| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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霊界物語 | 52_卯_小北山の文助の改心物語 | 23 盲動 | 第二三章盲動〔一三五九〕 一しきり雨が降るかと思へば、又一しきり晴れわたる秋の時雨の季節を現はした八衢の関所に、文助はロハ台に腰打ちかけて、此関門を通る数多の精霊の審判を、胸を轟かせながら聞いてゐた。そこへやつて来たのは、顔に白粉をベツタリとつけた、高慢さうな面付をした婆アである。文助は不思議な奴が出て来たものだなア、さぞ彼奴の審判は面白いだらうと、稍興味を以て待つてゐた。これは肉体のある精霊とみえて、稍俯いてヒヨロリヒヨロリとやつて来る。関所の門にトンと突き当り、額を打ち、 婆(高姫)『アイタタ、こんな所に、断りもなく赤門を拵へ、通行人の頭を打たすとは以ての外だ。日の出神の義理天上さまがお通り遊ばすのに、何と云ふ不都合だ……ヤアお前はここの門番と見えるが、なぜ職務を大事に致さぬのかい。こんな怠惰な事をして居ると、日の出神が承知致しませぬぞや』 とエライ権幕である。文助は日の出神といふ声を聞いて、よくよく透しみれば高姫であつた。高姫は妖幻坊にかつ攫はれ、空中を翔り行く途中に於て、デカタン高原の或地点で妖幻坊に取放され、空中より砂つ原に顛落して気絶してゐた。其間に精霊が此処へ迷うて来たのである。されど高姫は自分が正気を失つた事も、霊界へ来てゐることも少しも気がつかず、依然として現界を歩いてゐるやうな心持であつた。赤色の守衛は大喝一声、 赤の守衛『高姫、暫く待て、取調べることがある』 と呶鳴りつけた。 高姫『ヘン門番の分際として、義理天上日の出神様を取調べるとは片腹痛いワ。それよりも此方から取調べにやならぬ事がある。三五教の三羽烏の一人、時置師の神様を何処へ隠したか。サ、キツパリと白状しなさい。グヅグヅ致すと、天の八衢はまだおろか、地獄の釜のドン底へ堕しますぞや』 赤の守衛『其方はデカタン高原に於て、妖幻坊といふ悪魔のために空中から取落され、気絶を致して此処へやつて来た亡者であるぞ。最早此処へ来れば冥土の規則に従はねばならぬ。これから其方の罪状を調べるに依つて、包まず隠さず申開きを致したがよからうぞ』 高姫『オホホホホ、あのマア鹿爪らしい顔わいの、一石の米が百両するやうな、其しやつ面は何だい、お前も余程此頃は生活難に襲はれて、会計が辛いと見える。日の出神の義理天上さまに従うて来れば、此世の中に不景気もなければ心配もいりませぬ。三千世界の救ひ主、日の出神の生宮高姫さまで厶るぞや。さてもさても、世の中に可哀相な人民が沢山あるものだなア。これだから一時も早く現界、幽界、神界の立直しを致さねば、五六七神政成就は致さぬと仰有るのだ。あああ、世界中の人民を助けねばならぬ日の出神様も、此高姫の肉宮も、並大抵ぢやありませぬワイな、ああ惟神霊幸倍坐世』 赤の守衛は、余りきつい高姫の脱線振に、取調べる訳にも行かず、又生死簿には死んでゐない、近き中に現界へ帰る奴だから、本真剣に調べる訳にも行かず、いい加減にあしらつて追ひ帰さむものと思ひながら、 赤の守衛『オイ、高姫、お前はここを何と心得てるか』 高姫『ヘン、釈迦に経を説くやうな事を云ふものぢやありませぬぞや。馬鹿にするにも程がある。此処は大門神社の一里許り手前ぢやないか。お前達は素盞嗚尊の厄雑神の眷属だらう。こんな所にしやちこ張つて居るよりも、此義理天上の肉宮の教を聞いて、一度大門開きの御用に立つたら何うだ。結構な事を聞かしてやるぞや』 文助は高姫の袖を引いて、 文助『モシモシ高姫さま、珍しい所でお目にかかりました。私は三五教の文助で厶いますよ』 高姫『ヤア、最前から怪体な男が居ると思うたら文助だな。ても扨ても淋しさうな面をして、こんな所に何をしてゐるのだい。サ、文助どん、高姫に跟いて厶れ。ウラナイ教の誠生粋を聞かして上げよう。こんな赤面や青瓢箪面が、何を知つてゐるものか。世の元の根本の根本の元を掴んだ、此高姫ぢやぞえ。途中から湧いた神や、学で知恵の出来た鼻高が、何うして誠の事が分るものか。……聞きたくば訪ねて厶れ。神が表に現はれて、義理天上日の出神、高宮姫命となつて、世界の事を何もかも説いて聞かすぞや。……こんな門番を致して居るやうな、途中の鼻高に、ヘン、神界の誠が分つてたまりますかい。サアサア文助どん、私に跟いて厶れ』 赤『高姫、まだ其方がここへ来るのはチツと早い。これから現界へ帰り、充分に狂態振りを発揮し、手も足も出なくなつてから始めて気がつくだらう。さうすれば三五教の尊い事や、素盞嗚尊様の御心が分るであらう。事務の妨げとなるから、トツトと此処を立ち去れ』 高姫『ヘン、赤さまは、私が居ると都合が悪いでせう。ハハア、ここは案に違はず、ヤツパリ三五教の門口だな。時置師の神様を、うまく引張り込みやがつたに違ない。挺でも棒でも動きは致さぬぞや。ササ早く時置師の神様を、此処へ出して下され』 赤の守衛『時置師の神様は、斎苑の館の総務をして厶るのだ。まだ現界にゐらつしやるから、此処へお越しになる筈がない。さてもさても分らぬ代物だなア』 高姫『ヘン、うまい事仰有いますワイ、ホホホホホ、流石は変性女子の悪の教を腹へ締め込みて居るとみえて、上手に嘘をつきますな。そんな事にチヨロまかされるやうな義理天上ぢや厶りませぬワイな、赤さま』 と目を細うして頤をしやくつて嘲弄する。 文助『モシ高姫さま、此処は冥土の八衢の関所ですよ。決して現界ぢやありませぬから、そんな事を言ふものぢやありませぬ。ササ、トツトと帰りなさい。そして三五教にお詫をして誠の魂に立帰り、改めて天国に昇れるやうに御願ひなさりませ』 高姫『ようマア、文助どん、しらばくれますね。お前も余程変性女子の霊が憑つたとみえますワイ。嘘は一つも言はれぬお道ですよ。嘘で固めた三五の道、オホホホホ、高姫誠に感心致しました。お前は目が悪いから、夢でも見て居るのだらう。チツと確りしなさらぬかいな』 と横面をピシヤピシヤと撲りつけた。文助は少しばかりムツとして、 文助『コリヤ高姫、これだけ事を分けて知らしてやるのに、まだお前は分らぬのか。なぜお役人さまの言葉を守つて帰りなさらぬのだ。皺だらけの面に白い物を塗つて、何だ。まるきり気違ひの所作ぢやないか』 高姫『ヘン、お構ひ御無用。これでも、トさまが可いと仰有るのだから、別にお前の様な盲共に見て貰はなくても宜しい。サ、之から奥へ踏み込んで、トさまにお目にかかり、厭でも応でもウラナイ教へ連れて帰らなおきませぬぞや。かう見えても、此高姫は今迄とは違ひますぞや。曲輪城の城主高宮彦の妻、高宮姫とは日の出神の生宮の事だ。そんな事を言はずに、一遍浮木の森の曲輪城まで私に従いて来てみなさい。いかなお前でも、あの御殿を見たら吃驚致すぞえ。神変不思議の曲輪の法によつて、中天高く飛行の術を習ひ覚えた此高姫、最早天下に恐るる者はチツともありませぬ。どうか其積りで交際つて下さいや』 と高姫は浮木の森の妖怪のばれた事はまだ気がついて居らぬらしい。斯かる処へ大きな獅子に乗つて驀地に天の一方から降つて来たのは、まがふ方なき杢助であつた。 高姫は此姿を見て大に喜び、 高姫『ホホホホホ、お手柄お手柄、杢助さま、お前は何うしてマア、それ程偉いお方になつたのだ。これほど猛悪な唐獅子を自由自在に使ふとは、ヤツパリ私の夫だな。コレ文助どん、アレ御覧、曲輪の法力によつて、あんな離れ業が出来るのだもの、ウラナイ教は偉いものでせう。三五教の奴に一人だつて、こんな事が出来ますか。初稚姫や治国別、言依別や東助に、杢助さまの、天晴武者振を見せてやりたいものだなア。エヘヘヘヘ、南無杢助大明神様』 と手を合はして拝む可笑しさ。杢助は獅子の背からヒラリと飛びおり、高姫には目もくれず、赤の守衛に向ひ、 杢助『御役目御苦労です。一寸伊吹戸主神様にお目にかかりたいと、三五教の杢助が申し入れたと伝へて下さい』 赤の守衛は幾度も腰を屈め、敬礼を表しながら走早に門内に入る。高姫は杢助の言葉に少し合点の行かぬ節があるとは思へども、ワザとあんな事を言つて居るのであらう、杢助さまは洒落が上手だから……と心の中にきめて了ひ、 高姫『コレ杢助さま、ええ加減に洒落ておきなさい。斎苑の館の東助に放り出され、アタ汚らはしい、三五教の杢助なんて、言ふものぢや厶りませぬぞや。サア、一緒に帰りませう』 杢助『高姫殿、お前さまは妖幻坊にチヨロまかされ、其悪魔を杢助だと思ひ詰め、随分狂態を演じてるやうだが、此杢助にはお前さまに会つて、ウラナイ教の話をした事もなし、又祠の森で面会した事もない。まして曲輪城などには足踏みも致して居らぬから、よく胸に手をおいて、真偽の判別を願ひたいものだ』 高姫『ホホホホホ、白々しい、杢さまの言ひ様、人の前だと思つて、そんな体裁を作るものぢやありませぬぞや。コレ高宮彦さま、そんな六ケしい顔せずに、ササ早く曲輪城へ帰りませう。コレ文助どん、何うだえ、高姫の三国一の婿といふのは、此杢助さまだぞえ。三羽烏の一人と聞えたる時置師神様、今はウラナイ教の大教主、曲輪城の城主様だ。サ、私に従いて厶れ。昔の厚誼で、キツと立派な役にして上げよう。小北山の受付位して居つてもはづみませぬぞや』 文助『あああ、困つた人だな、盲と気違と馬鹿位始末に了へぬものはないワ。私も、モツと高姫さまは偉い人だと思うて居つたに……現在八衢へ来てゐながら、執着心が深い為、ヤツパリ娑婆だと思うてるらしい。ああ気の毒なものだなア』 と呟く。高姫は耳敏く之を聞き取つて、 高姫『ヘン、気違だの、馬鹿だのとよう仰有いますワイ。オホホホホ、日の出神の心の鏡にお前の迷妄暗愚な魂が写つたのだよ。……人の事だと思うてゐると皆吾事であるぞよ。今の人民は皆盲聾ばかりであるぞよ。日の出神が現はれて、夜の守護の世の中を日の出の守護に致し、五六七の世が参りたならば、盲も目があき、聾も耳が聞えるやうになるぞよ……と変性男子の筆先にも現はれてゐませうがな。日の出神の真似の筆先にもチヤンと出てますよ。……コレ杢助さま、エエ加減にとぼけておかんせいな』 かかる所へ赤の守衛は恭しく杢助の前に現はれ、 赤の守衛『三五教の杢助様、伊吹戸主神様が、早速お目にかからうと仰有います。サ、私に従いてお越し下さいませ』 杢助『ハイ有難う厶います。此ライオンは暫く御預りを願ひます』 赤の守衛『ハイ宜しう厶います。叮嚀に保護致します。コレ白さま、お前さま此処に守つてゐて下さい。……サア杢助様、かうお出でなさいませ』 と先に立つて行かうとする。杢助も後に従ひ門を潜りかけた。高姫は袖にすがり、金切声を出して、涙交りに、 高姫『コレ杢助さま、余りぢや厶んせぬか。ここは三五教の奴等の集まる場所、なぜあれ程固い約束をしながら、今となつて変心をなさるのだえ。義理天上日の出神は恐れませぬか』 杢助『高姫さま、拙者は拙者の権利を以て、伊吹戸主様にお目にかかるのだ。貴女は之からお帰りなさい』 と行かうとする。高姫は袖に喰ひついて放さず、 高姫『イエイエ何と仰有つても、此高姫の目の黒い中は、一足たりとも、三五教の門は潜らせませぬぞや。アンアンアンアンアン、男の心と秋の空、変ると言うても余りだ。エーエ残念や残念や、クク口惜しい』 杢助『アハハハ、何と、面白い芝居を見せて貰うたものだ。ああ文助殿、拙者の後へついて厶れ』 と言ひながら、ポンと蹴れば、高姫は思はず裾を放し、二つ三つコロコロコロと街道に毬の如く転げて、其終点でパツと大の字に拡がり倒れて了つた。 杢助、文助は門をガタリと締めて、奥庭へ姿を隠した。高姫は大の字になつて、手足を動かせながら、 高姫『此女は、元を糺せば、変性男子の体をかつて、生れ出でたる常世姫命の再来、高宮姫。若い時から、男女と綽名を取つたヤンチヤ娘、一度は東助さまと夫婦になり、子までなしたる仲なれど、余り東助の心が無情冷酷なるが故、斎苑の館でキツパリ暇をくれて、祠の森に立帰り、杢助さまと夫婦となり、今は浮木の森に曲輪城を築き、高宮姫と名を改めてウラナイ教の神柱、先をみてゐて下されよ』 と大音声に呼ばはつてゐる。八衢へ来る精霊は此声を聞きつけ、各歩を急ぎバラバラと駆けつけた。 (大正一二・二・一〇旧一一・一二・二五松村真澄録) |
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霊界物語 | 52_卯_小北山の文助の改心物語 | 26 姑根性 | 第二六章姑根性〔一三六二〕 次に呼び出されたのはお年であつた。 赤『お前は文助の娘お年であつたなア』 お年『ハイ、左様で厶います』 赤の守衛『いつ霊界へ来たのか』 お年『ハイ、三つの年に現界を去り、八衢の世界に於て今日まで成長して参りました』 赤の守衛『其処に居るのはお前の弟か』 お年『左様で厶います。両人とも萱野ケ原で淋しい生活を続けて居りました』 赤の守衛『お前等姉弟は親の罪によつて、天国に往くべき所を長らく修業を致したのだから、これから直に天国にやつてやらう。最早審判廷に往く必要もない。暫く待つて居るがよい』 と云ひ放ち白に目配せした。白は直に門内に駆け込んだ。暫くして得も云はれぬ麗しい天男天女が、琵琶や胡弓や縦笛等をもつて、どこからともなく現はれ来り、両人に麗しき衣類を与へ、不思議なる霊光に二人をパツと包み、微妙の音楽を奏しながら東をさして雲に乗り、光となつて立ち去つて仕舞つた。二人の守衛は其姿を見送つて合掌し、喜びの色を顔に浮べて居る。 赤『いつもかふいふ精霊ばかりがやつて来ると気分がよいのだがなア。高姫のやうな死損ひの阿婆摺れ女がやつて来ては、サツパリ関所守も手古摺らざるを得ないワ。それに又お艶に呆助、極端のデレ助だから恋の奴となり果て、正邪理非の弁別も殆どつかない迄に恋愛に心酔して居るのだから、伊吹戸主神様もさぞお困りなさる事だらうなア』 白の守衛『本当に困つたものですなア。サアこれから又、ボツボツ調べねばなりますまい』 と云ひながら、白は一番近くに居つた婆の手を引いて赤の前に立たせた。 赤の守衛『お前は柊村のお照ぢやないか、どうして此処へ来たのだ』 お照『ハイよう聞いて下さいませ。私には天にも地にも只一人の息子が厶います。その息子は孝助と云うて、ほんとうに孝行して呉れました。若い時夫に離れ、長い間後家を立て通し、這へば立て、立てば歩めと親心、寝ても起きても忘れた暇はなく、一つ咳をしても肺病になつたのぢやないかと思ひ、寝息が荒くても心臓病ぢやないかと、それはそれはえらい心配して漸く成人させ、優しい女房をもたせて老後を楽しまうと思うて居ました。処が、私の姪にあたるものにお清と云ふ娘がありましたので、それと娶はせました所、二三日の間は夫婦共大切にして呉れましたが、それから後と云ふものは孝助の心がすつかり変り、一にもお清、二にもお清と申して、お母さま其処に居るかとも云うて呉れませぬ。そして夜になるとこの老人を別に寝かせ、自分等二人が抱き合つてグツスリ寝て居るぢやありませぬか。自分の大事の息子をお清に取られる位なら、女房に貰ふぢやなかつたにと悔んでも最早追付きませぬ。そこで息子の孝助に、親の気に入らぬ女房はトツトと追ひ出せと申した所、孝助の云ひますのには「今迄は親の云ふ事は何でも聞きましたが、お清は私の女房でお前さまの女房ぢやないから構はいでもよろしい。老いては子に従へと云ふ事がある。お前はおとなしうして遊んで居れば、私等夫婦が働いてお前さまを養ひます」と云うて憎い憎い嫁を追ひ出さうとも申しませぬ。私が懐に抱いて育てた孝助をお清に自由にされて、どうして私の顔が立ちますか。御推量なさつて下さいませ、アンアンアン』 赤の守衛『ハテ、困つたものだなア』 お照『本当に困つたもので厶いませう。併しながら私の息子に限つて、あんな不孝な者ぢや厶いませなんだが、何分嫁が悪い奴で厶いますから、何彼と悪い知恵をつけますので、一人しかないこの親に不孝を致します。それが残念さに裏の柿の木で首を吊つてやりました。さうした所、死にまんが悪いと見えて、矢張りこんな所へ迷うて参りました。死にたうても死なれもせず、本当に因果な婆で厶います、オンオンオン』 赤の守衛『お前の息子夫婦が不孝したと云ふのは、一体何ういふ事をしたのだ』 お照『ハイ、親の気に入らぬ事ばかり致します。お清が来てからと云ふものは、些も私と寝て呉れませぬ。それが腹が立つて耐りませぬ。親の気に入らぬ事をするのは不孝ぢや厶いませぬか』 赤の守衛『そりや夫婦同衾するのは当然ぢやないか。何でそれが不孝に当るのぢや。お前は姑根性を起して法界悋気をして居るのだらう』 お照『滅相な、なんでそんな事を致しませう。私は孝助の身の上を案じ、夜分も寝ずに孝助夫婦の身の上を考へて居りますれば、お清の奴、大事の大事の息子をハアハア云ふ目に遇はせ、虐待めて泣かしますので腹が立つて耐りませぬ。どうしてあんな事を親が見て居られませうか、御推量下さいませ。私のやうな不仕合せなものはありませぬ。夫には早く別れ、一人の子に粗末にされ、嫁には情なく当られ、どうして生きて居られませうかいなア、アンアンアン』 赤の守衛は口をへの字に結んだきり、横に長い帳面を開いて見てニタリと笑ひ、 赤の守衛『これこれお照、お前は随分嫁をイヂつたなア』 お照『ハイ、イヂりました。向ふの出やうが出やうで厶いますもの、姑婆の針いぢりと申して、あまり腹が立つと、木綿針で嫁の尻をチヨイチヨイと突いてやりました。併し、これは姑の針いぢりと昔から諺にも残つて居る所で厶います。些と痛い目に遇はして躾をせねば家のためになりませぬから』 赤の守衛『その方は随分悪党な婆だ。息子が女房と親密に暮して居るのが腹が立つと見えるな』 お照『些とは腹も立ちませうかい。お前さまだつて姑の身分になつて御覧なさい。お前さまは役人とみえるが、チツとは老人の贔屓もして、嫁を叱つて下さつたら好かりさうなものだがなア』 赤の守衛『嫁には些も悪い事はない、お前と息子が悪い、これから一つ成敗をしてやらう』 お照『滅相な、私の息子に限つて悪いことは塵程も致した覚えは厶りませぬ。又このお照も、若い時から貞節を守り、夫の目を盗んで男を拵へたやうな事もなし、よく調べて下さいませ』 赤の守衛『お前はお清が朝寝をしたと申して、お清を庭の土間に坐らせ、戸棚からありたけの瀬戸物を出し、一口小言を云つては庭に打ちつけ、又一言云つては打ちつけ、終には土瓶、燗徳利、火鉢迄なげつけてメチヤメチヤに毀したぢやないか。お清が土間に頭を下げて謝つて居るのに、なぜ左様な乱暴を致したか』 お照『ハイ、何と云つても自分の家の宝ですから割りたくはありませぬ。初めの間は欠けた茶碗や、ニウの入つた手塩皿を投げつけたのです。その時気の利いた嫁なら私の手に取りついて「お母さま待つて下さい」と泣いて留める所ですのに、あのお清は家を思はぬ馬鹿な女ですから一つも留めはせず、謝つてばかり居るので、惜しいて叶はぬあの瀬戸物を、つひ行きがかり上、壊して仕舞つたのです。本当に惜しい事で厶いました。決してこの婆が壊したのぢやありませぬ、お清の奴がむかつかしたのが原動力となつて、つひあんな事が出来たので厶います。本当に心得の悪い女で厶います。私を諫める事はしないで、おしまひには、錦手の立派な鉢まで持つて来て、お母さま、序にこれも割つて呉れと申しますので、エ、割つてやらうかと思ひましたが、余り惜しいので上等品だけは残して置きました。そして首を吊る時に考へたのは、こんな瀬戸物やお金まで残して死んでも、皆あんな憎らしい嫁のものになるのが惜しいから、紙幣は皆燃やして仕舞ひ、瀬戸物は皆割つて了つてやらうと思ひましたが、何としても可愛い孝助が、困るだらうと思うて、割らずと置きました。お金も臍繰が五百両ばかりありましたが、この金には書き残して置きました。「このお金は孝助が使ふべきもの、お清は手を触れる事も出来ない、これをお清が使ふと化けて出る」と書いておきましたから、何ぼ悪党な嫁でも、こればかりはよう使ひきりますまい、オンオンオン』 赤の守衛『何とまア、業の深い婆だなア。貴様のやうな悪垂れ婆はキツと地獄行きだらう。さア、キリキリとこの門を潜れ』 お照『お前さまの様な没分暁漢に云つた所で、老人の精神は分りますまい。さア、これから出る所へ出て、嫁の悪事を訴へ仇を討たねば置きませぬわいなア、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏、ああ腰の痛い事だ。ここは何と云ふお役所だか知らないが、こんな若いお役人が何を知るものか、一日でも先に生れたら世の中のお師匠さまだ。どれどれちと分る人に会うて、この訳を聞いて貰はう。これ赤白の若い衆、偉いお邪魔を致しました。皆さま、お先イ、左様なら』 と藜の杖をついて海老のやうに腰を曲げ、禿げた頭にお定目ばかりの髪を後に束ね、エチエチと門内さして進み入る。 次に引き出されたのは、腕に入墨をした荒くれ男であつた。 赤の守衛『其方のネームは何と申すか』 男(弁造)『ハイ俺ア、鳶の弁造と云つて世の中に些は男を売つたものでござんす。如何なる揉め事が起つても、此弁造さまが真裸となり、捻鉢巻をグツと締め「まつたまつた」とやつたが最後、鶴の一声、何でも彼でも水をうつた如く、一度に納まると云ふ男達でござんす。一体此処は何と云ふ所で厶んすか。ヘン、お前さま等にメモアルを調べらるると云ふのは根つから葉つから腑に落ちませぬワイ』 赤の守衛『此処は八衢の関所だ。随分お前も現世に於て乱暴な事をやつて来た奴だから、この衡にかかれ。さうして地獄行きの方が下れば地獄行き、天国行きの方が下れば天国にやつてやらう』 弁造『ヤア、有難テエ、地獄の釜のどん底でもビクとも致さぬ某、根が侠客渡世兼鳶の親分だから、地獄行きが俺の性に合つて居るでせう。どうか衡なんか面倒くせえ事をせずに、すぐ地獄にやつて下せえな、天国なんか性に合はない、地獄には定めし喧嘩もあるであらう、又火事もあるであらう。其時は鳶の弁造が真裸となつて飛び込み仲裁をし、甘い酒でも飲むに便利がいい。喧嘩鳶の、グヅ鳶の、グレン鳶と云はれて来た、チヤキチヤキの兄イだ』 と胡坐をかき、侠客気分を極端に発揮して居る。 赤の守衛『兎も角霊界の規則だから、この衡に乗つて呉れ、サア早く』 とせき立てる。 弁造『よし、幡随院長兵衛は柳の爼の上に坐つて、白鞘組から生きながら料理をされた例もある。俺達は其幡随院を理想とするものだ。何でも構はぬ乗つてやらう。些と位好い事があつても、決して天国へやつてはいけないぞ』 と業託を云ひながら衡にかかつた。衡は両方、水平になつて、地獄の方も指さず、天国の方も指さず、じつとして居る。 赤の守衛『ハハこいつは比較的善人だ。口で悪垂れを吐くが、善が半分、悪が半分、マアマアこれなら今日の娑婆では上等の部だ。オイ弁造、気の毒ながら其方の望む地獄にやる事は出来ぬ。さりとて天国にもやられず八衢人足だ。まづ暫し中有界で修業を致したがよからう。決して地獄行きなどを望むぢやないぞ。其方は審判の必要がない。これから西北の方をさして勝手に行け。又其方相当の相棒が待つて居るであらう』 弁造は梟鳥が夜食に外れたやうな詰らぬ顔をして、 弁造『エエ中有界なんて気がきかない、なぜ俺を地獄にやらないのかなア』 と呟きながらノソリノソリと両腕を振り荒野をさして進み行く。 それから沢山の精霊は一々ネームを訊ねられ、メモアルを繰られ、或は天国へ、或は中有界へ、又は地獄へと各其所主の愛に依つて審かれて行く。 (大正一二・二・一〇旧一一・一二・二五加藤明子録) |
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霊界物語 | 57_申_テルモン山の神館2 | 09 婆娑 | 第九章婆娑〔一四五九〕 霜に打たれて茶滓のやうになつた椋の葉は、凩に吹かれてハラハラと小鳥の群立つやうに四辺に飛び散つて居る。木の葉の羽衣を脱いだ栗の梢には成育悪しき虫の綴つた毬栗が二つ三つ蜘蛛の巣と共に中空に慄つて居る。鴉は皺嗄声を出して岩窟の麓の屑屋葺の屋根にとまつて悲しげに鳴き立てる。どこともなしにボーンボーンと諸行無常を告ぐる梵鐘が聞えて来る。鬼哭耿々として寂寥身に迫り、歯の根も合はぬガタガタ慄ひ、破れ障子の隙間から耳を射すやうな凩がピウピウと矢のやうに這入つて来る。黒ずんだ破れ畳は歩く度毎に足にもつれつき、幾度となく人を転ばして笑つて居る。霜柱は覚束なげに一本橋を真白けに染め、川水は直濁に濁り、岩を噛んでは吠猛つて居る。高姫はシャルと共に裏の岩山から小柴の朽ちた、半水を含んだ枯枝を拾ひ来り、縁の欠けた囲爐裏に燻べ、耳の欠けた四角い湯釜を天釣に釣り下げ、真黒けの竹の柄杓で汲んでは飲み、汲んでは飲み、燻つた顔をつき合せ乍ら目玉計りをキヨロづかせ、又煽り乍ら、何かブツブツ不機嫌な顔をして囁いて居る。 高姫『これシャル、お前も此処へ来てから大分日日が立つたやうだが、もう些と此生宮の精神が分りさうなものぢやないか。朝から晩迄灰猫のやうに囲炉裏の傍にヘバリついて、湯ばかり餓鬼の様にガブガブ呑んで居ないで、些と外へ出て活動しては如何だい。第一霊国の天人の身魂日の出神の生宮に亡者引をさして、お前は灰猫爺の様に燻つて居ても、社会の為貢献する事が出来ないぢやないか。些と活動して貰はなくては、どうしてウラナイ教のお道が開けますかい。お前サンも見掛によらぬどたふしものだなア』 シャル『そりや何をおつシャールのだ、よう考へて御覧なさい。斯う俄に陽気が悪くなり夜とも昼とも分らぬやうな世の中にどうして活動が出来ますか。外はビユウビユウと凩が吹き、霜柱が立つて鴉さへも怖さうに啼いて居るぢやありませぬか。日の出神の生宮なら些と日輪様でも昇つて貰つて陽気が暖かくなるやうにして下さい。どれ程活動しようと思うても体が縮こまつて、寒うて淋しうて何だか怖ろしうて手も足も出せないぢやありませぬか。日の出神様も好い加減なものですよ。これ程毎日日日頼むのに日一日と寒くなる計り、こんな薄着でどうして日が越せませうか』 高姫『エエ訳の分らぬトマ助だなア。いつも云ふ通り苦労の塊の花が咲く御教だ。寒い目をするのも飢い目をするのも苦い目をするのも皆神様のお恵だよ。現世は仮の世と云うて、限りがある。どうせ一度は死なねばなりませぬよ。死んでから、エターナルに無上の歓喜を摂受し、天国の住民として暮さうと思へば、五十年や百年寒い目をしたつて飢い目をしたつて易いものだ。肉体を苦しめて、霊を鍛へ上げ、立派な立派な神の生宮となるのだよ。此高姫の事を考へて御覧なさい。何程日の出神の生宮と云うたつて、肉体が有る限り矢張りお前サンと同じやうに寒い時には寒い、飢い時には飢いのだ。結構な火と水とを戴いて喉が乾けば水を頂き寒ければ火を戴いて暖まる、何と云ふ勿体ない事を云ふのだえ。火と水とお土との御恩を忘れては人間は此世に立つてゆけないと何時も云ふぢやありませぬか。扨も扨も覚えの悪い健忘症だなア、苦しいのが結構だよ。苦しみの後には屹度楽しみが来る、寒い冬の後には春が来る、何程冬を春にしようとしても、それは天地のお規則だから、人間が左右する事は出来ませぬぞや』 シャル『何程、火の御恩と仰有つても、こう日月の光もなく、四面暗澹として闇が砕けたやうに、空から落ちて来ては根つから火も暖かうないぢやありませぬか。此処の火は、何だか水の中に屁を放つたやうに力がありませぬわ。何程焚いても焚いても体が暖まる所へはゆかず、煙たい計りで、焚物迄が腹を立てて、ブツブツ小言を云ひ、シユンシユンと涙迄澪して居るぢありませぬか。こんな火にあたつたところで燈明の火で尻を炙つて居るやうなものです。此頃の火は老耄たのでせうか、テント勢力がありませぬわ』 高姫『コレ、何と云ふ勿体ない事を云ふのだい。お燈明で尻を炙つたやうだなどとは怪体の事を云ふぢやないか。お前さまは霊が悪いから、精霊が籍を八寒地獄に置いて居るから、それで寒いのだよ。妾のやうに御神徳を頂きなさい。精霊は地獄、肉体は八衢に彷徨うて居るやうな事で、どうして神の生宮と云へますか』 シャル『何だか知りませぬが、高姫さまの仰有る事は些とも腹に這入りませぬがなア』 高姫『定つた事だよ、そこら中泥坊に歩いて居たやうな悪党者だから、一旦染み込んだ灰汁は容易に落ちはせぬワイ。誠水晶の塊の日本魂の結構な結構な生宮さまの身魂と、蛆虫の生いた糞まぶれの身魂とはどうしてもバツが合はないのは当然だ。何を云うても最奥第一霊国と最下層地獄に霊を置いて居る者との応対だから、妾が云ふ事が分らぬのも無理はないが、併しこう永らく妾の傍に居るのだから、も少しは身魂が研けさうなものだが矢張身魂が我羅苦多だから骨の折れる事だよ。毎日日日お前一人にかかつて言霊の原料が無くなるほど説き諭して居るのに、鵜の毛の露程も改心が出来てゐないぢやないか、盲聾と云ふものは、どうにもかうにも料理の仕様が無いものぢやなア。天人の霊にこの高姫が一言云うて分る事を、地獄霊のお前には数百万言を費さねばならぬのだから、本当に厄介者を引張込んだものだ。是でも神様は至仁至愛だからトコトン改心させねばならぬ。お前さへ改心して呉れたなら、世界中一遍に改心すると底津岩根の大神様が仰有るのだから何卒日の出神が手を合して頼むから、聞いて下さい。神も人一人改心させようと思へば骨が折れるぞよ。チト神の心も察して下されよ。日の出神の生宮の申した事は一分一厘毛筋の横巾程も間違ひは厶らぬぞよ』 シャル『高姫さま貴女の仰有る事は、一から十迄間違ひだらけぢやありませぬか。一つだつて貴女の仰有つた事が的中した事が無いぢやありませぬか。よう其れ程間違つた事を云うて置いて、自分から愛想が尽きない事ですな。……明日は日輪さまを出してやらう、若しこれが間違つたら日の出神は此世に居らぬぞよ……と啖呵を切つて置きながら、其日になるとザアザアと雨が降り、そこらが真黒けになつたぢやありませぬか。其時になつてお前さまは何んな顔をなさるかと考へて居れば……アア日の出神様御苦労様で厶います。日輪様がお上りなさらないのも御無理は厶いませぬ。此高姫の傍には身魂の曇つたものがシヤツついて居るから、仕様が厶いませぬ……とか何とか甘い理窟をつけて澄まし込んで厶るのだから、私も愛想が尽きました。よう考へて御覧なさい、仮令私が極悪人であらうとも一人の為にお日様が出なかつたり、空が曇つたりするやうな道理がありますか、万一私に曇りがある為に天地が曇るのなら私の一挙一動は天地に感動して居るやうなもの、そんな偉い者ぢやありますまい。お前さまは私の悪口を云ひ乍ら私を天地稀なる比類無き英雄豪傑にして下さつたやうなものだ。其処辺の点がどうしても私には合点がゆかないのですよ』 高姫『エエ何をつべこべと下らぬ理窟を云ふのだえ。お前は因縁の悪い身魂だからバラモン教からは追出され小盗人からは除ね出され、しよう事なしにこの高姫の尻に喰ひついて居るのぢやないか。お前のやうな我羅苦多が天地を動かすやうな力はありさうな事はない。併し乍ら神様がお前を世界悪の映象として三五教の変性女子のやうに型に出して厶るのだから、世界の悪身魂がお前に写り、お前の悪身魂が世界に写るのだ。それだからお前さへ改心して呉れたら世界中が改心致すと云ふのだよ。この日の出神は天も構へば地も構ふ、又八衢も構ふ大ミロク様の太柱だから、零落れて居ると思うて侮りて居ると、スコタンを喰ふ事が出来ますぞや。先を見て居て下され、先になりてから、……アア高姫さまは立派なお方だつた、こんな事なら、口答も致さず、も些と許り大事に敬うて居たらよかつた……と地団駄踏んでも後の祭り、何程其処になりて……改心致しますから助けて下され……と云つても日の出神は知りませぬぞや。