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(1776)
霊界物語 21_申_高春山のアルプス教 03 月休殿 第三章月休殿〔六七七〕 竜国別、玉治別、国依別の三人は珍の館の奥の室に打通り、梅照姫が調理せし晩餐に舌鼓を打ち、主客打ち解けて四方八方の話に耽る。 梅照彦『最前の玉治別様のお歌に依つて、津の国の高春山へお出でになる事を承知致しました。然し乍ら此方から御出でになるのは、少し迂回ではありませぬか』 玉治別『少しは迂回ですが是には理由があるのです。実は福知山の方面から柏原を通り鬼の懸橋を渡つて参る積りでしたが、出発の前夜に大変な夢を見まして……それで此方へ途を変へたのです。さうして玉照彦様のお出ましになつた高熊山の岩窟を拝して行くのが順当だと気がついたのです。悪魔に対し言霊戦を開始するのですから、余程修業をして参らねばなりませぬ。高姫、黒姫の宣伝使は、不覚にも飛行船に乗つて只一息に苦労も無しに高い所から敵を威喝しようと思つて出たものですから、三ケ月有余も経つた今日何の消息も無し、それが為めに言依別命が我々を密かにお遣はしになるのです。聖地の人々は我々三人以外、誰一人知つて居ないのです。バラモン教やアルプス教の間者が沢山に信者となつて化込んで居りますから、うつかりした事は言はれないのです。又仮令異教の間者が居らないにしても幹部の連中や信者に知らせますと、直に如何な大切の事でも喋つて仕舞ひますから困つたものですよ。何故あれだけ秘密が守れないのかと不思議な位です。三人の外に誰にも言ふなと仰有つたのですから、秘密は何処迄も守らねばなりませぬからなア』 国依別『オイ、玉治別、お前は幹部が喋舌ると今言つたが、我々両人が何も言はないのに、お前は斯んな秘密を門前で大きな声で歌つたぢやないか。猿の尻笑ひと言ふのはお前の事だよ』 竜国別『ハヽヽヽヽ、到頭秘密が曝れて仕舞つたぢやないか。「これは秘密だからお前さまより外には言はないから、誰にも言つて下さるな」と口止めする。聞いた人は「諾々決して言はぬ」と言ひ乍ら、又次の人に「此奴ア秘密だから誰にも言はれぬ。お前だけに言つたのだから、屹度他言はして呉れるな」と口止めする。又次から次へと其通り繰返されるものだ。そして一人より言はないと言つた者が、会ふ人毎に尋ねもせぬのに「お前一人だけだ」と言つて、終には秘密の方が拡がるものだ。表向広告的に言つたのは誰も耳に止めないから却て拡まらないものだよ。「お前一人と定めて置いて、浮気や其日の出来心」式だから困つたものだ。なア国依別』 国依別『そうだなア、此筆法を宣伝に応用したら如何でせう。不言講とか言つて「お前丈けに結構な事を聞かしてやるのだから、主人にでも……仮令我子にでも女房にでも言ふ事はならぬ」と口止めをして置くと、其男は「俺は身魂が立派だから、誰も知らぬ事を神様から彼の口を通して言つて下さつたのだ」「俺の身魂は立派だから、神慮に叶つて居るから、斯う言ふ大切な事を知らして貰へるのだ」と思つて自慢相に人々に秘密々々と言つては喋り散らす、それが却て能く拡まる様なものだ。三五教の宣伝使も、その筆法を応用したら、却て良いかも知れないぞ、アハヽヽヽ』 玉治別『然しそれは……さうとして、梅照彦さまはそんな軽薄な御方ぢや無いから、屹度秘密を守られるでせう』 梅照彦『私は守る積りですが、女房や下男が……余り大きな声で仰有つたものだから……全部聞いて居りませう。そいつア何うも請負ふ事は出来ませぬなア』 玉治別『困つた事だ。何卒成就するまで他へ洩れない様に……喋舌られては困るから……どうか暫時奥さまと下男とは座敷牢にでも入れて、人に会はさない様にして下さいますまいかなア』 梅照姫『オホヽヽヽ、妾は滅多に言ひませぬが、貴方言はぬ様になされませ。屹度道々秘密を開け放しにして、何も彼もみんな仰有るでせう』 玉治別『イヤイヤ決して決して、余りむかついたものですから、つい門口で脱線したのですよ』 梅照姫『余程言霊鉄道の敷設工事が請負と見えて、粗末な事がしてあると見えてますなア、ホヽヽヽヽ』 竜国別『何分宇都山村の田吾作時代には、随分狼狽者の大将だといふ評判でしたから、矢張三才児の癖は百歳迄とか言つて、仕方の無いものですワイ』 玉治別『そんな昔の事をさらけ出して、人の前で言ふものぢやない。竜国別、私が出立の際に「何卒誰にも玉治別は宇都山村の田吾作だと云つて下さるな、秘密にして下さい」と頼んだ時「俺も男だ、ヨシ、言はぬと云つたら首が千切れても言はない」と言明し乍ら、三日も経たぬ間に秘密を明すとは何の事だい。余り人の事を云ふものぢやありませぬぞ。自分の過失は分らぬものと見えますわい』 竜国別『ヤア此奴ア縮尻つた。然し乍らお前が田吾作だつたと言つた所で、今回の作戦計画に齟齬を来す様な大問題ぢや無いから……マア大目に見るのだなア』 玉治別『小さい事だと云つて秘密を洩らしても良いのですか。小さい事を洩らすやうな人は、矢張大事を洩らすものですよ。蟻穴堤防を崩すとか言つて、極微細な事から大失敗を演ずるものだ。如何ですか』 竜国別『ヤア大変な速射砲を向けられて……イヤもう恐れ入りました。只今限り屹度慎みませう』 梅照彦『皆さま、お疲労でせうから、もうお寝みなさいませ』 玉治別『何時迄も攻撃計り受けて居つても詮らない。ア、お迎ひが出て来た様だ。アーアツ』 と口の引裂ける様な欠伸をなし、目を擦つて居る。 梅照姫『サア、お寝みなさいませ。奥の室に寝床が敷いて御座いますから』 玉治別は、 玉治別『皆さま、お先へ』 と奥の室に入るや否や、雷の如き鼾をかいて他愛もなく寝入つて了ふ。二人は続いて、 竜国別、国依別『左様なれば寝ませて頂きませう』 と奥の室に入る。玉治別の粥を煮る大きな鼾が耳に這入つて二人とも寝つかれず、そつと裏口を開けて、月を賞め乍ら庭園を逍遥してゐる。 竜国別『アヽ佳い月だな。秋の月も佳いが、冬の月も又格別綺麗な様だ。あの月の中に猿と兎が餅を搗いて居ると云ふ事だが、一つ我々に搗落して呉れさうなものだなア』 国依別『アハヽヽヽ、八日日が来たら落して呉れますワイ』 竜国別『卯月八日、花より団子と言つて、あれや餅ぢやない、団子ぢや』 国依別『団子でも餅でも、矢張搗かねばならぬよ』 竜国別『団子は月が落すのぢや無い。此方から搗いて上げるのだよ。竹の先に躑躅の花と一緒に括つてな……』 国依別『その上げた団子を揺すつて落して喰つて呉れるのだ。十五の月は望月(餅搗)と云ふから、屹度十五日になれば餅搗するに違ひない』 竜国別『良い加減に洒落て置かぬか。お月さまに恥かしいぞよ』 国依別『三五の月の御教を開く我々宣伝使は、何……月に遠慮する事があらうかい。子がお母アさまになんぞお呉れと言つて、駄々と団子をこねるやうな心餅で居るのだよ、アハヽヽヽ』 竜国別『あのお月さまの顔には痘痕が出来て居るぢやないか。円満清朗、月の如しと言ふけれど、余りあの痘痕面では立派でも無い様だ。月は玉兎と云ふからには、ドコか玉治別の円い御面相に似た所がある様ぢや無いか』 国依別『玉治別の面の様に見えてるのは、矢張あれは地球の影が映つて居るのだ。白い所は水、黒い所は陸地だ。天体学の事なら、何でも俺に尋ねたら聞かしてやらう、オホン』 竜国別『アハヽヽヽ、瑞月霊界物語の第四巻を読んだのだらう』 国依別『そんな本が何処にあるのだ』 竜国別『三十五万年の未来に活版刷で天声社から発行せられた単行本だ。それに出て居るぢやないか。貴様はまだ見た事が無いのだなア。あれだけ名高い名著を知らないとは余程時代遅れだ。それでも宣伝使だからなア』 国依別『未来の著述は見ても見ぬ顔をして居るものだ。世の中が開けて来ると種々の学者とやら、役者とやらが出て来て、屁理屈を言つて飯食ふ種にする奴があるから、……それを思うと俺も愛想が月さまだよ。まア現在の事でさへも分らないのに、未来の事までも研究は廃めて置かうかい。三五教の其時代の宣伝使でさへも、読んで居ないものがある位だからなア』 竜国別『未来の宣伝使は無謀なものだなア。しかし大分に夜露を浴びた様だが、もう徐々帰つて寝床に横はらうぢやないか』 国依別『俺はもう少時散歩する。却て一人の方が都合が好いから……お前は先へ寝たが宜からう。又肝腎の時になつて眠むたがると困るからなア』 竜国別『そんならお先へ御免を蒙る。お前は、ゆつくりお月さまとオツキ合ひ話でもするが良いわい。近い所に御座るからよく聞えるだらう』 国依別『きまつた事だ。お月様の分霊が……これ見い、此通り……草の上にも玉の如く輝いて御座る。貴様の鬚にも沢山に天降つて御座るぢやないか。神様の御威徳は斯んなものだ。貴様はお月様は只御一体で大空ばつかりに居られると思つて居るやうだが、仁慈無限の弥勒様だから、草の片葉に至る迄此通り恵みの露を降して、輝き給ふではないか』 竜国別『成る程、さう言へば……そうだ。是だけは国さまの嘘月でも間誤月でもない、併し雨露月だなア』 国依別『分つたか、「月二つ担うて帰る水貰ひ」と云つて、一荷の桶水の中にも御丁寧に一ツづつお月様は御守護して下さるのだ』 竜国別『よく分りました。モウ之位で御中止を願ひます』 国依別『馬鹿云ふな。此処は月の名所、月宮殿の御境内だ。これ丈け結構な月の光を拝んで此儘寝ると云ふ事があるものか。サア今の間に月宮殿へ参拝して、その上で寝まうぢやないか』 竜国別『ウン、それもそうだ。そんなら一つ是からお参詣して来うか。天には寒月、地には迂露月の影ふるふだ、アハヽヽヽ』 両人『サア行かう』 と両人は鬱蒼とした森影に建てられたお宮の前にすたすたと進み行く。 二人は月の森の月宮殿の階段を登りながら、 竜国別『結構な月だが、斯う鬱蒼と樹木が茂つて居ると、肝腎の月宮殿は、暗も同様ぢやないか。此月宮殿は暗宮殿だ。これ程綺麗なお月様が祀つてあるのに、何故此森が明くないのだらう』 国依別『馬鹿言ふな。之は晦の月宮殿といつて、お月様のお休み遊ばす御殿だ。宮と云ふ字は休と云ふ字に改めさへすれば、名実相適ふのだ、イヤ明月相反すと言ふのだ。アハヽヽヽ』 神殿の何処ともなく、 『ガサガサグヽヽヽ』 と怪しき物音が聞えて来る。 竜国別『ヤア此宮は余程古いと思へば、貂か鼬が巣をしてると見えて、大変に暴れて居るぢやないか。「月は天に澄み渡る」と詩人が言つて居るが、貂は月の宮に棲み渡り頭から糞、小便を垂れ流すぢやないか。之を思へば月宮殿も薩張愛想が月の宮ぢや。此宮も貂や鼬の棲処となつては最早運の月だなア』 国依別『人間の運命にも栄枯盛衰がある。潮にも満干がある。此宮さまは今は干潮時ぢや。それだからかう見窄らしく荒廃して居るのだ。之でも五六七の世に成れば、此お宮は金光燦然として闇を照し、高天原の霊国にある月宮殿の様になるのだが、何程結構な弥勒さまのお宮でも時を得ざればこんなものだ。信真の徳の失せたる世の中の姿が遺憾なく此お宮に写されてあるのだ。嗚呼如何にせんやだ』 竜国別『そうだなア、社会の時代的反映かも知れないなア。神様が頭から四足に糞や小便をかけられ、四足と同居して御座る様では御神徳も何もあつたものぢやない。御神徳さへあれば、こんな失敬な……神様の頭の上へ上つて糞や小便を垂れる奴に、罰を当てて動けない様に霊縛なさりさうなものぢやないか』 社の中より、 (玉治別)『此方は月の大神であるぞよ。汝三五教の宣伝使、竜国別、国依別の盲目ども、否魔誤月、嘘月、キヨロ月人足、神の申すことを耳を浚へてよつく聞け。神は人間の信真の頭に宿る、決して畜生等には神の聖霊は宿らないぞ。畜生には人間の副霊が宿つて居るのだ。それだから神殿に鼬や貂等が小便を垂れ様が、糞を垂れ様が、放任してあるのだ。元来が畜生の因縁を以て生れて来て居るからだ。神は人間らしき人間が無礼を致した時は即座に神罰を与ふるぞ。只今の世の中はが人間の皮を被り白日天下を横行濶歩する暗の世だ。今、此処へ人一化九の妖怪が二匹も現はれて来よつたが、之も人間で無いから神罰は当てないで差赦してやらう。サア如何ぢや、人間なれば人間と判然申せ。四足の容器なれば容器で御座いますと白状致せ。神の方にも考へがあるぞよ』 国依別は小声で竜国別に向ひ、 国依別『オイ、何だらうな。えらい事を言ふぢやないか』 竜国別『あんまり神様の悪いことを言つたものだから、神さまが怒つて御座るのかも知れないよ』 国依別『罰が当る様なことは出来はしまいかな』 竜国別『サア、其処ぢやて。俺も一つ如何言はうか知らんと思つて心配をして居るのだ。結構な神の生宮たる万物の霊長、大和魂の人間で御座いますと言へば、直に神罰を当てられて如何な目に逢はされるか知れないし、四足の容器と言へば、お咎めは無いけれど本守護神に対して申訳が立たぬなり、自分も何だか阿呆らしくて、卑怯未練にもそんな事は断然、アヽもう良う言はんワ』 宮の御殿より、 (玉治別)『人間か、四足か、早く返答致せ。四足と有体に白状すれば今日は断然赦して遣はす。人間と申せば此儘汝の生命を取つて、根の国、底の国へ追ひやつてやらう。サア早く返答を致さぬか』 竜国別『ハイ、一寸待つて下さいませ。今鳩首謀議の最中で御座います。相談が纏まつた上御返事を申上げます』 宮の中より、 (玉治別)『エー、これしきの問題に凝議も何もあつたものか、一目瞭然だ、早く返答致せ。四足に間違ひあるまいがな』 両人『へ……そ……それは……あんまり……殺生で御座います……』 宮の中より、 (玉治別)『それなら誠の人間と申すのか』 国依別『ハイ……まア人間が半分……畜生が半分で人合一の身魂で御座います』 宮の中より、 (玉治別)『然らばの分だけは赦して遣はす。半分の人間を之から成敗致す。耳一つ、眼玉一つ、鼻一つ、下腮を取り、手一本、足一本引き抜いてやらう。有難う思へ』 竜国別『ヤア、もう何卒今度に限り大目に見て下さいませ』 宮の中より、 (玉治別)『何、大目に見て呉れと申すか、蛇の目の唐傘の様な大きな目で睨んでやらうか』 国依別『イエイエ滅相な、そんな目で睨まれては此方も……めゝゝゝゝ迷惑を致します』 宮の中より、 (玉治別)『此方も時節の力で斯の如く屋根は雨漏り、鼬、貂の棲処となり、些か迷惑をいたして居る。どうか此方の片腕が欲しいと思つて居た矢先だ。いやでも応でも其方達の片腕を取つてやらう』 竜国別『滅相もない、片腕どころか、弥勒様の為なら、両腕を差上げて粉骨砕身して尽しますから、お頼み申します』 と泣き入る。宮の中より、 (玉治別)『よしよし、粉骨砕身は註文通り赦してやらう。サア脇立、眷族共、両人の骨を粉にし身を砕いて参れ。粉骨砕身して尽さして呉れえと願ひよつたぞよ』 竜国別『モシモシ、その粉骨砕身の意味が断然違ひます。さう早取りをしてもらつては困ります』 宮の中より、 (玉治別)『粉骨砕身とは読んで字の如しだ。神は正直だから誤魔化しは、些も聞かぬぞよ』 国依別『オイ竜、此奴アちつと怪しいぞ』 竜国別『そうだなア、田吾作の声に似ては居やせぬかなア』 宮の中より、 (玉治別)『コラコラ両人、其方はまだ疑ふのか。此方は空に輝く月の玉治別命、又の御名は田吾作彦の大神であつたぞよ。ワツハヽヽヽ』 竜国別『あんまり馬鹿にすない。俺の胆玉を大方潰して仕舞ひやがつた』 国依別『こら、悪戯けた真似をしやがると承知をせぬぞ』 玉治別『胆玉ばかりぢや無からう。睾丸が潰れかけただらう、アハヽヽヽ』 と笑ひ乍ら、ドシンドシンと朽ちはてた階段を降つて来る。三人は笑ひ乍ら梅照彦の館を指して、月を仰ぎつつ門前に着いた。梅照彦、梅照姫は、 梅照彦、梅照姫『モシ貴方等、何処へ行つて居られました。俄に三人様のお姿が見えぬので、何かお気に障つてお帰りになつたかと思ひ、大変に胆を潰しましたよ』 玉治別『睾丸は大丈夫ですかな、アハヽヽヽ』 竜国別『実は我々両人はあんまり月が佳いので、つい浮かれて散歩をし……月宮殿に参拝して……』 玉治別『胆玉を潰しました』 竜国別『お前、黙つて居れ。人の話の尻を取るものぢやない』 玉治別『何、尻は取りたくないが睾丸が取り度いのだ、アハヽヽヽ』 国依別『月宮殿と云ふ所は妙な処ですな。貂がものを言ひましたよ。而も神さまの声色を使つて……てんと合点のゆかぬ事ですわい』 梅照彦『エ、貂がものを言ひましたか、それや聞き始めだ。何と云ふ貂でせう』 国依別『何でも田吾作とか言ふ貂で、鼬の成上りださうです。随分気転の利かぬ馬鹿貂の水転でしたよ、アハヽヽヽ』 一同腹を抱へて『アハヽヽヽ』と笑ひ転ける。 (大正一一・五・一六旧四・二〇北村隆光録)
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(1778)
霊界物語 21_申_高春山のアルプス教 05 言の疵 第五章言の疵〔六七九〕 玉治別が早速の頓智に、六人の小盗人は始めて其非を悟り、喜んで神の道に帰順し、宣伝使に従つて高春山に向ふ事となつた。日は漸く暮れかかり、月背と見えて山と山とに囲まれし谷道も、どことなく明るくなつて来た。されど東西に高山を負ひたる谷路には、皎々たる月の影は見えなかつた。暫くすると怪しき唸り声が前方に聞え、次いで幾百人とも知れぬ人の足音らしきもの、刻々に聞えて来た。 玉治別『ヨー怪しき物音が聞えて来たぞ。コレヤ大方山賊の大集団の御通過と見える。我々は此処に待受して、片つ端から言向和し、天晴大親分となつてやらう。アヽ面白い面白い。天の時節が到来したか。サア竜、国、遠州、其他の乾児共、抜目なく準備を致すのだよ』 国依別『ハハア、又商売替ですかな』 玉治別『機に臨み変に応ずるは英雄豪傑の本能だよ』 遠州『モシモシあの足音は人間ぢやありませぬ。あれは千匹狼と云つて、時々此路を通過する猛です。何程英雄豪傑でも、千匹狼にかかつては叶ひませぬ。サアサア皆さま、散り散りバラバラになつて、山林に姿を隠して下さい。余り密集して居ると狼の目に付いたら大変です』 玉治別『ナアニ、善言美詞の言霊を以て、狼の奴残らず言向け和すのだ』 竜国別『そんな馬鹿言つてる所か、サア早く、各自に覚悟をせよ。畜生に相手になつて堪るものかい。怪我でもしたら、それこそ犬に咬まれた様なものだ……否狼に咬まれては損害賠償を訴へる訳にも行かず、治療代もどつからも出やせぬぞ。オイ国依別、遠州、駿州、一同、玉公の言ふ事を聞くに及ばぬ。今日は俺が臨時の大将だ。サア早く早く』 と傍の樹木密生せる森林の中へ駆込む。国依別外六人は竜国別と行動を共にした。玉治別は依然として路上に立ち、 玉治別『アハヽヽヽ、何奴も此奴も弱い奴だなア。多寡が知れた四つ足の千匹万匹何が怖いのだ。オイ狼の奴、幾らでも出て来い』 と呶鳴つて居る。狼は五六間前まで列を組んでやつて来たが、路の真ん中に立ちはだかり、捻鉢巻をしながら噪やいで居る玉治別の勢に辟易したか、途を転じて谷の向側の山を目がけ、ガサガサと音させ乍ら、風の如くに過ぎ去つて了つた。玉治別は、 玉治別『アハヽヽヽ、弱い奴だな。そんな事で高春山の猛悪な鬼婆が、どうして退治が出来るかい。エーいい足手纏ひだ、単騎進軍と出かけよう』 と四辺に聞ゆる様にワザと大声で喚き乍ら峠を登り行く。竜国別外七人は早くも山を一生懸命に駆あがり、向側に姿を隠して居た。為に玉治別の声も聞えなかつた。玉治別は鼻唄を唄ひ乍ら、峠の頂上に達し赤児岩と云ふ赤子の足型の一面に出来た、カナリ大きな岩石が突き出て居るのを見付け、 玉治別『アヽ結構な天然椅子が人待顔にチヨコナンとやつて居るワイ。オイ岩椅子先生、貴様は余程幸福な奴だ。三五教の大宣伝使兼山賊の大親分たる玉治別命又の御名は田吾作大明神が、少時尻をおろして休息してやらう。此光栄を堅磐常磐に、此岩の粉微塵になる千万劫の後迄も忘れてはならぬぞよ。躓づく石も縁の端、腰掛け岩椅子もヤツパリ縁の端だ。……ヤア始めてお月様のお顔を拝んだ。実に立派な美しい御姿だなア』 と独ごちつつ少しく眠気を催し、フラフラと体を揺つて居る。其処へスタスタと上つて来た二人の荒男、 甲『ヤア来て居る来て居る』 乙『居眠つて居るぢやないか。大分に草臥れよつたと見えるワイ。オイ源州、貴様はこれを持つて、テーリスタンに渡すのだ。俺は今三五教の宣伝使が沢山な乾児を連れて、高春山へやつて来よるから、其準備の為に行くのだから、貴様は此処に金もあれば、一切の作戦計画を記した人名簿もある…しつかりと渡して呉れよ』 玉治別はワザとに声をも出さず、首を二三度上下に振つて包みを受取つた。二人の荒男は追手にでも追ひかけられたやうな調子で、峠を南へ地響きさせ乍ら、巨岩が山上から落下する様な勢で駆下り行く。 玉治別『彼奴はアルプス教の……部下の者と見えるな。俺を味方と見違へて、大切な物を預けて行きよつた。ヤツパリ、アルプス教の奴も巡礼姿になつて居るのがあると見えるワイ。併し乍ら此処に居つては、又やつて来よつて発覚されては面白くない。なんとか位置を転じて、ユツクリと中の書類を調べて見ようかな』 と小声に言ひ乍ら、二三十間許り山の尾を踏んで、月の光を賞めつつ歩み出した。谷底に当つて幽かな火が、木の間に瞬いて居る。これを眺めた玉治別は、 玉治別『アヽ此山奥に火を点して居るのは、此奴ア不思議だ。ヒヨツとしたら山賊の棲家か、但は樵夫か。何は兎もあれ、あの火光を目当に近寄つて、様子を窺うて見よう。旅と云ふものは随分面白いものだなア』 と一点の火を目標に、樹木茂れる嶮しき山を、谷底目蒐けて下りついた。見れば笹や木の皮をもつて屋根を蔽ひたる、小さき木挽小屋である。中には男のしはぶき[※「しはぶき」とは、咳、咳払いのこと。]が聞えて居る。 玉治別『モシモシ、私は巡礼で御座いますが、道に踏みまよひ、行手は分らず、幽かな火を目あてに此処まで参りました。どうぞ、怪しい者ではありませぬから、一晩泊めて下さいな』 中より男の声、 男(杢助)『ハイハイ、此処は御存じの通り、穢苦しい木挽小屋で御座いますが、巡礼様なれば大変結構で御座います。どうぞ御這入り下さいませ』 と快く荒くたい戸を、中からガタつかせ乍ら漸く開いて、奥に案内する。玉治別は案内に連れて、一寸した山中に似合はぬ美しい座敷に通つた。 玉治別『此深山にお前さま、たつた一人暮して居るのかい。門にて聞けば男の泣き声がして居つたやうだが、アレヤ一体、誰が泣いてゐたのですか』 男(杢助)『私は木挽の杢助で御座いますが、家内のお杉が二時許り前に国替を致しまして、それが為に死人の枕許で、此世の名残に女房に向つて泣いてやりました。併し乍ら俄やもをでどうする事も出来ず、霊前に供へる物もないので、握飯を拵へて霊前に供へ、戒名の代りに板切れを削つて、斯うして祀つて置きましたが、あなたは巡礼様ぢやと聞きましたが、どうぞ私がお供へ物の準備や、其外親友や寺の坊さまに知らして来る間、此処に留守して居て下さいますまいか。一寸行つて参りますから……』 玉治別『ヘエそれは真にお気の毒な事ですな。私も急ぐ旅ではあるが、これを見ては、見棄てておく訳にも行かぬ。死人の夜伽をして居るから、サアサア早く行て来なさい』 杢助『是れで安心致しました。どうぞ宜しうお願致します』 とイソイソ戸外に駆出して了つた。玉治別は、 玉治別『エー仕方がない。偶家があると思へば死人の夜伽を命ぜられ、あんまり気分の良いものぢやないワ。それよりも千匹狼と戦争する方が、なんぼ気が勇んで、心持が良いか知れない。併しこれも時の廻り合せだ。泥棒から金を貰ひ、秘密書類を巧く手に入れたと思へば、一時経つか経たぬ間に、忽ち坊主の代りだ。蚊の喰ふのに蚊帳も吊らずに、こんな所にシヨビンと残されて、蚊の施行を今晩はやらねばならぬか。どこぞ此処らに湯でも沸いては居りませぬかな』 と其処辺中を探して見ると、口の欠けた土瓶が一つ手に触つた。 玉治別『ヨー、水も大分に汲んであるワイ。一層のこと、土瓶に湯でも沸かして飲んでやらうかな』 と木の破片屑[※「はつり」は「斫(はつ)り」で、何かを壊したり削ったりすること。]を拾うて竈に土瓶を懸け、コトコトと焚き出した。瞬く間に湯は沸騰つた。 玉治別『サアこれでも飲んで、一つ夜を徹かさうかな』 フト女房の死骸の方に目を注けると、頭の先に無字の位牌を据ゑ、線香を立て、其前に握り飯が供へてある。蒲団の中から細い手を出して握り飯をグツと掴んでは取り、又掴んでは取るものがある。 玉治別『エー幽霊の奴、供へてある握り飯を喰つて居やがる。此奴ア、胃病かなんぞで死んだ奴だらう。喰物に執着心の深い亡者だなア。何だか首の辺りがゾクゾクと寒うなつて来居つた。エー構はぬ、熱い湯でも呑んで元気でも出さうかい』 と口の焼ける様な湯を、欠けた茶碗に注いで、フウフウと吹きもつて飲み始め、 玉治別『ヤア何だ。ここの水は炭酸でも含んで居るのか、怪体な臭気がするぞ。大方女房が薬入れか、炭酸曹達でも入れて居つた土瓶かも知れないぞ。あんまり慌てて中を調査るのを忘れて居つた。ヤア何だか粘つくぞ。大変に粘着性のある水だなア』 と明りに透かして見ると、燻つた中からホンノリと文字が浮いて居る。よくよく見れば「お杉の痰壺代用」としてある。 玉治別『エー怪つ体の悪い、此奴ア失策つた。幽霊は細い手を出して握り飯を食ふ、此方は痰を呑まされる、怪つ体なこともあればあるものだ。……コレヤ最前の男が俺に与れた此包みもヒヨツトしたら蜈蚣か何かが出て来るのぢやあるまいかな。一度ある事は三度あると云ふから、ウツカリ此奴は手が付けられぬぞ。開けたが最後、爆裂弾でも這入つて居つたら大変だ。ヤア厭らしい、又細い手で握り飯を掴んで居やがる。大方喰うて了ひよつた。此奴ア、中有なしに直に餓鬼道へ落ちた精霊と見えるワイ。こんな所に厭らしうて居れるものぢやない。併し一旦男が留守してやらうと請合つた以上は、卑怯にも逃げ出す訳にも行くまい。やがて帰つて来るだらう。それまで其処辺の林をぶらついて、お月様のお顔でも拝んで来よう。斯うなると、我々に同情を表して呉れるのはお月様丈ぢや。竜国別、国依別其他の腰抜は、どつかへ滅尽して了ひ、寂しい事になつて来たワイ』 と門口を跨げ、何時とはなしに二三丁も歩み出し、谷水の流れに水を掬ひ、口に含んで盛に、家鶏が水を飲む様に、一口入れては首を挙げ、ガラガラガラブーブーと吹き、又一口飲んでは仰向き、ガラガラガラガラ、ブーブーブーと、幾度ともなく繰返して居る。 火影を目標に探つて来た竜国別、国依別、遠州、武州外四人は、玉治別の姿を夜目に見て、怪しき者と木蔭に佇み、様子を窺つて居る。 遠州『モシ宣伝使様、ガラガラブーブーが現はれました。ここは一つ家の木挽小屋、何が出るやら知れませぬ。アレヤきつと化州でせう』 国依別『ナニ幽霊が水を飲んでゐるのだ。つまり含嗽をしてるのだよ。貴様行つてしらべて来い』 玉治別は木蔭にヒソビソ語る人声を聞きつけ、 玉治別『オイ何処の何者か知らぬが、俺も連れがなくて、淋しくつて困つて居るのだ。狼でも泥棒でも何でも構はぬ。遠慮は要らぬ。這入つて、マア湯が沸かしてあるから、ゆつくりと飲んだがよからうよ』 竜国別『アヽあの声は玉治別によく似て居るぢやないか』 国依別『左様々々、大方玉公の先生でせう……オイ玉ぢやないか』 玉治別『その声は国だなア。好い所へ来て呉れた。マア面白い見せ物も見ようと儘だし、湯も沢山に沸いてるから、トツトと俺に従いて来い。今日は山中の一つ家の臨時御主人公だ。サア此方へ……』 と手招きし乍ら、月光漏るる谷路を帰つて行く。 遠州『ヤア此家は杢助と云ふ強力者の住まつて居る木挽小屋です。彼奴に随分、我々の仲間は酷い目に遭うたものです。剣術、柔術の達人で、三十人や五十人は手毬の様に投げ付ける奴ですよ。さうして立派な嬶アを持つて居るのです。その嬶アが又中々の強者で、杢助に相当した腕力を持つて居るのだから、誰も此処ばつかりは、怖くてよう窺はなかつた所です。私等は顔をこれまでに見られて居るから剣呑です。貴方がたどうぞお這入り下さいませ。暫時木蔭で待つて居ますから』 竜国別『何、我々が付いて居れば大丈夫だ。遠慮は要らぬ。今日は玉公親分の家長権を持つて居る日だから、トツトと這入つたがよからう』 遠州『それでもあんまり閾が高く跨れませぬワ』 竜国別『ハハア、ヤツパリお前にも羞悪の心がどつかに残つて居るな。そんなら暫く泥棒組は木蔭に待つて居て呉れ』 遠州『泥棒組とは酷いぢやありませぬか。最早我々はピユリタン組とは違ひますかいな』 竜国別『ピユリタン組でも泥棒組でも良いワ。暫く其処辺へドロンと消えて、待つてゐるのだよ』 と云ひ棄て、竜、国の両人はヌツと家中に這入り、 竜国別、国依別『ヤア割りとは山中に似ず、小瀟洒とした家だなア』 玉治別『エヽ定つた事だい。俺が家長権を握つた大家庭だから、隅から隅まで能く行届いて居らうがな。併し俺の嬶が俄の罹病で死亡しよつたのだ。就ては俺に恋着心が残つたと見えて、死んでからでも細い手を出して、十許りの握り飯を既に八つ許り平らげて了ひよつたのだ。マア湯でも呑んでユツクリと嬶アの夜伽をしてやつて呉れ』 国依別『又しても、しようもない。本当に当家に死人があつたのか。貴様泥棒の臨時親方になつたと思うて、強盗をやつて此家の大切な嬶アを殺したのぢやないか』 玉治別『若い時から、女殺しの後家倒し、姫殺しと綽名を取つた玉治別ぢや。口でも殺せば、目でも殺すと云ふ業平朝臣だから、女の一人位、強盗になつて殺すのは当然だよ』 竜国別『マサカ人の女房を殺す様な、貴様も悪人ではなかつたが、三国ケ嶽の鬼婆の霊でも憑きよつたのかなア。エライ事をして呉れたものだワイ』 玉治別『マアどうでも良い。湯が沸いて居るから一杯飲んだらどうだ。これも玉治公がお手づからお沸し遊ばした結構なお湯だ。チヨツと毒試をして見たが、随分セキタン臭い水だ。併し胃病の薬には良いかも知れないわ』 国依別『一寸其土瓶を俺に貸して呉れ。調査る必要があるから。ウツカリ知らぬ宅へ来て、湯でも飲まうものなら、どんな毒薬が仕込んであるか分つたものぢやないわ』 玉治別『ナアニ、抜目のない玉治公がチヤンと査べてある。決して毒ぢやない。これは宝丹の入れ物だ。それで宝丹の匂ひが少しはして居る』 とニヤリと笑ふ。国依別は、 国依別『ナニ放痰、いやマスマス怪しいぞ』 と無理に取り上げ、灯にすかして見て、 国依別『ヤア何だか印が付いて居る……お杉の痰壺代用……エイ胸の悪い』 と云ひなり、不潔さうに土瓶を握つた手を放した。土瓶は庭にバタリと落ちて滅茶々々に破れ、煮湯はパツと四方に飛び散り、三人の顔に熱い臭い奴が、厭と云ふ程御見舞申した。 竜国別『サツパリ男の顔に墨ではなうて、痰を塗りやがつたな。ヤアヤア死人がムクムクと動き出したぢやないか。永久の死人ぢやあるまい。夜分になつたら臨時死ぬると云ふ睡眠状態だらう』 玉治別『そんな死方なら、誰でも毎晩やつて居るぢやないか。お前達の様な怠惰者は日が永いとか云つて、木の蔭で一時も二時も、チヨコチヨコ死ぬぢやないか。そんな死にやうとはチツト違ふのだい。徹底的の永き眠に就いて十万億土へ精霊の旅立の最中だ』 竜国別『それにしては、細い手を出して飯を掴んで食つたり、ムクムク動いて居るぢやないか』 玉治別『オイ国依別、お前は宗彦と云つて、随分に嬶アを沢山に泣かしたり、殺したと云ふ事だが、大方其亡念が此家の死人に憑いて居るのかも知れないぞ』 国依別『何にしても気分の悪い家だ。さうして此家の主人は何処へ行つたのだい』 玉治別『一寸買物に行つて来るから、帰るまで留守を頼むと云つて出たなり、まだ帰つて来ないのだ。随分暇の要る事だなア』 死人を寝かした夜具は、ムクムクと動き出した。五つ六つの女の児がムクツと起きあがり…… 子供『お父さんお父さんお父さん』 と四辺をキヨロキヨロ見廻して居る。三人はヤツと胸撫でおろし、 三人『ヤアこれで細い手も、握り飯掴みも解決がついた』 斯かる所へスタスタと帰つて来たのは主人の杢助、 杢助『巡礼さま、エライ御厄介になりました。何分急いで行つたのですけれど、夜分の事とて先が容易に起きてくれませぬので、つい手間取りまして、エライ御迷惑を掛けました』 玉治別『エー滅相な、どう致しまして……ここに二人居りますのは、我々の兄弟分で御座います。どうぞお見知り置かれますやうに』 子供は、 子供(お初)『お父さん』 と走つて抱きつく。 杢助『アーお前は賢い子だ。よう留守をして居つた。あんな死んだお母アの側に黙つて寝て居るとは、肝の太い奴だ。世の中には大きな男が、宣伝をしに歩いて居つても、死人の側には怖がつて、三人も五人も居らねば、夜伽をようせぬものだが、子供はヤツパリ罪が無いワイ』 玉治別は頭を掻き、 玉治別『ヤア恐れ入りました。私もチツとも怖くはありませぬ』 杢助『女房の霊前にお経を唱へて下さいましたか』 玉治別『ハイ、お茶湯を献げませうと思つて、つい考へて居りました。併し遠距離読経をやつて置きました。それも無形無声の、暗祈黙祷、愈これから始める所で御座います』 と何が何やら間誤ついて、支離滅裂の挨拶をやつて居る。ここに三人は霊前に向ひ、神言を奏上し、お杉の冥福を祈り、遠州外五人の手伝の下に、野辺の送りを無事に済ました。 玉治別『ヤアこれで無事終了、先づ先づお芽出……たくもありませぬ。惟神霊幸はへ坐せ惟神霊幸はへ坐せ惟神霊幸はへ坐せ』 杢助『有難う御座いました』 一同は、 一同『左様ならば……随分御壮健でお暮しなさいませ』 と立つて行かむとする。杢助は、 杢助『モシモシ、此処にこんな風呂敷包が残つて居ます。コレはお前さまのぢやあるまいかな』 玉治別『ヤア到頭忘れて居た。これは私ので御座います』 杢助『お前さまのに間違ひはないか』 玉治別『実の所は峠の岩に休息して居つた時に、乾児がやつて来て、お頭様此通りと言つて渡して行きやがつたのだ。金も随分沢山あるだらう』 杢助『其方は巡礼に見せかけ、大泥棒を働く奴だ。コレヤ此の風呂敷は現在杢助の所持品だ。これを見よ。杢の印が付いて居る。此間の晩に、五六人抜刀で躍り込んで、俺の留守を幸に、包みを持つて帰つた小盗人がある。女房は何時もならば木端盗人の三十や五十、束になつて来た所が感応へぬのだが、何分労咳で骨と皮とになつて居た所だから、ミスミス盗られて了つたのだ。さうすると貴様はヤツパリ泥棒の親分だな。サア斯く現はれし上は百年目、此杢助が片つ端から素首を引抜いてやらう。……何れも皆覚悟せい』 と鉞を揮つて勢鋭く進んで来る。 玉治別『待つた待つた。嘘だ嘘だ。夜前泥棒が俺に渡したのだよ。俺や決して泥棒でも何でもない。マア待て待て……』 杢助『泥棒が泥棒でない者に金を渡すと云ふ事があるかい。貴様もヤツパリ泥棒の張本人だ。サア量見致さぬ』 と今や頭上より玉治別を梨割にせむとする此刹那『一二三四……』の天の数歌を一生懸命に称へ始めた。玉治別の手を組んだ食指の尖端より五色の霊光放射し、杢助は身体強直して其場に忽ち銅像の様になつて了つた。 玉治別『ハヽヽヽヽ』 竜国別『オイ玉公、我々に離れて何処へ行つたかと思へば、泥棒をやつて居たのだな。モウ今日限り貴様と縁を絶るから、さう思へ』 国依別『オイお前は何とした卑しい根性になつたのだ。俺はモウ合はす顔が無いワイ』 と涙声になる。玉治別は一伍一什を詳細に物語り、漸く二人の疑ひは氷解した。杢助は固まつた儘、此実地を目撃して、玉治別の無実を悟つた。玉治別は「ウン」と一声指頭を以て霊縛を解いた。杢助は旧の身体に復し、 杢助『お客さま、失礼な事を申上げました。どうぞ御勘弁下さいませ』 玉治別『分つたらそれで結構です……何も言ふ事はありませぬ。併し此包みはあなた調べて下さい』 杢助『そんなら皆様の前で検べて見ませう』 とガンヂガラミに括つた風呂敷包を解き開いて見れば、金色燦然たる金銀の小玉ザラザラと現はれて来た。さうして一冊の手帳が出て来た。開いて見れば、アルプス教の秘密書類である。三人はこれ幸ひと懐中に収め、後は杢助に返し、九人連れ此家を発つて津田の湖辺に向つて宣伝歌を歌ひ乍ら勢よく進み行く。 (大正一一・五・一七旧四・二一松村真澄録)
