| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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41 (1764) |
霊界物語 | 20_未_丹波物語5 錦の宮の発足 | 09 童子教 | 第九章童子教〔六七一〕 九重の花の都の山背畏き神代に近江路や 色も若狭に丹波の三国に跨る三国ケ嶽 木立の茂みは大空の月日を封じて物凄く 昼さへ暗き大高峰鬼か大蛇か魔か人か 見るさへ凄き婆一人聳えて高き岩の根に 仮の庵を結びつつ蛇や蛙を捕喰ひ 其日を送る物凄さ此山麓に立並ぶ 形ばかりの破れ家の小さき棟も三四十 浮世離れし別世界老若男女は谷川の 蟹や蛙を漁りつつ餌食となして日を送る 鬼婆一人を棟梁と仰いで遠く夜に紛れ 山城丹波近江路や若狭能登まで手を延ばし 赤児の声を探しつつ隙さへあらば引捉へ 山の尾伝ひに逃げ帰り婆の餌食に奉る 此曲津見は何者か言向け和し世の中の 悩みを払ひ救はむと神素盞嗚大神の 御言畏み高天の原に現れます言依別は 聖地に上り来りたる心も清き宗彦に 依さし玉へば喜びて一も二もなく承諾し これぞ布教の初陣と親兄妹に暇乞 明石峠を乗越えて道の熊田の一つ家 病に悩む原彦が心の迷ひ吹き払ひ 奇しき御稜威を現はして里の老若男女をば 三五教の大道に一人も残らず帰順させ 少時足をば休めつつ原彦、田吾作、留公の 三人の信者を伴ひて青垣山を繞らせる 平野の里や山国の一本橋を打渡り 宮村、花瀬を後にして三国ケ嶽の山麓に 四人は漸く着きにける。 さしも三国に渡る大高山、杉の木立は鬱蒼として風を孕み、咆哮する声、数百千の獅子狼が一度に雄猛びする如く聞えて来る。夏とは言ひ乍ら何となく底冷たき空気漂ひ、谷川の音も何処となく物凄く、悪魔の囁くが如く耳を打つ。猿の群は梢を伝ひて、キヤツキヤツと鳴き叫ぶ。四人は山麓を流るる深谷川の畔にドツカと坐し、旅の疲れを休め乍ら、ヒソビソ話に耽つて居る。 留公『随分薄気味の悪い谷間だないか。山国の丸木橋を越えてからと云ふものは、人の子一人出会つた事もなし、時々左右の密林から怪しの声、どうしても此処は大江山以上の魔窟らしい。オイ田吾作、此処までは喜び勇んでやつて来たものの、首筋がゾウゾウとして、何んとも言へぬ気分になつて了つたぢやないか』 田吾作『宇都山村で、魚を漁つたり、麦畠に鍬杖ついて、雲雀の糞を頭から浴びせられて居るのとは、そりやチツとは骨が有るワイ。こんな山奥へ悪魔退治に来たのだもの、どうせ満足に生命を持つて帰れないのは、出発の際から定りきつた話だ。貴様宅を出る時の勢はどうだつた。鬼でも大蛇でも虎でも、狼でも、何でも来い。此留公の腕には骨が有ると、力味返つた時の事を考へて見よ。こんな所でそんな弱音を吹いて宣伝使のお伴が出来ると思ふか』 留公『そらそうだ。併し乍らモウ少し暖かい山ぢやと思うて居たに、夏の最中に斯う寒くつては耐れないぢやないか。斯んな事と知つたなら、袷の一枚も持つて来るのだつたが、薄い単衣一枚では堪へられない。俺は一つ、宇都山村まで引返して、着物を着替て出直して来るから、お前御苦労だが、宣伝使の御伴をしてボツボツ登りかけて呉れ』 田吾作『ハヽヽヽ、隣近所か何ぞの様に、さう着々と着替に帰ねるものか。巧い辞令を作つて、態よく遁走するつもりだらう。口程にもない代物だなア。ヨー今からビリビリ慄うて居よるなア』 留公『何程留めようと思つても、ガチガチと歯が拍子木を打つものだから仕方がないワ。モシモシ宣伝使様、私を此処から……実際の事言へば、帰らして貰ひたいのです』 宗彦『それだから伴れて行かぬと言ふのに、お前が無理に来たのぢやないか。宣伝使は一人旅、決して同伴はならぬのだ。私に相談は要らぬ、自由行動を取つたがよからう』 留公『ハイ有難う御座います。お蔭で命が助かりました。あなた方も、どうぞ無事で帰つて下さいませ。キツと、私は此処でお別れしても、あなたの事は忘れませぬ。お茶湯でも献げて冥福を祈ります』 田吾作『オイ留公、冥福を祈るとは何だ。死ぬに定つた様な事を言ひやがつて、吾々の首途を祝する事を措いて、貴様は弔ふのだな』 留公『弔ふのか、呪ふのか、祝ふのか、どつちか一つの内だ。エー長居は恐れ、こんな生臭い風が吹くからには、太い長い奴がノロノロと今にやつて来るだらう。宣伝使は一人と仰有つた。遠慮は要らぬ、原彦、お前は先へ行け。さうして田吾作は俺の尻に従いて帰るのだ。サアサア帰つたり帰つたり』 原彦『私は生命を助けて貰つた御恩返しに、御案内役となつて来たのですから、宣伝使の為に生命を棄てた所で、別に欠損にもなりませぬ。元々です。此場に及んで男らしくもない、帰れますものか』 留公『生命の安い奴は行つたが宜からう。……オイ田吾作、貴様は生命が大事だらう。お勝の事もチツとは思うてやれ』 田吾作『お勝がなんだ。神様の御用のお伴をするのに、そんなことを気に掛けて居つて勤まるものかい。貴様勝手にしたがよからう』 留公は、 留公『蛙の行列向う見ず、生命知らずの馬鹿者』 と口ぎたなく罵り乍ら、坂路指して韋駄天走りに、霧の中に姿を没した。 田吾作『ハヽヽヽ、宣伝使様、随分妙な活劇否悲劇が演ぜられましたなア。何れ彼奴は今言つた様な臆病者ぢやないから、先駆けの功名手柄をやらかさうと思つて、キツト単騎登山と道を変へて出かけやがつたのでせう。途中でアツと言はせる様な芸当を演ずるのかも知れませぬから、怪しき者が出たら油断をなさいますなや。キツト留公の化者に定つてゐます。彼奴は何時でもああ云ふ事をして喜ぶ癖があるのです。それで私も勝手に帰んだがよからうと、あなたの御言葉を幸ひに帰なしてやりました』 宗彦『面白い男ですな。何れ岩窟の附近まで往つたら、鬼婆の真似でもして現はれるのでせう。原彦さん、サア案内を頼みませう』 原彦『私も御案内とは申しましたが、実は初めての事で一向不案内です。併し私の通る所は貴方も通れるでせう。露払や蜘蛛の巣払に、先へ行きますから、従いて来て下さい』 と不案内の路を谷に沿うて、トントンと登り行く。二人は後を追ふ。前途に激潭飛沫の谷川が横たはつて居る。四五人の男女が熊の皮を洗ひ晒らして木の梢に架け渡し風を当てて乾かして居る。さうして何れも此れも皆、黒い熊の皮や、赤い猪の皮を身に纏うて立働いて居た。 原彦『オーイ、オイ、其処に居る五六人の御連中さま、三国ケ嶽の婆アの岩窟は、どつちやへ行つたら良いのかな』 川向ひの男、無言の儘、指先で……此谷川を渡り、東へ指して行け……と手真似で知して居る。 原彦『アヽ此奴ア唖と見えるワイ。併し乍ら此谷川を渡つて東の方へ行けと云うたのだらう。……モシモシ宣伝使様、私が一寸瀬踏みをして見ませう。大変流れも急なり、水量も多いから、万一私が死ぬ様な事があつたら、キツト渡らない様にして下さい。先づお毒見……否お水見を勤めませう』 と尻を捲つて早くも谷川を渡らうとする。 田吾作『オイ原彦、死ぬのはチツと惜しいぢやないか。お水試なんかせなくとも分つてる。どれ程水の達者な河童の兄弟分でも、此急流がどうして渡れるものか。マア危きに近寄らんがよからうぞ』 原彦『私は命を既に宣伝使様に差上げてあるのだから、運を天に任して渡つて見る』 と無理無体に川瀬を横ぎり、漸く辛うじて対岸に着いた。五人の男女は之を見て驚き、『ア、ア、アー』と声を立て、一目散に歩み慣れし山の細路を伝うて、霧の林に姿を没した。 原彦『ヤア有難い。沢山な熊の皮が並べてある。乾いた奴も相当に有るワイ。サア此奴を一つ身に纏うて登つてやらう。……オイオイ田吾作、早う渡つた渡つた。割とは浅かつた。大丈夫だよ』 田吾作『サア宗彦さま、お渡りなさいませ。私が後から従いて行きます。もしも誤つて水の藻屑にならしやつた所が、義理の兄弟の私が、決して棄てては置きませぬ。キツト死骸は拾つてあげます。サアあなたからお先へお渡りお渡り』 宗彦『そこまで徹底的に受合つて貰へば、私も安心だ』 と戯談半分に喋舌り乍ら、尻を捲つて漸く対岸に着いた。田吾作は手を拍つて、 田吾作『アハヽヽヽ、本当の登り路は此方にあるのだ。そんな方へ行かうものなら、近江の国へ往つて了ふぞ』 原彦は川の向うから大きな声を出して、 原彦『コレ田吾作、そんな事が分つて居るのなら何故早くに知らして下さらぬのだ』 田吾作『知らしてなるものか。俺のお土産に其猪の皮を全部ひつ抱へて此方へ渡るのだ。宣伝使様も四五枚掻攫へてお帰りなさい。其為に此田吾作が計略で、向ふへ渡らしたのだ』 宗彦『ハヽハア、一杯喰はされましたな。併し失敗が幸ひになるとは茲の事だ。何れ他人にも要るだらうし、原彦さま、お前と二人、持てる丈持つて向ふへ渡らうかな』 と大きな熊の皮をひん抱き谷川に足を入れる。原彦も体一面に熊の皮をくくりつけ、漸くにして再び谷川を渡り、田吾作の前に引返して来た。 田吾作『皆さま大い御苦労で御座いました。お土産に一番飛切の上等を頂戴致しませう』 原彦『イエイエ是れは私の分丈だ。生命も危ない此谷川を、どうして二人前も背負うて渡れるものか、お前の分はチヤンと向ふに、屑ばつかり残してある。人の苦労で徳を取るといふ事は、神様の大変に戒め玉ふ所だ。サアサア自分の物は自分で処置をつけるのだよ』 田吾作『そんな事は、遠の昔から御存じの田吾作だ。釈迦に経を説く様な事を言うて貰ふまいかい』 早くもザブザブと対岸へ渡り、洗ひ立ての選り残りのヅクヅクばつかり引抱へ、 田吾作『ヤア重い奴ばつかり除けて置きやがつた。併し己れの欲する所能く人に施せ。欲せざる所は人に施す勿れと云ふ事が有るなア』 とワザと大音声に呼はり乍ら、藤蔓に残らず縛りつけ、自分の腰に結ひ、ザアザアと引ずり乍ら帰つて来た。 田吾作『宣伝使さま、私の智慧は大したものでせう。神智神策、水も洩らさぬ所まで水を利用し、此通り沢山の獲物を占領して来ました。ヤツパリ役者が七八枚も上だ。千両役者だからなア』 と独り悦に入つて居る。 原彦『チツと絞つてあげませうか。こりや干さねば重たくて持つて往けますまい』 田吾作『不言実行だよ』 原彦『不言実行とは初めて聞きますが、どう云ふ意味ですか。言つて下さいな』 田吾作『言はないのに気がついて実行するのが不言実行だ。言つてやるとよいが、天機を洩らすと雨が降る。不言の教無為の化だ。マアマア考へて社会奉仕を励むが、御神徳の入口だな、アハヽヽヽ』 原彦『宣伝使様、不言実行の訳を聞かして下さいませぬか』 宗彦は黙々として、濡れた皮を取り上げ、一生懸命に絞つては木の枝に引つかける。原彦も黙つて見て居る訳にも行かず、同じく皮を絞つては懸け、絞つては懸けて風に乾かさうと、車輪の活動を行つて居る。田吾作は、 田吾作『アヽそれが不言実行だよ。分つたか』 原彦『まだ分りませぬ』 田吾作『分らなくても、実地さへ出来ればよいのだ。現今の奴は宣伝だけは立派だが少しも実行が伴はない。併しマアマア漸く及第点に達した。宗彦様は率先して不言実行をやられたから六十五点、お前は漸く四十五点だ。五点の事で落第点になる所だよ』 原彦『ますます分りませぬ』 田吾作『原の腹が暗くつて、胸が開けぬから、実地の事が目が有つても見えず、田吾作の立派な生きた教が耳へ這入らず、嗅出す事も出来ず、舌は有つても味はふ事が出来ないのだ。斯う思へば何にも知らずに実行する者位幸福な者はないワイ』 宗彦『有難う御座いました。お蔭で田吾作の宣伝使より六十五点頂戴しました。サア是れでモウ三十五点頂戴致しませうか』 と一番立派な熊の皮を選り出して、田吾作の背中に着せる。 田吾作『ヨシヨシ、モウ試験済だ。希望通り三十五点を与へる。これで満点だ。満天下に神教を宣伝しても恥ぢることなき大宣伝使だ。お芽出たう。銀のセコンドでも賞与に与りたいのだが、生憎持つて居ないから、親譲りのヘソンドで辛抱するのだなア、これでも十二時が来るとよく知つて居る』 原彦『私にも、せめて二十点下さいな』 と自分の攫へて来た中より、最も優れたる毛皮を取り出し、田吾作の背中に乗せる。 田吾作『ヨシヨシ、物品一点俺に呉れたから、一点を増してやらう。総計四十六点だ、アハヽヽヽ』 田吾作は原彦の顔を眺め乍ら、又もや、 田吾作『不言実行不言実行不言実行』 と節をつけて謡ふ様に繰返して居る。原彦は狼狽へて、彼方の皮をかやして見、此方の皮を嬲つて見、田吾作の背中を撫でて見るやら、宣伝使の足許の草鞋が切れて居るのではなからうかと、キリキリ舞ひをして居る。田吾作は一層大きな声で、節をつけて、 田吾作『不言実行不言実行不言実行』 を又もや繰返して居る。原彦はハツと膝を叩いて、片方に落ちてゐた棒の様な木切を拾ひ、毛皮を両端に括りつけ、肩に担いで、 原彦『サア私が不言実行のお伴を致します。不言菩薩に実行菩薩様、サアお出でなさいませ』 田吾作『普賢菩薩は聞いた事があるが、実行菩薩は聞き始めだ』 原彦『実行菩薩といへば、ミロク様の事だよ。瑞の御霊の大神さまだ。本当に月光(結構)な神さまと云ふ事だよ』 田吾作『アハー月光菩薩の洒落だな。洒落所かい、是から先は不言実行で勝つのだ。最前の五人の男女を見い。一口も言はず、不言実行の標本を示して、手早く逃げやがつたぢやないか。あれ位慈悲深い奴は有つたものぢやない。其お蔭で吾々は月光な恩恵に浴したのだ、アハヽヽヽ、ドレ田吾作も不言実行菩薩と出かけようかい』 と先に立ちて羊腸の小径を辿り辿り進んで行く。田吾作は歩み減らした細い路を、曲々と舞ひ乍ら、先に立ちて稍平坦な地点に着いた。 田吾作『アヽ不言実行組は何をして居るのか。足の遅い事だなア』 と呟いて居る。そこへ横合から三人の五六才と覚しき男の子、一人は赤裸となり顔に手を当てて泣いて居る。一人は裸の儘で面ふくらして怒つて居る。一人はニヤニヤと笑ふ。 田吾作『ヤア此奴ア三国ケ嶽の化物だな。こんな所で三人上戸が出て来やがつて、酒でも有つたら不言実行してやるのだが。生憎酒もなし……ハヽハ赤裸だ。ヨシヨシ考へがある。早く原彦の奴、毛皮を持つて来やがると良いのだけれどなア』 と云ふ折しもハアハアと息を喘ませ、両人は登つて来た。田吾作は物をも言はず、原彦の担いで居る荷をボツタクり、手早くほどいて、其中の小ささうな皮を選り別け出した。原彦は、 原彦『不言実行だつて、泥棒まで実行して良いのか』 と脹れる。田吾作は三人の童子を指し示した。宗彦、原彦は見るより『ヤア』と倒れむばかりに驚いた。よくよく見れば三人の童子の背後から五色の光明が輝き、麗しき霊衣に包まれて居る。田吾作は少しも気が付かず、慌てまはして、適当の毛皮を取り出し、三人に一々着せて廻つた。三人は黙つて毛皮を取り外し、大地にパツと敷いて、各自其上に行儀よくキチンと坐つた。 宗彦『これはこれは何神様かは知りませぬが、よくマア現はれて下さいました。私は是れより山頂の岩窟に割拠する鬼婆を言向け和す為に参ります。どうぞ御守護を御願ひ致します』 笑童子『アハヽヽヽ、七尺の男子が……而も宣伝使の肩書を持ち、岩窟の鬼婆を退治せむと、此処まで勇み進んで登り来乍ら、人の助けを借らうとするのか。ハツハツハ可笑しい可笑しい、依頼心の強い男だなア』 宗彦『恐れ入りました。モウ決して依頼は致しませぬ。何れの神様か知りませぬが、ついお頼み申すとか、御守護を願ひますとか云ふ事が、吾々の常套語になつて居ますので心にもなき卑怯な事を申したので御座います。どうぞ見直し聞直して下さいませ』 泣童子『アンアンアン、情無い宣伝使ぢやなア。三人も荒男が、たつた一人の婆アを当に出て来よつて、何の態ぢや。斯んな事でどうして三五教の神徳が現はれようぞ。思へば思へば厭になつて来た。これでは国治立大神様、素盞嗚尊様が何程骨を折り、心を砕かしやつても、こんなガラクタ宣伝使ばつかりでは、神政成就も覚束無いわいの、……オンオンオン』 宗彦『どうぞモウ見直し聞直し下さいませ。是からキツと勇猛心を発揮し、婆アの千匹や万匹は、善言美詞の言霊の神力に依つて吹き散らしますから、どうぞ泣いて下さいますな』 泣童子『捕らぬ狸の皮算用をしよつて、当もない事に威張つて居る……其心根が可憐らしい。一寸先は暗の世ぢや。なんにも知らぬ人民は、足許に火が燃えて来る迄分らないのか。アヽア可哀相なものぢや。どうして人間は是れ丈、物が分らぬのだらうな……オンオンオン』 宗彦『誠に汗顔の至りで御座います。さう仰しやれば……さうですが、何事も神様にお任せ致して進むので御座います』 怒つた顔の童子、面ふくらし目を剥き、 童子『惟神、惟神と口癖の様に言ひやがつて、難を避け易きに就き、自分の責任を神様に転嫁し、惟神中毒病を起し、大きな面をして天下を股にかけ、濁つた言霊の宣伝歌を謡ひ、折角の結構な世の中を濁す奴は貴様の様な代物だ。チツとも足元に目が付かず、尻が結べぬ馬鹿者だ。それでも誠の道の宣伝使かい。貴様の様な穀潰しが沢山に世の中に、ウヨウヨと発生やがるものだから、世界の人民が苦むのだ、エーエー腹立たしい。神を笠に着たり、杖に突いたり、尻敷にしたり、汚らはしい、盗んで来た熊の皮を俺達の背中に乗せよつて、ケツケツけがらはしいワイ。尻敷にしてやつてもまだ虫が承知せないのだ。コラ斯う小さい子供の様に見えても、至大無外、至小無内、千変万化の結構な神様のお使ひだぞ。貴様の量見次第で、閻魔ともなれば、鬼ともなり、大蛇ともなつて喰て了うてやらうか。イヤ背筋を立ち割り鉛の熱湯を流し込んで、制敗をしてやらうか。三国ケ岳に大蛇が居るの、鬼婆が居るのと吐して、言向け和すの、征服するのとは何の事だい。鬼婆も大蛇も、鬼も悪魔も、貴様の胸に割拠して居るのを知らぬのか。鬼婆を言向け和さうと思へば、貴様達の腹の中の鬼婆から先へ改心さして出て行きやがれ。大馬鹿者奴。ウーン』 と目を剥き出し、大きな口を開け、咬り付く様な勢で、突つ立ち上り、三人の顔をギヨロギヨロと睨めまはす。三人は一度に大地に頭を下げ、 三人『誠に取違ひを致して居りました。イヤもう結構な御神徳を戴きました。モウこれから改心を致します』 笑童子『アハヽヽヽ、一寸よいと得意がつて無暗に噪やぎ、一寸叱言を聞いては直に悄気返るカメリヲンの様な男だな。大きな図体をして、こんなチツポケな子供に叱られて、それが怖いのかい。神界にはそんな妙な弱い弱い人足は一人も居りはせぬぞや。神界の喜劇よりも、よつぽど面白い面白い。アハヽヽヽアハヽヽヽ』 と臍を抱へて笑ひ転ける。 泣童子『アーア情無い事を見せられたものだ。これでも現界では選りに選つて選まれた特別選手ぢやさうなが、其他は推して知るべしだ。瑞の御霊の祖神様も嘸御骨の折れる事だらう。オイオイオイ。あまり悲しうて涙も出やせぬわいなア。宣伝使と云ふ者は、何とした腑甲斐ないものだらう。蛸の様に骨も何も有りやせぬワ。こんな事で、どうして八岐の大蛇が退治が出来るものか、世の中は益々悪鬼羅刹の横行濶歩を擅にさせるのみだ。どうして現界には誠らしい者が無いのだらうか、アンアンアン』 田吾作『モシモシ子供の神さま、さうお歎きなさいますな。広い世界には一人や二人は立派な者が無いとも言へませぬ。現に此処に唯一人有るぢやありませぬか。さう取越し苦労をして、泣くものぢやありませぬ。世の中は何事も善言美詞に宣り直すのが天地の御規則だ。泣いて暮すも一生なら、笑つて暮すも一生だ。結構な此世の中に、何が不足でメソメソと泣くのだ。わしは「悔み事と泣き事は大の嫌ひであるぞよ。勇んで暮して下されよ」と云ふ神様の教を守つて、世の中を大楽観して活動して居るのだ。お前さまもチツとは思ひ直して改心なさつたらどうだ。「悔めば悔む事が出来て来るぞよ」……と云ふ事を知つとりますか。ヤ、まだ子供だから分らぬのも無理はない』 泣童子『わしも朝から晩まで泣いて暮した事はない。今日初めて泣かねばならぬ事が出来たのだわいのう…アンアンアンアン…折角骨折つて、生命懸けで熊を捕り、皮を綺麗に洗ひ、爺さま婆アさまの着物にしようと思つて、楽しんで居つた人間の物品を、横奪した泥棒根性の宣伝使に説教を聞かされるかと思へば、残念で残念で、是が泣かずに居られようか。モウどうぞ今日限り泥棒根性はやめて下さい……アンアンアン…それに付けても言依別神様から、大切な御命令を受た宗彦のデモ宣伝使、二人の奴が盗人をするのに、なぜ黙つて居つたか、…イヤ自分から率先して泥棒の手本を見せよつたぢやないか。斯んな事でどうして誠の道が開けると思ふか。アーア日暮れて道遠しの感益々深しだ。どうしたら人間らしい人間が、一人でも出来るだらう。泥棒に聖山を汚されて取返しのならぬ事をした哩……アンアンアンアン』 宗彦『イヤ決して決して泥棒をすると云ふ様な考へはチツとも有りませぬ。あの様な所に棄てておいては、又泥棒が攫へて行つちやならない………それよりも吾々が暫く拝借して、又帰りがけにや、旧の所へ御返しをして帰る積りだつた。世の中は相身互だからと思つて、一寸借つたのですよ。心の底から泥棒する根性は有りませぬ』 怒童子『エーつべこべと此期に及んで卑怯未練な言ひ訳をするのが気に喰はぬワイ。貴様は女殺しの後家倒し、其上嬶泣かせの家潰し、沢山な人を泣かして来た揚句、不知不識とは云ひながら、平気の平三でお勝と〇〇になつて居た汚れた人足だ。何程言依別神様から大任を仰せ付けられたと言つて、一も二もなく御受けして来ると云ふ事が有るものか。貴様はそれでも清浄潔白な人間だと思うて居るのか。此の岩窟の鬼婆よりも、モ一つ悪い奴だ。心の底から改心すればよし、マゴマゴして居ると、天狗風を吹かして吹き飛ばしてやるぞ。天下の娑婆塞ぎ奴。ここを何処だと心得てゐる。貴様の目には悪神の巣窟と見えるであらうが、誠の神の目から見れば、どこもかしこも皆天国浄土だ。貴様の心に地獄が築かれ、鉄条網が張られ、鬼が巣を組んで居るのが分らぬか』 三人は頭を鉄槌にて打砕かるる様な心地し、一言も発し得ず、大地にピタリと鰭伏し、暫くは頭を得上げず、慄ひ戦いて居た。半時ばかり経ちしと思ふ頃、得も謂はれぬ美はしき天然の音楽耳を澄まして響きわたる。三人はフト頭を擡げ四辺を見れば、童子の影もなく又一枚の獣皮も無くなつて居る。 田吾作『神様から大変なお目玉を頂戴したものだ。原彦の奴率先して不言窃盗をやるものだから、斯んな目に遭つたのだよ。併し乍らマアマア結構な教訓を受けたものだ。先づ自分の心の中の鬼婆を征服して掛らねば、何程努力しても駄目だワイ』 原彦『三人の愁笑怒の神様が現はれて、噛んで呑む様に、詳細に堂々と教へて下さるのに、お前が口答へをするものだから、到頭怒鳴りつけられ、縮みあがつて、大きな七尺の男が斯んな馬鹿な態を見たのだ。チツト是れから言霊を控へて貰はねば、此先はどんな事が突発するか分つたものぢやありませぬワイ。ナア宗彦の宣伝使様』 宗彦『何事も神様のなさる事。惟神に我々は任すより仕方が有りませぬ』 田吾作『それ又覚えの悪い、今惟神と云つて怒られたぢやありませぬか。惟神中毒をすると、怒り神さんが又現はれますぞや。貴方こそ慎んで貰はねばなりませぬ』 宗彦『さうだと云つて、我々は惟神の道に仕へて居る者だ。惟神を言はなければ、宣伝も何も出来ぬぢやないか。鶏にコケコーと鳴くな、烏にカアカア囀るな、釣鐘になんぼ敲かれてもゴンゴンと鳴らずに沈黙せよと云ふ様な註文だないか。そんな天地不自然な事がどうして実行出来るものかい』 田吾作『惟神、不言実行さへすれば良のですよ。何事も心と行ひを惟神にして、口だけは暫く言はない方が宜しかろ。材木でもカンナがらをかけて見なさい、一遍々々細くなるぢやないか。あまり執拗うカンナがらを使つて居ると、結局にや糸の様になつて、結構な宣伝使神柱の資格が消滅して了ひますワ』 宗彦『ハヽヽヽ、余程怒り神様の御言が感応へたと見えるワイ。ありや一体どこから来た神様だと思つて居るのだ』 田吾作『神界の事は我々に分るものぢや有りませぬが、マア天から天降られたと云ふより仕方が有りますまい』 宗彦『馬鹿言ふな、あの怒り神さまは宗彦さまの本守護神だ。泣神さまが貴様の本守護神、笑ひ神さまが留公の守護神だ。チツト貴様改心せぬとあの通り守護神がベソを掻いて居るぢやないか』 田吾作『そりやチト違ひませう。笑つて居るのが私の守護神、怒つて居るのがあなたの守護神、泣いとる奴が留公の守護神に違ひありませぬワイ。結構な御用を仰せ付かり乍ら、お前さまはまだ腹の底に曇りがあると見えて、本守護神が怒つて居るのだ。良い加減に改心をしなさらぬと、どんな地異天変がおこつておこつて、おこりさがすか知れませぬぞ。お前さまの大将面して威張つて歩くのがあまり可笑しうて、田吾さんの本守護神が笑つて居るのだ』 宗彦『どうでも良いぢやないか。怒る神もあれば笑ひ神もあり、泣き神もある。実際のこたア、三柱の神共共通的に守護して御座るのだ』 原彦『モシモシ私丈は本守護神がどうなりました』 田吾作『お前の本守護神はまだ現はれる幕ぢやない、地平線下の身魂だから、土の上へ出る所へは往かぬ。併し乍ら孟宗竹でさへも土を割つてニユーと首を突出すのだから、どつか其辺に頭をあげかけてゐるかも分らぬぞ。チツト探して見たらどうだ』 原彦『アハヽヽヽ、身魂と筍と一つに見られちや、原彦も迷惑だ。丸でドクトルの身魂の様に、田吾さんが仰しやいますワイ。疑ふのぢやありませぬけれど、随分道理に違うた事を言ふお方ですな。 「竹の子の番人見れば藪にらみ」 アハヽヽヽ、オイ藪にらみの田吾竹さま』 田吾作『議論は後にせい。筍の身魂と云ふ事は、モウつい、日日薬で竹々と分つて来る。チクと身魂を練薬して、俺の言ふ事を膏薬(後学)の為に聞いて置くのだな。……エー何を薬々と笑ふのだい。薬価い(厄介)者奴、それよりも身魂の煎薬(洗濯)が一等だぞ』 原彦『これはこれはイカい(医界)お世話になりました。漸く医師(意思)が疎通しました。モウ此上決して、医(異)議は申しませぬ』 田吾作『キツト医薬(違約)をするでないぞ。俺の云ふ事を守れば、キツト薬九層倍の報いが出て来る。力一杯薬(約)を守つて、此上は口答へをしてはならぬぞ。俺の云ふ事はチツトは苦い事もある。併し良薬は口に苦しだ。薬(厄)雑魂を下痢させて、神霊の注射を為し、身体一面何の医(異)状もないとこまで清めて、是れから悪魔征伐に向ふのだ。心に煩ひのある時は病が起ると云ふ、其病の問屋が山の神を置去りにして、斯んな深い山い(病)あがつて来るものだから、到頭逆上して不健窃盗病が勃発するのだ、アハヽヽヽ』 宗彦『サアもう行こう。グヅグヅして居ると、中途で日が暮れて薬鑵が風を引いて了ふぞ』 二人は黙つて座を立ち、宗彦の後よりエチエチと小柴を分け、這ふ様にして胸突坂を掻きあがる。忽ち右方の谷間に当つて女の悲鳴が聞えて来た。 田吾作『イヨー怪しい声がするぞ。婆アの声にしては少し若い様だ。併し婆ア許りぢやない、沢山な女も居るであらうから、一つ声を当に実地検分と出かけたらどうでせう。ナア宗彦さま』 宗彦『追々と叫び声が高くなつて来るやうです。何か此には秘密が伏蔵されて居るでせう。私は此処に原彦さまと待つて居るから、一寸偵察して来て貰へませぬかなア』 田吾作『ハイ診察して参ります。探険家のオーソリチーの田吾作ですよ』 と早くも小柴の中に姿を隠した。宗彦は、 宗彦『アハヽヽヽ、口も達者な男だが、随分足も達者だ…ヨウヨウ、一人の声かと思へば大勢らしいぞ。こりや安閑としては居られない。私も行つて調べて見ようかな』 と首を傾げて居る。原彦は、 原彦『マア少時御待ちなさいませ。今に田吾さまが帰へつて来れば、様子が分りませうから、大方最前出た泣きの守護神が極端に泣きの本性を発揮してるのかも知れませぬぜ。最前の様なお叱言を頂戴すると困りますから、マアゆつくりと此処に待ちませうかい』 宗彦『そうだな。待つてもよいが、併し何だか気がイライラして来た。田吾作一人遣つて置くのも心許ない。………そんなら此処に待つて居るから、原さま、お前往つて来て呉れないか』 原彦『ハイ、そりやモウさうです。あまり何ですから、何となく気分が何しませぬ。ならう事なら、何々様と御一緒に願ひたいものですなア』 宗彦『分つたやうな分らぬやうな事を云ふぢやないか。ハツキリと言つたらどうだ』 原彦『現在私の心が、あなたには分りませぬか。天眼通、天耳通、漏尽通、宿命通、自他神通、感通に天言通、七神通の阿羅耶識を得たと云ふ宣伝使ぢやありませぬか、「一を聞いて十を知る身魂でないと、誠の御用は出来ぬぞよ」……と神様が仰有いませう。さうすれば貴方は最前の百点を返上なさらねばならぬ破目に陥りますよ』 宗彦『俺は天言通はお神徳を戴いて居るが、どうもまだ人語通は得て居ないのだ。況して曇つた身魂の囁きは尚更判別がつきかねる。何程近くに居つても、御神諭の通り「灯台下は真暗がり、遠国からわかりて来るぞよ」……と云ふのが本当だからなア』 原彦『左様か、左様ならばあなたも何々の割とは何々ですな。私は今迄チツト許り八丁笠を買ひ被つて居りました』 宗彦『さうだらう、御互様だ。お前もモウチツト勇気が有るかと思へば、実に脆いものだ、田吾作でさへも、一人で探険にいつたのに、わしの側にくつついて、慄うて居るとは実に見上げたものだ。生命を宣伝使に差上げると云つた癖に、ヤツパリ生命が惜いと見えるワイ。きつく俺も買ひ被つたものだワイ』 原彦『初めに言つたのは、アラ見本ですよ。見本通の物品を製造して輸出でもしようものなら、海関税を沢山取られて、今日の烈しい商業戦争に零敗を取りますワ』 宗彦『アハヽヽヽ、お前は口ばつかりの男だなア』 原彦『さうですとも、ハラから出口の神が表に現はれて、此世を悪に立直し、善の身魂を改心させるお役ですもの……』 宗彦『悪に立直し、善の身魂を改心さすとは、そら何を言ふのだ』 原彦『イヤ一寸違ひました。「ニ」と「ヲ」との配置を誤つたのです。悪を立直し、善の身魂に改心させるのです。上に付くか、下に付くか、「に」……にか、「を」にか、どつちやにせよ、チツト許りの間違ひだ。さう一字や二字配置が違つたと言つて、気の小さい事を言ふものぢやありませぬワ。アハヽヽヽ』 俄に傍の小柴の中よりガサガサと音を立て、現はれて来たのは田吾作であつた。 宗彦『ヤア田吾作か、様子はどうだなア』 田吾作『最早讐敵は攻め寄せて候へば、あなたに代つて一戦、御身は早く此場を遁れて下さりませ……と口には言へど御名残……チヽヽヽヽヽヽチンチンだ』 宗彦『ハヽヽヽヽ、そんな冗談言つてる所ぢやなからう。どんな事が起つて居つたか、早く聞かして呉れい』 田吾作『ハイ申上げます。一方の大将は大岩石を楯に取り、一丈有余の大木の小枝に甲冑を鎧ひ、一生懸命に阿修羅王の如く荒れ狂ひ、采配採つて号令をなすあり、此方の谷間よりは、又古今無双の豪傑樹上に陣取り、負ず劣らず声を限りにキヤツキヤツキヤツキヤツの言霊戦、勇ましかりける次第なり、ハアハアハアハアだ。ウツフツフツウツフツフツフウ』 宗彦『なアンだ、ちツとも分らぬぢやないか』 田吾作『ソラさうでせうとも。実地目撃した私でさへも、テンと了解の出来ない、猿芝居、否猿合戦ですもの……』 宗彦『ハヽヽヽヽ、千匹猿の喧嘩だつたのか。なアーンだ、しやうもない。……サアサア愚図々々しては居られまいぞ。此前途で又々大蛇の芝居か、熊のダンスでも開演されて居るだらう、面白い無料観覧と出かけよう』 (大正一一・五・一四旧四・一八松村真澄録) |
