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(1694)
霊界物語 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 06 瑞の宝座 第六章瑞の宝座〔六一七〕 樹木鬱蒼として生茂れる四方山に包まれたる清浄の境域に、水晶の如き水は潺々として流れ、処々に青み立ちたる清泉幾つとなく散在して居る。中空には容色麗しき天津乙女の七八人、微妙の音楽につれて右往左往に舞ひ狂ひ、迦陵頻伽、鳳凰、孔雀の瑞鳥相交はりて前後左右に飛び交ふ様は、天国浄土の大祭日も斯くやと思はるる許りの壮観なりき。苔生す美はしき巌の上に容色端麗にして威儀儼然たる一人の女性、日の丸の扇を両手に持ちて唄ひ居れり。 女神『自転倒島は松の国堅磐常磐に揺ぎなく 御代は平らに安らかに国も豊に治まりて 天下泰平国土成就五穀成熟山青く 水清く実に豊国姫の神の命の知らす世は 天津御空の神国か常世の春の永久に 栄え久しき松の御代天津神たち国津神 万の神等始めとし百の民草押し並べて 歓ぎ賑ふミロクの世天津乙女は天上に 錦の袖を翻し鳥は万代囀ひ舞ふ 天と地との水鏡真如の月を浮べつつ 神素盞嗚の大神の此世を清め洗ひます 瑞の霊は弥赫耀に輝き渡る大御代の 誉目出度き三五の神の教の遠近に 真名井ケ原と鳴り響く豊国姫の神霊 神素盞嗚の瑞霊野立の彦や野立姫 暗夜を照らす日の出別一度に開く木の花の 咲耶の姫の御神姿青雲高き富士の山 轟き鳴戸瀬戸の海深き恵みの神の露 潤ふ世こそ楽しけれ潤ふ世こそ楽しけれ 春とは言へど尚寒き四方の山々樹々の雪 纒ひて謳ふ君が御代君と臣とは睦び合ひ 青人草も服ひて世は永久に栄え行く 国治立の大神の表に現はれ知らす世を 松竹梅の永久に待つ間の長き鶴の首 万代祝ぐ緑毛の亀の齢の限りなく 三五教の神の教千代に栄えよ永久に 幾億年の末迄も動かぬ御代と進み行け 変はらぬ御代と開け行け教の道は開け行く 御代の扇の末広く神の御風に靡く世を 来たさせ給へ惟神霊幸倍坐し坐世よ アヽ惟神惟神霊の幸を永久に 世人の上に悉く蒙らせ給へ大御神 豊国姫の神霊千代に八千代に祈ぎ奉る』 と自ら謡ひ自ら舞ひつつあるのは三五教の宣伝使悦子姫なりき。音彦は立ち上り、 音彦『高天原を追はれて地教の山に伊邪那美の 尊に会はせ給ひつつ名も高国別と現はれし 活津彦根と諸共に山河渡り野路を越え 高山四方に廻らせる西蔵国を言向けて フサの国をば横断しウブスナ山の頂に 斎苑の宮居を建て給ひ熊野樟日の命をば 守護の神と定めつつ神素盞嗚の大神は 八洲の国を悉く廻り給ひて今此処に 自転倒島に渡りまし由良の港の国司 秋山彦の神館に暫時息をば休ませつ 聖地を指して出で給ひ国武彦の大神に 神政成就の経綸を神議りに議らせつ 東を指して出で給ふ後に残りし英子姫 万代祝ふ亀彦の神の命は大江山 曲の猛びを鎮めむと悦子の姫を伴ひて 剣尖山の谷の底由緒も深き霊泉に 魂を清めて皇神の珍の御舎仕へまし 悦子の姫は青彦を伴なひ再び大江山の 魔窟ケ原に来て見れば心汚き黒姫の 辻褄合はぬ繰言に言向け兼ねて進み来る 心も清き雪の道天の橋立後に見て 駒に鞭つ膝栗毛此音彦も諸共に 悦子の姫の後を追ひ真名井ケ原に来て見れば 聞きしに勝る神の園天の真名井と名にし負ふ 清き流れに身禊して瑞の霊となり代り 四方の国々島々に羽振りを利かす曲神を 言むけ向和し神国の守護の神と現はれて 瑞の霊に神習ひ御代永久に守るべし アヽ勇ましし吾心アヽ美はしき神の庭 神より生れし神の子の務めを尽すは此時ぞ 神の力を世に広く輝き照らすは此時ぞ アヽ惟神々々霊幸倍坐世よ 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも神の大道は変へざらめ 誠の道は外さざれ容も貌も悦子姫 聖の御代に青彦や万代祝ふ加米彦の 身魂照らすは今なるぞ勇み進みて皇神の 珍の御業に仕へなむ珍の御業に仕へなむ アヽ惟神々々御霊幸倍坐世よ』 音彦の此歌に悦子姫を始め一同は勇み立ち、豊国姫の時々神姿を現はし給うてふ、中央の石の宝座に向つて天津祝詞を奏上し、宣伝歌を謡ひ終る。折しも息せききつて走り来る加米彦は、 加米彦『ハー悦子姫様、音彦さま、青彦さま、その他の御連中様、御用心なされませ、只今ウラナイ教の魔神の大将株なる黒姫は、何時の間にやら数多の眷族を駆り集め、此地に向つて攻め寄せ、貴方等を十重二十重に取捲き、霊肉ともに殲滅せしめむとの計略整へ、時ならず此場に向つて進撃し来る形勢歴然たるもので御座いますれば、別条はありますまいが其お考えで居て下さい。仮令黒姫幾千万の曲神を引率れ押寄せ来るとも、此加米彦が円満清朗なる言霊の発射に依つて、一人も残らず言向け和すは案の内、必ず共に御油断あるな』 と息を喘ませ物語る。 音彦『アハヽヽヽ、黒姫の奴、百計尽きて今度は死物狂ひになりよつたな、小人窮すれば乱すとかや。ヤア之は面白い面白い、それに就いても俄に偉い元気になつたものだナア』 加米彦『承はれば高姫の肝煎りにて、フサの国より高山彦と云ふ勇将、数多の軍勢を引き率れ来り、黒姫と結婚の式を挙げ勢力を合して大団体を作り、一挙に素盞嗚尊の根拠地たる、真名井ケ原を攻略せむとの彼等が計画と承はる、必ず必ず御油断あるな』 音彦『アハヽヽヽ、又しても又しても、飛んで火に入る夏の虫か、憐れな者だな。青彦、汝は加米彦と共に、言霊を以て寄せ来る敵を言向け和せ、吾は悦子姫様と共に豊国姫の降臨を仰ぎ神勅を乞はむ』 青彦『委細承知仕りました。吾々二人ある限り仮令雲霞の如き大軍一時に攻め寄せ来るとも、言霊の速射砲を以て鏖殺しに仕らむ、アヽ面白し面白し』 と勇み喜ぶその健気さ。悦子姫は声を掛け、 悦子姫『ヤア加米彦殿、青彦殿、妾は皇大神の深き御威霊を賜り、最早神変自由の神業を修得したれば、天下に恐るるものは何物もなし。汝等妾に心惹かれず力限り言霊を以て奮戦せよ』 加米彦、青彦一度に頭を下げ地上に両手をつき、 加米彦、青彦『委細承知仕りました、何分宜敷御願ひ申す』 と勇み進みて此場を立退かむとする。時しもあれ、加米彦の急報に違はず近づき来たる黒姫が軍勢、高山彦を先頭に旗鼓堂々と此方に向つて進み来る物々しさ。 加米彦、青彦は寄せ来る高山彦の軍勢に向ひ、 加米彦、青彦『ヤア高山彦、御参なれ、身の程知らぬ馬鹿者共、某が言霊の速射砲にかかつて斃るな』 高山彦は馬背に跨り乍ら、 高山彦『ヤア汝は噂に聞く木端武者の加米彦とやら、その広言は後に致せ、ヤアヤア者共、加米彦、青彦に向つて進撃せよ』 常彦、菊若、夏彦、富彦、岩高の大将株は高山彦の指図の許に、各々数多の部下を引率れ、二人の周囲をバラバラと取り囲み、 常彦ら『サア加米彦、青彦、其他の奴輩、もう斯うなつては叶ふまい、此方が刃の錆とならむよりは、一時も早く心を改め素盞嗚尊の邪教を捨ててウラナイ教の誠の道に帰順致すか、神は汝等を憐れみ給ふぞ、我を折り降参致せば、如何に反対せし悪の身魂も赦して遣はす、サア返答は如何じや、如何に汝勇猛なりとて多勢に無勢、最早汝が運の尽、返答如何に覚悟は如何ぢや』 と四方八方より抜刀を揃へ攻めかかる、加米彦、青彦は一度に高笑ひ、 加米彦、青彦『アハヽヽヽ、心も黒い色も真黒々の黒助の黒姫に加担致す馬鹿者共、仮令幾万人攻め来る共蟷螂の斧を揮つて竜車に向ふにも等しき奴輩、吾言霊の神力を見よ』 と云ふより早く双手を組み一生懸命に神霊の注射をサーチライトの如く指頭より発射し、右に左に向つて振り廻せば、数多の寄せ手は俄に頭痛み、眩暈ひ、舌つり、身体或は強直し或は痳痺し、ウンウンと呻声を立てて此場にバタリと倒れたり。黒姫は此体を見て高山彦の馬に跨り、馬上に二人抱き合ひ乍ら雲を霞と逃げ行く可笑しさ。加米彦は打笑ひ、 加米彦『アハヽヽヽ、青彦殿、扨ても扨ても愉快な事では御座らぬか、吾々誠の神の教を伝ふる宣伝使に向ひ、傍若無人にも凶器を携へ攻め来り、脆くも吾言霊の発射にザツクバラン、身体竦み忽ち地上に倒れて藻掻く可笑しさ、それに付けても一層面白きは黒姫、高山彦の両人、味方を見捨て逃げ行く狼狽へさ加減、何と愉快では御座らぬか』 青彦『アハヽヽヽ、実に愉快ですな、矢張三五教は違ひますよ』 加米彦『貴方も、もう高姫のウラナイ教には、よもや後戻りは成されますまいなア』 青彦『仮令大地が覆へるとも変つてなりませうか』 加米彦『サア、何とも分らぬ、まだお前さまの言霊には少し許り濁りがある、その濁りの分がまだウラナイ教に執着心があるのだ』 青彦『殺生な事を言つて下さるな、其濁りはウラナイ教の信仰の惰力でせう。もう暫らくお待ち下さらば本当の言霊が出る様になりませう』 加米彦『それは兎も角、悦子姫様、音彦さまがお待ち兼ねでせう、サアサア早く霊場へ引き返しませう』 と先に立つて行く。悦子姫は音彦の審神の許に豊国姫の神の御降臨の最中なりける。 音彦『只今悦子姫の肉の宮に懸らせ給ふ大神は何れの神に坐しますぞ、仰ぎ願はくば御名を名乗らせ給へ、某は三五教の宣伝使音彦の審神者に御座います、神界の思召、何卒委細に吾等に仰せ聞けられ下されますれば有難う御座います』 神懸者(悦子姫)『我は豊雲野尊、又の御名豊国姫の神なるぞ、国治立の大神と共に一旦地底の国に身を潜め、再び地教の山に現はれて、大海原に漂へる国土を修理固成なしつつ時の至るを待ち居たりしに、天運循環して天津神より此聖地を我鎮座所と神定め給ひたり。我は此地に霊魂を止め自転倒島はいふも更なり、大八洲の国々島々に我霊魂を配り置きて世を永久に守らむ。汝は之より鬼雲彦を使役しつつありし八岐大蛇の片割れ鬼ケ城山に姿を隠し時を窺ひ、聖地を蹂躙せむとしつつあれば一日も早く此場を立ち去り、加米彦、青彦を引率れ此比治山の峰伝ひに鬼ケ城山に向へよ、我は汝が影身に添ひ、太しき功勲を永久に立てさせむ、必ず必ず案じ煩ふな、仮令幾千万の曲神攻め来るとも屈するな、恐るるな、神を力に誠を杖に善く戦へ、誠の鉾を執つて敵を言向け和せよ、又此聖地は我霊魂永久に守りあれば後に心を残す事なく一刻も早く此処を立ち出でよ。加米彦、青彦、汝等も音彦と共に鬼ケ城に向つて進撃せよ』 音彦『委細承知仕りました、いざ之よりは悦子姫様を先頭に吾々一同時を移さず、八岐大蛇の退治に立ち向ひませう、何卒々々御守護を仰ぎ奉る』 豊国姫『何事も神に任せ汝等が力のあらむ限り誠を尽せよ』 と云ひ残し神あがり給ひければ、悦子姫は初めて正気に復り、 悦子姫『アヽ有難し有難し、大神の御降臨、サア音彦殿、その他御一同様、鬼ケ城に時を移さず神勅のまにまに向ひませう』 音彦、青彦『委細承知仕りました、左様ならば之より参りませう』 加米彦『サア平助、お楢、お節どの、御苦労でありました、之でお別れ致しませう』 平助『私達は之から貴方等に別れて後は如何致しませう、只今の如く数多の軍勢押し寄せ来らば、吾々は如何とも防ぎ戦ふ事は出来ませぬ、何卒吾々も一緒に連れて行つて下さいませぬかナア』 音彦『ヤ、それはなりませぬ、然し乍ら如何なる敵も御心配遊ばすな、叶はぬ時は三五教の祝詞を奏上し宣伝歌をお謡ひなさい。さすれば如何なる強敵も雲を霞と逃げ去つて仕舞ひます、之が神歌の功力であります。左様なら、親爺どの、婆アさま娘子、御縁があらば又御目に懸らう』 と左右に分れ比治山の嶺伝ひに南を指して宣伝歌を謡ひつつ一行四人は進み行く。平助親子三人は名残を惜みつつ、トボトボと家路を指して帰り行く。 (大正一一・四・二一旧三・二五北村隆光録)
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(1695)
霊界物語 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 07 枯尾花 第七章枯尾花〔六一八〕 味方の人数も大江山魔窟ケ原に穿ちたる 岩窟の中に黒姫は五十路の坂を越え乍ら 歯さへ落ちたる秋の野の梢淋しき返り咲き 此世にアキの霜の髪コテコテ塗つた黒漆 俄作りの夕鴉カワイカワイと皺枯れた 声張り上げてウラナイの道を伝ふる空元気 天狗の鼻の高山彦を三世の夫と定めてゆ 流石女の恥かしげに顔に紅葉を散らしつつ 黒地に白粉ペツタリと生地を秘した曲津面 口喧しき燕や朝な夕なにチユウチユウと 雀百まで牡鳥を忘れかねてか婿欲しと あこがれ居たる片相手星を頂月を踏み 日にち毎日山坂を駆け廻りつつ通ひ来る 男の数は限りなく蓼喰ふ虫も好き好きと 酷い婆アの皺面に惚けて出て来る浅間しさ 広い様でも狭いは世間色は真黒黒姫の 心に叶うた高山彦のタカか鳶か知らね共 烏の婿と選まれて怪しき名に負ふ大江山 魔窟ケ原の穴覗き奥へ奥へと進み入る 一コク二コクと迫り来る三国一の花婿を 取つた祝ひの黒姫が嬉しき便りを菊若や 心頑固な岩高や人の爺を寅若の 情容赦も夏彦や富彦、常彦諸共に 飲めよ騒げの大酒宴岩屋の中は蜂の巣の 一度に破れし如くなり。 黒姫は皺苦茶だらけの垢黒い顔に、白い物をコテコテに塗り、鉄倉の上塗みた様な、真白な厚化粧、白髪は烏の濡羽色に染め、梅の花を散らした派手な襠衣を羽織り、三国一の婿の来るを、今や遅しと、太い短い首筋を細長く延ばして、蜥蜴が天井を覗いた様なスタイルで、入口の岩窟を覗き込み、年の寄つた嗄れ声に色を附け、ワザと音曲に慣れた若い声を出し、 黒姫『コレコレ夏彦、常彦、まだお客さまは見えぬかな。お前は御苦労だが、一寸そこまで迎へに往つて来て下さらぬか。由良の湊までは、フサの国から、天の鳥船に乗つてお越しなのだから、轟々と音が聞えたら、それが高山彦さまの一行だ。空に気をつけ足許にも気を付けて往て来て下さい』 夏彦『ハイハイ承知致しました。遠方の事とは云ひ乍ら、随分暇の要る事ですなア。サア常彦、お迎へに行つて来うぢやないか』 常彦『黒姫さま、今日はお芽出度う。ソンナラ往て来ませうか』 黒姫『何ぢや常彦、改まつて、お芽出度うもあつたものか。あまり年寄りが婿を貰うと思うて冷やかすものぢやない。サアサアトツトと往て来なさい』 常彦『ソンナラ、何と言つて挨拶をしたら好いのですか。今日は芽出たいのぢやありませぬか』 黒姫『芽出たいと云へば芽出たいのぢやが、ナニもう妾は、五十の坂を越えて、誰が好みて婿を貰うたりするものか。これと云ふのも、神様の教を拡げる為に、此黒姫の体を犠牲にして、天下国家の為に尽すのだよ。お芽出たうと云ふ代りに御苦労様と言ひなされ』 常彦『これはこれは五苦労の四苦労、真黒々助の黒姫様、十苦労さまで御座います』 黒姫『エーエーお前は此黒姫を馬鹿にするのかい。十苦労と云ふ事があるものか。あまりヒヨトくりなさるな』 常彦『イエ滅相な、あなたも天下の為に犠牲に御成りなさるのは五苦労さまぢや。又此常彦が三国一の婿さまを、斯う日の暮になつてから、細い山路を迎ひに行くのも、ヤツパリ五苦労さまぢや。お前さまの五苦労と私の五苦労と、日韓併合して十苦労様と云うたのですよ。アハヽヽヽ』 夏彦『常彦、行かうかい』 と、岩穴をニユツと覗き、 夏彦『ヤア占た占た、モウ行かいでも可い』 常彦『行かでも良いとは、ソラ何だい、高山彦さまが見えたのかい』 夏彦『きまつた事だ。モシモシ黒姫さま、お喜びなさいませ。偉い勢で沢山な家来を伴れて見えましたよ』 黒姫『それはそれは御苦労な事ぢや。どうぞ穴の口まで迎ひに行て下され。あまり這入り口が小さいので、行過されてはお困りだからなア』 夏彦は肩から上をニユツと出し、高山彦の一行の近付き来るを待ち居たる。 高山彦『此処は黒姫の住家と聞えたる魔窟ケ原ぢやないか。モウ誰か迎ひに来て居さうなものだに、何をして居るのだらうな』 虎若『ヤア御大将様、此魔窟ケ原は随分広い所と聞きました。何れ先方から遣つて来られませうが、何分予定とは早く着いたものですから、先方も如才なく準備はやつて居られませうが、つい遅くなつたのでせう。御馳走一つ拵へるにも斯う云ふ不便な土地、何事も三五教ぢやないが、見直し聞直し、御機嫌を直してモウ一息お進み下さいませ』 高山彦『それはさうだが、如何に黒姫、部下が無いと云つても、二十人や三十人は有りさうなものだ。三人や五人迎ひに来したつて良いぢやないか。縁談は飯炊く間にも冷ると云ふ事が有る。あまり寒いので、冷たのぢやあるまいか、ナア虎若』 虎若『トラ、ワカりませぬ。何分此通り、あちらにも此方にも雪が溜つて居りますから随分冷る事でせう。私も何だか体が寒くなつて来た。フサの国を出た時は随分暖かであつたが、空中を航行した時の寒さ、それに又此自転倒島へ着いてからの寒さと云つたら、骨身に徹えますワ』 高山彦は苦虫を喰つた様な不機嫌な顔をし乍ら、爪先上りの雪路を進み来る。雪の一面に積つた地の中から、夏彦は首丈を出して、 夏彦『コレハコレハ高山彦のお出で、サアサアお這入り下さいませ。黒姫さまが大変にお待兼で御座います。あなたも遥々と国家の為に犠牲になつて下さいまして有難う御座います』 虎若『ヤア何だ、コンナ所に首が一つ落ちて、物言つて居やがる。……ハヽア此奴ア、大江山の化州だな……オイ化州、這入れと言つても、蚯蚓ぢやあるまいし、何処から這入るのぢやい。入口が無いぢやないか。貴様の体は如何したのぢや。松露か何ぞの様に頭ばつかりで活てる筈もあるまいし、怪体な代物ぢやなア』 夏彦『黒姫さまは高山彦さまに、お惚け遊ばして首つ丈陥つて御座るが、此夏彦は首は外へ出して、体丈はまつて御座るのだ。サアサア不都合な這入口の様だが、中は立派な御座敷、用心の為にワザと入口が細うしてある。高山彦さま、どうぞお這入り下さいませ。一人づつ這入つて貰へば、何程大きな男でも引つ掛らずに這入れます』 と言ふより早く夏彦は窟内に姿を隠しける。 虎若『ヤア妙だ。見た割とは大きな洞が開いて居る。ヤア階段もついて居る。サア高山彦さま、御案内致しませう』 虎若を先頭に、高山彦は数多の従者と共に、ゾロゾロと岩窟の中に潜り入る。黒姫は此時既に奥の間に忍び込み、鏡の前で口を開けたり、目を剥いたり、鼻を摘ンで見たり、顔の整理に余念なかりける。夏彦は此場に走り来り、 夏彦『モシモシ、高山彦の御大将が見えました。どうぞ早く此方へお越し下さいませ』 黒姫『エー気の利かぬ事ぢやなア。何とか云つて、お茶でも出して、口の間で休まして置くのだよ。それまでに化粧をチヤンと整へて、型ばかりの祝言をせなくてはならぬ。菊若、岩高は何をして居るのだ。料理の用意は出来たか。お茶でも献げて世間話でもして待つて貰ふのだよ』 夏彦『今日は芽出度い婚礼、それにお茶をあげては、茶々無茶苦になりやしませぬか。今日はお水を進げたらどうでせう』 黒姫『エー茶ア茶ア言ひなさるな。茶が良いのだ。水をあげると水臭くなると可かぬから……』 夏彦『ハヽア、茶ア茶アと茶ツつく積りで、茶を呑ませと仰有るのかなア……茶、承知致しました』 黒姫『エーグヅグヅ言はずに、あちらへ行つて、高山彦様御一同のお相手になるのだよ。こつちの準備が出来たら、祝言の盃にかかる様にして置きなさい。……アーア人を使へば苦を使ふとは、能う言つたものだ。男ばつかりで、女手の無いのも……ア困つたものだ。清サン、照サンと云ふ二人の若い女は有つたけれども、これは真名井ケ原の隠れ家に置いてあるなり、斯う云ふ時に女が居らぬと便利が悪い。お酒の酌一つするにも、男ばつかりでは角ばつて面白くない。併し乍ら清サン、照サンは十人並優れた美しい女、折角貰うた婿どのを横取しられちや大変だと思つて、伴れて来なかつたが、安心な代りには便利が悪いワイ。サアサアこれで若うなつて来た。化粧と云ふものは偉いものだナア。昔から女は化物だと云ふが……われと吾手に見惚れる様になつた。如何に色男の高山彦でも、此姿を見たら飛び付くであらう。現在女の自分でさへも、自分の姿に見惚れるのだもの……ヤツパリ霊魂が良いと見える。アーア惟神霊幸倍坐世、惟神霊幸倍坐世。………コレコレ常彦……オツトドツコイ、コンナ年の寄つた婆声を出しては愛想を尽かされてはならぬ。端唄や浄瑠璃で鍛へて置いた十七八の娘の声を使はねばなるまい、……コレコレ夏彦、用意が出来たよ。これ夏彦、一寸此方へお越し』 夏彦『エツ、何だ、妙な声がするぞ。黒姫さま、何時の間にか若い照サン、清サンを引ぱつて来たと見える。アンナ別嬪を連れて来たら、婿を横取りに仕られて了うがな……』 黒姫『コレコレ夏彦サン、早う来なさらぬかいな』 夏彦『婆アと違うて、娘の声は何処ともなしに気分が好いワイ。今晩黒姫と高山彦の婆組が婚礼をする。後は照サンと夏彦サンの婚礼だ。これ丈沢山に男も居るのに、あの優しい声で夏彦サンと言ひやがるのは、余つ程思召が有ると見えるワイ。どうれ、一つ、襟でも直して、お目に掛らうかい』 目を擦り、鼻をほぜくり、唇を舐め、襟の合せ目をキチンとし、帯から袴まで検め、 夏彦『ヤアこれで天晴れ色男だ……エツヘン』 足音を変へ乍ら、稍反り返りて、色男然と澄まし顔、一間の障子をガラリと開け、 夏彦『今お呼びとめになつたのは、照サンで御座いますか、何用で御座います……』 黒姫『お前は夏彦ぢやないか。何ぢや其済ました顔は……照サンぢやないかテ…夜も昼も照サンに……照の女に現を抜かしよつて、わしの云うた事が耳へ這入らぬのか』 夏彦『それでも若い女の声がしましたもの、若い女と言へば、今の所では照サン、清サンより無いぢやありませぬか』 黒姫『照や清は真名井ケ岳の隠れ家に置いてあるぢやないか。何をとぼけて居るのぢや。黒姫が呼びたのですよ』 夏彦『ヘエー、何と若い声が出るものですな』 黒姫『きまつた事ぢや。言霊の練習がしてあるから、老爺の声でも、婆の声でも、十七八の女の声でも、赤児の声でも、鳶でも、烏でも、猫でも、鼠でも、自由自在の言霊が使へるのですよ』 夏彦『ア、ハハー、さうですか、さうすると今晩は、鼠の鳴声を聞かして貰はうと儘ですな、アハヽヽヽ』 黒姫『エーエー喧しいワイ。早うお客さまのお相手をして、それからソレ……レイの用意をするのよ』 夏彦『レイの用意だつて……何の事だか分りませぬがなア』 黒姫『レイの上にコンが付くのぢや。アタ恥しい。良い加減に気を利かしたらどうぢや』 夏彦『霜降り頭に黒ン坊を着けて、鍋墨の様な顔に白粉を附けて、華美な着物を着ると、ヤツパリ浦若い娘の様な気になつて、恥かしうなるものかいなア。恥かしい事と言つたら知らぬ黒姫ぢやと思うて居つたのに、流石は女だ。恥かしいと仰有る、アツハヽヽヽ』 其処へ常彦現はれ来り、 常彦『黒姫様、万事万端用意が整ひました。サアどうぞお越し下さいませ』 黒姫はつと立ちあがり、姿見鏡の前に、腰を揺り、尻を叩き、羽ばたきし乍ら、稍空向気味になり、すまし込み、仕舞でも舞う様な足附で、ソロリソロリと婚礼の間に進み行く。 黒姫、高山彦の結婚式は無事に終結した。三々九度の盃、神前結婚の模様等は略しておきます。 黒姫は結婚を祝する為、長袖淑やかに、自ら歌ひ自ら舞ふ。日頃鍛へし腕前、声調と云ひ、身振りと云ひ、足の辷り方、手の操り方、実に巧妙を極め、出色のものなりける。 黒姫『色は匂へど散りぬるを吾が世誰ぞ常ならむ 有為の奥山今日越えて浅き夢見しゑひもせず 昨日やきやう(京)の飛鳥川清く流れて行末は 善も悪きも浪速江の綿帽子隠したツノ国の 春の景色に紛ふなる花の容顔月の眉 年は幾つか白雲の二八の春の優姿 皺は寄つても村肝の心の色は稚桜姫 神の命の御教を朝な夕なに畏みて 仕へ奉りし甲斐ありて色香つつしむ一昔 花は紅、葉は緑手折り難きは高山彦の 空に咲きたる梅の花時節は待たにやならぬもの 天は変りて地となり地は上りて天となる さしもに高き高山彦の吾背の命の遅ざくら 手折る今日こそ芽出度けれ疳声高き高姫の 朝な夕なに口角を磨きすまして泡飛ばし 宣る言霊も水の泡アワぬ昔は兎も角も 会うた此世の嬉しさは仮令天地が変るとも 替へてはならぬ妹と背の嬉しき道の此旅出 旅は憂いもの辛いもの辛いと言つても夫婦連 凩荒ぶ山路も霜の剣を抜きかざす 浅茅ケ原も何のその夫婦手に手を取りかわし 互に睦ぶ二人仲二世の夫とは誰が言うた 五百世までも夫婦ぞと世の諺に言ふものを 坊ツチヤン育ちの緯役が世間をミヅの御霊とて 訳の分らぬ事を言ふ表は表、裏は裏 仮令雪隠の水つきと分らぬ奴が吐くとも 斯うなる上は是非もない雪隠千年万年も 浮世に浮いて瓢箪の胸の辺りに締めくくり 縁の糸をしつかりと呼吸を合して結び昆布 骨も砕けし蛸入道烏賊に世人は騒ぐとも 登り詰めたは吾恋路成就鯣の今日の宵 善いも悪いも門外漢の容喙すべき事でない 高山彦の吾夫よ千軍万馬の功を経し 苦労に苦労を重ねたるすべての道にクロトなる 此黒姫と末永く世帯駿河の富士の山 解けて嬉しき夏の雪白き肌を露はして 薫り初めたる兄の花の一度に開く楽しみは 神伊弉諾の大神が妹の命と諸共に 天の瓊矛をかき下しコヲロコヲロに掻き鳴して 山河草木百の神生み出でませし其如く 汝は左へ妾は右右と左の呼吸合せ 明かす誠に裏は無いウラナイ教の神の道 国治立の大神の開き給ひし三五の 神の教も今は早瑞の御霊の混ぜ返し 穴有り教となりにける愈是れから比治山の 峰の続きの比沼真名井豊国姫の現はれし 珍の宝座を蹂躙し誠一つのウラナイの 神の教を永久に夫婦の呼吸を合せつつ 立てねば置かぬ経の教稚桜姫の神さへも 花の色香に踏み迷ひ心を紊して散り給ふ 其古事に神習ひ此黒姫も慎みて 神の御跡を追ひまつる五十路の坂を越え乍ら 浮いた婆アと笑ふ奴世間知らずの間抜者 さはさり乍ら夏彦よ岩高彦よ常彦よ 色々話を菊若よ妾に習つて過つな 年を老つての夫持つ妾は深い因縁の 綱にからまれ是非もなく神の御為国の為 ウラナイ教の御為に心にもなき夫を持つ 陽気浮気で黒姫がコンナ騒ぎをするものか 直日に見直し聞直し善言美詞に宣り直し 必ず悪口言ふでない後になつたら皆判明る 神の奥には奥が有る其又奥には奥がある 昔の昔のさる昔マ一つ昔のまだ昔 まだも昔の大昔神の定めた因縁の 魂と魂との真釣り合ひ晴れて扇の末広く 仰げよ仰げ神心心一つの持ちやうで 此黒姫の言ふ事は善に見えたり又悪に 見えて居るかも知れないが身魂の曇つた人間が 心驕ぶりツベコベと構ひ立てをばするでない 総て細工は流々ぢや仕上げた所を見てお呉れ 身魂の因縁性来の大根本の根本を 知つたる神は外に無い日の出神の生宮と 定まりきつた高姫や永らく海の底の国 お住居なされた竜宮の乙姫さまの肉の宮 此黒姫と唯二人要らぬ屁理屈言はぬもの 心も清きモチヅキの音に耳をば澄ましつつ 三五の月の清らかな心の鏡をみがきあげ ウラナイ教の御仕組何も言はずに見て御座れ 今は言ふべき時でない言はぬは云ふに弥勝る 高山彦や黒姫の婚礼したのも理由がある 人間心で因縁がどうして分らう筈はない 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも此因縁は人の身の 窺ひ知らるる事でない今に五六七の世が来れば 唯一厘の神界の仕組をあけて見せてやる それ迄喧しう言ふでない口を慎み、ギユツと締め 瑞の御霊にとぼけたる訳の分らぬ人民は 高山彦や黒姫の此結婚を彼此と 口を極めて誹るだらう譏らば誹れ、言はば言へ 妾の心は神ぞ知る神の御為国の為 お道の為に黒姫が尽す誠を逸早く 世界の者に知らせたい吁、惟神々々 御霊幸倍ましませよアヽ、惟神々々 そろうて酒をば飲むがヨイヨイヨイヨイトサア ヨイトサノサツサ』 黒姫は調子に乗つて踊り狂ひ、汗をタラタラ流し、白粉をはがし、顔一面縄暖簾を下げたる如くなりにける。