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(2048)
霊界物語 32_未_南米物語4 アマゾンの兎の都 11 人の裘 第一一章人の裘〔九〇二〕 アマゾン河の南岸に展開せる大森林は、猛獣毒蛇の公然として暴威を逞しうするのみなれば、却て之が征服には余り骨を折らなくてもよかつた。只表面的神力を発揮さへすれば獅子、狼其他の猛獣をも悦服させ得たのである。 鷹依姫、竜国別は兎の都の王となり、暫く此処に止つてゐた。然るに屡々、獅子、熊、虎、狼、大蛇、禿鷲、豺其他の獣、群をなして兎の都を包囲攻撃し、大いにそれが防禦に艱みつつありし処に、帽子ケ岳の山頂より危急存亡の場合は、不思議の霊光、猛獣の頭を射照らし、遂に流石の猛獣大蛇も我を折り、鷹依姫、竜国別の許に鷲の使を派遣し帰順を乞ひ、時雨の森の南森林は、全く鷹依姫女王の管掌する所となりぬ。 之に反し北の森林はすべての獣類、奸佞にして妖怪変化をなし、容易に其行動、端倪すべからざるものあり。そこへ動もすれば執着心を盛返し、心動き易き高姫を主として一行四人、鷹依姫を助けむと出で来りたるが、到底北の森林は、一通や二通で通過する事さへ出来ない事を大江山の鬼武彦が推知し、茲に白狐の高倉、月日、旭の眷族を遣はし、先づ第一に高姫の執着心を根底より除き、我を折らしめ、完全無欠なる神の司として、森林の探険を了へしめむと企画されたるが、果して高姫は玉と聞くや、執着心の雲忽ち心天を蔽ひ、斯の如き神の試みに遇ひたるぞ浅ましき。 ○ 高姫は泥田圃の葦の中にアフンとして、夢から醒めたやうな面をさらしてゐる。常彦、ヨブの両人は、鼈に尻をぬかれた様な、ド拍子の抜けた面をさげて、高姫の体を不思議さうに、頭の先から足の先まで、まんじりともせず眺めながら黙然として立つて居る。春彦は何時の間にやら、身体自由になつて居た。 春彦『高姫さま、私の云つた事は如何でした。違ひましたかなア』 高姫『違はぬ事もない、違ふと云つたら、マア違ふやうなものだ。チツトお前さま改心なさらぬと、私迄がこんな目に遇はなくちやなりませぬよ』 春彦『アハヽヽヽ、何とマア徹底的に強いこと、世間へ顔出しがならぬ様になりて来るぞよ、われ程の者はなき様に申して、慢心致して居ると、眉毛をよまれ、尻の毛が一本もない所迄抜かれて了うて、アフンといたし、そこになりてから、何程神を頼みたとて、聞済はないぞよ……と三五教の御教にスツカリ現はしてあるぢや御座いませぬか……スゴスゴと姿隠して逃げていぬぞよと』 高姫『コレコレ春彦、お前そりや誰に云つてるのだえ。そんなこた、チヤンと知つてゐる者計りだ。高姫はそんな事は百も千も承知の上の事だから、モウ何にも云うて下さるな。エヽこんな男の側に居つて、ひやかされて居るよりも、どつかの木の下で一つ沈思黙考と出掛けようか』 と云ひながら、一生懸命に尻ひきまくり、森林の奥深く駆入る。 常彦は高姫の姿を見失はじと、是亦尻ひつからげ、後を慕うて従いて行く。 春彦、ヨブの二人は、二人の姿を見失ひ、 春彦『又何れどつかで会ふ事があるだらう。吾々は鷹依姫一行を早く捜し求めて救ひ出し、自転倒島へ早く帰らねばならぬ』 と春彦は先に立つて高姫が走つて行つた反対の方向へワザとに歩を進めた。半時許り森林の中をかきわけて、西北を指して進み行くと、そこに真黒けの苔の生えた、目鼻口の輪廓も碌に分らぬ様な三尺許りの石地蔵が、耳が欠けたり、手が欠けたり、頭半分わられたりしたまま、淋しげに横一の字に立つてゐる。 ヨブ『春彦さま、一寸御覧、此石地蔵を……耳の欠けたのや、頭の欠けたの、手の欠けたのや、而も三体、能くも不具がこれ丈揃うたものですな。一寸此辺で一服致しませうか』 春彦『サアもう一休みしてもよい時分だ。併し此石地蔵は決して正真ぢやありますまいで。気をつけないと、又高姫さまの二の舞をやらされるか知れませぬワイ。神さまに吾々は始終気を引かれて修業をさせられますからな』 ヨブ『春彦さま、私はモウ三五教が厭になりましたよ。高姫さまの正直な態度に、船中に於て感歎し、本当に好い教だと思うて入信し、一切の欲に離れて財産迄人に呉れてやり、ここ迄発起してワザワザついて来ましたが、どうも高姫さまの執着心の深い事、あの豹変振り、ホトホト愛想がつきて、三五教がサツパリ厭になつて了つたのですよ』 春彦『あなたは神様を信ずるのですか、高姫さまを信じてるのですか……人を信じて居ると、大変な間違ひが起りますよ。肝腎要の大神様の御精神さへ体得すれば、高姫さまが悪であらうが、取違ひをしようが、別に信仰に影響する筈はないぢやありませぬか』 ヨブ『さう聞けばさうですなア。併し高姫さまの行ひに惚込んで入信した私ですから、何だか高姫さまがあんな事を言つたり、したりなさるのを実地目撃しては、坊主憎けら袈裟迄憎いとか云つて、神様迄が信用出来なくなつて来ましたよ』 春彦『そらそんなものです。大抵の人が百人が九十九人迄導いて呉れた人の言行を標準として信仰に入るのですから、盲が杖を取られたやうに淋しみを感ずるのは当然です。どうでせう、是から吾々両人が高姫さまに層一層立派な神柱になつて貰ふやうに努めようぢやありませぬか。神様から吾々に対する試験問題として提供されたのに違ひありませぬよ』 ヨブ『兎も角入信間もなき私ですから、先輩のあなたの御意見に従ひませう。私もあなたには感心しました。高姫さま以上の神通力をお持ちになり、吾々三人が今の今迄神様の試みに会ひ、泡を吹いて苦しむ事を、先へ御存じの春彦さま、高姫さま以上ですワ』 春彦『イエイエ、決して高姫さまの側へも寄れませぬ。併しながら如何したものか、私の体が余程霊感気分になり、あんな事を言つたのです。つまり神様から言はされたのです』 と話して居る。後の石地蔵はソロソロ歩き出し、二人の前に胡坐をかき始めた。ヨブはビツクリして、 ヨブ『アヽ春彦さま、大変ですよ。石地蔵奴、そろそろ動き出して、此処に胡坐をかいて笑つてるぢやありませぬか』 春彦『アハヽヽヽ是ですかいな。コリヤオホカミ様ですよ。獣としては優良品ですよ。一つの奴はアークマ大明神と云ふ奴、一つの奴はシシトラ大明神と云ふ化神さまだから、用心なさいませや』 ヨブ『何と能う化州の現はれる所ですなア』 春彦『元より妖怪の巣窟だから、いろいろの御客さまが現はれて、面白い芸当を見せてくれますワイ……オイ熊公、獅子、虎、狼、なんぢや猪口才な、石地蔵や人間の姿に化けやがつて、四ツ足は四ツ足らしうしたがよからうぞ。勿体ない、人間様の姿に化けると云ふ事があるかい、僣越至極にも程があるワ』 石地蔵『ホツホヽヽ、俺達が人間の姿や仏の姿をするのが、夫程可笑しいのかい。又夫程罪になるのか。よう考へて見よ、今の人間に四足の容器になつて居らぬ奴が一人でもあると思ふか。虎や狼、獅子、熊、狐、狸、鷲、鳶、大蛇、鬼は云ふも更なり、下級な器になると、豆狸や蛙までが人間の皮を被つて、白昼に大都市のまん中を横行濶歩して居る世の中だよ。 これはしも人にやあるとよく見れば あらぬ獣が人の皮着る と云ふ様な今日の世界だ。そんな野暮な分らぬ事を云ふものでないよ。今の人間は神様の真似をしたり、志士仁人、聖人君子、学者、宗教家、教育家などと、洒落てゐやがるが、大抵皆四足のサツクだ。どうだ、チツト合点がいつたか』 春彦『お前がさう云ふとチツト考へねばならぬやうな気分がするワイ。全くの悪口でもないやうだ。併し、お前の目から俺の肉体を見ると、神さまのサツクの様に見えはせぬかな』 石地蔵『見えるとも見えるとも、スツカリ神様だ』 春彦『四足の容器のやうにはないかなア』 石地蔵『四足所かモツトモツト○○だ。神は神ぢやが渋紙の様な面をし、心の中は貧乏神、弱味につけ込む風邪の神、疱瘡の神に痳疹の神、おまけに顔はシガミ面、人情うすき紙の如き破れ神……と云ふ様な神様のサツクだなア』 春彦『そら、余り酷評ぢやないか』 石地蔵『どうでも良いワ。お前の心と協議して考へたが一番だ。お前は高姫を見棄てる精神だらうがな』 春彦『イヤア決して決して見すてる考へぢやない。一日も早く改心をして貰つて、立派な神司になつて欲しいのだから、それでワザとに高姫さまが苦労をする様に、二人こちらへ別れて来たのだ。此春彦が従いてゐると、高姫さまがツイ慢心をして、折角の改心が後戻りをすると約らないからなア』 石地蔵『アツハヽヽヽ、腰抜神の分際として、高姫さまに改心をして貰ひたいなどとは、よう言へたものだ。お前の心の曇りが、みんな高姫さまを包んで了ふんだから、折角改心した高姫が、最前の様な試みに遇うたのだぞよ。今高姫はモールバンドに取囲まれ、大木の幹を目がけて、常彦と共に難を避けてゐるが、上には沢山な猅々猿が居つて、高姫に襲撃して来る。下からはモールバンドが目を怒らして、只一打ちと狙つてゐる最中だ。オイ春彦、ヨブの両人、是から高姫を救ひに行くと云ふ真心はないのか』 春彦『そりやない事はないが、此春彦、ヨブの両人が往つた所で、モールバンドのやうな、強い奴が目を怒らして待ち構へとる以上は、吾々二人が救ひに行つた所で、駄目だ。否駄目のみならず、吾々の命迄、あの尻尾で一つやられようものなら、台なしになつて了ふ。人間の体は神様の大切なる御道具だから、さう易々と使ふ訳には行きますまい。何分にも、お前の云ふ通り、人情うすき紙の様な神や、腰抜神の容器だからなア』 石地蔵『アツハヽヽヽ、口計り立派な事を云つて居つても、まさかの時になつたら尻込みを致す、誠のない代物計りだなア。それでは三五教も駄目だよ』 春彦『喧しう云ふな。春彦の精神が石地蔵のお化けに分つて堪らうかい。俺は高姫さまの様に有言不実行ではないのだ。不言実行だ。どんな事をやるか見て居つて呉れい。モールバンドであらうがエルバンドであらうが、誠と云ふ一つの武器で言向け和し、見ン事二人の生命を助けて見ようぞ。サア、ヨブさま、春彦に従いてお出でなさい』 とあわてて、高姫の走つた方へ行かうとする。石地蔵は、 石地蔵『アツハヽヽヽ、たうとう俺の言に励まされて、直日の霊に省みよつたなア。人に言うて貰うてからの改心は駄目だよ。心の底から発根と改心した誠でないと役には立たぬぞよ。今にアフンと致して腮が外れるやうな事がない様に気をつけたがよいぞよ。石地蔵が気を付けておくぞよ。此方はアキグヒの艮の神、それに、良き獣の使はし女を沢山抱へて居る狼又アークマ大明神と云ふ立派な御方だ。ドレ、是から石地蔵に化けて居つても本当の活動は出来ない。うしろから、お前の腕前を、実地見分と出かけよう。口と心と行ひの揃ふやうな誠を見せて貰はうかい』 春彦『エヽ喧しい、化州、俺の御手際を見てから、何なと吐け。サア、ヨブさま行かう』 と尻ひつからげ、以前の谷川を兎の如くポイポイポイと身軽く打渡り、転けつ輾びつ、 春彦『オーイオイ、高姫さまはどこぢやアどこぢやア、モールバンドのお宿はどこぢや、春彦さまの御見舞だ、俺がこれ程ヨブのに、何故春彦ともヨブさまとも返答をせぬのか。高姫、お前は聾になつたのか。オーイ、オイ』 と声を限りに叫び乍ら、ドンドンドンと地響きさせつつ、草原を無性矢鱈に大木の茂みを指して走り行く。 (大正一一・八・二三旧七・一松村真澄録)
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霊界物語 33_申_玉の御用の完了/高姫と黒姫の過去 03 言霊停止 第三章言霊停止〔九一八〕 言依別命は此灰まぶれ騒動を一目見て、顔をしかめ乍ら、 言依別命『モシ高姫さま、言依別で御座います。コリヤまあ如何なさいました。カールに春彦、お前さまも灰まぶれぢやないか』 カール『ハイ、さつぱり灰猫婆に灰を吹かれまして、イヤもう此通り、ハイ北ハイ陣の為体で御座います。ハイもうさつぱり、さハイが付きませぬワイ。どうぞ御ハイ慮下さいませぬ様に、ハイ願致します』 春彦『紅塵万丈……でなくて、薩張ハイ塵万丈な目にあひました。ハイ神楽の舞を一つ舞うて見ましたが、何分爺になる役がハイカラですものだから、薩張采ハイをふり損つて、灰猫婆アさまに咬みつかれました』 言依別『何だか知らぬが、大変な喧嘩をしたと見えますな。………高姫さま、コリヤ一体如何して斯んな事が突発したのですか、何か深い事情があるでせう。お差支なくば其理由を拝聴したいものですな』 高姫『あのマア言さまの白々しい事ワイの。甘く両人に言ひ含ませ、此婆アをこんな目にあはしておいて、ヘン、そんな計略は最早駄目ですよ。良い加減にお前も改心をなさいませ。ドハイカラ奴が……』 言依別『コレハコレハ、思ひがけなき高姫様のお言葉……』 高姫『思ひがけないでせう、それだけ死際の悪い高姫とは、いかなお前でも思ひがけなかつたでせう、ホツホヽヽヽ。憎まれ子世に覇張る……とか申しましてな、折角国依別が甘くドハイカラの言さまに取込み、今晩は男蝶女蝶の花の盃酌かはす段取まで、やうやう漕ぎつけた所、諸行無常の世の中、月に叢雲、花に嵐の高姫婆風が、情なくも吹きすさみ、半開の莟を散らさうとする。其防禦網を……否網所か、妨害を根絶せむと甘く企んだお前達のお手際、実に見上げたもので御座いますワイ。オツホヽヽヽ。何程琉の玉や球の玉を手に入れたと云つて、琉球相にして居つても、肝腎の身魂が曇り切り、灰泥の様になつて居つては、玉の効用はサツパリ玉無しですよ』 春彦『コラ灰猫婆ア!貴様は比喩方のない悪垂婆アだ。改心をしたり、慢心をしたり、モウ是から先は何をするのだ。疑心暗鬼の張本人奴が』 高姫『改心慢心の後は感心だよ。お前達のどこ迄も執念深い計略には此高姫も実に感心……否寒心せざるを得ませぬワイ。オツホヽヽヽ』 と云つた限り『ウーン』と反り返り、癲癇の様に口から泡を吹き、手足をピリピリと震はせて、其場にふん伸びて了つた。 春彦『余り逆理屈ばかりを云ふものだから、神様の神罰が当つて、此通りふん伸びて了つたのだ。……なあカール、善と悪とを立別ける神は、此世に確に居られますねえ』 言依別『オイお前達、そんな事言つてゐる時ぢやない。早く灰を掃除して、顔を洗ひ、手を清め、高姫さまの御恢復を祈らなならないぢやないか』 春彦『言依別様、こんな婆アは懲戒の為に、斯うやつて冷たくなる所まで放つといてやつたら如何でせう。実に怪しからぬ奴ですから、又呼び生かしてやらうものなら、それこそ反対に団子理屈を捏ね、殺人未遂犯で告訴するの何のと、命助けて貰うた恩人に向つて、仇を返すのですから、幸ひ、自分が勝手に死んだのですから、こんな厄介者はモウ放つといたらどうでせうなア。カールに対しても、実に私としては助けてやつて呉れとは申されませぬワイ』 カール『そんな御気遣ひは要りませぬ。サア早く御病気全快の御祈念を致しませう』 と門先を流れる小川に飛込み、身をきよめ、一生懸命に病気恢復の祈願をこめ始めた。 言依別命は天の数歌を歌ひ上げ、反魂の神術を修して居る。春彦も止むを得ず、身を清め一生懸命に祈願をこめた。漸くにして高姫は息吹き返し、目をキヨロつかせ乍ら、三人の姿をマンジリともせずに打眺めてゐる。 言依別『高姫様、お気がつきましたか、大変に心配を致しましたよ』 高姫は耳は聞えるが、まだ言霊の応用を許されてゐなかつた。蚕の蛹か芋虫のやうに面をふくらし、プリンと体を振つて、背中を向けて、……甘い事を言うて呉れな。そんな上手追従は喰ひませぬぞ……といふ意思を表示して居る。春彦は又もや高姫の前にまはり、 春彦『高姫さま、御気分は如何ですかな』 と尋ぬれば、又もプリンと背中を向ける。カールも亦前に寄つて、 カール『高姫さま、良い加減に疑を晴らし、御機嫌を直されては如何ですか、余り執拗過ぎるぢやありませぬか』 と顔を覗けば、又もやプリンと背中を向ける。三人の挨拶を一人々々、弓張はぢきでもする様に彼方へ向き此方へ向き、恰度、操り人形の様に同じ所に尻を卸した儘、右に左に回転して居る。 言依別命は言霊の使用を神様より止められて居る事を悟り、又もや天の数歌を歌つて、言語の自由に発し得る様と祈願をこめた。されど何故か容易に言霊を発射することが出来なかつた。言依別はカールを従へ、目礼し乍ら、春彦に介抱を命じ置き館を指して帰り行く。 (大正一一・八・二六旧七・四松村真澄録)
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霊界物語 33_申_玉の御用の完了/高姫と黒姫の過去 15 婆論議 第一五章婆論議〔九三〇〕 高姫一行六人はタルチール、清子姫、照子姫の三人に袂を分ち、ハラの港を指して進み行く。 因に清子姫は妹照子姫と共に言依別命の命に依り、三倉山の谷川に進み、国魂神の竜世姫命の宮に詣で、数多の国人を教へ導き、それよりヒル、カル、間の国を経て、常世の国に渡り、ロツキー山に進み、鬼城山に到り、鬼武彦以下の白狐神に守られ、三五の道を宣伝し、清子姫は日の出神の命に依りて、ヒルの都の楓別命の妻となり、ヒルの館を立出で、妹照子姫と共に此瀑布[※前章に出た「乾の滝」のこと]に立向ひ、山中の玉の池の中心に屹立せる岩石の上に小さき亭を建て、百日百夜の修行をせむとしてゐたのであつた。又照子姫は国依別命の媒酌に依つて、バラモン教の教主たりし石熊の妻となり、高照山の館に於て三五教を開く事となつた。さうして石熊は国依別命より、光国別と云ふ神名を頂き、夫婦相和して大蛇退治の大神業に奉仕する事となつた。 アマゾン河の魔神及時雨の森の猛獣は鷹依姫等の尽力に依りて、何れも神の道に救はれたれ共、未だヒルの国の一部及カルの国の森林には、八岐の大蛇の系統の邪神数多棲息して暴威を揮ひ、人民を苦しめ居たれば、茲に光国別、楓別命の両夫婦は神の力を得て、苦心惨憺の結果、漸く邪神を言向和すことが出来たのである。さうして高姫に従ひ来りし春彦は、タルチールと共に常世の国を乗り越え、遠く北方の雪国に進み、抜群の功名を立てたのである。此物語は後日更めて述ぶることに致しませう。 高姫一行はハラの港より又もや都合よく高島丸に乗り込み、自転倒島に向つて帰る事となつた。海上波静かにして、さしもに広き大西洋も鏡の如く凪ぎわたつて居る。船中の無聊を慰むる為、あちらの隅にも、こちらの隅にも雑談が始まつて居る。 高姫一行は静かに諸人の雑談をゆかしげに聞いて居た。高姫の傍に座を占めた三人連れの男、チビリチビリと瓢の酒を呑み乍ら、雑談に耽りゐたり。 甲(松公)『先の年、竜宮の一つ島からテルの国へ帰つて来る途中、ヤツパリ此高島丸に乗つて帰つたが、其時に妙なことがあつたよ。小さい舟に婆が一人、屈強な男が二人乗つて来て暗礁に舟を当て、止むを得ず、大胆至極にも波の上を歩き出した所、俄の暴風で波は高くなり、困つて居る所へ、高島丸がそこを通り合せ、救ひ上げた事がある。其時に何でも、高姫とか云ふ名だと記憶して居るが、舟の上から真逆さまに海中へ墜落し、連れの男に助けられて、反対に理屈を言うた悪垂婆アが乗つてゐた。随分世の中には妙な婆アもあるものぢやないか』 乙(鶴公)『高姫に限らず、どこの婆アでも中々意地の悪いものだよ。それだから老婆心と云うて人が厭がるのだ。婆アに碌な奴ア一人もありやしない。俺んとこも女房が来てから、今迄大切にしてくれた内の母者人も俄に心機一転して、一人息子の俺に対してさへ、何とか彼とか云つて強く当るのだものなア。嫁と名がつきや吾子も憎いとか云つて婆アのつむじ曲りは、如何にも斯うにも仕方がないものだ。余り内の婆アが嫁につらく当つて苛め散らすものだから、俺も見るに見かねて……婆さま、まだ年の若い嫁だから、経験がないのは無理はない。これからボツボツと教へ込んで、家風に合ふ様に、婆アさまのお気に入るやうにさすから、暫く女房のする事は、うるさくても目をつぶつてゐて下さい……と頼み込んだ所、婆アさまの怒るの怒らないのつて、忽ち目を縦にして了ひ……お前は今迄私に随分孝行にして呉れたが、あのお亀が来てから、俄に了見が悪くなり、親不孝になりよつた。これと云ふのも、決してお前が悪いのぢやない。あのお亀奴が此年老を邪魔者扱ひにして、早くあの婆アが死んでくれれば良いがと毎朝神様に祈願をこめて居やがる。私の血統にはそんな不孝な子は生れる気遣ひはない、鶴公は性来がおとなしい孝行者だ。兎も角女房が悪いのだ……などと、勝手な理屈を云つて、俺も実は困つて居るのだ。婆アになるとなぜあの様に、奴根性が悪くなるのかなア』 甲(松公)『其位な無理云ふ婆は別に珍しい事はないワ。村中九分通まで其式の婆ばかりだ。併し婆は家の宝だから先づ尊敬を払はねばなるまい、が、俺の云ふ高姫婆と云ふ奴ア、又特別製の代物でそんなヘドロイ婆さまぢやないワ。八岐の大蛇か金毛九尾か、モールバンドかと云ふ様なエグイ婆アだと云ふ事だよ。何でも金剛不壊の如意宝珠とか、其外いろいろの立派な玉を呑んだり吐いたりする、鵜の如うな婆アださうぢや。其奴が貴様、高砂島まではるばるやつて来よつて時雨の森のモールバンドに出会し、其奴と角力とつて、彼奴の尻の剣を持つて帰り、自転倒島とかで威張り散らさうと云ふ途方途轍もない悪垂婆アの鬼婆だからなア』 鶴公『オイ松公、世の中は広い様でも狭いものだぞ。そんなこと言ふとると、其御本人が若しや此船にでも乗つて居らうものなら、サツパリ始末に終へぬぞ。チト気をつけぬかい』 松公『何れ此船には人間計りが乗つて居るのだから、婆だつて、一人や二人は居るだらう。高姫に能う似た面した奴も俺の近所に居る様な気がするのだ。それだから高姫類似者の霊が俺に憑りよつて、高姫の事を思はせ、已むを得ず、話さなければならなくなつたのだ。言依別の神さまも、良い加減に意茶つかさずに、其玉を高姫に呑ましてやると、根性が直るのだけれどなア。虎でも狼でも腹がふくれて居れば、メツタに人間にかぶりつくものぢやない。人を見たら直にカブリついて、ワンワン吐す痩犬でも腹さへふくらしてやれば、すぐに尾を振つておとなしくなる様なもので、高姫だつて、金剛不壊の如意宝珠を腹に詰め込んでおきさへすりや、おとなしうなつて、言依別さまとやらを、夜叉の様に、こんな所まで追ひかけて来やしようまいになア』 鶴公『まるで人間を四つ足に譬へとるぢやないか。高姫が聞いたら、人を馬鹿にすると云うて怒るだらうよ』 松公『ナーニ、高姫だつて、四つ足のサツクだ。宣伝使とか云ふ雅号を持つてるだけで、何か変つた奴の様に思へるだけだ。宣伝服を脱がし赤裸にして見よ。俺んとこのお竹よりも年が老つとるだけ値打がなくて、おまけに見つともない。尊敬の念はチツトも起りやしないよ。男でも女でも赤裸にして見なくちや、本当の価値は分るものぢやない。大将だとか頭だとか偉相に言つて、立派な風呂敷を被つて居るから、大将らしう見えたり、頭らしう見えるのだが、裸にすりや俺たちと別にどこも変つたところはありやアしない。どうぞ赤裸な人間ばかり住んで居る、誠一つの世の中が来て欲しいものだなア』 鶴公『鷹依姫とか云ふ婆アも、アリナの滝で甘い事云つて、沢山の玉を集め、終局の果てにや、ヒルの国のテーナの里から納まつた黄金の玉をチヨロまかし、夜裏の間に同類四人が、随徳寺をきめこみ、荒野ケ原で神さまに散々に膏を絞られ、とうとう改心とか安心とかしよつて、アマゾン河の畔で兎の王になつたとか云ふ噂があるが、貴様聞いて居るか』 松公『ソラ聞いて居る。何程大きうても、牛の尻尾になるよりも、鶏の頭になる方が人間としての理想だから、鷹依姫は余程偉い奴だと、俺は何時も感心して居るのだ。あの婆アも、ヤツパリ自転倒島から高姫の無理難題に依つて逃げて来たと云ふ話だ。本当に高姫と云ふ奴は、他人が聞いても、向つ腹の立つ悪垂婆アだなア』 鶴公『オイ余り大きな声で言ふない。お前の後に居る二人の婆アが、妙な顔して、ベソをかきかけて居るぢやないか』 斯かる所へ、テーリスタンはスタスタとやつて来て、 テーリスタン『松公、鶴公とやら、随分婆論がはづんで居りますな』 松公『オー、はづんで居る。随分威張り散らす高姫の噂を摘発して罵詈ついて居るのだ。そこに居る婆々ンツは、昨年此船で見た高姫にどつか似たやうな気がするが、併しあんな白い顔ぢやなかつた。お前は一体其高姫に関係のある代物かなア』 テーリスタン『関係があるでもなし、ないでもなし、お前達が妙な話を面白さうにやつてるから、俺も一つ聞かして貰ひたいと思つて、チツト耳が遠いものだから、近う寄せて貰うたのだ』 鶴公『マア一杯やれ、酒もなしに此長の道中、勤まりつこはない』 と瓢をさし出す。 テーリスタン『ソリヤ有難う。併し折角だが、私は下戸だから一滴もいかないのだ』 鶴公『ナヽ何だ、ここは下戸共の来る所ぢやない。折角の興味が醒めて了ふワイ』 テーリスタン『ナイスの話なれば、酒の味も甘からうが、婆ア話では根つから酒も甘くはありますまいなア』 松公『甘くないのは承知だが、一遍高姫オツトドツコイ、そこらの婆アに、聞けよがしに云うておかねばならぬ事があるからなア』 鶴公『そんな事、誰から頼まれたのだい』 松公『松若彦、オツトドツコイ、此松さまが若い時から、婆アが嫌ひでなア、そこへ婆アの海へおちたのを、去年此船で見たものだから、今日は又其時の光景が記憶に浮んで来て、いつとはなしに婆さま話にバサンと深みへ落ち込んで了つたのだ。モウ斯んなババイ話はこれ限りやめにしようかい』 テーリスタン『コレ松公、お前はレコの間者ぢやなア』 松公『バカ言つて呉れない。まはし者なんて、お前の方が気をまはし者だ。人の褌で相撲とるよなズルイ事をする松公とは、チツト違ひますワイ……ナア鶴公、お前私の平常を知つとるぢやらう』 鶴公『貴様は服をつけて、ウヅの都の宣伝使だと威張つて居やがるが、酒を喰ふとサツパリ駄目だな。ヤツパリ元がウラル教だから、其癖が直らぬと見えるワイ』 松公『コリヤ、人の秘密をあばく奴があるか、宣り直せ』 鶴公『モシモシ高姫さまに能う似たお方、其他の御一行様、此松公は三五教の宣伝使で御座いますが、酒を喰ふとサツパリ地金が現はれ駄目だと云ふ意味の事を申上げましたが、松公の請求に依つて、更めて宣り直します、決して宣伝使ではないと思うて下さい。アハヽヽヽ』 テーリスタン『アハー、ヤツパリ、デモ宣伝使だな。一体どこへ行く積りだ。何と云つても最早かくすのは駄目だ、サア事実を言つて貰はう、私もウヅの都から此処迄やつて来た者でヤツパリ三五教の宣伝使の端くれだ』 松公『そんなら、白状しませう。実の所は松若彦さまに命令を受けて、お前さま一行の後をつけて来たのだ。決して悪い考へを持つて来たのぢやない。神素盞嗚大神様の御内命に依つて高姫さまや鷹依姫、竜国別様に、麻邇の宝珠の誠の御用がさせたいから、同じ船に乗つて高姫の慢心をせない様、いろいろとそれとはなしに、教訓をしてくれよとの事で、選まれて、多勢の中からやつて来たのだよ』 テーリスタン『さうか、それは大いに御苦労だ。併しそれ計りぢやあるまい。何か外に折入つて大切な使命を帯びてゐるのだらう。否秘密の鍵を握つて居るのだらう。それを今ここでソツと俺に言つてくれる訳には行かぬか』 松公『秘密はどこ迄も秘密だ。自転倒島に着く迄は、これ計りは言ふ事は出来ない。併し今之を言ふと、お前達の手柄が出来ないから、後の楽みに除けておかう』 テーリスタン『秘密とあれば、どこ迄も追求する訳にも行くまい。兎に角同じ神さまの道を歩む宣伝使だから、互に気をつけあうて、仲良くして行かうぢやないか』 松公『お前と俺とは仲良うしよう。また鷹依姫、竜国別の宣伝使が、若しや此船に居られたら、これは仲良うして貰ひたいものだ。併し乍ら高姫婆さまだけは、マア一寸暫らく御免蒙りたいなア』 テーリスタン『オイ、大きな声で言ふな。そこに本当の高姫さまが目を塞いで居眠つたやうな顔して聞いて御座るぞ』 と耳に口あて、小声にささやく。船は順風に帆を孕み、勢よく海上を辷り行く。 (大正一一・八・二八旧七・六松村真澄録)