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霊界物語 | 20_未_丹波物語5 錦の宮の発足 | 11 鬼婆 | 第一一章鬼婆〔六七三〕 夜は漸くに明け離れ、木の間に囀る諸鳥の声に送られて、三人は足に任せて進み行く。大岩窟を背景に茅葺き屋根の三四十、軒を並べて立つて居る。 田吾作『サア、とうとう三国ケ岳の鬼婆の大都会が見えて来た。戸数無慮三十余万、人口殆ど嘘八百万と云ふ、一大都会だ。大分に俺達も足が変になつたから、定めし都会には高架鉄道もあるだらうし、自動車、電車の設備も完全に出来て居るだらう、一つ乗つて見ようかなア』 原彦、田吾作の肩を揺り、 原彦『オイ、田吾作さま、これからが肝腎だ、今から呆けてどうするのだ、確りせぬかいな。片方は岩窟にたてかけた藁小屋が三四十並んで居るだけぢやないか、そんな狂気じみた事を云うて呉れると俺も淋しうなつて来た』 田吾作『アハヽヽヽ、此処は余つ程馬鹿だなア、一寸景気をつけるために、誇大的に広告して見たのだ。蛇喰ひや蛙喰ひの半獣半鬼の巣窟だ。これからもう馬鹿口は慎んで不言実行にかからう』 宗彦『お前たち二人はいよいよ戦場に向つたのだから確りしてくれないと困るよ。又決して乱暴な事はしてはならないから、慎んでくれ。頭の三つや四つ撲られた位で、目を釣り上げたり、口を歪めるやうでは、此度の御用は勤まらぬから、兎に角忍と云ふ字を心に離さぬやうにするのだ。忍と云ふ字は刃の下に心だ。敵の刃の下も誠の心で潜つて敵を改心させるのだから、くれぐれも心得てくれ』 田吾、原の両人は小声で『ハイハイ』と答へながら進んで行く。二百人許りの老若男女が一つの部落を作つて居る。さうして此処の人間はどれもこれも皆唖ばかりになつて居る。蜈蚣姫の鬼婆が計略で篏口令を布くかはりに、皆茶に毒を入れて呑まされたものばかりだ。恰度唖の国へ来たも同様である。田吾作は些しも此事情を知らず、一つの家に飛び込み、 田吾作『一寸、物を尋ねますが、婆アの館はどう往つたら宜敷いかな』 中より四五人の男女、ダラダラと戸口に走り出で、不思議な顔をして何れも口をポカンと開けて、アヽヽヽと唖のやうに云つて居る。田吾作は声を張上げて、 田吾作『婆アの所は何処だと問うてゐるのだ』 天賦の言霊器と聴声器を破壊された一同は、何の事だか少しも分らず、唯口を開けて、アヽヽヽと叫ぶのみである。 田吾作『モシ、宣伝使さま、何と言つても返事もせず、唯口を開けてアヽヽヽと云うて居る唖見たやうな奴許りですな、次の家へ行つて尋ねて見ませうか』 宗彦『お前に一任するから、何卒、私が当選するやうに戸別訪問をして、清き一票をと丁寧に、お辞儀に資本は要らぬから頼んでくれい』 田吾作『何ぼ資本が要らぬと云つても、さうペコペコ頭を下げては頭痛がします哩。投票もない事を仰有るな、人の選挙(疝気)を頭痛にやんで、耐りますかい。何程気張つたつて解散の命令が下つたら、それこそ元の黙阿弥ですよ』 宗彦『兎も角お前に一任する』 田吾作『承知致しました。在野党と思つて選挙干渉をやらぬやうにして下さいや。モシモシ此の家のお方、婆アのお住居は何処だ、知らしてくれないか、決して投票乞食ぢやないから安心して云つておくれ』 家の中から又もや四五人の男女、怪訝な顔して門口に立ち現はれ、口を開けてアヽヽヽと云ふばかり。あゝ此奴も駄目だと、田吾作はまた次へ行く。行つても行つても、アヽ責に遇はされて一向要領を得ない。とうとう一戸も残らず戸口調査を無事終了して仕舞つた。されど何の得る所もなく、婆アの姿も見当らなかつた。 三人は是非なく腰掛に都合の好い岩を探して、ドシンと尻を下ろし、暫く息を休める。赤ん坊を懐中に抱いた女、幾十人ともなく、不思議さうに三人の前に立ち現はれ、口を開けて、アヽヽヽヽとア声の連発をやつて居る。 田吾作『エヽ怪つ体な所だな、矢張三国ケ岳の辺は野蛮未開の土地だから、言語が無いと見える哩』 と話して居る。其処へ容色優れたる一人の女が現はれ来り、宣伝使に会釈し、是亦アヽヽヽを連発しながら北の谷間を指ざし走り行く。この女は玉照姫の生母お玉であつた。婆の手下の者に誘拐され、この山奥に連れ込まれてゐたのである。 婆の考へとしては、玉照姫を占奪する手段として、先づ生母のお玉をうまうまと此処へ奪ひ帰つたのである。三人はお玉の顔を一度も見た事がないので、そんな秘密の伏在する事は夢にも知らず、お玉の跡を追つて、スタスタと駆出した。 四五丁ばかり谷に沿うて左へ進むと、壁を立てたやうな巨岩が幾つともなく谷間に碁列して居る。お玉は手招きしながら、岩窟の穴を潜つて姿を隠した。三人は其後から、ドンドンと足を速めて岩窟の中を五六間許り進む。此処が鬼ケ城山に割拠して居た鬼熊別の妻蜈蚣姫が自転倒島に於ける第二の作戦地であつた。蛇、蛙、山蟹、其他獣類の肉はよく乾燥さして岩窟の中に幾つともなく釣り下げられてある。 田吾作『アイ御免なさい、バラモン教の鬼婆アの住家は此処で御座いますか』 婆『此処が鬼婆蜈蚣姫の住家だよ』 田吾作『アヽ、左様で御座いましたか、これは失礼致しました。なんと立派なお館ですな、これでは風雨雷電、地震も大丈夫でせう。吾々もせめて半日なりと、こんな結構な館に暮したいものです哩』 婆『お前は一体何処の人ぢや、そして又二人も伴を連れて来て居るのかな』 田吾作『ハイ、実の所は三五教の予備宣伝使を拝命致しまして、今日が初陣で御座います。此通り、宗彦、原彦と云ふケチな野郎を連れて居ります。大変腹を減らして居るさうですから、蛙の干乾でも恵んでやつて下さいな』 婆『折角の御入来だから、大切な蛙ぢやけれど、饗応であげませう。この蛙は当山の名物お殿蛙と云つて、虫の薬にもなり、一切の病気の妙薬だ。田圃にヒヨコヒヨコ飛んで居る青蛙や糞蛙とは些と撰を異にして居るのだから、其積りで味はつて食がりなさい。お前さんは蛙飛ばしの蚯蚓切りだからなア』 田吾作『チヨツ、馬鹿にして居やがる哩』 原彦『オイオイ宣伝使の化サン、そんな事を言うてくれては困るぢやないか』 田吾作『困るやうにお願ひしたのだよ、昔、竹熊が竜宮城の使臣を招待した時には、百足や蜴蜥、なめくじなどの御馳走を食はした[※第1巻第41~42章「八尋殿の酒宴」のエピソード。]と云ふぢやないか、鰈か鯣だと思うて食ひさへすりやよいのだ。お前は食はず嫌ひだなくて、蛙嫌ひだから困る、アハヽヽヽ』 婆『三人ともそんな所に立つて居ずに、サアサア足を洗つてお上りなさい。今晩は悠くりと話しませう。お前は三五教の宣伝使が初陣だと云つたな』 田吾作『ハイ、申しました、全く其通りです』 婆『そんなら尚結構だ、なまりはんぢやくの、苔の生えた宣伝使は何うも強太うて改心が出来ぬ。お前はまだまだほやほやだから、十分の教理も聞いて居やせまい』 田吾作『私は郷里を立つて来たところですが、何と妙な事を仰有いますな』 婆『ハヽヽヽヽ、お前は余つ程無学者と見える哩、けうりと云ふ事は故郷の意味ぢやない、三五教の筋はどうだと問ふのだ』 田吾作『つい、きよりきよりして居ましたので筋も何も分りませぬ』 婆『アヽそうだらうそうだらう、筋が分つたら阿呆らしうて三五教に居れたものぢやない。筋が分らぬのが結構だ。サアこれから此処で百日ばかり無言の行をして、其上言霊を開いて、バラモン教の宣伝使になるのだよ。お前、此処へ来る道に沢山の家があつたらうがな、皆無言の行がさしてあるのだ』 田吾作『あの儘ものが言へなくなるのぢやないのですか、どうやら聾のやうですが』 婆『聾は尚更結構だ。モ一つ荒行をすれば目も見えぬやうになつて仕舞ふ。だけれど目だけは退けて置かぬと、不自由だと思つて大目に見てあるのだ。百日の行をして好いものもある、十日で好いものもある、修業さへ出来たら口も利けるやうに、耳も聞えるやうにチヤンとしてあるのだ』 田吾作『婆アサン、そりあ無言の行ぢやない、云はれぬから云はぬのだらう、云へる口を持つて居つて云はぬやうにし、聞える耳を持つて居て聞かぬやうにして居るのなら、行にもならうが、しよう事なしに云はざる聞かざるはあまり行にもならないぢやないか』 婆『そんな理屈を云ふものぢやない、信仰の道には理屈は禁物だ。人間の分際として、さうガラガラと鈴の化物のやうに小理屈を云ふものぢやない哩』 田吾作『ヘエ』 と首を傾ける。 宗彦『私は三五教の宣伝使です。今宣伝使と云つて居つた男はまだ卵ですから、何を云ふか分りませぬ』 婆『アヽさうだらうと思つた。何だか間拍子の抜けた理屈を捏ねる人だ。人間も大悟徹底すると、神様の広大無辺の御威徳が分つて、何とも云はれぬやうになつて仕舞うて黙つて居て改心するやうになるものぢや、流石にお前は偉い、最前から婆の云ふ事を耳を傾けて聞きなさつた。偉いものだ、言葉多ければ品少し、空虚なる器物は強大なる音響を発すと云うて、ガラガラドンドン云ふ男に限り、智慧もなければ信仰も無いものだ。お前は三五教の宣伝使なら、あの青彦、紫姫、常彦、亀彦、悦子姫と云ふ没分暁漢を知つて居るだらうなア』 宗彦『イエイエ私達三人は、宇都山村の者で御座いまして、唯一度聖地へ参り、暫く修業を致しましたが、そんなお方にはお目にかかつた事も御座いませぬ、何処か宣伝に廻つて御座るのでせう』 婆『どうぢや、お前も三五教を止めて、私の弟子になつたら』 宗彦『有難う御座いますが、各自に自分の宗旨は良く見えるものです。私は貴女に改心をして貰つて、三五教に帰順して頂かうと思ひ、遥々と参つたのですよ。何うです、私の云ふ事を一通りお聞き下さつて、其上で入信なさつたら』 婆『アヽ、いやいや誰人が三五教のやうな馬鹿な教に入る奴があるものか、改心をしてくれなんて、そりやお前、何を云ふのだい。是程澄み切つた塵一つない御霊の鬼婆だ、改心があつて耐るものか、改心するのはお前等の事だ』 宗彦は拍手し、天津祝詞を奏上し初める。婆は驚いて、 婆『コレコレ皆様、祝詞も結構だが折角拵へた蛙の御飯、お気に入らねば食べて貰はいでもよいが、せめて神様に供へたのだから、御神酒とお茶をお食り下さい、それで悠くりとお祝詞を上げなさい。私も一緒に上げさせて頂くから』 と無理に引き留る。 宗彦『弁当は此処にパンを所持して居ますからお茶を下さいませ』 婆『お神酒は好だらう、自然薯で醸造へた美味い酒がある。一つあがつたら何うだな』 宗彦『イヤ、茶さへ頂けば結構です』 田吾作『婆アさま、論戦は一先づ中止して、そんなら暖かいお茶をよんで下さい、今晩悠くりと言霊戦を負ず劣らず開始しませう。そして負た方が従ふと云ふ事に致しませうか』 婆『アヽ面白からう面白からう、そんならさう致しませう。バラモン教の神様は、御神徳が強いから、迂濶御無礼な事を云はうものなら罰が当つて口が利けなくなるから、心得て物を云ひなさいや。アヽどれどれ手づからお茶を温めて上げよう』 と次の間に立つて行く。暫くあつて婆アは土瓶に茶を沸騰らせ、 婆『サアサア茶が沸いた、皆さま沢山呑んで下さい、これも婆の寸志だ。バラモン教だつて、三五教だつて、神と云ふ字に二つはない。互に手を引合うて御神徳のある神様の方へ帰順するのだな。此婆も都合によつては三五教に帰順せぬものでもない、オホヽヽヽ』 三人は何の気も付かず、婆の注いだ茶を呑んではパンを食ひ、呑んでは食ひ、喉が乾いたと見えて土瓶に一杯の茶を残らず平らげて仕舞つた。 三人は俄に息苦しくなり、言語を発せむとすれども、一言も発する事が出来なくなつた。三人は顔を見合せ、アヽヽヽとア声の連発をやつて居る。 婆『アハヽヽヽ……好いけれまたもあればあるものだ。とうとう婆の計略にかかりよつた。口も利けず、耳も聞えず、憐れなものだ。お玉を首尾好く手に入れ、又三五教の宣伝使や卵を三人収穫した。如何に頑強な三五教でも、玉照姫の親を取られ、又大切な宣伝使を取られ、黙つて居る事は出来まい。屹度謝罪つて返して貰ひに来るのだらう。其時には玉照姫と玉照彦とを此方へ受取り、其上に返してやつたらよいのだ。併し乍ら玉照姫が黄金なら、此奴は洋銀位なものだから先方も此位では往生致すまい。マア時節を待つて鼠が餅をひくやうに二人三人と引張込み、往生づくめで仮令玉照彦だけでも此方のものに仕度いものだ。鬼雲彦の大将は脆くも波斯の国に泡食つて逃げ帰つて仕舞はれた。併し乍ら私は女の一心岩でも突き貫くのだ。此処で斯うして時節を待ち、大江山、鬼ケ城を回復し、三五教の錦の宮も往生させて、バラモン教として仕舞ふ蜈蚣姫の計略は旨々と端緒が開けかけた。アヽ有難い事だ。一つ此処でお玉に酌でもさして酒でも飲まうかい、そして三人を肴にしてやらうかい。これこれお玉、お酒だよ。これ程呼んで居るに何故返事をせぬのか、オヽさうさう、耳の聾になる薬を呑まして置いた。聞えぬも無理はない。つい私も余り嬉しくて、精神車が何処かに脱線したと見える、オホヽヽヽ』 と独言を云ひながら笑壺に入つて居る。三人は無念の歯噛みをなし、躍り上がつて破れかぶれ、婆を叩き伸めしてやらうと心に定めて見たが、何うしたものか体がビクとも動けなくなつて居る。言霊を応用するにも肝腎の発生器の油が切れて、且つ筒口が閉塞して居るのだから、如何ともする事が出来ず、口は自然に紐が解どけて、頤と一緒に垂れ下り、ポカンと開いて来る。三人は一度に涎をタラタラ流し、顔を見合せ、首を振り、アヽヽヽと僅に声を発する許りであつた。 婆は愉快げに安坐をかき、長い煙管で煙草を燻べ、酒を呑み、 婆『オイこりや、阿呆宣伝使、俺の智慧はこんなものだぞ。蜘蛛が巣をかけて待つて居る処へ茅蝉が飛んで来て引かかるやうなものだ、動くなら動いて見い、言霊が使へるなら使つて見い、耳も聞えまい』 と長煙管の雁首で耳の穴をグツと突いて見る。宗彦は耳の穴を突かれてカツと怒り出した。されど何うする事も出来ぬ。此度は婆は煙草の吸殻を宗彦の口の中にフツと吹いて放り込み、 婆『熱からう、そりや些と熱い、火だからのう。加之にえぐいだらう、えぐいのはズだ。煙草のズに、えぐい婆の御馳走だから、序に此酒も飲ましてやろか。イヤイヤ待て待てこいつを飲ましてやると私の飲むのがそれだけ減る道理ぢや、マアマア斯うして二ケ月も三ケ月も固めて置けば大丈夫だ、若い奴が二三日したら大江山の方から帰つて来るだらうから、其時この生木像を穴庫へでも格納さしてもよい哩、マアマアそれ迄は頭を叩いたり、耳に煙管を突つ込んだりして、バラモン教の御規則通りの修業をさしてやるのだ。なんと心地好い事だ。是で八岐の大蛇さまもさぞ御満足だらう。嗚呼大蛇大明神様、喜びたまへ勇みたまへ。婆の腕前は此の通りで御座います、何うぞ此手柄により、鬼熊別の失敗の罪を赦して下さいませ。天にも地にも無い私の夫、神様の御用を縮尻つて、死んで神罰を蒙り、地獄の釜の焦起しにせられるのも女房として見て居られませぬ、何卒私と一緒に、今ぢや御座いませぬが、命数の尽きた時は天国にやつて下さい。南無八岐大蛇大明神様、ハズバンドの罪を許したまへ、払ひたまへ、清めたまへ、金毛九尾の命』 と祈願して居る。此時岩窟の口より、声も涼しく宣伝歌を謡ひ来る男があつた。 男『神が表に現はれて善と悪とを立て分ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直し聞き直し 身の過ちは宣り直す三五教の神の教 綾の聖地に現れませる言依別命もて 三国ケ岳の曲津見を言向け和すそのために 三五教の宗彦が宇都の里をば後にして 足に任せてテクテクとこれの岩窟に来て見れば 悪にかけては抜け目なき鬼熊別が宿の妻 顔色黒き蜈蚣姫小智慧の廻る中年増 此岩窟に陣取りて四方の人々欺きつ 赤子の声を聞きつけて十里二十里三十里 遠き道をば厭ひなく手下の魔神を配り置き 此岩窟に連れ帰り朝な夕なにさいなみて 悪の限りを尽しつつ日に夜に酒に酔ひ狂ふ 宗彦、田吾作、原彦は婆が引き出す口車 知らず識らずに乗せられて毒茶をどつさり飲みまはし 口も利かねば耳利かず五体すくみて一寸も 動きの取れぬ破目となり眼ばかりきよろきよろきよろつかせ 其上ポカンと口あけて涎を流しアヽヽヽと 鳴りも合はざる言霊を連発する社いとしけれ 天の真浦の神司この留公の腹を知り 肝腎要の神策をそつと知らして下さつた 宗彦、原彦、田吾作は知らず識らずに魔が神の 罠に陥り今日の態助けてやらねば三五の 神の教が立ち兼ねるサアこれからは留公が 神に貰うた言霊の御稜威をかりて三人の 危難を救ひ玉照の姫の命を生みませる お玉の方を救ひ出し鬼のお婆を言向けて この岩窟を改良し三五教の皇神の 御霊を斎祀りつつミロクの御代の魁を 仕へまつらむ頼もしさ嗚呼惟神々々 御霊幸倍ましませよ』 と謡ひつつ三人が前に現はれ来たる。婆は身体竦み、身動きならず、目をぱちつかせ苦しみ居る。この時、岩窟の奥の方より涼しき女の声、 女(お玉)『神が表に現はれて善と悪とを立て別けて 誡め給ふ時は来ぬ四継王の山の聖麓に 錦の宮と仕へたる玉照姫の生みの母 お玉の方は妾なり桶伏山に隠されし 珍の宝を奪ひ取り逃げ行く姿を見るよりも 妾は驚き身を忘れ跡を追ひかけ山坂を 駆ける折しも木影より現はれ出でたる曲神の 手下の奴に見つけられ手足を縛ばりいろいろと 苦しき笞を受けながら憂をみくにの山の上 この岩窟に押し込まれ蜈蚣の姫てふ鬼婆に 茶を勧められ一時は息塞がりて言霊の 車も廻らぬ苦しさに朝な夕なに三五の 神の御前に黙祷し居たるに忽ち喉開き 胸は涼しく晴渡るされど妾は慎みて 唯一言も言挙げをなさず唖をば装ひつ 珍の宝の所在をば今迄探り居たりしぞ 神の恵の幸ひていよいよ茲に宗彦が 言依別のみことのり身に受けまして出でたまひ 顔を合せて居ながらも一面識もなき故か 悟り給はず吾配る眼に心留めまさず やみやみ毒茶を飲み玉ふその様見たる我が心 剣を呑むよりつらかりしあゝ惟神々々 神は此世に在さずやと女心の愚にも 愚痴の繰事繰返す時しもあれや表より 涼しく聞えし宣伝歌耳をすまして伺へば 三五教の教の声地獄で仏に遇ひしごと 心いそいそ今此処に現はれ来るお玉こそ 天の岩戸も一時に開くばかりの嬉しさよ あゝ惟神々々御霊幸倍ましまして 宗彦、田吾作、原彦の病を癒やし給へかし 悩みを助け給へかし』 と歌ひつつ此場に現はれたり。不思議や三人は俄に身体自由となり、耳も聞え、口も縦横無碍に動き出した。 田吾作『イヤ、留公さま、よう来てくれた。もう一足早ければこんな目に遇ふのだ無かつたに、しかし乍ら最前途中で見たお女中さまが、今聞けば玉照姫さまの御生母と云ふ事だ、何とマア神様の御経綸は分らぬものですなア』 お玉『皆さま、良い処へ来て下さいまして結構で御座いました。実はこの婆アの手下の者共が、ミロク神政成就の御宝を、桶伏山から盗み出し、此岩窟に秘蔵して居たのを、今朝になつて所在を知り、何とかして逃げ出さうと思つて居たのですが、婆アの監視が酷いので、どうする事も出来ず、誰人か助太刀に来て下さつたらと思うて居た矢先、貴方のお出で、こんな結構な事はありませぬ。サア一時も早くこのお宝を持つて聖地へ帰りませう』 と後は嬉し涙に声さへ曇る。 宗彦『アヽさうで御座いましたか、私は言依別命様より、是非共三国ケ岳へ行つて来いと仰せられて、魔神を征服せむと出て来たのです。貴方が此処に囚はれて御座る事も、今の今迄夢にも知らなかつた。サア是からこの婆アを言向け和はし、寛る寛ると凱旋致しませう』 お玉『到底婆アには改心の望みはありませぬ、自分から斯うして霊縛にかかつて居るのですから、これを幸ひに皆さん聖地へ帰りませう。此お宝は厳重に封をして置きました、私が捧持して帰ります。前後を警固して下さい。此婆アは半日許り霊縛の解けないやうに願ひ置けば、追ひかけて来る気遣ひもありませぬ。五六十人の手下の荒くれ男が、今日に限つて、何れも遠方へ出稼ぎに行つた留守の間、これ全く天の恵みたまふ時でせう。サアサア長居はおそれ』 とお玉の方は帰綾を促す。 宗彦を先頭にお玉、田吾作、留公、原彦と云ふ順序で、宣伝歌を高く謡ひ、四辺の木魂に響かせながら、聖地を指して目出度く凱旋することとはなりける。 岩窟の中には進退自由を失つた婆ア唯一人、谷の彼方には淋しげに閑古鳥が鳴いて居る。 (大正一一・五・一四旧四・一八加藤明子録) |
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霊界物語 | 21_申_高春山のアルプス教 | 01 高春山 | 第一章高春山〔六七五〕 雲を圧して聳り立つ高春山の山頂に バラモン教を開きたる大国別に憑依せる 八岐大蛇の分霊醜の曲霊が割拠して 山野河海を睥睨し大江の山と三国岳 六甲山と相俟つて冷たき魔風を吹き送り 蜈蚣の姫の手下なる鷹依姫が朝夕に 心を砕く鳩胸や仕組の奥は割れ岩の 胆を煎るこそ恐ろしき。 南に瀬戸の海を控へ、東南に浪速の里を見下ろし、西北東に重畳たる連山を瞰下する高春山の絶頂に岩窟を作り、バラモン教の一派を建て、アルプス教と称し、自転倒島を飽く迄も、八岐大蛇の勢力圏内に握らむと、昼夜心を悩まして居た。山麓には細長き津田の湖が横たはつてゐる。此湖水には大蛇の分身たる数多の蛇神潜伏して、日夜邪気を吐き出し、地上の空気を腐爛せしめつつあつた。高姫、黒姫は波斯の国北山村の本山を捨て蠑螈別、魔我彦をして後を守らしめおき、三五教に帰順したる改心の証拠として、アルプス教の鷹依姫を言向け和さむと、波斯の国より乗り来れる飛行船に乗じ、高春山の山麓に着いた。これより二人は巡礼姿に身を変じ、高春山の鷹依姫が岩窟に進まむと、壁を立てたる如き高山を登り行く。 高春山の五合目許りの処に、天の森と云ふ巨岩が立並び、中央の樹木鬱蒼たる間に、小さき祠がある。之を竜神の宮と云ふ。此竜神は雨風を自由になす神と称へられ、鷹依姫が唯一の守護神として尊敬して居た。それが為に何人も、此境域に近づく事を厳禁して居た。テーリスタン、カーリンスと云ふ二人の荒男は、此竜神の宮を固く警護して居た。二人は巌の上に高鼾をかいて寝んで居る。高姫、黒姫は漸く此処に登り来り、 高姫『なんと立派な岩が並んで居るぢやありませぬか。一つ此景色の佳い所で休息して行きませう。まだ頂上までは余程道程がありますから……』 黒姫『宜しう御座いませう』 と碁盤形の門の戸を押し開け奥に進み入る。 高姫『アヽ此処には妙な祠がある。是れが噂に名高い鷹依姫の、雨を降らせ風を起す唯一の武器でせう。一つ改心さしてやりませうか。将を射むとする者は先づ其馬を射よと云ふ事だから、此雨風を起す悪神の眷属を改心させる方が、近路かも知れませぬなア』 黒姫『マア一寸お待ちなさいませ。拙劣に間誤付くと、大風大雨で攻められては困りますから、充分に様子を探つた上、ゆつくりとやらうぢやありませぬか』 高姫『そりや黒姫さま、何を仰有る。冠島の金剛不壊の玉を腹に呑み込んだ此高姫、言はば妾の体は如意宝珠も同然、多寡の知れた雨や風を起す竜神位に、何躊躇する事がありますかい。お前さまは三五教に帰順してから、チツと変になつたぢやありませぬか……イヤ三五教に帰順する以前から高山彦さまに対し、余程御親切が過ぎたやうですよ。神第一主義をどつかへ遺失し、高山第一、神第二と云ふ様なあなたの態度だから、そんな弱音を吐く様になるのだ。モウ此処へ来たら生命を的に、悪神を改心させて大神様にお目にかけ、我々の今迄の御無礼、お気障りの謝罪をせなくてはならぬ。謂はば千騎一騎の性念場だ。チツとしつかりしなさらぬかい』 黒姫『ハイハイ、そんな事に呆けて居る様な黒姫と見えますかな。チト残酷ぢやありませぬか。それ程妾に信用がないのなれば、却て貴女の御邪魔になつては可けませぬから、あなたユツクリ如意宝珠の力を発揮して手柄をなさいませ。妾は飛行船を借用して、自分の性の合うた所へ活動に参ります』 高姫『益々変な事を仰有るぢやないか。すべて戦ひは結束を固くせねば勝利は得らるるものでない。味方の方から裏切りをする様な弱音を吹いて何うなりますか。飛行船は既に既に鷹依姫の部下が占領して了つて居ますよ。飛行船なんかモウ必要はない。是れから頂上の割れ岩の醜の岩窟を言向け和し、進んで六甲山へ行かねばならぬ。チト確りしなさい。あまり高山さまに精神を取られて居れるものだから、曲津が憑依したのだらう。サア妾が鎮魂をして審べてあげよう。婆アの癖に髪を染めたり、薄化粧をしたり、まるで化物見たやうなそんな柔弱な事でどうして神界の御用が出来ますか。お前さまは二つ目に、言依別命様を柔弱だとか、ハイカラだとか非難をしなさるが、それはお前さまの心が映つて見えるのだよ』 黒姫『何と仰有つても、鎮魂は御無用です。さうしてお暇を頂きませう』 高姫『御勝手になさいませ。モウ今日限り師弟の縁を絶りますから』 黒姫『其お言葉を待つて居ました。サアサアどうぞ絶つて貰ひませう』 高姫『アヽ絶つてあげよう。黒姫の肉体を此処に置いて、サツサと帰りなさい。黒姫はソンナ馬鹿な事を云ふ身霊ぢやなからう』 黒姫『決して決して守護神(精霊)が言ふのぢやありませぬよ。黒姫の本人が申すのです。何程神直日大直日に見直し聞直して、妾の肉体に瑕瑾をつけぬ様に宣り直して下さつても、それは気休めです。どうしてもお暇を頂戴致します。本当に好かんたらしい、驕慢な高姫さま。どうぞ此れ限り、何と云つても御暇を頂き、醜の岩窟の鷹依姫様の御家来となつて活動致します。ウラナイ教の時には大変に重く用ひて下さつたが、三五教になつてからは、あなたを始め、誰も彼も妾を馬鹿にして……態ア見たか、偉相に威張つて居つたが、今の態は何ぢや。白米に籾が混つた様な顔して、隈くたに小さくなつて居らねばならぬぞよ……と神様が仰有つたぢやないか、その実地が来たのだ……なんて言依別命の左右に侍る幹部連が、妙な顔をして妾を冷笑して居る。それが第一気に喰はないのだ。モウ妾は三五教は駄目だと思ふ。しかし神様は結構だ。取次が間違つて居るのだから、三五教に離れても、あなたに暇を貰つても、一寸も痛痒は感じない。神様だけは妾の真心を知つて居て下さる。お前さまも将来になつたら……ア黒姫はそんな心であつたか、流石玄人だけあつて偉い者だつたと、アフンとしなさる事が出来て来ませうぞい』 高姫『随分猛烈な気焔ですなア。どうなつと勝手になされ。人を杖に突くなと云ふ事がある。妾もこれから独舞台で活動するのだ』 黒姫『師匠を依頼にするなと神様が仰有つた。こんな猫の目の様に心のクレクレ変る高姫のお師匠さまは、真平御免だ。好い腐れ縁の絶り時だ。お前さまは今日限り妾の宗旨敵だからさう思ひなさい。天晴戦場で、堂々とお目にかかりませうかい』 岩の上に寝て居つた、最前の二人の男、ムツクリ立ちあがり、 男(テーリスタン)『コリヤ女、此処を何と心得て居る、天の森の竜神様の御守護遊ばす聖地だ。汚らはしい女の分際として、断りもなく、此聖地を蹂躙しやがつた。サアもう量見がならぬ。当山の規則に照らして制敗してやらう。……オイ、カーリンス、綱を持つて来い。フン縛つて鷹依姫様の御前に引ずり据ゑてやるのだから……』 黒姫『モシモシお二人のお方、此処へ参りましたのは、決して蹂躙したのではありませぬ、竜宮の乙姫様の肉の宮、黒姫に用があるから、一寸来て呉れいと、天の森の竜神様が仰有つたので、飛行船に乗つて遥々参つたのですよ』 男(テーリスタン)『ナニ、お前さんが、竜宮の乙姫さまの御命令で来たと云ふのか』 黒姫『ハイハイ、妾は乙姫様の肉の宮ですもの』 男(テーリスタン)『妙な事を言ひますな。我々の御大将鷹依姫さまも、此頃は大変に、竜宮の乙姫さまがお出でになると云つて、一生懸命祈念を凝らして居られますよ』 黒姫『それ見なさい、高姫さま』 高姫『竜宮の乙姫さまは、遠の昔にお前さまの肉体を出て、後には曲津神が巣を組んで居るのですよ』 男(テーリスタン)『最前から我々が寝真似をして、二人の話を聞いて居れば、三五教の宣伝使と見えるが、なんだか愚図々々と喧嘩をしてゐたぢやないか』 黒姫『没分暁漢の高姫が、如意宝珠の玉を腹に呑み込んで居ると言つて、あんまり威張るものですから、今妾の方から絶縁を申込んだ所です』 男(テーリスタン)『そりや結構だ。お前さまは全く我々の同志だ。よしよし鷹依姫様に申上げて、都合好くとりなしを致しませう』 黒姫『どうぞ宜しうお頼み申します。………コラ高姫、態を見い、何程如意宝珠でも、大勢と一人では叶ふまいぞや』 と捨台詞を残し、テーリスタンと云ふ大の男に手を曳かれ乍ら急坂を登り行く。 高姫『アヽ仕方がない。到頭悪魔の容器になつて了つた。黒姫も今迄長らくの苦労を、一朝にして水の泡にして了つたか。アヽ可哀相なものだなア。コレコレそこのカーリンスと云ふお方、お前さまは何処から来たのだ、生れは何処だえ』 カーリンス『自分の国や生れが分る様な者が、斯んな所へ来て、宮番をするものかい。馬鹿な事を言ふない』 高姫『お前さまは如意宝珠の玉の肉体を知つて居るか。日の出神の生宮は誰だと云ふ事が分つて居るかい』 カーリンス『知つて居らいでか。お前の事ぢやないか。真偽の程は確でないが、最前から二人の話を聞いて居た。お前が所謂日の出神の生宮だらう』 高姫『敵の中にも味方あり、味方の中にも敵があるとは、よう言つたものだ。お前は妾の知己だ。中々身魂がよく磨けて居る。三五教へでも入信つたら、こんな小つぽけな宮番をせなくとも、立派な宣伝使になれるがなア』 カーリンス『私は宣伝使は嫌ひだ。朝から晩まで酒を飲んでグウグウと寝るのが好だ。彼方や此方へ乞食の様な真似をして、戸別訪問をして、犬の様に杓で水をかけられたり、箒で掃出されたり、引合はぬからなア。爺の痰を飲まされ、薯汁と痰の混汁に辷り転けて、揚句の果てには真裸で茨の池に落ち込み、着物を敵から貰ふ様な事[※第15巻第9章「薯蕷汁」のエピソード。]が出来するから止めとかうかい』 高姫『お前は妙なことを言ふ。薯汁や痰に辷り転けたのは何時の事だ。そして又誰の事だいなア』 カーリンス『そりやあお前さまよく御存じの筈だ』 高姫『ハテなア。海洋万里の波斯の国の出来事の譏り走りを聞いて居るとは、世間は広いやうなものの狭いものだ。これだから人間は慎まねばならぬ。悪事千里と云つて何処迄もよく行きわたるものだなア』 カーリンス『お前さまビツクリしただらう』 高姫『そりやまた、誰に聞いたのだい』 カーリンス『今頃そんな事を知らぬ者が一人でもあるものか。随分名高い話だぜ。鷹依姫さまは……おつつけ、心の明き盲、高姫と云ふ者が此山に出て来るから、一つ泡を吹かして改心させてやらねばならぬ。彼奴を改心させたならば、アルプス教の為には大変に間に合ふ……と云つて居られました。お前は高姫さまだらうがな』 高姫『ヘン、見違ひをして下さるな。黒姫の様な猫の目とは、チツと違ひますよ。サアこれから高姫が獅子奮迅の勢を以て、鷹依姫其他の部下を悉く言向け和すのだ。万々一、高姫の失敗になる様な事であれば、再び三五教へは帰らぬ積りだ。喉でも突いて死んで了うのだから、何と云つても、バラモン教の焼直しのアルプス教に対し、徹頭徹尾、頭を下げぬから、其積りで居なさい』 カーリンス『大変な固い決心だなア』 高姫『定つた事だよ』 高姫は谷間から滲み出る清水を手に掬んで、渇いた喉を潤して居る。其隙を窺ひ、カーリンスは高姫の首に細紐を手早くひつ掛け、グツと首を締め、 カーリンス『サアもう大丈夫だ。これで一つ、私の出世が出来る』 と高姫を背に負ひ乍ら、急坂をエチエチ登つて行く。 岩窟の中には、アルプス教の開山鷹依姫と云ふ中婆ア、木の株で作つた天然の火鉢を前に、長煙管を喞へ、二三の部下を前に据ゑて、 鷹依姫『今日は高姫、黒姫と云ふ二人の婆アが、此処へ出て来る筈だ。キツと神の魔力に依りて、天の森の竜神の宮に立ち寄る筈だから、テーリスタン、カーリンスの二人に、待伏せをさせて置いたのだが、やがてやつて来る時刻だらう』 甲『そんな事は、どうして分るのですか』 鷹依姫『そんな事に抜目のある妾かいな。チヤンと三五教の聖地へ指して密偵が這入り込ましてあるから、それが知らして来たのだよ。モウつい二人共、此処へやつて来る筈だから、お前達も充分に気を付けて、妾が此煙管で「クワン」と此磬盤を叩いたが最後飛んで出るのだ。それまでは次の間で、横になり考へて居るのだよ。併し寝て了つては可かぬから、目を開けて居るのだぜ』 三人は『ハイ』と答へて、次の間に身を隠した。そこへテーリスタンに伴なはれて黒姫が這入つて来た。 テーリスタン『只今帰りました。あなたの眼識には、実に敬服致しました。此通り黒姫を巧く引張り込みましたから、御安心下さいませ』 鷹依姫『これこれテーリスタン、何と云ふ失礼な事を言ふのだい。鬼の岩窟か何ぞの様に、引つぱり込みましたなんて、チツト言霊を慎みなさい。結構なお方を御迎へして帰りましたと、何故言はないのだい。……これはこれは黒姫様、遥々とよう来て下さいました。空中は余程風が烈しうてお困りでしたらう。後程ユルユルとお話を承はりますから、少時奥で御休息を願ひます』 黒姫『初めてお目にかかります。御神徳の高い御山と見えまして、雲までが皆謙遜り、谷底へ遠慮を致してゐますなア』 鷹依姫『雲に突き出た高春山、誠の御神徳は俗塵を離れて中空に聳えた聖地でなければ本当の神力は現はれませぬ。炮烙を伏せた様な低い山を背景にして神業を開始するなぞと、てんで物に成りませぬワ。四尾山と高春山とは気分が違ひませうがなア』 黒姫『大きに違ひます。妾も此処へ登つてから何だか気分が面白くなつて来ました。三五教のアの字を聞いても厭になりましたよ。それに言依別命と云ふハイカラな教主になつて居るのだから、内幕の腐爛状態と云つたら御話になりませぬ。又高姫と云ふ……もとは妾のお師匠で御座いますが、カンカラカンのカン太郎が、頑固一途を立て通すものですから、妾も此処までやつて来て、天の森の竜神さまの前で、暇を呉れてやりました』 鷹依姫『それは何より結構です。此世でさへも切り替へがあるのだから、良い加減に思ひ切つて、新しい世界へ出た方が貴女の身の為ですよ』 黒姫『ハイ有難う御座います。黒姫の思うて居ることをスツカリ仰有つて下さいまして、唯一の共鳴者を得た様な心持が致します。生れてからこれ位愉快な事はありませぬワ』 鷹依姫『サアどうぞ奥へ行つて御休息下さいませ』 とテーリスタンに目配せした。 テーリスタン『サア黒姫さま、奥へ御案内致しませう』 と手を取つて岩室の中に案内した。そして外よりガタリと蝦錠をおろし、 テーリスタン『モウ斯うなつては、何程藻掻いても駄目ですから、充分に御考へ置きを願ひます。左様ならば』 と云ひ捨て、鷹依姫の側に立帰り、 テーリスタン『首尾よう岩室の中に籠城を命じて置きました。併し乍ら、あの黒姫に限つて、決して御心配は要りませぬ。平岩の上に於てスツカリ、高姫と黒姫の心中を探りました。モウ大丈夫ですよ』 鷹依姫『さう軽々しく楽観は出来ない。油断は大敵だ。罷り違へば爆裂弾を抱いて寝るやうなものだからなア』 テーリスタン『竜神の祠の前へ来るまでは、両人はどうしても、貴女を三五教へ帰順させると云ふ目算らしう御座いましたが、竜神の祠の中から神様の御神霊が現はれ、黒姫にのり憑られたと見えて、俄に……妾は竜宮の乙姫の生宮だと威張り出し、二人が喧嘩をおつ始め、到頭黒姫は貴女の部下になると云つて、ここを目蒐けて走り出しました。それで私もコレコソ渡りに船だと心勇み、手を曳いて此処まで連れて帰つたのです。モウ大丈夫ですから御安心下さいませ』 鷹依姫『それは結構だが、モウ一人の高姫はどうなつたのだえ』 テーリスタン『高姫ですか。あれは何事にも抜目のないカーリンスに一任して来ました。屹度フン縛つて、やがて登つて来るでせう』 鷹依姫『あの高姫は腹に如意宝珠の玉を呑んで居るのだから、どうしても腹断ち割つて抉り出さねばならないのだ。併しうまくカーリンスが連れて帰つて来るだらうかなア。黒姫は玉無しだから、どうでも良い様なものの、肝腎要なは高姫だ。カーリンスが大変に困つて居るだらう。お前御苦労だが、モウ一度加勢に行つて呉れまいか』 テーリスタン『行けと仰有れば、行かぬ事はありませぬが、大変に、彼奴の顔を見ると目がマクマクするのですよ』 鷹依姫『何、目がマクマクするか、正しく如意宝珠の玉を呑んで居る証拠だ。