| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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霊界物語 | 39_寅_大黒主調伏相談会/言霊隊の出発 | 14 清春山 | 第一四章清春山〔一〇七九〕 フサと月との国境に屹山せる半禿山の山奥に大岩窟を構へて、バラモン教を開設し、一方無暗に地方民の生産物を暴力を以て奉納せしめ、驕慢日に募り怨嗟の声は地上に充ちてゐる。バラモン教の宣伝使は清春山の部下に限り、左手にコーランを持ち右手に剣を携へて無理往生に信仰を強要しつつあつた。 照国別は照公、梅公の両人と共に、河鹿峠を難なく打越え清春山の山麓にさしかかる時しもあれや、俄に谷底に聞える女の叫び声に一同立止まり暫し首を傾けてゐた。叫び声は益々烈しくなつて来た。只事ならじと照国別一行は悲鳴を尋ねて谷底に近寄り見れば、大の男四五人、女を後手に縛り打擲してゐる。人を助くる宣伝使、これが見すてておかれやうかと、宣伝歌を歌ひ乍ら其場に間近くかけつけた。五人の荒男は三人の姿を見るより、あわてふためき、女をそこに残して、チリヂリバラバラに思ひ思ひの方へ逃げて行く。照国別は女の側近く立寄り、 照国別『吾々は三五教の宣伝使、此街道を通る折しも、俄に女の叫び声、コリヤ何事か惨劇が演ぜられてゐるのであらう、何は兎もあれ助けねばなるまいとここ迄尋ねて来たもの、最早吾々が現はれた以上は大丈夫だから、御安心なされよ』 と親切に労はれば、女は目をしばたき、 女(菖蒲)『ハイ、有難う厶います、ようマア危急存亡の場合をお助け下さいました。これと云ふのも全く神様のお助けで厶いませう。何を隠しませう、妾は三五教の信者、兄の行方を尋ねて巡礼する者、女の一人旅、ここ迄参りますとバラモン教の連中に取巻かれ、高手小手に縛められ、無体の要求に立腹の余り、口を極めて罵つてやりました所、五人の男は大に怒り殺してくれむと四方八方より、刀の鞘にて体一面所かまはず、突いて突いて突きまはし、苦痛に堪へかね、卑怯にも悲鳴を上げた所で厶います。よくマアお助け下さいました』 照国別『それは危い事、マアマア安心なさい。オイ、照公、梅公、此婦人の縛を解け』 『ハイ』と答へて両人は手早く縛をときにかかつた。 照公『何とマア惨酷な縛りやうだ。藤蔓で肉にくひ入る様に縛つてゐやがる』 と言ひ乍ら守刀をスラリと引ぬき、蔓を切り放し、女を漸くにして縛よりとき放つた。 女(菖蒲)『おかげで安心致しました。あなたは三五教の宣伝使様、私はコーカス山に参り或動機より三五教の信者になつた者で厶います。私の兄は梅彦といつて盤古神王様の教を伝ふべく、竜宮の一つ島へ参つたきり、今に行方が判りませぬ。父母はそれを苦にして最早世を去り、後に残つた妾は只一人、家にゐる事も出来ず、噂に聞けば、三五教の宣伝使に梅彦といふ方があると承り、コーカス山に元は信者と化け込んで様子を探る折しも、いつとはなしに三五の教理が有難くなり、とうとう誠の信者となつて了ひました。承はれば兄の梅彦は自転倒島とやらへ宣伝使となつて参つたと云ふこと、そして日出別の神様のお弟子になつた事まで承はり、斎苑の館の日出別様にお目にかかり、兄の所在を尋ねむと、アーメニヤを後にはるばる此処まで参る途中に、悪者に出会つてかかる憂目に会うた所で厶います。此近くには清春山といふ高山があつて、其山奥に大足別といふ悪神の大将が巣窟を構へて居りまする。其部下共に捉へられ、大足別の女房になれよとの無体の要求に腹を立てこんな憂目に会うてゐた所、よくマア助けて下さいました。たつた一人の兄妹を尋ねて参る憐れな女で厶います。あなた様も三五教の宣伝使と承はりましたが、梅彦の所在は御存じでは厶いませぬか』 照公『ヤア其梅彦とやら梅公とやら云ふ男は此処にザツと一対居られますよ』 女(菖蒲)『エヽそれは本当で厶いますか』 照公『梅公といふのは此男、照国別の宣伝使は今迄梅彦さまと言つてゐました。ナアもし宣伝使様、あなたは何時やら、一人の妹があると仰有つたやうに覚えて居ります。ヨモヤ此お方ではありますまいか、三日月眉毛にクルリとした目の具合、よく似て居りますで』 梅公『ホンにホンに似たりや似たりや、瓜二つだ。何と云つても照国別様の妹に違ない』 照国別は黙然として女の顔をマジマジと眺めてゐる。女も亦宣伝使の顔を穴のあく程首をかたげ乍ら見つめてゐた。暫くあつて女は思ひ切つた様に、 女(菖蒲)『あなたは兄上ぢや厶いませぬか、お懐かしう存じます』 照国別『お前の幼名は何と云つたか』 女(菖蒲)『ハイ私の幼名は菖蒲と申しました』 照国別『そんなら擬ふ方なき吾妹、ようマア無事でゐてくれた。併し乍ら海山の御恩深き御両親は、此梅彦の事を苦にやんでお国替なさつたか、アヽ残念やなア。如何して両親に申訳が立たうか、余り神様のお道に一生懸命になつて今迄両親の事や妹の事を忘れてゐた。妹、どうぞ許してくれ』 菖蒲『勿体ない兄上様、許すも許さぬも厶いませぬ、斯うなる上は最前申しました事は取消します。実の処は吾々の両親は清春山の岩窟に捕はれて居るさうで厶います。要するに私を女房にくれよと、バラモン教の大足別が幾度となく使を遣はしましたなれども、教理が違ふので、両親はやらぬと申しますなり、私も兄上に巡り会うた上でなければ、返答は出来ないと申してゐましたら、何時の間にやら、私の山に行つてゐる不在中に、両親をかつさらへて、清春山の岩窟に立帰り、私に女房になるならば、両親の命を助けてやらう、さなくば両親を殺して了うとの悪虐無道の掛合、両親も最早三五教の信者となつた以上は、何程苦しき責苦に会うても、バラモン教には降伏せないと頑張つて居りましたから、さぞ今頃は悪神の為に苦んでゐる事でせう。私は心も心ならず、何とかして兄上の所在を尋ね兄妹力を合せて両親を救ひ出さむと、斎苑の館へ進む途中で厶いました』 とワツと許りに声をあげて泣き倒れる其憐れさ。照国別は吐息をつき乍ら落涙に沈んでゐる。 照公『ヤア菖蒲様、あなたの今のお話で、何もかもハツキリ致しました。サアこれから宣伝使様のお供して、清春山の征伐に向ひませう』 照国別『神素盞嗚大神より大切な使命を受け乍ら、如何に両親の危難を救ふとは云へ、使命も果さずに、そんな私上の事は致されまい、ハテ困つたことだなア。両親を救はむとすれば、大神の使命が遅れる、神の命に従はむとすれば両親の身の上はいかに成行くかも計られない。ハテ困つた事が出来たワイ』 梅公『モシ宣伝使様、何程御神命なればとて、途中に悪者のために虐まれてゐる者があれば、これを見のがして行く事は出来ますまい。却て世界を救ふ宣伝使の職務に反するもので厶いませう。谷底の叫び声を尋ねて、ここへ道寄りしたも同じ事、そんな斟酌は決していりますまい、サア早く清春山征伐に参りませう』 照国別『お前のいふのも一応尤もだ。そんならすまぬ事乍ら、両親の危難を救ふ事に致さう』 菖蒲『兄上様、有難う厶います。そんなら私が先導に立ちます。最早之から三里ばかり奥まで行けばそこが敵の岩窟否御両親の捉はれ場所、かういふ内にも心が急ぎます。サア早く行つて下さい』 照国別『そんなら照さま、梅さま、御苦労だが一緒に来てくれるか』 両人『ハイあなたのお供だもの、どこへでも参ります』 照国別は二人の言葉に勢を得、一行四人山奥の岩窟さして、天津祝詞をひそかに奏上し乍ら尋ね行く。菖蒲は道々歌ふ。 菖蒲『神が表に現はれて善と悪とを立別ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 只何事も人の世は直日に見直せ聞直せ 世の過は宣り直せ此御教は三五の 尊き神の御託宣とは云ひ乍ら両親を 悪魔の司に奪はれてどうして見直し聞き直し 宣り直す事が出来ようか山より高き父の恩 海より深き母の恩報い返さでおくべきか 神は吾等と共にあり三五教の宣伝使 照国別とはわが兄と分りし時の嬉しさよ 曲津の神は多くとも悪魔の猛びは強くとも いかでか恐れむ三五の誠一つの神司 仁義の軍に如何にして刃向ふ術のあるべきぞ 照国別を初めとし照さま梅さま菖蒲まで 心を合せ力をば一つになして進むなら 大足別の醜神が何程手下は多くとも 旭に露の消ゆる如亡び行かむは目のあたり あゝ惟神々々御霊幸はひましまして 曲津の神に苦みし父と母との生命を 救はせ玉へ惟神神の御前に願ぎまつる 旭は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも三五教に仕へたる 女心の一すぢに岩をも射ぬく吾覚悟 言向和さでおくべきか照国別の神司 神の力をうけ玉ひ今は立派な宣伝使 其風采も何とやら高尚優美に変りまし 昔の面影どこへやら英雄君子の御姿と ならせ玉ひし尊さよあゝ惟神々々 思ひの晴るる今や時花さく春の至る時 アヽ勇ましや勇ましや大足別は強くとも 神の力に如かざらむ清春山は高くとも 此谷路はさかしともなぞや恐れむ三五の 誠一つの言霊に言向和しバラモンの 砦にひそむ醜神をまつろへ和さでおくべきか あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と歌ひ乍ら登り行く。梅公は後より歌ふ。 梅公『三五教の宣伝使照国別に従ひて 河鹿峠を打わたりいろいろ雑多と面白き 景色をながめ来てみれば千尋の谷間に「ウントコシヨ ヤツトコドツコイきつい坂」グヅグヅしてゐちや危いぞ キヤツと一声「ウントコシヨけたたましくもドツコイシヨ」 女の叫び声がする照国別に従ひて 声を尋ねて来てみれば思ひもよらぬ菖蒲さま 兄妹名乗りをあげ乍ら二人の親の御難儀を 救はむ為と勇みたち此山坂を上り行く 其いでたちの勇ましさ「ウントコドツコイ、ハーハーハー」 本当にきつい坂路ぢやコレコレまうし菖蒲さま 足元用心なされませここには蛇や蜈蚣めが 沢山路に横たはり手具脛引いて待つてゐる 此奴も矢張りバラモンの大足別の醜魂 蛇や蜈蚣となりかはり害を加へて「ドツコイシヨ」 困らしやらむと待つのだろ虫一匹と言うたとて 決して油断はなりませぬ「ウントコドツコイドツコイシヨ」 これ程きつい山路を越えて行かねばならぬよな 山奥深き岩窟に潜んでゐる奴あ「ドツコイシヨ」 ロクな奴ではあるまいに本当に力があるならば 正々堂々と広原に館を構へてゐるだらう 獣もロクに通へない此谷路のドン奥に 鳥なき里の蝙蝠を気取つてゐやがる馬鹿神は どうで弱虫腰抜の張本人に違ひない 脾肉の歎にたへかぬる梅公さまが只一人 あつたら「ドツコイドツコイシヨ」バラモン教の奴原を 片つ端からなで切りにするのは手間暇いらね共 ヤツパリ一人は危いと直日に見直し宣直し 四人一度に上り行く力が余りて仕様がない 千引の岩もて鶏の玉子をわるより易からう あゝ面白い面白い清春山はまだ来ぬか 何をグヅグヅしてゐるぞアタ邪魔臭い邪魔臭い ヤツパリ俺がてくらねば山はどうしても動かない 「ウントコドツコイドツコイシヨ」向ふに見ゆる黒煙 どうやらあこが岩窟ださぞ今頃は御両親 われ等の到るを待ちかねて厶るであらう「ドツコイシヨ」 悪のみたまの年のあきいよいよこれから正念場 進めや進めいざ進め照国別や菖蒲さま 照公さまも潔く駒に鞭打ち進みませ それそれそこに高い石遠慮会釈も「ドツコイシヨ」 知らぬ顔して立つてゐる一時も早く岩窟に 進んで曲津の首をば片つ端から切りおとし 勝鬨あげて三五の教を照らし世の人の 悩みを救ひ助くべしあゝ惟神々々 御霊幸はひましましてわれ等一行四人づれ 神の御為世の為に雄々しき功績をたてぬいて 二人の親の生命を救ひて月の都まで 進ませ玉へ大神の御前に慎みねぎまつる』 と歌ひ乍ら、勢よく秋風に吹かれつつ谷間を登り行く。 (大正一一・一〇・二八旧九・九松村真澄録) |
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霊界物語 | 43_午_玉国別と治国別1(玉国別の失明) | 18 石室 | 第一八章石室〔一一六九〕 谷の下り道、半分許りの所に七八人這入れる石室が穿たれてあつた。俄に吹き来る山颪、大粒の雨さへ混つてゐる。松公は、 松公『オイ、伊太公さま、其外一同の者、かう雨風が一度に襲来しては下りる事も出来ない。幸ひ此石室で雨風の過ぐるを待つ事にしようではないか』 竜公『そりや結構だなア、皆さま、一服しませうかい』 伊太公『大変に気もせきますが、仰せに随つて雨をまつ事に致しませう、別に吾々の体は紙で拵へたのではないから、少々の雨位構ひませぬが、皆様がお気の毒だからおつきあひに憩ませて貰ひませう』 入口の戸もない石室に侵入し、天然の岩椅子に各自腰をかけ、暫く足をやすめて居た。竜公は俄に顔色蒼め、冷汗をかき、ブルブルと慄ひ出した。一同は驚いて『ヤア何だ何だ竜公確りせぬか』と周囲からよつて集つて撫でさする。竜公は汗を滲ませながら歯をガチガチ云はせ、団栗眼をむき出した。 松公『ヤアこいつは困つた、とうとう瘧に襲はれやがつたなア、モシモシ伊太公さま、どうしたらよろしからう』 伊太公『困つた事になつたものだ、こりや瘧に違ひない。途中の事と云ひ、どうも仕方がない。瘧をおとすには病人の頭へ擂鉢をかぶせ、艾を一つかみ其上にのせて灸を据ゑると直落ちるのだけれど、擂鉢もなし、艾もなし困つたものだ』 松公『一体瘧と云ふのは何神の仕業でせうかなア』 伊太公『瘧は皆死霊の業だ。谷川へ陥つたり、池や沼に落ち込んだ奴の亡霊が憑依するのだ。硫黄温泉でもあれば、そこへ突込んでやれば直退散するのだけれど、困つたところで瘧をふるつたものだわい』 松公『温泉へ入れたら瘧が落ちますか、ヤアそりや聞き初めだ。幸ひこの谷道を一丁ばかり右へ下りると、昔から硫黄温泉が湧いて居るとの事です、そこへ浴れてやつたら何うでせうなア。貴方もお急きでせうが、どうせ玉国別さまも治国別さまも祠の森をお離れなさる気遣ひはないから、一寸そこ迄廻つて貰へますまいかなア』 伊太公『そりやお易い事です、人の苦しんで居るのを見捨てて行く訳にも行きませぬから』 松公『そりや有難い、そんなら御苦労になりませうかなア』 竜公は歯をキリキリと云はせながら目を怒らせ、 竜公『オヽ俺は決して死霊ではないぞ、瘧でもないぞ、大黒主に仕へ奉る八岐大蛇の片割だ。汝等五人の不届者奴、俺達の仲間を滅さむと計る、素盞嗚尊の手下、玉国別や治国別に甲を脱ぎ吾々に背くやつ、決して許しは致さぬぞ。此竜公が命を取り、次には松公が命をとり、イル、イク、サール三人の奴は申すに及ばず、伊太公迄もとり殺してやるのだから、其覚悟を致したらよからう』 松公は口を尖らし乍ら、 松公『伊太公さま、あんな事を云ひますわ、これでは温泉も駄目でせう、何とか工夫はありますまいかな』 伊太公『瘧でないと分れば、又方法もあります。サアこれから三五教独特の鎮魂を以て悪魔を見事退散さして見ませう』 松公『どうぞ宜しう願ひます。オイ三人のもの貴様も一つ祈つて呉れい』 茲に伊太公、外四人は一生懸命に両手を合せ、惟神霊幸倍坐世を十回許り唱へた後、伊太公はポンポンと手を拍ち天津祝詞を奏上し終つて天の数歌を二三回唱ひ上げた。大蛇の憑霊は、天の数歌に怯ぢ恐れ、竜公を其場に倒して逃げ去つて了つた。竜公はけろりとして汗をふきながら、 竜公『ヤア苦しい事だつた。ようマア伊太公さま助けて下さつた、何とマア三五教のお経はよく利きますねえ』 伊太公『マア何より結構でした。三五教ではお経とは申しませぬ、これは重要なる讃美歌で、天の数歌と云ひます。皆さまもこれから間があれば、この数歌をお唱ひなさい』 松公『イヤもう義弟の命を助けて頂き、此の御恩は忘れませぬ。サア雨も余程小降りになり、風も熄んだやうです。も一気張りですから、ポツポツ下りませうか』 と先に立ち、又もや足拍子をとつて歌ふ。 松公『清春山の下り路天下にまれなる難関所 下る折しも竜公が石室中に飛び込んで ガタガタブルブル慄ひ出すこれぞ正しく「ウントコシヨ」 「ヤツトコドツコイ六つかしい足踏み入れる所もない」 瘧のやつに違ひないと心をいため谷間に 滾々湧き出る硫黄の湯そいつへ入れて助けよと 評定して居る最中に竜公のやつが口をきり 俺は死霊ぢやない程に八岐大蛇の片割ぢや 俺等の仲間を倒さうと企んで居よる素盞嗚の 神の手下に帰順して「ヤツトコドツコイ」怪しからぬ 事をするから竜公の命を先に奪ひとり 松公さまや三人の大事の大事の命まで 取つてやらうと嚇しよる俺も些つとは「ドツコイシヨ」 吃驚せずには居られない狼狽へ騒ぎ居る中に 三五教の伊太公は神変不思議の鎮魂と 一二三ツ四ツ五ツ六ツ七八ツ九ツ十百千 万の曲を払はむと声も涼しく「ドツコイシヨ」 天の数歌歌ひあげ雄建びませば悪神は 其神力に怯ぢ恐れ雲を霞と逃げよつた あゝ惟神々々神の恵は目のあたり 俺もこれからバラモンの醜の教を思ひ切り 神徳高き三五の神の御教に従ひて 種々雑多と修業なし名さへ目出度き神司 松公別と名乗りつつ普く世人の悩みをば 助けにや置かぬ惟神兄の命とあれませる 治国別の宣伝使同じ腹から生れたる 「ウントコドツコイ」俺の身は兄貴の真似が出来ないと 云ふよな理屈はあるまいぞあゝ面白い面白い 前途の光明が見えて来た神徳高き素盞嗚の 誠の神に刃向ふは命知らずのする事だ 俺はこれから心境を根本的に改良し 神の御子と生れたる其天職を詳細に 神の御前に尽すべし竜公お前も神様に 苦しい所を助けられ尊き事が「ドツコイシヨ」 漸く分つたであらうぞや何程人が偉いとて 蠅一匹の寿命さへ一秒時間延ばす事 出来ないやうな身を以て神に刃向ひなるものか 思へば思へば人間は神の力に比ぶれば 塵か芥の如きものもうこれからは神様に 体も魂も打ち任せ一心不乱に善道を 進んで道の御為に力限りに尽さうか あゝ勇ましし勇ましし長い坂でもドンドンと 一足々々下りなば遂には麓につく如く 如何に小さい信仰も積れば遂に山となる 山より高く海よりも深き尊き神の恩 報いまつらで置くべきか此世計りか神界へ 国替へしても神様が矢張り構うて下される 真の親は神様だ恋しい親に死別れ 今迄悔んで居たけれどそれは此世の親様だ 万劫末代変らない吾身を救ふ親様は 神様よりは外に無い思へば思へば有難や 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも神に任せた其上は 如何なる事か恐れむや地震雷火の車 大洪水の来るとも一旦覚悟をした上は 誠の神の立てませる三五教の御道は 決して決して捨てはせぬ「ウントコドツコイドツコイシヨ」 大分坂も下りて来たもう一気張りだ皆さまよ 足許用心するがよいここは悪魔の巣窟だ うかうかしとると大蛇奴が何時憑くか分らない 竜公の奴が好い手本御魂に気をつけ足許に 心を配つて下りませあゝ惟神々々 御霊幸倍ましませよ』 と節面白く歌ひつつ、玉国別の宣伝使が休息して居る祠の森をさして急ぎ行く。 (大正一一・一一・二八旧一〇・一〇加藤明子録) |
