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霊界物語 10_酉_黄泉比良坂の戦い 28 言霊解二 第二八章言霊解二〔四五八〕 『次に投棄つる御裳に成りませる神の御名は、時置師神』 御裳の言霊、モは下である。平民教育の意味であり、社交的言辞の意である。 時置師神は、小説や演劇や歌舞や芸技や俗歌等の頭株と言ふ事である。是も根本的に革正さるると言ふ事で、御裳に成る神を投棄て玉ふと言ふ事であります。 『次に投棄つる御衣に成りませる神の御名は、和豆良比能宇斯神』 御衣の言霊は、身の家と云ふ事である。人の肉体は霊魂の住所であり御衣であります。薬浴防棄避の五種の医術も、皇国医法に適せず、治病の効なく、却て害毒となるを以て、現代の医法を廃し玉ふと云ふ事で、御衣を投棄て玉ふと曰ふ事である。ワヅラヒノウシ神とは、病み煩ひを癒す神と曰ふ事である。凡て医術薬法の、皇国の神法に背反せる事を看破して、根本的革正し玉ふために、御衣を投げ棄て玉うたのであります。現代の西洋医学も漢法医も、之を廃して神国固有の医学を採用せなくては成らぬやうに成つて来て居るのと同じ事であります。 『次に投げ棄つる御褌に成りませる神の御名は道俣神』 御褌の言霊は、走り駆り廻ると云ふ事で、要するに交通機関や通信機関を指してハカマと言ふのである。今日の汽車は、危車となり鬼車となり、電車、自動車、汽船、飛行船、郵便、電信、電話等も大に改良すべき必要がある。要するに従来の交通や通信機関に対して根本的革正の要あり、故に一旦現代の方法を大変更すべき事を、御褌を投棄つると曰ふのであります。 道俣神とは、鉄道や航路や道路の神と云ふ事である、交通と通信機関の四通八達せる状況を指して道俣と云ふのである。日本にすれば、現今の鉄道や道路や郵便や電信なぞも、大々的に改良せなくては成らぬやうになつて居る。是を拡張し以て国民の便利を計らねばならぬ今日の現状であるのと同じ事であります。 『次に投げ棄つる御冠に成りませる神の御名は飽咋之宇斯神』 右の言霊は、三公とか、公卿とか、殿上人とか、神官とか言ふ意味である。今日の世で曰へば、華族とか、神官とか、国務大臣とか、高等官とか曰ふ意味である。是も断乎として改善すると言ふ事が御冠を投げ棄つると言ふ事である。現代は実に一大改革を必要とする時期ではありますまいか。 『次に投げ棄つる左の御手の手纒に成りませる神の御名は、奥疎神、次に奥津那芸佐毘古神、次に奥津甲斐弁羅神』 左の御手と言ふことは、左は上位であり官である。奥疎神は陸軍である。奥津那芸佐毘古神は海軍である。奥津甲斐弁羅神は陸海軍の武器である。従来の軍法戦術では到底駄目であるから、大々的改良を加へ、神軍の兵法に依り、細矛千足国の実を挙ぐ可く執り行う為に、左の御手の手纒を投棄て玉ふのであります。 『次に投げ棄つる右の御手の手纒に成りませる神の御名は、辺疎神、次に辺津那芸佐毘古神、次に辺津甲斐弁羅神』 右は下であり民であり地である。辺疎神は農業である。辺津那芸佐毘古神は工商業である。辺津甲斐弁羅神は農工商に使用すべき機械器具である。是も一大改良を要するを以て、従前の方針を変革する事を、右の御手の手纒に成りませる神を、投げ棄て玉ふと言ふのであります。 『右の件、船戸神より以下辺津甲斐弁羅神以前、十二神は身に着ける物を脱ぎ棄て玉ひしに由りて生りませる神なり』 右の十二神は、黄泉国如す醜穢き国と化り果てたるを、大神の大英断に由りて、大々的改革を実行され、以て宇宙大修祓の端緒を開き給うた大神業であります。 『於是上瀬は瀬速し、下瀬は瀬弱しと詔ごちたまひて、初めて中瀬に降潜きて滌ぎたまふ時に成りませる神の名は、八十禍津日神、次に大禍津日神、此二神は、其の穢き繁国に到りましし時の汚垢に因りて成りませる神也』 上瀬とは現代の所謂上流社会であり、下瀬は下流社会である。上流社会は権力財力を恃みて容易に体主霊従の醜行為を改めず、却て神諭に極力反抗するの意を『上瀬は瀬速し』と言ふのである。下流は権力も財力もなく、なにほど神諭を実行せむとするも、其日の生活に苦しみ且つ権力の圧迫を恐れて、一つも改革の神業を実行するの実力なし。故に『下瀬は瀬弱し』と言ふのである。そこで大神は中瀬なる中流社会に降り潜みて、世界大修祓、大改革の神業を遂行したまふのである。中流なれば今日の衣食に窮せず、且つ相当の学力と理解とを有し、国家の中堅と成る可き実力を具有するを以て、神明は中流社会の真人の身魂に宿りて、一大神業を開始されたのであります。 大神が宇宙一切の醜穢を祓除し玉うた時に出現せる神は、八十禍津日神、つぎに大禍津日神の二神であります。人は宇宙の縮図である。世界も人体も皆同一の型に出来て居るのであるから茲に宇宙と云はず、伊邪那岐大神の一身上に譬へて示されたのである。故に瑞月亦之を人身上より略解するを以て便利と思ふのであります。 八十禍津神は、吾人の身外に在りて吾人の進路を妨げ且つ大々的反対行動を取り、以て自己を利せむとするの悪魔である。現に大本に対して種々の中傷讒誣を敢へてし、且つ書物を発行して奇利を占めむとする三文蚊士の如きは、所謂八十禍津神であります。之を国家の上から言ふ時は、排日とか排貨とか敵国陸海軍の襲来とかに当るのである。この八十禍津神を監督し、制御し、懲戒し玉ふ神を八十禍津日神といふのであります。日の字が加はると加はらざるとに依つて、警官と罪人との様に位置が替るのであります。大禍津神は吾人の身魂内に潜入して、悪事醜行を為さしめむとする悪霊邪魂である。色に沈溺し、酒に荒み、不善非行を為すは皆大禍津神の所為であります。 之を国家の上に譬へる時は、危険思想、反国家主義、政府顛覆、内乱等の陰謀を為す非国民の潜在し、且つ体主霊従同様の政治に改めむとする、悪逆無道の人面獣心的人物の居住して居る事である。之を討伐し懲戒し警告するのは大禍津日神であります。 正邪 八十禍津日神八十禍津神 大禍津日神大禍津神 (大正九・一・一五講演筆録外山豊二)
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霊界物語 11_戌_コーカス山の大気津姫退治 24 顕国宮 第二四章顕国宮〔四九一〕 春霞棚引き初めてコーカスの、山の尾の上や百の谷、大峡小峡の樹々の枝、黄紅白紫色々と、咲き乱れたる顕国、霊の御舎雲表に、千木高知りて聳え立ち、黄金の甍三つ巴、輝く旭日に反射して、遠き近きに照り渡る、神須佐之男の大神は、宮の主と現れまして、堅磐常盤に鎮まりて、大海原に漂へる、秋津島根を心安の、美しき神世に開かむと、瑞の御霊の三葉彦、神の教を広道別[※御校正本・愛世版では「広国別」だが、校定版・八幡版では「広道別」に修正している。太玉命と名を変へたのは広道別であり、広国別は別人である。したがって霊界物語ネットでも広道別に修正した。]の、三五教の宣伝使、太玉の命と名を変へて、栄え芽出度き松代姫、妹背の道を結ばせつ、天津御神や国津神、八百万在す神等に、太玉串を奉る、卜部の神と任け給ひ、顕国玉の宮の司となし給ふ。青雲別の其御稜威、高彦神の宣伝使、天の児屋根と改めて、天津祝詞の神嘉言、詔る言霊の守護神、顕国玉大宮の、祝の神と任け給ひ、梅ケ香姫と妹と背の、契を結ばせ給ひけり。白雲別の宣伝使、教を開き北光の、神の司の又の御名、天の目一つ神司、竹野の姫を娶はして、アルプス山に遣はしつ、石凝姥と諸共に、鏡、剣を鍛はしめ、国の御柱樹て給ふ、神縁微妙の神業を、四方の神達人草の、夢にも知らぬ久方の彦の命の雲道別、名も大歳の神司、五穀の食を葦原の、四方の国々植ゑ拡め、神の恵みも高倉や、月日も清く朝日子の、白狐の神の此処彼処、生命の苗を配りて、青人草の日に夜に、食ひて生くべき水田種子、守り給ふぞ尊けれ。 コーカス山の山上にウラル彦、ウラル姫の贅を尽し美を竭して建造したる顕国の宮殿には大地の神霊たる金勝要神、大地の霊力たる国治立命及び大地の霊体の守護神神須佐之男大神を鎮め奉り、荘厳なる祭典を行ひ三柱の神の神力に依つて、天ケ下を統御せむと体主霊従の根本神たる天足彦、胞場姫の再来、八岐の大蛇や悪狐、其他の邪鬼妖魅に天授の精魂を誑惑されて、ウラル彦、ウラル姫以下の曲神は、最後の経綸場としてコーカス山を選み、宮殿を造り八王神を数多集へて、アーメニヤにも劣らざる神都を開きつつありける。 斯かる処へ石凝姥命、天之目一箇神、天之児屋根命、正鹿山津見神の娘大神津見と現はれたる松代姫、竹野姫、梅ケ香姫、時置師神、八彦、鴨彦等の神現はれて、天津誠の神言を奏上し宣伝歌を唱へたれば、流石のウラル姫も以下の神々も天津誠の言霊に胆をうたれ、胸を挫がれ、全力を集注して経営したる可惜コーカス山を見捨てて、生命からがらウラル山、アーメニヤの根拠地に向つて遁走し、コーカス山は今は全く三五教の管掌する処となりにける。 茲に神須佐之男命は地教の山を後にして顕国の宮に入らせ給ひ、天之目一箇神をして十握の剣を鍛へしめ顕国の宮の神実となし、天下の曲神を掃蕩すべく天之児屋根命、太玉命をして昼夜祭祀の道に鞅掌せしめ給ひぬ。神須佐之男大神は十握の剣を数多作り供へて、曲神の襲来に備へむため天之目一箇神をアルプス山に遣はし、鋼鉄を掘らしめ数多の武器を作る事を命じ給へり。アルプス山はウラル彦、ウラル姫の一派の武器製造の原料を需めつつありし重要の鉱山なりき。これより天之目一箇神は竹野姫と共にアルプス山に向ふ事となり、淤縢山津見神、正鹿山津見神、月雪花の宣伝使はアーメニヤの神都に向つて魔神を征服すべく、神須佐之男大神の命を奉じてアーメニヤに向ひける。又アルプス山には石凝姥神を添へて、天之目一箇神、竹野姫と共に銅鉄を需めしむべく出発せしめ給ひける。 此事忽ち天上に在す天照皇大神の御疑ひを懐かせ給ふ種となり、遂に須佐之男命は、姉神に嫌疑を受け神追ひに追はれ給ふ悲境に陥り給ひたるなり。 (大正一一・三・四旧二・六北村隆光録)
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霊界物語 12_亥_天の岩戸開き 22 一島攻撃 第二二章一島攻撃〔五一八〕 大空に雲立ち塞ぎ海原に霧立ち籠めて四方の国 神の恵の露もなく山川草木泣き干して 黒白も分かぬ暗の夜を今や照さむ瀬戸の海 百の神たち百人を松の神代の末長く 救はむために素盞嗚の神の御言を畏みて 思ひは積る深雪姫解くるよしなき真心の 誠一つの一つ島熱き涙の多気理姫 コーカス山に現れませる十握の剣の威徳にて 雲霧四方に切り払ひ醜の曲津を除かむと 高杉別の籠りたるこの神島に宮柱 太敷立てて世を偲ぶ瑞霊の深雪姫 吹き来る風も腥く人馬の音は絶間なく 矢叫びの声鬨の声世は騒がしく群鳥の 群れ立つばかり沖つ鳥沖の鴎の声さへも いと佗しげに聞ゆなりここは名に負ふサルジニヤ 神の守りもアルプスの鋼、鉄取り出でて 百の兵器造りつつ珍の御魂と仕へたる 心も猛き兵士は雲の如くに集まれり。 コーカス山の珍の宮に、御巫子として仕へたる、月雪花の姉妹の一人、深雪姫は、尚武勇健の気質に富み、十握の剣の威徳に感じて、アルプス山の鋼鉄を掘出し、種々の武器を造り備へて、国家鎮護の神業に奉仕せむと、天下の英雄豪傑を此島に集め、悪魔征討の準備に備へつつあつた。 宮殿の屋根は千木、勝男木を高く、千木の先は鋭利なる両刃の剣を以て造り、勝男木もまた両端を剣の如く尖らせ、館の周囲には剣の垣を繞らし、曲津の侵入を許さず用心堅固の金城鉄壁なりける。 武勇の神は先を争うてこの一つ島に集まり来り、天下の邪神を掃蕩し、遍く神人を安堵せしめむと昼夜間断なく武術の稽古に余念なく、剣戟射御に勤む声は瀬戸の海を越えて、遠く天教山に鎮まります撞の御柱の神、天照大神の御許にも、手に取るが如く轟き渡りぬ。 天照大御神は、善言美詞をもつて世の曲業を、見直し聞き直し詔り直すべき天地惟神の大道を無視して、殺伐なる武器を造り武芸を励むは弟神素盞嗚命の高天原を占領せむとする、汚き心のあるならむと、内心日夜不快の念に駆られ給ひつつあらせられた。 四五の勇士は武術の稽古を終り、眺望よき一つ島の山巓に登り、諸々の木実を漁り、瓢の酒を傾けながら雑談に耽り居る。 甲『我々はかうして昼夜の区別なく太刀打の稽古、槍の稽古に体も骨もグダグダになつて仕舞つた。太刀と槍との稽古が済めば、また弓の稽古、馬乗りの稽古をと強られるのだ。敵も無いのに此離島で、これだけ武芸を励まされるのは何のためだらう』 乙『平和の時に武を練るのが武術の奥義だ。サア戦争が勃発したからと云つて、俄に慌てたところが、何の役にも立たない。武士は国を護るものだ。常から武術の鍛練が必要だから、それで日々稽古をさせられるのだよ』 丙『かう毎日日日空は曇り、地は霧とも靄とも知れぬ物が立ち籠めて、一間先が碌々見えぬやうになつて来たのだから、此世の中が物騒で、安心して暮されぬやうになつたので、各自護身のために、大慈大悲の神様が武術を奨励なさるのだよ』 甲『三五教の教には……神は言霊をもつて言向け和すのであるから、武器をもつて征伐を行つたり、侵略したり、他の国を併呑するやうな体主霊従的の教でない。道義的に世界を統一するのだ……と仰せられて居るではないか、何を苦しむで武備を整へ、平地に浪を起すやうな事をなさるのだらう。まるでウラル教のやうぢやないか』 乙『さうだなア、三五教の教理とは名実相反して居るやり方だ。大声では言はれぬが、これや何でも深雪姫の神様に八岐の大蛇か、鬼が憑いて為せるのだらうよ』 丙『実際それだつたら我々は実に約らぬものだ。一生懸命骨身を砕くやうな辛い稽古をさせられて、天則違反の大罪を重ねるやうでは約らぬじやないか』 丁『神様が武を練り、数多の武器を蓄へ給ふのは変事に際して天下万民を救うためだよ。大慈大悲の神様が何しに好むで殺伐な修業を遊ばすものかい。悪魔は剣の威徳に恐れ、武術の徳によつて心を改め、善道に帰順するものだ。如何に善言美詞の言霊と雖も、曇り切つたる悪神の耳には入るものでない、そこで神様が大慈大悲心を発揮して、眼にものを見せて、改心させると云ふお経綸だ。素盞嗚命様は一寸見たところでは、実に恐ろしい、猛しい戦好きの神様のやうだが、決して殺伐な事はお好みにはならぬ。それ故に此世に愛想を尽かして、円満具足温和なる月の大神の世界へ帰り度いと云つて、日夜御歎き遊ばし、慈愛の涙に暮れて居られると、そこへ御父神が天よりお降りになつて、お前のやうな気の弱い事ではどうして此世が治まるか、勇気絶倫の汝を選むで、悪魔の蔓る海原の国を修理固成せよと命令を下してあるに、その女々しいやり方は怪しからぬ、と云つて大変に御立腹遊ばしたので、素盞嗚命様は、姉君の天照大神にお暇乞のために、高天原にお上りになつたと云ふ事だ。其御魂を受け継いだる珍の御子深雪姫様は、尚武勇健なる女神に在す故にまさかの時の用意に武を練つて居らるるのであらうよ。武術は決して折伏のためではない、摂受のためだ。悪魔を払ひ万民を救ふ真心から出でさせられた御神策に違ひないワ』 甲『お前はよく詳しい事を知つて居るなア、一体何処から来たのだ。此道場へ来てから未だ間もないに、武術は中々立派なものだなア』 丁『俺か、俺は元は百姓だ。御年村の虎公と云ふ男だよ』 甲『ヤア、お前があの名高い自称艮の金神だな、道理で大きな男だと思つたよ』 虎公『アア、確に夫とは分らぬが、何だか館は騒動がおつ始まつたやうだ。サア皆の連中、愚図々々しては居れない。早く館へ駆けつけよう』 と虎さまを先頭に一同は丘を下り、館を指して一散走りに駆けり行く。 (大正一一・三・一一旧二・一三加藤明子録)
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霊界物語 12_亥_天の岩戸開き 23 短兵急 第二三章短兵急〔五一九〕 一つ島なる深雪姫ケ館の高楼より、眼下の海面を見渡せば、幾百千とも限りなき軍船、魚鱗の備へ堂々として島を目蒐けて押寄せ来る物々しさ。唯事ならじと深雪姫は近侍の老臣高杉別を近く招き宣り玉ふ。 深雪姫『高杉別殿、妾は今此の高楼より海面を眺むれば、此方に向つて攻め来る数多の兵船ウラル彦の魔軍か、天教山に現れませる皇大神の神軍か、慥に見届け来られよ』 と下知すれば、高杉別は、 高杉別『委細承知仕りました。われは是より当山を下り、事の実否を糺した上直に報告仕るべし』 と云ふより早く馬に跨り、深雪ケ丘を浜辺に向つて戞々と下り行く。深雪姫は又もや大国別を近く招き、 深雪姫『アイヤ大国別殿、当山に攻め寄せ来る数多の軍勢唯事ならず。仮令ウラル彦の魔軍にもせよ、必ず武器を以て之に敵対すべからず、善言美詞の言霊を以て曲を言向け和すは神須佐之男の命の大御心、この館には数多の武器、兵士、充ち備へありと雖も、決して敵を殺戮する目的に非ず。天下の神人が心に潜む曲津軍を、剣の威徳に依つて怯ぢ怖れしめ帰順せしむるの神器なれば、弓は袋に、剣は鞘に納まり返つて、総ての敵に臨むべく部下の将卒にも此旨厳しく伝へられよ』 と言厳かに宣示された。 大国別『敵は雲霞の如く、当山に向つて攻め来り、島人を殺戮し、民家山林を焼き払ひ、火は炎々として最早館の間近く燃え寄せたり。日頃武術を鍛へたるは斯る時の用意ならめ。研き置いたる弓矢の手前、胆を練りたる将卒の今や武勇の現はれ時、この時を措いて何れの時か戦はむや。みすみす敵に焼き滅されむは心もとなし。神は至仁至愛に坐ませども時あつて折伏の利剣を用ひ給ふ。况んや、コーカス山に鎮まり給ふ、十握の宝剣の御魂の威徳に成り在せる貴神に於てをや。血迷ひ給ひしか、今一度反省されむ事を希ひ奉る』 深雪姫『剣は容易に用ふ可らず。剣は凶器なり。凶を以て凶に当り、暴を以て暴に報ゆるは普通人の行ふ手段、苟くも三五教を天下に宣伝する天使の身として、また宣伝使の職として、善言美詞の言霊を閑却し、武を以て武に当るは我が心の許さざる所、ただ何事も至仁至愛の神に任せよ。武を尚び雄健を尊重すると云ふは、構へなきの構へ、武器あつて武器を用ゐず、武器無くして武器を用ゐ、能く堪忍び、柔和を以て狂暴に勝ち、善を以て悪に対し、神を以て魔に対す、柔能く剛を制するは神軍の兵法、六韜三略の神策なり。汝此主旨を忘却する勿れ。吾はこれより奥殿に入り、大神の御前に神言を奏上し、寄せ来る敵を言向け和さむ。一兵一卒の端に至る迄、今日に限り武器を持たしむるべからず』 と宣示し、悠々として奥殿に入らむとなしたまふ。大国別は、深雪姫の袖を控へて、 大国別『まづまづ暫くお待ち下さいませ。追ひ追ひ近づく矢叫びの声、如何に善言美詞の神嘉言を以て言向け和さむとすればとて、暴力には及び難からむ。吾はこれより部下の将卒を励まし、寄せ来る敵を縦横無尽に斬り立て、薙払ひ、日頃鍛へし武勇を示さむ。此事計りは強つて御許し下さいませ』 と拳を握り身を震はし、雄健びしつつ願ひ居る。深雪姫は悠々迫らず、悠長なる音調にて、 深雪姫『神が表に現はれて善と悪とを立別ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 只何事も人の世は直日に見直せ聞き直せ 世の曲言は宣り直せ正義に刃向ふ剣なし 誠の力は世を救ふ神を力に三五の 神の教を杖として如何なる敵の来るとも 神の嘉言に言向けて敵を傷つく事勿れ 神は汝と倶にあり神は誠を立て徹す 誠で人を救ふべし今は身魂の試し時 心の持方一つにて善も忽ち悪となり 悪も忽ち善となる善悪正邪の分水嶺 天が下にはおしなべて敵も味方も無きものぞ 味方も時に敵となり敵も味方となり変る 只何事も人の世は神に任せよ悉く 心を焦ちて過失つな神は汝と倶に住む 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも此神島は焼けるとも 神は必ず吾々が赤き心を御覧し 安きに救ひ給ふべし誠一つの玉鉾に 寄せ来る敵を言向けて神の力を現はせよ 神の稜威を輝かせ』 と歌ひながら、奥殿に姿を隠させ玉ふ。 数万の軍勢は全島に火を放ち、折からの風に煽られて黒煙濛々として四辺を包み、数多の将卒は何れも雄猛びして、防戦の命の下るを今や遅しと固唾を呑むで控へゐる。 大国別は双手を組むで、青息吐息、如何はせむと思案に暮るる時しもあれ、駒の足音戞々と走せ帰りたる高杉別はヒラリと駒を飛び下りて、大国別の前に現はれ、 高杉別『ヤア大国別殿、貴神は何故防戦の用意をなさらぬか、敵は四方より数万騎を以て当山を囲み、山林に火を放ち既に当館も烏有に帰せむとする場合、何を躊躇さるるや』 と膝を叩いて呶鳴り付けたるにぞ、大国別は何の答もなく双手を組むだ儘俯むき涙さへ腮辺に伝ふるを見て取つた高杉別は悖かしげに、 高杉別『エイ、日頃の武勇にも似ず、千騎一騎の此の場合、敵の勢力に萎縮して、周章狼狽の余り、憂苦に沈む卑怯未練な貴神の振舞、最早斯くなる上は、貴神に相談するも何の益あらむや。吾れはこれより館の将卒を率ゐ、此処を先途と一戦を試み、勝敗を一時に決せむ』 と雄健びし乍ら、スタスタと此場を立つて表に出むとするを、大国別は言葉をかけ、 大国別『ヤア高杉別殿、貴下の御意見御尤も千万、吾れとても当館の主宰神、闇々敵の蹂躪に任せ袖手傍観するに忍びむや。さは然り乍ら、至仁至愛の大神が天下救済の御神慮は慎重に考慮せざる可からず。貴神暫く熟考せられよ』 高杉別『大国別殿の言葉とも覚えぬ。卑怯未練な陳弁、貴神は本島を守り給ふ深雪姫の神の宰神ならずや。斯かる卑怯未練の御心掛にて闇々敵に占領されなば、何を以て深雪姫の神に言解けあるか。アレアレ聞かれよ、山岳も轟く許りの敵の叫び声、到底貴神の賛成は覚束なければ、吾れは是より単独にて自由行動に出で、本島に攻め寄せ来たる雲霞の如き大軍を、日頃鍛へし武力を以て鏖殺せむ』 と勢込んで表をさして駆出す。 大国別『ヤアヤア高杉別殿、暫く暫くお待ちあれ』 高杉別『何ツ、此期に及むで暫時の猶予がならうか、勝てば官軍負くれば賊、大国別殿、拙者が武勇を御目に掛けむ』 と云ひ捨てて表門へと駈出だし、部下の将卒に向つて、戦闘準備を命令せむとする折しも、深雪ケ丘より帰り来れる手力男の神は此体を見て、 手力男『ヤア、大変に面白くなつて来ましたね。一つ敵軍の行列を緩りと、酒でも飲むで見物致しませうか』 高杉別『汝は、御年村の自称丑寅の金神手力男ではないか。かかる危急存亡の場合、何を悠々として気楽さうに構へて居らるるや。千騎一騎の此場合、防戦の用意をなされ』 手力男『アハヽヽヽ、ヤア面白い面白い、高杉別のその狼狽かた、イヤもう臍が宿換いたすワイ。アハヽヽヽ、マアマア緩り落着いて敵軍の襲撃を見てそれを肴に一杯やらうかい。ヤア誰も彼も酒だ酒だ、殺伐な剣や槍や弓の様な物は神様の鎮まり給ふ聖地に於て用ふる物ではない。武器は兇器だ』 高杉別はクワツと怒り、 高杉別『放縦無責任の汝の言葉、門出の血祭りにせむ』 と一刀を抜いて真向より斬りかかる。手力男神は、門柱をグツと引き抜き頭上高く振り翳し、高杉別を押へ付けた。 高杉別『ヤア、貴様は今まで忠実なる味方と見せかけて、内外相呼応して、此聖地を占領せむと計画しつつありし曲者ならむ。たとへ吾身は殺されて帰幽する共、我誠忠正義の霊魂は地上に留まり、汝が悪念を懲さで置くべきか』 手力男神『アハヽヽヽヽ、モシモシ高杉別殿、誤解されては困りますよ』 と云ひながら門柱をサツと取り除けた。高杉別はその刹那、飛鳥の如く飛びかかつて、 高杉別『反逆無道の曲者思ひ知れや』 と云つて、手力男の脇腹目蒐けて突きかかる。手力男はヒラリと体を躱したる途端に、高杉別は狙ひ外れて勢余り、七八間も前方にトントントントンと走つて抜刀の儘ピタリと倒れた。 黒煙は益々館を包み、風に煽られて全山樹木の焼ける音、攻め寄せ来る人馬の物音、刻々に近付高まり来たりぬ。 (大正一一・三・一一旧二・一三藤津久子録)
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霊界物語 12_亥_天の岩戸開き 24 言霊の徳 第二四章言霊の徳〔五二〇〕 手力男神は正門に現れ、儼然として敵軍の襲来を心待に待つて居る。 天菩比命は数多の軍勢を引連れ、軍卒は手に手に松明を持ち、四辺に火をつけ焼き滅ぼしつつ進み来る。後よりは一隊の軍勢、血刀を振つて登り来る。その光景恰も地獄道の如く思はれけり。 菩比命は門前に現れ、手力男神に向ひて、 菩比命『オー、汝は何神なるか、速須佐之男の悪逆無道なる邪神に従ふ曲津神、我は天教山に在します撞の御柱神の神命を奉じ、汝等を征伐せむが為に立向うたり。最早この嶋は殆ど焼き尽し、汝等が部下の将卒は、大半刃の錆と消え失せたれば、最早抵抗するの余力もなかるべし。イザ尋常に此門を開き降伏せよ』 と馬上に跨つた儘、威丈高に呼はり居る。手力男神は莞爾として、門を左右にサツと開き、 手力男神『サアサア、門は斯の如く開放致しました。何卒御自由に御這入り下さいませ。数多の軍卒等に於ても、嘸お疲れで御座いませう。是丈の嶋に火を放つて焼きなさるのも並大抵の御苦労では御座いますまい。御蔭でこの嶋を荒す猛獣毒蛇も殆ンど全滅致しました。お腹が空いたでせう、喉がお乾きでせう。此処に沢山の握り飯、酒も用意がして御座います。何万人のお方が御上り下さつても恥を掻きませぬ。どうぞ緩りと御上り下さいませ。その様に恐い顔をして、肩臂怒らし、固くなつて居られては御肩が凝りませう。我々は善言美詞の言霊を以て、直日に見直し宣り直す、神須佐之男大神の御神慮を奉戴するもの、決して決して酒にも飯にも毒などは入れて居りませぬ、御緩りとお召し上り下さいます様に』 菩比命『ヤアー、汝は百計尽き、毒を以て、我等を全滅せむとの巧であらう。その手は食はぬぞ』 手力男神『是は是は、迷惑千万。然らば手力男が御毒見を致しませう』 と云ひ乍ら、酒樽に柄杓を突き込み、掬うては二三杯グツと飲み、握り飯を矢庭に五つ六つ頬張つて見せた。 菩比命『然らば暫く休息いたす。今の間に館内の者共、城明渡しの準備を致せ』 手力男神『マアマア、さう厳しく仰せられるに及びませぬ。同じ天地の神の水火より生れた人間同志、心一つの持様で敵もなければ味方もない、何れも神の水火より生れた我々、天下の喜びも天下の悲しみも皆一蓮托生で厶る』 菩比命『汝はこの場に望んで気楽千万な事を申す奴、何か深い秘密が包まれてあるに相違なからう。左様な事に欺かるる菩火ではないぞ』 手力男神『手力男の秘密と申せば七十五声の言霊、美言美詞の神嘉言の威徳に依つて、天地清明国土安穏、病無く争ひ無く、天下太平にこの世を治める、言霊の秘密より外には何物も御座いませむ』 高杉別はこの場に立現れ、 高杉別『オー、手力男殿、唯今奥殿に進み入り、深雪姫の御前に致つて、御神慮を伺ひ奉るに、瑞の御霊の御仰せ、言霊を以て荒ぶる神を言向け和せとの御戒め。イヤハヤ貴神の遣り方には高杉別も感服致した。大国別様も貴神と同様の御意見で御座る』 手力男神『左様で御座らう。オー、菩比命様、斯の如く当館は表は武器を以て飾り、勇敢決死の武士も数多養ひ居れども、御覧の如く、貴神が獅子奮迅の勢を以て、血染焼尽しの攻撃軍に向ひ、悠揚せまらず御覧の如く、剣は鞘に弓は袋に納まり返つた此場の光景、刃に血塗らずして敵を喜ばせ、敵を味方と見做して取扱ふは、仁慈の神の思召よくよく大神の御誠意を御認識の上、撞の御柱の大神に具さに言上あらむ事を望みます』 菩比命『案に相違の貴神らの振舞、今まで逸り切つたる勇気も、何処やらへ消え失せた様な心地で御座る。ヤアヤア部下の将卒共、菩比命が命令だ、直ちに甲冑を脱ぎ捨て、武器を放し、この場に一同集まつて休息を致せ』 此一言に、逸り切つたる数多の将卒は、武装を解き、この場に喜々として現れ来り、酒に酔ひ握り飯に腹を膨らせ、歓喜を尽して踊り舞ひ修羅は忽ち天国と化したり。 この時深雪姫命は大国別に導かれ、門内の広庭に、数多の軍卒及び部下将卒の他愛もなく酒酌み交し喜び戯るる前に現れ、声も涼しく歌ひ始め賜ふ。 深雪姫『コーカス山に現れませる瑞の御霊の御言もて 御山を遠くサルヂニヤこの神嶋に現れて 世の有様を深雪姫八十の曲津の猛びをば 鎮めむ為に言霊の珍の息吹を放てども 曇り切つたる曲津見の服らふ由もなきままに 神の御霊の現れませる十握の剣を数多く 造りそなへて世を守る神の心は徒らに 剣を以て世を治め弓矢を以て曲神を 言向け和す為ならず心の霊を固めむと 玉の剣を打たせつつ神世を開く神業を 天教山に現れませる撞の御柱大神は いよいよ怪しと思召し深くも厭はせ嫌ひまし 菩比命に言任けて此処に攻め寄せ玉ひしは 我等が心を白波の瀬戸の海よりいや深く 疑ひ玉ふ験なり七十五声の言霊に 世の悉は何事も直日に見直し聞直し 言向和し宣り直す誠一つの一つ島 天の真名井にふり滌ぎさ嚼に嚼みて吹き棄つる 気吹の狭霧に生れたる我は多紀理の毘売神 心平に安らかに神須佐之男大神の 赤き心を真具さに天に帰りて大神の 命の前に逸早く宣らせたまへや菩比の神 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 君に対して村肝の穢き心あるべきか 天津御神も見そなはせ国津御神も知ろしめせ 空に輝く朝日子の日の出神の一つ火に 照して神が真心を高天原に細やかに 宣らせ玉へよ菩比の神善と悪とを立別ける 神が表に現れて疑ひ深き空蝉の 心の闇の岩屋戸を開かせ玉へスクスクに 唯何事も人の世は直日に見直し聞直し 宣り直しませ天津神御空も清く天照らす 皇大神の御前に謹み敬ひ畏こみて 猛く雄々しく現れし十握の剣は姫神の 神言の剣いと清く光り輝く神御霊 瑞の御霊を大神の御前に捧げ奉る』 と歌ひ了れば、菩比命は思ひ掛無きこの場の光景に力脱け、懺悔の念に堪へ兼て、さしもに猛き勇将も、涙に暮るる計りなりける。 忽ち天空を轟かし、この場に舞ひ降る巨大の火光、彼我両軍の頭上を、前後左右に音響をたてて廻転し始めたり。神々は一斉に天を仰ぎ、この光景を見詰めつつあつた。火光はたちまち変じて麗しき男神となり、空中に佇立して一同の頭上を瞰下し玉ひつつありき。 この神は伊弉諾命の珍の御子日の出神であつた。正邪善悪の証明の為に天教山より神勅を奉じて、降り玉うたのである。 忽ち白煙となつて中空に消え玉ひ、後は嚠喨たる音楽聞え、次第々々に音楽の音も遠くなり行きぬ。いよいよ菩比命の降臨によつて、須佐之男命の麗しき御心判明し、命は直に高天原に此由を復命さるる事とはなりける。 (大正一一・三・一一旧二・一三岩田久太郎録)