目を塞いで、早くどうでもいいからフン縛つてなつと、二人して連れてお出で』 テーリスタン『承知致しました』 とテーリスタンは、山を一散走りに駆下る。後に鷹依姫は独言、 鷹依姫『アヽ時節は待たねばならぬものだなア。鬼雲彦や鬼熊別の大将株は、三五教の言霊とやらに討たれて、見つともない、男の癖に雲を霞と本国へ逃帰り、いい恥曝しをなされたが、女の一心岩でも徹すと云つて、夫に似ぬ健気な女房蜈蚣姫は三国ケ岳に立籠り、到頭黄金の玉を手に入れた。ヤレ嬉しやと思ふ間もなく、又しても其玉を三五教にウマウマと取返され、喜んだのは束の間、サツパリ糠喜びとなつて了つた。併し何程蜈蚣姫が智慧があつても、神徳が備はつて居ると云つても、此鷹依姫には足元へも寄れない。チツと爪の垢でも煎じて呑まして上げたいものだ。如意宝珠の玉の容器は、声なくして呼びつける。黒姫は玉無しだが彼奴は黄金の玉の在処を一番よく知つて居ると云ふ事だ。此間帰つて来た虎公の報告では黒姫さへ手に入れてうまく白状させたならば、黄金の玉も手に入ると云ふ事だから、云はば玉を手に入れたも同然だ。アヽなんとした結構な事が出来て来たものだらう』 とカンカン磬盤を長煙管で打つた。ウツウツと眠つて居た三人の耳には、早鐘の様に強く響いた。三人はビツクリ仰天起あがり、周章狼狽き、鷹依姫の居間に走り行き、 三人『火事だ火事だ』 と擂鉢を抱へて走る奴、火鉢を抱へて飛び出さうとする者、座敷の真中でキリキリ舞をする奴、右往左往に狼狽へ廻る。鷹依姫は長煙管の先で三人の頭をピシヤピシヤと叩き、元の座に悠然として腰をおろし、 鷹依姫『コラコラ貴様達は、何を狼狽へて居るのだい』 と大きな尖つた声で喚き立てる。 甲『ハイハイ何で御座いますか』 鷹依姫『何でもない。気を落ち着けなさい。今タカが一羽此家へ来るのだから、料理をせにやならぬ。其用意に出刃でも磨いで置きなされ』 乙『誰か鷹の様なものを捕つたのですか。彼奴は肉食鳥だから味が悪うて、臭くつて喰べられませぬ。大きな図体の割りとは羽根ばつかりで、食ふ所はチヨビンとよりないものですよ』 鷹依姫『エーそんな講釈は後にしなさい。羽根の無いタカが来たのだ』 斯く話す折しも、カーリンス、テーリスタンの両人は、高姫の首を締めた儘、担いで這入つて来た。 鷹依姫『アヽ御苦労々々々、マア庭の隅へでも片付けておいて、ユツクリ休んでお呉れ。随分骨が折れただらうなア』 テーリスタン『イエ骨は折りませぬが、首だけ締めて置きました』 鷹依姫『早く解いてやらないと息が絶れるぢやないか。息が絶れて了へば、折角の玉が死んで了ふ。生きた間に取らねば間に合はぬのだ。早う早う…』 と急き立てる。カーリンス、テーリスタンの両人は『ハイ』と答へて、徳利結びにした首の紐を解いた。最早高姫は縡切れたか、ビクとも動かぬ。 テーリスタン『ヤア此奴ア、到頭寂滅しやがつたなア。どうしたら宜からうか』 カーリンス『人工呼吸法だ』 と両人は一生懸命に高姫の体を捉へ、手や足を無暗矢鱈に動かして居る。暫くあつて、高姫は「ウーン」と息を吹き返す。 テーリスタン『アヽもう此方のものだ。鷹依姫さま、此先はどうするのですか』 鷹依姫『マア茶でも飲んでユツクリするのだ。其間に妾から命令を下すから……』 暫くあつて鷹依姫は、 鷹依姫『黒姫さまを招んで来なさい』 テーリスタン『ハイ』 と答へてテーリスタンは、黒姫を押込めた岩窟の前に走り行く。黒姫は忍び忍びに何か歌つて居る。 黒姫『高天原を立出でて三五教の宣伝使 高姫さまと諸共に御空を翔ける磐船に 乗りてやうやう高春の山の麓に着陸し 黄金の草をより分けて霧の海原探りつつ 一歩々々急坂を登つて来たのが天の森 巨岩怪石立並び風光絶佳の霊地ぞと 二人は此処に息休め竜神さまの祠をば 眺めて休らふ折柄に何んとは無しにビリビリと 震ひ出したる我身体高姫さまは知らねども 確かに尊き神懸りさはさり乍ら黒姫が 夢にも思はぬ囈語をベラベラ喋つて高姫に 力の限り毒ついた吾師の君よ高姫よ 猫の目玉のくれくれと心の変る黒姫と 必ず思うて下さるな此れには何か神界の 深い仕組のあるならむ曲津の軍いと多く アルプス教を開きたる鷹依姫が右左 司と仕へしカーリンステーリスタンの両人が 巌の上に横臥して狐狸の空寝入り 様子を窺ひ居ることに黒姫早くも気が付いて ワザと師匠の高姫に心に在らぬ事ばかり 申上げたは済まないがこれも何かの御経綸 妾の心はさうぢやないどうぞ赦して下さんせ 生命捧げた宣伝使悪魔のはびこる此岩窟 如何なる憂を見るとても言向和さで置くべきか 暫く待てよ高姫の吾師の君の宣伝使 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも黒姫如何になるとても 三五教の神教を天下に拡げにや置くものか 巌をも射貫く黒姫が固き心の梓弓 矢竹心は高姫の心の的に命中し やがては疑雲隅も無く天津日の如晴れるだろ アヽ惟神々々御霊の幸を賜へかし』 と歌つて居る。カーリンスは外より岩の戸を、鍵を以て押開け、 カーリンス『黒姫さま、教主様がお召びになりました。大変な所へお入れ申して、さぞ御腹が立つたでせうが、ここはどんな立派なお方でも、初めて這入つて来た方は、早くて三日、遅いのは十日二十日と、此岩窟で修行をさすのが規則ですから、決して押籠めたなどと思つては可けませぬぞや。三五教でさへも、岩窟の修行場が拵へてあるでせう』 黒姫『イエイエ決して悪くは思うて居ませぬ。斯様な結構な所で修行をさして頂くなら仮令一月が二月、三年五年要つた所で、別に苦痛とは思ひませぬよ』 カーリンス『それはまた大変な馬力ですな』 黒姫は微笑み乍ら、イソイソとして鷹依姫の前に現はれ、 黒姫『これはこれは教主様、結構な修行をさして頂きまして有難う御座います。成程あの岩窟は心が静まつて、結構で御座いますな』 鷹依姫『結構でせうがな。あなたは身魂の洗錬が出来て居りますから、僅一時位で卒業が出来たのですよ。開教以来あなたの様に早く出た方は御座いませぬ。お芽出度う御座います』 黒姫は、 黒姫『イヤ有難う御座いました』 と振り向く途端に、高姫の横たはる姿を見て打驚き、 黒姫『ヤア高姫さまが縡切れて居らつしやる』 と顔の色をサツと変へた。鷹依姫は、 鷹依姫『オツホツホツホヽ、あんまりカーリンスと格闘をなさつたものだから、御疲労なさつたものと見えます。お前さまは今見て居れば蒼白の顔をしてビツクリなさつたが、矢張り未練がありますかい。斃つた人を座敷へも上げず、土間に寝かして置いたのは無残の様に貴女は思つたでせうが、これは一つの医療法ですよ。お土のお蔭で血液の循環が旧へ復り、息吹き返す様にしてあるのだ。やがて蘇生されるでせう』 黒姫『ナニ妾は高姫なんかに未練がありますものか。こんな傲慢不遜な頑固者、今天の森で弟子の方から暇を与れてやつた所です。それを証拠に、妾は貴女の弟子になりたいのですが、使つて下さいますか』 鷹依姫『お前さまの云ふ事に間違ひなくば、喜んで手を引合うて行きませう』 黒姫『有難う御座います』 と云ひつつ黒姫は庭に下り、高姫の尻を力限りに握り拳を固めて、七つ八つ打ち、 黒姫『コリヤ高姫、思ひ知つたか』 高姫は『ウーン』と息を吹く。 黒姫『オホヽヽヽ、能う斃つたものだ。この儘棄てておけば死んで了ふのだが、併し此奴は貴方の御存じの通り如意宝珠の玉を呑んで居りますから、吐出さしてアルプス教の神宝にせなくてはなりますまい。何とかして大事に……イヤイヤ大事にせなくてもよい。生き返らして生玉を取らねばなりませぬから、暫く助けてやつたらどうです』 鷹依姫『黒姫さまの仰有る通り、一先づ生かして、玉を吐き出させねば、折角苦労した効能が無い。玉さへ取れば後は煮て食はうと、焼いて食はうと、若い奴に呉れてやる。併し生き返らうかな』 黒姫『これは容易に恢復しますまい。何卒黒姫に任して下さるまいか。さうすればキツト体を旧の通りにして、さうして折を考へ、生玉を引抜いて見せませう』 鷹依姫『アヽそんならお前様にお任せするから、宜しく頼みます』 黒姫『何と云つても玉を呑んで居るのだから、玉の納めてある室へ高姫の死骸を寝さし妾が介抱をしてやりますから、極秘密に、誰にも分らぬ様にして下さい。黒姫がキツト取つてお目に掛けます』 鷹依姫『アヽそんなら御頼み申します。誰も這入つた事のない玉の居間、彼処には紫の夜光の玉が納まつて居る。是れはアルプス教の生玉だから、誰にも見せないのだが、お前さまの精神を見届けたから、其居間を一任しませう』 黒姫『それはそれは実に望外の仕合せ、此上は粉骨砕身、アルプス教の為に、犬馬の労を惜みませぬ』 鷹依姫『妾も実は相談しようにも相手がなくて困つて居つたのだ。御前さまが此処へ来て呉れたは天の与へ、肉身の妹が来たも同然だから、互にこれから諒解し合うて秘密の相談を致しませう。サア妾が案内をしますから……』 と先に立つ。 黒姫『高姫の死骸を持つて行かねばなりますまい』 鷹依姫『アヽさうでしたな。併し乍ら秘密室に誰も入れる事が出来ないのだから……』 黒姫『妾が担いで参りませう。………ヤイ高姫、お前は幸福者だ。一旦縁を絶つた妾に又世話になるのかいやい』 と口汚く罵り乍ら、脇にエチエチ引抱へ、足を引摺りもつて、鷹依姫の後に従つて秘密室に這入つて行く。 鷹依姫『ここが大切な所だから、お前さま、高姫の息吹き返す様に、鎮魂をしてやつて下さい。さうして時節を待つて生玉を抜いて下さいや』 黒姫『何事も呑み込んで居ます。其代りに十日許り、二人前の食料を入れて下さい』 鷹依姫はニコニコし乍ら、我居間に帰り、珍味佳肴を、ソツト秘密室へ持運び、素知らぬ顔をして居る。 高姫はムクムクと起上り、四辺をキヨロキヨロ見廻して、 高姫『アヽ妾は夢を見て居たのかいな。アヽ黒姫さま、お前さまと天の森の竜神の祠で従来に無い大喧嘩をして、それより悪い奴に喉を締められたと思つて居たが……ヤツパリ夢だつたかなア』 黒姫、あたりを憚る小声にて、 黒姫『高姫さま、決して夢ぢやありませぬ。ここは高春山の割れ岩の岩窟……』 と耳に口を当て、何事かヒソヒソと囁いて居る。高姫は紫の玉を眺め、 高姫『マア立派な玉がありますな』 黒姫『これがアルプス教の性念玉です。此れさへ手に入れば、アルプス教は最早寂滅、何とかして帰順させる方法はありますまいかなア』 高姫『ナニ、ありますとも、この高姫が呑んで持つて帰れば好いのだ』 黒姫『何でもあなたは呑み込みが良いから便利ですなア』 高姫『練つて練つて練つて練り倒し、仕組の奥の生玉を呑み込んだ此妾、此玉の一つや二つ呑むのに何の手間暇が要りますものか』 と云ふより早く、玉を手に取り、クネクネクネと撫で廻し、餅の様に軟かくして、グツと呑み込んで了つた。此時秘密室の外に、慌ただしく駆出す足音が聞えた。此れはテーリスタン、カーリンスの二人であつた。嗚呼、高姫、黒姫の運命は如何なるであらうか。 (大正一一・五・一六旧四・二〇松村真澄録) |
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霊界物語 | 21_申_高春山のアルプス教 | 02 夢の懸橋 | 第二章夢の懸橋〔六七六〕 高春山に割拠するバラモン教の一派アルプス教の教主鷹依姫を言向け和すべく、言依別命の旨を奉じて天の磐樟船に乗り、勢よく聖地を出発した高姫、黒姫は殆ど三ケ月を経るも何の消息もない。言依別命は密かに竜国別、玉治別、国依別の三人の宣伝使を招き、聖地の何人にも明さず、高春山に二人の消息を探査すべく出張を命じた。竜国別はもと高城山の松姫館に仕へたる竜若の改名である。玉治別は田吾作、国依別は宗彦の改名である。 教の花も香ばしく咲き匂ひたる桶伏の 山の麓にそそり立つ錦の宮を伏し拝み 言依別の命令を密かに奉じて三人は 月の光を浴びながら勇み進んで石原の駅 長田野、土師を夜の間に栗毛の駒に跨りて 蹄の音も勇ましく晨の風の福知山 尻に帆かけてブウブウと痩せ馬の屁を放りながら 青野ケ原を右左眺めて走る黒井村 心いそいそ石生の駅御教畏み柏原の 田圃を越えて進み行く。 此処は神智地山の入口、アルプス教の鷹依姫の勢力範囲として居る十里四方の入口である。鬼の懸橋と云つて、谷から谷へ天然に架け渡された一本の岩の橋がある。此処を通らねば何うしても高春山へ進む事が出来ない嶮要の地である。 幾百丈とも知れぬ山の頂きに天然に架け渡された石橋、眼下を流るる谷川の水は淙々として四辺に響き、自ら凄惨の気に打たるる許りである。玉治別はこの橋の前に着くや否や、頓狂な声を出して、 玉治別『ヨー要害堅固の絶所だ。アルプス教の奴、中々良い地点を撰んで関所にしやがつたものだなア。我恋は深谷川の鬼かけ橋、渡るは怖し、渡らねば、恋しと思ふ鷹依姫の鬼婆アさんに会はれない』 と無駄口を叩きながら半分許り進んで行つた。どうした機か、さしもに長い石橋は、中程より脆くも折れて、橋と共に玉治別は深き谷間に顛落し、泡立つ淵にドブンと、落ち込んで仕舞つた。 竜国別、国依別は此変事に胆を潰し、 竜国別『ヤア、国さん、何うしよう何うしよう』 と顔を見合して驚きの浪に打たれて居る。 国依別『今日は何となしに気分の悪い日だと思つて、石生の里から馬を放ちやり、三人が斯うしてテクついて来たが、まアまア結構だつた。馬にでも乗つて居らうものなら玉治別と一緒に馬も死んで仕舞ふところだつた』 竜国別『何を云つて居るのだ。馬位死んだつて諦めがつくが、肝腎の玉治別を谷底へ落して仕舞つて詮らぬぢやないか。何とか考へねばなるまい。馬と同じやうに取扱はれては玉治別も可憐さうだ』 国依別『アヽさうだつた。余り吃驚して狼狽へたのだ。サア川下へいつて、何処かの岩石に宿泊して居るだらうから、肉体なと探してやらねばなるまい』 と早くも引返す。竜国別も後についてトントンと四五丁ばかり引返し、谷川を彼方此方と眼配り、捜索し始めた。 いくら探しても影も形もない。二人は途方に暮れて施すべき手段もなく、悔し涙に暮れて居る。二三丁下手の方より、 『オーイオーイ』 と呼ぶ者がある。二人は、 竜国別、国依別『ハテなア、聞き覚えのある言霊だ』 と声する方に向つて駆出した。 見れば玉治別は、谷川の中に立つ大岩石ホテルの露台の上にて、着物を一生懸命にしぼつて居る。 竜国別『オー、お前は玉治別ぢやないか。何か変つた事はなかつたかなア』 玉治別『変つた事が大ありだ。堂々たる天下の宣伝使がお通り遊ばしたものだから、あれだけの大きい石の橋が脆くも折れよつて、忽ち玉治別のプロパガンデイストは、数千丈の空中滑走を旨く演じ、無事御着水、直ぐ谷川の水に送られて殆ど下流十丁許り、忽ち変る男の洗濯婆アさま、今濡れ衣を圧搾して居る最中だ、アハヽヽヽ』 と平気で笑つて居る。 国依別『オイ、貴様は真実の玉治別ではあるまい。あれだけ高い石橋から顛倒し、谷底の深淵へ墜落しながら、そんな平気な顔して居れる筈がない。大方貴様は化州だらう。オイ竜国別、ちつと合点が行かぬぢやないか』 竜国別『アヽさうだ。彼奴は何かの変化であらうよ』 と矢庭に眉毛に唾をつけて居る。 玉治別『実際は玉治別は死んだのだ。大岩石と共に墜落し、五体は木つ端微塵、流血淋漓として谷水を紅に染め、忽ち変るインフエルノの血の河となつたと思ひきや、まアざつと此の通り御壮健体だ。オイ竜、国の両人、お前も橋は無いが、あの橋詰から一辺飛び込んで見よ、随分愉快だよ』 竜国別『益々怪しからん事を云ふ奴だ。オイ国依別、も少し下を探して死骸でも拾うて帰らうぢやないか』 玉治別『お前の探す肝腎の玉は、この岩上に洗濯爺となつて鎮座坐しますのを知らぬのか。お前の考へはタマで間違つて居る。玉治別の宣伝使が二人もあつてたまるものかい。死骸を探すと云うても、死なぬ者の死骸が何処にあるか。そんな至難の業はよしにせよ。苦労の仕甲斐がないぞよ、アハヽヽヽ』 竜国別『本当に玉治別に間違ひは無からうかのう、国依別』 玉治別『間違ひがあつて耐らうかい。俺はお勝の婿の元の田吾作だ。これでもまだ疑ふのか。今の人民は薩張悪の心になりて仕舞うて居るから、疑がきつうて何を云うても誠に致さず、神も迷惑致すぞよ。改心なされよ。改心致せば盲も目があき、聾も耳が聞えるやうになるぞよ。灯台下は真闇がり、目の前に居る友達の真偽が分らぬとは良くも此処まで曇つたものだぞよ。玉治別の神も、今の人民さまには往生致すぞよ。余り鼻を高う致すと、鼻が邪魔して上も見えず、向ふも見えず、足許は尚見えぬやうになつて仕舞ふぞよ。開いた口が塞がらぬ、煎豆に花の咲いたやうな結構な御神徳が、目の前にぶらついて居りながら、灯台下は真闇がり、ほんに可憐さうなものであるぞよ。改心なされよ。改心致せば其日から目も見えるぞよ。身魂も光り出すぞよ。二人のお方疑ひ晴らして下されよ。玉治別の幽宣伝使に間違ひはないぞよ。これが違うたら神は此世に居らぬぞよ。余り慢心致して宣伝使が馬に乗つたり致すから、神罰を蒙つて、結構な神のかけた橋を折られ、谷川に落されてアフンと致さなならぬと云ふ実地正真を見せてやつたのであるぞよ。高姫や黒姫を見て改心なされよ。結構な二本の足を神界から頂きながら、偉さうに飛行船に乗つて、悪魔の征服なぞと云つて出かけるものだから、今に行衛が知れぬではないか。其方等は神の御用を致す宣伝使だ。鑑は何程でも出してあるから、鑑を見て改心致されよ。この玉治別は誠に結構な神が守護して御座るぞよ。明神の高倉、旭を眷属と致して、身代りに立てたぞよ。人民の知らぬ事であるぞよ、アハヽヽヽ』 国依別『オイオイ田吾作、馬鹿にするない。貴様は稲荷ぢやないか。稲荷なら稲荷ではつきりと云へ、俺はこれから貴様の審神をしてやるから、早く素直に往生致さぬと取り返しのつかぬ事が出来致すぞよ。ジリジリ悶え致しても後の祭り、苦しむのを見るのが国依別は可憐さうなから、気もない中から気をつけるぞよ。お前は俺の妹のお勝の婿に化けて居るが、早く往生致して改心致せばよし、余り我を張通すと、神界の規則に照らして帳を切るぞよ、外国行きに致すぞよ』 竜国別『こらこら何を云ふのだ。彼方にも此方にも、しようもない神懸をやりよつて、俺を馬鹿にするのか』 玉治別『神は直き直きにものは云はれぬから田吾作の肉体を借りて気をつけるぞよ。実地正真の手本を見せてあるぞよ。大本の大橋越えてまだ先へ、行方分らぬ後戻り、慢心すると其通り谷底へ落されて仕舞ふぞよ』 竜国別『エヽ怪体な、早く真正ものなら此方へ出て来い』 玉治別『真正者でも贋者でも、何時迄もこんな所に立つて居れるかい。早く改心して呉れ、改心さへ出来たなら、神はいつでも谷を渡つて、其方へ行つてやるぞよ』 国依別『竜公の改心の出来ぬのは、度渋太い豆狸の守護神であるから、玉治別神様が御降臨、イヤ御降来遊ばさぬのは無理もないぞよ。早く豆狸や、野天狗の守護神を放り出して、神様に貰うた生粋の水晶魂に磨いて下されよ。神は嘘は申さぬぞよ』 竜国別『エヽ兄と弟と寄りよつて、此谷底で竜国別を馬鹿にするのか』 玉治別『馬鹿にし度いは山々なれども、頂上に達した完全な馬鹿だから、此上もう馬鹿にしようがないので、玉もたまらぬから神も胸を痛めて居るぞよ』 竜国別、自暴自棄になつて、 竜国別『余り此世が上りつめて、悪魔計りの世になりて、神は三千年の苦労艱難致して此世に現はれて見たなれど、余り其処辺中が穢しうて、足突つこむ所も、指一本押へる処もありは致さぬぞよ。余り此豆狸の身魂が世界を曇らしたによつて、神が仕組を致して、玉治別の身魂を懲戒のために、折れる筈のない石橋をポキンと折つて、神力を現はし、身魂の洗濯をして見せたぞよ。曇つた世の中にも、一人や二人は誠の者があらうかと思うて、鉄の草鞋が破れる処迄探して見たが、唯た一人誠の者が現はれたぞよ。之を地に致して三千世界の立替立直しを致すのであるぞよ。竜国別の身魂は誠に結構な因縁の身魂であるから、神が懸りて何彼の事を知らさねばならぬから、長らく御苦労になりて居るぞよ。糞糟に落ちて居りて下されと神が申したら、一言も背かずに竜国別が聞いて下されたおかげによつて、神の大望成就致したぞよ。それについても因縁の悪い身魂は玉治別、国依別のガラクタであるぞよ。此身魂さへ改心致せば世界は一度に改心致すぞよ。此御方は誠に結構な清く尊い偉い立派な、世界にもう一人とない生粋の根本の元の分霊であるから、神が懸りて大望な御用が仰せつけてあるぞよ。世界の者よ、竜国別の行ひを見て改心致されよ』 玉治別『アハヽヽヽ、何奴も此奴も皆神懸の真似ばかりしよるわい。サアサアこんな人足に相手になつて居れば日が暮れる。一遍出直して、再び出陣しようかい』 と、濡れた着物を脇に拘へ、真裸のまますたすたと谷の流れを此方に渡り、坂道を谷沿ひに下り行く。二人は、 竜国別、国依別『オーイ待て』 と後を追ふ。 折から俄に黒雲塞がり、咫尺も弁ぜざるに至つた。玉治別は、 玉治別『オーイオーイ二人の奴、俺の声を目当について来い』 と力一杯呶鳴り立てる。 竜国別『アヽ吃驚した。何だい、夜中に夢を見やがつて、大きな声を出しよつて、寝られぬぢやないか』 国依別『アヽ俺もエライ夢を見て居つた。玉公の奴、鬼の懸橋から谷川に顛落し、軈て仕様もない事を口走りよつたと思つたら、何だ、夢だつたか。錦の宮の高殿に七五三の太鼓が鳴りかけた。サア早くお礼をして、言依別様の夜前俺達に云ひつけられた高春山征伐に向はうぢやないか』 折からの風に小雲川の水瀬の音は手に取る如く耳に入る。 言依別の御言もて聖地を後に竜国別の 神の命の宣伝使心の玉治別司 国依別を伴ひて小雲の流れを溯り 高春山の鬼神を征服せむと出で行きし 高姫黒姫両人を助けにや山家の肥後の橋 膝の栗毛に鞭打ちて草鞋脚絆に身を固め 菅の小笠の草や蓑巡礼姿に身を窶し 谷を伝ひてテクテクと須知蒲生野ケ原を過ぎ 観音峠も乗り越えて教の花の咲き匂ふ 珍の園部や小山郷翼なけれど鳥羽の里 道も広瀬の川伝ひ高城山を右手に見て 名さへ目出度き亀山の珍の館に着きにける。 此処には梅照彦、梅照姫の二人、言依別命の命を奉じ、小やかな館を建て、教を遠近に伝へて居た。三人の姿に驚いて梅照姫は奥に駆入り、 梅照姫『モシモシ御主人様、妙な男が三人やつて来ました。さうして門口に立つて動きませぬ。どう致しませうか』 梅照彦『誰人か知らぬが、服装が悪くつても、如何なる神様が化けて御座るか知れないから、鄭重にお迎へ申したらよからう』 梅照姫は召使の春公を招き、 梅照姫『何人か門に来て居られる筈だから、鄭重にお迎へ申して来なさい』 春公『承知致しました』 と門口に走つて出た。春公は其処をきよろきよろ見廻しながら独言。 春公『庭長にせよと仰有るから迎ひに出たが、誰も居やせぬぢやないか。乞食が三人居る計りで、大切なお客さまは見えはせぬ。ハヽア、もう、つい御座るのであらう。オイ其処な乞食共、其処退いて呉れ。唯今庭長さまがお越しになるのだから、お前のやうな乞食が門口に立つて居ると、見つとも好くない。サアサア何処かへ往つたり往つたり』 竜国別『貴方は当家の召使ですか。梅照彦は居られますかな』 春公『エヽ何をごてごて云ふのだ。人を見下げて召使かなんて、其様なものとはちつと違ふのだ』 竜国別『然らば貴方は当家の御主人ですか』 春公『マアマア何うでもよいわい。どつちかの中ぢや』 竜国別『御主人とあれば、一寸承はり度い事があつて参りました』 春公『そんな者に当家の主人は用が無いわい。早く何処かへ退散せぬか。今庭長さまがお越しになるのだ。邪魔を致すと此箒で撲りつけるぞ』 玉治別『これや、お前は此処の召使だらう。下男だらう。門前に三人の宣伝使が見えて居るのに主人にも取り次がず、追ひ出すと云ふ事があるものか。早く取り次いで呉れ』 春公『取り次がぬ事もないが、今日は俄にお取込みが出来たのだ。庭長さまがお出になるのだから、何れ御馳走をせなくてはならぬ、さうすれば又ちつとは余るから、明日除けて置いてやるから、更めて出て来い。それ迄其辺うちを迂路ついて、今日はまア他家で貰ふが好からう』 玉治別『お前は我々を乞食と見て居るのだなア。それや余りぢやないか』 春公『余りも糞もあつたものかい。縦から見ても、横から見ても乞食に間違ひはない。余りぢやと云うたが、今日は御馳走が余るとも余らぬとも見当がつかぬ。明日出て来い。屹度握り飯のあんまりを一つ位は俺がそつと除けて置いてやる。貴様も腹が空つとるだらうが、まア辛抱をして居れ。俺だつて生れつきの悪人ぢやない。つい十日程前まで、乞食に歩いて、道の端で飢に迫り倒れて居つたところ、此家の主人が拾ひ上げて下さつたのだから何処迄も大切に此門を守らねばならぬのだ。何卒頼みだから暫く他家へ行つて居て呉れ。今庭長さまがお見えになるのだ。若しその庭長さまが、此家の主人にでも何かの端に、此方の門口には乞食が三人立つて居ましたと云はつしやらうものなら、それこそ俺は此家を放り出されて又元の乞食になり、お前等の仲間に逆転せなくてはならぬから、何うぞここは俺を助けると思つて、暫く退却して呉れ。乞食の味は俺もよく知つて居る。辛いものだ。本当に同情するよ。訳の分らぬ無慈悲の奴だと恨めて呉れな』 国依別は大声を発し、 国依別『梅照彦々々々』 と呶鳴つた。春は吃驚して、 春公『コラコラ、そんな非道い事を云ふものぢやない。俺が叱られるぢやないか。乞食が云うたと思はずに、俺が主人を呼び捨てにしたやうにとられては耐らぬぢやないか。些とは俺の身にもなつて呉れ』 竜、玉、国の三人の宣伝使は一時に声を揃へて、 三人『梅照彦々々々』 と呶鳴り付ける。春は、 春公『やアこいつは耐らぬ、ぢやと云うて人の口に戸を立てる訳にも行かないわ。一つ奥へ行つて言ひ訳をして来う』 とバタバタと奥に駆込む。梅照彦は人待顔にて、 梅照彦『お客さまはどうなつたか。早くこちらへ御案内せぬか』 春公『イヤ、未だ見えませぬ。何うしてこんなに遅いのでせうなア』 梅照彦『今何だか大勢の声がしたではないか』 春公『あれは乞食が歌を歌つて御門前を通つたのですよ』 梅照彦『お前の声ではなかつたかな』 春公『イエイエ滅相もない、誰人が御主人様を梅照彦なんて呼びつけに致しますものか。何でも貴方のお名を知つて居る乞食が云つたのでせう』 梅照彦『ハテナ、それでも今妻が、門口に三人のお方が門を開けて呉れと云つてお待ちになつて居ると云うて居た。今御飯の仕度をすると云つて炊事場の方にいきよつたが、もうお客さまは帰つて仕舞はれたのかなア』 春公『イヽエ、まだお客さまは見えませぬ。唯三人の見すぼらしい乞食が、蓑笠を着て、門の傍に立つて居ります』 梅照彦『何、まだ立つて居られるか』 春公『御主人様、貴方はあんな乞食に丁寧な言葉をお使ひになるのですなア』 梅照彦『乞食だつて誰人だつて、同じ神様から生れた人間だ。丁寧に致さねばならぬではないか』 春公『それでも私に対しては余り丁寧ぢやありませぬな。いつも春、春と呼びつけになさるでせう』 梅照彦『そんならこれから、春さまと云つたらお気に入りますかなア』 春公『御尤もでございますなア』 斯く話す折しも、門口から宣伝歌が聞え来る。 (玉治別)『神が表に現はれて善と悪とを立て別ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直せ聞き直せ 身の過ちは宣り直す三五教の神の教 四方に伝ふる亀山の珍の館を守り居る 梅照彦の門の前遥々訪ね来て見れば 佇み居たる山の神我等の姿を見るよりも 踵を返し奥に入る嗚呼訝かしや訝かしや 主人の妻か下婢か不思議と門に立ち止まり 門の開くを待つうちに躍り出たる下男 我等の前に竹箒掃出すやうな捨言葉 庭長さまが来るまで帰つて呉れいと頑張つて 又もや門をピシヤと締め蒼惶姿を隠しけり 汝梅照彦司三五教の御教を 何と思ふか世の人を貴賤老幼別ちなく 救ひ助けて皇神の教の徳に靡かせつ 世人を守る神司世にも尊き天職を もはや汝は忘れしか神の教を笠に着て 体主霊従利己主義を発揮し居るは三五の 神の教に非ずしてバラモン教の行り方ぞ 我は御国を救はむと晨の風や夕の雨 そぼち濡れつつ高春の山に向うてアルプスの 神の教の司なる鷹依姫を言向けて 世人を救ふ神柱言依別の御言もて 漸う此処に来りしぞ汝が日頃のやり方は 今現はれた下男言葉の端によく見える 貴き衣を身に纏ひ表面を飾る曲人を 喜び迎へ入れながら服装卑しき我々を 唯一言に膠もなく追ひ帰さむと努むるは 全く汝が指金か但は下男の誤りか 詳細に御答へ致されよ朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 神に仕へし身の上は如何なる卑しき姿をも 如何なる見悪き服装せる乞食の端に至るまで 救ひ助けにやおかれまい汝は易きに狎れ過ぎて 救ひの道を忘れしか神は我等と倶にあり 神の勅を畏みて曲津の征途に上り行く 我等一行三人連れ竜国別や玉治別 国依別の宣伝使此処に暇を告げまつる あゝ惟神々々恩頼を蒙りて 早や暮れかかる冬の日を御稜威も高き高熊の 御山を指して進むべし梅照彦よ妻神よ 随分お健でお達者で神のお道に尽くされよ 私はこれにて暇乞ひ三人の司が凱旋を 指をり数へて待つがよいさアさア往かうさア往かう 門前払ひを喰はされて余り嬉しうは無けれども これも何かのお仕組か行けるとこ迄行つて見よう 決して世界に鬼は無い三五教の身の内に 梅照彦の鬼が坐すもしや我等の云ふ事が お気に障れば赦してよあゝ惟神々々 御霊の幸を賜へかし』 と玉治別は大声にて心の丈を歌ひ終つた。 梅照彦は此歌を聞くや、驚いて表門に駆けつけ砂上に頭を下げ、 梅照彦『これはこれは宣伝使様で御座いましたか。まことに下男が粗忽を致しまして、申訳が御座いませぬ。さアさアどうぞお這入り下さいませ』 玉治別『イヤ有難う。かういふ立派なお館へ乞食が這入りましては、お館の名誉にかかはりますから、今日はまアこれで御免を蒙りませう』 梅照彦『お腹立御尤もで御座いますが、つい失礼致しまして……全く下男の業で御座いますから、どうぞ許して下さいませ。さアさア御機嫌直して、トツトとお這入り下さいませ。コレ梅照姫、春公、お詫を申上げないか』 と呶鳴つて居る。二人は此声に驚いて様子は分らねど、梅照彦が土下座をして居るのを見て、自分も同じく大地に平伏して頭を下げた。 玉治別『今貴方は下男が悪いのだと云はれましたな。決して下男ぢやありませぬよ。責任は矢張主人にある。さう云ふ気のつかない馬鹿な男を、門番にするのが第一過りだ』 梅照彦『ハイ、何と仰せられましても弁解の辞がありませぬ』 竜国別『サア、事が分れば好いぢやないか。玉治別、国依別、お世話になりませうかい』 と先に立つて進み入る。二人もニコニコしながら、 玉治別、国依別『アヽ、エライお気を揉ませました。もうこれで一切の経緯は帳消だ。さア梅照彦御夫婦さま、春さま、何うぞ安心して下さいませ』 梅照彦『有難う御座います』 と安心の胸を撫で下し、妻諸共三人の後に従いて奥に入る。春公は門の傍に佇立し、 春公『アヽ庭長さまの御挨拶だつた。お蔭で免職もどうやら免れたやうだ』 (大正一一・五・一六旧四・二〇加藤明子録) |
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45 (1789) |