さうだから今の間に柔順しう致して素直になさるがお主のお得だ。此世でさへも切替があるのに何をグヅグヅして厶るのだ。早く心の切替をなさらぬかいナ』 シャル『高姫さま本当ですかいな。そんな事云つて大法螺を吹くのぢやありませぬか、口から法螺を吹き、尻から喇叭を吹くのは当世の流行ものですからなア』 高姫『それはお前の悪が水晶の鏡の此生宮に写つて居るのだよ。……人の事だと思うて居ると皆吾事だぞよ……と変性男子のお筆に出て居るぢやありませぬか、犬が魚を銜へて一本橋の上を渡ると、水の底にも亦一匹の犬が居て魚を銜へ倒に立てつて歩いて居るのを見て……此奴怪しからぬ奴だ、足を天にし背中を地にして歩いて居る。一つ叱つてやれ……と、ワンと云うた途端に口に銜へて居た魚がバツサリと水の中へ落ちたと云ふ話があるだらう。恰度お前さまは橋の上の犬だ。水晶の水鏡、即ち高姫の霊にお前の醜い霊が写つて何事も逆様に取られるのだぞよ。蟇蛙の膏を取る時には四方八方ガラスを立てた箱に入れて置くと、四方八方に自分の醜い姿が写るので、自分の敵と思ひ、彼方へ突き当り、此方に飛びつき、終の果にはすつかり疲れて膏を出してカンピンタンになつて死ぬものだ。この高姫が悪く見えるのは約りお前さまの霊が悪いのだ。 立ち向ふ人の姿は鏡なり 己が心を写してや見む。 と云ふ道歌を考へて御覧なさい、皆人が悪く見えるのは自分が悪いからぢやぞえ。ても扨ても犬蛙人種と云ふものは仕方のないものだなア』 シャル『高姫さま、善言美辞の教だと何時も仰有るが、随分悪言暴語を放出なさるぢやありませぬか。それでは神の資格はゼロですよ』 高姫『それは又何と云ふ分らぬ事を云ふのだえ、最前からあれ程鏡の喩を引いて説明してやつたぢやないか。エエ鈍な身魂は困つたものだなア。高姫が悪言暴語するのはお前さまの霊が写つて居るのだ。いやお前さまのためだ。此高姫は半鐘のやうなものだ。柔かく打てば柔かく響く、強く打てば強く響く、高く打てば高く響く、低く打てば低い音が出るのだ。お前さまが下らぬ口を叩くからこんな言葉が出るのだよ。お前さまがモ些と素直になり、長上を敬ひ、もつと柔しき言葉を使へば柔しくなるのだ、……此神は従つて来れば誠に柔しき神であるなれど、敵対心で神の前に来て見よれ、鬼か蛇の相好になるぞや……』 シャル『モシ高姫さま、それや現界の理窟ぢやありませぬか、至仁至愛の大ミロク様なら、悪人が来れば尚可愛がり、善人が来れば又可愛がり、決して憎悪の念をお持ちなさらないのが神様でせう。己に敵する者に対して鬼畜の相を現はし、己に従ふ者には柔和の相を現はすと云ふのなら、お前さまを尊敬することが出来ませぬわ。何んな悪い者でも此方が親切にしてやれば喜んで従ひ、キツト恩返しをするものです。己に従ふものを愛し、敵するものを憎むのなら、それは自愛であつて、八衢人足や、地獄界の邪気のする業でせう。神様は決して憤慨したり憎悪したりなさるものぢやありませぬぞ。神様がもし憎悪の念を起したりなさるとすれば、神自体が既に亡ぶぢやありませぬか』 高姫『エエ、第一霊国の天人の申す事がお前等に分るものか、モ些と修業なされ。器が大きくなつたら此高姫の申す事が明白分るだらう。夫よりも早く四辻に出て旅人を引張つて来なさい。こう毎日日日結構な光陰を空費して居ては、天地の神様に勿体ない、一人でも改心さしてウラナイ教の信者を拵へねば、天地の神様に済まない。お前も此世に生れて来た甲斐があるまい。サア、トツトと四辻迄行つて来なさい』 シャル『高姫さま貴女も一緒に来て下さらぬか。又文治別とか云ふエンゼルがやつて来たら困りますからなア』 高姫『エエ何と云ふ気の弱い事を云ふのだい。文治別なんて、あんな者が千人や万人束に結うて来た所が、こたへるやうな生宮ぢやありませぬぞや』 シャル『ハハハハハ、どこ迄も我執の念の強い人ですなア。山を越え、谷を越え荊棘掻をしながら、のたくつて逃げたぢやありませぬか。なぜ夫程偉いお方なら、あのエンゼルを此処にじつとして居て凹ませてやらぬのですか』 高姫『エエ分らぬ男だなア。国治立尊様さへも謙譲の徳を守り悪神に世を譲つて艮へ退却なさつたぢやないか、そこが神様の尊い所だよ。此生宮も変性男子の系統ぢやから、謙譲の徳を守つてエンゼルに花を持たせて逃げてやつたのだよ。救世主の仁慈無限の精神が小盗人上りのお前に分らうか。「物言へば唇寒し秋の風」と、可惜口に風を引かすより、ここは一つ沈黙を守らう。サア早く四辻に行つて来なさい』 シャル『エ仕方がありませぬ、そんなら暫く行つて参ります。アア寒い事だなア。こんな事なら高姫さまの傍に居るのぢやなかつたに。今更ベル、ヘルの仲間に逆転すると云うても寄せても呉れまい。毎日日日亡者引をやつては撥ね飛ばされ、云ひ負されて耐つたものぢやないわ』 とブツブツ小言を云ひ乍ら、霜柱の置いた一本橋を怖さうに跨げながら出でて行く。 (大正一二・三・二五旧二・九於皆生温泉浜屋加藤明子録) |
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霊界物語 | 57_申_テルモン山の神館2 | 13 悪酔怪 | 第一三章悪酔怪〔一四六三〕 ワックスは父の病旦夕に迫り、嬉しうもあり悲しうもあり、大事の嬶を死なして同時に美人の芸者を後連れに貰うたやうな、悲喜交々の体であつた。其処へ、エキス、ヘルマンの二人が幾度となくなつて来て、金をむしり取り、今又大枚六百両強奪して立ち去り、三十日の後には再び無心に来ると下駄を預けて帰つたので、心も心ならず、何とかして強力なる団体を造り、二人の害を免れむものと苦心惨憺の結果、無い智恵を搾り出して悪酔怪なるものを編み出したのである。そして一方にはアンブラック川に投げ込んだる、三五教の三千彦が、スマートに助けられ、何処かに姿を隠したと云ふ事を聞いて心も心ならず、今の中に強力なる団体を組織し、三千彦を威喝し又自分の悪事の暴露したる時は、この団体の力を以て防がむと千思万慮の結果、同志を糾合して本会を設立したのである。本会の敵とする所は三千彦のみならず、水平会をも唯一の敵と見做し、弱きを挫き強きに従ふと云ふ、奇妙奇天烈な結社である。 ワックスは創立委員長としてテルモン山の議事堂に集まり、オークスを臨時痴爺として開怪の辞を朗読せしめたのである。今左に開怪の辞と縮辞、並に挨拶を摘記する事にした。アア叶はぬから霊幸倍坐世。 弱きを挫き強きを助く、天晴男の悪酔怪 痴爺の縮辞と怪長の瞹擦 大テルモン国、悪酔怪、スマネーケン凡夫発怪色は、鬼報の通り、二重惨日午後一爺より待合に於て開催されたが、尾皮怪長の辞、並に痴爺の縮辞は左の通りであつた。 開怪の辞 隔靴、並に頭掻位の臨場を忝なふし、怪員笑死の出席を得、茲に大テルモン国、悪酔怪スマネーケン凡夫発怪式を狂行するに至りたるは金睾とする所也。思ふに我テルモン国は一大蚊属国にして、バラモン神祖以来歴代盗を垂れ蛮民を撫育し、化身哀哭の心情を発露し上下不和もつて辛うじて国家を支持し国威を中外に失墜し、烈国平和の攪乱をなす。これ我国の情弊にして、宇内に冠絶する所以なり。然るにバラモン軍と、三五軍との大戦以来、死葬怪悪化の影響を受け、仁義道徳漸く廃れ、盛んに弱肉強食行はれ、社会の秩序全く紊乱せむとす。加ふるに物質的卑吝の発達と学研的陋説の横行とは正にテルモン国の人民を犯して今や正に解乱せむとす。外に国際状態を案ずるに、其実力的圧迫の過重に堪へ得るやの疑惧あり。内憂外患交々至る現状は上下三十五万年未だ嘗て見ざる鬼期を目睫の間に控へたるものと言ふべし。吾、徳、学あり、智あり、財あるなし。併し栄位を有すと雖も、バラモン神祖より享受せるバラモン魂は茫漠として存す。此発露によりて、金権に屈するの気骨を有す。同情に泣く涙を有せず。時勢を慨する熱血なく、献身奉公の仁侠を有せず、斯の如き不正意をもつて立つて時患を救済すべからざる時の来れるものと覚悟す。これ大テルモン国、悪酔怪の生れたる所以なり。スマネーケン同志之に狂鳴し、力を分ち、心を二つにして奉公の実を上げざらむとす。幸に隔靴並に頭掻位の御援助と会員一同の御賛助を得て、呱々の声を上ぐるを得たるは、金塊禁ずる能はざる所なり。希はくは怪員諸氏は一層自製発糞もつて凡怪の臭意、目的の貫徹に務められむ事を鬼望す。敢て心情を披瀝して謝辞を述べ、開怪の爺とす。 バラモン始終苦念惨喝惨重惨日拙立異淫長ワックス 痴爺縮辞 茲に悪酔怪はスマネーケン凡夫拙立成り、凡日をもつて発怪式を挙げられたり。余も此発怪式に列し、一言縮意を表し、併せて諸怪を述べる鬼怪を得たるは最も欣鬼に堪へざる所なり。思ふに吾テルモン国は大自在天、大国彦命建国以来三十五万年連綿として万古不易ならず。世界無比の動乱国として国光を宇内に失墜し、国辱を海外に発揚し今や世界最小弱国の班に列するに至る。是素より大自在天神祖の守護の厚からざる所にして、国民上下不一致の哀哭の死状と偽勇彷徨、死誠とを以て我民族精神となし、不誠意哭家の隆盛に貢献せざりしもの与りて力ありと云はざるべからず。然るに今回、河鹿峠の戦闘の結果として彼我共に異常の変革を呈し、死想怪又著しく混乱し甚しきは過劇なる死想を助長し、我国も亦此死想の大根元となれり。事の理非曲直物の正邪善悪を極めずして附和雷同し、この国体と相容る所の不完全なる死想に感染し、以て国家社会の秩序を乱し、バラモン国家の本義を忘るべからず。殊に経済的の変動は労働問題を惹起し、労資の関係を紛糾せしめ、其協調を破り、従つて人心を不安に陥れむとする情勢を呈するに至りしは、誠に偉観とする所なり。此時に災し憂国の士相計り、バラモン国悪酔怪を組織し、正義公道を経とし、仁侠死誠を緯とし、同身一体結束を固くし、以て時弊を救急し、万邦無比の動乱、国を毀損する如き、失態あるべからず。狐狗狸眠副の増進を計る事に努力せざらむ事を期し、既に死想団体として無力なる地歩を占むるに至りしはバラモン国の為め慶賀に堪へざる所なり。由来我スマネーケンたる、神代に於てバラモン神の世を統治し、悪政を布き給ひし以来邪智の念深く、加之テルモン山麓の一角に僻在するを以て一般の民風質素剛健ならず、軽挙妄動の風あり。産業怪の葬儀の如き又多く顕現し、勃発し、動もすれば近時世の風潮に逆らひ、頓幸微風、道義観念等漸次廃頽の傾向を示したるは実に我国体の為に金睾とする所なり。今や同憂の士を相鳩合しバラモン国、悪酔怪スマネーケン凡夫を葬説して天下惑乱の主義綱領を体し、大に濁世害民の実をあげむとす。誠に時期に適したる愚挙にして、其効果蓋し甚大なるものあるべしと信ず。希はくは怪淫妾窘其責任の重且つ大なるを思ひ、自重自愛、苟くも本怪の臭意に反する事なく、不同心、不協力、不確乎、不不抜の精神をもつて凡怪の目的を達成し、幽醜の鼻下を上ぐる事に災前の努力を致し、もつて国家に貢献せざらむ事を望む。終りに凡怪不健全なる不発達と怪淫妾窘の不健康を祈る。聊か蕪辞を述べて縮辞となす。 バラモン国始終苦念惨喝惨重惨日 スマネーケン痴爺重死位窘惨倒田柄屁唸 ワックスは、式を無事に終り一場の演説を試みた。 ワックス『皆さま今日は御多忙中に関はらず賑々しく御来会下さいまして、発起者身に取り恐悦至極に存じます。就ては、開怪の辞に述べました通り、大バラモン国の主義主張に則り、弱肉強食を真理と認め、弱きを挫き、強きに従ふ時代思想を遺憾なく発揮したもので厶います。例へば此処に三五教の宣伝使が一人現はれたと致しますれば、それは果して強者で厶いませうか。何事も多数決を尊ぶ世の中、吾々会員は無慮数百名、敵は唯一人で厶います。如何に強いと云うても多数には勝てませぬ。夫故三千彦の宣伝使は弱者で厶います。故に宮町町民の為に手足を縛られ、アンブラック川に投げ込まれたのはバラモン国の伝統の教義として最も尊ぶべき行為と思ひます。然るに又彼三千彦は四足に命を救はれ、此テルモン山の何れにか潜伏致して居る形跡がありますれば、本会の規則により、見つけ次第容赦なく縛りつけ、今回は石を括りつけ放り込まれたいもので厶います。拙者の如きはテルモン山の神館に於ては家令の倅として最も強きもので厶います。その最も強き者に対してエキス、ヘルマンなどの弱者が折々金の無心に参り、駄々を捏ねまする故、もし今後そんな事を致した時には会長の私から、会員諸君に通知を発しますから皆さま悪酔怪設立の趣旨に従つて速にお駆つけ下さらむ事を悪酔怪の規則によつてお願ひして置きます』 エキスは此時群衆の中より、怒髪天を衝いて現はれ来り反り身になつて、 エキス『皆さま、今ワックス殿が述べられました通り、弱きを挫き強きに従ふが本会の趣旨たる事は御存じでせう。一人の男が二人の男に脅迫され、命よりも大事な六百両の金をおつ放り出し、命を助けて貰うたものがありとすれば、皆さまどちらが強いと思はれますか、又二人と一人とは、何方が強いと思ひますか。本会の主義精神に基いて拙者等両人が強者なる事を認め、拙者等二人がワックスの館に押寄せたる時は、何卒御援助を願ひます。此のワックスと云ふ奴は、宮町の町民を馬鹿に致して居る人犬で厶いますから、皆さま御用心なさいませ。家々の大切な宝をあの騒動に紛れ盗ませたのはワックスで厶いますよ。其窃盗の衝に当つた強者は此処に二人許り顔を並べて居られます。これは皆様の御判断に任す事に致しませう』 聴衆の中より、 『オイ、エキス、それや本当か、よもや嘘ではあるまいな』 エキス『滅相な、何程悪酔怪だと云つて、そんな見え透いた嘘が申されませうか。宝の泥坊は全くワックス以下両人の仕事で厶います。そして其盗まれた品はテルモン山の鳩の岩窟にすつかり隠して厶いますから、嘘と思はれるなら皆さま行つて調べて御覧なさい』 ワックスは二つ三つ咳払ひをしながら、 ワックス『皆さま、エキスの言葉に誑されてはなりませぬ。現在宝の隠し場所を知つて居る以上、御本人が盗んだに相違厶いませぬ。本人が盗まぬのに知つて居る筈がありますまい』 悪酔怪と称する一同は忽ち総立となり、 一同『ワックスを撲れ、エキスを殺せ』 と猛り狂うた。 此騒ぎにワックス、エキス、オークス、ビルマは細くなつて、テルモン山の山奥指して一散に駆出した。そこへ、エルが睾丸を押へ乍らエチエチと演壇に登り来り大喝一声、 エル『皆様お静まりなさいませ、貴方方は悪酔怪員ぢやありませぬか。ワックス様を初め其外の方々がどうしてそんな事をなさいませう。発会式の余興に皆さま方の肝玉を試さむと思ひ故意とにあんな事を云うて喧嘩をして見せられたのです。皆さまこれから鉢巻をして腹帯を締め、弱きを挫き強きに従ふの大精神になつて貰はなくてはなりませぬ。今のワックス、エキスの争ひは八百長ですから、本当にしてはなりませぬ。それよりもバラモン教の聖地に、幾度となく入り込み来る三五教の宣伝使を防ぐために、貴方方のお力を頼まねばなりませぬ。其為に本会を組織したので厶います。水平会などを相手にするのが目的ぢやありませぬ。皆さまは非常な特権を与へられて居る事を知つて居ますか』 群衆の中より、 『その特権とは何だ。詳細に説明を願ふ』 エル『其特権と申すのは表面には申されませぬが、月の国、ハルナの都の大黒主様より、烏鷺の勝負の黙認を得て居るので厶います。それ故昼間褞袍を着てウロウロ致し、ウロをうつて居ても見て見ぬ風をするから夫が第一の特権です。皆さま是から悪酔怪の万歳を三唱し、悪酔踊りでも盛んにやつて本会の創立を心から祝して下さいませ。酒は弱者から徴発して来たのが沢山に厶いますから』 一同『ウロー、ウロー』 と云ひ乍ら、荒くれ男が、毛脛を出して縦横十文字に踊り狂ひ、議事堂は忽ち床墜落し、数百の鼠が驚いて一生懸命に戸外に逃げ出し、 『クウクウクウチウチウチウチウ』 と云ひ乍ら強者に敵し難く弱り切つて叢の中へ命からがら逃げて行く。嗚呼叶はぬから霊幸倍坐世。 弱きをば扶け強きを挫くとは 表面ばかり鬼の念仏。 その実は弱身につけ込む風の神 強い奴等に尾を掉る偽侠よ。 (大正一二・三・二五旧二・九於皆生温泉浜屋加藤明子録) |
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霊界物語 | 57_申_テルモン山の神館2 | 22 天葬 | 第二二章天葬〔一四七二〕 エルは先頭に立ちワックスの家に駆けつけた。オールスチンのコルブスはソファーの上に静かに眠つて居る。其傍にワックスは田螺のやうな目を剥き口あんぐりさせ乍ら、天井の棧を睨みつけたやうなスタイルで、手を畳につき、足を投げ出して中腰に倒れて居る。そして目玉ばかりクリクリと回転さして居た。其の嫌らしさ、到底化物とより見えなかつた。日はソロソロ暮れかかる。何ともなしに嫌らしさが四辺から襲うて来る。数多の欲惚けの連中は直ちに奥の間にドカドカと先を争うて押入り、ソファーの下を見れば一文も残つて居ない……こりや大方倉の中だらう……と鍵を探し出し倉の中に押入つて、其処辺の什器を引繰覆し、金の所在を探して居る。 エルはワックスの前に丁寧に両手をつき、 エル『もし、ワックス様、存じもよらぬ、お父様にはお気の毒な事が出来まして、嘸御心配で厶いませう。併し乍ら斯うして置く訳にも行きませぬので、此エルは直様町内へ報告致し、此通り大勢の者を連れて参りました。何卒安心下さいませ。それに就いてお父上様が生前に貯へ置かれた金銀のお宝、町民一般に遺物の為、競争的に取らせるのが此町内の習慣で厶いますから、それは御異存厶いますまいな。当家の財産は全部オールスチンの物、其所有主が帰幽された以上は、これは公有物で厶いますから、町民の自由に任せ什器一切を持ち去る事にするでせうから、そのお考へをして居なさるが宜しからう。其代り葬式の費用は諸道具を売払つて其一部で当てませう。お前も一つ働いて財産を残して置くが宜からう。何故お前は生前財産の一部分を譲つて貰つて置かないのです。本当に智慧のない事でしたね』 ワックスは漸く口を開き、残念さうに白眼勝の目玉から涙を垂らし乍ら、 ワックス『アーア、おい、エル、残念な事をしたワイ。一歩帰るが遅かつたので到頭財産を譲り受ける事が出来なかつた。そこへ化物が出て来やがつたので腰を抜かし身動きのならぬ処に、オークス、ビルマの奴、大トランクに金銀を詰め込みエチエチと逃げ出しよつた。まだ遠くは行くまいから誰か行つて彼奴を取ツ捉まへて分配をし、其中から三千両ばかり俺に返して呉れまいかな』 エル『ソリヤ、もう仕方が無いぢやないか。先取権があるのだからな』 ワックス『エー残念な事をした。此怨みを如何しても晴らさにやおかぬのだ』 エル『男らしくもない。そんな執着心を持つな。それよりも早く腰を上げて神館に参り親の帰幽を報告し、厚く葬る手続きをした上、御養子になつたら如何だ』 ワックス『三五教の魔法使が滅びぬ間は駄目だ。何とかして彼奴を平げる工夫はあるまいかな』 エル『あらいでかい。何も彼も俺がスツカリ呑み込んで居るのだ』 と利口らしく云つて居る。そこへ沢山の爺、婆が水鼻汁を垂らし乍らやつて来て、目を擦り手鼻汁をかみつつ、 一同(泣声)『ワーンワーンワーンワーン、オーンオーンオーンオーン、これワックスさま。確りしなされや。悲しい事ぢやないかいな。ワーンワーンワーン、オーンオーンオーン』 と義理一遍の作り泣きを始め出した。家の外にも内にも目に唾をつけて義理泣きが始まつた。此処の習慣として何程憎らしい敵が死んでも、義理泣きをせなくば町外れをされる規則がある。倉の中の財産に目をつけた連中も各自に自分の名札を記け終り、ヤツト安心してワックスの前に来り、 一同(泣声)『ワーンワーンワーンワーンオーンオーンオーンオーンワーンワーンワーンウーンウーンウーンウーン、ワックスさま、誠にお気の毒でござます。もう諦めなさいませ、私も諦めます。沢山な遺物を頂戴して有難涙が出ます。ワーンワーンワーンワーンオーンオーンオーンオーン』 暫らくすると町内の葬式係がやつて来た。さうして比丘が鈴を恭しく左手に持ち右の手に数珠を巻き乍ら、コルブスの前に端坐し、怪しき経文を唱へ初めた。 比丘『チーン、チンチンチン、諸行無常、是生滅法、生滅々已、寂滅為楽、南無波羅門尊天子、大自在天子、大国彦命、帰妙頂来、霊宝加持。惟るに現世に生存する事、八十有余年、その間に於てテルモン山の神館に仕へ、家令の職となり上り、館の会計は云ふに及ばず、一切の事務を処理し、其功空しからずと雖、元来貪、瞋、痴の罪悪深きを以つて、バラモン天より賜りし一子ワックスは無頼の悪漢となり、且痴愚迷妄の徒と蔑まれ、糟糠の妻には早く別れ、淋しき浮世を送りたるは全く天命の然らしむる所、然り乍ら神は至仁至愛に在ますが故に、今回の帰幽と共に、外部的状態を除去して、八衢に於て凡ての罪悪を削除し清浄無垢の精霊となし、天国に救ひ玉ふ事必定なり。汝オールスチンの精霊、現世に執着心を残さず、速に幽冥界の法則に従つて不老不死の霊界へ旅立ちせよ。必ず迷ふ事勿れ。迷ひは地獄の種なるぞ。帰妙頂礼、南無波羅門尊天、守り玉へ恵ませ玉へ、チーン、チンチンチンチンチン』 比丘『サアサ、これでスツカリ引導を渡して置いた。皆さま土葬に致しますか、水葬にしますか、但は天葬に致すか、どちらが宜しいか。それは御勝手、定めて下さいませ』 ワックス『私は喪主だから私の望み通りにして貰ひませう。何卒天葬に願ひませう。さすれば天国へ参るでせうから』 比丘『皆様、ワックス様の意見に従ひ、これから天葬に致しますから、御苦労乍ら其用意をして下さい』 一同は『承知致しました』と総ての準備を整へ、オールスチンのコルブスを戸板に載せて、テルモン山の墓地を指して送り行く。 天葬と云へばコルブス(死骸)を墓地に運び石刀や丸石を以て体を細々にきざみ、骨も残らず粉にして了ひ、麦の煎粉をまぶして団子をつくり、沢山な禿鷲に喰はして了ふ儀式である。又水葬と云へばコルブスを其の儘川へ投げ込んで了ふ儀式である。数多の老若男女は石刀や石片や種々の木刀を以てコルブスを一寸刻み五分試しとなし、潔き歌を唄ひながら汗をタラタラ出して天葬の準備に着手した。禿鷲は中空に羽ばたきしながら幾百ともなく翺翔して待つてゐる。比丘は歌を歌ふ。一同は拍子をとつてコルブスを挫く。 比丘の歌 『諸行無常、是生滅法生滅々已、寂滅為楽は世の習ひ 兎角此世は仮の世だ鷲の腹へと葬られ 翼なき身に中空を翔りて尊き天国に 難なく上る目出度さよチンチンチンチン、チンチンチン 皆さま確り頼みますオールスチンのコルブスは チツトは骨が折れるぞや皮と骨とが沢山で チツトも肉がない故に禿鷲どもの喜んで 喰つて呉れるか知らないがそこは、それそれ焦し麦 粉をドツサリ塗りつけてうまく味をば付けるのだ 只一片も地の上に残しちやならぬ天葬式 禿鷲どのも骨折つて一つも残らず喰つて呉れ チンチンチンチンチンチンチン諸行無常、是生滅法 生滅々已、寂滅為楽仮の浮世を後にして 執着心を脱却し身も魂も天国に 黄金の翼に乗つて行けこんな芽出度い事あろか ワックスさまも幸福だ土葬水葬火葬とて 賤しき民の葬式に比べて見れば最善の 此法式で天国へ救はれて行く父上は 誠に結構な身魂ぞや喜び祝へ皆さまよ チンチンチンチンチンチンチン天国浄土で永久に 百味の飲食与へられ華の台に坐を占めて 下界を遥かに見下ろしつテルモン山は云ふも更 神の館を始めとし此町内の人々の 悩みを払ひ身の幸を守りて誠の生神と ならせ玉へよ、チンチンチンチンチンチンチンチンチンチン 皆さま之で有難いバラモン教の読経が 目出度く終結致しましたさらばお先へ帰ります 第一番の天葬式営みなさつた事ならば お布施もドツサリ張り込んで後から持つて来てお呉れ 遺産が沢山ある故に何程お金を使うたとて 皆さま腹が痛むでも頭が悩むでもない程に 同じ風呂屋の湯の水を汲んで隣のお客さまに 与へてやるも同じ事比丘を大切になさいませ 帰依仏帰依法帰依比丘だ此大法を謬らば 皆さま死んで地獄道へ忽ち堕ちると覚悟して お布施を惜しまず出しなされアア左様なれば左様なれば これからお先へ帰りますチンチンチンチンチンチンチン』 と鈴を打ち乍ら二人の従者を引率れ自分の庵に帰り行く。 一同は漸く天葬式を済ませ、再びワックスの館に帰り、種々の馳走を惜気もなく拵へて暴飲暴食にうつつを抜かした。ここに又一場の大活劇が演ぜられた。それはスマートが酒宴の最中に跳び込んで来た事である。 (大正一二・三・二六旧二・一〇於皆生温泉浜屋北村隆光録) |
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霊界物語 | 57_申_テルモン山の神館2 | 23 薬鑵 | 第二三章薬鑵〔一四七三〕 オールスチンの天葬式も無事終了し、新主人ワックスの館には町人が数百人集まり来り、家の外に蓆を敷いて坐つたり、草の上に腰をおろして握り飯を噛じつたり、醍醐味をあふつて盛んにメートルを上げてゐる。其処へ何処とも無く飛んで来た一頭の猛犬、矢場に座敷に駆け上り、前後左右に荒れ廻る。されど不思議にも誰一人創つけられたものは無かつた。ワックスは、 ワックス『それスマートの狂犬が来た。此奴が俺の肱を噛り、恋の邪魔をした畜生だ。思ひ知れ』 と立ち上り、長押の槍を取るより早くスマート目蒐けて突いてかかる。スマートは前後左右に身をかはし巧に逃げて居る。老若男女は右往左往に逃げ廻り、石を拾うて投げつけるものあり、ウウウー、ワンワンワンの犬の声と共に、阿鼻叫喚の地獄と忽ち化して仕舞つた。エルは矢場にワックスの腕を握り、 エル『これこれワックスさま、今日はお父さまの御命日なり、仮令畜生なりとて殺生をしてはなりませぬ。マアお鎮まりなされ。お父さまの天国行の邪魔なさつては不孝の上の不孝です』 ワックス『何、あの爺、俺を恨んで居たのだ。臨終の隙まで金銀を床の下に隠し、遺言もせずに死んで仕舞つた。夫故オークス、ビルマの奴に旨くしてやられ、こんな残念な事があらうかい。この犬に腕を咬まれてさへ居なかつたら、滅多に彼奴に取られるのぢやなかつたに、思へば思へば此犬が恨めしい、放つて置いて呉れ』 と無理に振り放さうとする。スマートはいつの間にか鉄瓶に化けて仕舞ひ、チンチンと湯気を立て、厚い鉄蓋を動かして唸つてゐる。 エル『ア、何だ、犬だと思へば忽ち鉄瓶に化けやがつた。これや犬鉄、貴様は何恨みがあつて当館へ乱入致したのだ。返答次第によつて容赦はせぬぞ』 と詰めかける。鉄瓶の口からは熱い湯を何斗となく吐き出す怪しさ。一同は、 『アッツツー』 と叫びつつ逃げ出し、遠目から不思議さうに見て居る。暫くすると鉄瓶は俄薬鑵に変つて仕舞つた。忽ち目が出来、鼻が出来、耳がつき、手足が生へて踊り出した。一同は夢か現か化物かと真青な顔をして見詰めて居る。薬鑵は忽ちオールスチンの姿となり、薬鑵頭に湯気を立てて、ソロソロ演説を始め出した。 薬鑵の化物『皆さま、当家の主人オールスチンの帰幽につきまして、大変な御苦労をかけました。私はオールスチンの精霊で厶います。初めに犬となつて吾家へ帰り漸く鉄瓶から薬鑵に変化し、茲に精霊完成してお暇乞ひの演説を致す事になりました。決して妖怪でも何でも厶いませぬから近よつて下さいませ』 エル『モシ薬鑵さま近よらぬ事はありませぬが熱湯を口から噴き出して、吾々一同を悩ます積りぢや厶いませぬか』 薬鑵の化物『決して左様な事は致しませぬ。私は現世に生れてから八十有余年。その間に人の秘密を探り、犬の役を勤め、たうとう此の神館の御主小国別様に見出され、家令の職にまで抜擢されました。夫より日々館の番犬を勤め、臭い物を嗅出して手柄と致して居りました。その罪障が現はれて吾精霊は犬と変化し、御存じの通りの暴虐をやつて来た罪の映象が現はれたので厶います。それから皆さまに面の皮の厚い奴だ鉄面皮だと罵られ、其名の如く一時は厚顔無恥の鉄瓶となり、皆さまに熱茶を浴びせた悪党で厶います。然し私の尻には彼の鉄瓶の如くあのやうに烈火が燃え立ち、実に苦しうて耐へられなかつたので厶います。漸く罪が取れると共に面の皮が少しく薄くなり、欲の皮は少し削られた為にあの通り薄い薬鑵となり、頭の毛迄が脱けて倅のワックスの奴に薬鑵爺と云はれて居ました。貴方方からも矢張り薬鑵々々と罵られて居りました。其言霊が凝り固まつてこんな薬鑵となり、無念の熱湯を噴いたので厶います。最早私は三五教の宣伝使の教訓によりて罪から救はれ、霊界に参りますから、どうか私の財産は此国の規則通り皆さまで分配して下さい。倅のワックスは私の悪を企んで居た時に出来た者で厶いますから、身魂が汚れて居ますから、一苦労させねばなりませぬから、私の財産は一物も与へないやう願ひます。何卒皆さま御勝手に御処分を願ひます』 と云ひ終り、俄に麗しき若き天人の姿となつて、地上七八尺の空中を歩んでテルモン山の山奥さして姿を隠した。 エル『此奴は怪しからぬ。どてらい化物が現はれたものだな。オイ皆さまあれを本当のオールスチンの精霊だと思ひますか。全く三五教の魔法使が、吾々一同を三五教に引つ張り込まうと思つてあんな事をやつたのに違ひありませぬ。屹度信じてはいけませぬ』 群衆の中から毛だらけの顔した男がヌツと立ち上り、 男『おい、エルの大将、それや何を云ふのだ。化物があんな事理整然たる事を云ふかい。あれやきつとオールスチンの精霊に間違ひ無いわ。貴様も些と改心したがよいわ。このタンクさまの眼力で睨んだらちつとも間違ひはないわ。本物か間違ひか鑑定がつかないやうでお館の受付が出来るか、馬鹿だなア』 エル『おい、ワックスさま、お前何と思ふか、タンクの云ふ事が本当か、エルの云ふ事が本当か、一つ考へて貰ひ度いものだなア』 ワックス『子の可愛うない親は世間にない筈だ。極道の子程可愛のが親の情だ。それに親一人子一人の俺を残して置いて、財産を一つも遣つて呉れるなと云ふ奴は、テツキリ化物に定つて居るわ。是はきつと三五教の悪魔が化けて来よつたに違ひない。オイ悪酔怪の御一同、親父の弔合戦だと思つて、小国別の館へ押し寄せ、魔法使をふん縛らうではないか。さうしなければ吾々町民が枕を高うして眠む事も出来ない。況て悪酔怪の務めが勤まらぬぢやないか』 エル『それでもスマートと云ふ畜生が門に目を剥いて居やがるから駄目ぢやないか。なあタンク、お前どう思ふ』 タンク『何構うものか、酒のタンクと呼ばれたタンクさまが、酒の勢で表門に立ち向ひ、スマートの腮に両手をかけ、メリメリメリと二つに引き裂いてお目にかけよう。日頃の手練を表はすのは今此時だ。高が畜生の一匹位何でもない。貴様は腰抜だから、一匹の犬に数百人が押し寄せてウスイ目に遇つたぢやないか。こんな引合はぬ事があるか。犬に咬れた位のものだと云ふが、世間に此位引合ぬものは無からう。サアこれからタンクが先頭に立つて征伐に出かけるから、誰奴も此奴も酒の酔ひの醒めない中に跟いて来い』 と云ひ乍ら大手を振つて歩み出した。ワックス、エルの両人は後に従ひ千鳥の行列宜敷く、酒で作つた空元気を発揮しながら、口々に歌を歌つて攻めて行く。 オークス、ビルマの両人は大トランクに金銀の小玉を詰め込み、坂道を下つて行く途端、二人一度に足を辷らせ谷川に真逆様に転落し、トランクの口は欠伸をして、金銀の小玉は谷川にキラキラと目を剥いて落ちて居る。タンクは早くも此様を見て小躍りし、 タンク『ヤア、此谷底に沢山の小玉が落ちて居る』 と云ひながら、身を躍らして谷底に飛び下りた。続いてエル、ワックス其他数十人折重なつて忽ち谷底に人の山を築いた。オークス、ビルマの両人は頭にひびを入れて苦し気に唸つて居る。二つのトランクをタンクは引抱へ、水の底に光つて居る金銀の小玉を砂ぐち掴んで放り込む欲深さ。次から次へやつて来て、茲に忽ち宝の取合が初まり一悶錯が起つた。 タンクは手早く二三千両の金を拾ひ、一つのトランクの底に捻込み、肩に引つかけ谷川に沿うて何処ともなく逃げて行く。 (大正一二・三・二六旧二・一〇於皆生温泉浜屋加藤明子録) |
