| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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61 (2218) |
霊界物語 | 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 | 14 沓島 | 第一四章沓島〔一〇五一〕 丹後の舞鶴からも若狭の小浜からも、縞の財布が空になると云ふ宮津からも、丁度十里あると云ふ沖中の一つ島で、昔から『男は一生に必ず一度は参れ、二度は参るな、女は絶対に禁制万一女が参拝しやうものなら、竜宮の乙姫さまの怒りに触れて海上が荒れ出し、いろいろの妖怪が出たり大蛇が沢山現はれて女を丸呑みにする、さうして子孫の代迄神罰を蒙る』と云ふ古来の伝説と迷信とを打破して、教祖の一行は恙なく明治三十三年旧六月八日冠島参拝を遂げ、今度更に古来人跡なき神聖なる沓島へ渡つて、天神地祇を初め奉り、生神艮の鬼門大金神を奉祀して天下の泰平や皇軍の大勝利を祈願せむと、陰暦七月八日再び本宮を出立、一行九人は前回同様大丹生屋で船を雇ひ、穏かな海面を辷り乍ら沓島に向つて漕ぎ出した。 埠頭の万灯は海水に映じて其色赤く麗しく、港門の潮水は緑色をなし、海湾浪静にして磨ける鏡の如く、百鳥群がり飛んで磯端静に、青松浜頭に列なり梢を垂れ得も言はれぬ月夜の景色を眺めつつ、午後八時半二隻の小舟に乗り、舟人は前回の如く橋本六蔵、田中岩吉の二名これに当り声も涼しく船唄を唄ひ乍ら悠々として漕ぎ出した。満天梨地色に星輝き、波至つて平穏に、恰も海面は油を流した如く、星が映つてキラキラと光つて居る。海月が浮いて行くの迄が判然と見える。銀砂を敷いた上に居る様な心持がして極めて安全な航海である。博奕ケ岬迄行つた頃は、八日の半絃の月は海の彼方に西渡き経ケ岬の灯台は明々滅々浪のまにまに漂ふて見える。頭の上にも足の下にも、銀河が横つて其真中を敏鎌の様に冴えた月が静かに流れて、海の果で合するかと疑はれるばかりであつた。舟人の話によれば、 『茲三年や五年に今夜位静穏な海上はない。大方冠島沓島の神様の御守護でありませう。ほんに有り難い、勿体ない』 と喜び勇み乍ら、赤い褌を締め真裸となつて節面白く船唄を唄ひ出した。 万波洋々たる海の彼方には、幾百の漁火が波上に浮み、甲艇乙舸競ふて海魚を漁りする壮丁の声は波の音を掠めて高く聞えて来る。此漁火を打見やれば、恰も海上のイルミネーシヨンを見る様である。舟は容赦なく東北さして漕ぎ出された。二三の釣舟が二三丁ばかり傍に通りかかるのを、二人の船頭は大声で呼びとめる。船頭同志は互に分け隔てなき間柄とて、極めて乱雑な挨拶振り、初めて聞いたものは喧嘩ではないかと疑ふばかりである。此釣舟で一尺二三寸ばかりの鯖を二十尾ばかり買ひ求めて、冠島沓島への供へ物とした。東の空はソロソロと明くなり出した。舟人は褌一つになつて、汗をタラタラ流しつつ力の極み、根限り漕ぎつける。午前八時半無事に冠島の磯際についた。『まあ一安心だ』と上陸し、神前に向つて教祖以下八人は天津祝詞を奏上し終つて、木下慶太郎、福林安之助、四方祐助、中村竹造の四名を冠島に残しおき、神社境内の掃除を命じおき、帰途に改めて参拝する事とし教祖を始め出口海潮、出口澄子、四方平蔵、福島寅之助の五人は直に沓島に向つて出発する。福島寅之助は冠島から沓島へ行く間の巨浪に肝を潰し、舟底に喰ひつき時々発動気味になつて唸つて居る。それきり同人はコリコリしたと見え沓島へは再び参らないと云つて居た。 さて冠島に残された連中が一尺以上も堆高く積つて居る庭一面の鳥糞を掻き浚へ、お庭を清める、枯木や朽葉を集めて社の傍の林の中に掃き寄せる等、大活動をやつて居た。忽ち中村竹造が激烈な腹痛を起し七顛八倒する。全く神罰が当つたのだと一同は恐れ入つて謝罪をなし、塵芥を一層遠き林の中へ持ち運んだ。神明聴許遊ばしたか、俄に痛みも止まつたので頑固一辺の中村も、其神徳に感激した様であつた。教祖の一行は漸くにして沓島に漕ぎついた。流石に昔から人の恐れて近づき得ない神島だけありて、冠島とは大変に趣が違ふてゐる。今日は格別穏かな海だと云ふに拘はらず、山の如きウネリが頻りに打ち寄せて来る。鴎や信天翁、鵜などが岩一面に胡麻を振りかけた様に止まつて、不思議相に一行を見下ろして居る。波の上には数万の海鳥が浮きつ沈みつ、悠々と遊んでゐる。音に名高き断岩絶壁、小舟を漕ぎ寄せる場所が見つからぬ。兎も角も此島を一周して適当な上陸点を探らうと評定して居ると、教祖が是非に釣鐘岩へ舟を着けよと云はれる。命のまにまに釣鐘岩の直下へ漕ぎつけて見ると、恰も人の背中の如く険峻な断岩で如何しても掻きつく事が出来ない。愚図々々してゐると、激浪のために舟を岩に衝突させ、破壊して了ふ虞があるから、瞬時も躊躇してをる場合でない。海潮は『地獄の上の一足飛び』と云ふ様な肝を放り出して腰に八尋縄を結びつけたまま、舟が波にうたれて岩に近づいた一刹那を睨ひすまして、岩壁目蒐けて飛びついた。幸にも粗質な岩で手足が滑らぬ、一丈四五尺程の上の方に少しばかりの平面な処がある。そこから舟を目蒐けて縄の片端を投げ込めば、舟人が手早く拾ふて舟に結びつける。最早大丈夫だと岩上からは上田の海潮が一生懸命に縄を手繰り寄せる。下からは真正の海潮が教祖を乗せた舟を目がけて押し寄せ、来るや来るや母曾呂々々々に持ち渡す。教祖は手早く縄に縋り乍ら漸く上陸された。続いて三人も登つて来た。綾部で組み立てて持つて来た神祠をといて、柱一本づつ舟人が縄で縛る、四方と福島がひきあげる。漸く百尺ばかりもある高所の二畳敷ほどの平面の岩の上を鎮祭所となし、一時間あまりもかかつて漸く神祠を建て上げ、艮の大金神国常立尊、竜宮の乙姫、豊玉姫神、玉依姫神を始め、天地八百万の神等を奉斎し、山野河海の珍物を供へ終り、教祖は恭しく祠前に静座して声音朗かに天下泰平神軍大勝利の祈願の祝詞を奏上される。 話は一寸後前になつたが、第一着に海潮が遷座式の祝詞を恐み恐み白し上げ、最後に一同打揃ふて大祓の祝詞を奏上した。島の群鳥は祝詞を拝聴するものの如くである。何分北は露西亜の浦塩斯徳港迄つつ放しの島であるから、日本海の激浪怒濤は皆此沓島の釣鐘岩に打かるので一面に洗ひ去られて、此方面は岩ばかりで土の気は見たいと思ふても見当らなかつた。沖の方から時々寄せ来る山の様に大きな浪が此釣鐘岩に衝突して、百雷の一時に鳴り響く様に、ゴンゴンドドンドドンと烈しき音が耳を刺戟する。舟人は今日は数年来に見た事のない穏かの波だと云つた浪でさへも、これ位の音がするのだもの、海の荒れた日にはどんなに烈しからうと思へば、凄い様な心持がして来た。船人の語る所によれば此釣鐘岩には、文禄年間に三種四郎左衛門と云ふ男、数百人の部下を引率れ冠島を策源地として陣屋を構へ、時の天下を横領せむと軍資金を集むるために海上往来の船舶を掠め海賊を稼いで、此岩の頂上に半鐘を釣り斥候の合図をし冠島との連絡をとつて居たので、被害者は数ふるに暇なき迄続出したので、武勇の誉高き豪傑岩見重太郎がこれを聞いて捨ておけぬと計略を以て呉服屋に化け、一人一人舞鶴へ引寄せ牢獄に打ち込み、悉皆退治したと伝ふる有名な島で、其後は釣鐘島、鬼門島と称し、誰も此沓島へは来たものはないと云つてゐた。然るに今回初めて教祖が世界万民のために、百難を排して渡り来られ、神々様を奉祀し、天下無事の祈祷をされたのは実に前代未聞の壮挙であると云ふので、東京の富士新聞や福知山の三丹新聞を始め其他の諸新聞に連載された事がある。 さて此島を一周りして、奇岩絶壁を嘆賞しつつ冠島へ再び舟を漕ぎ寄せ、一行九人打揃ふて神前に拝礼し、供物を献じ終つて又此冠島も一周する事となつた。周囲四十有余丁あり、世界の所在草木の種子は皆此島に集まつてあると云はれてある。昔は陸稲も自然に出来てゐたのを、大浦村の百姓が肥料を施して汚したので、其後は稲は一株も出来なくなり、雑草が密生する様になつたのだと二人が話しつつ覗き岩迄漕ぎつけて見れば、数十丈の岩石に自然の隧道が穿たれてある。屏風を立てた様な岩や書籍を積み重ねた様な岩立ち並び、竜飛び虎馳る如き不思議の岩が海中に立つてゐる。少しく舟を西北へ進めると、一望肝を消すの断巌、一瞻胸を轟かすの碧潮に鯛魚の群をなして縦に泳ぎ、緯に潜み、翠紅、色交々乱れて恰も錦綾の如く、感賞久しうして帰る事を忘れるに至る。此処に暫く遊んでゐると、十年も寿命がのびる様である。世の俗塵一切を払拭し去つた様な観念が胸に湧いて来る。兎に角男女を問はず信徒たるものは一度は是非参詣すべき処である。 九日の夕方、恙なく舞鶴へ帰着し翌十日舞鶴京口町で一行記念の撮影をなし、目出度本宮へ帰る事となつた。 (大正一一・一〇・一七旧八・二七北村隆光録) |
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62 (2220) |
霊界物語 | 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 | 16 禁猟区 | 第一六章禁猟区〔一〇五三〕 梅雨朦朧として昼尚暗く、湿潤家に満ちて万物黴花を生じ、山色空朦烟光霏々たる六月の二十一日、狭田も長田も手肱に水泡かき足り、向股に泥かきよせて早乙女の三々伍々隊を成し、蓑笠の甲冑を取よろひ、手覆脚絆の小手脛当、声勇ましく田歌を歌ひつつ、国の富貴を植ゑて行く、狗の手も人の手てふ農家の激戦場裡、安閑坊喜楽、梅田柳月、大槻伝吉の三人の土倒し者は、今しも本院を立出でて、本町西町とふみ抜く道は狭くも広小路、駆け出す馬場や六つの足、綾部停車場にと走せ付けた。往くは何処ぞ和知の川、音無瀬鉄橋音高く、梅雨を犯して梅迫駅、停車間もなく、真倉の洞穴、小暗き中を吾物顔に轟々と脱け出づれば、山媛の青き御袖を振はえて、炭団の如き三人の顔を暫し掩はせ玉ふも、時に取つての風情である。車中乍ら心も勇み胆躍り、欣喜の余り手も足も舞鶴駅に舞下り、新橋詰の船問屋西川方へと流れ込んだ。 折柄切りに降り注ぐ大粒の雨に胆を打たれたか、予約の水夫は刻限来るも俤だに見せぬ。天道殿は罪重き三人の参島の企てをおぢやんにせむず御心にや、意地悪く間断なく、無遠慮に天水分神を遣はせ玉ふ。何時迄待つても空が晴れさうにも無いが、雨は元より覚悟の前だ。併し肝腎の舟の神が御出にならぬのには大閉口、さりとて中途に帰るのは死んでも厭な三人、畳の上に居ても死ぬ時には死ぬる、生死は天なり、惟神なり、是非水夫を呼びにやつて下さいと促す。西川の後家サンも止むを得ず、田中、橋本二人を、人を以て呼寄せた。出口教祖が始めて沓島開きをなされた時に御供をした水夫である。数千の漁夫の中にて最も剛胆な、熟練な聞えある選抜きの漁夫、これなら大丈夫、何時でも二つ返辞で往つて呉れるだらうと喜び勇んだ甲斐もなく、案に相違した弱音を吹くのである。 『何ぼ信神で参拝るにしても、神様の御守護があるにしても、此気色では鬼で無くて行けんでの、マア二三日ゆるりと遊んで待つてお呉れ。天候が定まつたら、お伴をさして貰はうかいの、明日は又冠島様の一年一度の御祭典で、今晩は冠島の明神が神船に乗つて、対岸の新井崎神社に御渡海になるので恐ろしい夜さだ。中々舟は出せぬでの、若し神の御心にでも障つたら大変だ。桑名の亀造で無けら、今晩舟を出す者は無いわいの』 と臆病風に魅せられたか、一向色よい返事をしてくれぬ。三人は況して今夜の様な行けぬと云ふ日に行つて見たいのが希望だ。是非々々賃金は厭はぬ、やつてくれい……と泣く様に頼む。水夫は益々恐怖心に駆られ、ソロソロ卑怯にも逃げ帰らむとする。逃げられては堪らぬので、口々に宥めつ賺しつ、直往勇進断々乎として行へば鬼神も之を避くとの教祖の神諭を楯に取りて動かぬ。互に押問答の果しもなく、遂には水夫も口をとぢて呆然として、只々謝絶一点張り、波に取られた沖の舟で、取付く島がない、吾等平時に於てこそ温柔なること綿羊の如くなれ、目的遂行に対しては猛虎の如く、一向直進眼中風雨なく海洋なし、満腔の勇気は烈火の如く挺身突撃死を見る帰するが如き覚悟ありと雖も、如何せむ舟を操ることを知らない三人は、肝腎の機関士に見放されたが最後、神ならぬ石仏同様の身、海上一寸も進航することが出来ぬのである。外の水夫も雇入れむにも、生憎一人も応ずる者がない。とうとう根負して、 『そんなら明朝一時まで自分等は待つ事にせう、キツと雨も止み、快晴になるは請合の西瓜だ、吾々の出修には必ず天祐があるから安心して行つてお呉れ』 と口から出任せ、覚束なき予言を二人は嘲笑ひ、自分等を馬鹿にした様な面付でシブシブ帰つて行く。 三人問屋の部屋でガツト虫の様に小さく縮かんで寝に就いた。大方白川夜船でも漕いで居たであらう。一眠したと思ふ時分に、大丹生屋の門口を打叩き、 『お客さん昼の船頭が来た』 と叫んでゐる。……サア占た……と一度にはね起き、又も御意の変らぬ内と、直に支度に取かかつた。 『船頭さん、天気はゼロだらう』 とからかへば、 『イヤ気色は大変よい様だが、往ける丈行つて見な判らぬ』 とまだ煮え切らぬ返事である。 時節到来港口を出たのは廿二日の正に午前二時であつた。ヤハリ空は曇り切つて星一つ青雲一片見当らぬが、米価のあがる糠雨が、ピリピリと怖相に一行の顔を嘗める位。例の南泊辺まで乗り出すと、火光海面を照らして疾走せる一隻の大汽船に行違うた。其動波の為に吾小舟を自由自在に翻弄されたのは、実に癪にさわつて堪らぬ。暫くすると天は所々雨雲の衣を脱いで、蒼い雲の肌を現はし、点々明滅、天書現はるるも、連日の降雨で内海の部分は水が濁つて居るせいか、今夜は清き星が波に宿を借りて居らぬ。博奕ケ崎も後に見て漕ぎ行く程に、東天紅を潮して遥の山頂より隆々朝瞰を吐出し、冠島沓島は眼前に横はり、胸中濶然欣扑歓呼覚えず拍手神島を遥拝し、各自に感謝祈願の祝詞を奏上し奉る。海上は至極平穏で、縮緬の様な波が奇麗に流れて居る。水夫は汗水になつて力限り艫と舳とから漕ぎ付ける。小舟は矢を射る如く、鳥の翔つ如く冠島へ着いたのは恰度六時に五分前であつた。 何時でも片道に十時間以上十二時間はかかるものを、今回に限つて僅に四時間足らずとは実に意外であつた。喜楽は得意満面に溢れて、 喜楽『罪の軽い安閑坊が参拝すると此通りだ、神様は公平無私で在らせられる』 と一人で調子に乗つて居る。冠装束いかめしく徐々神前に進み、供物を献じ、祝詞を奏し、拝礼了つて、恭しく社殿を罷りさがつた。記念の為に自分は神前の丸石を一個頂戴した。勿論交換の石を持参して居るのであるから、只頂戴したのではない、今日は明神の祭日とて、前日から数名の氏子が社務所に出入りして、境内の掃除を行つて居る。 『早うから参詣でしたなア、マア一服なさい』 と座を譲る親切を厚く感謝しつつ、再海浜の船繋場に引返した。名木の冠島桑は去年の夏、或者の為に盗伐されて了つて影も止めず、僅に三尺許り周つた桑樹が波打際に根こじに古自て横たへられてある。実に憤慨に堪へぬ次第である。 『一昨年あたりから、横浜や神戸あたりから六七十人の団体がやつて来て、五六十万羽の鯖鳥を密猟したので、近頃は大変に鳥が減つて、漁猟に差支て皆の者が困つとるわいの』 と水夫二人が悲しさうに物語りつつ、早くも沓島に向つて漕出した。 冠島沓島の中津神岩には数十羽の沖つ鳥、胸見る姿羽たたきも此れ宜しと流し目に、一行の舟を見送つて居る。浅久里、棚の下の巌壁を面白く左手に眺めて、諸鳥の囀る声は鐘の岩の真下に漕ぎつけた。奇絶壮絶胸為に清涼を覚ゆ。 去る明治三十四年、見渡せば山野は靉靆として花の香に匂ひ、淡糊を解いて流したやうな春霞はパノラマの如き景色の配合を調和して、鳥は新緑の梢に謳ひ、蝶は黄金の菜の花に舞うてゐる好時節、舞鶴の海は白波のゆるやかに転び来つて、遠きは黄に近きは白く、それが日光に反射して、水蒸気の多い春の海を縁取つて、得も言はれぬ絶景天下泰平の真最中、出口教祖は三十五名の教弟を引連れられて、此鐘岩の絶頂に登り立ち、丹後国宮川の上流、天岩戸の産水と竜宮館の真清水を汲み来られ、眼下の海原見かけて、恭しく撒布し玉ひ、祝して仰せらるるやう、 教祖『向後三年の後には必ず日露の開戦がある。其時は巨人の如き強大国と小児の如き小国とが、世界列国環視の下で、所謂晴れの場所、檜舞台の上での腕比べの大戦争であるから、万々一不幸にして、我国が不利の戦争に終るやうな事になつたら、それこそ大変、万劫末代日本帝国の頭が上らぬ。そこで国祖の神霊大に之を憂慮し玉ひ、今此老躯をここに遣はし、世界平和の為、日東帝国の国威宣揚の為祈願せさせ玉ふなり、あゝ艮の大金神国常立尊よ、仰ぎ願はくは太平洋の如く広く、日本海の如く深き御庇護を我神国日本の上に降し玉ひて、此清けき産水と美はしき真清水の海洋を一周し、雲となり、雨となり、或は雪となり霰となつて、普く五大洲を潤はし、天下の曲霊を掃蕩し、汚穢を洗滌し、天国を地上に建設し、豊葦原瑞穂国をして、真の楽境となさしめ、黄金世界を現出せしめ玉へ』 と満腔の熱誠と信仰をこめ、天地も崩るる許りの大音声を振り上げて祈願されし断岩は即ち此れであると、喜楽の談を聞いた一行は、是非一度登岩して見たき一念期せずしてムラムラと湧起し、矢も楯も堪らぬやうになつた。 水夫に頼んでカツカツにも舟を着けて貰ひ、かき登つて見ると、手足がワナワナするやうな心地がして教祖の勇気に充たせられて居られることを、今更のやうに感歎せずには居られぬやうになつた。音に名高き弥勒菩薩は自然岩に厳然として其英姿を顕はし、恰も巨人が豆の如き人間を眼下に睥睨して居るやうで、どこともなく神聖不可犯の趣が拝まれる。遠く目を東北に放てば日本海の波浪は銀屏を連ねたるが如く、黄金の大塊東天に輝き、足下の海は翠絹の褥の如く、美絶壮絶快感譬ふるに物なし。歎賞久うして再舟に上り、鰐の巣突当岩を巡見するに、奇又奇、怪又怪、妙と手を拍ち、絶と叫び、精神恍惚として羽化登仙したるの思ひであつた。 舟は容赦もなく鬼岩の眼下を脱け出で、辛うじて戸隠岩に漕付いた。到着早々癪にさわつたのは、不届き至極にも斯かる神聖なる神島にまで、密猟者が入込み、少し許りの平地を卜して藁小屋を結び、雨露を凌ぎつつ、日夜鳥網を張りまはし、棍棒を携帯し、垢面八字髭を貯へた見ても恐ろしい様子、腹でも空いたら人間でも容赦なく餌食にし兼間じき五十男が、張本人と見えて、数多の壮丁を使役して頻りに信天翁を捕獲して居た真最中であつたが、彼等は教服姿の吾等一行を遥見して、何故か右往左往にあわてふためき、山上見かけて駆け登るあり、断岩を無暗に疾走するあり、何事の起りたるかと怪しまるる程であつた。稍落付顔の一人を近く招いて、 喜楽『あなた等は何を以てか俄にあわて迷ふぞ。自分等は信仰上より梅雨を冒して今此神島に参詣した者だが、見ればあんた等は海鳥の密猟者と見えるが、併し商売とは云ひ乍ら、かかる危険な殺伐な所業を止めて、他の正業に就き玉へ』 と三人は熱誠を籠めて説き諭せ共、固より虎狼の如き人物、一言も耳に入り相な気配だにない。「自由の権構てなやホツチツチ」と言はぬ許りの面構へ、要らぬ奴が来やがつて、人をビツクリさしやがつたが、マア裁判官でなくて大安心……と口走つたのは滑稽の極みであつた。抑も昨年来出口教祖は冠島沓島の密猟を非常に惜まれ、且つ罪もなき鳥族の徒に生命を奪はるるを憐み玉ひ、鳥族保護の祈願まで、朝夕神前にて御執行あつたが、本日は満願の日なれば、神明へ謝礼の為に種々の供物を持たせ、自分等を特に御差遣になつたのである。それが又偶然か神の摂理か、不可思議にも今日即ち明治四十二年六月廿二日、京都府告示第三百十九号を以て、加佐郡西大浦村大字三浜小橋及此両島の区域を禁猟区域となし、今後十年間は年内を通じて該区域内に棲息する鳥類及び雛の捕獲又は採卵を禁止せられた当日であつた。 十年以前に出口教祖の建設せられた神祠は積年の風雨に曝されて、半朽廃に帰し、見るからに畏れ多く、一日も早く改築し奉りたく、是非来春までに造営せむことを神前に祈誓した。畏み慎み祠前に進み、各自に供物を献じ灯火を奉点し、例の祝詞を奏上し奉る。捕り残された数万の信天翁は不遠慮に自分等斎員の頭上を飛びまはり、神聖なる教服の袖に糞汁の雨を降らせ、一帳羅を台無しにする。まだ其上に業のわいた、気楽相に怪しい声を絞り出して、八釜しく、自分等を嘲笑して居る様に、心の勢か、感じられるのである。それから肝を投出して、お籠り岩に辛うじて歩を進めた。 見れば上は絶壁に隔てられ、眼下は深き谷底に海水が青く漂うて物凄い。足の裏がウヂウヂするやうな難所に、教祖の真筆を以て歴然と神の御名が記されてある。教祖の豪胆と熱誠に感じて、思はず拍手九拝感歎の声口をついて出て来た。始終沈黙を守つて居た大槻は此時思ひ出した様に語る。 大槻『日露戦役の真最中、教祖のお供をして、十三ケ日間此岩窟に静坐し、敵艦全滅、我軍全勝の祈願をこらした時は、ズイ分困窮を極めた。清水は一滴も無し、三人の中へ僅か三升の煎米がある丈、これを生命の親として、幾十日も食はねばならぬ、昼夜にドンドンドンと怪しい、何とも譬えやうの無い音がして寂しいやら、凄じい様で、人心地はせず、陸上との交通は無論断絶なり、雨は毎日毎夜勤務の様に降り続ける、喉はかはく、腹はすく、手足はワナワナする、目はマクマクする、腹はガクガクして、死んでるのか生きてるのか、吾乍ら終には判別が付きかねる。そこへ雨育ちの体を俄の暑熱に当てられる。思ひ出してもゾツとする。教祖は平素の修行の結果にや、神色自若として容顔麗しく、ますます元気が増許り、二十日や三十日の辛抱が出来ぬ様では、日本男児の本領はどこに在るか、チと勇気を出したが宜からうと御叱りになる、自分等はモウ此上一片の勇気も精力も出すことが出来ぬのである。然るに天の与へか向ふの岸に滴りおつる水に塩気がないと云ふ事を、フト発見した。恰も地下の世界から脱出た様な心持で、色々と工夫をこらし、携へ持てる竹筒を受けて水を取り、漸く渇を医したといふ始末で、万一此水が無かつたなら、自分等は生命を全うすることが出来なかつたかも知れぬのであつた。併し一時は水で息をしたが何時迄も水許りでは堪らない。煎米はモウ三日前に終りを告げた。斯んな無人島に居て死ぬよりも、陸上にあつて幾らでも国家の為に尽すことが出来るであらうから、一日も早く帰らせて貰ひたいと教祖に泣きついた所が、教祖も可愛相に思召したか、……そんなら明日は迎への舟の来る様に神界へ祈願してやらう……と仰せられ、早速御願になると、天祐か偶然か、但は島神聴許ましましたか、翌朝旭の豊栄昇る頃、遥の海上より七隻の漁舟が沓島を目がけて漕ぎ寄せて来る。其時の嬉しさは死んでも忘れられないと思ひました。数名の漁夫は自分等三人の顔を熟視して、てつきり露探と誤認し、俄に顔色を変へて震ひ出し、……露人が一人に日本人が二人だ。恐ろしい迂濶に相手に成れないぞ……と互に目曳き、袖曳き、逸足早く逃げ帰らむとする。逃げ帰られては堪らないから、自分は手を合さぬ許りにして、事情を逐一説明して頼み込んだ。彼等も漸くの事に納得し、兎も角も舞鶴まで送つてくれることになつた。所が其甲斐もなく、漁夫は体よく口実を設けて、自分等を安心させ、油断させて置いて、一人も残らず逃げ帰つて了つたのである。大方村役場へでも報告する為であつたのでせう。そこで止むを得ず後野氏が断岩を辷りおりて、鰐の巣まで危難を冒し、海水を泳ぎなどして、鐘岩の真下迄行つて見ると、一人の漁夫がそこに波浪を避けて糸を垂れ鯛を釣つて居る最中で、裸体の儘に立つて居る後野氏の姿を見てビツクリし……生命知らずの馬鹿者奴、お前は鰐の巣窟を通つて来たなアと叫びつつ、直に船に乗せて戸隠岩の真下に漕ぎ寄せた。教祖は漁夫に向ひ、厚く感謝せられ……さてバルチツク艦隊も近日の中に対馬沖にて全滅するから安心ぢや、お前さまも村へ帰つて村の人に知らしてやつて安心させるがよいと……仰せられたが、果して其お言葉通り、七日程経つた所で、日本海の大海戦で、あの通りの大勝利、自分も其時は余りの事で呆れました』 と懐旧談を切りにやつて居る。二人の水夫も話の尾に付いて、 『私等も二人で此島へ御伴して参りましたが、教祖さまが……モウお前サン等は帰つてくれ、そして四十日目に船を持つて迎ひに来てくれ、万一居なかつたら、又四十日経つた所で来てくれ……と仰せられたが、こんな無人島に荒行なさるかと思へば、俄に悲しくなつて、二人共泣きました』 と朴訥な口から話して居る。帰路冠島の覗岩に舟を泛べて和布を刈り、貝や蟹を捕獲しつつ、五丈岩三丈岩等の勝景を感賞しつつ、順風に真帆をあげ、帰路に就く。正に午時であつた。 船中にて昼飯を喫し、舞鶴湾口の蕪、久里、博奕ケ崎、白黒岩も何時しか後に見て、横波、南泊と進む程に、早松原にと差かかれば、水夫は潔く、 『田辺見たさに松原越せば、田辺がくしの霧が込む』 と唄ひ乍ら、廿二日の午後四時、大丹生屋へ安着した。 (大正一一・一〇・一七旧八・二七松村真澄録) |
