館は最早彼等の占領する処となりました。国武彦は群がる敵に長剣を引き抜き立ち向ひ、縦横無尽に斬りたて薙たて防ぎ戦へども、敵は眼に余る大軍、勝敗の数は歴然たるもの、御主人様、此処に居まし候ては御身の一大事、一時も早く裏門より峰伝ひにビワの湖に逃れ出で、コーカス山に忍ばせ給へ、敵は間近く押し寄せました。サアサ早く御用意あれ』 と注進するを、八島主は少も騒がず、 八島主『ホー、汝八十猛の神、能きに取計らへよ、吾は遠来の客を待遇さねばならぬ。汝は国武彦と共に防戦の用意を致すが宜からうぞ』 八十猛『これは主人様のお言葉では御座いまするが、危機一髪の此場合、左様な呑気な事を申して居られませうか。最早第三の館まで敵に占領され、又国武彦は身に数槍を負ひ苦戦の最中で御座います。味方は大半討死致した様で御座います。何卒一時も早くお客さまと共に此場をお逃れ下さいませ』 八島主『アツハヽヽヽ、面白い事が出来たものだ、御父の留守を窺ひ、弱身につけ込む風の神、高が知れたる鬼雲彦の軍勢、仮令百万騎、千万騎一度に攻め来るとも、八島主が一本の指先の力にて、縦横無尽にかけ悩まし一泡吹かせて呉れむ、汝は表に駆け向ひ、汝としての力限りを尽せよ。ヤアヤア皆様、敵軍の攻め来り騒ぐ有様を酒の肴と致して、ゆるりと飲みませう、時にとつての一興、何もお慰みで御座います。敵の襲来なりと見物して御心を慰め下さいませ』 言依別命は、 言依別『アツハヽヽヽ、ヤア面白い事が出来ました、もう少し近寄つて呉れますれば見物に都合が宜しいが、此処は確か八つ目の御館、まだ四棟も隔てて居りますれば先づ先づ安全地帯、乍然一利あれば一害あり、危険な目に遇はねば面白い事は見られませぬ哩、アハヽヽヽ』 亀彦、梅彦肩を怒らし臂を張り、顔色物凄く呼吸を喘ませ乍ら、 亀彦、梅彦『これはこれは八島主様、言依別様、お二方は狂気召されたか、此場に臨んで何を悠々と、お酒どころの騒ぎぢや御座いますまい。サアサ防戦の用意をなさいませ。吾々は生命を的に奮戦致し、攻め来る奴輩を片端より斬りたて薙散らし、一泡吹かせて呉れむ』 と言ふより早く長押の長刀、梅彦はおつ取り表へ出でむとす。亀彦は長剣を引き抜き、亦もや行かむとす。愛子姫は二人の足にヒラリと綱をかけ後に引いた。行かむとする勢に、力は上半身に満ち下半身は蝉の脱け殻の如くなつた足許を引掛けられ、スツテンドウと座敷の真中にひつくり覆りける。 亀彦『千騎一騎の此場合、何を悪戯遊ばす、猶予に及ばば御身の一大事、サアサ姫様達は一刻も早く裏門より落ちのびなさい。菊子姫殿、幾代姫殿、サアサア早く早く。吾は之より表に駆け出し、細腕の続く限り奮戦せむ』 と又もや起き上り、勢こんで表に行かむとす。 八島主は悠然として、 八島主『アハヽヽヽ、皆様、敵の騒ぎを見ずとも味方の狂言で沢山で御座います哩。ヤアヤア亀彦、梅彦先づ一杯召し上れ』 と盃をつき出す。梅彦はかぶりを振り乍ら、 梅彦『エーエ、又しても気楽な御主人様、ソンナ処で御座いませうか、サアサ早く逃るか進むか、二つに一つの間髪を入れざる場合で御座れば、何れへなりと御覚悟あつて然るべし』 と言ひ捨てて二人は表を指して韋駄天走りに進み行く。最早敵は第五の館を占領し第六に向はむとする時なりき。 八十猛の神は又もや血相を変へて顔面に血を流し乍ら走り来り、 八十猛『申し上げます、最早敵は第六の館に迫りました、勝敗の数は已に決す、一時も早く御落ち延び下さいませ。吾等は生命のつづく限り奮戦し相果つる覚悟で御座います』 八島主は平然として、 八島主『ヤア八十猛か、御苦労であつたのう、先づ、ゆつくり酒でも飲んで働くが宜からうよ』 八十猛は息を喘ませ乍ら、 八十猛『ソヽヽヽそれは何を仰しやります、酒どこの騒ぎですか、国家の興亡此瞬間に迫る、酒も喉が通りませぬ』 言依別『アハヽヽヽ、八島主の命様、随分貴使の御家来には勇将猛卒が居りますね、勇将の下に弱卒なし、イヤもう感心致しました』 八島主『イヤ、さう言はれては返す言葉も御座いませぬ、彼等の周章狼狽の醜態、お目に懸けまして誠に恥入る次第で御座います。吾々は敵の攻撃に任せ無抵抗主義をとるもの、元より勝敗の数は歴然たるものに御座いますれば、何程慌た処で結果は同じ事ですよ、先づは刹那心を楽しみませう。一刻先は分つたものぢやありませぬよ、アヽヽヽ』 又もや酒をグビリグビリと飲んで居る。日頃狼狽者の玉彦、厳彦、楠彦も神界旅行の経験を得てより何となく心落ち着きしと見え、此騒動を殆んど感知せざるものの如く、悠々として箸をとり、贐の酒に舌鼓を打ち私かに鼻唄を謡つて居る。愛子姫は一絃琴をとり出し声も淑やかに謡ひ出した。 愛子姫『菊子姫さま、幾代姫さま、貴女一つ舞うて下さいな。遠来の御客様に余り殺風景な処をお目に懸けて済まないから、一つ花やかな処を御覧に入れて下さい、妾が謡ひませう』 菊子姫、幾代姫は、 菊子姫、幾代姫『あい』 と答へて仕度にとりかかり淑やかに舞ひ始めたり。表は修羅道の戦ひ。奥の一室は悠々たる春の花見の如く、秋の夜の月見の如く静まりかへつて、笑ひの声屋外に洩れ居たり。 鬼雲彦は血糊の着いた槍を扱き乍ら阿修羅王の如く此場に現はれ来り、 鬼雲彦『ヤア斯くなる上は最早敵ふまい、サア尋常に切腹致すか、但は此方が槍の錆にして与らうか、サアサア返答は如何じや』 と息巻いて居る。鬼雲彦に続いて鬼掴は此場に又もや現はれ来り、 鬼掴『さしも豪傑と聞えたる八十猛、国武彦は吾手にかかつて脆くも討死致したれば、最早叶はぬ百年目、サア尋常に切腹致すか、但は此方が手を下さうか、サア返答致せ』 八島主『アツハヽヽヽ』 言依別『オツホヽヽヽ、何と面白い芸当では御座らぬか、千両役者も跣足で逃げ出します哩、ワツハツハヽヽヽ』 玉彦『ヨー、鬼雲彦の御大将、バラモン教は随分強い方が居ますな、吾々は三五教の宣伝使、いや、とてもとても貴方のお相手は余り馬鹿らしうてなりませぬ哩、アツハツハヽヽヽ』 厳彦『ヤア鉛で造つた仁王の様に随分立派なスタイルですな、ワツハヽヽヽ』 楠彦『ホー立派な者だ、節くれ立つたり、気張つたり、閻魔の庁からやつて来たお使の様だ。ヤア酒の肴に面白い事を見せて頂きます哩、ハツハヽヽヽ』 愛子姫『オホヽヽヽ、あの鬼雲彦さまとやらの、立派のお顔わいな、鬼掴サンのあの気張り様』 菊子姫、幾代姫『ホヽヽヽ』 鬼雲彦、座敷の真中に突立ち乍ら団栗眼をグリグリ回転させ、 鬼雲彦『此場に及んで何を吐かす、其方は気が狂うたか、哀れ至極の者だ、ワツハツハヽヽヽ』 と豪傑笑ひをする。鬼雲彦は肩を揺り乍ら又もや、 鬼雲彦『ワツハヽヽヽ、チエツヘヽヽヽ、心地良やな、バラモン教の運の開け口、此館が手に入るからは、最早三五教は寂滅為楽、扨も扨も、憐れな者だワイ、ワツハヽヽヽ』 と無理に肩をしやくり豪傑笑ひを続けて居る。八島主命は右の食指をヌツと前に突出し、 八島主『ヤア鬼雲彦一同の者共、能つく聞け、両刃の長剣の神の生身魂、熊野楠日の神とは吾事なるぞ、八島主とは此世を忍ぶ仮の名、サアサア一時も早く改心致すか、返答は如何ぢや』 鬼雲彦、大口開けて高笑ひ、 鬼雲彦『ワツハヽヽヽ、吐かしたりな吐かしたりな、此期に及んで何の繰言、引かれ者の小唄とは汝の事、エー面倒だ、片つ端から血祭りに致して呉れむ、ヤア者共、之等一座の男女の木つ端武者を討ち滅せよ』 と下知すれば、 『ハツ』 と答えて四方より魔軍の将卒駆け集まり前後左右に詰めかくる。八島主は右手を伸ばし、 『ウン』 と一声、言霊の力に鬼雲彦始め一同は将棋倒しにバタバタと其場に倒れ、身体硬直して石地蔵の如く硬化したり。 八島主『ワツハヽヽヽ』 言依別『ヤア面白い面白い、廃せば良いのに入らぬチヨツカイを出しよつて、此有様は何事だ。サア玉彦、厳彦、楠彦、汝等は彼等に向つて宣伝を致すが良からう』 三人は、 三人『ハア』 と答へて起ち上り、バツタリと倒れて身動きもならず苦しめる鬼雲彦、鬼掴の前に突立ち、 三人『アハヽヽヽ、アヽ愉快な事じや、否気の毒なものだな』 三人は頸から上の霊縛を解いた。鬼雲彦、鬼掴を始め数多の勇将猛卒は頸許り前後左右に振り廻し、何事か頻りに呟いて居る。此時表の方より国武彦、八十猛の両人現はれ来り、 国武彦、八十猛『御主人に申上げます、雲霞の如き大軍に味方は僅二十有余人、暫時は挑み戦ひしが、衆寡敵せず、進退維谷まり味方の敗亡瞬時に迫る折から、天の一方より巨大の火光降り来り、敵の軍中に落下するよと見れば、思ひきや日の出神の宣伝使、数多の神軍を引率して忽然として現はれ、群がる敵に言霊の爆弾を浴びせかけ給へば、敵は獲物を大地に投げ捨て「頭が痛し、胸苦し」と叫び乍ら残らず大地に打倒れ身体硬直した儘、操り人形の如くに首を打振る可笑しさ、いやもう結構な御神徳を戴きました。ホー此処にも大将株が倒れて居りますね、これはしたり、妙な事もあればあるもので御座る哩、アハヽヽヽ』 言依別『吾々は天下無敵主義を標榜するもの、彼等と雖も矢張天地の神の御水火より現はれ出でたる青人草、一人でも悩め苦しむる事は法の許さぬ処、万々一敵軍の中に於て一人たりとも負傷者あらば助けてやらねばなりますまい』 八島主『御尤もで御座る、サア御苦労乍ら玉彦様、貴方一人で結構ですから一度敵味方の負傷者の有無を調べて下さい』 玉彦は、 玉彦『承知致しました』 と早くも起つて表へ駆け出し、彼方此方に負傷して血を流し苦しむ軍卒を片つ端から数歌を謡ひ乍ら、残らず癒やし廻りぬ。而して玉彦は一同の前に声を張り上げて宣伝歌を謡ひ聞かしけるに、何れも歌の耳に入るや、悪の守護神の頭に厳しく応へしと見えて益々苦悶の呻り声高くなり行く。奥の一室には鬼雲彦、鬼掴其他の猛将勇卒に向つて厳彦、楠彦は宣伝歌を宣り聞かしゐる。鬼雲彦は此歌を聞くより益々苦悶し始め流汗淋漓、青息吐息を吹き立て目を剥き藻掻く可笑しさ。 言依別『如何しても身魂の因縁と言ふものは争はれぬものだナア。何程結構な教を聞してやつた処で、身魂があはねば帰順させる事が出来ぬと見える。人には人の食ふ食物があり、牛には牛、獅子には獅子、猫には猫、糞虫には糞虫の食糧が惟神的に定つてる様に、教の餌も其通りだと見える。人間の食ふべき食物を牛馬に与ふるのは却て彼等を苦しめる様なものだ。縁なき衆生は済度し難し、悪神は悪神相当の安心を以て居るでせう、何程彼等を救ふてやり度いと思うてもこれは到底駄目でせうよ、再び敵たはぬ様にして帰して与りませうかい』 八島主『貴使の御説、御尤もで御座る。然らば腰より上は暫らく元の硬直状態にして置いて足のみ自由を許して与りませう』 と言ひ乍ら八島主は立ち上り示指をグツと前に差し出し空中に円を描いて、 八島主『半日の間、腰から上は霊縛を加ふ、腰から以下は自由を許す』 との声の下より今迄氷柱の如くなつて居た手足はくの字に曲りムクムクと起つて、首を据ゑたまま、手を垂直したもの、片手を振り上げたもの、種々様々の珍姿怪態の陳列場を開設し、一目散に門外さして先を争ひ逃げ出す。玉彦は此態を見て吹き出し、 玉彦『ヤア此奴は良い工夫だ。オイ数多の魔軍共、之より一日の間、腰より上は霊縛を加へ置く、腰より下は汝等が勝手たるべし、許す』 と云ふ言葉の下に彼等の足は動き出したり。一同は足の自由となりしを幸ひ腰から上は材木の様にビクともせず、足のみ忙しく門外さしてウンともスンとも得言はず、コソコソと此場を逃げ去りにけり。 (大正一一・四・四旧三・八於錦水亭北村隆光録)
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(1655)
霊界物語 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 23 八日の月 第二三章八日の月〔五九〇〕 言依別命は、八島主の天使其他の天使と別れを告げ、後日の面会を約したまひぬ。 清き心の玉彦や月日の影は叢雲を 四方に掻き分け厳彦や神の御稜威も弥深く 高く奇しき楠彦の広き恵を三人連れ 神素盞嗚の大神の留守の館を後にして 千里の馬に跨がりつ轡の音も勇ましく 手綱掻い繰りシトシトと瑞の御魂の三つの坂 心の駒も乗る駒もいと勇ましくシヤンシヤンと 声も涼しき琵琶の湖浜辺を指して下り行く 浪も長閑な海原を駒諸共に船の中 浪を分けてぞ進みける折から吹き来る東南の 風に真帆をば掲げつつ船脚早くコウカスの 山の麓へ紀の港此処に御船を横たへて 又もや駒に打ち乗りてさしもに嶮しき嶮道を シヤンコシヤンコと登りつつ君の便りも松代姫 神の御前に平伏して祈る誠も麻柱の 神の教の宣伝使言依別を始めとし 玉彦厳彦楠彦の三つの御魂の神司 此場に漸く現はれて社の前の常磐木に 駒を繋ぎて静々と境内さして進み入り 四人一度に大前に頸根つきぬき畏まり 打つ拍手の音も清く詔る言霊はさやさやと 水の流るる如くなり折しも御前に額づきて 皇大神の身の上を守らせたまへ国治立の 神の命の大前に乞ひのみまつる姫神の 声も涼しき太祝詞清しく言霊宣り終へて 静々御階段を下り来る階下を見ればこは如何に 誠一つの麻柱の神の使の宣伝使 言依別の一行が此場にあるに心づき 慌てて御階段をかけ下り四人の前に平伏して 神素盞嗚の大神の御身の上は如何にぞと 問ふ言の葉も涙声心の闇ぞ哀れなる 言依別の宣伝使神素盞嗚の大神の 其消息を詳細に包まず隠さず宣りつれば 松代の姫は雀躍りし嗚呼有難し有難し 皇大神の御恵と又もや御階段を駆け上り 心静めて皇神の深き恵を嬉しみて 感謝するこそ殊勝なれ神が表に現はれて 善と悪とを立て分ける此世を造りし神直日 心も広き大直日唯何事も現世は 直日に見直せ聞き直せ世の曲事は宣り直す 三五教の神の道四方の国々照り渡る 其功績ぞ尊けれ古き神代の物語 十五の巻を述べ終へし大正壬戌の春 陰暦弥生の上八日新の四月の上四日 神代を明かす言の葉も五百九十の節も今 緯機織なす瑞月が横に臥しつつ呉竹の 節さへ合はぬ七五調岩より加藤村肝の 心定めて千早振古き神代の因縁を 此処に新に説き明かす今日の生日ぞ尊けれ 今日の生日ぞ目出たけれ。 (大正一一・四・四旧三・八加藤明子録) (昭和一〇・三・二五王仁校正)
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(1663)
霊界物語 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 03 門番の夢 第三章門番の夢〔五九三〕 夜は深々と更け渡る水さへ音なき丑の刻 波を照して一塊の巨大な光嚠々と 呻りを立てて竜灯の松を目蒐けて走り来る。 火光は一旦松の周囲を廻転し、梢に光皎々と留まり輝きぬ。樹下に倒れた五人の男は、吃驚仰天目を覚まし、アフンと許り空を眺め鰐口開けて、天から降つた牡丹餅を頂く様な為体なり。棚からさへも牡丹餅は容易に落ちて来ないのに、木から落ちたる猿の如く、老木の下に腰を抜かし、夜の明け行くを松の下、可笑しかりける次第なり。 東の方より数十人の消魂ましき足音するに眼を転じて眺むれば、東雲近き薄明り、鬼雲彦の手下の者共、一人の男に追はれつつ、生命からがら逃げ来る。腰を抜かした五人連に、先に立ちたる四五人は、足引つかけて顛倒し、次から次へ出て来る奴は折り重なつて、相互怨みの無い様に、交際の良い社会主義、民衆運動の花咲きて、転んで土食ふ奴ばかりなり。 亀彦『ヤア其の方等は大江山に本拠を構ふる鬼雲彦の乾児の奴輩、片つ端から撫で切りに致し呉れむ、覚悟をせよ』 と両刃の剣を逆手に持ち真向上段に振り翳したり。 石熊『ヤイ、其方は肝腎の二人の娘を如何致した、コンナ処へ踏ん迷うて来る処ぢやあるまいぞ、二人の女を早く助けてやらぬか、そしたら吾々もお蔭で助かる哩、アハヽヽヽ』 亀彦『オー、さうじや、余り勢に乗じて英子姫様を念頭より遺失して仕舞つた、此奴堪らぬ。愚図々々して居れば磨滅の厄に遭ひ給ふやも図り難い、オイ敵の奴輩、木端武者能く注意して呉れた、汝の手柄に免じて今日は之にて許してやらう』 と云ふより早く踵を返し、矢を射る如くもと来し道に引き返す。 石熊『オイ、鬼虎、熊鷹の阿兄、何うだ、此方の文珠の智慧、貴様の様な天の橋立ない智慧の持主では仕方がない、斯んな時に、ちつとも間に合はぬ。当意即妙、智謀絶倫、文珠菩薩も石熊親分の無量智には尻はし居つてスタコラ、ヨイヤサと御遁走、持つべきものは知識なりけりだ、アハヽヽヽ、オホヽヽヽ、エヘヽヽヽ』 不思議なる哉、此樹下に来たものは一人も残らず一蓮托生、腰が薩張り抜けて仕舞つた。一同の魔神は叶はぬときの神頼み、悪にも三分の理屈がある、神の救ひを求めむと十能の様な大きい手を合し、 一同『阿耨多羅三藐三菩提、南無与仏有縁与仏、有縁仏法僧、縁常楽我長、朝念観世音、暮念観世音、念々従信起、念々不離心』[※仏典の『十句観音経』だと思われるが、一部語句が異なる。] と手と口とは自由権を許されて、甲乙の区別もなく平等に言霊を連続発射して居る。 話変つて英子姫は器量も愛想も悦子姫、由良の港の国司秋山彦の門前に佇み乍ら夜の明け行くを待ち居たりしが、忽ちガラリと開いた表門、門番は二人の姿を見るより顔色を変へて一散走り、彼方を指して隠れ行く。忽ち四五の荒男、十手打ち振り打ち振りつ、二人の前に塞がりて有無を言はせず手とり足とり、口には嵌ます猿轡、何と応答もなくばかり、身を藻掻けども容赦なく、竈の下の灰猫が、小鼠を喰はへて行く様に、二人を奥へ担ぎ入る。 ○ 又もや続いて一人の男、此門前に現はれて、割るる許りに戸を敲き、男(亀彦)『開け開け』と呶鳴り居る。門番は不性不性に、 門番(銀公)『アヽア今日は怪つ体な日ぢや、朝つぱらから門を開けるなり、弁才天の様な別嬪が来よつて、ヤレしてやつたりと喜ぶ間もなく館の御大将、有無を言はせず奥へ連れて行つて仕舞つた。アヽ之を思へば大将になりたいものだな。何処の唐変木か知らぬが怪つ体な声を出しよつて、腹が立つ程門を敲きよる、エー仕方がない、之も門番の職務だ。朝つぱらから酒に喰ひ酔うて呶鳴つて居よるが、まだちつと位瓢箪に残して居よるかも知れぬ、それでも奪つて埋め合せをやらうかい。オイ加米公、何を愚図々々して居るのだ、貴様も可い加減に起きぬかい、それだから夜遊びをするなと言ふのだ。夜遊びするのなら人に起こされぬ様に、起きる時分には起きて勤めるのだぞ』 門を敲く声、益々猛烈になつて来た。 