| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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霊界物語 | 02_丑_常世姫の陰謀/シオン山攻防戦 | 09 タコマ山の祭典その一 | 第九章タコマ山の祭典その一〔五九〕 あるとき言霊別命は神命を奉じて、宮比彦、谷山彦、谷川彦以下あまたの神軍を率ゐてタコマ山に登り、宮比彦をして国魂之神の鎮祭を行はしめられた。谷山彦、谷川彦は大祓の神事を奉仕し、恭しく太祝詞を奏上し、八百万の神々は神集ひに集ひて、盛大なる祭事は執行された。天地六合いよいよ澄み渡り、空中一点の雲翳をもとどめざる、えもいはれぬ朗かな光景であつた。 ここに従臣なる速虎彦、速虎姫、唐玉彦、島田彦の四神は、国照姫、田野姫にひそかに気脈を通じてゐた。この四柱は言霊別命の深き恩恵に浴し、しばしば危難を救はれた関係があつて、命は彼らの恩神である。祭事も目出度くすみて、一行は下山し海岸に出かけられたとき、右の四柱はあまたの者と共に、山野河海の珍味をもつて、言霊別命一行の諸神司を招待した。その理由とするところは、今回言霊別命は首尾よく国魂の鎮祭を了へ給ひ、吾ら諸神司は歓喜に堪へず、さればその御祝として、ここに吾々祝宴を張るは、一は神々に感謝し、他は諸神司の労苦に酬いむがためなりといふのであつた。 宮比彦は速虎彦以下の諸神司の誠意をよろこび、その由を谷山彦、谷川彦とともに諸神司に伝達した。諸神司は大いに喜び、海辺の広場に出でて、宴席に加はり、歓喜のかぎりをつくし、いたく酔つぶれて、前後の区別もなく、あるひは唄ひ、あるひは舞ひ、面白さうに踊り狂うてゐた。 小雀やささのかげにて踊り出し このとき速虎彦、速虎姫、唐玉彦、島田彦は威儀を正し、言霊別命に拝謁を請ふた。さらに美しき神殿に招待し、山野河海の珍味を出して命を饗応せむことを宮比彦を通じて請ふた。ここに言霊別命は何心なくその殿内に入り、四方山の話に打ち耽り、かつ速虎彦らの好意を感謝し、心地よげに一間に入りて休息してをられた。たちまち天の一方に黒煙がたちのぼつた。爆然たる大音響につれて、みるみる一大火柱は天に冲し、岩石の雨を降らし、実に壮観をきはめた。これぞエトナの大火山が爆発したはじまりである。 言霊別命はその光景に見惚れてゐられる。その隙をうかがひ速虎彦、唐玉彦は器に毒薬を投げ入れ、素知らぬ顔をしてゐた。 『まづ一服召し喫られよ』 と、毒薬の入りたる器に湯をそそぎ言霊別命に奉献つた。命は何の気もなく、ただ一口飲まむとする折しも、息せき切つて走りよつたる時野姫はその湯を奪ひ、ただちに自分の口に飲みほした。時野姫はたちまち顔色蒼白となり、七転八倒して苦悶しはじめ、黒血を多量に吐きその場に打ち倒れた。言霊別命も小量ながら口に入りし毒薬の湯に中てられ、言葉を発すること能はず、ただちにその場を逃れ出むと早々に座を立ちかけた。速虎彦以下の三柱は謀計の暴露せむことを惧れて、言霊別命を捕へ隠さむとし、命の跡を追つかけた。 火を出して毒湯すすめる曲津神 万の神司は、前述のごとく、みな残らず酔ひ潰れて足の立つものは一柱もなかつた。言霊別命は、自分が毒にあてられて言語を発することも叶はぬのみならず、時野姫の苦悶昏倒せることを、手真似をもつて衆神司にさとらせむとし、いろいろ工夫を凝らし表情をもつて知らせども、衆神司はその何の意たるか察するものなく、ただ単に言霊別命は酒に酔ひ戯れ踊りをなし給ふものと信じ、己もまた起つて、おなじく手を振り、口を押へ、種々と身振をまねて平気になつてゐる。アゝ言霊別命のもどかしさは、察するにあまりありといふべしである。 速虎彦、唐玉彦以下の叛臣は、さすがに衆神司列座の前なれば、言霊別命を押さへ隠すをえずして時のいたるを待つてゐた。 言霊別命はいかに焦慮するも言語を発することができないので、已むをえず意を決してただ一柱竜宮島さして逃げ帰らうとせられた。さすがの勇神猛卒も今は酒のためにその精神を奪はれ、かかる危急の場合に一柱としてその大将を護るものはなかつた。宮比彦、谷山彦、谷川彦は少しも酒を飲まず、言霊別命の身辺を気づかひ、後よりしたがひ竜宮島に安全に送り奉るべく、その座を立たむとするや、酒に酔ひつぶれ足は千鳥の覚束なく、腰も碌に立ちえざる衆神司は、三神司の手をとり足をとり、かかる芽出度き酒宴に列して神酒を飲まざるは神々にたいし御無礼なり。ゆるゆる神酒をいただきたまへと、寄つてたかつて三神司を遮り離さなかつた。三神司は心も心ならず、言霊別命遭難の実情を告げ、衆神司の酔をさまさむと心を焦つた。されど島田彦、速虎姫が眼を光らせて側を離れざるに心をひかれ、その真相を述ぶることができない。そこで三神司は或ひは喩言を引き、あるひは諷歌を唄ひ、あるひは手真似を用ゐて、速虎彦以下の陰謀と、言霊別命の御遭難の次第を衆神司に悟らせやうとつとめた。いづれも酔ひつぶれてこれを覚る者は一柱もないばかりか、三神司の動作をながめて、喜んで歌を詠み、戯れ踊りをなすものと思ひ違ひ、手をとり足をとり、三神司を席の中央に誘ひゆきて胴上げまでして立ち騒ぐもどかしさ。 言霊別命は万難を排し、からうじて竜宮島にたち寄り、国御柱命に保護されて、やうやく竜宮城に御帰還せられた。この竜宮島の地下は、多くの黄金をもつて形造られてゐるのである。これが今地理学上の濠洲大陸に当るので、一名また冠島といふのである。 (大正一〇・一〇・二九旧九・二九谷口正治録) |
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霊界物語 | 02_丑_常世姫の陰謀/シオン山攻防戦 | 26 信天翁 | 第二六章信天翁〔七六〕 元照彦の攻撃に進退きはまり、金毛八尾白面の悪狐となりてロッキー山の方面に雲をおこして逃げ帰りしと見えしは、まつたく常世姫の魔術であつた。常世姫は依然として城内の奥深く潜んでゐた。常世姫は盛装をこらし悠然として竜世姫、竹熊彦らの前に現はれた。竹熊彦は死者の蘇へりし如く狂喜した。諸神司もともに歓喜の声をあげて勇躍した。城内はにはかに、枯木に花の咲きしがごとく陽気となつた。これに反し小島別、竹島彦、松代姫は稚桜姫命にたいし、この失敗をいかにして陳謝せむやと、思案にくれ、顔の色までかへて青息吐息の体であつた。竜世姫は可笑しさに堪へかねて失笑だした。さうしてまた面白く歌を唄つて踊りだした。 その歌の文句は、 『竹島彦の顔見れば閻魔が抹香喰つたやうに 何が不足でそんな顔ここは地獄か極楽か 常世の城ではないかいなお地蔵さまでも呼んで来て お酌さしたらどうであろ小島別の神さんの お顔を一寸眺むれば青瓢箪か干瓢か 朝瓜、鴨瓜、唐茄子南瓜の一寸ひねたのか ここは畑ぢやあるまいに青息吐息の仏掌薯 つくづく思案をして見ればうそでつくねた其の罪で 真赤な恥を柿のへた下手な巧はせぬがよい 宵に企んだ梟鳥夜食に外れてお気の毒 これが真の信天翁一つの取得泣き寝入り 煎豆花咲く時もあるこの縮尻は身の因果 因果応報目のあたり当り散らして怒つても 私は一寸も知らぬ顔顔が立たうが立つまいが いが栗頭が割れやうが用が無いのはお前さん 三度の食事も二度にして指をくはへて寝るがよい よいよいよいのよいとさつささつさと竜宮に逃げ還れ 帰れば竜宮の神さんに頭をはられて可笑しかろ をかし可笑しと笑はれて腹を立てなよ小島別 笑ふ門には福きたる来る時節を楽みに 今度は改心するがよいよいよいよいのよいとさつさ』 諸神司は小島別、竹島彦の心配さうな顔つきを眺め、いろいろと言葉を尽して慰めた。常世姫はあまたの珍らしきものを二柱に与へ、かつ慇懃にその労を謝し、竜世姫には麗しき宝玉を与へ、稚桜姫命の御土産としては、種々の珍宝を取り出して、これを竜世姫に伝献せしむることとなし、ここに四柱はまづ竜宮城へ還ることとなり、はるかに海山川を打渡りやうやく帰城した。竜世姫は何の恐れ気もなく稚桜姫命の御前に出で、常世姫より預かりしくさぐさの珍宝を奉り、かつ小島別、竹島彦らの今回の失策を詳細に、面白く進言した。稚桜姫命は大いに怒り、 『小島別以下の二神司、すみやかに吾が前に来れ』 と厳命せられた。三柱は猫に追はれた鼠のごとく縮みあがり、蚤か虱のその如く、頭を隠して戦慄いてゐた。言霊姫はこの状態を見て気の毒にたへず、いかにもして稚桜姫命の怒りを和らげむと百方焦慮し、竜世姫は面白き歌を作り、言霊姫は怪しき手つきをなして踊り狂ひ、命を抱腹絶倒せしめ、この場のごみを濁さむとした。その歌は、 『大蛇に追はれた蟇蛙こんなことぢやと知つたなら 使ひに行くのぢやなかつたに何ぢやかんぢやとだまされて ぢやぢや馬神にぢやぢやにされ元照彦に邪魔されて 善ぢや悪ぢやと争ひつたがひに邪推の廻し合ひ 相も変らぬ邪智深き常世の邪神に尾をふつて 尻までふつて腰抜いて輿を取られて輿を舁き 輿に乗せたる神さんにさんざん膏を搾られて その上腰を揉まされて越の国をば腰抜け顔して竜宮へ 帰つた姿を眺むれば青菜に塩か蛭に塩 血を吐く思ひの時鳥ほつと一息休む間も なくてこの場に一同引き出され何の云ひわけ荒男 男の顔も竜世姫立つ時えらい勢で 帰つた時のその姿姿かくして泣いてゐる これが深山の時鳥ほうほけきようの呆け面 面を隠して尻を出し尻の締りはこの通り 通り越したる大阿呆阿呆々々と暁に 鳴いた烏の惚け声どうぞ許して下しやんせ 三人寄れば文殊の智慧といふものをこの三人の神さんは 年は取つても虫喰はぬ目に見ぬ智慧は稚姫の 若布のやうな弱腰で向ふも見ずにべらべらと 云はぬは云ふにいや勝る猿が三匹飛んで出て 常世の国で恥をかきなほまた帰つて頭掻く 木から落ちたる猿のよに空を眺めて泣くよりも 一先づこの場をさるがよいよいよいよいのよいとさつさ』 といふ戯歌であつた。三柱はこの歌の言霊によつて、稚桜姫命のお怒りを和らげ、言霊別命を失つたる失敗の罪を赦された。 (大正一〇・一一・一旧一〇・二加藤明子録) |
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霊界物語 | 03_寅_十二の国魂/大道別/天使長の更迭 | 序文 | 序文 艮の金神出現以後三十年の立替は、いよいよ明治五十五年、すなはち大正の十一年、三千世界一度に開く梅の花の機運に到達したのである。つぎに坤の金神出現以後二十五年、桃李もの言はずして桃李ものとなりし神の教示も、いよいよ開く桃の春、五十二歳の暁に、月の光に照らされて、霊界探険物語り、ももの千草も、百鳥も、百の言問ひ言止めて、三月三日五月五日の神の経綸を詳細に、悟る神代の魁となつたのも、まつたく時の力といふべきである。明治三十三年九月八日の神筆に、 『出口直は三千世界の根本の因縁から末の世のことまで書かす御役なり、それを細かう説いて聞かせるのが海潮の役であるから、一番に男子が現はれて、次に女子が表はれたら、大本の中の役員も、あまり思ひが違ふてをりたと申して、きりきり舞をいたして喜ぶ人と、きりきり舞をして苦しむ人と、力一杯われの目的のために、男子女子を悪くまをすものとができるぞよ。神を突込みておいて我で開いて、まだ悪く申して歩行く、取次がたくさんにできるぞよ。云々』 大本の筆先は、どうしても男子女子でなければ真解することはできぬのは神示のとほりである。しかるに各自の守護神の御都合の悪いことがあると、「女子の筆先は審神をせなそのままとつてはいかぬ」と申す守護神が現はれてくる、困つたものだ。九月八日にいよいよ神示のとほり女子の役となり、隠退して霊界の消息を口述するや、またまた途中の鼻高がゴテゴテ蔭で申し出したのである。女子の帰神の筆を審神者する立派な方が沢山できて、神様も御満足でありませう。 また、明治五十五年の三月三日五月五日といふ神の抽象的教示にたいして、五十五年は大正十一年に相当するから、今年は女子の御魂にたいして肉体的結構があるとか、大本の神の経綸について花々しきことが出現するかのやうに期待してをる審神者があるやうにきく。されど、神の御心と人間の心とは、天地霄壌の相違があるから、人間の智慧や考へでは、たうてい、その真相は判るものでない。五十五年といふことは、明治二十五年から三十年間の神界経綸の表面に具体的にあらはれる年のいひである。 三月三日とは三ツの御魂なる月の大神の示顕が、天地人三体に輝きわたる日といふことである。日は「カ」と読む、「カ」はかがやくといふことである。今まで三十年間男子の筆先の真意が充分に了解され、また従道二十五年に相当する女子の御魂の光が、そろそろ現はれることを暗示された神諭である。二十五年間、周囲の障壁物にさまたげられた女子の御魂の神界経綸の解釈も、やや真面目になつて耳をかたむくる人が出現するのを、「女子にとりて結構な日である」と示されたものである。あたかも暗黒の天地に、日月の東天を出でて万界を照らすがごとき瑞祥を、五月五日といふのである。五は言霊学上「出」であつて、五月五日は出月出日の意味である。二十五年の天津風、いま吹きそめて経緯の、神の教示も明らけく、治まる御代の五十五年(出神出念)、いよいよ神徳出現して、神慮の深遠なるを宇宙に現出すべき時運にむかふことを慶賀されたる神示であります。 月光世に出でて万界の暗を照破す、これ言霊学上の五月五日となるのであつて、けつして暦学上の月日でないことは明白である。三月三日と五月五日に、変つたことがなければ信仰をやめるといふ無明暗黒の雲が、遠近の天地を包むでゐるやうに思はれましたから、一寸略解をほどこしておきました。これでもまた女子の御魂の言は審神者をせなくてはいかぬと、唱ふる豪い人々が出現するかもしれませぬ。これが暗黒の世の中といふのでせう。 神諭に「女子にとりて結構な日である」云々は微々たる五尺の肉体にたいしての言ではない。神霊そのものの大目的の開き初むるを慶賀されたる意味であることを了解すべきである。千座の置戸は、瑞の御魂の天賦的神業たることを承知してもらひたい。 霊界物語を読ンで、初めて今日までの神諭の解釈にたいする疑雲は一掃され、心天たちまち晴明の日月をうかべ、霊体力に光輝をそへ歓喜と了解の日月出現していはゆる三月三日五月五日の瑞祥を神人ともに祝することになるのである。 五月五日は男子の祝日、菖蒲の節句である。三月三日は女子の祝日で、桃の節句である。女子の御魂聖地に出現してより二十五年の間桃李物言はず自ら蹊をなせしもの、ここに目出度く世にあらはれて苦、集、滅、道を説き、道、法、礼、節をはなばなしく開示することとなつたのも、神界経綸の神業成就の曙光をみとめ、旭光照破の瑞祥にむかつたので、神人界のともに祝福すべき年であります。 ○ この物語のうちに大自在天とあるは、神典にいはゆる、大国主之神の御事であつて、大国彦命、八千矛神、大己貴命、葦原醜男神、宇都志国魂神などの御名を有したまひ、武力絶倫の神にましまして国平矛を天孫にたてまつり、君臣の大義を明らかにし、忠誠の道を克く守りたまふた神であります。本物語にては大自在天、または常世神王と申しあげてあります。 大自在天とは仏典にある仏の名であるが、神界にては大国主神様の御事であります。この神は八代矛の威力をふるつて、天下を治めたまうた英雄神である。皇祖の神は、平和の象徴たる璽と、智慧の表徴たる鏡とをもつて、世を治めたまふのが御神意である。故に我皇孫命の世界統御の御神政は、飽く迄も道義的統一であつて、武断的ではないのである。故に天津日嗣天皇の世界御統一は、侵略でも征伐でもない、併呑でも無い、皇祖大神の大御心を心とし玉ふたのである。劍を用ゐ玉ふは、変事に際してのみ其神聖不可犯の御威力を発揮し玉ふので、是又止むを得ざるに出でさせ玉ふ御神業であります。決して大自在天的武力統一ではない、御仁慈の御政治であります。[※「故に我皇孫命の」から「御仁慈の御政治であります。」までは、戦前の版・聖師御校正本には書いてあるが、戦後の版からは削除されている。霊界物語ネットでも削除されていたが、2020/4/27に追加した。] また盤古大神塩長彦は一名潮沫彦と申し上げる、善良なる神にましますことは、前篇に述べたとほりであります。この神を奉戴して荒ぶる神人等が色々の計画をたて、神界に活動して国治立命の神政に対抗し、種々の波瀾をまきおこしたことはすでに述べたとほりである。そこでこの世界を救ふべく、諾冊二神がわが国土を中心として天降りまし、修理固成の神業を励ませたまふこととなつた、ありがたき物語は篇を逐うて判明することであらうと思ひます。惟神霊幸倍坐世 大正十一年一月三日 王仁識 |