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霊界物語 12_亥_天の岩戸開き 26 秋月皎々 第二六章秋月皎々〔五二二〕 心も広き琵琶の湖中に漂ふ竹の島 神素盞嗚大神の瑞の御霊と現れませる 十握剣の分霊秋月姫の神司は 島の頂上を搗き固め珍の御舎千木高く 仕へ奉りて皇神の瑞の御霊を朝夕に 斎き奉らせ天地に塞がる四方の村雲を 払ひ清めて麗しき神の御稜威を照さむと 朝な夕なに真心を籠めて祈願の神嘉言 市杵嶋姫神司夜も呉竹の宮の奥に 天津祝詞の太祝詞宣らせ給へる折もあれ 眼下に響く鬨の声沖の嵐か波の音か 穏かならぬ物音と足もいそいそ高楼に 上りて真下を眺むれば思ひも掛けぬ戦士 雲霞の如く群がりて鋼鉄の鉾を打振りつ 島に住まへる百人を当るを幸ひ斬りまくる その勢に辟易し右往左往に逃げ惑ふ その惨状は中々に他所の見る目も憐れなり 処狭きまで茂りたる小笹の籔に火放てば 折から吹き来る潮風に火は煽られて濛々と 破竹の音も騒がしく宛然修羅の戦場と 忽ち変る神の島見るに忍びぬ次第なり。 秋月姫は立ち上り、 秋月姫『ヤアヤア、敵軍間近く押寄せたり。高倉別はあらざるか、竜山別は何処ぞ』 と呼はる声に、高倉別は目を擦り乍ら忽ちこの場に飛むで出で、 高倉別『只今お召しになつたのは何の御用で御座いますか』 秋月姫『汝高倉別、速に高楼に上り相図の鼓を打てよ』 ハツと答へて、高倉別は飛鳥の如く高楼目がけて馳上り、 高倉別『神聖無比のこの嶋に向つて攻め来る大軍は果して何者ぞ。ウラル姫の部下の魔軍か、但は天教山の神軍か。何は兎もあれ、防禦の用意』 と其儘ヒラリと一足飛び、 高倉別『ヤアヤア竜山別はあらざるか。敵軍間近く押寄せ来り乱暴狼藉、竹藪に火を放つて只一戦にこの神嶋を屠らむとする憎き計画と覚えたり。ヤアヤア諸人共、防禦の用意』 と呼はれば、竜山別は声に応じてこの場に現はれ来り、 竜山別『思ひ掛けなき敵の襲撃、敵は何者なるや、一先づ偵察仕らむ』 高倉別は早く行けよと下知すれば、ハイと答へて竜山別は、栗毛の馬に跨り、八十曲りの坂道を手綱を掻い繰り、シトシトと阪下さして進み行く。高倉別は館の内の人数を残らず招集めたるに、集まるもの男女合せて僅に四十八人。 高倉別『ヤア皆の者共、雲霞の如き大軍本島に攻め寄せたり。斯くなる上は衆寡敵せず、体を以て体に対し、力を以て力に対する時は勝敗已に明々白々たり。如かず、汝等は口を清め手を洗ひ、呉竹の宮の前に致つて恭しく神言を奏上し、宣伝歌を唱へて神の守護を受け、寄せ来る敵を言向け和せよ。我はこれより奥に進み秋月姫の御身の上を守護し奉らむ』 と言ひ捨て奥殿目がけて進み入る。一同は命の如く身体を清め呉竹の宮の前に端坐し声も朗かに天津祝詞を奏上したりける。秋月姫は高楼に登り、寄せ来る敵に打向ひ悠々迫らざる態度を以て声淑かに天津祝詞の神嘉言を奏上し、終つて天地に向ひ祈願の言葉を奏上し給ふ。 秋月姫『仰げば高し久方の天津御空を知食す 神伊邪那岐の大御神大海原を知食す 神伊邪那美の大御神神素盞嗚大神と 現れ出でませる大空の光も清き月照彦の 神の命や足真彦少名彦神、弘子彦の 神の霊の幸ひに醜の軍を言向けて この竹嶋に寄来る百の仇をば平けく いと安らけく鎮めませ十握の剣の威徳にて 勢猛り進みくる荒ぶる神も程々に 生言霊の御光に照し給ひて天が下 四方の国には仇もなく穢れも罪も枉事も 薙払へかし神の風神が表に現はれて 善と悪とを立別ける善を助けて悪神を 言向け和す神の道唯何事も人の世は 直日に見直し聞直し世の枉事は詔り直す 誠の神の在しまさば嶋に塞がる村雲を 霽して誠の日月を照させ給へ逸早く 此世を造りし大本の皇大神の御前に 畏み畏み祈ぎ奉る』 と歌ひ終り、高楼より降り来る折しも、高倉別は馬に跨り急ぎ館に立帰り、 高倉別『秋月姫神に申し上げます。当山の寄せ手はウラル彦、ウラル姫の魔軍ならむと思ひきや、撞の御柱大神の珍の御子なる五柱の一神、天津彦根神、鋼鉄の鉾を打揮ひ竹藪に火を放ち、狼狽へ騒いで逃げ廻る嶋人を一人々々引捕へ、見るも悲惨なその振舞、建物を破壊し生物を屠戮し乱暴狼藉至らざる無く、群がる数万の軍勢に対し、味方は僅に老若男女を合して四十余人、人盛なれば天に勝つとやら、もう斯うなる上は是非に及ばず潔く自刃を遂げ、名も無き敵の奴輩に殺されむは末代の恥、我より冥途の魁仕らむ』 と早くも両肌を脱ぎ、短刀を脇腹に突き立てむとする一刹那竜山別は、宙を飛むでこの場に現はれ来り、高倉別が短刀を矢庭に引奪り声を励まして、 竜山別『ヤア高倉別殿、貴神は尊き神に仕ふる神司、この場に及ンで神より受けし貴重なる生命を自ら捨てむとし給ふは何事ぞ。今の今迄全心全力をつくし、力およばずして後に運命を天に任さむのみ。是人を教ふる我々の採るべき道には非ざるか。少時思ひとどまり給へ。善悪邪正を鏡にかけし如く明知し給ふ誠の神はいかで吾等を捨て給はむや。自殺は罪悪中の罪悪なり。貴神は何故に斯かる危急の場合に臨みて神に祈願せざるや』 高倉別『アヽ貴神は竜山別殿、俄の敵の襲来に心も眩み一身の処置に迷ひ、神を忘れ道を忘れたるこそ我不覚、恥かしさの限りなれ。然らば仰せの如くこれより高楼に登り、天地の神に祈願を凝らさむ』 と悠々として高楼目がけて登り行く。 天津彦根神は数万の神軍を率ゐて勝に乗じ表門に迫り来たる。館の老若男女は悲鳴をあげて前後左右に逃げ廻るにぞ勝誇つたる神軍は潮の如くに門内に乱れ入る。奥殿の高楼には荘厳なる一絃琴の音爽かに天津祝詞の声清々しく響き居る。天津彦根神は祝詞の声に心和ぎ茫然として耳を傾け聞き入りぬ。暫くにして太刀、弓矢を大地に投げ付け両手を拍つて共に神言を奏上する急変の態度に数多の戦士は、大将軍のこの挙動に感染しけむ、何れも武器を捨て大地に端坐して両手を拍ち天津祝詞を声高々と奏上する。 時置師神、行平別神は宣伝歌を歌ひながら神軍の後方に立つて面白可笑くし手を振り足を轟かし歌ひ舞ふ。秋月姫は高倉別、竜山別を従へこの場に現はれ、長袖しとやかに、 秋月姫『とうとうたらりや、とうたらり、たらりやアたらり、とうたらり』 と扇を開いて地踏み鳴らし舞ひ狂ひ玉ふ。高倉別、竜山別を初め神軍の大将天津彦根命、時置師神、行平別神は中央に現はれ、秋月姫と諸共に手拍子足拍子を揃へ、敵味方の区別も忘れて狂ふが如く踊り廻る。 この時天上に群がれる黒雲は科戸の風に吹き散りて、天日の光晃々と輝き始め素盞嗚命の疑は全く晴れ渡つた。天津彦根神は喜び勇むで数多の将卒を引連れ、琵琶の湖を渡りて天教山に凱旋せり。後に残りし時置師神、行平別神は、或は殺され或は負傷に悩む嶋人に一々伊吹の狭霧を施し、死したる者を生かし傷つける者を癒やし、焼けたる林は天の数歌を歌ひ上げて再旧の如く青々と緑の山に化せしめける。 茲にまた高光彦の宣伝使は時置師神、行平別神と共に窃にこの嶋に現れ来り、森林の中に身を潜めて天の数歌を歌ひこの惨状を平和に治めたる勇神なり。秋月姫は高光彦と結婚の約を結び、永くこの島に留まりて神業に参加し給ひぬ。又、中の弟玉光彦は瀬戸の海の一つ島なる深雪姫を娶り、万寿山に立ち帰り父磐樟彦神の後継者となりて永遠に神業に参加し給ひけるとなむ。 (大正一一・三・一一旧二・一三北村隆光録)
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霊界物語 12_亥_天の岩戸開き 29 子生の誓 第二九章子生の誓〔五二五〕 そこで須佐之男命がお父さんの伊邪那岐命に申上げられましたのには、然らば私は根の堅洲国に参ります。併しそれにつきましては、高天原に坐す姉君の天照大御神に一度お暇乞ひを致して参り度と存じます。高天原に上りますと申されて、 『乃ち天に参上りますときに、山川悉く動み、国土皆震りき』 天にお上りになるといふ此天は大本で言へば高天原で、今日に譬へて見たならば国の政治の中心で現代日本の高天原は東京であります。神界にも政治の中心が高天原にあつたのは当然で御座います。そこでいよいよ高天原に上り給はむとするとき山も川も悉く動いた。国土皆震ひ出しました。即ち物質界の上にも精神界の上にも、大地震があつたのであります。併しこれは形容であつて、社会万民総てのものが今更のやうに驚き、国土の神々が一度に震駭した。今日の言葉で言へば内乱が起つたといふやうな意味で非常な騒ぎであります。須佐之男命がこれから根の堅洲国においでになるに就ては、今度お暇乞ひの為に高天原にお上りになるといふので、国中非常な大騒ぎで、終に騒乱が起つたのであります。一方天照大御神様は、今度須佐之男命が天に上るに就て、国中大騒ぎであるといふことを聞し召されて、大いにお驚きになつて、 『あが汝兄の命の上り来ます由は、必ず美しき心ならじ、我が国を奪はむと欲すにこそ』 と詔り給うて弟の須佐之男命が海原を治さずして、高天原に上つて来るといふことであるが、これは必ず美しい心ではなからう。我此主宰する所の高天原を占領に来るのであらうと仰せになつて、 『御髪を解き御美髪に纏かして』 男の髪のやうに結ひ直して大丈夫の装束をして数多の部下を整列せしめ、戦ひの用意をなさつたのであります。元来変性男子の霊性はお疑が深いもので、わしの国を奪りに来る、或は自分の自由にする心算であらう、斯う御心配になつたのであります。丁度これに似たことが、明治二十五年以来のお筆先に非常に沢山書いてあります。変性女子が高天原へ来て潰して了うと云つて、変性女子の行動に対して非常に圧迫を加へられる。また女子が大本全体を破壊して了うといふやうなことが、お筆先に現れて居ります。それで教主初め役員一同、教祖の教の通りに此皇国の為め、霊主体従の神教を説いて日夜務めて居るので御座いますが、併し大本教祖も変性男子の霊魂であつて矢張疑が深いといふ点もあります。天照大御神様は、疑ひ深くも弟の美しい心を、これは悪い心を以て来たのではあるまいかとお疑になつたのであります。教祖もさう云ふ工合に変性男子の神界の型が出来て居るのであります。さうして、 『左右の御美髪にも御鬘にも、左右の御手にも、各八坂の勾玉の五百津の御統真琉の珠を纏き持たして、背には千入の靱を負ひ』 矢筒や弓をお持ちになりて、 『伊都の竹鞆を取り佩して弓腹を振り立てて』 弓を一生懸命に、ギユツト満月の如く引き絞つて、 『堅庭は向股に踏みなづみ、沫雪なす蹶散かして、伊都の男健び踏み健びて待ち問ひ給はく』 男健びといふのは、角力取りが土俵に上つてドンドンと四股を踏んで、全身の勇気を出す有様であつて、弟が軍勢を引き連れて来たならば一撃の下に討ち亡ぼして了うて遣らうと、高天原の軍勢を御呼び集めになつたのであります。 如何にも女神の勇ましさと、偉い勢を形容してあります。弟の須佐之男命が上つて来るのは、高天原を攻め落さうと思つて来るのではないかと、非常に御心配になつてそれに対する用意をしてお待ちになつたのであります。今日世人や新聞雑誌記者や既成宗教家や学者などが、大本が何か妙なことを考へて居るのではあるまいかと、変な所へ気を廻して居るのと同じことであります。そこで、 『何故上来ませると問ひ給ひき』 汝は海原を治めて居ればよいのである。然るに今頃何が為めに高天原へ出て来たかとお問ひになつた。すると須佐之男命が答へられた。私が今来て見れば、大変な防備がしてある。大変な軍備がして有りますが、これは私に対する備へでせうが、私は決して然う云ふ穢い考へは持つて居りませぬ。ただ父君伊邪那岐命が何故その方は泣くかとお尋ねになりましたから、実状を申上げるのはどうも辛う御座いますし、親様に心配をかけるのは畏れ多いと思つて、私は母の国に参らうと思ひますと申し上げました所が、父の大御神は以ての外のお怒りで、此国を治めるだけの力無きものなら、勝手に行けと仰有つて、手足の爪を抜き、鬚をぬき、髪の毛を一本もないやうに、こんな風にせられました。で私はこれから母の国に参りますといふことを姉上に申上げに参つたのであります。然うしますると天照大御神様は、果して然らば、汝は何によつてその心の綺麗なことを証明するか、証拠を見せて貰ひ度いと仰せられた。そこで須佐之男命は、 『各誓ひて御子生まな』 誓ひといふことは、誓約のことであります。若しも私が悪かつたならば斯々、善かつたならば斯々といふ誓ひであります。 『故爾に各天の安河を中に置きて誓ふときに』 天の安河といふのは、非常に清浄な所を意味するのであります。総て河の流れのやうに、少しも滞らない留まらない所は綺麗であります。物を溜るといふことは腐敗を意味します。この綺麗な清らかな、公平無私な所を、天の安河といふのであります。それを真中にして、本当の公平無私なる鏡を茲に立てて、さうして両方から誓約をせられました。どう云ふ誓約であるかといふに、須佐之男命は十拳の剣を持つて居られた。剣といふものは男の魂であります。昔から我国では刀を武士の魂又は大和魂と申して居ります。女の魂は鏡であります。乃ちお前の魂である所の剣を渡せと天照大御神が仰せられたから、それをお渡しになると、天照大御神は三つに折つて、 『天の真名井に振り滌ぎてさ嚼みに嚼みて吹き棄つる気吹の狭霧に成りませる神の御名は』 第一番にお生れになつた神は多紀理姫命、次に市寸嶋比売命、次に多気津姫命の三女神で現に竹生嶋に祀つてあります。安芸の宮嶋に祀つてありますのは市杵島姫命であります。次に多紀理姫命、多岐津比売命、この三人の女神がお生れになつた。今度は須佐之男命、この神様は非常に怖い、絵で見る鐘馗さんみたいな暴悪無類の神様のやうに見える、おまけに剣まで佩ひて居られる、その剣をお調べになると、三人の綺麗な姫様がお生れになつて居るのである。この三女神は竹生島その他の神社に祀つてあります。三女神の神名を言霊上より解釈すれば『多紀理姫命は尚武勇健の神』『市寸島姫は稜威直進、正義純直の神』『多気津姫命は突進的勢力迅速の神様』で是が真正の瑞の御魂の霊性であります。この竹生島とは竹生と書きまして昔から武器の神様としてあります。即ち武器といふのは、竹が初まりであつて、先づ竹槍を造つた。そして竹で箭を造り、弓を拵へることを発明したといふやうな工合に、今の武器の初めは竹であつた故に武の字をタケと読むのであります。そこで今建速須佐之男命の持つて居られました剣、つまり須佐之男命様の御霊である所の刀からは三人の姫神がお生れになつた。刀を持つて居るから建速と申すとも言ひます。多紀理比売は手切姫で斬る。多岐都比売は手で突くといふ意味にもなります。伊突姫も突刺す意味である。すると槍とか剣とかは伊突き、手切り、手断突の働きになつて居ります。兎に角立派な綺麗な極従順な鏡の如き姫神様でありました。それで之れを瑞の霊とも、三人の瑞の霊[※御校正本・愛世版では「三人の瑞の霊」だが、校定版・八幡版では「三人の霊」に直している。]とも申します。三月三日の節句を女の節句として祝ひますのも然う云ふ所から出て居ります。それから今度は須佐之男命が天照大御神の御用ゐになつて居ります珠、平和の象徴たる所の飾りの八坂の勾瓊を御受けになつて、天の真名井の綺麗な水にお滌ぎになつて、 『さがみにかみて吹き棄つる気吹の狭霧に成りませる神の御名は』 玉と云ふものは元来清く美しい光り輝く真善美のものであつて、刀の如くに斬つたり突いたりするものではありませぬ。実に平和に見えるものであります。これは左とか右りとか沢山ありますけれども長くなりますから委しく申上げませぬ。而して気吹の狭霧になりませるとありますのは、此処はつまり鎮魂であります。初め先づ鎮魂して各自の霊を調べるのであります。吾々の静坐瞑目して致して居ります所の鎮魂と同じ意味であります。如何なる守護神が現はれてゐるか、霊魂の集中を審めて見るので御座います。そこでお生れになりましたのが、正勝吾勝勝速日天の忍穂耳命、不撓不屈勝利光栄の神、次に鎮魂してお生れになつたのが天の菩卑能命、血染焼尽の神。次が天津日子根の命、破壊屠戮の神。次に活津彦根命、打撃攻撃電撃の神。次が熊野久須毘命、両刃長剣の神。都合五柱の男の命がお生れになつたのであります。天照大御神は姿は女である。女の肉体をお有ちであつたので御座いますが、その霊は以上述べた如く実に勇壮無比の男神でありました。鎮魂の結果お生れ遊ばしたのは五柱の男の神様の霊性が現はれた、それで姿は女であつて男の御霊を備へて居られますから、天照大御神を変性男子と申し、厳の御魂と申し、須佐之男命は姿は男であつても女の霊をおもちであつたから変性女子と謂ひ瑞の御魂といふので御座います。而して前の三女の霊に対して、この五柱の命を五男の霊とも申します。之を仏教では八大竜王と唱へまして、京都の祇園では八王子というて御祭りになつて在ります。 茲で初めて須佐之男命は表面怖い暴逆な神様であるけれども実は極く優美しい、善い心の神様であるといふことが解り、これに引きかへ天照大御神は極くお優しい、鏡からぬけ出たやうな玲瓏たるお方でありますけれども、前の言霊解の如き御霊があつたのであります。 ここで一つよく考へなければならぬ事は天照大御神のお言葉に、 『言向け和はせ』 と書いてありますが、言葉を以て世界を治めよといふことになります。さうしますと天照大御神は外交の難しい事について御子孫にお示しになつたのでありまして、どこまでも此珠を以て充分に平和を旨として治めて行かなくてはいかぬといふ御心でありました。然るに須佐之男命は根の堅洲国へ行くについても、武備を非常に盛んにして軍艦を沢山に拵へ、大砲を沢山造るといふ、所謂武装的平和のお心である。斯う考へますと、今の外国の主義が須佐之男命のと同じである。体主霊従である。天照大御神は日本国になつて居るといつてもよいと思ひます。日本人の心の中には武備がある。大和魂がある。けれども表面には武装がないのである。いざといふ場合には稜威の雄健び、踏健びをしなくてはならぬがその間には常に極く平和に落着いて居る。然るに外国は始終刀を有てゐる。外に向つて十拳の剣を握つてゐるけれども、愈戦ふとなれば、あちらは三人の女の神様であるのに反して、表面弱い如くに見えても五人の男の神様の霊性が出て来るのである。この霊および身魂のことに就てはお筆先にも出て居ります。身魂の善悪を改めると申されてあります。 『是に天照大御神、須佐之男命に告り給はく』 後から生れた所の五柱の神はわしの有つて居る珠から出て来たものであるから自分の子である。所謂自分の魂から出た男神はみな自分の子である。それから先刻生れた姫御児はその種が汝が魂十拳の剣から出たのだからこれは汝の子であると仰有つた。これで身魂の立て分けが出来た。須佐之男命は変性女子で、天照大御神は変性男子であるといふことが明かになつた。所が須佐之男命は、姉天照大御神は今迄は私の心を疑うて御座つたが、これで私の清明潔白な事は証拠立てられた。私の心の綺麗な事は私の魂から生れた手弱女によつて解りませう。あの弱々しい女子では戦をする事は出来ますまい。斯う考へたならば最前あなたは、私が高天原を奪りに来たらうと仰られたがあれは間違ひでせう。私の言ふことが本当でせう。 『これによりて言さば自ら我勝ぬと言ひて、勝さびに天照大御神の営田の畔離ち、溝埋め、亦其の大嘗聞し召す殿に屎まり散らしき』 この言葉は少いけれども、この意味は、当時須佐之男命様にも尚ほ沢山の臣下が在つた。茲に須佐之男命に反対するものと、味方するものとが出来て来たので迷ひが起つたのであります。須佐之男命がお勝になつて、増長なさつたといふよりも寧ろ、私の綺麗な心は解つた筈である。然るに尚悪いと仰せになるのは心地が悪い、不快であるといふので終に自暴自棄に陥つたのであります。やけくそを起した結果が、田の畦を壊したり、溝を埋めたり、御食事をなさる所へ糞をやり散らして、いろいろ乱暴のあらむ限りを、須佐之男命に味方する系統の者が行つたのであります。天照大御神は此状態を御覧になり、弟は決してあの多量の糞をまいたりする筈はない、酒に酔つて何か吐いたのであらう。畔を離ちたり、溝を埋めるのは、丁度今でいふ耕地整理のやうなもので、いらぬ畔や溝を潰して沢山米が出来るようにする為めだらうと、所謂直日に見直し詔り直して、一切のことを総て善意に御解釈されて所謂詔り直し給うたのであります。何でも善い方に解して行けば波瀾は少いもので御座います。天照大御神も善意に解して居られましたけれども、御神意を悟らぬ神等の乱暴は愈長じて遣り方が余りに酷くなる。八百万の神様方がどうしてもお鎮まりがない。世の中が大騒ぎになつた。彼方でも此方でも暴動が起る。無茶苦茶な有様になつた。そのうちに、 『天照大御神、忌服屋に坐まして、神御衣織らしめ給ふときに、其の服屋の頂を穿ちて、天の斑馬を逆剥ぎに剥ぎて堕し入るるときに、天の御衣織女、見驚きて梭に陰上を衝きて死せき』 斯う云ふ事件が起つたので御座います。ここで機を織るといふことは、世界の経綸といふことであります。経と緯との仕組をして頂いて居つたのであります。すると此経綸を妨げた。天の斑馬暴れ馬の皮を逆剥にして、上からどつと放したので、機を織つて居た稚比売の命は大変に驚いた。驚いた途端に梭に秀処を刺し亡くなつてお了ひになつたのであります。さあ大変な騒動になつて来た。 (大正九・一〇・一五講演筆録) (大正一一・三・六旧二・八谷村真友再録)
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霊界物語 12_亥_天の岩戸開き 30 天の岩戸 第三〇章天の岩戸〔五二六〕 今迄耐へに耐へておいでになつた天照大御神は、余りの事に驚き且お怒り遊ばして是ではもう堪らぬといふので、天の岩屋戸を建てて直様その中にお入りになり、戸を堅く閉してお籠りになつて了つた。是も亦形容でありまして、小さく譬て見ますれば、この東京市は市長が治めて居る。然るに到底私の力では東京は治まらない、仕方がないと言つて辞職して了ふ。市役所に出て来ない様になる。一国に就て言へば総理大臣が私の力でこの国は治まらないからと言つて辞職して了ふ。一国にしても一市にしても、主宰者が居らぬでは外の者にはどうする事も出来ないと云ふ其人に辞職されて了うたなら其国なり其市なりはどうでせう。詰り此只今でいふ辞職といふのが、天の岩屋戸へ天照大御神がお籠りになつたと同じ様なことであります。 『即ち高天原皆暗く葦原の中津国悉に闇し』 真暗闇では何うしようにも方針がつかない、葦原の中津国の大政府が仆れた為に其所在地たる高天原を初め全国が火の消えたる如くになつて了つた。下の方の者では施政の方針は分らない。どうもかうも手のつけ様がない。 『茲に万の神のおとなひは、五月蠅なす皆湧き、万の妖悉に発りき』 今度はもう昼も夜もない真暗がりぢや。斯うなつて来ると世の中はどうなり行くか、丁度今日に就て考へて見ると面白い。政治は勿論教育も経済も、内治も外交も滅茶苦茶である。一切万事真暗がりの世になつてゐる。どこにどうしようにも見当がつかない。斯うなつて来ると、此に発して来るのは各階級の風俗の紊乱であります。不良人民が殖ゑ窃盗が横行し、強盗が顔を出す、神代に於ても、万の妖が総ての事に、彼方にも此方にも五月の蠅の如くに発生して来たのである。之を天の岩屋戸隠れと申すのでありますけれども、今日の世態を考へますと、恰も神代に於ける岩屋戸の閉てられた時と同じやうに思はれます。 『是を以て八百万の神』 はどうする事も出来ないから、 『天の安河原に神集ひに集ひて』 相談をなされた。之を高天原即ち天上の議場に集まつたのだと云ふ人もあります。平等なる神々様が、物を洗ふ、流すと云ふ意味の公平無私なる土地に集まつたのであります。安ということは安全と云ふことで、この安らかなる地点即ち風水火なり饑病戦なりその他総ての禍災を防ぐことの出来る、然も何等圧迫を被ることのない場所であります。さうしてこの清らかな場所へは、上下貴賤の区別なく総ての人々が、国を憂ひ、国家を救はなくてはならぬと云ふ、潔らかな精神を以て集まつて来たのであります。 『高御産巣日の神の御子、思兼の神に思はしめて』 この思兼の神は今日でいうと枢密院の議長といふ様な役目であります。一番思慮の深い人、さうして神の教を受けた人、この人に天の岩屋戸を開き天下を救ふべき方法を尋ねまして、その結果、 『常夜の長鳴鳥を集へて鳴かしめて』 常夜といふのは常闇の世の事であります。即ち永遠無窮に日月と共に、国事に就て憂ひ活動をして居る神、此等の神等を集めて泣かせるといふのは各自に意見を吐かせると云ふ事である。その結果、 『天の安の河の河上の天の堅石を取り、天の金山の鉄を取りて、鍛人、天津麻羅を求ぎて、伊斯許理度売の命に科せて鏡を作らしめ』 この堅い石を取るといふことは、皇化万世動かぬ岩に松といふ、天から下つた所の教を取るといふことである。天の金山の鉄を取るといふことはどちらもカネである。鍛人、これは鍛冶屋といふ意味でありますけれども、総て世を治めるに必要なる道具、一切の武器などを拵へたのであります。次に鏡を造らしめる。鏡は人物の反映である。霊能の反映である。故に歴代の天皇は之を御祀りになつて居る。鏡は皇室の宝物になつて居るのであります。鏡は神であります。さうして言霊であります。言霊七十五音を真澄の鏡と申します。三種の神器の一を八咫の鏡と申すのは即ち七十五声の言霊であります。それから言霊が日本人のは非常に円満清朗であるといふのは、是は日本の国に金の徳があるからであります。地の中に金といふものが多い、外国と違うて黄金の精が多い。故に日本人の音声は清いのであります。鳴物でも金が入つて居ると善い音が出ます。金の多いと云ふ事の為に天の金山の鉄を取りてと出て居るのであります。それから伊斯許理度売命に鏡を作らしめるとは、伊斯許理度売命の伊は発音であつて、斯許理といふのは熱中することで、一生懸命に国の為に奔走する神、さういふ神を寄せて言霊の鏡を作らせたのであります。次に、 『珠を作らしめ』 又 『天の香山の真男鹿』 の角を取つて占なはしめることになつた。天の香山といふのは鼻成山と云ふ意義で、神人を生かす山の事であります。此 『天の香山の真男鹿の肩を打抜きに抜きて』 さうして何ういふことをしたらよいか神勅を乞はれたのであります。今の神占は殆どそんなことはありませぬが、昔は鹿の骨を火に焼いて、その割目で吉凶を占うた。実際八百万の神が集まつて、種々雑多なことをして国の為めにどうしたらよいかと考へた。其中には易を見る神もあつたので御座います。易を見て方針を決めたり、其他いろいろに考へ、四方八方から考へて行つた結果、そこで初めて、岩屋戸を開くに就ては祭典をして天神地祇を祭らなくてはいかぬといふことに決つた。先づ、 『真賢木を、根抜に掘て、上枝に八咫の勾珠の、五百津の御統麻琉の玉を取り著け、中枝には、八咫鏡を取りかけ、下枝に、白丹寸手、青丹寸手を取り垂でて』 つまりこれは今日で言ふ神楽であります。伊勢神宮では昔から十二組の大神楽がありますが、これは岩屋戸開きの事をお示しになつて居るのであります。 前にも申上げましたやうに現代の世態を考へますると今日は所謂世界の大神楽を奏しなくてはならぬときであります。あのお神楽のときに出て参りまする翁獅子、あれは既に大きなおそろしい面をした獅子を被つて、刀を口にくはへ毛を下らして居る。この形は何であるか。眼は金、鼻の孔も金、歯も金、而も其口を動かして、本当に恐ろしいやうであるけれど、真中には人が入つて操つて居るばかりか、頭の方こそ立派だが後の方には尾も何もない。だんだらの条のやうなものが入つてゐる布に過ぎない。そこにも人が隠れて居て前の者と調子を合せて操つて居る。これが獅子舞の真相であります。所で今日の世界の外交術は皆この獅子舞であります。表面は非常に大きないはゆる獅子口を開けて、今にも噛みつきさうにして、怖ろしいやうであるが、中に入つて見ると、人が獅子の口を開けて舞うてゐるのである。ちやうど今日は神楽をあげてゐるのである。それから大神楽のときに芸人が鞠を上げたり、下したりする。これは霊の上り下りを示して居るのである。また一尺位の両端に布切れの付いた妙な棒のやうなものを上げたり下したりする。これは世の中の柱が、上のものは下敷となり下のものは上になりて行く、即ち立替をするといふことを示してあるのである。それから盆の上や傘の背に一文銭を転がせて一生懸命きりきり廻して居る。これは何をして居るのであるかといふと、今日の世の中は金融が逼迫して、一文の金も一生懸命に走り廻つてゐる。千円の財産でもつて一万円も二万円もの仕事をしてゐる。だから一朝経済界の変調が起るとポツツリ運転が止つて了ふ。そう云ふ工合に金融が切迫してゐると云ふ事を表してゐる。次に剣の舞をやつて居る。頭を地につけて反り身になつて一生懸命にやつてゐる。これはいはゆる危険な相互傷き倒れると云ふ戦争をして居る意味である。それから茶碗に水をつぎ込み長い細い竹の先にのせて、下から芸人がキリキリ廻して居る。あの通り危い。茶碗が落ちたらポカンと割れる。無論水はこぼれる。所が落ちないのはこのキリキリ廻して居る竹の所が要であるからで、すなはち要を握つて居るからであります。要と云ふものは中心である。いはゆる神であるからして引つくり覆らぬ。又おやまの道中と云ふ事をやりますが神楽が出来て、獅子舞姿でおやまの道中をして居る真似をする。ちやうど今日の世の中の様に男の頭の上に女が上つて居るやうな工合になつて居る。それから獅子の後持といふのがある。さうしておやまの道中には傘をさして妙な獅子舞を致しますが、今日の世の中に於きましても男が下になり女が上になつて之を使つてるのと同じ事でありますが、またこの獅子舞は達磨大師の真似をして見せる。足を下にして大の字になつたり、逆様にひつくり返つたりして見せる。上になつたり下になつたりキリキリ舞をしてゐる。後持が大の字になつて見せたり逆様になつて見せたりする。上のも大の字、中のも大の字、あとのも大の字逆様ぢやと申して一生懸命やつてゐる。一方では大神楽の親父と云ふのがあつて、片方で芸人の真似をしては邪魔をしたり、いらぬ口を叩いたりして、頭をポンと敲かれたり、突かれたりしてお客さまを笑はせる。笑はせる丈ならよいが大変な邪魔をする。この親父は唖や聾の真似をして舞もせずに邪魔をする。今日の世の中にもかう云ふ獅子舞の親父がゐる。元老とか何とか言うて、若い屈強盛りの者が一生懸命に芸当をやつてゐる所へ口嘴を出したり、邪魔をしたりする、時には頭をポンとやられる。さうして一番しまひに弐円なり五円なりの金をせしめる、芸をすませて、親父はアバババと言うて帰つてしまふ。このアバババは言霊から申しますと、総ての物の終り、大船が海上で沈没をした時や、開いた口が閉がらぬ様な困つて失望したとき、どうもこうも出来ぬやうな苦境に陥つてしまつたと云ふ時の表示であります。兎に角、今日の世の中は大神楽を廻して居る時であります。神代の岩戸開きの神楽と、今日の世の神楽とは余程変つて居りますけれども、その大精神に於ては同一であります。 神楽舞の時に囃子が太鼓を打つのは大砲や小銃弾や爆裂弾の響き渡る形容であり笛を吹くのはラツパを吹き立てる形容であり、銅鉢を左右の手に持つてチヤンチヤン鳴らし立てるのは、世界が両方に別れて互に打合ふといふ事の暗示であります。 