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霊界物語 34_酉_黒姫のアフリカ物語1 02 孫甦 第二章孫甦〔九四三〕 孫公は、笑ひ転けた途端に腰骨を岩角に強か打ち『ウン』と云つたきり人事不省になつて了つた。房公、芳公の両人は周章狼狽き、谷水を汲み来つて顔にぶつかけたり、口を無理にあけて水を飲ませなどして種々と介抱を余念なく続けて居る。されど孫公は、だんだん身体が冷却する計り、呼べど叫べど何の応答も無くなつて了つた。黒姫は冷然として孫公の倒れた体を斜眼に見て居る。 房公『これ黒姫さま、孫公がこんな目に遇つて居るのです。なぜ神様に願つて下さらぬのか。早く数歌を歌ひ上げて魂返しをして下さい。愚図々々して居ると、此方の者にはなりませぬぞや』 黒姫はニヤリと笑ひ、 黒姫『神様の戒めは、恐ろしいものですな。皆様是を見て改心なさい。長上を敬へと云ふ……お前は天の御規則を何と心得て御座る。太平洋を渡る時から、此孫公は黒姫の云ふ事を一つ一つ口答へを致し、長上を侮辱した天則違反の罪が自然に報うて来たのだから、何程頼んだとて祈つたとて、もはや駄目だよ。……これ房公、芳公、お前も随分孫公のやうに此黒姫に口答へをしたり、又悪口を云つたであらう。第二の候補者はどちらになるか知らぬでなア、オホヽヽヽ……エヽ気味のよい事だ。こんな事が無ければ阿呆らしくて神様の信仰は出来はしない。神が表に現はれて、善と悪とを立て別けると云ふ三五教の宣伝歌は、決して嘘ぢやありますまいがな。神は善を賞し悪を亡ぼしたまふと云ふ事は、いつも此黒姫の口が酢つぱくなるまで教へてあるぢやないか。それだから神様は怖いと云ふのだ。あゝ惟神霊幸倍坐世』 房公『それでも黒姫さま、あまり冷酷ぢやありませぬか。神様は神様として、若し此孫公が高山彦さまであつたら、黒姫さま、お前さまはそんなに平気な顔がして居られますか』 黒姫『高山彦さまに限つて、こんな分らぬ天則違反の行ひはなさりませぬ哩。滅多に気遣ひないから御心配下さいますな、ウフヽヽヽ』 芳公『オイ房公、黒姫には曲津神が憑依したと見える。さうでなくては肝腎の弟子が縡切れて居るのに、如何に無情冷酷な人間でもこんな態度を装ふ訳には行くまい。これから両人が両方から鎮魂責にして、黒姫の悪霊を放り出さうぢやないか』 房公『俺は孫公の介抱をする。まだ少し温みがあるから蘇生るかも知れない。お前は黒姫の曲津退治にかかつて呉れ』 と云ひながら、房公は孫公の倒れた体に向つて一生懸命に鎮魂をなし、天の数歌を謡ひ出した。芳公は両手を組み黒姫に向つて『ウンウン』と霊を送つて居る。 黒姫『オホヽヽヽ、敵は本能寺にあり、吾敵は吾心に潜むと云つて、此黒姫が悪に見えるのは所謂お前の心に悪魔が棲んで居るのだよ。そんな馬鹿な芸当をするよりも早く神様にお詫をしなさい。此黒姫の腹立の直らぬかぎりは、房公だつてお前だつて孫公の通りだよ。さてもさても憐れなものだなア。心から発根の改心でないと、何程神様を祈つたとてあきませぬぞえ。これから何事も神第一、黒姫第二とするのだよ』 芳公『高山彦さまと元の通り御夫婦になられた時はどうなります。高山彦第三ですか、或は第二ですか、それを聞かして置いて頂かむと都合が悪いですからなア』 黒姫『今からそんな事を云ふ時ぢやありませぬ。孫公があの通り冷たくなつて居るのに、お前は何とも無いのかい』 芳公『さうですなア、黒姫さまが高山彦さまを思ふ位なものでせうかい。高山彦さまが第二ですか、第三ですか、但は機会均等主義ですか』 黒姫はニヤリと笑ひ、 黒姫『極つた事よ。私のハズバンドだもの、オホヽヽヽ』 と顔を隠す。五十の坂を越えた皺苦茶婆も、ハズバンドの事を云はれると少しく恥かしくなつたと見える。 今迄打倒れて居た孫公は、房公の看病が利いたのか、但は御神力で息を吹き返したのか、俄に雷のやうな唸り声を立て出した。黒姫は真蒼な顔になつて其場にしやがんで了ふ。房公、芳公の両人は且つ驚き且つ喜び、雑草の茂る道端を右に左に周章へ廻る。孫公は益々唸り出した。さうしてツト自ら起き上り、道端の青草の上に胡坐をかき真赤な顔をしながら、への字に結んだ口を片つ方から少しづつ通草がはじけかかつたやうに上下の唇を開き初め、白い歯を一枚二枚三枚と露はし初めた。三人は目も放たず驚異の念にかられて孫公の口辺ばかりを見詰めて居ると、孫公の口は三十二枚の歯迄露出して了つて、暫くすると蟇蛙が蚊を吸ふ調子で、上下の唇をパクパクと動かした機みに上下の歯がカツンカツンと打あふ音が聞えて来た。黒姫はツト傍に寄つて、 黒姫『コレ孫公、喜びなさい、黒姫の鎮魂のお蔭で、死んで居たお前が甦つたのだよ。これからは黒姫に対しては、今迄のやうな傲慢の態度をあらためなさいや』 房公『これ黒姫さま、鎮魂したのは私ですよ。お前さまは孫公が死ぬのは天罰だ、神が表に現はれて善と悪とを立別けなさつたのだと、さんざん理屈を云つたぢやありませぬか』 黒姫『お前が鎮魂しても、此黒姫の神力がお前に憑つたのだから、孫公が神徳を頂いたのだよ。きつと此黒姫が神力によつて甦らせるだけの確信を持つて居たから、泰然自若として冷静に構へて居たのだ。覚え無くして宣伝使が勤まりますか、何事も知らず識らずに神様にさされて居るのだ。房公、お前の鎮魂で直つたと思つたら了見が違ひますぞえ。皆黒姫の余徳だから、皆慢心をしたり、黒姫より私は偉い、鎮魂がよく利くなどと思ふ事はなりませぬぞえ』 房公『まるで高姫のやうな事を云ふ婆アさまだなア。高姫と云ふ奴は人に命を助けて貰つて置き乍ら、いつも日の出神様がお前を使うて助けさしてやつたのだ、お礼を申しなさい……なんて、瀬戸の海の難船の時にも救うて呉れた玉能姫にお礼を云はせたと云ふ筆法だな。矢張り高姫仕込だけあつて、負惜みの強い事は天下一品だ、アハヽヽヽ。年が寄つて雄鳥に離れると矢張り根性が拗けると見える。高姫だつて適当なハズバンドさへあれば、あんなに拗けるのぢや無からうに、人間と云ふ者は、どうしても異性が付いて居ないと妙な心になるものだ。黒姫さまを改心させるには、どうしても高山彦さまの顔を見せてあげなければなりますまい。俺だつてお鉄の顔を見る迄は、どうしたつて心がをさまらぬからなア、アハヽヽヽ』 黒姫『あまり口が過ぎると又孫公のやうな目に遇ひますぞや』 芳公『孫公のやうな目に遇つたつて構はぬぢやないか。お前さま達がヤツサモツサ騒いで居る間に平気の平左で幽冥界の探険をなし、平気の平左で甦つたぢやないか。俺だつてあんな死にやうなら何度もして見たいわ』 黒姫『罰が当りますぞや。好い加減に心を直しなさい。改心が一等だと神様が仰有りますぞえ』 芳公『改心しきつたものが改心せよと云つたつて、改心の余地が無いぢやないか、オホヽヽヽ』 黒姫『これ芳公、お前は又私の真似をして嘲弄ふのだな』 芳公『あまり好う流行る豆腐屋で、豆腐が切れたから仕方なしにカラ買ふのだよ。オホヽヽヽ』 孫公は両手を組みそろそろ喋り出した。 孫公『アヽヽヽヽ』 黒姫『これこれ孫公、筑紫の岩窟は此処ぢや御座りませぬぞえ。小島別の昔を思ひ出し、そんな……アヽヽヽヽなぞと云うと、悪の性来が現はれてアフンとする事が出来ますぞえ、ちつと確りなさらぬかえ』 孫公『アハヽヽヽヽ、オホヽヽヽヽ、ウフヽヽヽヽ、エヘヽヽヽヽ、イヒヽヽヽヽ』 黒姫『又しても、曲津がつきよつたかな。どれどれ此黒姫が神力によつて退散さして見ませう』 と云ひつつ青草の上に端坐し、両手を組み皺枯れた声で天津祝詞を奏上し始めた。孫公は大口を開いて歌ひ出した。 孫公『アハヽヽハツハ阿呆らしい頭の光つたハズバンド 高山彦の後追うて烏のやうな黒姫が 綾の聖地を後にして荒浪猛る海原を 荒肝放り出し三人の伴を引き連れあら悲し 仮令悪魔と云はれやうが遇ひたい見たいハズバンド 亜弗利加国の果までも所在を探して尋ねあて ありし昔の物語アラサホイサを云ひ出し 飽迄初心を貫徹し愛別離苦の悲しみを 相身互に語らふて愛想尽しを云うて見たり 悋気喧嘩をして見よと悪魔の霊にあやつられ 泡を吹くとは知らずしてやつて来たのは憐なり あゝ惟神々々あかん恋路に迷ふより 諦めなされよ黒姫さま亜細亜亜弗利加欧羅巴 亜米利加国の果迄も後を慕うて見たところ 所在の知れぬハズバンドあかん目的立てるより 足の爪先明かるいうちにあきらめなさつて逸早く 蜻蛉の島に帰れかし阿呆々々と烏迄 あすこの杉で鳴いて居る相見ての後の心に比ぶれば 遇はぬ昔がましだつたあゝあゝこんな事なれば 綺麗薩張り諦めて綾の聖地におとなしく 朝な夕なに神の前仕へて居つたがよかつたに あゝあゝ何と詮方も泣く泣く帰る呆れ顔 あこがれ慕ふハズバンド頭の長い福禄寿さま 蜻蛉の島に御座るぞや蟹のやうなる泡吹いて あらぬ夫を探すより早く諦め帰ぬがよい アハヽヽハツハアハヽヽハー呆れはてたる次第なり あゝ惟神々々御霊幸倍ましませよ』 黒姫はツト傍により、 黒姫『いづれの神様のお憑りか知りませぬが、今承はれば高山彦は蜻蛉島に居る、此亜弗利加には居ないと仰有いましたが、それは本当で御座いますか。孫公に憑つた神様、どうぞ黒姫の一身上にかかつた大問題で御座いますから、好い加減の事を云はずとハツキリと云つて下さい。聞いて居ればアヽヽヽアとアア尽しで仰有つたが、そんな事云うて此黒姫をちよろまかし、アフンとさせむとする悪い企みぢやあるまいかな。飽きも飽かれもせぬ高山彦さまの行方、どうぞ明かに知らして下さい』 孫公『イヒヽヽヒツヒイヒヽヽヽいつ迄尋ねて見たとこが 命に替へたハズバンド居所分る筈はない 色々雑多とイチヤついた往とし昔を思ひ出し 色に迷ふた黒姫さまいかに心配遊ばして 色迄青うなつて来た異国の果てを探しても 居ない男は居はせぬぞ意外も意外も大意外 命に替へた高山彦さまは伊勢屋の娘の虎さまと 意茶つき廻つて酒を呑み意気揚々と今頃は 石の肴を前に据ゑ固い約束岩の判 石に証文書き並べいよいよ真の夫婦ぞと 朝から晩迄楽んで意茶つき暮す面白さ 伊勢の鮑の片思ひ何程お前が探すとも 高山彦は黒姫に唯の一度も遇うてはくれぬ あゝ惟神々々叶はぬならば逸早く 綾の聖地に立ち帰り意茶つき暮らす両人の 生首ぬいてやらしやんせウフヽヽフツフウフヽヽヽ』 黒姫『これ孫公、私を馬鹿にするのかい。本当の事を云うて下さい。これ程黒姫が一生懸命になつて尋ねて居るのに、ウフヽヽヽとは何の事だい。大方お前は此の二人の代物と腹を合せ、死真似をしたのであらう。ほんにほんに油断のならぬ代物だなア』 (大正一一・九・一二旧七・二一加藤明子録)
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霊界物語 34_酉_黒姫のアフリカ物語1 15 手長猿 第一五章手長猿〔九五六〕 建日の館を訪ねたる三五教の黒姫は 建国別を真実の生みの吾子と思ひつめ はるばる訪ねて来たものを案に相違の悲しさに 早々館を立出でて二人の従者を見捨てつつ 髪ふり紊し吹く風に逆らひ乍ら坂路を 足に任せて降り行くたよりも力も抜け果てし 此黒姫の心根は聞くも無残の次第なり 万里の波濤を乗越えてこがれ慕うたハズバンド 高山彦は火の国の神の館にましまして 花を欺く愛子姫二度目の女房に持ち給ひ 睦まじさうに日を送り栄え玉ふと聞くよりも 黒姫心も何となく面白からずなり果てて 行く足並もトボトボと力なげにぞ見えにける。 黒姫『あゝ惟神々々御霊幸はひましまして 火の国都にましませる高山彦に巡り会ひ 愛子の姫と睦まじく心の底より打あけて 互に手を取り三五の神の教を広めさせ 救はせ玉へ惟神純世の姫の御前に 願ひまつる』と宣り乍ら岩石崎嶇たる峻坂を トントントンと降り行くあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ。 黒姫の駆出した姿を見失はじと、房公、芳公の両人は、九十九曲りの山路を伝ひ乍ら、足拍子を取つて唄ひ行く。 芳公『ウントコドツコイドツコイシヨ天が地となりウントコシヨ 地が天となるウントコシヨ奇妙な事が出来て来た 高山彦の老爺さまが年の三十も違ふよな 若い女房を貰ふやら五十の尻を作つたる 皺苦茶婆さまの黒姫が万里の波を乗越えて ウントコドツコイ暑いのに汗をタラタラ流しつつ 薄情爺の後をつけ心の丈を口説かむと ウントコドツコイやつて来るコリヤ又何としたことだ 愛子の姫もウントコシヨ愛子の姫ではないかいな ウントコドツコイ棺桶に片足ドツコイつつ込んだ 此世に用のない爺薬鑵頭の寿老面 入日の影かドツコイシヨ物干棹かと云ふやうな 鰌の様な化物に秋波を送つて吾夫と かしづき仕へる不思議さよ男が不自由な世の中と どうして思うたか知らないがあんな爺と添ふならば モツト立派な人がある此芳公はウントコシヨ 如何に汚ない男でも年は若いしドツコイシヨ そこらあたりに艶がある同じ男を持つなれば 木乃伊の様に干すぼつた骨と皮とのがり坊子を 持たいでも良かりそなものぢやのに私は呆れてウントコシヨ 口が利けなくなつて来たウントコドツコイ危ないぞ それそれそこに石がある草鞋を切つては堪らない ま一人虎公が居つたなら草鞋を出して呉れようが 生憎虎公は酒の席あゝ是からは黒姫が 火の国都へドツコイシヨ乗込んだなら大変だ 決して無事にはウントコシヨ治まるまいぞ、のう房公 俺は案じて仕様がないサアサア早う行かうかい 女心の一筋に悔し残念つきつめて 短気を出して谷底へ身投げをドツコイしられたら 聖地へ帰つて言訳がどうして是が立つものか 黒姫さまも黒姫ぢやおい等二人を振棄てて 走つて行くとは何事ぞ孫公の奴はドツコイシヨ どこへ隠れて居るだろか此奴の事も気にかかる あちら此方に気を取られ頭の揉めた事ぢやワイ ウントコドツコイ危ないぞそれそれそこにも石車 爪先用心して来いよ若しも辷つて怪我したら お嬶のお鉄にドツコイシヨどしても言訳立たないぞ 自転倒島を出る時に俺のお嬶のお滝奴が もうしもうしこちの人お前一人のウントコシヨ 決して体ぢやない程にお前の体は私の物 私の体はウントコシヨヤツパリお前の物ぢやぞえ 自分一人と慢心し私を忘れて怪我したら 私は恨んで化けて出る仮令死んでもドツコイシヨ 高天原へは行かれぬと抜かした時の其顔が 今目の前にブラついてお嬶が恋しうなつて来た 貴様のお嬶も其通りどこの何処へ行つたとて 人情許りは変らないどうぞ用心して呉れよ お鉄に代つて気をつけるあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 と両手を動かせ、足を千鳥に踏み乍ら、一足々々拍子を取つて此急坂を降り行く。 黒姫は漸くにして高山川の畔に着いた。ここには恰好な天然の腰掛岩が人待顔に並んゐる。暫し息を休め、こし方行末の事を思ひ煩ひ、落涙に及んでゐる。 そこには樫の大木が天を封じて一二本立つてゐる。黒姫は目を塞ぎ、思案に暮れてゐると、樫の木の枝に数十匹の手長猿が此姿を見て、枝から一匹の猿が吊りおりる。次から互に次へと手をつなぎ、七八匹の奴が鎖の様になつて、蜘蛛が空からおりた様に『チウチウ』と黒姫の頭の上に降り来り、黒姫の笠をグイと引つたくり、ツルツルと次第々々に木の上へ持つてあがつて了つた。黒姫は宣伝使のレツテルとも云ふべき大切な冠り物を奪られ、樹上の手長猿の群を眺めて、目を怒らし、残念相に睨んでゐる。猿は凱歌を奏した様な心持になつて『キヤツキヤツ』と黒姫を冷笑的にからかつてゐるやうな気分がする。黒姫は縁起の悪い、冠り物を四つ手にしてやられて、無念さやる方なく、あり合ふ石をひろつて、樹上の猿の群に向つて投げつけた。猿は『キーキーキヤアキヤア』と声をはりあげ、同類を四方八方から呼び集める。またたく間にぐみのなつた程、樫の木の上に猿が集まつて来た。さうして樹上から小便の雨を降らす、糞を垂れる、樫の実をむしつては、黒姫目がけて投げつける。黒姫は樫の実と小便の両攻めに会うて、身動きもならず、怨めしげに立つてゐた。一足でも黒姫が動かうものなら、忽ち猿の群は寄つて集つて、かきむしり、如何な事をするか分らぬ形勢となつて来た。 猿と云ふ奴は、弱身を見せたが最後、どこ迄も調子に乗つて追跡し、乱暴を働くのである。黒姫は其呼吸を幾分か悟つたと見えて、痩我慢にも地から生えた木の様に身動きもせず、猿の群と睨めつくらをやつて居た。時々刻々に猿の群は集まり来る。又しても、頭の上へ猿の腕がおりて来て、今度は髪の毛をグツと手に巻き、引上げようとする。黒姫も堪らなくなつて、『一二三四五六七八九十百千万!』と手を組んで鎮魂の姿勢を取る。手長猿の群は之を見て、各自に手を組み『キヤツキヤツ』と言ひ乍ら黒姫を一匹も残らず睨みつける。黒姫は股を拡げて、トンと飛び上り大地に大の字になつて見せた。手長猿の奴、又之に倣つて、木の上をも省みず、一斉に飛び上り大の字になつた途端に、ステンドーと大地へ雪崩を打つて転倒し、『キヤツキヤツ』と悲鳴をあげ、はうばうの体で逃げて行く、其可笑しさ。黒姫はやつと安心の胸を撫でおろし、手拭を懐から取出し、汗を拭いた。 猿の親玉ともいふべき五六匹の大きな奴、樫の木の上から、逃げもせず黒姫の様子を眺めてゐたが、黒姫が汗を拭いたのを見て、同じく両の手で、懐から手拭を出す真似をし乍ら、顔をツルリと撫でた。樹上の大猿は又もや樫の実をむしつては黒姫目がけて、雨霰と投げつけ出した。黒姫は両手を拡げ、一方の足をピンと上げ、左の足でトントントンと地搗きをして見せた。樹上の大猿は一斉に両手を拡げ、一方の足をピンと上げて、木の上でトントントンと地搗の真似をした途端にドスドスドスンと一匹も残らず地上に墜落し『キヤツキヤツ』と悲鳴をあげ、転けつ転びつ、何処ともなく姿を隠して了つた。折柄サツと吹き来る可なり荒い風に黒姫の被つてゐた笠は音もなく、秋の初の桐の葉の落ちるが如く、フワリフワリと黒姫の前に落ちて来た。 黒姫は再生の思ひをなし、直に地上にうづくまり、拍手を打ち、天津祝詞を奏上し始めた。乍併、祝詞の声はどこともなく、力なく震ひを帯びてゐた。 かかる所へ房公、芳公の両人はドンドンと地響きさせ乍ら、息をはづませ、此場に追ひ付き来り、 房公『ハーハーハー、ア、息が苦しいワイ。マアマア黒姫さま、よう此処に居て下さつた。どれ丈心配したことか分りませぬよ』 芳公『黒姫さま、おつむりの髪が大変に乱れてゐるぢやありませぬか』 黒姫『よい所へ来て下さつた。今の今迄、手長猿の奴、何百とも知れずやつて来よつて、此通り髪の毛迄、ワヤにして了うたのだ。乍併神様のお蔭で、一匹も残らず退散したから、マア安心して下さい。お前さま、エロウ早かつたぢやないか、お酒を頂く間がありましたかなア』 房公『滅相な、そんなこと所ですか、黒姫さまが血相変へてお帰りになつたものだから、気が気でなく、もしもの事があつてはならないと、吾々両人が宙を飛んで此処まで駆つて来たのです』 黒姫『アヽそれは済まないことでしたなア。さうして虎公さまや、玉公は如何して御座るかなア』 芳公『今頃は甘い酒に酔つぶれて、管でも巻いてをりませうかい。斯うなると親方のない者は気楽ですワイ』 黒姫『そんな気兼は入らないのだから、ゆつくりと御酒でも頂いて来なさるとよかつたに、それはそれは惜い酒外れをなされましたワイ』 房公『ハイ、おかげ様で、酒外れを致しまして有難う御座います。併し黒姫さま、お前さまも、サツパリ、目的が逆外れになりましたなア。大将がサカ外れに会うてゐるのに、伴の吾々が外れないと云ふ訳はありませぬからなア、アツハヽヽヽ、本当に誠に、御互様に御気の毒の至りで御座いますワイ、ホツホヽヽヽ』 とおチヨボ口をし乍ら、肩をゆすつてチヨクツて見せた。黒姫は、 黒姫『エヽ又そんな洒落をなさるのか、エヽ辛気臭い代物だなア』 と口汚く罵り乍ら、矢庭に笠を引つかぶり、金剛杖をつき、足を早めて、二人に構はずスタスタと駆出した。房公は大声を張り上げて、 房公『モシモシ黒姫さま、一寸待つて下さいな、さうしたものぢやありませぬぞや』 黒姫『エヽお前達は若いから、足が達者だ、ゆつくり休んでお出で、此黒姫は年が老つて、足が重いから、ボツボツ先へ行きます。後から追ひ付いておくれよ』 芳公『モシモシ黒姫さま、我を出して一人旅をなさると、又猿の奴が襲撃しますぞや。暫く待つて下さいな、私はお前さまの身の上を案じて忠告するのだよ』 黒姫は耳にもかけず、後ふり向きもせず、尻をプリンプリン振り乍ら、杖を力に雨に洗ひさらされた石だらけの坂路を、コツリコツリと杖に音させつつ、火の国の都を指して急ぎ行く。 (大正一一・九・一三旧七・二二松村真澄録)
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霊界物語 35_戌_黒姫のアフリカ物語2 04 村の入口 第四章村の入口〔九六八〕 向日峠の山麓に差しかかつたる孫公は騒がしき人声を聞きつけ、宣伝歌を歌ひ乍らツカツカと立寄り、夕まぐれに三公の手下共に謀られて手足を縛られ、土中に埋没され九死一生の所を黒姫に救はれて、今や虎公一行と共に火の国都へ至る途中を繰合せ、屋方村の三公を言向和さむと進み行く途々、足拍子を取り乍ら歌をうたつて嶮しき坂道を下り行く。 孫公『黒姫司に伴はれ自転倒島を後にして 筑紫の島に来て見れば思ひもよらぬ広い国 山河清く野は青くバナナ無花果其外の 味よき木の実は遠近の木々の梢に実りゐる あゝ天国か極楽か但は神の公園か 実にも楽しき御国なり筑紫ケ岳の中腹で 腰をぬかした其時に黒姫司は冷笑し 房公、芳公促して私を見すてて登り行く ホンに思へば腹が立つ情を知らぬ鬼婆と 今の今迄胸に持ち黒姫司を「ドツコイシヨ」 心の中で「ウントコシヨ」皆さま気をつけなさいませ 蜈蚣の大きな奴が出た足を刺されちや堪らない 心に恨んで居りました黒姫司の一行は 何れへ逃げて行つたやら行方も知らぬ一人旅 鳥や獣のなき声を心の友と頼みつつ 岩が根木の根ふみさくみ重たい足を引ずつて 火の国都を目当とし進んで来る折もあれ 道ふみ迷ひし向日山峠の麓の森林に いと騒がしき人の声こは何事の起りしと 「ウントコドツコイドツコイシヨ」叢分けて細道を 探り探りて行て見れば数多の男が寄り合うて 三人の男女を縛り上げ何ぢやかんぢやと挑み合ふ 此奴あテツキリ悪者の深き企みに乗せられて どこかのシヤンが捉へられ手籠めに会はむとする所 これが見すてておかれうか三五教の神の道 人の難儀を目のあたり眺めて後へは引かれない 持つて生れた義侠心黒姫司のした様な 薄情なことは出来ないと一つ肝をば放り出して 木蔭に身をば忍ばせつ火の国都に名も高き 高山彦と呼ばはれば大蛇の三公始めとし 乾児の奴等はあざ笑ひ面を上げよとぬかす故 彼奴等の深い企みをば神ならぬ身の知る由も なければ忽ち空仰ぎこの木の上に何者が ひそんで居るかと見る間に忽ち降り来る砂礫 「ウントコドツコイ」目潰しの其計略に乗せられて 眼は眩み忽ちに大地に踞む折もあれ 悪者共は後より首に綱をば引つかけて 後に倒し手も足も所構はず縛り上げ 忽ち大地に穴を掘り無残や吾等三人は 深く土中に「ウントコシヨ」命カラガラ埋められた これ程深い山奥に埋められてはモウ駄目だ 無念乍らも今此処で「ウントコドツコイ」玉の緒の 命の消ゆることなるかあゝ是非もなし是非もなし 前生の罪が酬い来て海洋万里の此国で この様な破目に落ちるのか国に残せし女房の お安は嘸や悔むだろなぞと心を痛めつつ 一夜を明かす其間に体が軽くなつて来た あゝ訝かしや訝かしや如何なる神の現はれて 吾等を救はせ玉ふかと思ふ間もなく「ウントコシヨ」 冷たくなつた口の中冷たい雨は顔に降り 驚き心を取直しあたりキヨロキヨロ見まはせば 思ひ掛なき黒姫が顔を覗いて呆れ声 ヤアヤアお前は孫公かマアマアよかつたよかつたと 七六つかしき顔の色牡丹の様に栄えつつ やさしき詞を「ドツコイシヨ」「ウントコドツコイ」黒姫が かけて呉れたが「ドツコイシヨ」こりや又如何した「ウントコシヨ」 涼しい風の吹き廻しあれ程えぐい婆アさまが 俺を助けてくれるとは前代未聞の大珍事 合点のゆかぬ次第だとここまで思うてやつて来た 「ウントコドツコイ」危いぞそこには蝮が「ウントコシヨ」 飛びつきさうにしてゐるぞ足下用心するがよい 黒姫さまのハズバンド高山彦が悪者に 土中に深く埋められ今や命の瀬戸際と 聞いて胸をば轟かしお梅さまをば背に負ひ はるばる助けに「ドツコイシヨ」お出でなすつたと云ふ事だ これを思へば黒姫は元より俺を「ウントコシヨ」 助けてやらうと思うての心つくしの業でない サツパリ様子は不知火の波のまにまに流れ来て 俺を助けて「ウントコシヨ」くれたに違はない程に これを思へば黒姫さまお前の真の心根は 「ウントコドツコイ」おれの身を助ける積りぢやなかつたが 三五教の神さまに知らず識らずに使はれて 「ウントコドツコイ」孫公をお助けさして頂いた 神の仕組に違ひないお前もこれから喜んで 結構な御神徳を沢山に頂きましたと神の前 御礼を申さにやなるまいぞお前の罪も孫公を 助けた御神徳で軽うなり高山彦の御亭主に いつかは会はれる事だらうかう云ふ具合に「ウントコシヨ」 夕べの事件を解剖して一々解釈下す時や お前の為には孫さまはホンに尊い救主 一度御礼を云うたとてメツタに損はいくまいぞ こんな御神徳を頂いて孫公さまに反対に お礼を云はしちやすまないぞこんな事をば云うたなら 高姫もどきと云ふだろが決してさうではない程に 孫公守る神さまがお前の身魂を一寸借り 御用に立てて「ウントコシヨ」俺を助けて下さつた 決して竜宮の乙姫のうつつた肉の生宮が お愛の方や孫公や兼公さまを助けたと 慢心しては可かないぞ「ウントコドツコイドツコイシヨ」 益々坂がキツなつた何程坂を下るとも 「ウントコドツコイ」下らないサカ理屈をば云ふ奴と 必ず思うて下さるなこれもやつぱり黒姫の 常平常のお仕込みでこんな屁理屈言ふやうに 「ウントコドツコイドツコイシヨ」なつて了うたか知らないが 必ず気悪う「ドツコイシヨ」思はぬ様にしてお呉れ あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と謡ひつつ、一行の臍をよらせ乍ら、滑稽混りに黒姫にからかひ、坂路を上りつ下りつ進み行く。 兼公は覚束なき口調にて又もや歌ひ出す。 兼公『あゝ惟神々々神の使の黒姫が 向日峠の山麓にさまよひ来つて吾々の 危難を救うて下さつたおれは元から悪い奴 大蛇の乾児に取入つていろいろ雑多と画策し 参謀次長の地位迄も上つて居つた代物だ 人情知らぬ三公が虎公さまの不在の家に 数多の乾児をさし向けてお愛の方を縛り上げ かついで来る楠の人の通はぬ木下かげ 巌の上に座を占めておいらを使つて「ドツコイシヨ」 そこには木株がころげてる皆さま気をつけなされませ 無理難題を吹きかけてうまくやらうとした所 天道さまは「ドツコイシヨ」悪には決して助けない さすが三公も弱りはてお愛の方に逆様に 言ひ込められて劫煮やし男女三人を無残にも 土中に深く埋めよつた何程度胸の「ウントコシヨ」 人にすぐれた兼公も手足を縛られ穴を掘り 埋められては堪らない寂滅為楽と思ひきや 天地の神の御恵に再び此世の「ドツコイシヨ」 あかりを見せて下さつたこれもヤツパリ黒姫が お越しになつた其御神徳私は感謝を致します 「ウントコドツコイドツコイシヨ」虎公さまやお愛さま さぞやお前は「ドツコイシヨ」随分得意で御座いませう 死んだと思うたハズバンド行方の知れぬ女房に 思はず知らず廻り会ひ無事であつたか嬉しいと 口には云はねど顔の色チラリとおれは見ておいた ホンに目出度いことだなアサアサア是から「ドツコイシヨ」 屋方の村に乗込んで大蛇の三公が素首を 引き抜きやらむと思へども「ウントコドツコイ」まて暫し 神の教を聞くからはそんな無理をばやつたなら 根底の国に落されて無限の苦をばなめなけりや 「ウントコドツコイ」ならうまいさはさり乍ら余りの 三公の仕打に劫が沸き何程思ひ直しても 小癪にさはつてしようがないあゝ惟神々々 御霊幸はひましまして私が今まで尽したる 悪虐無道の罪科を何卒許して下さんせ 私も大蛇の三公を憎い奴ぢやと思へども 仁慈無限の神さまの大御心に神習ひ 今度は許してやりませう国魂神の純世姫 其外百の神達よ私が三公許すよに 如何なる深き罪科もどうぞ赦して下さんせ 心を清め身を浄め皇大神の御前に 真心こめて兼公が慎み敬ひ願ぎまつる 謹み敬ひ願ぎまつる』 と謡ひ乍ら進み行く。進んで来るのは早いもの、早くも屋方の村の入口に差かかる。大蛇の三公が館は、コンモリとした樫の森の中に、僅に其棟を現はしてゐる。 (大正一一・九・一五旧七・二四松村真澄録)