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霊界物語 | 03_寅_十二の国魂/大道別/天使長の更迭 | 06 籠の鳥 | 第六章籠の鳥〔一〇六〕 国直姫命は靖国姫とともにロツキー山の諸神将卒を集め、高天原の惨状を物語り、かつ、……我は天の御三体の大神の命を奉じ、ロツキー山に地の高天原を建設し、国治立命を迎へたてまつり、天地の律法を厳守し、もつて至善至美なるミロクの神政を布かむとす。汝ら諸神将卒心を合せ我が命を奉じ、力を一にして、もつて神政成就のために努力せよ……と宣示したり。 諸神将卒は一点の疑ひもなく、この宣示を遵守し、ますます結束を固くし、各城門には勇猛なる神将を配置し、固くこれを守らしめたり。このとき東天をとどろかし、天の磐船に乗りてきたる神あり、靖国別に面談せむと、眉目清秀威厳犯すべからざる言霊別命がこの場に現はれたまひける。東門の神将玉国別は、この旨を国直姫命に奏上しければ、命はただちに大広間に諸神将を集め、列座せる中央に言霊別命を招き、その来意を尋ねける。 ここに言霊別命は、 『貴治彦の使者国彦の進言により、高天原の混乱状態に陥り、国直姫命は身をもつて免れ、大八洲彦命は昇天し、国治立命は行衛不明となりたまひたりとの密使ロツキー山に来れりと聞き、不審にたへず、事の実否を調査せむために、我は大八洲彦命の使神として出向せり。今日の地の高天原はきはめて平穏無事なり。したがつて国治立命をはじめ、国直姫命、大八洲彦命はすこぶる健全にして神務に鞅掌せられ、天地の律法は完全に行はれつつあり。しかるに何者の奸策にや、当城にむけ虚偽の密告をなし当山を攪乱せむとはする、貴下は何者なるぞ』 と国直姫命にむかつて詰問せり。このとき国直姫命は容色をあらため威儀を正し、 『汝言霊別命と自称するも我はこれを信ぜず。現に国直姫命は我なるぞ。しかるに国直姫命高天原にあり、大八洲彦命も健全に神務に従事せりとは虚偽もまた甚だしからずや、汝は「詐るなかれ」といふ天地の律法を破りたる邪神なり、国直姫命あに二柱あらむや』 と色をなして言ひ放ちけるにぞ、ここに諸神将は、……我らをいつはる不届至極の邪神、贋言霊別命を厳罰に処せむ……と、いふより早く目と目を見合せ、ただちに立つて命を後手に縛りあげ、口に猿轡をはませ、神卒をして泥深き堀の中に投棄し、凱歌を奏しふたたび国直姫命の御前に出で鼻高々とこの顛末を奏上したり。国直姫命は賞詞を賜はるかと思ひきや、……汝らは『殺すなかれ』との天則に違反せり。すみやかに根の国に退去を命ず……と厳かに言ひわたしければ、案に相違の神司らは梟の夜食に外れたるごとき不平面にて、神将に引立てられ牢獄に投げ込まれける。一方言霊別命は辛うじて泥中より這ひ上りしところを番卒に見つけられ、高手小手に縛められて牢獄に投げこまれ、無限の苦痛をなめたまひける。 折しもどこともなく微妙の音楽聞え、紺碧の蒼空より五色の雲に乗り、あまたの神将をしたがへ十曜の神旗を幾十ともなく押したてて、ロツキー山にむかつて下りきたる、栄光と権威の具はれる大神現はれましぬ。国直姫命は恭敬礼拝拍手してこれを迎へ、……国治立命様御苦労に存じ奉る……と大声に奏上したれば、あまたの神司は命の声を聞くと斉しく恭敬礼拝低頭平身、礼の限りをつくして奉迎し、歓喜の涙にくれにける。 ここに国直姫命は国治立命を奥殿に案内し奉り、かつ諸神司を集めて地の高天原を天の大神の命により、ロツキー山に遷されしことを宣示しける。諸神将卒は欣喜雀躍手の舞ひ足の踏むところを知らざりし。時しも天の鳥船に乗りて、地の高天原より八王神なる貴治彦、八頭神なる靖国別帰りきたり、東門に降下し、番卒にむかつて開門を命じたり。番卒はおほいに驚き、唯々として門を開き二神将を通したり。二神将はただちに奥殿に気色をかへて進み入り、靖国姫を一間に招き、高天原の実況を物語り、かつ、当山に逃げきたりしといふ国治立命は、その実常世姫の部下の邪神なりと語れば、靖国姫はおほいに驚き、かつ、その真偽に迷はざるを得ざりける。 ここに貴治彦、靖国別は城内の諸神司を集め、地の高天原の実況を伝達せむとし城内一般に令を発したるに、偽国直姫命は陰謀の露見せむことを恐れ、みづからも諸神将に令を発し、大広前に集まらしめける。諸神将卒は一柱として国直姫命を偽神と信ずる者なく、かつ偽の国治立命を一層深く信頼しゐたりける。このとき貴治彦、靖国別は正座になほり、偽の国直姫にむかつて、貴治彦は、 『汝はいづれより来りし邪神なるか、有体に白状せよ。返答次第によりては容赦はならじ』 と双方より詰めかけけるを、国直姫命はカラカラとうち笑ひ、 『汝は主神にむかつて無礼の雑言、「長上を敬へ」との律法を破る反逆者ならずや。また汝は地の高天原にいたりてその惨状を見きはめ帰りしにもかかはらず、吾にむかつて何れの邪神ぞと口をきはめて罵るは、これはまた律法違反に非ずや。我はただちに奥殿に入り、国治立命に汝が無礼の次第を逐一奏上し奉らむ、しばらく控へよ』 と、足音荒く奥殿に急ぎ進入したりしが、城内の諸神将はこの光景を見てやや不審の雲に包まれゐたり。貴治彦、靖国別は怒心頭に達し、二神司は共に刀の柄に手をかけ、国直姫命を一刀の下に切り付けむと決心したりしが、たちまち天地の律法を思ひ出し……「怒る勿れ、殺す勿れ」いま我短慮を起しなばみづから天則を破る者なり、ああ如何にせむ……と思案にくるるをりしも、奥殿より国治立命あまたの侍神を従へ、悠然と立ち現はれ、 『国治立命これに在り、汝何ゆゑなれば天地の大命を拝持する国直姫命にむかつて暴言を吐くや、汝は天地の律法を破壊する邪神なり、一時も早くこの場を立去れ。万一吾が言に違背せば、やむを得ず汝ら二人を、根の国に退去を命ず』 と、言辞おごそかに伝へければ、城内の諸神将卒はいづれも真正の国治立命と信じ、この二人を天則違反者となして、ロツキー山を退去せしめたりける。ここに貴治彦はモスコーに逃れ、蟄居して時期を待つこととなりぬ。また靖国別夫婦は何処ともなく落ちのび、行衛不明となれり。 附言この国治立命といふは六面八臂の邪鬼の変化にして、国直姫命は常世姫の部下醜玉姫なり。かくしてロツキー山は悪魔の手におちいり、諸神将卒は、その邪神たることを覚る者なく、ここに偽高天原はある時期まで、建設されゐたりしなり。 (大正一〇・一一・一四旧一〇・一五河津雄録) |
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霊界物語 | 03_寅_十二の国魂/大道別/天使長の更迭 | 07 諷詩の徳 | 第七章諷詩の徳〔一〇七〕 大八洲彦命は、ロツキー山は悪神のために根底より覆へされ、貴治彦、靖国別夫妻のいづこともなく逃亡し、かつ言霊別命は敵のために捕はれ、牢獄につながれ呻吟せることを知り、ここに諸神司を集めて、ロツキー山を回復し、言霊別命を救ひ出さむことを協議したまひぬ。諸神司は鳩首謀議の結果、神軍をおこしてロツキー山を一挙に奪還するは、さまで難事にあらざれども、言霊別命の身辺にかへつて危険の迫らむことを慮り、表面これを攻撃することを躊躇したまひぬ。 ここに言霊別命の侍者に、忠勇義烈の誉高き言代別といふ者ありき。言代別は恐るおそる諸神将の前に出で、 『我つらつら考ふるに、ロツキー山の攻撃に先だち、言霊別命を救ひださざれば、命は人質同様なれば、魔軍は危急におちいりたる場合、命を殺害したてまつるは必定なり。我は「偽るなかれ」の厳しき律法を破りみづから犠牲となりて、我が主を救ひたてまつらむとす。幸にこの大任を我に許したまへ』 と誠心おもてに表はして嘆願したりければ、大八洲彦命は打ちうなづき、 『汝は主を救はむとして敵を偽らむとする行為は、元来忠良の真情よりいでたるものなれば決して罪とならざるべし。すみやかにロツキー山にいたりて言霊別命を救ひだせよ』 と命じたまひぬ。言代別はおほいに悦び天にも昇る心地して、ただちにロツキー山にむかひける。言代別は円き石に金鍍金をほどこし、如意宝珠の珠を偽造して懐中に深く秘蔵し、ロツキー山の南門に現はれ、 『国直姫命に奉るべき珍宝あり。拝謁を乞ひたし。願はくば貴下らの斡旋によりこの由を奏上されむことを』 と、言葉たくみに頼みこみけるを、番卒はいふ。 『果して貴下が如意宝珠の珠を所持さるるならば、我らに一目拝観せしめよ。珠の有無をたしかめざるにおいては、軽々しく奏上することを得ず』 とてやや難色ありければ言代別は、 『貴下の仰せ実に尤もなり』 とて懐をひらき、金色燦然たる珠の一部を現はし見せたるに、番卒はこれを上級の神司に伝へ、漸次国直姫命にこの次第を奏上したりける。国直姫命は、 『ロツキー山には未だ如意宝珠の珠なきを憾みとす。しかるに天運循環してここに珍宝の手に入るは、いよいよ願望成就の時期到来せしならむ。すみやかに言代別を我が前によびきたれ』 といそいそとして命令したり。かくて言代別はしばらくして城内の神司にみちびかれ、国直姫命の前に現はれ一礼の後、懐中より珠を取出し八足の机上にうやうやしく安置し、 『吾こそは高白山の麓に住む言代別といふ者なり。いまや当山に国治立大神現はれたまふと聞きて歓喜にたへず。吾は往古より家に伝はる如意宝珠の珠を持参し、これを大神に奉り、もつて神業に参加せむと欲し、遠き山河を越えてここに参のぼりたり』 と言葉をつくして奏上したるに、国直姫命はおほいに悦び、その珠を手にとり熟視して満面笑を含み、 『実に稀代の珍宝なり。汝はこの珠を奉りし功により、いかなる望みなりとも叶へつかはさむ』 と宣言せり。言代別は頓首再拝、喜色満面にあふれ、 『実に有難き大神の御仰せ、御恩は海山に代へがたし。願はくば卑しき吾をして牢獄の番卒たらしめたまへ、これに過ぎたるよろこびはなし』 と願ひけるに、国直姫命は少しく首をかたむけ、 『心得ぬ汝が望み、かかる麗しき世界の珍宝を奉りたる功労者でありながら、何を苦しみてかかる卑しき職を求むるや』 と反問するを、言代別はただちに言葉を反していふ。 『諺にも喬木よく風にあたり、出る杭は打たれ、高きに昇る者は、地に落つることありと聞きおよぶ。吾は役目の高下を望まず、ただ誠心誠意大神に仕へ、神業の一端に加へたまはばこれに過ぎたる幸なし。それとも吾が技倆を大神において認めたまはば、其のとき相当の地位を与へたまふべし。急に上職をたまはるより漸次に重く用ゐさせたまはば、吾が一身にとりてもつとも安全ならむ』 との言に、国直姫命は言代別の名利を求めず、寡欲恬淡なるに感激し、ただちにその乞ひを容れて牢獄の番卒仲間に加へけり。言代別は日夜番卒として忠実に奉務し、心ひそかに言霊別命の繋がれたる牢獄を探りゐたりける。言霊別命は頭髪長く背後に伸び、髯は胸先に垂れ、顔色憔悴して、ほとんど見擬ふばかりの姿と変じゐたまへば、言代別は命の御姿を認めること容易ならざりける。 あるとき国治立命出現の祝ひとして、ロツキー山の城内に祝宴を張られ、また獄卒一般は獄前において祝意を表するため、酒宴を催しける。獄卒は珍しき酒肴に酔ひ、あるひは舞ひ、あるひはうたひ、踊りて立騒ぎけり。中に言代別は立ちて歌をうたひ、踊りはじめたり。その歌は、 昔の昔のさる昔猿が三疋飛ンできて 鬼に遂はれて二疋は逃げた。残りの一疋捕まへられて いまは鬼らの玩弄とせられ暗い穴へとほりこまれ 消息せうにも言伝しよにもいまは詮なしただ一言の 言霊別の神代と現はれいでし言代別の わけて苦しき暗の夜半高天原より降りきて お猿の命を助けむと思ふ手段は有明の 十五の月のまンまるい光をあてに飛ンで出よ。 猿が餅搗きや、兎がまぜる。まぜる兎が言代別よ。 今年や豊年満作ぢや。心持よき望月の 光とともに飛ンで出よ。光とともに飛ンで出よ。 よいとさのよいとささつさとぬけ出て東へ走れ。 東に羊が千疋をつて猿をかかへて飛ンでゆく。 よいとさのよいとさ。 と節面白くみづから謡ひみづから踊り狂ふにぞ、あまたの番卒は何の意味なるやを知らず、ただ面白き歌とのみ思ひて笑ふばかりなりける。言霊別命はこの歌を聞きて言代別の我を救ひ出さむために番卒となり、合図の歌をうたひしものと大いによろこび、十五夜の月を待ちゐたまひぬ。昼きたり夜去りて、つひには仲秋の月の夜となりぬ。国直姫命以下の曲人は、高台に昇り月見の宴を催しゐたれば、番卒もまた一所に集まりて月見の宴を開き、酒に酔ひくるひ面白き歌をうたひて余念なくたわむれゐたりけり。このとき言代別は、ふたたび以前の歌をうたひ牢獄を見廻りぬ。ある牢獄の中より小声にて、 『言代別』 と呼ぶ声あり。疑ひもなく聞きおぼえたる主の声なるに、言代別は大いによろこび、ただちに戸をひらき縛を解き、やつれたる言霊別命を背に負ひ、東門指して逃げ出したり。 外には言霊別命の部下の神卒あまた現はれきたり、命を天磐船に乗せ、天空高くロツキー山を後に、地の高天原へ無事帰還したりける。言代別は何喰はぬ顔にて牢獄の戸を閉ぢ、もとのごとく酒宴の場に現はれ、あまたの番卒とともに酒に酔ひ踊り狂ひゐたり。後に残りし言代別は後日いかなる活動をなすか、趣味ある問題と云ふべし。 (大正一〇・一一・一四旧一〇・一五土井靖都録) |
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霊界物語 | 04_卯_常世会議/国祖隠退/神示の宇宙 | 31 傘屋の丁稚 | 第三一章傘屋の丁稚〔一八一〕 花のかんばせ月の眉、雪をあざむく優美姿の常世姫も、行成彦の一行御帰城あり、との急報に驚異の眼を見張り、不安の色を漂はしける。この光景を見て取つたる桃上彦は、ただちに八十猛彦、百猛彦に目配せしたれば、二人はうなづきながら急遽表に駆出したり。これは行成彦以下の神人を竜宮城に導くためなりける。 二人は、あまたの部下を率ゐて一行を出迎へ、今回の遠旅の使命を了へ無事帰城せられしを祝し、かつその労苦を謝しける。 行成彦はまづ兄の天使長に拝顔せむことを望みけるに、二人は言を設けて、ただ今天使長は国祖大神と御懇談の最中なれば、暫時この城内に休息されたしと進言したりける。行成彦命以下の神司らは、遠路の疲労を慰せむとその言にしたがひ、城内の別殿に入り休息したり。諸神将卒一同も又竜宮海に瀕せる高楼に登り、春の海面に陽炎のきらめき渡り温かき風のおもむろに小波の皺を海面にゑがき、水茎の文字の清く美しく彩る長閑な光景を見やり、祝ひの酒に微酔の面をさらしつつ、広宗彦命の招き出しをいまや遅しと心待ちに待ちゐたり。しかして行成彦一行は、先だちて常世姫の来城せることを夢にも知らざりにける。 広宗彦命は行成彦一行の帰城と聞き、一刻も早く面会して、その真相を聞かむことを急ぎたれど、常世姫、桃上彦の二人のために止むを得ず促されて、国祖の御前に参進したり。常世姫は国祖の御前に恭しく低頭平身して、御機嫌を奉伺し、かつ八王大神および吾身の自由行動の律法に違反せることを涙を流して陳謝し、速やかに天地の律法に照し厳罰に処せられむことをと泣いて訴へ、かつ行成彦をはじめ聖地の使臣らの権謀術数の奸手段を弄して大会議を攪乱し陋劣極まる手段を用ゐて、神司らを煽動し、つひに天地の律法を破り、天下にその暴状と卑屈とのあらむ限りを遺憾なく暴露し、聖地の威厳をして、まつたく地に落さしめたりと、虚実交々進言したり。国祖は顔色俄に一変し一言の挨拶もなく奥の一室に入り玉ひけり。広宗彦命、常世姫、桃上彦は是非なく退出して錦の館に引上げたり。 ここに行成彦は、今回の常世会議において、殊勲を建て八百八十八柱の神司らの精神を統一し、聖地の危急を根底より救ひたる大道別をはじめ猿田姫、出雲姫を先導に、八王八頭を従へ天にも昇る心地して、得々とし意気昇天の勢をもつて、衆望を一身に集め、八王大神なる大道別とともに潔く帰城したるなりき。 この光景を窺知したる桃上彦は嫉妬の念押ふるに由なく如何にもして行成彦を聖地より排除せむと、ここに常世姫と計り、国祖に虚実交々言辞をたくみに讒言したるなり。 聖地に今回参向したる、八王以下は、モスコーの道貫彦、南高山の大島別および玉純彦、森鷹彦の四神司と聖地の神司らより外には、八王大神を大道別の偽八王大神たりしことを知るものなかりける。 ここに行成彦は、広宗彦命、事足姫に謁見をもとめ、常世城における大成功を詳細に物語り、かつ大江山の鬼武彦をはじめ、高倉と旭の殊勲を物語り、なほモスコーの宰相たりし大道別の永年の苦心より、つひに八王大神の替玉に選まれ、八王大神および大自在天の大陰謀を根底より覆へし、各山各地の八王以下を、心底より帰順せしめたることを、一々詳細に物語りける。 広宗彦命は、弟の捷報を一々聞き終りて歓喜するならむと、従臣一行は御兄の様子を窺居たり。されど広宗彦命の面上には、何となく暗影のさし居ることは歴然として表はれ居たり。行成彦をはじめ御母の事足姫は、不審に堪へざるもののごとし。広宗彦命はやうやく口を開き、 『大道別はいま何処にありや』 と尋ねけるに、行成彦は何心なく、 『ただいま別殿に諸神司に護られ、八王大神となりて休息せり。しかして諸神司の大部分は八王大神常世彦と確信しつつあり。この機を逸せず、彼の口をもつて八王大神を辞職せしめ、諸神司をして御兄の直属のもとに帰順せしむるの神策確立せり。兄上よ歓ばせたまへ』 と一切の秘密を打ち明けたる折しも、廊下に小さき足音聞えきたりぬ。はたして何人の立聞きならむか。兄弟二人は声をひそめて、その足音のする方に耳をかたむけたり。 天に口あり壁に耳あり、慎むべきは、密談なりける。 (大正一〇・一二・二五旧一一・二七クリスマスの日近藤貞二録) |