高山彦は立ちあがり、祝歌を唄ふ。 高山彦『フサの都に生れ出で浮世の風に揉まれつつ 妻子を捨てて遥々とウラナイ教の大元の 北山村に来て見れば鼻高々と高姫が 天地の道理を説き聞かす支離滅裂の繰言を 厭な事ぢやと耳押へ三日四日と経つ内に 腹の虫奴が何時の間かグレツと変つてウラナイの 神の教が面白く聞けば聴く程味が出る 牛に牽かれて善光寺爺サン婆サンが参る様に 何時の間にやらウラナイの教の擒と成り果てて 朝な夕なの水垢離蛙の様な行をして 嬉し嬉しの日を送る盲聾の集まりし ウラナイ教の大元は目あき一人の高山彦が 天津空より降り来し天女の様に敬はれ 持て囃されて高姫の鋭き眼鏡に叶うたか 抜擢されて黒姫が夫となれとの御託宣 断りするも何とやら枯木に花も咲くためし 地獄の上を飛ぶ様に胆力据ゑて高姫に 承知の旨を答ふれば高姫さまも雀躍りし これで妾も安心と数多の家来を差しまわし み空を翔ける磐船を数多準備ひフサの国ゆ 唸りを立てて中空に思ひがけなき高上り 高山彦や低山の空を掠めて渡り来る 大海原の島々も数多越えつつ悠々と 風に揺られて下り来る由良の湊の広野原 イヨイヨ無事に着陸し虎若富彦伴ひて 大江の山を探りつつ魔窟ケ原に来て見れば 見渡す限り銀世界妻の住家は何処ぞと 眼白黒黒姫の岩戸を守る夏彦が 首から先を突出してヤア婿さまか婿さまか 黒姫さまのお待兼ね遠慮は要らぬサア早く お這入りなされと先に立ち頭を隠して段階 ヒヨコリヒヨコリと下り行く虎若、富彦先に立ち 高山彦を伴なひて内はホラホラ岩窟に 潜りて見れば此は如何に名は黒姫と聞きつれど 聞きしに違ふ白い顔夢に牡丹餅食た様な 嬉しき契の今日の宵年は二八か二九からぬ 姿優しき此ナイス幾久しくも末永く 鴛鴦の衾の睦び合ひ浮きつ沈みつ世を渡る 今日の結縁ぞ楽しけれ月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも高山彦と黒姫の 妹背の中は何時までもいや常永に変らざれ 八洲の国は広くとも女の数は多くとも 女房にするは唯一人神の結びし此縁 睦び親しむ玉椿八千代の春を迎へつつ ウラナイ教の神の憲四方の国々宣り伝へ 神政成就の神業に仕へ奉りて麗しき 尊き御代を弥勒の世弥勒三会の暁の 鐘は鳴るとも破れるとも二人の中は変らまじ あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と謡つて、大きな図体をドスンとおろした其機会に、盃も、徳利も、一二尺飛び上り、俄に舞踏を演じ、思はぬ余興を添へにける。夏彦は、くの字に曲つた腰を、三つ四つ握り拳にて打ち乍ら、土盃を右手に捧げ、オツチヨコチヨイのチヨイ腰になつて、自ら謡ひ、自ら踊り始めける。 夏彦『アヽ芽出たい芽出たいお芽出たい年は老つても色の道 忘れられぬと見えまする娘や孫のある中に 田舎の雪隠の水漬かババアが浮いてうき散らし 顔に白粉コテコテと雀のお宿のお婆アさま 高い山から雄ン鳥を言葉巧に誘て来て 言ふな言ふなと吾々の舌切雀のお芽出たさ 夜さりも昼もチヨンチヨンと皺のよつたる機を織る ハタの見る目は堪らない雀百までをンどりを 忘れぬ例は聞いて居る私も男のはしぢやもの 相手が欲しい欲しいわいナ恋路に迷うと云ふ事は 可愛い男に米辵かけた事ぢやげな 図蟹が泡を福の神恵比須大黒ニコニコと 腹を抱へて踊り出す弁天さまの真似をして 顔コテコテと撫塗り立て月が重なりや布袋腹 膨れて困るは目のあたりそれでも私は黙つてる 長い頭の寿老人さま高山彦を婿に持ち まるビシヤモンを叩き付け上を下への大戦 大洪水に流されて天変地妖の大騒動 黒白も分かぬ暗の夜に思はぬ地震が揺るであろ 地震雷火の車変れば変る世の中ぢや 娘や孫のある人が烏の婿に鷹を取り 目を光らして是からは天が下なる有象無象を 何の容赦も荒鷹の勢猛き山の神 苦労重なる黒姫の行末こそはお芽出たい あゝなつかしや夏彦の夢寐にも忘れぬ照さまは どうして御座るか比治山の黒姫さまの隠家に 肱を枕に寝て御座ろアヽなつかしやなつかしや 高山彦や黒姫の今日の慶事を見るにつけ 心にかかるは照さまの比治山峠の独寝ぢや コンナ所を見せられて羨なり涙がポロポロと 私は零れて来たわいナアヽ惟神々々 ホンに叶はぬ事ぢやわい叶はぬ時の神頼み 比沼の真名井の神さまに一つ願ひを掛けて見よう ウラナイ教に入つてより早十年になるけれど 神の教の信徒は女に眼呉れなよと 高姫さまや黒姫の何時も厳しきお警告 それに何ぞや今日は又黒姫さまが身を扮装し 天女の様に化けかはり返り咲きとは何の事 黒姫さまが口癖に裏と表がある教 奥の奥には奥があると言うて居たのは此事か 俺はあンまり神さまに呆けて居つて馬鹿を見た 馬鹿正直の夏彦もこれから心を改悪し 今まで堪へた恋の道土手を切らしてやつて見る サア常彦よ岩高よ何時も話を菊若の 若い奴等は俺の後を慕うて出て来ひ比治山の 照さま、清さま潜む家に肱鉄砲を覚悟して 訪ねて行かうサア行かう高山彦や黒姫の 今日の結婚済みたなら私はお暇を頂かう グヅグヅしてると年が老る若い盛りは二度とない 皺苦茶爺イになつてから如何に女房を探しても 適当な奴は有りはせぬ時遅れては一大事 花の盛りの吾々は今から心を取直し 女房持つて潔く体主霊従の有丈を 尽して暮すが一生の各自の得ぢやトツクリと 思案定めて行かうかいのサアサ往かうではないかいナ ドツコイシヨウドツコイシヨウウントコドツコイ黒姫さま ヤツトコドツコイ高山彦の長い頭のゲホウさま ドツコイシヨのドツコイシヨ』 と自暴自棄になつて、一生懸命に不平を漏らし躍り狂ふ。常彦、岩高、菊若も、夏彦の唄に同意を表し、杯を投げ、燗徳利を破り、什器を踏み砕き、酔にまぎらし乱痴気騒ぎに其夜を徹かしけるが、流石の黒姫も結婚の祝ひの夜とて一言もツブやかず、夏彦等が乱暴をなす儘に任せ居たりける。 明くれば正月二十七日、黒姫は、高山彦其他の面々を一間に招き、比沼の真名井の豊国姫が出現場なる、瑞の宝座を占領せむことを提議し、満場一致可決の結果、猫も杓子も脛腰の立つ者全部を引連れ、高山彦は駒に跨り、真名井ケ原指して驀地に進撃し、茲に正月二十八日の大攻撃を開始し、青彦、加米彦が言霊に、散々な目に会ひ散り散りバラバラに、再び魔窟ケ原の岩窟に引返し、第二の作戦計画に着手したりける。嗚呼、黒姫一派は如何なる手段を以て、真名井ケ原の聖場を占領せむとするにや。 (大正一一・四・二二旧三・二六松村真澄録)
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(1773)
霊界物語 21_申_高春山のアルプス教 総説 総説 霊界は想念の世界であつて、無限に広大なる精霊世界である。現実世界は凡て神霊世界の移写であり、又縮図である。霊界の真象をうつしたのが、現界、即ち自然界である。故に現界を称してウツシ世と言ふのである。例之一万三千尺の大富士山を僅か二寸四方位の写真にうつした様なもので、その写真が所謂現界即ちウツシ世である。写真の不二山は極めて小さいものだが、其実物は世人の知る如く、駿、甲、武三国にまたがつた大高山であるが如く、神霊界は到底現界人の夢想だになし得ざる広大なものである。僅か一間四方位の神社の内陣でも、霊界にては殆ど現界人の眼で見る十里四方位はあるのである。凡て現実界の事物は、何れも神霊界の移写であるからである。僅に一尺足らずの小さい祭壇にも、八百万の神々や又は祖先の神霊が余り狭隘を感じ玉はずして鎮まり給ふのは、凡て神霊は情動想念の世界なるが故に、自由自在に想念の延長を為し得るが故である。三尺四方位の祠を建てておいて下津岩根に大宮柱太敷立、高天原に千木高知りて云々と祝詞を奏上するのも、少し許りの供物を献じて、横山の如く八足の机代に置足らはして奉る云々とある祝詞の意義も、決して虚偽ではない。凡て現界はカタ即ち形の世界であるから、その祠も供物も前に述べた不二山の写真に比すべきものであつて、神霊界にあつては極めて立派な祠が建てられ、又八百万の神々が知食しても不足を告げない程の供物となつて居るのである。凡て世界は霊界が主で現界即ち形体界が従である。一切万事が霊主体従的に組織されてあるのが、宇宙の真相で大神の御経綸である。現実界より外に神霊界の儼然として存在する事を知らない人が斯んな説を聞いたならば定めて一笑に付して顧みないでありませう。無限絶対無始無終の霊界の事象は、極限された現界に住む人間の智力では、到底会得する事は出来ないでせう。 この物語は、現、幽、神、三界を一貫し、過去と現在未来を透徹したるが故に、読む人々に由つて種々と批評が出るでせうが、須らく現実界を従とし、神霊界を主として御熟読あらば、幾分か其真相を掴む事が出来るであらうと思ひます。 惟神霊幸倍坐世。 大正十一年五月廿一日 於松雲閣口述著者識
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(1792)
霊界物語 21_申_高春山のアルプス教 余白歌 余白歌 累卵の危ふき中に住みながら心用ゐぬ人の多かり〈第1章〉 吾が身魂われの所有とは思ふまじ髪一筋も儘ならぬ身ぞ〈第1章〉 聞く人の心によりて善くも見え悪しくも見ゆるこれの神教〈第3章〉 麓より中程までは雲あれど富士の神山の頂上は晴れたり〈第3章〉 惟神みちの奥処に分け入れば万代散らぬ花の匂へる〈第4章〉 世の中は高き低きの別ちなく神の恵みに漏るる人なし〈第4章〉 夜もすがら和知の流れに禊して世を清めます瑞能大神〈第5章〉 百千々の心の曇り晴れにけり雲井の空の月をし見る夜に〈第5章〉 思ひきや賤が伏家に生れし身の神の大道に奉仕せむとは〈第5章〉 つかの間は嵐吹けども拭ふごとくたちまち秋の大空晴れゆく〈第7章〉 根の国へ落ち行く身魂を哀れみて直日の神は現れ坐しにけむ〈第7章〉 誤解ほど恐ろしきもの世にあらず禍はすべて下より起こり来〈第7章(三版)〉 狼狽へて道踏み外しぬかるみへ落つるは霊の暗き人なり〈第8章〉 掌を覆すが如くかはるなり善と悪との報ひはたちまち〈第8章〉 煎豆に花咲くためしあるものを誠の心の通はざらめや〈第9章〉 奥山の紅葉の色の褪せぬ中にしかと研けよ己が心を〈第9章〉 選まれて神の柱となる身には百千万の悩みを味はふ〈第9章〉 つるぎ刃の下を潜りて大本の神の恵を初めて知りたり〈第11章〉 ねむごろに説き明したる御教はいためる心の薬師なりけり〈第11章〉 皇神は恵みの鞭を加へつつ心の眠醒ましたまへり〈第12章〉 夢の世に夢見る人の眼をさまし神の御国にいざなひ上らな〈第15章(再版)〉 背きたる曲人たちも皇神の光慕ひて来たる世近めり〈第15章(再版)〉 手も足も出し様のなき曲の代を真直に開かす大本の神〈第17章(再版)〉 根の国や底の国まで三五の神の光は照り徹らへり〈第17章(再版)〉 人皆の心の色の黒姫や鼻高姫の猛び忌々しき〈第18章〉 大空の雲にかくれし月影も世人のために露に宿れる〈第18章〉 形ある宝を捨てて皇神の道に進みし乙女ぞ雄々しき〈第18章〉[この余白歌は八幡書店版霊界物語収録の余白歌を参考に他の資料と付き合わせて作成しました]
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(1811)
霊界物語 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 16 千万無量 第一六章千万無量〔七〇八〕 玉能姫『水の流れと人の行末昨日や今日の飛鳥川 淵瀬と変る世の中に神の御水火に生れ来て 夫ともなり妻となり親子となるも神の世の 縁の糸に結ばれて解くる由なき空蝉の うつつの世ぞと知りながら輪廻の雲に包まれて 進みかねたる恋の途暗路に迷ふ浅間しさ 日は照り渡り月は盈ち或は虧くる世の中に 変らぬものは親と子の尽きせぬ名残妹と背の 深き契と白雲の汝は東へ吾は西へ 南や北と彷徨ひていつかは廻り近江路や 美濃尾張さへ定めなく神の恵を遠江 祈り駿河の富士の山木花姫の御神に 願ひ掛巻く甲斐ありて嬉しき逢瀬を三保の浜 浦凪ぎ渡る羽衣の松の響も爽かに 風のまにまに流れ行く此世を救ふ生神の 貴の御楯と選まれし神の任しの宣伝使 千変万化に身を窶し百の艱難を身に受けて 世人を救ふ真心の凝り固まりし夫婦仲 鷹鳥山の頂に黄金の光を放ちつつ 衆生済度の御誓ひ天国浄土の基礎を 堅磐常磐に固めむと治まる御代をみろくの世 国治立大神や豊国姫大御神 神素盞嗚大神の三つの御霊の神勅 項にうけて世を開く心の色も若彦の 夫の命は今何処折角会ひは会ひながら 人目の関に隔てられ其声さへも碌々に 聞きも得ざりし玉能姫果敢なき夢路を辿りつつ 生田の森の吾思ひ稚姫君の御霊 堅磐常磐に鎮まりて再び神代を立直し 四方の天地神人を救はせ給ふ経綸地 守るも嬉しき吾身魂行末こそは楽しけれ あゝ吾夫よ若彦よ妾がひそむ此庵 遥々訪ね来ります清き尊き御心 仇に帰せし胸の裡うまらに細さに酌み取りて 必ず恨ませ給ふまじ此世を救ふ生神の 在れます限り汝と吾は又もや何時か相生の 松の緑の常久に霜を戴く世ありとも 相互に昔を語りつつ歓ぎ楽しむ事あらむ あゝ惟神々々御霊幸はひましまして 夫と在れます若彦が行末厚く守りませ 吾は女の身なれども神を敬ひ天が下 四方の身魂を慈しむ清き心は束の間も 胸に放さず天地の神に祈りて身の限り 心の限り三五の誠一つを筑紫潟 心の底も不知火の世人は如何に騒ぐとも 只皇神の御為に夫婦心を協せつつ 身は東西に生き別れ如何なる艱難の来るとも 神に任せし汝が命妾も後より大神の 御言のままに白雲の遠き国をば踏み分けて 神の司の宣伝使山野を渉り河を越え 海に浮びつ常世国高砂島の果までも 進みて行かむ惟神御霊幸はひましませよ』 と一絃琴に連れて歌の声諸共に、幽邃に庵の外に響き渡りつつあつた。 杢助は慨歎稍久しうして、力なげに二女が琴を弾ずる其場に現はれ、 杢助『初稚姫様、大変に音色が良くなりましたよ。玉能姫様、貴女の音色も余程宜しいな、稍悲調を帯びて居る様です。何かお心に懸つた事はありませぬか、心の色は直ぐに言霊の上に現はれるものですから』 玉能姫『ハイ、余り神様の思召が有難くて身に沁み渡り、又他人様のお情が胸に応へまして、感謝の涙に咽んで居ました』 杢助『世の中は喜があれば悲がある、悲の後には屹度喜ばしい花が咲くものです。桜の花は此通り夜の嵐に無残に散りましたが、梢に眺めた花よりも斯う一面庭の面に散り敷く美しさは又一入ですな。人間は何事も神様の御心に任すより外に途はありませぬ。如何なる艱難辛苦に遭遇するとも悔むものでは決してありませぬ。私も一人の妻に死別れ、一度は悲しき鰥鳥の幼児を抱へて浮世の無常を感じましたが「イヤ待て暫時、斯くなり行くも人間業ではない、何か深き思召のある事であらう。死別れた女房は不愍な様だが、大慈大悲の神様は屹度今より以上、結構な処へお助け下さるであらう。あゝ私が悔めば可愛い女房が神の御国へも能う行かず輪廻に迷ひ苦み悶えるであらう。忘れるが何よりだ」と一念発起した上は却て独身の方が結句気楽で宜しい。斯んな事を言ふと「お前さまは無情な夫だ」と心の底で蔑みも笑ひもなさらうが、さてさて何程悔んで見た所で仕方がない。お前さまも人間の身を以て此世に生れ、況して尊き宣伝使に使はれた以上は、世間の凡夫とは事変り、楽しみも一層深い代りに苦しみも亦一層深いでせう。其苦しみが神様の恵の鞭だ。何事があつても決して心配はなされますなや』 と口には元気に言へど、何となく玉能姫が心も推量り、同情の涙の色が声に現はれて居た。 玉能姫『何から何まで、御親切に有難う御座います。我々夫婦の者を立派な神様にしたててやらうと思召し下さいまして、重ね重ねの御心遣ひ、神様の様に存じます』 と琴の手をやめて、両手を膝に置き、俯向きて涙を隠す愛憐しさ。初稚姫は愛らしき唇を開き、 初稚姫『神が表に現はれて善と悪とを立別ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 只何事も人の世は尊き神の御前に 魂の限りを捧げつつ誠一つの言霊を 朝な夕なに怠らず讃へまつれよ惟神 御霊幸はひましまして天が下なる悉は 余さず残さず皇神の心のままに幸はひて 安きに救ひ給ふべし神は吾等と倶にあり 神は吾等と倶にあり神の御水火を杖となし 誠の道を力とし荒浪猛る海原も 虎伏す野辺も矗々と何の艱もあら尊と 勝利の都へ達すべし賞めよ讃へよ神の恩 尽せよ竭せ神の道尽せよ竭せ人の道 人は神の子神の宮人は神の子神の宮』 と歌ひ終つて又もや一絃琴を手にし、心地好げに微笑を浮べて居る。 俄に窓の外騒がしく十数人の足音、バタバタと聞えて来た。折柄昇る月影に顔は確と分らねど人影の蠢めく姿、手にとる如く三人の目に入つた。見れば大喧嘩である。一人の男を引縛り、杢助が庵の窓前に運び来り、寄つて集つて拳骨の雨を降らして居る。 甲『ヤイ、往生いたしたか、吾々バラモン教の信徒を悪神扱ひしやがつて、鷹鳥山に巣を構へ、貴様の女房の玉能姫に魔術を使はせ此方を清泉の真中へ放り込み、身体に沢山の手疵を負はせやがつた、其返報がへしだ。サア、もう斯うなつては此方のもの、息の根を止めて十万億土の旅立さしてやらう。こりや若彦、能うのめのめと生田の森まで彷徨うて来よつたなア』 と又もや鉄拳の雨を所構はず降らして居る。 現在眼の前に夫が打擲されて居る実況を見たる玉能姫の心は張り裂ける如く、仮令天地の法則を破るとも、飛びかかつて悪者に一太刀なりと酬いたきは山々なれど、泰然自若たる杢助に心惹かれ、苦しき胸を抱き平気を装うて居る。 杢助『玉能姫さま、何と面白い事が出来ましたな。坐ながらにして窓の内から活劇を見せて貰ひました。これも有難き思召でせう。サア早く神様に感謝の祝詞を奏上なさいませ。私はゆつくりと此活劇を見物致しませう。神様が如何しても使はねばならぬ必要の人物と思召したならば、仮令百万の敵が攻め来るとも、如何に鉄拳の雨を蒙るとも、鵜の毛で突いた程の怪我も致しますまい。何処の人かは知らねども、貴女の夫の名によく似た若彦と言ふ男らしう御座います。さてもさても腑甲斐ない男もあつたものだなア。アハヽヽヽヽ』 と作り笑ひに紛らす。玉能姫は心も心ならず、轟く胸を抑へながら静に天津祝詞を奏上し始めた。何となく声は震うて居た。地上に投げられ数多の悪者に苛責まれ居た若彦の身体より、忽ち五色の霊光発射し、ドンと一声、不思議の物音に杢助、玉能姫は窓外を眺むれば、人影は何処へ消えしか跡形もなく、窓近く一つの白狐ノソリノソリと太き尾を下げて森の彼方に進み行く。 杢助『アハヽヽヽ、神様は何処迄も吾々の気をお惹き遊ばすワイ』 玉能姫は両手を合せ、 玉能姫『惟神霊幸倍坐世』 初稚姫『皇大神守り給へ幸へ給へ』 (大正一一・五・二七旧五・一北村隆光録)
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(1900)
霊界物語 26_丑_麻邇宝珠が錦の宮に奉納 15 諭詩の歌 第一五章諭詩の歌〔七八〇〕 高姫、黒姫両人は高山彦と諸共に 神の社を伏し拝み顔赭らめてスゴスゴと 乗り来し船を繋ぎたる磯辺に行きて眺むれば 東の空は茜して浪に閃めく美はしさ 湖水の底に潜みたる竜神様の為す業か 水茎文字の此処彼処アオウエイカコクケキ サソスセシと現はれぬ三人は船に飛び乗りて 艪櫂を操りシヅシヅと浪に浮んで帰り来る 湖水は二つに立別れ現はれ出でし大竜の 姿は殊に厳めしく黄金の鱗に太刀の膚 雲を起して大空に忽ち昇る凄じさ 三人は空を打ち仰ぎ眺むる間に大竜の 姿は直に雲と消え涼しき風の共響き 幽遠微妙の音楽は何処ともなく聞え来る 四辺は忽ち芳香に包まれ心は清々と 甦りたる思ひして船を進むる折柄に ヒラリヒラリと蓮花雪の如くに降り来り 三人が船に堆高く積り積ると見る間に 蓮の花は何時しかに姿変じて美はしき 平和の女神となり了へぬ三人はここに合掌し 欣求浄土の弥陀如来弥勒菩薩の来迎か 木花姫の出現か但は竜宮の乙姫か 崇高き姿と村肝の心の底より恭敬し 思はず頭を下げつれば女神は言葉淑やかに 三人に向つてさやさやと神勅を伝へ給ひけり。 ○ 天教山に永久に千木高知りて鎮まれる 我は木花姫神汝は高姫、黒姫か 高山彦よよつく聞け神が表に現はれて 善と悪とを立別ける此世を造りし神直日 心も広き大直日只何事も人の世は 直日に見直し聞直し身の過ちは宣り直せ 神は汝と倶にあり神の分霊を享けながら 小さき欲にからまれて在処も知れぬ玉探し 玉を探すは良けれども天地の神の賜ひたる 汝が霊魂を何時しかに八十の枉津に抜きとられ 見るも穢き醜魂とスリ変へられて居ながらも 誠の霊を他所にして形の玉に目も眩み 遠き海原乗りきりて彷徨ひ廻る憐れさよ 汝高姫、黒姫よ高山彦よ今よりは 生れ赤子の魂に研き返して三五の 神の教をよく悟り天地に轟く言霊の 貴の宝を身に持ちて天地百の神等や 百千万の民草を安きに導き救はむと 神より出でし神霊研き澄まして松の世の 五六七の神業に尽せよや厳の御魂の系統と 心驕れば忽ちに又もや今日の玉騒ぎ 繰返しつつ拭はれぬ恥を掻くのは目のあたり 竜の宮居の乙姫と曲津の神の囁きを 大和魂の生粋と思ひ詰めたる執着の 心の鬼に責められて苦しみ悶ゆる可憐らしさ 木花姫の神言を真に受けて聞くならば 天ケ下には仇もなく枉津の襲ふ術もなし 神は汝と倶にあり神の造りし神の宮 心を正しく清めなば如何でか枉津の潜むべき あゝ惟神々々神の御言を畏みて 一日も早く片時も誠の心に帰れかし 仕組は深し琵琶の湖浪に漂ふ竹生島 神素盞嗚大神の肉の御宮より生れませる 神徳高き英子姫万代祝ふ亀彦の 三五教の宣伝使竹生の島にましませど 汝が身の心闇くして其御舎も得知らず やみやみ帰る哀れさよあゝ惟神々々 尊き神の御言もて木花姫が今此処に 汝が身の上憐れみつ天と地との道理を 完全に詳細に説き諭す朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 我言の葉は変らまじ三千世界の梅の花 一度に開く言霊の清きは神の心なり 清きは神の心なり瑞の御霊の永久に 鎮まりいます神島に神の縁に繋がれて 詣で来れる三人連れ汝が望みし三つの玉 神の仕組で永久に匿されあれば今よりは 心の底より諦めて玉に魂をば抜かれなよ 汝が身の此処に来りしは国依別や秋彦の 魂に憑りし天狗の業にはあらじ皇神の 尊き珍の御仕組心を平らに安らかに 綾の高天にたち帰り悔い改めて真心の 証をなせよ三身魂三五の月の輝きて 錦の宮の棟高くきらめき渡る十曜の紋 神の光と拝みて心を乱す事勿れ あゝ惟神々々御霊幸はへましませと 雲霧わけて大空に何時しか貴の神姿は 消えさせ給ひし訝かしさあゝ惟神々々 御霊幸はへましませよ。 ○ 転迷開悟の蓮花天教山をたち出でて 三人の心を照らさむと木花姫の御神が 心を籠めし御教も執着心の雲深く 容易に晴れぬ高姫は木花姫が何偉い 日の出神や竜宮の乙姫さまに比ぶれば 物の数にも当らないお釈迦に経を説く様な 矛盾だらけの宣言を他人は知らねど高姫は 如何して之が聞かれうか馬鹿になさるも程がある 木花姫の御言葉を今に至つて聞く様な 優しい身魂の高姫と思召すかや情ない 変性男子の系統ぢや日の出神を何処迄も 金輪奈落の底深く信じ奉つた高姫は そんなヘドロイ霊でない金剛不壊の如意宝珠 何処に匿しありとても探し当てずに措くものか 木花姫の男女郎富士の山から飛んで来て 三人の者にツベコベと訳の分らぬ事吐き 雲を霞と逃げ去つた其醜態さはなかなかに 見るも憐れな次第なり黒姫さまよ高山彦の 長い頭の福禄寿さまこの様な事に肝潰し 心を変へちやならないぞトコトン迄も耐りつめ 変性男子の系統が日の出神と諸共に 天晴れ表になる迄は私の側を離れなよ 高姫司のへらず口聞き度うないかは知らねども 袖振り合ふも多生の縁躓く石も縁の端 同じ教の友舟に乗つた以上は波も立つ レコード破りの風も吹く間にや暗礁に突きあたる 時には沈没逃れないそれが恐くて三五の 神の教が開けよか臆病風に誘はれて 腰を抜かしちやならないよ心の弱い黒姫や 高山彦の友舟はなんだかちつとも気乗りせぬ 比叡山颪に吹かれつつ伊吹の山を仰ぎ見て 荒波猛る湖面を渡つて帰る勇ましさ 仮令何事あらうとも日の出神の生宮が 此世にあれます其限り鬼が出ようとも大丈夫 鬼に鉄棒大船に乗り込む様な心地して 跟いて御座れよ何処迄も今は言依別神 有象無象に抱へられ翔つ鳥さへも落す様な 偉い勢であるなれど驕る平家は久しうない 桜の花は何時までも梢に留まるもので無い 一度嵐が吹いたなら落花狼藉花莚 見上げた人の足許に踏み蹂られて亡び行く 此処の道理を弁へて今は冬木の吾なれど 軈て花咲く春が来る私の出世を楽しみに 真心尽して来るならば仇には捨てぬ高姫が 肝腎要の片腕と屹度重く使ひます 何と言うても系統ぢや高姫さまには叶はない 是程見易い道理が賢いお前に何として 分つて来ぬのか妾や不思議神の奥には奥がある 其又奥には奥がある十五の空には片割れの 月は如何して出るものか世間の亡者は種々と 理屈ばかりを言ふけれど三五の月の神教は 日の出神の生宮を抜いたら片割れ月ぢやぞえ 雲に深くも包まれて其半分はここにある 片割れ月を喜んで言依別を始めとし 杢助親娘や玉能姫国依別や秋彦の 訳の分らぬ幹部連今に高姫帰りなば ビツクリ仰天尻餅を搗いてアフンとするであらう 必ず気をば腐らさず夫婦仲良く手を曳いて 竜宮さまの生宮とそれが違ふが違ふまいが 初めの言葉を立て通し途中で屁太つちやなりませぬ 高山さまは立派なる男の癖に又しても 弱音を吹いて高姫の心を曇らす弱い人 黒姫さまも是からはヘイヘイハイハイ何事も 親爺の言葉に従はずちつとは意見をなさいませ あまり男を大切に思ひ過ごして神の道 チト疎かになりかけた此高姫が見て居れば 真に目倦い事ばかり終にや歯痒うなつて来る 女房の決心一つにて男は如何でもなるものだ 甘い顔して見せる故高山さまが駄々捏ねて 高姫までも困らせるチツトはお気を付けなされ チツトやソツトで神の道さう易々と行くものか 日の出神が気を付ける妾の意見と茄子の花は 千に一つもあだはないあだに聞いてはなりませぬ 七重や八重や九重と花は匂へど山吹の 結実の致さぬあだ花に現を抜かして言依別の ハイカラ命の花心盛り短いあだ花に 心移しちやなりませぬ苦労の長い梅の花 冬の寒さを能く忍び雪の晨や霜の宵 堪へ忍んで春を待ち万の花に魁て 匂ひ出でたる花の香は天より高い高姫の 言葉の花に如くはない黒姫さまよ高山の 峰に咲いたる松の花手折る由なき高望み スツパリやめて高姫の日の出神の生宮に 心を委ね身を任せ昨夜の様な馬鹿な事 決して言ふちやなりませぬ三歳児に説教する様な 気分が致して頼りない頼りに思うた黒姫や 高山彦の弱腰に妾も一寸泡吹いた 幸ひ此処は湖の上四辺に人の居らざるを 見すまし誠を説いて置くあゝ惟神々々 御霊幸はへましませよ。 漸くにして船は大津辺に安着した。アール、エースの二人は高山彦の帰り来るを今や遅しと湖辺を眺めて待ち倦みつつあつた。 アール、エースの両人は永らく湖辺に待たされて 高山彦のお帰りを頸を伸ばして待ち居たる そこへ荒浪乗り切りつ恐い顔した高姫が 漸う此処に帰り来るアール、エースの両人は 直ちに側に走り寄り高姫様かお目出度う 金剛不壊の如意宝珠何処に置いて御座りますか 根つから其処等に影もない大方貴女はお宝を 丸呑みしたのに違ひない道理でお腹が膨れてる サアサア早く帰りませう私も永らく待ち佗びた 黒姫さまは黄金の尊い玉を手に入れて 何処へお匿し遊ばした高山さまも紫の 玉を首尾よう手に入れてお帰りましたでありませう サアサア一同打ち揃ひ逢坂山を乗り越えて 淀の川瀬を川上り嵐の山や保津の谷 神の御稜威も大井川観音峠を乗り越えて 聖地を指して帰りませうあゝ惟神々々 神の御霊の幸はひてこんな嬉しい事はない 高山さまのお供して跟いて参つた其酬い 私の肩まで広うなるアール、エースの両人は 綾の高天に馳せ上り日の出神のお脇立 立派な神と謳はれて聖地の花と咲き匂ふ 思へば思へば有難し忝なしと伏し拝む 其有様の可憐しさ高姫答ふる言葉なく 黙然として居たりしが黒姫忽ちシヤシヤり出で お前はアール、エースさま神の奥には奥がある お前の知つた事ぢやない構ひ立てをばして呉れな 由縁を言うては居られない執拗う言へば腹が立つ 言はぬは言ふに弥勝る物は言ふまい物言うた故に 父は長良の人柱雉子も鳴かねば撃たれまい お前はお黙り居りなさい神が表に現はれて 善と悪とを立て別ける此世を造りし神直日 心も広き大直日只何事も黒姫が 羽織の紐ぢや胸にある何にも言はずについて来い あゝ惟神々々御霊幸はへましませよ。 ○ 浪に浮べる竹生島神素盞嗚大神の 隠れ給ひし仮館守り給へる英子姫 三五教の神司亀彦諸共弁天の 神の社に拝礼し綾の聖地に向はむと 艪櫂を操る舟の上伊吹颪に吹かれつつ 心は高天原に沖の島左手に眺めて漕ぎ渡る 琵琶の湖水の浪高く風は俄に吹き荒び 御舟は将に覆らむとする時忽ち天空を 照らして下る一団の火光は美々しき神となり 二人が舟に現はれて声朗かに言霊を 宣らせ給へばアラ不思議波は忽ち凪ぎ渡り 荒風俄に鎮まりて鏡の如き湖の面 辷り行くこそ勇ましき今現はれし神人は 日の出神の御化身大津の浜に着くや否 烟の如く消え給ひ何処ともなく帰ります 英子の姫は伏し拝み神の恵を感謝しつ 亀彦伴ひ唐崎の松に名残を惜みつつ 清き神代を三井の寺五六七の神に逢坂の 関路を越えて大谷や伏見、桃山何時しかに 後に眺めて進み行く花の都の傍辺 浮名を流せし桂川二人の身魂も堅木原 足に穿てる沓掛の関所を越えて大枝山 子安の地蔵を右に見て罪も穢も梨の木の 峠を下り三間坂夜は明けはなれ明けれど 名は暗の宮越えて青草茂る篠村や 広道、馬堀、柏原高熊山の霊山を 左手に眺めてシトシトと大井の流れに沿ひながら 羽は無けれど鳥羽の駅流れも清き室河原 小山、松原早越えて花の園部や小麦山 三十三相名に負ひし観音峠の頂上に 息を休めて二人連れ須知、蒲生野や檜山 神に由縁の三の宮榎枯木の峠越え 大原、台頭、須知山の谷道下り漸々に 風光絶佳の並松に二人は目出度く着きにけり 流れも清き小雲川並木の老松色深く 水に影をば映しつつ松の梢に魚躍る 綾の大橋右に見て愈聖地に着きにけり あゝ惟神々々御霊幸はへましませよ。 (大正一一・七・一九旧閏五・二五北村隆光録)
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霊界物語 28_卯_台湾物語(日楯と月鉾) 21 喰へぬ女 第二一章喰へぬ女〔八二一〕 タルチールの船長室には、言依別命、国依別三人鼎座して、神界の経綸談に就いて、熱心に意見を戦はして居た。 船長『只今三五教の宣伝使高姫と申す者、甲板上にて、取りとめもなき事を申して居りましたが、如何にも教主様の御言葉の通り、執着心の深い偏狭な人物ですなア。何とかして彼を救うてやる訳には参りませぬか。何でもあなた様を非常に恨み且つ疑ひ、麻邇の宝珠を御両人が懐中にして、高砂島へ逃げたに違ひないから、どこまでも追つかけて取返さなならぬと、それはそれは大変な逆上方で御座いましたよ。あなたも良い加減に実を吐いて、あの高姫を安心さしておやりになつたら如何でせう』 言依別『麻邇宝珠の替玉事件は全く大神様の御経綸に出でさせられたものでありまして、吾々としては其一切を高姫に対し、明示することは出来ない事になつて居ります。又高姫は吾々の申すことは決して信ずる者ではありませぬ。何程誠の事を言ひ聞かしましても、心の底からひがみ切つて居りますから、到底本当には致しませぬ。どうも困つたものです』 船長『あなたで可かなければ、国依別様を通してお示しになつたら如何ですか』 言依別『到底物になりませぬ。国依別は随分高姫に対し、幾回となくからかひ、且つ玉の所在を知らせて失敗をさせた事がありますから、なほなほ聞く道理は御座いませぬ』 船長『其玉は一体如何なつてゐるのですか』 言依『何人にも口外することは出来ないのですが、あなたに限つて他言をして下さらねば申上げませう。如意宝珠の天火水地の宝玉は、自転倒島の中心地、冠島、沓島に大切に隠してあります。それを高姫が、吾々が持逃したものと思ひ、私の後を追うて此処までやつて来たのでせう。御存じの通り吾々両人は玉などは一個も所持してはゐませぬでせう』 船長『仰せの通り何も御持ちになつて居られませぬ。一層の事、高姫に直接御会ひになつて、これ此通り、吾々は玉なんか持つてゐない、と御示しになつたら如何でせう』 国依別『それは駄目ですよ。ここに持つてゐなくても、どつかに隠したのだらうと、どこどこ迄も疑つて、尚更手きびしき脅迫を致しますから、自然に気のつく迄棄てておく方が利益だと思ひます』 言依『吾々両人が何程誠を申しても、高姫に限つて信用してくれませぬから、あなた、誠に御苦労をかけますが、高姫をソツと何処かへ御招きになつて、高砂島には決して玉なんか隠してない、自転倒島を探せよ……と云つて貰つた方が、却て信用するかも知れませぬ。下らぬことに無駄骨折らすも、可哀相でたまりませぬから……実の所は其玉は高姫に探させ今迄の失敗を回復し、天晴れ聖地の神司として恥かしくない様にしてやりたいとの、神素盞嗚大神の思召に依り言依別が持逃したことに致し、私は犠牲となつて聖地を離れ、これより高砂島、常世国を宣伝し、遂にフサの国ウブスナ山脈の斎苑の館に参り、コーカス山に至る計画で御座います。どうぞあなたより、高姫に対して、無駄骨を折らない様に能く諭して下さいませぬか』 船長『ハイ、私もあなたより宣伝使の職を命ぜられたる上は、高姫さまに対し、宣伝の初陣を試みませう。もしも不成功に終つたならば、宣伝使を辞職せねばなりませぬか』 言依『そんな心配は御無用です。成るも成らぬも惟神ですから、成否を度外に置いて、一つ掛合つて見て下さい』 船長『ハイ左様ならば、一つ初陣をやつて見ませう』 茲に船長は、高姫を吾一室に招き、私かに高姫に向つて注意を与ふる事とした。 船長は繁忙なる事務を繰合せ、真心より顔色を和げ、言葉もしとやかに高姫に向つて話しかけた。 船長『高姫さま、先程は、誠に尊き御身の上とも知らず御無礼を致しました。今更めて御詫をいたします』 高姫『お前は高島丸の船長、それ位なことが気がつかねばならぬ筈だ。何故に今迄此日の出神の生宮が分らぬのだらうかと、実は不思議でたまらなかつた。併し賢明なるお前、滅多に分らぬ筈がないのだが、つまりお前にバラモン教の悪神が憑依してゐて、あのような下らぬ事を云はしたのですよ。日の出神がチヤンと一目睨んだら能う分つてゐます。流石の曲津神も、日の出神の威勢に恐れて、波を渡つて逃て了ひよつたのです。今のお前の顔と、最前の顔とは丸で閻魔と地蔵程違つてゐます。あなたも之れから此高姫の教を聞いて、三五教の信者におなりになさつたら、益々御神徳が現はれて立派な人格者におなり遊ばし、これから先、高砂島の国王にもなれまいものでも御座いませぬ。同じ一生を暮すなら、船頭になつて、日蔭者で了るよりも、チツとは気苦労もあれど、あの広い高砂島の国王になつて、名を万世に轟かしなさるが、何程結構ぢや分りますまい』 船長『ハイ有難う、私は御察しの通りバラモン教の信者で御座います』 とワザと空呆けて、言依別命より宣伝使の職名を与へられたことを絶対に包みかくしてゐる。 高姫『バラモン教なんて駄目ですよ。あんな邪教に首を突込んで何になりますか。あなたも立派な十人並秀れた男と生れ乍ら、その様な教にお這入りなさるとは、チト権衡がとれませぬ。早く三五教にお這入りなさい。キツと御出世が出来ますぞえ』 船長『私は国王なんかにならうとは夢にも思ひませぬ。船長は船長として最善の努力を尽し、吾使命を完全に遂行すれば、これに勝つた喜びはありませぬ、又三五教とか、バラモン教とか云ふやうな雅号に囚はれてゐては、本当の真理は分りますまい。雨霰雪や氷とへだつ共、おつれば同じ谷川の水……とやら、大海は細流を選ばずとか云つて、真理の光明は左様な区別や雅号に関係なく皎々と輝いて居ります。善とか、悪とか、三五とか、バラモンとかに囚はれて宗派心を極端に発揮してゐる間は、却て其教を狭め、其光を隠し、自ら獅子身中の虫となるものです。三五教は諸教大統一の大光明だとか聞いて居りました。然るに貴女は世界を輝きわたす三五教の宣伝使の中でも、一粒よりの系統の御身魂而も日の出神さまの生宮であり乍ら、偏狭な宗派心に駆られて他教を研究もせず、只一口に排斥し去らうとなさるのはチツと無謀ではありませぬか。猪を追ふ猟師は山を見ず……井中の蛙大海を知らず……富士へ来て富士を尋ねつ富士詣で……とか云ふ諺の通り、余り区別された一つの物に熱中すると、誠の本体を掴むことは出来ますまい。如何がなもので厶いませうか。併し私は未だバラモン教の教を全部究めたと云ふのでは厶いませぬ。未成品的信者の身分を以て、錚々たる宣伝使の貴女に斯様なことを申上ぐるは、恰も釈迦に向つて経文を説き、幼稚園に通ふ凸坊が大学の教頭に向つて教鞭を執る様な矛盾かは存じませぬ。どうぞ不都合な点は宜しく御諭し下さいまして御訂正を御願ひ致します』 と極めて円滑に言依別仕込みの雄弁を揮ひ、下から低う出て、高姫の心を改めしめむと努めて居る。 高姫『何とお前さまはお口の達者な方ですなア。丁度三五教にもあなたの様なことを申す、ドハイカラが厶いますワイ。其ドハイカラが而も教主となつてゐるのですから、幽玄微妙なる神界の御仕組を、智慧学や理屈で探らうと致すから、何時も細引の褌であちらへ外れ、こちらへ外れ、一つも成就は致しはせぬぞよと、変性男子のお筆に出てをる通り、失敗だらけになつて了らねばなりませぬぞや。お前もそんな小理屈を云はないやうになつたら、それこそ誠の信者ですよ。ツベコベと善悪の批評をしたり、日の出神の生宮に意見をするやうな慢神心では、誠の正真は分りませぬぞえ。智慧と学と理屈と嘘とで固めた世の中の身魂が、変性女子の言依別に映写して居る様に、お前も人間としては、実に立派なお方だが、神の方から見れば、丸で赤ん坊のやうな事を仰有る。人間の理解力で、如何して神界の真相が分りますか。妾の様に生れ赤子のうぶの心になつて、神さまの仰有る通りに致さねば、三五教の一厘の御仕組は到底分りはしませぬぞや』 船長『成程、言依別さまに……ウン……オツとドツコイ言依別さまと云ふ方は、私の様な理屈言ひで御座いますか。さぞお道の為にお困りでせうなア』 高姫『さうです共、言依別は有名な新しがりで、ドハイカラで、仕舞の果には大それた麻邇の玉迄チヨロまかし、今頃は高砂島で何か一つ謀叛を企んでゐるに違ひありませぬ。それだから言依別の思惑がチツとでも立たうものなら、それこそ世界は暗雲になつて了ひ、再び天の岩戸をしめねばなりませぬから、日の出神が活動して、言依別のなす事、一から十迄、百から千まで、茶々を入れて邪魔をしてやらねば世界の人民が助かりませぬ。ホンにホンに神界の御用位気の揉めたものは御座いませぬワイ』 船長『あなたは日の出神の生宮だと仰有いましたが、世界のことは居乍らにして、曽富登の神のやうに、天が下のことは悉くお知りで御座いませうなア』 高姫『三千世界のことなら、何なつと聞いて下され。昔の世の初まりの根本の、大先祖の因縁性来から、先の世のまだ先の世の事から、鏡にかけた様にハツキリと知らしてあげませう』 船長『さうすると、貴女の天眼通力で言依別命、国依別のお二方は今何処に御座ると云ふ事は御存じでせうなア』 高姫『ヘン、阿呆らしい事を仰有るな。モツトらしい事を御尋ねなされ。言依別は今テルの都に、国依別と二人、何か大それた謀叛を企んで、四つの玉を飾り、山子を始めて居りますよ』 船長『あゝ左様で御座いますか。実に日の出神様と云ふお方は偉いお方で御座いますなア。ソンならこれからテルの都へ私を連れて行つて下さいませ。そして、言依別命様に御会ひ申して、あなたの教を以て御意見を致して見ませう。キツト、テルの都に御座るに間違はありませぬなア』 高姫『神の言葉に二言ありませぬ。今日只今の所は、テルの都に居りますが、此船が向うにつく時分には又、向うも歩きますから、テルの都には居りますまい。こちらが歩く丈、向うも歩きますから、今どこに居ると云つた所で、会ふことは出来ませぬよ』 船長『そんなら神様の御神力で、言依別さまを、テルの都を御立ちなさらぬ様に守つて頂くことは出来ますまいか』 高姫『その位なことは、屁の御茶でもありませぬが、言依別は妾の嫌ひなドハイカラで厶いますから、どうも妾の霊が感じにくいので気分が悪うてなりませぬから、言依別や国依別に対しては例外と思うて下さいませ。あゝモウ此事は言つて下さいますな、胸が悪うなつて来ました。オツホヽヽヽ』 船長『あゝそれで分りました。言依別の教主に関する事は御気分が悪くなつて、身魂がお曇り遊ばし、何事も御分り憎いと仰有るのでせう。実の所は此少し前、私の船に図らずも、言依別さま、国依別さまが乗つて下さいまして、仰有るのには、実は此通り立派な麻邇の玉を四つ迄聖地から持出して来たが、どうも高姫と云ふ奴、執念深く附け狙ふので、高砂島へ往つても又追かけて来るだらうから、ヤツパリ自転倒島の冠島沓島へ隠しておかうと、慌だしく私の船から他の船へ乗替へ自転倒島へ引返されましたよ。キツと其処に隠してあるに違ありませぬぜ。お前さまも其玉を探す積りならば、高砂島へ御出でになつても駄目ですよ。それはそれは美しい、青赤白黄の四つの立派な、喉のかわく様な宝玉でした』 高姫『エヽ何と仰有る。言依別にお会ひになりましたか。そして本当に玉を持つてゐましたか』 船長『それはそれは立派な物でしたよ。現に此船に乗つてゐられたのですもの、モウ今頃は余程遠く台湾島附近を航海して居られるでせう』 高姫暫く首をかたげ、思案にくれてゐたが、俄に体をビリビリと振はし、 高姫『船長さま、あなた言依別に幾ら貰ひましたか。コン丈ですか』 と五本の指を出して見せる。 船長『言依別さまに別に口止め料を貰ふ必要もなし、只実地目撃した丈の事を、お前さまに親切上御知らせした迄の事だ。貰うのなら高姫さまから貰ふべきものだよ』 高姫は船長の顔を穴のあく程眺め、いやらしき笑を浮かべ乍ら、 高姫『何とマア悪神の仕組は、どこから何処まで、能う行届いたものだなア。言依別が自転倒島へ帰つたと見せかけ、外の船に乗替へ、キツと高砂島に渡つたに相違ない、どうも高姫の天眼通には彷彿として見えてゐる。……コレ船頭さま、イヽ加減になぶつておきなさい。外の者ならいざ知らず、日の出神の生宮がさう易々とチヨロまかされるものですかいな。そんなアザとい事を仰有ると、人が馬鹿に致しますで、ホヽヽヽヽ』 と首を肩の中に埋めて、頤をしやくり乍ら、両手を垂直に下げ、十本の指をパツと開いて腰を前後に揺り乍ら笑うて見せた。 船長『高姫さま、マアゆるりと貴女の御席へ帰つて休息して下さい。又後程ゆるゆると御話を承りませう』 高姫は舌を巻出し、目をキヨロツと剥いて、 高姫『ハーイ』 と云つた限り、チヨコチヨコ走りに船長室を出でて行く。 (大正一一・八・一〇旧六・一八松村真澄録)
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(1975)
霊界物語 29_辰_南米物語1 鷹依姫と高姫の旅 20 道すがら 第二〇章道すがら〔八四二〕 大き正しき聖の世十一年の夏の末 八月三日に聖地をば出口の王仁や松村氏(出口王仁・松村真澄) 佐賀の伊佐男の三人は厳と瑞との機を織る(佐賀伊佐男) 伊豆の霊の杉山氏一行四人と諸共に(杉山当一) 夕日を浴びて汽車の窓本宮山や小雲川 左右に眺めて上り行く山家の駅や和知の駅(和知) 神の仕組を細胡麻と説き明かしつつ木の花の(胡麻) 一度に開く此仕組花の園部や小麦山(園部) いつしか八木の関越えて万世祝ふ亀岡の(八木・亀岡) 瑞祥会の役員に見送られつつ谷間の 岩石穿つトンネルを七八つ越えて嵐山(嵐山) 花園、二条、丹波口京都の駅に着きにける。(花園・二条・丹波口) 急行列車に身を任せ神の恵に逢阪の(逢阪) 関路をわたる夜の内人も大津の夏の旅(大津) 琵琶の湖水を眺めつついづの御霊の現はれし(琵琶) 由緒の深き彦根城米原駅を乗越えて(米原) 昇降客も大垣や岐阜々々つまる汽車の中(大垣・岐阜) 名古屋豊橋浜松と浜辺の駅に停車しつ(名古屋・豊橋・浜松) わだちの音も静岡の数多の信者に迎へられ 沼津の駅に着きにける。伊豆の身魂の人々に(沼津) 自動車持ちて迎へられ軌を連ねて桃源の 里の名を負ふ桃の郷眺めも清き江の浦や(桃源・江ノ浦) 口野の村の天皇山斎きまつれる皇神の(口野・天皇山) 祠に一同参拝し天津祝詞を宣り終へて 社前の雑草抜き取りつ遥に霞む富士の山 清き眺めを賞め乍ら鰐の島をば前に見て 再び車の客となり北条、南条束の間に(北条・南条) 矢を射る如く田京村心地も吉田の造酒店(田京・吉田) 杉原方にと安着し茲に車を乗捨てて(杉原) 汗を入れつつ半日の楽しき休養取り乍ら 再び車の人となり迎ひの数も大仁や(大仁) 横瀬に立野黒い影鮎かけ人も大平(横瀬・立野・大平) 針にかかるを松ケ瀬や神の出口の里越えて(松ケ瀬・出口) 梅はなけれど月が瀬の空に輝く十一夜 門野ケ原を乗越えて待ちに待ちたる湯ケ島の(門野ケ原・湯ケ島) 安藤旅館温泉場狩野の激流音高く(安藤唯夫) 谷口清く涼風満ち夏を忘るる計り也(谷口清水) アヽ惟神々々御霊幸はひましまして 温泉の伊佐男に身を浄め明くれば旧の十二日 杉原氏より送られし安楽椅子に横はり 奇き神代の物語いよいよ二十八の巻 言霊車乗り出せば万年筆を携へて 手具脛引いて松村氏心真澄のすがすがと 一々茲に書きとめる神代を松村、杉山氏 三千世界を当一の珍の神風福井氏(福井精平) 我精魂も平かに筆の林の影うつす(林波) 硯の海も波静か青木が原に現れませる 厳の御霊の大御神久二常立の御教を(青木久二) 浅な夕なに田づねつつ清く正しく澄み昇る(浅田正英) 日の出神や木の花の珍の英芳ばしく 詔る言霊も漸くに安藤の胸を撫で降し 唯夫も白く語り出す台湾島の物語 日月潭の霊境も早杉原や小松原 花佐久野辺を後にして教を照らす瑞月が(杉原佐久) 三五教の宣伝使高姫、常彦、春彦が 高島丸に助けられテルの港に上陸し 鏡の池に立寄りて月照彦大神に 百の戒め与へられ生命カラガラアリナ山 櫟ケ原に立向ひ天教山の御神霊 日の出姫の計らひに心の暗も晴れ渡り 開悟の花にみたされてアルゼンチンの極東の アルの港に到着しカーリン丸に身を托し やうやうゼムの港まで高姫一行ヨブ一人 天祥山に詣でむとゼムの街道辿る折 マール、ボールの両人に茲に端なく巡り会ひ 鷹依姫や竜国別の教司の消息を 探りてここを出立し山を乗越え川渡り 日数を重ねてブラジルのチンの港に安着し 又もや船に帆をあげてアマゾン河を溯り モールバンドの巣ぐひたる玉の森林指して行く 高姫冒険物語八岐の大蛇も影隠し 世は太平の松の御代恵の風も福三郎(平松福三郎) 壬戌の秋の野辺豊に稔り米倉に(米倉嘉兵衛) 道治まりし聖の世今から嘉言ぎ奉り 神の兵士に衛られて二十九巻の物語 ここにいよいよ述べ終る豊葦原の中津国(中村純也) さやる村雲晴れわたり空も純也の信徒が 東の国より遥々と訪ね来れる雄々しさよ あゝ惟神々々神の御霊を蒙ぶりて 心も清き神人や信徒等に守られて 霊物語述べ終る。 (大正一一・八・一三旧六・二一松村真澄録) (昭和一〇・六・八王仁校正) 名に高き地名人名読み込みて この巻末を飾る旅かな
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(2008)