銀公『オイ、加米公、早う起きて貴様開けてやれ』 亀彦、門前にて、 亀彦『ヤア、何だ、此奴は怪しいぞ、コンナ遠国に吾々の名を知つてる奴は無い筈だが、何は兎もあれ、一つ掛合うて見よう……………………亀公は門外に待つて居るのだ、勝手に開けと言うた所で、其方から開けて呉れなくちや這入れないワイ』 銀公『これや加米の奴、上役に向つて何と言ふ無礼な事を申す、俺は命令権を有つて居るのだ、貴様は開ける役だ、開けて呉れとは何だ、何の為めに結構な扶持を頂いて居るのだい』 加米公『アーン、アンアンアン、さう叱つて呉れないやい。俺は何もまだ一言も言つては居ないワ』 銀公『それでも今、加米だと言つたぢやないか、俺の耳はまだ隠居はして居らぬぞ』 加米公は、門の閂の前に進み寄り、 加米公『アヽア、銀公の大将、無茶ばかり云ひよる、もの言へば唇寒し秋の風、ものも言はぬのに言うたと云うて因縁をつけられ、本当に馬鹿らしい哩、俺の心の中を開いて見せてやり度いもんだな』 外より亀彦、 亀彦『すつた、もんだ吐さず、亀公さまの御出でだ、早く開けぬか』 銀公『貴様はまだ此銀公司に命令をするのか、「開けて見たいもんだな」ナンテ当然だ、早く門を開けてやらぬかい』 と拳骨を固めて頭を三つ四つポカポカと喰はしたり。 加米公『アイタヽ、アイタアイタアイタ、あかんもんだ。コンナ奴に三つ四つ殴られて、でけもんが出来るとは余つ程、引き合はぬもんだな』 銀公『あいたあいたと吐すがまだ門は開いて居らぬぢやないか、弱いもんだとは、それや何を吐す、御主人様が心魂を錬つて選りに選つて立派な材木で拵へになつた、コンナ綺麗な表門が何で弱いのだい』 と酒の酔ひに舌も廻らずぐぜつて居る。加米公は泣き泣き閂を外し、 加米公『さア、何処のお方か存じませぬが、愚図々々致さずとトツトと這入りやがれ』 亀彦『アハヽヽヽ、之は之は門番どの、朝早くからお邪魔を致しました、貴方は初めは非常に御丁寧で後ほどお言葉が荒くなりますなア』 加米公『きまつた事だい、先の半分は加米の本守護神だ、後から言うた奴は副守護神が言つたのだ、閂もんのかん懸りだよ』 亀彦『アハヽヽヽ、お前も矢張カメサンと言ふのだな、同じ名が門の内と外とにあつて大変に面倒臭いワ』 加米公『お前は亀さまだから千年も万年も門の外で長立ちをさして上げやうと思つたが、此頃は世界中不景気風が吹き廻つて、物価下落で俺も投売をする考へで安く開いてやつたのだ、世の中は能くも行き詰つたもんぢやなア』 亀彦『アハヽヽヽ、貴様は余つ程、能く洒落るもんだなア。問答も、もう之位で廃めて置かう、此処へ二人の女は出て来なかつたか』 加米公『ヤアお前はあの女のこれだなア』 と親指をニユツと出して見せる。 亀彦『それや何だ、指ぢやないか』 加米『何だかゆびありげな汝の顔付、ゆびにも忘れぬれこの後を何しようと思うて来たのだらう。二人の女は、とつくの昔に何々が何々して今頃は何々の何々ぢや、俺達も何々し度いと思つて居つたのに何々が来よつて何々して何々しよつたもんだから薩張駄目だよ』 亀彦『貴様の言ふ事は何が何ぢややら薩張り訳が分らぬぢやないか、も少し、はつきりと打明けて言はないか』 銀公『やい、カメカメの両人、何々が聞きたければ何々を出せ、さうしたら俺が何々に何々して何々の何々を何々してやらう。ナント言つても銀行いや銀公が肝心だ』 亀彦『益々分らぬ奴だナ、エー無理もない、門番位に尋ね様とするのが此方の不覚だ』 と奥へ進まむとする。 銀公『何、深く、さう深く進んでは無礼だぞ。暫時待つて、俺が何々に会うて何々の様子を何々して来てやらう、地獄の沙汰も何々次第だからノウ』 と手を重ねて前に突き出す。 亀彦『ハヽヽヽヽ、何処迄も物質主義だな、黄金万能主義の悪風は神聖なる自転倒島まで吹き荒むで居るか、吁、世も終りじや、尾張大根だ。形ばつかり立派でも味もしやしやりもない、水臭い世の中になつたものだ哩』 亀彦は委細構はず奥へ進み行かむとする。二人は亀彦の両足にグツと喰ひ付き、 二人『何々する迄通す事罷りならぬ』 と噛み付く。亀彦は二人の男に足を捉へられ乍ら、ノソリノソリと二人を小付けにして奥を目蒐けて進み行く。 (大正一一・四・五旧三・九北村隆光録)
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(1668)
霊界物語 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 08 衣懸松 第八章衣懸松〔五九八〕 大江山の本城に間近くなつた童子ケ淵の傍に現はれ出でたる二人の男女、又もや地中より這ひ出でて、岩戸の入口を打眺め、 青彦『ヤア高姫さま、何時の間にか、吾等が入口を、斯くの如き千引の岩を以て塞ぎよつたと見えます。幸ひ脱け穴より斯うして出て来たものの、万一此穴がなかつたならば吾々は三五教に魂を抜かれた鬼彦一派の奴と共に、徳利詰に遭つて滅びねばならない所であつたのです。何とかして、此岩を取り除けたいものですな』 高姫『オホヽヽ、是れ全くウラナイ教の神様の御守護で御座いませう。何れ又時節到来せば、此岩は春の日に氷の解けるが如く消滅するであらう。瑞の御魂の変性女子が悪戯を致しよつたに相違なからふ。必ず心配に及びますまい』 青彦『さうだと言つて、此巨大なる岩石が、どうして解けませうか。押したつて、曳いたつて、百人や千人の力では、ビクとも致しますまい』 高姫『あのマア青彦さまの青ざめた顔ワイなあ、これ位な事に心配致す様では、神政成就は出来ますまい。あなたも聖地ヱルサレムに現はれた行成彦命と化けた以上は、モウ少し肝玉を大きうして下さいや』 青彦『ぢやと申して、此岩を取り除けなくては、再び吾等は地底の巌窟に出入する事は出来申さぬ。出る事はヤツトの事で、胸の薄皮を摺剥き乍ら出て来ましたが、這入るのは到底困難です。早速の間に合ぢやありませぬか。鬼雲彦の大勢力を以て、今にも此場に現はれ来るとあらば、吾々は如何致すで御座らう、吁、心許ない今の有様』 と悄気返る。高姫はカラカラと打笑ひ、 高姫『ホヽヽヽ、マア阿呆正直な青彦さま、顔から首まで真青にして、慄うて居るのか、夫れだから、世間からお前は青首だと言はれても仕方があるまい。チト確乎なさらぬか、鬼雲彦が何恐ろしい』 青彦『それでも鬼雲彦はバラモン教の大棟梁、彼奴が恐さに、万一の時の用意と、此処に巌窟を掘つておいたのではなかつたのですか』 高姫『一旦はさう考へたが、最早今日となつては、何事も此高姫が胸中の策略を以て、鬼雲彦も大半此方の者、あまり心配するものでない。お前もチツトは改心を致して、鬼心になつたが宜からう』 青彦『イヤ、其様な悪魔に与するならば、吾々は真つ平御免だ、今日限りお暇を頂きませう』 高姫『オホヽヽヽモウ斯うなつては、逃げようと云つたつて、金輪奈落、逃がすものか、チヤンと、湯巻の紐でお前の知らぬ間に、体も魂も縛つて置いた。逃げようと云つたつて、どうも出来まい、逃げるなら、勝手に逃げて御覧うじ、妾の掛けた細紐は、鉄の鎖よりもまだ強い、女の髪の毛一筋で大象でも繋ぐと云ふではないか。夫れさへあるに下紐を以て結び付けた以上は、ジタバタしてもあきませぬ。ホヽヽヽ』 青彦『わたしは今迄、あなたの教は、三五教以上だ、変性女子の御霊をトコトン懲しめ、部下の奴等を一人も残らず、ウラナイ教の擒に致し、善に導き助けてやらうと思つて居たのに、これや又大変な当違ひ、善か悪か、あなたの本心が聞きたい』 高姫『善に見せて悪を働く神もあれば、悪に見せて善を働く神もある。善悪邪正の分らぬ様な事で、能う今迄妾に随いて来た、………愛想が尽きた身魂ぢやなア、ホヽヽホーホ』 青彦『さうすると、ウラナイ教は、善に見せて悪を働くのか、悪に見せて善を働くのか、どちらが本当で御座る』 高姫『エー、悟りの悪い、悪と言へば何事に係はらずキチリキチリと埒の明く人間の事だ。善と云へば、他人の苦労で得を取る、畢竟御膳を据ゑさして、苦労なしに箸を取ることだ』 青彦『益々合点が往かぬ、あなたの仰せ……』 高姫『善に強ければ悪にも強い、此方は仮令善であらうと、ソンナ事に頓着はない、盗人の群に捕手が来たら、其捕手は盗人からは大悪人ぢや、コツソリと博奕を打つて居る其場へポリスが踏み込んで来た時は、博奕打から見たら、其ポリスは大悪人だ。お前と妾と暗の夜に橋の袂でヒソヒソ話をして居る所へ、三五の月が雲の戸開けて覗いた時は、其月こそ吾等の為には大の悪魔だ。これ位の事が分らいで、ウラナイ教がどうして開けるか。全然是れから数十万年未来の十七八世紀の人間の様な事を思つて居らつしやる。せめて十九世紀末か、二十世紀初頭の、善悪不可解の人間に改善しなさい。エーエー悟りの悪い。……一人の神柱を拵へるのにも骨のをれた事だ。若い時から男性女と云はれたる此高姫が、心に潜む一厘の仕組、言うてやりたいは山々なれど、まだまだお前にや明かされぬ、エーエー困つた事になつたワイ』 青彦双手を組み、暫し思案にくれて居る。 高姫『アヽ仕方がない、コンナ分らぬ神柱を相手にして居ると、肩が凝る。エー仕方がない。サアサア衣懸松の麓の妾が隠れ家に引返して、酒でも飲みて機嫌を直し、ヒソヒソ話の序に、誠の事を知らして遣らう。さうしたら、チツとはお前も改悪して胸が落着くであらう。改心と云ふ事は、神素盞嗚尊の誠の教を、嘘だ嘘だと言つて、其教子を虱殺しに喰ひ殺し、そつと舌を出して、会心の笑を漏らすと云ふ謎だよ。お前もまだ悪が足らぬ、飽くまで改心……ドツコイ……慢心するが宜い。慢心の裏は改心だ、改心の裏は慢心だ、表教の裏はウラル教、表と裏と一つになつて、天地の経綸が行はれるのだよ』 青彦『エー益々訳が分らなくなつた。さうすると貴女は迷信教を開くのだな』 高姫『さうだ、迷信とは米の字に、辵をかけたのだ。米の字は大八洲の形だよ、大八洲彦の命の砦に侵入して、信者をボツタクるから、所謂迷信教だ。オホヽヽヽ、迷うたと云ふ言葉は、悪魔の魔を呼ぶと云ふ事だ。それに三五教の奴は馬鹿だから、迷うたと云ふのは、誠のマに酔ふのだなどと、訳の分らぬ事を言つてゐよる、嗚呼迷信なる哉、迷信なるかなだ』 青彦『ますます迷宮に入つて来た』 高姫『定まつた事だ。米の字に因縁のある所に建てたお宮に立てこもつた吾々は、迷宮に居るのは当然だ。三五教の素盞嗚尊は、よつぽど、馬鹿正直な奴だ、世界の為に千座の置戸を負ひよつて、善を尽し、美を尽し、世界から悪魔だ、外道だと言はれて、十字架を負ふのは自分の天職だと甘ンじて居る、コンナ馬鹿が世界に又と一人あるものか、世界の中で馬鹿の鑑と云へば、調子に乗つて木登りする奴と、自ら千座の置戸を負ふ奴と、広い街道を人の軒下を歩いて、看板で頭を打つて瘤を拵へて吠える奴位が大関だ。……鬼雲彦も余つ程馬鹿だ。初から悪を標榜して悪を働かうと思つたつて、ナニそれが成功するものか、智慧の無い奴のする事は、大抵皆頓珍漢ばつかりだよ。善悪不二、正邪同根と云ふ真理を知らぬ馬鹿者の世の中だ。青彦、お前も大分素盞嗚尊に被れたな、世の中は何事も裏表のあるものだよ、ゴンベレル丈権兵衛り、ボロレル丈ボロつて、其後は、白蓮るのが賢い行方だ。お前も余つ程能い青瓢箪だなア』 と、ビシヤリと額を叩く。 青彦『ヤアどうも意味深長なる御説明恐れ入つて御座います。モウ斯うなる上は、どうならうとも、あなたにお任せ致しますワ』 高姫『アヽさうぢやさうぢや、さうなくては信仰は出来ない。信仰は恋慕の心と同じ事だ、男女間の恋愛を極度に拡大し、宇宙大に拡めたのが信仰だ。恋に上下美醜善悪の隔ては無い、宜いか、分かりましたか』 青彦『ハイ、根つから……能く分りました』 高姫『エー怪体な、歯切れのせぬ、古綿を噛む様な、歯脱けが蛸でもシヤブル様な返辞だなア、オホヽヽヽ、何は兎もあれ、衣懸松の隠れ家へ行きませう』 と先に立つてスタスタとコンパスの廻転を初める。青彦は不性不性に随いて行く。 最前現はれた鬼雲彦の使の魔神、五人の男は先に立ち、数多の魔軍を引連れて、此方を指して進み来る。忽ち聞ゆる叫び声、右か左か後か前か、何方ならむと窺へど、姿は見えず声ばかり、足の下より響き来る。鬼雲彦は栗毛の馬にチリンチリンのチヨコチヨコ走り、馬を止めて大音声、 鬼雲彦『ヤアヤア者共、此岩石を取除け。…此地底には宏大なる岩窟がある、ウラナイ教の宣伝使高姫、青彦の二人、数多の人々と共に隠れ忍ぶと見えたり。早く此岩石を取除けよ』 と呶鳴り立つれば、数多の魔神は此巨岩に向つて、牡丹餅に蟻が集つた様に、四方八方より武者振り付く。然れども幾千万貫とも知れぬ、小山の如き岩石に対して、如何ともする事が出来ざりけり。鬼雲彦は気を焦ち、自ら駒を飛び下りて、人の頭髪を以て綯へる太き毛綱を持出し来り、巌に引つかけ、一度に声を揃へて、エーヤエーヤと曳きつける。曳けども、引けども、動かばこそ、蟻の飛脚が通る程も、岩は腰を上げぬ。中より聞ゆる数多の人声刻々に迫り来る。斯かる所へ天地も揺るぐ許りの大声を張上げ乍ら、宣伝歌を歌ひ、十曜の手旗を打振り打振り進み来る一男二女の宣伝使ありき。 亀彦『ヤアヤア鬼雲彦の一派の奴輩、最早汝が運の尽き、吾れこそは三五教の宣伝使、万代祝ふ亀彦、暗夜を照らす英子姫、悦子姫の三人なるぞ。一言天地を震動し、一声風雨雷霆を叱咤するてふ三五教独特の清き言霊を食つて見よ』 と云ふより早く、天の数歌を謡ひ上げつつ、三人一度に右手を差出し食指の先より五色の霊光を発射して、一同にサーチライトの如く射照せば、流石の鬼雲彦も馬を乗り棄て、転けつ、輾びつ一生懸命、大江山の本城指して雲を霞と逃げて行く。 亀彦『アハヽヽヽ』 二女『ホヽヽヽヽ』 亀彦『ヤア面白い面白い、彼れが鬼雲彦の大将、我言霊に畏縮して逃散つたる時の可笑しさ、イヤもう話にも杭にも掛つたもので御座らぬ。是れと申すも全く、神素盞嗚大神の尊き御守り、国武彦の御守護の力の致す所、先づ先づ此処で一服仕り、天津祝詞を奏上し、神界に対し御礼を奏上し、ボツボツと参りませう。今日は九月九日菊の紋日、是が非でも、今日の内に悪神を言向け和さねばなりますまい。六日の菖蒲十日の菊となつては、最早手遅れ、後の祭り、ゆるゆると急ぎませう』 茲に三人は巨岩の傍に端坐し、天津祝詞を奏上したりしが、祝詞の声は九天に響き、百千の天人天女下り来つて、音楽を奏づるかと疑はるる許りなり。祝詞の声は山又山、谷と谷との木霊に響き、悪魔の影は刻々と煙となつて消ゆるが如き思に充たされける。 亀彦『サアサア御二方、ゆつくりと休息を致しませう』 英子姫『大変に足も疲労を感じました。休息も宜しからう』 悦子姫『ゆつくり英気を養つて、又もや華々しく言霊戦を開始しませう』 茲に三人は手足を延ばし、芝生の上に遠慮会釈もなく、ゴロリと横たはりぬ。後の方より震ひを帯びた疳声を張上げ乍ら、 男女二人(高姫、青彦)『オーイオーイ』 と呼ばはりつつ、此方を指してスタスタと息をはづませ遣つて来るのは男女の二人、 亀彦『ヤア何だか気分の悪い、亡国的悲調を帯びた声がする。あの言霊より観察すれば、どうで碌な神ではあるまい。ウラル教的声調を帯びて居る。……モシ英子姫様、一寸起きて御覧なさいませ』 英子姫はムツクと立上がり、後を振返り眺むれば、顔を真白に塗り立て、天上眉毛の角隠し、焦茶色の着物を着流した男女の二人、忽ち此場に現はれて、 女『これはこれは旅の御方様、斯様な所で御休息なされては、嘸やお背が痛う御座いませう、少し道寄りになりますが、妾の宅へお越し下さいますれば、渋茶なりと差上げませう。あの衣懸松の麓に出張致す者、どうぞ御遠慮なくお出で下さいませ。あなたのお姿を眺むれば、どうやら三五教の宣伝使とお見受け申す。妾等も三五教には切つても切れぬ、浅からぬ因縁を持つて居る、実地誠の事は、常世姫の霊の憑つた此肉体、日の出神の生宮にお聞きなさらねば、後で後悔して、地団駄踏みても戻らぬ事が出来まする。あなたは三五教の教をお開きなさるのは、天下国家の為、誠に結構で御座いまするが、併し乍ら三五教の教は国武彦命が表であつて、素盞嗚尊は緯役、邪さの道ばつかり教へる。天の岩戸を閉める、悪の鑑で御座いまする。根本のトコトンの一厘の仕組は、此高姫が扇の要を握つて居りますれば、マアマア一寸立寄つて下さい。本当の因縁聞かして上げませう。他人の苦労で徳を取らうと致す素盞嗚尊の教は駄目ですよ。三五教の教は国武彦の神がお開き遊ばしたのだ。本当の事は系統に聞かねば分りませぬ。サアサア永い暇は取りませぬ。どうぞお出で下さりませ』 亀彦『私はお察しの通り三五教の宣伝使、併し乍ら、あなたとは反対で、国武彦の教は嫌です、緯役の素盞嗚尊の教が飯より好、お生憎様乍ら、どうしても、あなたと私は意向が合はぬ。真つ平御免蒙りませう、ナア英子姫さま、悦子姫さま』 英子姫『ホヽヽヽ、亀彦さま、物は試しだ、一服がてらに聞いてやつたらどうでせう』 高姫眉を逆立て、口をへの字に結び、グツと睨み、暫くあつて歯の脱けた大口を開き、 高姫『サア夫れだから、瑞の御霊の教は不可ぬと云ふのだよ。女の分際として、今の言葉遣ひは何の態、……ホンニホンニ立派な三五教ぢや、ホヽヽヽ。コレコレ青彦さま、お前もチツト言はぬかいな、唖か人形の様に、知らぬ顔の半兵衛では、三五教崩壊の大望は…………ドツコイ………三五教改良の大望は成就致しませぬぞや』 青彦『何れの方かは存じませぬが、吾々も元は素盞嗚尊の教を信じ、三五教に迷うて居ました。併し乍らどうしても変性女子の言行が腑に落ちぬので、五里霧中に彷徨ふ折から、変性男子のお肉体より現はれ給うた日の出神の生宮、誠生粋の日本魂の高姫さまのお話を聞いて、スツクリと改心致しました。あなたも今は変性女子に一生懸命と見えますが、マア一寸聞いて見なさい、如何な金太郎のあなたでも、訳を聞いたら変性女子に愛想が尽きて、嘔吐でも吐き掛けたい様になりますぜ。物は試しだ、一つ行きなさつたら如何ですか』 亀彦『ソンナラ一つ聴いてやらうか』 高姫『聴いて要りませぬ、誠の道を教へて、助けて上げようと、親切に言つて居るのに、聴いてやらうとは、何たる暴言ぞや。どうぞお聴かせ下され………と何故手を合はしてお頼みなさらぬか』 亀彦『アハヽヽヽ、お前の方から聴いて呉れいと頼みたぢやないか、夫れだから、研究の為に聴いてやらうと言つたのが、何が誤りだ。エーもう煩雑くなつた。ご免蒙らうかい』 高姫『妾が是れと見込みた以上は、どうしても、斯うしても、ウラナイ教を、腹を破つてでも、叩き込まねば承知がならぬ、厭でも、応でも、改心させる。早く我を折りなされ、素直にするのが、各自のお得だ。