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霊界物語 | 58_酉_イヅミの国1(猩々島) | 04 銅盥 | 第四章銅盥〔一四七九〕 タンクの会長は三千彦と相談の結果、悪酔怪を解散し神館の神殿に一同参拝し感謝祈願の祝詞を奏上し了つた。日は已に暮れて暗の帳はボトボトとテルモン山の麓より下ろされて来た。数百の会員並に町民一同はワックス以下の悪漢に誤魔化され、思はぬ暴動をつづけ大神の道に背きたる事を悔ひ、且つ懲戒の為ワックス以下四人に笞を加へ追放せむ事を主張して止まなかつた。三千彦は種々言葉を尽し、其不合理を責た。併し乍ら此町の昔からの不文律、俄に破る訳には行かぬと云ふので三千彦も止むを得ず笞刑を許した。笞打つ役はトンク、タンクの二人が当つた。ワックスには一千の笞、其外の連中には五百づつの笞を加へて放逐する事となつた。四人は杭に後向きに繋がれ、竹の根節の笞にて力限りに打たれる事となつた。三千彦は暗夜を幸ひ、四人の尻に銅の金盥を括りつけ、素知らぬ顔して居た。タンク、トンク両人は少しも覚らず松明をドンドン焚き乍らソロソロ笞を打ち初めた。一同は拍子をとつて之に和す。銅の盥の上には着物がかかつて居るから何程松明の火が明くても容易に誰の目にもつかなかつた。タンクは笞を振り上げ一節歌つてはワックスの尻をピシヤと殴る。其度毎にカンと妙な音がする。トンクはエキスの尻を目蒐けてピシヤと打つ。これ亦カンと鳴る。 『テルモン山の神館珍の聖地に仕へたる ヨーイヨーイドンと打てカーンカーン アイタタアイタタアイタタツタ家令の悴ワックスは 古今無双の悪党者エキス、ヘルマン、エルの奴 うまく騙かし如意宝珠館の宝を盗み出し ヨーイヨーイドンと打てカーンカーン アイタタアイタタアイタタツタ小国別の御夫婦に あらぬ難題塗りつけてせつぱつまつたその挙句 自分のラブした姫さまをうまく手に入れ御養子と ならうと致した悪漢だヨーイヨーイドンと打て カーンカーンアイタタアイタタアイタタツタ 此世に神のます限り悪は何時迄つづかない 蜴の様な面をして色の恋のと何の事 色と欲との二道をかけた家令の小悴奴 馬鹿を尽すも程があるヨーイヨーイドンと打て カーンカーンアイタタアイタタアイタタツタ 此奴の尻はどうしてか笞打つ度にカンカンと 怪体な音がするぢやないか面の皮まで厚い奴 お尻の皮まで厚いのかヨーイヨーイドンと打て カーンカーンアイタタアイタタアイタタツタ 三千彦さまの神司野蛮な事は止めにして 助けてやれと仰有つたそれも一応尤もだ さはさり乍ら昔からきまつた所刑を今となり どうして廃止がなるものか打たねばならぬ四人連れ お尻の皮が剥けるまでヨーイヨーイドンと打て カーンカーンアイタタアイタタアイタタツタ こりやこりやワックス初めとしエキス、ヘルマン、エルの奴 もう斯うなれば是非がない十分覚悟を相定め お尻の肉が取れる迄打つて貰つて俺等を 今迄騙し苦しめた罪の償ひするがよい ヨーイヨーイドンと打てカーンカーン アイタタアイタタアイタタツタお前がここを去つたなら テルモン山の神館宮町中は餅搗いて ポンポンポンと勇み立ち平和に其日を送るだろ 悪酔怪を組織して吾等一同を抱き込み 神の使の三千彦を苦しめまつりお館を 占領せむとの悪企みいつ迄神は許さむぞ ヨーイヨーイドンと打てカーンカーン アイタタアイタタアイタタツタ此奴のお尻は渋太いな 観音さまでもあるまいにカンカンカンと音がする 余程因果な生れつき家令の悴と生れ来て 水平会や町民に声を揃へて唄はれて 笞刑の恥を曝すとは憎い乍らもお気の毒 これも規則だ仕様がない涙を呑んで辛抱せよ ヨーイヨーイドンと打てカーンカーン アイタタアイタタアイタタツタほんとに厄介な者だなア デビスの姫やケリナ姫尊い尊いお姫様 生命を助けて下さつた求道居士の修験者 狐に狸の化物とうまく俺等を騙かして 鳩の岩窟に放り込んで夜な夜な自分が通ひ込み 種々雑多と辞を設け二人の姫の歓心を 買つて天晴色男鼻毛をよまれ涎くり 目尻を下げて出でて行くそのスタイルが見たかつた ヨーイヨーイドンと打てカーンカーン アイタタアイタタアイタタツタ二人のナイスに肱鉄を 喰つた其上スマートに腕をば咬まれ足噛まれ 半死半生と成り果てて血まぶれ姿の憐れさよ 自業自得と諦めて町民一同の志 きつい笞をば受けなされ俺等もヤツパリ人間だ 痛い苦しい其味は決して知らぬ者ぢやない それでも以後の懲戒だ涙を呑んで尻叩く 止むに止まれず尻叩くヨーイヨーイドンと打て カーンカーンアイタタアイタタアイタタツタ 斯うなりやお前も金盥叩いた様な音がする 余程お尻が腫ただろ痛いとて辛抱するが宜い たつた五百や一千の笞を受けてメソメソと 吠面かわく奴があるかお前も一度は団体の 頭となつた男ぞや男の中の男ぞと 誇つて厶つたワックスよそれに従ふ三人連れ 相も変らず無頼漢お気の毒だがもう暫し 規則通りにカンカンと神妙に打たれて置きなされ 万劫末代名が残るヨーイヨーイドンと打て カーンカーンアイタタアイタタアイタタツタ 悪酔怪の会長と町民諸君に選まれた 神力無双のタンクさま此方の腕には骨がある あんまり強う叩かねど力が充ちて居ると見え 軟かい尻を叩くのにカンカンカンと音がする こりや又如何した事だらうヨーイヨーイドンと打て カーンカーンアイタタアイタタアイタタツタ 落選したるトンクさまヤツパリ俺と同じ様に 竹の根節を振り上げてエキスの尻を打叩く ヤツパリこれも腕力備はり居ると見えまして 打つ度毎にカンカンと怪体な音が響いてゐる 尻観音か知らねども何程カンカン云つたとて 最早貫目は保たれぬカンカラカンのカンカラカン カンツクカンツクカンツクカンカンカンベラボウ、ボンボラボウ ボンボラ坊主の四つの尻ヨーイヨーイドンと打て カーンカーンアイタタアイタタアイタタツタ 何程尻を叩いても痛い痛いと云ふ計り 涙一つも零さないクスクスクスと笑つてる 余程肝の太い奴これを思へば神館 思ふが儘に占領して天下無双の美人なる デビスの姫に目をかけて思惑立てたは当然 ホンに図太い奴だな此奴の尻は不死身だらう 何程打つてやつたとてチツとも往生致さない 打てよ打て打て確り打てよヨーイヨーイドンと打て カーンカーンアイタタアイタタアイタタツタ』 トンク『さあエキスの分は済んだ。これからヘルマンだ。おい、ヘルマン無情な奴と怨めて呉れな。これも貴様の心から出た錆だから仕方がないわ。尻の結目の合はぬ事するから、シリが来るのだ。それだから俺もお前等のシリ合だけれど此町の規則によつて尻を打たねばならぬ破目となつたのだ。悪い事をするなら何故もつと尻を結んで置かないのだ。シリ滅裂の計画をやるものだから到頭終ひの尻は町民に笞刑五百と判ケツされてこんなケツい目に会ふのだ。然しまあケツ構と思へ、命とられぬ丈ケツ構だから。お姫様をケツねだの、狸だのと吐した酬いでケツ構な目に遭はなならぬのだから観念するがよいわ。いやもうカン念してるに相違ない。エキス、ワックスはカン念カン念と云つて居る。何分尻迄物云ふ時代だから馬鹿にならぬわい。これから俺が音頭とるのだ。さア辛抱せい。ワックスはまだ半分残つてる。これを思へば貴様は半分で済むのだからケツ構だぞ。 ヨーイヨーイドンと打てカーンカーン アイタタアイタタアイタタツタ家令の館へ押掛て チヨコチヨコサイサイ金銀の小玉をドツサリ強請りとり うまい汁をば吸ひよつたその証にや尻迄が ブクブク太つてケツからアさアさア痛うても辛抱せよ 俺も涙は零してる現在互に識つた仲 こんな役目を勤むるは俺も嬉しうはないけれど 止むにやまれぬ此場合ヨーイヨーイドンと打て カーンカーンアイタタアイタタアイタタツタ 此奴の尻も亦不思議又々カンカン唸り出す 顔に被つた鉄面皮此奴は尻迄鉄面だ 手詰になつた此場合いやでも打たねばならうまい 宮町中の怨霊がお前の尻に集まつて 此ケツ断になつたのだお前も決心するが宜い 打たねばならぬ此場合ヨーイヨーイドンと打て カーンカーンアイタタアイタタアイタタツタ これから此処を立出でて荒野ケ原を打渉り テルモン山を後にして運も命も月の国 デカタン高原さして行けお前によう似た悪人が 沢山集つて居ると云ふ此霊場に置くならば 又もや悪事を企み出し吾等一同に難儀をば 必ず掛るに違ひない気の毒乍ら打つてやらう ヨーイヨーイドンと打てカーンカーン アイタタアイタタアイタタツタ』 漸くにして規則通り四人は数百人に声を揃へて囃され乍ら尻を打たれた挙句、縛を解かれて、夜陰に紛れ逃げ出す途端、金盥はガランガランと音をして芝生の上に仰天してキラキラと篝火に輝いて居る。 トンク『やア、余り強く打つたので尻に血が凝つたので、斯んな大きな肉塊を落して行つた』 とよくよく見れば四つの金盥が大きな口を開けて天を眺めて居る。 トンク『ハハア、皆さま、これ御覧なさいませ。何がカンカン云ふかと思へば四人の奴の尻は此通り金になつて了ひました。ヤツパリ余り金を使つた天罰でせう』 一同は、タンク、トンクの両人が両方の手に金盥を一つづつ捧げて来て見せるのを不思議相に『ワーイワーイ』と叫んで、 『溜飲が下つた、胸がスツとした。これで飯がうまい。帰んで一杯やらうかい』 と口々に囁き乍ら各吾家を指して帰り行く。タンク、トンクの両人は無事笞刑の済んだのを報告すべく金盥を四つ、各自に抱へて神館の大神殿に進み入り、恭しく呈上した。三千彦は此場に現はれ来り、 三千『タンクさま、トンクさま、御苦労で厶いました。四人は嘸弱つたでせうな』 タンク『はい、何だか知りませぬが余り打つたものですから、此通り尻が硬くなり、血が滲んで尻の凝固を落して逃げました。然し随分元気よく何処かへ逃げましたよ、アハハハハハ』 タンク『三千彦の神の司の慈み 尻に鎧を着せ玉ひけり』 トンク『金盥とは知り乍ら大神の 恵嬉しみ打据ゑにける』 三千彦『大神の恵の露を負ひし身は 如何でか人を損ひ得べき。 皇神も二人の司の誠心を さぞ喜びて諾ひますらむ』 (大正一二・三・二八旧二・一二於皆生温泉浜屋北村隆光録) |
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霊界物語 | 60_亥_イヅミの国3/三美歌/祝詞/神諭 | 07 方便 | 第七章方便〔一五三二〕 新に建てられたアヅモス山の社の前には、アキス、カールにワードの役を命じおき、バーチルは玉国別一行其他と共に喜び勇んで、一先づ館へ帰る事となつた。スマの里人は老人少女を聖地に残し、玉国別一行を見送つて、バーチル館に従ひ行く。 元来スマの里は何れも山野田畠一切、バーチルの富豪に併呑され、里人は何れも小作人の境遇に甘んじてゐた。併し乍ら日歩み月進み星移るに従ひて、彼方此方に不平不満の声が起り出し、ソシァリストやコンミュニスト等が現はれて来た。中には極端なるマンモニストもあつて、僅かの財産を地底に埋匿し、吝嗇の限りを尽す小作人も現はれてゐた。然るに此度、アヅモス山の御造営完了と共に、一切の資産を開放して郷民に万遍なく分与する事となり、郷民は何れも歓喜して、リパブリックの建設者として、バーチル夫婦を、口を極めて賞揚する事となつた。俄にスマの里は憤嫉の声なく、各和煦の色を顔面に湛へて、オブチーミストの安住所となつた。 サーベル姫は村人の代表者を十数人膝元に集めて、一切の帳簿を取出し、快く之を手に渡し、自分は夫と共に永遠に、アヅモス山の大神に仕ふる事を約した。ここに又もや郷民の祝宴は盛大に開かれ、夫婦の万歳を祝し合うた。 さて玉国別一行はバーチルの居間に請ぜられ、各歓を尽して、尊き神の御教を互に語り合ひつつ、嬉しく其日を過ごした。 チルテル『玉国別様にお願ひが厶います。私も此通り菩提心を起し、一切の世染[※世塵(せじん)の誤字か?]を捨て、惟神の大道を遵奉し奉る嬉しき身の上となりましたのも、全く貴師の御余光で厶います。就ては宏遠微妙なる御教理も承はりたく、且又自分の歓びを衆生に分ち、神業の一端に奉仕したく存じて居りますから、三五教式の宣伝方法を御教示願ひたいもので厶います』 玉国別『それは誠に結構な思召、玉国別も歓喜の情に堪へませぬ。左様ならば吾々の大神様より直授された宣伝方法に就て、少し許り御伝へを致しませう。 神の恵を身に禀けて世人を救ひ助けむと 四方に教を開くなる至仁至愛の神司 たらむとすれば何時とても心を安く穏かに 歓喜の情を湛へつつ蒼生に打向ひ 幽玄微妙の道を説け清浄無垢の霊地にて 座床を造り身を浄め塵や芥を排除して 汚れに染まぬ衣をつけ心も身をも清くして 始めて宝座に着席し人の尋ねに従ひて 極めて平易に道を説け比丘や比丘尼や信徒や 王侯貴人さまざまの前をも怖ぢず赤心を 尽して微妙の意義を説き面貌声色和らげて 人の身魂をよく査べ因縁比喩を敷衍して 天地の道理を説きさとせ人は神の子神の宮 善言美詞の言霊を一人も嫌ふ者はない もし聴衆の其中に汝が説を攻撃し 或は非難するあれば吾身を深く省みよ 神にかなはぬ言霊を心の曲の汚れより 不知不識に発せるを必ず覚悟し得るならむ 百千万の敵とても只一言の善言に 感じて忽ち強力の神の味方となりぬべし 仮令数万の吾部下を味方となして誇るとも 只一言の悪言に感じて忽ち怨敵と 掌覆す如くなる此真諦を省みて 必ず過つ事勿れ只何事も世の中は すべて善事に宣り直し愛の善をば能く保ち 信の真をば能く悟り而して後に世の人に 真の道を説くならば如何なる外道の曲人も 決して反くものでない誠一つは世を救ふ 神の教は目のあたり現はれ来る摩訶不思議 すべて天地は言霊の御水火に仍りて創造され 又言霊の御水火にて規則正しく賑しく 治まり栄ゆるものぞかしあゝ惟神々々 真善美愛の神の道学ばせ玉へバラモンの 軍に仕へし諸人よ玉国別の神司 心の岩戸を押開き茲に一言宣り申す あゝ惟神々々神の授けし言霊の 厳の伊吹ぞ尊けれ旭は照る共曇る共 月は盈つ共虧くる共大三災の来る共 神に受けたる言霊を清く涼しく宣るならば すべての災忽ちに雲を霞と消え失せむ 守らせ玉へ言霊の善言美詞の太祝詞 心を清め身を浄め其行ひを清くして 厳の言霊宣るなれば雲井に高き天界の 皇大神もエンゼルも地上に現れます神々も 蒼生も草や木も其神徳を慕ひつつ これの教を守るべし偉大なる哉言霊の 皇大神の御活動仰ぎ敬まひ奉れ 仰ぎ敬ひ奉れ』 チルテル『バラモン教の神柱大黒主に従ひて 左手にコーラン捧げつつ右手に剣を握りしめ 折伏摂受の剣として外道の道を辿りつつ 今迄暮し来りしが玉国別の師の君に 誠の道を教へられ布教伝道の方便を いと明かに授けられ心の暗も晴れ渡り 旭の豊栄昇る如身も健かになりにけり いざ此上は真心の限りを尽して愛善の 徳を養ひ信真の覚りを開き詳細に 一切衆生を救済し天地の御子と生れたる 其本分を尽すべしあゝ惟神々々 三五教を守ります厳の御霊や瑞御霊 玉照彦や玉照姫の雄々しき聖き御柱に 従ひ奉り八十の国八十の島々隈もなく 神の教の司とし沐雨櫛風厭ひなく 神の御為世の為に所在ベストを尽すべし 守らせ玉へ惟神神の御前に赤心を 捧げて祈り奉るアヅモス山の宮司 バーチル夫婦も今よりは聖き尊き三五の 教を守り玉ひつつ東の宮と西の宮 心に隔つる事もなくいと忠実に朝夕に 仕へ玉はれ惟神神の光に照されて バラモン軍に仕へたるチルテル司が願ぎ奉る あゝ惟神々々御霊幸ひましませよ』 カンナ『キャプテンの司の君に従ひて 吾も進まむ神の大道へ』 ヘール『久方の天津御神の音信を 今目のあたり聞くぞ尊き』 チルナ姫『背の君は全く人となりましぬ 心に棲める曲のはなれて』 チルテル『わが魂はさまで悪しくは思はねど 寄りくる曲を防ぎかねつつ。 力なき吾魂も今は早や 千引の岩の動かずなりぬ』 チルナ姫『背の君の珍の言霊聞こしより 心の曲も消え失せにけり』 真純彦『師の君の初めて宣らす言霊を 聞きし吾こそ嬉しかりけり』 三千彦『斎苑館立出で月日数重ね 初めて聞きし吾師の言葉』 伊太彦『一と言へば十百千を悟るてふ 身魂ならでは詮すべもなし。 一聞いて直ちに島に打渡り 功績を立てし猩々舟哉』 三千彦『すぐに又鼻をば高め足許に 眼失ひ躓くなゆめ』 伊太彦『皇神の選りに選りたる吾魂は いかでか汝に比ぶべきやは』 真純彦『うぬぼれて深谷川に落ち込むな 慢心すればすぐに躓く』 伊太彦『吾とても誇る心はなけれ共 魂はいそいそ笑み栄え来て』 デビス姫『何事も人に先立つ伊太彦の 神の使のいとど畏き』 チルテル『伊太彦の得意や実にも思ふべし 獣の皮着し人を迎へて』 カンナ『獣とは云へど此世の人草に 優る霊を持てる尊さ』 ヘール『かく迄も人の心の曇りしかと 思へばいとど悲しくなりぬ』 アンチー『アヅモスの山に棲まへる鳥翼 人にあらねど人を見下す。 人々の頭の上を悠々と 舞ひて遊べる鷹ぞ恨めし』 バーチル『何事も天地の神の御心に 任すは人の務めなるらむ』 サーベル姫『天地の神も諾ひ玉ふらむ 心清けき此人々を』 テク『朝夕によからぬ事のみ漁りつつ 暮し来りし吾ぞうたてき。 さり乍ら恵も深き大神の 御手に救はれ勇む今日かな』 ワックス『テルモンの山を立出で今此処に 仇と思ひし人と並びぬ。 仇とのみ思ひし事は夢となり 今は救ひの神と見る哉』 エキス『相共に悪しき事のみ謀り合ひ 神を汚せし事の悔しさ。 町人の前に恥をば曝されて 尻叩かれし事ぞ恥かし。 今日よりは心の駒を立直し 進みて行かむ神の大道に』 ヘルマン『吾も亦善からぬ友に誘はれ ワックスを責めし事の愚かさ。 三五の神の司を殺さむと 大海原に待ちし愚かさ。 皇神の厳の力におぢ恐れ 今は全く猫となりけり』 エル『神館小国別の身失せしと 思ひて世人欺きし吾。 くさぐさの罪を重ねし吾なれど 救ひ玉ひぬ誠の神は。 スメールの御山に清く現れませる 神の御稜威を仰ぐ尊さ。 いかならむ魔神の襲ひ来るとも 今日の心は千代に変へなむ』 サーベル姫『吾こそは猩々姫の霊なり 玉国別に願言やせむ。 天王の宮の御跡の石蓋を 開けて竜王救ひ玉はれ』 玉国別『汝が願諾ひまつり之よりは アヅモス山の神を救はむ』 かく互に歌を取かはし、十二分の歓喜を尽し、玉国別は一同を従へ再び天王の古宮の床下を調査すべく、夜の明くるを待つて進み行く事となつた。 (大正一二・四・七旧二・二二於皆生温泉浜屋松村真澄録) |
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霊界物語 | 60_亥_イヅミの国3/三美歌/祝詞/神諭 | 21 三五神諭(その二) | 第二一章三五神諭その二〔一五四六〕 明治三十一年旧五月五日 今の世界の人民は、服装ばかりを立派に飾りて、上から見れば結構な人民で、神も叶はん様に見えるなれど、世の元を創造へた、誠の神の眼から見れば、全然悪神の守護と成りて居るから、頭に角が生えたり、尻に尾が出来たり、無暗に鼻ばかり高い化物の覇張る、暗黒の世に成りて居るぞよ。虎や狼は吾の食物さへありたら、誠に温順しいなれど、人民は虎狼よりも悪が強いから、欲に限りが無いから、何んぼ物が有りても、満足といふ事を致さん、惨酷い精神に成りて了ふて、鬼か大蛇の精神になりて、人の国を奪つたり、人の物を無理しても強奪くりたがる、悪道な世に成りて居るぞよ。是も皆悪神の霊の所行であるぞよ。モウ是からは改信を致さんと、艮金神が現はれると、厳しうなるから、今迄の様な悪のやりかたは、何時までもさしては置かんぞよ。善し悪しの懲戒は、覿面に致すぞよ。今迄好きすつ法、仕放題の、利己主義の人民は、辛くなるぞよ。速く改信致さんと、大地の上には置いて貰へん事に、変りて来るから、神が執念気を附けるなれど、知恵と学とで出来た、今の世の人民の耳には、這入かけが致さんぞよ。一度に岩戸開きを致せば、世界に大変が起るから、時日を延ばして、一人なりとも余計に改信さして、助けてやりたいと思へども、何の様に申しても、今の人民は聞入れんから、世界に何事が出来致しても、神はモウ高座から見物いたすから、神を恨めて下さるなよ。世界の神々様守護神殿、人民に気を附けるぞよ。無間の鐘を打鳴して、昔の神が世界の人民に知らせども、盲目と聾者との暗黒の世であるから、神の誠の教は耳へ這入らず、獣の真似を致して、牛馬の肉を喰ひ、一も金銀、二も金銀と申して、金銀で無けら世が治らん、人民は生命が保てん様に取違致したり、人の国であらうが、人の物であらうが、隙間さへありたら略取ことを考へたり、学さへ有りたら、世界は自由自在に成る様に思ふて、物質上の学に深はまり致したり、女と見れば何人でも手に懸け、妾や足懸を沢山に抱へて、開けた人民の行り方と考へたり、恥も畏れも知らぬ許りか、他人は何んな難儀を致して居りても、見て見ん振りをいたして、吾身さへ都合が善ければ宜いと申して、水晶魂を悪神へ引抜かれて了ふたり、徴兵を免れようとして、神や仏事に願をかける人民、多数に出来て、国の事共一つも思はず、国を奪られても、別に何とも思はず、心配も致さぬ人民ばかりで、此先は何うして世が立ちて行くと思ふて居るか、判らんと申しても余りであるぞよ。病神が其辺一面に覇を利かして、人民を残らず苦しめ様と企みて、人民のすきまをねらひ詰て居りても、神に縋りて助かる事も知らずに、毒には成つても薬には成らぬものに、沢山の金を出して、長命の出来る身体を、ワヤに為られて居りても、夢にも悟らん馬鹿な人民許りで、水晶魂の人民は、指で数へる程よりか無いとこまで、世が曇りて来て居りても、何うも此うも、能う致さん様に成りて居るくせに、弱肉強食の世の行り方をいたして、是より外に結構な世の治方は、無いと申して居るぞよ。今の世の上に立ちて居りて、今迄けつこうに暮して居りて、神の御恩といふ事を知らずに、口先ばかり立派に申して居りても、サア今といふ所になりたら、元来利己主義の守護神であるから、チリチリバラバラに、逃げて了ふもの許が出て来るぞよ。今の人民は、サツパリ悪魔の精神に化りて居るから、何程結構な事を申して知らしてやりても、今の今まで改信を能う致さんやうに、曇り切りて了ふたから神もモウ声を揚げて、手を切らな仕様が無いが、是丈神が気を附けるのに聞かずに置いて、後で不足は申して下さるなよ。神はモウ一限に致すぞよ。 今の人民は悪が強いから、心からの誠といふ事が無きやうになりて、人の国まで弱いと見たら、無理に取つて了ふて、取られた国の人民は、在るに在られん目に遭はされても、何も言ふ事は出来ず。同じ神の子で有りながら、余り非道い施政で、畜生よりもモ一つ惨いから、神が今度は出て、世界の苦しむ人民を助けて、世界中を桝掛け曳きならすのであるぞよ。今の人民は段々世が迫りて来て、食物に困る様になりたら人民を餌食に致してでも、徹底的行り抜くといふ深い仕組を致して、神の国を取らうと致して、永らくの仕組をして居るから、余程確りと腹帯を締めて居らんと、末代取戻しの成らん事が出来して、天地の神々様へ、申訳の無き事になるから、艮の金神が三千年余りて、世に落ちて居りて、蔭から世界を潰さんやうに、辛い行をいたして、経綸をいたしたので、モウ水も漏らさんやうに致して有るなれど、神は其儘では何も出来んから、因縁ある身魂を引きよせて、懸りて此世の守護をいたすのであるから、中々大事業であれど、時節参りて、変性男子と変性女子の身魂が、揃ふて守護が有り出したから、いろは四十八文字の霊魂を、世界の大本、綾部の竜宮館にボツボツと引き寄せて、神がそれぞれ御用を申し付けるから、素直に聞いて下さる人民が揃ふたら、三千年余りての仕組が、一度に実現て来て一度に開く梅の花、万古末代萎れぬ花が咲いて、三千世界は勇んで暮す神国になるぞよ。人民の天からの御用は、三千世界を治め、神の手足となりて、吾身を捨てて、神の御用を致さな成らぬのであるから悪には従はれぬ、尊い身魂であるのに、今の世界の人民は、皆大きな取違ひを致して居るぞよ。 ○ 明治三十二年…月…日 艮の金神が出口直の手を借りて、何彼の事を知らすぞよ。今迄は世の本の神を、北の隅へ押籠めておいて、北を悪いと世界の人民が申して居りたが、北は根の国、元の国であるから、北が一番に善くなるぞよ。力の有る世の本の真正の水火神は、今迄は北の極に落されて、神の光を隠して居りたから、此世は全然暗黒でありたから、世界の人民の思ふ事は、一つも成就いたさなんだので在るぞよ。是に気の付く神も、人民も、守護神も無かりたぞよ。人民は北が光ると申して、不思議がりて、種々と学や知識で考へて居りたが、誠の神々が一所に集りて、神力の光りを現はして居ると申す事を知らなんだぞよ。モウ是からは、世に落されて居りた活神の光りが出て、日の出の守護となるから、其処辺中が光り輝いて、眩うて目を明けて居れんやうに、明かな神世になるぞよ。今迄の夜の守護の世界は、明の烏と成りて来て、夜が明るから、それまでに改信を致して、身魂を研いて水晶魂に立帰りて居らんと、ヂリヂリ悶える事が出来致すから、今年で八年の間、神は気を附けたなれど、余り世界の人民の心の曇りがきつき故に、何を言ふて聞かしても、筆先に書いて見せても誠にいたさぬから、出口直は日々咽喉から血を吐くやうな思ひを致して、世界の為に苦労をいたして居るのを、見て居る艮の金神も辛いぞよ。胸に焼鉄あてる如く、一人苦みて居るぞよ。人民は万物の長とも申して、豪さうに致して居るでは無いか。鳥獣でも、三日先の事位は知りて居るのに、人民は一寸先が見えぬ所まで曇りて居るから、脚下へ火が燃えて来て居りても、未だ気が附かぬぞよ。能うも是だけ人民の霊魂も、曇りたものであるぞよ。障子一枚ままならぬ所まで精神を汚して置いて、何も判らぬ癖に神を下に見降して居る、人民の中の鼻高が、上へのぼりて、此世の守護をいたしても、一つも思ふやうに行きはいたさんぞよ。此世は、元の生神の守護が無かりたら、何程知識や学で考へても、何時までも世界は治まらんぞよ。一日も速く往生いたして、神の申す様に致さねば世界の人民が可哀想で、神が黙つて見て居れんから、今度は北から艮の金神が現はれて、世界を水晶の世にいたして、善と悪とを立別けて、善悪の懲戒を明白にいたして、世界の人民を改信させて、万古末代動きの取れん、善一筋の世の持方を致すから、是迄の世とは打つて変りての善き世といたして、神も仏も人民も、勇んで暮す松の世、神世といたして、天の大神様へ御目に掛るのであるぞよ。夫れまでに一つ大峠が在るから、人民は速く改信いたして、神心に立還りて下されよ。神は世界を助けたさの、永い間の苦労であるぞよ。昔の神世に立替へる時節が来たぞよ。今迄は日没が悪いと申したが、世が代ると日没が一番善く成るぞよ。日没に初めた事は、是から先の世は、何事も善き事なれば成就いたすぞよ。夫れも神をそつち除けにいたしたら、物事一つも成就いたさぬ世に変るから、何よりも改信致して、霊魂を研くが一等であるぞよ。時節が来たぞよ。モウ間が無いぞよ。 ○ 明治三十二年旧七月一日 竜門の宝を艮の金神がお預り申すぞよ。竜門には宝は何程でも貯へてあるぞよ。岩戸開きが済みて立直しの段になりたら間に合ふ宝であるぞよ。昔から此乱れた世が来るから、隠してありたのぢやぞよ。御安心なされ。艮金神大国常立尊が、神功皇后殿と出て参る時節が近よりて来たぞよ。此事が天晴表に現はれると、世界一度に動くぞよ。モウ水も漏さぬ経綸が致して有るぞよ。開いた口が塞がらぬ、牛糞が天下を取るぞよ。珍らしい事が出来るぞよ。アンナものがコンナものに成りたと、世界の人民に改信致させる仕組であるから、チト大事業で有れども、成就いたさして、天地の大神へ御目に掛けるから、艮の金神はカラ天竺までも鼻が届くぞよ。この仕組は永らく世に落ちて居りての、艮の金神の経綸であるから、神々にも御存知ない事があるから、人民は実地が出て来る迄はヨウ承知を致さんぞよ。是でも解けて見せてやるぞよ。今度の二度目の天の岩戸開は、因縁の在る身魂でないと、御用には使はんぞよ。神の御役に立るのは水晶魂の選抜ばかり、神が綱を掛けて御用を致さすのであるから、今迄世に出て居れた守護神は、思ひが大分違ふぞよ。是も時節であるぞよ。時節には何も敵はんぞよ。上下に復るぞよ。 艮金神大国常立尊の三千年の経綸は、根本の天の岩戸開で有るから、悪の霊魂を往生さして、万古末代善一つの世に致すのであるから、神の国に只の一輪咲いた誠の梅の花の仕組で、木花咲哉姫の霊魂の御加護で、彦火々出見尊とが、守護を遊ばす時節が参りたから、モウ大丈夫であるぞよ。梅で開いて松で治める、竹は邪神の守護であるぞよ。此経綸を間違はしたら、モウ此の先はどうしても、世が立ちては行かんから、神が執念う気を付けて置くぞよ。明治二十八年から、三体の大神が地へ降りて御守護遊ばすと、世界は一度に夜が明けるから、三人の霊魂を神が使ふて、三人世の元と致して、珍らしき事を致さすぞよ。いろは四十八文字で、世を新つに致すぞよ。此中に居る肝腎の人に、神の経綸が解りて来て改信が出来たら、世界に撒配りてある身魂を、此大本へ引寄せて、神の御用を致さすから、左程骨を折らいでも経綸は成就いたすから、何事も神の申す様にして居りて下されよ。今度の事は知識や学では到底可んから、神の申す事を素直に聞いて下さる身魂でないと、神界の御用には使はんぞよ。此の大本は外の教会のやうに、人を多勢寄せて、それで結構と申す様な所でないから、人を引張りには行つて下さるなよ。因縁ある身魂を神が引寄せて夫れ夫れに御用を申し附けるのであるぞよ。 大本の経綸は病気直しで無いぞよ。神から頂いた結構な身魂を、悪の霊魂に汚されて了ふて、肉体まで病魔の容器になりて、元の大神に大変な不孝を掛けて居る人民が病神に憑かれて居るのであるから素の水晶魂に捻じ直して、チツトでも霊魂が光り出したら、病神は恐がりて逃げて了ふぞよ。此の大本は医者や按摩の真似は為さんぞよ。取次ぎの中には、此の結構な三千世界の経綸を、取違ひ致して、病直しに無茶苦茶に骨を折りて肝腎の神の教を忘れて居る取次が多数在るが、今迄は神は見て見ん振を致して来たが、モウ天から何彼の時節が参りて来たから、今迄の様な事はさしては置かんから、各自に心得て下されよ。是程事解けて申す、神の言葉を反古に致したら、已むを得ず気の毒でも、天の規則に照して懲戒を致すぞよ。今の神の取次は、誠と云ふ事がチツトも無いから、吾の目的計り致して、神を松魚節に致して、却て神の名を汚して居る、天の罪人に成りて居るぞよ。大本の取次する人民は、其覚悟で居らんと世界から出て来だすから、恥かしくなりて、大本へは早速に寄せて貰へん事が出来いたすから、永らく神が出口に気を付けさしたぞよ。モウ改信の間が無いぞよ。神はチツトも困らねど、取次が可愛相なから。 艮金神が表になると、一番に悪所遊びを止めさすぞよ。賭博も打たさんぞよ。家の戸締りも為いでもよき様に致して、人民を穏かに致さして、喧嘩も無き結構な神世に致して、天地の神々様へ御目に掛けて、末代続かす松の世と致すぞよ。 ○ 明治三十四年旧三月七日 元伊勢のうぶだらひと、産釜の水晶の御水は、昔から傍へも行かれん尊い清き産水でありたなれど、今度の天の岩戸開に就いて、因縁のある霊魂に御用をさして、世を立直すには、昔の元の水晶の変らん水を汲りに遣らしてあるぞよ。艮金神の指図でないと、此水は滅多に汲りには行けんのであるぞよ。神が許可を出したら、何処からも指一本触る者もないぞよ。今度の元伊勢の御用は、世界を一つに致す経綸の御用であるぞよ。もう一度出雲へ行て下されたら、出雲の御用を出来さして、天も地も世界を平均すぞよ。此御用を済して下さらんと、今度の御用は分明かけが致さんぞよ。解りかけたらば速いぞよ。天の岩戸開きは水の守護と火の守護とで致すぞよ。岩戸開きを致すと申して居りても如何したら世が変ると云ふ事は、世に出て御出でる神様も御存知はないぞよ。肝腎の仕組は今の今迄申さぬと出口に申してあるぞよ。まだまだ在るぞよ。天の岩戸開と言ふ様な大望な事には、誰にも言はれん事があるのぢやが、其御用は出口でないと出来んぞよ。今度の御用をさす為に、昔から生代り死代り、苦労ばかりが為して在りた、変性男子の身魂であるぞよ。此の変性男子が現はれんと世界の事が出て来んぞよ。神柱会開きは人民が何時まで掛りても開けんと申してあるぞよ。神が開いて見せると申して、先に筆先に出してあらうがな。時節が近寄りたぞよ。 世界一度に開くぞよ。一度に開く梅の花、金神の世に致して早く岩戸開をいたさんと、悪く申すでなけれども、此世は此の先は如何成るかと言ふ事を御存知の無い神ばかりであるぞよ。 (大正一二・四・二五旧三・一〇北村隆光再録) |