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霊界物語 | 44_未_玉国別と治国別2 | 12 大歓喜 | 第一二章大歓喜〔一一八一〕 治国別の言霊に一同は驚き目を覚まし、万公は目をこすり乍ら、 万公『先生貴方は俄に言霊を発射なさいましたが、何か変つた者が現はれたのですか』 治国別『ウン』 万公『オイ晴公、楓さまの姿が見えぬぢやないか。大蛇に呑まれて了つたのぢやあるまいかな。オイ五三公、竜公、何をグヅグヅしてゐるのぢやい。サア探した探した』 と慌まはる。五三公、竜公、松彦も目をキヨロキヨロさせ乍ら四辺を見まはし、二人の姿の無きに驚いて居る。 治国別『御苦労だが四人共、森の外へ出て、ここへ駕籠をかついで来てくれ』 万公『駕籠を舁げとは、ソリヤ又妙なことを仰有いますなア』 治国『行つて見たら判るのだ。晴公と楓さまが、待つてゐるよ。サア四人共早く行つたり行つたり』 万公『オイ、何は兎もあれ先生の御命令だ。行つて見ようかな』 三人は「ヨーシ合点だ」と万公の後につき、森の外へと走り行く。後に治国別は合掌し乍ら、独言、 治国別『あゝ有難い、神様の御引合せ、どうやら親子兄妹の対面が許された様だ。之から一骨折らなくてはなるまいと、昨夜も思案にくれて眠られなかつたが、何とマアよい都合に神様はして下さつたものだ。之と云ふのも昨夜言霊の宣伝歌を歌つた神力の御蔭だらう。道は神と共にあり、万物之に依つて造らる、との聖言は今更の如く思はれて実に有難い、あゝ偉大なる哉神の御神力、言霊の効用』 と感歎し乍ら、東に向つて天津祝詞を奏上し、天の数歌を歌ひ上げ、神言まで恭しく詔上げて了つた。そこへ二挺の駕籠を舁いで、一行六人は帰り来たる。 治国別は、 治国別『ヤアお目出度う。晴公さま、楓さま、神様の御神徳は偉いものですなア』 晴公『先生、晴公は、おかげで両親にタヽ対面が出来ました』 と早くも声を曇らしてゐる。楓は紅葉のやうな愛らしき手を合せ、治国別に向ひ、覚束なげに泣声交りに惟神霊幸倍坐世を幾度となく繰返して居る。 万公『先生、イヤもう何うもかうもありませぬワイ。偉いものですなア、大したものですなア、エヽー、こンな結構なことは万々ありませぬワ。本当に嬉しいですワ、何と云つて御挨拶を申上げたらよいやら、万公は言葉も早速に出て来ませぬワ』 治国別『ヤア結構だ、万公サア早くお二人をここへ出して上げてくれ』 万公『万々々承知致しました。コレコレ晴公さま、楓さま、何を狼狽へて居るのだい。お前さまも手伝はぬかい、コラ五三公、松彦、竜、何をグヅグヅしてゐるのだい。千騎一騎の此場合安閑としてる時ぢやないぞ。サア対面ぢや対面ぢや、言霊だ言霊だ、言霊の幸はふ国だ』 と万公は駕籠のぐるりを幾度ともなく、お百度参りの様に廻転してゐる。老夫婦は悠々として駕籠より立出で、治国別の前に両手を合せ、 珍彦『三五教の活神様、有難う厶います。私は珍彦と申す者で厶ります』 静子『妾は妻の静子で厶ります。お礼は此通りで厶います』 と両手を合せ、嬉し涙を滝の如くに流してゐる。晴公も楓も茫然として、余りの嬉しさに言葉もなく、両親の顔を横から見守りゐるのみ。 万公『何とマア偉いこつちやないか、エヽー。本当に誠に欣喜雀躍、手の舞ひ足の踏む所を知らずとは此事だ。余り嬉しくてキリキリ舞を致すものと、怖うてキリキリ舞致す者と出来るぞよ、信神なされ、信神はマサカの時の杖になるぞよ……との御聖言はマアこんな事だらう、万々々万公の満足だよ。 あゝ有難い有難い神の力が現はれて 常夜の暗の如くなる此山口の森蔭で 親子四人の巡り合ひおれの親でもなけれ共 矢張嬉しうて万公は手の舞ひ足の踏む所 知らぬばかりになつて来た三五教の神様は 本当に偉いお方ぢやなアバラモン教の曲神は バカの骨頂だガラクタの力の足らぬ厄雑神 折角ここ迄やつて来て肝腎要の品物を 途上に放り出し逸早く治国別の言霊に 恐れて逃げ出す可笑しさよあゝ面白い面白い オツトドツコイ有難いそれだに依つて万公は 何時も喧しう言うてゐる三五教ぢやないことにや 誠の救ひは得られない生言霊の神力は 本当に偉い勇ましい斎苑の館に沢山の 神の司はあるけれど一番偉い杢助の あとに続いた亀彦は治国別と云ふ丈で 天下無双の宣伝使俺の肩まで広うなつた オイオイ五三公竜公よお前のやうな仕合せな 奴が世界にあらうかいサア是からは是からは ハルナの都を蹂躙し大黒主の素つ首を 言霊隊の神力で捻切り引切り月の海 ドブンとばかり投込ンで天が下にはバラモンの 曲津の神の影もなく伊吹払ひに吹き払ひ 天地を浄め神界のお褒めをドツサリ被りて 至喜と至楽の天国を地上に建設せうぢやないか 治国別の先生よ本当に貴方は偉い方 始めて感じ入りましたどうぞ私を末永う お弟子に使うて下さンせコレコレ晴さま楓さま お前も一つ喜ンで歌でも歌うたらどうだいナ 地異天変もこれ丈に突発したら面白い オツトドツコイ有難い三五教の神様に 早く御礼を申しやいのう何をグズグズして厶る 側から見てもジレツたいあゝ惟神々々 神の御前に万公が今日の恵を謹みて 感謝し仕へ奉る朝日は照る共曇る共 月は盈つ共虧くる共仮令大地は沈む共 星は天よりおつる共三五教はやめられぬ ホンに結構な御教だ不言実行といふことは 三五教の神様が手本を出して下さつた これから心を改めて口を謹み行ひに 誠の限りを現はして神の御子たる本職を 尽そぢやないか皆の者あゝ有難い有難い 有難涙がこぼれますヤツトコドツコイドツコイシヨ ドツコイドツコイコレワイシヨヨイトサアヨイトサア ヨイヨイヨイのヨイトサアドツコイドツコイドツコイシヨー』 と夢中になつて、広場を飛廻る。治国別は言も静に、 治国別『珍彦さま、大変な苦しい目に会はれたでせうな。お察し申します。静子さまも嘸御心配をなされたでせう』 珍彦は涙を拭ひ乍ら、 珍彦『ハイ有難う厶います。アーメニヤの大騒動に依つて親子思ひ思ひに離散し、漸くにして娘の所在を尋ね、三人手に手を取つて、兄俊彦の行衛を尋ねむものと、いろいろ艱難辛苦を嘗め、テームス山の麓を流るるライオン川の畔迄参りました所、老の疲れが来たものか、不思議にも夫婦の者が身体の自由を失ひ、一人の娘に二人の親は介抱をされ、あるにあられぬ困難を致して居りました所へ、黄金姫様が美しい娘さまと共に通り合はされ、いろいろと結構なお話を聞かして下さいまして、お蔭で夫婦の者は気分も爽快になり体の悩みも段々と癒つて参りました。小さい草小屋を造り、川端の一軒家で親子三人が暮して居りました所へ、ランチ将軍の手下がやつて来て、夫婦の者の祝詞の声を聞き……貴様は三五教の間者だろ……と云つて、無理にも高手小手に縛められ駒に乗せられ、ランチ将軍の陣営迄送られました。吾々夫婦はどうなつても構ひませぬ。惜くない命なれど、娘や兄の事が案じられ、寝ても起きても、夫婦の者が霜寒き陣営に捉へられて、無念の涙を絞つて居りました』 と言ひさして、ワツとばかりに男泣に泣く。 治国別は憮然として慰めるやうに、 治国別『それは御老体の身を以て、エライ御艱難をなさいましたな。併し乍ら最早御安心をなさいませ。吾々のついてゐる限りは最早大丈夫ですから』 珍彦は「ハイ」と云つたきり、又もや泣きじやくる。静子は又もや涙片手に、 静子『お話申すも涙の種乍ら、ランチ将軍の陣営へ夫婦は連れ行かれ、鬼のやうな番卒に朝から晩迄、身に覚えもないことを詰問され、身体所構はず鞭たれ、実に苦しう厶いました。そしてランチ将軍の前に時々引出され……其方は三五教の杢助であらう。汝は黒姫であらう、白状致せ。そして其方の同居してゐた娘は初稚姫に違ひなからう。サアどこへ隠した、所在を知らせ……とエライ拷問、到底命はなきものと覚悟致して居りましたが、死ぬる此身は厭はねど、どうぞして吾子二人に廻り合はねば死ぬにも死ねないと思ひまして、嘘を言つては済まないと存じ乍ら、向うの尋ぬるままに、夫は杢助で厶いました、……と答へ、私はまがふ方なき黒姫だ、そして娘は初稚姫に相違厶いませぬ……と言つてのけました。そした所がますます詮議が厳しくなり、三五教の宣伝使はハルナの都へ向つて、何人ばかり出張したかとか、いろいろと存じもよらぬことを詰問され、苦しさまぎれに口から出任せの返答を致しました所、斎苑の館へ送つてやらうと云つて、吾々夫婦を後手に縛り山駕籠に投込み、家来に舁がせてここ迄つれて来ました。吾々夫婦はどうなることかと胸を痛めて居りましたが、思ひもよらぬ貴方様のお助けに預かり、其上焦れ慕うた二人の子に会はして貰ひ、斯様な嬉しいことは、天にも地にも厶りませぬ。命の親の活神様』 と又もや手を合はしてワツとばかりに泣伏しにける。 晴公は珍彦の側に寄り、 晴公『父上様、お久しう厶います。よくマア生きてゐて下さいました。私は俊彦で厶います、若い時はいろいろと御心配をかけましたが、三五教の教を聞くにつけて、親の御恩を思ひ出し、何卒両親に会はして下さいませと、朝夕祈らぬ間とては厶いませなかつたので厶ります』 と又もや涙を絞る。珍彦は鼻を啜り乍ら、皺手を伸ばして、晴公の頭を撫でまはし、 珍彦『あゝ俊彦、よう言うてくれた。其言葉を聞く以上は此儘国替をしても、此世に残ることはない。あゝ有難い。持つべきものは吾子だ。コレ俊彦、安心して呉れ、私は年はよつてゐても体は達者だから、ここ二年や三年にどうかうはあるまいから』 晴公『ハイ有難う厶います、これから力限り孝行を励みます。今迄の罪は許して下さいませ』 といふ言葉さへも涙交りである。楓は静子の手をシツカと握り、 楓『お母アさま、随分お困りでしたらうねえ。私、どれ丈泣いたか知れませぬよ。ウブスナ山の斎苑館へ参拝して、御両親の所在を知らして貰はうと、身をやつして、河鹿峠の山口迄参りました所、道行く人の話に聞けば、バラモン教の軍勢が谷道を扼してゐるといふことを聞きましたので、あゝ是非がない、モウ此上は両親の無事を祈り、かたきの滅亡を祈るより、私としての尽すべき途はないと思ひ、此恐ろしい魔の森の奥に大蛇の岩窟のあることを聞き、ここに忍びて居ればバラモンの捕手も滅多に尋ねては来まいと思ひ、恐ろしい岩窟に身を忍び、三七廿一日の夜参りを、鬼に化けて致して居りました。心願が通つたと見えて、三七日の上りに兄さまに巡り会ひ、又お父さまお母アさまに会はして頂きました。どうぞ御安心下さいませ、斯様な偉い宣伝使様の懐に抱かれた以上は最早大丈夫で厶います』 と涙交りに慰める。静子は楓の背に喰ひつき、嬉し涙にかきくれる。これより治国別の命に依つて、珍彦、静子、楓、晴公の四人を玉国別のこもつてゐる祠の森へ手紙を持たせてやることとした。そして山口迄宣伝使一行は送り届けた。親子四人は玉国別に面会し、神殿造営の手伝ひをなし、夫婦は遂に宮のお給仕役となり、楓は五十子姫の侍女となつて、神殿落成の後斎苑館に帰り、神の教を研究し、遂には立派なる宣伝使となつて神の御恩に報ずる身とはなりにける。 (大正一一・一二・八旧一〇・二〇松村真澄録) (昭和九・一二・二八王仁校正) |
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霊界物語 | 45_申_小北山の宗教改革1 | 11 仲裁 | 第一一章仲裁〔一二〇一〕 教主の間には蠑螈別、魔我彦、お寅、熊公の四人は胡坐をかき、無礼講の体でグビリグビリと酒汲み交はして居る。無性矢鱈にお寅は熊公にきつい酒をすすめる。下地は好きなり御意はよし、何条以て断るべき、喉の虫がクウクウと催促して堪らない。猫が鰹節に飛びついた様、初めの権幕何処へやら、俄に恵比須顔となつてグイグイと、会うた時に笠脱げ式でやり初めた。熊公が群集の中で大声を出し蠑螈別の酒を攻撃したのも、心の底は何とか云つて甘酒にありつかうと云ふ算段だつたから渡りに舟、得手に帆と云ふ好都合だ。熊公はソロソロ舌が縺れ出し銅羅声を出して唄ひ出した。 熊公『飲めよ騒げよ一寸先や暗よ暗の後には月は出る つきはつきぢやが酒づきぢやチヨビチヨビ飲むのは邪魔臭い 土瓶の口からデツカンシヨ胃の腑のタンクへ直輸入 直に雪隠へ卸売面白うなつておいでたな 酒は酒屋に、よい茶は茶屋に若いナイスは此館 お寅婆さまぢや一寸古いそれでも蠑螈別さまが 細い目をして抱きつき吸ひつき泣きつき獅噛みつき 笑壺に入つて厶るのだドツコイシヨ、デツカンシヨ 応対づくなら仕様がない酒を飲むなと神さまが 野暮の事をば仰有るまいぞ御神酒上らぬ神はない 此熊公も之からは蠑螈別のお側づき お酒の御用なら何時迄も天地の神は云ふも更 八岐大蛇や醜狐鬼でも狐でも狸でも 何でも構はぬやつて来いお前の代りに俺が飲む 仮令狐が飲んだとて矢張俺が喉通る 其時や俺も甘いぞやデツカンシヨデツカンシヨ』 魔我『こりやこりや熊さま、そんな大きな声で唄ふものぢやない。大広前へ聞えるぢやないか。チツと気を利かしたら如何だ』 熊公『折角機嫌よう飲んだ酒を何ゴテゴテ云ふんでえ、黙つて盗んで酒を呑む様にチヨビリチヨビリと飲んだつて何が面白い。酒を飲めば酔ふにきまつてる。酔うたら騒ぐにきまつてる。お前は結構な酒を殺して飲めと云ふのか。エーン、なア蠑螈別さま、熊公の云ふ事が違ひますかな』 蠑螈『アハヽヽヽチツとも違ひはせぬ』 熊公(大声)『それ見たか魔我彦、教祖様が違はぬと仰有つたぢやないか』 魔我彦は青くなり、 魔我『これ、熊さま、何ぼどうでも体裁と云ふ事を考へて呉れなくちや此城がもてぬぢやないか』 熊公『酒に酔うたものに体裁も糞もあるものかい。体裁を作らうものなら酒を飲まれぬぢやないか、さうすりやウラナイ教には裏がないと云つたが矢張裏があるのだなア。表には鹿爪らしい事を吐き乍ら何でい。奥へ這入れば朝から晩まで甘酒に酔ひつぶれ、神の教は其方除けにして肝腎の教祖さまからお寅婆アさまと意茶つき喧嘩をしたり、抓つたり叩いたりするのだからな、呆れたものだ』 お寅『これ熊さま、お前は悪酒だから本当に困つて了ふよ。チツとは教祖様の御心中も察し俺の心も酌んで呉れたら如何だい。結構な酒を頂き乍ら、ここの迷惑になる様の事を云つても宜しいのか。チツとは義理と云ふ事も考へて下さいな』 熊公『ワツハヽヽヽそらア、何を吐しやがるんだい。不義理の天上、日出神様の御入来だ。エーン、こりやお寅、貴様も大分に老耄たねえ、浮木の森の女侠客、丑寅と云つたら一時は飛つ鳥も落す様な豪勢な勢だつたが、何時の間にやらウラナイ教に沈没してフニヤフニヤになつて了つたぢやないか。こりやお寅、昔の事をまだ忘れては居めえな。エーン、此熊公はお前に対しては十分駄々を捏ねるだけの権利が具備してるのだ。蠑螈別の前だから素破抜くのは廃とくが、ここ迄云つたら蠑螈別だつて馬鹿でない限りは大抵合点が行くだらう。此熊公が信者の中へ紛れ込み、お寅の行衛をつきとめむと腕に撚をかけ待つて居るのも知らずに聖人面を列ねて、よくもまア演壇に立ちやがつたな。虎狼野干は化して卿相雲客となるとは、よく云つたものだ。世の中は比較的に馬鹿者の多いものだなア。アツハヽヽヽ』 お寅『これこれ熊さま、あまりぢやありませぬか。云ひ度い事があるなら後でしつぽり聞かして下さんせ。蠑螈別の前ぢや厶いませぬか』 熊公『アハヽヽヽ、チツと都合が悪いかの。其方に都合が悪けりや此方に都合がよい。其方に都合が好けりや此方の面工が悪い。何でも彼でも世の中の事は上つたり下がつたり唐臼拍子に行くものだ。二世を契つた此熊公が、それ丈け煩さいのか。うんよし、大方貴様は蠑螈別と太え事をやつてゐやがるのだらう。サア有態に白状せい此儘には帰らないぞ、エーン』 蠑螈『熊さま、何卒お寅さまを貴方の御自由に連れて帰つて下さい。決して私には未練はありませぬからナア』 お寅『これ蠑螈別さま、貴方は何と云ふ水臭い事を仰有るのだ。私にも量見がありますぞや。又鼻を捻て上げませうか』 と立ち上り強力に任せて蠑螈別の鼻を捻やうとする。蠑螈別はお寅の鼻抓みには懲々してゐるから両手で顔を隠し俯向いて畳にかぶりついたまま、 蠑螈『熊さま助けて呉れえ助けて呉れえ』 と恥も外聞も忘れて叫んでゐる。熊公はお寅の首筋をグツと握り後へ引いた。途端にお寅はドスンと尻餅を搗く。 お寅『アイタヽヽヽ何とひどい事をする男だ事、これ、熊さま、お前ここを何と心得て居る。ここは神様のお集まり遊ばす聖場で厶んすぞえ、斯様な処で呶鳴つたり、人を転したり、そんな乱暴をなすつちや済みますまい。チツと心得て下さんせえな。これ魔我彦、何をグヅグヅして居るのだ。早く末代様に此事を申し上げ熊さまの乱暴を喰ひ止め追つ帰して下さいな』 熊公『アハヽヽヽお寅の奴、到頭弱りよつたな。蠑螈別と朝から晩まで意茶つき喧嘩をして居る癖に、こんな聖場で喧嘩する事アやめて呉れえなんて、ケヽヽヽヽ尻が呆れるわい。いや、チヤンチヤラ可笑しいわい。ワツハヽヽヽ』 お寅『これ熊さま、頼みだから機嫌ようお酒を飲んで、今日は帰つて下さいな。そして又お酒が飲みたくなつたら来て下さい。さうしておとなしう飲んで下さつたら酒位は何程でも振舞つてあげますから』 熊公『振舞つてくれるとは、そりや怪しからぬ、夫が女房の処へ来て振舞ふも、振舞はぬもあつたものかい。貴様は俺を置去りにして浮木の森迄逃げ失せ、柄にもない女侠客となり沢山な野郎共を飼ひやがつて、虚勢を張つてゐよつただないか。俺は貴様に宅を飛び出され、浮木の村に間誤ついてゐる時、幾度門口へ行つたか分らない。その時も腐つた様な親爺を持ち、此熊さまを多勢の力を借つて袋叩きに致した事が幾度もあるぢやないか。貴様の亭主としてゐた田子公の奴、俺の当身を喰つて、それが病み付となり脆くも国替をしたと、噂に聞いた時の嬉しさ、いや愉快さ、溜飲が三斗ばかり下りた様にあつたわい。ウワツハヽヽヽ、もう今日となつては貴様も世の末だ。婆嬶や子供を相手に致し、お寅婆サンと威張つてゐる様では此熊公に指一本触える事も出来やしめえ。俺も男だ。女房に肱鉄を喰らはされて再び女房になれとは云はねえ。いや頼まれても此方からお断りだ。然し乍ら魚心あらば水心だ。何とか挨拶をして貰ひ度えものだなア』 お寅『挨拶をせえと云ふのはお金でも強請らうと云ふのかい。お金なんか、神様の道にありやせないわ』 熊公『アハヽヽヽ惚けな惚けな、これ丈け太え屋台骨をしやがつて何程ないと云つても金の千両や万両は目を剥いて居る筈だ。手切れに綺麗薩張と出して貰ひませうかい。蠑螈別だつて俺の女房を自由にしたかせぬか知らぬが断りなく使つて居るのだから、否応は云えまい』 と両肌を脱ぎ入墨だらけの腕を振りまはし、生地を現はして白浪言葉を頻りに連発しだした。 魔我『お寅さま、斯うなつちや容易に片づきますまいぜ。吝な事云はずに、それ、あの一万両の金を渡したら如何です。常時こんな事云つて来て貰うては煩いぢやありませぬか』 お寅『これこれ魔我彦、お前夢でも見たのか。何処にそんな大した金がありますか。万両と云つたら庭先に赤い実のなつてる植木位なもんだよ。しやうもない事云つて困るぢやないか。慎みなさい。仮令あつた処でここは蠑螈別のお館だ。私の自由になりますか』 熊公『アハヽヽヽ到頭一万両の所在を見つけ出した様なものだ。サアもう斯うなる上は、一万両だ、非が邪でも一万両だ。此熊さまを追払ふのもヤツパリ一万両だ。煩さい因縁を切つて貰ふのもヤツパリ一万両だ』 お寅『これこれ熊さま、一つ云ふては一万両、一つ云ふては一万両とそりや何を云ふのだい。あんまり馬鹿にしなさんな、最前からお前の云ふ事を聞いて居りや五万両も要るぢやないか。お前に一万両でも一銭でもあげる金があれや、八幡さまに奉納致しますわいな。そんな欲な事を考へてをると八万地獄に落ちますぞや』 熊公『八万地獄所か十万億土の旅立を楽んで居る此熊公だ。熊公と思や正真正銘の悪魔公だよ。悪魔払ひに一万両は安いものだ。サアサアキリキリ払うたり払うたり払ひ給へ、清め給へだ』 お寅『そんなヤンチヤを云はずにトツとと帰つて下さい。お頼みだから』 熊公『そんなら五万両は割引して一万両にまけておく。一万両は安いものだらう』 お寅『好かぬたらしい。これ熊さま、何を云ふのだい。俺が此ウラナイ教へ入信した時、貯めて置いた一万両の金で此通り立派なお宮を建てたのだ。其一万両が欲しければ、あの石の宮さまを懐へ入れてなつと、担いでなつと勝手に帰んで下さい。お金なんぞ、ありやせないよ』 蠑螈別は、小さい声で舌をもつらせ乍ら、 蠑螈『おいお寅、煩いから有る丈け持つて帰なしたらどうだ。そして今後は文句は云はないと書付けをとつておくのだな』 お寅『これ蠑螈別さま、何と云ふ気の弱い事を仰有るのだ。生命と懸替の、あの一万両を渡す位なら死んだがましぢやないか。何うしてお前さまと私と此先やつて行くのだい。黙つて居なさい。溝壺へ捨てる金が有つても熊さまなんかへ渡す金はありませぬぞ。こんな処へヌツケリコとやつて来て思はぬ苦労をかけやがつて、これ熊公、此お寅さまを何と心得てる。浮木の森の女侠客丑寅サンと云つたら、ヘン、憚り乍ら此姐さまだ。お前達の様な一羽鶏に脅かされて屁古垂れる様な姐さまぢやありませぬぞや』 と棄鉢気分になり、入墨のした腕をグツと捲り、一方の足を立膝し乍ら泡を吹き飛ばし呶鳴りつけた。熊公は猛り狂うてお寅婆の髻を引つ掴み力限り引張りまはす。蠑螈別、魔我彦は此権幕に肝を潰し、奥の間の長持の中へ身を隠し、慄ひ戦いてゐる。此声を聞きつけて万公、五三公、アク、タク、テクの五人はドヤドヤと走り来り、 万公『待つた待つた、待てと申せば待つたが宜からうぞ』 五三『何事の縺れか知らねえが、此場の仲裁は此五三公が預かりやせう』 と故意とに白浪言葉を使つて嚇しにかかる。 