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(1783)
霊界物語 21_申_高春山のアルプス教 10 女権拡張 第一〇章女権拡張〔六八四〕 吹雪烈しき山の奥竜国別の宣伝使は 高春山に向はむと猿の声に耳打たれ 心イソイソ進み行く人煙稀なる谷の道 雪に埋もれゆき暮れて路傍に立てる岩蔭に 少時息をば休めける。 谷の片方の突出た岩の蔭に身を寄せ、一夜を明かす事となりぬ。竜国別はウツラウツラと眠りに就きけるが、フト耳に入りしはなまめかしき女の声、驚いて目を醒ませば妙齢の美人、鬢のほつれ毛を頬の辺に七八本垂れ乍ら、稍憂ひを含み、一人の赤児を抱き前方に立てり。 竜国別『此真夜中の雪路に女の一人、而も乳呑児を抱いて、何処へ御出でなされますか』 女『ハイ妾は浪速の者で御座います。高春山の鬼婆に拐かされ、日夜責苦に遇ひ難渋を致して居りましたが、情あるカーリンスと云ふ婆アの部下に想ひをかけられ、ソツと救はれて此処迄逃げ帰りました。併し乍ら何時追手がかからうやら知れませぬ。どうぞ助けて下さいませ。妾としても此寒さに凍え、身体強直して一歩も進む事が出来ないので御座います。どうぞ火が御座りますれば暖取らして下さいませぬか』 竜国別『それは御難儀な事でせう。此処へ木の葉を集めて焚く訳にもゆかず、困つたものですなア』 女『どうぞ貴方の暖かいお体の温みを分けて頂くことは出来ますまいか。最早斯うなつては、恥も何も構うて居れませぬ。全身の血液が凝固しさうに御座いますワ』 竜国別『アー困つた事だなア。今高春山の魔神の征服に向ふ途中、女の肉体に触れると云ふ事は絶対に出来ない。何か良い考へは出ぬものかなア』 と四辺を見廻せば、雪明りに目に付いたのは一束の枯柴、突出た岩に蔽はれて乾いた儘に残つて居る。 竜国別『アー此処に結構な薪がある。何人が刈つて置いたか知らないが、これも神様の御蔭だ、これを焚いて暖を取つたら如何でせう』 女『それは好都合で御座います。どうぞ燃やして下さいませ。しかし余り大きな火を焚くと追手の目標になつては困りますから……』 竜国別『宜しい宜しい、小さく燃やしませう。しかし雪の足形を索ねて追手が来るかも知れますまい』 女『お蔭で足跡は降る雪が次々に埋めてくれましたから、大丈夫で御座います』 竜国別は燧を打ち火を出し、薪に点けて暖をとり、女も嬉しげに手を炙つて居る。 竜国別『いまのあなたの御話に依れば、高春山へ囚はれて居られたとの事、然らばアルプス教の内幕はよく御存じでせうな』 女『ハイよく承知致して居ります。到底あなた方が三人や五人お出でになつた所で、飛んで火に入る夏の虫ですよ、お止めになつた方が却てお身の為だと思ひます』 竜国別は不機嫌な顔で、 竜国別『仮令幾万の強敵があらうとも、一旦我々は言依別の教主より任命された以上は、一つの生命が無くなつても、此使命を果さねばならないのだから、行く所迄行く積りです』 女『それは大変な御決心で結構で御座います。妾もあなたの様な気の強い御方と手を曳いて、今迄鬼婆が妾に加へた惨虐の恨みを晴らしたいのですから、どうぞ伴れて行つて下さいませぬか』 竜国別『イヤ滅相も無い。女の方と道伴れなんか出来ますものか。又あなたに助けられて、魔神の征服に行つたと云はれては、末代の恥辱ですから、それだけは平に御断り致します』 女『随分お堅い方ですなア。さう云ふ堅固な精神の夫が、妾も持つて見たう御座いますワ』 竜国別『コレコレ女中、戯談も良い加減になさいませ。貴女は赤ん坊を懐に抱いて居るぢやないか。立派な夫があるに相違はありますまい』 女『イエイエ、夫はまだ持つた事は御座いませぬ』 竜国別『夫が無いのに児があるとは、一つの不思議ではありませぬか』 女『ホヽヽヽヽ、三五教の宣伝使にも似合はない事を仰有いますこと。玉照姫様の御生母のお玉さまは、夫なしに妊娠なさつたぢやありませぬか』 竜国別『それはさうだが、ああ云ふことはまた例外だ。普通の女にさう云ふことがある道理がない』 女『妾を普通一般の女と御覧になりましたか』 竜国別『サア別に斯う見た所では、何の変つた点もなし、判別がつきませぬワイ』 女『妾の素性が分らない様な事では審神者も駄目ですよ。どうして高春山の魔神を帰順させる事が出来ませうか』 竜国別『これは又妙な女に会つたものだ。お前は要するに化物だらう』 女『何れ化物には違ひありませぬ。併し化物にも善と悪とがあります。其審神者をして下さいな』 竜国別『此雪の降るのに、一人で山路を赤児を抱へて歩くところを見れば、先づ立派な者だなかりそうだ。鷹依姫の悪神に苦しめられて逃げて帰つたところを見れば、どうせ碌なものぢやなからうて』 女『鷹依姫に苦しめられた様な女だから、碌な者で無いと仰有りますが、現在玉照姫様をお生み遊ばしたお玉の方は、三国ケ岳で蜈蚣姫に苦しめられたぢやありませぬか。あなたの判断は正鵠を欠いで居ますよ。お玉さまは立派だが、妾は雪路を夜中に歩いて居るから怪しいと云ふ事が先入主になつて、お目が眩んだのぢやありますまいかなア』 竜国別は両手を胸のあたりに組んで太い息をつき考へ込む。女は薪を先繰り燻べる。二人の顔は益々明かになつて来た。竜国別はフト女の顔を見ると、二つの耳が馬の様にビリビリと動いて居るに気が付いた。 竜国別『あなたの耳はどうしましたか。人間なれば耳は動かないのが通例だ。お前さまの耳は不随意筋が発達して居ると見えて、畜生の様に自由自在に動く。コレヤ屹度魔性の女に相違あるまい』 女『オホヽヽヽ、耳が動くのがそれ丈気になりますか。あなたは耳所か肝腎の霊魂まで頻りに動揺し、ハートには激浪怒濤が立ち騒いで居るぢやありませぬか。それの方がよつ程可笑しいワ、ホヽヽヽヽ』 竜国別『ハーテナ。ますます分らなくなつて来たワイ』 女『本当に妾だつて、あなたの様な分らぬ宣伝使に出会うた事はありませぬワ。神様はイロイロ姿をお変じ遊ばすぢやありませぬか。木の花姫様を御覧なさい。竜体にもなれば、にもなり、立派な神の姿にも現じ、乞食にまで身を窶して衆生済度を遊ばすのに、妾の耳が動いたと云つて軽率にも扱ひなさるのは、チツト聞えないぢやありませぬか』 竜国別は、 竜国別『ハーテナー』 と云つた限り、又俯向く。 女『ハテナハテナと何程仰有つても、あなたの身魂が磨けねば、此談判は何時までも果てませぬ。ハテ悟りの悪い宣伝使だこと、ホヽヽヽヽ』 竜国別『兎も角今日は本守護神が不在だから、番頭の副守護神が発動して居るので、根つからお前さまの審神も出来ない。本守護神が帰つてから、ユツクリと御答を致しませう』 女『ホヽヽヽヽ、うまい事仰有いますこと。一時遁れの言ひ訳でせう。そんな痩我慢を出して我を張らずに、男らしくスツパリと、身魂が曇つて居るので分らないから……と仰有つたらどうです。妾の素性を明かす為に、今此処で羽衣の舞を舞うて見せますから、どうぞ此赤ん坊を一寸抱いて下さらぬか』 竜国別『何は兎もあれ、旅の慰めだ。審神を兼ねて其舞を拝見致さうかなア』 女『どこまでも徹底的に、我の強いお方ですこと、ホヽヽヽヽ』 竜国別『我が無ければならず、我があつてはならず、我は腹の中へキユツと締め込みて落ちついて居る身魂でないと、誠の御用は出来ませぬワイ』 女『ホヽヽヽヽ、三五教の御神諭を其儘拝借して、巧妙い事仰有りますこと』 竜国別『日進月歩の世の中、知識を世界に求めると云つて、善い事は直に取つて我物とするのが、豁達自在の文明人としての本領だ。お前さまは浪速の土地に生れたものだと云つたが、文化生活と云ふものはどんなものだか知つて居るかい』 女『ホヽヽヽヽ、文化生活が聞いて呆れますよ。そんなことは疾の昔に御存じの妾、文と云ふのは蚊の活動する羽翼の声……一秒時間に何万回とも知れぬ羽翼の廻転から起る声音ですよ。化と云ふのは人の褌で相撲をとつたり顔を舐めたりして、生血を絞り自分一人うまい汁を吸ふと云ふ生活でせう。体主霊従、我利々々亡者の充満した世の中を矯直す為に、国治立大神が変性男子の生宮を借つて教を垂れさせられ、其御心を世界に宣伝するお前さま達が、悪逆非道の利己主義の文化生活を主張するとは、逆様の世の中とは云ひ乍ら、実に矛盾したものですなア。それだから神様がこれ丈沢山の宣伝使があつても、誠の解つた者は一柱も無いと云つて、御悔み遊ばすのですよ。三五教を破る者は依然三五教にあるとは千古不磨の金言ですワ。妾は此第一言に対し無量の感に打たれて居ます。サア妾がこれから羽衣の舞を舞うて、尊き天の神様を御招待申上げ、貴方の心の岩戸を開いて見せませう。どうぞ此赤ん坊を抱へて下さいませ』 竜国別『随分愛らしいお子だ。併し男ですか、女ですか』 女『三十三相揃うた女です。女の赤ん坊です』 竜国別『ヤアそれならば御免蒙りたい。女を……仮令子供にもせよ、魔神の征討に上る我々、抱く訳には行きますまい』 女『何を仰有いますか。女位世の中に潔白なものはありますまい。あなた方は二つ目には婦人に対し、軽侮の目を以て臨まれるのが怪しからぬ。我々は新しい婦人となつてどこまでも女権拡張をやらねばならない。婦人の代議士さへ選出される世の中に何と云ふ頭脳の古い事を仰有るのでせう』 竜国別『何と云つても、男は陽、女は陰だ。おまけに月に七日の汚れがある。そんな汚れた女に男が触つてどうなるものか。清きが上にも清くせなくては、神業が勤まりますまい』 女『男位不潔苦しい肉体はありますまい。十三元素とか、十五元素にて固め上げた肉体の、半ば腐敗せる燐火の燃える、臭気の激しい醜体を持ち乍ら、月に一週間づつ汚れを排除し、清められた女の肉体が汚れるとは、ソラまア何とした分らぬ事を仰有るのでせう。開闢の初より、女ならでは夜の明けぬ国と云ふぢやありませぬか。太陽界を治しめす大神様は男でしたか。木花咲耶姫様はどうでせう。変性男子の身魂、国治立命様の肉の宮は男ですか、よく考へて御覧なさい』 竜国別『短兵急にさう攻撃されては、二の矢が継げませぬ。併し牝鶏暁を告ぐる時は其家亡ぶ、と云ふ事がある。何と云つても牝鶏は牝鶏だ。何程女が男の真似をしようと思つても、第一体格が劣つて居る。鼻下に髭もなければ、腮髯もない。それから見ても男尊女卑と云ふ事は証明されるぢやないか』 女『よく掃清められた庭には、雑草は一本も生えて居りますまい。鼻の下を長くして女に洟をたらす天罰の酬いとして、雑草がムシヤクシヤと生えて居るのだ。お前さまは髯を大変自慢にして居るが、其髯は男の卑劣な根性を隠す為の道具だ。つまり世間に卑下をせなくてはならぬ所を、神様のお恵で包む様にして貰つて居るのだから、ヒゲと云ふのですよ、オホヽヽヽ』 竜国別『どこまでも男子を馬鹿にするぢやないか。俺は天下の男子に代つて、大いに男尊女卑の至当なる道理を徹底させなくてはならない。お転婆女の跋扈する世の中だから……』 女『ホヽヽヽヽ、男位得手勝手な者がありませうか。女房に口の先でウマい事ばつかり言つて、社交の為だとか、外交手段だとか、甘い辞令を編み出して女房の手前を繕ろひ、狐鼠々々と家を飛び出し、スベタ女に酌をさせ、涎をたらして、間がな隙がなズボリ込み、スゴスゴと家へ帰つては、山の神に如何してウマク弁解しようかと、そんな事ばかりに心を悩ましてゐる、腑甲斐ない男は、世界に九分九厘と云つても差支ありますまい。ヤツパリ女は家庭の女王ですよ。女がそれ程卑しいものなら、なぜ亭主になつた男はそれ丈女房に遠慮をしたり、弁解をするのだらう。何と云つても男は下劣ですよ。天下の事は一切女でなければ解決はつきますまい』 竜国別『お前さまは浪速の土地に生れた丈に、新刊雑誌でも沢山に噛つて居ると見え、随分口先は巧妙いものだなア』 女『日進月歩の世の中、一日新聞紙を見なくても雑誌を繙かなくても、社会に遅れて了ふのですから、女は十分に時勢に遅れない様に注意を払つて居りますよ。男の様にスベタ女の機嫌を取つたり女房の顔色を見て弁解ばかりに心力を費消する野呂作とは、大に趣が違ふのです。グヅグヅして居ると、今に女尊男卑の実が現はれ、亭主は赤ん坊を背にひつ括り、鍋の下から、走り元から、何から何まで、女房の頤使に従つて、御用を承はらねばならぬ様になつて来ますよ。現に今でもチヨコチヨコ、さういふ事が実現して居ます。女は長煙管を銜へながら、腮で指図をして居る例は沢山あるのです。これも時代の趨勢だから、坂に車を押す事は出来ませぬ。男子は須らく沈黙を守り、従順の態度を執るのが、今後の男子の立場として安全第一の良法と考へますワ、オホヽヽヽ』 竜国別『イヤもう是れ位で、女権拡張論の演説は中止を命じませう』 女『そんなら此赤ん坊を抱いて呉れますか』 竜国別『エー仕方がない。そんなら今日に限りて女尊男卑の実を示しませう。併し明日からは捲土重来、男子の為に大気焔を吐いて、現代のハイカラ婦人の心胆を寒からしめる覚悟だから、其積りで応戦準備をなさるが良からう』 斯かる所へ何処ともなく「ブーブー」と法螺貝を吹く声、谺に響き出した。女はあたりをキヨロキヨロ見廻し、心落つかぬ様子である。ザクザクと雪踏み鳴らし、此場に現はれた大の男、此態を見て、 男(鬼武彦)『汝魔性の女、そこを動くなツ』 と大喝した。女は乳呑児を火中に投じ、忽ち金毛九尾白面の悪狐となつて、宙空をかけり姿を隠したり。竜国別はこれを見て肝を潰し、夢心地に入つて了つた。又もや大空に美妙の音楽が聞えて来た。ややあつて又もや降る天女の姿、巨人の前に現はれて、 女神(言依姫)『アヽ其方は鬼武彦様。よく竜国別を助けて下さりました。妾は聖地に於て竜国別が危急を悟り、取る物も取敢へず救援に向うた言依別の本守護神言依姫で御座ります』 鬼武彦『何、これしきの事に御褒めの詞を頂戴致しまして、実に汗顔の至りで御座ります。併し竜国別、玉治別、国依別の三人では、余りに高春山の征服は、荷が重すぎる様ですから、私に加勢を命じて頂けませぬか』 言依姫『彼等三人の、今度は卒業試験も同様ですから、どうぞ構へ立てをしてやつて下さりますな。併し乍ら危急の場合は、御助勢を願ひおきます。サアこれから聖地を指して帰りませう』 と二人は雲に乗り、中空に姿を隠したり。又もや降り来る雪しばき、嵐の音に目を醒せば岩窟の前に火を焚き、其正中に巨岩が放り込まれてあつた。赤児と見えたのは、此の岩石である。竜国別は夢の醒めたる心地して、夜明けに間もなき雪空を、宣伝歌を歌ひ乍ら前進する。 アヽ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・五・二〇旧四・二四松村真澄録)
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(1784)
霊界物語 21_申_高春山のアルプス教 11 鬼娘 第一一章鬼娘〔六八五〕 白雪皚々として四面の山野、白布の褥を被つた如く満目蕭然として一点の塵を留めず、道問ふ人もあら風に向つて進む竜国別の宣伝使は、刻々に降り積る雪を踏み分け、漸く谷と谷との細き十字路頭に出でたり。 太陽は雪雲にしきられて光を中空に包み、東西南北の方向さへも判らなくなつて来た。日は漸く雪雲の西天に没したと見えて、何とはなしに薄暗く寂し。されど雪の光に四面は月夜の如く朦朧と光つてゐる。竜国別は五尺有余の雪に鎖され進退谷まつて、最早凍死せむばかりに困しみつつ、言霊の続く限り天津祝詞を奏上し、夜の明くるを待つの止むなき破目とはなりぬ。 僅か一里許りの山路に一日を費やしたるを見れば、如何に通路の困難なりしかを察するに余りあり。真白の雪の中より白き影、むくむくと膨れ出し、一塊の白き立姿となつて竜国別が佇む前に現はれ来り、物をも言はず冷たき手を伸ばして、竜国別の手を執り進んで行く。 竜国別は心の中に怪しみ乍ら、最早如何ともすること能はず、怪物に手を引かれたる儘に不安の念に駆られて進み行く。怪物は小山の麓の荒屋の中に、竜国別を誘うた。 竜国別『如何なる方か存じませぬが、雪に鎖され身動きもならず、困難の処へお出で下さいまして、斯様な安全地帯へ御案内下さいましたのは、誠に有難う存じます』 怪物『汝は蜈蚣姫の部下か、但は言依別命の部下なるか、返答次第で吾々にも一つの考へがあるから、敵か、味方か聞かして欲しい』 竜国別『さう云ふ貴方は、何と云ふ御婦人でございますか』 怪物『貴方の返答を聞くまで申すまい。吾々の敵ならば今此処で、汝を征伐せなければならず、もし味方ならば何処迄も助ける覚悟だよ。サア、バラモン教か三五教か、二つに一つの返答を聞きませう』 竜国別『仮令バラモン教でも、三五教でも誠の道に変りはありませぬ。私は誠の道の宣伝使です。三五教、バラモン教、又アルプス教と云ふやうな区分した名称に、余り重きを置いては居りませぬ』 怪物『それは誰しも同じこと。併し今汝の属して居る教派は、何教だと尋ねてゐるのだ』 竜国別『何教でも好いぢやありませぬか。兎角天下国家の為に最善を尽くすのが、宣伝使の天職だと心得てゐます』 怪物『アハヽヽヽ、どうも卑怯千万な男だこと。三五教なら三五教だと、キツパリ云つたら如何ですか』 と最後の一言に力を籠め雷の如く呶鳴り立てた。見ればその怪物は拳のやうな目玉をクルクルと廻転させてゐる。 竜国別『先程より妙なことを尋ねる怪物だと思つて居たら、いよいよ怪しき奴だ。其方は古狸であらうがなア。雪に鎖され食料に苦しみ、吾々が腰の弁当が欲しさにやつて来たのだらう。貴様に与へるのは易いこと乍ら、聊か此方が迷惑を致す。マア気の毒乍ら、此処を早く立去つたがよからうぞ。そんな請求は駄目だから』 怪物『お前は人を救ふ宣伝使ぢやないか。わが身を捨てて人を救はねばならぬ職務にあり乍ら、現在飢ゑたる吾々を見殺しに致し、自分さへ腹が膨れたら、それで好いのか、それでも人を救ふ宣伝使と思うて居るか。此世を誑る偽物奴、吾々を化物と申すが、汝こそ真の化物だ。人間の皮を被つては居るものの、汝が身魂は四足同然ぢや』 竜国別『オイ狐か、狸か知らないが、人に食物をねだるのに、そんな驕慢な言葉があるかい』 怪物『誰が貴様のやうな穢れた人間の所持する食物をくれいと云つたか。吾々は失礼乍ら乞食の真似は致さぬ。唯一つ欲しいものがある。それを頂戴すれば好いのだ』 竜国別『お前の欲しいと云ふのは一体何だ』 怪物『外でも無い。其の高い鼻の先を削つて貰ひたいのだ』 竜国別『此鼻は親から預かつた一つの貴重品だ。こればかりは遣ることは出来ない』 怪物『そんなら一つ交換して欲しいものがある。大きな物と、小さい物と交換するのだから、どちらかと云へば俺の方が余程損がゆくやうなものだが、申込んだ方から実物の二倍三倍を提供すると云ふことは、現代人間の不文律だから、俺の物は大きいが交換をして貰ひたい』 竜国別『八畳敷と交換して堪るものかい。歩くのに妨害になつて仕方が無いワ』 怪物『アハヽヽヽ、人間と云ふものは汚いものだな。直にそんなとこへ気を廻しよる。俺の要望するのは、そんなものぢやない。貴様は余り目が小さいから、向ふ先が見えぬ盲目同様の化物だ。それで俺の目と貴様の目と交換して呉れと云ふのだ』 竜国別『その様な大きな目を俺の面に当てやうものなら、一つで一杯になつて了ふワ』 怪物『一つ目小僧と云ふ化物があるそうだ。お前は恰度それに魂が適合して居る。霊肉一致だから交換してくれ』 竜国別『一つの目は余るぢやないか』 怪物『残り一つは後頭部へ付けたらよからう。さうすれば前も後ろも、よくわかつて調法だぞ。サア強圧的に眼玉を抜いて付け替へてやらうか』 竜国別『俺は人間様だ。此目で十分に用を足して居るのだ。此の交換は御免蒙る』 怪物『一旦言ひ出した事は後へ退かぬ某だ。そんなら仕方がない。お前の腐つた魂を受取らう』 竜国別『馬鹿云ふな。俺の魂は水晶玉だ。何処が腐つて居るか。大きな目を剥きよつて、それが見えぬのか』 怪物『貴様は高城山の山麓、松姫の館に於て四足になつた代物ぢやないか。俺の素性が判らぬ筈はあるまい』 竜国別『ハテナー、一体貴様は何者だ。俺の事をよく知つてるぢやないか』 怪物『アハヽヽヽ』 と笑ひ乍ら、被物をツツと脱げばこは如何に、擬ふ方なき松姫であつた。 竜国別『ヤア貴女は松姫さま、随分悪戯をなさいますな。本当に肝玉が転宅しかけましたよ』 怪物『オホヽヽヽ、私が松姫に見えますかな。それだから其の眼の玉を交換しようと云つたのだよ』 竜国別『そんならお前は何者だ』 怪物『雪の精から現はれた雪姫と云ふものだよ』 竜国別『雪にでも霊があるのかなア』 雪姫(怪物)『お前の心の空に真如の太陽が輝き渡らぬ限り、此の雪姫の謎は解けないよ。曇り切つた今日の空のやうな身魂では、可愛相に目も碌に見えまい』 竜国別『毬のやうな目を剥いて現はれて来るものだから、的切り狸のお化と思つたのだ。雪姫はそんなに種々に変化出来るものかなア』 雪姫『ゆき詰つて、行くに行かれぬ橡麺棒を振つた時は、お前でも大きな目を剥き出して困るだらうがなア。さうだからデカイきつい目に遇うたと言ふのだ。モー一つ御望みなら大きな目を剥いて、御覧に入れようか』 竜国別『いやモー沢山だ。めい惑千万、これで御遠慮申して置かう』 雪姫は、 雪姫『これでもかア』 と言ひ乍ら、蛇の目の傘のやうな、大きな目を剥いて見せる。竜国別は驚いて後に倒れる途端に、雪姫は忽ち白狐となつて一目散に山道を駆出し逃げて行く。 竜国別『アヽ偉いビツクリさせよつた。奴狐の野郎、彼奴の正体がモウ斯う判つた以上は別に怖れることもない。跡追つかけて往生させねば宣伝使の役が勤まらぬ。併しこの大雪の中、四足は歩きよからうが、人間は一寸困るワイ』 と独語し乍ら四辺を見れば六尺有余もタマつたと思ふ雪は、僅か一寸許り、狐の足形がついて居る。 竜国別は手を組んでドツカと坐り、 竜国別『アヽ何の事だ、狐の奴、俺を魅み居つたなア。一日骨を折つて深い雪路を進んだ積りだつたが、矢張元の岩蔭だつたワイ。俺はどうかして居ると見える。サアこれから一つ天津祝詞を奏上し、大神の御神力を頂戴して前進することにしよう。思はぬ所で思はぬ夢を見たものだ。どうやら夜が明けたらしい。此の狐の足跡を踏むで行けば、道路が分るだらう』 と薄雪に印した足跡を頼りにドシドシ進み行く。 七八丁許り前進したと思ふ時、一頭の猪が現はれ前を横ぎる。 竜国別『ハテ不思議だ。狐の足跡があると思へば又猪だ。今度目は本当の狸の野郎に出会すのかも知れないぞ』 と佇む折しも、何処ともなく空を切つてヒユウと唸り乍ら、頭上を掠めて一本の流れ矢が猪の面部に発止と突立つ。 猪は狼狽へ騒いで転げ廻り、終に一つの禿山を越えて、向ふの谷に姿を隠したり。 竜国別『アヽ可愛相なことだ。鳥、でも助けるのが吾々の役だ。これや神様が吾々の気を惹いて御座るのかも知れない。之を見捨てて行つては大変だ。幸ひ薄雪に残つた足跡を索ねて、猪のお宿を探し、鎮魂を施して助けてやらねばならぬ。又彼の矢を抜いてやらねば到底助かるまい。何は兎もあれこれを救ふが第一だ』 と禿山をトントン登り進み行く。 此処は大谷山の山麓、岩ケ谷といふ芒の生ひ茂つた、人の行つたことのないやうな草原である。彼方此方に落ちたる血糊を索ねて進んで行くと、其処に一つの岩穴があり、以前の猪は既に縡切れてゐる。 竜国別『ハヽア此処が猪の棲処だつたなア。それでも途中で死なずに、自分の棲処まで帰つて倒れたのはまだしも、猪に取つては幸福だ。何処ぞ此処に厚く葬つてやらう』 と手頃の石を拾つて、土をカチカチ掘り初める。 岩穴の中より二十五六の女、角を生やして莞爾々々し乍ら出で来り、矢庭に猪の屍骸に取つき血を吸ひ初める。竜国別は黙つて此様子を眺めて居ると鬼娘は、美味さうにチウチウと音をさせて全身の血をスツカリと吸つて了ひ、腹を両手で撫で乍ら竜国別の立つて居るのに気がついたと見え、目を丸くし、口を尖らし、 女(お光)『ヤアお前は竜若ぢやないか』 と睨めつける物すごさに、竜国別は、 竜国別『オイ、お前はお光ぢやないか。お前の両親は行方が知れぬので毎日日日心配して居つたよ。ウラナイ教の高城山の館へも幾度か参拝して来たが、如何しても知れないので、出た日を命日と定めて立派な葬式を営まれたが、其の時に俺も祭官に列したことがある。サアサアお前は早く親の家へ帰れ。こんな処で鬼娘になつては堪らないぞ。高春山に俺は征伐に行くものだが、これから伴れて行つてやるのは易いけれど、女と同道は許されないから、これから早く家へ帰つたら如何だ』 お光『コレ竜若さん、私は祖母さんの眉毛を剃つて居ました時、誤つて顔を斬り、沢山の血が出たので、驚いて嘗めて見たところ、それから生血の味をおぼえて、人間やの血が吸ひたくなり、到頭こんなに頭に角が生えて鬼娘になつて了つたのだ。斯んな態して如何して我家へ帰れませう。お前さんも私の所在を知つた以上は、村に帰つて喋るであらう。さうすれば私は最早身の終りだから、自分の肉体保護の上から、気の毒乍らお前の生命を貰ふのだ。覚悟を為され』 竜国別『そんな無茶な事を云ふない。チツとはお前も恩義と云ふことを知つて居るだらう。此の小父さんが貴様の子供の時には、負うたり、抱いたり、小便をさしてやつたり、うんこの掃除まで世話をやいてやつたのを覚えて居るだらう。ちつとは其の義理ででも、俺を喰ふなんて云ふことが出来るものか。恩を知らぬものは、人間ぢやないぞ。烏に反哺の孝あり、犬は三日飼うて貰つた主人を、一生忘れぬと云ふぢやないか』 お光『そんな事が解つて居つて、如何して鬼娘になれますか。世の中の義理や、人情を構つて居つたら、鬼の修行は出来るものぢやない。サア小父さん、此処で逢うたがお前の運の尽きだ。アヽ美味さうな血の香がして居る。済まないけれどよばれませう』 竜国別『コラコラ俺は今迄の竜若とは違ふぞ。神力無限の三五教の宣伝使、言依別命様の御覚え芽出度き竜国別命ぢや。馬鹿な事を致すと地獄のどん底へ落されて、鬼の成敗に遇はねばならぬぞ。未来を怖れぬか』 お光『ホヽヽヽヽ、鬼娘が地獄の鬼が恐くて、如何なりませう。これでも地獄へ行つたら、立派な鬼娘が来たと云つて、持囃されるのだ。私は鬼になるのが願望だ。お前の生血を吸へば、もう一層立派な鬼娘になれる。猪の生血は最早呑み飽いたから』 竜国別『如何しても俺を喰ふと云ふのか。イヤ血を吸はうと申すのか』 お光『如何しても吸はねば私の身体が燃えて来る。私も苦しいから、義理、人情を省みる遑がない。併しあんまり御世話になつたのだから、何処とはなしに気の毒なやうな感じがする。ちつとばかり吸うてこらへて上げませう』 と手頃の石を以て、竜国別の額をカツカツと打つた。竜国別は気が遠くなり、其の場に倒れた。 お光『アヽ気の毒な小父さんだ。沢山呑むと生命が危いから、一二升許り呑んでこらへて上げよう』 と傷口に口を当て、チウチウと呑み始めた。 お光『アヽ如何したものか、此の血はエグイ。なかなか苦味がある。矢張身魂が曇つて居ると見えて、流れる血まで味が悪いのかなア。サアサア小父さん、モーこらへて上げよう。起きなさい』 と揺り起されて竜国別は吾に帰り、 竜国別『アヽなんだか気分がスイツとした。俄に身体が軽くなり、目までハツキリして来たやうだ』 お光『お前の血管を通つて居る悪霊を薩張吸うて上げたのだから、モーお前さんは結構な赤い誠の血計りになつて了つたのだよ。此上は最早私の手に合はぬ。お前さんは愈大和魂の生粋になつて了つた。併し此事を誰にも話してはなりませぬぞや。話すが最後千里向かふからでも私の耳は聞えるから、宙を駆つて行き、お前の素首を引抜くから、其の覚悟でゐて下さいや。此処で殺すのは易いけれど、お前に助けられたと云ふ弱味があるので、如何に悪党な鬼娘でも如何する事も出来ない。併し私と今約束して、それを破れば、初めてお前さんに破約の罪が出来たのだから、其時は堂々と生命を取りに行くから、其の覚悟で帰つて下さい。これで高春山の征伐も立派に出来るだらう。人間万事塞翁の馬だ。私に酷い目に遇はされて、其結果誠の手柄を現はす様になるので、謂はば私はお前さんの守護神のやうなものだ。感謝しなさい』 竜国別『妙な理屈もあるものだなア。頭をこつかれ、血を吸はれて感謝するとは、開闢以来聞いたことがない。何処で斯うも勘定が違つたのだらう』 お光『定つた事だ。処変れば品変る、お家が変れば風変る、郷に入つては郷に随へだ。世界には賭博のアラを取つて国の会計を助け、国民が安楽に暮して居る国さへもあるぢやないか。また一方の国では賭博を罪悪としてゐるやうなもので、社会が違へば善悪の標準も違ふのだ。併し何処へ行つても約束を破ると云ふ事は罪悪だぞえ。天照大神様と素盞嗚尊様が、天の安の河原を中に置いて誓約を遊ばしたではないか。世の中には現界、幽界、神界の区別なく、約束を守ると云ふことが最も大切なことだ。之を破るのは罪悪の骨頂だ。お前も私の所在を誰にも言はないと云ふことを誓約なされ。さうでなければ、今此処でお前の生命を奪つて了ふ』 竜国別『なに、お前達に生命を奪られるやうな俺では無いが、お前の生命を奪つた所で仕方がない。つまり俺が罪人になるだけだから、此処はうまく妥協して互に言はないと云ふ約束をしよう』 お光『そんなら助けて上げよう。トツトとお帰りなさい。屹度言ひませぬな』 竜国別『ウン、俺も男だ。屹度約束を守るから安心して呉れ』 お光『左様なら』 と云つた限り、岩窟の中深く影を没したり。 竜国別は額の傷を撫で乍ら、元来し路へ引返し、それより左に取つて枯草茂る小径を悄々と上り行く。 (大正一一・五・二〇旧四・二四外山豊二録)
