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(1690)
霊界物語 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 02 魔の窟 第二章魔の窟〔六一三〕 平助親子三人に声かけられて鬼彦、鬼虎、岩、勘、櫟の一同は、フト気がつけば野中の汚き雪隠を中央に両手を合せ、一生懸命に祝詞を奏上し居たりける。 鬼彦『アヽ、馬鹿らしい、大きな顔して日中に歩けた態ぢやない哩。これと云ふも全く大江山の鬼雲彦に加担し、所在悪を尽して来た天罰が報うて来たのでせう。身魂の借銭済しと思へば結構だが、何時の間にやら五人が五人とも生れ赤子のやうに真裸になり、褌一つ持たぬ無一物となつて仕舞ひました。男は裸百貫だ、サアこれから男としての真剣の力を試す時だ、精神さへ確りして居れば少々の雪だつて感応へるものか、力士は寒中でも真裸だ、サアサア皆さま往きませう』 と鬼彦は先に立つ。 岩公『何とマア、裸の行列と云ふものは、見つともないものだ。それにつけても鬼彦は叮嚀な言葉を使ふかと思へば忽ち荒つぽい言葉になる、何ちらにか定めて貰はないと吾々が応対するについても方針が定まらないからなア』 鬼彦『本守護神や、正守護神や、副守護神の言葉が混合して出るから仕方がありませぬわいやい。オイ岩公、今暫く辛抱なされませ、此鬼彦も些と許り精神が落着を欠いで居るからなア』 と云ひつつ大股に雪路を跨げ山深く進みゆく。正月二十八日の太陽は晃々として輝き、徐々雪は解け初め、真名井ケ嶽より転げ落つる雪崩の大塊は、幾十ともなく囂々と音を立て落下する其剣呑さ。忽ち落下し来る大雪塊に押潰され、お節は首から上を出して悲鳴をあげ、 お節『お助けお助け』 と声限りに叫び泣く。 鬼彦『オイ鬼虎、去年はお節さまを苦しめた、其お詫にあの雪塊を取り除けて命を助け、お詫をしやうぢやないか』 鬼虎『さうぢや、お詫をするのは今ぢや、今を措いてコンナ機会があるものか。モシモシお節さま、今私がお助け致します、暫く待つて下さい。エイエイ固い雪塊だ、冷い奴だなア』 お節首を左右に振り、 お節『いゑいゑ仮令死すとも鬼彦や鬼虎のお世話にはなりませぬ、どうぞ外のお方、出てきて助けて下さいませ』 鬼彦『エヽ、何処迄も執念深いお節さまだナア、危急存亡の場合人嫌どころぢやあるまい。サア鬼虎貴様と二人、今がお詫のし時だ、サア来い一二三つ』 と雪塊にむかひ真裸の体を打つける。さしもの大塊突けども押せどもビクともしない。 平助お楢は泣き声を振り絞り、 平助『アヽ、私達程因果なものが三千世界に又とあらうか、折角機嫌のよい姿を見てやつと蘇生の思ひをしたと思へば、一日経つや経たずの間に、又もや不慮の災難何うして之が生て居られう。オイお楢、お前も私も是から娘と共に十万億土の旅に出かけませう。サア用意ぢや、よいか』 お楢『ハイハイ私も女の端くれ、親子三人此場で潔く命を果し、神界とやらに参りませう。コレお節、婆は一足先へ行く程にどうぞ悠くり後から来て下さい、六道の辻で婆と爺とが待つて居ます、オンオンオン』 平助『これやこれやお楢、何事も運命の綱に操られて居るのだ。此期に及んで涙は禁物だ、サア潔く』 と云ふより早く懐剣抜く手も見せず、吾と吾腹にぐつと突き立てむとする。鬼彦は驚いて平助の利き腕を確と握り、 鬼彦『ヤア、お爺さま待つた待つた、死ぬのは早いぞ、死んで花実が咲くものか、此世で安心をせずにどうして彼の世で安心が出来ると思ふか、マアマア待つた待つた、短気は損気だ』 お楢『平助どのさらば』 と又もや短刀を抜くより早く喉に突き刺さむとする一刹那、鬼虎は吾を忘れてお楢の利き腕グツと握り、 鬼虎『お婆アさま待つた待つた』 お楢『ヤア誰かと思へば大江山の鬼雲彦の乾児であつた鬼虎だな、エヽ汚らはしい、構つて下さるな、婆の命を婆が捨てるのだ。お前に厘毛の損害を掛けるのでない、放つて置いて下さい、入らぬお世話だ、あた汚らはしい、お前のやうな悪人に助けられて何うしてノメノメ此世に生て居られるものか、エヽ放つて置いて下さい』 鬼虎、涙声になつて、 鬼虎『お楢さま何うしても私の罪は赦して下さいませぬか』 お楢『定つた事だ、死んでも許しやせぬ、仮令ミロクの世が来てもお前の恨は忘れるものか』 鬼虎『お楢さま、ソンナラ貴女の手にかけて、私を思ふ存分弄り殺しにして下さい。さうしたら貴女の恨は些とは晴れませう、さうして私の罪を忘れて下さいませ』 平助大声に泣きながら、 平助『コラコラお楢、もう好い加減に愚痴を云うて置かぬかい、是丈前非を悔い善の魂に立ち復つた鬼彦、鬼虎の両人、此上愚痴を零すと却つて此方が深い罪になるぞ。夫よりも潔く娘と共に神界の旅を致さうぢやないか、娑婆に執着を些とも残さぬやうにして呉れ、アヽ鬼彦、鬼虎両人さま、貴方方の真心は頑固一辺の平助も骨身に徹へました。決して決してもう此上は貴方を恨みませぬ、どうぞ手を放して下さい』 鬼彦『どうしてどうして貴方方を見殺しにしてなるものか、短気を起さずに、も一度思ひ直して下さい、オイ鬼虎、お楢さまの腕を放すぢやないぞ、確り掴まへて居て呉れ、これやこれや岩公、勘、櫟、早くお節さまを救ひ出さぬか、何を愚図々々致して居るのぢや』 岩公『最前から吾々三人が此通り雪塊除けに尽して居るのが分らぬか、サアサアお節さま、もう大分に軽くなつたらう、一寸動いて見て下さい』 お節『ハイハイ有難う御座います、息が切れさうにありましたが、追々とお蔭様で楽になつて来ました、も些し取り除けて下されば大丈夫助かりませう、モシモシお爺さま、お婆アさま、どうぞ確りして下さいませ、節はどうやら助けて貰へさうで御座います』 平助、お楢一時に、 平助、お楢『ヤアヤアお節助かるか、それは何よりぢや、お前が此世に生て居るのなれば、爺や婆は、どうして此世を去つてなるものか、もう皆さま安心して下さい、死ねと仰有つても死ぬものぢやない、お前さまも鬼彦、鬼虎と云つて随分悪人だつたが、好うそこまで改心が出来た。サアサア神様にお礼を申ませう』 岩公『モシモシ、お爺さま、お婆アさま、それや結構だがまだ此雪塊は容易にとれないのだ、お前さま等は祝詞を上げて下さい、これやこれや鬼彦、鬼虎、もはやお爺さまお婆アさまの方は安心だ、此方へ加勢だ加勢だ』 鬼彦『おうさうだ』 と鬼彦、鬼虎は雪塊除けに全力を尽して居る。漸くにして雪塊は取り除けられ、お節はむくむくと起き上り、嫌らしき笑ひ声、舌を四五寸許りノロノロと出し、 お節『キヤアツキヤアツキヤアツキヤハヽヽヽ』 と尻を引き捲くり、トントントンと山奥さして姿を隠したりける。 五人の男は肝を潰し腰を抜かさむ許りに、嫌らしさと寒さに慄うて居る。平助お楢の二人は皺嗄声を張上げながら、 平助、お楢『オイお節、オーイオーイ、爺と婆とは此処に居るぞ、待つて呉れ待つて呉れ』 と呶鳴りながら、雪崩の落下する谷道を危険を忘れて杖を力に倒けつ転びつ上り行く。五人の裸男は二人の後を慕ひ、 五人『爺さま婆さま危ない危ない、待つた待つた、お節さまと見えたのは化物だつた、命あつての物種だ、危ない危ない』 と声を限りに後から追つかける。爺サンと婆サンは一生懸命無我夢中になつてお節の後を追つて行く。 お節は或谷川を左右に猿の如く飛び交ひながら、とある行き当つた岩石の前にピタリと倒れ、其儘姿は白煙、雪解けの雫の音は雨の如く梢よりポトリポトリと落ち下る。平助夫婦はハツと許り此場に打ち倒れ、前後も知らず泣き沈む。五人の裸男此場に現はれ、気絶して居る平助お楢に其辺の雪を口に含ませ、一生懸命に神霊注射を行ひければ、老夫婦は漸くウンと息吹き返し、又もや『お節お節』と泣き叫ぶ。 鬼虎『ヤア此処は魔の巌窟だ、去年の今頃だつたな、鬼雲彦の命によつて此巌窟にお節さまを押し込め、固く出入出来ないやうにして置いたのは俺だ。其後鬼雲彦の大将チヨコチヨコとやつて来る筈だつたが、お節の事を念頭から遺失して居たのか、未だ一回も此岩を接触つた痕跡がない、一年位の食料として勝栗が沢山入れてあれば滅多に飢死して居る筈も無からうし、水も天然に湧き出て居るから寿命さへあれば生て居るのだらう、最前のお節と思うたのは何でも妖怪変化であつた。サアサア爺さま婆アさま、此鬼彦、鬼虎が改心の証拠に真実のお節さまに遇はして上げやう。何卒これで日頃の恨を晴らして下さい』 平助『真実の娘に遇はして下さるか、娘さへ無事に生て居れば、今迄の恨も何もすつかり忘れて了ひませう、ナアお楢、さうぢやないか』 お楢『どうぞ早う助けて下さい、真実の娘が見たい哩なア、オーンオーンオーン』 と泣きそそる。鬼虎、鬼彦は四辺の手ごろの石を拾ひ、一イ二ウ三つと合図しながら岩壁を一度に力限り撲つた。岩の戸は内に開いて中には真暗の道がついて居る。 鬼彦『サア開きました、誰も這入らないと見えて随分エライ蜘蛛の巣だ、オイ岩公、其辺の木の枝を折つて来い、さうして貴様蜘蛛の巣払ひだ』 岩公『妙な巌窟もあつたものだ、よし来た』 と傍の常磐木の枝を折り取り、左右左と振りながら暗き巌窟の奥を目蒐けて進み入る。鬼虎は後振り返り、 鬼虎『お爺イさま、お婆アさま、巌窟の中は大変に危険で御座います、暫く此処に待つて居て下さい、お節さまを立派にお連れ申て帰つて来ます』 お楢『ハイハイ有難う、何卒一時も早う会はして下され』 平助『何卒皆さま頼みます』 鬼虎『承知しました』 と段々と奥へ進みつつ鬼彦に向ひ小さい声で、 鬼虎『オイ鬼彦、此処へ押込めてからもう一年になるが、鬼雲彦の大将其後一度も此処に来て居ないやうだ、万々一お節さまが死んで了つて居つたら、老人夫婦にどうして云ひ訳をしたら好からうなア、屹度夫婦は又喉突き騒ぎをやるに極つて居る。ハテ心配な事ぢやないか』 鬼彦『ナニ心配するにや及ぶまい、屹度神様が守つて居て下さるだらう。ソンナ入らざる取越苦労をするよりも、一刻も早う前進して安否を探ることにしようぢやないか。もし万々一お節さまが死んで居たら、吾々も罪滅しに潔く割腹したらよいぢやないか』 岩公『オイ勘公、櫟公、何だか今日は怪体な日ぢやないか、彼方にも此方にも死ぬだの割腹だの国替だのと縁起の悪い事許り云ひよつて、俺達も何だか大変気にかかり、穴へでも這入り度いやうになつて仕舞つた』 勘公『既に吾々は穴へ這入つて居るぢやないか、穴阿呆らしい』 一同『アハヽヽヽ、向ふに明かるい影が見えるぞ。大方彼処の辺りだらう、ナア鬼彦、あの辺がお節さまの隠してある処でせう』 鬼彦『ウンさうだ、もう其処だ、急げ急げ』 と一行五人は岩彦を先頭に巌穴の幽かな光を目当てに進み行く。 (大正一一・四・二一旧三・二五加藤明子録)
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(1713)
霊界物語 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 02 厳の花 第二章厳の花〔六三〇〕 山と山との迫りたる春野の花に右左 白や紫黄金なす男蝶女蝶の翩翻と 常世の春を舞ひ遊ぶ紫雲英の花の咲き満ちた 山の麓の田圃道景色も殊に悦子姫 谷の水音潺湲と遠音に響く音彦や 加米彦夏彦諸共に白髪親爺の豊彦が 賤の伏屋へ徐々と石の田楽橋を越え 蒲公英の花を踏みすだき半倒れた萱の家の 漸う表門に着きにける。 豊彦は、三月の菱餅の様になつた門口の戸を敲いて、 豊彦『オイオイ、お婆、お客さまだ、早う開けぬか』 婆(豊姫)『豊彦どのか、マアマア待つて下され、敷居も鴨居も斜になり、戸を噛みて一寸やそつとにや開きはせぬ。お玉はお玉で身体は自由にならず、爺どの、お前も外から力を添へて下さい。アーア貧乏すると戸までが嫌相に歪み出すなり、壁は身上の痩せたせいか骨を出すなり、情無い事だ、コンナ茅屋にソンナ立派なお客さまに来て貰うた処で、腰を掛けて貰ふ処もありやせぬワ』 豊彦は婆アと共に内と外から年寄の金剛力を出し、左の方へグイツとしやくつた其途端に、半破れた古戸は敷居を外れてバタリと中へ転け込みたり。 豊彦『エーエ、気の利かぬ婆だ、戸倒しものだナ、サアサお客さま、ずつと奥へお通り下さいませ』 加米彦は、 加米彦『お爺さま、奥へ通れと云つたつて何処に奥があるのだい、門口へ這入るなり、もう裏口ぢやないか、ウラナイ教なら奥の奥に奥があり、其又奥にも奥があるものだが、こら又何と狭い箱枕の様な家だなア』 音彦は気の毒がり乍ら、 音彦『コラコラ、加米、又はつしやぎよる、ちつと沈黙せぬかい失礼な』 加米彦『ハイ、如何も副守の奴、加米彦の命令を遵奉せないので困る、モシモシお爺さま、何卒気に障へて下さいますな、私の茅屋に這入つて居るお客が申したので御座います』 豊彦『さうだらう、私の茅屋に這入つて来たお客の一人だ、さう八釜しく云ふと娘の身体に障ります、ちつとお静にして下さい』 加米彦、小声になつて、 加米彦『ハイ、承知致しました、然し余り軽蔑して下さるな、斯う見えても娘の身体に障る様な不躾な事は致しませぬワ』 豊彦『コレコレ婆や、座蒲団を出さぬかい、お茶を酌まぬか、モシモシお姫さま、何卒お腰をかけて下さいませ』 婆(豊姫)『皆さま、よう来て下さいました。早速乍らお尋ね致しますが私等夫婦は誠に運の悪いもので御座いまして、一人の息子に嫁を貰ひ、比沼の真名井山へ参拝をさせました其途中に、大江山の鬼雲彦とやら云ふ悪人の手下共に掻攫はれ、生きて居るか死んで居るか。今に便りが御座いませぬ、それに又一人の妹娘は、一年半ほど前から身体が変になりまして、酢い物が食ひ度いと云ひ出し、腹は段々、日に日に太り出し、最早十八ケ月にもなりますのに、脹満でもなければ子でもない様な、訳の分らぬ業病に罹つて苦みて居ります。かう云ふ山奥の一つ家、娘は元来臆病者で、十八才の今日まで親の側を半時だつて離れた事はありませぬ、それだから子の宿る筈もなし、腹を抑へて見れば大きな塊がゴロゴロと動いて居るなり、何が何ぢややら訳が分らず、天にも地にも只一人の娘の為めに、年寄夫婦が泣きの涙で暮して居ります。それに合点のゆかぬは、此間も三五教の宣伝使の英子姫さまとやら云ふお方が、立派な家来をお伴れ遊ばして此茅屋へ立寄つて下さいまして、娘の容態をつくづくと眺め、これは妊娠だから大切にせよとの御言葉、妊娠なれば遠うの昔に生れて居らねばなりませぬが、もう十八ケ月にもなりますのに何の音沙汰も無し、英子姫さまの仰しやるには四五日の間に立派な宣伝使を遣してやるから、それに頼みて無事に子を生まして貰へとの事でした。相手も無いのに子が出来ると云ふ様な事が昔からあるものでせうか』 悦子姫『アヽそれは御心配でせう、一寸妾が見てあげませう』 とお玉の側に寄り添ひ、腹を撫で、 悦子姫『ア、これは全く妊娠です、然し乍ら決して、人間と人間との息から出来た子ではありませぬ、何か心当りは御座いませぬか』 豊彦『さう聞けば無い事もありませぬ、一昨年の秋の初め、私の夢に白髪異様の老人が此茅屋に訪ねて御いでになり、立派な水晶とも瑠璃とも譬方ない玉を五つ下さいまして「之をお前にやるから娘に呑ましてやれ」と仰しやいました。そこで私は「承知致しました、然し乍ら斯んな硬いものが呑めますか」と尋ねましたら、その方の云はれるのには「俺が呑ましてやらう、決して呑み難い物ではない」と仰しやつてお玉の身体をグツと抱へ、胸の辺りに無理に押し込みなさつたと思へば目が覚めました。さうすると娘のお玉がウンウンと魘されて居るので、揺り起こしてやりますと、お玉の身体は一面、汗びしよ濡れになり、私の見た夢と同様の夢を見た、それから身体が何となく苦しくなつて堪らぬと云ひました。何れ夢の事だから明日になつたら苦しいのも癒るだらうと云つて、その晩寝みました。夜が明けて見ればお玉は矢張ウンウンと呻つて居ります。それつきり十八ケ月の今日まで、腹が段々膨れる許りで、身体の自由も利きませず、不思議な事があればあるもので御座います、何か悪神の所作ではありますまいかな』 悦子姫『ヤ、心配なされますな、悪神どころか立派な神様のお霊魂が宿らせられていらつしやいます。厳の御霊の大神が御生れになるのでせう。妾が今神様にお願を致します』 と何事か小声になつて頻りに祈願を凝らしつつある折しも、お玉は『ウン』と一声諸共に初めて起き直り夢中になつて、 お玉『ア、有難う御座います、これで私も助かります、七人の女の随一、厳の御霊の御誕生だと何時やら見えた白髪の神様が仰しやいました、何卒、とり上げの用意をして下さいませ、強い陣痛が催して来ました』 豊彦夫婦は吃驚し、 豊彦夫婦『ヤア、それは大変ぢや、早く湯を沸かさねばなるまい』 悦子姫『お爺さま、お婆アさま、貴方等は此処にぢつとして居て下さい、これ加米彦や夏彦さま、早くお湯を沸かしなさい』 加米彦『ハイ(妙な声で)ナア夏彦、どうで碌な事ぢや無いと思うて居つた、コンナ山奥へ出て来てお産の湯まで沸かさして頂くとは、思ひも寄らぬ光栄ぢやないか』 夏彦『ソンナ勿体ない事を云ふものぢやない、結構な神様が御出産遊ばすのぢや、その御用の端に使うて貰ふのは余程の因縁ぢや無くちや、コンナ御用が仰せ付かるものかいヤイ、あら有難い辱ない』 お玉『ウンウン』 音彦『サア早く、加米彦、夏彦、湯を沸かして上げぬかい』 加米彦、夏彦『ハイハイ』 と破れ鍋に水を盛り、閉蓋をチヤンとのせ、薪をポキポキ折つて火鉢の火を吹き点け、座蒲団で風をおこし、湯沸かしに全力を注いで居る。忽ち聞ゆる赤子の声、 赤子『ほぎやアほぎやアほぎやア』 悦子姫『アヽ目出度い目出度い、サア腹帯を締めてあげよう』 と悦子姫は甲斐々々しくお玉の後に廻り、グツと腹帯を締め、 悦子姫『サア之でもう大丈夫です、お爺さま、お婆アさま、ご安心なさいませ』 爺、婆(豊彦、豊姫)『ハイハイ、有難う御座います、とりあげ迄させまして誠に何とも恐れ入つた事で御座います』 音彦『サア湯が沸いた様です、どれどれ私が湯を浴せてやりませう、ヤア何と長い事腹の中に居られたせいか、立派なお子さまだワイ』 と音彦は赤子を両手に抱へ、湯の手加減をした上、悦子姫と共に行水をさせる。赤子は盥の中で、火でも身体に焦ついた様に真赤な顔をして泣き立て居る。 悦子姫はいそいそとして、 悦子姫『ア、立派な丈夫なお子さまだ。お爺さま、お婆アさま、お玉さま、御安心なさいませよ』 三人黙然として涙を零し俯向き居る。 加米彦『何と不思議な事があるものぢや無いか、ナア夏彦、十八ケ月で子が出来るとは前代未聞だ。俺達は節季が来ると何時もたらい(不足)で泣くが、此赤ン坊は、ほンのりと温う暖まつて矢張たらい(盥)で泣くのだな、アハヽヽヽ』 夏彦『コラコラ加米、又そンな大きな声を出しよると、お玉さまの身体に障つたら如何するのだ』 加米彦『さはるのは加米とはお役が違ふ哩、悦子姫さまがさはつて御座るぢやないか、アハヽヽヽ』 音彦『コラコラ両人、静にせぬか』 夏彦、加米彦『ハイ畏まりました』 お玉『皆様、いかい御世話になりました。生けた子は男で御座いますか、女で御座いますか』 音彦『オヽ、さうさう、あまり嬉しうて調査するのを失念して居た。アア折角乍ら割れて居ますワ』 豊姫『エ、又女で御座いますか、矢張私の家は養子でなければ治まらぬと見えます。伜に嫁を貰つて後を継がさうと思へば、最前申した通り行衛は分らず、矢張妹のお玉に養子をせねばなりませぬ、今度生れた総領も養子を貰ふ様になりました』 加米彦、又もやはしやいで、 加米彦『お爺さま、お目出度う、これで貴方の家の運も開ける、養子が三代続けば長者になると云ふ事だ、お喜びなさい、私も嬉しい、お目出度い、手の舞ひ足の踏む所を知らずだ。どつこいしよどつこいしよ』 と跳上り田楽橋を踏み外し、小溝の中へバサリと落ち、 加米彦『ヤア折角の着物を濡らして仕舞つた』 夏彦『ハヽヽヽ、狼狽者だな』 悦子姫『もうこれでお案じなさる事は要りませぬ、大丈夫です。名はおつけなさいますか』 豊彦『誠に済みませぬが、貴女様のお世話になつた子供で御座いますから、何卒お名をやつて下さいませ』 悦子姫『承知致しました、ソンナラ妾が名をあげませう、玉照姫とつけませう』 豊彦、豊姫、お玉、一時に口を揃へて、 豊彦、豊姫、お玉『有難う存じます』 悦子姫『サアサア私は之からお山へ参拝を致して参ります。又帰りがけに悠くり伺ひます、左様なら』 と早くも門口を跨げる。三人は何も云はず手を合して悦子姫の方に向つて拝ンで居る。音彦は、 音彦『サア、加米彦、夏彦出陣だ』 と悦子姫の後に従ひ旧来し道に引返し、四人は又もや道に這ひ出た急坂の木の根の段梯子を渡つて奥へ奥へと登り行く。 (大正一一・四・二四旧三・二八北村隆光録)
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(1724)
霊界物語 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 13 救の神 第一三章救の神〔六四一〕 寅若、富彦、菊若の三人は金峰山の頂上、弥仙神社の前に一心不乱に願望成就の祈願を凝らし、遂に夜を明かした。 寅若『アヽ大分沢山に神言を奏上し、最早声の倉庫は窮乏を告げたと見え、そろそろかすつて来だした』 と瘡かきの様な声で云ふ。二人も同じくかすり声、 寅若『もう仕方がない、ありだけの言霊を献納したのだから、声としては殆んど無一物だ、声の裸になつた様なものだ、これだけ生れ赤子になれば、如何な願も聞いて下さるだらう』 と枯れ草の上を竹箒で撫でる様な貧弱な言霊をやつと発射してゐる。寅若、懐中の短刀をヒラリと抜いて傍の木を削り、それへ向けて矢立から、竹片を叩いた、笹葉の様な、長三角の筆を取り出し、何かクシヤクシヤ書き初めた。書き終つて唖の様にウンウンと木の文字を見よと指さし得意顔、二人は立ち寄つて読み下ろすと、 『木花姫の命の筆先、今日は七十五日の忌明で必ず参拝致す筈のお玉に神が気をつける、汝に授けた玉照姫は普通の人間の子で無いぞよ、神が御用に立てる為めに汝の肉体に、そつと這入つて生れ変つたのであるから、今此処で改心を致してウラナイ教に献り、神のお役に立てて下されよ、これが神の仕組であるぞよ、若し承知を致したなれば其しるしに日蔭葛を頭にのせて、其方の家まで帰つて下されよ、若し不承知なれば其儘で帰るがよい、又後から神がみせしめを致すぞよ』 と書いてある。菊若、かすり声で、 菊若『アハヽヽヽ、うまいうまい、ナア富彦、やつぱり哥兄貴だなア』 寅若『哥兄貴だらう』 と、かすり声で云つて居る。三人は軈てお玉が朝参詣して登つて来る時刻と裏山より、ずり下り、そつと廻つて中腹の灌木の繁茂に姿を隠し、お玉の下向を待つて居た。お玉は只一人桜の杖をつき乍ら漸く頂上に達し、神前に向つて感謝の辞を奉り、フツと社側の大木を見れば何か文字が現はれて居る。『ハテ不思議』と近寄つて見れば以前の文面、暫く其木と睨めくらし、腕を組んで思案に暮れて居た。暫時あつて、 お玉『エー、馬鹿らしい、神様が斯んな事をお書き遊ばすものか、何者かの悪戯であらう。日蔭葛を被つて帰る所を眺めて、近在村の若い衆が手を拍いて笑つてやらうとの悪戯だらう、ホヽヽヽ、阿呆らしい』 と独語ちつつ又もや神前に軽く会釈をし、もと来し急坂を下り行く。半分あまり下つたと思ふ時、 寅若『ヤア、駄目だ、日蔭葛を被つて居やがらぬぞ、不承諾だと見える、もう斯うなる上は直接行動だ、サア、一、二、三つで一度にかからうかい』 菊若『オイオイ、あまり慌るな、彼奴の身体を見よ、一歩々々些とも隙がない、うつかりかからうものなら、谷底へ取つて放られるかも知れないから、余程ここは慎重の態度をとらねばなるまいぞ』 富彦『愚図々々云つてる間に、さつさと帰つて仕舞うちや仕方がないぢやないか、もう斯うなつては何の猶予もない、サア一、二、三つだ』 とお玉の前に身体一面、日蔭葛で取り巻いた化物の様な姿で三人は現はれた。 お玉『シイツ、オイ畜生、何と心得て居る、此処は神様のお宮だ、昼中に四つ足が出ると云ふ事があるものか、昼は人間の世界、夜はお前達の世界だ、早く姿を隠せ、一二三四五六七八九十百千万……』 寅若、作り声をして、 寅若『オイ、お玉、其方は生神様に向つて獣と云つたな、もう量見がならぬ、覚悟致せ』 お玉『オホヽヽヽヽ、お前は昨日妾の家へやつて来て、お爺さまに審神をせられた狐や狸の生宮だらう、やつぱり争はれぬもの、宅のお爺さまは目が高い、今日は正真になつて姿を現はし遊ばしたな、ホヽヽヽヽ』 寅若『何を吐すのだ、もう斯う成つた上は此方も死物狂ひだ、幸ひ外に人は無し、何程貴様に神力があるか、手が利いて居るか、荒くれ男の三人と女一人、愚図々々吐さず後へ手を廻せ』 お玉『オホヽヽヽ、お前こそ、ちつと尻へ手を廻さぬと大変な失敗が出来ますよ、後へ手を廻す様な人間はお前の様な悪人ばつかりだ、やがて捕手が出て来て……括つて去なれぬ様に御注意なさいませや』 菊若『エー自暴糞だ、やつて仕舞へ、サア一、二、三つ』 お玉『オホヽヽヽ、随分偉い馬力ですこと、お宮の前に綺麗な楽書がして御座いましたな、妾拝見致しまして、見事なる御手跡だと感心しましたのよ』 寅若『エー、ベラベラと怖くなつたものだから追従ならべやがつて、此場をちよろまかして逃げ様と思つたつて、仏の碗ぢや、もうかなわんぞ、神妙に手を廻さぬかい』 お玉『大きに憚りさま、廻さうと、廻すまいと妾の手、自由の権利だ、お構ひ下さいますな、それよりも貴方の身の上を御注意なさいませ、玩具のピストルを突きつける様な脅喝手段にのる様なお玉ぢや御座いませぬワ』 富彦『何程口は達者でも力には叶うまい、オイ寅若菊若、もう斯うなれば容赦はならぬ、愚図々々して居ると、人に見付かつちや大変だ、早う事業に着手しようぢやないか』 寅若、菊若『オツト合点だ』 と三人は武者振り付く。お玉は右に隙かし左に隙かし、飛鳥の如く揉み合ひへし合ひ戦つて居る。寅若はお玉の足に喰ひついた途端にお玉は仰向態に、ひつくりかへり二三間谷を目蒐けて、寅若と上になり下になりクレリクレリと三四回軽業を演じた。菊若、富彦は予て用意の藤綱を以て後手に縛り、猿轡を箝め様とする。此時下の方から白い笠が揺らついて登つて来る。 寅若『ヤア、何だか怪しげな奴が一匹やつて来やがつたぞ、大方豊彦爺だらう』 菊若『親爺にしては随分足並が早い様だ、早く縛りあげて其処辺へ隠し、彼奴の通るのをば待とうぢやないか』 と慌て括つたお玉の肉体を灌木の繁茂に隠して仕舞つた。そこへ上つて来た一人の男、 男(丹州)『ヤアお前はウラナイ教の方ぢやなア、一寸物をお尋ね致します、此処へ於与岐の豊彦の娘お玉と云ふ綺麗な女は通らなかつたかな、見れば貴方等は身体一面、狐の襷を身に纒うて居るが、何ぞ面白い事でもありましたか』 寅若『イヤ、別に何もありませぬ、お玉さまはねつからお目にかかりませぬがな』 と故意とお玉を隠した反対の方へ目を注ぐ。 男(丹州)『もう此処へ来て居らねばならぬ時刻ですが……彼方から一寸窺つて居ましたが人の影が四ばかり動いて居つた様だ』 寅若『ハイ、そう見えましたかな。それは大方昼の事でもあり影法師がさしたのでせう』 男(丹州)『天を封じた此密林、影が映すとは妙ですな、私も此処で一つ煙草でも……さして貰ひませう、何だか女の息が聞える様だ、ハツハツハヽヽヽ、お前、隠して居るのぢやあるまいな』 寅若『滅相な、此昼中に隠すと云つたつて……何を隠す必要がありますものか、かくすれば斯くなるものと知り乍ら止むにやまれぬ日本魂と云ひまして、ホンの一寸……』 男(丹州)『何が一寸……だ、其一寸が聞かして欲しい』 寅若『そう四角張つて仰有るに及びませぬワ、サアサアお伴致しませう、貴方お空へお詣りでせう、私お伴致します。オイ菊若、富彦、宜いか、合点か、お前は足弱だから、先へ何を何々せい、私は此お方のお伴をしてお空へ詣つて来るから……』 菊若『昨晩詣つただないか』 寅若、グツと目を剥き、 寅若『シイツ、何を云ふのだい、夢を見やがつて……此処までやつて来て「アヽお山はきついから……神様は何処からも同じことだ、ここで勘へて貰はう」と平太つて仕舞つたぢやないか、アハヽヽヽ。昨晩のうちに詣りよつた夢を見たのぢやな、旅人、こんな弱虫を連れて居ますと閉口致しますワイ、サアお伴致しませう』 男(丹州)『御親切は有難いが、私はお空には一寸も用はない、私の許嫁のお玉と云ふものに会ひさへすればよいのだ、何だか此処へ来ると足がピツタリ止まつて、お玉臭い匂ひがして来た』 三人は徐々目と目とを見合して逃げかけ様とする。 男(丹州)『オイオイ、三人の奴共、貴様に談判がある、一寸待て』 寅若『ヘイ、なゝゝゝ何と仰しやいます』 男(丹州)『一寸待てと云うのだ』 寅若『ぢやと申して……鬼と申して……寅と申して……』 男(丹州)『アハヽヽヽ、随分よく動くぢやないか、その態は何ぢやい』 寅若『ハイ………地震の霊が憑依しまして……いやもう慄つて居ますワイ』 男(丹州)『真に三人共慄つてるな、まてまて今一つ退屈覚しに悪霊注射でもやつて霊縛してやらう』 菊若『めゝゝゝ滅相な、もう之で沢山で御座います』 男(丹州)『ウン』 と一声、霊縛を施した。三人は腰から下は鞍掛の足の様に踏ん張つたまま地から生えた木の様にビクツとも動かず、腰から上は貧乏ぶるひをやり乍ら目許りぎろつかせて居る可笑しさ。 男(丹州)『アーア、お玉さまを之から助けて上げねばなるまい』 と傍の灌木の中に倒れて居るお玉の綱を解き猿轡を取り外し、 男(丹州)『旅のお女中、否お玉さま、えらい目に会ひましたね、サ、しつかりなさいませ、もう大丈夫ですよ、あの通り霊縛を施して置きました』 お玉はキヨロキヨロ男の顔を見廻し、 お玉『ヤア、其方は同類であらう、そんな八百長をしたつて欺される様なお玉ではありませぬよ』 男(丹州)『これは迷惑千万、私は丹州と云ふ男、豊彦さまの知己ですよ』 お玉は男の顔を熟視し、 お玉『ヤア貴方は先日お越し下さいました丹州さまで御座いますか、これはこれはよい処へ来て下さいました、サア帰りませう』 丹州『マア、ゆつくり成さいませ、足は歩かねども天の下の事悉く知る神なりと云ふ案山子彦又の御名は曽富斗の神が御三体現はれました、アハヽヽヽ』 お玉『ほんに、マア見事な案山子彦の神さまですこと』 丹州『何でも世界の事は御存じのお方だから、一つ伺つて見ませうか』 お玉『それは面白からう、いやいや面白いでせう』 丹州『神様に伺ふのに面白いなんて、……そんな失敬な事がありますか、ちつと言霊をお慎みなさい』 お玉『ホヽヽヽ、屹度慎みませう』 と寅若の前に徐々と現はれ、 お玉『ハヽア、此神様は目ばかり剥いて居らつしやる、何かお供へしたいが何もありませぬ、丹州さま、如何でせう、大きな口を開けて居らつしやいますが………』 丹州『お土かお石の団子でも腹一杯捻込んであげたら如何でせう、アハヽヽヽ』 お玉『それは経済で宜しいね、お三方とも勝負のない様にお供へしませうか』 丹州『ヤア手が汚れますから措きませうかい、こらこら六本足、霊縛を解いてやる、一時も早く立帰り此由を高姫、黒姫、高山彦の御前に包まず隠さず注進致して、御褒美に預つたが宜からう』 『ウン』と一声霊縛を解くや否や三人は一生懸命ガラガラガラと坂道に石礫を打ちあけた様に転んで逃げて行く。 丹州はお玉と共に於与岐の豊彦の家に黄昏ごろ帰つて来た。豊彦夫婦はお玉の遭難の顛末より丹州が助けて呉れた一条を涙と共に聞き非常に感謝し、丹州は生命の親として鄭重に待遇され、それよりお玉の宅に暫時同棲する事となつた。されど丹州とお玉との両人の仲は一点の怪しき関係も無く極めて純潔であつた。 (大正一一・四・二八旧四・二北村隆光録)