霊界物語 | 21_申_高春山のアルプス教 | 16 約束履行 | 第一六章約束履行〔六九〇〕 高春山の中腹なる天の森の祠の傍に漸う登り着いた玉治別、杢助、お初の三人は、周囲に碁列せる平岩に脚を休め乍ら、ひそひそ話に耽る。 玉治別『此処へ着いてから殆ど二時ばかりになるが、まだ竜国別も見えず、国依別も顔を見せないが一体如何したものだらうなア。先へ行つて居る気遣ひは無い筈だ。此の森に落ち合ひ、一団となつて上ると云ふ計画だから、マサカ約束を無視して一人上る筈もなからう。アヽ遅いことだワイ』 杢助『ナニ心配は要りませぬよ、軈て見えませう。噂をすれば影とやら、其の人のことを云つてをると、ツイ来るものだ。軈て堂々と登つて来られるでせう』 玉治別『あの国依別にしても、竜国別にしても随分女難の相があるから、途中で魔性の女にチヨロ魔化されて、肝腎の御神業を忘却して居るのではあるまいかなア』 杢助『決して決して左様な御心配は要りますまい。津田の湖辺で別れた時には、余程の堅い決心の色が見えて居ましたよ。女に対しては何の交渉もありますまい。枯木寒巌に倚る三冬暖気無し程の堅家だから、屹度女なんかに目をくれるやうな人物とは認められませぬワ』 玉治別『イヤ余り安心は出来ますまい。何分元が元ですから、随分若い時は発展したものです。大勢の前では石部金吉、金兜、梃子でも棒でも、女位に動かない堅造のやうに見えて居つても、心の中の情火と云ふ曲者が煙を噴出すと、ツイその煤煙に包まれて目が眩み途方も無い所へ脱線する虞のある代物です。教主言依別命様は彼等が心情を御洞察遊ばして、出立の際にも、決して女にかかり合つてはいけない、今度の言霊戦は汝等宣伝使の試練だと仰有つた位ですから、実に心許ない代物ですよ。鬼でも閻魔でも美人の顔を見て怒る気遣ひはない。況んや人間に於てをや。何と云つても今迄の経歴が経歴ですからなア』 杢助『此の連山重畳たる山道に、そんな女が迂路ついて居る気遣ひはありますまい。生物と云つたら猪、狼、蛇、狐、狸位なものでせう。人間と言へばアルプス教の連中が徘徊してゐる位なもの、私は女よりも案じるのは、アルプス教の集団に出会し苦戦に苦戦を重ね、其の為に時間を費やして居られるのではあるまいかと思ひます。大谷山も随分魔神の多い所、六甲山も時々テーリスタンが部下を率ゐて構へて居る地点ですから、それ等に対手になつてゐるかも知れますまい。昨夜の女を虐めたやうに、あの通り沢山な奴が徘徊して居るのですから、随分に苦戦をやつてゐられるのでせうよ』 玉治別『それはさうと、あの秘密書類に依つて敵の配置を覚り、間道ばかり進んで来る筈だから、滅多に敵に出会す筈はなからうと思はれます』 杢助『さうだとすれば随分暇の要ることだなア。併し此方は船に乗つて真直に来たのだから、余程早いのは道理だ。二時や、三時遅れたつて寧当然かも知れますまい』 玉治別『我々は湖上に於ていろいろと時間をとりましたから、平均すれば向方の方が早く此処へ到着してゐなければならないのですワ』 斯る処へ蓑笠の影、霧の中よりポコポコと浮き上り登り来る。 杢助『アー誰か登つて来ましたよ。大方竜国別様でせう』 玉治別は首を伸ばして見つめてゐる。追々近寄つて来る一人の男。 竜国別『アヽ長らく待たしたでせう。思ひの外嶮しい山坂、それにいろいろの道草を喰つて居たものですから、ツイ遅れました』 玉治別『ヤア結構々々、又谷底へでも沈澱したのぢやなからうかと、実は心配して居ました』 竜国別『国依別さまはまだお見えになりませぬか』 玉治別『まだ見えませぬワ、如何したのでせう』 竜国別『中々予定通りには進めないものでしてなア。私も大変な面白いことに出会つて来ましたよ』 と笠を脱ぐ。見れば額を石で割られた傷、 玉治別『ヤア貴方の額は如何なさつた。大変な傷ぢやありませぬか』 竜国別『石に躓き倒けた途端に、額を打ちました』 玉治別『それは又妙ぢやなア。一割高い鼻を打ちさうなものだのに、如何して又その額を打たれたのでせう』 竜国別『アヽこれは一寸訳があつて、明白に申上げ兼ねます。どうぞ此の事だけは堅い約束がしてあるのだから、聞いて下さいますな』 玉治別『約束ぢやありますまい。貴方はアルプス教の部下に取り巻かれ、頭をこつかれたのでせう。折角三人揃つて、無疵で、天晴勝利を得て帰らうと思つて居るのに、負傷者を出したと云ふことは実に残念だ』 竜国別『イエイエアルプス教の連中には、一人も逢うたことが御座いませぬ。道中は至極無事平穏でした』 玉治別『無事平穏の途中に其の傷は又如何なさつたのだ。吾々は親子兄弟よりも親密にして居る仲、何故御隠しなさるか』 竜国別『何うしても斯うしても秘密は秘密です。これ計りは私一生の間云ふことは出来ませぬ。もしも半口でも言はうものなら大変です。やつて来ますからなア』 玉治別『やつて来るとは、そりや又何ですか。世界の鬼、大蛇、悪狐、醜女、探女を悉く言向け和さねばならぬ宣伝使、何がやつて来たところで怖ろしいものがある道理はない。怪体なことを仰有るのですな』 竜国別『これは誓約がしてありますから、約束を破れば矢張違約の罪になりますワ』 玉治別『ハヽヽヽヽ、エライ惚気方だなア。途中に於て立派なナイスに出会し、夫婦の約束を結び、女の方からお前様の様な男らしい男、鼻の高い方は他の女に惚れられると困るから、傷をつけて置かうなんて、ナイスに頭を割らせ、さうして夫婦の誓約をしたのでせう。その代り貴方も女の小指位は預かつたでせうなア』 竜国別『イヤもう迷惑千万、ナイスと婚約を結ぶやうな、そんな気楽なことですかい。大変な椿事が突発したのですよ。言ひ度いは山々なれど斯んなことを言ふと、鬼娘がやつて来ますよ』 杢助『ハヽヽヽヽ、大谷山の谷底に巣を構へて居る鬼娘のお光に逢うて、血を吸はれたのだなア』 竜国別『メヽヽ滅相な、そんなものに逢うたことはありませぬワ』 杢助『貴方は宣伝使であり乍ら、我々を偽るのですか。偽りの罪は随分重いものですよ』 竜国別『約束を破つても罪になる。偽つても罪になる。エー仕方がない、実はお光と云ふ鬼娘に出会し、頭をこづかれ、血を二升許り吸ひとられ、何処ともなしに気分がサツパリとしました。併し何となく意気沮喪したやうな感じが致します。千里向ふでも私の耳は聞えるから、人に言つたが最後、生命を奪ると云ひました。私も男だから鬼娘の一人や二人は怖れませぬが、やつて来たら何とかして下さいますか』 玉治別『竜国別さま、御心配なさいますな。言霊を以て忽ち鬼娘を消滅させて了ひますよ』 杢助『万一やつて来居つたなら、此の杢助が足で踏み躙り降参させて呉れます。御心配なさるな』 斯る所へ黒雲を起し、山麓より鬼娘、面ばかり現はし、ヌーヌーと雲と共に上つて来る。 竜国別『ヤアどうやら見覚えのある鬼娘がやつて来たやうだ。モシ杢助さま、頼みますよ』 杢助『心配なさるな。貴方は早く言霊戦を始めなさい。其の他のことは、みんな此杢助が御引受け申す』 と云ふ折しも鬼娘はグワツと耳迄引裂けた口を開き、舌をノロノロ出し乍ら、 鬼娘『竜国別の宣伝使は、此処へ来た筈だが、何処に居るかな』 杢助『此処に確かたつた一人居る。さうして貴様は竜国別を探して何をする積りだ。見つともない。小ぽけな角を生やし、大きな口を開けてやつて来たところで、誰一人貴様に同情するものはありやしないぞ。あんまり馬鹿にすな。貴様の顔と相談して来い。男の尻を追ふのなら女らしいオチヨボ口をして来たら如何だ。大神楽のやうな無恰好な口を開けよつて、そないな顔を見ると大抵の男は、夜分には襲はれて安眠が出来はしないぞ。何故女らしく淑やかに化けて来ぬか』 お光『お前に用はない。俺は竜国別に堅い堅い約束がしてある。約束履行のために出て来たのだから、邪魔して下さるな』 杢助『アハヽヽヽヽ、何と物好きもあればあるものだな。コレ竜国別さま、何程一人旅で女に飢ゑて居ると言つても、あんまりぢやないか。般若の面みたやうな鬼娘と、なんぞ堅い約束でもしたのか』 お光『堅い約束した証拠には竜国別の額口を御覧なさい、俺の所有物と云ふ証拠に石の刻印が捺してある筈だ。竜国別の生命は最早此方の物だ。邪魔をして下さるな』 杢助『二人の恋仲を、俺もさう野暮な生れ付きぢやないから、別に邪魔する積りぢやないが、さてもさても呆れたものだなア。生命までも斯んな鬼娘に賭けて、約束するとは余りぢやないか。おまけに石の刻印まで捺して貰ふとは、何処までも徹底した恋愛だなア』 お光『早く除いて下さい。俺は胸の火が燃えて来て居るから、お光狂乱のやうになつて了ひますよ』 杢助『アハヽヽヽ、山家に長らく蟄居して居つたので、芝居を見る機会がなかつたが、一つ此処で其のお光狂乱の演劇を、無料拝観さして貰ひたいものだなア』 竜国別『オイお光、昨日の約束はモー取消だ。誰が貴様のやうな鬼娘と堅い約束を結んでたまらうか。其場遁れの遁げ口上だつた。貴様も好い馬鹿だなア』 と杢助の力強を後楯に徐々メートルを上げ出した。 お光『ヘン、偉さうに、杢助が居ると思つて、お前は虎の威を借る奴狐だ。欺すことは上手だなア。この鬼娘でさへも呆れて物が云はれませぬワイ。併し乍ら其方は取消しても、此方は取消さぬのだ。何処までも生命を貰ふから覚悟をしなさい』 杢助は足許のギザギザした石を一つ拾ひ、グツと握つて、 杢助『オイ、お光、約束は履行してやらう。生命も奪らしてやらう。其代りに証文は返して貰はねばならぬ。サア、此石で貴様の額に力一杯刻印を捺してやらう。これで再び竜国別の身の上に関しては、毛頭苦情は申しませぬと言ふ証拠だぞ。サア早く凸凹を突き出せ』 竜国別『お光、ざまア見やがれ。其の凸を杢助さまの御前に提出するのだ』 お光『エー残念な、竜国別、お前も杢助と年が年中歩いて居るのぢやあるまい。又一人出る時もあらう。その時に約束を屹度履行するから、さう思つてゐらつしやい』 お初、小さい声で、 お初『オホヽヽヽ、鬼娘のお光どの、私の顔を見覚えて居ますか』 お光は不図六歳のお初の顔を見るなり、キヤツと叫んで白煙となり消えて了つた。今迄包んで居た黒雲は、高春山の吹颪に払拭されて四方に飛散し、山麓の谷川の水までハツキリと見えるやうになつて来た。 杢助『アハヽヽヽ、鬼娘と云つても脆いものだなア。到頭煙散霧消して了ひ居つた。アヽ彼奴もこれで成仏しただらう。さア、モウ竜国別さま御安心なさい』 竜国別『エライ御厄介をかけましたが、御かげで助かりました』 玉治別『竜国別さま、随分奇抜なローマンスを見せて呉れたものだな。蓼喰ふ虫も好き好きとはよく言つたものだ』 竜国別『お前まで余り人をひやかすものぢやない。俺の心もチツとは推量して呉れ』 一同『アハヽヽヽ』 と声を放つて敵地にあるを忘れて面白さうに笑ふ。 玉治別『時に、国依別はまだ来ないのかなア。又鬼娘と途中に狎戯いて居るのぢやなからうかな』 竜国別『斯う隙が要るからは何か一つの故障が起つたのだらう。彼奴も随分罪業を積んで居るから、一人旅行は剣呑だ』 と語る時しも、国依別は意気揚々として数人の男を伴ひ登つて来た。 玉治別『アヽ国依別さまか、随分待呆けに逢うたよ。如何して居つたのだい』 国依別『大変な大事件が途中で勃発して、それが為に時間が要つたのだよ。到頭地獄の八丁目迄旅行して、昔の女房に包囲攻撃され困つて了つた。若い時から嬶ア泣かしの後家倒し、刃物要らずの女殺しをやつて来た報いで、幽冥界に彷徨ひ落ち込んだところ、合計十打ばかりのレコが一時に現はれて、百万陀羅恨みの数々繰返し、俺も已むを得ず昔の事を思ひ出し、涎を沢山に繰返して居つたのだから、ツイ遅れて済まなかつた。随分退屈であつたらうなア』 玉治別『別に退屈でも何でも無かつた。竜国別の奴、天下一品の鬼娘と堅い約束を結び、其の契約を履行せよと云つて、お光の鬼娘がやつて来て、今既に愁歎場の幕を下ろしたところだ。モー一足早く来ると面白い活劇が見られるところだつたよ。さうしてお前は一人で来る筈だつたのに、随分沢山に人間を伴れて居るではないか』 国依別『これは死んだ女房の亡霊が憑依した容器だ』 玉治別『仮令亡霊でも、高春山の征伐が済む迄女を伴れることは出来ないと云ふ規則ではなかつたか』 国依別『それは御互様だ。お前もお初さまを伴うて来ただらう。たとへ小供でも女は矢張女だ。竜国別も又鬼娘と途中に於て、何だか堅い契約を結んで一悶着をおつ始めたと云ふではないか。俺ばかり責めるのはチツと惨酷だよ。此処へ伴れて来て居るのは、実際はアルプス教の部下で、松姫さまの兄の常公迄が出て来て居るのだ。俺の戦利品は先づザツト斯んなものだよ』 お初『ヤアヤア竜国別、国依別、玉治別、杢助、其他の者ども、これより妾が作戦計画を汝らに伝ふる。暫く沈黙を守り、わが言葉を謹聴せよ』 と子供に似合はず、荘重な力の籠つた声で呼ばはるにぞ、四人は「ハイ」と答へた儘大地に平伏して宣示を待つ。 (大正一一・五・二一旧四・二五外山豊二録) |
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霊界物語 | 23_戌_木山の里/竜宮島へ出発 | 02 副守囁 | 第二章副守囁〔七一四〕 罪も穢れも那智の滝、洗ひ流した若彦は、心もすがすがしく三五教の教理を遠近に伝ふべく、普陀落山の麓に館を造り、教を四方に布きつつあつた。門を叩いて、 『頼まう頼まう』 と訪ふ二人の宣伝使がある。門番の秋公、七五三公は此声に眠りを醒まし、大欠伸をしながら、 七五三公『オイ秋公、誰だか門外に訪ふ人がある。早く起きて開けてやらないか』 秋公『夜も碌に明けてゐないのに、此の門開ける必要があるか。少し時刻が早いから、マア一寝入したがよからう』 門を叩く声益々忙はしい。七五三公は夜具を被つた儘、 七五三公『オイオイ開けるのは秋公の役だ。早く起きぬかい』 秋公『夫程喧しく言ふなら、貴様開けてやれ』 七五三公『オレは其名の如くしめる役だ。愚図々々して居ると、又若彦の大将からお目玉を頂戴するぞ。エー仕方の無い奴だ』 と寝巻の儘、仏頂面を下げて片足に下駄、片足に草履を穿き、三尺帯を引摺り乍ら、門をガラガラと開いた。二人は丁寧に会釈し、 二人の宣伝使『若彦の宣伝使は御在宅ですかな』 七五三公『そんな難かしいことを言つて解るかい。居るか、居らぬかと云ふのか。さうしてお前は何と云ふ宣伝使だ』 男『ハイ私は魔我彦、外一人は竹彦と云つて三五教の宣伝使です。大神様の御命令に依つて、遥々参つたのですから案内して下さい』 七五三公『曲つたとか、曲らぬとか、案内とか、門内とか、お前の言ふ事は全然訳が分らぬ。そんな英語を使はずに俺達に分る様に云つて呉れ』 魔我彦『アハヽヽヽ、訳の分らぬ門番もあつたもんぢやなア。こんな奴が門番して居る位だから、大抵若彦の御手並も分つてゐるワイ』 七五三公『一寸待つて呉れ。今お前は此家の御主人を若彦と云つたなア。何故若彦さまと言はないのだ。そんな無茶なこと云ふ奴は、此の門は通されぬのだ。大方魔谷ケ岳の蜈蚣姫の乾児だらう。三五教の宣伝使だなんて、うまく化て来たのではないかな。……オイ秋公、貴様起きて来い。大変な奴がやつて来居つたぞ』 秋公は此声に驚いて、寝巻の儘此場に現はれ来り、 秋公『大変な奴とは此奴か。如何したといふのだ』 七五三公『此方の主人を若彦なんて呼びつけにしやがるものだから、むかつくのだよ秋公』 秋公『それはむかつくとも、オイ何処の奴か知らぬが今日は帰つて呉れ』 魔我彦『其方は謂はば若彦の門番でないか。大神様の御命令で来た吾々を、通すの通さぬのと云ふ権利があるか。早く案内を致せ』 と稍怒りを帯びた語気で呶鳴りつけた。二人は頭を掻き乍ら、 秋公『マア是から吾々門番は手水を使ひ、着物を着換へ、朝飯を食つて悠くりと案内をしてやるから、それ迄其処に待つてゐるが好いワイ』 竹彦『魔我彦さま、広いと云つてもたかが知れた若彦の屋敷、サア、行きませう』 と先に立ち奥に入る。若彦は涼しさうな薄衣を着て、庭先の掃除に余念無く、箒目を正しく砂の上に画いてゐる。 魔我彦『アヽ彼れが何うやら若彦の宣伝使らしい。大将は朝早くから彼の通り、箒を以て園丁の役を勤めて居るのに、門番の奴グウグウと寝やがつて、ポンついてゐやがる。ウラナイ教の北山村の本山でも、依然さうだつた。門番は威張るばかりで働かぬものだ。なア竹彦、貴様も波斯の国ではウラナイ教の門番をしてゐた時、依然さうだつたなア』 竹彦『そんなことを今頃に持ち出すものぢやありませぬぞ。さうしてウラナイ教なんて、疾の昔に消滅して了ひ、今は吾々は立派な三五教の宣伝使だ。昔の門番を、こんな処で担ぎ出されると吾々の沽券が下る。そんな過去つたことを云ふのなら、青山峠の谷間の突発事件を此処で開陳しようか』 魔我彦『シーツ』 竹彦『シーツとはなんだ。人を四足扱ひにしやがつて、シーシー云うと、死んだ奴が又恨めしやーナアーとやつて来るぞ。縁起を祝ふ神の道だ。四と九とは言はぬやうに慎んだがよからう』 と佇んで若彦の掃除を見乍ら二人が囁いてゐる。其の声が耳に入り若彦は、箒を手にしながら両人の姿を眺めて、 若彦『アヽ貴方は魔我彦さまに竹彦さま、朝早くから、よくお入来になりました。どうぞ奥へ通つて下さい。一別以来の御話しも悠くり承はりませう』 魔我彦は儼然として、 魔我彦『私は玉照彦、玉照姫様の御使として、遥々参つたもので御座います』 竹彦『謂はば神様の御使、謹みて御聴きなさるがよろしからう』 と傲然と構へてゐる。若彦は腰を屈め、 若彦『何は兎もあれ、奥へ御通り下さいませ』 と先に立つ。二人は離れ座敷に招かれ、茶湯の饗応を受け、暫く打寛いで四方山の話に耽る事となつた。若彦は表に出で部下の役員信者と共に、神殿に朝の拝礼を為し、一場の説教を了り朝飯を喰つて居る。侍女は膳部を拵へ、離れ座敷の二人の前に持運び、朝飯をすすめて居る。若彦は朝餉を済まし、衣紋を繕ひ、離座敷の二人が前に現はれ、 若彦『これはこれは御両人様、長らく御待たせ致しました。遥々の御越し、何の御馳走も無く誠に済みませぬ』 魔我彦『三五教の教理は一汁一菜と云ふ御規則で御座る。それにも関はらず、イヤもう贅沢な御馳走に預りました。聖地に於ては到底玉照彦様でも、こんな御馳走は見られたことも御座りませぬ。併し乍ら折角の御志、無にするも如何かと存じ、快く頂戴致しました。アハヽヽヽ』 若彦『吾々も三五教の宣伝使、一汁一菜の御規則はよく守つて居ります。併し乍ら今日は神様の御入来ですから、神様に御馳走を奉つたのです。魔我彦さまや、竹彦さまに御上げ申したのでは御座らぬ。貴方は神様に上げたものを、気の毒だから御食れましたと仰有つたが、神様の分まで御食りになつたのですか』 と竹篦返しを喰はされ、二人はギヤフンとして円い目を剥く。 魔我彦『今日吾々の参つたのは大神様の御命令、玉照彦、玉照姫の二柱の神司より、御神慮を伝ふべく出張致しました。貴方は聖地の大変を知つて居りますか』 若彦『聖地は無事安穏に神業が栄えて居るぢやありませぬか』 魔我彦『さてさて貴方は長らく聖地を離れてゐるから解らぬと見えるワイ。貴方の御存知の杢助と云ふ奴、全然聖地へ入り込み、初稚姫の少女の言ふ事を楯に取り、横暴を極め、誰も彼も人心離反し、今に大変動が起らんとして居る。それで高姫さまも非常に御心配を遊ばして御座るのです』 若彦『さうすると貴方は高姫さまの旨を奉じて来られたのか、或は言依別の教主様の旨を奉じて御入来になつたのか、それから第一番に聴かして貰ひませう』 竹彦『そんな事は如何でも好いぢやないか』 と言はんとするを魔我彦は周章て押し止め、 魔我彦『コレコレ竹彦さま、お前は約束を守らぬか。お前の言ふべきところではない、謂はば従者ぢやないか』 竹彦『従者か何か知らぬが依然表面は魔我彦と同格の立派な宣伝使だ。余り偉さうに言つて貰ひますまい。青山峠の絶頂は何うですな』 と顔を覗き込む。 魔我彦『青山に日が隠らば烏羽玉の夜は出なむ。朝日の笑み栄え来て、拷綱の白き腕淡雪の若やる胸を、素手抱き手抱きまながり、真玉手玉手さし巻き、腿長にいほしなせ、豊御酒奉らせ。アハヽヽヽ』 と笑ひに紛らす。 竹彦『ヘン、うまい処へ脱線するワイ』 魔我彦『沈黙だ』 若彦『杢助が何うしたと言ふのですか』 魔我彦『杢助はお前さまを紀州下りまで追ひやつて置き、お前の女房玉能姫をうまく抱き込み、聖地へ連れて行き、言依別の命に密と○○させて、それを手柄に威張つて居るのだ。それが為に聖地の風紀は紊れ、「町内で知らぬは亭主ばかりなり」と云ふ事が突発して居ますよ。お前さんは杢助や、言依別を何と思ひますか。肝腎の女房を○○されて、それで安閑としてゐるのですかな。高姫さまが大変に憤慨なされて「アヽ若彦さんは気の毒ぢや、何卒一日も早く此事を知らして上げ、私と一緒に力を協して聖地を改革せねばならぬ」と仰有つて、錦の宮に御願ひを遊ばしたところ、玉照彦、玉照姫の神司に大神が御降臨遊ばし、「不届至極の言依別、今日より其職を免じ、高姫に一切万事を委任する。就ては杢助を叩き出し、若彦さんを総務にするのだから早く聖地へ帰つて貰へ」との有り難き御言葉、それ故吾々は遥々と参りました』 若彦『それは御苦労でした。併し乍ら貴方の仰有る大変とは、そんなものですか。それはホンの小さい問題ぢやありませぬか。例令玉能姫が○○されたと言つても、吾々さへ黙つて居れば済むことだ。其の位な事が、何大変であらう。アハヽヽヽ』 と手も無く笑ふ。魔我彦はキツとなり、 魔我彦『これは怪しからぬ。自分の女房を○○され乍ら平気で笑うてゐるとは、無神経にも程度がある。イヤ、貴方は玉能姫以上のナイスが出来たので、これ幸ひと思つてゐるのでせう』 若彦『私は神界に捧げた身の上、玉能姫を措いて他に女などは一人もナイスだ。アハヽヽヽ』 と木で鼻を擦つたように笑つて取り合はぬ。 魔我彦『それよりも未だ未だ一大事がある。如意宝珠や、紫の玉や、黄金の玉を隠した張本人は言依別命だ。可愛相に黒姫さまや、竜国別、鷹依姫其他の連中は、玉探しに世界中へ出て了つた。さうして言依別の教主は何でも目的があつて、自分一人で何処かへ隠して了ひよつたのだから、何処までも詮議立をしなくてはなりませぬ。何を云つても玉能姫を○○するために、お前さまを斯んな遠国へ、杢助と諜し合せて追ひやるやうな代物だからなア』 若彦『アヽさうですか、私は言依別様が何をなさらうとも、神界に仕へて居る方だから、少しも異存は申しませぬ、絶対服従ですから』 魔我彦『服従も事に依りますよ。些と冷静に御考へなさい。天下の大事ですから。教主一人と天下とには換られますまい』 若彦『彼の賢い抜目の無い玉治別や、国依別が付いて居るのですから、滅多なことはありますまい。もしも左様なことがあれば、屹度知らして来る筈になつて居るのですから』 竹彦『玉治別や国依別は、モウ現世には………』 と言ひかけるのを、魔我彦は『シーツ』と制し止める。 竹彦『又人をシーなんて馬鹿にするない。シーシー死骸、死人、しぶとい、知らぬ神に祟り無し。死んだがマシであつたかいなア』 と首を篦棒に振り、長い舌を出してゐる。魔我彦は心も心ならず、 魔我彦『若彦さま、此男は些と逆上してゐますから、何を云ふか解りませぬ。チツとキ印ですから其のつもりで聴いて下さい』 若彦『玉治別と国依別さまの消息は御存知でせうな』 魔我彦『………』 竹彦『此の竹彦は知つても知りませぬ。併し乍ら副守護神が能く知つてゐますよ』 魔我彦は矢庭に両手を組み、竹彦に向つてウンと一声、魔我彦は、 魔我彦『副守の奴、除けーツ』 と呶鳴り立てゐる。 竹彦『ウヽヽ油断を致すと谷底へ突落されるぞよ。一旦谷底へ落した上で神が救けて、誠の御用を致さすぞよ。此世は神の自由であるから、人間のうまい計画は成就致さぬぞよ。蛙は口から、われとわが手に白状致さして面の皮を引剥くぞよ』 魔我彦『下れ下れ、下り居らう。其方は野天狗であらう』 竹彦『野天狗でも何でも可いわ、谷底ぢや、押も押れもせぬ三五教の宣伝使でも、矢張押されて谷底へ落ちてアフンと致すことがあるぞよ。今に上が下になり下が上になるぞよ。神が表に現はれて善と悪とを立別るぞよ』 魔我彦『エー喧しい野天狗だ。下れと云つたら下らぬか』 竹彦『ウヽヽ若彦殿、気をつけたがよからうぞよ。悪の誘惑に乗つてはならぬぞよ。何程うまいこと申して来ても、神に伺うた上でなければ、聞いてはならぬぞよ。マガマガマガ』 魔我彦『モシモシ若彦さま、困つた邪神が憑依したものですなア』 若彦『イヤ邪神でもありますまい。大方此の守護神の言ふことは、事実に近いやうですよ。国依別、玉治別の宣伝使は、若しや或はマガタケル彦に谷底へ突き落されたのではありますまいかな』 竹彦『ウヽヽ流石は若彦の宣伝使だ。汝の天眼通、天晴れ天晴れ』 魔我彦は顔蒼白め、ソロソロ遁腰になつて此場を立去らうとする。 若彦『マア魔我彦さま、悠くりなさいませ。天が下には敵も無ければ味方も有りませぬよ。神様が善悪は御審判き下さいますから、吾々は何事が起らうとも惟神に任して居れば好いのですよ。サア、お茶なつと召上りませ』 と茶を汲んで突き出す。魔我彦は身体ワナワナと戦き出した。 斯る処へ召使のお光と云ふ女、あわただしく走り来り、 お光『只今三人のお客様が見えました。何う致しませう』 若彦『表の奥の間へ御通し申して置け』 魔我彦『モシモシ其の三人の方と云ふのは、何んな御方で御座いますか』 お光『なんでも宣伝使さまのやうです。大変大きな御方が一人混つてゐられます』 魔我彦の面色はサツと変つた。竹彦は身体をブルブルと慄はせ乍ら、又神憑りになつて、 竹彦『それ来たそれ来た、谷ぢや谷ぢや、玉ぢや玉ぢや、クニクニクニモクモクモク』 と呶鳴り出した。若彦は、 若彦『コレお光や、四五人の男を此処へ招んで来てお呉れ』 『ハイ』と答へて、お光は表を指して姿を隠し、暫くありて甲、乙、丙、丁、戊の五人の大男を伴れて来た。 若彦『ヤア五人の男ども、私は表のお客さまに少し用があるから、二人のお客さまを見放さないやうに、大切に保護をして居るのだよ。出口入口に気をつけて悪魔の侵入せないように守つてあげて呉れ。遁げられては一寸都合が悪いからなア』 甲『ハイ何事もチヤンと私の胸に御座います。御心配下さいますな』 若彦『何分宜しう頼む。モシ魔我彦さま、竹彦さま、私は表の客人に一寸会つて来ます。何うぞ悠くりお茶でも上つて遊んで下さいませ』 と五人の男に目配せし、悠々と此場を立つて表屋の方に姿を隠す。 (大正一一・六・一〇旧五・一五外山豊二録) |
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47 (1822) |
霊界物語 | 23_戌_木山の里/竜宮島へ出発 | 04 長高説 | 第四章長高説〔七一六〕 杢助は魔我彦、竹彦二人と共に窃に聖地に帰り、表戸を閉し暫らく外出せず、聖地の様子を窺つて居た。玉治別、若彦、国依別の三宣伝使も密に聖地に帰り、国依別が館に深く忍び、高姫一派の陰謀を偵察しつつあつた。神ならぬ身の高姫は此事は夢にも知らず、鬼の来ぬ間の洗濯するは今此時と、私かに聖地の役員信徒の宅に布令を廻し、緊急事件突発せりと触れ込んで、錦の宮の八尋殿に集めた。 此日は風烈しく急雨盆を覆へす如く、雷鳴さへも天の東西南北に巻舌を使つてゴロツキ出した。斯かる烈しき風雨雷電にも屈せず、緊急事件と聞いて爺も婆も猫も杓子も、脛腰の立つ者は満場立錐の余地なきまでに寄り集まつた。此時高姫は烏帽子、狩衣厳めしく神殿に進み、言依別の教主、尻でも喰へと言ふ鼻息にて斎主を勤め、型の如く祭典を済ませ、アトラスの様な曼陀羅の面を講座の上に曝し、満座の一同に向ひ、鬼の首を篦で掻き斬つた様に得意気に壇上に肩を揺り、腮を上下にしやくり乍ら、 高姫『皆さま、今日は斯くの如き結構なお日和にも拘らず、残らず御参集下さいまして、日の出神の生宮も満足に存じます。言依別の教主は先日より少しく病気の態にて引き籠られ、又杢助の総務殿は何れへかお出でになり、此三五教の本山は首の無い人間の様だ、二進も三進も動きが取れないと、大勢様の中には御心配遊ばしたお方があつた様ですが、日の出神の御神徳は偉いものです。教主が出勤せなくても、杢助其他の幹部宣伝使が居なくても、御神力に依つて、斯くの如く一人も残らず参集して下さつたと言ふのは、未だ天道様は此高姫を捨て給はざる証で御座いませう。杢助総務の召集でも言依別の教主の召集でも、此八尋殿の建設以来、是だけ立錐の余地なき迄お集まりになつた事は御座いませぬ。それだから神力が強いか、学力が強いか、神力と学力との力競べを致さうと神様が仰有るのです。論より証拠、実地を見て御改心なさるが一等です。時に緊急事件と申しまするのは外でも御座らぬ。我々日の出神の生宮、而も変性男子の系統の肉体、及び錚々たる幹部の御連中を差措き、たかの知れたお節の成り上りの玉能姫や、杢助の娘お初の如き者に、ハイカラの教主が大切なる御神業をソツと命令し、吾々始め幹部の御歴々にスツパヌケを喰はすと言ふ事は、如何に御神業とは言へ、吾々一同を侮辱したる仕打ちでは御座りますまいか。幹部役員は申すも更なり此処にお集まりの方々は何れも熱心なる三五教の信者様計りで御座りませう、神様のお仕組の御用を各々に致し度いばつかりで、地位財産を捨てて此処へ来乍ら、訳の分らぬ杢助一派の者に蹂躙されて、指を啣へてアフンとして見て居ると言ふ事がありませうか。斯う見渡す所、大分立派な男さまも居られますが、貴方等は睾丸を提げて居られますか。実に心外千万ではありますまいかな』 加米彦は満座の中よりヌツと立ち上り、 加米彦『高姫さまに質問があります、何事も神界の御経綸は我々人間の容喙すべき所ではありますまい。如何に日の出神の生宮ぢやと仰有つても、神様が高姫さまの命令に服従せよとは、何処の筆先にも書いてはありませぬ。日の出神呼ばはりは廃めて貰ひ度い。貴女こそ聖地及び神界の御経綸を混乱顛覆させる魔神の容器でせう』 高姫は講座より地団駄を踏み、目を釣りあげ、 高姫『誰かと思へば汝は秋山彦の門番加米彦ではないか。世界の大門開きを致す此高姫の申す事、たかが知れた一軒の家の門番が容喙すべき限りでない。すつ込つで居なされ』 と一口に叩きつけ様とする。加米彦は負ず気になり、高姫の立てる壇上に現はれて一同を見渡し、 加米彦『皆さま、私は今高姫さまの仰せられた如く、秋山彦の門番を致して居りました加米彦で御座いますが、然し乍ら高姫さまも大門の番人ぢやと只今自白されたではありませぬか。門番の分際として大奥の事が如何して分りませう。それに就いても私は秋山彦の館、即ち神素盞嗚大神、国武彦命様の御隠れ館の門番を致して居つた者、其時に冠島、沓島の鍵を応答なく盗んで行つて玉を呑み込んだ人があると言ふ事は、私が今申し上げずとも、皆さんは既に已に御承知の事と存じます。斯様なる権謀術数到らざるなき生宮さまの言葉が、如何して真剣に真面目に信ぜられませうか。皆様冷静によく御考へを願ひます』 座中より『尤も尤も』『賛成々々』『ヒヤヒヤ』『ノウノウ』の声交々起つて来る。 高姫は烈火の如く、 高姫『今「ノウノウ」と言つたお方は此日の出神の前に出て来て下さい。吾党の士と考へます。サア早く此処へお越しなされ』 加米彦『恐らく一人もありますまい、私の説に対し「ノウノウ」と言つたお方は賛成の意味を間違つて言はれたのでせう。皆さま、失礼な申し分で御座いますが、中には老人や子供衆も居られますから、一寸説明を致します。「ヒヤヒヤ」と言へば私の説に賛成したと言ふ事、「ノウノウ」と言へば賛成せないと言ふ事です。如何です。尚一度宣り直して貰ひませう。さうして不賛成のお方は「ノウノウ」と言つて下さい』 場の四隅よりは『ヒヤヒヤ』の声計りである。殊更大きな声で『ノウノウ、然し高姫の説にはノウノウだ』と付け加へた。高姫は口角泡を吹き乍ら、 高姫『皆さま、今となつて分らぬと言うても余りぢやありませぬか、大切なるお宝を隠されて、よう平気で居られますな。第一言依別のドハイカラの教主は、杢助の様な奴にチヨロまかされ、系統の生宮の高姫を疎外し、さうして其宝をば何処かへ隠して仕舞つた。皆さまはそんな章魚の揚壺を喰はされた様な目に遇ひ乍ら、平気で御座るとは無神経にも程があるぢやありませぬか。何程言依別の教主が偉くても、杢助の力が強くても、神界の事が学や智慧で分りますか。昔からの根本の因縁、大先祖は如何なる事を致して居つたか、如何なる因縁で此世へ生れて来たか、日の出神の誠のお活動は如何なものか、竜宮の乙姫様の御正体は如何かと言ふ明瞭な答へが出来ますか。モウ是からは錦の宮を始め此八尋殿は、及ばず乍ら此高姫が総監致します。玉能姫や初稚姫の女を選んで、大切な御用をさせると言ふ訳の分からぬ教主に、随喜渇仰して居る方々の気が知れませぬ。チツと皆さん、耳の穴を掃除して日の出神の託宣を聞き、活眼を開いて実地の行ひをよくお調べなされ。根本の要を掴んだ日の出神の生宮を差措いて、枝の神の憑つた肉体に何が分りますか。ここは一つ……誰の事でも無い、皆お前さん等の一身上に関する大問題、否国家の大問題です』 加米彦『只今高姫さまのお言葉に就いて異議のある方は起立を願ひます』 一同は残らず起立し『異議あり異議あり』と叫んだ。 加米彦『皆さまの御精神は分りました。私の申した事に御賛成のお方は何卒尚一度起立を願ひます』 高姫は隼の如き目を睜り、各人の行動を監視して居る。壇下の信者は高姫に顔を睨まれ、起立もせず坐りもせず、中腰で居るものも沢山あつた。 加米彦『皆さまに伺ひますが、教主が神界の御命令に拠つて、玉能姫さま、初稚姫さまに御用を仰せ付けられたのが悪いとすれば、まだまだ横暴極まる悪い事が此処に一つある様に思ひます』 聴衆の中より『有る有る、沢山にある』と呶鳴る者がある。 加米彦『その職に非ざる身を以て、神勅も伺はず、教主の承諾も得ず、部下の役員を任免黜陟すると言ふ事は、少しく横暴ではありますまいか。黒姫様、鷹依姫様、竜国別様、テーリスタン、カーリンスを聖地より追出したのは、果して何人の所為だと思ひますか』 此時高姫は肩を斜に聳やかし乍ら、 高姫『加米彦、そりや何を言ひなさる。系統の生宮、日の出神が命令をなさつて、黒姫以下を海外諸国へ玉探しにお遣り遊ばしたのだ。何程言依別や初稚姫が偉いと言つても、日の出神には叶ひますまい。学や智慧で定めた規則が何になるか。そんな屁理屈は神界には通りませぬぞや』 加米彦『これ高姫さま、お前さまは二つ目には日の出神だと仰有るが、そんな立派な神様なら何故宝玉を隠されて、それを知らずに居りましたか。それの分らぬ様な日の出神なら我々は信頼する丈けの価値がありませぬ』 一同は『ヒヤヒヤ』と叫ぶ。中には『加米彦さま、確り頼みます』と弥次る者もあつた。 高姫『誰が何と言つても日の出神に間違ひはない。そんな小さい事に齷齪して居る様な日の出神なれば、如何して此三千世界の御用が勤まりますか。物が分らぬにも程がある。仮令此高姫一人になつたとて此事仕遂げねば措きませぬぞ』 加米彦『高姫さま、一人になつてもと今言はれましたな。此通り沢山の方々が見えて居つても、只一人も貴女の説に賛成する者が無いのを見れば、既に已に一人になつて居るのではありませぬか』 場の四隅より『妙々』『賛成々々』『しつかり頼む』『孤城落日』等の弥次り声が聞えて来た。 高姫『盲目千人、目明一人の世の中とはよくも言つた者だ。神様の御心中をお察し申す。あゝあ、斯んな分らぬ身魂の曇つた人民計りを、根の国、底の国の苦しみから助けてやらうと思召す大神様や、日の出神様の広大無辺のお心がおいとしい』 と涙を拭ふ。 加米彦『高姫さま、貴女の誠心は我々も認めて居りますが、然し乍ら根本的に大誤解があるのを我々は遺憾に存じます。貴女の肉体は変性男子の系統だから曲津神が抱込んで、国治立大神のおでましを妨害し、再び悪魔の世界にしやうとして居るのですから、ちつとは省みなさつたが宜しからう、我々の様な肉体に憑つた処で悪魔の目的は達しない。断つても断れぬ系統の肉体を応用して日の出神だと誤魔化すのですから御用心なさらぬと、遂には貴女の身の破滅は言ふに及ばず、大神様の御経綸を妨害し天下に大害毒を流す様になりますから、此処は一つ冷静にお考へを願ひたい。寄ると触ると幹部を始め数多の信者は、此事計りに頭を悩めて居りますが、然し貴女が変性男子の系統でもあり、断つても断れぬお方ぢやと言ふので皆遠慮して居るのです。