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霊界物語 21_申_高春山のアルプス教 12 奇の女 第一二章奇の女〔六八六〕 竜国別は小声に宣伝歌を歌ひながら、大谷山の谷深く進み入る。 夕べを告ぐる鐘の声、諸行無常と鳴り響く。空に烏の幾千羽、塒求めてカアカアと物憂げに啼き立つる。身に沁む風は樹々の梢を七五三に揺つて居る。竜国別は年古りたる松の木立に立ち寄りて一夜の雨露を凌がんと、傍を見れば小さき祠がある。 竜国別『アヽ有難い、何れかの神様のお社が建つて居る。大方、山口の神様が祭つてあるのだらう』 と独言ちつつ神前に恭しく拍手叩頭し、天津祝詞を奏上し、宣伝歌をうたつて祠の後に横はる。其歌、 竜国別『三五教の宣伝使玉治別や国依別の 神の使と諸共に津田の湖辺に到着し 鷹依姫が力とも杖とも頼む秘密文 ふとした事より手に入れて敵の配置を悉く 手に取る如く探索し茲に間道潜りつつ 山野を伝ひて来るうち日は漸くに暮れ果てて 行手も見えずなりければ千引の岩の岩が根に そつと立ち寄り降る雪を凌ぎて一夜を明かすうち 現はれ来る妙齢の花をあざむく一婦人 赤子を胸に抱きつつ寒気に閉ぢられ手も足も 儘にならねば一夜の我に暖気を与へよと 身辺近く襲ひ来る我は此世を救うてふ 神の教の宣伝使高春山の曲神を 言向け和し帰るまで女に肌は触れまじと 唯一言に断れば女は又もや手を合せ 火を焚き呉れよと願ひ入るふと傍に目をやれば 天の与へか枯小柴忽ち燧を打ち出でて 火を点ずれば炎々と四辺は真昼の如くなり 女の顔はありありと生地迄スツカリ見えて来た 男尊女卑の言論と女尊男卑の弁舌に 天の瓊鉾(舌)を磨ぎ澄まし火花を散らして戦へば 女もさるもの中々に我言霊に怖れない 既に危く見えし時彼方此方の谷々の 木霊を響かせ進み来る法螺貝吹いた大男 忽ち此場に現はれて魔性の女を一睨み 女は驚き抱きし子を直に火中に投げ捨てて 雲を霞と逃げて行く我は睡魔に襲はれて 夢路を辿る折柄に揺り起されて目を開き 四辺きよろきよろ見廻せば大江の山に現はれし 鬼武彦の白狐神続いて言依姫神 我が眼前に現はれて急場を救ひ給ひつつ 妙音菩薩の音楽に連れて此場を消えたまふ 竜国別は唯一人巌を背にうとうとと 睡りながらに明けを待つ雪は頻りに降り来り 道も塞がり進退の自由を失ひユキ詰まる 中をも厭はず荒魂勇気を鼓してザクザクと 進む折しもむくむくと雪の中より現はれし 不思議の女に手をひかれ破れた小屋に伴はれ 種々雑多の問題を吹きかけられて困り入り 如何はせんと思ふうち傘のやうなる目を剥いて パツと消えたと思ひきや忽ち変る大白狐 山路を目蒐けて駆出だすよくよく見ればこは如何に 五尺有余も積りたる雪の山路はいつとなく 消えて僅かな薄雪に不審の胸を抱きながら ふと傍を眺むれば豈図らんや岩の根に くだらぬ夢路を辿りつつ心の眼を閉ぢて居た 朝日の光を身に浴びて此処を立ち出でスタスタと 雪に印した足跡を索ねて進む折もあれ 雪踏み分けて駆来る野猪に出遇ひ暫くは 道に佇み眺め入る空を掠めて何処よりか 白羽の征矢の飛び来り猪の頭に突き立てば 猪は驚き右左前や後に狂ひつつ 峰の尾上を打ち渡り谷間に身をば隠したり 鳥の末までも救ひ助くる神の道 これが見捨てて置かれうか助けやらんと足跡を 探りて谷間に下り往く萱茫々と生ひ茂り 人跡絶えし谷の底血糊を標べに来て見れば 自然に穿てる岩の洞其傍に横はる 猪の屍を愍れみて天津祝詞を奏上し 蘇らせて助けんと思ふ折しも岩窟の 中より出づる鬼娘忽ち猪にかぶりつき 血汐を吸ひ込む嫌らしさはて訝かしとよく見れば 高城山の近村にお竜が娘と生れたる お光の顔によく似たりお光は血汐を吸ひ終り 我顔じつと打ち眺めお前は隣の小父さまか お前はお光か何としてこの山奥に忍び住む 早く帰れと促せばお光は首をふりながら 猪の血糊は吸ひ飽いた美味い香のするお前 喰はしておくれと強要よるこれや大変と驚いて なだめ慊しついろいろと義理人情を教ふれば お光はフンと鼻の先馬耳東風と聞き流し 義理人情を弁へて如何して鬼になれますか お前の生血を唯一度飲ましてくれいと云ひながら 手頃の石を手に持つて忽ち砕く我が額 血潮は川と迸る我は脆くも気絶して 前後も知らずなりけるが俄に吹き来る寒風に 眼覚ませばこは如何に額は少し痛けれど 霊肉共に清々と洗つたやうな心地して 鬼の娘と誓約しつやつと虎口を逃れ出で 崎嶇たる山路辿りつつ漸く此処につきにけり 月は御空に輝けど木立の茂み深くして 我影だにも見えかぬる椿の森の宮の下 明日はいよいよ大谷の山を踏み越え高春山の 曲の砦に向ふなりあゝ惟神々々 御霊幸倍ましまして三五教の宣伝使 高姫黒姫両人を救ひ出させ給へかし 野立の彦や野立姫神素盞嗚大御神 木花姫の御前に竜国別の神司 遥に祈り奉る』 と歌ひ終つて古社の床下に横はり居る。 夜は深々と更け渡り、寂然として木の葉のそよぎもピタリと止まつた丑満の頃、猿を責めるやうな女の泣き声、刻々に近づき来る。竜国別は目を醒まし耳を傾けて、何者なるかと息を凝らして考へて居る。バタバタと数人の足音、女を一人此場に連れ来り、 甲『サア、もう斯うなつた上は、じたばたしても駄目だ。体よくカーリンスの宣伝使の奥さまになつて、左団扇で数多の乾児を頤で使ふ身分となるのが、却つてお前の身に取つて幸福だらう。土臭い田舎者に心中立てをしたつて何になるか、サア早うウンと云へ』 女(お作)『お前は立派な男の癖に、私のやうな繊弱き一人の女を寄つて集つて、無理往生をさせようとは些と卑怯ではありませぬか。カーリンスとか云ふ人に、それだけの徳望があれば、天下の女は何程袖で蜂を掃ふやうにして居つても、獅噛みついてゆきます。世間から高春山のカーリンスの鬼と噂され、蚰蜒か蛇のやうに嫌はれて居るお方に、誰が靡くものが有りませう。お前等はその蚰蜒に頤で使はれて居る人間だから、なほ更鼻持のならぬ男だ。エヽ汚らはしい、もう触つて下さるな』 乙『此奴中々剛情な女だ、よしよし貴様がさう出れば此方にも覚悟がある』 女(お作)『其覚悟を聞かして貰ひませう』 乙『そんな事は俺達の秘密だ、貴様に聞かす必要が何処にあるか』 女(お作)『ありますとも、私は貴方等の目的物、云はば当局者である。秘密を知らずにどうして一日だつて治まつて行きますか』 甲『エヽ、女の癖に何をツベコベと吐くのだ、引き裂いてやらうか』 女(お作)『口を引き裂きなさつても宜しい。併し乍ら万々一私がカーリンスの女房になると定つたら、お前は私の家来ぢやないか。さうすれば主人の口を引き裂き、折角綺麗な女を傷者にしたと云ふ罪を、何うしてカーリンスにお詫をなさるか、お詫の仕方がありますまい』 甲『たつて引き裂かうとは申しませぬ。併し乍ら我々の要求を容れて、奥さまになつて下さいますか』 女(お作)『ホヽヽヽヽ、好かんたらしい、カーリンスの嫁になる位なら烏の嫁に行きますワ』 甲『七尺の男子を貴様は翻弄するのか』 女(お作)『定つた事ですよ。女と云ふものは強いものです。女の髪の毛一条あれば大象も繋ぐと云ふ魔力をもつて居る。ヒヨツトコ野郎の五人や六人、束になつて来た所が到底駄目ですワ、そんな謀反は大抵にしてお止めなさい。山も田も家も倉も、舌の先や目の先で一遍に消滅させたり、顛覆させたりするのは女の力です。お前達は男に生れたと言つてエラさうにして居るが、多寡の知れた青瓢箪のお化見た様なカーリンスに、口汚なく酷き使はれて、満足をして居るやうな腰抜けだから、思へば思へば気の毒なものだよ』 丙『これや女、そんな劫託を並べる癖に、何故キヤツキヤツと悲鳴を挙げたのだ。そんな空威張りをしたつて駄目だぞ』 女(お作)『ホヽヽヽヽ、キヤアキヤアと云ふ声は泣き声ですか。お前こそ女の腐つたやうな猿とも人間とも弁別のつかぬ代物は、キヤアキヤアと云うて泣くだらうが、私はお前等のする事が余り可笑しいので、キヤツキヤツと云つて笑つたのですよ』 丁『何とマア強太い女もあればあるものだなア。俺は生れてからこんな女に出遇つた事がないワ』 女(お作)『出遇つた事がない筈、世界の女はお前の姿を見ても、お前の方から風が吹いても、嫌がつて皆逃げて仕舞ふ。それもお前が強いとか、怖いとか云うて逃げるのではない。汚らはしくつて、怪体な臭がして鼻持ちがならないから、化物だと思つて逃げるのですよ』 丙『仕方のない女だなア。こんな女を連れて帰つて、カーリンスの奥さまにでもしようものなら、俺達の却つて迷惑になるかも知れやしないぞ』 女(お作)『ナニ決して迷惑にやなりませぬ。キヨロキヨロ間誤ついて居ると、ちよいちよい長煙管がお前等のお頭にお見舞申す位なものだよ。けれども生命には別条はないから安心なさい、ホヽヽヽヽ』 甲『女子と小人は養ひ難し、到底弁舌では俺達は敗軍だ。不言実行に限る。サア各自に手足を取り、高春山に帰つてゆかう。これや女、何んぼ頤が達者でも直接行動には叶ふまい、男は口は下手だが実地の力は強いぞ』 女(お作)『ホヽヽヽヽ、たつた一人の繊弱い女に対し見つともない、五人も六人も一丈の褌をかいた荒男が、蚯蚓を蟻が寄つて集つて巣へ引き込むやうにせねば、一人の女を引捉へて、その目的を達する事が出来ないとは、何と男程困つたものはないものだなア』 甲『偉さうに云ふない、男は裸百貫と云つて、体が一つあれば世の中に立派な一人前の大丈夫として通用するのだ。女は蔭ものだ。もつと女らしく淑やかにしたら如何だい。女の徳は柔順にあるのだぞ』 女(お作)『私は柔順なんか大の嫌ひだ。私の女としての徳は柔術だ。一つ見本にお前達六人を、お月さまの世界迄も放りあげて見ようか』 甲『オイ皆の奴、如何しようかなア。こんな女を迂濶連れて帰らうものなら、何んな大騒動が勃発するか知れたものぢやないぞ』 乙『それだと云つて、連れて帰らねばカーリンスの親方に合す顔がなし、困つた事になつたものだなア』 女(お作)『一つ柔術をお目にかけませうかな、オホヽヽヽ』 甲『エヽ、この上は直接行動だ。乙、丙、丁、戊、己、一度にかかれ』 一同『ヨシ、合点だ』 と六人の男は手取り足取り無理に女を担ぎ行かむとする。女は又もやキヤツキヤツと頻りに叫ぶ。祠の後より、 (竜国別)『暫く待てツ、大自在天大国別命これにあり、申し渡す仔細がある』 と雷の如く呶鳴りつけた。六人は女を其場に投げ捨て雲を霞と逃げ散つた。女は静々と神前に詣で、拍手しながら何事か暗祈黙祷をして居る。 (大正一一・五・二〇旧四・二四加藤明子録)
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(1787)
霊界物語 21_申_高春山のアルプス教 14 恩愛の涙 第一四章恩愛の涙〔六八八〕 玉治別は津田の湖水を渡つて、高春山の正面より攻め登り行く。杢助はお初を背に負ひ其後に従ふ。日は漸く暮れ果てて、月は雪雲に包まれ、姿も朧気に天空に明滅して居る。一行は、とある木蔭に立寄りて息を休める折柄に、慌ただしき数多の人の足音、刻々に近寄り来る。玉治別、杢助は朧月夜の木蔭に、何事ならむと透かし見れば、一人の女に猿轡を箝ませ、エイヤエイヤと言ひつつ担ぎ来る。様子あらんと両人は息を凝らして眺むれば、数多の男は、一人の女を目の前の木蔭の稍広き所に下し、猿轡を解き何事かよつて集つて、訊問を始め出した。 甲『コレヤ女、貴様は何処の者だ。白状いたせ』 女(お勝)『妾は都の者で御座います』 甲『馬鹿を言ふな。此黒い目でチヨツと睨んだら間違はないぞ。貴様は田舎の女であらうがな』 女(お勝)『それを尋ねてどうなさいますか』 乙『必要があつて尋ねるのだ。綺麗サツパリと白状致して了へ』 女(お勝)『妾は浪速の都に生れた者で御座います。父もなければ、母もなし、兄弟姉妹もなき憐れな独身者、此山奥に紛れ込み、あなた方に捉へられたので御座いますが、何一つ悪い事は致した覚えがありませぬ。どうぞ見遁して下さいませ』 乙『貴様はアルプス教の重要書類を手に入れた奴の女房に間違ひない。サア有体に汝が夫の所在及書類の所在を白状致せ』 女(お勝)『何かと思へば、思ひも掛けぬ妙な御尋ね、左様な事は今が聞始めで御座いますワ』 甲『汝は三五教の宣伝使の……名は忘れたが……女房であらう』 女(お勝)『イエイエ決して決して、左様の者では御座いませぬ』 乙『度渋とい、白々しい女だ。仮令水責め火責めに遇はしても、白状させねば置くものか』 女(お勝)『何と仰有りましても、知らぬ事は何処迄も知りませぬ』 甲『此奴ア、一通りでは吐すまい……オイ皆の奴、真裸にして面白い芸当をやらしてやらうぢやないか』 一同『よからうよからう』 と一同は泣きひしる女を真裸になし、 甲『サア女、ワンと言へ、吐さな、此かつ杭が貴様の頭にお見舞申すぞ』 女(お勝)『何と仰有つても、人間が畜生の真似は出来ませぬワ』 甲『出来なくば白状致すのだ。……サア、ワンと申せ』 一同声を揃へて、 一同『ワツハヽヽヽ………』 と笑ふ。忽ち傍への木の小蔭より、 (杢助)『ヤアヤアアルプス教の悪魔共、よつく聞け。某こそは、湯谷ケ岳の麓に於て英雄豪傑と聞えたる、木挽の杢助、本名は時置師神だ。一時も早く前非を悔い、其女に衣服を着せ、汝等は真裸となつて四つ這になり、ワンワンと吠えよ。違背に及ばば此杢助が片端から汝等が素首を捻切つてやるぞ』 甲『オイ偉い奴が斯んな所までやつて来やがつたぢやないか。真裸になつて四つ這になるのは残念だし、どうしようかなア』 乙『サア、逃げろ逃げろ』 杢助『コレヤ者共、逃げようといつても、逃しはせぬぞ。逃げるなら逃げて見よ。四方八方に味方の強者を取巻かせ置いたれば、一寸でも此場を動くが最後、汝の身体は木端微塵だ。それでも構はねば、どちらへなりと勝手に走れ』 甲『オイ皆の奴、どうしようかなア』 乙『何と云つても生命が大事だ。裸になつて、また着物を着れば良いぢやないか。仮令ワンワンと言つた所で、其儘犬になつて了ふのでもなし、此処は一つ安全策に、御註文通り真裸となり、ワンと一声吠えて見ようぢやないか』 丙『此寒いのに真裸になつたら、震ひあがるぢやないか』 杢助『貴様が寒いのも、此女が寒いのも同じ事だ。早く女に着物をお着せ申せ。愚図々々致すと、杢助が汝の雁首を引抜かうか』 (丙?)『マアマアマア杢助さん、貴方の御芳名は此辺で知らない者はありませぬ。お偉い方と云ふ事は、我々仲間もよく知つて居ります。どうぞ待つて下さいませ』 杢助『早く着物を着せないか』 甲『ハイ、コラコラ皆の奴、着物を持つて来い。此御婦人に鄭重に着せるのだ』 丙は恐る恐る着物を持つて、コハゴハ女の後に寄り来り、一間程の距離から、女の背中を目がけてポイと放り、二三間後ずさりし、木の株に躓いてドスンと尻餅をつき、「アイタヽヽ」と顔をしかめて居る。女は早速其着物を着け、 女(お勝)『何れの方か存じませぬが、危急の場合、ようお助け下さいました』 杢助『其御礼には及びませぬ。……ヤイヤイ皆の奴、そこに真裸となつて這はないか。早く這はぬと首を引抜くぞ』 一同はブツブツ小声に呟き乍ら、真裸の儘、蛙突這になつて慄うて居る。 杢助『コレコレお女中、其着物をお前さまは御苦労だが、一々畳んで始末をつけて下さい。さうして一所へ集め、帯でグツと括り、此杢助が担いで津田の湖へ、ドンブリと放り込んで了ふ考へだから……』 甲『モシモシ此寒いのに着物を取られては、息絶いて了ひます。どうぞ着物だけは赦して下さい』 杢助『ヨシ、それなら着物は其儘にして置かう。俺も泥棒になつたと云はれては末代の恥だから……、併し此杢助は一度言ひ出したら後へは引かぬ男だ。サア、一度にワンと言へ』 一同は顔を見合せ乍ら、小さい声で、 甲乙丙『イイ……ワン』 と吠える。 杢助『コレヤコレヤ貴様、ワンの前に何だか付いて居たぢやないか』 甲『ハイ……イウイウ……幽霊が付いて居りました』 杢助『貴様は……ワンと云ひ乍ら……イワンと吐すのか。どこまでも負惜みの強い奴だな。マア一時ばかり……ワンは是れ限りで堪へてやる、其代りに赤裸で辛抱致せ。何程寒くても此杢助はカマワンぢや、アハヽヽヽ。モシモシお女中さま、お前さまは何処のお方だ』 女(お勝)『ハイ、妾は宇都山村の者で御座います。老人が急病で困つて居りますので、我夫の玉治別に知らさうと思ひ、聖地へ参つて承はれば、高春山の言霊戦に出陣したとやら、旦夕に迫る父の生命、一時も早く妾も女の身なれども、高春山の言向け戦に御加勢をなし、父の生存中に夫に会はせたいばつかりにやつて来ました』 杢助『何、玉治別の宣伝使が貴女の夫とな。コレコレ玉治別さま、奥さまがお見えになつて居ます。なぜ御挨拶をなさいませぬか』 玉治別『私は高春山の言霊戦が済みますまで、女を連れる事は出来ませぬ。断じて私の女房ではありますまい』 杢助『それでも今本人がさう仰有つたではありませぬか』 玉治別『ヤアそれなる女、我女房の名を詐り──不届至極な奴、我女房は女々しくも神業のため出陣したる夫の後を追ふ如き狼狽者ではない。仮令親の急病なればとて、公私を混同し、夫の大事を誤らしむる如き馬鹿な女房は持たない。何れの女か知らねども一刻も早く此場を立去れ』 お勝は涙を揮ひ、 お勝『あなたの御心中……イヤお言葉はよく分りました。決して妾は玉治別宣伝使の女房では御座いませぬ』 杢助『不届きな女共奴、我々男子を誑かるとは何事ぞ。…コレコレ玉治別さま、一つ懲らしめておやりなさい』 玉治別は熱涙を呑み乍ら、お勝の前に進み寄り、 玉治別『不届き至極の女奴、汝は真裸にして河に投げ込んでも、尚足らぬ不届な奴なれど、今日は差赦して遣はす。サア早く此場を立去れ。玉治別の女房は決してそんな未練な訳の分らぬ者ではないぞ。アハヽヽヽ、杢助さま、妙な奴もあるものですな』 杢助『それなる女、汝も必ず夫があるであらう。夫の名誉を毀損する様な行状は決して致すでないぞや。又汝夫ありとせば、必ず夫の無情を恨んではならぬぞや』 お勝は涙を拭ひ乍ら、 お勝『ハイ妾は御存じの通りの狼狽へた女で御座います。まだ幸に夫は持ちませぬ。併し乍ら、若し霊魂上の夫がありとすれば、如何なる無情な仕打をなされましても決して恨みとは存じませぬ。女のはしたない心から、皆様に御心配をかける様な事は慎みます。これから妾も国へ帰りますから、皆様御安心下さいませ』 玉治別『道中は小盗人が往来致して居るから、神言を奏上し、随分気を付けて帰つたがよからうぞ』 お勝『ハイハイ有難う御座います。あなたの御親切なお言葉はどこまでも忘れませぬ。左様なれば不束者の女、これでお別れ致します。随分皆様、気を付けてお出でなさいませ。御成功を待つて居ります』 杢助『ヤア御女中、御心底は御察し申す。此杢助だとて、血もあれば涙もある。今は何も言はぬが花、又お目にかかる事がありませう』 お勝『ハイハイ有難う御座います』 とシホシホとして足早に後振り返り、振り返り、月夜の木蔭に消えて了つた。 杢助『玉治別さま、妙な事に出会したものですなア。随分神様の御用をして居ると、局面が忽ち一変し、愉快な事があつたり、辛い事があつたり、イヤもう大変に結構な御神徳を頂きました。あなたも定めて御修行が出来たでせう』 玉治別『ハイ有難う。千万無量の思ひ……否御神徳を頂きました』 お初『サアサア小父さま、お父さま、ボツボツ参りませう』 杢助は負うた子に教へられ、浅瀬を渡る心地にて、森林の中を山上目がけてスタスタと登り行く。玉治別は時々太き息をつき乍ら、ワザと元気を装ひ、後に従いて行く。 お勝は道々小声に歌ひ乍ら、足を早めて帰路に就いた。 お勝『神が表に現はれて善と悪とを立別る 三五教の宣伝使玉治別と現はれて 言依別の神言を畏みまつり三人連れ 高春山に潔く出でます後に悲しくも 力と思ふ父上は俄の病に臥し給ひ 命旦夕に迫り来る天の真浦の宣伝使 兄の命はましませど義理の中なる弟の 玉治別のわが夫父の死に目に会はずして 空しく帰り給ひなば何とて道に叶ふべき 神を敬ひわが親に孝養尽すは子たる身の 務めと固く聞くからは女房の身として棄てらりよか 兄の命に許されて父の病気を救はむと 聖地に参り真心を籠めて恢復祈りつつ 心の闇に包まれて遠き路をばスタスタと 玉治別や国依別の悲しき仲の兄弟に 父の様子を知らさむと来りて見ればアルプスの 神の教の手下共われを捉へて難題を 吹きかけ来る恐ろしさわが身危ふくなりし時 忽ち木蔭に人の声杢助さまとか云ふ人が 現はれ給ひて悪者を追ひ退けて下さつた あゝ有難し有難し神は妾をどこまでも 労はりますか尊やと涙に咽ぶ折も折 夫の声によく似たる其言霊に胸躍り 飛び付きたくは思へども悪魔の征途に上りたる 玉治別はどこまでも妻ではないとしらばくれ 千万無量の悲しみを心に包み玉ひつつ 事理明白な御教世間の義理にからまれて 不覚を取りし妾こそは実に浅ましき心かな あゝ惟神々々御霊幸はひましまして 迷ひ果てたるわが心直日に見直し聞直し 宣り直しませ三五の教の道の大御神 妾は是より本国へ夜を日に継いで立帰り 父の看護を余念なく国依別のわが兄や 玉治別のわが夫に代りて孝養尽します 何卒許させ賜へかし女心のはしたなき 今の仕業を大神の広き心に見直して 迷ひの罪を赦せかし仮令天地は変るとも 妾の心は何時までも今賜はりし御教を 胆に銘じて忘れまじ神の隈手も恙なく 早く帰らせ玉へかしあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 と樹木鬱蒼たる猛の猛り狂ふ山路を、一人スタスタ帰り行く。 お勝は武志の宮の社務所に漸く帰り着いた。不思議や父の松鷹彦は、今日は何時もよりは気分も好しとて、庭先の枝振りの良い松を眺めて、天の真浦に介抱され乍ら、嬉しげにお勝の帰り来りし姿を眺めて居た。 (大正一一・五・二〇旧四・二四松村真澄録)
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(1795)
霊界物語 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 総説 総説 天の下に生きとし生ける万物の中にありて、最も身魂の勝れたる人間には、天より上中下三段の御霊を授けて、各自の御霊相応に世界経綸の神業を負はしめ給ひ、天国の状態を地上に移してそれぞれ身魂の階級を立別けられてあるけれども、今の世は身魂の位置顛倒して霊肉一致の大道破れ、八頭八尾の邪霊や金毛九尾の悪狐の霊や邪鬼の霊魂なぞ人類の精神を誑惑し、終には地上の世界を体主霊従、弱肉強食の暗黒界と化せしめたるため、今の世界の惨状である。是だけ混乱した社会を何とも思はぬやうに成つたのも、地上の人類が皆邪神の霊魂に感染し切つて居るからである。 天下経綸の神業に奉仕すべき人類の御魂が全然脱退て了ひ、九分九厘まで畜の心に堕落して世界は上げも下しも成らぬやうになり、彼方の大空より此方の空へ電火のひらめくが如き急変事の突発せずとも断定しがたい。世界の人類は一日も早く眼を覚し、誠一つの麻柱の道によりて霊魂を研き、神心に立帰らねばならぬ。 真心とは天地の先祖の大神の大精神に合致したる清浄心である。至仁至愛にして万事に心を配り意を注ぎ、善事に遭ふも凶事に遇ふも、大山の泰然として動かざるが如く、微躯つかず、焦慮らず、物質欲に淡白く、心神を安静に保ち、何事も天意を以て本となし、人と争はず能く耐へ忍び、宇宙万有一切を我身魂の所有となし、春夏秋冬、昼夜風雨雷電霜雪、何れも言霊の御稜威に服従するまでに到らば、始めて神心を発揚し得たのである。又小三災の饑病戦、大三災の風水火に攻められ、如何なる艱苦の淵に沈む時ありとも介意せず、幸運に向ふも油断せず、生死一如と心得、生死に対しては昼夜の往来を見るが如く、世事一切を神明の御心に任せ、好みなく憎みなく、義を見ては進み、利を見て心を悩まさず、心魂常に安静にして人事を見る事、流水の如く天地の自然を楽しみ、小我を棄て大我に合し、才智に頼らず、天の時に応じ、神意に随ひ、天下公共の為に舎身の活動を為し、万難に撓まず屈せず、善を思ひ、善を言ひ、善を行ひ、奇魂の真智を照らして大人の行ひを備へ、物を以て物を見極め、他人の自己に等しからむことを欲せず、心中常に蒼空の如く、海洋の如く二六時中意思内にのみ向ひ、自己の独り知る所を慎み、その力量才覚を人に知られむことを望まず、天地の大道に従つて世に処し、善言美辞を用ゐ、光風霽月少しの遅滞なく神明の代表者たる品位を保ち、自然にして世界を輝かし、心神虚しくして一点の私心なき時は、その胸中に永遠無窮の神国あり、至善至美至真の行動を励み、善者又は老者を友とし、之を尊み敬まひ、悪人愚者劣者を憐み、精神上に将又物質上に恵み救ひ、富貴を羨まず貧賤を厭はず侮らず、天分に安んじ社会のために焦慮して最善を竭し、富貴に処しては神国のために心魂を傾け、貧に処しては簡易なる生活に感謝し、我欲貪欲心を戒め、他を害せず傷つけず、失敗来るも自暴自棄せず、天命を楽しみ、人たるの天職を尽し、自己の生業を励み、天下修斎の大神業に参加する時と雖も、頭脳を冷静に治めて周章ず騒がず、心魂洋々として大海の如く、天の空しうして百鳥の飛翔するに任せ、海の広大にして魚族の遊踊するに任すが如く不動にして、寛仁大度の精神を養ひ、神政成就の神業を輔佐し、仮令善事と見るも神界の律法に照合して悪ければ断じて之を為さず、天意に従つて一々最善の行動を採り、昆虫と雖も妄りに傷害せず、至仁至愛の真情を以て万有を守る。又乱世に乗じて野望を起さず、至公至平の精神を持するの人格具はりたる時は、即ち神人にしてその心魂は即ち真心であり神心である。 利害得失のために精神を左右にし、暗黒の淵に沈み良心を傷め、些少の事変に際して狼狽し、忽ち顔色を変へ、体主霊従、利己主義を専らとするものは、小人の魔心より来るのである。内心頑空妄慮にして、小事に心身を傷り乍ら表面を飾り、人の前に剛胆らしく、殊勝らしく見せむとするは、小人の好んで行ふ所である。霊界を無視し万世生き通し生死往来の神理を知らず、現世の外に神界幽界の儼存せる事を弁へず、故に神明を畏れず、祖先を拝せず、単に物質上の欲望に駆られて、天下国家のために身命を捧ぐる真人を罵り嘲り、死を恐れ肉体欲に耽り、肝腎の天より使命を受けたる神の生宮たることを忘却する小人数多現はれ来る時は、世界は日に月に災害と悪事続発し、天下益々混乱し、薄志弱行の徒のみとなり天命を畏れず、誠を忘れ利欲に走り、義を弁へず富貴を羨み嫉み、貧賤を侮り己より勝れたる人を見れば、従つて学び且つ教へらるることを為さず、却つて之を譏り嘲り己れの足らざる点を補ふことを為さず、善にもあれ悪にもあれ、己を賞め己に随従するものを親友となし、遂に一身上の災禍を招き、忽ち怨恨の炎を燃やすもの、是魔心の結実である。執着心強くして解脱し能はず、自ら地獄道を造り出し邪気を生み、自ら苦しむもの天下に充満し、阿鼻叫喚の惨状を露出する社会の惨状を見たまひて至仁至愛の大神は坐視するに耐へず、娑婆即寂光土の真諦を説き、人生をして意義あらしめむとの大慈悲心より、胎蔵せし苦集滅道を説き、道法礼節を開示したまひたるは、此の物語であります。非は理に克たず、理は法に克たず、法は権に克たず、権は天に克たず、天定まつて人を制するてふ真諦を、神のまにまに二十二巻まで口述し了りました。神諭に曰ふ、 『三月三日、五月五日は変性女子に取りて結構な日柄である云々』 と、いよいよ大正十年九月八日に神命降り十日間の斎戒沐浴を了つて、同十八日より口述を始め、大正十一年壬戌の旧三月三日迄に五六七の神に因みたる五百六十七章を述べ了へ、続いて五月五日までに瑞月王仁に因みたる七百十二章を惟神的に述べ了りたるも、又神界の御経綸の毫も違算なきに驚歎する次第であります。本年五十二歳の瑞月が、本書を口述し始むるや、パリサイ人の批難攻撃相当に現はれ、随分編輯者以下筆録者も甚だしく苦しまれたのですが、神助の下に辛ふじて本巻まで口述筆記を終り、神竜の片鱗を爰に開示し得たるを、大教祖の神霊に謹んで感謝し奉り、外山豊二を始め加藤女史、松村真澄、谷村真友、近藤貞二、谷口雅治[※「雅治」は底本通り。正しくは「正治」または「雅春」。]、桜井重雄、北村隆光、山上女史その他本書関係の諸氏が渾身の努力を、茲に謹んで感謝する次第であります。 大正十一年五月二十八日旧五月二日於松雲閣