熊公『アハヽヽヽ小童子野郎が斯んな処へ飛び出し、俺達の喧嘩を仲裁するとは片腹痛え、弥之助人形の空威張り、そんな事に屁古垂れて、酔泥の熊公のお顔が立つと思ふかエーン、小童子武者の出る幕ぢやない。すつこんで厶れ』 アク『あいや酔泥の熊公とやら、暫く待つたがよからうぞ。吾こそはバラモン教の大目付片彦将軍で厶るぞ。何を血迷うて斯様な処へ乱暴にやつてうせたか、怪しからぬ代物だ。おい家来共、大自在天より授かりし金縛りの妙法を以て此乱暴者を手痛くふン縛れ』 五三『もしもし片彦将軍様、お腹立ちは御尤も乍ら様子も聞かず、ふン縛るとは無慈悲と申すもの、何卒イルナの侠客五三公サンに此場はお任し下さる訳には行きますめえか』 アク『飽迄憎き奴なれど、当時売出しの侠客の其方が申す事、無下に断る訳にも行くまい。そんなら其方に此場の解決を一任する。万一ゴテゴテ吐すに就いては容赦はならぬぞ』 五三『ハイ、委細承知仕りやした。私も当時売出しの侠客、命に代へても此場の落着をつけて御覧に入れやせう。万々一行かねば此場で割腹致して見せやせう。さすれば貴方の御自由に御成敗遊ばしやせえ』 アク『然らば暫く別間に控へて居る。万公、タク、テク、余が後に従つて来い。五三公親分、さらばで厶る』 と肱を張り悠々として笑ひを忍び乍ら大広間さして立つて行く。 お寅『これはこれは片彦将軍様、尊き御身を以て入らせられました。これと申すも神様の御神徳、いやもう有り難う厶います』 五三『ハルナの国に時めき給ふ大黒主の右守の司と聞えたる鬼春別将軍の部下、片彦将軍は、今や数万の軍勢を引き率れ斎苑の館へ進軍の途中、小北山の神徳、いやちこなりと聞き戦勝祈願のため、浮木の森に軍隊を留め、少しの部下を伴ひ参詣致したもの、神のお示しによればアバ摺れ男の熊公なるもの、神の司の蠑螈別殿、其他お寅殿に向つて無体の脅迫を試みしと聞き、取るものも取り敢ず、此処に来て見れば、不都合千万な此始末、と片彦将軍様が霊を以て此五三公が霊に伝へ給うた。片彦将軍の御身魂が宿つた此五三公様が仲裁に立つても、よもや不足ぢやあるめえ、のう、熊公とやら』 熊公『ハイ、貴方の如き尊きお方に仲裁の労を煩はし、誠に光栄に存じます。いやもう今日限りスツパリ心を改め、今後は決して此館へ足踏みを致しませぬ。何卒御安心下さいませ』 五三『早速の納得、いや片彦将軍の神霊も五三公の哥兄もズンと満足いたした。就いてはお寅殿、蠑螈別殿、わつちも侠客だ。片手落ちの事はやられねえ。当座の草鞋銭だと思つて此熊サンに一千両の金をスツパリとお渡しなせえ。蠑螈別さまもこれで解決つくならば安いものだらう。ほんの抓み銭だ。アハヽヽヽ』 お寅『親方さまの御仲裁、何しに背きませう。私も、もとは女侠客、侠客の意地はよく呑み込んで居ります。そんなら貴方のお顔に免じて千両の金を渡しますから、今後は熊さまが何にも云つて来ない様にして下さいませ』 五三『いや承知致しやした。流石は姐貴だ。スツパリしたものだ。おい熊公、如何だ。これで文句はあるめえな』 熊公『いやもう有難う厶ります。千両の金さへあれば五年や十年の甘え酒が頂けます。いやもう有難う厶りやした』 お寅は次の間から小判を千両とり出し、 お寅『さあ五三公の親分さま、これを引替へに証文を取つて置いて下さいませ』 五三『アハヽヽヽ証文をとるのは未来の人間のする事だ。男が一旦約束をした事は万古末代磐石の如く決して動くものぢやねえ。熊公如何だ』 熊公『はいはい、私も男です、如何してゴテゴテ申しませう。おい、お寅、安心して呉れ。有難え、お前が、ありや、こりや無けりや、こりや、うまいお酒が飲めるのだ。チヨイチヨイチヨイの頂戴だ』 と両手を合せ掌を仰向けにして上下へ揺つて居る。 五三『それ、千両だ。確に受取れ』 熊公『ハイ、有難う。万古末代、あんたの御恩は忘れませぬ。そしてお寅の事は只今限り忘れます』 と云ふより早く懐に捻込み長居は恐れと言はぬばかりトントントンと坂道を矢を射る如く帰り行く。 (大正一一・一二・一二旧一〇・二四北村隆光録) |
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霊界物語 | 45_申_小北山の宗教改革1 | 15 曲角狸止 | 第一五章曲角狸止〔一二〇五〕 五三公は観物三昧経説明のおかげで、四人の連中からたうとう先生といふ仇名をつけられて了つた。五三公も先生と言はれてよい気になり、ウンウンと返詞をすることになつて了つた。そしてアク公を中上先生と仇名し、万公を中下先生と称へ、タクは番外先生、テクはチヨボチヨボ先生と互に呼びなす様になつた。 タク『モシ先生、小北山の神の因縁に付いては最前お寅婆アさまの前でお歌ひになりましたが、如何して又こんなバカなことが出来たものでせうかな』 五三『之に就ては随分面白い秘密があるのだ。所謂一輪の秘密だ。常世の国から渡つて来た大変古い斑狐が白い狐を二匹、古狸を三疋、それから野狐を幾疋ともなく引率して、波斯の国北山村の本山に現はれ、バラモン教に一寸首を突出してゐた精神上に欠陥のあるヒポコンデル患者高姫といふ女に憑依して、此世を紊し、国治立の大神様を看板にして、自分の世界にせうと考へたのが起りだ。そした所、此高姫も若い時は随分情交が好きで、其斑狐サンが思ふ様に肉体を使ふことが出来なかつたものだから、やむを得ず、ネタ熊といふ若い男の体をかり、上谷といふ所で、謀反を企みかけたのだ。そした所、変性男子の御霊と、変性女子の御霊が現はれて審神を遊ばしたものだから、斑狐サンたまりかね、部下の狐狸共を引つれ、小北の山へ一目散に逃帰つて了つたのだ。さうすると、ネタ熊の肉体は小北山へ来なくなり、二三日逗留する内に、神罰を蒙つて国替をして了つた。それから今度は斑狐サン、又もや坂熊といふ男の肉体に巣ぐひ、金勝要神の肉宮を手に入れ、変性女子を却け、一芝居やらうと思うた所、又もや女子の御霊に看破され、ゐたたまらなくなつて、アーメニヤへ逃出し、ウラル教に沈没して了つた。そこで今度執念深い斑狐サンは、石高といふ男の肉体に巣をくみ、変性女子の向うを張り、日出神と名乗つて、三五教を蹂躙せむとした所、今度は変性男子、女子に看破され、これ又キツイ神罰で肉体が国替したので、今度はミソ久といふ山子男の肉体をかつた、そして又女子に大反対をやつてみたが、目的達せず、此奴もアーメニヤの方面へ逃失せて了つた。それから又種熊の肉体を使ひ、大奮闘をやつて女子を手古づらせ、たうとう此奴も神罰で国替をして了つた。それから今度憑つたのが蠑螈別さまだ、蠑螈別には斑狐サンが籠城遊ばし、左右のお脇立の白狐サンは、伴鬼世、角鬼世、味噌勘、石黒彦、坂虫、などに眷族をうつして、四方八方から三五教を打こわさむと、今や計画の真最中なのだ、併し乍ら悪神のすることはいつも尻が結べないから賽の河原で子供が石をつむ話の様なものだよ』 万公『さうすると此小北山は容易ならない所だ。根本的に改革して世界の災をたたねばダメだなア、先生』 五三『さうだから、松彦様がお出でになつたのだ。神様は偉いものだ、チヤンと松姫を先へ派遣しておかれたのだからなア、悪神といふ者は、自分より上の方は見る事が出来ないので、松姫さまの肚の中を知らず、本当に唯一の神柱が出来たと喜んで奉つてゐるのだよ』 万公『アハヽヽヽ、其奴ア面白い、さうすると、松姫さまを真から上義姫だと思つてゐるのだなア』 五三『松姫様は、上義姫様の誠生粋の肉の宮様と確信してるから面白いのだ、そして松彦さまをユラリ彦命だと確く信じてゐる所がこちらの附目だ、最早落城したも同様だよ』 万公『益々愉快でたまらなくなつた、なア中上先生、番外先生、チヨボチヨボ先生、怪体ぢやないか、エヽー』 アク『アク迄アクの根を断ち切り、万公末代五三々々せぬ様に誠の道を開拓し、テクテク歩を進めるとするのだなア、ハツハヽヽヽ』 五人はこんな話に現をぬかし、蠑螈別の居室の窓外に自分の立つてゐる事を忘れ大声で喋つて了つた。蠑螈別はお経をすませ、又もやグイグイと酒を呑み始めたらしい。ケチン、ケンケラケンと燗徳利や盃のかち合ふ音が聞えてゐる。お寅は五人の立話を一伍一什聞いて了つた。 お寅は蠑螈別に酒の用意をなし、何くはぬ顔で、 お寅『サア蠑螈別さま、ドツサリおあがりなさいませ。一寸私はお広前まで御礼にいつて参ります、コレお菊、教祖様のお酒の相手をするのだよ』 お菊『あたえ、厭だワ、お酒のお給仕はお母アさまの役だよ。あたえはお広間へ参つて来ますから、お母アさまは教祖さまのお給仕をして上げて下さいな、そして抓つたり鼻をねぢたりせぬ様にして下さい、あたえ心配でならないワ』 お寅『私がお給仕をしてゐると又あんなランチキ騒ぎが起つちや大変だから、それでお前にお給仕をしてくれと云つたのだよ』 お菊『さうだつて、あたえ、嫌なのよ。教祖さまは腋臭だから、お母アさまにねぢられなくても、私の鼻が独りでねぢ曲るのよ』 お寅『エヽ口の悪い娘だな、そんな失礼なことを云つちやすまないよ、蠑螈別さま、どうぞ子供の云ふことだから気にかけない様にして下さいよ』 蠑螈別は細い目をつり上げ、口を尖らして鼻と背比べさせ乍ら、 蠑螈『ウフヽヽヽ、これお菊、マア良いぢやないか、おれの腋臭でも喜ぶ人があるのだもの、そうムゲにこきおろすものだない』 お菊『さうよ、教祖さまの腋臭の好きな人は高姫さまかお母アさまだよ、オホヽヽヽ』 お寅『コレコレ何を言ふのだ。併し乍らお前の云ふ通り、蠑螈別さまは高姫さまの腋臭が好きなのだからねえ、私もどうかして腋臭になりたいのだけれど、不器用な生れつきだから、チツとも持合せがないのよ。ホツホヽヽヽ』 蠑螈『お寅さまは腋臭の代りにトベラだから、マアそれでバランスが取れるといふものだ』 お菊『ホヽヽヽヽ、腋臭にトベラ、何とマアいいコントラストだこと、神さまも随分皮肉だね、イヒヽヽヽ』 お寅『蠑螈別さま、一寸之から御神前へ参つて来ます、ぢきに帰りますから』 蠑螈『ウン、独酌の方が却て興味がある、トベラの匂ひが酒に混合すると余りうまくないからなア』 お寅『わいがの匂ひが混合するといいんだけれど、ヘン』 と云ひ乍ら、ツンとして立上り、畳を踵でポンと一つ威喝させ乍ら表へ飛出した。蠑螈別はお菊を相手にグヅグヅと口の奥で分らぬことを喋りつつお菊につがせては八百万の神にお供へしてゐる。 お菊『ホツホヽヽヽ、何とマア青白い顔だこと、丸で文助さまの何時も書いてゐらつしやる蕪に目鼻つけたよな顔だワ。それでも大根の様な形した白い燗徳利がお好きだからねえ。ホヽヽヽヽ、そして此朝顔型の盃は高姫さまの口元に似とるんだから面白いワ、教祖さま、サア、此盃で一つキツスなさいませ。随分よい味が致しますよ』 蠑螈『ヤア朝顔型の盃は、危険視されるから止めておこう』 お菊『さうですねえ、よう祟る盃ですなア。あたえも此盃みるとゾツとするワ、又つねられたり、鼻を捻られたり、息の根をとめられたりするよなことを突発させるのだから、本当に憎らしい猪口才な猪口ですねえ、此猪口のおかげでチヨコチヨコと腋臭とトベラの直接行動が始まるのだから、本当に此盃こそ過激思想を包蔵してゐるのだワ』 蠑螈『お前もお寅の娘丈あつて、随分口の良い女だ、困つた者だのう』 お菊『何も貴方が困る筈はないワ、犬もくはない喧嘩の煽動するのは此猪口だから、困るのは側に見てゐる此お菊だワ』 蠑螈『そんなら此処にある菊型の盃で一杯やつたら安全だろ、なアお菊』 お菊『イヤですよ、私の名に似た盃を口に当てて貰うこた、真平御免だ』 と云ひ乍ら、薄い平たい陶器の盃をグツとひん握り矢庭に袂へかくして了つた。 蠑螈別はソロソロ酔がまはり出した。 蠑螈別『高姫山から谷底見ればお寅の奴めがウロウロと お菊の小虎を引つれて犬も喰はない餅を焼く ホンに浮世はこしたものか思へば思へば自烈たい。 世界に女は沢山あれどトベラの女に比ぶれば 腋臭の強い高チヤンは蠑螈別の命の親だ。 好きは出て来ず厭は来るホンに浮世は儘ならぬ。 わしと高ちやんはお倉の米よいつか世に出てママとなる。 ままになるならトベラの婆さまどつかへ嫁入りさして見たい。 八木と云ふ字は米国の米よ日の出といふ字は日本の日の字 蠑螈別さまは日出神の光を身に受けママとなる。 デツカンシヨウデツカンシヨウ……だ。オイお菊、お前は随分口八釜しい女だから、お寅に直様密告するだらうなア』 お菊『今の内に十分悪口をついておきなさい。私や決して言ひませぬ。併し貴方がお酒に酔ふと後先見ずに、お母アさまの前でそんなこと仰有るからホンにオロオロするワ、末代日の王天の大神様がおこし遊ばしてるに、みつともない、イチヤ付喧嘩をおつぱじめるなんて、見くびつた人ですねえ』 蠑螈『お前さへ言はなきやそれで良い、俺も成るべく言はぬ積りだ。併しあのお寅といふ奴ア、お前のお母アだから、エヽこんなこといつたら悪からうが、顔にも似合はぬ助平だよ、おりやモウ、スーツカリと厭になつちやつたのだ。 いやで幸ひ好かれてなろか愛想づかしをまつわいな。 いやぢやいやぢやと口では言へど縁を切るとなりや又いやだ』 お菊『ホヽヽヽヽ、いいかげんに若後家をつかまへて、てらしておきなさい』 蠑螈『ハヽヽヽヽ、ちつと妬いてゐやがるなア、若後家だといの、男も持つた覚えもないのに、若後家とはふるつてる、さうするとお菊お前は純粋な処女ではないなア、誰にハナヅルを入れて貰つたのだ』 お菊『牛か何ぞの様に鼻づるなんて、バカにして下さいますな、油断のならぬは娘ですよ。かげ裏の豆もハヂける時が来れば、自然にハヂけますわ。ホツホヽヽヽ』 斯の如くお菊を相手に水色のうす汚れた昼夜着替なしの木綿着物を着たまま、クビリクビリと時の移るも知らず、盃の数を重ねて居る。一方お寅は門口に立つてゐる五人の男を認め、 お寅『コレ皆さま、そんな所に何してゐらつしやるの、何か立聞でもしてゐなさつたのだありませぬかい』 五三『ハイ立聞をさして頂きました。あの教祖様がお上げになつて居つたのは観物三昧経でしたね。声音といひ節まはしと言ひ、本当に調子がよく合つて、知らず知らず吾々の身体が躍動し、其言霊の徳に吸引されて、何時の間にやら窓の外まで引よせられて了つたのですよ、何とマア偉い先生ですね』 とうまく五三公はさばいた。お寅は怪訝の目を見はつて、聊か不機嫌の態であつたが、蠑螈別の声がよいとか、節が上手だとか言つて褒めた詞に嬉しさの余り、何もかも打忘れ、ニコニコし乍ら、 お寅『さう聞えましたかなア、本当によい声でせうがな、サアお広間へ参りませう』 万公『ハイ、有難う、お伴致しませう』 お寅は得意の鼻うごめかし乍ら、機嫌よげに先に立つ。アクは小声で、 アク『成程あの濁つた言霊でああやられちや、誠の神は嫌つて寄り付き玉はず、せうもないガラクタ神が密集するのは当然だ、言霊といふものは謹まねばならぬものだなア』 とウツカリ後の方を大きく云つて了つた。お寅は目を丸くし、後ふり返り、 お寅『エヽ何と仰有ります、蠑螈別さまの言霊が濁つてゐるのですか』 アク『イエイエ濁つた所もあり澄切つた所もあります、それだから偉いお方と云つたのですよ。大海は濁川を入れて其色を変ぜずとかいひましてなア、清濁合せ呑む蠑螈別様の度量には随分感服致しましたよ』 お寅は又機嫌を直して、 お寅『本当にさうですね』 テク『オイ、アク、否中上先生、清濁併せ呑むといふのは何か、清酒と濁酒と一所に蠑螈別さまはおあがりなさるかい』 アク『バカツ、スツ込んで居れ』 テク『へン、偉相に仰有るワイ、イヒヽヽヽだア』 お寅『サア、皆さま、一同揃うて御礼を致しませう』 と神殿の前に仔細らしくすわる。お寅は四拍手し乍ら声高らかに曲津祝詞を、 お寅『かかまの腹に餓鬼つまります。かん徳利燗ざましのみこともちて、雀の親方、かんたか姫の命、嘘をつくしの日の出の、高姫のおいどのクサギが原に、味噌すり払ひ玉ふ時に、泣きませる、金払戸の狼達、モサクサの間男、罪汚れを払ひ玉へ清め玉へと魔の申すことの由を、曲津神、クダケ神、山子万の狼虎共に、馬鹿の耳ふるひ立てて、おみききこしめせと、カチコメカチコメ申す。ウラナイの雀大御神、曲り玉へ逆らへ玉へ、ポンポン』 万公『アハヽヽヽ』 お寅『コレ何方か知らぬが、曲津祝詞を上げてる時に笑ふとは何事ですか、チツと謹んで下さい、ここは狼の前ですよ、狼さまにお寅が祝詞を上げて居るのだ』 万公『寅に狼、何とよい対照だなア、ここがウラナイ教のウラナイ教たる所以だ』 お寅は一生懸命に祈り出した。 お寅『嘘つきの狼様、ヤク日の狼様、曲津日の玉、イタチ天の狼様、落滝津速川の狼様、てん手古舞の狼さま、リントウ鉢巻ビテングの狼様、木曽義仲姫の狼様、上杉謙信姫の狼様、生羽ぬかれ彦神社の狼様、岩テコ姫の狼様、五六七成就お邪魔の狼様、夕日の豊栄下りの狼様、不義理天上内から火の出の狼様、軽業師玉のり姫の狼様、バカの大将軍様、蠑螈別のおね間を守り玉ふお床代姫の狼様、種物神社御夫婦様、悪魔の根本地の十六柱の狼様、堺の神政松の御神木様、何卒々々朝な夕なの御神徳を蒙りまして、蠑螈別がヨクの熊高姫を思ひ切りますやうに、そして此丑寅婆サン姫命を此上なきものとめでいつくしみくれます様に、其次にはお菊姫命、万公と因縁が厶りまするならば、どうぞ一時も早く添はしておやり下さいませ、ハン狐さんの、どこ迄も正体が現はれませぬ様、御注意下さいますやう、これが第一の御願で厶います。そして末代火の王天の大神様の肉宮、不情誼姫様の肉宮が、どこ迄も此小北山に鎮まり遊ばして、吾々の心性不浄自由の目的が達します様に、再び素盞嗚尊があばれ出しませぬ様に、天の岩戸が開けます様に、色の黒き尉殿と白き尉殿が、天の屋敷にお直り候ふやうに、誤醜護御願申上げます、ポンポンポンポン。 皆さま、御苦労で厶いました。サア之で今晩は御自由にお休み下さいませ。御広間に夜具を並べさせますから』 万公『イヤどうぞ心配して下さいますな、自分のことは自分にせなくてはなりませぬ。夜具の在処さへ聞かして貰へば、自分で床をのべて休まして貰ひます』 お寅『あゝそんなら此押入の襖をあけると、チツと痛いけれど、木の枕もある也、蒲団も沢山にあるから、万公、お前が皆さまに床を布いて寝て貰う様に世話をやいて下さい』 万公『ハイ何もかも呑み込みました。どうぞ早くお帰り下さいませ。教祖様が淋しがつてゐられますからなア』 お寅『ホヽヽヽヽ、何から何迄、よう気のつく男だこと。ヤア五三公さま、其外の御一同さま、どうぞ御ゆるりと明日の朝迄お休み下さいませ』 と云ひ乍ら、慌ただしく蠑螈別の居間を指して帰り行く。 (大正一一・一二・一三旧一〇・二五松村真澄録) |