そこで、 『天の宇受売命、天の香山の天の蘿を、手次に繋けて、天の真析を鬘として、天の香山の小竹葉を手草に結ひて、天の岩屋戸に空槽伏せて』 いろいろの葉を頭につけたり、葛を襷にかけたりして、岩屋戸の前へ行つて、起きたり逆様になつたり、足拍子を取つてどんどんどんどんやつた。 『踏み動響し、神懸して、胸乳を掻き出で、裳紐を陰上に押し垂れき』 岩屋戸を開く為に、宇受売の命が起きたり、逆様になつたり、一生懸命に神懸りをやつた。神懸りに就いてはここには省略する。これはその人一人の事ではありませぬ。宇受売と云ふのは、女の事を申しますが、俗に男女と言はれる女であつて、男のやうな強い人をオスメまたはオスシと言ひます。これは宇受売から初まつたのである。女は女らしくしなければならないので御座いますけれども、然し乍ら、天の岩屋戸の閉つたと言ふ様な国の大事の際には、女だとて女らしくして居られない場合があります。男も女も神様がなされました様に一生懸命になつて国事に奔走せなければならぬ。総て女と云ふ者は人の心を柔げる所の天職を有つて居ります。今誰も彼も、皆の者が岩戸開きの為に心配をしてゐる。顔をしかめて考へ込んでゐるその際に、宇受売命、すなはち男勝りの女が出て来て、とんだり、跳ねたり、腹匐うたり、面白い事をして見せたり、いはゆる国家的大活動をした為に、 『かれ高天原、動りて八百万の神、共に咲ひき』 一度にどつと笑つた。非常に元気づいて国家の一大難局を談笑快楽の中に治めて了つたのであります。現代に於ても女の方も活動して下されまして岩屋戸の開く様にせなければならぬと存じます。昔もさうでありました。 『ここに、天照大御神、怪しと思ほして、天の岩屋戸を細目に開きて、内より告り給へるは』 岩屋戸に隠れてゐられました大神様は、今私は岩屋戸に隠れて了つた以上は、葦原の中つ国も、天地も共に真闇になつて、さぞ神々は困つてゐるであらう、と思ふに何故か岩屋戸の外で、太鼓を打つ、鐘を叩く、笛を吹く、どんどん足拍子がする、宇受売の命が嬉しさうに噪ぐ、八百万の神たちが一緒になつてどつと笑ひ楽ぶ。余り不思議に思はれて中から仰せになつた。 『吾が隠れますに因りて、天の原自ら闇く、葦原の中津国も皆闇けむと思ふを、何故天宇受売は楽びし、亦八百万の神、諸々笑ふぞ』 何故そんなにをかしいか。すると天宇受売命が、 『汝が命に益りて、貴き神坐すが故に、歓咲ぎ楽ぶと申しき』 何でもその国に大国難が出来たときは皆なの顔色は変るものである。お筆先にも『信仰がないと正勝のときには大方顔色が土のやうになるぞよ』とあります。信仰が出来て神諭の精神が解り神の御心に叶へばやれ来たそれ来たと、勇むで大国難を談笑遊楽の間に処理する事が出来るのである。私は永年間御神諭を拝し、かつ御神意を少し許り了解さして頂いただけでも、心中平素に安く楽しき思ひに充ち、如何なる難事に出会しても左迄難事とも思はず、何事も神の思召と信じて、人力のあらむ限りを安々と尽さして頂いて居ります。凡て事業は大事業だとか、大難事だとか思ふやうでは、回天の神業は勤まらない。三千世界の立替立直しに対しても夫れが完成は浄瑠璃一切り稽古する位により思つて居らないのですから、実に平気の平左で日夜神業に面白く楽しく奉仕して居ります。然う云ふ工合に、総ての神様が信仰の下に、喜び勇んで元気よく活動されたのであります。それで何故、諸々笑ふぞとお尋ねになつた。そこで、あなたに優つた偉い神様がおいでになつたから喜び勇んで居りますと答へられた。 すでにその前に天の児屋根命、これは祭祀のことを掌つた神様、後には中臣となつて国政を料理した藤原家の先祖であります。この神様がその時天神地祇にお供へをしたり、太玉命が太玉串を奉つて神勅を受け、一方占の道によつて、万事万端、ちやんと手筈が整つてあつたので御座います。所へ案の如く天照大御神様は、 『愈奇しと思ほして』 そつと細目に戸をお開けになつた。するとそれがパツと鏡に映つたので、 『天の手力男神、其手を取りて引き出しまつりき』 其間に布刀玉命が注連縄をその後に引き渡して、此処より中にはもうお入り下さいますなと申した。これで天地は照明になつた。この鏡に天照大御神の御姿が映つたとありますのは、つまりは言霊で御座います。八咫の鏡は今は器物にして祀られて天照大御神の御神体でありますが、太古は七十五声の言霊であります。各々に七十五声を揃へて来た。すなはち八百万の誠の神たちがよつて来て言霊を上げたから岩屋戸が開いたのであります。天津神の霊をこめたる言霊によつて再び天上天下が明かになつたのであります。決して鏡に映つたから自分でのこのこ御出ましになつたと言ふやうな訳ではありませぬ。つまり献饌し祝詞を上げて鎮魂帰神の霊法に合致して、一つの大きな言霊と為して天照大御神を、見事言霊にお寄せになつたのであります。それから注連縄、これは七五三と書きます。その通り、この言霊と云ふものは総て七五三の波を打つて行くものであります。さうして注連縄を引き渡してもう一辺岩屋戸が開いた以上は、再び此が閉がらぬやうにと申上げた。 『かれ、天照大御神、出で坐せる時に、高天原も葦原の中津国も自ら照り明りき』 言霊の鏡に天照大御神の御姿が映つて、総ての災禍はなくなり、愈本当のみろくの世に岩屋戸が開いたのであります。そこで岩屋戸開きが立派に終つて、天地照明、万神自ら楽しむやうになつたけれども、今度は岩屋戸を閉めさせた発頭人をどうかしなければならぬ。天は賞罰を明かにすとは此処で御座います。が岩屋戸を閉めたものは三人や五人ではない、殆ど世界全体の神々が閉めるやうにしたのである。で岩屋戸が開いたときに、之を罰しないでは神の法に逆らふのである。併し罪するとすれば総ての者を罪しなければならぬ。総てのものを罰するとすれば、世界は潰れて了ふ。そこで一つの贖罪者を立てねばならぬ。総てのものの発頭人である、贖主である。仏教でも基督教でも斯う云ふので御座いますが、とにかく他の総ての罪ある神は自分等の不善なりし行動を顧みず、勿体なくも大神の珍の御子なる建速須佐之男命御一柱に罪を負はして、鬚を斬り、手足の爪をも抜き取りて根の堅洲国へ追ひ退けたのであります。要するに大本の教は変性男子と変性女子との徳を説くのであります。変性男子の役目と云ふものは総て世の中が治まつたならば余り六ケ敷い用は無い、統治さへ遊ばしたら良いのであります。之に反して変性女子の役はこの世の続く限り罪人の為めに何処までも犠牲になる所の役をせねばならぬので御座います。岩屋戸開きに就てはこれからさきに申し上げますと尚いろいろのことがありますけれども、今日はまづ岩屋戸が開いて結末がついた所まで申上げておきます。 (大正九・一〇・一五講演筆録) (大正一一・三・七旧二・九再録高熊山御入山二十五年記念日松村真澄谷村真友録) (昭和九・一二・九王仁校正)
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霊界物語 13_子_フサの国・半ダース宣伝使 19 馳走の幕 第一九章馳走の幕〔五四五〕 音彦、亀彦、駒彦の三人は、出雲姫に誘はれ、足を早めて漸くタカオ山脈のコシの峠の麓に着いた。此処には巨大にして平面なる数個の岩石があり、峠の両側に竝立して居る。日の出別命を初め、鷹彦、岩彦、梅彦はその中の最も巨大なる岩の上に、足を延ばして寝転び休らい居る。 出雲姫『音彦様、その他の方々、サゾお疲労でせう。これがコシの峠の登り口で御座います。日の出別の宣伝使一行は、今お睡眠中ですから、お目の覚める迄、静かに此処で、あなた方も足を延ばして御休息下さいませ。妾は少しく神界の御用の都合に依りて、一足お先へ参ります。また後ほどフサの都でお目にかかる事に致しませう』 と言ひ遺し、足早に峠を登り行くその早さ、 音彦『ヤアナンダ、折角美人の道連が出来たと思へば、コンナ処でアリヨウスを喰はされて、奴拍子の抜けた事だ。天の磐船から何時の間にか、吾々三人を墜落させよつた腹癒せに、日の出別を初め一行の連中に対し、報復手段を、講究せなくてはならうまい』 亀彦『ヤア幸ひ羽の無い磐船の上に、四人がゴロリとやつて居るのだから、ナントか一つ嚇かしてやらうかなア』 駒彦『コラ措け措け、日の出別の宣伝使は、神変不可思議の神徳を所持して居るから、反対に吾々がやられるかも知れやしない。先づおとなしくして下から出て、マ一度ご保護を受ける方が、賢明な行方だよ』 音彦『それでもあまり吾々を馬鹿にしよつたから、何とかして、吃驚をさしてやらねば虫が得心せぬぢやないか』 亀彦『貴様は三五教の宣伝使ぢやないか。宣伝使が未だソンナ卑劣な根性を保留して居るのか』 音彦『アハヽヽヽ、亀公、貴様は馬鹿正直な奴だ。誰がソンナ心を持つて居るものか、あまり嬉しいから、一寸貴様がどう云ふか心を曳いて見たのだ。神はトコトンまで気を引くぞよ、改心致されよ、改心ほど結構な事はないぞよ』 亀彦『アハヽヽヽ、何を吐しよるのだ』 音彦『岩に松の堅い神代が造られて、日の出の守護と致すぞよ』 駒彦『岩の上に、日の出別命が寝て居るぢやないか、もはや松の世は建設されたやうなものだよ』 音彦『巌に松が生えて、日の出の守護になるといふ瑞祥だ。どうぞ日の出別神様は、これなりに眼を覚さず、蒲鉾板の様に岩を背中に負うて、何時までも竪磐常磐に御守護して下さらば、世界の人民が勇んで暮す五六七の世になるけれどなア。ワツハヽヽヽ』 駒彦『岩の上に岩公が、フンゾリ返り、鷹公が高鼾をかき、梅公がウメイ塩梅で、スウスウとスウさうな鼻息をして睡眠んで居ると云ふのも、神代の出現する瑞祥だアハヽヽヽ』 音彦『そこへお出になつたのが音サンだ。コンナ結構な神徳は、亀の齢の亀サンぢやないが、千年も万年も御神徳を音サン様にして、身魂を研くと云ふ前兆だ。困つたのは駒公だ………イヤ困るのは駒サン計りでない、ウラル教の守護神、八頭八尾の大蛇と、金毛九尾のコンコンサンだ………』 駒彦『馬鹿にするない、俺計り継児扱ひにしよつて………コシの峠を越すのは、駒サンの御用だ、何程足が痛いと云つても、駒サンがヒーンヒンヒンと、一つ鼻息を荒くし足掻を行つたら、スツテントーと、大地へ空中滑走の曲芸を演じ、この深い谷底へ着陸し、プロペラを粉砕して、吠面をかわかねばならぬのは、今に一目瞭然だよ』 音彦『峠に掛つたから、駒サンが敵愾心を起し、奮闘する様に、一寸駒に鞭つて見たのだ。決して悪い気で云つたのぢやない。神直日大直日に見直し聞直し、凡ての事を善意に解釈するのだ。痩馬の様に、営養不良神経過敏な面をして居るから、一つ春駒の勇むやうにヒントを与へたのだよ』 駒彦『何を吐しよるのだい。貴様等の盲目漢が、吾々の人格をヒントする資格が有るかい。屁なつと喰うとけ………駒サンの尻からヘイヘイハイハイと云つて、ドウドウ(同道)すれば良いのだ。アハヽヽヽ』 音彦『音高し音高し。折角日の出別命が、積日の疲労を休養して御座るのに、お眼を覚しては済まないぞ。チット音なしくせぬかい。貴様は人情を解せない奴だよ』 駒彦『どうぞ音なしく、この場の結末は音便に願ひます。それにしても日の出別命様は、特別待遇として、岩公の奴、ナントか一つ悪戯をやらないと景物がないぢやないか』 岩彦『古池に飛込んで、脂を取られた音公、化玉に出会つて、魂をひしがれた駒公、亀公未だ改心が貴様は出来ぬか』 音、亀、駒一時に、 音、亀、駒『ヤー此奴あ狸寝をやつて居よつたな、油断のならぬ奴だ。これだから現代の人間は油断が出来ぬと云ふのだ。岩公の寝の悪さ、見られた態ぢやないワ。一方の目を塞ぎよつて、一方の眼を猟師が兎でも狙ふ様に、クルリと開けて眠てる奴は、どうせ碌な奴ではない。此奴は横死の相がある、可哀相なものだ。寝る時にはグツタリと寝、起きる時には潔く起きて活動するのが人間の本分だ。こいちや因果者だから、半分寝て半分の目は起きて居やがる』 駒彦『定つた事よ、右の眼はウラル教、左の眼は三五教だ。まだ守護神が改心せぬと見えてウラめし相に、片一方の目は団栗の様な恰好して睨んでけつかるのだ。………オイ岩公、良い加減に起きぬかい』 岩彦『グウグウ…………』 音彦『ヤアナンだ。寝言ぬかしてけつかつたのだナア。それにしても、目を開けて寝る奴は厭らしいぢやないか』 亀彦『さうだ、本当に厭らしい。どうぢや、片一方の目を剔出してやつたら本当に改心するかも知れないぞ。三五教の北光神の様に「あゝ有難い神様、私はまだ一つの目を与へて貰ひました」ナンて言ひよれば、本当に改心をしてるのだが………一つ改心の有無を試験してやらうか』 駒彦『ソンナ事をしたら、日の出別命様にお目玉を頂戴するぞ』 音彦『お目玉を一つ頂戴すれば返してやれば良いのぢやないか。三人が一つ宛貰つたら、まだ二つ余るといふ勘定だ。アハヽヽヽ、………オイどこぞ其処らに竹片でもないか、一寸探して来い』 駒彦『岩公の目は岩目と書く。眼目を無くしては宣伝使が勤まろまい』 音彦『ナニ所存の片目ぢや。岩の信仰を岩の如く片目と云ふ洒落だ』 亀彦『目惑千万な事だ。どれ、其処らにないか探して来てやらうか。併し夫れ迄に緊急動議がある』 駒彦『緊急動議とは何だ』 亀彦『北光神は、覚醒状態で目を突かれたのだ。岩の上に端座して、三五教の教理を説いて居る時に突かねば、騙討は卑怯だぞ。寝鳥を締める様な悪逆無道は、宣伝使の為すべき事ではあるまいぞ』 音彦『そらさうだ、一つ起してやらうかい』 と云ひ乍ら、岩公の足をグイグイと引つ張る。 岩彦『ダダ誰だ、俺の足をひつぱる奴は、大方音公だらう。北光神の様に片目にしてやらうかい、ナア音公、グウグウムニヤムニヤ』 音彦『ヤア怪体な奴ぢや、やつぱり此奴は半眠半醍状態だ。自己催眠術にかかりよつて幻覚でも起して居ると見えるワイ』 鷹彦『アハヽヽヽヽ』 梅彦『ウフヽヽヽヽ』 亀彦『ヤア一時に覚醒状態になりよつたなア』 鷹彦『オイ貴様等三人は、何処を間誤ついて居つたのだ。貴様等の顔はなんだ、蜘蛛の巣だらけぢやないか。いつ手水を使うたか分らぬ様な面付しよつて、その態は一体どうしたのだ』 音彦『曖昧濛糊として訳が分らぬやうになつて来たワイ』 鷹彦『狸穴にひつぱり込まれよつて、ナニ今頃に寝言を云つてるのだ。此処はどこだと思つてるツ』 音彦『どこだつて、此処ぢやと思つてるのだ』 鷹彦『此処は定つてる、地名は何だ』 音彦『知名の士は、鷹公、梅公、岩公、日の出別の宣伝使だ』 鷹彦『馬鹿、所の名は何処だと云うのだ』 音彦『所の名は、やつぱり所だ』 鷹彦『今は何時ぢやと思つとる』 音彦『定つた事だ、昨日の今頃とは、言ふ間丈遅いのだ』 鷹彦『オイ岩公、起ぬか起ぬか、三人の奴、ド狸に魅まれて来よつて、蜘蛛の巣だらけになつて、催眠術にかかつた様な事をほざきよるのだ。一寸やそつとに、覚醒する予算がつかぬ、強度の催眠状態だから。一つ貴様と協力して片一方の目を剔つてやつたら、チツとは気が付くだらう』 岩彦『そら面白からう。吾輩の目の玉を抜いてやるなんて、明盲奴が最前から岩上会議をやつて居よつたのだ。オイ音公、亀公、駒公、目を出せツ』 音彦『この頃は春先で、何処の草木も沢山に芽を出して居るワイ。ナンダか頭がポカポカして来だした。アハヽヽ』 鷹公は三人の前にスツと立ち、プウプウプウと霧水を、面上目がけて吹きかけた。三人は初めて吃驚し、 三人『ヤア此処はどこだ。岩窟の中ぢやないか』 とキヨロキヨロ見廻す。琵琶の声は幽かに聞えて、奥の方より玉の中から現はれた美人の顔に酷似の主が琵琶を抱へ乍ら、ニコニコとして現はれて来た。三人は附近をキヨロキヨロ見廻せば、日の出別の宣伝使の姿も、その他三人の影も、巌も何も無い。以前の石畳をもつて繞らしたる岩窟内の女神の屋敷であつた。 音彦『ヤア夢とも現とも何とも訳が分らぬぢやないか。やつぱり醜の岩窟だけの特色が有るワイ』 三人は目を見張り、首を傾けて怪訝の念に打たれ、両手を組み、青息吐息の態にて、一言も発せず、沈黙を続けて居る。琵琶を抱へた美人は、しとやかに襠姿の儘、三人の前に静かに座を占め、 美人『コレハコレハ三人の宣伝使様、能くも妾が茅屋を御訪問下さいました、嘸々お腹が空いたで御座いませう。蜥蜴の吸物に百足のおひたし、蛙の膾に蛇の蒲焼、お口に合ひますまいが、ゆるりとお食り下さいませ。コレコレ松や、春や、お客様に御膳を持つて来るのだよ』 音彦『イヤー、モシモシ滅相な。蜥蜴や百足、蛙、蛇、ソンナ御馳走を頂戴いたしましては、冥加に尽きまする。どうぞ御構ひ下さいますな』 美人『オホヽヽヽヽ、お嫌ひとあれば仕方が御座いませぬ。然らばなめくぢのつくり身に、蚯蚓の饂飩でも如何で御座いませう』 音彦『イヤ、コレハコレハ一向不調法で御座います。どうぞ御心配下さいますな。このお宅は何時もさういふ物を召しあがるのですかなア』 美人『ホヽヽヽヽ、妾は蛙が大好物ですよ』 音彦『オイオイ亀公、駒公、どうやら此奴ア怪しいぞ。ノロノロと違うか』 美人『ホヽヽヽヽ、妾の夫は蟒の野呂公と申します』 音彦『ヤア失敗つた、野呂公の奴、到頭計略にかけよつて、コンナ岩窟の中へ引つ張り込みよつたのだらう、油断の出来ぬ奴だ。斯う立派な邸宅と見えて居るが、どうやら、フル野ケ原の草茫々と生えたシクシク原ではあるまいかな。オイ亀公、駒公、一寸そこらを撫でて見よ、立派な座敷の様なが、ヒヨツとしたら芝ツ原かも知れぬぞ』 美人『イヤお三人のお方、御心配下さいますな。………あなた方は醜の岩窟の探検はどうなさいました』 音彦『醜の岩窟の、いま探険最中だ。岩窟の中かと思へば、野ツ原のやうでもあり、野原かと思へば、岩窟の中でもあり、何が何だか、一向合点が承知仕らぬワイ。ナンでも貴様は大化物に相違ない。もう斯うなつた以上は、ウラル教の地金を現はし、双刃の劔の刄の続く限り、斬つて斬つて切りまくり、荒れて荒れて暴れ廻り、汝等が化物の正体を、天日に曝して、天下の禍を断つてやるから、覚悟を致せ』 美人『ホヽヽヽヽ、あのマア音サンの気張り様、苧殻に固糊をつけたやうな腕を振りまはして力味シヤンス事ワイナ。肝腎の身魂も研けずに、腹の中に………イヤイヤ腹の岩窟に、沢山の曲津を棲息させて、足許の掃除もせずに、おほけなくも、醜の岩窟の悪魔退治とお出掛なさつた、心根がいじらしう御座ンす。ホヽヽヽヽ』 亀彦『エー言はして置けば、ベラベラ能う囀る野呂蛇奴が、人を馬鹿にするな。一寸の虫にも五分の魂だ。一寸刻の五分試し、思ひ知れよ』 と双刃の劔に手をかけて立上らむとし、 亀彦『アイタヽヽヽ、ナンダ、床板が足に固着して了つた』 美人『亀サン、それはお気の毒さま、床板に足が固着しましたか。コチヤ苦にならぬ、コチヤ構やせぬ。ホヽヽヽヽ』 亀彦『エーもう斯うなる上は、破れかぶれだ。覚悟を致せ。オイ駒公、しつかりせぬかい。この阿魔女を、俺に代つてブスリとやるのだ』 駒彦『八釜しう云ふない、俺の身体は、信神堅固なものだ。首から下は斯ういふ場合に天然的にビクとも動かぬ一大特性を、完全に具備して御座るのだよ』 亀彦『何減らず口を吐しよるのだ。貴様は身体強直したな』 駒彦『吾輩の身心は鞏固不抜なものだ、ビクとも致さぬ某だ』 亀彦『ヤイ音公、貴様なにマゴマゴしてるのだ。二人の敵を討たぬかい』 音彦『敵を討てと云つたつて、堅木所か、松の木も、杉の木も生えて居ないぢやないか。難きを避けて易きに就くが処世の要点だよ』 美人『ホヽヽヽヽ、モシモシお三人様、あなた様は三五教の宣伝使丈あつて、随分お堅いお方、あなたの肝腎の霊も、霊肉一致して堅くなつて下さらむ事を希望いたします』 亀彦『エー放つときやがれ。オーさうだ、良い事を思ひ出した、神言だ。悪魔調伏の唯一の武器を所持して居るこの方を、ナント心得とる。サアこれから言霊の乱射だぞ。生命の惜い奴は、一時も早く逃げたがよからうぞ』 美人『ホヽヽヽヽ、あなたの言霊は、三味線玉ですよ。ソンナボンボン三味線でも、神力が現はれますかな』 亀彦『エー八釜しいワー、最前も貴様の宅の石門を開いた、現実的経験があるのだ。吾輩の言霊を敬虔の態度を以て、経験の為に聴聞を致せ』 美人『オホヽヽヽ、どうぞ聴聞さして下さいませ。妾が為に頂門の一針、あなたの為にも前門の狼後門の虎、随分御用心なされませや』 亀彦『エー人を馬鹿にして居よる、………オイ音サン、駒サン、言霊の一斉射撃だ。鶴翼の陣を張つて、一声天地を震憾し、一音風雨雷霆を叱咤する、無限絶対力の天津祝詞の太祝詞、善言美詞の言霊の発射だよ』 音彦『タ、タ、カ、カ、タカ、ヒ、ヒ、ヒ、コ、ニ、ホ、ホカサレ、ヒ、ヒノデノ、ワケニ、ス、ステラレ…………』 亀彦『オイ音公、何を吐しよるのだ、「高天原」を言ふのだぞ』 音彦『ナンだか知らないが、自然的に脱線するのだ』 美人『ホヽヽヽヽ、モシモシ音サン、亀サン、駒サン、あなた方は何がお商売で御座いますか』 音彦『いまさら尋ねるに及ばぬ、勿体なくも、三五教の宣伝使の御一行だ。この方の被面布が目に着かぬか、盲女奴』 美人『被面布は、どこに御所持で御座います、お頭にも懸つて居らぬ様ですが』 音公は頭へ手をあげて見て、 音彦『ヤア何時の間にか消滅して了ひよつた。………オイ亀公、駒公、貴様等の被面布はどうした』 亀、駒『ヤア吾々も何時の間にか、過激な労働をしたので、磨滅して了つたらしいワイ』 美人『ホヽヽヽそれでは、三五教の宣伝使も被免になりませう。お気の毒さま』 音彦『エーけつたいの悪い、一体此処はどこだ。モウ吾輩も兜を脱ぐから、魔性の女、斯う五里霧中に彷徨つては仕方がない。頭からカブリなと呑みなと、勝手にせい。俺の身体は全部貴様に任した、エー棄鉢だツ』 美人『ヤア三人のお方、そこまで行つたら、あなたの臍下丹田も、岩戸が開けました、能う改心して下さいました。此処はフル野ケ原の醜の岩窟の中心点、木花咲耶姫命が経綸の聖場、高照姫神の堅磐常磐に鎮まり給ふ岩窟第一の珍の御舎で御座います。サアサアこれから妾が先達となつて、この岩窟の探険を首尾能く終了させませう。決して執着心を、又もや持たぬ様に、今の心になつて神業に参加して下さい。この先種々の怪物が現はれても、必ず御心配なされますな。生命を棄てると云ふ御考へならば、ドンナ難関でも、無事に通過が出来ますから………サア斯う定つた以上は、一時も早く当館を御出立遊ばして、醜の岩窟の修業場を巡回して下さい。何れ日の出別の宣伝使にも、その他の方々にも、この岩窟内で御対面が出来ませう、左様なら』 と徐々と襖を開いて奥の間に姿を隠したりける。 音彦『アヽ随分吾々の身魂は、種々の残滓物が蓄積してると見えて、散々な目に会はされたが、何だか生れ変つた様な心持になつた。気分も晴々として来た、サア是から醜の岩窟の探険だ。あまり日の出別の宣伝使を依頼にするものだから、妙な幻覚を起したり、迷うたのだ。改めて神言を奏上し、岩窟の探険と出掛ることとしようかい』 亀、駒『左様で御座います。結構さまで御座います。謹んでお伴を致しませう』 音彦『アヽあなた方も、是で善言美詞の言霊が使へる様になつて来ました、私もどうぞあなた方のお力を借つて、共に岩窟の修業をさして頂きませう。サア皆さま参りませう』 と今までの野卑な言葉を改め、心より清々として、三人は岩窟の探険に出かける事となりける。 (大正一一・三・二一旧二・二三松村真澄録)
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霊界物語 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) 08 泥の川 第八章泥の川〔五五八〕 果しも知れぬ枯野原、神の恵も嵐吹く、濁り切りたる川の辺に、二人は漸く着きにける。 弥『ヤ、何だい、又もや幽界へ逆転旅行だな、オウ此処は三途の川だ。勝公、ナンデもこの辺に俺のなじみの頗る別嬪が、楽隠居をやつて居る筈だがナア』 勝『弥次彦サン、此処はどうやら娑婆気の離れた処のやうですなア、小鹿峠を暴風に梳づり、突貫の最中何だか気が変になつたと思つたが最後、局面忽ち一変して草茫々たる枯野原になつて居る、別に飛行機に乗つた覚えもないのに、何時の間にコンナ処に来ただらう、哲学者たら云ふ奴の好く云ふ夢中遊行でも遣つたのぢやあるまいか。誰か催眠術の上手な奴を連れて来て、早く覚醒でもさして呉れないと、まかり間違へば幽界旅行となるかも知れないなア』 弥『知れないも何もあつたものか、正に幽界旅行だ、此処は三途の川の渡場だよ』 勝『それにしては、婆アが居らぬじやないか』 弥『この頃は物価騰貴で収支償はぬと見えて、廃業しよつたのだらうよ、それよりもマア俺の昔なじみの別嬪が囲つて在るのだ、それに面会さして遣らうかい』 勝『貴様は何処までも弥次式だな、処もあらうに怪態の悪い、三途の川の傍に妾宅を構へると云ふ事があるものかい』 弥『それでも向ふが妾宅したのだから仕方がないさ。新月の眉濃やかに、緑したたる眼の光り、鼻の恰好から口の恰好、ホンノリとした桃色の頬、それはそれは何ともかとも云へぬ逸品だよ』 勝『ヨウ、ソンナ逸品があるのか、俺にもいつぴん見せて呉れぬかい』 弥『洒落ない、これから千騎一騎だよ、青、黒、赤、白、橄欖、種々雑多の百鬼千鬼万鬼と格闘をせなければならないのだ。アハヽヽヽヽ』 勝『何者が現はれ来るとも、神変不可思議の言霊の武器を使用すれば大丈夫だ、夫よりも早くその逸品とやらを、御高覧に供へ奉らぬかい』 弥『よしよし驚くな、随分別嬪だぞ、一度お顔を拝んだが最後、万劫末代五六七の代までも忘れることの出来ないやうな、すごい様な恐ろしい別嬪だ。一寸俺に随いて来い、それ其処に見越しの松といふ小ちんまりとした、妾宅があると思つたのは夢だ、茅葺の雪隠小屋のやうな中に、今頃はビイビイチヨンだ』 勝『怪体な言を云ふぢやないか、何がビイビイチヨンだい』 弥次彦は藁小屋の戸の隙より一寸覗いて、 弥『ヤー御機嫌だなア、また遣つて来ました、オツトドツコイ女房の脱衣場のお婆アサン、二世の夫天下一品の色黒い男、弥次彦サンだ、早う戸を開けぬかい』 藁小屋の中より、 婆『エーエーまた来たのか、よう踏み迷ふて来る餓鬼だな、この川は一遍渡つたら渡る事の出来ぬ三途の川だのに、何しに娑婆から冥土に踏み迷ふて来るのだい、娑婆の幽霊奴が』 弥『コラコラ夫婦と云ふものは、ソンナ水臭いものぢやないぞ、三途の川と云ふからは三度までは、渡るのは当り前だ。飯でも一日に三度は食はねばその日が暮れぬのだ、娑婆の幽霊とはそれや何をぬかしよるのだい』 婆『お前は娑婆の幽霊だよ、幽霊会社に首を突き出したり、幽霊株を振り廻したり、これやちつと有利得の株だと云へば、欲の皮を突つ張つて、身魂を汚し、女房子供に苦労をさせ、世間の奴に迷惑をかけ、どうして娑婆に立つて行けやうかなぞと、腰から足の無い奴の様に、藻掻きよつて宙ぶらりの影の薄い代物だ。娑婆の幽霊と云ふたのが何が不思議だい。幽冥界には貴様のやうな亡者は一人も居らないぞ、学亡者の親方奴が』 弥『コリヤ婆ア、それや何ぬかしよるのだ、女房が老爺をぼろ糞に言ふと云ふ事があるものか、貞操と云ふ事を知つて居るか、不貞腐れ婆奴が』 婆『不貞腐とは何だ、女ばかりが不貞腐れぢやない、男の奴にも沢山不貞腐れがあるぢやないか。貴様は何だ、娑婆に居つて彼方へ小便ひつかけ、此方へ糞をひつかけ、隣の嬶をチョロマカシ、近所の娘を誑かし、嬶アが古くなつたと云つては、博労が馬か牛を入れ替する様に、人間を畜生か機械の様な扱をしよつて、不貞腐れの張本奴が。この婆は斯う見えても地獄開設以来、この川端で規則を守つて職務忠実に勤めて居るのぢや、貴様のやうに月給が高いの安いの、此処は辛度いの楽だのと、猫の目のやうにクレクレと変りよつて落着きのない我楽多人間とは、チート訳が違ふのだよ。又しても又しても、この婆に厄介をかけよつて、モウ好い加減に退却せい、貴様の来るのはモチツト早いワ。此処へ来るのは、娑婆の罪を亡ぼした奴の来る所だ。貴様は罪悪の借金を沢山積んで居るから、モツトモツト苦しい目をしてから出て来るのだ。罪悪の借金を娑婆へ残して、コンナ処へ逃げて来るとは、余り狡いぢやないか、薄志弱行にも程があるワ、この三途の川はドンナ所だと思つて居るか、貴様の身魂を洗濯する所かい、天で言へば天の安河も同様な処ぢやぞ』 弥『エー八釜敷い、口の好い嬶だ、女賢しうて牛売りそこなふと云ふ事がある、折角夫婦になつてやつたが、今日限り三くだり半をやるから覚悟せい、夫婦喧嘩は犬でも喰はぬと云ふが、この弥次彦サンはソンナ執着心のある男ぢやないぞ』 婆『誰が弥次彦の女房になると云つたか、貴様が勝手に此前に踏み迷ふて来た時に、わしの名は弥次彦だから、お前の老爺彦だと言ひよつて、自分一人できめたのでないか、正式結婚でもなけりや、自由結婚でもない、貴様の方は何ほど縁談を申込んでも、此方の方から真平御免だ、肱鉄だ。この広い幽冥世界に貴様の女房になる奴は、半人でも四半人でも在ると思ふか、余り自惚するない、罪悪に満ちた娑婆でさへも、愛想をつかされた結果、コンナ結構な地獄に出て来よつて、女房ぢやの、ヘツたくれぢやのと、何を劫託云ふのぢや、此処に釘抜きがあるから、舌でも抜いてやらうかい』 弥『コラ古婆、それや何を吐しよるのだ、貴様は世間見ずだから、ソンナ馬鹿な事を言ふのだ。廿四世紀の今日に、原始時代のやうな、古い頭を持つてゐるから判らぬのだ、今日の娑婆を何と考へて居る、天国浄土の完成時代だ。中空を翔ける飛行機飛行船はすでに廃物となり、天の羽衣と云ふ精巧無比の機械が発明され、汽車は宙を走つて一時間に五百哩といふ速力だ、蓮華の花は所狭きまで咲き乱れ、何ともかとも知れない黄金世界が現出して居るのだ。それに貴様は開闢の昔から涎掛を沢山首にかけて道端にチヨコナンと、番卒の役を勤めて居る奴の様に、コンナちつぽけな雪隠小屋に焦附きよつて、娑婆が何うだの斯うだのと云ふ資格があるか、廿四世紀の兄サンだぞ』 婆『さうかいやい、それほど娑婆が結構なら、なぜ娑婆に居つて苦業をせぬのかい、ナンボ開けたと言つても、日輪様が二つも三つも出てをる筈もなからう、何時も何時も満月許りと云ふ訳にも行くまい、五十六億七千万年の昔から変らぬものは誠許りだ。どうだ貴様は物質的の欲望とか、文明とか云ふ奴に眩惑されよつて、視力を失つたのだらう、資力がなくては娑婆に居つたとて、会社の一つも立ちはせぬぞ、株券買ふと云つたつて、株の一枚も買へはしまい、貴様は二十四世紀だと云ふて威張つて居るが、十五万年ほど昔の過去となつて居るのが分らないか、今は一万八千世紀だぞ、古い奴だなア』 弥『オイ婆アサン、一寸待つて呉れ、俺は紀元前五十万年の昔に、娑婆に現はれて大活動を続け、ついたつた今、小鹿峠を宣伝歌を謳つて通つた様に思ふが、何だ、それから十万年も暮れたとは、一寸合点が行かぬワイ』 婆『光陰は矢の如しだと、十八世紀の豆人間が吐き居つたが、光陰の立つのはソンナ遅いものぢやない、ヂヤイロコンパスが一分間に八千回転を廻る様に、世の中は貴様の様な分らぬ奴には頓着なしに、ドシドシと進行して行くのだ。