あいた口が塞まらぬ、キリキリ舞を致さなならぬ様な事が出て来ては可哀相だから、……サアサア早う、日の出神の生宮の申す事を、耳を浚へて聴いたが能からう』 亀彦『アハヽヽヽ』 英子姫『オホヽヽヽ』 悦子姫『ホヽヽヽヽ』 高姫『何ぢや、お前さま等は、此日の出神の生宮を馬鹿にするのかい』 亀彦『イエイエ、どうしてどうして、あまり勿体なくて、見当が取れなくなつて、面白笑ひに笑ひました。笑ふ門には福来る。副守護神か、伏魔か知らぬが、米々と能く囀つて人の虚に侵入せむとする、天晴の手腕、天の星をガラツ様な御説教、旅の憂さを散ずる為聴かして貰ひませう』 高姫『サアサア神政成就、日本魂の根本の一厘の仕組を聴かして上げよう………エヘン……オホン……』 と女に似合はぬ、肩を怒らし、拳を握り、大手を振り、外輪に歩いて、ヅシンヅシンと、衣懸松の麓を指して跨げて行く。三人は微笑を泛べ乍ら、青彦を後に従へ伴いて行く。 衣懸松の麓に近寄見れば、些やかなる草屋根の破風口より黒烟、猛炎々々と立ち昇る。高姫は此態を見てビツクリ仰天、 高姫『ヤア火事だ火事だ、サアサア皆さま、火を消して下さい』 亀彦『煙は猛炎々々と立上れ共、家はヤツパリ燃えると見える。お前さまの腹の中も此通り紅蓮の舌を吐いて燃えて居るであらう、霊肉一致、本当に眼から火の出神の生宮だ、アハヽヽヽ』 高姫『ソンナ事は後で聞いたら宜しい。危急存亡の場合、早く助けて下さい、水を掛けなされ』 亀彦『ヤア大分最前から問答もして来た。水掛論は良い加減に止めて貰はうかい、舌端火を吐いた報いに、家まで火を吐いた。人を烟に巻いた天罰で、家まで烟に巻かれよつた。天罰と云ふものは恐ろしいものだ。マアゆつくり高姫さまの活動振を見せて貰ひませう。雪隠小屋の様な家が焼けた所で、別に騒ぐ必要もなからう。人の飛出した空の家が焼けるのだ。高姫さまは雪隠の火事で糞やけになつて居らうが、此方は高見の見物で、対岸の火災視するとは此事だ。一切の執着心を取る為には、火の洗礼が一番だ、是れで火の出神の神徳が完全に発揮されたのだ。ナア高姫さま、あなたの……此れで御守護神が証明されると云ふものだ。お喜びなさい』 高姫『エー喧しいワイ、何どこの騒ぎぢやない、グヅグヅして居ると、皆焼けて仕舞わア、中へ這入つて、燗徳利なと引つ張り出して呉れい。コレコレ青彦、何して居る、火事と云ふのは家が焼けるのだ、水が流れるのは川だ、目は鼻の上に在る』 と狼狽へ騒いで半気違になり、摺鉢抱へて右往左往に狂ひ廻る可笑しさ。瞬く間に火は棟を貫き、バサリと焼け落ちた。高姫、青彦は着衣の袖を猛火に嘗められ、頭髪をチリチリと燻べ乍ら、一生懸命に走りゆく。火は風に煽られて益々燃え拡がる。警鐘乱打の声、速大鼓の音頻りに聞え来る、二人は進退谷まり、丸木橋の上より青淵目蒐けて、井戸に西瓜を投げた様に、ドブンと落込みしが、此音に驚いて目を覚せば、宮垣内の賤の伏屋に、王仁の身は横たはり居たり。堅法華のお睦婆アが、豆太鼓を叩き鐘を鳴らして、法華経のお題目を唱へる音かしまし。 (大正一一・四・一四旧三・一八松村真澄録)
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霊界物語 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 11 宝庫の鍵 第一一章宝庫の鍵〔六〇一〕 神素盞嗚の瑞霊国武彦の厳霊 三五教の宣伝使名さへ目出度き亀彦が 闇を照して英子姫悦子の姫と諸共に 鬼武彦の守護りにてさしもに猛き曲津神 鬼雲彦の一族を言向け和し服従はぬ 数多の鬼は四方八方に雲を霞と逃げ散りて 鬼雲彦は雲に乗り伊吹の山の方面に 逃げ失せたりと取り取りの高き噂を菊月の 空を照して昇り来る三五の月の夕間暮 秋山彦の門前に現はれ出でたる二人の男女 覆面頭巾の扮装に四辺を憚り声低に そつと門戸を叩きつつ頼も頼もと訪へば ハツと答へて出で来る加米公銀公の両人は 戸の隙間より垣間見て二人の姿を怪しみつ 何人なるかと訊ぬれば声淑やかに答へらく 我は日の出大神ぞ行成彦の神の宮 早く開けさせ給へかし秋山彦の神司に 申上ぐべき仔細あり早く早くと急き立てて 何とはなしに落ち付かぬ怪しき風情に加米公は 口を尖らし呶鳴り立て日の出神とは心得ぬ 三五の月の皎々と上り初めたる夕間暮 門戸を叩き訪ふは日暮の神に非ざるか 行成彦とは嘘の皮宿を失ひ行詰り彦の 醜の命の曲神か門は締めても秋山彦の 神の司の御館汝等二人の胸の内 未だ開かぬ曲津見の醜の容れもん砕け門 摺つた門だと申さずに早く帰るがよからうぞ 日暮に門を叩く奴碌な奴ではあるまいぞ 用事があれば明日来れ此の大門は吾々が 夜昼寝ずに守る門大門開きは日の出時 其日暮しの門番も日暮の門は開かない 帰れ帰れと急き立つる。 高姫『十里四方は宮の内、大門開きの日の出神、一時も早く秋山彦の御大将に、日の出神行成彦の神の御入来と申し伝へよ、門番の分際として門の開閉を拒む事はなるまい、愚図々々致して、後で後悔するな、今宵に迫る当家の大難、救ひの神と現はれた日の出神を何と心得る』 と慄ひを帯びた癇声を張上げ、形相凄じく突立ち居る。 加米公『オイ銀公、一寸覗いて見よ、顔に白粉をべたりとつけて何だか嫌らしい女が一人、青瓢箪のやうな面をした男が一人だ。何でも大変な事がお館にあるので知らしに来たとか、此門開けねば明日になつて後悔をするとか云つて居る、どうしたら好からうかな』 銀公『何と云うても御主人様の云ひつけ、暮六つ過ぎたなら、何人が来ても開ける事はならぬとの厳命だ。ほつとけほつとけ』 加米公『それでも普通の人間ではない、神だとか云つて居るやうだ』 銀公『神にも種々ある、人を喰ふ狼もあれば曲津神もあり、鼻紙、塵紙、尻拭き紙もあるワ、ようかみ分けて判断をせないと後になつて歯がみをなして悔しがらねばならぬ事が出来するぞ、どれどれ一つ俺が覗いて様子を調べてやらう』 銀公は門の隙間より片目を塞ぎ、片目を当てて覗きながら、 銀公『ハヽヽヽヽ、彼奴ア神に間違ひないが、薑だ、咳嗽や痰の薬なら持つてこいだ。よう何だか耳に口を当てて密々話をやつて居よるワ、あの顔色の青い男はあの女のハズバンドだな、気楽な奴もあればあるものだ、人の門前に立つて意茶ついて居やがる。お月さまに恥かしくは無いだらうかなア』 青彦『モシモシ、御館に対して今夜の中に大事が突発致します、一寸先は闇の夜だ、吾々は天下を助ける宣伝使だ、どうぞ開けて下さい』 銀公『ナヽヽ何を吐すのだ、今夜のやうな明月に、一寸先は闇の夜だとはそれや貴様の心の中の事だらう、用事があらば明日来い。仮令此館に如何なる変事が突発せうとも、貴様の容喙する所ぢやない、トツトと帰れ』 高姫『左様では御座いませうが日の出神様より強つての御神勅、何は兎もあれ秋山彦の御主人に此由お伝へ下さいませ』 銀公『アヽ仕方がないな、兎も角御主人様に申し上げて来るから、それまで、貴様は此処に待つてけつかりませ、オイオイ加米公、俺が出て来るまで邪が非でも開けてはならぬぞ』 と言ひ捨て奥を目蒐けて駆け出したり。 青彦『もしもし門番さま、早く開けないか、愚図々々して居るとお前の身の上が危ないぞ。根の国底の国へ真逆様に落されると可憐さうだから気をつけてやり度いと神様の御神勅で出て来たのだ』 加米公『神勅でも何でも主人の許しなきまでは開けられぬ、根の国底の国と云ふ地獄に落ちるか知らぬが、地獄の沙汰も金次第だ、もし此門あけて地獄にでも落ちては困るから、お前さまも何々を出しなさい、さうしたら開けて上げやう、金さへあれば地獄の釜の蓋でも開くと云ふ事、鬼に酒代をやつて地獄を逃れる分別をさせなくてはならぬからサア出したり出したり、惚薬外にないかと蠑螈に問へば指を輪にして見せたげな、蠑螈でさへもそれだもの、同じ水に住む加米公に円いものを出しなさい、そつと開けてやるから』 高姫『サアこれだから瑞の霊の教は悪のやり方だと云ふのだよ、門番までが金取主義ぢや。これこれ青彦さま、この一事を見ても如何に三五教が現金主義、利己主義、吾よしの遣方と云ふ事が分るぢやないか。お前さまもよい加減に目を醒まさぬと瑞の霊に尻の毛が一本も無いところ迄抜かれて仕舞ひますぞゑ』 青彦『さうですな、隅から隅まで抜け目のないお前さまと思つて居たのに、三五教はも一つ哥兄ですなア』 加米公『エヽ、愚図々々と出し惜みをする奴だなア、何処の宣伝使か知らぬが、三五教が銭払ひがよい、吾々のやうな門番のやくざものでも、此方から何も云はぬに小判の二枚や三枚はそつと懐中に入れて呉れる、此奴はウラナイ教と見えて此方から露骨に請求しても出しやがらぬ吝嗇坊だ、それだから三五教の信者を自分が苦労もせずに掻き落しに廻つてウラナイ教に入れる事許り考へて居やがるのだ。オイオイ二人の宣伝使、忘れものはないか、何かお前は忘れて居るだらう、渡し船に乗つてもはし銭が要るぢやないか、門を潜るのに何々で潜ると云ふ法があるか、エヽ気の利かぬ宣伝使ぢやな、銀公の奴が居らぬ間に一つ権兵る積りで居たのに、先方が気の利かぬドンベイだから成功覚束なしと云ふものだ』 斯かる所へ銀公は走り来り、 銀公『ヤア加米公、御主人の申つけだ、直に門を開いてお通し申せ』 加米公『アヽさうか』 と閂を外し左右に開いて声を変へ、 加米『アヽこれはこれは立派な立派な御神徳のありさうな二人の宣伝使様、私は奥に急用あつて居りませなかつたものだから家来の奴、摺つた門だと理屈を申し、吝嗇な事を申してお金を強請つたさうで御座います、決して、当家は三五教の信者ですから、上から下まで清浄潔白お金などは手に触れるのも汚がつて居るものばかりです、此頃傭うた門番が一人御座いまして、其奴が今迄バラモン教の信者であつたものですから、二つ目にはお金の事を申しまして恥かしう御座います、決して私が申たのでは御座いませぬ、悪しからず、御主人にお会ひになつても加米公が云つたのではないと弁解して置いて下さい、兎角誤解の多い世の中、清浄潔白の加米公迄が、門番の傍杖を喰つて痛くない腹を探られるのも余り心持の好い門ぢや御座いませぬ』 と初めの作り声をいつしか忘れて元の地声になつて仕舞ひける。 高姫『ホヽヽそれでも貴方のお声が好く似てますナア、初の方は違ふ方かと思ひましたが、矢張最前のお声の持主、ようマアお化け遊ばすなア、大化物の瑞霊の乾児だけあつて化ける事は奇妙なものだ。ホヽヽヽヽ』 加米公は又もや作り声になつて、 加米公『イエイエ決して決して、初の内は私の地声で御座いました、中途に新米門番の生霊が憑きやがつて云つたのです、夫れで新米門番其儘の声が出ました。アハヽヽヽ』 と笑ひに紛らさうとする。 銀公『アハヽヽヽ、地獄の沙汰も加米次第だな』 加米公『地獄の沙汰も加米と銀公とで埒が明く世の中だ。アハヽヽヽ、サアサアお二人のお方、トツトとお入り遊ばせ』 二人は定つた事だと云はぬ許りに大手を振り大股に意気揚々として、のそりのそりとのさばり行く。二人は玄関にヌツと立つて家の様子を覗き込むやうな、覗かぬやうな体に聞き耳立てて居る。玄関の障子をさつと開いて現はれ出でたる一人の男、 男『オー貴方は高姫さま、青彦さま、此間は豪いお気の毒な御災難が御座いまして、其後一度お見舞に参らうと思つては居ませぬが、随分お火傷なさいましたさうで、水責、火責、煙責、眼から火の出の神様、青息吐息の顔真青な青彦さま、ようマア態々、お尋ね下さりやがつた。マアマア御遠慮がありますれば、御用事無く、とつとと入りやがるな』 と云ふかと見ればプスリと姿は消えにける。二人は玄関に立ちながら、 高姫『これだから化物教だと云ふのだよ、青彦さま、これだから私に随いて実地教育を受けねば駄目だと云ふのだよ、日の出神の眼力は違やしよまいがな』 青彦『本当にさうです、いやもう恐れ入谷の鬼子母神ですワ』 高姫『ソンナ剽軽な事を云うてはなりませぬ。お前も何うやらすると瑞の霊の悪霊に憑依されたと見える、些と確りなさらぬかい』 此時奥の方より紅葉姫は淑やかに此場に現はれ、 紅葉姫『これはこれはお二人のお方、夜中にお越し下さいましたのは何か変はつた事が在すのでは御座いませぬか、兎も角お上り下さいまして御休息の上、御用の趣仰せ聞け下さいませ』 高姫『左様ならば遠慮なく御免蒙ります、サア青彦、貴方も随いて来なさい、随分気をつけて油断せぬやう眼を八方に配るのだよ』 紅葉姫『私方は三五教の信者、善の道を遵奉するもの、御心配下さるな、滅多に陥穽もありませぬ、又地の底に魔窟ケ原のやうな隠れ場所も造つては御座いませぬ、マア悠くりと、安心して胴を据ゑて下さいませ』 高姫『此間は御主人様はお気の毒な事で御座いましたなア、何うぞ霊様なりと拝まして下さい、三五教を信仰なさつても矢張悪魔には叶はぬと見えます、大江山の鬼雲彦の部下に捕へられ嬲殺しにお遭ひなさつたさうだが、私が聞いても涙が澪れる、况して女房の貴女、御愁傷の程お察し申します』 と、そつと目に唾をつけ、オンオンと空泣きに泣き立てる。青彦はポカンとして紅葉姫の顔を見詰めて居る。高姫は青彦の裾をそつと引き、泣き真似をせよと合図をする、青彦は些しも合点行かず、 青彦『エ何ですか、私の着物に何ぞ着いて居りますか、甚う引つ張りなさいますな』 紅葉姫『オホヽヽヽ、それは御親切有難う御座います、私の主人は無事帰つて参りました、これも全く三五教の御神徳で御座います、余り三五教の勢力が強いので嫉み猜みから、ウラナイ教とやらが出来て、其処ら中を掻き廻して歩くと云ふ事で御座います、よう人の真似の流行る世の中、人が成功したからと云うて自分が其真似をして向ふを張らうと思つても、身魂の因縁性来で到底思惑は立つものぢやありませぬ、貴女はウラナイ教の宣伝使とお見受致しますが、一体ウラナイ教はドンナ教で御座いますか』 高姫『三五教はあれは元は好かつたが、今は薩張り駄目です、三五教の誠生粋の根本は、日の出神の生宮、この高姫が何も彼もこの世の開けた根本の初りから、万劫末代の世の事、何一つ知らぬと云ふものはないウラナイ教です、それだから誰にも聞かずにお家の御主人秋山彦様の御遭難もチヤンと分つて居るのです、ナンとウラナイ教は立派なものでせうがナ』 紅葉姫『死ンでも居ない吾夫秋山彦を死人扱ひなさるのは、如何にも好く分つた偉い神様ですなア、秋山彦はピンピンして居りますよ』 高姫『それは貴女身魂の因縁をご存じないからソンナ理屈を仰有るが、三五教で一旦大江山に囚はれ死ンだ処を、此高姫が日の出神の水火を遠隔の地よりかけて、神霊の注射をやつたから生返つたのだよ、サアこれからは心を改めてウラナイ教に改宗なされ』 紅葉姫『朝日は照るとも曇るとも、月は盈つとも虧くるとも、仮令大地は沈むとも、三五教は世を救ふ、誠の神の御教、ウラナイ教はどうしても虫が好きませぬ、合縁奇縁蓼喰ふ虫も好き好き、えぐい煙草の葉にも虫がつく、改宗するのは見合しませう、いや絶対に嫌ですワ、ホヽヽヽヽ』 奥の方より秋山彦の声がして、 秋山彦『紅葉姫紅葉姫』 と聞え来る。 『ハイ』と答へて紅葉姫は二人に軽く会釈して奥の間さして進み入る。 二人は紅葉姫の後姿を目送しながら眼を転じて額を見れば、額の裏に鍵の端が現はれて居る。高姫は立上り、手に取り見れば冠島沓島の宝庫の鍵と記されてある。高姫はニヤリと笑ひ、これさへあれば大願成就と手早く懐中に捻込み素知らぬ顔、青彦はがたがた慄ひ出し、 青彦『もしもし高姫さま、ソヽそれは何と云ふ事をなされます、当家の什物を貴女の懐中にお入れ遊ばすとは合点が参りませぬ』 高姫『シーツ、エヽ融通の利かぬ男だな、日の出神の御命令だ、此家に冠島沓島の鍵を持つて居る事は天眼通でチヤンと睨みてある、之をかぎ出す為にやつて来たのだよ、サアサア今の中に夜に紛れて此処を立ち去り船を拵へ冠島に渡りませう』 と先に立つて行かむとする。 青彦『一応当家の方々に御挨拶を申上げねばなりますまい、何だか心懸りでなりませぬわい』 高姫『エヽ合点の悪い、愚図々々して居る時ぢやない、時期切迫間髪を容れずと云ふこの場合だ。大功は細瑾を顧みず細君は夫を顧みず、神国成就の為に沐雨櫛風、獅子奮迅の大活動早く御座れ』 と裏門よりそつと此家を逃出したり。秋山彦邸内の者は一人として二人の者の逃走せし事に気が付かざりける。二人は由良の港に駆けつけ一艘の小船を○○し、青彦は艪を操り、高姫は櫂を漕ぎ一生懸命月照る海原を漕ぎ出したりける。 (大正一一・四・一五旧三・一九加藤明子録)