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霊界物語 35_戌_黒姫のアフリカ物語2 13 山颪 第一三章山颪〔九七七〕 白山峠の絶頂で普通選挙の其結果 三五教の宣伝使孫公別と名のりつつ 意気揚々と勇み立ち肩肱怒らし宣伝歌 歌うて勇む折柄にいづこともなく神の声 われは玉治別司一寸先の見えもせぬ 凡夫の身にて宣伝使選挙するとは何事ぞ 早く心を直せよと云はれて孫公は悄気かへり 肩をすぼめてすたすたと白山峠の峻坂を 東北さして下りつつ足の拍子を取りながら 「ウントコドツコイドツコイシヨ」倒けなよ倒けなよ気を付けよ 言あげしながら下り行く。 孫公別は足許覚束なく爪先に力を入れながら、坂道を下りつつ歌ひ出したり。 孫公別『白山峠の絶頂で「ウントコドツコイ危ないぞ」 言霊戦に出陣の其統帥を得むものと 虎、三、お愛の三人が鳩首謀議の其結果 「ウントコドツコイ」又辷る俺をば尊い宣伝使 神の使にして呉れた世の諺にも云ふぢやないか 「ウントコドツコイ」名は実の賓ではなうて実の主と 瑞の御霊の言の葉を一同遵奉仕り 互に心を合せあひ選むだ処を「ウントコシヨ」 「ドツコイ」頭の天辺から玉治別だと云ひながら 雷のやうなる声をして「ドツコイ」叱りつけられた こりや又如何した事だらう大蛇の奴めが化けて来て 俺等が肝を挫かうとあんな狂言したのだらう 虎、三、お愛の三人よ必ず心配するでない 曲津の神にだまされて如何して御用が勤まろか 悪の御霊と云ふものは隅から隅まで気を配り 水も漏らさぬ仕組して手具脛引いて待つて居る 其処の処を考へて「ウントコドツコイ」軽々に 進んで行つちやならないぞ互に足許気をつけて 大蛇の吐いた口車石の車に乗らぬよに 注意をせなくちやなるまいぞさはさり乍ら俺も亦 何だか気分が悪なつて「ウントコドツコイ」張合が サツパリコンとなくなつた「ドツコイドツコイ」待て暫し これも矢張神様が俺等の心をためす為め あゝ云ふ手段を取られたか凡夫の身では何ぢややら 薩張り様子が分らない唯何事も人の世は 神の心に任すのだ任せきつたる暁は 如何なる事かならざらむ大蛇は如何に猛くとも 三五教を守ります仁慈無限の皇神の 威力に敵する者はない私は確信ある程に 皆さま心をシヤンと持て「ドツコイシヨードツコイシヨー」 思うたよりもきつい坂「ガラガラガラガラアイタツタ」 あんまり喋つた天罰で「ドツコイドツコイドツコイシヨ」 すつてんころりと転倒し強か背骨を打つたぞよ こいつは耐らぬ「ドツコイシヨ」さはさり乍ら「ウントコセ」 今から俺が屁古たれてどうして成就するものか 常住不断に信仰した其神力の「ウントコシヨ」 現はれ出づる今や時神が表に現はれて 善悪正邪を立て別ける其御言葉が実ならば 決して心配「ドツコイシヨ」皆さま喜べ要らないぞ あゝ惟神々々国魂神の純世姫 月照彦の御前に三五教の孫公が 孫公別と現はれて「ウントコドツコイ」選まれて 今は尊き宣伝使心を平に安らかに 諾ひたまひて鼈の湖水の大蛇を悉く 言向け和す神力を授けたまへよ惟神 神の御前に誠心を捧げて祈り奉る 「ウントコドツコイドツコイシヨ」レコード破りの風が吹く 「ウントコドツコイ」散らされなウカウカしとると笠が飛ぶ 笠ばつかりか体まで木の葉のやうに散りさうだ 「ウントコドツコイ」力瘤体に一面「ウントコシヨ」 神徳ばかりを充実しこの難関をやすやすと 貫通さして下さんせ偏に願ひ奉る 畏み畏み願ぎまつる』 と歌ひながら、風に吹かれつつ急坂を下り行く。 お愛の方は声も静かに歌ひ出す。 お愛『熊襲の国に名も高き白山峠の峰よりも 誉の高き三五の道に仕ふる宣伝使 黒姫さまの供となり現はれ来ます孫公が 皇大神の御心も悟らせたまはず山の上 上りつめたる慢心の雲に包まれ自分より 名さへめでたき宣伝使孫公別と名乗りつつ 意気揚々と勇み立ち喜び給ふ折柄に 天津御空に神の声忽ち聞ゆる恐ろしさ 名利の欲にかられたる孫公さまは気が付かず 宣伝使をば笠にきて白山峠を下り行く あゝ惟神々々三五教の孫公よ どうぞ心を取り直し執着心を払拭し 矢張元の孫公で大蛇退治に行くがよい 恋路の欲に離れたるお前は又もや宣伝の 司の名誉に憧れて天地の神の許さない 雅号をたてに進み行く其心根ぞいぢらしき あゝ惟神々々お前の心が一時も 早く誠にかへるよにお愛が祈る胸の中 些つとは推量してお呉れもうしもうし皆さまよ お足に気をつけなされませ此処には蜈蚣が沢山居る あゝ惟神々々神の許さぬ宣伝使 大蛇の退治が何として旨く出来るで御座いませう 私は案じて耐らない左様な野心を起すより 今の間に改めて元の心に立ち帰り 天津御空に跼まり大地に蹐なしながら 謙遜りつつ三五の道を歩むで下さんせ これぞお愛が孫公に対する誠の親切よ 悪うは思うて下さるなあゝ惟神々々 御霊幸はひましまして吾等四人の一行が 神の御前に功績を太しく立てて故郷に 一日も早く帰るべく守らせたまへよ天津神 国津神達百の神国魂神の御前に 誠心籠めて願ぎまつる』 と歌ひつつ静に下り行く。 三公は坂を下りつつ歌ひ出す。 三公『「ヤツトコドツコイウントコシヨ」向ふに見える湖水は 父と母とが其昔八岐の大蛇の片割と 人の怖るる曲神に命を取られた「ドツコイシヨ」 思ひ出深き仇の湖水三五教の御教を 聞いて心を取り直し心平に安らかに 敵を言向け和さむと一たん心に決めたれど どうしてこれが「ウントコシヨ」恨を晴らさで置かれうか 熊襲の国に名を売つた屋方の村の三公が 顔にも係はる一大事親の敵を前に見て 無抵抗主義の御教がどうして実行出来ようか 思へば思へば腹が立つ年が年中大蛇奴を 亡ぼしくれむと思ひ詰め大蛇々々と口癖に 「ウントコドツコイ」云ひ通し世界の奴らが「ドツコイシヨ」 大蛇の三公と呼び出した皆さま足許用心だ 蜈蚣や蠑螈がのそのそと其辺あたりを這うて来る 孫公さまの宣伝使何程神力あるとても 何だか影が薄いよだこんな事なら黒姫を 無理に頼んで「ドツコイシヨ」来て貰つたらよかつたに 後で気の付く「ドツコイシヨ」癲癇病者の馬鹿思案 後の祭ぢや仕方ないもうこれからは俺達は 天地の神を一心に祈りて神の御守り 「ウントコドツコイ」守られて亡ぼすよりも道はない あゝ惟神々々純世姫の御前に 心を籠めて願ぎまつる朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも湖水の大蛇は猛ぶとも 地震雷火の雨が一度に襲ひ来るとも 誠一つの言霊の御息に大蛇を言向けて 凱旋せなくちや「ドツコイシヨ」数多の乾児に三公の 男が立たない「ドツコイシヨ」今迄作つた罪悪の 報いは忽ち顕はれて黒姫さまには見離され 力の足らぬ孫公の「ウントコドツコイ」手に余る 勁敵前に控へつつ進み行く身ぞ悲しけれ 此世を造りし神直日心も広き大直日 今迄尽くせし身の咎を直日に見直し聞直し 「ウントコドツコイ」宣り直し許させたまへや天津神 国津神達国魂の御前に願ひ奉る あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と歌ひながら下り行く。 虎公は又もや歌ひ出す。 虎公『「ウントコドツコイドツコイシヨ」此山道は些と酷い うつかりしとると谷底へ転むで頭を割る程に 「ウントコドツコイ」気をつけよ「アイタタタツタ」躓いた 彼方此方に「ドツコイシヨ」高い石奴がゴロゴロと 遠慮もなしに転げてるこんな手合に出遇つたら 武野の村の侠客も到底頭が上らない 獅子狼や虎熊や鬼や大蛇も恐れない 此虎公も「ドツコイシヨ」此坂道にや耐らない 何時辷つて「ウントコシヨ」真逆様に顛倒し 頭を割るか分らない孫公さまに神徳が 十分に具はり居るならばこんな心配ないけれど 俄作りの宣伝使「ウントコドツコイ」鼻糞で 的張つたやうな心持ま一つ安心出来難い あゝ惟神々々師匠を杖につくでない 人をば力に致さずに誠の神を力とし 「ウントコドツコイ」行くならばどんな守護もしてやると 大神様の神勅俺はこれから「ドツコイシヨ」 孫公さまの宣伝使力になさず村肝の 心の誠を発揮して威猛り狂ふ曲神の 陣屋に忽ち突進し勝鬨あげて世の人の 「ウントコドツコイ」禍を根本的に除却して 武野の村の侠客と云はれた誉を弥高に 筑紫の島に輝かし三五教の道のため 尽さにやおかぬわが願ひ完美に委曲に聞し召し 守らせ給へ天津神国津神達八百万 産土神の御前に畏み畏み願ぎまつる あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と歌ひながら、漸くにして下り三里の山坂も、其日の真昼頃麓に下りつきにけり。 (大正一一・九・一六旧七・二五加藤明子録)
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霊界物語 35_戌_黒姫のアフリカ物語2 18 山下り 第一八章山下り〔九八二〕 黒姫は四方の風景を眺めながら、 黒姫『見渡せば四方は霞みて霧の海よ 吾背の君は何処に坐すらむ。 霧の海波静かなり火の国に コバルト色の山は浮びつ。 村肝の心を荒井ケ岳に来て 四方を見晴らす今日ぞ楽しき。 眺むれば火の国山や向日山 花見ケ岳の姿のさやけさ。 麗しき霧の漂ふ火の国の 国原清く塵も留めず。 野も山も霧に霞て隠れゆく わが背の君をまぎて行くかも。 山々は霧に沈みて見えざれど 高山彦の頭見えつつ。 徳公と久公二人を伴ひて 実に面白き旅をなすかな。 旅人を泥棒なりと見違へて 徳久二人は胸をどらせり。 旅人は徳と久との姿見て 泥棒と誤り戦きにける。 今暫し心の駒に鞭うちて 進みて行かむ火の国都へ。 惟神神の教に従ひて 筑紫の島を廻るは楽しき。 神国に生れ出でたる吾なれば 夜昼神の道を進まむ。 天津日の影も霞に包まれて 風静かなる荒井ケ岳の尾』 徳公は尻馬に乗つて詠ふ。 徳公『黒姫に従ひ来れば山風も 荒井ケ岳に泥棒出でたり。 泥棒と取り違へたる久公が 肝玉取られ腰抜かしたり。 腰抜けの弱い男と道連に なつた迷惑徳公の損だ。 急坂を泡吹きながらキウキウと 久公の奴が登り行くかも。 惟神神が表に現はれて 火の神国を霧海にする。 山々は霞の帯をひきしめて わが行く姿を待ちつつぞ居る。 慢心の山の頂上に登りつめて 困りきつたる久公あはれ』 久公は負けぬ気になつて又詠ふ。 久公『トク頭病見たよな禿げた山の上に 徳公の野郎が慄ひ居るなり。 口ばかり十年先に生れたる 男が屁理屈トクトクとして言ふ。 トク心のゆくまで脂とつてやろか 不道徳なる徳公のために。 野も山も霞や霧に包まれて 春と秋との中に逍遥ふ。 春か非ず秋かと見れば秋ならず 力も夏の朝ぼらけかな。 朝霞棚曳きそめて山々は 浮きしが如く見えにけるかも。 あの様な大きな山を浮かす奴は 霧か霞か白雲の空。 浮いて居るやうに見えても花見山 根は火の国の霧にかくれつ。 この山は荒井ケ岳と唱ふれど 静かな風が吹き渡るなり。 虎公のわが親分は今いづこ 頼りも白山峠越ゆらむ。 親分がお愛の方と諸共に 胸突き坂に肝虎れ居まさむ。 三公の親分よりも虎公は 勝りて足のまめな強者。 今頃は三公親分が屁古垂れて 徳よ徳よと弱音吹くらむ。 おい徳よ早く此場を立ち去つて 弱い親方たづね行くべし。 かうなれば黒姫司の御供は 久公一人で事足りぬべし。 心から嫌な徳公と山登り 一しほ汗が深く出るなり。 屋方の村の三公が乾児の端に加へられ 朝から晩迄門を掃き褌までも洗はされ 下女のお鍋に肱鉄を朝な夕なに喰はされ 性こりもなくつけ狙ふ腰抜男が現はれて 三五教の宣伝使黒姫司の御案内 するとは実に案外ぢや荒井峠へやつて来て 俺は立派な地理学者なんぢやかんぢやと法螺を吹く 二百十日の風のよに吹き散らすのはよけれども 其処らあたりで金を借り未だに尻をふかぬ奴 深い罪科を重ねつつ身の程知らずの徳公が 高い山坂登るとは是こそ天地転倒だ 鼻ばつかりを高くしてあんまり法螺を吹く故に 仲間の奴に嫌はれて黒姫司の案内と 体よき辞令に放り出され此処迄出て来た馬鹿男 ほんに思へば気の毒な何とか助けてやりたいと 心を千々に砕けども腐りきつたる魂を 助けるよしも夏の空青葉の影に身を潜め 姿かくしてなき渡る山杜鵑は外でない 今目の前に泣いて居るこんな男と道連れに なつた俺こそ因果者黒姫司も嘸やさぞ 困つた奴の道連れと愛想を尽かして腹中を 揉んで厶るに違ひないこんな男に狙はれちや 黒姫司もやり切れぬどこぞそこらに掃溜が 目につくならば逸早く惜し気もなしにドシドシと 捨てて行かうと思へども山は霞に包まれて 何処も同じ霧の海捨て場さへなき困り者 厄介至極の至りなり「オツトドツコイ」言霊の 善言美詞の御教を忘れて居つたか待て暫し 黒姫様よ徳公よ今云うたのは俺ぢやない お前の肉体守護する副守の奴が憑依して 無礼の言霊囀つたそれにてつきり違ひない 腹を立てなよ神直日心も広き大直日 あつさり見直せ聞き直せ人は神の子神の宮 神に敵する仇はないあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも火の国都は十重二十重 霧に包まれ沈むとも否でも応でも吾々は 黒姫司のお供して送つて行かねばならないぞ 親分さまに頼まれた義理を思へば今此処で へつ込む訳にはゆかないわも一つ腕に撚りをかけ 足に油を濺ぎつつ山野を渡る膝栗毛 心の駒に鞭うつてお前と俺とは睦まじう 手を引き合うて行かうかいあゝ面白い面白い 東の空が晴れて来た今吹く風は東風 わが言霊は火の国の都に清く響くだらう 高山司も今頃は神徳無双の久公が 宣る言霊に耳澄ませ生神さまが出て来ると 酒や肴を用意して待つて厶るに違ひない これも矢張黒姫の神の司のお蔭ぞや サアサア行かうサア行かう余りの長い休息で 尻に白根が下りさうだいづれ行かねばならぬ道 進めや進めいざ進め徳公の野郎は先に行け 黒姫司は殿だ久公吾は中に立ち 中取り臣の役となりさしもに嶮しき坂道を 苦もなく下り行かうかいあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 と歌ひながら立ち上る。黒姫は徳公を先に立て、壁を立てたやうな急坂を一足々々指に力を籠めて下り行く。 徳公は一足々々力を入れながら、さしも名題の急坂荒井峠の西坂を歌ひ乍ら下りゆく。 徳公『青葉を渡る夏の風霧か霞か知らねども 一間先は分らないだんだんおち込む霧の海 「ウントコドツコイ」黒姫さま足許用心なさいませ 外の峠と事変り火の国一の急坂で 一方は断崖絶壁だ一方は深い谷の底 もし踏み外した其時はかけがへのなきこの命 さつぱりジヤミにして仕舞ふ久公の奴も気をつけて 一歩々々爪先に心を配つて下りて来い もしも途中で一人でも大怪我したら「ドツコイシヨ」 「ウントコドツコイ」親方に何うして云ひ訳立つものか 黒姫司のお供してこのよな深き坂道で 命を捨てては引き合ぬおいおい此処が一の関 両手で岩をつかまへて目を塞ぎつつ足探り そつと伝うて下りて来いあゝあゝきつい難所だな 斯んな所を何として先の女が易々と 登つて来たのか「ドツコイシヨ」不思議になつて堪らない 黒姫司は老年だ心を鎮めてそろそろと 足に力を入れながら左の手にて杖を持ち 右手に岩ケ根掴みつつ静にお下りなさいませ アヽアヽ危ないもう些し下つて行けば緩やかな 安全無事の道がある其処へ行く迄「ドツコイシヨ」 どうしても心はゆるされぬもしも不調法した時は 火の国都にあれませる高山彦の神さまに 合せる顔がない程にあゝ惟神々々 御霊幸はひましまして此急坂を恙なく 無事に下らせたまへかし神は吾等と倶にあり 吾等は神の子神の宮とは云ふものの「ドツコイシヨ」 矢張人の身をもつて神さま気取りにやなれないぞ 心を配り気をつけて此難関を辷り越え 一日も早く火の国の花の都へ「ウントコシヨ」 行かねばならない「ドツコイシヨ」黒姫さまは何として それ程黙つて御座るのか些とは何とか「ドツコイシヨ」 歌なと歌うて下さんせ私ばかりが噪やいで 声を涸らして居た所がオツト危ない石がある 根つから「ドツコイ」はづまない其処には鏡の岩がある 皆さま気をつけなさらぬと鏡の岩は滑らかだ 是から向ふへ一二町鏡のやうに「ドツコイシヨ」 光つて辷る坂の道此処が第二の難関だ あゝ惟神々々叶はぬか知らぬが久公が 屁古垂れよつて「ドツコイシヨ」さつぱり唖になりよつた 何程無言の業ぢやとてそれだけ湿つちや「ドツコイシヨ」 女に劣つた腰抜けと云はれた処で「ウントコシヨ」 云ひ訳する道あらうまいほんに困つた弱虫の 困つた腰抜男だな「オツトコドツコイ」待て暫し 善言美詞の「ヤツトコシヨ」言霊車が脱線し 済まない事を云ひましたあゝ惟神々々 神の心に見直して久公怒つて下さるな お前が売出す言霊を俺が買うたるばつかりだ 売つた喧嘩をどうしても買はねばならぬ男達 「ウントコドツコイドツコイシヨ」妙な所へ力瘤 入れる男と思はずに何卒見直し聞直し 「ガラガラガラガラアイタタツタ」とうとう腰の骨打つた 「アイタタタツタ」神様の罰が当つたぢやあるまいか 口は「ドツコイ」禍の門ぢやと聞いて居つたれど まさかにこんな「ウントコシヨ」事になるとは夢にだに 思はなかつた「ドツコイシヨ」も些し下れば「ドツコイシヨ」 緩勾配の道がある其処でゆつくり憩まうか あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 (大正一一・九・一七旧七・二六加藤明子録)
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霊界物語 36_亥_シロの島の物語 12 無住居士 第一二章無住居士〔一〇〇〇〕 松浦の谷間小糸の里は、一方は千丈の深き谷間、南北に流れ、岩山の斜面に天然の大岩窟が穿たれてゐる。此岩窟に達せむとするには、細き岩の路を右左に飛び越え漸くにして渡り得る実に危険極まる場所である。一卒これを守れば万卒越ゆる能はずと云ふ天然的要害の地点である。かつてバラモン教の友彦が小糸姫と共に草庵を結び、教を開きゐたる場所は、此岩窟より四五丁手前の、極平坦な地点であつて、そこには細谷川が流れてゐる。 サガレン王は此平地に俄作りの館を結び、テーリス、エームスなどに守らしめ、自らは岩窟内深く入りて、回天の謀をめぐらしてゐた。谷路の大岩の傍に王の一行を捉へむと手具脛引いて待つてゐた竜雲の部下、ヨール、ビツト、レツト、ルーズの改心組を初め、サール、ウインチ、ゼム、エール、タールチン、キングス姫は此館と岩窟の間を往復して、暫し此処に足を止め、王の為に心身を悩ましつつあつた。 テーリス、エームスの両人は平地の館に於て、数多の部下を集め、武術を練り、竜雲討伐の準備にかかつてゐる。其処へ白髪異様の老人只一人、コツコツと杖の音をさせながら岩路を登り来り、館の前に立つてバラモン教の神文を一生懸命に称へてゐる。エームスは一目見るより慇懃に其老翁を館に引入れ、湯を与へ食を供し、四方山の話に夜を更かしながら、遂には其老翁が来歴を尋ぬる事となつた。 エームス『モシ、あなたの様な御老体として、此山路を登り来り、且又道伴れもなく行脚をなされるのは、何か深き御様子のある事でせう。どうぞ差支へなくば、概略御物語りを願ひたう御座います』 老翁(無住居士)『私は無住居士といつて、生れた所も知らねば、親も知らず、子もなし、つまり言へば天下の浮浪人だ。途中にて承はれば、此お館にはバラモン教の立派な方々がお集まりになり、武術の稽古をなさると云ふ事、私も斯う年は老つて居れども、武術が大の好物、一つ其お稽古場を拝見したいもので御座る』 エームス『無住さま、あなたは遥々と此処へお越しになつたのは、只単に武術の稽古を見たい為ではありますまい』 無住居士『武術の稽古を見せて貰ひたいと云ふのは、ホンのお前達に対する体好き挨拶だ。実の所はサガレン王様の御危難と承はり、此館にお隠れ遊ばすと聞き、はるばると尋ねて来たのだ』 エームス『其王様を尋ねて何となさる御所存か、それが承はりたい!』 と稍気色ばんで、声を知らず知らずに高め問ひかける。 無住居士『アハヽヽヽ、竜雲如き悪神に蹂躙され、金城鉄壁とも云ふべき牙城を捨てて、女々しくも二人の部下と共に斯様な所まで生命惜しさに逃げ来り、岩蜂か何ぞの様に岩窟の中に身を潜め、捲土重来の準備をなすとは、甚以て迂愚千万なやり方では御座らぬか。此方に準備が整へば、向方にも亦それ相当の準備が出来るはずだ。目的を達せむとすれば、先づ第一に間髪を容れざる底の早業を以て、短兵急に攻めよせねば、到底勝算の見込みはない。今や竜雲は勝ちに乗じ、心おごり、殆ど常識を失つてゐる場合だから、此際に事を挙げねば、曠日瀰久、無勢力なる味方を集め居る内には向方も亦漸く目が醒め、一層厳重な警備もし、防禦力も蓄へ、まさか違へば雲霞の如き大軍を以て、一挙に攻め来るやも計り難い。何程要害堅固の絶処なればとて、敵に長年月包囲されようものなら、水道は断たれ、糧食は欠乏し、居乍らにして降服せなくてはなろまい。これ位な考へなくして、如何して奸智に長けたる竜雲を討伐する事が出来ようぞ。又味方の中にも敵がある世の中、能く気をつけたがよからうぞや』 エームス『如何にも御説御尤も、併し乍ら吾々同志は王に対しては、誠忠無比の義士ばかりの集団なれば、外は知らず、決して左様な醜類は混入してゐない筈で御座ります。あなたのお目にはさう映りますかな』 無住居士『アハヽヽヽ、若い若い、現に此中には間者が交つて居る。それが気もつかぬやうな事では、如何なる目的を立つるとも九分九厘にて、顛覆させられて了ふであらう』 エームス『其間者といふのは誰々で御座いますか』 無住居士『それは今茲では申しますまい。其間者を看破する丈の眼識がなくては到底駄目だ。此館に出入する人々の目の使ひ方、足の歩き方、体の動かし方などを、トツクと御考へなされ!一目にして正邪が分るであらう』 エームスは歎息の色を表はし、双手を組み、さし俯むいて思案にくれてゐる。 テーリスは始めて口を開き、 テーリス『無住さま、今回の吾々の計画は完全に成功するでせうか。何卒御神策があらば御教授を願ひたい』 無住居士『アハヽヽヽ、成功するかせないか、知らしてくれと云ふのかな。左様な確信のないアヤフヤな事で、如何して大事が遂げられるか。第一お前達は心の置き所が違つてゐる。サガレン王に忠義の為に心身を用ゐるは、実に臣下として感ずるの至りである。が、併し乍ら、サガレン王以上の尊き方のある事は知つて御座るか。それが分らねば今度の目的は、気の毒乍ら全然画餅に帰すだらう。否却て大災害を招く因となるにきまつてゐる。それよりも今の内に甲をぬぎ、竜雲の膝下に茨の鞭を負ひ、降伏を申し込む方が近道だ。アハヽヽヽ』 と肩をゆすつて、大きく笑ふ。テーリスは少しも無住の言が腑におちず、たたみかけて息もせはしく問ひかける。 テーリス『吾々は此シロの国に於て、サガレン王よりも尊い者はないと心得て居ります。王以上の尊き者とは如何なる方で御座いますか。どうぞ御教諭を願ひます』 無住居士『其方はバラモン教の神司、兼、王の臣下であらう。三五教に信従し乍ら、時の天下に従へと言つたやうな柔弱な考へより、吾身の栄達を計る為、サガレン王の奉ずるバラモン教に入信つたのであらうがな。どうぢや、此無住の申す事に間違があるか』 テーリス『ハイ、仰せの通りです。併し乍ら決して決して心の底より三五教を捨てては居りませぬ。何れの神の道も元は一株だから吾々の行動に付いては神さまに対し、少しも矛盾はないと心得ますが……』 無住居士『何れの道に入るも誠の道に変りはない。其事は別に咎めもありますまい。さり乍らそこ迄真心を尽して王の為に努めむとするならば、至上至尊の神さまの為に、なぜ真心を尽さないのか。神第一といふ教の真諦を忘れたのか。左様な心掛では何程千慮万苦をなすとも到底駄目だ。神の御力にすがり奉りて、サガレン王を助けむとする心にならば、彼の竜雲如き曲者は、物の数でもあるまい。誠の神力さへ備はらば、竜雲如きは日向に氷をさらした如く、自然の力に依りて自滅するは当然の帰結である。何を苦しんで、数多の同志を集め、殺伐なる武術を練習するか。武は如何に熟練すればとて一人を以て一人に対するのみの働きより出来まい。無限絶対の神の力に依り、汝が霊魂の上に真の神力備はらば、一人の霊を以て一国の霊に対し又は億兆無数の霊に対しても恐るる事はなき筈、又霊力さへ完全に備はらば、汝一人の力を以て億兆無数の力に対し、又汝一人の体を以て億兆無数の体に対抗し、よく其目的を貫徹する事を得るであらう』 テーリス『重ね重ねの御教訓、身にしみ渡つて有難う存じます。就いては奥の岩窟にサガレン王が居られますから、御案内致します。どうぞ一度御面会を願ひます』 無住居士『別に王に面会する必要も認めぬ。王に於てわれに面会を望むとあらば、暫時の間タイムをさいてやらう』 エームス『何れの御方かは知りませぬが、さう固く仰有らずに、どうぞ王さまの前までお越し下さいませ。王は定めてお喜び遊ばす事でせうから……』 無住居士『アハヽヽヽ、そこが矛盾してゐるといふのだ。われは天下の宣伝使、五大洲を股にかけて万民の不朽不滅の魂に永遠無窮の命を与ふる神の使の宣伝使だ。僅にかかる小国を治めかぬる如きサガレン王に対して、われより訪問するとは、天地転倒も甚しきものだ。サガレン王は単に此島国の人間の肉体の短き生命を保護し監督するだけの役目だ。霊魂上の支配権は絶無だ。かかる体主霊従的精神の除れざる内は、いかに神軍を起すとも、悪魔の竜雲を言向和す事は思ひも寄らぬ事である。最早われは此場に用なし、さらば……』 と云ふより早く、いそいそとして立去らむとするを、テーリス、エームス両人はあわてて袖を引とめ、 テーリス、エームス『もしもし無住居士さま、暫くお待ち下さいませ。只今承はれば、あなたは天下の宣伝使と仰有いましたが、宣伝使ならば、何卒吾等が誠忠を憐み、最善の方法を教へ下さいませ。そして貴方は何教の宣伝使で御座いますか。それが一言承はりたう御座います』 無住居士『別に竜雲の如き悪魔を言向和すに就いては議論もヘチマもあつたものでない。只汝が心にひそむ執着心と驕慢心と自負心を脱却し、只々惟神の正道に立返りなばそれで十分だ。一つの計画も何も要つたものでない。アハヽヽヽ』 と言ひ棄て、又もや袖ふり切つて立去らむとする。テーリスは泣かぬ許りに跪き、無住の杖をグツト握りながら、 テーリス『エームスよ、早く王さまをここへお迎へ申して来よ。無住居士に今帰られては、吾々は暗夜に航海する舟の艫櫂を失うたやうなものだ。サア早く早く……』 と急き立つれば、エームスは打頷きながら、急いで危き岩の壁を伝ひ岩窟さして急ぎ行く。 無住『貴重なタイムを、仮令一息の間も空費するは、天地の神さまに対して、誠にすまない。最早無住の用はなき筈、よく本心に立帰り、直日に見直し聞直し、自分の心と相談をなされ』 テーリス『ハイ、重ね重ねの御教訓、誠に有難う御座います。就いては今暫くの間御待ちを願ひます。王さまの此処へお出でになる迄……』 無住居士『サガレン王が今の如き精神にてわれに面会が叶ふと思うてゐるか。取違するにも程があるぞよ。われの正体を感知する事が出来るか』 テーリス『ハイ神様とも宣伝使とも見分けがつきませぬ。何卒々々暫くの御猶予を御願申します』 と合掌し、熱涙を頬に流し乍ら頼み入る。 無住居士は声爽かに、老人にも似ず、勇ましき声音にて歌ひ出したり。 無住居士『あゝ惟神々々神が表に現はれて 善と悪とを立別けるとは云ふものの世の中は 顕幽一致善悪不二善もなければ悪もない 心一つの持ちやうぞサガレン王に仕へたる テーリス、エームス両人よ神を力に誠を杖に 朝な夕なに真心を洗ひ浄めてサガレン王の 君の命は云ふも更此世の祖と現れませる 皇大神の御前に天地自然の飾りなき 誠の心を捧げつつ祈れよ祈れ国の為 天地の間に生ひ立てるすべての物になり代り 罪を贖ひ千万の悩みをわが身に甘受して 神の大道にまつろひし其真心を現はせよ 神は汝と倶にありとは云ふものの汝が心 いかでか神の守らむや神の守らす身魂には 塵もなければ曇りなし心の空は日月の 光さやけく照りわたり平和の風は永遠に吹き 花は匂ひ鳥歌ひ実りゆたけき神の国を 心の世界に建設し宇宙の外に身を置いて 森羅万象睥睨し元の心に帰りなば 汝は最早神の宮神の身魂となりぬべし あゝ惟神々々神の大道をつつしみて 進めよ進めバラモンの教を奉ずる神司 それに従ふ人々よ此老翁が一言を 別れに臨みてのこしおくあゝ惟神々々 われの姿を村肝の心を定めてよく悟れ サガレン王の来る迄待ちてやりたく思へども タイムの力は何時迄も元へ返さむ由もなし いざいざさらばいざさらば二人の誠の神司 ここにて袂を別つべし』 といふかと見れば、飛鳥の如く老躯を物の苦にもせず、足を速めて、早くも濃霧の中に消えて了つた。此老人は果して何神の化身であらうか? (大正一一・九・二二旧八・二松村真澄録)