霊界物語 31_午_南米物語3 国依別の旅 序歌 序歌 綾部の聖地を後にして(綾部)吾家を伊豆の温泉場 幽邃閑雅の山家村(山家)狩野の流れに臨みたる 湯ケ島温泉湯本館何に利く加和知らね共(和知) 一度は来たれと信徒が送る玉章細胡麻と(胡麻) 見るも嬉しき吾思ひ教主殿をば田ち出でて(殿田) 松村真澄、佐賀伊佐男園ほか一部の伊豆信者(園部) 杉山当一林弥生八木つく様な夏空を(八木) 静かに進む汽車の上寿も長き亀岡の(亀岡) 瑞祥祝ふこの旅行嵯峨しあてたる好避暑地(嵯峨) 言葉の花や教の園を(花園)二人の幹部と諸共に 只一と条に勇み行く(二条) ○ 丹波綾部に名も高き出口の神の御教を(丹波口) 京都、大阪、東京の(京都)三大都市を始めとし 山科里に至るまで(山科)皇大神の大道を 津多へ拡むる神司(大津)堅き心は石山の(石山) 月照り渡る如く也 ○ 青人草を津々がなく(草津)守りたまへと祈りつつ(守山) 山野を州々みて篠すすき(野州)露野が原も乗りこえて(篠原) いつかは日の出の神の代に近江の国や八幡宮(近江八幡) 厳の御前にぬかづきて浦安土の心やすく(安土) 守り玉へと太能里登宣る言霊は速川の(能登川) 水瀬の音と聞ゆ也 ○ 稲穂は栄枝て黄金の(稲枝)波漂はす河の瀬や(河瀬) 国の御祖の永遠に守り玉へる豊秋津 根別の国の八百米は高天原に天照らす(米原) 皇大神のみことのり天の下なる人草の 食ひて生くべきものなりとその神勅をひるも夜も 尊み眼も醒ケ井の(醒ケ井)神の恵みに近江路や 御代長かれと祝ふなる亀のよはひの亀岡に(近江長岡) 教の庭を開きつつ打つ柏手の音も清く 高天原と鳴り渡る(柏原)神と鬼との関ケ原(関ケ原) 恵の露も垂井駅(垂井) ○ 世の大本は青垣の(大垣)山をば四方に廻らして 神の鎮まる霊場と数多の人々我一に 先を争ひ木曽川や(木曽川)神の光に仰岐阜し(岐阜) 尾張に近き暗の世を救ひ玉へと真心を 一つに固めて本宮山(尾張一ノ宮)遠き山路も稲みなく いと沢々に寄り来る(稲沢)神の経綸ぞ畏けれ ○ 天の真奈井の枇杷の湖(枇杷島)竹生の島に顕れませる 神の猛びを名古めつつ(名古屋)屋間登御魂の神人が 熱き心を田向け行く(熱田)神徳大くいや高き(大高) 皇大神の生れまして清き神府と定めてし(大府) 世の大元は爰婆刈豊葦原の中国谷(刈谷) 安全地帯ぞ金城と(安城)尊み敬ひ許々太久の 岡せし罪を悔い乍ら御霊崎はへ坐しませと(岡崎) 赤き心のまめ人が幸願ぎ奉り田のむ也(幸田) ○ 蒲の乱れの郡集を(蒲郡)皇大神の御仁慈の 清き油を濺がれて(御油)豊に渡る神の橋(豊橋) 二川三河の水清く(二川)小雲の川や玉水に 身そぎ祓ひて神徳を信徒たちが鷲津神(鷲津) 旧きを捨てず新しく居所を定むる神の町(新居町) 心も勇みて弁天の(弁天島)女神の前に真心を つく島つりし音楽や舞曲も清くさはやかに(舞阪) 御代の阪えむ瑞祥を浜の松風音もなく(浜松) 世は平らけく天竜の勢強く川登り(天竜川) 心の中に霊泉の(中泉)甘露は尽きず湧き出でて 神代を祝ふぞ尊けれ ○ 袋井首に掛川の(袋井・掛川)貧しき人も神の道 悟りて欲を堀ノ内(堀ノ内)誠の教を守りなば 富貴も権威も金谷せぬ(金谷)神の御教を敷島の(島田) 大和心を田鶴ぬれば薫り目出度き白梅の 花藤答枝よ惟神(藤枝)醜の仇草焼鎌の(焼津) 敏がまや津留岐ぬき用て(用宗)宗打ち払ひ静々と 風雨雷電岡しつつ(静岡)誠の道江一散に 尻に帆かけて進み行く(江尻)あゝ惟神々々 御霊幸倍ましませよ ○ 昔の元の大神が現はれまして太元の 救ひの道を興し津々(興津)由比所の深き蒲生の原(由比・蒲原) 開きて根本霊場を岩秀の如く弥固く 淵なす深き経綸を(岩淵)富士の御山のいや高く(富士) 立てて天地の神人が生言霊の鳴り渡る 五十鈴の川の川水に(鈴川)原ひ清めて朝露の(原) 干沼の池に照る津岐の(沼津)影も涼しく神の世を 開き玉ふぞ尊けれ ○ 三月三日の桃の花五月五日の桃実に 比すべき霊界物語故郷の土産と瑞月が(桃郷) 心も清く住の江ノ浦安国の神宝と(江ノ浦) 語る出口野神の教(口野)天皇山に祭りたる(天皇山) 皇大神の御守りを嬉しみ尊み神勅を 北条南条畏みて(北条・南条)田舎男や京わらべ(田京) 遠き耳にも入り易く解き明かしたる神の書 迎への人の親切も酒の泉の吉田郷(吉田) 車を止めて杉原家殊更厚き待遇に 三伏の暑を打忘れ心も深き真清水の 湯槽に浸り汗水を流して西瓜の腹つづみ 誠の信徒も大仁や(大仁)瓜生野の里も打過ぎて(瓜生野) 堅と横との五十鈴川(横瀬)言霊車瀬を速み 国常立野大神が(立野・大平)平和の御世を松ケ瀬や(松ケ瀬) 青羽の根配りいや広く(青羽根)茂る稲田の富貴草 出口の王仁の一行は(出口)早くも伊豆に月ケ瀬や(月ケ瀬) 天津御空の神門野開け行くてふ玉の原(門野原) 天の八重雲掻き分けて救ひの神も嵯峨沢の(嵯峨沢) 今日の旅行ぞ楽しけれ木々に囀る蝉の声 市なす山の片ほとり(市山)東西南北風清く(西平) 平和の里と湯ケ島の(湯ケ島)狩野の流れに浴み乍ら 漸く安藤の宅につき(安藤)心よりなるもてなしに 歓び勇み湯浴してまたもや例の物語 口述如来の瑞月が安全椅子によりかかり 浄写菩薩の松村氏腕に撚かけスラスラと 『海洋万里』午の巻いよいよ爰に述べ写す あゝ惟神霊幸倍坐世 『海洋万里』卯の巻四日間、同辰の巻三日、同巳の巻三日、前後合せて十日間。述べつ写しつ、暑さに堪えし休養日を幸ひ、筆のすさびのいと永々と記しおく。 大正十一年八月十七日於湯ケ島温泉口述著者
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(2084)
霊界物語 33_申_玉の御用の完了/高姫と黒姫の過去 20 昔語 第二〇章昔語〔九三五〕 桶伏山の東麓に小雲川を眺めた風景よき黒姫の館には、主人側の黒姫を初めとし、高山彦、東助、高姫、秋彦、友彦、テールス姫、夏彦、佐田彦、お玉、鷹依姫、竜国別の面々が親子対面の祝宴に招かれ静に酒汲み交はし、色々の話に耽つて居る。 高姫『黒姫様、長らく筑紫の島へ御苦労で御座いました。第一の御目的は高山彦様の後を慕つてお出で遊ばしたのだが、何が経綸になるのか分りませぬなア。肝腎の目的物たる高山彦さまは、灯台下は真暗がり、足許の伊勢屋の奥座敷にかくれて居られましたのも御存じなく、御苦労千万にも遥々と波濤を越えてお出で遊ばし、気の毒な事だと思ひましたが、不思議の縁にて、玉治別が貴方のお子様だと云ふ事が分つて参りましたのも、実に不思議の神様のお引合せ、何が御都合になるか分つたものぢや御座いませぬなア』 黒姫『ハイ、本当に嬉しい事で御座います。私の伜がこんな立派な宣伝使になつて居るとは夢にも知りませなんだ。ほんに因縁者の寄り合だと神様が仰有るのは争はれないお示しで御座います……改心致せば御魂だけの御用を指してやる、改心致さねば親子の対面も出来ぬやうになるぞよ……と、お筆に出て居りますが、私は余り身魂の曇りが甚かつたために、今まで吾子に遇ひながら知らずに居りました。こんな嬉しい事は御座いませぬ。年が寄ると何を云うても子が力で御座いますからなア。親子は一世と云つて切つても切れぬ深い縁のあるもので御座います。それにつけても夫婦二世とはよくいつたもの、親子の関係に比ぶれば夫婦の道は随分水臭いもの、少し気にくはぬ事を云つたと仰有つて、高山さまのやうに姿をかくし、女房に甚い心配をさせる夫もありますからなア』 高山彦『モウ、その話は中止を願ひます。一家の政治上の治安妨害になりますから……』 黒姫『ホヽヽヽヽ、何とマア都合のよい事を仰有いますワイ。よい年をして居つて伊勢屋の下女と何とか彼とか……真偽は知りませぬが、私の留守中噂を立てられなさつた好男子だから、本当に水臭いハズバンドだ。アヽ併しもう云ひますまい。立派な伜の前だから恥かしうなつて来ます』 高山彦『お前は実の伜に遇うて嬉しうなつたと見えて俄に燥ぎだし、ハズバンドの私に対して非常に冷やかになつて来たぢやないか。私もかうなつて見ると子が欲しくなつて来た。併し乍らお前のやうな婆では到底子を生むと云ふ望みもなし、もう諦めるより仕方がない。玉治別さまはお前の子だ。そしてお前は私の女房だ。さうすれば私も万更他人ではない。玉治別さまのお世話になるより仕方がないなア。併し乍ら、お前はいつの間に誰と夫婦になつて玉治別さまを生んだのだ。差支なければ皆さまの居られる中だけれど、一つ話して呉れないか』 黒姫は、 黒姫『これも私の罪滅し、恥を曝して罪を神様に取つて貰はねばなりませぬから、懺悔のために申上げます』 と云ひながら一紘琴を引き寄せて歌ひ出したり。 黒姫『ペルシヤの国の柏井の里に名高き人子の司 烏羽玉彦や烏羽玉姫の長女と生れ育ちたる アバズレ娘の黒姫が柏井川にかけ渡す 橋の袂を夕間暮れ一人トボトボ川風に 吹かれて空を打ち仰ぎ天の河原の西東 棚機姫が御姿を仰ぐ折しも向ふより 二八許りの優男粋な浴衣を身に纏ひ ホロ酔機嫌でヒヨロヒヨロと鼻歌謡ひ進み来る 声の音色は鈴虫か松虫、蟋蟀、螽斯 秋の夕べの肌寒き魔風恋風さつと吹き 顔と顔とは相生の実にも気高き男よと 此方に思へば其人も摩擦つ縺れつからみあひ 松と梅との色深く露の契を人知れず 四辺の木蔭に忍び入り暗さは暗し烏羽玉の 星の影さへ封じたる森の木蔭の草の上 白き腕淡雪の若やる胸を素抱きて たたきまながり真玉手玉手さし捲きもも長に 寝る折しも恥かしや忽ち来る人の足音 吾は驚き身を藻掻き恋しき男と右左 あはれや男は何人と尋ぬる間さへ夏の末 果敢なき露の契にて三十五年の昔より 夢や現と日を送り今に夫の行方さへ 知らぬ妾の身のつらさその月よりも身は重く 不思議や妾は懐胎し厳しき父や母上に 何と応へもなきままに暗に紛れて柏井の 父の館を脱け出し赤子を抱へさまざまと 苦労も絶えぬ黒姫が心は忽ち鬼となり 哀れや赤子に富士咲と名をつけ道の四辻に 捨てて木蔭に立ち乍ら如何なる人の御恵に 吾子は拾い上げらるかあはれみ給へ天津神 国津神達国魂の神よ守らせ玉へかしと 心に祈る折柄にカチリカチリと杖の音 子の泣き声を聞きつけていづくの人か知らねども かかるいとしき幼児を此処に捨てしは云ひ知れぬ 深き仔細のあるならむ何は兎もあれ拾ひあげ 救ひやらむと云ひ乍らその旅人は富士咲を 労り抱き懐にかかへて橋を渡り行く 妾は後より伏し拝み拾ひし人の幸福や 捨てた吾子はスクスクと成人なして世の中の 花と謳はれ暮せよと涙と共に立ち別れ 四方を彷徨ふ折柄に又もや父に廻り合ひ 再び吾家に立ち帰り厳しき父母の膝下で 月日を送る十年振り捨てた吾子が苦になつて 朝な夕なに気を焦ち案じ過ごせど手係りも 泣きの涙で日を送りメソポタミヤの顕恩郷に 鬼雲彦の現はれてバラモン教を開きますと 聞くより妾は両親の眼をぬすみ遥々と 顕恩郷に参上り神の教を聞きながら 吾子を思ひ恋人を慕ふ心の執着は 未だ晴れやらぬ苦しさに高姫さまの立て給ふ ウラナイ教に身を寄せて朝な夕なに海山の 恩顧を受けて三五の誠の道に入信し 黄金の玉の行方をば尋ね彷徨ひ高山彦の 夫の後を尋ねつつ火の国都に来て見れば 高国別の神司高山彦と名乗らせて 住まはせ玉ひし尊さよ神の恵の幸はひて 茲に吾子と名乗りを上げ玉治別に導かれ 漸く海を乗り越えて由良の港に来て見れば 思ひも寄らぬ高姫さまが高砂島より帰りまし 互に無事を祝しつつ思ひがけなき麻邇宝珠の 珍の神業につかはれて聖地に帰り来りたる 此嬉しさは何時の世か身魂の限り忘れまじ 玉治別の宣伝使御魂の曇りし黒姫が 身を卑下すまずいつ迄も親子の睦びいや深く 続かせ玉へ惟神神の御前に平伏して 真心尽して願ぎまつるあゝ惟神々々 御霊幸はへましませよ』 玉治別は黒姫の後に続いて歌ひ初めたり。 玉治別『思へば昔フサの国高井ケ岳の山麓に 其名も高き人子の司高依彦や高依姫の 夫婦が情に育まれ十五の年の春までも 吾子の如く労はりて育て玉ひし有難さ 時しもあれや真夜中頃覆面頭巾の黒装束 五人の姿は表戸を蹴やぶり座敷へ侵入し 有無を云はせず両親を高手や小手に縛めて 凱歌を奏して帰り往く吾は子供の痩力 山より高く海よりも深き恵を蒙りし 育ての親の危難をば眺めて居たる苦しさに 父の秘蔵の守り刀取るより早く荒男が 群に向つて斬り込めど何条もつて耐るべき あなたも強者隼の爪磨澄まし小雀を 掴みし如く吾体又もや高手に縛りつけ 山奥さして親子三人あへなくも連れ往かれたる悲しさよ 吾は隙をば窺ひて高井ケ岳の山寨を 後に見捨てて逃げ出し父母二人を救はむと 心を千々に配る折二人の義親は木の花の 姫の命に助けられ此世に無事に居ますぞと 聞いたる時の嬉しさよ高井の村に立ち帰り 高依彦や母君に出会ひて無事を祝しつつ 暫く此処に居る中に二人の仲に生れませる 玉をあざむく男の子玉春別と命名し いよいよ茲に育ての親は誠の御子を生みしより 両親様の許し得て真の父母を探らむと フサの国より月の国漸く越えて自凝の 島にいつしか漂ひつ人の情に助けられ 宇都山村の春助が子無きを幸ひ養子となり 土かい草切り稲麦を作りて其日を暮らす中 天の真浦や宗彦が此処に現はれ来りまし 不思議の縁の廻り合ひ妹のお勝を吾妻に 娶りて神の道に入り玉治別と宣伝使 清けき御名を授けられ三五教を遠近に 開き伝ふる折もあれ三十五年の時津風 吹き廻り来て村肝の心筑紫の火の国で 真の母に廻り遇ひ天にも昇る心地して 今日の生日を祝へどもまだ気にかかる垂乳根の 父の命は今いづこ遇はま欲しやと朝夕に 祈る吾こそ悲しけれあゝ惟神々々 御霊幸倍ましまして一日も早く吾父に 遇はせ玉へよ天津神国治立大御神 神素盞嗚大神の御前に畏み願ぎまつる あゝ惟神々々御霊幸倍ましませよ』 と、母に遇うた嬉しさと、父に遇はれぬ苦しさと悲喜交々混はりたる一種異様の声調にて歌ひ了り、悄然として項垂れ居たりける。 (大正一一・九・一九旧七・二八加藤明子録)
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霊界物語 34_酉_黒姫のアフリカ物語1 11 富士咲 第一一章富士咲〔九五二〕 一方は巍峨たる高山を控へ、前には清流奔る幽谷流れ、一方は大原野を見晴らす絶勝の地点に建てられた建日館の別殿に、主客三人鼎坐してヒソビソと話に耽つて居る。 建国別『御老体の身を以て、よくもお訪ね下さいました。貴女も矢張り御子息の行方を探ねてお廻りになつてゐると云ふ事ですが、何卒其事情をお差支なくば簡単に御明かし下さいませぬか』 黒姫『ハイ、妾は三五教の黒姫と申す者で御座います。只今は自転倒島の錦の宮に仕へて居りまする宣伝使で御座いますが、或る事情の為に此筑紫の島に遥々と三人の伴を連れ、夫の所在を探さむ為に参つたもので御座います。さうした処、高山峠の頂上で五人の若い男が、いろいろと話をして居るのを承はれば、建日の館の建国別の宣伝使は本年三十五才、さうして両親の行方が分らず非常にお探しになつてると云ふ事を聞きましたので、妾も何とはなしに心動き、妾の捨てた子も本年三十五才、よもや其伜ではあるまいかと存じまして、御取込の中をも顧みず御邪魔を致しました』 建国別『貴女の夫と申すのは何と云ふお名で御座いますか』 黒姫『ハイ、高山彦と申します。此頃火の国の都に於て、三五教の宣伝をやつて御座ると云ふ事を承はりまして、其処へ探ねに行く道すがらで御座います。さうした処、五人の男の話によつて、吾子の事を想い出し、よもや貴方が、若い時に捨てた子ではないかと思ひ、失礼をも顧みずお尋ねした次第です』 建国別『え、何と仰られますか。高山彦様が貴女の御主人とは、合点のゆかぬ事を承はります。高山彦様は実は私の御師匠様で御座いますが、神素盞嗚尊の御長女愛子姫様をお娶り遊ばし、今では夫婦睦まじく御神業に奉仕され、神徳四方に輝き渡り、飛つ鳥も落す勢で御座います。如何して又高山彦様が貴女と云ふ正妻があるのに、奥さまを持たれたのでせうか。高山彦様は左様な天則違反的な行為をなさる様なお方では御座いませぬが、何かの間違では御座いませぬか』 黒姫『自転倒島の聖地に於て、一寸の事から夫婦喧嘩を致しまして、夫れを機会に夫の高山彦は妾を振捨て、筑紫の島とかへ行くと云つて出たきり、今に何の便りも御座いませぬ。此島に駆け着いて人々の噂をきけば、貴方の仰せの通り、若い女房を持つて暮して居られるとの事、到底妾のやうな婆アが参りましても取あつて下さいますまい。然し折角此処迄参つたのですから、一目なりと会ひ、言ひ度い事も言ひ、先方の出様によつては妾も神の道の宣伝使、あとに何も残らぬ様に離縁をして貰ふ考へで御座います。乍併途中に於て貴方の噂を聞き、若しや吾子ではあるまいかと思ふにつけ、気の多い夫よりも自分の腹を痛めた伜に出会ひ、老後をお世話になり度いものだと思ひ、失礼を顧みず御伺ひを致しました。然し違ひますれば御許し下さいませ』 建国別『其御子息には何か目印でも御座いますか』 黒姫『はい、赤児の時で確り分りませぬが、確に背中の真中に白い痣があり、それが富士の山の形に似て居りますので、これは大方富士の山の木花咲耶姫様の御生れ替はりかもしれませぬと存じまして、富士咲と云ふ名をつけ……この子供は一寸様子あつて此処に捨てておきますから、何卒何れの方なりとも慈愛深きお方の手にかかり育てて下さいます様に……と言つて少しのお金子を添へ名を書いて捨てました。それつきり伜は如何なつた事やら、若い時は伜の事も何かに紛れて忘れて居ましたが、斯う年老るとそこらが淋しくなり、捨てた子は如何なつたかと明けても暮れても忘れた事は御座いませぬ。然し失礼乍ら貴方はさういふ印は御座いませぬか』 建国別『私も赤児の時に両親に捨てられた者で御座いますが、自分の背中は自分で見ませぬから何とも存じませぬ』 建能姫『妾が何時もお背を流しますが、本当に美しいお身体で、黒子一つ無く灸の痕一つありませぬ。況して痣等は何処にも御座いませぬ』 黒姫『あゝさうですかな。さうすると矢張り妾の尋ねる富士咲では御座いますまい』 建国別『何か其時の印に、物品でもお添へになつた事はありませぬか』 黒姫『別に何も添へた事は御座いませぬ。守袋に木花咲耶姫の御神号を入れ、富士咲と云ふ子供の名前を入れたばかりで御座います』 建国別『さうすると私は貴女の伜では御座いますまい。私が捨てられた時には、一つの守刀が添へてあり、其守刀に真珠を以て十の字がハツキリと記して御座いました。その守刀は今に所持して居ります。さうして刀の根尻に「東」といふ字と「高」といふ字が幽かに現はれて居ります。之を証拠に両親を探ねむと、十五六才の頃よりそこら中を駆け巡り、フサの国から自転倒島へ渡り、遂には此筑紫島へ参りまして、高山彦様の弟子となり宣伝使に仕立上げられ、昨年の今日此館の養子となつたもので御座います』 黒姫は手を組み暫く思案に暮れて居る。 建国別『何か貴女にお心当りは御座いますまいかな』 黒姫『ハイ、真珠で十の字を記した守刀、それに東に高の印、ハテ合点のゆかぬ事があるものだなア』 建国別は畳みかけた様に、 建国別『貴方は世界を宣伝してお歩きになつたさうですから、何か心当りは御座いませぬか。仮令間違でも構ひませぬから、少しでも掛りがあれば仰有つて下さいませ。今日は如何しても吾両親に由縁ある人が見える様な気がしてならなかつたのです。そこへ貴女がお越しと聞き、ヒヨツとしたら吾恋しき母上ではないかと喜んで居ましたが、実に残念な事で御座います。乍併これも何かの御縁で御座いませう。若い夫婦の気楽な家庭ですから何卒御遠慮なく何時迄も御逗留して下さいませ。何だか因縁ある方の様な気がしてなりませぬから……』 黒姫『ハイ、有難う御座います。乍併如何しても一度は高山彦様にお目にかからなくてはなりませぬから、又御縁がありますれば御世話になりませう。乍併少しばかり何だか心当りがある様な気も致しますが、今俄に思ひ出せませぬから、ユツクリと考へ直して御返事を致しませう』 黒姫は或機会に高姫の昔の述懐談を聞いて居た。 その言葉の端に、 ……自分も若い時、親の許さぬ男を持ち子を孕んでそれを捨児にした……といふ様な事を聞いた様に思ふ。高姫さまは今迄十の字の印をつけて御座つたさうだが、三五教へ這入つてから十曜の神紋に変へられた。よもや高姫様の子ではあるまいか、いやいや、うつかりした事を口走つて迷惑を掛けてはならない、高姫さまは今は何処に御座るやら、根から消息は分らない。うつかりした事を云つて、行方分らぬ人を探ね、建国別様が苦労をなさつて、折角会うた処で今の様に間違つて居る様な事では相済まぬ、知らぬと云つた方がお互の為に安全だらう…… と心に打諾き黒姫は言葉を改めて、 黒姫『どうも心懸りが御座いませぬ。乍併貴方様の御物語を聞きました上は十分気をつけて考へておきませう。若し貴方の御両親に相違ないと云ふ方に会ひましたら、直様にお知らせ致しませう』 建国別『はい、有難う御座います。何卒宜しく御願致します』 建能姫『何分御存じの通り、不運な夫で御座いますから、何卒黒姫様、御心当りがつきましたらお知らせ下さいませ。御願申上げます』 黒姫は身につまされて返す言葉も無くさし俯向いて居る。さうして心の裡に思ふ様、 黒姫『あゝ親子の情と云ふものは何処の国に行つても同じ事だなア。建国別様が両親に憧憬れて、朝夕心を配り遊ばす様に、吾子も亦此世に生きて居るならば、定めし両親を慕うて居るであらう。両親のない子は其処に倒けて居つても、起してくれる者がないと云ふ事だ。あゝ思へば思へば若気の至りとは云ひ乍ら罪な事をしたものだ。こんな罪の深い身を以て、三五教の宣伝使となり、黄金の玉の御用をしようなどとは実に思ひ違ひであつた。神様から玉を隠されたのも無理はない』 と口には出さねど心の中に懺悔の波を漂はして居た。 かかる処へ建彦は数多の幹部を引連れドヤドヤと此場に現はれ来り、丁寧に両手をつき、 建彦『大先生御夫婦様、今日は御目出度う御座います。何からお喜び申して宜しいやら、吾々初め館の者共は実に抃舞雀躍の態で御座います。今日は日頃お慕ひ遊ばす御母上がお見えになりましたさうで、こんな喜ばしい事は御座いませぬ。一同に代つてお祝ひ申上げます』 と云ひ乍ら、今度は黒姫の方に頭を転じ、丁寧に再拝し、 建彦『貴女様は大先生の生みの御母上でありましたか。能うまあ御入来下さいました。私等一同は大先生の御恩顧に日夜預つてる者で御座います。何卒御見捨てなく末長く可愛がつて下さいませ』 建国別『これ建彦、俺の母上が見えたのではない。黒姫様と云ふ三五教の宣伝使がお見えになつたのだよ』 建彦『え、何と仰有います。お隠しになつてはいけませぬ。確にお母上と云ふ事を一同承知して居ります。もはや隠れもなき館内一同の者の喜びで御座いますから、そんな意地の悪い事を仰有らずに、明かに仰有つて下さいませな』 建国別『そんな事を誰に聞きましたか』 建彦『はい、門番の幾公が確に相違ない、貴方のお話を聞いたと云つて、駄賃とらずの郵便配達をやりましたので、やがて此村からもお祝ひに来るでせう』 建国別『これ建彦、そりや大変だ。全く間違ひだつたと云つて取消して下さい。村人に沢山お祝に来られては迷惑だからなア』 建彦『もはや公然発表を致しまして、続々とお祝に見えますから、此際取消しなんか出来ませぬ。神様の館から間違つた事を触れ廻つたと云はれては、それこそ信用に関はります。そんな事仰せられずに、間違つて居つてもいいから御母さまにして置いて下さい。何れ誰かのお母さまでせうから……』 建国別『困つた奴だなア。幾公を一寸呼んでくれ』 幾公は大勢の中から屁垂つて居つた頭をヌツと上げ、 幾公『はい、幾は此処に居ります。幾久敷う御目出度う御座います。もし間違ひましたら幾重にも御免し下さいませ。行方も知れぬ吾子の後を探ねて御入来遊ばしたお母さま、何卒大切にして上げて下さいませ。何程お隠し遊ばされても、貴方の御様子から考へて見ますれば、御親子の間柄に相違御座いませぬ』 建国別『ハテ困つた事が出来たわい。……黒姫様、如何致しませうかな』 黒姫『妾の様な者が突然参りましてお館に御迷惑をかけ、何とも済まぬ事で御座います……もしもし幾公さまとやら、妾は黒姫と申す者で御座います。よくよく調べて見ますれば、妾の息子ではなかつたので、実の処互に顔を見合してガツカリして居た処ですよ。何卒お館の迷惑にならぬやう、直様お取消を願ひます』 幾公『何とまあ親子心を協して堅く締結したものだなア。何と仰有つても以心伝心、教外別伝、不立文字だ。御両人の歓びの色が相互の顔にホノ見えて居りますぞえ。こんな目出度い時に、そんな悪戯をして吾々をじらすものぢやありませぬ。………コレコレ建彦さま、何と仰有つても御親子だ。唇歯輔車の間柄だ。きつても絶れぬ親子の仲、堪へきれない歓びの色が、先生御夫婦の顔に、現はれて居るぢやありませぬか』 建国別『本当に困つた事が出来たわい、なア建能姫、如何致しませうか、黒姫さま、妙な事になつて来たぢやありませぬか』 黒姫『本当に間違へば間違ふものですな。これだから世間の噂と云ふものはあてにならないと云ふのですよ。……幽霊の正体見たり枯尾花……と云つて、道聴途説と云ふものはあてにはなりませぬ。一犬虚に吠へて万犬実を伝ふとやら、実に人の噂と云ふものは恐ろしいものです。人の口に戸を閉られないとは此処のことですな』 幾公『何処迄も白々しい、さうじらすものぢやありませぬ。あつさりとして下さいな。建彦さま、早く早くお祝の用意だよ。ここの先生は意地が悪いからな。あんな事云つて吾々をアフンとさす悪い洒落だよ』 斯かる処へ小間使のお種が慌しく走り来り、 お種『御主人様に申上げます。只今三五教の宣伝使黒姫様のお伴だとか云つて二人の若い男[※房公と芳公]が御入来になりました。如何致しませうか』 建国別『一時も早く此処へ御通し申せ!』 お種は『はい』と答へて引き下る。 (大正一一・九・一三旧七・二二北村隆光録)