貴様も罪の決算期が来るまで、まア一度娑婆へ帰つて、苦労をして来るが可からうぞ。一時でも早く帰つて民衆運動でもやつて、ポリスの御厄介にでもなつて来い、さうせないと貴様の罪は重いから、この三途の川を渡るが最後石仏を放り込んだ様にブルブルとも何とも言はずに寂滅為楽だよ』 弥『オツト待つた、一旦亡者になつたものが、また川へはまつて、寂滅為楽と云ふ事があつてたまるかい、訳の分らぬ婆だなア』 婆『貴様は分らぬ訳だ、娑婆の奴は二重転売と吐かして、一遍売りよつて二度売つたり仕様もない六〇六号の御厄介にならねばならぬ様な腐れ女に、涎を垂らしながら揚句の果てには二次会とか三次会とか吐かして騒ぐぢやないか。それさへあるに一夫一婦の天則を破り、第一夫人第二夫人だの、第一妾宅だの第二第三、何々妾宅だのと洒落よつて、体主霊従のありつ丈けを尽して居る虫けらの如うな人間許りだらう。現界の事は直に幽界に写るのだ、一遍死んだ位ぢや死太い身魂が、仲々改心いたさぬから今一遍出直し、それでも改心せずば三遍四遍と何遍でも焼き滅すのだ。貴様は娑婆で廿世紀頃に始まつた三五教の教を聞いてゐるだらう、改心をいたさねば何遍でも、身魂を焼いて遣るぞよと云ふことがあるだらう、今の娑婆の奴は一度死んだら、二度は死なないと、多寡をくくつて居やがるが、一度あつた事は、二度も三度もあるものだぞ、何遍でも死なねばならないぞ』 弥『ヤア、文明の風がコンナ所まで吹いて来よつて、婆の奴この前に旅行した時とは、よほど娑婆気のある事を吐かしよる、かうして見ると時代の力は偉いものだ、幽界までも支配すると見えるワイ』 婆『それや何を幽界、貴様は小鹿峠を通る時に、一方の男の間抜面を見込んで、肩を組み合せ、屁の如うな風に吹き散らされよつて、冥土の道連れに勝公を幽界に誘拐して来よつた奴だ、愚図々々ぬかさずと、もう一遍甦生りて一苦労して来い。まだまだ地獄に出て来る丈け資格が具備して居ないワ、孰れ一度や二度はこの川を渡る丈けの権利は、登記簿にチヤンと附けて、確に保留して置いてやるワ、どうだ嬉しいか』 弥『エヽ、ツベコベと能う吐かす婆ぢやないか、碌な事は一寸も言ひよらぬワイ。道理ぢや、老婆心で吐かすことだから、これもあまり誅究するのは可愛想だ。オイオイ勝公、貴様は何故沈黙を守つて居るのだ、チツト位砲門を開いて砲撃をやつたらどうだい、敵は間近く押寄せたりだ、なにほど堅牢な船だと云つたつて艦齢の過ぎた老朽艦のしかもたつた一隻だよ』 勝『オイ弥次公、場所柄を弁へぬかい、何と云ふたつて此処へ来たらお婆サンの勢力範囲だ、従順に服従するより仕方がないじやないか、魚心あれば水心だ、なアお婆アサン、なんぼ悪道なお役だと言つても矢張血もあり涙もあるだらう、この弥次公は御存じの通り生れつきの弥次的一片の男ですから、お気にさえられず神直日、大直日に見直し聞直して、許してやつて下さいませ』 婆『何と云つてもこの男はこれだから………今度から、先の地獄にやりたいのだけれども、閻魔サマから、何の為めに貴様は、川番をして居つたのぢや、コンナヤンチヤを通過さすと云ふ事があるものか、何で娑婆へ追返さないのかと、免職を喰ふか分らない。サヽ一時も早く尻引つからげて足許の明るい内にいんだりいんだり』 弥『アハヽヽヽ、とうとう婆の奴、本音を吹きよつたな、ヤア面白い面白い、エーこの三途の川をばサンばサンと向ふに渡つて、青黒白赤と種々雑多の鬼共を、片つ端から鷲掴、香物桶の中にブチ込んで、上からグツと千引岩のおもしをかけ味噌漬にして、朝夕の副食物にしてやるのだ、娑婆に居たつて堅パンを一つか三つばかりパクついて、甘いの味ないのと言ふて居るよりも、温く温くの鬼味噌漬だ、稀代の珍味佳肴だ、吾々の前途は有望だ、オツトドツコイ幽霊だ、サアババサン緩りと、水の流れを見て暮シヤンセ、人間は老少不定だ、必ず達者にして暮せよ、アハヽヽヽヽ』 婆『エーエ八釜敷いワイ、渡ろと云ふたつて渡しては遣らないぞ』 弥『何、渡さむと仰有つても渡しは渡しの考へで此渡しを渡つて見せますワイ、渡しの御神徳を川の端から指を食へて見て居て下さいや、お婆アサン左様なら』 婆『オツト待つた待つた、待てと申せば待つたが好からうぞ』 弥『何を吐しよるのだい、春先になるとそろそろ逆上しよつて、三途の川の婆奴、三途のない奴だ、然しながら此川は大変濁つて居るぢやないか、この前に旅行した時とは天地の相違だ』 婆『定つた事よ、娑婆の奴が毎日、日にち汚い事ばつかりしやがつて、結構な水神の御守護遊ばす溝川へ、糞滓、小便を垂流して、一等旅館だの、特等旅館だとか吐いて、そこら中を糞まぶれに汚すなり、サツカリンの這入つた腐つた酒を、ガブガブ飲みよつて肺臓を痛め、そこら中に血を吐き散らすものだから、雨が降る度に皆この三途の川に流れ込むのだ、それだからこの通り川が濁つてしもうのだ、この川の中には貴様の糞も小便も交つて居るワイ、一杯喉が乾いたら飲んだらどうだい』 弥『何を吐かしよるのだ、コンナ物が飲めるかいやい、ソンナ事を聞くとこの川を渡るのが嫌になつて来た、婆の云ふ通イヤだけど、再び娑婆へ引返さうかな』 婆『お前達は糞や小便や血や啖のこの川が汚いのか、お前の身体は何だ、糞よりも小便よりも、鼻啖よりも、もつと穢苦しいぞ、糞の身体が糞水に浸つて糞水を飲むのが、それが、何が汚いのぢや、共飲みぢや遠慮はいらぬ、貴様の物を、貴様が飲むのぢやないかい』 弥『これは怪しからぬ、共食共飲みとは天地の神様に大違反の罪悪だ、人が人を喰ひ、猫が猫を食ふと云ふ事があつて耐らうかい』 婆『吐かすな吐かすな、貴様は親の脛を噛ぢつて食い足らないで、山を飲み家を飲み、まだ喰ひ足らずに蔵を喰ひよつて、揚句の果には可愛い子まで鬼の様に売つて喰ふて、それでもまだ足らいで友達を食ひ、世間のおとなしい人間の汗や脂を搾つて舐ぶり、餓鬼のやうな奴ぢや、余り大きい顔して頬げたを叩くものぢやないぞ』 弥『ヤアこの婆仲々ヒラけてゐよるワイ、一寸談せる奴だ』 勝『定つた事よ、毎日日にち世界中のいはゆる文明亡者が、此処を通過するのだから、門前の雀経を読むとか云ふてな、聞き覚え見覚えて居るのだ、貴様は小学校出、俺は赤門出のチヤーチヤー大先生だと吹きよつたが、このお婆アサンは赤門どころか、よつぽど黒門だ。早稲田大学出身の大博士だ、洋行婆アサンだぞ、うつかりして居ると赤門先生赤恥を掻いてアフンと致さねばならぬぞよ』 弥『コラ、カカ勝公、横槍を入れない、尋常学校の落第生奴が』 勝『今の学校を卒業したつて何になるのだ、碌でもない事ばつかり教へられよつて、尋常の間が本当の教育だ、それ以上になると薩張り四足身魂の教育だ、余り学者振るな、学者の覇の利いた時代は廿世紀の初頭だ、二十四世紀になつて居るのに学のナンノと、学が聞いてあきれるワ』 弥『それでも矢張り形式を踏まねば、ナンボ二十四世紀だとてあまり買手がないぞ、赤門出と云へばアカンモンでも威張つて直に買手が付くし、卒業早々立派な会社の予約済みに成れるのだ』 勝『まるで人間を貨物と間違へてゐる世の中だから仕方がないワイ、時世時節の力には神もかなはぬと仰有るのだから、俺も時勢に逆行する様な、馬鹿でないからまア一寸此処らで切上げて置かうかい。なア赤門先生』 弥『何と云つたつて赤門出は貨物だらうが、物品だらうが、価が好いから、仕様がないワ、この婆アサンのやうに何程大学を卒業したつて、黒門(苦労者)出で何ぼ立派でも使ひ手がないのだ、それだからカンカ不遇で何時も川端柳を見てクヨクヨと、脱衣婆の境遇に甘んぜねばならないのだよ。アヽ私はどうして赤門に這入らなかつたらう、鈍なアカンモンでも赤門出なればドント出世は出来るが、私は又どうして黒門(苦労者)になつただらうといくら悔んでも後の祭りだ、何時の世にも蔓と云ふものをたぐらねば出世は出来はしないぞ。あの芋を見よ、蔓にぶら下つてなつて居るのぢや、それだから游泳術の上手な奴をみんな芋蔓と云ふのだよ』 勝『エヽ訳の分らぬ事を云ふな、まるで薩摩の芋屁でも放つた様な臭い臭い理窟を伸べよつて鼻持ちがならぬワイ。ヤアお婆アサン、長らく御面倒いたしました、末長う宜しうお頼み申します、オツトドツコイ三途の川のお婆アサンにお頼みするやうでは、六な事ぢやない、末長うお頼み申しませぬワ、アハヽヽヽ』 婆『ア、さうださうだ、私の厄介になるやうな奴は、どうで碌な奴ぢやないワ、それよりもお前の連の与太や六が心配をして目を爛らして探して居る。早く帰つてやりなさいよ』 弥『オーさうだつた、ウツカリ婆アサンとの外交談判に貴重な光陰を夢中になつて消費して居つたものだから、二人の奴、俺の記憶から消滅して仕舞つて居つた、消滅地獄に落ちたやうだ。今頃はさぞ心身を焦がして居るであらう程に、もうしもうし勝五郎サンエ、勝チヤンえ、此処らあたりは山家故、オツトドツコイ川べり故、嘸寒かつたで御座んしようなア[※浄瑠璃の『箱根霊験躄仇討』のシャレ。]』 勝『オイしつかりせぬかい、此処は箱根山ぢやないぞ、俺を躄と間違へて貰つては迷惑千万だ』 婆『ヤレこの障子開けまいぞ開けまいぞ、そも三浦が帰りしとは坂本の城に帰りしか、よも此処へのめのめと迷ふて出て来る弥次彦ぢやあるまい、そりや人違ひ、若し又それが諚なれば、コーカス山、アーメニヤ分け目の大事の戦ひに参加もせずに戻つて来る不届者この茅屋根の家は婆が城廓、その臆れた魂でこの藁戸一重破らるるならサヽヽ破つて見よと[※浄瑠璃の『鎌倉三代記』の「三浦別の段」のシャレ。]』 弥『百筋千筋の理を分けて、引つかづいたるあばらやの内、チヤンチヤンぢや』 勝『ハハアそのお言葉を忘れねばこそ、故郷を出て今日まで一度の便りも致さねど、お命も危しと聞くより風に吹き飛ばされ、玉は碎け胸は痛み、眼眩んで三五の道を忘れし不調法、真平御免下されかし、いで戦場へ駆向ひ、華々しき功名して、コーカス山におつつけ凱陣仕らむ』 弥『アハヽヽヽヽヽ』 婆『オホヽヽヽヽ、もう御しばいだよ』 (大正一一・三・二四旧二・二六谷村真友録)
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(1634)
霊界物語 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 02 途上の変 第二章途上の変〔五六九〕 太玉命、安彦、国彦、道彦は河向ふの騒々しき物音に頭を傾け暫らく思案に暮れけるが、 太玉命『田加彦、百舌彦、その方は顕恩郷の様子を熟知するものならむ、彼の騒々しき物音は何物なるか、逐一陳弁せよ』 百舌彦『あの物音は察する処、顕恩郷の大将鬼雲彦の部下の軍勢、此方に向つて攻め来り、貴下等を召捕らむとの計画なるべし。一時も早く吾等を助け、此場を立ち退き給へ。三五教の神司ともあるべき御身が名もなき邪神に亡ぼされむは心許なし、早く此場を』 と頻りに促す。 道彦『ナニ、敵を看て矛を収め、旗を捲いておめおめと遁走するは男子の本分に非ず。吾等には退却の二字なし、只進の一字あるのみ。如何なる強敵現はれ来るとも吾等は神の愛護により怯めず臆せず、ステツプを進めて敵の牙城に進撃せむ。生死勝敗は問ふ処に非ず』 と勇みの顔色物凄し。 安彦『ヤア敵の先鋒隊は蟻の如く黒山を築き向ふ岸に現はれたり。サア之からは吾々が神力を試す時節の到来、田加彦、百舌彦、船の用意をせよ』 百舌彦『船の用意は何時でも出来て居ますが御覧の通りの大敵、仮令鬼神を挫ぐ神勇ありとも多勢に無勢、殊更味方は身に寸鉄を帯びず、敵は凡有精鋭の武器を持つて押し寄せ来る、勝敗の数戦はずして明かなり。時を移さば彼等は此濁流を渡り吾等を生捕にせむは火を睹るよりも瞭なり。退いて徐に策を講じ、捲土重来の期を待たせ給へ』 太玉命は大口を開けて高笑ひ、 太玉命『アハヽヽヽ、運は天にあり、吾は善言美詞の言霊の力を以て、寄せ来る敵を片つ端から言向和し、昔の顕恩郷に回復せむ。先んずれば人を制するとかや、此期に及んで躊躇逡巡するは御神慮に反す』 と言ふより早く身を躍らして船に跳び込んだ。五人は止むを得ず太玉命に従いて船中の人となつた。さしもに広きエデンの河の殆ど中流に進みし時、向岸より雨と降り来る急箭に百舌彦は胸を射抜かれ忽ち水中に顛落した。田加彦は此態を見て大に驚き、ザンブと許り水中に身を躍らして飛び込んだ。残り四人の宣伝使は此河の水心を知らず、船は忽ち流れのまにまに下方に向つて濁流に押されて矢を射る如く流れ行く。敵の矢は雨の如く注ぎ来る。忽ち船は河中の岩石に衝突し木葉微塵に粉砕された。 太玉命は辛うじて向岸に着いた。安彦、国彦、道彦は濁流に呑まれた儘行衛不明となつて仕舞つた。嗚呼三人の運命は如何に? 太玉命は濡れたる衣を絞り日に乾かし、悠々として宣伝歌を歌ひ顕恩郷の敵の巣窟に向つて単騎進入するのであつた。日は西山に傾いて黄昏の空暗く一点の星さへ見えぬ闇夜は刻々と身辺を包んで来た。宣伝歌の声は暗を縫うて遠近に響き渡る。此時天地も割るる許りの音響聞ゆると見る間に眼前に落下した大火光がある。不図見れば眉目清秀容貌端麗なる一柱の神人、身体より電光の如き火気を放出し乍ら太玉命に向ひ、 神人『吾は天照大神の第四の御子、活津彦根神なり。汝大胆にも唯一人悪逆無道の婆羅門が根拠に進入し来る事、無謀の極みなり。岩石を抱いて海中に投ずるよりも危し。一時も早く、もと来し道へ引返せよ』 太玉命『汝は活津彦根神とは全くの詐りならむ。鬼雲彦に憑依する八岐大蛇の変化か金毛九尾の変身か、悪鬼の変化ならむ。吾は苟くも大神の神使、この顕恩郷をして昔の天国楽土に復帰せしむるは吾大神より委託されたる一大使命なり。不幸にして神軍利有らずとも、そは天命なり、要らざる構ひ立て聞く耳持たぬ』 と暗の道を一目散に前進する。活津彦根神は、 活津彦根神『然らば汝の勝手にせよ』 と云ふかと見れば姿は忽ち消えて、山の尾上を渡る嵐の音のザワザワと聞ゆるのみなり。太玉命は漸く暗に慣れ、朧気乍らも探り探り進む事を得た。 この時雲の扉を開いて十三夜の月は輝き初めた。太玉命は敵の城砦を指して又もや宣伝歌を歌ひつつ進み行く。向ふの方より数十の黒き影現はれ来り、前後左右より一柱の太玉命を取り囲み、 鳶彦『ヤア我こそは大国別の命の従者にして、鳶彦と言ふ顕恩郷きつてのヒーロー豪傑、汝無謀にも唯一柱顕恩郷に進み来るとは生命知らずの大馬鹿者、サア尋常に手を廻せ』 と言ふより早く槍の切突を月光に閃かし乍ら四方よりつめ掛来る。進退維谷りし太玉命は懐中より柄の短き太玉串を取り出し、左右左と打ち振れば豈図らむや鳶彦以下の黒影は拭ふが如く消え失せて塵だにも留めざりける。 太玉命『アハヽヽヽ、何事も悪神の計画は斯くの如く脆きものだ、吾が所持する太玉串の神力に依つて斯くも消え失せたるか。アヽ有難い有難い、三五教の大神!』 と大地に平伏してその神恩を感謝するのであつた。太玉命は不図頭を上ぐれば此はそも如何に、コーカス山に残し置きたる妻、松代姫を始めエデンの園を守る最愛の一人娘、照妙姫は高手小手に縛しめられ猿轡を箝まされ、鬼の如き番卒数多に引き立てられ命の前を萎々と稍伏し目勝ちに通り過ぎむとす。太玉命はハツと驚き、二人の顔を息を凝らし目を見張り眺めて居た。松代姫、照妙姫は猿轡を箝められたる為めにや、此方に向つて目を瞬き、何事か訴ふるものの如くであつた。この時黒頭巾を被りたる大の男、田蠑の如き目を剥き出し、 男『ヤア其方は三五教の神司太玉命に非ずや、汝速に此河を渡り再び顕恩郷を窺はざるに於ては汝の妻子を赦し遣はさむ。之にも屈せず益々顕恩郷に向つて進入するに於ては、汝が最愛の妻子を今此場に於て嬲殺しにして呉れむ、返答如何に』 太玉命『サアそれは……』 男『サア、サア如何じや、返答聞かせ』 太玉命『サア、それは……』 男『サア、サアサア』 と掛合ふ。この時如何しけむ、松代姫の猿轡はサラリと解けた。 松代姫『ヤア貴方は吾夫太玉命に在さずや、妾は今やバラモン教の兇徒に捕へられ、無限の苦を受け今又斯くの如き憂目に会ふ。如何に夫にして勇猛絶倫に在せばとて、顕恩郷には鬼雲彦を始め、無数の強神綺羅星の如く固く守り居れば到底衆寡敵せず一時も早く自我心を折り、当郷を退却し妾母子の命を救はせ給へ』 とワツと許りに泣き伏しにける。照妙姫の猿轡も如何しけむバラバラと解けたりける。 照妙姫『アヽ恋しき父上様、妾は敵の為めに無限の苦を嘗め、譬へ方なき侮辱を受け悲哀に沈む今の境遇、何卒妻子をお救ひ下さいませ』 と又もや其場に泣き倒るるにぞ、太玉命は合点行かずと双手を組み稍少時思案に暮れて居た。松代姫、照妙姫は頻りに両手を合せ、 松代姫、照妙姫『吾夫よ、吾父よ、一時も早く貴方は我を折り、バラモン教の命に従ひ妾を助けて此顕恩郷を退かせ給へ』 と前後より命に取り縋り泣き叫びける。 男『サア、太玉命、汝が所持する太玉串を吾等に渡し降参致せば、汝が妻子の生命を助けて遣はす。如何じや、妻子は殺され吾身を捨てても神の道を進まむとするか、返答聞かせ』 と詰め掛る。太玉命は心に思ふ様、 太玉命『焼野の雉子、夜の鶴、子を憐まざるはなしと聞く、况して最愛の妻諸共に非業の最後を遂ぐるをみすみす見捨てて敵城に進むは如何に神命なればとて忍び難し。さりながら松代姫は斯くの如き悪魔にオメオメと捕縛せらるるが如き卑怯者に非ず。又吾が娘の照妙姫はかかる女々しき言を吐く娘に非ず、まさしく之妖怪変化の所為ならむ』 と又もや神言を奏上し、太玉串を懐中より取り出して左右左と打ち振つた。忽ち雷鳴轟き電光石火、四辺眩き以前の神人此場に下り来るよと見る間に松代姫、照妙姫を始め数多の敵の影は煙の如く消え失せ、野路を吹き渡る風の音のみザワザワと聞ゆるのであつた。 太玉命『アハヽヽヽ、又欺しやがつたな』 (大正一一・四・一旧三・五北村隆光録)
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霊界物語 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 05 秋山館 第五章秋山館〔五九五〕 高天原を追はれて千座の置戸を負はせつつ 八洲の国を漂浪の旅に出立ち給ひたる 神素盞嗚の大神の行衛如何と案じつつ 東の空を打眺め心にかかる村肝の 雲の渦巻サラサラと晴れて嬉しき今日の朝 君の便りを菊月の上九日の菊の宴 親子主従めぐり会ひ胸の岩戸も秋山彦の 神の司の真心に綾と錦の機を織る 赤き心は紅葉姫万代祝ふ亀彦が 暗を照らして英子姫心地もわけて悦子姫 廻り会うたる折柄に表に聞ゆる鬨の声 忽ち開く表門秋山彦は立出でて 寄せ来る魔軍に打向ひ天の数歌勇ましく 力限りに宣りつれば敵の人数も大江山 鬼雲彦が部下共大地にドツと打倒れ 苦み悶ゆる状態は実に面白き限りなり 顔色赤く目は青く棕櫚の赤髪を振紊し 六尺計りも踏張つてノソリノソリと遣つて来る 鬼雲彦が懐の刀と頼む鬼彦は 虎皮の褌締め乍ら牛の様なる角目立て 大口開けて高笑ひ。 鬼彦『アハヽヽヽ、猪口才千万な、秋山彦が言霊の防戦、左様な事でたぢつく様な鬼彦と思うて居るか。此方には雲霞の如きジヤンジヤヒエールが、数限りもなく控へて居るぞ。仮令汝獅子王の勢あるとも、此鬼彦が片腕を揮ふや否や、汝の身体は木つ端微塵、今日は九月九日、大江山の本城に於ては、鬼雲彦の御大将、バラモンの大祭典を御執行の贄として、神前に暖かき人肉を供へ、血の酒を献らねばならぬ。それに就ては、バラモン教を目の敵と狙ふ三五教の張本人、素盞嗚尊一族の者、汝が館に隠れ忍ぶと聞く、四の五の吐さず、速に主人を吾面前に引ずり出せ。ゴテゴテ吐さば、それがし自ら踏み込みて、片つ端から腕を捻ぢ、脚を折り、量を低く致して此網代籠に詰め込み、汝諸共神の神饌に供してくれむ』 と言ふより早く、秋山彦の襟首をグツと握り、締め附けたり。秋山彦は豪力無双の鬼彦に捻ぢ伏せられ乍ら、委細構はず言霊を奏上せむとするや、手頃の石を拾つて秋山彦の口に捻ぢ込み、其上に猿轡を啣ませ、 鬼彦『アツハヽヽヽ、最早大丈夫だ、サア秋山彦、汝が唯一の武器と頼む言霊も、モウ斯うなつては叶ふまい。オイ言霊はどうだい……ヤアヤア皆の者共、最早心配は要らぬ。速に立上れ』 と云ふ間もなく、言霊に打たれて苦悶し居たる部下の魔神共は、やうやう立上がり、真つ青な顔に、空元気を附け、ガタガタ震ひの空威張り声、 『ウワアウワア』 と鬨を作つて、盛に示威運動を開始するこそ可笑かりける。 奥には糸竹管絃の響、長閑な歌の声、此場の光景を知らず顔に響き渡りける。魔軍は力限りに鬨の声を揚げ呶鳴り立て居たり。此方の奥殿には、此声を峰の嵐の音と聞き流し酒宴の真最中、慌ただしく駆けつけ来る門番の銀公、加米公はピタリと両手をつき、頭を畳に摺り附け乍ら、 加米公『申上げます、表門はタタ大変で御座います』 紅葉姫『ヤア汝は加米、銀の両人、大変とは何事なるぞ。委曲に物語れ』 加米公『ハイハイ申上げます、あのモシ……あの……何で御座います。夫れは夫れは申上げ難い事で……マアマア大変な事が出来ました……斯う言へば、申上げずとも大抵、御判断が附きませう』 紅葉姫『早くしつかり申しなさい』 加米公『オイ銀公、お前は上役だ。詳しい事は、お前が知つとる筈だ。御主人の御容子を……』 銀公『ヤア此方は折悪く雪隠に往つて居つたのだから、実状は承知して居らぬ。加米、貴様は実地目撃して居つたのだ。直に申上げぬか』 加米公『上役の分際として、御主人様が危急存亡の場合、雪隠へ隠れよつて、慄うて居つたぢやないか。俺は何分大勢の寄せ手に、肝を潰し、目は眩み、実地目撃不充分、貴様は安全地帯に身を隠し、雪隠の窓から覗いて居よつたのだ。早く申さぬと、御主人様の口に石を捻ぢ込み、猿轡を箝め、高手小手に縛しめて、網代籠に、手足をもぎとり量を低うして、今日の祭典に大江山の本城に連れ帰り、犠牲にするかも知れぬぞや、早く実地を申さぬかい』 銀公『ハア申上げます。加米公の申した通り、寸分違は御座いませぬ。早く何々をなさらぬと、鬼彦が御主人様を何々して、何々へ何々するかも知れませぬ。どうぞ一時も早く表門に立向ひ、御主人様をお助け下さいませ』 素尊『ハヽヽヽヽ』 国武彦『ヤア面白い事が出来ました。鬼彦とやらの軍勢を、当館を開放し奥深く侵入させて、彼等が手振り足振りを眺め乍ら、悠くりと菊見の宴を張りませう』 亀彦『これはこれは国武彦の御言葉とも覚えぬ。今承はれば、秋山彦は敵の為に囚はれの身となり、危機一髪の場合、チツトは紅葉姫の御心中も察し上げねばなりますまい。それだから此亀彦が、寄せ来る敵に向つて進まむと致せし時、横合から吾が行動を止めさせられたは、其意を得ぬ。冷淡至極の貴下が振舞、秋山彦を見殺しになさる所存か返答聞かう』 と目を怒らし、腕を張つて詰め寄せたれば、国武彦はニツコリしながら、 国武彦『秋山彦の一人や二人犠牲にした処で、何騒ぐ事があるか。一人を殺して吾々数人が助かると云ふものだ。一人を損するか、吾等一同を損するか、利害得失を能く胸に手を当て、算段をして見よ。情を棄つるか、理智を棄つるか、二つに一つの性念場だ。情に惹かされ、大事を謬る天下の痴呆者、仮令秋山彦の三人、五人殺されようとも、神素盞嗚尊様さへ御無事ならば、吾等は是れにて満足致す。マアマアゆつくりと、酒でも飲みて、今日の酒宴を賑やかに致せ。喜悦の座席に血腥い話を持込まれては、サツパリお座が醒める』 亀彦『汝国武彦とは真赤な詐り、大江山に現はれたる、鬼雲彦が鬼の片腕、国武彦と名を偽り、三五教に忍び込み来たり、内外相応じ、神素盞嗚尊を損はむとする者ならむ、首途の血祭り、亀彦が一刀の下に斬りつけ、蹴散らかして呉れむ』 と短剣ヒラリと引抜いて、切つて掛かるを、国武彦は少しも騒がず、体を左右に躱し、あしらひ乍ら、 国武彦『アハヽヽヽヽ、亀の踊は格別面白う御座る、ヤア素盞嗚の大神殿、御愉快では御座らぬか』 素尊『ワハヽヽヽヽ面白い面白い』 亀彦『是れは怪しからぬ、利己主義の中心、個人主義の行方……高天原を神退ひに退はれたは、寧ろ当然の成行、此亀彦は今迄貴神が悪逆無道の心中を知らず、至善至美至仁至愛の大神と信じて居たは残念だ。モウ斯うなる上は、天下の為に汝を滅し、吾れも生命を棄てて、宇宙の悪魔を除かむ』 と切つて掛るを、英子姫、悦子姫は其前に立塞がり、 英子姫、悦子姫『オホヽヽヽヽあの亀彦の元気な事、さぞお草臥でせう。妾が代つて一芝居致しませう。マアマアお休み遊ばせ』 紅葉姫は声を挙げて泣伏しける。 亀彦『是れは是れは紅葉姫様、お歎き御尤も、主人の災難を聞き乍ら、女房として此れがどう忍ばれませう。あかの他人の亀彦さへも、残念で残念で堪りませぬワイ。斯う云ふ時に助けて貰はうと思つて、秋山彦が日頃の親切、イヤモウ気楽千万な素盞嗚の御大将呆れ蛙の面の水と申さうか、馬耳東風と言はうか、味方の危難を対岸の火災視し、一臂の力も添へざるのみか、愉快気に酒を飲むで戯むれむとするは、人情軽薄紙の如く、イヤもう実に呆れ果てて御座る。サア紅葉姫殿、斯かる連中に斟酌なく、亀彦と共に表へ駆け出し、秋山彦が弔戦、此細腕の続かむ限り、剣の目釘の続く丈、縦横無尽に斬り立て、薙ぎ立て、敵の奴輩一人も残さず、秋の紅葉を散らせし如く、大地を血汐に染めなし、血河屍山の大活動を仕らう、紅葉姫、サア亀彦に続かせ給へ』 と表を指して行かむとす。英子姫は腰の紐帯を取るより早く、亀彦が首にヒラリと打かけ、グイと引戻せば、亀彦は細紐に喉笛を締められ、脆くも仰向に其場にパタリと倒れたり。表に聞ゆる人声は、刻々に館の奥を目蒐けて近づき来る。 紅葉姫は、 心も魂も捧げたる神素盞嗚の大神に 力の限り身の限り仕へまつるか但し又 此場を棄てて吾夫の秋山彦を救はむか。 神命は重し又夫の身の上は、妻の身として坐視するに忍びず、千思万慮とつおいつ、心の中を紅葉姫、顔に散らした唐紅の血汐漲る鬨の声、胸はドキドキ、刻々に、近付き来る敵の勢、姫が心ぞ憐れなる。 此場に近付き来るかと聞えし声は、何時しか消えて跡なき小春空、秋山彦は悠然と騒がず、遽らず、奥の間指して帰り来る。亀彦、紅葉姫の両人は、余りの嬉しさに、ハツと胸逼り、ものをも言はず、其場に打倒れ、夢か現か幻かと、吾と吾が心を疑ひ、思案に時を移すのみ。国武彦は立ちあがり、 国武彦『亀彦、紅葉姫、心配致すな。吾等が眷族鬼武彦をして、鬼雲彦の悪逆無道を懲す為神変不思議の神術を用ひ、敵の本城に忍ばせたれば、少しも案ずる事勿れ』 と始めて事情を打明けたるにぞ、亀彦、紅葉姫は、 亀彦、紅葉姫『ハヽア、ハツ』 と計りに嬉し泣き、暫しは顔を得上げざりしが、素盞嗚尊は亀彦に向ひ、 素尊『ヤア亀彦、汝が心の中の美はしさ、吾れは満足致したぞよ、イザ是れより賑々しく酒宴を催し、大江山の本城は彼等眷族に打任せ、吾々一行は由良の湊より船に乗り綾の高天原に進まむ』 と宣示し給へば、亀彦は勇み立ち、 亀彦『アヽ、ハツハヽヽヽ芽出たし芽出たし、愈是れより大神の御伴致し、聖地を指して逸早く進み上り、神政成就の基を開かむ、ヤア秋山彦、紅葉姫、お喜びあれ。貴下が誠忠、至誠、至愛の真心天地に通じたり。併し乍ら吾々一同当家を去らば、再び大江山より鬼雲彦の部下の者、又もや押し寄せ来るも計り難し、随分心を附け召されよ』 秋山彦夫婦は涙を揮ひ、 秋山彦夫婦『何から何まで、貴下の御親切、骨身に徹して辱なう存じます。併し乍ら吾等は神素盞嗚大神の御守りあれば、必ず御心配下さいますな、一時も早く聖地を指して御上り下され。神政成就の基礎を樹立する為、御奮励の程偏に希ひ上げ奉る』 と慇懃に謝辞を述べける。 素尊『ヤア秋山彦夫婦、多大いお世話になりしよ。我れは是より一先づ聖地に立向ひ、天下の悪神を掃蕩すべき準備をなさむ、船の用意を致せ』 秋山彦『ハハア委細承知仕りました。……銀公、加米公、汝は一時も早く湊に出で、御船の用意にかかれ』 銀公『ハヽア委細承知仕りました。併し乍ら船は敵軍の為に殆ど占領せられたるやも計られませぬ。万々一船なき時は、如何取計らひませうや』 秋山彦双手を組み頭を傾け思案にくるるを、国武彦は、 国武彦『ナニ心配に及ばぬ、御船は残らず国武彦が眷属を以て守らせあれば大丈夫なり。安心致せ。且又当邸の周囲には、最早敵の片影だもなし、勇み出船の用意をせよ』 銀公、加米公は、 銀公、加米公『ハイ』 と答へて此場を立去りぬ。又もや糸竹管絃の響は屋外に洩るる陽気と一変したりけり。 神素盞嗚尊は突立上り、声も涼しく歌はせ給ひぬ。 素尊『高天原を立出でて四方の国々島々を 世人を助け守らむと彼方こちらと漂浪の 旅を重ねて西蔵やフサの荒野を打渡り ウブスナ山に立籠りイソ山峠の絶頂に 仮の館を構へつつ熊野樟毘命をば 留守居の神と定めおき我れは悲しき隠れ身の 愛しき娘は四方八方に四鳥の別れ釣魚の涙 憂を重ねてやうやうに渡りて来る和田の原 醜の曲津も大江山鬼雲彦を言向けて 世人の悩みを救はむと船に揺られて由良湊 心も赤き秋山彦の館に暫し身を休め 四方の国形伺へば十里四方は宮の内 内と外との境なる大江の山にバラモンの 神の司の鬼雲彦が又もや砦を築きつつ 醜の荒びの最中に訪ねて来る艮の 神の命の分霊国武彦と現はれて 我れに附添ひ右左前や後を構ひつつ 鬼武彦の伊猛るの神に従ふ白狐共 暗夜を照らす朝日子や月日明神神徳も 高倉稲荷の活動に悩ませられて悪神は 愈今日は運の尽月に村雲花に風 心の錦秋山彦の神の司の真心は 紅葉の姫の如くなり光眩ゆき英子姫 すべての用意も悦子姫万代固むる亀彦が 忠義の刃研ぎすましさしもに猛き曲神を 言向和すは目前吁、面白し面白し さはさりながら神心凡ての敵を救はむと 善をば助け曲神を懲して救ふ神の道 青垣山を繞らせる天津神籬磐境と 現はれませる世継王山深き仕組を暫くは 雲に包みて弥仙山本宮山に現はれて はちすの山の蓮華台三五教の御教を 常磐堅磐に搗固め鬼も大蛇も丸山の 神の稜威に桶伏や汚れを流す由良の川 言霊響く五十鈴川曲の健びは音無瀬の 水に流して清め行く科戸の風の福知山 めぐりて此処に鬼城山鬼も悪魔も無き世ぞと 治むる御代こそ楽しけれ治むる御代こそ楽しけれ』 国武彦は立ちあがり歌ひけり。その歌、 国武彦『宇宙を造り固めたる大国治立神の裔 国治立の大神と綾の高天原に現はれて 天地の律法制定し天地を浄め照さむと 思ひし事も水の泡天足の彦や胞場姫の 邪気より成れる鬼大蛇醜の狐や悪神の 荒びの息は四方の国充塞がりて月も日も 光失ひ山河や木草の果てに至るまで 所得ずしてサワサワに騒ぎ烈しき醜の風 誠嵐の吹き荒び日の稚宮に坐しませる 日の大神の思召し根底の国に退はれて 百千万の苦しみを嘗め尽したる身の果ては 野立彦の神と現はれて天教山を胞衣となし 猛火の中を出入し此世を守る我が身魂 世を艮の神国と鳴り響きたる中津国 自転倒島の中央に姿隠して今は早 国武彦となり下り五六七の御代の来る迄 心を尽し守らむと神素盞嗚の大神の 瑞の御霊と諸共に愈此処に厳御霊 三と五との組合せ八洲の国を三五の 教の則に治めむと心尽しの益良夫が 花咲く春を松の世の松の緑に花が咲き 一度に開く白梅の花の香を天地に 揚ぐる時こそ待たれける我は是より世継王の 山の麓に身を忍び弥勒の御代の魁を 勤むる艮金の神神素盞嗚の大神は 一旦聖地に現はれて三五教の礎を 築固めたる其上に又もや海原打渡り 大地隈なく言向けて五六七の御代の魁を 開く神業に真心を注がせ給ふ瑞御霊 三五の月のキラキラと明き神代を望の夜の 月より丸く治めませ治まる御代は日の本の 誠一つの光なり誠一つの光なり』 英子姫は立上り、 英子姫『父大神の御言もて妾姉妹八乙女は 豊葦原の中津国メソポタミヤの顕恩の 郷に籠れる曲神の鬼雲彦を平げて 三五教の神の道八洲の国に照さむと 思ふ折しも曲神が醜の企みの捨小船 波のまにまに流されて流す涙も海の上 荒き汐路を踏み分けてやうやう此処に揺られつつ 由良の湊に来て見れば秋山彦が真心に 妾等二人は照されて心の暗も晴れわたる 斯る浮世に鬼無しと世人は言へど大江山 鬼の棲家のいと近く人の生血を絞り喰ふ 此有様を聞き乍らどうして此場を去られうか 父大神や国武彦の神の命の出立は 是非に及ばず然り乍ら妾は後に残り居て 鬼雲彦の一類を言向和し世の中の 醜の災禍根を絶ちて聖地に進むも遅からじ 許させ給へ父の神国武彦の大神よ 偏に願ひ奉る偏に拝み奉る』 と両手を合せ、二神に向つて拝礼し、涙と共に頼み入る。 国武彦『英子姫の願、一応尤もなれども、多寡が知れたる鬼雲彦が一派、何の恐るる事かあらむ。神力無限の鬼武彦をして、彼れ悪神が征討に向はせたれば安心あれ、サアサア一時も早く聖地を指して進み行かむ。躊躇に及ばば、鬼雲彦が一派鬼掴の眷属共、我等が到着に先立ち、聖地を穢すの虞あり、イザ早く……』 と急き立つれば、神素盞嗚の大神は、装束整へ、一行と共に悠然として此家を立出で、由良の湊の渡船場、世継王丸に身を任せ、折から吹き来る北風に真帆を孕ませ、悠々と河瀬を溯り給ふこそ尊けれ。 (大正一一・四・一四旧三・一八於瑞祥閣松村真澄録)