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霊界物語 37_子_出口王仁三郎自叙伝1 総説 総説 予言者郷里に容れられずとは古来の諺である。瑞月王仁が突然神界より神務に使役さるるやうに成つてから、親族知己朋友その他の人々より、あらゆる悪罵嘲笑や妨害等を受け乍ら、神命を遵守して今日まで隠忍して来た種々雑多の経緯を述ぶれば、到底一万や二万の原稿で書きつくせるものではない。故に瑞月は霊界物語『舎身活躍』の口述の初に当り、最初の霊的修行の一端を述べて本問題の神代の物語に移らうと思ふ。幸ひ時機の到来せしものか、今日となつては自分の郷里の人々は神道家、仏教家を始め、無宗教者と雖も一人も反対を唱へたり悪罵嘲笑する者が無くなつて来た。否何人も郷里の人は瑞月の精神を了解し、却て讃辞を送るやうになつたのは全く時の力である。然るに釈迦にも提婆とか謂つて、何時の世にも反対者の絶えぬものである。大正の初頭より勃興し初めた吾が大本の教に対し、学者、宗教家、新聞記者なぞが、数年前より随分攻撃の矢を放つて吾人の主張を根底より破砕せむとせしは、新宗教の初期に於ては免るべからざる順路である。諺に曰ふ『巨大なる器には巨大なる影がさす』と。また曰く『敵無きものは味方も無し』と。今日の社会よりの攻撃は実に止むを得ざるものである。否これが宗教発展上の径路かも知れない。吾人は今後に於ても、益々大本に対して大々的迫害の手が加はることと確信して居る。天の瓊矛の様に、大本はイラエばイラウほど太くふくれて固くなり、且つ気分の好くなるものである。善悪吉凶禍福は同根である。筆先にも『悪く言はれて良くなる仕組じやぞよ』と、実に至言である。この頃綾部に丹波新聞といふ小さい新聞が出来て、霊界物語を評して曰く『一丁程先から見えるやうな原稿を書いて居る』と。実に良く霊界物語の真相を究めたものである。抑もこの物語は人間の頭脳の産物でない以上は、何処かに変つた所が無くてはならぬ筈だ。一丁程先から見えるやうな大きい字の原稿を二万数千枚書いたと言つて居るのは、神の霊光が原稿の上に輝いて遠方から拝めたのであらう。又大きい文字に見えたのは所謂著者の人物が大きいから大きく見えたのだらう。否々ソウ慢心しては成らぬ。神様の偉大なる神格が現はれて、筆記者の写した細い文字が丹波新聞記者の眼にソウ大きく見えたのであらうと、神直日大直日に見直し聞直し宣り直し、善意に解釈して置く方が結局大本の教理に叶ふであらう。実に天下一品の讃辞を与へて呉れた大名文章だと感謝しておく次第である。呵々。 大正十一年十月十二日
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霊界物語 37_子_出口王仁三郎自叙伝1 07 五万円 第七章五万円〔一〇一九〕 友人斎藤宇一の奥座敷を借つて、愈幽斎の修業に着手する事となつた。修業者は宇一の叔母に当る静子、及妹に当る高子(十三歳)、多田琴、岩森徳子、上田幸吉其外二三人の者を以て、朝夕軒を流るる小川に水浴をなし、午前に四十分間づつ三回、午後にも亦三回、夜二回都合八回で、一日に三百二十分間、厳格に修業した。そして瑞月は小幡川で拾つた仮天然笛で、羽織袴を着し、極めて厳粛に審神者の役を修するのであつた。 初めての審神者の事でチツとも様子は分らぬ。第一番に多田琴が神主の座に着くや否や、組んだ手を前後左右に振まはし、二十貫[※20貫は75キログラム]もあらうといふ女が、古い家の床が落ちる程飛あがり出した。戸も障子も襖もガタガタになつて了つた。一週間程の後には、余りドンドン飛上つた為か、床が二三寸下がり、障子も襖もバタバタと独りこけるやうになつて了つた。宇一は此時まだ二十二三歳、両親から苦情が起り、修業所をどこかへ移転してくれとの命令を下された。 さうかうする内、多田琴が口を切り始めた。 多田琴『シヽヽ白滝白滝白滝』 といひかけた。審神者は始めての口切りで、肝をとられ、驚きと一つは始めて口の切れた喜びとで、愈幽斎修業も前途有望だと、知らず知らずに天狗になつて了つた。多田の神主は日一日と発動が烈しくなり、詞も円滑に使ふやうになつて来た。其時の審神者としては大きな声を出し、よく発動し、荒く飛上がる程偉い神が来たのだと信じ、本当のしとやかな神感者を見ても、もどかしい様な気になつて了つた。 多田琴に続いて又斎藤静子の面相が俄に猛悪になり、組んだ手を無性矢鱈に震動させ、これ又ドンドンと荒れ狂ひ出した。一人は大女、一人は三十になつても貰ひ手のないといふ、四尺[※4尺は121センチメートル]足らずのチンコさんである。それが一時に負ず劣らずドンドンドンと飛上がり出した。静子の姉を始め、養子に来た元市といふのは、宇一の両親であつたのが、静子が神憑になつたので、俄に乗気になり、修業場を移転することを取消して貰ひたいと申込んだ。 多田の神主はソロソロ大口をあけ、目の白玉に巴形の赤い模様が出来て、 多田琴『静御前と義経弁慶、加藤清正どちらが偉い、此方は和田義盛の妻巴御前であるぞよ、其証拠には此方の目の玉を見よツ』 と目を指し示す。初心の審神者は其目の玉をよくよく見れば、まがふ方なき一つ巴が、両眼に真紅の色を染出して居る。……ヤツパリ巴御前ぢやあるまいかなア……と思案してゐると、神主は審神者の頬べたをピシヤピシヤと殴り、 多田琴『馬鹿審神者の盲審神者、此方の正体が分らぬか。此方は勿体なくも、官幣大社稲荷大明神の眷族三の滝に守護致す、白滝大明神であるぞよ。サアこれからは此白滝が審神者をしてやらう。其方は神主の座にすわれ』 と呶鳴りつけた。静子は又発動して、 斎藤静子『おれは妙見山に守護いたす、天一天狐恒富大明神だ。見違ひ致すと、今日限り審神者は許さぬぞ。ウンウン、バタバタドスンドスン』 と小さい婆アが飛上がる。今から思へば抱腹絶倒の至りだが、其時の審神者にとつては一生懸命であつた。笑ふ余地も怒る間も、調べる隙もない。只始めて会うた発動状態、神の託宣、愈人間にも修業さへすれば、老若男女の区別なく、神通が得られるものだ、といふ確信はたしかについたが、其外の事は一切耳にも這入らず、思ふ事もなかつた。只一心不乱に三週間の修業を続けて居た。 一週間程たつた時、修業者は一斉に口を切り、少女の口から、 『チヽヽヽヽ、ツヽヽヽヽ』 と口を尖らし、組んだ手をヒヨイヒヨイと動かし乍ら、喋り始めた。修業場は一切他人の近よることを禁じてゐたが、余り大きな発動の響と神主の声とに、近所の者が聞きつけ、次から次へと喧伝して、昼も夜も家のぐるりは人の山になつて了つた。 多田琴は……白滝大明神の命令だ……と云つて、修業者を残らず引連れ、白衣に緋の袴をうがち、一里余りの道を白昼大手をふつて、 多田琴『家来ツ、伴して来い』 と云ひ乍ら、何だか訳の分らぬ歌をうたひ、足拍子を取り、外の修業者は其歌に合はして、石や瓦を叩き乍ら、テンツテンツツンツクツンなど言ひ乍ら、中村の多田亀の家へ行つて了つた。審神者は……コリヤ大変だ、一つ鎮めねばならぬ……と後追つかけようとすれ共、如何したものか、自分の体は数百貫の石で押へられたやうに重たくなつて、チツとも動く事が出来ない。止むを得ず、宇一は審神者代理となりて側にすわり、自分は惟神的に手を組まされ、瞑目してゐると、腹の中から丸いかたまりが二つ三つグルグルグルと喉元へつめ上げ、何とも言はれぬ苦さであつた。三四十分間息が切れるやうな目に会はされた揚句、 喜楽『此方は此肉体を高熊山へ導き、其霊魂を富士山へ伴れて行つた松岡天使である。サアこれから本当の審神者をさしてやらう。天下の万民を助ける神の使は、余程の修業を致さねば駄目だ。さアこれから此方の申す事をチツとも叛くでないぞよ』 と自分の口から言ひ出した。宇一は這ひつくばひ乍ら、 宇一『恐れ乍ら松岡様に申上げます。私は皆と一緒に修業を致して居りますが、まだ一遍も手も震うた事もなし、皆の様に神様がうつつて物を言うて下さりませぬが、如何いふ訳で御座いますか。神さまさへ憑つて下さるのなら、どんな修業でも致しますから、どうぞ教へて下さいませ』 と頼んで居る。そうすると又神主の口から、 松岡『其方は大体精神のよくない男だから、神が憑る事が出来ぬのだ。三年や五年修業したとて、其方は駄目だから、一層のこと、審神者になつた方がよからうぞ』 宇一『神主にもなれない者が如何して審神者が出来ませうか』 松岡『神がせいと云つたら、キツと出来る。神が其方の肉体を使つてするのだから、チツとも心配は要らぬ』 宇一『左様ならば御用を致します。不束な審神者で御座いますから、どうぞ宜しう御願ひ致します』 松岡『ヨシ、此神主の肉体は其方の監督に任すから、よく気をつけたがよからうぞ。何時夜分に飛出すか知れぬから、気をつけて居るがよい』 宇一『ハイ、有難う御座います。此度の一同の者の修業が済みましたら、其先は如何致しませうか』 松岡『神が五万円程金をやるから、此穴太の或地点を買収し、大神苑を作り、神殿を拵へ、神道の本部を建てて、布教をするのだ。何事も一々神の命令を遵奉せなくては駄目だから、そう心得たが宜からう』 宇一は斎藤源次といふ人の東隣の紋屋の息子である。其父親が相場に祖先伝来の財産を殆どなくして了ひ、今や其邸宅までが危なく浮いてゐたのである。何時家も屋敷もどこへ飛んでゆくか、流れるか知れぬやうな危険状態になつてゐた。今此松岡天使の五万円を与へるといふことを聞いて、喉を鳴らし、元市が其場に飛んで来て、叮嚀に両手をつき、 元市『松岡さま、どうも有難う御座います。これでいよいよ御神徳が有りました。どんな事でも神さまの御用を聞きますから、早く五万円の金を下さいませ。何れ天から降らして下さる訳にも行きますまい。相場に依つてでも五万円儲けさして下さるのでせうなア』 松岡『相場の事なれば此方は余程不得手だ。坂井伝三郎といふ百年前に相場師が大阪に居つた。其の男は八十五万円の財産を残らず相場で負て了ひ、僅に残つた財産を、堺の住吉明神に献上致し、其の神徳に依つて、今は住吉の大眷族大霜といふ天狗となつて、相場の守護を致して居るから、其神が今此肉体にうつる様に守護してやらう。それに聞いたがよからうぞ。松岡はこれで引取る。ウンウンウン』 元市『マアマアマア一寸待つて下さいませ、モウ一言御尋ね致したう御座います』 といふのも一切頓着なしに、審神者の肉体を三四尺宙に巻上げ、ドスンと元の座に尻を卸し、パチツと目をあけて、元の喜楽になつて了つた。 これより元市夫婦は態度一変し、今まで『喜楽々々』と呼びつけにしてゐたのが、現金にも『上田大先生様』とあがめ出して喋つた。宇一も親しき友人の事とて『オイ喜楽』などと云うてゐたが、俄に爺に倣つて、『大先生』と言ひ出した。何とはなしにテレ臭いやうな気がしてならない。 喜楽『どうぞ今までのやうに喜楽と云うてくれ』 と何程頼んでも、親子共に首を左右にふり、 斎藤親子『イエイエ滅相もない、こんな立派な相場の神さまが御憑り遊ばす御肉体を粗末にしては、神さまに対し申訳がありませぬ。どうぞ大先生と言はして下さい』 と金の欲に迷はされて、一生懸命に厭らしい程大事にし出した。 元市『モシ大先生、最前神さまが仰しやつたやうに、伜の宇一が審神者を致しますから、大霜さまの神懸りを一つ願うて下さいな』 と頼み込む。喜楽は仕方がないので、東側の溝に身をひたし、体を清め、再び白衣に紫の袴を着し、奥の間に静坐し、手を組んだ。又もや身体震動して、 大霜『われこそは官幣大社住吉神社の一の眷族、大霜天狗であるぞよ。相場の事なら何でも聞かしてやらう』 と大声で怒鳴り立てた。元市は飛付くやうにして、頭を畳にすりつけ乍ら、膝近くまですり寄り、 元市『ハイ、有難う御座います。併し乍ら此通り門一杯人が聞いて居りますから、どうぞ低い声で仰しやつて下さいませ。私も折入つて御願が御座いますから……』 大霜小さい声で、 大霜『ヨシ分つた、何ンなつと聞いてやらう。大方五万円の金を相場に勝たしてくれいと申すのだらう』 元市『ハイ、御察しの通り五万円の金の必要が起りました。何とマアあなた様は、私の心を御存じで御座います。疑もなき天狗様、これから家内中が打揃うて、村の奴が何と申さう共信仰を致しますから、どうぞ米の上り下がりをハツキリ知らして下さりませ』 大霜『ヨシ、俺は生前に於て坂井伝三郎といふ堂島の相場師であつた。相場の為に財産をなくした位だから、神界に於ても相場に詳しいので、其方面の守護を致して居る神だ。つまり言はば専門家だ、此方の負た丈の金は其方に勝たしてやつても、別に社会の科にもなるまい。五万円などとそんな吝嗇臭い事申すな。八十万円勝たしてやらう、どうぢや嬉しいか?』 元市『ハイ、嬉しう御座います』 大霜『其八十万円の金を手に入れたら如何する積りだ』 元市『ハイ、申す迄もなく、曽我部村を全部買収し、五万円がとこ林を買うて、其処を天狗さまの公園となし、残り七十五万円はマア一寸考へさして頂きませう』 大霜『七十五万円の財産家となつて羽振を利かす考へだらう。其方は其金が手に入つたならば、立派な家を建築し、妾をおいて、栄耀栄華に暮さうといふ、今から考へを持つて居らうがなア。余り贅沢になると酒色に耽つて衛生上面白くない、身体衰弱して短命になる。又女房のあるのに妾などを置けば、家内が常にもめる道理だ。一層の事、今の貧乏の方が却て幸福かも知れないぞ。そうなると、却て神の恵が仇となるから、五万円丈にして置かうか』 元市『メヽ滅相な、神さまの言に二言はないと聞いて居ります。あなたこそ神さまとなれば、お金の必要は御座りますまいが、肉体のある以上は金は必要です。七十五万円の内、十万円丈は私が頂戴致しまして、後の六十五万円は駅逓局へ預けたり、慈善事業に寄附したり、社会の為に使ひます』 大霜『それも結構だが、神さまのお道の為に使はうといふ気はないか』 元市『ハイ、神さまの方は五万円御約束の通り、チヤンときまつて居ります』 大霜『アハヽヽヽ、そんならそうでも宜からうが、相場をする基本金は如何して拵へるか』 元市『ハイ御存じの通り、スツカリ貧乏を致しまして、最早一円の金も貸してくれる者もありませぬので、此資本を神さまの御厄介に預つて貸して頂きたいもので御座います』 大霜『ヨシ、そんなら小判の埋蔵所を知つて居るから、それを其方に明示してやらう。誰にも言つてはならぬぞ。乍併此金は山奥に埋めてあるから、其方が行かいでも、此神主の肉体を使うて掘りにやらすから、二三日待つて居るが宜からう』 元市『ハイ有難う、いくら隠してあるか知りませぬが、一人では途中が危なう御座います。もし賊にでも出会うたら大変ですから、どうぞ私一人丈はお供にやつて下さいな』 大霜『ならぬならぬ、其金は一寸百万円ばかり小判で隠してあるが、其方に其所在を知らすと、又悪い精神を出し、体主霊従におちてはならないに依つて、先ず一万円計り資本に、此肉体に掘らしてくる。キツと従いて来る事はならぬぞ』 元市『そんなら伜の宇一をお供をさしますから、それ丈許して下さい』 大霜『イヤそれも成らぬ。此神主の肉体を神が勝手に使うて掘り出して来る。其方の改心次第に依つて渡してやる』 元市『ハイ承知いたしました。御安心下さいませ。メツタに慢心する気遣ひは御座いませぬ。ズントズント心の底から改心を致して居ります』 喜楽は自分の腹の中から言ふ事を一々残らず傍聴し、又元市の言も聞いて可笑しくてたまらず……ナアにそんな金があるものか……と心の中で思つて仕方がなかつた。 大霜『神は最早引取るぞよ。此肉体を大先生と崇めて大切に致せよ。ドスス、ウン』 と飛び上がり、憑霊は忽ち肉体を離れて了つた。 元市『あゝ大先生、御苦労はんで御座いました。どうぞ体を大切にして下さいや。大変な結構な御神徳を頂きました』 喜楽『私も聞いてゐましたが、あんな甘い事大霜サンが言はれたけれど、嘘ぢやなからうかと、心配でなりませぬワ』 元市は首を左右に振り、 元市『大先生、そんな勿体ないことを言ふもんぢやありませぬ。天狗サンは一割正直な御方ですから、嘘を仰しやる気遣は御座いませぬ。アー之れで私の運も開きかけた』 とニコニコしてゐる。 其日は何となく吾家へ帰りたくなつたので、久し振りに自宅へ帰ることとなつた。 (大正一一・一〇・九旧八・一九松村真澄録)
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霊界物語 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 02 吉崎仙人 第二章吉崎仙人〔一〇三九〕 丹波何鹿郡東八田村字淤与岐といふ、大本に因縁深き木花咲耶姫命を斎られたる弥仙山のある小さき村に、吉崎兼吉といふ不思議な人があつて、自ら九十九仙人と称してゐる。 彼は七才の時、白髪異様の老人に山中に出会ひ種々の神秘を伝へられてから、其言行は俄然一変し、日夜木片や竹の端等にて、金釘流の筆先を書きあらはし、天のお宮の一の馬場の大神様の命令を受けて、天地の神々に大神の神勅を宣伝するのを以て一生の天職となし、親族、兄弟、村人よりは発狂者と見做され、一人も相手にする者がない、それにも屈せず、仙人は自分の書く筆先は、現代の訳の分らぬ人間に宣教するのではない、宇宙の神々様に大神の御心を取次ぐのであるから、到底人間の分際として、自分の書いたことが紙一枚だつて、分るべき道理がないのだと云つてゐる。二十五六才の頃から郷里の淤与岐を立出で、口上林村の山奥に忍び入り、平素は樵夫を職業となし、自分一人の食ふ丈のものを働いて拵へ、チツとでも米塩の貯へが出来ると、それが大方なくなるまで、山中の小屋に立こもつて、板の引わつたのに竹の先を叩き潰して拵へた筆で神勅を書きあらはし、日当りのよい場所を選んで、大空を向けて斜に立てて日にさらしておくのである。其仙人の書いた筆先は、大本の教祖のお筆先と対照して見ると、余程面白い連絡がある。其筆先の大要は先づザツと左の通りである。 『今日迄の世界は、吾々邪神等の自由自在、跳梁する世界であつたが、愈天運循環して、吾々大自在天派の世界はモウ済んで了つたから、これからは綾部の大本へ世を流して、神界の一切の権利を、艮の金神に手渡しせなくてはならぬ』 といふ意味の事が沢山に書いてある。又出口教祖の古き神代からの因縁などもあらまし書き現はしてある。 此九十九仙人の精霊が、上谷の幽斎修行場へ現はれて来て、当年十八才の四方春三に神懸し筆を取らして、 『此世一切の神界の事を、綾部の大本へ引つがねばならぬから、今度みえた霊学の先生と、足立先生、四方春三と三人至急に来て呉れ』 とスラスラと四方の手を通じて依頼文を書いた。そこで喜楽は霊学上の参考の為、一つ研究して見ようと思ひ、其翌日直様、口上林の山奥の仙人の許へ出張する筈であつたのが、折ふし綾部に急用が出来たので、帰らねばならなくなつた。さうしてゐると三日目の正午過に、上谷の修行場から四方祐助といふ老爺サンが慌だしく大本へ飛んで来て、 祐助『上田先生、大変なことが出来ました。今の先足立サンと春三サンが諜し合せ、上田先生にかくれて、九十九仙人に会見に行き、一切の神界の秘術を授けて貰ひ、帰つて来て、上田をアフンとさせてやらう、兎も角十分の神力を受けて居らねば、上田を放り出すことが出来ぬ。これは大秘密だから、決して上田には知らしてはならぬぞ……と云つて、二人があわてて出て行かはりました。あの人達二人が、先生に隠れて勝手に行くといふのは、何れ碌な事ぢやありますまい。又一つ何かよからぬことを企むのでせう。先生、グヅグヅして居つては大変ですから、サアこれから私が口上林の山の口まで御案内致しますから、今から二人の後を追つかけて行つて下さい、サア早よ早よ!』 と急き立てて居る。そこで喜楽は早速教祖に面会して、其報告通りの事を申上げると、教祖は、 教祖『そんなら一時も早う、御苦労乍ら仙人に会うて来て下さい』 と云はれた。祐助爺サンの案内で、口上林の仙人の居るといふ杉山の一里程手前まで送られ、そこから祐助爺サンに地理を詳しく教へられ、袂を分ち、雑草の生ひ茂る羊腸の小路を只一人登つていつた。 案内も知らぬ草深い峻坂を、一枚の紙に書いた、そそかしい地図を力に辿り辿りつつ、心を先に進んで行つた。半里ばかり登つたと思ふ時に路の傍の林の中に矮小な小屋があつて、其中には何か二三人の話声が聞えて居る。喜楽は聞くともなしに、小屋の傍に佇立して息を休めてゐると、六十余りの年よりの声で、 (老人)『一体お前達は神様の御用を致す者であるならば、なぜに世間の義務や人情を知らぬのか、そんなことで如何して衆生済度が出来る、口先計りの誠で、心と行ひが正反対だ。衆生済度所か、自分一人の済度も出来まいぞ。僅かに一銭や二銭の金が惜しいか、口先で甘いことをいうて、信者から金を取ること許り毎日日日考へてゐる神商売人だらう。此老人の労苦に酬ゆることを知らぬか。俺も一旦それ程惜しい金なら要らぬと云うた以上は、仮令此山奥でかつえて死んでもお前達の金は汚らはしい!』 とだんだん声高になつて罵つてゐる。一方の小さい声はよく聞いて見れば、聞覚えのある足立正信氏の声であつた。 足立『オイ爺サン、余り劫託をつくものでない。山路の修繕料をくれと云つたつて、どうしてそれがやれるものか。どこに修繕が出来て居る。道草一本刈つた形跡もなし、土一所動かした気配もないぢやないか。今先も道端の芒で足を此通り切り、高い石に躓いて生爪を起したり、これ丈難儀をして居る旅人に、山路の修繕費をよこせもないものだ。金の有余つた気違ひならいざ知らず、こんな山子のイカサマ爺イの山賊みたいな奴には、淵川へすてる金があつても、勿体なうてやれぬワイ。世間の人間をバカにするにも程があるぞ。お前もよい年しとつて、よい加減に改心をしたら如何だ。乞食のやうな真似をして、何の事だ』 と鼻先でからかつて居る。喜楽はつと其矮屋の入口を見ると、 『私は妻子眷族も親類もない憐な孤独者であります。年は六十七才、此奥山へ通ふ人々の為に、一年中ここに住居して山路を直し、往来のお方の便利をはかつて居る者であります。どうぞ御同情のあるお方は、乞食にやると思うて、一銭でも半銭でも宜しいから、お心持を投げてやつて下さい……世界の慈善者さま……年月日……矮屋主人』 と記してある。右の張札を見て、先程からの小屋の中の争論の理由も略推定することが出来た。喜楽はよい所で足立、四方の両人に出会うたと打喜び、直に其小屋へ、 喜楽『御免下さい』 と声をかけて這入り、爺イサンに、 喜楽『御苦労さまで御座います』 と云つて十銭銀貨一枚を与へた。老人は別に喜んだ顔もせず、喜楽を見て、 老人『ウンよし、大きな顔して通れ』 と只一言を放つたきり、穴のあく程喜楽の顔を見つめて居たが、やがて吾膝をうつて、 『ウンウン』 と何度となく諾いて居た。此老人こそ実に不思議なものである。虚構も修飾もない実際話であるから、此処に読者は注意して貰ひたい。要するに九十九仙人の守護神が、此老人に臨時憑依して、三人の心を試したのであつたと云ふことが後に分つて来たのである。 足立、四方の両人は、ヨモヤ後追つかけて来まいと思うて居た喜楽の姿が、眼前に現はれたのに一寸面くらつて、 足立『オヽ上田サンですか、只一人で此山路をどこへお越しですか。私は一寸急用で上林の某の宅へ行つて来ますから、マア御ゆるりとここで休まして貰うて結構な御話でも爺イサンから聞かして貰ひなさい。老人の云ふことは身の為になりますぞ』 と捨科白を残し、あわただしく矮屋を立つて、四方と共に山路を登つて行く。 喜楽はすぐ様後追つかけて行かうとしてゐる時、其老人は袖を引いて、 老人『一寸お待ちなさい、愚老が近路を案内して上げませう』 ときせる煙草を一二服グツと喫み、 老人『サアサアこうお出で』 と先に立ち、老人にも似ず、足も軽々しく仙人の隠れてゐる、杉山の麓の谷川の傍まで送り、 老人『サア此川を向うへ渡り、右に取つて一二丁進めば、そこが仙人の隠れ場所だ。