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霊界物語 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 14 鵜呑鷹 第一四章鵜呑鷹〔六〇四〕 亀彦は艪を漕ぎ乍ら、海風に向つて、 亀彦『田辺見たさに松原越せば、田辺隠しの霧がこむ』 と船唄面白く、遂に竹島、博奕ケ岬、目の白黒岩を越え、松原を右手に眺め、蛇島、広島左手に眺めて、やうやう十七夜の黄昏過ぐる頃、田辺の湊に安着したり。咫尺を弁ぜぬ宵闇の空、高姫、青彦は、船の横着けになるを待ち兼ね、ヒラリと飛上り、暗に紛れて姿を隠しける。 亀彦『ヤア高姫は居らぬか、青彦は何処ぞ……鬼武彦様どう致しませう』 暗がりの中より、青彦、高姫の声、 高姫、青彦『アハヽヽヽ、オホヽヽヽ、大きに憚りさま、此玉渡してなるものかい、……皆さま、アバヨ、アリヨース』 と冷嘲的怪声を漏らし、何処ともなく、闇に紛れて消え失せたり。鬼武彦、亀彦は直ちに船を飛びあがり、 鬼武彦、亀彦『アー失敗つた、由良の湊へ着けさへすれば、コンナ事も無かつたらうに、……高姫の言に従ひ、田辺へ着けたのが此方の不覚……エー仕方がない、後を追つかけようにも真の暗、一先づ秋山彦の館に立帰り、御相談を致しませう』 と力無げに物語りつつ、由良の湊を指して、テクの継続をなし、由良の湊の少し手前まで一行帰り来る折しも、東天を照して昇り来る十七夜の、楕円形の月松の木の間に姿を現はし、一同を冷笑し給ふ如く見えける。凩まがひの寒風は容赦なく向う面に突き当り、四辺の木々は時ならぬ笛を吹き立て、一行の失敗を囃すが如く聞え来たりぬ。 亀彦『アー怪体の悪い、丸で高姫のお伴をした様なものだ。仮令高姫天を翔り、地を潜るとも、彼女の所在を探ね、如意宝珠の玉を取返さで置くべきか』 と大道の正中に地団駄踏み、遂には胡坐をかいて動かなくなりぬ。鬼武彦は、 鬼武彦『ヤア亀彦殿、斯うなる上は、悔みても復らぬ事、草を分けても彼等が行衛を探し、玉を取返すより外に途は御座らぬ。併し乍ら吾れは秋山彦に会はす顔なし、是れよりお暇申す』 と云ふより早く、白煙となつて姿を隠しぬ。秋山彦が家の子十数人は当惑の態にて、如何はせむと、各自双手を組み、歎息の声暫しはやまざりにけり。 甲『もしもし亀彦さま、あなたが左様気投げして貰つては、吾々はどう致したら宜いのですか、館へ帰つて御主人に、何と言つてお詫を致しませうやら、報告の仕方がありませぬ』 亀彦『有態の通り報告すれば良いぢやないか。俺はモウ是れ限り、秋山彦の館へは帰らない。早く帰つて主人夫婦を始め、英子姫、悦子姫に此由伝へて呉れよ』 甲『夫れは又あまり、……ご主人様や、二人の女宣伝使が首を長うして待つて居られます。後は兎も角も、一度御帰り下さいませ』 亀彦『………』 乙『夫れだから、三五教の宣伝使は腰抜だと、俺は何時も言ふのだよ。ウラナイ教の宣伝使の敏捷い事を見たか、岩の中で、閉ぢこめられて居ても、あれ位な談判をしよる。喉元に刃を突き付けられて居乍ら、逆様に其刀で、押へた奴の首を切る様な妙案奇策をやつたぢやないか。亀彦なぞと、コンナ我羅苦多宣伝使に従いて行くものだから、生れてから無い様な赤恥を天地に曝させられたのだ。アーア、どうして是れが、主人に顔が会はされよう』 丙『ソンナ事を言つたつて仕方がない。死んだ子の年を数へる様なものだ。何事も諦めが肝腎だ。悪人の栄え善人の衰へる世の中だもの、善人が瞞されるのは無理もない。俺達は益々三五教の正しい事に感心した。サア亀彦様、ソンナ事を仰有らずに早く帰りませう』 亀彦『サア行かう、お前達が如何な意見を持つてるかと思つて、一寸探つて見たのだよ。ナアニ玉位奪られた所で、どつかに匿してある。滅多に地獄の底迄隠しても居るまい。ウラナイ教の本陣へ乗込みて、有無を言はせず、とつ返して呉れる。兎も角是れは時日の問題だ。皆の者、何事も亀彦に任せよ。心配致すな。サア行かう』 と先に立ちて勢よく、直日に見直し、聞直し、宣り直しつつ、由良の湊の秋山彦が館を指して、一行十五六人、スタスタと帰り着きける。亀彦は先に立ち、表門を力無げに潜り入らむとする時、門番の銀公は此場に現はれ、 銀公『ヤア亀彦の宣伝使様、お手柄お手柄、あなたのお蔭で、一旦敵に奪られたる如意宝珠の珠も、鍵も、首尾能く手に入りまして、さぞ御主人様も御喜びで御座いませう。主人も喜び、奥様もお喜び、第一あなたのお喜び、従いて往つた奴等の喜び、共に私もお喜びだ。流石は三五教の宣伝使、ヤアもう感じ入つて御座います。奥には貴方の成功を祝する為、海山河野種々の馳走を拵へ、旦那様が御機嫌麗しく、お待兼で御座います。吾々も御同慶に堪へませぬ』 とイソイソと、肩をゆすぶり、はしやいで居る。亀彦は軽く目礼し、トボトボと奥を指して進み入る。 銀公『オイ岩公、市公、どうぢやつた。随分面白かつたらうな』 岩公肩を聳やかし、 岩公『きまつた事だよ。天下無双の剛力男の岩公のお出だもの、高姫の一疋や二疋は、屁のお茶だ。併し乍ら三五教の宣伝使も良い加減なものだよ。とうと玉を奪られやがつてなア……』 銀公『ナニ?玉を奪られたとは、それや本当か』 岩公『ウン、奪られた……でもない、マア……奪つたのだ』 銀公『どちらが奪つたのだい』 岩公『マアマア奪つた奴が奪つたのだ。奪られた奴が、奪られた……と云ふ様なものかいナ』 銀公『高姫は、折角奪つた玉を、フンだくられやがつて、妙な顔しただらうな』 岩公『ウンさうだ。……何分一の暗みの事で、鼻摘まれても分らぬ位だから、ドンナ顔したか知らぬが、一方は意気揚々、一方は意気消沈、屠所に曳かるる羊の如しだ。お気の毒なりける次第なりけりだ』 銀公『マアマア結構だ。如意宝珠の玉及び鍵が戻つた以上は、今晩はお祝酒でもドツサリ戴けるかなア』 市公『あまり大きな声では言はれぬが、サツパリぢや』 銀公『何がサツパリぢや』 市公『兎も角サツパリコンと、蛸があげ壺喰つた様なものだよ、アフンと致して、梟鳥が夜食に外れた様なむつかしい顔を致すと云ふ……是れからが幕開きだよ』 一同は急いで、奥を指して進み入る。秋山彦夫婦を始め、英子姫、悦子姫は玄関に、亀彦を出で迎へ、 秋山彦『是れは是れは多大い御心配をかけました。様子は如何で御座いまするか』 亀彦『ハイ、左様、然らば逐一報告致しませう』 英子姫『一時も早く嬉しき便りを聞かして下さいナ。今か今かと時の経つのを、一日千秋の思ひで待つて居ました。何事にも抜け目の無い亀彦さまの事、鬼武彦の神様も伴いて居られる以上は、滅多な不調法はありますまい。……大勝利……大万歳……サア早く面白い顛末を仰有つて下さいませ』 亀彦『只今詳細に言上仕る』 と云ふより早く、両肌を脱ぎ、両刃の短刀抜く手も見せず、左の脇腹に、グサと突立て抉り始めたり。英子姫は驚いて其手に取りすがり、 英子姫『ヤア亀彦殿、早まり給ふな』 亀彦、苦しき息の下より、 亀彦『早まるなとはお情無い、神素盞嗚大神様の唯一の御宝をば、オメオメとウラナイ教の高姫の為に欺き奪られ、会はす顔が御座いませぬ。最早死を決した某、なまじひに止め立てして苦めて下さるな。委細は岩公、市公、磯公にお聞き下され。拙者は此失敗の申し訳に、腹掻き切つてお詫申す。何れもさらば』 と云ふより早く、力を籠めて一抉り、忽ち息は絶えにけり。英子姫、悦子姫は『ワアツ』と計り、亀彦が死骸に取つき、前後も知らず泣き伏しぬ。秋山彦夫婦も目をしばたき、黙然として、悲歎の涙に袖を絞る。此時表門より現はれ出でたる一人の男、此場を指して韋駄天走りに駆け来る。見れば鬼武彦は高姫、青彦の二人を左右の手に、猫を提げた様な体裁にて出で来り、 鬼武彦『ヤア何れも様、高姫、青彦の両人を引つ捉へ参りました。玉は確に高姫の懐中に御座れば是れより拙者が詮議致して取返し呉れむ。何れも様、御安心有れ……』 秋山彦夫婦は二度ビツクリ、 秋山彦夫婦『ヤア鬼武彦様か、能うマア来て下さいました。それは誠に有難い、さは然り乍ら、今の今迄元気能く居らせられた亀彦さまは、腹を切つてお果てなされました』 と泣き伏せば、鬼武彦はカラカラと打笑ひ、 鬼武彦『ヤア皆様御心配なされますな、亀彦の宣伝使は頓て此場に現はれませう』 一同『エーツ』 と驚く一同。亀彦の死骸はムクムクと起上り、見る見る尨犬の如き毛を全身に生じ、灰色の虎とも見えず、熊とも見えず、怪獣となつてノソリノソリと這ひ出し、表門指して帰りゆく。一同は夢に夢見る心地して、一言も発せず、暫しは互に顔を見合せ居るのみなりき。斯かる所へ現はれ来る正真の亀彦はニコニコし乍ら、 亀彦『ヤア鬼武彦様、偉い御心配を掛けました。暗夜の事と言ひ、何れに潜み隠れしやと一時は周章狼狽致しましたが、お蔭様で十七日の月は東天に輝き給うた、弥勒様のお蔭で、ヤツとの事、目的物が手に入り、コンナ有難い事は御座いませぬ。……アヽ秋山彦夫婦のお方、英子姫、悦子姫殿、御安心なさいませ』 秋山彦『ヤア何よりも結構な事で御座いました。誠に偉い骨折をさせました。サアサア奥に馳走の用意がして御座います。皆さまどうぞ奥へ入らつしやいませ』 鬼武彦は高姫、青彦を玄関にドサリと下したり。 高姫『アヽ鬼武彦殿、御苦労であつたのう、お蔭でお土も踏まず、宙を駆けつて楽に参りましたよ。ホヽヽヽ、玉は確に此処に一つ御座います。一つで足らねば、青彦が金色の玉を二つ持つて居ります。是れで三つ揃うた瑞の御霊……ホヽヽヽ』 亀彦『コレコレ高姫さま、お前さまも随分意地の悪い人だネ』 高姫『意地の悪いは、ソリヤお前の事だよ。折角二人が如意宝珠の玉を手に入れ、次に金剛不壊の玉を奪らうとする最中に、大きな岩で桶伏せに会はしたり……三五教の宣伝使として、人を助ける身であり乍ら、ソンナ意地の悪い事をして宜いものか。チツト反省みなされ。此高姫は決して鍵を盗みたのでも、玉を掠奪したのでもないワ、日の出神様の御命令に依つて、竜宮の乙姫さまから受取りに行つたのだ。それをお前達が、アタ意地の悪い、邪魔に来よつたのだ。素盞嗚尊も偉いが、日の出神さまは、ドンナ方だと思うて居る。竜宮の乙姫さまも、永らく海の底のお住居であつたが、此の高姫の生宮に、今度は残らず綺麗薩張とお渡し遊ばす世が参つたのだ。変性女子の下らぬ教を聞きかぢつて、神界の御経綸の邪魔をすると、頭を下にし、足を上にして歩かねばならぬ事が出来て来るぞよ。アンナ者がコンナ者になると云ふ神の教を、お前は一体、何と考へなさる……此高姫は詰らぬ女の様に見えても、系統だぞへ、変性男子の……切つても切れぬ御系統だ。亀彦なぞと、何処から来たか知らぬが、元は……偉相に言うても……ウラル教の宣伝使ぢやないか。竜宮洲へ渡つて、飯依彦の様な蛸爺に泡吹かされて逃げ帰り、途中で日の出別の神に助けて貰うたのだらう。ソンナ事は此腹の中で日の出神が、チヤンと仰有つて御座る。醜の岩窟の中で、井戸の中へ陥つたり、種々惨々な目に逢うて、ヤツとの事で宣伝使になり素盞嗚尊の阿婆摺れ娘を女房に持つたと思つて、余り威張らぬが宜からう。何処の馬の骨か牛の骨か、素性も分らぬ様な代物に、肝心の娘を呉れてやると云ふ様な紊れた行方の素盞嗚尊が、何が、夫れ程有難いのだい。日の出神の側へ出したら、素盞嗚尊は、猫の前の鼠の様なものだ。さうぢやから昔からの因縁を聞いて置かぬと、まさかの時にアフンとせねばならぬと、神様が仰有るのだよ』 亀彦『エーソンナ事は聞きたく有りませぬワイ。又庚申待の晩にでも、ゆつくり聴かして貰ひませうかい』 高姫『それは不可々々、どうでも斯うでも因縁を説いて聴かして、根本から改心させねば承知をせぬのぢや。此月は日の出神さまの教を、耳を浚へて菊の月ぢやぞへ。竜宮の乙姫と日の出神との尊い御守護のある此肉体だ。亀公位が百人千人束になつてきた所で何の効が有るものか、効と言つたら、堅い堅い、邪魔になる亀の甲位なものだよ。ゲツヘヽヽヽ』 秋山彦『お話は酒宴の席で承はりませう。サアサア奥へお越し下さいませ。玄関口でお話は見つとも良う御座いませぬから……』 高姫『お前が秋山彦ぢやな、道理で、一寸見ても飽きの来さうなお顔立だ。紅葉姫さまも、コンナ夫を持つてお仕合せだ、オツホヽヽヽ』 秋山彦、稍機嫌の悪さうな顔付し乍ら、 秋山彦『ハイハイ、どうで碌な者ぢや有りませぬワイ、三五教に現を抜かす代物ですから、善ばつかりに呆けまして、ウラナイ教の様な、他人の家の鍵を持出して、平気で業託を並べる様な、謙遜な善人は居りませぬ、アハヽヽヽ、サアサア奥へお出なさいませ』 高姫『三五教は、善に見せて悪、ウラナイ教は悪に見せても善、マアマア奥へ往つて、トツクリと妾の諭しをお聴きなさい』 と立ちあがる。秋山彦を先頭に、一同はドシドシと奥の間目がけて進み入る。鬼武彦は最後の殿を勤め乍ら、高姫、青彦の身体に目を配り、奥へ従いて行く。 八尋殿には、山野河海の珍肴、所狭きまで並べられありぬ。高姫は遠慮会釈もなく最上座に座を占め、紙雛の様に袖をキチンと前に畳み、手を臍の辺りにつくね、仔細らしく構へ込みたり。亀彦は高姫の傍に座を占めむとするや、高姫柳眉を逆立て、 高姫『ヤア亀彦、お前は身魂が低い。三段下がつてお坐りなされ。抑も霊は上中下の三段の区別が有る。上の中にも上中下が有り、中の中にも上中下の三段があり、下の中にも、亦上中下の三段が有る。お前は、下の中位な霊魂ぢや。上の上の生粋の大和魂の日の出神の生宮の前に坐ると云ふのは、身魂の位地を紊すと云ふものだ。それだから、身魂の因縁が分らぬ宣伝使は困ると云ふのだよ。如意宝珠の玉は、上の上の身魂が持つべきものだ。下の中身魂位では到底手も触れる事は出来ぬ……鬼武彦ナンテ、力は強いが、多寡が稲荷ぢやないか、四足の親玉ぢや、稲荷は下郎の役を勤めるものぢや、コンナ座席にすわると云ふ事が有るものか。天狗や、野狐や、狸、豆狸の霊は、ズツトズツト下の下の座にお直りなされ』 亀彦『神界には、正神界と邪神界が有つて、正神界にも上中下三段があり、邪神界にも亦上中下の三段が有る、さうして段毎に又三段がある。吾々は仮令下の中か知らぬが、正神界だ。お前は上の上でも、邪神界の上の上だから、是れ位悪党はないのだよ、月と鼈、雪と炭程違う。邪神界の身魂は、正神界と席を同じうする事は出来ない。お下りなされ』 高姫『仮令正神界でも、邪神界でも、上は上に違ない。下はヤツパリ下ぢや。上といふ字はカミと云ふ字ぢや。カミのカミが上の上ぢや。カミに坐るのは高姫の身魂の因縁性来……オホン誠に済みませぬナ、亀彦チヤン……』 亀彦『チヨツ、善悪の区別を知らぬ奴に掛つたら仕方がないワ………アーア折角の玉を邪神界の身魂に汚されて仕舞つて残念な事だワイ』 高姫『妾が邪神界なら、モウ此玉は用が無い筈……ソンナラ高姫が更めて頂戴する』 と懐より如意宝珠を取出し、手の掌に乗せて、手に唾液を附け、一生懸命に両の手の掌で、揉みて揉みて揉みさがし居る。此玉は拡大する時は宇宙に拡がり、縮小する時は鷄卵の如くになる特色のある神宝なり。堅くもなれば、軟らかくもなる、高姫は揉みて揉みて揉みさがし、鷄卵の如く縮小し、搗きたての餅の様に軟らげ、 高姫『亀彦さま、秋山彦さま、お狐さま、改めて頂戴致します。オツ』 と云ふより早く大口を開けて、目を白黒し乍ら、蛇が蛙を呑む様に、グツト一口に嚥み下したり。 亀彦『アヽ大変な事になつた。……ヤイ高姫、玉を返せ』 高姫『ホヽヽヽ、分らぬ身魂ぢやナア、呑みて了うた物が、どうして手に渡せるか、お前も、モチツと物の道理が分つた方ぢやと思うて居つたのに、子供よりも劣つた人ぢやナア』 亀彦『腹を裂いても、取戻して遣らねば置かぬぞツ、馬鹿に致すな』 高姫『宇宙の縮図たる如意宝珠の玉を、わが腹中に納めた以上は、高姫の体は即ち宇宙……宇宙には天神地祇、八百万の神が集まり給ふ。今までの肉体は、日の出神と竜宮の乙姫の生宮であつたが、最早唯今より、天の御三体の大神様を始め、天地八百万の神が高姫の身体に神詰り遊ばすのぢや、サア神に仕へる宣伝使の身を以て、此肉体に指一本触へるなら、さへて見よツ』 亀彦『どこまでも馬鹿にしやがる。モウ量見ならぬ、破れかぶれだ。……ヤイ高姫、貴様の生命は俺が貰つた、覚悟致せツ』 高姫『ホヽヽヽ、此方が馬鹿にしたのぢやない、生れ付の馬鹿が、馬鹿な事を仕たのぢや、誰に不足を言うて行く所もあるまい、自業自得だよ。覚悟致せとは……ソラ何の事、虫一疋殺す事のならぬ三五教の教ぢやないか。其教をする宣伝使が、勿体なくも天の大神様の御霊の現に納まり給ふ肉体を悩めやうとは、盲蛇に怖ぢず、馬鹿に附ける薬は無し、ハヽヽヽ、困つたものぢや、イヤ気の毒な者ぢや。親の在る間に直して置かぬと、不治難症ぢや。サア今から改心をして、亀彦は申すに及ばず、英子姫、悦子姫、秋山彦、紅葉姫、鬼武彦、其外の厄雑人足共、ウラナイ教の御趣旨を遵奉するか、サアどうぢや、返答聞かう……』 亀彦『モシモシ秋山彦さま、此奴ア、居すわり強盗ですナア、一層の事、踏ン縛つて、海へでも放り込みてやりませうか』 秋山彦『あまりの事で、私も腹が立ちます。併し乍ら如意宝珠の玉が納まりある以上はどうする事も出来ませぬ。困つた事になりました』 高姫『サアサア皆の神々共、只今より、天の御三体の大神の生宮の高姫へお給仕を致すが可からうぞ、又と再び、コンナ結構な生宮に、お目に掛る事も出来ねば、お給仕さして頂く事も出来ぬぞや。今日は特別を以て、祝意を表する為にお給仕を差許す』 亀彦『エーツ、何を吐しよるのだ、モウ斯うなつては天則違反も何も有つたものじやない、両刃の剣の御馳走だ』 と一刀スラリと引き抜き、斬り掛らむとするを高姫は、 高姫『ギヤツハヽヽヽ、ギヨツホヽヽヽ、短気は損気、マアマア静まれ、急いては事を仕損ずる。後で後悔せぬがよいぞ』 と澄してゐる。 亀彦『後悔も糞もあつたものかい、……貴様も讎敵の端くれ……』 と云ひ乍ら、青彦の頭を、足を上げてポンと蹴り倒し、又もや両刃の剣を閃かし、生命を的に突いて掛れば、流石の高姫も、 高姫『如何に立派な神でも、無茶には叶はぬ。……サアサア青彦、一先づ此場を逃げたり逃げたり』 と促す。青彦は狼狽へ騒いで、逃路を失ひ、同じ所をクルクルと廻転して居る。亀彦は益々激しく突つかかる。秋山彦は、 秋山彦『エー斯うなれば、破れかぶれだ。……紅葉姫、薙刀を執れツ』 と下知すれば、鶴の一声、紅葉姫は長押の薙刀執るより早く、 紅葉姫『悪逆無道の高姫、覚悟せよ』 と斬つてかかるを高姫は、右に左に身をかはし、暫くは扇を以てあしらひ居たるが、衆寡敵せず、忽ち白煙と化し、天井窓より一目散に、西北の天を目蒐けて、中空に雲の帯を曳き乍ら、逸早く姿を隠したりける。後に青彦は、青菜に塩した如く、ビリビリと慄ひ居たり。 亀彦『エー、コンナ弱虫を相手にしたつて仕方がない。助けてやらう。サアサア早くこの場を立去れツ』 折角の御馳走も、踏んで踏んで踏みにぢられ、台なしになつて了ひける。鬼武彦は忽ち白煙と化し、又もや天井の窓より、帯を曳きつつ、西北の天を目蒐け、高姫の後を逐ひて中天に姿を隠しける。 秋山彦夫婦を始め、亀彦、英子姫、悦子姫は、神前に恭しく天津祝詞を奏上し、宣伝歌を謡ひ終り、茲に別れを告げて、三人の宣伝使は由良川を遡り、聖地に向ふ事となりにけり。 (大正一一・四・一五旧三・一九松村真澄録)
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(1676)