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霊界物語 | 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 | 19 鞍馬山(二) | 第一九章鞍馬山(二)〔一〇五六〕 折節当夜は八木会合所の祭神及び会場移転式挙行日にて数多の会員参集し居たるに、不意に教祖一行の御立寄りと聞きて驚喜し俄に色めき立ちて上を下への大騒動、見るに見かねて教祖は之を制し慇懃に挨拶あり。畏くも大神の奉斎所を遷座する大切な御式を軽率に執行して神霊に非礼の罪を重ね、前以て詳細の報告も出願にも及ばざりし会員一同の不注意は今眼前に報うて来て気の毒であつた。幸ひにも教祖に祭主を懇願して移転式を完了し、次に教祖及び海潮の講話あり、午後十一時には各十二分の神徳を忝なみ会員一同退散した。印度坊主は経が大切、自分等は明日が大事、夜更しは身の障りと狭い座敷に雑魚寝をなし、翌九日、旭日東山の端に円顔を現はし給ふの頃、霧の流るる小川に手水を使ひ口嗽ぎ、恭しく神前に祈願を凝らし、行途の如何を占なひ奉る。時に皇神海潮の手を通じて教へ諭し給ふ様、 『世の中の人の心のくらま山 神の霊火に開くこの道』 と、此神詠によりて行途の城州鞍馬山なる事を窺ひ知り得たれば、心は五条橋の牛若丸の如く飛び立つばかり勇み立ち、午後一時福島氏に送られて八木停車場へと歩を運ぶ。折柄園部の上り列車、幸宜しと飛乗れば二分停車の忙しく渡る鉄橋寅天の、音轟々と大堰川、八木の城山跡に見て、二条の軌道を疾駆して、早くも亀岡に接近す。海潮が故郷なる曽我部の連山は殊の外眼に立ち、高熊山の霊峰は彼方ならむと思へば不知不識に拍手せられる。愛宕の神峰は群山重畳の其中央に巍然として聳え、教祖一行の出修を眺めて山霊行途の安全成功を暗祈黙祷せらるるの思ひがある。車中偶曽我部の里人某を見る。言葉を掛けむとすれば態と素知らぬ振りに背面し、時々横目に此方の身辺を覗ふ様、あまり心地良きものに非ず。彼は曾て海潮が故郷にありて国家の大勢に鑑み、憂国の至情を以て一身一家を抛ち、惟神の大道たる皇道霊学の教旗を翻したる時、陰に陽に極力妨害を加へたる枉津神なれば、今更面目なくて其鉄面皮も稍良心に呵責され、思はず背面せしならむかと思ひしに、豈図らむや、然は無くて彼は余等一行の旅装を注視し、乞食巡礼に零落せしものと誤認し、帰郷するや嗤笑して告げて曰く。 『上田は怪しき教に沈溺せし為め終に乞食に堕落したり。神道に熱中するもの宜しくこれを以て殷鑑とし、決して祖先伝来遵奉し来りし仏道を捨て神道に迷ふが如き愚挙を演ずる勿れ。彼れ上田は親族には絶交せられ、朋友には疎まれ、弟妹には見離され、吾住み馴れし恋しき故郷を捨てて是非もなくなく他所へ流浪し、今又養家の老母や妻を携へ、浮雲流水の身となり居れり』 などと、御苦労にも悪言醜語を遠近に触れまはし、余が郷里の一族も少からぬ迷惑を感じたと云ふことである。 日本神国に生を享け、神国の粟を喰み、神恩に浴し乍ら、報本反始の本義を忘れて、邪教に魅せられたる印度霊の小人の言葉程、迂愚頑迷にして斯道に害毒を流すものはない。 汽車は容赦なく山本、請田と進み行き、第一隧道を潜り抜け第二、三、四と貫く程に、流れも清き保津川の激潭、急流に散在する奇石怪岩面白く、読み尽されぬ書物岩、数へ尽せぬ算盤岩、激潭飛瀑の中に立ち並ぶ屏風岩、仏者の随喜渇仰する蓮華岩を川底に見降しつつ、渓間の鉄橋矢を射る如く、早くも嵐峡館の温泉場、感賞間もなく君が代を万代祝ふ亀山隧道、脱け出れば花より団子の嵯峨の駅、五分停車の其内に、右手の方を眺むれば、月雪花と楓の嵐山、秋季に花は無けれども、松の木の間を彩る錦、神の随々萠出でて、月照り渡る渡月橋、筏流るる桂川、お半長右衛門浮名を流す涙川、流れも清き天竜の巨刹は松年画伯の筆になる天竜と共に高く甍を雲表に現はし、峨山の禅風薫るあり。十三詣りの虚空蔵の祠、千歳栄ゆる松尾大社、神徳薫る梅の宮の森、千葉の葛野を眺むれば、百千足屋庭も見え、国の秀見ゆる勇ましさ。左手は撰歌に名高き定家卿の小倉山、花と紅葉の二尊院、仏祖を祀つた釈迦の堂、北は御室の仁和寺、五重の塔は雲を突く、此処に昇降する客の大半はこれに詣づる信徒なるべし。汽笛の声に動き出す。汽車は間もなく花園駅、車掌が明くる戸を待ち兼ねて一行は飛降り、禅宗の本山妙心寺を横手に眺めつつ、教祖は老の御足に似もやらず一行の先に立ちて進まれ、徒歩にて北野の鳥居前にと衝立つ梅松竹の杖。今日は陽暦廿五日当社の祭典にて神輿渡御の真最中、騎馬の神職は冠装束厳めしく劉喨たる音楽に連れて、神輿の前後を練り出る有様、最殊勝に見ゆる。数万の賽者は一時に容を改め襟を正して拍手するあり。社頭には千年の老松梅林、楓雑木も苔蒸して神さび立てる神々しさ。教祖は此処に歩を停め拍手再拝の後、余等一行に向ひ、 教祖『抑も当社の祭神は今より一千余年の昔、左大臣藤原時平が讒言に由つて時の帝王の逆鱗に触れ、無実の罪に問はせられ親子共に四方へ流謫の身となり、御無念やる方なく、 天の下乾ける程のなければや 着てし濡衣ひる由もなき と歎き給ひし菅原道真公の真心終に天地に貫徹し、鳴神とまで化けて神異霊徳を顕はし一陽来復の時至つて北野天神と祭られ後世までも斯くも手厚き官祭に与り給ふは、実に聖明の世の賜と云ふべし。然し乍らここに思ひ出されて忍び難きは吾等の奉仕する艮の大神国常立尊の御上である。大神は天地開闢の太初にあたり、海月なす漂へる国土を修理固成して豊葦原の瑞穂の国を建設し、以て神人安住の基礎を立て厳格なる神政を励行し給ふや、剛直峻正にして柔弱なる万神の忌憚する所となり、衆議の結果悪鬼邪神と貶せられ、千座の置戸を負ひて神域の外に神退ひに退はれて其尊身を隠し、千万の御無念、克く忍び克く堪へ天地の諸霊を守護し給へども、盲千人目明一人の現社会に誰ありて神名を称へ奉る者なく、神饌一回献ずる人無く、暗黒裡に血涙を呑み落武者の悲境に在せ給ひしに、時節到来、大神の至誠は天地に通じ、煎豆に花の咲き出でしが如く月日並びて治まれる、二十五年の正月元朝寅の刻、天津神の任しのまにまに、 「三千世界一度に開く梅の花、艮の金神の世になりたぞよ。須弥仙山に腰を掛け丑寅の金神守るぞよ」 と大歓喜と大抱負とを以て目出度く産声を挙げ、再び現在の主宰とならせ給へり。あゝ斯くも至尊至貴至仁至愛なる大神の御心を察し奉りて一日も早く片時も速に、大神の仮宮なりとも造営し奉り我神洲神民として敬神愛民の至誠を養ひ神恩の忝けなきを覚悟せしめ、日本魂を錬磨修養せしめねば、邦家の前途は実に寒心に堪へず。瞬時も速かに大慈大悲の大神の御洪徳を宣伝し、悪鬼邪神との冤罪を雪ぎ奉るは吾等の大責任にして又畢生必ず決行せざるべからざる大願なり。今や北野の神の官祭を拝して大神の御上を追懐し、悲歎遣る瀬なし』 とて冴えたる御声は愈曇り光眼瞬く事切りと見受られ……草枕旅には厭ふ村時雨はらはらかかるを袖にうけつつ語り出でらるる其真情に絆されて、海潮も澄子も声をのみ、貰ひ泣きせし其顔を、菅の小笠に隠して同行五人杖を曳いて鞍馬を指して急ぎ行く。 鞍馬へ愈到着してより其夜は御宮の前にて御通夜する事とした。四方春三は寺前に備へありし御籤を頂きしに余程悪かりしと見え、思はず、 春三『オウ失敗つた』 などと口外する。其夜福林は旅の疲労にて前後不覚の体に寝入りしが、不図夜中の一時頃目を覚まし見れば、傍にありし四方春三の姿の見えざるに驚き、探し見るに外の方に当つて『起きて下さい』と頻りに呼はる声の聞ゆるままに耳をすませば確に四方の声である。福林は急ぎ外へ出て見れば、大いなる火の玉、お宮の前を行きつ戻りつ駆けめぐり、而も其火の玉の尾には正しく尋ねる四方春三の姿あるを認め、今の声の所在も始めてわかつた。薄気味悪く見守る内、火の玉は次第に先方へ行きし故恐る恐るも其方角へ行きて見れば四方は大きな焚火をして居た。福林は近づいて、 福林『一体如何したのか』 と聞けば四方は青い顔して震へ乍ら、 四方『オヽ恐い恐い、こんなに恐い事はない、今のを見て呉れたら何も云ふ事は無い』 と云ふのみにて打ち明けもせず泣いて居る。それから連れ立ちて御宮へ戻り再び寝に就き、夜明けてから更めて四方に夜半の出来事を尋ねたけれど、四方は何も知らぬと云ふ。念の為め昨夜焚火せる処へ行つて見たが其跡さへ無き不思議に福林は只驚くばかりであつた。海潮は教祖に向ひ今度鞍馬参りの神慮を伺ひしに、教祖は只、 教祖『先に行つたら分りませう』 と云はれしのみであつた。 帰途は京都より亀岡へ出で八木にて一泊せしが四方は終日蒼白な顔して悄気込み居たりし様見るも憐れであつた。同人は其夜園部まで二里の行程を走つて友人に会ひ、 四方『今度は死ぬやも知れぬ』 とて暇乞ひを成して帰れる由、教祖は此事を聞きて叱つてゐられた。 翌日綾部の役員信者は途中迄出迎ひに出て無事大広前に帰り着く。四方春三は始終太息を洩らし居たが上谷の宅より迎ひに来り、帰宅して後一ケ月ほど煩ひて帰幽して了つた。其より前、 四方『生前是非先生に一度来て貰はねば死ぬにも死なれぬ』 とて使ひが来たから海潮は見舞に行き、 海潮『許してやる』 と言へば安心して帰幽した。春三時に十八才、実に霊学に達したる男であつたが慢心取違ひの末、神罰を蒙りて一命を終はつたのは遺憾の事であつた。 或夜俄に大風吹きて広前の杉の樹、ゴウゴウと唸りし事がある。後教祖に伺ひしに、鞍馬山の大僧正来りて本宮山へ鎮まり又其眷族は馬場の大杉へ行つたが其後大杉には蜂の如く沢山の眷族が見えたと教祖は物語られた。 (大正一一・一〇・一八旧八・二八北村隆光録) |
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霊界物語 | 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 | 25 雑草 | 第二五章雑草〔一〇六二〕 建勲神社に奉仕中、喜楽は休日を利用して宇津の小西の布教してゐる八幡宮の社務所へ出張して見た。さうすると沢山な信者が集つて、祈祷して貰うてゐる。湯浅仁斎氏の、妻君も満艦飾をこらして参拝して居た。さうすると小西が大勢の前で、 小西『あゝ会長サン、来なさつたか、狐はモウ去にましたかなア』 とおチヨくる様に無礼な事を言ふ。喜楽はムツとしたが、いやいや待て待てと胸をなでおろし、喜楽は永らく綾部で大勢に圧迫や妨害を加へられ、隠れ忍んでやうやう西田と二人してここにお広間を拵へ、ここを根拠として大本の教を開かねばならぬのだから、今怒つては大事の前の小事だと、ワザと平気な顔をして笑うて居ると、小西は尚もつけ上り、 小西『皆サン此人は綾部の海潮と云ふ人で、瑞の御霊の大神様が御守護して御座つたのぢやが、官幣社の神主になつたりするもんだから、神様が愛想を尽かして、此松元に移り替へなさつたのだから、瑞の御霊の御神徳は皆此松元におさまり、海潮サンは蝉のぬけがらになつた後へ、稲荷山のケツネがついて居ますから、モウ駄目です。こんな人に鎮魂をうけてはいけませぬ』 と人の前で臆面もなく喋り立てる。喜楽は、 喜楽『あゝさうだ、私は脱殻だ、どうぞ松元サンに、一時も早く綾部へ来て御用をして貰はねばなりませぬ』 といつたら、松元は得意になつて、 小西『綾部の教祖様が変性男子の御身魂で、此松元が松の大本で、変性女子の御用をするんだが、モチと海潮の改心が出来ぬと、中々行けませぬワイ』 と云ひ乍ら、折角開いて置いた北桑田の信者を小口から、第二の中村のやうに悪口を言うてふれまはして了うた。其時湯浅夫婦も松元の教会へ病気の為に参拝して居たが、湯浅はどうしても松元の行方が気にくはぬので、自分は船岡の妙霊教会へ月参りをし、妻君のみが隠れて信仰をして居つた。それから明治四十一年の二月の事であつた。会長は建勲神社を辞職して、御嶽教の仮本庁が伏見の稲荷山に宏大な館を立てて設置されてあつたので、神宮官庁から頼まれて、副管長格の主事といふ役をつとめて居た。喜楽が御嶽教へ這入つたのは、御祭神が国常立命であるのと、将来神の道を布教するに付いて見学の為に、無報酬でつとめて居たのである。そこへ湯浅斎次郎氏が小西に頼まれたと云つて使に来た。其時海潮は大阪の生玉に設置されてある、御嶽教大教会へ教会長なので二三日出張して居た。其不在中に湯浅は御嶽教の本庁で泊めて貰ひ、喜楽の書いた沢山の書物を半分計り読んで了ひ、非常に信仰を固めて居た。そこへ喜楽が帰つて来て湯浅に会ひ来意を尋ねると、 湯浅『小西松元サンの息子の嫁に妹のお君さまを貰ひたい』 との事であつた。海潮は小西松元の為には非常に侮辱されて、余り面白くなかつたけれど、お道が大事だと思うて隠忍して居た所である。一層の事妹をやつたならば小西も反対をせず、自分の云ふことを聞くやうになるだらうと思ひ、早速穴太へ帰つて母と相談の上、僅に十五才の妹を無理にたらかして、湯浅氏の媒介で、一先づ湯浅の宅へ落着き、結婚式を挙げさしたのであつた。それから小西は改心するかと思ひの外、益々増長してどうにも斯うにもならぬやうになり、遂には各信者の小西に対する不信任が加はつて来て、一人も来ぬやうになつて了つた。さうすると小西が独断で綾部の大本へ、明治四十三年にやつて来て、お広間に先生顔をして坐り込み、薬の指図をしたり、鎮魂を始め出した。教祖さまは鎮魂や薬の指図が大の嫌ひなり、二人の中に立つて大変に気をもんだ。さうかうして居る内に御嶽教の機関雑誌『経世軍』といふ小さい発刊物の記者をして居た千葉埴麿が御嶽教を放り出され、食ふことが出来ぬから、麦飯でもよいから綾部に置いてくれぬか……と手紙をよこしたので、承諾の旨を答へてやると、すぐに夫婦二人で綾部へやつて来て、それから宮沢円竜といふ法華坊主上りの神道家を呼びよせ、栃木県の吉田村に二億万円の金がいけてあるから、掘り出して国家の為に尽さうかといひ出し、千円許りも工面して大本から金を引出し、そして其実は半分以上自分の借金なしをしたりして了ひ、大本から小西の息子の増吉と田中善吉とが吉田へ金掘に行つた事があつた。モツと金をよこせ、キツと出ると云つて来たけれど、モウそれぎりで金を送らず田中と増吉とを綾部へ呼び返した。サアさうすると千葉が教祖さまに甘く取入り、ソロソロ会長の排斥運動に着手し、教祖の命をうけてはそこら中を訪問して、自分勝手なことをやつて居つた。 小西は綾部に居れなくなつて、再び宇津へ帰り、神様を拝んで居たが、二三十人の信者が代る代る参拝して居た。増吉は千葉と宮沢にスツカリ抱込まれ、大本へ反旗を翻して両人を吾家へ連れ帰り、園部の片山源之助や浅井はな等と諜し合はして大本乗取りの策を講じてゐた。そこで湯浅がワザとに小西の味方となつて陰謀を残らず探り大本へ報告したので、彼等も策の施すべき所なく、とうとう東京へ宮沢は逃げ帰り、千葉は片山源之助と園部の新町で報公義会といふ会を拵へて、片山を大将とし、浅井はなをしまひには放り出して、勝手な熱を吹き、盛に大本に反対をつづけてゐた。小西はとうとう御嶽教の教導職となつて、京都の大本の信者の宅へ入り込み、盛に病気直しをやつて、流行らしてゐたが、其家の妻君と妙な関係が出来、主人に見つけられ、女房は直に裏の井戸へ投身して死んで了つた。それから大変な悶着が起り、法律問題が持上らうとした。さうすると小西増吉が自分の姉と一緒にやつて来て、反対に喜楽に熱を吹き、此事件を甘く事ずみさせるためのあやまり金を喜楽の貧弱な懐から無理に出さして帰つた事がある。 それから小西は京都にも居れなくなり、再び宇津へ帰り中風の気になつて弱つてゐたが、大正六年頃とうとう帰幽して了つた。小西の弟子に小沢惣祐といふ男があつて、これが又江州の貝津へ支部を開きに行き、そこの娘と妙な関係が出来て放り出され、綾部へもやつて来て役員と始終喧嘩許りしてゐたが、遂には綾部を飛出し茨木や肝川などにお広間を建て、暫くすると其土地の役員と衝突して飛び出し、遂には亀岡の旅籠町で京都の大内といふ後家をチヨロまかし、又失敗して大正六年頃綾部へ帰つて来て、元の祖霊社で腹を十文字にかき切り、喉をきつて自殺して了つた。それから杉井新之助といふ男が出て来て、大本を交ぜ返し、自分が全権を握らうとして、二代澄子に看破され、叱りつけられて、柏原の大本の支部へまはされ、そこで大本の反対運動を起し、大社教の教会を建て、今に宣伝してゐるさうである。 (大正一一・一〇・一八旧八・二八松村真澄録) |
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霊界物語 | 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 | 27 仇箒 | 第二七章仇箒〔一〇六四〕 明治卅八年二月の事であつた。大本の四方平蔵、中村竹造其外十人の幹部は本年中に世の立替立直しが完成し、五六七の世が出現すると、脱線だらけの法螺を吹き廻り、日露戦争の最中なので、お筆先の神示が実現すると、大変なメートルをあげて逆上せあがり、中村竹造の如きは筆先の文句の中に、道の正中をまつすぐに歩けといふ語句のあるのを楯にとり、暗やみの世の中といふ文句を読み覚えて、昼の真最中に十曜の紋のついた提灯に蝋燭をとぼし、大道の正中をすました顔して、牛車が出て来うが、何が来うが、少しもよけず、左の手に提灯を持ち、右の手に扇子をすぼめて握り、肱を振つて歩くので、牛車の方からよけると、神さまの御威勢といふものはエライものだ、誠の道の正中さへ歩いて居れば、どんな者でも此通よける……とますます図に乗つて、往来の迷惑も構はず、筆先の文句を高らかに読み上げ乍ら、大道を濶歩するといふ逆上方であつた。或時農具を車に満載して売りに歩き乍ら、元伊勢の方面まで宣伝に往つて居つたが、陰暦二日の月が見えたといふので、サア大変だ、三日月さまは昔から拝んだ事があるが、二日のお月さまが拝めたのは全く世の変るのが近よつた印だ、グヅグヅしては居れぬと、金の財布も荷物も車も、由良川へ放り込み、一生懸命に綾部へ走せ帰り、大変大変と連呼し乍ら、二階に斎つた神壇の前へ行つて、一生懸命に祈願を込め、フツと顔をあげると、そこに大きな水鉢に清水が汲んで供へてあつた。二階の窓があけてあつたので、雀が飛込み、水鉢の上に糞を一片たれたのが面白く水に浮いてるのを、フト眺めて、……ヤア愈立替が始まつた。水の中に優曇華の花が咲いてゐる……とさわぎまはるので、四方平蔵始め幹部連中が、神前へ進んで之を眺め、ますます有難がつて、涙声になり、祝詞を幾回となく奏上し、六畳の離に居つた喜楽の前へ出て来て、中村竹造は肱を張り、さも鷹揚に、 中村『コレ会長サン、よい加減に改心をして、小松林サンに去んで貰ひ、早く坤の金神さまになつて、女房役をつとめて貰はぬと、時機が切迫致しましたぞ、昨日も昨日とて、元伊勢から帰つて来る際二日月が拝めるなり、今日は又お供への水の中に優曇華の花が咲きました、グヅグヅしては居られますまい、早く改心なされ』 と声高に叱り附けるやうに云ふ。そこで喜楽は、 喜楽『二日月さまを拝めたのは別に珍し事はない、自分達は穴太に居つて、チヨコチヨコ拝んだ事がある、お前達はこんな山に包まれた狭い所に暮らしてるから、二日月さまが拝めたというて騒ぐのだらうが、そんな馬鹿な事を人に言うと気違にしられるから、どうぞそれ丈は言はぬやうにしてくれ』 といはせも果てず、中村は口を尖らし、 中村『コラ小松林、昔から三日月といふ事はあるが、二日月といふ事があるかい、穴太で二日月をみたなんて、そんな出放題な事をいうて、水晶の霊を曇らさうとかかつてもだめだ。世の立替が近よつたといふ事を、艮金神変性男子の御霊が大出口神とあらはれて、日出神と竜宮さまの御手伝で立替立直をなさる時節が来たのだ。早く小松林が改心を致して、会長の肉体を去り、園部の内藤へ鎮まりて、坤の金神さまの肉のお宮とならぬ事には、世界の神仏事人民が何ほど苦むかしれぬぞよ、コラ小松林、それが嘘言と思ふなら、一寸二階の御神前へ来てみい、水晶のお水に優曇華の花が咲いてる、それを見たら如何な小松林でも往生せずには居られまい』 と得意になつて喋り立てるので、不思議な事をいふワイ、又ロクな事ではあらうまいと、早速二階へ上つて見ると、雀の糞がパツと水にういて、白く垂れ下り、丁度優曇華の花のやうに見えて居る。喜楽は一寸木の箸の先で其れをすくうて、中村の鼻のそばへつきつけて、 喜楽『オイ之は優曇華ぢやない、雀の糞だ』 といつた所、中村は妙な顔をしてだまり込んで了うた。さうすると外の役員が約らぬ顔をして、 『どうぞ会長サン、こんな事を人にいはぬやうにして下され、笑はれますから』 と頼み込む可笑しさ。 これより先中村の女房であつた菊子といふのは、中村が毎日日日商売もせず、脱線だらけの事をいひ歩くので、幾度となく意見をしたが、とうとう中村は怒つて、『お菊に小松林の悪霊がついた』……といひ出し、放り出して了つた。そして教祖の身内から女房を貰はうと考へてゐたが、福島久子を八木から引戻して自分の女房にしやうと企んでゐたのを、喜楽に妨げられて目的を達せず、それより中村と久子とは大変に喜楽のする事成す事に一々妨害を一層猛烈に加へるやうになつて来た。 四五年たつた明治卅八年の頃には愈中村に教祖から妻帯をせよと、命令されたので、役員がよつてかかつて、いろいろ信者の娘を中村に紹介したが、如何しても首をふつて応ぜなかつた。中村は澄子の姉の竜子を女房に貰はうと、暗中飛躍を絶えずやつてゐたからである。竜子も心の中にて中村の女房になり、改心をさして、会長の云ふ事を聞かすやうにせうかと迄考へてゐた。併し中村は竜子を自分の妻となし、喜楽や澄子を退隠さして威張つてみやうという野心があつたのである。教祖から竜子の夫は中村竹造、竹原房太郎、木下慶太郎の三人の内から選めとの命令が下つたので四方平蔵其他の幹部連が、とうとう中村の妻にすることにきめて了つた。今でさへ喜楽や澄子はこれ丈圧迫や妨害をうけてゐるのに、中村が姉の婿となつて、噪やぎ出しては堪らぬと思ひ、教祖に向つて、 喜楽『どうぞ今日限り澄子と離縁して下さい、帰ります』 といつた所、教祖も大変に当惑し、四方平蔵を呼んで、 教祖『どうぞ会長サンの、此事は、意見に任してくれ』 といはれたので、幹部の中でも少しく喜楽の言ふ事を耳に入れる木下慶太郎を養子にしたがよいと言つたので、竜子を別家させ木下を養子に入れる事とした。そして八木の福島久子の股肱となつて喜楽の布教先を古物屋に化け込んで、軒別に邪魔しに歩かしてゐた中村小松といふ女を中村の女房にした。それから中村はスツカリ失望落胆の結果、発狂気味になり、遂には自分の昔からの陰謀を、あたりかまはず自白する様になつて来た。 余り中村は神さまに反対するので、神罰を受けて糞壺へはまつて死んで了ふといふ事を明治卅七年の四月三日の夜、神さまから夢に見せられ、道の栞に書きとめておいたが、とうとう明治卅九年に其夢の如くになつて狂ひ死にをして了つたのである。 中村と八木の久子とは始終往復し、内外相応じて、会長の排斥運動を続行してゐた。久子は最近に至るまで、ヤハリ喜楽を敵視して廿四年間不断の反対運動を継続してゐたのである。 かういふ具合で、如何しても迷信家連が会長の説く所を一つも用ひず、そんな書物や学にあるやうな教は悪の教だからと云つて、一人も聞いてくれぬので、澄子と相談の結果、再宣伝に飛出し、村上房之助が漸く目が醒めかけたので、村上を従へ、八木まで行つて見ると、角文字は一切使ふ事はならぬ、外国の行り方ぢやと、盛んに攻撃、喜楽の書いた神号迄も焼きすてさしたくせに、八木の神前には角文字で、艮金神国常立尊と太く記した提灯が一対ブラ下り、其外の神具にも残らず、角文字が記してあつた。そこで喜楽は、 喜楽『福島サン、此字は外国の文字で、神さまにお気障りにはなりませぬか』 と尋ねてみると、福島はビリビリと眉毛を上げ下げし、 福島『此角文字はお前に懸つた小松林が書いたのとは違うから差支はない。信者が真心であげたのだから、喧しくいふな、仮令外国の字でも日本人の手で書いたのだ』 と勝手な理屈をまくし立てる。そこで喜楽は村上と二人、八木を立出で、北桑田方面へ布教に行つた。それから二三ケ月経つて八木へ立よつて見ると、福島は痩衰へ、骨と皮とになり、夫婦が涙ぐんで控えて居る。様子を聞いてみると、艮金神さまの命令で、三十日の間一日に一食の修行をなし、あと三十日は生の芋をかぢり、あと三十日は水許りを飲み、あと十日は水一滴も飲まずに修行をした。今日が丁度百日の上りで、福島寅之助は、これから天へ昇つて、紊れた世の中を水晶に致すお役になつたから、今女房と別れの水盃をした所だ、何だか体がフイフイとして、独りで空へあがりそになつて来たといつてゐる。喜楽はそれとはなしに丸山教会の或教師が名古屋で屋上三丈三尺の高台を作り、これから天上するというて、二百人許りの信者は三丈三尺の高台の下から、天明海天天明海天と祈つてゐた。教師はいつ迄たつても黒雲が迎ひに来ぬので、気をいらつて宙に向つて飛上つた途端に、高台から転落し、大腿骨をうつて負傷をしたといふ事が其頃の新聞に出てゐたので、それを話して聞かし注意をすると、妙な顔して次の間へ入つて了ひ、力のない声で、 福島『今日の十二時に天上をさす所であつたけれど、小松林の悪神が来たによつて、一時間仕組をのばしたぞよ。早く家内の久どの小松林を去なせよ』 と呶鳴つてゐる。喜楽は福島久子に余り気の毒でたまらぬので、曲津がだましてるのだといふ事も出来ず、大方霊が天へ上るのだらうから、肉体に気をつけて、松の木へでも登りそうだつたら止めなされ……と忠告をして帰つたものの心配でたまらぬので、八木の或茶店に休んで、福島の様子を遠くから考へて居た。もし松の木へでも上りそうになつたら止めに行かうと思うたからである。 そしたら福島の守護神は……都合に依つて仕組を延ばした、明日の朝まで延ばした、明後日まで延ばした、と一週間程延ばした。出鱈目な託宣をしたので、福島も気がつき、久子を八木の町へ買物にやつた不在の間に、四五年もかかつて昼夜せつせと書いた自分のお筆先を一所によせ、石油をかけて一冊も残らず焼いて了ひ、 福島『コラおれを騙しやがつた悪神奴が』 といきなり御神前をひつくりかへし、神さまの祠を残らず外へ叩き出して了うたといふ面白い物語もあつた。 それから又綾部より役員が出張して、神さまを斎り直し、盛んに会長の攻撃を続行してゐた。会長は澄子と相談の上、嵯峨京都伏見の支部などへ気をつけてやらうと浦上を伴れて、綾部を立出で、園部に一泊してそれから八木へ立寄ると、福島寅之助が矢庭に奥から飛んで来て、 福島『ヤア四足が来よつたシーツシーツ』 と追ひまくり、ピユーピユーと痰を吐きかけ、 福島『サア早う去ね去ね、汚らはしい』 と箒ではき立てる。モウ斯うなつては、何程事を解けて諭してもダメだと思ひ、匆々にここを出立して、嵯峨の信者の友川弥一郎といふ家に出張した。ここには支部が拵へてあつて、喜楽の教を遵奉してゐた熱心な信者である。然るに友川の態度がいつとはなしに、極めて冷淡になつて居るので妻君に聞いて見ると……、今朝大本から畑中伝吉サンが出て来て、今上田の貧乏神がお前の所へ来るだらうから、敷居一つまたげさしても汚れる、キツと貧乏するか、大病になるによつて、艮金神様や教祖の御命令で気をつけに来たのだといつて、帰らはりました、そしてこれから京都や伏見の方へ知らしに行くといつて出られました……と包まず隠さず述べ立てた。そこで海潮は浦上と共に京都の三ケ所の支部を尋ねて見たが、どこもかしこも箒で掃き出したり、敷居を跨げさしてくれぬ、仕方がないので、明治座の少し東の横町に畑中の親類で、高町といふ信者があるので、そこを訪問して見ると家内中二階へ上つて了ひ、首のゆがんだ、少し間のぬけたやうな女が一人、坐つて居る。それは畑中の妹でお鯛といふ女であつた。喜楽は、 喜楽『お鯛サン、高町サンは何処へ行つたかな』 と尋ねると、 お鯛『何処へ行つたか知りませぬ、ここ三日や十日は帰らぬというて、他所へ行かはりました』 と云ふ。 喜楽『そんならお藤サンは何処へ行つたか』 と聞いて見ると、 お鯛『一寸よそへ行かはりました』 といふ。 喜楽『晩には帰つて来るだらうな』 と聞いて見ると、 お鯛『イエ晩になつても帰らはりしまへん、高町サンもお藤サンも晩にも帰らはりしまへん』 と垣をする。晩に帰ると云へば又夕方に来られては困ると、予防線をはつて居たのである。それから外の人の宿所を尋ねて見たけれど、何を言うても、知らぬ知らぬの一点張で仕方がないので『女が夜さり内に居らぬ様な事では、どうで碌な事をして居るのではなからう……』と腹立紛れに二階へワザと聞える様に言ひ放つてそこを立ち、七条通まで下つて来ると、浦上は三牧次三郎や西村栄次郎といふ信者の家を訪問すると云うて別れ、西田が伏見方面からやつて来たのに出会し、一所に伏見や宇治の方面へ宣伝に行く事とした。 高瀬川に添うて勧進橋の傍まで下り乍ら、 西田『畑中の奴、どこからどこ迄も自分等の邪魔をしやがる、大方伏見の方へも行つてるに違ない。彼奴がもしもここへやつて来やがつた位なら、此高瀬川へ放り込んでやるのだけれど』 などと西田が憤慨し乍らフト顔をあげて見ると、畑中伝吉が風呂敷包を負うて真赤な顔をして出て来るのにベツタリ出会した。京都伏見間の電鉄がそこへ来て停車した。呶鳴る訳に行かず、 喜楽『オイ畑中又邪魔しにまはつたな』 といふと畑中は『ホイホイホイ』といつて走り出し二三丁許り行つて振り返り、ヤレまあ安心だといふ様な風をして居る。会長は大声で……『馬鹿ツ』と二口三口呶鳴ると西田が、 西田『こんな所で大声で呶鳴る者が馬鹿です』 と気をつけたので、 喜楽『ホンに呶鳴る方が馬鹿だなア』 と言ひ乍ら、伏見の信者を二三尋ねて見ると、又箒で掃き出し、閾を跨がさぬ。 『貧乏神サン、小松林サン去んで下され』 と連呼し冷遇するので這入る訳にも行かずはるばる宇治まで行つて、御室の支部を訪問すると、ここも又畑中の注進によつて冷淡至極な態度を示して居る。 そこで西田と別れ、喜楽は只一人京都まで帰り、三牧の宅で浦上と会し、たつた一銭五厘より二人の中に金子がないので、徒歩で愛宕山を越え、保津へ出で、八木へ立寄り、又もや放り出され、雨のビシヨビシヨ降る中を震ひ震ひ園部の浅井まで帰つて、麦飯でも喰はして貰はうと思ひ、立寄つて見ると、ここも又冷淡な態度で茶も呑まさず去んでくれと云ふ。仕方なしに又もや檜山まで帰り、坂原へ立寄ると坂原は折ふし不在で、妻君が一人残つて居り、 『今綾部から畑中サンが出て来て、茶一杯呑ましてはならぬ、艮金神さまのお気障りになると言ははりましたから、どうぞこれぎり、あんたにはすみませぬけれど、小松林サンが改心しやはるまでよつて下さるな』 といふ。二人は破草鞋を拾つて足につけ、坂路を上り下り、漸く須知山の峠まで出て来た。そこに蒟蒻を売つてるので、蒟蒻を一銭五厘で三枚買ひ、宇治から二十四里の道を空腹を抱えて帰つて来たこととて何とも知れぬ甘さであつた。それから綾部へ帰り、浦上はこりごりして餅屋を始め出し、喜楽が神様を祭つてやつて非常に繁昌をし出した。さうするとソロソロ浦上が慢心し出し、神様の悪口や喜楽の行方までも非難し、頻りに反対を始めて居たが、とうとう養鶏場を開設して大損失を招き、折角儲けた金も一文も残らずなくした上、沢山の借金を拵へ、親族や其外の人々に損害をかけて綾部にも居られず位田へ逃げ帰り、細々と豆腐屋を営んで居る。 (大正一一・一〇・一九旧八・二九松村真澄録) |