左様なら……』 と云つたきり、早々帰つて行く。 喜楽はよく辷る谷川の急流を渡り、樵夫小屋をさして急いだ。五六丁も登つたと思ふ頃、九十九仙人は坂路の中央に立つて待つてゐる。そして喜楽に向ひ、顔色を和げ、さも愉快げに、 仙人『アヽ先生、此山路をはるばるとよく訪ねて来てくれましたなア。マアマアこちらへ来て一服なさい』 と自分の小さい小屋へ案内し、白湯を黒い土瓶から汲んですすめ、いろいろと神界の秘事を一夜間かかつて、諄々と説き諭した。喜楽は高熊山の第一次の修行や、第二回目の修行の時に、神界から見せられてゐた事実を思ひ出し、符節を合すが如きに益々感じ、自分の信念はいよいよ強くなつて来た。 喜楽は矮屋の老人の親切なる案内に依つて、恙なく九十九仙人の小屋に到着し、いろいろと有益な神界の経綸を聞かされ、非常に満足したが、足立、四方両人の、一日たつてもここへ出て来ぬのに心配し始め、仙人に向つて、 喜楽『両人はキツとここへ訪ねて来る筈だのに、まだ姿を見せぬのは如何なつたのでせう、山奥へでも迷ひ込んで居るのではありますまいか』 と尋ねてみた。仙人は笑つて答へて云ふ。 仙人『アハヽヽヽ、大変な野心を起し、お前さまを出しぬいて、大切なる神秘の鍵を握らうとした、腹の黒い人物だから、今日も到底ここへは来ることが出来ぬやうに、神界から垣をされてゐるのだから、明日の朝になつたら、ヤツとの事で来るであらう。憂慮するには及ばぬ。天のお宮の一の馬場のお父様も、天のお宮の二の馬場のお父様も、天のお宮の三の馬場の国族武蔵吉崎兼吉も、皆お前の体を守り、此神秘を伝へむ為に、彼等両人が居ると邪魔になるから、ワザとに遅れさして居るのだ』 といつて微笑して居る。喜楽は仙人の言を一伍一什聞き終り、余り教祖の筆先に符合せるに驚き、益々神界に対して一大責任の身にかかれることを覚悟し信念はますます堅くなつた。 一方の二人は喜楽の先を越さうとして、却て山路にふみ迷ひ、濃霧の為に方向を誤り、深い谷底へ転落し、身体の各所にすり傷さへも負ひ、迷ひ迷うて漸く又元の老人の小屋の前に到着し、今度は老人に目が剥けるほど呶鳴りつけられ、ブルブル震ひ乍ら、先の無礼を陳謝し、漸く老人の怒りも解け、老人の好意的案内に依つて、夜の十一時頃漸く杉山の麓の一軒の宿屋に着いた。其夜はそこで一泊し、翌日早朝登山して来たのである。二人は、 『余り心得違を致したから、神界から、お気付をされたと喜楽サンは思はれるか知らぬが、これも何か神様のお仕組でせう』 と負惜みの強い性質とて、表面平気を装うてゐたが、其顔には隠し切れぬやうな不安な血相が見えてゐた。仙人は足立に向ひ厳然として、 仙人『お前の面部には殺気が現はれてゐる。何となく心中不穏だ。一時も早く惟神の道に立帰つて、及ばぬ企図を止めなさい。今改心せなくては身の破滅を招きますぞよ』 と言強く言ひ放ち、又もや四方春三に向ひ、 仙人『お前は盤古の霊が守護して居る。甚面白くない、お前の大望は、丁度猿猴が水の月を捉へむとするやうなものだ。今に改めなくてはキツと身を亡ぼすことが出て来るぞ。今日只今限り良心に立ち復り、一心に真心を以て神界に仕へなさい。さうすれば昔からの霊の深い罪科を赦された上、天晴れ神界の御用に使つて貰へるであらう。併し乍ら今の心では駄目だ。早く改めないと、災忽ち其身に至る凶徴が、お前の顔に現はれて居る。此仙人の云ふことをゆめゆめ疑ふこと勿れ』 ときめつける様に言つた。二人は真青な顔をして一言もよう答へず、体をビリビリと震はせて居た。仙人は更めて言ふ。 仙人『いよいよ時節到来して、自分の役目は今日を以て終りをつげた。明日からは人界へ下つて、人場の勤めに従ひ、余生を送りませう。神場の用は今日で終結だから、再び訪ねて来て貰つても最早駄目だ。左様なら……』 と云ひすて、大鋸を肩にひつかけ、山奥深く其姿を没した限り、出て来ないので、やむを得ず、三人は帰途に就いた。 これから以後の四方春三は盤古の悪霊に憑依され、邪心日に日に募りて喜楽を排斥し、其後の御用を勤めむと数多の役員信者を籠絡し、いろいろ雑多の計画を立てて居たが、一年たつた後に、仙人の云ふた如く、大変な神罰を蒙りて悶死するに至つた。実に慎むべきは慢心と取違とである。 惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・一〇・一四旧八・二四松村真澄録)
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霊界物語 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 03 帰郷 第三章帰郷〔一〇四〇〕 心なき人の誹も何かあらむ 神に任かせし吾身なりせば 上谷の修業場で、二十有余人の幽斎修業者の審神者に奉仕しつつある処、自分の郷里から『老母危篤すぐ帰れ』との電信が着いた。祖母の急病と聞いた以上は、是非共一度は帰つて見舞うて来ねばならぬ。併しながら一方の修業者の様子を見れば、一日片時も目をはなすことが出来ぬことになつてゐる。ぢやと云つて祖母の病気を孫として、そ知らぬ顔に打すてておく訳にも行かず、修業者を見放しすれば、又しても以前の如く邪神が襲来して、修行場をかき乱すに違ひない、喜楽が失敗するのを、鵜の目鷹の目で待構へ、欠点を捜して、機会だにあらば放逐せむとして居る某々がある。喜楽は神さまの御道と祖母の危急の場合を思ふと、如何決心したら良いか、進退谷まつて途方に暮れてゐた。兎にも角にも神界へ伺つて見た所、神様のお告に依れば、 『ここ四五日の間に修業場へ帰つて来れば余り大した邪魔は在るまい……』 との事であつた。そして、 『祖母の病気は余程重態ではあるが、生命には別状はない、とは言ふものの祖母のことであるから、近所の人々に対しても、帰らずにはおかれまい、早く行つて来るがよい、一心になつて鎮魂をすれば、八九分通りは平癒する』 とのことであつた。無論出口教祖さまのお口を通してのお示しである。そこで四方藤太郎を不在中の審神者に依頼しおき、喜楽の帰郷中、修行者一同を托して、一先づ穴太へ行くことになつた。喜楽は出立に際し、四方氏に命じたのは、 喜楽『不在中に、綾部から教祖さまが迎へに来られても、福島が来ても、又誰が何と云つて来ても此処の修行者は一人も綾部へやつてはならぬ。わけて四方春三、塩見せい子、黒田きよ子には十分気をつけて貰ひ度い』 と頼んでおいた。四方藤太郎氏は喜楽の言をよく守つて厳格に審神者を奉仕してゐた。さうすると二三日たつて、教祖さまから神の御命令だからと云つて、右三人の修行者を綾部の金明会へ連れて帰られた。四方氏も教祖の命令には抗弁しかねて、やむを得ず三人を渡して了うた。三人の修行者は、教祖がワザワザ自分でお迎いに来られる位だから、自分等三人は大変に神界の思召に叶うてゐるに相違ないと、直様慢心をした為に、又もや妖魅が急激に襲来して、恰も気違芝居のやうなことを演じ出し、金明会の広間は、発狂者の巣窟の様になつて了つたのである。 ○ さて喜楽は綾部から只一人で、十四里の山路をボツボツ徒歩で行つて見ると、吾家の軒まで差かかつた時、何とも形容の出来ない一種の悲哀の感じが胸に浮かんで来た。 『あゝ祖母の身の上は如何だらう。まだ玉の緒の命は切れずにあるだらうか。母は如何して居るだらう……』 とくさぐさの思ひに胸は張裂けるやうであつた。急いで吾家に入り見れば、母は縁先の障子を一枚開けて涼しい風を入れつつ、今年八十六歳になつた祖母の看病をしてゐる処であつた。祖母も今日は殊の外気分が良いといつて、庭の若い松の木を眺めて、勢のよい枝振りなどを褒めて居られた。喜楽の妹の君といふ八歳の幼女が学校から帰つて来て枕許で何だか無理を言つて、母を困らして居る所であつた。 祖母は喜楽の帰つて来たことを知らずに、又何時とはなしにスヤスヤとよく寝入つて居られた。折角寝て居られるのを、目をさましては却て病気の障りになつてはならぬと、母は自然に目のさめる迄、喜楽の帰つて来たことを知らさぬ様にしてゐた。喜楽は先づ母に不在中の辛労を謝したり、祖母の病気の様子などを尋ねて居た。 折しも今迄楽相に眠つて居られた祖母は、何者にか襲はれたやうに、恐ろしい悶絶の声を出し、稍苦みの心が見えた。母も喜楽もあわてて側へ寄り、よくよく見れば、祖母は今正に何者にかうなされて居る様子である。母と喜楽とが左右の手を取つて、静かに起し、背をなでさすりなどして居ると、やうやう目をさまし、正気にかへられた。老の身のやせ衰へた病人の事とて、額も足も手も冷汗にビシヨぬれになつて、見るからにいぢらしく、自然に喜楽の目にも涙が一杯にあふれて来た。稍あつて祖母は力なき目を見ひらき、 祖母『あゝ不思議な夢をみたものだ。お米、そこにゐるか。よう聞いてお呉れ、吾家の御先祖様が、只今の先、孫の喜三郎を殺して了うと仰有つて、長い刀を引ぬいて追かけまはして居られる。喜三郎は一生懸命に逃げまはす。見るに見かねて私が御先祖様に対し、暫くの御猶予をと、泣いてお頼みしたら、御先祖さまも少し顔色を和らげて、……そんならお前から喜三郎に諭してやるがよい。上田の家は藤原の鎌足の末である。うつり行く世の慣ひ、家の系図は幾つにも別れてゐるが、中には今に歴然として時めいてゐる子孫もあり、大商人になつてゐる子孫もあり、百姓になつたのも沢山ある。又中途にして家の断絶したのもあるが、吾家こそは百姓になつた人の家筋で、先祖から代々お国の為になることを勤めて来たのである。併しモウ斯う百姓に成り下つて了うては、如何することも出来ぬと幽界から歎いてゐたのである。併しながら有難き御代になつて、百姓でも誠があり力さへあれば、どんなことでも出来るやうになつたのだから、どうかして吾子孫から世の為になる者を現はしたいと思ひ、神界の御許しを受けて、神様の尊きお道を明かに世界へ現はし、此世を安楽な神の世にしたい為に、喜三郎を神様のお使として、一身を捧げて世の為に尽さしたいと思ひ、其身辺を昼夜に守護致して居るのである。かかる重き使命を有つてゐる者が、祖母の病気のために心を紊し、肝賢の神界の御用をすてて、のめのめと吾家に帰り来るとは不届き千万な奴だ。神界へ対して申訳が立たぬから、一層のこと切り捨てて了ふと仰有つて、大変な御立腹、そこで私がいろいろとお詫をして、暫くの御猶予を願うたと思ふ折、不意に誰にか揺起されたと思ふたら、ヤツパリ夢であつた。アー併し乍ら御先祖さまのお言葉は夢とはいふものの、等閑にすることは出来ぬ。喜三郎も其心得で世の為に、神さまの御用を一心に勤めて貰へば、先祖さまに対して申訳が立つから、中途に気をくぢかぬやうに頼むぞ。妾は老木の末短き身の上、お前はまだ血気盛り、半時の間も無益に日を送ることは出来ぬから、妾に構はずお道の為に潔く尽して呉れ。併し乍ら人間は老少不定だから、これが別れになるかも知れぬ。ズイ分身体を大切にせよ』 と後は言葉もなく、其目には涙が泛んでゐた。喜楽の目にもいつの間にやら涙が漂ひ、腮辺を伝ふのを押かくし、 喜楽『お祖母アさま、そんならこれから綾部へ行つて来ます。どうぞ達者にしてゐて下さい』 と門口を出やうとする時、いつの間にか母は株内の次郎松やお政後家サンを伴うて帰り来り、 母『喜三郎、お前に一寸相談があるから、今帰ることは出来ぬ。どうぞ二三日待つて貰はねばならぬ』 と引とめられた。……サア了つた。モウ仕方がない。せめて二三分間母の帰宅が遅かつたならば、甘く此場をぬけて帰られたのに、又もや母や次郎松サンから、沢山の苦情をかまされることだらう……と思ふたが、最早仕方がない。先づ二人に時の挨拶や、不在中お世話になつた好意を陳謝し、座につくや否や、次郎松サンがいきなり、目をむいて、 次郎『コレ喜三ヤン、お前は一体全体、何をト呆けて居るのだ。こんな老人や母親を見すてて、如何に百姓が嫌ぢやとて、勝手気儘にいなごの様に、朝夕そこらを飛あるくとは、余り物が分らぬすぎるぢやないか。それとも如何しても内を出て極道がしたいと思うなら、毎月金を送つて来なさい。其金でお前の代りに人足を雇うて百姓さすから、如何ぢや、分つたかなア。一体お前が家を出てから、一年余りになるが、金一文送つて来るでもなし、たより一ぺんするでもなし、生きて居るのか死んで居るのか、但は家を忘れて帰つて来る処が知れなんだのか、訳が分らぬといふても余りぢやないか。私は上田家の為に先祖に成り代つて意見しに来たのだから、私の忠告をも聞かずに、綾部へ行くなら行つて見なさい。不在中の此家の御世話は私はお断り申す。私計りか株内も近所も皆其通りだ。どんなことが出来しても構はぬから、今ここでキツパリと返答をしてくれ』 と真赤な顔して呶鳴つて居る。又一人の別家のお政といふ後家サンが、喧しう泣くやうに綾部へ行くなと口説きたてる。二人共神界のことはテンで頭にない。只肉体上から見て、上田家の前途を案じての親切から云ふてくれるのであるから、二人の心情を察してみると、帰りもならず、それぢやと言ふて穴太に居る訳にも行かず、退引ならぬ仕儀となり閉口をした。 (大正一一・一〇・一四旧八・二四松村真澄録)
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霊界物語 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 07 火事蚊 第七章火事蚊〔一〇四四〕 人盛なれば天に勝ち、天定まつて人を制すとかや、喜楽は一身一家を抛つて、審神者の奉仕に全力を尽すと雖も、何を云つても廿余名の、元より常識の欠けた人物の修行者が発動したこととて、どうにも斯うにも鎮定の方法がつかない。正邪理非の分別もなく、金光教会の旧信者計りで、迷信と盲信との凝結であるから、到底審神者の云ふ事は聞入れないのである。又神懸といふ者は妙なもので、金光教の信者が修行すれば金光教の神が憑つて来る。どれもこれも皆金神と称へる。天理教の信者が修行すれば、十柱の神の名を名告つて現はれる。妙霊教会の信者が修行すれば、又妙霊教会の奉斎神の名を名告つて現はれて来る。其外宗旨々々で奉斎主神の神や仏の名を名告つて、いろいろの霊が現はれ来るものである。上谷の修行場では金光教の信者計りであつたから、牛人の金神だとか、巽の金神、天地の金神、土戸の金神、射析の金神などと、何れも金神の名を名告るのであつた。又竜宮の乙姫だとか、其他の竜神の名を以て現はれる副守護神も沢山なものであつた。 今日の大本へ修行に来る人間は、大部分中等や高等の教育を受けた人が多いから、此時のやうな余り脱線的低級な霊は憑つて来ない。が大本の最初、即ち明治卅二年頃の神懸といつたら、実に乱雑極まつたもので、丸で癲狂院其儘の状態であつた。其上邪神の奸計で、審神者たる者は屡危険の地位に陥る事があつて、到底筆や口で尽せるやうな事ではなかつた。幽界の事情を少しも知らない人々が此物語を読んでも、到底信じられない様な事許りであるが、それでも事実は事実として現はして置かねば、今後の斯道研究者の参考にならぬから、有りし儘を包まず隠さず、何人にも遠慮会釈なく、口述する事にしました。 頃は明治卅二年、秋色漸く濃やかな時、金明会の広間では、例の福島、村上、四方春三、塩見、黒田を先頭に、日夜間断なき邪神界の襲来で、教祖のいろいろの御諭しも、喜楽の審神者も少しも聞き入れぬのみか、却て教祖や喜楽を忌避して、福島氏の如きは別派となり、広前の奥の間を占領し、四方、塩見、黒田三人の修行者と共に、奇妙な神懸を続行して居る。 『お父サン、久しぶりでお目にかかりました』 『ヤア吾子であつたか、会いたかつた……見たかつた……ヤア其方は吾妻か……』 『吾夫で御座んすか、艮の金神さまが世にお落ち遊ばした時に、私も一所に落されて、親子兄弟がチリヂリバラバラ、時節参りて、艮の金神さまのおかげで、久し振りで夫婦親子兄弟の対面を許して貰ひました。あゝ有難い勿体ない、オーイオーイオーイアンアンアン』 と愁歎場を演出してゐる。余りの狂態に、平素から忍耐の強い教祖も、已むを得ず箒を以て、福島の神懸を掃出し、 教祖『お前は金光教を守護する霊であらう。此大本をかき紊す為に、福島の肉体を借つて居る事は、初発から能う知つて居る。モウ斯うなつては許す事は出来ぬから、一時も早く退散せい』 と厳しく叱りつけられ、半分肉体の交つた神懸の福島は、大いに立腹し、 福島『此誠の艮の大金神さまのお憑り遊ばした福島寅之助を、能う見分けぬやうな教祖が何になる。勿体なくも艮の金神の生宮を、箒で掃出したぞよ。又上田も小松林のやうなガラクタ神が憑つてゐるから、此結構な大神を能う見分けぬとは困つたものであるぞよ。何の為の審神者ぢや、分らぬといふても程があるぞよ。サアサア皆の神懸共、これから丑の年に生れた寅之助の、艮大金神が神力が強いか、出口と上田の神力が強いか、白い黒いを分けて見せてやるぞよ。此方の御伴致して上谷へ来いよ。もし寅之助が負たら従うてやるが、此方が勝ちたら出口直も上田も、誠の艮の金神に従はして、家来に使うてやるぞよ。今日が天晴れ勝負の瀬戸際であるぞよ。皆の神懸よ、一時も早く上谷へ行けよ。出口と上田の改心が出来ぬから、今目をさまし改心の為に、神が出口の家を灰にして了うぞよ。それから町中も其通りぢやぞよ。噫誠に気の毒なものぢやぞよ。人民が家一軒建てるのにも、中々並大抵の事ではないが、神も気の毒でたまらぬぞよ。これも出口直が我が強うて、上田の改心が出来ぬからぢやぞよ』 と四辺に響く大音声にて呶鳴り散らす。喜楽は何程福島に神懸の正邪を説明しても、聞かばこそ……、自分は誠の艮の金神ぢや、上田の審神者が何を知るものか……と、肩を怒らし、肘をはり、威丈高になつて、神懸や役員一統を引連れ、韋駄天走りに一里余りの道を、上谷の修行場さして行つて了つた。 出口教祖と喜楽と澄子の三人を広前に残して、役員も神懸も悉皆、福島にうつつた邪神の妄言を固く信じて、上谷へ行つて了つた。喜楽は教祖の命に依りて、二三時間程経つてから、中村竹造[※霊界物語における中村竹造の名前に「竹造」と表記している場合と「竹蔵」と表記している場合があるが、霊界物語ネットでは「竹造」に統一した。詳しくはオニペディアの「霊界物語第38巻の諸本相違点」を見よ]の妻の中村菊子と只二人で、上谷の四方伊左衛門といふ人の家の修行場へ出張して見ると、役員も神懸も村の人達も、老若男女の分ちなく、悉皆福島について、高い不動山の上へ上つて了ひ、あとには黒田清子と野崎篤三郎とが修行場の留守をしてゐた。そして黒田には悪狐の霊が憑つて、喜楽の行つたのも知らずに、何事か一人でベラベラと喋り立てつつあつた。野崎は其傍に両手をついて、おとなしく高麗狗然として畏まつてゐた。喜楽の顔を見るなり、野崎は驚いて、黒田清子に耳打をすると、黒田は忽ちに仰向けになつて、 黒田『上田来たか、よく聞けよ。此方は勿体なくも素盞嗚尊であるぞよ。お前が改心出来ぬ為めに、気の毒乍ら綾部の金明会は灰にして了うぞよ。お前は何しに来たのぢや、一時も早う綾部へ帰つて、火事の消防にかからぬか。グヅグヅして居る時ではないぞよ、千騎一騎の此場合でないか』 とベラベラと際限もなく喋り立てる。喜楽はいきなり、 喜楽『コラ野狐、何を吐すか。そんな事があつてたまらうか。コリヤ野狐、正体をあらはせ!』 と後から手を組んで『ウン』と霊をかけると、清子は忽ち四つ這になつて、 『コーンコン』 と鳴き乍ら、家の裏山へ一目散に駆け出した。野崎はビツクリして、後追つかけ、漸く三町許りの谷間で引捉へ連れて帰つて見ると、清子は正気になつたやうに見せて、 黒田『あゝ上田先生、誠にすまぬ事を致しました。モウこれからは、福島大先生の事は聞きませぬ。私は余り慢心をしてゐましたので、不動山の狐がついてゐました。あゝ恥かしい残念な』 と顔を袂で押しかくす。喜楽は、 喜楽『そんな事にたばかられるものか、詐りを云ふな、其場逃れの言ひ訳だ。審神者の眼で睨んだら間違ひはあるまい。四つ堂の古狐奴!』 とにらみつくれば、又もや、 『コンコン』 と鳴き乍ら、一目散に不動山を指して逃げて行く。暫くすると、例の祐助爺イサンが、喜楽の前に走せ来り、 祐助『上田先生、あんたは又しても神懸サンを叱りなさつたさうだ。今黒田サンに素盞嗚尊さまがおうつりになつて、山へ登つて来て大変に怒つてゐやはりますで。大広前が御神罰で焼けるのも、つまり先生の我が強いからで御座います。爺イも一生懸命になつて、大難を小難にまつり代へて下さいと、お詫を致して、艮の金神さまや神懸さまに御願申して居りますのに、先生とした事が、お三体の大神さまのお懸り遊ばした結構な神懸サンを、野狐だなんて仰有るから、大神さまが以ての外の御立腹、どうしても今度は許しは致さぬと仰有ります。先生、爺イが一生の頼みで御座りますから、黒田サンの神さまにお詫を、今直にして下さりませ。綾部の御広前や町中の大難になつてはたまりませぬから……』 とブルブル震ひ乍ら、泣き声で拝んで居る。喜楽は、 喜楽『祐助サン、心配するな、決してそんな馬鹿な事があるものか。誠の神さまなら、そんな無茶な事はなさる筈がない。皆曲津神が出鱈目を言ふて居るのだ。万一綾部にそんな大変事があるものなら、自分が上谷へ来る筈がないぢやないか。ジツクリと物を考へて見よ』 と諭せば、爺イサンは少しは安心したと見え、始めて笑顔を見せた。喜楽は直に不動山へ登り、数多の神懸の狂態を演じて居るのを鎮定せむと、修行場を立出でた。爺イサン驚いて、喜楽の袖を控え、 祐助『先生、どうぞ山へ行くのはやめにして、これから直綾部へ帰つて下さい、案じられてなりませぬ。今先生が山へ登られたら、又々福島の神さまが、御立腹なさると大変で厶ります』 と無理に引止めようとする。喜楽は懇々と祐助をさとし、漸くの事で納得させ、中村菊子と同道にて、綾部へ立帰らしめ、喜楽は只一人雑木茂る叢をかきわけて不動山に登り、松の木蔭に隠れて、神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑り」。]連中の様子を覗つてゐた。 福島寅之助、四方平蔵、足立正信、其外一統の連中は、喜楽の間近に来てゐる事は夢にも知らず、一心不乱になつて、 『福島大先生さま、艮の大金神さま、一時も早く教祖さまの我が折れまして、上田が往生致しまして……綾部の戒めをお許し下さいませ、仮令私の命はなくなりましても、教祖さまが助かりなさりますように』 と一同が涙交りに頼んでゐる。四方春三の声で、 春三『皆の者よ、よく聞け。出口直は金光大神の反対役であるぞよ。上田のやうな悪い奴を引張り込んで、金光教会を潰したぞよ。あの御広間は元は金光の広間ぢやぞよ。それに出口と上田とがワヤに致したぞよ。誠の艮の金神が、今度は勘忍袋の緒が切れたから、上田の審神者を放り出さねば、何遍でも大広間は焼いて了ふぞよ。四方平蔵も又同類ぢや、出口直と相談を致して、上田をかくれて迎へに行きよつたぞよ。出口と上田と平蔵と三人が心を合して、金光の広間をつぶしたぞよ。今度は改心して、上田を穴太へ追ひかへせばよし、何時までも其儘に致してをるやうな事なら、此神が許さぬぞよ』 などと、もと金光教の信者計りが集まつて、神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑」。]の口で攻撃をやる。黒田きよ子が又口を切つて、 黒田『足立正信どの、其方は何と心得て居るのぞえ。金光教会の取次ではないか、今まで出口の神の側に二三年もついて居り乍ら、上田のやうなガラクタ審神者に、広間を占領しられて、金光どのへ何と申訳致すのか。上田の行状を見たかい。彼奴は、毎日々々朝寝は致す、昼前に起て来て、手水もつかはぬ、猫より劣つた奴ぢやぞよ。寝所の中から首丈出して飯を食つたり、茶を呑んだり、風呂へ這入つても顔一つ洗ふ事も知らず、あんな道楽な奴を、因縁の身魂ぢやから大切にしてやれ、と教祖が申すのは、チツと物が分らぬぞよ。教祖の目をさますのは、一番に上田を放り出すに限るぞよ。あとは金光教で足立正信殿が御用致せば立派に教が立つぞよ。あれあれ見やれよ、今綾部の金明会が焼けるぞよ。皆の者よ、あれを見やいのう』 と邪神が憑つて妄言を吐いてゐる。一同は目を遠く見はつて、綾部の方を覗く可笑しさ。折ふし綾部の上野に瓦屋があつて、窯に火を入れて居るのが、夕ぐれの暗を照して、チヨロチヨロと見え出した。さうすると、 黒田『サア大変ぢや大変ぢや、出口の神さまは誠に以てお気の毒ぢやぞよ。御心配をして御座るぞよ。今頃は上田の審神者が一生懸命になつて火傷をし乍ら火を消しにかかつて居るぞよ。大分にエライ火傷を致して居るから、今度こそは神罰で命を取られるぞよ。今出口の神が一生懸命に祈つてゐるぞよ、ぢやと申して此火は中々消えは致さぬぞよ。綾部の大火事となるぞよ。神の申す事は一分一厘違は致さぬぞよ。これが違うたら神は此世に居らぬぞよ。慢心は大怪我の元だぞよ。慢心致すと足許へ火がもえて来て……熱うなるまで気がつかぬぞよ。行けば行く程茨むろ、行きも戻りもならぬよになるぞよ。それそれあの火を見やいのう』 と三人の神懸[※校定版では「神がかり」]が口を切る。数多の村人も神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑」。]も泣き声になり、 『福島大先生様、中村大先生様、四方大先生さま、足立大先生さま、どうぞお詫をして下さいませ』 と手を合して拝んでゐる。時正に一の暗み、瓦屋の火も見えなくなつた。 四方平蔵『火事にしては火が小さ過る。余り消えるのが早かつた。これは福島大先生さま、どういふ訳で御座いませうか……』 と尋ねて居るのは四方平蔵氏であつた。福島は横柄にかまへ乍ら、 福島『ウン、神の御仕組で広前を一軒丈犠牲に焼いたぞよ。皆の者よ綾部へ帰つて、出口の我を折らして、上田を放り出して了へよ。其後へ誠生粋の艮の金神が、福島寅之助大明神と現はれて、三千世界の立替を致すから、天下太平に世が治まりて、大難を小難にまつり代へて許してやるぞよ。何程人民がエライと申しても神には勝てぬぞよ。疑を晴らせよ。誠の丑寅の金神の申す事は、毛筋の横巾程も間違ひはないぞよ。改心致さぬと足許から鳥が立ちて、ビツクリ致して目まひがくるぞよ。改心するのは今ぢやぞよ』 と呶鳴り散らしてゐる。暗の帳はますます深く下りて来た。鼻をつままれても分らぬやうに暗い。提灯もなければ、上谷まで帰る事も出来ぬ真の暗になつた。村中の者が家を空にして、残らず此処へ登つて了つて居つたが、山を下りるにも下りられず、途方に暮れて『惟神霊幸倍坐世』と合掌してゐる。其処へ暗がりの中から、喜楽の声として、 喜楽『汝等一統の者、余り慢心強き故に邪神にたぶらかされ、上田の審神者の言も用ひず、極力反対せし結果は、今汝等の云ふ如く、足許から鳥が立つても分るまい。喜楽は数時間以前から、此松の木蔭に休息して、汝等の暴言暴動を残らず目撃してゐた。汝等に憑つた邪神は、現在此処に居る喜楽を見とめる事も出来ない盲神だ。又綾部の広前は決して焼けてはゐないぞ。最前見えた火の光は、稍大にして火事の卵に似たれども、あれは火事ではない、上野の瓦屋が窯に火を入れたのだ。汝等は今此処で目を醒まし、悔ゐ改めねば、神罰忽ち下るであらう。現に此山上にさまようて、帰路暗黒、一寸も進む能はざるは神の懲戒である。汝等一同の者、よく冷静に考へ見よ。万一広前が焼けるものと思へば、何故大神の御霊の鎮座ある、広前につめきつて保護せないのか。なぜ面白さうに火事見物をし、村中が弁当や茶などを携帯して、安閑と見下ろそうとしてゐるその有様は何の事か、これでも誠の神の行ひか、チツとは胸に手を当て考へてみよ』 と呶鳴りつけた。サアさうすると……上田は綾部に居ると固く信じてゐた一同の者は、藪から棒をつき出したやうに、喜楽が現はれたのと、其説諭に面食つて、泣く者、詫びる者、頼む者が出来て来た。暗き山路を下りつつ、躓き倒れてカスリ傷をするやら、茨に引つかかつて泣き叫ぶやら、ヤツとの事で不動山から、命カラガラ上谷の伊左衛門方の修行場へ帰つたのはその夜の十二時前であつた。 何れの人を見ても、顔や手足に茨がきの負傷せぬ者は一人もなかつた。四方平蔵は、喜楽に手を引かれて下山したので、目の悪いにも拘はらず、かき傷一つして居なかつた。喜楽は一同の者が邪神の神告の全然虚言であつたので、各自に迷ふてゐた事を悟つたであらうと思ひ、急ぎ綾部へ只一人帰つて来た。其あとで又々相変らず邪神の神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑」。]を続行し、其結果一同鳩首会議を開き、其全権大使として足立氏と四方春三、中村竹造の三人が選まれた訳である。要するに甘く喜楽を追放するといふが大問題であつた。 審神者の役といふものは仲々骨の折れるもので、正神界の神は大変に審神者を愛されるが、之に反して邪神界の神は恐れて非常に忌み嫌ひ、陰に陽に審神者を排斥するものである。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・一〇・一五旧八・二五松村真澄録)