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霊界物語 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 15 情の鞭 第一五章情の鞭〔七〇七〕 時置師神、初稚姫、玉能姫は、忽然として此の場に姿を隠した。何時の間にか押寄せ来りしバラモン教のスマートボール以下数拾人の人影も、煙の如く消えて了つた。鷹鳥姫、若彦は互に顔を見合せ、不審の念に駆られながら、 鷹鳥姫『これ若彦さま、なんと不思議ぢやありませぬか。私は貴方に御留守を頼み、此山の頂に玉能姫さまと登つて見れば、黄金の立像四辺眩ゆき許りに輝き給ひ、荘厳無比にして近づくべからざるやうでしたが、勇気を出して御側近く立寄つたと思へば、左右の御手を伸ばして吾等二人を中空に投り上げ給ひ、後は夢心地、覚めて見れば吾庵の庭先に倒れてゐました。さうして天より神さまの声聞え、いろいろの教訓を賜はりし時は、実に畏れ入つて自分の今までの罪が山の如く前に現はれ来り、何とも云へぬ心の苦しさ。今迄の取違ひを全く覚り、神さまに罪を赦されたと思へば、バラモン教の人は竹槍を以て、妾等二人を突き滅ぼさむと攻め寄せ来る危機一髪の際、杢助さまは初稚姫様を背に負ひ、玉能姫さまを伴ひ、宣伝歌を歌ひながら此場に現はれ、初稚姫様を背より下し給うたと思へば、初稚姫様は神懸状態に御成り遊ばし、娑婆即寂光浄土の因縁を細々と御説き下され、ヤレ有難やと伏し拝むと見れば、三人の御姿は煙と消えて了はれた。不思議な事があればあるものだなア』 若彦『私も其の通りで御座います。天から女神の声聞え、いろいろの尊き教訓を賜はり、杢助様一行は現に此処に御出でになつたのは、決して夢でも現でもありますまい。又蜈蚣姫の部下の人々が攻め寄せて来たのも事実です。吾々両人は杢助様親子に救はれたも同様ですから、黙つて居る訳には行きますまい。是から杢助様の御宿を訪ね、御礼に参らねばなりますまい』 鷹鳥姫(高姫)『さうですかなア、貴方御苦労だが妾は此処に神様の御給仕をしながら、留守をしてゐます。一度御礼に行つて来て下さい。金さま、銀さま、貴方も共に助けて頂いたのだ。若彦さまと一緒に杢助さまの宅迄、御礼に行つてお出でなさい』 金、銀一度に、 金助、銀公『ハイ、有難う、御伴致します』 と感謝の涙に咽ぶ。茲に若彦は口を嗽ぎ手を洗ひ、高姫、金、銀二人と共に、神前に向ひ恭しく天津祝詞を奏上し、神言を宣り、庵を後に崎嶇たる山坂を伝ひ伝ひて下り行く。 山麓の稍平坦なる大木の茂みに差掛る時しも、午睡をしてゐた拾数人の男、三人の姿を見るよりスツクと立ち上り、前途に大手を拡げ、 男たち『ヤー、其方は三五教の若彦であらう。汝は玉能姫と云ふ魔神を使つて、俺達を清泉に投げ込んだ悪神の張本、手足も顔も傷だらけに致しやがつた。サア、これからは返報がやしして呉れむ、覚悟をせよ』 と四方八方より棍棒打振り攻め来る。 若彦は飽く迄無抵抗主義を支持すれども、敵の勢余り猛烈にして危くなりければ、四辺の枝振りよき松を目蒐けて猿の如く駆け上つた。金助、銀公の二人は松の小株を楯に取り、 金助『オイ、スマートボール、カナンボールの阿兄、その腹立は最もだが、此の宣伝使の知つたことぢやない。貴様等が作つた心の穽に落ち込んだのだ。敵は汝の心に潜んでゐるぞ。マア気を落着けよ。貴様は今杢助の娘初稚姫に危急を救はれて、雲を霞と遁げ去りながら、其の御恩を忘れ、未だ三五教に敵意を含むのか。貴様冷静に考へて見よ』 スマート『考へるも考へぬもあつたものかい。俺が何時杢助の娘に救けられたか。莫迦を云ふない、テンで鷹鳥姫の庵に行つたこともない。なア、カナン、妙なことを金助の奴吐すぢやないか』 金助『吐すも吐さぬもあつたものかい、白々しい。僅か一人や二人の宣伝使に向つて、竹槍隊を引率し、芋刺しにして呉れむと、大人気なくも襲撃して来よつたぢやないか。余り空惚けない』 スマートボール『貴様はちつと逆上せてゐよるなア。これから俺が谷水でも掬つて飲ましてやらう』 金助『逆上せて居るのは貴様等ぢや。皆神様が貴様等のやうな分らん屋には相手になるなと云つて、若彦さまを此の松の木の頂上まで上らせてござるのだ。ちつと上せ様が違ふぞ。水を飲ましてやると云ひよつたが、俺の欲する水は、飲めば直様、汗や小便になるやうな水ではない。乾くことなく、尽くることなき身魂を洗ふ生命の水だ。瑞の身魂の救ひの清水だ。サア、これから俺が飲ましてやらう。確り聞けよ』 カナン『金助の奴、貴様は筒井順慶式だな。腹の黒い裏返り者、サア、一つ目を覚ましてやらう。覚悟を致せ』 と迫り来る。 金助『アハヽヽヽ、俺の腹が黒いと吐すが、貴様が大将と仰ぐ蜈蚣姫は何うだい。身体一面真黒ぢやないか。其の股肱と仕へてゐる貴様の顔は野山の炭焼きか、炭団玉か、但は屋根葺爺か、アフリカの黒ン坊か、烏のお化けか、紺屋の丁稚か、岩戸を閉めた曲神か、得体の分らぬ真黒黒助。アハヽヽヽ』 と肩を大きく揺り、二三度足で大地に餅搗きながら笑つて見せた。スマート、カナンは烈火の如く憤り、 スマートボール、カナンボール『腹黒の二枚舌、腰抜け野郎奴、云はして置けば際限もなき雑言無礼、最早勘忍相成らぬ、覚悟致せ』 と武者振りつく。金、銀二人は拾数人を相手にコロンツ、コロンツと格闘を始めた。 松の大木の上より若彦は声を張り上げて歌ひ出した。 若彦『神の造りし神の国恵みの露に潤ひて 大神宝と生れたる世界の人は神の御子 人のみならず鳥魚貝の端に至るまで 神の造りし貴の御子互に憎み争ふは 吾等を造りし祖神の深き心に背くなり スマートボール其他のバラモン教の人々よ 吾等も同じ天地の神のみ息に生れたる 断つても断れぬ同胞よ愛し愛され助け合ひ 聖き尊き此の世をば一日も長く存らへて 皇大神の降らします恵の雨に浴し合ひ 互に心打ち解けて四海同胞の標本を 世界に示し神の子と生れし実をめいめいに 挙げよぢやないか人々よ三五教やバラモンと 名は変れども世を救ふ誠と心は皆一つ 一つ心に睦び合ひ下らぬ争ひ打切りて 手を引合うて神の道花咲く春をやすやすと 心楽しきパラダイス進み行く世を松の上 松の緑の若彦が皇大神に照らされし 心の魂を打開けて神より出でし同胞に 真心籠めて説き諭すあゝ諸人よ諸人よ 三五教やバラモンと小さき隔てを打破り 尊き神の御子として清き此世を永遠に 千代も八千代も暮さうか返答聞かせ早聞かせ 汝が心の仇波は汝が心に立ち騒ぐ 波の鎮まる其の間この若彦は何時迄も 松の梢に安坐して改心するを待ち暮す あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも神は吾等の御親ぞや 人は残らず神の御子人と人とは同胞よ 親子兄弟睦び合ひ五六七の神代を永遠に 手を引合うて楽まむ神が表に現れまして 善と悪とを別け給ふ此世を造りし神直日 心も広き大直日唯何事も吾々は 互に胸を明かし合ひ過ちあらば御互に 諫め交して天地の神の心に叶ひつつ 二つの教を解け合せ誠一つの神界の 道に復ろぢやないかいな道に進もぢやないかいな これ若彦が一生のバラモン教の人々に 対して願ふ真心ぞあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 と歌ひ終つた。 俄に吹き来る春風に、松葉の戦ぎそよそよと、梢を伝ひ下り来る。此の言霊に辟易し、スマートボールを始めとし、数多の人々一散に、雲を霞と走り行く。金、銀一度に、 金助、銀公『若彦さま、貴方の宣伝歌に依つて一同の者は、頭を抱へ尻引からげ、初めの勢にも似ず、雲を霞と遁げ散つて了ひました。併し乍ら彼等とても良心の閃きはありませうが、さうぢやと云つて決して油断はなりませぬ。気をつけて参りませうか』 若彦『マア急ぐに及ばぬ。バラモン教の人々に対し、私の宣伝歌が功を奏したか、奏しなかつたかは知りませぬが、兎も角吾々の進路を開いて呉れただけでも結構だ。此の松の木の麓に於て大神さまに感謝の祝詞を献げませう』 と言ひ終り早くも拍手再拝、鷹鳥山の絶頂を目標に祝詞を奏上し始めた。若彦外二人が汗を流して奏上する英気に充ちた顔を、遠慮えしやくもなく山の春風が吹いて通る。 再度山の山麓、生田の森の中に庵を結ぶ杢助の仮住居、形ばかりの門戸を開いて入り来る三人の男があつた。その中の一人は若彦である。若彦は、 若彦『頼みます頼みます』 と門の戸を叩いて訪へば、 (杢助)『オー』 と答へて出で来る以前の杢助、素知らぬ顔にて、 杢助『ヤーお前さまは若彦の宣伝使さま、鷹鳥山の庵に於て身魂を研き、旁御教を鷹鳥姫と共に四方に宣伝して御座ると聞いて居たが、今日は又如何なる風の吹き廻しか、此の杢助が隠家を訪ねて御越し遊ばしたのは、如何なる御用でございますか』 若彦『最前は鷹鳥姫様始め吾々一同、いかい御世話になりました。御礼を申さむかと思ふ間もなく、貴方は初稚姫さま、玉能姫と共に御帰り遊ばしたので、鷹鳥姫さまも一つ、言葉の御礼に行つて来ねば済まないから「若彦、お前御礼に行つて来い」との仰せ、遅れながら只今参りました』 杢助『此の日の暮紛れに三人連れで、此処へやつて来るとは合点が行かぬ。此の杢助は二三日前から閾一つ跨げた事はござらぬ。随つて貴方を最前とやら御助け申した覚えはござらねば、何うぞ此儘御帰り下さいませ』 と膠も杓子もなく、榎で鼻を擦つたやうな挨拶振り、稍面を膨らし、目を凝視めて不機嫌顔、若彦は合点行かず、暫し答ふる言葉も知らなかつたが、思ひ切つたやうに、 若彦『玉能姫は貴方の宅に御世話になつて居りませぬか』 杢助『それを訊ねて何となさる。三五教の宣伝使たるものは、一切を神様に任せ、総ての執着を去り、師匠を杖につかず、人を相手とせず、親子女房血類を力にすなとの教ではござらぬか。何を血迷うて鷹鳥山の霊場に玉能姫を伴れ込み、穢らはしくも此の杢助の宅に玉能姫は居ないかなぞと以ての外の御心得違ひ、左様な腐つた魂の宣伝使には今日限り絶縁致します。此の閾、一歩でも跨げるなら、サア、跨げて見なさい』 奥には玉能姫の咳払ひ、若彦の耳には殊更刺激を与へた。玉能姫は杢助に救はれ、此処に病気の身を横へながら、若彦との問答を心痛めて聞いて居る。飛び立つばかり会ひたさ見たさに、玉能姫は心は矢竹に焦れども、人目の関や、抜きさしならぬ杢助の堅き言葉に遮られ、何と返答もないじやくり、夜具に食ひつきハラハラと涙を袂に拭ひつつあつた。 杢助は二人の心を察し得ない程の木石漢にはあらねども、二人を思ふ慈悲心の波にせかれて涙を隠し、態と呶鳴声、 杢助『ヤイ、黄昏のこととて顔は慥かに分らねど、其の声は若彦によく似たり。恐らくは若彦に間違ひなからうかも知れぬ。併し乍ら三五教には不惜身命的宣伝使の数多綺羅星の如く、心の玉を輝かし神の教の道を猛進し、世人を導く身分として女房に心を奪はれ、教の館を捨てて遥々訪ね来る如き腰抜けは一人も御座らぬ。汝は神の名否宣伝使の雅号をサツクとなし、此世を誑かる泥坊の類ならむ。汝の如き偽物、諸方を徘徊致すに依つて、第一三五教の面汚し、獅子身中否志士集団の団体をして腰抜教と天下に誤解せしめ、神の神聖を冒涜するもの、汝は是より己が住家へ帰り、一意専念身魂を研き、名実相合する神人となつて、然る後宣伝使が希望ならば宣伝使となれ。それが嫌なら只今の儘流浪人となつて人の門戸を叩き、乞食の恥を曝すがよからう。斯く申す杢助の心は千万無量、推量致して名誉泥坊の二人と共に疾く此場を立去れ。又玉能姫とやらの宣伝使は、神界のため夫に暫く離れて素盞嗚大神の御楯となり、華々しき功名を致す迄、夫に面会は致すまいぞ』 と声張り上げて夫婦に聞かす杢助が情の言葉、若彦は胸に鎹打たるる心地、両手を合せ杢助の庵を伏し拝み、名残惜しげに振返り振返り、二人の男と共に、闇の帳に包まれてしまつた。 後に杢助は声を湿らせながら独言、 杢助『大神のため、世人のためとは云ひながら、生木を裂くやうな杢助が仕打ち、若彦必ず恨んで呉れな。それに就ても玉能姫、せめて一目なりと会はして呉れたら良ささうなものだのに、気強い杢助であると嘸恨んで居るであらう。最前初稚姫様の御知らせに依つて鷹鳥山へ救援に向ふ折りしも玉能姫は御伴をしようと云つた。其時無下に叱りつけ初稚姫様を背に負ひ、後に心を残しつつ宣伝歌を歌ひながら鷹鳥姫が館に行つて見れば、神の御告に寸分違はず、悲惨の幕が下りて居た。玉能姫の幽体は又見えつ隠れつ来て居つたやうだ。嗚呼無理もない。併し乍ら今会はせるは易けれど、言依別命様の御内命もあり、且又至仁至愛の大神様の厳しき御示し、何程玉能姫の心情を察すればとて、神さまの仰には背かれず、神の教と人情の締木にかかつた此の杢助の胸の苦しさよ。アヽ両人、今の辛き別れは勝利の都に達する首途、杢助が心の中も些は推量して下され』 と流石剛毅の杢助も情に絡まれ、潜々と落涙に咽んでゐる。奥には初稚姫、玉能姫が奏づる一絃琴の音、しとやかに鼓膜をそそる。 (大正一一・五・二七旧五・一外山豊二録)
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(1815)
霊界物語 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 20 三の魂 第二〇章三の魂〔七一二〕 時置師神は、神の仕組の時津風、吹き渡る初夏の青葉の薫りを身に浴び乍ら窓外を眺め居る。時しも森の木蔭より玉能姫は初稚姫の手を携へ、二人の荒男と共に欣然として帰り来る。杢助は窓を引き開け拍手して之を迎へて居る。二三日前より此家に訪ね来りし高姫、国依別は、杢助と教理を闘はし乍ら此処に逗留して居た。 高姫『杢助さま、貴方は今東の窓から手を拍ちましたが、日天様は西の方へ廻つて居られますよ』 杢助『いや、今此処へ日天様や、月天様が御いでになりましたから』 国依別『国依別には日天月天の往かぬ事を仰有いますな』 と云ひながら窓を覗き、 国依別『ヤア、お帰りになりました。杢助さま、お目出度う、今迄御心配でしたらう』 杢助『ハイ、杢助も一寸心配して居りましたよ』 高姫は妙な顔しながら、 高姫『貴方は口では平気で言つて居らつしやるが、矢張り初稚姫様の事が気に懸ると見えますなア』 杢助『別に初稚姫様の事に就ては、神様がついて御座るから心配は致しませぬが、大切な御用を巧く勤めあげたか知らぬと思つて居つたので……然しあの顔色で見れば、巧く御用が出来たらしいですよ』 高姫『大切の御用とは………それや又どんな事で御座いますか。高姫にも聞かして下さいな』 杢助はニコニコ笑ひながら、 杢助『ハイ言依別命様から大切な秘密の御用を……玉能姫、初稚姫の御両人が承はりましたのですよ』 高姫『妾の様な日の出神の生宮を差措き、あの様な子供や若彦の女房に大切な御用を仰せ付けるとは……言依別も些と聞えませぬ。それだから人を使ふ目が無いと言ふのだ。困つたハイカラの教主だなア』 杢助は、 杢助『アハヽヽヽ』 と嬉しさうに笑ふ。国依別は門の戸を押し開き、丁寧に出迎へ、 国依別『皆さま、御苦労で御座いました。無事に納まりましたかな』 二人は顔に笑を湛へながら一言も発せず、丁寧に腰を屈め、二人の男と共に欣々と這入つて来た。杢助は見るより、 杢助『初稚姫様、玉能姫様、谷丸さま、滝公さま、御苦労で御座いました』 谷丸『私は言依別命様より佐田彦の宣伝使と名を賜はりました。滝公さまは波留彦の宣伝使と名を賜はりましたから、何卒今後は、其お心組で呼んで下さい。お節………いやいや玉能姫様、初稚姫様のお伴を致しまして神島………ではない、神様の御用に参つて来ました。いやもう大変な結構な事で御座いましたわ』 杢助『何は兎もあれ、神様に御礼を申し上げ、お祝の御神酒を頂戴する事に致しませう』 高姫『アヽ、それは結構で御座いますな。然し如何な御用で御出でになさつたのか、高姫にも様子を聞かして下さいませ。これ玉能姫さま』 玉能姫『此事ばかりは三十五万年の間、申し上げる事は出来ませぬ。何れ未来でお分りになるでせう』 高姫『何と……マア遠い……気の長い事だなア』 杢助『何処の地点に納めたと云ふ事は申し上げ難いが、実際は貴方の一旦呑んで居た金剛不壊の如意宝珠と紫の宝玉が三五教の教主の手に返り、其御用を仰せ付かつて或る霊地へ埋蔵の御用に行つたのですよ。黄金の玉は言依別の教主自ら何処かの霊地へ埋蔵されたさうだ。これで三つの御玉が揃ひまして……高姫さま、お喜びなさいませ』 高姫、怪訝な顔して舌を捲き目を剥き、 高姫『ヘエ、ケヽヽヽ結構ですなア』 と云つたきり、嬉しい様な、悲しい様な、不興くさい様な顔して俯向く。国依別、手を拍つて笑ひ、 国依別『ハヽヽヽヽ、日の出神の生宮も薩張り往生遊ばしたか、誠にお気の毒の至り。然し乍ら矢張り高姫さまも喜ばねばなりますまい。もう之で貴方の副守護神の断念が出来るでせう。是から一意専心、教主の意見に従つて、神界の御用をなさいませ』 高姫『ハイ、如何も神様は皮肉な事をなさいますな。寝ても醒めても玉の行方を探し、神政成就の御用を勤めあげむと、千騎一騎の活動を致して居る此高姫をアフンと致さして、思ひも寄らぬ人達に、肝腎な一厘の経綸を吩咐けるとは……妙な神様も……いや教主もあるものだ。教主のきやうは扁に王さまだらう、オホヽヽヽヽ』 佐田彦『是は聞き捨ならぬ高姫の言葉、その脱線振りは何事で御座るか。今迄の谷丸ならば黙つて居るが、最早教主より命ぜられたる宣伝使だ。宣り直しなさねば承知せぬ』 波留彦『佐田彦宣伝使の言はれた通り、速に宣り直しなさるが宜からうと、波留彦は思ひます』 高姫『高姫鉄道の終点、アフンの駅に着いたのだから、脱線の余地も無く、のり直し様もなく、乗り替へも何の駅もないぢやありませぬか。オホヽヽヽヽ』 ○ 因に言依別命は、一旦高熊山の霊地に神秘の経綸を遂行し、聖地に帰りて神業に参じ、錦の宮の神司玉照彦命、玉照姫命の神示を海外にまで弘布し、八岐大蛇の征服に従事する数多の神人を教養し、其名を天下に轟かした神代の英雄神である。また杢助は元の時置師神と現はれ、聖地の八尋殿に於て教主を助け、初稚姫と共に忠実に奉仕し、三五教の柱石と呼ばれる事となつた。玉能姫は生田の森に止り、或神命を帯びて稚桜姫命の神霊を祀り、五六七神政の魁を勤めた。 若彦は自転倒島全体を巡歴し、終に神界の命によりて玉能姫と共に神霊に奉仕する事となつた。国依別は兄の真浦が波斯の国へ出で行きしを以て、已むを得ず宇都山郷の武志の宮に仕へて神教を伝へ、父の松鷹彦に孝養を尽した。 高姫は聖地にあつて錦の宮に仕へつつありしが、黒姫のあとを追うて海外に渡り、真正の日の出神に出会し、初めて自己の守護神の素性を悟り、悔い改めて大車輪の活動を続けた。佐田彦、波留彦は言依別命の膝下にあつて、神業を輔佐することとなつた。 ○ 大正壬戌の年卯月の二十八日に 二十二人の生魂三つの御玉の隠し所 述べ終りたる今日の日は楽しき神世を五六七殿 日の神、月の大御神天照皇大神や 此世の祖神と現れませる国常立之大御神 豊国主の大御神大本教を守ります 百千万の神々の貴の御前に飛び降る 神の使の霊鷹は生田の森や再度山の 峰の尾の上の御仕組鷹鳥姫の改心の 瑞祥祝ふ其為めに三度舞ひ来る鷹津神 さしもに広き殿内を右や左と翔び交ひて 画竜の額に翼休め仮設劇場の梁に 悠々翼を休めたる今日の生日の足日こそ 瑞の御魂の生れたる生日に因みて七百と 十二の章も面白く松雲閣の奥の間に 今日は珍し身を起し神の教を敷島の 筆者を烟に巻き乍ら遠き神代の物語 今に写して眺むるも少しも変らぬ言の葉の 栄ゆる御代を松村氏天津御空も海原も 心真澄の玉鏡海の内外の隔てなく 諸越山も乗り越えて豊九二主の分霊 瑞の神徳天地に輝く時も北村の 空澄み渡り隆々と光り普き神の道 亜細亜、亜弗利加、欧羅巴亜米利加藤く高砂の 島の果まで説き明す近藤の霊界物語 道も貞か二成り行きて山の尾の上や野の末も 教の花の馥郁と薫も床しき佐賀の奥 神の伊佐男は遠近に秀妻の国を初めとし 自転倒島の中心地野山も青く茂りつつ 神代を祝ふ今日の空神世の秘密洩らさじと 御空を隠す雲の戸を開いて此処に松の雲 松雲閣の奥の室で初夏の風をばあびながら 二十二巻の物語目出たくここに述べをはる あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ (大正一一・五・二八旧五・二北村隆光録) (昭和一〇・六・五王仁校正)
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(1838)
霊界物語 23_戌_木山の里/竜宮島へ出発 余白歌 余白歌 世の中に誠の神の道踏まぬものほど始末におへぬ奴なし〈第1章(四版)〉 いかめしきよそほひばかり魂はに近き今の世の中〈第2章〉 ぬえ鳥の啼きて淋しき暗の夜も神は身に添ひ守り玉へり〈第2章〉 平和なる人の家庭は現世のまま天国の姿なりけり〈第8章(三版)〉 大本の教の源尋ぬればただ愛善の光なりけり〈第8章(三版)〉 常立に浦安国と治め行く神のこころは愛の善なり〈第8章(三版)〉 霊主体従の教を四方に播磨潟磯吹く風に世を清めなむ〈第14章〉 葦原に生ひ繁りたる仇草を薙払ふべき時は来にけり〈第14章〉 この度の神の気吹の無かりせば四方の雲霧誰か払はむ〈第14章〉 百八十の国のことごと愛善の光りに照らす三五の道〈第15章(三版)〉 星光もなき常暗の山道も安く進まむ神の守りに〈第15章(三版)〉 六道の辻に迷へる罪人を神国に救ふ愛善の教〈第16章(三版)〉 高姫と蜈蚣の姫の腹黒き婆々の雄たけびおもしろをかしき〈第18章(四版)〉[この余白歌は八幡書店版霊界物語収録の余白歌を参考に他の資料と付き合わせて作成しました]
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(1844)
霊界物語 24_亥_豪州物語1(高姫と蜈蚣姫) 04 一島の女王 第四章一島の女王〔七三四〕 今迄皎々たる浄玻璃の月は忽ち黒雲に蔽はれ、満天の星光は瞬く中に雲の帳に包まれた。海面は俄に薄闇く、暴風忽ち臻り、小舟を波のまにまに翻弄虐待する。船底に横たはり以前の夢を見て居た小糸姫は驚いて目を瞠り、 小糸姫『アヽ大変な恐ろしい夢を見た。……これ船頭さま、俄に闇くなつたぢやないか、此処は一体何と言ふ所だなア?』 チャンキー『あまり暗くて薩張り見当がとれなくなりました。然し大方ニユージランドの近辺だと思ひます。波は刻々に高くなり、もう此上は風に任して行く処まで行るより仕方がありませぬ。斯う言ふ時にバラモン教のお経を唱へて下さつたら、チツトは風も凪ぎませう。お姫様、何卒神様に願つて下さいな』 小糸姫『此通り風が吹き波が荒く立ち騒ぎ……櫓櫂の方に一生懸命に力を入れて呉れる方が妾に取つて何程安全だか知れませぬよ。最前の夢の様な目に会はされては迷惑だから……』 モンキー『夢にドンナ目に会はれましたな?』 と言ひ乍ら一生懸命に櫓を漕いで居る。山岳の如き波の間を、船は木の葉の風に散る如く浮きつ沈みつ、荒波の翻弄に任すより途はなかつた。忽ち巨大なる音響と共に船は一つの岩山に衝突し、滅茶々々になつて仕舞つた。小糸姫は辛うじて壁を立てた如き岩に壁蝨の様に喰ひつき、運を天に任し経文を唱へて居る。二人の男は如何なつたか浪の音に遮られ、一声さへも聞く事が出来なかつた。一時ばかり経つと思ふ頃、空を包みし黒雲は拭ふが如く晴れ、風は凪ぎ、浪静まり、魚鱗の月光は海上一面に不知火の如く瞬き初めた。斯かる所へ四人の女を乗せた一艘の小舟、島影より悠々と現はれ来り、小糸姫が叫ぶ声を聞きつけ、中の一人は棹をさし述べ漸々にして小糸姫を船中に救ひ上げた。二人の男の影は目に当らなかつた。小糸姫は疲労の結果、船底に横たはつたまま二時、三時ばかり顔を得上げず、礼をも言はず蟹の如うな泡を吹いて苦しみ居たり。 メソポタミヤの顕恩郷鬼雲彦が本城に 種々雑多と身を窶し神素盞嗚大神の 御言畏み八乙女が鬼雲彦の側近く 仕へ待りてバラモンの悪逆無道を立直し 国治立の大神の至仁至愛の御息より 現はれ出でたる三五の神の教に服はせ 名実叶ふ顕恩の郷の昔に復さむと 心を配る折柄に天の太玉宣伝使 数多の司を伴ひて顕恩城に入り来り 言霊戦を開始して鬼雲彦の大棟梁 其他の魔神を伊照らせば忽ち大蛇と身を変じ 雲を起して遁げ去りぬ天の太玉宣伝使 顕恩郷を掌り此処に八人の乙女子は 天地四方の国々に三五教の御教を 宣べ伝へんと手を別けて荒野を彷徨ふ折柄に バラモン教の枉神に嗅出されて捕へられ いたいけ盛りの姉妹は半破れし釣舟に 投げ入れられて浪の上何処を当てと定めなく 漂ひ来る折柄に大海中に突き立てる 岩ばかりなる一つ島辺に漕ぎ着き眺むれば 何れの人か知らねども年端も行かぬ真娘 岩に喰ひ付き声限り救ひを求めて叫び居る 仁慈無限の五十子姫は三人の女子と諸共に 言はず語らず心合ひ棹を延ばして救ひあげ 互に櫓櫂を操りつ風に送られ西南 竜宮島を指して行くあゝ惟神々々 霊の幸を隈もなく世人の上に照らします 至仁至愛の神の御救ひに小糸の姫は生きかへり 撥ね返りたる心地して朝日の豊栄昇る頃 漸く頭を抬げける四辺を見れば四柱の 顕恩郷に見覚えの娘と見るより仰天し 暫し言葉も無かりしが漸く心落ち着けて 『あゝ訝かしやいぶかしや夢か現か幻か 五十子の姫や梅子姫御供の宇豆姫、今子姫 貴女は何故海原に彷徨ひ来り在しますぞ 是には深き理由の在するならむ詳細に 宣らせ給へ』と手を合せ胸もどきどき問ひかくる。 五十子姫は小糸姫に向ひ、 五十子姫『貴女は顕恩郷の鬼熊別様のお娘子、如何して、マア斯様な処へお越しなされましたか。さうして友彦様は如何遊ばしましたか』 小糸姫『それよりも貴女等四人様、斯様な処へ御船に乗つてお越し遊ばすとは合点が参りませぬ。何の御用で何処へ御いでになりますか、お聞かせ下さいませな』 五十子姫『是には深い仔細が御座いまする。何れゆるゆる聞いて頂きませうが、貴女から何卒先へお口開きを願ひます』 小糸姫は『ハイ』と答へて、顕恩郷を出でしよりその後友彦に別れ、此処迄逃げ来りし一伍一什の顛末を包み隠さず述べ立てた。四人は年にも似合はぬ小糸姫の悪竦にして豪胆なるに舌を捲きける。 梅子姫は呆れ顔にて、 梅子姫『随分貴女も人格がお変りになりましたね』 小糸姫『さうでせうとも、妾は竜宮の一つ島の未来の女王ですから、今迄の様な嬢や坊では数多の国人を治める事は出来ませぬ』 と未だ島影さへも見えぬ内から、早くも竜宮島を腹に呑んで居る豪胆不敵の女なり。 五十子姫、梅子姫は善悪は兎も角、野蛮未開の地の女王としては最適任ならむ、此船に乗つたのを幸ひ竜宮島に到着する幾多の日数を応用して三五教の教理を体得せしめ、精神的天国を建設せしめむと早くも心に定め……顕恩郷を立ち出で、三五教の教理を四方に宣伝せむとする時しも、バラモン教の片彦、釘彦一派に捕へられ、此海に漂流し来りし事の顛末を細さに物語り、互に敵味方の障壁を除却し、一蓮托生の船の上にて遂に首尾よく小糸姫に三五教の教理を植付けた。 小糸姫は船中より已に女王気取で五十子姫、梅子姫を顧問か参謀の様に独り定めにして仕舞つた。今子姫、宇豆姫は自分の小使として待遇して居た。五十子姫、梅子姫は良き機関を得たりと喜び、表面十六才の阿婆摺れ娘の小糸姫を首領と定め、漸くにして五人の女は竜宮島のクスの港に無事到着し、船を岸辺に繋ぎ、五人は宣伝歌を歌ひ乍らさしもに広き一つ島を足に任せて進み行く。日は漸く没して四方闇黒に包まれ、五人はとある谷川の辺に蓑を敷き安々と寝に就きけり。 猛の声は山岳も揺ぐばかり唸り出した。豪胆不敵の五人の女は松風の音か琴の音位に軽く見做し、其声を就寝の栞とし、他愛も無く此処に一夜を明した。四辺の果実をむしりて腹を拵へ、草茫々と身を没するばかりの谷道を宣伝歌の声に木霊を響かせ乍ら、進み進みて或る一つの平坦なる部落に出たり。山と山とに包まれたる摺鉢の底の様な稍広き原野と山腹に穴を穿ち、炭焼竈の様に各戸煙をボウボウと立てて居る。五人は原野の中央にある小高き大岩の上に登り、声を限りに天津祝詞を奏上し宣伝歌を歌ひ出した。此声に驚いてか、山腹の数限りもなき穴より色の黒き老若男女一つの穴より或は五人或は十人、二十人と這ひ出で各柄物を手にし、五人の立てる大岩の周囲に蟻の如く群がり集まつた。此処は一つ島にても稍都会と聞えたる萱野ケ原といふ処であつた。一同は色白き五人の美女が岩上に立てる姿を見て、天津乙女の天上より降り給ひしものと固く信じ随喜の涙を流し乍ら、四方八方より掌を合せ拝跪敬礼して居る。 斯かる処へ山奥より法螺貝の声「ブウブウ」と響き渡り、見れば数百人の荒男を率ゐた大男駻馬に跨がり、ツカツカと此場に現はれ来り、 大男(ブランジー)『ヤア、汝は何れの国より漂着してうせた。此一つ島は、他国人の上陸を許さざる秘密境だ。誰の許可を得て出てうせた。速に其岩を下り一々事情を申し伝へよ』 小糸姫は泰然自若、満面に笑を湛へて大男の一行を看守つた。四人の宣伝使も同じく両手を組み合せ、儼然として小糸姫の両脇に立ち、一同の顔を打ち看守つた。大の男は声荒らげ、 大男(ブランジー)『此方は一つ島の大棟梁ブランジーと言ふ者である。此方の威勢に恐れぬか。一時も早く座を下り我等が縛につけ』 と鬼の如き眼を光らしグツと睨めつけたるを、小糸姫は莞爾と笑ひ、 小糸姫『愚なりブランジー、妾は天津神の命を受け、只今四柱の従者を率ゐ、五色の雲に乗り此一つ島に天降りしものぞ。此国は妾が治むべき神の定めの真秀良場なれば今日より妾に誠心を捧げて仕ふるか。さもなくば、天譴を下して槍の雨を降らせ、雷の弾を以て懲戒の為め汝等を打滅し呉れむ。返答如何に』 とキツと言ひ渡せば、流石のブランジーも崇高なる女の姿に首を傾け、暫し思案に暮れて居た。数百人の荒男は武装の儘大地に平伏し、五人に向つて萱野ケ原の住民と共に両手を合せ随喜の涙に暮れて居る。ブランジーは此光景を見て我を折り、又もや馬を下り大地に平伏して帰順の意を表したり。小糸姫は言葉淑やかに、 小糸姫『汝は天津乙女の棚機姫に帰順せし徳に依つて、妾が従司となし重く用ひむ。飽迄も誠を以て吾等に仕へよ』 と巧く言霊を応用すれば一同は感に打たれ、五人の宣伝使を神人と敬ひ、前後を護りて稍展開せる美はしき原野の中の都会に導き、広殿に五人を迎へて心よりの馳走を拵へ、いと懇に誠意を表したりける。 茲に五人は一つ島の花と謳はれ、三五の神の教を四方に宣伝し、其驍名は全島に轟き渡りけり。此処を是より地恩郷と命名し、小糸姫は遂に島人に挙げられて女王となり黄竜姫と改名する事となりける。 茲に五十子姫は今子姫を従へ、梅子姫、宇豆姫を小糸姫が左右に侍せしめ、自転倒島さして神素盞嗚大神の御跡を慕ひ進み渡る事となりぬ。ブランジーの妻にクロンバーといふ女あり。夫婦何れも五十の坂を四つ五つ越えたる年輩なり。ブランジーはクロンバーと共に今は黄竜姫の宰相役となり、遠近に其名を轟かして居た。クロンバーは或時黄竜姫に拝謁を乞ひ奥の間近く進み入り、 クロンバー『黄竜姫様に折入つてお願ひが御座います。妾の夫ブランジーは貴女様のお見出しに預り、宰相として恩寵を辱なうし、此島に於ては飛ぶ鳥も落す勢となりました。クロンバー身にとり有難く御礼の申し上げ様も御座いませぬ。御存じの通り大男の不束者で御座いますれば、何卒御見捨てなく末永く使つてやつて下さいませ。妾は実は此島の生れではなく、聖地エルサレムに仕へて居りました者で御座いますが、大切なる玉の紛失せし為め其所在を探ねむと、竜宮の乙姫様の生宮として今年で殆ど満二年、残る隈なく探せども今に所在は分らず、何卒々々貴女の天眼力を以て御示し下さらば有り難う御座います』 黄竜姫は厳然として、 黄竜姫『是は珍らしき汝の願ひ、其玉と申すは如何なる玉なるぞ』 クロンバー『ハイ、左様で御座います。金剛不壊の如意宝珠に黄金の玉、紫の玉の三つの御宝で御座います。今迄は自転倒島の三五教の東本山に納めありし処、何者にか盗み取られ今に行方が分りませぬ。黄金の玉は妾が保管致して居りました所、何者にか盗み出され、又残り二つの玉は噂に聞けば是亦行方不明との事、何卒貴女の御神力を以て、此島の何れの地点にあるやお示し下さらば有り難う存じます』 黄竜姫はさも鷹揚さうに微笑み乍ら、 黄竜姫『其宝玉は此竜宮島には隠しては無い。自転倒島の或地点に隠しあり、容易に発掘すべからず、最早汝は玉に対する執着心を離れ、ブランジーと共に誠心を尽して国務に奉仕したが宜からう』 と言ひ捨て逃ぐるが如く奥殿に姿を隠して仕舞つた。後にクロンバーは独言、 クロンバー『アーア、仕方がない。黄金の玉を紛失し、高姫様に叱り飛ばされ、守護神の囁きに依つて竜宮の一つ島に隠しあると聞き、此処まで探ねて来たものの、此広き島に三年や五年国人を使うて探して見た処で雲を掴む様な咄し、黄竜姫様のお言葉に依れば三つの宝は此島には無いとの事、如何したら宜からうか。彼の玉無き時は如何しても聖地に帰り高姫様に会はす顔がない。此黒姫は夫高山彦と共にブランジー、クロンバーと外国様に名を変へて此島に居るものの、もう斯うなつては何程結構な役を仰せ付けられても聖地に比ぶれば物の数でも無い。アヽ早く帰り度いものだナア』 と語る折しもブランジーは此場に現はれ、 ブランジー『ヤア黒姫、早く館へ帰らうぢやないか。黄竜姫様の御機嫌を損ねてはならないぞ』 クロンバー『高山さま、何を仰有る、もう妾は此島が嫌になりました。何程探したとて此広い島に手掛りの出来る筈がありませぬ。此上は破れかぶれ、一旦聖地へ立ち帰り、三五教を根本より立直し、言依別の教主を追つ放り出さねば虫が得心致しませぬ。我々夫婦が波濤万里の此島へ来て苦労するのも、皆言依別のためではありませぬか、エヽ残念や、口惜や、妾はもう破れかぶれ、是から狂乱になりますから其積りで居て下さい』 ブランジー『ハヽヽヽヽ、又何時もの疳癪病が突発したのか。マアマア宅へ帰つて、酒でもゆつくり飲んで其上の事にしようかい』 と背を三つ四つ打ち、クロンバーの手を引いて己が館へ帰り行く。 (大正一一・六・一四旧五・一九北村隆光録)