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霊界物語 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 18 遷宅婆 第一八章遷宅婆〔六〇八〕 百日百夜の一同が苦辛惨憺の結果、漸く建ち上りし白木の宮殿、鎮祭式も無事に済み一同直会の宴にうつる。今日は正月十五日、雪は鵞毛と降りしきり、見渡す限り一面の銀世界、天津日の影は地上に光を投げ、玲瓏として乾坤一点の塵埃も留めず、実に美はしき天国の御園も斯くやと思はるる許りなり。 英子姫は神霊鎮祭の斎主を奉仕し悠々として階段を降り来るや、忽ち神霊に感じ神々しき姿は弥が上に威厳備はり徐に口を開いて宣り給ふやう、 英子姫に懸かった天照御神『我は天照大神の和魂なり、抑も当所は綾の聖地に次げる神聖の霊場にして天神地祇の集まり給ふ神界火水の経綸場なり、神界に於ける天の霊の川の源泉にして宇宙の邪気を洗ひ清め百の身魂を神国に救ふ至厳至聖の神域なり。又この東北に当つて大江山あり、此処は神界の芥川と称し邪霊の集合湧出する源泉なれば霊の川の霊泉を以て世界に氾濫せむとする濁悪汚穢の泥水を清むべき使命の地なり。此濁流の彼方に天の真名井ケ岳あり、此処は清濁併せ呑む天地の経綸を司る瑞の御霊の神々の集まる源泉なり。豊国姫の分霊、真名井ケ岳に天降りミロク神政の経綸に任じ給ひつつあり、されども曲神の勢力旺盛にして千変万化の妖術を以て豊国姫が経綸を妨碍せむとしつつあり。汝悦子姫、之より大江山の濁流を渡り真名井ケ岳に打向ひ百の曲霊を言向和し追ひ払ひ吹き清めよ。又亀彦、英子姫には神界に於て特別の使命あれば之より聖地に向へ、其上改めて汝に特別使命を与ふべし』 と言葉厳かに言挙げし給ひ忽ち聞ゆる微妙の音楽と共に引きとらせ給ひぬ。アヽ尊き哉皇大神の御神勅よ。 茲に亀彦、英子姫は神勅を奉じ、熊鷹、石熊両人を始め数十人の供人と共に、聖地に向ふ事となりぬ。又悦子姫、青彦は、鬼彦、鬼虎の二人に、四五の従者を伴ひ谷川に禊を修し宣伝歌を唱へ乍ら大江山の魔窟ケ原を打越え真名井ケ岳に向つて進む事になりける。 悦子姫は宮川の渓流を溯り、険しき谷間を右に跳び、左に渉り漸くにして魔窟ケ原の中央に進み入り、衣懸松の傍に立ち止まり見れば、百日前に焼け失せたる高姫の隠家は又もや蔦葛を結び、新しく同じ場所に仮小屋が建てられありたり。 悦子姫『此間妾が高姫に招かれて此松の下へ来ると、間もなく火煙濛々と立昇り、小屋の四方八方より猛烈に紅蓮の舌を吐いて瞬く内に舐尽し、高姫さま始め此青彦さまも火鼠の様に、彼の丸木橋から青淵へ目蒐けて飛び込まれた時の光景は実にお気の毒なりし。その時妾は高姫さまの水に溺れて苦しみ藻掻き居られるのを、真裸になりて救ひ上げた時、高姫さまに非常に怒られた事あり、「妾が勝手に心地よく水泳をやつて居るのに、真裸で飛ンで来て妾の手を引ン握り、ひつ張り上げるとは怪しからぬ」と反対に生命を助けて怒られた事あり、あの一本橋を見ると其時の光景が今見る様な』 と述懐を漏したり。 青彦『さうでしたな、あの時に私も亀彦さまが居なかつたら土左衛門になる処でした。真実に生命の親だと思つて心の底から感謝して居ました。それに高姫さまは私がお礼を申さうとすれば目を縦にして睨むものですから、つひお礼を申し上げず心の裡に済まぬ事ぢやと思つて居ました、真実に負惜みの強い方ですな』 鬼彦『ウラナイ教の奴は皆アンナ者だよ、向ふ意気の強い、負ず嫌ひばかりが寄つて居るから負た事や弱つた事は知らぬ奴だ、悪と云ふ事も知らず本当に片意地な教だ、負た事を知らぬものに勝負も無ければ、恥を知らぬものに恥はない、人間もああなれば強いものだ、否気楽なものだ、自分のする事は何事も皆善ときめてかかつて居るのだから身魂の立て直し様がありませぬ哩』 青彦『ヤア私も高姫の強情なには呆れて物が言はれませぬ、沓島で岩蓋をせられた時にも私は消え入る様な思ひがして、泣くにも泣かれず慄うて居ましたが、高姫は豪気なものです、反対に窮鼠却て猫を咬む様な談判をやるのですから呆れざるを得ぬぢやありませぬか、漸く田辺に着いたと思へば暗に紛れてドロンと消え失せ、間もなく月の光に発見されて鬼武彦に素首を掴まれ、提げられて長い道中を秋山彦の館まで連れ行かれ、苦しいの、苦しうないのつて、息が切れさうでしたよ、それでも減らず口を叩いて太平楽を並べると云ふ意地の悪い女だから、何処迄押し尻が強いか分つたものぢやない。如意宝珠の玉を大勢の目の前で平気の平左で自分の腹の中に呑み込みて仕舞ひ、終には煙の様に天井窓から逃出すと云ふ放れ業をやるのだから、化物だか、神様だか、魔だか、素性の知れぬ痴者だ、そして随分口先の達者な事と言つたら燕か雀の親方の様だ、人には交際つてみねば分らぬが、あの剛腹の態度と弁ちやらとに掛つたら、大抵の男女は十人が九人迄やられて仕舞ふ、本当に巧な者だ、其処へ又、も一つ弁舌の上手な黒姫と言ふのが始終後について居つて応援をするものだから、口八丁手八丁悪八丁と言ふ豪の者に作りあげて仕舞つたのだ。然しチヤンと此焼け跡に又もや新しい小屋が建つて居る、大方黒姫の奴、後追つかけて来よつて焼け跡に小屋を建てて隠れて居るのではあるまいか、何処までも執念深いのはウラナイ教の宣伝使だからな』 鬼虎『一つ調べてやりませうかい』 鬼彦『若し黒姫が居つたら貴様何うする、又舌の先でチヨロチヨロと舐られてグニヤグニヤとなりやせぬかな』 鬼虎『何、大丈夫だよ、鬼虎には鬼虎の虎の巻がある、俺の十一七番を御目に懸けてやるから悠りと見物をせい』 一同は路傍の恰好の石に腰掛けて休息し乍ら雑談に耽つて居る。鬼虎は七八間許り稍傾斜の道を下り衣懸の松の麓の藁小屋を外からソツと覗き、 鬼虎『ヤア、居るぞ居るぞ、婆が一匹、男が二匹だ、オイ婆ア、貴様は何だ、バラモン教か、ウラナイ教か、ウラル教か、返答致せ』 小屋の中より、 婆(黒姫)『エー、八釜しい哩、何処の穀潰しか知らぬが新宅の成功祝で、グツスリ酒を飲みて暖い夢を見て居た処だ、大きな声で目を覚まさしよつてチツト人情を知らぬかい。安眠妨害で告発するぞ』 鬼虎『ヤア、一寸洒落て居やがる、よう牛の様にツベコベと寝乍らねちねちと口を動かす奴だ、丸で高姫か黒姫みたいな餓鬼だ、改心せぬと又それ紅蓮の舌に舐められて、藁小屋は祝融子に見舞はれ全部烏有に帰し、頭の毛や着衣に火が延焼して一本橋から身を投げて寂滅為楽、十万億土の旅立をせにやならぬ様になるぞ』 小屋の中より、 婆(黒姫)『何処の奴か知らぬが俺は貴様の今言うた黒姫だよ、名は黒姫でも顔の色はそれ今其処らに降つてる雪の様に白い雪ン婆の様な心の綺麗なウラナイ教の宣伝使ぢや、此沢山な雫を掻き別けて寒い寒い山道をうろつく奴は余程ゆきつまつたしろ物と見える哩。今日らの日に彷徨ふ奴は家の無いもののする事ぢや、田螺でも蝸牛虫でも一つは家を持つて居る、家無しのド乞食奴が、何とか、彼とか言ひよつて人の処の家へ泊めて貰はうと思つても……さうは往かぬぞ、然し魚心あれば水心ありぢや、俺の言ふ事を聞くのなら泊めてやらぬ事は無いわ、それ程寒相に歯の根も合はぬ程、カツカツ慄ふよりも如何ぢや、俺の結構な話を聞いて暖い火にあたつて、味の良い濁酒でも鱈腹飲みた方がましだらう、世の中は馬鹿者が多いので此雪の降つてピユウピユウと顔の皮が剥ける様な風が吹くのに、下らぬ宣伝歌を涙交りに謡ひよつても誰が集まつて聞くものかい、後から後から此雪の様に冷かされる一方だ、一つ冷静に酒の燗ドツコイ考へて見たが宜からうぞ』 鬼虎『アハヽヽヽ、オイ鬼彦、一寸来い、大分に能うツベコベ吐す奴ぢや、高姫の二代目が居りよる哩。白姫とか赤姫とか吐す中年増の婆ぢや、一つ此奴を、真名井ケ岳に行く途中の先登として言向け和したら面白からうぞ』 鬼彦『ヤ、さうか、何でも婆の潜みて居さうな藁小屋ぢやと思つた。ドレドレ之から鬼彦が応援に出掛け様かい』 雪の中をザクザクと音させ乍ら小屋の側に寄り添ひソツと中を覗き、 鬼彦『ヤア、居る居る、此奴は何時やら見た事のある奴ぢや。随分八釜しい婆ぢやぞ、鈴の化物見た様な奴ぢや』 鬼虎『鈴か煤か知らぬが何でも黒い名のつくババイババイ婆宣伝使だ。オイ、婆ア、一つ貴様の得意の雄弁を振つて天下分け目の舌鋒戦でも開始したら如何だ、面白いぞ』 婆(黒姫)『オイ、音、勘、酒に喰ひ酔うて何時迄寝て居るのだ、外には貴様に合うたり叶うたりの荷担うたら棒が折れる様なヒヨツトコ男が来よつて、百舌鳥の様に囀つて居る、貴様一つ出て舌戦をやらぬかいナ』 音、勘『ムヽヽヽ、ムニヤムニヤムニヤ、アヽア、アー』(寝惚け声で) 婆(黒姫)『エー、じれつたい、欠伸許りして夜中の夢でも見てるのかい、もう午時ぢや、早く起きぬか』 音公『午時か猫時か知らぬが二人がグツスリと猫を釣つて、甘い物をドツサリ喰つた夢を見てる時に、アヽ偉い損をした、十七八の頗るのナイスが現はれて、細い白い柔かい手で目を細うして「音さま、一杯」と盃をさして呉れた最中に起されて、エーエ怪つ体の悪い、一生取り返しのならぬ大損害だ、生れてから見た事もない様なナイスにお給仕をして貰ふ時の心持と言つたら天国浄土に行つても、夢でなくては有りさうもない、アヽア、嬉しかつた嬉しかつた』 婆(黒姫)『オイ、音、何をお前は惚けて居るのだい、チツト確りしなさらぬか、戸を開けて外を見なさい、沢山の耄碌がやつて来て今此黒姫の舌鋒に刺されて、ウラナイ教に帰順せむとする準備の最中だ、サアサア勘公も起きたり起きたり』 婆はノソリノソリと小屋を立ち出で、 婆(黒姫)『ヤア誰かと思へば青彦も其処に居るのか、コレヤ、マア如何したのだ、何時の間に三五教に這入りよつたのだ、宣伝使の服が変つて居るぢやないか、サア早く脱ぎ捨ててウラナイ教の教服と更へるのだよ』 青彦『これはこれは黒姫先生、憚り乍ら今日の青彦は最早百日前の青彦とは趣が違つて居ますから、その積りで物を言つて貰ひませぬと、某聊か迷惑の至りだよ』 婆(黒姫)『オホヽヽヽ、猫の眼の玉の様に、能う変る灰猫野郎だな、そこに居る女宣伝使は此間来た悦子姫と言ふ破れ宣伝使だらう、ソンナ者に従いて歩いて何になるか、チツトお前も物の道理を考へて利害得失を弁へたが宜からうぞ、オホヽヽヽ』 勘公『皆さま、ソンナ処へ腰掛けて居らずに、トツトとお這入りなさいませ、内はホラホラ外はスウスウぢや、随分広い間がありますよ』 婆(黒姫)『コレヤ、勘公よ、能う勘考してものを言はぬかい、主人の黒姫にも応へずに僕の分際として勝手にお這入り下さいとはソレヤ何を言ふのか、アンナ者を一緒に入れたら丸で爆弾を詰めた様なものぢや、何処から破裂致すやら分つたものぢやないぞ』 勘公『爆弾でも何でも宜いぢやありませぬか、先方の爆弾をソツと此方へ占領して使ふのが妙案奇策、敵の糧を以て敵を制する六韜三略の兵法で御座る、アハヽヽヽ』 婆(黒姫)『お前の兵法は矢張屁の様な物だ、匂ひも無ければ音もこたへず、音公と同じ様な掴まへ所の無い人三化七ぢや』 音公『これこれ、黒姫のチヤアチヤアさま、音公の様な者とは、ソレヤ何を証拠に言ふのだ、チヤアチヤア吐すと量見せぬぞ、世界一目に見え透く竜宮の乙姫ぢやぞと、明けても暮れても口癖の様に自慢して居るが、現在足許に居る此音さまを誰だと思つて居るのか、明き盲目だな、三五教の宣伝使音彦司とは此方の事だぞ』 婆(黒姫)『音に名高い音彦の宣伝使と言ふのはお前の事か、オツト、ドツコイ、音に聞いた程も無い見劣りした腰抜け野郎だ、水の中でおとした屁の様な男(音公)だな、斯ンなガラクタ男が三五教の宣伝使だなぞと本当におとましい哩、生るる時に母親の腹の中で肝腎な、目に見えぬものをおとして来た様な間抜けた顔付をしよつて、宣伝使の何のつて、雪隠虫が聞いて呆れますぞえ、宣伝使ぢや無うて雪隠虫ぢやらう、オホヽヽヽ』 音彦『エー、仕方のない剛情な婆ばかりウラナイ教には寄つて居やがるな』 婆(黒姫)『きまつた事ぢや、お前も余つ程の馬鹿人足だな、今頃に瘧が落ちた様な顔しよつて、「剛情な奴ばかりウラナイ教は寄つて居やがるな」なぞとソンナ迂い気の利かぬ事でウラナイ教の間者に這入つたつて何が成功するものか、此黒姫は此奴一癖ある間抜けだと思つて、知らぬ顔で居れば良い気になりよつて何を言ふのだ、貴様の面を見い、世界一の大馬鹿者、三五教の腰抜け野郎と貴様の寝てる間に此黒姫司が墨黒々と書いて置いた、それも知らずに偉相に言ふな、鍋の尻の様な面になりよつて、お前も余つ程くろう好きぢやと見える、「心からとて吾郷離れ、知らぬ他国で苦労する」とはお前の様な馬鹿者の境遇を剔抉して余蘊なしだ、ホヽヽヽ、それに付けても青彦の奴、何の態ぢや、日蔭に育つた瓢箪の様な面をして結構なウラナイ教の神様に屁をかがしたか、かかさぬか、…………ド拍子の抜けたシヤツ面を此寒空に曝し、瑞の霊と言ふ冷たい名の付いた奴の教を有難相に聞きよつて、蒟蒻の化物の様にビリビリ慄ひ歩く地震の化物奴、チツと胸に手を当てて自身の心を考へて見よ』 青彦『大きに憚り様、何うせ青彦と黒姫は名からして色彩が違ふから反が合ませぬ哩。黒い黒い顔に石灰釜の鼬見たように、ドツサリと白粉をコテコテ塗りたて、丸で此処にある焼杭木に雪が積つた様なものだ。五十の尻を作りよつて白髪を染めたり、顔を塗つたりしたつて皺は隠れはせぬぞ、若い者の真似をして若相に見せ様と思つても雪隠の洪水で糞浮きぢや、汚いばかりぢや、良い加減に改心せぬかい』 婆(黒姫)『俺が顔に白粉をつけて居るのが何が可笑しい、何事も隅から隅まで前にも気をつけおしろいにも手を廻して抜目の無い教と言ふ印に白粉をつけて居るのだ、貴様は尾白い狐に魅まれよつてウロウロとうろついてるのだな、娑婆幽霊の死損なひ奴が』 青彦『娑婆幽霊の死損なひとは貴様の事だよ、人生は僅か五十年、五十の坂を越えよつて白粉をつけて俏した処で地獄の鬼は惚れては呉れはせぬぞ、三途川の鬼婆の姉妹と取り違へられて、冥土に行つても又大々的排斥をせらるるのは判を捺した様なものだ、本当に困つた婆だな、執着心の強い粘着の深い、着いたら離れぬと言ふ牛蝨の様な代物だ、如何ぞして結構な三五教に救うてやり度いと思つて居るのだが、もう斯うなりては駄目かな、耳は蛸になり目は木の節穴の様に硬化して仕舞ひ、口ばつかり無病健全と言ふ代物だから、如何しても見込みがつかぬ哩』 婆(黒姫)『エー、ツベコベと世迷ひ言を能う囀る男だ、初めには三五教が結構だと言つて涙を零し、洟まで垂らして有難がり、次には三五教は薩張り駄目だ、瑞の霊の不可解な行動が腑に落ちぬ、もうもう愛想がつきた、三五教のあの字を聞いても胸が悪いと言ひよつて、此黒姫の紹介でウラナイ教にヤツと拾ひ上げ、もう何うなり斯うなり一人歩きが出来る様になつたと思へば又もや変心病を出しよつて、「矢張りウラナイ教は駄目だ、先の嬶は嘘はつかぬ哩、三五教の御神力が強い」と、萍の様な心になつて、風が東から吹けば西に漂ひ、西から吹けば東の岸に漂着すると言ふ漂着者だ、ソンナ事で神様の御蔭が貰へるか、終始一貫、不変不動、岩をも射抜く梓弓、行きて帰らぬ強き信仰を以て神に仕ふるのが万物の霊長たる人間の意気だよ、能うフラフラと変る瓢六玉だ、アヽ可憐相な者だ、ヤア哀なものだなア、オホヽヽヽ』 青彦『何を言ひよるのだ、コラ黒姫、貴様だつて三五教は結構だ、広い世界にコンナ誠の教があらうかと言ひよつて、今迄信じて居たバラモン教を弊履を捨つるが如く念頭より放棄し、今又ウラナイ教の高姫の参謀になりよつたと思つて、偉相な事を言ふない。お猿の尻笑ひと言ふのは貴様の事ぢや、オヽそれそれ猿で思ひ出した、猿と言ふ奴はかく事の上手な奴ぢや、貴様は高姫の筆先だとか、何とか折れ釘の行列の様な、柿のへたの様なものを毎日、日にち写しよつて、それを唯一の武器と恃み、鬼の首を篦でかき切つた様な心持になつて、世界中の誠の信者の信仰をかき廻すと言ふ、さるとはさるとは困つた代物だよ、猿が餅搗くお亀がまぜると言ふ事がある、コラ猿婆貴様の舌端に火を吐いて言向け和した信者の持ち場を、青彦の宣伝使が之からかき廻すのだから、マアマア精出して活動するが良い哩、貴様は三五教の先走りだ、イヤ、もう御苦労のお役だ、霊魂の因縁に依つて悪の御用に廻されたと思へば寧ろお気の毒に堪へぬワイ、アヽ惟神霊幸倍坐世、叶はぬから霊幸倍坐世、アハヽヽヽ』 (大正一一・四・一六旧三・二〇北村隆光録)
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(1704)
霊界物語 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 16 城攻 第一六章城攻〔六二七〕 冷たき風も福知山、世を艮の大空に聳り立ちたる鬼ケ城、千引の岩にて固めたる、鬼熊別が千代の住家、金城鉄壁一卒これを守れば万卒攻むべからざる、敵の攻撃に対しては絶対的の安全地帯、岩窟の中に築きたる八尋殿に砦の棟梁鬼熊別は、角の生えたる命の女房、顔色黒い蜈蚣姫数多の人足従へて夜昼堅固に守り居る。鬼熊別が懐中刀と頼みたる、荒鷹、鬼鷹始めとし、紫姫や容貌美き丹州の、味方の兵士を呼び集め、三五教の宣伝使、悦子姫が率ゐ来る言霊隊の進軍に対して、防戦の協議を凝らす大会議、数多の従卒岩窟戸の周囲を十重二十重に取り囲み、敵の襲来に備へ居るその物々しさ、よその見る目も勇ましき。鬼熊別は一同に向ひ、 鬼熊別『三五教の奴原、大江山に在す鬼雲彦の御大将の館を蹂躙し、尚ほ進みて三嶽の岩窟を破壊し去り、今や少数の神軍をもつて本城に押し寄せ来るとの注進、吾は名に負ふ大軍を擁し、斯る堅城鉄壁を構へ居れば、如何なる英雄豪傑鬼神の襲来と雖も屈するに及ばず、然はさりながら油断は大敵、汝等は是より、味方の数多の部下を引率し、所在武器をもつて敵に向ひ、只一戦に殲滅せよ、夫についての作戦計画、意見あらば各吾前へ開陳せよ』 と厳命したりければ、荒鷹は進み出で、 荒鷹『御大将の御仰せ、一応御尤もでは御座いますが、御存じの通り大江山の鬼雲彦は数多の味方を擁しながら、僅四人の宣伝使のために一敗地に塗れて雲を霞と遁走せられたる如く、到底天来の神軍に対し武器をもつて向ふは心許なし、何か良き方法あらばお示し下さいませ』 蜈蚣姫『さうだと申して此鬼ケ城に於ては、槍、長刀、剣の外に敵に対する武器はあらず。汝等如何に致す所存にや、良策あらば遠慮なく開陳せよ』 鬼鷹『畏れながら、鬼熊別、蜈蚣姫様に申上ます、敵は言霊を以て迫り来り、五色の霊光を放射し敵を縦横無尽に駆悩ます神力を具備し居れば、到底此儘にては叶ひ難し。吾は幸ひ一声天地を震撼し、一言風雨雷霆を叱咤する神力を図らずも三嶽山の山上に於て白髪異様の神人より伝授されました、もう此上は大丈夫、仮令幾万の武器ありとも、部下の身体を霊縛されなば如何ともする事は出来ますまい、吾々は言霊を以て寄せ来る敵を殲滅するを最上の策と存じます』 鬼熊別『汝一人如何に言霊を応用すればとて、其他の部将は如何致す積りだ』 鬼鷹『畏れながら、荒鷹、丹州、紫姫のお歴々は、私と一度に神変不思議の言霊の妙術を神人より伝授され居りますれば、必ず必ず御心配あらせられな、仮令三五教の宣伝使、神変不思議の霊術をもつて迫り来るとも、吾が言霊の威力を以て、縦横無尽にかけ悩まさむ、必ず必ず数多の部下を労し、兇器をもつて向はせ給ふべからず、確に吾々勝算が御座る』 と事もなげに述べ立てたるに、鬼熊別、蜈蚣姫は満面に笑を湛へ、 鬼熊別『然らば鬼鷹汝に全軍の指揮を命ず、必ず共に油断致すな、吾は是より高楼に登り、汝等が奮戦の状況を見む、蜈蚣姫来れ』 と此場を立つて奥の一間に悠々と忍び入る。忽ち聞ゆる宣伝歌の声に耳を聳立て、 鬼鷹『ヤアヤアかたがた、敵は間近く攻め寄せました、何れも防戦の用意あれ』 荒鷹『仮令三五教の宣伝使、悦子姫、音彦、加米彦、青瓢箪彦、腰の曲つた夏彦、狐のやうに目の釣り上つた常彦押寄せ来るとも、吾は孫呉の秘術を揮ひ、否々神変不思議の言霊の妙術を発揮し、敵を千変万化に駆悩まし、勝鬨上げるは瞬く間』 と勇める顔色英気に満ち、威風凛々として四辺を払ふ勇ましさ。一同は双手を打ち一斉にウローウローと鬨の声、山岳も崩るる許りの光景なり。 宣伝歌の声に一同は勇み立ち、鬼鷹、荒鷹其他の言霊隊は廊下に立ち現はれ、寄せ来る神軍の言霊の散弾に向つて防戦の用意に取りかかりぬ。寄手の部将加米彦は声も涼しく宣伝歌を宣り始めたり。 加米彦『神が表に現はれて善と悪とを立て別ける 鬼熊別の運の尽き亡び行く世は如月の 三五の月は大空に明皎々と輝きて 鬼の頭を照すなり万代祝ふ加米彦が 悪魔の砦に攻め寄せて宣る言霊は天地の 百の神達八百万諾ひ給へ鬼ケ城 群がる曲を言向けて西の海へと逐散らし 豊葦原の瑞穂国隈なく照す言霊の 誠の水火を受けて見よ槍雉刀や剣太刀 穂先を揃へて攻め来とも皇大神の守ります 吾加米彦の誠心は火にも焼けない又水に 溺れもせない如意宝珠万代朽ちぬ生身魂 玉の御柱立て直し言向け和す其ために 今や加米彦向うたり吾と思はむ奴原は 一人二人は面倒だ千万人も一時に 小束となつて攻め来れ三五教の宣伝使 神の御魂を蒙りて息吹の狭霧に吹き払ひ 風に木の葉の散る如く吹き散らさむは目のあたり 心改め吾前に帰順致すかさもなくば 城を枕に討死かそれも厭なら逸早く 城明け渡し逃げ出せ月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも此加米彦が麻柱の 心の魂に言向けて丹波の空に塞がれる 雲霧四方に吹き払ひ清めて晴らす神の道 嗚呼面白い面白い神の守りの宣伝使 嗚呼惟神々々御魂幸はひ坐ませよ』 と謡ひ終りし加米彦が宣伝歌に四辺を守る数多の部卒は頭を振り暫く苦悶の体を現はしける。 少壮白面の丹州は、加米彦の言霊に応戦すべく白扇を披き左右左に打ちふりながら、 丹州『誠の風の福知山人の心の鬼ケ城 鬼も大蛇も言向けて世人を救ふ神心 鬼熊別はバラモンの神の教の宣伝使 素より悪き者ならず顔色黒き蜈蚣姫 色の黒いに霊ぬかれ知らず識らずに水晶の 清き霊は曇り果て常夜の暗となり果てぬ さはさりながら加米彦よ人は神の子神の宮 悪の中にも善がある善に見えても悪がある 鬼熊別の大将は欲に心を曇らせて 曲の言霊宣りつれど時節来れば又元の 神の霊と立ち復り神の御為め国のため 世人のために勲功をひよつと立てまいものでない 許せよ許せ麻柱の神の教の宣伝使 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直せ聞き直せ 身の過ちは宣り直せこれぞ天地の大神の 御旨に等しき心なり嗚呼加米彦よ加米彦よ これの砦に立ち向ひ言霊戦を開始して 勝鬨あぐる汝が心さはさりながらさりながら 満つれば欠くる世の習ひ弱きを助け強きをば 抑へて行くが神の道勝に乗じて徒に 吾等が味方を悩ますな神の御眼より見給へば 世界の者は皆我が子神は親なり人は子よ 人と人とは兄弟よ兄弟喧嘩は両親に 対して不幸となるものぞ吾が言霊の一つだに 汝が耳に入るならば早く此場を立ち去れよ 世人を救ふ宣伝使嗚呼惟神々々 御魂幸はへましませよ』 と謡ひ終り忽ち姿を隠したり。 加米彦『何だ丹州の奴、敵だか味方だか訳の分らぬ事を云ひよつたな、エヽ気の弱い奴だ。鬼熊別に余程気兼をして居ると見える哩、アハヽヽヽヽ』 腰のくの字に曲つた小男の夏彦は敵の岩窟に向ひ、言霊戦を開始すべく宣伝歌を歌ひ始めたり。 夏彦『鬼の棲家と聞えたる曲津の潜む鬼ケ城 鬼熊別や蜈蚣姫牛のやうなる角生やし 虎皮の褌きうと締め広い世界をのそのそと 吾物顔に蹂躙り彼方此方の女達 弱いと見たら忽ちに小脇に掻い込み連れ帰り 寄つてかかつて嬲者生血を啜り肉を喰ひ 未だ飽き足らで人の家に隙を窺ひ忍び込み 目より大事と蓄へた金や宝をぼつたくり 栄耀栄華の仕放題雲に聳ゆる鬼ケ城 殊更高い高楼に登つて悠くり酒喰ひ 世人を眼下に見下して暑さ寒さも知らず顔 いかい眼を剥き鼻を剥き大い口をかつと開け 人を見下ろす鬼瓦夏彦司の言霊の 霰を喰つて忽ちにがらりがらりとめげ落ちる 鬼熊別の身の果てぞ今から思ひやられける 春とは云へど夏彦が誠にアツき言霊の 矢玉を一つ喰つて見よ鬼鷹、荒鷹、鹿に馬 紫姫も丹州も風に木葉の散る如く 不意を喰つてばらばらばら夕立のやうな涙雨 乾く間もなき袖時雨月は御空に輝けど 汝がためには運の尽きウロつき間誤つきキヨロつきの ウロつき廻る狐憑き鬼に大蛇はつきものぢや 昔々の神代より鬼の夫に蛇の女房 世の諺はあるものにこれや又何とした事か 鬼の女房に蜈蚣姫青い爺に黒い嬶 サア是からは夏彦が日頃鍛へし言霊の 霊弾を向けて鬼ケ城紅蓮の舌で舐めてやろ 嗚呼面黒い面赤い嗚呼惟神々々 とても叶はぬ叶はぬから耐りませぬと鬼共が 逃げ行く姿を目の当り見る吾こそは楽しけれ 見る吾こそは面白き。 アハヽヽヽ』 加米彦『オイ夏彦、何と云ふまづい言霊だ、ソンナ事で敵が降服するものか、宣り直せ宣り直せ』 夏彦『身魂相応の言霊をやつたのだ、何程宣り直せと云うても、はや品切に相成申候だよ』 加米彦『アハヽヽヽ、怪体の言霊もあるものだなア、併しこれも今度の戦闘の景物と思へば辛抱が出来るよ』 夏彦『何れ腰が曲つて居るものだから、臍下丹田から出る言霊も何うせ腰折れ歌だよ、アハヽヽヽ』 岩窟の方より鹿公は立ち上り、又もや扇を打振り打振り、寄せ手に向つて大音声に言霊戦を開始したり。その歌、 鹿公『真名井ケ原に現れませる豊国姫の大神に 詣でむものと紫姫の神の司は都をば 立ち出で給ひ馬と鹿二人の伴を従へて 山越え谷越え川を越え大野ケ原や里を越え 真名井ケ原の手前迄進み来れる折柄に 三嶽の岩窟に立て籠る荒鷹、鬼鷹両人が 部下の魔神に欺かれ真名井ケ原は此方ぢやと 云うた言葉を真に受けて暗き岩窟に誘はれ 深い穴へと放り込まれ馬と鹿とは馬鹿を見た 紫姫は幸に渋皮剥けたるお蔭にて 鬼鷹荒鷹両人がお目に留まつて助けられ チンコ、はいこと敬はれ岩窟の女王となり済まし 権威を揮ふ凄じさ間もなく出て来た麻柱の 神の教の宣伝使容貌も形も悦子姫 松吹く風の音彦や背の堅い加米彦が のそのそ来る谷の口バサンバサンと衣洗ふ 婆々にはあらぬ紫姫の神の司の優姿 肝を潰して加米彦が荊棘の茂る坂道を 転けつ辷りつ漸うに岩窟の前にやつて来て 思ひがけなき陥穽ドスンと落ちて尻餅を ついたかつかぬか俺や知らぬそれから三人のこのこと 紫姫に誘はれ岩窟の中にやつて来て 俺を助けて呉れた故そこで二人は麻柱の 神の教に入信し三嶽の山の絶頂で レコード破りの風に遇ひこれや耐らぬと四つ這ひに なつて漸う木の茂み一同此処に息やすめ 白河夜船と寝て居れば鬼鷹荒鷹やつて来て 鹿と馬とを後手に縛つて又もや岩窟に 押し込められた夢を見てビツクリ仰天起き上り 月の光を賞めながら其辺をぶらつく時もあれ 現はれ来る黒い影摺つた揉みたといさかいつ とうとう鬼鷹荒鷹の二人の奴を言向けて 三五教に導きつ悦子の姫の命令で 帰つて来たは表向おつとどつこいこれや違ふ 俺が言ふのぢやなかつたに余り嬉して間違つた ヤイヤイ夏彦常彦よドツコイすべつた灰小屋で 灰にまみれて真黒気もう斯うなれば是非もない 他人は兎も角俺だけは今を限りに鬼熊別の 大将に尻を喰ますぞよむかづくまいぞよ蜈蚣姫 うつかり剥げた嘘の皮俺の身魂はまだ暗い 言霊戦は皆駄目だ嗚呼惟神々々 御霊幸はひましませよ蛙は口から知らぬ間に 腹の中をば曝け出しもう叶はぬから逃げて出る 三五教の宣伝使本当に吾は帰順する 何うぞ赦して下されや』 と尻を捲つて一散走り、音彦が戦陣に向つて、一目散に逃げ来る可笑しさ、悦子姫、音彦、加米彦は可笑しさに吹き出し、笑ひ転けたり。 (大正一一・四・二三旧三・二七加藤明子録) (昭和一〇・五・二六王仁校正)
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(1774)