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霊界物語 20_未_丹波物語5 錦の宮の発足 02 赤児の誤 第二章赤児の誤〔六六四〕 雪に埋まる川端の賤の伏家も春が来て 冷たき雪も何時しかに溶けて嬉しき老夫婦 宇都山川の水温み枯木も青芽を萌き出して 軒端の梅も匂ひ初め谷の戸開けて鶯の 訪る季節となりにける山と山とに包まれし 此処は世界の秘密郷人の心も質朴に 宛然神代の如くなり時しもあれや婆羅門の 神の教の宣伝使鬼雲彦の残党と 世に聞えたる友彦が二十戸許りの里人に 霊主体従を標榜し剣を渡り火を渡り 水底潜り浮き沈み鳥さへとまらぬ茨室に 郷の男女を裸体とし言葉巧に説きつけて 身体を破る曲の行足駄の表に釘を打ち 穿ちて歩む村人は神に仕ふる第一の 清き御業と迷信し心を痛め身を痛め 無理往生の嬉し泣きこの惨状を救はむと 天の真浦の宣伝使松鷹彦が賤の家に 長らく足を留めつつ朝な夕なに神の道 うまらに委曲に説きつれど迷ひ切つたる里人の 肯ふ事とならずして迷ひに迷ふ憫れさよ。 春は漸く深く、菜種の花もすげなく散りて青い莢の針をいただき、大根の花遅れ馳せ乍ら白く咲いてゐる。一方は大川、一方は田圃で挟まれた川堤の松鷹彦の茅屋さして入り来る四五人の男女、 甲『ハイ御免なさいませ』 松鷹彦『ヤアお前は留公か。大勢伴れで血相変へて何処へ行くのだ』 留公『イヤ何処へも行かぬ。当家へ村人の代表者として、吾々五人がやつて来たのだ。今日は確りと聞いて貰ひませう。お前等夫婦の身の上に関する大問題だから』 松鷹彦『大問題とはソラ何だ。又水の中で河童が屁を放つたやうな事を針小棒大に言つて来たのだらう』 留公は肩を張り、腕を捲り捩鉢巻をし乍ら、半分許り逃げ腰になつて、 留公『オイお前達、道をサツと開けて置けよ。まさかの時に邪魔になると困るから』 松鷹彦『なんだ貴様は肩をいからし、腕をまくり、よう気張つたものだなア。今からそれだけ力一杯出して気張つて居ると、力の原料が欠乏するぞ。先づじつくりせぬかい』 留公は少し肩の角を削り、手持無沙汰にそつと捲つた腕を隠す。 松鷹彦『なんだ其の鉢巻は。他人の家へ出て来るのに、あまり無作法ぢやないか。親の仇敵にでも出会つたやうな勢だなア』 留公『親の仇敵どころかい。大自在天大国彦の神様の、最も大切な仇敵をお前の家に匿まうて居るでないか。其奴を一つふん縛つて帰り、友彦の宣伝使の御前に曳き据ゑて、相当の処置をつけるのだ。サア爺、もう斯うなつた以上は隠しても駄目だ、キリキリと宣伝使をおつ放り出して吾々に渡すのだよ。ゴテゴテ吐すと村中が貴様の信用を買はないぞ。ボイコツトを始めるが、それでもいいか。さうすれば、武志の宮の宮司は、足袋屋の看板足上り、鼻の下の大旱魃、大恐慌だ。悪いことは言はないからさつさと渡して呉れ。老爺の身に取つて実に大切な場合ぢやぞ。焦頭爛額の急場と言ふのは今のことだ。サア早く神妙に宣伝使を吾々に渡したがよからう。里人の代表者留公の言葉に二言はないぞ。覚悟を定めて返答しろ』 松鷹彦『何事かと思へばそんな事かい。ベラボウ教のドモ彦だな。矢張り彼奴は何時迄も頑張つて居るのかい。遠の昔に宇都山の里から消滅した筈だが、オイ留公、此方には用が無いが訊ねたい事があれば、宣伝使は奥にチヤンと祭りこみてあるから、友彦と云ふ御大将を此処へ連れて来い。及ばず乍ら松鷹彦が天地の道理を説き諭し、友彦の身魂を浄めて三五教の宣伝使真浦様のお伴彦として使つてやるから早く帰つて注進致せ』 留公『中々老耄の癖に俄に強くなりやがつたな。オイお春、お弓、樽公、捨公、貴様等何を愚図々々してゐるのだ。俺と一緒に奥へ踏んごみ、宣伝使をふん縛つて帰らうぢやないか。こんな奴が此の結構な里に来やがつて、三五教とかを説きやがるものだから、この御天道様の色を見よ。御機嫌が悪うて黒い雲が出て居るぢやないか。御天道さまのお気に入らぬ奴が此の里へ来ると、何時も黒い雲が出ると云ふことだ。二三日前から人の尾峠の頂きに、真黒けの鍋墨のやうな雲が現はれたのも、全くお前達が仕様も無い奴を宿めて居るからだ。バラモン教の宣伝使友彦さまの御示しだぞ』 奥の間より真浦の声として、涼しき宣伝歌の声聞え来たる。 真浦『天教山に現はれし木花姫の分霊 玉照彦や玉照姫の神の命の朝夕に 心を清め身を浄め仕へ給へる丹波の 国の真秀良場ただなはる青垣山を繞らせる 真中に立てる世継王山御稜威も高く照山の 袂にひらく神の苑錦の宮の最聖き 心の花も咲耶姫彦火々出見の二柱 国治立の大神や豊国姫の大神の 厳の御言を畏みて天地にさやる曲津神 八岐大蛇や醜狐バラモン教に立籠る 醜の曲鬼言向けて此世を清め澄さむと 七十五声の言霊を朝な夕なに宣り出でて 教司を招び集へ言依別を三五の 神の柱とつき立てて錦の機の御経綸 開かせ給ふ常磐木のわれは小さき者なれど 神の恵を蒙りし三五教の宣伝使 天の真浦の命ぞや高天原を立ち出でて 雲霧分けて降り来る人の尾山は高くとも 宇都山川は深くとも如何で及ばむ神の徳 バラモン教の友彦が舌の剣に操られ 神よりうけし生血をば滝の如くに流し居る 哀れ果敢なき里人を諭して誠の大道に 救はむための鹿島立武志の宮に立寄りて しばし憩らふ折柄に宮の司の松鷹彦 現はれ来り吾々をこれの伏家に伴ひて 朝夕唱ふる太祝詞神の恵みもいやちこに 五風十雨の順序よく花は梢に咲き乱れ 梅の蕾はさわさわに枝もたわわに重なり合ひ 見渡す限り野も山も色蒼々と栄え行く 神の恵みを目の当り眺め乍らに汝等は 何を狼狽へ騒ぐぞよ一時も早く立帰り 汝が親と頼み居るバラモン教の友彦を わが目の前に伴れ来り天と地とを守ります 誠の神の御心をうまらに委曲に説き諭し 汝等里人悉が眠れる眼を醒まさなむ 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも我宗門の神力は 如何に強しと誇るとも誠一つの言霊の 幸ひ助くる三五の神の教に比ぶれば 月に鼈雲に泥天地の差別あることを 洩らさず落さず細やかに教へて呉れむ里人よ 神代ながらの里人よ此世を造りし神直日 心も広き大直日唯何事も人の世は 直日に見直し聞直し世の過ちを宣り直す 神の教に省みて天地の道を誤りし 深き罪をも差赦し高天原の神国の 教の御子と何時迄も心に安きを与ふべし 栄えの花は永久に咲く高天原の神の子と 生れ変りし其上は此世に恐るるものは無し アヽ惟神々々御霊幸はひましまして 留公其他の里人を安きに救ひ給へかし アヽ留公よ里人よ友彦伴ひ早来れ 天の真浦の神司襟を正して待暮す アヽ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と屋外に響く竜声に留公始め四人の男女は、 四人『ヤア大変だ。頭が痛い、胸が苦しい。一先づ此家を立去り、友彦の宣伝使に注進せむ』 と大麦、小麦、豌豆、蚕豆畑を踏躙り、周章狼狽き帰り往く。 松鷹彦『此の村は質朴な代りに理解力が無いので困る。信仰も結構だが無理解な信仰にああ堅くなつては、何うにも斯うにも手の付け方が無い。まるで鉄を以て固めた城壁に向つて、無手で子供が襲撃するやうなものだ。アヽ何うしたら彼等の目を醒す事が出来ようかなア。斯う云ふ時に不言実行の教理を徹底的に発揮して欲しいものだ。広い世界には何処かに、一人や半分位天から溢れて来て居り相なものだなア』 と、わざと奥の間に聞えよがしに、 松鷹彦『ナアお竹』 と婆アに向つて話しかけたればお竹はウナヅイて、 お竹『さうですな、随分いろいろの神様の教もあり、宣伝使も沢山ありますが、どれもこれも言葉の花の山吹ばつかりで、実ののつた例は無い。あれだけ近くにバラモンが跋扈して居るのだから、何とかして彼の様な惨酷な教を根底より転覆させ、せめて此の村だけなりと助けて呉れる真人が現はれ相なものだなア』 とお竹も亦爺の言葉尻について、奥の間に聞けよがしに言つてゐる。真浦は之を聞くや否や、奥の間の戸を、音させじとソツと開き、スタスタと宇都山の里を目ざして走り行く。 留公の離れ座敷に陣取つて日夜怪気焔を吐き里人を煙に捲いてゐるバラモン教の友彦は、松鷹彦の茅屋に遣はしたる使の帰り来るを、今や遅しと首を長くして日当りのよい角窓から覗いてゐる。倒けつ転びつ、ハーハー、スースーと息を喘ませ帰り来る留公一行の姿を見るより、友彦は、 友彦『ヤア待ち兼ねた。様子は如何だ。早く返答聞かして呉れ』 留公『イヤもう暗雲低迷、前途暗黒、収拾すべからざる形勢で御座いました。この留公が深遠微妙の言霊に依つて、漸く騒乱鎮静の曙光を認めました』 友彦『アヽさうか、それは大儀であつたのう』 お春『モシモシ宣伝使様、全くですよ。全くは全くだが零敗の大当違ひ、夜食に外れた梟鳥の憫れ儚なき列を乱した頓狂振り、実に目も当てられぬ惨状でしたワ』 留公『コラコラ女の差出るところでない。黙つて物言へ。それだから女に大事は明かされぬと昔の聖人が云つたのだ』 友彦『一体何方が本当だ。吉か凶か、天か地か、月か鼈か、雪か炭か』 お春『鼈に炭の様なものです。爺さま、中々の剛情者で村中の協議の結果を一も二もなく退け、青瓢箪のやうなヘボ宣伝使の加勢ばつかりやつて居ます。さうして奥の間から何百人とも知れぬ大きな声を揃へて、照るとか曇るとか歌ひ居つた。其の声に私達の結構な笠の台は忽ち地異天変、目は暈ふ、鼻はうづく、口は自然に弛んで下顎が乳の辺まで垂下する、胸は早鐘をつく消防夫は駆出す、纏はガサガサチヤンチヤン』 友彦『オイオイ貴様何を言つてゐるのだ。何処へ行つて来たのだ』 留公『ハイ一寸小火があつたものですから』 お春『留さま、何をボヤボヤして居るのだ。火事つたら何処にあつたのだい』 留公『エー貴様の見えない、遠い遠い神霊界に無形の火事があつたのだよ。霊眼の開けないデモ信者の窺知し得る限りでないワイ。女だてらブカブカと此の場面に浮き出して水をさすよりも女らしう暫らく沈艇をしてゐて呉れ』 友彦『アハアお前たちはフの字だな』 お春『フの字ですとも、それはそれは麩のやうな腑抜け魂ですよ。戦況を詳細に報告致しませうか』 留公『オイ敗軍の将は兵を語らずだ。弱虫は弱虫らしう控へて居らう』 斯く争ふ所へ、スタスタと現はれて来た一人の男、鍬をかたげ頬被りをし乍ら、 男(田吾作)『留さん、一寸外へ出て下さい。俺ん所の大事な赤子を踏み殺しやがつて、如何して呉れるのだい』 留公『貴様の家に赤子があるのか。何時の間に子を産んだのだ。嬶も無い癖に如何して赤子を踏まれる道理があるか』 男(田吾作)『有らいでか、有りやこそ言うて来たのだ。嘘と思ふなら俺ん所の畑までやつて来い。さうしたら一目瞭然貴様も成程と合点がいくだらう』 留公『赤子の三つや五つ踏み殺したつて、なんだい。此の村は今や地異天変の最中だ。ちつと位辛抱して作戦の用意にかからねばならぬだないか。悠々と野良へ出て仕事をして居る場合ぢやない。挙国一致で敵に当らねばならぬ危急存亡の場合だぞ』 男(田吾作)『それでも貴重な赤子を捨ててまで馬鹿らしい、斯んな戦争が出来るかい。婦人国有論が起つて赤子を一人でも殖やさにやならぬ時に、二十も三十も踏み殺されてたまるものかい』 留公『貴様鼠のやうな奴だな。沢山な赤子を如何して産んだのだい。あまり仕様も無い種子を蒔くと、米が騰貴して国家的破産を来さねばならぬやうになるぞ。産児制限の問題が喧しい時だ。俺が踏み殺したのも国家の為めだよ』 男(田吾作)『天地の大神様の御恵みで、やうやうと芽をふき、葉も出来、花も一寸咲きかけたとこだ。それを貴様が三五教の宣伝歌に驚き慌てて、広い道路があるのに俺ん所の芋畑を通りやがつて、三度芋[※三度芋はジャガイモの別称。]の赤子をすつかり踏割つて了ひやがつた』 留公『何を吐しやがるのだい。俺は又人間の赤子だと早合点して、聊か同情の涙にくれて居つたのだ。貴様の芋畑を通つたものは俺ばかりぢやないぞ、五人も居るのだから、そりや大方人違だらう』 男(田吾作)『馬鹿言ふな、足型でよく分つて居る。六本も指のある奴は、此村には貴様一人より無いのだ。指の型が証拠だ。モシモシバラモン教の先生、あんなことをしても神様は許されますか。私は何時も貴方の御話を聞いてゐますが、畔放ちの罪と云ふことは大変な重い罪だ。そんなことを致したものは直にバラモン教を破門すると仰有いましたなア』 友彦『それは何時も言うて居る通りだ。オイ留公、お前は今日限り破門する。併し乍ら明日は又明日のことだ。兎も角教が許さぬから此場を立去つたがよからう』 留公『エー置きやがれ、今まで先生々々と崇めてやれば、好い気になりやがつて、なんだい芋種子の二十や三十踏み躙つたと言つて、それがそれ程悪いのか。芋と人間と何方が貴い、芋よりも安く見られるのなら、俺も此方から破門だ。其の代りにタツタ今頭の痛い、胸の苦い宣伝歌を謡つて、天の真浦とか云ふ偉い生神様がやつて来るから、その時に犬突這ひになつて、ベソをかかぬやうに用心せい。これが俺の別れのお土産だ。オイお春、貴様も好い加減に目を醒せ。俺はこれから三五教の宣伝使に御味方するのだ』 と言ひ捨て、一目散に駆出した。 (大正一一・五・一二旧四・一六外山豊二録)
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霊界物語 20_未_丹波物語5 錦の宮の発足 03 山河不尽 第三章山河不尽〔六六五〕 留公はドンドンと地響きさせ乍ら性凝りもなく芋畑の赤子を御丁寧に再び蹂躙り、 留公『エイ、此芋の野郎、俺に影響を及ぼしやがつた、芋だつて油断のならぬものだ、エヽもう斯うなる上は善いも、悪いも、恐いも、可愛いも、難かしいも、嬉しいも、悲しいもあつたものかい、三度芋の野郎、何処までも六本の指で蹂躙してやらう。アタいもいもしい』 と足に力を入れて心ゆく許り踏み砕いて居る。そこへ走つて来たのは真浦の宣伝使、此態を見て、 真浦『留さん、何をして居なさる』 留公『之はしたり、大変な所を発見されました。然し何卒もう宣伝歌丈けは許して下さい、頭の数が幾つにも分家する様な心持がしますから……』 真浦『よしよし嫌とあれば沈黙しませう、然し今お前の踏んで居るのは芋ではないか』 留公『ハイ、物価騰貴の今日、斯う沢山に赤子が殖えては、第一国民が食糧に困ります。三度芋と云つて年に三度も子を生む奴ぢや、産児制限の為めにサンガー夫人がやつて来て、今此処に大活動を開始した所ですよ。何卒大目に見て上陸を拒否せない様に願ひます、アハヽヽヽ』 真浦『そんな事しては困るぢやないか、天津御空の星の数程人を殖やし、浜の真砂の数程赤子を生まねばならぬ神様のお道ぢや、生成化育の大道を無視してその様な乱暴な事をして良いものか』 留公『私は之が国家の経済上から見ても、人類共存上の学理から考へても最も神の意志に適した良法だと確信して居ます。何卒私の演説を一つ聞いて見なさい、能く徹底して居ますよ』 真浦『演説は中止、否絶対に解散を命じます』 斯る処へ以前の男、鍬を担げ乍ら怒髪天を衝いて走り来り、 男(田吾作)『こらこら又しても大切の大切の赤子を殺すのか』 留公『オヽ、バラモン教と取換へこして迄、赤子を征伐する覚悟をきめたのだから、何と云つても中止はせない。マア之も前世の因縁だと諦めて鄭重に弔ひでもしてやるが良からう』 男は怒り心頭に達し鍬を真向に翳し留公の頭を目蒐けて打ち下ろした。留公はヒラリと体を躱した機に、鍬は外れて真浦の足の小指を斬り落した。真浦は顔を顰め落ちた指を手早く拾つて傷口にあてた。指は其儘に密着した。余り慌てたと見えて小指の先は裏表に付けて仕舞つた。之迄は真浦に対し守彦と云ふ名が付いて居たが茲に初めて真浦と云ふ名が出来たのである。 男(田吾作)『之は之は失礼な事を致しました、何卒赦して下さいませ。勿体ない、宣伝使の指を斬るなんて……私は如何して此罪を贖うたら宜しいでせう、神界に対して取返しのならん不調法を致しました』 と泣き沈む。 留公『世界を救ける生神の宣伝使様だ。指の一本や手の半本位取れたとて、そんな事で弱へる様では宣伝使ぢやない。それよりも貴様の所の赤子の生命、随分無残な事になつたものだのう』 男(田吾作)『之だけ丹精を凝らして作つた芋種を台なしにして置き乍ら、まだ業託を吐きやがるか。エーもう堪忍袋の緒がきれた、覚悟をせよ』 と又もや鍬を振り翳し留公に迫る。宣伝使は此鍬の柄を確と受止め、 真浦『マアマアお待ちなさい、短気は損気だ。芋も大切だが人の生命も大切だ』 男(田吾作)『朝から晩まで自分の産んだ子も同然に肥料を掛けたり、草を引いたり、色々と世話をして来た可愛い芋の子、それをムザムザ踏み潰されて……育ての親が如何して黙つて居れませう。芋は芋だけの精霊が宿つて居る。屹度苦しんで居るでせう。可哀相に……此赤子は誰に此無念を訴へる事が出来ませう、私が怒つてやらねば此赤子は能う浮びますまい……アヽ芋の子よ、可憐相な者だが、もう斯うなつては仕方が無い、俺が之からお前の冥福を祈つてやるから心残さずに幽冥界に旅立して安楽に暮してくれ、アンアン』 と態と男泣きに泣き立てる。 留公『アハヽヽヽ、それだから田吾作、貴様は馬鹿だと云ふのだよ、それ程可愛い芋なら大きうなつた奴を何故釜煎にしたり庖丁にかけて喰ふのだ。そんな矛盾な事を云ふからキ印だと云はれるのだ。モシ宣伝使さま、ちつと理屈が合はぬぢやありませぬか』 としたり顔に云ふ。 田吾作『それはそうだけれど……何だか可憐相で仕方が無い哩、西も東も知らぬ弱い赤子を無残にも斯んなに虐殺すると云ふ事があるものか、芋は芋としての寿命がある筈だ。秋が来て蔓が枯れた時は寿命の尽きた時だ、そこで喰ふのなら芋も得心するであらう、折角お前も生れて来て不運な奴だのう』 と又も涙含む。 留公『オイ田吾作、貴様は人の命が大切か、芋の子が大切か、何方を主とするのだ』 田吾作『きまつた事よ、貴様は芋で譬たら良い喰ひ頃だ。此世に最早用の無い代物だから別に惜しくも無ければ、国家の損失でも無い。却つて社会の塵埃掃除が出来た様なものだい』 真浦『アハヽヽヽ、随分面白い芋論を聞かして貰ひました、併し乍ら万物一切皆神様の霊が宿つてゐるのだから、貴賤老幼草木器具の区別なくそれ相当の霊魂がある。万有一切は総て神様の大切なる御霊が宿つてるから、木の葉一枚だつて粗末にしてはなりませぬぞや』 田吾作『そら見たか、留州、キ印の阿呆の云つた事でも矢張天地の真理に適つて居るのが、ちと妙ではないか』 留公は首を傾け手を組んで青芝の上に端坐し何事か頻りに考へて居る。漸くにして顔を上げ、 留公『ヤ、何事も氷解しました。田吾作どの、どうぞ怺へて呉れ、之からは決してもう斯んな事はせないから……』 田吾作『何と云つても斯うなつた以上は仕方は無い、今後は気をつけて呉れ。芋ばつかりぢやないよ、豆だつて麦だつて皆其通りだからなア』 留公『ハイ承知致しました、ちつと心得ます』 と以前に変つて丁寧に挨拶する。 真浦『アヽ之で凡ての解決がついた、芋の死骸で最早平和克復だ。サア之からバラモン教の友彦さんにお目に掛つてお話を承はりませうか』 と行かむとするを留公は引き留め、 留公『モシ、宣伝使様、一寸待つて下さい、貴方只一人でお出でになつては大変です、私等は勝手を能く覚えて居ますが、私の離座敷に宣伝使が置いてある、そこに神様も祀つてあります。然し乍ら家の周囲に広い深い溝が掘つてあつて迂濶跨げようものなら……それこそ大変……生命が無くなりますぜ』 真浦『それは本当の話か』 留公『本当ですとも、現在私の家ですもの、何間違つた事を云ひませう。軒下を貸して母屋を取られると云ふ譬の通り、初め乞食の様な態をしてやつて来た友彦の宣伝使が、今では大変な勢で私の座敷や本宅を我物顔に振舞ひ、私は丁稚役、主客顛倒も之位甚しい事はありませぬ。私は初めの頃は実に立派な宣伝使だと思つて現を抜かし、云ふが儘にして居りましたが、此頃の宣伝使の言行の一致せない事、実にお話になりませぬ。けれども私が率先して村中の者に勧め廻つたと云ふ廉があるので、今更責任上此宣伝使は喰はせ者だつたと云つて告白する訳にもゆかず、本当に困り抜いて居つた所ですが、最前松鷹彦の宅へ使に行つた時、奥の間に何百人とも知れぬ人声で宣伝歌が聞えて来た。その声の恐ろしさ、実に無限の威力が備はつて居ました。私はバラモン教は愛想がつき三五教へ入信したいので御座いますが、あの様な頭の割れる宣伝歌を謡はれては困るなり、如何したら良いでせうかなア』 真浦『宣伝歌は聞けば聞く程気分が良くなつて来るものだ。お前に憑依して居る副守護神が嫌ふのだ、それさへ体内より放逐して仕舞へば何でも無いのだ。さうしてあの小さい家に百人も居る筈がない、其実は私一人より居らなかつたのだ』 留公『イエイエそれでも沢山なお声でした。年寄の声、若い者の声、鈴の様な綺麗な女の声も聞えましたがなア』 真浦『そら、そうだらう、沢山な神様が集まつて宣伝歌を合唱遊ばす事が始終あるからだ。そりやお前の神徳の頂け口だ、天耳通の開けかけだから安心して吾々の唱ふるお道へ這入るが宜からう』 留公『そんなら私を入信させて下さいますか』 真浦『アヽ宜しい宜しい、何卒入信して下さい』 留公『之は有難い、もう斯うなる上は百人力だ。オイ田吾作、お前も仲直りをした以上は、俺と同様に此方に従つて三五教を信仰しようぢやないか』 田吾作『ウンそうだ、さうなれば此村も天下泰平だ。毎日日にち血を見る残酷な行を強圧的にさせられる心配も要らず、定めて女子供が喜ぶ事だらう』 真浦『然し私がお前の宅へ出張すれば、友彦の宣伝使が随分妙な顔をするだらうなア』 留公『そりや致しませうとも、今迄は無鳥郷の蝙蝠気取りで随分威張つて居ましたが、上には上があるから何時迄も世は持ちきりにはなりますまい、之が良い切り替へ時でせう。サアサア世の立替立直しは之からだ、天の岩戸の開け口だ』 と雀躍し乍ら先に立ち二人を伴ひ吾家を指して帰り行く。 留公は矢庭に友彦の割拠せる離座敷に躍り入り、 留公『サア友彦、今日から一寸都合があるので此家を開けて貰ひ度いのだ。俺も今迄はバラモン教のお世話係をやつて来たが、お前さんから除名されてからは何時迄も此家を貸す訳にはゆかない。之から三五教の宣伝をしようとするのだから、未練残さずトツトと帰つてお呉れ』 友彦は怪訝な顔して、 友彦『オイ留公、そりや何を云ふのだ。貴様、初めに何と云つた、……私の家はお粗末乍ら一切神様にお供へします。……と大勢の前に立派に誓つたぢやないか』 留公『そりや誓ひました、否違ひました。然し神様に上げるも上げぬもない、世界中皆神様のものだ。仮令上げると云つた所でお前に上げたのぢやない、天地の元の大神様に奉つたものだから、何卒出て呉れやがれ』 友彦『左様な不都合な事を申すと神罰は立所に当るぞ、それでも宜いか、此友彦だつて天地の大神様、殊に大国別の神様の生宮だ、神様の生宮が神様の家に居るのだ、貴様の様な四足の容器とは違ふぞ、エヽ穢らはしい、トツト出てゆけ。左様な無体な事を申すと神様は兎も角として村中の信者が承知致すまいぞ』 と信者をバツクに落日の孤城を固守せむとする。 留公『何といつても、もう駄目だよ。零落ぶれて袖に涙のかかる時、人の心の奥ぞ知らるると云つてな、除名された俺は村中の除外者になり、何処へ頼る所もなし、自暴自棄となつて田吾作の芋畑に駆込み、事の起りは此奴ぢやと芋の赤子を片端から踏み殺す最中に、一人で百人の声を出すと云ふ立派な三五教の宣伝使が其処に忽然として現はれ給ひ、此留公の頭を、膝に上つた猫でも撫でる様な調子で可愛がり、一の乾児にして下さつたのだ。サアサア早く出立致さぬと表に三五教の御大将が見張つて御座るぞ』 友彦『何、三五教の宣伝使が見張つて居るとな、大方武志の宮の神主の宅に去年の冬から潜伏して居た守彦と云ふ弱腰宣伝使だらう。バラモン教の友彦が威勢に恐れて今まで蟄伏して居た蛙の様な代物だ、そんな者が仮令千匹万匹やつて来たとて驚くものかい。万々一此場へ進んで来ようものなら、それこそ神界の御仕組の陥穽に真逆様に顛倒し生命を捨つるは目の当りだ。心配致すな、貴様も今日限り除名処分を取消すから安心せい』 留公『何を吐きやがるのだ、取消も何もあつたものかい、三五教の宣伝使は俺の詳細なる報告に依つて陥穽の箇所は全部承知して御座るのだ。さうして俺は案内役だから滅多に別条は無い、吾身の一大事が迫つて来て居るのにお前、人の疝気を頭痛に病む様な馬鹿な真似はなさいますなや。大きに御心配……有難う』 と長い舌を出し、両手を鳶が羽翼を拡げた様な風にして二三遍虚空を掻き、尻をニユツと突出して舞うて見せる。 友彦は祭壇の前に額き祈願の詞を奏上し、言霊戦を以て真浦の宣伝を撃退せむと、声張り上げて謡ひ初めたり。 友彦『常世の国を守ります大国彦の大神の 珍の御裔と現れませる大国別の大神は 仁慈無限の救世主常世の国より遥々と イホの国迄渡りまし霊主体従の御教を 開かむ為に霊幸ふ神に等しき鬼雲の 彦の命や鬼熊別や其他数多の神々を 豊葦原の中津国メソポタミヤの顕恩郷 果実豊な楽園に本拠を定めフサの国 ツキの国まで教線を拡め給ひて自転倒の 島に又もや下りまし大江の山を中心に 神の光を三岳山鬼をも拉ぐ鬼ケ城 伊吹の山まで開きまし世人を救ひ助けむと 心を尽し魂を錬り此世を乱す悪神の 神素盞嗚の枉津見が下に仕ふる悦子姫 鬼武彦や高倉や旭、月日の白狐等が 悪逆無道の振舞に時を得ずして本国へ 一先づ退却し給へど必ず捲土重来の 時こそ今に近づきてコーカス山やウブスナの 山に建つたる斎苑館黄金山はまだ愚 自転倒島の中心地世継王の山の辺傍 錦の宮を忽ちに手の掌翻す其如く 土崩瓦解は目の当り先の見えたる三五の 神の教は風前の灯火の如く日に月に 危険益々迫り行く実に憐れな其教義 それをも知らぬ守彦が天の使と名乗りつつ 図々しくもバラモンの神の使の友彦が 館を指して来るとは飛んで火に入る夏の虫 それに従ふ留公や田吾作野郎の蚯蚓きり 蛙もきれぬ分際で神徳高き友彦に 刃向ひ来るとは何事ぞ身の程知らぬも程がある 天が地となり地が天と変る此の世が来るとても 三五教に迷ふなよ霊主体従の此教義 誠一つの神界の深き経綸は三五の 浅き教ぢや分らない飯守彦の宣伝使 留公田吾作諸共に今から心を立直し バラモン教の神徳を受けて身魂を研き上げ 神世を来す神業に心を尽し身を尽し 天地に代る功績を千代万代に樹てよかし これ友彦が詐らぬ誠一つの言葉ぞや 言霊幸はふ世の中に善ぢや悪ぢやと何の事 朝日が照るとか曇るとか月が盈つとか虧くるとか 大地が泥に沈むとか世人欺くコケ嚇し そんな馬鹿げた言霊を之だけ開けた世の中の 人が如何して聞くものか馬鹿を尽すも程がある 一時も早く目を覚せ神の心は皆一つ 世界の氏子を助けむと大国別の御言もて 憂瀬に沈む民草を救はせ給ふ有難さ 一度は喰つて味はへよ喰はず嫌ひは仕様がない 苦けりや吐き出せ甘ければ遠慮は要らぬドシドシと 心ゆく迄喰ふがよい善の中にも悪がある 悪の中にも善がある三五教は表向 善と雖も内実は悪鬼悪魔の囈言ぞ バラモン教は表から眺めて見ても善である 裏から見ても亦善ぢや其内実は殊更に 善一筋で固めたる昔の元の神の道 斯んな結構な御教を調べもせずに一口に 悪の雅号で葬りて此世を潰さうと企む奴 憎さも憎い三五教一時も早く留公よ 飯守彦と云ふ奴の甘い言葉にのせられて お尻の毛迄抜かれなよ憐れみ深い友彦が 真心籠めて気をつける大国別の神様よ 彼等が心に生命を与えて再びバラモンの 神の教に救ひませあゝ惟神々々 御霊幸はひ坐ませよあゝ惟神々々 御霊幸はひ坐ませよ』 と口から出任せに汗をブルブル流し乍ら呶鳴り立てて居る。留公は此歌を聞いて躍起となり、 留公『オイ、バラモン教の御大将、随分立派な言霊だのう。雲烟模糊として捕捉すべからず、支離滅裂、聞くに堪へざる亡国の悲歌、そんな事を囀ると天地が暗くなつて仕舞ふ哩。サア之から此留公が十一七番の宣伝歌を謡つてやらう、耳を浚へて謹聴せい』 と長々と前置してエヘンと一つ咳払ひ、鷹が翼を拡げた様な手付で腰を屈め足を踏ん張り、右や左へ身体を揺ぶり乍ら奇声怪音を放つて揺ひ出した。 留公『此処は名に負ふ秘密郷四面深山に包まれて 中を流るる宇都の川流れも清く澄み渡る 武志の宮の御住家大江の山を破壊されて 逃げて出て来たバラモンの言霊濁るども彦が 鳥なき里の蝙蝠か蛇なき里の青蛙 威張散らして村人を何ぢやかんぢやとチヨロまかし 霊主体従を標榜し利己一片の強欲心 最極端に発揮して宇都山村の婆、嬶を 有難涙に咽ばせつ遂に進んで吾々も 慣用手段の口の先一寸うまうま乗つて見た さはさり乍らつくづくと胸に手を当て真夜中に 臥せりもやらず窺へば表面を包む金鍍金 愈色は剥げかけた時しもあれや三五の 誠一つの宣伝使天の使の守彦が 雲路を分けて下りまし武志の宮の御前に 現はれました雪の道雪より清い神心 松鷹彦の住む家に去年の冬から出でまして 世界の立替立直し天地百の神等を 宇都の川辺に呼び集め神徳茲に備はつて バラモン教の枉神を言向け和し如何しても 往生致さな是非はない神の定めの根の国や も一つ違うたら底の国万劫末代上れない 根底の底のまだ底の真黒暗のドン底へ 落してやらうかこりや如何ぢや此世でさへも限りがある 早く心をきり替へて瓦落多教に暇呉れて 誠の神の開きたる三五教に帰順せよ 俺も長らく友彦を師匠と仰いで来た誼 別れに際して親切に誠心で気をつける 気をつけられた其中に聞かねば後は知らぬぞよ 神の心を取り違へ留公さまの真心を 無にするならばするがよい皆お前の身の上に かかつて来ること許り俺はもう早や三五の 神の教に帰順したバラモン教に用は無い とは言ふものの人は皆同じ御神の分霊 世界同胞の誼もて一度は忠告仕る 早く改心して呉れよ決して俺に損得の 一つも関はる事ぢやないみんなお前が可愛から お前が改心するなれば宇都山村の神村も 天下泰平無事安穏五穀成就目のあたり 改心せなけりや是非も無い留の腕には骨がある 天地の神になり代り貴様の雁首引き抜こか 眼玉を抜こか舌抜こか地獄の鬼ぢやなけれども 止むに止まれぬ大和魂とめてとまらぬ留公が 思ひ詰めたる善の道道に迷うた里人を 助けにやならぬ此場合先づ第一に友彦が 改心すれば三五の神の司と手を引いて 元は一つの神の道腹を合して仲好くし お道を開く気はないか早く薫しい返事せよ 返事がなければ是非が無い芋の赤子を潰す様に 片つ端から踏みにじり鬼の餌食にしてやろか サアサア早うサア早うお返事なされよ三五の 誠一つの宣伝使言霊戦を開いたら とても敵はぬ尻に帆を掛けて走らにやなるまいぞ そんな見つとも無い事をするより早く我を折つて 改心なされ改心をすれば忽ち其日から 喜び勇んで神界の御用が屹度出来ますぞ 三五教が善なるか又悪なるか俺や知らぬ 俺の感じた動機こそ不言実行の誠のみ バラモン教は善の道善ぢや善ぢやと謡へども 言心行が一致せぬ一致を欠いだ御教は 半善半悪雑種教斯んな教が世の中に 若しも拡まるものならば世界の人は悉く みんな不具者になつて仕舞ふ生血に飢ゑたる枉神の 醜の企みと知らないかお前も天地の御徳にて 生れ出でたる神の宮悪魔の巣ふ破れ屋と なつて天地の神々に如何して言訳立つものか 早く改心してお呉れ留公さまが一生の 誠尽しのお願ぢや之程誠で頼むのに 首を左右に振るならばもう是非なしと諦めて 直接行動にとりかかる返答聞かせ友彦よ 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むともお前一人は如何しても 改心させねば措かないぞあゝ惟神々々 御霊幸はひ坐しまして頑固一途の友彦が 心を照させ給へかし身魂を光らせ給へかし』 と敵やら味方やら訳の分らぬ歌を謡ひ首をすくめ、糞垂れ腰になつて、左右の手を胸の四辺にかまきりがすくんだ様な手付し、ピリピリ慄ひ乍ら左右の足を一所にキチンと合せ待つて居る。その可笑しさに友彦も、跟いて来た田吾作も、思はず声を上げて笑ひ転けたり。 (大正一一・五・一二旧四・一六北村隆光録)