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霊界物語 24_亥_豪州物語1(高姫と蜈蚣姫) 09 神助の船 第九章神助の船〔七三九〕 神が表に現れて善と悪とを立別ける 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも高姫生命を棄つるとも 島の八十島八十の国山の尾の上や川の末 海の底まで村肝の心到らぬ隈もなく 探さにや措かぬと雄猛びし矢竹心の矢も楯も 堪りかねたる玉詮議左右の目玉を白黒と 忙しさうに転廻し善と悪との瀬戸の海 牛に曳かれて馬の関狭き喉首乗り越えて 数多の島々右左眺めて越ゆる太平の 波を辷つてアンボイナ南洋諸島の其中で 珍の竜宮と聞えたる芽出度き島に漕ぎつけて 玉の所在を探す内綾の高天の聖地より 玉照彦の神言もて初稚姫や玉能姫 玉治別の三人は再度山の山麓に 生田の森にて足揃ひ船を準備へ高姫が 危難を救ひ助けむと潮の八百路を打渡り 漕ぎ来る折しも霧の中仄かに聞ゆる叫び声 唯事ならじと船を寄せよくよく見れば此は如何に バラモン教の宣伝使友彦初め清鶴や 武の四人が船を破り生命の綱と岩壁に 力限りにかぢりつき救けを叫ぶ声なりし 玉治別は快く四人の男を救ひ上げ 率ゐ来りし伴舟に友彦其他を救ひつつ 男波女波を打渡り雄滝雌滝の懸りたる 雄島雌島の合せ島アンボイナ島の竜宮へ 船を漕ぎつけをちこちと青葉茂れる山路を 濃霧に包まれ千丈の瀑布の音を知るべとし 近より見れば滝津瀬の漲り落つる音ばかり 一行七人滝の前に佇み此れの絶景を 驚異の眼をみはりつつ其壮烈を歎賞し 涼味に浴する折柄に濃霧を透して婆の声 常事ならじと近寄りて窺ひ見れば高姫の 腕は血潮に染りつつ団栗眼を怒らして 面をふくらせ何事か囁く側に蜈蚣姫 妖怪変化に擬ふなる化物面を曝しつつ 滝の麓に倒れ居る玉治別は驚いて 手負に向つて鎮魂の神法修し一二三四 五六七八九十百千万と言霊の 霊歌を頭上に放射せば幾許ならず蜈蚣姫 元の姿に全快し地獄で仏に遭ひし如 心の底より感謝しつ嬉し涙に暮れにけり 玉治別の一行は探ね来りし高姫の 所在を知つた嬉しさに真心こめていろいろと 言依別の命令を完全に委曲に宣りつれど 心ねぢけし高姫は情を仇に宣り直し 相も変らず減らず口叩いてそこらに八当り 憎々しげに罵れば流石無邪気の一行も 呆れて言葉なかりけりヤツサモツサの押問答 やうやう治まり一同は二隻の船に分乗し 玉治別の操れる船には初稚玉能姫 鶴武清の六人連波を乗り切り竜宮を 後に眺めて離れ行く残りの船は友彦が 艪を操りつ蜈蚣姫高姫貫州久助や スマートボールやお民等の一行を乗せてやうやうと 波ののた打つ和田の原西南指して進み行く 前後左右に駆けまはる海蛇の姿眺めつつ 轟く胸を押隠し心にも無き空元気 船歌うたひ友彦が力限りに炎天の 大海原に搾る汗ニユージランドの手前まで 進む折しも暴風に吹きまくられて浪高く 危険刻々迫り来る左手に立てる岩山の 影を目標に漕ぎ寄せて難を避けむと進み寄る 鬼かか魔か人か得体の知れぬ影二つ 猿の如く岩山を駆けめぐり居る訝かしさ 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直し聞直し 身の過ちは宣り直す神の救ひの船に乗り 大海原に漂へる此岩島を一同が 生命の親と伏拝みここに小船を止めつつ アヽ惟神々々御霊幸はひましませと 祈る言霊勇ましく雷の如くに鳴り渡る 此神言を聞きしより二つの影は嬉しげに 此方に向つて下り来る神の仕組ぞ不思議なる。 友彦は怪しき二つの影を見て、 友彦『ヤア高姫さま、蜈蚣姫さま、愈願望成就の時節到来、お喜びなさいませ。貴女のお探ねになる代物は漸く此島に在ると云ふ事が、的確に分つて来ましたよ』 高姫吃驚した様な声で、 高姫『エヽ何と仰有る。あの玉が此島に隠してあると云ふのかい』 友彦『御覧の通り、真黒黒助の、ア…タマが二つ、如意宝珠の様にギラギラした目のタマが四つ、貴女方を歓迎し、上下左右に駆けめぐつて居るぢやありませぬか。ありや屹度玉の妄念ですよ。黄金の隠してある所には何時も化物が出ると云ふ事だ。彼奴はキツト如意宝珠の精が現はれ、人に盗まれない様に保護をして居た所、焦れ焦れた……言はば……玉の親のお前さまがやつて来たものだから、再び腹の中へ呑み込んで帰つて貰はうと思ひ、妄念が現はれて玉の所在を知らして居るのに違ひない。コンナ所に……さうでなければ黒ン坊が住居して居る筈はない。キツトさうですよ。女の一心岩でも突き貫くとやら、あの通り岩を突き貫いて玉の精が現はれたのでせうよ』 高姫は目をクルクルさせ乍ら、二つの影を凝視め、 高姫『如何にも不思議な影だ。どう考へてもコンナ離れ島に船も無し、人の寄りつく道理がない……サア蜈蚣姫さま、あなたはモウ玉に執着心は無いと仰有つたのだから、微塵も未練はありますまいな』 蜈蚣姫『妾はアンナ黒ン坊にチツトも執着心は有りませぬ』 高姫『さうでせう。それ聞いたら大丈夫、サア是れから貫州と二人此岩山を駆け登り、玉の所在を探して来う……イヤイヤ待て待て、腹の悪い連中、岩山の上へあがつて居る後の間に、蜈蚣姫さまに船でも盗られたら、それこそ大変だ。……サア貫州、お前は此船の纜をキユツと握つて放す事はならぬぞえ。……モシ蜈蚣姫さま、お付合に従いて来て下さいな』 蜈蚣姫『オホヽヽヽ、さう御心配なさらいでも、滅多に船を持つて逃げる様な事はしませぬ……とは請合はれませぬワイ』 高姫『サアそれだから険難だと云ふのだ。わしの天眼通は、お前さまの腹のドン底までチヤーンと見抜いてある。それが分らぬ様な事で、どうして日の出神の生宮が勤まるものか……アヽ仕方がない。貫州、お前御苦労だが、玉の所在を、あの黒ン坊に従いて探して来て呉れ。わしは蜈蚣姫さまの監督をして居るから……アーア油断も隙も有つたものぢやないワイ』 蜈蚣姫『オツホヽヽヽ、よう悪気の廻るお方ですな。お前さまは宝を見ると直にそれだから面白い。恰度、犬コロが三つ四つ一所に集まり、顔を舐めたり、尾を嘗めたりして互に睦まじう平和に遊んで居る、其処へ腐つた肉の一片を投げて与ると、忽ち争闘を始め、親の讐敵に出会うた様に喧嘩をするのと同じ事、お前さまは宝が……まだ本当に有るか無いか知れもせぬ前から、目の色まで変へて騒ぐのだから、本当に見上げた御精神だ。いつかな悪党な蜈蚣姫も腹の底から感服致しました。………スマートボール、お前は貫州さまと一緒に黒ン坊の側へ行つて、万々一玉が有ると云ふ事が分つたら、外の二つの玉は如何でも良いから、金剛不壊の如意宝珠を、非が邪でもひつたくつて来るのだよ。此蜈蚣姫ぢやとて、性来から善人でもないのだから宝の山へ入り乍ら手振りで帰る様な馬鹿ぢやない。今迄の苦労を水の泡にはしともないから、わしも犬コロになつて、力一杯争うて見ませうかい。オツホヽヽヽ』 高姫『一旦お前さまは小糸姫にさへ会へばよい、玉なぞに執着心は無いと、立派に仰有つたぢやないか。それに何ぞや、今となつて子と玉の変換をなさるのかイ』 蜈蚣姫『変説改論の持囃される世の中だから当然さ。……コレ、スマートボール、高姫さまが何程鯱になつても、味方と云へば貫州さま唯一人、あとは残らず蜈蚣姫の幕下計りだ。寡を以て衆に敵する事は到底不可能だ。何程多数党が横暴だと国民が叫んでも、何程少数党が正義だと云つても、矢張多数党が勝利を得る世の中だもの、泰然自若、チツトも騒ぐに及びませぬ。他人の苦労で徳とると云ふ事は恰度此事だ。高姫さま、御苦労乍ら貴女、玉の所在を査べて来て下さいな。同じ大自在天に献上するのだもの、誰が取つても同じ事、それに貴女は私に玉を取らそまいとする其心の底が分らぬ。大自在天様を看板に、ヤツパリ三五教の大神に献上する考へだらう。何程布留那の弁の高姫さまでも、心の中の曲者を隠す事は出来ますまい……あのマア迷惑相なお顔付、オツホヽヽヽ』 とワザと肩を揺り、高姫流の嘲笑振りをして見せる。斯かる所へ二人の黒ン坊、断崖絶壁に手をかけ足をかけ、大勢の前に下り来り、 チャンキー『わしはチヤンキー、も一人はモンキーと云ふシロの島の住人だが、三年前に鬼熊別の御娘小糸姫様を御送り申して、竜宮の一つ島へ渡る途中暴風に出会ひ、船を打割り、辛うじて此島に駆けあがり、生命を助かり、蟹やら貝などを漁つてみじめな生活を続けて来た者ですがどうぞお前さま、吾々二人を船に乗せて連れて帰つて下さいませ』 と手を合して頼み入る。毛は生え放題、髭は延び次第、手も足も垢だらけ、目のみ光らせて居る。二人の姿を間近く眺めた一同は、此言葉を半信半疑の念にかられ乍ら聞いて居る。蜈蚣姫は胸を躍らせ、 蜈蚣姫『ナニ、お前は小糸姫を送つて来て難船したと云ふのか。さうして小糸姫は何処に居りますか』 チャンキー『サア何処に居られますかな。私たちは男の事でもあり、漸く此島にかぢりついたのだが、あまりの驚きで如何なつた事やらトツクリとは覚えて居りませぬ。大方竜宮へでも旅立たれたのでせう』 蜈蚣姫『竜宮と云ふのはオーストラリヤの一つ島の事かい』 モンキー『サア其一つ島へ行く途中に難破したのだから、竜宮違に、乙米姫様の鎮まり玉ふ海底の竜宮へお出でになつたのでせう。本当に綺麗な女王の様な方で、今思ひ出しても自然に目が細くなり、涎が流れますワイ。アヽ惜しい事をしたものだ』 と憮然として語る。蜈蚣姫は今迄張詰めた心もガツタリと、其場に倒れ身震ひし乍ら船底にかぶりつき、忍び泣きに泣き居る。高姫は蜈蚣姫の此悲歎に頓着なく、チヤンキー、モンキー二人の胸倉をグツと取り、 高姫『これ、チヤン、モンとやら、お前は誰に頼まれて玉を隠したのだ。玉能姫か、言依別か、但は此処に居る連中の誰かに頼まれて隠したのだらう。よう考へたものだ。コンナ遠い岩山に埋没して置けば如何にも知れぬ筈ぢや。私も今迄立派な立派なアンボイナ島や、大島や、小豆島を探さうとしたのが感違ひ、アヽ時節は待たねばならぬものだ。サアもう斯うなつた以上は、お前が何と云つて弁解しても白状させねば置かぬ。何程隠しても、斯んな小つぽけな島、小口から岩を叩き割つても、発見するのは容易の業だ。隠しても知れる、隠さいでも知れるのだから、エライ目に遇はされぬうちにトツトと白状したがお前の得だよ』 チヤンキー、モンキーの二人は寝耳に水の此詰問に、何が何やら合点ゆかず頭を掻き乍ら、 チャンキー『今貴女は玉を隠したとか、どうとか仰有いますが、一体何の玉で御座いますか』 高姫『オホヽヽヽ、よう白ばくれたものだなア。それ、お前が玉能姫に頼まれた如意宝珠の玉だよ。それを何処に隠したか、キツパリと白状しなさい』 チャンキー『ソンナ事は一切存じませぬ』 モンキー『玉ナンテ名も聞いたこたアありませぬワイ』 高姫『ヨシヨシ強太い者だ。腹を断ち割つても、今度こそは白状させねば置かぬ。アヽ面倒臭い事だ。妾が自ら査べに行けば後が案じられる。蜈蚣姫さまは……ヘン……吃驚したよな顔をして船底にかぢりつき油断をさせて、此高姫が山へ往つたならば矢庭に船を出し、此島に放つとく積りだらうし、アヽ体が二つ三つ欲しくなつて来たワイ』 蜈蚣姫は漸くにして顔を上げ、 蜈蚣姫『わしも今迄恋しい一人の娘に会ふのを楽みに、心の合はぬ高姫と表面だけは調子を合して来たが、天にも地にも唯一人の娘が此世に居らぬと聞けば、モウ破れかぶれだ。……サア友彦、お前も憎い奴なれど、仮令一年でも私の娘の夫となつた以上は、切つても切れぬ親子の仲、キツト私に加勢をして呉れるだらうな』 友彦『ハイお母さま、よう仰有つて下さいました。貴女の命令なら、高姫の生首を引抜けと仰有つても、引抜いてお目にかけます』 蜈蚣姫『ヤア頼もしや頼もしや、親なればこそ、子なればこそ。何処にドンナ味方が拵へてあるか分つたものぢやない。「ほのぼのと出て行けど、心淋しく思ふなよ。力になる人用意がしてあるぞよ」……と三五教の神様が仰有つたと云ふ事だ。……(声に力入れ)サア高姫、モウ斯うなる以上は化の皮を引ん剥いて婆と婆との力比べだ、尋常に勝負をなされ』 高姫『ヘン、蜈蚣姫さまの、あの噪やぎ様……イヤ狂ひやう。誰だつて一人の娘が死んだと聞けば、自暴自棄も起るであらう。気が狂ふまいものでもない。併し乍ら其処をビクとも致さぬのが神心だ……女丈夫の大精神だ。小糸姫様が海へ沈んで竜宮行をしたと聞いて腰を抜かし、其愁歎振は何ですか。見つともない。此高姫は元来気丈の性質、流石は生宮丈あつて、小糸姫が海の底へ旅立をしたと聞いて、落胆どころか却て愉快な気分に充されました。ナント身魂の研けた者と、研けぬ者との心の持様は違うたものだナ。オホヽヽヽ』 と自暴自棄になつて減らず口を叩く。 蜈蚣姫『人情知らずの悪垂婆の高姫。……サア友彦、親の言ひ付けだ。櫂を持つて来て頭から擲りつけて下さい。一人よりない大事な娘が死んだのを、却て愉快だと言ひよつた。……サア早くスマートボール、久助、高姫を打ちのめし、海の竜宮へやつて下され。チヤンキー、モンキーさま、お前さまも無理難題をかけられて、嘸腹が立たうのう。一寸の虫にも五分の魂だ。チツトは敵討ちをしなさらぬかいな。敵は貫州と唯二人、モウ斯うなれば蜈蚣姫のしたい儘だ。……サア高姫、返答はどうだ』 と追々言葉尻が荒くなる。貫州は両手を拡げ、 貫州『蜈蚣姫さま、御一同さま、マア待つて下さい』 蜈蚣姫『此期に及んで卑怯未練な、待つて呉れも有るものか。お前も讐敵の片割れ、覚悟をしたが宜からう』 貫州『わしだつてコンナ没分暁漢の高姫に殉死するのは真平御免だ。お前さまの方に、貫州も一層の事応援するから、……どうだ、聞き届けて呉れるかな』 蜈蚣姫『お前はメラの滝でチラリと喋つた言葉に考へ合はすと、あまり高姫を信用しとりさうにもないから、赦してやらう。サアどうぢや高姫、舌噛み切つて死ぬるか、此場で海へ身を投げるか、それが厭なら皆の者が寄つて懸つてふん縛り、海へ放り込まうか。最早是までと諦めて、宣伝歌の一つも此世の名残に唱へたがよからうぞ。オツホヽヽヽ』 高姫は悪胴を据ゑ、腕を組み、涙をボロリボロリと零して俯向き沈む。 蜈蚣姫『オホヽヽヽ、高姫さま、嘘ですよ。あまりお前さまが我が強いから、一つ我を折つて上げようと思うて狂言をしたのだから、安心なされませ。天が下に敵もなければ他人もない。私も今迄の蜈蚣姫とは違ひます。玉能姫さまや初稚姫さまを、あれ丈ボロ糞に言つてもチツトも怒らず、親切計りで立て通しなさつた其心に感じ、善一つの真心に立帰つた此蜈蚣姫、どうしてお前さまを苦しめませう、安心して下さい。其代りお前さまも、玉能姫さまや初稚姫其他の方々を鵜の毛の露程でも恨む様な事があつては冥加に尽きまするぞ』 高姫『ヤアそれで高姫もヤツと安心を致しました。併し乍ら初稚姫や玉能姫の悪人計りは、如何しても思ひ切る事が出来ませぬワイ。人我れに辛ければ我れ又人に辛しとやら言つて、年をとつて是れだけ苦労艱難をするのも、みんな初稚姫や玉能姫のなす業、如何に天下の大馬鹿者、無神経者と云つても、此残念が如何して忘れられませうか』 蜈蚣姫『玉能姫様や初稚姫様は、神様の命令を受けて御用遊ばした丈ぢやありませぬか。元からお前さまを困らさうなどと、ソンナ悪い心はなかつたのでせう』 高姫『ソンナ小理屈は言うて下さいますな。例へば主人が下僕に対し藪の竹を一本伐つて来いと命令したと見なさい。竹を伐る時の竹の露は誰にかかりますか。ヤツパリ下僕にかかるぢやありませぬか。竹伐つた奴は玉能姫、初稚姫の両阿魔女だ。怨みが懸らいで何としようぞいの。アヽ口惜しい、残念や、オーンオーンオーン』 と前後を忘れ狼泣きに泣き始めける。 折しも海鳴の音、俄に万雷の一時に轟く如く聞え来り、波は刻々に高まる。一同はチヤンキー、モンキーの後に従ひ、最も高き岩上に避難した。船は纜を千切られ、何処ともなく、浪のまにまに流れて了つた。水量は追々まさり、最早足許まで浸して来る。山岳の様な浪は遠慮会釈もなく、頭の上を掠めて通る。殆ど水中に没したと思へば又現はれ、息も絶え絶えになり、各自覚悟の臍を極めて神言を奏上し、心の隔てはスツカリ除れて、唯生命を如何にして保たむやと是れのみに焦慮し、宣伝歌を泣声まぜりに声を嗄らして唱へ居る。 斯かる所へ波に漂ひつつ艪を操り、甲斐々々しく進み来る一隻の稍大なる船ありき。日は漸く暮れ果て、誰彼の顔も碌に見えなくなり来たり。一隻の船には二三人の神人が乗り居たり。船の中より、 神人『ノアの方舟現はれたり、サア早く乗らせ給へ』 と呼ばはり乍ら足許へ漕ぎ寄せ来る。一同は天にも昇る心地し乍ら、一人も残らず此船目蒐けて、天の祐けと飛び込めば、船は波を押分け悠々として西南指して進み行く。 斯く俄に鳴動し、水量まさり来りしは、南洋のテンカオ島と云ふ巨大なる島が、地辷りの為に海中に沈没した為、一時の現象として斯の如くなりしなりき。水量は追々常態に復しぬ。船は月に照され乍ら海上静かに走り居る。船の中の神人の爽かな声、 玉能姫『妾は玉能姫で御座います。高姫様、蜈蚣姫様、其他御一同様、危ない所で御座いましたが、神様のお蔭で先づ先づ御無事で、コンナ御芽出たい事は御座いませぬ。妾達は神様の御命令に依つて、貴女方が海神島にお着き遊ばす迄御保護申せとの言依別命の御命令で、見えつ隠れつお後を慕つて参りました。アヽ有難い、これで妾の使命も完全に勤まつたと申すもの、マアよう無事で居て下さいました。玉治別も居られます。初稚姫様もここに乗つて居られます』 高姫『是れと云ふのも全く日の出神様の御神徳ぢや。お前さまも其お蔭で言依別命に対して言ひ訳も立ち、完全に御用も勤まつたと云ふもの、コンナ事がなければお前さまが遥々此処まで出て来たのも無意義に終るとこだつた。アヽ神様は誰もつつぼに致さぬと仰有るが偉いものだなア。大神様は平等愛を以て心となし給ふ。お前さまもこれでチツトは我が折れただらう。手柄を横取して自分一人が猫糞をきめこみ、結構な神宝を隠して素知らぬ顔をして御座つたが、是れで神様の大御心が分つたでせう。サア玉の所在を綺麗サツパリと皆の前にさらけ出し、功名手柄を独占しようなぞと云ふ執着心を、此際放かしなさるのが御身の得だぞへ、オホヽヽヽ』 玉能姫、初稚姫は呆れて何の言葉もなく、黙然として俯むき居たり。玉治別は一生懸命に艪を操り乍ら高姫の言葉を聞いて少しくむかついたが、神直日大直日の宣伝歌を思ひ出し、吾と吾心を戒め、さあらぬ態に船唄を唄ひ、汗をタラタラ流し乍ら船を操り居たり。 高姫『コレお節さま、お初さま、お前さまもいい加減にハンナリとしたらどうだい。助けに来るのも、助けられるのも皆神様に使はれて居るのだよ。必ず必ず高姫其他を助けてやつたと慢神心を出してはなりませぬ。ハヤそれが大変な取違だ。九分九厘になつたれば神が助けるぞよと、チヤンと仰有つてる。家島で船を取られた時も、神がお節さまを御用に使ひ、船を持つて来さしました。アンボイナ島でも其通り、今又日の出神のおはからひで結構な御用を指して貰ひなさつた。此処で結構な御用をさして貰ひなさつたのも、ヤツパリ高姫があつたればこそ……一遍々々お前さまは手柄が重なつて結構だが、ウツカリ慢神すると谷底へ落されますぞや。大分に鼻が高うなり出した。チツト捻ぢて上げようか』 と二人の鼻を掴みかからうとする。貫州は其手をグツと握り、 貫州『コレ高姫さま、我が強いと云つても余りぢやないか。側に聞いて居る私でさへも憎らしうて、お前さまを殴りつけたうなつて来た。ようもようも慢神したものだなア、チツト胸に手を当てて考へて見なさい。生命を助けて貰ひ乍ら、又しても又しても減らず口を叩いて、よう口が腫れぬ事だナア』 高姫『貫州、神界の事はお前達の容喙すべき事ぢやない。どんなお仕組がしてあるか分りもせぬのに、出しやばつて囀るものぢやありませぬぞ。バラモン教の蜈蚣姫さまでさへも高姫の言葉に感心して、何とも仰有らぬのに、没分暁漢のお前が何を吐くのだい。お前も大分に鼻が高くなつた。一つ捻つてやらうか』 と稍高い鼻を掴みかかるのを、貫州は力をこめて撥ね飛ばした途端に、高姫はザンブと計り海中に落込みぬ。玉治別は驚いて、矢庭に棹を突き出す。高姫は一生懸命になつて棹に喰ひつき、漸くにして救ひ上げられけり。 高姫『コレ貫州、何と云ふ乱暴な事を致すのだい』 貫州『是れも神界の御都合でせう。肱出神様が肱ではぢかはりましたら、貴女が曲芸を演じてカイツムリとなり、皆の者一同に観覧さして下さいました。本当に抜目のない愛想のよい仁慈無限の高姫さまだと、云はず語らず、皆の者が舌を出して喜び居りましたワイな』 蜈蚣姫『高姫さま、お怪我は御座いませなんだか。お前さまも余りお口がよろしいからナア』 高姫『放つといて下され、口がよからうが悪からうが、妾の口は妾が自由に使用するのだ。お前さま等の改心が足らぬから、此高姫が千座の置戸を負うて此海へ飛び込み鹹い塩水を呑んで罪を贖ひ、助けて上げたのだ。何故一言の御礼を申しなさらぬ。……コレコレ、ムカデにお節、お初殿、分りましたかなア』 玉能姫『ハイ、どうもお元気な事には心の底から感心致しました。その勢なれば強いものです。大丈夫ですワ』 高姫『さうだらう。お前も大分に高姫の心の底が見えかけたよ、大分に身魂が研けたやうだ。モ一つ打解けて玉の所在さへ白状すれば、それこそ立派な者だ。高姫の片腕になれるべき素質は充分にある。モウそろそろ言はねばなるまい。言はねば云ふ様にして言はすぞよと大神様が仰有つた事を覚えて居ますか。誰が何と云つても艮の金神、坤の金神、金勝要神、一番地になるのが日の出神、四魂揃うて、誠の花が咲くお仕組、何程言依別が瑞の御霊でも、玉照姫が木花咲耶姫の分霊でも、玉照彦が三葉彦の再来でも、到底四魂の神には肩を並べる事は出来ますまい。お前さま達は今迄何でも彼んでも、言依別や其他の枝の神の申す事を聞いて居つたから、思ふ様にチツトも往きやせまいがな。四魂の中でも根本の土台の地になる日の出神をさし措いて、何結構な御用が出来るものか、此れを機会に改心が一等で御座るぞや』 と口角泡を飛ばし、誰も返辞もせないのに、独り噪やいで居る。 船中の人々は高姫を気違扱ひして相手にならず、言ひたい儘に放任し置きたりける。 蜈蚣姫は丁寧な言葉にて、 蜈蚣姫『玉能姫様、初稚姫様、玉治別様、アンボイナ島では大変な失礼な事を申上げましたが、どうぞ御赦し下さいませ。就きましては妾の娘小糸姫は魔島の麓で船を破り可哀や溺死を遂げました。夫は今は波斯の国に居りますなり。年老つた妾、夫婦別れ別れになり、一人の娘には先立たれ、最早此世に何の望みも御座いませぬ。どうぞ今迄の御無礼を海へ流して、どうぞ妾を貴方のお供になりと御使ひ下さいますまいか。実に立派な御心掛け、如何な悪に強い妾も感心致しました』 と袖に涙を拭ひ泣き伏す。玉能姫は合掌しながら、 玉能姫『如何致しまして、老練な蜈蚣姫様、どうぞ宜しく、足らはぬ妾の御指導をお願ひ致します。今承はれば小糸姫様は海の藻屑となつたと仰せられましたが、それは御心配なされますな。屹度オーストラリヤの一つ島に立派な女王となつて、羽振りを利かして居られます。妾は素盞嗚尊様の御娘、五十子姫様より小糸姫様の消息を聞きました。今は三五教の教を樹て黄竜姫と名乗つて立派に暮して居られます。やがて芽出たく親子の対面が出来ませう。どうぞ御心配をなさらぬ様、勇んで下さいませ』 蜈蚣姫『アヽ有難い、左様で御座いましたか。是れと云ふのも皆大神様の御神徳……』 と手を合せ、直に天津祝詞を奏上し、感謝の辞に時を移しけり。高姫は投げ出したやうな言葉付きで、 高姫『蜈蚣姫さま、どうでお節の云ふ事、当にやなりますまいが、仮令話にせよ、娘さまに会へると云ふ事をお聞きになつたら嘸嬉しいでせう。妾も虚実は兎も角、言霊の幸はふ国、刹那心でも芽出たいと思はぬこたアありませぬ。併しマア物は当つてみねば分りませぬ。どうも日の出神の観察では怪しいものだが、折角そこまでお前さまが喜びて居るのだから、妾も一緒にお付合に喜びて置きませう』 玉治別は立ち上り、 玉治別『サア向方に見えるのがニユージランドの沓島だ。皆さま少々波が荒くなるから、其覚悟して下さい』 (大正一一・七・三旧閏五・九松村真澄録) 此日午前六時二代様三代様も白山、月山に御登山の途に就かるとの電来たる。
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霊界物語 24_亥_豪州物語1(高姫と蜈蚣姫) 13 治安内教 第一三章治安内教〔七四三〕 大海原に漂へる黄金花咲く竜宮の 一つの島に上陸し厳の都の城門を 潜りて高姫蜈蚣姫黄竜姫に面会し 梅子の姫や宇豆姫の高き功績に舌を巻き 天狗の鼻の高姫は高山彦や黒姫と 諜し合せて玉能姫初稚姫や玉治の 別命は海原を遠く渡りて自転倒の 島に帰りしものとなし俄に船を操りつ 東を指して出でて行く玉治別や玉能姫 初稚姫の一行は厳の都の城門を 後に眺めて竜王山峰を伝うてシトシトと 谷を飛び越え岩間をくぐりネルソン山の山頂に 汗をタラタラ流しつつ炎暑と戦ひやうやうに 息継ぎあへず登り行く折柄吹き来る涼風に 払ひ落した玉の汗厳の都を顧みて 山又山に連なりし雄大無限の絶景を 心行くまでも観賞し各祝詞を奏上し 天津御神や国津神国魂神の大前に 拍手の声も勇ましく竜宮島の宣伝を 無事に済まさせ玉へよと祈る折しも山腹より 俄に湧き来る濃雲に一行十人忽ちに 暗に包まれ足許も碌々見えずなりにける 斯かる所へ黒雲を押し分け来る大蛇の群 焔の舌を吐き乍ら一行目蒐けて攻め来る スマートボールは驚いて闇の中をば駆めぐり ネルソン山の頂上より足踏みはづし万丈の 谷間に忽ち顛落し続いて貫州武公や 久助お民も各自に行方も知れずなりにけり 玉治別や玉能姫初稚姫は手をつなぎ 暗祈黙祷の折柄に忽ち吹き来る大嵐 本島一の高山の尾の上を渡る荒風は 一入強く三人は木の葉の如く中空に 巻きあげられて悲しくも各行方は白雲の 包む谷間に落ちにけり神が表に現はれて 善と悪とを立別ける此世を造りし神直日 心も広き大直日唯何事も人の世は 直日に見直し聞直し世の過ちを宣り直す 三五教の皇神の教に任せし一行は 唯何事も惟神御霊幸はひましませと 心の中に祈りつつ底ひも知れぬ谷底に 生命からがら墜落し谷の木霊を響かせつ 天津祝詞をスラスラと奏上するこそ健気なれ。 ○ 厳の城より舁出され谷間の岩上に墜落し 腰を打ちたる友彦も[※第11章末を参照]神の守りの著く ハツと心を取直しあたりを見れば人影の 無きを幸ひ森林の草を分けつつやうやうに 木の実を喰ひ谷水に喉を潤しネルソンの 山の尾の上に着きにける又もや吹き来る烈風に 友彦の身は煽られて高山数多飛び越えつ ジヤンナの谷間に墜落し前後不覚になりにける あゝ惟神々々御霊幸はひましますか 九死一生の友彦もジヤンナイ教の信徒に 担ぎこまれて照姫の教の館に着きにける。 此島はネルソン山の山脈を以て東西に区劃され、東は黄竜姫が三五教を宣布し、其勢力範囲となつて居た。されどネルソン山以西は住民も少く、猛、毒蛇、大蛇の群無数に棲息して、東半部の人民は此山脈を西に越えた者はなかつた。然るにネルソン山以西にも相当に人類棲息して秘密郷の如くなつて居た。極めて獰猛勇敢なる人種にして、男子は身の丈八九尺、女子と雖も七八尺を下る者はない、巨人の棲息地である。男子も女子も残らず顔面に文身をなし、一見して男女の区別判じ難き位である。木の葉を編みて腰の周囲を蔽ひ、其他全部赤裸にして、赤銅の如き皮膚を有し居れり。 色の黒い顔に青い文身をなし居る事とて、実に何とも云へぬ恐ろしき容貌計りなりき。猛、大蛇の怖れて近寄らざる様との注意より、斯くの如く文身をなしゐるなり。故に此地に美男子と云へば最も獰猛醜悪なる面貌の持主にして、酋長たるべき者は一見して鬼の如くなり。頭部には諸の角を付着し、手には石造りの槍を携へ、旅行する時は少くとも五六人の同伴が無ければ、一歩も外へ出ないと云ふ風習である。住宅は主に山腹に穴を穿ち、芭蕉の如き大なる木の葉を敷き詰めて褥となし、食物は木の実、山の芋、松の実等を以て常食となしゐるなり。山間の地は魚類は実に珍味にして、一生の間に一二回口にするを得ば、実に豪奢の生活と言はるる位なり。谷川に上り来るミースと云ふ五寸許りの魚、時あつて捕獲するのみにして、魚類の姿を見る事は甚だ稀なり。兎、山犬、山猫などを捕獲し、之れを最上の珍味とし居たるなり。 されどジヤンナイ教の教理は、動物の肉を食ふ事を厳禁しあるを以て、若し此禁を破る者は、焦熱地獄に陥るとの信仰を抱き、容易に食ふ事を忌み居れり。一度肉食を犯せし者は、其群より放逐され、谷川の畔に追ひやらるる事となれり。此肉食を犯し追ひ退はれたる者は、ネルソン山の西麓の広き谷間に集まり来り、神に罪を謝する為に酋長の娘照姫を教主と仰ぎ、ジヤンナイ教を樹て、醜穢の罪人計りに対し、謝罪の道を教へ居たりける。肉食せざる者は何れも山の中腹以上に住居を構へ、豊富なる木の実を常食となし、安楽なる月日を送りゐたり。谷底には猛、大蛇、毒蛇多く集まり、実に危険極まる湿地なりけり。 此谷底に照姫を教主とせるジヤンナイ教の本山は建てられ、数多の信徒は朝夕に祈願を凝らしつつあつた。ジヤンナイ教の信条は………我等はアールの神の禁を犯せし罪人なれば、死後は必ず根底の国の苦みを受くる者なれば、神に祈りて罪を謝し、来世の苦を逃るべきもの……と固く信じてゐたるなり。さうして……頓て鼻頭の赤き神、此地に降臨する事あらむ。是れ我等の救世主にして、天より我等の信仰を憐れみ天降し玉ふものなり……と、照姫の教を固く信じ、時の来るを待ちつつありける。さうして鼻赤き生神はオーストラリヤ全島を支配し、霊肉共に、我等を救ふ者との信念を保持して、救世主の降るを旱天の雲霓を望むが如く待ち居たりしなり。 斯かる所へネルソン山上のレコード破りの強風に吹きまくられ、高山の頂きを数多越えて今此ジヤンナの広き谷間に墜落したれば、怪しき人物の降り来れるものかなと、折から来合せたる十数人の男女は、友彦の人事不省となれる肉体を藤蔓を以て編みたる寝台に載せ、ジヤンナイ教の本山に担ぎ込みぬ。数多の信徒は物珍しげに集り来り、水を飲ませ、撫でさすり、手を曲げ、足を動かしなどして、やうやうに蘇生せしめたり。 友彦は此時は既に失心し、血液循環も殆ど休止し、全身蒼白色に変り居たり。照姫の一の弟子と聞えたるチーチヤーボールは、勝れて大の男にして、口は頬の半まで引裂け、鼻は大きく、白目勝の大なる眼の所有者なりき。教主照姫は少しの文身もなさず、比較的色白く、稍赤味を帯びたる美人なりき。ジヤンナイ教の教主たる者は、天然自然の肉体を染めざるを以て教の本旨となし、数多の信者より特別の待遇を受け、尊敬の的とせられ居たるなり。 友彦は漸くにして正気づき、四辺を見れば、何とも知れぬ恐ろしき、男女区別も分らぬ人種の、十重二十重に我周囲を取巻きゐるに驚き、如何はせむと首を傾げ思案に暮れ居たり。顔色は漸く元に復し、身体一面に血色よくなると共に、鼻の先はいやが上にも赤くなり来たりぬ。 チーチヤーボールは大勢に向ひ、 チーチヤーボール『オーレンス、サーチライス』 と云ひける。此意味は『吾々の救世主なり』と云ふ意味なり。一同は腰を屈め、両手を合せ、友彦に向つてしきりに何事か口々に叫び乍ら、落涙しゐる。チーチヤーボールは、 チーチヤーボール『オーレンス、サーチライス』 と繰返し繰返し言ふ。友彦は合点往かねども、此土人等は決して吾を虐待するものにあらず、珍らしげに吾を天降人種と誤信し、感涙に咽ぶものならむと思ひ、日頃の山師気を発揮し、右の手を握り人差指を立て、天を指して、 友彦『ウツポツポー、ウツポツポー』 と二声叫びてみたり。チーチヤーボールを初め一同は其声に応じて、 一同『ウツポツポー、ウツポツポー、オーレンス、サーチライス』 と声を揃へて叫び出しぬ。其声は谷の木霊に響き、向ふ側の谷にも山彦が同じ様に言霊を応酬する。土人は又もや声する方に向つて前の言葉を繰返しける。 友彦は稍安心したるが、此ジヤンナの郷の言語が通じないに聊か当惑を感じたり。されど頓智のよい友彦は……何、却て天降人種は地上の言葉に通ぜざるが一層尊貴の観念を与ふるならむと決心し、 友彦『アオウエイ、カコクケキ、サソスセシ、……』 と五十音を繰返し繰返し唱へ出したり。老若男女一同は友彦の言葉に従いて『アオウエイ』と異口同音に唱へ出す。友彦は漸く空腹を感じ、 友彦『我れに食を与へよ』 と云ふ。されど郷人の耳には一人として了解するものなく、呆然として友彦の顔を心配げに打眺めてゐたり。友彦は自分の口を右の手で押へてみするに、一同は同じく自分の手で各自の口を抑へゐる。友彦は、 友彦『何か食ふ物があれば持つて来いツ』 と云ふ。又一同は、 一同『何か食ふ物があれば持つて来いツ』 と妙な訛で叫ぶ。 此時大勢の声の尋常ならぬに不審を起し、二三の侍女を伴ひ現はれ来りしは、ジヤンナイ教主テールス姫(照姫)なりき。友彦の顔を見るより忽ち堪へ切れぬ様な笑を含み、友彦の手を握りぬ。友彦は鬼の様な人間の群の中にも、斯かる麗はしき女性のあるかと驚き乍ら、彼女がなす儘に任せ居たり。テールス姫は侍女に何事か命令したるに、三人の侍女は左右の手を執り、一人は腰を押し、テールス姫は先に立ち、穴居民族に似ず、蔦葛を以て縛りつけたる木造の広き家に導きける。友彦は意気揚々として、天下の色男気取りになりて、奥の間深く導かれ行く。 奥の間には立派な斎殿が設けられてあり、名も知れぬ麗はしき果物、小山の如く積み重ね供へられありぬ。テールス姫は其中の紅色の果物を一つ取出し、侍女に命じ、石の包丁を以て二つに割らしめ、さうして一つは自分が食ひ、一つは友彦に食へと、仕方をして見せたり。友彦は喜び空腹の事とて、かぶり付く様に瞬く間に平げにける。これはコーズと云ふ果物の実で、此郷に唯一本より無き大切なる樹の果物なりき。二年目或は三年目に僅かに一つ二つ実る位のものにして、此コーズの実の稔りたる年は必ず此郷に芽出度き事ありと伝へられ居たり。そしてテールス姫が二つに割つて友彦に食はしたるは、要するに結婚の儀式なりけり。数多の男女は雪崩の如く追々此家に集まり来り「ウローウロー」と嬉しさうに叫び、手を拍ち躍り狂ひゐる。是れは救世主の降臨を祝しテールス姫の結婚を喜ぶ声なりけり。 テールス姫は救世主の降臨と夫婦結婚の盛典を祝する為に立つて歌ひ初めたり。その歌、 テールス姫『オーレンス、サーチライスウツポツポ、ウツポツポ テールスナイス、テーナイステーリスネース、テーネース ウツパツパ、ウツパツパパークパーク、ホースホース、エーリンス カーチライト、トーマースタリヤタラーリヤ、トータラリ タラリータラリー、リートーリートー、ユーカシンジヤン、ジヤンジヤ、ベース ヘース、ヘースク、ツーターリンスイーリクイーリク、イーエンス ジヤイロパーリストポーポー、パーリスク ターウーインス、エーリツクチヤーリンスク、パーパー』 と唄ひける。