霊界物語 21_申_高春山のアルプス教 01 高春山 第一章高春山〔六七五〕 雲を圧して聳り立つ高春山の山頂に バラモン教を開きたる大国別に憑依せる 八岐大蛇の分霊醜の曲霊が割拠して 山野河海を睥睨し大江の山と三国岳 六甲山と相俟つて冷たき魔風を吹き送り 蜈蚣の姫の手下なる鷹依姫が朝夕に 心を砕く鳩胸や仕組の奥は割れ岩の 胆を煎るこそ恐ろしき。 南に瀬戸の海を控へ、東南に浪速の里を見下ろし、西北東に重畳たる連山を瞰下する高春山の絶頂に岩窟を作り、バラモン教の一派を建て、アルプス教と称し、自転倒島を飽く迄も、八岐大蛇の勢力圏内に握らむと、昼夜心を悩まして居た。山麓には細長き津田の湖が横たはつてゐる。此湖水には大蛇の分身たる数多の蛇神潜伏して、日夜邪気を吐き出し、地上の空気を腐爛せしめつつあつた。高姫、黒姫は波斯の国北山村の本山を捨て蠑螈別、魔我彦をして後を守らしめおき、三五教に帰順したる改心の証拠として、アルプス教の鷹依姫を言向け和さむと、波斯の国より乗り来れる飛行船に乗じ、高春山の山麓に着いた。これより二人は巡礼姿に身を変じ、高春山の鷹依姫が岩窟に進まむと、壁を立てたる如き高山を登り行く。 高春山の五合目許りの処に、天の森と云ふ巨岩が立並び、中央の樹木鬱蒼たる間に、小さき祠がある。之を竜神の宮と云ふ。此竜神は雨風を自由になす神と称へられ、鷹依姫が唯一の守護神として尊敬して居た。それが為に何人も、此境域に近づく事を厳禁して居た。テーリスタン、カーリンスと云ふ二人の荒男は、此竜神の宮を固く警護して居た。二人は巌の上に高鼾をかいて寝んで居る。高姫、黒姫は漸く此処に登り来り、 高姫『なんと立派な岩が並んで居るぢやありませぬか。一つ此景色の佳い所で休息して行きませう。まだ頂上までは余程道程がありますから……』 黒姫『宜しう御座いませう』 と碁盤形の門の戸を押し開け奥に進み入る。 高姫『アヽ此処には妙な祠がある。是れが噂に名高い鷹依姫の、雨を降らせ風を起す唯一の武器でせう。一つ改心さしてやりませうか。将を射むとする者は先づ其馬を射よと云ふ事だから、此雨風を起す悪神の眷属を改心させる方が、近路かも知れませぬなア』 黒姫『マア一寸お待ちなさいませ。拙劣に間誤付くと、大風大雨で攻められては困りますから、充分に様子を探つた上、ゆつくりとやらうぢやありませぬか』 高姫『そりや黒姫さま、何を仰有る。冠島の金剛不壊の玉を腹に呑み込んだ此高姫、言はば妾の体は如意宝珠も同然、多寡の知れた雨や風を起す竜神位に、何躊躇する事がありますかい。お前さまは三五教に帰順してから、チツと変になつたぢやありませぬか……イヤ三五教に帰順する以前から高山彦さまに対し、余程御親切が過ぎたやうですよ。神第一主義をどつかへ遺失し、高山第一、神第二と云ふ様なあなたの態度だから、そんな弱音を吐く様になるのだ。モウ此処へ来たら生命を的に、悪神を改心させて大神様にお目にかけ、我々の今迄の御無礼、お気障りの謝罪をせなくてはならぬ。謂はば千騎一騎の性念場だ。チツとしつかりしなさらぬかい』 黒姫『ハイハイ、そんな事に呆けて居る様な黒姫と見えますかな。チト残酷ぢやありませぬか。それ程妾に信用がないのなれば、却て貴女の御邪魔になつては可けませぬから、あなたユツクリ如意宝珠の力を発揮して手柄をなさいませ。妾は飛行船を借用して、自分の性の合うた所へ活動に参ります』 高姫『益々変な事を仰有るぢやないか。すべて戦ひは結束を固くせねば勝利は得らるるものでない。味方の方から裏切りをする様な弱音を吹いて何うなりますか。飛行船は既に既に鷹依姫の部下が占領して了つて居ますよ。飛行船なんかモウ必要はない。是れから頂上の割れ岩の醜の岩窟を言向け和し、進んで六甲山へ行かねばならぬ。チト確りしなさい。あまり高山さまに精神を取られて居れるものだから、曲津が憑依したのだらう。サア妾が鎮魂をして審べてあげよう。婆アの癖に髪を染めたり、薄化粧をしたり、まるで化物見たやうなそんな柔弱な事でどうして神界の御用が出来ますか。お前さまは二つ目に、言依別命様を柔弱だとか、ハイカラだとか非難をしなさるが、それはお前さまの心が映つて見えるのだよ』 黒姫『何と仰有つても、鎮魂は御無用です。さうしてお暇を頂きませう』 高姫『御勝手になさいませ。モウ今日限り師弟の縁を絶りますから』 黒姫『其お言葉を待つて居ました。サアサアどうぞ絶つて貰ひませう』 高姫『アヽ絶つてあげよう。黒姫の肉体を此処に置いて、サツサと帰りなさい。黒姫はソンナ馬鹿な事を云ふ身霊ぢやなからう』 黒姫『決して決して守護神(精霊)が言ふのぢやありませぬよ。黒姫の本人が申すのです。何程神直日大直日に見直し聞直して、妾の肉体に瑕瑾をつけぬ様に宣り直して下さつても、それは気休めです。どうしてもお暇を頂戴致します。本当に好かんたらしい、驕慢な高姫さま。どうぞ此れ限り、何と云つても御暇を頂き、醜の岩窟の鷹依姫様の御家来となつて活動致します。ウラナイ教の時には大変に重く用ひて下さつたが、三五教になつてからは、あなたを始め、誰も彼も妾を馬鹿にして……態ア見たか、偉相に威張つて居つたが、今の態は何ぢや。白米に籾が混つた様な顔して、隈くたに小さくなつて居らねばならぬぞよ……と神様が仰有つたぢやないか、その実地が来たのだ……なんて言依別命の左右に侍る幹部連が、妙な顔をして妾を冷笑して居る。それが第一気に喰はないのだ。モウ妾は三五教は駄目だと思ふ。しかし神様は結構だ。取次が間違つて居るのだから、三五教に離れても、あなたに暇を貰つても、一寸も痛痒は感じない。神様だけは妾の真心を知つて居て下さる。お前さまも将来になつたら……ア黒姫はそんな心であつたか、流石玄人だけあつて偉い者だつたと、アフンとしなさる事が出来て来ませうぞい』 高姫『随分猛烈な気焔ですなア。どうなつと勝手になされ。人を杖に突くなと云ふ事がある。妾もこれから独舞台で活動するのだ』 黒姫『師匠を依頼にするなと神様が仰有つた。こんな猫の目の様に心のクレクレ変る高姫のお師匠さまは、真平御免だ。好い腐れ縁の絶り時だ。お前さまは今日限り妾の宗旨敵だからさう思ひなさい。天晴戦場で、堂々とお目にかかりませうかい』 岩の上に寝て居つた、最前の二人の男、ムツクリ立ちあがり、 男(テーリスタン)『コリヤ女、此処を何と心得て居る、天の森の竜神様の御守護遊ばす聖地だ。汚らはしい女の分際として、断りもなく、此聖地を蹂躙しやがつた。サアもう量見がならぬ。当山の規則に照らして制敗してやらう。……オイ、カーリンス、綱を持つて来い。フン縛つて鷹依姫様の御前に引ずり据ゑてやるのだから……』 黒姫『モシモシお二人のお方、此処へ参りましたのは、決して蹂躙したのではありませぬ、竜宮の乙姫様の肉の宮、黒姫に用があるから、一寸来て呉れいと、天の森の竜神様が仰有つたので、飛行船に乗つて遥々参つたのですよ』 男(テーリスタン)『ナニ、お前さんが、竜宮の乙姫さまの御命令で来たと云ふのか』 黒姫『ハイハイ、妾は乙姫様の肉の宮ですもの』 男(テーリスタン)『妙な事を言ひますな。我々の御大将鷹依姫さまも、此頃は大変に、竜宮の乙姫さまがお出でになると云つて、一生懸命祈念を凝らして居られますよ』 黒姫『それ見なさい、高姫さま』 高姫『竜宮の乙姫さまは、遠の昔にお前さまの肉体を出て、後には曲津神が巣を組んで居るのですよ』 男(テーリスタン)『最前から我々が寝真似をして、二人の話を聞いて居れば、三五教の宣伝使と見えるが、なんだか愚図々々と喧嘩をしてゐたぢやないか』 黒姫『没分暁漢の高姫が、如意宝珠の玉を腹に呑み込んで居ると言つて、あんまり威張るものですから、今妾の方から絶縁を申込んだ所です』 男(テーリスタン)『そりや結構だ。お前さまは全く我々の同志だ。よしよし鷹依姫様に申上げて、都合好くとりなしを致しませう』 黒姫『どうぞ宜しうお頼み申します。………コラ高姫、態を見い、何程如意宝珠でも、大勢と一人では叶ふまいぞや』 と捨台詞を残し、テーリスタンと云ふ大の男に手を曳かれ乍ら急坂を登り行く。 高姫『アヽ仕方がない。到頭悪魔の容器になつて了つた。黒姫も今迄長らくの苦労を、一朝にして水の泡にして了つたか。アヽ可哀相なものだなア。コレコレそこのカーリンスと云ふお方、お前さまは何処から来たのだ、生れは何処だえ』 カーリンス『自分の国や生れが分る様な者が、斯んな所へ来て、宮番をするものかい。馬鹿な事を言ふない』 高姫『お前さまは如意宝珠の玉の肉体を知つて居るか。日の出神の生宮は誰だと云ふ事が分つて居るかい』 カーリンス『知つて居らいでか。お前の事ぢやないか。真偽の程は確でないが、最前から二人の話を聞いて居た。お前が所謂日の出神の生宮だらう』 高姫『敵の中にも味方あり、味方の中にも敵があるとは、よう言つたものだ。お前は妾の知己だ。中々身魂がよく磨けて居る。三五教へでも入信つたら、こんな小つぽけな宮番をせなくとも、立派な宣伝使になれるがなア』 カーリンス『私は宣伝使は嫌ひだ。朝から晩まで酒を飲んでグウグウと寝るのが好だ。彼方や此方へ乞食の様な真似をして、戸別訪問をして、犬の様に杓で水をかけられたり、箒で掃出されたり、引合はぬからなア。爺の痰を飲まされ、薯汁と痰の混汁に辷り転けて、揚句の果てには真裸で茨の池に落ち込み、着物を敵から貰ふ様な事[※第15巻第9章「薯蕷汁」のエピソード。]が出来するから止めとかうかい』 高姫『お前は妙なことを言ふ。薯汁や痰に辷り転けたのは何時の事だ。そして又誰の事だいなア』 カーリンス『そりやあお前さまよく御存じの筈だ』 高姫『ハテなア。海洋万里の波斯の国の出来事の譏り走りを聞いて居るとは、世間は広いやうなものの狭いものだ。これだから人間は慎まねばならぬ。悪事千里と云つて何処迄もよく行きわたるものだなア』 カーリンス『お前さまビツクリしただらう』 高姫『そりやまた、誰に聞いたのだい』 カーリンス『今頃そんな事を知らぬ者が一人でもあるものか。随分名高い話だぜ。鷹依姫さまは……おつつけ、心の明き盲、高姫と云ふ者が此山に出て来るから、一つ泡を吹かして改心させてやらねばならぬ。彼奴を改心させたならば、アルプス教の為には大変に間に合ふ……と云つて居られました。お前は高姫さまだらうがな』 高姫『ヘン、見違ひをして下さるな。黒姫の様な猫の目とは、チツと違ひますよ。サアこれから高姫が獅子奮迅の勢を以て、鷹依姫其他の部下を悉く言向け和すのだ。万々一、高姫の失敗になる様な事であれば、再び三五教へは帰らぬ積りだ。喉でも突いて死んで了うのだから、何と云つても、バラモン教の焼直しのアルプス教に対し、徹頭徹尾、頭を下げぬから、其積りで居なさい』 カーリンス『大変な固い決心だなア』 高姫『定つた事だよ』 高姫は谷間から滲み出る清水を手に掬んで、渇いた喉を潤して居る。其隙を窺ひ、カーリンスは高姫の首に細紐を手早くひつ掛け、グツと首を締め、 カーリンス『サアもう大丈夫だ。これで一つ、私の出世が出来る』 と高姫を背に負ひ乍ら、急坂をエチエチ登つて行く。 岩窟の中には、アルプス教の開山鷹依姫と云ふ中婆ア、木の株で作つた天然の火鉢を前に、長煙管を喞へ、二三の部下を前に据ゑて、 鷹依姫『今日は高姫、黒姫と云ふ二人の婆アが、此処へ出て来る筈だ。キツと神の魔力に依りて、天の森の竜神の宮に立ち寄る筈だから、テーリスタン、カーリンスの二人に、待伏せをさせて置いたのだが、やがてやつて来る時刻だらう』 甲『そんな事は、どうして分るのですか』 鷹依姫『そんな事に抜目のある妾かいな。チヤンと三五教の聖地へ指して密偵が這入り込ましてあるから、それが知らして来たのだよ。モウつい二人共、此処へやつて来る筈だから、お前達も充分に気を付けて、妾が此煙管で「クワン」と此磬盤を叩いたが最後飛んで出るのだ。それまでは次の間で、横になり考へて居るのだよ。併し寝て了つては可かぬから、目を開けて居るのだぜ』 三人は『ハイ』と答へて、次の間に身を隠した。そこへテーリスタンに伴なはれて黒姫が這入つて来た。 テーリスタン『只今帰りました。あなたの眼識には、実に敬服致しました。此通り黒姫を巧く引張り込みましたから、御安心下さいませ』 鷹依姫『これこれテーリスタン、何と云ふ失礼な事を言ふのだい。鬼の岩窟か何ぞの様に、引つぱり込みましたなんて、チツト言霊を慎みなさい。結構なお方を御迎へして帰りましたと、何故言はないのだい。……これはこれは黒姫様、遥々とよう来て下さいました。空中は余程風が烈しうてお困りでしたらう。後程ユルユルとお話を承はりますから、少時奥で御休息を願ひます』 黒姫『初めてお目にかかります。御神徳の高い御山と見えまして、雲までが皆謙遜り、谷底へ遠慮を致してゐますなア』 鷹依姫『雲に突き出た高春山、誠の御神徳は俗塵を離れて中空に聳えた聖地でなければ本当の神力は現はれませぬ。炮烙を伏せた様な低い山を背景にして神業を開始するなぞと、てんで物に成りませぬワ。四尾山と高春山とは気分が違ひませうがなア』 黒姫『大きに違ひます。妾も此処へ登つてから何だか気分が面白くなつて来ました。三五教のアの字を聞いても厭になりましたよ。それに言依別命と云ふハイカラな教主になつて居るのだから、内幕の腐爛状態と云つたら御話になりませぬ。又高姫と云ふ……もとは妾のお師匠で御座いますが、カンカラカンのカン太郎が、頑固一途を立て通すものですから、妾も此処までやつて来て、天の森の竜神さまの前で、暇を呉れてやりました』 鷹依姫『それは何より結構です。此世でさへも切り替へがあるのだから、良い加減に思ひ切つて、新しい世界へ出た方が貴女の身の為ですよ』 黒姫『ハイ有難う御座います。黒姫の思うて居ることをスツカリ仰有つて下さいまして、唯一の共鳴者を得た様な心持が致します。生れてからこれ位愉快な事はありませぬワ』 鷹依姫『サアどうぞ奥へ行つて御休息下さいませ』 とテーリスタンに目配せした。 テーリスタン『サア黒姫さま、奥へ御案内致しませう』 と手を取つて岩室の中に案内した。そして外よりガタリと蝦錠をおろし、 テーリスタン『モウ斯うなつては、何程藻掻いても駄目ですから、充分に御考へ置きを願ひます。左様ならば』 と云ひ捨て、鷹依姫の側に立帰り、 テーリスタン『首尾よう岩室の中に籠城を命じて置きました。併し乍ら、あの黒姫に限つて、決して御心配は要りませぬ。平岩の上に於てスツカリ、高姫と黒姫の心中を探りました。モウ大丈夫ですよ』 鷹依姫『さう軽々しく楽観は出来ない。油断は大敵だ。罷り違へば爆裂弾を抱いて寝るやうなものだからなア』 テーリスタン『竜神の祠の前へ来るまでは、両人はどうしても、貴女を三五教へ帰順させると云ふ目算らしう御座いましたが、竜神の祠の中から神様の御神霊が現はれ、黒姫にのり憑られたと見えて、俄に……妾は竜宮の乙姫の生宮だと威張り出し、二人が喧嘩をおつ始め、到頭黒姫は貴女の部下になると云つて、ここを目蒐けて走り出しました。それで私もコレコソ渡りに船だと心勇み、手を曳いて此処まで連れて帰つたのです。モウ大丈夫ですから御安心下さいませ』 鷹依姫『それは結構だが、モウ一人の高姫はどうなつたのだえ』 テーリスタン『高姫ですか。あれは何事にも抜目のないカーリンスに一任して来ました。屹度フン縛つて、やがて登つて来るでせう』 鷹依姫『あの高姫は腹に如意宝珠の玉を呑んで居るのだから、どうしても腹断ち割つて抉り出さねばならないのだ。併しうまくカーリンスが連れて帰つて来るだらうかなア。黒姫は玉無しだから、どうでも良い様なものの、肝腎要なは高姫だ。カーリンスが大変に困つて居るだらう。お前御苦労だが、モウ一度加勢に行つて呉れまいか』 テーリスタン『行けと仰有れば、行かぬ事はありませぬが、大変に、彼奴の顔を見ると目がマクマクするのですよ』 鷹依姫『何、目がマクマクするか、正しく如意宝珠の玉を呑んで居る証拠だ。目を塞いで、早くどうでもいいからフン縛つてなつと、二人して連れてお出で』 テーリスタン『承知致しました』 とテーリスタンは、山を一散走りに駆下る。後に鷹依姫は独言、 鷹依姫『アヽ時節は待たねばならぬものだなア。鬼雲彦や鬼熊別の大将株は、三五教の言霊とやらに討たれて、見つともない、男の癖に雲を霞と本国へ逃帰り、いい恥曝しをなされたが、女の一心岩でも徹すと云つて、夫に似ぬ健気な女房蜈蚣姫は三国ケ岳に立籠り、到頭黄金の玉を手に入れた。ヤレ嬉しやと思ふ間もなく、又しても其玉を三五教にウマウマと取返され、喜んだのは束の間、サツパリ糠喜びとなつて了つた。併し何程蜈蚣姫が智慧があつても、神徳が備はつて居ると云つても、此鷹依姫には足元へも寄れない。チツと爪の垢でも煎じて呑まして上げたいものだ。如意宝珠の玉の容器は、声なくして呼びつける。黒姫は玉無しだが彼奴は黄金の玉の在処を一番よく知つて居ると云ふ事だ。此間帰つて来た虎公の報告では黒姫さへ手に入れてうまく白状させたならば、黄金の玉も手に入ると云ふ事だから、云はば玉を手に入れたも同然だ。アヽなんとした結構な事が出来て来たものだらう』 とカンカン磬盤を長煙管で打つた。ウツウツと眠つて居た三人の耳には、早鐘の様に強く響いた。三人はビツクリ仰天起あがり、周章狼狽き、鷹依姫の居間に走り行き、 三人『火事だ火事だ』 と擂鉢を抱へて走る奴、火鉢を抱へて飛び出さうとする者、座敷の真中でキリキリ舞をする奴、右往左往に狼狽へ廻る。鷹依姫は長煙管の先で三人の頭をピシヤピシヤと叩き、元の座に悠然として腰をおろし、 鷹依姫『コラコラ貴様達は、何を狼狽へて居るのだい』 と大きな尖つた声で喚き立てる。 甲『ハイハイ何で御座いますか』 鷹依姫『何でもない。気を落ち着けなさい。今タカが一羽此家へ来るのだから、料理をせにやならぬ。其用意に出刃でも磨いで置きなされ』 乙『誰か鷹の様なものを捕つたのですか。彼奴は肉食鳥だから味が悪うて、臭くつて喰べられませぬ。大きな図体の割りとは羽根ばつかりで、食ふ所はチヨビンとよりないものですよ』 鷹依姫『エーそんな講釈は後にしなさい。羽根の無いタカが来たのだ』 斯く話す折しも、カーリンス、テーリスタンの両人は、高姫の首を締めた儘、担いで這入つて来た。 鷹依姫『アヽ御苦労々々々、マア庭の隅へでも片付けておいて、ユツクリ休んでお呉れ。随分骨が折れただらうなア』 テーリスタン『イエ骨は折りませぬが、首だけ締めて置きました』 鷹依姫『早く解いてやらないと息が絶れるぢやないか。息が絶れて了へば、折角の玉が死んで了ふ。生きた間に取らねば間に合はぬのだ。早う早う…』 と急き立てる。カーリンス、テーリスタンの両人は『ハイ』と答へて、徳利結びにした首の紐を解いた。最早高姫は縡切れたか、ビクとも動かぬ。 テーリスタン『ヤア此奴ア、到頭寂滅しやがつたなア。どうしたら宜からうか』 カーリンス『人工呼吸法だ』 と両人は一生懸命に高姫の体を捉へ、手や足を無暗矢鱈に動かして居る。暫くあつて、高姫は「ウーン」と息を吹き返す。 テーリスタン『アヽもう此方のものだ。鷹依姫さま、此先はどうするのですか』 鷹依姫『マア茶でも飲んでユツクリするのだ。其間に妾から命令を下すから……』 暫くあつて鷹依姫は、 鷹依姫『黒姫さまを招んで来なさい』 テーリスタン『ハイ』 と答へてテーリスタンは、黒姫を押込めた岩窟の前に走り行く。黒姫は忍び忍びに何か歌つて居る。 黒姫『高天原を立出でて三五教の宣伝使 高姫さまと諸共に御空を翔ける磐船に 乗りてやうやう高春の山の麓に着陸し 黄金の草をより分けて霧の海原探りつつ 一歩々々急坂を登つて来たのが天の森 巨岩怪石立並び風光絶佳の霊地ぞと 二人は此処に息休め竜神さまの祠をば 眺めて休らふ折柄に何んとは無しにビリビリと 震ひ出したる我身体高姫さまは知らねども 確かに尊き神懸りさはさり乍ら黒姫が 夢にも思はぬ囈語をベラベラ喋つて高姫に 力の限り毒ついた吾師の君よ高姫よ 猫の目玉のくれくれと心の変る黒姫と 必ず思うて下さるな此れには何か神界の 深い仕組のあるならむ曲津の軍いと多く アルプス教を開きたる鷹依姫が右左 司と仕へしカーリンステーリスタンの両人が 巌の上に横臥して狐狸の空寝入り 様子を窺ひ居ることに黒姫早くも気が付いて ワザと師匠の高姫に心に在らぬ事ばかり 申上げたは済まないがこれも何かの御経綸 妾の心はさうぢやないどうぞ赦して下さんせ 生命捧げた宣伝使悪魔のはびこる此岩窟 如何なる憂を見るとても言向和さで置くべきか 暫く待てよ高姫の吾師の君の宣伝使 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも黒姫如何になるとても 三五教の神教を天下に拡げにや置くものか 巌をも射貫く黒姫が固き心の梓弓 矢竹心は高姫の心の的に命中し やがては疑雲隅も無く天津日の如晴れるだろ アヽ惟神々々御霊の幸を賜へかし』 と歌つて居る。カーリンスは外より岩の戸を、鍵を以て押開け、 カーリンス『黒姫さま、教主様がお召びになりました。大変な所へお入れ申して、さぞ御腹が立つたでせうが、ここはどんな立派なお方でも、初めて這入つて来た方は、早くて三日、遅いのは十日二十日と、此岩窟で修行をさすのが規則ですから、決して押籠めたなどと思つては可けませぬぞや。三五教でさへも、岩窟の修行場が拵へてあるでせう』 黒姫『イエイエ決して悪くは思うて居ませぬ。斯様な結構な所で修行をさして頂くなら仮令一月が二月、三年五年要つた所で、別に苦痛とは思ひませぬよ』 カーリンス『それはまた大変な馬力ですな』 黒姫は微笑み乍ら、イソイソとして鷹依姫の前に現はれ、 黒姫『これはこれは教主様、結構な修行をさして頂きまして有難う御座います。成程あの岩窟は心が静まつて、結構で御座いますな』 鷹依姫『結構でせうがな。あなたは身魂の洗錬が出来て居りますから、僅一時位で卒業が出来たのですよ。開教以来あなたの様に早く出た方は御座いませぬ。お芽出度う御座います』 黒姫は、 黒姫『イヤ有難う御座いました』 と振り向く途端に、高姫の横たはる姿を見て打驚き、 黒姫『ヤア高姫さまが縡切れて居らつしやる』 と顔の色をサツと変へた。鷹依姫は、 鷹依姫『オツホツホツホヽ、あんまりカーリンスと格闘をなさつたものだから、御疲労なさつたものと見えます。お前さまは今見て居れば蒼白の顔をしてビツクリなさつたが、矢張り未練がありますかい。斃つた人を座敷へも上げず、土間に寝かして置いたのは無残の様に貴女は思つたでせうが、これは一つの医療法ですよ。お土のお蔭で血液の循環が旧へ復り、息吹き返す様にしてあるのだ。やがて蘇生されるでせう』 黒姫『ナニ妾は高姫なんかに未練がありますものか。こんな傲慢不遜な頑固者、今天の森で弟子の方から暇を与れてやつた所です。それを証拠に、妾は貴女の弟子になりたいのですが、使つて下さいますか』 鷹依姫『お前さまの云ふ事に間違ひなくば、喜んで手を引合うて行きませう』 黒姫『有難う御座います』 と云ひつつ黒姫は庭に下り、高姫の尻を力限りに握り拳を固めて、七つ八つ打ち、 黒姫『コリヤ高姫、思ひ知つたか』 高姫は『ウーン』と息を吹く。 黒姫『オホヽヽヽ、能う斃つたものだ。この儘棄てておけば死んで了ふのだが、併し此奴は貴方の御存じの通り如意宝珠の玉を呑んで居りますから、吐出さしてアルプス教の神宝にせなくてはなりますまい。何とかして大事に……イヤイヤ大事にせなくてもよい。生き返らして生玉を取らねばなりませぬから、暫く助けてやつたらどうです』 鷹依姫『黒姫さまの仰有る通り、一先づ生かして、玉を吐き出させねば、折角苦労した効能が無い。玉さへ取れば後は煮て食はうと、焼いて食はうと、若い奴に呉れてやる。併し生き返らうかな』 黒姫『これは容易に恢復しますまい。何卒黒姫に任して下さるまいか。さうすればキツト体を旧の通りにして、さうして折を考へ、生玉を引抜いて見せませう』 鷹依姫『アヽそんならお前様にお任せするから、宜しく頼みます』 黒姫『何と云つても玉を呑んで居るのだから、玉の納めてある室へ高姫の死骸を寝さし妾が介抱をしてやりますから、極秘密に、誰にも分らぬ様にして下さい。黒姫がキツト取つてお目に掛けます』 鷹依姫『アヽそんなら御頼み申します。誰も這入つた事のない玉の居間、彼処には紫の夜光の玉が納まつて居る。是れはアルプス教の生玉だから、誰にも見せないのだが、お前さまの精神を見届けたから、其居間を一任しませう』 黒姫『それはそれは実に望外の仕合せ、此上は粉骨砕身、アルプス教の為に、犬馬の労を惜みませぬ』 鷹依姫『妾も実は相談しようにも相手がなくて困つて居つたのだ。御前さまが此処へ来て呉れたは天の与へ、肉身の妹が来たも同然だから、互にこれから諒解し合うて秘密の相談を致しませう。サア妾が案内をしますから……』 と先に立つ。 黒姫『高姫の死骸を持つて行かねばなりますまい』 鷹依姫『アヽさうでしたな。併し乍ら秘密室に誰も入れる事が出来ないのだから……』 黒姫『妾が担いで参りませう。………ヤイ高姫、お前は幸福者だ。一旦縁を絶つた妾に又世話になるのかいやい』 と口汚く罵り乍ら、脇にエチエチ引抱へ、足を引摺りもつて、鷹依姫の後に従つて秘密室に這入つて行く。 鷹依姫『ここが大切な所だから、お前さま、高姫の息吹き返す様に、鎮魂をしてやつて下さい。さうして時節を待つて生玉を抜いて下さいや』 黒姫『何事も呑み込んで居ます。其代りに十日許り、二人前の食料を入れて下さい』 鷹依姫はニコニコし乍ら、我居間に帰り、珍味佳肴を、ソツト秘密室へ持運び、素知らぬ顔をして居る。 高姫はムクムクと起上り、四辺をキヨロキヨロ見廻して、 高姫『アヽ妾は夢を見て居たのかいな。アヽ黒姫さま、お前さまと天の森の竜神の祠で従来に無い大喧嘩をして、それより悪い奴に喉を締められたと思つて居たが……ヤツパリ夢だつたかなア』 黒姫、あたりを憚る小声にて、 黒姫『高姫さま、決して夢ぢやありませぬ。ここは高春山の割れ岩の岩窟……』 と耳に口を当て、何事かヒソヒソと囁いて居る。高姫は紫の玉を眺め、 高姫『マア立派な玉がありますな』 黒姫『これがアルプス教の性念玉です。此れさへ手に入れば、アルプス教は最早寂滅、何とかして帰順させる方法はありますまいかなア』 高姫『ナニ、ありますとも、この高姫が呑んで持つて帰れば好いのだ』 黒姫『何でもあなたは呑み込みが良いから便利ですなア』 高姫『練つて練つて練つて練り倒し、仕組の奥の生玉を呑み込んだ此妾、此玉の一つや二つ呑むのに何の手間暇が要りますものか』 と云ふより早く、玉を手に取り、クネクネクネと撫で廻し、餅の様に軟かくして、グツと呑み込んで了つた。此時秘密室の外に、慌ただしく駆出す足音が聞えた。此れはテーリスタン、カーリンスの二人であつた。嗚呼、高姫、黒姫の運命は如何なるであらうか。 (大正一一・五・一六旧四・二〇松村真澄録)
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霊界物語 21_申_高春山のアルプス教 08 津田の湖 第八章津田の湖〔六八二〕 津田の湖辺に現はれたる三人の宣伝使を始め、遠、駿、武、三、甲、雲の六人は高春山を遥に眺めて、今や三方より進撃せんとする計画を定むる折しも、六人の泥棒は内輪喧嘩を始め出し、武州、駿州、遠州は向脛を打たれて其場に倒れたるを見すまし、三、甲、雲の三人は此場を見捨てて、元来し道に逃げ去つた。 茲に竜国別は道を北に採り、迂回して大谷山より攻め上る事とした。又国依別は鼓の滝を越え六甲山に登り、魔神を言向けつつ高春山に向ふ計画を定めた。玉治別は湖辺に繋ぎある舟に身を托し、津田の湖を渡つて驀地に高春山に押寄すべく、足を痛めた三人を舟に乗せて自ら艪を操り乍ら、寒風荒む月の夜を西方の山麓目蒐けて漕ぎ出だす。湖水の殆ど中央まで進みし時、三人は俄に立上り、 遠州『オイ貴様は三五教の宣伝使、誠の道を立て通す神聖な役目であり乍ら、秘密書類を手に入れたを幸に、敵の備へを覚り、三方より攻め寄せむとするは実に見下げ果てたるやり方だ。何故誠一つで進まぬのかい』 駿州『実の処はその手帳は吾々の仲間に取つて大切な品物だ。それを貴様に奪られて堪るものか。杢助の宅に於いて、この大切な書類を貴様が手に入れたのを覚つた故、吾々六人は道々符牒を以て諜し合はせ、態と喧嘩をして見せ、脚が痛いと詐つてこの舟に乗込んだのだぞ』 武州『サア、最早ジタバタしても叶はぬぞ。綺麗薩張と俺達に返納致せ。愚図々々吐すと、此の湖中へ投り込んで了ふぞ』 玉治別『アハヽヽヽ、貴様達何を吐すのだ。三五教の神力無双の宣伝使に向つて、刃向うとは、生命知らずも程がある。蟷螂の斧を揮つて竜車に向ふも同然、速かに改心致せば赦してやるが、何処までも悪心を立て通すなら、最早是非に及ばぬ、言霊を以て汝が身体を縛り上げ、此の湖水へ投げ込んでやらうか』 遠州『貴様に言霊の武器があれば、此方にも言霊の武器がある。おまけにこの鉄腕が唸りを立てて待つて居るぞよ。サア早く此方に渡さないか』 玉治別『渡せと云つても俺一人の物では無い。竜国別や、国依別に協議をした上、渡してもよければ渡してやらう』 遠州『馬鹿を云ふな。竜国別や、国依別は吾々の同類が途中に待伏せて、平らげて了ふ手筈がチヤンと整うて居るのだ。この湖を向方へ渡るが最後、味方のものが待ちうけて、貴様を嬲殺しにする手筈が定つて居る。驚いたか、何と吾々の計略は偉いものだらう』 玉治別『たとへ小童どもの三人や五人、百人攻め来るとも、恟とも致すやうな玉治別では無い、あんまり見損ひを致すな。鷹依姫は表面にアルプス教を標榜しながら、山賊の大親分になつて居るのだな』 駿州『馬鹿を云ふない。アルプス教には泥棒は一人も居ない。唯俺達は駄賃を貰つて此仕事をするだけだ。実は俺達はアルプス教ではない。盗人の団体だからトツクリ見て見よ。その手帳に俺達の名は記してない筈だ。聖地へ忍び込んだ奴の名前が沢山あるといふことだが、最早貴様にそれが判つたところで、アルプス教は痛痒を感じない。其代り貴様等三人の宣伝使を亡き者に致せばよいのだ。……オイ何うだい、此奴を真裸体にして秘密書類をフン奪り、高春山へ持参せば結構な御褒美が頂戴出来る。サアぬかるな』 と三方より櫂を以て打つてかかる。 無抵抗主義の三五教の宣伝使も、已むを得ず正当防禦の積りで、両手を組み天の数歌を謳つた。されど神慮に反きし敵の秘密書類を懐中したる穢れのためか、今日に限つて天の数歌も、鎮魂も、何の効果も現はれなかつた。三人は三方より滅多打ちに打ちかかる。 玉治別は已むを得ず、又もや櫂を握るより早く三人の中に交つて飛鳥の如く防ぎ戦うた。如何がはしけむ、遠州はバサリと湖中に落ちた。二人に追ひ詰められて玉治別は又もやザンブとばかり湖中に真逆様に落込んだ。舟に掻き着き上らうとすれば、二人は上より櫂を以て頭を撲りつけやうとする。遠州は其間に舟に駆上り、 遠州『サア玉の奴、神妙に渡せばよし、渡さねば貴様の生命はモーないぞ』 玉治別は一生懸命抜き手を切つて逃出す。三人は櫂を操り乍ら玉治別を追ひかける。玉治別は浮きつ沈みつ逃げ廻る。秘密書類は懐中より脱出して水面に浮き上つた。三人は手早く之を拾ひ上げて、大切に濡れた儘そつと舟の中に匿し、尚も玉治別の浮きつ沈みつ逃ぐるを追ひかけ、頭を目蒐けて撲りつけようとする。撲られては一大事と、苦しき息を凝らし乍ら水底を潜り、一方に頭を上げて息をつぎ見れば、又もや三人は舟にて追ひかけて来る。 玉治別は進退谷まり、九死一生のところへ矢を射る如く、一人の子供を乗せて漕ぎつけた一隻の舟。玉治別は盲亀の浮木と喜び勇んで舟に取ついた。舟人は玉治別を助けて舟に乗せた。玉治別は息も絶え絶えになつてゐる。此の時三人の盗人は、 三人『エー邪魔ひろぐな』 と此の舟目蒐けて攻めかけ来る。 船人『貴様は遠州、駿州、武州の小盗人だらう。