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霊界物語 | 39_寅_大黒主調伏相談会/言霊隊の出発 | 附録 大祓祝詞解 | 附録大祓祝詞解 (一) 大祓祝詞は中臣の祓とも称へ、毎年六月と十二月の晦日を以て大祓執行に際し、中臣が奏上する祭文で延喜式に載録されてある。 従来此祝詞の解説は無数に出て居るが、全部文章辞義の解釈のみに拘泥し、其中に籠れる深奥の真意義には殆ど一端にさへ触れて居ない。甚だしきは本文の中から『己が母犯せる罪、己が子犯せる罪、母と子と犯せる罪、子と母と犯せる罪、畜犯せる罪』の件を削除するなどの愚劣を演じて居る。自己の浅薄卑近なる頭脳を標準としての軽挙妄動であるから、神界でも笑つて黙許に附せられて居るのであらうが、実は言語道断の所為と云はねばならぬ。大祓祝詞の真意義は古事記と同様に、大本言霊学の鍵で開かねば開き得られない。さもなければ古事記が一の幼稚なる神話としか見えぬと同様に、大祓祝詞も下らぬ罪悪の列挙、形容詞沢山の長文句位にしか見えない。所が一旦言霊の活用を以て其秘奥を開いて見ると、偉大と云はうか、深遠といはうか、ただただ驚嘆の外はないのである。我国体の精華が之によりて発揮せらるるは勿論のこと、天地の経綸、宇宙の神秘は精しきが上にも精しく説かれ、明かなる上にも明かに教へられて居る。之を要するに皇道の真髄は大祓祝詞一篇の裡に結晶して居るので、長短粗密の差異こそあれ、古事記、及び大本神諭と其内容は全然符節を合するものである。 言霊の活用が殆ど無尽蔵である如く、大祓祝詞の解釈法も無尽蔵に近く、主要なる解釈法丈でも十二通りあるが、成るべく平易簡単に、現時に適切と感ぜらるる解釈の一個をこれから試みやうと思ふ。時運は益々進展し、人としての資格の有無を問はるべき大審判の日は目前に迫つて居るから、心ある読者諸子は、これを読んで、真の理解と覚醒の途に就いて戴きたい。 (二) 『高天原に神つまります、皇親神漏岐、神漏美の命もちて、八百万の神等を神集へに集へ賜ひ神議りに議り玉ひて、我皇孫命は豊葦原の水穂の国を、安国と平けく所知食と事依し奉りき』 △高天原に『タカアマハラ』と読むべし、従来『タカマガハラ』又は『タカマノハラ』と読めるは誤りである。古事記巻頭の註に『訓高下天云阿麻』[※高(たか)の下の天(てん)の訓(くん)は「あま」と云う]と明白に指示されて居り乍ら従来何れの学者も之を無視して居たのは、殆ど不思議な程である。一音づつの意義を調ぶれば、タは対照力也、進む左也、火也、東北より鳴る声也、父也。又カは輝く也、退く右也、水也、西南より鳴る声也、母也。父を『タタ』といひ、母を『カカ』と唱ふるのもこれから出るのである。又アは現はれ出る言霊、マは球の言霊、ハは開く言霊、ラは螺旋の言霊。即ち『タカアマハラ』の全意義は全大宇宙の事である。尤も場合によりては全大宇宙の大中心地点をも高天原と云ふ。所謂宇宙に向つて号令する神界の中府所在地の意義で『地の高天原』と称するなどがそれである。この義を拡張して小高天原は沢山ある訳である。一家の小高天原は神床であり、一身の小高天原は、臍下丹田であらねばならぬ。ここでは後の意義ではなく、全大宇宙其物の意義である。之を従来は、地名であるかの如く想像して、地理的穿鑿を試みて居たのである。 △神つまりますかみは日月、陰陽、水火、霊体等の義也。陰陽、水火の二元相合して神となる。皇典に所謂産霊とは此正反対の二元の結合を指す。日月地星辰、神人其他宇宙万有一切の発生顕現は悉くこの神秘なる産霊の結果でないものはない。又つまりとは充実の義で、鎮坐の義ではない。ますはましますと同じ。 △皇親皇(スメラ)は澄すの義、全世界、全宇宙を清澄することを指す。親(ムツ)は『ムスビツラナル』の義で、即ち連綿として継承さるべき万世一系の御先祖の事である。 △神漏岐、神漏美神漏岐は霊系の祖神にして天に属し、神漏美は体系の祖神にして地に属す。即ち天地、陰陽二系の神々の義である。 △命もちて命(ミコト)は神言也、神命也。即ち水火の結合より成る所の五十音を指す。元来声音は「心の柄」の義にて、心の活用の生ずる限り、之を運用する声音が無ければならぬ。心(即ち霊魂)の活用を分類すれば、奇魂、荒魂、和魂、幸魂の四魂と之を統括する所の全霊に分ち得る。所謂一霊四魂であるが、此根源の一霊四魂を代表する声音はアオウエイの五大父音[※『神霊界』大正7年9月1日号(名義は「浅野和邇三郎」)では「アイウエオの五大母音」。初版では「アイウエオの五大父音」。校定版・愛世版では「アオウエイの五大父音」。霊界物語ネットでも「アオウエイの五大父音」に直した。次の箇所も同じ。]である。宇宙根本の造化作用は要するに至祖神の一霊四魂の運用の結果であるから、至祖神の御活動につれて必然的にアオウエイの五大父音が先づ全大宇宙間に発生し、そして其声音は今日といへども依然として虚空に充ち満ちて居るのだが、余りに大なる声音なので、余りに微細なる声音と同様に、普通人間の肉耳には感じないまでである。併し余り大ならざる中間音は間断なく吾人の耳朶に触れ、天音地籟一として五大父音に帰着せぬは無い。鎮魂して吾人の霊耳を開けば、聴こゆる範囲は更に更に拡大する。扨前にも述ぶるが如く、声音は心の柄、心の運用機関であるから天神の一霊四魂の活用が複雑に赴けば赴く丈け、声音の数も複雑に赴き停止する所はない。其中に在りて宇宙間に発生した清音のみを拾ひ集むれば四十五音(父母音を合せて)濁音、半濁音を合すれば七十五音である。これは声音研究者の熟知する所である。拗音、促音、鼻音等を合併すれば更に多数に上るが、要するに皆七十五音の変形で、あらゆる音声、あらゆる言語は根本の七十五声音の運用と結合との結果に外ならぬ。されば宇宙の森羅万象一切は是等無量無辺の音声即ち言霊の活用の結果と見て差支ない。これは人間の上に照して見ても其通りである事がよく分る。人間の心の活用のある限り、之を表現する言霊がある。『進め』と思ふ瞬間には其言霊は吾人の身体の中府から湧き、『退け』と思ふ瞬間にも、『寝よう』と思ふ瞬間にも、『行らう』と思ふ瞬間にも、其他如何なる場合にも、常に其言霊は吾人の中心から湧出する。即ち人間の一挙一動悉く言霊の力で左右されるというても宜しい。従つて言霊の活用の清純で、豊富な人程其の使命天職も高潔偉大でなければならぬ。 △八百万の神等八百のヤは人、ホは選良の義、万は沢山、多数の義である。 △神集へに云々神の集会で神廷会議を催すことである。 △我皇御孫之命五十音の中でアは天系に属し、ワは地系に属す。故に至上人に冠する時に我はワガと言はずしてアガといふ也。皇(スメ)は澄し治め、一切を見通す事、御(ミ)は充つる、円満具足の義、孫(マ)はマコトの子、直系を受けたる至貴の玉体。命は体異体別の義、即ち独立せる人格の義にして、前に出でたる命(神言)から発足せる第二義である。全体は単に『御子』といふ事である。元来霊も体も其根本に溯れば、皆祖神の賜、天地の賜である。故に皇典では常に敬称を附するを以て礼となし、人間に自他の区別は設けられてないのである。 △豊葦原の水穂国全世界即ち五大洲の事である。之を極東の或国の事とせるが従来の学者の謬見であつた。日本を指す時には、豊葦原の中津国、又は根別国などと立派に古事記にも区別して書いてある。 △所知食は衣食住の業を安全に示し教ふる事を云ふ。地球は祖神の御体であるから、人間としては土地の領有権は絶対に無い。例へば人体の表面に寄生する極微生物に人体占領の権能がないのと同様である。人間は神様から土地を預り、神様に代りて之を公平無私に使用する迄である。うしはぐ(領有)ものは天地の神で主治者は飽迄知ろしめすであらねばならぬ。国土の占領地所の独占等は、根本から天則違反行為である。神政成就の暁には独占は無くなつて了ふ。 (大意)全大宇宙間には陰陽二系の御神霊が実相充塞しそれは即ち一切万有の父であり又母である。陰陽二神の神秘的産霊の結果は先づ一切の原動力とも云ふべき言霊の発生となつた。所謂八百万の天津神の御出現であり、御完成である。天界主宰の大神は云ふまでもなく天照皇大神様であらせらるるが、其次ぎに起る問題は地の世界の統治権の確定である。是に於て神廷会議の開催となり其結果は天照大神様の御霊統を受けさせられた御方が全世界の救治に当らるる事に確定し、治国平天下の大道を執行監督さるべき天の使命を帯びさせらるる事になつたのである。無論人間の肉体は世に生死往来するを免れないが、其霊魂は昔も今も変ることなく千万世に亘りて無限の寿を保ちて活動さるるのである。 (三) かく依さし奉りし国中に荒振神等をば、神問はしに問はし玉ひ、神掃ひに掃ひ給ひて、語問ひし磐根樹根立草の片葉をも語止めて、天之磐座放ち、天之八重雲を伊頭の千別に千別て、天降し依さし奉りき。 △荒振神天界の御命令にまつろはぬ神、反抗神の意である。 △神問はしに云々神の御会議。罪あるものは神に向ひて百万遍祝詞を奏上すればとて、叩頭を続くればとてそれで何の効能があるのではない。況ンや身欲信心に至つては、言語道断である。神様に御厄介を懸けるばかり、碌な仕事もせぬ癖に、いざ大審判の開始されむとする今日、綾部を避難地でもあるが如くに考ふるやうな穿き違ひの偽信仰は、それ自身に於て大罪悪である。神は先づ其様な手合から問はせらるるに相違ない。 △神掃ひに云々掃ひ清むること、神諭の所謂大掃除大洗濯である。 △語問し諸々の罪の糾弾である。 △磐根樹立草の枕詞、即ち磐の根に立てる樹木の、その又根に立てる草の義。 △草の片葉草は青人草、人のこと、又片葉は下賤の人草の意である。 △語止めて議論なしに改悟せしむるの意である。 △天之磐座放ち磐座は高御座也、いはもくらも共に巌石の義。放ちは離ち也。古事記には、『離天之石位』とあり。 △八重雲弥が上にも重なりたる雲。 △伊頭の千別に云々伊頭は稜威也。即ち鋭き勢を以て道を別けに別けの義。 △天降し依さし奉りき『天降し……の件を依さし奉りき』の義にて中間に神秘あり。天降しは天孫をして降臨せしむる事、換言すれば天祖の御分霊を地に降し、八百万の国津神達の主宰として神胤が御発生ある事である。 (大意)既に地の神界の統治者は確定したが、何しろ宇宙の間は尚未製品時代に属するので、自由行動を執り、割拠争奪を事とする兇徒界が多い。これは最も露骨に大本開祖の御神諭に示されて居る所で、決して過去の事のみではない。小規模の救世主降臨は過去にあつたが、大規模の真の救世主降臨は現在である。『七王も八王も王が世界にあれば、此世に口舌が絶えぬから、神の王で治める経綸が致してあるぞよ』とあるなどは即ち之を喝破されたものである。其結果是等悪鬼邪神の大審判、大掃除、大洗濯が開始され所謂世の大立替の大渦中に突入する。さうなると批評も議論も疑義も反抗も全部中止となり稜威赫々として宇内を統治し玉ふ神の御子の世となるのである。 (四) 如此依さし奉りし四方の国中と大日本日高見之国を安国と定め奉りて、下津磐根に宮柱太敷立、高天原に千木多加知りて、皇御孫命の美頭の御舎仕へ奉りて、天の御蔭日の御蔭と隠り坐して、安国と平けく所知食む国中に成出でむ天の益人等が過ち犯しけむ雑々の罪事は。 △四方の国中宇宙の大中心。 △大日本日高見之国四方真秀、天津日の隈なく照り亘る国土を称へていふ。但宇宙の大修祓が済んでから初めて理想的になるのである。 △下津磐根地質が一大磐石の地で即ち神明の降臨ある霊域を指す。 『福知山、舞鶴は外囲ひ、十里四方は宮の内』とあるも亦下津磐根である。 △宮柱太敷立宮居の柱を立派に建てる事。 △千木多加知屋根の千木を虚空(高天原)に高く敷きの義。千木は垂木也。タリを約めてチといふ。 △美頭麗しき瑞々しき意。 △仕へ奉り御造営の義。 △天の御蔭云々天津神の御蔭、日の大神様の御蔭と自分の徳を隠したまふ義。神政成就、神人合一の時代に於ては人は悉く神の容器である。世界統一を実行すとて、其功績は之は天地の御恩に帰し奉るが道の真随で、忠孝仁義の大道は根源をここから発する。坐ながらにして其御威徳は宇内に光被し、世は自然と平けく安らけく治まるのである。 △天の益人天は敬称である。益人は世界の全人類を指す。マスラヲといふ時は男子のみを指す。マは完全、スは統治の義。又ヒは霊、トは留まる義。 △罪事ツミは積み也、又包み也。金銭、財宝、糧食等を山積私有するは個人本位、利己本位の行為で、天則に背反して居る。又物品を包み隠したり、邪心を包蔵したり、利用厚生の道の開発を怠つたりする事も堕落腐敗の源泉である。かく罪の語源から調べてかかれば罪の一語に含まるる範囲のいかに広いかが分る。法律臭い思想では其真意義はとても解し難い。 (大意)天祖の御依託によりて救世主が御降臨遊ばさるるに就きては、宇宙の中心、世界の中心たる国土を以て宇内経綸、世界統一の中府と定め給ひ、天地創造の際から特別製に造り上げてある神定の霊域に、崇厳無比の神殿を御造営遊ばされ、惟神の大道によりて天下を知ろしめされる事になる。神諭の所謂『神国の行ひを世界へ手本に出して万古末代動かぬ神の世で三千世界の陸地の上を守護』さるるのである。それに就きては直接天津神の手足となり、股肱となりて活動せねばならぬ責任が重い。いかなる事を為ねばならぬか、又如何なる事を為てはならぬか、明確なる観念を所有せねばならぬ。次節に列挙せらるる雑々の罪事といふのは悉く人として日夕服膺せねばならぬ重要事項のみである。 (五) 天津罪とは、畔放ち溝埋め、樋放ち頻蒔き串差し、生剥逆剥尿戸許々太久の罪を、天津罪と詔別けて、国津罪とは、生膚断、死膚断、白人胡久美、己が母犯せる罪、己が子犯せる罪、母と子と犯せる罪、子と母と犯せる罪、畜犯せる罪、昆虫の災、高津神の災、高津鳥の災、畜殪し蠱物せる罪、許々太久の罪出む。 △天津罪天然自然に賦与せられたる水力、火力、電磁力、地物、砿物、山物、動植物等の利用開発を怠る罪をいふ。前にも言へる如く、所謂積んで置く罪、包んで置く罪也。宝の持腐れをやる罪也。従来は文明だの進歩だのと云つた所が、全然穿き違の文明進歩で一ツ調子が狂へば忽ち饑餓に苦しむやうなやり方、現在世界各国の四苦八苦の有様を見ても、人間が如何に天津罪を犯して居るかが解る。神諭に『結構な田地に木苗を植たり、色々の花の苗を作りたり、大切な土地を要らぬ事に使ふたり致し人民の肝腎の生命の親の米、豆、粟を何とも思はず、米や豆や麦は何程でも外国から買へると申して居るが、何時までもさう行かぬ事があるから猫の居る場にも五穀を植付けねばならぬやうになりて来るぞよ。皆物質本位の教であるから、神の国には神国の世の行方に致さして、モーぼつぼつと木苗も掘り起させるぞよ』とあるなどは実に痛切骨に徹する御訓戒である。現在の神国人とても欧米人と同じく決して天津罪人の数には漏れぬ人間ばかりである。採鉱事業などになると今の人間は余程進歩して居る所存で居るが、試掘と分析位で地底に埋没せる金銀宝玉等が出るものではない。之に比べると、幾分霊覚を加味した佐藤信淵[※佐藤信淵は江戸後期の思想家、医師。]の金気観測法などの方が何れ丈か進歩して居る。神霊の御命令と御指示がなくんば、金銀其他は決して出ない。大本神諭に『五六七大神の御出ましにお成なさるるにつき、国常立尊が現はれるなり、国常立尊が現はれると、乙姫殿は次ぎに結構な大望な御用が出来て乙姫殿の御宝を上げて新規の金銀を綾部の大本に………。二度目の立替を致して、何も新規に成るのであるから、乙姫殿の御財宝を綾部の大本へ持運びて、新規の金銀を吹く準備を致さな成らぬから云々』とあるなどは時節到来と共に実現して、物質万能機械一点張りの連中を瞠若たらしむ事柄なのである。又現在人士は電力、火力、水力、其他の利用にかけて余程発達進歩を遂げた心算で居るが、一歩高所から達観すると、利用どころか悪用ばかり間接又は直接に人類の破滅、天然の破壊に使用されぬものが幾何かある。是等の点にかけて現在の人士は、所謂知識階級、学者階級ほど血迷ひ切つて居る、天津罪の犯罪者である。 △畔放ち天然力、自然力の開発利用の事。畔(ア)は当字にてアメを約めたもの也。田の畔を開つなどは単に表面の字義に囚はれたる卑近の解釈である。 △溝埋め水力の利用を指す。埋めには補足の義と生育の義とを包む。湯に水をうめる、根を土中にうめる、種子を地にうめる、孔をうめる、鶏が卵をうむなど参考すべし。 △樋放ち樋は火也。電気、磁気、蒸気、光力等天然の火力の開発利用を指す。 △頻蒔き山の奥までも耕作し不毛の地所などを作らぬ事。頻(シキ)は、敷地のシキ也、地所也。蒔きは捲き也、捲き収める也、席巻也、遊ばせて置かぬ也、遊猟地や、クリケツト、グラウンドなどに広大なる地所を遊ばせて、貴族風を吹かせて、傲然たりし某国の現状は果して如何。彼等が世界の土地を横領せる事の大なりし丈、彼等が頻蒔の天則を無視せる罪悪も蓋し世界随一であらう。併し其覚醒の時もモー接近した、これではならぬと衷心から覚る時はモー目前にある。イヤ半分はモー其時期が到着して居る。併しこれは程度の差違丈で、其罪は各国とも皆犯して居る。 △串差しカクシサガシの約にて、前人未発の秘奥を発見する事。 △生剥ぎ一般の生物の天職を開発利用する事。生物といふ生物は悉く相当の本務のあるもので、軽重大小の差異こそあれそれぞれ役目がある。鼠でも天井に棲みて人間に害を与ふる恙虫などを殺すので、絶対的有害無効の動物ではない。剥ぎは開く義、発揮せしむる義也。蚕をはぐなどの語を参考すべし。 △逆剥逆(サカ)は、栄えのサカ也。酒なども此栄えの意義から発生した語である。剥(ハギ)は生剥の剥と同じく開発の義。即ち全体の義は栄え開く事で、廃物をも利用し荒蕪の地を開墾し、豊満美麗の楽天地を現出せしむる事を指す。 △尿戸宇宙一切を整頓し、開発する義。クは組織経綸、ソは揃へる事、整頓する事、へは開発する事。 △許々太久其他種々雑多の義。 △天津罪と詔別て以上列挙せる天然力、自然物の利用開発を怠る事を、天津罪と教へ給ふ義也。 △国津罪天賦の国の徳、人の徳を傷つくる罪を指す。 △生膚断天賦の徳性を保ち居る活物の皮膚を切ること也。必要も無きに動物を害傷し、竹木を濫伐する事等は矢張罪悪である。霊気充満せる肉体に外科手術を施さずとも、立派に治癒する天賦の性能を有して居る。人工的に切断したり切開したりするのは天則違反で、徒に人体毀損の罪を積ぬる訳になる。 △死膚断刃物を以て生物一切を殺す罪。 △白人胡久美白昼姦淫の事。白日床組といふ醜穢文字を避け、態と当字を用ひたのである。淫欲は獣肉嗜好人種に随伴せる特徴で、支那、欧米の人士は概して此方面の弊害が多い。日本人も明治に入つてから大分其影響を受けて居るが、元来は此点に於ては世界中で最も淡白な人種である。淫欲の結果は肺病となり、又癩病となる故に白人胡久美を第二義に解釈すれば白人は肺病患者、又は白癩疾者を指し、胡久美は黒癩疾者を指す。 △己が母犯せる罪母の一字は、父、祖先、祖神等をも包含し、極めて広義を有するのである。大体に於て親といふ如し。犯すとは其本来の権能を無視する義也。換言すれば親、祖先、祖神に対して不孝の罪を重ぬる事である。 △己が子犯せる罪自己の子孫の権能を無視し、非道の虐待酷使を敢てする事。元来自分の子も、実は神からの預かり物で、人間が勝手に之を取扱ふ事は出来ない。それに矢鱈に親風を吹かせ、娘や伜などを自己の食ひ物にして顧みぬなどは甚だしき罪悪といふべきである。 △母と子と犯せる罪、子と母と云々上の二句『己が母犯せる罪、己が子犯せる罪』を更に畳句として繰返せる迄で別に意義はない。 △畜犯せる罪獣類の天賦の徳性を無視し、酷待したり、殺生したりする事。 △昆虫の災天則違反の罪をいふ。蝮、ムカデなどに刺されるのは皆偶然にあらず、犯せる罪があるにより天罰として刺されるのである。故にかかる場合には直に反省し、悔悟し、謹慎して、神様にお詫を申し上ぐべきである。 △高津神の災天災、地変、気候、風力等の不順は皆これ高津神の業にして罪過の甚い所に起るのである。災は業はひ也、所為也。鬼神から主観的に観れば一の所為であるが、人間から客観的に観れば災難である。今度の国祖の大立替に、雨の神、風の神、岩の神、荒の神、地震の神、其他八百万の眷属を使はるるのも祝詞の所謂高津神の災である。皆世界の守護神、人民の堕落が招ける神罰である。 △高津鳥の災鳥が穀物を荒す事などを指すので矢張り神罰である。 △畜殪し他家の牛馬鶏豚等を斃死せしむる事。一種のマジナヒ也。 △蠱物呪咀也、マジナヒ物也。丑の時参りだの、生木に釘を打つだのは皆罪悪である。 (大意)人間は神の容器として宇内経綸の天職がある。殊に日本人の使命は重大を極め世界の安否、時運の興廃、悉く其責任は日本人に係るのである。神諭に『日本は神の初発に修理へた国、元の祖国であるから、世界中を守護する役目であるぞよ。日本神国の人民なら、チトは神の心も推量致して、身魂を磨いて世界の御用に立ちて下されよ』とある通り、天賦の霊魂を磨き、天下独特の霊智霊覚によりて、天然造化力の利用開発に努めると同時に、他方に於ては天賦の国の徳、人の徳を発揮することに努め、そして立派な模範を世界中に示さねばならぬのである。然るに実際は大に之に反し、徒に物質文明の糟粕を嘗め、罪の上に罪を重ねて現在見るが如き世界の大擾乱となつて来た。無論日本人は此責任を免るる事は出来ない。併しこれは天地創造の際からの約束で、進化の道程として、蓋し免れ難き事柄には相違ない。されば此祝詞の中に『許々太久の罪出む』とあり、又国祖の神諭にも『斯うなるのは世の元から分つて居る』と仰せられて居る。要するに過去の事は今更悔むには及ばぬ。吾々は現在及び将来に向つて、いかなる態度を執り、いかなる処置を講ずれば宜いかを考究すべきである。次節に其要道を示されて居る。 (六) 如此出でば、天津宮言以て、天津金木を本打切末打断て、千座の置座に置足はして、天津菅曾を本苅絶末苅切て、八針に取裂きて天津祝詞の太祝詞言を宣れ、如此宣らば、天津神は天の磐戸を推披来て、天の八重雲を伊頭の千別に千別て所聞召む。国津神は高山の末短山の末に登り坐て、高山の伊保理短山の伊保理を掻分けて所聞召む。 △天津宮言宮言は『ミヤビノコトバ』の義也。正しき言霊也。宇宙の経綸は言霊の力によりて行はるる事は、前にも述べた。我天孫民族は世界の経綸を行ひ、天下を太平に治むべき、重大なる使命を帯びて居る。然るに現在は肝腎の日本人が、霊主体従の天則を誤り天津罪、国津罪、数々の罪を重ねて、其結果世界の大擾乱を来して居る。之を修祓し、整理するの途は、言霊を正し、大宇宙と同化するが根本である。換言すれば、肚の内部から芥塵を一掃し、心身共に浄化して、常に善言美詞のみを発するやうにせねばならぬ。悪声を放ち蔭口をきき又は追従軽薄を並べるやうな人間はそれ丈で其人格の下劣邪悪な事が分る。世界の経綸どころか人として次ぎの新理想時代に生存すべき資格の有無さへ疑問である。日夕祝詞を奏上しても、斯んな肝要至極の点が、さつぱり実行が出来ぬでは仕方がない。お互に反省の上にも反省を加へねばならぬ事と思ふ。 △天津金木則神算木也。周易の算木に相当するものであるが、より以上に神聖で正確である。本来は長さ二尺の四寸角の檜材なのであるが、運用の便宜上、長さ二寸の四分角に縮製さる。其数三十二本を並べて、十六結を作製し、其象を観て、天地の経綸、人道政事一切の得失興廃等を察するのである。それは宇内統治の主が大事に際して運用すべきもので、普通人民が矢鱈に吉凶禍福などを卜するに使用すべきものではない。無意無心の器物を用ゐて神勅を受くるのであるから、ややもすれば肉体心の加味し勝ちな普通の神憑りよりも、一倍正確な事は云ふ迄もない。 △本打切末打断神算木を直方形に作製する仕方を述べたまでである。 △千座の置座云々無数の神算木台に後からズンズン置き並べる事。 △天津菅曾周易の筮竹に相当するが其数は七十五本である。これは七十五声を代表するのである。長さは一尺乃至一尺二寸、菅曾は俗称『ミソハギ』と称する灌木、茎細長にして三四尺に達す。之を本と末とを切り揃へて使用する也。 △八針に取裂て天津菅曾の運用法は先づ総数七十五本を二分し、それから八本づつ取り減らし其残数によりて神算木を配列するのである。 △天津祝詞の太祝詞即ち御禊祓の祝詞の事で、正式に奏上する場合には爰で天津祝詞を奏上するのである。大体に於て述べると、あの祝詞は天地間一切の大修祓を、天神地祇に向つて命ぜらるる重大な祝詞である。太(フト)は美称で、繰返して、天津祝詞を称へた迄である。 △宣れ神に向つて願事を奏上するの義也。 △天の磐戸天津神のまします宮門から御出動の義にて、人格的に写し出せるのである。 △伊頭の千別き云々前に出たから略す。 △国津神地の神界に属する神々、及び霊魂の神を以て成立し、各自の霊的階級に応じて大小高下、それぞれの分担権限を有す。 △高山の末云々末は頂上の義。 △伊保理隠棲也、隠れたる也。伊保理の伊保も、いぶかしのいぶも、烟などのいぶるも、皆通音で同意義である。 (大意)天津罪、国津罪の続発は悲しむべき不祥事ではあるが、出来た上は致方がない。よく治乱興廃、得失存亡の理を明かにし、そして整理修祓の法を講ぜねばならぬ。世界主宰の大君としては、天津金木を運用して宇内の現勢を察知し、そして正しき言霊を活用して天津祝詞を天津神と国津神とに宣り伝へて、其活動を促すべきである。これが根本の祭事であると同時に、又根本の政事であつて、祭と政とは決して別途に出るものではない。さうすると、天津神も国津神もよく之に応じて威力を発揮せられる。神諭の所謂『罪穢の甚い所には、それぞれの懲罰がある』又は『地震、雷、火の雨降らして体主霊従をつぶす』といふやうな神力の発動ともなるのである。 (七) 如此所聞食ては、罪といふ罪は不在と、科戸の風の天の八重雲を吹放つ事の如く、朝の御霧夕の御霧を、朝風夕風の吹掃ふ事の如く、大津辺に居大船を、舳解放ち艫解放ちて大海原に押放つ事の如く、彼方の繁木が本を、焼鎌の敏鎌以て打掃ふ事の如く、遺る罪は不在と、祓賜ひ清め玉ふ事を。 △かく所食てはきこしめすの意義は、単に耳に聴くといふよりも遥に広く深い。きくは利く也。腕が利く、鼻がきく、眼がきく、酒をきく、(酒の品位を飲み分けること)などのきくにて一般に活用を発揮し、威力を利用する義である。天津神、国津神達が整理修祓の命に応じて活動を開始する事を指していふ。 △罪といふ罪は不在と罪といふ限りの罪は一つも残さずの意。 △科戸の風の云々以下四聯句は修祓の形容で、要するに『遺る罪は不在と祓賜ひ清め賜ふ』事を麗しき文字で比喩的に描いたものである。科戸は風の枕詞、古事記に此神の名は志那都比古と出て居る。シは暴風(アラシ)のシと同じく風の事である。ナはノに同じく、トは処の義。 △朝の御霧云々御霧は深き霧の義。 △朝風夕風云々朝風は前の『朝の御霧』に掛り、夕風は『夕の御霧』に掛る。 △大津辺に居る云々地球に於て、肉体を具備されたる神の御出生ありしは、琵琶湖の竹生島からは、多紀理毘売命、市寸島比売命、狭依毘売命の三姫神、又蒲生からは天之菩卑能命、天津彦根命、天之忍穂耳命、活津日子根命、熊野久須毘命の五彦神が御出生に成つた。これが世界に於ける人類の始祖である。かく琵琶湖は神代史と密接の関係あるが故に、沿岸附近の地名が大祓祝詞中に数箇所出て居る。大津の地名も斯くして読み込まれたものである。 △舳解放云々泊居る時に舳艪を繋いで置くが、それを解き放つ意。 △大海原海洋也。 △繁木が下繁茂せる木の下。 △焼鎌の敏鎌焼鎌とは、鎌で焼きて造る故にいふ。敏鎌は利き鎌の義。 △遺る罪は不在と前に『罪といふ罪は不在』とあるのに、更に重ねてかく述ぶるは、徹底的に大修祓を行ふ事を力強く言ひなしたのであらう。 (大意)八百万の天津神と国津神との御活動開始となると、罪といふ罪、穢といふ穢は一つも残らず根本から一掃されて仕舞ふ。大は宇宙の修祓、国土の修祓から、小は一身一家の修祓に至るまで、神力の御発動が無ければ、到底出来るものではない。殊に現代の如く堕落し切つた世の中が、何うしても姑息的人為的の処分位で埒が附くものでない。清潔法執行の声は高くても、益々疾病は流行蔓延し、社会改良の工夫は種々に凝らされても、動揺不穏の空気はいよいよ瀰蔓するではないか。艮之金神国常立尊が御出動に相成り、世の立替立直しを断行さるるのも誠に万止むを得ざる話である。されば大祓祝詞は、無論何れの時代を通じても必要で、神人一致、罪と穢の累積を祓清むる様に努力せねばならぬのだが、殊に現在に於ては、それが痛切に必要である。自己の身体からも、家庭からも、国土からも、更に進んで全地球、全宇宙から一時も迅速に邪気妖気を掃蕩してうれしうれしの神代に為ねば、神に対して実に相済まぬ儀ではないか。 大修祓に際して、神の御活動は大別して四方面に分れる。所謂祓戸四柱の神々の御働きである。祓戸の神といふ修祓専門の神様が別に存在するのではない、正神界の神々が修祓を行ふ時には、此四方面に分れて御活動ある事を指すのである。以下末段迄は各方面の御分担を明記してある。 (八) 高山の末短山の末より、作久那太理に落、多岐つ速川の瀬に坐す瀬織津比売と云ふ神、大海原に持出なむ、如此持出往ば、荒塩の塩の八百道の八塩道の塩の八百会に坐す速秋津比売といふ神、持可々呑てむ。如此可々呑ては、気吹戸に坐す気吹戸主といふ神、根の国底の国に気吹放ちてむ。如此気吹放ちては、根の国底の国に坐す速佐須良比売といふ神、持佐須良比失ひてむ。如此失ひては、現身の身にも心にも罪と云ふ罪は不在と、祓給へ、清め給へと申す事を所聞食と恐み恐みも白す。 △高山の末云々高き山の頂、低き山の頂からの義。 △作久那太理に佐久は谷也、峡也。那太理はなだれ落つる義、山から水が急転直下し来る事の形容。 △落多岐つ逆巻き、湧き上りつつ落つる事。滝(タキ)、沸(タギル)等皆同一語源から出づ。 △速川急流也。 △瀬織津比売云々古事記の伊邪那岐命御禊の段に、『於是詔之上瀬者瀬速。下瀬者瀬弱而。初於中瀬降迦豆伎而。滌時。所成坐神名八十禍津日神、次大禍津日神。此二神者所到其穢繁国之時因汚垢而。所成之神者也』[※この漢文は御校正本ではフリガナはなく、返り点が付いている。霊界物語ネットでは戦後の版を参考にしてフリガナをつけた。また返り点は削除した。]と出て居るが、瀬織津の織は借字にて瀬下津の義、即ち於中瀬降迦豆伎たまふとある意の御名である。此神は即ち禍津日神である。世人は大概禍津日神と禍津神とを混同して居るが、実は大変な間違である。禍津神は邪神であるが、禍津日神は正神界の刑罰係である。現界で言へば判検事、警察官、又は軍人なぞの部類に属す。罪穢が発生した場合には、常に此修祓係、刑罰係たる禍津日神の活動を必要とする。修祓には大中小の区別がある。大は天上地上の潔斎、中は人道政事の潔斎、小は一身一家の潔斎である。若し地球に瀬織津比売の働きが無くんば、万の汚穢は地上に堆積して新陳代謝の働きが閉塞する。所が地の水分が間断なく蒸発して、それが雲となり、雨となり、其結果谷々の小川の水が流れ出て末は一つに成りて大海原に持出して呉れるから、天然自然に地の清潔が保たれるのである。現在は地の表面が極度に腐敗し切り、汚染し切り、邪霊小人時を得顔に跋扈して居る。神諭に『今の世界は服装ばかり立派に飾りて上から見れば結構な人民で、神も叶はぬやうに見えるなれど誠の神の眼から見れば、全部四つ足の守護に成りて居るから、頭に角が生えたり、尻に尾が出来たり、無暗に鼻計り高い化物の覇張る、闇雲の世に成りて居るぞよ』『余り穢うて眼を開けて見られぬぞよ』『能うも爰まで汚したものぢや。足片足踏み込む所もない』等と戒められて居る通りである。此際是非とも必要なるは、世界の大洗濯、大清潔法の施行であらねばならぬ。爰に於てか先づ瀬織津姫の大活動と成りて現はれる。七十五日も降りつづく大猛雨なぞは此神の分担に属する。到底お手柔な事では現世界の大汚穢の洗濯は出来さうも無いやうだ。神諭にも『罪穢の甚大い所には何があるやら知れぬぞよ』と繰返し繰返し警告されて居る。世界の表面を見れば、そろそろ瀬織津比売の御活動は始まりつつあるやうだ。足下に始まらなくては気が附かぬやうでは困つたものだ。 △荒塩の塩の八百道の云々全体は荒き潮の弥が上に数多寄り合ふ所の義。八は弥の意、八百道は多くの潮道の事、八塩道は上の塩の八百道を受け重ねていへる丈である。八百会は沢山の塩道の集まり合ふ所。 △速秋津比売古事記に『水戸神、名速秋津日子神。次妹秋津比売命』とあるが如く河海の要所を受持ちて働く神也。 △持可々呑てむ声立ててガブガブ呑むの義也。汚れたる世界の表面を洗滌する為には既に瀬織津比売の働きが起りて大雨などが降りしきるが、河海の水門々々に本拠を有する秋津比売が、次ぎに相呼応して活動を開始する。大洪水、大海嘯、大怒濤、此神にガブ呑みされては田園も山野も、町村も耐つたものではない。所謂桑田変じて碧海と成るのである。 △気吹戸近江の伊吹山は気象学上極めて重要な場所である。伊吹は息を吹く所の義で、地球上に伊吹戸は無数あるが、伊吹戸中の伊吹戸とも云ふべきは近江の伊吹山である。最近伊吹山に気象観測所が公設されたのは、新聞紙の伝ふる所であるが、大本では十年も二十年も以前から予知の事実である。 △気吹戸主大雨、洪水、海嘯等の活動に続いては、気象上の大活動が伴うて妖気邪気の掃蕩を行はねばならぬ。元寇の役に吹き起つた神風の如きも、無論この伊吹戸主の神の御活動の一端である。 △根の国底の国地球表面に於ては北極である。神諭に『今迄は世の元の神を、北へ北へ押籠めて置いて、北を悪いと世界の人民が申て居りたが、北は根の根、元の国であるから、北が一番善く成るぞよ………。人民は北が光ると申して不思議がりて、いろいろと学や智慧で考へて居りたが、誠の神が一処に集りて、神力の光を現はして居る事を知らなんだぞよ』とあるが、真に人間の智慧や学問では解釈の出来ない神秘は北に隠されて居る。北光、磁力は申すに及ばず、気流や、気象なども北極とは密接の関係がある。即ち地球の罪穢邪気は、悉く一旦北極に吹き放たれ、爰で遠大なる神力により処分されるのである。序に一言して置くが、罪を犯した者が根の国、底の国に落ちるのは、詰まり神罰で、これも一つの修祓法執行の意義である。別に根の国底の国といふ地獄めきたる国土が存在するのではない。何処に居ても神罰執行中は其処が根の国底の国である。 △速佐須良比売佐須良は摩擦(サスル)也、揉むこと也、空にありては雷、地にありては地震、皆これ佐須良比売の活動である。要するに全世界の大修祓法は、大雨で流し、洪水海嘯等で掃ひ、大風で吹き飛ばし、最後に地震雷で揺つて揺つて揺り滅すのである。それが即ち神諭の世界の大洗濯、大掃除、第二次の大立替である。『天の大神様がいよいよ諸国の神に、命令を降しなされたら、艮金神国常立尊が総大将となりて雨の神、風の神、岩の神、荒の神、地震の神、八百万の眷族を使ふと一旦は激しい』とあるのは、祓戸四柱の神々の活動を指すのである。詳しく言へば雨、荒、風、地震の神々がそれぞれ瀬織津比売、秋津比売、気吹戸主、佐須良比売の神々の働きをされるので、岩の神が統治の位置に立つのである。学問の末に囚はれた現代人士は、是等の自然力を科学の領分内に入れて解釈しようと試みて居るがそれは駄目だ。実は皆一定の規律と方針の下に行はるる所の神力の大発動である。その事は、今年よりは来年、来年よりは来々年といふ具合に、段々世界の人士が承服する事に成るであらう。 △所聞食と八百万の神達に宣り上ぐる言葉である。神々に向つて活動開始、威力発揮を祈願する言葉である。即ち天地の神々様も、此宣詞をしつかり腹に入れ、四方面に分れて、大修祓の為に活力を発揮し玉へと云ふ事である。我惟神の大道がいかに拝み信心、縋り信心と天地の相違あるかは、此辺の呼吸を観ても分るであらう。末段祓戸四柱神の解釈説明を下すに当り、自分は全体の統一を慮り、又大本神諭との一致を失はぬやう、主として地球全体世界全体経綸の見地から筆を下した。併しこれは、より大きくも、又より小さくも解釈が出来る事は前にも述べた通りである。宇宙の神人、万有一切の事は皆同一理法に支配せられ、宇宙に真なる事は地球にも真、地球に真なる事は一身一家にも又真である。参考の為めに爰に簡単に他の一二の解釈法を附記して置かう。個人潔斎の上から述べると瀬織津比売の働きは行水、沐浴等の事、秋津比売は合嗽の事、伊吹戸主は深呼吸などの事、佐須良比売は冷水摩擦、按摩等の事である。人身生理の上から述べると、瀬織津比売は口中にて食物咀嚼の機能、秋津比売は食道から胃腸に食物を運ぶ機能、気吹戸主は咀嚼して出た乳汁を肺臓に持ち出す機能、佐須良比売は肺臓にて空気に触れ、それから心臓に帰り、そして全身へ脈管で分布せらるる機能を指すのである。かくの如く大祓祝詞は大小に拘はらず、ありとあらゆる有機組織全部に必要なる新陳代謝の自然法を述べたものである。 (大意)さて地球の表面の清潔法施行のためには、先づ大小の河川を司どる瀬織津姫が御出動になり、いよいよとなれば、大雨を降らして苛くも汚れたものは家庫たると、人畜たるの区別なく大海へ一掃して了ふ。之に応じて速秋津姫の活動が起り、必要あれば逆に陸地までも押し寄せ、あらゆる物を鵜呑みにする。邪気妖気掃除の目的には気吹戸主神が控へて居り、最後の大仕上げには佐須良姫が待ち構へて、揉みに揉み砕き、揺りに揺り潰す。これでは如何に山積せる罪穢も此の世から一掃されて品切れになる。従来は大祓の祝詞は世に存在しても其意義すら分らず、従つて其実行が少しも出来て居なかつた。其大実行着手が国祖国常立尊の御出動である。神国人の責務は重いが上にも重い。天地の神々の御奮発と御加勢とを以て首尾克く此大経綸の衝に当り神業に奉仕するといふのが、これが大祓奏上者の覚悟であらねばならぬ。(完) |
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霊界物語 | 43_午_玉国別と治国別1(玉国別の失明) | 余白歌 | 余白歌 思ひきや思はぬ人を思ひ初め思はぬ思ひに嘆く夜半なり〈第3章(初版)〉 かねて見し夢の中なるあで人に遇うて嬉しも夢の如おもふ〈第5章(初版)〉 面白き世なりと夢を辿りつつ夢の中なる夢を見るかな〈第5章(初版)〉 天地の誠の親を知らぬ子に説き諭せども聞く耳持たず〈第7章(初版)〉 父母の外には親はなきものと思へる人に知らさむ親神を〈第7章(初版)〉 瑞御霊厳の御霊の御名こそは恵みの露の源泉となれ〈第8章(三版)〉 天地の親の御船に身を任せ高天原へすすみ行かむかも〈第9章(初版)〉 神の子の罪引受けて苦しむも神は世界の親なればなり〈第9章(初版)〉 言霊の天照る国の尊さは神の御声を居ながらに聞く〈第10章(初版)〉 言霊の幸はふ国に生まれ来て神の御声を聞かぬ愚かさ〈第10章(初版)〉 千早振る神ぞあらはれきたのそら綾の高天の教かがよふ〈第11章(初版)〉 烏羽玉の世を救はむとあらがねの地の御祖は現れましにけり〈第11章(初版)〉 世を救ふ真実の神は和衣の綾部の里に天降りけり〈第15章(初版)〉 世の人を普く神国に助けむと国常立の神は出でけり〈第15章(初版)〉 許々多久の罪も穢も引受けて世人を救ふ二柱神〈第15章(初版)〉 如何ならむ事に逢うとも真心を尽さむ御魂神守るべし〈第15章(初版)〉 世を救ふ思ひは胸に三千年の年月待ちて望み遂げたる〈第17章(初版)〉 千早振る古き神代の初めより世のため人のために竭せし〈第17章(初版)〉 八洲国島の八十嶋大本の教ひらかば天地やすけむ〈巻末(三版)〉 行く先は露白雲の外までも神のまにまにひらく宣伝使〈巻末(三版)〉 天地の神にすべてを任せつつ大道すすめば心安けむ〈巻末(三版)〉[この余白歌は八幡書店版霊界物語収録の余白歌を参考に他の資料と付き合わせて作成しました] |
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霊界物語 | 44_未_玉国別と治国別2 | 17 罵狸鬼 | 第一七章罵狸鬼〔一一八六〕 松彦は宣伝使格となり、万公、五三公、及バラモン教のアク、タク、テクの六人は、敵味方の牆壁を忘れ、和気靄々として俄に笑ひ興じ出した。月はますます冴えて木立のまばらな此森は昼の如く明くなつて来た。 万公は俄に元気づいて喋り出した。 万公『松彦さま、治国別の先生が居られなくなつた以上は、入信の順序として先づ万公が宣伝使代理を勤むべき所ですな。神の道には依怙贔屓はチツトも無いのだから、神徳の高きものが一行を統一するのが当然でせうなア』 五三公『こりや万公、何と云ふ矛盾した事を吐くのだ。入信順から云へば万公がなる所だと云ふかと思へば、神徳のあるものが当るべきものとは前後矛盾も甚しいではないか、五三公には合点が行かないワ』 万公『ウン、順序から云へば万公さまが宣伝使代理を勤むべき処だが、松彦さまは後入信でも、バラモン教で素地が作つてあるから神徳が高い、それだから松彦さまが宣伝使代理になられたが宜からうと云つたのだよ。宣伝使の弟だつて、何にも神徳のない木偶の坊だつたら、吾々は統率者と仰ぐ事が出来ないと云つた迄だ。それが何処に矛盾して居るか。お前達は根性が曲つてゐるから怪体の処へ気をまはすのだナ。エー』 五三公『後の烏が先になるぞよと云ふことがあるからな。何程万公さまが先輩でも駄目だよ。昨夜の言霊戦には先輩が濁つて全敗し、今晩も亦哀れつぽい泣声を出して全敗したのだから、頼りのない先輩だよ』 万公『コリヤ五三公、千輩どころかい。俺は万輩だ。それだから俺は万公さまだよ。貴様の様な東海道とは違ふわい』 五三公『東海道とは何だ。馬鹿にするない』 万公『それでも五十三次の五三公でないか。破れた着物は東海道と云ふぢやないか。エー、襤褸布を五千三次つぎ合して着て居る乞食の代名詞だ。さうだから貴様は破れ宣伝使と云ふのだよ』 五三公『誰が何と云つても、此五三公さまは万敗さまよりも松彦さまを信用するワ。松は千年の色深しと云つて末代代物だからな』 万公『何と云つても万公の俺には人望がないのだから仕方がない。そンなら、さうとして置いて、俺の言霊の神力だけは認めるだらうな』 五三公『ハヽヽヽヽ笑はしやがるわい。何が言霊の神力だ。全敗万敗の破れ宣伝使奴が』 万公『その笑はせやがるのが俺ぢやないか。率先して笑つたのは此万公さまだぞ。四辺の陰鬱な空気を拭きとつた様に笑ひ散らしたのだからな。笑ふと云ふ事は即ち歓喜の表徴だ。薄の穂にも怖ぢ恐れビリついて居つた貴様等の魂に光明を与へ、力を与へたのも万公さまが笑ひの言霊の原料を提供したからだ。ウーピーの主人公だよ。凡て人の神霊と云ふものは歓喜楽天に存在するものだからな。悲哀の念を起し嘆声を洩らすと、神霊忽ち萎縮し、遂には亡びて了ふものだ。抑も人の神霊は善をなせば増し、悪をなせば減ず、歓喜によつて発達し、悲哀によつて消滅す。かかる真理の蘊奥を理解した万公さまは実に偉いものだらう。五三公が何程藻掻いた処で、斯くの如き深遠微妙なる宇宙の真理は分るまい。エヘン』 五三公『それ丈けの真理が分つて居ながら、何故女々しく悲哀の語調を並べて慄うて居たのだ』 万公『それは臨機応変の処置だ。婦人小児の敢て知る所でない』 五三公『アハヽヽヽヽ婦人小児は何処に居るのだ。俺は決して婦人でも小児でもないぞ』 万公『居ないから云つたのだ。そこが臨機応変だよ。時にバラモンの御三体さまを如何処置する積りだ。鱠にする訳にも行かず、吸物にし様と思つても骨は硬いなり、ナイフはあつても之は人斬り包丁なり、四足を料理する出刃の持合はなし、何うしたら宜からうかな』 五三公『貴様、出歯を持つてるぢやないか。山桜の万公と云つて花(鼻)より葉(歯)が先に出て居るだらう。餅の見せられぬ代物だよ』 万公『何故この万公さまに餅が見せられぬのだイ』 五三公『それでも出歯に餅見せなと云ふぢやないか。アハヽヽヽヽ』 松彦は声を強めて、 松彦『おい両人、いゝ加減に揶揄つて置かぬか。アク、タク、テクさまが笑ふて厶るぞ。三五教にもあンな没分暁漢が居るかと思はれちや、神さまの面汚しだからのう』 アクは、にじり寄り、 アク『ヤア松彦の先生、どうせ人に使はれて歩く様な連中に碌な者はありませぬわ。よう似て居ますわ、私のつれてゐる此両人も矢張り担うたら棒の折れる代物ですよ。それは万々々、話にも杭にもかからぬ五三々々した奴ですわ。アハヽヽヽヽ』 万公『こりやアク、貴様の口をアク所ぢやないぞ。万々々て、何だい。俺の事を諷して居よるのだな』 アク『万更さうでもありますまい。然しまんと云ふ名のついたものに、あまり宜い物はありませぬな。慢心に自慢、高慢、我慢、驕慢、万引に満鉄、それから病気には脹満、と云ふ様なものですな。も一つ悪いのは三面記者の持つて居る万年筆、それから慢性の痴呆性位のものですワイ。アハヽヽヽヽ』 五三公『賛成々々、仲々バラモンにも気の利いた奴がある。やア、もうずつと気に入つた。おいアクさま、それほどお前は物の道理を知つて居り乍ら、何故人間の身を以て四足の真似をして来たのだ、その理由をこの五三公さまに聞かして呉れぬか』 アク『別に四足の真似はし度くなかつたのですが、友達が先へ来て待つてゐるものですからナ』 五三公『その友達と云ふのは誰の事だい』 アク『そこに鎮座まします出歯彦命さまの事ですよ。万公さまと云ふぢやありませぬか。アクは又早聞きをして馬公さまと聞いて居りました。大分馬鹿の様なお顔付だからな』 五三公『五三公が聞いて居れば、山口の森でも、馬と鹿と鼬の変化した狸が現はれたぢやないか』 アク『アハヽヽヽヽそりやテンゴ(冗談)ですよ。吾々三人が互に罵り合つて居つたのです。然し乍ら、正真正銘の人間ばかりだから、あまり見くびつて貰ひますまいかい、アク性な』 万公『そンなら此万公さまも矢張り人間だ。あまり失敬な事を云つちやいけないよ』 アク『此万公さまは常世姫命の分霊山竹姫の口から生れた子でせう』 五三公は訝かり乍ら、 五三公『何、そンな事があるものか。何故又そンな事を云ふのだ』 アク『常世姫命さまがエルサレムの都で思ふ様にゆかないので、自分の霊を分けて山竹姫と現はれ、何とかして人間の生宮を生まうと天に祈り、口から吐き出した玉が、俄に膨脹して大きな四足の子となつた。そこで山竹姫が吃驚して目を円うし、口を尖らし両手を拡げ、体まで反りかへつて「まんまんうまあ」と仰有つた。それから馬と云ふのだ。馬も万も矢張り山竹姫さまの口から出たのだから、馬の先祖かと思ひましたよ。随分長い顔ですな』 五三公は手を打つて、 五三公『アハヽヽヽ此奴あ面白い。話せるわい』 万公『ヘン、あまり馬鹿にして貰ふまいかい。そンならアクと云ふ奴の因縁を聞かしてやらうか』 アク『そンな事ア聞かして貰はなくとも、とつくに御存じだ。抑もアクのアは天のアだ。クは国のクだ。天津神、国津神の御水火によつて生れ給うた天勝国勝の名をかねたる大神人だが、一寸下界の様子を探るため、アクせくと人間界にまはつて隅々迄歩いて居る艮金神さまだよ。悪に見せて善を働く神様だから、暗夜を照らすとは、アーク灯と云ふぢやないか。あまり口をアークとすこたんを喰ひますぞや』 万公『アハヽヽヽヽクヽヽヽヽぢや、抑も万公さまの考へでは、アクと云ふ奴ア、凡て始末におへないものだ。その灰汁がぬけさへすれば食へぬものでも食へるだらう。果物でも野菜でも灰汁の強い奴は水に漬けておくのだからな。藁にだつて灰汁がある。溝に流れてゐるのは皆悪水だ。その悪水に喜ンで棲ンでゐる奴が所謂溝鼠だ。鼬も矢張り溝水に近い処に棲むものだ。つまり要するに即ちアクと云ふのは溝狸の事だ。アハヽヽヽヽ』 五三公は吹き出し、 五三公『国常立之尊と溝狸とは天地霄壌の相違ぢやないか』 アク『至大無外至小無内、無遠近、無広狭、無大小、過去現在未来の区別なく、或時は天の大神となり、或時は狸は云ふも更、蠑螈蚯蚓と身を潜め、天地の神業に参加するのが即ちアクだよ。艮金神様は悪神祟神と人に云はれて、三千世界をお構ひ遊ばして厶つたと云ふ事を三五教では云ふぢやないか。三五教のアと国常立のクと頭と頭をとつてアクさまと云ふのだからな。馬の子孫とは大分に訳が違ふのだよ。ヒヒーンだ。ヒヽヽヽヽ』 松彦『ウツフヽヽヽヽ何だか知らぬが松彦には人間界を離れて、畜生国の会議に臨席した様な気がするわい。もつとらしい問題を提出するものはないのかな』 アク『そりや何程でもありますよ。バラモン教に於て智識の宝庫と称へられたるアクですからな』 万公『何とまア万々々吹いたものだな。三百十日が聞いて呆れるわ。フヽヽヽ』 斯く話す時しも一天黒雲に包まれ、俄に真黒の暗となつて了つた。万公はそろそろ慄ひ出した。 万公『オイ、いゝゝゝ五三公、もつと此方や寄らぬかい。さう遠慮するものぢやないわ』 五三公『お前から此方へ寄つてくれ。かう暗くては仕方がないわ。俺や何だか体が地にくつついた様な気がして動けなくなつたのだ、根つから五三々々せぬワイ』 万公『おい、何うやら怪しくなつて来たぞ、何程気張つても腹の底から慄うて来るぢやないか。何うも合点がゆかぬ。歓喜楽天の奴、いつの間にか万わるく遁走して了ひよつた。俺の神霊もそろそろ脱出したと見えるわい。五三公お前だけなつと、しつかりしてゐてくれよ』 五三公『何、心配するな。松彦さまがついて厶るわい。あまり頬桁を叩くから神様から戒めを受けたのだよ。サア祈れ祈れ』 アク『もし皆さま、どうも怪しくアクなつて来たぢやありませぬか』 五三公『本当に気遣ひな状況になりましたな。皆さま御遠慮は要りませぬ。一所へ五三ぎ密集しませうか』 タク『おいアク、一所へ寄つちやいかないよ。もしも空から爆弾でも落ちて来たら全滅だ。何事も散兵線が安全だからな、生命は捨タク無いからなア』 アク『それもさうだ。然し何とはなしにアクの守護神がよりたがつて仕様がないわ』 タク小声で、 タク『この暗がりに三五教の側へ寄ると、あの懐剣でグサツとやられるかも知れぬぞ。あまり気を許しちや大変だからな』 アクは故意と大きな声で、 アク『何、暗がりで側へ寄ると、三五教が懐剣で突くかも知れぬと云ふのか。何突いても構はぬさ、突かしておけばよいのさ。敵も味方も牆壁をとつて親しくつき合ひと云ふのだから、つくのは結構だ。つかれるのも結構だ。やがて黒雲排して月も出るだらう』 タクは袖を引つ張つて、 タク『おい、アク、さう大きな口を開くものぢやないわ。タク山のタク宣を、そンな大声でさらけ出されちや堪らぬぢやないか』 アク『大声の方がいいのだよ。大声俚耳に入らずと云うてな。却てこそこそ話をしてゐると聞えるものだよ』 斯く話してゐる処へ、暗の中から光の無い薄青い火の玉が永い褌を引ずつて、地上五六尺の処をフワリフワリとやつて来た。 松彦は火の玉に向ひ、 松彦『廻れ右へ』 と号令を掛るや火の玉は松彦の言葉に従ひ俄に頭を転じ右の方へクルリと廻つた。さうして松彦の額のあたりを尾にて撫で乍らスツと通り、中央にブンブンブンと呻つて、尾を直立させ火柱を立てた様になつた。 万公はビツクリしながら、 万公『松彦さま、「廻れ帰れ」と云つて下さいな。随分厭らしいものがやつて来るぢやありませぬか』 松彦『アハヽヽヽありや狸だよ。最前から狸々と罵つたお前の言霊が実地に現はれたのだから、お前が処置をつけねば誰が処置をつけるのだ。それそれ火の玉がお前の方へ近寄つて来るぢやないか』 万公『こりや火の玉、貴様の本家は万公ぢやないぞ。バラモンのアクさまだ。アクさまの方へトツトと行け。戸惑ひするのも程がある。エー』 火の玉はジリジリと万公目蒐けて迫つて来る。万公は一生懸命になつて両手を組みウンウンと鎮魂の姿勢をとつた。火の玉は益々太く長く膨脹するばかり、見る見る間に鬼女の顔が現はれ頭に三本の蝋燭が光つて来だした。胸には鏡をかけてゐる。夜前の楓姫そつくりである。万公は目を閉ぎ耳をつめて蹲むで了つた。アク、タク、テクの三人はアツと云つたきり大地に横たはつた。目をぎよろつかせ口を開いたぎり、アフンとしてゐる。怪物は長い舌をペロペロ出し乍ら嫌らしい声で、 怪物『万公、五三公、アク、タク、テクの五人の英雄豪傑、大雲山から迎へに来たのだ。さア俺について出て厶れ。(大声)違背に及べば噛み殺さうか』 五三公『たゝゝゝゝゝ狸の化物奴、なゝゝゝゝ何を吐しよるのだイ。だゞゞゞゞ誰が大雲山まで行く奴があるか、ばゞゞ馬鹿、五三公の神力を知らぬかい』 と冷汗をかき乍ら呶鳴りつける。怪物の姿は象が屁を放つた様にボスンと云つたまま消えて了つた。中天に昇つた月は、もとの如くに皎々と輝いてゐる。四辺を見れば一匹の白い動物が太い尾を垂らしノソリノソリと森の中を目蒐け逃げて行く。 松彦『アハヽヽヽヽヽ又やられたな』 一同『ヘヽヽヽヽ』 と一同のかすかな笑ひ声でつき合ひ笑ひをやつてゐる。これより松彦は五三公、万公、アク、タク、テクの五人を従へ夜明けを待ち浮木の森をさして出でて行く。 (大正一一・一二・九旧一〇・二一北村隆光録) (昭和九・一二・二九王仁校正) |