霊界物語 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 16 神定の地 第一六章神定の地〔六〇六〕 青彦は身体一面に熊蜂に取つかれ痛みに堪えず、苦しみ悶えつつありき。此体を見るより亀彦、英子姫は常磐木の松の小枝を手折り、青彦が前に進み出で天津祝詞を奏上し、天の数歌を唱へながら左右左と打ち振れば、蜂は忽ち何処ともなく姿を隠し、青彦が身体の苦痛も俄に静まりける。 青彦は漸く頭を上げ篝火に照し見れば、豈図らむや亀彦、英子姫の二人、吾前に端坐し、一心不乱に吾がために祈願を凝らし居るにぞ、青彦は忽ち大地に両手をつき、 青彦『貴方は三五教の宣伝使、亀彦様、英子姫様で御座いましたか、危き所をお助け下さいまして、お礼の申しやうも御座いませぬ』 と嬉し泣に泣き入る。後の木の茂みより又もや女の声、 女(悦子姫)『ヤア青彦、汝は金毛九尾の悪狐に魅せられたる高姫の妖言に迷ひ、三五の教を捨ててウラナイ教に陥没したる心弱きデモ宣伝使、汝が心を立直さむと誠の神は今此処に現はれ、汝に誡めの鞭を与へたるぞ、尚改めざるに於ては、今後如何なる災禍汝の身に降らむも計り難し、ヤア亀彦、英子姫大儀々々。汝が至誠至実の言霊に依つて、青彦が危難を救ひたるは天晴功名手柄、此由大神に奏上致さむ』 亀彦『ヤア何れの神様か存じませぬが足はぬ吾々に向つて過分の賞詞、身に余る光栄と存じます、此上は益々粉骨砕身、神国成就の為に努力致しますれば、何卒厚き広き御保護を垂れさせ給はむ事を偏に願ひ奉る』 英子姫『アヽ有難き大神の神示、朝な夕なに慎みて、言心行一致を励み神界のために能ふ限りの活動を致しませう、何卒何卒仁慈の鞭を御加へ下さいまして、妾が弱き信仰を益々強く宇宙大に発揮せしめたまへ』 と合掌する。青彦は涙にくれながら唯何事も得云はず、あな有難し忝なしと又もや大地に平伏するのみ。暗中より又もや女の声、 女(悦子姫)『汝青彦、心の底より悔い改めて三五教の教を遵奉するや、返答聞かむ』 と呼ばはる声に青彦は起き直り、 青彦『何れの神様か存じませぬが、もう斯うなる上は綺麗薩張とウラナイ教を諦めます。何卒元の如く三五の道にお使ひ下さいますやうに』 暗中より又もや女神の声、 悦子姫に懸かった天照大御神『吾は天照皇大神なるぞ、其昔此御山に現はれ、産釜、産盥と俗に称する天の真名井に御禊して、神格を作り上げたる我旧蹟なり、汝等宜敷く此処に宮殿を造り、我御霊を祀れ、悦子姫の肉体を借りて此由宣示し置く、夢々疑ふなかれ』 亀彦『委細承知仕りました。之より此谷川に身を清め、大神の美頭の御舎仕へ奉り、神霊を奉斎し、天下太平国土安穏の祈願所と定めまつらむ』 と答ふれば天照大御神嬉しげに打ち笑はせ給ひ、 悦子姫に懸かった天照大御神『亀彦、英子姫、悦子姫三人の神柱に宮殿の造営を一任し置く、サラバ』 と云ふより早く元津御座に帰り給へば、悦子姫は元の肉体に復し三人が前に現はれ、大神の神勅を畏み、改めて谷川に禊し天津祝詞を奏上し、忌鋤、忌斧を造りて宮殿の造営に身心を傾注し、百日百夜を経て全く工を終へ、茲に天照大御神の神霊を招ぎ奉り、鄭重に祭神の鎮座式を奉仕したりける。これ伊勢神宮宮殿造営の嚆矢なり。今は丹後の元伊勢と云ふ、この谷川は是より宮川と称へられたり。 此因縁により、大本開祖は明治三十四年旧三月の八日、数多の教子を引き連れ、亀彦の名に因みたる上杉の木下亀吉を率ゐ、禊の神業を仰せつけられたるは、最も深き神界の御経綸の在します事と察せらるるなり。又此産盥、産釜の清水は竜宮館の金明水に注ぎ込まれ、次で開祖は数多の教子を率ゐ、明治三十四年旧六月八日、沓島の山上より大海原に向つて打注ぎ給ひたるも、天下修斎の大神業の一端と察し奉るなり。穴賢、穴賢。 (大正一一・四・一五旧三・一九加藤明子録)
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(1678)
霊界物語 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 18 遷宅婆 第一八章遷宅婆〔六〇八〕 百日百夜の一同が苦辛惨憺の結果、漸く建ち上りし白木の宮殿、鎮祭式も無事に済み一同直会の宴にうつる。今日は正月十五日、雪は鵞毛と降りしきり、見渡す限り一面の銀世界、天津日の影は地上に光を投げ、玲瓏として乾坤一点の塵埃も留めず、実に美はしき天国の御園も斯くやと思はるる許りなり。 英子姫は神霊鎮祭の斎主を奉仕し悠々として階段を降り来るや、忽ち神霊に感じ神々しき姿は弥が上に威厳備はり徐に口を開いて宣り給ふやう、 英子姫に懸かった天照御神『我は天照大神の和魂なり、抑も当所は綾の聖地に次げる神聖の霊場にして天神地祇の集まり給ふ神界火水の経綸場なり、神界に於ける天の霊の川の源泉にして宇宙の邪気を洗ひ清め百の身魂を神国に救ふ至厳至聖の神域なり。又この東北に当つて大江山あり、此処は神界の芥川と称し邪霊の集合湧出する源泉なれば霊の川の霊泉を以て世界に氾濫せむとする濁悪汚穢の泥水を清むべき使命の地なり。此濁流の彼方に天の真名井ケ岳あり、此処は清濁併せ呑む天地の経綸を司る瑞の御霊の神々の集まる源泉なり。豊国姫の分霊、真名井ケ岳に天降りミロク神政の経綸に任じ給ひつつあり、されども曲神の勢力旺盛にして千変万化の妖術を以て豊国姫が経綸を妨碍せむとしつつあり。汝悦子姫、之より大江山の濁流を渡り真名井ケ岳に打向ひ百の曲霊を言向和し追ひ払ひ吹き清めよ。又亀彦、英子姫には神界に於て特別の使命あれば之より聖地に向へ、其上改めて汝に特別使命を与ふべし』 と言葉厳かに言挙げし給ひ忽ち聞ゆる微妙の音楽と共に引きとらせ給ひぬ。アヽ尊き哉皇大神の御神勅よ。 茲に亀彦、英子姫は神勅を奉じ、熊鷹、石熊両人を始め数十人の供人と共に、聖地に向ふ事となりぬ。又悦子姫、青彦は、鬼彦、鬼虎の二人に、四五の従者を伴ひ谷川に禊を修し宣伝歌を唱へ乍ら大江山の魔窟ケ原を打越え真名井ケ岳に向つて進む事になりける。 悦子姫は宮川の渓流を溯り、険しき谷間を右に跳び、左に渉り漸くにして魔窟ケ原の中央に進み入り、衣懸松の傍に立ち止まり見れば、百日前に焼け失せたる高姫の隠家は又もや蔦葛を結び、新しく同じ場所に仮小屋が建てられありたり。 悦子姫『此間妾が高姫に招かれて此松の下へ来ると、間もなく火煙濛々と立昇り、小屋の四方八方より猛烈に紅蓮の舌を吐いて瞬く内に舐尽し、高姫さま始め此青彦さまも火鼠の様に、彼の丸木橋から青淵へ目蒐けて飛び込まれた時の光景は実にお気の毒なりし。その時妾は高姫さまの水に溺れて苦しみ藻掻き居られるのを、真裸になりて救ひ上げた時、高姫さまに非常に怒られた事あり、「妾が勝手に心地よく水泳をやつて居るのに、真裸で飛ンで来て妾の手を引ン握り、ひつ張り上げるとは怪しからぬ」と反対に生命を助けて怒られた事あり、あの一本橋を見ると其時の光景が今見る様な』 と述懐を漏したり。 青彦『さうでしたな、あの時に私も亀彦さまが居なかつたら土左衛門になる処でした。真実に生命の親だと思つて心の底から感謝して居ました。それに高姫さまは私がお礼を申さうとすれば目を縦にして睨むものですから、つひお礼を申し上げず心の裡に済まぬ事ぢやと思つて居ました、真実に負惜みの強い方ですな』 鬼彦『ウラナイ教の奴は皆アンナ者だよ、向ふ意気の強い、負ず嫌ひばかりが寄つて居るから負た事や弱つた事は知らぬ奴だ、悪と云ふ事も知らず本当に片意地な教だ、負た事を知らぬものに勝負も無ければ、恥を知らぬものに恥はない、人間もああなれば強いものだ、否気楽なものだ、自分のする事は何事も皆善ときめてかかつて居るのだから身魂の立て直し様がありませぬ哩』 青彦『ヤア私も高姫の強情なには呆れて物が言はれませぬ、沓島で岩蓋をせられた時にも私は消え入る様な思ひがして、泣くにも泣かれず慄うて居ましたが、高姫は豪気なものです、反対に窮鼠却て猫を咬む様な談判をやるのですから呆れざるを得ぬぢやありませぬか、漸く田辺に着いたと思へば暗に紛れてドロンと消え失せ、間もなく月の光に発見されて鬼武彦に素首を掴まれ、提げられて長い道中を秋山彦の館まで連れ行かれ、苦しいの、苦しうないのつて、息が切れさうでしたよ、それでも減らず口を叩いて太平楽を並べると云ふ意地の悪い女だから、何処迄押し尻が強いか分つたものぢやない。如意宝珠の玉を大勢の目の前で平気の平左で自分の腹の中に呑み込みて仕舞ひ、終には煙の様に天井窓から逃出すと云ふ放れ業をやるのだから、化物だか、神様だか、魔だか、素性の知れぬ痴者だ、そして随分口先の達者な事と言つたら燕か雀の親方の様だ、人には交際つてみねば分らぬが、あの剛腹の態度と弁ちやらとに掛つたら、大抵の男女は十人が九人迄やられて仕舞ふ、本当に巧な者だ、其処へ又、も一つ弁舌の上手な黒姫と言ふのが始終後について居つて応援をするものだから、口八丁手八丁悪八丁と言ふ豪の者に作りあげて仕舞つたのだ。然しチヤンと此焼け跡に又もや新しい小屋が建つて居る、大方黒姫の奴、後追つかけて来よつて焼け跡に小屋を建てて隠れて居るのではあるまいか、何処までも執念深いのはウラナイ教の宣伝使だからな』 鬼虎『一つ調べてやりませうかい』 鬼彦『若し黒姫が居つたら貴様何うする、又舌の先でチヨロチヨロと舐られてグニヤグニヤとなりやせぬかな』 鬼虎『何、大丈夫だよ、鬼虎には鬼虎の虎の巻がある、俺の十一七番を御目に懸けてやるから悠りと見物をせい』 一同は路傍の恰好の石に腰掛けて休息し乍ら雑談に耽つて居る。鬼虎は七八間許り稍傾斜の道を下り衣懸の松の麓の藁小屋を外からソツと覗き、 鬼虎『ヤア、居るぞ居るぞ、婆が一匹、男が二匹だ、オイ婆ア、貴様は何だ、バラモン教か、ウラナイ教か、ウラル教か、返答致せ』 小屋の中より、 婆(黒姫)『エー、八釜しい哩、何処の穀潰しか知らぬが新宅の成功祝で、グツスリ酒を飲みて暖い夢を見て居た処だ、大きな声で目を覚まさしよつてチツト人情を知らぬかい。安眠妨害で告発するぞ』 鬼虎『ヤア、一寸洒落て居やがる、よう牛の様にツベコベと寝乍らねちねちと口を動かす奴だ、丸で高姫か黒姫みたいな餓鬼だ、改心せぬと又それ紅蓮の舌に舐められて、藁小屋は祝融子に見舞はれ全部烏有に帰し、頭の毛や着衣に火が延焼して一本橋から身を投げて寂滅為楽、十万億土の旅立をせにやならぬ様になるぞ』 小屋の中より、 婆(黒姫)『何処の奴か知らぬが俺は貴様の今言うた黒姫だよ、名は黒姫でも顔の色はそれ今其処らに降つてる雪の様に白い雪ン婆の様な心の綺麗なウラナイ教の宣伝使ぢや、此沢山な雫を掻き別けて寒い寒い山道をうろつく奴は余程ゆきつまつたしろ物と見える哩。今日らの日に彷徨ふ奴は家の無いもののする事ぢや、田螺でも蝸牛虫でも一つは家を持つて居る、家無しのド乞食奴が、何とか、彼とか言ひよつて人の処の家へ泊めて貰はうと思つても……さうは往かぬぞ、然し魚心あれば水心ありぢや、俺の言ふ事を聞くのなら泊めてやらぬ事は無いわ、それ程寒相に歯の根も合はぬ程、カツカツ慄ふよりも如何ぢや、俺の結構な話を聞いて暖い火にあたつて、味の良い濁酒でも鱈腹飲みた方がましだらう、世の中は馬鹿者が多いので此雪の降つてピユウピユウと顔の皮が剥ける様な風が吹くのに、下らぬ宣伝歌を涙交りに謡ひよつても誰が集まつて聞くものかい、後から後から此雪の様に冷かされる一方だ、一つ冷静に酒の燗ドツコイ考へて見たが宜からうぞ』 鬼虎『アハヽヽヽ、オイ鬼彦、一寸来い、大分に能うツベコベ吐す奴ぢや、高姫の二代目が居りよる哩。白姫とか赤姫とか吐す中年増の婆ぢや、一つ此奴を、真名井ケ岳に行く途中の先登として言向け和したら面白からうぞ』 鬼彦『ヤ、さうか、何でも婆の潜みて居さうな藁小屋ぢやと思つた。ドレドレ之から鬼彦が応援に出掛け様かい』 雪の中をザクザクと音させ乍ら小屋の側に寄り添ひソツと中を覗き、 鬼彦『ヤア、居る居る、此奴は何時やら見た事のある奴ぢや。随分八釜しい婆ぢやぞ、鈴の化物見た様な奴ぢや』 鬼虎『鈴か煤か知らぬが何でも黒い名のつくババイババイ婆宣伝使だ。オイ、婆ア、一つ貴様の得意の雄弁を振つて天下分け目の舌鋒戦でも開始したら如何だ、面白いぞ』 婆(黒姫)『オイ、音、勘、酒に喰ひ酔うて何時迄寝て居るのだ、外には貴様に合うたり叶うたりの荷担うたら棒が折れる様なヒヨツトコ男が来よつて、百舌鳥の様に囀つて居る、貴様一つ出て舌戦をやらぬかいナ』 音、勘『ムヽヽヽ、ムニヤムニヤムニヤ、アヽア、アー』(寝惚け声で) 婆(黒姫)『エー、じれつたい、欠伸許りして夜中の夢でも見てるのかい、もう午時ぢや、早く起きぬか』 音公『午時か猫時か知らぬが二人がグツスリと猫を釣つて、甘い物をドツサリ喰つた夢を見てる時に、アヽ偉い損をした、十七八の頗るのナイスが現はれて、細い白い柔かい手で目を細うして「音さま、一杯」と盃をさして呉れた最中に起されて、エーエ怪つ体の悪い、一生取り返しのならぬ大損害だ、生れてから見た事もない様なナイスにお給仕をして貰ふ時の心持と言つたら天国浄土に行つても、夢でなくては有りさうもない、アヽア、嬉しかつた嬉しかつた』 婆(黒姫)『オイ、音、何をお前は惚けて居るのだい、チツト確りしなさらぬか、戸を開けて外を見なさい、沢山の耄碌がやつて来て今此黒姫の舌鋒に刺されて、ウラナイ教に帰順せむとする準備の最中だ、サアサア勘公も起きたり起きたり』 婆はノソリノソリと小屋を立ち出で、 婆(黒姫)『ヤア誰かと思へば青彦も其処に居るのか、コレヤ、マア如何したのだ、何時の間に三五教に這入りよつたのだ、宣伝使の服が変つて居るぢやないか、サア早く脱ぎ捨ててウラナイ教の教服と更へるのだよ』 青彦『これはこれは黒姫先生、憚り乍ら今日の青彦は最早百日前の青彦とは趣が違つて居ますから、その積りで物を言つて貰ひませぬと、某聊か迷惑の至りだよ』 婆(黒姫)『オホヽヽヽ、猫の眼の玉の様に、能う変る灰猫野郎だな、そこに居る女宣伝使は此間来た悦子姫と言ふ破れ宣伝使だらう、ソンナ者に従いて歩いて何になるか、チツトお前も物の道理を考へて利害得失を弁へたが宜からうぞ、オホヽヽヽ』 勘公『皆さま、ソンナ処へ腰掛けて居らずに、トツトとお這入りなさいませ、内はホラホラ外はスウスウぢや、随分広い間がありますよ』 婆(黒姫)『コレヤ、勘公よ、能う勘考してものを言はぬかい、主人の黒姫にも応へずに僕の分際として勝手にお這入り下さいとはソレヤ何を言ふのか、アンナ者を一緒に入れたら丸で爆弾を詰めた様なものぢや、何処から破裂致すやら分つたものぢやないぞ』 勘公『爆弾でも何でも宜いぢやありませぬか、先方の爆弾をソツと此方へ占領して使ふのが妙案奇策、敵の糧を以て敵を制する六韜三略の兵法で御座る、アハヽヽヽ』 婆(黒姫)『お前の兵法は矢張屁の様な物だ、匂ひも無ければ音もこたへず、音公と同じ様な掴まへ所の無い人三化七ぢや』 音公『これこれ、黒姫のチヤアチヤアさま、音公の様な者とは、ソレヤ何を証拠に言ふのだ、チヤアチヤア吐すと量見せぬぞ、世界一目に見え透く竜宮の乙姫ぢやぞと、明けても暮れても口癖の様に自慢して居るが、現在足許に居る此音さまを誰だと思つて居るのか、明き盲目だな、三五教の宣伝使音彦司とは此方の事だぞ』 婆(黒姫)『音に名高い音彦の宣伝使と言ふのはお前の事か、オツト、ドツコイ、音に聞いた程も無い見劣りした腰抜け野郎だ、水の中でおとした屁の様な男(音公)だな、斯ンなガラクタ男が三五教の宣伝使だなぞと本当におとましい哩、生るる時に母親の腹の中で肝腎な、目に見えぬものをおとして来た様な間抜けた顔付をしよつて、宣伝使の何のつて、雪隠虫が聞いて呆れますぞえ、宣伝使ぢや無うて雪隠虫ぢやらう、オホヽヽヽ』 音彦『エー、仕方のない剛情な婆ばかりウラナイ教には寄つて居やがるな』 婆(黒姫)『きまつた事ぢや、お前も余つ程の馬鹿人足だな、今頃に瘧が落ちた様な顔しよつて、「剛情な奴ばかりウラナイ教は寄つて居やがるな」なぞとソンナ迂い気の利かぬ事でウラナイ教の間者に這入つたつて何が成功するものか、此黒姫は此奴一癖ある間抜けだと思つて、知らぬ顔で居れば良い気になりよつて何を言ふのだ、貴様の面を見い、世界一の大馬鹿者、三五教の腰抜け野郎と貴様の寝てる間に此黒姫司が墨黒々と書いて置いた、それも知らずに偉相に言ふな、鍋の尻の様な面になりよつて、お前も余つ程くろう好きぢやと見える、「心からとて吾郷離れ、知らぬ他国で苦労する」とはお前の様な馬鹿者の境遇を剔抉して余蘊なしだ、ホヽヽヽ、それに付けても青彦の奴、何の態ぢや、日蔭に育つた瓢箪の様な面をして結構なウラナイ教の神様に屁をかがしたか、かかさぬか、…………ド拍子の抜けたシヤツ面を此寒空に曝し、瑞の霊と言ふ冷たい名の付いた奴の教を有難相に聞きよつて、蒟蒻の化物の様にビリビリ慄ひ歩く地震の化物奴、チツと胸に手を当てて自身の心を考へて見よ』 青彦『大きに憚り様、何うせ青彦と黒姫は名からして色彩が違ふから反が合ませぬ哩。黒い黒い顔に石灰釜の鼬見たように、ドツサリと白粉をコテコテ塗りたて、丸で此処にある焼杭木に雪が積つた様なものだ。五十の尻を作りよつて白髪を染めたり、顔を塗つたりしたつて皺は隠れはせぬぞ、若い者の真似をして若相に見せ様と思つても雪隠の洪水で糞浮きぢや、汚いばかりぢや、良い加減に改心せぬかい』 婆(黒姫)『俺が顔に白粉をつけて居るのが何が可笑しい、何事も隅から隅まで前にも気をつけおしろいにも手を廻して抜目の無い教と言ふ印に白粉をつけて居るのだ、貴様は尾白い狐に魅まれよつてウロウロとうろついてるのだな、娑婆幽霊の死損なひ奴が』 青彦『娑婆幽霊の死損なひとは貴様の事だよ、人生は僅か五十年、五十の坂を越えよつて白粉をつけて俏した処で地獄の鬼は惚れては呉れはせぬぞ、三途川の鬼婆の姉妹と取り違へられて、冥土に行つても又大々的排斥をせらるるのは判を捺した様なものだ、本当に困つた婆だな、執着心の強い粘着の深い、着いたら離れぬと言ふ牛蝨の様な代物だ、如何ぞして結構な三五教に救うてやり度いと思つて居るのだが、もう斯うなりては駄目かな、耳は蛸になり目は木の節穴の様に硬化して仕舞ひ、口ばつかり無病健全と言ふ代物だから、如何しても見込みがつかぬ哩』 婆(黒姫)『エー、ツベコベと世迷ひ言を能う囀る男だ、初めには三五教が結構だと言つて涙を零し、洟まで垂らして有難がり、次には三五教は薩張り駄目だ、瑞の霊の不可解な行動が腑に落ちぬ、もうもう愛想がつきた、三五教のあの字を聞いても胸が悪いと言ひよつて、此黒姫の紹介でウラナイ教にヤツと拾ひ上げ、もう何うなり斯うなり一人歩きが出来る様になつたと思へば又もや変心病を出しよつて、「矢張りウラナイ教は駄目だ、先の嬶は嘘はつかぬ哩、三五教の御神力が強い」と、萍の様な心になつて、風が東から吹けば西に漂ひ、西から吹けば東の岸に漂着すると言ふ漂着者だ、ソンナ事で神様の御蔭が貰へるか、終始一貫、不変不動、岩をも射抜く梓弓、行きて帰らぬ強き信仰を以て神に仕ふるのが万物の霊長たる人間の意気だよ、能うフラフラと変る瓢六玉だ、アヽ可憐相な者だ、ヤア哀なものだなア、オホヽヽヽ』 青彦『何を言ひよるのだ、コラ黒姫、貴様だつて三五教は結構だ、広い世界にコンナ誠の教があらうかと言ひよつて、今迄信じて居たバラモン教を弊履を捨つるが如く念頭より放棄し、今又ウラナイ教の高姫の参謀になりよつたと思つて、偉相な事を言ふない。お猿の尻笑ひと言ふのは貴様の事ぢや、オヽそれそれ猿で思ひ出した、猿と言ふ奴はかく事の上手な奴ぢや、貴様は高姫の筆先だとか、何とか折れ釘の行列の様な、柿のへたの様なものを毎日、日にち写しよつて、それを唯一の武器と恃み、鬼の首を篦でかき切つた様な心持になつて、世界中の誠の信者の信仰をかき廻すと言ふ、さるとはさるとは困つた代物だよ、猿が餅搗くお亀がまぜると言ふ事がある、コラ猿婆貴様の舌端に火を吐いて言向け和した信者の持ち場を、青彦の宣伝使が之からかき廻すのだから、マアマア精出して活動するが良い哩、貴様は三五教の先走りだ、イヤ、もう御苦労のお役だ、霊魂の因縁に依つて悪の御用に廻されたと思へば寧ろお気の毒に堪へぬワイ、アヽ惟神霊幸倍坐世、叶はぬから霊幸倍坐世、アハヽヽヽ』 (大正一一・四・一六旧三・二〇北村隆光録)