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霊界物語 35_戌_黒姫のアフリカ物語2 24 歓喜の涙 第二四章歓喜の涙〔九八八〕 愛子姫は黒姫の訪問と聞き、稍危み乍ら、玄関口に津軽命と共に出で迎へる。玉治別は後に只一人腕を組み、何か思案にくれてゐる。黒姫は玄関口に立ち、 黒姫『高山彦夫の命の後追うて 黒姫司ここにきたれり。 高山彦夫の命は如何にして われを出迎へ遊ばさざるや』 愛子姫『あらたふと黒姫司はるばると 出でます事の心嬉しき。 いざ早く館の奥へ上りませ 汝来ますとてわれは待ちける。 玉治別神の命も出でまして 汝が入来を待たせ玉へり』 黒姫『いざさらばお構ひなくば奥の間へ 進みて夫に言問ひ申さむ。 高山彦夫の命の情なさよ 吾を見すててかかる国まで。 年老いし身も顧みず若草の 妻持たすとは何の心ぞ。 うらめしき汝が命の姿かな 吾背の君のいろと思へば』 愛子姫『黒姫の神の司よ聞しめせ 吾背の君は高国別の神。 高山彦神の命と名乗らせど 活津彦根の神にましける。 兎も角も奥に入りませ三五の 神の司の黒姫の君』 黒姫『さやうならこれより奥へ駆込みて 否応いはさず調べ見むかな。 詐りの多き此世と知らずして さまよひ来りし心悲しも』 愛子姫『疑ひの雲明かに晴らせませ 吾背の君の絵像見まして』 黒姫『さてもさても合点のゆかぬ汝が詞 荒井ケ岳の狐にあらぬか』 津軽命『これはしたり口が悪いも程がある 黒姫さまよ何を証拠に』 黒姫『自転倒島を後にして姿隠した高山彦の 神の命の吾夫は筑紫の島に渡るとて 聖地を見すてて出でしより妾は後を慕ひつつ 遠き海路を打わたり嶮しき山をふみ越えて 雨にさらされ荒風に髪梳りトボトボと 三人の供を従へて此処迄進み来りけり あゝ惟神々々誠の神のましまさば 愛子の姫がすげもなくわが背の命を奥深く 包みかくして白ばくれたばかる醜の枉業を あらはせ玉へ惟神皇大神の御前に 三五教の神司黒姫謹み願ぎまつる』 愛子姫『天地の神も御照覧いかに心の汚れたる 愛子の姫も徒に人の男をそそのかし 宿の夫とぞなすべきか黒姫さまの背の君は 高山彦と聞くからは同名異人のわが夫を 誠の夫と思ひつめ迷ひ玉ひしものならむ 黒姫司きこしめせ妾も神の大道を 守る身なれば如何にして詐り言を用ふべき 早くも奥へ進みませ汝が命の疑ひも 旭に露と消え失せむあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 と歌ひ終り、悄然として涙含む。愛子姫は黒姫のキツイ詞に、きつく侮辱された様な感じがして、女心の悲しくなり来れるなりき。 黒姫『高山彦さまが桂の滝とやらへ修業に行かれたから、不在だと言はれたさうだが、そんな仇とい事で、此黒姫はあとへ引く様な女ぢや御座いませぬ。女の一心岩でもつきぬく、何処までも調べ上げねば承知を致しませぬぞや。大方奥にかくれて御座るのだらう。稲荷か何かの託宣で、此黒姫が此処へ来るといふ事を前知し、大方皆の者が腹をあはし、門番迄に言ひ含め隠して御座るのだらう。何と云つても隠すより現はるるはなしといつて、終ひには尻尾が見えますぞや。ヘエ御免なさいませ、コレコレ番頭どの、奥へ案内して下さい。夫の所在が分るまではビクとも動かぬ此黒姫、マア暫く御厄介になりませうかい、オツホヽヽヽ』 愛子姫は先に立ち奥の間に導く。此処には玉治別が腕を組んで、何事か思案にくれゐたり。 黒姫『コレコレお愛さま、お前も余程のすれつからしと見えて、千軍万馬の劫を経た此老人をうまくチヨロまかしますなア……ヤアそこには一人何だか見覚えのあるやうな男が坐つて居る。コリヤまア何の事ぢやいなア。大方こんな事だと思うて居つた。矢張高山彦さまは桂の滝へ行かれたのだらう。其不在の間にこんな男を伴れ込んで、イヤもうお話になりませぬワイ、オツホヽヽヽ』 愛子姫『モシモシ黒姫さま、夫ある妾に対して殺生な事を云つて下さるな。外聞が悪う御座います』 黒姫『外分[※初版では「外聞」だが三版以降では「外分」になっている。二版は未確認。]の悪い事を誰がしたのですか。高山彦の夫に代り、間男の成敗は私がする。サアお愛どの、気の毒乍ら、トツトと出て下さい。アーア高山さまが不在になるとサツパリワヤだ。一辺悪魔の大清潔法を行らないと、神さまだつて此館へは鎮まつて下さらないわ……コレお愛、何をグヅグヅして泣いてるのだ。泣かねばならぬやうな事をなぜなさつたのかい、オツホヽヽヽ、さてもさても気の毒なものだなア。私も同情の涙がこぼれませぬわいナ。ウツフヽヽヽ、あのマア悲しさうなないぢやくりわいのう』 玉治別はフツと顔をあげ、 玉治別『ヤアあなたは黒姫さま、最前から待つて居りました。サア此方へ御越し下さいませ』 黒姫『何だ、お前は玉ぢやないかい、門にも玉が居れば中にも玉が居る。お前がお愛の情夫だなア。何と抜目のない人間だこと。高山さまの尻を追うてこんな所迄やつて来て、チヨコチヨコとお愛に可愛がつて貰つてゐるのだろ、オホヽヽヽ。若い時は誰もある慣ひだ。本当に敏腕家だ。ドシドシと体主霊従主義を発揮しなさるがよからう。若い時は二度ないからなア。併し乍らよう考へて御覧、お前も三十の坂を越えてるぢやないか。十九や二十の身ではなし、チツとは心得たがよからうぞえ。併しお前の恋愛を私が彼これ云ふのぢやない。サア早く今の間にお愛を伴れて駆落をして下さい。高山さまがお帰りになると、大騒動だから、チヤツと早う出なさい。お前が可哀相だから、親切に言ふのだよ』 玉治別『アーア、情ない事になつて来た。黒姫さま、私はたつた今の先、このお館へ参つたのですよ。実は高山彦さまが、筑紫の島へ渡ると捨台詞を使つて、あなたにお別れになりました。私もさうだと思つて居つた所、豈計らむや、高山彦さまは伊勢屋の奥座敷にかくれて暫く御座つたさうですが、黒姫さまがいよいよ自転倒島を立たれた時分から、ヌツと顔を出し、毎日日日錦の宮へ御出勤になつて居られますよ。そこで言依別命様が聖地を立たれる時……黒姫さまが可哀相だから、お前御苦労だが宣伝旁筑紫の島へ行つて、黒姫さまをお迎へ申して来い、さうして夫婦和合して御神業にお仕へなさるやう取計らへ……との御命令で、はるばる貴女の後を慕うて此処まで参つたの御座います。愛子姫様と云々などと云ふやうな事は夢にも御座いませぬから、どうぞ諒解して下さいませ』 と真心面に表はれ、慨歎やる方なき其顔色を見て取つた黒姫は稍心やはらぎ、 黒姫『何、高山彦さまが聖地に御座るとは、そりや本当かい?』 玉治別『何嘘を申しませう。万里の波濤を渡つて、こんな所まで嘘を云ひに来る者が御座いませうか。黒姫さま、よく御覧なさいませ。此絵像は当家の御主人の生姿で御座いますから、能く御見並べなさいませ。本年三十五才の屈強盛りの活津彦根神様が高国別と御名乗り遊ばし、表向は高山彦と呼ばれて御座るのですから、あなたの御主人とは全く同名異人ですよ』 黒姫は其絵像をジツクリと眺め、 黒姫『いかにも違つてゐる。……ヤア愛子姫様、えらい御無礼な事を申上げました。どうぞはしたない女と思召さず、神直日に見直し聞直して下さいませ』 愛子姫『ハイ有難う、御諒解さへゆきましたら、こんな嬉しい事は御座いませぬ。どうぞ御緩りと御泊り遊ばして、神様の御話を聞かして下さいませ』 玉治別『愛子姫様、黒姫様は別に悪い心で仰有つたのぢや御座いませぬ。余り一心に当家の御主人を自分の夫と思ひつめ、はるばるお出でになつたものですから、逆上遊ばすのも無理は御座いませぬから、どうぞ悪く思はないやうにして下さいませ』 愛子姫『ハイ有難う御座います』 と云つた限り、疑のはれた嬉しさに愛子姫が歔り泣きの声さへ聞ゆる。 黒姫『アヽ私位因果な者が世にあらうか。遥々夫の後を慕うて来て見れば、人違ひ、捨てた吾子ではあるまいかと、はるばる建日の館へ行つて見れば、之も亦人違ひ、どうしてこれ程する事なす事が食ひ違ふのだらうか。之もヤツパリ前生の罪、否々神様から賜はつた伜を、若気の勢で捨てた天罰が酬うて来たのだらう……アヽ神さま、どうぞ許して下さいませ。さうして夫の所在の分りました以上は厚かましく御座いますが、どうぞ伜の所在を知らして下さいませ。一度伜に会はなくては死ぬ事も出来ませぬ。あゝ惟神霊幸倍坐世』 と神前に向ひ手を合せ、涙乍らに祈願する。玉治別は首を傾け乍ら、 玉治別『モシ黒姫さま、今始めて承はりましたが、貴女にはお子さまがあつたのですか。そして其子はいつお捨てになりましたか。実は私も捨子で御座いますが、未だに両親が分りませぬので、日夜神さまに祈り、一目なりとも両親に会ひたいと、今も今とて憂ひに沈んで居つた所で御座います』 黒姫『何、玉治別さま、お前も捨子ですか、そりや初耳だ。丁度私の子が今生きて居つたならば三十五歳になつてる筈だ。お前の年は幾つだつたかなア』 玉治別『ハイ、当年三十五歳になりました』 黒姫『何三十五歳!そりや又不思議な事もあるものだ。併し私の捨てた子には、背中の正中に富士の山の形が、白い痣で出て居つた筈だ。これは全く木花咲耶姫さまの因縁のある子供だからといつて富士咲といふ名をつけておいたのだが、余り世間が喧ましいので、守り袋に富士咲と名を書きしるし四辻にすてました。思へば思へば可哀相なことをしました』 と泣き沈む。 玉治別『何と仰有います。其捨子は富士咲と申しましたか、そして背中に富士の山の形の白い痣があるとは合点のゆかぬ御言葉、一寸失礼ですが、黒姫さま、私の背中を見て下さいませぬか。私の小さい時は富士咲と申しました。そして人の話によると、何だか山のやうな痣が出来て居るさうです』 黒姫『それは又耳よりの話だ。一寸見せて御覧!』 「ハイ」と答へて玉治別は肌をぬぎ背をつき出す、黒姫は念入りにすかして見て、 黒姫『ヤアてつきり富士の山の痣、そしてお前の幼名が富士咲と聞く上は、全く私の伜だつたか。アヽ知らなんだ知らなんだ、神さま、有難う御座います。因縁者の寄合で珍らしい事が出来るぞよと大神さまが仰有つたが、いかにも因縁者の寄合だなア』 と嬉し涙にかきくれる。 玉治別『そんなら貴女私の母上で御座いましたか。存ぜぬ事とて、何時とても御無礼を致しました。どうぞお母さま御赦し下さいませ。あゝ惟神霊幸倍坐世』 と両手を合せ、嬉し涙にかきくれる。 これより黒姫は愛子姫に厚く礼を述べ、無礼を謝し且つ徳公、久公にも其労を謝し別れを告げ、いそいそとして玉治別、孫公、房公、芳公と共に再び建日の港より船を漕ぎ出し、由良の港の秋山彦が館に立寄り、麻邇宝珠の神業に参加し、目出度く聖地に帰る事となりたるは、三十三巻の物語に明かな所であります。惟神霊幸倍坐世。 ○ かく述べ終られた時しも正に午後六時、表に出て天空を見れば、ドンヨリと曇つた大空を南北に区劃した青雲巾二三間と見ゆるもの、東の山の端より西の空遠く、輪廓正しく帯の如く銀河の如く横たはりつつありました。 (大正一一・九・一七旧七・二六松村真澄録)
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霊界物語 37_子_出口王仁三郎自叙伝1 01 富士山 第一章富士山〔一〇一三〕 ◎万葉集三の巻山部赤人望不尽山歌[※底本では「望」の直後に返り点の二点の記号が、「隙行く駒」に一点の記号が入る。]に 天地の分れし時ゆ神佐備て、高く貴き、駿河なる布士の高嶺を、天原、振放見れば度る日の、蔭も隠ろひ、照月の、光も見えず、白雲も伊去はばかり、時自久ぞ、雪は落ける、語つぎ、言継ゆかむ、不尽の高嶺は。 ◎反歌 田児の浦ゆ、打出で見れば真白にぞ、 不尽の高嶺に雪は零ける。 ◎万葉集、隆弁の歌に めに懸けて、いくかに成ぬ東道や、 三国をさかふ、ふじの芝山。 ◎夫木集、光俊朝臣の歌に こころ高き、かふひするがの中に出で、 四方に見えたる山は布士の根。[※鎌倉時代に成立した『夫木和歌抄』巻二十(雑二)に収録されている歌。「かふひ」は「甲斐」、「するが」は「駿河」のこと。/『国歌大系第21巻』(1930年)https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1884175/334「こゝら高きかふひ駿河の中に出でて四方にみえたる山はふじのね」/日文研DBhttps://lapis.nichibun.ac.jp/waka/waka_i070.html「ここらたかきかふひするかのなかにいててよもにみえたるやまはふしのね」] ◎よみ人知らず 布士の山一つある物と思ひしに かひにも有りてふ、駿河にもありてふ ◎ 天雲も伊去はばかり飛ぶ鳥も翔も上らず燎火を雪もて減、落雪を火もて消つつ言ひも得ず、名も知らに霊くも座神かも。 ◎源光行の歌に 富士の嶺の風に漂ふ白雲を 天つ少女の袖かとぞ見る ◎万葉十四の駿河歌に 佐奴良久波多麻乃緒婆可里、古布良久波 布自能多可禰乃、奈流佐波能其登[※万葉集14歌番号3358「さ寝らくは玉の緒ばかり恋(こ)ふらくは富士の高嶺の鳴沢のごと」〔ウィキソース〕] ◎ 麻可奈思美、奴良久波思家良久、奈良久波 伊豆能多可禰能、奈流佐波奈須与[※万葉集14歌番号3358S1「ま愛(かな)しみ寝(ぬ)らくはしけらくさ鳴(な)らくは伊豆の高嶺の鳴沢なすよ」〔ウィキソース〕「奈良久波」の「奈(こう)」は間違っている。] ◎続古今集、後鳥羽院の歌 けぶり立、思ひも下や氷るらむ、 ふじの鳴沢、音むせぶ也 ◎新拾遺集、慈円の歌、 さみだるる、ふじのなる沢、水越て 音や煙に立まがふらむ ◎同権中納言公雅の歌 飛螢思ひはふじと鳴沢に うつる影こそ、もえばもゆらむ ◎伊勢家集に 人しれず思ひするがの富士のねは 我がごとやかく絶えず燃ゆらむ ◎ はては身の富士の山とも成りぬるか 燃ゆるなげきの煙たえねば ◎古今集に 人知れず思ひを常にするがなる 富士の山こそわがみなりけれ ◎同集に 君と云へばみまれ見ずまれ富士のねの めづらしげなく燃ゆるわが恋 ◎同集に 富士のねのならぬ思ひにもえばもえ 神だにけたぬむなし煙を[※古今集1028紀全子(きのぜんし)の歌「富士の嶺のならぬ思ひに燃えば燃え神だに消(け)たぬ空(むな)し煙を」] ◎能宣集に 草深みまだきつけたる蚊遣火と 見ゆるは不尽の烟なりけり ◎重之の集に 焼く人も有らじと思ふ富士の山 雪の中より烟こそたて ◎拾遺集に 千早ぶる神も思ひの有ればこそ 年経てふじの山も燃ゆらめ ◎大和物語に ふじのねの絶えぬ思ひも有る物を くゆるはつらき心なりけり ◎ 誰が於に靡き果ててか富士の根の 煙の末の見えず成るらむ ◎ 朽果てし名柄の橋を造らばや 富士の煙の立たずなりなば ◎十六夜日記に 立別れ富士の煙を見ても尚 心ぼそさのいかにそひけむ ◎其返し かりそめに立ち別れても子を思ふ おもひを富士の烟とぞ見し ◎ 問きつる富士の煙は空に消えて 雲になごりの面蔭ぞ立つ ◎西行の歌 風に靡く富士の煙の空に消えて 行く方も知らぬ我が心かな ◎源頼朝卿の歌 道すがら富士の煙もわかざりき 晴るるまもなき空のけしきに ◎ 時知らぬ富士の煙も秋の夜の 月の為にや立たずなりけむ ◎ 北になし南になして今日いくか 富士の麓を巡りきぬらむ ◎ みせばやな語らば更に言のはも 及ばぬふじの高ね成りけり ◎ 富士のねの烟の末は絶えにしを ふりける雪や消えせざるらむ ◎ きさらぎや今宵の月の影ながら 富士も霞に雲隠れして ◎尋常小学国語読本にも ふじの山 あたまを雲の上に出し 四方の山を見おろして かみなりさまを下にきく ふじは日本一の山 青空高くそびえたち からだに雪の着物着て 霞のすそを遠くひく ふじは日本一の山 以上の如く我富士山は古来各種の歌人に依つて其崇高雄大にして、日本国土に冠絶し、日本一の名高山と称され、天神地祇八百万の神の集り玉ふ聖場となり、特に木花咲耶姫命の御神霊と崇敬されて居る。三国一の富士の山と称へ、日本、唐土、天竺の三ケ国に於ける第一位の名山となつて居た。併し乍ら其富士山と云ふは、十数万年以前の富士山とは其高さに於て、又広さに於ても、非常な相違がある。現在の富士山は皇典に所謂高千穂の峰が僅に残つてゐるのである。昔天教山と云ひ、又天橋山と云つた頃は、西は現代の滋賀県、福井県に長く其裾を垂れ、北は富山県、新潟県、東は栃木、茨城、千葉、南は神奈川、静岡、愛知、三重の諸県より、ズツと南方百四五十里も裾野が曳いて居た。大地震の為に南方は陥落し、今や太平洋の一部となつて居る。 此地点を高天原と称され、其土地に住める神人を、高天原人種又は天孫民族と称へられた。現在の富士山は古来の富士地帯の八合目以上が残つて居るのである。周囲殆ど一千三百里の富士地帯は青木ケ原と総称し、世界最大の高地であつて、五風十雨の順序よく、五穀豊穣し、果実稔り、真に世界の楽土と称へられて居た。其為め、生存競争の弊害もなく、神の選民として天与の恩恵を楽みつつあつたのである。 近江の琵琶湖は富士地帯の陥落せし時、其亀裂より生じたものである。そして古代の富士山地帯は殆ど三合目四辺に現代の富士の頂上の如き高さを保ち雲が取巻いて居た。故に天孫民族は四合目以上の地帯に安住して居た。外の国々より見れば、殆ど雲を隔てて其上に住居して居たのである。皇孫瓊々杵命が天の八重雲を伊都の千別に千別て葦原の中津国に天降り玉ひきといふ古言は、即ち此世界最高の富士地帯より、低地の国々へ降つて来られた事を云ふのである。決して太陽の世界とか、金星の世界から御降りになつたのでない事は勿論である。 顕国の御玉延長して金銀銅の救の橋の架けられし時も、最高の金橋は富士山上に高さを等しうしてゐた。又ヒマラヤ山は今日では世界最高の山と謂はれてゐるが、其時代は地教山と言ひ又銀橋山とも云つて、古代の富士の高さに比ぶれば、二分の一にも及ばなかつたのである。現代の富士山は一万三千尺なれ共、古代の富士は六万尺も高さがあつたのである。仏者の所謂須弥仙山も此天教山を指したものである。 現代の清水湾及遠州灘の一部の如きは、富士山の八合目に広く展開せる大湖水であつて、筑紫の湖と称へられてゐた。又同じ富士山地帯の信州諏訪の湖は須佐の湖と云つたのである。筑紫の湖には金竜数多棲息して、大神に仕へ、風雨雷電を守護してゐた。又玉の湖には白竜数多棲息して、葦原の瑞穂国(全世界)の気候を順調ならしむべく守護してゐたのである。そして素盞嗚尊の神霊がこれを保護し玉ひ、富士地帯の二合目あたりに位地を占めてゐた。太古の大地震に依つて、此地帯は中心点程多く陥没し、周囲は比較的陥没の度が少かつた。其為現代の如く、高千穂の峰たる現富士を除く外、海抜の程度が殆ど平均を保つ事になつたのである。現代の山城、丹波などは、どちらかと云へば地球の傾斜の影響に依つて少しく上つた位である。 丹波は元田場と書き、天照大御神が青人草の食いて活くべき稲種を作り玉うた所である。故に五穀を守ると云ふ豊受姫神は、丹波国丹波郡丹波村比沼の真名井に鎮座ましまし、雄略天皇の御代に至りて、伊勢国山田に御遷宮になつたのである。御即位式の時、由紀田、主基田をお選みになるのも、現今の琵琶湖以西が五穀を作られた神代の因縁に基くからである。由紀といふ言霊は安国の霊反しであり、主基といふ言霊は知ろし召す国の霊反しである。之を見ても丹波の国には神代より深き因縁のある事が分るのである。 又小亜細亜のアーメニヤ及びコーカス山、エルサレム、メソポタミヤ及びペルシヤ、印度の一部は、富士地帯の如く高く雲上に突出してゐた。印度の如きも天竺と称へられて、其地方での最高地点であつたが、富士山の陥没と同時に、此地も亦今の如く陥落したのである。アーメニヤといふ事は天の意味又は高天原の意味である。エルサレムといふ神代の意義はウズの都、天国楽土の意味がある。茲に国祖国治立尊は始めて出現され、大八洲彦命の敵軍に囲まれ玉ひし時、国治立尊が蓮華台上より神力を発揮して、悪魔の拠れる天保山を陥落せしむると同時に天教山を現出せしめ玉うたことは、霊界物語第一巻に述ぶる通りである。又エルサレムは現今のエルサレムではない。アーメニヤの南方に当るヱルセルムであつた。そしてヨルダン河も、現今のヨルダン河とは違つてゐることは勿論である。死海の位置もメソポタミヤの東西を挟んで流れ落つる現今の波斯湾がそれであつた。 又現今の地中海は此物語に於て、古代の名を用ゐ、瀬戸の海と称へられてゐる。此瀬戸の海はアーメニヤの附近迄展開してゐた。併し乍らこれも震災の為に瀬戸の海の東部は陸地となつて了つたのである。故に此物語は地球最初の地理に依つて口述するものであるから、今日の地理学の上から見れば、非常に位置又は名義が変つてゐることを予め承知して読んで貰ひたいのである。 『舎身活躍』の最初に当りて、此富士山(太古の天教山)を述べたのは瑞月が入道の最初、富士の天使松岡神に霊魂を導かれ、此太古の状況を見せて貰ひ、其肉体は高熊山の岩窟に守られて居つた因縁に依つて、物語の始めに、富士山の大略を口述するのが順序だと思ふからである。 『舎身活躍』は瑞月が明治卅一年の五月、再び高熊山に神勅を奉じて二週間の修業を試み、霊眼に映じさせて頂きし事や、過、現、未の現幽神の三界を探険して、神々の御活動を目撃したる大略を口述する考へである。 あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・一〇・八旧八・一八松村真澄録)
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霊界物語 37_子_出口王仁三郎自叙伝1 07 五万円 第七章五万円〔一〇一九〕 友人斎藤宇一の奥座敷を借つて、愈幽斎の修業に着手する事となつた。修業者は宇一の叔母に当る静子、及妹に当る高子(十三歳)、多田琴、岩森徳子、上田幸吉其外二三人の者を以て、朝夕軒を流るる小川に水浴をなし、午前に四十分間づつ三回、午後にも亦三回、夜二回都合八回で、一日に三百二十分間、厳格に修業した。そして瑞月は小幡川で拾つた仮天然笛で、羽織袴を着し、極めて厳粛に審神者の役を修するのであつた。 初めての審神者の事でチツとも様子は分らぬ。第一番に多田琴が神主の座に着くや否や、組んだ手を前後左右に振まはし、二十貫[※20貫は75キログラム]もあらうといふ女が、古い家の床が落ちる程飛あがり出した。戸も障子も襖もガタガタになつて了つた。一週間程の後には、余りドンドン飛上つた為か、床が二三寸下がり、障子も襖もバタバタと独りこけるやうになつて了つた。宇一は此時まだ二十二三歳、両親から苦情が起り、修業所をどこかへ移転してくれとの命令を下された。 さうかうする内、多田琴が口を切り始めた。 多田琴『シヽヽ白滝白滝白滝』 といひかけた。審神者は始めての口切りで、肝をとられ、驚きと一つは始めて口の切れた喜びとで、愈幽斎修業も前途有望だと、知らず知らずに天狗になつて了つた。多田の神主は日一日と発動が烈しくなり、詞も円滑に使ふやうになつて来た。其時の審神者としては大きな声を出し、よく発動し、荒く飛上がる程偉い神が来たのだと信じ、本当のしとやかな神感者を見ても、もどかしい様な気になつて了つた。 多田琴に続いて又斎藤静子の面相が俄に猛悪になり、組んだ手を無性矢鱈に震動させ、これ又ドンドンと荒れ狂ひ出した。一人は大女、一人は三十になつても貰ひ手のないといふ、四尺[※4尺は121センチメートル]足らずのチンコさんである。それが一時に負ず劣らずドンドンドンと飛上がり出した。静子の姉を始め、養子に来た元市といふのは、宇一の両親であつたのが、静子が神憑になつたので、俄に乗気になり、修業場を移転することを取消して貰ひたいと申込んだ。 多田の神主はソロソロ大口をあけ、目の白玉に巴形の赤い模様が出来て、 多田琴『静御前と義経弁慶、加藤清正どちらが偉い、此方は和田義盛の妻巴御前であるぞよ、其証拠には此方の目の玉を見よツ』 と目を指し示す。初心の審神者は其目の玉をよくよく見れば、まがふ方なき一つ巴が、両眼に真紅の色を染出して居る。……ヤツパリ巴御前ぢやあるまいかなア……と思案してゐると、神主は審神者の頬べたをピシヤピシヤと殴り、 多田琴『馬鹿審神者の盲審神者、此方の正体が分らぬか。此方は勿体なくも、官幣大社稲荷大明神の眷族三の滝に守護致す、白滝大明神であるぞよ。サアこれからは此白滝が審神者をしてやらう。其方は神主の座にすわれ』 と呶鳴りつけた。静子は又発動して、 斎藤静子『おれは妙見山に守護いたす、天一天狐恒富大明神だ。見違ひ致すと、今日限り審神者は許さぬぞ。ウンウン、バタバタドスンドスン』 と小さい婆アが飛上がる。今から思へば抱腹絶倒の至りだが、其時の審神者にとつては一生懸命であつた。笑ふ余地も怒る間も、調べる隙もない。只始めて会うた発動状態、神の託宣、愈人間にも修業さへすれば、老若男女の区別なく、神通が得られるものだ、といふ確信はたしかについたが、其外の事は一切耳にも這入らず、思ふ事もなかつた。只一心不乱に三週間の修業を続けて居た。 一週間程たつた時、修業者は一斉に口を切り、少女の口から、 『チヽヽヽヽ、ツヽヽヽヽ』 と口を尖らし、組んだ手をヒヨイヒヨイと動かし乍ら、喋り始めた。修業場は一切他人の近よることを禁じてゐたが、余り大きな発動の響と神主の声とに、近所の者が聞きつけ、次から次へと喧伝して、昼も夜も家のぐるりは人の山になつて了つた。 多田琴は……白滝大明神の命令だ……と云つて、修業者を残らず引連れ、白衣に緋の袴をうがち、一里余りの道を白昼大手をふつて、 多田琴『家来ツ、伴して来い』 と云ひ乍ら、何だか訳の分らぬ歌をうたひ、足拍子を取り、外の修業者は其歌に合はして、石や瓦を叩き乍ら、テンツテンツツンツクツンなど言ひ乍ら、中村の多田亀の家へ行つて了つた。審神者は……コリヤ大変だ、一つ鎮めねばならぬ……と後追つかけようとすれ共、如何したものか、自分の体は数百貫の石で押へられたやうに重たくなつて、チツとも動く事が出来ない。止むを得ず、宇一は審神者代理となりて側にすわり、自分は惟神的に手を組まされ、瞑目してゐると、腹の中から丸いかたまりが二つ三つグルグルグルと喉元へつめ上げ、何とも言はれぬ苦さであつた。三四十分間息が切れるやうな目に会はされた揚句、 喜楽『此方は此肉体を高熊山へ導き、其霊魂を富士山へ伴れて行つた松岡天使である。サアこれから本当の審神者をさしてやらう。天下の万民を助ける神の使は、余程の修業を致さねば駄目だ。さアこれから此方の申す事をチツとも叛くでないぞよ』 と自分の口から言ひ出した。宇一は這ひつくばひ乍ら、 宇一『恐れ乍ら松岡様に申上げます。私は皆と一緒に修業を致して居りますが、まだ一遍も手も震うた事もなし、皆の様に神様がうつつて物を言うて下さりませぬが、如何いふ訳で御座いますか。神さまさへ憑つて下さるのなら、どんな修業でも致しますから、どうぞ教へて下さいませ』 と頼んで居る。そうすると又神主の口から、 松岡『其方は大体精神のよくない男だから、神が憑る事が出来ぬのだ。三年や五年修業したとて、其方は駄目だから、一層のこと、審神者になつた方がよからうぞ』 宇一『神主にもなれない者が如何して審神者が出来ませうか』 松岡『神がせいと云つたら、キツと出来る。神が其方の肉体を使つてするのだから、チツとも心配は要らぬ』 宇一『左様ならば御用を致します。不束な審神者で御座いますから、どうぞ宜しう御願ひ致します』 松岡『ヨシ、此神主の肉体は其方の監督に任すから、よく気をつけたがよからうぞ。