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霊界物語 20_未_丹波物語5 錦の宮の発足 04 六六六 第四章六六六〔六六六〕 鬼も十八、番茶も出花、蛇も廿なる巻物語、六六六の節に当つて少しく季節は早けれど、蚊蜻蛉然たる細長き、加藤如来に筆執らせ、横に臥しつつ瑞月が、古今を混同したる夢物語、ハートに浪もウツ山の、里に割拠せし、バラモン教の宣伝使、言霊濁るども彦が、天の真浦の言霊に、当りて逃出す一条、天井の棧を読みながら、布団を尻に敷島の煙と共に雲煙朦朧、捉まへ所のなき泣き述ぶるドモ彦物語、嗚呼惟神々々、辷る言霊口車、いやいやながら乗つて行く。 田吾作は鍬を杖につき、煮染めたやうな垢ついた手拭で頬被りをし乍ら、留公の側にツと寄り添ひ、石原を石油の空缶でも引ずり廻したやうなガラガラ声を振り上げて、お交際的に支離滅裂なる友彦征服歌を謡ひ始めたり。 田吾作『朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 宇都山村の里人は朝な夕なに鍬担げ 婆も娘も野良仕事いそしみ励む其中へ どこから降つて出て来たか規律を乱すバラモンの 偽善一途の神柱おん友彦がやつて来て イの一番に留公を言向け和し次ぎにお春の若後家が 現を抜かした其日より二十余軒の里人は 野良の仕事も打忘れ朝から晩までバラモンの 訳も分らぬ経を読み随喜の涙流しつつ 今年で恰度満三年田畑は毎年荒れて行く こんな事ではどうなろと道に迷うた里人に ド偏屈よと笑はれつ麦を蒔つけ豆を植ゑ 芋の赤子を朝夕に肥料を与へて育みつ 其成人を楽みに朝から晩まで汗をかき 作る畑へ留公が三五教の守彦の 生言霊に怖ぢ恐れ野路を外して我畑に 踏み込み赤子を無残にも躙り殺してしもた故 俺もチツとは腹が立ち留公が宅へやつて来て 強談判と出て見れば留公の奴の言ひ草が どしても俺の腑に落ちぬ女国有の説もある 此世の中に芋にせよ赤子を踏まれて堪らうか 旧の通りにしてかやせバラモン教の御教は 天の恵を無残にも損ひ破つて良いものか 返答聞かむと詰め寄れば此留公は面をあげ 頻りに冷笑浮かべつつサンガー夫人がやつて来て 産児の制限までもする八釜し説を吐く時に 芋の赤子の二十三十潰してやるのは国の為 世人の為ぢやと逆理屈流石の俺も堪り兼ね 携へ持つた鍬の先留公の頭を的として 骨も砕けと打下ろす忽ち留公身をかはし 逃げる機みに三五の神の教の宣伝使 守彦さまが足の指思ひがけなく切り落し ビツクリ仰天地に這うて無礼を謝すれば守彦の 仁慈無限の真人は顔に笑をば湛へつつ 罪を赦して下さつたあゝ有難し有難し バラモン教の友彦が指であつたら何とせう 摺つた揉んだと苛められ忽ち衣を剥ぎ取られ 鳥もとまらぬ茨畔剣の橋や火渡りや 水底潜り荒行を五日十日と強ひられて 生命の程も計られぬ之を思へば三五の 神の教の尊さが心の底に浸み込んで 喜び勇んで入信の手続き終へた田吾作は 最早バラモン教でないサア友彦よ友彦よ 最早汝が運の尽き一日も早く改心の 実を示すかさもなくば大江の山の鬼雲彦が 館を指して帰り行けお前の様な悪神が 鳥なき里の蝙蝠と羽振りを利かしたシーズンは 昔の夢となつたぞよ田吾作ぢやとて馬鹿にすな 俺も天地の分霊仮令養子の身なりとて 家を嗣いだら主人ぢやぞ貴様は口に蜜含み 尻に剣持つ土蜂の女房子供に至るまで うまく騙してくれた故村中の内輪ゴテゴテと 宗旨争ひ絶間なくイカイ迷惑かけよつた さはさり乍ら今となり理屈を言ふは野暮なれど 腹の虫奴がをさまらぬ一日も早く兜脱ぎ 鉾逆様に旗捲いて降参するなら田吾作が 日頃の恨み解けようが何時まで渋とう威張るなら 堪忍袋の緒を切つて蛙飛ばしの蚯蚓切り どん百姓と云はれたる此田吾作が承知せぬ 返答聞かせ早聞かせ此世を造りし神直日 心も広き大直日唯何事も人の世は 直日に見直せ聞き直せ宣り直せよと皇神の 尊き教は聞きつれど何うしてこれが忘られよか 俺等一人の難儀でない宇都山村は云ふも更 ひいて世界の大難儀今の間に悪神の 根を断ち切つて葉を枯らし昔の元の秘密郷 宇都山村を立直し武志の宮の御前に お礼参りをせにやならぬさあ友彦よ友彦よ 早く改心致さぬか朝な夕なに清新の 同じ空気を吸うた俺お前の難儀を目のあたり 見逃す訳にも行きませぬ三五教の宣伝使 天の真浦が言霊を発射なさらぬ其間に 早く去就を決せよやお前の行末案じての 我忠告を馬鹿にして聞いてくれねば止むを得ず 神の御心に任すよりもはや仕方がない程に あゝ惟神々々御霊幸倍ましまして 道に迷ひし友彦が心を照らさせ給へかし 御魂を研かせ給へかしあゝ惟神々々 御霊幸倍ましませよ』 と揺ひ終つて、頬被をはづし、顔の汗を拭ひ鍬を担げて表へ飛び出した。友彦は閻魔大王が年末の会計検査をするやうな面構へで、口をへの字に結び、ビリビリと地震の神の神憑りをやつて居る。 真浦『天地を造り固めたる国治立の大神の 大御神命を畏みて豊国姫の分霊 ミロクの御代に大八洲彦神の命や大足彦の 教を開く宣伝使開くる御代も弘子彦の 神の命の生御霊宇宙万有統べ守る 七十五声の神の教言霊別の伊都能売の 神は尊き神界の大経綸を果さむと 天教山に現れませる木花姫や烏羽玉の 闇世を晴らす日の神の霊より現れし日の出神 神素盞嗚大神の瑞の御霊と諸共に 珍の聖地のヱルサレムコーカス山やウブスナの 御山続きの斎苑の山エデンの園を始めとし 自転倒島の中心地桶伏山の山麓に 大宮柱太しりて仕へ奉りし神の宮 伊都の仕組も三千歳の花咲く春に相生の 玉照彦や玉照姫の珍の命と現はれて 埴安彦の開きたる三五教を立直し 瑞の御霊に反抗ひしウラナイ教の神司 高姫黒姫松姫が心の底より悔悟して 神の御伴に馳参じ教を四方に伝へ行く 言霊天地に鳴り渡り太平洋を控へたる 大台ケ原の山麓に産声揚げし守彦が 霊夢に感じて杣人の業務棄てて照妙の 綾の高天に馳登り百日百夜の行を終へ 言依別の大神に差許されし宣伝使 雪踏み分けて人の尾の山の麓に来て見れば 忽ち雪の槍ぶすま進みもならず退くも 心に任せぬ雪の宵忽ち聞ゆる足音に 何物ならむと佇めば限り知られぬ黒影は 人か獣か曲神か但しは敵の襲来かと 雪に埋もり窺へば幽かに瞬く火の光 力の綱と近寄れば半ば破れし門の戸を サツと開いて出来る雲突く許りの荒男 お這入りなされと親切に顔に似気なき御挨拶 薄き氷を踏む心地進退ここに谷まりて 神のまにまに入り見れば又もや一人の荒男 囲炉裏の側に安坐かき厭らし眼付で睨めまはす あゝ山賊の棲み家かと怪しむ折しも向ふより 名乗り出でたる三五の神の教の宣伝使 秋彦駒彦両人と判つた時の嬉しさは 常世の春に会ふ心地明くるを待ちて三人は 人の尾峠の雪をふみこけつ転びつ浮木の里 武志の宮の御前に到りて祝詞を奏上し 暫し休らふ時もあれ杖を力に登り来る 白髪異様の老人は武志の宮の神司 松鷹彦の神参詣翁の後に従ひて 五尺有余も積りたる雪に半身没しつつ 見上ぐる許りの断崖にかかる折しも秋彦や 心のはやる駒彦が油断を見すまし我体 力限りに突きつれば空中滑走の離れ業 雪積む崖下に着陸し神の試錬と喜びて 感謝祈願をこらす折秋彦駒彦両人は 口を揃へて語るやう人の尾峠の山麓で 六十五点与へたり又もや此処に我々が 検定委員と現はれて汝が身魂試験せり いよいよ立派な宣伝使三十五点を与ふれば 天下晴れての神使御祝ひ申すと言ひ乍ら 姿は消えて白雪の足音さへもかくれ行く 鵞毛と降り来る白雪を冒して川辺の一つ家に 辿りて見ればこは如何に松鷹彦の老夫婦 囲炉裏の前に端坐して渋茶を啜る真最中 居ること此処に三四日翁は川に網を持ち 小魚を掬ひ守彦に饗応せむと出でて行く 忽ちバサンと水煙り驚き駆け付け救はむと 到りて見れば老人は川辺の柳に取り付いて ニコニコ笑ひ上り来る我れは忽ち駆せ帰り 不言実行の着替へ持ち再び川辺に駆せ付けて 翁に渡し濡れ衣絞りて伏屋に立帰る 老人夫婦は喜びて朝な夕なに神の教 問ひつ問はれつ語り合ひ雪積む春を明けの春 梅さへ散りて麦の穂の筆を含みし弥生空 バラモン教の友彦が使と称して入り来る 留公始め五人連れ門の戸口に顔を出し 爺さん婆さんに打ち向ひ何かヒソビソ語り合ふ 様子怪しと戸の破れ垣間見れば五人連 形勢不穏と見えしより始めて開く言霊の 車を押せば忽ちに踵を返して逃げて行く あゝ惟神々々御霊の幸を目のあたり 眺めて神の大御稜威うまらに委曲に讃へつつ そつと此家を脱け出でて豆麦茂る田圃路 進み来れる折柄に先に来りし留公が 一人の男と何事か芋の畑にいがみ合ふ おつとり鍬を振あげて芋の畑の赤ん坊を 踏んだ踏まぬと心まで捩鉢巻の大喧嘩 仲裁せむと立ち寄りて折を伺ふ一刹那 力限りに田吾作が打下したる鍬の尖 留公ヒラリと身をかはし勢余つて吾足に 力限りにかぶりつき小指を一本喰ひちぎる 周章ふためき手を延ばし親と頼みし小指をば ついで直せば裏表それより忽ち田吾作は 留公さんと手を握り平和談判締結し 目出度く進み来て見れば神の教の友彦が 悠々然と構へつつ天地に響く宣伝歌 耳をすまして聞くからにどことはなしに善悪の 差別も分かぬ言霊戦善悪正邪の判断に 苦み佇む時もあれ留公さんが進み出で 俺の腕には骨がある早返答と詰めかくる 其スタイルの可笑しさに済まぬ事とは知り乍ら 思はず知らず噴き出だす続いて進む田吾作が 心をこめた宣伝歌何れ劣らぬ花紅葉 実りはせねど紅葉の上に閃くプロペラの 右と左に別れたる支離滅裂の大虚空 空翔つ様な宣り言にバラモン教の宣伝使 神の教の友彦が不意を喰つた怪訝顔 館をめぐる陥穽これぞ金城鉄壁と 頼みし甲斐も荒男の子二人の男と友彦の 仲には深い陥穽の近寄り難い深溝が 忽ち茲に穿たれたあゝ惟神々々 御霊幸はひましまして皇大神の御恵みの 深き尊き事の由友彦司の胸の奥 早く照らさせ玉へかし月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも天の真浦が真心は 救ひまつらにや置くべきか元は天地の分霊 三五教もバラモンも仕ふる人は神の御子 一日も早く御心を直させ玉へ神司 天の真浦が真心を茲に披陳し奉る あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と歌ひ終るや友彦は此声に驚いてか、忽ち裏門より韋駄天走りに駆出し、川にザンブと飛び込み、対岸指して流れ渡りに打渡り老木の茂みに姿を没したり。桜を散らす山嵐、川の面を撫でて、魚鱗の波を描いて居る。茲に真浦は留公、田吾作を始め、数多の里人に歓迎され、武志の宮に寄り集ひて、一同感謝祈願を奏上し、次いで暫く松鷹彦が茅屋に足を留むる事となりける。 ○ 四方の山辺は新緑の衣着飾る初夏の風 釈迦の生れた卯の月の空晴れ渡る後の夜の 寒さに震ふ月の下窓引あけて眺むれば 新井すました如衣宝珠頂き照らす山の上新井如衣 郁太の山の高し郎に光も強く照り渡る山上郁太郎 和知の流れは淙々と波音高く自から 天津祝詞を奏上し山川草木一時に 天地自然のダンスをば春の名残と舞ひ暮す 山と山との谷村に真の友の寄り合ひて谷村真友 二十の巻の物語六六六の節までやうやうに 述べつ記して北村の筆の剣も隆光る北村隆光 出口の王仁が口車横に押すのを松村氏出口王仁三郎 心も真澄の大御空外山の頂き晴れ渡る松村真澄 豊かな春二教子が六六夜も寝ねもせで外山豊二 六六六の物語加藤結んだ松の心加藤明子 一度に開く梅が香の香りゆかしく説き明かす 時しもあれや汽車の音本宮山の麓をば 矢を射る如く辷り行く一潟千里の勢に 火車の車は走れども余り日永に草臥れて 辷りあぐみし口車いよいよここに留めおく あゝ惟神々々御霊幸はひ玉へかし。 (大正一一・五・一二旧四・一六加藤明子録)
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霊界物語 20_未_丹波物語5 錦の宮の発足 11 鬼婆 第一一章鬼婆〔六七三〕 夜は漸くに明け離れ、木の間に囀る諸鳥の声に送られて、三人は足に任せて進み行く。大岩窟を背景に茅葺き屋根の三四十、軒を並べて立つて居る。 田吾作『サア、とうとう三国ケ岳の鬼婆の大都会が見えて来た。戸数無慮三十余万、人口殆ど嘘八百万と云ふ、一大都会だ。大分に俺達も足が変になつたから、定めし都会には高架鉄道もあるだらうし、自動車、電車の設備も完全に出来て居るだらう、一つ乗つて見ようかなア』 原彦、田吾作の肩を揺り、 原彦『オイ、田吾作さま、これからが肝腎だ、今から呆けてどうするのだ、確りせぬかいな。片方は岩窟にたてかけた藁小屋が三四十並んで居るだけぢやないか、そんな狂気じみた事を云うて呉れると俺も淋しうなつて来た』 田吾作『アハヽヽヽ、此処は余つ程馬鹿だなア、一寸景気をつけるために、誇大的に広告して見たのだ。蛇喰ひや蛙喰ひの半獣半鬼の巣窟だ。これからもう馬鹿口は慎んで不言実行にかからう』 宗彦『お前たち二人はいよいよ戦場に向つたのだから確りしてくれないと困るよ。又決して乱暴な事はしてはならないから、慎んでくれ。頭の三つや四つ撲られた位で、目を釣り上げたり、口を歪めるやうでは、此度の御用は勤まらぬから、兎に角忍と云ふ字を心に離さぬやうにするのだ。忍と云ふ字は刃の下に心だ。敵の刃の下も誠の心で潜つて敵を改心させるのだから、くれぐれも心得てくれ』 田吾、原の両人は小声で『ハイハイ』と答へながら進んで行く。二百人許りの老若男女が一つの部落を作つて居る。さうして此処の人間はどれもこれも皆唖ばかりになつて居る。蜈蚣姫の鬼婆が計略で篏口令を布くかはりに、皆茶に毒を入れて呑まされたものばかりだ。恰度唖の国へ来たも同様である。田吾作は些しも此事情を知らず、一つの家に飛び込み、 田吾作『一寸、物を尋ねますが、婆アの館はどう往つたら宜敷いかな』 中より四五人の男女、ダラダラと戸口に走り出で、不思議な顔をして何れも口をポカンと開けて、アヽヽヽと唖のやうに云つて居る。田吾作は声を張上げて、 田吾作『婆アの所は何処だと問うてゐるのだ』 天賦の言霊器と聴声器を破壊された一同は、何の事だか少しも分らず、唯口を開けて、アヽヽヽと叫ぶのみである。 田吾作『モシ、宣伝使さま、何と言つても返事もせず、唯口を開けてアヽヽヽと云うて居る唖見たやうな奴許りですな、次の家へ行つて尋ねて見ませうか』 宗彦『お前に一任するから、何卒、私が当選するやうに戸別訪問をして、清き一票をと丁寧に、お辞儀に資本は要らぬから頼んでくれい』 田吾作『何ぼ資本が要らぬと云つても、さうペコペコ頭を下げては頭痛がします哩。投票もない事を仰有るな、人の選挙(疝気)を頭痛にやんで、耐りますかい。何程気張つたつて解散の命令が下つたら、それこそ元の黙阿弥ですよ』 宗彦『兎も角お前に一任する』 田吾作『承知致しました。在野党と思つて選挙干渉をやらぬやうにして下さいや。モシモシ此の家のお方、婆アのお住居は何処だ、知らしてくれないか、決して投票乞食ぢやないから安心して云つておくれ』 家の中から又もや四五人の男女、怪訝な顔して門口に立ち現はれ、口を開けてアヽヽヽと云ふばかり。あゝ此奴も駄目だと、田吾作はまた次へ行く。行つても行つても、アヽ責に遇はされて一向要領を得ない。とうとう一戸も残らず戸口調査を無事終了して仕舞つた。されど何の得る所もなく、婆アの姿も見当らなかつた。 三人は是非なく腰掛に都合の好い岩を探して、ドシンと尻を下ろし、暫く息を休める。赤ん坊を懐中に抱いた女、幾十人ともなく、不思議さうに三人の前に立ち現はれ、口を開けて、アヽヽヽヽとア声の連発をやつて居る。 田吾作『エヽ怪つ体な所だな、矢張三国ケ岳の辺は野蛮未開の土地だから、言語が無いと見える哩』 と話して居る。其処へ容色優れたる一人の女が現はれ来り、宣伝使に会釈し、是亦アヽヽヽを連発しながら北の谷間を指ざし走り行く。この女は玉照姫の生母お玉であつた。婆の手下の者に誘拐され、この山奥に連れ込まれてゐたのである。 婆の考へとしては、玉照姫を占奪する手段として、先づ生母のお玉をうまうまと此処へ奪ひ帰つたのである。三人はお玉の顔を一度も見た事がないので、そんな秘密の伏在する事は夢にも知らず、お玉の跡を追つて、スタスタと駆出した。 四五丁ばかり谷に沿うて左へ進むと、壁を立てたやうな巨岩が幾つともなく谷間に碁列して居る。お玉は手招きしながら、岩窟の穴を潜つて姿を隠した。三人は其後から、ドンドンと足を速めて岩窟の中を五六間許り進む。此処が鬼ケ城山に割拠して居た鬼熊別の妻蜈蚣姫が自転倒島に於ける第二の作戦地であつた。蛇、蛙、山蟹、其他獣類の肉はよく乾燥さして岩窟の中に幾つともなく釣り下げられてある。 田吾作『アイ御免なさい、バラモン教の鬼婆アの住家は此処で御座いますか』 婆『此処が鬼婆蜈蚣姫の住家だよ』 田吾作『アヽ、左様で御座いましたか、これは失礼致しました。なんと立派なお館ですな、これでは風雨雷電、地震も大丈夫でせう。吾々もせめて半日なりと、こんな結構な館に暮したいものです哩』 婆『お前は一体何処の人ぢや、そして又二人も伴を連れて来て居るのかな』 田吾作『ハイ、実の所は三五教の予備宣伝使を拝命致しまして、今日が初陣で御座います。此通り、宗彦、原彦と云ふケチな野郎を連れて居ります。大変腹を減らして居るさうですから、蛙の干乾でも恵んでやつて下さいな』 婆『折角の御入来だから、大切な蛙ぢやけれど、饗応であげませう。この蛙は当山の名物お殿蛙と云つて、虫の薬にもなり、一切の病気の妙薬だ。田圃にヒヨコヒヨコ飛んで居る青蛙や糞蛙とは些と撰を異にして居るのだから、其積りで味はつて食がりなさい。お前さんは蛙飛ばしの蚯蚓切りだからなア』 田吾作『チヨツ、馬鹿にして居やがる哩』 原彦『オイオイ宣伝使の化サン、そんな事を言うてくれては困るぢやないか』 田吾作『困るやうにお願ひしたのだよ、昔、竹熊が竜宮城の使臣を招待した時には、百足や蜴蜥、なめくじなどの御馳走を食はした[※第1巻第41~42章「八尋殿の酒宴」のエピソード。]と云ふぢやないか、鰈か鯣だと思うて食ひさへすりやよいのだ。お前は食はず嫌ひだなくて、蛙嫌ひだから困る、アハヽヽヽ』 婆『三人ともそんな所に立つて居ずに、サアサア足を洗つてお上りなさい。今晩は悠くりと話しませう。お前は三五教の宣伝使が初陣だと云つたな』 田吾作『ハイ、申しました、全く其通りです』 婆『そんなら尚結構だ、なまりはんぢやくの、苔の生えた宣伝使は何うも強太うて改心が出来ぬ。お前はまだまだほやほやだから、十分の教理も聞いて居やせまい』 田吾作『私は郷里を立つて来たところですが、何と妙な事を仰有いますな』 婆『ハヽヽヽヽ、お前は余つ程無学者と見える哩、けうりと云ふ事は故郷の意味ぢやない、三五教の筋はどうだと問ふのだ』 田吾作『つい、きよりきよりして居ましたので筋も何も分りませぬ』 婆『アヽそうだらうそうだらう、筋が分つたら阿呆らしうて三五教に居れたものぢやない。筋が分らぬのが結構だ。サアこれから此処で百日ばかり無言の行をして、其上言霊を開いて、バラモン教の宣伝使になるのだよ。お前、此処へ来る道に沢山の家があつたらうがな、皆無言の行がさしてあるのだ』 田吾作『あの儘ものが言へなくなるのぢやないのですか、どうやら聾のやうですが』 婆『聾は尚更結構だ。モ一つ荒行をすれば目も見えぬやうになつて仕舞ふ。だけれど目だけは退けて置かぬと、不自由だと思つて大目に見てあるのだ。百日の行をして好いものもある、十日で好いものもある、修業さへ出来たら口も利けるやうに、耳も聞えるやうにチヤンとしてあるのだ』 田吾作『婆アサン、そりあ無言の行ぢやない、云はれぬから云はぬのだらう、云へる口を持つて居つて云はぬやうにし、聞える耳を持つて居て聞かぬやうにして居るのなら、行にもならうが、しよう事なしに云はざる聞かざるはあまり行にもならないぢやないか』 婆『そんな理屈を云ふものぢやない、信仰の道には理屈は禁物だ。人間の分際として、さうガラガラと鈴の化物のやうに小理屈を云ふものぢやない哩』 田吾作『ヘエ』 と首を傾ける。 宗彦『私は三五教の宣伝使です。今宣伝使と云つて居つた男はまだ卵ですから、何を云ふか分りませぬ』 婆『アヽさうだらうと思つた。何だか間拍子の抜けた理屈を捏ねる人だ。人間も大悟徹底すると、神様の広大無辺の御威徳が分つて、何とも云はれぬやうになつて仕舞うて黙つて居て改心するやうになるものぢや、流石にお前は偉い、最前から婆の云ふ事を耳を傾けて聞きなさつた。偉いものだ、言葉多ければ品少し、空虚なる器物は強大なる音響を発すと云うて、ガラガラドンドン云ふ男に限り、智慧もなければ信仰も無いものだ。お前は三五教の宣伝使なら、あの青彦、紫姫、常彦、亀彦、悦子姫と云ふ没分暁漢を知つて居るだらうなア』 宗彦『イエイエ私達三人は、宇都山村の者で御座いまして、唯一度聖地へ参り、暫く修業を致しましたが、そんなお方にはお目にかかつた事も御座いませぬ、何処か宣伝に廻つて御座るのでせう』 婆『どうぢや、お前も三五教を止めて、私の弟子になつたら』 宗彦『有難う御座いますが、各自に自分の宗旨は良く見えるものです。私は貴女に改心をして貰つて、三五教に帰順して頂かうと思ひ、遥々と参つたのですよ。何うです、私の云ふ事を一通りお聞き下さつて、其上で入信なさつたら』 婆『アヽ、いやいや誰人が三五教のやうな馬鹿な教に入る奴があるものか、改心をしてくれなんて、そりやお前、何を云ふのだい。是程澄み切つた塵一つない御霊の鬼婆だ、改心があつて耐るものか、改心するのはお前等の事だ』 宗彦は拍手し、天津祝詞を奏上し初める。婆は驚いて、 婆『コレコレ皆様、祝詞も結構だが折角拵へた蛙の御飯、お気に入らねば食べて貰はいでもよいが、せめて神様に供へたのだから、御神酒とお茶をお食り下さい、それで悠くりとお祝詞を上げなさい。私も一緒に上げさせて頂くから』 と無理に引き留る。 宗彦『弁当は此処にパンを所持して居ますからお茶を下さいませ』 婆『お神酒は好だらう、自然薯で醸造へた美味い酒がある。一つあがつたら何うだな』 宗彦『イヤ、茶さへ頂けば結構です』 田吾作『婆アさま、論戦は一先づ中止して、そんなら暖かいお茶をよんで下さい、今晩悠くりと言霊戦を負ず劣らず開始しませう。そして負た方が従ふと云ふ事に致しませうか』 婆『アヽ面白からう面白からう、そんならさう致しませう。バラモン教の神様は、御神徳が強いから、迂濶御無礼な事を云はうものなら罰が当つて口が利けなくなるから、心得て物を云ひなさいや。アヽどれどれ手づからお茶を温めて上げよう』 と次の間に立つて行く。暫くあつて婆アは土瓶に茶を沸騰らせ、 婆『サアサア茶が沸いた、皆さま沢山呑んで下さい、これも婆の寸志だ。バラモン教だつて、三五教だつて、神と云ふ字に二つはない。互に手を引合うて御神徳のある神様の方へ帰順するのだな。此婆も都合によつては三五教に帰順せぬものでもない、オホヽヽヽ』 三人は何の気も付かず、婆の注いだ茶を呑んではパンを食ひ、呑んでは食ひ、喉が乾いたと見えて土瓶に一杯の茶を残らず平らげて仕舞つた。 三人は俄に息苦しくなり、言語を発せむとすれども、一言も発する事が出来なくなつた。三人は顔を見合せ、アヽヽヽとア声の連発をやつて居る。 婆『アハヽヽヽ……好いけれまたもあればあるものだ。とうとう婆の計略にかかりよつた。口も利けず、耳も聞えず、憐れなものだ。お玉を首尾好く手に入れ、又三五教の宣伝使や卵を三人収穫した。如何に頑強な三五教でも、玉照姫の親を取られ、又大切な宣伝使を取られ、黙つて居る事は出来まい。屹度謝罪つて返して貰ひに来るのだらう。其時には玉照姫と玉照彦とを此方へ受取り、其上に返してやつたらよいのだ。併し乍ら玉照姫が黄金なら、此奴は洋銀位なものだから先方も此位では往生致すまい。マア時節を待つて鼠が餅をひくやうに二人三人と引張込み、往生づくめで仮令玉照彦だけでも此方のものに仕度いものだ。鬼雲彦の大将は脆くも波斯の国に泡食つて逃げ帰つて仕舞はれた。併し乍ら私は女の一心岩でも突き貫くのだ。此処で斯うして時節を待ち、大江山、鬼ケ城を回復し、三五教の錦の宮も往生させて、バラモン教として仕舞ふ蜈蚣姫の計略は旨々と端緒が開けかけた。アヽ有難い事だ。一つ此処でお玉に酌でもさして酒でも飲まうかい、そして三人を肴にしてやらうかい。これこれお玉、お酒だよ。これ程呼んで居るに何故返事をせぬのか、オヽさうさう、耳の聾になる薬を呑まして置いた。聞えぬも無理はない。つい私も余り嬉しくて、精神車が何処かに脱線したと見える、オホヽヽヽ』 と独言を云ひながら笑壺に入つて居る。三人は無念の歯噛みをなし、躍り上がつて破れかぶれ、婆を叩き伸めしてやらうと心に定めて見たが、何うしたものか体がビクとも動けなくなつて居る。言霊を応用するにも肝腎の発生器の油が切れて、且つ筒口が閉塞して居るのだから、如何ともする事が出来ず、口は自然に紐が解どけて、頤と一緒に垂れ下り、ポカンと開いて来る。三人は一度に涎をタラタラ流し、顔を見合せ、首を振り、アヽヽヽと僅に声を発する許りであつた。 婆は愉快げに安坐をかき、長い煙管で煙草を燻べ、酒を呑み、 婆『オイこりや、阿呆宣伝使、俺の智慧はこんなものだぞ。蜘蛛が巣をかけて待つて居る処へ茅蝉が飛んで来て引かかるやうなものだ、動くなら動いて見い、言霊が使へるなら使つて見い、耳も聞えまい』 と長煙管の雁首で耳の穴をグツと突いて見る。宗彦は耳の穴を突かれてカツと怒り出した。されど何うする事も出来ぬ。此度は婆は煙草の吸殻を宗彦の口の中にフツと吹いて放り込み、 婆『熱からう、そりや些と熱い、火だからのう。加之にえぐいだらう、えぐいのはズだ。煙草のズに、えぐい婆の御馳走だから、序に此酒も飲ましてやろか。イヤイヤ待て待てこいつを飲ましてやると私の飲むのがそれだけ減る道理ぢや、マアマア斯うして二ケ月も三ケ月も固めて置けば大丈夫だ、若い奴が二三日したら大江山の方から帰つて来るだらうから、其時この生木像を穴庫へでも格納さしてもよい哩、マアマアそれ迄は頭を叩いたり、耳に煙管を突つ込んだりして、バラモン教の御規則通りの修業をさしてやるのだ。なんと心地好い事だ。是で八岐の大蛇さまもさぞ御満足だらう。嗚呼大蛇大明神様、喜びたまへ勇みたまへ。婆の腕前は此の通りで御座います、何うぞ此手柄により、鬼熊別の失敗の罪を赦して下さいませ。天にも地にも無い私の夫、神様の御用を縮尻つて、死んで神罰を蒙り、地獄の釜の焦起しにせられるのも女房として見て居られませぬ、何卒私と一緒に、今ぢや御座いませぬが、命数の尽きた時は天国にやつて下さい。南無八岐大蛇大明神様、ハズバンドの罪を許したまへ、払ひたまへ、清めたまへ、金毛九尾の命』 と祈願して居る。此時岩窟の口より、声も涼しく宣伝歌を謡ひ来る男があつた。 男『神が表に現はれて善と悪とを立て分ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直し聞き直し 身の過ちは宣り直す三五教の神の教 綾の聖地に現れませる言依別命もて 三国ケ岳の曲津見を言向け和すそのために 三五教の宗彦が宇都の里をば後にして 足に任せてテクテクとこれの岩窟に来て見れば 悪にかけては抜け目なき鬼熊別が宿の妻 顔色黒き蜈蚣姫小智慧の廻る中年増 此岩窟に陣取りて四方の人々欺きつ 赤子の声を聞きつけて十里二十里三十里 遠き道をば厭ひなく手下の魔神を配り置き 此岩窟に連れ帰り朝な夕なにさいなみて 悪の限りを尽しつつ日に夜に酒に酔ひ狂ふ 宗彦、田吾作、原彦は婆が引き出す口車 知らず識らずに乗せられて毒茶をどつさり飲みまはし 口も利かねば耳利かず五体すくみて一寸も 動きの取れぬ破目となり眼ばかりきよろきよろきよろつかせ 其上ポカンと口あけて涎を流しアヽヽヽと 鳴りも合はざる言霊を連発する社いとしけれ 天の真浦の神司この留公の腹を知り 肝腎要の神策をそつと知らして下さつた 宗彦、原彦、田吾作は知らず識らずに魔が神の 罠に陥り今日の態助けてやらねば三五の 神の教が立ち兼ねるサアこれからは留公が 神に貰うた言霊の御稜威をかりて三人の 危難を救ひ玉照の姫の命を生みませる お玉の方を救ひ出し鬼のお婆を言向けて この岩窟を改良し三五教の皇神の 御霊を斎祀りつつミロクの御代の魁を 仕へまつらむ頼もしさ嗚呼惟神々々 御霊幸倍ましませよ』 と謡ひつつ三人が前に現はれ来たる。婆は身体竦み、身動きならず、目をぱちつかせ苦しみ居る。この時、岩窟の奥の方より涼しき女の声、 女(お玉)『神が表に現はれて善と悪とを立て別けて 誡め給ふ時は来ぬ四継王の山の聖麓に 錦の宮と仕へたる玉照姫の生みの母 お玉の方は妾なり桶伏山に隠されし 珍の宝を奪ひ取り逃げ行く姿を見るよりも 妾は驚き身を忘れ跡を追ひかけ山坂を 駆ける折しも木影より現はれ出でたる曲神の 手下の奴に見つけられ手足を縛ばりいろいろと 苦しき笞を受けながら憂をみくにの山の上 この岩窟に押し込まれ蜈蚣の姫てふ鬼婆に 茶を勧められ一時は息塞がりて言霊の 車も廻らぬ苦しさに朝な夕なに三五の 神の御前に黙祷し居たるに忽ち喉開き 胸は涼しく晴渡るされど妾は慎みて 唯一言も言挙げをなさず唖をば装ひつ 珍の宝の所在をば今迄探り居たりしぞ 神の恵の幸ひていよいよ茲に宗彦が 言依別のみことのり身に受けまして出でたまひ 顔を合せて居ながらも一面識もなき故か 悟り給はず吾配る眼に心留めまさず やみやみ毒茶を飲み玉ふその様見たる我が心 剣を呑むよりつらかりしあゝ惟神々々 神は此世に在さずやと女心の愚にも 愚痴の繰事繰返す時しもあれや表より 涼しく聞えし宣伝歌耳をすまして伺へば 三五教の教の声地獄で仏に遇ひしごと 心いそいそ今此処に現はれ来るお玉こそ 天の岩戸も一時に開くばかりの嬉しさよ あゝ惟神々々御霊幸倍ましまして 宗彦、田吾作、原彦の病を癒やし給へかし 悩みを助け給へかし』 と歌ひつつ此場に現はれたり。不思議や三人は俄に身体自由となり、耳も聞え、口も縦横無碍に動き出した。 田吾作『イヤ、留公さま、よう来てくれた。もう一足早ければこんな目に遇ふのだ無かつたに、しかし乍ら最前途中で見たお女中さまが、今聞けば玉照姫さまの御生母と云ふ事だ、何とマア神様の御経綸は分らぬものですなア』 お玉『皆さま、良い処へ来て下さいまして結構で御座いました。実はこの婆アの手下の者共が、ミロク神政成就の御宝を、桶伏山から盗み出し、此岩窟に秘蔵して居たのを、今朝になつて所在を知り、何とかして逃げ出さうと思つて居たのですが、婆アの監視が酷いので、どうする事も出来ず、誰人か助太刀に来て下さつたらと思うて居た矢先、貴方のお出で、こんな結構な事はありませぬ。サア一時も早くこのお宝を持つて聖地へ帰りませう』 と後は嬉し涙に声さへ曇る。 宗彦『アヽさうで御座いましたか、私は言依別命様より、是非共三国ケ岳へ行つて来いと仰せられて、魔神を征服せむと出て来たのです。貴方が此処に囚はれて御座る事も、今の今迄夢にも知らなかつた。サア是からこの婆アを言向け和はし、寛る寛ると凱旋致しませう』 お玉『到底婆アには改心の望みはありませぬ、自分から斯うして霊縛にかかつて居るのですから、これを幸ひに皆さん聖地へ帰りませう。此お宝は厳重に封をして置きました、私が捧持して帰ります。前後を警固して下さい。此婆アは半日許り霊縛の解けないやうに願ひ置けば、追ひかけて来る気遣ひもありませぬ。五六十人の手下の荒くれ男が、今日に限つて、何れも遠方へ出稼ぎに行つた留守の間、これ全く天の恵みたまふ時でせう。サアサア長居はおそれ』 とお玉の方は帰綾を促す。 宗彦を先頭にお玉、田吾作、留公、原彦と云ふ順序で、宣伝歌を高く謡ひ、四辺の木魂に響かせながら、聖地を指して目出度く凱旋することとはなりける。 岩窟の中には進退自由を失つた婆ア唯一人、谷の彼方には淋しげに閑古鳥が鳴いて居る。 (大正一一・五・一四旧四・一八加藤明子録)
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(1778)