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霊界物語 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 19 文珠如来 第一九章文珠如来〔六〇九〕 ヤンチヤ婆アの黒姫は、性来の聞かぬ気を極度に発揮し、青彦、音彦其他に向つて舌端黒煙を吐き、一人も残さず紅蓮の焔に焼き尽さむと凄じき勢なり。 黒姫『コレコレ、最前から其処に、男とも、女とも、訳の分らぬ風をして居る三五教の宣伝使、良い加減に此世に暇乞ひをしても悦子姫の阿婆擦れ女、沢山の荒男を引きつれて、女王気取りで、傲然と構へて御座るが、チト此婆アが天地の根本の道理を噛みて啣める様に言ひ聞かしてやるから、ソンナ蓑笠をスツパリと脱いで、此処へ御座れ、滅多にウラナイ教の為に悪い様な事は申さぬ。問ふは当座の恥、知らぬは末代の恥だ、此山の中で結構な神徳を戴いて、又都会へ出たら、自分が発明した様に、宣伝使面を提げて歩かうと儘ぢや。何でも聴いて置けば損は往かぬ。サアサア婆アの渋茶でも呑みて、トツクリと身魂の洗濯をしなされ。チツト此頃はお前も顔色が悪い。此黒姫が脈を執つて上げよう。……どうやら浮中沈、七五三の脈膊が混乱して居る様ぢや、今の間に療養せぬと、丸気違になつて了ふぜ。今でさへも半気違ぢや。神霊注射を行つてあげようか。それが利かなくば、モルヒネ注射でもしてやらうかい。サアサアトツトと前へ来なさい』 悦子姫『それはそれは、何から何まで御心を附けられまして、御親切有難う御座います』 黒姫『有難いか、ウラナイ教は親切なものだらう。頭の先から足の爪先、神経系統から運動機関は申すに及ばず、食道、消化機関から生殖器、何から何迄、チヤンと気をつけて、根本から説き明かし、病の根を断る重宝な教ぢや。お前も神経中枢に多少異状があると見えて、三五教の木花姫の生宮の様に、女だてら、男の風采をして、男を同伴つて、そこら中を歩きまはすのは、普通ではない。此儘放つとくと、巣鴨行をせなければならぬかも知れやしない。………サアサア此黒姫は耆婆扁鵲も跣足で逃げると云ふ義理堅い義婆ぢや。世間の奴は訳も知らずに、黒姫を何の彼のと申すけれども、燕雀何ンぞ大鵬の志を知らむやだ。三千世界の立替立直しの根本を探ると云ふ、大望なウラナイ教を、三五教の宣伝使位に分つて堪るものか。お前が此処へ来たのも、みなウラナイ教を守護し給ふ、尊き大神様の御引合せぢや。躓く石も縁の端と言つて、世界には道を歩いて居ると、沢山な石が転がつて居る。其幾十万とも知れぬ石の中に、躓く石と云つたら、僅に一つか二つ位なものだよ。これも因縁が無ければ蹴躓く事も出来なければ、蹴躓かれる事も出来やしない。同じ時代に生れ、同じお土の上に居つても、コンナ結構なウラナイ教を知らずに、三五教にとぼけて一生を送る様な事は本当に詰らぬぢやないか。何事も神様のお引合せ、惟神の御摂理、縁あればこそ、斯うしてお前は此山の奥に踏み迷ひ……イヤイヤ神様に引つ張られて来たのだ。決して決して黒姫の我で云うと思つたら量見が違ひますデ、竜宮の乙姫さまが仰有るのだ。今迄永らく海の底のお住居で、沢山の宝を海の底に蓄へて居られたのぢやが、今度艮の金神様が世にお上りなさるに就て、物質的の宝よりも、誠の宝が良いと云つて、五六七神政成就の為に、惜しげも無く綺麗サツパリと、艮の金神さまに御渡しなされると云ふ段取りぢや。併し人間は誠の宝も結構ぢやが、肉体の有る限り、家も建てねばならず、着物も着ねばならず、美味いものも食はねばならず、あいさには酒もチヨツピリ飲みたいと云ふ代物だから、形のある宝も必要ぢや。三五教の奴は「この世の宝は、錆、腐り、焼け、溺れ、朽果つる宝だ、無形の宝を神の国に積め」なぞと、水の中で屁を放いた様な屁理屈を言つて、世界の奴を誤魔化して居るが、お前等も大方其部類だらう……イヤ其通り宣伝して歩くのだらう。……能う考へて見なされ。お前だつて食はず飲まずに、内的生活ばかり主張して居つて、堂して神の道の宣伝に歩行けるか。これ程分り切つた現実の道理を無視すると云ふ教はヤツパリ邪教ぢや。瑞霊の吐す事は、概して皆コンナものだ。言ふ可くして行ふ可らざる教が何になるものか。体主霊従と霊主体従の正中を言ふのが当世ぢや。当世に合ぬ様な教をしたつて誰が聴くものか。神の清き御心に合むとすれば、暗黒なる世の人の心に合ず、俗悪世界の人の心に合むとすれば、神の心に叶はず……なぞと訳の分り切つた小理屈を、素盞嗚尊の馬鹿神が囀りよつて、易きを棄て難きに就かむとする、迂遠極まる盲信教だから、根つから、葉つから、羽が生えぬのぢや。ウラナイ教は斯う見えても、今は雌伏時代ぢや。軍備を充実した上で、捲土重来、回天動地の大活動を演じ、それこそ開いた口が塞がらぬ、牛の糞が天下を取る、アンナ者がコンナ者になると云ふ仕組の奥の手を現はして、天の御三体の大神様にお目にかける、艮の金神の仕組ぢや。三五教は艮の金神の教を樹てとる様な顔して居るが、本当は素盞嗚尊の教が九分九厘ぢや。黒姫はそれがズンとモウ気に喰はぬので、変性男子の系統の肉体の、日の出神の生宮を力と頼み、竜宮の乙姫さまの生宮となつて、外国の行方を、隅から隅迄調べあげて、今度の天の岩戸開に、千騎一騎の大活動をするのぢや。お前も、三五教の宣伝使と云ふ事ぢやが、名はどうでもよい、お三体の大神様と艮の金神様の御用を聴きさへすれば宜いのだらう。サアサア今日限り化物の様な奴の吐す事を、弊履の如く打棄てて、最勝最妙、至貴至尊、無限絶対、無始無終の神徳輝く、ウラナイ教に兜を脱いで、迷夢を醒まし、綺麗サツパリと改心して、ウラナイ教を迷信なされ、悪い事は申しませぬ、ギヤツハヽヽヽ』 悦子姫『ホヽヽヽ、アハヽヽヽ、あのマア黒姫さまの黒い口、……妾の様な口の端に乳の附いてる様な者では、到底あなたの舌鋒に向つて太刀打は出来ませぬ。あなたは何時宣伝使にお成りになりましたか、随分円転滑脱、自由自在に布留那の弁、懸河の論説滔々として瀑布の落ちるが如くですナ』 黒姫『定つた事だよ。入信してからまだ十年にはならぬ。夫れでも此通りの雄弁家だ、是れには素養がある。若い時から諸国を遍歴して、言霊を練習し、唄であらうが、浄瑠璃であらうが、浪花節であらうが、音曲と云ふ音曲は残らず上達して鍛へたのぢや。千変万化、自由自在の口車、十万馬力を掛けた輪転機の様に、廻転自由自在ぢや、オホヽヽヽ』 加米彦『モシモシ悦子姫さま、コンナ婆アに、何時までも相手になつとると、日が暮れますで、一時も早く真名井ケ原に向ひませうか』 悦子姫『アヽさうだ、折角の尊いお説教を聞かして貰うて、お名残惜しいが、先が急きますから此処らで御免蒙りませうか』 鬼虎『アーア、最前から黙つて聴いて居れば、随分能く囀つたものだ。一寸謂はれを聞けば、根つから葉つから有難い様だが、執拗う聞けば、向つ腹が立つ……お婆アさま、ゆつくり、膝とも談合、膝坊主でも抱へて、自然に言霊の停電するまで、馬力をかけ、メートルを上げなさい。アリヨース』 黒姫『待つた待つた、大いにアリヨースだ、様子あつて此婆アは、此魔窟ケ原に仮小屋を拵へ、お前達の来るのを待つて居たのだ。往くと云つたつて、一寸だつて、此婆が、是れと睨みたら動かすものか』 鬼虎『まるで蛇の様な奴ぢやナア。執念深い……何時の間にか、俺達に魅入れよつたのぢやナ』 黒姫『さうぢや、魅を入れたのぢや、お前もチツト身入れて聞いたが宜からう、蛇に狙はれた蛙の様なものぢや、此処をかへると云つたつて、帰る事の出来ぬ様に、チヤーンと霊縛が加へてある。悪霊注射も知らず識らずの間に、チヤアンと行つて了うた。サア動くなら動いて見よれ』 鬼虎『アハヽヽ、何を吐すのだ。動けぬと云つたつて、俺の体を動かすのは、俺の自由権利だ。……ソレ……どうだ。これでも動かぬのか』 黒姫『それでも動かぬぞ。お前が今晩真名井ケ原に着いて、草臥れて、前後も知らず、寝ンだ時は、ビクとも体を動かぬ様にしてやるワイ』 鬼虎『アハヽヽヽ、大方ソンナ事ぢやろと思うた。……ヤイヤイ黒姫、三五教は起きとる人間を、目の前で霊縛して動けぬ様にするのぢやぞ。一つやつてやらうか、……一二三四五六七八九十百千万……』 黒姫『一二三四五六七八心地よろづウ……ソラ何を言ふのぢや、それぢやから三五教は体主霊従と云ふのぢや。朝から晩まで、算盤はぢく様に数を数へて、一から十まで千から万まで……取り込む事につけては抜目のない教ぢや。神の道は無形に視、無算に数へ、無声に聞くと云ふのぢやないか、…何ンぢや、小学校の生徒の様に、一つ二つ三つと勿体らしさうに、……ソンナことは、三つ児でも知つてるワイ。……大きな声を出しよつて、アオウエイぢやの、カコクケキぢやのアタ阿呆らしい、何を吐すのぢやい……白髪を蓬々と生やしよつた大の男が見つともない、桶伏山の上へあがつて、イロハからの勉強ぢやと云ひよつてな、……小学校の生徒が笑うて居るのも知らぬのか、…良い腰抜だなア、それよりも天地根本の大先祖の因縁を知らずに神の教が樹つものか、三五教の様な阿呆ばつかりなら宜いが、世の中には三人や五人、目の開いた人間も無いとは謂はれぬ。其時に、昔の昔のサル昔からの因縁を知らずに、どうして教が出来るか、馬鹿も良い加減にしといたが宜からう。鎮魂ぢや、暗魂ぢやとか云ひよつて、糞詰りが雪隠へでも行つた様に、ウンウンと汗をかきよつて、何のザマぢやい、尻の穴が詰つて穴無い教と云ふのか、阿呆らしい、進むばつかりの行方で、尻の締りの出来ぬ素盞嗚尊の紊れた教、何が夫程有難いのぢや、勿体ないのぢや、サア鎮魂とやらをかけるのなら、懸けて見い、……ソンナ糞垂腰で鎮魂が掛つてたまるかイ。グヅグヅすると、妾の方から、暗魂をかけてやらうか』 加米彦『ヤア時刻が移る、婆アさま、又ゆつくりと、後日お目にかかりませう』 黒姫『後日お目にかからうと云つたつて、一寸先は闇の夜ぢや。逢うた時に笠脱げと云ふぢやないか、此笠松の下でスツクリと改心して、宣伝使の笠を脱ぎ、蓑を除り、ウラナイ教に改悪しなさい。一時も早う慢心をせぬと、大峠が出て来た時に助けて貰へぬぞや』 加米彦『アハヽヽヽ、オイ婆アさま、お前さま本気で言つてるのかい、お前の言ふ事は支離滅裂、雲煙模糊、捕捉す可らずだがナア』 黒姫『定つた事だイ、広大無辺の大神の生宮、竜宮の乙姫さまのお宿ぢや、捕捉す可らざるは竜神の本体ぢや、お前達の様な凡夫が、竜宮の乙姫の尻尾でも捉へようと思ふのが誤りぢや、ギヤツハヽヽヽ』 音彦『アヽ是れは是れは、加米彦さま、久し振ぢやつたナア』 加米彦『ヤア聞覚えのある声だが、……その顔はナンダ、真黒けぢやないか、炭焼の爺かと思つて居た、……一体お前は誰だ』 音彦『音彦だよ、北山村より此婆アの後に従いて、ドンナ事をしよるかと思つて、ウラナイ教に化け込み伴いて来たのだ。イヤモウ言語道断、表は立派で、中へ這入ると、シヤツチもないものだ、伏見人形の様に、表ばつかり飾り立てよつて、裏へ這入ればサツパリぢや。腹の中はガラガラぢや。ウラナイ教は侮る可らざる強敵と思つて今日迄細心の注意を怠らなかつたが、噂の様にない微弱なものぢや、何程高姫や、黒姫が車輪になつても、最早前途は見えて居る。吾々もモウ安心だ。到底歯牙に掛くるに足らない教理だから、わしもお前の後に伴いて、今より三五教の宣伝使と公然名乗つて行く事にしよう。此婆アさまは、如何しても駄目だ。改心の望みが付かぬ、縁なき衆生は済度し難し、……エー可憐相乍ら、見殺しかいなア』 黒姫『アーア音彦も可憐相なものだナア。如何ぞして誠の事を聞かしてやらうと思ふのに、魂が痺れ切つて居るから、食塩注射位では効験がない哩、アーア気の毒ぢや、いぢらしい者ぢや……それに付けても青彦の奴、可憐相で堪らぬ。……コラコラ青彦モ一遍、直日に見直し聞直し、胸に手を当てて能う省みて、ウラナイ教に救はれると云ふ気はないか。此婆はお前の行先が案じられてならぬワイ』 青彦『アーア、黒姫婆アさま、お前の御親切は有難い、併し乍ら、個人としては其親切を力一杯感謝する、が、主義主張に於ては、全然反対ぢや、人情を以て真理を曲げる事は出来ぬ、真理は鉄の棒の如きもの、曲げたり、ゆがめたり、折つたりは出来ない、公私の区別は明かにせなくては、信仰の真諦を誤るからナア、……左様なら…御ゆるりと御休みなされませ、私は是れから、悦子姫様のお後を慕ひ、一行花々しく、悪魔の征討に向ひます。ウラナイ教が何程、シヤチになつても、釣鐘に蚊が襲撃する様なものだ。三五教は穴が無いから大丈夫だ。水も洩らさぬ神の教、御縁が有つたら又お目に掛りませう』 黒姫『アーア、縁なき衆生は度し難しか、……エー仕方がないワイ………ウラナイ教大明神、叶はぬから霊幸倍坐世、叶はぬから霊幸倍坐世、……ポンポン』 魔窟ケ原の黒姫が伏屋の軒に暇乞ひ 日は西山に傾いて附近を陰に包めども 四方の景色は悦子姫松吹く風の音彦や 秋山彦の門番と身をやつしたる加米彦が 顔の色さへ青彦を伴なひ進む九十九折 鬼の棲処と聞えたる大江の本城左手に眺め 鬼彦、鬼虎、岩、市、勘公引連れてさしも嶮しき坂路を 喘ぎ喘ぎて登り行く地は一面の銀世界 脛を没する雪路を転けつ転びつ汗水を 垂らして進む岩戸口折柄吹き来る雪しばき 面を向くべき由もなく笠を翳して下り行く 夜の帳はおろされて遠音に響く波の音 松の響も成相の空吹き渡る天の原 天の橋立下に見て雪路渉る一行は 勇気日頃に百倍し気焔万丈止め度なく 文珠の切戸に着きにけり。 青彦『アーア、日も暮れたし、前途遼遠、足も良い程疲労れました。アヽ文珠堂の中へ這入つて一夜を凌ぎ、団子でも噛つて休息致しませうか』 悦子姫『何れもさま方、随分御疲労でせう。青彦さまの仰有る通り、あのお堂の中で、兎も角休息致しませうか』 一同此言葉に『オウ』と答へて、急ぎ文珠堂に向つて駆けり行く。 鬼虎『ヤア此処へ来ると、何時やらの事を連想するワイ、恰度今夜の様な晩ぢやつた。此様に雪は積つて居らぬので、あたりは真暗がり、鬼雲彦の大将の命令に依つて、あの竜灯松の麓へ、悦子姫さま達を召捕に行つた時の事を思へば、全然夢のやうだ。昨日の敵は今日の味方、天が下に敵と云ふ者は無きものぞと、三五教の御教、つくづくと偲ばれます。其時に悦子姫さまに霊縛をかけられた時は、どうせうかと思つた。本当に貴女も随分悪戯好の方でしたなア』 悦子姫『ホヽヽヽヽ』 鬼彦『オイオイ鬼虎、貴様はお二人の中央にドツカリ坐りよつて、良い気になつて居たのだらう』 鬼虎『馬鹿言へ、何が何だか、柔かいものの上に、ぶつ倒れて、気分が悪いの、悪くないのつて、何分正体が分らぬものだから、ホーズの化物が出たかと思つて気が気ぢやなかつたよ、それに就けても、生者必滅会者定離、栄枯盛衰、有為転変の世の中無常迅速の感愈深しだ。飛ぶ鳥も落す勢の鬼雲彦の御大将は、鬼武彦の為に伊吹山に遁走し、吾々は四天王と呼ばれ、随分羽振を利かした者だが、変れば替はる世の中だ。あの時の事を思へば、長者と乞食程の懸隔がある。三五教の宣伝使の卵になつて悦子姫さまのお供と迄、成り下つたのか、成上がつたのか知らぬが、モ一度、あの時の四天王振が発揮したい様な気もせぬ事はない。アーア誠の道は結構なものの、辛いものだ。 あひ見ての後の心に比ぶれば昔は物を思はざりけり だ。善悪正邪の区別も知らず、天下を吾物顔に、利己主義の自由行動を採つた時の方が、何程愉快だつたか知れやしない、吁、併し乍ら人間は天地の神を畏れねばならぬ、今の苦労は末の為だ。アーアコンナ世迷言はヨウマイヨウマイ。神直日大直日に……神様、見直し聞直して下さい。私は今日限り、今迄の繰言を宣り直します。アヽ、惟神霊幸倍坐世』 青彦『因縁と云ふものは妙なものですな、同じ此竜灯の松の下蔭に於て、捉へようとした宣伝使を師匠と仰いで、お伴をなさるのは、反対に悦子姫様の擒となつた様なものだ。アハヽヽヽ、吾々も全く三五教の捕虜になつて了つた。それに就けても、執拗なのは黒姫ぢや、何故あれ程頑固なか知らぬ、どうしても彼奴ア改心が出来ぬと見えますなア』 音彦『到底駄目でせう。私もフサの国の北山のウラナイ教の本山へ、信者となり化け込みて、内の様子を探つて見れば、何れも此れも盲と聾ばつかり、桶屋さまぢやないが、輪変吾善と思つてる奴ばつかり、中にも蠑螈別だの、魔我彦だのと云ふ奴は、素的に頑固な分らぬ屋だ。高姫黒姫と来たら、酢でも蒟蒻でもいく奴ぢやない。どうかして帰順さしたいと思ひ、千辛万苦の結果、黒姫の荷持役とまで漕ぎつけ、遥々と自転倒島まで従いて来て、折に触れ物に接し、チヨイチヨイと注意を与へたが、元来が精神上の盲聾だから、如何ともする事が出来ない。私も加米彦さまに会うたのを限として、此処迄来たのだが、随分ウラナイ教は頑固者の寄合ですよ』 加米彦『フサの国で、あなたが宣伝をして居られた時、酒を飲むな酒を飲むなと厳しい御説教、私はムカついて、お前サンの横面を、七つ八つ擲つた。其時にお前サンは、痛さを堪へて、ニコニコと笑ひ、禁酒の宣伝歌を謡うて御座つた、その熱心に感じ、三五教を信じて、村中に弘めて居つた処、バラモン教の捕手の奴等に嗅付けられ、可愛い妻子を捨てて、夜昼なしに、トントントンと東を指して駆出し、月の国まで来て見れば、此処にもバラモン教の勢力盛ンにして、居る事が出来ず、西蔵を越え、蒙古に渡り、天の真名井を横断つて暴風に遭ひ、船は沈み、底の藻屑となつたと思ひきや、気が附けば由良の湊に真裸の儘横たはり、火を焚いて焙られて居た。「アーア世界に鬼は無い、何処の何方か知りませぬが、生命を御助け下さいまして有難う」と御礼を申し見れば秋山彦の御大将、生命を拾つて貰うた恩返しに、門番となり、馬鹿に成りすまし勤めて来たが、人間の身は変れば替はるものぢや、世界は広い様なものの狭いものぢや。