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霊界物語 | 05_辰_顕恩郷/天の浮橋/言触神 | 総説嵐の跡 | 総説嵐の跡 畏くも国祖国治立命は、逆神常世彦以下の不従を征するにも、天地の律法を厳守し、仁慈の矛を振ひて奇策神謀を用ひたまはず、後世湯王の桀を放ち、武王の紂を征誅するごとき殺伐の兵法をもつて、乱虐を鎮定することを好みたまはなかつた。 これに反し常世彦命らは、邪神に使役され、後世いはゆる八門遁甲の陣を張り、国祖をして弁疏するの余地なからしめ、つひに御隠退の止むなきに至らしめた。 狼獺の不仁なるも、また時としては神恩を感謝して獣魚を供へ、天神を祀り、雛鴉の悪食なるも猶ほ反哺の孝あり、しかるに永年国祖大神の仁慈に浴し、殊恩を蒙りたる諸神の神恩を捨て、邪神の六韜三略の奸計に乗せられ、旗色の可なる方にむかつて怒濤のごとく流れ従ひ、国祖をして所謂『独神而隠身也』の悲境に陥らしめた。 常世城の会議における森鷹彦に変装せる大江山の鬼武彦をはじめ、大道別、行成彦および高倉、旭の奇策を弄し、邪神の奸策を根底より覆へしたるごとき変現出没自在の活動は、決して国祖の関知したまふところに非ずして、聖地の神人の敵にたいする臨機応変的妙案奇策にして、よくその功を奏したりといへども、天地の律法には『欺く勿れ』の厳戒あり、神聖至厳なる神人の用ふべからざる行為なれば、その責はひいて国祖大神の御位置と神格を傷つけた。現に大道別、森鷹彦、鬼武彦らの神策鬼謀は、国祖の直命にあらず、国祖は至仁至直の言霊をもつて邪神らを悔い改めしめ、言向和さむとの御聖意より外なかつた。しかるに血気に逸り、忠義に厚き聖地の神々は、律法の如何を顧みるに遑なく、暴に対するに暴を以てし、逆に対するに逆を以てし、不知不識のあひだに各自の神格を損ひ、国祖の大御心を忖度し得なかつたためである。アヽされど国祖の仁愛無限にして責任観念の強大なる、部下諸神の罪悪を一身に引受け、一言半句の弁解がましきことをなし給はず、雄々しくも自ら顕要の地位を捨て、隠退せられたるは、実に尊さのかぎりである。吾人は国祖の大御心を平素奉戴して、ある人々の言行の不穏と誤解の結果、吾身の災厄に遭遇することしばしばである。されど、心は常に洋々として海のごとく、毅然として山のごとく、動かず騒がず、すべての罪責を一身に引受け、もつて本懐としてゐるのである。すべて人に将たるものは、よく人を知り、人を信じ、人に任じ、その正邪と賢愚を推知して各自その処を得せしめねばならぬのである。しかるに部下の選任を余儀なくして、誤らしめられたるは、自己の無知識と薄志弱行の欠点たるを省み、一言もつぶやかず、大神の仁慈の鞭として感謝する次第である。 アヽ尊きかな、千座の置戸を負ひ、十字架の贖罪的犠牲の行動に於てをや。吾人は常に惟神霊幸倍坐世を口唱す。無明暗黒の現代を救ふの愉快なる神業に於てをやである。天下に二難事あり、その一は天に昇ること、その二は人を求むることである。アヽ国祖大神の天国を地上に建設したまはむとして艱難辛苦をつくされ、神人を得むとして、その棟梁に最適任の神を得たまはざりしごとく、吾人またその例に洩れないのである。国祖大神は、聖地に清き高き美はしき宮殿を造り、至治太平の神政を樹立し、天下八百万の神人の安住する祥代をながめて、歓喜に充せたまうたのも僅に数百年、つひに善神も年と共に悪化して邪神の容器となり、国祖が最初の大目的を破滅せしめたるは、たとへば小高き山上に美はしき家をたて、その座敷から四方の風景を眺めて、その雄大にして雅趣に富めるを歓びつつありしを、家屋の周辺に樹木の尠く、風あたりの激しきを防がむために、種々の必要なる木を植付けたるに、一時は木も短くして、風景の眺望に少しも障害なかりしもの、年を経るにしたがひ、追々と成長して枝葉繁茂し、何時しか遠景の目に入らぬやうになつたのみならず、つひにはその大木に風をふくんで、その木は屋上に倒れ、家を壊し、主人までも傷つけたやうなものである。世の成功者といはるる人々にも、これに酷似した事実は沢山にあらうと思ふ。現に吾人は、家の周囲に植付けられた種々の樹木のために、遠望を妨げられ、暗黒につつまれ、つひにはその家もろともに倒されて重傷を負うたやうな夢を見たのである。されどふたたび悪夢は醒めて、さらに立派な家屋を平地に建て直す機会の到来することを確信するものである。国祖大神の時節を待つて再臨されしごとく、たとへ三度や五度失敗を重ぬるとも、機会を逸するとも、七転八起は、神または人たるものの通常わたるべき道程であるから、幾たび失敗したつて決して機会を逸したとは思はない。至誠神明に祈願し、天下国家のために最善の努力をつくすまでである。現代の人々は、吾身の失敗をことごとく棚の上に祭りこみ、惟神だとか、社会組織の欠陥そのものの然らしむる、自然の結果なりと思ふなぞの詭弁に依帰してしまつて、自己の責任については、少しも反省し自覚するものがない。宗教家の中には『御国を来らせたまへ」とか「神国成就五六七神政』とかいふことを、地上に立派な形体完備せる天国を立てることだとのみ考へてゐるものが多い。そして地上の天国は、各人がまづ自己の霊魂を研き、水晶の魂に建替るといふことを知らぬものが沢山にある。各自の霊魂中に天国を建て、[※御校正本・愛世版では「天国を建てるのは」だが、それでは前後の文脈がおかしくなる。霊界物語ネットでは校定版・八幡版と同様に「るのは」を外して「天国を建て」に直した。]天国の住民として愧かしからぬ清き、正しき、雄々しき人間ばかりとならねば、地上に立派な霊体一致の完全な天国は樹立せないのである。 アヽされど一方より考ふれば、これまた神界の御経綸の一端とも考へられる。暗黒もまた清明光輝に向ふの径路である。雛鳥に歌を教へるには、暗き箱の中に入れておき、外面より声の美はしき親鳥の歌ふ声を聞かしめると同様に、一時大本の経綸も、雛鳥を暗き箱に入れて、外より親鳥のうるはしき声を聞かしむる大神の御仕組かとも思はれぬこともないのである。ゆゑに吾人は大逆境に陥つて暗黒の中にある思ひをするとき、かならず前途の光明を認め得るのは、まつたく神の尊き御仁慈であると思ふ。いかなる苦痛も、困窮も、勇んで神明の聖慮仁恵の鞭として甘受するときは、神霊ここに活気凛々として吾にきたり、苦痛も困窮も、却て神の恩寵となつてしまふ。たとへば籠の中に入れられてゐる鳥でも、平気で歌つてゐる鳥は、最早とらはれてゐるのではない。暢気に天国楽園に春を迎へたやうなものである。これに反して、天地を自由に翺翔する百鳥も、日々の餌食に苦しみ、かつ敵の襲来にたいして寸時も油断することができないのは、籠の鳥の、人に飼はれて食を求むるの心労なく、敵の襲来に備ふる苦心なきは、苦中楽あり楽中苦ありてふ苦楽不二の真理である。牢獄の囚人の苦痛に比して、自由人の却て是に数倍せる苦痛あるも、みな執着心の強きに因るのである。名誉に、財産に、地位情欲等に執着して、修羅の争闘に日夜鎬をけづる人間の境遇も、神の公平なる眼より視たまへば、実に憐れなものである。 神諭にも、 『人は心の持ちやう一つで、その日からどんな苦しいことでも、喜び勇んで暮される』 と示されたのは、じつに至言であると思ふ。一点の心燈暗ければ、天地万有一切暗く、心天明けく真如の日月輝く時は、宇宙万有一切清明である。吾人は平素心天の光明に照らされ、行くとして歌あらざるはない。吾人の心魂神恩を謳ふとき、万物みな謳ひ、あたかも天国浄土の思ひに楽しむ。アヽ『天国は近づけり、悔い改めよ』の聖者の教示、今さらのごとく、さながら基督の肉身に接侍するがごとく、崇敬畏愛の念に堪へない。 アヽ末世澆季の今日、オレゴン星座より現はれきたるキリストは、今や何処に出現せむとするか。その再誕再臨の聖地は、はたして何処に定められしぞ。左右の掌指の節々に、釘の跡を印し、背部にオレゴン星座の移写的印点を有して降誕したる救世主の出現して、衆生に安息を与ふる日は、はたして何れの日ぞ。金剛石も汚穢の身体を有する蟇蛙の頭部より出づることあり、金銀いかに尊貴なりとて、糞尿の植物を肥すに及ばむや。高山の頂かならずしも良材なく、渓間低く暗きところ、かへつて良材を産するものである。平地軟土に成長したる大樹、またいかに合抱長直なりと雖も、少しの風に撓みやすく、折れやすし。宇宙間の万物一として苦闘に依らずして、尊貴の位置に進むものはない。しかるに、天地経綸の大司宰たる天職を天地に負へる人間にして、決して例外たることを得ない。アヽ人生における、すべての美はしきもの、尊きものは、千辛万苦、至善のために苦闘して得なくてはならぬと思ふ。 神諭に曰ふ、 『苦労の塊の花の咲く大本であるぞよ、苦労なしには真正の花は咲かぬから、苦労いたす程、尊いことはないぞよ云々』 吾人はこの神諭を拝する毎に、国祖が永年の御艱苦に省み、慙愧の情に堪へないのである。 ここに八王大神常世彦命は、多年の宿望成就して、天津神の命を受け、盤古大神塩長彦を奉じて、地上神界の総統神と仰ぎ、自らは八王大神として、地上の神人を指揮することになつた。しかるに聖地ヱルサレムは、新に自己の神政を布くについては、種々の困難なる事情あるを慮り、常世姫をして竜宮城の主管者として守らしめ、聖地を捨て、アーメニヤに神都を遷し、天下の諸神人を率ゐて世を治めむとした。一方常世城を守れる大鷹別は、大自在天大国彦を奉じて総統神となし、アーメニヤの神都にたいして反抗を試み、またもや地上の神界は混乱に混乱をかさね、邪神の横行はなはだしく、已むを得ず、諾冊二神の自転倒嶋に降りたまひて、海月如す漂へる国を修理固成せむとして、国生み、嶋生み、神生みの神業を始めたまひし神代の物語は、本巻によつて明らかになることと思ふ。 神ながら宇宙の外に身をおきて 日に夜に月ぬ物語する 王仁は、第一巻において天地剖判の章に致り、金や銀の棒が表現して云々と述べたるにたいし、人を馬鹿にすると言つて、コンナ馬鹿な説は聞くだけの価値なきものだと、一笑に附して顧みないのみならず、他人の研究までも中止せしめむとしてゐる立派な学者があるさうだ。 神諭にも、 『図抜けた学者でないと、途中の鼻高には、神の申す事はお気に入らぬぞよ云々』 と示されてある。宇宙間の森羅万象、一として形体を具ふるもの、金、銀、銅、鉄等の鉱物を包含せないものはない。人間を初め、動植物と雖ども、剛体すなはち玉留魂の守護によらぬはない。金銀等の金気の大徳によつて現出したる宇宙間の森羅万象は、悉皆、鉱物玉留魂の神力を保持してゐるのであるから、金の棒や銀の棒から天地万物が発生し凝固したと言つたとて、別に非科学的でも何でもない。神の言には俗人のごとき七面倒くさきことは仰せられぬ。すべて抽象的、表徴的で、一二言にて宇宙の真理を漏らされるものである。 それで神諭にも、 『一を聞いて十百を悟る身魂でないと、誠の神の御用は勤まらぬぞよ』 と示されてある。半可通的学者の鈍才浅智をもつて、無限絶対無始無終の神界の事柄にたいして喃々するは、竿を以て蒼空の星をがらち落さむとする様なものである。洪大無限の神の力に比べては、虱の眉毛に巣くふ虫、その虫のまた眉毛に巣くふ虫、そのまた虫の眉毛に巣くふ虫の放つた糞に生いた虫が、またその放つた糞に生いた虫の、またその虫の放つた糞に生いた虫の糞の中の虫よりも、小さいものである。 ソンナ比較にもならぬ虫の分際として、洪大無辺の神界の大経綸が判つて耐るものでない。それでも人間は万物の長であつて、天地経綸の司宰者だとは、どこで勘定が合ふであらうか。されど、神の容器たるべき活動力を有する万物の長たる人間が、宇宙間に絶無とは神は仰せられぬのは、いはゆる神界にては無形に視、無声に聴き、無算に数へたまふてふ、道の大原の聖句に由るのであらうと思ふ。 蚤虱蚊にもひとしき人の身の 神の為すわざ争ひ得めや 大正十一年一月三日旧十年十二月六日 |
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霊界物語 | 05_辰_顕恩郷/天の浮橋/言触神 | 08 顕恩郷 | 第八章顕恩郷〔二〇八〕 棒岩の上に安置されたる輿は、轟然たる響きとともに深き谷間に落ちて、メチヤメチヤに破れてしまつた。 幸か不幸か、日ごろ気にかかりし常治彦の角は根本よりゴクリと抜けてしまつた。その後より血は滾々として流れ、目も鼻も口はおろか全身血に染つて、今までの青鬼は角のなき赤鬼と一変した。赤鬼は執念ぶかく鷹住別、春日姫の酒宴の席に韋駄天走りに走りよりて、あらゆる石を手にし、死物狂ひになつて神人を目がけて投げつけた。如何はしけむ、常治彦の身体は石を握り振り上げたまま石地蔵のごとく強直し、ビクとも出来ぬ様になつてしまつた。鷹住別の南天王は春日姫と共にこの光景を見て、面白可笑しく酒を飲み舌鼓を打つてをつた。蟹面をなせる万の神人らはその姿を見て、神の威徳により石と化せしものと思ひ、やたらに広短き顔を並べて拝跪した。その可笑しさに二人は堪りかねて噴きだした。このとき頭部に二股の角二本生えたる神、天上より雲に乗りてその前に降りきたり、万の神人らはまたもやこの瑞祥に歓喜した。いま降つた神は大江山の鬼武彦の化身であつた。 鬼武彦は南天王夫妻にむかひ一礼し、つぎに石地蔵のごとく真赤になりし常治彦の身体を鷲づかみとなし、中天に向つて抛り上げられた。赤き肉体は空中を幾百回となく縦にブリブリと廻りながら、エデンの大河にザンブと落ち込んだ。忽ちさしもの大河も血の河と変じてしまつた。 やうやく気がついた常治彦は南岸に這ひ上り、真裸体のまま頭をかかへて、何処ともなく一目散に山々の谷間を目がけて走り入つた。 一方顕恩郷の神人らは、新に降りし神の、先の神に対して非常に力強きを或は喜び或は恐れつつ、合掌して何事か唱へつつ、つひに一斉に立つて手を打ちウローウローと叫んで踊り廻る。鬼武彦は南天王、春日姫とともに悠々として宮殿に立帰つた。しばらくあつて宮殿の外部に非常な騒がしき声が聞えてきた。以前より何処ともなく姿を隠しゐたる奇態な大亀が忽然として現はれた。神人らは太平の世の瑞祥としておのおの果実の酒を持ちきたり、その大亀に呑ませた。大亀は喜んで何斗とも限りなく呑み干し、つひには立上つて踊りだした、その様子の面白さ、神人らは思はず笑ひ転げた鬨の声であつた。 南天王は何事ならむと宮殿を立出で前庭を眺むればこの光景である。何れの神人らも残らず酒に酔倒れ、地上を這ひ廻つてゐるうちに、大亀のみ立つて踊つてゐた。その面白さに南天王も思はず笑ひ転げた途端に腰を抜いた。神人らは何れも横這ひになつて、巨大なる蟹の姿に変つてゐた。 鬼武彦は奥殿より走りきたり、この様子を見て大に驚き、天に向つて神言を奏上した。たちまち南天王の体は元のごとく起立することを得た。蟹の様になつてしまつた神人らは、またもやムクムクと立上り、矮小なる体となつて四方八方より広短い顔をもたげ、亀さん亀さん、ウローウローと亀を中央に据ゑて踊り狂うた。亀は酒に酔ふたもののごとく、またもやバツタリ地に伏して四這ひとなつた。 二股の角を現はした鬼武彦はヒラリとその背に跨つた。そして東北の山の谷間目蒐けて進みゆき、先に常治彦の輿の据ゑられし棒岩の上に、あたかも猿の木に登るがごとき勢にて登りつめ、その上に安坐し、鏡のごとき目を光らせながら石像と化してしまつた。神人らは喜んでその下に集まり拝跪し祈願を籠めた。この大亀はまたもや谷間に姿を隠して了つた。それより顕恩郷はこの石像を神と崇拝し、南天王夫妻は日を定めて参拝し、神勅を蒙りて総ての事を決する事となつた。これより顕恩郷は天地の大変動勃発して大洪水となるまで、実に安全地帯であつた。そして石像に化した鬼武彦の本体は、この郷を去つて聖地ヱルサレムに帰らむとする常治彦の後を追うた。 常治彦は漸くにして命からがら聖地ヱルサレムに月を重ねて帰省した。しかるに聖地には常治彦儼然として、宮殿に盤古大神の娘塩治姫と共に父の神務を輔佐しつつあつた。角を折られし常治彦は聖地において如何なる運命に遭遇するであらうか。 (大正一一・一・五旧大正一〇・一二・八近藤貞二録) |