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霊界物語 | 46_酉_小北山の宗教改革2 | 10 唖狐外れ | 第一〇章唖狐外れ〔一二二〇〕 恋にやつれし魔我彦は昼狐をば追ひ出した やうな間抜けた面をしてノソリノソリと坂道を 下つて橋の袂まで思はず知らず進み来る 時しもあれや向ふより云ふに云はれぬ美しき 衣服を着飾り濡れ烏欺くばかりの黒髪を サツと後に垂れ流し紫袴を穿ちつつ 紅葉のついた被衣をばサラリと着流しトボトボと 此方に向つて進み来る何人なるか知らねども どこともなしに見覚えのある女よと佇みて 口をポカンと開けながら指を銜へて眺め居る 女はやうやう丸木橋此方に渡つて魔我彦の 前に佇みホヽヽヽとやさしく笑へば魔我彦は 夜分の事なら驚いて逃げる処をまだ昼の 最中なるを幸にビクとも致さぬ面構へ よくよくすかし眺むれば豈図らむや恋慕ふ 衣笠村のお民さまハツと驚き胸を撫で 魔我彦『これこれもうしお民さまお前は本当にひどい人 蠑螈別と手をとつて私に肱鉄喰はしおき 暗に紛れて何処となく逃げて行くとはあんまりだ 此処で会うたを幸ひに怨みの数々並べたて 何うしても聞いて下さらにやお前を抱いて此川へ ザンブとばかり身を投げてあの世とやらへ行く心算 お返事如何』とつめよれば女は又もやホヽヽヽと いと愉快気に打笑ふはて訝かしと魔我彦は 衝つ立ちよつて細腕をグツと握ればお民さま 山も田地も家倉も吸ひ込みさうな靨をば 両方にポツと現はして腰つきさへもシナシナと 首をクネクネふりながらしなだれかかる嬉しさよ 魔我彦案に相違してグツと腰をば抱きしめ 魔我彦『これこれもうしお民さまお前の心は知らなんだ 何卒許して下さんせ私も嬉しう厶ります 夢か現か幻か夢なら夢でよいけれど 万劫末代醒めぬやうに神さま守つて下さんせ 偏に願ひ奉るさはさりながらお民さま 蠑螈別は如何なつたそれが一言聞きたい』と 詰ればお民は打笑ひお民『私は蠑螈別さまに 秋波を送つて居たやうに見せてゐたのも只一つ お前と添ひたい目的が心の底にあればこそ 蠑螈さまをおだてあげ昨夜の暗を幸ひに 野中の森へつれ行きて隠し置いたる二十万両 言葉巧に説きつけて薄野呂さまを説き落し 漸く目的相達し二十万両のお金をば これ此通り懐へ入れてスゴスゴ帰りました もう之からは大丈夫小北の山の聖場で お前は教主私は妻これだけ金があつたなら 末代さまも上義姫もおつ放り出して小北山 主権を握る其準備サアサア之から致しませう 金が敵の世の中と分らぬ奴は云ふけれど お金は吾身の味方ぞや金さえあらば何事も 成就せない事はないどんな阿呆な男でも 賢う見えるは金の徳一文生中恵まない 人にも旦那さま旦那さまと持て囃されて世の中を 我物顔に渡り行くこんな結構な事はない 魔我彦さまよ私の心の底が分つたか 何卒仲よう末永う私を妻と慈しみ 添ひ遂げなさつて下さんせ』云へば魔我彦ビツクリし 恋しき女と合衾の式まで挙げて其上に 生れて此方目に触れた事もない様な大金を 持参金とは何の事併し心にかかるのは 蠑螈別の事である魔我彦言葉を改めて 魔我彦『それは誠に結構だ併し一つの心配が 二人の仲に横たはり至幸至福の妨げを するやうに思へて仕様がない何とか工夫があるまいか 蠑螈別がヒヨツとしてこの場に帰つて来たなれば 俺とお前は如何しようぞこれが第一気にかかる 如何にせむか』と尋ぬればお民はホヽヽと打笑ひ お民『必ず心配なさるなやこんな謀反を起す私 何処に抜け目があるものか野中の森で睾丸を しめて国替さして置いたもう此上は大丈夫 天下晴れての夫婦ぞや一時も早く小北山 教主の館へ堂々と夫婦が手に手をとり交はし これ見よがしに大勢の中をドシドシ行きませう お寅婆さまもさぞやさぞお前と私の肝玉に ビツクリなさる事だらうあゝ面白い面白い 天下晴れての夫婦連れ金がとりもつ縁かいな 何を云うても二十万両もしゴテゴテと云うたなら 此大金を見せつけて荒肝とつてやろぢやないか 魔我彦さまよ心をば丈夫にもつて下さんせ 私もお前と添ふのなら此大金は要りませぬ 皆貴方の懐に預けておきます改めて 何卒受取つて下されや』語れば魔我彦喜びて 涎をタラタラ流しつつ開けたる口も塞がずに お民の後に引添うて嶮しい坂をエチエチと 肩で風きり嬉しげに館をさして帰り来る 其スタイルの可笑しさよ意気揚々と魔我彦は 嶮しき坂を攀ぢ登り受付前に来て見れば 文助さまとつき当り文助『オツトドツコイ、アイタツタ 魔我彦さまぢやありませぬか貴方は何処へ雲隠れ なさつて厶つたか知らねども此大広前は大騒動 上を下へと泣き叫び怒りつ猛びつ修羅道の 大惨劇が演ぜられ信者の信仰がぐらついて 危き事になつてゐるお前はそれをも知らずして お民の後をつけ狙ひ何をグヅグヅして厶る 気をつけなされ』と窘めば魔我彦鼻を蠢かし 魔我彦『お前は盲で分らねど私は目出度い事だつた お目にかけたうてならないが生憎お前に目がないで 如何にも斯うにも仕様がない二十万両のお金をば 首尾よく私の手に入れて天下無双の美人をば 女房にきめて揚々と帰つて来ました所ですよ 世界に並ぶものもなき幸福者とは俺の事 明日に屹度お祝を致してお目にかけるから お前も楽み待つがよい女の好む男とは 決して美しいものでない気前と根性がシヤンとして 居りさへすれば神様が自分の思ふ存分の 女房を持たして下さるよお前は私を平生から 曲つた男と見縊つてフヽンと笑ふ鼻の先 随分むかつきよつたけどもうかうならば神直日 大直日にと見直してお民を女房に貰うたる 其お祝に帳消しだ俺の器量は此通り サアサアこれから奥へ行て内事司のお寅さまに 羨りがらしてやりませうこれこれ吾妻お民どの 早く魔我彦後につきトツトとお入りなされませ お寅婆さまが嘸や嘸驚き喜ぶ事でせう 私は之から大教主お民は一躍奥さまで 羽振りを利かし飛つ鳥も落さむばかりの勢で ウラナイ教の御道を残る隈なく世の中に 輝き渡さうぢやないかいなあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 魔我彦さまとお民さまは万劫末代変らない 金勝要の神様が結び給ひし縁ぢやもの 如何してこれが変らうかもしも中途で変るやうな 悪い行ひあつた時や忽ち神が現はれて 吾等二人の身の上にお罰の当るは知れた事 これこれもうしお民さま此事ばかしは心得て 何卒忘れて下さるなほんに嬉しい有難い 小北の山の神様を信神してゐたお蔭にて 夢にも見ぬやうなボロイ事吾身に降つて来たのだよ あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 お寅は何だか妙な声がするなと思ひ門口をガラリと開け、外面を見れば魔我彦が真蒼の顔をし、顔に黒いもんを処斑に塗りつけられ、ポカンと口を開け、唖の様に涎を垂らし「アーアー」と何か分らぬ事を喋つてる。 お寅『これ魔我彦さま、何だい、みつともない、其顔は、男がさう口を開けるものぢやない、大方顎が外れたのだなア』 魔我彦は口を開けたまま、 魔我彦『アーア、アヽヽヽヽ』 と足拍子をとり同じ処を踏んでゐる。お寅婆アさまはポーンと魔我彦の顎を叩いた。その拍子にカツと音がして外れた顎が都合よく元の位置に納まつた。 魔我『アイタツタ、誰だい、人の顔を叩く奴は、ハヽア、お民と夫婦になつたのが羨りいのだな』 お寅『これ魔我さま、お民も何も居やせぬぢやないか。みつともない、阿呆の様に口を開けて、何をしてるのだい。口に土を一杯頬張つて、困つた男だな』 魔我彦は初めて気がつき其処辺を眺むれば、お民らしきものもなく、懐に入れた二十万両の金は影も形もなくなつてゐた。 (大正一一・一二・一五旧一〇・二七北村隆光録) |
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霊界物語 | 47_戌_治国別の天国巡覧1 | 01 アーク燈 | 第一章アーク灯〔一二三四〕 至喜と至楽と荘厳を全く地上に現し世の 高天原と聞えたるウブスナ山の頂上に 天降りましたる素盞嗚の瑞の御霊はイソ館 最第一の天国を開き給ひて天が下 四方の国々百人を神の御国に救はむと 心も清き宣伝使四方の国より呼び集め 尊き神の御教を開かせ給ふ尊さよ 皇大神の神言もて治国別の神司 万公、晴公、五三公を伴ひ館を立出でて 河鹿峠を打ちわたり百の悩みに遭ひながら 撓まず屈せず道の為荒野ケ原を進み行く 野中の森に万公や五三公、松彦振り残し 竜公伴ひ暗の夜を縫うてスタスタ進み行く 怪しの森も何時しかに無事によぎりてバラモンの 軍の数多屯せる浮木ケ原に進み行く。 治国別は松彦、五三公、万公を野中の森に置去りにして、[※第44巻第16章を見よ]竜公一人を伴ひ、神の命を奉じて浮木の森のバラモンの陣中に、私かに進まむと、道を急いだ。怪しの森の守衛等は酒に酩酊して、二人の通るのを少しも気がつかなかつた。第二の関所たる浮木の村の入口に進んだ折、タール、アークの両人は大きな目の瞳孔をあけつ放しにして、いらひさがした[※「いらひ」=えらい(とんでもない)の訛り、「さがした」=嶮した(あぶない)か?]蜂の巣の外側を守つてゐる雀蜂宜しくの体裁で控へてゐる。 タール『オイ、アーク、どうやら東が白んだやうぢやないか。俺達もかうして不寝番をやらされて居るが、最早夜も明け方に近くなつたのだから、夜警の必要もあるまい、一つ瞳孔に休養を命じたら何うだらう』 アーク『瞳孔も彼処も明くなりかけたのは、此アーク灯さまの光だよ。貴様、いつも俺をアークぢやない悪党ぢや悪党ぢやと吐しよるが、何程暗の晩だつて、明くするのはアーク灯だ。それだから、善が間に合ふとも、悪党が間に合ふとも分るまいがな。エエー、善悪混淆、美醜相交はつて、現実世界が成就してゐるのだ。貴様のやうに悪が夫れ程怖ければ、元からこんな所へ首をつつ込まない方が気が利いてゐるぢやないか。バラモン教と言へば、元より悪に極まつてゐる。其悪の教にアークさまだから、大変に誂へ向だ』 タール『馬鹿云ふな。神様に悪があつてたまらうかい。大自在天大国彦の神様は、世界の造主だ。悪を以て此世の中が何うして完全に創造する事が出来ようか、俺は至仁至愛の誠の神様だと思へばこそ、斯うして辛い御用をしてゐるのだ。元から軍人に生れたのでもなし、軍人を志願したのでもないが、お道の為に信仰の力に引きずられて、心にもない戦陣に加はつたのだ。グヅグヅして居ると三五教の悪神素盞嗚尊が、畏くも大雲山の聖地を蹂躙するかも知れないといふ形勢ぢやないか。吾々信徒としては血を以て之を守らねばならないのだ』 アーク『世の中は何と云つても、悪でなければ立つて行かない。俺は、バラモン教は悪だと知つたから気に入つて居るのだ。三五教の奴は霊主体従だと吐して居るが、此現実世界は物質を以て固められてゐる。吾々の肉体だつて皆物質だ。天に輝く太陽でさへヤツパリ物質だ。物質界に生きて行かうとすれば、何うしても物質界の法則に従はねばならぬ、凡て現実界の太陽よりする自愛や世間愛は要するに悪だ。優勝劣敗弱肉強食は現界の動かす可らざる真理だ。よく考へて見よ。強い獣は弱い獣を捕つて食ひ、大魚は小魚を呑み、鷹は鵙をとり、鵙は雀を捕つて食ふぢやないか。人間だつて四つ足をたたいては喰ひ、気楽相に海川を游泳してゐる魚族を捕獲し、天然を楽んでゐる植物の実を皮を剥いたり、こすつたり、水につけたり、重しをかけたり、熱湯の中へ入れたり、火あぶりにあはしたり、実に残忍極まる事をやつて口腹を充し、それで生活を続けてゐるのだ。要するに人間は悪の張本人だ。こんな事が悪だと云つてやらずに居つて見よ、一日だつて生命を保つ事は出来ぬぢやないか。それだから仮令素盞嗚尊が善であらうが悪であらうが、吾々の社会を建設するに就いて邪魔になる奴ア、仮令善でも悪と云ふ名をつけて亡ぼして了はなくちや自分達が亡ぼされて了ふのだ』 タール『さうすると、人間が死んだら、皆地獄に行かねばならぬぢやないか』 アーク『ヘン、地獄が聞いて呆れるワイ。地獄と云へば、目のあたり現界に現はれてゐるのだ。他人の国土を占領したり、或は大資本家が小資本家を押倒したり、大地主が小地主を併呑したり、沢山の軍人を抱へて、武装的平和を高唱したりしてゐるのは、皆地獄の行方だ。極楽なんて云ふ所があつてたまらうかい。勝てば官軍、敗くれば賊と云ふ事があるぢやないか。最凶悪のすぐれた者が地獄界の覇権者だ。死後の世界なんか、心配するにや及ばぬ。呑めよ騒げよ一寸先や暗だ、暗の後には月が出る、月は月ぢやが嘘ツキぢや、と云ふぢやないか。悪と虚偽との世の中に、誠ぢや、善ぢやと、そんな体のよい辞令を振りまはして、コツソリと偽善をやつてゐるやうな奴こそ、真の悪党者だ。そんな奴こそ八衢代物といふのだ。或はこれを称して二股膏薬といふ。ヤツパリ人間は男らしう、悪なら悪、善なら善と、輪廓を明瞭にせなくちや、人が信用して呉れないぞ。悪の強い者程紳士紳商、英雄名士と持てはやされるのだ。善人と云へば馬鹿の代名詞だ、それだから俺はアークといふ名をつけて、世の中を毒瓦斯で酔はしてやる積りで、此通り頭までテカテカに光らしてゐるのだ。たつた今俺の親分即ち自然界の太陽がお上り遊ばすのだ。すべて自然界の太陽より来る光熱は、自愛の源泉だ、利己主義の標本だ。利己主義を極端に発揮する人間を利己(利巧)な奴と云ふのだ。エエーン』 タール『オイ、アーク、貴様は大変な物質主義にかぶれたものだなア、他人の為には一毛も損せずといふニーチエ主義だな』 アーク『きまつた事だ。ニーチエ主義だよ。日英同盟だつて其通りぢやないか、自分とこの国が、日も三進も行かぬ様になつた時に英考を起して、一寸強相な国を番犬に使ひ、東洋はまだおろか、西洋迄警護の役を命じ、オツシオツシとケシをかけて日々喜ばせ、モウ英といふ時分になると、今度は尻をクレツと向け、赤米と云つて、米の方へ握手をし、日の方へ尻を向ける、ケツは即ち月だ、それでツキ倒しといふのだよ。さうだから、世の中は何うしても利己な行方をせなくちや、到底駄目だ。人の褌で相撲とるのが所謂外交家の手腕だ。アフンどしであいた口がすぼまらぬ、尻糞が天下を取るといふのが、混同した世界の比喩だ、今に三五教の……モシヤ宣伝使でもやつて来よつたら、うまくそこは日英同盟式を発揮して、深い陥穽へでも突つ込むのだな』 タール『ヘン、偉相に云ふものぢやないワ。貴様は河鹿峠で何うだつたい、治国別の宣伝使の一行に、言霊戦とやらを打ちかけられ、先鋒隊に居乍ら馬も何も打ちやつて命カラガラ遁走した張本人ぢやないか、余り大きな口をあけて言ふものぢやないぞ。傍若無人にも程があるワイ』 アーク『傍若無人にとは傍に人無きが如しといふのだ。貴様は俺の傍に居つても、人間ぢやないからな。ウツフツフ』 タール『俺だつて堂々たる人間様だ。余り馬鹿にすな』 アーク『俺や又貴様は小使のタールかと思うて居つたのだ。マアマアお手際を見て居れ、たつた今三五教の奴が勝に乗じて、悠々とここへやつて来るに違ない。さうすりやうまく国際聯盟条約でも持ち出して、武備制限を実行し、首尾よく大勝利を得る積りぢや、貴様はジーツとして一言も言はぬ様にしてくれ。なまじひ、善心を出しよると、条約締結の邪魔になるからな』 タール『アーク、一寸北の方を見い、来たぞ来たぞ』 アーク『ヤア彼奴ア、三五教の宣伝使だ、ハヽヽヽヽ治国別ぢや、コヽ此奴ア、タヽ大変だ』 タール『イヒヽヽヽ、あのあわて様わいのう。何だ、今迄法螺ばかり吹きやがつて、そんな弱腰で何うして、全権大使が勤まるか』 アーク『全権大使ぢやない、善言美詞で条約締結する積りぢや。オイ貴様、チツと確りしてくれぬと困るよ』 タール『俺は何にも言はぬ筈だつたねえ』 アーク『エヽ、気の利かぬ奴だな。臨機応変といふ事を、コヽ心得てゐるか。アヽヽモウそこらがビリビリして、体の繊維細胞迄が躍動し出した、何でも俺の体内にや民衆運動が勃発し出したとみえるワイ』 タール『エツヘツヘ、どうやら俺も体内国の暴動が鎮定したと見えて、凡ての諸官能が活動中止と……見えるワイ。シヽ舌迄引きつつて来さうだ。キヨキヨ恐怖心が大変に巾を利かしよつた……やうだ』 アーク『アヽ苦しい、ドヽ何うしたら、此談判はカヽ解決がつくだらうかな』 タール『アインスタインの相対性原理説でも応用して、うまく此場を切りぬけ……るのだな』 かく二人は治国別の姿を見て、ビツクリ腰をぬかし、舌の根も合はず、大きな目玉の瞳孔を、いやが上にも開けつ放しにして、尖つた腮をホウヅもなく延長し、口を立方形に開け乍ら、舌を喉の奥の方へちぢ込めて、戦いてゐる。 治国別、竜公はツカツカと進みより、 治国『其方はバラモン軍の関所守と見えるが、之よりランチ将軍の陣営へ、此方を案内してくれまいか』 アーク『メヽヽ滅相な、コヽこんな所を通過して貰つちや堪りませぬワ、……ヤアお前は竜公ぢやないか。何時の間に三五教へ沈没したのだ。貴様こそ勝手を知つてゐるだらうから、ランチ将軍の所へ案内せい、オヽ俺は此関所の常置品だ』 竜公『アツハヽヽ、貴様はアークにタールの両人ぢやないか、何だ、みつともない其ザマは、腰を抜かしやがつたのだな。モシ治国別様、此奴ア駄目ですよ。こんな者にかまはずドンドンと奥へ進みませう。幸ひ私は片彦将軍の部下に仕へて居つたのですから、貴方の案内役には大変都合が宜しい。そして又あの通りの乱軍でしたから、此竜公が貴方の弟子になつたといふ事は、片彦将軍もランチもまだ知つて居りますまい。大変に好都合ですよ』 アーク『コリヤ竜公、其秘密を聞くからは、最早此方は許しは致さぬぞ。見事陣中へ這入るなら這入つてみよ。飛んで火に入る夏の虫だ、のうタール、可哀相ぢやないか』 タール『オイ竜公、貴様も謀叛人なら謀叛人でよいから、その宣伝使のお伴をして元へ引返したらよからうぞ。こんな宣伝使にやつて来られると、又一悶錯が始まつちや大変だ。ランチ将軍も困るだらうし、又宣伝使も一骨折らねばなるまい。これ程物騒な世の中に、好き好んで平地へ波を起すやうな事はするに及ばぬぢやないか。なア治国別さま、貴方は何う考へますか』 治国別『ウーン、吾々はランチ将軍、片彦将軍に対し、善言を与へて、彼が霊肉をして高天原へ救ひ上げ、汝等に至る迄、其歓びを分け与へむ為に、此竜公を案内者として将軍の面前に進み行く積りだ。其方も今日限り心を入れ替へて、善道に立返り、地獄道の苦みを免れる気はないか。何程強い者勝の世の中だと云つても、悪では何時迄も続きは致さぬぞ。どうぢや、治国別の言葉に従ふ気はないか』 タール『ハイ、私は従はぬことはない事はありませぬが、此アークといふ奴、実に悪党な代物で、ニーチエ主義ですから、此奴ア駄目でせうよ』 アーク『モシ宣伝使様、アークに見えても、善に見えてもアークといふ世の中ですから、私こそ、真の神の目から見れば、善人かも知れますまい。どうぞお助けを願ひます』 竜公『此奴は片彦将軍の部下に於ても、最も悪名高き危険人物、併しながら悪に強い者は善にも強いといふ事だから、治国別様、一つ此奴を許して案内させたら何うでせうか』 治国別『そりや丁度都合が好からう、……アーク、タールの両人、吾々の為にランチ、片彦両将軍の前に案内致せ』 アーク『ハイ、畏まりました』 と、今迄抜かして居つた腰は何時の間にやら回復し、先に立つてスタスタと陣幕のはり廻した南の方を指して歩行き出した。 治国別、竜公両人は二人の後に従つて、一二丁ばかりやつて来た。俄にガサリと足許は転落し、四五間もある深い陥穽に両人は無残にも落ち込んで了つた。陥穽の底には林の如く鋭利な鎗が空地なしに立ててあつた。されど両人共神のお守りの厚き為か、都合よく鎗と鎗との間に落ち込み、少しの疵も負はなかつた。アークは陥穽の上から底を覗きながら、長い舌をペロツと出し、 アーク『イヒヽヽヽ、いぢらしい者だなア、ウツフヽヽヽ、うつけ者奴、エツヘヽヽヽ、えゝ気味だなア、オツホヽヽヽ面白い面白い、アツハヽヽヽ安本丹の黒焼、三五教の宣伝使、穴有教の制敗を受けて、くたばつたがよからう。アークさまの計略には、アフンと致しただらう。イヒヽヽヽ、オイ、タール、何うだ、アークさまの腕前には恐れ入つただらう』 タール『アーク魔の業に落ち込んだとは此事だな。アークまでもアークを立て通すバラモン教のやり方には、俺も唖然としたワイ。モシモシ三五教の宣伝使さま、決してタールが悪いのぢや厶いませぬから、どうぞ国替をなさつても、私には化けて出ぬやうにして下さい、此タールの生首を引抜くならば、此アークの首を抜いて下さい』 アーク『ヘン、俺の首は鉄で拵へてあるのだから、仮令幾百万の亡者が、一斉襲撃をしたつて駄目だ。モウ斯うなればこつちの物だ。サアこれからランチ将軍様に報告して第一番の功名手柄を現はしてくれる。片彦将軍だつて、数百の軍隊と共に脆くも敗走した治国別を、此アークさまの計略に仍つて巧く片付けたのだから、大したものだ。ガーター勲章だ』 タール『ガタガタ慄ひのガーター勲章が聞いて呆れるワイ』 アーク『エヽゴテゴテ云ふな、今に俺がランチ将軍の片腕、片彦将軍と肩を並べて、全軍の指揮をする様になるのだ。貴様ここに穴の番をしてをれ、俺はこれからランチ将軍に報告に行く。俺の姿も今が見納めだぞ。今度目に貴様に会ふ時には、頭の先から足の先まで、金筋だらけだ。よく顔を見ておけ、其時に間違つて無礼を致さぬ様に……』 タール『ヘン、自分一人手柄をしようと思つても、其奴ア駄目だぞ。そんな偉相な事を云ふと、貴様がビツクリして腰を抜かした事をランチ将軍様にスツパぬいてやらうか。手柄をしようには俺と一緒でないと駄目だぞ。自分一人の手柄にしようとは、余り虫がよすぎるぢやないか』 アーク『其方の手柄も認めてやらぬ訳にも行くまい。やがて沙汰を致すから、暫く待つてをれよ。エヘン』 と咳払ひをしながら、早くも将軍になつた気分で、言葉付迄おごそかに、反り身になつて大股に両手の拳を握り、大道狭しと打振りながら、えも言はれぬ得意顔で、長いコンパスを、のそりのそりとふん張つて行く。 (大正一二・一・八旧一一・一一・二二松村真澄録) |