此加米彦なればこそ、職を賭して斯かる苦言を申し上げるのです。決して貴女を排斥しようとか、除け者にしようとの悪い心は少しもありませぬ。第一貴女のお身の上を案じ、大神様の御経綸を完全に成就して頂き、世界の人民もミロクの神政を謳歌し、一時も早く松の世をつくり上げ度いとの熱心から御忠告を申し上げるのです。何卒よくお考へを願ひます』 高姫『秋山彦の門番、加米彦、そりや何を言ふか。ヤツとの事で宣伝使の末席に加へられたと思つて、ようツベコベと其んな屁理屈が言へたものだ。系統を抱き込んで目的を立てると言ふ事は、それは言依別命の事だ。此高姫は正真正銘の変性男子よりも早い神様の御降臨、云はば変性男子よりも高姫の方が先輩と云つても異論はありますまい。打割つて言へば、変性男子よりも此日の出神の生宮が教祖とならねばならぬ者だ。変性男子の肉体は最早昇天されたのだから、後は高姫が教祖の御用をするのが神界の経綸上当然の帰結であります。然し乍ら一歩を譲つて変性女子の言依別を教主にしてやつて置いてあるのは、皆此高姫が黙つて居るからだ。然し最早斯うなつては勘忍袋の緒がきれて来た。日の出神が加米彦の宣伝使を今日限り免職させ、杢助の総務役を解き、言依別命を放逐し、玉治別、国依別の没分暁漢も今日限り免職させるから、今後ノソノソ帰つて来ても皆さまは相手になつてはなりませぬぞ』 加米彦『アハヽヽヽ、何程高姫さまが地団駄踏んで呶鳴らつしやつても、少しも我々に於ては痛痒を感じませぬ。お前に任命されたのではない。言依別神様に任ぜられたのだから、要らぬ御心配をして下さいますな』 高姫『お前等の知つた事ぢや無い。善一筋の誠正直を立て通す妾の仕込んだ魔我彦、竹彦両人こそ、本当に立派な宣伝使だ。是から誰が何と言つても魔我彦を総務にし、竹彦を副総務に神が致すから左様心得なされ。嫌なお方は退いて下され。此錦の宮は高姫が誰が何と言つても総監致すのだから』 此時佐田彦、波留彦の両人は壇上に駆上り、 佐田彦『吾々は言依別命様より或特別の使命を帯び、御神宝の御用を勤めた者であります。何と言つても高姫さまは其隠し場所が分らなくては駄目ですよ。大勢の者が如何しても貴女に畏服するのは、貴方が天眼力で玉の所在を言ひ当なくては日の出神も通りませぬ』 高姫は目を瞋らせ、 高姫『エヽ、又しても門掃の成上りがツベコベと何を言ふのだ。玉の所在が分らぬ様な事で、斯んな啖呵がきれますか。屹度時節が来たなれば現して見せて上げよう』 佐田彦『日の出神も時節には叶ひませぬかな』 波留彦『吾々の心の裡にチヤンと仕舞ひ込んであるのだが、常平生から人の心が見え透くと仰有る日の出神さまに、此胸の中を一寸透視して貰ひませうか』 と襟を両方に開け、胸板を出して稍反身になり、握り拳を固めてウンウンと殴つて見せた。 高姫『ツベコベと神に向つて理屈を言ふ間は駄目だ。誰が何と言つても魔我彦、竹彦位立派な者はありませぬワイ。妾の言ふことが気に喰はぬ人はトツトと尻からげて帰つて下さい。お筆先に此大本は大勢は要らぬ。誠の者が三人さへあれば立派に御用が勤めあがると、変性男子のお筆にチヤンと出て居る。今が立替立直しの時期ぢや、サアサア早う各自に覚悟を成さいませ。此処は大勢は要りませぬ。大勢あるとゴテついて、肝腎の御用の邪魔になる。日の出神の生宮が天晴れ神政成就さして見せるから、其時には又集まつて御座れ。神は我子、他人の子の隔ては致さぬから、其時になつたら、「高姫様始め魔我彦、竹彦の宣伝使、エライ取違ひを致して居りましたから、何卒御勘弁下さりませ」と逆トンボリになつてお詫に来なされ。気好う赦して上げるから、今は御神業の邪魔になるからトツトと帰つて下され。帰るのが嫌なら高姫の言ふ事を聞いて、改心をなさるが宜からう』 斯かる所へ杢助は魔我彦、竹彦両人を従へ、ノソリノソリと人を分けてやつて来た。群集は三人の姿を見て思はず雨霰と拍手した。杢助一行は一同に目礼し乍ら講座に上り、 杢助『アヽ是は是は高姫様、御演説御苦労で御座いました。嘸お疲れでせう。貴女の御信任厚き魔我彦、竹彦の立派な宣伝使が見えました。是から貴女に代つて演説なさるさうです。私も大変に両人さんのお説には感服致しました』 高姫は百万の援軍を得たる如き得意面を曝し、肩を聳やかし稍仰向き乍ら、 高姫『杢助殿、アヽそれは御苦労であつた。よう其処迄改心が出来て結構だ。是から何事も高姫の申す事を聞きなさるか、イヤ改心をなさるか』 杢助『改心の徹底迄いつたものは、最早改心する余地がありませぬ。貴女の様に改心から後戻りをして慢心が出来ると、又改心する機会がありまするが、吾々の如き者は、融通の利かぬ困つた者です。貴女の様に慢心しては改心し、改心しては慢心し、慢心改心、改心慢心と自由自在の芸当は、到底吾々の様な朴訥な人間では不可能事です、アツハヽヽヽ』 と豪傑笑ひをする。群集は手を拍つて笑ふ。 高姫『アヽ魔我彦、竹彦、好い処へ帰つて御座つた。皆さまに合点の往く様に此処で改心の話を聞かして下さい。さうすれば此高姫の日頃教育した力も現はるるなり、お前さまの善一筋の一分一厘歪はぬ日本魂の生粋が証明されるのだから、サア早うチヤツと皆さまに大々的訓戒を与へて下さい。これこれ加米彦、佐田彦、波留彦、余り沢山に講座に居ると窮屈でいかぬ。暫らく下へおりて、魔我彦や、竹彦の大宣伝使の御説教を聞くのだよ。さうすれば、チツトはお前さまの我も折れて宜からう』 と得意満面に溢れ肩を揺りイソイソといきつて居る。魔我彦は大勢に向ひ、 魔我彦『皆さま、私は高姫様の神様に御熱心なる御態度に心の底から感銘致しまして、如何かして高姫様の思惑を立てさし度いと思ひ、御心中を忖度致しまして紀伊の国に罷り出で、実の処は若彦を巧く誑かし聖地へ連れ帰り、杢助さま、言依別の教主を或難題を塗りつけ放逐しやうと企みつつ、大台ケ原の峰続き青山峠までスタスタやつて往つた所、玉治別、国依別の両宣伝使が谷の風景を眺めて、休息して居られました。そこで高姫様の一番お邪魔になるのは言依別命、それについで命の信任厚き玉治別、国依別の両人を、何とかして葬り去らうと思ひ進んで行つた所、折よくも日の暮前両人に出会し、二人の隙を覗ひ千仭の谷間へ突落し、高姫様の邪魔ものを除かむものと考へて居りました。万々一都合よく行けば、あとに残つた言依別命位は最早物の数でもないと、忽ち悪心を起し、思ひきつて谷底へ突き込みました。両人は五体が滅茶々々になつて斃死つただらうと思つて居ましたが、あに計らむや妹図らむや、若彦の館に於て杢助様始め玉、国両宣伝使に出会した時のその苦しさ怖さ、屹度復讎を討たれるに相違ないと思つて心配を致し、生きた心地も無くガタガタ慄へ乍ら、矢庭に庭先の松の樹に駆上り、神憑りの言を信じ雲に乗つて逃げ出さうと思ひ、過つて二人共樹上より大地に向つて真逆様に墜落し、人事不省に陥つて居る所を、玉、国の両宣伝使の手厚き御保護を受け、さうして鵜の毛の露ほども怨み給はず、却て神様から結構な教訓を受けたと喜んで下さつた時の吾々の心、到底高姫さまの教へられる事とは天地雲泥の違ひで御座いました。そこで私は何故此様な善のお方を悪く思つたか知らぬと、懺悔の念に堪へず考へ込んで居りましたが、矢張言依別の教主の教理を聞いて御座るお蔭で、斯んな立派な人格になられたのであらうと深く感じました。又私があの様な悪心を起したのも、矢張高姫さまの感化力がさせた事だとホトホト恐ろしくなりました。如何しても人間は師匠を選ばねばなりませぬ。水は方円の器に随ふとか申しまして、教はる師匠、交はる友によつて善にもなり、悪にもなるものと堅く信じます。私は皆さまに今日迄の取違を此処にお詫致します』 高姫『コレコレ魔我彦、誰がそんな乱暴な事をせいと言ひましたか、それは大方言依別の霊が憑つたのだらう』 竹彦『イヽエ、言依別さまの身魂は余り尊く清らかで、我々の様な小さい曇つた鏡にはおうつりに成りませぬ。全く高姫さまや、黒姫さまの生霊が憑りましてな』 聴衆は手を拍つてドヨメキ渡る。杢助は又もや口を開き、 杢助『皆さま、私は言依別の教主より内命を奉じ、十津川の谷間へ急行せよとの仰せにより行つて見れば、谷川に似合はぬ大滝の下に立派な青い淵がありました。そこで水行して居ると上から二人の男が突然降り来り、ザンブとばかり淵へ落ち込んだ。日の暮紛れに何人か分らねども見逃す訳にも行かぬ、直に淵へとび込んで救ひ上げ色々と介抱した所、二人の男は漸く息を吹き返しました。よくよく見れば、玉治別、国依別の宣伝使で御座いました。それより両人に向ひ如何して斯んな所へ落ち込んだのですかと尋ねて見ましたが、御両人は他人に瑕瑾をつけまいと言ふ誠心から、現在此魔我彦、竹彦につき落された事を一言も発せず隠して居られました。さうして二人に対して毛頭怨みを抱いて居られないのには私も感服致しました。是と言ふのも全く瑞の御霊の大精神を体得して居られるからだと、流石の杢助も感涙に咽び、それより三人は道を急いで若彦の館に行つて見れば、魔我彦、竹彦の両人が何事か善からぬ虚言を構へ若彦を唆かし大陰謀を企まむとして居る所でありました。然し乍ら流石の悪人も誠の心に感じ斯くの如く改心を致して、自分の罪状を逐一皆さまの前に曝け出し真心を示して居られます。之でも言依別様の教が悪と言はれませうか。高姫さまの教は果して完全なもので御座いませうか』 と釘をさされて高姫はグツとつまり、壇上を蹴散らす如き勢で肩を斜に首を左右に振り乍ら、己が館へ足早に帰り行く。 斯かる所へ言依別の教主は莞爾として現はれ、一場の演説を試みた。玉治別、国依別、若彦の三人は此場に悠然として現はれ来り、一同に会釈し、神殿に向ひ天津祝詞を奏上し終つて一同解散したり。今後の高姫は如何なる行動を執るならむか。 (大正一一・六・一〇旧五・一五北村隆光録) |
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霊界物語 | 26_丑_麻邇宝珠が錦の宮に奉納 | 03 真心の花(二) | 第三章真心の花(二)〔七六八〕 玉治別は立上り銀扇を拡げて歌ひ舞ひ始めた。 玉治別『吾は玉治別司天と地との三五の 誠を諭す神使宇都山郷に現はれて 樵の業や野良仕事名も田吾作の賤の男が 天の真浦の宣伝使松鷹彦に三五の 誠の道を教へられ国依別と諸共に 三国ケ嶽にバラモンの教の館を構へたる 此処に在れます蜈蚣姫三五教の大道に 救はむものと老木の茂る山路を打ち渉り 岩窟の中に乗り込みてお玉の方に廻り会ひ 蜈蚣の姫の秘蔵せる黄金の玉を発見し 綾の高天原へ持ち帰り意気揚々と宣伝の 使となりて遠近を彷徨ひ歩く其中に バラモン教の其一派鷹依姫の神司 高春山に居を構へ体主霊従の御教を 四方に開くと聞きしより国依別や竜国別の 貴の命と諸共に心の駒に鞭韃ちて 進む折しも津田の湖敵の捕手に囲まれて 生命危き折柄に杢助司や初稚姫の 貴の命に助けられ高春山に立ち向ひ 廻り会うたる天の森竜国別と鬼娘 ヤツサモツサの問答も神の恵みの御光に 煙と消えて潔く神の御稜威を伏し拝み 鷹依姫の割拠せる岩窟の中に立ち入りて 高姫、黒姫両人を救ひ出して鷹依の 姫の命は忽ちにアルプス教を解散し 三五教の大道に仕へまつりて綾錦 高天原に連れ帰り黄金の玉の紛失に 思はぬ濡衣被せられ泣く泣く立つて和田の原 遥々越えて何処となく黄金の玉の在処をば 探らむ為に親と子が海の彼方に出でましぬ あゝ惟神々々神の恵みの幸はひて 一日も早く片時も疾く速けく親と子が 在処を知らせ給へよと玉治別の朝宵に 祈る心ぞ悲しけれ金剛不壊の如意宝珠 紫色の宝玉の在処探ねて高姫が 又もや神都を後にして海の内外の区別なく 探ねて廻る気の毒さ神の仕組を打ち明けて 当所も知らぬ玉探し諦めさせむと玉能姫 初稚姫と諸共に屋根無し小舟に身を任せ 遠き浪路を打ち渡り高姫一行の危難をば 救ひ守りつ竜宮島到りて見れば高姫は 高山彦や黒姫と暗に紛れて逸早く 後白浪となり果てぬあゝ惟神々々 御霊幸はへましまして高姫一行が執着の 心の雲を晴らせかし一日も早く真心に かへらせ給へと太祝詞となふる声も湿り勝ち 玉治別は是非もなく初稚姫と諸共に ネルソン山の高嶺をば西に渉りて山深み 谷底潜り種々と百の艱難に出会ひつつ 神の恵を力とし誠の道を杖として 石の枕に星の夜具猛獣哮ける大野原 夜を日に次いで進みつつ虎狼や大蛇まで 吾三五の言霊に言向け和し玉野原 一眸千里の草分けて諏訪の湖辺に辿り着き 社の前に額きて善言美詞の太祝詞 汗に穢れし身体を清き湖水に禊ぎつつ 拍手の声は中天に轟き渡る折柄に 浪を十字に引き分けて現はれ給ふ百の神 天火水地と結びつつ五づの身魂の御宝 携へ来る女神等吾等一行に立ち向ひ 竜宮海の麻邇の玉汝等五人に授けむと いと厳かに宣らせつつ身魂を研けと言ひ捨てて 後白浪と消え給ふ初稚姫や玉能姫 玉治別は伏し拝み諏訪の湖あとにして 西北指して進みつつ幾度となく皇神の 深き試錬に遇ひながらさしもに広き竜宮島 神の使の霊鳥に救はれ無事に国人を 言向け和し神業を略了へまつる折柄に 神の使の八咫烏黄金の翼拡げつつ 吾等一行五つ身魂其背に乗せて玉依姫の 貴の命の在れませる竜の宮居に送りけり あゝ惟神々々御霊の幸を蒙りて 吾等五人は皇神の教の道に尽すより 外に一つの望みなし執着心の雲晴れて 輝き渡る日月は心の空に永久に 鎮まりいます心地して不言実行の神の業 竜の館に仕へつつ時の到るを待つ間に 梅子の姫を始めとし黄竜姫や蜈蚣姫 テールス姫や友彦が黄金の舟に浮びつつ 黄金の門を潜りぬけ現はれ来ます嬉しさに 互に見合はす顔と顔嬉し涙はせきあへず 言葉を掛くる術もなく無言の儘に奥殿に 進む折柄玉依姫の神の命は悠々と 青人草を救へよと露の滴る青の玉 ものをも言はず玉治別の神の司の掌に 授け給ひし嬉しさを喜び畏み村肝の 心の魂の照るままに黄竜姫の双の手に 漸く渡し胸を撫で不言実行の一端に 仕へまつりし折柄に玉依姫は奥深く 御神姿隠し給ひけり吾等一同勇み立ち 三つの御門を潜りぬけ黄金の浪の漂へる 諏訪の湖辺に来て見れば忽ち飛び来る八咫烏 吾等を乗せて白雲の御空を高く翔上り 翼の音も勇ましく漸く当館に帰りけり あゝ惟神々々御霊幸はへましまして 三五教の御教は堅磐常磐に松の世の ミロク神政の基礎と仕へまつりて天地の 百の神等百人を浦安国の心安く 守らせ給へ惟神神の命の御前に 玉治別が真心を開いて細さに願ぎまつる 神素盞嗚大神や国治立の御分魂 国武彦大神よ三五教は言ふも更 島の八十島八十の国青雲棚引く其限り 天地百の生物に平安と栄光と歓喜を 与へ給へと願ぎまつるあゝ惟神々々 御霊幸はへましませよ』 と歌ひ終つて自席に着いた。 次に黄竜姫は立ち上り歌ひ始めた。 黄竜姫『大国彦の神霊堅磐常磐に祀りたる バラモン教は常世国大国別の神司 開き給ひし貴の道万里の波濤を乗り越えて イホの都に来りまし教の園を開く折 三五教の宣伝使夏山彦や祝姫 行平別の言霊に鬼雲彦の大棟梁 根城を抜かれ是非もなく数多の部下を引き率れて 天恵洽きエヂプトを見捨てて来る中津国 メソポタミヤの顕恩郷漸く此処に落ち付いて 堅磐常磐に根城をば固めて道を四方の国 布き弘めたる折柄に神素盞嗚大神の 肉の宮より生れませる神姿優しき八乙女が 心の色もいと清く誠の花を開かせて 教の園を作らむと忍び忍びに出で給ふ 鬼雲彦を始めとし鬼熊別や蜈蚣姫 吾足乳根はバラモンの教の道に勤しみて 心のたけを尽しつつ仕へ給へる折柄に 功績も太玉宣伝使現はれ況して言霊の 珍の剣を抜き放ち誠の鉾を振廻し 薙立て斬り立てバラモンの教の疵を正さむと 真心籠めて出で給ふその御心を白雲の 烟に巻かれて大棟梁鬼雲彦を始めとし 従ひ給ふ神司顕恩郷を後にして 波斯の御国へ出で給ふさはさりながら其以前 顕恩郷の神司幹部一同を従へて 花見の宴を開きまし饗応の酒に酔ひしれて エデンの川を渡る折御舟の傍に立ち居たる 十五の春の吾姿酔ひたる人に撥ねられて ザンブとばかりエデン川流れて底に白浪の 生命絶えむとする折に従僕の司の友彦は 身を躍らして川中を潜り潜りて漸くに 妾を抱きて救ひ上げ背に負ひつつ吾父の 館を指して帰りましぬあゝ惟神々々 神の恵みの浅からず二つなき身の生命をば 神の恵みと言ひながら助け呉れたる友彦に 心は移る恋の闇吾垂乳根の目を忍び 闇に紛れて顕恩郷をソツト脱け出で友彦と 手に手を取つて錫蘭の島深山の奥に身を潜め 一年ばかり経る中に妾が心機一転し 何の情もあら男後に残して逃げて行く 錫蘭の浜辺の里人のチヤンキー、モンキーの両人に 艪を操らせ限りなき大海原を打ち渡り 九死一生の苦みを五十子の姫や梅子姫 御供の神に助けられ長き浪路を渡りつつ 昼は終日終夜三五教の御教を 心の底の奥庭に植付けられてバラモンの 迷ひの夢も醒めにけり五十子の姫の一行に 推戴されて竜宮の黄金花咲く一つ島 地恩の郷に顕現しオーストラリヤの新女王 三五教の神司あらゆる名誉を身に負ひて 本末顛倒の境遇を知らず識らずに日を送る 心の中の浅間しさ高山彦や黒姫に 政務教務を打ち任せブランジー、クロンバー相並び 政教一致の神業を開いて国を守る折 三五教の高姫と共に来ませし蜈蚣姫 母の命に廻り会ひ嬉し涙にせきあへず 心を協せ身を尽し教は四方に輝きて 朝日の豊栄昇る如歓ぎ楽しむ折柄に 現はれ来る友彦が夫婦の神の来訪に 喜び驚き一時は心の海に荒浪の 立つ瀬なき迄狼狽し互に過去を語り合ひ ヤツと解けたる胸の裡園遊会になぞらへて 昔の交り温めつ東と西と相応じ 宝の島を治めむと心も勇む時もあれ ネルソン山の空高く現はれ出でし蜃気楼 如何なる事の天啓かよくよく仰ぎ眺むれば 紛ふ方なき諏訪の湖地恩の城に仕へたる 左守神の清公がチヤンキー、モンキー其外の 二人の供と諸共に荘厳美麗の玉の宮 玉依姫の御前に近く仕ふる有様は 手に取る如く見えにけりネルソン山の西の空 尊き神の坐しますと思ひ定めて梅子姫 蜈蚣の姫やテールスの姫の命と諸共に 友彦さまを先頭に旅の枕も数重ね 漸く来る玉野原金砂銀砂を敷きし如 漸く道を進みつつ諏訪の湖畔に建てられし 祠の前に辿り着き湖面に向つて再拝し 天津祝詞を奏上し愈此処に村肝の 心の帳も開け初め梅子の姫の御前に 知らず識らずに犯したる百の罪咎詫びぬれば 木花姫の懸らせて天火水地の大道を 諭し給へば小糸姫蜈蚣の姫や一同は 転迷開悟の蓮花一度に開く梅子姫 尊き神の御教を心の底より正覚し 感謝祈願の折柄に諏訪の湖面に浮びたる 浮島影を悠々と黄金の船に真帆を上げ 此方に向つて進み来るその気高さに驚きて 湖上を看守る折もあれ左守神の清公が 四人の供と諸共にものをも言はず手を挙げて 乗らせ給へと麾く妾一行五人連れ 直に船に打ち乗りて黄金の浪を辷りつつ 西北指して進み行く天国浄土か楽園か 青赤白黄紫の花は梢に咲き乱れ 大小無数の島嶼は彼方此方に永久に 浮べる中を心地よく勇み進んで玉依の 姫命の在れませる竜の宮居に行き見れば 月雪花の御姿に擬ふべらなる姫神の 十二の神姿立ち並び玉治別や初稚姫の 神の命や玉能姫久助お民も諸共に 吾等一行を迎へつつ奥殿深く進み入る 梅子の姫は奥の間の宝座に静に座を占めて 暗祈黙祷なし給ふ時しもあれや高御座 扉を開き悠々と現はれ給ふ貴姿 玉依姫の御神は数多の侍女を従へて 貴の玉器携へつ十曜の紋の十人連れ ものをも言はず目礼し微笑を浮べてそれぞれに 五色の玉を手づからに渡し給へば玉治の 別の命の神司青き玉をば授かりて 直に吾手に微笑みつ渡させ給ふ尊さよ 天火水地と結びたる麻邇の御玉の其一つ 授かり給ひし喜びを私せずに妾の手に 渡し給ひし功績を建てよと示す玉治別の 神の命の志玉を争ふ世の中に 執着心の影もなく月日の如く明けき 其の御身魂々々々感謝の涙せきあへず 感謝は忽ち村肝の心の海に浪起り 進みかねたる恋の海玉治別の真心は 天地の神も嘉すらむ妾は賤しき小糸姫 恵の露に潤ひて今は嬉しき宣伝使 神の司となりぬれど心汚き人の身の いかで誠を尽し得む斯る身魂も省みず 尊き玉の神業を惜しまず妾に譲りてし 清き心は又と世に何処の果を探ぬとも いかで例のあら涙漂ひ浮ぶ一つ島 夫なき身の独身者玉治別の神司よ 妾は切なき恋の闇玉の光の現はれて 照らさせ給へ妹と背の尊き道の誓言 神素盞嗚大神や国武彦大神の 尊き御前を顧みず心のたけを打ち明けて 幾重に願ひ奉る黄竜姫が授かりし 麻邇の御玉を妾のみ私なさず三五の 教司の高姫や高山彦や黒姫の 神の司も諸共に空前絶後の此度の 尊き神業に参加させ心の隔てを除き去り 三五教の御教を月日輝く地上に 照させ給へ厳魂瑞の魂の御前に 黄竜姫が真心を捧げて謹み願ぎ申す あゝ惟神々々御霊幸はへましまして 神伊弉諾大御神神伊弉冊大神の 撞の御柱右左廻り給ひて千代八千代 誓ひ給ひし其如く妹背の契を結ばせて 神の教を四方の国夫婦の息を合せつつ 身もたなしらに仕ふべし許させ給へ玉治別の 神の司の宣伝使心の底を打ち明けて 完全に詳細に願ぎ奉る朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 神の御前に誓ひたる妹背の道は永久に 変らざらまし松の世の尊き神の御心に 八千代を籠めて願ぎ奉るあゝ惟神々々 御霊幸はへましませよ』 と祝賀と喜悦と恋慕とゴツチヤにして心のたけを歌ひ終り座に着いた。玉治別は聊か当惑し直に立つて黄竜姫の歌に答ふべく、再び銀扇を開いて言葉静かに歌ひ始めた。 玉治別『神の恵に助けられ玉治別と名を負ひて 今は尊き宣伝使三五教の御教を 天地四方に開かむと山の尾渉り川を越え 潮の八百路も厭ひなく進み進みて竜宮の 一つの島に上陸し心も清き諏訪の湖 玉依姫の御神に麻邇の御玉を賜はりて 地恩の城を治めます黄竜姫の玉の手に 渡して神の功績を高き低きの隔てなく 神の御前に現はして教の道を照さむと 心を尽す玉治が清き身魂を臠し 妹背の道を結ばむと語らひ給ふ尊さよ さはさりながら玉治の別の命は其昔 宇都山郷に現はれし国依別が妹なる お勝の姫を妻となし夫婦揃ひて睦まじく 神の神業に仕ふ身ぞ黄竜姫の真心は 己玉治別として無限の感謝に充ちぬれど 皇大神の定めたる一夫一婦の御規則 破らむ由もないじやくり国に残せし若草の 妻の命の心根を思へばいとど哀れなり 宇都山郷の田吾作と蔑まれたる時も時 卑しき身をも顧みず尊き神の御裔もて 吾に仕へし貴の妻吾身に一人ある事を 完全に詳細に聞こし召し此事のみは今日限り 心に放させ給へかし汝が身を思ひ妻の身を 思ふ玉治別神清き心を汲みとりて 必ず怒らせ給ふまじあゝ惟神々々 生命二つとあるならば汝をも娶り又もとの お勝の方と睦まじく仕へむものと吾心 汲ませ給へよ黄竜姫神素盞嗚大御神 国武彦の御前に真心明かし汝が身の 思ひを此処に情なくも科戸の風に打ち払ふ 黄竜姫の神司汝が切なる心根を 仇には捨てぬ玉治別の仇に思はぬ真心を 直日に見直し聞直し弥永久に宣り直し 吾に勝りていと清き夫の命を持たせまし あゝ惟神々々神の御前に玉治が 真心明かし奉る』 と妻のお勝の宇都山郷にありて神業に奉仕し居れば、貴嬢の御心は察すれども、到底夫婦たる事を得ずとの旨を神の前に表白したのである。黄竜姫は愈恋の雲晴れて熱心に神業に奉仕する事となつた。 (大正一一・七・一七旧閏五・二三北村隆光録) |
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霊界物語 | 28_卯_台湾物語(日楯と月鉾) | 19 高島丸 | 第一九章高島丸〔八一九〕 三五教の神司変性男子の系統と 日の出神の生宮を唯一の武器とふりかざし 我意を立て貫く高姫は神素盞嗚大神の 公平無私の御心に感謝の涙流しつつ ウラナイ教を解散し股肱と頼む黒姫や 高山彦や魔我彦を伴ひ聖地に立帰り 三五教に帰順して金剛不壊の如意宝珠 紫色の宝玉の其監督を命ぜられ 鼻高々と諸人を眼下に見おろす慢心の 心の鬼に遮られ再び魔道へ逆転し 執着心を再発し玉の在処を探らむと 西や東や北南万里の波濤を乗越えて 力を尽す玉探し聖地を見捨て遠近と 彷徨ふ中に竜宮の天火水地と結びたる 麻邇の宝珠は梅子姫蜈蚣の姫や黄竜姫 テールス姫や友彦の五つの身魂に神業を 占領されて気を苛ち聖地に帰りていろいろと 怒りをもらし駄々を捏ね麻邇の宝珠の監督を おためごかしに命ぜられ八尋の殿に現はれて 高山彦や黒姫と衆人環視の壇上に 玉検めを始めける此時五つの麻邇の玉 紫玉を除く外残りの四つはあら不思議 珍の宝と思ひきや見る価値もなき団子石 何処の誰が何時の間に摺変へたるかと高姫は 口を尖らし目をみはり呆れ居る折言依別の 珍の命が宝玉を抱いて聖地を遁走し 国依別と諸共に高砂島に渡りしと 聞くより高姫気をいらち又もや聖地を立出でて 乗るか反るかの瀬戸の波常彦、春彦諸共に 棚無し舟に身を任せ艪擢を操り荒波を 乗切り乗切り和田中に青く泛べる琉の島 那覇の港に安着し常楠翁の住処なる 槻の大木の洞穴に現はれ来り言依別の 神の命は琉球の玉を手に入れ逸早く 高砂島に渡りしと聞くより心もいら立ちて 再び舟に身を任せ山なす波を乗り切りて 大和田中に浮びたる高砂島に渡らむと 進み行くこそ健気なれ。 高姫は常彦、春彦に舟を操らせ、夜を日に継いで、漸くにしてテルの国の山々仄に霞の如く目に入る地点まで漕ぎ着けた。舟は忽ち暗礁に乗上げ、メキメキと粉砕して了つた。此頃の海面は塩分最も多く、波なき時は海上と雖も、直立して歩むに僅かにこぶらを没する位で、水の抵抗力強く、一里二里位は容易に徒歩にて渡る事を得たのである。併し乍ら、暴風吹き来り、波立つ時は忽ち波に包まれ、生命を失ふ危険があつた。 高姫一行は船を破り、已むを得ず、尻をからげて霞の如く現はれたるテルの国を目当てに海上を徒渉し始めた。俄に風が吹いて来た。そろそろ波は荒れ出した。酷熱の太陽は焼きつく如く照り出した。流石大胆不敵の高姫も、到底此儘にては、高砂島に渡ることは出来ないと、心中不安の念に駆られ、声を限りに天津祝詞を奏上し天の数歌を唱へ、 高姫『国治立大神様、神素盞嗚大神様、玉照彦様、玉照姫様、言依別神様、時置師神様、国依別様、どうぞ、此危難をお助け下さいませ。高姫も只今限り我を折りまして、あなた方の教通り堅く守ります』 と今迄反対側に立つた役員の名まで呼び出して祈願する、其心根余程往生したと見える。常彦、春彦は高姫の此祈りを聞いて、俄に心細くなり、泣き声となつて、 常彦、春彦『惟神霊幸倍坐世』 と蚊の鳴く様に唱へて居る。 折柄波を蹴立てて進み来る高島丸は、三人の波上に漂ひ困難の態を見て、直に船を近寄せ、これを救ひ上げた。高島丸には筑紫の国、竜宮の一つ島などより常世の国に渡らむとする者、殆ど二百人許り乗込んで居た。船長はタルチールと云ふ骨格秀れた大の男であつた。 三人は船長室に招かれて、いろいろと取調べを受けた。 船長『お前は何国の方で、何と云ふお名前で、何国へ何用あつてお出でになるのか、船中の規則として調べておかねばなりませぬ。ハツキリと茲で、国、所、姓名、用向の次第を仰つて下さい』 高姫『ハイ私は自転倒島の中心地、錦の宮の八尋殿に三五教の宣伝使の頭として奉仕する変性男子の系統、日の出神の生宮と世界に有名な高姫で御座います。人民の分際として、神の生宮がどこへ行かうと、行かうまいと、別に取調べる必要はありますまい。神の事は何程賢い人間でも、到底見当の取れぬものですよ』 船長『神様は神様として、吾々は人間としての高姫を監督する必要があるから、其用向を尋ねて置くのだ。キツパリ言つて貰はねば此船に乗つて貰ふことは出来ませぬ』 高姫『それだから人間は困ると云ふのだ。蕪から菜種迄教へて上げねばならぬのかなア。日の出神の生宮が行く所ならば、大抵分りさうなものだのに…………エー仕方がない、秘密を守つて下さるなら申しませう。実の所は三五教の教主言依別命が、国依別のガンガラ者と大切な玉を盗み、高砂島へ逃げて行きよつた。それ故、三千世界の御宝、あの様なドハイカラやガンガラ者に持たせておいては、世が乱れる許り、いつまでも五六七の世は出て来は致さぬから、三千世界の人民を助ける大慈大悲の日の出神の生宮が、其玉を取返さむと、神変不思議の術を使ひ、自転倒島よりはるばると、舟にも乗らず、二人の家来を引き連れ、波の上を渡つて来た生神の高姫で御座る。お前も此高姫の因縁性来が、言うて貰はねば分らぬような事で、如何して船長が勤まりますか。これから此生宮の云ふ事を聞いて、宏大なる神徳を頂きなさい。際限もなき万里の波濤を乗越える船頭としては、チツと神力がないと、大勢の人間の生命を預つて海を渡ると云ふ事は中々荷が重たい。何程人間が力がありたとて、智慧がありたとて、神力には叶はぬから、早く我を折つて改心なさるが宜しいぞや』 船長口を尖らし、 船長『コリヤ高姫とやら、吾々を罪人扱に致し、改心せよとはチツと無礼ではないか。改心と云ふ言葉は、悪人や罪人に対して、審判司の申すべき言葉であるぞよ。汝如きに改心呼ばはりをされる様な汚れたタルチールでは御座らぬぞ。余りな無礼を申すと、了見致さぬ』 と稍怒気を含み、顔色を変へて大声に呶鳴り立てた。 高姫『コレ船頭、お前は高姫の言葉がお気に入りませぬか、腹が立ちますか、神様の御戒めに、怒る勿れと云ふ事が御座いますぞや。怒ると云ふ事は最も神界より見れば重き罪で御座いますぞ。お前は現に今、怒つた顔をして尖つた声を出し、神界の罪を犯した罪人です。それ故改心をなされと高姫が云つたのだよ。ヘン………コレでも返答が出来るならして見なさい。そんな高い声をしておどしたつて、いつかないつかな、ビクつく様な日の出神の生宮とは違ひますぞえ。ヘン……』 と鼻を手の甲でこすり上げ乍ら嘲笑ふ。 船長『コリヤコリヤ其方は此高姫の同行者であらうなア』 両人『ハイ仰せの通りで御座います。何を云つても、高姫さまは、逆上して居りますから、どうぞお気に障へないでゐて下さいませ。吾々両人は側に聞いて居ても、ハラハラ致します。否腹が立つて来ます。況してやあなた様のお腹立は御尤もと存じます』 船長『あゝさうだらう。何でも一通りではないと思つた。余程変つてゐさうだなア』 高姫『ヘン、そりや何を仰有るのだ。変つて居らいで何とせう。日の出神の生宮とガラクタ人間と一緒にしられてたまるものか。凡夫の目から神様を見れば、そりやモウ変つた様に見えるのは当前だ。一通でないなんて、能うマアそんな馬鹿な事が云へたものだ。一通や二通所か、神の階級は百八十一通ある。そして其一番上の大神こそ天御中主大神、又の御名は大国治立尊と云つて、始無く終なく、無限絶対独一の誠の独り神様だ。其次には国治立尊、其次には日の出神、それから段々と枝の神があり、人民は神の次だ。百八十通りも隔てがあるのだよ。さうだからテンデお前達は、此日の出神の申すことが分らぬのだ。人民は人民らしくおとなしく致して神に口答へを致すでないぞや。コレ船長殿、此生宮の申すこと、チツとは御合点が参りましたかなア』 船長『常彦、春彦の両人、お前さまは此女を如何考へてゐますか。随分エライのぼせ方だ。まだ高砂島へは三日や五日では到着するのは六つかしい。海へでも飛び込まれては大変だから、一つ手足をしばり、頭から水でもかけておくか、頭のてつぺんに穴でもあけて、逆さまに吊り下げ、少し血でも抜いてやらねば、此病気は本復致すまい。お前達二人は此船に乗つた以上は、何事も船長の命令をきかねばならないのだから、お前の手で此高姫を縛り上げ、船底へ伴れて往つて呉れ。吾々もついて往つて血を出して逆上を引下げてやるから……』 常彦、春彦は驚いて、 両人『モシモシ船長様、此高姫には吾々両人が附添ひ、決して御迷惑になる様な事は致させませぬから、頭を割つて血を出したり、縛り上げる事丈は何卒許して下さいませ』 船長『…………』 高姫パツと怒り、 高姫『盲の垣覗き、猫に小判とはお前のことだ。此生宮は金鉄も同様、指一本触へることは出来ませぬぞ。勿体ない、日の出神様の生宮を、仮令蚤の口程でも傷つけてみよれ。神の御立腹は忽ち、此船は瞬く間に岩に打つかり沈没致し、日の出神に敵対うた者は海の底へ突落され、真心になつて頼んだ人民は、天から抓み上げて、善悪の立別けをハツキリ致して見せるぞや』 船長『ヤア此奴は如何しても駄目だ。……常彦、春彦、お前は今迄先生と仰いで来たのだから、何程船長の命令でも、高姫を縛る訳には行くまい、師弟の情として無理もない。これから此タルチールが直接に荒料理をしてやるから、お前達両人は、下の船室に控へて居れ』 高姫『コレコレ常、春、日の出神の生宮を、チツとの間も、目放し致すことはならぬぞや。此肉体は、尊き神のお役に立てねばならぬ系統の生宮だ。船長に付くか、日の出神に従くか。サア二つに一つの返答を承りませう』 船長は『エー面倒』と強力に任せ、高姫を後手に縛り、両足を括り、太縄を帆柱にかけ、キリキリと絞り出した。高姫は足を空に頭を下にした儘、チクチク帆柱目がけて吊り上げられた。常、春の両人は地団駄ふんで、ワイワイと泣き叫ぶ。 此船に折よくも乗つてゐた言依別、国依別の宣伝使は慌て此場に走り来り、船長に何事か目配せした。船長は驚いた様な顔して、慇懃に腰を屈め、直に高姫を吊りおろした。常彦、春彦の両人は、余りの事に肝を潰し、此場に言依別、国依別の現はれ来りし事に気がつかなかつた。高姫も亦苦しさに両人の現はれて吾れを助けて呉れたる事をチツとも知らなかつた。 船長のタルチールは、言依別命、国依別の時々の説教を聞き、スツカリと三五教の信者となり、言依別の高弟となつて、既に宣伝使の職名を与へられてゐた。それ故タルチールは言依別命を高砂島へ送り届けると共に、自分は宣伝使となつて、高砂島や常世の国を宣伝すべく決心してゐたのである。さうして高姫の事も略、国依別より聞かされてゐた。 言依別、国依別は手早く船長の寝室の間に姿を隠した。船長も亦言依別命に従ひ、おのが寝室に這入つて、三人鼎座し、高姫話に時を遷した。 (大正一一・八・一〇旧六・一八松村真澄録) |