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霊界物語 | 45_申_小北山の宗教改革1 | 余白歌 | 余白歌 時は今天地ひらく神代かな神の稜威の鳴り渡る時〈総説(初版)〉 世の中の人はたちまち驚かむ限り知られぬ神の力に〈総説(初版)〉 隠身而形も見えず声もなき真の神は御中主なり〈第4章(初版)〉 独神成而隠身居たる月日神は国常立と豊雲野神〈第4章(初版)〉 千万の神の功績は人草を神の形に造りたるなり〈第4章(初版)〉 月も日も早迫り来て一時もぬきさし成らぬ事となりぬる〈第5章(初版)〉 夜昼の別ちも知らず昔より助けの道にこころ砕きぬ〈第5章(初版)〉 海川も山野草木も人民も国常立の神の身魂ぞ〈第9章(初版)〉 世の中の総ての物は神子なれば生ひ立ち行くを祈るばかりぞ〈第9章(初版)〉 今日までは一日二日と日を延ばしモウ日延ばしさへ成らぬ処まで〈第9章(初版)〉 九重の花が十葉に咲くならば万世までも散る事は無し〈第19章(初版)〉 天つ御祖神の怒りの強ければモウこの上は力およばず〈巻末(初版)〉 天地に神の有無明らかに現はれ出づる時は来にけり〈巻末(初版)〉[この余白歌は八幡書店版霊界物語収録の余白歌を参考に他の資料と付き合わせて作成しました] |
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霊界物語 | 47_戌_治国別の天国巡覧1 | 総説 | 総説 最上天界即ち高天原には、宇宙の造物主なる大国常立大神が天地万有一切の総統権を具足して神臨し給ふのであります。そして大国常立大神の一の御名を天之御中主大神と称へ奉り、無限絶対の神格を持し、霊力体の大原霊と現はれ給ふのであります。この大神の御神徳の完全に発揮されたのを天照皇大御神と称へ奉るのであります。そして霊の元祖たる高皇産霊大神は、一名神伊邪那岐大神又の名は日の大神と称へ奉り、体の元祖神皇産霊大神は一名神伊邪那美大神又の名は月の大神と称へ奉るのは、此物語にて屡述べられてある通りであります。又高皇産霊大神は霊系にして厳の御霊国常立大神と現はれ給ひ、体系の祖神なる神皇産霊大神は、瑞の御魂豊雲野大神又の名は豊国主大神と現はれ給うたのであります。この厳の御魂は再び天照大神と顕現し給ひて天界の主宰神とならせ給ひました。因に天照皇大御神様と天照大神様とは、その位置に於て神格に於て所主の御神業に於て大変な差等のある事を考へねばなりませぬ。又瑞の御魂は、神素盞嗚大神と顕はれ給ひ、大海原の国を統御遊ばす神代からの御神誓である事は神典古事記、日本書紀等に由つて明白なる事実であります。然るに神界にては一切を挙げて一神の御管掌に帰し給ひ宇宙の祖神大六合常立大神に絶対的神権を御集めになつたのであります。故に大六合常立大神は独一真神にして宇宙一切を主管し給ひ厳の御魂の大神と顕現し給ひました。扨て厳の御魂に属する一切の物は悉皆瑞の御魂に属せしめ給うたのでありますから、瑞の御魂は即ち厳の御魂同体神と云ふ事になるのであります。故に厳の御魂を太元神と称へ奉り、瑞の御魂を救世神又は救神と称へ又は主の神と単称するのであります。故に此物語に於て主の神とあるは、神素盞嗚大神様の事であります。主の神は宇宙一切の事物を済度すべく天地間を昇降遊ばして其御魂を分け、或は釈迦と現はれ、或は基督となり、マホメツトと化り、其他種々雑多に神身を変じ給ひて天地神人の救済に尽させ給ふ仁慈無限の大神であります。而して前に述べた通り宇宙一切の大権は厳の御魂の大神即ち太元神に属し、この太元神に属せる一切は瑞の御魂に悉皆属されたる以上は神を三分して考へることは出来ませぬ。約り心に三を念じて口に一をいふことはならないのであります。故に神素盞嗚大神は救世神とも云ひ、仁愛大神とも申上げ、撞の大神とも申し上げるのであります。この霊界物語には産土山の高原伊祖の神館に於て神素盞嗚尊が三五教を開き給ひ数多の宣伝使を四方に派遣し給ふ御神業は、決して現界ばかりの物語ではありませぬ。霊界即ち天国や精霊界(中有界)や根底の国まで救ひの道を布衍し給うた事実であります。ウラル教やバラモン教、或はウラナイ教なぞの物語は、大抵顕界に関した事実が述べてあるのです。故に三五教は内分的の教を主とし其他の教は外分的の教を以て地上を開いたのであります。故に顕幽神三界を超越した物語と云ふのは右の理由から出た言葉であります。主の神たる神素盞嗚大神は愛善の徳を以て天界地上を統一し給ひ、又天界地上を一個人として即ち単元として之を統御したまふのであります。譬へば人体は其全分に在つても、其個体にあつても千態万様の事物より成れる如く天地も亦同様であります。人間の身体を全分の方面より見れば肢節あり機関あり臓腑あり、個体より見れば繊維あり神経あり血管あり、斯くて肢体の中にも肢体あり部分の中に部分あれども個人の活動する時は単元として活動する如く、主神は天地を一個人の如くにして統御し給ふのであります。故に数多の宣伝使も亦主神一個神格の個体即ち一部分として神経なり繊維なり血管なりの活動を為しつつあるのであります。天人や宣伝使のかく部分的活動も皆主神の一体となりて神業に奉仕するのは恰も一個の人体中に斯の如く数多の異様あれども、一物としてその用を遂ぐるに当り、全般の福祉を計らむとせざるはなきに由る如きものであります。即ち全局は部分の為に、部分は全局の為に何事か用を遂げずと云ふ事はありませぬ。蓋し全局は部分より成り部分は全局を作るが故に、相互に給養し相互に揖譲するを忘れない。而して其相和合するや部分と全局とに論なく何れの方面から見ても統一的全体の形式を保持し且つ其福祉を進めむとせないものはない。是を以て一体となりて活動し得るのである。主神の天地両界に於ける統合も亦之に類似したまふのである。凡て物の和合するは各其為す所の用が相似の形式を踏襲する時であるから、全社会のために用を為さないものは天界神界の外に放逐さるるのは当然である。そは他と相容れないからであります。用を遂ぐると云ふ事は総局の福祉を全うせむために他の順利を願ふの義であり、そして用を遂げずと云ふは、総局の福祉如何を顧みず、只自家の為の故に他の順利を願ふの義である。此はすべてを捨てて只自己のみを愛し、彼はすべてを捨てて只主神のみを愛すと云ふべきである。天界にあるもの悉く一体となりて活動するは之が為である。而して斯の如くなるは主神よりするのであります。諸天人や諸宣伝使自らの故ではない。何となれば、彼等天人や宣伝使は主神を以て唯一となし、万物の由りて来る大根源となし、主神の国土を保全するを以て総局の福祉と為すからであります。福祉といふは正義の意味である。現世に在つて、国家社会の福祉(正義)を喜ぶこと私利を喜ぶより甚しく、隣人の福祉を以て自己の福祉の如くに喜ぶものは、他生に於ては主神の国土を愛して之を求むるものである。そは天界に於ける主神の国土なるものは、此世に於ける国家と相対比すべきものだからである。自己の為でなく、只徳の故に徳を他人に施すものは隣人を愛することに成るのである。天界にては隣人と称するは徳である。すべて此の如きものは偉人であつて、即ち高天原の中に住するものである。三五教の宣伝使は皆、善の徳を身に備へ、且つ愛の善と信の真とを体現して智慧と証覚とを本具現成してゐる神人計りである。何れも主の神の全体または個体として舎身的大活動を不断に励みつつある神使のみで、実に神明の徳の広大無辺なるに驚かざるを得ない次第であります。願はくは大本の宣伝使たる人は神代に於ける三五教の宣伝使の神業に神習ひ、一人たりとも主の神の御意志を諒解し、国家社会の為に大々的活動を励み、天国へ永住すべき各自の運命を開拓し、且つ一切の人類をして天国の楽園に上らしむべく、善徳を積まれむことを希望する次第であります。太元神を主神と云つたり、救世神瑞の御魂の大神を主神と云つたりしてあるのは前に述べた通り太元神の一切の所属と神格そのものは一体なるが故であります。読者幸に諒せられむことを。 附けて言ふ 主の神なる神素盞嗚大神は神典古事記に載せられたる如く大海原を知食すべき御天職が在らせらるるは明白なる事実であります。主の神は天界をも地の世界をも治め統べ守り給ふと言へば、大変に驚かるる国学者も出現するでせう。然し乍ら天界と言つても天国と云つても矢張り山川草木其他一切の地上と同一の万類があり土地も儼然として存在して居るのであるから、天界地球両方面の守宰神と言つても余り錯誤ではありますまい。天界又は天国と云へば蒼空にある理想国、所謂主観的霊の国だと思つてゐる人には容易に承認されないでせう。天国とは決して冲虚の世界ではありませぬ。天人と雖も亦決して羽衣を着て空中を自由自在に飛翔するものとのみ思つてゐるのは大なる誤解であります。天国にも大海原即ち国土があるのです。只善と真との智慧と証覚を得たる個体的天人の住居する楽土なのであることを思考する時は、主の神の天地を統御按配し給ふといふも決して不可思議な議論ではありませぬ。故に大海原の主宰たる主の神は天界の国土たると地上の国土たるとを問はず守護し給ふは寧ろ当然であります。 大正十二年一月八日 王仁識 |
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霊界物語 | 47_戌_治国別の天国巡覧1 | 09 愛と信 | 第九章愛と信〔一二四二〕 大本開祖の聖言には愛の善と信の真とを骨子として説かれてある事は神諭を拝読した人のよく知る所なれば、今更口述者が改めて述ぶる迄もないから、其聖言は略する事とする。 善とは即ち此世の造り主なる大神の御神格より流入し来る神善である。此神善は即ち愛其ものである。真とは同じく大神の御神格より流入し来る所の神真である。此神真は即ち信である。さうして其愛にも善があり悪がある。愛の善とは即ち霊主体従、神より出でたる愛であり、愛悪とは体主霊従と云つて自然界に於ける自愛又は世間愛を云ふのである。今口述者が述ぶる世間愛とは決して世の中の所謂博愛や慈善的救済を云ふのではない。己が種族を愛し、或は郷里を愛し、国土を愛する為に他を虐げ、或は亡ぼして自己団体の安全を守る偏狭的愛を指したのである。それから又信仰には真と偽とがある。真の信仰とは心の底から神を理解し、神を愛し、神を信じ、且つ死後の生涯を固く信じて神の御子たる本分を尽し、何事も神第一とする所の信仰である。又偽りの信仰とは所謂偽善者共の其善行を飾る武器として内心に悪を包蔵しながら、表面宗教を信じ神を礼拝し、或は宮寺などに寄附金をなし、其金額を石又は立札に記さしめて、自分の器量を誇る所の信仰である。或は商業上の便利のために、或はわが処世上の都合のために表面信仰を装ふ横着者の所為を称して偽りの信仰と云ふのである。要するに神仏を松魚節として自愛の道を遂行せむとする悪魔の所為を云ふのである。斯くの如き信仰は神に罪を重ね自ら地獄の門扉を開く醜行である。真の神は愛善と信真の中にこそましませ自愛や偽信の中にまします筈はない、斯る自愛や偽信の中に潜入する神は所謂八岐大蛇、悪狐悪鬼餓鬼畜生の部類である。高天原の天国及び霊国にあつては人の言葉皆其心より出づるものであるから、其云ふ所は思ふ所であり、思ふ処は即ち云ふ所である。心の中に三を念じて口に一つを云ふ事は出来ない。是が高天原の規則である、今天国と云つたのは日の国の事であり、霊国と云つたのは月の国の事である。 真の神は月の国に於ては瑞の御霊の大神と現はれ給ひ、日の国に於ては厳の御霊の大神と現はれ給ふ。さうして厳の御霊の大神のみを認めて瑞の御霊の大神を否むが如き信条の上に安心立命を得むとするものは、残らず高天原の圏外に放り出されるものである。斯くの如き人間は高天原より嘗て何等の内流なき故に次第に思索力を失ひ、何事につけても正当なる思念を有し得ざるに立ち至り、遂には精神衰弱して唖の如くなり、或は其云ふ所は痴呆の如くになつて歩々進まず、其手は垂れて頻りに慄ひ戦き、四肢関節は全く力を失ひ、餓鬼幽霊の如くなつて仕舞ふものである。又瑞の御霊の神格を無視し、其人格のみを認むるものも同様である。天地の統御神たる日の国にまします厳の御霊に属する一切の事物は残らず瑞の御霊の大神の支配権に属して居るのである。故に瑞の御霊の大神は大国常立大神を初め日の大神、月の大神其外一切の神権を一身にあつめて宇宙に神臨したまふのである。此大神は天上を統御したまふと共に、中有界、現界、地獄をも統御したまふは当然の理である事を思はねばならぬ。さうして厳の御霊の大神は万物の父であり、瑞の御霊の大神は万物の母である。総て高天原は此神々の神格によつて形成せられて居るものである。故に瑞の御霊の聖言にも『我を信ずるものは無窮の生命を得、信ぜざるものは其生命を見ず』と示されて居る。又『我は復活なり、生命なり、愛なり、信なり、道なり』と示されてある。然るに不信仰の輩は高天原に於ける幸福とは、只自己の幸福と威力にありとのみ思ふものである。瑞の御霊の大神は、総ての神々の御神格を一身に集注したまふが故に、其の神より起り来る所の御神格によつて高天原の全体は成就し、又個々の分体が成就して居るのである。人間の霊体、肉体も此神の神格によつて成就して居るのは無論のことである。さうして瑞の御霊の大神より起り来る所の神格とは即ち愛の善と信の真とである。高天原に住める天人は、総て此神の善と真とを完全に摂受して生命を永遠に保存して居るのである。さうして高天原はこの神々によつて完全に円満に構成せらるるのである。 現界の人間自身の志す所、為す所の善なるもの又思ふ所、信ずる所の真なるものは、神の御目より御覧したまふ時は、其善も決して善でなく、其真も決して真でない、瑞の御霊の大神の御神格によりてのみ、善たり真たるを得るものである。人間自身より生ずる善又は真は、御神格より来る所の活力を欠いで居るからである。御神格の内流を見得し、感得し、摂受して茲に立派なる高天原の天人となる事を得るのである。さうして人間には一霊四魂と云ふものがある。一霊とは即ち真霊であり、神直日、大直日と称するのである。さうして神直日とは神様特有の直霊であり、大直日とは人間が神格の流入を摂受したる直霊を云ふのである。さうして四魂とは和魂、幸魂、奇魂、荒魂を云ふのである。この四魂は人間は云ふに及ばず、高天原にも現実の地球の上にも夫々の守護神として儼存しあるのである。そして荒魂は勇を司り、和魂は親を司り、奇魂は智を司り、幸魂は愛を司る。さうして信の真は四魂の本体となり愛の善は四魂の用となつて居る。さうして直霊は瑞の御霊の大神の御神格の御内流即ち直流入された神力である。故に瑞の御霊の御神格は総ての生命の原頭とならせたまふものである。此大神より人間に起来するものは神善と神真である。故に吾々人間の運命は此神より来る神善と神真を、如何に摂受するかによつて定まるものである。そこで信仰と生命とにあつて是を受くるものは其中に高天原を顕現し、又之を否むものは已むを得ずして地獄界を現出するのである。神善を悪となし、神真を偽りとなし、生を死となすものは又地獄を現出しなくては已まない。現代の学者は何れも自然界の法則や統計的の頭脳をもつて不可測、不可説なる霊界の事象をおほけなくも測量せむとなし、瑞の御霊の神示を否むものは暗愚迷妄の徒にして所謂盲目学者と云ふべき厄介ものである。到底霊界の事は現実界の規則をもつて窺知し得べからざる事を悟らないためである。神は斯の如き人間を見て癲狂者となし、或は痴呆となして救済の道なきを悲しみ給ふものである。斯かる人間は総て其精霊を地獄の団体に所属せしめて居るのである。斯かる盲学者は神の内流を受けて伝達したる霊界物語のある個所を摘発して吾知識の足らざるを顧みず、種々雑多と批評を加へ、甚だしきは不徹底なる自己の考察力をもつて之を葬り去らむとする罪悪者である。高天原の団体に其籍を置き、現代に於て既に天人の列に列したる人間の精霊は吾人の生命及び一切の生命は瑞の御霊の御神格より起来せる道理を証覚し、世にある一切のものは善と真とに相関する事を知覚して居るものである、斯かる人格者の精霊を称して地上の天人と云ふのである。 人間の意思的生涯は愛の生涯であつて善と相関し、知性的生涯は信仰の生涯にして真と相関するものである、さうして一切の善と真とは皆高天原より来るものであり、生命一切の事又高天原より来る事を悟り得るのが天人である。故に霊界の天人も、地上の天人も右の道理を堅く信ずるが故に、其善行に対して他人の感謝を受ける事を悦ばないものである、もし人あつて是等の諸善行を彼の天人等の所有に帰せむとする時は天人は大に怒つて引退するものである。人の知識や人の善行は皆其人自してしかるものと信ずる如きは悪霊の考へにして到底天人共の解し得ざる所である。故に自己のためになす所の善は決して善ではない、何となれば夫れは自己の所為なるが故である。されど自己のためにせず善のためになせる善は所謂神格の内流より来る所の善である。高天原は斯の如き善即ち神格によつて成立して居るものである。 人間在世の時に於て自らなせる善、自ら信ずる真をもつて、実に自らの胸中より来るものとなし、又は当然自分の所属と信じて居るものはどうしても高天原に上る事は出来ない、彼の善行の功徳を求めたり、又自ら義とするものは斯の如き信仰を有して居るものである。高天原及び地上の天人は斯の如きものをもつて痴呆となし、俗人となして、大に忌避的態度を取るものである。斯の如き人間は不断に自分にのみ求めて、大神の神格を観ないが故に、真理に暗き痴呆者と云ふのである。又彼等は元より大神の所属となすべきものを己に奪はむとするが故に神より天の賊と称へらるるのである。所謂人間は大神の御神格を天人が摂受するとの信仰に逆らうて居るものである。瑞の御霊の大神は高天原の天人と共に自家存在の中に住みたまふ、故に大神は高天原に於ける一切中の一切である事は云ふ迄もない事である。 (大正一二・一・八旧一一・一一・二二加藤明子録) |
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霊界物語 | 48_亥_治国別の天国巡覧2 | 09 罪人橋 | 第九章罪人橋〔一二六三〕 高天原の霊国及び天国は光明の世界である。其光明は実性に於て神真である、即ち霊的神的証覚である。此神真なる光明は諸天人の内視と外視とを同時に照破するものである。さうして内視とは天人自身の心の内にあり、外視とは其目にあるを云ふ。又諸天人は高天原の愛の熱に包まれてゐる。即ち此熱は実性に於て神善即ち神愛にして、吾々が益々証覚に入らむとする情動及び願望を有するものは此熱より来るものである。要するに高天原の霊国、天国は万善の集合所である。天人の証覚の程度は現界人の口舌のよく尽し得る所でない。人間が一千言を費しても尚尽す能はざる所をも、天人は数言にて之を弁ずる事を能くするのである。其他天人の一言一句の中にも無辺無量の密意の含まれてある事は、到底人間の言語に属する文字にて表はす事は出来ない。天人は其言語に用ふる所謂語字を以て十分に表はし得ざる所は、幽玄微妙なる音調を以て之を補ふ。そして其音調によつて情動を表はし、情動よりする想念中の諸概念は語字によつて之を表はすのである。大本開祖の神諭も亦其密意の存する所は到底現代人の智慧証覚にては容易に解し難きものである。されども智慧証覚ある天人が之を読む時は、直に無辺無量の密意の含まれてある事を諒得し得るものである。そして此語字については霊界物語第二輯第三巻(第十五巻)第一天国と云ふ所に其状況を示しあれば参照されたい。故に人間は其精霊を善と真とに鍛へ上げ、生きながら高天原の団体に籍を有するに非ざれば、大本の神諭は容易に解釈し得るものでない事を悟らねばならぬ。大本の神諭は、国祖大国常立尊、厳霊と顕現し、稚姫君命、国武彦命等の精霊に其神格を充し、さうして天人の団体に籍を有する予言者なる出口開祖の肉体に来し、大神の直々の御教を伝達されたものである以上は、余程善徳と智慧証覚の全きものでなければ之を悟る事は出来ない。併しながら神は至仁至愛にましますが故に、此神諭の密意を自然界の外分的人間に容易く悟らしめむが為に瑞霊の神格を精霊に充し、変性女子の肉体に来らしめ、其手を通し口を通して霊界の真相を悟らしめ給はむとの御経綸を遊ばしたのである。 大本神諭の各言句の中に、人をして内的証覚に進むべき事項を含蓄せしめある所以は、神格に充されたる天人即ち本守護神の言語は情動と相一致し、一々其言語は概念と一致するものである。又天人の語字は其想念中に包含する事物の直接如何によつて無窮に転変するものである。尚又内辺の天人は言者の音声及び云ふ所の僅少なる語字によつて其人の一生を洞察し知悉し得るのである。何となれば、天人は其語字の中に含蓄する諸概念に依つて、音声の各種各様に変化する状態を察し、これに依つて、其人の主とする所の愛と信及び智慧証覚の如何なるものなるかを知るものである。現界の人間でも少しく智慧あり証覚あり公平無私なる者に至つては、其籍を生きながら天人の団体においてゐるものであるから、対者の一言一句の中に包める意義によつて其人の一生の運命を識別し得るものである。人間の想念及び情動は其声音に現はれ、皮膚に現はれ、如何にしても霊的智者賢者の前には之を秘する事が出来ないものである。此一言は愛を含むとか、此一句は親なりとか、彼の一句は勇とか、此一句は智とか、凡て一言一句の際にも顕現出没して、如何なる聖者といへども賢人といへども、心中の思ひを智慧証覚者の前には隠す事は出来ない、之即ち神権の如何にしても掩ふべからざる所以である。心に悪なく欲なく、善の徳に充されたものは従つて智性も発達し情動の変化も非常に活溌なるが故に、対者の腹のドン底まで透見し知悉し得るは容易なれども、若し心に欲あり、悪を包み利己心ある時は其情動は鈍り智性は衰へ、意思は狂ひ、容易に対者の心中を透見する事は出来ない。故に人に欺かるるものは皆其心に悪と欲と自利心が充満してゐる故である。決して愛善の徳に充され信真の光に充ちた聖人君子は、自然界の体欲に迷ひ悪人に欺かるるものでない。要するに欲深き吾よしの人間が相応の理によつて貪欲な悪人に欺瞞され、取返しのならぬ失敗を招くものである。 さうして自分の迂愚不明から悪人に欺かれ自ら窮地に陥り、遂には其人間を仇敵の如く怨み且罵り、遂には自分の悪欲心より出でたる事を平然として口角に束ねながら、其竹篦は遂に神の御上にまで及ぼすものである。彼等は茲に至つて天道は是か非か、神は果して此世にあるものか、果して神が此世に儼存するものならば、何故斯の如き悪人に苦しめられ居るのも憐れみ給はず傍観的態度を執らるるや、吾々は斯の如き悪事災難を免れ家運長久を朝夕祈り立派にお給仕をして信仰を励んで居つたのに何の事だ。神には目がないのか、耳がないのか等と云つて、恨言を百万陀羅並べ立て、遂には信仰より離れ自暴自棄に陥り、益々深く地獄の底に陥落するものである。凡て此宇宙は至善至真至愛の神が目的のために万物を造り、相応の順序によつて人間を神の形体に作り、神業を完全に遂行せしめ給はむとして、万物の霊長として人間を世に下し給うたものなる以上は、人間は神界の秩序整然たる順序を守り、善の為に善をなし真の為に真を尽さねばならぬのである。然るに現代は遠き神代の黄金時代は何時しか去り、白銀時代、赤銅時代、黒鉄時代と漸次堕落して、今や混沌たる泥海世界となつて了つたのである。之も人間に神より自由を与へて、十二分の神的活動を来さしめ給はむとし給うたのを、人間が次第々々に神に背き八岐大蛇や曲神等の捕虜となり、遂に自ら神に反き神の存在をも無視するに至つた為に、かかる暗黒無明の世界が現出したのである。併しながら物窮すれば達すると云つて至仁至愛にして無限絶対の権力を具備し給ふ大神は何時迄も之を看過し給ふべき。ここに大神は現幽神三界の大革正を遂行せむが為に予言者を地上に降し、或一定の猶予期間を与へて愚昧兇悪なる人間に対し神の愛を悟らしめ、勝手気儘の行動を改めしめむと劃策し給うたのである。之を思へば吾々人間は大慈大悲の大神の神慮を奉戴し、造次にも顛沛にも精霊を磨き改過遷善の道を挙ぐるに力めねばならぬのである。 扨て偽善者たるランチ、片彦両人の宣伝将軍は伊吹戸主の神の計らひによつて地獄へ追ひ込めらるる事となつた。ガリヤ、ケースも亦其後につき従ふ。大きな岩の虚隙から無理に番卒に押込まれ真暗の穴へ落ち込んだ。斜に下方に向つた隧道が屈曲甚しく通つてゐる。両手で探らなければ何時岩壁に頭を打ちつけ、又足許に注意せなくては何時躓くか分らない暗黒道を、四人は腰を屈めながら後から何物にか押さるる様な心地して次第々々に下つて行く。少し腰を伸ばさうとすれば頭の上の岩壁に遮られる。丁度海老腰の様になつて、何とも云はれぬ臭い香のする道を際限もなく探り探り深く深く落ち込んで行つた。少しく薄明い処へ四人は漸く着いた。そこには円い人間の潜るだけの穴が六つばかり覗き眼鏡の様に並んでゐる。さうして青、赤の顔面をさらした守衛が一々立つて居て、ものをも云はず四人を同じ穴へ無理やりに突込んで了つた。臭気紛々として嘔吐を催すが如き其辺一面の不愉快さ、彼等四人は却て愉快になり腐肉の臭気や堆糞の香を鼻蠢かし、嬉しさうに嗅ぎながらヤツと安心したものの如く息をつき又もやドンドンと以前より稍薄明き隧道を右や左に折れながら下りゆくのであつた。四人は漸くにして少しく広い所に着いた。見れば其処に大きな川が横たはつてゐる。さうして細い長い橋が架けられてある。ここには厳しい顔をした冥官が武装をして二十人ばかり控へて居た。冥官の一人はツと前に進み寄り、 冥官『其方はランチ将軍、片彦将軍と申して、現界に於て非常に体主霊従の行ひを致し、人獣合一の悪業を盛んにやつた人足だから、此橋を渡つて向ふへ行け。此橋が無事に渡られたならば再び娑婆に帰してやらう。然し之が渡られぬ時は、此橋下に住んでゐる数多の怪物の為に其方は苛まれ、最も苦しき地獄に落ちるのだ。さあ早く行け』 とせき立て睨みつける。四人は四肢五体の力何時しかスツカリ抜けて了ひ、手足がブルブルと震ひ戦き、満足に歩く事も出来なくなつてゐた。さうして此橋には罪人橋と橋詰に立札が立つてゐる。其長さは目の届かぬばかり殆ど数百町に及んでゐる。さうして橋の幅が僅かに一尺ばかり、一寸体の平均を失つたが最後、真逆様に百尺以上の川に落ち込まねばならぬ。さうして其水の深さは地球の中心に達して居ると伝へられ、幾千万丈の深さとも分らない。此橋には欄もなく、加ふるにヒヨヒヨとして上下左右に揺り動く、実に危険な橋である。さうして橋の下には激流が飛沫をとばし赤黒い汚穢の水が流れてゐる。さうして何とも形容の出来ぬ怪物が沢山に棲み、橋の上を通行するものが過つて落ちて来るのを、大口を開けて待つて居るその恐ろしさ。一目見ても身慄ひする様である。さうして橋の上には膚を劈く如き寒風吹き、何とも云へぬ厭らしき声、八方より聞えて来るのであつた。 ランチは余りの恐ろしさに身体すくみ、ビリビリ慄うて居ると冥官の一人は、 冥官『サア、ランチ将軍、其方は現界に於ては立派なるバラモンの宣伝将軍ではなかつたか。沢山の敵味方の命をとつたる英雄豪傑でありながら、何故これしきの橋が恐ろしいのか。サア早く向ふへ渡れ』 と厳命した。ランチは震ひ声を出して、 ランチ『イヤ、モシ冥官様、斯様な恐ろしい処は到底渡る事は出来ませぬ。何卒改心しますから、元の処へお帰し下さい。お願で厶います』 冥官『ならぬならぬ、決して霊界に於ては汝等に斯かる責苦を与へ、之を以て快楽としてゐるのではない。大神様を初め、すべてのエンゼルも冥官も、一人なりとも天国へ上り得る身魂の来り得る事を待つてゐるのだ。否唯一の歓喜としてゐるのだ。汝自らの罪業によつて汝自ら此罪人橋を渡るべく準備致し、又汝永久の住家を向ふの地獄に作りおいた以上は、汝の身魂は、其処まで行かねばならぬ。可愛さうなれど吾々は救ふ事が出来ぬ。汝は神の愛を信じて自ら天国を開くべき処を、自然界の欲に精霊を汚し、斯くも浅猿しき身の上となつたのだから、自縄自縛と諦めて行つてくれ』 と流石の冥官も憐愍の情に堪へかねてか、両眼より涙をポロポロと流してゐる。 片彦『モシ冥官様、もはや斯うなる上は自ら生んだ鬼が自らを責めるのですから、如何とも致し方が厶いませぬ。然しながら其地獄は随分辛い処で厶いませうな』 冥官『地獄にも色々あるが先づ大別して十八地獄と分つてゐる。さうして其地獄にも其罪業によつて大小軽重の区別がある。地獄の団体も今日の処にては幾万を以て数へられるであらう。其中重なる地獄は、吊釣地獄、幽枉地獄、火孔地獄、郭都地獄、抜舌地獄、剥皮地獄、磨摧地獄、碓搗地獄、車崩地獄、寒氷地獄、脱壳地獄、抽腸地獄、油鍋地獄、暗黒地獄、刀山地獄、血池地獄、阿鼻地獄、秤杆地獄と云つて、之が大体の地獄であり、其中で罪業の大小軽重によつてそれぞれの階段が出来てゐる。お前達も確りして、地獄に行つたら随分悪の強い奴だから地獄の統治者となるかも知れない。それを楽みに行つたがよからう』 片彦『如何しても吾々は地獄へ参らねばなりませぬか』 冥官『お前達四人の霊衣を見れば尚多少朧気に円相が残つてゐる。未だ冥土へ来るべき命数でないが、併しながら伊吹戸主の神様より御命令があつたによつて、如何しても此処を通さにやならぬ。四人が四人ながら、まだ娑婆臭い亡者が来るとは不思議千万だ』 と首を傾け思案顔をしてゐる。 かかる所へ骨と皮とになつた我利々々亡者の一隊、雑魚の骨を打ち開けた様にウヨウヨウヨと幾百千とも数知れず現はれ来り、ランチ、片彦両将軍に向ひ、得も云はれぬ厭らしき声を振り搾り、前後左右より武者振りつく其厭らしさ。ガリヤ、ケースも亦相当に厭らしき怪物にとりまかれ、悲鳴をあげて泣き叫んでゐる。 此時何処ともなく天の数歌が幽かに聞えて来た。見る見るうちに我利々々亡者は煙の如く消えて了つた。さうして数多の厳しき冥官の姿は一人減り二人減り、おひおひと其数を減ずるのであつた。宣伝歌の声おひおひ近づいたと見えて、だんだん高く聞えて来た。非常に薄暗かつた四辺は、薄紙を剥いだ様に次第々々と明るくなつて来た。 (大正一二・一・一三旧一一・一一・二七北村隆光録) |