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霊界物語 | 60_亥_イヅミの国3/三美歌/祝詞/神諭 | 24 三五神諭(その五) | 第二四章三五神諭その五〔一五四九〕 大正四年旧十一月二十六日 大国常立尊が三千世界の、上中下と三段に分けてある霊魂を、それぞれに目鼻を付けて、皆を喜ぶやうに致すのは、根本の此世を創造へるよりも何程気骨の折れる事ぢや、人民では分らん事であるぞよ。初発の悪の霊魂は悪の事なら何んな事でも出来るから、茲まで世界中を悪で搦みて了ふて、善と云ふ道は通らぬやうに致して来た悪神の、頭を露はして、トコトン往生を為せて、又次に中の守護神を改信さして、下の守護神も続いて改信させねば神世には成らんぞよ。下の守護神が一番に何彼のことが解らんなれど、改信を致さねば、何うしても改信いたすやうに、喜ばして改信させねば、叱る計りでは改信の出来ぬ守護神も在るなり、何も解らん守護神の如何にも成らぬドウクヅは天地の規則通りに致して、埒宜く致さねば仕様はモウ無いぞよ。此の先で何時迄も改信の出来ぬ悪魔に永う掛りて居りて、岩戸開きの出来んやうな邪魔を致した守護神は、気の毒が今に出来致すぞよ。是丈け気を附けて知らして居るのに、改信の出来ん悪魔に成り切りて居る霊魂の宿りた肉体は、可哀想でも天地から定まりた規則通りの成敗に致すぞよ。もう何時までも解らんやうな守護神を助けて置いたら、世界が総損害に成りて、茲まで神が苦労いたした骨折が水の泡に成りて了ふぞよ。夫れでは永らく神が苦労いたした甲斐が無くなりて、天の大神様へ申訳が立たんなり、神は守護神人民を助けたいのは、胸に一杯であるから、もう一度気を附けて置くから、何事が出て来ても神に不足は申されまいぞよ。是からは悪神の守護神の好きな事も、悪き事も出来んやうに、天地から埒を附けるから、何処を恨む事も出来ず、自己の心を恨める事も出来んやうになるぞよ。天地の先祖の神は、善の守護神も悪の守護神も皆を喜ばしたいと思ふて、色々と永らく気を附けたなれど、ドウクヅの蛆虫同様の醜しき聞解の無いものは、一処へ集して固めて灰にして了ふから、悪いものに悩められて生命を取られるやうな肉体は、蛆虫同様、悪神の眷族と、も一つ下な豆狸といふやうな論にも杭にもかからんものに弄びに遇うて居るのは、肝腎の神の綱の切れて居る身魂であるぞよ。こんな守護神の宿りて居る肉体は取払ひに為て了ふて此世界の大掃除を初めるぞよ。 天地の先祖の苦労の解らん身魂は、蛆虫同様であるから、斯んな身魂は世の汚穢と成るから、神界の経綸通りに致して埒能く岩戸を開かな、後の立直しが中々大望であるから経綸通りにして見せるぞよ。さう致すと神は善一つなれど、何も解らん世界の人民が悪の守護神に引かされて、矢張り艮金神は悪神でありたと申すぞよ。細工は流々仕上が肝腎であるぞよ。天地の神の御恩も判らぬやうな、畜生より劣りた、名の附けやうの無いものは、末代の邪魔になるから、天地の規則通り規めるから、悪の守護神の中でも改信の出来たのは、今度の岩戸開きに焼払ひになる所を救けてやるぞよ。蛆虫の中からでも救かるべき身魂が在れば択出して善の方へ廻して遣るぞよ。 天の大神様が、いよいよ諸国の神に、命令を降しなされたら、艮金神国常立尊が総大将となりて、雨の神、風の神、岩の神、荒の神、地震の神、八百万の眷属を使ふと、一旦は激しいから、可成は鎮まりて世界の守護を為せるなれど、昔の生粋の神国魂の活神の守護と成りたら、此中へ来て居る身魂に申附けてある事を、皆覚えて居るであらうが、一度申した事は其様に致すから、神の申す事を一度で聞く身魂でないと、充分の事は無いぞよ。もう神からは此の上人民に知らせる事は無いから、大峠が出て来てから、如何様でも改信をしますで赦して下されと何程申しても、赦す事は出来んぞよ。是程大望な昔からの仕組を今になりて変へる様な事を致して居りたら、二度目の天の岩戸開きの大きな経綸が成就致さんぞよ。根本から大洗濯を致して、末代世界の口舌が無いやうに致して、神界の害をする霊魂が、学で此世を暗闇にして了ふて、正味のない教やら、やりかたは、世の大本からの教でないから、途中から出来たものは、末代の世の遣り方には用ゐんぞよ。 今の上に立ちて居る守護神は科学ほど結構なものは無いと申して、渡りて来られん霊魂が、神を抱込みて、好き寸法に致して、此先をモ一つ悪を強くして、悪で末代建てて行かうとのエライ目的でありたなれど、もう悪の霊や学の世の終りと成りたぞよ。本の神世へ戻りて、天と地との先祖が末代の世を持たねば、他の霊魂では此世は続かん、口舌の絶えると云ふ事は無いぞよ。 大国常立尊が変性男子の霊魂の宿りて居る肉体を借りて、末代の世を受取りて、世の本の生粋の誠の生神ばかりが表に現はれて、天地の先祖の御手伝ひで、数は尠いなれど神力は御一柱の生神の御手伝ひが在り出しても、霊魂の神が何程沢山でも、本の生神の力には敵はんから、同じ様な事を申して細々と今に続いて知らして居るなれど、途中に出来た枝の神やら、渡りて来て居る修業なしの利己主義の遣方の守護神では、肝腎の事は解りは致さんぞよ。誠の事の解る大本へ出て来て、いろはからの勉強を致さねば、学は金を入れた丈の力は出るなれど、天から貰うた霊魂に附いた生来の力でないから、物質の世の間は結構でありたなれど、もう物質の世の終りとなりたから、今迄の学では二度目の天の岩戸開きには些少も間に合はんぞよ。 ○ 大正四年旧十二月二日 大国常立尊変性男子の霊魂が現はれて、三千世界の三段に別けて在る御魂を、夫れ夫れに立替へ立別けて、目鼻を附けて、先づ是で楽ぢやと申すやうに成るのは、大事業であるぞよ。二度目の天の岩戸開は、戦争と天災とで済むやうに思ふて、今の人民はエライ取違ひを致して居るなれど、戦争と天災とで人の心が直るのなら、埒能う出来るなれど、今度の天の岩戸開は、其んな容易い事でないぞよ。昔からたてかへは在りたなれど、臭い物に蓋をした様な事ばかりが仕て有りたので、根本からの動きの取れんたてかへは、致して無いから、これ迄のやりかたは、身魂は尚悪くなりて、総曇りに成りて居るから、今度は一番に、霊魂界の岩戸開であるから、何に付けても大望であるぞよ。是程曇り切りて居る、三千世界の身魂を水晶の世に致して、モウ此の后は、曇りの懸らんやうに、万古末代、世を持ちて行かねば成らんから、中々骨の折れる事であるぞよ。 天地の大神の思ひと、人民の思ひとは、大きな違ひであるから、何に付けても、今度の仕組は、人民では汲み取れんぞよ。人民一人を改信させるのにも、中々に骨が折れようがな。今度の二度目の天の岩戸開は、昔の初まりから出来て居る、霊魂の立替立直しで在るから、悪い霊魂を絶滅して了ふてするなら、容易く出来るなれど、悪の霊魂を善へ立替へて、此世一切の事の行り方を替へて、神法をかへて、新つの世の純粋の元の水晶魂にして了ふのであるから、今の人民の思ふて居る事とは、天地の大違ひであるから、毎度筆先で気を附けてあるぞよ。 あやべの大本の中には、世界の人民の心の通りが、皆に仕て見せてあるぞよ。世界の鏡の出る所であるから、世界に在る実地正末が、皆にさして見せて在るから、色々と心配をいたして居るなれど、何んなかがみも仕て見せて在るから、世界が良くなる程、この大本は善くなるぞよ。今ではモチツト、何事も思ふやうに無いのであるぞよ。 世界の事が、皆大本に写るから、夫れで、此中から行状を善く致さんと、世界の大本となる、尊い所であるから、何事も筆先通りに為て行かねばならんぞよ。是までの世のやりかたは、神の国では用ゐられん、邪神の極悪のやり方に、変りて了ふて居るのを、盲者聾者のやうな世界の人民は、知らず知らずに、させられて居りたのであるから、分らんのは尤もの事であるぞよ。誠の神が抱込まれて、神の精神が狂ふて居るのであるから、人民が悪う成るのは当然であるぞよ。 モ一つ此の先を悪を強く致して、この現状で世を建てて行くどいらい仕組をして居るなれど、モウ悪の霊の利かん時節が循環てきて、悪神の降服いたす世になりて来たから、吾の口から吾が企みて居りた事を、全然白状いたす世になりたぞよ。 世界の御魂が、九分まで悪に化りて、今まで世を持ち荒して来た守護神に、改信の出来かけが、何の様にも出来んから、神も堪忍袋を切らして、一作に致せば八九分の霊魂が悪く成るし、改信致さす暇が、モウ無いし、是程この世に大望な事は、昔から未だ無い、困難な二度目の天の岩戸開であるのに、何も分らぬ厄雑神に使はれて居ると、何も判らんやうになるぞよ。 まことの行も致さずに、天地の先祖を無視して、悪のやりかたで世界の頭になりて、此先を悪をモ一つ強く致して、まぜこぜで行りて行ことの初発の目的通りに此所まではとんとん拍子に面白い程上り来たなれど、此神国には深い経綸が世の元から致して在りて、九分九厘まで来たぞよ。 悪神の仕組も、九分九厘までは来たなれど、モウ輪止りとなりて、前へ行く事も出来ず、後へ戻る事も出来んのが、現今の事であるぞよ。仕放題の利己主義の行方で、末代の世を悪で建てて行くことの目的が、今までは面白い程のぼれたなれど。 神の国には、チツト外の御魂には判らん経綸が為てあるから、人も善、吾も善、上下揃ふて行かねば、国の奪り合ひを為るやうな、見苦敷性来では、世は永久は続かんぞよと申して、筆先に出して、気を附けてあるぞよ。 斯世は善と悪とが有りて、何方でこの世が立つかと言ふことを末代続かせねば成らん世であるから、何事も天地から為してあるのであるぞよ。吾が為て居るのなら、何事も思ふたやうに行けんならんのに、何うしても行けんのが、神から皆為せられて居る証拠であるぞよ。善の道は、苦労が永いなれど、此の先は末代の世を続かすので中々念に念が入るぞよ。 善の行は永いなれど、善の方には、現界幽界に何一つ知らん事の無い様に、世の元から行が為してあるから、此先は、悪の仕放題に行無しに出て来た守護神が辛くなるぞよ。如何な事も為ておくと、何事も堪れるなれど、行無しの守護神に使はれて居ると、世の終ひの初まりの御用は勤まらんぞよ。 善と悪との変り目であるから、悪の守護神はヂリヂリ悶える様になるから、一日も早く改信致して、善の道に立帰らねば、モウこれからは貧乏動きも為さんぞよ。善の守護神は数は尠いなれど、何んな行も為してあるから、サア今と云ふ様に成りて来た折には、何程烈しきことの中でも、気楽に神界の御用が出来るから、一厘の御手伝で、神の本には、肝腎の時に間に合ふ守護神が拵へてありて、世界の止めを刺すのであるぞよ。神の国は小さうても、大きな国にも負は致さんぞよ。神国は世界から見れば、小さい国であれど、天と地との、神力の強い本の先祖の神が、三千世界へ天晴と現はれて、御加勢あるから、数は少うても、正味の御魂ばかりで、何んな事でも致すぞよ。何程人数が多くても、何の役にも立たぬ蛆虫計りで、善い事は一つも能う為ずに、邪魔計りを致すから、世界の物事が遅くなりて、世界中の困難であるが、未だ気の附く守護神が無い故に、何時までも筆先で知らすのであるぞよ。 天地の御恩も知らずに、利己主義で茲まで昇りつめて来た悪の守護神に、改信の為せかけが出来んので、何事も遅くなりて、総損害に、上から下までの難渋となるから、明治廿五年から、今ぢや早ぢやと申して、引掛戻しに致して、気附く様に知らしても、元からの思ひが大間違で在るから、世界の岩戸開の九分九厘と成りた所で、ジリジリ舞ふ事が見え透いて居るから、気を附けるぞよ。 天地の先祖の、思ひの判りて居る守護神と人民は、今に無いぞよ。是程暗がりの世の中へ、世の元の正真の水火神が揃ふて表はれても、恐い計りで、腰の抜けるものやら、顎が外れて早速に物も能う言はん様な守護神や、人民が沢山出来る許りで、神の目からは間に合ひさうに無いぞよ。 判りた御魂の宿りて居る肉体でありたら、何んな神徳でも授けるから、此神徳を受ける御魂に使はれて居りたら、一荷に持てん程、神徳を渡すから、其貰ふた神徳に光りを出して呉れる人民で無いと、持切りにしては天地へ申訳が無いぞよ。 ○ 大正五年旧十一月八日 あまり此世に大きな運否があるから、口舌が絶えんから、世界中を桝掛を引いて、世界の大本を創造た、天と地との先祖の誠で、万古末代善一つの道で世を治めて、口舌の無い様に致すぞよ。天は至仁至愛真神の神の王なり、地の世界は根本の国常立尊の守護で、神国の、万古末代動かぬ神の道で治めるぞよ。吾好しの行り方では、此世は何時までも立たんぞよ。この世界は一つの神で治めん事には、人民では治まりは致さんぞよ。悪神の仕組は世が段々と乱れる計りで、人民は日に増に、難渋を致すものが殖える許りで、誠の神からは目を明けて見て居られんから、天からは御三体の大神様なり、地は国常立尊の守護で、竜宮様の御加勢で、元の昔の神の経綸通りの松の世に立替致して、世界中を助けるのであるから、中々骨が折れるぞよ。モウ時節が近よりたぞよ。用意をなされよ。脚下から鳥が立つぞよ。天地の先祖の神々を粗略に致して、神は此世に無い同様にして東北へ押込めて置いて、世界の大将に成りて、悪の血統と眷属の何も知らぬ悪魔を使ふて末代世を立て様と思ふて、エライ経綸をして居れど、世の本からの天地を創らへた、其儘で肉体の続いてある、煮ても焼いても引裂いても、ビクともならん生神が、天からと地からと両鏡で、世界の事を帳面に附け止めてある同様に、判りて居るから、モウ神界には動かぬ仕組が致してあるから、世界の人民は一人なりと、一日も早く大本へ参りて、神の御用を致して、世界中を神国に致す差添へに成りて下されよ。上下揃ふて神国の世に世界中を平均すぞよ。 今の世界の人民は、現世に神は要らんものに致して、神を下に見降し、人民よりエライものは無き様に思ふて居るが見て御座れよ、岩戸開の真最中に成りて来ると、智慧でも学でも、金銀を何程積みて居りても、今度は神にすがりて、誠の神力でないと大峠が越せんぞよ。今度は神が此世に有るか無いかを、解けて見せて遣るから、悪に覆りて居る身魂でも善へ立ち返らな、神の造りた陸地の上には、居れん様になるから、改信を致して身魂を能く研いて居らんと、何彼の時節が迫りて来たから、万古末代取戻しの成らん事が出来致すから、今に続いてクドウ気を附けるのであるぞよ。是丈けに気を附けて居るのに聞かずして、吾と吾身を苦しめて最後で改信を致してもモウ遅いぞよ。厭な苦しい根の国底の国へ落されるから、さう成りてから地団太踏みてジリジリ悶えても、そんなら赦してやると云ふ事は出来んから、十分に落度の無いやうに、神がいやになりても、人民を助けたい一心であるから、何と云はれても今に気を附けるぞよ。 これからは筆先通りが、世界に現はれて来るから、心と口と行ひと三つ揃ふた誠でないと、今度神から持たす荷物は重いから、高天原から貰ふた荷が持てん様な事では、余所から人が沢山出て来だすから、其時に恥かしう無いやうに、腹帯を確り締めて居らんと、肝腎の宝を取外す事が出来るぞよ。今度は此大本に立寄る人民に、神からの重荷を持たすから、各々に身魂を十分に研いて置いて下されよ。ドンナ神徳でも渡して、世界の鑑に成る様に力を附けてやるぞよ。改信と申すのは何事に由らず、人間心を捨てて了ふて、知識や学を便りに致さず、神の申す事を一つも疑はずに生れ赤子の様になりて、神の教を守る事であるぞよ。霊魂を研くと申すのは、天から授けて貰ふた元の霊魂の命令に従ふて、肉体の心を捨て、本心に立返りて、神の申す事を何一つ背かん様に致すのであるぞよ。学や知識や金を力に致す内は、誠の霊魂は研けて居らんぞよ。 この天の岩戸開を致すには、学でも、悧巧でも、知識でも、金銀でも、法律でも、行かんぞよ。兵隊計りの力でも行かず、今の政治の行り方では、猶行かず、今迄の色々の宗教でも猶行かず、今の学校の教でも行かず、根本の天の岩戸開であるから、今の人民の思ふて居る事とは、天地の相違であるから、世界の人民が誠にいたさんから神は骨が折れるのであるぞよ。天地の間の只の一輪咲いた梅の花の経綸で、万古末代世を続かすのであるから、人民には判らんのも尤もの事であるぞよ。 九つ花が咲きかけたぞよ。九つ花が十曜に成りて咲く時は、万古末代しほれぬ神国の誠の花であるぞよ。心の善きもの、神の御役に立てて、末代神に祭りて此世の守護神といたすぞよ。此世初まりてから、前にも後にも末代に一度より無い、大謨な天の岩戸開であるから、一つなりとも神の御用を勤めたら、勤め徳であるぞよ。それも其人の心次第であるぞよ。神は無理に引張りは致さんぞよ。 是だけ蔓りた悪の世を治めて、善一つの神世に致すのであるから、此の変り目に辛い身魂が多人数あるから改信々々と一点張りに申して、知らしたのであるぞよ。早い改信は結構なれど、遅い改信は苦しみが永い許りで、何にも間に合はん事になるぞよ。艮金神で仕組致して、国常立尊と現はれて、善一つの道へ立替るのであるから、経綸通りが世界から出て来だすと、物事が早くなるから、身魂を磨いて居らんと、結構な事が出て来ても、錦の旗の模様が、判らんやうな事では成らんぞよ。今迄苦労いたした事が、水の泡になりてはつまらんから、大本の辛い行を勇んでいたす人民でありたら、神が何程でも神力を授けるから、ドウゾ取違ひをせぬやう慢心の出ぬ様に心得て居りて下されよ。世界の神、仏、耶、人民の為に、神が永らく苦労を致して居るぞよ。 (大正一二・四・二七旧三・一二於竜宮館北村隆光再録) |
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霊界物語 | 60_亥_イヅミの国3/三美歌/祝詞/神諭 | 25 三五神諭(その六) | 第二五章三五神諭その六〔一五五〇〕 大正六年旧二月九日 神の国には、世の根本の大昔から、天地の先祖が仕組が致してあるので、二度目の天の岩戸開は末代に一度より為られんのであるから、何に附けても大謨な事であるぞよ。肝腎の事は、あとへ廻はして何も知らぬ厭な方の神や、下劣の守護神が大事の仕組も知らずに、利己主義の経綸でここまでトントン拍子に出て来たなれど、九分九厘といふ所で往生致さなならん世になりたぞよ。 九分九厘の御魂が天地の御恩といふ事が判りて来たなれば、現世は斯んな惨い事に成りはせんなれど、盲目や聾と同じ事で、全然暗黒界であるぞよ。今の守護神と人民とは岩戸開の手伝致すどころか、大きな邪魔を致すぞよ。悪の方から見れば、誠の方が悪に見えて、悪の方が善く見えるので、何事も皆逆様ばかりより出来んのであるぞよ。 悪の守護神が大本の中へ這入りて来て、何彼の邪魔を致すから、気ゆるしは些とも出来んから、物事が遅くなりて、世界中の苦しみが永うなると申す事が毎度筆先に出して知らしてあるぞよ。大本には、世界の事が映るから、大本の中の様子を見て居りたら、世界の事の見当が、明白に判りて来るぞよ。筆先に一度出した事は、チト速し遅しは在るなれど、毛筋も違はん事許りであるから、皆出て来るぞよ。霊の本の国と申しても、惨い事に成りて居るのを、知りて居る守護神も、人民も、誠になさけ無いほど尠いから今の世界の困難であるぞよ。神国魂と申して威張りて居れど、神国魂の性来はチツトも無いやうに惨い事になりて居るぞよ。 世界を一つに丸めて、神国の世に致すには、此世を拵へた天と地との根本の真で治める時節が参りて来たから、明治二十五年から今に続いて知らしてあるぞよ。世界の今度の大戦争は世界中の人民の改信の為であるぞよ。まだまだ是では改信が出来ずに、神の国を取る考へを致して居るぞよ。神の国は神の誠の守護致してある国であるから、何程邪神に神力が沢山ありたとて、知識や学がありたとて、神国には到底も叶はん仕組が世の本から致してあるから、九分九厘で掌を返して、万古末代潰れぬ守護を致して三千世界を丸めて人民を安心させ、松の世、仁愛神の世、神世といたして、天地へ御目に掛ける時節が近うなりたぞよ。天地の間に一輪咲致梅の花、三千世界を一つに丸めて一つの王で治めるぞよ。悪神のしぐみは、今迄はトントン拍子に来たなれど、九分九厘でもう一足も先へも行けず、後へも戻れず、往きも帰りも成らんといふのが、今の事であるぞよ。茲へ成りた所で、悪神の頭が充分改信を致して、善へ立返りて、善の働きをいたさんと、世界中の何も知らん人民が、此先でエライ苦しみを致すぞよ。此の大本の中にも、悪の身魂の守護神が化けて来て居るが、もう化けを現はして、皆に見せてやるぞよ。 ○ 大正七年旧正月十二日 三千世界一度に開く梅の花、艮金神の守護の世になりたぞよ。明治二十五年から出口直の手を借り口を借りて知らした事の、実地が現はれる時節が近寄りて来たぞよ。今迄の世は悪神の覇張る世で何事も好き寸法、利己主義の行り方で、此世を乱して来たが、モウ是からは昔の元の生神が世に現はれて、三千世界を守護やうに時節が参りたから、思ひの違ふ守護神人民が大多数に出来て来るぞよ。今度の二度目の天の磐戸開きは、悪の身魂が毛筋の横巾でも混りてありたら成就いたさぬ大謨な末代に一度より為られん神界の経綸であるから、茲まで悪神の覇張りた暗黒の世を生粋の水晶の如うな明かな、何時までも変らぬ神世に致さねば成らぬから、神も中々骨の折れる事であるぞよ。 昔のミロク様の純粋の、何時になりても変らぬ其儘の秘密の経綸の凝結で、末代動かん巌に松の仕組、何神にも解らぬ様に為てある善一つの誠の道であるから、途中に精神の変るやうな身魂では出来も致さず、判りもせぬぞよ。此世の元を創造へて、世界中の一切の事、何一つ知らんといふ事のない身魂でないと、今度の二度目の天の岩戸開は、世界を創造へるよりも、何程骨が折れるか知れんぞよ。限り無しの潰されぬ末代の経綸、天の岩戸開といふことは、爰まで悪神が覇張りて、モ一つ奸賢しこう人民をいたして、未だ未だ悪神の力を強くして、善神の道は立てさせぬ如うに体主霊従主義で貫く、仕組を致して居るから、神国の人民は余程魂を研いて、水晶魂を元に研いて光を出して置かねば、万古末代邪神の自由に為られて了ふぞよ。 昔から露国へ上りて居りた悪神の頭目が、モ一つ向ふの国へ渡りて、人民の頭を自由自在に、吾の思惑どほりに悪を働き、世界中の大困難を構はず、何処までも暴れて暴れて暴れまはして世界を苦しめ、又露国を自由に致して吾の手下に附けて、今に神国へ出て来る経綸を致して居るが、そんな事にビクつく如うな守護神、人民でありたら到底続きは致さんぞよ。是から神が蔭から手伝ふて軍隊に神力を附けて与るから、今度は大丈夫であれども、国と国同士が戦争は到底叶はんと申して、可い加減な事で仲直りを致して、一腹になつて、今度は押詰めて来るから、守護神も人民も腹帯を締て掛らな、万古末代取返しの出来ん事になるぞよ申して、明治二十五年から出口直の手を藉り口を藉りて、知らして置いた事の実地が、迫りて来たぞよ。邪神は悪が強いから、ドコ迄も執念深う目的の立つ迄行り通すなれど、九分九厘と云ふ所まで来た折に、三千年の神が経綸の奥の手を出して、邪神を往生いたさすので在るから、大丈夫であれども、罪穢の深い所には罪穢の借銭済しが在るから今の中に改信を致さんと、神国にも酷しい懲罰が天地から在るぞよ。霊主体従主義の行り方で、末代の世が立つか、体主霊従の施政方針で世が末代続く乎、今度は善と悪との力量比べであるから、勝ちた方へ末代従うて来ねばならぬぞよ。それで神界は茲まで煉に煉たので在るぞよ。 この先に善一つの誠の道を立貫かねば、斯世に安住て貰へんやうに酷しく成るから、爰まで永らく言ひ聞かしたので在るぞよ。善と悪との境界の大峠であるから、爰まで充分に煉らねば、悪の性来には聞けんから、今の今まで煉りたのであるが、チツトは腹へ浸み切りて居る身魂が在るであらう。爰まで言ひ聞かしても判らん如うな身魂は、体能く覚悟をいたさんと、是迄のやうな心で居りたなら、又天地を汚して了ふから、善へ心底から従ふ身魂で無いと、今迄の如うな心の人民が在りたら総損害になりて、モ一つ遅れるから、艮金神も助けて遣る事も出来ず、天の御三体の大神様へ申訳が無いやうな事になりて来るから、止むを得ず気の毒でもモウ経綸どほりに致すぞよ。天の岩戸開が段々と近寄りたから、是までの如うな事には行かんから、一か八かと云ふ事を、悪の頭に書いて見せて置くが良いぞ。今の番頭のフナフナ腰では、兎ても恐がりて、コンナ事を書いて見せて遣るだけの度胸はありは致すまいなれど、神の申すやうに致したら間違は無いぞよ。一の番頭の守護神が改信が出来たら、肉体に胴が据わるなれど、到底六ケ敷いから、今に番頭が取替へられるぞよ。モウ悪の頭の年の明きであるから、悪い頭から取払ひに致すぞよ。何事も時節が一度に参りて来て、世界中の困難が到来すると云ふ事が、毎度申して知らした事が実地になりて、一度に開く梅の花、追々分らなんだ事が明白に判りて来て、キリキリ舞を致さな成らん、夜の目も眠られん如うな事に成ると申して置いたが、一度筆先に出した事は皆出て来るぞよ。能く念を押して置くぞよ。念に念を押して、クドイと云はれて復念を押してあるから、モウ是からは神界の事情も能く解る様に一度に成りて来るから、誠で無いと、此先は誠一つの善の道が拵へて在るから、一日も早く善の道へ立復りて、神国魂に捻ぢ直して下されよ。悪の世は齢が短いから、体主霊従の身魂が大変困む事が出来るから、明治二十五年から怒られる程申して在りたぞよ。人民は男も女も腹帯を確り締めて掛らんと、一旦は堪れん如うな混雑になるぞよ。 明治二十五年から煩いと申して怒られもつて、今に岩戸開の筆先を書かして居るぞよ。何時までも同じ事に間々に細々能く判る様に抜目の無い様に知らしたなれど、ソンナ事が在るものかと申して、今に疑うて居る人民許り、実地が出て来て青白い顔をして、腰が抜けて足も立たず、腮が外れて足が上に成り、頭が下に成りて、ソコラ中をヌタクラな成らん事が出て来るぞよと知らして在るが、モウ近うなりて来たぞよ。悪の昇るのは迅いなれど、降るのも亦速いぞよ。善の分るのは手間が要るなれど、善の道の開けたのは、万古末代の栄えであるから、爰まで悪開けに開けた世界を、根本からあらためて、今後は体主霊従主義といふ様な醜しき世は無い如うに致すのであるから、是ほど大望な事は末代に一度ほか為られんのであるから、神も中々骨が折れるぞよ。是程世界中が曇り切りて居る世の中を、水晶に致すのであるから、骨が折れるのも当然であるぞよ。斯の極悪の世の岩戸を開いて、末代口舌のないやうに、大神様の善一つの世に、立直しをいたさねば、世界の苦舌が絶えんから、人民の心が悪なる許り、何時になりても国の奪り合ひ計りで、治まりは致さんぞよ。 神の国は本が霊主体従であるから、誠に穏かにありたなれど、世が逆様に覆りて今の状態であるぞよ。薩張り上下へ世が覆りて了ふて、神国に悪神が渡りて来て、上から下まで醜しさと云ふものは、天地の誠の神からは、眼を開けて見る事が出来んぞよ。斯世を結構と申して大きな取違ひを為て居りて、良いと云ふ事も悪いと云ふ事も、可非の判らん見苦しき世が、一旦は出て来ると申す事は、地球を創造へる折から良く判りて居るので、外の身魂では能う為もせず解りも致さんぞよ。一輪の火水(言霊)の経綸がいたして在りて先が見え透いて居るから、爰まで辛い事も堪り詰めて来られたのであるぞよ。今度の二度目の岩戸開きは、知識でも学でも機械でも、世界中の大戦ひには、手柄は出来んぞよ。何程悪の頭でも到底是からの世は今迄の行方では行かんと云ふ事に気が附いて、綾部の大本へ今の内に願ひに来る守護神でありたら、善一つの道へ乗替へさして、末代の世を構はして、毛筋の横巾も悪の性来の混りの無い結構な神代に助けて遣るから、早く改信なされよ。何程我を張りて見ても時節には叶はんぞよ。 善一筋の純粋で末代の世を立てて行く結構な仕組の解る世が参りて来たから、爰までに知らしても未だ今に成つて疑うて居る守護神や人民許りで、可憐相なものなれど、モウ神からは人民に知らせ様が無いから、何時までも邪魔を致す極悪の頭から平げると云ふ事を、永らく筆先で知らしてある通りに、時節が迫りて来るぞよ。余り何時までも高上りをして居ると、時分の過ぎた色花の萎れる如く、今日の間にも手の掌が覆るぞよ。今の中に発根からの改信が一等であるぞよ。疑うて居りて何事が出来しても神はモウ知らんぞよ。 悪の霊を抽抜いて元の水晶の霊と入替へて遣ると申して、爰まで知らして在るなれど、余り世界の霊魂が悪渋とうて手に合はんから、皆の霊魂が悪シブトい性来に成り切りて居るから、言ひ聞かした位に聞く如うな優しい霊魂はありはせんぞよ。今の人民は悪のやり方が良く見えるのであるから、何程言ひ聞かしても聞きはせぬぞよ。困つたものであるぞよ。是ほど良い国は無いと心に錠を降して了ふて居るから、何程実地の事を言ひ聞かしても、逆様計りに取るから、助けてやり様が無いぞよ。是れもモチト先に成りたら、大きな取違ひを致して居りたと云ふ事が、上へあがりて覇の利いて居りた神に自然的に判りて来るぞよ。今迄の様に自分好しの目的は、トントン拍子には行かぬ如うになるぞよ。 世界の人民確り致さんと、今に大変な事になりて来るから、何れの国も危ないと申して、彼方此方へと狼狽へまはりて、行く所に迷ふぞよ。神道を守護致す誠の所は、綾部の大本より外には無いぞよ。綾部は三千年余りて、昔からの神の経綸の致してある結構な所であるから、大本の教を聞いて居る守護神は余程シツカリいたして居らんと、油断が在りたら肝腎の経綸を他国から取りに来るぞよ。何程奪らうと致しても神が奪らしは致さんなれど、物事が遅れるだけ世界の困難が永びくから、充分に覚悟をいたして正勝の時の御用を勤めて下されよ。三千世界の鏡の出る大本であるぞよ。今の人民は神がいつまで言ふて聞かしても、人を威す位にほか能う取らんから、一度にバタツイても間に合はんぞよ。俄の信心は役に立たぬから、常から信心いたせと申して爰まで気を附けてあるぞよ。善の行り方と悪の行り方とを末代書いて遺す綾部の大本であるから、変性男子の書いた筆先を、坤金神が変性女子と現はれて説いて聞かして、守護神人民に改信を致さす御役であるから、世界の人民よ、真の事が聞き度くば綾部の大本へ参りて来て、細々と聞かして貰ふたら、世界の事が心相応に解りて来て世界に何事ありても驚きは致さんやうになるぞよ。 昔からの極悪神の頭が神国の人民を一人も無いやうに致す仕組を為て居るなれど、神国にも根本から動かぬ経綸が致して在るから、国も小さいし、人民も尠いなれど、初発から一厘と九分九厘との大戦ひで在ると申して、何時までも同じやうな事を書かして在る通り、口で言はしてある事がドチラの国にもあるから、神力と学力との力比べの大戦ひであるから、負た方が従はねば成らんと申して、筆先に出してある通り、実地に実現て来るから、此先で神から不許と申す事を致したり、吾の一力で行らうと思ふても、世が薩張り変りて了ふから、是までの事はチツトも用ゐられんぞよと、度々気を附けてあるのに、聞かずに吾の我で行りたら、彼方へ外れ、此方へ外れて、一つも思ふ様には行かんぞよ。素直にさへ致せば何事も思ふやうに箱差した様に行くのが神代であるぞよ。今の人民は余り我が強いから、是迄は神の申す事も聞かずに、守護神の自由に一力で思惑に行けたのは、地の上に誠と申すものが無かりたから、世に出て居る方の守護神が、悪神の大将に気に入る様な悪る力がありたなら、何処までも上げて貰へる世と成りて居りたから、悪い事の仕放題、悪神の自由で在りたなれど、モウ時節が廻りて来たから、其時節の事を致さな世は立ちては行かんぞよ。今迄は物質の世でありたから、学が茲まで蔓りて、学力でドンナ事でも九分九厘までは成就いたしたなれど、モウ往生いたさなならん如うに成りて来たぞよ。茲に成るまでに悪の守護神を改信さして、助けて遣りたいと思ふて、明治廿五年から深い因縁のある出口直の身魂に知らさしたのであるなれど、吾程豪いものは無きやうに思ふて、チツトも改信の出来ん罪人ばかり、神も是には往生いたさな仕様がないぞよ。現世の鬼を平げて、世界のものに安心を致さすぞよと云ふ事が初発に筆先にかかしてあるが、世界の大洗濯を致して、元の水晶の身魂やら天地の大神の教どほりの世に致して、天に坐ます御三体の大神様に、御目に懸けねば成らぬ御役であるぞよ。来いで来いでと松の世を待ちて居りたら、松の世の始まりの時節が参りて来たなれど、肝腎の悪の性来の改信をいたして貰はんと、何時までも頑張るやうな事では、此世は水晶にならんから、ドウシテも聞かねば聞くやうに致すより仕様は無いぞよ。世界には代へられんから、此先の規則通りに制配を致さねば御三体の大神様へ申訳がないから、二度目の天の岩戸開をいたしたら、悪の性来は微塵も無い如うに洗ひ替をして、巌に松の動かぬ世にいたす世界の大橋と成る尊い所であるから、余り何時迄も疑ふて居ると、天地の大神様へ大きな御無礼になるから、今一度気を附けておくから素直に致すが徳であるぞよ。 (大正一二・四・二七旧三・一二北村隆光再録) (昭和一〇・六・一五王仁校正) |