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霊界物語 | 50_丑_祠の森の物語2 | 05 霊肉問答 | 第五章霊肉問答〔一二九九〕 高姫は初稚姫のスマートを送つて出た後に只一人、腹中の兇霊に打向ひ、握り拳を固めながら、懐をパツと開き、布袋つ腹を現はし、両方の手で臍のあたりを掴んだり擲つたりしながら、稍声低になつて、 高姫『コリヤ、其方はあれ丈注意を与へておくのに、なぜ初稚姫の前で、あんな不用意な事をいふのだ。サア、高姫が承知致さぬ。一時も早く、トツトと出てくれ。エー何と云つてもモウ許さぬのだ。汚らはしい、コリヤ、痰唾をはつかけてやらうか』 と云ひながら、自分の臍のあたりに向つて、青洟をツンとかんでこれをかけ、又々唾をピユーピユーと頻りに吐きかけてゐる。 (腹の中から)『アハハハハ、どれだけお前が痰唾を吐きかけようが、腹を捻ぢようが、チツともおれは痛くはない。つまりお前の腹をお前が痛め、お前の唾をお前の腹にかけるだけのものだ。そんな他愛もない馬鹿を尽すよりも、日出神義理天上の申すことを神妙に服従するがお前の身の為だぞ。グヅグヅ申すと腹の中で暴れさがし、盲腸を破つてやらうか、コラどうぢや』 高姫『アイタタタタ、コリヤコリヤそんな無茶な事を致すものでないぞ。結構な結構な常世姫の御肉体だ。左様な不都合を致すと、大神様に御届け致すが、それでも苦しうないか』 (腹の中から)『や、そいつア一寸困る、何を云うても我の強い肉体だから、思ふやうに使へないので神も聊か迷惑を致して居るぞよ。チツと柔順くなつて御用を聞いて下されよ』 高姫『何を吐しやがるのだ。又しても又してもしようもない事を吐して、人に悟られたら何とするのだ。本当に馬鹿だな。これから此方が厳しく審神を致すから、一言でも変なことを申したら、此生宮が承知致さぬぞや』 (腹の中から)『イヤ、肉体の言ふのも尤もだ、キツト心得るから、どうぞ仲ようしてくれ。何と云つても密着不離の関係になつてゐるのだから、お前の肉体のある間は、離れようといつたつて離れる訳にも行かず、お前も亦俺を追ひ出さうとすれば、命をすてる覚悟でなくちや駄目だぞ。すぐに盲腸でも十二指腸でも、空腸、回腸、直腸、結腸の嫌ひなく、捻ぢて捻ぢて捩ぢ廻し、肉体の命を取るのだから、つまりお前は俺を大事にし、俺はお前の肉体を唯一の機関とせなくちや、悪の目的が成就せぬのだからなア』 高姫『コリヤ、又左様なことを申す。この高姫は稚桜姫命の身魂の系統、常世姫命の再来だ。悪といふ事は微塵でもしたくない、大嫌ひなのだ。其方は悪を改めて善に立復つたと申したでないか。どうしても此方の肉体を使うて悪を致し、変性男子様の御神業を妨げ致すのなれば、此高姫は仮令其方に腸をむしられて国替をしても、チツとも構はぬのだ。サアどうだ、返答致せ』 と審神者気分になつて呶鳴つてゐる。 (腹の中から)『ヤア高姫様、真に申し違ひを致しました。つひ悪を憎むの余り善と悪とを取違へまして、あんな不都合なことを申しました。今後はキツと心得ますから、どうぞ霊肉和合して下さいませ』 高姫『ウンよしツ、それに間違ひなくば許してやらう。此上一言でも金毛九尾だの大蛇だのと申したら了簡致さぬぞや』 (腹の中から)『それなら、何といひませうかな、義理天上日出神と名乗りませうか』 高姫『畏い事を申すな。義理天上様は変性男子様の系統の御身魂ぢや。其方はヤツパリ、ユラリ彦命と申したがよからうぞ』 (腹の中から)『コレ高姫さま、さうイロイロと沢山の名を言つちや、娑婆の亡者が本当に致しませぬぞや』 高姫『コリヤ、何と云ふことを申す。人間は結構な神の生宮だ。天が下に神様のお守りを受けないものは一人もないぞや。言はば結構な天の神様の直々の、人間は御子だ。何を以て娑婆亡者などと申すのか、なぜ善言美詞の言霊を使はぬ。ヤツパリ其方はまだ本当の改心が出来て居らぬと見えるなア。改心致さな致すやうにして改心を致さして見せうぞや』 (腹の中から)『高姫さま、一旦入の入つた瀬戸物は何程甘く焼つぎをしても、其疵は元の通りになほらないと同様に、元来が身魂にヒビが入つてゐるのだから、本当の善に還る事は辛うて出来ませぬぞや。お前さまの肉体だつて、ヤツパリさうぢやないか。入が入つて居ればこそ、此方が這入れたのだ。お前さまは立派な大和魂の生粋だと思つてゐるだらうが、此金毛九尾から見れば、大和魂どころか山子だましの身魂だよ。相応の理によつて、破鍋にトヂ蓋式に自然に結ばれた因縁だから、何程もがいても何うしても、此悪縁は切ることは出来ませぬぞや、お前さまも是非なき事と断念して、吾身の因縁を怨めるより仕方がないぢやありませぬか。霊肉不二の関係を持つてゐる肉体と此方とが、何時もこれだけ衝突をして居つては互の迷惑……否大損害ですよ。チツとはお前さまも大目に見て貰はなくちや、わしだつて、さう苛められてばかり居つても、立つ瀬がないぢやないか』 高姫『今迄なれば少々のことは大目にみておくが、お前も知つて居るだらう、斎苑館に厶つた三五教の三羽烏杢助様がお出でになり、此肉体の夫となられ、又立派な娘の初稚姫が此処へ私の子となつて来たのだから、余程心得て貰はなくては、今迄とは違ひますぞや。今迄は此高姫も殆ど独身同様であつた。大将軍様の肉宮はあの通りお人よしだから、どうでもよい様なものだつたが、今度は摩利支天様の肉宮が、此肉体の夫とお成り遊ばしたのだから、お前さまの自由ばかりになつてゐる訳には行かぬから、其積りで居つて下されや』 (腹の中から)『それは肉体のすることだから敢へて干渉はしないが、併しながら、初稚姫といふ女は何だか虫の好かぬ女だ。お前も物好な、他人の子を吾子にせなくてもよいぢやないか』 高姫『馬鹿だなア、あの初稚姫は本当に掘出し物だよ。柔順で賢明で而して人には信用があるなり、あんな娘を使はずに、どうして神業が完全に出来るのだ。お前も改心して五六七神政成就の為に活動するならば、これ程大慶の事はないぢやないか。変性男子様が永らくの間御苦労御艱難遊ばして、此処まで麻柱の道をお開き遊ばし、又都合によつてウラナイ教も御開き遊ばしたのだから、悪が微塵でもあつたら、此事は成就致しませぬぞや』 (腹の中から)『それでも、お前、三五教をやめてウラナイ教を立てようと、昨日もいつたぢやないか。どちらを立てて行くのだ。それからきめて貰はなくちや、此方も困るぢやないか』 高姫『変性男子のお筆には……三五教ばかりでないぞよ。此神はまだ外にも仕組が致してあるぞよ。ウツカリ致して居ると、結構な神徳を外へ取られて了ふぞよ……とお示しになつて居るだろ、此頃の斎苑館の役員共の行り方と云つたら、サツパリ変性女子の教ばかり致して、男子様の御苦労を水の泡に致さうとするによつて、お筆に書いてある通り、系統の身魂の此方が、已むを得ずしてウラナイ教を立てるのだ、併しながら秘密は何処までも秘密だから、表はヤツパリ三五教を標榜し、其内実はウラナイ教を立てるのだよ。よいか、合点がいただらうなア』 (腹の中から)『コレ肉体さま、ソリヤ二股膏薬といふものではないかなア。いつも悪は嫌だ嫌だと云ふ癖に、なぜ其様な謀反を起すのだい。善一つを立てぬくのなれば、お前が舎身的活動をして三五教の過つてゐる行方を改良さして、一つの道でやつて行つたらいいぢやないか。さうするとヤツパリ肉体も善を表に標榜し、自我を立て通す為に結局悪を企んでゐるのだなア。サウすりや何も、わしのすることや言ふことをゴテゴテいふには及ばぬぢやないか。同じ穴の狼だ。怪狼同狐の間柄ぢやないか。お前が善か、俺が悪か、衡にかけたら何方が上るやら、僅かに五十歩と五十一歩との違ひだらう。どうぢや肉体、これでも返答が厶るかな、ウツフツフ』 高姫『コリヤ、喧しいワイ。そこは、それ、神の奥には奥があり、其又奥には奥があるのだ。切れてバラバラ扇の要……といふ謎を、お前は知らぬのか……十五夜に片われ月があるものか、雲にかくれてここに半分……だ』 (腹の中から)『ハツハハ、イヤ、チツとばかり了解した。……此腹の黒き尉殿が一旦改心の坂を通り越し、又もや慢心と申す元の屋敷にお直り候……だな、イツヒツヒ。それならさうと、なぜ初めから云つてくれないのだ。コツチにも方針があるのだから……俺も昔から金毛九尾といつて、随分悪は尽して来たのだが、腹の黒い人間の腹中は、自分が現在這入つて居りながら、分らぬものだ。いかにも人間といふものは重宝なものだなア。偽善を徹底的に遂行するには、本当に重宝な唯一無二のカラクリだ、イツヒヒヒ。それを聞いて此金毛九尾もスツカリと安心を致したぞや。サア始めてお前が打ち解けてくれたのだから、今日位心地よいことはないワ、のう大蛇よ、猿よ、狸よ、蟇よ、豆よ、本当に岩戸が開けたやうな気分がするぢやないか』 腹の中から違うた声で、 (腹の中から違う声で)『ウンウンウンウン、さうさう、これでこそ、私たちも安心だ。流石は金毛九尾さまだけあつて、よくマア肉体と、其処まで談判して下さつた。ああ有難い有難い』 腹中より又もや以前の声で、 (腹の中から)『さうだから、此金毛九尾さまに従へと云ふのだ。これから高姫の肉体をかつて、三千世界を自由自在に致すのだ。それに就いては先づ第一に三五教を崩壊し、ウラナイ教を立てて善の仮面を被り、現界の人間を片つ端から兇党界に引張り込んで了ふのだ。最早肉体が心を打ち開けた以上は、何と云つても宣り直しはささない。若しも最前の言葉に肉体が反きよつたら、お前たちはおれの命令一下と共に、そこら中を引張りまはし苦めてやるのだよ』 高姫『コラ、そんな無茶な相談を致すといふことがあるか、表は表、裏は裏だ。さうお前のやうに露骨に云つちや、肝腎の大望が成就せぬぢやないか』 (腹の中から)『何、お前の耳に内部から伝はるだけのもので、決して外部へは洩れる気遣ひはない。お前さへ喋らなかつたら、それでいいのだ』 高姫『ソリヤさうだな、それならマア、十分にお前も千騎一騎の活動を致すがよいぞや。この高姫も乗りかけた舟だ、何処までも初心を貫徹せなくちやおかないのだからな。ドレドレ、モウ初稚が帰つて来る時分だ。思はず守護神と談判をして居つたものだから、つひ時の経つのも忘れてゐた。併し初稚姫が聞いてゐやせなんだか知らぬて、何だか気掛りでならないワ』 といひながら、サツと障子をあけて長廊下を眺めた。初稚姫は芒の枯れた穂を一つかみ握りながら、他愛もなく遊び戯れ、廊下に一本一本さして遊んでゐる。その無邪気な光景を眺めて、高姫はホツと一息し、 高姫『何とマア無邪気な娘だこと、枯尾花を板の間の隙間に立て並べて遊んでゐるのだもの。大きな図体をしながら、そして十七にもなりながら、未通こい娘だなア。本当に水晶魂だ。この高姫がうまく仕込んでやれば、完全に改悪して立派なウラナイ教の宣伝使になるだらう。何と云つても杢助さまと云ふ父親を掌中に握つてゐるのだから大丈夫だ。東助さまに肱鉄をかまされ、大勢の前で恥をかかされて、悔し残念さをこばつて、此処まで来て見れば、こんな都合の好いことが出来て来た。あああ、人間万事塞翁の馬の糞とやら、苦しい後には楽しみがあり、楽しみの後には苦しみが来るぞよ、改心なされよ……と男子様のお筆先にチヤンと出て居る。高姫もまだ天運が尽きないと……あ……見えるワイ、エツヘヘヘ、変性男子様、大国治立命様、守り給へ幸へ給へ』 (腹の中から)『オツホツホホホ、オイ肉体、大変な元気だなア、甘く行きさうだのう。吾々一団体の兇霊連中も満足してゐる。どうだ、チツと歌でもうたつたら面白からうに……のう』 高姫『コリヤ、何と云ふ不心得なことをいふか。世界は暗雲になり、殆ど泥海のやうになつてゐるのに、そんな陽気なことで、どうして誠が貫けるか。変性男子様のお筆先を何と心得てゐる、チツと改心したがよからうぞ』 (腹の中から)『アハハハハ、善悪不二、正邪一如といふ甘い筆法だなア。一枚の紙にも裏表のあるものだから……』 高姫『シーツ、今そこへ初稚姫が出て来るぢやないか、チツと心得ないか』 (腹の中から)『声がせないと、チツとも姿が見えぬものだから、これはエライ不調法を致しました。オオ怖はオオ怖は、肉体の権幕には俺も往生致したワイ』 初稚姫は何気なき態を装ひ、ニコニコしながら出で来り、 初稚姫『お母アさま、とうとうスマートをぼつ帰して来ましたよ。妙な犬でしてね、何程追つかけても後へ帰つて来て仕方がありませぬので、私も困りましたよ』 高姫『ああさうだろさうだろ、あれ丈お前につき纒うて居つたのだから、離れともなかつただらう。何と云つても畜生だから人間の云ふこた分らず、嘸お骨折だつたろ。併しマアよう帰にましたなア』 初稚姫『ハイ、仕方がないので、石を拾つて五つ六つ頭にかちつけてやりましたの。そしたら頭が二つにポカンと割れて大変な血を出し、厭らしい声を出して逃げて帰りましたの』 高姫『それは本当に、気味のよいこと……ウン、オツトドツコイ、気味の悪いことだつたね。大変にお前を恨んで居つただらうなア』 初稚姫『何程ウラナイ教だとて、怨みも致しますまい、ホホホ』 高姫『や、初稚さま、お前は今ウラナイ教と言ひましたね、誰にそんなことをお聞きになつたのだえ』 初稚姫『お母アさま、表はね、三五教で、其内実は、お母アさまのお開き遊ばしたウラナイ教の方が良いぢやありませぬか。私、ウラナイ教が大好きなのよ』 高姫『オホホホホ、ヤツパリお前は私の大事の子だ、何と賢い者だなア。これでこそ三五教崩壊の……ウン……トコドツコイ、法界の危急を完全に救済することが出来ませうぞや』 初稚姫『さうですなア。誠さへ立てば、名は何うでもいいぢやありませぬか』 高姫は首を頻りにシヤクリながら、笑を満面に湛へて、 高姫『コレ初稚さま、お母アさまは、これからお父さまをお迎へ申してくるから、お前さまは暫く事務所へでも行つて遊んで来て下さい。こんな所に一人置いとくのも気の毒だからなア』 初稚姫『お母アさま、そんなに永く時間がかかるのですか』 高姫『さう永くもかからない積だが、何と云つてもあの通り、云ひかけたら後へ引かぬ杢助さまだから、犬を帰なしたことから、其外お前さまの腹の底を、トツクリと御得心なさるやうに申上げねばならぬから、チツとばかり暇が要るかも知れませぬからなア』 初稚姫『お母アさま、私もお供致しませうか』 高姫『イヤイヤそれには及びませぬ。又杢助様に、どんな御意見があるか知れませぬから、却つてお前さまが側にゐない方が、双方の為に都合がいいかも知れませぬ。一寸其処まで行つて参ります』 とイソイソとして出でて行く。後見送つて初稚姫はニツコと笑ひ、イソイソとして珍彦の居間を訪ね、同年輩の楓姫とあどけなき話を交換しながら時を移してゐる。 (大正一二・一・二〇旧一一・一二・四松村真澄録) |
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霊界物語 | 50_丑_祠の森の物語2 | 16 鷹鷲掴 | 第一六章鷹鷲掴〔一三一〇〕 イルは冷笑を泛べながら、高姫の御機嫌取りの為に、一間に入つて大速力にて書き写し、直様に直筆を右の手にひん握り、左の手に三宝を掴んで高姫の居間の前まで到り、元の通りキチンと叮嚀にのせ、目八分に捧げ、襖の外から言葉もいと荘重に、 イル『日出神の義理天上、只今御入来、アイヤ、高姫殿、此襖をあけめされよ』 と呼ばはつた。高姫は余り荘重な言葉に、ハテ不思議と襖をサツとあけ見れば、イルは筆先を載せた三宝を恭しく捧げ立つてゐる。 高姫『何だ、お前はイルぢやないか。腹の悪い、私を吃驚さしたがなア。ヘン日出神なんて、偉さうに云ふものぢやないワ。日出神様は此高姫の体内にお鎮まり遊ばすぞや。お前さまのやうなお方に、何うしてお鎮まり遊ばすものか』 イルは立ちはだかつたまま、 イル『アイヤ、高姫、よつく承はれ。日出神は汝が体内に宿ることもあり、又筆先に宿る事もあるぞよ。このイルに持たせた筆先は即ち日出神の御神体であるぞよ。或時は高姫の体内に宿り、或時は筆先に宿り、イルの肉体を以て之を守らせあれば、只今のイルは即ち義理天上日出神の生宮であるぞよ。粗末に致すと罰が当るぞよ。取違ひを致すでないぞよ。アフンと致して目眩が来るぞよ。日出神に間違ひはないぞよ。おちぶれ者を侮ることはならぬぞよ。何んな御方に御用がさしてあるか分らぬぞよ』 高姫『あああ、とうと、日出神様の御神徳に打たれて半気違ひになりよつた。これだから猫に小判、豚に真珠といふのだ。サ早く此方へかしなされ、日出神が二人も出来たら治まらぬからな』 と矢庭にパツと引たくらうとする。イルはワザとに三宝を握り締めた。高姫は力をこめて、グツと引いた拍子に、三宝の表と脚とがメキメキと音を立てて二つになつた。其勢に筆先は宙を掠めて、ゴンゴンといこつてゐた[※「いこって」…「いこる」は関西の方言で、炭に火がついて赤くなった状態。]炭火の中へパツと落ちた。忽ち三冊のお筆先は黒き煙の竜となつて天に昇つて了つた。 高姫『あああ、何の事ぢや、これ、イル、何うして下さる。折角神様がお書き遊ばしたお直筆を、サツパリ煙にして了つたぢやないか』 イル『何と日出神様はえらいものですな。たうとう結構な御神体が現はれました。貴女も御存じの通り、火鉢から火が出て日出神となり、あの通り黒い竜となり、煙に包まれて天上なされました。イヤ煙ではなからう、朝霧夕霧といふギリでせう。それだから義理天上日出神が御竜体を現はして天上なされました。何とマア貴女は御神徳が高姫さまで厶いますな。エヘヘヘヘ、イヤもう感じ入りまして厶います』 と口から出任せに高姫を揶揄半分に褒めそやした。高姫は怒らうと思つて居つたが、イルの頓智に巻き込まれ、嬉しいやうな腹立たしいやうな、妙な気分になつて、胸を撫でおろし、 高姫『お直筆は天上なさつたが、併しマアマア結構だ。お前が写しておいてくれたから、マ一度書き直さして頂かうかな。滅多にあんな結構なお筆先は出るものぢやないからな。コレ、イルや、早くあのお筆先の写しを、ここへ持つて来てくれ』 イル『ヘーエ、写さして頂かうと思ひましたが、何分御神徳が高いお筆先だものですから、後光がさしまして、サツパリ目がくらみ、一字々々其文字が鎌首を立てて、竜神さまになつて動くやうに見えるものですもの、到底吾々の如き神徳のない者では、写すことは愚か拝読くでさへも目がマクマク致します。それでお前さまに写して頂かうと思つて、此通り御神体をここ迄送つて来たので厶います』 と揶揄好のイルは、其実スツクリ写し取つて居ながら、ワザとこんな事を云ふ。 高姫『エーエ、気の利かぬことだなア、お前が能う写さな、なぜ他の者に写ささなかつたのだい』 イル『それでもイルに写せよと、貴女が御命令をお下しになつたものですから、日出神様のお言葉には背かれないと思うて、他の者には見せもしませなんだのですよ』 高姫『エーエ、気の利かぬ男だな。あああ、どうしたらいいかしらぬて……お前さまは暫く謹慎の為、彼方へ控へて居りなさい。そして受付はハルに申付ける。こんな不調法を致して、よい気で居るといふ事があるものかいな』 イル『ハイ、仕方が厶いませぬ。併しながら私の守護神が霊界で写したかも知れませぬから、もし出て来ましたら、勘忍して下さるでせうなア』 高姫『馬鹿な事を言ひなさるな。お前等の守護神がそんな事が書けてたまりますか。此高姫でさへも守護神が書くといふ事は出来ぬ故に、此生宮の手を通してお書きなさるのだ。エエ気色の悪い、彼方へ行つて下され。お前さまの面を見るのも胸クソが悪い。結構な結構なお筆先を三冊まで燃やして了うて、どうしてこれが神様に申訳が立ちますか』 イル『霊国の天人に会はうと思うて、義理天上さまが化相の術を以て、天上なさつたのかも知れませぬよ。さう気投げしたものぢや厶いませぬワイ』 高姫『エー喧しい、彼方へ行きなされ。グヅグヅ致して居ると、此箒が御見舞ひ申すぞや』 と顔を真赤にし、捨鉢気味になり、半狂乱になつて呶鳴り散らすのであつた。