霊界物語 21_申_高春山のアルプス教 05 言の疵 第五章言の疵〔六七九〕 玉治別が早速の頓智に、六人の小盗人は始めて其非を悟り、喜んで神の道に帰順し、宣伝使に従つて高春山に向ふ事となつた。日は漸く暮れかかり、月背と見えて山と山とに囲まれし谷道も、どことなく明るくなつて来た。されど東西に高山を負ひたる谷路には、皎々たる月の影は見えなかつた。暫くすると怪しき唸り声が前方に聞え、次いで幾百人とも知れぬ人の足音らしきもの、刻々に聞えて来た。 玉治別『ヨー怪しき物音が聞えて来たぞ。コレヤ大方山賊の大集団の御通過と見える。我々は此処に待受して、片つ端から言向和し、天晴大親分となつてやらう。アヽ面白い面白い。天の時節が到来したか。サア竜、国、遠州、其他の乾児共、抜目なく準備を致すのだよ』 国依別『ハハア、又商売替ですかな』 玉治別『機に臨み変に応ずるは英雄豪傑の本能だよ』 遠州『モシモシあの足音は人間ぢやありませぬ。あれは千匹狼と云つて、時々此路を通過する猛獣です。何程英雄豪傑でも、千匹狼にかかつては叶ひませぬ。サアサア皆さま、散り散りバラバラになつて、山林に姿を隠して下さい。余り密集して居ると狼の目に付いたら大変です』 玉治別『ナアニ、善言美詞の言霊を以て、狼の奴残らず言向け和すのだ』 竜国別『そんな馬鹿言つてる所か、サア早く、各自に覚悟をせよ。畜生に相手になつて堪るものかい。怪我でもしたら、それこそ犬に咬まれた様なものだ……否狼に咬まれては損害賠償を訴へる訳にも行かず、治療代もどつからも出やせぬぞ。オイ国依別、遠州、駿州、一同、玉公の言ふ事を聞くに及ばぬ。今日は俺が臨時の大将だ。サア早く早く』 と傍の樹木密生せる森林の中へ駆込む。国依別外六人は竜国別と行動を共にした。玉治別は依然として路上に立ち、 玉治別『アハヽヽヽ、何奴も此奴も弱い奴だなア。多寡が知れた四つ足の千匹万匹何が怖いのだ。オイ狼の奴、幾らでも出て来い』 と呶鳴つて居る。狼は五六間前まで列を組んでやつて来たが、路の真ん中に立ちはだかり、捻鉢巻をしながら噪やいで居る玉治別の勢に辟易したか、途を転じて谷の向側の山を目がけ、ガサガサと音させ乍ら、風の如くに過ぎ去つて了つた。玉治別は、 玉治別『アハヽヽヽ、弱い奴だな。そんな事で高春山の猛悪な鬼婆が、どうして退治が出来るかい。エーいい足手纏ひだ、単騎進軍と出かけよう』 と四辺に聞ゆる様にワザと大声で喚き乍ら峠を登り行く。竜国別外七人は早くも山を一生懸命に駆あがり、向側に姿を隠して居た。為に玉治別の声も聞えなかつた。玉治別は鼻唄を唄ひ乍ら、峠の頂上に達し赤児岩と云ふ赤子の足型の一面に出来た、カナリ大きな岩石が突き出て居るのを見付け、 玉治別『アヽ結構な天然椅子が人待顔にチヨコナンとやつて居るワイ。オイ岩椅子先生、貴様は余程幸福な奴だ。三五教の大宣伝使兼山賊の大親分たる玉治別命又の御名は田吾作大明神が、少時尻をおろして休息してやらう。此光栄を堅磐常磐に、此岩の粉微塵になる千万劫の後迄も忘れてはならぬぞよ。躓づく石も縁の端、腰掛け岩椅子もヤツパリ縁の端だ。……ヤア始めてお月様のお顔を拝んだ。実に立派な美しい御姿だなア』 と独ごちつつ少しく眠気を催し、フラフラと体を揺つて居る。其処へスタスタと上つて来た二人の荒男、 甲『ヤア来て居る来て居る』 乙『居眠つて居るぢやないか。大分に草臥れよつたと見えるワイ。オイ源州、貴様はこれを持つて、テーリスタンに渡すのだ。俺は今三五教の宣伝使が沢山な乾児を連れて、高春山へやつて来よるから、其準備の為に行くのだから、貴様は此処に金もあれば、一切の作戦計画を記した人名簿もある…しつかりと渡して呉れよ』 玉治別はワザとに声をも出さず、首を二三度上下に振つて包みを受取つた。二人の荒男は追手にでも追ひかけられたやうな調子で、峠を南へ地響きさせ乍ら、巨岩が山上から落下する様な勢で駆下り行く。 玉治別『彼奴はアルプス教の……部下の者と見えるな。俺を味方と見違へて、大切な物を預けて行きよつた。ヤツパリ、アルプス教の奴も巡礼姿になつて居るのがあると見えるワイ。併し乍ら此処に居つては、又やつて来よつて発覚されては面白くない。なんとか位置を転じて、ユツクリと中の書類を調べて見ようかな』 と小声に言ひ乍ら、二三十間許り山の尾を踏んで、月の光を賞めつつ歩み出した。谷底に当つて幽かな火が、木の間に瞬いて居る。これを眺めた玉治別は、 玉治別『アヽ此山奥に火を点して居るのは、此奴ア不思議だ。ヒヨツとしたら山賊の棲家か、但は樵夫か。何は兎もあれ、あの火光を目当に近寄つて、様子を窺うて見よう。旅と云ふものは随分面白いものだなア』 と一点の火を目標に、樹木茂れる嶮しき山を、谷底目蒐けて下りついた。見れば笹や木の皮をもつて屋根を蔽ひたる、小さき木挽小屋である。中には男のしはぶき[※「しはぶき」とは、咳、咳払いのこと。]が聞えて居る。 玉治別『モシモシ、私は巡礼で御座いますが、道に踏みまよひ、行手は分らず、幽かな火を目あてに此処まで参りました。どうぞ、怪しい者ではありませぬから、一晩泊めて下さいな』 中より男の声、 男(杢助)『ハイハイ、此処は御存じの通り、穢苦しい木挽小屋で御座いますが、巡礼様なれば大変結構で御座います。どうぞ御這入り下さいませ』 と快く荒くたい戸を、中からガタつかせ乍ら漸く開いて、奥に案内する。玉治別は案内に連れて、一寸した山中に似合はぬ美しい座敷に通つた。 玉治別『此深山にお前さま、たつた一人暮して居るのかい。門にて聞けば男の泣き声がして居つたやうだが、アレヤ一体、誰が泣いてゐたのですか』 男(杢助)『私は木挽の杢助で御座いますが、家内のお杉が二時許り前に国替を致しまして、それが為に死人の枕許で、此世の名残に女房に向つて泣いてやりました。併し乍ら俄やもをでどうする事も出来ず、霊前に供へる物もないので、握飯を拵へて霊前に供へ、戒名の代りに板切れを削つて、斯うして祀つて置きましたが、あなたは巡礼様ぢやと聞きましたが、どうぞ私がお供へ物の準備や、其外親友や寺の坊さまに知らして来る間、此処に留守して居て下さいますまいか。一寸行つて参りますから……』 玉治別『ヘエそれは真にお気の毒な事ですな。私も急ぐ旅ではあるが、これを見ては、見棄てておく訳にも行かぬ。死人の夜伽をして居るから、サアサア早く行て来なさい』 杢助『是れで安心致しました。どうぞ宜しうお願致します』 とイソイソ戸外に駆出して了つた。玉治別は、 玉治別『エー仕方がない。偶家があると思へば死人の夜伽を命ぜられ、あんまり気分の良いものぢやないワ。それよりも千匹狼と戦争する方が、なんぼ気が勇んで、心持が良いか知れない。併しこれも時の廻り合せだ。泥棒から金を貰ひ、秘密書類を巧く手に入れたと思へば、一時経つか経たぬ間に、忽ち坊主の代りだ。蚊の喰ふのに蚊帳も吊らずに、こんな所にシヨビンと残されて、蚊の施行を今晩はやらねばならぬか。どこぞ此処らに湯でも沸いては居りませぬかな』 と其処辺中を探して見ると、口の欠けた土瓶が一つ手に触つた。 玉治別『ヨー、水も大分に汲んであるワイ。一層のこと、土瓶に湯でも沸かして飲んでやらうかな』 と木の破片屑[※「はつり」は「斫(はつ)り」で、何かを壊したり削ったりすること。]を拾うて竈に土瓶を懸け、コトコトと焚き出した。瞬く間に湯は沸騰つた。 玉治別『サアこれでも飲んで、一つ夜を徹かさうかな』 フト女房の死骸の方に目を注けると、頭の先に無字の位牌を据ゑ、線香を立て、其前に握り飯が供へてある。蒲団の中から細い手を出して握り飯をグツと掴んでは取り、又掴んでは取るものがある。 玉治別『エー幽霊の奴、供へてある握り飯を喰つて居やがる。此奴ア、胃病かなんぞで死んだ奴だらう。喰物に執着心の深い亡者だなア。何だか首の辺りがゾクゾクと寒うなつて来居つた。エー構はぬ、熱い湯でも呑んで元気でも出さうかい』 と口の焼ける様な湯を、欠けた茶碗に注いで、フウフウと吹きもつて飲み始め、 玉治別『ヤア何だ。ここの水は炭酸でも含んで居るのか、怪体な臭気がするぞ。大方女房が薬入れか、炭酸曹達でも入れて居つた土瓶かも知れないぞ。あんまり慌てて中を調査るのを忘れて居つた。ヤア何だか粘つくぞ。大変に粘着性のある水だなア』 と明りに透かして見ると、燻つた中からホンノリと文字が浮いて居る。よくよく見れば「お杉の痰壺代用」としてある。 玉治別『エー怪つ体の悪い、此奴ア失策つた。幽霊は細い手を出して握り飯を食ふ、此方は痰を呑まされる、怪つ体なこともあればあるものだ。……コレヤ最前の男が俺に与れた此包みもヒヨツトしたら蜈蚣か何かが出て来るのぢやあるまいかな。一度ある事は三度あると云ふから、ウツカリ此奴は手が付けられぬぞ。開けたが最後、爆裂弾でも這入つて居つたら大変だ。ヤア厭らしい、又細い手で握り飯を掴んで居やがる。大方喰うて了ひよつた。此奴ア、中有なしに直に餓鬼道へ落ちた精霊と見えるワイ。こんな所に厭らしうて居れるものぢやない。併し一旦男が留守してやらうと請合つた以上は、卑怯にも逃げ出す訳にも行くまい。やがて帰つて来るだらう。それまで其処辺の林をぶらついて、お月様のお顔でも拝んで来よう。斯うなると、我々に同情を表して呉れるのはお月様丈ぢや。竜国別、国依別其他の腰抜は、どつかへ滅尽して了ひ、寂しい事になつて来たワイ』 と門口を跨げ、何時とはなしに二三丁も歩み出し、谷水の流れに水を掬ひ、口に含んで盛に、家鶏が水を飲む様に、一口入れては首を挙げ、ガラガラガラブーブーと吹き、又一口飲んでは仰向き、ガラガラガラガラ、ブーブーブーと、幾度ともなく繰返して居る。 火影を目標に探つて来た竜国別、国依別、遠州、武州外四人は、玉治別の姿を夜目に見て、怪しき者と木蔭に佇み、様子を窺つて居る。 遠州『モシ宣伝使様、ガラガラブーブーが現はれました。ここは一つ家の木挽小屋、何が出るやら知れませぬ。アレヤきつと化州でせう』 国依別『ナニ幽霊が水を飲んでゐるのだ。つまり含嗽をしてるのだよ。貴様行つてしらべて来い』 玉治別は木蔭にヒソビソ語る人声を聞きつけ、 玉治別『オイ何処の何者か知らぬが、俺も連れがなくて、淋しくつて困つて居るのだ。狼でも泥棒でも何でも構はぬ。遠慮は要らぬ。這入つて、マア湯が沸かしてあるから、ゆつくりと飲んだがよからうよ』 竜国別『アヽあの声は玉治別によく似て居るぢやないか』 国依別『左様々々、大方玉公の先生でせう……オイ玉ぢやないか』 玉治別『その声は国だなア。好い所へ来て呉れた。マア面白い見せ物も見ようと儘だし、湯も沢山に沸いてるから、トツトと俺に従いて来い。今日は山中の一つ家の臨時御主人公だ。サア此方へ……』 と手招きし乍ら、月光漏るる谷路を帰つて行く。 遠州『ヤア此家は杢助と云ふ強力者の住まつて居る木挽小屋です。彼奴に随分、我々の仲間は酷い目に遭うたものです。剣術、柔術の達人で、三十人や五十人は手毬の様に投げ付ける奴ですよ。さうして立派な嬶アを持つて居るのです。その嬶アが又中々の強者で、杢助に相当した腕力を持つて居るのだから、誰も此処ばつかりは、怖くてよう窺はなかつた所です。私等は顔をこれまでに見られて居るから剣呑です。貴方がたどうぞお這入り下さいませ。暫時木蔭で待つて居ますから』 竜国別『何、我々が付いて居れば大丈夫だ。遠慮は要らぬ。今日は玉公親分の家長権を持つて居る日だから、トツトと這入つたがよからう』 遠州『それでもあんまり閾が高く跨れませぬワ』 竜国別『ハハア、ヤツパリお前にも羞悪の心がどつかに残つて居るな。そんなら暫く泥棒組は木蔭に待つて居て呉れ』 遠州『泥棒組とは酷いぢやありませぬか。最早我々はピユリタン組とは違ひますかいな』 竜国別『ピユリタン組でも泥棒組でも良いワ。暫く其処辺へドロンと消えて、待つてゐるのだよ』 と云ひ棄て、竜、国の両人はヌツと家中に這入り、 竜国別、国依別『ヤア割りとは山中に似ず、小瀟洒とした家だなア』 玉治別『エヽ定つた事だい。俺が家長権を握つた大家庭だから、隅から隅まで能く行届いて居らうがな。併し俺の嬶が俄の罹病で死亡しよつたのだ。就ては俺に恋着心が残つたと見えて、死んでからでも細い手を出して、十許りの握り飯を既に八つ許り平らげて了ひよつたのだ。マア湯でも呑んでユツクリと嬶アの夜伽をしてやつて呉れ』 国依別『又しても、しようもない。本当に当家に死人があつたのか。貴様泥棒の臨時親方になつたと思うて、強盗をやつて此家の大切な嬶アを殺したのぢやないか』 玉治別『若い時から、女殺しの後家倒し、姫殺しと綽名を取つた玉治別ぢや。口でも殺せば、目でも殺すと云ふ業平朝臣だから、女の一人位、強盗になつて殺すのは当然だよ』 竜国別『マサカ人の女房を殺す様な、貴様も悪人ではなかつたが、三国ケ嶽の鬼婆の霊でも憑きよつたのかなア。エライ事をして呉れたものだワイ』 玉治別『マアどうでも良い。湯が沸いて居るから一杯飲んだらどうだ。これも玉治公がお手づからお沸し遊ばした結構なお湯だ。チヨツと毒試をして見たが、随分セキタン臭い水だ。併し胃病の薬には良いかも知れないわ』 国依別『一寸其土瓶を俺に貸して呉れ。調査る必要があるから。ウツカリ知らぬ宅へ来て、湯でも飲まうものなら、どんな毒薬が仕込んであるか分つたものぢやないわ』 玉治別『ナアニ、抜目のない玉治公がチヤンと査べてある。決して毒ぢやない。これは宝丹の入れ物だ。それで宝丹の匂ひが少しはして居る』 とニヤリと笑ふ。国依別は、 国依別『ナニ放痰、いやマスマス怪しいぞ』 と無理に取り上げ、灯にすかして見て、 国依別『ヤア何だか印が付いて居る……お杉の痰壺代用……エイ胸の悪い』 と云ひなり、不潔さうに土瓶を握つた手を放した。土瓶は庭にバタリと落ちて滅茶々々に破れ、煮湯はパツと四方に飛び散り、三人の顔に熱い臭い奴が、厭と云ふ程御見舞申した。 竜国別『サツパリ男の顔に墨ではなうて、痰を塗りやがつたな。ヤアヤア死人がムクムクと動き出したぢやないか。永久の死人ぢやあるまい。夜分になつたら臨時死ぬると云ふ睡眠状態だらう』 玉治別『そんな死方なら、誰でも毎晩やつて居るぢやないか。お前達の様な怠惰者は日が永いとか云つて、木の蔭で一時も二時も、チヨコチヨコ死ぬぢやないか。そんな死にやうとはチツト違ふのだい。徹底的の永き眠に就いて十万億土へ精霊の旅立の最中だ』 竜国別『それにしては、細い手を出して飯を掴んで食つたり、ムクムク動いて居るぢやないか』 玉治別『オイ国依別、お前は宗彦と云つて、随分に嬶アを沢山に泣かしたり、殺したと云ふ事だが、大方其亡念が此家の死人に憑いて居るのかも知れないぞ』 国依別『何にしても気分の悪い家だ。さうして此家の主人は何処へ行つたのだい』 玉治別『一寸買物に行つて来るから、帰るまで留守を頼むと云つて出たなり、まだ帰つて来ないのだ。随分暇の要る事だなア』 死人を寝かした夜具は、ムクムクと動き出した。五つ六つの女の児がムクツと起きあがり…… 子供『お父さんお父さんお父さん』 と四辺をキヨロキヨロ見廻して居る。三人はヤツと胸撫でおろし、 三人『ヤアこれで細い手も、握り飯掴みも解決がついた』 斯かる所へスタスタと帰つて来たのは主人の杢助、 杢助『巡礼さま、エライ御厄介になりました。何分急いで行つたのですけれど、夜分の事とて先が容易に起きてくれませぬので、つい手間取りまして、エライ御迷惑を掛けました』 玉治別『エー滅相な、どう致しまして……ここに二人居りますのは、我々の兄弟分で御座います。どうぞお見知り置かれますやうに』 子供は、 子供(お初)『お父さん』 と走つて抱きつく。 杢助『アーお前は賢い子だ。よう留守をして居つた。あんな死んだお母アの側に黙つて寝て居るとは、肝の太い奴だ。世の中には大きな男が、宣伝をしに歩いて居つても、死人の側には怖がつて、三人も五人も居らねば、夜伽をようせぬものだが、子供はヤツパリ罪が無いワイ』 玉治別は頭を掻き、 玉治別『ヤア恐れ入りました。私もチツとも怖くはありませぬ』 杢助『女房の霊前にお経を唱へて下さいましたか』 玉治別『ハイ、お茶湯を献げませうと思つて、つい考へて居りました。併し遠距離読経をやつて置きました。それも無形無声の、暗祈黙祷、愈これから始める所で御座います』 と何が何やら間誤ついて、支離滅裂の挨拶をやつて居る。ここに三人は霊前に向ひ、神言を奏上し、お杉の冥福を祈り、遠州外五人の手伝の下に、野辺の送りを無事に済ました。 玉治別『ヤアこれで無事終了、先づ先づお芽出……たくもありませぬ。惟神霊幸はへ坐せ惟神霊幸はへ坐せ惟神霊幸はへ坐せ』 杢助『有難う御座いました』 一同は、 一同『左様ならば……随分御壮健でお暮しなさいませ』 と立つて行かむとする。杢助は、 杢助『モシモシ、此処にこんな風呂敷包が残つて居ます。コレはお前さまのぢやあるまいかな』 玉治別『ヤア到頭忘れて居た。これは私ので御座います』 杢助『お前さまのに間違ひはないか』 玉治別『実の所は峠の岩に休息して居つた時に、乾児がやつて来て、お頭様此通りと言つて渡して行きやがつたのだ。金も随分沢山あるだらう』 杢助『其方は巡礼に見せかけ、大泥棒を働く奴だ。コレヤ此の風呂敷は現在杢助の所持品だ。これを見よ。杢の印が付いて居る。此間の晩に、五六人抜刀で躍り込んで、俺の留守を幸に、包みを持つて帰つた小盗人がある。女房は何時もならば木端盗人の三十や五十、束になつて来た所が感応へぬのだが、何分労咳で骨と皮とになつて居た所だから、ミスミス盗られて了つたのだ。さうすると貴様はヤツパリ泥棒の親分だな。サア斯く現はれし上は百年目、此杢助が片つ端から素首を引抜いてやらう。……何れも皆覚悟せい』 と鉞を揮つて勢鋭く進んで来る。 玉治別『待つた待つた。嘘だ嘘だ。夜前泥棒が俺に渡したのだよ。俺や決して泥棒でも何でもない。マア待て待て……』 杢助『泥棒が泥棒でない者に金を渡すと云ふ事があるかい。貴様もヤツパリ泥棒の張本人だ。サア量見致さぬ』 と今や頭上より玉治別を梨割にせむとする此刹那『一二三四……』の天の数歌を一生懸命に称へ始めた。玉治別の手を組んだ食指の尖端より五色の霊光放射し、杢助は身体強直して其場に忽ち銅像の様になつて了つた。 玉治別『ハヽヽヽヽ』 竜国別『オイ玉公、我々に離れて何処へ行つたかと思へば、泥棒をやつて居たのだな。モウ今日限り貴様と縁を絶るから、さう思へ』 国依別『オイお前は何とした卑しい根性になつたのだ。俺はモウ合はす顔が無いワイ』 と涙声になる。玉治別は一伍一什を詳細に物語り、漸く二人の疑ひは氷解した。杢助は固まつた儘、此実地を目撃して、玉治別の無実を悟つた。玉治別は「ウン」と一声指頭を以て霊縛を解いた。杢助は旧の身体に復し、 杢助『お客さま、失礼な事を申上げました。どうぞ御勘弁下さいませ』 玉治別『分つたらそれで結構です……何も言ふ事はありませぬ。併し此包みはあなた調べて下さい』 杢助『そんなら皆様の前で検べて見ませう』 とガンヂガラミに括つた風呂敷包を解き開いて見れば、金色燦然たる金銀の小玉ザラザラと現はれて来た。さうして一冊の手帳が出て来た。開いて見れば、アルプス教の秘密書類である。三人はこれ幸ひと懐中に収め、後は杢助に返し、九人連れ此家を発つて津田の湖辺に向つて宣伝歌を歌ひ乍ら勢よく進み行く。 (大正一一・五・一七旧四・二一松村真澄録)
29

(1785)
霊界物語 21_申_高春山のアルプス教 12 奇の女 第一二章奇の女〔六八六〕 竜国別は小声に宣伝歌を歌ひながら、大谷山の谷深く進み入る。 夕べを告ぐる鐘の声、諸行無常と鳴り響く。空に烏の幾千羽、塒求めてカアカアと物憂げに啼き立つる。身に沁む風は樹々の梢を七五三に揺つて居る。竜国別は年古りたる松の木立に立ち寄りて一夜の雨露を凌がんと、傍を見れば小さき祠がある。 竜国別『アヽ有難い、何れかの神様のお社が建つて居る。大方、山口の神様が祭つてあるのだらう』 と独言ちつつ神前に恭しく拍手叩頭し、天津祝詞を奏上し、宣伝歌をうたつて祠の後に横はる。其歌、 竜国別『三五教の宣伝使玉治別や国依別の 神の使と諸共に津田の湖辺に到着し 鷹依姫が力とも杖とも頼む秘密文 ふとした事より手に入れて敵の配置を悉く 手に取る如く探索し茲に間道潜りつつ 山野を伝ひて来るうち日は漸くに暮れ果てて 行手も見えずなりければ千引の岩の岩が根に そつと立ち寄り降る雪を凌ぎて一夜を明かすうち 現はれ来る妙齢の花をあざむく一婦人 赤子を胸に抱きつつ寒気に閉ぢられ手も足も 儘にならねば一夜の我に暖気を与へよと 身辺近く襲ひ来る我は此世を救うてふ 神の教の宣伝使高春山の曲神を 言向け和し帰るまで女に肌は触れまじと 唯一言に断れば女は又もや手を合せ 火を焚き呉れよと願ひ入るふと傍に目をやれば 天の与へか枯小柴忽ち燧を打ち出でて 火を点ずれば炎々と四辺は真昼の如くなり 女の顔はありありと生地迄スツカリ見えて来た 男尊女卑の言論と女尊男卑の弁舌に 天の瓊鉾(舌)を磨ぎ澄まし火花を散らして戦へば 女もさるもの中々に我言霊に怖れない 既に危く見えし時彼方此方の谷々の 木霊を響かせ進み来る法螺貝吹いた大男 忽ち此場に現はれて魔性の女を一睨み 女は驚き抱きし子を直に火中に投げ捨てて 雲を霞と逃げて行く我は睡魔に襲はれて 夢路を辿る折柄に揺り起されて目を開き 四辺きよろきよろ見廻せば大江の山に現はれし 鬼武彦の白狐神続いて言依姫神 我が眼前に現はれて急場を救ひ給ひつつ 妙音菩薩の音楽に連れて此場を消えたまふ 竜国別は唯一人巌を背にうとうとと 睡りながらに明けを待つ雪は頻りに降り来り 道も塞がり進退の自由を失ひユキ詰まる 中をも厭はず荒魂勇気を鼓してザクザクと 進む折しもむくむくと雪の中より現はれし 不思議の女に手をひかれ破れた小屋に伴はれ 種々雑多の問題を吹きかけられて困り入り 如何はせんと思ふうち傘のやうなる目を剥いて パツと消えたと思ひきや忽ち変る大白狐 山路を目蒐けて駆出だすよくよく見ればこは如何に 五尺有余も積りたる雪の山路はいつとなく 消えて僅かな薄雪に不審の胸を抱きながら ふと傍を眺むれば豈図らんや岩の根に くだらぬ夢路を辿りつつ心の眼を閉ぢて居た 朝日の光を身に浴びて此処を立ち出でスタスタと 雪に印した足跡を索ねて進む折もあれ 雪踏み分けて駆来る野猪に出遇ひ暫くは 道に佇み眺め入る空を掠めて何処よりか 白羽の征矢の飛び来り猪の頭に突き立てば 猪は驚き右左前や後に狂ひつつ 峰の尾上を打ち渡り谷間に身をば隠したり 鳥獣の末までも救ひ助くる神の道 これが見捨てて置かれうか助けやらんと足跡を 探りて谷間に下り往く萱茫々と生ひ茂り 人跡絶えし谷の底血糊を標べに来て見れば 自然に穿てる岩の洞其傍に横はる 猪の屍を愍れみて天津祝詞を奏上し 蘇らせて助けんと思ふ折しも岩窟の 中より出づる鬼娘忽ち猪にかぶりつき 血汐を吸ひ込む嫌らしさはて訝かしとよく見れば 高城山の近村にお竜が娘と生れたる お光の顔によく似たりお光は血汐を吸ひ終り 我顔じつと打ち眺めお前は隣の小父さまか お前はお光か何としてこの山奥に忍び住む 早く帰れと促せばお光は首をふりながら 猪の血糊は吸ひ飽いた美味い香のするお前 喰はしておくれと強要よるこれや大変と驚いて なだめ慊しついろいろと義理人情を教ふれば お光はフンと鼻の先馬耳東風と聞き流し 義理人情を弁へて如何して鬼になれますか お前の生血を唯一度飲ましてくれいと云ひながら 手頃の石を手に持つて忽ち砕く我が額 血潮は川と迸る我は脆くも気絶して 前後も知らずなりけるが俄に吹き来る寒風に 眼覚ませばこは如何に額は少し痛けれど 霊肉共に清々と洗つたやうな心地して 鬼の娘と誓約しつやつと虎口を逃れ出で 崎嶇たる山路辿りつつ漸く此処につきにけり 月は御空に輝けど木立の茂み深くして 我影だにも見えかぬる椿の森の宮の下 明日はいよいよ大谷の山を踏み越え高春山の 曲の砦に向ふなりあゝ惟神々々 御霊幸倍ましまして三五教の宣伝使 高姫黒姫両人を救ひ出させ給へかし 野立の彦や野立姫神素盞嗚大御神 木花姫の御前に竜国別の神司 遥に祈り奉る』 と歌ひ終つて古社の床下に横はり居る。 夜は深々と更け渡り、寂然として木の葉のそよぎもピタリと止まつた丑満の頃、猿を責めるやうな女の泣き声、刻々に近づき来る。竜国別は目を醒まし耳を傾けて、何者なるかと息を凝らして考へて居る。バタバタと数人の足音、女を一人此場に連れ来り、 甲『サア、もう斯うなつた上は、じたばたしても駄目だ。体よくカーリンスの宣伝使の奥さまになつて、左団扇で数多の乾児を頤で使ふ身分となるのが、却つてお前の身に取つて幸福だらう。土臭い田舎者に心中立てをしたつて何になるか、サア早うウンと云へ』 女(お作)『お前は立派な男の癖に、私のやうな繊弱き一人の女を寄つて集つて、無理往生をさせようとは些と卑怯ではありませぬか。カーリンスとか云ふ人に、それだけの徳望があれば、天下の女は何程袖で蜂を掃ふやうにして居つても、獅噛みついてゆきます。世間から高春山のカーリンスの鬼と噂され、蚰蜒か蛇のやうに嫌はれて居るお方に、誰が靡くものが有りませう。お前等はその蚰蜒に頤で使はれて居る人間だから、なほ更鼻持のならぬ男だ。エヽ汚らはしい、もう触つて下さるな』 乙『此奴中々剛情な女だ、よしよし貴様がさう出れば此方にも覚悟がある』 女(お作)『其覚悟を聞かして貰ひませう』 乙『そんな事は俺達の秘密だ、貴様に聞かす必要が何処にあるか』 女(お作)『ありますとも、私は貴方等の目的物、云はば当局者である。秘密を知らずにどうして一日だつて治まつて行きますか』 甲『エヽ、女の癖に何をツベコベと吐くのだ、引き裂いてやらうか』 女(お作)『口を引き裂きなさつても宜しい。併し乍ら万々一私がカーリンスの女房になると定つたら、お前は私の家来ぢやないか。さうすれば主人の口を引き裂き、折角綺麗な女を傷者にしたと云ふ罪を、何うしてカーリンスにお詫をなさるか、お詫の仕方がありますまい』 甲『たつて引き裂かうとは申しませぬ。併し乍ら我々の要求を容れて、奥さまになつて下さいますか』 女(お作)『ホヽヽヽヽ、好かんたらしい、カーリンスの嫁になる位なら烏の嫁に行きますワ』 甲『七尺の男子を貴様は翻弄するのか』 女(お作)『定つた事ですよ。女と云ふものは強いものです。女の髪の毛一条あれば大象も繋ぐと云ふ魔力をもつて居る。ヒヨツトコ野郎の五人や六人、束になつて来た所が到底駄目ですワ、そんな謀反は大抵にしてお止めなさい。山も田も家も倉も、舌の先や目の先で一遍に消滅させたり、顛覆させたりするのは女の力です。お前達は男に生れたと言つてエラさうにして居るが、多寡の知れた青瓢箪のお化見た様なカーリンスに、口汚なく酷き使はれて、満足をして居るやうな腰抜けだから、思へば思へば気の毒なものだよ』 丙『これや女、そんな劫託を並べる癖に、何故キヤツキヤツと悲鳴を挙げたのだ。そんな空威張りをしたつて駄目だぞ』 女(お作)『ホヽヽヽヽ、キヤアキヤアと云ふ声は泣き声ですか。お前こそ女の腐つたやうな猿とも人間とも弁別のつかぬ代物は、キヤアキヤアと云うて泣くだらうが、私はお前等のする事が余り可笑しいので、キヤツキヤツと云つて笑つたのですよ』 丁『何とマア強太い女もあればあるものだなア。俺は生れてからこんな女に出遇つた事がないワ』 女(お作)『出遇つた事がない筈、世界の女はお前の姿を見ても、お前の方から風が吹いても、嫌がつて皆逃げて仕舞ふ。それもお前が強いとか、怖いとか云うて逃げるのではない。汚らはしくつて、怪体な臭がして鼻持ちがならないから、化物だと思つて逃げるのですよ』 丙『仕方のない女だなア。こんな女を連れて帰つて、カーリンスの奥さまにでもしようものなら、俺達の却つて迷惑になるかも知れやしないぞ』 女(お作)『ナニ決して迷惑にやなりませぬ。キヨロキヨロ間誤ついて居ると、ちよいちよい長煙管がお前等のお頭にお見舞申す位なものだよ。けれども生命には別条はないから安心なさい、ホヽヽヽヽ』 甲『女子と小人は養ひ難し、到底弁舌では俺達は敗軍だ。不言実行に限る。サア各自に手足を取り、高春山に帰つてゆかう。これや女、何んぼ頤が達者でも直接行動には叶ふまい、男は口は下手だが実地の力は強いぞ』 女(お作)『ホヽヽヽヽ、たつた一人の繊弱い女に対し見つともない、五人も六人も一丈の褌をかいた荒男が、蚯蚓を蟻が寄つて集つて巣へ引き込むやうにせねば、一人の女を引捉へて、その目的を達する事が出来ないとは、何と男程困つたものはないものだなア』 甲『偉さうに云ふない、男は裸百貫と云つて、体が一つあれば世の中に立派な一人前の大丈夫として通用するのだ。女は蔭ものだ。もつと女らしく淑やかにしたら如何だい。女の徳は柔順にあるのだぞ』 女(お作)『私は柔順なんか大の嫌ひだ。私の女としての徳は柔術だ。一つ見本にお前達六人を、お月さまの世界迄も放りあげて見ようか』 甲『オイ皆の奴、如何しようかなア。こんな女を迂濶連れて帰らうものなら、何んな大騒動が勃発するか知れたものぢやないぞ』 乙『それだと云つて、連れて帰らねばカーリンスの親方に合す顔がなし、困つた事になつたものだなア』 女(お作)『一つ柔術をお目にかけませうかな、オホヽヽヽ』 甲『エヽ、この上は直接行動だ。乙、丙、丁、戊、己、一度にかかれ』 一同『ヨシ、合点だ』 と六人の男は手取り足取り無理に女を担ぎ行かむとする。女は又もやキヤツキヤツと頻りに叫ぶ。祠の後より、 (竜国別)『暫く待てツ、大自在天大国別命これにあり、申し渡す仔細がある』 と雷の如く呶鳴りつけた。六人は女を其場に投げ捨て雲を霞と逃げ散つた。女は静々と神前に詣で、拍手しながら何事か暗祈黙祷をして居る。 (大正一一・五・二〇旧四・二四加藤明子録)
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(1801)
霊界物語 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 06 見舞客 第六章見舞客〔六九八〕 高姫はすごすごと我家に帰り頭痛がするとて臥床に入り捩鉢巻の大発熱、大苦悶。遠州、武州は種々と介抱に全力を尽して居る。玉治別は妻のお勝と共に高姫の病気と聞き、見舞のために訪ねて来た。玉治別は庭の表に立ち働いて居る遠州に向ひ、 玉治別『遠州さま、承はれば高姫さまには少しお塩梅が悪いと聞きましたが、御様子はどうですかナ』 遠州『ハイ、この間八尋殿で演説をなさつてから肝腎のお宝が石に化けて居つたとか云つて、怒つて溜池の中に放り込まれました。それから気分が悪いと云うてお寝みになつたきり、毎日日日玉々と、囈語ばつかり云うて居らつしやいます。誠に困りものですよ』 玉治別『何うか差支なくば、玉治別夫婦がお見舞に参つたと、伝へて下さい』 遠州『承知致しました』 と奥に入り耳許に口を寄せて、 遠州『高姫様、玉治別の宣伝使がお見舞に見えました』 高姫は人事不省に陥りながらも、玉の一声にふつと気がつき、 高姫『何、玉が出て来たと、そりや結構だ。早く見せてお呉れ』 と起き上つた。遠州は玉ではない、玉治別が来たのだと実を明かせば、又もや高姫が落胆して重態に陥る事を案じ、何気なう、 遠州『ハイ、玉がお出になりました』 と皆まで云はさず、高姫は、 高姫『早く此処へ持つてお出で』 遠州は、 遠州『ハイ』 と答へて表に出で、 遠州『玉治別さま、お勝さま、どうぞ奥へお通り下さいませ。高姫様が大変お待ち兼ねで御座います』 玉治別はお勝と共につと奥に進み入り、見れば高姫は真赤な顔をしながら捩鉢巻の儘病床に坐つて居る。 玉治別『高姫様、承はりますれば御病気との事、何うかとお案じ申しましてお訪ねに上りました』 高姫『別に私は、病気なんかありませぬが、つい癇癪玉がつき詰めて熱が出たのです。常に健康なものが偶に寝ると、大変な噂が立つと見えます。ヤアもう大丈夫です』 お勝『毎度夫がお世話になりまして、一度お訪ね致さねばならないのですが、つい御無礼を致しました』 高姫『お前さまが玉さまの奥さまかい。ほんに可愛らしい御器量のよいお方だこと、玉治別さまもお仕合せな事ですワイ。時に玉治別さま、皆さまは如意宝珠の玉の紛失に就て、どう云うて居られますかな』 玉治別『いやもう種々の噂で御座います。高姫さまが独断で黒姫さまを追ひ出し遊ばしたが、人を呪はば穴二つ、自分も亦玉で失敗して何処かへ逃げ出さねばなるまい、と云つて居る人もあり、中には如意宝珠は決して紛失して居ない、吾々の身魂が曇つて居るから石に見えたのだと云ふ人もあり、一方には何うも言依別命様の御処置が手ぬるいと云つて居る方もあります。つまり百人が百人、種々の意見を立てて騒いで居ますよ』 高姫『私は誰が何と云うても此処は動きませぬよ。三千世界の救ひ主の日の出神の生宮が離れて、どうして御経綸が成就致しますか。大神さまは日の出神の生魂を地と致して三千世界を助けると、お筆先にまで書いて示して御座るのだから』 玉治別『大変な御決心で結構ですが、併しあの玉が若し紛失して居たら、貴女の責任上どうするお考へですか』 高姫『青二才の分際で、そんな事までお構ひなさるには及びますまい』 玉治別『何程青二才だつて、やつぱり私も宣伝使の一人、参考までに聞いて置かねばなりませぬ』 高姫『若い人達の聞く事ぢやない。お前達は兎に角神様のお話さへして居ればよいのだ。私等とはお顔の段が違ふのだから。それについても言依別も何とかして大勢の者に云ひつけて、宝の在処を探して下さりさうなものぢやに、エヽ辛気臭い事だ。玉照彦さまも、玉照姫さまも何程立派な神様だとか云うても、何分年が若いものだから、こんな時には仕方がない。アヽ頭が痛くなつて来た。もう玉治別御夫婦帰つて下さい。私が本復の後、篤と皆さまに分るやう、千騎一騎の活動を遊ばすやうに一伍一什の因縁を説いて聞かして上げます。此頃の聖地の方々は薩張り桶のたががゆるんでしまつて、誰も彼も蒟蒻の幽霊見たやうな空気抜けばかりぢや、さうだから結構な玉を全部盗られて仕舞ひ、平気の平左でポカンとして為す所を知らずと云ふ腑甲斐ない為体、私は思うても腹が立ちますワイな。玉治別さま、お前さまも、ちつと此玉の事に就て御心配なさつては何うだい。宇津山郷の蛙飛ばしの蚯蚓切り、薯の赤子を育てるのとは、ちと宣伝使は六ケ敷いですよ。貴方第一チヨカ[※「チョカ」とは行動が軽いこと。]だから此玉探しに率先して、もう今頃にや何処かに飛んでいつてゐらつしやると思うて居たのに、気楽さうに夫婦連れで、ぞろぞろと昼の真最中に何の事だいな、ちと確りなさらぬか。人間の家は女房が肝腎ぢやぞえ。これお勝さまとやら、お前さまがこの玉治別さまを、ちつと鞭撻せなければならぬぞえ。千騎一騎の此の場合に、何を迂路々々と間誤ついて御座るのぢやい』 玉治別『高姫さま、貴女は人を責むるに急にして己を責むると云ふ事は知らないのですか』 高姫『そんな事は疾うの昔に知つて居りますワイな。よう考へて御覧なさい。金剛不壊の宝珠の玉や紫の玉は、謂はば一旦私の身の内のもので、私の御魂同然だ。腹の中から吐きだしたのと、吐き出さぬだけの相違ぢやないか。アヽこんな事なら腹に呑んでさへ居れば、こんな不調法は出来やしまいのに、お前さまが仕様ない木挽の杢助やらお初のやうな阿魔つちよを引張つて来て高姫の腹から吐き出さしたりするものだから、こんな事になつたのだ。この大責任は元を糺せば、玉さま、お前が負はねばならぬのだ。その次に杢助の娘のお初、是でも口答へをするならして見なさい』 玉治別『高姫さま、怪しからぬ事を仰有います。玉を吐き出したのと此度の紛失とは別問題ぢやありませぬか。さう混淆にせられては聊か私も迷惑致します』 高姫『其理屈が悪いのだよ。お前さまは謂はば新米者の端役人ぢや。私は日の出神の生宮ぢや、同じ宣伝使にしても天と地との懸隔がある。私を失敗らしてお前さまは平気で見て居る気か。私の失敗は謂はば三五教の自滅も同然ぢや。お前さまが一人や二人失敗つたつて、決して三五教に影響を及ぼすものでない。兎も角大責任を自覚し私が盗りましたと云うて責任を帯び、一先ず此場のごみを濁しなさい。その間にこの高姫が天眼通で在処を探し、お前さまの無実を晴らし、さうして玉治別さまは立派な人だと云はれて信用が益々あがつて来る。神さまに仕へるものは、これ位な犠牲的精神がなくては駄目ぢや、それが出来ないやうな事なら宣伝使を返上なさいませ。なアお勝さま、私の云ふ事が無理ですか、無理なら無理とハツキリ云うて下さい』 と稍精神に異状を帯びたせいか、勝手気儘な理屈を吹き出す。 玉治別『まアまア高姫さま、お鎮まりなさいませ。貴女は少し許り逆上して居ますから、病気の害になると済まぬによつて、今日は一先づお暇致します』 高姫『これこれ、此重大なる責任を此高姫に塗りつけようとするのか。大方お前さまがそつと何々したのぢやなからうかな。何うも素振が怪しいぞえ』 玉治別『病人だと思うてあしらつて居れば余りの事を云ひなさる。これから私も言依別の教主さまにお届けして来ます』 高姫『言依別が何ぢやいな、あれは言依姫の婿ぢやないか。謂はば私の妹の婿で私の弟も同然だ。真の日の出神の憑つた高姫を措いて、あんな者に何を云つたつて埒が開くものかい。あれは知慧と学とで、人間界では一寸豪さうに見えるが、神の方から云へば赤坊みたやうなものぢや。なぜ高姫の云ふ事を聞きなさらぬのかい』 と目を三角にして睨みつける。お勝は悔し涙に堪へ兼ねて其場に泣き倒れる。 高姫『泣いて事が済むなら易い事だ。私でも泣きたいけれども神政成就の御宝の行方を探す迄は、そんな気楽な、泣いてをれますか。大きな口を開けて、わあわあと泣くお前さまより、ぢいつと耐へて気張つて居る高姫の方が何程苦しいか分りませぬぞえ』 玉治別『兎も角今日はお暇を致します。ゆつくりと思案して御返事に参ります』 高姫『どつこい、夫婦の者、此解決がつく迄一寸も動いてはなりませぬぞや』 玉治別『はて迷惑の事だ。お勝、どうしようかなア』 お勝は又もや大声を上げてオイオイ泣き出した。高姫は枕許の金盥を爪でガシガシと掻き鳴らし乍ら、もどかしさうに、 高姫『あゝ玉が欲しい。玉が欲しい。玉はやつとあつてもがらくた人間のどたま計りで仕方がない。よう是だけ蒟蒻玉が集まつたものだ、これ確り……玉さま……せぬかいな』 と金盥をもつて玉治別の頭をガンとやつた。玉治別は、 玉治別『困つた事になつたものぢや、云ふ事が薩張支離滅裂、到頭魂が抜けて発狂して了つた』 と呟くを聞き咎めて、高姫は口を尖らし、 高姫『何、私が発狂したと見えますか』 玉治別『八(発)狂と嘲弄ふ貴女は、非常に九(苦)境に陥つて居るやうに見えますワイ。アハヽヽヽ』 と焼糞になつて高笑ひをする。高姫はムツと腹を立て、 高姫『長上に対して無礼千万なその振舞』 とあべこべに、頭をこづいた方から無礼呼はりを浴びせかけられ、玉治別はお勝の手を取り、 玉治別『サアお勝、長坐は畏れぢや、気の鎮まる迄家に帰らう』 と此場を見捨てて表へ駆出した。高姫は狂気の如く奥の間で怒鳴つて居る。 高姫の病気と聞いて見舞にやつて来た杢助は、お初の手を引き、門口で玉治別夫婦にベツタリ出会し、 杢助『ヤア、先生か』 玉治別『杢助さまか、お初さま、ようお出なさいました』 杢助『高姫さまの様子は何うですか』 玉治別『いやもう大変です。カンと叩られて来ました。大変に、私やお初さま始め、杢助さまを恨んで居ますよ。用心なさい、又カンとやられちや耐りませぬからなア』 杢助『テンと訳が分りませぬなア』 玉治別『別に勘考せいでも奥へお出になれば分ります。一寸私は急ぎますから、お先へ御免蒙ります』 と云ひながら女房のお勝と共に、慌しく吾家をさして帰つて行く。 (大正一一・五・二五旧四・二九加藤明子録)