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霊界物語 | 05_辰_顕恩郷/天の浮橋/言触神 | 18 宣伝使 | 第一八章宣伝使〔二一八〕 ここに天教山(一名須弥仙山ともいふ)に鎮まり坐す木花姫命の招きにより、集つた神人は、 大八洲彦命(一名月照彦神)、大足彦(一名足真彦)、言霊別命(一名少彦名神)、神国別命(一名弘子彦神)、国直姫命(一名国照姫神)、大道別(一名日の出神)、磐樟彦(一名磐戸別神)、斎代彦(一名祝部神)、大島別(一名太田神)、鬼武彦(一名大江神)、高倉、旭の二神合体して月日明神 その他の神人なりける。 それらの神人は、天教山の中腹青木ケ原の聖場に会し、野立彦命の神勅を奉じ、天下の神人を覚醒すべく、予言者となりて世界の各地に派遣せられた。その予言の言葉にいふ。 『三千世界一度に開く梅の花、月日と土の恩を知れ、心一つの救ひの神ぞ、天教山に現はれる』 以上の諸神人はこの神言を唱へつつ、あるひは童謡に、あるひは演芸に、あるひは音楽にことよせ、千辛万苦して窃に国祖の予言警告を宣伝した。 されど、大蛇や金狐の邪霊に心底より誑惑され切つたる神人らは、ほとんどこの予言を軽視し、酒宴の席における流行歌とのみ聞きながし、事に触れ物に接してただちに口吟みながら、その警告の真意を研究し、日月の神恩を感謝し、身魂を錬磨せむとする者は、ほとんど千中の一にも当らぬくらゐであつた。 常世神王は、門前に節面白く「三千世界一度に開く梅の花云々」と歌ひくる月日明神の童謡を聞いて首をかたむけ、大鷹別をして月日明神をともなひ殿中に招き、諸神満座の中にてこの歌を謡はしめた。 月日明神は、面白く手拍子足拍子を揃へ、かつ優美に歌ひ舞ひはじめた。いづれもその妙技に感嘆して見とれゐたり。 神人らは、嬉々として天女の音楽を聴くごとく勇みたち、中には自ら起ちてその歌をうたひ、月日明神と相並んで品よく踊り狂ふものあり。殿内は神人らの歓喜の声に充されて春のやうであつた。独り常世神王は、神人らの喜び勇み踊り狂うて他愛なきに引きかへ、両手に頭を抑へながら苦悶に堪へざる面持にて、始終俯きがちにその両眼よりは涙を垂らし、かつ恐怖戦慄の色をあらはし、何となく落着かぬ様子であつた。 この様子を窺ひ知つたる大鷹別は、常世神王の御前に恭しく拝礼し、かついふ、 『神王は、何故かかる面白き歌舞をみそなはしながら、憂鬱煩慮の体にましますや、一応合点ゆかず、御真意を承はりたし、小子の力に及ぶことならば、いかなる難事といへども、神王のためには一身を惜しまず仕へまつらむ』 と至誠面にあらはれて進言した。 されど、常世神王はただ俯向いて一言も発せず、溜息吐息を吐くばかりであつた。大鷹別は重ねてその真意を言葉しづかに伺つた。常世神王はただ一言、 『月日明神を大切に饗応し、本城の主賓として優待せよ』 といひ残し、奥殿に逸早く姿をかくした。 月日明神は衆神にむかひ、 『世の終りは近づけり、天地の神明に身魂の罪を心底より謝罪せよ』 といひつつ、姿は烟のごとく消えてしまつた。 しばらくあつて常世神王は大鷹別にむかひ、 『旭明神とやらの唱ふる童謡は、普通一般の神人の作りし歌にあらず、天上にまします尊き神の予言警告なれば、吾らは一時も早く前非を悔い、月日と土の大恩を感謝し、天地の神霊を奉斎せざるべからず。是については吾々も一大決心を要す。すみやかに盤古神王の娘塩治姫およびウラル彦の娘玉春姫をアーメニヤの神都に礼を厚くしてこれを送還し、時を移さずロッキー山上に仮殿を建て、すみやかに転居の準備に着手せよ』 と厳命した。大鷹別は神王の真意を解しかね、心中に馬鹿らしく感じつつも、命のごとく数多の神人をして二女性をアーメニヤに送還せしめ、ロッキー山の頂上に土引き均し、形ばかりの仮殿を建設することとなつた。 アーメニヤの神都にては、盤古神王をはじめウラル彦は、常世神王の俄に前非を悔い、心底より帰順したる表徴として安堵し、かつ軽侮の念を高めつつ意気衝天の勢ひであつた。 頃しも仮宮殿の傍近く、 『三千世界一度に開く梅の花』 と謡うて通る言触神(宣伝使)があつた。盤古神王はこの声に耳をそばだて胸を抑へてその場に平伏した。この声の耳に入るとともに頭は割るるがごとく、胸は引き裂くるごとくに感じたからである。 ウラル彦夫妻は、神王のこの様子を見て不審に堪へず、あわただしく駆けよつて介抱せむとした。神王は右の手を挙げて左右に振り、苦しき息を吐きながら、 『ただ今の言触神の声を聴け』 といつた。二神は答へて、 『彼は神人らに食を求めて天下を遍歴する流浪人なり、かくのごとき神人の言を信じて心身を悩ませたまふは、平素英邁にして豪胆なる神王の御言葉とも覚えず、貴下は神経を悩ましたまふにあらざるか』 とやや冷笑を浮べて問ひかけた。 神王は二人の言葉の耳にも入らざるごとき様子にて、両手を合せ、或は天を拝し或は地を拝し、 『月日と土の恩を知れ、月日と土の恩を知れ、世界の神人の罪を赦し、吾ら一族をこの大難より救はせたまへ』 と流汗淋漓、無我夢中に祈願をこらす。 ウラル彦夫妻は、この体を見て可笑しさに堪へかね噴出さむばかりになつたが、神王の御前をはばかつて、両眼より可笑し涙を垂らしてこの場を退きさがつてしまつた。そしてこの場に現はれた言触神は日の出神であつた。 (大正一一・一・九旧大正一〇・一二・一二井上留五郎録) |
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霊界物語 | 05_辰_顕恩郷/天の浮橋/言触神 | 余白歌 | 余白歌 天地の初発之時ゆ祖々の御魂の因縁現はせる神世〈総説〉 うつ蝉の世を立直す柱木はあめの御柱くにの御柱〈総説〉 二柱やうやく立ちて千万のその副柱今も尋ねつ〈総説〉 自発的一つの小長ある人は衣食に不足つぐることなし〈第2章〉 くよくよと物事悔む暇あれば大小となく行ひてみよ〈第2章〉 天の下は皆ことごとく無欲者の自由所得の世界なりけり〈第3章〉 公のために争ふ人々は神の御眼より罪とはならじ〈第3章〉 使ふべき人や遺つると谷具久の狭渡るきはみわれは尋ねつ〈第6章〉 物事は注意をすれば人の世は過ち防ぐ大価とぞなる〈第6章〉 梓弓ひきてかへらぬ雄心は神代ながらの日本魂〈第9章〉 この度の神の経綸の深ければただ一柱知る神もなし〈第12章〉 天地の神の造りし人の身は髪一筋もままにはならじ〈第12章〉 皇神の依さし給ひし布教者と化りて世人を欺く曲神〈第13章〉 このたびの神の気吹のなかりせば四方の雲霧誰かはらはむ〈第13章〉 百口のへつらひ言葉聞くよりもただ一言の誠うれしき〈第14章〉 黄昏れて西に落ちたる日も月もやがて東の空に輝るらむ〈第15章〉 蟹が行く横さの道にふみ迷ふ世人のために身を砕くなり〈第15章〉 大本の大橋渡りまだ先へ行き詰りては後戻りする〈第16章〉 聞きたくば尋ね来れよ説明す人の心の信念力あるだけ〈第16章〉 近寄りし世の立替に先立ちて身魂を洗へ四方の神子たち〈第17章〉 久方の天のはしだて踏みしめて綾の高天へ昇れ神子たち〈第17章〉 葦原の八十の曲津見はらはむと中津御国の経綸なしつつ〈第18章〉 攻めきたる外国魂を一いきに言向け和平す神国の道〈第18章〉 先の世と聞いて心を許すなよ明日の日柄も先の世なれば〈第19章〉 大方の人の夢にも知らぬ間に説き諭すなり先の世の事〈第19章〉 立替が始まり来れば眼も鼻も口さへあかぬことのあるらむ〈第22章〉 天地の神の怒りの雄たけびにすべての曲は亡び失すなり〈第22章〉 この事を早く世人に知らさむとはやれど更に聞くものはなし〈第22章〉 醜魂を洗ひすまして神国の日本御魂を研き清めむ〈第23章〉 曲人の時を得るてふ闇の世は正しき人を爪はじきする〈第23章〉 争ひは小事に快く負けて大事に勝つが成功の鍵なり〈第24章〉 時来れば外国までも連れ行かむ万代までも名をあぐる為に〈第24章〉 世の中の人はたちまち驚かむかぎり知られぬ神の力に〈第24章〉 この経綸遂げ終せたる暁は神人ともに歓喜に充たむ〈第24章〉 疑の雲晴れ行きて世の人の心の空に月日照るなり〈第25章〉 世の本の誠の神が現はれて世人の知らぬことを教へつ〈第26章〉 常夜行く天の岩戸を開かむと思ひは胸に三千歳の今日〈第28章〉 天地に神の有る無し明らかに現はれ出づる時は来にけり〈第28章〉 天津御祖神の御言をかしこみて下津岩根に道をひらきし〈第28章〉 おしなべて世を救はむと皇神の神言かしこみ吾は出でけり〈第28章〉 曇りなき心の空に天津日の輝き渡る人は神なり〈第29章〉 まだしばしその日早しと何事も山の小言と聞き流しつつ〈第29章〉 立替の大峠までに神の子は心入れ替へよ最早暇なし〈第29章〉 神の世は隅々までも澄みわたり曲津の潜む隈もなきまで〈第34章〉 変りゆく時代の潮に逆らふは身をほろぼすの基なりけり〈第35章〉 神々の神言かしこみ言霊のその活用は歌となりけり〈第38章〉 時は今天地ひらく神代かも神のみいづの鳴りわたる時〈第38章〉 天津御祖神の怒りの強ければもうこの上は力及ばず〈第38章〉 天地の洗ひ替へより真先に人の心の洗ひ替へせむ〈第43章〉 大本へ集り来る人の数々を教へ諭して御柱とせむ〈第46章〉 益良夫は神国の宝女子は家の宝ぞ大切にせよ〈第46章〉 霊幸はふ神の教の深ければ浅き心の人には解らず〈第49章〉 黙々として成し遂げし大業は真に完全無欠なるべし〈第49章〉 心身は自己の自由と言ひながら神に依らずば真の自由なし〈第50章〉 愚かなる児に財産を遺すより世のため神と道とに貢げよ〈第50章〉 村肝の心は動きやすければ神の御綱によりて繋げよ〈第50章〉 神の心は凡夫の心凡夫の心は神心〈第50章〉[この余白歌は八幡書店版霊界物語収録の余白歌を参考に他の資料と付き合わせて作成しました] |
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霊界物語 | 06_巳_大洪水/国生み神生み/三五教の誕生 | 12 起死回生 | 第一二章起死回生〔二六二〕 久方の天と地との大道を、解き分け進む宣伝使、世は烏羽玉の闇の世を、洽ねく照らす日の出の守、深山の奥に分け入りて、神の御旨を伝へ来る、月日も長き長白の、山分け進む神司の、雄々しき姿今ここに、三つの身魂のめぐり逢ひ、深き縁の谷の底、底ひも知らぬ皇神の、恵みの舟に棹さして、大海原や川の瀬を、渡る浮世の神柱。 ゆくりなくも、ここに一男二女の宣伝使は邂逅したりける。春日姫は苦しき息の下よりも幽な声をふり絞り、 春日姫『貴下は大恩深き南天王の日の出の守にましますか。みじめなところを御目にかけ、御耻かしく存じます』 と言葉終ると共に、息も絶え絶えに又もや打伏しにける。日の出の守は両眼に涙をたたへ、黙然として春日姫を打ち眺めつつありしが、ツと立ち上り、傍の叢を彼方こなたと逍遥しながら、二種の草の葉を求めきたり、両手の掌に揉み潰し、雫のしたたる葉薬を春日姫の疵所にあて介抱したりける。 これは各地の高山によく発生する山薊と、山芹にして、起死回生の神薬は、これを以て作らるるといふ。日本では伊吹山に今に発生し居るものなり。 見るみる春日姫は、熱さめ痛みとまり腫れは退き、たちまちにして元の身体に復し、さも愉快気に笑顔の扉開きける。ここに三人は歓喜極まつて、神恩の厚きに落涙したり。 日の出の守はおもむろに春日姫に向ひ、 日の出の守『貴女は顕恩郷の南天王として夫婦睦じく住まはせ給ふならむと思ひきや、思ひがけなき宣伝使のこの姿。変り易きは浮世の習ひとは言ひながら、何ンとして斯かる深山にさまよひ給ふぞ。また鷹住別は如何はしけむ、その消息を聞かまほし』 と訝かしげに問ひけるに、春日姫は一別以来の身の消息を、こまごまと物語り、かつ世の終末に近づけるを坐視するに忍びず、身命を神に捧げて、歩みも馴れぬ宣伝使の苦しき旅路の詳細を物語りけるに、日の出の守は言葉を改めて、 日の出の守『至仁至愛の神心を奉戴し、世を救ふべく都を出でての艱難辛苦お察し申す。さりながら、女たるものは家を治むるをもつて第一の務めとなす。汝が夫鷹住別の宣伝使として浪路はるかに出でませし後のモスコーは、年老いたる両親の御心のほども察しやらねばなりますまい。貴女はすみやかにモスコーに帰り、父母に孝養を尽し、神を祈りて、夫の帰省を心静かに待たせたまへ』 と勧むるにぞ、春姫はその語に次いで、 春姫『隙間の風にもあてられぬ貴き女性の御身の上として、案内も知らぬ海山越えて、神のためとは言ひながら、御いたはしき姫の御姿、一日も早くモスコーに帰らせたまへ。妾は今よりモスコーに汝が命を送り届け参らせむ』 と真心面に表はして、涙と共に諫めけるにぞ、春日姫は首を左右に振り、 春日姫『二司の妾をかばひたまふその御心は、何時の世にかは忘れ申さむ。されど一旦思ひ定めた宣伝使、たとへ屍を山野に曝し、虎狼の餌食となるとも、初心を枉ぐる事のいとぞ苦しければ』 と二司の諫めを拒みて動く色見えざりければ、日の出の守も春姫も、巌を射抜く春日姫の固き決心に感歎し、三人の司は相携へて長白山を下り、東、西、南の三方に宣伝歌を謡ひつつ袂を別ちたりける。 (大正一一・一・一七旧大正一〇・一二・二〇嵯峨根民蔵録) (第一一章~一二章昭和一〇・一・二八於筑紫別院王仁校正) |
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霊界物語 | 06_巳_大洪水/国生み神生み/三五教の誕生 | 34 三大教 | 第三四章三大教〔二八四〕 黄金山下の埴安彦神の教示を天下に宣伝する東彦は、一同を集め、岩上に端坐し五大教の教理を説示する折しも、遥の前方より、又もや白髪異様の宣伝使現はれ来り、 北光天使『この世を造りし神直日御魂もひろき大直日 ただ何事も人の世は直日に見直せ聞き直せ 身の過ちは宣り直せ』 と節面白く謡ひつつ、此方に向ひて進み来る。 頭髪は飽くまで白く、髯は八握の胸先に垂れ、是また純白にして、銀の如き光沢を放ち居たり。 この宣伝使は、霊鷲山麓の玉の井の郷に現はれ出でたる三葉彦神の教理三大教を、天下に宣布する北光天使であつた。さうしてこの霊鷲山は印度と西蔵の境に屹立する高山であり、黄金山は聖地ヱルサレムの傍に聳え立つ橄欖山の別名なり。 白髪異様の老宣伝使は、東彦天使の宣教を耳を澄ませて路傍に立ちながら静に聴き入る。東彦天使はこの宣伝使が、吾傍に来りて教理を立聞きせることを夢にも知らず、一心不乱に側目も振らず五大教の教理を説示しつつありき。 北光天使は一同に目礼するのも打忘れ、襟を正して無我夢中にこの教理を聴きつつありき。東彦天使は少しく息を休めむとして口を閉ぢ、あたりを見れば、白髪異様の宣伝使が平岩の傍に佇立しゐるに驚き、 東彦天使『貴下は何人なるや』 と軽き目礼と共に問ひかくるに、白髪異様の宣伝使は、慇懃に答礼を施しながら、 北光天使『吾は霊鷲山の麓に坐します三葉彦神の宣伝使なり。今貴下の御説示を聴き感歎措く能はず拝聴したり。願はくは吾にも教理の蘊奥を説示し給はずや』 と懇請する。 東彦天使は宣伝使と聞き、直に岩の座を下りその前に進み、慇懃に会釈しながら、 東彦天使『吾は愚鈍の性質にして、貴下らに教理を説くの力なし。只吾より後れたる信者に対し、神の道を朧気ながら口伝へするのみ』 と謙譲の色を表はし、固く辞し、かつ、 東彦天使『貴下は如何なる教理を宣伝したまふや、聴かま欲し』 と云ふにぞ、北光天使は、 北光天使『こは心得ぬ貴下の御言葉かな。そもそも神の道は神人の知識また考量を以て伝ふ可きものにあらず。神は宣伝使の口を藉りて以て甚深微妙の教理を説示し給ふにあらざるか』 と問ひ返したるに、東彦天使はその理に服し、 東彦天使『吾は誤れり。日夜大神の神示を宣伝弘布する身でありながら、かくの如き重大なる意義を忘却し居たり。嗚呼耻かしや』 とさし俯向きて、袖に顔を隠すを見て、北光天使は気の毒がり、 北光天使『致らぬ吾らの過言無礼許させたまへ。吾は神人を思ふの余り、かくも不遜の言辞を、宣伝使たる貴下に申上げしは不覚の至りなり。実に耻かしさの限りよ』 と吾心に省み、大に耻づるものの様なりける。 ここに二人の宣伝使は岩上に立ち、宣伝歌を交る交る謡ひて、天津祝詞を奏上し、天地の大神の洪徳を賛美したりける。而して二人の宣伝歌を合一して、一つの歌に延長したり。 『神が表面に現はれて善と悪とを立て別ける 魂を研けよ立替へよ身の行為も立直せ この世を造りし神直日霊魂もひろき大直日 ただ何事も人の世は直日に見直せ聞き直せ 身の過失は宣り直せ』 東彦天使は席を譲つて、北光天使を平岩の上へ安坐せしめ、神の教示を聴き入りぬ。この時一同は合掌して神徳を讃美し、異口同音に宣伝歌を謡ふ。一同の顔には以前に引代へ、愉快に充てる血色漂ひける。 甲『只今の宣伝使に御尋ね致します。前刻より黄金山の宣伝使様に承はりますには、この世の中は善悪の立替があり、大慈大悲の神様が現はれて善人を助け、悪人を亡ぼし、強きを挫き、弱きを救ひ、吾々の地に落ちたる人民を天国に救うて下さると云ふ事であります。実に吾々は再生の思ひと、歓喜に堪へませぬ。然るに、又もや貴神がここに現はれて、「ただ何事も人の世は、直日に見直せ聞直せ云々」と仰せられましたが、一体これは何う云う事でありませうか。詳しく御説示を願ひます。吾々は祖先伝来の山や田地を悪人に占領せられ、女房は奪ひ取られ、住居は焼かれ、食ふに食なく、眠るに家なく、親子夫婦は四方に離散し、実に在るにあられぬ、悲しい世を送つて居ります。私はそれ故斯く乞食となりて四方を廻り、家を焼き女房を奪つた悪者を探し求めて、仇を討つてやらうと考へ、苦労艱難を致してをりますが、若し神様がこの世に在らつしやるのならば、何故こんな不公平な事があるのに、黙つて見て居られるのでせうか。私はこの世に神の存在を疑ひます。先の宣伝使の言はれたやうに、善悪を立替る神様が在るとすれば、一日も早くこの無念を晴らして欲しいと思ひます。然るに只今貴下の御言葉の中に「ただ何事も人の世は、直霊に見直せ聞き直せ」と仰せになりましたが、これは要するに何事も諦めよとの教ではありますまいか。先の神様の教と貴下の教とは、どうしてもつばねが合はないやうな考へがするのです。どうぞ詳しく御諭しを願ひたう存じます』 ここに北光天使は、 北光天使『神様は至善至美至仁至愛の御方である。故に悪を憎み、無慈悲を御嫌ひ遊ばすのは云ふ迄もない。しかし人間はいかに立派な賢い者でも、神様の御智慧に比べて見れば、実に耻かしいものであります。災多く、悪魔の蔓延る今日の世の中は、どうしても無限絶対力におはします神様の力に依頼らねばならぬ。あなたが家を焼かれ、山林田畑を掠奪され、女房を取られて、その怨みを晴らさうと思ひ、諸方を尋ね廻らるるのは人情として尤もであり、吾々も満腔の同情をよせますが、併し、そこを人間は忍耐して、敵を赦してやらねばならぬのです。そこが人間の尊い所であつて、神様の大御心に叶うといふものです』 と聞くや否や、甲はムツクと起ち上り、 甲『馬鹿』 と叫び、かつ隼の様な眼を剥いて北光天使を睨みつけ、息をはづませながら、 甲『オヽ俺はコヽ斯んな宣伝使の吐かす事は、キヽ気に食はぬ。腰抜野郎奴。嬶を奪られ、家を焼かれ、悪人に財産を全部ふんだくられ、寝る家もなく、食ふ物もなし、親子は散り散りばらばらになつて、在るにあられぬ艱難苦労をして居るのに、苦労知らずの人情知らず奴。ナヽ何が、カヽ神さまだ。赦してやれも糞もあつたものかい。尻が呆れらア。あまり人を馬鹿にするない。そんならお前の頭に、オヽ俺が今小便を引つかけてやるが、それでもお前はオヽ怒らぬか』 といひながら、宣伝使の背後に立ち、端坐せる北光天使の頭をめがけて、ジヤアジヤアと放りだした。東彦天使その他の一同は、 『待て待て』 と叫ぶ。その間に小便は全部放出し了りぬ。 北光天使は莞爾として坐りゐたり。 甲は尚も口汚なく、 甲『ヤイ腰抜、弱蟲、小便垂れ、洟垂れ』 と罵る。一同は、 『オイ貴様が小便垂れぢやないか。今現に小便を垂れたであらう。人のことだと思つて自分の事を吐かして居らア。オイ、洟を拭かぬかい。水洟垂らしやがつて、洟垂れの小便垂れとは貴様のことだよ』 といふに、甲は躍起となり、 甲『なに、俺が小便垂れたのぢやない。小便の方から出よつたのだ。俺や、洟垂れアせぬ、洟の方から出て来やがつたのだい』 と不減口を叩く。 北光天使は泰然として、小便を浴びたまま講演をつづける。 (大正一一・一・二二旧大正一〇・一二・二五井上留五郎録) |