フサの国で、あなたを虐待した私が、又あの様な破れ小屋でお目にかからうとは神ならぬ身の計り知られぬ人の運命だ…………アヽ惟神霊幸倍坐世、三五教の大神様有難う御座います、川の流れと人の行末、何事も皆貴神の御自由で御座います。どうぞ前途幸福に、無事神業に参加出来まする様、特別の御恩寵を垂れさせ給はむ事を偏に希ひ上げ奉ります』 悦子姫『サアサア皆さま、天津祝詞を奏上致しませう』 一同は『オウ』と答へ、声も涼しく奏上し終る。 悦子姫『サア皆さま、坊主は経が大事、吾々は又明日が大切だ。ゆつくりとお休みなされませ。妾は皆さまの安眠を守る為、今晩は不寝番を勤めませう』 鬼虎『ヤア滅相な、あなたは吾々一同の為には御大将だ。不寝番は此鬼虎が仕りませう。どうぞお休み下さいませ』 悦子姫『さうかナ、鬼虎さまに今晩は御苦労にならうか』 と蓑を纒うた儘、静かに横たはる。一同は思ひ思ひに横になり、忽ち鼾声雷の如く四辺の空気を動揺させつつ、華胥の国に入る。鬼虎は不寝番の退屈紛れに雪路をノソノソと歩き出し、何時の間にやら、竜灯の松の根元に着き、ふつと気が付き、 鬼虎『あゝ此処だ此処だ、悦子姫に霊縛をかけられた古戦場だ。折から火光天を焦して竜灯の松を目蒐けて、ブーンブーンと唸りを立てて遣つて来た時の凄じさ、今思つても竦然とするワイ。あれは一体何の火だらう。人の能く言ふ鬼火では有るまいか。鬼虎が居ると思つて、鬼火の奴、握手でもせうと思ひよつたのかナア。霊魂もお肉体もあの時はビリビリのブルブルぢやつた。どうやら空の様子が可笑しいぞ、真黒けの鬼が東北の天に渦巻き始めた。今度こそ遣つて来よつた位なら、一つ奮戦激闘、正体を見届けてやらねばなるまい。是れが宣伝使の肝試しだ。オーイ、オイ、鬼火の奴、鬼虎さまの御出張だ、三五教の俄宣伝使鬼虎の命此処に在り、得体の知れぬ火玉となつて現はれ来る鬼火の命に対面せむ』 とお山の大将俺一人気取になつて、雪の中に呶鳴つて居る。忽ち一道の火光、天の一方に閃き始めた。 鬼虎『ヤア天晴々々、噂をすれば影とやら、呼ぶより譏れとは此事だ。鬼虎の言霊は、マアざつと斯くの通りぢや。一声風雲を捲き起し、一音天火を喚起す。斯うなつては天晴れ一人前のネツトプライス、チヤキチヤキの宣伝使ぢや、イザ来い来れ、天火命、此鬼虎が獅子奮迅の活動振り……イヤサ厳の雄猛び踏み健び御覧に入れむ』 言下に東北の天に現はれたる火光は、巨大なる火団となりて、中空を掠め、四辺を照し、竜灯の松目蒐けて下り来る。 鬼虎『ヨウ大分に張込みよつたな、此間の奴の事思へば、余程ネオ的だとみえる。容積に於て、光沢に於て天下一品だ……否天上一品だ。サア是れから腹帯でもシツカリ締て、捻鉢巻でも致さうかい、腹の帯が緩むとまさかの時に忍耐れぬぞよと、三五教の神様が仰有つた。サアサア鬼虎さまの肝玉が大きいか、天火の命の火の玉が大きいか、大きさ比べぢや』 火団は竜灯の松を中心に、円を描き、地上五六尺の所まで下り来り、ブーンブーンと唸りを立て、ジヤイロコンパスの様に、急速度を以てクルクルと回転し居たり。 鬼虎『ヤイヤイ火の玉、何時までも宙にぶら下がつて居るのは、チツト、ノンセンスだないか、良い加減に正体を現はし、此方さまと握手をしたらどうだい。お前は天の鬼火命、俺は地の鬼虎命だ、天地合体和合一致して、神業に参加せうではないか。是れからは火の出の守護になるのだから、貴様のやうな奴は時代に匹敵した代物だ……イヤ無くて叶はぬ人物だ。サアサア早く、天と地との障壁を打破して、開放的にならぬかい。お前と俺と互にハーモニーすれば、ドンナ事でも天下に成らざるなしだ』 火団は忽ち掻き消す如く、姿を隠しけるが、鬼虎の前に忽然として現はれた白面白衣のうら若き美女、紅の唇を開き、 女『ホヽヽヽヽ、お前は鬼虎さまか、ようマア無事で居て下さつたナア』 鬼虎『何ぢやア、見た事も無い、雪ン婆アの様な真白けの美人に化けよつて、雪に白鷺が下りた様に、白い処へ白い者、一寸見当の取れぬ代物だナア。俺を知つて居るとは一体どうした訳だ、俺は生れてから、お前の様な美人に会つた事は一度も無い、何時見て居つたのだ』 女『ホヽヽヽヽ、モウ忘れなさつたのかいなア、覚えの悪い此方の人、お前は今から五十六億七千万年のツイ昔、妾が文珠菩薩と現はれて、此切戸に些やかな家を作り、一人住居をして居つた所へ、年も二八の優姿、在原の業平朝臣の様な、綺麗な顔をして烏帽子直垂で、此処を御通り遊ばしただらう。其時に妾は物書きをして居つたが、何だか香ばしき匂ひがすると思つて、窓から覗けば、絵にある様な殿御のお姿、ホヽヽヽヽおお恥し……其一刹那に互に見合す顔と顔、お前の涼しい……彼の時の眼、何百年経つても忘られようか、妾が目の電波は直射的にお前の目に送られた。お前も亦「オウ」とも何とも言はずに、電波を返した……。あの時のローマンスをモウお前は忘れたのかいなア。エーエ変はり易きは殿御の心、桜の花ぢやないが、最早お前の心の枝から、花は嵐に打たれて散つたのかい……、アーア残念や、口惜しや、男心と秋の空、妾は神や仏に心願掛けて、やつと思ひの叶うた時は、時ならぬ顔に紅葉を散らした哩なア、オホヽヽヽ、恥しやなア』 鬼虎『さう言へば、ソンナ気もせぬでも無いやうだ。何分色男に生れたものだから、お門が広いので、スツカリ心の中からお前の記憶を磨滅して居たのだ。必ず必ず気強い男と恨めて呉れな。是れでも血も有り、涙も有る。物の哀れは百も承知、千も合点だ。サア是れから互に手に手を取かはし、死なば諸共、三途の川や死出の山、蓮の台に一蓮托生、弥勒の代までも楽みませう』 女『ホヽヽヽ、好かぬたらしいお方、誰がオ前の様な山葵卸の様な剽男野郎に心中立するものかいナ。妾は今其処に、天から下りて御座つた日の出神様にお話をしとるのだよ。良い気になつて、お前が話の横取りをして、色男気取りになつて……可笑しいワ、ホヽヽヽ』 鬼虎『エーツ何の事だ。人を馬鹿にしよるな、まるで夢のやうな話だワイ』 女『ホヽヽヽ、夢になりとも会ひたいと云ふぢやないか。妾の様な女神を掴まへて、スヰートハートせうとは、身分不相応ですよ。馬は馬連れ、牛は牛連れ、烏の女房はヤツパリ烏ぢや。此雪の降つた白い世界に烏の下りたよな黒い男を、誰がラブする物好があるものか。自惚も程々になさいませ。オツホヽヽヽ、おかしいワ……』 鬼虎『エー馬鹿にするな、俺を何と思つて居る。大江山の鬼雲彦が四天王と呼ばれたる、剛力無双のジヤンヂヤチツクのジヤンジヤ馬、鬼虎さまとは俺の事だよ。繊弱き女の分際として、暴言を吐くにも程が有る。サアもう量見ならぬ。この蠑螺の壺焼を喰つて斃ばれ』 と力限りに、ウンと斗り擲り付けたり。 悦子姫『アイタタタ…誰だイ、人が休眠みてるのに、……力一杯頭を擲ぐるとはあまりぢやありませぬか』 鬼虎『ヤア、済みませぬ。悦子姫さまで御座いましたか。ツイ別嬪に翫弄にしられた夢を見まして、力一杯擲つたと思へば、貴女で御座いましたか。ヤア誠に済まぬ事を致しました。真平御免下さいませ。決して決して、悪気でやつたのぢや御座いませぬ』 悦子姫『ホヽヽヽ、三五教に這入つても、ヤツパリ美人の事は忘れられませぬなア』 鬼虎『ヤアもう申訳も御座いませぬ。世の中に女がなくては、人間の種が絶えまする。日の出神も素盞嗚尊も、世界の英雄豪傑は、みな女から生れたのです。 故郷の穴太の少し上小口ただぼうぼうと生えし叢 とか申しまして、女位、夢に見ても気分の良い者は有りませぬワ、アハヽヽヽ』 鬼彦『ナヽ何ンぢや、夜の夜中に大きな声で笑ひよつて、良い加減に寝ぬかイ。明日が大事ぢやぞ。貴様は、……今晩私が不寝番を致します……なぞと、怪体な事をぬかすと思つて居たが、悦子姫さまの綺麗な顔を、穴の開く程覗いて居よつただらう。デレ助だなア』 鬼虎『馬鹿を言ふない。俺は職務忠実に勤める積りで居つたのに、何時の間にか、ウトウト睡魔に襲はれ、竜灯松の下へ行つて別嬪に逢うた夢を見て居つたのぢや。聖人君子でなくてはアンナ愉快な夢は見られないぞ。貴様のやうな身魂の曇つた人間は、到底アンナ夢は末代に一度だつて見られるものかい』 鬼彦『アツハヽヽヽ、その後を聞かして貰はうかい。他人の恋女に岡惚しよつて、色男気取りになつて、肱鉄を喰つた夢を見よつたのだらう。大抵ソンナものだよ、アハヽヽヽ。早く寝ぬかい、夜が明けたら又、テクつかねばならぬぞ』 此の時天の一方より、今度は真正の火団閃くよと見る間に、竜灯松を目蒐けて、唸りを立て矢を射る如く降り来り、一同の前にズドンと大音響を発し、爆発したり。火光はたちまち、花火の如く四方に散乱し、数百千の小さき火球となつて、地上二三丈許りの所を、青、赤、白、紫、各種の色に変じ、蚋の餅搗する如くに浮動飛散し始めたる。其壮観に一同魂を抜かして見惚れ居る。吁、此火光は何神の変化なりしか。 (大正一一・四・一六旧三・二〇松村真澄録)
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霊界物語 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 21 御礼参詣 第二一章御礼参詣〔六一一〕 天にも地にもかけ替なき一人の娘を拐され、爺と婆との二人暮し此世を果敢なみ詛ひつつ、不平たらだら世を送る渋面造りの平助は、思いもよらぬ孫娘のお節がゆくりなく帰り来りしに歓び驚き、手の舞ひ足の踏む処を知らず、音沙汰無かりし娘の便り、姿は見せぬ臭い婆アさまのお楢と共に屈める腰をヘコヘコと揺りて飛立つ可笑しさよ。 平助『これこれ、お節、お前は今まで何処に如何して居つたのだ、明けても暮れても婆と二人、お前の事ばつかり、噂をして泣いて居りました。能う、まア戻つて下さつた、もう之で此平助も、何時国替しても心の残る事はない、さアさ、一寸様子を聞かして呉れ』 お節『ハイハイ』 と嬉し涙に声も得立てず、僅に、 お節『妾は比治山の奥の岩窟に押し込められて居りました。其処へ神さまの様なお方が現はれて妾を救つて下さいました、今門口まで親切に送り届けて下さりました。何卒、お爺さま、お婆アさま宜しう御礼を申して下さい』 平助『ナヽヽ何と言ふ、お前を助けたお方が門に御座るのか、これや斯うしては居られぬ、一言お礼を申さねば済むまい、これこれ婆、お前もお礼を申さぬか』 婆アは莞爾々々し乍ら耳が聞えぬので、 お楢『爺さま、結構ぢやな、早う神さまに御礼を申しませう』 平助『神さまも神さまだが愚図々々して居ると、助けて下さつたお方が帰られるかも知れぬ』 とカンテラを点け門口に立出で、 平助『誰方か知りませぬが、娘を助けて下さつて有難う御座います、御覧の通り矮き荒屋で御座いますがお這入り下さいませ、外は此通り雪が溜つて居ます、嘸お寒い事でせう、庭で火でも焚きますから』 悦子姫『ア、貴方がお節殿のお爺さまでござりますか』 平助『へいへい、平助と言ふ爺で御座います、若夫婦には先立たれ、たつた一人の孫を娘として育て上げ、引き伸ばす様に思うて居りましたのに去年の冬、大江山の鬼雲彦の手下の悪者、鬼彦、鬼虎と言ふそれはそれは意地癖の悪い悪人に大切の娘を攫はれ、寝ても起きてもそればつかりを苦に病みて泣いて暮して居りました。婆も私もそれが為めに二十年程も生命が縮みました、お蔭さまでその孫娘に会はれまするのも全く貴方様のお蔭、何卒這入つて悠りとお休み下さいませ、婆も御礼を申し上げ度いと申して居ますから』 悦子姫『アヽ御親切は有難う御座いまするが、妾は少しく神界の御用が差し迫つて居りますれば之にて御免を蒙ります、就ては妾より貴方に強つての御願ひが御座います。聞いて下さいますまいか』 平助『生命の親の貴方様、何なつと仰有つて下さいませ、爺の身に叶ふ事なら生命でも差し上げます』 悦子姫『早速の御承知、有難う御座います、此処に居ります者は妾の道連れ、四五人の者を何卒今晩丈け庭の隅でも宜いから泊めてやつて下さいませぬか』 平助『へいへい承知致しました、百人でも千人でも泊つて下さい』 悦子姫『百人も泊る処はありますまい、只五六人泊めて貰へば宜しいのです』 平助『之は失礼致しまして、あまり嬉しうて爺も脱線を致しました、サアサ皆さま御遠慮なくお這入り下さい、然し乍ら無茶苦茶に這入つて貰うと、大江山の鬼除けの陥穽が御座いますから私の後に跟いてお通り下さい』 と先に立つ。 悦子姫『左様なら、お節殿に宜しく言つて下さい、御縁があれば又お目にかかります。音彦さま、加米公さま、貴方は今晩お疲労で御座いませうが妾に跟いて来て下さい。少しく御相談し度い事が御座いますから』 音彦、加米公『委細承知仕りました、仰せに従ひお伴致します』 悦子姫は二人を伴ひ急いで此場を立ち去りぬ。岩公、鬼彦、鬼虎、勘、櫟の五人[※青彦も一行の中に居たはずだが名前が無い。第17巻第4章の章末に「平助の門口にて別れたる音彦、青彦、加米彦は」と書いてあるので、ここで青彦も悦子姫と一緒に去ったようである。]は這入りも得せず門口に立つてうろうろして居る。 平助『サアサア皆さま、此処を通つてズツとお這入り下さい』 岩公、勘、櫟の三人は平助に跟いて奥に入る。 お楢『これはこれは皆さま、寒いのに能うまア娘を送つて来て下さつた、何卒今晩は悠り泊つて下さい』 岩公『へい、如何致しまして、お節さまの御存じの通り私は悦子姫様の家来で御座います、お礼を言つて貰うと却て困ります、何卒今晩丈け泊めて下さらば有難う御座います。ヤア鬼彦、鬼虎の奴、這入つて来ぬかい、何愚図々々して居るのだ』 平助『ヤアお前は大江山の鬼雲彦の同類ぢやな、鬼彦や鬼虎が這入つて来て堪るものかい、折角だが帰りて呉れ帰りて呉れ』 岩公『モシモシお爺さま、其鬼彦と鬼虎と云ふ奴は、お節さまを助けた悦子姫さまの家来だよ、二人の奴、到頭悪を後悔しよつて悦子姫さまの家来となり、お節さまの所在を知らせたものだから娘が助かつたのだよ。今迄の怨恨は水に流し悦子姫さまに免じて泊めてやつて下さいナ』 平助『何と言つてもお前さま達三人は泊めるが二人の餓鬼は泊められませぬ、這入り度ければ勝手に這入つて来たが宜い、勝手を知らずに陥穽にはまるだらう』 岩公『これはしたり、お爺さま、年が老つても敵愾心の強い人だな、今迄の事は水に流すのだよ』 平助『水に流せと言つたつて、此怨恨が流されやうか、俺の身にも、チツトは成つて呉れたが宜い哩』 勘公『それやさうぢや、尤もぢや。お爺さまの仰有る通り、拙者の聞く通りぢや、ナア櫟公』 櫟公『オヽ、さうともさうとも、誰だつて可愛い娘を仮令一年でも苦しめられた親の身として誰だつて黙つて居れようかい、爺さまの仰有るのは至極尤もだ。鬼彦、鬼虎の奴、因縁が報うて来たのだから仕方が無い、今晩は外で立番でもするのが却て今迄の罪亡ぼしになつて良いかも知れぬ』 平助『アヽお前さま等三人のお方、能う言つて下さつた、此爺も大変気に入つた、サアサ泊つて下さい、誰が何と言つても二人の餓鬼は泊める事は出来ませぬ哩』 家の外にて、 鬼彦『おい兄弟何程泊めてやると言つても、如何もてれ臭くて這入れぬぢやないか』 鬼虎『さうだ、昔の因果が廻つて来て心の鬼に身を責められ、暢気に泊めて貰ふ訳にも往かず、大きな顔をして爺さまや婆アさまに会ふ訳にも往かず、エー仕方がない、音彦さま加米公さまでさへも此雪道を歩いて行かれた位だもの、無理に行つたら行けぬ事はない、此処ばかりが家ぢやない哩、三人の奴は此処で悠り泊めて貰ふ事にし、俺達二人はも少してくる事に仕様かい』 鬼彦『アヽ、それが上分別だ、オイ岩公、勘公、櫟公、俺は一足先へ行つて比治山の麓で待つて居るから、夜が明けたら貴様等三人は出て来い、左様なら、お先へ御免だ、貴様等はお節さまの顔でも見て涎でもくるが宜い哩』 と捨台詞を残し、すたすたと此場を後に比治山の方面指して走り行く。 平助『サア三人さま、奥に炬燵がしてある、寒からうからお這入りなさい、俺は今晩はあまり嬉しうて寝られぬから、娘と久し振りに三人が話をするから、茶漬なつと食つて早くお寝み下さい、又明日は祝ひに御馳走をして上げます』 岩公『これはこれはお爺さま、お婆アさま、奇麗な娘さま有難う御座います、ソンナラお先へ御免を蒙ります、お弁当は沢山持つて居ますから御心配下さいますな、今道々握り飯を頬張つて来ましたので余り腹は減つて居りませぬ、寝まして貰へば結構です』 お節『サアサ皆さま、お寝み下さいませ、妾が御案内致しませう』 と次の室へ案内する。 岩公『アヽ有難い、勘公、櫟公、世界に鬼は無いなア、マア悠り寝まして貰はうかい』 勘公『何だか目がパチパチして寝られないワ』 岩公『寝られなくても、此暖かい炬燵へ這入つて、明日の朝迄ゆつくり休息すれば宜いのだ』 次の室には三人の家内ひそびそと何か話して居る。 平助『マア何とした嬉しい事だらう、ナアお楢、之でもう俺は死ンでも得心だよ』 お楢『親爺どの、それや何を言はつしやるのだい、二つ目には死ぬ死ぬつて、ソンナ縁起の悪い事を言ふものぢやない、娘が戻つた嬉しさに元気を出して、之から気を若う持ち千年も万年も生延びると言ふ気になりなさらぬかいな』 平助『オーお楢、お前は耳がよう聞える様になつたぢやないか、此奴は不思議だ、如何したものだ、殺されたと思ふ娘は帰るし、一生聾耳ぢやと諦めて居た婆の耳は聞え出す、アヽコンナ有難い事があらうか、之と言ふも全く真名井ケ原に今度現はれ給うた豊国姫の神様の御利益だ、ちつと雪が溶けたら親子三人お礼詣りに行かうかい』 お楢『行かうとも行かうとも、道があかいでも今晩でも直に行きたいのだが、三人のお客さまが居らつしやるのだから、今晩夜が明けたら三人のお客さまと一緒に非が邪でも詣りませう、ナアお節、さう仕様ぢやないか』 お節『はいはい妾が案内致しますから御礼参詣をして下さい、然し明日のお客さまの御馳走を考へて置かねばなりますまい、ナアお爺さま』 平助『オヽ、さうだつたな、何の御馳走をして上げようか、砂混ぜの御飯をして上げようか、栗石の混ぜ御飯にして上げようか、どちらが宜からうか、ナアお楢』 お楢『娘が無事に帰つて呉れたのだから祝ひがてら御馳走を半殺しにしませうか、一層の事皆殺しにして上げようかナア』 お節『皆殺しにするのは大層だから一層の事お爺さま、半殺しが宜しからうぜ』 平助『アヽ、さうじや、半殺しが手間が要らぬで宜いワ、それでは半殺しに定めようか、サア之からそろそろ婆アさま、用意に掛らうかな』 隣の室に寝て居る岩公は真青の顔をして小声になり、 岩公『オイ、勘公、櫟公、あれ聞いたか』 勘公、櫟公『オ、聞いた、何と恐ろしい家ぢやないか、砂を混ぜて御飯に食はさうとか、栗石を入れて御馳走にしようとか、偉い事を言ひよつたぢやないか、一体如何なるのだらう』 岩公『ソンナへどろい事かい、今三人がひそびそ話をしてるのを聞いて見れば半殺しにしようか、皆殺しにしようかと言うて居つたぢやないか、コンナ処に愚図々々して居ると生命がないぞ、何とかして逃げ出す工夫はあるまいか、門口には陥穽を掘つて居よるし裏は絶壁だし進退維谷るとは此処の事だ、エ、仕方が無い、逃出そかい、爺の歩きよつた処を覚えて居るから其処へ添つて通れば宜い、皆の奴、用意をせい、勘、櫟、皆来た、三十六計の奥の手だ』 と起き上りそろりそろりとカンテラの火影を忍びて庭の面を這ひ出したり。