イルは、 イル『ハイ』 と一言残し、匆々に襖を開け閉めし、首をすくめ、舌を出し、腮をしやくりながら受付へ足音を忍ばせ帰つて来た。受付にはハル、テル、イク、サールの四人が筆先の写しをゲラゲラ笑ひながら読んでゐる。 イル『オイ、そんな大きな声で笑つてくれな、今義理天上が大変に怒つてゐるからな』 ハル『ナアニ、怒る事があらうかい。早く写して腹へ締め込みておいて下されよ……と云つて帰つたぢやないか。今一生懸命に他人の褌を締めこみてゐる所だ。アハハハハ』 サール『これ程分りにくい文字を写させておいて、何の為に高姫さまが、それ程怒るのだい。怒る位ならなぜ写せと云つたのだ。本当に訳の分らぬ事をぬかすじやないか』 イル『ナアニ、そりやそれでいいのだが、高姫の奴、とうと、過つて三冊の筆先を火の中へおとし、焼いて了ひよつたのだ。それで大変に御機嫌が悪いのだよ』 サール『イヒヒヒヒ、そりやいい気味だねえ、随分妙な面をしただらう』 イル『丸きり、竈の上の不動さまを焼杭でくらはした時のやうな面をしよつて、きつく睨みよつた。そして其写しがあるだらうから、すぐ持つて来いと云ひよつたので、俺は余り劫腹だから、あのお筆先は御威勢が高うて後光がさし、一字々々文字が活躍して、鎌首を立て竜神になつて這ひ廻るやうに見えたから、能う写しませなんだ……とやつた所、流石の高姫も真青の面して、其失望、落胆さ加減、実に痛快だつたよ。それだから大きな声で読むなと云ふのだ』 サール『アハハハハ、成程、其奴ア面白い。オイ皆の奴、此処で一つ大声を張上げて読んだろかい』 イル『そんな事したら、高姫がガンづくぢやないか』 サール『なアに、俺が廊下に見張をしてゐるから、向ふへ聞えるやうに読むのだ。そして高姫が来よつたら、筆先を尻の下へかくし、素知らぬ顔してるのだ。今読んで居つたぢやないかと云ひよつたら、イルの腹の中へ義理天上さまがお這入りになつて、あんな大きな声でお筆先を読まれた……とかませばいいぢやないか』 イル『なアる程、妙案だ、それでは俺が一つ読んでやらうかなア』 とサールを廊下に立番させ、ハル、テル、イクを前に坐らせ、イルはワザとに大声を出して読み始めた。 イル『義理天上日出神の誠正まつの、生粋の五六七神政の筆先であるぞよ。高姫の肉宮は、昔の昔の根本の神代から、因縁ありて、神が御用に使うて居りたぞよ。この肉体は高天原の第一の霊国の天人の身魂であるぞよ。高姫の身魂と引添うて、三千世界の守護がさしてありたぞよ。それについては杢助殿の身魂もヤツパリ霊国天人の生粋の身魂であるぞよ。霊国の天人の霊は結構な神の教を致す御役であるぞよ。祭典や拝礼などを致す霊は、天国天人の御用であるぞよ。併し乍ら世が曇りて、天人の霊は一人もなくなり、八衢人間が神の御用を致して居るぞよ。世界の人民は皆地獄の餓鬼の霊や畜生道の霊ばかりであるから、此世がサツパリ曇りて了うたぞよ。夜の守護であるぞよ。此暗くもの世を日の出の守護といたす為に、義理天上が因縁のある高姫の身魂を生宮と致して、三千世界を構ふ時節が参りたぞよ。変性男子の霊は日出神が現はれるについて、神から先走りに出してありたぞよ。そして変性女子の霊は此世を曇らす霊であるぞよ。此儘にしておいたなれば、此世は泥海になるより仕様がないぞよ。三千世界の救世主は此高姫より外にないぞよ。それについては杢助殿の霊は夫婦の霊であるから、高姫と引添うて御用させるやうに天の大神からの御仕組であるぞよ。初稚姫は杢助の御子であるけれども、霊の親子ではないぞよ。高姫も肉体上母子となりて居るなれど、霊から申せば天地の相違があるぞよ。高姫は一番高い霊国の天人の霊であるなれど、初稚姫は八衢の霊であるから、到底、一通りでは側へも寄りつけぬなれども、肉体が何を云うても、憐れみ深い結構な人間ぢやによつて、初稚姫を吾子と致して居るぞよ。初稚姫殿も改心を致されよ。杢助の子ぢやと申して慢心致すでないぞよ。それについてはイル、イク、サール、ハル、テル殿に結構な御用を致さすぞよ。此筆先は火にも焼けず水にも溺れぬ金剛不壊の如意宝珠であるから、粗末に致したら目眩が来るぞよ。珍彦の霊も静子の霊も誠に因縁の悪い霊であるぞよ。其中から生れた楓は、誠に了簡の悪い豆狸の守護神であるから、三人共に神が国替を致さして、神界でそれぞれの御用を仰せつけるぞよ。此筆先に書いた事は間違はないぞよ。初稚姫も改心を致して下さらぬと、何時舟が覆るか分らぬぞよ。可哀相な者なれど、霊で御用さすより仕様がないぞよ。虬の霊であるから、今迄はばりてをりたなれど、善悪の立別かる時節が参りて、高姫が此処へ現はれた以上は、到底叶はぬぞよ。皆の者よ、此筆先をよく腹へ締め込みておいて下されよ。杢助殿と高姫と夫婦になりたと申して、チヨコチヨコとせせら笑ひを致して居るなれど、人民の知りた事でないぞよ。神は何処迄も気を引くから、取違を致さぬやうに御用心なされよ。義理天上日出神の筆先は一分一厘間違ひはないぞよ。高天原の霊国の天人の一番天上の身魂であるぞよ。又杢助殿には大広木正宗殿の霊が授けてあるぞよ。今迄は摩利支天の霊が憑りて居りたなれど、神界の都合により、義理天上の命令により、大広木正宗の御用をさして、常世姫の肉宮と、末代の結構な御用を致させるから、杢助殿が何事を致しても申してもゴテゴテ申すでないぞよ。又初稚姫は我の強き霊なれども、日出神の神力に、トウトウ往生致して、四つ足のスマートを斎苑の館へ追ひ返したのは、まだしも結構であるぞよ。これからスマートを一息でも、此祠の森の大門へよこしてみよれ、初稚姫の体はビクとも動かぬやうに致してみせるぞよ。杢助殿は霊が水晶であるから、四つ足が来るのは大変御嫌ひ遊ばすぞよ。初稚姫が四つ足を連れて参りたトガメに依つて神罰を蒙り、命がなくなる所でありたなれど、神の慈悲によりて、杢助殿を身代りに立て、チツと許り疵を致させ許してやりたぞよ。これをみて初稚姫殿改心致されよ。神の御恩と親の御恩とが分らぬやうな事では、誠の神の側へは寄りつけぬぞよ。余り慢心が強いので親の側へ寄れぬぞよ。其方の改心が出来たなれば、義理天上が取持致して、杢助殿に会はしてやるぞよ。早く霊を研いて下されよ、神が前つ前つに気をつけるぞよ。義理天上日出神の申す事に間違ひはないぞよ。此筆先は義理天上の生神が高姫の生宮に這入りて書いたのであるから、日出神の御神体其儘であるから、粗末には致されぬぞよ。もし疑ふなら、火鉢にくべてみよれ、焼けは致さぬぞよ。それで誠の生神といふ事が分るぞよ。ぢやと申して、汚れた人民の手で、いらうたら、焼けぬとも限らぬから、余程大切に清らかにして下されよ』 と読み了り、 イル『ハツハハハ、甘い事仰有るワイ、火にも焼けぬ水にも溺れぬと仰有つた筆先が、パツと焼けたのだからたまらぬワイ。イヒヒヒヒ、これでは日出神も、サツパリ駄目だなア』 サール『それでも……汚れた人民が触りたら、焼けるかも知れぬぞよ……と書いてあつたぢやないか』 イル『ハハハ、そこが高姫の予防線だ。引掛戻しの所謂仕組をやつてゐよるのだ。兎も角小気味のよい事だなア』 サールは、いつの間にやら廊下の見張を忘れて、イルの前に頭を鳩め聞いて居た。そこへ高姫が筆先の声を聞付けて、足音忍ばせ、半分余り末の方を障子の外から聞き終り、 高姫『コレ、お前達、今何を言うてゐたのだい』 この声に、イルは驚いて尻の下に隠し、素知らぬ顔して其上に坐つてゐる。 高姫『コレ、此障子一寸あけておくれ、今何を云つてゐたのだい。お筆先を拝読いて居つたのだらう。そして大変に義理天上さまの悪口を云つて居つたぢやないか』 イルは小声で、 イル『オイ、サール、貴様番をすると吐しよつて、こんな所へ這入つてけつかるものだから、これ見ろ、とうと見付けられたでないか』 サール『ウン、マア仕方がないサ、……ヤア高姫様、ようこそお出で下されました。サ、お這入り下さいませ』 と突張のかうてあつた障子をサツと開いた。高姫は受付の間へヌツと這入つて来た。 高姫『コレ、イルさま、お前、筆先を写さぬと云つたぢないか。今読んで居つたのは何だいなア』 イル『ハイ、日出神様が、お前の体内にイルと仰有いまして、暫くすると、あんな事を私の口から仰有つたので厶います。誠に結構な御神勅で厶いましたよ。そして又蟇の守護神が私の肉体に這入り、高姫様や天上様の悪い事を申しますので、イヤもう困りました。何卒一つ鎮魂をして下さいな』 高姫『日出神さまなどと、悪神がお前を騙して真似を致すのだらう。それだからシツカリ致さぬと悪魔に狙はれると、何時も申してあらうがな。エーエ困つた事だ、サ、そこを一寸お立ちなされ。日出神が鎮魂をして上げるから……』 イル『イー、ウーン、一寸ここは退く訳には行きませぬ、尻に白根が下りましたので、痺が切れて何うする事も出来ませぬ。何卒又後から鎮魂して下さいな。ああ高姫さま、あの外を御覧なさいませ、大きな鷲が子供をくはへて、それそれ通ります』 と高姫の視線を外へ向け、手早く尻に敷いた写しの筆先を懐へ捻ぢ込み、席を替へようとした。されど余り慌てて、二冊は甘く懐へ這入つたが、まだ一冊尻の下に残つて居る。 高姫『コレ、イル、そんな事を申して、此高姫を外を向かせておき、其間に何だか懐へ隠したぢやらう、サ、其懐を見せて御覧』 イル『ヘー、此の懐は私の懐で厶います。何程一軒の内に住居して居つても、懐は別ですからな。珍彦様が会計して下さるので、私の懐まで御詮議は要りますまい』 高姫『一寸、お前さま、妙なものが憑つてゐるから、鎮魂して上げよう。私が坐らにやならぬから、一寸退いて下さい。お前さまが一番正座へ坐ると云ふ事は道が違ひますぞや』 イル『ハイ、承知致しました。ああ杢助さまが門を通らつしやるわいな』 と云ひながら、尻の下の残りの筆先をグツと取り、懐へ入れようとした。高姫は今度は其手に乗らず、イルの態度を熟視して居つたから、たまらぬ。矢庭にイルの懐へ手を入れ、三冊の写しの筆先を掴み出し、キリキリと丸めて、イルの鼻といはず、目と云はず、滅多打に打据ゑ、 高姫『オホホホホ、悪の企みの現はれ口、日出神には叶ひますまいがな。頓て沙汰を致すから、其処に待つて居るがよからうぞ。イク、ハル、テル、サールも同類だ。今に杢助さまと相談して、沙汰を致すから待つてゐなさい』 と憎々しげに睨みつけ、懐に捻ぢ込んで、サツサと吾居間に帰り行く。後見送つて五人は頭を掻き、冷汗を拭きながら、 五人(イル、イク、ハル、テル、サール)『あああ、サーツパリ源助だ、ウンウン、イヒヒヒヒ』 (大正一二・一・二三旧一一・一二・七松村真澄録) |
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霊界物語 | 50_丑_祠の森の物語2 | 20 悪魔払 | 第二〇章悪魔払〔一三一四〕 初稚姫、珍彦は楓とともに高姫の居間の騒々しきに、何事かと走り来り見れば、右の体裁である。 初稚『もし、お母さま、お直使様に対して、あまり御無礼ぢや厶りませぬか。も少し御叮嚀に優しく仰有つて下さいましな』 高姫『エーエ、お前の飛び出す所ぢやない程にすつ込みなさい。何度云うても云うてもスマートを俺の目を忍んで簀の子の下に隠して置くものだから、到頭杢助さまは何処かへ行つてしまつたぢやないか。本当に不孝な阿魔ツちよだな。今に神罰が当つて国替をせにやならぬぞや。義理天上さまのお筆先を拝読いて見なされ。珍彦さまも静子さまも楓もお前も、都合によつたら御神罰が当つて命がなくなるぞや。チヤンと御筆に出て居るぞえ』 初稚姫『そらさうでせう。何れ虬の血を塗つた盃を頂いたものばかりですから。併しながらお母さま、安心して下さいませ。お蔭で吾々は御神徳を頂いて居りますから、何程悪神や蟇が毒を盛りましても、チツとも利きは致しませぬから大丈夫で厶います』 高姫『エーエ、こましやくれた、何も知らずに……すつ込んで居なさい。此義理天上さまは何んな事でも皆御存じだぞえ。無形の神界の現象にも明かなれば、形体的の原理にも達してゐる。宗教、宗派は申すに及ばず、秩序標準の大本から改心の道、春夏秋冬四季運行の道、神国の大道、善悪正邪の道から守護神の因縁、無量長寿の神法から五倫五常のお道、向上発展の基、誠の大本、言霊の原理、日月の御因縁、火と水とお土の御神力は申すに及ばず、弥勒の教の大本に一霊四魂の原理、宇宙の真理、文字の起源から忠孝の道、平和の大本、四海兄弟の教から因縁因果の有様、何から何まで知らぬ事はないぞえ。況して大先祖の因縁から此世の泥海を固めしめた神の因縁、身魂の性来並に斎苑館の上から下までの役員の悪の身魂の性来、何から何まで鏡にかけた如く知つてるのぢやぞえ。何程泣く子と地頭には勝てぬと云つても、弥次彦、与太彦等の直使に屁古まされて「はい、左様で厶いますか。へい、それなら仕方がありませぬ。直に立退き申します」と云ふ様なヘドロイ身魂ではありませぬぞや。貴女も何時まで居つても詰りませぬから早く帰つて下さい。此処は義理天上日出神が一力で立てる仕組ぢやぞえ。さア皆さま、早く帰つて下さい。構ひ立てには来て下さるなや。もしも素盞嗚尊がゴテゴテ申したら、霊国の天人、変性男子の系統、義理天上の身魂が事の道理を説き聞かして改心させてやるから、お前等はよい加減に帰んだがよいぞや。ここは金毛九尾さまや、オツトドツコイ………金勝要神の教と竜宮の乙姫の守護とで変性男子の御教を立てて行く義理天上の射場ぢやぞえ。さアさア帰んだり帰んだり。あああ、こんな没分暁漢に相手になつて居つては日が暮れますわい。一寸失礼ながら便所へ行つて来ます。そしてユツクリとお話をして上げませうから、そこらで待つて居て下さい。あああ困つた代物ばかりだな。神様も大抵ぢやないわい。こんな盲聾を誠の道にひき入れてやらうとすれば骨の折れる事だ。此肉体もホーツと疲れた。肩も腕も腰もメキメキし出したワ。アーア』 と云ひながら便所に一人立つて行つた。 向ふの林を見渡せば妖幻坊の杢助が、早く来れと一生懸命手招きしながらトントン走り出す。高姫も杢助に手招きされては最早堪らない。そこにあつた上草履を足にかけるや否や、一生懸命に杢助の後を追ひ駆け出して了つた。そして、それつきり祠の森へは姿を見せなかつたのである。 スマートは二人の逃げ行く後を眺めて追ひ駆けようともせず『ワウツワウツワウツ』となき立ててゐる。 初稚姫、安彦、国彦、一同は高姫の逃走したのを目送しながら、追ひ駆けようともしなかつた。何れも悪魔払ひをしたやうの心持になつたからである。高姫が祠の森に腰を据ゑようものなら、到底普通の手段ではビクとも動く気配はない。されど妖幻坊の杢助に心魂を蕩かし、其引力によつて、頑張つてゐたこの館を逃げ出したのは、実に珍彦にとつては無上の幸福であつた。スマートが後を追はなかつたのも初稚姫が直使に対し暫く待つて貰ひたいと云つたのも皆、かかる出来事を予期しての事であつた。妖幻坊もこんな時には、実に三五教のためによい御用をしてくれた様なものである。 妖幻坊と高姫はトントントンと坂を下つて行く。其距離は殆ど二三丁ばかり隔たつてゐた。されど高姫は執念深くも後を追つ駆け、漸くに山口の森にて追ひ付き、二人はここに一夜を明かすこととなつた。 安彦、国彦は珍彦に別れを告げ、委細の様子を斎苑の館へ復命すべく河鹿峠を登り行く。慌て者のイク、サール両人は、何時の間にか高姫の後を追つ駆けて館を飛び出して了つた。初稚姫は懇々と後の行方を珍彦に教へ置き、ハル、テル、イルの三人に別れを告げ、神殿に拝礼を終り、高姫の一日も早く改心致しますやうと祈願を籠め、それより二三日をここに暮して又もや征途につく事となつた。勿論スマートは影の如く姫に従つてゐる。 イル、ハル、テルの三人は悪神の逃げ去つたのを感謝すべく神殿に参拝し、天津祝詞を奏上し、歌を歌つて感謝の意を表した。 イル『祠の森の受付に仕へまつれるイル司 皇大神の御前に慎み敬ひ高姫や 妖幻坊の曲津奴が神の威徳に怖ぢ畏れ 一目散に逃げ出し此聖場はもとの如 塵もとどめず清らけくいと穏かに治まりし 其御恵を御前に慎み感謝し奉る 杢助司と名乗りたる妖幻坊の悪神は 其正体は吾々の眼に確と見えねども 並大抵の奴ならず虎、狼か獅子、熊か 但は鬼の化物か得体の知れぬ枉津神 これの館にノコノコと現はれ来り朝夕に 酒飲み喰ひ管を巻き只一言も神言を 唱へた事もあらばこそ金毛九尾の憑るてふ 日出神の生宮の高姫司と意茶ついて 此聖場を乱したる実にも憎つくき曲者よ 如何にもなして災を払はむものと朝夕に 心ひそかに祈りしが皇大神はわが祈願 いと平らけく聞し召し教を乱す曲神を 払ひ給ひし嬉しさよいざ之よりは吾々は 珍彦さまの命令を神の言葉と慎みて 朝な夕なに真心を尽して仕へ奉らなむ かくも曲津の心地よく逃げたる上は信徒も 喜び勇みもとの如参来集ひて神徳を 再び受くる事ならむああ惟神々々 神の御稜威も灼然に守らせ給へ此館 偏に願ひ奉る朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 皇大神の御教如何でか違ひ奉らむや 吾等三人は村肝の心を合せ奉り 斎苑の館に現れませる神素盞嗚の大御神 守らせ給ふ三五の清き大道に仕へつつ 埴安彦や埴安の姫の尊の御守りを 頸に受けて四方の国百八十島の果までも 開きて行かむ惟神尊き神の御守りを 畏み畏み願ぎまつる』 ハルは又歌ふ。 ハル『バラモン教の軍人其門番と仕へたる 吾は卑しきハル司三五教の大神の 尊き恵を蒙りて心機俄に一転し 浮木の森の陣営をヨル、テル二人と諸共に 脱営なして斎苑館詣でむものと来て見れば 祠の森に三五の玉国別の宣伝使 留まりいますと聞きしより其御教を仰ぎつつ 珍の御舎仕へます其神業に参加して 漸く宮は建て上り遷宮式も相済みて 喜ぶ間もなく玉国の別の命は吾々に 重き使命を授けつつ悪魔の征途に上りまし 其妻神と現れませる五十子の姫を初めとし 今子の姫は潔く斎苑の館に帰りまし 珍彦親子を止めおき宮の司と任け給ひ 吾等は館の諸々の事務をそれぞれ命ぜられ 心を清め身を浄め仕へ奉れる折もあれ 金毛九尾の宿りたる心拗けた高姫が 突然ここに現はれて吾は日出神柱 義理天上の生宮と其鼻息もいと荒く 大きな尻をすゑ長く祠の森を占領し 醜の教を伝播し斎苑の館の神業を 妨害せむと企むこそ困り果てたる奴なりと 心秘に案じつつ皇大神に祈る折 又もや来る妖幻坊杢助司と名乗りつつ 高姫司と諸共に館の奥に頑張りて さしも尊き聖場を攪乱せむと企むこそ 実にも忌々しき次第なり如何はせむと思ふ間 初稚姫の神司猛犬スマート引きつれて ここに現はれ来りまし神変不思議の神力を 隠し給ひて高姫や妖幻坊が自ら 逃げ行く時を待ち給ふ其沈着な行ひに 今更吾等も驚きて感じ入りたる次第なり ああ皇神よ皇神よ吾等は愚なものなれど 心を清め身を浄め朝な夕なに大前に 誠一つに仕へなば何卒吾等を憐れみて 初稚姫の神力の万分一をも授けませ 偏に願ひ奉る朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 神に誓ひしわが言葉如何で違へむ神の前 珍彦司に従ひて皇大神の御教を 参来集へる人々に完全に委曲に宣り伝へ 大御恵みの万分一報はせ給へ惟神 御前に謹み願ぎ奉る』 と歌ひ終り、階段を下つて、もとの受付に帰り行く。 (大正一二・一・二三旧一一・一二・七北村隆光録) |