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霊界物語 24_亥_豪州物語1(高姫と蜈蚣姫) 06 アンボイナ島 第六章アンボイナ島〔七三六〕 高姫、蜈蚣姫を乗せたる船は、波のまにまに大小無数の嶋嶼を右に左に潜りつつ進み行く。俄に包む濃霧に咫尺を弁ぜず、此儘航海を続けむか、何時船を岩石に衝き当て破壊沈没の厄に会ふも知れざる破目になつて来た。流石の両婆アも船中の一同もはたと当惑し、何となく寂寥の気に充たされ、臍の辺りより喉元さして舞ひ上る熱き凝固は、螺旋状を為して体内を掻き乱すが如く、頭部は警鐘乱打の声聞え、天変地妖身の置き処も知らぬ思ひに悩まされた。何ともなく嫌らしき物音、鬼哭啾々として肌に粟を生じ心胆糸の如く細り、此上少しの風にも、玉の緒の糸の断絶せむ許りになり来たり。何処ともなく嫌らしき声、頭上に響き渡りぬ。 声『アヽヽ飽迄我を立て徹す高姫、蜈蚣姫の両人、天の八衢彦命の言葉を耳を浚へてよつく聞け。汝は悪がまだ足らぬ。悪ならば悪でよいから徹底的の大悪になれ。大悪は即ち大善だ。汝の如き善悪混淆、反覆表裏常なき改慢心の大化物、是こそ真の悪であるぞよ。悪と云ふ事は万事万端、神界の為めに埒があく働きを言ふのだ。 イヽヽ嫌らしい声を聞かされて慄ひ上り、意気銷沈の意気地無し。今此処で慣用手段の日の出神を何故現さぬか。大黒主命は如何したのだ。因循姑息、悪魔の我言に唯々諾々として畏服致すイカサマ宣伝使。てもいげち無い可憐らしい者だなア』 高姫は直ちに、 高姫『何れの神様か存じませぬが、 アヽヽ悪をやるなら大悪をせいとはチツトと聞えませぬ。善一筋の日本魂の生粋を立て貫く此高姫。 イヽヽいつかないつかな、変性女子的貴女の言葉には賛成出来ませぬ。なア蜈蚣姫さま、お前さまもチツト、アフンとしていぢけて居らずに、アヽヽイヽヽアイ共に力を協せ、相槌を打つたら如何だい。斯んな時こそ誠の神の御神力を現はさいで何時現はすのだ、アヽヽ、イヽヽ意気地のない人だなア』 空中より怪しき声、 声『ウヽヽ、煩さい代物だ。何処までも粘着性の強い高姫の執着、有為転変の世の中、今に逆とんぼりを打たねばならぬぞよ。言依別の教主に反抗致した酬い、眼は眩み波にとられた沖の船、何処にとりつく島もなく、九死一生の此場合に立ち到つて、まだ改心が出来ぬか。 エヽヽ偉相に我程の者なき様に申して世界中を股にかけ法螺を吹き捲り、誠の人間を迷はす曲津神の張本人、鼻ばかりの高姫が今日は断末魔、扨ても扨ても可憐想な者だ。浮世に望みはないと口癖の様に申し乍ら、其実、浮世に執着心最も深く、偉相に肩臂怒らし大声で嚇す夏の雷鳴婆ア……。 オヽヽ鬼とも蛇とも悪魔とも知れぬ性来に成りきりて居りても未だ気がつかぬか。恐ろしい執着心の鬼が角を生やして其方の後を追つ掛け来り、今此処で往生させる大神の御経綸、尾を捲いて改心するのは今であらう。返答は如何だ』 高姫は負けず、又もや、 高姫『ウヽヽ煩さい事を仰有るな。 エヽヽえたいの知れぬ声を出して、 オヽヽ嚇さうと思つても日の出神の生宮はいつかないつかな、ソンナチヨツコイ事に往生は致しませぬぞ。一つ島の女王と聞えたる黄竜姫を、お産み遊ばした蜈蚣姫の姉妹分とも言はれたる此高姫、何れの神か曲津か知らねども、チツトは物の分別を弁へたが宜からうぞ』 空中より、 声『カヽヽ重ねて言ふな、聞く耳持たぬ。蛙の行列向ふ見ず、此先には山岳の如き巨大な蛙が現はれて、奸智に長けたる汝が身も魂も、只一口に噛み砕き亡ぼして呉れる仕組がしてあるぞ。叶はん時の神頼みと言つても、モウ斯うなつては駄目だ。神は聞きは致さぬから左様心得たが宜からう。 キヽヽ危機一髪、機略縦横の高姫も最早手の下し様もあるまい。気違ひじみた気焔を吐いた其酬い、気の毒なものだ。聞かねば聞く様にして聞かすと申すのは此事であるぞよ。 クヽヽ黒姫と腹を合せ、変性男子の系統を真向に振り翳し、神界の経綸を無茶苦茶に致した曲者、苦労の凝りの花が咲くと何時も申して居るが、神の道を砕く苦労の凝りの花は今愈咲きかけたぞよ。 ケヽヽ見当のとれぬ仕組だと申して遁辞を設け、誤魔化して来た其酬い。 コヽヽ堪へ袋の緒がきれかけたぞよ。聖地の神々を困らしぬいた狡猾至極の汝高姫、我と我心に問うて見よ。心一つの持ち様で善にも悪にもなるぞよ。 サヽヽ探女醜女の両人、よくも揃うたものだ。サア是からは蜈蚣姫の番だ。逆様事ばかりふれ廻り天下万民を苦しめた蜈蚣姫の一派。 シヽヽ思案をして見よ。神の申す言葉に少しの無理もないぞよ。皺苦茶婆アになつてから、娑婆に執着心を発揮し、死後の安住所を忘れ、獅子奮迅の勢を以て種々雑多の悪計を廻らし乍ら、至善至美至真の行動と誤解する痴者。 スヽヽ少しは胸に手を当てて見よ。素盞嗚大神の御精神を諒解せぬ間は、何程汝が焦慮るとも九分九厘で物事成就は致さぬぞよ。 セヽヽ背中に腹が代へられぬ様な此場の仕儀、それでも未だ改心が出来ぬか。雪隠虫の高上り、世間知らずの大馬鹿者。 ソヽヽ其方達二人が改心致さぬと、総ての者が総損ひになつて、まだまだ大騒動が起るぞよ。早々改心の実を示せ。そうでなければ今此処でソグり立ててやらうか』 蜈蚣姫『ソヽヽそれは、マア一寸待つて下さい。それ程妾の考へが違つて居ますか。此蜈蚣姫は明けても暮れても、神様の為め、世界の為め、人民を助ける為めに、苦労艱難を致して居る善の鑑と堅く信じて居ります。それが妾の生命だ。何れの神か悪魔か知らねども、我々の心が分らぬとは実に残念至極だ。粗忽しい、観察をせずに、もうチツト真面目に妾の腹の底を調べて下さい』 空中より、 声『タヽヽ叩くな叩くな、腹の中をタヽヽ断ち割つて調べてやらうか。高姫も同様だぞ、汝の腹の中は千里奥山古狸の棲処となつて居る。日の出神と名乗る奴は銀毛八尾の古狐の眷族だ。大黒主と名乗る奴は三千年の劫を経たる白毛の古狸だ。又蜈蚣姫の腹中に潜む魔神はアダム、エバの悪霊の裔なる大蛇の守護神だ。 チヽヽ違ふと思ふなら、今此処で正体を現はさうか。地の高天原を蹂躙せむと、汝等両人の体内を借つて仕組んで居るのだ。汝はそれも知らずに誠一つと思ひつめ、自分の身魂に自惚し、最善と感じつつ最悪の行動を敢へてする、天下の曲津神となつて居るのに気がつかぬか。 ツヽヽつまらぬ妨げを致すより、月の大神の心になり、心の底より悔悟して。 テヽヽ天地の神にお詫を致せ。 トヽヽトンボ返りを打たぬうち、トツクリと思案を致し、トコトン身魂の洗濯を励むが肝腎だぞよ。 ナヽヽ何と申しても其方等は曲津の容器。弥勒神政の太柱は地の高天原に、神世の昔より定められた身魂が儼然として現はれ給ふ。何程其の方が焦慮つても、もう駄目だ。 ニヽヽ二階から目薬をさす様な頼りのない法螺を吹き廻るより、生れ赤子の心になつて言依別の教主の仰せを守れ。 ヌヽヽヌーボー式の言依別だと何時も悪口を申すが、其方こそは言依別の神徳を横奪せむとする、ヌースー式の張本人だ。 ネヽヽ熱心な信者を誤魔化し、蛇が蛙を狙ふ様に熱烈なる破壊運動を致す侫人輩。 ノヽヽ野天狗、野狐、野狸の様な野太い代物。喉から血を吐きもつて、折角作り上げた誠の魂を攪乱致す野太い代物。下らぬ望みを起すよりも良い加減に往生致したら如何だ』 高姫は、 高姫『もうもう十分です。 ハヽヽハラハラします。腹が立つて歯がガチガチしだした。早くしようも無い事は、もうきりあげて下さい。 ヒヽヽ日の出神の生宮が堪忍袋の緒を切らしたら、何程偉い神でも堪りませぬぞ。 フヽヽ不都合千万な、此方の行動を非難するとは何れの神だ。 ヘヽヽ屁でもない理屈を並べて閉口さそうと思うても……ン……此高姫さまは一寸お手には合ひませぬワイ。 ホヽヽほんに訳の分らぬ廻しものだ。斯んな海の中へ我々を引張り出し、一寸先も見えぬ様な濃霧に包んで置いて、暗がりに鶏の頸を捻ぢる様な卑怯な計略、其手は喰はぬぞ。 マヽヽ曲津の張本。 ミヽヽ身の程知らずの盲目神。 ムヽヽ蜈蚣姫と高姫が。 メヽヽ各自に神力のあらむ限りを発揮して。 モヽヽ耄碌神の其方を脆くも退治して見せよう。 ヤヽヽ八岐大蛇だの、狐だの、狸だのとは何たる暴言ぞ。 イヽヽ意地気根の悪い。 ユヽヽ油断のならぬ胡散な痴呆もの。 エヽヽえー邪魔臭い。 ヨヽヽよくも、ヨタリスクを並べよつたな、ようも悪魔の変化奴。 ラヽヽ乱臣賊子、サア正体を現はせ、勇気凛々たる日の出神の生宮、大自在天の太柱、グヅグヅ吐すと貴様の素首を引き抜いてラリルレロとトンボリ返しを打たしてやらうか』 空中より一層大きな声で、 声『ワヽヽ笑はせやがるワイ。我身知らずの馬鹿者共、手のつけ様のない困つた代物だ。 ヰヽヽ何程言うても合点の往かぬ歪み根性の高姫、蜈蚣姫。 ウヽヽ煩さくなつて来たワイ。艮の金神国治立尊の御前に我は是より奏上せむ。 ヱヽヽ襟を正して謹聴して待つて居らう。やがて御沙汰が下るであらう。 ヲヽヽ臆病風に誘はれてヲドヲドし乍ら、まだ。 ガヽヽ我の強い。 ギヽヽぎりぎりになる迄。 グヽヽ愚図々々致して居ると。 ゲヽヽ現界は愚か。 ゴヽヽ後生の為めに成らないぞ。 ザヽヽ態さらされて。 ジヽヽジタバタするよりも。 ズヽヽ図々しい態度を改め。 ゼヽヽ前非を悔い改心致して。 ゾヽヽ造次にも顛沛にもお詫を致せ。 ダヽヽ騙し歩いた。 ヂヽヽ自身の罪を。 ヅヽヽ津々浦々まで白状致して廻り、玉に対する執着心を只今限り綺麗薩張此海に流して仕舞へ。さうして仕舞へば又神の道に使つてやるまいものでもない。 デヽヽデンデン虫の角突き合ひの様な小さな喧嘩を致し。 ドヽヽ如何してそんな事で神界の御用が勤まると思ふか。 バヽヽ婆の癖に馬鹿な真似を致すと終には糞垂れるぞよ。 ビヽヽ貧乏揺ぎもならぬ様になりてから。 ブヽヽブツブツと水の中に屁を放いた様な小言を申しても。 ベヽヽ弁舌を何程巧に致しても。 ボヽヽ木瓜の花だ、誰も相手になる者はないぞよ。 パヽヽパチクリと目を白黒致して。 ピヽヽピンピン跳ねても、キリキリ舞ひを致しても。 プヽヽプンと放いた屁ほどの効力も無いぞよ。 ペヽヽペンペン跳ねても。 ポヽヽポンポン言つても、もう日の出神も通用致さぬから覚悟をしたが宜からう。汝果たして日の出神ならば、此濃霧を霽らし、天日の光を自ら浴びて船の方向を定め、アンボイナの聖地に渡れ。其時又結構な教訓を授けてやらう』 高姫、蜈蚣姫は返す言葉も無く、船の中に両手を合せ、負けぬ気の鬼に妨げられて謝罪り言葉も出さず、俯向いて謝罪と片意地との中間的態度を執つて居た。何時しか濃霧は霽れた。よくよく見れば船は何時の間にやら南洋一の聖地、竜宮島と聞えたるアンボイナの港に横着けになり居たりける。 (大正一一・七・二旧閏五・八北村隆光録)
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霊界物語 24_亥_豪州物語1(高姫と蜈蚣姫) 08 島に訣別 第八章島に訣別〔七三八〕 (玉治別)『神の経綸も白浪の三つの御玉を探らむと 執着心の何処までも深き海原に浮びつつ 此世の瀬戸の海越えて家島高島小戸島 国城山の岩窟に砦を構へて瑞宝の 所在を探す蜈蚣姫心も同じ高姫が やうやう妥協を整へて再び船に棹をさし 梅島竹島桜島馬関の海峡乗越えつ 神の恵も大島や栗島岩島竹野島 尚も進んで琵琶の島南洋一の霊場と 噂に高き竜宮島玉の所在を探るべく 尋ね来るぞ果敢なけれ吾は聖地に現れませる 言依別の神司稜威の御言をかかぶりて 再度山の山麓に尋ねて来る折柄に 玉能の姫の物語三五教の高姫は 玉に心を奪はれて荒き海路を渡りつつ 南洋さして出で行きし話を聞くより矢も楯も 耐り兼ねたる玉治別の天地に通ずる真心は 玉能の姫を動かせて新に堅き船造り 御後を慕ひ来りけり馬関の瀬戸を過ぐるとき 波に漂ひ船を破り岩に喰ひつき泣き叫ぶ 二三の人の影を見て船を近寄せ眺むれば バラモン教の宣伝使友彦初め三五の 神の教の信徒と仕へ奉りし鶴さまや 清さま武さま四人連九死一生の有様を 救うて漸く此島に来りて見れば海端に 落ちたる笠は高姫の此処に居ませる印ぞと 心も勇み身も勇み青葉茂れる木の間をば 潜りて此処に来て見れば雄滝雌滝と相並び 天下に無比の絶景と憧憬れ居たる折もあれ 忽ち包む深霧に咫尺を弁ぜず一行は 雄滝の前に佇みて様子窺ひ居たりしが 雌滝の方より聞え来る怪しき女の叫び声 何事ならむと気を苛ち助けむものと思へども 咫尺弁ぜぬ霧の中手を下すべき由もなく 心をいらつ一刹那忽ち吹き来る科戸辺の 神の伊吹に払はれて一望千里の晴れの空 小路を伝ひ来て見れば高姫さまの一行が 愈此処に立籠り禊の修業の最中と 覚りし時の嬉しさよあゝ惟神々々 御霊幸ひましまして高姫さまの胸の中 一日も早く晴らせかし吾は玉治別の司 玉能の姫や初稚姫の誠の御言に従ひて 汝が命を救はむとやうやう此処に来りたり 嗚呼高姫よ其外の神の大道を歩む人 心平に安らかに吾一行の真心を うまらに詳細に聞召せ』 と歌ひつつ男女七人、高姫の前に立ち現はれ、歌に装ひて来意を述べ立てたり。 高姫は一行の姿を眺め、 高姫『ヤアお前は玉能姫と初稚姫さま、それに玉治別の田吾作どの、何用あつて執念深く高姫の後を付け狙うてお出でたのだ。矢つ張り玉の所在を探されてはならないと思つて、夜も碌々寝られず、こんな所迄調べに来たのだらう。遥々と御遠方の処御苦労様。よもや高姫が此島に居るとは思はなんだでせう。サアかうなる以上は玉を隠したのは、此竜宮島に間違ひない。百日余りも探して見たが、何分大きな島だから充分に調べる訳にも行かず、サアよい処へ来た。今度は玉の所在を明瞭言ひなされ』 玉能姫は静かに、 玉能姫『高姫さま、何程お探し遊ばしても、三十万年の未来でなければ、三つの神宝は現はれませぬ。妾は決して貴女方の玉探しを、気に懸けて参つたのではありませぬ。初稚姫様が教主言依別命様の命を奉じ、高姫さまは玉に心を奪はれ、いらぬ苦労をなさるのが気の毒だから、お迎ひ申して来いとの御命令、船は流され嘸お困りだといふ事を、神様が先にお分りだから、二つの船を持つてお迎ひに来たのです。どうぞ吾々の此処へ来た事を善意に解して下さい』 高姫『これはこれは何から何まで抜け目のない言依別命。……初稚姫、玉能姫さま、船を二艘も持つてようマア来られました。誠に御親切有難いと申したいが、さう安々とお礼を申されぬ理由が……ヘン御座いますワイ。あれだけ此高姫に揚壺を喰はし、喜んで居る言依別命に海洋万里の此島迄私を助けに来る親切があれば、玉隠しをしたりして我々を苦しめる道理がない。元をただせば此高姫がコンナ処まで来て、あらゆる艱難苦労するのも、みな言依別命、初稚姫、杢助、玉能姫様のお賢い悪智慧のお蔭ですワイ。ようマアこれ丈人に心配をかけて下さつた。何程高姫の機嫌をとらうと思つても其手には乗りませぬぞえ』 玉治別は口を尖らせ、 玉治別『何とマア執念深き訳の分らぬ高姫だなア、命からがら小舟に乗つて、万里の波濤を渡り助けに来ながら、こんな小言を聞かうとは思はなかつた。……高姫さま、お前さま、本当に没分暁漢だなア』 高姫『コレ田吾作どの、何をツベコベと横槍を入れるのだイ。お前は宇都山村で、芋の赤子さへ大切に育てて居れば性に合ふのだ。言依別の珍らしもの喰ひに抜擢されて宣伝使になり、玉治別の名を戴いたと思うて、変性男子の系統の生宮に、何をツベコベほざくのだ、スツコンで居なさい。あまり偉相に云ふと此島の熊蜂が遣つて来て……それ其処に居る蜈蚣姫の様な目に遭はされますよ』 と言葉尻をピンとはねて体を揺り、蜂を払ふ様な態度にてパタパタと羽ばたきして見せる。玉治別は初めて其処に蜈蚣姫の倒れて居るに気付き、一生懸命に神言を奏上し、言霊を唱へ鎮魂を施した。不思議や蜈蚣姫の腫は刻々にひすぼり、忽ち元の姿に復り、玉治別に向ひ両手を合せ、涙を滝の如く流し感謝の意を表して居る。 高姫『コレハコレハ蜈蚣姫さま、お仕合せな事、妾が今救けて上げようと思つて、色々神様に願つて居つた所、半時ばかりの間に全快させてやらうと、日の出神が仰有つて恰度今半時許り経つた所だ。其処へ玉治別がやつて来て烏のおどしの様な恰好して鎮魂をしてそれで癒つたと思ふと大きな間違ひ、恰度好い時刻に来よつて自分が癒した様に思うて、お前さまの感謝の言葉を手柄顔に偉相に、……蚯蚓切りの蛙飛ばしの癖に、鎮魂に、神力があつてたまりますか。コンナ男に病気が癒せる位なら、妾は既に神様の宣伝使はやめて居りますよ』 蜈蚣姫『ドチラのお蔭だか知りませぬが、有難う御座います。然し高姫さま、貴女の最前濃霧に包まれた時、……貫州だけ助けて下され、蜈蚣姫は御都合でドウなとして下さい……と祈つて居ましたねエ。随分水臭いお方ですワ』 高姫は無言。 玉能姫『貴女が噂に聞きました蜈蚣姫様で御座いますか。これは珍らしい所でお目にかかりました。妾は生田森の玉能姫で御座います。此小さい女の方は聖地に於て有名な初稚姫様で御座います』 蜈蚣姫『さうかいナア。……お前がアノ梃でも棒でも動かぬ玉能姫だな。さうして頑固者の杢助の娘と云ふのは此奴かいなア。ホンニ一寸小賢しい悪気の有りさうな、無ささうな顔をして居るワイ、オホヽヽヽ。……ヤアお前は糞まぶれになつて逃げて来た友彦ぢやないか。大方妾の後を追ひ、娘に逢はうと思つて来たのだらう。エヽ穢らはしい。友彦の糞彦、サア、トツトと帰らつしやれ』 友彦『私は決して小糸姫に未練があつて参つたのではありませぬ。淡路島の酋長東助様が、私の大罪を赦して下さいまして、其代り御一同をお助けする為めに船を持つて行けと命ぜられ、清さま、武さま、鶴さまと一緒に後を追うて参つたのです。東助様に神様がお告げ遊ばしたには、お前さまは南洋のアンボイナ島で船をとられるに違ひないから、船を持つて迎ひに行つて来いと仰有られて、情深い東助様が、お前を助ける様に私をお遣はしになつたのだ。東助さまにお礼を申さねばなりませぬぞえ。高姫さま、蜈蚣姫さま、どうです。これでも不足を云ふ処がありますかい』 高姫『友さま、イランお世話だ。誰が助けて呉れと頼みました。自分が勝手に口実を設けて、玉の所在を探さうと思ひよつて来たのだらう。ヘン阿呆らしい。誰がお礼を云ふ馬鹿があるものかい。いい加減に人を馬鹿にして置きなさい。余人はイザ知らず、此高姫に限つて、ソンナ巧妙な嘘を喰ひませぬわいなア。オホヽヽヽ』 と一言々々肩から胴体を揺つて嘲弄する。友彦は疳筋を立て、 友彦『私は何程嘲笑されても不足を云はれてもかまはぬが、さういふ挨拶をされて東助様に対して、ドウいふ返事をしてよいか分りませぬ。何とか其処は人情を弁へての御挨拶が有りさうなものですなア』 高姫『ヘン、巧い事を仰有いますワイ。人を家島に放つたらかして、東助の野郎、清、武、鶴の三人を引捉へ、気楽さうに追分を歌つて帰んだぢやないか。それ丈け親切があるなら、ナゼ私を家島へ放つて帰んで仕舞つた。ナント巧い事を云うても、事実が事実だから仕方がありますまい。オー恐や恐や、虫も殺さぬ様な面をして居るチツペの初稚姫や玉能姫が、此年寄に素破抜きを喰はして、玉隠しをやると云ふ世の中だから、油断も隙もあつたものぢやないワイなア。何程親切にして見せて下さつても、心から親切でない以上は、有難いともナントモ思ひませぬ。却て其仕打が憎らしい。イヒヽヽヽ』 と上下の歯をけたりと合はせ唇を四角にして、前に突出して見せる。 友彦『高姫さま、あまりぢやありませぬか。東助さまはアヽ見えても、親切な方ですよ』 高姫『親切ぢやと云つて船頭位をして居る奴が何になるか。日の出神の天眼通でチヤンと調べてある。船頭社会のヤンチヤで家も何も無い奴だらう。偉さうに国城山に清、鶴、武を来させよつて、一廉酋長だとか金持だとか吐しよつて、態とに八百長で友彦を引縛つて帰り、其後を追かけて来たのだらう。船頭が賃銭なしに誰がお前達をよこすものか。又お前達も日頃の泥棒根性を発揮して、高姫が玉を発見したら、フンだくつて帰らうと思うて来たのに違ひない。三百両フンだくつたり、人の女房を狙ひそこねて、雪隠を潜つて逃げ出したりする様な男が、何んな巧い言を云うても駄目だ。モツト人格のある男が云ふのなら、一つや半分は承知をせまいものでもないが、お前の様な泥棒根性の男や、清、鶴、武の様な裏返り者の云ふ事が、ドウして、……ヘン信じられますか。初稚姫、玉能姫、田吾作だとて其通りだ。七人が腹を合せ、高姫や蜈蚣姫の手柄を横取りしようと思つてやつて来た其計略、仮令千万言を尽し弁解しても……ヘン、だアめですよ』 と両手を前の方にニユウと突き出し、腰を曲め、尻を縦に振つて、蛙の如く二三間前にピヨンピヨン飛んでキヨクツて見せる。 蜈蚣姫は気の毒がり、 蜈蚣姫『高姫様が何と仰有ろうとも、どうぞお気に障へて下さいますな。あの方は一寸変つて居ますから、妾は船を持つて来て下さつたのが何より有難い。玉能姫様、初稚姫様有難う。此通りお礼を申します』 と涙を流しながら両手を合して心の底より感謝する。 玉能姫『何これしきの事に、お礼を仰有つて下さつては、玉能姫一行、却て恥かしい様な気が致します。世の中は相身互ひで御座います。天が下に他人だの敵だのと云ふ者が有らう道理が御座いませぬ。サア何時迄も斯様な所に居られましても、玉は決して出ては参りませぬ。早く帰りませう』 蜈蚣姫『ハイ有難う。ソンナラ船を持つて来て下すつたのを幸ひ、妾は娘の小糸姫に逢ひたくてなりませぬから、竜宮の一つ島に渡りますから、どうぞ一艘の船をお貸し下さいませ』 玉能姫『二艘持つて参りましたから、一艘丈はどうぞ、御自由にお使ひ下さい。……サア高姫様、妾と一緒に聖地に帰りませう。お供致しますから』 高姫『ナント云つても此処は一寸も動きませぬぞへ、高姫は』 玉治別は、 玉治別『ソンナラお前さまの御勝手になさいませ。……サア皆さま、帰りたい方は船に乗つて帰りませぬか。居りたい方は手を上げて下さい。一、二、三……ヤア何方も帰りたいと見えます。一人も居りたい人はないと見えます。一寸も動かないと仰有つた高姫さまでさへも手を上げなさらぬワイ』 高姫『誰が田吾作の命令に服従して、この尊い手を安々と上げたり下げたりしますかいナア。ササ早う往つて丈夫な船に乗りませうかい』 とムクムクと起上り、浜辺を指して一目散に走つて行く。一同は高姫のあとに付き添ひ浜辺に向ふ。高姫は早くも一艘の船に飛び乗り大勢を残し、只一人海の中に遠く漕いで走り行く。 玉治別は舌をまきながら、 玉治別『ヤア高姫の奴、怪しからぬ事をしよる。大きい好い船に只一人乗りよつて此小船に是丈けの者が乗るのは大変に険難だ。波の静かな時は好いが、チツトでも波が立つたら遣り切れない。困つた事になつたものだ』 と磯端に地団駄踏んで口惜しがつて居る。一方高姫はメラの滝の麓に肝腎要の印籠を忘れた事を思ひ出し、イヤイヤ乍ら再び船を漕いで此方へ帰り来る。 玉治別は手を拍つて、 玉治別『ヤア、さすがの高姫も沖まで出て恐くなつたと見え、後戻りして来をる。偉さうに云つても流石は女だ。これでは日の出神の生宮も好い加減なものだなア。アハヽヽヽ』 一同『オホヽヽヽ』 大勢一度にドツト笑ふ。此時長途の航海に馴れた手で、艪を操り矢を射る如く戻つて来た高姫は、 高姫『皆さま、一寸漕いで見たが随分面白いものだ。是なら仮令百里千里漕いだところで大丈夫だよ。妾はメラの滝に落し物をしたから、五六丁の所だから往つて来るよつて待つて居て下さいよ。……コレコレ貫州、玉治別さま、妾に付いてお出で、若し船を出されちや大変だから……』 貫州、玉治別は口を揃へて、 玉治別、貫州『滅相な、吾々両人は揃ひも揃うて足の裏を竹の切り株に突き、一歩も歩けないのだよ。吾々一同は此海の景色を眺めて待つて居るから、貴女一人行つて来て下さい、決してお前さまのやうに意地の悪い事はせぬからなア』 高姫は慌しくメラの滝の方に向つて、青葉を縫うて姿を隠したり。其間に玉能姫、初稚姫、玉治別、清、鶴、武の六人は新しき船に乗り込みぬ。蜈蚣姫、友彦、久助、スマートボール、お民其の他二人は、稍古き小船に身を寄せたり。さうして手早く纜を解き、十間ばかり陸をはなれて面白可笑しさうに笑ひさざめき居る。そこに高姫は印籠を引掴み、スタスタと走り来り、 高姫『妾に応答もなしに…………何故船を出したのだい。サア、早く船を漕いでこちらへ寄せなされよー』 玉治別は新船を、友彦は古船を一生懸命に漕ぎ出す。一刻々々陸地を遠ざかる。高姫は声を限りに、 高姫『オーイその船、此方へ寄せるのだー』 友彦『ナンダか知らぬが、友彦が漕げば漕ぐほど船が先へ行くのだよ』 と歌を謡ひながら、意地悪く沖に向つて漕ぎ始めける。高姫は赤裸になり、印籠を口に銜へ、着物を頭にくくりつけ、抜手を切つて蜈蚣姫の乗つた古船に向つて泳ぎ行く。友彦は相変らず急いで艪を漕ぐ。蜈蚣姫は、 蜈蚣姫『コレコレ友彦、ソンナ意地の悪い事をするものでない。高姫さまの心にもなつて見たがよからう』 友彦『余り口が好いから改心の為めに、友彦が一寸いちやつかしてやつたのです。ソンナラ待ちませうか』 と艪の手を休める。高姫は命カラガラ漸くにして船に喰ひつきぬ。スマートボール、貫州は高姫の両手を持つて、やつとの事で船の中に引上げた。 玉治別は艪を操つりながら此場を見捨てて何処ともなく帰り行く。……高姫、蜈蚣姫一行を乗せた船は友彦に操られ、西南の縹渺たる大海原を指して進み行く。 (大正一一・七・二旧閏五・八谷村真友録)
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(1863)