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霊界物語 | 09_申_松竹梅の宣伝使の南米・中米の旅 | 09 鴛鴦の衾 | 第九章鴛鴦の衾〔四〇二〕 久方の天津御空も地土も左右りと廻る世に 邂逅うたる親と子の心の空の五月暗 晴れて嬉しき夏の日の緑滴る黒髪を 撫でさすりつつ入り来る父の便りを松代姫 心の竹のふしぶしに積る思ひをいたいけの 花の蕾の唇を開く梅ケ香姫の御子 三月三日にヱルサレム館を抜けて三人連れ 月雪花の照彦は主従都を竜世姫 いよいよ此処に月照彦の神の御魂の鎮まれる 珍の都の主宰神桃上彦の掌る 珍の館に着きにけり五月の空の木下闇 五日は晴れむ常磐木の五月五日の今日の宵 父子夫婦の廻り会ひくるくる廻る盃の つきの顔五月姫松竹梅の千代八千代 栄の基となり響く宴会の声は此処彼処 珍の都も国原も揺ぐばかりの賑はしさ。 正鹿山津見神は五月姫との結婚の式ををはり、淤縢山津見、駒山彦、珍山彦三柱とともに、宴会の最中、朝な夕なに心を痛めし故郷の、松、竹、梅の最愛の娘子の訪ね来りし事を聞き、歓喜の涙に咽ぶ折しも、国彦の案内につれて一行は此場に現はれぬ。三人の娘は嬉しさに胸逼り、父の顔を見るより早く三人一度に首を垂れ、傍に人なくば飛びつき抱きつき互ひに泣かむものと、思ひは同じ親心、桃上彦も暫し喜びの涙に咽びて、唯一言の言葉さへも出し得ず今まで賑はひし宴会の席も、何となく五月の雨の湿り気味とはなりぬ。珍山彦は、 珍山彦『ヤア、これはこれは、目出度い事が重なれば重なるものだ。今日は五月五日、菖蒲の節句だ。黒白も分かぬ暗の世を、あかして通る宣伝使の、天女にも擬ふ五月姫、三月三日の桃の花にも比ぶべき桃上彦の命と、偕老同穴の契を結びし矢先、瑞霊の三人連、松のミロクの代を祝ふ御娘子の松代姫様、直な心の竹野姫様、三五教の教も六合一度に開く梅の花、綻びかけし梅ケ香姫様の親子の対面、何と目出度い事であらうか。それにまだまだ目出度きは月照彦の神の名を負ふ照彦さまの御供とは、何とした不思議な配合だらう。あゝこれで鶯宿梅の梅の喜び、桃林の花曇り、五月の暗もさつぱり晴れて、月日は御空に照り渡るミロクの神代が近づくであらう。三五の月の輝いたその夜に初めて会うた五月姫、父の名は闇山津見でも、もうかうなつた以上は照山津見だ。皆さま、今日の此の御慶事を祝ふために、親子夫婦の睦びあうた目出度さを歌ひませうか』 淤縢山津見は、 淤縢山津見『それは実に結構で御座います。どうか発起人の貴方から歌つて下さいませ』 と願ふにぞ、珍山彦は、 珍山彦『然らば私より露払ひを致しませうか』 と、今までの怪しき疳声に似ず、余韻嫋々たる麗しき声音を張り上げて歌ひ始めたり。 珍山彦『朝日は照る照る月は盈つ天地の神は勇み立つ 誠の神が現はれて三月三日の桃の花 花は紅葉は緑緑滴る松山の 青葉に来啼く時鳥八千八声の叫び声 晴れて嬉しき五月空喜び胸に三千年の 花咲く春に桃上彦の神の命の妹と背の 千代の喜び垂乳根の親子五人の廻り会ひ 五月五日の今日の宵遠き神代の昔より 夕暮れ悪しと忌みし世もかはりて今は夕暮れの 天地に満つる喜びはまたとありなの滝の上 鏡の池の限りなく清水湧き出る如くなり 神代を祝ぐ松代姫一度に開く梅ケ香姫の 貴の命のすくすくと生ひ立ち早き竹野姫 貴の都を後にして珍の都に月照の 空高砂の珍の国珍山彦の木の花は 弥高々と高照姫の神の命に通ふなり 大蛇の船に乗せられてここに四人の神人は 主従親子の顔合せ心合せて何時までも 厳霊を経となし瑞霊を緯となし 三五の月の御教を天地四方に輝かせ 天地四方に輝かせ』 と歌ひ終れば、淤縢山津見神は、またもや口を開いて祝歌を歌ふ。 淤縢山津見『三月三日の桃の花三千年の昔より 培ひ育てし園の桃君に捧ぐる桃実の 心も春のこの宴会五月五日の花菖蒲 香り床しき五月姫御空も晴れて高砂の 尾の上の松の下蔭に尉と姥との末長く 清く此世を渡りませ頭は深雪の友白髪 松、竹、梅の愛娘世は烏羽玉の暗くとも 月日は空に照彦の光眩ゆき佳人と佳人 鶴は千歳と舞ひ納め亀は万代舞ひ歌ふ 秋津島根の珍の国五男三女と五月姫 千代に治まる国彦の栄をまつぞ目出度けれ 栄をまつぞ目出度けれ』 珍山彦は、 珍山彦『ヤア目出度い目出度い、コレコレ五月姫さま、貴女は此家のこれからは立派な奥様、今三人の御娘子は貴女の真の御子ぢや、腹も痛めずに、こんな立派な月とも雪とも花とも知れぬ天女神を子に持つて、さぞ嬉しからう。縁と云ふものは不思議なもので、佳人が醜夫に娶られたり、愚人が美女と結婚するのは世の中の配合だ。然るに貴女は正鹿山津見神様のやうな智仁勇兼備、何一つ穴のない、あななひ教の宣伝使を夫に持ち、佳人と美女の鴛鴦の契の夢暖かく、夫婦親子が花の如く月の如く雪の如く、清き生活を送らるると云ふ事は、またと世界にこれに越した幸福はあるまい。恋には正邪美醜賢愚の隔てがないと云ふ事だが、貴女の恋は完全ですよ。桃と菖蒲の花も実もある千代の喜び、幾千代までもと契る言葉も口籠る。鴛鴦の衾の新枕、実に目出度い、お目出度い』 五月姫は、 五月姫『有難う御座います』 と唯一言、顔赭らめて稍俯いて居る。珍山彦は、 珍山彦『もしもし五月姫さま、貴女は今晩の花だ。一つ華やかに歌つて貰ひませうか』 五月姫は耻かしげに立ち上り、長袖淑やかに歌ひ舞ひ始めたり。 (大正一一・二・一三旧一・一七加藤明子録) |
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霊界物語 | 10_酉_黄泉比良坂の戦い | 15 言霊別 | 第一五章言霊別〔四四五〕 国祖国治立命出現されし太初の世界は、風清く澄み、水清く、空青く、日月曇なく、星を満天に麗しく輝き、山青く、神人は何れも和楽と歓喜に満され、山野には諸々の木の実、蔓の実豊熟し、人草は之を自由自在に取りて食ひ、富めるもなく貧しきもなく、老もなく病もなく死を知らず、五風十雨の順序正しく、恰も黄金時代、天国楽園の天地なりき。然るに天足彦、胞場姫の体主霊従的邪念は、凝つて悪蛇となり、また悪鬼悪狐となり、その霊魂地上に横行濶歩して茲に妖邪の気満ち、貧富の懸隔を生じ、強者は弱者を虐げ、生存競争激烈となり、地上は遂に修羅の巷と化したるのみならず、神人多くその邪気に感染して利己主義を専らとし、遂には至仁至愛の大神の神政を壊滅せむとするに至りける。地上神人の邪気は、遂に世界の天変地妖を現出し、大洪水を起し、一旦地の世界は泥海と化し、数箇の高山の巓を残すのみ、惨状目も当てられぬ光景とはなりぬ。 この時、高皇産霊神、神皇産霊神、大国治立神は顕国玉の神力を活用し、天の浮橋を現はし給ひて地上の神人を戒め、且つ一柱も残さず神の綱に救ひ給ひ、諾冊二神を地の高天原なる天教山に降して、海月なす漂へる国を、天の沼矛を以て修理固成せしめ給ひ、国生み島生み神を生み、再び黄金世界を地上に樹立せむとし給ひぬ。然るに又もや幾多の年月を経て地の世界は悪鬼、悪蛇、悪狐その他の妖魅の跳梁跋扈する暗黒世界と化し、優勝劣敗、弱肉強食の社会を出現し、大山杙、野椎、萱野姫、天の狭土、国の狭土、天の狭霧、国の狭霧、天の闇戸、国の闇戸、大戸惑子、大戸惑女、鳥の石楠船(一名天の鳥船)、大宜都姫、火の焼速男(一名火の迦々彦、火の迦具土)、金山彦、金山姫等の諸神の荒び給ふ世を現出したりける。 一旦天地の大変動により新に建てられたる地上の世界は、又もや邪神の荒ぶる世となり、諸善神は天に帰り、或は地中に潜み、幽界に入りたまひて、陰の守護を遊ばさるる事となりしため、再び常世彦、常世姫の系統は、ウラル彦、ウラル姫と出現し、ウラル山を中心として割拠し、自ら盤古神王と偽称し、大国彦、大国姫の一派は邪神のためにその精魂を誑惑され、ロッキー山に立て籠り、自ら常世神王と称し、遂には伊弉冊命、日の出神と僣称し、天下の神政を私せむとする野望を懐くに至れり。 茲に伊弉冊命は、この惨状を見るに忍びず、自ら邪神の根源地たる黄泉の国に出でまして邪神を帰順せしめ、万一帰順せしむるを得ざるまでも、地上の世界に荒び疎び来らざるやう、牽制運動のために、黄泉国に出でまし、次で海中の竜宮城に現はれ、種々の神策を施し給ひしが、一切の幽政を国治立命、稚桜姫命に委任し、海中の竜宮を乙米姫命に委任し、自らロッキー山に至らむと言挙し給ひて、窃に天教山に帰らせ給ひ、又もや地教山に身を忍びて、修理固成の神業に就かせ給ひつつありたるなり。 天地の神人は、此周到なる御経綸を知らず、伊弉冊命は黄泉の国に下り給ひしものと固く信じ居たるに、伊弉冊命のロッキー山に現はれ給ふとの神勅を聞くや、得たり賢しとして元の大自在天にして後の常世神王となりし大国彦は、大国姫その他の部下と謀り、黄泉島を占領して、地上の権利を掌握せむとしたれば、大神は遂に前代未聞の黄泉比良坂の神戦鬼闘を開始さるるに致りたるなり。 この戦は、善悪正邪の諸神人の勝敗の分るる所にして、所謂世界の大峠是なり。 ○ この物語に就て附言して置きたい事は、諾冊二神が海月成す漂へる国を修理固成して、国生み、島生み、神生み、万の物に生命を与へ給ひし世界以前に於ける常世城と、以後の常世城の位置は非常に変つて居る。また鬼城山その他の神策地も多少の異動があり、国の形、島の形、河川湖水山容等にも余程の変化がある事を考へねばならぬ。一々詳説すれば際限がないから、この物語には煩を避けて省いた所が沢山ある。また第一巻、第二巻に現はれた天の浮橋以前の神が、第二の世界に現はれて、その時よりは若くなつたり、或は一旦帰幽した神人が神界に前の姿を現はして活動してをるのは、常識の上から判断すれば常に矛盾のやうである。また混乱無秩序、支離滅裂の物語と聞えるのは寧ろ当然である。しかし、この物語は総ての神人の霊を主とし、その肉体を閑却したる、いはゆる霊界物語であつて、霊主体従主義であるから、この神人は何時の世に帰幽し、また幾年後に肉体をもつて現はれ、何々の活動をなし、或は善を行ひしとか、悪を行ひしとか、何神の体に宿つて生れたりとか云ふやうな詳細の点は、際限がないから大部分省いてある。 総て地上の神人は、霊より肉へ、肉より霊へと、明暗生死、現幽を往来して神業に従事するものであるから、太古の神人が中古に現はれ、また現代に現はれ、未来に現はれ、若がへり若がへりして、永遠に霊即ち本守護神、即ち吾本体の生命を無限に持続するものなるが故に、その考へを頭脳に置いて此物語を読まねば、幾多の疑惑や矛盾が湧いて来るのは当然である。 数千里の山野河海を一ケ月或は二ケ月に跋渉したり、又は一日の間に跋渉する事がある。千変万化、明滅不測の物語も、総て霊界の時間空間を超越したる現幽一貫の霊的活動を物質化、具体化して述べたものである事をも承知して貰ひたい。また北極に夏の太陽が出たり、赤道直下に降雪を見たり、種々の奇怪な物語がある。口述者に於いても、今日の知識より考へて不可解である。されど永遠無窮に熱帯は熱帯、寒帯は寒帯の侭、何時までも一定不変たる事を得ない。此宇宙は死物ではない限り、気候に於て位置に於て変動するも、幾十億万年の間の事であるから、強ち否定する訳にも行くまいと思ふ。故に読者の本書を肯定するも、否定するも、口述者に於ては何の感じもしないのである。至大無外、至小無内、若無所在、若無不所在、無明暗、無大小、無広狭、無遠近、過去と現在、未来とを問はず時間空間を超越し、人界を脱出し、大宇宙の中心に立つて、神霊界の物語を口述したものである。されど口述者は、決して自己の臆測や推考力によつたものでない。幽斎修業の際、見聞したる其侭の物語であつて、要するに七日七夜の霊夢を並べたものである。併しながら私としては些しも疑うて居るのではない。また不確実の物語とも思うて居ない事を告白して置きます。 (大正一一・二・二三旧一・二七加藤明子録) |
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霊界物語 | 10_酉_黄泉比良坂の戦い | 25 木花開 | 第二五章木花開〔四五五〕 天雲も伊行きはばかる遠近の鮮岳清山抜き出でし 天教山の真秀良場や心もつくしの山の上 地底の国より吐き出す猛き火口に向ひたる 天津日向のあをぎ原穢き国に到りたる 醜のけがれを清めむと神伊邪那岐の大神は 日の出神と諸共に千五百軍を呼び集へ 浅間の海に下り立ちて御身の穢を払ひます 大神業ぞ勇ましき天の教を杖となし 進む衝立船戸神心の帯を固く締め 曲言向けし神ながら道之長乳歯彦の神 国治立の大神の御稜威の御裳になり出でし 道の蘊奥を時置師一度に開く木の花の 散りては結ぶ大御衣神の心も和豆良比能 宇斯能御神や御褌になります神は道俣神 心の空も飽咋の宇斯能御神と冠りに 戴き奉り左手の手纏に救ひの御手を曲神の 穢れの上に奥疎神四方の大海国原も 神の心に奥津那芸佐毘古奥津甲斐弁羅神 神世幽界辺疎神辺津那芸佐毘古 辺津甲斐辺羅神十二柱の神たちは 黄泉の島へ出でましてこの世の曲霊を照し給ふとき 穢に生れし神ぞかしアヽ麗しく尊さの 限り知られぬ神業よ限り知られぬ神業よ。 伊邪那美大神 伊邪那美大神『久方の天津御神の言霊の伊吹の狭霧に黄泉島 黄泉軍を言向けて暗よりくらき烏羽玉の 常夜の空も晴れ渡り天と地とに冴え渡る 日の出神の功績はこの世の光となりぬべし 三五の月に弥まさり御魂も清き月照彦の 神のみことの宣伝使尊き御代に大足彦の 神のみことの言霊別や嶮しき国は平けく 狭けき国は弘子の神の伊吹に払はれて 世の曲神も少彦名神の光の高照姫や 心も清き真澄姫八咫の鏡の純世姫 清き教も竜世姫地教の山に現はれし 神伊邪那美大神の御稜威輝く瑞御魂 世は望月の永遠に円く治まる五六七の世 天津御国も国原も堅磐常磐に常立と 開化くる御世ぞ楽しけれ天津御神の御教は 一度に開く木の花の咲き匂ふなる天教山の 嶺永遠に動揺なく天津日嗣の何時までも 変らざらまし神の御世豊葦原の瑞穂国 御稜威も高き厳御魂この世の泥をことごとく 洗ひ清むる瑞御魂厳と瑞との二神柱は 天に現はれ地に生れ清き神世を経緯の 錦の御旗織りなして天津御空の星の如 八洲の国の砂の如天の益人生み生みて 世を永久に永遠に雲に抜き出た高砂の 珍の島ケ根の尉と姥千歳の松の弥茂り 栄え尽きせぬ神の国限りも知れぬ青雲の 棚引く極み白雲の向伏す限りたてよこの 神の御稜威に治むべし神の御稜威に治むべし』 と歌ひ終らせ、伊邪那美大神はあをぎが原の神殿深く御姿を隠し給ふ。 木花姫命は満面に笑を湛へ、諸神の前に現はれ給ひて声音朗かに歌ひ給ふ。 木花姫命『豊葦原の中国に一輪清く芳ばしく 匂へる白き梅の花神世の昔廻り来て 国治立の大神が日に夜に心配らせし 常夜の国も晴れ渡り曲津軍も服従ひて 一度に開く木の花のうましき御代となりにけり 闇より暗き世の中を天津御神の神言もて 黄泉の島に天降り醜の国原言向けて 日の出神と現れし天と地との大道別の 神の命と勇ましく事戸を渡し琴平別の 厳の御魂の百引千引岩をも射ぬく誠心を 貫き徹す桑の弓弓張月の空高く 輝き渡る神々の功は清し天教山の 尾根に湧き出る言霊は湖の鏡に映るなり 移り替るは世の中の習ひと聞けど兄の花姫や 咲き匂ふなる春の日も瞬く間に紅の 色香も夏の若緑涼しき風に送られて 四方の山々錦織り紅葉も散りて木枯の 風吹き荒み雪霜のふる言の葉にかへり見て 心を配れ神々よ心を配れ神々よ 春の花咲く今日の日は吾胸さへも開くなり 吾胸さへもかをるなりかをりゆかしき神の道 一度に開く梅の花一度に開く梅の花 一度に開く梅の花』 日の出神は、神人らの総代として凱旋の歌を詠ませ給ひぬ。その歌、 日の出神『日の若宮に現れませる神伊邪那岐の大神は 妹伊邪那美の大神と天津御神の神言もて 天と地との中空に架け渡されし浮橋に 立たせ給ひて二柱撞の御柱大神と 天の瓊矛をさしおろし溢れ漲る泥海を こをろこをろにかきなして豊葦原の中津国 筑紫の日向のたちばなのをどのあをぎが原の辺に 天降りまし木の花姫の神の命と諸共に この世の泥を清めつつ珍の国生み島を生み 万の神人生みまして山川草木の神を任け 大宮柱太知りて鎮まり給ふ折からに 天足の彦や胞場姫の醜の魂より現れし 八岐大蛇や鬼狐荒ぶる神の訪に 万の災群れ起り常夜の暗となり果てし 世を照さむと貴の御子日の出神に事依さし 大道別と名乗らせて世界の枉をことごとに 言向け和せと詔り給ふ力も稜威もなき吾は 恵みの深き木の花姫の三十三相に身を変じ 助け給ひし御恵みに力添はりて四方の国 荒振る曲を言向けて黄泉の島の戦ひに 神の御稜威を顕はせしその功績は木の花姫の 神のみことの稜威ぞかし厳の御魂や瑞御魂 三五の月の御教に世界隈なく晴れ渡り 千尋の海の底深く竜の宮居も烏羽玉の 暗き根底の国までも天津日かげの永遠に 明し照さむ神の道富士と鳴門のこの経綸 富士と鳴門のこの経綸弥永遠に永遠に 神の大道を天地と共に開かむ、いざさらば 鎮まりませよ百の神鎮まりいませ百の神 桃上彦の貴の御子堅磐常磐の松代姫 心すぐなる竹野姫色香目出たき梅ケ香姫の 神の命の三柱は意富加牟豆美の桃の実と この世に現れ厳御魂瑞の御魂と何時までも 三五の月の御教を堅磐常磐に守り坐せ 堅磐常磐に守り坐せ』 この御歌に数多の神々は歓喜の声に満たされて、さしもに高き天教山も破るる許りの光景なりき。 木の花の鎮まり給ふこの峰は 不二の三山と世に鳴り渡る (大正一一・二・二五旧一・二九上西真澄録) |