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霊界物語 | 51_寅_浮木の森の曲輪城 | 12 初花姫 | 第一二章初花姫〔一三二七〕 片彦は三人の乙女に向つて言葉優しく、 片彦『もし、それなる嬢様達、一寸お尋ね致しますが、向ふに見えるあの立派な城廓は、何時頃に出来上つたのですか』 三人の女は些しも聞えぬやうなふりをして、頻りに花を摘んで居る。片彦は益々傍に寄つて、一層声高く、 片彦『お嬢さま、一寸物を伺ひます』 此声に三人は驚いたやうな顔で、片彦、ランチ両人の顔を打ち守つた。さうして高姫は、 高姫『アヽ吃驚したよ。貴方どこのお方ですか』 片彦『拙者は四ケ月以前に此浮木の森にバラモン軍を引率し、滞陣して居た片彦将軍の成れの果で厶る。此処に居られるのは吾々の上官ランチ将軍で厶る。此方も拙者と同じく軍服を脱ぎ捨て、今は三五教の宣伝使で厶る』 高姫は、花の唇をパツと開き、媚びを呈し艶かしい声で、 高姫『アヽ、左様で厶いますか、それは尊い貴方はお役柄、妾は如意王の娘、初花姫と申します』 片彦『ハテ不思議な事も厶るものだ。如意王様とは月の国コーラン国の刹帝利様では厶りませぬか』 高姫『ハイ、左様で厶います。此頃は父と共に数多の家来を引連れ、此方に国替を致しまして、昼夜兼行で漸く城廓が建ち上つた所で厶ります』 片彦『ハテ、何と不思議な事だなア。何程富貴なお方でも、斯様な短日月間にかかる城廓が建ち上るとは、ランチ殿、何と不思議では厶らぬか』 ランチ『如何にも不思議千万で厶る』 高姫『オホホホホホ、あのまア、あのお二人様の不思議さうなお顔……吾父如意王はコーラン国より四ケ月以前に参りまして、数万の部下に命じ、漸くこの通り完成致した処で厶ります。吾父は如意宝珠を所持して居りますれば、如何なる事でも出来ます。さうして貴方は今三五教の宣伝使と仰せになりましたが、私の父も俄に三五教に入信致しまして、斎苑の館からお出での初稚姫様を御招待申し、今奥に御逗留で厶います。何うかお立寄を願ひますれば父も喜ぶ事で厶いませう』 片彦『何と仰せられますか、初稚姫様が此御城内に御逗留とは、そりや何時からの事で厶います』 高姫『ハイ、二三日以前斎苑の館から祠の森とやらに御出張になり、それから此曲輪城をお訪ねになり、吾両親は尊きお話を承はり、今は全く三五教の信者になりました。初稚姫様のお言葉には、やがて片彦、ランチと云ふ三五教の宣伝使がお通りになるであらうとのお言葉に、かうして二人の侍女をつれ、花を摘みながら、もしお二人様がお出でになれば、お迎へ申したいと最前から此処に待つて居ました。何卒一寸お立寄をお願ひ申す訳には参りますまいかなア』 片彦は少しく首を傾げながら、ランチに向ひ、 片彦『ランチ殿、貴殿のお考へは如何で厶りますか。初稚姫様が御逗留と云ひ、斯かる麗しき乙女と云ひ、いやもう吾々は一向合点が参りませぬ』 ランチ『成程、拙者も何うも不思議で厶る。斯くも立派な普請が出来る以上は、少しは噂位はありさうなもので厶るのに、忽然としてかかる蜃気楼的城廓が出来るとは、察する所魔神の仕様では厶いますまいかな』 高子はランチの傍に寄り、 高子『モシ小父さま、魔神とは如何なるもので厶りますか、どうぞ教へて下さいな』 ランチ『ハハハハハ、教へて上げませう、魔神と申せば悪魔の事です』 高子『貴方は此立派なお屋敷を、さうすると悪魔の住家と思うておいでになりますか。それなら妾は悪魔の虜になつて、斯様な所へ連れて来られたのでせうかなア』 宮子『姉さま、それなら私も魔神とやらに矢張使はれて居るのだわ。もし初花姫様、吾等姉妹に何卒お暇を下さいませ』 と怖さうな風をして慄へながら泣く。 高姫『これこれ高子、宮子、畏れ多くも如意王様の妾は娘、左様な事を申すと承知致しませぬぞや。コーラン国の刹帝利様のお館をさして、魔神の城とは以ての外の事、も一度そんな事を云うて御覧、決して許しはしませぬぞや』 高子『それでも嬢様、あの小父さまが魔神の仕業と仰有いました。妾姉妹はそれを聞くと、何だか怖ろしくなりました。何卒此処でお暇を下さいませ。さうして妾のお友達がまだ十人ばかり御厄介になつて居ますが、皆許してやつて下さい、お願ひ致します』 宮子は又涙を袖にぬぐひながら、 宮子『もしお嬢様、お願ひで厶います、妾は仮令殺されても厭ひませぬが、十人の友達を何卒助けて下さいませ。其代り妾は此処で喉をついて死にます。ああ惟神霊幸倍坐世』 と云ふより早く、懐の懐剣を抜いて喉に突き立てむとす。高姫は慌てて飛びつき懐剣をもぎ取り、腹立たしげに、 高姫『これ宮子、何と云ふ不心得の事をなさるのだ。もし旅の方、貴方等が何でもない事を仰有るものですから、初花姫の迷惑、どうか二人の侍女を諭して下さいませ』 ランチ『イヤ、お子供衆の前で不謹慎な事を申しまして、実に申訳が厶いませぬ。これこれ侍女殿、決して私の云うた事を真に受けて貰つては困ります。あまり立派なから、曲神の仕業ぢやあるまいかと云つただけです。決して曲神の仕業であるとは申しませぬ、さう早合点しては困ります』 宮子『いやいや何と仰有つても貴方の仰有つた事は真実で厶います。そんな気休めを云はずと、何卒死なして下さいませ。繊弱き女の身をもつて曲神の擒で居らうより、死んだ方が増で厶ります』 と泣き倒れる。片彦は気の毒で堪らず、傍へ寄つて宮子をなだめるやうに、 片彦『もしお嬢さま、どうも済みませなんだ。皆嘘ですから、何卒気にかけて下さいますな』 宮子『イエイエ何と仰有つても貴方の気休めと思ひます。よう云うて下さつた、曲神の業に違ひありませぬ、サア高子さま、早く逃げませう』 と早駆け出しさうにする。 高姫『これ高子、宮子、なんぼ逃げてもお父さまが馬で追つかけさせるから、駄目ですよ。そんな小父さまの云ふ事など聞かずに、妾と一緒に帰りませう。お前は主人の云ふ事を聞きませぬか』 と極めつける。高子は涙を袖に拭ひながら、 高子『初稚姫様のお言葉に……宣伝使は決して嘘や偽りは云はぬものだ……と仰有いました。このお方は宣伝使様、どうして嘘など仰有りませう、妾はどうしても初のお言葉を信じます』 片彦『ああ困つたことだなア、どうしたらよからうか』 高子『何卒小父さま、一遍来て下さい。そして果して魔神の館なら、何卒妾を連れて逃げて下さい。妾のお友達も十人許り来て居ますから』 高姫『貴方は元は将軍で、今は立派な三五教の宣伝使と仰有つたぢやありませぬか。それに妾の迷惑になるやうな事を仰有つて、それで貴方の勤めがすみますか』 片彦、ランチ両人は芝生の上に手をついて、 片彦、ランチ『イヤ姫様、誠に失礼を致しました。何卒見直し聞直しを願ひます』 高姫『妾は初花姫と申すもの、初稚姫様とよく似た名で厶ります。承はれば霊の姉妹だと仰有いました。サア何卒城内に一度宣伝の為お出で下さいますまいかなア』 片彦『ランチ殿、如何致しませうか、初稚姫様が御逗留とあれば、お目にかかつて置くも結構ぢやありませぬか』 ランチ『何と云うても、治国別様が道寄をしてはならぬと仰有つた以上、何事があつても道寄はなりますまい』 高姫『モシ、ランチ様とやら、侍女二人がこの通り逃げると云ひます。妾は何うして一人で城内に帰れませう。何卒お二人で送つて下さいますまいか。これと申すも、皆貴方等から起つた事、宣伝使の職責を重んじて、邪が非でもお願ひ申します』 片彦『ランチ殿、年にも似合はぬ偉い理窟をかますぢやないか、驚いたなア』 ランチ『驚いたなア、こりやうつかりしては居られますまい。併し本当の初稚姫様、如意王か、但は曲か、調査するのも強ち無駄ではありますまい。一層此初花姫の言葉に従ひ、城内を探つて見ませうか』 片彦『サア、さう致しませう』 と二人は茲に決心し、口を揃へて両人は、 ランチ、片彦『イヤお供致しませう、お世話に預りませう』 高姫『それは早速のお聞きずみ、有難う厶います。初稚姫は申すに及ばず、父母も嘸喜びますで厶いませう。サア高子、宮子、もう心配には及びませぬ。宣伝使様が来て下さいますから』 高子、宮子はやつと機嫌を直し、二男三女は連れ立つて、金銀珠玉を鏤めたる楼門を潜り奥へ奥へと進み入る。高姫は道々歌ふ。 高姫『七千余国の月の国中にも別けてコーランの 国の王とあれませる妾は如意王の子と生れ 恋しき国を立出でてはるばる此処に引き移り 十二の侍女を従へて何の不自由もなけれども 山河風土の変りたるこれの都は何となく 物淋しくぞ思はれぬウラルの教を守りたる 父と母とはバラモンの神の軍に降服し コーラン国を打ち捨てて漸く此処に逃れまし 安全地帯に都をば造りて永久の住処ぞと 定め玉ひし尊さよ城の普請も漸くに 夜に日をついで竣工しいづれの神を祀らむと 考へ居ます折もあれ瑞の御霊の御教を 四方に伝ふる宣伝使初稚姫が現はれて 父と母とを初めとし吾等一同を神国の 花咲く園に誘ひて天国浄土の楽みを 諭したまひし有難さ父と母とは勇み立ち 名さへ目出度き三五の教の道に帰順して 朝な夕なに太祝詞上げさせ給ふ健気さよ 妾は未だ十八の蕾の花の初心娘 二人の侍女を引き連れて春野の蝶に憧憬れつ 菫タンポポ摘まむとていつとはなしに門外に 歩みを運び湯津蔓椿の下に遊ぶ折 遥に聞ゆる宣伝歌よくよく耳を澄ますうち 初稚姫の宣りたまふ御歌の心によく似たり これぞ全く三五の教司にますならむ なぞと心を動かしつ花を頻に摘み居れば 忽ち聞ゆる太い声頭を上げて眺むれば 見るも凛々しき宣伝使妾が乞ひを容れたまひ 父の命に面会し初稚姫の御前を 訪ねやらむと宣りたまふ其御言葉を聞くにつけ 天にも昇る心地して手は舞ひ足は自ら 踊るが如く進むなり春野に遊ぶ蝶の舞 花に寄りくる蜜蜂の剣を捨てたる宣伝使 吾等三人を慇懃に送らせ給ふ嬉しさよ ああ惟神々々尊き神の御恵 謹み感謝し奉る朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 三五教は世を救ふ救ひの神と現れませる 神素盞嗚の大御神従ひませる神司 わけて初稚姫司ランチ、片彦宣伝使 揃ひも揃うて吾館訪れ給ふ嬉しさよ 嘸や父上、母君も喜び迎へ給ふらむ ああ惟神々々神の御前に願ぎまつる』 と歌ひながら、麗しき門を幾つとなく潜り玄関口に辿りついた。 (大正一二・一・二六旧一一・一二・一〇加藤明子録) |
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霊界物語 | 51_寅_浮木の森の曲輪城 | 20 狸姫 | 第二〇章狸姫〔一三三五〕 ガリヤ、ケース他四人は大門を潜つた。さうして天女のやうな八人の美人の姿に見惚れて居た。その中で一番年かさと思しき女、揉み手をしながら言葉優しく、 (初花姫)『これはこれは三五教の宣伝使様、ようこそお出で下さいました。妾は如意王の娘初花姫と申します』 ガリヤ『イヤ吾々は宣伝使では厶いませぬ。これより斎苑の館に修業に参り、旨く合格すれば初めて宣伝使になるので厶います。さうして私が三五教だと云ふ事は、どうしてお分りになりましたか』 初花姫『ハイ、四ケ月以前より月の国コーラン国から此処まで国替を致しまして、俄造りの城廓を拵へ住まつて居ります。今まではウラル教で厶いましたが、バラモン教に追立てられ此方に参りました所、三五教の宣伝使初稚姫様がお出になり、いろいろと御教訓下さいましたので、両親は直ちに三五教に帰順し、今は熱心な信者で厶います。さうして初稚姫様が奥殿にお留まりになり、結構なお話を聞かして下さるのだから、城内一般の喜びは譬がたない程で厶います。さうして初稚姫様のお言葉には、三五教の方が三四人見えると云ふ事で厶いましたから、侍女を連れ、此処までお迎へ旁遊びながら参りました。サア御遠慮はいりませぬ、何卒お通り下さいませ』 ガリヤ『ヤアそれは願うてもない事で厶る。初稚姫様は既に宣伝の途に上られ、斎苑の館へ参つても到底御面会は叶ふまいと覚悟をして居ました。此処で御目に懸れるとは全く神様の御引き合せ、イヤ是非ともお世話に預かりませう』 ケース『吾々両人は四ケ月前まで、バラモン軍の棟梁ランチ将軍の副官を致して居りましたガリヤ、ケースで厶ります。何時の間にか立派な建築が出来たぢやありませぬか』 初花姫『昼夜兼行で数万の人夫を使役し、やつと此頃出来上つた所です。御覧の通りまだ壁も乾いて居りませぬ』 ケース『成程さう承はれば、どこともなしに生々しいやうな気分がする。併しながら昨冬此処に陣取つて居た事を思へば、木の芽はめぐみ、草は萌え、まるで地獄から天国へ行つたやうな気が致します』 初花姫『サア皆さま、私が御案内致しませう』 初『もし姫様、折角機嫌よくお遊びの途中になつては済みませぬ。放つて置いて下さいませ。併し一寸物をお尋ね致しますが、このお館には高姫、杢助と云ふ両人が大将となつて頑張つて居ると聞きましたが、如何で厶いませうか』 初花姫『ハイ、杢助様と高姫様がお越しになり、ウラナイ教とやらを非常にお説きになつて居ます。初稚姫様のお話を聞いて、次に御両人のお話を聞きますと、それはそれは詳しう分ります。つまり初稚姫様は、ほんの概略を仰有るなり、杢助、高姫様は噛んで含めるやうに細かう説いて聞かして下さるので、どちらの方にもお世話になつて居ります』 徳『エエ一寸承はりたいですが、此お館に小北山の教主松姫様が、牢獄に打ち込まれお苦しみとの事、それは事実で厶いますか。今ここに松姫の娘、お千代さまと云ふのが、泣いて吾々に頼まれましたから、実否を探らむと参つたのです。何卒包み匿さず事実を仰有つて貰ひたいものですな』 初花姫『ハイ、何でも松姫さまとかが見えまして、大変な、高姫様、杢助様との間に争論が起つて居たやうです。其後は、どうなつたか妾は存じませぬ。大方仲直りが出来たかと存じます』 千代『イエ皆さま、お母さまは牢の中へ打ち込まれたのよ。さうして此初花姫さまに化けて居るのは、妖幻坊の眷族ですから用心なさいませ。私だつてこんなものよ』 と云ふより早く獅子のやうな古狸となつて、ノソリノソリと奥を目蒐けて這ひ込んで了つた。お菊は又もや、 お菊『をぢさま左様なら、私の正体はこれだわ』 と云ふより早く、以前のやうな大狸となつて又もや駆け込んで了ふ。 四人の男は不審に堪へず、初花姫の正体を見届け呉れむと、眼を怒らして目ばなしもせず睨んで居た。 初花姫『ホホホホ、まア皆さまの六つかしいお顔、サウ睨んで頂くと私の顔に穴があきますよ。この浮木の森には古狸が居まして、チヨイチヨイワザを致しますので、それを防ぐために三五教の神様をお祀りして居るので厶いますよ。貴方等の御神力によつてあの可愛らしい女の正体が現はれたのですよ。何が化けて居るのか分つたものぢやありませぬ。ほんに化物の世の中ですからな。妾も何かの変化ぢやないか、よく調べて下さい』 ガリヤ『イヤ決して決して貴女は疑ひませぬ。併し浮木の森は妖怪の巣窟ですから、斯様な所へお館をお建てになれば、随分狸の巣がなくなるから、ワザを致しませう』 初花姫『ハイ父も困つて居ますの、自分の小間使だと思つて居れば、毛だらけの手を出したりして仕方がありませぬ。何卒初稚姫様が居られますから、あの方と力を合せて妖怪退治をして下さい。高姫さま、杢助さまも何だか怪しいやうな気がします。中にも杢助さまなぞは耳がペロペロ動くのですもの』 ケース『成程、吾々も実は狸に化かされ、真裸になつて相撲を取らされて来ましたよ、なア初さま、徳さま、アハハハハハ』 初花姫『ホホホホ、本当に悪い狸が沢山居ますので、何とかして退治せねばならないと申して沢山の家来を四方に遣はし狩立てましたけれど、到底人間の力ではいけませぬ。神力高き御方の法力に依らねば駄目だと申し、俄に信仰を致したので厶います。サア斯様な所で立話をして居ては詮りませぬ。何卒奥へ行つて休息して下さいませ』 ガリヤ『然らば遠慮なく御厄介になりませう』 と幾つかの門を潜つて玄関口についた。 初花姫『サア何卒お入り下さいませ。俄作りで準備も整はず、不都合の家で厶います』 ケース『いやどうも有難う、実に立派な御殿で厶います。以前とは面目を一新し、吾々が駐屯して居た時の面影は少しも厶いませぬ。まるで別世界へ行つたやうで厶います』 ガリヤ『サア皆さま、御免を蒙つて通らして頂きませう』 『ハイ』 と一同は初花姫他七人の美女に後先を守られて、奥へ奥へと進み行く。観音開きの庫のやうな一室に請ぜられた。以前にランチ、片彦両人が請ぜられた居間である。五脚の椅子が丸いテーブルを中にして行儀よく並べてある。さうして随分広い居間であつた。初花姫は四人を案内し各椅子に着かしめた。四人は何とはなしに気分のよい居間だと、満足の体で安全椅子に凭れかかり、欄間の彫刻などを眺めて頻りに褒めちぎつて居る。初花姫は、 初花姫『一寸父に報告を致して来ますから、皆さま此処で御休息を願ひます。左様なら』 と軽く挨拶して七人の侍女を伴ひ此場を立ち去つた。四人は八人の女の綺麗な事や、何ともなしに淑やかな事、どれもこれも優劣のない美人なる事などを涎を垂らして語り合つて居る。初公は思ひだしたやうに、 初『皆さま、吾々はかうして結構な座敷に休んで居るのもよいが、此処へ来た目的は松姫さまを救ひ出す為ではなかつたかなア』 ガリヤ『そりやさうだつた。併しお千代、お菊と云ふ奴、劫経た狸の正体を現はしよつたぢやないか。あれから見ると吾々は一寸狸に騙されよつたのだ。さうすると、あいつの云ふ事は当にならぬ。松姫様の此処に囚はれて居るのは全く嘘だと思ふが、君達はどう思ふ』 『サア』 と三人は首を捻つて居る。そこへ光つたものを衣服一面に鏤めた妙麗の美人が、ドアを開いてニコニコしながらやつて来た。最前見た初花姫以下も美しかつたが、これは又素的滅法界のナイスである。そして背は少し高く、どこともなしに犯すべからざる威厳が備はつてゐる。四人は思はずハツと頭を下げ敬意を表した。美人は一脚の空椅子に腰を下し淑やかに、 (初稚姫)『妾は三五教の宣伝使初稚姫で厶います。よくまアお越し下さいましたなア』 ガリヤ『拙者は治国別様の弟子でガリヤと申します。何卒お見知りおかれまして御指導を願ひます』 ケース『拙者はケースと申します、何分宜敷くお願ひ申します』 初『某は初公別と申します』 徳『拙者は徳公別と申す、未来の宣伝使で厶います。何分宜敷く、万事お引き立てを願上げ奉ります』 と、ド拍子のぬけた声で挨拶をする。 初稚姫『早速ながら貴方等にお願ひ致したい事が厶います。それは外の事では厶いませぬ。杢助、高姫と云ふ三五教に於けるユダがこのお館へ旨く入り込みまして、妾の説を極力攻撃致し、又ランチ、片彦の両人を石牢に打ち込み、その上松姫様まで何処かへ匿して仕舞つたので厶います。彼高姫、杢助は狸を使ひまして人の目をくらまし、変幻出没自在の魔力を発揮致しますれば、妾一人のみにては如何ともする事が出来ませぬ。誰かのお助けを借りたいと大神様を念じて居ました。所が明日は三五教の信者を四人ばかり寄こしてやらうと仰有つたので、首を長くして待つて居ました。城主如意王様も初花姫様も大変な御心配で厶います。どうかお力をお貸し下さいますまいか』 ガリヤ『ハイ、お頼みまでもなく吾々は一旦主人と仰いだランチ、片彦様の御遭難を聞いて、これが黙つて居られませうか。最早義のためには命を捨てます。なあケース、一つ獅子奮迅の活動をやらうではないか』 ケース『イヤやりませう、姫様、御心配なさいますな。きつと悪魔を退治してお目にかけませう。高姫、杢助、如何に妖術を使ひましても、此方には正義の刃がありますから、大神の愛善の徳と信真の光によつて、見事化を現はしてお目にかけませう』 初稚姫『何卒宜しくお願ひ致します』 初『吾々と雖もお師匠様の松姫様を、どうしても取返さなくてはなりませぬ。徳公と両人力を協せて高姫、杢助の魔法を破つて御覧に入れませう』 初稚姫『館の様子はほぼ呑み込んで居りますれば、ランチ、片彦様初め松姫様の在処を力を協せて探し出し救ひ出して頂きませう。唯些し心配なのは松姫様の事で厶います。何でも水牢に放り込んだのではあるまいかと存じます』 初『猪口才な高姫、杢助、今に見よ、思ひ知らして呉れるぞ』 と思はず知らず大音声に呼ばはつた。慌しくドアを押開けて入つて来たのは杢助、高姫の両人であつた。両人は棒千切を振り上げ、初稚姫の左右より目を怒らせながら、 杢助『ヤア初稚姫、よくも吾々が計略の穴に陥つたなア、覚悟致せ』 と打つてかかる。初稚姫は椅子を取つて受け留める、高姫は又棍棒にて空気を切りブンブン唸らせながら、 高姫『ヤア初稚姫、覚悟を致せ、観念せい』 と一人の女に二人の男女が渡り合ひ、互に秘術を尽して戦ふ。四人は黙視するに忍びず、各椅子を取つて、杢助、高姫に打つてかかる。七人は渦をまいて室内を荒れ狂ひ、漸くにして高姫、杢助は隙を窺ひ棍棒をなげつけ、雲を霞と此場を逃げ出した。 初稚姫は涙ながらに四人に向ひ、急場を救はれし事を感謝した。 (大正一二・一・二七旧一一・一二・一一加藤明子録) |