霊界物語 25_子_豪州物語2(地恩城の黄竜姫) 01 水禽の音 第一章水禽の音〔七四七〕 時間空間超越し現幽神の三界を 過去と未来と現在に通観したる物語 伊都の教祖が艮の神の御言を蒙りて 現はれ給ひし瑞祥の明治は二十五の年 それに因みし巻の数須弥仙山に腰を掛け 三千世界を守ります神に習ひて掛巻くも 畏き神の現れませる高天原の大宇宙 その外側に身を置きてここに六合隈もなく 見渡し給ひし瑞御霊神素盞嗚の御心を 汲み取り給ふ大八洲彦神の命は月照の 瑞の御霊と現はれて綾の聖地に身を潜め 五十路の阪を二つまで越えた赤子の口を借り 大海原に漂へる名さへ芽出度き竜宮の 一つ島なるオセアニヤ黄金の砂を敷き詰めし 地恩の郷に三五の神の教を開きたる 五十子の姫や梅子姫鬼熊別の珍の子と 生れ出でたる小糸姫仁慈無限の天地の 元津御神の御心を覚りて道に尽したる 古き神代の語り草松竹梅の大本の 竜宮館を立出でて流れも清き小雲川 並木の老松ふくの神風に誘はれ吹き立てる 法螺貝喇叭にあらねども夢か現か誠か嘘か 嘘ぢやあるまい誠ぢやなかろさても解らぬ物語 心真澄の松村が口と鉛筆尖らして 吾が口述を書きとめる松雲閣の中の間に 無尽意菩薩を始めとし五六七太夫や加藤女史 やがては急ぎ北村の隆々光る神界の 御稜威を畏み村肝の心清めて書きとむる 所謂三界物語辷り出でたる蓄音器 取手を握りクルクルと螺旋仕掛のレコードが 茲に廻転始めけるあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ。 ○ 地恩城の役員控室には、スマートボール(敏郎司)、チヤンキー(英吉)、モンキー(米吉)其他二三人、赤裸の儘、芭蕉の実を喰ひ乍ら雑談に耽つて居る。 スマートボール『皆の御連中、人間も良い加減なものだなア。俺達も蜈蚣姫様に朝夕真心を尽し、随分忠勤を擢でて、危険区域に往来出没し、種々雑多の艱難辛苦を嘗めて来た者だが、海洋万里の竜宮島までお供をして来乍ら、吾々は平役人の一部に加へられ、清公さまの頤使に甘んじて居らねばならぬのだから、暗君に仕へるのは実に不利益此上なしだ。此頃は蜈蚣姫さまも女王様に会うた嬉しさに、俺達の殊勲を念頭から遺失して了ひ、今迄は寝ても起きても「スマート、スマート」とお声がかかつたが、此頃は何処のスマートに居るかとも言つて下さらぬ。本当に良い加減なものだよ。俺ア……モウ同伴者が有つたら波斯の国へでも帰りたくなつて来たワイ』 チヤンキー『お前が蜈蚣姫さまに夫丈尽したにも関はらず、抜擢されないのは、みんな身魂の因縁だ。前生からの罪の借金済しを指して下さるのだから、それで大変な御恵に預つて居るのだよ。俺だとて肝腎の黄竜姫様を、シロの島から生命からがら送つて来て、中途で難船をした殊勲者だから、何とか御言葉が懸りさうなものだけれど、ヤツパリ平役人の仲間だ。モンキーだとて其通り、そこが神様の依怙贔屓のない処だ……なア、モンキー、貴様もさうだらう』 モンキー『吾々小身者の分際として、チヤンキーモンキー言つて見た所で、歯節は立たぬよ。マアどうなりと生命さへ助けて貰へば、結構だなア』 スマートボール『それだと云つて、清公の奴、高山彦の後釜に坐り、宰相面をして俺達に何事も指揮命令する特権を与へられたのは、チツと合点がゆかぬぢやないか。何程身魂の因縁性来かは知らぬが、吾々の見る所では、何一つ是れと云ふ手柄をした様にもなし、半泥的の友彦宣伝使のお供をして来た平信者の分際として、出世すると云つてもあんまりぢやないか。レコード破りと言はうか、破天荒と言はうか、譬方の無い黄竜姫のやり口、人も有らうに、清公の様な若輩に、あれ丈の重任を御負はし遊ばしたのは、如何考へても合点の虫が承認して呉れないよ。それ程賢い人間でもなし、どつちかと云へば、チツと許り落して来た様な代物ぢやないか』 チヤンキー『さうだからお筆先に……阿呆になりて居りて下されよ。神の道は悧巧を出すと失敗るぞよ。他人が出世を致したと云うて嫉むでないぞよ。身魂の因縁丈の御用がさせてあるのだから……とお示しになつてるぢやないか』 スマートボール『それに……まだまだ業の沸く事がある……と云ふのは噂にチラツと聞けば、天下無双のネース宇豆姫さまを女房に貰ひ、ブランジー(国主)、クロンバー(国妃)の夫婦が後釜になると云ふ事だが、それが実際とすれば、俺達ア馬鹿らしくて、ジツとして居る事が出来なくなつて了ふ。其時にや貴様達は如何考へるか』 チヤンキー『アハヽヽヽ、又人の疝気を頭痛に病んで居よるな。実際の事を言へば、貴様宇豆姫に大変な執着心を懸けて居るのだらう。チツと妬けとると見えて、酢につけ味噌につけ因縁を附けるのだなア。……何時やらの月の輝く夜の事、宇豆姫さまが庭園を天女の様なお姿で、スラリスラリと木蔭を逍遥ひ遊ばした時、貴様は差足、抜足後の方から近寄つて、電話姫の様に……モシモシと吐した処、宇豆姫様にエツパツパを喰はされ……サーチライス、ユーリンスユーリンスと謝罪つて逃げ出したと云ふ専らの評判だよ。其時のエツパツパの肱鉄を根に持つて居るのだらう』 スマートボールは顔赭らめ、俯むいて黙つて居る。 モンキー『アハヽヽヽ、ヤツパリ……さうすると、火の無い所に煙は立たぬ。何時も……女なんか汚らはしい……と云ふ様な面付をして、スマーして御座るスマートボールさんも、ヤツパり気があるのかなア。恋に上下の隔てないとはよく言つたものだ』 スマートボール『馬鹿を云ふな。それや俺の事ぢやない。鶴公の事だ。……鶴公がなア、性懲りもなく宇豆姫さまのお臀を嗅ぎ廻り、幾回となくエツパツパエツパツパを喰ひ、悲観の極、失恋病に罹り、柿の木で人知れず首をツル公とやりかけた処、此様子を物蔭より見すまして居たスマートボール……ヘン此方が矢庭に其場に駆出で、プリンプリンの最中をギユツと下から抱きあげ、……如何に鶴さまだとて、首をツルと云ふ事が有るかい、マア待て、死は一旦にして易く、生は難しだ。キツと俺がお前の願望を叶へ指してやるから……と云つて慰め、漸くボールス(自殺)を中止させたのだ。其責任上俺は如何しても清公の縁談に水を注し、鶴公の女房に宇豆姫さまをせなくては、一旦男の口から吐いた唾を呑み込む訳にはゆかぬ。それ故昼夜肺肝を砕き、何とかして鶴公の恋を叶へさせてやりたいと、宇豆姫さまの間近く寄つて、機会ある毎に掻き口説いて居るのだ。それを心なき没分暁漢の連中が、俺が姫さんにスヰートハートして居る様に誤解して、下らぬ根無し草の噂の花を咲かして居るのだ。諺にも……人の口に戸は閉てられない……と云つて、一々俺がそんな弁解に廻る訳にもゆかず、千万無量の俺の心中を、チツとは察してくれの鐘だ。烏はカアカアと啼いて塒を定め、夫婦睦まじく暮して居るに、鶴公のやもを鳥、宇豆姫の事を思つて心をウヅウヅさせ乍ら……アーア夏の夜も蚤はせせり、蚊が喰つて寝られないワイ……と歎息して居るのを思ひ出すと、俺だとてそれが袖手傍観出来るものか。早く鶴公さまの恋をかなへさせて、夫婦睦じく卵子を生み、川と云ふ字に寝さしたいのだがそれや将来の事として、一時も早くリの字にさしてやりたい俺の一念。……アーア待つ間の長き鶴公の首、千歳の松の末永く、梢に巣籠る尉と姥との、高砂の謡曲が早く聞きたいので尽力して居るのだよ』 と心配さうに俯むく其様子、冗談とも思はれなかつた。斯かる所へ貫州、武公の両人現れ来り、 貫州『ヤア御連中、何か面白いお話でも有りますかなア』 チヤンキー『今チヤンキーモンキーと、スマートボールのローマンスを遺憾なく聞かして頂き指を銜へて居た処なのだ。……貫州さま、お前此頃の清公の横柄振を何と考へて居るか』 貫州、稍仰向き気味になり『フ、フーン』と云つた限り、力無げに笑ふ。 武公『イヤもう此頃の清公の態度と云つたら、さつぱり、ブランジー気分になり、クロンバーを得むとして、種々と暗中飛躍を試みて居ると云ふ事だ。併し乍ら到底物にはなるまいよ。アハヽヽヽ』 貫州『そんな問題は如何でもよい。国家興亡に関する大問題が今別に突発して居るのだが、お前達分つて居るか』 スマートボール『分つて居らいでかい。鶴公を黄竜姫の夫に推薦すると云ふ大問題だらう。……併し其奴は駄目だから、せめて宇豆姫さまの婿にしてやりたいと思つて、昼夜肝胆を砕いて居るのだ。併し清公の奴、どうやら予約済の札を掛けて居る様だから、此奴もならず、実に世の中は意の如くならないものだ。何か良い智慧を貸して呉れないかネー』 貫州『そんな事が国家興亡の問題かい。あゝ貴様も知つて居る通り、鼻赤の友彦の奴、ネルソン山を西へ渉り、ジヤンナイ(治安内)教のテールス(照子)姫の夫となり、大変な勢でオーストラリヤの西部一帯を勢力範囲となし、今に軍備を整へて此地恩城へ鬼の様な荒武者を引率し、やつて来ると云ふ噂があるのだ。お前達も聞いて居る通り、黄竜姫様は元は友彦の女房だつたが、地恩郷の奴等に打ちのめされ、城外に担ぎ出された其無念を晴らすべく、一挙に当城へ攻め寄せ、否応言はさず、黄竜姫様に兜を脱がせ改めて友彦の第二夫人になるか如何だと、大変な威喝的態度で蹂躙すると云ふ計画オサオサ怠りなしとのこと。吾々は斯うしてジツとして居る訳には行かぬ。婦人問題などの気楽な話に没頭して居る時ぢやない。何を云つても内輪を固めなくては、外敵に当る事は不可能だ。地恩城には清公派と鶴公派が互に鎬を削り、内争絶間なく、如何して此城が持てるものか。兄弟垣に鬩ぐとも、外其侮りを防ぐと云ふ事があるから。サア皆一致和合して、今迄の態度をスツカリ改めて貰ひたいものだよ』 スマートボール『それが又神界の御都合だよ。よく考へて見よ、夜中夫婦喧嘩許りして居る家には泥棒も這入らない。互に軋轢して力比べをし、今の今迄演習をして置くのだ。力士だつてさうぢやないか。一生懸命に稽古と云つて挑み闘ひ、其間に天晴れと力が付いて晴れの場所で格闘すると云ふ段取りになるのだ。友彦が門前まで押寄せ来るを待ちて、協力一致すれば良いのだよ。サアサアモツトモツト内乱を奨励せなくちや本当の勇士は造れないワ。アハヽヽヽ』 と笑ひに紛らす。此処へ蜈蚣姫は稍腰を屈め、ヒヨコヒヨコやつて来て、 蜈蚣姫『お前はスマートボールに貫州、武公、チヤンキー、モンキーの頭株ぢやないか。今……金、銀、鉄等三人の注進に依れば、鼻曲りの意地クネの悪い友彦が、ジヤンナイ教の荒くれ男を率ゐ、当城へ攻めて来るとの急報……サア早く防戦の用意をせなくてはなりますまい』 スマートボール『蜈蚣姫様、無抵抗主義の三五教の本城に防戦とは心得ませぬ。武器と云つては寸鉄もなく、如何したら良いのですか』 蜈蚣姫『サア其防戦は善戦善闘だ。本城へ押寄せ来らぬ間に、ネルソン山の山麓に、威儀を正して友彦の軍隊を待受け、所在款待をするのだ。さうして飽く迄忍耐振と親切振を発揮する。これが第一の味方の神法鬼策、六韜三略の奥の手だ。さうだと云つて、決して権謀術数を弄するのではない。誠一つの実弾をこめて、誠を以て戦ふのだよ。分つたか』 スマートボール『ハイ、根つから……よく分りました』 蜈蚣姫『何だか歯切れのせぬ返答ぢやないか』 スマートボール『返答だか、弁当だか、テントウ様だか、テンと訳が分りませぬワイ。先方は吾々を殺しに来ると云ふ、此方は御馳走の弁当を拵へて歓迎せよと仰有る。ベントウとか天道とかは、人を殺さぬとか…殺すとか云ふぢやありませぬか』 蜈蚣姫『オホヽヽヽ、何でも良い。お前ではチツと事が分り兼ねるに依つて、貫州、武公、チヤンキー、モンキー等の大将株と相談して、最善の方法を講じて下さい。妾は是れから神殿へ参つて御祈念を致すから、周章てず騒がず、静に急いで準備をするがよからうぞや』 スマートボール『徐かに急げとは尚々以て不得要領だ。寝て走れ、目噛んで死ね、睾丸銜へて背伸びせいと云つた様な御註文ですなア』 チヤンキー『御チウモンも表門もあつたものかい。……モシモシ蜈蚣姫様、チヤンとチヤンキーが胸に御座いますれば、どうぞ御心配なくお帰り下さいませ』 蜈蚣姫『そんなら是れでお別れする。よきに取計らひなされ』 と握り拳を固め、蝦の様になつた腰を三つ四つ打ち乍ら、 蜈蚣姫『エーエ、人を使へば苦を使ふ』 と呟きつつ奥の間に姿を隠した。 スマートボール『訳も知らずにチヤンキーモンキーと雀の親方見たいに、チヤアチヤア吐すな。鶏は跣足だ。モンキー、馬は大きくてもフリマラだよ。アハヽヽヽ』 斯かる所へ威風堂々として四辺を払ひ、二三の従者を伴ひ、現れて来た清公、 清公『ヨー、スマートボール其他の役員さま、大変な事が出来致しました。蜈蚣姫様から一応お聞きでせうが、あなた方は其準備を早くして貰はねばなりませぬ』 スマートボール『ハイ先づ内を固めて外に向ふのが順当でせう。外部の敵は、駆逐する事は何でもありませぬが、先づ内部の敵から言向け和せ、其上の事に致しませうかい』 清公『コレだけよく治まつた地恩城に内紊のあらう道理がない。それや又如何した訳でそんな事を言ふのですか』 スマートボール『只今地恩城の俄宰相清公のブランジーに対し、挙国一致的強敵が現はれ居ますぞ』 清公『其敵と云ふのは誰ですか』 スマートボール『其敵は本能寺にあり。汝の敵は汝の心に潜む。先づ清公さまのブランジー気分を撤廃し、自由自在に開放なさらなくては、内部の敵も外部の魔軍も、如何ともする事が出来ますまい。先づ第一に私の方から条件を提出致しますから、御採用になるかならぬか知りませぬが、其上で吾々は決心を定めませう。……貫州、武公さま、サア是から君が特命全権公使だ。早く談判の口火をお切りなさい』 貫州『清公のブランジーさまに質問があります。お前さまは謙遜と云ふ事を知つて居ますか。三五教の教理は如何御解釈になつて居りますか。言心行一致の実をお示し下さらなくては、吾々は去就を決する事が出来ませぬ。斯う言へば表だつて議案を提出せなくても、一を聞いたら十を覚る鋭敏な頭脳の持主と、黄竜姫様が御信任遊ばした貴方だから、一伍一什お分りでせう』 清公『さう突然訳の分らぬ事を言はれても返答の仕方がありませぬ。吾々の施政方針にあなた方の御意に召さぬ欠点が有ると云ふのですか』 チヤンキー『有る有る、大有りだ。大あり大根で胴体ばつかり大きくても味もシヤシヤリも…ないじやくりだ。それだから誰も彼も清公さまには、キヨう交際は出けぬと此処に居る御連中が不平して居ましたぞや。チツと重しをかけて、糠味噌の中へ突込んでやらねば、良い味は出なからうと言つて居ました。重りが重い程圧迫が強くて漬物の味がよくなると云ふ事だから、吾々が尾張大根の重り石にならうと相談をして居つた最中だ。……ナア、モンキー、間違あるまい』 モンキー『何だか知らぬが、エライ人気だ。あつちにも、こつちにも、チヤンキーモンキーと清公さまの不信任問題が喧伝されて居る。先づ是から先へ解決を付けて貰ひませうかい。解決と云つても、股にキネ糞を挟んで立派な礼服を着し、座敷の正中に坐り込み、立ちもならず動きもならぬ様な、蛇の生殺しの様な解決では、此危急存亡の場合、駄目ですよ。流れ川に尻を洗つた様に、綺麗サツパリと、川の流れの宇豆姫さまを思ひ切つて、鶴公さまの女房となし、お前さまは鶴さまに代つて、裏の柿の木でブランジーとぶら下らうと、それや御自由だ。兎も角鶴公さまが宇豆姫にエツパツパを喰はされ、柿の木でブランコをやりかけた位だから、友人を思ふ真心があるならば、自分の愛を犠牲として、信任深き鶴さまにラバーを譲つてやりなさい。是が先決問題だ。グヅグヅして居ると、鶴さまの恋は九寸五分式だから、センケツ、リンリ問題が突発するかも知れない。……アーアあちら立てれば此方が立たず、両方立てれば宇豆姫さまが立たず、世の中は思ふ様に行かぬものだ。併し乍ら清公さま、大勇猛心を発揮し、一皮剥いたら、誰しも髑髏のみつともない肉体計りだから、宇豆姫さまの事をスツカリ思ひ切つて、国家の為にそれ丈の決断力を、今此場で発揮して貰ひませう』 清公、俯むいて『ムニヤムニヤムニヤ』 スマートボールは、 スマートボール『危急存亡の此場合、唯一言の御返答もなきは、不承諾と見えます。それならば其れで宜しい。吾々も共同一致的に不承諾だ。……コレ清公さま、大勢と一人には換へられませぬから、どうぞ早く城を明け渡し、陣引きをなされませ。其後は鶴公さまがブランジーとなつて、地恩城を総轄し、宇豆姫をクロンバーの位置に据ゑ、神業に参加すれば、万代不易の基礎が建つ。サア御返答を承はりませう』 清公『宇豆姫さまは承諾せられますかなア』 と確信あるものの如く冷笑を向ける。 スマートボール『皆さま、暫く此処に待つて居て下さい。これより宇豆姫さまの居間に参り、直接談判をやつて来ますから』 チヤンキー『そんなにグヅグヅして居つたら、友彦が軍勢を引連れやつて来ますぞ。蜈蚣姫様の仰せの如く此方より無抵抗主義の先鞭を付け、友彦の進軍をネルソン山麓に待受け、互に諒解を得なくてはなりますまい。宇豆姫さまより、清公さまの返答さへ聞けば解決の付く話だ。左様な廻りくどい事をして居る場合ではありますまい。……サア清公さま、あなたも立派な堂々たる七尺の男子だ。直に御返事を承はりませう。色男気分になつて、独断的に、私はブランジーだから、きつとクロンバーになるのは宇豆姫に定まつたりと、自惚心を起して威張つて居つても、先方の精神はまだ明瞭と分つては居りますまい。万一最後の一段になつて、宇豆姫さまにエツパツパを喰はされ、アフンとして男を下げるよりも、今の間に綺麗サツパリと断念なさつた方が、何程立派だか知れますまい。是れチヤンキーが心よりの貴方に対する真実なる忠告ですから、空吹く風と聞き流してはなりませぬぞ。男は断の一字が最も必要だ。サーチライス、ユーリンスユーリンスと頭を抱へて恥を掻き、蚤の様に頭ばかり突込んで尻を盛立て、恥を掻くよりも、今の間に思ひ切つたが、貴方に取つて最も賢明な行方だ。さうすれば永遠無窮に地恩城の右守神となりて、尊敬の的となり、神業に参加することが出来ませう。何程井モリの神ぢやと云つても、黒焼になる所まで妬いちや可けませぬよ』 と揶揄ひ半分に忠告する。ここへ何気なうやつて来た右守神鶴公、 鶴公『ヤア皆さま、大変な事が起こつた様ですなア。……モシ左守神の清公殿、如何なさいますか。御所存を承はりたい』 スマートボール初め一同は拍手し乍ら、 一同『鶴公さま、万歳、ウローウロー』 と叫ぶ。 鶴公『兎も角、友彦の寄せ手に向ひ、最善の方法を講ぜねばなりますまいが、清公殿、如何の御所存で御座いますか』 清公『先づ右守神の御意見を承はりませう』 鶴公『吾々は左守神の次の位置に位する者、何事も貴方の指揮命令に従ふのが本意で御座いますから、どうぞ御腹蔵なく仰せ付け下さいませ』 貫州『左守神は最前より吾々一同種々と申上げましたが、何の返答もなされませぬ。察する所、自ら総統権を棄却された事と察しまする。さうでなければ精神錯乱か、或は本城の危急存亡を対岸の火災視し、利己主義を立て通す体主霊従の御方と断定するより道はありませぬ。宇豆姫様さへ手に入らば、地恩城も三五教も、清公さまの眼中には無いと云ふ事を赤裸々に表白されて居ります。吾々は如何しても斯様な御人格の方の風下に立つて活動する事は到底出来ませぬ。さうだと云つて三五教の神の教は大切なり、其教の全権をお握り遊ばす黄竜姫様を御見棄て申す訳には参りませぬ。徹頭徹尾辞職などは出来ませぬから、先づ第一に吾々の代表的犠牲となつて、左守神様から処決して頂きませう』 清公は一同に向ひ、 清公『これより奥殿に入りて、黄竜姫様の御意見を伺ひ、其上に処決する事に致しませう。何は兎もあれ、出陣の用意急がせられよ』 と言ひ棄て、此場を逃ぐるが如く姿を隠した。 チヤンキー『猫に追はれた鼠の如く、左守神も到頭尾を捲いて奥の間へスゴスゴと隠れて了つた。何時まで待つて居たつて、出て来る気遣ひはあるまい。吾々は鶴公様に身も魂も捧げて、如何なる指揮命令にも服従する考へであります。皆さまの御精神は如何で御座いますか』 と一同の顔を看守つた。スマートボールを初め並居る面々口を揃へて、 一同『大賛成大賛成』 と叫ぶ。 鶴公『皆さまはそこまで不束な私に対し、同情を寄せて下され、実に感謝に堪へませぬ。が、併し乍ら清公さまは私の上役、左守神を差し措いて如何する事も出来ませぬ。左様な僣越の行動は神の赦し玉はざる処、先づ第一に清公様のお身の上の解決が付いた上、皆さまの思召に応じ、御用を承はりませう』 スマートボール『モシモシ右守神さま、貴方は吾々の上に立つ御方、下の者に対し御用を承はらうとは、チツと矛盾ぢやありませぬか』 鶴公『イエイエ、上に立つ者は決して下を使ふ役ではありませぬ。あなた方が吾々をお使ひなさらねばならぬのです。吾々の命令を聞いて活動をする様な事では、木偶も同然だ。何時までかかつても神業は発達致しませぬ。先繰り吾々の仕事を拵へて、斯うして呉れ、ああして呉れと御註文下さらねばならぬのです。今の世の中の人は上に立てば下の者を弟子か奴隷の様に使ふべきものだと誤解して居る。上に立つ者は要するに下から使はれるのだ。広大無辺の国祖大神でさへも、吾々の願事を聞いて下さるではありませぬか。所謂吾々は………斯く申せば少しく語弊が有りますけれども……神様は要するに御使ひ申して居る様なものだ。何卒御見捨てなく御用を仰せ付け下さいませ』 と道理を分けて説き諭す。スマートボールは黙然として、時々頭を上下に振り『ウンウン』と頷いて居たが、忽ち鶴公の前に両手をつき、 スマートボール『イヤ何事も諒解致しました。然らば是れから貴方を充分に酷使致しますから、其お積りで御願申しませう』 鶴公『何分宜しく御注意下さいまして、末永くお使ひの程をお願ひ申します』 一同感歎の声を洩らして居る。此処へ金、銀、鉄の三人現はれ来り、 金州『ヤア貴方は鶴公様、只今戸外にて承はればハツキリ訳は分りませぬが、危急存亡の今日の場合、清公様に対しストライキをなさると云ふ御相談らしい。宜しい、これから奥殿に参り、此由黄竜姫の御前に奏上致しますから、其お積りで御決心をなさるがよからう』 と捨台詞を残し、三人は足早に奥を目蒐けて進み入る。 (大正一一・七・七旧閏五・一三松村真澄録)
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(1871)
霊界物語 25_子_豪州物語2(地恩城の黄竜姫) 09 信仰の実 第九章信仰の実〔七五五〕 三五教の太柱変性男子の系統を 唯一の頼みと経緯に我儘気儘を振舞ひし 天狗の鼻の高姫が部下と仕へし清公の 左守神と現はれて鰻上りに上り詰め 恋の瀬川の宇豆姫を妻となさむと企み居し カラクリがらりと相外れ地恩の城の頂上より 大地に急転直下せし名誉を元に返さむと 執着心のほとぼりに胸を焦がして清公が チヤンキーモンキー二人連れタカの港を立出でて 屋根無し船に身を任せ心に荒波立て乍ら 暗に紛れて和田の原誠明石のヒル港 誠魔言の取違ひ日の出神の其昔 現はれませる山奥の酒の泉の湧き出たる 其滝壺に現はれて大蛇の荒びを眺めてゆ 転迷開悟の花咲かせ生れ赤子と蘇生り ヒルの郷人二人まで旅の御供と定めつつ セーラン山の山続き深き谷間を打渉り 虎狼や鬼大蛇狒々猩々の集まれる 魔窟ケ原を宣伝歌歌ひ乍らに進み行く 石の枕に雲の屋根露の褥も数越えて 心も光る玉野原天空海濶限りなき 金砂銀砂を布き詰めし諏訪の里にと着きにける 木の花姫の御化身巨大の狒々に村肝の 心の玉を洗はれて一行五人天地の 神の恵を覚りつつ心も勇み身も軽う 紺青の波を湛へたる玉依姫の永遠に 隠れ玉ひし諏訪の湖五つの御玉の底深く 納まる竜宮の岸の辺に心洗ひし清公が チヤンキーモンキー始めとしアイル、テーナの五柱 祠の前に着きにける頃しもあれや天上に 黒雲忽ち顕現し見る見る四方に拡大し 満天墨を流すごと黒白も分かずなりにける あゝ惟神々々御霊幸はひましまして 心の雲霧吹き払ひ天津御空も国土も 清く涼しく天津日の輝き玉ふ清明の 天地に還し玉はれと五つの口に宣る祝詞 声も涼しく唱ふればあゝ訝かしや黒雲の 中より出でし一塊の火光は忽ち目の前に 雷鳴の如き音響と共に轟然落下して 一度に開く木の花の四方に散るよと見る間に さしも暗黒に包まれし六合忽ち朝日子の 伊照り輝く世となりぬ五人は我に立返り 諏訪の湖面を見渡せば紺青の波キラキラと 魚鱗の如く日光に輝き閃く崇高さよ 遥に向方の島影ゆ現はれ出でたる純白の 真帆や片帆の数多く此方に向つて進み来る 其光景は春の野の青野ケ原に蝶々の 花に戯れ翩翻と舞ひ狂ひたる如くなり 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直し聞直し 身の過ちは宣り直す三五教の神の道 鬼も大蛇も曲津霊も我の身魂を外にして 神の造りしうまし世に影も形も白煙 消ゆる思ひに充たされて天地万有自ら 至善至美なる神の世と変りし如き心地しつ 五人は衣服を脱ぎ捨てて湖水の中に一時に ザンブと計り飛び込めば姿は忽ち水底に 消えて跡なき泡沫の夢か現か幻か 神ならぬ身の如何にして知る由もなき御経綸 仰ぐも高し久方の神の心の万分一 竜宮海の底の底深き仕組の玉手箱 開いて述ぶる物語竜宮館の教主殿 奥の一間に瑞月が心天高く日を照らし 心の海に三五の真如の月を浮べつつ 御国を思ふ真心を雲井上に留五郎 神の大道を亮めて世人導く神界の 鑑を照らす真澄空唯一言も漏らさじと 鉛筆尖らし松村が心を籠めて記し行く 引きて帰らぬ桑の弓桑の机にもたれつつ 無尽意菩薩を傍らに侍らし誠を述べ立つる 愈茲に五五の巻稍半迄書きしるす 神の出口の因縁を開く常磐の松風に 身も魂も清々と語り行くこそ芽出度けれ ○ 清公ほか四人は諏訪の湖の畔の小さき祠の前に端坐し、天津祝詞を奏上し、数歌を歌ひあげ、終つて紺青の波漂へる諏訪の湖の岸辺に立ち、際限もなき広き湖面を崇高の気に打たれて眺め入つた。忽ち心機一転して、天国よりも清く美はしき感想に打たれ、一同は期せずして、衣類を脱ぎ、湖中に向つてザンブと許り、何気なく飛び込んで了つた。千尋の深き水底と思ひきや水溜りは思うたよりも浅く、七尺乃至八尺の肉体の、浅きは臍あたり迄、深きは首のあたりまで位よりなかつたのに、再び驚き乍ら神言を奏上しつつ、波を押し分けて北へ北へと進み行く。 摺鉢の様になつた湖底に足を辷らせ、茲に五人は一時に水底深く落ち込み、一旦は人事不省の厄に会うた。折柄浮かび来る金銀を鏤めて造りたる神船に救ひ上げられ、北へ北へと運ばれた。 湖中に浮かべる夫婦島の一角に救ひ上げられ、五人の肉体は其儘自然に気の附く迄棄て置かれたのである。酷熱の太陽は焦げつく如く、赫々と照り輝けども、老樹鬱蒼として天を封じたる此浮島は、涼風颯々として徐に吹き来り、夏の暑さを少しも感じなかつた。此島には大小無数の金銀の蛇空地なき迄に遊び戯れて居る。五人は金銀の蛇、畳の目の如く地上を包んで居る其上に救ひ上げられ、暫くは何も知らずに、睡眠を恣にして居た。 清公は稍太き金色の蛇に、口をポカンと開けて居た其隙間より這ひ込まれ、胸苦しさに目を醒まし、『キヤツキヤツ』と叫んだ声に驚いて、チヤンキー、モンキー、アイル、テーナの四人は始めて気が附き、附近を見れば金銀の索麺を敷いた如く、億兆無数の蛇樹上にも樹下にも、木の幹にまで一面に包んで居る。清公の口には金色の太き蛇、七八分まで口より這ひ込み、僅に七八寸許り尻尾の先を余し、尾は前後左右にプリンプリンと活動し、尾の先にて耳の穴、鼻の穴、目などを無性矢鱈に掃除して居る。チヤンキーは其尾を掴み蛇を引出し、清公を助けむと猿臂を伸ばして尾を掴んだ途端に、ビン[※初版は「ピン」、校定版・愛世版は「ビン」。]と撥ねられて、隣の島に投げ送られた。 一方の島には金銀の蜈蚣数限りもなく、蓆を布いた如く、沢山の足をチヤンと揃へて、地上を包んで居る。樹上にも木の幹にも金銀色の蜈蚣、空地もなく巻きついて居た。見る見る二三尺の長き蜈蚣は、ゾロゾロとチヤンキーの身体に這ひ上がり、空地なく身体を包んだ。されど不思議にも少しの痛みも苦みも感ぜず、唯少し許りこそばゆい感じがしだし、蜈蚣の足や舌を以て体を舐め始め出すに従れ、こそばゆさは益々其度を増し、遂には笑ひ止まず、腹を抱へて蜈蚣原に七転八倒するに至つた。此島を女島と云ふ。一方の清公が金色の蛇を呑んだ島を男島と云ふ。 清公は俄に身体黄金色と変じ、両眼より金剛石の如き光を放ち、口をもがもがと動かせ乍ら、何か言はむとするものの如く、七八寸口から出て居た尻尾は、何時の間にか腹中深く納まつて了つた。清公は顔色輝き、層一層荘厳の度を加へ、身長も一尺計り高く延び、体の総体其太さを増して来た。物をも言はず清公はアイルの首筋をグツと掴み、女島に向つて猫の児を投げる様に手もなく投げ移した。チヤンキーが俯むいて笑つて居る背中の上に、フワリと馬に乗つた様に落ちて来た。蜈蚣は忽ちアイルの全身を包んだ。アイルも亦俄に際限もなく笑ひ出した。見る間に蜈蚣は体一面に焦げつく様になつて、両人の体は全身蜈蚣の斑紋に包まれて了つた。チヤンキーは始めて口を開け、 チャンキー『あゝ地恩城の蜈蚣姫の代りに蜈蚣彦が両人揃うた。……オイ、アイルさま、斯う体が蜈蚣に変化した以上は、モウ仕方がない。一生此島の守護神となつて暮らせと云ふ神様の思召しかも知れないよ。併し乍ら、昔諾冊二尊が自転倒島へ御降りになつた時には、陰陽揃うて夫婦の契を結び、山、川、草、木をお産みになつたのだが、我々は男ばかりだから国生みもする訳には行かず、つまり態よい島流しになつたのではあるまいかなア』 アイル『サア何だか知らぬが、何とも言へぬ好い気分ぢやないか。何れどちらかが女になるのかも知れないよ。併し此島は女島と云ふからは、二人乍ら女にならうも知れぬ。さうすれば尚々妙な事になつて了ふ。併し何時も俺は女に何故生れて来なんだかと始終小言を言つて居つたから、言霊の幸はふ国だと云ふからには、御註文通り女に変化するかも知れぬ。さうすれば所謂平和の女神となつて、お前はチヤンキー、俺はアイル、アイルチヤンキーの女神として後世に謡はれるやうになるかも知れないよ』 チヤンキー『馬鹿言へ、アイルチヤンキーの女神と云ふ様なものが何処にあるか。アイルテーナの女神と言へば昔から聞いてるがなア』 アイル『それなら男島に残つてる奴と俺と合せばアイルテーナだ』 チャンキー『俺も今日限りチヤンキーと云ふ名を返上して、アポールと云ふ名に改名しよう。アポールの女神は、所謂アテーナの又の御名だ』 斯く話す折しも又もや、清公に掴まれて投げ送られたテーナは、二人の前に空を切つて降つて来た。 チヤンキー『アイルテーナ、……此奴ア不思議』 とソロソロ地金を現はし、洒落気分になつて無駄口を叩きかけた。テーナはものをも言はず俯むいて、膝頭を打つたと見え顔を顰め乍ら撫でて居る。蜈蚣はそろそろテーナの全身を包んだ。テーナは向脛を打つた時の様に痛さうなこそばゆさうな、痛さとこそばゆさが一つになつた様な声で、泣きと笑ひの中間的声を出して『キユーキユー』と脇のあたりを鳴らして居る。 男島に於けるモンキーは、 モンキー『モシモシ清公大明神、お前は金竜の化神となつて了ひ、三人の奴まで皆金銀の蜈蚣の衣服を着て、平和の女神だとか何とか威張つて居るが、此モンキー一人はどうして下さるのだ。始めの間は蛇や蜈蚣を見てゾツとし、罪の重い奴が斯んな所へ来たものだから、蛇や蜈蚣に責められて苦しむのだと思ひ、アーア俺丈はヤツパリ盗んで来た船を返しに往つた正直者の発頭人だから、蛇も蜈蚣も如何ともする事が出来ないのだと、稍得意気分になつて居た。が併し乍ら、誰も彼も金銀の体になり、余り苦痛さうにもないのを見ると、何とはなしに、自分も羨りくなり当然の肉体が却て罪の塊の様な感じが致しますワ。一体何方が善ですか。万一四人の者、神の冥罰に触れて斯んな態になつたのならば、我々は友人の為に充分の謝罪を神界へ致さねばならず、又四人が神徳を蒙りて出世をしたのならば、我々も同じく出世をする様に願つて頂かねばなりませぬ。善悪不二と云ふ事は予て聞いて居りました。併し乍ら神が表に現はれて、善と悪とを立分けると云ふ以上は、今立て分けられた五人は、どちらが善か悪か、どうぞ聞かして下さいませ』 と一生懸命に手を合せ、清公の前に平伏して頼み入る。清公は口をへの字に結び、目計りギロギロさせ乍ら一言も答へず時々二つの鼻の穴から、フウフウと荒い息を吹き出すのみである。モンキーの傍二尺許りの四方は、何故か、金銀の蛇近寄り来らず。斯うなるとモンキーも神に嫌はれて居るのか、好かれて居るのか、少しも合点がゆかぬ。已むを得ず稍自棄気味になつて、島中を歩行き始めた。蛇は先を争うて、モンキーに踏まれまじと慌ただしく路を開く其怪しさ。 一時許り島を彼方此方と金銀の蛇を驚かせ乍ら、或る美はしき金色燦爛たる苔の生えた岩の側に辿りつき、恰好の休息所と岩上に身を横たへ、頬杖を突き、思案に暮れて独言を言つて居る。 モンキー『あゝサツパリ善悪不可解だ、鬼も大蛇も悪魔も、すべて自分である。自分を離れて極楽もなければ地獄もなし、又神もなければ鬼もない…………と酒の滝壺の大蛇に向つて清公が宣伝歌を歌つた時、大蛇は忽ち小さくなつて消えて了つた。さうすれば尚々合点のゆかぬは此島へ来てからの出来事だ。清公始め其他の連中は残らず、金銀の蛇や蜈蚣に全身を取巻かれ、神に救はれたのか、棄てられたのか、チツとも訳が分らなくなつて了つた。さうして我々の身辺には蛇も蜈蚣も近寄らず疥癬患者が来た様に、皆吃驚したやうな調子で路を開けて呉れよる。考へれば考へる程、俺の精神が神の御心に叶うて居るのか、或は四人の連中の方が良いのか、どうしても合点がゆかない。我輩に神徳が有つて蛇や蜈蚣が恐れて逃げるのか、或は威勢に恐れて避けて居るのか、此奴も一つ考へ物だ。諸善竜宮に入り玉ふと云ふ以上は、此竜宮島に悪神は一柱も無い筈、仮令金銀の色をして居つても、蛇に蜈蚣と云ふ奴、余り気分の良いものだない。併し此島の蛇も蜈蚣も悪魔の様な感じもせぬ。悪魔でなければ諸善神の化身であらう、此点が一向合点の行かぬ所だ。清公だとて余り神様に好かれる様な至善至美の人間でもなし、又俺だとて神様が恐れて逃げなさる様な御神徳があらう筈もなし、又蛇が悪魔であるとすれば、我々の神徳に恐れて逃げる様な蛇には力も徳もないのだ。ヤツパリ竜宮は竜宮式だ。薩張五里霧中に彷徨して、見当の取れぬ仕組の実地を見せて貰うたのだらうか。あゝ如何したら此解決が附くだらう。初の間は金銀の蛇、一二尺づつ遠慮した様に先を争うて逃げて居よつたが、何時の間にか見渡す限り、俺の周囲には、一匹の蛇も居なくなつて了つた。蛇に好かれるのも余り気分の良い話ではないが、此通り敬遠主義を執られるのも、何だか面白くない様な気分がする。あゝ到底人間の理智では解るものでない。先づ神様に天津祝詞を奏上し、悠くりと心を落着けて、鎮魂三昧に入つたならば、何とか此解決がつくであらう。あゝ惟神霊幸倍坐世』 と、拍手をなし、祝詞を、声限り奏上し終つて、又もや岩上に端坐し、腕を組み考へ込んだ。 モンキーは岩上に双手を組み、首を垂れ、善悪の解決に心身を傾注する時しもあれ、美妙の音楽眼下に聞ゆるに驚き、目を開いて眺むれば、金銀珠玉を以て包まれたる、厳はしき漆塗の船に、得も言はれぬ崇高なる女神舵を操り、清公、チヤンキー、アイル、テーナの四人、赤裸の筈の男が、何とも知れぬ麗しき薄衣を身に着け、身体は水晶の如く透明に清まり、各自に横笛、笙、ひちりきを吹き、美はしき纓絡の附いた冠を頭に戴き、愉快気に波面を進み行く光景が、パインの繁みを透かしてアリアリと現はれた。モンキーは思はず『アツ』と叫んだ。四人は金扇を拡げ、モンキーに向つて『早く来れ』と差招き乍ら、微妙の音楽の声諸共に、紺青の波の上を悠々として彼方の島影に姿を隠しける。 モンキーは太き息を吐き乍ら、我身を振り顧れば、赤銅の様な黒赤い肌に毛をボウボウと生やし、得も言はれぬ汗臭い、厭な臭気が放出して、我と我が鼻をつく。 モンキー『あゝヤツパリ俺の方が間違つて居たのかい。こりやモ一つ考へ直さなくちやなるまいぞ』 と岩を離れて磯端に走り寄り、全身を清め、再び磯端に端坐して瞑想に耽りゐる。 涼風颯々と面を吹くさま、得も言はれぬ気分となつて来た。向ふの島影を見れば、金砂青松絵の如く展開し、名も知れぬ羽毛の麗しき鳥、迦陵頻伽か孔雀か鶴か、確とは分らねど、長閑な声を放ちて天国の春を歌ふものの如く感じられた。金銀珠玉を鏤めたる白帆をかけた神船は或は一つ、或は三つと、時々刻々に眼下の波面を過ぎ行く。されどモンキーの方には一瞥もくれず、素知らぬ顔して進み行く船のみである。モンキーは益々合点ゆかず、心中稍不安を感じて恨めしげに、四人の船の姿の隠れた方面の空を眺めて佇み居る。 忽ち足許の水面より緑毛の亀、忽然として浮び出で、見る間に島へ駆け上り、一生懸命に走り出せば、モンキーは其亀の後に従いてスタスタと走り行く。亀は益々速力を速め遂には大木の幹に掻きつき二三間計り攀つた所で、如何した機みか、手を放し大地に顛倒した。モンキーも亀に添うて大木に駆け登つた。亀が落ちたのを見て、自分も亦手を放し、地上に顛落し、強たか頭を打ち『惟神霊幸倍坐世』と云ひつつ、手の掌にて息を吹きかけ、創所を二三回撫でまはせば、痛みは頓に止まりぬ。亀は腹を上にし、四つの足で空を掻いて藻掻いて居る。之を見たモンキーは、又もや地上に背を附け、手足を上げて空を掻き、亀の真似をして居る。亀はカタリと音をさせて起き上り、亦もやノタノタと反対の方面に走り出す。モンキーも同じくクレリと体をかはし、音がせぬので口で『カタリ』と云ひ乍ら亀の後に引添うて、今度は四這になつて従いて行く。 亀は矢庭に湖面に向つてドブンと飛び込むを見て、モンキーも亦四這のまま、湖水の中にドブンと飛び込み見れば、亀は頭をあげて悠々と水面を泳いで居る。モンキーは亦亀の後に従いて首をあげた儘に泳いで行く。手足は倦くなり、最早此上十間たりとて泳げなくなつて了つた。亀はモンキーの追ひ付き来るを待つものの如く、ポカンと浮いたまま、首を伸ばして後を振りかへつて居る。モンキーは其間に亀に追付き、甲の両側に両手をかくれば、亀は水中深く潜り出した。死物狂ひになつて両手を甲に掛けた儘水底に続いて行く。 フト目を開き見れば、自分の体は亀と共に、女島の磯端に上つて居た。金銀色の蜈蚣の一面に並んで居る其上を、亀は容赦なく這ひ乍ら、島山の頂を目蒐けて進み行く。数多の蜈蚣は、今度は蛇の様に避けず、足許をウザウザさせ亀の後に、一生懸命に追うて行く。 亀は又もや大樹の枝に登つて了つた。モンキーも亦大樹の枝へ亀の後に添うて登りついた。眼下の水面を見渡せば、霞む許りに高き島山の頂上の大木の梢から水面を見た事とて非常に恐ろしい。亀は亦もや水面を目蒐けて、首をすくめ乍ら落ち込んだ。モンキーは死物狂になりて水面を目蒐け、身を躍らし、頭を下にしたまま、飛び込んで了つたと思つてハツと気が付けば、モンキーは金色の亀の甲に跨がり、紺碧の湖面を、悠々として泳いで居た。亀は何時しか容積を増し船の如く大きくなり、知らぬ間に金銀珠玉を鏤めた目無堅間の神船になつて居る。船は艪を漕ぐ人も無きに、自然に動き出し、四人が進んだ方面を指して辷つて行く。モンキーは始めて悟つた。 モンキー『あゝ何事も一切万事、神に任せば良いのだ。郷に入つては郷に従へと云ふ事がある。蛇の島へ来れば蛇と一つの心になり、蜈蚣の島へ来れば蜈蚣の心になつて済度をしてやらねばならぬ。蛇を呑んでも構はぬ、体を巻きつけられても、救ひの為には厭ふ所でない。蜈蚣が我々の肉体を嘗めたがつて居るならば、何程厭らしくても舐めさしてやるのが神の慈悲だ。神心だ。我々は理智に長けて、神の慈悲心を軽んじて居た。最早斯うなる以上は、何事も神様のままに、お任せするが安全だ。……惟神霊幸倍坐世……と口任せの様に唱へて居たが、今迄は何事も頭脳で判断をし青人草倣ひの行ひをやつて居たのが誤りだ。あゝ神様有難う御座います。どうぞ清公其他の一行に、一時も早く面会の出来まする様、御取計らひ下さいませ。モウ此上は一切万事、貴神にお任せ致します』 と悔悟の涙をしぼり、湖面に向つて合掌し天津祝詞を奏上して居る。 何処よりともなく、以前の如き美妙の音楽聞え来り、麝香の如き風湖面を吹いて、其身は忽ち薄物の綾錦に包まれ、天上を行く如き爽快なる気分に酔はされて居た。 あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・七・一〇旧閏五・一六松村真澄録)