サア、モウ俺が此処に来た上は、汝も最早観念せねばなるまい。片つ端から叩き潰してやらう』 此声に三人は驚いて一生懸命に櫂を操り、矢を射る如くに西へ西へと逃げ出した。湖中に突出せる大岩石に舟の先端を衝突させ、船体は木つ端微塵になつて、ゴブゴブゴブと沈没した。三人は思ひ思ひに抜き手を切つて逃げようとする。 船頭は三人の浮いた頭を目当に舟を差向けた。玉治別は漸く気がついた。見れば杢助親子が舟に乗つて、三人の泥棒の影を目当に走つてゐる。 玉治別『アー貴方は杢助さま。危い所をよう助けに来て下さいました』 杢助『話は後でゆつくり聞きませう。愚図々々して居れば三人の泥棒の生命が失くなつて了ふ。サア貴方も此櫂を漕いで下さい』 玉治別は直ちに櫂を漕ぎ始めた。漸くにして三人の泥棒を救ひ上げた。さうして以前の湖中の岩の上に三人を送り、舟を此方に引返し、十数間許り距離を保つて、三人に向ひ宣伝歌を聞かさむと、声も涼しく歌ひ始めた。 玉治別『朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも誠の力は世を救ふ 誠一つの世の中に誠の道を踏み外し 天地に罪を重ねつつ終には根の国底の国 地獄の底のどん底の焦熱地獄に落されて 苦しみ悶える幽界の掟を知らずに智慧浅き 体主霊従の人々が小さき欲に目が眩み 結構な身魂を持ち乍ら他の宝を奪ひ取り 飲めよ騒げの大騒ぎ遊んで暮す悪企み 地獄の釜の道作りそれも知らずに曲道を 通る身魂ぞいぢらしき仮令大地は沈むとも 誠の道に叶ひなば大慈大悲の大神は 必ず救け給ふべし遠州武州駿州よ 汝も元は神の御子聖き身魂を受継ぎし 貴き神の生宮ぞ小さき欲にからまれて 此世からなる地獄道餓鬼畜生や修羅道の 責苦に自ら遭ひ乍ら未だ覚らずに日に夜に 道に背いた事ばかりわれは此世を平けく 治め鎮むる大神の教を宣ぶる宣伝使 決して憎しと思はない汝に潜む曲神を 一日も早く取り除けて誠の道に救はむと 願ふばかりの我心さはさり乍ら三五の 道を教ふる神司其の身を忘れてアルプスの 神の教に立て籠る鷹依姫が計略を 事も細かに記したる秘密の鍵を懐に 収めて曲を倒さむと思うたことは玉治別の これ一生の誤りぞ汝等は之を携へて 高春山に持参り鷹依姫に手渡して 手柄を現はし御褒美の金を沢山貰て来い さすれば汝が懐はふとつて親子が安々と 楽しき月日を送るだらうさは云ふものの三人よ 此世は仮の世の中ぞ万劫末代生き通す 霊魂の生命は限りなしなることならば三五の 神の教に身を任せ天晴れ世界の塩となり 花ともなりて香ばしき実のりを残せ後の世に あゝ惟神々々御霊幸はひましまして 悪魔の為に魂を曇らされたる三人を 直日に見直し聞直し其の過ちを宣り直し 神の大道にすくすくと歩ませ給へ大御神 珍の御前に玉治別が畏み畏み願ぎ奉る』 と歌ひ終つた。 三人は此歌に感じてか、但は離れ島に捨てられた悲しさに此場を免れむとしてか、一度に玉治別に向つて両手を合せ、涙を流して改心の意を表する。杢助は舟を岩の前に近づけ乍ら、 杢助『オイ三人の男、汝の片割れ三州、甲州、雲州の三人は俺の館に乗り込んで金銀の小玉を全部貰つて帰りよつた。汝は玉治別の懐中せるアルプス教の書類を狙つてゐるさうだ。併しそれを鷹依姫に届けてやつたところで、余り大した礼物もくれはしよまい。生命を的にそんな欲の無い小さいことを致すな。改心するなら今だ。何と云つても此の離れ島に捨てられては汝も浮ぶ瀬はあるまい。サア改心を誓ふか何うだ、改心致せば此舟に乗せて助けてやるが』 三人は口を揃へて、 三人『改心します。何うぞ赦して下さいませ』 杢助『玉治別さま、貴方のお考へは何うでせうか』 玉治別『改心さへしてくれたならば四海兄弟だ、何処までも助けたいものですな』 杢助『そんなら助けてやらうか』 お初は首を左右に振り、 お初『お父さん、斯んな人を助けたつて直に又悪いことを致しますよ。暫くこの離れ島に預けて置いたがよろしいでせう』 遠州『モシモシ小さいお方、お前さまは年にも似合はぬ、きつい人だな。そんな事を云はずに何うぞ助けて下さいな。屹度改心しますから』 お初『イエイエ貴方は未だ未だ改心が出来ませぬよ。サア、お父さま、早く艪を操つて下さい。小父さま、櫂を漕いで下さい。私も手伝ひませう』 玉治別『アヽさうだ。子供は正直だ。此奴等可愛いと思へば、暫らく岩の上に預けて置いた方が将来のためだらう。サア、杢助さま、彼方へ進みませう』 と湖中の岩島を後に、高春山の東麓を指して矢を射る如く進み行く。 不思議や湖水の水は見る見る水量増り、さしもに高き湖中の巌も次第々々に水中に没し、早くも足許まで波が押寄せて来た。刻々に増る水量に三人は、最早首の辺りまで浸つて了つた。 (大正一一・五・一九旧四・二三外山豊二録)
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霊界物語 25_子_豪州物語2(地恩城の黄竜姫) 01 水禽の音 第一章水禽の音〔七四七〕 時間空間超越し現幽神の三界を 過去と未来と現在に通観したる物語 伊都の教祖が艮の神の御言を蒙りて 現はれ給ひし瑞祥の明治は二十五の年 それに因みし巻の数須弥仙山に腰を掛け 三千世界を守ります神に習ひて掛巻くも 畏き神の現れませる高天原の大宇宙 その外側に身を置きてここに六合隈もなく 見渡し給ひし瑞御霊神素盞嗚の御心を 汲み取り給ふ大八洲彦神の命は月照の 瑞の御霊と現はれて綾の聖地に身を潜め 五十路の阪を二つまで越えた赤子の口を借り 大海原に漂へる名さへ芽出度き竜宮の 一つ島なるオセアニヤ黄金の砂を敷き詰めし 地恩の郷に三五の神の教を開きたる 五十子の姫や梅子姫鬼熊別の珍の子と 生れ出でたる小糸姫仁慈無限の天地の 元津御神の御心を覚りて道に尽したる 古き神代の語り草松竹梅の大本の 竜宮館を立出でて流れも清き小雲川 並木の老松ふくの神風に誘はれ吹き立てる 法螺貝喇叭にあらねども夢か現か誠か嘘か 嘘ぢやあるまい誠ぢやなかろさても解らぬ物語 心真澄の松村が口と鉛筆尖らして 吾が口述を書きとめる松雲閣の中の間に 無尽意菩薩を始めとし五六七太夫や加藤女史 やがては急ぎ北村の隆々光る神界の 御稜威を畏み村肝の心清めて書きとむる 所謂三界物語辷り出でたる蓄音器 取手を握りクルクルと螺旋仕掛のレコードが 茲に廻転始めけるあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ。 ○ 地恩城の役員控室には、スマートボール(敏郎司)、チヤンキー(英吉)、モンキー(米吉)其他二三人、赤裸の儘、芭蕉の実を喰ひ乍ら雑談に耽つて居る。 スマートボール『皆の御連中、人間も良い加減なものだなア。俺達も蜈蚣姫様に朝夕真心を尽し、随分忠勤を擢でて、危険区域に往来出没し、種々雑多の艱難辛苦を嘗めて来た者だが、海洋万里の竜宮島までお供をして来乍ら、吾々は平役人の一部に加へられ、清公さまの頤使に甘んじて居らねばならぬのだから、暗君に仕へるのは実に不利益此上なしだ。此頃は蜈蚣姫さまも女王様に会うた嬉しさに、俺達の殊勲を念頭から遺失して了ひ、今迄は寝ても起きても「スマート、スマート」とお声がかかつたが、此頃は何処のスマートに居るかとも言つて下さらぬ。本当に良い加減なものだよ。俺ア……モウ同伴者が有つたら波斯の国へでも帰りたくなつて来たワイ』 チヤンキー『お前が蜈蚣姫さまに夫丈尽したにも関はらず、抜擢されないのは、みんな身魂の因縁だ。前生からの罪の借金済しを指して下さるのだから、それで大変な御恵に預つて居るのだよ。俺だとて肝腎の黄竜姫様を、シロの島から生命からがら送つて来て、中途で難船をした殊勲者だから、何とか御言葉が懸りさうなものだけれど、ヤツパリ平役人の仲間だ。モンキーだとて其通り、そこが神様の依怙贔屓のない処だ……なア、モンキー、貴様もさうだらう』 モンキー『吾々小身者の分際として、チヤンキーモンキー言つて見た所で、歯節は立たぬよ。マアどうなりと生命さへ助けて貰へば、結構だなア』 スマートボール『それだと云つて、清公の奴、高山彦の後釜に坐り、宰相面をして俺達に何事も指揮命令する特権を与へられたのは、チツと合点がゆかぬぢやないか。何程身魂の因縁性来かは知らぬが、吾々の見る所では、何一つ是れと云ふ手柄をした様にもなし、半泥的の友彦宣伝使のお供をして来た平信者の分際として、出世すると云つてもあんまりぢやないか。レコード破りと言はうか、破天荒と言はうか、譬方の無い黄竜姫のやり口、人も有らうに、清公の様な若輩に、あれ丈の重任を御負はし遊ばしたのは、如何考へても合点の虫が承認して呉れないよ。それ程賢い人間でもなし、どつちかと云へば、チツと許り落して来た様な代物ぢやないか』 チヤンキー『さうだからお筆先に……阿呆になりて居りて下されよ。神の道は悧巧を出すと失敗るぞよ。他人が出世を致したと云うて嫉むでないぞよ。身魂の因縁丈の御用がさせてあるのだから……とお示しになつてるぢやないか』 スマートボール『それに……まだまだ業の沸く事がある……と云ふのは噂にチラツと聞けば、天下無双のネース宇豆姫さまを女房に貰ひ、ブランジー(国主)、クロンバー(国妃)の夫婦が後釜になると云ふ事だが、それが実際とすれば、俺達ア馬鹿らしくて、ジツとして居る事が出来なくなつて了ふ。其時にや貴様達は如何考へるか』 チヤンキー『アハヽヽヽ、又人の疝気を頭痛に病んで居よるな。実際の事を言へば、貴様宇豆姫に大変な執着心を懸けて居るのだらう。チツと妬けとると見えて、酢につけ味噌につけ因縁を附けるのだなア。……何時やらの月の輝く夜の事、宇豆姫さまが庭園を天女の様なお姿で、スラリスラリと木蔭を逍遥ひ遊ばした時、貴様は差足、抜足後の方から近寄つて、電話姫の様に……モシモシと吐した処、宇豆姫様にエツパツパを喰はされ……サーチライス、ユーリンスユーリンスと謝罪つて逃げ出したと云ふ専らの評判だよ。其時のエツパツパの肱鉄を根に持つて居るのだらう』 スマートボールは顔赭らめ、俯むいて黙つて居る。 モンキー『アハヽヽヽ、ヤツパリ……さうすると、火の無い所に煙は立たぬ。何時も……女なんか汚らはしい……と云ふ様な面付をして、スマーして御座るスマートボールさんも、ヤツパり気があるのかなア。恋に上下の隔てないとはよく言つたものだ』 スマートボール『馬鹿を云ふな。それや俺の事ぢやない。鶴公の事だ。……鶴公がなア、性懲りもなく宇豆姫さまのお臀を嗅ぎ廻り、幾回となくエツパツパエツパツパを喰ひ、悲観の極、失恋病に罹り、柿の木で人知れず首をツル公とやりかけた処、此様子を物蔭より見すまして居たスマートボール……ヘン此方が矢庭に其場に駆出で、プリンプリンの最中をギユツと下から抱きあげ、……如何に鶴さまだとて、首をツルと云ふ事が有るかい、マア待て、死は一旦にして易く、生は難しだ。キツと俺がお前の願望を叶へ指してやるから……と云つて慰め、漸くボールス(自殺)を中止させたのだ。其責任上俺は如何しても清公の縁談に水を注し、鶴公の女房に宇豆姫さまをせなくては、一旦男の口から吐いた唾を呑み込む訳にはゆかぬ。それ故昼夜肺肝を砕き、何とかして鶴公の恋を叶へさせてやりたいと、宇豆姫さまの間近く寄つて、機会ある毎に掻き口説いて居るのだ。それを心なき没分暁漢の連中が、俺が姫さんにスヰートハートして居る様に誤解して、下らぬ根無し草の噂の花を咲かして居るのだ。諺にも……人の口に戸は閉てられない……と云つて、一々俺がそんな弁解に廻る訳にもゆかず、千万無量の俺の心中を、チツとは察してくれの鐘だ。烏はカアカアと啼いて塒を定め、夫婦睦まじく暮して居るに、鶴公のやもを鳥、宇豆姫の事を思つて心をウヅウヅさせ乍ら……アーア夏の夜も蚤はせせり、蚊が喰つて寝られないワイ……と歎息して居るのを思ひ出すと、俺だとてそれが袖手傍観出来るものか。早く鶴公さまの恋をかなへさせて、夫婦睦じく卵子を生み、川と云ふ字に寝さしたいのだがそれや将来の事として、一時も早くリの字にさしてやりたい俺の一念。……アーア待つ間の長き鶴公の首、千歳の松の末永く、梢に巣籠る尉と姥との、高砂の謡曲が早く聞きたいので尽力して居るのだよ』 と心配さうに俯むく其様子、冗談とも思はれなかつた。斯かる所へ貫州、武公の両人現れ来り、 貫州『ヤア御連中、何か面白いお話でも有りますかなア』 チヤンキー『今チヤンキーモンキーと、スマートボールのローマンスを遺憾なく聞かして頂き指を銜へて居た処なのだ。……貫州さま、お前此頃の清公の横柄振を何と考へて居るか』 貫州、稍仰向き気味になり『フ、フーン』と云つた限り、力無げに笑ふ。 武公『イヤもう此頃の清公の態度と云つたら、さつぱり、ブランジー気分になり、クロンバーを得むとして、種々と暗中飛躍を試みて居ると云ふ事だ。併し乍ら到底物にはなるまいよ。アハヽヽヽ』 貫州『そんな問題は如何でもよい。国家興亡に関する大問題が今別に突発して居るのだが、お前達分つて居るか』 スマートボール『分つて居らいでかい。鶴公を黄竜姫の夫に推薦すると云ふ大問題だらう。……併し其奴は駄目だから、せめて宇豆姫さまの婿にしてやりたいと思つて、昼夜肝胆を砕いて居るのだ。併し清公の奴、どうやら予約済の札を掛けて居る様だから、此奴もならず、実に世の中は意の如くならないものだ。何か良い智慧を貸して呉れないかネー』 貫州『そんな事が国家興亡の問題かい。あゝ貴様も知つて居る通り、鼻赤の友彦の奴、ネルソン山を西へ渉り、ジヤンナイ(治安内)教のテールス(照子)姫の夫となり、大変な勢でオーストラリヤの西部一帯を勢力範囲となし、今に軍備を整へて此地恩城へ鬼の様な荒武者を引率し、やつて来ると云ふ噂があるのだ。お前達も聞いて居る通り、黄竜姫様は元は友彦の女房だつたが、地恩郷の奴等に打ちのめされ、城外に担ぎ出された其無念を晴らすべく、一挙に当城へ攻め寄せ、否応言はさず、黄竜姫様に兜を脱がせ改めて友彦の第二夫人になるか如何だと、大変な威喝的態度で蹂躙すると云ふ計画オサオサ怠りなしとのこと。吾々は斯うしてジツとして居る訳には行かぬ。婦人問題などの気楽な話に没頭して居る時ぢやない。何を云つても内輪を固めなくては、外敵に当る事は不可能だ。地恩城には清公派と鶴公派が互に鎬を削り、内争絶間なく、如何して此城が持てるものか。兄弟垣に鬩ぐとも、外其侮りを防ぐと云ふ事があるから。サア皆一致和合して、今迄の態度をスツカリ改めて貰ひたいものだよ』 スマートボール『それが又神界の御都合だよ。よく考へて見よ、夜中夫婦喧嘩許りして居る家には泥棒も這入らない。互に軋轢して力比べをし、今の今迄演習をして置くのだ。力士だつてさうぢやないか。一生懸命に稽古と云つて挑み闘ひ、其間に天晴れと力が付いて晴れの場所で格闘すると云ふ段取りになるのだ。友彦が門前まで押寄せ来るを待ちて、協力一致すれば良いのだよ。サアサアモツトモツト内乱を奨励せなくちや本当の勇士は造れないワ。アハヽヽヽ』 と笑ひに紛らす。此処へ蜈蚣姫は稍腰を屈め、ヒヨコヒヨコやつて来て、 蜈蚣姫『お前はスマートボールに貫州、武公、チヤンキー、モンキーの頭株ぢやないか。今……金、銀、鉄等三人の注進に依れば、鼻曲りの意地クネの悪い友彦が、ジヤンナイ教の荒くれ男を率ゐ、当城へ攻めて来るとの急報……サア早く防戦の用意をせなくてはなりますまい』 スマートボール『蜈蚣姫様、無抵抗主義の三五教の本城に防戦とは心得ませぬ。武器と云つては寸鉄もなく、如何したら良いのですか』 蜈蚣姫『サア其防戦は善戦善闘だ。本城へ押寄せ来らぬ間に、ネルソン山の山麓に、威儀を正して友彦の軍隊を待受け、所在款待をするのだ。さうして飽く迄忍耐振と親切振を発揮する。これが第一の味方の神法鬼策、六韜三略の奥の手だ。さうだと云つて、決して権謀術数を弄するのではない。誠一つの実弾をこめて、誠を以て戦ふのだよ。分つたか』 スマートボール『ハイ、根つから……よく分りました』 蜈蚣姫『何だか歯切れのせぬ返答ぢやないか』 スマートボール『返答だか、弁当だか、テントウ様だか、テンと訳が分りませぬワイ。先方は吾々を殺しに来ると云ふ、此方は御馳走の弁当を拵へて歓迎せよと仰有る。ベントウとか天道とかは、人を殺さぬとか…殺すとか云ふぢやありませぬか』 蜈蚣姫『オホヽヽヽ、何でも良い。お前ではチツと事が分り兼ねるに依つて、貫州、武公、チヤンキー、モンキー等の大将株と相談して、最善の方法を講じて下さい。妾は是れから神殿へ参つて御祈念を致すから、周章てず騒がず、静に急いで準備をするがよからうぞや』 スマートボール『徐かに急げとは尚々以て不得要領だ。寝て走れ、目噛んで死ね、睾丸銜へて背伸びせいと云つた様な御註文ですなア』 チヤンキー『御チウモンも表門もあつたものかい。……モシモシ蜈蚣姫様、チヤンとチヤンキーが胸に御座いますれば、どうぞ御心配なくお帰り下さいませ』 蜈蚣姫『そんなら是れでお別れする。よきに取計らひなされ』 と握り拳を固め、蝦の様になつた腰を三つ四つ打ち乍ら、 蜈蚣姫『エーエ、人を使へば苦を使ふ』 と呟きつつ奥の間に姿を隠した。 スマートボール『訳も知らずにチヤンキーモンキーと雀の親方見たいに、チヤアチヤア吐すな。鶏は跣足だ。モンキー、馬は大きくてもフリマラだよ。アハヽヽヽ』 斯かる所へ威風堂々として四辺を払ひ、二三の従者を伴ひ、現れて来た清公、 清公『ヨー、スマートボール其他の役員さま、大変な事が出来致しました。蜈蚣姫様から一応お聞きでせうが、あなた方は其準備を早くして貰はねばなりませぬ』 スマートボール『ハイ先づ内を固めて外に向ふのが順当でせう。外部の敵は、駆逐する事は何でもありませぬが、先づ内部の敵から言向け和せ、其上の事に致しませうかい』 清公『コレだけよく治まつた地恩城に内紊のあらう道理がない。それや又如何した訳でそんな事を言ふのですか』 スマートボール『只今地恩城の俄宰相清公のブランジーに対し、挙国一致的強敵が現はれ居ますぞ』 清公『其敵と云ふのは誰ですか』 スマートボール『其敵は本能寺にあり。汝の敵は汝の心に潜む。先づ清公さまのブランジー気分を撤廃し、自由自在に開放なさらなくては、内部の敵も外部の魔軍も、如何ともする事が出来ますまい。先づ第一に私の方から条件を提出致しますから、御採用になるかならぬか知りませぬが、其上で吾々は決心を定めませう。……貫州、武公さま、サア是から君が特命全権公使だ。早く談判の口火をお切りなさい』 貫州『清公のブランジーさまに質問があります。お前さまは謙遜と云ふ事を知つて居ますか。三五教の教理は如何御解釈になつて居りますか。言心行一致の実をお示し下さらなくては、吾々は去就を決する事が出来ませぬ。斯う言へば表だつて議案を提出せなくても、一を聞いたら十を覚る鋭敏な頭脳の持主と、黄竜姫様が御信任遊ばした貴方だから、一伍一什お分りでせう』 清公『さう突然訳の分らぬ事を言はれても返答の仕方がありませぬ。吾々の施政方針にあなた方の御意に召さぬ欠点が有ると云ふのですか』 チヤンキー『有る有る、大有りだ。大あり大根で胴体ばつかり大きくても味もシヤシヤリも…ないじやくりだ。それだから誰も彼も清公さまには、キヨう交際は出けぬと此処に居る御連中が不平して居ましたぞや。チツと重しをかけて、糠味噌の中へ突込んでやらねば、良い味は出なからうと言つて居ました。重りが重い程圧迫が強くて漬物の味がよくなると云ふ事だから、吾々が尾張大根の重り石にならうと相談をして居つた最中だ。……ナア、モンキー、間違あるまい』 モンキー『何だか知らぬが、エライ人気だ。あつちにも、こつちにも、チヤンキーモンキーと清公さまの不信任問題が喧伝されて居る。先づ是から先へ解決を付けて貰ひませうかい。解決と云つても、股にキネ糞を挟んで立派な礼服を着し、座敷の正中に坐り込み、立ちもならず動きもならぬ様な、蛇の生殺しの様な解決では、此危急存亡の場合、駄目ですよ。流れ川に尻を洗つた様に、綺麗サツパリと、川の流れの宇豆姫さまを思ひ切つて、鶴公さまの女房となし、お前さまは鶴さまに代つて、裏の柿の木でブランジーとぶら下らうと、それや御自由だ。兎も角鶴公さまが宇豆姫にエツパツパを喰はされ、柿の木でブランコをやりかけた位だから、友人を思ふ真心があるならば、自分の愛を犠牲として、信任深き鶴さまにラバーを譲つてやりなさい。是が先決問題だ。グヅグヅして居ると、鶴さまの恋は九寸五分式だから、センケツ、リンリ問題が突発するかも知れない。……アーアあちら立てれば此方が立たず、両方立てれば宇豆姫さまが立たず、世の中は思ふ様に行かぬものだ。併し乍ら清公さま、大勇猛心を発揮し、一皮剥いたら、誰しも髑髏のみつともない肉体計りだから、宇豆姫さまの事をスツカリ思ひ切つて、国家の為にそれ丈の決断力を、今此場で発揮して貰ひませう』 清公、俯むいて『ムニヤムニヤムニヤ』 スマートボールは、 スマートボール『危急存亡の此場合、唯一言の御返答もなきは、不承諾と見えます。それならば其れで宜しい。吾々も共同一致的に不承諾だ。……コレ清公さま、大勢と一人には換へられませぬから、どうぞ早く城を明け渡し、陣引きをなされませ。其後は鶴公さまがブランジーとなつて、地恩城を総轄し、宇豆姫をクロンバーの位置に据ゑ、神業に参加すれば、万代不易の基礎が建つ。サア御返答を承はりませう』 清公『宇豆姫さまは承諾せられますかなア』 と確信あるものの如く冷笑を向ける。 スマートボール『皆さま、暫く此処に待つて居て下さい。これより宇豆姫さまの居間に参り、直接談判をやつて来ますから』 チヤンキー『そんなにグヅグヅして居つたら、友彦が軍勢を引連れやつて来ますぞ。蜈蚣姫様の仰せの如く此方より無抵抗主義の先鞭を付け、友彦の進軍をネルソン山麓に待受け、互に諒解を得なくてはなりますまい。宇豆姫さまより、清公さまの返答さへ聞けば解決の付く話だ。左様な廻りくどい事をして居る場合ではありますまい。……サア清公さま、あなたも立派な堂々たる七尺の男子だ。直に御返事を承はりませう。色男気分になつて、独断的に、私はブランジーだから、きつとクロンバーになるのは宇豆姫に定まつたりと、自惚心を起して威張つて居つても、先方の精神はまだ明瞭と分つては居りますまい。万一最後の一段になつて、宇豆姫さまにエツパツパを喰はされ、アフンとして男を下げるよりも、今の間に綺麗サツパリと断念なさつた方が、何程立派だか知れますまい。是れチヤンキーが心よりの貴方に対する真実なる忠告ですから、空吹く風と聞き流してはなりませぬぞ。男は断の一字が最も必要だ。サーチライス、ユーリンスユーリンスと頭を抱へて恥を掻き、蚤の様に頭ばかり突込んで尻を盛立て、恥を掻くよりも、今の間に思ひ切つたが、貴方に取つて最も賢明な行方だ。さうすれば永遠無窮に地恩城の右守神となりて、尊敬の的となり、神業に参加することが出来ませう。何程井モリの神ぢやと云つても、黒焼になる所まで妬いちや可けませぬよ』 と揶揄ひ半分に忠告する。ここへ何気なうやつて来た右守神鶴公、 鶴公『ヤア皆さま、大変な事が起こつた様ですなア。……モシ左守神の清公殿、如何なさいますか。御所存を承はりたい』 スマートボール初め一同は拍手し乍ら、 一同『鶴公さま、万歳、ウローウロー』 と叫ぶ。 鶴公『兎も角、友彦の寄せ手に向ひ、最善の方法を講ぜねばなりますまいが、清公殿、如何の御所存で御座いますか』 清公『先づ右守神の御意見を承はりませう』 鶴公『吾々は左守神の次の位置に位する者、何事も貴方の指揮命令に従ふのが本意で御座いますから、どうぞ御腹蔵なく仰せ付け下さいませ』 貫州『左守神は最前より吾々一同種々と申上げましたが、何の返答もなされませぬ。察する所、自ら総統権を棄却された事と察しまする。さうでなければ精神錯乱か、或は本城の危急存亡を対岸の火災視し、利己主義を立て通す体主霊従の御方と断定するより道はありませぬ。宇豆姫様さへ手に入らば、地恩城も三五教も、清公さまの眼中には無いと云ふ事を赤裸々に表白されて居ります。吾々は如何しても斯様な御人格の方の風下に立つて活動する事は到底出来ませぬ。さうだと云つて三五教の神の教は大切なり、其教の全権をお握り遊ばす黄竜姫様を御見棄て申す訳には参りませぬ。徹頭徹尾辞職などは出来ませぬから、先づ第一に吾々の代表的犠牲となつて、左守神様から処決して頂きませう』 清公は一同に向ひ、 清公『これより奥殿に入りて、黄竜姫様の御意見を伺ひ、其上に処決する事に致しませう。何は兎もあれ、出陣の用意急がせられよ』 と言ひ棄て、此場を逃ぐるが如く姿を隠した。 チヤンキー『猫に追はれた鼠の如く、左守神も到頭尾を捲いて奥の間へスゴスゴと隠れて了つた。何時まで待つて居たつて、出て来る気遣ひはあるまい。吾々は鶴公様に身も魂も捧げて、如何なる指揮命令にも服従する考へであります。皆さまの御精神は如何で御座いますか』 と一同の顔を看守つた。スマートボールを初め並居る面々口を揃へて、 一同『大賛成大賛成』 と叫ぶ。 鶴公『皆さまはそこまで不束な私に対し、同情を寄せて下され、実に感謝に堪へませぬ。が、併し乍ら清公さまは私の上役、左守神を差し措いて如何する事も出来ませぬ。左様な僣越の行動は神の赦し玉はざる処、先づ第一に清公様のお身の上の解決が付いた上、皆さまの思召に応じ、御用を承はりませう』 スマートボール『モシモシ右守神さま、貴方は吾々の上に立つ御方、下の者に対し御用を承はらうとは、チツと矛盾ぢやありませぬか』 鶴公『イエイエ、上に立つ者は決して下を使ふ役ではありませぬ。あなた方が吾々をお使ひなさらねばならぬのです。吾々の命令を聞いて活動をする様な事では、木偶も同然だ。何時までかかつても神業は発達致しませぬ。先繰り吾々の仕事を拵へて、斯うして呉れ、ああして呉れと御註文下さらねばならぬのです。今の世の中の人は上に立てば下の者を弟子か奴隷の様に使ふべきものだと誤解して居る。上に立つ者は要するに下から使はれるのだ。広大無辺の国祖大神でさへも、吾々の願事を聞いて下さるではありませぬか。所謂吾々は………斯く申せば少しく語弊が有りますけれども……神様は要するに御使ひ申して居る様なものだ。何卒御見捨てなく御用を仰せ付け下さいませ』 と道理を分けて説き諭す。スマートボールは黙然として、時々頭を上下に振り『ウンウン』と頷いて居たが、忽ち鶴公の前に両手をつき、 スマートボール『イヤ何事も諒解致しました。然らば是れから貴方を充分に酷使致しますから、其お積りで御願申しませう』 鶴公『何分宜しく御注意下さいまして、末永くお使ひの程をお願ひ申します』 一同感歎の声を洩らして居る。此処へ金、銀、鉄の三人現はれ来り、 金州『ヤア貴方は鶴公様、只今戸外にて承はればハツキリ訳は分りませぬが、危急存亡の今日の場合、清公様に対しストライキをなさると云ふ御相談らしい。宜しい、これから奥殿に参り、此由黄竜姫の御前に奏上致しますから、其お積りで御決心をなさるがよからう』 と捨台詞を残し、三人は足早に奥を目蒐けて進み入る。 (大正一一・七・七旧閏五・一三松村真澄録)
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(1864)