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霊界物語 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 08 三ツ巴 第八章三ツ巴〔一〇四五〕 明治三十二年十月十五日の事であつた。足立、四方、中村の三人は、上谷の修行場にて、神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑り」。]一統鳩首謀議の結果、喜楽に対し、綾部退却の勧告をなさむと、全権公使格で何喰はぬ顔して、金明会へ帰り来り、言巧みに本宮山上に誘ひ出し、第一番に四方春三は口を開いて云ふ。 四方『上田先生に申上げますが、夜前上谷の私の宅で、金明会の役員一同が集会いたし、相談の結果、先生に一日も早う綾部を立のいて貰ふ事になりました。私等三人に対し、皆の役員サンから、先生に対し談判をしてくれと頼まれ、止むを得ず三人が出て来ましたのですから、どうぞシツカリ聞いて下され。永らく霊学を教へて貰うた先生に対して、すげなう帰つて下さいと云ふ事は、弟子の私としては誠に心苦くて気の毒でたまりませぬけれど、先生が綾部に厶ると、第一教祖さまの教の邪魔になり、お仕組が成就しませぬので、役員信者の心がハダハダになつて、如何しても一致しませぬから、どうぞ一年程穴太へ帰つて下され。其上で又御縁がありましたら、皆が相談の上、こちらの方からお迎へに参ります。実際の事を言へば、先生が綾部へお出でるのが一二年許り早すぎました』 と立退き勧告を臆面もなくやつて居る。喜楽は黙然として何の答もなく、春三の顔を穴のあく程見つめて少しく笑うてゐると、春三は気味悪相に真青な顔をして俯むいて首を頻りに振つてゐる。さうすると足立正信が全権委員顔をして曰ふ。 足立『足立が今日先生にお話に参つたのは、一個人の考へではありませぬ。先づ第一に艮の金神さまを始め、役員信者一同の代表者として、参つたのですから、あなたも其お考へで聞いて頂かねばなりませぬぞ。抑も綾部には、天地金の神さまのお道を開く、結構な金光教会所があつたのを、出口お直さまが気をいらつて、四方平蔵サンとひそかに相談して、吾々始め役員信者には一言の相談もなく、派の違ふ霊学の先生を呼よせて、とうとう金光教会を丸潰しにしられたのは、お前サンも御存じの通りですが、金光教は立派な公認の神道本局の直轄教会で、天下に憚らず布教伝道に従事してゐるお道です。かう申すと済みませぬが、上田サンの立てた金明霊学会は、其筋の認可もうけずに、偉相に布教してゐられても、到底、駄目です。出口お直さまや四方平蔵サン、お前サンの三人位が何程骨を折つても、瞬く内に其筋から叩き潰されて了ひますよ。さうなつてはお前サンも皆サンに合はす顔がないから、足許の明かい内に一時も早くお帰りなされ。今こそ教祖だとか、会長だとか云うてゐられますが元を糺せば紙屑買の無学の婆アサンや、牛乳屋位が、どれ丈気張つて見ても、到底お話にならぬから、花のある内にここを引上げなされ。又お直さまの方は金光教会の方で大切に世話をしますから、今の内に決心をきめて確かな御返答を願ひます。お前サン、これ丈皆の者に嫌はれて居つても綾部を帰るのがおいやですか。よくよくお前サンも行く所のない困つた人足と見えますな。腹が立ちますかなア。腹が立つならこれ見たかで、一つこんな田舎ではなく、立派な大都会の中央で、一奮発して教会でも立てて御覧。イヤ併し人間と云ふ者は末を見な分らぬから何ぼ訳の分らぬお前サンでも、又犬も歩けや棒に当ると云ふ事があるよつて、どんな偉い者に、此先に於てなれぬとも限りませぬワイ』 と嘲弄的に責かける。喜楽は余りの侮辱と暴言に何の答もなく、黙然として俯いてゐた。足立は心地よげに微笑をうかべ、喜楽を尻目にかけて腕をふり乍ら、コツコツと細い坂路を降つて行く。中村竹造はニタニタ笑ひ乍ら、 中村『上田サン、お前サンは元を糺せば百姓の蛙切り、少し出世して牛乳屋になつてゐたのぢやありませぬか。それに何ぞや、霊学だとか審神者ぢやとか云つて、草深い田舎へ人をだましに来ても、何時迄も尻尾が見えずには居りませぬぞ。なんぼ綾部が山家だと云うても、中には目のあいた者が居りますでな。百姓の伜が大それた神道家になるなんて、そんな謀反を起してもだめですよ。ヤツパリ蚯蚓切りの蛙飛ばしは、どこともなく土臭い所がある。なんぼ綾部の小都会でも、お前サン位に自由自在にしられて、喜んでゐるやうな馬鹿者はありませぬぞや。そんな性に合はぬ事するより、一日も早く穴太へ帰つて元のお百姓をしなさい。蛙の子のお玉杓子は、何程鯰の子によく似て居つても、チツと大きうなりかけると、手が生えたり、足がはえたり、いつのまにやら尻尾が切れて、ヤツパリ先祖譲りの糞蛙によりなれませぬぞや。どうしても鯰になれぬのは天地の道理ぢや。私も今年で九年振、天地金の大神さまのお道を学び、八年の間は艮の金神さまのお筆先を朝から晩まで拝読いて居つても、まだ満足に人に布教することが出来ぬ位むつかしいものだのに、お前サンは去年の春まで、蛙飛ばしや牛乳搾りをして居り乍ら、今から審神者になるの、神懸り[※初版・愛世版では「神懸り」、校定版では「神がかり」。]を人に教へるといふのはチツと時節が早すぎます。一日も早うどつかへ行つて、モツトモツト神さまのお道の勉強をして来なさい。お前サンの修行が出来て、立派な人になりなさつたら、又お世話になるかも知れませぬ。綾部には四方春三サンのやうな日本一の神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神がかり」。]が出来てゐる上に、福島大先生のやうな生神さまが、時節参りて現はれました。お前サンも御存じだらうが、二三日前にも穴太のお母アさまから、一日も早う帰つて百姓の手伝ひをしてくれ、いつまでもウロウロしてをる年ぢやないというて、手紙が来たぢやありませぬか。今お前サンが快う帰つて下されば、天地の大神さまへもお詫が叶ひませうし、大勢の役員や神懸り[※初版・愛世版では「神懸り」、校定版では「神がかり」。]サンも大喜び、第一穴太のお母アさまに孝行ぢや。何程教祖さまが引ぱりなさつても、大勢の者にこれ程厭がられても、ヤツパリ綾部に居りたいのですか。見かけにもよらぬ卑怯未練な御方ぢやなア。よつ程よい腰抜だと皆が蔭で云うて居りますで』 と口を極めて嘲罵をきわめ、立腹させて喜楽を追ひ帰すべく手段をめぐらしてゐる。喜楽の胸はわき返る計りになつた。最早勘忍袋の緒が切れやうとする一刹那、出口澄子がエチエチと本宮山へ登つて来て、 澄子『先生、最前から教祖さまが、先生のお姿が見えぬと云うて、大変に心配をして居られますので、平蔵サンや祐助サンがそこら中を捜して居られます。私は本宮山へ上られたに違ないと思うて、お迎へに来ました。サア早う帰つて、教祖さまがお待兼ですから、一所に御飯をおあがりなされ』 と促すのをよい機会に、喜楽は四方、中村を後に残して本宮山を下つて行く。二人は後姿を見送つて、手を切に打叩き、 『ワハイワハイ、能う似合ますで、御夫婦万歳!』 などと冷かしてゐる。まだ澄子とは其時は夫婦でも何でもない、無関係の仲であつた。然るに両人は妙な所へ気をまはして笑うて居る。一時間程経つてから、以前の三人は落つかぬ顔して広間へ帰つて来た。 喜楽は一室に端坐し、首を傾けて一先づここを退去せむか、と思案にくれてゐた。が直日の霊に省みて……イヤイヤ目下の金明会の役員や、神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑」。]の状態を見捨てて帰る訳にも行かぬ、自分が今帰つたならば、何も彼もメチヤメチヤになつて了うだらう、どこ迄も忍耐に忍耐を重ね、今一度無念を怺へて、彼等の精神を鎮定した上、進退を決しやうかと思うてゐる折しも、教祖は平蔵氏と共に、静かに襖を押あけ入り来り、自分の前に座を占めて、教祖は先づ第一に言をかけ、 教祖『先生、あなたは穴太へ帰る積で思案をしてゐられるやうだが、それはなりませぬ。神さまの御都合で引よせられたお方ぢやから、どんなことがあつても綾部を立退くことは出来ませぬぞや。御苦労さまで厶いますけれど、神さまの為にどこまでも辛抱して貰はねば、肝腎の御仕組が成就しませぬから、役員や信者が反対して、一人も寄りつかぬやうになつても、出口直と先生と二人さへ此広間に居れば、神さまのお仕組は立派に成就すると、艮の金神が仰有いますから、どんな難儀なことが出て来ても、何ほど反対があつても此処を離れてはいけませぬ。平蔵サン、チとしつかりして下され。今先生に申した通り、神さまは如何しても御放しなさらぬから、平蔵サン、チとシヤンとして先生の教を聞き、外の神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑」。]や役員の言ふ事に迷うては可けませぬ。金光さまの教が開きたい人は勝手に開いたが宜しい。私等三人はどこまでも動かぬ決心をせねばなりませぬから、其お積でゐて下され。先生くれぐれも頼みますぜ』 と云ひ棄てて自分の居間へ引取られた。それから四方平蔵の態度が一変して、陰に陽に上田を庇護する事となり、漸く大本の基礎が固まりかけたのである。 元金光教会の教師であつた土田雄弘は、喜楽の霊学の力に感じ京都に上り、旧友などを集めて金明会の支部を、塩小路七条下ル谷口房次郎の宅で開設し、一同協議の上に谷口熊吉なる者を、綾部へ修行の為に差向けた。喜楽の熱心なる教に、二三週間の後は、一通り霊術を覚え、第一に天眼通が利くやうになつて来た。そこで当人は非常に慢心を起し、自分位霊術に到達したものはない、四方春三位は物の数でもない、過去現在未来に通ずるやうになつたのは、自分の天賦の霊能が然らしむる所であらうと、得々として教祖の前に出で、厚顔にも、 谷口『此谷口が神から選まれた因縁の身魂で、将来大本の教主になるべきものでせう。然らざれば、僅二三週間の修行でこんなに上達する事は出来ますまい。必ず昔からの因縁と神助の然らしむる所に違有りますまい。今日以後は及ばず乍ら、私が御用をつとめ、天晴れ艮の金神さまを表へあらはし、教主のつとめを致す考へでありますから、上田サンには今まで御世話になつた御礼に、相当の金を与へて、穴太へ御帰しなさつた方がよろしからう』 と教祖の前で恐気もなく述べ立てた。教祖は余りの事に呆れて言もなく、谷口の顔をジツと見つめてゐられた。谷口はモドかし相に、言せわしく、 谷口『教祖様、どちらになされますか。私にも御返答次第で一つ考へがあります。谷口熊吉が金明会をかまへば、艮の金神さまの御教は一年たたぬ内に日本国中に拡まり、金光教会の全部はキツと綾部の艮の金神さまに帰順いたさせます。かう申すと慢心のやうで厶いますが、上田サンの様に、役員信者一般に受けが悪いやうな人が居つては大本が潰れるより外はありませぬ。とかく斯ういふ事は人気が肝腎であります。役員も信者も神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑」。]も、上田サンが何時までも綾部に居すわつてるやうなら一人もよりつかぬと云つて、昨夜も上谷の四方春三サンとこで相談がきまりました。私は大本の大事を思ひ、教祖さまのお身の上を思ふ余り、何も彼も隠さず申上げます。一体教祖さまは、上田サンを買被つてゐられますと皆の者が云うてゐます』 と野心を包蔵する谷口は、教祖がどういはれるかと、其御返答を待かね顔であつた。 教祖は直に答へて、 教祖『谷口サン、それは誠に結構な思召しで厶いますな、皆さまの御志は神さまもさぞ御喜びで厶いませう。乍併誠といふ者はそんなものぢやありませぬ。お前サンも上田サンに、仮令三日でも教へて貰うたら先生に違なからう。其先生を追出して自分が後にすわるといふやうな御精神の御方は私は嫌です。誠といふものはそんな易いものとは違ひますで、私はどこ迄も上田サンと手を曳いて、神さまの御用をする覚悟であります。そんな事を言ふお方は、どうぞ一日も早う帰つて下され』 とあべこべに退却を請求され、目算がガラリと外れた谷口は青い顔して、首尾悪相に教祖の前を下り、すぐさま上谷へかけつけ、第二の作戦計画について大運動を始めて居た。 教祖の筆先に、 『御用継は末子の澄子と定まりたぞよ』 と繰返し繰返し現はれてゐるので、第一に出口の養子たらむとの野心を起してゐたのは、金光教会の足立正信氏であつた。彼は艮の金神さまの教が将来発達するに違ない、さうすれば第一出口の娘の婿となつておけば、将来の権利を握る事が出来るといふので、陰に陽に教祖に近付きつつあつたのである。此男は元は淀の藩士で、小学校の教員を勤めてゐたが、そこに金光教会所が設けられてあつた、其教会へ暇ある毎に通うて受持教師に理屈をふきかけ、いろいろと妨害をなし、とうとう其教会をメチヤメチヤに叩きつぶして了うた男である。それを上級教会の、京都島原支所長杉田政次郎が甘く自分の手元へ引入れ、相当の俸給をやつて事務員に使うてゐた。 出口教祖が始めて神懸になられた時、四方平蔵氏が妻君と共に、南桑田の土田村といふ所へ行つて居つた。其時亀岡の金光教会の大橋亀次郎といふ教師について、金光教の教を聞いてゐた関係上から、教祖の事を亀岡の大橋に話をしてみた。さうすると大橋は、艮の金神というて信者が沢山によつて来る相だから、何とかして、其出口お直サンを金光教会の教師となし、亀岡の教会の部下として、綾部に一つ教会を立てたいものだといふのが手蔓となり西原の西村文右衛門といふ男が教祖に難病を助けて貰うた関係上、亀岡の教会へ行つて大橋亀次郎から、金光教の剣先を下げて頂き、西村文右衛門氏が背中に負うて、大島景僕といふ人の離れの六畳を借つて、始めて金光サンを祭つたのである。其六畳のはなれは今大本に保存されてある。大橋亀次郎は、自分の弟子の奥村定次郎といふ男を遣はし、教師として道を開かせ、出口直子をお給仕役の様にして道を開いて居つた。乍併出口教祖はそんな事で満足しては居られず、 教祖『自分は金光教をひらくのではない、艮の金神さまを世に出さねばならぬ役だから……』 と云つて、奥村定次郎に、幾度となくお筆先を出して警告されたけれど、上級教会を憚つて、如何しても艮の金神さまを表にせうとはせず、とうとういろいろと官へ手続きをして、福知山金光教会支所長青木松之助の出張所といふ名で、東四辻の古い家を借つて、そこに道場を開き、奥村定次郎が受持教師となつて、金光教を開いて居つた。 出口教祖は神さまの命令によつて、奥村に別れ、裏町の土蔵を借つて、そこで神さまを祀つて、筆先をかいてゐられた。金光教会はだんだん淋しくなり、火が消えたやうになつて了ひ奥村氏は止むを得ず夜逃げをして了うた。これも出口教祖が……艮の金神の言ふ事をきかねば、夜の間に泣きもつて逃げて帰らねばならぬぞよ……と注意しておかれた通りになつたのである。其後へ島原の杉田氏から、足立正信を受持教師として綾部の教会へよこしたのであつた。 次に中村竹造といふ男は、本町の播磨屋というて、古物商をやつてゐたが、始めから教祖さまに従ひ、難病を助けて貰ふてから熱心な信者となり、筆先の大熱心者であつた。これも何時の間にか慢心が出て来て、自分の女房を離縁し、出口の娘を嫁に貰はうと考へてゐたのである。 次に四方春三は、上谷で相当な財産家の総領息子で、邪神が憑つた結果、弟に後をゆづり、相当の財産を持つて出口家へ養子に入り込まうと、幾度となく申込んで居たのである。斯くの如く三人の養子候補者が、手をかへ品を替へ暗中飛躍を試みて居た有様は、恰も古事記にある八十神が八上姫を娶らむとして争奪に余日なきと同じことであつた。足立正信は塩見、四方の二女を参謀として、教祖に取入り、それとはなしに二ケ年間も根気よく運動してゐたといふ事である。又中村氏は四方源之助、村上清次郎を参謀として、これも二三年間不断の活動をつづけてゐた。四方春三は自ら少々の財富力を楯に単独運動をやつて、自分は十中の九まで最早成功したものと信じ、互に三人が三巴となつて隙を伺うてゐる。そこへ突然喜楽を神さまから、大本の御用つぎと致すぞよと示されたので三人の不平は言はず語らず一時に爆発して、喜楽に対しいろいろの圧迫を加へ、悪罵を試み、百方妨害に着手する事となつたのである。 又もや谷口熊吉が出て来て、野心を抱きいろいろの運動を開始する。喜楽も澄子もそんな事は夢にも知らず、何事も頓着なく、一意専心に霊学の発達と筆先の研究とに、心意を傾注してゐたのである。 (大正一一・一〇・一六旧八・二六松村真澄録)
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霊界物語 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 15 怒濤 第一五章怒濤〔一〇五二〕 教祖や会長に反対の連中がヒソビソと首を集めて、冠島丈けは幸ひに教祖の一行五人が無事に参つて来よつたが、到底沓島へは教祖のやうな婆アさまが行けるものでない、キツと神の怒にふれて、舟が転覆し、海の藻屑になつて了ふか、但は不成功に了つて中途から引返して帰るに相違ないとタカをくくつて嘲笑を逞しうしてゐた所が、見事今回又もや沓島開きが出来たといふ成功談を聞き、負ぬ気になり、『ナニ教祖のやうな婆アさまや娘が行く所へ行けないといふ事があるものか』と、二十人の頑固連中が沓島参拝を企て、大暴風雨に遭ふて命カラガラ、冠島に辛うじて避難し、一命を拾うた物語を述べておく。 対岸の清国では団匪の騒乱で、各国の政府が居留民保護の為に聯合軍を組織して北京城へ進軍中であつた。茲に出口の教祖は東洋の前途を気づかひ、神命のまにまに、二度までも無人島へ渡り、冒険的の企図をこらして、艱難辛苦を嘗め玉ふにも拘はらず、足立其他の役員に誑惑された信徒等は、利己一片に傾き、おのれが卑劣心より口々に、今回の教祖一行の冒険的渡海を非難し、好奇心にかられたり、一方には信者集めの手段を講じたものだなどと、盛に熱罵を逞しうしてゐる者のみである。判事ハリバートンの言に曰く『権威のある所には自然に不従順の傾向あり』と。宜なる哉、近来教祖及上田の名声の漸く大ならむとするを嫉妬し、いろいろと排斥防害運動に余念なき連中が二度までも孤島に参拝の成功に益々嫉視反抗の気勢を高め、今度は是非共会長を案内者として沓島へつれ行き、鐘岩の断岩へ登り、いろいろとよからぬ望みを遂げむと、某々等数名は鳩首謀議の結果、今一度勝手を知つた会長に同行参拝せむ事を強請して止まなかつた。万一にも否まうものなら、卑怯者と誹るであらう、今まで、屡彼等が奸計に乗せられ、九死一生の難に遭遇したる記憶の新なる一身上に取つては、恰も狼虎の道づれも同様である。何時間隙があつたら、咬殺されるやら計り知られぬ危険極まる島詣でであつた。然し乍ら敵を恐れて旗を捲くのも、神の道を宣伝する者の本意でないと、確く決心し、日夜沐浴斎戒心身を清め、神の加護と教祖の御神徳に倚信して、彼等と共に出舟参拝する事を承諾した。 万一を慮つて平素熱心なる信者、竹原房太郎、木下慶太郎、森津由松、福林安之助、時田、四方安蔵、甚之丞等の面々を引つれ、心の合はない敵味方合せて廿一名は明治三十三年七月二十日を卜し、いよいよ決行することとなつた。 二十一日の未明、四隻の漁舟は罪重き一行を乗せて、舞鶴港を漕ぎ出し、海上七里許り、冠島は手に取るやうに近く見えて来た。モウ一息といふ所で俄に東の空が変な色になつて来た。四人の船人はあわてふためき、口を揃へて、 『サア皆サン、覚悟をなされ大変なことになつて来た。あの雲の様子では大颶風だ』 と叫んでゐる。見る間に東北の空に真黒の妖雲がムラムラと湧きだした。追々風が荒くなつたと思ふ間もなく、颶風襲来、潮を蹴り飛ばし、波濤怒り狂ひ、勃乎たる海風の声は轟々と、南に北に東に西に猛び廻る。騒然たる声裡、山岳のやうな波、堅乎たる巌のやうな波浪が来る、其物凄きこと筆舌の尽す限りではなかつた。小舟を木の葉の如くに中天にまき上げるかと見れば、直に千仭の波の谷間につき落し、無遠慮に舟玉の神の目も恐れず、勝手気儘に奔弄し出した。波と波との間にかくれた一行の舟は、どうなつて了つたか、其影さへも見ることが出来ぬので、互に胸を轟かしつつあつた。恰も地獄の旅行をしてゐるやうで、何れも青息吐息の為体、蛭に塩、猫に出合ふた鼠の如く、舟底にかぢりついて縮かんでゐる。誰もかれもウンともスンとも得言はぬ弱り方、中にも松井元利といふ京都の信者は、因果を定めたか、生死の外に超然として動ぜざること岩石の如く、頭から潮を浴び乍ら、泰然自若として只天の一方のみを眺めて居る。時田金太郎が小便のタンクが破裂し相なと云つて、激浪目がけてコワゴワ乍ら放尿する。舟人が……そんな大男が立つては危険だ……と喧しく叱りつけるやうに叫ぶ。それに引替へ、臆病風に襲はれた中村は震ひ戦き、始めて口を開き、 中村『会長さん、一体どうなりますぢやいなア、今あんたの頭の上の所に大きな海坊主がいやらしい顔で、長い舌を出して、私をつかんで海へ投込むやうな手つきをし乍ら……それ今其処に睨んで居りますわいな、どうぞ坊主をいなして下され、あゝ小便がしたくて堪らぬ、どうしたらよからうか』 と周章狼狽のさま実に見るも気の毒であつた。小便がこらへきれなくなつたので、とうとう自分の飯碗の中へ放尿して、それを海へコワゴワ投げ込んでゐる。中村は驚愕の余り弱腰が抜けたと見えて、チツとも身動きが出来なくなつてゐたのである。 烈然たる颶風はよく千里の境域に達し、猛然たる旋風は万里の高きに依つて廻るかと怪しまれ、竜ならずして竜吟じ、虎ならずして虎嘯く如き光景である。一波忽ち来りて漁舟に咬つく、其度毎に潮水を沢山において行く、又次の一波のお見舞迄にと、一同が力限り命が惜さに、平常にはこけた箒もロクに起さぬやうな不精男が桶や茶碗や杓などで、一生懸命に潮水をかへ出してゐる、又一波来つて、潮水を頭といはず、背中といはず、無遠慮に浴びせて通る、忙しさ恐ろしさ、到底口で言ふやうな事ではない。 会長は一生懸命に天津祝詞を奏上し始めた。天の助けか地の救ひか、少し許り風がやわらいで来た。従つて波も稍低くなつた。此一刹那に、舟人は手早く四隻の舟を二ケ所へ漕ぎ寄せて、二隻づつからくんでみた、かうすれば舟の覆没を免れるからである。……サア是で一安心だと思ふ間もなく、今度は一層激烈な大颶風の襲来となつた。 雨は沛然として盆を覆すが如く、車軸を流すが如く、手きびしく頭の上から叩きつけるやうに降つて来る。漂渺として際限なき海原も今は咫尺弁ぜざる迄に暗黒に包まれた。怒れる浪は揉つもまれつ、荒磯の岩をも粉砕せずんばやまぬ猛勢である。白き鬣を振ふて立てる浪は真一文字に舟に組みつく、其度毎に小舟がグラつき転覆せむとする危さ、かくある以上は、平素から教祖を非難してゐた連中も、会長を嫉視してゐた小人もチウの声一つ得上げず、震ひ戦き、今は只神に依り、教祖に従ひ、会長に依頼して、命の安全を計るより外途なきに至つたのである。 人間といふものは斯うなつては実に弱い者である。神のおいましめを蒙つたと各自が思ふたのか、腹の中に企んでゐたごもくたを悉皆吐き出して前非を悔悟する、誰も彼も叶はぬ時の神頼みといふ調子で、一心頂礼口々に神文を唱へ、神にお詫を申してゐる。村上清次郎といふ男は天から四十三本の御幣が吾舟にお下りになつて、吾等を保護して下さるのが拝めますから、私は有難い事だと思ふて安心してゐます……と嬉し相に感謝してゐる。これは信仰の力に依つて、目ざめ、神のお守りあることを天眼通で見せて貰ふたものである。森津歌吉は何ともかとも得言はず、目をむき口を閉ぢて、波許り恐ろし相にながめ、時々扇子を以て波を片方へ押のけるやうな気取で、妙な手附をして拝んでゐる。舟に酔ひ、泡をば福林安之助が八百屋店をたぐり上げ苦しんでゐる。会長は聖地を出立の際、教祖より、 教祖『今度は余程神さまを頼んで気をつけて参らぬと、先日の参拝のやうに楽には行きませぬぞや、罪の塊計りだから、万々一危急の場合、命に関するやうなことのあつた時には、之を開いて見るがよい……』 と密封した筆先をお授けになつたのを、大切に肌の守りとしてつけてゐたが、披見するは今此時だと、懐中より取出し、押しいただいて披いて見れば、中には平仮名計りで、何事かが記されてある。其筆先の大要は、 『艮の金神が出口の手をかつて気をつけるぞよ、慢心は大怪我の元ぢやぞよと毎度筆先で知らしてあるが、今の人民は知恵と学計りにこり固まり、途中の鼻高になりて、神の教を聞く精神の者がなきやうになりて、天地の御恩といふことを知らぬ故、世の中に悪魔がはびこり、世が紊れる計りで、此地の上がむさ苦くて、神の住居いたす所がないやうになりたので、誠の元の活神は此沓島冠島に集まりて御座るぞよ、それ故に余程身魂の研けた者でないと、此島へは寄せつけぬぞよ、此曇りた世を水晶にすまして、元の神国に立直さねばならぬ大望がある故に明治廿五年から、神は出口の手をかり、口をかりて、いろいろと苦労をさして、世間へ知らせてゐるなれど、余り世におちぶれて居る出口直に御用をさす事であるから、今の人民は誠に致す者がないぞよ、人民は此結構なお土の上に家倉を建て青畳の上で、安心に月日を送らして貰ひ乍ら、天地の御恩を知らぬ計りか、神は此世になきものぢやと思ふて居るものがちであるから、神の守護がうすかりたなれど、人間は神がかまはねば、一息の間も生て居る事は出けぬぞよ、人間の此世を渡るのは、丁度今此小舟に乗り、荒い海を、風と波にもまれて渡るよなものである、誠に人の身の上ほど危いはかないものはない、もし此舟に一人の舟人と艪櫂がなかりたならば、直に行きも戻りもならぬよになり、舟を砕くか、ひつくり返るか、人も舟も海の藻屑とならねばなるまい、人民も神の御守護なき時は少時も此世に居ることは出来ぬ、此世の中は、人を渡す舟のようなもので、神の教は艪櫂である、出口直は此舟を操る舟人のよな者である。