何時夜分に飛出すか知れぬから、気をつけて居るがよい』 宇一『ハイ、有難う御座います。此度の一同の者の修業が済みましたら、其先は如何致しませうか』 松岡『神が五万円程金をやるから、此穴太の或地点を買収し、大神苑を作り、神殿を拵へ、神道の本部を建てて、布教をするのだ。何事も一々神の命令を遵奉せなくては駄目だから、そう心得たが宜からう』 宇一は斎藤源次といふ人の東隣の紋屋の息子である。其父親が相場に祖先伝来の財産を殆どなくして了ひ、今や其邸宅までが危なく浮いてゐたのである。何時家も屋敷もどこへ飛んでゆくか、流れるか知れぬやうな危険状態になつてゐた。今此松岡天使の五万円を与へるといふことを聞いて、喉を鳴らし、元市が其場に飛んで来て、叮嚀に両手をつき、 元市『松岡さま、どうも有難う御座います。これでいよいよ御神徳が有りました。どんな事でも神さまの御用を聞きますから、早く五万円の金を下さいませ。何れ天から降らして下さる訳にも行きますまい。相場に依つてでも五万円儲けさして下さるのでせうなア』 松岡『相場の事なれば此方は余程不得手だ。坂井伝三郎といふ百年前に相場師が大阪に居つた。其の男は八十五万円の財産を残らず相場で負て了ひ、僅に残つた財産を、堺の住吉明神に献上致し、其の神徳に依つて、今は住吉の大眷族大霜といふ天狗となつて、相場の守護を致して居るから、其神が今此肉体にうつる様に守護してやらう。それに聞いたがよからうぞ。松岡はこれで引取る。ウンウンウン』 元市『マアマアマア一寸待つて下さいませ、モウ一言御尋ね致したう御座います』 といふのも一切頓着なしに、審神者の肉体を三四尺宙に巻上げ、ドスンと元の座に尻を卸し、パチツと目をあけて、元の喜楽になつて了つた。 これより元市夫婦は態度一変し、今まで『喜楽々々』と呼びつけにしてゐたのが、現金にも『上田大先生様』とあがめ出して喋つた。宇一も親しき友人の事とて『オイ喜楽』などと云うてゐたが、俄に爺に倣つて、『大先生』と言ひ出した。何とはなしにテレ臭いやうな気がしてならない。 喜楽『どうぞ今までのやうに喜楽と云うてくれ』 と何程頼んでも、親子共に首を左右にふり、 斎藤親子『イエイエ滅相もない、こんな立派な相場の神さまが御憑り遊ばす御肉体を粗末にしては、神さまに対し申訳がありませぬ。どうぞ大先生と言はして下さい』 と金の欲に迷はされて、一生懸命に厭らしい程大事にし出した。 元市『モシ大先生、最前神さまが仰しやつたやうに、伜の宇一が審神者を致しますから、大霜さまの神懸りを一つ願うて下さいな』 と頼み込む。喜楽は仕方がないので、東側の溝に身をひたし、体を清め、再び白衣に紫の袴を着し、奥の間に静坐し、手を組んだ。又もや身体震動して、 大霜『われこそは官幣大社住吉神社の一の眷族、大霜天狗であるぞよ。相場の事なら何でも聞かしてやらう』 と大声で怒鳴り立てた。元市は飛付くやうにして、頭を畳にすりつけ乍ら、膝近くまですり寄り、 元市『ハイ、有難う御座います。併し乍ら此通り門一杯人が聞いて居りますから、どうぞ低い声で仰しやつて下さいませ。私も折入つて御願が御座いますから……』 大霜小さい声で、 大霜『ヨシ分つた、何ンなつと聞いてやらう。大方五万円の金を相場に勝たしてくれいと申すのだらう』 元市『ハイ、御察しの通り五万円の金の必要が起りました。何とマアあなた様は、私の心を御存じで御座います。疑もなき天狗様、これから家内中が打揃うて、村の奴が何と申さう共信仰を致しますから、どうぞ米の上り下がりをハツキリ知らして下さりませ』 大霜『ヨシ、俺は生前に於て坂井伝三郎といふ堂島の相場師であつた。相場の為に財産をなくした位だから、神界に於ても相場に詳しいので、其方面の守護を致して居る神だ。つまり言はば専門家だ、此方の負た丈の金は其方に勝たしてやつても、別に社会の科にもなるまい。五万円などとそんな吝嗇臭い事申すな。八十万円勝たしてやらう、どうぢや嬉しいか?』 元市『ハイ、嬉しう御座います』 大霜『其八十万円の金を手に入れたら如何する積りだ』 元市『ハイ、申す迄もなく、曽我部村を全部買収し、五万円がとこ林を買うて、其処を天狗さまの公園となし、残り七十五万円はマア一寸考へさして頂きませう』 大霜『七十五万円の財産家となつて羽振を利かす考へだらう。其方は其金が手に入つたならば、立派な家を建築し、妾をおいて、栄耀栄華に暮さうといふ、今から考へを持つて居らうがなア。余り贅沢になると酒色に耽つて衛生上面白くない、身体衰弱して短命になる。又女房のあるのに妾などを置けば、家内が常にもめる道理だ。一層の事、今の貧乏の方が却て幸福かも知れないぞ。そうなると、却て神の恵が仇となるから、五万円丈にして置かうか』 元市『メヽ滅相な、神さまの言に二言はないと聞いて居ります。あなたこそ神さまとなれば、お金の必要は御座りますまいが、肉体のある以上は金は必要です。七十五万円の内、十万円丈は私が頂戴致しまして、後の六十五万円は駅逓局へ預けたり、慈善事業に寄附したり、社会の為に使ひます』 大霜『それも結構だが、神さまのお道の為に使はうといふ気はないか』 元市『ハイ、神さまの方は五万円御約束の通り、チヤンときまつて居ります』 大霜『アハヽヽヽ、そんならそうでも宜からうが、相場をする基本金は如何して拵へるか』 元市『ハイ御存じの通り、スツカリ貧乏を致しまして、最早一円の金も貸してくれる者もありませぬので、此資本を神さまの御厄介に預つて貸して頂きたいもので御座います』 大霜『ヨシ、そんなら小判の埋蔵所を知つて居るから、それを其方に明示してやらう。誰にも言つてはならぬぞ。乍併此金は山奥に埋めてあるから、其方が行かいでも、此神主の肉体を使うて掘りにやらすから、二三日待つて居るが宜からう』 元市『ハイ有難う、いくら隠してあるか知りませぬが、一人では途中が危なう御座います。もし賊にでも出会うたら大変ですから、どうぞ私一人丈はお供にやつて下さいな』 大霜『ならぬならぬ、其金は一寸百万円ばかり小判で隠してあるが、其方に其所在を知らすと、又悪い精神を出し、体主霊従におちてはならないに依つて、先ず一万円計り資本に、此肉体に掘らしてくる。キツと従いて来る事はならぬぞ』 元市『そんなら伜の宇一をお供をさしますから、それ丈許して下さい』 大霜『イヤそれも成らぬ。此神主の肉体を神が勝手に使うて掘り出して来る。其方の改心次第に依つて渡してやる』 元市『ハイ承知いたしました。御安心下さいませ。メツタに慢心する気遣ひは御座いませぬ。ズントズント心の底から改心を致して居ります』 喜楽は自分の腹の中から言ふ事を一々残らず傍聴し、又元市の言も聞いて可笑しくてたまらず……ナアにそんな金があるものか……と心の中で思つて仕方がなかつた。 大霜『神は最早引取るぞよ。此肉体を大先生と崇めて大切に致せよ。ドスス、ウン』 と飛び上がり、憑霊は忽ち肉体を離れて了つた。 元市『あゝ大先生、御苦労はんで御座いました。どうぞ体を大切にして下さいや。大変な結構な御神徳を頂きました』 喜楽『私も聞いてゐましたが、あんな甘い事大霜サンが言はれたけれど、嘘ぢやなからうかと、心配でなりませぬワ』 元市は首を左右に振り、 元市『大先生、そんな勿体ないことを言ふもんぢやありませぬ。天狗サンは一割正直な御方ですから、嘘を仰しやる気遣は御座いませぬ。アー之れで私の運も開きかけた』 とニコニコしてゐる。 其日は何となく吾家へ帰りたくなつたので、久し振りに自宅へ帰ることとなつた。 (大正一一・一〇・九旧八・一九松村真澄録)
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霊界物語 37_子_出口王仁三郎自叙伝1 12 邪神憑 第一二章邪神憑〔一〇二四〕 喜楽は矢田の滝に修行に行つた序、朝早くから亀岡の伯母[※亀岡町西竪に住んでいた伯母の岩崎ふさ]の内を一寸訪問してみた。伯母は大の稲荷信者であり、又其頃一寸天理教にもかぶれてゐた。喜楽が神憑り[※初版・愛世版は「神憑り」、校定版は「神懸り」。]になつたといふことを聞いて、一度参つて見たく思ふてゐた際である。斎藤宇一を伴うて、其日伯母を訪ねて見ると、何時も『喜楽坊喜楽坊』と呼びずてにし、『お前はチンコだ、甲斐性なしだ。内の伜は体格も丈夫だし、余程賢い』などと、クソカスにこきおろすのが例であつた。それに今度は打つて変つて、門口へ這入るなり、伯母が飛んで来て、 伯母『モシモシ御台様、能う来て下さいました、どうぞ座敷へ御通り下さいまして、御ゆるりとなさいませ、何なつと御註文次第御馳走を拵へて上げます。お揚げが宜しいか、小豆飯をたきませうか、瓢箪さまの御台さまが御座ると甘鯛の一塩が好きだと云ふて、生なり食つて下さる、種油も食つて下さる、神さまによると、石油でも五合位おあがりになる、あなたは何がお好きで御座いますか、何なりと御註文なさりませ、神さまに気よう食て頂くほど気持のよいことはありませぬ』 とサツパリ稲荷下げに人をして了うてゐる。喜楽は首を左右に振り、 喜楽『伯母サン、私に神さまがうつつてもそんな卑しい物は御あがりにはなりませぬ、富士の山の天狗さまが憑つて御座るのだから……』 伯母『天狗さまなら猶のこと、御あがりなさらんならん、いつも御台さまに鞍馬山の魔王さまがお憑りになり、何でもかんでも御あがりになり終ひにや瓢箪さままで御憑りになつて、よい声で歌ひ踊らはると、何とも云へぬ気持のよいものだ、さうすると、御前の神さまは死んだ神さまだな、物を食はぬから……』 何時も狸寄せ、狐寄せをやつて居る伯母は、神憑り[※初版・愛世版は「神憑り」、校定版は「神がかり」。]は何でもかんでも喰べるものと思ふて居るらしい。亀岡附近では何時も迷信家が寄つて、稲荷下げの御台さまを招いて来て寒施行といふことをする。其時御台になる女は神仏混淆の御経をとなへ、御幣を振つて……おれはどこの稲荷だ……とか、魔王だとか、五郎助だとか、太郎八だとか、狸までがやつて来て、一生懸命に一人の口へ入れて了ふ。小豆飯の三升位一遍にケロリと平げ、油揚の五十枚位苦もなく食つて了ひ生節の十本、蒲鉾の二十枚、種油一升、醤油五合御飯にお酒と殆ど想像もつかぬ程平げて了ひ、そしてよい声を出して、身軽に舞うたり踊つたりする。いよいよ神よせが済むと、元の肉体に返る。すると其稲荷下げは大抵女が多いが、 『あゝ大変腹がへりました。御膳をよばれませうか』 と自分から催促して、一人前以上を食つて了ふ。かういふ神憑りでないと亀岡地方では持てはやされぬのである。伯母はこの伝をいつも見て居るから、自分に懸る神さまは何も食はないと云つたら、 伯母『ソラお前の神経だ。ヤツパリ神さまぢやない』 などと云つて、又態度が一変し、 伯母『コレ喜三、よい加減に目をさまして、早う帰つて元の乳屋をしたり、百姓をしなさい。お前がさうヒヨロヒヨロしてるとお米がどん丈心配するか知れぬ。私がこれから旅籠町の天理王さまへ連れて往つて御祈祷して貰つて上げよか』 と親切相に言うてくれる。宇一はポカンとして二人の問答を聞いてゐたが何と思つたか、黙つてポイと此家を出て了つた。喜楽も宇一の出たのを幸ひ、伯母の内を甘く逃げ出し、穴太へ帰る途中、荒塚村の前で宇一に追ひつき、それから其足で寺村の重吉といふ稲荷下げの所へ調べがてら行くこととなつた。 漸くにして寺村の小谷重吉の家に着いた。並河馬吉といふ男が世話係の元締をして居る。宇一は馬公と懇意の仲であつた。それは親類関係からである。馬吉は宇一の姿を見るなり、 馬吉『ヤア宇一サンか、能う来て下さつた。今穴太へ相談に行かうと思うて居つた所だ。昨夜から神憑りが烈しうて、どうにも斯うにも仕様がない、穴太の先生にしづめて貰はうかと思つてゐた所だ。どうやろなア、来て下さるだらうか』 と尋ねて居る。宇一は、 宇一『此人が喜楽サンだ、頼んでみたがよからう』 馬吉『それは願うてもないこと、イヤ失礼しました。あなたが喜楽サンで御座いましたか、何分宜しう御願申します、サア何卒奥へ御通り下さい』 瓦葺の田舎では可なり大きな家であつた。馬吉の案内につれて二人は奥へ通ると、次の間に何とも知れぬ妙な唸り声が聞えてゐる。馬吉は一寸其声する方を指し、 馬吉『モシ喜楽の先生様、あの通り二三日前から唸り通しで御座います。今迄二三十人病人を助けましたので、皆の者がエライ神さまだと云うて信心してゐましたが一寸調子に乗つたと見えて、逆上したのか、取止めのない訳の分らぬことを、あの通りベラベラ囀つて居ります。どうかして直す法は御座いますまいかな』 と心配らしく尋ねてゐる。喜楽は俯いて手をくみ思案にくれてゐる。 宇一『二三日前からうなり出したか、ソラ大方大天狗の口の切れかも知れんぞ、ズイ分俺ンとこで三週間修行した時にも、家がゴーゴー鳴る、ゆすれる、ソレはソレは大変なことがあつた。家の爺が怒つて、喜楽サンに修行場をどつかへ持つて行てくれと呶鳴つた位の大騒動だつた。其時は俺もズイ分肝を潰したが、モウ神憑りに経験がついたので、あの位の唸り声は何でもないワ。喜楽サンでなくても俺が一つ這入つてしづめて来てやらうか、ナア喜楽サン、如何せうかな』 喜楽『マアやつて見い、万一可けなかつたら、俺が出るとせう』 宇一『ヨシ来た、喜楽サン、ここに待つてゐてくれ……オイ馬サン、お前も一所に行てくれ、おれが一つ審神者をして天狗の口をきるか、もし悪神であつたら霊縛をかけてやらう』 と確信あるものの如く意気揚々として、一寸した廊下をわたり、二間建の離れ座敷の、唸り声のする方を指して進んで行く。 暫くすると大変な甲声の太いやつが聞えて来た……ハテな野天狗が現はれて口を切つてるのだなア……と思ひ乍ら、自分で茶を汲み、二人の帰つて来るのを待つてゐたが、何時までたつても帰つて来ない。『ウンウン』と唸る声は段々と烈しくなる。此家の者はビツクリして、同じ村の親類へ皆逃げて行つて不在である。 日の暮に間近く、座敷の隅はソロソロうす暗くなつて来た。細い廊下を渡つて声のする居間へ行つて見ると、二人共あべこべに霊縛にかかり、ふンのびて了ひ、其上に小谷重吉が神憑りになつたまま目を丸く光らせ、妙見サンが波切丸の宝剣を振り上げたやうな恰好で、力瘤だらけの腕を、赤裸になつて、頭上に片仮名のフの字型にし、左の手を握つて馬吉の頭をグイグイ押へつけ乍ら、 重吉『コリヤ悪人共、改心致すかどうぢや、きさまは俺ン所の女房と何々して居るだらう。白状せい、コリヤ宇一、貴様も余り性がよくないぞ、鞍馬山の大僧正が其悪事をスツクリ調べ上げて制敗をしてやるのだ、サア如何ぢや』 と云つては頭をコツンとなぐる。二人は強直状態となり、首計りふつて声をも能う出さず苦んでゐた。小谷重吉の神憑りは喜楽の姿を見るより、二人の上からツツと下りて叮嚀にキチンとすわり、 重吉『これはこれは大先生さま、能う来て下さいました。私は一体神憑りですやろか、但は気が違うて居るのですやろか、自分がてに合点が行きませぬ。どうぞ一つ査べて下さいな、オホヽヽヽ』 と厭らしう笑ふ。如何しても普通とは見えぬ。そこで『ウーム!』と一つ鎮魂をやつて見ると、重吉は何の感応もなく依然として坐つて居る。霊が二人にかかつたと見え、俄に二人は強直状態から免がれ、ムクムクと立上がり、重吉の左右に責寄つて、宇一は左の手を、馬吉は右の手をグツと後へまはし、手早く手拭で括らうとする。 喜楽『オイそんな乱暴なことしちや可かぬ、待て待て、コリヤ神憑だから、本人が悪いのぢやない、そして俺がここへ来た以上は、キツとあばれささぬから、其手を放してやれ』 馬吉『今日迄こんな事はなかつたのです、只大きい声で怖い面して呶なる一方でしたが、今の先から様子がガラツと変り、私が此男の女房を何々したとか云つて、覚えもないことをぬかし頭をコツきよるのです。こんな神憑があつてたまるものか、常平常から此奴ア悋気深い奴だから、私が此処へ遊びに来るのを、何か妙な目的があつて来て居るのだと思うて居つたに違ひない。それが一つになつて気が狂ひ、情ないことをぬかすのだらうから、一つ頭から血を出し、水でもかけてやらねば直りますまいで、なア宇一君、お前如何思ふか』 宇一『俺は全くの気違とは能う思はぬワ、ドエライ野天狗が憑きやがつて重吉の肉体の精神とゴツチヤ交ぜになつて、こんな事を吐すのだと思ふ。一つ喜楽サンに鎮魂して貰うたら分るだらう、俺もこんな審神者をしたことは今日が始めてだ、こんな奴に相手になつて居らうものならそれこそ命がけだ、最前も俺の喉笛に喰ひつかうとしたので、横面をはり倒してやつたら、俄に口を切り出しあんな事吐すんだよ』 重吉は又もや立ち上り、両腕をプリンプリン振り乍ら、 重吉『此方は鞍馬山の魔王大僧正だ、これから鞍馬山へ天の雲へ乗つて、行つて来る、其方はそれ迄ここに待つて居れ、今度おれが帰つたら、大変な神力を受けて帰り、どいつも此奴もゴテゴテ吐かす奴を片つ端からふン伸ばし、股から引さき戒めてやる程に、ウツフーン』 と云ひ乍ら、ドシンドシンと一足々々足に力を入れ外へ出ようとする。喜楽は両手を組んで、『ウーン』と一声霊を送つた。重吉は其場に大の字になつて倒れて了うた。 馬吉『コレ喜楽サン、そんな無茶なことして如何なりますか、手も足も冷たうなつたぢやありませぬか、若し後へ戻らぬやうなことがあつたら吾々は大変ですがな、どうして下さる』 と気色をかへて、鼻息をはずませ、腕をニユツとつき出して迫つて来る。 喜楽『ナアニ心配いりませぬよ。今戻してやりますよ』 と言ひ乍ら、二拍手して天の数歌を二回まで唱へ上げた。重吉は、 『アハヽヽヽ』 と笑ひ乍ら、身体元の如く軟くなつて起あがり、 重吉『アー喜楽サン、ホンに偉い御神力ぢや、モウ是ならお前さまも大丈夫だ、サア法貴谷へ修行に行きませう、喜楽サン従いて来て下さい、お前さまに真言秘密の法を教へて上げるから、此魔王大僧正が直接に、神変不可思議の魔術を授けますぞや。アーン』 喜楽『おかげで私はいろいろの神術を高熊山で教はりましたから、モウ結構で御座います、どうぞ結構な法があるのならば、馬サンや、宇一サンに授けて上げて下さい』 とからかひ気分に云ふ。重吉は肩を怒らし乍ら、言も芝居口調になつて、 重吉『コレなる両人は、生れつきの精神が悪いに依つて、神が見せしめの為、ふン伸ばしてやつたのだ。かやうな者に魔訶不思議の法を授けやうものなら、どんなことを致すか分りませぬワイ、ウツフヽヽヽ』 と立ちはだかつて、得意面をさらしてゐる。半分は肉体、半分は野天狗の神憑といふ状態であつた。馬吉は握拳をかためて重吉の横面をピシヤピシヤとなぐりつけ、 馬吉『コリヤ小谷重吉、きさまは偽気違の偽神がかりだ、常平常から俺を誤解してゐやがるからそんな事をぬかしやがるんだ。俺は貴様の云ふやうな悪人ぢやないぞ、どうぢや貴様が去年、○○の嬶を○○した時に、泣いて俺に仲裁を頼みに来よつたぢやないか、其御恩を忘れたのか馬鹿野郎奴!』 と面ふくらして真向になつて怒つてゐる。 宇一『オイ馬公、こんな半気違をつかまへて怒つたつて仕方がないぢやないか』 馬吉『おれも親類なり、友達だと思うて、家内でさへも能う居らぬ重公の世話をしてやつて居るのに、喜楽サンの前で、有りもせぬことを吐しやがると、業腹がにえてたまらぬのだ』 重公は其間に尻をまくり、 重吉『コラ馬公、けつでもくらへ!』 と云ひ乍ら、真黒けの尻を出し、二つ三つ叩いて裏口から、どこともなし飛出して了うた。日はズツポリとくれて、何処へ行つたか、チツとも見分けがつかなくなつて了うた。後にて聞けば法貴谷の石凝とか云ふ天狗が住んでゐる岩山へ逃げ込んでゐることが四五日してから分つたのである。 喜楽は只一人穴太の自宅に帰り、日夜の参詣者に対して鎮魂を施し神占を取次いでゐた。 (大正一一・一〇・九旧八・一九松村真澄録)
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霊界物語 37_子_出口王仁三郎自叙伝1 13 煙の都 第一三章煙の都〔一〇二五〕 松岡天使の命令によつて、喜楽は只一人初めて大阪の布教を試みむと早朝吾家を立ち出で、天然笛と鎮魂の玉に皮製の鞄を一つ肩にひつかけ、生首峠を渡り茨木街道に出で、それより汽車に乗つて大阪の地に着いた。 大阪は煙の都とかねて聞いて居た。初めて大都会を見た田舎者の目には、井中の蛙が大海に放り出された様に面喰つて了ひ、何処を如何行つたら宜いか分らなくなつて了つた。幾百とも知れぬ煙突から立ち上る濛々たる黒煙は、中空に竜の躍るが如く、馬車人車の行き交ふ音は轟々として、雷を聞くかとばかり疑はれ、魂消きつて梅田の駅から当途もなしに南へ南へと進んで行つた。漸く中の島の公園に辿りつき、豊太閤を祀つた豊国神社や、木村重成の誠忠碑の大きな花崗石が、真中から斜に罅き割れて居るの等を拝礼し乍ら、多田亀の元の妻たりしお国と云ふ女の宅を頼らうと、其処らあたりをうろつき廻つた。此お国サンの家には、多田琴が娘の事とて、布教がてら先へ行つて居るので、両人息を合せ此地で大宣伝を試みようと思ふたからである。 水の都の大阪市、中空は煙に包まれ地は河で囲まれて居る。同じ様な橋が幾つともなく架かつて居る。大阪には殆ど千ばかりの橋梁が市内に架つてるさうだが、橋と名のつくのは僅に二つ三つで其外は皆橋である。天満橋、天神橋、浪速橋と云ふ様に橋ばかりの大都会を、軒別に……お国の家は此処か……と尋ね廻る間抜けさ加減、国を出る時に多田亀にお国サンの住所を詳しく聞く事を忘れて来たのだ。田舎育ちの喜楽は、名さへ云へば小さい田舎の様に直判ると思ふて居たから、住所を詳しく問ふておかなかつたのである。何程広い大阪でも、交番所で尋ねたらお国サンの処ぐらゐは直に判ると早合点して居た。それが大阪へ初めて来て見ればチツとも見当がつかない。交番所へ行つて尋ねて見ても巡査に笑はれるばかり、住所と苗字の知れぬ只お国サンだけでは到底駄目だつた。不図、自宅の隣家に住む穴太の斎藤佐一と云ふ人が天満橋の詰め近く空心町と云ふ処に餅屋をしてると云ふ事を予て聞いて居た。これを思ひ出して尋ねようと考へ込んだ。これは地理をよく知つた車屋に案内さすが一番だと考へ、折柄空俥をひいて橋の詰めにやつて来る俥夫に向つて、 喜楽『空心町の斎藤佐一と云ふ餅屋へやつて呉れ』 と頼んで見た。車夫は、 車夫『空心町は余程道程がありますから廿五銭下さい』 といふ。自分は直に廿五銭を俥屋に渡した。さうして長い天満橋の上を南へ渡り、それから又大きな橋を一つ渡つて又もとの橋の近所へ連れて来られた。其橋詰の少し凹んだ狭い間口の家の前に卸して呉れた。よくよく見れば『実盛餅』と書いてある。あゝ此処だなと頷き乍ら、 喜楽『御免』 といつて中へ這入つた。随分狭い家であつた。初めに俥に乗つた処へ畢竟おろされて居たのである。後で考へて見れば、天神橋を南へ渡り又天満橋を北へ渡り、町中を廻つて元の処へ下されたのであつた。田舎者の事とて、二十八才の青年も人力車に乗つたのは、恥かし乍らこれが初めてであつた。実盛餅の主人は、自分の顔を見て、 主人『あゝ喜楽サンだすか、能うおいでやす。あんたは此頃噂に聞けば偉う信神が出来ますさうな、そりや結構です。マアゆつくり一服して下さい』 と云ふ。 喜楽『ハイ、有難う』 と腰を掛け、扇をパチパチと云はして俯向いて居ると、主人の佐市サンはお繁と云ふ嫁サンに実盛餅を皿に盛らせて、 主人『サアお上り』 と親切に茶を汲んで出して呉れた。お繁サンも亦、 お繁『喜楽サン、マア珍しい、能う来なさつた。折角だから家で泊つて貰ひ度いが、此通り表が二畳敷、奥が四畳半で寝る処がないので、泊つて貰ふ訳にもゆきませぬ。妾が宿屋を案内するから其処で泊りなさい。旅費は持つて来なさつたか』 と尋ねる。喜楽は、 喜楽『実は五十円の旅費を算段して持つて来ました。まだ、四十九円五十銭残つて居る』 と答へると、佐市サンは、 佐市『そんな大金を持つて居ると、掏摸が田舎者だと思ふて盗るか知れぬから、シツカリと内懐へ入れて片一方の手で握りもつて歩きなさい』 と注意し乍ら、川傍の三階建の宿屋へ案内して呉れた。荷物といつたら鞄一つよりない。外へ鞄を提げて、行き当り次第布教に出ようと宿屋を出掛ると、其処の番頭が喜楽の襟髪をグツと握り、 番頭『こりや何処へ逃げて行く、田舎者奴が!』 とえらい権幕で呶鳴りつける。喜楽は吃驚して、 喜楽『ヘイ、私は何処か其処らへ神様の道を拓きに行かうと思ひます。夜になつたら帰つて来ますから、何卒やらして下さい。毎日日日こんな処へ来て、宿賃を払つて遊んで居つては詰りませぬから……』 と云ふと、番頭は少し顔を和らげて、 番頭『そんなら其鞄を置いて行かつしやい、お金は何程持つてる』 と云ふ。 喜楽『ここに四十円あまり持つて居ます』 と答へると番頭は、 番頭『其金を預けて行きなさい。確に預るから……お前サンの様な都会に慣れない人は、何時掏摸に盗られるか知れぬから、もしも盗られたら此方の宿賃まで貰へぬ様になつて了ふ。さうなれば互の迷惑だ』 と少し言葉を和らげて云ふ。そこで喜楽は四十円を此処の番頭へ預けておき、残りの端金を懐に入れて其処等あたりをウロつきまはり、色々の教会を訪問し、稲荷下げを調べたり何かして二週間ばかり何の効果も無く過ごして了つた。さうして多田琴の母親の家は如何しても判らなかつた。夜分になると宿屋へ帰つて鎮魂をしたり、自問自答して神勅を伺ふたけれど、チツとも松岡サンも大霜サンもスカタンばかり教へて本当の事を言つて呉れなかつた。 二週間経つと宿屋の番当が、 番頭『お客サン、勘定を願ます』 と云つて勘定書を持つて来る。よくよく見れば一日の泊りが二円八十銭で二週間で三十九円二十銭と書いてある。一度田舎の宿で泊つた時二十五銭であつた。