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霊界物語 | 29_辰_南米物語1 鷹依姫と高姫の旅 | 02 懸橋御殿 | 第二章懸橋御殿〔八二四〕 竜国別、テーリスタン、カーリンスの三人は、黄金の玉献上といふ旗印を、木の間にチラとすかし見て、胸を躍らせ、俄に心も緊張し、謹厳振を装うて、祈願に余念なきものの如く、素知らぬ顔にて一生懸命に祈つて居る。そこへ御輿を担がせ、数多の村人を伴ひ、ヒルの国のテーナの酋長アールは盛装を整へ、細路を漸くにして、アリナの滝を横にながめ、この岩窟の前に辿り着き、三人の祈願の姿を見て感じ入り、自分もソツと、御輿を傍の美はしき岩の上に据ゑさせ、一生懸命になつて鏡の池に打向ひ、拝跪合掌してゐる。一同は無言の儘、テーナの酋長の背後に堵列し、跪いて鏡の池を隔てて岩窟内を拝みゐる。 岩窟の中より、奴拍子の抜けた声で、 月照彦(正体は鷹依姫)『月照彦命、此処に在り。黄金の玉を遥々と持参致したる身魂の美はしき信者、一時も早く其処に居る神司に手渡し致せ、汝の名は月照彦神より国玉依別命と名を賜ふ』 酋長のアールはハツと平伏し、 アール『恐れ乍ら、月照彦大神様、私はヒルの国のテーナの里の酋長、アールと申す賤しき神の僕で御座います。此の度神界の御経綸上いろいろの玉を、神様よりお集めになると云ふことを承はり、家の重宝として大切に保護致したる黄金の玉を、女房のアルナ姫と謀り、只今此処に持参致しまして御座います。どうぞ御調べの上、御受納め下さいますれば、私を始め妻のアルナも恐悦至極に存ずることで御座いませう』 岩穴の中より、 月照彦(正体は鷹依姫)『国玉依別命、神は時節参りて、声を人民の前に発する様になりたれ共、吾姿を現はすことは、神界の規則として相成らざれば、そこに控へ居る竜国別の審神者、月照彦神が代理として受取らしめむ、左様心得たがよからうぞ』 アール、アルナの夫婦はハツと許りに有難涙をこぼし、 アール、アルナ『実に有難き神の御言葉、斯様な嬉しい事は御座いませぬ。……竜国別の神司様、どうぞ此の宝玉をよく検めて御受取りを願ひ奉ります』 竜国別は、漸くにして重たさうに口を開き、 竜国別『其方は噂に高きテーナの郷の酋長であつたか。其方は神界に因縁深き身魂であるから、斯の如く結構な御用が勤めあがつたのであるぞよ。有難く思へ。……あいや、テー、カーの両人、酋長アルナの献上つた黄金の宝玉を早く実検めて、此方が前に差出せよ』 テー、カー両人は小声にて、 テーリスタン、カーリンス『何ぢや、馬鹿々々しい。竜国別の奴、俄に荘重らしい言霊を使ひよつて、まるで俺達を奴扱ひにしやがる。怪しからぬ奴だ。これが果して吾々の捜してゐる黄金の宝玉なれば結構だが、モシヤ鍍金玉でもあつたら、吾々両人の者は愈馬鹿の上塗りをせなならぬがなア』 と呟き乍ら輿の前に進み寄る。アルナは恭しく輿の戸を開き、玉筥を取出し、テー、カーの二人の前に差出した。テー、カー両人は左右より其玉筥を手に取り、頭上高く捧げ、蟹の様になつて、四つの足をそろりそろりと運び出した。余り頭上の玉筥に心を奪られ、足許に気が付かず、岩角にガンと躓いた途端に、二人は玉筥と共に、鏡の池にドブンと音立てて落ち込んで了つた。竜国別を始め、酋長夫婦、其他一同は総立ちとなり『アツ』と叫んで、池の面を眺めてゐる。幸ひ玉筥は、二人の落ち込んだ機みに撥られて、岩窟の中に都合よく飛び込みにけり。 岩窟内の鷹依姫は吾足許に勢よく飛込んで来た玉筥に心を奪はれ、外に酋長其他の人々の居るのも忘れ、玉筥を引抱へ、ツカツカと岩窟内を走り出で、竜国別の前に持来り、 鷹依姫『コレコレ竜国別、よく検めて御覧なさい。全くこれは本物に相違ありませぬぞよ』 竜国別『お母アさま、こんな所へ出られちや困るぢやありませぬか。モウ暫く幸抱して居つて下さらぬと化が現はれますよ』 鷹依姫『モウ現はれたつて良いぢやないか。斯うして此方の手に入つた以上は、誰が何と云つても構はぬぢやないか』 斯くする内テー、カーの両人は体中、青藻を被つて這ひ上り来り、 テーリスタン、カーリンス『アーア、玉のおかげで、ドテライ目に会ひ、肝玉を潰し、面目玉をなくして了つた』 酋長は鷹依姫の姿を見て、神様の御意に叶ひしと見え、大神様は婆の姿と変じ、此処に生神となつて出現し玉ひしものと深く信じ、有難涙をこぼし、恐る恐る拍手を打ち、 アール『コレはコレは月照彦神様、よくも御神体を現はして、私如き身魂の曇つた者の前に現はれ下さいました。どうぞ此玉をお納め下さいますれば、夫婦の者の喜び、里人の喜びは此上御座いませぬ』 鷹依姫はヤツと安心したものの如く、俄に荘重な口調にて、 鷹依姫『其方、国玉依別命、神は汝の至誠を満足に思ふぞよ。併し乍ら汝に言ひ渡したき事あれ共、まだ身魂の垢取れざれば、四五丁下つて、アリナの滝に一日一夜、夫婦共身魂を浄め、又従ひ来れる者共、残らず赤裸となつて御禊をなし、更めて吾前に登り来れ。大切なる使命を汝に仰せ付けるぞよ』 アール、アルナの夫婦を始め、供人一同は、此言葉に、 アール、アルナ、供人一同『ハイ畏まりました』 と恐る恐る後しざりし乍ら、岩窟の前を退きアリナの滝に一昼夜の御禊をなすべく、降つて行く。 蜩の声は谷間の木々にけたたましく聞えて来た。 鷹依姫は一同をうまくアリナの滝に向はせおき、猫の様に喉を鳴らし、玉筥に飛付き、中を開いて見れば、金色燦然たる黄金の玉、されど、黒姫が保管せし玉に比べては、稍小さき感じがした。されどこれも心の故であらうと、無理に得心し、手早く元の如く蓋を閉ぢ、 鷹依姫『サア此玉さへ手に入れば、吾々の願望は成就したのだ。併し乍らテーナの郷の酋長に対し、何か一つの神徳を渡しておかねば済むまい。何とか良い工夫はあるまいかな』 竜国別『お母アさま、そんなら斯う致しませう。此玉筥の中の黄金の玉は錦の此袋に納め吾々が持帰ることと致し、後へ此処にある沢山の玉の中、最も優れたるものに、月照彦神様の御霊をうつし……『テーナの酋長アールを以て国玉依別命と名を賜ひ、アルナを以て玉竜姫命と名を賜ふ。汝はこれより此庵に永住し、月照彦神の神司となり、普く万民を救へよ。此汝が献りし黄金の玉は万劫末代開く可からず。万一此玉筥を開く時は神霊忽ち現はれ、汝等夫婦の身に大災厄来り、高砂島は、地震洪水の厄に遭ひ、海底に沈没するの虞あり、必ず必ず神の言葉を反く勿れ。月照彦神は此黄金の玉に御霊をうつし、三人の眷属を引連れ、雲に乗つて天上に帰るべし』……(とスラスラと玉筥のぐるりに烏羽玉の実の汁もて書き記し)……サア斯うしておけば、酋長も結構なお蔭を戴き、御神徳が世界に輝くであらう』 これから[※御校正本も「これから」になっている。「それから」の誤りか?]此鏡の池にお暇乞の為に天津祝詞を奏上し、後をよく御願ひ申し、 『国玉依別命、玉竜姫命に宏大無辺なる御神徳をお授け下され、遂には高砂島の生神となつて、人望を一身に集むる様御守護下さいませ』 と一生懸命に祈願し、一行四人は闇に紛れて、雲を霞と、山を越え、夜を日に継いで、漸く宇都の国の櫟が原と云ふ平原に辿り着きけり。 アール、アルナの酋長夫婦は月照彦の神示と確信し、一昼夜の御禊を終り、恭しく鏡の池の前に来て見れば、庵の中は藻抜けの殻、神様の声もなければ、三人の男の姿も見えぬ。……ハテ不思議……と庵の中を隈なく捜し見れば、美はしき石を積み重ね、其上に自分の持来りし玉筥がキチンと載つて居る。よくよく見れば以前の文句が書き記してある。酋長夫婦は送り来りし御輿を鏡の池の向ふ側、岩窟の入口に安置し、玉筥を再び其中に納め、書置きの文句を堅く信じ、自分は国玉依別命、妻は玉竜姫命となり済まし、御輿の前に朝夕祈願を凝らし、夜は庵に入りて、夫婦はここを住処とし、普く四方より参り来る人々の為に福徳円満、寿命長久、病気平癒などの祈願を凝らし居たりける。 テー、カー二人の宣伝は大に功を奏したと見え、日々絡繹として、玉の形したる石塊を携へ、或はいろいろの木の実を持来りて神前に供し、国玉依別命夫婦の祈願を依頼し、相当の御神徳を蒙つて帰る者、日に月に殖えて来た。遂には余り多数の参詣者にて、身を容るる所なく、余り広からざる鏡の池のあたりは、身動きならぬ計りの雑閙を来すこととなり、止むを得ず、数多の信者協議の上、谷から谷へ橋を渡し、宏大なる八尋殿を造り、ここに改めて玉筥を奉斎し、夫婦は神主として神前に仕へ、国、玉、依、竜、別などの人々を幹部とし、三五の神の教を日夜宣伝することとなりぬ。此八尋殿は谷の上を塞いで橋の如く造られたるを以て、懸橋の御殿と称へられける。 国玉依別夫婦は、毎夜丑満の頃に、神殿に怪しき物音の聞ゆるに不審を起し、十五の月の照り輝く夜、幹部にも知らさず、夫婦只二人、神前に端坐して、怪しき物音の正体を調べむと待構へてゐた。神殿の床下より怪しき煙ポーツと立昇り、朦朧として蛸の様な禿頭の不細工な一柱の神、腰をくの字に曲げて、煙の中より現はれ、輿のぐるりを幾回となく、クルクルと廻つてゐる、其怪しさ、厭らしさ。玉竜姫は肝を潰し『キヤツ』と悲鳴をあげて其場に倒れた。国玉依別は流石気丈の男子とて、怪しき影に向ひ、言葉厳かに、 国玉依別『吾こそは月照彦神の命を奉じ、御神霊を玉筥に納め、朝夕此八尋殿を作りて奉仕する神司なるぞ。汝何者なるか、吾々の許しもなく、神聖なる神殿に夜な夜な現はれ来り、御神宝の辺りに附纏ふ曲者、名を名乗れ、返答次第に依つては容赦は致さぬぞ』 とキツとなつて身構へした。怪しき影は追々濃厚の度を増し、そこに倒れたる玉竜姫の傍に足音も立てず寄添ひ、細き手を伸べて、二三回胸のあたりを撫でさすれば、姫は忽ち正気づき、両手を合せて怪物に向ひ、恐れ気もなく感謝の意を表し居たりける。 国玉依別は合点行かず、黙然として怪物の姿を眺めて居た。怪物は涼しき、細き声にて、 怪物『吾れこそはアリナの滝の水上、鏡の池の岩窟に三五の教を宣伝し居たる狭依彦の神の霊体である。吾れ帰幽後は、一人として吾霊魂を祭る者なく、御供一つ供へ呉るる者もなし。然るに一年以前、三五教の宣伝使鷹依姫、竜国別は二人の供人を引連れ、鏡の池の岩窟に来り、玉集めをなし、遂に汝が家の重宝黄金の玉を奪ひ取り帰りたり。吾れは此事を汝に知らさむが為に夜な夜な出現するものなり。其玉筥の中は瑪瑙の玉と摺替へおき、黄金の玉を引さらへて、四人の者は今や宇都の国の櫟が原に出で、草原をあちらこちらとさまよひつつあり。汝は其玉を取返す所存なきか』 国玉依『何れの神様かと思へば、昔鏡の池の神として有名なる狭依彦様で御座いましたか。御親切は有難う御座いまするが、何事も因縁づくと諦めて居りますれば、仮令黄金の玉が瑪瑙の玉に変ればとて、少しも苦しうは御座いませぬ。月照彦の御神霊の懸らせ玉ふ以上は、仮令団子石の玉にても、私に取つては、それの方が何程重宝だか知れませぬ。黄金の玉などには少しも執着はかけませぬ』 狭依彦『実に感じ入つたる其方の心掛け、それでこそ三五教の神の教は天下に拡まり、万民を救う事が出来るであらう。狭依彦も汝夫婦が尊き、清き真心に感じ、これより此神前に幽仕して、汝が神業を助けむ。ゆめゆめ疑ふ事勿れ』 と又もやパツと立上る煙の中に、怪しき姿を消しにける。これより夫婦は狭依彦の霊を祀るべく鏡の池の傍に宮を造り、朝夕に種々の供物を献じ、崇敬怠らざりき。月照彦神の霊力と狭依彦の守護と、国魂神の威徳に依つて、懸橋の御殿の奥深く斎き奉れる神壇は日に月に神徳輝き、遂には高砂島全部に国玉依別夫婦の盛名は隈なく喧伝さるるに至りける。 鰯の頭も信心からとやら、黄金の玉は掏り替られ、似ても似つかぬ瑪瑙の玉も神の神霊の力と、信仰の誠に依つて無限絶大なる光輝を放つに至りしを見れば、形体上の宝の、余り尊重すべき物にあらざるを悟り得らるるなるべし。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・八・一一旧六・一九松村真澄録) ○ 因に曰ふ。竜国別一行が遥々海洋万里の浪を渡りて、玉の所在を尋ねむとしたるは、実は鷹依姫の帰神を盲信したるが故なり。帰神に迷信したるもの程、憐れむべきは無かるべし。然り乍ら又一方には、是によりて海外の布教宣伝を為し得たるは神慮と云ふべき也。[※「因に曰ふ」からの文章は王仁三郎が校正の際に付け加えたものである。校定版・八幡版では「帰神」ではなく「神憑」に直されている。] |
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霊界物語 | 29_辰_南米物語1 鷹依姫と高姫の旅 | 09 俄狂言 | 第九章俄狂言〔八三一〕 神が表に現はれて善と悪とを立別ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直し聞直し 過ちあれば宣り直す三五教の神の道 神の恵の大八洲彦命の又の御名 月照彦の神霊は随時随所に現はれて 三五教の神司信徒等は云ふも更 四方の民草悉く恵の露にうるほひつ 心の雲を吹き払ひ晴れ渡りたる大空に 天の御柱つき固め掃き浄めたる村肝の 心の土に惟神国の御柱つき固め 千代に八千代に神人の身魂を永遠に助けむと 現はれますぞ尊けれ。皇大神の御恵みも アリナの滝の上流に誠を映す鏡池 堅磐常磐の岩窟に神の御言を蒙りて 夜なきヒルの神の国テーナの里の酋長の 誠アールやアルナ姫桃上彦の昔より 三五教の御教を今に伝へて奉じたる 尊き血筋の酋長は家の宝と大切に 親の代より守り居る黄金の玉を取出し 鏡の池に納めむと数多の里人引率し 遠き山坂打渉り心も清き白旗に 玉献上と書き記し珍の御輿を新造し 黄金の玉を納めつつ縦笛横笛吹き鳴らし 天然自然の石の鉦磬盤法螺貝鳴らし立て 谷を飛び越え川渡り山鳥の尾のしだり尾の 長々しくもヒルの国テルの国をば跋渉し 漸く此処に安着し鷹依姫や竜国別の 神の司の目の前に恭しくも捧げつつ 誠か嘘か知らね共鷹依姫の神懸り 仰せの儘を畏みて正直一途の酋長は 国玉依別、玉竜姫の神の命と夫婦連 御名を賜はり千丈の滝の麓に御禊して 一日一夜を明かしつつアリナの滝を後にして 鏡の池に往て見れば豈図らむや鷹依姫の 神の命を始めとし三人の司は雲と消え 行方も白木の玉筥に種々様々神の旨 書きしるしたる嬉しさにアール、アルナの両人は 草の庵を永久の住家と定め池の辺に 朝な夕なに神言を声高らかに宣りつつも 四方の国より詣で来る善男善女を三五の 誠の道に導きつ神の御稜威も日に月に 輝き渡り身を容るる所なき迄諸人の 姿埋まる谷の底是非なく茲に信徒は 大峡小峡の木を伐りて山と山とに架け渡し 八尋の殿を築きあげ黄金の玉を奉斎し 国玉依別、玉竜姫の神の司は勇み立ち 懸橋御殿に現はれて教を開く折柄に 玉に心を奪られたる三五教の高姫が 自転倒嶋を後にして太平洋を打渡り テルの湊に安着し常彦、春彦伴ひて 金剛不壊の如意宝珠其他の玉の所在をば アリナの滝を目当とし現はれ来り村肝の 心の善悪映すてふ鏡の池の前に立ち 相も変らぬ減らず口傍若無人に罵れば 数千年の沈黙を破つて鳴りだす池の面 ブクブクブクと泡だしてウンウンウンと唸り声 月照彦の神霊と名乗らせ玉ひて五十韻 珍の言霊並べつつ高姫一同を訓戒し 身魂を救ひ助けむと計り玉ひし尊さよ 自負心強き高姫は持つて生れた能弁に 負ず劣らず五十韻アオウエイよりワヲウヱヰ 只一言も洩らさずに一々神に口答へ 月照彦とは詐りぞドン亀、鼈、蟹神と 頭ごなしにけなしつつ言葉の鉾を常彦や 春彦の上に相転じ生宮気取りで諄々と 脱線だらけの託宣をまくし立つれば池中の 声は益々高くなり大地の震動恐ろしく 流石頑固の高姫も色青ざめて慴伏し 歯をかみしめて黒血をば吐きつつ爰に平伏し 次第々々に息の根は細りて遂に玉の緒の 生命の糸も細り行く。あゝ惟神々々 善悪邪正を明かに心に映す鏡池 底ひも知れぬ神界の深き心ぞ尊とけれ あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ。 懸橋御殿の神前に朝な夕なに奉仕する三五教の神司、テーナの里の酋長アール、アルナの夫婦は、月照彦神より、国玉依別命、玉竜姫命と名を賜ひ、朝な夕なに真心を籠めて、教を伝へつつありしが、茲に三五教の高姫が鏡の池に現はれて、堆く供へ奉れる諸々の玉を持帰らむとするを、鏡の池及び狭依彦の宮に仕へたる国と玉との神主は驚いて、懸橋御殿に急報し、教主夫婦と諸共に此場に現はれ、高姫一行に向ひ、来意を尋ぬる折しも、傲慢不遜の高姫は、鏡の池の神霊が威力に打たれて打倒れ、殆ど人事不省となりければ、国、玉、竜、別などの神司と共に、常彦、春彦を伴ひ、懸橋御殿に担ぎ入れ、水よ薬よと介抱をなし、天津祝詞を奏上し、一二三四五六七八九十の神示の反魂歌を奏上し、漸くにして高姫は正気に復り、稍安心の胸を撫で下ろしたり。 因に云ふ。アール、アルナの夫婦は其実、鷹依姫、竜国別の故意を以て、月照彦の神示と偽り、国玉依別、玉竜姫の名を与へたれ共、やはり惟神の摂理に依つて神より斯の如く行はしめられたるものにして、決して鷹依姫、竜国別の悪戯にあらず、全く神意に依りて、両人は夫婦に神命[※校定版・八幡版では「神名」に直している。]を与へた事と、神界より見れば確かになつて居るのである。 高姫はキヨロキヨロと四辺を見まはし、木の香かをれる新しき殿内に吾身のある事を訝かり、首を切りに振り乍ら、元来の負惜み強き性質とて……ここは何処ぞ……と問ひ尋ぬる事を恥の様に思ひ、荐りに考へ込んで居る。常彦、春彦は高姫の左右に寄り添ひ、 常彦、春彦『モシ高姫さま、お気が付きましたか。余り貴女は自我を立通しなさるものだから、とうとう池の神様に戒められ、人事不省に陥り、殆ど息の根も絶えむとする所、御親切にも、此御殿の主人、国玉依別様、玉竜姫様の御介抱と御祈念に依り、生命を助けてお貰ひなされたのですから、サア早く神様と、お二人に御礼を申しなさいませ』 高姫『妾がいつ……人事不省などと、汚らはしい、死にかけました。そんな屁泥い高姫ぢや御座いませぬぞえ。お前は神界の事が分らぬから、日の出神の生宮が、池の底の神の正体を審神する為、肉の宮を一寸立出で、幽界探険に往て居つたのですよ。それだから、心の盲と云ふのですよ。ヘン……阿呆らしい。神の生宮は万劫末代生き通し、アタ汚らはしい、人事不省に陥つたなどと、お前等と同じように人間扱ひをして貰ふと、チツと困りますぞえ。コレコレお前は国依別、玉治別、竜国別と云つたぢやないか。何時の間にやらこんな所へ魁してやつて来て、世間をごまかさうと思つて、国と玉とが一つになつて国玉依別だとか、玉竜姫だのと、そんなカラクリをしたつて駄目です。キツとそんな名前がついてる以上は、此館に国、玉、竜の宣伝使が潜んでるに違ない。又言依別も隠れて居るだらう。モウ斯うなつたら百年目だ。サア女の一心岩でも通す。金剛不壊の如意宝珠其他の神宝を撿めて、自転倒嶋の聖地へ持つて帰らねばおきませぬぞえ。コレコレ国玉依別とやら、お前は国や玉や竜の、蔭から糸を引く操り人形だらう。そんなこたア、チヤンと、此高姫の黒い眼で睨んだら一分一厘間違ひはありませぬぞや。ここに三五教の神館を、お前さま等が寄つて集つて建てたやうに思つて居るが、国治立命の御指図で、日の出神が片腕となり、竜宮さまの御手伝ひで出来上つたのですよ。日の出神の生宮だからチヤンと分つてる。ここの神司はそれが分つて居ますかな』 常彦『ナント徹底的にどしぶとい婆だなア、これ丈お世話になつておき乍らヨーモヨーモ、こんな憎たれ口が叩けたものだ。喃春彦、穴でもあつたらモグリ込みたいやうな気がするぢやないか』 春彦『開いた口がすぼまりませぬワイ』 と云つた限り、余りの事に呆れ果ててポカンとしてゐる。 常彦『イヤもうし、国玉依別御夫婦様、かくの通りの没分暁漢で御座いますから、自転倒嶋の聖地に於ても、皆の者が腫物にさはるやうに取扱つて居るので御座います。吾々だつてこんな腫物に従いて来たい事は御座いませぬが、気違を一人おつ放しておきますと、どんな事を致すやら分りませぬ。虎を野に放つやうな危険で御座いますから、吾々両人は世界の為に犠牲となつて、精神病者看護人の積りで、はるばるとやつて参りました。何れ癲狂院代物ですから、必ず必ず御心にさえて下さいますな。何卒神直日大直日に見直し聞直し下さいまして、高姫の無礼をお赦し下さいませ』 と気の毒さうに述べ立てる。国玉依別は、 国玉依別『実にお気の毒ですなア。決して決して気にはかけて居りませぬ。あなた方こそ、本当に御苦労お察し申します』 高姫『コレ常、天教山より現れませる日の出神の生宮を、天教山代物とは何だい。余り無礼ぢやないか。宣り直しなさい』 常彦『癲狂院に現れませる、鼻高姫命か、天教山に現はれませる木の花姫神のお使、日の出神の生宮様か、但は二世か三代か、男か女か、凡夫の吾々にはテンと判断が付きませぬワイ。アハヽヽヽ』 高姫『アヽさうだらうさうだらう。テンと判断がつかぬと云ふのは道理ぢや。偽らざるお前の告白だ。此日の出神の正体が、お前達に分るやうな事なら、此高姫も万里の波を越えて、こんな所迄来は致しませぬわいな。お前のやうな没分暁漢が世界にウヨウヨして居るから、実地の行ひを見せて改心させる為に神の御用で来て居るのだぞえ。サアこれから肝腎要の言依別の盗み出した宝玉を受取つて帰りませう。お前もここ迄従いて来たのだから、玉のお供位はさしてあげるぞえ。有難く思ひなさい。……コレコレ茲の宮番夫婦、早く玉を渡す手続を一刻も早くしなされや。グヅグヅしてゐなさると、神界の規則に照し、根の国底の国の制敗に会はさねばなりませぬぞえ』 国玉依別は藪から棒の高姫の言葉に何が何やら合点行かず、 国玉依別『ヘー』 と云つたきり、穴のあく程、高姫の顔を打守つて居る。国、玉、竜、別、依の幹部を始め、常彦、春彦迄が高姫の顔をジツと打眺め舌を巻き居たりける。 (大正一一・八・一二旧六・二〇松村真澄録) (昭和一〇・六・八王仁校正) |
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霊界物語 | 29_辰_南米物語1 鷹依姫と高姫の旅 | 17 途上の邂逅 | 第一七章途上の邂逅〔八三九〕 高姫一行は、海上波も静かに神徳著しく、漸くにしてゼム港に安着した。此地は船着きの事とて相当に人家も稠密であつた。老若男女は高姫一同の宣伝使姿を見て、物珍らしげに目送し乍ら、口々に囁き合うて居る。 甲『去年の恰度此頃だつた。婆アの宣伝使が一人と、男の宣伝使が三人、尾羽打枯らして、淋しさうな恰好で、宣伝歌とやらを唄ひ、ここを通りよつたが、今年も又廻つて来よつただないか。併し乍らあの婆アは少し若うなつてるぢやないか。一生懸命宣伝歌を唄つてると、年寄りでもヤツパリ若くなると見えるなア』 乙『馬鹿言ふな。去年通つた宣伝使は、三五教の鷹依姫と云ふ婆アだ。一人は息子で、後二人はあの婆アの従僕といふ事だつたよ。カーリン丸から海中に堕ちて、婆アを始め四人の行方が不明となつて、大捜索をしたものだが、何時の間にか、大きな亀の背中に乗つて四人共ゼムの港に悠々と浮みあがり、大勢をアツと言はした婆アさまに比ぶれば、余程見劣りがするよ。大方彼奴ア、あの婆アの弟子位なものだらう。併し妙な事があるものぢやないか。丁度去年の今日ぢやつた。日と云ひ刻限迄チツとも違はずに、婆ア一人男三人の宣伝使が、此街道を通ると云ふ事は実に不思議なものだなあ』 甲『それが所謂神の因縁と云ふものだらうかい。何でも婆アのお伴をしてゐたテーとか、カーとか云ふ男の話では、可哀相に年が老つてから、自転倒島を追ひ出され、こんな所迄出て来て、艱難苦労をしてると云ふ事だ。其又追出した高姫とか云ふ奴、聞いても憎らしいよな婆アだなア。人の事でも腹が立つ。彼奴は大方其高姫と云ふ奴ぢやなからうかなア』 乙『さうかも知れぬな。何でも高姫は鷹依姫より十歳計り年が若いと聞いてゐたから、ヒヨツとして、的さまかも知れぬぞ』 と聞えよがしに、大きな声で喋つてゐる。高姫はこれを聞くより、二人の男の側に、ツカツカと進み寄り、 高姫『モシモシ今あなたの御話を耳にしますれば、三五教の鷹依姫さまとやらが、ここを御通りになつたと仰有いましたが、本当で御座いますか』 乙『本当だとも、本島には三五教の高姫の様な出鱈目を云つたり、都合が悪ければ嘘をつくと云ふ様な者は一人も御座いませぬワイ』 高姫『あゝ左様で御座いますか。有難う御座います。さうして其鷹依姫さまの一行はどちらへ行かれましたか、御存じなれば、御知らせ下さいませぬか』 乙『噂に聞けば天祥山の瀑布で、暫く荒行をし、それから山越しにチンの港へ出て、何でもアマゾン河を溯つて、モールバンドの沢山に棲ゐしてをる玉の森とかへ行つたとか云ふ話だ』 高姫『あゝ左様で御座いましたか、どうも御邪魔を致しました。……サア皆さま、参りませう』 甲『コレコレ婆アさま、一寸待つた。お前は鷹依姫を追つ放り出した、意地悪婆アの高姫ではあるまいかなア』 乙『オイそんな事を尋ねるに及ばぬぢやないか。意地くねの悪い三五教の高姫とチヤンとあの顔に印が入つてるぢやないか。お前も余程察しの悪い男だなア』 甲『お前の云ふ通りだ。いくら頭脳の悪い俺でも、一見して高姫だと云ふ事は分つてゐるワイ。……コリヤ高姫一寸待て!貴様に申渡すべき仔細があるのだ』 高姫『御察しの通り、妾は高姫に間違ありませぬ。さうして又お前は鷹依姫様の事に付いて、エロウ御詳しい様だが、一体あの方とは、如何云ふ御関係があるのですか』 甲『有るの無いのつて、鷹依姫さまは俺達の生命の親だ。あの御方が去年天祥山の滝へ来て呉れなかつた位なら、俺達二人は今頃は此世の明りを見る所か、白骨になつて居る所だ。其命の恩人を虐待して、無理難題を申し、この様な所まで追放しよつた高姫こそ生命の親の仇敵だ。サア高姫、モウ斯うなつた以上は天運の尽きだ。冥途の旅立をさしてやらう。覚悟せ』 と懐よりピカツと光る物を取出し、両方から突いてかからうとする。高姫はヒラリと体をかはした。ヨブは二人の真ん中に大手を拡げ、 ヨブ『マア待つた待つた。これには深い訳があるのだ。俺も今迄此高姫を見付け次第、生首引抜かにやおかぬと、附け狙うて居つたが、事情を聞いて、今は俺も高姫さまの御弟子となつたのだ。マア待つてくれ。お前はカーリン島のマールにボールぢやないか』 マール『さう云ふお前はヨブさまか、久し振りだつたなア』 ヨブ『チツとお前等両人、改心が出来たかなア』 マール、ボールの二人は、 『ハイ』 と俄に態度を改め、 両人『先年は誠に済まぬ事を致しました。斯う云ふ所でお目に係るのも、ヤツパリ天罰が循つて来たのでせう』 ヨブ『イヤ過去つた事は云ふに及ばぬ。高姫さま始め二人の方が居られる前だから、俺は何にも言はぬ。其代りに是から俺が高姫さまの因縁を説いて聞かしてやるから、しつかり聞いてくれ。今迄の罪はスツカリと帳消しにしてやるから……』 マール『ハイ有難う御座います』 ボール『改心致しまして、御話を聞かして貰ひませう』 ヨブ『最前お前は鷹依姫さまを命の親だと云つたが、そりや又如う云ふ理由だ。其訳を聞かしてくれ』 マール『実の所はカーリン島では無頼漢と言はれ、悪漢と罵られ、誰一人相手になつてくれる者もなし、余り面白くないのでお前の内へ夜中に忍び込み、三百両の金をボツたくり、首尾克く逃ようとする所、お前が外から帰つて来るのと門口で出会ひ……ヤアお前はマール、ボールの両人だないか……と言はれた時の恐ろしさ。コリヤきつと島の規則にてらして、明日は両人共締め首の刑に遇はねばならぬと、小舟を盗み出し、暗に紛れて夜を日に継いで、どうやら斯うやら、ゼムの港迄風に吹きつけられ……ヤアこれで一安心だ。併し乍らどうも自分の後から追手が来さうで、恐ろしくてたまらないものだから、コリヤ天祥山の滝に打たれて、一つ修行をし、神様に罪を赦して戴かうと、それから毎晩滝にひたつて、修業をやつて居りました。そした所が、何時の間にか、モールバンドがバサリバサリと長い尾をツンと立て乍ら、赤裸で二人が滝に打たれてる前へやつて来て、尻をブリブリ振り立てて尾の先の剣にて吾々を打たうと身構して居る。此奴アたまらぬと一生懸命に天地の神様を念じて見たが、中々容易に退却する所か、益々其尾を振り動かし、今や二人の体は尻尾の剣に切られて、真二つにならむとする所、俄に宣伝歌が聞え出した。其声を聞くと共に、モールバンドの奴そろそろ尾を縮めて短くし出した。宣伝歌の声は段々と高くなつて来る。モールバンドの怪獣は尾を垂れ、首を垂れ、バサリバサリと傍の森林目蒐けて姿を隠して了つた。そこへやつて来られたのは三五教の鷹依姫様を始め、竜国別、テー、カーと云ふ宣伝使の一行であつた。あの時に若しも、鷹依姫様がそこへ来て下さらなかつたならば、吾々は最早此世の人ではないのだ。そこで俺達は鷹依姫さまを命の親と仰ぎ、直に入信してお弟子となつたのだ。テー、カーと云ふ二人の男から高姫と鷹依姫さまとの関係を残らず聞かされ、腹が立つてたまらなくなり、神様のお指図に依つて、今日はキツと高姫がゼムの港へ上陸すると云ふ事を悟つた故、私の命を助けて貰つた今日は記念日だ、命の親の敵を討つのは今日だと、刃物を用意し、研ぎすまして待つてゐたのだ。そした所神のお指図に違はず、高姫一行がここへ見えたのだから、如何しても命の親様の御恩に酬ゆる為、高姫の命をとり、仇敵を討つてお上げ申さねばならない。……どうぞヨブ様、私の目的を立てさせて下さいませ』 ヨブ『お前の命を助けてくれたのはそりや鷹依姫であらう。併し乍ら其鷹依姫を高砂島へ出て来るようにしたのは誰だと思うてゐるか。ここに御座る高姫さまぢやないか、そうすれば直接間接の違こそあれ、高姫さまがお前の命を助けてくれたも同様ぢやないか』 マール『さう聞けばさうですなア』 ボール『如何にもヨブさまの仰有る通り、高姫さまが鷹依姫さまを、無茶を云うて追出さなかつたら、こんな所へお出でになる気遣はなし、又俺達も助けて貰ふ訳にも行かなかつたのだ。さう思へば余り高姫さまを悪く思ふ訳には行かぬワイ』 ヨブ『何事もすべて神様の御心から出来て来るのだから、人間の考へで或一部分を掴まへて、善だの悪だの、敵だの味方だのと云ふのは第一間違ぢや。只何事も、人間は、神様の御意思に任すより仕方がないのだよ。高姫様に御無礼を働かうとした、其罪をお詫するがよからう』 マール『コレハコレハ高姫様、誠にエライ取違を致しまして、どうぞ憎い奴ぢやと思召さずに、神直日大直日に見直し聞直し、お赦し下さいませ。今ヨブさまの御意見によりましてスツカリ改心致しました。貴女こそ鷹依姫様にも優る私等に対しての、生命の御恩人で御座います』 ボール『高姫様、何卒御許しを願ひます。……ヨブさま、どうぞあなた様から、宜しくお執成しを御願致します』 高姫『あゝ皆さま有難う。能うそこ迄鷹依姫様に対し、お心を掛て下さいます。妾は何よりあなた方の其美はしきお心が嬉しう御座います。妾もあなたの御聞の通り随分我情我慢の強い女で御座いました。さうして鷹依姫様其外の方々に対し、実に無残な仕方を致しましたが、今日では最早スツカリと改心を致しまして、真心一つで神様の御用をさして頂いて居りますから、どうぞ今後は宜しく、御互に御世話を願ひます』 マール『有難う御座いました。是にて私もヤツと安心致しました』 ボール『高姫さま、ヨブさま、御一同様、どうぞ私の様な愚者、何卒御見捨てなく、今後の御指導を御願申します』 常彦、春彦両人は奇妙なる因縁の寄合ひに今更の如く感じ入り、呆けたやうな顔をして、此光景をまんじりともせず眺めて居る。 (大正一一・八・一三旧六・二一松村真澄録) |
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53 (1973) |