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霊界物語 | 63_寅_伊太彦の物語 | 08 怪物 | 第八章怪物〔一六一五〕 紺青の浪を湛へたスーラヤの湖面を稍新しき船に真帆を孕ませ、晩夏の風を受けて、彼方に霞むスーラヤ山を目蒐けて徐々と進み行く。アスマガルダは艪を操りながら欵乃を謡ふ。 『テルはよい所南をうけて スーラヤ颪がそよそよと。 沖に浮べるスーラヤ嶋は 夜は千里の浪てらす。 昼は日輪夜は竜王の 玉の光で澄み渡る。 此海は月の国でも名高い湖よ 浪のまにまに月が浮く。 三五の神の司の伊太彦さまが 今日の門出のお目出度さ。 空高く風澄み渡る此湖面は 底ひ分らぬテルの湖』 伊太彦は謡ひ出した。一同は船端を叩いて拍子をとる。 伊太『三五教の神柱神素盞嗚の大神の 瑞の御言を畏みて玉国別の師の君と 山野を乗り越え海渡り千々に心を砕きつつ 神の依さしのメッセージ尽さむ為に遙々と テルの里まで来て見れば思ひがけなきブラヷーダ 姫の命の現れまして神の結びし赤縄をば 茲に悟らせたまひけり吾等は神の御言もて 大黒主の蟠まるハルナの都へ言霊の 軍に進む身にしあれば途中に於て妻を持ち 夫婦気取で征討に上るも如何と思へども 三千彦司もデビス姫妻に持たせる例あり 吾師の君も此度の赤縄をいなませ給ふまじ 只何事も人の身は神のまにまに進むより 外に道なし伊太彦は茲に夫婦の息合せ スーラヤ山に駆け登り竜の腮の宝玉を 神の助けに手に入れてミロク神政成就の 珍の神器と奉り神の御稜威を四方八方に 完全に委曲に照らすべしあゝ惟神々々 スーラヤ山は高くともナーガラシャーは猛くとも 神の恵を笠に着て誠の道を杖となし 進まむ身には何として醜の曲津の障らむや あゝ勇ましし勇ましし一度に開く木の花姫の 神の命の御守りブラヷーダ姫と諸共に 珍の神業に仕へむと進み行くこそ楽しけれ あゝ惟神々々御霊幸倍ましませよ』 ブラヷーダは又謡ふ。 『父と母とに育くまれ十六才の年月を 蝶よ花よと愛られつ送り来りし身の果報 思へば思へば有難しこれも全く三五の 皇大神の御恵と朝な夕なに感謝しつ 大御恵の万分一報はむものと朝夕に 祈りし甲斐やあら尊天津国より下らしし 御使人の伊太彦に嫁ぎの契結びつつ 言霊軍の門出に立つ白浪と諸共に 彼方に浮ぶスーラヤの御山に進む嬉しさよ ナーガラシャーは猛くともスーラヤ山は高くとも 神の恵に抱かれし吾等は如何で撓まむや 救世の船に身を任せ兄の命に送られて 千尋の湖を進み行く今日の旅路の勇ましさ あゝ惟神々々御霊幸倍ましまして 吾背の君の使命をば遂げさせたまへ大御神 珍の御前に願ぎまつる朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも星は空より墜つるとも スーラヤの湖は涸るるとも神に誓ひし赤心は いや永久に動かまじ吾背の君よ兄君よ カークス、ベース両人よ勇ませたまへ惟神 神は汝と共にあり神は吾等を守ります 神と神とに抱かれし人は神の子神の宮 天地の中に恐るべきものは微塵も非ざらむ 進めよ進め此御船吹けよふけふけ北の風 あゝ惟神々々御霊幸倍ましませよ』 今日は一入天気がよいので漁船の影は殊更多く、彼方此方に真帆片帆浪のまにまに浮んで、春野の花に蝶の狂ふが如く翅の様な帆が瞬いて居る。少しく浪は北風に煽られて高けれど、何とも云へぬ爽快な気分である。アスマガルダ、カークス、ベースが汗をたらたら流して漕ぎ往く船は其日の黄昏時に漸く、スーラヤ山の一角についた。磯端は白布を晒した如く、打ち寄する浪が立ち上つて岩にぶつつかり、砕けては散る其光景は可なり物凄じかつた。雪のやうな白い水煙の一丈許りも立つ中を船を漕ぎ寄せ、漸くにして陸地についた。さうして船を高く磯端に上げて繋いで了つた。日は漸くに暮れて来る。俄に暴風吹き荒び、湖面は荒浪立ち狂ひ、ザアザアと物騒がしき音が聞えて来出した。一行五人は上陸地点より一二町許り登つた所の大岩石の蔭に身を潜めて湖上の疲れを休める事とした。さうして明日の払暁を待つて登山する事と定めて仕舞つた。蓑を布き笠を顔の上に乗せて岩蔭に一同は横たはつた。夜はおひおひと更わたり暴風も止み、海の唸りも静まり、四辺は深閑として来た。十四日の月は雲を排して皎々と輝き初めた。伊太彦、ブラヷーダ、アスマガルダの三人は他愛もなく睡つて了つた。カークス、ベースの両人は何だか気が立つて寝られぬので、まぢまぢして居ると、子の正刻と覚しき頃、四辺の密林の枝をガサガサと揺つて怪しき物影が近よつて来る。カークスは慄ひ乍ら、盗むやうにして其姿の行方を見詰て居る。怪しの姿は五人の前に矗と立ち火のやうな赤い顔を晒し、青い舌を五六寸許り前に垂らして錫杖をついて居る。忽ち怪物は雷の如き声を張り上げ、 怪物『イーイーイー、伊太彦の神司とやら、其方はスーラヤ山に、ウバナンダ竜王の玉を取らむとして来た心憎き曲者、これより一足でも登れるなら登つて見よ』 と呶鳴りつけた。此声に伊太彦も兄妹も目を覚まし、きつと声する方を見れば以前の怪物が立つて居る。伊太彦は轟く胸をグツと押へ、「惟神霊幸倍坐世」を高唱し終り、 伊太『アハヽヽヽ。スーラヤ山に年古く棲む其方は古狸であらうがな。吾々を何と心得て居る。勿体なくも大神の使命をうけて大蛇退治に進む神の使だ。汝等が如きものの容喙し得べき限りのものでない。控へ居らう』 アスマガルダ兄妹を初め、カークス、ベースは一所に集まり、顔色まで真青にして慄つて居る。伊太彦は痩我慢を出して一人空気焔を吐いてゐる。怪物には此方から云ひ負たら敗北ると云ふ事を予て聞いて居たので、此方から負かしてやらうと思つて、矗と立ち上り怪物に向つて、 伊太『イーイーイー、斎苑の館の宣伝使、天下無双の勇士、伊太彦とは俺の事だ。種々な事を致して吾々の邪魔を致すと了見は致さぬぞ』 怪物『ロ、ロー、碌でもない女を連れて神聖無比なるスーラヤ山に登るとは何の事だ。汝は聖場を汚す痴漢、今此方が神力によつて其方の体をビクとも動かぬ様にして呉れる。覚悟を致せ。ワハヽヽヽ、ても扨ても可憐さうなものだわい』 伊太『ロヽヽヽ碌でもない、ど倒し者奴、ナヽ何を吐すのだ。妖怪変化の容喙すべき限りでない。早くすつ込み居らう。ぐづぐづすると言霊の発射と出かけようか』 怪物『ハヽヽヽヽ、腹が立つか、恥入つたか、薄志弱行の腰抜宣伝使奴、高が知れたウバナンダ竜王の玉を取るに加勢を頼み、女を連れて来るとは、実に見下げ果てたる腰抜野郎奴』 伊太『ハヽヽ張子の虎のやうに首ばかりふりやがつて何の態だ。サア早く退散致すか、正体を現はすか、何神の化身だと云ふ事を白状致すか、返答次第によつては此方にも考へがあるのだ』 怪物『ニヽヽ憎いか、いや憎らしいと思ふか、其苦い顔は何だ。 ホヽヽ呆け野郎奴、身の程知らずも程があるわい。 ヘヽヽヽ下手な事を致して、後でベースをカークスな。 トヽヽヽ途方途轍もない大それた欲望を起し、栃麺棒を振つてトンボ返りを致し、岩窟のドン底迄おとされて頓死すると云ふ災厄が目の前に近づいて来て居るのを知らないのか。イイ馬鹿だなア』 伊太『チヽヽちやァちやァ吐すな、些も貴様等のお世話に預ら無くてもよいのだ。智謀絶倫の伊太彦、 リヽヽ凛々たる勇気を鼓して、ウバナンダ竜王の館に進む神軍の勇士だ。 ヌヽヽぬかりのない此方、水も漏さぬ仕組を致して茲に、いづ御魂が登山探検と出かけたのだ。すつ込んでおらう。其方の出て来てゴテゴテ申す幕ぢやないのだ』 怪物『ルヽヽ累卵の危きを知らぬ痴呆者奴、類は友を呼ぶと云ふ馬鹿者の好く揃つたものだ。 オヽ大馬鹿者奴、大泥坊奴、大戯気者、神の道を歩きながら、鬼か大蛇のやうになつて竜神の玉を、ぼつたくらうとは此方もおとましうなつて来たわい。身の程知らずの横道者だな』 伊太『ワハヽヽヽ、笑はしやがるない。没分暁漢奴、吾輩のすることに容喙する権利がどこにあるか。悪い事は些しも致さぬ善一筋の宣伝使ぢや。分らぬ事を申さずに、己の住所にトツトと引込んだがよからうぞ』 怪物『カヽヽ構ふな構ふな、惟神だとか神の道だとか何とか、かとか申て、其処辺を騙り歩く我羅苦多宣伝使だらうがな。第一女をイヤ嬶を連れて登つて来るとは以ての外だ。当山の規則を破つた大罪人奴、サア覚悟を致せ、頭からこの大きな口で噛ぶつて食て仕舞つてやらう』 伊太『ヨヽヽ妖怪変化の分際として此方に指一本でも触へられるのなら触へて見よ。下らぬ世迷ひ事を申さずに、もはや夜明に間もあるまいから、気の利いた化物は足を洗うて疾に引込む時間だ。与太リスクを並べずに、よい加減に伏さつたらどうだ』 怪物『タヽヽ痴呆者奴、要らざる頬桁を叩くと叩きつぶしてやるぞ。高が知れた人間の三匹や五匹一口にも足らぬわい。欲の熊鷹股が裂けると云ふ事を貴様は知らぬのか痴呆者奴、 レヽヽ、恋愛至上主義を発揮して神聖なる当山に迄、初めて嬶をもつた嬉しさにトチ迷ひ登つて来ると云ふデレ助だから、吾々仲間のよい慰み者だ』 伊太『ソヽヽ、そうかいやい、そらさうだらう。羨りいなつたか。一寸位手を握らしてやり度いが、矢張それも止めて置こうかい、何だ、その六ケ敷い面つきは。貧相なものだのう』 怪物『ツヽヽ月が空から貴様の脱線振を見て笑つて厶るのも知らぬのか。心の盲、心の聾は仕方がないものだなア。捉まへ所のない屁理屈を並べて其処辺を遍歴致すと云ふ強者、おつとドツコイ、つまらぬ代物だからなア。 ネヽ猫撫声を出しやがつて、夫婦がいちやづいて此島に打渡り、グウースケ八兵衛と睡つて居るとは念の入つた痴呆者だ』 『ナヽヽ、何を吐しやがるんだい。情ない事を云ふて呉れない。何程羨ましうても貴様の女房にしてやる訳には行かず、あゝ難儀のものが出て来たものだ。俺も同情の涙に暮れぬ事もないのう怪物』 怪物『ラヽヽ、らつちも無い事を吐くもんぢやないわい。 ムヽヽ昔から誰一人目的を達した事のない竜王の玉を取らうとは無法にも程がある。ほんに命知らずの無鉄砲者だのう。こりや無茶彦、向つ腹が立つか、ムツとするか、虫が好かぬか、夫れや無理もない。併し乍ら玉が取りたけれや明朝とつとと登つたらよからう。此山の中腹には死線といつて人間の通れぬ所があるのだ。其処へ往くと邪気充満し、其方如きものが其毒にあたると心臓痳痺を起し、水脹れになつて死ぬるのだから、さうすれば俺達が寄つて集つて皆喰つて仕舞つてやるのだ。ても扨ても不愍ものだなア』 伊太『ウフヽヽヽ、五月蠅奴だなア、そんな事を申て俺達の荒肝を取らうと思ふても駄目だぞ。牛の丸焼でも二匹三匹一遍に平げる此伊太彦さまだ。ウゴウゴ致して居るともう堪忍袋の緒が切れるぞよ。 イヽヽ何時迄も何時迄も羨ましさうに夫婦の睦まじい姿を見て指を銜へて見て居るより、いい加減に幻滅致したらどうだい。悪戯も程があるぞよ』 怪物『ノヽヽ、野太い代物だなア。野に寝たり、山に寝たりして露命を繋いで来て、漸くテルの里で満足の家に泊めて貰つたと思つて得意になり、ブラヷーダを女房に持つたと思ふて其はしやぎ方は何だ。天下の馬鹿者、命知らずとは貴様の事だ。イタイタしい伊太彦の我羅苦多奴、イヒヽヽヽ』 伊太『オヽヽお構ひだ、俺のする事をゴテゴテ構ふて呉れない。 クヽヽ苦労の凝の花が咲いたのだ。貴様もこんなナイスが欲しけりや、ちつと誠の道に苦労を致せ』 怪物『ヤヽヽ矢釜敷いわい、夜分に山の中で露の宿を取る厄雑宣伝使奴、八岐大蛇の一の乾児の此方様に今命を取られるのを御存じがないのか。 マヽヽ、負惜みのつよい、真面目腐つた其面付で表面をかざつて居るが、貴様の心の中は地異天変大地震が揺つて居らうがな。どうだ恐れ入つたか』 伊太『ケヽヽ怪体の悪い怪しからぬ奴だ。怪我の無い中に早く帰れといつたら帰らぬか。 フヽヽ、不都合な、フザケた事を致すと、捕縛つて仕舞ふぞ。いや踏み潰してやらうか、何が不足で夜夜中、安眠妨害に出て来せたのだ。不都合な不届きな奴、 コヽヽ耐へ袋が切れるぞよ。こん畜生、八岐大蛇の眷族なぞは真赤な偽り、其方は数千年劫を経た、苔の生えた小狸であらうがな。 エヽヽ、邪魔臭ひ、この金剛杖をもつて叩きつけてやらう。最愛のブラヷーダが安眠の妨害になる』 怪物『テヽヽ、てんごうを致すな、此方の神力と貴様の力とは天地の相違だ。デンデン虫の角を振り立てて気張つて見たとて岩石に蚊が襲来するやうなものだ。 アヽヽ阿呆な限りを尽さずと、早く此処を立ち去れ。グヅグヅして居るとアフンと致して泡を吹くぞよ。それでも聞かねば、アンポンタンの黒焼にして食てやらうか、サヽヽサア、どうだ早速に口が開くまいがな。扨ても扨ても見下げ果てたる腰抜計りだな。 キヽヽ気に喰はぬ怪物だと思ふであらうが、この方を一体誰だと心得て居る。鬼神もひしぐ勇ある結構な五大力様だぞ。 ユヽヽ、夢々疑ふ事勿れ。只今幽界より其方の命を召し取りに来たのだ。ても扨ても愉快な事だなア。 メヽヽヽ迷惑さうな其面付、薩張面目玉を踏み潰され、折角貰ふた嬶には愛想尽かされ、メソメソ吠面かはくのが、可憐さうだわい。サア冥途の旅にやつてやらう』 伊太『ミヽヽ、見て居れ。此伊太彦の神力を、何程貴様が威張つた所が駄目だ。死線だらうが、五線だらうが神力をもつて突破し、一戦に勝鬨をあぐる三五教の宣伝使様だ。え体の知れぬ汝等如き怪物に辟易するやうで、どうしてハルナの都に進む事が出来ようか。タクシャカ竜王でさへも屁込ました此方だ』 怪物『ヒヽヽ仰有りますわい。日向にあてたらハシャぐやうな腕振りまはし、何程威張つて見た所で、 モヽヽもう駄目だ。耄碌宣伝使の伊太彦司、 セヽヽ雪隠で饅頭食ふやうな甘い事を考へても薩張駄目だ。終りの果には糞を垂れるぞよ』 伊太『スヽヽ、好かんたらしい屁理屈を垂れな。酢でも蒟蒻でもいかぬ妖怪だな。一二三四五六七八九十百千万 惟神霊幸倍坐世』 怪物『キヨキヨキヨ京疎い事を致す伊太彦司、また幽冥界でお目にかからう。エヘヽヽヽ』 と体を揺りながら何処ともなく消えて仕舞つた。 伊太『アハヽヽ、仕様の無い古狸がやつて来やがつて、嚇し文句を並べ立て面白い事だつた。アハヽヽヽ』 アスマガルダは漸く胸をなでおろし、四辺をキヨロキヨロ見廻し乍ら、 『アヽ先生随分偉い奴がやつて来たぢやありませぬか。どうなる事かと思つて大変心配しましたよ。併し貴方の我の強いのにも呆れましたよ』 伊太『アハヽヽヽ、実の所は私も一寸面喰つたのだが、こんな事に負てはならないと空元気を出して見た所、キヤツキヤツと云つて逃げた時のおかしさ、いや心地よさ。斎苑の館出立以来のよい経験だよ』 ブラヷーダ『神様の仰の通り妾の夫伊太彦さまは本当に勇壮活溌の神使です。妾はもうこんな強い方を夫にもつならば世に恐るべきものは厶いませぬわ』 カークス『アハヽヽヽ、豪いお惚けで厶いますこと。なあベース、お浦山吹の至りぢやないか』 ベース『ウフツ』 伊太『古狸吾枕辺に現はれて フルナの弁をふるふをかしさ。 ブルブルと慄ひ乍らに古さまの 世迷ひ言をば聞く人もあり』 カークス『恐ろしさカークスと思へど何となく 腹の底から慄ひけるかな』 ベース『恐ろしさにベースをカークス吾々は 地獄におちし心地なりけり』 其後は何事もなく夜はカラリと明けた。是より一行五人は死線を越へてウバナンダ竜王の匿るる岩窟の玉を取らむと進み往く事となつた。 (大正一二・五・二四旧四・九於教主殿加藤明子録) |
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霊界物語 | 64_上_卯エルサレム物語1 | 10 追懐念 | 第一〇章追懐念〔一六三九〕 その翌日も亦、スバツフオード及びマリヤと共にブラバーサは自動車を雇つて、死海、ヨルダン、エリコ等の地方見物に出かけたりける。 ジヤツフアの門からダマスカスの門、ヘロデの門の前を通つてキドロンの谷からエリコの道へと出た。自動車がしばらく走ると、橄欖山の東南ベタニヤの村を通る。ベタニヤはアラブの名ではエル・アザリエと云つて居る。この名はラザロから来たので、アラブはラザロのLを冠詞と認めて省略したのだといふことである。ラザロは回教徒の間に於ても聖者として尊敬されて居るのである。ベタニアの村はキリストに関する種々の美しい物語で充ちて居て、その名を聞いただけでも心が暖かく成つて来る。癩者シモンの家、そこで昔マグダラのマリヤがキリストの足を涙にて湿し、頭髪を以てぬぐひ香油をこれに塗つた。マルタ、マリヤの姉妹の家も爰にあつたと云ふ。ラザロが死後四日を経て蘇へらせられた所も亦ここで在つたといふ。今はミゼラブルな四五十の回教徒の家が、其処此処に散在して居るに過ぎないのである。 三人は下車してラザロの墓やシモン、マルタ、マリヤの家の廃趾と称せられて居るものを見物した。ラザロの墓と云はれて居るものは非常に大規模なもので、滑りさうな階段を地下へ向かつて二十二段も下つて行かねばならぬ。内部は穴蔵のやうに真つ暗で、持つて行つた蝋燭で照して見なければ成らなかつた。丁度桶伏山麓の神苑内の地下の修行室をブラバーサは思ひ出さずには居られ無かつた。村のアラブの子供等が「バクシツシユ」(小銭のこと)と叫びながら、車の周囲に群がつて来てブラバーサ一行の興を醒ますのであつた。 ベタニアの南でこれに対して居る丘の上にベツフアージエの村がある。ここで使徒たちがキリストの指示のままに木につながれた一頭の牡の驢馬を見付け、キリストはそれに乗つて都へのり込んだと伝ふる所である。 ベタニアを出て少しばかり歩むと、路傍に小さいチヤペルが建つて居る。馭者は主を迎へに来たマルタが爰で彼に逢つた所だと説明する。道は段々と谷に下つて行く。到る処岩の山ばかりで薄く覆はれた土は橄欖は勿論灌木や草類さへも生じない。自然は全く死んだ様でその光景は物すごい位である。所々に駱駝の群が飼放しにしてあるのは、今まで他所で見受けなかつた光景である。マリヤはよくエルサレムと聖者キリストとの関係を熟知せるものの如く、頻りに新約の文句を引出して説明して居る。 三人はエリコとエルサレムとの中間まで出て来た。道路は再び上り坂となる。自然は全く荒れ果てて居て、生物らしきものは何一つ見当らない。伝説によれば良きサマリア人の話は此あたりだとか、小山の頂にサマリア人の旅宿と名の付いた、小さい建物のルインが寂し気に立つて居る。 それより前は道路が山々の中腹を縫ふて死海の谷へと急転直下するばかりである。道で時々羊の群に逢つた。その群の中には、今生れたばかりの二三匹の羊の児を荒いメリケン粉の袋に入れて、背負はされた驢馬が交つて居るのは、何となく可憐な光景であつた。下の方に時々谷の木の間から死海の面が輝いて見えて来る。 三人は遂にヨルダンの谷に下つた。両側の山は削つた様に屹立して居るが、中は広々として居て、これが地中海面以下四百メートルの谷底にあるとは到底受けとれない位である。葦草が所々に生えて泥路と砂地の中を死海の浜へと向かつた。野生の鶴や放ち飼の駱駝に途々出会ふ。 浜に近く塩を採るための水溜りがあつて、端には真白の結晶が附着して居る。そして二三の見すぼらしいアラブの小屋が荒い砂の上に立つて居るばかりで、驢馬や駱駝の縛ぎ場になつて居るので恐ろしい程不潔で厭な臭気が鼻を突く。水面は全く波浪なく朝の麗かな日光にかがやいて居て、死海と云ふ恐ろしい名称は応はしく無いやうに思はれる。水には強度の混和物が在るために多少の濁りを帯びて居る。水を指頭につけて味はつて見ると強烈な苦みがかつた塩辛い鉱物質を含蓄して居る。鉱物質の割合は百分の二十四乃至二十六で塩分は百分の七だと云ふことである。水が重いので泳がうとしても、身体が全部水面に浮かみでて了つて泳ぐことが出来ぬのである。生卵子でも三分の一は水面に浮かみ出ると云ふ事である。死海の水は一種の滑かな膚ざはりを与へるが、容易に一旦人の身に触れた以上は塩気が離れないので気持が悪い。 三人はそれよりヨルダン河へと向かつて進んだ。広い平野は一面に黒ずんだ土で、一見した処非常に豊饒らしく思はれるが、土地は含まれて居る塩分のために全然不毛の地となつて耕作物は駄目なのである。 しばらくあつて三人は、身の丈以上もある葦の中をすれずれに通りながらヨルダンの河畔マハヂツト・ハヂレと云ふポプラや柳の生えて居る渡船場の様な場所に到着した。細い木の枝を組合せ葦で屋根をふき、湿気を防ぐため細い材木で一丈ばかりを床を高め、梯子様の階段でのぼつて行くやうにした南洋風の土人の原始的の小屋と木蔭に旅客の休憩のため二三のベンチとがある。イタリー語を話すスペイン人の二三のフランチエスカンの坊さまが、そこで休憩して居た。今日は日曜日の事とて、朝早くからここへ来て野天でメスをしましたと話して居た。 木立ちの下から河の水面が見える。平常から濁つて居る筈の水は昨日の大雨のために猶更黄色になつて居た、水量は多くして併も流れは急である。有名なのに似気なく小さいと聞いて居た通りで、河の幅は一百尺前後の程度である。ここは巡礼の人々の浴場になつて居てキリストが洗礼者のヨハネから洗礼を受けられた所と伝へられて居る。昔のキリスト教徒の間にはヨルダン河で洗礼を受ける事を非常に大切な事とし、多勢の巡礼者はアラブの案内者に引率されて羊の群の様にヨルダンの谷をここ迄下つて来たものである。それから当時この場所は河岸が大理石でおほはれて居たと云ふことだ。 馭者は特にロシアよりの巡礼者の敬虔な態度に就いて話した。彼等は所在窮乏を忍んで茶とパンとのみで旅行を続け、その持つて来た金を全部寺々に捧げて了ふのだと云ふ。ブラバーサはエルサレムの方々の寺でロシア人の奉献したと云ふ金銀や宝玉づくしの聖母の像を見受けた事を思ひ出して、高砂島の聖地に於ける信者の態度に比較し長大嘆息を禁じ得ないので在つた。三千世界の救世主厳の御魂瑞の御魂の神柱に現在に面会の便宜ある高砂島のルートバハーの信徒の態度は、このロシア人の信仰に比べては実に天地霄壤の差ある事を深く嘆じたのである。ヨルダン河及び死海から程遠からぬ所にエリコがある。現在のものは旧新約時代のエリコとは違つてゐる。是から多少ヨルダンの中央部の方へ離れて居る。見すぼらしい小さい村落で、土人の家屋と質素な教会やモスクが二三見えるばかりである。谷底に位して居るので気温は非常に高く、蒸し暑く植物は皆准熱帯的のものである。無花果や棗や芭蕉実の外、黄色の香りの良いミモザが咲き頻つて居る。 三人は新エリコの村落を通つて西方の山の近くの発掘された新約のエリコを見に行つた。爰にヘロデ王が其宮殿を建てたとの話がある。その一角は今より十余年前ドイツ人の手によつて発掘されて居た。旧約のエリコの所在は其処とは違つて、現在のエリコから東北の方徒歩二十五分ばかりの所にある。 エリコからエルサレムの方角の断崖になつて居る岩山の眺望は物すごい様である。中腹にギリシヤ正教の一僧院が建つて居る。その背後の山はそこでキリストが悪魔の誘惑を受けた所から「誘惑の山」と云ふ名が付いてゐる。四十日四十夜の断食の荒野もこの先の方にあると馭者の話しであつた。 三人は帰路についた途中、橄欖山の麓にあるゲツセマネの園と聖母の寺とを訪れて見た。ゲツセマネの園は三方が道で囲まれ不規則な四角形を為し、厚い石壁を以て囲らされて居てフランチエスカンの所有に成つてゐる。ここを新約のゲツセマネと定めたのは四世紀以前のことだと云ふ。門の外には自然の岩の頭が地上に現はれてゐてその上でペテロ、ヤコブ及びヨハネが眠つたのだと伝へられてゐる。園内には非常に古い数本の橄欖の老樹が植わつて居て、その時からの物だと云われてゐる。橄欖樹は人間が触れさへしなければ幹が枯れた後でも、其根から新しい芽生が出て斯して世紀から世紀へと生延びると云ふ事であるから、この伝説は或は事実に近いものかも知れない。其他ユダがキリストに接吻した地点まで明示されて居る。エルサレムや橄欖山の地位からしてゲツセマネの園が此辺りに在つたことは事実らしい。併し七十歩四方ばかりの狭い土地を重くるしい石垣で囲んで其中を墓地のやうに、また近代的の庭園のやうに飾つて是をゲツセマネの園と為すことは、無限の大きさと深さを持つたものを無残にも限り有るものの中に閉ぢ込めて置くことは実に残念である。ブラバーサは凡ての在来の法則を破つて霊のみで画かれた様なロンドンのナシヨナル・ガラリーにあるエル・グレコの筆を思ひ浮かべて、此の物足りない感じを補つて居た。 聖母の寺はゲツセマネの園に対して居る紀元五世紀以来存在してゐる古い寺院である。その主要部分は地下に成つて居て大理石の階段を四五十下つて行くとマリアの棺、その両親の棺、ヨセフの墓、キリストの血の汗を流された場所等がある。 ケドロンの谷をシロアムの村の方へ少しばかり下ると、山の麓に奇妙な三つの建築物が並んで居てアラブが住んでゐる。 ブラバーサは初めて此の地に来たり、親切なるアメリカンコロニーの人々に沢山の聖書上の由緒ある場所を案内され満足の態であつた。アヽ聖地エルサレムそれは学者とパリサイ人の都、死せる儀礼の中枢また死海及びヨルダン、それは荒野に叫ぶ洗礼者ヨハネの国すべてが単調で乾き切つて死んで居る国、ルナンをして世界に於て最も悲しき地方と云はしめたエルサレムの近郊よ。一時も早くキリストの再臨を得てこの聖地を太古の光栄の都に復活し、神政成就の神願を達成せしめ度きものであるとブラバーサは内心深く祈願を凝らしつつ一先づ三人はアメリカンコロニーへと帰り行く。 その翌日又もやブラバーサはマリヤに案内されて、湖の水清き山々に翠の影濃く美しく花咲き小鳥の声の絶えない自然全体が笑つて居る、さうして其湖のほとりでキリストが黙想し祈祷し且つ教を垂れられたガリラヤの地へと進んだ。エルサレムとガリラヤ、それはキリスト教の示す二元主義の象徴である。死を経験すること無しに生の恩恵は分らない、律法に依りて死し信仰によりて生ること、この転換こそ宗教そのものの奇蹟的力であるべきものなり。 (大正一二・七・一一旧五・二八加藤明子録) |