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霊界物語 | 11_戌_コーカス山の大気津姫退治 | 03 死生観 | 第三章死生観〔四七〇〕 冴え渡る音楽の声、馥郁たる花の香りに包まれて、忽ち時公は精神恍惚とし、天を仰いで声する方を眺めてゐる。 梅か桜か桃の花か、翩翻として麗しき花瓣は雪の如くに降つて来る。香はますます馨しく、音楽はいよいよ冴え、神に入り妙に徹する斗りなり。 東彦(本当は高彦)『オー、時さま、目の帳は上つただらう、耳の蓋は取れたであらう。鼻も活返つたであらう』 時公『ヤアー、豁然として蓮の花の一度にパツと開いたごとき心持になりました』 東彦(本当は高彦)『是でも私を化物と思ふか』 時公『化物は化物だが、一寸良い方の化物ですなア。是丈では時公もトント合点が行きませぬが、最前貴方のおつしやつた、私の何万年とやら前に生て居つたとか云ふ、その訳を聞かして下さい』 東彦(本当は高彦)『今度は真面目に聞きなさい。人間と云ふものは、神様の水火から生れたものだ。神様は万劫末代生通しだ。その神様の分霊が人間となるのだ。さうして、肉体は人間の容れ物だ。この肉体は神の宮であつて、人間ではないのだ。人間はこの肉体を使つて、神の御子たる働きをせなくてはならぬ。肉体には栄枯盛衰があつて、何時迄も花の盛りで居ることは出来ぬ。されどもその本体は生替り死替り、つまり肉体を新しうして、それに這入り、古くなつて用に立たなくなれば、また出直して新しい身体に宿つて来るのだ。人間が死ぬといふことは、別に憂ふべき事でも何でもない。ただ墓場を越えて、もう一つ向ふの新しい肉体へ入れ替ると云ふ事だ。元来神には生死の区別がない、その分霊を享けた人間もまた同様である。死すると云ふ事を、今の人間は非常に厭な事のやうに思ふが、人間の本体としては何ともない事だ』 時公『さうすれば、私は何万年前から生て居つたと云ふ事が、自分に分りさうなものだのにチツとも分りませぬ。貴方のおつしやる通りなら、前の世には何と云ふ者に生れ、何処にどうして居つて、どういう手続きで生れて来たと云ふ事を覚えて居りさうなものです。さうしてそんな結構な事なれば、なぜ今はの際まで、死ぬと云ふことが厭なやうな気がするのでせうか』 東彦(本当は高彦)『そこが神様の有難いところだ。お前が前の世では、かう云う事をして来た、霊界でこンな結構なことがあつたと云ふ事を記憶して居らうものなら、アヽアヽ、こんな辛い戦ひの世の中に居るよりも、元の霊界へ早く帰りたい、死んだがましだと云ふ気になつて、人生の本分を尽す事が出来ない。総て人間が此世へ肉体を備へて来たのは、神様の或使命を果す為に来たのである。死ぬのが惜いと云ふ心があるのは、つまり一日でもこの世に長く居つて、一つでも余計に神様の御用を勤めさせる為に、死を恐れる精神を与へられて居るのだ。実際の事を云へば、現界よりも霊界の方が、いくら楽いか面白いか分つたものでない、いづれ千年先になれば、お前も私も霊界へ這入つて「ヤア、東彦様」「ヤア時様か」「どうして居つた」「お前は何時死んだのか」「さうだつたかね、ホンニホンニ何時やら死んだやうに思ふなア」ナント云つて互に笑ふ事があるのだ』 時公『アヽそンなものですか。そんなら私の様に、この様に長生をして罪を作るより、罪を作らん中に、早く死ンだ方が却つて幸福ですなア』 東彦(本当は高彦)『サア、さう云ふ気になるから、霊界の事を聞かすことが出来ぬのだ。この世ほど結構なとこは無い。一日でも長生をしたいと思うて、その間に人間と生れた本分を尽し、一つでも善いことを為し、神様の為に御用を勤めて、もう是でよいから霊界へ帰れと、天使の御迎ひがある迄は、勝手気儘にこの世を去る事は出来ぬ。何ほど自分から死に度いと思つても、神が御許しなければ死ぬ事は出来ぬものだ』 時公『一つ尋ねますが、私が子供の時は、西も東も知らなかつた。昔から生通しの神の霊魂であるとすれば、子供の時から、もう少し何も彼も分つて居りさうなものだのに、段々と教へられて、追々に智慧がついて来たやうに思ひます。是は一体どう云ふ訳ですか』 東彦(本当は高彦)『子供の肉体は虚弱だから、それに応ずる程度の魂が宿るのだ。全部本人の霊魂が肉体に移つて働くのは、一人前の身体になつた上の事だ。それ迄は少し宛生れ替るのだ』 時公『さうすると人間の本尊は十月も腹に居つて、それから、あと二十年もせぬと、スツカリと生れ替る事が出来ぬのですか』 東彦(本当は高彦)『マアそンなものだ。併し何ほど霊界が結構だと云つても、人生の使命を果さず、悪い事を云うたり、悪ばかりを働いて死んだら、決して元の結構な処へは帰る事は出来ぬ。それこそ根の国底の国の、無限の責苦を受るのだ。それだから此生の間に、一つでも善い事をせなくてはならぬ』 時公『大分に分りました。一遍に教へて貰うと、忘れますから、又少し宛小出しをして下さい』 東彦(本当は高彦)『サア、行かう、夜の旅は却つて面白いものだ』 時公『エー、終日荒野を歩いて、夜迄も歩くとは、チツト勉強が過ぎはしませぬか。日輪様でも夜さりは黒幕を下してお休みだのに、それは余りです』 東彦(本当は高彦)『夜の旅と云ふ事は寝る事だ。サア、憩うと云ふ事は休むと云ふ事だ、アハヽヽヽヽ。また今晩も茅の褥に肱枕、雲の蒲団でお寝みだ。神の恵の露の御恩を感謝する為に、神言を奏上し、宣伝歌を歌つて寝む事としよう』 時公『新しい宣伝歌は根つから存じませぬ。何でも宜しいか』 東彦(本当は高彦)『先づ私から宣伝歌を唱へるから、お前はお前の言霊に任して歌ふのだ』 と云ひ乍ら東彦は直に立て、 東彦(本当は高彦)『天と地とは永久に陰と陽との生通し 神の水火より生れたる人は神の子神の宮 生くるも死ぬるも同じ事是をば物に譬ふれば 神の世界は故郷の恋しき親のゐます家 此世に生まれた人生は露の褥の草枕 旅に出たる旅人のクス野を辿るが如くなり 辿り辿りて黄昏にいづれの家か求めつつ 是に宿りし其時は此世を去りし時ぞかし 一夜の宿を立ち出て又もや旅をなす時は 又人間と生れ来て神の働きなす時ぞ 生れて一日働いて死んで一夜を又休む 死ぬと云ふのは人の世の果には非ず生魂の 重荷下して休む時神の御前に遊ぶ時 栄えの花の開く時歓喜充てる時ぞかし 又もや神の命令に神世の宿を立出て 再び人生の旅をする旅は憂いもの辛いもの 辛い中にも亦一つ都に至る限りなき 歓喜の花は咲き匂ふ神の御子たる人の身は 生れて死んで又生れ死んで生れて又生れ 死んで生れて又生れどこどこ迄も限りなく 堅磐常盤に栄え行く常磐の松の美し世の 五六七の神の太柱玉の礎搗き固め 高天原に千木高く宮居を造る働きは 神の御子たる人の身の勤めの中の勤めなり 嗚呼頼もしき人の旅嗚呼頼もしき人の身の 人は神の子神の宮神と人とは生替り 死に替りして永久に五六七の世迄栄え行く 五六七の世迄栄え行く』 時公『ヤア、面白い面白い、有難い有難い』 東彦(本当は高彦)『分つたか』 時公『ハイ、今度は根つから葉つからよう分りました』 東彦(本当は高彦)『分つた様な、分らぬ様な答だなア』 時公『分つた様で分らぬ様なのが神の道、人生の行路です。この先にどんな化物が出るか貴方分つてますか』 東彦(本当は高彦)『困つた奴だなア』 時公『奥歯に物のコマツタやうな、困らぬ様な事を云ふ奴だ。アハヽヽヽヽ』 東彦(本当は高彦)『サア、時公、貴様の宣伝歌を聞かう』 時公『災多い世の中にヒヨイト生れた時公の 胸はトキトキ時の間も死ぬのは恐い怖ろしい どうしてこの世に何時までも死なず老ずに居られよかと 朝な夕なに案じたが三五教の宣伝使 石凝姥や梅ケ香の姫の命がやつて来て 穴無い教と云ふ故にコイツアー死なでもよいワイと 思つて居たら東彦人はこの世に生れ来て 墓に行くのが目的と聞いたる時の吃驚は 矢張り墓の穴有教と力も何も落ち果てた 一つ目小僧が現れて一つの穴へ時公を 連れて行かうと云うた時アナ怖ろしやアナ恐や 案内も知らぬ田圃道草押し分けて来て見れば 又も一つの化物が茅の芒の間から ヌツと立ちたる恐ろしさコイツも矢つ張り化物と 一目見るより鉄の杖振つて見せたらヤイ待てと 掛けたる声は魔か人か将た化物か何だろと 胸もドキドキ十木公が狽へ騒ぐ折からに サツト吹き来る木枯の風より太い唸り声 虎狼か獅子鬼か地獄の底を行く様な 厭な気持になつた時天の恵か地の恩か 耳爽かな音楽は聞えて花の雨が降り 心の空も一時にパツと開いた花蓮 コイツアー誠の人間と覚つた時の嬉しさは 生ても忘れぬ死んだとて是が忘れてよからうか どうぞ一生死なぬ様と頼む神さま仏さま 妙見さまもチヨロ臭いウラルの山の法螺吹嶽に 止り玉ふ天狗さまに一つお願ひ掛巻も 畏き神の御利益で人の生死ぬ有様を 聞いたる時の嬉しさよ斯うなるからは何時にても 死んでもかまはぬ時さまのヤツト覚つた虎の巻 嬉しい嬉しい有難いドツコイドツコイドツコイシヨ』 東彦(本当は高彦)『アハヽヽヽヽ、オイ時公、ソンナ宣伝歌があるか。宣り直せ宣り直せ』 時公『宣り直したいとは思へども、生憎旅のこととて肝腎要の女房を、連れて来て居らぬので……』 東彦(本当は高彦)『馬鹿ツ』 時公『馬鹿とはどうです。宣り直したり、宣り直したり』 東彦(本当は高彦)『宣り直せとは抜け目の無い男だなア』 夜は深々と更け渡る。烈しき野分に二人は笠を被つて心持よく寝に就きける。 (大正一一・二・二八旧二・二岩田久太郎録) |
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霊界物語 | 12_亥_天の岩戸開き | 21 立花島 | 第二一章立花島〔五一七〕 高光彦の宣伝使は石凝姥、時置師の二人に向ひ慇懃に挨拶を述べ、朝日に向つて宣伝歌を歌ひ始めたり。 高光彦『朝日は光る月は盈つ大海原に潮は満つ 潮満球や潮干の大御宝と現はれて 波押し分けて昇る日の光は清く赤玉の 緒さへ光りて白玉の厳と瑞との其神姿 愈高く美はしく豊栄昇る天の原 コーカス山も唯ならず大海原に漂へる 四方の国々島々は皆明けく成りにけり 日の出神の一つ火は天津御空や国土に 照り渡るなり隈もなく清き神代の守護神 三五教の御教を千代に八千代に橘の 島に在します姫神の齢も長き竹生島 橘島と名を変へて呉の海原照しつつ 憂瀬に落ちて苦しまむ百の罪人助け行く 神の尊き試錬に遭ひし牛、馬、鹿、虎の ウラルの神の目付役心の嵐も浪も凪ぎ 今は漸く静の海波風立たぬ歓喜に 枉の身魂を吹き払ふ旭日は空に高光彦の 貴の命の宣伝使天津神より賜ひてし 玉光彦の神身魂直日に照りて顕国 有らむ限りは光彦のこの三柱の宣伝使 国武丸に乗り合ひて名乗り合ひたる十柱の 珍の御子こそ尊けれ畏き神の御恵を 一日片時忘れなよ神の恵を忘れたる 時こそ曲の襲ふ時身に過ちの出る時 身に災の来る時天と地との神々の 深き恵を忘るるな神に次いでは父母の 山より高く海よりも深き恵も片時も 忘れてならぬ四柱の牛、馬、鹿、虎神の御子 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令曲津は荒ぶとも大地は泥に浸るとも 誠の力は世を救ふ現界、幽界、神界を 通して我身を常久に救ふは誠の道のみぞ 誠を尽せ何時迄も身魂を研け常久に 朝な夕なに省みて心を配れ珍の御子 アヽ惟神々々御霊幸ひましませよ 御霊幸ひましませよ』 と歌ひ終つて旧の席へ復り合掌する。 船は漸くにして橘の島に安着した。六人の宣伝使を初め船中の人々は一人も残らず島に上陸した。 牛公『ヤア有難い有難い、この橘島丸に乗つて居れば、どんな風が吹いた処で最早沈没する虞は無いわ。仮令天が地となり地が天となり、如何なる暴風吹き来るとも、岩より堅い此船は牛公の腕の様なものだ。オイ馬鹿虎、何だ青黒い面をしよつて鼻を拭かぬか、醜い』 馬公『チツト風を引いたものだからナア』 牛公『風を引かなくても貴様の鼻は年中だ、恰度下水鼻だ』 時置師『コラコラ、また噪ぎよるか。此島は無駄口を言ふ処で無いぞ。畏れ多くも須佐之男大神様の珍の三柱の御子、剣の威徳に現はれ給うた橘姫さまのお鎮まり遊ばす神島だ。チツト言霊を慎むだが宜からう。心得が悪いと又帰りがけに海が荒れるぞ』 牛、鹿、馬、虎の四人はハイハイと畏まり、力無げに俯向いて居る。 此島は世界一切の所有草木繁茂し、稲麦豆粟黍の類、果物、蔓物総て自然に出来て居る蓬莱の島である。地上の山川草木は涸れ干し、萎れて生気を失ひたるにも拘はらず、此島のみは水々しき草木の艶、殊更美はしく味良き果物枝も折れむ許りに実りつつあるのである。何処とも無く糸竹管絃の響幽かに聞え、百花千花の馥郁たる香気は人の心魂をして清鮮ならしめ、腸をも洗ひ去らるる如き爽快の念に充さる。 玉光彦は潮水に手を洗ひ口を漱ぎ声爽かに歌ふ。 玉光彦『天津御神や国津神選びに選びし此島は 花も非時薫るなり薫りゆかしき樹々の実は 味も殊更美はしく色鮮かに光るなり 神の造りしパラダイス永久の教の花咲きて 斯く美はしき珍の島高天の原と開けしか 荒び果てたる荒野原山川越えて今此処に 波を渡りて来て見れば思ひも寄らぬ清の島 大御恵は目のあたり四辺輝く島山の 橘姫の御神姿鏡に映る如くなり 高天原の神の国高天原のパラダイス 千代に八千代に此栄え変らざらまし橘姫の 神の命の御舎と常磐の松の永久に 色も褪せざれ葉も散るな神の守護の永久に 神の恩恵の常久に』 と歌つて神の御徳を讃美したりき。 国光彦は又もや涼しき声を張り上げて、 国光彦『雲井の空の限りなく海の底ひの極みなく 満ち足らひたる神の徳神の水火より生れたる 此神島に来て見れば百の草木は生茂り 青人草の非時に食ひて生くべき食物 百の木の実も豊やかに枝も撓わに実るなり 天津日影はいと清く波また清き呉の海 神の御子たる民草の心の色の清ければ 此島のみか四方の国何処の果ても天地の 神の恵に潤ひて楽み尽きぬパラダイス 神の心を慎みて深く悟りて三五の 誠の教に服へば御空は清く地清く 波平けく山や野は何時も青々松緑 松の神世の常久に栄えしものを現身の ねぢけ曲れる人心日に夜に天地を穢したる 醜言霊の醜の呼吸草木を枯らし山河の 水まで涸らす愚さよ嗚呼この島を鑑とし 心を清め身を清め四方の国々皇神の 誠の道を伝ふべし世は常久に橘の 姫の命の知食す橘島のいと清く 波も静まれ四つの海魔神の猛ぶ葦原の 醜の醜草薙払ひ天の岩戸を押し開き 天地四方の国々を日の出国と開くべし 嗚呼尊しや有難や神の恵みの限りなく 君の恵みの極みなく親子夫婦は睦び合ひ 人と人とは親みて歓ぎて暮す神の国 一度に開く白梅の花の薫を松竹の 清き操も変らざれ清き神世も変らざれ 堅磐常盤の松緑ミロクの神が現はれて 天津教を経緯の綾と錦の機織らす アヽ惟神々々御霊の幸を願ふなり 千代に八千代に常久に千代に八千代に常久に』 行平別は大口を開けて又もや歌ひ始めた。 行平別『山川どよみ国土揺り青垣山は枯れ果てて 何処も彼処も火を点す野辺の百草露も無く 萎れ返りて枯るる世に神も守つて呉の海 唐紅の如くなる枯野の原の地の上 露を帯びたる緑葉は一つも無しと思ふたに これやマア何とした事かこの島だけは青々と 五穀は稔り木は栄え果物熟して甘さうな 自然に唾が湍る一視同仁神様の 心に似合はぬ何として此島だけは幸多き 思ひまはせば廻す程腹がたちばな島の山 云ひたい理窟は山々あれど心穢き人間の 身の分際を省みて理窟を言ふのは止めにしよう 人さへ住まぬ此島に米が実つて何になる 果物熟して何とする余りに神は気が利かぬ サアこれからは此方の生言霊の力にて 四方の国々島々に緑の木草珍の稲 豊の果物一々に移して世人を救ふべし 橘島の姫神よ行平別の言霊を 𪫧怜に委曲に聞こしめせ若しも諾かれなそれでよい 行平別にも腹がある聞いた印にや一時も 早く姿を変へられよ此島山が枯れ果てて 枯れ野の如くなつたなら豊葦原の国々は 皆生々とするであらう橘姫は只一人 栄えの国に安々と其日を暮し四方国の 青人草の悩みをば他所に見るのか逸早く 印を見せよ片時も疾く速やけく我前に』 と大音声に呼つた。此時何処ともなく忽然として現はれたる高尚優美の橘姫は、右の手に稲穂を持ち、左の手に橙の木実を携へて来り、天の数歌淑かに歌ひ終つて右の手の稲を天空高く放り上げ給うた。稲穂は風のまにまに四方に散乱し豊葦原の瑞穂の国を実現する事とはなりぬ。左の手に持たせ給ふ木実を又もや中天に投げ上げ給へば、億兆無数の果物となつて四方に散乱しければ、豊葦原の瑞穂国の食物果物はこれより良く実り、万民安堵する神世の端緒を開かれにける。これ天の岩戸開きの一部の御神業なり。 『因に曰ふ』橘姫は三光の一人なる国光彦の宣伝使と共に夫婦となり、この嶋に永遠に鎮まりて国土鎮護の神となつた。天の真奈井に於ける日神との誓約の段に現はれたる三女神の中の多岐都比売命は橘姫命の後身なりと知るべし。 (大正一一・三・一〇旧二・一二北村隆光録) |