霊界物語 | 29_辰_南米物語1 鷹依姫と高姫の旅 | 18 天祥山 | 第一八章天祥山〔八四〇〕 大海中に浮びたるカーリン島に名も高き 無頼の悪漢マール、ボールは島の男女に嫌はれて 詮術もなき悲しさに夜陰に乗じヨブの家 忍びて宝を掠奪し暗に紛れて逃出す 天網恢々疎なれ共洩れぬ例しに洩れずして 逃行く姿を門口で此家のヨブに見付けられ お前はマール、ボールかと声かけられて恐縮し 茲にグヅグヅしてゐたら島の規則に照らされて 明日は必ず締首の所刑に会ふは知れた事 逃げるに若かずと磯端の小舟を盗んで両人が 波立ち騒ぐ海原を櫓櫂を操り生命懸け 北へ北へと漕いで行く俄に吹き来る暴風に 小舟は木の葉の散る如く茲に危き玉の緒の やつと命を拾ひつつゼムの港に漂着し 後振り返り眺むれば只一時の出来心 犯した罪の恐ろしさ後より追手のかかるよな 不安の雲に包まれて天地の神に罪悪の お詫をなさむと天祥の山にかかれる大瀑布 ハンドの滝に身を打たせ七日七夜の荒行を 勤むる折しも恐ろしやモールバンドの怪獣が 思はずここへのそのそと現はれ来りて両人を 尻尾の先の鋭利なる剣をふり立てふりすごき 二人に向つて攻め来る進退茲に谷まりし マール、ボールは胸を据ゑ天をば拝し地を拝し 力限りに太祝詞天の数歌一二三つ 四つ五つ六つ七つ八つ九つ十百千万 心を砕いて祈り居るモールバンドは容赦なく 尻尾に力を集中し二人を打たむとする所へ 俄に聞ゆる宣伝歌次第次第に近付けば 流石獰猛な怪獣も次第次第に萎縮して 鉾をば戢め尾を縮め頭をさげてノタノタと あたりの林に身を隠し後白雲となりにけり。 マール、ボールの両人は九死一生の此場合 助け玉ひし生神は何神なるぞと近よりて 両手を合せ跪き涙と共に伺へば 三五教の宣伝使鷹依姫や竜国別の 神の司を始めとしテーリスタンやカーリンス 四人の珍の神司茲に二人は平伏し 救命謝恩の辞を述べて鷹依姫の弟子となり 此滝水に身を浸し朝な夕なに大神を 祈りてここに詣で来る数多の人を救ひつつ 楽き月日を送りしがいよいよ今日は玉の緒の 命拾ひし一年目命の親の恩人を 虐げまつりし高姫をここに待受け鷹依姫の 教の司の仇を討ち万分一の恩報じ 仕へまつりて天地の神の御前に赤誠を 現はし呉れむと待ちゐたる時しもあれや高姫は 常彦、春彦始めとしヨブを引きつれ悠々と 天祥山を指さして進んで来る四人連れ マール、ボールの両人はこれこそ的切り高姫と 九寸五分をば振翳し右と左に突きつける 流石の高姫身をかはし飛鳥の如く飛び退けば カーリン島のヨブさまは二人の中に割つて入り まづまづ待てよ両人よお前はマール、ボールの両人か 如何してお前はここへ来た様子を聞かせと呼ばはれば ヨブと聞くより両人は驚き周章手をつかへ 心の鬼に責められてあやまり入るぞ健気なれ あゝ惟神々々御霊幸はひましまして 因縁者の寄合で此街道に神の道 うまらにつばらに説きあかし鷹依姫や高姫の 雪より清き胸の内輝き渡るぞ尊けれ あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ。 マール、ボールの両人は、高姫、ヨブの訓戒に依り、釈然として吾考への誤れることを悟り、天祥山のハンドの滝迄案内者として進み行く事となつた。 茲に一行六人は途々勇ましく宣伝歌を唄ひ乍ら、路傍の大蜥蜴や虻蜂などを脅威しつつ、早くも天祥山の山口に差かかつた。ハンドの滝迄は、まだ十四五丁の距離がある。され共ナイヤガラの瀑布に次いでの名高き大滝、淙々たる滝の音は手に取る如く聞えて来た。油蝉や蜩の鳴く声は、耳を聾せむ許り鳴き立てる。流石熱国のブラジルの此地域、二三里の間は天祥山より吹き颪す涼風に、恰も内地の秋の如く、滝に近付くに従ひ肌寒く、歯さへガチガチと鳴り出して来た。 常彦『随分涼しい所ですなア。高砂島へ渡つて以来、斯様な涼しい目に会うた事は初めてです。此山には種々と恐ろしい猛獣が棲んでゐると云ふことを、船中の客より聞きましたが、実に物凄い光景ぢやありませぬか』 マール『此山には獅子、山犬、虎、熊などの猛獣が出没致しまして、夜な夜な里に現はれ来り、年老りや子供に害を与へますから、吾々は三五教の神様を此瀑布の傍にお祭りいたし、朝夕人民安全の為に、御祈念をこらして居ります。其御神徳にや此頃は猛獣の影も余程減つて来ました。二年以前に比ぶれば、二十分の一位より居らなくなりました。そしてモウ一つ恐ろしいモールバンドと云ふ怪獣が時々やつて来ます。其獣は象を十匹も寄せた様な胴体をし、水掻きのある爪の長い四本足で、鰐の様な尻尾の先に鋭利な剣がついてゐて、すべての猛獣を其尾でしばき斃し、食つて居る恐ろしき動物が居ります。此頃は猛獣が少くなつたので、モールバンドも滅多に参りませぬが、若しも彼の目に止まつたが最後、人間だろが、獣だらうが、容赦なく片つぱしから尾で叩き殺し、皆食つて了うと云ふ恐ろしい奴ですから随分気を付けねばなりますまい。時々暑くなるとハンドの滝に横たはつて滝水を浴び、グウグウと鼾をかいて寝てゐることがあります。私も昨年来四五回見つけました。さういふ時にはソーツと足を忍ばせて近よらない方が得策です。鷹依姫の宣伝使の様に御神徳があれば言霊を以て追ひ散らす事が出来ますが、到底吾々如き神徳のなき者は近寄らぬのが一番ですよ。併し今日は私があの滝に於いて鷹依姫さまに命を拾つて貰つた記念日ですから、これからあの滝の下で祭典を行ひ、天地の大神様に御礼を申上げねばなりませぬ。幸ひあなた方は宣伝使で居らせられますから、一つ此祭典を賑々しく御手伝ひ下さいませぬか』 高姫『それは何より好都合です』 と云ひ乍ら早くも滝の側近く辿り着いた。 大瀑布の飛沫はあたりに散つて霧の如く濛々とそこらの樹木を包んでゐる。互の姿さへもハツキリ見えぬ迄に深き霧が立ちこめて居た。 (大正一一・八・一三旧六・二一松村真澄録) |
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54 (2015) |
霊界物語 | 31_午_南米物語3 国依別の旅 | 06 女弟子 | 第六章女弟子〔八七二〕 此乱痴気騒ぎの最中に、意気揚々としてモリスは国依別の居間を尋ね、姿の見えざるに、的切り此奴は紅井姫の居間に侵入し、脂下つてゐるに相違ないと、エリナを伴ひ、足音高く、現はれ来り、ガラリと襖を引あけて、 モリス『国依別様、お前様の女房がはるばる尋ねてお出になりましたよ。サアどうぞトツクリとお楽しみなさりませ』 国依別『ヤア、エリナ殿か、あなたのお母アさまは何うなりましたか。日々御案じ申して居りました』 エリナ『ハイ有難う御座います。とうとう母はあの大地震に亡くなつて仕舞ました。今は、父は御存じの通り、日暮シ山に囚はれ、たよる所もなき女の一人身、あなた様のお後を慕ひ、お世話に預りたいと存じまして、茲まで尋ねて参りました。どうぞ先日の御無礼をお叱りなく、憐れな妾、何卒お助け下さいませ』 モリスはもどかしげに、 モリス『コレコレ、エリナさま、そんな他人行儀の事を云ふに及ばぬぢやありませぬか。お前さま……ソレ私の前で雄健びしたように、ここで一つ売り出さぬかいな。ヤツパリ可愛い夫の顔を見るとグニヤグニヤになつて了ふから仕方がないワ。女と云ふ者は男にかけたら弱い者だなア、アハヽヽヽ』 秋山別は言も荒らかに、 秋山別『姫様の御病気、今此通り御昏倒遊ばして御座る所だ。何を気楽な事を言つてゐるのだい』 モリス『ヤア姫様が御病気だなア。コリヤ大変だ。ドレドレ、モリスが介抱をして進ぜよう。癪気を起して御座るのだらう。こんな所へ国依別さまの奥さまがやつて来たものだから、益々大変だ。併し乍ら姫様も結句諦めがついてよからう。サア一つお腹を取つてあげませう……癪に嬉しい男の力、身が粉になるまで抱いて欲しい……とか何とかヘヽヽ言ふ事がある。国依別さまだと都合が好いのだが、生憎奥さまの御臨検だからさうもならず……国依別さま、さぞお心の揉める事でせうなア』 とニヤリと笑ひ乍ら、 モリス『コレコレお姫様、内事司のモリスで御座いますよ。サア気をしつかりなさいませ』 紅井姫『エヽ汚らはしい!』 と今迄性念を失つて居たと思つた大病人に、力一杯横腹あたりを、肱鉄砲で打たれ、肋の三枚目をしたたかやられて『アツ』と其場に目を剥いて倒れて了つた。国依別は驚いて、 国依別『コレコレお姫様、そりや余り乱暴ぢやありませぬか?』 紅井姫『国依別さま、あなたは妾を騙しましたねえ。独身ぢやと仰有つたが、現に立派な奥様が訪ねて御座つたぢやありませぬか。エヽ残念ぢや口惜しい』 と歯切をかむで狂ひまはる。秋山別は紅井姫の体をグツと抱へ、 秋山別『モシモシ姫様、さう荒立ちなさつてはお体に障ります。どうぞ気をお鎮めなさいませ。世の中は広いものです。男の数も決して一人や二人ぢや御座いませぬ。そンな気の狭い事を仰有るに及びませぬ。あなたに適当な男が此お館にも一人や半分は居ますから、御世話を致します。どうぞお鎮まり下さいませ』 紅井姫『エヽお前は秋山別か、又しても又しても好かぬたらしい、震ひが来る、退いてお呉れ!』 と云ひ乍ら、かよわき手に拳骨を固め、力一杯鼻つ柱を擲りつける。秋山別は不意に鼻つ柱を打たれ、目から火を出し乍ら、ヨロヨロヨロとよろめき、モリスの頭の上にドスンと倒れた機みに尻を下せば、モリスは夢中になつて、秋山別の睾丸を力一杯握りしめ、 モリス『コリヤ国依別、貴様は女房のある身を持ち乍ら、神様の御規則に背き、箱入娘の姫様を誑らかしチヨロまかして、風紀を紊す大罪人、サア此玉さへ抜けば、発情は致すまい。モリスが、睾丸割去術でも施して去勢してやらうか』 と一生懸命に固く握りつめる。秋山別は真青になつて『ウーン』と云つたきり、ふん伸びて了つた。 エリナ姫は気をいらち、 エリナ『モシ国依別さま、どうかしてやつて下さらぬと、息が止まりは致しませぬか』 国依別は、 国依別『さうですなア』 と云ひ乍ら、モリスの手を指一本一本力を入れて放させた。秋山別は漸くに気が付き、呆け面してポカンと口をあけて紅井姫の顔を恨めしげに眺めて居る。 紅井姫『あのマア厭な男、妾の顔に何ぞ付いて居りますか?』 秋山別『ハイ、何だか知りませぬが、男の顔がひつついてますワイ。それもクの字が一番ハツキリ現はれ、つぎにアの字が現はれて居りますが、クの字は段々と色が黒くなり、アの字が赤く花の様に現はれかけました。あのクの字の黒い事わいの』 紅井姫『又しても厭な事を云ふ男だナ。サア早うあちらへお行き!汚らはしい、アリーは居らぬか、サールは何処ぞ、早く箒を持つて来てお呉れ』 次の間に息をこらして控えてゐた二人の侍女は、箒と塵取を持つて現はれ、跪いて姫の手に渡せば、姫は手早く其箒を取り、第一に秋山別に向ひ、 紅井姫『エヽ煩雑い男奴』 と云ひ乍ら狂人の如く髪ふり乱し、目を釣りあげ所構はず打据ゑたり。モリスは、 モリス『コレコレ姫様、そンな乱暴をなさつては可けませぬ』 と立あがるを、姫は、 紅井姫『ナニ此睾丸掴み』 と云ひ乍ら、又叩きつける。二人は流石に手向ひもならず、コソコソとして吾居間に引下り行く。 紅井姫『お前さまは国依別さまの御家内でせう。紅井が永らく御厄介になりまして、さぞお待兼でしたらう。サア大事の婿さまを伴れて、勝手にお帰りなさいませ』 国依別『これはしたり姫様、そりや大変な考へ違ひ、此方はアラシカ山の山麓に御座るウラル教の宣伝使エスと云ふ方の娘さまで御座いますよ。フトした事から途中にお目にかかり、二三日御世話になりましたもの、独身主義の国依別に、女房があつて堪りますか』 紅井姫『あなたは世界を股にかけて御歩き遊ばす宣伝使様、うち見る島の先々、掻き見る磯の先おちず、若草の妻を至る所にお持ち遊ばし、神生み、御子生みを遊ばす丈あつて、随分巧に言霊をお使ひ遊ばします。妾も最早観念致しました。妾の恋は真剣で御座ります。つまり九寸五分式の猛烈な恋なれば、最早あなたに見放された上は、此世に生きて何の楽みも御座いませぬ。恋の病に悩み一生苦むよりも、一層此場であなたのお目の前で自害して相果てまする。愚な女と一口にお笑ひ下さいますれば、それを冥途の土産に嬉しう帰幽致します』 と隠し持つたる短刀を閃かし、ガハと喉につき立てむとするにぞ、国依別は打ち驚き、直に飛びつき、姫の手を打叩きし其途端に短刀はバラリと前におちぬ。国依別は手早く短刀を拾ひあげ、熱涙を流し乍ら、 国依別『あゝ困つた事が出来て来たものだワイ。これと云ふのも、若い時に女泣かせや、御家倒し、家潰しを数限りなくやつて来た其酬ゐだらう……モシモシお姫様、私は今こそ斯ンな殊勝らしい顔をして宣伝使になつて居りますが、私の素性を洗つたら如何な姫様でも愛想をつかされるでせう。随分と女を泣かして来た代物ですよ。こンな男に心中立をしたつて直に放かされ、蛸の揚壺を喰はされますよ。どうぞこンな男の事は思ひ切つて下さいませ』 紅井姫『自分の事を自分で悪く仰有る、其正直なお心が妾には震ひつく程好で御座います。果して此エリナ様があなたの女房でないのならば、是非茲に御逗留遊ばして、妾に神様の教を聞かして下さいませ。お気に入らぬ者を無理に女房にして下さいとは申しませぬ。お側においてさへ頂けば、それで満足致しますから……』 国依別『それは困りましたねい。どうしても私は急にここを立たねばなりませぬから、姫様のお側において頂く事は到底出来ませぬ。どうぞ思ひ切つて下さいませ』 紅井姫『そんなら、あなたのお弟子として、どンな所でも厭ひませぬからお伴れ下さいませ。お願で御座います』 エリナ『どうぞこのエリナもお弟子として、あなたのお出で遊ばす所へお伴れ下さいませ。其代りに洗濯や針仕事は十分致しまして、御神徳が授かつたら宣伝も致します』 国依別『あゝ仕方がありませぬ。それならお二人共、一所に参りませう。併し乍ら紅井姫様、貴女は楓別命様のお許しを受けなくてはなりますまい。お許しさへあれば、何時でもお伴を致しませう』 紅井姫は、『ハイ有難う御座います』と機嫌顔。 是より国依別は楓別命に暇を告げ、二人の女を伴ひ、神館を後に日暮シ山の岩窟に向ひ、エス、キジ、マチの三人の生命を救ふべく夜の明けぬ中より準備為し、日暮シ山指して男女三人進み行く。 (大正一一・八・一八旧六・二六松村真澄録) |
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55 (2022) |
霊界物語 | 31_午_南米物語3 国依別の旅 | 13 姉妹教 | 第一三章姉妹教〔八七九〕 ブールは国依別一行と共に奥の間に端坐しキジ、マチ、エリナ、などより耳の痛い様なくすぐつたい様な御礼の詞を受け乍ら、どうぞ早くユーズがエスを此処へ連れて来て甘くやつてくれないかなア……と心待ちに待つて居た。 そこへユーズが拍子抜けのした顔をさげてやつて来たので、ブールは早くも其顔色を眺め、エスがもしや牢死でもしてゐたのではなからうか、万々一そンな事があろうものなら、如何して此場を甘く切り抜けようか、数百人の部下はあつても、何れも国依別に対しては、無勢力の腰抜計りだ。進退これ谷まつた……と心の中に独り打案じ乍ら、ブールは余所余所しく、 ブール『オイ、ユーズ、エス様は御機嫌ようゐらせられたかなア』 ユーズ『何時の間にやら御歴々方の御入来、ヤアこれはこれは国依別様、よくマア此茅屋へゐらせられました。何分親指がなつてゐないものですから、甘く滑車が運転致しませぬ。吾々も殆ど機関の油が切れて、声を上げむ計りになつて居ます……あなたは素敵滅法界なナイスさま、どこからお越しになりましたか。天の河原に玉の御舟を泛べ、月の鏡を懐中に入れ、黄金の棹をさして、お下り遊ばした棚機姫様か、但は天教山の木の花咲耶姫さまの御降臨か、松代姫様の御再来か、何とも云へぬ立派なお方で御座いますなア』 と追従たらだら述べ立てる。 ブール『左様の事を尋ねて居るのでない。エス様は御機嫌うるはしくゐらせられたか……と云ふのだ』 ユーズ『ハイ、教主様のあなたが発頭人で水牢へ打込み遊ばした、あのエスさまの事ですかい。斯う申したと云つて、千座の置戸を負ふのは、人に将たる者の当然負ふべき職掌ですから、どうぞ悪く取らない様にして下さいませ。吾々一統はそンな残酷なことをするものでないと御意見申上げましたのに、あなた様は首を左右に傲然とお振り遊ばし、ジヤイロコンパスの様に目玉を急速度を以て回転させ、チツともお聞き遊ばさぬものだから、とうとうあの様な大惨事が突発したので御座いますよ。あなたの仰有る通り、吾々が正直に守つて居るものならば、エスさまは遠の昔、幽界の人になつてゐられるのですが、見えつ隠れつ、此ユーズが甘い物を持運び……オツト、ドツコイ教主さま、そンな六つかしい顔をしちやなりませぬぞ。すべて部下の罪悪を一身に引受け、一言も呟かないのが将たる者の襟度で御座いますよ。マア兎も角、後は云はいでもお察しを願へば、国依別さま、エリナさま、大体判断はつくで御座いませう』 国依別『ブール様、随分エスさまは苛酷的な御同情を蒙られたと見えますねい』 ブール『さう言つて貰ひますと、何とも御返事の仕方が御座いませぬが、実の所はユーズが……』 ユーズ『モシモシ教主さま、さう脱線しちやいけませぬよ。それでは教主たる価値はサツパリ零ですよ。モウ斯うなる上は旗色の好い方へ従くのが利益だ。仮令ブールさまに何々せられても、構ひませぬワイ。国依別様に何々してドツとお気に入り、結構な宣伝使にして貰つて、都合好くば、エー○○を○○に貰ふやうになるかも知れない。それだから、見えつ隠れつ、お父うさまのエスさまを大切にして来たのだ。なア、エリナさま、斯う見えても、表は表、裏には真に美はしい慈愛の涙を湛へて居る苦労人で御座いますよ』 エリナは『ヘエン、左様ですかいナ』と空にうそぶく。 ブール『何を云つてゐるのだ。エス様を早く迎へて来ぬか』 ユーズ『ハイ、何と云つても、流石はエスさまさまですよ。ヤツパリ私の睨ンだ通り、偉いですな、見上げたものですよ。私が何程申上げてもビクとも動かうともなさいませぬワイ。丸で死ンだ馬の様ですワ』 エリナはサツと顔色を変へ、 エリナ『エー、お父うさまが亡くなつたのですか』 ユーズ『イエイエどうしてどうして、海老の様にピンピンシヤンシヤン撥ねまはつてゐられます。実の所を何もかもブチあけて申上げますが、今日迄大変にブールさまの命令に依つて虐待をして居りましたが、あなた方がお出でになつたと云ふので、レコの大将、ブールブールと地震の孫の様にふるひ出し、大に蒟蒻(困惑)致しまして、俄思ひ付の一芝居、エスさまを、あなた方よりも一足先ここへ出て来て貰ひ、酒でもドツサリ呑まして篏口令を布き、ヤツと此場の芥を濁さうと遊ばしたのですが、お前さまの来やうが余り早かつたものだから、すべての計画が喰ひちがひ、たうとう画餅になつて了つたのです。子供か何ぞの様に、酒位呑まして機嫌をとり、今迄の虐待振を隠さうと思つても、駄目なことはきまつてをるのに、あわてた時と言ふものはそれ位の知慧より出ませなンだワイ。本当に余り教主様の知慧が薄つぺらなのには、部下一同こンにやく否困惑の体で御座います。決して決して此ユーズが悪いのぢや御座いませぬ。一番先にエスを入れようと発起したのはユーズぢや御座いませぬから、其お積りで願ひますよ。そしてエスさまは何もかもチヤンと御存じで、あなたのここにお出でになつた事もとうしだとか、すいのうだとかで、よく御承知で御座いましたよ。こンな結構な御みとの中において貰うて、誰が出るものか、千年万年経つたとて、いつかな動きは致さぬと、それはそれはエライ頑張り様で御座います。察する所教主のブールさまが、エスさまのお側へ自らお出でになり、頭を下てお詫をなさらねば到底お出ましになる気遣ひはありませぬワ』 国依別『ブールさま何うでせう。国依別が直接エスさまの居られる所へ参りましたら……さうでなければ、年寄の片意地、中々動きますまいで……』 ブール『あンな所を見られましては、誠に済みませぬ。是から私が参つてお連れ申して来ますから、どうぞ此処に暫く待つてゐて下さいませ。……サア、ユーズお前も出て来い、又せうもない事を喋ると可けないから……』 ユーズ『さうでせう。私がここに居りますのは、定めて御都合が悪い事ぢやと、前以て承知致して居りますワ』 国依別『サア皆さま、行きませう。ユーズさま、案内して下さい、エリナさま、これから恋しいお父うさまに会はして上げませう。御喜びなさいや』 エリナ『ハイ、有難う御座います。何分宜しく御願申します』 茲にユーズを先頭に、ブールを始め、国依別の一行は地底の薄暗き水牢の傍に探り探り立寄り、 国依別『私は三五教の国依別と申す者で御座います。あなたはウラル教の宣伝使であり乍ら、よくもマア三五教の宣伝使を御世話して下さいました。其為あなたは斯様な所へ押込められ、さぞさぞ御難儀な事で御座いましたでせう』 エスは涙を流し乍ら、 エス『ハイ、有難う御座います。よう来て下さいました。実は昨日迄、非常な、そこに居りまするユーズの奴、虐待を加へましたが、俄に態度が一変し、最前も最前とて、追従たらだら、私を引出し、今迄の悪逆無道の帳消しの材料にせうと云ふ様な、ズルイ事を考へて来た事が分りましたので、ワザと頑張つて、千年万年もこんな結構な御みとは出ないと意地張つてやりました。さうした所が、それを真に受けて心配を致し、頼むの頼まないのつて、実に気の毒なやうでした。誰だつて、斯様な所に半時の間も居りたいものが御座いませうか、御推量下さいませ』 と云ふ声さへも、涙に湿つて聞えて居る。エリナは之を聞くよりワツと計りに其場に泣き伏した。ユーズは周章て抱き起し、 ユーズ『もしもしエリナ様、シツカリなさいませ。此親切なユーズが御介抱致しますれば、モウ大丈夫で御座います』 エリナ『エー父の仇敵、物言ふも汚らはしい、私の体に触つてお呉れな』 と言ひ乍らドンと突き放した。途端に牢の入口が折よく開いてあつた為、忽ち牢の中の水溜りへ真逆様にドブンと落込ンで了つた。 エスは其隙に早くも牢内を駆出し、外から入口の戸をピシヤリと締め、錠を卸して了つた。ユーズは水溜りより這ひ上り、 ユーズ『モシモシ開けて下さい、私で御座います』 ブール『お前だから、放り込ンだのだよ。サア今迄エス様をいろいろと讒言致して罪におとした其方の事だから、今日から罪亡ぼしにエス様の代りに水牢住ひを致すのだ。天罰と云ふものは恐ろしいものだ。現在エスさまの娘エリナさまに押込まれたぢやないか。是も決してブールがしたのぢやない。お前の罪が重なつて、お前を水牢へ投込ンだのだよ』 ユーズ『それは余り胴欲ぢや厶いませぬか。一寸外に忘れた物も御座いますなり、アナンに会うて言ひたい事も沢山ありますから、這入れなら這入りますから、一遍丈出して下さいな』 ブール『ならぬならぬ、自分の悪事を残らず、教主は千座の置戸を負ふべきものだなぞと申して、国依別様一統の前でブールの讒言を致したであらう。その様な大悪人を外へ放養するのは、モールバンドを野に放つたやうなものだからのウ』 エス『お前さま、チツと其処で修行をなさいませ。何程弁解したつて駄目ですよ。此エスがお前さまの部下に、門の入口で捉まへられ、教主様の前に引出された時、教主は何と仰有つたか、覚えて居るであらう。あの時の御言葉に……ユーズ、お前はエスをさう悪く言ふけれど、チツとは考へてやらねばなろまい。世の中は相身互だから、仮令三五教の宣伝使の宿をしたと云つて、そンな小さい事を云ふものでない、許してやつたがよかろと仰有つた時には、俺も有難涙が澪れたのだ。それに貴様が駄々をこねて、教主からして、そンな規則をお破りになるのならば、此ユーズは数多の信徒を一人も残らず引率して、バラモン教に入信し、此館を転覆させて了ひますと云つて、脅迫し、遂に已むを得ず、教主も俺をこンな所へ放り込む事を黙許されたのだ。さうだからお前が悪の張本人だ。お前さへ斯うして何時迄も茲に蟄居して居れば、三五教とウラル教は心の底から解け合うて、互に長を採り、短を補ひ、姉妹教となつて、仲よく神業に参加する事が出来るのだ。サア皆さま、何時迄も斯ンな所に居つても仕方がありませぬ。どつかへ参りませうか』 ブールは、 ブール『どうぞ私の居間迄御越し下さいませ。御案内致しませう』 と先に立つて、吾居間へ帰り行く。後にユーズは声をあげ、 ユーズ『オーイオーイ、助けて呉れ助けて呉れ』 と呼ばはつて居る。一同は委細構はず、ブールの居間に帰り来つて、葡萄酒を与へられ、甘さうに、四方山の話に耽り乍ら、飲ンでゐる。少時らくあつて、教主は奥の間よりいかめしき祭服を着し来り、 ブール『サア御一同様、私は是より神殿へ参ります。どうぞあなた方も御参り下さいませ』 国依別以下は打うなづき乍ら神殿に進み、ブール導師の下に神言を奏上し、終つて再び奥の間に引返し、ブールは心の底より改心の意を表し、国依別の裁決に依つて、エスを教主となし、エリナは内事一切の司に任じ、紅井姫は暫く賓客として、日暮シ山の花と謳はれ、遂に三五教を樹て、ブールの妻となり、ヒルの神館と相提携して、ヒル、カル両国に亘り、大勢力を拡充し、万民を救ひ助け芳名を轟かしける。 ユーズは百日の間の苦行をさされた上、許されて、再び神に仕へ、アナンも亦陥穽の底より救ひ出され、悔い改めて神の道に清く仕へ、一生を安く送る事とはなりぬ。 茲に国依別は四五日逗留の上、キジ、マチの両人を従へ、日暮シ山に別れを告げ、山野河沼を渡り、ブラジル峠を指して、宣伝歌を歌ひ乍ら進み行く。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・八・一九旧六・二七松村真澄録) (昭和九・一二・一八王仁校正) |
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56 (2029) |
霊界物語 | 31_午_南米物語3 国依別の旅 | 20 脱皮婆 | 第二〇章脱皮婆〔八八六〕 二人は漸く広き河の辺に辿り着いた。見れば非常な広い河で而も急流である。橋もなければ容易に渡る事は出来ない。後へ引返さむとすれば、岩石の炎は盛に燃えひろがり、道を塞ぎ、グヅグヅしてゐると、煙に包まれさうな勢である。『アヽ如何にせむ』と川端に二人は地団駄をふみ、遂には泣声を出して藻掻き出した。どこともなしに厭らしき声が聞えて来る。フツと見れば、渋紙の様な肌をした赤裸の人間が肋骨を一枚々々表はしたガリガリ亡者である。一目見てもゾツとする様な、厭な姿であつた。此亡者は赤裸ではあるが、男とも女とも少しも見分けがつかなかつた。只骸骨の上に渋紙の様な色した薄ツペらな皮が、義理か役かの様に包むでゐるのみである。 秋山別は心の中に思ふ様……どうせ、こンな訳の分らぬ所へ来たのだから、ロクな奴は出て来る筈はない。余り気を弱く持つて居たならば、先繰り先繰りいろいろな奴が出て来て、何をするか分らない、強くなくては……と俄に決心の臍を固め、声も高らかに、 秋山別『オイ我利坊子、貴様は現世の奴か幽界の奴か、返答をせい。現世には貴様の様な奴はメツタに見た事はないが、大方娑婆に居つて吾れよしの有り丈を尽した我利我利亡者の連中が、欲の川へ落込み濁流を呑ンで、こンな態になつたのだらう。一つ旅の慰みに貴様の来歴を聞かしてくれないか』 亡者(欲皮)『俺は剛欲ハルの国、身勝手郡、吾れよし村の欲皮剥右衛門と云ふ男だよ。一人の男は同国同郡同村の金借踏倒しといふ亡者だよ。今冥途へ来てから、名を替へて、骨皮痩右衛門、墓原の骨左衛門となつたのだ。お前はアノ自称色男の秋山別、モリスの両人に違いあるまいがな』 秋山別『貴様どうして俺の素性を知つてゐるのだ』 欲皮『きまつた事よ。余り貴様が此川上で立派なナイスの様な化者を捉まへて、現を抜かしてゐるから、俺も金と色とにかけては、現界に居つた時から、天下無双の豪傑だつたが、俺の目の前で、余り巫山戯たことをしよるものだから、チツと計り癪にさはり、ナイスが川の中へとつて放つたのを幸ひ、河童となつて、貴様の睾丸を引ちぎり、冥途の旅をさしてやつたのだ。アツハヽヽヽ』 秋山別『オイ、モリス、此奴が俺達の命を取つた餓鬼だと見えるワイ。サウもう斯う白状致した以上は、了見ならぬ。バツチヨ笠のやうな、骨と皮との体をしよつて、洒落たことを致す亡者だナア。これから両人が踏みにじつて呉れるから覚悟を致せ』 欲皮『アツハヽヽヽ、女に捨られ、命迄棄てた腰抜亡者の分際として、何を吐すのだイ。コリヤ此欲皮は貴様の見る通り、壁下地が表はれて、ニクもない可愛い男だが、併し俺の体は満身骨を以て固めてあるのだぞ。亡者なぶりの骨なぶり、見事相手になるなら、なつて見よ』 モリス始めて口を開き、 モリス『コリヤ、我利々々亡者、欲皮剥右衛門とやら、俺を何と心得てゐるか』 欲皮『何とも心得て居らぬワイ。失恋狂の川はまり、土左衛門の成れの果て、恋の焔におひかけられて、其情熱を消すべく、此川辺迄逃げて来よつたモリスぢやない、亡者だらう。亡者々々致して居ると、此欲川はモウ容赦はならぬぞ。女の手を引張つて、都見物の亡者引の様に、見つともない何の態だイ。チツとは恥を知つたが良からうぞ』 モリス『何を吐しよるのだイ。貴様は欲の皮を剥いで、現界に居つた時は、人鬼と云はれて来た代物ぢやないか。其天罰が廻つて来て、河鹿か何ぞの様に、川住居をしよつて、ガアガア吐すと、本当の蛙になつて了うぞ。蛙の行列向う見ずと云ふ事があるぢやないか。蒸せ損ひの饅頭の様に、かは許りにへばりつきよつて、現界でも喰へぬ奴だつたが、ヤツパリ茲へ来ても骨だらけで、味もシヤシヤリもない喰へぬ代物だなア。併し乍ら貴様も何時迄もこンな所に居つても仕方がないぢやないか。モリスさまに従いて来ないか。結構な結構な針の山か、血の池か、茨の林へ連れて行つて、蜥蜴の丸焼でも振れ舞うてやるからのウ』 金借『そんならこの金借も伴れて行つてくれないか。只で貰う事なら蜥蜴だつて、蛙だつて構うものか、又只で案内してくれるのなら、仮令針の山でも血の池地獄でも構やせぬワイ。兎も角俺は貰ふ事が好きな性分だい。出す事なら舌を出すのも手を出すのも嫌ひな亡者さまだよ。サア早く行かう』 モリス『こりや嘘だ、貴様の様な者を道伴れにして如何なるものかい。紅井姫がシーズン河へ飛込ンで、冥途の道に待つてゐるのだから、其様な者を連れて行かうものなら、それこそモリスの男前が下がつて了うワイ』 金借『貴様は冥途へ来て迄二枚舌を使うのだな。徹底的な大悪人だ。ヨシ今金借さまが其二枚舌を抜いてやらう』 と云ふより早く、川縁の手頃の石をクレツとめくると、其下から、沢山の釘抜がガチヤガチヤする程現はれて来た。金借亡者は、矢庭に之を手に取り、モリスに向つて襲ひ来る猛烈な勢に、流石のモリスも堪りかね、忽ちザンブと激流に飛込み、 モリス『秋山別早く来れ』 と云ひ乍ら、抜手を切つて、流れ渡りに向う岸へヤツと取りつき、着物を脱ぎ棄て、力一杯圧搾し始めた。秋山別も辛うじて泳ぎ着き、之れ亦衣類を絞り、二人は川向うの二人の亡者に、腮をつき出し拳骨を固めて空をなぐり、十分に嘲弄し乍ら、一生懸命に何者にか引かるる様な心地して、北へ北へと走り行く。 何とも譬へ様のない不快な血腥い風が吹いて来る。油で煮られる様な熱さを感じて来た。二人はヘタヘタになつて、どつか木の蔭があれば、休まうと、目をキヨロつかせ、そこらあたりを眺めて居ると、何とも形容の出来ない一本の木が枯葉を淋しげに宿して立つて居る。せめては此木蔭にと立寄つて見れば、厭らしい種々の毛虫がウジヤつてゐる。二人は肝を潰し乍ら、又もや焼きつく様な大地の上を歩み出した。少しく前方に萱を以て葺いた小さい家が、珍しくも只一軒建つて居る。これ幸ひと立寄つてソツと草で編ンだ戸の隙間から、中を覗くと、爺とも婆とも見当のつかぬ老人が唯一人、水涕をズーズーと垂らし乍ら、切りに草鞋を作つてゐる。秋山別は外から、 秋山別『モシモシお爺イさまかお婆アさまか、どちらかは知りませぬが、吾々は旅人で御座います。余り暑いので、最早やり切れなくなりました。どうぞあなたの涼しい御宅で、暫く休まして下さいな』 小屋の中より皺枯れた声で、 (脱皮婆)『ここは焦熱地獄の八丁目だ。能うマア踏み迷うて御座つた。閻魔大王様から、お前達二人が茲へ来るから、茲に待伏せして居れと御命令を受けて、二三日前から待つてゐたのだよ。好い所へ来て呉れた。サアゆつくりと這入つて休息さつしやい。やがて赤鬼や黒鬼が火の車を持つて、お前達二人を迎へに来るから、マア楽みて待つてゐるがよからう。一度は火の車に乗つて見るのも面白からうぞや』 秋山別『モシモシそりやちつと困るぢやありませぬか。如何して吾々がそンな火の車に乗らねばならぬ様な悪い事を致しましたか。そりや大方人違ひぢや御座いますまいかなア』 (脱皮婆)『儂は焼野ケ原の脱皮婆アと云ふ者だ。三途の川には脱衣婆と云ふ者が居つて着物を脱がすが、そこを通る奴は罪の軽い連中だよ。この焦熱地獄の旅行する奴は最も悪い罪人が出て来る所だ。それだから、お前の肉の皮をスツカリ剥ぎ取つて、剥製にして黄泉の都の博物館に陳列し、皮を剥いだ後の肉体は火の車に乗せて、閻魔の庁へ送り、鬼共が喜びて、塩焼にして食て了うのだから、心配することはない。今となつて心配した所で駄目だよ。チヤンときまり切つた運命だから……』 モリス『お婆アさま、そりや本当ですかい。チツとモリスには合点が往きませぬがなア』 脱皮婆『合点が往かぬ筈だよ。合点の往かぬ事計りやつて来たのだから、無理はなけね共、もういい加減に因縁づくぢやと合点をせなきやならなくなつて来たよ。お前を迎へに来る火の車は自惚車といふ妙な脱線し転覆する車で危ないものだが、紅井の様な赤い顔をして、目を剥いた女の鬼が一人、又少し年増のエリナと云ふ女鬼が一人、火の車を二つ持つて、お前を迎へに来る段取がチヤンと出来てゐるのだから、今の間なりと気楽に歌でも唄つておかつしやい。火の車が来たが最後、お前の体は不動さまのように、恋の情火が燃え立つて、熱い目に会はねばならぬのだからな。あゝ思へば思へば不愍なものだワイ。 火の車別に地獄にやなけれ共 己が作つて己が乗り行く とか云つて、お前が作つた完全無欠な火の車だから、誰に遠慮も要らぬ。ドンドンと乗つて行かつしやれや。何事も世の中は自業自得だ。善因善果、悪因悪果、蒔かぬ種は生えぬとやら、自分が蒔いた種が成長して、花が咲き実がのり、又自分が収穫をせなくちやならぬ天地自然の法則だからなア』 秋山別『エー、秋山別は別に女に対し、恋慕は致しましたが、まだ生れてから、女一人犯したことは御座りませぬ。何が為にそれ程重い罪を科せられるのでせうか。是れ位な微罪を、さう喧かましく詮議立てをし、処罰をして居つたならば、地獄の牢屋もやり切れますまい』 脱皮婆『軽い罪は皆見のがして、三途の川で衣を脱がし、それから生れ赤子の赤裸にして、霊の故郷へ帰してやるのだが、お前の様な罪人は何うしても帰す事が出来ないよ。又何程立派な審判の鬼だとて、中には盲もあるから、お前の罪は俺が聞いても、ホンの軽い様に思ふが、火の車に乗せられて、焦熱地獄へ落してやらうと判決されたのだから、此婆アの力ぢや如何する事も出来ない。閻魔さまだつて直接に調べるのぢやないから、疎漏もあるだらうし、無実の罪で来て居る憐れな人間もチヨイチヨイあるやうだ。何程冥途の規則が立派に出来上つて居つても、それを運用する審判の鬼が盲だつたら駄目だからな。マア諦めるより仕方があるまいぞよ。上の大将からして、盲の幽霊計りだから困つたものだよ。此婆アもお前には満腔の同情を表してゐるけれど、上から押へられるのだから、どうする事も出来やしない。お前の言訳を一つでもせうものなら、それこそ大変だ。下の役の癖に上役の裁いた事を、何ゴテゴテ言ふかと云つて、一遍に免職さされて了うのだ。さうすればお前が今渡つて来た欲の川に居つた我利々々亡者の様に骨と皮とになつて了はねばならぬ。アーア暗がりの世の中と云ふものは情ないものだわい』 と婆アさまは鼻をすすり、そろそろと泣き出した。 斯かる所へガラガラガラとけたたましき音を立て、いかめしき面した赤鬼、青鬼、金平糖を長うした様な金棒を携へ、二台の火の車を引つれて、此場に向つて勢よく駆けつけ来る。二人は『アツ』と驚き其場に倒れ伏しける。 (大正一一・八・二〇旧六・二八松村真澄録) |