何程大阪が高いと云つても一日五十銭出せば大丈夫だ……と思ふて居た田舎者の喜楽は、生命の綱と頼んで居た旅費の大部分が、思ひ掛けなき宿料に皆とられた事に肝を潰し、直に預けた金の中から八十銭返して貰ひ、それを茶代として渡したので、畢竟四十円の金は二週間前に番頭に渡した時見たきり、それが長のお別れとなつて了つた。実際を云へば此五十円は、牧畜業の方では三人の組合で金を如何することも出来ないので、自分の家と屋敷を抵当に入れて借つてきた金である。そこら迂路々々と芝居を見たり落語を聞いたり、見世物や車賃などで七八円の金はなくなつて居た。もはや懐には一円あまり外、なかつたのである。 此宿屋は玉屋と書いてあつた。河端の極く新しい白木造りの家であつた。此玉屋を立ち出で北区の天満天神さまの鳥居を潜つて、大阪へ別れを告ぐるべく参拝をした。神苑内には丹頂の鶴が金網を張つて四五羽飼つてあつた。さうして六十ばかりの爺が鰌を売つて居る。爺は参拝者をつかまへては、 爺『皆サン、お鶴サンに鰌を献上なさいませ。一盛が一銭です』 と呶鳴つて居る。見れば小さい饂飩の様な鰌が、二匹浅い竹筒に水と一所に盛り並べてある。一銭出しては鰌を買ひ、鶴の立つて居る浅い水溜りへ投げてやると、長い嘴をつつこんで直にとつて食ふ。鶴は目出度い鳥ぢやと聞いて居る。絵に書いた鶴は沢山見たが、生たのは初めてなので、好奇心に駆られて一銭銅貨と交換しては、並べてある鰌の竹鉢を残らず鶴に与へて了つた。さうすると一方の方に白い毛の駿馬が、足摺荒くして板の間をトントントンと叩いて居る。一寸見れば其処にも土器に大豆の煮でたのが七八ツ皿に盛つて、 『一皿一銭お馬さんにおあげなさいませ』 と書いてある。鶴に五杯の鰌をスツカリ与へて五銭はり込んでやつたのだから、此馬にもやらずには居られぬと、五七三十五粒の煮豆を、白銅一枚はりこんで馬に振れ舞ひ興に入つて居る。その時後の方から、 (易者)『先生々々』 と呼ぶ声が聞える。誰の事かと思ふて後を振り向くと、白髪の老人が周易の看板を机にブラ下げ、赤毛布をかけて椅子に腰をかけ、此方を向いて手招きして居る。見れば易者が五六人も境内の此処彼処に易断の店を張つて居た。其老人は小林易断所としてあつたから、大方小林と云ふ男であつただらう。その老爺がいふには、 易者『先生、お前さまは丹波のお方でせう。今大阪へ出て来て神様の教を宣伝するのは、未だ時機が早い。一時も早う丹波の国へ帰りなさい。さうして十年ばかり修業を積んだ上、大阪へ布教に来られたならば屹度成功します。今は大切な時だ、軽挙盲動をしてはなりませぬぞ』 と頼みもせぬのに熱心に云つて呉れる。喜楽は、 喜楽『不思議な事を云ふ易者だな、如何して丹波の人間と云ふ事が判つたのか知らぬ』 と思ひ乍ら今度此方から易者に向つて、 喜楽『先生、貴方は神さまの様な人ですな、一体何処の国でお生れになつたのですか』 と問ひかけると老易者は、 易者『俺は若い時から長らくの間、富士講と云つて浅間様の教会に這入り、富士の山で修業をして居つたものだ。さうした処、富士講の丸山教会は、教祖の六郎兵衛サンが神罰を蒙つて悶死されてから、其教会は滅茶々々に壊れて了ひ今は情ないこんな易者になつて大阪で渡世をしてるのだ。実は私は小林勇と云ふ者である。然し乍ら、これは一寸仮の名だ、本当の名は再びお前に会ふて打明かす時が来るであらう。先づ達者にして修業を成さるが宜しい。これからお前サンの丹波に帰つてから十年間の艱難辛苦といふものは、今から思ふても真に可哀相な気がする。然し乍らこれも神様のため、世の中の為めだから辛抱しなさい』 と云ふ声さへも涙に曇つて居る。喜楽は思はず俯伏し、一言も発し得ず落涙に咽んで居た。暫くして頭をあげて見れば、今小林勇と云つた老易者の影は何処へ行つたか跡方もなく消えて居つた。かかる不思議に出会ふた喜楽は手を組み首を傾けて暫し茫然と佇んで居た。 喜楽『アヽ今のは神様の化身ではなかつたかなア』 忘れもせない二月の九日の夜、芙蓉仙人松岡天使に高熊山に誘はれて受けた教訓、今更の如く胸に浮かんで来た。 其時の松岡天使の教訓は大略左の通りであつた。 『澆季末法に傾いた邪神の荒ぶ今の時に当つて、お前は至粋至純なる惟神の大道を研究し、身魂を清め、立派な宣伝使となつて世界に向ひ、神道の喇叭を吹き立て、世界を覚醒せなくてはならぬぞよ。今に於て惟神の大道を宣伝し、世界の目を醒ますものが無ければ、今日の社会を維持する事は出来ない。惹いては世界の破滅を招来する事は鏡にかけて見る様だ。お前はこれから神の僕となつて、暗黒世界の光となり、冷酷な社会の温味となり、腐りきつた身魂を救ひ清める塩となり、身魂の病を癒す薬ともなり、四魂を研き五情を鍛へ、誠の大和魂となつて、天地の花と謳はれ果実と喜ばれ、世の為め道の為めに尽して呉れねばならぬ。真の勇、真の親、真の愛、真の智慧を輝かし此大任を完成せむとするは、仲々容易な事業ではない。今後十年の間は其方は研究の時期である。其間に起る所の艱難辛苦は非常なものだ。之を忍耐せなくては汝の使命を果す事は出来ないぞ。屡神の試にも遭ひ、邪神の群に包囲され苦しむ事もあるであらう。前途に当つて深い谷もあり、剣の山や、血の池地獄や、蛇の室、蜂の室、暴風怒濤に苦しみ、一命の危い事も屡あるであらう。手足の爪迄抜かれて、神退ひに退はれる事も覚悟して居らねばならぬ。さり乍ら少しも恐るるには及ばぬ。神様を力に誠を杖に猛進せよ。如何なる災害に遭ふとも決して退却してはならぬ。何事も皆神の御経綸だと思へ。一時の失敗や艱難に出会ふた為めに、神の道に遠ざかり心を変じてはならぬ。五六七の神の御心を、生命の続く限り遵奉し、且世界へ拡充せよ。神々は汝の身を照らし、汝の身辺に附き添ふて、此使命を果すべく守り玉ふであらう。特に十年間は最も必要な修業時代だ』 との厳しき神示は深く脳裡に刻まれてあつた。其処へ今又小林勇と云ふ不思議な老易者より同じ様な教訓を受けたのは実に不思議であつた。 これより社前に額づき、拍手再拝し天津祝詞を奏上し、社内を退き懐淋しきまま、天満橋詰の空心町の実盛餅を目当に尋ねて行く事とした。 (大正一一・一〇・一〇旧八・二〇北村隆光録)
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霊界物語 37_子_出口王仁三郎自叙伝1 20 仁志東 第二〇章仁志東〔一〇三二〕 話は少し元へ帰る。明治卅一年の四月三日神武天皇祭[※神武天皇が崩御した日。]の日、喜楽は早朝より神殿を清め修業者と共に祭典を行つて居た。そこへ瓢然として尋ねて来た五十余りの男がある。男は無造作に閾をまたげてヌツと這入り、 男『私は紀州の者で三矢喜右衛門と申します。稲荷講の福井県本部長で、静岡県阿部郡富士見村月見里稲荷神社附属、稲荷講社総本部の配札係で御座います。紀州を巡回の折柄、ここの噂を承り、すぐさま総本部へのぼり長沢総理様に伺うた所、因縁のある人間ぢやに依つて、兎も角調べて来いと言はれました。過去現在未来一目に見え透く霊学の大先生長沢様の御言葉だから、喜んでお受けなされ、決して私は一通りの御札くばりではありませぬぞ』 とまだ喜楽が一口も何ともいはぬ先から、虎の威をかる狐の様に威ばり散らしてゐる。喜楽は稲荷講社と云ふ名称に就いては聊か迷惑のやうな気がした。なぜならば口丹波辺は稲荷講社といへば直に稲荷おろしを聯想し、狐狸を祀るものと誤解されるからである。併し乍ら過去現在未来を透察する霊学の大家が長沢先生だと言ふことを聞いては、此三矢を只でいなすことは出来ない様になつて来た。 二月以来高熊山の修行から帰つたあとは、霊感問題に没頭し、明けても暮れても、霊学の解決に精神を集中して居たからである。そして親戚や兄弟、村の者までが、山子だ、飯綱使だ、狐だ、狸だ、野天狗だ、半気違だと口々に嘲笑悪罵を逞しうするので、何とかして此明りを立て、人々の目をさまさねばならぬと、心配して居た所へ三矢氏が来たのだから、一道の光明を認めたやうな気になつて、勇み喜び、直に三矢を吾家に止め、いろいろと霊学上の問題を提出して聞いて見たが、只配札のみの男と見えて、霊学上の話は脱線だらけで、何を聞いても一つも得る所がなかつた。それから旅費を工面して、三矢の案内で愈同月の十三日、穴太を立つて京都まで徒歩し、生れてから始めての三等汽車に乗つて、無事静岡の長沢先生の宅に着くことを得た。 長沢先生は其時まだ四十歳の元気盛りであつた。いろいろと霊学上の話や、本田親徳翁の来歴等を三四時間も引続けに話される。喜楽が一口言はうと思うても、チツとも隙がない。此方の用向も聞かずに四時間斗り喋り立て、ツツと立つて雪隠へ行き、又元の所へ坐り、三方白の大きな目を剥き出し、少し目が近いので背を曲げ、こちらを覗く様にして、又もや自分の話を続けられる。机の下は二三ケ月間の新聞紙が無雑作に散らけてある。沢山の来信も封を切つたのや切らぬのが、新聞紙とゴツチヤになつて広い机のグルリに散乱してゐる。長沢先生は障子の破れ紙の端をチヨツと引むしつて、ツンと鼻をかみ、ダラダラと流れやうとする鼻汁を又ポンと紙を折り、遂にはツーと余つて鼻汁が膝の上に落ちやうとするのを、今度はあわてて新聞紙の端を千切り、それに鼻汁紙を包んで、無雑作に机の下に投げ込み乍ら、平気な顔で又五時間斗り喋りつづけられた。長途の汽車の旅で体は草臥てゐる。一寸どこかで足を伸ばしたいと思ふても先生が動かないので如何することも出来ず、とうとう其日は自分の住所姓名を僅に告げた丈で、長沢先生の話斗りで終つて了つた。 先生の母堂に豊子といふ方があつて、余程霊感を得てゐられた。豊子さまは喜楽に向ひ、 豊子『お前さまは丹波から来られたさうだが、本田さまが十年前に仰有つたのには、是から十年程先になつたら、丹波からコレコレの男が来るだらう、神の道は丹波から開けると仰有つたから、キツとお前さまのことだらう、これも時節が来たのだ。就ては、本田さまから預つて置いた鎮魂の玉や天然笛があるから、之を上げませう。これを以てドシドシと布教をしなされ』 と二つの神器を箪笥の引出しから出して喜楽に与へ、且神伝秘書の巻物まで渡してくれられた。翌朝早うから之を開いて見ると、実に何とも云へぬ嬉しい感じがした。自分の今迄の霊学上に関する疑問も、又一切の煩悶も拭ふが如く払拭されて了つた。 午前九時頃から、長沢先生は再び自分を招かれた。早速に先生の前に出で、今度は自分の方から喋り立て、先生に一言も云はすまいと覚悟をきめて出合ふなり、自分の神憑り[※初版・愛世版では「神憑り」、校定版では「神懸り」。]になつた一伍一什を息もつかずに三時間斗り述べ立てた。先生は只『ハイハイ』と時々返事をして、喜楽の三時間の長物語を神妙に聞いて呉れられた。其結果一度審神者をして見ようと云ふことになり、喜楽は神主の席にすわり、先生は審神者となつて幽斎式が始まつた。其結果疑ふ方なき小松林命の御神憑[※初版・愛世版では「御神憑」だが、校定版では「御神懸(ごしんけん)」。]といふことが明かになり、鎮魂帰神の二科高等得業を証すといふ免状迄渡して貰つた。喜楽は今迄数多の人々に発狂者だ、山子だ、狐つきだとけなされ、誰一人見わけてくれる者がなかつた所を、斯の如く審神の結果、高等神憑[※初版・愛世版では「神憑(かむがかり)」だが、校定版では「神懸(かむがかり)」]と断定を下されたのであるから、此先生こそ世界にない、喜楽に対しては大なる力となるべき方だと打喜び、直ちに請ふて入門することとなつたのである。要するに長沢先生の門人になつたのは霊学を研究するといふよりは、自分の霊感を認めて貰つたのが嬉しかつたので入門したのであつた。 夫れより先生に従ひ、三保の松原に渡り、三保神社に参拝して、羽衣の松を見たり、又は天人の羽衣の破れ端だと称する、古代の織物が硝子瓶の中に納められてあるのを拝観したりし乍ら、一週間許り世話になつて、二十二日の夜漸く穴太の自宅に帰る事を得た。三矢喜右衛門も再穴太へ従いて帰り、園部の下司熊吉方に往復して、とうとう斎藤静子と熊吉との縁談の媒人までなし、今迄の態度を一変して、下司熊をおだて上げ、いろいろと喜楽に対し、反抗運動を試みる事となつた。 下司熊は、斎藤静子の余りよくない神憑を女房に持ち、自分も神憑となつて、相場占を始め出した。下司の腹心の者に藤田泰平といふ男があつた。此男は人の反物を預り、着物や羽織を仕立て、賃銭を貰つて生計を立てて居た男である。下司熊の頼みによつて、方々から預つたいろいろの反物を質に入れ、金を借り、それを下司熊に使はれて了ひ、依頼主から火急な催足をされて、非常に煩悶をしてゐた。グヅグヅして居ると刑事問題が起り相なので、泰平自ら穴太へ行つて来て、下司熊の為に自分は退引ならぬ破目に陥つた事を歎きつつ物語り、如何かして助けて貰ふ訳には行かうまいかと云つて泣いて居る。喜楽も最早如何する事も出来ない。併し乍ら何とかして助けてやりやうはないかと、頭を悩ましてゐた。そこへ斎藤宇一が自分の叔母の婿となつた下司熊と共に出て来て、何とかして藤田を助ける工夫はなからうか、藤田許りか下司までが、此儘にしておいたら、取返しのつかぬやうな事になつて了ふ。お前の家や屋敷を抵当に入れて、金でも借つてくれまいかと斎藤が云ふ。併し乍ら喜楽の家屋敷は既に抵当に入り、五十円借つた金も、とうの昔になくなつて居た。ふと思ひ出したのは奥条といふ所に預けておいた乳牛がある。其牛は喜楽の自由の物で、精乳館の物ではなかつたのを幸ひ、それを売つて下司や藤田の急場を助けてやらうかと思ひ、喜楽が九十円で買うた牛が奥条に預けてある、それをどつかへ売つてくれたら、其金を間に合はしてやらうと、云ふた言葉に下司は手を拍つて踊りあがり、 下司『そんなら済まぬが、どうぞ暫く私に貸して下さい。此牛は自分が入営してゐた時の友達で、矢賀といふ所に伯楽をして居る者があるから、そこへ連れて行て買うて貰はう』 といふ。そこで話が纏まつて、藤田泰平は園部へ帰る。喜楽と宇一と下司熊の三人は、奥条の牛の預け先から引出して来て、八木の川向うの矢賀といふ所へ引張つて行つた。 其日は此地方の氏神の祭礼で、あちらこちらに大きな幟が立つてゐる。漸くにして九十円の牛を十五円に買ひ取られ、日が暮れてからソロソロ八木へ廻つて帰らうとした。十五円の金は下司が預つたきり、懐へ入れて了つた。そして十円さへあれば下司の問題も一切片付くのである。五円丈は喜楽に渡すといふ約束であつたが、下司はふれまわれた酒にヘベレケに酔うて、何と云つても、妙な事計り言つて受入れぬのみか、日清戦争で戦死した戦友の石碑が立つてる前へ行つて手を合せ、 下司『惟神霊幸倍坐世、オイ貴様もおれと一緒に戦争に往つたのだが、とうとう先へ死によつたのう、本当に貴様は可哀相なものだ。こんな部落へ生れて来て、其上鉄砲玉に当つて死んで了ひ、本当に可哀相だ。おりや君に同情するよ。ナアに、俺だつて、同じ人間だ。そんなこた遠慮に及ばぬ』 と沢山の部落民がそこに居るのも構はず喋り立てる。忽ち十四五人の男が現はれて、 『ナアに失礼な事をぬかす、やつてやれ』 と言ひ乍ら、下司熊の手足を取り、ヨイサヨイサと祭の酒に酔うた奴斗りが、矢賀橋の側までかいて行き、メツタ矢鱈に頭をなぐる、打つ蹴る、非常な大騒ぎとなつた。宇一は部落民の方へ分け入つて、いろいろと下司の為にあやまつてやつてゐた。喜楽は懐中の天然笛を取出して、一生懸命にヒユーヒユーと吹き立てた。何と思ふたか、一人も残らず暴漢は逃げて行く。 そこへ巡回の巡査がやつて来て、下司熊を労はり八木まで送り届けてくれた。喜楽も宇一も巡査の後に従いて八木の橋詰まで帰つて来た。来て見れば橋の西側に劇場があつて、芝居が始まつてゐる。勧進元は下司熊の父親の下司市といふ可なり名の売れた顔役である。下司熊は喜楽や宇一を楽屋の中まで引張て行き裸になつて見せて、 下司『あゝ喜楽サン、折角に世話になつた牛の金が最前の喧嘩でおとしたとみえて、これ此通り一文も無い』 としらばくれてゐる。後から事情を探つて見れば、実際は五十円に牛を売り、ワザとに八百長喧嘩を仕組み、一文も残らず引つたくつてやるといふ計略に乗せられたのであつた。又藤田の来たのも、下司や宇一との計略に依つて喜楽の牛を売らし其金をせしめようといふ計略であつた事が判明したのである。それが分つたので喜楽は神憑[※初版・愛世版では「神憑」、校定版では「神懸」。]になり、腹の中の憑霊に向つて、 喜楽『なぜ喜楽の肉体がこんな目に会うてるのに知らさなんだか、言はいでもよいこと許り喋る癖に、なぜかう云ふ時に知らしてくれぬのだ。モウこれからお前らの言ふことは聞かぬ。サア私の体からトツトと帰つてくれ』 と腹立紛れに呶鳴り立てた。さうすると暫く静まつて居つた玉ゴロが、又もや喉元へこみ上げて来て、小さい声で、 『アツハヽヽヽ、馬鹿だのう』 といつたぎり、何と云つても、キウともスウとも答へてくれぬ。とうとう泣き寝入りになつて了うた。 下司熊は其後須知の岩清水といふ所で、村の神官と諜し合せ、観音の木像を土の中へ深く埋けておいて、「サテ自分は神さまのお告に依り岩清水の或地点に観音さまが埋まつて御座ることを聞きましたが、一ぺん調べさして頂きたい」と区長の宅へ頼みに行つた。それから区長の許しを受けて、宮の神主と共に掘り出しに行つた所、観音の木像が出たので、それを御神体とし、船越某の家で祭壇を作り、所在神仏の木像を古道具屋の店のやうに祀りこみ、二三十本の幟をあちら此方に立て、お大師さまの御夢想の湯だと云つて、湯をわかし、患者を入浴せしめなどして、沢山の愚夫愚婦を集めて居た。そして観音の木像が神さまのお告げで現はれたといふので大変な人気となり、一時は非常に繁昌してゐたが遂に警察から科料を取られ、拘留に処せられ、それより段々信者が来なくなつて了ひ、やむを得ず、岩清水を立つて、再び園部へ舞ひもどり、神さま商売もテンと流行らなくなつたので、再び博徒の群に入り、とうとう睾丸炎を起して夭死して了つた。泰平も亦二三年を経て急病でなくなつて了つた。牛を下司に取られたといふので、又々由松が怒り出し、 由松『此神は盲神だから、兄貴の馬鹿がだまされて居るのを、黙つて見てやがつた、腰抜神だ。モウ俺の内にはおいてやらぬ』 といつて再斎壇を引つくり返し、暴れまはるので、喜楽も安閑として居る訳にも行かず、此上如何したらよからうか、一つ神さまに伺つて見ようと、産土の社に参拝して神勅を受けた。其時小松林命喜楽に神懸りして、 小松林『一日も早く西北の方をさして行け、神界の仕組がしてある。お前の来るのを待つてゐる人がある。何事にも頓着なく速にここを立つて園部の方へ向つて行け!』 と大きな声できめつけられた。それより喜楽は故郷を離れる事を決意したのである。 (大正一一・一〇・一一旧八・二一松村真澄録)
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霊界物語 37_子_出口王仁三郎自叙伝1 24 神助 第二四章神助〔一〇三六〕 金光教会の八木の支部長をして居る土田雄弘と云ふ人は、金光教の足立正信氏が金明会へ降服したと聞き、周章狼狽して上級教会所なる杉田政次郎氏と協議した上、金光教の大の熱心者なる八木の福島寅之助氏を従へ綾部へ駆付け、直に足立正信氏と面会し、 土田『金光教の本部から応援を乞ひ自分も極力応援の労をとる考へだから、金明会の下らぬ所を脱会し、何程辛くても暫らくだから孤軍奮闘をつづけられよ。訳の分らぬ霊学等に降服するのは、金光教師の本領ではない。折角今迄金光教で苦労をし乍ら、脆くも敵に甲を脱ぐとは不甲斐ない』 と熱涙を流して足立氏を激励した。乍併足立氏は已に金光教会の部下に対する酷薄無情なるに呆れ果て、出口教祖や喜楽の温情に漸く感激して居たる際なれば、熱心なる友人の忠告も只一言の下に撥ねつけ、且大本の教義の深遠霊妙なる事を口を極めて説き、遂に土田雄弘氏も金明会の布教師になつて了つた。 そこで喜楽は足立、土田、福島氏等と神殿の次の間で神様の話や幽斎の方法などを説明して居ると十数年間胃腸病に悩んで居た人が、大原から駕で二三の親類に連れられ病気平癒の祈願に来たので、喜楽は一寸神様に御祈願をなし、 喜楽『悪神立去れ!』 と只一言言霊を発射すれば、不思議にも多年の病は其場にて恢復し、喜び勇んで帰途は自ら歩行し、鼻唄等を唄つて帰る様になつた。又台頭と云ふ処から、片山卯之助と云ふ十五歳の男が足の立たぬ病となり、之も亦駕に乗つて来たが、足立、土田、福島氏の前で直に足が立つて了つた。 此現場を目撃した三人は非常に霊術の効顕に驚嘆して居た。忽ち福島寅之助は発動を始め、 福島『ウンウン』 と呻り出し、次で土田雄弘も霊感者となり、天眼通の一端を修得するに到つたのである。足立正信氏は今迄幽冥界の実状を知らなかつた金光教の布教師なりしを以て、神懸り状態を見るのは生れてから始めてなりし為め、非常に奇妙の思ひをし、之は屹度妖神の所業か、又は喜楽は魔法使ではないかと、そろそろと疑ひかけたが、現に友人の土田が霊感の神助を得てから、 土田『今迄の金光教会などはとるに足らぬものである。人間が寄つて集つて拵へた編輯教だから誠の神の教ぢやない』 と唱へ出し、今度は反対に足立氏を説服し、 土田『大本の教理は誠の神の御心に出でたるものなり』 と強く主張した。されど足立氏は依然として正邪真偽の審判に苦しんで居た様に見えて居た。 教祖様や役員等の懇望によつて、喜楽は茲に幽斎の修行者を養成する事となり、本町の中村竹造氏の宅にて、数日間布教の傍幽斎の修行を執行し、求道者もおひおひ増加し、本町の中村氏宅も狭くなり、本宮の東四つ辻、元金光教の広前に修行場を移した。福島寅之助の神懸り[※初版・愛世版では「神懸(かむがか)り」だが、校定版では「神憑(かむがか)り」になっている。福島寅之助に懸かるのは邪霊なので、校定版の編纂者が「神憑」に修正したのではないかと思われる。]は随分乱暴なもので、邪神界の先導者とも云ふべき霊であつて、大変に審神者や役員を手古摺らした。東隣には其時分には綾部の警察署があり、日々撃剣の稽古で幽斎の邪魔になり、且又沢山の参拝者のために思ふやうに修行が出来ず、そこで神界へ伺つた上、猿田彦神の御神勅で山家村の鷹栖へ修行場を移転する事となつた。其時の歌に、 大稜威高千穂山の鷹栖へ 導く神は猿田彦神 直に鷹栖の四方平蔵氏の宅へ修行場を移し、二三日の後再び同地の信者四方祐助氏方へ移転した。 修行者は何れも役員信者の弟子のみにて、福島寅之助、四方平蔵、四方祐助、四方熊蔵、同春蔵、同甚之丞、同すみ子、大槻とう、塩見せい子、中村菊子、田中つや子、四方久子、野崎篤三郎、西村まき子、西村こまつ、村上房之助、黒田きよ子、上仲義太郎、四方安蔵、四方藤太郎、中村竹造等の二十有余人の修行者が集まつて朝から晩までドンドンと幽斎の修行にかかつて居た。二十有余人が一時に発動するので床の根太が歪み出し、祐助氏の息子の勇一氏が非常に困つて、秘かに綾部の警察署へ、 四方勇一『喜楽や足立が、しやうもない事を教へて困るから追払つて下さい』 と願ふて出た。戸主の権利を以て謝絶すれば宜いものを、自分の卑怯さから、斯かる手段を採つたのである。喜楽は小松林の神様によつてこれを前知したので、即夜上谷の四方伊左衛門氏方へ修行者をつれて移転し、前方の谷間に不動尊を祀つた可なり大きな瀑布のあるを幸ひ、上谷を修行場と定めて幽斎に熱中した。さうした処案の定、警官が追払ひに来た。けれども神道の為め赤誠をこらして修業にかかつてる熱心者のみなれば、少しも怯まず頓着せずドシドシと修業を続行して居た。猿田彦の神は又もや神懸りとなつて、 神懸り雲の上谷輝きて 動かぬ君の御代を照らさむ と云ふ歌を与へられた。まだまだ其時に与へられた神歌は数百首に上つて居たが、今はハツキリ記憶して居ないのである。 扨幽斎修行の結果は極て良好であつて、数多の修行者の中に二三の変則的不成功者を出しただけで、其他は残らず神人感合の境に到達し、中には筆紙を用ひて世界動乱の予言をなす者あり、北清事変の神諭を言ふ者あり、日露戦争の予言をしたり世界戦争を予告したりする神が憑つて来た。天眼通、天耳通、宿命通、感通等の神術に上達する者も出来て来た。大に神道の尊厳無比を自覚した信者も尠からずあつた。中に最も不可思議なるは西村まき子と云ふ十八才の女、俗にいふ白痴であつたが彼は神懸りとなるや平素の言動は一変し、かの神世に於ける大気津姫の如く、自分の耳から粟を幾粒となく出し、鼻よりは小豆を出し、秀処よりは麦種抔を出したる奇蹟があつた。これを見ても我国の神典が非凡の真理を伝へたるものなる事を悟り得らるるのである。 幽斎の修行もおひおひ発達したので、留守中を四方藤太郎に預けおき、四方平蔵氏と共に静岡県富士見村の長沢雄楯先生の奉仕して居られる月見里神社へ参拝する事となつた。道すがら大神の御神徳の広大無辺なるを説きつつ、須知山峠を越え、大原、枯木峠を踏み越え十津川の山村にさしかかつた時、四方氏は俄に発動気味となり、身体震動甚しく、止むを得ず枯木峠の頂上へ休息して、喜楽は立つたまま四方に鎮魂を施して見た。四方には松岡神使が臨時憑依し、天眼通が層一層明かになつて来た。 喜楽は前に述べた通り長沢雄楯翁の霊学の門人となつて居たので、一度報告旁鈿女命を祀つた月見里神社へ参拝したのである。漸くにして無事に富士見村の下清水、長沢先生の館に到着した。さうして四方平蔵氏は、神懸りと俗間に行はれて居る稲荷下げとは其品位に於て又方法に於て雲泥の差のある事を一々例証を挙げて説明せられ、漸く霊学の趣旨を悟る様になり二昼夜滞在の上、惜き別れを告げ帰綾の途についた。 下清水より江尻迄二十丁ばかりの道を歩いて、午前一時の急行列車へ乗り込まうとする時、僅二分の短き停車、殊に列車はボギー式で、田舎の汽車の様に入口が沢山にない処へ、四方氏は生憎目が悪い、夜分は殆ど灯があつても見えぬ位だ。それに沢山の荷物を肩にひつかけて居る。喜楽も手一杯の荷物を下げて手早く乗車し、四方氏は如何かと昇降台を見れば、今片手をかけたばかりに汽車は動き出して居る。駅員は力一杯の声を出して『危ない危ない』と連呼して居る。 四方氏は其間に七八間も引きずられて居た。喜楽は金剛力を出して荷物諸共昇降台迄ひきあげた。此時の事を思ふと今でもゾツとする様だ。全く神の加護によつて危き怪我を救はれたのだと心の裡にて感謝し乍ら、翌日の午後一時頃京都駅に安着し、二人は東本願寺前のある飲食店に這入つて昼飯をすませ、それより七条通りを西行して西七条に至り、此処から乗合馬車の亀岡行の切符を買ひ発車の時刻を待つてゐた。四方氏は本願寺前の茶店で買ふて食つた蛸の中毒で俄に苦しみ出し、嘔いたり、下痢たり、十数回に及んだ。顔色は真蒼となり、其場に倒れて殆ど死人の様になつてゐる。馬車屋の主人は驚いて、 馬車屋の主人『お客サン、あんたは虎列剌病です。サア一刻も早く此場を退却して下され。警察へ知れたら何も彼も焼かれて了ひ、営業が出来なくなつて了ひます。そんな事にでもなれば家は大騒動だ。サア早く帰つて下さい』 と一旦受取つた金を返し切符を取上げて了つた。喜楽は教祖より授かつて来たお肌守を懐中より取り出し、四方氏の肩にかけてやり、又教祖様から頂いたおひねり二体を口に含ませ鎮魂を施した。御神徳は忽ち現はれ、四方氏は初めて言語も明白になり、元気も稍恢復して来た。喜楽は四方氏の手をひき門へ出で、折柄空車をひいて来た二人の車夫を認め、天の与へと直に之に乗り、何喰はぬ顔にて一里半ばかり走らせ、桂の大橋にさしかかると、四方氏は全く旧の如くに元気づき、車の上から潔い声で四方山の話しをしたり、歌などを唄ひ出した。それから大枝阪、王子、篠村と疾走しつつ篠村八幡堂の少し手前迄帰つて来ると、四方氏の乗つた腕車は忽ち鉄の輪がガラリと外れ、グナグナと砕けて了ひ、四方氏は街路に真逆様に放り出されて了つたが、幸ひに擦傷一つせず無事であつた。 四方氏は余程運の強い人と見え、一日の間に三度まで汽車、馬車、人力車の危難に救はれるといふ事は、実に不思議である。これも神様の御神徳と考へるより外に判断はつかぬ。人間には一生の中には必ず一度や二度は幸運が向ふて来る。それと同様に又一度や二度は大難が来るものである。四方氏の信仰の力と大神様のお蔭で、斯る危ない所を九分九厘で助けられたのは、全く神様に一心に仕へて居たお蔭である。 (大正一一・一〇・一二旧八・二二北村隆光録)