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霊界物語 | 64_上_卯エルサレム物語1 | 12 誘惑 | 第一二章誘惑〔一六四一〕 ブラバーサは蒼空の月を眺め乍ら只一人シヨンボリと立つてゐる。そこへスタスタやつて来た女は、一ケ月以前から真心をこめて聖地の案内をしてくれたマリヤであつた。 マリヤ『聖師様、あなたお一人で御座りますか。妾は又サロメ様と御一緒かと思つてゐました』 ブラバーサ『あゝ貴女はマリヤ様で御座りましたか。貴女もお一人で夜分によくお出になりましたな』 マリヤ『ハイ、あなたのお後を慕つて御迷惑とは存じ乍らコロニーをソツと脱け出して参りましたのですよ。折角サロメ様とシツポリ話さうと思つて御座る所へ、エライ邪魔者が参りまして、お気を揉ませます。月に村雲、花に嵐とやら、世の中は思ふ様に行かないもので御座いますよ。ホヽヽヽヽ』 ブラバーサ『これは又、妙なお言葉を承はります。サロメ様も時々当山へお参りになり、私も二三回此山上で偶然お目にかかりましたが、別にサロメ様と内密で話さねばならぬやうな訳もありませぬから、何卒気をもみて下さいますな。私は貴女の御親切な態度に満心の感謝を捧げて居ります』 マリヤ『聖師は嘘を仰有らぬもの、其お言葉に間違なくば妾も安心致しました。時に一つお願ひし度い事が御座いますが、聞いて貰ふ訳には行きませぬか。此間差上げました手紙はお読下さつたでせうな』 ブラバーサ『成る程二三日以前にアラブが貴女からの手紙だと云つてカトリックの僧院迄届けて呉れましたが、その儘、まだ開封もせずに懐に持つて居ります』 マリヤ『貴方は私の真心がお分りにならぬのでせう。いやお嫌ひ遊ばすのでせう。海洋万里を越えて遥々聖地にお越し遊ばし、清きお身体に黴菌が附着した様に思召して、穢い女の手紙なんか、読まないと云ふ御精神でせう。それならそれで宜しい、妾は一つ考へねばなりませぬから、読んで貰はない手紙なら、貴方に差上げても無駄ですから返して下さい』 ブラバーサ『マリヤさまさう立腹して貰つちや困りますよ。別にそんな考へがあつたのぢやありませぬ。あまり聖地の研究に没頭してゐましたので遂失念して居つたのです』 マリヤ『妾の手紙を忘れられる位なら妾等は念頭に無いのでせうな、アヽ悔しい!』 ブラバーサ『マリヤさま、どうして貴女を忘れませう。エルサレムの停車場へ着くと匆々、あの街道で貴女にお目にかかり、見知らぬ異郷の空で思はぬ貴女とお会ひした、あの時の印象は一生私は忘れませぬ。どうぞ悪くは思つて下さいますな』 マリヤ『貴方は聖地巡覧の折、どこ迄も妾を愛すると仰有つたぢやありませぬか。妾はその温かいお言葉が骨身に浸み渡り、もはや今日となつては恋の曲物に捕はれ、どうする事も出来ませぬ。妾の命は貴方の掌中に握られたも同様で御座ります。何卒その手紙を月影に照らし一度読んで下さいませ。そしてキツパリと御返事を承はり度いもので御座ります』 ブラバーサ『左様ならば折角の御思召、お言葉に従ふか、従はぬかは後の問題として、兎も角もここで拝見しませう』 と懐より信書を取り出し、封押し切つて、胸轟かせ乍ら読み初めた……………… 一、吾最も敬愛するルートバハーの聖師ブラバーサ様に一書を差上げ、切なる妾が心の丈を告白致します。聖師様、あなたは全世界の人類や凡てのものの為に朝な夕なにお苦しみ遊ばすのは実に尊く感謝に堪へませぬ。そこへ又妾のやうな大罪人がお近づきになりまして益々お苦しみを増なさる事を深く謝罪致します。妾は初めてお目にかかつてより云ふに云はれぬ愛の情動にからまれ、日夜苦悶を続けて居ります。此苦しみを免れむと朝夕神様に祈り、大勇猛心を発揮し自ら心を警め、幾度か鞭をうつてもうつても粉にして砕いても、此猛烈な情熱の煩悩火は弱い女の意志では消す事が出来ませぬ。妾は煩悶苦悩の淵に沈み、心の鬼に責られて居ります。あゝ此妾の霊肉共に救うて下さるものは誰人で御座りませうか。聖師様の尊い温かい愛より外には何物もありませぬ。妾はどこ迄も聖師様の愛情の籠もつた、寛かな御懐に抱かれ度いので御座ります。身も魂も全部を捧げ奉つて、さうして暫く無意識状態になつて眠つて見たう御座ります。聖師様は、はしたない賤しき女と思召さるるでせうが、貴方に抱かるるのは妾の生命を生かし、妾をして間もなく、美しい芽を吹き大活動をさして下さる準備となるのではありますまいか。妾の霊も体も恋の焔の為に疲れきつて居ります。もはや玉の緒の火の消えむばかりになりました。大慈大悲の神の教を伝ふる聖師様、妾と云ふものを、どうか、も一度甦らせて下さいませ。あまり人の来ない閑寂な処で、シンミリと聖師様の温かい愛の御手に抱きしめて復活せしめて下さいませ。万一それがために仮令幾万の敵を受けるとも、幾万人の罵詈嘲笑を受くるとも決して恐るるものではありませぬ。之も神様の何か一つの御旨だと信じます。そして妾を生かして働かしめて下さる事は聖師様が天下に活躍して下さる事になるのではありますまいか。聖師様の苦みは妾の苦みであると共に妾の苦みは聖師様の苦みであるに相違ありませぬ。可憐なる女の一人を生かさうと殺さうと、お心一つにあるので御座りますから。又妾の死は師の君の死でなくてはなりませぬ。エルサレムの停車場で海洋万里を隔てた男女がお目にかかつたのは実に不可思議な何者かが両人の間に結びついて、どうしても一体とならねばならぬやうな、前世からの約束だと信じます。妾は貴方と妾と息を合せて神業に奉仕する事を以て、全く神様の御経綸だと固く信じて居ります。弥勒の神政建設の為ならば神様の御旨とある以上、如何なる事にても従ひまつらねばなりますまい。妾が師の君を恋愛する事は決して決して罪悪だとは考へられませぬ。何卒絶対の愛を以て妾を愛して下さいませ。決して永久の愛を要求するのでは御座りませぬ。もはや妾の霊肉ともに一変すべき時機が近づいたのです。仮令一分間でも貴方の温かき懐に抱かれさへすれば善いので御座ります。妾は身命を神国成就のために師の君様へ差上げて居るので御座ります。何卒色よい返事を至急に願ひ度いもので御座ります。 あゝ惟神霊幸倍坐世マリヤより 師の君様へ ブラバーサは一巡読み了はり、ハツと吐息をつき無言のまま双手を組んで俯向いて居る。 マリヤ『師の君様、可憐な妾の心、妾の願をキツと聞いて下さるでせうな』 ブラバーサ『貴方の真心はよく諒解致しました。併し乍ら一夫一婦の制度のやかましいルートバハーの教を奉ずる宣伝使として、何程貴女が熱烈に愛して下さらうとも恋愛関係を結ぶ訳には参りませぬ、どうぞこればかりは見直し宣直し下さいませ』 マリヤ『さう仰有いますと、貴方は妾を見殺しにせうと仰有るのですか。一夫一婦の制度も亦人倫の大本もよく存じて居ります。併し乍ら、それは理性的の見解で御座りまして、愛の情動はそんな規則張つたものぢや御座りませぬ。恋にやつれ息もたえだえになつて居る此女をして悶死せしめ玉ふので御座りますか。貴方に会ひさへしなければ妾はこんな煩悶苦悩は起らないので御座ります。貴方は妾を日出島から亡ぼしにお越しなさつた悪魔だと思ひますわ。神様は吾々に恋愛と云ふ貴重なものを与へて下さつたのです。もし此恋愛を自由に働かす事が出来なければ、日夜神に仕へる妾にどうして此んな考へを起さしめられたでせうか。そんな事仰有らず一滴同情の涙あらば、妾の願を叶へさして下さいませ。決して乱倫乱行の罪にもなりますまい。貴方の奥さまにして頂きたいとは申しませぬ。今ここで貴方に素気なく刎ねられたが最後、妾はガリラヤの海を最後の場所と致します。さすれば貴方の名誉でもありますまい。それ故妾の死は貴方の死ではあるまいかと此手紙に記したので御座ります』 ブラバーサは双手を組み吐息をつき乍ら、 ブラバーサ『あゝ、誘惑の魔の手はどこ迄も廻つてゐるものだな。岩石に等しき固き男の心も僅か女一人の心に打砕かれむとするのか。寸善尺魔の世の中とはよく云つたものだ。あゝどうしたら、宜からうかな』 と小声に呟き乍ら深き思ひに沈む。マリヤは飛鳥の如くブラバーサに背後より喰ひつき満身の力をこめて抱きしめた。ブラバーサは驚き乍ら心の中に思ふやう、 ブラバーサ『あゝ仕方がない、此通り猛烈な恋におちた女を素気なく振り放せばキツと過ちがあるだらう。天則違反か知らねども暫く彼女の云ふ通り任せおき、徐に道理を説き目を覚ましてやらねばなるまい』 と心に頷づき乍ら言葉を改めて、 ブラバーサ『いや、マリヤ様、よくそこ迄思つて下さいます。実に感謝に堪へませぬ。併し乍ら私はここに参りましてから、一ケ月に足りませぬ。私はあと七十日の間身体を清潔にして或使命は果さねばなりませぬから百日の行を済ます迄、何卒御猶予を願ひます』 マリヤ『ソンナ気休めを云つて妾をお騙しなさるのぢやありませぬか。その場逃れの言ひ訳とより思へませぬ。どうか的確なお言葉を賜はりたいもので御座ります』 ブラバーサは吐息をつき乍ら永い沈黙に陥つた。マリヤも暫く無言の儘打慄ふてゐたが、思ひきつたやうに口を開いてブラバーサの手を固く握り、 マリヤ『妾は貴方に初めてお目にかかつてから今日で殆ど一ケ月、どうしたものかセリバシー生活をやつて来た身であり乍ら、その時から恋におち、此一月の間も殆ど千年のやうに長きを感じました。妾のあまり永い沈黙の恋は妾の頭脳を腐らし破つて了ひました。そして妾は今恋の煩悶苦悩を味はつてゐます。私は之を何時迄も秘密として葬り去る事が出来ないのです。何卒一人の女を救ふと思つて妾の恋を諒解して下さい。此猛烈な恋愛を笑ふなら笑つて下さい。又誹るなら誹つて下さい。もはや妾は恋に悩む狂人です。妾の目に浮かぶものは山川草木一切が恋しい師の君のお姿になつて見えるのですもの、狂つてるのかも知れませぬ。あゝ苦しい、こんな不思議な恋を誰がさせたので御座いませうか。エルサレムの町でお目にかかつてから妾はスツカリ恋の捕虜となつて了ひました。妾は神様から与へられた恋だと思つて居ります。恋を与へられた時は思ひきり恋を味はひつつ生るもので御座いませう。妾が師の君を恋ふる事は決して不合理でも不道徳でも御座いますまい。神様の御旨だと信ぜられてなりませぬ。厳粛な神聖な恋が変つて博愛となつた時は、尊さと偉大さと美しさとを知る事が出来ませう。ルートバハーの御教の人類愛は斯様な意味を云ふのではありますまいか。人類愛そのものを愛するの愛、それは神様の愛で、即ち自分を見出す為めの愛であり、自分自身を建設すべき天国に昇るべき愛の初めであり終りでありませう。師の君が妾を理解して下さらぬ事は実に絶大なる悲しみで御座います。妾もアメリカンコロニーに籍をおき、救世主の再臨を待ち、全世界救済の使命を持ち乍ら、どうして戯れの恋に浮かれて居れませうか。妾は師の君の手によつて新に生れなくてはならないのです。霊肉ともに復活せねばならぬのです。師の君と愛し愛され、貴方と結ぶ事によつて新に力を与へらるるので御座ります。もし此妾の恋愛が不合理だと仰有るのならば貴方の神力で取去つて下さいませ。とは云ふものの一度恋ひ慕ふた師の君の温い御顔とそのやさしいお言葉は妾の全身に流れて血となつて居ります』 ブラバーサ『私は厳粛なる神様の御命令を頂き神聖にして犯すべからざる此聖地に於て恋愛問題にぶつかるとは夢にも思ひませぬでした。然し愛の情動は何れの国の人も変らないものと見えますなア。貴女の御親切を決して葬り去るやうな勇気も厶いませぬ。然し乍ら怪しき関係を結ばなくても心と心と融け合ひさへすれば、それで恋愛は完全に保たれて行くぢやありませぬか。凡て霊主体従の教を奉ずる吾々……然らば霊的の恋仲となりませう。さあ何卒その手を放して下さいませ』 マリヤ『いえいえ妾はいつ迄も師の君様の愛の御手に昼も夜も抱いて慰めて欲しいので御座います。いつも尊い懐に抱かれ微笑つつ恋を歌つて見たいのです。……あゝ妾の恋しい慕はしい師の君の御上に幸多かれ……と』 ブラバーサ『御親切は有難う御座いますが、何卒百日の行が済む迄は触らないで下さい。怪しい考へが起つては修行の邪魔になりますからな』 マリヤ『貴方の御身辺に危い事が迫つて来た事がお分りになりませぬか。妾はそれが心配でならないのです。それ故アメリカンコロニーの牛耳を握る妾と締結して下さるのならば貴方の危難を逃れるのは当然ですよ。ユダヤ人は同化し難い人種ですからな』 ブラバーサ『何か私の身の上について危険が迫つて居るのですか。仮令如何なる敵が来ても神様にお任せした私、左様な事に驚く事はありませぬから、先づ安心して下さい』 マリヤ『貴方は、さう楽観して居られますが、貴方の周囲には沢山の悪魔が取囲んで居りますよ。今妾は師の君の言葉に従ひ恋愛を思ひきり路傍相逢ふ人の如き態度を採らうと思つても、それが出来ないのです。貴方のお身の上を思へば涙が出てたまりませぬ。それで貴方の側を離れたくはありませぬ』 ブラバーサ『マリヤさま、そんな事云つて強迫するのぢやありませぬか。随分悪辣な手段を廻らして恋の欲望を遂げむとなさるのではあるまいかと思はれてなりませぬわ』 マリヤ『いえいえどうしてどうして誠の神様の教を信ずるピユリタンの一人として嘘偽りが申されませうか。神様の冥罰が恐ろしう御座います。妾は師の君様の身辺を守るため仮令恋せなくても離れ度くはないのです。此エルサレムの町へ貴方がおいでになつてから、日の出島の聖師々々と云つて貴方に帰順する人が沢山出来ましたが、真に貴方を愛する人が果して幾人ありませうか。凡ての人が師の君に対して力一杯敬して居るやうですが、然し妾は案ぜられてならないのです。また此方へおいでになつてから間もなく、土地人情もお分りになつてゐないのですからな』 ブラバーサ『然らば貴女の御意見に任します。どうなつとして下さいませ。然し乍らここ七十日の間は特に猶予を願ひ度いので御座います。貴女の要求を容れました上は相対的に私の要求も容れて貰はねばなりませぬからな』 マリヤ『どうも仕方がありませぬ。然らば隠忍致します。どうぞ注意をして外の女に相手にならぬやうに願ひます。サロメさまにお会ひになつても言葉をお交しになつちやいけませぬよ。貴方のお身の上に危険が、そのため襲来してはなりませぬからな』 ブラバーサ『ハヽヽヽヽ最前からマリヤさまが私の身辺に悪魔が狙つてゐる、危険が襲ふてゐると仰有つたのは、分りました。いや随分抜け目のない……貴女も女ですな、アツハヽヽヽ』 マリヤ『エツヘヽヽヽ何なつと勝手に仰有いましな。然し呉々もお気をつけなさいませや。さあ之から妾と一緒に帰りませう』 ブラバーサ『ソンナラ私はお山を一まはりして帰りますから貴女は一足先にお帰り下さい。七十日さへ経てば夜も昼も駱駝のやうに二人連で歩かして頂きませう。アハヽヽヽ』 マリヤ『お気に入らないものはお先へ帰りませう。夜が明けるまでお待ちなさいませ。夜鷹でも参りませうから』 と捨台詞を残し橄欖山を下り行く。 後見送つてブラバーサは吐息をつき乍ら胸を撫で下ろし、 ブラバーサ『あゝ困つたものだな。どうして此難関を切り抜けやうか。これも大方神様のお試しだらう。あゝ惟神霊幸倍坐世、国治立大神様、何卒悪魔の誘惑に陥らぬやう御守護を願ひ奉ります。心の弱き私に対し絶対力をお授け下さいませ』 と両手を合せて天地に向かつて拝謝し乍ら橄欖山の頂を隈なく逍遥し初めた。古ぼけた小さい祠の前に一つの影が蠢いてゐる。月は薄雲の帳を被つて昼ともなく夜ともなく一種異様の光を地上に投げて居る。 (大正一二・七・一二旧五・二九北村隆光録) |
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霊界物語 | 64_下_卯エルサレム物語2 | 05 横恋慕 | 第五章横恋慕〔一八一一〕 ヤクの後をおつかけて夜叉の如くにお寅は霊城をとび出して終つた。トンク、テク、ツーロの三人はお寅の後をおひ、捜索がてらに三人三方へ手分けをして市中の大路小路をかけ廻ることとなつた。後にはお花、守宮別の両人が丸い卓を囲んで籐椅子に尻をかけ乍ら、ヤヽ縛し無言の儘、顔を見合して居た。 守宮別は大欠伸をし乍ら、 守宮別『お花さま』 と云ふ。 お花『何ぞ御用ですか』 守宮別『アーアン、お花さま』 お花『何ですか』 守宮別『アーアン、お花さまツたら……』 お花『何ですいな、アタ辛気臭い。御用があるなら云つて下さいな』 守宮別『アーアン、大概分りさうなものだな、ホントニホントニ』 お花『生宮さまが居られないので淋しいのですか、嘸御退屈でせう』 守宮別『アーアン、これお花さま、分りませぬかい』 お花『分りませぬな』 守宮別『ヘー、私がアーアンと云へば大抵きまつてるでせう』 お花『いつも守宮別さまが、アーアンと云つて空むいて欠伸をされたが最後、クレリと気が変つて今迄やつて居た仕事も打ちやり、漂然として何処かへ行つて了ひ、いつもお寅さまの気をもますが、お花では一向気をもみませぬで仕方がありませぬね』 守宮別『アーア、サ……ケ……』 お花『ホヽヽヽヽ酒が欲しいと仰有るのか、お安い御用。然し乍ら、お寅さまの留守中にお酒でも、飲まさうものなら、どれ丈怒られるか知れませぬ。それでなくても、アンナに私に毒ついて行かれたのですからマア暫く辛抱しなさい。やがて帰られるでせうから』 守宮別『イヤ、もうお寅さまの自我心の強いこと、無茶理窟をこねる事、疑惑心の深い事には愛憎が尽きました。もうお寅さまは今日限り見限るつもりです』 お花『ヘヽン、うまい事仰有いますわい。寝ては夢、起きては現、一秒間も忘れた事がない癖に、よう、ソンナ白々しい事が、仰有られますわい。守宮別さまも余程の苦労人だな。○○の道にかけては千軍万馬の劫を経た、このお花も三舎を避けて降服致しますわ』 守宮別『いや、全く、いやになりました。あのアーンの欠伸を境界線として、お寅さまの事はフツツリと思ひ切りました。それよりも純真な、正直な都育ちの婦人が欲しいものですわ。チト位年はとつてゐても第一、膚が違ひますからな』 お花『これ守宮別さま、そんな冗談を云はれますと、お寅さまに又鼻を捻られますよ』 守宮別『もうお寅さまだつて縁をきつた以上は赤の他人だ。鼻でも捻やうものなら、ダマツて居ませぬ。私も男ですもの、直様エルサレム署へ訴へてやりますからね』 お花『本当に守宮別さま、いやになつたのですか、嘘でせう』 守宮別『何、真剣ですよ。乙姫さまの前ですもの、どうして嘘が云へませうか』 お花『貴方の仰有る事が本当なら私の腹も打明けますが、此お花も今日と云ふ今日は、お寅さまにスツカリ愛憎が尽きたのですよ。これから国許に帰らうかと思案してゐますの。が然し、長途の旅、一人帰る訳にも行かず、外国人との話も出来ず困つてゐますの。貴方のやうな英語の出来る方があれば、一緒にお伴さして貰へば結構ですが、世の中は思ふやうにはならぬものでしてな』 守宮別『お花さま、帰らうと云つたつて、旅費が要りますが一体いくら許り持つてゐますか』 お花『ハイ、娘が家を抵当に入れて金を拵へたと云つて、一万両許り送つて来ましたので、当地の郵便局に預けて置きましたから旅費には困りますまい』 守宮別は、お花が一万両持つてゐるのを聞いて、猫のやうに喉をならし、目を細うし…… 守宮別『ヤ、此奴は豪気だ。二千両もあれば旅費には沢山だ。何とかしてその他の金を酒の飲み代にすれば一年や二年は大丈夫だ。先づお花の歓心を得るのが上分別だ、お寅に丁度毒づかれて居る処だから、ここでお寅との師弟関係を絶たせ、自分が世話になつたり世話したりする方が、よつぽどぼろい』 とニタリと笑ひ乍ら、 守宮別『お花さま、一万両の金があれば今かへるのは惜いぢやありませぬか、どうです、その金で一旗上げようぢやありませぬか。何程お寅さまを大将に仰いで、シヤチになつた処であの脱線振と云ひ、かう人気が悪うなつちや、駄目でせう。竜宮の乙姫さまは今迄欲なお方で宝を貯へてゐられたさうだが、時節参りて艮の金神さまが三千世界の太柱とおなり遊ばすについて、第一に宝を投げ出し、改心の標本をお見せになつたお方でせう。お道のため一万両のお金をオツ放り出す考へはありませぬかな。何程お寅さまに肩入れした処で、塩を淵に投入れるやうなものですよ。何程お金を費しても無駄に使つては何にもなりませぬからな』 お花『さうだと云つて確な保証を握つておかねば、此大切なお金を貴方のお間に合わせる訳には行きませぬ。お寅さまとは又特別な御関係がおありなさるのだもの』 守宮別『いや、もう愛憎がつきました。あのアーアの欠伸を境界線としてプツツリ思ひ切つたのですよ。お寅さまがお花さまだつたらなアと、このやうに思つた事は幾度あつたか知れませぬわい』 お花『ホヽヽヽ、あの守宮別さまのお上手なこと、流石の女殺、うまい事仰有いますわい、うつかり、のらうものなら、それこそ谷底へおとされて、身の破滅に会ふかも知れませぬよ。 「きれたきれたは世間の噂 水に浮草根は切れぬ」 「きれて終へば他人ぢやけれど 人が悪う云や腹が立つ」 とか云ふ歌の通り、何程うまい事仰有つても、そんな、あまい口には乗ること、出来ませぬわい、ホヽヽヽヽ』 守宮別『何、お花さま、本真剣ですよ。私は、かうして十年許りもお寅さまに辛抱してついて来ましたが、到底やりきれませぬから、もう思ひ切りました。これが違ひましたら一つよりない首を十でも二十でも上げますわ』 お花『ホヽヽヽヽ、お前さまの首を貰つたつて、首祭する訳にも行かず、莨入の根付には大きすぎるし、枕には堅すぎるし、何にもなりませぬわい。それよりお前さまの誠の魂を頂き度いものですな』 守宮別『いかにも、魂あげませう。サア、どこからなりと、ゑぐつて、とつて下さい』 と胸をつき出す、 お花『嘘ぢや厶いませぬか』 守宮別『嘘と思はれるなら此短刀で私の胸を切り裂いて生肝をとつて下さい。それが第一証拠ですわい。男子の一言は金鉄より堅いですよ』 お花『いや分りました、心底見届けました。いかにも御立派な御精神、ソンナラ……あの……それ……どこ迄も私と○○を締結して下さるでせうね』 守宮別『頭の先から爪の先までお花さまに献げました、焚いて食ふなと焼いて喰ふなと御勝手に御使用下さいませ。この守宮別は唯々諾々として乙姫さまには維命これ従ふ迄です。絶対服従を誓ひます。その代り酒丈は飲まして下さるでせうな』 お花『そらさうですとも、お互さまですわ、私だつて、貴方に要求すべき事があるのですもの』 守宮別『とかく浮世は色と酒……何程雪隠の水つきだ、糞浮きだと世間の人が云はうとも、惚た私の目から見れば十七八のお花さまですわ。私は肉体に惚れたのぢやありませぬ。お花さまの精霊が第一天国の天人として、華やかな姿でゐらつしやるのを、霊眼を通して見て心から惚れたのですもの。アヽお花さまの事を思ふて心臓の鼓動が烈しくなり、息がつまる様になつて来た。何と恋と云ふものは曲物だな。何で、こんな変な気になるのだらう』 お花『恋は神聖だと云ふぢやありませぬか。世の中は凡て理智許りでは行きませぬ、情がなければ此世の中は殺風景なものですよ』 守宮別『貴方、随分恋愛問題には徹底してゐますね、私感服しましたよ』 お花『そら、さうですとも。数十年間、恋の巷に育ち、数多の男女を操つて来た経験がありますから、恋愛問題にかけては本家本元ですわ。親が子を慕ひ、子が親に会ひたいとあこがれるのが恋です。又一切のものを可愛がるのが愛です。恋愛と云ふものは一人対一人の関係で、云はば極めて狭隘な集中的なものですわ。どうか守宮別さま、恋と愛とをかねて私に集中して下さい。さうすれば私も貴方に対し愛と恋とを集中します。ここに於て初めて恋愛の神聖が保たれるのですからな。かりにもお寅さまの事を思つたら、恋愛の集中点が狂ひ恋愛が千里先に遁走しますよ』 守宮別『成程、徹底したものだ、お花さまのお話を聞けば聞く程、益々集中的となつて来ますよ。仮令岩石が流れて空気球が沈んでも貴女の事は忘れませぬわ』 お花『くどいやうですが、お寅さまの事は忘れるでせうな』 守宮別『勿論です。今後は顔会はしても物も云ひませぬから安心して下さい』 お花『間違ひありませぬな。もし違つたら貴方の喉首を喰ひ切りますが御承知ですか』 守宮別『恋愛を味はふと思へば生命がけだな。イヤ心得ました、承知しました』 お花『ここ迄話がまとまつた以上は、善は急げですから一寸心祝に媒介人はないけど、竜宮の乙姫さまと大広木正宗さまを仲介人にし、守宮別さまお花さまの肉体の結婚式を挙げようぢやありませぬか』 守宮別『宜しい、早速準備して下さい』 お花は目を細くし乍ら、 お花『ハイ』 と一言襷をかけ、酒の燗にとりかかつた。日の出の掛軸の前でキチンと坐り祝言の盃をやつてゐると、そこへ足音荒々しくお寅が帰り来たり、 お寅『マアーマアーマアー、お二人さま、お楽しみ、お羨山吹さま。これ、お花さま、その態は何ぢやいな。人の留守中に人の男をとらまへて酒を飲むとはあまりぢやないか。ここには禁酒禁煙の制札がかけてあるのを何と心得てゐますか。内らから規則破りをしてもいいのですか』 お花は平然として落つき払ひ、 お花『お寅さま、お構ひ御無用です。私は竜宮の乙姫でもなければ貴女のお弟子でもありませぬ。貴女の方からキツパリとお暇を下さつたのだから、もはや貴女とは路傍相会ふ人と同じく赤の他人です。それ故お前さまの意見を聞く必要もなければ遠慮する必要も厶いませぬ。ラブ・イズ・ベストを実行して、只今守宮別さまと二世三世は愚、億万歳の後までも夫婦約束の祝言の盃をした所で厶いますよ。チツト許りお気がもめるか知れませぬが御免下さいませ、ホヽヽヽヽ』 お寅は満面朱をそそぎ半狂乱の如くなつて、 お寅『これ守宮別さま、お前は、私との約束を反古になさるのかい、サア約束通り命を貰ひませう』 守宮別『ハツハヽヽヽ、お寅さま以上に愛する女が出来たものだから、愛の深い方へ鞍替したのですよ。それが恋愛の精神ですからな。どうか今迄の悪縁と諦めて下さい。酒を一杯のんでもゴテゴテ云はれるやうな不親切な女房では、やりきれませぬからな』 お寅『こりやお花のド倒しもの、人の男を寝とりよつて思ひ知つたがよからうぞ』 と云ふより早く、そこにあつた角火鉢を頭上高く振り上げ、お花と守宮別との真中を目がけて投げつけた。灰は濛々と立上り咫尺暗澹となつた。お寅はあまりの腹立しさに気も狂乱しドツと尻餅をついたまま、息がつまり口をアングリ、鮒が泥に酔ふたやうに上唇、下唇をパクパクかち合せてゐる、その隙に乗じ守宮別はお花と共に永居は恐れと、細い路地を潜つて橄欖山の方面さして逃げて行く。 (大正一四・八・一九旧六・三〇於由良北村隆光録) |
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霊界物語 | 64_下_卯エルサレム物語2 | 13 漆別 | 第一三章漆別〔一八一九〕 昨日の暴動騒ぎで、憲兵や警官が血眼になり、行交ふ人を一々誰何して、主義者の入込まない様と、警戒網を張つてゐる。守宮別は新調の洋服を着け乍ら、駅の棟が仄かに見える地点までやつて来ると、一人の警官がツカツカと寄り来り、 警官『一寸待つて下さい。身体検査を致しますから』 守宮別は警官よりも何よりも恐ろしいのは、疑深いお花の追跡である。余り彼方此方をキヨロキヨロと見廻し乍ら歩いてゐたものだから、警官に怪しまれて、首尾よく取つ捉まれたるなりき。 守宮別『私は守宮別です。警官に調べられる理由はありませぬ。これでも日出島の高等武官ですよ。余り乱暴な事をなさると、帝国公使館へ訴へて、エルサレム署の暴状を曝露し、国際問題を起しますよ、そこ放して下さい。急用がありますから』 警官『さう慌てるには及ばないぢやありませぬか。どうも其処辺をキヨロキヨロ見廻し、おちつきの無い貴方の歩き方、挙動不審と認めますから、一応身体を取調べます』 守宮別『取調べるなら調べても宜しい。後腹の病めないやうに気をつけなさいや、ヘン、人を馬鹿にしてゐる』 といひ乍ら、自分からボタンを外し、大道のまん中で、赤裸となり、オチコもポホラのヌボも丸出しにして見せる。 警官『イヤ、宜しい、エー御邪魔を致しました。どうぞ服を着けて下さい』 守宮別『服を着いと言はなくとも、俺の服だ、勝手に着るワイ。要らぬおとがいを叩くな』 と云ひ乍ら、スラスラと洋服を着け、十日程前にチラツと見ておいた、白首の居る青楼指して、一目散に走り行く。裸になつた際、三千円入りの蟇口を落し、気がつかぬ様子なので、警官は何か秘密書類でもあるのではなかろか。日出島の高等武官だと云ひよつたから、軍事探偵かも知れない。軍備に関する秘密書類でもあらうものなら、巡査部長は忽ち警部になれるだらうといふ、いろいろな考へから、ソツと拾ひあげ、本署へ持帰り署長の前で中を検める事とした。守宮別は確にポケツトの中に蟇口と共に三千円入つてゐるものと安心し、鷹揚な態度で、青楼の段階子を上り、三階の見晴よき一間に入つて、頻りに手を叩いてゐる。階下の方に『ハーイ』といふ甲走つた女の声がしたと思へば、間もなく、トントントンと段階子を轟かせ上つて来たのは、兼て見ておいた、色白の十七八の美人である。守宮別は俄に口のはたの泡を拭いたり目ヤニを取つたり、鼻をかみたりし乍ら、済ました顔で控へてゐると、 女(綾子)『お客さま、コンチは、今日はありー……』 守宮別『ホヽヽヽ、何だ今日は有りーと云ふたつて分らぬぢやないか。俺や砂糖ではないぞ、佐渡の土の化身だぞ。モツとハツキリ言はぬかい』 女(綾子)『ハイ、あテイは、総理大臣に呼ばれましても、知事さまに招ばれましても、華族さまによばれましても、今日はアリーで通るのですもの、今のお役人さまは、官等で一級違ふと、それはそれは偉いものですがな。局長さまの所へ課長さまがお出になると、直立不動の姿勢で、……ハ、ハ、ハヽヽと、かう畏まつてゐやはります。局長さまは局長さまで、不行儀な格好で、椅子にのさばり返つて、……何々の事務は何うなつたか、巧くやつとけよ……と仰有ひます。さうすると、課長さまは、……ハア、オチ二三式で、怖い様にして下つて行かはりますワ。其局長さまが大臣の側へ行くと前の課長さまよりも、マ一つエライ謹慎振ですよ。総理大臣と来ちや剛勢なものですよ。其総理大臣さまがチョコチョコ妾を呼んで呉れやはりますが、イヤもう女にかけたら、ヤクタイなものですワ。おつもの毛を握つたり、鼻をつまみ、頤髯を掴んでパクパクさして上げても、顔の相好を崩して……コリヤ綾子、無茶をするない……かう仰有るのですもの、絶対無限の権威を、芸者といふものは具備してゐますよ。それだから、お客さまに、アリー……といつたのは余程光栄だと思つて下さい』 守宮別『此奴ア面白い、一寸話せるワイ。お前は今綾子といつたが、本名は何といふのだ』 綾子『ハイ、妾の本名も綾子、源氏名は有明家の綾子さまですよ』 守宮別『ナニ?綾子に菖蒲、怪体な事もあるものだな。女に迷ふとあやめも分かぬ真の暗になるといふ事だが、俺の心もチツと許りあやしうなつて来たぞ』 綾子『お客さま、何程あやめが分らなくなつても、綾子しい事さへ無けりや、晴天白日ですワ』 守宮別『イヤ、実ア観世音菩薩綾子の君の艶麗な御容姿を拝観して、心の土台があやしくグラ付き出したのだよ。オイ、綾子、素面では話が出来ない。酒肴を金は構はないから、充分拵へて持つて来てくれ。そして此処に芸者が何人居るか知らぬが、仮令百人居つても結構だ』 綾子『お客さま、ソンナ訳にや行きませぬよ。当地の規則として、一人のお客さまに一人より芸者は出す事が出来ないですもの』 守宮別『フーンさうか、そら仕方がない。今日は実ア三千円の散財をせうと思つて来たのだが、ナアンのこつちやい。厭でも応でも流連せねばならぬのか、どれ丈使つたつて、一人の芸者に三百円は使へまい。さうすりや、十日も有明楼の牢獄住居かな、アハヽヽヽ』 綾子『牢獄住居なぞと、何仰有います。激戦場裡に立つてゐる紳士紳商、大臣其他の男さまが、命の洗濯を遊ばす天国浄土ですよ。どうかお金さへあれば、十日なと百日なと千日なと、流連して下さい。其代り妾が手枕して可愛がつて上げますワ』 守宮別『ヨーシ来た。此奴ア洒落てる、吾意を得たりといふべしだ。実ア綾子、俺はな十日程以前、此門先を通つた時、お前の姿をチラツと見初めてから、煩悩の犬が狂ひ出し、寝ても醒てもゐられないので、国許へ電報を打ち、金を送つて貰つて、お前の顔を見に来たのだ。俺の心底もチツトは、汲取つて呉れなくては困るよ』 綾子『あ、さう仰有いますと、十日程以前に、あの有名な気違婆アさまのお寅さまとかいふ救世主のお伴をして歩いてゐられた、ゐもりとか、とかげとかいふお方ぢやありませぬか。随分親密相な態度で歩いてゐられましたね。あんな立派な奥さまがあるのに、妾のやうなお多福が相手になつて、もしやお寅さまに嗅付けられては、妾の命がありませぬワ。どうか今日は帰つて下さいな。一生のお願ですもの』 守宮別『馬鹿いふな、俺は三ケ月以前、国許を出発し、スイスのゼネバへ、エスペラント会議があつたので、一寸覗きに行つた帰りがけだ』 綾子『何時ゼネバからお帰りになつたのですか』 守宮別『ウン昨日帰つて来た所だ』 綾子『ようマア、お客さま、ソンナ嘘つ八が言はれたものですな、現に今妾に、十日前に妾の顔を見たと仰有つたぢやありませぬか』 守宮別『そら言ふた。確に言ふた。其十日前はゼネバへ行く道すがらだもの』 綾子『成程、ソンナラさうにしておきませう。兎も角お金さへ払つて貰へば、商売ですから、金丈の愛は注ぎますよ』 守宮別『オイ早く酒を持つて来ぬかい、座が白けて仕方がないぢやないか』 と云つてゐる時しも、トントントンと階段を上る足音が聞え来たりぬ。 綾子『お客さま、お待兼のお酒が来た様ですワ』 守宮別『ヤ、其奴ア豪気だ。早く早く、待兼山の杜鵑だ』 茲に両人は喋々喃々と酒汲み交はし、下らぬ話に時を費したり。守宮別も綾子も無敵の上戸連で瞬く間に七八十本の燗徳利をこかして了ひぬ。綾子は酒に酔ふたが最後、仕だらのない女性で、自分の方から、お膳を据ゑるといふ、したたか者である。守宮別は益々笑壺に入り、 守宮別『アヽア、一万円の金があれば、一月は悠くり遊べるのになア……』 と私かに歎息をもらし乍ら、会ふた時に笠ぬげ式で、味の悪い蛤を食つた口直しにと、無性矢鱈に上を下への大活劇をやり出した。到当二人は髪の毛から爪の先迄解け合ふて了ひ、切つても切れぬ恋仲となりにけり。 守宮別『オイ、綾子、お前は一体どこから来たのだい』 綾子『ハイ妾はエルサレム生れですよ。お父さまが極道だものですから、たうとう妾をコンナ所へ売つて了つたのです。妾の生れた時は相当な財産家だつたさうですが間もなくお母さまが亡くなられたので、お父さまが後妻を引入れ、朝から晩まで酒池肉林の大騒ぎ、何程金が有つても働かずに食つて許り居れば、山さへ無くなる道理、たうとう貧乏のドン底に落ちて、首がまはらぬので、妾を十一の年から、此有明楼へ十年千円の約束で売つて了つたのです。本当に困つた親ですワ』 守宮別『フーン、話を聞けば聞く程可哀相だ。ヨーシ、俺がキツと助けてやるから心配するな。お前のお父さまといふのは今何してゐるのだ』 綾子『ヘー、気違婆アさまと仇名を取つた、お寅さまとかいふ方の、玄関番に雇はれてるといふ事ですが、どうなつたか知りませぬ。此間も旦那さまによう似た男ハンとお寅さまと、妾のお父さまと、ここの門に立ち、妾を指さしてゐました。アンナ人がお父さまかと思へば恥しうて堪りませぬワ』 守宮別『ナニ、あのヤク、……』 といひかけて、俄に口をつめ、 守宮別『ソリヤ、ヤク介者だなア。お前の心痛も察する。併し人間は七転八起といふから心配するには当らないよ』 綾子『ハイ御親切に有難う厶います。旦那さま、何う考へても、お寅さまと一緒に歩いて居られた、守宮別さまのやうに思へて仕方がありませぬワ』 守宮別『そら世界にや、他人の空似といつて、よく似た者が二人づつあるといふ事だから。それ程又私に能う似た男があつたかいな』 綾子『色の浅黒い、口の尖つた所、目の丸い所、鼻の格好、毛の伸び具合、どつから何処迄瓜二つですワ、妙な事があるものですな』 守宮別『綾子、もうソンナこたア、何うでも可いから、一つあつさり唄はうぢやないか』 綾子『どうか一つ旦那さまから唄つて下さいな。そして、旦那さまのお名を聞かして下さいな。旦那さま旦那さまでは、根つから気が行きませぬからな』 守宮別『ウン、俺の名かい、俺の名は……ウン、さうだな、マア、ブラバーサにしておかうかい』 綾子『旦那さまツたら、なまくらな。そら三五教の宣伝使の名ぢやありませぬか。意茶つかさずに本当の名を仰有つて下さいな』 守宮別『さう短兵急に追及されては、早速に名が出て来ぬワ。マテマテ、急くな、慌てな、せいては事を仕損ずるからなア』 綾子『せかねば事が間に合はず……とかいひましてね、ホヽヽヽヽ』 守宮別『俺の名を聞いて驚くな。吾れこそは、日出の島にて名も高き、ウヅンバラ・チヤンダーといふ者だよ』 綾子『嘘許り、ウヅンバラ・チヤンダーは救世主ぢやありませぬか』 守宮別『此奴ア失敗つた。実は漆別といふのだよ』 綾子『本当ですか、漆別か、うるさい別か知らぬけれど、何だか判然せぬお名前ぢや厶いませぬか』 守宮別『まア何うでも可い。目出度これで帰敬式も済むだのだから、お前と俺とは神の許した夫婦だ。何うだ嬉しいか』 綾子はプリンと背を向けて、 綾子『知りませぬ』 守宮別『ハヽア、肝腎の事を忘れて居つたワイ。お愛想をするのを……』 といひ乍ら、ポケットに手を入れて見たが蟇口が無いので、吃驚し、 守宮別『ヤ、此奴ア大変だ、失敗つたア……』 綾子『漆別さま、何かお忘れになつたのですかい』 守宮別『落したア……、力おとした……。困つたなア……』 綾子『そらお困りですな。警察へお届けになつたら何うです。正直な拾ひ主があつて届けてるかも知れませぬよ』 守宮別『実ア、そこの四辻で警官に怪しまれ、身体検査をやられた時にや、今考へてみると、已に有つてゐなかつたやうだ。どつかで、チボにでもやられたのだろ。併し綾子、俺は斯う見えても、国許では百万長者の息子だから、電報一つ打てば、一週間経たぬ間に電報為替で送つてくるから、それまで夫婦になつたよしみで、お前の金で、ここの払ひを済ましておいて呉れないか』 綾子『ハイ、外ならぬ貴方の事ですから、払つて置きませう。お金が来たら、屹度来て下さいや』 守宮別『ヨシヨシ、お前を忘れてなるものかい。今日俺が此楼主に対して赤恥をかく所を助けてくれたお前だもの、況して切つても切れぬ仲となつたのだもの、之を忘れてたまるものかい。あゝ仕方がない。之から一寸カンラン山を見物して来るから、お前ここに待つてゐてくれ』 綾子『ソンナ所へお出遊ばすにや及ばぬぢやないですか。妾の側に居るより、橄欖山の方が恋しいのですか』 守宮別『ナニ、ソンナ事があるものかい。お前の側を一刻も離れ度くないのだけれど、懐中無一物では、どうも安心して、世話になつてる訳にはゆかぬぢやないか』 綾子『妾と貴方の仲ぢやもの、三日や五日御逗留遊ばしたつて構ひませぬワ。衣裳を質に置いてでも、三日や五日は養ひますもの、マア安心して下さいな』 守宮別『ヨーシ、それでは序にモウ二日厄介にならう。実はな、僧院ホテルの第一号室を借切つてあるのだから、そこへ行つて宿れば金が無くても、五日や十日は暮せるのだからな』 斯く両人は心から打とけて恋仲となり、守宮別は綾子の云つた如く、二晩逗留して三日目の昼頃ブラリブラリと、何くはぬ顔して、僧院ホテルへ帰り来りける。 (大正一四・八・二〇旧七・一於由良秋田別荘松村真澄録) |