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霊界物語 | 48_亥_治国別の天国巡覧2 | 11 霊陽山 | 第一一章霊陽山〔一二六五〕 高天原に発生せる樹木は、仏説にある如く金、銀、瑪瑙、硨磲、瑠璃、玻璃、水晶等の七宝を以て飾られたるが如く其幹、枝、葉、花、果実に至るまで、実に美はしきこと口舌の能く尽し得る所ではない。神社や殿堂や其他の住宅に於ても、内部に入つて見れば、愛善の徳と信真の光明に相応するによつて、これ亦驚く許りの壮観であり美麗である。大神のしろしめす天国団体を組織せる天人は大抵高い所に住居を占めてゐる。其場所は自然界の地上を抜く山岳の頂上に相似して居る。又大神の霊国団体を造れる天人は、少し低い所に住居を定めて居る。恰も丘陵の様である。されど高天原の最も低き所に住居する天人は、岩石に似たる絶景の場所に住居を構へてゐる。而して之等の事物は凡て愛と信との相応の理によつて存在するものである。 大神の天国は、凡て想念の国土なるを以て、内辺の事は高き所に、外辺の事はすべて低い所に相応するものである。故に高い所を以て天国的の愛善を表明し、低い所を以て霊国的の愛善を現はし、岩石を以て信真を現はすのである。岩石なるものは万世不易の性質を有し、信真に相応するが故である。併しながら霊国の団体は低き所に在りとはいへ、矢張地上を抜く丘陵の上に設けられてある。丁度綾の聖地に於ける本宮山の如きはその好適例である。霊国は何故天国の団体よりも稍低き所に居住するかと云へば、凡て霊国の天人は信の徳を主とし、愛の徳を従として居る。所謂信主愛従の情態なるが故に、此国土の天人は智慧と証覚を研き、宇宙の真理を悟り、次で神の愛を能く其身に体し、天国の宣伝使として各団体に派遣さるるもの多きを以て、最高ならず最低ならず、殆ど中間の場所に其位置を占むる事になつてゐるのである。故に世界の大先祖たる大国常立尊は海抜二百フイート内外の綾の聖地に現はれ給ふにも拘はらず、木花咲耶姫命は海抜一万三千尺の天教山に其天国的中枢を定め給ふも、此理によるのである。併しながら木花姫命は霊国の命を受け、天国は云ふに及ばず、中有界、現実界及び地獄界まで神の愛を均霑せしむべき其聖職につかはせ給ひ、且神人和合の御役目に当らせ給ふを以て、仮令天国の団体にましますと雖も時々化相を以て精霊を充たし、或は直接化相して万民を教へ導き給ふのである。 又天人の中には団体的に生活を営まないのがある。即ち家々別々に住居を構へてゐるのは、丁度前に述べた珍彦館の如きは其例である。而して此等の天人は其団体の中心地点及大なるものに至つては高天原の中央を卜して住居を構へてゐる。何故なれば彼等は天人中に於ても、最も愛と信とによる智慧証覚の他に優れて、光明赫灼として輝き渡り、惟神的に中心人物たるが故に、大神の摂理によりて、其徳の厚きと相応の度の高きによるが故である。而して高天原は想念の世界なるが故に、其延長は善の情態を表はし、其広さは真の情態を表はし、其高さは善と真との両方面を度合の上より見て区別することを表はすものである。又霊界に於ては先に述べた通り、時間空間などの観念は少しもない、只情動の変化あるのみである。而して其想念は、時間空間を超越し、無限に其相応の度によつて延長し拡大し且高まるものである。 治国別、竜公二人が浮木の陣営に於て片彦将軍等の奸計に陥り、暗黒なる深き陥穽に墜落し、茲に人事不省となり、其間中有界及最下層の天国より最高の天国、霊国を巡覧したる期間は余程長い旅行の様であるが、現界の時間にすれば、殆ど二時間以内の間失神状態に居つたのである。されど想念の延長によりて、現界人の一ケ月以上もかかつて巡歴した様な長時間の巡覧をなしたのである。而して情動の変化が多ければ多い程、天国に於ては延長さるるものである。 治国別、竜公は言霊別命の化相神なる五三公に導かれ、天国の消息を詳細に教へられながら、霊陽山の殆ど中央まで登りつめた。此時五三公は目も呟き許りの小さき光団となつて、驀地に東を指して、空中に線光を描きながら、何処ともなく姿を隠して了つた。二人は霊陽山の頂上に立つて、四方の景色を瞰下しながら、天国の荘厳をうつつになつて褒め称へてゐた。さうして五三公の此場に姿を隠したことは少しも気がつかず、 竜公『モシ先生、此処は霊陽山とか聞きましたが、実にいい所ですなア、最早此処は最高天国ではありますまいか。四辺の樹木と云ひ、山容と云ひ、如何なる画伯の手にも到底描くことは出来ますまい。どうかして早く現界の御用を了へ、斯様な所に楽しき生涯を送りたいものですなア』 治国別『いかにも結構な所だ。現界人が美術だとか、耽美生活だとか、文化生活だとか、いろいろと騒いでゐるが、此光景に比ぶれば、其質に於て、其量に於て、其美に於て、到底比較にならないやうだ。そして何とも言へぬ吾心霊の爽快さ、ホンに斯様な結構な所があるとは、夢想だにもしえなかつた所だ。此治国別は第一天国ともいふべき斎苑の館に永らく仕へながら、未だ愛信の全からざりし為、瑞の御霊の大神のまします地上の天国が、さまで立派だとは思はなかつた。矢張如何なる荘厳麗美と雖も、心の眼開けざる時は到底駄目だ。恰も豚に真珠を与へられたやうなものだ。これを思へば吾々はあく迄も神に賦与されたる吾精霊を研き浄め、大神の神格に和合帰一せなくてはならない。アヽ実に五三公様の口を通して、かやうな至喜と至楽の境遇に吾々を導き、無限の歓喜に浴せしめ給ひしことを、有難く大神様の御前に感謝致します。アヽ惟神霊幸倍坐世』 と云ひながら拍手をうち、天津祝詞を奏上し了つて、天の数歌を歌ひ、あたりを見れば、豈計らむや、五三公の姿は眼界の届く所には其片影だにも認め得なかつた。治国別は驚いて、 治国別『ヤア竜公さま、五三公さまは何処へ行かれたのだらう、今迄月の如く輝いてゐられたあの霊姿を拝めなくなつたぢやないか』 竜公『成程、コリヤ大変だ、何う致しませう』 治国別『どうしようと云つても、仕方がない、之も神様の御試しだらうよ。四辺の光景に憧憬の余り、五三公様の御親切な案内振を念頭より取除いてゐた。凡て天国は相応と和合の国土だ。愛と信とによつて和合し、結合するものである。即ち想念によつて尊き神人と共にゐることを得たのだ。吾々が情動の変転によつて、吾心の中より五三公様を逃がして了つたのだ。アヽ惟神霊幸倍坐世』 と又もや合掌する。 竜公『成程、さうで厶いましたなア、私も余り嬉しいので、五三公様の御導きによつて未だ中有界に彷徨ふべき身が、かかる尊き天国まで導かれながら、うつかりと自分が勝手に上つて来たやうな気分になつて、無性矢鱈に天国を吾物のやうに思ひましたのが誤りで厶います。先生、何と厳の御霊の神諭にあります通り、高天原は結構な所の恐ろしい所で厶いますな。油断をすれば忽ち天国が変じて地獄となり、明は変じて暗となり、神は化して鬼となるとお示しの通り、実に戒慎すべきは心の持方で厶いますなア』 治国別『ハイ左様、吾々は最早斯うなる以上は、再び中有界へ帰り、現界へ復帰すべき道も分らない、又どこをどう歩いたらいいか、方角さへも判然せない、天国の迷児になつたやうなものだ。アヽ心の油断ほど恐ろしいものはない。只大神様にお詫をなし、救ひをお願ひするより道はなからう』 と話す折しも、足下の土をムクムクムクと土鼠のやうに膨らせながら、ポカンと頭をつき出したのは、片彦将軍であつた。二人は驚いて、無言の儘よくよく見れば、擬ふ方なき将軍は泥酔になつて、全身を山上に現はし、 片彦『ワハツハヽヽ』 と山も崩るるばかり高笑ひした。 治国『ヤア其方は河鹿峠にてお目にかかつた片彦将軍では厶らぬか』 片彦『ワハツハヽヽヽ、其方は盲宣伝使の治国別であらう。そしてマ一匹の小童武者は某が奴、暫く秘書を命じておいた竜公であらう。悪虐無道の素盞嗚尊に諛びへつらひ、大自在天大国彦命の宣伝使兼征討将軍の片彦に向つて刃向ひを致した極重悪人奴、能くもマア悪魔にたばかられ、斯様な処へ彷徨つて来よつたなア。天下一品の大馬鹿者奴、某が計略によつて、八岐大蛇や金毛九尾の悪狐を使ひ、汝を、天国とみせかけ、此処まで連れて来たのは此方の計略だ、どうだ、大自在天の神力には恐れ入つたか、アハツハヽヽヽハア、何とマア不思議さうな顔を致してをるワイ、イヒヽヽヽ、オイ竜公、其方も其方だ。主人に反いた大逆無道の痴者、どうだ、此霊陽山と見せかけたのはバラモン教の霊場、大雲山の頂辺で厶るぞ。あれ、あの声を聞け、雲霞の如き大軍を以て、当山を十重二十重に取巻きあれば、いかに抜山蓋世の智勇あるとも、到底逃るることは出来まい、治国別、返答はどうだ』 治国別は、 治国別『ハテ心得ぬ』 と云つたきり、双手を組んで暫し想念をたぐつてゐる。竜公も亦無言の儘、俯いてゐる。 片彦『アツハヽヽヽ、エツヘヽヽヽ、如何に治国別、モウ斯うなる以上は何程考へても後へは引かぬ。サアどうだ。キツパリと素盞嗚尊の悪神を棄てて、大自在天様に帰順致すか』 治国別『サアそれは……』 片彦『早く返答致せ。返答なきは不承知と申すのか。アイヤ家来の者共、治国別、竜公の両人をふん縛り、嬲り殺しに致せ』 竜公『将軍様、暫くお待ち下さいませ』 片彦『アハヽヽヽ、往生致したか。ヨシ、然らば此処に此通り黄金を以て作りたる素盞嗚尊の像がある。治国別、竜公共に命が助かりたくば、此像に向つて小便をひつかけ、其上此岩石を以て木端御塵に打砕き、大自在天様に帰順の誠を表はせ。否むに於ては、其方が身体は木端微塵、地獄に突き墜し、無限の責苦を加へるが、どうだ』 治国別は初めて顔をあげ、大口あけて高笑ひ、 治国別『アハヽヽヽ、拙者は厳の御霊、瑞の御霊の大神を信仰致す誠の宣伝使だ、仮令汝如き悪神に脅迫され、或は責め殺さるることありとも、吾心霊は万劫末代、大神に信従するのみだ。治国別はこれ以外に汝に答ふることはない、どうなりと勝手に致したがよからう』 片彦『勝手に致せと申さいでも、此方が制敗を致してくれる。併しながら竜公、其方は憎くき奴なれど、一旦某が部下となつたよしみによつて制敗は許して遣はす。其代りに治国別をこの金剛杖を以て打ちのめせ、さうすれば汝の誠が分るであらう。何うぢや、治国別を打ちのめす勇気はないか。矢張其方は二心を持つてゐるのか。返答致せツ』 と呶鳴りつけた。其声に不思議にも、あたりの山岳はガタガタガタと震動し始めた。竜公は少時双手を組み思案にくれてゐたが、忽ち威丈高になり、 竜公『コリヤ、悪神の張本片彦奴、汝は拙者の一時主人に間違ひはない。其主人に離れたるのは汝が行動天に背き、善に離れたるが故だ。仮令拙者が汝の為に一寸刻みか五分だめしに遇はされようとも、恩情深き治国別様の御身に、何うして一指をそむることが出来ようか。ここを何と心得て居る、第二天国の神聖な場所だ、大雲山などとは思ひもよらぬ、詐りを申すな。天国には虚偽と迫害と悪はない筈、其方は要するに天国の魔であらう』 と云ひながら………「厳の御霊、瑞の御霊、守り給へ幸はへ給へ」と拍手し、音吐朗々と怖めず臆せず神言を奏上し始めた。治国別も竜公と共に神言をいと落着いた調子で奏上し始めた。片彦は何時の間にやら数多の部下を集め、金棒をふり上げ、只一打に両人を粉砕せんず勢を示してゐる。治国別、竜公両人は胆力を据ゑ、声調ゆるやかに騒がず焦らず、神言を奏上し終り、「惟神霊幸倍坐世」と唱ふるや否や、今迄ここに立つてゐた片彦他一同の姿は煙の如く消え失せ、四辺に芳香薫じ、嚠喨たる音楽さへ頻りに聞え来るのであつた。 竜公『アハヽヽヽ、猪口才千万な、バラモン教を守護致す八岐大蛇奴、畏くもかかる天国迄化けて来やがつて、尊き神言に面喰ひ、屁のやうに消え散るとは、さてもさても神様の御神力は尊いものだ。アヽ有難う厶います。惟神霊幸倍坐世』 治国別『竜公さま、ここは第二天国、しかも霊陽山の頂だ。八岐大蛇の来るべき道理がない、大方これは神様の御試しだつたらう。私も一度は悪魔の襲来かと考へてみたが、よくよく思ひ直せば、かかる天国に悪魔の来るべき理由がない。若しも彼果して悪魔なりとせば、吾等は天国と思ひ、慢心して地獄に墜ちてゐたのであらう……と考へてみたが、忽ち心中の天海開けて神様の御神格の内流に浴し、矢張第二天国なることを悟り、且片彦と見えしは尊きエンゼルの、吾等が心を試させ給ふ御所為と信ずるより外に途はない、必ず必ず悪魔などと、夢にも思つてはなりませぬぞや』 竜公『仰せ御尤もで厶います。サア先生、どうでせう、これから霊陽山を下つて、又天国の団体を修業さして頂きませうか』 かくいふ所へ、忽然として現はれ給うたのは、三十恰好の美はしき容貌をもてる一柱の神人であつた。神人は治国別の側近く寄り、其手を固く握り、 神人『治国別さま、第二天国の団体は無数無辺にありますが、貴方は第二天国の試験に合格致しました。又竜公さまも其通り、余程証覚を得られたやうです。之から拙者が最奥第一の天国及び霊国を御案内致しませう。併しながら此第二天国に比ぶれば、最高天国の光明は殆ど万倍に匹敵するものです。而して其天国に住む諸天人は、善と真とより来る智慧証覚に充ち、容易に面を向くることが出来ませぬ。其団体の天人に会ふ時は忽ち眼くらみ、言句渋り、頭は痛み、胸は塞がり、四肢五体萎縮して非常な苦痛で厶いますが、貴方等両人は天国の試験に合格されましたから、其被面布を以て最奥天国の巡覧的修業をなさいませ。拙者が案内を致しませう』 と先に立ち、雲を踏み分けてのぼり行く。二人は一生懸命に神言や天津祝詞を交る交る奏上しながら、フワリフワリと雲の橋を渡つてのぼり行く。此神人は言霊別命であつた。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・一・一三旧一一・一一・二七松村真澄録) |
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霊界物語 | 48_亥_治国別の天国巡覧2 | 12 西王母 | 第一二章西王母〔一二六六〕 高天原の総統神即ち大主宰神は大国常立尊である。又の御名は天之御中主大神と称へ奉り、其霊徳の完全に発揮し給ふ御状態を称して天照皇大神と称へ奉るのである。そして此大神様は厳霊と申し奉る。厳と云ふ意義は至厳至貴至尊にして過去、現在、未来に一貫し、無限絶対無始無終に坐ます神の意義である。さうして愛と信との源泉と現れます至聖至高の御神格である。さうして或時には瑞霊と現はれ現界、幽界、神界の三方面に出没して一切万有に永遠の生命を与へ歓喜悦楽を下し給ふ神様である。瑞と云ふ意義は水々しと云ふ事であつて至善至美至愛至真に坐まし且円満具足の大光明と云ふ事になる。又霊力体の三大元に関聯して守護し給ふ故に三の御魂と称へ奉り、或は現界、幽界(地獄界)、神界の三界を守り給ふが故に三の御魂とも称へ奉るのである。要するに神は宇宙に只一柱坐ますのみなれども、其御神格の情動によつて万神と化現し給ふものである。さうして厳霊は経の御霊と申し上げ神格の本体とならせ給ひ、瑞霊は実地の活動力に在しまして御神格の目的即ち用を為し給ふべく現はれ給うたのである。故に言霊学上之を豊国主尊と申し奉り又神素盞嗚尊とも称へ奉るのである。さうして厳霊は高天原の太陽と現はれ給ひ、瑞霊は高天原の月と現はれ給ふ。故にミロクの大神を月の大神と申上ぐるのである。ミロクと云ふ意味は至仁至愛の意である。さうして其仁愛と信真によつて、宇宙の改造に直接当らせ給ふ故に、弥勒と漢字に書いて弥々革むる力とあるのを見ても、此神の御神業の如何なるかを知る事を得らるるのである。善悪不二、正邪一如と云ふ如きも、自然界の法則を基礎としては到底其真相は分るものでない。善悪不二、正邪一如の言葉は自然界の人間が云ふべき資格はない、只神の大慈大悲の御目より見給ひて仰せられる言葉であつて、神は善悪正邪の区別に依つて其大愛に厚き薄きの区別なき意味を善悪不二、正邪一如と仰せらるるのである。併しながら自然界の事物に就ても亦善悪混淆し美醜互に交はつて一切の万物が成育し、一切の順序が成立つのである。故に人は霊主体従と云つて自然界に身を置くとも、凡て何事も神を先にし、愛の善と信の智を主として世に立たねばならないのである。然るに霊的事物の何たるを見る事の出来ない様になつた現代人は、如何しても不可見の霊界を徹底的に信じ得ず、稍霊的観念を有するものと雖も、要するに暗中模索の域を脱する事が出来ない。それ故に人は何うしても体を重んじ、霊を軽んじ物質的欲念に駆られ易く地獄に落ち易きものである。かかる現界の不備欠点を補はむが為に大神は自ら地に降り其神格に依つて精霊を充し、予言者に向つて地上の蒼生に天界の福音を宣伝し給ふに至つたのである。凡て人間が現実界に生れて来たのは、云はば天人の胞衣の如きものである。さうして又天人の養成器となり苗代となり又霊子の温鳥となり、天人の苗を育つる農夫ともなり得ると共に、人間は天人其ものであり又在天国の天人は人間が善徳の発達したものである。さうして天人は愛善と信真に依つて永遠の生命を保持し得るものである。故に人間は現界の生を終へ天国に復活し、現界人と相似せる生涯を永遠に送り、天国の円満をして益々円満ならしむべく活動せしむる為に、大神の目的に依つて造りなされたものである。故に高天原に於ける天国及び霊国の天人は一人として人間より来らないものはない。大神様を除く外、一個の天人たりとも天国に於て生れたものはないのである。必ず神格の内流は終極点たる人間の肉体に来り、此処に留まつて其霊性を発達せしめ、而して後天国へ復活し、茲に初めて天国各団体を構成するに至るものである。故に人は天地経綸の司宰者と云ひ、又天地の花と云ひ、神の生宮と称ふる所以である。愚昧なる古今の宗教家や伝教者は概ね此理を弁へず、天人と云へば、元より天国に在つて特別の神の恩恵に依つて天国に生れたるものの如く考へ、又地獄にある悪鬼どもは元より地獄に発生せしものの如く考へ、其地獄の邪鬼が人間の堕落したる霊魂を制御し或は苦しむるものとのみ考へてゐたのである。之は大なる誤解であつて、数多の人間を迷はす事、実に大なりと云ふべしである。茲に於て神は時機を考へ、弥勒を世に降し、全天界の一切を其腹中に胎蔵せしめ、之を地上の万民に諭し、天国の福音を完全に詳細に示させ給ふ仁慈の御代が到来したのである。されど大神は予言者の想念中に入り給ひ、其記憶を基礎として伝へ給ふが故に、日本人の肉体に降り給ふ時は即ち日本の言葉を以て現はし給ふものである。科学的頭脳に魅せられたる現代の学者又は小賢しき人間は「神は全智全能なるべきものだ。然るに何故に各国の民に分り易く、地上到る所の言語を用ひて示し給はざるや」と云つて批判を試み、神の遣はしたる予言者の言を以て怪乱狂妄と罵り、或は無学者の言とか或は不徹底の言説とか何とかケチをつけたがる盲が多いのは、神の予言者も大に迷惑を感ずる所である。 高天原と天界は至大なる一形式を備へたる一個人である。さうして高天原に構成されたる天国の各団体は之に次げる所の大なる形式を備へたる一個人の様なものである。さうして天人は又其至小なる一個人である。人間も亦天界の模型であり、小天地である事は屡述べた所である。神は此一個人なる高天原の頭脳となつて其中に住し給ひ、万有一切を統御し給ふ故に、又地獄界も統御し給ふは自然の道理である。人間も亦其形体中に天国の小団体たる諸官能を備へ種々の機関を蔵し、而して天国地獄を包含してゐるものである。 扨て高天原の如き極めて円満具足せる形式を有するものには、各分体に全般の面影があり又全般に各分体の面影がある。其理由は高天原は一個の結社の様なものであつて、其一切の所有を衆と共に相分ち、衆は又一切の其所有を結社より受領して生涯を送る故である。かくの如く天界の天人は一切の天的事物の受領者なるによつて、彼は又一個の天界の極めて小なるものとなすのである。現界の人間と雖も、其身の中に高天原の善を摂受する限り、天人の如き受領者ともなり、一個の天界ともなり、又一個の天人ともなるのである。 治国別、竜公両人は言霊別命の案内によつて第一天国の或個所に漸く着いた。此処には得も云はれぬ荘厳を極めた宮殿が立つてゐる。これは日の大神の永久に鎮まります都率天の天国紫微宮であつて、神道家の所謂日の若宮である。智慧と証覚と愛の善と信の真に充されたる数多の天人は此宮殿の前の広庭に列をなし、言霊別一行の上り来るを歓喜の情を以て迎へて居たのである。言霊別命は遥か此方より此光景を指さし、 言霊別『治国別様、あの前に金色燦然として輝いてゐるのは、エルサレムで厶ります。さうしてあの通り巨大なる石垣を以て造り固められ、数百キユーピツトの城壁を囲らしてあるのを御覧なさいませ』 治国別『ハイ、有難う厶ります、如何したものか吾々は円満の度が欠けて居りまするために、エルサレムは何処だか、石垣は何処にあるか、城壁の高さも分りませぬ。只私の目に映ずるのは赫灼たる光と天人の姿が幽かに見ゆるばかりです。さうしてエルサレムとか仰有りましたが、それは小亜細亜の土耳古にある聖地では厶りませぬか』 言霊別『エルサレムの宮とは大神様の御教を伝ふる聖場の意味であります。又高き処の意味であつて即ち最高天界の中心を云ふのです。石垣と申すのは即ち虚偽と罪悪との襲来を防ぐ為の神真其ものであります。度と申すのは性相其ものであつて、聖言に云ふ、人とは凡ての真と善徳とを悉く具有するものの謂であります。即ち人間の内分に天界を有するものを人と云ひ、天界を有せないものを人獣と云ふのです。ここには決して人なる天人はあつても現界の如き人獣は居りませぬ。然し私が今人獣と云つたのは霊的方面から云つたのです。凡て神の坐します聖場及び其御教を伝ふる聖場を指して貴の都と云ひ、或はエルサレムの宮と云ふのです』 治国別『さう致しますと、現界に於けるウブスナ山の斎苑館を始め、黄金山、霊鷲山、綾の聖地及び天教山、地教山、万寿山其他の聖地は凡て天国であり、エルサレムの宮と云ふのですか』 言霊別『さうです、実に神格によつて円満なる団体の作られたものは凡てエルサレムとも云ひ、地上に於ては地の高天原と称ふべきものです。地上の世界は要するに高天原の移写ですから、地上にある中に高天原の団体に籍をおいておかなくては、霊相応の道理順序に背いては、死後天国の生涯を送る事は出来ませぬ。サア之より最奥天国の中心点、大神の御舎に御案内致しませう』 と先に立つて歩み出した。二人は足の裏がこそばゆい様な気分に打たれ、いと恥かし気に従ひ行く。路傍に堵列せる数多の天人は『ウオーウオー』と手を拍つて叫び、愛善の意の表示をなしてゐる。二人は言霊別命の背後に従ひ、被面布を冠りながら心落ち着き、静々と日の若宮の表門を潜り入る。 言霊別命は二人を門内に待たせ置き悠々として奥深く入り給うた。二人は門内に佇み園内に繁茂せる果樹の美しきを眺めやり、舌うちしながら頭を傾け『アーア』と驚きに打たれ吐息を洩らしてゐる。暫くすると庭園の一方より目も眩むばかりの光を放ち悠々と入り来り給ふ妙齢の天女があつた。二人は思はずハツと大地に踞み敬礼を表した。此女神は西王母と云つて伊邪那美尊の御分身、坤の金神であつた。西王母と云ふも同身異名である。女神は二人の手をとりながら言霊別命の奥殿より帰り来る間、庭園を巡覧させむと桃畑に導き給うた。二人は恐る恐る手を曳かれながら芳しき桃樹の園に導かれ行く。此処には三千株の桃の樹が行儀よく繁茂してゐる。さうして前園、中園、後園と区劃され、前園には一千株の桃樹があつて美はしき花が咲き且一方には美はしき実を結んだのも尠なくはない。此前園の桃園は花も小さく又其実も小さい。さうして三千年に一度花咲き熟して、之を食ふものは最高天国の天人の列に加へらるるものである。さうして此桃の実は余程神の御心に叶つたものでなければ与へられないものである。西王母は二人に一々此桃の実の説明をしながら中園に足を踏み入れた。ここにも亦一千株の桃の樹があり、美はしき八重の花が咲き充ち又甘さうな実がなつて居る。之は六千年に一度花咲き実り、之を食ふものは天地と共に長生し、如何なる場合にも不老不死の生命を続けると云ふ美はしき果物である。西王母は又もや詳細に桃畑の因縁を説き諭し、終つて後園に足を入れ給うた。此処にも亦一千株の桃樹が行儀よく立ち並び、大いなる花が咲き匂ひ、実も非常に大きなのが枝も折れむばかりに実つてゐる。此桃の樹は九千年に一度花咲き実り、之を食ふものは天地日月と共に生命を等しうすると云ふ重宝至極な神果である。西王母は此因縁を最も詳細に治国別に諭し給うた。然し此桃の密意については容易に発表を許されない、然しながら桃は三月三日に地上に於ては花咲き、五月五日に完全に熟するものなる事は、此物語に於て示されたる所である。之によつて此桃に如何なる御経綸のあるかは略推知し得らるるであらう。西王母は一度地上に降臨して黄錦の御衣を着し、数多のエンゼルと共に之を地上の神権者に献げ給ふ時機ある事は、現在流行する謡曲によつても略推知さるるであらう。 却説、西王母は桃園の案内を終り、二人の手を引きながら元の門口に送り来り、 西王母『治国別殿、竜公殿、之にてお別れ申す』 と云ふより早く桃園内に神姿を隠し給うた。二人は其後姿を伏し拝み、王母が説明によつて神界経綸の深遠微妙なる密意を悟り、思はず合掌して感涙に咽びつつあつた。 かかる所へ紫微宮の黄金の中門を開いて現はれ来る美はしき天女、五色の光輝に充ちた羽衣を着しながら出で来る其荘厳さ、天国の天人は何れも美はしく円満の相を具備すれども、未だ嘗て斯の如き円満なる妙相を備へたる神人を見るのは二人とも天国巡覧以来初めてであつた。 因に羽衣とは決して謡曲にある如き中空を翔ける空想的のものでない。最も美はしき袖は手より数尺長く、裾は一二丈も後に垂れてゐる神衣の事である。 扨て十二人の天女は、無言の儘二人を指し招き、前に六人、後に六人、二人を守りながら黄金の中門を潜つて迎へ入れるのであつた。此時今まで聞いた事もない様な微妙な音楽四方より起り、芳香馥郁として薫じ、二人は吾身の何処にあるやも忘るるばかり歓喜に充されながら、微の声にて天津祝詞を奏上しつつ欣々として進み入る。 (大正一二・一・一三旧一一・一一・二七北村隆光録) |