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霊界物語 | 12_亥_天の岩戸開き | 24 言霊の徳 | 第二四章言霊の徳〔五二〇〕 手力男神は正門に現れ、儼然として敵軍の襲来を心待に待つて居る。 天菩比命は数多の軍勢を引連れ、軍卒は手に手に松明を持ち、四辺に火をつけ焼き滅ぼしつつ進み来る。後よりは一隊の軍勢、血刀を振つて登り来る。その光景恰も地獄道の如く思はれけり。 菩比命は門前に現れ、手力男神に向ひて、 菩比命『オー、汝は何神なるか、速須佐之男の悪逆無道なる邪神に従ふ曲津神、我は天教山に在します撞の御柱神の神命を奉じ、汝等を征伐せむが為に立向うたり。最早この嶋は殆ど焼き尽し、汝等が部下の将卒は、大半刃の錆と消え失せたれば、最早抵抗するの余力もなかるべし。イザ尋常に此門を開き降伏せよ』 と馬上に跨つた儘、威丈高に呼はり居る。手力男神は莞爾として、門を左右にサツと開き、 手力男神『サアサア、門は斯の如く開放致しました。何卒御自由に御這入り下さいませ。数多の軍卒等に於ても、嘸お疲れで御座いませう。是丈の嶋に火を放つて焼きなさるのも並大抵の御苦労では御座いますまい。御蔭でこの嶋を荒す猛獣毒蛇も殆ンど全滅致しました。お腹が空いたでせう、喉がお乾きでせう。此処に沢山の握り飯、酒も用意がして御座います。何万人のお方が御上り下さつても恥を掻きませぬ。どうぞ緩りと御上り下さいませ。その様に恐い顔をして、肩臂怒らし、固くなつて居られては御肩が凝りませう。我々は善言美詞の言霊を以て、直日に見直し宣り直す、神須佐之男大神の御神慮を奉戴するもの、決して決して酒にも飯にも毒などは入れて居りませぬ、御緩りとお召し上り下さいます様に』 菩比命『ヤアー、汝は百計尽き、毒を以て、我等を全滅せむとの巧であらう。その手は食はぬぞ』 手力男神『是は是は、迷惑千万。然らば手力男が御毒見を致しませう』 と云ひ乍ら、酒樽に柄杓を突き込み、掬うては二三杯グツと飲み、握り飯を矢庭に五つ六つ頬張つて見せた。 菩比命『然らば暫く休息いたす。今の間に館内の者共、城明渡しの準備を致せ』 手力男神『マアマア、さう厳しく仰せられるに及びませぬ。同じ天地の神の水火より生れた人間同志、心一つの持様で敵もなければ味方もない、何れも神の水火より生れた我々、天下の喜びも天下の悲しみも皆一蓮托生で厶る』 菩比命『汝はこの場に望んで気楽千万な事を申す奴、何か深い秘密が包まれてあるに相違なからう。左様な事に欺かるる菩火ではないぞ』 手力男神『手力男の秘密と申せば七十五声の言霊、美言美詞の神嘉言の威徳に依つて、天地清明国土安穏、病無く争ひ無く、天下太平にこの世を治める、言霊の秘密より外には何物も御座いませむ』 高杉別はこの場に立現れ、 高杉別『オー、手力男殿、唯今奥殿に進み入り、深雪姫の御前に致つて、御神慮を伺ひ奉るに、瑞の御霊の御仰せ、言霊を以て荒ぶる神を言向け和せとの御戒め。イヤハヤ貴神の遣り方には高杉別も感服致した。大国別様も貴神と同様の御意見で御座る』 手力男神『左様で御座らう。オー、菩比命様、斯の如く当館は表は武器を以て飾り、勇敢決死の武士も数多養ひ居れども、御覧の如く、貴神が獅子奮迅の勢を以て、血染焼尽しの攻撃軍に向ひ、悠揚せまらず御覧の如く、剣は鞘に弓は袋に納まり返つた此場の光景、刃に血塗らずして敵を喜ばせ、敵を味方と見做して取扱ふは、仁慈の神の思召よくよく大神の御誠意を御認識の上、撞の御柱の大神に具さに言上あらむ事を望みます』 菩比命『案に相違の貴神らの振舞、今まで逸り切つたる勇気も、何処やらへ消え失せた様な心地で御座る。ヤアヤア部下の将卒共、菩比命が命令だ、直ちに甲冑を脱ぎ捨て、武器を放し、この場に一同集まつて休息を致せ』 此一言に、逸り切つたる数多の将卒は、武装を解き、この場に喜々として現れ来り、酒に酔ひ握り飯に腹を膨らせ、歓喜を尽して踊り舞ひ修羅は忽ち天国と化したり。 この時深雪姫命は大国別に導かれ、門内の広庭に、数多の軍卒及び部下将卒の他愛もなく酒酌み交し喜び戯るる前に現れ、声も涼しく歌ひ始め賜ふ。 深雪姫『コーカス山に現れませる瑞の御霊の御言もて 御山を遠くサルヂニヤこの神嶋に現れて 世の有様を深雪姫八十の曲津の猛びをば 鎮めむ為に言霊の珍の息吹を放てども 曇り切つたる曲津見の服らふ由もなきままに 神の御霊の現れませる十握の剣を数多く 造りそなへて世を守る神の心は徒らに 剣を以て世を治め弓矢を以て曲神を 言向け和す為ならず心の霊を固めむと 玉の剣を打たせつつ神世を開く神業を 天教山に現れませる撞の御柱大神は いよいよ怪しと思召し深くも厭はせ嫌ひまし 菩比命に言任けて此処に攻め寄せ玉ひしは 我等が心を白波の瀬戸の海よりいや深く 疑ひ玉ふ験なり七十五声の言霊に 世の悉は何事も直日に見直し聞直し 言向和し宣り直す誠一つの一つ島 天の真名井にふり滌ぎさ嚼に嚼みて吹き棄つる 気吹の狭霧に生れたる我は多紀理の毘売神 心平に安らかに神須佐之男大神の 赤き心を真具さに天に帰りて大神の 命の前に逸早く宣らせたまへや菩比の神 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 君に対して村肝の穢き心あるべきか 天津御神も見そなはせ国津御神も知ろしめせ 空に輝く朝日子の日の出神の一つ火に 照して神が真心を高天原に細やかに 宣らせ玉へよ菩比の神善と悪とを立別ける 神が表に現れて疑ひ深き空蝉の 心の闇の岩屋戸を開かせ玉へスクスクに 唯何事も人の世は直日に見直し聞直し 宣り直しませ天津神御空も清く天照らす 皇大神の御前に謹み敬ひ畏こみて 猛く雄々しく現れし十握の剣は姫神の 神言の剣いと清く光り輝く神御霊 瑞の御霊を大神の御前に捧げ奉る』 と歌ひ了れば、菩比命は思ひ掛無きこの場の光景に力脱け、懺悔の念に堪へ兼て、さしもに猛き勇将も、涙に暮るる計りなりける。 忽ち天空を轟かし、この場に舞ひ降る巨大の火光、彼我両軍の頭上を、前後左右に音響をたてて廻転し始めたり。神々は一斉に天を仰ぎ、この光景を見詰めつつあつた。火光はたちまち変じて麗しき男神となり、空中に佇立して一同の頭上を瞰下し玉ひつつありき。 この神は伊弉諾命の珍の御子日の出神であつた。正邪善悪の証明の為に天教山より神勅を奉じて、降り玉うたのである。 忽ち白煙となつて中空に消え玉ひ、後は嚠喨たる音楽聞え、次第々々に音楽の音も遠くなり行きぬ。いよいよ菩比命の降臨によつて、須佐之男命の麗しき御心判明し、命は直に高天原に此由を復命さるる事とはなりける。 (大正一一・三・一一旧二・一三岩田久太郎録) |
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霊界物語 | 12_亥_天の岩戸開き | 28 三柱の貴子 | 第二八章三柱の貴子〔五二四〕 神代の太古、伊邪那岐命よりお産れ遊ばした天照大御神様、この神様は日の大神様と申上げて、本部綾部に御祀りしてあります所の神様であります。このへんから申上げます。 伊邪那岐命が 『筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐ケ原に於て禊身し玉ふ時、左の御目を洗ひ給ひて成りませる神の御名は天照大御神、次に右の御目を洗ひ給ひて成りませる神の御名は月読命』 といふことが書いて御座います。目といふものは吾々肉体から申しますると、右と左と両方に持ちて居りまして物を視るといふことの上に最も大切なものであります計りか、眼は心の窓と申します位重要なもので御座います。所が一歩進んで考へて見ますと、総てこの宇宙間に形を持つて居るものは森羅万象残らず目すなはち眼目といふものがなくてはならぬ。実際凡ゆるものに眼目があると云ふ事は吾人は常に之を認め得るのであります。姿こそ人間のやうな姿ではないけれど、他の動物に於てもこの眼をもつて居ります。禽獣虫魚草木の類に至るまで此眼のないものはありませぬ。また一つの文章を読みましても、この中にも必ず眼目といふものがあります。御勅語の中にも眼があります。 『皇祖皇宗国ヲ肇ムルコト宏遠ニ徳ヲ樹ツルコト深厚ナリ、汝臣民克ク忠ニ克ク孝ニ』 これが教育勅語の眼目であります。また戊申詔書には、 『淬礪ノ誠ヲ輸サバ国運発展ノ本近ク斯ニ在リ』 これが詰り眼になつて居る。その通り初め天地をお造りになるに当つても、この宇宙を治める為にはどうしても、眼といふものが必要であるといふので、そこで伊邪那岐命は天地の主をお創めになつたのであります。すなはち伊邪那岐命は、先づ天の主をこしらへたい、この霊界の主宰者をこしらへたいと思召しになりまして左の目を洗ひ給うた、この左の目といふのは日であります。太陽神であつて上である。右の目といふのが太陰神であつて下であります。言霊の天則から申しますと左は男、右は女と、これは既に神様の御代から定まつた掟である。然るにこの左の目を洗うてお生れになつたのが日の大神、天照大御神であつて、右の目を洗うてお生れになつたのが月読命、さうすると目からお生れになつたのは、変性男子女子でありました。左の目をお洗ひになつて直ぐお生れになつたのが変性男子の天照大御神でありました。これで詰り左を宇宙霊界とし、右を地球として、天上天下の君をお生みになつた訳であります。 『次に御鼻を洗ひ給ひしときに成りませる神の御名は建速須佐之男命』 はなは初めに成るの意義で即ち初めである。物質の元であります。花が咲いて而して後から実を結びます。人間の身体が出来るにつきましても、先づ胎内に於て人間の形の出来る初めは鼻である。それから眼が出来る。絵師が人間の絵を描きましても、その輪廓を描くのに何より先に鼻を描く、鼻は真中である。鼻を先へ描いて然る後に目を描き口を描いてそこで都合好く絵が出来るのである。この初めて出来た統治の位地にお立ちになるのが須佐之男命であります。俗に何でも物の完成したことを眼鼻がついたと申します。神様も此世界をお造りになつて、さうしてそこに初めて眼鼻をおつけになつたのであります。 『此時伊邪那岐命太く歓喜して詔り給はく』 愈天地が完全に出来たから、神様は非常にお喜びになつた。これまでに神様は随分沢山な御子達をお産みになつて居りますが衝立船戸の神様から十二柱ありました。その次に三柱お生れになつてをるので都合十五柱であります。男神様は我はかやうに沢山の子を産むだが、しかし今度の様な眼鼻になる所の子は初めてである。 『吾は御子生みて、生みの果に三柱の貴子得たり』 と仰せられまして、やがて、 『其御頸珠の玉の緒母由良に取りゆらかして』 即ちむかしの勾玉と申したやうな、高貴な人が飾りとしてかけて居つた頸珠であります。丁度今で申しますと大勲位章とか、大綬章とか、一等勲章とか云ふ意味の、曲玉のやうなのを掛けて居られたかと思はれます。 そこでこの玉を自分からお取り脱しになつて天照大御神にお渡しになつた。母由良にとりゆらかしてといふことは何でも非常に喜んで物を渡すときには、自然に手や身体が揺れる。一面から云へば揺つて渡す。頂くときにも亦揺つて頂く、今は然う云ふやうなことでは御座いませぬけれども、本当に嬉しいときには然うなつて来るのであります。さて之を揺りよい音鳴りをさせながら天照大御神に賜ひまして詔給はく、 『汝が命は高天の原を知らせ』 と高天原を主宰せよと仰せになつて珠をお授けになつたのであります。 『かれ其御頸珠の名を御倉板挙之神と申す』 此の御倉板挙之神といふことは、言霊学上から見ても、神様の方で申されまする暦――此世界には恒天暦、太陽暦、太陰暦の三つの暦が常に運行循環して居るのであります。で、此御頸珠をお授けになつたといふのは、所謂御倉板挙之神、即ち恒天暦、太陽暦、太陰暦をお授けになつたのであります。 『次に月読命に詔給はく「汝が命は夜の食国を知らせ」と事依さし給ひき』 右の眼よりお生れになつた月読命に夜の主宰をせよと仰せられた。知らせといふことは、大事に守護り能く治めよといふ意味で、太陰の世界を主宰せよと仰有つた。高天原は全大宇宙である。夜の食国は昼の従である。それで月読命はどこまでも天照大御神を扶けて宇宙の経綸に当れと、斯う云ふ詔であります。 『次に建速須佐之男命に詔給はく「汝が命は海原を知らせ」と事依さし給ひき』 須佐之男命は鼻からお生れになつた方であります。海原といふのは此地球上のことであります。地球は陸が三分の一しかありませぬ、三分の二といふものは海であります。で地球を総称して大海原と申すのであります。斯うして伊邪那岐命様は深いお考へから夫々其知ろしめす所を、各々にお分けになつて、汝は高天原を、汝は夜の食国を、汝は地球上即ち大海原を知ろしめせと、御神勅になつたのであります。今日は天照大御神の三代の日子番能邇々芸命が、どうも此お国が治まらぬといふので天から大神の神勅を奉じて御降臨になつて、地球上をお治め遊ばして、さうして我皇室の御先祖となり、其後万世一系に此国をお治めになつてあるのでありますが、それより以前に於きましては、古事記によりますと須佐之男神が此国を知召されたといふことは前の大神の神勅を見ても明白な事実であります。 『故各々依し給へる御言の随に、知らしめす中に、速須佐之男命、依さし給へる国を知らさずて、八拳髯胸前に至るまで啼いさちき』 須佐之男命は大神の仰に随つて地上に降臨遊ばされた。地上を治める為めに、お降りになりましたけれども、その時この地上は乱れて居つて、神代にも丁度今日のやうな世があつたものと見えます。で今日のやうに政治であらうが、宗教であらうが、教育であらうが、何から何まで一切のものが行き詰つて了うて、もう行きも戻りも上げも下しも出来ぬ様になつて居つた。それで須佐之男命様は、この世の中を安らけく平けく治めて大神を安堵させ奉る事が出来ないから非常にお歎きになつて、『八拳髯胸前に至るまで』長く長く髯が延びて胸前の所まで下つて来るまで御心配をなすつた。人といふものは髯を拵へたり髪を整へたり、いろいろのことをして、容貌を整へなくてはならぬけれども、此国を治めようといふ事に、余り御心配を遊ばしたのでありますから、知らぬ間にこの髯が八拳に長く伸びて居つたのであります。 『泣きいさちき』 といふのは、世の中の一切悉くのものが、もうどうしても、これから進むで行くとか、開けて行くとか、どうしたらよいかといふ方法がない、手のつけやうがないといふまでに非常に行き詰つて了つた状態を、お歎きになるさまに形容したのであります。 『其泣き給ふ状は』 どういふ工合であつたかといふと、 『青山を枯山なす泣き枯らし』 今まで山などの草木が青々と生ひ繁つて居たのに、世が行き詰つた為に枯れて了うた。枯らして了うた。山がすつかり一変して枯山となつてしまうた。これは今日の状態によつく似て居るではありませぬか。今まで十年計画、百年計画といふやうな風にいろいろな事業が企てられた。何会社が立つの、或は何事業が起されたと、無茶苦茶に四五年前から本年の春までは偉い勢で、好景気を謳歌して、青々とした山の如くに有頂天になつて居りましたが、青山がいつまでも天空につかへないが如くに、なんぼ木が伸びたつて天につかへる気遣ひのないやうに、一朝行きつまれば最早さう云ふ勢はすつくり枯れて了ふ。今年の春からこの方、元も子もなくなつて、青山は枯山になつた。