今の困難を腹わたにしみ込ませて、いつ迄も忘るる事なく、神さまの恵を悟つて信心を怠るなよ、何事も皆信心の力によつて、成就するのであるから、神の御子と生れ出でたる人民は、チツとの間も神を離れるな、道をかへるな、欲に惑うな、誠一つで神の教に従へ、災多き暗がりの世は誠の活神より外にたよりとなり力となる者はないぞよ云々』 といふ懇切なる神示であつた。あゝ神は吾等一行の我慢を戒め、邪念を払ひて、誠の道に導き至幸至福ならしめむが為に、此荒き海原へ連れ出し、かくも懇切なる教訓を垂れさせ玉ひしかと、悪鬼邪神の如き連中も、ここに始めて神の厚恩を悟り、教祖の非凡なる神人たるに舌をまくのみであつた。 又其筆先の終りの所に一段と細い字を以て、 『上田の持ちて居る巻物は、此際披き見よ』 と示されてあつた。此巻物は本田親徳先生より、長沢豊子の手を通じて授けられたる無二の宝典である。片時も肌を離さず、危急存亡の場合、神のお許しあるまで、決して開くなとの教を確守し、今迄大切に肌の守りにしてゐたのであるが、今や一行の精霊を救はねばならぬ場合に当り、始めて開く玉手箱、何が記してあるかと、恐る恐る押頂き伏し拝み、披き見れば…… 尊きかも、畏きかも、救世の神法、霊学の大本と数十百に亘る神業、其大要は喜楽が高熊山の霊山にて見聞したる事実と符合し、神秘に属し、他言を許されぬもののみであつた。会長は此一巻に納めたる、神法を実行する時機正に到来したりと、天にも昇るが如く勇み立ち、心鏡正に玲瓏たり、百折撓まず屈せず、暴風強雨何者ぞ、水火何者ぞ、満腔の精神は益々颶風と戦ひ、言霊の神力を以て、どこまでも之に打克たむとの勢頓に加はり来る、欲を離れ、利をはなれ、家を離れ、自己を離れ、社会を離れて只神あるのみ、全く神の御懐に抱かれゐる身は、如何なる事も恐るるに及ばず、大丈夫大安心なり、怒れよ狂瀾、躍れよ波濤、吹けよ強風、荒べよ暴風、汝の怒りは雄大なり、壮烈なり、我は今汝の怒りに依つて生ける誠の神の教を受けたり、今の会長は以前の会長に非ず、今は全く神の生宮となれり。暴風強雨来れと、十曜の紋の記されし、神官扇を差上げて、天の御柱の神、国の御柱の神、天の水分神、国の水分神、大和田津見神静まり玉へ……と宣る言霊に、不思議や風やみ雨やみ波従つて静まりぬ。舟人はおどろいて、 『先生は神さまで御座いませう』 と舌をまいて感嘆してゐる。抑も我国は神の御国なれば、惟神の道と称し、幽玄微妙の神教あり、神力無限の言霊あり、実に尊き天国浄土である。舟は漸くにして冠島へ避難する事を得た。第一着に老人島神社に供物を献じ救命謝恩の祝詞を奏上し、次いで綾部本宮を遥拝し、一行の罪重き者の沓島参拝は到底神慮に叶はざるべしと再び帰路の安全を祈りつつ厚き神の守りの下に漸く舞鶴に帰着し一同茲に一泊することとなつた。 大丹生屋の二階の一間に横臥して所労を休めてゐる、会長の枕許へ杉浦万吉といふ男出で来り、手をつかへ、面に改悛の色を現はし、涙をハラハラと流し乍ら、 杉浦『先生にお詫を致さねばならぬ事があります。申上ぐるのも畏きことなれど、実の所は吾々数名は相談の上、先生の懐にある巻物を預り、其上○○せむと○○をなし、本会の為に雲霧を払ひ清め、其後釜には四方春三サンを据ゑて、吾々が思惑を貫徹せむと欲し、其手段として先生に対し、沓島参拝を無理に御願したので御座います、乍併神様の厳しきおさばきにより、命辛々の目に会ふたのは、全く神さまより吾々に改心せよとの御戒めで御座いませう、何うぞ自分等の罪を赦して下さいませ』 と平身低頭して聞くも恐ろしい物語をするのであつた。会長は前日より略探知してゐたので、今更余り驚きもなさず、笑うてこれを許した。暫くあつて綾部の本部より教祖の命令によつて四方平蔵が四方春三を伴ひ、沓島行きの一行を迎ひに来り、一同の無事を祝し、冥土の旅から帰つたやうに小をどりして喜んだ。四方春三も杉浦の改悟を聞いて包むに包みきれず、陰謀を逐一自白し、 四方『あゝ私の心には悪神が潜んでゐたのでせう、これからキツと改心致します』 と真心から涙を流して有体に謝罪するのを見ると、却つて可哀相になつて来た。雨降つて地固まるとやら、今度の遭難にて誰も彼れも一時に悔ゐ改め、道の曙光を認めるやうになつたのも、全く神の深遠なる思召によることと、会長は益々其信念を鞏固ならしめた。 二十二日の夕方無事に館に帰り、神前に一同拝礼し各々家に帰つた。 (大正一一・一〇・一七旧八・二七松村真澄録)
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霊界物語 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 19 鞍馬山(二) 第一九章鞍馬山(二)〔一〇五六〕 折節当夜は八木会合所の祭神及び会場移転式挙行日にて数多の会員参集し居たるに、不意に教祖一行の御立寄りと聞きて驚喜し俄に色めき立ちて上を下への大騒動、見るに見かねて教祖は之を制し慇懃に挨拶あり。畏くも大神の奉斎所を遷座する大切な御式を軽率に執行して神霊に非礼の罪を重ね、前以て詳細の報告も出願にも及ばざりし会員一同の不注意は今眼前に報うて来て気の毒であつた。幸ひにも教祖に祭主を懇願して移転式を完了し、次に教祖及び海潮の講話あり、午後十一時には各十二分の神徳を忝なみ会員一同退散した。印度坊主は経が大切、自分等は明日が大事、夜更しは身の障りと狭い座敷に雑魚寝をなし、翌九日、旭日東山の端に円顔を現はし給ふの頃、霧の流るる小川に手水を使ひ口嗽ぎ、恭しく神前に祈願を凝らし、行途の如何を占なひ奉る。時に皇神海潮の手を通じて教へ諭し給ふ様、 『世の中の人の心のくらま山 神の霊火に開くこの道』 と、此神詠によりて行途の城州鞍馬山なる事を窺ひ知り得たれば、心は五条橋の牛若丸の如く飛び立つばかり勇み立ち、午後一時福島氏に送られて八木停車場へと歩を運ぶ。折柄園部の上り列車、幸宜しと飛乗れば二分停車の忙しく渡る鉄橋寅天の、音轟々と大堰川、八木の城山跡に見て、二条の軌道を疾駆して、早くも亀岡に接近す。海潮が故郷なる曽我部の連山は殊の外眼に立ち、高熊山の霊峰は彼方ならむと思へば不知不識に拍手せられる。愛宕の神峰は群山重畳の其中央に巍然として聳え、教祖一行の出修を眺めて山霊行途の安全成功を暗祈黙祷せらるるの思ひがある。車中偶曽我部の里人某を見る。言葉を掛けむとすれば態と素知らぬ振りに背面し、時々横目に此方の身辺を覗ふ様、あまり心地良きものに非ず。彼は曾て海潮が故郷にありて国家の大勢に鑑み、憂国の至情を以て一身一家を抛ち、惟神の大道たる皇道霊学の教旗を翻したる時、陰に陽に極力妨害を加へたる枉津神なれば、今更面目なくて其鉄面皮も稍良心に呵責され、思はず背面せしならむかと思ひしに、豈図らむや、然は無くて彼は余等一行の旅装を注視し、乞食巡礼に零落せしものと誤認し、帰郷するや嗤笑して告げて曰く。 『上田は怪しき教に沈溺せし為め終に乞食に堕落したり。神道に熱中するもの宜しくこれを以て殷鑑とし、決して祖先伝来遵奉し来りし仏道を捨て神道に迷ふが如き愚挙を演ずる勿れ。彼れ上田は親族には絶交せられ、朋友には疎まれ、弟妹には見離され、吾住み馴れし恋しき故郷を捨てて是非もなくなく他所へ流浪し、今又養家の老母や妻を携へ、浮雲流水の身となり居れり』 などと、御苦労にも悪言醜語を遠近に触れまはし、余が郷里の一族も少からぬ迷惑を感じたと云ふことである。 日本神国に生を享け、神国の粟を喰み、神恩に浴し乍ら、報本反始の本義を忘れて、邪教に魅せられたる印度霊の小人の言葉程、迂愚頑迷にして斯道に害毒を流すものはない。 汽車は容赦なく山本、請田と進み行き、第一隧道を潜り抜け第二、三、四と貫く程に、流れも清き保津川の激潭、急流に散在する奇石怪岩面白く、読み尽されぬ書物岩、数へ尽せぬ算盤岩、激潭飛瀑の中に立ち並ぶ屏風岩、仏者の随喜渇仰する蓮華岩を川底に見降しつつ、渓間の鉄橋矢を射る如く、早くも嵐峡館の温泉場、感賞間もなく君が代を万代祝ふ亀山隧道、脱け出れば花より団子の嵯峨の駅、五分停車の其内に、右手の方を眺むれば、月雪花と楓の嵐山、秋季に花は無けれども、松の木の間を彩る錦、神の随々萠出でて、月照り渡る渡月橋、筏流るる桂川、お半長右衛門浮名を流す涙川、流れも清き天竜の巨刹は松年画伯の筆になる天竜と共に高く甍を雲表に現はし、峨山の禅風薫るあり。十三詣りの虚空蔵の祠、千歳栄ゆる松尾大社、神徳薫る梅の宮の森、千葉の葛野を眺むれば、百千足屋庭も見え、国の秀見ゆる勇ましさ。左手は撰歌に名高き定家卿の小倉山、花と紅葉の二尊院、仏祖を祀つた釈迦の堂、北は御室の仁和寺、五重の塔は雲を突く、此処に昇降する客の大半はこれに詣づる信徒なるべし。汽笛の声に動き出す。汽車は間もなく花園駅、車掌が明くる戸を待ち兼ねて一行は飛降り、禅宗の本山妙心寺を横手に眺めつつ、教祖は老の御足に似もやらず一行の先に立ちて進まれ、徒歩にて北野の鳥居前にと衝立つ梅松竹の杖。今日は陽暦廿五日当社の祭典にて神輿渡御の真最中、騎馬の神職は冠装束厳めしく劉喨たる音楽に連れて、神輿の前後を練り出る有様、最殊勝に見ゆる。数万の賽者は一時に容を改め襟を正して拍手するあり。社頭には千年の老松梅林、楓雑木も苔蒸して神さび立てる神々しさ。教祖は此処に歩を停め拍手再拝の後、余等一行に向ひ、 教祖『抑も当社の祭神は今より一千余年の昔、左大臣藤原時平が讒言に由つて時の帝王の逆鱗に触れ、無実の罪に問はせられ親子共に四方へ流謫の身となり、御無念やる方なく、 天の下乾ける程のなければや 着てし濡衣ひる由もなき と歎き給ひし菅原道真公の真心終に天地に貫徹し、鳴神とまで化けて神異霊徳を顕はし一陽来復の時至つて北野天神と祭られ後世までも斯くも手厚き官祭に与り給ふは、実に聖明の世の賜と云ふべし。然し乍らここに思ひ出されて忍び難きは吾等の奉仕する艮の大神国常立尊の御上である。大神は天地開闢の太初にあたり、海月なす漂へる国土を修理固成して豊葦原の瑞穂の国を建設し、以て神人安住の基礎を立て厳格なる神政を励行し給ふや、剛直峻正にして柔弱なる万神の忌憚する所となり、衆議の結果悪鬼邪神と貶せられ、千座の置戸を負ひて神域の外に神退ひに退はれて其尊身を隠し、千万の御無念、克く忍び克く堪へ天地の諸霊を守護し給へども、盲千人目明一人の現社会に誰ありて神名を称へ奉る者なく、神饌一回献ずる人無く、暗黒裡に血涙を呑み落武者の悲境に在せ給ひしに、時節到来、大神の至誠は天地に通じ、煎豆に花の咲き出でしが如く月日並びて治まれる、二十五年の正月元朝寅の刻、天津神の任しのまにまに、 「三千世界一度に開く梅の花、艮の金神の世になりたぞよ。須弥仙山に腰を掛け丑寅の金神守るぞよ」 と大歓喜と大抱負とを以て目出度く産声を挙げ、再び現在の主宰とならせ給へり。あゝ斯くも至尊至貴至仁至愛なる大神の御心を察し奉りて一日も早く片時も速に、大神の仮宮なりとも造営し奉り我神洲神民として敬神愛民の至誠を養ひ神恩の忝けなきを覚悟せしめ、日本魂を錬磨修養せしめねば、邦家の前途は実に寒心に堪へず。瞬時も速かに大慈大悲の大神の御洪徳を宣伝し、悪鬼邪神との冤罪を雪ぎ奉るは吾等の大責任にして又畢生必ず決行せざるべからざる大願なり。今や北野の神の官祭を拝して大神の御上を追懐し、悲歎遣る瀬なし』 とて冴えたる御声は愈曇り光眼瞬く事切りと見受られ……草枕旅には厭ふ村時雨はらはらかかるを袖にうけつつ語り出でらるる其真情に絆されて、海潮も澄子も声をのみ、貰ひ泣きせし其顔を、菅の小笠に隠して同行五人杖を曳いて鞍馬を指して急ぎ行く。 鞍馬へ愈到着してより其夜は御宮の前にて御通夜する事とした。四方春三は寺前に備へありし御籤を頂きしに余程悪かりしと見え、思はず、 春三『オウ失敗つた』 などと口外する。其夜福林は旅の疲労にて前後不覚の体に寝入りしが、不図夜中の一時頃目を覚まし見れば、傍にありし四方春三の姿の見えざるに驚き、探し見るに外の方に当つて『起きて下さい』と頻りに呼はる声の聞ゆるままに耳をすませば確に四方の声である。福林は急ぎ外へ出て見れば、大いなる火の玉、お宮の前を行きつ戻りつ駆けめぐり、而も其火の玉の尾には正しく尋ねる四方春三の姿あるを認め、今の声の所在も始めてわかつた。薄気味悪く見守る内、火の玉は次第に先方へ行きし故恐る恐るも其方角へ行きて見れば四方は大きな焚火をして居た。福林は近づいて、 福林『一体如何したのか』 と聞けば四方は青い顔して震へ乍ら、 四方『オヽ恐い恐い、こんなに恐い事はない、今のを見て呉れたら何も云ふ事は無い』 と云ふのみにて打ち明けもせず泣いて居る。それから連れ立ちて御宮へ戻り再び寝に就き、夜明けてから更めて四方に夜半の出来事を尋ねたけれど、四方は何も知らぬと云ふ。念の為め昨夜焚火せる処へ行つて見たが其跡さへ無き不思議に福林は只驚くばかりであつた。海潮は教祖に向ひ今度鞍馬参りの神慮を伺ひしに、教祖は只、 教祖『先に行つたら分りませう』 と云はれしのみであつた。 帰途は京都より亀岡へ出で八木にて一泊せしが四方は終日蒼白な顔して悄気込み居たりし様見るも憐れであつた。同人は其夜園部まで二里の行程を走つて友人に会ひ、 四方『今度は死ぬやも知れぬ』 とて暇乞ひを成して帰れる由、教祖は此事を聞きて叱つてゐられた。 翌日綾部の役員信者は途中迄出迎ひに出て無事大広前に帰り着く。四方春三は始終太息を洩らし居たが上谷の宅より迎ひに来り、帰宅して後一ケ月ほど煩ひて帰幽して了つた。其より前、 四方『生前是非先生に一度来て貰はねば死ぬにも死なれぬ』 とて使ひが来たから海潮は見舞に行き、 海潮『許してやる』 と言へば安心して帰幽した。春三時に十八才、実に霊学に達したる男であつたが慢心取違ひの末、神罰を蒙りて一命を終はつたのは遺憾の事であつた。 或夜俄に大風吹きて広前の杉の樹、ゴウゴウと唸りし事がある。後教祖に伺ひしに、鞍馬山の大僧正来りて本宮山へ鎮まり又其眷族は馬場の大杉へ行つたが其後大杉には蜂の如く沢山の眷族が見えたと教祖は物語られた。 (大正一一・一〇・一八旧八・二八北村隆光録)
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霊界物語 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 22 難症 第二二章難症〔一〇五九〕 明治三十七八年頃は日露戦争の勃発で四方平蔵、中村竹造等十二人の所謂幹部役員は愈世の立替で、五六七の世になる、それまでに変性女子を改心をさしておかねばお仕組が遅れると、しやちになつて、信者の家を宣伝にまはり……会長が改心せず、又小松林の居る内は、門口の閾一つ跨げさす事はならぬ、大変な神罰が当ると一生懸命に一軒も残らず触れ歩いてゐる。そしてどんな立派な事を会長が言うても、一つも聞いてはならぬ、小松林が艮金神さまの御仕組を取りに来てるのだから……とふれまはした。信者は一人も残らず、熱心な十二人の活動で、彼等の云ふ事を固く信じて了ひ、且つ園部で狐の真似したのが大変に祟つて、信者一般から四ツ足の守護神と思ひこまれたからたまらぬ。此時喜楽の云ふ事を聞いて布教に従事してゐた者は西田元教と浅井はなといふ五十余りの婆アサン二人のみであつた。 西田と浅井とは代る代る園部を十二時頃に立つて三里計り日をくらして綾部へやつて来て、大槻鹿造の家で、夜中ソツと会長と会見し、教理を研究しては、又夜の間に園部へ帰り、園部を根拠として、細々と宣伝をやつて居た。喜楽は意を決して、園部迄夜の間に浅井に伴れられて、逃げのび、船井郡や北桑田郡の信者未開の地を宣伝して居た。 片山源之助といふ材木屋がふと園部の支部へ参拝して来て、教理を聞き、俄に信者となつて、幽斎の修行を始め、天眼通を修得し、旅順の要塞を透視したり、日露戦争の始末を予言したり、いろいろと不思議な事が実現したので、非常に沢山の信者が集まつて来た。さうすると又もや綾部の連中が嗅つけやつて来て、沢山の信者の前で、 『会長は小松林といふ四ツ足の守護神が憑いとるのだから、相手になつては可けませぬぞや、貧之神ですから』 と吹聴する。片山の天眼通が呼物となつて沢山の信者が集まつて来た。そこへ綾部から来て、会長の悪口雑言を並べ立てるので、訳も知らぬ信者は一も二もなく信じて了ひ、会長を軽蔑し、片山先生片山先生と尊敬して、遂には会長を邪魔者扱ひにするやうになつて了つた。西田は大変に憤慨していろいろと活動したけれ共、綾部の妨害が甚しいので、頽勢を挽回する事が出来なかつた。それから会長は再び綾部へ帰り、仮名計りの教典を作り、西田元教に持たせて宣伝に歩かすこととしてゐた。 再び綾部へ帰り、離れの六畳に蟄居して教典を書いてゐると、又もや四方中村の幹部がやつて来て、 中村『会長サン、行けば行く程茨室、神に反いて何なとして見よれ、一つも思惑は立ちは致さんぞよ、アフンとして青い顔をして、家のすまくらに引つ込んで、人に顔もよう会はせず、悄気てゐるのを見るがいやさに、神がくどう気をつけるぞよ……と現はしなさつた筆先を実地に御覧になつたでせうな。さうだからどつこへも行くでないと仰有るのに、小松林の四ツ足にチヨロまかされて、又しても又しても、綾部を飛出しなさるもんだから、こんなザマに会ふのです、モウこれからはどつこへも行かず、教祖さまの御命令を聞いて役員の言ふ通りになされ、世界の人民が苦みますから』 と中村がそれみたか……といふやうな冷笑を浮かべて喋り出した。会長は、 喜楽『ナニ、私は失敗したんでも何でもないワ、自分の心がお前に分るものか、細工は流々仕上げを見て貰はな分らぬワイ』 と言はせも果てず、中村は大きな声で、 中村『コラ小松林、まだ改心を致さぬか、ツツボにおとしてやろか、慢心は大怪我の元だぞよ』 と呶鳴りつける。四方平蔵は側から、 四方『会長サン、あんたの仰有る事も先になつたら又聞く時節が来ますから、今の所ではお気に入らいでも辛抱して御用聞いて下され、今年来年が世界の大峠、グヅグヅしてる時ぢや厶いませぬぞや、これ程御大望が差迫つて来て居るのに、大本の御用継ともある人が、そこらをウロウロとウロつきまはるとは何の事ですか、教祖さまが、又何時もの病が出て小松林がそこら中へつれて歩くから、役員気をつけよ……と厳しう仰有るのですから、こうして皆の者があなた一人の事に付いて心配して居るのに、お前サンは吾々役員が可哀相なとは思ひませぬか』 と詰りよる。会長は、 喜楽『お前らがトボけてるのが可哀相なから、早く目をさましてやろうと思うて、いろいろと気をつけるけれども、小松林の四ツ足が吐すのだなどといつて一口もきかず、目をさましてくれぬので、綾部に居つても用がないので、今の内に一つでも神界の御用をしておかうと思つて、そこら中を布教に歩くのだ。日露戦争が起つても、それ位で世界の立替が出来るものでない、まだまだ世界の大戦争があり、それから民族問題が起り、いろいろ雑多な事が世界に勃発して、最後にならねば立替は出て来るものぢやない、ここ十年や二十年で、そう着々と埒があくものか、今の内にチツと目をさましておかぬと、此戦争は済んで了ふなり、立替は出て来ぬなりすると、又虚言ぢやつたと言つて信者が一人も寄りつかなくなつて了ふ、つまりお前達は一生懸命になつて神さまのお道を潰さうとかかつてるやうなものだ』 といふのを皆まで聞かず、 『コレ会長サン、お前サン等が何程小賢しい理屈を並べても誰も聞く者はありませぬぞ、一分一厘違はぬお筆先だと仰有る神さまの御言が違うてたまりますか』 などと頑張つて、一言も聞入れぬのみか、益々四ツ足扱ひを始めて始末に了へぬので、澄子と相談の上、何事も沈黙を守り、一時の間も時間を惜んで、教典を書き現はすことに全力を尽して居た。 そうした所が西田が一ぺん北桑田へ来てくれと秘かに頼みに来たので、何とかして又もや綾部を脱け出さうと考へて居た。幸に八木の祭典に出張する事となり、前に述べた如く八木を夜ぬけして、園部へ走り、それから人尾峠を乗越へて、宇気といふ山里へ日の暮頃に落つき、安井清兵衛といふリウマチスで身体の自由を失ひ苦しんでゐる老爺サンの鎮魂をなし、其夜はそこで一泊する事となつた。西田が鎮魂をすると、爺イサンは其場で足が立ち、座敷中を歩いて見て、大変に喜び、それから熱心な信者となつたが元来が村中でも受けの悪い親類の財産を併合して、財産家になつたやうな爺だから、金銭の執着心が甚うてモ一つといふ改心が出来ぬので、僅に室内を歩くよにはして貰うたが、まだ外へ出て働くまでにはならなんだ。そこで爺イサンが西田に対して言ふには、 安井『どうぞ私が山へ行けるよにして下さつたら、内の林の杉や檜の屑をさがして切つて、それで神さまのお祭り場所を建て、教会を開き、私が隠居の代りにお守をさして貰ふ』 と虫のよい事を言ひ出した。そこで元教が大変に腹を立て、 西田『神さまの御祭り場所を建てるのに、屑をよつて建てるといふ様な事を云ふ爺イは嫌だ。一番よい木を上げるのが信神の道ぢやないか、そんな事言うとると、又元の通りいざりになつて、折角拵へた財産迄なくなつて了うぞ』 と云つたきり、サツサと安井の内を飛出し、それきり変屈人の西田は寄りつかぬやうになつて了うた。果して此爺は元の通りの難病になり、欲にためた財産も息子の縫之助が人にだまされて、一獲千金のボロ儲けをせうとして大失敗をなし、財産の九分通まで、三年ほどの間になくして了うた。 さて会長は西田と共に其時分これもリウマチで平太つて居た小西松元といふ男の内へ訪問して、暫く其家を根拠として布教に従事してゐた。此小西は園部の支部へ駕籠に乗つて出て来て、西田の鎮魂で即座に足が立ち、大変に喜んで、材木などを献納し、支部の拡張までやつた位な熱心家であつた。此小西は川漁が大変上手で寒中でも一寸出て来ると、三升や五升の川魚をとつて来る河童と仇名をつけられて居る酒飲み爺である。毎日三升位は平気で平げて、朝から晩まで女を相手に酒を呑んで居つた。西田が小西の病気を直した時今後は決して魚をとつてはいかぬ、そして酒を二三年呑まぬやうにせぬと今度はリウマチ所か中風になつて了ふと注意しておいたのも聞かずに、寒の内に網を持つて宇津の川原へ籠り魚を掬ひに行つて、柳のヌツと川へ出た、幹からふみ外し、川へドンブとおち込み、再び大熱を発し、元の通りにリウマチになり、昼夜間断なくウンウン唸つて苦んでゐた。そこで西田が再び鎮魂をして余程よくなつたが併し、足の痛みが止まつた丈で、行歩の自由が叶はぬ。そこで喜楽を綾部から引出し、小西の鎮魂をして貰ひ、病気を本復させて、神さまの御用に使はうとしたのであつた。喜楽は西田と二人で小西の内へ尋ねてゆくと、小西は宮村の内田官吉といふ弟の家に世話になり、薬風呂をわかして養生をし乍ら、神さまを念じてゐた。そこで会長が始めて小西に面会し、二日計り逗留の間に二三回鎮魂をしてやつた所、漸く全快し六里計りの道を徒歩で宇津へ帰り、一生懸命に神さまを念じてゐた。沢山の信者が諸方から集まつて来て毎日日日二三十円計りのお賽銭の収入があるので、小西がよい気になり、ソロソロ信者の女に手をかけたり、朝から晩まで酒を呑み始めた。其時喜楽は京都へ行つて皇典講究所へ通うてゐるので、西田に任して宇津の小西の広間の方は構う事が出来なんだ。さうすると小西がソロソロ慢心をし出して、西田のいふ事を聞かなくなつて来た。一人息子の増吉といふのが二十聯隊へ入営し、日露戦争に出征してゐた。そして朝から晩まで自分の息子の無事に帰る事計りを祈り乍ら、沢山の信者の鎮魂をやり、日に日に信者はふえて来る許りであつた。さうした所が俄に電報の間違で増吉が戦死したといふ知らせが、北桑田の郡役所から届いたので、松元とお末といふ夫婦が西田を前後より差挟んで、ソロソロ不足を言ひだした。其お末婆アサンの言はザツと左の通りである。 末『コレ元はん余りぢやないか、内の増吉は信心さへして居れば滅多に戦死する気遣ひはない、金鵄勲章を持つて帰らしてやるというたぢやないか、ソレに此電報は何のこつちや、奴狸奴が人をダマしやがつてサア早う出てゆけ、内の爺も爺ぢや、華を第一といふ法華経の信者が、綾部の狸にだまされて、仕様のない神をまつるもんだから、こんな目に会うたのだ。早う神さまを叩きつぶして川へ流しなされ、コラ元公早ういなんか』 と雪が二尺ほど積つてゐるのに無惨にも外へつき出した。西田は日の暮前に二尺程も積つてゐる雪の中へ放り出され、漸くにして半里許りの山路を登り、人尾峠の頂きまで登りつめると、風の吹きよせで雪が五六尺もつもり、身動きも出来ぬやうになり、其夜を泣きもつて明かした事もあつた。然るに小西増吉は幾回となく危険な場合を神さまに助けられ、同じ村から六人召集されて出征してゐた者が、五人まで負傷したり戦死したりしてゐるにも拘はらず、増吉丈は怪我一つせず、二十聯隊の全滅した時に僅か二人残つた其一人であつた。そして金鵄勲章を貰うて聯隊長の従卒となり楽に勤めて帰つて来たのである。それから小西がビツクリして西田に葉書をよこしあやまつて来て、 『どうぞ一ぺん遊びに来てくれ』 というので西田も再び小西の宅へ行き、一所に神の道を開いてゐたが、又もや衝突してそこを飛出して了うた。其時は会長はすでに別格官幣社建勲神社の主典をつとめてゐた。そこへ小西から手紙が来て、 『矢代といふ所に大変キツイ曲津が居るから、私の手にあはぬよつて、先生に助太刀に来て貰いたい』 といふので、公務を繰合はして宇津へはるばる行つて見ると、 『周山村の矢代といふ所に吉田竜次郎といふ人がありますが、其奥サンが此間から二度許り参つて来られますが、主人が如何しても博奕をやめぬから、やめるよに祈祷がして貰ひたいといふのですが、神さまに伺うてみると大変な曲津があこには巣くうてゐるから、お前の力ではどうせだめだから、会長サンに御願ひをせいと云はれましたから、一寸御手紙を上げました』 と云うてゐる。それから小西の信者に案内をして貰うて矢代へ行つた。丁度明治四十年の夏の始めで田植の最中であつた。それから吉田の宅へ行つて見ると、自分が行くのを知つて、曲津は早くも逃げ出し、何にも居らぬやうになつて居た。其家の主人の竜次郎氏はどつかへ行つて居つて不在であつたが、妻君のお鶴サンに面会し小西の言うたやうな事を聞かされ、そして曲津が居りますか……と尋ねるので、何も居りませぬと答へると、たよりない先生ぢやなアと言ふやうな顔をして、お礼だというて金二円包んでくれた。それから吉田家と懇意になり竜次郎氏は建勲神社へ二三回も尋ねて来て、いろいろと神勅を伺うたりし乍ら、妻君の熱心で何時とはなしに大本へ帰依するやうになつたのである。 (大正一一・一〇・一八旧八・二八松村真澄録)