友彦は何の事だか合点行かず、されど決して悪い事ではない、祝の言葉だと心に思ひぬ。此意味を総括して言へば、 『天来の救世主現はれ玉ひ、人間としても実に立派な英雄豪傑なり。吾れは此郷の信仰の中心人物、さうして実に女として恥かしからぬ准救世主である。汝が降り来るを首を長くして神に祈り待つて居りました。最早此谷間の郷は如何なる大蛇が来ても猛が来ても、如何なる悪魔でも、決して恐るるに足りない。私は立派な夫を持ち此上の喜びはない。暗夜に灯火を点じたやうな心持になつて来た。今日の老若男女は誰彼も貴方の御降臨を見て、手の舞ひ足の踏む所を知らず喜んでゐます。どうぞ千年も万年も此郷に御鎮まり下さいまして、末永く夫婦の契を結び、此郷の救ひ主となつて人民を守つて下さい。アヽ有難い、嬉しい。天の岩戸が開けた様な……否全く岩戸が開けました。我々一同は是より安心して月日を送ります。お前の鼻の頭の赤いのが日の神の国から御降りなされた証拠だ。どうぞ末永く妾を初め一同の者を可愛がつて下さい』 と云ふ意味の感謝の辞なりけり。友彦は返答せずには居られないと、負けぬ気腰になりて……天降人種気取りで分らぬ事を言つてやる方が却て有難がるだらう、土人の言語も知らずに、憖ひに真似をして却て軽蔑さるるも不利益だ……と心に思ひ定め、さも応揚な態度で、 友彦『……アーメンス、ヨーリンスフーララリンス、サーチライス スーツクスーツク、ダーインコーウンスカーブーランス、ネーギーネーブーカー ナーハーネース、エンモース水菜に嫁菜に蒲公英セーリンス ナヅナ、ヤーマンス、ノンインモードンジヨー、ウナーギー、フーナモロコ、 コーイ、ナマヅ、タコドービンヒツサゲタ、ナイス、ネース、ローマンス、 ホートーホートー、ローレンスピーツク、ピーツク、ヒーバーリース』 と唄ひ済まし込み居たり。一同は何の事だか訳が分らぬ。されど天より降りし救世主の言葉と有難がり、随喜の涙を零し居たりける。 此時又もや十数人の土人に担がれて、此場へ来たりしは玉治別なりき。玉治別は友彦が言葉を半分ばかり聞いて可笑しさに吹き出し「プーツプーツ」と唾を飛ばしける。一同は同じく「プーツプーツ」と言つて友彦目蒐けて唾液を吹つ掛ける。友彦は唾液の夕立に会うた様になつて、 友彦『誰かと思へば玉治別さま、あまりぢやないか、馬鹿にしなさるな』 玉治別『オイ友彦さま、随分好遇たものだなア。コンナナイスを女房に持ち、無鳥郷の蝙蝠で暮して居れば、マア無事だらうよ』 友彦『玉治別さま、チツト気を利かして下さいな。折角ここの大将が此赤い鼻に惚れて、コンナ面白い夢を見て居るのに、しようもない事を言うて下さると、サツパリ化けが現はれるぢやないか』 玉治別『ナアニ、言語の通じない所だ。何を言つたつて構ふものか。わしも一つ言霊をやつて見ようかな』 友彦『やるのも宜しいが、なまかぢりに此郷の言葉を使つちや可けませぬよ』 玉治別『ソンナこたア玉さま百も承知だ。笑つちや可けないよ』 友彦『ナニ笑ふものかい、やつて見玉へ。わしは最早此郷の御大将だから、あまり心安さうに言つて呉れては困るよ。第一お前の態度から直して、わしの家来の様な風をして見せて呉れよ』 玉治別は、 玉治別『ヨシ面白い』 と言ひ乍ら言語の通ぜざるを幸ひ、 玉治別『ジヤンナの郷人よ、玉治別が今申す事をよつく聞けよ。此友彦と云ふ男はメソポタミヤの顕恩郷に於て、バラモン教の副棟梁鬼熊別が娘小糸姫(十五才)を巧言を以てチヨロまかし……』 友彦『コレコレ玉さま、あまりぢやないか』 玉治別『何でも好いぢやないか。分らぬ事だから、マア黙つて聞かうよ……それから錫蘭の島へ随徳寺をきめ込み、一年ばかり暮して居たが、赤鼻の出歯の鰐口に、流石の小糸姫も愛想をつかし、黒ン坊のチヤンキー、モンキーを雇ひ、船に乗つて一つ島まで逃げて来た。……話が元へ戻つて友彦と云ふ奴、浪速の里に於て三百両の詐欺を致し、次に淡路の洲本の酋長東助が不在を窺ひ、女房の前に偽神懸[※三版・御校正本・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑」。]を致し、陰謀忽ち露見して雪隠の穴より逃げ出し……』 友彦『コラコラ好い加減に止めて呉れぬかい。あまりぢやないか』 玉治別『ナアニ、構ふ事があるものか。あれを見よ。有難がつて涙を流して聞いてるぢやないか。………マダマダ奥はありますけれど、先づ今晩は是れにて止めをき、又明晩ゆーるゆるとお聞きに達しまする。皆さま、吶弁の吾々が此物語、よくも神妙にお聞き下さいました。併し乍ら用心なさらぬと、此友彦は険難ですよ。……テールス姫さま、此奴は女子惚けの後家盗人、グヅグヅしてると、そこらの侍女を皆チヨロまかし、あなたに蛸の揚壺を喰はす事は火を睹るより明かですよ。アツハヽヽヽ』 と大口を開けて笑ひ転ける。友彦は仕方がなしに自分もワザと笑ひゐる。チーチヤーボールは此場にヌツと現はれ………「神様が大変な御機嫌だ。併し今お出でになつた神は余程立派な方だが、併し家来に違ない。其証拠には鼻の先がチツトも赤くない。さうして余り口が小さすぎる」……と稍下目に見下し、友彦と同じ座に着いて居る玉治別の手を取つて、一段下の席に導き、 チーチヤーボール『ウツポツポウツポツポ、サーチライス、シーリスシーリス』 と合掌する。他の者も一同に、 一同『シーリスシーリス』 と云ふ。これは「救世主のお脇立……御家来」と云ふ意味なり。玉治別は其意を悟り、 玉治別『オイ友、馬鹿にしよるな。俺を眷属だと言ひよつて、貴様それで大将面して居つて気分が良いのか』 友彦『何だか奥歯に物がこまつた様な気もするし、尻に糞を挟んどる様な心持もするのだ、マアここはお前も辛抱して家来になつて呉れ』 玉治別は嘲弄半分に、 玉治別『オイ友、其方は俺の一段下につけ。貴様は天来の救世主と、鼻の赤いお蔭で信ぜられてるのだから、俺が上へ上つた処で貴様が下だとは思ひはせまい。さうしたら、貴様の位は落ちず、俺はモ一つ上の神様と信じられて、面白い芝居が出来るから、一遍俺の方を向いて拝みて見よ』 友彦『さうだと云つて、まさかテールス姫の前で、ソンナ不態の事が出来るものか。そこはチツト忍耐して呉れぬと困るよ』 玉治別『それならそれでよし、俺には考へがある。貴様の旧悪を此郷の言葉で素破抜いてやらうか』 友彦『ヘン、偉さうに言ふない。此郷の言葉がさう急に分るものか。何なと言へ、分りつこないワ』 玉治別『ヨシ、俺は今神様から言葉を習つたのだ……オーレンス、サーチライス、ウツポツポウツポツポ、イーエスイーエス、エツポツポエツポツポ、エツパツパ……』 友彦はあわてて、 友彦『コラコラ、しようもない事を言うて呉れるない。何時の間に覚えよつたのだらう。モウ此上は治安妨害だから、弁士中止を命じます』 玉治別『とうとう弱りよつたなア。サア俺に合掌するのだ。下座に坐れ』 友彦はモヂモヂし乍ら、尻に糞を挟んだ様な調子で、青い顔して佇み居る。テールス姫は何と思つたか、友彦の手を取り、柴で造つた押戸を開け、奥の間へ姿を隠しける。 玉治別『エー到頭養子になりよつたなア。淡路島で養子になり損つて面を曝されよつたが、熱心と云ふものは偉いものだナア。到頭鼻赤のお蔭でコンナ所へ来依つて、怪態の悪い、テールス姫と手に手を取つて済ましこみて這入りよつた。併し乍ら彼奴も可憐相だ。モウこれぎりで嘲弄ふ事は止めてやらう』 チーチヤーボールは玉治別の前に来て、 チーチヤーボール『オーレンス、サーチライス、シーリスシーリス』 と云ひ乍ら、手を取つて次の間に導き、果物の酒を注いで玉治別に進めける。玉治別は右の手を高く差し上げ、 玉治別『アマアマ』 と云ひつつ太陽を指し示したり。ここは次の第三番目の間で、屋根は無く、唯石盤の様な石が奇麗に敷き詰めてある露天の座敷なり。鬱蒼たる樹木が天然の屋根をなし居たり。チーチヤーボールは此樹上に登れと命じたと早合点し、猿の如く樹上に駆け登り、テールス姫が寵愛の取つときのコーズの実の二つ計り残つて居るのを、一つむしり懐に捻こみたり。懐と云つても、粗い粗い蔓で編みし形ばかりの着物なり。コーズは着物の目を抜けてバサリと落ちたる途端に、玉治別の面部にポカンと当りぬ。玉治別は「アツ」と叫んで俯向けに倒れ、鼻を健か打ち、涙をこぼし気張り居る。チーチヤーボールは驚いて樹上を下り来り、玉治別の前に犬突這となりて無礼を拝謝するものの如く、 チーチヤーボール『ワークワーク、ユーリンスユーリンス』 と泣声になり合掌し居たり。暫くして玉治別は顔をあげたるに、鼻は少しく腫あがり、友彦以上の赤鼻と急変したり。チーチヤーボールは驚いて飛びあがり、 チーチヤーボール『ウツポツポウツポツポ、オーレンス、サーチライス、アーリンスアーリンス』 と叫び出しぬ。其意味は、 『今テールス姫の夫となつた救世主より一層立派な救世主だ。縁談を結ぶ時に用ふる果実が当つて、斯の如き立派な鼻になつたのは、全く神様の思召であらう』 と無理無体に玉治別の手を取つてテールス姫の居間へ迎へ入れたり。見れば友彦は立派なる冠を着せられ、蔓で編みたる衣服を着流し、木の葉の褌を締め、傲然と構へ居たり。側にテールス姫はジヤンナイ教の神文を、 テールス姫『タータータラリ、タータラリ、トータラリ、リートーリートートータラリ』 と唱へ居る。神文が終るを待つて、チーチヤーボールはテールス姫に向ひ、 チーチヤーボール『オーレンス、サーチライス、アーリンスアーリンス』 と言葉をかけたり。此声にテールス姫は後振り向き、玉治別の赤い鼻を見て打驚き……「アヽ今日は何たる立派なる神様がお出で遊ばす日だらう。それにしても後からお降りになつた神様の方が余程立派だワ。同じ夫に持つのなら立派な方を持たなくては、神様に申訳がない。少しく口は小さいなり、身長は低いけれど、何とはなしに虫の好く御方だ」……と穴のあく程、玉治別の顔に見惚れ、心の中にさげ比べをなし居たりけり。 玉治別『オイ友、どうだ、俺の鼻を見い、貴様は余程此処へ来て鼻高になりよつたが、俺は正真正銘の鼻赤だ。貴様の赤さは……実の所を云へば……安物の染料で染めた様に大変色が薄くなつて居るぞ。俺の鼻はまるで赤林檎の肌の様だ。サア鼻比べをしようかい。赤いハナには目が付くと云つて、子供でさへも喜ぶんだぞ。俺の鼻の色が百点とすれば、貴様の鼻はマア四十点スウスウだ。今にテールス姫さまが審神をして下さるから、マア楽んで居たがよからう。キツト団扇は俺の方へあがるこたア、請合の西瓜だ。中までマツカイケだ……たーかい、やーまかーら、谷底見ればなア、うーりやなあすびイイの、ハナ、あかいな、アラどんどんどん、コラどんどんどん、……どんどんでテールス姫の花婿さまは、玉治別に九分九厘定つて居るワ。それだから、此鬼の様な立派な面をして、チーチヤーボールさんとやらが貴様が結婚したにも拘はらず、俺を導いて此室へ連て来て呉れたのだ。エツヘン』 と鼻の先に握拳を二つ重ねて、キリキリツと二三遍廻つて見せたりける。 友彦『洒落も良い加減にして置かぬかい。何程美しうても、塗つた鼻は直剥げて了ふぞ。此暑い国に汗を一二度かいて見よ。忽ち化が現はれるワ。俺の鼻は生れつき、地の底から生えぬきの赤鼻だ。ヘン、自転倒島や其他では……鼻赤々々……と馬鹿にしられて、あちらの女にも此方の女にも鼻あかされて来たが、どんなものだい。貴様の鼻はたつた今化が露はれて、お払ひ箱に会ふのだ』 玉治別『馬鹿言へ、ナンボ拭いても拭いても、落ちぬのだ。俺は俄に天の神様が御降臨遊ばして御憑りなさつた、コノハナ赤や姫の御化身だぞ。貴様があまり詐欺や泥棒して、行く所が無くなり、又斯様な所で温情しい土人をチヨロまかさうと致すから、天の大神様が、可憐相だから、本当のコノハナ赤や姫は玉治別だと云ふ事を証明する為に、此通り赤くして下さつたのだ。嘘と思ふなら貴様来て一寸拭いて見よ。中まで真赤けだ』 友彦『ソンナ真赤な嘘を言ふものぢやない』 玉治別はヌツと腮を突出し、舌を出し、 玉治別『アヽさうでオマツカ、ハナハナ以て赤恥をかかし済みませぬなア』 テールス姫はツト立ち、玉治別の左の手を自分の右手でグツと握り、二三遍揺つた上今度は手を離し左の手で玉治別の右の手を握り、右の頬を玉治別の右の頬に擦りつけ、恋慕の情を十二分に示した。充分尊敬の極、愛慕の極に達した時は、相手の左の手を自分の右の手に握るのが方式である。さうして頬をすりつけるのは、最も気に入つたと云ふ表証であつた。友彦は劫を煮やし、ツカツカと此場に進み寄り、テールス姫の右の手を鷲掴みにグツと握り、二つ三つ横にしやくつた。姫は顔をしかめて、腰を屈め、そこに平太らうとした。玉治別も友彦も、期せずして握つた手を放した。友彦は自分の頬をテールス姫の頬に当てようと身に寄り添うた。テールス姫は、 テールス姫『イーエス』 と云ひ乍ら、力限りに友彦を突き飛ばした。友彦はヨロヨロとよろめき、ドスンと尻餅を搗き、マ一つひつくり覆つて、居室の柱に厭と云ふ程後頭部を打つけ、「キヤツ」と云つて其場にフン伸びて了つた。玉治別、テールス姫、チーチヤーボールは驚いて、水を汲み来り、頭から何杯も何杯も誕生の釈迦の様に、目、鼻、口の区別もなく注ぎ掛けた。友彦は「ウン、ブー、ブルブルブル」と息を吹いた拍子に、鼻汁を垂らし、鼻から薄い毬の様な玉が三つ四つ、串団子の様に吹き出した。テールス姫は顔を背向けて俯ぶいて了つた。 そろそろ玉治別の赤い鼻は血がヨドンだと見え、紫色になり、終局には真黒けになつて了つた。されど玉治別はヤツパリ鮮紅色の鼻の持主だと信じて居た。友彦は玉治別の鼻の色の変つたのにヤツと安心し、テールス姫の手をグツと握り、左の手で玉治別の鼻を指し示した。テールス姫は怪訝な顔して玉治別を眺めて居る。玉治別はモ一つ悪戯つてやらうと、ツカツカと前に進み、テールス姫の手をグツと握り、頬を当てようとした。テールス姫は、 テールス姫『イーエスイーエス』 と云ひつつ力に任せて、玉治別をドツと押した。玉治別は後の低い段々を押されて、友彦同様タヂタヂと逡巡ぎ乍ら、一の字に長くなつて倒れた。友彦は手を拍つて、 友彦『アツハヽヽヽ』 チーチヤーボール『エツポツポエツポツポ、エツパーエツパー、イーエスイーエス』 と云ひ乍ら、玉治別を引起し、次の間に押出して行く。 (大正一一・七・五旧閏五・一一松村真澄録)
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霊界物語 24_亥_豪州物語1(高姫と蜈蚣姫) 14 タールス教 第一四章タールス教〔七四四〕 玉治別は合点ゆかず、次の間に押出され天然の岩の鏡に向つて吾鼻を調べて見たるに、鼻は不細工に膨れ上り、熟した紫葡萄の様な色になり居たりける。 玉治別『ヤア、是で読めた。真黒ケの此鼻では、テールス姫さまも……エツパエツパ……と仰有つた筈だ。イーエスイーエス……と仰有るのも尤もだ。エヽ残念な……どうぞして此鼻が元の通りになれば、も一つ揶揄つて友彦の慢心せぬ様に戒めてやるのだが、神様も聞えませぬワイ。到頭残念乍ら大失敗かな。それは如何でも宜いが、数多の土人が折角尊敬して呉れて居たのに如何して此面が向けられよう……アヽ天教山に在します木花咲耶姫命様、何卒此花の黒いのをお癒し下さいませ。惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世。はなは桜木、人は武士、名を後の世に穢さぬ様に、木花咲耶姫さま何卒々々神直日大直日に見直し聞直し、何卒此玉治別に暫時の間、赤いはなを持たせて下さいませ』 と一心に念じた。不思議や葡萄の様な鼻の色はサツと除れ、一層麗しき鮮紅色の鼻となつて仕舞つた。 玉治別『神様、早速お聞き届け下さいまして有難う御座います。併し乍ら、もう友彦の膏は取りませぬ。之から私は此処を立去つて西へ西へと進み、次の部落を宣伝します』 と言ひ乍ら、次の間へ悠々と下つて来た。チーチヤーボールは又もや此姿を見て打驚き、 チーチヤーボール『ボースボース、チユーチチユーチ、チーリスタン、ポーリンス、テークテーク、オツポツポオツポツポ』 と言ひ乍ら恐相に後退りする。此意味は、 『此人は神か悪魔か、訳の分らぬ大化物だ。迂濶して居ると如何な神罰が当るか知れぬ……皆の者、用心せい。さうして皆々、お詫をせい』 と言ふ事である。一同はチーチヤーボールの言葉に頭を大地につけ、 一同『プースープースー』 と声を揃へて謝つて居る。「プースー」と言ふ事は「お許し」と言ふ事である。玉治別は口から出放題に、 玉治別『トーリンボーストーリンボース』 と言つた。誰も彼も此声に頭を下に足を上にノタノタと歩き出した。中心を失つて何れも是もバタバタと前後左右に倒れて仕舞つた。 玉治別『クース、リヤー、ポール、ストン』 と出放題を言つて見た。此言葉は、 『皆さま許して上げますから御安心なさい』 と言ふ意味に惟神的になつて居たのである。一同は声を揃へて「ウワーウワー」と言ひ乍ら玉治別を胴上げし「エツサーエツサー」と声を揃へて一里ばかり山道を送り、谷一つ向ふへ風の神でも送る様にして送りつけ、一生懸命に鬨を作つて逃げ帰り行く。玉治別は後見送つて、 玉治別『何だ、薩張り訳が分らぬ。まるで疱瘡神でも送る様にしやがつた。余程俺が恐かつたと見えるワイ、アハヽヽヽ。……時に玉能姫様、初稚姫様は何方へお行きなされたらう。洒落どころの話ぢやない。一時も早く御所在を探さねば申訳が無い』 と思案に暮れて両手を組み俯向いて居る。其処へガサガサと足音をさせ乍ら近寄り来るものがある。見れば大なる白狐であつた。玉治別は白狐に向ひ、 玉治別『やア貴方は鬼武彦様の御眷属月日明神様、ようこそ御いで下さいました。初稚姫様、玉能姫様の所在をお知らせ下さいませ』 白狐は無言のまま、打頷き尾を二三遍左右に掉り、ノソノソと歩み出した。玉治別は白狐の後に従ひ、樹木茂れる山林の中を右に左に小柴を分け乍ら、大蛇の背を踏み越え或は跨げ、二三里ばかり西北指して随いて行く。谷の底に幽に聞ゆる天津祝詞の声、耳を澄まして聞いて見れば確に初稚姫、玉能姫の声の様であつた。念の為めと再び目を塞いで声の所在を確めた上、目を開けば白狐の姿は影も形もなくなり居たりけり。 玉治別は谷底の声をしるべに草を掻き分け下つて行く。不思議や今迄聞えた声はピタリと止まり、谷川の岩に打かかる水音のみ囂々と聞え、雪の如き飛沫を飛ばして居るのみで、人の影らしきもの少しも見当たらない。谷川の上流下流を声を限りに、 玉治別『玉能姫様、初稚姫様』 と呼ばはりつつ捜索すれども何の応答もなく、谷川の水音に加へて猛の唸り声、刻々に烈しく聞えて来る。谷川の彼方を見れば蜿蜒たる大蛇、鎌首を立て三四尺もあらむと思はるる舌をペロペロと出し、玉治別を睨みつけて居る。 玉治別『ヤア、大変な太い奴だ。確に此処にお二人の声がして居た筈だが、大方大蛇の奴、呑んで仕舞ひやがつたのだらう。アヽ残念な事をした。友彦等を面白半分揶揄つて居た天罰で遅くなつたか。も一歩早かりせば、お二人をヤミヤミと蛇腹に葬るのではなかつたのに、三五教の御教には……油断は大敵、一寸の間も油断を致すな、改心の上にも改心を致して、一呼吸の間も神を忘れな、慢心は大怪我の基だ……と戒められてある。我々も日々口癖の様に世人に向つて……慢心をすな、改心をせよ……と言つて宣伝に廻つたが、遂には無意識的に蓄音機の様に出る様になつて、言葉ばかり立派で魂が脱けて居つた。それだからコンナ失敗を演じたのだ。エヽ憎き大蛇の奴、……否々決して大蛇が悪いのではない。彼奴は所在生物を呑むのが商売だ、生物を呑んで天寿を保つ代物だから大蛇を怨めるのは我々の見当違ひ、玉能姫様、初稚姫様も矢張り注意が足らなかつたのだ。みすみす二人を呑んだ大蛇を前に見ながら敵を討たずに帰らねばならぬのか。最早大蛇を殺して、無念を晴らして見た処が、お二人の生命が助かると言ふ訳でもなし、要らざる殺生をするよりも此実地教訓を玉治別が胸に畳み込み、之から粉骨砕身、生命を的に三人分の活動をして見よう。さうすればお二人の心を慰むる事が出来るであらう』 と独語ちつつ谷の傍に立つて両手を合せ天津祝詞を奏上し、大蛇に向つて鎮魂を施し、 玉治別『一時も早く………大本皇大神様、大蛇の罪を御宥し下さいまして、早く人間界へ生れさしてやつて下さいませ』 と涙と共に祈願を凝らす。大蛇は両眼より涙をポロポロと流し、玉治別に向つて頭を下げ感謝の意を表し乍ら、悠々として嶮しき岩山を上り、遂に其長大なる姿を隠しけり。 俄に後の方に当つて数多の足音が聞えて来た。玉治別は不図振り返り見れば、猩々の群の数十匹、中には赤児を抱き乳を含ませ乍ら、玉治別の前に向つて進み来る。玉治別は一生懸命に天津祝詞を奏上した。猩々の群は各々跪き、両手を合せ「キヤアキヤア」と言ひ乍ら、感謝するものの如くであつた。猩々の中より最も勝れて大なるもの現はれ来り玉治別の前に手をつき乍ら頭を下げ、背に無理に負ひ乍ら、嶮しき道を矢を射る如くに登り行く。数多の猩々は玉治別の負はれたる後より従ひ来る。此時、山岳も崩るるばかりの大音響聞え、周囲三四丈ばかり、長さ五六十間もあらむと思ふ太刀肌の大蛇、尻尾に鋭利なる剣を光らせ乍ら、玉治別が端坐し居たりし谷川を一瀉千里の勢にて囂々と音させ乍ら、ネルソン山の方に向つて進み行く。若し猩々の助けなかりせば、玉治別の生命は如何なりしか殆ど計り知れざる破目に陥つたであらう。 猩々は玉治別を背に負ひ、谷を幾つとなく飛び越え、或高山の山腹の稍平坦なる地点に導きドツカと下した。玉治別は猩々に向ひ、 玉治別『アヽ何れの神様の化身か存じませぬが、危き処をよくもお助け下さいました。お礼には天津祝詞を奏上致しませう』 と猩々の群に向つて、宣伝歌を歌ひ祝詞を奏上し、指頭より霊光を発射した。さしも多数の猩々は忽ち霊光に照され、烟の如く消えて仕舞つた。一塊の白煙は其処より立昇るよと見る間に、美しき一人の女神、ニコニコし乍ら玉治別の前に近より来り、両手をつかへ、 女神『妾は猩々の精で御座います。折角人間の姿に生れ乍ら斯様な浅間しき言葉も通ぜぬと生れ、身の不幸を嘆いて居りました。然るに有難き尊き天津祝詞の声を聞かして頂き、我々は之にて人間に生れ変り、天下国家の為めに大活動を致します。さうして貴方の御探ね遊ばす初稚姫様、玉能姫様は御無事でいらつしやいます、御心配なさいますな。軈てお会ひになる時があるでせう。此先如何なる事が厶いませうとも、必ず御心配下さいますな』 と言ふかと見れば、姿は消えて白煙も次第々々に薄れゆき、遂には影も形も見えなくなつた。 玉治別は一生懸命に祝詞を奏上して居た。後の方の森林より忽ち現はれ出でたる十四五人の文身した大の男、玉治別の姿を見るなり、 男『ウツポツポウツポツポ、ホーレンス、サーチライス』 と言ひ乍ら両手を合せて拝み倒す。玉治別は心の中にて、 玉治別『……ハヽア又……サーチライス………だな。俺の鼻が赤くなつたので、友彦の二代目にして呉れるのかな。然し如何な別嬪が居つても、俺には国依別の妹のお勝と言ふ立派な女房が国許に待つて居るのだから、そんな巫山戯た真似は出来ないし、有難迷惑だ。然し大将は女ばかりに限らない。ひよつとしたら此棟梁は男かも知れない、さうすれば大変に都合が好いがな………』 と呟き乍ら、 玉治別『我こそは天教山に在します、神伊弉諾大神の珍の御子木花姫命であるぞ』 と赤い鼻を指で抑へて見せた。一同は「ウワーウワー」と言ひ乍ら、玉治別を手に乗せる様に大切にし乍ら、土も踏まさず丁寧に身体を持ち上げ、傍の岩の戸をパツと開いて蟻が蚯蚓を引込む様な調子で奥深く連れて行く。二三丁ばかり隧道を担がれ、パツと俄に明るくなつたと思へば、大きなあかり採りが出来て居る。それより奥に担がれ、又もや四五丁ばかり進んだと思うた処へ一同は声を揃へて、 一同『ウツポツポ、ジヤンジヤヒエール、ウツパツパ』 と言ひ乍ら恭しく稍広き場所に玉治別を下し、チルテルと言ふ其中での大将らしき男、玉治別の手を握り、傍の岩の戸を押し奥に連れ込んだ。思ひの外広い岩窟であり、芭蕉の葉の七八倍もある様な大きな葉が、鱗形に厚く敷き詰めてあつた。木の葉の青く枯れた香りは何とも言へぬ気分が漂うて居る。 斯かる処へ、髪の毛を漆の如く黒く塗つた三十恰好の大の男、文身もせず男振りの良い比較的色の白い、何とはなしに高尚な風姿にて、ニコニコし乍ら玉治別の前に出で来り、丁寧に両手をつき、 男『ホーレンス、サーチライス、ウツタツタウツタツタ、カーリスカーリス』 と言ひ乍ら、忽ち玉治別の手を握り頻りに揺つた。玉治別はニコニコしながら、右の拳を握り、人差指をツンと立て、天井の方をチユウチユウと二三回指さして見せた。さうして、 玉治別『アーマアーマ、タラリータラリー、トータラリトータラリ、リートリート、ジヤンジヤヒエール、オノコロジマ、玉治別、神司』 と言つた、其男はタールス教の教主であつて、名をタールスと言ふ。タールスは、 タールス『ホーレンス、タールス、チツクチツク、アツパツパ、テーリステーリス』 と挨拶する。此意味は、 『吾等の救世主、よくまア、お越し下さいました。只今より貴方を救世主と仰ぎ、誠を捧げてお仕へ致します。何卒長らく此処にお鎮まり下さいませ』 といふ事であつた。玉治別は、 玉治別『テーリステーリス』 と半ば歪みなりの此処の語を使つた。その意味は、 『何事も惟神に任してお世話になります』 といふ事なり。タールスは尊敬至らざるなく、玉治別を最も奥深き最上等の室に導き、珍らしき果物を出して饗応し、生神の降臨と心の底より感謝して居た。ネルソン山以西の住民は昔より、救世主、天より降り給ひ、万民を霊肉ともに救ひ給ふと言ふ事を堅く信じて居た。こはジヤンナの郷でも同様である。此処はアンナヒエールと言ふ里であつた。 此時玉能姫、初稚姫は宣伝歌を歌ひ乍ら、アンナヒエールの里に進んで来た。チルテル以下数十名の里人は、果樹の実を採らんとてアンナの大樹の下に集まつて居た。其処へ二人の美人現はれ来れるを見てチルテルは真先に進み出で、二人の前に目礼し乍ら、 チルテル『アツタツタ、ネースネース』 と言ひ乍ら玉能姫の手を執らむとした。玉能姫は驚いて強く振り放した。チルテルは、 チルテル『エーパツパ、エーネースエーネース』 と言ひ乍ら、顔面怒気を含んで大勢に目配せするや、寄つて集つて二人を手籠めになしタールスの岩窟内に運び込みぬ。 (是から分りやすき様に日本語にて物語る) チルテル『汝は何処の女だ。此処を何と心得て居る。竜宮の一つ島でも最も獰猛な人種にして、他郷の者は一人として、恐れ戦き此地を踏んだものはない。然るに図々しくも女の分際として、此里に断りもなく進み来るこそ不届き至極の女ども、此チルテルは斯う見えても血も涙もある男だ。何とかして助けてやり度いと思ひ親切に手を執れば素気なくも振り放し敵意を表する横道者、さアもう斯うなる上は此方の自由自在だ。煮いて喰はうと焼いて喰はうと此方の儘だ』 と、鬼の様な顔に真黒気に文身した奴、前後左右より取囲む。 玉能姫『ホヽヽヽヽ、僅かに二人の繊弱き女を、大きな男が数十人、寄つて集つて蟻が蝉の死骸でも穴へ引込む様に「エツサエツサ」と担ぎ込み、御親切によう言つて下さいました。吾々は天教山に現はれ給ふ花赤神の一の眷属、玉能姫、初稚姫と言ふ生神で御座るぞや。取違ひ致すと量見ならぬぞ』 と目をキリリツと釣り上げたり。 チルテル『花赤神の眷属とは真赤な偽りだらう。よし、そんな偽りを申すと今に化の皮を剥いてやるぞ。花赤の神様はタールス教の教主様と今奥にてお話の最中だ。一度お目に懸け様ものなら、忽ち汝の化が露顕れるだらう。左様な偽りを申すよりも、今日は目出度き神様の御降臨日だから赦して遣はす。よつて此方の申す事を素直に聞くが宜い。常の日ならば汝の生命は無い処である。さア我教主は未だ女房はお持ち遊ばさず、何とかして文身のない女を女房に致したいと常々仰有つて御座るのだ。恰度よい処だ。ウンと言はつしやい。さすれば我々は今日只今より………御主人様、奥様と崇め奉つて、如何な御用でも御無理でも聞きます程に、万々一不承諾とあれば本日は成敗を赦し、明日はお前等の生命を奪つて仕舞ふから、覚悟をきめて返答をなさい』 初稚姫『モシ玉能姫さま、何と言つても、仮令殺されても応ずる事はなりませぬぞや。貴女には立派な若彦様と云ふ夫がおありなさるのだから』 玉能姫『お言葉までもなく、妾は決して生命を奪られても左様な難題には応じませぬから、安心して下さい』 チルテル『こりや、小女ツチヨ、何悪智慧をかうのだ。不届き千万な……俺を何方と心得て居る、ジヤンジヤヒエールのチルテルさんとは、アンナヒエールの郷に於て誰知らぬ者もない、鬼をも取挫ぐチヤーチヤーだぞ。チヤーチヤー吐すと最早堪忍ならぬ。膺懲の為めに此鉄拳を喰へ』 と言ひ乍ら、初稚姫を目蒐けて鬼の蕨を頭上より喰はさむとする。 初稚姫は、飛鳥の如く体を躱し「オホヽヽヽ」と平気で笑つて居る。白狐の姿は両人の目に明かに映じて居る。チルテル初め一同は「タールス教主の女房になれ」と種々嚇しつ慊しつ、遂には声高となつて来た。チルテルは斯くては果てじと奥の間に走り入り、タールスの前に両手をつき、 チルテル『只今麗しき女二人、此郷に迷ひ来り、玉能姫とか、初稚姫とか申して居りましたが、実に綺麗な女で御座います。貴方の女房には持つて来いの適役、若い方は先でお妾と遊ばしたら宜しからうと存じ、岩窟の中へ連れ込みましたが、なかなかの剛情者で、少しも、我々の申す事を尻に聞かして、頤で返事を致す横道者、如何取計らひませうや』 之を聞いた玉治別はハツト胸を躍らせたが、さあらぬ態にて控へ居る。 タールス『何、美しき女が二人迄も来たか、此場に引連れ来れ。因縁の有無を調べ見む、一時も早く』 と急き立てる。「ハイ」と答へてチルテルは此場を立退き、 チルテル『サア玉能姫、初稚姫、今日は花赤神様の御降臨で、教主様の大変な御機嫌、其処へ其方が参つたのも何かの因縁であらう。兎も角御面会の為、チルテルの後に従いて御座れ』 玉能姫『ハイ、有難う。然らば参りませう。……初稚姫様、貴女も一緒に』 と初稚姫の手をとり、チルテルの後に従ひ教主の居間に導いた。玉治別は二人の顔を見るなり、「アツ」と言はむとせしが自ら制し止めた。玉能姫、初稚姫は玉治別の姿を見て、救世主に会ひし如く心の裡に喜んだ。然し、様子ある事と態と素知らぬ顔して俯向いて居る。タールスは玉治別に向ひ、 タールス『オーレンス、サーチライス、アツタツタ、今日は遥々天上より御降臨下さいまして、アンナヒエールの郷人は欣喜雀躍、天下泰平を祝福致し居ります処へ、又もや当国に於ては類稀なる是なる美人、而も二人までこれへ参りましたのは、全く神様の御引合せで御座いませう。私の女房に致しましたら如何で御座いませう』 玉治別『イーエスイーエス、エータルスエータルス、エツパツパ、パーツクパーツク、エツパツパ』 と言つた。タールスは頭をガシガシ掻き乍ら再び、 タールス『左様で御座いませうが、何とかしてお許し頂く訳には参りますまいか。ならう事なら、私が宿の妻と致したう御座います。又若い方は我娘として大切に育て上げ、天晴タールス教の神司と仕上げる覚悟で御座いますから、何卒お許しを願ひます』 と頼み込んだ。 玉治別『是なる女は高天原より降り給へる天女にして、人民の左右すべきものに非ず。万々一過つて神慮に触るる様な事あらば、汝が生命は直に召取らるるであらうぞ』 と声に力を入れて、きめつけた。タールスは其厳しき言霊の威に打たれ、思はず頭を下げ、 タールス『今後は決して左様な事は申しませぬから、何卒お許し下さい』 と嘆願した。玉治別は心中に可笑しさを堪へ、ソツと見ぬ様な風して両女の顔を覗き込んだ。両女の目は同時に玉治別の両眼に注がれた。 是より玉治別は此里の言葉をスツカリ覚えた上、三五教の教理を説き諭し、タールスを立派なる神司に仕上げ、チルテルも同じく神司となり、アンナヒエールの里人を一人も残らず大神の道に帰順せしめ、二三ケ月滞在の上、三人は此里を立ち出で、西北さして山伝ひに宣伝歌を歌ひ乍ら進み行くのであつた。七八里の間はチルテルを初め一同見送りをなし、茲に涙と共に惜き別れを告げたりける。 (大正一一・七・五旧閏五・一一北村隆光録) 窓外和知川の氾濫を眺めつつ (昭和一〇・三・八於吉野丸船室王仁校正)