平助はフツと庭を見る途端に黒い者がのさのさ這うて居る。 平助『ヤイ、何者ぢや、盗人か』 岩公『ハイ、盗人でも何でも御座いませぬ、夜前の三人の客で御座います』 平助『お前さまは寝惚けたのかい、そこは庭ぢやぜ、さあさ早くお炬燵へ這入つて寝みなさい』 岩公『こら、やいやい、鬼爺、鬼婆、鬼娘、貴様の計略はチヤンと知つて居るのだ、貴様の様な鬼は飯に砂を入れたり、栗石を入れて喰ふか知らぬが、人間様は砂や栗石は食らないぞ、お前、半殺しにしようとか、皆殺しにしようとか、それや何事だ、老耄爺奴が』 平助『ハヽヽヽ、ア、お前さまは聞き違ひしたのか、砂混ぜの御飯と言ふのはお米と栗との御飯ぢや、栗石を混ぜると言ふのはお米と麦との混ぜ御飯ぢやわいナ』 岩公『それでも貴様、半殺しにするの、皆殺しにするのと言つたぢやないか』 平助『ハヽヽヽ、半殺しと言つたら牡丹餅の事ぢや、皆殺しと言つたら搗いて搗いて搗ききつた餅の事だ、心配しなさるな』 岩公『何だ、ソンナ事だつたかい、いや、これやお爺さまの折角の思召、半殺しでも皆殺しでも結構です、どしどし拵へて下さい。おい、櫟、勘、心配するな、牡丹餅に餡転餅の御馳走の事だつたよ、アハヽヽヽ』 櫟、勘『ア、それで安心した、何れ丈け胆を潰したか知れたものぢやない、団子も餅も食れぬ先に胸元に三つ四つ餡転餅の固まりが出来よつたワ、アハヽヽヽ』 お楢『サアサ皆様、御心配なしに御寝み下さい、妾は之から皆殺しを拵へます』 岩彦『何分宜しう御頼み申します、同じ事なら半殺しと、皆殺しと両方頂き度いものですな』 お節『ホヽヽヽ』 三人はやつと安心の上、他愛もなく寝に就きける。ふと目を覚せば小鶏の声。 岩公『ヤア、グツと寝た間にもう夜明けだ。おい皆の奴、早う起きて御馳走を頂戴しようかい』 お節此場に現はれ、 お節『サアサ皆さま、御手洗をお使ひ遊ばせ、半殺しと皆殺しとが出来ましたから、どつさりお食り下さいませ。今日は真名井ケ原の豊国姫の神さまの出現場にお礼に詣りますから何卒一緒にお願申します』 岩彦外二人は『ハイ』と答へて跳起き、手洗をつかひ牡丹餅と餡転餅をウンと胃の腑に格納し、六人打連れ立つて真名井ケ原に宣伝歌を謡ひ乍ら進み行く。 (大正一一・四・一六旧三・二〇北村隆光録)
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霊界物語 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 04 羽化登仙 第四章羽化登仙〔六一五〕 名さへ恐ろしき魔の岩窟よりお節を救ひ出し、鬼彦一行五人は裸のまま、比治山颪に吹かれ、震ひ震ひ平助親子を先に立て、雪解の山坂を登り行く。 岩公『アヽ平助さま、お楢さま、年寄りの身で、此山坂をお上りになるのは、大抵の事ぢや有りますまい。お節さまも永い間、岩の中に押し込められ、足も弱つたでせう。どうぞ、吾々は若い者、あなた方を負はして下さいませぬかナア』 平助『イエイエ滅相な、ソンナ事をすると、参詣つたが参詣つたになりませぬ。人様のお世話になつて行く位なら、婆アと二人が炬燵の中から拝みて居りますわ』 岩公『これはしたり平助さま、それもさうだが、吾々を助けると思つて、負はれて下さい。実の事を云へば、赤裸で風に当られ、何程元気な私達でも、辛抱が出来ませぬ、負はして下さらば、体も暖くなり、又お前さま等も楽に参れると云ふものだ。此れが一挙両得、私も喜び、あなた方も楽に参れると云ふものぢや。神様は好んで苦労をせよとは仰有らぬ。チツとでも楽に信神が出来るのを、お喜びなさるのだから、どうぞ痩馬に乗ると思つて、私の背中にとまつて下さいな』 平助『お前の背中は宿屋ぢやあるまいし、………鳥かなぞの様にトマル事が出来るかい。あまり人を馬鹿にするものぢやない』 岩公『ヤア是れは是れは失言致しました。どうぞ三人さま共、御馬の御用を仰せ付け下さいますれば、有難う存じます』 平助『コレコレお楢、お節、大分キツイ坂ぢや。裸馬に乗ると思うて、乗つてやらうかい』 お楢『アハヽヽヽ、二本足の馬に乗るのはお爺サン、ちつと剣呑ぢやないかい』 平助『ナアニ、此奴ア六本足だ。本当の馬より大丈夫かも知れぬ』 岩公『おぢいさま、六本足とはソラどう言ふものだ。三人一緒に勘定しられては、チツと困るデ……』 平助『ナニお前、三人寄れば十八本だ。お前一人で六本ぢや。肉体の足が二本と、副守護神の四足と合はしたら、六本になるぢやないかい』 鬼彦『アハヽヽヽ、馬鹿にしよる。俺達を獣類扱にするのだなア』 平助『定まつた事だよ。狐とも、狸とも、鬼とも分らぬ代物だ。六本足と言うて貰うのはまだ結構ぢや』 鬼彦『エツ、寒いのに仕様もない事を言つて、冷かして呉れないツ………ナア鬼虎、寒いぢやないか』 鬼虎『ウン、大分に能く感じますなア、………もしもしおぢいさま、お婆アさま、どうぞ吾々を助けると思うて、背中に乗つて下さい………アヽ寒いさむい、お助けだ』 平助『アヽそれならば、お楢や、お節、乗つてやらうかい。大分寒さうぢや。チツと汗を掻かしてやつたら、温もつてよからう。これも神様参りの善根ぢやと思うて、少々苦しいても辛抱してやらう。其代りにお前達、落す事はならぬぞ、落したが最後神罰が当るから、鄭重にお伴するが良いワ』 鬼彦、鬼虎『ヤア早速のお聞届け、鬼彦、鬼虎、身に取り、歓喜雀躍の至りで御座います』 平助『コレ、彦に、虎、誰がお前の様な、意地癖の悪いジヤジヤ馬に乗るものか、わしの乗るのは岩馬ぢや。婆アは勘馬の背中に、お節は櫟馬の背中に乗つて往くのだよ。大きに、御親切有難う』 鬼虎、鬼彦『どうしても吾々には、御思召が御座いませぬか』 平助『エー、何程金を呉れたつて、お前等の様な者に乗つて堪るかい。体が汚れますワイ。一寸の虫も五分の魂だ。酷い目に遇はされて、負うて貰つた位で、恨みを晴らす様な腰抜があつてたまるものか。何処までも、お前の御世話にやなりませぬワイナ』 鬼虎『アーア、執心の深いお老爺さまだ。併しこれも身から出た錆だ。………エー仕方がない、寒い寒い、体も何も氷結しさうだ。比治山峠に於て、首尾能く凍死するのかなア……オイ鬼彦、一つ……モウ仕方がないから、裸を幸ひ、相撲でも取つて、体でも温めやうぢやないか』 鬼彦『オウさうぢや。良い所へ気が付いた』 と二人は少し広い所に佇み、両方から力を籠めて、押合ひを始め出した。あまり力を入れすぎ、ヨロヨロと、鬼彦が蹌跟く途端に、二人は真裸の儘、雑木茂れる急坂をかすり乍ら、谷底へ落ち込みにける。平助は背中に負はれ乍ら、 平助『アーア罰は目の前じや。あまり悪党な事をすると、アンナものぢや。神様は正直ぢやなア。……オイ岩公、貴様も彼奴等の……もとは乾児ぢやつたらう。今日は俺のお蔭で温い目に会はして貰うて、さぞ満足ぢやらう。アハヽヽヽ』 岩公『コレコレぢいさま、お前さまも好い加減に打解けたらどうだイ。あれ丈鬼彦や、鬼虎の哥兄が改心して、一生懸命に謝罪つて居るのに、お前さまはどこまでも好い気になつて、苦めようとするのか……イヤ恥をかかすのか。斯うなると、此岩公も却て二人の方に同情したくなつて来た。エー平助ヂイ奴がツ……谷底へ放り込みてやらうか。好い気になりよつて、あまりだ。傲慢不遜な糞老爺奴が……』 平助『コラコラ岩公、滅多な事を致すまいぞ。コンナ所へ放られようものなら、それこそ一たまりもない、俺の生命は風前の灯火だ。気を附けて行かぬかい。……第一貴様の足は長短があつて、乗心地が悪い。其跛馬に乗つてやつて居るのに、何ぢや、其恩を忘れよつて、御託吐すと云ふ事が有るものか。グヅグヅ云うと、鬢の毛をひつぱつてやらうか』 岩公『アイタヽヽ、コラぢいさま、ソンナ所を引つ張られると、痛いワイ』 平助『痛い様に引つ張るのだ。サアしつかりと上らぬか、………モツとひつぱらうか』 岩公『オイ勘公、櫟公、どうぢや、大変都合が好い所が有る。三人一度に此処から転げたろか。あまり劫腹ぢやないか、此糞老爺奴、馬鹿にしやがる。裸一貫の荒男を掴まへて、爺、婆アや阿魔女に、コミワラれて堪まるものかい。此処まで、吾々も善を尽し、親切を尽して来たのだ。最早勘忍袋の緒が切れた。鬼彦、鬼虎の哥兄は今頃は谷底に落ちて、ドンナ目に遭つてるか知れやしないぞ。此奴等三人を一緒こたに谷底へ放り込んで、俺等も一緒に、哥兄と心中しやうぢやないか』 勘公『オウさうぢや、俺もモウむかついて来た。此坂を婆アを背中に乗せて、御苦労さまとも言うて貰はずに、恩に着せられ、おまけに悪口までつかれて堪つたものぢや無い、いつその事、一イ二ウ三ツでやつたろかい………アイタヽヽ……コラコラ婆アさま、酷い事をするない。鬢の毛を無茶苦茶にひつぱりよつて……』 お楢『曳かいでかい曳かいでかい、此馬は手綱が無いから、手綱の代りに、鬢なと引かねば、どうして馬が動くものか。シイ、シーツ……ドード……ハイハイ』 勘公『エーツ、怪体の悪い……愈四足扱ひにしられて了つた。……オイ櫟公、貴様はどうだ。一イ二ウ三ツで、谷底へゴロンとやらうぢやないか。貴様も賛成ぢやらう』 櫟公『どうしてどうして、是れが放されるものか。寒うて堪らない所を温かうして貰つて、汗の出るのも三人のお蔭だ。ソンナ事を言うと冥加に尽きるぞ。罰が当らうぞい……』 勘公『アヽ貴様はよつ程目カ一ヽヽの十ぢやな。お節の若い娘に跨つて貰ひ、気分が良からうが、俺は皺苦茶だらけの、骨の堅い婆アを背中に負うて、温い事も、なんにも有りやしないワ。喃、岩公……』 岩公『オウさうぢや、まだ貴様等は婆アでも女だから好いが、俺の身になつて見い、堅い堅いコンパスを、ニユウと前の方へ突出しよつて、前高の山路、歩けたものぢやないワ。エー、大分に体も温うなつた。……オイ老爺に、婆ア、モウ下りて貰ひませうかイ』 平助『アヽもう下して下さるか。それは有難い。酷い所はモウ済みたし、此からは平地なり、前下がり路だ。目を塞いどつても、モウ往ける……アー苦しい事ぢやつた。其代りお前達は又寒いぞ。昔の地金を出して、俺達の着物を追剥でもしやせぬかな』 岩公『アヽ老爺さま、情無い事を言つて呉れな。改心した以上は、塵片一本だつて、他人の物を盗る様な根性が出るものかいナ』 平助『それでもなア、婆ア、此奴等の改心と云ふものは、当にならぬものぢや。婆ア、しつかりして居れよ』 お楢『さうともさうとも、老爺さまお前も確りしなさい、コレコレお節や、お前も気を附けぬと云うと、何時追剥に早変りするかも知れたものぢやない。背に腹は替へられぬと云つて、年寄りや、女子を幸ひに、追剥をするかも分つたものぢやないワ』 此時、鬼虎、鬼彦は、谷の底からガサガサと這ひ上がり来たり、 岩公『ヤア彦に虎か、貴様は谷底で、今頃は五体ズタズタに破壊して了つたぢやらうと思うて居たのに、まだ死なずに帰つて来たか、マア結構々々、サア祝ひに此処で一服でもしやうかい』 鬼彦、鬼虎『一服も可いが、斯う風のある所では、寒うて休む気にもならぬ。体さへ動かして居れば暖かいから、ボツボツ行くことにしやうかい』 此時何処ともなく微妙の音楽聞え来たり。一行八人は思はず耳を倚て聞き入る。忽ち空中に声あり、 声『岩公、勘公、櫟公、真裸で嘸寒いであらう、今天より暖かき衣裳を与へてやらう。之を身に着けて、潔く真名井ケ原の奥に進むが宜からう』 鬼彦、鬼虎一度に、 鬼彦、鬼虎『モシモシ、空中の声の神様、吾々二人も真裸で御座います。どうぞお見落しなさらぬ様に……同じ事なら、モウ二人分与へて下さいませ』 空中の声『鬼虎、鬼彦の衣裳は、追つて詮議の上、………与へるとも、与へぬとも、決定せない。今暫く辛抱致すが良からう』 何処ともなく、立派なる宣伝使の服三着、此場に風に揺られて下り来り、三人の身体に惟神的に密着した。 岩公『ヤア有難い有難い、時節は待たねばならぬものぢや。……オイ勘に、櫟よ、立派な服ぢやないか。これさへ有れば、宙でも翔てる様になるだらう、天から降つた天の羽衣では有るまいかなア。……もしもし平助さま、お婆アさま、お節さま、偉う御心配をかけました。お蔭様で、此通り立派な天の羽衣を頂戴致しました』 平助『お前等は、悪人ぢや悪人ぢやと思うて居つたが、……ホンに立派な衣裳を神様から貰ひなさつた。モウこれから、決して決してお前さまに口応へは致さぬ。どうぞ赦して下され』 三人の着けたる装束は、見る見る羽衣の如くに変化し、岩、勘、櫟の顔は忽ち天女の姿となり、空中を前後左右に飛びまわり乍ら、真名井ケ原の奥を目蒐けて、悠々と翔り行く。鬼彦、鬼虎、平助、お楢、お節の五人は、此光景を打仰ぎ、呆然として控へ居る。暫くあつて、お節は声を揚げて泣き出したれば、平助、お楢は驚いて、 平助、お楢『コレヤコレヤお節、どうしたどうした、腹でも痛いのか。何を泣く……』 と左右より、老爺と婆アとは獅噛み付き、顔色変へて問ひかける。お節は涙を拭ひ乍ら、 お節『お祖父さま、お祖母さま、どうぞ改心して下さいませ。あの様な荒くれ男の岩さま、勘さま、櫟さまは大神様の御心に叶ひ、あの立派な平和の女神となつて、神様の御用にお立ちなさつた。妾は女の身であり乍ら、改心が足らぬと見えて、神様の御用に立てて下さらぬ。どうぞ、あなた二人は、今迄の執拗な心をサラリと払ひ捨て惟神の心になつて下さい。さうでなければ、妾は神様にお仕へする事が出来ませぬ』 と又もや『ワツ』と許りに泣き沈む。此時天上に声あり、 声『鬼彦、鬼虎、今天より下す羽衣を汝に与ふ。汝が改心の誠は、愈天に通じたり』 鬼彦、鬼虎は飛び立つ許り打喜び、両人大地に平伏し、 鬼彦、鬼虎『ハハア、ハツ』 と言つた限り、嬉し涙に掻き暮れて居る。二人は不図顔をあぐれば、えも謂はれぬ麗しき羽衣、地上一二尺離れた所に浮游して居る。手早く拾ひ上げむとする刹那、ピタリと二人の体に密着した。追々羽衣は拡大し、自然に身体は浮上り、二人は空中を前後左右に飛揚しながら、 鬼彦、鬼虎『平助さま、お楢さま、お節さま、左様ならお先へ参ります』 と空中を悠々として、真名井ケ岳の霊地に向つて翔り行く。後に三人は呆然として、此光景を物をも言はずに見詰め居たりけり。 平助『アーア人間と云ふ者は、訳の分らぬものぢやなア、俺の様な善人は、斯うして山の上で寒い風に曝され、娘は痩衰へ、親子三人やうやう此処まで出て来る事は来たが、五人の大江山の眷属共は又、どうしたものぢや。アンナ立派な衣裳を天から頂きよつて、羽化登仙、自由自在の身となりよつた。神様もあまりぢやあまりぢや、アンナ男が天人に成れるのなら、俺達親子三人も、立派な天人にして下さつたら良かりさうなものぢやないか。アーア此れもヤツパリ、身魂の因縁性来で、何時までも出世が出来ぬのかなア』 お楢『おやぢドン何事も神様の思召通りより行くものぢやない。人間の目から悪に見えても善の身魂もあり、人間が勝手に善ぢや善ぢやと思うて、自惚て居ると、何時の間にやら邪道に落ちて苦しむと云ふ事ぢや、去年お節を奪られてから、二人が泣きの涙に暮らしたのも、若い間から欲ばつかりして、金を蓄め、人を泣かして来た報いで、金はぼつたくられ、一年の間も泣いて暮したのぢや。今迄の事を、胸に手を当てて考へて見れば、人こそ、形の上で殺さぬが、藪医者の様に、無慈悲な事をして、何程人の心を殺して来たか、分つたものぢやない、おやぢどの、お前も若い中から、鬼の平助、渋柿の平助と言はれて来たのぢやから、コンナ憂目に遭うのは当然だよ。親の罰が子に報うて、可愛いお節が、一年が間、コンナ目に遭うたのぢや。誰を恨める事も無い。みな自分の罪障が報うて来たのじや、アンアンアン』 平助『俺が常平生、食ふ物も食はず、欲に金を蓄めたのも、みなお節が可愛いばつかりぢや、どうぞしてお節を一生楽に暮さしてやりたいと思うた為に、チツとは無慈悲な事も行つて来たが、それぢやと云うて、別に俺が美味い物一遍食つたのでもなし、身欲と云ふ事は一つもして居らぬぢやないか』 お楢『それでも、おやぢドン、ヤツパリ身欲になるのぢや。他人の子には辛く当り、団子一片与るでもなし、何も彼も、お節お節と、身贔屓ばつかりしとつて、天罰で一年の苦しみを受けたのぢや。そこで神様が此通り、善と悪との鑑を見せて下さつたのぢや。これから綺麗サツパリと心を容れ替へて下されや、婆アも唯今限り改心をする。親の甘茶が毒になつて、お節の体もあまり丈夫ではない。コンナ繊弱い体を此世に遺して、年取つて夫婦が幽界とやらへ行く時に、後に心が残る様な事では行く所へも行けない。今の間に改心し、お節の身体が丈夫になる様に、真名井の神様へ、心から誓ひをして来ませう』 と三人は、雪積む路をボツボツと、真名井ケ原の豊国姫命が出現場指して、杖を力に進み行く。 因に、鬼彦、鬼虎、其他三人の羽化登仙せしは、其実肉体にては、徹底的改心も出来ず、且又神業に参加する資格無ければ、神界の御慈悲に依り、国替(凍死)せしめ、天国に救ひ神業に参加せしめ給ひたるなり。五人の肉の宮は、神の御慈悲に依つて、平助親子の知らぬ間に、或土中へ深く埋められ、雪崩に圧せられ、鬼彦、鬼虎に救ひ出されたお節は、其実鬼武彦の眷属の白狐が所為なりき。又夜中お節を送つて来た悦子姫は其実は、白狐旭明神の化身なりき。お節を隠したる岩窟は、鬼彦、鬼虎の両人ならでは、救ひ出す事が出来なかつたのである。それは岩窟を開くに就て、一つの目標を知つて居る者は、此両人と鬼雲彦より外になかつたから、鬼武彦の計らひに依つて、此処まで両人を引寄せ、お節を救ひ出さしめ給うたのである。又途中に五人の男を裸にした娘のおコンは、白狐旭の眷属神の化身であつた。曩に文珠堂にて別れたる悦子姫、及び平助の門口にて別れたる音彦、青彦、加米彦は真名井ケ岳の聖地に既に到着し居たりしなり。 (大正一一・四・二一旧三・二五松村真澄録)