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霊界物語 | 49_子_祠の森の物語1(高姫と妖幻坊) | 14 大妨言 | 第一四章大妨言〔一二八八〕 高姫の居間には高姫、お寅、魔我彦の三人が三角形に座を占め、高姫の説教を耳をかたげて聞いて居る。 高姫『魔我彦さま、お前はイソの館へ詣るのも結構だ。決してとめは致さぬが、まだお前の様な事で到底イソの館へ行つても赤恥をかく様なものだから、此高姫が此から行つても差支ないと云ふ処迄義理天上日出神の御説教を聞いて其上にしなさい』 魔我『それは有難う厶りますが、さうグヅグヅして居れませぬ。何程貴女が偉くてもヤツパリ元は元ですからな。私は祠の森へ参拝するつもりで来たのぢやありませぬ。松姫さまに許されてイソの館に直接に教を聞く事に致して来ましたから、今夜は御世話になるとしても是非明日はイソの館へ百日ばかり修業に行つて参ります』 高姫『これ魔我彦、お前チツと慢心してはゐないかな。何程松姫さまがイソの館へ行けと仰有つても神力のない者が何うして行けますかね。お前は元は高姫の弟子だつた事は誰知らぬ者はありませぬよ。お前の様に修業の足らぬ人がイソの館に行つて御覧、高姫もあんな分らぬものを弟子にして居つたかと思はれちやお前ばかりの恥ぢやありませぬぞえ。忽ちこの高姫の恥になります。それで此処で充分修業して義理天上日出神からお許しを受けたらイソの館へ行つても宜しい』 魔我『それなら、何日ばかり此処にお世話になつたら宜しいでせうかな』 高姫『さうだな、まア早くて百日、おそくて二百日だらうかいな』 魔我『さう長らく居る訳にや行きませぬ。往復の日数を加へて百日の間お暇を戴いて来たのですから、こんな所に百日も居らうものならイソ館へ詣る事が出来ぬぢやありませぬか。それでは松姫さまに嘘をついた事になりますから、兎も角明日はお寅さまと参拝して来ます』 高姫『仮令百日かからうと二百日かからうと聖地に上る丈の徳がつかねば如何して行けるものか。私もお前を大切に思へばこそ斯うして気をつけるのだよ。よう考へて御覧なさい。中有界に迷ふてゐる八衢人足の身魂が何程天国を覗かうと思つてもまばゆいばつかりで却て苦しいものだ、面曝されて逃げて帰つて来ねばなりませぬぞや。チツと此処で義理天上日出神の筆先を戴いて身魂の因縁をよく調べて詣れる資格があればお詣りなさい。何は兎もあれ身魂研きが肝腎だからな』 魔我『高姫さま、義理天上日出神は私ぢやなかつたのですか』 高姫『さうぢや、暫くお前に表向き、さう云はしてあつたのだが、何時迄も世は持ちきりには致させませぬぞや。誠の日出神は此高姫ですよ。ヘン……済みませぬな』 魔我『身魂の因縁だとか、義理天上だとか、日出神だとか、私はもうこりこりしました。小北山で松彦さまが見えて、何もかもサツパリ化けが露はれて了つただもの、義理天上日出神と云つてるのは金毛九尾の家来の大きな黒狐ですよ。お前もヤツパリ其黒狐を喜んで奉つてゐるのですか』 高姫『これ魔我、そりや何と云ふ大それた事を云ふのだい。勿体なくも日出神様を狐だ等と馬鹿にしなさるな。お前の腹の中に曲津が棲んでゐるのだらう。それがそんな事見せたのだ。それでマガ彦と神様が名をおつけ遊ばしたのだよ。左様の事申すなら何と云つてもイソの館へはやりませぬぞや』 魔我『お寅さま、如何しませうかな。高姫さまがあんな事云ひますがなア』 お寅『高姫さまが何と仰有つても私は治国別様から手紙を戴いて来たのだから非が邪でもイソ館へ参り八島主様に此手紙を手渡しし嫌でも応でも立派な宣伝使となつて帰らねばなりませぬ。お前は此処に修行に来たのではない。此お寅の付添だから如何しても来て貰はねばなりませぬ。高姫さま、私が魔我彦を連れて行きますから又御世話になります。今度は如何しても連れて行かねばなりませぬ』 高姫『これお寅さまとやら、お前さまは治国別とやらに添書を貰つてイソの館へおいでるのかい。そりや措いたが宜しからうぞや。云ふとすまぬがお前はまだそれ丈けの資格が備はつて居らぬ。治国別なんて偉相に云つてるが、彼奴は元はウラル教の亀公ぢやないか。そんな奴が手紙を書いた処が……ヘン何、八島主様がお受取り遊ばすものか。悪い事は決して申しませぬ、此日出神の申す様になさつたが宜しからうぞや』 お寅『治国別様は立派な宣伝使ぢや厶りませぬか。さうして第一天国迄お調べになつた結構なお方ですよ。其お方から手紙を下さつたのだから八島主様がお受取りなさらぬ道理がありますか。私は何と仰有つても参ります』 高姫『ヘン、偉相に、亀の野郎、第一天国に行つて来た等と、そんな事が如何してあるものか。彼奴は醜の岩窟の井戸に這入つてドン亀の様に苦しんでゐた男だ。そして自転倒島に渡り英子姫、悦子姫等の女達の家来になつた男ですよ。お寅さま、そんな男の手紙を貰つて何になりますか。それよりも義理天上日出神様の教を受けて其上でイソの館へおいでなさい。さうしたら屹度八島主が面会してくれるでせう』 お寅『はい、御親切は有難う厶りますが何と仰有つて下さつても、私は思ひ立つたのだから参ります。そして貴女様の弟子ぢやあ厶いませぬ。治国別の直々のお弟子になつたので厶ります。おとめ下さるのは嬉しう厶りますが、仮令イソの館で赤恥をかいても是非行つて参ります。いかいお世話になりました。さア魔我彦、行きませうぞや』 魔我『高姫さま、折角御親切に仰有つて下さいましたけど、今度はお寅さまの付添ですから是非参つて来ます』 高姫『何と云つてもやらさぬと云つたら、やらしやせぬぞや。此祠の森にお宮さまを建てて高姫に番をさして厶るのは何とお考へで厶る。大神様が高姫の御神力を御信認遊ばし、お前は一方口の祠の森に居つてよく身魂を調べ、よく研けぬ者は一年でも聖地へよこすでないぞよ。汚れた者が聖地に参つたら天変地異が勃発し聖地が汚れるから、よく調べよと大神様の御言葉、それで遥々此処迄参つて身魂調べをしてをるのだ。何程お寅さまが治国別の手紙を持つて行つても此関所の認めがなくては、駄目ですよ。お前一人の為めに三千世界の大難儀になつたら如何しますか。よい年をして居つてチツとは考へてもよさそうなものぢやありませぬかい。魔我彦だつてそれ位の道理は分つてゐさうなものぢやないか。之が分らぬ様な低脳児なら、体よう目なつと噛んで死んだがよいぞや。もう高姫も、如何しても云ふ事聞かぬなら魔我彦と師弟の縁をきるが如何だい』 魔我『お前さまに、師弟の縁をきられたつてチツとも痛痒は感じませぬ。私は松彦さまの弟子にして貰つたのだから忠臣二君に仕へずと云つてお前さまにお世話にならうとは思ひませぬ。何卒放つといて下さい』 高姫『エーエ、相変らずの没分暁漢だな。お前もここ迄になつたのは誰のお蔭だと思つてるのだい。皆この高姫のウラナイ教で鍛へ上げられたのぢやないか。諺にも師の影は三尺隔てて踏まずと云ふぢやないか。たとへ一年でも教をうけたら師匠に違ひない。師匠の恩を忘れるのは畜生同然だぞえ』 魔我『畜生と云はれてもチツとも構ひませぬわ。貴方だつて偉相に義理天上日出神とすまし込んで厶るが、ヤツパリ守護神は劫経た黒狐ぢやありませぬか。何程偉相に云つても小北山の御神殿でチヤンと審神がしてあるから……お気の毒さまだ……そんな事仰有るとお前の守護神はこれこれだと今ここでスツパぬきませうか』 高姫『エーエ分らぬ男だな。どうなつと勝手にしたがよい。あとで吠面かはかぬ様にしたがよいわ。後になつて高姫の云ふ事を聞いておいたらよかつたのに……と云つてヂリヂリ舞ひしても後の後悔間に合はぬぞや。神が気をつける間に気づかぬと何事があるや知らぬぞよ。何事も神に不足申して下さるな。大橋越えてまだ先へ行衛分らぬ後戻り、慢心すると其通りと変性男子のお筆に出てゐませうがな。此祠の森は世界の大門とも大橋とも云ふべき処だ。大門開きも出来ぬ身魂を以て十里四方の宮の内、イソの館へ行かうとは……オホヽヽヽヽ向ふ見ずにも程がある。盲蛇に怖ずとは、よくも云つたものだ。魔我彦さま、之でも行くなら行つて見よれ。目まひが来るぞや。神罰が当つて大地に蛙をぶつつけた様にフン伸びん様にしなさいや。是丈け高姫が気をつけるのに、如何しても意地の悪い東助の居る……ウヽヽウンとドツコイ……意地の悪い、……どうしても行くのかい。後は知りませぬぞや。アーア高姫さまが親切に仰有つて下さつたのに、あの時、我を張らなけれや、こんな事はなかつたらうにと豆の様な涙を零して嘆いても後の祭、波に取られた沖の舟、とりつく島が無くなつてから、「高姫さま、何卒助けて下さい」と縋りて来ても義理天上日の出神は聞き済みはありませぬぞや。行くなら行くでよいからトツクリと心に相談をして、うせるがよからう、エツヘヽヽヽヽ』 魔我彦『何とマア相変らず達者な口ですこと。そんな事云はれると何だか幸先を折られた様で、気分が悪くなつて来た。なアお寅さま、どうしませう』 お寅『御勝手になさいませ。此お寅は一旦云ひかけたら後へは引かぬ女丈夫だ。初めから一人詣る積りだつたが、お前がお伴さして呉れえと云つたから、連れて来たのだよ。高姫さまの舌にちよろまかされてお神徳を落さうと勝手になさいませ。私は何と云つても行くと云つたら行きますぞや。女の一心岩でも突き貫くと云つて、つき貫いて見せてやりますぞや』 高姫『これお寅さま、決して高姫は悪い事は申しませぬ。何卒マアお腹が立ちませうが、トツクリと胸に手をあてて考へて御覧なさいませ。祠の森の許しがなくちや折角遥々遠方へ行つても、恥をかかねばならぬから私が親切に忠告するのですよ』 お寅『何と云つて下さつても私は参ります。治国別様から祠の森の高姫さまに許しを得て行けとは聞いて居りませぬ。もしもイソの館へ行つて高姫さまの許しがないから受付けぬと云はれたら、帰つて来ます。其時は又宜しうお願ひします』 高姫『神の申す時に聞かねば神は後になりてから、何程ジタバタ致してもお詫申しても、そんな事、取上げて居りたらきりがないからあかぬぞよ……とお筆に出て居りますぞや。高姫の承諾なしに行くなら行つて御覧、夜食に外れた梟鳥、アフンと致して六つかしいお顔をなさるのが日の出神は気の毒なから気をつけますのだ。ヘン、どうなつとお前さまの御神徳は……えらいものだからなさいませ。此日の出神は帳を切りますぞや。帳を切られたら何程地団太踏んでも助かりませぬぞや』 お寅『お前さまに帳を切られたつて、私は大神様から帳を切られなければ一寸も構ひませぬワ』 高姫『何処迄も分らぬ人だな。アーア一人の人民を改心させようと思へば神も骨が折れる事だわい。大国常立尊の片腕とおなり遊ばす日の出神の云ふ事を聞かずに如何して思惑が立ちませうぞ。阿呆につける薬がないとはよく云つたものだ。縁なき衆生は度し難しかな。本当に度し難い代物ばつかりだ』 お寅はムツとして高姫をグツと睨みつけ少しく声を尖らして、 お寅『これ高姫さま、度し難き人物だとは何と云ふ口巾の平たい事を仰有る、此お寅は斯う見えても若い時から浮木の里の女侠客丑寅婆と云ふ女ですよ。鬼でも取挫ぐ婆だ。それが大神様の御意に叶ふて今や宣伝使の修行に参る途中、お前は私の修業の妨害を致す考へだな、お前は義理天上日の出神と云つて居られるが、日の出神がそんな訳の分らぬ事を仰有いますか。何程お前が偉くともイソの館の八島主さまには叶ひますまい。私は仮令神罰が当つても貴方の様な無理云ふ方には教は受けませぬ。放つといて下さい。さア魔我ヤン、行きませう、こんな気違じみた方に構ふて居つちや堪りませぬわ』 高姫『これお寅さま、強つてお止めはしませぬが、神様は順序ですよ。順序を乱したら誠の道が潰れますから、それを御承知ならおいでなさい。何事も順序と手続きが必要で厶りますから……』 お寅『ハイ、御親切に有難う厶ります。私は治国別様に手続きをして頂き順序を踏んでイソの館へ参るのです。お前さまはイソの館から命令を受けて来たのぢやありますまいがな。珍彦様が此処の神司となつて治めなさらなならぬ処だのに、お前さまから順序を破つて勝手に義理天上日の出神だと仰有つて此新しいお館を占領して厶るのだらう。今私の耳許に守護神が囁きましたよ。お前さまは此お寅がイソの館へ参ると化けが露はれるものだから、何とか云つてお止めなさるのだらうが、私も苦労人だから、人の悪い事は申しませぬから御安心なさいませ。守護神の囁く処を聞くと、お前さまは大山子を張つてイソの館に参る宣伝使や信者を皆お前さまのものにする考へだ。云はば天の賊も同様だ。チツと改心なされ。悪は長く続きませぬぞや。さあさあ魔我ヤン、こんな処に長く居つても駄目ですよ。さあさあ早く行きませう』 高姫『こんな処とは、……何と云ふ事を云ひなさる。勿体なくも国治立の大神様、日の大神様、月の大神様、大自在天大国彦命様其外御神力のある尊い神様の祀つてある此聖場をこんな処とは……何を云ひなさる。滅多に許しませぬぞや』 お寅『高姫さま、私は此森の神様を決して悪くは申しませぬ。こんな処と云つたのは貴方の様な没分暁漢の厶る居間をさして云つたのですよ。エーエ耳が汚れる、さあ魔我彦さま、行かう行かう』 と早くも立つて表へ走り行く。高姫はイソの館へ行かれちや大変だと気を苛ち『ヨル……ハル……テル』と呼ばはつてゐる。ヨル、ハル、テルの三人は『ハイ』と答へて此処に集まり来り、 ヨル『高姫様、イヤ日の出神様、お呼びになつたのは何の御用で厶りますか』 高姫『お前達、何をグヅグヅしてゐるのだい。あの二人の連中をトツ掴まへて来なさい』 ヨル『何ぞあの人は悪い事を致しましたかな。別に罪のない者をトツ掴まへる必要はないぢやありませぬか。イソの館へ参らうと仰有るのを止めると云ふ事がありますか。お一人でも本山へお詣りする様にお奨めするのが道でせう。それにお前さまは何とか、かんとか云つて参らせぬ様にするのが不思議ですな。私だつて一度詣りたいと云へば何とか、かとか云つて、お止めになる。どうも貴方の仰有る事は腑におちませぬわい』 高姫『勝手にしなさい。もう此処には居つて貰へませぬ。さあトツトと去んで下さい。日の出神の云ふ事に一々反対する人は受付に居ても邪魔になるからな』 ヨル『大きに憚り様、私は玉国別様と五十子姫様とのお許しを受けて此処の受付をしてゐるのですよ。決して貴方から任命されたのぢやありませぬ。此処の館は珍彦さまの御監督、お前さまのグヅグヅ云ふ処ではありませぬ。そんな事云ふとお寅さまと魔我彦さまに随いてイソの館の八島主さまの処へ行つて一伍一什を報告しますよ。おいテル、ハル、イク、サール、お前達気をつけて珍彦御夫婦さまや楓姫さまをよく気をつけてお宮さまを注意して下さい。私は是から一足本山に行つて来ますから……』 と出て行かうとするを、高姫は飛びかかつて首筋をグツと捕らへ、 高姫『こりやヨル、日の出神の許しもなく何処へ出て行くのだ』 ヨル『ヘー、放つといて下さい。お尋ね迄もなくイソの館へ注進に参りますわ。さアお寅さま、魔我彦さま、参りませう』 高姫は仁王立ちになり真赤な顔を膨らして、握り拳で乳の辺りを、反身になつて交る交る打ち乍ら、ヤツコスが六方を踏む様なスタイルで玄関に立ちはだかり、ドンドン云はせ乍ら、 高姫『ヤアヤアヤア三人の四足共、日の出神の命令を聞かずに行くなら、サア行つて見よ。あとで吠面かはくなよ。気もない中から義理天上日の出神が噛んでくくめる様に気をつけておくぞや』 お寅、魔我彦、ヨルは少しも頓着なく尻に帆かけて急坂を上り行く。 (大正一二・一・一八旧一一・一二・二北村隆光録) |
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霊界物語 | 52_卯_小北山の文助の改心物語 | 08 巡拝 | 第八章巡拝〔一三四四〕 イク、サールの二人は、大広前の神殿を拝礼しをはり、蠑螈別が籠りしと云ふ館の前に立つて、 サール『蠑螈別お寅婆さまの古戦場 見るにつけても可笑しくなりぬ』 イク『この館土瓶が踊り徳利舞ひ 盃われし古戦場なり』 サール『魔我彦やお寅婆さまが改心を なしたる場所も此館なり』 イク『酔ひドレの熊公さまが飛込んで 脅し文句で金を千両(占領)。 一段と高く築ける段梯子 登りて行くも姫を訪ねて』 二人は木花姫を祀りたる小さき祠に参拝し拝礼を了り、 イク『木花姫神の恵は目のあたり 開き初めにき木々の梢に』 サール『木の花の姫の命の御前に その鼻高をさらすイクなり。 天教の山より下りし皇神は わが馬鹿面を笑ひますらむ。 イクの奴狸の曲に魅まれて 恥も知らずに大前に来つ』 斯く歌ひ、今度は金勝要神の祠の前に進み拝礼を了り、 イク『縁結ぶ畏き神と聞きしより ゐたたまらずして詣で来にけり』 サール『其面で何程神を拝むとも 妻となるべき人のあるべき』 イク『吾輩の顔を眺めて笑ふより 一寸見て来い水鏡をば』 サール『顔容姿で妻が出来ようか 魂麗しき人でなくては。 此様に見えても俺はをちこちの 女にチヤホヤされる曲者』 イク『其様に慢心ばかりするでないよ 乙女に馬鹿にされた身ながら。 要の神貴の御前にこんな事 囀る奴は鰥鳥かも。 さア行かう大神様に恥かしい 女なんぞと言ふ面でなし アハハハハハ』 と笑ひながら玉依姫(竜宮の乙女)様を祭つたる祠の前に進みよつた。 イク『いろいろの宝をためて海の底に 隠し給ひし欲な神様』 サール『馬鹿言ふな乙姫様は今は早 物質欲に離れた神よ』 イク『これはしたり失礼な事を言ひました 聞直しませ乙姫の神』 サール『神様は宝を以て人々に 与へ給へどお前には列外』 イク『列外か又案外か知らねども 宝なくては世に立つを得ず』 サール『物質の宝求めて何になる 朽ちぬ宝を霊につめよ』 イク『馬鹿云ふな水晶玉も物質よ されど暗夜を照らしましける。 金なくて何のおのれが人間かと 世の人々は相手にもせず。 それ故に俺は金銀財宝を むげには捨てぬ冥加者ぞや』 サール『イクの奴イク地の足らぬ証拠には 宝々と憧れゐるも。 神様は何程宝あるとても 貧乏面にくれるものかは。 サア行かう目の正月をするよりも 宝忘れて宝拾ひに。 俺の云ふ宝といふは金銀や 水晶でない教の宝よ』 かく歌ひ終つて、今度は中段の宮の前に進んだ。此処には日の大神の祠が建つてゐる。 イク『伊弉諾の皇大神を斎りたる この御舎は殊に麗し』 サール『其筈だつくしの日向の立花で 禊ぎ給ひし神に坐しませば』 イク『許々多久の罪や汚れに溺れたる 霊を洗へ神の御前に』 サール『曲神に騙られたる愚さを 許し給へと詫びよイク公』 イク『かもてなや頭打たりよが打たりよまいが お前の知つた事でなければ』 サール『道伴れの一人が狸に叩かれて 吠面かわくを見るつらさかな。 天教の山に天降りし日の神の 宮は殊更高くおはせり』 又此処を去つて、今度は月の大神を斎りたる祠の前に進んだ。 イク『素盞嗚の神の御霊を祀りたる 社の前に月の大神』 サール『古狸梟の奴に馬鹿にされ 乙女にまでも笑はれにけり。 さながらに愛想も月の大神が 貴様の面を笑ひ給はむ』 イク『馬鹿云ふな善言美詞の神様だ 必ずよきに見直しまさむを』 サール『此男世界に稀な馬鹿なれば 守らせ給へ月の大神』 イク『サールこそ馬鹿の証拠にや水晶の 玉をばイクにせしめられける』 サール『イクの奴イク地がないと知つた故 玉を持たせておいたばかりよ』 イク『サア行かう月の光に照らされて 何とはなしに恥かしき宵』 今度は最上段の国常立尊の祠の前に参拝した。 イク『掛巻も畏き神の御前に 詣で来りし吾は罪人。 さりながら悔い改めて大神の 道に仕へしイク身魂なり』 サール『われこそは皇大神の御恵に 与りました未サールの神』 イク『罰当りサールのやうな面をして 坤とはよくもいはれた。 お前こそ世人がサールの人真似と 嘲るとても仕方あるまい』 サール『三五の道にサール者ありと云ふ 此神司知らぬ馬鹿者』 イク『国所立のき彦の狼と 人に言はれた馬鹿者は誰』 斯く二人は拝礼を終り、次いで互に揶揄ひ合ひながら、枝振りのよい松の七八本かたまつた下に、余り広からず狭からざる瀟洒たる一棟が建つてゐる。それが所謂松姫の館であつた。 イク『常磐木の松の木蔭に建てられし 松姫館をなつかしみ思ふ』 サール『吾慕ふ初稚姫のいます上は 一しほ恋しき館なりけり』 イク『小北山要となりし此館は 扇の如くに建てられにける』 サール『常磐木の松の緑は青々と とめどもなしに伸び立てるかも』 イク『初稚姫神の司がますと聞けば 胸轟きて進みかねつつ』 サール『臆病風又吹き荒みイクの奴 イク地のなきを暴露せりけり』 イク『そんな事言ふなら俺が先に立ち 一つ肝をば見せてやらうかい』 サール『面白い初稚姫の前に出て 叱り飛ばされベソをかくだろ』 イク『水晶の玉を抱きしわれなれば 初稚姫も褒め給ふべし。 その時は指をくはへてサールの奴は 恨めしさうに見てゐるがよい』 サール『姫様に会うたら皆素破ぬき 一伍一什を申し上ぐべし。 その時は赤い顔をばせぬがよい 梟鳥にもなぶられる奴よ』 イク『イクらでも人の悪口言ふがよい 首吊りそこねし死損ね奴が』 サール『貴様とて矢張首吊り仲間ぞや 何うして姫に顔があはせよう』 二人は流石に恥かしさに堪へかね、松姫の館の四五間ばかり側までやつて来て、互に「お前から先へ行け」「イヤ貴様から先へ」と、押合ひをやつてゐる。スマートは二人の影を見るより、喜んで走り来り、胸に飛びついたり、背中に抱きついたり、頬をなめたり、勇み出した。 イク『ヤア、スーちやんか、先づ先づ御無事でお目出度う。漸く此処までお後を慕つて参りました。何卒姫様に宜しうお取りなしを願ひますよ』 サール『ハハハハハ馬鹿だなア。此頃の衆議院の候補者のやうに、犬にまで追従してゐやがる、犬がもの言ふかい』 イク『主人に威勢があると、何だか犬に迄頭が下がるやうな気になるものだ。そこが人情の然らしむる所だよ。娘を嫁にやつてある在所へ入ると、其親は野良犬にでも辞儀をするといふぢやないか。貴様も訳の分らぬ奴だなア。そんな事で今日の虚偽万能の世の中に、どうして生存が続けられると思うてるか、時代遅れの骨董品だなア』 サール『ほつといてくれ、何程偉さうに云つても、姫様に叱られるかと思つて、ビリビリしとるやうな腰抜の言葉に、何うして権威があるものか、マア、俺のすることを見てをれ、エヘン』 と云ひながら、思ひ切つて門口に立寄り、怖さうに中を眺めた。初稚姫と松姫は何事か一生懸命に、ニコニコしながら話の最中であつた。サールがガラリと戸を開け、 サール『へーご免なさいませ。松姫様、始めてお目にかかります。私は祠の森のサールと申す者、モ一人の従者はイクと申します。イヤもう意気地のない野郎で厶いますから、何卒可愛がつてやつて下さいませ』 松姫『それはそれはよくマアいらせられました。サ、どうぞお上り下さいませ』 サール『スマートさまも御壮健で、大慶至極に存じます』 と初稚姫に御機嫌を取らうといふ考へか、切りに犬に追従してゐる。イクは不在の家へ盗人が這入るやうな調子で、ビリビリもので、足音もさせず這入つて来た。 初稚姫は二人を見て、言葉静に、 初稚姫『貴方はイクさま、サールさま、神様へお参りで厶いますか』 二人は、 イク、サール『へー、あの、何です』 と頭をかき、モヂモヂとして土間に踞んで了つた。 初稚『妾に何ぞ御用が厶いましたのか、何卒早く仰有つて下さいな』 イクは思ひ切つて、 イク『イヤ実の所は姫様の、何処までもお供をさして頂かうと思ひまして、お後を慕ひ参つたので厶います。吾々両人の真心をお汲み取り下さいまして、是非にお供をさして頂きたう厶います』 初稚姫『貴方、山口の森で何か変つたことは厶いませぬでしたか』 イク『ハイ、イヤもう面白いこつて厶いましたよ。結構な御神力を戴いて鬼の奴、二匹迄遁走させました。それはそれは随分愉快なもので厶いましたよ』 初稚姫『それはお手柄で厶いましたな。そして貴方、何だか神様から頂いたでせう』 イク『ハイ、頂きました』 初稚姫『無事に此処まで、貴方は守護して来ましたか。途中に他の者の手に入るやうなことはありませなんだかな』 イク『へ、此通り、此処に所持して居ります。実に立派な水晶玉で厶います』 初稚姫『それは夜光の玉と云つて、水晶ではありませぬ。筑紫の島から現はれた結構なダイヤモンドですよ』 イク『へーエ、さうで厶いましたか、誠に有難いこつて厶いました』 初稚姫『貴方、途中で妖怪につままれ、一旦ふんだくられるやうな、不都合な事はなさいますまいな』 サール『イヤもう恐れ入りました。実の所は、古狸に騙かされ、取られて了つたのですが、お千代さまのお蔭で再び元へ返つたのです』 初稚姫『其玉は一旦曲神の手に入つた上は、大変に汚れて居りますよ。これは今のうちに禊をなさらぬと、役に立たなくなりますからねえ』 イク『塩水を貰つて清めませうかなア』 初稚姫『貴方の無形の魂をお清めになれば自然に玉は浄まります。そしてお前さまは其玉に執着心を持つてゐるでせう。なぜサールさまに渡さなかつたのですか。一旦貴方の手に入り、妖魅に取られたのだから、貴方は玉に対して、監督権を自然に放棄したやうなものです。今度はサールさまに持たせておくが宜しい。実の所は妾より日の出神様にお願ひ申し、貴方等の熱心に感じて、お二人様の中へ一個をお与へ申したのですから、此玉は二人の身魂が一つになつた証拠です。決して一人が独占すべき物ではありませぬ。即ちイクさまの心はサールさまの心、サールさまの心はイクさまの心、二人一体となり、神界の為に活動なさるやうに仕組まれてあるのです』 サール『オイ、イク州、どうだ。ヤツパリ宝の独占は許されまいがな。貴様が自分の物のやうにして、俺にも碌に見せず、懐へ捻ぢ込んで来よつたものだから、神罰が当つて、狸の野郎に一旦取られて了つたのだよ』 イク『モシ姫様、さうすると此玉は、これからサールに渡すべき物で厶いますか』 初稚姫『誰の物といふ訳には参りませぬ。お二人さまが交代に保護なさるれば宜しい。そして此宝は世界救済の為の御神宝で、人間の私すべき物ではありませぬ。暫く拝借してゐる考へになつて、大切に保存なさいませ。そして其玉が手に入つた以上は、妾について来る必要はありませぬ。一時も早く祠の森に帰つて下さい。貴方の御親切は有難う厶いますが、妾は神様が沢山に守つて下さいますから、決して淋しい事は厶いませぬからな』 サール『それなら、此玉を貴方に御返し致します。何卒、どんな御用でも致しますから、そんな事仰有らずに、サール一人でも、ハルナの都までお供を許して下さいませ。モシ此通りで厶います』 と熱誠を面にあらはして、涙を流しながら頼み込むのであつた。 初稚姫『夜光る宝を神に得し君は 祠の森に帰り行きませ。 この玉は日の出神の賜ひてし 暗夜を照らす珍の御宝。 曲神のたけり狂へる月の国へ かかる宝を持ち行くべしやは。 汝こそは此御宝を守るべく 計り給ひし神の御心 ハルナへは供を連れ行く事ならず 神の厳しき仰せなりせば』 イク『姫様のその御言葉には背かれず さりとて此儘帰るべきやは』 サール『いかならむ仰せ受けさせ給ふとも 許させ給へ見直しまして』 初稚姫『益良夫の心の花は匂へども 手折らむ由もなきぞうたてき』 イク『さりとても此儘これが帰らりよか 仮令死すとも姫に仕へむ』 サール『どうしても許し給はぬ事ならば われは此処にて腹を切るなり』 松姫『姫君の厳の言葉を聞かずして 迷へる人ぞ憐れなりけり。 赤心の溢れ出でたる益良夫が 心はかりて涙こぼるる。 さりながら皇大神の御心に 背くべしやは宣伝使のわれ』 初稚姫『イク、サール二人の司よ村肝の 心鎮めてかへりみませよ』 イク『今暫し思案定めていらへせむ 何は兎もあれ頼み参らす』 サール『姫君の言葉を背くにあらねども 弥猛心を抑ゆるすべなし さりながら暫し彼方に休らひて 身の振方を胸に問ひみむ』 斯く歌を以て姫に答へ、蠑螈別、お寅の住居せし元の教主館に退きて、二人は茶を啜りながら、腕を組み、吐息をもらし、進退谷まつて、涙に暮れてゐた。これより初稚姫は松姫に別れを告げ、二人の隙を窺ひ、スマートを伴ひ、逸早く聖場を立ち出で、征途に上ることとなつた。イク、サールの両人は、依然として初稚姫は松姫館にいます事と確信し、お菊に酒を勧められ一夜を明かした。そして文助の危篤を聞いて、夜中頃館を飛出し、河鹿川に降つて水垢離を取り、一生懸命に其恢復を祈つた。 (大正一二・一・二九旧一一・一二・一三松村真澄録) |