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(1872)
霊界物語 25_子_豪州物語2(地恩城の黄竜姫) 10 開悟の花 第一〇章開悟の花〔七五六〕 心の色も清公がチヤンキー(長吉)モンキー(茂吉)始めとし アイル、テーナの五人連れ黄金花咲く海中の 竜宮島の中心地玉野ケ原を打ち渡り 酷暑の光受け乍ら涼風香る諏訪の湖 祠の前に端坐して天津祝詞を奏上し 浮世の衣を脱ぎ捨てつ生れ赤子の真裸体 後をも先をもみづ御霊五つの御霊は諸共に 身を躍らして飛び込めば千尋の底より猶ほ深き 罪の凝固の清公を先頭に立てて各自は 歩むに連れて摺鉢の深き水底に身を沈め 一度は息も絶れたるが金銀珠玉を鏤めし 目無堅間の神船に棹さし来る神人に 救ひ上げられ常磐木の天を封じて立ち並ぶ 雄島の岸に救はれぬ抑此島は竜宮の 神に仕ふる百神の金と銀との蛇と変じ 或は蜈蚣と化り変り澆季末法の世の中を 救ひ助けて神の代を建てむが為に朝夕に 三寒三熱限りなき苦痛を嘗めて世を救ふ 諸善竜神の修業場三五教の宣伝使 生れ赤子になり変り心の色も清公が 喉を目蒐けて這ひ込みし黄金の蛇は何者ぞ 玉依姫の分け御霊玉永姫の化身にて 竜宮洲を清めむと名も清公の体を借り アイルテーナやチヤンキーを蜈蚣の島に投げやりて 現界幽界の境なる苦しき修業を事依さし 水晶身魂に磨き上げ罪も穢も軽衣 錦の船に運ばれて竜の宮居に進み行く 雄島の岸に残されし一人の男モンキーは 四人の姿を見送りて善悪邪正の判断に 迷ふ折しも金銀の浪掻き分けて浮び来る 青緑毛の大亀は忽ちモンキーが足許に のたりのたりと這ひ上り山上目蒐けて這ひ出せば 茲にモンキーは遅れじと亀の後をば追ひ乍ら 大樹の枝に駆け登り亀と諸共高所より 忽ち地上に顛落し大切の頭を打ちながら 神の御息を両の手の掌に吹きかけ疵所をば つるりつるりと撫でつれば疵は忽ち癒えにける 緑毛の亀は足早に雲を霞と駆け出す 我遅れじとモンキーは汀に進む折柄に 緑毛の亀は忽ちに身を躍らして水中に ザンブと許り飛び込みぬモンキー後より後れじと 又もや水中に飛び込めば手足も疲れ身も弱り 息も絶えむとする所緑毛の亀は何故か 湖面に姿を浮べつつ手足を休めて振り返り モンキーの来るを待ち居たる漸く亀に縋りつき 両手に甲を抱へつつ命辛々従いて行く 亀は直様水中を潜りて深き海底に 一旦息を休めつつ再び湖面に浮き上り 忽ち変じて船となる命限りのモンキーは 初めて蘇生したるごと心も勇み気も勇み 救ひの船に身を任せ善悪邪正の判断に 心の闇を照らしつつ船のまにまに浪の上 朱欄碧瓦の竜宮の高楼目蒐けて惟神 神のまにまに進み往く。 遠浅の湖岸に船は進んで来た。湖底は水晶の如く明かに、金砂銀砂の光太陽に映じて何物にも譬方なき麗しさ。小さき青、赤、紫の魚は金魚のやうな尾を掉つて縦横に溌溂として游いで居る。天の星の輝くやうに水の深さ五寸乃至一尺許りの所になりて、金剛石のやうな光、五六尺或は一二尺を隔てて目も眩む許り強き光を放つて居る。船は一寸許りの水の上さへも軽々しく辷りつつ、遂に金砂の磯端に着いた。 モンキーは船を飛び下り、砂原を歩みかけた。一歩々々運ぶ毎に足の下から鶯のやうな声が出て来る。振り返つて砂に印した足跡を見れば、大なる小判を敷いたやうに金色に光つて居る。モンキーはふと佇み、乗り来し船や湖面を見れば、青、紅、紫、白、黄、橄欖色、其他得も言はれぬ宝玉、湖上三尺許りの所を蝶の花に戯る如くに前後左右に浮動して居る麗しさ、玉と玉とは時々衝突して煙火の如き光を湖面に投げて居る。恰も宝玉の粉末を撒き散らした様な眺めである。モンキーは夢では無いかと我と我身を疑ひつつ尚も湖面を熟視して居ると、後の方より思はず両方の肩をグツと抱へた者がある。何者ならむと吾胸の辺に目を転ずれば、金色、黒色のダンダラ条のある虎の両手であつた。モンキーは其手を我両手に固く握り乍ら、何者にか引かるる如き心地し、自分の姿は何時の間にやら、紫の麗しき木の葉の数多茂れる林の中に導かれ、瑠璃光の如き岩石の根下に穿たれたる岩窟の中へ、不知不識に進み入りける。 モンキーは、如何なること有りとも、理智を捨てて唯惟神に任すべく、決心の臍を固めて居た際であるから、一切の考慮を捨て、唯吾身の自然に引かるるままに任して居るのみ。 モンキーの体は、金銀色の光輝く洞穴の中に自然にキリキリ舞ひ乍ら、何処ともなく聞ゆる音楽の声に従れて時々舞ひ上り、或は横になり、或は逆様に手を以て歩むなど、全く一身心魂を神に任せて、何時の間にか其身体は美はしき宝玉をもつて飾られたる宝座の上に端坐して居た。坑内の遥向ふより青、赤、紫、白、黄の五つの玉の光、サーチライトの数千倍の光力をもつて、目も眩む許り此方に向つて光を放射し出した。モンキーは思はず目を塞ぎ、玉の光る方を眺むれば豈図らむや、紫の玉の中には初稚姫、赤き玉には玉能姫、青き玉には玉治別、白き玉には久助、黄色の玉にはお民の顔がありありと映つて居た。モンキーは是を見るより忽ち精神宙に浮き上る如く前後も知らず其場に倒れて仕舞つた。 (大正一一・七・一〇旧閏五・一六加藤明子録)
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(1877)
霊界物語 25_子_豪州物語2(地恩城の黄竜姫) 15 改心の実 第一五章改心の実〔七六一〕 黄竜姫、梅子姫、友彦、テールス姫、蜈蚣姫の五人は共に、地恩城を後に数百里、山路を越えて玉野原の諏訪の湖の竜宮城に進むこととなつた。後には左守、スマートボール夫婦を初め右守鶴公、貫州、武公、マール、ミユーズの幹部連をして留守師団長とし、草の蓑、竹の小笠の軽き扮装、タロの木の枝をつきながら、岩石起伏せる羊腸の小径を上りつ下りつ、谷を飛び越え谷間を伝ひ漸くにして、ジヤンナの友彦が割拠せし郷に着いた。 鬼の様な荒男、赤銅の様な顔に青い黥を、顔一面に彩りし者を先頭に、老若男女が六ケ敷い顔して黄竜姫の一行を『ウワーウワー』と鬨の声を挙げ乍ら歓迎した。昼尚暗き森林に包まれたる此郷は、一見鬼の様な人種計りであるが、至つて質朴で且つ正直で信仰心に富んで居た。曲つた鼻の赤い友彦を、天来の救世主と仰いで、尊敬した程の郷人は、天女の如き黄竜姫、梅子姫の玉を欺く清き姿を眺めて、天の河原よりネルソン山に鳥船に乗じ天降り給ひしを、ジヤンナの郷の救世主友彦夫婦が奉迎して帰りしものと固く信じ、一斉に砂糖屋の十能見た様な、大きな黒い手を拡げ、 土人『ウツポツポウツポツポ、オーレンス、サーチライス、ターレンス、チーターチーター』 と叫び乍ら歓迎の意を表した。此意味は、『神様か、天の御使か、但は吾等を救ふ光明の神か、実に立派な大救世主が、此郷に御降り遊ばした。吾々は最早絶対に悩みに遇ふこともなく、永遠無窮に天国浄土の楽みを味はうことが出来るであらう。木の実は豊に実り、鼓腹撃攘の恵みに浴することは火を睹るよりも明瞭だ。有難い、勿体ない、貴い、嬉しい。吾々郷人は力の限り心の極みを、此生神様に捧げませう』と言ふ事である。……ジヤンナの郷の救世主と仰がれたる友彦は、郷人に向ひ、 友彦『ターリスト、テールターイン、ハールエース、オーレンス、サーチライス、カーテル、ライド』 と叫ぶ。此声に一同は大地に平伏し嬉し涙を流して歓喜した。友彦は又もや、 友彦『ハールハール』 と手を挙げて叫ぶや、大勢の土人は一行を手車に乗せ、三五の神を祭りし稍広き館の中に、御輿を舁ぐ様な塩梅式で何事か分らぬ事を喋り乍ら奥深く送り行く。 黄竜姫一行は友彦の館の奥深く招かれ、色々珍らしき果物を饗応され、且つバナヽの味に舌鼓打ち乍ら、一二日此処に逗留し、郷人に対して黄竜姫、梅子姫よりバプテスマを施し、宣伝歌を教へた上、数十人の郷人に送られ、一行五人は漸くにして玉野ケ原の広場に無事安着することとなつた。 途々木の実を喰ひ、谷水を飲み、芭蕉の葉を褥となし乍ら、猛獣、大蛇の群に言霊を授け帰順悦服させつつ愈此処に金銀の砂輝く広野ケ原に辿りつく。一行は諏訪の湖の畔に建てたる小さき祠の前に端坐し、天津祝詞を奏上し、傍の椰子の樹の森に一夜を明かすこととなりぬ。 エスタン山の後方を覗いて現はれたる大太陽は、諏訪の湖水の魚鱗の波に映じ、金銀の蓆を敷き詰めたる如く、其麗しさ譬ふるにものなく、一行五人は湖水に身体を清め、七日七夜此処に禊を修し神恩を感謝せり。 早や夕陽も傾いて得も言はれぬ麗しき鳥の声、塒を求めて各密林に帰り行く。純白の翼の大鳥は暗を縫うて低く黄昏時より現はれ来り、湖面を縦横無尽に翺翔する。其数幾千万羽とも数へ難く、月無き夜半も明るき許りの光景なり。是は信天翁の祖先でアンボリーと言ふ大鳥なりける。 一行五人は椰子の樹下に身を潜め、天津祝詞を奏上し夜の明くるを待つ。夜明けに間近くなりたる時しも、頭上にバタバタと鳥の羽ばたき激しく聞え来たる。見れば両翼の長さ三丈許りのアンボリー、椰子の樹上にとまつて、一同の頭を被ふて居る、それが夜明けに間近くなつたので一時に立ち上つた音である。一同は鳥の飛び行く方面を目も放たず打看守れば、ほんのりと薄紅くうす白く大空を染めながら、際限もなき大原野を西北の空を指して、一羽も残らず飛去れり。 ○ ジヤンナの郷に三五の神を祀りし友彦が 館に一行夜を明かし一日二夜を逗留し タイヤ、ブースを初めとし数多の土人に皇神の 誠の道を説き諭し鎮魂やバプテスマ 一人も残らず施して昼なほ暗き森林の 小径を伝ひ郷人に賑々しくも送られて 漸くセムの谷間に辿り来れる折柄に 黄竜姫は皇神の珍の命の霊借りて 送り来りし郷人に厚く言葉をかけながら 東と西に別れつつ露の枕も数多く 重ねて此処に玉野原金銀輝く途の上 勇み進んで諏訪の湖の辺にやうやう安着し 祠の前に端坐して一行五人が安穏に 訪ね来りし神恩を感謝し終り清鮮の 湖水に身をば浸しつつ七日七夜の魂洗ひ 椰子樹の蔭に身を潜め夜明けを待てる折柄に 樹上に聞ゆる羽ばたきの音に驚き眺むれば 雪を欺く白翼のパツと開いた大鳥の 空を封じて数多く西北指して飛んで行く 一行五人は空中を仰ぎ見つむる折もあれ 黄金の翼に乗せられて此方に向つて飛び来る 四五の神人悠々と湖水を目蒐けて降り来る 其光景の崇高さに五人は思はず手を合せ 祝詞を唱へつ眺め居る黄金の鳥に乗せられし 男女五人の神人は波の上をばスレスレに 北に向つて進み行くこれぞ玉治別宣使 初稚姫や玉能姫久助お民の五人連 神の御言を畏みて貴の教を隈もなく 伝へ導く神の業𪫧怜に委曲に宣り了せ 玉依姫の御使の黄金色の霊鳥に 救はれ御空を翔りつつ帰り来れる生神の 通力得たる姿なり嗚呼惟神々々 神の教の尊さよ。 翼を一文字に拡げた金色の霊鳥は、神の使の八咫烏である。玉治別一行を乗せた五羽の八咫烏は、日光に照り輝きて中空にキラリキラリと光を投げながら、地上までも金光を反射させ、諏訪の湖辺に飛び来り、紺碧の波の上を辷つて際限もなき湖水を、北へ北へと進み行く。 梅子姫、黄竜姫は飛び立つばかり此姿を見て驚き且つ喜べり。一行の胸の裡は譬へがたなき崇高にして且壮快の思ひが漂うたからである。 友彦『黄竜姫様、梅子姫様、地恩城に於て園遊会の時、天空高く現はれた蜃気楼の光景、紺碧の湖水現はれ、四方を包む青山の崇高なる姿は、今此湖面を見ると寸分の差も無い様ですな、大方清公、チヤンキー、モンキー等の、女神に導かれ結構な御用を仰せつけられて居た所も、此聖地で御座いませうかなア』 黄竜姫『妾もそれに間違ひないやうな感じが致します。昔から人跡絶えしオセアニアの秘密郷、斯様な立派な湖があらうとは、夢にも知りませなんだ。何とかして神様の御力を借り、此湖水を渡つて見たいものですなア』 梅子姫『蜃気楼で拝見した時には純白な白帆が沢山に航行して居ましたが、船は一隻も見えないぢやありませぬか。大方アンボリーの飛交ふ影が船のやうに見えたのでせうかな』 友彦『サアさうかも知れませぬ。……黄竜姫様、船が無ければ渡る訳には行きませぬ。玉治別や初稚姫様の様に、黄金の鳥が迎ひに来て下さらば実に結構だが、船も無ければ鳥船もなく未だ吾々は御神慮に叶ふ所迄身魂が磨けて居ないのでせう』 黄竜姫『神様は一点の曇りなき水晶魂でなければ、肝腎の神業にはお使ひ下さいませぬ。折角此浜辺まで参つたものの、斯の如く三方は壁を立てた様な岩山、何程足の達者な者でも鳥類でない以上は越す事は出来ますまい。然しながら此処まで無事に着いたのも全く神様のお恵み、此処でもう一層徹底的の心の修業を励みませう。地恩城の女王だとか、ジヤンナの郷の救世主などと言はれて得意になつて居るのが、これが第一神様の御心に叶はないのでせう。同じ天地の恵に生れた人の子、善悪美醜の区別はあつても神様の愛には些つとも依怙贔屓はありますまい。こりやもう一つ身魂を立て直さなくては駄目でせうよ。勿体なくも神素盞嗚大神様の御娘御、梅子姫様を蔭の御守護とし、賤しき妾の身を以て地恩城の女王と呼ばれ、神司と言はれて、勿体なくも直々の御血筋の上位に立つて居たのは、恰度頭が下になり、足が上になつて居るやうな、矛盾撞着の遣り方であつた。……アヽ梅子姫様今までの御無礼を何卒お赦し下さいませ。決して貴女を押込め私が上に立つて覇張らうなどと云ふやうな、賤しい心はチツトも持つて居ませなんだ。然し乍ら名誉心に駆られ、本末自他公私の別を、不知不識の間に犯して居りました。貴女と吾々は天地霄壌の懸隔がございます。尊卑の別も弁へず甚だもつて不都合の至り、今改めてお詫を仕ります。さうして地恩城の女王たる地位を神様にお返し申し、生れ赤子の平の信者となつて御神業に奉仕し、貴女様を女王とも教主とも仰いで、忠実にお仕へ致しますから、不知不識の御無礼御気障、何卒神直日大直日に見直し聞直し下さいますように、黄竜姫が真心よりお詫仕ります』 と涙を滝の如く両眼より滴らし、悔悟の念に堪へざるものの如く涕泣嗚咽終に其場に泣き伏した。梅子姫は儼然として、 梅子姫『黄竜姫どの、貴方は結構な御神徳を頂きました。妾は神素盞嗚大神の生みの子と生れ、木の花姫の生宮として今日迄、貴方のお傍に身を下し、神業を輔佐して参りました。貴方の御言葉を今日只今迄、実の所は待つて居たのでございます』 と微笑を浮かべて曰りつれば、友彦は又もや両眼に涙を浮かべ乍ら、 友彦『私は生れついての狡猾者、到る所に悪事を働き、まぐれ当りに鼻の赤きを取得にてジヤンナの郷に持て囃され、救世主と呼ばれ乍ら好い気になり、心にも無き尊敬を受け、天来の救世主と化け済まして居た心の汚さ、イヤもう塵埃に等しき吾等の身魂、どうして肝腎要の御用にお使ひ下さいませう。……何卒々々梅子姫様、貴女様より大神様に重々の罪お赦し下さいます様お取成し願ひ上げ奉ります。又私は決して今後は、人様以上に結構な御用をさして頂かうとは夢にも思ひは致しませぬ。如何なる事にても構ひませぬから、どうぞ神様のお綱の切れぬ様に、大神様にお詫のお取次偏に希ひ上げ奉ります』 梅子姫『貴方の心の園の蓮花、転迷開悟の音を立て開き初めました。アヽいい所で改心して下さいました。これで梅子姫も父大神より命ぜられたる御用の一端が出来たと申すもの、私の方より貴方に対して感謝致します』 と嬉し涙を両眼に浮かべ、述べたつれば友彦は嬉しさ身に余り、大地にひれ伏し顔も得上げず、歓喜と悔悟の涙に咽び返つて居る。 蜈蚣姫は梅子姫の前に手をつかへて、 蜈蚣姫『梅子姫様、今迄の御無礼何卒々々お許し下さいませ。私は貴女様の御存じの通り悪逆無道の限りを尽した、鬼婆の様な悪人で御座いました。地恩城に参りまして娘の出世を見るにつけ、不知不識に高慢心が起り、且つ愛着の念に駆られ、肝腎の大神を第二に致し、且つ貴女様に対し、平素軽侮の目を以て向つて居りました心盲で御座います。地恩城に於て友彦が為め園遊会を開いた折、貴女様は紫の蓮華岩の上に立たせ給ひ、私の素性を歌つて下さつた時の私は、心の中にて非常な不満を抱きました。今思へばあの時のお言葉の中には、大神様の大慈大悲の救ひの御心……なぜ其時に私は気が附かなかつたでございませう。森羅万象に対し一切色盲の私、不調法ばかり致しまして神様に対し、又貴き貴女様に対してお詫申上げる言葉もございませぬ。どうぞ母子の者も憫み下さいまして、今迄大神様に敵対申した深い罪を、お詫下さいますようにお願ひ申します』 とワツとばかりに声をあげ泣き伏するにぞ、梅子姫は莞爾として、 梅子姫『アヽ蜈蚣姫様、貴女は今日只今初めて誠の神柱になられました、結構でございます。どうぞ此後とても妾と共に三五の大神様の御用に誠心誠意御尽力あらむことを希望致します。如何なる罪穢れ過も梅子姫が代りて千座の置き戸を負ひますれば御安心下さいませ』 蜈蚣姫は『有難うございます』と言うたきり、大地にかぶりつき有難涙に咽び入る。テールス姫は又もや梅子姫の前に両手をつき、 テールス姫『何分罪多き私、不知不識の御無礼お気障が何程ございませうとも、何卒お赦し下さる様、神界へお願ひ下さいませ』 と合掌して頼み入る。 梅子姫『貴女は此中でも最も罪軽き、身魂の清らかな神の子です。今日神界に対し差したる不調法もございませぬ。今後も今迄通り過ち無き様、神の御用に御奉仕あらむことを希望致します』 と答ふれば、テールス姫も梅子姫が慈愛の言葉に、有難涙をしぼるのみであつた。 梅子姫は湖面に向ひ合掌しながら何事か暗祈黙祷する事暫し、忽ち何処ともなく微妙の音楽聞え、西北の空を封じて、此方に向つて一瀉千里の勢にて飛び来る以前のアンボリー、幾百ともなく、翼を並べ、湖上目蒐けて飛び帰る其麗しさ、絵にも写せぬ眺めなり。 (大正一一・七・一一旧閏五・一七谷村真友録)
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(1898)
霊界物語 26_丑_麻邇宝珠が錦の宮に奉納 13 三つ巴 第一三章三つ巴〔七七八〕 炎熱火房に坐す如く恰も釜中に居る如し 酷暑の空に瑞月が身を横たへて述べ立つる 廻すハンドル力なく半破れしレコードも 針の疲れにキシキシと鳴り出で兼ねしかすり声 妙音菩薩の山上氏傍に現はれましませど 泣き嗄したる時鳥八千八声も尽き果てて 唇加藤明きかぬる珍の言霊松村氏 真澄の空を眺めつつ此処迄述べて北村の 錦の宮の隆光る三五の月の神教を 守る神人言依別の瑞の命を始めとし 玉照彦や玉照姫の瑞の命の聖顔は 外山の霞掻き分けて豊二昇る朝日子の 日の出神の如くなり五六七太夫の谷村氏 真の友と水火合せ汗に眼鏡を曇らせつ 万年筆と口の先素的滅法に尖らせて 松雲閣の中の間で鼻高姫や黒姫が 御玉探しの大騒ぎ神素盞嗚大神が 帯ばせ給ひし御佩刀の三段に折りし誓約より 現はれませる三女神市杵嶋姫、多紀理姫 多岐都の姫を祀りたる御稜威輝く竹生島 社殿の下に瑞宝の匿されありと国依別の 俄天狗にそそられて此処に三人の玉抜けや ヤツサモツサの経緯を筆に写して止め置く あゝ惟神々々御霊幸はへましませよ。 ○ 三五教の宣伝使変性男子の系統を 唯一の楯と頼みたる日の出神の肉の宮 嘘か真か知らねども天狗の鼻の高姫が 尊き御魂を持ちながら肝腎要の神業に 取り除かれし妬ましさ言依別が匿したる 玉の在処を何処迄も仮令火になり蛇になり 骨になるとも執拗に探り当てねば置かないと 執着心の鬼大蛇醜の曲津に誘はれて 自転倒島は云ふも更明石の海や淡路島 家島を越えて小豆島波濤に浮ぶ南洋の 蘇鉄の茂る大島やバナヽの薫り香ばしき 南洋一のアンボイナ谷水清く苔青く 竜宮島と聞えたるこれの聖地を後にして 流れ流れて一つ島黄金の島に上陸し 地恩の城に現はれて黄竜姫に玉抜かれ 流石剛気の高姫も胸轟かし黒姫や 高山彦を伴ひて潮の八百路の八潮路の 潮の八百会漕ぎ帰り淡路の島の東助が 鉄門を守る虻蜂に鼻を折られて再度の 山を目蒐けて漕ぎ帰り生田の森に名も高き 玉能の姫の神館執念深くも訪ぬれば 国依別や秋、駒の思ひも寄らぬ三人連れ やつさもつさと争論ひ揚句の果は竹生島 憑依もしない天狗の口に鼻高姫は勇み立ち 今度は願望成就と館の裏口走りぬけ 闇に紛れて細道を進み行くこそ可憐らしき 上野、篠原乗り越えて秋の御空も住吉の 郷に漸く辿り着き東の空を眺むれば 金剛不壊の如意宝珠光争ふ朝日子の 日の出神の御姿両手を合せ伏し拝み 中野の郷もいつしかに葭と芦屋の忙しく 運ぶ歩みも立花や小田郷、柴島、淀の川 漸く道も枚方やいつしか廻り大塚の 此坂道も高槻や山崎越えて美豆の郷 河の流れも淀の町銀波漂ふ巨椋池 宇治の流れに下り立ちて飲み干す水は醍醐味や 小山、大谷早越えて逢坂山の真葛 人に知らされ来る由も嬉しき玉を三井の寺 ミロクの神世に大津辺の幾多の船の其中に 殊更堅固な船を選り高姫艪をば操りて 心は後に沖の島波を辷つて進み行く 向ふに見ゆるは竹生島月西山に傾きて 闇の帳は水の面四辺を包む大空に 閃き渡る星の影船漕ぎ浪を砕きつつ 浅黄に星の紋つけた黒い婆さまがやつて来る 又もや続いて来る船は頭の光る福禄寿さま 弁天さまの此島に女布袋や大黒が 黄金の槌はなけれども土の中より瑞宝を 探り当てむと執着の心の暗に塞されて 星影映る湖の上互に息を凝らしつつ 進み寄るこそ訝かしき。 近江の国の琵琶の湖水は、其形楽器の琵琶に似たるをもつて、此名ありと巷間伝へらる。併し乍ら此湖中に浮べる竹生島に、神素盞嗚大神の佩かせ給ひし十握の剣を、天の安河に於て誓約し給ひし時、瑞の御霊の表徴として、温順貞淑の誉高き三女神現はれ給ひ、此処に其御霊を止めさせられ、時々竜神来りて、姫神の御心を慰め奉るため、琵琶を弾じたるより琵琶の湖と称ふるに至つたのである。又一名天の真奈井とも言霊学者は称へて居る。今の竹生島は湖水の極北にあれども、此時代は湖水の殆ど中央に松の島、竹の島、梅の島の三島嶼相浮び三つ巴となつて其雄姿を紺碧の波上に浮べて居たのである。松の島には多紀理姫神鎮座在まし、竹の島には市杵島姫神鎮まり給ひ、梅の島には多岐都姫神鎮まらせ給ひ、各島各百間許りの位置を保つて行儀よく配列されてあつた。高姫は先ず竹の島の市杵島姫を祀りたる社を指して漕ぎつけた。 黒姫、高山彦も期せずして闇夜の悲しさ、同じ竹の島に船を寄せ、同じ社の床下に玉探しの為め頭を集めた。 神素盞嗚の貴の子と生れ給ひし英子姫 万世祝ふ亀彦は神素盞嗚大神の 厳の神業詳細に遂げさせ給へと朝夕に 天津祝詞を奏上し天の数歌潔く 一二三四五つ六つ七八つ九つ十たらり 百千万と村肝の心を籠めて祈る折 磯の彼方に船繋ぎしとしと来る黒い影 気にも止めずに一向に祈る最中に神の前 忽ち現はれ額きて天津祝詞を奏り上ぐる 暗に確とは分らねど皺嗄れ声は高姫か 執着心に搦まれて当所も知らぬ玉探し 見るも無残と英子姫そつと此場を立ち出でて 己が館に静々と星の光を力とし 闇路を分けて島影の清き館に帰りけり 後に亀彦唯一人声を密めて御扉を そつと開いて中に入り様子如何にと窺へば 神ならぬ身の高姫は社の中に人ありと 知らぬが仏一心に無事の安着感謝しつ 拍手の音も湿やかに金剛不壊の如意宝珠 黄金の玉や紫の珍の宝珠を高姫の 両手に授け給へよと声を震はせ祈り居る 暫くありて高姫は珍の社の床下に 鼠の如く這ひ寄つて黒白も分かぬ闇の中 小声に神名唱へつつ探り居るこそ可笑しけれ 又もや近づく足音は社の前に手を拍つて 心の秘密を語りつつ暗祈黙祷稍暫し 心いそいそ御社の四辺を密かに窺ひつ 土竜の如く床下に又もや姿を匿しける 月の光は無けれども星の光に照らされて 長い頭の唯一つ闇を掻き別け進み来る 入日の影か竿竹か見越入道の大男 又もや社前に手を拍つて感謝の声も口の中 何か細々願ぎ終へて忽ち社殿の床の下 長き頭を匿しけるあゝ惟神々々 迷ふ身魂の三つ巴誠の仕組も白浪の 沖に浮べる神島に胸に荒波打たせつつ 心の鬼に爪立てて無暗矢鱈に掻き廻し 汗をたらたら三人が時々頭を衝突し ピカリピカリと火を出して四辺の闇を照らせども 心の闇は晴れやらず互に顔を不知火の 心砕くる思ひなり高姫心に思ふやう 国依別の云うたには言依別のハイカラが 二人の使を遣はして肝腎要の神宝を 掘り出させてうまうまと再びどこかに埋め置き 初稚姫や玉能姫可愛や二人に鼻明かせ 折角立てた功績をオジヤンにしようとの悪戯か 憎さも悪い言依別の醜の命のドハイカラ 初稚姫や玉能姫思へば思へばお気の毒 吾子の功績を鼻にかけ高天原に参上り 総務々々と敬はれ威張つて御座つた杢助も 今度はアフンと口あけて吠面かわくも目のあたり 嗚呼面白い面白いさはさりながら何者か 此場に二人もやつて来て玉を掘り出し帰らうと 一生懸命探し居る何処の奴かは知らねども 愈玉の出た時は変性男子の系統や 日の出神を楯に取り此高姫が恙なく 大きな顔で受け取らうそれにつけても黒姫や 高山彦は今何処黄金の玉や紫の 宝はもはや分りしか心もとなき吾思ひ 仮令小爪は抜けるとも金輪奈落土の底 土竜蚯蚓にあらねども土掻き分けて探し出し 吾手に取らねば措くものかあゝ惟神々々 叶はぬ時の神頼み南洋諸島へ遥々と 危険を冒して玉探し往た事思へば一丈や 二丈三丈掘つたとて何の手間暇要るものか 国依別の云うたには三角石を取り除けて 下三尺の深さぞと天狗に急かれて已むを得ず 白状致した面白さ天狗の申した其如く 三角形の石はある早三尺も掘り終へて もはや四五尺掘りぬいたされども玉は現はれぬ 是はてつきり三丈の深さのきつと間違ひだ 三丈四丈はまだ愚仮令地獄の底迄も 掘つて掘つて掘り抜いて探し当てねば措くものか 苦労と苦労の塊で尊い花の咲くと云ふ 神の教を聞くからは仮令百年かかるとも 掘らねば措かぬ吾心女の誠の一心は 岩をも射貫くためしありきつと掘り出し見せてやろ 目出度く玉が手に入らば意気揚々と立ち帰り 言依別を始めとし杢助お初やお節等の 顔の色迄変へさせて改心さして救はねば 日の出神の生宮のどうして顔が立つものか あゝ惟神々々御霊幸はへましませよ。 と心の底に迷ひの雲を起しながら、一生懸命汗を流して火鼠か土竜のやうに砂混りの土を掻き上げて居る。 ○ 黒姫心に思ふやう再度山の大天狗 国依別の口借つて黄金の玉の匿し場所 近江の国の竹生島弁天社の床下と 確に確に云ひよつた国依別が云ふのなら 些しは疑ふ余地もある天狗は心潔白で 些とも嘘は云はぬもの間違ふ気遣ひあるものか 天狗の仰せの其如く言依別のハイカラが あらぬ智慧をば絞り出し此処に匿して置きながら 高姫さまや黒姫の昼夜不断の活動に 肝を潰して狼狽し見付けられない其中に 外へこつそり匿さうと猿智慧絞つて態人を 一足先に此島へ掘らしに来したに違ひない あの熱心な探しやう如何に剛気な黒姫も 呆れて物が云はれない宝探しの神業は 唯一言も言霊を使つちやならない神の告 迂濶言葉を出すならば折角見つけた宝玉も 煙となつて消え失せむ嚔一つ息一つ ほんに碌々出来はせぬ苦しい時の神頼み 祝詞を唱へて神様にお願ひする事は知つて居る 云ふに云はれぬ玉探しこんな苦しい事あらうか 言依別の使等が黄金の玉を発見し 持ち帰らうとした所で竜宮に在す乙姫の 鎮まりいます肉の宮千騎一騎の此場合 黒姫中々承知せぬ仮令地獄の底までも 掘つて掘つて掘つて掘り抜いて光眩き金玉を 再び吾手に納めつつ綾の聖地に持ち帰り 言依別や杢助をアフンとさせてやりませう あゝ惟神々々叶はぬ時の神頼み 頼りもならぬ口無しの息をつまへる鴛鴦の 番離れぬハズバンド高山彦は今何処 紫色の宝玉は何処の島か知らねども もはや手に入れ給ひしか高姫さまは今何処 金剛不壊の如意宝珠首尾よく御手に返りしか あちらこちらと気が揉めるあゝ惟神々々 叶はぬ迄も探し出し初心を貫徹せにやおかぬ 苦労と苦労の塊の花の咲くのはこんな時 又と出て来ぬ此時節琵琶の湖水は深くとも 闇の帳は厚くとも三五教の神司 高山彦や黒姫が言依別に着せられた 恥の衣を脱ぎ捨てて神国魂をどこ迄も 見せねばならぬ此立場何処の奴かは知らねども 高山さまに好く似たる茶瓶頭がやつて来て 又もやがさがさ探し出す欲と欲とのかちあひで 玉の詮議に頭うち火花を散らす苦しさよ 仮令天地が覆るとも黄金の玉は何処迄も 探し当てねば措くものか岩をも射貫く一心は 女たる身の天性だあゝ惟神々々 御霊幸倍ましませよ。 とひそかに思ひ、ひそかに念じながら、汗をたらたら搾り出し、一生懸命に砂を掻き上げて居る。 ○ 高山彦は訝かりつ心の中に思ふやう 再度山の大天狗国依別の口借つて 竹生の島の神社其床下に三角の 石を蓋せて紫の宝玉深く荒金の 土中に埋没せしと聞く三角石は此処にある さはさりながら訝かしや言依別の使とも 思へぬ節が一つある闇の帳は下されて さだかにそれとは分らねど体の恰好動きやう 頭をぶりぶり振る所高姫さまや黒姫に どこやら似て居る気配ぢやぞ天狗は至つて正直と 昔の人も云うて居る滅多に嘘は申すまい 高姫さまや黒姫によく似た者は世の中に 一人や二人はあるだらう何を云うても鴛鴦の 名乗もならぬ玉探し実際俺は言依別の 神の命が神界の仕組によりて匿されし 宝の在処を探そとは夢にも思うた事はない さはさりながら高姫や黒姫までが焦ら立つて 玉よ玉よとやかましく騒ぎ廻るが煩さに 己も何とか工夫して玉の在処を探し出し 二人の婆に執着の雲を晴らさしやらうかと 牛に牽かれて善光寺心ならずも竜宮の 一つ島迄駆廻り地恩の城にブランヂー クロンバー迄も勤めつつ数多の国人使役して 玉の在処を探したがこれ程広い世の中を 土中に深く隠されし玉の分らう筈がない 高山彦も今日限り此処で失敗したならば これきり思ひ切りませう日の出神や竜宮の 乙姫さまかは知らねども俺にはチツと腑に落ちぬ 真日の出神なれば玉の在処は何処其処と ハツキリ知らして呉れるだらう竜宮の乙姫さまならば 猶更玉の匿し場所知らない道理がどこにあろ 同じ名のつく神様も沢山あると見えるわい 高姫さまや黒姫に憑つて御座る神さまは 神力足らぬ厄雑神それでなければどうしても 俺の心にはまらない六十路の坂を見ながらも 五十女に操られ玉を探しに何処迄も 往かねばならぬか情ないあゝ惟神々々 叶ひませぬから高姫や黒姫二人の執着を 科戸の風に吹き払ひ生れ赤子に立てかへて 何卒助けて下しやんせ竹生の島の御神に 心を籠めて願ぎまつるあゝ惟神々々 御霊幸はへましませよ。 と心の中に呟きながら、高姫、黒姫の改心を専一と祈願し、紫の玉は殆ど念頭に置かぬものの如くであつた。 (大正一一・七・一九旧閏五・二五加藤明子録)