霊界物語 25_子_豪州物語2(地恩城の黄竜姫) 02 与太理縮 第二章与太理縮〔七四八〕 地恩城の奥殿には黄竜姫と蜈蚣姫の二人、侍女を遠ざけ、頭を垂れ物憂し気に、何事か首を鳩めてヒソビソ話に耽つて居る。 蜈蚣姫『黄竜姫様、大変な事が出来ました。あの意地くねの悪い鼻曲りの友彦が、ネルソン山を西に渉り、獰猛なる土人をチヨロ魔化し、テールス姫と言ふ妖女を抱き込み、表面三五教を標榜し、衆を集めて此地恩郷に攻め寄せ来り、お前さまを否応なしに又元の女房にしようとの企み、今に本城へ攻め寄せ来るとの、金、銀、鉄の注進、万一左様な事が実現して、友彦此場に攻め来る事あらば、お前さまは如何なさる考へですか、御意中を承はりたい』 黄竜姫『母様、左様な御心配に及びませぬ。柔よく剛を制すと言つて、如何なる頑強不霊の友彦なりとて、妾が三寸の舌剣を以て腸まで抉り出し、見事改心させて見せませう。友彦如きは物の数でもありませぬ。あの様な者が恐ろしくて、此野蛮未開の一つ島が如何して拓けませう。取越苦労はなさいますな、ホヽヽヽヽ』 とオチヨボ口に袖を当て、手もなく笑ふ。蜈蚣姫は真面目な心配相な顔付にて、 蜈蚣姫『何程悧巧だと言つても未だお前は年が若いから、さう楽観をして居られますが、恋の意地と言ふものは又格別なもので、なかなか油断はなりませぬ。寝ても醒ても小糸姫に馬鹿にしられたと怨んで居る友彦の事だから、一時は時到らずとして尾を捲き目を塞ぎ爪を隠して、猫の様になつて居たものの、今やジヤンナの郷に於て、飛つ鳥も落す様な勢になつたのを幸ひ、日頃の鬱憤を晴すは今此時と戦備を整へ捲土重来する以上は到底なかなか一筋や二筋では納まりますまい。年寄の冷水、老婆心の繰言とお笑ひなさるか知りませぬが、年寄は家の宝、経験がつんで居るからチツとは母の言ふ事もお聞きなされ。後の後悔は間にあひませぬ』 黄竜姫『あの、マア母様にも似合はぬ御心配相なお顔付、母上も顕恩郷では随分剛胆な事をなさいましたではありませぬか。それのみならず、自転倒島の鬼ケ城山に敗れ三国ケ嶽に砦を構へ、次で魔谷ケ嶽、国城山と大活動をなされた時は、夜叉の様なお勢で御座つたぢやありませぬか。それに今日、母上の口からそんな弱い音色が出るとは思ひも掛けませぬ。此黄竜姫、仮令百の友彦、万の友彦来るとも、三五教の神様の神力、吾言霊の威力に拠つて言向け和し、前非を悔いしめ、至善至美の身魂に研き上げて助けてやる妾の所存、決して決して御心配遊ばしますな』 と脇息に肱を乗せ忍冬の茶を一口グツと飲んで、 黄竜姫『母様、何卒お寝み遊ばしませ。最早夜も更けかけました。いづれネルソン山へは数百里の道程、友彦が攻めて来ると言つても、まだ十日や半月は大丈夫です。あまり周章てるには及びませぬ』 蜈蚣姫『油断大敵、一時も猶予はなりませぬ。妾は先程一同の者に、防戦と出陣の用意を命じて置きました。やがて出陣するでせう』 黄竜姫『それは誰の吩咐で出陣をお命じになりましたか』 蜈蚣姫『ハイ、妾の計らひで……』 黄竜姫『それは又、不都合千万、私人としては貴女は妾の母、されど神様のお道から言へば妾が教主も同然、妾の命令をも聞かずに、公私混淆、自他本末を混乱して左様な命令を出されては困るぢやありませぬか。何卒早く取消しをして下さい』 蜈蚣姫『何程お前様が教主だと言つて威張つた処で、矢張り親は親だ。親の言ふ事を聞かぬ様では鬼も同様です。それでは神様のお道を守る人とは申されますまい。此蜈蚣姫も猪食た犬丈あつて、何んな経験も持つて居る。今こそ可愛い娘の光を出したいばかりに、目を塞ぎ爪を隠し、灰猫婆アになつて居るものの、まさかと言ふ時になれば忽ち虎猫になりますよ。虎も目を塞ぎ爪を隠して柔和しく見せて居れば、何時までも厄介者だと蔑み、年寄つたの、耄碌したのと思つて居ようが、いつかないつかな此蜈蚣姫、国家興亡の此際、何時迄も爪を隠す訳にはゆかない。虎猫の本性を現はし、之から大活動を演ずる覚悟ですよ。平和の時はお前さまを大将にして置いてもかなり勤まるが、斯んな非常の場合は生温い事で如何なりませう。アタ小面憎い友彦の首を引き抜いて、思ひ知らしてやらねばなりませぬ。エー、煩い事だ。又年寄に一苦労さすのかいな』 黄竜姫『母様、貴方はそれだから困ります。三五教の御教をお忘れになりましたか』 蜈蚣姫『エー、融通の利かぬ娘だな。三五教の教は天下太平の御代には実に重宝な教だが、危機一髪の此際、あの様な柔弱な無抵抗主義の教理は、マドロしうて聞いてゐられますものか。神様が無抵抗主義を採れと仰有るのは……為な、せい……と言ふ謎ぢや。お前さまは何と言つても未だ年が若いから正直に聞くので困る。口の端に乳が附いて居る様な事言つて……如何して此地恩城が維持出来ますか』 と最後の言葉に力を入れて、畳を握り拳でポンと叩いて見せた。 黄竜姫『アヽ情ない母様の御精神、如何したら本当の改心をして下さるであらう。……何卒神様、一時も早く真の道が、私の一人よりない大切な母に解ります様に、何卒心の鏡に光明を与へ、心の暗黒を照らして下さいませ。あゝ惟神霊幸倍坐世』 と合掌し涙含む。 蜈蚣姫『何程人間が改心したと言つても、元から悪の素質を持つて居る吾々の身魂、譬へて言へば、大きな鉢の中へ泥水を盛り、それが時節の力で泥は鉢の底に沈り、表面は清水に澄み渡つて居つても、何か一つ揺ぶるものがあると、折角底に沈つて居た泥が又もや浮き上り、元の泥水となるのは自然の道理だ。之が惟神のお道です。体を以て体に対し、霊を以て霊に対し、力を以て力に対するは天地の道理ぢやありませぬか。アインスタインの相対性原理の説明だつて、さうぢやないか。お前さまの様な其んな時代遅れの事を言つて居ると、蟹の手足をもぎ取り、鳥の翼を剥ぎ取つた様な目に遭はされますぞ。三千世界に子を思はぬ親がありませうか。お前が可愛いばつかりに、妾はお気に召さぬ事を言ふのだが、親の意見と茄子の花は、千に一つも仇花はありませぬぞ。良薬口に苦し、甘いものは蛔虫の源、何卒母が一生のお願ひだから、出陣を見合す事は思ひ止まつて下さい。妾も之から清公の左守神を引率れ、年寄の花を咲かし、冥途の土産に一戦やつて見よう程に、必ず必ず柔弱な精神を発揮して、折角張り詰めた母の勇猛心を挫いて下さるな。親が子に手を合して頼みます。海往かば水漬く屍、山往かば草生す屍、大神の辺にこそ死なめ、閑には死なじ顧はせじと、弥進みに進み、弥逼りに逼り、友彦が軍勢を山の尾毎に追ひ伏せ、河の瀬毎に薙散らして服へ和し、一泡吹かして懲らしめ呉れむは案の中、必ず邪魔召さるな』 と血相を変へて長押の薙刀を取るより早く、 蜈蚣姫『黄竜姫、さらば……』 と此場を立ち出でむとする。 黄竜姫『地恩城の女王、三五教の神司、今改めて蜈蚣姫に対し、三五教を除名する。有難くお受け召され』 蜈蚣姫は二足三足引返し、黄竜姫をハツタと睨み、 蜈蚣姫『久離絶つても、親子ぢやないか。親子の情は何処迄も変るものぢやない。仮令蜈蚣姫、天地の神の怒りに触れ、水火の責苦に会うとても、吾子の為めには厭ひはせぬ。三五教を除名された上は、最早其方に制縛は受けぬ、自由自在の活動を致すは之からだ。愈清公以下の勇士を引率れ、華々しき功名手柄を現はし呉れむ。小糸姫、さらばで御座る』 と又立ち出でむとするを、黄竜姫は言葉厳かに、 黄竜姫『最早三五教を除名せし蜈蚣姫、左守神たる清公を初め、其他一同を指揮する権利はあるまい。御勝手に只一人お出で遊ばせ。飛んで火に入る夏の虫、子の愛に溺れて真の神の愛を忘れ給ひし不届者、天に代つて懲戒致す。……ヤアヤア金州は在らざるか、早く来つて蜈蚣姫を縛せよ』 と呼はつた。 折から金、銀、鉄の三人、スタスタと此場に現はれ来り、親子が此体を見て不審の眉を顰め乍ら、 金州『コレハコレハ、お二人様の御様子、何か深い仔細が御座いませうが、先づ先づお静まり下さいませ』 黄竜姫『仔細は申すに及ばず、地恩郷の女王黄竜姫が命令だ。蜈蚣姫を縛り上げよ』 金州『コレハコレハ、案に相違の女王様のお言葉、一向合点が参り申さぬ。如何なる事情の在しますとも、子の分際として、天にも地にも掛替へなき、山海の恩ある御母上を縛せよとは何たる不孝のお言葉、女王様は狂気召されたか』 と涙を拭ふ。 蜈蚣姫『コレハコレハ金州、お前の言ふ通りだ。父と母とは天地に譬へてある。父の恩は天より高く、母の恩は地より重しと聞く。地の恩に因みたる此地恩郷の女王となり乍ら、母の恩、所謂地恩を忘れた小糸姫、サア、もう此上は親の権利を以て小糸姫を放逐する。汝……金、銀、鉄の三人、此蜈蚣姫が命令を聞き、友彦の軍勢に向つて応戦の用意を致せ。さはさり乍ら身に寸鉄を帯びよと言ふのではない。善言美辞の言霊と親切の行為を以て、敵を悦服致さすのだ。必ず必ず誤解を致すでないぞ』 金州『理義明白なる貴女のお言葉、金州確に承知仕りました。併し乍ら今貴女がお手に持たせ給ふ薙刀は、何の為めにお持ちで御座いますか』 蜈蚣姫『之は敵を薙ぎ払ふ武器では無い。味方の軍勢を励ます為めの武器だ。愚図々々致して居ると、此蜈蚣姫がお前達を片端から薙ぎ払ふも知れぬぞ。サア汝等は蜈蚣姫に続けツ。小糸姫に用は無い』 と又もや此場を慌しく立ち出でむとする。 黄竜姫『地恩郷の女王黄竜姫、蜈蚣姫を除名したる以上は、金、銀、鉄の三人の者共、彼が命を奉ずるには及ばぬぞ。心を鎮めて妾が言葉を篤と聞けよ』 此言葉に三人は平伏し、 銀州『之は又異なる事を承はるものかな。何の咎あつて蜈蚣姫様に対し除名の処分をなされましたか。一応理由を承はり度う御座います』 鉄州『此頃の暑熱の為に精神を逆上させ、非理非道なる悪言暴語をお吐き遊ばす黄竜姫様のお言葉、天地の道理に反したる貴女の御命令には、吾々は絶対に服従する事は出来ませぬ』 黄竜姫『今更めて銀、鉄の両人を除名する』 銀、鉄『コレハコレハ心得ぬ貴女の御言葉、何の咎あつて除名遊ばすのか。無道の除名処分には決して服従仕らぬ。また仮令除名されても蜈蚣姫様を奉じ、此の地恩城を守護致す考へで御座れば、少しも痛痒は感じませぬ。何卒々々、今一度お考へ直しを願ひ度う存じまする』 金州『女王様に申上げます。御立腹は御尤もなれども、何を言つても、絶つても絶れぬ御親子の間柄、斯様な事が城外に洩れましては、第一、大神様のお道の汚れ、余り褒めた話では御座いませぬ。何卒親子仲よく遊ばして下さいませ』 黄竜姫『今改めて母上様に申上げます。万々一敵軍襲来致す様な事あらば、此黄竜姫が陣頭に立ち、華々しく神界の為めに活動してお目に懸けませう。今迄の無礼の言葉お赦し下さいませ。除名の事は今改めて取消しませう。又……銀、鉄の両人に対する除名の言霊も只今宣り直しませう』 蜈蚣姫『アヽ流石は妾が血を分けた娘だけあつて偉いものだなア。さうなれば、さうと……何故早く言つて下さらぬのだ。年寄に要らぬ気を揉まして、親に余り孝行……な仕打ぢやなからうに』 と笑ひ泣きに泣く。 黄竜姫『最初より此精神で妾は申上げて居ましたけれども、母様は余り血気に逸り、其儘城外へ御出になれば、それこそ吾々親子を初め、地恩城一同の大恥辱になると思ひ、無礼な事を申上げました。何卒お赦し下さいませ』 蜈蚣姫『心安い親子の仲、さう更まつて御挨拶には及びますまい』 と機嫌を直し薙刀を長押に掛け、忍冬茶をグツと飲んで脇息に凭れる。 斯かる処へ足音高く入り来る鶴公は、恭しく両手をつき、 鶴公『黄竜姫様に申上げます。只今承はりますれば、蜈蚣姫様より出陣の用意を致せ……とのお言葉、敵無きに出陣とは心得申さぬ。之には何か深い御経綸の在する事ならむ。一応其真相を、私に差支へ無くばお洩らし下さいませ』 蜈蚣姫は黄竜姫の言葉も待たず、二足三足膝を摺り寄せ、 蜈蚣姫『お前はそれだから間抜者と言ふのだ。友彦が獰猛なる蕃人隊を引き率れ、本城へ復讐の為め攻め寄せ来ると言ふ事が分らぬのか』 鶴公『はて、心得ぬ貴女のお言葉、天が下に善に敵する仇はありますまい。何を苦んで防戦の用意とか、出陣とかを御命令になつたのですか。さうして又友彦が果して攻め寄せ来ると言ふ、的確なる調査がついて居りますか』 蜈蚣姫『現在此処に居る金、銀、鉄の三人が、注進に来て居るのだよ』 鶴公『はて心得ぬ。金、銀、鉄の三人は一ケ月許り此門内を出た事は御座らぬ。如何して其んな急報が耳に入つたのだらう。……コレコレ金、銀、鉄の三人共、其方は何人に左様な事を聞いたのか』 金州『ハイ……あの……それ……今の……何で御座います。エー、さうして……先方が……何ですから此方も何々して置かねば……何々の間に何だと……思ひまして一寸申上げました。これと言ふも全く清公様……オツトドツコイ……きよや昨日の事では御座いませぬ。誠に恐惶(清公)頓首の次第で御座います』 鶴公『其方の申す事は少しも分らない。も少し、はつきりと申さないか』 金州『オイ、銀州、貴様チツと応援して呉れ。俺ばつかりに言はすとは余りぢやないか、貴様が発頭人だよ。アーア発頭人に此答弁を譲つて、私はホーツと息をつき乍ら金公……オツトドツコイ……キン聴する事にしようかい』 銀州『ハイ、黄竜姫様、其他の方々の御前を憚り乍ら、謹み敬ひ言上仕りまする。抑々地恩城は四面山に囲まれ、メソポタミヤの顕恩郷にも勝る楽園地で御座いますれば、黄竜姫様の御威勢も日に日に旭日昇天の勢、それに日頃慕はせ給ふ母様に無事に会はせ給うて、其御顔色恐悦至極、左守の清公様、右守の鶴公様の誠心籠めての日夜のお活動、其為め地恩郷は益々隆盛に向ひ、斯んな喜ばしい事は又と世界にありませうか。然るに味良き果物には害虫多く、美しき花には風雨の害甚しとやら、治に居て乱を忘れず、乱に居て治を忘れず、治乱興敗は天下の常と存じますれば、吾々は先見の明なくとも斯くの如きは能く御合点の某、御忠告までに申上げ奉りまする』 鶴公『益々不分明なる汝の言葉、左様な問題を尋ねたものでは無い。友彦一件は何人より聞いたのかと尋ねて居るのだ』 銀州『オイ、鉄、何とかテツボをあはして呉れぬと、俺はスンデの事でテツ棒を喰はされる処だ。初から約束の通り、第一線危き時は第二線が防ぎ戦ひ、第二線敗るる時は第三線が力戦苦闘するは、締盟当時の吾等の決心、サア手坪をあはして巧く弁解をするのだよ。此言霊戦に敗をとれば吾々は、もう駄目だよ』 と耳の側に囁く。 鉄州『ハイ、……何で御座いますか。最前から金、銀の答弁を聞いて居れば徹頭徹尾、此鉄も意味貫徹しませぬ。鉄瓶の口から湯気を立てて居る様な二人の陳弁の有様、側の見る目も気の毒なりける次第なりです。斯かる事は夢の中の状態で、五里霧中に葬り去るが安穏で御座いませう。夢は袋に、刀は鞘に、秘密は腹に包んで置くが最も悧巧なやり方、吾々は此以上申上げる事は徹頭徹尾ありませぬ。此問題は只今限り撤廃を願ひませう』 鶴公『三人が三人共、実に瞹昧模糊として不徹底極まる答弁、……コリヤ金州、左様な瓢鯰式の言葉を用ゐず、友彦が襲来に関し、何人より聞きしか明かに申上げよ』 金州『ハイ是非に及ばず申上げまする、実は……その……何で御座います。実に清公さまの……エー……兎も角、マア……一つの計略ですな』 鶴公『コリヤコリヤ金州、畏くも女王様、蜈蚣姫様の御前なるぞ。真面目に謹んで答弁致さぬか』 金州『ハイ、おい第二線だ……吟味が斯う厳しうては逃げ道がない。貴様の雄弁を以て其処はそれ……何々してやつて呉れぬかい』 と耳に口を寄せ囁く。銀州は迷惑相な顔をし乍ら頭を掻き、一寸鶴公の顔を見上げ、 銀州『エー、何分……金州の申した通り、私が発起人で御座います。然し乍ら神の奥には奥があると同様に、発起人の奥にも奥が御座いまして……如何もハツキリと申上げ憎う御座います。奥を申上げるのは何だか臆劫な様で、奥歯に物が挟まつた様な感が致します。怯めず臆せず、記憶に存する事は臆面も無く申上ぐるが順当では御座いまするが、矢張り、エー何で御座いまする。本当の事は清公さまと宇豆姫さまの関係から起つた問題ですから、何卒神直日大直日に見直し聞直し、宣り直して下さいませ。人の非を人の前に曝す事は、神様のお戒めに背くと申すもの、之ばかりはお道の精神を守つて沈黙を致しませう』 鶴公『汝等三人は何事か申し合せ、吾々を嘲弄致すのだなア』 銀州『滅相もない。嘲弄と言へば左守神様は長老臭い。貴方が地恩城の長老に成られるが最後、吾々はお払ひ箱になるのは定つた事、長老の斧を以て竜車に向ふ如く一たまりも御座いますまい。それだから実の処は、友彦襲来の兆候ありと仮想敵を作りスマートボール其他のヤンチヤ連中は城内より追放り出し、後に清公さまを純然たる唯一の長老、即ち宰相たるの実権を握らせ、言ふと済まぬが、エー右守神の何々さまを排斥しようと言ふ吾々の計略で……はありませぬ。畢竟夢の浮世の夢を見たばかりの事、吾々が悪を企んだのだとは夢々疑うて下さいますな』 鶴公『イヤ、もう何も聞く必要は無い、人の非を穿鑿する吾々は考へも無いから、直日に見直し聞直し宣り直して置きませう。……モーシ、黄竜姫様、蜈蚣姫様、実に水禽の羽撃きに恐れたる平家の軍勢の如き馬鹿らしき此騒ぎ、いやもう油断のならぬ世の中で御座いますワイ』 蜈蚣姫『金、銀、鉄の言ふ事を綜合すれば、どうやら左守神の清公が張本人と見える。……清公を之へ呼んで来なさい。金州、サア早く』 金州『ハイ、お言葉で御座いまするが、叔母の死んだも直休み、漸く内乱鎮定の曙光を認めた処ですから、少し休養を願つてお使ひを致しませう』 鉄州『実際の事を申しますれば、清公さまは御存じの通り、実に立派なお方で御座います。ブランジーとして実に申分なきお方、然し乍らクロンバーが無ければ陰陽合致致さず、それが為に宇豆姫さまをクロンバーの位置に据ゑ度いと、吾々仲間の者は内々運動を開始して居ました。処が肝腎の宇豆姫さまは察する処、鶴公さまに秋波を送り、ブランジーの清公さまに、エツパツパを喰はさむとする形勢ほの見えたれば、何とか事を構へ、右守神鶴公さまを先頭に、スマートボール、貫州、武公、チヤンキー、モンキー、其他の連中を城外に放り出し、城門を固く鎖し、時を移さず無理往生にしてでも宇豆姫さまをクロンバーの役に就かせ、夫婦合衾の式を挙げさせ度いと鳩首凝議の結果、一寸狂言を致したに過ぎませぬ。此暑いのに何百里もあるネルソン山の彼方迄、誰が偵察に参る者がありませうぞ。全く以て真赤な嘘言で御座いました。身の過ちは宣り直せと言ふ神様の御教を奉体遊ばす黄竜姫さま、人をお赦し遊ばす慈愛の権化、滅多にお叱り遊ばす様な、天則違反的な行為には出られますまいから、安心して実状を申上げました』 と流石鉄面皮の鉄州も、稍羞恥の念に駆られてか、俯向いて真赤な顔をして居る。 蜈蚣姫『エーエー、しようもない悪企みをして此妾まで心配させ、親子喧嘩までオツ始めさせた太い奴だ。……ナア鶴公さま、油断も隙もあつたものぢや御座いませぬなア』 鶴公『お言葉の通り実に寒心致しました。然し乍ら之全く神様の吾々に対するお気付けでせう。之に鑑み今後は、人の言ふ事を軽々しくまる聞きしてはなりますまい』 蜈蚣姫『斯く事実の判明した上は何をか言はむ。今日は之にて忘れて遣はす。サア妾と共に神殿に於て、感謝祈願の祝詞を奏上致しませう』 と先に立ち、一同と共に神殿に足音静に進み入る。 (大正一一・七・七旧閏五・一三北村隆光録) (昭和一〇・六・四王仁校正)
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(1869)
霊界物語 25_子_豪州物語2(地恩城の黄竜姫) 07 大蛇解脱 第七章大蛇解脱〔七五三〕 清公、チヤンキー、モンキーの三人は、酒の滝壺の前に宣伝歌を歌ひ乍ら進み寄り見れば、さしもの大蛇も毒酒に酔ひ、死物狂ひにノタ打廻つた揚句、大に疲労せしと見え、ガクリと首を曲げ口を噛み締め、殆ど半死半生の姿になつて居た。飯依彦の末裔飯依別を始め、久々別、久木別の三人の神司は、逃げ散りたる数多の郷人を呼び集め、各自に竹鎗を持ち、大蛇の身体を鱗と鱗の間より、力限りに突き刺し、殺さむとする真最中であつた。飯依別は大蛇の身体に向ひ、 飯依別『汝此郷を日夜に荒し、人民の膏血を搾り、あまつさへ我等が妻子を呑み喰ひ、郷人を悩ませし悪神の張本、天は何時迄も汝如き悪神を赦し給はず、忝なくも真澄姫命の御神徳に依りて、汝を弱らせ退治せむとの我等が計略、よくも斃死つたなア。サア是よりは汝の肉体の命を取り、此郷の惨害を除かむ。汝も定めて天地間の生物、神の御霊を受け居るならむ。必ず吾等が今日の仕打を恨み、霊魂中有に迷ひ、再び此郷に害を加ふ如きことあらば、吾等が祈念の神力にて其霊魂を責め悩め、根底の国へ追ひ遣らむほどに。……サア大蛇、霊肉共に寂滅為楽、必ず此世に心を残してはならぬぞ』 と大蛇に向つて誅戮の宣示をなし、久々別、久木別両人が指揮の下に、数多の郷人は声を揃へて竹鎗をしごき、鱗と鱗の間に、鎗の穂先を差込み『一二三』の掛声、一時に突込まむと身構へする折しも、宣伝歌の声と共に現はれたる清公以下の宣伝使、ツカツカと此場へ近寄り、 清公『我は地恩郷に現はれ給ふ竜宮島の女王、黄竜姫様の幕下、清公、チヤンキー、モンキーと申すもの、今木蔭に忍んで承はれば、飯依別以下二柱郷人の害を除かむとして毒酒の計略にて、此大蛇を誅戮せむとし給ふ其志、実に尤もなれども仮令大蛇と雖も天帝の分身分体なれば、易々殺すべからず。先づ第一に言霊を以て之に向ひ、如何にしても帰順せざる時は、各柄物を以て、直接行動を開始すべきである。先づ先づ待たせられよ』 と制止し大蛇の頭部にヒラリと飛び上り、盛んに宣伝歌を歌ひ始めた。 清公『神が表に現はれて善と悪とを立て別ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 只何事も人の世は直日に見直し聞き直し 身の過ちは宣り直す三五教の神の道 仮令大蛇は死するとも大蛇の霊魂は永久に 此世に残り種々の悪しき曲行繰返し 恨みを晴らし世を乱し荒び猛るは目の当り 悪逆無道の曲神も善の道には敵し得ず 月毎日毎此郷に現はれ来り諸人を 悩まし苦む此大蛇元より悪き神ならず 遠き神世の其昔日の出神が現はれて 真澄の姫の国魂を大宮柱太知りて 斎き祀らせ玉ひつつ飯依彦命をば 神の司と定められ子々孫々に至る迄 祭政一致の大道を夢にも忘れちやならないと 教へ置かれし言の葉を郷人残らず打忘れ 利欲の淵に身を沈め勝利の山に憧憬て 体主霊従の行動を益々盛に続行し 天地の神の御怒りに触れて曲津を自ら 生み出したる郷の人今現はれし此大蛇 皆郷人の魂や心の色の反映に 現はれ出でたるものなるぞ心一つの持ち方で 神と現はれ鬼となり大蛇となるも各自の 言心行の不一致ゆ生み出したるものなるぞ これの大蛇を竹鎗の武器もて虐く殺すより 汝の心の真底に潜める大蛇を平らげて 誠一つの三五の教の光り真澄鏡 照らして見よや曲霊の醜の肉体も忽ちに 跡形も無く消え行きて鬼も大蛇も影もなく 誠の道の御恵みに靡き伏すらむ郷人よ かかる大蛇の現はれし其源を尋ぬれば 紛ふ方なき郷人の心の過ちある故ぞ 大蛇よ大蛇よ曲神よ汝に誠の魂あらば 我言霊を謹聴しうまらにつばらに汲み分けて 怪しき賤しき此姿行衛も更に白雲の 消えて跡なき天津空清く正しく澄み渡る 目出度き御代に逢ふならむあゝ惟神々々 御霊幸倍ましまして昔の神の伝へたる 三五教の御教を日日毎日繰返し 思ひ出して神界の御用に立てよ郷人よ 神の守らす世の中はいかで悪魔の蔓こらむ 悪魔は心に潜むなり一日も早く大神の 厳の言霊経となし身の行ひを緯として 天と地との其中に人と生れし功績を 誠一つに立て直し正しき神となり変り 五六七の御代を造れかしキリストメシヤの再臨も 五六七出生の暁も甘露台の瑞祥も 蓮華台上の御神楽も神国魂其ものの いづれ変らぬ一つ物狭き心を振り捨てて 三五教の神の道思ひ浮べて行へよ あゝ惟神々々御霊幸倍ましませよ』 と宣り終るや、今迄長大なる姿を現はしたる大蛇も、次第々々に縮小し、遂には小さき蛇となりて、清公が足許を嬉し気に這ひ廻る。清公は尚も天津祝詞を奏上し此蛇に向つて鎮魂を修し、 清公『汝再び此郷に現はれ、かかる悪逆無道を繰返す勿れ。又郷人も今迄の心を根底より立直し、日の出神の教へ置かれし三五教を信じ、真澄姫命の神霊に拝謝せば汝等が心中に潜める鬼、大蛇は忽ち姿を隠して、煙となりて消え失せむ』 と宣べ終るや、飯依別、久木別、久々別の神司を始め郷人一同は、清公が前に平伏し、今迄の不信仰の罪を悔い、再び大神の珍の御子とならむことを祈る。清公は、 清公『地恩郷に三五教の梅子姫、黄竜姫の現はれ給ひて神徳四方に輝きあれば、此郷の害悪を洗ひ清められし謝恩の為めに、打揃ひ参拝す可し』 と命ずれば、飯依別を始め一同は、一も二もなく此説に服し、モンキーを案内者として地恩郷に参拝することとなつた。 幾十の船を海面に浮べてヒルの港を漕ぎ出した。船中は神徳の話で持切りながら、清公一同が乗り来たりし船をも従へて、タカの港へ上陸し、参詣する事となつた。此時神命に依つて清公の乗り来りし船は、元の所に帰され、其持主を求めて色々とヒルの郷の珍しき物を与へ、厚く謝辞を述べた。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・七・八旧閏五・一四谷村真友録)
40

(1873)
霊界物語 25_子_豪州物語2(地恩城の黄竜姫) 11 風声鶴唳 第一一章風声鶴唳〔七五七〕 蒼空一点の雲なく、星光疎にして中秋の月は中空に懸り、鏡の如き温顔をもて下界を照し給ふ。地恩城の棟に鏤めたる十曜の金紋は、月光に映じて目も眩きばかりなり。 地恩城の女王黄竜姫は、梅子姫、蜈蚣姫、左守のスマートボール、宇豆姫を始め右守の鶴公、貫州、武公其他を従へ、高殿に登り月見の宴を開いて居る。果物の酒は芳醇なる香を放ち、柑子、バナナ、桃其の他の木の実を麗しき器に盛り、一同歓を尽して月光を仰ぐ折しも、黄竜姫は忽ち顔色蒼白ざめ、身体頻りに動揺して、心中不安の雲に包まれし如き容態となれり。 梅子姫、其他の人々の目には、中秋の月皎々と輝き、紺碧の空は愈高く、風は涼しく何とも云へぬ気分に包まれて居る。独り黄竜姫の眼に映じたるは、ジヤンナ郷のテールス姫の夫となり、三五の道をネルソン山以西に布き、旭日昇天の勢ありと称せらるる友彦を先頭に、数多の鬼の如き土人、怪しき黒雲に乗り、幾十万とも限りなく鋭利なる鎗を携へ、中空より地上を眺め、黄竜姫の頭上に向つて鋼鉄の矛を驟雨の如く降らせ、火の車を挽き連れ、青、赤、黒の鬼、虎皮の褌を締め、牛の如き角を生やし攻め来る恐ろしさに、身体忽ち震動して、高殿より終に顛落、人事不省に陥りける。 蜈蚣姫は驚きてものをも言はず、老の身も甲斐々々しく階段を降り行く。されど梅子姫、スマートボール其他の面々には、黄竜姫の姿並に蜈蚣姫の姿は依然として高殿に月を賞するかの如く見え居たり。それ故蜈蚣姫の周章て階段を降り行きし事も、黄竜姫が高殿より墜落せし事も夢にも知らざりし。要するに黄竜姫、蜈蚣姫の本守護神は、依然として此高殿に其儘の体を現はし、嬉々として月を賞しつつありしなり。二人が身体に残れる執着心の鬼の為めに斯くの如き幻覚を起し、又其罪悪の凝固より成れる肉体は、副守護神の容器として高殿の下なる千仭の谷間に突き落されたるなりき。 後に残つた黄竜姫の姿は、恰も鼈甲の如く身体半ば透き通りて一層の美を加へ、言葉も俄に涼しく且つ荘重を帯び来たりぬ。 梅子姫『黄竜姫様、不思議な事があるもので御座いますな。今迄の貴女のお姿とうつて変り、一入立派な御顔色、お身体の恰好までも、何処ともなく威厳の加はつた様に思ひます。変ると言つても、斯う迅速に向上遊ばすと言ふ事は、不思議でなりませぬ』 黄竜姫『ハイ、妾は勿体なくも三五教の神司となり、且地恩城の女王と迄上りつめ、稍得意の色を浮べ安心の気にうたれて、勿体なくも月の大神様を玩弄物か何かの様に、酒肴を持ち出し月見の宴だと、花見か雪見の様な畏れ多い事を何とも思はず始めましたが、忽ち大空の月光菩薩の御威勢に照らされハテ、済まない事をした、妾は今こそ飛つ鳥も落す様な威勢で斯うして此処に安楽に暮して居るが、月の鏡に妾の古い傷がスツカリ写つた様な心持になり、月見どころか、穴でもあらば這入り度い様な心持になり、悔悟の念に苦しむ時しも、満天の星は黒雲に包まれ月光は影を隠し四面咫尺暗澹となりしと思ふ間もなく、ジヤンナの郷に三五の道を伝ふる友彦は妾が昔彼に与へた凌辱の怨みを復さむと数多の鬼を従へ、天上より鋼鉄の矛を雨の如くに降らせ、火の車を以て我肉体を迎へ来る其恐ろしさ。罪にかたまつた肉体の衣を神様の御恵に依つて剥ぎ取られ、又母上も子の愛に溺れ給ふ執着心の衣は、此谷間に落ちて白烟となり消え失せました。アヽ斯くなる上は最早妾の肉体には一点の雲霧も無く、正に此中秋のお月様の如き身魂と生れ変つた様で御座います。それに就いては皆様、只今より月見の宴を廃し、神様にお詫を致しませう』 との物語りに梅子姫は感じ入り、自ら導師となつて高殿に端坐し、月光に向つて感謝祈願の神言を奏上し、月見に用ゐたる総ての器を此高殿より眼下の谷底目蒐けて一品も残らず投げやり、今後は決して月見の宴を為さざる事を神明に約し、悄然として地恩城の奥殿に姿を隠し、再び一同打揃ひ天津祝詞を奏上する事となりぬ。 地恩城の黄竜姫を始め、重だちたる幹部は奥殿に入り、祝詞を奏上し了つて神酒を頂き居る際、慌しく奥の間目蒐けて駆入り来る貫州、武公の両人は、息も絶え絶えに後鉢巻グツと締め、各自茨の鞭を握つた儘、 貫州、武公『申し上げます。タヽヽヽ大変で御座います。御用意を遊ばしませ』 と息もつき敢ず泣声になつて言上する。 スマートボール『其方は貫州、武公の両人、大変とは何事だ。苦しうない、近く寄つて細さに物語つたが宜からうぞ』 貫州は両手にて胸を打ち乍ら、稍反身になつて、 貫州『我々両人、地恩城の城門を、スマートボールの命令に依り数多の部下を監督し、用心堅固に守る折しも遥に聞ゆる鬨の声、何事ならむと高殿に一目散に駆登り、月の光に照らして向ふをキツと眺むれば、十曜の紋の旗印、瓢箪形の馬標は幾十百とも無く樹々の間に間に出没し、赤鉢巻に赤襷、数多の駒に跨りて鬨を作つて攻め寄せ来る其勢ひの凄じさ、敵は何者ならむと斥候を放ち、よくよく見れば豈図らむや、曩に城外に投げ出されたる元のバラモン教の友彦、ジヤンナの荒武者共を引率れ、黄竜姫に厳談せむと呼ばはり乍ら、猛虎の勢にて攻め来る。味方は薄衣綾錦、数万の敵軍は甲冑に身を固め小手脛当て、鋭利の武器を携へ旗鼓堂々と攻め寄せ来る物々しさ。吾々両人は、味方の奴輩残らず駆り集め、寄せ来る敵に向つて言霊戦を開始し、天の数歌歌ひ上げて両手を組み、指頭より五色の霊光を発射し敵の魔軍に向つて防ぎ戦へ共、彼も強者、言霊を以て応酬し、其上鋭利なる武器を携へ、時々刻々に近寄り来る危さ。日頃無抵抗主義の地恩城なれども、斯くなる上は最早詮なし、武器に代へて所在小石を引掴み、押し寄せ来る敵軍に向つて雨霰と乱射すれば、敵は雪崩をうつて一二丁ばかり一旦ドツと引き上げしが、又もや鬨を作つて、暴虎憑河の勢恐ろしく、口より火焔を吹き乍ら、青、赤、黒の鬼神共先頭に立ち、雷の如き怪声を放ちて攻来る。味方は僅に三百有余人、死力を尽して挑み戦へども、敵は名に負ふ大軍、瞬く間に縦横無尽に薙立てられ、無念乍らも我々両人、敵を斬り抜け漸く此場に立ち帰り候程に、この処に御座あつては御身辺危ふし、一時も早く裏門より、山伝ひにシオン山の方面指して落ち延び給へ。サア、早く早く』 と身を慄はし、左右の手を打ち振り打ち振り注進に及ぶ其怪しさ。スマートボールは合点往かず、 スマートボール『只今まで高殿に於て月見の宴を催し居たりし我々、敵の押寄せ来る気配あれば何とか神界より御示しあるべき筈、扨ても合点の往かぬ事であるワイ。……もうし黄竜姫様、梅子姫様、如何思召し給ふや、合点の往かぬ両人が注進』 と二人の顔を打ち守り、稍不安の面持にて胸を躍らせて居る。黄竜姫は悠揚迫らず、 黄竜姫『あいや、スマートボール、……貫州、武公の両人を我前に伴ひ来れ』 との厳命にスマートボールは両人の手を引き、黄竜姫の膝下に導いた。二人は頭を垂れ、猫に追はれし鼠の如く畏縮して慄ひ上つて居る。 黄竜姫『あいや、貫州、武公両人、只今汝が注進せし事は過去の出来事なりや、将未来の事なるか、但は現在の事か、明瞭に答弁せよ』 武公『ハイ、過去の事や未来の出来事ならば我々は決して斯様な心配は致しませぬ。既に城内の者共は殆ど滅亡致し、我々両人も斯くの如く顔に手疵を負ひし以上は、只今の事、今や……アレアレあの通り間近くなつた声、人馬の物音、今に友彦、鋼鉄の矛を打振ひ此場に攻め寄せ来りますれば、何卒一時も早く裏門より逃げ延びて下さいませ』 黄竜姫『あいや、スマートボール、其方は表門に行つて実否を調査し来れ』 スマートボールは『ハイ』と答へて立ち上らむとする。貫州は其裾を掴んで、 貫州『モシモシ左守様、お待ち下さいませ、衆寡敵せず、飛んで火に入る夏の虫、決して悪い事は申しませぬ。……黄竜姫様、早く早く御用意遊ばしませ』 梅子姫『今武公の言葉におひおひ近づく鬨の声、人馬の物音と申したが、天地は至つて静寂、何の声も無いではありませぬか』 武公『ソヽヽそりや何を仰有います。あの声が分りませぬか』 と顔色変へて落ち付かぬ気に、震ひ震ひ答へる。 スマートボールは貫州の手を振り放し、一目散に表門に現はれ見れば、月は皎々と輝き猫の子一匹其辺に見えぬ。『ハテ不思議』と高殿に登り四方をキツと見渡せば山はコバルト色に蒼ずんで一点の白雲もなく、山の尾の上の輪画は一入瞭然として、淋しき中に得も言はれぬ雅味を漲らして居る。スマートボールは悠々として奥殿に帰り来り、二人の前に立現はれ、矢庭に平手を以て貫州、武公の横面を二つ三つピシヤピシヤと打てば、二人は初めてポカンとした様な面を曝し、 両人『ヤア……これはこれは不躾千万にも女王様の御殿に何時の間にか侵入致し、実に申し訳なき事で御座います。何卒お許し下さいませ』 と平伏する。 蜈蚣姫『ほんにほんに、妾の荒肝を取りかけよつた。お前は一体何と言ふ事を言つて来るのだ。大方夢を見て居つたのだらう』 両人『ハイ、今考へて見ますれば、夢の連続的行為で御座いました。あまり友彦が出て来る出て来ると心配して居つたものですから、ドエライ夢を見たので御座いませう……あゝ惟神霊幸倍坐世』 と両手を合せ、 両人『マアマア夢で結構で御座いました。……皆さま、お目出度う、お祝ひ申します』 黄竜姫、梅子姫、宇豆姫一度に吹き出し、 三人『プツフヽヽヽ、オホヽヽヽ』 館の外には皎々たる明月輝き、松虫、鈴虫、蟋蟀、螽斯の声賑しく聞えて居る。 (大正一一・七・一〇旧閏五・一六北村隆光録)