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霊界物語 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 14 沓島 第一四章沓島〔一〇五一〕 丹後の舞鶴からも若狭の小浜からも、縞の財布が空になると云ふ宮津からも、丁度十里あると云ふ沖中の一つ島で、昔から『男は一生に必ず一度は参れ、二度は参るな、女は絶対に禁制万一女が参拝しやうものなら、竜宮の乙姫さまの怒りに触れて海上が荒れ出し、いろいろの妖怪が出たり大蛇が沢山現はれて女を丸呑みにする、さうして子孫の代迄神罰を蒙る』と云ふ古来の伝説と迷信とを打破して、教祖の一行は恙なく明治三十三年旧六月八日冠島参拝を遂げ、今度更に古来人跡なき神聖なる沓島へ渡つて、天神地祇を初め奉り、生神艮の鬼門大金神を奉祀して天下の泰平や皇軍の大勝利を祈願せむと、陰暦七月八日再び本宮を出立、一行九人は前回同様大丹生屋で船を雇ひ、穏かな海面を辷り乍ら沓島に向つて漕ぎ出した。 埠頭の万灯は海水に映じて其色赤く麗しく、港門の潮水は緑色をなし、海湾浪静にして磨ける鏡の如く、百鳥群がり飛んで磯端静に、青松浜頭に列なり梢を垂れ得も言はれぬ月夜の景色を眺めつつ、午後八時半二隻の小舟に乗り、舟人は前回の如く橋本六蔵、田中岩吉の二名これに当り声も涼しく船唄を唄ひ乍ら悠々として漕ぎ出した。満天梨地色に星輝き、波至つて平穏に、恰も海面は油を流した如く、星が映つてキラキラと光つて居る。海月が浮いて行くの迄が判然と見える。銀砂を敷いた上に居る様な心持がして極めて安全な航海である。博奕ケ岬迄行つた頃は、八日の半絃の月は海の彼方に西渡き経ケ岬の灯台は明々滅々浪のまにまに漂ふて見える。頭の上にも足の下にも、銀河が横つて其真中を敏鎌の様に冴えた月が静かに流れて、海の果で合するかと疑はれるばかりであつた。舟人の話によれば、 『茲三年や五年に今夜位静穏な海上はない。大方冠島沓島の神様の御守護でありませう。ほんに有り難い、勿体ない』 と喜び勇み乍ら、赤い褌を締め真裸となつて節面白く船唄を唄ひ出した。 万波洋々たる海の彼方には、幾百の漁火が波上に浮み、甲艇乙舸競ふて海魚を漁りする壮丁の声は波の音を掠めて高く聞えて来る。此漁火を打見やれば、恰も海上のイルミネーシヨンを見る様である。舟は容赦なく東北さして漕ぎ出された。二三の釣舟が二三丁ばかり傍に通りかかるのを、二人の船頭は大声で呼びとめる。船頭同志は互に分け隔てなき間柄とて、極めて乱雑な挨拶振り、初めて聞いたものは喧嘩ではないかと疑ふばかりである。此釣舟で一尺二三寸ばかりの鯖を二十尾ばかり買ひ求めて、冠島沓島への供へ物とした。東の空はソロソロと明くなり出した。舟人は褌一つになつて、汗をタラタラ流しつつ力の極み、根限り漕ぎつける。午前八時半無事に冠島の磯際についた。『まあ一安心だ』と上陸し、神前に向つて教祖以下八人は天津祝詞を奏上し終つて、木下慶太郎、福林安之助、四方祐助、中村竹造の四名を冠島に残しおき、神社境内の掃除を命じおき、帰途に改めて参拝する事とし教祖を始め出口海潮、出口澄子、四方平蔵、福島寅之助の五人は直に沓島に向つて出発する。福島寅之助は冠島から沓島へ行く間の巨浪に肝を潰し、舟底に喰ひつき時々発動気味になつて唸つて居る。それきり同人はコリコリしたと見え沓島へは再び参らないと云つて居た。 さて冠島に残された連中が一尺以上も堆高く積つて居る庭一面の鳥糞を掻き浚へ、お庭を清める、枯木や朽葉を集めて社の傍の林の中に掃き寄せる等、大活動をやつて居た。忽ち中村竹造が激烈な腹痛を起し七顛八倒する。全く神罰が当つたのだと一同は恐れ入つて謝罪をなし、塵芥を一層遠き林の中へ持ち運んだ。神明聴許遊ばしたか、俄に痛みも止まつたので頑固一辺の中村も、其神徳に感激した様であつた。教祖の一行は漸くにして沓島に漕ぎついた。流石に昔から人の恐れて近づき得ない神島だけありて、冠島とは大変に趣が違ふてゐる。今日は格別穏かな海だと云ふに拘はらず、山の如きウネリが頻りに打ち寄せて来る。鴎や信天翁、鵜などが岩一面に胡麻を振りかけた様に止まつて、不思議相に一行を見下ろして居る。波の上には数万の海鳥が浮きつ沈みつ、悠々と遊んでゐる。音に名高き断岩絶壁、小舟を漕ぎ寄せる場所が見つからぬ。兎も角も此島を一周して適当な上陸点を探らうと評定して居ると、教祖が是非に釣鐘岩へ舟を着けよと云はれる。命のまにまに釣鐘岩の直下へ漕ぎつけて見ると、恰も人の背中の如く険峻な断岩で如何しても掻きつく事が出来ない。愚図々々してゐると、激浪のために舟を岩に衝突させ、破壊して了ふ虞があるから、瞬時も躊躇してをる場合でない。海潮は『地獄の上の一足飛び』と云ふ様な肝を放り出して腰に八尋縄を結びつけたまま、舟が波にうたれて岩に近づいた一刹那を睨ひすまして、岩壁目蒐けて飛びついた。幸にも粗質な岩で手足が滑らぬ、一丈四五尺程の上の方に少しばかりの平面な処がある。そこから舟を目蒐けて縄の片端を投げ込めば、舟人が手早く拾ふて舟に結びつける。最早大丈夫だと岩上からは上田の海潮が一生懸命に縄を手繰り寄せる。下からは真正の海潮が教祖を乗せた舟を目がけて押し寄せ、来るや来るや母曾呂々々々に持ち渡す。教祖は手早く縄に縋り乍ら漸く上陸された。続いて三人も登つて来た。綾部で組み立てて持つて来た神祠をといて、柱一本づつ舟人が縄で縛る、四方と福島がひきあげる。漸く百尺ばかりもある高所の二畳敷ほどの平面の岩の上を鎮祭所となし、一時間あまりもかかつて漸く神祠を建て上げ、艮の大金神国常立尊、竜宮の乙姫、豊玉姫神、玉依姫神を始め、天地八百万の神等を奉斎し、山野河海の珍物を供へ終り、教祖は恭しく祠前に静座して声音朗かに天下泰平神軍大勝利の祈願の祝詞を奏上される。 話は一寸後前になつたが、第一着に海潮が遷座式の祝詞を恐み恐み白し上げ、最後に一同打揃ふて大祓の祝詞を奏上した。島の群鳥は祝詞を拝聴するものの如くである。何分北は露西亜の浦塩斯徳港迄つつ放しの島であるから、日本海の激浪怒濤は皆此沓島の釣鐘岩に打かるので一面に洗ひ去られて、此方面は岩ばかりで土の気は見たいと思ふても見当らなかつた。沖の方から時々寄せ来る山の様に大きな浪が此釣鐘岩に衝突して、百雷の一時に鳴り響く様に、ゴンゴンドドンドドンと烈しき音が耳を刺戟する。舟人は今日は数年来に見た事のない穏かの波だと云つた浪でさへも、これ位の音がするのだもの、海の荒れた日にはどんなに烈しからうと思へば、凄い様な心持がして来た。船人の語る所によれば此釣鐘岩には、文禄年間に三種四郎左衛門と云ふ男、数百人の部下を引率れ冠島を策源地として陣屋を構へ、時の天下を横領せむと軍資金を集むるために海上往来の船舶を掠め海賊を稼いで、此岩の頂上に半鐘を釣り斥候の合図をし冠島との連絡をとつて居たので、被害者は数ふるに暇なき迄続出したので、武勇の誉高き豪傑岩見重太郎がこれを聞いて捨ておけぬと計略を以て呉服屋に化け、一人一人舞鶴へ引寄せ牢獄に打ち込み、悉皆退治したと伝ふる有名な島で、其後は釣鐘島、鬼門島と称し、誰も此沓島へは来たものはないと云つてゐた。然るに今回初めて教祖が世界万民のために、百難を排して渡り来られ、神々様を奉祀し、天下無事の祈祷をされたのは実に前代未聞の壮挙であると云ふので、東京の富士新聞や福知山の三丹新聞を始め其他の諸新聞に連載された事がある。 さて此島を一周りして、奇岩絶壁を嘆賞しつつ冠島へ再び舟を漕ぎ寄せ、一行九人打揃ふて神前に拝礼し、供物を献じ終つて又此冠島も一周する事となつた。周囲四十有余丁あり、世界の所在草木の種子は皆此島に集まつてあると云はれてある。昔は陸稲も自然に出来てゐたのを、大浦村の百姓が肥料を施して汚したので、其後は稲は一株も出来なくなり、雑草が密生する様になつたのだと二人が話しつつ覗き岩迄漕ぎつけて見れば、数十丈の岩石に自然の隧道が穿たれてある。屏風を立てた様な岩や書籍を積み重ねた様な岩立ち並び、竜飛び虎馳る如き不思議の岩が海中に立つてゐる。少しく舟を西北へ進めると、一望肝を消すの断巌、一瞻胸を轟かすの碧潮に鯛魚の群をなして縦に泳ぎ、緯に潜み、翠紅、色交々乱れて恰も錦綾の如く、感賞久しうして帰る事を忘れるに至る。此処に暫く遊んでゐると、十年も寿命がのびる様である。世の俗塵一切を払拭し去つた様な観念が胸に湧いて来る。兎に角男女を問はず信徒たるものは一度は是非参詣すべき処である。 九日の夕方、恙なく舞鶴へ帰着し翌十日舞鶴京口町で一行記念の撮影をなし、目出度本宮へ帰る事となつた。 (大正一一・一〇・一七旧八・二七北村隆光録)
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霊界物語 49_子_祠の森の物語1(高姫と妖幻坊) 02 大神人 第二章大神人〔一二七六〕 前節に述べたる如く、霊国や天国の諸団体に籍をおいたる天人及地上の天人即ち神を能く理解せし人間の精霊は、即ち地上の天人なるを以て、人間肉体の行為に留意することなく、其肉体を動作せしむる所の意思如何を観察するものである。故に人間の吾長上たると吾下僕たるとを問はず、其行為に就て善悪の批判を試むるが如き愚なことは、決してせない。天人の位地に進んだものは、其人格を以て意思に存し、決して行為其物にあらざる事を洞察するが故である。其智性も亦人格の一部分なれ共、意思と一致して活動する時に限つて人格と見なすのである。意思は愛の情動より起り、智性は信の真より発生するものである。故に愛のなき信仰は決して人格と見なすことは出来ない。愛は即ち第一に神を愛し、次に隣人を愛する正しき意思である。只神を信ずるのみにては到底神の愛に触れ、霊魂の幸福を得ることは不可能である。愛は愛と和合し、智は智と和合す。神に心限りの浄き宝を奉り、或は物品を奉納するは所謂愛の発露である。神は其愛に仍つて人間に必要なるものを常に与へ玉ふ。人間は其与へられたるものに仍つて生命を保ち、且人格を向上しつつあるのである。神は無形だとか、気体だとか、無形又は気体にましますが故に決して現界人の如き物質を要求し玉はず、金銭物品を神に献つて神の歓心を得むとするは迷妄の極なり、只神は信仰さへすればそれで可い、其信仰も科学的知識に仍つて認め得ない限りは、泡沫に等しきものだ。故に神を信ずるに先だち科学的原則の上に立脚して、而して後信ずべきものだ……などと唱ふる者は、すべて八衢人間にして、其大部分は神を背にし光明を恐れ、地獄に向つて内底の開けゐる妖怪である。 霊国天国の天人が天界を見て一個の形式となすのは、其全般に行わたつてのことではない。如何なる証覚の開けた天人の眼界と雖も、高天原の全般を測り知ることは出来ない。されど天人は数百又は数千の天人より成れる団体を遠隔の位地より見て、人間的形式をなせる一団と感ずる事がある位なものである。故に未だ中有界に迷へる八衢人間の分際としては到底、天人の善徳や信真や証覚に及ばないことは無論である。 斯の如く如何なる天人と雖も、高天原の全体を見極め、神の経綸を熟知し、且他の諸団体を詳しく見聞し能はざる位のものであるに、自然界の我利我欲にひたり、自愛と世間愛のみを以て最善の道徳律となし、善人面をさげ、漸く神の方向を認めたる位の八衢人間が到底神の意思の測知し得らるべき道理はないのである。天国の全般を総称して大神人と神界にては称へらるる理由は、天界の形式は凡て一個人として統御さるるからである。故に地の高天原は一個の大神人であり、其高天原を代表して愛善の徳と信真の光を照らし、暗に迷へる人間に智慧と証覚を与へむとする霊界の担当者は、即ち大神人である。神人の大本か大本の神人か……と云ふべき程のものである。之は現幽相応の理より見れば、決して架空の言でもない。又一般の信徒は所謂一個の大神人の体に有する心臓、肺臓、頭部、腰部、其他四肢の末端に至る迄の各個体である。 天界を大神は斯の如く一個人として、即ち単元として之を統御し玉ふのである。故に人間は宇宙の縮図といひ、小天地と云ひ、天地経綸の司宰者と云ふ。人間の身体は、其全分にあつても、其個体に在つても、千態万様の事物より組織されたるは、人の能く知る所である。即ち全分より見れば、肢節あり、気管あり、臓腑あり、個体の上より観れば、繊維あり、神経あり、血管あり、かくて肢体の内に肢体あり、部分の中に部分あれ共、一個人として活動する時は、単元として活動するものである。故に個体たる各信者は一個の単元体たる大神人の心を以て心となし、地上に天国を建設し、地獄界の片影をも留めざらしむる様、努力すべきものである。大神が高天原を統御し玉ふも亦之と同様である。故に地上の高天原たる綾の聖地には、大神の神格にみたされたる聖霊が予言者に来つて、神の神格に仍る愛善の徳を示し、信真の光を照らし、智慧証覚を与へて、地上の蒼生をして地的天人たらしめ、且又地上一切をして天国ならしめ、霊界に入りては、凡ての人を天国の歓喜と悦楽に永住せしめむが為に努力せしめ玉ふたのである。其単元なる神人を一個人の全般と見做し、各宣伝使信者は個体となつて、上下和合し、賢愚一致して此大神業に参加すべき使命を有つてゐるのである。 斯の如くして円満なる団体の形式を造り得る時は即ち全般は部分の如く、部分は全般の如くにて其両者の相違点は、只其分量の上にのみ存するばかりである。今日の聖地に於ける状態は、すべて個々分立して活躍し、全体は分体と和合せむとしてなす能はず、分体たる個人は各自の自然的観察を基点として、思ひ思ひに光に反き愛に遠ざかり、最も秀れたる者は中有界に迷ひ、劣れる者は地獄の団体に向つて秋波を送る者のみである。故に此等の人間は大神の聖場、地の高天原を汚す所の悪魔の影像であり、且個人としては偽善者である。偽善者なる者は時としては善を語り、又善を教へ、善を行へども、何事につけても自己の愛を先にするものである。大神の御神格及高天原の状態、愛の徳及信の道理並に高天原の将来などに付いて、人に語り伝ふること、最深く、天人の如く、聖人君子の如く、偶には見ゆるものあり、又其口にする所を心言行一致と云つて、行為に示さむとし、能く其行ひを飾つて、人の模範とならむとする者あれ共、其人間が実際に思惟する所のものは必ずや人に知られむ為、或は褒められむ為にする者が多い。此等は未だ偽善者の中でも今日の処では、余程上等の部分にして、俗眼より見れば真に神を理解し、言心行の一致の清き信者と見得る者である。次に今綾の聖地に於ける最上等の部分に属する人の心性を霊眼によつて即ち内的観察に仍つて見る時は、未だ天界の消息にも詳ならず、其自愛及世間愛と雖も、未だ徹底せず、天人の存在を半信半疑の態度を以て批判し、或は死後の生涯などに就て語る共、只真理に明き哲人と人に見られむが為に、真実に吾心に摂受せざる所を、能く知れるが如くに語り伝ふる位が上等の部分である。而して口には極めて立派なことを言つても、其手足を動かし、額に汗し、以て神に対する真心を実行せない者が大多数である。斯の如き人は神の教を伝へ、又は神に奉仕する祭官などは、俗事に鞅掌し或は田園を耕し、肥料などの汚穢物を手にするは、所謂神を汚すものと誤解してゐる八衢人間や、或は怠惰の為、筋肉労働を厭うて、宣伝使又は祭官の美名にかくるる横着者である。此等は何れも神の前にあつて、天人の一人をも霊的に認むることなく、又体的にも感ずる能はず、遂には神仏を種にして、自利を貪る地獄道の餓鬼となつてゐる者である。かくの如き心性を以て神の教を説き、神に近く奉仕するは、全く神を冒涜する罪人である。 斯くの如き人間は神の言葉を売薬の能書位に心得、何事をも信ぜず、又自己を外にして徳を行ふの念なく、人の見ざる所に於て善をなすことを忌み、悪を人の前に秘し、善は如何なる小さきことと雖も、必ず人の前に現はさむことを願ふ。故に彼等がもし万一善なる行ひをなしたりとせば、それは皆自己の為になす所あるによる。又他人の為に善を行ふことあれば、それは他人及世間より聖人或は仁者と見られむことを願ふに過ぎない。斯の如き人のなすことはすべて自愛の為である。自愛は所謂地獄の愛である。 心ならずも五六七殿に此物語を聞きに来てゐる偽善者も偶にはあるやうだ。それは折角昼夜艱苦して口述編纂した『霊界物語』を毎夜捧読して、霊界の消息を、迷へる人々に説き示さむとする口述者の意思を無視したと思はれてはならないから……といふ位な考へで、厭々聞きに来る人もあるのである。決して左様な御気遣は無用である。何程内底の天に向つて閉塞したる人々の身魂に流入し或は伝達せむとするも、到底駄目である。故にどうしても此物語の気にくはぬ人は、かかる偽善的行為を止めて、所主の愛に仍り、身魂相応の研究を自由にされむことを希望する。決して物語の聴聞や購読を強るものではない。 経の神諭は拝聴すると、涙が出る様だが、緯の物語を聞くと少しも真味な所がなく、可笑しくなつてドン・キホーテ式の物語か又は寄席気分のやうだと云つてゐる立派な人格者があるさうだ。之れも身魂相応の理に仍るものだから、如何ともすることは出来ない。併し乍ら悲しみの極は喜びであり、喜びの極は悲しみであることは自然界学者もよく称ふる所である。而して悲しみは天国を閉ぢ歓びは天国を開くものである。人間が他愛もなく笑ふ時は決して悲しみの時ではない、面白可笑しく歓喜に充ちた時である。神は歓喜を以て生命となし、愛の中に存在し玉ふものである。赤子が泣いた時は其母親が慌てて乳を呑ませ、其子の笑顔を見て喜ぶのは即ち愛である。吾子を泣かせ、又は悲しましめて快しと思ふ親はない。神の心はすべて一瞬の間も、人間を歓喜にみたしすべての事業を楽しんで営ましめむとし玉ふものである。此物語が真面目を欠いて笑はせるのが不快に感ずる人あらば、それは所謂精神上に欠陥のある人であつて、癲狂者か或は偽善者である。先代萩の千松の言つたやうに……お腹がすいてもひもじうない……といふ虚偽虚飾の態度である。かくの如き考へを捨てざる限り、人は何程神の前に礼拝し、神を讃美し、愛を説くと雖も、到底天国に入ることは出来ない。努めて地獄の門に押入らむとする痴呆者である。 凡て綾の聖地に、神の恵に仍つて引つけられたる人、及此教に信従する各地の信者は、すべて大神の神格の中にあるものである。然るに灯台下暗しとか云つて、之を認め得ざるものは天人(人間と同様の形態)の人格を保つことは出来ないものである。富士へ来て富士を尋ねつ富士詣で……と云ふ様に、富士山の中へ入つて了へば、他に秀れて尊き霊山たることを知らず、普通の山と見ゆるものである。併し遠くへだてて之を望む時は、実に其清き姿は雲表に屹立し、鮮岳清山を圧して立てる其崇高と偉大さを見ることを得る様に、却て遠く道をはなれ、教に入らざりし者が、色眼鏡を外して見る時は、其概要を知り全般を伺ふことが出来る様に、却て未だ一言も教を聞かず、一歩も圏内に足をふみ入れざる人の方が其真相を知る者である。又大神は時によつて一個の天人と天国にては現じ玉ひ、現界即ち地の高天原にては一個の神人と現じ玉ふ。されど斯の如く内分の塞がつた人間は神人に直接面接し且其教を聴き乍ら、之を普通の凡夫とみなし、或は自分に相当の人格者又は少しく秀れたる者となし、或は自分より劣りし者となして、之を遇するものである。かくの如き人間は八衢所か、已に地獄の大門に向つて、爪先を向けてゐるものである。真の智慧と証覚とを欠いた者は、総て地獄に没入するより道はない。故にかかる人間は天人又は神人の目より見る時は、何程形態は立派に飾り立て、何程人品骨格はよく見えても、殆ど其内分は人間の相好が備はつてゐないのである。彼等は罪悪と虚偽とに居るを以て、従つて神の智慧と証覚に反いてゐる。恰も妖怪の如く餓鬼の如く、其醜状目も当てられぬばかりである。斯の如き肉体の人間を称して、神界にては生命といはず、之を霊的死者と称ふるのである。又は娑婆亡者或は我利我利亡者ともいふ。 斯の如き大神の愛の徳に離れたる者は生命なるものはない。而して大神の愛又は神格に離れた時は、何事もなし能はざるものである。故に大本神諭にも……神の守護と許しがなければ、何事も成就せぬぞよ。九分九厘いつた所でクレンとかへるぞよ。人間がこれ程善はないと思ふて致して居ることが、神の許しなきものは皆悪になるぞよ。九分九厘で手の掌がかへり、アフンと致すぞよ……と示されてあるのを伺ひ奉つても、此間の消息が分るであらう。人間は自然界の自愛に仍つて、或程度までは妖怪的に、惰性的に出来得るものだが、決して有終の美をなすことは出来ない、今日自愛と世間愛より成れる、すべての銀行会社及其他の諸団体の実状を見れば、何れも最初の所期に反し、其内部には、魑魅魍魎の徘徊跳梁して、妖怪変化の巣窟となり、目もあてられぬ醜状を包蔵してゐる。そして強食弱肉優勝劣敗の地獄道が、遺憾なく現実してゐるではないか。 現代に於ても心の直なる者の胸中に見る所の神は、太古の人の形なれ共、自得提の智慧及罪悪の生涯に在つて天界よりの内流を裁断したる者は斯の如き本然の所証を滅却し了せるものである。斯かる盲目者は見る可らざる神を見むとし、又罪悪の生涯にて所証を滅却せし者は、神を決して求めない者である。故に現代の人間は神にすがる者と雖も、すべて天界よりの内流を裁断したる者多き故に、見る可らざる神を見むとし、又物質欲のみに齷齪して、本然の所証を滅却した地獄的人間は、神の存在を認めず、又神を大に嫌ふものである。すべて天界よりして先づ人間に流入する所の神格其者は実に此本来の所証である。何となれば、人の生れたるは、現界の為にあらず、其目的は天国の団体を円満ならしむる為である。故に何人も神格の概念なくしては天界に入ることは出来ないのである。 高天原及天国霊国の団体を成す所の神格の何者たるを知らざる者は、高天原の第一関門にさへも上ることを得ない。かくの如き外分のみ開けたる人間がもし誤つて天国の関門に近付かむとすれば、一種の反抗力と強き嫌悪の情を感ずるものである。そは天界を摂受すべき彼の内分が未だ高天原の形式中に入らざるを以て、すべての関門が閉鎖さるるに仍るからである。もし強て此関門を突破し、高天原に進み入らむとすれば、其内分はますます固く閉ざされて如何ともす可らざるに至るものである。信者の中には無理に地の高天原に近付き来り、神に近く仕へ親しく教を聞いてからますます其内分が固く閉ざされて、心身混惑し、信仰以前に劣りし精神状態となり、且又其行ひの上に非常な地獄的活動の現はるるものがあるのは此理に基くのである。大神を否み、大神の神格に充されたる神人を信ぜざる者は、凡てかくの如き運命に陥るものである。人間の中にある天界の生涯とは即ち神の真に従ひて、棲息せるものなることを知悉せる精神状態をいふのである。惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・一・一六旧一一・一一・三〇松村真澄録)