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霊界物語 | 66_巳_オーラ山の山賊 | 13 恋の懸嘴 | 第一三章恋の懸嘴〔一六九五〕 サンダーは、泥棒の小頭ショール、コリ等の連中に手車に乗せられ、約一里計りの阪道を送られて大杉の麓の玄真坊の館の前についた。玄真坊はコリ、ショールに目配せすれば、態とに驚いたやうな顔をして、屋根からバラスをぶちあけたやうにバラバラと阪道を倒けつ転びつ逃げて往く。玄真坊は其所に立つて居るサンダーの美貌に見惚れながら態と素知らぬ顔をして、 玄真『アハヽヽヽ、小泥棒奴、此玄真坊が法力に恐れ、睨みに会うて驚愕し蜘蛛の子を散らすが如くに逃げよつた、アハヽヽヽ。てもさても困つた奴どもだなア。や、そこに厶るお女中、其方は彼等の為めに拐かされ此所迄担がれて来たやうだが、先づ先づ結構、玄真坊の威力と法力に依り小盗人共は其方に暴力を加ふることもせず逃げ去つたのは、全く吾が法力のいたす処、サアサア奥へお入りなさい』 サンダー『初めてお目にかかります。私はサンダーと申すこの村の里庄の娘で厶いますが、玄真坊様とやら云ふ活神様が当山に天降りたまひ、所在万民の困難をお救ひ下さると聞き、父母の目を忍び信仰の為め夜の道をトボトボ参りました所、何と申しても病気に難む身の上、足の運びも思ひにまかせず、当山の麓に於て夜が明けました。踏も習はぬ孱弱き女の足並、グツタリと疲れ果て、進退谷まつて路傍の石の上に息を休め、うつらうつらと居眠る折しも、盗人の群だと云つて現はれた十五六人の男、私に向つて云ふやう、「其女は吾々の親分ヨリコ姫の女帝様ぢやないか」とかう申ましたので、何事か分りませぬがつい諾いた処、私を大勢の者が舁ついで此処迄連れて来て下さつたのですよ、どうか玄真坊様に一目会はして下さいませぬか』 玄真『貴女のお尋ねなさる玄真坊と申すは拙僧で厶る。女の孱弱き身をもつて、ようまあ一人御参詣が出来ました、嘸お疲れでせう。どうか私の居間にゆつくりと、おくつろぎなさいませ』 サンダー『ハア、貴方様が噂に高き活神様、あの、玄真坊様で厶いましたか。偉い失礼を致しました』 玄真『アハヽヽヽ。やがて沢山の老若男女が参拝する時刻だから、私もこれから忙しいが、それ迄に御用の趣を聞かう。先づ私の居間にお出なさい』 サンダー『ハイ有難う厶います』 と、サンダーは立派な岩窟の中に姿を没した。室内には経机が一脚きちんと据ゑられ二三冊の金で縁を取つた経書が行儀よく飾られてある。一方の隅には払子や独鈷、金椀などの仏具が飾つてあつた。玄真坊は一種の色情狂である。三年間添うて来たヨリコ姫には見放され、その情によつて僅かに二の弟子となり、聊か不平な月日を送つて居た。そこで絶世の美人スガコを甘く誤魔化し、一室に閉ぢ込めて、吾欲望を達せむと、暇ある毎に口説立つれど、挺でも棒でも動かばこそ、いつも肱鉄や後足砲の乱射を受け、意気消沈して居た。其矢先ヨリコ姫よりもスガコよりも幾層倍増た、天稟の美貌を有するサンダーが訪ねて来たので、これ幸ひ天の与へと雀躍し、此度こそはあらゆる秘術を尽して戦ひ、天晴勝利の月桂冠を得むものと固唾を呑んで力みかへり、態とやさしき声にて、 玄真『其方はサンダーとか云つたね。当山へ女の身として唯一人物騒な夜の路を参詣して来るについては何か深い仔細があるであらう。三千世界の一切を救ふ私は救世主だから、遠慮会釈なく願ひ事はお話しなさい。如何なる事も貴女の願ひは聞き届けてあげるから』 サンダー『ハイ、仁慈の籠つた其お言葉有難う存じます。私には一人の妹が厶いまして、其妹が行方不明となりましたので、いろいろと手を廻し下僕共や村人に捜索して貰ひましたが何うしても所在が分りませぬ。承はりますれば、貴方様は天からお下り遊ばし、万民をお助け下さるとの事、夫故妹の所在もお尋ね申せば教て下さると思ひ、失礼ですけれどお尋ねに参つた次第で厶います』 と、どこ迄も女になり済まして居る。さうして……この生神が自分の男だと云ふ事を看破せないやうなら山子坊子だ、売僧だ。これやどこ迄も一つ、女に化けすまして居らねばならぬ……と、思案をして居たのである。玄真坊は細いまぶいやうな目をしてサンダーの顔をヂロリヂロリと見る其気分の悪さ。されどサンダーは……もしや吾恋するスガコ姫がこの坊主等の為めに計られて、どこかに隠されて居るのではあるまいか……と云ふ気が、咄嗟の中に起つたので、飽迄女でやり通さうと考へた。玄真坊は又、サンダーを天成の女と思ひ込み、夢にも男などとは気付かなかつたのである。 サンダー『あの修験者様、私は妹に会ひたさにお願ひに参つたので厶いますがどうでせう、遇はして頂く事は出来ますまいか。私の妹の名はスガコと申まして年は十八、この妹に遇はしてさへ頂けば、私はどんな御用でも否みませぬ』 玄真坊は、スガコがこの女の妹だと聞いて、胸に動悸を打たせ些しは驚いたが、元来の曲者、轟く胸をグツと押へ素知らぬ顔して、 玄真『アヽお前の妹はスガコと云ふのかな。ウン会はしてやらう。併し乍ら先づ妹に会はすについて、私にも交換的にお前に相談がある。それを聞いてさへ呉れれば法力をもつてスガコ姫を此処に引き寄せ、姉妹の対面をさして上げませう』 サンダーは、弥々此奴売僧と見て取つたので益々空呆け、 サンダー『師の君様、どんな御用で厶いますか。私の身に叶ふ事ならば、何なりと仰せつけ下さいませ』 玄真『ヨシヨシ、そんなら私の方から提案を持ち出さう。外でもない、拙僧は天の命を受け、天下救済の為めに此聖地に降つた者だ。夫については、最奥第一霊国の月の大神様より、今朝神勅が下り、今より半時の後汝に天成の美人を与ふる。其美人こそ最奥第一天国の姫神、玉野姫様の御化身だ。其方と時を移さず夫婦となり、神業に参加せよとの思召しで厶つた。其方も知らるる通り、拙僧は修験者の身の上、女房を持つとは、実に古来の旧慣を破るに似たれども、日進月歩、百度維新の今の世の中、神界の規則も変つたと見え、先づ拙僧より天下に模範を示すべく、霊魂の合うた夫婦を命ぜられたのです。お前さまが俄に此処へ参つて来たくなつたのも、お前さまに守護して厶る、玉野姫さまの精霊が導いて厶つたのですよ。お前さまも若い身をもつて、年の違ふ拙僧と夫婦となる事は、嘸驚くでせう。併し乍ら天の命は拒むべからず。サンダーさま、分りましたかな』 サンダーは余りの可笑しさに、吹き出す許り思はれるのをグツと耐へ、素知らぬ顔をして笑を含み乍ら、 サンダー『何事の御用かと思ひましたら思ひもかけぬ神縁の御説明、妾の如き汚れた肉体がどうして、尊き御身の妻となる事が出来ませう。そんな御冗談はやめて下さい、何うしても妾は信ずる事は出来ませぬ』 玄真坊はここぞ一生懸命と、全身の智勇を推倒し熱血を濺いで、身体を前に乗りだしサンダーの手をグツと握つて二つ三つ揺すり、 玄真『これこれお嬢さま、御不思議は尤も乍ら、決して神に偽りはありませぬよ。貴女は妹にも会ひ、又神界に於ける誠の夫に遇ふ事が出来るのですから、こんな幸福は有ますまい。貴女が天の命に従つて、私の妻にお成りなさるのなら屹度神様はお妹に遇はして下さらうし、又貴女が神様の思召しに背き、拙僧が妻となるのを否まるるに於ては、神様もお妹御に会はしては下さいますまい。サア、茲が思案の仕処だ、好い返事をするがよいぞや』 サンダー『不束なる、繊弱き経験なき妾に対し、神様か何か知りませぬが、有難い思召しをおかけ下さいますのは冥加に剰つて有難う存じます。併し乍ら妾は妹に先に会はして貰はねば、何と仰有つても御命令に従ふ事は出来ませぬ。信仰の浅き吾々、まだ貴方様に対して神様の御化身とも信ずる事が出来ませぬ。夫故絶対的服従も出来ないので厶います。併し乍ら今逢つてお目にかかつた許りの私、不思議の御神徳も見せて貰はないのですから、疑つて済みませぬが、どうか其所は大目に見て下さいませ』 玄真『今迄神のかの字も知らなかつたお前さまだもの、早速に信用出来ないのも無理とは云はぬ。併し乍ら、ここ迄大勢の人が御神徳を頂き、随喜渇仰して居るのだから、そこはそれ、神か神でないか賢明なる其女、推察したがよからうぞ』 サンダー『何うしてもスガコ姫に会はしては下さいませぬか』 玄真『天の命を聞かない其女には会はす事は絶対に出来ない。妹に会ひ度ば神の命を奉じ、拙僧と夫婦になりますか。拙僧だとて、年が寄つてから女房なんか持つのは迷惑だが、天の命には背き難く、国家万民の為め、今迄汚した事のない清浄無垢の此体を犠牲に供するのだ。未来のキリストとやらも十字架を背つて万民を救つたぢやないか、其女も世の為めに犠牲になる誠心はないか。夫では最奥第一の天国玉野姫の御霊とは申されませぬぞ』 サンダー『妾は玉野姫の御霊であらうが、狸姫の御霊で有らうが、霊界の事は些しも意に介しませぬ。唯々貴方様の御神徳によつて、妹に遇はして下さいますれば、それで満足で厶います。何うしても会はして下さらぬなら、是非がありませぬ、仰に従つて貴方の妻になりませう。併し乍ら妾は大切な生の母に別れてから僅かに六ケ月、忌中の身で厶いますから、一年結婚式をお延ばし下さい。それをお許し下されば此身体を神様に差上げます。否貴方の御自由に任します』 玄真『ア早速の御承知、満足々々。併しサンダー姫様、いや女房殿、さう固苦しく一年も待たないでも好いぢやないか。天の神様のお許しだもの、世は禁厭といつて形さへすればよいのだ。もう六ケ月も暮れたのだから、そんなにせなくても好からう。此夫に任して置いたら宜しからう。なア、サンダー姫』 と声の色迄かへて背を撫でる其嫌らしさ。 サンダー『もし、玄真坊様、貴方の妻になる事を約しました以上は、早晩結婚を致さねばなりますまい。どうか一時も早く妹に一目会はして下さいませぬか、屹度最愛の妻の願ひ事、聞いて下さらないやうな夫では厶いますまいなア』 玄真『ウム、会はしてやり度いは山々なれど、実の所はスガコ姫は、一寸俺に関係があるのだ。それだから第一夫人と、第二夫人が目をむき合ひ胸倉の掴み合ひをせられては、俺も一寸困るから会はさないと云ふのだ。会はしても、よもや嫉妬は致すまいな。嫉妬さへ無くば何時でも会はしてやらう』 サンダー『ハイ、有難う厶います。何と云つても元が姉妹ですもの、何、嫉妬なんかしますものか。仮令妹が気儘な事を申しましても、私が仲裁を致し貴方様の御意に添ふやう、取計らつて上げますわ』 玄真『エヘヽヽヽ、何でもお前は姉の権力をもつて、妹を説き付けて呉れると云ふのか、それは結構だ。実の所は吾女房とは云ふものの、スガコは、辷つたの、転んだのと云うて、まだ吾要求に応ぜないのだ。しかし其方はスガコに比ぶれば幾層倍の美人だ、其方の顔を見てから、スガコに対する恋着心もどこかへ往つて仕舞つたやうだ』 サンダー『可愛さうに、そんな水臭い事を仰せられますと妹が泣きますよ。ほんに水臭い旦那様だこと。妾だつて又妾に勝る美人が見つかつた時は、キツト又さう仰有るでせう。そんなことを思うと憎らしくなつて来ましたわ』 と、玄真坊の鼻を思ふざま捻ぢ上げた。玄真坊は現になつて居るのだから、眼から涙が出る所迄鼻を捻上げられながら、サンダーが惚れて居るのだと思ひ垂涎と涙を一緒に垂らし、 玄真『オイ、サンダー姫、何をするのだ。ほんに痛い目に会はすぢやないか』 サンダー『それやさうですとも、可愛さ剰つて憎さが百倍ですよ。早く妹に会ひ度いものだなア。妹に会つて思ふ存分鼻が抓つて見たいわ』 玄真『スガコだつて、さう鼻を抓んでは可愛さうだよ。どうか可愛がつてやつて呉れ。さうして悋気をしないやうにのう』 サンダー『何、貴方悋気をしてなりますものか。一方は可愛い可愛い夫、一方は可愛い可愛い妹ですもの、その可愛い妹を慰めて下さる夫は猶更可愛いなり、又可愛い夫を慰めて呉れる妹は猶々可愛いぢやありませぬか』 玄真『成程貴女は開けたものだ。天晴の女丈夫だ。愛の三角関係と云へば三方に角の立つて居るものだが、お前のやうに出て呉れれば三角関係も円満具足、望月のやうな立派な家庭が営まれるであらう。ヤ、目出度い目出度い』 サンダー『杵一本に臼二挺、これさへあれや立派な餅が搗けませう。 此よをば吾世ぞと思ふ望月の 虧げたる事のなしと思へば とか云ふ歌の通り、円満なホームを作つて楽しみませうよ。あゝ早く妹に会ひたいものだなア』 (大正一三・一二・一六旧一一・二〇於祥雲閣加藤明子録) |
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霊界物語 | 67_午_ハルの湖/タラハン国の国政改革1 | 04 笑の座 | 第四章笑の座〔一七〇六〕 湖神白馬の鬣を揮つて、激浪怒濤を起し、殆ど天をも呑まむとする勢なりし湖上の荒びも、癲癇が治まつたやうに、まるつきり嘘をついた様にケロリと静まつて、水面は恰も畳の目の如く、縮緬皺をよせてゐる。島影を漕出した波切丸は、欵乃豊かに舳を南方に向けていざり出した。 此地方の風習として、人々何れも閑散な時には無聊を慰むる為に、笑ひの座といふものが催される事がある。笑ひの座に参加する者は、何れも黒い布で面部を包み、何人か分らぬやうにしておいて、上は王公より下は下女下男の噂や国家の現状や人情の機微などを話し、面白く可笑しく、罵詈嘲笑を逞しうして、笑ひこけ、互に修身斉家の羅針盤とするのである。流石権力旺盛なる大黒主と雖も、此笑ひの座のみには一指を染むる事も出来なかつた。笑ひの座は庶民が国政に参与する事のない代りに、其不平や鬱憤を洩らし、或は政治の善悪正邪や、国家の利害得失迄も、怯めず臆せず何人の前にても喋々喃々と吐露することを、不文律的に許されてゐたのである。 日は麗かに、風暖かく、波は静に、舟の歩みもはかばかしからず、遥の湖面には陽炎が日光に瞬いてゐる。其有様は恰も湖面の縮緬皺が空中に反映したかのやうに思はれた。さも恐ろしかりし海賊の難や暴風怒濤の悩み、殆ど難破に瀕したる波切丸の暗礁の難を免れたる嬉しさに、何れも天地の神を礼拝し、感謝の辞を捧ぐる事半時許り、其あとは三々伍々デッキの上に円を描いて、笑ひの座が開かれた。 甲『諸君、何うです、此穏かな湖面を眺めて、旅情を慰むる為に、天下御免の笑ひの座を催したら何うでせう』 乙『イヤそりや面白いでせう。チツト許り、言論機関たる天の瓊矛を運用させても宜しからうかと考へてゐた所です。何か面白い話を聞きたいものですなア』 甲『皆さま、黒布をお被りなさい。之も此国の神世から定まつた不文律ですから。其代りに目の前にゐる貴方方の悪口雑言を云ふかも知れませぬが……笑ひの座の規則として御立腹のなき様に予め願つておきますよ、アハヽヽヽ』 乙『サアサア自分の顔のしみは見えないものだから、俺は偉い偉い、世間の奴は馬鹿だとか、間抜だとか、腰抜だとか思つてゐるものです。自分が自分を理解する様になれば、人間も一人前の人格者ですが、燈台下暗しとか云つて、自分の事は解らないものですからな。どうか忌憚なく、お気付になつた事は批評して下さい。それが私に取つて処世上の唯一の力となりますから』 甲『宜しい、倒徳利の詰が取れた以上は、味の悪い濁酒を吐出して、諸君を酔生夢死せしむる様な迷論濁説が際限もなく迸出するかも知れませぬよ』 乙『サアサア是非願ひませう。自分の頭や顔面が見え、又自分の首や背中が見える様な人間ならば、自己の欠点が判然と解るでせうが、不完全に造られた吾々人間は、到底暗黒面のあるのは、止むを得ないです。其暗黒面を親しき友から、破羅剔抉して注意を与へて貰ふ事は、無上の幸福でせう。併しお前さまの暗黒面も素破抜きますが、御承知でせうな』 甲『それは相身互です。そんなら私から発火しませう。……エー、貴方此頃大黒主様から大変な偉い職名を与へられたといふ事だが一体どんな御気分がしますか、竹寺官と云へば腰弁とは違つて、役所へ通ふのにも馬とか車とか相当な準備も要るでせう。随分愉快でせうな』 乙『実は某役所の執事に栄進したのです。然し乍ら赤門を出てから官海に遊泳すること殆んど十五年、どうやらかうやら執事まで昇つたのです。吾々の学友は大抵小名から大名、納言級に昇つた連中もありますが、私は阿諛諂佞とか追従とか低頭平身などの行為が嫌いなので、相当の実力を持ち乍ら漸く某役所の執事になつた位なものです。本当に十五年間も孜々兀々として役所の門を潜り、今に借家住居をして色々の雅号を頂いた所で一銭の金が月給の外に湧いて来るでもなし、一握の米が生れるでもなし、丸つきり高等ルンペンの様なものです。それでも公式の場所へは他の連中が嬉しさうに雅号のついたレツテルをぶらさげて行きよるものだから、私も心に染まないけれど、何だかひけを取るやうな気分がするので、嫌々乍らレツテルをはつて行くのですよ。アハヽヽヽヽ』 甲『嫌なものを張つて行くとは云はれましたが、然し貴方の本心としてはまつたく嫌で叶はないのぢやありますまい。嫌な嫌な毛虫が胸にくつついてゐたら誰しも之を払ひ落すでせう。そこが貴方の闇黒面で、所謂偽善と云ふものです。爵位何物ぞ、権勢何物ぞ、富貴何ものぞ、只吾々は天下の志士だと人に思はせたい為の飾り言葉でせう。虚礼虚飾を以つて唯一の処生法と為し、交際上の武器と信じてゐられるのでせう。さういふお方が上流に浮游してゐる間は、神様の神政成就も到底駄目でせう。私は米搗ばつたといふものを見る度に、何となく嫌忌の情が胸に湧いて来るのです。併し過言は御免を蒙つておきませう。何と云つても笑ひの座の席での言葉で厶いますからな』 乙『ヤ、貴方も中々の批評家ですね。実は私も米搗ばつたにはなり度くないのです。これを辞めれば忽ち妻子が路頭に迷ひ、生存難におびやかされるから長者に膝を屈し腰を曲げ、ばつたや蓄音機の悲境に沈淪しながらも陰忍自重して、あたら月日を送つてゐるのです。今日の米搗ぐらゐ卑劣な、暗愚な狭量な、そして高慢心の強い代物はありませぬわ。何か可い商売でもあつたら、男らしく辞職をしてみたいのです。そして辞表を長官の面前へ投げつけてやりたいと、切歯扼腕慷慨悲憤の涙にくれることは幾度だか知れませぬよ。卑劣な、暗愚な、おべつか主義の小人物はドシドシ執事にもなり、小名にもなり、大名にもなつて、時めき渡ることが出来ますが、私のやうな硬骨漢になると、上流の奴、彼奴ア頑迷だとか、剛腹だとか、融通が利かないとか、野心家だとか、過激主義だとか、反抗主義だとか、生意気だとか、猪口才だとか、何とかかんとか、種々の称号をつけて、頭を抑へるのみならず、グヅグヅしてゐると寒海から放り出されて了ふのですから、人生、米搗虫位惨めな者はありませぬよ。実に悲哀極まる者は官吏生活ですよ。ハヽヽヽ』 甲『全体、月の国の人間は、国は大きうても、小人物許りで、到底世界強国の班に列するの光栄を永続することは不可能でせう。外交はカラツキシなつてゐないし、強国の鼻息を伺ふこと計りに汲々乎とし、内政は人民の自由意志を圧迫し、少しく骨のある人間は、何とかカンとかいつては、牢獄へブチ込み、天人若斗りを登用して顕要の地位に就かしめ、己れに諛び諂らふ者のみ抜擢して、愚者、卑劣漢のみが高いところに蠢動してゐるのだから、到底国家の存立も覚束ないではありませぬか。今の時に当つて、本当に国家を思ふ英雄豪傑、又は愛善の徳にみちた大真人が現はれなくちや駄目でせうよ』 乙『さうですなア、私の考へでは、茲二三年の間には、月の国の大国難が襲来するだらうと思ひます。大番頭も、其他の納言も、どうも怪しい怪しいと何時も芝生に頭を鳩めて、青息吐息で相談をやつてゐますが、何れも策の施しやうがないと云つて居ります。何といつても今の世情は、宗教を邪魔物扱ひし、物質本能主義を極端に発揮し、何事も世の中は黄金さへあれば解決がつく様に誤解してゐたものですから、従つて国民教育も全部物質主義に傾き、国民信仰の基礎がぐらついて、殆ど精神的破産に瀕してゐるのですから、到底此頽勢を挽回する望みはありますまい。今に世界は七大強国となり、十数年の後には、世界は二大強国に分れると云ふ趨勢ですが、どうかして印度の国も、二大強国の一に入りたいものですが、今日の頭株の施政方針では、亡国より道はありませぬ。物価は高く、官吏は多く、比較的人民も多くして、生存難は日に日に至り、強盗殺人騒擾なども、無道的行為は到る処に瀕発し、仁義道徳地に堕ち、人心は虎狼の如く相荒び、親子兄弟の間も利害のためには仇敵も只ならざる人情、教育の力も宗教の力も、サツパリ零です。否宗教は益々悪人を養成し、経済学は国家民人を貧窮に陥れ、法律は善人を疎外し、智者を採用し、医学は人の生命を縮め、道徳は悪人が虚偽的生活の要具となり、商業は公然の詐偽師となり、一として国家を維持し国力を進展せしむるものは見当りませぬ。それだから私も一つ奮発して、国家の滅亡を未然に防ぎ度いと焦慮して居りますが、何分衣食住に追はれてゐるものですから手の出し様がありませぬ。米搗虫の地位を利用して賄賂でもどしどし取れば、又寒海を辞した時、社会に活動するの余祐も出来るでせうが、それは私には到底出来ない芸当です。とやせむかくやせむと国家の前途を思ひ、日夜肺肝を砕いてをりますが、心許り焦つて、其実行の緒につく事が出来ないのは遺憾千万で厶います』 甲『今貴方は、官を辞したら、衣食住に忽ち困るから、国家の大事を前途に控へ乍ら、活動することが出来ないといはれましたが、それは貴方の薄志弱行といふものです。徒らに切歯扼腕慷慨悲憤の涙にくれてゐた所で、社会に対して寸効も上らないでせう。納言になる丈の腕を持つた貴方なれば、民間に下つて何事業をせられても屹度相当の収益もあり、又成功もするでせう。人は断の一字が肝腎ですよ。空中を翔る鳥でさへも、何の貯へもして居りませぬが、天地の神は、彼等を安全に養つてゐるだありませぬか。窮屈な不快な寒吏生活を罷めて、正々堂々と自由自在に、何か事業をおやりなさつたら何うです。活動は屹度衣食住を生み出すものです。何を苦しんで官費に可惜貴重な生命を固持する必要がありますか』 乙『お説は一応御尤もですが、吾々は悲しいことには父母の膝をかぢつて、小学、中学、大学と一通りの学問の経路を越え、学窓生活のみに日を送り社会一般の事情に通ぜず、又苦労をしたこともなし、今となつては乗馬おろしの様なもので、寒海を離れたならば、何一つ社会に立つて働く仕事がありませぬ。新聞記者にでもなるか、或は三百代言の毛の生えた如うな者になるより行り場のない厄介者ですからな』 甲『凡て人民の風上に立つ役人たる者は、何から何迄、之が一つ出来ないといふ事のない所迄、経験を積まねばならず、又人情にも通じてゐなくてはならない筈だのに、今日の官吏なる者は、凡て社会と没交渉で、何一つの芸能もなく、無味乾燥な法律学のみに頭を固めてゐるのだから、風流とか温雅とか、思いやりとかの美徳が備つてゐない。そんな連中が世話の衝に当つてゐるのだから、民衆が号泣の声も塗炭の苦しみも目に入らず耳に聞えず、世は益々悪化する許り、之では一つ天地の神の大活動を待たねば、到底暗黒社会の黎明を期待することは難しいでせう。あゝ困つた世態になつたものだなア』 乙『仮に私が官を辞し、民間に降るとすれば、どうでせう、何職業を選むべきでせうか。どうか一つ智恵を貸して頂きたいものですな』 甲『貴方到底駄目でせう。人に智恵を借つてやるよなことでは、何事業だつて、成功するものだありませぬよ。自分が自分を了解してゐられないのだから、……先づ……斯ういふと失礼だが……貴方の適業と云へば山賊でせう』 乙『これは怪しからぬ。私がそれ程悪人に見えますか。私も印度男子です。腐つても鯛、苟も納言の地位に登つた紳士の身であり乍ら、山賊が適任とは、余り御過言ではありますまいか』 甲『ハヽヽ、納言となれば何れ数百人の小泥棒を監督してゐられたでせう。さうすれば貴方は今日迄、立派な役人と表面上見えて居つても、寒賊の親分だ、寒賊が山賊になるのは、適材を適所に用ふるといふものです。あのオーラ山のヨリコ姫、シーゴー、玄真坊などを御覧なさい。堂々と山寨に立籠り、三千の部下を指揮し、王者然と控へてゐたではありませぬか。表面納言などと、こけ威しの看板を掲げ、レツテルを吊らくつて人民の膏血を絞り、賄賂をとり、弱者を苦しめ、強者の鼻息を窺ひ、且つ上長の機嫌を取り、女性的卑劣極まる偽善的泥棒を行つて居るよりも、シーゴーの様に堂々と泥棒の看板を掲げてやつてる方が、余程男らしいだありませぬか。今日の世の中は上から下迄泥棒斗りです。況して泥棒をせない官吏は一人もないでせう。人権蹂躙の張本、圧迫の権化、鬼の再来、幽霊の再生、骸骨の躍動、女房の機嫌取り、寒商の番頭などをやつてゐるよりも、幾数倍か山賊の方が男性的でせう、ハヽヽヽヽ。イヤ失礼、天性の皮肉屋、悪口屋ですから、何うぞ大目にみて下さい……イヤ大耳に聞いて下さい』 シーゴーは二人の話を、背をそむけ乍ら、耳をすまして聞いてゐた。そして時々微笑したり、溜息をついたり、或時は肩をそびやかしたり、平手で額口を打つたり、両方の手で顔を拭ふたり、頭を掻いたりしてゐた。そして彼シーゴーは自分が今迄、オーラ山でヨリコ姫を謀師とし、山賊の大頭目として豺狼の如き悪人輩を使役してゐたのは、余り良心に恥づる行動でもなかつた、印度男子の典型は俺だ、如何にも寒狸といふ奴、卑怯未練な小泥棒だ、到底俺の敵ではない。ヤツパリ俺は偉いワイ、三五教の梅公さまの威徳に打れて、神の道に改悛帰順を表したものの、今となつて考へてみれば実に惜しいことをした。最早六日の菖蒲十日の菊だ。併乍ら俺が偉いのではない、ヨリコ姫女帝の縦横の智略、権謀術数的妙案奇策が与つて力あつたのだ。ヨリコさま女帝も此話は耳に入つただろ、どうか自分と同様に心を翻へして呉れないか知らん。大黒主だつて大泥棒だ、勝てば善神、負くれば悪神だ。善悪正邪は要するに優勝劣敗の称号だ。なまじひ、菩提心を起し、宗教なんかに溺没したのは一生の不覚だつた。今の話で聞くと、宗教家だつてヤツパリ一種の泥棒だ。世の中に顔だとか、恥だとかいつて気にかけてるよな小人物では、生存競争の激烈なる現代に立つて、生存するこた出来ない。あゝ何うしたら可からうかな。一旦男の口から神仏に誓つて悔い改めますと云つた以上、此宣誓を撤回する訳にもいかない。それでは男子たるの資格はゼロになつて了ふ……と吐息をついてゐる。ヨリコ姫は微笑を泛べ乍ら、シーゴーの前に進み来り、 『村肝の心の空に雲立ちて 月日は暗に包まれにける。 右やせむ左やせむとシーゴーが 動く心の浅ましきかな。 男子てふものの心の弱きをば 今目のあたり見るぞうたてき。 惟神神のまにまに進みゆけ 救ひの舟に乗りし身なれば』 シーゴー『煩悩の犬に追はれて吾は今 あはや地獄に堕ちなむとせり。 うるはしき汝が言霊聞くにつけ 胸の雲霧晴れわたりける』 ヨリコ『み救ひの神船に乗りし吾々は 神のまにまに世を渡りなむ』 ヨリコ姫はシーゴーの手を執り、船舷に立ち、東方に向つて折柄昇る旭を拝し、梅公に導かれて宣伝の旅に着きたる事を感謝し、且天地に向つて次の如き誓ひを立てた。 『一、愛善の徳と信真の光に充ち智慧証覚の源泉に坐す天地の太祖大国常立大神の御神格に帰依し奉り、天下の蒼生と共に無上惟神の大道を歩まむことを祈願し奉る。 二、大祖神の宣示し給ひし惟神の大道を遵奉し、愛善信真の諸光徳に住し、大海の如き智慧証覚の内流を拝し、天下の蒼生と共に斯の大道を遵奉し、三界を通じて神子たるの本分を完全に保持し、神の任さしの神業に奉仕せむ事を祈願し奉る。 三、天下の蒼生を愛撫し、神業を完成し、厳瑞二霊の大神格を一身に蒐め、神世復古万有愛の実行に就かせ給ふ伊都能売神柱の神格に帰依し、絶対的服従の至誠を以て神業に参加し、大神の聖慮に叶ひ奉り、一切無碍の神教を普く四海に宣伝し、斯道の大本を以て暗黒無明の現代を照暉し、神の御子たるの本分を竭し奉らむ事を誓ひ奉り、罪悪の身を清め免るし給ひて、神業の一端に使役されむことを祈願し奉る』 (大正一三・一二・二新一二・二七於祥雲閣松村真澄録) |