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霊界物語 24_亥_豪州物語1(高姫と蜈蚣姫) 15 諏訪湖 第一五章諏訪湖〔七四五〕 玉治別は初稚姫、玉能姫と共にアンナヒエールのタールス郷を三五教の霊場と定め、黒ン坊を残らず帰順せしめ、チルテル以下数十人の者に送られて、イルナの郷の入口に袂を別ち『ウワーウワー』の声と共に東西に姿を消したりける。 三人は谷を幾つとなく越え、森林の中の広き平岩の上に腰打ち掛け、休息し乍ら回顧談に耽つた。玉治別は、ジヤンナの谷底にジヤンナイ教の教主テールス姫と面会せし事や、友彦との挑戯などを面白可笑しく物語り、次で此処を立ち出でアンナヒエールの里に到る折しも、両女の祝詞の声を聞きつけ、谷間に下りて其辺一面に二人の後を探ね廻る折しも大蛇に出会し、猩々の群に救はれて遂にアンナヒエールのタールス教の本山に担ぎ込まれ、意外の待遇を受け居る際、初稚姫、玉能姫に面会せし奇遇談を、大略物語りけり。 玉能姫は静に、 玉能姫『妾は或谷間に御禊をなし祝詞を上げて居ました処、傍の岩穴より鬼武彦は白狐の月日、旭と共に現はれ給ひ、二人の袖を銜へて穴の底に引込んで下さいました。はて不思議と思ひながら曳かるる儘に穴の中に身を没し、小声に宣伝歌を唱へて居ますと、妾の潜んで居る穴の前の谷川の向岸に当つて蜿蜒たる大蛇が現はれ、三四尺もあらうと思ふ長い舌を出して穴を目蒐けて睨んで居たが、鬼武彦以下の御威徳に畏れ、近よりも得せず暫く睨むで居りました。其とき貴方の声として妾共の名を呼んで下さいました。何うしたことか一言も声が出ず、ええヂレツタイ事だと踠いて居りますうち、山岳も崩るる許りの音を立てて、胴の周囲三四丈もあらうかと思はるる長さ数十間の太刀膚の大蛇、尾の先に鋭利な剣を光らせ乍ら、夫婦と見えて二体、谷川を一杯になつて通り過ぎた時の恐ろしさ、今思つても、身の毛がよだつやうに御座います。白狐の姿は忽ち消えて四辺は森閑としたのを幸ひ、貴方に遇はんと岩窟を這ひ出で其辺を探ねましたが、些ともお姿は見えず、あゝ彼の大蛇に何うかされなさつたのだらうかと気が気でならず、もしや其辺に身を潜めて居られるのではあるまいかと思ひ、態と宣伝歌を声高く歌つて通る折しも、タールス教のチルテル初め数多の人々、我々両人を矢庭に担いであの岩窟に連れ参り、貴方に不思議の対面をなし、漸く危険を免がれ、其上神様のお道の宣伝をなし、残らず帰順させる事の出来ましたのも、全く三五教の大神の御守護と今更ながら有難涙に暮れまする……アヽ惟神霊幸倍坐世』 と合掌すれば初稚姫も小さき手を合せ感謝の涙に暮れ居たり。 斯く話す折しもキヤツと息の切れるやうな悲鳴が聞えて来た。三人は此声に思はず腰を上げ耳を澄まして聞き居れば、谷底に当つて蜿蜒たる大蛇、二人の男女をキリキリと捲きながら今や大口を開けて呑まんとする真最中であつた。玉治別是を見るより一目散に夏草の生茂る灌木の中を駆け潜り、近づき見れば此有様、直に天津祝詞を口早に奏上し、天の数歌を謡ひあげ、ウンと一声指頭を突き出し、五色の霊光を発射して大蛇に放射した。大蛇は忽ちパラパラと解けて其場に材木を倒したやうにフン伸びて仕舞つた。二人は最早正気を失ひ、虫の息にて胸の辺りをペコペコと僅かに動悸を打たせて居つた。此間に玉能姫、初稚姫は後追ひ来り、三人力を合せ谷水を汲み来りて面部に吹きかけ、口に喞ませ、いろいろと介抱をなし、天の数歌を謡ひ上げて魂返しの神業を修するや、忽ち息吹き返し二人は両手を合せ、 両人『何れの方かは存じませぬが、危ふき所をよくも助けて下さいました。此御恩は死んでも忘れは致しませぬ』 と涙と共に感謝しける。玉治別は、 玉治別『ヤア、貴方は……久助さま、お民さまぢや御座いませぬか、危い事で御座いました』 と頓狂な声を出して呼びかけたり。夫婦はハツと顔を上げ、久助は、 久助『ヤア、貴方は玉治別様、玉能姫様、初稚姫様、よう来て下さいました。ネルソン山の山頂より烈風に吹き散らされ、各自四方に散乱し、貴方方は何うなつた事かと、今の今まで心配致して居りました。此広い竜宮嶋、仮令三年や五年探しても一旦別れたが最後、面会する事は到底出来ない筈だのに、折好くも斯んな所でお目に懸るとは全く神様のお引合せ、アヽ有難や勿体なや』 と又もや天津祝詞を五人一緒に声も涼しく奏上した。二匹の大蛇も、そろそろ尾の方よりビクリビクリと動き出し、次第々々に元気を増し鎌首を上げ、五人に向つて謝罪するものの如く、両眼より涙を流し居たり。玉治別は大蛇に向ひ、 玉治別『オイオイ大蛇先生、何の因果でソンナ姿に生れて来たのだ。可憐さうなものだ、早く人間に生れ代るやうに神言を奏上してやらう』 大蛇の雌雄は首を揃へて幾度となく首を下げ、感謝の意を表した。五人は幾回となく祝詞を奏上した。大蛇は忽ち白煙となり、大空目蒐けて細長く蜿蜒として雲となり中空に消えて仕舞つた。これ全く誠心誠意、玉治別一行が天津祝詞を奏上したる功徳によつて、大蛇は天上に救はれたるなり。 一行五人はイルナの山中を宣伝歌を歌ひ乍ら、土人の住家を宣伝せむと崎嶇たる山道を足を痛めながら、草鞋を破り跣となつて進み往く。久助は初稚姫を労り背に負ひ最後より随ひ往く。 向ふの方より数十人の一群の荒くれ男、顔一面に嫌らしき文身をしながら此場に現れ来り、眼を怒らせ五人をバラバラと取巻いた。左は断崖絶壁、千仭の谷間には青々とした激流泡を飛ばして流れ居たり。進退維谷まりし五人は如何はせむと案じ煩ふ折しも、久助の背に負はれたる初稚姫は、 初稚姫『玉治別殿、先に立たれよ』 と云ふ。玉治別は先に立ち、荒男の前につかつかと進み寄る。荒男の名はタマルと云ふ。タマルは玉治別の赤き鼻を見て大いに驚き俄に態度を一変し、凶器を大地に抛げ捨て、両手を合せ跪き、 タマル『オーレンス、サーチライス、ウツポツポウツポツポ、アツタツターアツタツター』 と尊敬の意を表した。更たまつたる此態度に一同は柄物を投げ捨て大地に跪き、異口同音に「オーレンス、サーチライス」と繰返し、尊敬の意を表したりけり。玉治別は、 玉治別『アーメーアーメー、自転倒嶋に現はれ給ふ三五教の教主言依別の命を奉じ、此一つ島に神の福音を宣べ伝へむが為めに、遥々渡り来れるものぞ。汝等今より我道を信じ、神の愛児となり、霊肉共に永遠無窮に栄えよ。天国の門は開かれたり、神政成就の時は到れり、悔い改めよ』 と宣示したり。此言葉はタマル以下一同には言語の通ぜざるため何の意味かは分らざりしが、何分尊き救世主の御降臨と信じ切つたる彼等は嬉しげに後に随ひ、険峻なる道を大男の背に五人を負ひながら、大地一面に金砂の散乱せる大原野に導きぬ。此処はアンデオと云ふ広大なる原野にして、又人家らしきもの数多建ち並び、小都会を形成せり。土人の祀つて居る竜神の祠の前に五人を下し、手を拍つて喜び、何事か一同は祈願を籠めたりけり。 社の後には目も届かぬ許りの湖水が蓮の形に現はれ、紺碧の浪を湛へて居る。水鳥は浮きつ沈みつ愉快気に右往左往に游泳し、時々羽ばたきしながら、水面に立ち歩み駆け狂うて居る面白さ。一同は天津祝詞を奏上し終り、此湖水の景色に見惚れ、やや暫し息を休めて居た。玉治別は祠の前に停立し、 玉治別『自転倒島を立ち出でて神の教を伝へむと 南洋諸島を駆け廻り愈ここに竜宮の 一つの島へと到着し厳の都の城下まで 進み来れる折柄に蜈蚣の姫や黄竜の 姫の心を量り兼ね神の経綸か白雲の かかる山辺を十柱の教の御子は攀登り 山の尾上を踏み越えてネルソン山の絶頂に 佇み四方を眺めつつ雄渾の気に打たれ居る 時しもあれや山腹より昇り来れる黒雲に 一行十人包まれて咫尺も弁ぜず当惑し 天津祝詞を声限り奏上なせる折りもあれ 空前絶後の強風に吹き捲くられて各自は 木の葉の如く中天に捲き上げられて名も知らぬ 深き谷間に墜落し息も絶えむとしたりしに 三五教の大神の恵の露に霑ひて 漸く息を吹き返し彼方此方に蟠まる 大蛇の群を悉く天津祝詞の太祝詞 天の数歌謡ひつつ言向け和せ漸うに 数多の人に送られて初めて此処に来て見れば 瞳も届かぬ諏訪の湖千尋の底の弥深き 神の恵の現はれて魚鱗の波は金銀の 花咲く如き眺めなりあゝ惟神々々 御霊の幸を蒙ぶりて我等一行五つ身魂 これの聖地に導かれ心の空も爽かに 天国浄土に上る如嬉し楽しの今日の日は 神の恵の尊さを一層深く知られけり 神が表に現はれて善と悪とを立て別ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直せ聞き直せ 身の過ちは宣り直す三五教の神の教 宣り伝へ行く楽しさは三千世界の世の中に 是に増したる業はなし三千世界の梅の花 一度に開く木の花の開いて散りて実を結ぶ 時は来にけり時は来ぬ五弁の梅の厳御霊 厳の教を経となし瑞の教を緯として 錦の宮に現れませる国治立大神や 埴安彦や埴安姫の神の御言を畏みて 此世を開く宣伝使暗夜を晴らす朝日子の 日の出神の御守り天教山に現れませる 神伊弉諾大神や地教の山に永久に 鎮まりまして現世を堅磐常磐に守ります 神伊弉冊大神や高照姫の御前に 慎み敬ひ鹿児自物膝折り伏せて願ぎまつる あゝ惟神々々御霊幸倍ましまして 初稚姫や玉能姫玉治別の宣伝使 久助お民の信徒が堅磐常磐の後の世も 神の経綸に漏れ落ちず太しき功績を建てしめよ 神は我等を守ります神に任せし此身魂 天地の間に生けるもの他人もなければ仇もなし 父子兄弟睦じく世界桝かけ引きならし 貴賤揃うて神の世の楽しき月日を送るまで 神に受けたる玉の緒の命を長く守りませ 三五教の御光を三千世界に隈もなく 照らさせ給へ諏訪の湖千尋の底に永久に 鎮まりゐます竜姫の皇大神よ平けく いと安らけく聞し召せ神の教の道にある 厳の御霊の五つ柱慎み敬ひ願ぎまつる あゝ惟神々々御霊幸倍ましませよ あゝ惟神々々御霊の幸を給へかし』 と歌ひ終るや、初稚姫は又もや立ち上り、諏訪の湖面に向つて優しき蕾の唇を開き祝歌を歌ふ。 初稚姫『私の父は三五の神の教の宣伝使 天と地とは一時に開き初むる時置師 神の命の杢助ぞ言依別の神言もて 自転倒島の中心地高天原に千木高く 鎮まりゐます綾の里錦の宮の神司 玉照彦や玉照姫の貴の命の御仰せ 畏み仕へまつりつつ我は幼き身なれども 神と神との御教をうなじに固く蒙ぶりて 玉治別や玉能姫教司と諸共に 浪風猛る海原を神の恵に渡りつつ 黄金花咲く竜宮の一つの島に着きにけり 厳の都を後にして山野を渡りネルソンの 高山越えて谷の底アンナヒエールの里を越え 山々谷々数越えて漸う此処に皇神の 社の前に着きにけり思へば深し諏訪の湖 千尋の底に永久に鎮まりゐます竜姫よ 心平に安らかに我が願ぎ事を聞し召せ 天火水地と結びたる言霊まつる五種の 珍の御玉を賜へかし三五の月の御教は いよいよ茲に完成し三千世界の梅の花 一度に開く常磐木の松の神世と謳はれて 海の内外の民草は老も若きも隔てなく うつしき御代を楽しまむあゝ惟神々々 御霊幸倍ましまして十歳にも足らぬ初稚が 万里の波濤を乗り越えて世人を救ふ赤心に 曳かれて此処迄出で来る思ひの露を汲めよかし 神は我等の身辺を夜と昼との別ちなく 守らせ給ふと聞くからは神政成就の御宝 厳の御霊のいち早く我等に授け給へかし 謹み敬ひ願ぎまつるあゝ惟神々々 御霊幸倍ましませよ朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 誠は神に通ふべし誠一つの三五の 神の教の宣伝使宣る言霊を悉く 完全に委曲に聞し召せ仮令大地は沈むとも 神に誓ひし我魂は如何なる艱難来るとも ミロクの世迄も変らまじミロクの世迄もうつらまじ』 と歌ひ終り拍手して傍の芝生の上に腰打ち下ろし息をやすめた。玉能姫は又もや立上り湖面に向つて歌ふ。 玉能姫『皇大神の勅もて言依別命より 金剛不壊の如意宝珠また紫の神宝を 堅磐常磐の経綸地隠し納むる神業を 仕へまつりし玉能姫初稚姫の両人が 神の教を伝へむと島の八十島八十の国 大海原を打ち渡り暑さ寒さの厭ひなく 虎伏す野辺も狼の狂へる深山も何のその すこしも厭はず三五の神の教の御為に 身も魂も奉げつつ玉治別に従ひて 漸う此処に詣でけり此湖に遠津代の 神代の古き昔より鎮まりゐます竜姫よ 御国を思ふ一筋の妾が心を汲み取らせ 三五教の神の道岩より堅く搗き固め 神界幽界現界の救ひの為に海底に 隠し給ひし五つみたま天火水地と結びたる 大空擬ふ青き玉紅葉色なす赤玉や 月の顔水の玉黄金色なす黄色玉 四魂を結びし紫の五つの御玉を我々に 授けたまへよ矗々に我は疾く疾く立帰り 国治立大神が神政成就の神業の 大御宝と奉り汝が御霊の功績を 千代に八千代に永久に照しまつらむ惟神 御霊の幸を賜はりて我等の願ひをつばらかに 聞し召さへと詔り奉るあゝ惟神々々 御霊幸倍ましませよ』 と歌ひ終つて拍手し、傍の芝生の上に息を休めけり。久助は又もや湖面に向つて、 久助『自転倒島の瀬戸の海誠明石の磯の辺に 生れ出でたる久助は三五教に入信し 玉治別の宣伝使其他二人の神司 導き給ふ其儘に御跡を慕ひ神徳を 蒙りまつり世の為に力の限り尽さむと 大海原を遥々と越えて漸う一つ島 大蛇に体を捲かれつつ九死一生の苦みを 神の御稜威に助けられ漸う此処に来りけり 我は信徒三五の神の司に非ざれど 御国を思ひ大神に仕ふる道に隔てなし 諏訪の湖底に永久に鎮まりゐます皇神よ 我等夫婦が真心を憐み給へ何なりと 一つの御用を仰せられ神の教の御子として 恥かしからぬ働きを尽させ給へ惟神 神の御前に村肝の赤き心を奉り 慎み敬ひ願ぎまつる畏み畏み願ぎ申す あゝ惟神々々御霊幸倍ましませよ』 と歌ひ終つて同じく芝生の上に息をやすめたり。お民は又もや立上り諏訪の湖面に向つて拍手し、声淑やかに、 お民『尊き国の礎や百姓の名に負ひし 君と神とに真心を麻柱ひ奉る民子姫 神の御前に平伏して国治立大神の ミロク神政の神業に仕へまつらむ事のよし 完全に委曲に聞し召し誠の足らぬ我なれど 神の大道は片時も忘れたる事更になし 守らざる事片時も無きを切めての取得とし この湖底に昔より鎮まりゐます竜宮の 皇大神よ惟神大御心も平けく いと安らけく思召し足らはぬ我等が願言を 見棄て玉はず諾ひて其程々の功績を 立てさせ玉へ諏訪の湖鎮まりゐます御神の 御前に畏み願ぎまつるあゝ惟神々々 御霊幸倍ましませよ』 紺碧の湖面は忽ち十字形に波割れて、湖底は判然と現はれたり。殆ど黄金の板を敷き詰めたる如く、一塊の砂礫もなければ、塵芥もなく、藻草もない。恰も黄金の鍋に水を盛りたる如き、清潔にして燦爛たる光輝を放ち、目も眩む許りの荘厳麗媚さなりき。波の割れ間より幽かに見ゆる金殿玉楼の棟実に床しく、胸躍り魂飛び魄散るが如く、赤珊瑚樹は林の如くにして立並み居る。珊瑚樹の大木の下を潜つて、静々と現はれ来る玉の顔容月の眉、梅の花か海棠か、但は牡丹の咲き初めし婀娜な姿に擬ふべらなる数多の女神、黄金色の衣を身に纒ひ、黄金造りの竜の冠を戴き乍ら、長柄の唐団扇を笏杖の代りに左手に突きつつ、右手に玉盃を抱え、天火水地結の五色の玉を各五人の殊更崇高なる女神に抱かせ乍ら、玉依姫命は徐々と湖を上り五人が前に現はれ玉ひて、言葉静かに宣り玉ふ。 玉依姫命『汝は初稚姫、玉能姫、玉治別、信徒の久助、お民の五柱、よくも艱難を凌ぎ辛苦に堪へ、神国成就の為に遥々此処に来りしこと感賞するに余りあり。併し乍ら汝初稚姫は大神よりの特別の思召しを以て、金剛不壊の如意宝珠の神業に参加せしめられ、又玉能姫は紫の宝玉の御用を仰せ付けられ、今や三五教挙つて羨望の的となり居れり。玉治別外二人は未だ斯の如き重大なる神業には奉仕せざれども、汝等が至誠至実の行ひに賞で、竜宮の神宝たる五種の宝を汝等五人に授くれば、汝等尚も此上に心身を清らかにし、錦の宮に捧持し帰り、教主言依別命にお渡し申すべし。今汝に授くるは易けれど、未だ一つ島の宣伝を終へざれば、暫く我等が手に預りおかむ。華々しき功名手柄を現はし、重大なる神業を神より命ぜらるるは尤もなりと、一般人より承認さるる迄誠を尽せ。此一つ島はネルソン山を区域として東西に別れ、東部は三五教の宣伝使黄竜姫守護し居れども、未だ西部に宣伝する身魂なし。汝等五人は此処に七日七夜の御禊を修し、此島を宣伝して普く世人を救ひ、大蛇の霊を善道に蘇へらせ、且黄竜姫、梅子姫、蜈蚣姫其他一同の者を心の底より汝の誠に帰順せしめたる上にて改めて汝の手に渡さむ。初稚姫には紫の玉、玉治別には青色の玉、玉能姫には紅色の玉、久助には水色、お民には黄色の玉を相渡すべし。されど此神業を仕損じなば、今の妾の誓ひは取消すべければ、忍耐に忍耐を重ねて、人群万類愛善を命の綱と頼み、苟且にも妬み、そねみ、怒りの心を発するな。妾はこれにて暫く竜の宮居に帰り時を待たむ。いざさらば……』 と言ひ残し、数多の侍女神を随へ、忽ち巨大なる竜体となりて、一度にドツと飛び込み玉へば、十字形に割れたる湖面は元の如くに治まり、山岳の如き浪は立ち狂ひ、巨大の水柱は天に沖するかと許り思はれた。五人は感謝の涙に暮れつつも、恭しく拍手をなし、天津祝詞や神言を奏上し、天の数歌を十度唱へ、宣伝歌を声張り上げて歌ひ終り、再び拍手し、それより七日七夜湖水に御禊を修し、諏訪の湖面に向つて合掌し、皇神に暇を請ひ、宣伝歌を歌ひ乍ら、荊棘茂れる森林の、大蛇猛の群居る中を物ともせず、神を力に誠を杖に進み行くこそ雄々しけれ。あゝ惟神霊幸倍坐世。 玉依姫は空色の衣服にて、玉を持てる五人の女神の後に付添ひ玉ひしと聞く。 (大正一一・七・五旧閏五・一一加藤明子録)
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(1870)
霊界物語 25_子_豪州物語2(地恩城の黄竜姫) 08 奇の巌窟 第八章奇の巌窟〔七五四〕 清公はチヤンキーと共にクシの滝壺の傍に俄造りの庵を結び、日夜に天津祝詞を奏上し、側の谷川に身を浄め、一月ばかり此処に滞在する事となつた。 モンキーに導かれて地恩城に参上りたる飯依別其他の一同は、無事参拝を終へて再びヒルの郷に帰り来り、クシの滝壺に参上りて清公に厚く感謝し、それより国魂の宮の修繕を行ひ、恭敬礼拝怠らず、遂にヒルの郷は黒雲妖邪の気、全く霽れて再び元の楽園となり、飯依別は祖先の業を大切に、心身を清めて昼夜懈怠なく真澄の宮に奉仕する事となつた。 モンキーは郷人と共に、再び此地に現れ来り、地恩城に於けるスマートボールの伝言を清公、チヤンキーに伝へた。二人はスマートボールの親切に感謝し、郷人の乞ひを容れてアイル(愛蔵)、テーナ(貞七)の二人を供人となし、セーラン山を攀登り、数多の人々を始め大蛇其他の悪魔を神の道に言霊もて救はむと、炎天の山道を危険を冒して、一行五人進み行く。 芭蕉の実を時々採つて飢を凌ぎ乍ら、連日連夜、苔の褥に岩枕、星の蒲団を被りて夜を明かしつつ、終に稍平坦なる玉野ケ原と云ふ、黄金の砂の大地一面に敷き詰められたる如き、気分良き地点に進む事を得た。 足も焼きつく様な砂金の原を一行五人は木蔭を求め汗を拭きつつ進み行く。遥の前方より幾百とも限りなき猛の群、百雷の轟く如き咆哮を立て、此方に向つて突進し来る。清公は此一隊に向つて天津祝詞を奏上し言向け和さむと両手を組み、……高天……と言はむとすれど一二言発せしのみ、舌硬ばり言霊を使用する事の不可能なるを感じ、稍不安の念につつまれてゐる。怪しき猛の影は、おひおひと近付き来り、その足音さへも耳に入る様になつた。一行五人は生きたる心地もなく、心の裡にて一生懸命に暗祈黙祷する折しも、忽然として一柱の白狐、五人が前に現はれ、前脚を上げて招き乍ら森林の方に進み行く。五人は其後に従ひ、漸くにして一つの細長き岩窟に導かれ、天の与へと喜び勇み、窟内に残らず姿を隠し、坑口に向つて両手を合せ、神恩を感謝する折しも、以前の唸り声は刻々と迫り来り、猛の足音幾百ともなく聞えて、長き白毛を頭部と顔部に生じたる巨大なる狒々、真赤な顔にて穴の口を覗き唸つて居る。其声の凄じさ、身も竦む計りである。されど白狐出現に力を得たる清公始め五人は、茲に初めて言霊の使用を神界より赦されたりと見え、喉元より綱を以て声の玉を引出す如き心地して、スラスラと涼しく潔く天津祝詞を宣り始めた。 坑口を覗き居たりし大怪物は、此声に驚き消え去るかと思ひきや、それと反対に坑内深く進み来る嫌らしさ。五人は祝詞を奏上し乍ら、此岩穴の終点迄逃げて行く。異様の怪物は益々迫り来る。一方口の逃げ道なき此穴に徳利攻めに遭うた一行は、決心の臍を固めて天の数歌を汗タラタラと流し乍ら奏上して居る。怪物は清公の前に近寄り来り、毛だらけの手を差し出し清公に握手を求めた。清公は恐々ながら其手を差し出す。怪物は感謝の表情を示し『ウーウー』と唸り乍ら、手を引いて坑口さして出でて行く。清公は半ば危み乍ら、怪物の強き手に握られたる腕を振り放すだけの力も無く片手に四人の男を手招きし乍ら、前を向き後を顧みなどして、到頭坑外に引出されて仕舞つた。坑外に出でて見れば、猛に非ずして、狒々、猩々の一隊、此岩坑の前に両手を合せ呼吸を揃へて『ウワアウワア』と唸る声、天地も揺ぐばかりなり。 勝れて身体長大なる全身白毛の猩々は、奈良の大仏の坐つた如く左の手を膝に置き、右の手にて中空を指さし、ニコニコと笑を湛へ五人を睥睨して居る。清公以下五人声を揃へて天津祝詞を一生懸命に奏上するや、祝詞につれて数百の狒々猩々は手拍子、足拍子を揃へ、面白げに踊り狂ふ。 此中の頭目と見えし大狒々はツト座を起ち、清公の一行に向つて、口より霧を白烟の如く濛々と吹き出し全身を包む。五人は白烟に包まれ稍不安の念に駆られ、声を限りに天の数歌を唱へ出す。大狒々の口よりは亦もや猛烈なる焔を吹き出し、五人を一度に焼き尽さむとする其熱さ苦しさ。一同は撓まず屈せず生命限り連続して奏上する。続いて大狒々の口より冷たき滝水を吐き出し、一同の身体を川溺りの如く湿ほし、五人は寒さに顫へる迄に水に浸され乍ら声を限りに神言を奏上し、最早息も絶れむと思ふ途端に天地も割るる許りの音響聞え、さしも熱帯の大樹も根底より吹き飛ばさむ許りの烈風吹き来ると見る間に、大狒々の姿は巨大なる白玉となり、其他数百の狒々は、各大小無数の玉と変じ、風の随々中空に舞ひ上り其姿を隠しける。忽ちにして怪しき音響はピタリと止まり風は俄に静まりて岩坑の辺には得も言はれぬ芳香薫じ、微妙の音楽聞えて尾の上を渡る松風の音、殊更に涼しき感を一同の胸に与へたり。 是より五人は心魂頓に清まり、夜を日についで奥へ奥へと進み行き、終にスワの湖の辺なる竜神の宮の祠に無事到着し、例の如く祝詞を奏上し、息を休め、其夜は此祠の前に明かす事とはなりぬ。 (大正一一・七・八旧閏五・一四北村隆光録)
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(1875)
霊界物語 25_子_豪州物語2(地恩城の黄竜姫) 13 握手の涙 第一三章握手の涙〔七五九〕 天恩豊な地恩城春秋冬も夏景色 木々の木の葉は麗しく果物豊に実りつつ 衣食の道に身をもがく難みも要らぬ一つ島 顕恩郷を立ち出でて錫蘭島に立て籠り 閨の友彦後にして大海原を渡り来る 小糸の姫の行先を鵜の目鷹の目つけ狙ひ 三十路に余る男の頃の島に渡りて彼方此方と 行方求めてバラモンの道を開きし友彦が 時の力に助けられ蜈蚣の姫に邂逅ひ 命の瀬戸の海中に堅磐常磐に浮びたる 小豆が島に名も高き国城山の岩窟に 遇ふた嬉しさ恐ろしさ洲本の庄の酋長が 捕手の者に縛られて何の言ひ訳淡路島 東助夫婦の情にて犯せし罪もうたかたの 水泡と消えて釣小舟清武鶴の三人と 馬関の関の浪を越え千引の岩に船をあて 命危ふき折からに三五教の神司 玉治別の一行に惜しき命を救はれて 蜈蚣の姫や高姫の漂着したるアンボイナ 南洋一の竜宮に上陸すればコハ如何に 小糸の姫の生の母蜈蚣の姫に再会し 何の云ひ訳荒波を乗り切り乗り切り沓島や オーストラリヤの浮島に蜈蚣の姫の一行と 命からがら上陸し小糸の姫の住ひたる 地恩の城に来て見れば情を知らぬ国人に 手も無く叩き出だされて傍の林に潜みつつ 黄竜姫の宿の夫嬉し嬉しの再会を 悦ぶ間もなく夢醒めて四辺を見れば岩の上 腰の骨さへ打ち砕き身動きならぬ悲しさに 漸く息を休めつつ三五教の神言を 赤心籠めて宣りつれば神の恵は忽ちに 身もすくすくと風荒き尾の上を伝ひてネルソンの 峰の頂上に辿り着き後振り返り眺むれば 一望千里の雲の奥地恩の城は何処ぞと 眼を見はりつつ憧憬るる時しもあれや烈風に 吹き捲くられて友彦は風にゆられて鷹鳶の 翼無き身は如何にせむジヤンナの郷に墜落し 人事不省の折柄に此地に住める郷人は 不思議と傍に立ち寄りてよくよく見れば昔より 待ち焦れたる救世主曲りながらも赤鼻に 喜び勇み雀躍りしジヤンナイ教の本山に 担ぎ帰りし面白さジヤンナイ教の神司 テールス(照子)姫に思はれてここに夫婦の新枕 月日を重ね往くうちに三五教の感化力 ジヤンナの郷にゆき渡り三五の月の御教は 朝日の昇る勢で四方に拡がり栄え行く 友彦夫婦は意を決し地恩の城に神徳の 花を開かす黄竜姫御許に到り其昔 蜈蚣の姫や小糸姫母娘の者を悩ませし 深き罪をば詫びむとてテールス姫に来し方の 事情細かに物語り漸く妻の諒解を 得たる嬉しさ夫婦連れジヤンナの郷の人々に 暫しの暇を告げながら供をも連れず入り来る 其真心ぞ雄々しけれあゝ惟神々々 神の御幸を蒙りて前非を悔いし友彦が 母娘の前に手をつきて心の曇を晴らしつつ 三五教の柱石と仕へまつりし古き世の 清き尊き物語神と神との御水火より 組み立てられし瑞御霊神の使の瑞月が 粗製濫造の蓄音器把手に撚をかけながら 不整調なるレコードの又もや廻転始めける あゝ惟神々々御霊幸倍ましまして 黄竜姫や友彦の搦みあうたるローマンス 恋の縺れの糸口をサラリサラリと淀みなく 宣らせ給へよ天津神国津御神や大八洲彦 神の命の御前に慎み敬ひ願ぎまつる。 ○ 友彦夫婦は、小糸姫に誘はれ奥殿深く進み入る。友彦の来訪を聞いて胸踊らせた蜈蚣姫、スマートボールや其他の一同は、珍らしさと忌はしさの混乱したる如き面持にて、中腰になりながら出迎ふ。黄竜姫は友彦の手を固く握り、二三回揺ぶり、 黄竜姫『ジヤンナーサール、ウツポツポ、サーチライス、友彦、テールス、テールスヘーム、タープリンスタープリンス、ケーリスタン、イジアン、ノールマン、シールンパーユエーギエル、シユライト』 と宣る。 『ジヤンナの郷に天降りました友彦の救世主よ、妻のテールス姫殿、御無事で御神業によく仕へて下さいました。妾も貴方が今迄の態度を改め、誠の道に御活動遊ばすを仄に聞き、愛慕の念に堪へず、何とかしてお便りを聞き度いものだ、又神様のお許しあれば一度会見をして今迄の御無礼を謝し、互に了解を得て御神業に参加したく思つて居りました。能くマア御遠方の処遥々お入来下さいました』 との意味であつた。(これから解り易いやう日本語を用ふ) 友彦『ハイ有難う御座います。鬼熊別様、蜈蚣姫様の御両親に対し、若気の至りとは申しながら、天にも地にも一粒種の貴方様を、悪魔の為に吾精神を魅せられ、あのやうな不都合な事を致しました私の罪を、お咎めも下されず、唯今の御親切なる打ち解けたる御挨拶、実に痛み入りました。私は過ぎ来し方の御無礼を思ひ出す度に神の光に照らされて、五体をぐたぐたに神様から斬り虐まれるやうな苦痛を感じ、寝ても覚めても居られないので、恥を忍び直接女王様に拝顔を得、心ゆく迄お詫を申上げ、且つお恨みのありたけを酬うて貰ひ、さうして自分の罪を赦され、至粋至純な元の御魂に立ち帰り、安心して御神務に奉仕したく存じまして、女房にも事情を打ち明け、態とに供人も召し連れず、昔の友彦となつてお詫びに参りました。何卒今迄の御無礼を、神直日大直日に見直し聞き直し、お赦し下さらむ事を、偏にお願ひ致します』 と涙をハラハラと流し、真心より詫び入る。黄竜姫は、 黄竜姫『ハイ有難う御座います。罪は却つて私に御座います。お慈悲深い神様に何事もお任せ致しまして、正しき清き御交際をお願ひ申上げます』 と心の底より打ち解ける其殊勝さ。友彦は一同に向ひ歌を詠んで挨拶に代へた。 友彦『沖に浮かべる一つ島地恩の城に現れませる 神威輝き天地の恵も開く梅子姫 三千世界に神徳を隈なく照らす黄竜姫 神の命を始めとし母とまします蜈蚣姫 泥にまみれし世の中をスマートボールや宇豆の姫 千歳祝ぐ松の世の梢に巣ぐふ鶴公の 右守の神の御前に神の教の友彦が 赤き心を打ち明けて居並びたまふ三五の 司の前に敬ひて言解き詫し奉る 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも誠の道は何時迄も 変るためしもあら尊と教の御子と選まれて ミロクの神の神業に仕ふる吾等の頼もしさ 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直し聞き直し 身の過ちは宣り直す神の尊き言霊の 底ひも知れぬ御恵吾人共に大前に 広大無辺の神恩を畏み感謝し奉る あゝ惟神々々御霊幸倍ましまして 地恩の城は永久に朝日の豊栄登るごと 栄え栄えて果も無く輝き渡る天津日の 御蔭蒙りネルソンの山の彼方の国人を 一人も残さず三五の神の恵に救ひ上げ 野蛮未開の魔の郷を開きて進む神の徳 東と西に分れたるネルソン山の頂きに 立たせ給ひて黄竜の姫は雄々しく此島の 救ひの神と現れませよ吾は友彦テールス姫と 力を一つに合せつつ汝が命の神業を 助けまつりて永久に国治立大神の 仁慈無限の御心に酬いまつらむ村肝の 心撓まぬ桑の弓射貫かにや止まぬ鉄石の 胸打ち明けていつ迄も固き心を誓ひ置く あゝ惟神々々御霊幸倍ましませよ』 梅子姫は総代的に立ち上つて祝歌を歌つた。 梅子姫『無限絶対無始無終仰ぐも高き大宇宙 𪫧怜に委曲に造りたる国治立大神は 仁慈無限の御心を三千世界の万有に 残る隈なく与へむと遠き神代の昔より 心を千々に配らせつ天津神達国津神 百の神達千万の青人草や海川や 草の片葉や鳥昆虫の末に至る迄 心を配り給ひつつ大海原に漂へる 泥の世界を清めむと清き御魂を幸はひて 高天原のエルサレム此処を聖地と定めつつ 三五教の御教を四方に開かせ給ひけり 神の最初の出現は珍の都のエルサレム 人の歴史の初まりは埃及国を元となし オリバス神を礼拝し印度の国はクリシユーナ 波斯の国ではミスラスの神を伊仕へ南米の 高砂島の国人はクエルザコールを礼拝す 神の初めのエルサレムは国治立大神を 祀ると云へど其元は清き流れのイスラエル 自転倒島に現れませる神の教も皆一つ バラモン教やウラル教ウラナイ教やジヤンナイの 教と云へど人の世の風土や人情に画されて 其名を異にするのみぞ黄竜姫も友彦も 過ぎし昔はバラモンの神に仕へし身なれども 其根本に立ち帰り此世を造りし神直日 心も広き大直日国治立や豊国姫 神の命の霊の裔埴安彦や埴安姫 貴の命と現はれて教を四方に開きます いとも尊き御恵に如何で隔てのあるべきや いよいよここに三五の神の教に天が下 四方の国々島々を残る隈なく統一し 此世を救ふキリストの神業清くミロク神 十字の架を背に負ひてノアの方舟操りつ 天教地教の山の上に世人を救ふ神の業 其神徳の一滴此処に滴り竜宮の 名に負ふ珍の一つ島メソポタミヤの顕恩郷 聖地に比すべき地恩郷青垣山を繞らして 珍の真秀良場永久に治め給へる黄竜姫 教の御子の友彦が心の底より打ち解けて 東と西を隔てたるネルソン山の青垣を 苦もなくここに打ち払ひ名詮自称の一つ島 一つ心に真実を籠めて仕ふる神の道 三千世界に隈もなく一度に開く梅子姫 心も勇み身も勇み父大神が三五の 清き御旨に叶ひつつ教の道の永久に 開け行くこそ尊けれあゝ惟神々々 御霊幸倍ましまして天は地となり地は天と 変る艱難の来るとも地恩の郷に三五の 厳の御柱弥高に瑞の御柱永久に 顕幽揃うて立つ上は如何で揺がむ国治立の 神の尊の御仰せ心清めて朝夕に 仕へまつれよ諸人よ神の恵は天地と 共永久に変らまじあゝ惟神々々 御霊の幸を賜へかし』 茲に目出度く友彦は黄竜姫と再会し、麻柱の至誠を捧げ、東西相和し相助け、友彦は黄竜姫の忠実なる部下となつて大神の大道を、全島に力の限り拡充する事となつた。いよいよ一同打ち揃ひ、神前に例の如く祝詞を奏上し、宣伝歌を歌ひ終り、十二分の歓喜に満たされて一旦各自の館に帰り、友彦夫婦は貴賓として鄭重なる待遇を受け、数日城内に滞留する事となつた。 (大正一一・七・一一旧閏五・一七加藤明子録)
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(1877)