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霊界物語 | 52_卯_小北山の文助の改心物語 | 24 応対盗 | 第二四章応対盗〔一三六〇〕 十五六人の精霊は忽ち高姫の周囲に集まり来つて、ワイワイと喚いてゐる。高姫は漸くにして立上り、道端の方形の石に腰打ち掛け、十数人の人を前におきながら、脱線だらけの宣伝を始めかけた。 高姫『コレコレ皆さま、高姫が大道演説を致しますから、よつくお聞きなされ。此世の中は素盞嗚尊の悪神の為に、天の岩戸はピツタリとしまつて、悪魔は天下に横行し、魑魅魍魎充満する暗黒世界ではありませぬか。此世を此儘にしておいたならば、結構な此お土の上は、忽ち餓鬼道、畜生道、修羅道、地獄道に陥りますぞや。お前さま等は、営々兀々として、私利私欲のために日夜奔走し、欲にからまれ、疲れ切つて顔色憔悴し、殆ど餓鬼のやうで厶いますぞ。此世からなる地獄道の苦しみを致しながら、こんな結構な世はないと申して喜んで厶る其憐れさ。至仁至愛の大神様は此惨状をみるに忍びず、時節参りて、永らく艮の隅に押し込められて厶つた艮の金神大国常立尊様が稚姫君命の霊の憑りた変性男子の肉宮をかつて、三千世界の立替立直しを遊ばすやうになりましたぞや。それに就いては、世に落ちて厶つた八百万の神様を世にあげて、それぞれお名をつけ、祭つて上げねば神国にはなりませぬ。今度のお役にお立ち遊ばすのは、永らく竜宮の海の底にお住ひなされた乙姫殿が第一番に改心を遊ばして、義理天上の日の出神と引添うて、外国での御用を遊ばすなり、金勝要神は大地の金神様で、余り我が強うて、汚い所へ押し込まれ、雪隠の神とまで成り下り、今度世に上げて貰うても、ヤツパリ我が強いので、御大望の邪魔になるばかりで、どうにもかうにも仕方がないので、系統の霊を世に落して義理天上の生宮となし、大将軍様の憑つた肉体を夫と遊ばして、三千世界の御用にお使ひなされたなれど、此大将軍様の肉宮はチツとも間に合はぬによつて、三五教の三羽烏と聞えたる時置師神様を、此肉宮の夫と致し、立替立直しの御用を遊ばす仕組で厶るぞや。それに就いては大広木正宗殿の霊も御用に使うて、結構な五六七の世をお立て遊ばすのだから、此高姫は三千世界の救主、皆さま耳をさらへて、よつく聞きなされ。八岐大蛇も金毛九尾の悪神も、グツと肚へ締め込んで改心をさせるのが、日の出神の生宮だ。世界の人民は皆盲だから、此結構な肉宮の申すことが耳には入らうまいがな。改心するなら、今の中ぢやぞえ。後の改心は間に合はぬぞや。此中で誠の分りた人民があるなれば、手を挙げてごらんなさい。喜んで此方の眷属と致して結構な御用に使ふぞや』 群集の中よりヌツと顔を出したのは、お年であつた。お年は高姫の前に進み寄り、其手をグツと握り、 お年『モシ高姫様、父が生前に御世話になりまして有難う厶ります』 高姫『お前は誰だか知らぬが、これだけ沢山居る中に、此生宮の言ふことが分らぬ盲ばかりだとみえて、手を挙げと言うても、一人も手を挙げる餓鬼やありませぬワイ。それに又お前は奇篤なことだ。一体誰の娘だい』 お年『ハイ、文助の娘で厶います』 高姫『ナニ、文助の娘に……そんな大きな女があるものか、此奴ア不思議だなア……ハハア、分つた、あの爺、素知らぬ顔をして居つて、秘密で女を拵へ、こんな子を生んどきよつたのだな。何とマア油断のならぬ男だわい、オホホホホ』 お年『イエイエ、私は三つの年に現界を離れて、此処へ来た者で厶います。お蔭で此様に立派に成人致しました』 高姫『ハハア、妙な事を云ふ女だな。お前キ印ぢやないかい。どこともなしに文助によく似てゐるやうだが、おとし子なれば、こんな子があるだらうが、三つの時に死んだものが、此世に生きてる筈がない……ハテナア』 お年『高姫様、此処は冥土の八衢で厶いますよ。決して現界ぢや厶いませぬ。かうして沢山の人が此処に集まつてゐるのも、皆現界と幽界の精霊ばかりですワ』 高姫『一寸待つておくれ、一つ考へ直さねばなるまい。さう聞くと何だか、そこらの様子が違ふやうだ。お前が三つの年に霊界へ来て、こんなに成人したとは、テモ偖も不思議なことだ、ウーン』 と舌をかみ、首を傾けて思案にくれてゐる。白い色の守衛は、大勢の者を一々手招きした。先づ第一に招かれて近寄つたのは、八十ばかりの杖をついた老爺である。 白の守衛『其方は何と云ふ名だ』 爺(敬助)『ハイ私は敬助と申します』 白の守衛『どつか具合が悪いか、チツと顔色が悪いぢやないか』 敬助『何だか、停車場のやうな所へ行つて居つたと思へば、私の胸に行当つたものがある。其際に、ハツと思つたと思へば、いつの間にか斯様な所へやつて来ました』 白の守衛『年齢は幾つだ』 敬助『ハイ六十歳で厶います』 白の守衛『余り頭が白いので、八十ばかりに見えた。お前は余程ハラの悪い男だなア、ヱルサレムの宮を部下の奴に命じて叩き潰したのは其方だらう』 敬助『イエ滅相な、決して私ぢやありませぬ。片山君が命令を致しましたので、其命令を聞かねば、到底、泥棒会社の社長が勤まりませぬので、止むを得ず部下に命令を致しました。決して主犯では厶いませぬ』 白の守衛『さうするとお前は従犯だな。ヨシヨシ、此奴ア容易に俺の手には合はぬ。伊吹戸主神様に、厳格なる審判を御願ひするであらう、サ、此門を通れ』 と白の守衛は門内へつき入れて了つた。白髪の爺はヒヨロヒヨロしながら、屠所の羊の様に歩み行く。後には細長い六十位な男が白に審判を受けてゐる。 白の守衛『其方は何者だ、ネームを名乗れ』 爺(片山狂介)『ハイ私は片山狂介と申します』 白の守衛『成程、随分軍閥でバリついたものだな。お前の為に幾万の精霊を幽界へ送つたか分らぬ、幽界にては大変に名高い男だ。これも此処で審判く訳には行かぬ。サア、奥へ行けツ』 と又もや門内へ押込んだ。次にやつて来た爺は鉄の杖をついてゐる。 白の守衛『其方は高田悪次郎ではないか』 高田悪次郎『ハイ、私は表善裏悪の張本人、世界一の富豪にならうと思うて、随分活動致しました。併しながら不慮の災難によつて、かやうな所へ迷ひ込み、誠に面目次第も厶いませぬ』 白の守衛『其杖は鉄ぢやないか、左様な物を、なぜこんな所まで持つて来るか』 高田悪次郎『これは鬼に鉄棒と申しまして、現界に居る時から、鬼の役を勤めて居りました。此鉄棒を以て、凡ての銀行会社を叩き壊し、皆一つに集めて巨万の富を積んだ唯一の武器で厶いますから、こればかりはどこ迄も放すことは出来ませぬ』 白の守衛『此鉄棒はこちらに預かる。サア、キリキリ渡して行け』 高田悪次郎『滅相もない、命より大切な鉄棒、どうしてこれが渡されませうかい』 白の守衛『お前が之を持つてゐると、伊吹戸主の審判に会うた時は、キツと地獄の底へ堕ちるぞよ。それで此処で渡して行けと云ふのだ。さうすると八衢の世界へおいて貰ふやうになるかも知れぬから』 高田悪次郎『滅相もないこと仰有いませ。そんな甘いことを云つて、泥棒しようと思うても其手には乗りませぬぞ。此鉄棒は斯うみえても二億円の価値があるのです。此鉄の棒から生み出した二億円、言はば此棒は二億円の手形のやうなものだ。何時地獄へやられても、これさへあれば大丈夫だ。地獄の沙汰も金次第、如何なる鬼も閻魔も之にて忽ちやつつけて了ひ、地獄界の王者となる重宝な宝だ。何と云つても之ばかりは渡しませぬから諦めて下さい』 かかる所へ、赤面の守衛がやつて来た。 赤の守衛『ヤア、お前は高田悪次郎ぢやな。よい所へ出てうせた。サア、奥へ来い、其鉄棒は門内へ一歩も持込むことは罷りならぬぞ』 高田悪次郎『ハハハハハ、冥土の八衢か何か知らぬが、体のよい泥棒が徘徊するとこだワイ。之は高田が唯一の武器だ。誰が何と申しても放しは致さぬ、放せるなら放してみい。如何なる権力も神力も金の前には屈服致さねばなるまいぞ』 赤の守衛『馬鹿者だなア。霊界に於て、物質上の宝がいるものか。金が覇を利かすのは、暗黒なる現界に於てのみだ』 高田悪次郎『それでも、地獄の沙汰も金次第といふぢやありませぬか』 赤の守衛『金を以て左右致すのは、所謂地獄の行り方だ』 高田悪次郎『それ御覧、何れ私のやうな者は天国へ行ける気遣ひはない。生前より地獄行と覚悟はしてゐたのだ。それだから、地獄へ行けば金の必要がある、何と云つても之は放しませぬワイ』 赤の守衛『さうすると、貴様は天国よりも地獄が可いのだな』 高田悪次郎『さうですとも、地獄の方が人間も沢山居るだらうし、金さへあれば覇が利くのだから、どうか地獄へやつて貰ひたいものです。何程地獄だつて、二億円の金さへあれば何でも出来ますからな』 赤の守衛『さう云ふ不心得な奴に、金を持たして地獄へやる事は罷り成らぬ。ここにおいて行け』 高田悪次郎『何と云つても、此奴ばかりは放しませぬよ』 赤の守衛『然らば、此方の力で放してみせう』 「ウン」と一声霊縛をかけるや否や、高田の手は痺れて、鉄の棒はガラリと地上に落ちた。忽ち高田の手を後へ廻し、 赤の守衛『此応対盗人奴』 と言ひながら、サル括りにし、ポンと尻をけつて門内へ投げ込んだ。高姫は群衆の中から伸び上つて、ニコニコしながら此光景を眺めてゐた。 (大正一二・二・一〇旧一一・一二・二五松村真澄録) |
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霊界物語 | 53_辰_ビクの国1(ヒルナ姫とカルナ姫) | 余白歌 | 余白歌 現し世の人はともあれかくり世の人の魂まですくふ大道〈序文(初版)〉 世を歎き国を思ひて空蝉の身を保ちつつ神業いそしむ〈序文(初版)〉 天が下隈なく誠の御教を宣伝せむと計る御子たち〈序文(初版)〉 熱湯のたぎる音をば聞きながら神の御書にこころを洗ふ〈総説(初版)〉 まがつみの醜のやかたに閉ぢられて心平らに月日をおくる〈総説(初版)〉 宣伝歌声高らかに読み上げて胸に神国の花を手折りつ〈総説(初版)〉 世のために生れ来りし我身には世人の知らぬ苦しみもあり〈総説(初版)〉 いたつきの身は今朝も亦もの食はず臥して祈りぬ人の世のため〈第1章(初版)〉 弥勒の世早来よかしと祈りつつ岩戸の開く時を待つかな〈第2章(初版)〉 愛信の教は大本いづみたまみづのみたまに依りてかがやく〈第2章(初版)〉 昼も夜も天かけりつつ労れたるわがたましひも神に息する〈第4章(初版)〉 高き木は風にもまれてふるひつつ根本の小草安く眠れる〈第6章(初版)〉 千万のなやみ苦み嘗めつくし今また根底の暗にもだゆる〈第9章(初版)〉 神の国霊界聖談まめ人の玉章こそはわが力なり〈第9章(初版)〉 筆持てど歌も浮かばず気も浮かず硯の海にたましひ沈む〈第9章(初版)〉 善き事の力の限り尽しつつ悪く見らるる浅間しの世や〈第9章(初版)〉 陸奥の安達ケ原と思ひしにこれの神書は天津神国〈第10章(初版)〉 牢固たる身魂を造る此の神書は神国に到る天の磐橋〈第10章(初版)〉 国々の聖人もかつて悟らざる誠を明かす是の神書〈第11章(初版)〉 浪の花風の梢も治まりていづ高砂の神のおとなひ〈第11章(初版)〉 類例の無き神界の実況を詳細に悟る是の物語かな〈第12章(初版)〉 いすくはし高天原のありさまをまのあたり見る是の神書かな〈第12章(初版)〉 月清く雲間を出でて地に降り伝達したる珍の書かな〈第13章(初版)〉 月光は西の御空にかくれてゆ常世の空に黒雲昇る〈第14章(初版)〉 瑞の月深くかくして大旱に苦しむ邪神の憐れなるかな〈第14章(初版)〉 むし暑き岩戸の一夜たへかねて水の御霊も涸れむとぞ思ふ〈第17章(初版)〉 暗雲に閉ざされ悩む月かげも科戸の風の後にかがやく〈第18章(初版)〉 身はよしや虎伏す野辺に果つるとも御国のために命をしまず〈第19章(三版)〉 まことある神の誠のとりつぎをはやすけに来よ誠ある人〈第19章(三版)〉 東南や東北東より風吹かば天侯悪く変るものなり〈第22章(初版)〉 西南や西北西より風吹かば天候本に立かへるなり〈第22章(初版)〉 日は赤く照り輝きて風清し秋津島根に知らぬ風光〈第23章(初版)〉 神軍の進まむ道に障りなし国常立の神業の首途〈第23章(初版)〉 何事も神の経綸にまかすこそ神の使の務なりけり〈第23章(初版)〉[この余白歌は八幡書店版霊界物語収録の余白歌を参考に他の資料と付き合わせて作成しました] |
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霊界物語 | 54_巳_ビクの国の物語2(後継者問題) | 18 真信 | 第一八章真信〔一四〇四〕 緑葉滴る初夏の候山野の木々は自然のカブオットをなし 風は自然の和琴を弾ず見渡す限り原野には 首陀や耕奴の三々伍々列を正して 命の苗を植ゑつける其光景は天国を 地上に移せしごとくなりビクトル山の頂上より 瞳をはなてば麗はしき譬方なきフリイスの 棚引くごとく見えにけりミンシンガーは何と見る 天の描ける大画帖画中の人は何人か 牛を追ひゆくパストラルカンタビールナ歌うたひ 或は交るプレストの其対照の面白さ 百日百夜の丹精も漸く茲に現はれて ビクトル山の勝地をば卜して建てる御舎も いと荘厳な神まつり其の祝詞は天地に 響き渡りて霊国や天国界の天人が 奏でたまへるロンドの床しさ 走法又は軽快調クラブイコードを中空に 並べて奏づるアダヂオスメロデイー、モーティフ マヂヨワ、アビニシモフアンセット、トンブルノ 生言霊も順序よくフレーズの限りを尽し リズム正しく天地の神の心を慰むる 其光景を目の当り霊に目覚めし人の耳に いと涼やかに聞えくる治国別を祭主とし ビクの国王の刹帝利ヒルナの姫やアールの君 其外百の司達席を正して遷宮の 式に列せる勇ましさ開闢以来の盛況と 褒め称へぬはなかりけり。 ビクトル山の頂上に檜皮葺の立派な社殿が落成し大国常立尊を初め奉り、天照皇大御神、神伊邪那岐大神、神伊邪那美大神、神素盞嗚大神、豊国姫大神、稚桜姫大神、木花姫大神、日の出神を初め、盤古神王を別殿に祭り、荘厳なる祭典の式は無事終了された。刹帝利のビクトリヤ王は国家無事に治まり、王家安泰の曙光を認めかつ神殿の落成した事を感謝すべく、神殿に向つて恭しく祝歌を奏上した。 刹帝(謡曲調)『久方の天津御空に永久に 鎮まり居ます天地の元津御祖の神と現れませる 大国常立の大御神豊国主の大御神 天津日の御国を統べさせ給ふ 神伊邪那岐の大御神月の御国を統べたまふ 神伊邪那美の大御神厳の御霊と現れませる 国治立の大御神瑞の御霊と現れませる 神素盞嗚の大御神大地球の御魂と現れませる 金勝要の大御神海の底ひの限りなく 統べ守ります大海津見の神天教山に現れませる 木花姫の大御神日の出神を初めとし 三五教を守ります百の司の神柱 常世の国に現れませる盤古神王塩長彦の命 其外百の神達の大前に天地と共に限りなき 神の授けしビクの国国王に仕へまつりたる 御国を守る刹帝利ビクトリヤの神の僕 尊き清き大前に謹み敬い天地の 高き恵を悦びて海河山野種々の 美味しものをば奉り厚き恵の千重の一重にも 報い奉らむとして今日の御祭り仕へ奉る 天津神達八百万国津神等八百万 吾心根を憐みてビクの御国は云ふも更 吾等が命を永久に守らせ給へ国民の 一日も早く穏かに神の恵に浸りつつ 家富み栄え生業を歓ぎ楽しむ御代となし 月日と共に永久に茂り栄ゆべく 守らせ給へ惟神神の御前に願ぎまつる 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令此世は変るとも皇大神の御恵 治国別の宣伝使松彦竜彦神司 ビクの御国を救ひましし其勲功はいつの世か 忘れ奉らむ惟神神の御前に赤心を 謹み畏み誓ひおくビクの御国は今迄は ウラルの神の御教を柱となして世を治め 蒼生を慈み仕へまつりてありけるが ミロクの御代の魁と現はれませる素盞嗚の 尊き神の御教に目覚めし上はビクトリヤ城の 百の司を初めとし国民挙りて神恩を 慕ひ奉りて永久に珍の教を守るべし 治国別の神司御前に謹み再生の 御恩を感謝し奉るああ惟神々々 御霊幸倍ましませよ』 ヒルナ姫は白装束に紫色のスカートを穿ち銀扇を披らいて、アッコムパニメントを並ばせ乍ら翼琴を弾じさせ、自ら祝歌を歌ふ。 ヒルナ姫『ビクトル山に千木高く大宮柱太しりて 鎮まり居ます皇神の珍の御前に謹みて 感謝の言葉奉る抑々ビクの国柄は 遠き神代の昔より月日と共に伝はりて 君と臣との差別をば正しく守りし神の国 雲井の空も地の上も睦び親しみ親と子の 如くに治まり来りしが天津御空の日は流れ 月ゆき星は移ろひて醜の魔風は吹き荒び 四方の山辺の木々の枝冷たき風に叩かれて 羽衣脱ぎし如くなるいと浅猿しき国柄と 忽ち乱れ淋れけり御国の柱と現れませる 吾が背の君の刹帝利深く心を悩ませつ 常世の国に現れませし塩長彦の大神に 朝な夕なに祈りつつ天が下をば平けく いと安らけく治めむと祈り給ひし丹精も 水泡と消えて曲津神八岐大蛇や醜鬼の 荒びすさめる世となりぬライオン川は滔々と 水永久に流るれど絶えなむ許りの刹帝利家 既倒に之を挽回し救ひて君の神慮をば 慰め安んじ奉らむと女の繊弱き心より 悪逆無道の曲神にあらぬ秋波を送りつつ 吾身の血潮を濁したる其過を悔い奉り 御仁慈深き三五の神の御前に宣り直し 聞き直されて元のごと治まるアーチ・ダッチェス 実に有難き限りなりかくも尊き神恩に 報いまつらむ赤心の印とここに大宮を 刹帝利様に願ひ上げ治国別の神人に やつと許され珍の宮仕へ終りし嬉しさよ ああ惟神々々皇大神は永久に ビクの御国は云ふも更吾君様や百司 四方の国民恙なく此麗しき現世に 命を存らへ日々の身の生業を励みつつ 国の栄えを松の代の常磐堅磐の聖代と 進ませ給へ惟神御前に謹み願ぎまつる』 と歌ひ終つて座についた。 (大正一二・二・二三旧一・八於竜宮館加藤明子録) |
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霊界物語 | 54_巳_ビクの国の物語2(後継者問題) | 19 流調 | 第一九章流調〔一四〇五〕 治国別は謡ふ。 治国別(謡曲調)『久方の天の八重雲掻きわけて名さへ目出度きフサの国 ビクトル山の頂上の上つ岩根を搗きこらし 下つ岩根に搗固め礎固く敷き並べ 金銀瑪瑙瑠璃硨磲琥珀や玻璃に擬ふべき ライオン川の清き真砂を上つ岩根に敷き詰めて 大峡小峡の幹を切り本と末とは山口の 皇大神に献り置きて神の御稜威も三つ栗の 中つ幹を忌斧忌鋤もて心を籠めて削りたて 飛弾の工の業もあざやかに御代の光を現はす真木柱 つきたて木組も細やかに 天の御蔭日の御蔭と大屋根をしつらへ 桧の皮のいと厚く葺きつめ給ひしこの社 高天原の天国の皇大神の御舎を 天津風時津風吹き捲るまにまに茲に現世の 国の守りと定めつつ霊国にありては月の大神と現はれまし 天国にありては日の大神と現れませる大国常立の大神の 珍の御舎つかへまつり国王の君を初めとし后の宮や 世継の御子左守右守の宮司をはじめ 百の司も悦びて今日の御祭祝ぎ奉り 天津御空の極みなく底つ岩根の果てもなく 澄み渡りたる大空や紫の浪漂ふ大海原の如くいや高く いや深き大御恵を喜びて治国別を初めとし 三五教の神司今日の喜び永久に 神の賜ひし村肝の心に銘じ忘れまじ ああ斯る目出度き聖代に扇の御代の末広く 国の要と現れませる神に等しき聖の君 五風十雨の序よく山河は清くさやけく 百の種物はよく実り万民鼓腹撃壤の 至幸至楽の境涯を全く神と国王の御徳と 仰ぎ奉らむ今日の御典の尊さよ朝日は照るとも曇るとも 大空渡る月影は或は盈ち或は虧くるとも 金砂銀砂を布きつめし天の河原の星の数 浜の真砂の数多き蒼生の身の上を 恵ませ給へ皇大神ミロクの御代を来たさむと 朝な夕なに仕へたる闇夜も清く治国別の 神の使常磐の松の松彦や 世は永久に竜彦の司の悦びは云ふも更 亀の齢の万公が今日の盛典を心より 歓ぎ喜び祝ぎ奉るああ惟神々々 御霊の恩頼を祈り奉る御霊の恩頼を祈り奉る』 と謡ひ終り元の座についた。タルマンは前ウラル教の宣伝使たりしが、此度治国別の弟子となり、三五教の御教や儀式を教へられ、宮司となつて長く仕へ、王家を初め国家の安泰を祈るべき職掌となつた。タルマンは宮司として祝意を表すべく立ち上り謡ひ始めた。 タルマン(謡曲調)『赤玉は緒冴へ光れど白玉の君がよそひし尊くもあるかな 抑もビクの国は天地開闢の初めより ビクトリヤ家の遠つ御祖国の国王と現はれまして 上は神を崇め奉り下万民を慈み 五日の風や十日の雨もほどほどに与へられ 御国は栄え民はとみ天国浄土の有様を いや永久に伝へたる珍の御国も時ありて 曲の醜風吹き荒び千代の住所と定めたる ビクトリヤの城も既に傾かむとする所へ 天の八重雲掻きわけて天降りましたる神司 此世の闇をすくすくに治国別の神人を 初め三人の神司下り給ひし尊さよ タルマン司は云ふも更国王の君も后の宮も 左守右守の宮司も迷ひの雲を吹き払ひ 御空に輝く日月の光に擬ふ三五の 教の道に照らされて誠の道をよく悟り 愛善の徳に住し信真の光を浴び ビクトル山の下つ岩根に大宮柱太しき建てて 皇大神を斎ひまつり天下泰平国土成就 万民安堵の祈願を凝らし賤しき身をも顧みず 吾師の君や国王の君の任けのまにまに おほけなくも此玉の宮の神司と仕へ奉り 朝な夕なに身を清め汚れを避けて只管に 誠を尽すタルマンが心を諾ひ給へかし 天津御空の日影は或は照り或は雲り 月は盈ち或は虧くる夜ありとも誠一つの三五の 神の教を力としライオン川の水永久に 絶ゆる事なく涸るる事なき赤心のあらむ限りは 骨を砕き身を粉にし神の御為君の為め 御国の為に尽すべしああ畏くも此世をば 統べ守り給ふ大国常立の大神を初め奉り 天地八百万の大神従ひ給ふ百神達の御前に 謹み敬ひ願ぎ奉るああ惟神々々 御霊幸倍ましませよ御霊幸倍ましませよ』 松彦は又歌ふ。 松彦『千代万代も色かへぬ常磐の松の松彦が いや永久のビクの国いや永久にいつ迄も 栄えませよと大神の御前にひれ伏し朝夕に 赤心籠めて祈りしが皇大神は速に 吾等が願を聞召し百日百夜の其中に かく麗しき御舎を造らせ給ひし嬉しさよ 抑ビクの神国は神の守りのいや厚く 恵み給ひし国なればビクトル山の岩のごと いや永久に動くまじ斯かる目出度き神国の 国王の君は三五の教を悟り給ひてゆ いよいよ国は盤石の礎清く固まりて 松の緑の青々と果てしも知らず栄ゆべし 抑此国は四方の山見渡す限り松林 木々の木の間にちらちらと見ゆるは樫の大木か 但しは樟の霊木か千代に八千代にかたらかに 命も長く朽もせず枯るるためしもなき霊樹 これに因みてビクの国ビクとも動かぬ瑞祥と 遥に四方を打ちながめ心に浮かみし其儘を 茲に写して惟神神の宮居の御祭りを 祝ぎつかへ奉るああ惟神々々 御霊幸倍ましませよ』 左守は老躯を起して嬉しげに歌ふ。 左守『ああ有難し有難し神の恵は目の当り 傾きかけしビクの城立直します神の息 三五教を守ります厳の御霊や瑞御霊 皇大神は云ふも更斎苑の館を後にして 天降りましたる神司治国別の一行が 鳩の如くに下りまし吾大君を初めとし 百の司や国人の難みを救ひ給ひたる 大御恵はいつの世かいかで忘れむ大空の 限りも知らぬ星のかげ忽ちおつる事あるも 浜の真砂の尽くるとも誠の神の御恵は いや永久に忘れまじ抑国を治むるは まづ第一に天地の尊き神を寿ぎ奉り 神の教に従ひて下国民に相臨み 国の司と現れませる模範を示し詳細に 民の心をやはらげて世を永久に治むべき 誠の道を悟りけり左守の司も今迄は 霊の光暗くして心を政治に焦ちつつ 現世に心傾けて元つ御祖の神様を 次になしたる愚さよ知らず知らずに神の前 幾多の罪を重ねたる吾をも懲めたまはずに 広き心に見直して許させ給ふのみならず 左守の司の職掌を元の如くにおほせられ いと重大な任務をば任けさせ給ひし有難さ お礼の言葉は尽されずいざこれよりはキユービツトも 心を研き身を清め先づ第一に大神を 祈り奉りて君の為めいと麗しき政治 助けまつらむ吾心諾ひ給へ惟神 御前に謹み願ぎまつる』 と歌ひ座についた。右守のエクスは又歌ふ。 エクス『ビクの御国の刹帝利ビクトリヤ王の重臣と 仕へまつりし右守司エクスは茲に謹みて 皇大神の御高恩治国別の御恵 畏み畏み赤心を捧げて感謝し奉る 此世を造りし神直日心も広き大直日 ただ何事も人の世は直日に見直せ聞直せ 身の過ちは宣り直せかくも尊き御教を 授けられたる上からは孫子の代に至るまで 畏れ慎み三五の誠の教を遵奉し 右守の司の職掌を一心不乱に相守り 神と君との御為に心の限り尽すべし ああ惟神々々一度は醜の魔軍の バラモン軍に囲まれて社稷危く見えけるが 仁慈無限の大神は仁徳高き吾君の 其窮状を憐みて救はせ給ひし有難さ 唯何事も世の中は神の御旨に従ひて 如何なる小さき事とても決して我意を主張せず 神のまにまに行へばキタリキタリと恙なく 箱さすやうに行くものと初めて覚りし神の道 ああ惟神々々皇大神よ永久に 此聖代を守りまし御国を栄え給へかし ああ惟神々々神の御前に願ぎまつる』 と歌ひ終り悠然として座についた。 (大正一二・二・二三旧一・八於竜宮館加藤明子録) |