どうしても伸びる方法もない、火の消えたるが如き有様になつて了つたのであります。 『河海は悉に泣き乾しき』 山が枯山となつたと同じく、河も海も悉く乾いて了うて、一滴の水もなくなつたといふのであります。今日の世の中に譬へて申しますれば、郵船会社とか、商船会社とか其他いろいろの海運業も追々と仕事がなくなつて二進も三進も行かなくなつた。すると此海河の労働仕事に従事して居るものは、稼殖の途のなくなるのは勿論、稼業に離れる、職に離れるといふことになつて来ると一家は子供に至るまで、悉く泣き乾しになる。最早や食ふ道がないやうになると、もう乾干になるより仕様がない。総て海に稼いで居る者も、河に従事して居る者も、其他一切のことに従事して居る者も、みんな泣き乾しになつて了うたのである。 『是を以て悪神の音なひ、狭蠅なす皆沸き、万の物の妖悉に発りき』 神代に於ても世が行き詰つて来れば、そこにいろいろの不祥なる事件が起つて来たものと見えます。 畏くも明治天皇陛下が、 『之ヲ古今ニ通ジテ謬ラズ之ヲ中外ニ施シテ悖ラズ』[※教育勅語の一節] と仰せられましたやうに、真理といふものは何れの時代にも適応するので御座います。既に古事記の明文にある所で御座います。今日の状態を考へて見れば、丁度此岩戸開き前の状態と克く似て居る。世がどん底に行き詰つて労働しようにも仕事がない、仕事がなければ妻子眷族を養ふことが出来ない。生活といふことが出来なくなるとそこで悪神の音なひとなり、いろいろの騒動が起つて来る、人間の心が荒んで来る。衣食足つて礼節を知る、今まで善い魂を持つて居つたものも、だんだん悪い魂の力に押へられて悪化して了ふ。食ふか食はぬか、死ぬか生きるか、喰うて死ぬか食はずに死ぬか、斯う云ふ苦しい立場になりますと、人心は日増しに悪化して善くないことが往々始まる。甚だしきは警察へ行つて御厄介になつた方が楽で、養なつて呉れて安全だといふものが出来る。監獄に入れば食はして呉れる、金銭はなくても可いといふ具合に自暴自棄的に悪神の音なひが始まる。此音なひといふのは、神様の御真意に背いた所の、いろいろの論説が出て来るといふので、あちらからも此方からも異端邪説が叢り起ることであります。然うした結果が、うるさい所の五月蠅のやうにブンブンブンといろいろの事が湧いて、 『万の物の妖悉に発りき』 一切のものに災禍が起つて来る。外交の上に於きましても、内治の上に於きましても、商工業の上にも、一切万事、何も彼にも、世の中のありと凡ゆるものに向つて、みな災禍が起つて来るのであります。そこで天から伊邪那岐大神が之を御覧になつて、 『速須佐之男命に詔給はく』 仰有るのには、 『何とかも、いましは、事依させる国を治さずて泣きいさちる』 そなたは、此大海原の国を治めよと言うてあるのに、何故それを治めぬのか、世の中を斯う云ふ難局に陥らせたのか、何うして騒がしい世の中として了うたのか、と大変にお責になつたのであります。すると須佐之男命は、誠に相済まぬ事であります。兎も角これは私に力が足らぬからであります。私が悪いのでありますとお答へになつた。併し斯うなつて来ては如何なる人が出て来ても、此時節には敵はない。治まるときには治めなくても治まるが、治まらぬときに之を治めるといふ事は難かしいものであります。人盛んなれば天に勝ち、天定まつて人を制す、悪運の強い時には如何なる神もこれを何うも斯うもする事が出来ない。艮の金神様も此時節の勢には敵はぬと仰せられて、それで三千年間あの世に隠れて、今日の神政成就の時節を待つて、現在に顕はれ天の大神様の御命令を奉じて、三千世界の立替立直しをなさらうといふのであります。大神様でさへもさう仰せに成るのでありますから、況して須佐之男命が大変に行き詰つた地上を治めようとなさつてもどうして治まらう筈がありませう。然らば何故須佐之男命御一人では治まらないのであるかと申せば、それは今日文武百官がありまして、亦た政党政派が互に相争ひ、一方が斯うすれば一方が苦情を持ち出して思ふやうにならぬ如く前に申しましたやうに既にいろいろの神様達が沢山あつて、其神々様が各自に天津神の御心を取り違へて、所謂体主霊従に陥つて居られたので、一人の須佐之男命がどれ程誠の途を開かうとなすつた所で、更に耳に入れるものがない、各自に勝手な真似をなさる。丁度強情な盲と聾との寄合のやうであります。そこに千仭の谷があつても盲は顛覆へるまでは知らぬ顔をしてをる。どれ程雷が鳴つても聾は足下に落ちるまでは平気である。それに強情を張つて誰が何と注意しても聴かない。神代の人もそのやうに体主霊従で、どうしても命の命令を聴かなかつた。それで須佐之男命は、これは取りも直さず自分の責任である、自分の不徳の致す所である、到底自分の力では及ばないのであると、自らをお責めになつて、 『あは妣の国、根の堅洲国に罷らんと思ふが故に泣く』 私はもうお暇を頂いて、母の国に帰らうと仰せられたのであります。根の堅洲国と申すのは母神の伊邪那美命がおいでになつてゐる所であります。尤もこれまでの或る国学者達は根の堅洲国といふのは地下の国であると云つて居りますが、併し一番に此伊邪那美命は月読命と同じく月界に御出でになつたのでありますから、月界を根の堅洲国と言つたのであります。で須佐之男命は自分の力が足らないのである、不徳の致す所であるからして自ら身を引いて、根の堅洲の国へ行かうと仰有つて、一言も部下の神々の不心得や、其悪い行状を仰せられなかつた。如何にも男らしい潔白なお方で御座います。所が伊邪那岐命は非常に御立腹になつた。 『然らばみまし此国にはな住みそ』 其方のやうな此海原を治める力量の無いものならば、二度と此国に住むではならぬ。勝手に根の堅洲国へ行つたがよからう。一時でも居つてはならぬぞとお叱りになつたけれども、伊邪那岐命は須佐之男命の心中は疾くに克く御存知である。自分の子がどうして此国を治める事が出来ないか、どうして自分の珍の児の言ふことを万の神々が聴かぬか、腹の底では充分に御存知でありますが、それを彼此仰有らない。心の中には千万無量のお悲しみを持つて居られまするけれども、他に多くの神々に傷をつけるといふことは考へ物である。それで須佐之男命に刑罰を与へて罪人としたならば、その他の八百万の神、これに随いて居る所の神等はそれを見て皆改心するであらう、その悪かつたことを悟るであらうと思召して大神様は自分の子を罰せられたのでありまして、普通の者の出来難いことで御座います。その広大なるお情深い御心は、誠に勿体ない次第でありませぬか。此須佐之男命を罪に問うたならば、あれこそ吾々の為めに罪せられたのである、誠に済まないことであるから、吾々は悔い改めて本当の政治をしなければならぬ、改心を早く致して命の罪を赦されむ事を八百万の神々が思ふであらうと思召して伊邪那岐命は此処置をお取り遊ばしたのであるが、矢張体主霊従に陥られた八百万の神達は容易にそれがお解りにならず、あれは当然である、政治の主権をあんな者が握つて居つては国の治まらう筈がない、あれが居なくなれば又善い神様が来るに違ひない、否吾々の力で充分に世を治めようといふやうな頗る冷淡な間違つた考へを有つて居つたのであります。寔にこんな世の中を治めようとするには並大抵の事ではないので御座います。 (大正九・一〇・一五講演筆録) (大正一一・三・五再録谷村真友録) |
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霊界物語 | 13_子_フサの国・半ダース宣伝使 | 21 本霊 | 第二一章本霊〔五四七〕 巨大なる火弾爆発すると見る中に、忽然として以前の女神の姿が現はれた。五人は思はず平地に蹲んで最敬礼を表した。女神は声も淑かに、 女神『道の勲も鷹彦や、一度に開く白梅の、薫り床しき梅彦や、心の駒の勇み立ち、誠の道に矗々と、進む駒彦万代の、神の教の亀彦や、言霊清き音彦よ、汝等今より麻柱の、神の教を宣べ伝ふ、いつの御魂の宣伝使、あゝ勇ましし勇ましし、もはや汝が身魂の曇り、晴れ渡りたり真如の日月、心の海に隈なく照り渡り、胸の仇浪静まりたれば、一日も早く片時も、疾く速やけく、フサの都に出立せよ、それにしても岩彦が、固き心は嘉すれど、三五教の宣伝使として、今少し足らはぬ処あれば、汝等五の御魂は岩彦が、心をなごめ、誠に強き益良雄として、立ち働かしめよ。斯く申す妾は天教山の木花姫が和魂なるぞ、夢々疑ふ事なかれ』 と宣し終ると共に、女神の姿は火煙と消えにけり。五人は感謝の涙に咽びつつ、嗚呼有難し忝なし、天津祝詞を奏上せむと一同宣る言霊も円満清朗、その声はさしもに広き遠き巌窟の内を隈なく響き渡りける。この言霊の声に岩公はムクムク起き上り、 岩彦『アヽ大変だ。エライ目に出会した。俺のやうな肝玉の太い宣伝使でも吃驚して一時性念を失つた位であるから、鷹公、亀公、駒公、音、梅の連中は定めて肝を潰したらう。アヽ胆を潰すは俺位の程度の者だ。それ以下の程度の五人の奴は、大方木葉微塵となつたかも知れやしない。彼奴等にしても可愛い女房や子が国許に待つて居るのだから、エヽ道連になつた好誼に骨なと拾つて女房や子供に届けてやらねばなるまい。これがせめてものこの岩サンの親切だ。アヽ五人のもの情ない事になつて呉れたなア。何だか真闇がりで目も碌々見えやしないわ。エヽ仕方がない、鷹公の骨だか音公の肉だか区別はつくまいが、何でも女房や子の気休めの為に、これが鷹公の骨だ、これや髪だと云つて慰めてやるより仕方がないワイ。暗いと云つても、これくらゐ暗い事は開闢以来だ』 と云ひながら四つ這になり、 岩彦『オイ鷹公の骨ヤーイ、音公の腕ヤーイ、俺は岩公ぢや、死んでも魂魄この世に留まつて居るだらう、骨の所在地ぐらゐは俺に知らせやい。アヽコツクリ、コツクリと何処かへ散つて了つたと見える。あまり無残だ、焼けても灰なと残るのだが、髪の毛一本落ちて居らぬとは此奴はあんまり残酷だ。大方巌窟の化物が来よつて、余り弱音を吹くものだから、蟒の奴弱味につけ込んで一呑みに呑みよつたに違ひないワ。待て待て、一行六人の三五教の宣伝使、五人まで大蛇に呑まれて俺一人が何うしてオメオメと生て還られようか。待て待てこれから胆玉の太いこの岩サンが、大蛇を見付けたが最後、足でもグツと出して、オイ蟒の奴、尻から俺を呑めと言挙げしてやらう。さうすれば大蛇の奴、あの岩公は手強奴だ、彼奴だけは迚も呑む事は出来ぬと因果腰を極めて居つたのに、先方の方から呑めと云ひよる、五人呑むも六人呑むも一しよだ。ヤア美味々々と蛇が蛙を呑んだやうに、呑みにかかるだらう。さうしたら此方の勝利だ。神妙に呑まれてやつて、這入がけに、頤の片一方に、この十握の劔をグツと引つかけて両手で力一ぱい柄を握り、大蛇の奴がグツと呑めばグツと切れる。グウグツと呑めばグウグツと切れる。自業自得、大蛇は竹を割つたやうに二つにポカンと割れたが最後、呑まれてからまだ間もない五人の宣伝使、虫の息でウヨウヨとやつて居るだらうから、其処へこの岩サンが恭しく神言を奏上し、声も涼しく言霊の水火をもつてウンとやつたが最後息吹き返し、アヽ誰かと思へば岩公サンか、イヤ岩サンか、誠にもつて有難い、貴方のお蔭でこの弱い吾々も命が助かりましたと半泣きに泣きよつて、手の舞ひ足の踏む処を知らずと云ふ歓喜の幕が下りるのだ。可愛い子には旅をさせと云ふ事がある。神様も随分皮肉だな、大蛇の喉坂峠を旅行して痛い味を知り、危険な関所を越えて初めて勇壮活溌なる大丈夫の宣伝使とならせる経綸だらう。あまり弱音を吹くものだから屹度神様の試錬に遇うたのだらう、愚図々々して居れば息が止まるか知れない。ヤアヤア巌窟に棲む大蛇の奴、五人喰ふも六人喰ふも同じ事だ。五人の奴は麦飯だ。この岩サンは名は固いが歯当りのよい味のよい鮨米のやうな肉着きだよ。サア早く尻の方から呑んだり呑んだり』 暗がりより『アハヽヽヽ、ウフヽヽヽ』 岩彦『ヤイ大蛇の奴、嬉しいか、嬉しさうな笑ひ声をしよつて、サア早く呑まぬかい』 音彦『モシモシ岩サン、お気が付きましたか、それは誠に結構でございます』 岩彦『モシモシ岩サン、お気が付きましたか、結構だつて、ソンナ辞令は後にして遠慮は入らぬ。結構だらう。早く呑んだり呑んだり』 鷹彦『岩サン、結構は結構ですが、貴方はお考へ違ひでせう。吾々はお案じ下さいますな、助かつて居りますよ』 岩彦『何だ、尻も甲もあつたものかい、足から喰へ、食料に欠乏して餓死に迫つて居つた処、半ダースも人肉の温かいのが来たものだから、結構でございますの、吾々はお蔭で助かりましたのと、何を吐すのだい。愚図々々して居ると侶伴の奴の息が切れるワイ、遠慮は要らぬ早く呑まぬかい』 亀彦『モシモシ岩サン、私は亀でございます、何卒ご安心して下さいませ。種々のお心づくし、骨身にこたへて嬉しうございます』 岩彦『ヤア貴様は亀と云つたな、狼か、骨身にこたへるなンて何だい、グツと一口に呑まぬかい。バリバリと骨も身も一緒にパクつかれては此方もちつと都合が悪いワイ』 この時闇がりに、六個の光玉いづくともなく現はれ来り、たちまち五柱の女神と、一柱の鬼のやうな顔した男とが現はれた。岩公は驚いてこの姿を見守りゐる。 五人の女神には一々名札がついて居る。見れば鷹彦の本守護神、梅彦、音彦、亀彦、駒彦の本守護神の名札をぶら下げて居る。一方の鬼の名はと見れば、こは抑如何に、一層広く長き名札にグシヤグシヤと文字が現はれて居る。よくよく見れば、 『この鬼は岩彦の副守護神なり、本守護神は岩彦の驕慢不遜にして慢心強き為に、未だ顕現する事能はず。一時も早く改心の上、かかる醜き副守護神に退却を命ずべし。野立彦命の命に依り、木花姫これを記す』 と現はれて居る。 岩彦『ヤア大変だ。五人の宣伝使は何だ。俄に女見たやうな優しい事を云ひよると思つたら、何奴も此奴もアンナ綺麗な本守護神が現はれたからだな。しかしながら岩サンはどこまでも岩サンだ。アンナ女々しい本守護神よりも、仁王様の様な鬼面をした副守護神に守護して貰ふ方が悪魔征伐にはもつて来いだ。未だ未だ武装撤回は出来ない。ヤア副守護神、明日から九分九厘までお前が俺の肉体を守護するのだよ、一厘と云ふところになつてから本守護神の女神になればよいのだ。何だ五人の宣伝使奴、目的の半途にして最早一角の神業奉仕をしたやうに、泰然と澄まし切つて居よる。これからが肝腎要の正念場だぞ。エヽ仕方がない、副守護神確り頼む』 鬼『俺は、お前の買ひ被つて居るやうな鬼ぢやない。鬼みそだよ。一つの火の玉にも雷にも胆を潰す柔しい鬼だ。姿はかう強さうに怖さうに見えても、肝腎の魂は味噌のやうなものだよ。アンアンアン、オイオイオイ、ウンウンウン、エンエンエン、インインイン』 岩彦『何だ、不整頓な言霊の泣き声を出しよつて、俺はソンナ弱い守護神と違ふぞ。貴様大方偽神だらう』 鬼『それでも、お前の模型だから仕方がないわ。空威張りの上手な、胆玉の据わらぬ、見かけ倒しのガラクタ鬼だよ』 岩彦『さう云へば、何処かの端が些と似とるやうな、矢張さうかいなア。ヤア本当にこれから強くなる。貴様今日限り暇を遣はす程に、必ず必ず岩サンの肉体に踏み迷つて戻つて来るな。門火を焚いて送つてやるのが本当なれど、生憎焚物もなし、不本意だが今日限り帰つて仕舞へ』 鬼『ハイハイ、何しにマゴマゴとして居りませう。疾うの昔から帰り度くて帰り度くて仕方が無けれども、お前の執着心が私を今まで鉄の鎖で縛つて何うしても斯うしても解放してくれないのだ。左様ならこれでお暇を致しませう、アリヨウス』 岩彦『アーア、これでこの岩公も何だか其辺が明かるくなつたやうな心持が致しました。モシモシ五人の宣伝使様、ご苦労でございました。サアサアこれから貴方方のお伴して、タカオ山脈のコシの峠の麓を指して参りませう。イヤもう私の鬼を逐出す為にいかいご苦労をかけました』 一同『アハヽヽヽ岩サンお目出度う、あれをご覧なさいませ、鬼の帰りた後に、あのやうな立派な守護神が顕現されました』 岩彦『ヤア、本当にこれはこれは、マア何と云ふ立派な、お岩彦の御御守護神様だこと、マアマア、よくもよくも御御守護下さいました。お有難うございます』 守護神『岩サン分りましたか、ようマア鬼を去して下さいました。私も天の岩戸が開けたやうな心持が致します。サアサアこれから貴方と私と霊肉一致して膠の如く漆の如く密着不離の身魂となつて、岩戸開きの神業に参加さして頂きませう』 岩彦『これはこれは畏れ入つたるご挨拶、本守護神様のご迷惑になる事ばかり、我を張り詰て致して来ました。どうぞこれからは比翼連理偕老同穴の夫婦のやうになつて、二世も三世も、後の世かけてご提携を願ひます』 ここに六人の本守護神と、六人の宣伝使は巌窟の広場を指し、手を拍ち宣伝歌を高唱し、春の野の花に蝶の狂ふが如く、大地を踏み轟かし、 一同『開いた開いた菜の花が開いた蓮の花が開いた 心の花も開いた身魂のもつれも開いた 開いた開いた常夜の闇となり果てし 天の岩戸もサラリと開いた』 各自の本守護神はやがて、得も云はれぬ五色の玉となつて各自の頭上に留まつた。玉は頭脳に吸収さるる如く、追々その容積を減じ、遂には宣伝使の体内に残らず浸み込んで仕舞つた。 これより一行はこの巌窟を立ち出て、原野を渡り、コシの峠を指して勇ましく進み行く。 (大正一一・三・二一旧二・二三加藤明子録) |