霊界物語 25_子_豪州物語2(地恩城の黄竜姫) 15 改心の実 第一五章改心の実〔七六一〕 黄竜姫、梅子姫、友彦、テールス姫、蜈蚣姫の五人は共に、地恩城を後に数百里、山路を越えて玉野原の諏訪の湖の竜宮城に進むこととなつた。後には左守、スマートボール夫婦を初め右守鶴公、貫州、武公、マール、ミユーズの幹部連をして留守師団長とし、草の蓑、竹の小笠の軽き扮装、タロの木の枝をつきながら、岩石起伏せる羊腸の小径を上りつ下りつ、谷を飛び越え谷間を伝ひ漸くにして、ジヤンナの友彦が割拠せし郷に着いた。 鬼の様な荒男、赤銅の様な顔に青い黥を、顔一面に彩りし者を先頭に、老若男女が六ケ敷い顔して黄竜姫の一行を『ウワーウワー』と鬨の声を挙げ乍ら歓迎した。昼尚暗き森林に包まれたる此郷は、一見鬼の様な人種計りであるが、至つて質朴で且つ正直で信仰心に富んで居た。曲つた鼻の赤い友彦を、天来の救世主と仰いで、尊敬した程の郷人は、天女の如き黄竜姫、梅子姫の玉を欺く清き姿を眺めて、天の河原よりネルソン山に鳥船に乗じ天降り給ひしを、ジヤンナの郷の救世主友彦夫婦が奉迎して帰りしものと固く信じ、一斉に砂糖屋の十能見た様な、大きな黒い手を拡げ、 土人『ウツポツポウツポツポ、オーレンス、サーチライス、ターレンス、チーターチーター』 と叫び乍ら歓迎の意を表した。此意味は、『神様か、天の御使か、但は吾等を救ふ光明の神か、実に立派な大救世主が、此郷に御降り遊ばした。吾々は最早絶対に悩みに遇ふこともなく、永遠無窮に天国浄土の楽みを味はうことが出来るであらう。木の実は豊に実り、鼓腹撃攘の恵みに浴することは火を睹るよりも明瞭だ。有難い、勿体ない、貴い、嬉しい。吾々郷人は力の限り心の極みを、此生神様に捧げませう』と言ふ事である。……ジヤンナの郷の救世主と仰がれたる友彦は、郷人に向ひ、 友彦『ターリスト、テールターイン、ハールエース、オーレンス、サーチライス、カーテル、ライド』 と叫ぶ。此声に一同は大地に平伏し嬉し涙を流して歓喜した。友彦は又もや、 友彦『ハールハール』 と手を挙げて叫ぶや、大勢の土人は一行を手車に乗せ、三五の神を祭りし稍広き館の中に、御輿を舁ぐ様な塩梅式で何事か分らぬ事を喋り乍ら奥深く送り行く。 黄竜姫一行は友彦の館の奥深く招かれ、色々珍らしき果物を饗応され、且つバナヽの味に舌鼓打ち乍ら、一二日此処に逗留し、郷人に対して黄竜姫、梅子姫よりバプテスマを施し、宣伝歌を教へた上、数十人の郷人に送られ、一行五人は漸くにして玉野ケ原の広場に無事安着することとなつた。 途々木の実を喰ひ、谷水を飲み、芭蕉の葉を褥となし乍ら、猛、大蛇の群に言霊を授け帰順悦服させつつ愈此処に金銀の砂輝く広野ケ原に辿りつく。一行は諏訪の湖の畔に建てたる小さき祠の前に端坐し、天津祝詞を奏上し、傍の椰子の樹の森に一夜を明かすこととなりぬ。 エスタン山の後方を覗いて現はれたる大太陽は、諏訪の湖水の魚鱗の波に映じ、金銀の蓆を敷き詰めたる如く、其麗しさ譬ふるにものなく、一行五人は湖水に身体を清め、七日七夜此処に禊を修し神恩を感謝せり。 早や夕陽も傾いて得も言はれぬ麗しき鳥の声、塒を求めて各密林に帰り行く。純白の翼の大鳥は暗を縫うて低く黄昏時より現はれ来り、湖面を縦横無尽に翺翔する。其数幾千万羽とも数へ難く、月無き夜半も明るき許りの光景なり。是は信天翁の祖先でアンボリーと言ふ大鳥なりける。 一行五人は椰子の樹下に身を潜め、天津祝詞を奏上し夜の明くるを待つ。夜明けに間近くなりたる時しも、頭上にバタバタと鳥の羽ばたき激しく聞え来たる。見れば両翼の長さ三丈許りのアンボリー、椰子の樹上にとまつて、一同の頭を被ふて居る、それが夜明けに間近くなつたので一時に立ち上つた音である。一同は鳥の飛び行く方面を目も放たず打看守れば、ほんのりと薄紅くうす白く大空を染めながら、際限もなき大原野を西北の空を指して、一羽も残らず飛去れり。 ○ ジヤンナの郷に三五の神を祀りし友彦が 館に一行夜を明かし一日二夜を逗留し タイヤ、ブースを初めとし数多の土人に皇神の 誠の道を説き諭し鎮魂やバプテスマ 一人も残らず施して昼なほ暗き森林の 小径を伝ひ郷人に賑々しくも送られて 漸くセムの谷間に辿り来れる折柄に 黄竜姫は皇神の珍の命の霊借りて 送り来りし郷人に厚く言葉をかけながら 東と西に別れつつ露の枕も数多く 重ねて此処に玉野原金銀輝く途の上 勇み進んで諏訪の湖の辺にやうやう安着し 祠の前に端坐して一行五人が安穏に 訪ね来りし神恩を感謝し終り清鮮の 湖水に身をば浸しつつ七日七夜の魂洗ひ 椰子樹の蔭に身を潜め夜明けを待てる折柄に 樹上に聞ゆる羽ばたきの音に驚き眺むれば 雪を欺く白翼のパツと開いた大鳥の 空を封じて数多く西北指して飛んで行く 一行五人は空中を仰ぎ見つむる折もあれ 黄金の翼に乗せられて此方に向つて飛び来る 四五の神人悠々と湖水を目蒐けて降り来る 其光景の崇高さに五人は思はず手を合せ 祝詞を唱へつ眺め居る黄金の鳥に乗せられし 男女五人の神人は波の上をばスレスレに 北に向つて進み行くこれぞ玉治別宣使 初稚姫や玉能姫久助お民の五人連 神の御言を畏みて貴の教を隈もなく 伝へ導く神の業𪫧怜に委曲に宣り了せ 玉依姫の御使の黄金色の霊鳥に 救はれ御空を翔りつつ帰り来れる生神の 通力得たる姿なり嗚呼惟神々々 神の教の尊さよ。 翼を一文字に拡げた金色の霊鳥は、神の使の八咫烏である。玉治別一行を乗せた五羽の八咫烏は、日光に照り輝きて中空にキラリキラリと光を投げながら、地上までも金光を反射させ、諏訪の湖辺に飛び来り、紺碧の波の上を辷つて際限もなき湖水を、北へ北へと進み行く。 梅子姫、黄竜姫は飛び立つばかり此姿を見て驚き且つ喜べり。一行の胸の裡は譬へがたなき崇高にして且壮快の思ひが漂うたからである。 友彦『黄竜姫様、梅子姫様、地恩城に於て園遊会の時、天空高く現はれた蜃気楼の光景、紺碧の湖水現はれ、四方を包む青山の崇高なる姿は、今此湖面を見ると寸分の差も無い様ですな、大方清公、チヤンキー、モンキー等の、女神に導かれ結構な御用を仰せつけられて居た所も、此聖地で御座いませうかなア』 黄竜姫『妾もそれに間違ひないやうな感じが致します。昔から人跡絶えしオセアニアの秘密郷、斯様な立派な湖があらうとは、夢にも知りませなんだ。何とかして神様の御力を借り、此湖水を渡つて見たいものですなア』 梅子姫『蜃気楼で拝見した時には純白な白帆が沢山に航行して居ましたが、船は一隻も見えないぢやありませぬか。大方アンボリーの飛交ふ影が船のやうに見えたのでせうかな』 友彦『サアさうかも知れませぬ。……黄竜姫様、船が無ければ渡る訳には行きませぬ。玉治別や初稚姫様の様に、黄金の鳥が迎ひに来て下さらば実に結構だが、船も無ければ鳥船もなく未だ吾々は御神慮に叶ふ所迄身魂が磨けて居ないのでせう』 黄竜姫『神様は一点の曇りなき水晶魂でなければ、肝腎の神業にはお使ひ下さいませぬ。折角此浜辺まで参つたものの、斯の如く三方は壁を立てた様な岩山、何程足の達者な者でも鳥類でない以上は越す事は出来ますまい。然しながら此処まで無事に着いたのも全く神様のお恵み、此処でもう一層徹底的の心の修業を励みませう。地恩城の女王だとか、ジヤンナの郷の救世主などと言はれて得意になつて居るのが、これが第一神様の御心に叶はないのでせう。同じ天地の恵に生れた人の子、善悪美醜の区別はあつても神様の愛には些つとも依怙贔屓はありますまい。こりやもう一つ身魂を立て直さなくては駄目でせうよ。勿体なくも神素盞嗚大神様の御娘御、梅子姫様を蔭の御守護とし、賤しき妾の身を以て地恩城の女王と呼ばれ、神司と言はれて、勿体なくも直々の御血筋の上位に立つて居たのは、恰度頭が下になり、足が上になつて居るやうな、矛盾撞着の遣り方であつた。……アヽ梅子姫様今までの御無礼を何卒お赦し下さいませ。決して貴女を押込め私が上に立つて覇張らうなどと云ふやうな、賤しい心はチツトも持つて居ませなんだ。然し乍ら名誉心に駆られ、本末自他公私の別を、不知不識の間に犯して居りました。貴女と吾々は天地霄壌の懸隔がございます。尊卑の別も弁へず甚だもつて不都合の至り、今改めてお詫を仕ります。さうして地恩城の女王たる地位を神様にお返し申し、生れ赤子の平の信者となつて御神業に奉仕し、貴女様を女王とも教主とも仰いで、忠実にお仕へ致しますから、不知不識の御無礼御気障、何卒神直日大直日に見直し聞直し下さいますように、黄竜姫が真心よりお詫仕ります』 と涙を滝の如く両眼より滴らし、悔悟の念に堪へざるものの如く涕泣嗚咽終に其場に泣き伏した。梅子姫は儼然として、 梅子姫『黄竜姫どの、貴方は結構な御神徳を頂きました。妾は神素盞嗚大神の生みの子と生れ、木の花姫の生宮として今日迄、貴方のお傍に身を下し、神業を輔佐して参りました。貴方の御言葉を今日只今迄、実の所は待つて居たのでございます』 と微笑を浮かべて曰りつれば、友彦は又もや両眼に涙を浮かべ乍ら、 友彦『私は生れついての狡猾者、到る所に悪事を働き、まぐれ当りに鼻の赤きを取得にてジヤンナの郷に持て囃され、救世主と呼ばれ乍ら好い気になり、心にも無き尊敬を受け、天来の救世主と化け済まして居た心の汚さ、イヤもう塵埃に等しき吾等の身魂、どうして肝腎要の御用にお使ひ下さいませう。……何卒々々梅子姫様、貴女様より大神様に重々の罪お赦し下さいます様お取成し願ひ上げ奉ります。又私は決して今後は、人様以上に結構な御用をさして頂かうとは夢にも思ひは致しませぬ。如何なる事にても構ひませぬから、どうぞ神様のお綱の切れぬ様に、大神様にお詫のお取次偏に希ひ上げ奉ります』 梅子姫『貴方の心の園の蓮花、転迷開悟の音を立て開き初めました。アヽいい所で改心して下さいました。これで梅子姫も父大神より命ぜられたる御用の一端が出来たと申すもの、私の方より貴方に対して感謝致します』 と嬉し涙を両眼に浮かべ、述べたつれば友彦は嬉しさ身に余り、大地にひれ伏し顔も得上げず、歓喜と悔悟の涙に咽び返つて居る。 蜈蚣姫は梅子姫の前に手をつかへて、 蜈蚣姫『梅子姫様、今迄の御無礼何卒々々お許し下さいませ。私は貴女様の御存じの通り悪逆無道の限りを尽した、鬼婆の様な悪人で御座いました。地恩城に参りまして娘の出世を見るにつけ、不知不識に高慢心が起り、且つ愛着の念に駆られ、肝腎の大神を第二に致し、且つ貴女様に対し、平素軽侮の目を以て向つて居りました心盲で御座います。地恩城に於て友彦が為め園遊会を開いた折、貴女様は紫の蓮華岩の上に立たせ給ひ、私の素性を歌つて下さつた時の私は、心の中にて非常な不満を抱きました。今思へばあの時のお言葉の中には、大神様の大慈大悲の救ひの御心……なぜ其時に私は気が附かなかつたでございませう。森羅万象に対し一切色盲の私、不調法ばかり致しまして神様に対し、又貴き貴女様に対してお詫申上げる言葉もございませぬ。どうぞ母子の者も憫み下さいまして、今迄大神様に敵対申した深い罪を、お詫下さいますようにお願ひ申します』 とワツとばかりに声をあげ泣き伏するにぞ、梅子姫は莞爾として、 梅子姫『アヽ蜈蚣姫様、貴女は今日只今初めて誠の神柱になられました、結構でございます。どうぞ此後とても妾と共に三五の大神様の御用に誠心誠意御尽力あらむことを希望致します。如何なる罪穢れ過も梅子姫が代りて千座の置き戸を負ひますれば御安心下さいませ』 蜈蚣姫は『有難うございます』と言うたきり、大地にかぶりつき有難涙に咽び入る。テールス姫は又もや梅子姫の前に両手をつき、 テールス姫『何分罪多き私、不知不識の御無礼お気障が何程ございませうとも、何卒お赦し下さる様、神界へお願ひ下さいませ』 と合掌して頼み入る。 梅子姫『貴女は此中でも最も罪軽き、身魂の清らかな神の子です。今日神界に対し差したる不調法もございませぬ。今後も今迄通り過ち無き様、神の御用に御奉仕あらむことを希望致します』 と答ふれば、テールス姫も梅子姫が慈愛の言葉に、有難涙をしぼるのみであつた。 梅子姫は湖面に向ひ合掌しながら何事か暗祈黙祷する事暫し、忽ち何処ともなく微妙の音楽聞え、西北の空を封じて、此方に向つて一瀉千里の勢にて飛び来る以前のアンボリー、幾百ともなく、翼を並べ、湖上目蒐けて飛び帰る其麗しさ、絵にも写せぬ眺めなり。 (大正一一・七・一一旧閏五・一七谷村真友録)
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(1888)
霊界物語 26_丑_麻邇宝珠が錦の宮に奉納 03 真心の花(二) 第三章真心の花(二)〔七六八〕 玉治別は立上り銀扇を拡げて歌ひ舞ひ始めた。 玉治別『吾は玉治別司天と地との三五の 誠を諭す神使宇都山郷に現はれて 樵の業や野良仕事名も田吾作の賤の男が 天の真浦の宣伝使松鷹彦に三五の 誠の道を教へられ国依別と諸共に 三国ケ嶽にバラモンの教の館を構へたる 此処に在れます蜈蚣姫三五教の大道に 救はむものと老木の茂る山路を打ち渉り 岩窟の中に乗り込みてお玉の方に廻り会ひ 蜈蚣の姫の秘蔵せる黄金の玉を発見し 綾の高天原へ持ち帰り意気揚々と宣伝の 使となりて遠近を彷徨ひ歩く其中に バラモン教の其一派鷹依姫の神司 高春山に居を構へ体主霊従の御教を 四方に開くと聞きしより国依別や竜国別の 貴の命と諸共に心の駒に鞭韃ちて 進む折しも津田の湖敵の捕手に囲まれて 生命危き折柄に杢助司や初稚姫の 貴の命に助けられ高春山に立ち向ひ 廻り会うたる天の森竜国別と鬼娘 ヤツサモツサの問答も神の恵みの御光に 煙と消えて潔く神の御稜威を伏し拝み 鷹依姫の割拠せる岩窟の中に立ち入りて 高姫、黒姫両人を救ひ出して鷹依の 姫の命は忽ちにアルプス教を解散し 三五教の大道に仕へまつりて綾錦 高天原に連れ帰り黄金の玉の紛失に 思はぬ濡衣被せられ泣く泣く立つて和田の原 遥々越えて何処となく黄金の玉の在処をば 探らむ為に親と子が海の彼方に出でましぬ あゝ惟神々々神の恵みの幸はひて 一日も早く片時も疾く速けく親と子が 在処を知らせ給へよと玉治別の朝宵に 祈る心ぞ悲しけれ金剛不壊の如意宝珠 紫色の宝玉の在処探ねて高姫が 又もや神都を後にして海の内外の区別なく 探ねて廻る気の毒さ神の仕組を打ち明けて 当所も知らぬ玉探し諦めさせむと玉能姫 初稚姫と諸共に屋根無し小舟に身を任せ 遠き浪路を打ち渡り高姫一行の危難をば 救ひ守りつ竜宮島到りて見れば高姫は 高山彦や黒姫と暗に紛れて逸早く 後白浪となり果てぬあゝ惟神々々 御霊幸はへましまして高姫一行が執着の 心の雲を晴らせかし一日も早く真心に かへらせ給へと太祝詞となふる声も湿り勝ち 玉治別は是非もなく初稚姫と諸共に ネルソン山の高嶺をば西に渉りて山深み 谷底潜り種々と百の艱難に出会ひつつ 神の恵を力とし誠の道を杖として 石の枕に星の夜具猛哮ける大野原 夜を日に次いで進みつつ虎狼や大蛇まで 吾三五の言霊に言向け和し玉野原 一眸千里の草分けて諏訪の湖辺に辿り着き 社の前に額きて善言美詞の太祝詞 汗に穢れし身体を清き湖水に禊ぎつつ 拍手の声は中天に轟き渡る折柄に 浪を十字に引き分けて現はれ給ふ百の神 天火水地と結びつつ五づの身魂の御宝 携へ来る女神等吾等一行に立ち向ひ 竜宮海の麻邇の玉汝等五人に授けむと いと厳かに宣らせつつ身魂を研けと言ひ捨てて 後白浪と消え給ふ初稚姫や玉能姫 玉治別は伏し拝み諏訪の湖あとにして 西北指して進みつつ幾度となく皇神の 深き試錬に遇ひながらさしもに広き竜宮島 神の使の霊鳥に救はれ無事に国人を 言向け和し神業を略了へまつる折柄に 神の使の八咫烏黄金の翼拡げつつ 吾等一行五つ身魂其背に乗せて玉依姫の 貴の命の在れませる竜の宮居に送りけり あゝ惟神々々御霊の幸を蒙りて 吾等五人は皇神の教の道に尽すより 外に一つの望みなし執着心の雲晴れて 輝き渡る日月は心の空に永久に 鎮まりいます心地して不言実行の神の業 竜の館に仕へつつ時の到るを待つ間に 梅子の姫を始めとし黄竜姫や蜈蚣姫 テールス姫や友彦が黄金の舟に浮びつつ 黄金の門を潜りぬけ現はれ来ます嬉しさに 互に見合はす顔と顔嬉し涙はせきあへず 言葉を掛くる術もなく無言の儘に奥殿に 進む折柄玉依姫の神の命は悠々と 青人草を救へよと露の滴る青の玉 ものをも言はず玉治別の神の司の掌に 授け給ひし嬉しさを喜び畏み村肝の 心の魂の照るままに黄竜姫の双の手に 漸く渡し胸を撫で不言実行の一端に 仕へまつりし折柄に玉依姫は奥深く 御神姿隠し給ひけり吾等一同勇み立ち 三つの御門を潜りぬけ黄金の浪の漂へる 諏訪の湖辺に来て見れば忽ち飛び来る八咫烏 吾等を乗せて白雲の御空を高く翔上り 翼の音も勇ましく漸く当館に帰りけり あゝ惟神々々御霊幸はへましまして 三五教の御教は堅磐常磐に松の世の ミロク神政の基礎と仕へまつりて天地の 百の神等百人を浦安国の心安く 守らせ給へ惟神神の命の御前に 玉治別が真心を開いて細さに願ぎまつる 神素盞嗚大神や国治立の御分魂 国武彦大神よ三五教は言ふも更 島の八十島八十の国青雲棚引く其限り 天地百の生物に平安と栄光と歓喜を 与へ給へと願ぎまつるあゝ惟神々々 御霊幸はへましませよ』 と歌ひ終つて自席に着いた。 次に黄竜姫は立ち上り歌ひ始めた。 黄竜姫『大国彦の神霊堅磐常磐に祀りたる バラモン教は常世国大国別の神司 開き給ひし貴の道万里の波濤を乗り越えて イホの都に来りまし教の園を開く折 三五教の宣伝使夏山彦や祝姫 行平別の言霊に鬼雲彦の大棟梁 根城を抜かれ是非もなく数多の部下を引き率れて 天恵洽きエヂプトを見捨てて来る中津国 メソポタミヤの顕恩郷漸く此処に落ち付いて 堅磐常磐に根城をば固めて道を四方の国 布き弘めたる折柄に神素盞嗚大神の 肉の宮より生れませる神姿優しき八乙女が 心の色もいと清く誠の花を開かせて 教の園を作らむと忍び忍びに出で給ふ 鬼雲彦を始めとし鬼熊別や蜈蚣姫 吾足乳根はバラモンの教の道に勤しみて 心のたけを尽しつつ仕へ給へる折柄に 功績も太玉宣伝使現はれ況して言霊の 珍の剣を抜き放ち誠の鉾を振廻し 薙立て斬り立てバラモンの教の疵を正さむと 真心籠めて出で給ふその御心を白雲の 烟に巻かれて大棟梁鬼雲彦を始めとし 従ひ給ふ神司顕恩郷を後にして 波斯の御国へ出で給ふさはさりながら其以前 顕恩郷の神司幹部一同を従へて 花見の宴を開きまし饗応の酒に酔ひしれて エデンの川を渡る折御舟の傍に立ち居たる 十五の春の吾姿酔ひたる人に撥ねられて ザンブとばかりエデン川流れて底に白浪の 生命絶えむとする折に従僕の司の友彦は 身を躍らして川中を潜り潜りて漸くに 妾を抱きて救ひ上げ背に負ひつつ吾父の 館を指して帰りましぬあゝ惟神々々 神の恵みの浅からず二つなき身の生命をば 神の恵みと言ひながら助け呉れたる友彦に 心は移る恋の闇吾垂乳根の目を忍び 闇に紛れて顕恩郷をソツト脱け出で友彦と 手に手を取つて錫蘭の島深山の奥に身を潜め 一年ばかり経る中に妾が心機一転し 何の情もあら男後に残して逃げて行く 錫蘭の浜辺の里人のチヤンキー、モンキーの両人に 艪を操らせ限りなき大海原を打ち渡り 九死一生の苦みを五十子の姫や梅子姫 御供の神に助けられ長き浪路を渡りつつ 昼は終日終夜三五教の御教を 心の底の奥庭に植付けられてバラモンの 迷ひの夢も醒めにけり五十子の姫の一行に 推戴されて竜宮の黄金花咲く一つ島 地恩の郷に顕現しオーストラリヤの新女王 三五教の神司あらゆる名誉を身に負ひて 本末顛倒の境遇を知らず識らずに日を送る 心の中の浅間しさ高山彦や黒姫に 政務教務を打ち任せブランジー、クロンバー相並び 政教一致の神業を開いて国を守る折 三五教の高姫と共に来ませし蜈蚣姫 母の命に廻り会ひ嬉し涙にせきあへず 心を協せ身を尽し教は四方に輝きて 朝日の豊栄昇る如歓ぎ楽しむ折柄に 現はれ来る友彦が夫婦の神の来訪に 喜び驚き一時は心の海に荒浪の 立つ瀬なき迄狼狽し互に過去を語り合ひ ヤツと解けたる胸の裡園遊会になぞらへて 昔の交り温めつ東と西と相応じ 宝の島を治めむと心も勇む時もあれ ネルソン山の空高く現はれ出でし蜃気楼 如何なる事の天啓かよくよく仰ぎ眺むれば 紛ふ方なき諏訪の湖地恩の城に仕へたる 左守神の清公がチヤンキー、モンキー其外の 二人の供と諸共に荘厳美麗の玉の宮 玉依姫の御前に近く仕ふる有様は 手に取る如く見えにけりネルソン山の西の空 尊き神の坐しますと思ひ定めて梅子姫 蜈蚣の姫やテールスの姫の命と諸共に 友彦さまを先頭に旅の枕も数重ね 漸く来る玉野原金砂銀砂を敷きし如 漸く道を進みつつ諏訪の湖畔に建てられし 祠の前に辿り着き湖面に向つて再拝し 天津祝詞を奏上し愈此処に村肝の 心の帳も開け初め梅子の姫の御前に 知らず識らずに犯したる百の罪咎詫びぬれば 木花姫の懸らせて天火水地の大道を 諭し給へば小糸姫蜈蚣の姫や一同は 転迷開悟の蓮花一度に開く梅子姫 尊き神の御教を心の底より正覚し 感謝祈願の折柄に諏訪の湖面に浮びたる 浮島影を悠々と黄金の船に真帆を上げ 此方に向つて進み来るその気高さに驚きて 湖上を看守る折もあれ左守神の清公が 四人の供と諸共にものをも言はず手を挙げて 乗らせ給へと麾く妾一行五人連れ 直に船に打ち乗りて黄金の浪を辷りつつ 西北指して進み行く天国浄土か楽園か 青赤白黄紫の花は梢に咲き乱れ 大小無数の島嶼は彼方此方に永久に 浮べる中を心地よく勇み進んで玉依の 姫命の在れませる竜の宮居に行き見れば 月雪花の御姿に擬ふべらなる姫神の 十二の神姿立ち並び玉治別や初稚姫の 神の命や玉能姫久助お民も諸共に 吾等一行を迎へつつ奥殿深く進み入る 梅子の姫は奥の間の宝座に静に座を占めて 暗祈黙祷なし給ふ時しもあれや高御座 扉を開き悠々と現はれ給ふ貴姿 玉依姫の御神は数多の侍女を従へて 貴の玉器携へつ十曜の紋の十人連れ ものをも言はず目礼し微笑を浮べてそれぞれに 五色の玉を手づからに渡し給へば玉治の 別の命の神司青き玉をば授かりて 直に吾手に微笑みつ渡させ給ふ尊さよ 天火水地と結びたる麻邇の御玉の其一つ 授かり給ひし喜びを私せずに妾の手に 渡し給ひし功績を建てよと示す玉治別の 神の命の志玉を争ふ世の中に 執着心の影もなく月日の如く明けき 其の御身魂々々々感謝の涙せきあへず 感謝は忽ち村肝の心の海に浪起り 進みかねたる恋の海玉治別の真心は 天地の神も嘉すらむ妾は賤しき小糸姫 恵の露に潤ひて今は嬉しき宣伝使 神の司となりぬれど心汚き人の身の いかで誠を尽し得む斯る身魂も省みず 尊き玉の神業を惜しまず妾に譲りてし 清き心は又と世に何処の果を探ぬとも いかで例のあら涙漂ひ浮ぶ一つ島 夫なき身の独身者玉治別の神司よ 妾は切なき恋の闇玉の光の現はれて 照らさせ給へ妹と背の尊き道の誓言 神素盞嗚大神や国武彦大神の 尊き御前を顧みず心のたけを打ち明けて 幾重に願ひ奉る黄竜姫が授かりし 麻邇の御玉を妾のみ私なさず三五の 教司の高姫や高山彦や黒姫の 神の司も諸共に空前絶後の此度の 尊き神業に参加させ心の隔てを除き去り 三五教の御教を月日輝く地上に 照させ給へ厳魂瑞の魂の御前に 黄竜姫が真心を捧げて謹み願ぎ申す あゝ惟神々々御霊幸はへましまして 神伊弉諾大御神神伊弉冊大神の 撞の御柱右左廻り給ひて千代八千代 誓ひ給ひし其如く妹背の契を結ばせて 神の教を四方の国夫婦の息を合せつつ 身もたなしらに仕ふべし許させ給へ玉治別の 神の司の宣伝使心の底を打ち明けて 完全に詳細に願ぎ奉る朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 神の御前に誓ひたる妹背の道は永久に 変らざらまし松の世の尊き神の御心に 八千代を籠めて願ぎ奉るあゝ惟神々々 御霊幸はへましませよ』 と祝賀と喜悦と恋慕とゴツチヤにして心のたけを歌ひ終り座に着いた。玉治別は聊か当惑し直に立つて黄竜姫の歌に答ふべく、再び銀扇を開いて言葉静かに歌ひ始めた。 玉治別『神の恵に助けられ玉治別と名を負ひて 今は尊き宣伝使三五教の御教を 天地四方に開かむと山の尾渉り川を越え 潮の八百路も厭ひなく進み進みて竜宮の 一つの島に上陸し心も清き諏訪の湖 玉依姫の御神に麻邇の御玉を賜はりて 地恩の城を治めます黄竜姫の玉の手に 渡して神の功績を高き低きの隔てなく 神の御前に現はして教の道を照さむと 心を尽す玉治が清き身魂を臠し 妹背の道を結ばむと語らひ給ふ尊さよ さはさりながら玉治の別の命は其昔 宇都山郷に現はれし国依別が妹なる お勝の姫を妻となし夫婦揃ひて睦まじく 神の神業に仕ふ身ぞ黄竜姫の真心は 己玉治別として無限の感謝に充ちぬれど 皇大神の定めたる一夫一婦の御規則 破らむ由もないじやくり国に残せし若草の 妻の命の心根を思へばいとど哀れなり 宇都山郷の田吾作と蔑まれたる時も時 卑しき身をも顧みず尊き神の御裔もて 吾に仕へし貴の妻吾身に一人ある事を 完全に詳細に聞こし召し此事のみは今日限り 心に放させ給へかし汝が身を思ひ妻の身を 思ふ玉治別神清き心を汲みとりて 必ず怒らせ給ふまじあゝ惟神々々 生命二つとあるならば汝をも娶り又もとの お勝の方と睦まじく仕へむものと吾心 汲ませ給へよ黄竜姫神素盞嗚大御神 国武彦の御前に真心明かし汝が身の 思ひを此処に情なくも科戸の風に打ち払ふ 黄竜姫の神司汝が切なる心根を 仇には捨てぬ玉治別の仇に思はぬ真心を 直日に見直し聞直し弥永久に宣り直し 吾に勝りていと清き夫の命を持たせまし あゝ惟神々々神の御前に玉治が 真心明かし奉る』 と妻のお勝の宇都山郷にありて神業に奉仕し居れば、貴嬢の御心は察すれども、到底夫婦たる事を得ずとの旨を神の前に表白したのである。黄竜姫は愈恋の雲晴れて熱心に神業に奉仕する事となつた。 (大正一一・七・一七旧閏五・二三北村隆光録)
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(1891)
霊界物語 26_丑_麻邇宝珠が錦の宮に奉納 06 大神宣 第六章大神宣〔七七一〕 素盞嗚尊は儼然として立上り、荘重なる口調を以て歌はせ給うた。 素尊『豊葦原の国中に八岐大蛇や醜狐 曲鬼共のはびこりて山の尾の上や川の瀬を 醜の魔風に汚しつつ天の下なる民草を 苦め悩ます此惨状を見るに見兼ねて瑞御魂 神素盞嗚と現はれて八十の猛の神司 八人乙女や貴の子を四方に遣はし三五の 神の教を宣べ伝へ山川草木鳥 虫族までも言霊の清き御水火に助けむと ウブスナ山の斎苑館後に残して八洲国 彷徨ふ折りしも自転倒の大和島根の中心地 綾の高天の聖域に此世の根元と現れませる 国治立大神の国武彦と世を忍び 隠れいますぞ尊けれ此世を救ふ厳御霊 瑞の御霊と相並び天地の神に三五の 教を開き天が下四方の木草に至る迄 安息と生命を永久に賜はむ為に朝夕を 心配らせ給ひつつ三つの御玉の神宝 高天原に永久に鎮まりまして又もはや 現はれ給ふ麻邇の玉五づの御玉と照り映えて 三五の月の影清く埴安彦や埴安姫の 神の命と現れませる神の御霊も今茲に いよいよ清く玉照彦の貴の命や玉照姫の 貴の命の御前に納まる世とはなりにけり 瑞の御霊と現れませる三五教の神司 言霊幸はふ言依別の神の命は皇神の 錦の機の経綸を心の底に秘めおきて 松の神世の来る迄浮きつ沈みつ世を忍び 深遠微妙の神策を堅磐常磐にたてませよ 神素盞嗚の我が身魂八洲の国に蟠まる 八岐大蛇を言向けて高天原を治しめす 天照します大神の御許に到り復命 仕へまつらむそれ迄は蠑螈蚯蚓と身を潜め 木の葉の下をかいくぐり花咲く春を待ちつつも 完全に委曲に松の世の尊き仕組を成し遂げむ 国武彦大神よ汝が命も今暫し 深山の奥の時鳥姿隠して長年の 憂目を忍びやがて来む松の神世の神政を 心静かに待たせまし竜宮城より現はれし 五つの麻邇の此玉は綾の聖地に永久に 鎮まりまして桶伏の山に匂へる蓮華台 天火水地と結びたる薫りも高き梅の花 木花姫の生御魂三十三相に身を現じ 世人洽く救はむと流す涙は和知の川 流れ流れて由良の海救ひの船に帆をあげて 尽す誠の一つ島秋山彦の真心や 言依別が犠牲の清き心を永久に 五六七の神世の礎と神の定めし厳御魂 実に尊さの限りなりあゝ惟神々々 御霊幸はへましまして国治立大神の 厳の御霊は今暫し四尾の山の奥深く 国武彦と現はれて草の片葉に身を隠し 錦の宮にあれませる玉照彦や姫神を 表に立てて言依別の神の命を司とし 深遠微妙の神界の仕組の業に仕へませ 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも厳と瑞との此仕組 千代も八千代も永久に変らざらまし天地の 初発し時ゆ定まりし万古不易の真理なり 万古不易の真理なり此世を造りし神直日 心も広き大直日只何事も神直日 大直日にと見直して天地百の神人を 救はむ為の我が聖苦思ひは同じ国治立の 神の尊の御心深くも察し奉る 深くも感謝し奉る』 と歌ひ終り、一同に微笑を与へて、奥の間に姿をかくさせ給うた。 国武彦命は神素盞嗚尊の御後姿を見送り、手を合せ感謝の意を表し、終つて一同の前に立ち、稍悲調を帯びた声音を張り上げ歌ひ給うた。 国武彦『天の下なる国土を汗と涙の滝水に 造り固めて清めたる豊葦原の国の祖 国治立の厳御霊御稜威も高き貴の宮 高天原に現はれて百の神等人草の 守らむ道を宣り伝へ神の祭を詳細に 布き拡めたる元津祖天足の彦や胞場姫の 捻け曲れる身魂より生れ出でたる曲身魂 八岐大蛇や醜狐醜女探女や曲鬼の 怪しの雲に包まれてさも美はしき国土も 汚れ果てたる泥水の溢れ漂ふ世となりぬ 醜の曲霊に憑かれたる常世の彦や常世姫 千五百万の神々の罪や穢を身に負ひて 木花姫の守ります天教山の火口より 身を躍らして荒金の地の底迄身を忍び 根底の国を隈もなくさ迷ひ巡り村肝の 心を尽し身を尽し造り固めて天教の 山の火口に再現し野立の彦と名を変へて 洽く国内を駆け巡り豊国姫の神御霊 野立の姫と現はれてヒマラヤ山を本拠とし 身を忍びつつ四方の国夫婦の水火を合せつつ 世界隈なく検めて再び来る松の世の 其礎を固めむと自転倒島の中心地 綾の高天と聞えたる桶伏山の片ほとり 此世を洗ふ瑞御霊四尾の山に身を忍び 五つの御霊の経綸を仕へまつらむ其為に 日の大神の神言もて天の石座相放れ 下津磐根に降り来て国武彦となりすまし 神素盞嗚大神の御供の神と現はれぬ 此世を思ふ真心の清き思ひは仇ならず 現幽神を照り透す金剛不壊の如意宝珠 黄金の玉や紫の貴の宝は逸早く 自転倒島に集まりて三千世界を統べ守る 其礎はいや固く国常立となりにけり 又もや嬉しき五つ御玉波に漂ふ竜宮の 一つ島なる秘密郷金波漂ふ諏訪の湖 底ひも深く秘めおきし五つの御霊と称へたる 青赤白黄紫の光眩ゆき麻邇の玉 梅子の姫や黄竜姫蜈蚣の姫や友彦や テールス姫の御使に持たせ給ひて遥々と 黄金翼の八咫烏天津御空を輝かし 雲路を別けて自転倒の松生ひ茂る神の島 綾の聖地に程近き恵も深き由良の海 其川口に聳り立つ秋山彦の神館 心の色は綾錦空照り渡る紅葉姫 夫婦の水火も相生の松葉茂れる庭先に 十曜の紋の十人連しづしづ帰り降り来る 其御姿の尊さよいよいよ茲に五つ御玉 国武彦も永久に隠れて此世を守り行く 玉依姫のおくりたる麻邇の宝珠は手に入りぬ あゝ惟神々々時は待たねばならぬもの 時程尊きものはなし此世を造り固めたる 元の誠の祖神も時を得ざれば世に落ちて 苦み深き丹波路の草葉の影に身を凌ぎ 雨の晨や雪の宵尾の上を渡る風にさへ 心を苦しめ身を痛め天地の為に吾力 尽さむ由も泣くばかり胸もはり裂く時鳥 八千八声の血を吐きて時の来るを待つ間に 今日は如何なる吉日ぞや神世の姿甲子の 九月八日の秋の庭御空は高く風は澄み 人の心も涼やかに日本晴れのわが思ひ 瑞と厳との睦び合ひ八洲の国を照らすてふ 三五の月の御教の元を固むる瑞祥は 此世の開けし初よりまだ新玉のあが心 あゝ惟神々々天津御空の若宮に 鎮まりいます日の神の御前に慎み畏みて 国治立の御分霊国武彦の隠れ神 遥に感謝し奉る千座の置戸を身に負ひて 此世を救ふ生神の瑞の御霊と現れませる 神素盞嗚大神の仁慈無限の御心を 喜び敬ひ奉り言依別の神司 此行先の神業に又もや千座の置戸負ひ あれの身魂と諸共に三柱揃ふ三つ身魂 濁り果てたる現世を洗ひ清むる神業に 仕へまつらせ天地の百の神たち人草の 救ひの為に真心を千々に砕きて筑紫潟 深き思ひは竜の海忍び忍びに神業を 仕へまつりて松の世の五六七の神の神政を 心を清め身を浄め指折り数へ待ち暮す あが三柱の神心完全に委曲に聞し召し 天津御空の若宮に堅磐常磐に現れませる 日の大神の御前に重ねて敬ひ願ぎまつる あゝ惟神々々御霊幸はへましませよ』 と歌ひ了り給ひ、一同に軽く目礼し、其儘御姿は白煙となりて其場に消えさせ給うた。一同はハツと驚き、直に拍手し天津祝詞を奏上し、御神慮の尊さを思ひ浮べて、感涙に咽ぶのであつた。 (大正一一・七・一八旧閏五・二四松村真澄録)