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霊界物語 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 27 仇箒 第二七章仇箒〔一〇六四〕 明治卅八年二月の事であつた。大本の四方平蔵、中村竹造其外十人の幹部は本年中に世の立替立直しが完成し、五六七の世が出現すると、脱線だらけの法螺を吹き廻り、日露戦争の最中なので、お筆先の神示が実現すると、大変なメートルをあげて逆上せあがり、中村竹造の如きは筆先の文句の中に、道の正中をまつすぐに歩けといふ語句のあるのを楯にとり、暗やみの世の中といふ文句を読み覚えて、昼の真最中に十曜の紋のついた提灯に蝋燭をとぼし、大道の正中をすました顔して、牛車が出て来うが、何が来うが、少しもよけず、左の手に提灯を持ち、右の手に扇子をすぼめて握り、肱を振つて歩くので、牛車の方からよけると、神さまの御威勢といふものはエライものだ、誠の道の正中さへ歩いて居れば、どんな者でも此通よける……とますます図に乗つて、往来の迷惑も構はず、筆先の文句を高らかに読み上げ乍ら、大道を濶歩するといふ逆上方であつた。或時農具を車に満載して売りに歩き乍ら、元伊勢の方面まで宣伝に往つて居つたが、陰暦二日の月が見えたといふので、サア大変だ、三日月さまは昔から拝んだ事があるが、二日のお月さまが拝めたのは全く世の変るのが近よつた印だ、グヅグヅしては居れぬと、金の財布も荷物も車も、由良川へ放り込み、一生懸命に綾部へ走せ帰り、大変大変と連呼し乍ら、二階に斎つた神壇の前へ行つて、一生懸命に祈願を込め、フツと顔をあげると、そこに大きな水鉢に清水が汲んで供へてあつた。二階の窓があけてあつたので、雀が飛込み、水鉢の上に糞を一片たれたのが面白く水に浮いてるのを、フト眺めて、……ヤア愈立替が始まつた。水の中に優曇華の花が咲いてゐる……とさわぎまはるので、四方平蔵始め幹部連中が、神前へ進んで之を眺め、ますます有難がつて、涙声になり、祝詞を幾回となく奏上し、六畳の離に居つた喜楽の前へ出て来て、中村竹造は肱を張り、さも鷹揚に、 中村『コレ会長サン、よい加減に改心をして、小松林サンに去んで貰ひ、早く坤の金神さまになつて、女房役をつとめて貰はぬと、時機が切迫致しましたぞ、昨日も昨日とて、元伊勢から帰つて来る際二日月が拝めるなり、今日は又お供への水の中に優曇華の花が咲きました、グヅグヅしては居られますまい、早く改心なされ』 と声高に叱り附けるやうに云ふ。そこで喜楽は、 喜楽『二日月さまを拝めたのは別に珍し事はない、自分達は穴太に居つて、チヨコチヨコ拝んだ事がある、お前達はこんな山に包まれた狭い所に暮らしてるから、二日月さまが拝めたというて騒ぐのだらうが、そんな馬鹿な事を人に言うと気違にしられるから、どうぞそれ丈は言はぬやうにしてくれ』 といはせも果てず、中村は口を尖らし、 中村『コラ小松林、昔から三日月といふ事はあるが、二日月といふ事があるかい、穴太で二日月をみたなんて、そんな出放題な事をいうて、水晶の霊を曇らさうとかかつてもだめだ。世の立替が近よつたといふ事を、艮金神変性男子の御霊が大出口神とあらはれて、日出神と竜宮さまの御手伝で立替立直をなさる時節が来たのだ。早く小松林が改心を致して、会長の肉体を去り、園部の内藤へ鎮まりて、坤の金神さまの肉のお宮とならぬ事には、世界の神仏事人民が何ほど苦むかしれぬぞよ、コラ小松林、それが嘘言と思ふなら、一寸二階の御神前へ来てみい、水晶のお水に優曇華の花が咲いてる、それを見たら如何な小松林でも往生せずには居られまい』 と得意になつて喋り立てるので、不思議な事をいふワイ、又ロクな事ではあらうまいと、早速二階へ上つて見ると、雀の糞がパツと水にういて、白く垂れ下り、丁度優曇華の花のやうに見えて居る。喜楽は一寸木の箸の先で其れをすくうて、中村の鼻のそばへつきつけて、 喜楽『オイ之は優曇華ぢやない、雀の糞だ』 といつた所、中村は妙な顔をしてだまり込んで了うた。さうすると外の役員が約らぬ顔をして、 『どうぞ会長サン、こんな事を人にいはぬやうにして下され、笑はれますから』 と頼み込む可笑しさ。 これより先中村の女房であつた菊子といふのは、中村が毎日日日商売もせず、脱線だらけの事をいひ歩くので、幾度となく意見をしたが、とうとう中村は怒つて、『お菊に小松林の悪霊がついた』……といひ出し、放り出して了つた。そして教祖の身内から女房を貰はうと考へてゐたが、福島久子を八木から引戻して自分の女房にしやうと企んでゐたのを、喜楽に妨げられて目的を達せず、それより中村と久子とは大変に喜楽のする事成す事に一々妨害を一層猛烈に加へるやうになつて来た。 四五年たつた明治卅八年の頃には愈中村に教祖から妻帯をせよと、命令されたので、役員がよつてかかつて、いろいろ信者の娘を中村に紹介したが、如何しても首をふつて応ぜなかつた。中村は澄子の姉の竜子を女房に貰はうと、暗中飛躍を絶えずやつてゐたからである。竜子も心の中にて中村の女房になり、改心をさして、会長の云ふ事を聞かすやうにせうかと迄考へてゐた。併し中村は竜子を自分の妻となし、喜楽や澄子を退隠さして威張つてみやうという野心があつたのである。教祖から竜子の夫は中村竹造、竹原房太郎、木下慶太郎の三人の内から選めとの命令が下つたので四方平蔵其他の幹部連が、とうとう中村の妻にすることにきめて了つた。今でさへ喜楽や澄子はこれ丈圧迫や妨害をうけてゐるのに、中村が姉の婿となつて、噪やぎ出しては堪らぬと思ひ、教祖に向つて、 喜楽『どうぞ今日限り澄子と離縁して下さい、帰ります』 といつた所、教祖も大変に当惑し、四方平蔵を呼んで、 教祖『どうぞ会長サンの、此事は、意見に任してくれ』 といはれたので、幹部の中でも少しく喜楽の言ふ事を耳に入れる木下慶太郎を養子にしたがよいと言つたので、竜子を別家させ木下を養子に入れる事とした。そして八木の福島久子の股肱となつて喜楽の布教先を古物屋に化け込んで、軒別に邪魔しに歩かしてゐた中村小松といふ女を中村の女房にした。それから中村はスツカリ失望落胆の結果、発狂気味になり、遂には自分の昔からの陰謀を、あたりかまはず自白する様になつて来た。 余り中村は神さまに反対するので、神罰を受けて糞壺へはまつて死んで了ふといふ事を明治卅七年の四月三日の夜、神さまから夢に見せられ、道の栞に書きとめておいたが、とうとう明治卅九年に其夢の如くになつて狂ひ死にをして了つたのである。 中村と八木の久子とは始終往復し、内外相応じて、会長の排斥運動を続行してゐた。久子は最近に至るまで、ヤハリ喜楽を敵視して廿四年間不断の反対運動を継続してゐたのである。 かういふ具合で、如何しても迷信家連が会長の説く所を一つも用ひず、そんな書物や学にあるやうな教は悪の教だからと云つて、一人も聞いてくれぬので、澄子と相談の結果、再宣伝に飛出し、村上房之助が漸く目が醒めかけたので、村上を従へ、八木まで行つて見ると、角文字は一切使ふ事はならぬ、外国の行り方ぢやと、盛んに攻撃、喜楽の書いた神号迄も焼きすてさしたくせに、八木の神前には角文字で、艮金神国常立尊と太く記した提灯が一対ブラ下り、其外の神具にも残らず、角文字が記してあつた。そこで喜楽は、 喜楽『福島サン、此字は外国の文字で、神さまにお気障りにはなりませぬか』 と尋ねてみると、福島はビリビリと眉毛を上げ下げし、 福島『此角文字はお前に懸つた小松林が書いたのとは違うから差支はない。信者が真心であげたのだから、喧しくいふな、仮令外国の字でも日本人の手で書いたのだ』 と勝手な理屈をまくし立てる。そこで喜楽は村上と二人、八木を立出で、北桑田方面へ布教に行つた。それから二三ケ月経つて八木へ立よつて見ると、福島は痩衰へ、骨と皮とになり、夫婦が涙ぐんで控えて居る。様子を聞いてみると、艮金神さまの命令で、三十日の間一日に一食の修行をなし、あと三十日は生の芋をかぢり、あと三十日は水許りを飲み、あと十日は水一滴も飲まずに修行をした。今日が丁度百日の上りで、福島寅之助は、これから天へ昇つて、紊れた世の中を水晶に致すお役になつたから、今女房と別れの水盃をした所だ、何だか体がフイフイとして、独りで空へあがりそになつて来たといつてゐる。喜楽はそれとはなしに丸山教会の或教師が名古屋で屋上三丈三尺の高台を作り、これから天上するというて、二百人許りの信者は三丈三尺の高台の下から、天明海天天明海天と祈つてゐた。教師はいつ迄たつても黒雲が迎ひに来ぬので、気をいらつて宙に向つて飛上つた途端に、高台から転落し、大腿骨をうつて負傷をしたといふ事が其頃の新聞に出てゐたので、それを話して聞かし注意をすると、妙な顔して次の間へ入つて了ひ、力のない声で、 福島『今日の十二時に天上をさす所であつたけれど、小松林の悪神が来たによつて、一時間仕組をのばしたぞよ。早く家内の久どの小松林を去なせよ』 と呶鳴つてゐる。喜楽は福島久子に余り気の毒でたまらぬので、曲津がだましてるのだといふ事も出来ず、大方霊が天へ上るのだらうから、肉体に気をつけて、松の木へでも登りそうだつたら止めなされ……と忠告をして帰つたものの心配でたまらぬので、八木の或茶店に休んで、福島の様子を遠くから考へて居た。もし松の木へでも上りそうになつたら止めに行かうと思うたからである。 そしたら福島の守護神は……都合に依つて仕組を延ばした、明日の朝まで延ばした、明後日まで延ばした、と一週間程延ばした。出鱈目な託宣をしたので、福島も気がつき、久子を八木の町へ買物にやつた不在の間に、四五年もかかつて昼夜せつせと書いた自分のお筆先を一所によせ、石油をかけて一冊も残らず焼いて了ひ、 福島『コラおれを騙しやがつた悪神奴が』 といきなり御神前をひつくりかへし、神さまの祠を残らず外へ叩き出して了うたといふ面白い物語もあつた。 それから又綾部より役員が出張して、神さまを斎り直し、盛んに会長の攻撃を続行してゐた。会長は澄子と相談の上、嵯峨京都伏見の支部などへ気をつけてやらうと浦上を伴れて、綾部を立出で、園部に一泊してそれから八木へ立寄ると、福島寅之助が矢庭に奥から飛んで来て、 福島『ヤア四足が来よつたシーツシーツ』 と追ひまくり、ピユーピユーと痰を吐きかけ、 福島『サア早う去ね去ね、汚らはしい』 と箒ではき立てる。モウ斯うなつては、何程事を解けて諭してもダメだと思ひ、匆々にここを出立して、嵯峨の信者の友川弥一郎といふ家に出張した。ここには支部が拵へてあつて、喜楽の教を遵奉してゐた熱心な信者である。然るに友川の態度がいつとはなしに、極めて冷淡になつて居るので妻君に聞いて見ると……、今朝大本から畑中伝吉サンが出て来て、今上田の貧乏神がお前の所へ来るだらうから、敷居一つまたげさしても汚れる、キツと貧乏するか、大病になるによつて、艮金神様や教祖の御命令で気をつけに来たのだといつて、帰らはりました、そしてこれから京都や伏見の方へ知らしに行くといつて出られました……と包まず隠さず述べ立てた。そこで海潮は浦上と共に京都の三ケ所の支部を尋ねて見たが、どこもかしこも箒で掃き出したり、敷居を跨げさしてくれぬ、仕方がないので、明治座の少し東の横町に畑中の親類で、高町といふ信者があるので、そこを訪問して見ると家内中二階へ上つて了ひ、首のゆがんだ、少し間のぬけたやうな女が一人、坐つて居る。それは畑中の妹でお鯛といふ女であつた。喜楽は、 喜楽『お鯛サン、高町サンは何処へ行つたかな』 と尋ねると、 お鯛『何処へ行つたか知りませぬ、ここ三日や十日は帰らぬというて、他所へ行かはりました』 と云ふ。 喜楽『そんならお藤サンは何処へ行つたか』 と聞いて見ると、 お鯛『一寸よそへ行かはりました』 といふ。 喜楽『晩には帰つて来るだらうな』 と聞いて見ると、 お鯛『イエ晩になつても帰らはりしまへん、高町サンもお藤サンも晩にも帰らはりしまへん』 と垣をする。晩に帰ると云へば又夕方に来られては困ると、予防線をはつて居たのである。それから外の人の宿所を尋ねて見たけれど、何を言うても、知らぬ知らぬの一点張で仕方がないので『女が夜さり内に居らぬ様な事では、どうで碌な事をして居るのではなからう……』と腹立紛れに二階へワザと聞える様に言ひ放つてそこを立ち、七条通まで下つて来ると、浦上は三牧次三郎や西村栄次郎といふ信者の家を訪問すると云うて別れ、西田が伏見方面からやつて来たのに出会し、一所に伏見や宇治の方面へ宣伝に行く事とした。 高瀬川に添うて勧進橋の傍まで下り乍ら、 西田『畑中の奴、どこからどこ迄も自分等の邪魔をしやがる、大方伏見の方へも行つてるに違ない。彼奴がもしもここへやつて来やがつた位なら、此高瀬川へ放り込んでやるのだけれど』 などと西田が憤慨し乍らフト顔をあげて見ると、畑中伝吉が風呂敷包を負うて真赤な顔をして出て来るのにベツタリ出会した。京都伏見間の電鉄がそこへ来て停車した。呶鳴る訳に行かず、 喜楽『オイ畑中又邪魔しにまはつたな』 といふと畑中は『ホイホイホイ』といつて走り出し二三丁許り行つて振り返り、ヤレまあ安心だといふ様な風をして居る。会長は大声で……『馬鹿ツ』と二口三口呶鳴ると西田が、 西田『こんな所で大声で呶鳴る者が馬鹿です』 と気をつけたので、 喜楽『ホンに呶鳴る方が馬鹿だなア』 と言ひ乍ら、伏見の信者を二三尋ねて見ると、又箒で掃き出し、閾を跨がさぬ。 『貧乏神サン、小松林サン去んで下され』 と連呼し冷遇するので這入る訳にも行かずはるばる宇治まで行つて、御室の支部を訪問すると、ここも又畑中の注進によつて冷淡至極な態度を示して居る。 そこで西田と別れ、喜楽は只一人京都まで帰り、三牧の宅で浦上と会し、たつた一銭五厘より二人の中に金子がないので、徒歩で愛宕山を越え、保津へ出で、八木へ立寄り、又もや放り出され、雨のビシヨビシヨ降る中を震ひ震ひ園部の浅井まで帰つて、麦飯でも喰はして貰はうと思ひ、立寄つて見ると、ここも又冷淡な態度で茶も呑まさず去んでくれと云ふ。仕方なしに又もや檜山まで帰り、坂原へ立寄ると坂原は折ふし不在で、妻君が一人残つて居り、 『今綾部から畑中サンが出て来て、茶一杯呑ましてはならぬ、艮金神さまのお気障りになると言ははりましたから、どうぞこれぎり、あんたにはすみませぬけれど、小松林サンが改心しやはるまでよつて下さるな』 といふ。二人は破草鞋を拾つて足につけ、坂路を上り下り、漸く須知山の峠まで出て来た。そこに蒟蒻を売つてるので、蒟蒻を一銭五厘で三枚買ひ、宇治から二十四里の道を空腹を抱えて帰つて来たこととて何とも知れぬ甘さであつた。それから綾部へ帰り、浦上はこりごりして餅屋を始め出し、喜楽が神様を祭つてやつて非常に繁昌をし出した。さうするとソロソロ浦上が慢心し出し、神様の悪口や喜楽の行方までも非難し、頻りに反対を始めて居たが、とうとう養鶏場を開設して大損失を招き、折角儲けた金も一文も残らずなくした上、沢山の借金を拵へ、親族や其外の人々に損害をかけて綾部にも居られず位田へ逃げ帰り、細々と豆腐屋を営んで居る。 (大正一一・一〇・一九旧八・二九松村真澄録)
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霊界物語 40_卯_照国別と黄金姫&清照姫母子 15 氷嚢 第一五章氷嚢〔一〇九九〕 照国別の宣伝使仁慈無限の大神の 教を四方に伝へつつ月の都にバラモンの 教を開き世を乱す大黒主の神司を 三五教の御教に言向和し照国の 尊き御代と立直し一切衆生の身魂をば 救はむものと勇み立ち険しき山を打渉り 荒野ケ原を踏み越えて岩彦、照公、梅公の 三人と共にクルスの森進み来りて疲れをば 休むる折しも向ふよりイソの館に攻め上る 鬼春別の一部隊片彦、久米彦両将が 先頭に立ちて進み来る此は一大事と一行は 森の茂みに身をかくし敵の様子を窺へば 大胆不敵の命令を采配振つて号令する それの態度の忌々しさに照国別は木影より 声張りあげて宣伝歌涼しく清く宣りつれば 敵は驚き照国の別の命に四方より 攻めかけ来る猪口才さ無抵抗主義の三五の 教を伝ふる神司善言美詞の言霊に 成るべくならば言向けて悔悟させむと思へども 暴逆無道の敵軍は何の容赦も荒風の 吹きまくる如迫り来る正当防衛と云ひながら 清春山より現はれし岩彦司は杖を振り 縦横無尽に敵軍に阿修羅の如く打込めば 負傷者を残し馬を棄て皆散々に逃げて行く 照国別は敵軍の手傷を負ひて倒れたる 二人の男を介抱し信書を認め清春の 醜の岩窟を守り居るポーロ司を戒めつ イソの館に三五の教の道を学ぶべく 遣はしやりて照、梅の二人と共に駒に乗り 轡を並べてシトシトとテームス山にさしかかる 折から吹き来る凩の風に面を吹かれつつ これぞ尊き神風と勇気日頃に百倍し 蹄の音も戞々と険しき坂を登り行く あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ。 照国別は岩彦の所在を失ひ、彼が行衛を求めて、森の小蔭や薄原隈なく探り、一行は漸くにしてテームス山を登りつめ、頂上の関所に着いた。ここには大黒主の命を奉じて春公、雪公、紅葉他二人が小さな庵を構へて名ばかりの関守をやつてゐる。大酒を煽つては大地に倒れ、風に吹かれ酔醒めの風を引いては熱を出し、手拭で鉢巻をしながら狐の泣き声の様な百日咳に悩んで居る。何奴も此奴もコンコンカンカンの言霊の競争をやつて居た。風の神を追ひ出すのは、磐若湯に限ると云ふので捻鉢巻をしながら、酒の勢で昼夜風の神と競争をやり、薬鑵から熱を出し汗をタラタラと流しながら格闘してゐる真最中であつた。 春公『ウンウン、痛い痛い、風の神の奴、暴威を逞しうしやがつて、此春さまの頭蓋骨を鉄鎚でカンカンと殴りやがるやうな痛さだ。腹の中へは狐でも這入りやがつたと見えて、コンコンと吐すなり、テームス山の関守も中から斯う咳が出ては副守の奴、関守に早変りしやがつたと見える。本当に咳がチツとやソツとぢやない、痰と出やがつた。アハヽヽヽイヒヽヽヽ、痛い痛い、こりや雪公、一つ天眼通で風の神の正体を透視してくれないか』 雪公『あまり酒を喰つて寒風にあたると凍死するものだ。何卒凍死してくれと云つても、俺は凍死ばかりは御免だ。それよりも万劫末代生とほしになりたいからなア』 春公『こりや、貴様も余程訳の分らぬ唐変木だな。俺の云ふ透視と云ふのは、そんな怪体の悪い凍死ぢやないわい。腹の底まで何が憑いて居るか透視してくれと云ふのだ。アイタヽヽヽオイ早く透視せぬかい』 雪公『おれは雪さまだから、あまり雪さまばかりに溺れて居ると凍死する虞があるぞ。貴様の腹の中を一寸見ると大変な腹通しだ。上げる下す、まるで此テームス峠の頂上の関守には持つて来いだ。貴様も生命の大峠が来たのだから、これ迄の因縁と諦めて潔く成仏せい。風声鶴唳にもド肝を冷し微躯付いて居る様な関守では到底生存の価値がない。よい加減に娑婆塞ぎは冥土参りした方が社会の為だからなア』 春公『こりや雪、貴様は何と云ふ冷酷な事を云ふのだ。ド頭をポカンとハル公にしてやるぞ』 雪公『雪と云ふものは火のやうに温かいものでも、熱いものでもない。冷酷なのが当り前だ。冷然として人の病躯を冷笑するのが雪さまの特性だ。然しそれだけ熱があつては貴様も堪るまい。氷嚢の代りに此雪公さまの冷たい尻を貴様の薬鑵頭に載せてやらうか。さうすれば、少しは熱が減退するかも知れないぞ』 春公『斯う熱が高うては仕方がない。貴様の尻で俺の熱が下る事なら臭うても幸抱せうかい』 雪公『よし、時々風が吹くかも知れぬが、前以てお断りを云うておく』 と云ひながら冷たい尻をまくつて春公の頭の上にドツカと載せた。 雪公『おい、随分冷い尻だらう。血も涙もない冷ケツ動物だから……熱病の対症療法には持つて来いだ。実にケツ構な療治法だ、アハヽヽヽ』 春公『こりや、俺の鼻の上に何だか袋を載せたぢやないか。冷いやりするが、怪体な香がするぞ』 雪公『これは豚の氷嚢代理に睾嚢を張り込んでやつたのだ。イヒヽヽヽ』 春公『あゝ苦しい、重たいわい。チツと重量を軽減する様に中腰になつてくれないか』 雪公『雪隠のまたげ穴をふん張つたやうな調子で中心を保つて居るのだから重たい筈はない。熱病と云ふものは頭の重いものだ。おもひおもひにお神徳をとつたが宜からうぞ。(義太夫)あゝ思へば思へば前の世で如何なる事の罪悪を、やつて来たのか知らねども、そりや人間の知らぬ事、現在テームス山の関守を仰せ付けられながら、其職責を完うせず、肝腎要の蜈蚣姫、小糸姫を知つて見逃した其天罰が報い来つて、今ここに臆病風の神様に襲はれたるか、いぢらしやア……悪い事とはしりながら、しりのつぼめが合はぬよな、しり滅裂の報告が、如何してハルナの神館に、鎮まりゐます大黒主に、致されうか……許して下されバラモン天王様、お願ひ申すと計りにて、コンコンコンとせき上げて、苦し涙にくれにける。シヤシヤシヤンシヤンシヤン』 春公『ウンウンウン、こら雪公、そんな気楽な事どこかい。俺や、もう生命のゆきつまりだ。もちとシツカリ尻をあててくれぬかい』 雪公『(義太夫)「ゆきつ、戻りつ、とつおいつ、又もや咳の声すれば、これがお声の聞きをさめと……思へば弱る後が……み……寂滅為楽も近づきて、無情の風は非時に、吹き荒ぶこそ哀れなり、トテチントテチントツトツチン、テンテン」いやもう瀕死の病人に対し応急療法も最早駄目だ。お前の一生も最早けつ末がついた。けつして決して娑婆に執着心を残し、踏み迷うて来てはならぬぞ。大黒主様の御目が届かぬと思うて慢心を致し、神を尻敷きにした天罰で、此清明無垢の雪のやうな身魂の雪さまに尻敷きにしられるのだ。因果応報、罰は覿面、憐れなりける次第なり。エヘヽヽヽ』 紅葉『こりや雪、貴様は俺が最前から聞いて居れば、春公さまに対し親切にして居るのか、不親切にして居るのか、或は介抱するのか、虐待するのか、テンと訳が分らぬぢやないか』 雪公『かうゆきつまつた世の中、訳が分らぬのはあたり前だ。俺はゆきつまつた社会の反映だから、これで普通だよ。親切さうに見せて不親切の奴もあり、善の仮面を被つて悪を行ふ奴もあり、人を助けてやらうと云つて甘くチヨロまかし、其実人は死なうが倒れやうが吾不関焉だ。自分さへ甘い汁を鱈腹吸うて自分が助からうとする奴ばかりだ。こんな悪魔横行の世の中に如何して真面目な事が出来ようか。俺の天眼通だつてその通りだ。当る時もあれば外れる事もある。社会の利益になる事もあれば社会の害毒になる事もある。それだから善悪不二、正邪一如と云ふのだわい。オツホン』 紅葉『人の難儀を見て貴様は平気で居やがるが、本当に怪しからぬ奴ぢやないか』 雪公『貴様何だい、袖手傍観してるぢやないか。貴様こそ本当に友人に対し冷酷な代物だ。大方触らぬ神に祟なしと云ふ猾い考へを持つて俺ばつかりに介抱させ、さうして善だの悪だの親切だの不親切だのと小言を垂れやがるのだな。尻でも喰つたがよいわい。屁なつと吸へ』 紅葉『俺は貴様等の二人の手が塞がつてゐるなり、あと二匹の奴はズブ六に酔ひやがつて役に立たぬなり、仕方がないから貴様の代りに関守を勤めて居るのだ。もしも斯んな処へ三五教の宣伝使が堂々とやつて来よつたら如何するのだ』 雪公『そりや、その時のまた風が吹くわい。春公の風邪ぢやないがコンコンと懇談して関守としてのベストを尽すだけのものだ。これだけ熱が多いと此春公も黒死病になりやせぬか知らぬて、困つたものだ。俺の尻がソロソロ焼けて来だしたぞ。大変な熱だ』 紅葉『おい、あんまり貴様が大きな尻で志士仁人たる春公を圧迫するものだから、如何やら息が絶れたと見え、呼吸が止まつたぢやないか』 雪公『俺は智慧の文珠師利菩薩だ。今朝も文珠師利菩薩が獅子に乗つて、此処を大変な勢で通つたぢやないか。それだから俺も春公の頭に腰掛け、尻からプン珠利菩薩となつて、あらゆる最善の知識を傾けて治療に従事してるのだ。此辛い時節に薬礼も貰はず、これだけ親切に介抱するものが何処にあるかい』 かく話す処へ関所の押戸をポンポンと叩くものがある。紅葉は慌てて戸外に飛び出し仰ぎ見れば照国別一行であつた。 照国『此処はテームス山の大黒主の関所だと聞いて居るが、関守の頭に一寸お目にかかりたい』 紅葉『ハイ、関守の大将は、……実は……今年の今月の始めから……今日今夜に至るまで臆病風を引きましてコンコンとせきをやつて居ますので、生憎こん回はお目にかかる事は出来ますまい』 照国別『それは気の毒な事だ。斯様な峠の吹きはなしでは風も引きませう。吾々が一つ神様にお願ひ致して鎮魂をやつて上げませうかな』 紅葉『エー滅相もない。貴方は三五教の宣伝使、左様なお方に鎮魂とやらをやられましては、サツパリコンと駄目になつて了ひます。何卒こん度に限つてお断わりを申します。サアお通りなさい』 照国別『決して吾々は貴方等がバラモン教の関守だからと云つて、悪くするのではない。よくして上げたいと思ふからだ』 紅葉『何程御こん切に仰有つて下さつても、三五教のお方にお世話になるのは一寸こん難で厶います』 照国別『お前は同僚が九死一生の場合を助けたい事はないのか』 紅葉『晨の紅顔、夕べの白骨、どうで一度は死なねばならぬ人生の行路、夢の浮世で厶いますから、春公も一層の事ここで死んだ方が、彼の為めには好都合かも知れませぬ。親切が却つて無になりますから、何卒鎮魂ばかりは平に御容赦を願ひます』 照国別『何とバラモン教は友人に対してさへも随分冷淡なやり方ですなア。一切衆生に対しては尚更冷酷なと云ふ事は此一事にても看取される、かう云ふ事を聞くと如何してもバラモン教を改造してやらねばなるまい』 紅葉『実は此通り五人の関守が四人まで手抜きが出来ませぬので、困つて居る所で厶います。何卒御存じの通り取り込んで居りますから、御用があれば又明日来て下され』 照国別『アハヽヽヽ、まるで吾々を乞食扱ひにして居よるわい。然し乍ら仮令バラモン教にもせよ、人の困難を見て之を救はずに素通りする事は出来ない。照公さま、梅公さま、お前は奥へ這入つて此処に屁垂つてゐる病人を鎮魂してやつて下さい』 紅葉『メヽヽ滅相な、病人は春公一人で厶います。外の奴は風を引いたといつてもホンの鼻腔加答児をやつただけ、風の神をおつ払ふとてスヤスヤと寝んで居るのですから、何卒お構ひ下さるな』 照公、梅公は委細構はず奥に入り、両方より天の数歌を歌ひあげた。雪公は驚いて春公の頭の上にのせて居た尻をあげ、番小屋の小隅に蹲んで震うて居る。天の数歌を二三回唱へた時、春公はカツカツと大きな咳を二つした。その途端に小さい百足虫が二匹飛んで出た。見る間に五六尺の大百足虫となり一目散にテームス峠を矢の如くに逃げ下り行く。春公は初めて熱もさめ、身体元の如くなり汗を拭きながら、 春公『何れのお方か知りませぬが九死一生の場合、よくまあ助けて下さいまして、誠に有難う厶いました』 と感謝の声と共に不図見あぐれば、三五教の宣伝使照国別一行の三人であつた。春公は生命の親の宣伝使様と喜び勇み、これより四人を後に残し照国別に従つて心の底より悔い改め、案内役として月の御国へ従ひ行く事となつた。 (大正一一・一一・四旧九・一六北村隆光録)