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(1900)
霊界物語 26_丑_麻邇宝珠が錦の宮に奉納 15 諭詩の歌 第一五章諭詩の歌〔七八〇〕 高姫、黒姫両人は高山彦と諸共に 神の社を伏し拝み顔赭らめてスゴスゴと 乗り来し船を繋ぎたる磯辺に行きて眺むれば 東の空は茜して浪に閃めく美はしさ 湖水の底に潜みたる竜神様の為す業か 水茎文字の此処彼処アオウエイカコクケキ サソスセシと現はれぬ三人は船に飛び乗りて 艪櫂を操りシヅシヅと浪に浮んで帰り来る 湖水は二つに立別れ現はれ出でし大竜の 姿は殊に厳めしく黄金の鱗に太刀の膚 雲を起して大空に忽ち昇る凄じさ 三人は空を打ち仰ぎ眺むる間に大竜の 姿は直に雲と消え涼しき風の共響き 幽遠微妙の音楽は何処ともなく聞え来る 四辺は忽ち芳香に包まれ心は清々と 甦りたる思ひして船を進むる折柄に ヒラリヒラリと蓮花雪の如くに降り来り 三人が船に堆高く積り積ると見る間に 蓮の花は何時しかに姿変じて美はしき 平和の女神となり了へぬ三人はここに合掌し 欣求浄土の弥陀如来弥勒菩薩の来迎か 木花姫の出現か但は竜宮の乙姫か 崇高き姿と村肝の心の底より恭敬し 思はず頭を下げつれば女神は言葉淑やかに 三人に向つてさやさやと神勅を伝へ給ひけり。 ○ 天教山に永久に千木高知りて鎮まれる 我は木花姫神汝は高姫、黒姫か 高山彦よよつく聞け神が表に現はれて 善と悪とを立別ける此世を造りし神直日 心も広き大直日只何事も人の世は 直日に見直し聞直し身の過ちは宣り直せ 神は汝と倶にあり神の分霊を享けながら 小さき欲にからまれて在処も知れぬ玉探し 玉を探すは良けれども天地の神の賜ひたる 汝が霊魂を何時しかに八十の枉津に抜きとられ 見るも穢き醜魂とスリ変へられて居ながらも 誠の霊を他所にして形の玉に目も眩み 遠き海原乗りきりて彷徨ひ廻る憐れさよ 汝高姫、黒姫よ高山彦よ今よりは 生れ赤子の魂に研き返して三五の 神の教をよく悟り天地に轟く言霊の 貴の宝を身に持ちて天地百の神等や 百千万の民草を安きに導き救はむと 神より出でし神霊研き澄まして松の世の 五六七の神業に尽せよや厳の御魂の系統と 心驕れば忽ちに又もや今日の玉騒ぎ 繰返しつつ拭はれぬ恥を掻くのは目のあたり 竜の宮居の乙姫と曲津の神の囁きを 大和魂の生粋と思ひ詰めたる執着の 心の鬼に責められて苦しみ悶ゆる可憐らしさ 木花姫の神言を真に受けて聞くならば 天ケ下には仇もなく枉津の襲ふ術もなし 神は汝と倶にあり神の造りし神の宮 心を正しく清めなば如何でか枉津の潜むべき あゝ惟神々々神の御言を畏みて 一日も早く片時も誠の心に帰れかし 仕組は深し琵琶の湖浪に漂ふ竹生島 神素盞嗚大神の肉の御宮より生れませる 神徳高き英子姫万代祝ふ亀彦の 三五教の宣伝使竹生の島にましませど 汝が身の心闇くして其御舎も得知らず やみやみ帰る哀れさよあゝ惟神々々 尊き神の御言もて木花姫が今此処に 汝が身の上憐れみつ天と地との道理を 完全に詳細に説き諭す朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 我言の葉は変らまじ三千世界の梅の花 一度に開く言霊の清きは神の心なり 清きは神の心なり瑞の御霊の永久に 鎮まりいます神島に神の縁に繋がれて 詣で来れる三人連れ汝が望みし三つの玉 神の仕組で永久に匿されあれば今よりは 心の底より諦めて玉に魂をば抜かれなよ 汝が身の此処に来りしは国依別や秋彦の 魂に憑りし天狗の業にはあらじ皇神の 尊き珍の御仕組心を平らに安らかに 綾の高天にたち帰り悔い改めて真心の 証をなせよ三身魂三五の月の輝きて 錦の宮の棟高くきらめき渡る十曜の紋 神の光と拝みて心を乱す事勿れ あゝ惟神々々御霊幸はへましませと 雲霧わけて大空に何時しか貴の神姿は 消えさせ給ひし訝かしさあゝ惟神々々 御霊幸はへましませよ。 ○ 転迷開悟の蓮花天教山をたち出でて 三人の心を照らさむと木花姫の御神が 心を籠めし御教も執着心の雲深く 容易に晴れぬ高姫は木花姫が何偉い 日の出神や竜宮の乙姫さまに比ぶれば 物の数にも当らないお釈迦に経を説く様な 矛盾だらけの宣言を他人は知らねど高姫は 如何して之が聞かれうか馬鹿になさるも程がある 木花姫の御言葉を今に至つて聞く様な 優しい身魂の高姫と思召すかや情ない 変性男子の系統ぢや日の出神を何処迄も 金輪奈落の底深く信じ奉つた高姫は そんなヘドロイ霊でない金剛不壊の如意宝珠 何処に匿しありとても探し当てずに措くものか 木花姫の男女郎富士の山から飛んで来て 三人の者にツベコベと訳の分らぬ事吐き 雲を霞と逃げ去つた其醜態さはなかなかに 見るも憐れな次第なり黒姫さまよ高山彦の 長い頭の福禄寿さまこの様な事に肝潰し 心を変へちやならないぞトコトン迄も耐りつめ 変性男子の系統が日の出神と諸共に 天晴れ表になる迄は私の側を離れなよ 高姫司のへらず口聞き度うないかは知らねども 袖振り合ふも多生の縁躓く石も縁の端 同じ教の友舟に乗つた以上は波も立つ レコード破りの風も吹く間にや暗礁に突きあたる 時には沈没逃れないそれが恐くて三五の 神の教が開けよか臆病風に誘はれて 腰を抜かしちやならないよ心の弱い黒姫や 高山彦の友舟はなんだかちつとも気乗りせぬ 比叡山颪に吹かれつつ伊吹の山を仰ぎ見て 荒波猛る湖面を渡つて帰る勇ましさ 仮令何事あらうとも日の出神の生宮が 此世にあれます其限り鬼が出ようとも大丈夫 鬼に鉄棒大船に乗り込む様な心地して 跟いて御座れよ何処迄も今は言依別神 有象無象に抱へられ翔つ鳥さへも落す様な 偉い勢であるなれど驕る平家は久しうない 桜の花は何時までも梢に留まるもので無い 一度嵐が吹いたなら落花狼藉花莚 見上げた人の足許に踏み蹂られて亡び行く 此処の道理を弁へて今は冬木の吾なれど 軈て花咲く春が来る私の出世を楽しみに 真心尽して来るならば仇には捨てぬ高姫が 肝腎要の片腕と屹度重く使ひます 何と言うても系統ぢや高姫さまには叶はない 是程見易い道理が賢いお前に何として 分つて来ぬのか妾や不思議神の奥には奥がある 其又奥には奥がある十五の空には片割れの 月は如何して出るものか世間の亡者は種々と 理屈ばかりを言ふけれど三五の月の神教は 日の出神の生宮を抜いたら片割れ月ぢやぞえ 雲に深くも包まれて其半分はここにある 片割れ月を喜んで言依別を始めとし 杢助親娘や玉能姫国依別や秋彦の 訳の分らぬ幹部連今に高姫帰りなば ビツクリ仰天尻餅を搗いてアフンとするであらう 必ず気をば腐らさず夫婦仲良く手を曳いて 竜宮さまの生宮とそれが違ふが違ふまいが 初めの言葉を立て通し途中で屁太つちやなりませぬ 高山さまは立派なる男の癖に又しても 弱音を吹いて高姫の心を曇らす弱い人 黒姫さまも是からはヘイヘイハイハイ何事も 親爺の言葉に従はずちつとは意見をなさいませ あまり男を大切に思ひ過ごして神の道 チト疎かになりかけた此高姫が見て居れば 真に目倦い事ばかり終にや歯痒うなつて来る 女房の決心一つにて男は如何でもなるものだ 甘い顔して見せる故高山さまが駄々捏ねて 高姫までも困らせるチツトはお気を付けなされ チツトやソツトで神の道さう易々と行くものか 日の出神が気を付ける妾の意見と茄子の花は 千に一つもあだはないあだに聞いてはなりませぬ 七重や八重や九重と花は匂へど山吹の 結実の致さぬあだ花に現を抜かして言依別の ハイカラ命の花心盛り短いあだ花に 心移しちやなりませぬ苦労の長い梅の花 冬の寒さを能く忍び雪の晨や霜の宵 堪へ忍んで春を待ち万の花に魁て 匂ひ出でたる花の香は天より高い高姫の 言葉の花に如くはない黒姫さまよ高山の 峰に咲いたる松の花手折る由なき高望み スツパリやめて高姫の日の出神の生宮に 心を委ね身を任せ昨夜の様な馬鹿な事 決して言ふちやなりませぬ三歳児に説教する様な 気分が致して頼りない頼りに思うた黒姫や 高山彦の弱腰に妾も一寸泡吹いた 幸ひ此処は湖の上四辺に人の居らざるを 見すまし誠を説いて置くあゝ惟神々々 御霊幸はへましませよ。 漸くにして船は大津辺に安着した。アール、エースの二人は高山彦の帰り来るを今や遅しと湖辺を眺めて待ち倦みつつあつた。 アール、エースの両人は永らく湖辺に待たされて 高山彦のお帰りを頸を伸ばして待ち居たる そこへ荒浪乗り切りつ恐い顔した高姫が 漸う此処に帰り来るアール、エースの両人は 直ちに側に走り寄り高姫様かお目出度う 金剛不壊の如意宝珠何処に置いて御座りますか 根つから其処等に影もない大方貴女はお宝を 丸呑みしたのに違ひない道理でお腹が膨れてる サアサア早く帰りませう私も永らく待ち佗びた 黒姫さまは黄金の尊い玉を手に入れて 何処へお匿し遊ばした高山さまも紫の 玉を首尾よう手に入れてお帰りましたでありませう サアサア一同打ち揃ひ逢坂山を乗り越えて 淀の川瀬を川上り嵐の山や保津の谷 神の御稜威も大井川観音峠を乗り越えて 聖地を指して帰りませうあゝ惟神々々 神の御霊の幸はひてこんな嬉しい事はない 高山さまのお供して跟いて参つた其酬い 私の肩まで広うなるアール、エースの両人は 綾の高天に馳せ上り日の出神のお脇立 立派な神と謳はれて聖地の花と咲き匂ふ 思へば思へば有難し忝なしと伏し拝む 其有様の可憐しさ高姫答ふる言葉なく 黙然として居たりしが黒姫忽ちシヤシヤり出で お前はアール、エースさま神の奥には奥がある お前の知つた事ぢやない構ひ立てをばして呉れな 由縁を言うては居られない執拗う言へば腹が立つ 言はぬは言ふに弥勝る物は言ふまい物言うた故に 父は長良の人柱雉子も鳴かねば撃たれまい お前はお黙り居りなさい神が表に現はれて 善と悪とを立て別ける此世を造りし神直日 心も広き大直日只何事も黒姫が 羽織の紐ぢや胸にある何にも言はずについて来い あゝ惟神々々御霊幸はへましませよ。 ○ 浪に浮べる竹生島神素盞嗚大神の 隠れ給ひし仮館守り給へる英子姫 三五教の神司亀彦諸共弁天の 神の社に拝礼し綾の聖地に向はむと 艪櫂を操る舟の上伊吹颪に吹かれつつ 心は高天原に沖の島左手に眺めて漕ぎ渡る 琵琶の湖水の浪高く風は俄に吹き荒び 御舟は将に覆らむとする時忽ち天空を 照らして下る一団の火光は美々しき神となり 二人が舟に現はれて声朗かに言霊を 宣らせ給へばアラ不思議波は忽ち凪ぎ渡り 荒風俄に鎮まりて鏡の如き湖の面 辷り行くこそ勇ましき今現はれし神人は 日の出神の御化身大津の浜に着くや否 烟の如く消え給ひ何処ともなく帰ります 英子の姫は伏し拝み神の恵を感謝しつ 亀彦伴ひ唐崎の松に名残を惜みつつ 清き神代を三井の寺五六七の神に逢坂の 関路を越えて大谷や伏見、桃山何時しかに 後に眺めて進み行く花の都の傍辺 浮名を流せし桂川二人の身魂も堅木原 足に穿てる沓掛の関所を越えて大枝山 子安の地蔵を右に見て罪も穢も梨の木の 峠を下り三間坂夜は明けはなれ明けれど 名は暗の宮越えて青草茂る篠村や 広道、馬堀、柏原高熊山の霊山を 左手に眺めてシトシトと大井の流れに沿ひながら 羽は無けれど鳥羽の駅流れも清き室河原 小山、松原早越えて花の園部や小麦山 三十三相名に負ひし観音峠の頂上に 息を休めて二人連れ須知、蒲生野や檜山 神に由縁の三の宮榎枯木の峠越え 大原、台頭、須知山の谷道下り漸々に 風光絶佳の並松に二人は目出度く着きにけり 流れも清き小雲川並木の老松色深く 水に影をば映しつつ松の梢に魚躍る 綾の大橋右に見て愈聖地に着きにけり あゝ惟神々々御霊幸はへましませよ。 (大正一一・七・一九旧閏五・二五北村隆光録)
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(1913)
霊界物語 27_寅_麻邇宝珠の紛失/琉球物語 06 玉乱 第六章玉乱〔七八八〕 玉照姫、玉照彦は口を揃へて、 玉照姫、玉照彦『英子姫殿、紫の玉を我前に持来られよ』 と宣示された。英子姫は「ハイ」と答へて紫の玉を柳筥に納めた儘、恭しく捧持して二神司の前に奉らむとする時しも、高姫は、 高姫『一寸待つて下さい。又紛失すると大変だから、此玉は日の出神が保管致しておきます』 国依別『コリヤ高、又腹の中へ呑んで了ふ積りだらう。何程日の出神が偉くとも、玉照彦、玉照姫の御命令を反く訳には行くまい。……サア英子姫さま、お二方の御命令です、躊躇逡巡するに及びませぬ。早く献上なさいませ』 高姫『エー又しても又しても、邪魔計り致す男だ。今日只今限り、国依別を除名する』 国依別『エー又しても又しても、玉を呑まうと致す偽日の出神、今日只今より、国治立命、国依別の口を通し、高姫を除名する。ウンウンウン』 高姫『ヘン、おいて貰ひませうかい。何程国依別でも、国治立命様のお懸りなさる筈がありますかい。サア一時も早く国処立ち退きの命となつて帰つて貰ひませう』 玉照姫、高座より声しとやかに、 玉照姫『高姫、国依別両人共、お控へめされ』 国依別『ハハー』 と畏縮して其場に平伏する。高姫、 高姫『エーエ、日の出神の生宮さへあれば良いのに、無用の長物……でもない。何と言うても二つの頭が並んで居るのだから、行りにくいワイ。両頭蛇尾と云つて、善悪両頭使ひの高姫も芝居が巧く打てませぬワイ』 と小声で呟いて居る。 国依別『高姫さま、玉照姫様の御命令もだし難く、貴女の除名を、国依別茲に取消し致します』 高姫は舌をニヨツと噛み出し、あげ面し乍ら、二三遍しやくつて見せ、右の肩を無恰好に突起させ、 高姫『ヘン、……能う仰有いますワイ。日の出神が更めて国依別を外国行と定めるから、喜んでお受けをなさるがよからう』 国依別『お前さまに命令して貰はなくとも、言依別神様、杢助様、国依別は三人世の元となつて、チヤンと外国で仕組がしてあるのだ。七つの玉もお先に海外の或地点に隠してあるのだから、要らぬ御世話で御座います』 高姫『そんなら国依別、お前は早くから三人腹を合せて企んで居つたのだな』 国依別『どうでも宜しいワイ。虚実の程は世界の見えすく日の出神様が御存じの筈だ』 玉照姫『国依別、改めて申し渡すべき事あれば、暫く汝が館に立帰り、命を待たれよ』 国依別『ハハー、承知致しました』 と丁寧に挨拶をなし、終つて、 国依別『ヤア、テールス姫、玉能姫、玉治別、久助、お民さま、竜宮の女王黄竜姫、蜈蚣姫其他一統の方々、高姫、黒姫に対して、充分の防戦をなされませや。此国依別が此場を立去るや否や、そろそろと又吹き出しますからなア』 玉治別『ヤア有難う、あとは我輩が引受ける、安心して帰つて呉れ。さうして言依別様に宜しく申上げて呉れ。……オツト失敗つた、言依別様は最早どつかへ御不在になつた筈だなア』 高姫『今の両人が話振を聞けば、玉治別も同類と見える。お前もトツトとここを退場なされ。日の出神が命令する』 玉治別『高姫さま、大きに憚りさんで御座います。済みませぬが、私の進退は私の自由ですから、余り御親切に構うて下さいますな』 高姫、杢助の方にギヨロリと目を転じ、 高姫『お前さまは総務を辞職した以上は、そんな高い所に何時迄も頑張つて居る権利はありますまい。トツトと御下りめされ。サア是からは、言依別は逐電致すなり、杢助は辞職をするなり、ヤツパリ此八尋殿は高姫が教主となつて行らねばならぬかなア。時節は待たねばならぬものだ』 玉治別『コレハしたり、高姫さま、誰の命令を受けて貴女は教主になるのですか。誰もあなたを教主として尊敬し、且つ服従する者はありますまいぞ』 高姫『コレコレ田吾さま、お黙りなされ。天地開闢の初から系統の身魂、日の出神の生宮が教主になるのは、きまり切つた神界の御経綸だ。それだから日の出神の守護に致すぞよと、お筆先にチヤンと書いてあるのだ。……今までは悪の身魂に結構な高天原をワヤにしられて居たが、世は持切には致させぬぞよ。天晴れ誠の生神が表に現はれて日の出の守護となつたら、今迄上へあがりて偉相に申して居りた御方アフンとする事が出来るぞよ。ビツクリ致して逆トンボリを打たねばならぬぞよ。それを見るのが神は辛いから、耳がたこになる程知らしたが、チツとも聞入れないから是非なき事と諦めて下されよ。決して神を恨めて下さるなよ。我身の心を恨めるより仕様がないぞよ。……と現はれて居りませうがな。誰が何と云つても三五教は日の出神の生宮が表に立たねば、神界の仕組は成就致しませぬぞエ。誠の者が三人あれば立派に立替が成就すると仰有るのだから、イヤな御方は退いて下されよ。誠一つの生粋の水晶玉の大和魂の根本の、地になる日の出神の生宮と竜宮の乙姫の生宮と、高山彦と三人さへあれば、立派に神業は成就致しますワイな。グツグツ申すと帳を切るぞえ』 玉治別『アハヽヽヽ、よう慢心したものだなア。……コレコレ波留彦さま、秋彦さま、お前と私と三人世の元となつて、高姫軍に向つて一つ戦闘を開始したらどうだ』 波留彦『それは至極面白い事でせう。……なア、秋彦さま』 高姫『コレコレ滝、鹿、田吾作、お前達は何程三角同盟を作つても駄目だよ。モウ今日から宣伝使なんか、性に合はないことをスツパリ思ひ切つて、紫姫さまの門掃きになつたり、宇都山郷に往つて芋の赤子を育てたり、ジヤンナの郷へ帰つて土人にオーレンス、サーチライスと持てはやされる方が御互に得策だ。(高姫は逆上の余り滝と友と同うして喋つてゐる)いよいよ日の出神が教主となつた以上は何事も立替だ。今更めて教主より除名するツ』 玉照姫高座より、 玉照姫『三五教の教主は言依別命、神界の御経綸に依りて高砂島へ御渡り遊ばした。又杢助は神界の都合に依り筑紫の島へ出張を命ずる。淡路の島の人子の司東助を以つて三五教の総務に任じ、且つ臨時教主代理を命ずる。高姫、黒姫は特に抜擢して相談役に致す。玉治別、秋彦、友彦、蜈蚣姫、黄竜姫、玉能姫は以前の儘現職に止まるべし』 と宣示し玉うた。 高姫『玉照姫さまもチツと聞えませぬワイ。玉照彦様は何とも仰有らぬに、女のかしましい差し出口。何程結構な身魂でも、此三五教は艮の金神、坤の金神、金勝要神、竜宮の乙姫、日の出神の生魂で開いて行かねばならぬお道、お玉の腹から生れて出た変則的十八ケ月の胎生……言はば天下無類の畸形児ぢやないか。何と仰有つても今度計りは命令を聞きませぬぞ』 玉照姫『汝高姫、四個の麻邇の玉の所在を尋ね、それを持帰りなば、始めて汝を教主に任じ、高山彦、黒姫を左守、右守の神に任ずべし。誠日の出神又玉依姫の身魂なれば、其玉の所在をつきとめ我前に奉れ』 高姫『其お言葉に間違ひはありますまいな。宜しい。言依別と杢助の両人、腹を合せて隠しよつたに、間違ひない。証拠は……これ……此教主の書置き、立派に手に入れてお目にかけます。其代りにこれを持帰つたが最後御約束通り此高姫が教主ですから、満場の皆様もよつく聞いておいて下されや。日の出神の神力をこれから現はしてお目にかける。其時には玉能姫、蜈蚣姫、黄竜姫、玉治別、友彦、テールス姫、久助、お民、佐田彦、波留彦……其他の連中は残らず馘首するから覚悟なさいませ、とはいふものの、玉の所在を知つてる者があれば、そつと此高姫に云つて来い……でもよい。兎に角以心伝心無声霊話でもよいから……』 玉治別、両手を拡げ、体を前後ろにブカブカさせ乍ら、 玉治別『アツハツハヽ、アツハツハヽヽ』 と壇上で妙な身振をして笑ひ出した。 高姫『オイ田吾さま、そろそろ守護神が現はれかけたぢやないか。其態は何ぢやいな。コレコレ皆さま、御覧の通り、日の出神が表になると、皆の身魂が現はれて恥しい事が出来ますぞえ。今の所は言依別や東助さまが表面主権を握つて居る様だが、実際の所は床の間の置物だ。実地誠の権利は日の出神の生宮にあるのだから、取違をなされますなや。日の出神も中々大抵ぢやない。遥々と高砂島や筑紫の島まで行くのは並や大抵ぢや御座らぬ。魚心あれば水心だ。出世をしたい人は誰に拘はらず、我れ一とお働きなされ。お働き次第で日の出神が御出世をさして上げますぞえ』 波留彦一同を見まはし乍ら、 波留彦『皆さま、今高姫の仰有つた通り、手柄のしたい人はお手を上げて下さい……一、二、三……ヤア唯の一人も手を上げる人がありませぬなア』 玉治別『それで当然だよ。地位も財産も名誉も捨てて、一心に神界の為に尽さうと云ふ誠の人計りだから、そんな人欲に捉はれて、三五教へ入信つた者は一人もありませぬワイ。人欲の雲に包まれてるのは高姫さまに黒姫さま、高山彦位なものだなア』 一同手を拍つて「賛成々々」と呼ぶ。 高姫『口と心とサツパリ裏表の体主霊従計りがよつて来て、すました顔して御座るのが見えすいて可笑しう御座いますワイの、オツホヽヽヽ』 高山彦『高姫さま、私は今日限りお暇を頂きまして、竜宮の一つ島へ帰り、元のブランヂーとなつて活動致します。仮令貴女が目的を達して教主になられても、私はあなたの麾下につくのは真平御免ですよ。……黒姫もこれから充分竜宮の乙姫さまを発揮して、日の出神さまと御一緒に御活動なされませ。左様なら……』 と云ひすて、玉照彦、玉照姫の方に向つて丁寧に辞儀をなし、 高山彦『英子姫、五十子姫、梅子姫、初稚姫、其外御一同様、御機嫌よく御神業に御奉仕遊ばされん事を高山彦祈り上げ奉ります。御一同の方々、此高山彦は今日限り高姫様と関係を解き、皆様の前にて公然黒姫に暇を使はします。どうぞ其お心組で高山彦を可愛がつて下さいませ』 玉治別『それでこそ高山彦さまぢや。感心々々』 一同は「万歳」と手をあげて歓呼する。高山彦は、 高山彦『皆さま、左様ならば之より一つ島へ参ります。高姫殿、黒姫殿、さらば……』 と立出でんとする。黒姫は周章て裾をひき止め、 黒姫『マアマア待つて下さんせいな。最前からのあなたの御言葉、残らず承知いたしました。……とは云ふものの情なや、過ぎし逢う夜の睦言を、身にしみじみと片時も、思ひ忘るるひまもなう、年月重ぬる其内に、うつり易いは殿御の心と秋の空、もしや見捨はなさらぬかと、ホンにあらゆる天地の神さまや、竜宮さまに願かけて、案じ暮した甲斐もなう、今日突然離別とは、余りムゴイ御仕打、これが如何して泣かずに居られませうか、オンオン』 とあたりを構はず、皺くちや顔に涙を夕立の如くたらして泣沈む。 玉治別『悔んで帰らぬ互の縁、中をへだつる玉治川。……サアサア高山彦さま、思ひ切りが大切だ。グヅグヅして居ると、又もやシヤツつかれますよ。あとは此玉治別が、全責任を負うて引受けますから、一切構はず勝手にお越し遊ばせ』 高山彦『何分宜しく御頼み申す』 と立出でんとする。 黒姫『高山さまも聞えませぬ。お前と二人の其仲は、昨日や今日の事ではありますまい。私をふりすてて帰のうとは、余り聞えぬ胴欲ぢや。厭なら嫌で、無理に添はうとは言ひませぬ。生田の川の大水を渡つた時の私の正体[※第19巻第3章で黒姫は蛇体に還元して、水が氾濫した川を渡っているが、生田川ではなく白瀬川と呼ばれている。(どちらも由良川の別名と思われる)]、よもや忘れては居りますまいな』 高山彦『一度還元した以上は再び還元出来ぬ大蛇の身魂、もう大丈夫だ。日高川を蛇体になつて渡つた清姫[※平安時代の安珍・清姫伝説で、道成寺に逃げた安珍を追い駆け、清姫は蛇体に変じて日高川を渡ったことを指す。]の様に太平洋を横切つて、高山彦の色男を尋ねて来なさい。地恩の郷の大釣鐘を千代の住家として、高山彦は安逸に余生を送る考へだ。さうすれば極安珍なものだ。何程お前が地団駄ふんで道成寺かうせうじなどといつて、藻掻いた所でモウ駄目だよ。アハヽヽヽ』 と大きく肩をゆすり乍ら悠々として出でて行く。黒姫は夜叉の如く、あと追つかけんと、婆さまに似合はず捩鉢巻をし、裾を太腿の上あたりまで引あげて、大股にドンドンとかけ出しかけた。玉治別は追ひすがつて黒姫の後よりムンヅと許り帯をひつつかんで力に任せ、グツと引戻す。黒姫は金切声を出して、 黒姫『千危一機の此場合、どこの何方か知らねども、必ずとめて下さるな。妾にとつて一生の一大事、アヽ残念や口惜しや、そこ放しや』 と振向く途端に見合す顔と顔、 黒姫『ヤアお前は意地くね悪い田吾作殿、ここは願ぢや、放しておくれ』 玉治別『意地くね悪い田吾作だから放さないのだよ。雪隠の水つき婆うきぢやと人が笑ひますよ。まあチツと気をおちつけなされ。高山さま計りが男ぢやありますまい。男旱魃もない世の中に、コラ又きつう惚たものだなア』 黒姫は、 黒姫『エー放つといて』 と力限りふり放し、群衆の中を無理に押分け人を押倒し、ふみにじり乍ら、尻まで出して一生懸命高山彦の後を追つかけ走り行く。 (大正一一・七・二四旧六・一松村真澄録)
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霊界物語 27_寅_麻邇宝珠の紛失/琉球物語 07 猫の恋 第七章猫の恋〔七八九〕 玉照姫は紫の宝珠を初稚姫、玉能姫、お玉の方に守らせ乍ら、我館に帰らせ給うた。幹部を始め一同は更めて天津祝詞を奏上し一先づ各自の宿所に帰る事となつた。 高山彦は一旦館へ立ち帰り旅装を整へ、アール、エースの二人と共に早々館を立ち出でんとする時しも、髪振り乱し夜叉の如くに帰つて来た黒姫と門口でピツタリ出会した。南無三宝一大事と高山彦は裏口より駆出さんとする。黒姫は此場に倒れて癪を起してフン伸びて仕舞つた。流石の高山彦も之を見捨て逃げ出す訳にもゆかず、 高山彦『エース、水だ。…アール、癪だ』 と呼ばはり乍ら介抱して居る。 黒姫は目の黒玉を何処かへ隠して仕舞ひ、白目ばかりになつて「フウフウ」と太い息をして居る。エース、アールは口に水を含んで無性矢鱈に面部に吹き付ける。高山彦は口を耳にあてて反魂歌の「一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、百、千、万」を数回繰返した。黒姫は「ウン」と呻き乍ら、 黒姫『ア、何方か知りませぬが、よう助けて下さつた』 と四辺をキヨロキヨロ見廻して居る。 高山彦『ア、黒姫、気がついたか。マアマア之で安心だ。これから高山彦はお前と縁を断り、竜宮の一つ島か、但は筑紫の島へ玉探しに行くから、これまでの縁と諦めて下さい』 黒姫は怨めしさうに、 黒姫『高山さま、お前も余りだ。妾の今卒倒したのもお前の心が情無いからだよ。刃物持たずの人殺、冥土の鬼にエライ成敗を受けなさるのが…妾や…それが悲しい。神の結んだ縁ぢやもの、何卒モ一度思ひ直して下さいませ』 高山彦『何と言つても男の一旦口から出した事、後へひく訳にはゆかぬ。先は先として一先づ此場は離別を致す。黒姫、さらば……』 と立ち去らんとする。黒姫は隠し持つたる懐剣、ヒラリと引き抜き、 黒姫『高山彦さま、永らくお世話になりました。妾の恋は九寸五分、最早此世に生て望みなし。妾は此処で潔く自害を致し、貴方を怨める魂魄凝つて鬼となり、屹度素首引き抜いて見せませう。アヽ惟神霊幸倍坐世』 と喉にピタリと当てて見せた。 高山彦『自殺は罪悪中の罪悪だ。これ黒姫さま、何程九寸五分だつて胸の方では喉は斬れませぬよ。随分芝居がお上手ですね。そんな事にチヨロマカされる高山彦では御座りませぬワイ。アツハヽヽヽ』 黒姫『エー、残念や、口惜しい。そんなら本当に斬つて見せようか。斬ると云うたら屹度斬つて見せませう』 高山彦『一旦断つた此縁、再びきられる道理があらうか。最早お前と俺との二人の間には何の連鎖もない。赤の他人も同様だ。勝手にお斬りなさいませ』 黒姫『そりや聞えませぬ高山さま、天ケ下に他人と云ふ事は無いもの……と三五教の御教、お前はそれを忘れたか。憐れな女を見殺しにする御所存か、それ程情ないお前ではなかつたに、如何なる天魔に魅られたか。お前の言葉は鬼とも蛇とも悪人とも譬方なき無情惨酷さ、死んでも忘れは致しませぬぞや』 高山彦『イヤ、もう神界の為めには家を忘れ、身を忘れ、妻子を忘れるとかや。男子は戦場に向ふ時には三忘が肝腎だ。……黒姫、さらば……』 と行かんとする。 黒姫『コレコレ、アール、エースの両人、高山さまの足に確り喰ひついて居るのだよ。屹度放しちやなりませぬぞえ』 二人は高山彦の両足に喰ひ付き乍ら、 アール『アヽア、犬も喰はぬ夫婦喧嘩の犠牲に供せられ、随分勤め奉公も辛いものだなア』 高山彦『こりやこりや、アール、エースの両人、早く放さぬか』 黒姫『決して放しちやなりませぬぞ。コレコレ高山さま、男は閾を跨げるや否や七人の敵があると云ふ事を知つて居ますか』 高山彦『アハヽヽヽ、イヤもう御親切な御注意、有難う御座います。誠一つの心で居れば、世界は敵の影を見たいと言つても見る事は出来ない。山河草木、人類鳥獣魚鼈に至る迄、皆我々の味方ばかりだ。人を見たら泥坊と思へ等と云ふ猜疑心に駆られて居る人間の目には、何も彼も敵に見えるだらうが、我々は神様にお任せした以上一人の敵も無い。お前に添うて居れば此世の中で敵を作るばかりだから……何卒心配して下さるな。お前もこれから改心をして、世間の人に可愛がられて呉れ。それが高山彦の別れに臨みお前に与ふる大切な餞別だ。高姫さまにも何卒よく言うて置いて下さい。必ず必ず執着心を出してはなりませぬぞ。今日から心を改めて本当の生れ赤子になり、仮にも竜宮の乙姫等と大それた事を言はない様にしなさい。左様なれば是にて……黒姫さま、お暇致します』 黒姫『高山さま、そりや貴方、本性で仰有るのか。芝居ぢやありますまいなア』 高山彦『本性で無うて何とせう。夫婦の道は人倫の大本だ。それを別れようと言ふ高山彦の胸の裏、些とは推量して呉れ。……さあアール、エース、これから行かう。……黒姫さま、これにて暫くお別れ致します』 と慌しく駆出す。 斯かる処へ走つて来た玉治別、 玉治別『ヤア、高山さま、愈御出でですか』 高山彦『ハイ、何分宜しう願ひますよ』 黒姫『何と言つても放しはせぬ』 と獅噛みつく。高山彦は「エー面倒」と当身を一つ喰はすや否や、黒姫は「ウン」と其場に大の字に倒れて仕舞つた。 玉治別『何と高山さま、乱暴な事を致しますな』 高山彦『斯うして置かねば仕方が無いから……此間に私は身を隠すから、後は頼みますよ。斯うして此処を拇指でグツと押して貰へば息を吹き返す……玉治別さま、此処だよ。何卒二十分ばかり待つとつて下さい』 玉治別『承知致しました』 「左様ならば」と高山彦は二人を伴ひ、足早に何れへか姿を隠した。玉治別は時期を見計らひ高山彦に教はつた局を拇指に力を入れてグツと押した。「ウン」と息吹き返した黒姫は四方をキヨロキヨロ見廻し、 黒姫『アヽ残念や、到頭逃げられたか。エー仕方がない。……お前は玉治別さま、ようマア助けて下さつた』 玉治別『高山彦の奴、怪しからぬ乱暴な男だ。永らく添うて来た女房に当身を喰はして息を止め、筑紫の島へ逃げて行くとは不届き千万な者だ。お前さまも是で目が醒めただらう。虎、狼と一緒に寝る様なものだ。私もお前さまを活かさうと思つて、何程骨を折つたか分りませぬ。到頭局が分つて活を入れた時、貴女がもの言うたのも皆神さまのお蔭、アヽ勿体ない。是から一切の執着を捨てて大神さまに感謝祈願の祝詞を奏上しませう』 「ハイ、有難う」と黒姫は玉治別と相並び、拍手の声も淑やかに錦の宮の方面に向つて感謝祈願の言葉を奏した。 因に言ふ、錦の宮の神司は従前の通り玉照彦、玉照姫の二人相並ばれて御神業に奉仕され、英子姫選ばれて言依別命の不在中教主の役を勤めらるる事となつた。そして東助は教主代理兼総務となつて聖地に仕へた。 高山彦、秋彦、テールス姫、夏彦、佐田彦、お玉の方は聖地にあつて幹部の位置を占め神業に従事しつつあつた。玉能姫は生田の森の館に帰りて駒彦と共に神業に従事する事となつた。又言依別命は国依別と共に南米、高砂島に渡り、鷹依姫、竜国別の行衛を探ね、旁宣伝の為めに出張さるる事となつた。 高姫は言依別命の後を追ひ四個の玉を取り返さんと、春彦、常彦の二人を引き率れ、高砂島に行く事となつた。杢助は初稚姫、玉治別、五十子姫、亀彦、音彦、黄竜姫、蜈蚣姫其他を率ゐ、波斯の国のウブスナ山脈斎苑の館を指して行く事となつた。梅子姫はコーカス山に二三の供者を従へ途々宣伝をし乍ら登らせ給ふ。黒姫は高山彦が竜宮島又は筑紫の島に逃げ去りしと聞き、一方は玉の詮議を兼ねて夫の行衛を捜査すべく聖地を後に、三人の供者を従へ出発する事となつた。 (大正一一・七・二四旧六・一北村隆光録)