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霊界物語 | 68_未_タラハン国の国政改革2 | 03 山出女 | 第三章山出女〔一七二七〕 世人の相棒にも使はれず、何事にも茫然として無関心な馬鹿者位、世の中に幸福にして且強いものはない。そこに馬鹿者の無限の妙味が存在するのである。馬鹿は殆ど人間が不可抗力を備へた者の称号である。素よりせせこましい、齷齪たる普通一般の規矩定木を以て律することの出来ない困り者である。古往今来洋の東西を問はず、如何なる医学博士も耆婆扁鵲も、サツパリ匙を投げて、……アーア馬鹿につける薬がない……と歎息し、豊臣太閤も、馬鹿と暗の夜程恐ろしいものはないと云つて、恐怖心に襲はれ、何程厳格なる規則の下におかれるも、「彼奴は馬鹿だから」との一言に無限の責任を免除され、いよいよ念のいつた阿呆になると、白痴瘋癲と称号を頂いて、犯罪も法律も制裁を加へられず、更に馬鹿が重なつて、「馬鹿々々しい奴」と笑はれた時は人間の万事一切の欠点を公々然許され、却て愛嬌者と持て囃される。又馬鹿を金看板に掲げて、浮世の中をヤミクモに押渡る時は、向ふ所殆んど敵影なく、毫末の心配もいらぬ。世の中の人間から小才子と呼ばれ、小悧巧と称へられてゐる奴等は、何れも平常、屁の様な、突張り所のない、毀誉褒貶の巷を飛まはり、餓鬼が食を争ふ如き、ホンの目の前の成敗や、利害に掴み合ひ、昼夜煩悶苦悩を続けて一生を終る者が多い。然るに悠々閑々として、此面白い人間の隠れ場所は、馬鹿者の名称たる事を知らず、ワザとに焦り散らして吾一身を小刀細工に削り取り、あゝ痛い苦いと日夜に悲鳴をあげて悶えてゐる憐れな世の中だ。凡て人間は平常から智慧を蓄めておいて、一朝事ある場合の間に合はさむと、大才大智の者は、平常は妄りに小智小才を月賦的に小出しをせず、用のない時は皆馬鹿の二字にかくれて、のんのこ、シヤあつくシヤあと、馬耳水蛙に晏如としてをさまつてゐるものだ。「あゝ此奴ア驚いた。彼奴ア余り馬鹿に出来ないぞ」と、俗物共に一語を言はせるのは、之れ全く馬鹿の名の下に久しく本能を秘してゐた奴の現はれる時だ。「馬鹿に強い奴。本当に馬鹿に偉い奴。此頃は馬鹿にやり出した。馬鹿に威勢が佳いぢやないか。馬鹿に落着いてゐやがる。馬鹿によく売れる。馬鹿に美味しい。馬鹿に奇麗だ。馬鹿にならない」などいふ言葉は何れも平常小悧巧な奴が大才子の為に鼻毛をぬかれた時の驚歎の言葉である。「余り馬鹿気て彼奴にや相手になれない」などいふ言葉は、大智者の最も深く馬鹿の奥に潜伏してゐる時だ。 ハンナ、タンヤの両人は又馬鹿者の選に洩れない代物であつた。併し乍ら此二人は口には哲学を囀り、恋愛論をまくし立て、たまには政治論も喋々するが、何れも天性の智慧から出たのではなく、縁日の夜立店に埃まびれになつて、曝されてゐる古本を二銭か三銭で値切り倒して買つて来て読みあさつた付け知恵なのだから、真の徹底した馬鹿者である。馬鹿の名に隠れて、巧く世を渡ることは知らず、自分の馬鹿から、「自分程智者はない、学者はない、現代の新人物は俺だ、泥坊の、仮令仲間と雖も、決して自分の心は曲つてはゐない。そして誰にも盗まれてはゐない。生れつき、自分は才子だ、智者だ。仮令如何なる人物と雖も、自分の智嚢を絞り出して、千変万化の手術を尽し立向つたならば、一切万事易々として成就するものだ」と自惚れてゐる。時々強くなつてみたり、弱くなつてみたり、進退動作常ならざるを見て、「自分は処世上の兵法をよく心得た策士だ。軍師だ」と自惚れ、失敗をしても「之れは何かの都合だ。惟神的に神が斯うさせたのだ。キツと悪い後は善い。善い後は悪いものだ。失敗は成功の母だ。賢人智者は凡人の下ばたらきをなし、愚者は天下をとる者だ。さうだから自分は仮令賢者でも愚者を装つてをらねばならぬのだ。どんな愚者々々した事でも、馬鹿の名の下には、流れ川で尻を洗つた如く解決がつくものだ……」などと自分の馬鹿を棚へ上げ、自ら馬鹿を装うて世を巧く渡つてゐるやうな心持でゐる奴だからたまらない。此奴こそ本当に箸にも棒にもかからない、捨場所のない真馬鹿者である。 ハンナ、タンヤの二人は、左守の悴アリナが追跡してゐる事は夢にも知らず、慣れた足許にて坂路をトントンと鳥の翔つ如く登りつめ、漸くにして谷川伝ひに浅倉谷のシャカンナが隠家に着いた、シャカンナはスバール姫と共に少し遅い乍らも朝飯を食つてゐた。 ハンナ『ヘー、親方、御免なさいませ。久しうお目にかかりませぬ。実の所は玄真坊の女房ダリヤ姫が夜に紛れて遁走の節、吾々共は御命令に依り、其所在を尋ねて山野を駆けめぐりましたが、たうとう一も取らず二も取らず、やむを得ずして、タニグク山の岩窟に帰つて見れば、こはそもいかに、豈計らむや、弟計らむや、建物は焼払はれ、親分様始め姫様のお姿は見えず、もし俄の火事で焼死でも遊ばしたのではなからうか、もしそんな事であつたら、骨でも拾つて、鄭重な問ひ弔ひをしてあげねばなりますまいと、一生懸命に灰掻きをやつて見ましたが、骨らしいものは何も厶いませぬ。只猪や狸の骨が残つてゐる許り。あゝ之は親分様が火事に驚き遊ばしてどつかへ一時身をお遁れ遊ばした事だと思ひ、十日許りも飲まず食はずで、チコナンと待つて居りました所、風の便りさへ梨の礫の音沙汰なく、止むを得ず、吾々は解散と出かけました。併し乍ら肝腎の時になつて、親分様を此山奥に捨て、立ち去るといふ事は、いかにも乾児の吾々として、情に於て忍びないと、タンヤと二人が互に抱き合つて泣きました。本当に親分乾児の情合といふものは又格別のもので厶います、アンアンアン』 シャ『ワツハヽヽヽ、汝等も小難しい厄介な爺がをらなくなつて、さぞ睾丸の皺伸ばしをやつただらう。俺も厄介者が取払はれ、身軽になつて、百日百夜も疼き通した腫物が俄に跡形もなく散つたやうな気分になつたのだ。モウ俺は此通り世捨人となつた以上は、再び泥坊稼はやりたくない。汝も可い加減に、足を洗つて正業に就いたが可からう』 ハンナは頭をかき乍ら、 ハ『エー、親分とも覚えぬお言葉、それ程私に信用が厶いませぬかな。私は真心より親方を愛して居ります。のうタンヤ、お前いつも俺の言葉を聞いてゐるだらう。日に何十回となく、親方の名を呼ばなかつた事はなからう』 タ『ウン、そらさうだ、お前のいふ通り、俺の聞く通りだ。何と云つても心が正直なものだから、メツタに親分の前で、嘘は云はうとも思はず、云はれもせぬワ。なア親方、どうぞハンナや私の心を信じて下さい』 シャ『ウン、お前の心の底迄虚か偽か、善か悪かよく信じてゐる。お前は俺には用がない筈だ。スバール姫に用があるのだらうがな。それについては此シャカンナは大変な邪魔者だらう。御迷惑察し入るよ、アツハヽヽヽ』 ハ『そら親方、御無理ぢや厶いませぬか。姫様はまだ少女の御身の上、恋でもなければ色情でもない。又姫様は吾々がお小さい時からお育て申したもの、イヤお世話をさして頂いたお方ですから、別に深い御恩も厶いませぬが、親分さまには永らく御世話になつて居ますから、親分の御恩は決して忘れませぬ。お嬢様は何の御恩もありませぬ。況んや恋愛などの心は毛頭持つて居りませぬから、どうぞ御安心下さいませ』 シャ『親分には御世話になつたと口には云つてるが、心の中では、永らく親分の世話をしてやつた。親分は外へも出ず、乾児許り働かして、乾児の膏を舐つて、親分は食つてたのだ。つまり「自分は親分の救ひ主だ。保護者だ。親分に礼を言はすのが当然だ」位の心で来てるだらうがな』 ハ『成程流石は親方だ。よく吾々の心の底迄透見して下さいました。天下一人の知己を得たりといふべしだ。のうタンヤ、此親分にして此乾児ありだ。何と恐ろしい目の利く親分ぢやないか』 タ『そらさうだ共、何と云つても二百人の泥坊を腮で使ひ、そして自分の生んだひんだの粕を沢山の乾児に嬢様々々と云はして威張らして厶つたのだもの、随分凄い腕だよ。なア親分、私の観察は違ひますまい』 シャ『タンヤの観察もハンナの評察も、俺の推察もピツタリ会つてゐるやうだ。併し乍ら俺の娘を汝達は奪つて帰る相談をやつて来たのだらう。年老いたりと雖、俺の腕にも骨もあれば力もある。汝等のやうな、青二才の挺にはチツと合ひかねるぞ。姫が欲しければ、腕づくで持つて帰つたが可からう』 ハ『ヤア、此奴ア面白い。何程強いと云つても、タカが老耄一人、此邪魔者さへ払へば、あとは此方の者だ。今迄は大親分と云ふ名に恐れて、何だか敵対心が臆病風を吹かしよつたが、もう斯うなれば五文と五文だ。こちらは二人で一銭だ。オイ一銭と五厘との力比べだ。勝敗の数は已に定まつてゐる。只一銭に打亡ぼされるよりも五厘五常の道を弁へて、スツパリと娘を此方へ渡せ。拙劣にバタつくと爺の為にならないぞ』 スバールは食事の手を止め、二人の面を微笑を泛べ乍ら打眺め、大胆不敵な態度でおさまり返つてゐる。 シャ『云はしておけば、旧主人に向つて雑言無礼、容赦は致さぬ、此鉄拳を喰へ』 と首も飛べよと許り、ハンナの横面をなぐりつけむとする一刹那、ハンナは身をすくめてシャカンナの足を掬つた。シャカンナは狭い庭にドツと倒れ、庭の石に後頭部を打つけ気が遠くなつて了つた。二人は手早くシャカンナを荒縄を以て手足を縛り、谷川に持運んで水葬せむとする。之を見るよりスバール姫は父の大事と、死物狂になり、鉞を以て二人の背後よりウンと許り擲りつけた。二人は目早く体をかはし、跳りかかつて、鉞を奪ひとり、スバール姫を大地にグツと捻伏せ、手足を括つて動かせず。スバール姫は悲鳴を上げて、声を限りに泣き叫ぶ。此時一町許り手前迄、林を潜つて進んで来たアリナは、娘の悲鳴を聞き、吾身を忘れて、走り来り見れば此態である。……ヤア此奴は今朝見た曲者、懲らしめくれむ……と、物をもいはず、襟髪を掴んで浅倉山の溪流へ、二人共ザンブと許り投げ込んで了ひ、両人の縄目を解いた。スバール姫は紅葉のやうな優しき手を合はして、救命の大恩を感謝した。父のシャカンナは精神朦朧として殆ど人事不省の態である。アリナとスバール姫は一生懸命神に祈願を奉り、水を面部に吹きかけなどして、漸くの事で、シャカンナの精神状態は明瞭になつて来た。 シャ『あゝ娘、其方は無事であつたか。まあ結構々々、之も全く天のお助けだ』 ス『お父様、私も縛られてゐましたの。危い所へ、あとの月太子様のお伴をしてお出になつたアリナ様が現はれて、私や貴方を助けて下さつたのですよ。サアお礼を申して下さい』 シャカンナはスバール姫の声に目をさまして、よくよく見れば、アリナは恭しげに大地にしやがむでゐる。 シャ『あゝ其方はアリナさま、よくマア助けて下さいました。貴方は吾々父娘が再生の恩人です。サア、どうぞうちへお這入り下さいませ』 ア『危い所で厶いましたが、先づお気がついて何より頂上で厶います。左様なれば休まして頂きませう』 とシャカンナを助け起し、スバール姫と共に老人の手を引いて屋内に進み入つた。 シャ『アリナさま、どうも有難う厶います。そして太子様はお変りは厶いませぬか』 ア『ハイ、有難う厶います。先づ先づ御壮健の方で厶います。就いては太子様のお使に参つた者で厶いますから、どうぞ使の趣を、お気が休まりましたらゆつくりと聞いて下さいませ』 シャ『イヤもう気分は良くなりました。太子様のお使とあらば半時の猶予もなりますまい、どうか其お旨を伝へて下さい。身に叶う事なら、吾々父娘が力のあらむ限り御奉公を致しますから』 ア『ヤ、早速の御承引有難う厶います。かいつまんで申しますれば、太子様は始めて貴方父娘にお会ひ遊ばし、年老いたりと雖も気骨稜々たるシャカンナ様の御心ゆき、次いでは世に稀なる美貌のスバール様、王妃としてお召抱えになつても恥かしからぬ者と思召し、今日の所は少し時機が早い様で厶いますが、それだと云つて、太子様には非常な御恋慕、矢も楯もたまらぬ勢、一時も早くスバール様のお顔が見たいとの御思召、侍臣の吾々は其御苦衷を察し奉り、ジツと見てゐられぬ様になり、人目を忍んで此お館をお訪ね申したので厶います』 シャ『何事の仰かと思へば、スバール姫を御所望との御事、娘に異存さへなくば御命令に随ひませう。併し乍ら未だ私の都へ出る時機では厶いませぬ。何と云つても時勢遅れの古ぼけた頭、政治の衝に当るのは却て太子様に御心配をかける様なもので厶いますから、其儀許りは御断り申し度う厶います。幸ひ此山奥に潜んで不幸を重ね乍ら、山の木の枝に首も吊らず、川の底に身も投げず、鉄砲腹も致さず、兎も角無事息災で今日迄生き永らへて来ました経験も厶いますれば、どうか私の事はお心にかけさせられない様お願ひ致します。役に立たない私のやうな者が都へ上つた所で、太子様の御厄介、人間一疋の放し飼ひの飼殺しも同然、今日の社会に接触のうすい吾々が、繁雑な世の中に、どうして立つて政治が出来ませう。形ばかりの茅屋は古く、狭く、穢しう厶いまするが、娘を出した後の独身者の自炊には余り狭さを感じませぬ。どうぞ此儀許りは平に御断りを申ます』 ア『あゝ実の所は、まだ父王様のお許しもなく、太子様御一人の御考へで厶いますから、同じ事なら、モウ一二年貴方は此処に居つて、時節を待つて頂く方が、双方に都合が可いでせう。そして嬢様は私がソツとお伴を致し、茶の宗匠タルチンの館にお囲ひ申し、御身の御安泰を保護致しますれば、どうか御心配なく、嬢様を私にお預け下さいませぬか』 シャ『オイ、スバール、お前は最前からのお話を聞いたであらう。アリナさまに伴はれて都へ上る気はないか』 ス『ハイ、お父さまを此山奥に只お一人残して私が参る訳には行きますまい。なる事なら、お父さまと御一緒にお伴が願ひたいもので厶います』 シャ『ハヽヽヽ、父に対する孝養と、夫に対する恋愛とは別問題だとお前も云つたでないか。恋愛神聖論の御本尊たるスバール嬢さま、決して、父に遠慮会釈はいらぬ。一時も早く愛し奉る太子様の御前に出るが可からう。併し必ず太子様にお目にかかつても気儘を出しては可けませぬぞ』 ス『ハイお父さま、有難う厶います。左様なれば都へ上ります。どうか御気嫌好うお暮し下さいませ。そして一時も早くお父さまをお迎へに参ります。そしてお父さまのお顔を早く見るのを楽みに私は暮して居りますよ』 と嬉しくもあり悲しくもあり、親の死んだ日に新婿を貰うた様な心に充たされてゐた。此翌日からは浅倉谷の名花たるスバールの姿は見えなくなりぬ。 (大正一四・一・五新一・二八於月光閣松村真澄録) |
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霊界物語 | 69_申_南米ウヅの国の国政改革 | 01 大評定 | 第一章大評定〔一七四六〕 太平大西両洋に跨り、常世の波をせきとめて、割つた屠牛の片脚の如うにブラ下つてゐる南米大陸は、春夏はあつても秋冬の気候を知らぬ理想的の天国である。太洋より絶えず吹き来る清風は、塩分を含んで土地を益々豊饒ならしめ、人頭大の果実は随所に豊熟し、吾人が坐して尚余りある如き数多の花は四方に咲きみだれ、数万種の薬草は至る所の山野に芳香を放つて繁茂し、アマゾン河におち込む数千の支流には数十万種の魚族が棲息し、山には金銀銅鉄石炭等の鉱物を豊富に包蔵し、特に石炭の産額は全世界に其比を見ざる所である。乍併現今は未だ充分に採掘の方法が備はつてゐないので、可惜宝庫を地に委してゐる次第である。 アンデス山脈は高く雲表に聳え、海抜一万四五千尺より三万尺の高地がある。そして山の頂きには狭くて十里、広きは数十里に亘る高原が展開してゐる。樹木の数も我国より見れば仲々多い。又ブラジル国を流るるアマゾン河の川幅は、日本全国を縦に河中に放り込んでも、まだ余る様な世界一の大河である。特にペルウ、ブラジル、アルゼンチン等の原野には、日本の柿の木の如うな綿の木が所々に天然に繁茂し、青、黄、赤、紫、白等自然の色を保つた綿が年中梢にブラ下つてゐる。又竹の如きも日本内地のすすき株の様にかたまつて生え、太さは横に切つて、棺桶や手桶が造れる位である。蕗の如きは一枚の葉の下に十人位集まつて雨を凌ぐことが出来るやうなのがある。牛馬羊豚などは際限もなき原野に飼放しにされてゐるが、それでも持主はめいめい定まつてゐる。味の良き苺やバナナ、無花果などは少し低地になると厭になる程沢山に出来てゐる。そして猿に鹿、野猪などは白昼公然と人家近くよつて来て平気で遊んでゐる。鷹のやうな蝶や蝙蝠、又蜂のやうな蟆子、雀のやうな蜂、拳のやうな蠅が風のまにまに群をなしてやつて来ることもある。すべてが大陸的で日本人の目から見れば実に肝を冷すやうなこと計りである。乍併瑞月は伊予の国道後温泉のホテルの三階に横臥したまま目に映じたことを述べたに過ぎないから、或は間違つてゐるかも知れない。南米の事情に詳しき人が此物語を読んだならば、始めて其虚実が分るであらう。只霊眼に映じた儘を述べたに過ぎない。 三五教の宣伝使国依別命が、神素盞嗚大神、言依別命の命に依り、瑞の御霊の大神が八人乙女の末女末子姫に娶ひて、アルゼンチンの珍の都の国司となりしより、天下泰平国土成就して四民和楽し、珍の天国を永久に築き上げ、国民は国司の仁徳を慕ふて、天来の主師親と仰ぎ仕へまつることとなつてゐた。然るに常世の国よりウラル教の思想何時とはなく、交通の発達と共に輸入し来り、日を追ひ月を重ねて、漸く国内には妖蔽の兆を呈して来た。到る所に清家無用論や、乗馬階級撤廃論が勃発し、互に党を作り派を争ひ、さしもに平和なりしアルゼンチンは、漸く乱麻の如き世態を醸成するに至つたのである。国依別は漸く年老ひ、城内の歩行にも杖を用ゐるに至り頭に霜を戴き、前頭部は殆んど電燈の如くに光り出した。末子姫も漸く年老ひ、中婆さまとなつて了つた。国依別末子姫二人の中に国照別、春乃姫といふ一男一女があつた。国照別は父国依別の洒脱にして豪放な気分を受け、幼少より仁侠を以て処世の方針としてゐた。そして清家生活を非常に忌み嫌ひ、隙間があれば、城内をぬけ出し簡易なる平民生活をなさむと考へてゐたのである。 国司を補佐して忠実につとめてゐた松若彦、捨子姫も漸く年老ひ、松依別、常盤姫の二子をあげてゐた。そして松若彦の部下に伊佐彦、岩治別の左右の重職があつて、松若彦の政務を補佐しつつあつた。 神素盞嗚の大神が皇大神の経綸を 遂行せむと斎苑館後に眺めてはるばると 天の岩樟船に乗りアルゼンチンの珍の国 珍の都に天降りまし八人乙女の末子姫 国の司と定めつつ国依別の神司 夫と定めて合衾の式を挙げさせ勇み立ち 再びフサの産土の厳の館に帰りしゆ 三十三年の星霜を経にける今日の都路は 薨も高く立並び数十倍の人の家 建てひろがりて南米に並ぶ者無き大都会 交通機関は完成し数多の役所は立並び 大商店は櫛比して昔のおもかげ何処へやら うつて変りし繁栄に驚かざるはなかりけり 国依別と末子姫二人の中に生れたる 国照別や春乃姫容色衆にぬきんでて 珍の都の月花と南米諸国に鳴りわたり 若き男女の情緒をばそそりて血をばわかせたる 遠き神代の物語褥の上に横たはり 言霊車ころぶまに面白可笑しく述べて行く あゝ惟神々々御霊幸ひましませよ。 珍の都の高砂城内評定所の別室には、大老松若彦を始め、伊佐彦、岩治別の老中株が首を鳩めて秘密会議を開いてゐた。空はドンヨリとして何となく蒸暑く、一種異様の不快な零囲気が室内を包んでゐる。松若彦は二人の老中株に打向ひ、水ばなをすすり乍ら、骨と皮との赤黒い腕を前へニユツと出し、招猫宜しくの体で歯のぬけた口から、慄ひ慄ひ先づ火葢を切つた。 『御両所殿、今日は御多忙の処早朝より能く御来城下さつた。今日御招き申したのは、折入つて御両所に相談したきことがあつて、自分の決心を忌憚なく吐露し、御両所の御援助を得たいと思ふのだ』 と云ひ乍ら、コーヒーを一口グツと飲んで、顎鬚にしたたる露を、分の厚いタオルでクリクリと二三遍拭ふた。 伊佐『御老体の身を以て、何時も国家の重職に身命を捧げ下さる段、誠に感謝に堪へませぬ。そして今日吾々をお招きになつた御用件は如何なる事か存じませぬが、吾々の力の及ぶ事ならば、国司の為、珍の国の為、あらむ限りの努力を払ふで厶いませう』 松若『イヤ、それを聞いて松若彦安心を致した。岩治別殿、貴殿も亦伊佐彦殿と御同感で厶らうなア』 岩治『いかにも、左様、吾々は元より身命を君国の為に捧ぐる者、閣下の御言葉に対し一言半句たり共、違背致す道理は厶いませぬ。乍併今日の世は大に改まつて居ります。革新の気分が漲つて参りました。それ故慨世憂国の吾々、閣下の御言葉に依つては或は国家の将来を慮るについて背かねばならないかも分りませぬ。そこは予め御承知を願つておきます』 松若『成程貴殿の云はるる通り、今日の社会は昔日の社会ではない。日進月歩殆んど止まる所を知らない世の中の情勢で厶る。就ては松若彦が御両所に御相談と申すのは、御承知の通り老齢職に堪へず、大老の職を辞し、新進気鋭の御両所に吾が職を譲り、退隠の身となり、光風霽月を楽しみ、閑地につきたいと欲するからで厶る。何と御両所に於て吾が希望を容れ、後任者たる事を承諾しては下さるまいか』 伊佐『これは怪しからぬ閣下の仰せかな。閣下は珍一国の柱石では厶らぬか。上下の一致を欠き、清家と衆生との争闘烈しき今日、国家の重鎮たる閣下が今日の場合、万々一退隠さるる様の事あつては、それこそ乱れに紊れし国家はいやが上にも争乱を勃発し、社稷を危うするの端を開くのは最も明かなる道理で厶る。何卒此儀許りは思ひ止まつて頂きたう存じます』 松若『貴殿の勧告は一応尤も乍ら、老齢職に堪へざる身を以て国家重要の職に居り、後進者の進路を壅塞し、国内の零囲気をして益々腐乱せしむるは、拙者に於て忍びざる所、何卒々々吾希望を容れ、御両所の中に於て大老の職を預かつて貰ひたい』 岩治『成程、松若彦様のお言葉の通り、齢幾何もなき老人が国政を執るは国家の進運を妨ぐること最も甚しく、且惟神の大道に違反するものならば、お望みの通り御退隠なさいませ。拙者は実の所は数年前より只今のお言葉を期待して居りました。実に賢明なる閣下の御心事、イヤ早感激の至りに堪へませぬ』 伊佐彦は憤然として言葉をあららげ、 『コレハコレハ御両所共、以ての外のお言葉、左様な意志薄弱なる事では民を治むる事は出来ますまい。飽く迄も国家の為に犠牲的精神を発揮遊ばすのが大老の御聖職では厶らぬか。岩治別殿は松若彦様に対し、御諌言申上ぐることを忘れ、自ら其後釜に坐り、畏れ多くも、国司様の代理権を執行せむとする其心底野望の程、歴然と現はれて居りますぞ。左様な野心を有する役人が上にあつては、下益々乱れ遂には収拾す可らざる乱世となるでせう。拙者はあく迄も松若彦様の御留任を希望して止みませぬ』 岩治『これは怪しからぬ伊佐彦の言葉、拙者は決して野心なんか毛頭持つてゐませぬ。よく考へて御覧なさい。松若彦様は已に御頽齢、かやうな時には、新進気鋭の若者でなくては国家を支持し、民心をつなぐ事は出来ますまい。さすが賢明なる松若彦様、此間の消息を御推知遊ばされ、進んで自決の途に出でられたのは天晴国家の柱石と称讃申上ぐる外はありますまい。及ばずながら御心配下さるな。みごと拙者が松若彦の後任者となつて、上は国司に対し、下国民に対して、至真至粋至美至愛の善政を布き、珍の天地を神素盞嗚大神が降らせ玉ひし、昔の天国浄土に立直して御覧に入れませう』 伊佐『おだまりなされ。貴殿は老中の地位に在りと雖、無能無策、到底国家の重任に堪へざるは、上下一般の認むる所で厶る。常に大言壮語を吐き、私立大学を創立して不良青年を収容し、国家顛覆の根源を培ふ悪魔の張本、到底城中の政治を左右する人格者では厶らぬ。それだと云つて外に適任者はなし、御苦労乍ら松若彦様に今一度の御奮発を願はなくては、忽ち貴殿の如き非国家主義者が政権を掌握さるる事となつて了ふ。之れ国家の為に最も恐るべき大事変で厶る。貴殿にして一片報国の至誠あらば体よく老中の地位を去り、爵位を奉還し、野に下つて、民情をトクと視察し其上更めて意見を進言なされ。此伊佐彦のある限り、どこ迄も貴殿の欲望は遂げさせませぬぞ』 松若彦は心の中にて……到底今日の世の中、今迄通りではやつて行けないことは、百も千も承知してゐた。されど投槍思想を帯びた岩治別に政権を渡せば、忽ち国家の根底を覆すであらうし、真に国家を思ふ伊佐彦に政権を渡せば、時勢おくれの保守主義を振りまはし、益々民心離反の端を開くであらう、ハテ困つた事だなア、退くには退かれず進むにも進まれず、国内一般の民情を見れば、上げもおろしも、自分の力ではならなくなつて来た。到底清家政治や閥族政治のいつ迄も続くべき道理がない…否斯の如く乗馬階級の政治的権力は最早最後に瀕してゐる。何とかして国内の空気を一新し、人心の倦怠を救ひ、思想の悪化を緩和し、上下一致の新政を布きたいものだ。あゝ何うしたら可からうかな、……と水ばなをすすり、腕をくみて両眼よりは涙さへ滴らしてゐる。三人は何れも口を噤んで互に顔を見守つてゐる。 そこへ浴衣の上へ無雑作に三尺帯をグルグル巻にして鼻唄を唄ひながらやつて来たのは国照別であつた。 国照『ヨー、デクさまの御集会かな、到底、干からびた古い頭では、碌な相談もまとまりはしまい、…ヤアー松若彦、お前は泣いてゐるのか、お前もヤツパリ年が老つた加減か、余程涙つぽくなつただないか、……ヤア保守老中の伊佐彦に投槍老中の岩治別だな、…ヤ面白からう、一つ大議論をやつて退屈ざましに僕に聞かしてくれないか。僕も実の所は清家生活がイヤになつて、どつかへ飛出さうと思つてゐるのだが、何をいつても籠の鳥同様、近侍だとか、衛士だとか旧時代の遺物が僕の身辺にぶらついてゐるものだから、何うすることも出来やしない。之も要するに頭の古い大老の指図だらう。僕の親爺は、決してこんな窮屈なことは、好まない筈だ。オイ酒でも呑んで、いさぎようせぬかい。高砂城内で涙は禁物だからのう』 松若彦は手持無沙汰に涙をかくし乍ら二三間許り座をしざり、畳に頭をすりつけ乍ら、 『コレハコレハ、若君様で厶いますか、エライ御無礼を致しました。何卒々々神直日大直日に見直し聞直し、無作法をお赦し下さいませ』 国照『オイ、爺、ソリヤ何をするのだ。左様な虚礼虚式的な事は、僕は大嫌ひだ。モウちつと活溌に直立不動の姿勢を執つて、簡単に挙手の礼をやつたら何うだ、余りまどろしいぢやないか』 松若『恐れ入りました。併し乍ら城内には城内の規則が厶いますから、有職故実を破る訳には参りませぬ。礼なくんば治まらずと申しまして、国家を治むるには礼儀が第一で厶いますから、之計りは何程お気に入らなくても許して頂かねばなりませぬ。之は珍の国の国粋とも申すべき重要なる政治の大本で厶います。礼儀なければ国家は直にみだれ、長幼の序は破れ、君臣父子夫婦の道は亡びて了ひます』 国照『ウンさうか、それも結構だが、お前が若しも国替をして、居らなくなつても、有職故実は保存されると思うてゐるのか、今日の人間の心はそんなまどろしい事は好まないよ。何事も手つ取早く埒をつける事が流行する世の中だ。昔の様に歌をよんだり、長袖を着てブラブラと遊んで居つた時代とは世の中が変つてゐる。昔の百倍も千倍も事務が煩雑になつてゐるのだから、そんな辛気臭い事は到底、永続すまいよ』 岩治『実に痛み入つたる若君様のお言葉、岩治別、実に感激に堪へませぬ。斯の如き若君様を得てこそ、珍の国家は万代不易、国家の隆昌を期する事が出来るでせう。親君様は最早御老齢、何時御上天遊ばすかも知れぬ此場合、賢明なる若君様の御心を承はり、岩治別、イヤもう、大変な喜びに打たれ、勇気が勃々として湧いて参りました。此若君にして此臣あり、老中の仲間に加へられたる吾々なれど、未だ心まで老耄はして居りませぬ。何卒若君様、微臣を御心にかけさせられ、重要事務は微臣に直接御命令下さいませ。松若彦殿は老齢職に堪へずとして、只今吾々の前に辞意をもらされました』 国照『ウンさうか、松若彦もモウ退いても可いだらう。伊佐彦も随分古い頭だから、此奴も駄目だし、岩治別は少し許り今日の時代に進みすぎてるやうでもあり、又遅れてるやうな所もあり、到底完全な政治はお前たちの腕では出来相もない。僕が親爺に勧告して退職をさせ、簡易なる平民生活に入れてやり、安楽な余生を送らせたいと思つてゐるのだから、一層のこと、お前たちも大老や老中なんか廃して、安逸な田園生活でもやつたら何うだ。僕も大に覚悟してゐるのだからな』 三人は国照別の顔を無言のまま、盗む様にして打守つてゐる。国照別は無雑作に、 『高砂城の床の置物、無神経質の骨董品殿、三人よれば文珠の智慧だ。トツクリと衆生の平和と幸福とを擁護し、人民の思想を善導すべく神算鬼謀を巡らしたが可からう。あゝ六かしい皺苦茶面を見て肩が凝つて来た。ドーラ、馬にでも乗つて馬場でもかけ廻つて来うかな』 と云ひすて、足音高く奥殿さして進み入る。後見送つて松若彦は又も涙を垂らし乍ら、 『肝心要の後継者たる若君様が、あのやうなお考へでは最早珍の国家は滅亡するより仕方ない。あゝ困つた事になつたものだ、なア伊佐彦殿』 伊佐彦は真青な顔して、唇をビリビリふるはせ乍ら禿げた頭をツルリと撫で、 『閣下の云はるる通り、困つた事で厶る。どうして珍の衆生を安穏ならしめ、お家を永遠に栄ゆべき方法を講じたら宜しう厶いませうか。深夜枕を擡げて国家の前途を思ひみれば、実に不安の情に堪へませぬ』 岩治『アツハヽヽ、此行詰つた現代を流通させ、衆生が皷腹撃壤の天国的歓楽に酔ひ、各業を楽む善政を布くは何でもない事で厶る。御両所等は斯う申すと憚り多いが、頑迷固陋にして時代を解し玉はざる為で厶いませう。時代の潮流を善導してさへ行けば、珍の衆生は国司の徳を慕ひ、忽ち天国の社会が展開されるは明かな事実で厶いますぞ。兎も角退隠遊ばすが国家の進展上第一の手段だと考へます。徒に旧套を墨守して衆生の心を抑へ、社会の進歩を妨ぐるに於ては何時如何なる大事が脚下から勃発するかも知れませぬぞ。拙者は決して自己の権利を得むが為、又は政権を壟断せむが為に論議するのではありませぬ。国家を救ふのは拙者の考ふる所を以て最善の方法と思ふからです。御両所に於かせられても、速に色眼鏡を撤回して拙者の真心を御透察下さらば、自らお疑が解けるでせう』 松若『侫弁を以て己が野心を遂行せむとする貴殿の内心、いつかないつかな、其手に乗る松若彦では厶らぬ。及ばず乍ら拙者は珍の国の柱石、かくなる上は最早御心配下さるな。拙者は命のあらむ限り、君国の為に、老齢乍ら奮闘努力致して見よう。就いては伊佐彦殿、今日只今より岩治別に対し、老中の職を解くから、貴殿もさう考へなされ。そして今後は何事も拙者と御相談な仕らう』 伊佐彦は喜色満面に泛べ乍ら、「ヤレ邪魔者が排斥された」……と云はぬ許りの態度にて、 『閣下の仰、御尤も千万、国家の為、謹んで祝し奉ります。岩治別殿、大老よりのお言葉、ヨモヤ違背は厶るまい。サア速に此場を退出召され』 と居丈高になつて罵つた。 岩治『これは怪しからぬ両所のお言葉、拙者は貴殿等より任命された者では厶らぬ。永年国務に鞅掌致した功労を思召され、国司より老中の列に加へられたる者、然るを大老の身を以て吾々に免職を言ひつくるとは、実に不届き千万では厶らぬか。貴殿等は神権を無視し、国政を私するものと言はれても遁るる言葉は厶りますまい。乱臣賊子とは貴殿等のことで厶る』 と居丈高になり声荒らげて睨めつけた。 松若彦、伊佐彦は目配せし乍ら、ソツと此場を立つて国依別国司の御殿に進み入る。 後に岩治別は双手を組み、越方行末のことなど思ひ浮かべて、慨世憂国の涙にくれてゐた。そこへ若君の国照別はあわただしく只一人入来り、 『オイ、岩治別殿、一時も早く裏門より逃れ出でよ。汝を捉へて獄に投ぜむと、二人の老耄爺が大目付を呼び出し手配りさしてゐる。サア、時遅れては取返しがつかぬ、早く早く』 とせき立てた。岩治別は挙手の礼を施し乍ら『ダンコン』と只一言を残し、夕暗を幸ひ、姿を変じて裏門より何処ともなく消えて了つた。 三五の月は東の山の端を照して、高砂城内の騒ぎを知らぬ顔にニコニコと眺めてゐる。 (大正一三・一・二二旧一二・一七於伊予山口氏邸、松村真澄録) |