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霊界物語 | 31_午_南米物語3 国依別の旅 | 21 白毫の光 | 第二一章白毫の光〔八八七〕 二台の火の車は婆アの小屋の前で停車し、中より青赤の運転手、技手、鶏冠の様な、キザのある腮をしやくり乍ら、金銀色の角をニヨツと表はし、車より下りて、ツカツカと二人の前に立塞がり、 青鬼『其方は秋山別、モリスの両人であらう。サア冥府よりの迎へだ。グヅグヅして居ると時間が切れる。早く此火の車に乗れ』 と巨眼をひらき睨めつけ呶鳴り立てる。秋山別は焼糞になり、 秋山別『オウ、俺も男だ。火の車が何恐ろしいか。俺達は娑婆に於て、日々会計不如意の為に家には火が降り、尻には火がつき、火の車を日々運転して来た火宅の勇者だ。乗るのは少しも厭はぬが、併しマアよく聞け。貴様の面は何だい。海辺の銅葺の屋根の様な洒つ面をしよつて、斯様な赤い車に乗り、何をオドオドとして青ざめてゐるのだ。チツとしつかり致さぬか。コリヤ一匹の奴、貴様の面は何ぢや。仏像の前に罷り出でて、婆、嬶の目糞、鼻汁をぬりつけられ、鼻つ柱も何もすりむかれてゐやがる賓頭盧の様な真赤な面をして何の事だい。昼日中酒を喰つて酔つ払つて居るのだらう。そンな事でお役目が勤まるか。俺の顔を見て、ビリビリ震ひ、真青な顔する奴や、弁慶の様に酒に喰ひ酔うて真赤になつて居る様な運転手や車掌の乗つて居る火の車には、危険で乗れたものぢやない。マア出直して来い。明日ゆつくりと乗つてやるワ』 モリスはおどおどし乍ら、 モリス『オイ、秋公、そンな非道い事を言うない。モウ斯うなつては仕方がない。神妙にしてゐるのが得だよ。……モシモシ青さま、赤さま、秋山別の只今の御無礼は何卒許してやつて下さいませ』 青鬼『そりや許さぬ事はないが、ここは地獄の八丁目だ。お前達が娑婆に居る時から言つて来ただらう。それ、地獄の沙汰も○○○と云ふ事を……』 秋山別『ハヽヽヽヽ、矢張金次第と吐すのかな。それもさうだらう。この秋様も娑婆に居つた時汽車に乗るのに、普通の人間より二倍がけ出すと、それは都合の好い二等室に乗せてくれよつた。三倍がけ出すと、一層具合のよい一等室へ白切符を持つて乗せよつた。切符でさへも、青、赤、白と三段に区別がついて居る。お前の顔は青切符だな。ヨシヨシお前は赤切符か、さうすると、赤切符の方からきめてかからぬと、青さまに呉れてやる標準がつかないワ。此火の車は一哩幾程だイ』 青鬼『火の車の運賃は請求せない。是は冥府から差廻された特別上等の火の車だよ。さうして俺達は相当の手当を頂いて居るのだが、そこはそれ、最前云ふた通りだ』 秋山別『ヨシ、分つた。そンな事の粋の利かぬ秋様ぢやないワイ。ここでは何と言ふか知らぬが、娑婆では袖下と云ふ物だらう。お前の様な洋服では袖もなし、どこへ入れたら宜いのだ。見当がつかぬぢやないか』 青鬼『袖がなくても、ポケツトが洋服の随所に拵へてあるワイ。其ポケツトの重い、軽いに依つて、焦熱地獄のドン底へ連れて行くか、但はモツトモツト楽な神界の入口へ送つてやるか、ソリヤ分らぬ。○次第だからな』 秋山別『それならモリ公のと俺のと一緒にやるから、二人共同じ所へ助けるのだぞ。就いてはお前達、二台の火の車に四人だから、百両づつやつても四百両。此婆アさまに篏口料を渡しておかねばなるまい。さうすると五百両、一寸懐中が揉めるのだが、エヽ仕方がない。思ひ切つてエヽ二人で五百両、よく撿めて受取つたがよからう』 青鬼『コリヤコリヤ其方は怪しからぬ事を致す奴だ。賄賂を以て此方を買収せうと致す不届きな奴。之を受取るのは易いけれ共、俺も又収賄の罪に問はれ、貴様は又贈賄罪として益々罪が重くなるから、以後は心得たがよからう。但今日に限り忘れておく程に……』 秋山別『以後は謹めと仰有らなくても、最早之丈出して了へば、無一物で御座る。そンならすつかり忘れて了ふが、互に結構尻の穴だ』 青鬼『ヨシヨシ忘れて遣はす。サア早く乗れ。少しは熱いぞ。其代り窓を明け放しておいてやらう』 秋、モリの二人は脱皮婆アに向ひ、 秋山別、モリス『お婆アさま、大きに御世話になりました。お蔭で天国へ旅行致します。左様なら……』 と五人に百両づつを投渡し、二台の火の車に分乗し、ブウブウブウと音を立て、臭い屁を放り乍ら、砂煙を濠々と立たせ、一目散に北へ北へと駆けり行く。 火の車は何時の間にか驀地に逸走し、鉄の壁を以て高く囲まれたる赤き焦熱地獄の門の前に横付けとなつた。 青鬼『サア、此処が焦熱地獄だ。オイ赤、白、黒共、早く此奴等二人を引摺り落し、門内へ投込め。俺の命令だ』 秋山別『モシモシ青さま、ソリヤ約束が違うぢやありませぬか。地獄の沙汰も金次第と云ふ事をお忘れになりましたか』 青鬼『定まつた事だよ。其方がどうぞ只今限り忘れてくれと云つたぢやないか。何もかも忘れた此方、規則通り打込めば宜いのだよ』 秋山別『ソリヤ違ひませう。そンな事を仰有ると、閻魔さまに会つた時、一伍一什を申上げますぞや。さうすればお前さまも忽ち、首が飛ンで、吾々と同様に焦熱地獄へ落されますよ』 青鬼『ハヽヽヽヽヽ、馬鹿正直な奴だなア。鬼には鬼の閥があるから、外から指一本触へる事が出来るものかい。野暮な事を申すな。山猟師は熊、鹿を獲り、海漁師は魚を取り、猫は鼠を捕り、猿は蚤を取り、吾々は亡者を取るのが商売だ。仮令善からうが悪からうが、そンな事に頓着はない。何でもかでも、一人でも余計引張込みて来れば、俺達の収入が良くなるのだから、愚痴つぽい事を言はずに、いい加減に諦めたが宜からうぞ。閻魔さまに言ふなら言うてみよ、吾々と同じ穴の狐だ。キツト貴様達がお目玉を貰ふにきまつてゐるワ』 モリス『何とマア善を褒め悪を懲す、神聖な所だとモリスも思つて居たのに、丸でこんな事なら、世の中は暗がりだ。天地晦冥暗澹として咫尺を弁ぜず、天の岩戸隠れの世の中だないか』 青鬼『きまつた事だよ。それだから此処を冥府と云ふのだ。せうもない三五教なぞと、そこらを明かくし、誠とか云つて、古い道徳を振まはし、俺達役人……厄鬼共の領分を侵害致すから、何でも一寸かかりがあつたら、引張込まうと、手具脛引いて待つてゐた所だ。よくもマア引掛つて来よつた。馬鹿者だなア。サア早くキリキリと立てい』 と青赤白の鬼共は二人を引捉へ、無理に鉄門の中へ押込まうとしてゐる。押込まれては一大事と、一生懸命になつて『惟神霊幸倍坐世』を奏上する折しも、忽ち前方より一団の火光あたりを照らし、矢を射る如く、此場に現はれて大音響と共に爆発した。火の車も四つの鬼共もどこへ消え失せたか、影も形もなくなつて了つた。忽然として現はれた眉間の白毫よりダイヤモンドの如き光輝を発する神人一人、二人の脇立を連れ、二人が前に近寄り、頭を撫で、背を撫で、水を与へ、 神人(国依別)『ヤアお前は秋山別か、お前はモリスか、まだここへ来るのは早い。現界に於て働かねばならぬ寿命が残つてゐるぞ。しつかり致せ』 と拳を固めて、背中を二つ三つウンと云ふ程打据ゑられ、二人はハツと驚き、正気に復し、そこらキヨロキヨロ見まはせば、豈計らむや、シーズン河の河辺りに、三人の男に救ひ上げられ介抱されてゐた。此三人は国依別命、安彦、宗彦の一行である。 秋山別は驚いて、 秋山別『ヤアこれはこれは国依別の宣伝使様、私のような悪人を能くマアお見捨もなく御救ひ下さいました。実に有難う御座います。モウ少しの事で焦熱地獄へ落される所で御座いました』 モリス『誠に以て御無礼計り致しました。モリスの様な悪人を能くマア助けて下さいました』 国依別『決して御礼を仰有るには及びませぬ。大神様が私に此御用を仰せつけられたので御座います。どうぞ大神様へ厚く御礼を申上げて下さいませ』 二人は『ハイ有難う』と河原に行儀よく端坐し、拍手を打ち、天津祝詞を奏上し、神恩を感謝する。 是より秋山別、モリスの二人は心の底より悔ゐ改め、且つ国依別を神の如くに敬ひ、更めて弟子となり、ハルの国の大原野を渉り或は高山を踏み越え、アマゾン河の両岸にある大森林の魔神を征服すべく、宣伝歌を唄ひ乍ら、意気揚々として進み行く。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・八・二〇旧六・二八松村真澄録) |
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霊界物語 | 33_申_玉の御用の完了/高姫と黒姫の過去 | 06 皮肉歌 | 第六章皮肉歌〔九二一〕 高姫は立上り、祝歌を歌ひ始めた。其歌、 高姫『天の岩戸の初めより女ならでは夜が明けぬ 国と称へし神の国女にかけては抜目なき 国依別の神司宗彦お勝の昔より 凄い腕をば持つてゐた此世の紊れた行方を 自由自在に振りまはし名を轟かし来りけり さはさり乍ら三五の尊き神の御教に 心の底より改心し生れ赤児になりたれど 未だ安心する所へ私としては行きませぬ さはさり乍ら瑞御霊神素盞嗚大神の 清き尊き思召し末子の姫の御心に 叶へまつりし果報者国依別の宣伝使 玉かこつけに高姫を瑞の御霊の現れませる 竹生の島迄はるばると遣はし玉ひし御神力 誠に感じ奉るあゝ惟神々々 神に任せて高姫はモウ此上は何事も 此縁談に関しては申上げぬと定めました コレコレ国依別さまえお前は元より気楽者 からかひ上手の生れつきこれからチツトは村肝の 心の駒を立直し早く真面目になりなされ アルゼンチンの神館神の柱と国の君 重荷を負うたお前さまどうぞ確乎しておくれ 親子は一世夫婦二世主従三世といふ掟 お前の夫婦は二世三世五世や六世ぢや御座るまい 天地の規則にてらしなばこれ程違反な人はない さはさり乍ら惟神瑞の御霊の贖ひに 此世を造りし神直日心も広き大直日 只何事も人の罪直日に見直し聞直し 宣り直されて宗彦の成れの果てなる宣伝使 国依別は不思議にも水晶無垢の御霊なる 末子の姫と結婚し高き位に上りつめ 普く世人に臨むとはどこで算用が違うたかと 私は合点が行きませぬ国依別の神さまよ 憎いことをば高姫が吐すと思うたら違ふぞえ モウ是からは謹んで末子の姫を尊んで 他の女に目をくれず妻大明神と崇めたて 大事に大事に仕へませまたも持病が再発し 手当たり次第に手を出して姫の心を悩ますな これこれ末子のお姫さま国依別と云ふ人は 私が只今云うたよに油断のならぬ色男 朝な夕なの起伏しに気を付けなされ婢女を 側におくなら不器量なおかめの様な女をば きつと侍らせおきなされ中々油断がなりませぬ これ高姫が老婆心お道を思ひ国思ひ お前を大事と思ふ故日の出神の生宮が オツトドツコイコラ違うた、日の出の勢ひ大空に 輝き亘る増鏡心に映つた誠をば 鏡にかへて進ぜませうあゝ惟神々々 神素盞嗚大神の貴の御前憚らず 申上げたる高姫の苦き言葉を神直日 心も広き大直日見直しませよ大神よ 言依別の教主さま捨子の姫の侍女さま 松若彦の司さま此高姫が云うたこと キツト忘れちやなりませぬ正月言葉は誰も好く 人の嫌がる言霊を並べて云ふのも心より 皆を大事と思ふゆゑ不調法してからゴテゴテと 意見したとて仕様がない前つ前つに気をつける 神が表に現はれて善と悪とを立別ける 日の出神は明かに鏡の如く善悪を 心の底より照りわたしおさばきなさる神様よ 一度に開く木の花の今日の目出たき宴席に 皆さまたちの喜ばぬ苦い言霊御馳走に 私は並べておきましたこんな粗末な品物と 只一口にけなさずに能く味うてたべてたべ 苦い言葉は胃の薬霊の薬になりますぞ クスリクスリと片隅に笑うて御座る人がある お前は何がそれ程に可笑しう御座るか石熊さま お前の名前は固けれど心の中は反対に 国依別の亜流だらう同気同心相求め 同病互に憐れむは天地の道理と聞くからは 今日は目出たい席ぢや故余り咎めはしませぬが モウ是からは晴れの場でこんな不都合があつたなら 高姫承知をしませぬぞ皆さま奇妙な顔付で 穴があく程わしの顔眺めて御座るが気が知れぬ あゝ豆鉄砲を鳩鳥がくらつたやうなお顔付 何を心配なされます目出たく式も済みたれば 皆さま互に打とけて心の底をさらけ出し 此高姫の云ふ通り国依別の身の為に 気をつけなさるが誠ぞえあゝ惟神々々 余り永らく言霊を使ふと皆さま欠伸して あゝゝゝゝゝゝ言ひなさるホンに醜いお顔付 アフンと致して御座るのか折角あいた其口が 塞がらぬ様な顔をして五百羅漢の陳列場 さながら眺むる如くなりあゝ惟神々々 お気にいらないこと計りベンベンだらりと述べ立てて お気をもませて済みませぬ此高姫は今日限り 国依別の事につき一切万事申さない 国依別の神さまよどうぞ安心なさいませ 是ぢやに依つて平常の其行ひが肝腎ぢや まさかの時に人々の前で恥をば晒されて 赤い顔をばせにやならぬ皆さまこれが好い鑑 三五教の御教をよつく守りて妹と背の 夫婦の道を違へじと慎み守るが宜しいぞ あゝ惟神々々惟神ぢやと思やこそ 私も今度の縁談を神素盞嗚大神の 言葉に免じて口つめる天津神達八百万 国津神達八百万国魂神の竜世姫 神命の御前に高姫祈り奉る 高姫祈り奉る』 と皮肉な歌を唄ひ、元の座にツーンとして、坐り込みける。 (大正一一・八・二六旧七・四松村真澄録) |
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霊界物語 | 34_酉_黒姫のアフリカ物語1 | 02 孫甦 | 第二章孫甦〔九四三〕 孫公は、笑ひ転けた途端に腰骨を岩角に強か打ち『ウン』と云つたきり人事不省になつて了つた。房公、芳公の両人は周章狼狽き、谷水を汲み来つて顔にぶつかけたり、口を無理にあけて水を飲ませなどして種々と介抱を余念なく続けて居る。されど孫公は、だんだん身体が冷却する計り、呼べど叫べど何の応答も無くなつて了つた。黒姫は冷然として孫公の倒れた体を斜眼に見て居る。 房公『これ黒姫さま、孫公がこんな目に遇つて居るのです。なぜ神様に願つて下さらぬのか。早く数歌を歌ひ上げて魂返しをして下さい。愚図々々して居ると、此方の者にはなりませぬぞや』 黒姫はニヤリと笑ひ、 黒姫『神様の戒めは、恐ろしいものですな。皆様是を見て改心なさい。長上を敬へと云ふ……お前は天の御規則を何と心得て御座る。太平洋を渡る時から、此孫公は黒姫の云ふ事を一つ一つ口答へを致し、長上を侮辱した天則違反の罪が自然に報うて来たのだから、何程頼んだとて祈つたとて、もはや駄目だよ。……これ房公、芳公、お前も随分孫公のやうに此黒姫に口答へをしたり、又悪口を云つたであらう。第二の候補者はどちらになるか知らぬでなア、オホヽヽヽ……エヽ気味のよい事だ。こんな事が無ければ阿呆らしくて神様の信仰は出来はしない。神が表に現はれて、善と悪とを立て別けると云ふ三五教の宣伝歌は、決して嘘ぢやありますまいがな。神は善を賞し悪を亡ぼしたまふと云ふ事は、いつも此黒姫の口が酢つぱくなるまで教へてあるぢやないか。それだから神様は怖いと云ふのだ。あゝ惟神霊幸倍坐世』 房公『それでも黒姫さま、あまり冷酷ぢやありませぬか。神様は神様として、若し此孫公が高山彦さまであつたら、黒姫さま、お前さまはそんなに平気な顔がして居られますか』 黒姫『高山彦さまに限つて、こんな分らぬ天則違反の行ひはなさりませぬ哩。滅多に気遣ひないから御心配下さいますな、ウフヽヽヽ』 芳公『オイ房公、黒姫には曲津神が憑依したと見える。さうでなくては肝腎の弟子が縡切れて居るのに、如何に無情冷酷な人間でもこんな態度を装ふ訳には行くまい。これから両人が両方から鎮魂責にして、黒姫の悪霊を放り出さうぢやないか』 房公『俺は孫公の介抱をする。まだ少し温みがあるから蘇生るかも知れない。お前は黒姫の曲津退治にかかつて呉れ』 と云ひながら、房公は孫公の倒れた体に向つて一生懸命に鎮魂をなし、天の数歌を謡ひ出した。芳公は両手を組み黒姫に向つて『ウンウン』と霊を送つて居る。 黒姫『オホヽヽヽ、敵は本能寺にあり、吾敵は吾心に潜むと云つて、此黒姫が悪に見えるのは所謂お前の心に悪魔が棲んで居るのだよ。そんな馬鹿な芸当をするよりも早く神様にお詫をしなさい。此黒姫の腹立の直らぬかぎりは、房公だつてお前だつて孫公の通りだよ。さてもさても憐れなものだなア。心から発根の改心でないと、何程神様を祈つたとてあきませぬぞえ。これから何事も神第一、黒姫第二とするのだよ』 芳公『高山彦さまと元の通り御夫婦になられた時はどうなります。高山彦第三ですか、或は第二ですか、それを聞かして置いて頂かむと都合が悪いですからなア』 黒姫『今からそんな事を云ふ時ぢやありませぬ。孫公があの通り冷たくなつて居るのに、お前は何とも無いのかい』 芳公『さうですなア、黒姫さまが高山彦さまを思ふ位なものでせうかい。高山彦さまが第二ですか、第三ですか、但は機会均等主義ですか』 黒姫はニヤリと笑ひ、 黒姫『極つた事よ。私のハズバンドだもの、オホヽヽヽ』 と顔を隠す。五十の坂を越えた皺苦茶婆も、ハズバンドの事を云はれると少しく恥かしくなつたと見える。 今迄打倒れて居た孫公は、房公の看病が利いたのか、但は御神力で息を吹き返したのか、俄に雷のやうな唸り声を立て出した。黒姫は真蒼な顔になつて其場にしやがんで了ふ。房公、芳公の両人は且つ驚き且つ喜び、雑草の茂る道端を右に左に周章へ廻る。孫公は益々唸り出した。さうしてツト自ら起き上り、道端の青草の上に胡坐をかき真赤な顔をしながら、への字に結んだ口を片つ方から少しづつ通草がはじけかかつたやうに上下の唇を開き初め、白い歯を一枚二枚三枚と露はし初めた。三人は目も放たず驚異の念にかられて孫公の口辺ばかりを見詰めて居ると、孫公の口は三十二枚の歯迄露出して了つて、暫くすると蟇蛙が蚊を吸ふ調子で、上下の唇をパクパクと動かした機みに上下の歯がカツンカツンと打あふ音が聞えて来た。黒姫はツト傍に寄つて、 黒姫『コレ孫公、喜びなさい、黒姫の鎮魂のお蔭で、死んで居たお前が甦つたのだよ。これからは黒姫に対しては、今迄のやうな傲慢の態度をあらためなさいや』 房公『これ黒姫さま、鎮魂したのは私ですよ。お前さまは孫公が死ぬのは天罰だ、神が表に現はれて善と悪とを立別けなさつたのだと、さんざん理屈を云つたぢやありませぬか』 黒姫『お前が鎮魂しても、此黒姫の神力がお前に憑つたのだから、孫公が神徳を頂いたのだよ。きつと此黒姫が神力によつて甦らせるだけの確信を持つて居たから、泰然自若として冷静に構へて居たのだ。覚え無くして宣伝使が勤まりますか、何事も知らず識らずに神様にさされて居るのだ。房公、お前の鎮魂で直つたと思つたら了見が違ひますぞえ。皆黒姫の余徳だから、皆慢心をしたり、黒姫より私は偉い、鎮魂がよく利くなどと思ふ事はなりませぬぞえ』 房公『まるで高姫のやうな事を云ふ婆アさまだなア。高姫と云ふ奴は人に命を助けて貰つて置き乍ら、いつも日の出神様がお前を使うて助けさしてやつたのだ、お礼を申しなさい……なんて、瀬戸の海の難船の時にも救うて呉れた玉能姫にお礼を云はせたと云ふ筆法だな。矢張り高姫仕込だけあつて、負惜みの強い事は天下一品だ、アハヽヽヽ。年が寄つて雄鳥に離れると矢張り根性が拗けると見える。高姫だつて適当なハズバンドさへあれば、あんなに拗けるのぢや無からうに、人間と云ふ者は、どうしても異性が付いて居ないと妙な心になるものだ。黒姫さまを改心させるには、どうしても高山彦さまの顔を見せてあげなければなりますまい。俺だつてお鉄の顔を見る迄は、どうしたつて心がをさまらぬからなア、アハヽヽヽ』 黒姫『あまり口が過ぎると又孫公のやうな目に遇ひますぞや』 芳公『孫公のやうな目に遇つたつて構はぬぢやないか。お前さま達がヤツサモツサ騒いで居る間に平気の平左で幽冥界の探険をなし、平気の平左で甦つたぢやないか。俺だつてあんな死にやうなら何度もして見たいわ』 黒姫『罰が当りますぞや。好い加減に心を直しなさい。改心が一等だと神様が仰有りますぞえ』 芳公『改心しきつたものが改心せよと云つたつて、改心の余地が無いぢやないか、オホヽヽヽ』 黒姫『これ芳公、お前は又私の真似をして嘲弄ふのだな』 芳公『あまり好う流行る豆腐屋で、豆腐が切れたから仕方なしにカラ買ふのだよ。オホヽヽヽ』 孫公は両手を組みそろそろ喋り出した。 孫公『アヽヽヽヽ』 黒姫『これこれ孫公、筑紫の岩窟は此処ぢや御座りませぬぞえ。小島別の昔を思ひ出し、そんな……アヽヽヽヽなぞと云うと、悪の性来が現はれてアフンとする事が出来ますぞえ、ちつと確りなさらぬかえ』 孫公『アハヽヽヽヽ、オホヽヽヽヽ、ウフヽヽヽヽ、エヘヽヽヽヽ、イヒヽヽヽヽ』 黒姫『又しても、曲津がつきよつたかな。どれどれ此黒姫が神力によつて退散さして見ませう』 と云ひつつ青草の上に端坐し、両手を組み皺枯れた声で天津祝詞を奏上し始めた。孫公は大口を開いて歌ひ出した。 孫公『アハヽヽハツハ阿呆らしい頭の光つたハズバンド 高山彦の後追うて烏のやうな黒姫が 綾の聖地を後にして荒浪猛る海原を 荒肝放り出し三人の伴を引き連れあら悲し 仮令悪魔と云はれやうが遇ひたい見たいハズバンド 亜弗利加国の果までも所在を探して尋ねあて ありし昔の物語アラサホイサを云ひ出し 飽迄初心を貫徹し愛別離苦の悲しみを 相身互に語らふて愛想尽しを云うて見たり 悋気喧嘩をして見よと悪魔の霊にあやつられ 泡を吹くとは知らずしてやつて来たのは憐なり あゝ惟神々々あかん恋路に迷ふより 諦めなされよ黒姫さま亜細亜亜弗利加欧羅巴 亜米利加国の果迄も後を慕うて見たところ 所在の知れぬハズバンドあかん目的立てるより 足の爪先明かるいうちにあきらめなさつて逸早く 蜻蛉の島に帰れかし阿呆々々と烏迄 あすこの杉で鳴いて居る相見ての後の心に比ぶれば 遇はぬ昔がましだつたあゝあゝこんな事なれば 綺麗薩張り諦めて綾の聖地におとなしく 朝な夕なに神の前仕へて居つたがよかつたに あゝあゝ何と詮方も泣く泣く帰る呆れ顔 あこがれ慕ふハズバンド頭の長い福禄寿さま 蜻蛉の島に御座るぞや蟹のやうなる泡吹いて あらぬ夫を探すより早く諦め帰ぬがよい アハヽヽハツハアハヽヽハー呆れはてたる次第なり あゝ惟神々々御霊幸倍ましませよ』 黒姫はツト傍により、 黒姫『いづれの神様のお憑りか知りませぬが、今承はれば高山彦は蜻蛉島に居る、此亜弗利加には居ないと仰有いましたが、それは本当で御座いますか。孫公に憑つた神様、どうぞ黒姫の一身上にかかつた大問題で御座いますから、好い加減の事を云はずとハツキリと云つて下さい。聞いて居ればアヽヽヽアとアア尽しで仰有つたが、そんな事云うて此黒姫をちよろまかし、アフンとさせむとする悪い企みぢやあるまいかな。飽きも飽かれもせぬ高山彦さまの行方、どうぞ明かに知らして下さい』 孫公『イヒヽヽヒツヒイヒヽヽヽいつ迄尋ねて見たとこが 命に替へたハズバンド居所分る筈はない 色々雑多とイチヤついた往とし昔を思ひ出し 色に迷ふた黒姫さまいかに心配遊ばして 色迄青うなつて来た異国の果てを探しても 居ない男は居はせぬぞ意外も意外も大意外 命に替へた高山彦さまは伊勢屋の娘の虎さまと 意茶つき廻つて酒を呑み意気揚々と今頃は 石の肴を前に据ゑ固い約束岩の判 石に証文書き並べいよいよ真の夫婦ぞと 朝から晩迄楽んで意茶つき暮す面白さ 伊勢の鮑の片思ひ何程お前が探すとも 高山彦は黒姫に唯の一度も遇うてはくれぬ あゝ惟神々々叶はぬならば逸早く 綾の聖地に立ち帰り意茶つき暮らす両人の 生首ぬいてやらしやんせウフヽヽフツフウフヽヽヽ』 黒姫『これ孫公、私を馬鹿にするのかい。本当の事を云うて下さい。これ程黒姫が一生懸命になつて尋ねて居るのに、ウフヽヽヽとは何の事だい。大方お前は此の二人の代物と腹を合せ、死真似をしたのであらう。ほんにほんに油断のならぬ代物だなア』 (大正一一・九・一二旧七・二一加藤明子録) |
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霊界物語 | 35_戌_黒姫のアフリカ物語2 | 21 暗闘 | 第二一章暗闘〔九八五〕 房公芳公両人は建日の館を立ち出でて 黒姫さまの後を追ひ嶮しき山坂トントンと 捩鉢巻に尻からげ薬鑵頭に湯気を立て 後追ひかけて来て見れば火の国峠の登り口 黒姫さまのお姿は雲か霞か魔か神か ドロンと消えて影もなし「ウントコドツコイ」このやうな はげしい坂をば「ウントコシヨ」黒姫さまの老年が どうして登つて行つたろか影も形も見えないと 二人は足を早めつつ老樹茂れる坂道を 「エンヤラヤーエンヤラヤ」ハーハースースー云ひながら 足をヅルヅル辷らせつ板を立てたる「ドツコイシヨ」 やうな嶮しき坂道を兎の如く這うて行く 当の主人の黒姫は道踏み迷ひ丸木橋 向ふへ渡つて森中にお愛其他の男をば 助けて居るとは知らずして進み行くこそ憐れなり。 二人は日のヅツプリ暮れた頃、漸くにして火の国峠の絶頂に辿りつく。そこには枝ぶりの面白い山桃の木が七八本、無遠慮に空を蔽して立つて居る。 房公『オイ芳公、これだけ俺達は一生懸命に走つて来たけれど、黒姫さまに追つかないのだ、大方道が違つたのぢやあるまいかなア』 芳公『さうだなア、どうも怪しいものだ。何でも坂の上り口に右へ行く細い道があつたが、大方其方へでも迷ひ込んで行かれたのぢやあるまいか。どう考へてもそれより外に道がないぢやないか。まア兎も角も今晩は此木の下でお宿を借ることとしよう。又人でも通つたら尋ねようとままだから夜の途を急いだ処で仕方がない。俺も大分に疲れて来たからのう』 房公『そんなら仕方がない。芳公一泊して行かうかい』 と、両人は蓑をしきグレンと横になる。 そこへ西の方から、コチンコチンと杖の先で道の小石を叩きながら、登つて来た一人の白髪の老人あり。老人は二人の休む傍に立ち寄り、杖の先にて二人の額あたりを交る交るグイグイと突いてゐる。二人は「アイタヽ」と言ひながら、ガバツと跳ね起き、薄暗がりにすかし見て、 房公、芳公『ダダ誰だい、俺の頭を杖でこづきよつた奴は、ふざけた事をしよると承知しないぞ』 老人『アハヽヽヽ、余り暗いものだから……何だか鼾がするので近寄つて見れば、暗がりに光つたものが一つ、其横に黒いものが又一つ倒れて居るので、こりや又狸の睾丸ではあるまいかと思つて、杖の先で一寸いぢつて見たのだよ。何を云うても暗がりと云ひ、老人で目が疎いのだから、頭の一つやそこら割れたつて辛抱して下さい。何程腹が立つても老人は大切にせねばならぬ規則だからのう……』 房公『何処の老人か知らぬが、知らぬとやつた事は仕方がないとしても、唯一言の断りも言はず、反対に老人尊敬論を捲し立てよつて太い奴だ。大方お前は化州だらう。さア、正体を現はせ!』 老人『オホヽヽヽ、どうせ化州に違ひないが、俺でさへも肝を潰すやうな闇の中に、よう光る薬鑵頭があつたものだから、ヒネた狸の睾丸ではあるまいかと、一寸泥のついた杖の先でいぢつて見たのだから、了見さつしやい。知らぬ神に祟りなしと云ふから、さう老人に毒つくものぢやありませぬぞや』 芳公『もしお爺さま、知らずにした事は仕方がありませぬ。こちらも両人の者が、この木の下に逗留して居ると云ふ広告を出して置かないものだから、間違へられても何とも云ふ事は出来ませぬ。併しながら黒姫と云ふ五十許りのお婆さまに、お出会ひでは御座いませなんだか』 老人『何だか黒いものにチヨコチヨコ出遇うたが、向ふが黙つて通りよつたものだから、どれが黒姫だか黒狐だか、熊だか烏だか区別が付きませぬわい』 芳公『お爺さま、この暗いのにお前は一たい何処へ行く積りだえ』 老人『俺は仕方がない極道息子が二人あつて此坂を今登つて来る筈だから迎へに来たのだよ』 芳公『ヘエ、そのまた二人の息子とはどんな人ですか』 老人『さうだなア、一人は暗の晩でも薬鑵のやうに頭が光つて、一寸腰が曲り背の低い男だ。そして一人は少し図体の大きい三十男だが、そいつは又癖が悪くて弱い相撲取り、負けて負けて負け通し、人から鍋蓋と迄名を取つた困つた伜だよ。黒姫と云ふ宣伝使のお供に来ながら、アタいやらしい振舞酒に酔うて肝腎の主人を見失ひ、こんな所へやつて来て、安閑と寝て居ると云ふ、話にも杭にもかからぬ……極道息子だよ』 と雷のやうな声で呶鳴り立てられ、二人はこの声に驚いて飛び上り、暗の中を三四間無暗矢鱈に駆まはり、房公と芳公は急速力をもつて正面衝突をなし、二つ眼からピカピカと火を出し、 房公、芳公『アイタヽヽヽ』 と目を押へて互に踞んで仕舞ふ。 老人『アハヽヽヽヽ、房野丸と芳野丸とが衝突を致しましたなア。大した破産はなかつたかなア。機関庫が爆発したと見えてずゐぶん偉い光だつたよ、ワハヽヽヽ』 芳公『コリヤ化爺、人の難儀を見て面白さうに笑ふと云ふやうな、不道徳な不人情な奴がどこにあるか、まるで鬼のやうな糞爺だなア』 老人『お前の云ふ通り、俺は見る影もない糞爺だ。目糞に歯糞、耳糞に鼻糞、お前のやうに尻糞はつけて居ないが、随分汚い糞爺だよ』 芳公『オイ糞爺、俺が尻糞をつけて居るなんて、失敬な事を云ふない。この暗がりで目が見え難いと吐した癖に、尻糞迄どうして分るのだ。糞があきれて雪隠が踊るわい』 老人『何とまア糞やかましい男だなア。俺は火の国の聖と云つて、どんな事でもしりてしりてしりぬいて居る牛の尻だよ。お前の尻の毛が何本あると云ふ所まで知りて居るのだからのう……』 芳公『こりや化爺、そんなら俺の尻の毛が何本あるか当てて見い!』 老人『オホヽヽヽ、かう見た処が唯の一本も無いぢやないか。お滝の素片多女に惚けよつて、尻の毛を一本もない所迄抜かれたと見えるわい。まるきり牛蒡の切口か椢炭の切口のやうな黒い尻だのう』 芳公『何を吐してけつかるのだい。もうよい加減にすつ込まぬか、尻の穴奴が!』 老人『すつ込めと云つたつて、十年許り苦しんで居る脱肛だから、容易にすつ込みはせないぞや。これと云ふのも房公芳公と云ふ極道息子があるために、それが苦になつてこんな病気が起つたのだよ。親不孝な息子もあつたものだ。こんな奴は今に天罰が当つて火の国峠の大蛇に呑まれて仕舞ふと、娑婆ふさぎの厄介者がなくなつてよいのだがなア。神が表に現はれて、善と悪とを立てかへる世の中だから、どうせ二人の極道息子の寿命も長い事はあるまい。あゝ可愛さうなやうな気味のよい事だわい、オホヽヽヽ』 と遠慮会釈もなく、暗がりにボツと姿を現はして嘲笑ふ。房公は最前の正面衝突で鼻血を出し痛さにものをも得云はず、地にかぶり付いて泣いて居る。老爺は皺がれた声で歌ひ出した。 老人『黒姫婆さまの供をして心も暗い両人が 暗い峠を登り来る後前見ずの暗雲で 心の舵を取り外し顔と顔とが衝突し 薬鑵頭が鼻打つて赤い鼻血をタラタラと 流して踞むいぢらしさ黒姫司にそそられて 遥々つらつて来た友の難儀を見捨ててスタスタと 高山峠を一散に登つて出て来る不人情 人の皮着た代物の平気で出来る業ぢやない 貴様二人の心には黒姫よりもまだ悪い 黒い顔した鬼が居る其鬼共を追ひ出して 生れ赤児になりかはり尻の掃除をよつくして 尊き神の御使と早くなれなれいつ迄も 黒姫如きの供をして男が立つと思てるか 前代未聞の馬鹿者だ我は国治立神 お前の御魂を磨き上げ誠の神の生宮と 造り直して神界の御用をさせてやり度いと 此処に姿を現はしてお前等二人の眼を醒まし 無限の力をそれぞれに配り与ふる神ながら 神の御息に生れたる汝はこれから謹みて 誠一つを立て通し一日も早く火の国の 花の都へ立ち向ひ黒姫司が迷ひ居る 恋の闇をば晴らせかし神の大道を踏みながら 夫のために魂を抜かれて来る黒姫の 其愚さは限りなし迷ひきつたる黒姫の 後に従ひ遥々とここ迄来る二人連れ 猶更馬鹿な代物だ国治立大神と 云うたは真赤な詐りで我は月照彦神 早く御魂を立て直し清明無垢の身となつて 厳の御魂や瑞御魂開き給ひし三五の 教の柱となれよかし神は汝の身を守り 魂を守つて何時迄も太しき功を立てさせむ あゝ惟神々々御霊幸はへましませよ』 と歌ひ終るや、怪しき老人の姿は煙となつて消え失せ、後には尾上を渡る松風の音、ザワザワザワと聞え来る。 芳公『オイ房公、どうだ、鼻柱は些しよくなつたかなア。あんまり常から鼻が高いものだから、今現はれた神様が鼻を捩ぢ折つて改心させてやらうとなさつたのだよ。何時とても貴様は高慢が強うて鼻を高うするから、こんな目に遇うたのだ。途中の鼻高と云ふのはお前の事だよ』 房公『何でもいいわ。俺はもう恐ろしくつて何どころぢやない。大方あれは、此山の大天狗に間違ひなからうぞ。何でも彼でも俺達の事を皆知つてござつたぢやないか』 芳公『天狗の話はもう止めて呉れ。天狗と聞くと、何だか首筋がゾクゾクして来るからなア。あゝ惟神霊幸倍坐世』 房公『こんな処に長居は恐れだ。さア行かう。黒姫さまが火の国で待つて居られるだらうからなア』 芳公『行かうと云つた処で是だけ峻い坂道、其上闇と来て居るのだから、どうする事も出来はせないぞ。まア此処で天津祝詞を奏上し、神様を祈つて夜を明かすこととしようかい』 (大正一一・九・一七旧七・二六加藤明子録) |