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霊界物語 | 53_辰_ビクの国1(ヒルナ姫とカルナ姫) | 05 愛縁 | 第五章愛縁〔一三六八〕 ヒルナ姫の急使によつて左守司キユービツトは倉皇として衣紋を整へ恭しく伺候した。 左守『キユービツトがお招きによつて急ぎ参上仕りました。御用の趣仰せ聞け下されますれば有難う存じます』 ヒルナ姫『キユービツト、其方に折入つて急に相談致したい事があるのだ。そこは端近、近う寄つて下さい』 左守『はい、畏れ多う厶いますが、御仰せ否み難く失礼致します』 と云ひ乍ら姫の三尺許り前まで進み出でた。ヒルナ姫は声を低うして四辺に心を配り乍ら、 ヒルナ姫『ヤ、左守殿、外でもないが其方の息子ハルナ殿に嫁を与へ度いと思ふのだがお受けをなさるかな』 左守『これはこれは思ひもよらぬ御親切、左守身にとつて有難き幸福に存じます。然し乍ら此結婚問題ばかりは本人と本人との意志が疎通せなくては、本人以外の私が何程親だと云つても直様お答する訳には参りませぬ。今日は凡て世の中が昔と変り夫婦関係に就いても結婚問題に就いても、恋愛其ものを基礎とせなくては可かない事になつて居りまする。夫婦仲良く暮して呉れるのが所謂親孝行でもあり、凡ての事業のためでもあります。人間生活の本来としては、如何しても相思の男女が結婚を致さねば親の力や権力で圧迫しても到底末が遂げられないでせう。親子が衝突したり、夫婦の間に悲劇の起るのも、所謂思想上の誤謬と、其誤謬ある思想から出来た現代の法則や道徳や、いろいろのものの欠陥や、不完全から生ずるものであります。親の言ひ条につき親孝行せむがために恋人と添ひ遂げられなかつたり、又は或事情のために生木を裂かれて女を離別したりする事は、人間としては断じて真直な生活と云ふ事は出来ませぬ。此問題は篤と考へさして頂かねばなりませぬ』 ヒルナ姫『そらさうですとも。人間が拵へた金銭財宝等云ふものが邪魔したり、家族制度に欠点があつたり、法律が不備であつたり又は周囲の人々の物の考へ方に時代錯誤があつたり、或は其処に野卑下劣な私欲が働いたり、種々雑多の理由によつて、人間的生活が破壊されて、純正の恋愛其ものは忠孝友誼などの為にも、断じて犠牲とせらるべき性質のものではありませぬ。忠信孝貞、何れの美徳をとつて見ても其根底には必ず大なるラブの力が動いてゐるものです。世間に沢山起る恋愛的悲劇について深く考へて見ますと、必ず舅姑の不当の跋扈とか、或は金銭の災とか、結婚当事者の無思慮とか、階級制度の誤謬とか、法律制度の不完全とか、何とかかんとか云つて、真に人間としては其本質的でない事柄が多く禍根をなしてゐる事を発見するものであります。それ故互に諒解のない結婚を強圧的に強るのは、実に危険千万と云ふ事は、此ヒルナもよく承知してゐます。然し乍ら、妾がハルナ殿に嫁を貰へとお勧めするのは決して政略的でもなければ強圧的でもなく、又御都合主義でもありませぬ。ハルナ殿は恋人の右守司の妹カルナ姫と互にラブしあひ、殆んど白熱化せむとする勢で厶います。かくの如き神聖な恋愛を等閑に附して置かうものなら何時心中沙汰が突発するか分りますまい。さすれば左守、右守両家の恥辱のみならず妾等の恥で厶いますれば、災を未然に防ぎ完全なるラブを遂行せしめ、両家の和合を図り、国家を泰山の安きに置かむとする一挙両得の美挙だと考へます。左守殿妾の言葉に無理が厶いますか』 左守『はい、実に新しき新空気を注入して頂きまして、この古い頭も何だか甦つた様な心持が致します。成程姫様のお説の通り、私もウロウロ其消息を聞かぬでも厶いませぬが、余りの事で、貴女に申上ぐるも畏れ多いと、今日迄秘密にして居りましたが、姫様にそれ迄お分りになつて居れば、何をか隠しませう。朝から晩まで伜のハルナはリーベ・ライにのみ頭を痛め、殆んど神経衰弱に陥つてる様な次第で厶います。親として一人の伜、その恋を遂げさしてやり度いとは思うて居りましたが、何を云つても、刹帝利様や姫様のお許しがなくては取行ふ事は出来ませず、況して右守司の妹とある以上は口に頬張つてお願する事も出来なかつたので厶います。何卒何分にも宜しく御執成しをお願ひ申します』 ヒルナ姫『流石は左守殿、早速の御承知、ヒルナ姫満足に思ふぞや』 左守『はい、有難う厶います。貴女が満足して下されば定めて刹帝利様も御承知下さるでせう。次に此左守も満足、伜も嘸満足を致すで厶いませう』 ヒルナ姫『左守殿、其方も妾が何時も心配して居つたが、新旧思想の衝突で、右守殿と暗闘が絶えなかつた様だが、之にて両家和合の曙光を認め、従つて城内の政治も完全に行はれるでせう。政略上から云つても、恋愛至上主義から云つても、間然する所なき、願うてもなき縁談ぢや。之でビクトリヤの国家もビクとも致しますまい。ああ惟神霊幸倍坐世、盤古神王塩長彦命様!』 左守『姫様、重々の御心尽し、有難う存じます。何卒刹帝利様に早く貴女様よりお話し下さいまして、此縁談整ひます様お執成願ひまする』 ヒルナ姫『心配なさるな。屹度整へて見せませう。其方の覚悟がきまつた上は直様此縁談に取掛ります。一時も早く帰つて御準備を願ひます。善は急げと申しますからな』 左守『はい、有難う厶います。左様ならば』 と叮嚀に礼を施し欣々として己が館へ帰り行く。後にヒルナ姫は只一人ニコニコ笑ひ乍ら、 ヒルナ姫『あ、之にて両家の縺れもスツパリと和解するだらう。刹帝利様は七十路を越えた御老体なり、何時お国替遊ばすか人命の程は図り知れない。後を継ぐべき御子様がないのだから、俄に御帰幽にでもなれば、忽ち左守、右守両家の争ひが勃発し、之を治むべき重鎮なる人物がなくなつて了ふ。さうすれば国家の滅亡も眼前にありと心も心ならず今日迄暮れて来たが、此結婚がうまく行つて両家和合せば仮令刹帝利様が御他界になつても最早大磐石だ。右守、左守司を率ゐて、女乍らも女王となり、此国家を治める事が出来るだらう。それに就いても困つたのは右守司だ。アアア、残念な事を妾もしたものだな。一つ逃れて又一つ、右守司と手をきる事は実に難事中の難事だ。ホンにままならぬ浮世だなア』 と吐息を洩らし思案に暮れてゐる。 (大正一二・二・一二旧一一・一二・二七於竜宮館北村隆光録) |
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霊界物語 | 54_巳_ビクの国の物語2(後継者問題) | 01 子宝 | 第一章子宝〔一三八七〕 叛将ベルツに荒されし見るかげもなきビクトリヤ 王の住家は漸くに治国別の宣伝使 其一行に助けられ九死の中に一生を 得たる心地の初夏の空塵も芥も根底より 吹き払はれて太平の再び御代となりにけり ヒルナの姫は復元の位に居直り忠実に アーチヂュークに仕へつつ神を斎りて城内は 云ふも更なり国中もいと安らけく平けく 治まりしこそ芽出たけれ。 叛将のベルツ及シエール其外の一派は国法に従ひ、反逆罪として重刑に処すべき所なりしが、治国別、松彦、竜彦、万公の斡旋に仍り、大赦を行ひ、両人は百箇日の閉門申付けられ、門口は四人の守衛をして厳重に守らしむる事となつた。 刹帝利(太公)は追々老齢に及び、世が治まるにつけて、前途の事を思ひ出し、嗣子の一人も無きに胸を痛めて居た。ビクトリヤ王はアーチ・ダッチェス(太公妃)との間に五男一女があつた。アール、イース、ウエルス、エリナン、オークス、ダイヤ女といふ子供があつたが、王は或夜の夢に……五人の男の子が自分を放逐し、ビクの国を五分して各覇を利かし、国内を紊した……といふ恐ろしい夢を見たので、ビクトリヤ姫に向ひ、深夜ソツと五人の実子を殺さむ事を謀つた。そして……今度腹にある子が男であつたならば、それも殺して了ふ、もし女であつたならば助けよう……とまで言つた。ビクトリヤ姫は之を聞いて大に驚きつつも、ワザと素知らぬ顔をして、……何程諫めても言ひ出したら後に引かぬ気象のビクトリヤ王は、到底五人の子を助けることはせまい、そして又自分の腹に出来た子が男であつたら如何しようか……と大変に心配をしてゐた。併し乍らワザと素知らぬ顔をして、胸に万斛の涙を湛へてゐた。それからソツと五人の男の子に父の決心を囁き、……一時も早く身を以て遁れよ……と命じたのである。五人の兄弟は大に驚いて、ビクトリヤ姫よりいろいろの物を与へられ、夜に乗じて、城内を抜け出でビクトル山の峰続き、照国ケ岳の山谷に穴を穿ち難を避け、猟師となつて生命を保つてゐたのである。ビクトリヤ姫は月盈ちて生み落した、慌て調べて見れば女の子であつた。ヤツと安心して、ダイヤといふ名を付けた。ダイヤ姫は七才になつた時、母に向つて、自分の兄弟のない事を歎いた。そこでビクトリヤ姫は五人の兄があつて照国ケ岳に猟師となり隠れて居ることをソツと物語つた。ダイヤ姫は之を聞くより五人の兄に会ひたくて仕方がなく、十歳になりし折夜秘に城を脱け出し、繊弱き足に峰をつたつて、照国ケ岳の谷間に漸く辿り着いた。行つて見れば、可なり大きな土窟があつて、獣の皮等が干してあつた。兄の四人は猟夫に出て不在であつたが、五人目の兄オークスが一人番をしてゐた。発覚を恐れて、如何なる人間も此処へ来た者は、一人も、打殺して帰さない事に五人は定めてゐたのである。そこへダイヤがヘトヘトになつてやつて来たので、オークスは目をギヨロつかせ乍ら、 オークス『お前は何処から来た者だ』 と尋ねた。ダイヤは涙を拭き乍ら、 ダイヤ『ハイ、私はビクトリヤ王の娘ダイヤと申します。お母さまに承はれば、……父上に秘密で、十年許り前から、此照国山に五人の兄さまが猟師をして隠れてゐられる。お父さまも年よりだから国替をしられたら帰つて来い……と云つて隠してあると仰有いましたので、私は兄さまに会ひたくて会ひたくて仕方がありませぬので、両親に隠れて尋ねて参りました』 と云つて、ワツと許りに泣き伏した。オークスはよくよくダイヤの顔を調べてみると、どこともなしに自分の兄に似た所がある、又母にも似てゐる。併し乍ら四人の兄が帰つて来たら何と云ふであらうか、仮令親兄弟と雖も命を取ると定めた以上は、此可憐な妹を殺しはしようまいか……と大変に心配をし、声を曇らせ乍ら、 オークス『お前は如何にも妹に間違ひはない、よう来てくれた。頑固一片の父王は夢を見たと云つて、吾々五人の兄弟を殺さうとなさつたのだ。それを母の情けに仍つて命丈を保つてゐるのだが、お父さまはまだ達者にしてゐられるかな』 と尋ねて見た。ダイヤは涙乍ら、 ダイヤ『ハイ、お父さまは極めて御達者で厶います。そしてお母さまは私の七つの年に兄さま達の事が苦になつて、それが元で病気にかかり、亡くなつて了はれました。跡へヒルナ姫といふ小間使がお父さまの妃となつて、今年で一年になります。私はお母さまは亡くなる、兄さまはゐられないし、城内に居る気がしませぬので、お後を慕うて参りました。モウ城内へは帰りたくありませぬから、何卒此処に何時迄もおいて下さいませ』 と両手を合せて、涙と共に頼み入る。 オークス『ああそれはよう尋ねて来てくれた。併し乍ら兄が帰る迄、お前は此葛籠の中へ隠れてゐてくれ、そして兄の腹を聞いた上、若も助けるというたら、公然と兄妹の名乗をさすなり、叩き殺すといつたら、気の毒乍らお前を此葛籠に入れておいて、兄の行つた後で、何ツ処へ送つてやるから……』 ダイヤ『何分宜しく頼みます、兄さまに会うて殺されても満足で厶います』 と唏嘘泣く。 オークス『モウ兄貴の帰る時分だから、サ、之へ入つてくれ』 と葛籠の中へダイヤを入れて素知らぬ顔をしてゐた。そこへ兄のアール、イース、ウエルス、エリナンの四人が兎や狸を捕獲してイソイソと帰つて来た。オークスは出で迎へ、 オークス『兄さま、今日は大変早う厶いましたな』 アール『ウン、此通り兎と狸が都合好く取れたので、今日は何だか気が急いて、お前の身に異状が出来たやうな気がしてならないので、急いで帰つて来たのだ』 と云ひ乍ら、足装束を了ひ、広い穴の中へ這入つて腰を下ろした。 アール『俺の不在中に変つた事はなかつたかなア、どうも気が急いて仕方がなかつたのだ』 オークス『ああさうで厶いましたか、実の処は妹が尋ねて来ました。けれ共吾々の規約に従つて叩き殺さうと思うたが、余り不愍なので、化者の真似をして追つ返してやりました』 と云つて、兄の意見を探つてみた。 アール『吾々に妹があるとは、ハテ合点が行かぬ、さうすると自分の出た後で、両親の間に出来た子であらうかな』 オークス『母が吾々が逃出す時に孕んで居つた、それが出産したのが女で、ダイヤと云ふ妹なんですよ』 アール『お前はなぜそんな者を追ひ返すのだ、俺も一遍会つてみたいのだが、ハテ困つた事をしたなア』 イース『モシ父にこんな所を悟られたら、沢山な軍勢を伴れて、又攻めに来るか知れない。帰なす位なら、なぜ可愛相でも殺さなかつたか』 アール『ヤ、殺すには及ばぬが、何故妹を止めておかぬのか、城内の様子も分るであらうに、何時迄も父が長生する筈もなし、お母さまさへ達者であれば、吾々は後へ帰つて、ビクの国を治める事が出来るのだが、妹が帰つたとすれば、コレヤ大変な事が起つて来る、一時も早くここを逃げ去り、どつかへ身を隠さねばなるまいぞ』 と心配相に言ふ。 オークス『妹の言葉に仍れば、お母さまは三年以前に亡くなり、お父さまは極めて壮健で、ヒルナ姫といふ腰元をアーチ・ダッチェースとなし、大変な元気だといふ事だから、吾々兄弟の望みは到底達しますまい』 四人の兄は慈愛深き母が亡くなつたと聞いて、一時に声を上げて号泣した。 オークス『兄さま、モシ妹が此処へ尋ねて来たならば、貴方は大切にしてやりますか、但は殺す考へですか』 と四人の兄の顔を覗いた、四人は声を揃へて、 四人『妹に怨みもないのだから、斯うなれば兄妹六人が何処迄も一つになつて、仲よう暮らし、時節を待つて目的を成就させやうだないか』 此言葉にオークスはヤツと安心し、 オークス『実は此葛籠の中に妹を隠しておいたのです』 と言つたので、直ちにアールは葛籠を開き、妹を労り、外へ出して五人がよつてたかつて、頭を撫で、背を撫で、兄弟六人しがみ付いて嬉し涙にくれてゐた。そして兄妹は此処に淋しい山住居を続けてゐたのである。 さて刹帝利の奥の間にはヒルナ姫、治国別、タルマン、キユービツト、エクスが小酒宴を開き乍ら、四方山の話に耽つてゐた。キユービツトは治国別に向ひ、 左守『三五の神様のお蔭、貴師方の御尽力に依りまして、叛将ベルツも漸く降服を致し、あの通り閉門を申付けられ、あ、これで一安心致しましたが、刹帝利様は御老齢の事なり、御世継がないので大変に心配を致して居られます。何とかして子を授かる法は厶いますまいかなア』 と心配相に尋ねた。治国別は此処ぞと、膝を進め、 治国『刹帝利様には、アール、イース、ウエルス、エリナン、オークス、ダイヤ様といふ五男一女があるぢやありませぬか。其方を礼を厚くしてお連れ帰りになれば、立派に御世継が出来るでせう』 左守『ハイ、仰の如く六人のお子様が厶いましたが、今は其お行衛が分りませぬので、実の所は刹帝利様もお年が老つて子が恋しうなり、心秘にお尋ねになつて居ります。併し乍ら、どうしても其お子様は行衛は知れず、仮令行衛は知れても御帰り遊ばすことは厶いますまい』 治国『刹帝利殿、拙者が六人のお子様を貴方にお渡し申せば、貴方は如何なさいますか。昔のやうな考へを起して、皆殺して了ふ心算ですか』 刹帝利は涙を拭ひ乍ら、 刹帝利『実の所は悪魔に魅入られ、悪い夢を一週間も続けてみましたので、敵が吾子となつて生れて来たものと信じ、五人の男子を一人も残らず打殺さうと、残酷な考へを起しましたが、それをどう悟つたものか、夜の間に城内を逃出して了ひ、どつかに潜んで計画をなし、何時自分を亡ぼしに来るか知れないと思うて、夜の目も碌に寝た事は厶いませぬ』 治国『それは貴方の御心得違ひといふもの、貴方のお子様は実に温良な方で、今はみじめな生活をし乍らも、国を思ひ、王家を思ひ、少しも恨んではゐられませぬよ。貴方が今改心して、六人のお子様を城内へお招きになれば、キツと孝養を尽されるでせう』 刹帝『まだ此世に生きて居るでせうか。但は生きて何か悪い事を企んで居りは致しますまいか……と心配でなりませぬ』 治国『決して御心配なさいますな。私が引受けませう』 刹帝『治国別様のお言葉なれば、決して間違はありますまい。何卒此世に居ります者なれば、一度会はして頂き度いもので厶います』 治国『宜しい、二三日私にお任せ下さい。キツとお会はせ致しませう』 刹帝利は半喜び、半不安の態乍ら、外ならぬ治国別の言葉を力とし、一切を任して了つた。左守、右守を始めタルマン、ヒルナ姫も一同に頭を下げ、治国別に、 『何分宜しく頼みます』 と涙と共に頼み入る。治国別は自分の与へられた美しい館へ帰り、松彦、竜彦、万公と相談の上、六人の子女を迎へ帰る事を謀つた。 茲に三人は治国別の命に依つて、ビクトル山を越え、照国ケ岳の山谷を指して旅装を整へ、六人の子女を迎ふべく、草鞋脚絆に身を固め、奉迎といふ各手旗を翳し乍ら、誰にも知らさず秘に尋ね行く事となりぬ。 (大正一二・二・二一旧一・六於竜宮館松村真澄録) |
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霊界物語 | 54_巳_ビクの国の物語2(後継者問題) | 17 火救団 | 第一七章火救団〔一四〇三〕 八衢の関所にトボトボとやつて来た一人の女がある。守衛は女に向ひ、 赤『ここは八衢の関所だ、一寸調べる事があるから待つて貰ひ度い』 女はハツと驚いて叮嚀に辞儀をし乍ら、 女『ハイ、何か御用で厶りますか』 赤『お前は何処の女だ。姓名を聞かして貰はう』 女『ハイ、私はフサの国、玉木村のテームスの娘スミエルと申します』 守衛は『フサの国フサの国』と云ひ乍ら横に長い帳面を念入りにめくつて、 赤『お前は未だ未婚者だなア』 スミエル『ハイ、左様で厶ります。どうも縁が遠縁で厶りまして困つて居ります』 赤『今迄幾度ともなく縁談の申し込みがあつたぢやないか。何故両親の言葉を聞いて早く養子を迎へなかつたか』 スミエル『随分立派な養子も申し込んで下さいましたけれど、御存じの通りお多福で厶りますれば、心から私を愛して養子に来る人はありませぬ。皆父の財産を相続するのが目的で養子の申し込みがあるのですから、そんな犠牲にせられちや堪りませぬからな。既に養子とならば主人です。両親の目の黒い間は兎も角、両親が国替でも致しましたら、そろそろ被つて居た猫の皮を剥ぎ本性を現はし、美しき女を妾に置いたり、或は本妻をおつ放り出し、妾を本妻にする悪性男の多い世の中ですから、うつかり養子を貰ふ訳にも参りませぬ』 赤『お前は実際の所、番頭のシーナに恋着してゐるのだらう。それだから左様な事を申して、立派な養子があつても皆刎ねつけてゐるのだらうがな』 スミエル『お察しの通り、宅に置いた番頭で厶りますけれど、ラブに上下の区別は厶りませぬ。又番頭を養子にして置けば、世間の夫の様に威張らなくて何程宜いか知れませぬから、家の為めにも自分の為めにも大変好都合と存じまして、両親は如何考へてるか知りませぬが、私はそれに定めて居ります。何程番頭と云つても人格に変りはありませぬ。凡て男も女も相互に個人としての人格を基礎として結合すべきものだと思ひます。一方から一方を奴隷扱ひするのでもなく物品視するのでもなく、又神の如く尊崇するのでもない。双方共に平等の人格と人格との結合でなければ真の恋愛でもなく、結婚でもありませぬ。今日の如き男尊女卑的の結婚は実に不合理極まるもので、其性的関係に就いても殆ど主人と奴僕の如く、顧客と商品との如く、或は牝馬と種馬との如く、個人として已に一度目の覚めた人間から見れば甚だしく非人間的な非論理的な性的関係だと云はねばなりますまい。夫が女房に対して可愛がるとか、面倒を見てやるとか、優くするとか等の言葉に対して、妻の方から旦那様のお気に入るとか、可愛がられるとか云ふ言葉が存立し得る如き夫婦関係は、そこに仮令如何なる愛情が存在して居らうとも、決して真正な結婚ではありませぬ。飼ひ主が愛犬に対する愛情、或は資本家が賃金報酬に対する温情主義と称するものと何等異なるものなきもので、真の人と人との道徳的な関係ではありませぬ。女性に向つて只々温良貞淑をのみ強要せむとする如き夫は、所謂奴隷の道徳を異性に強ゆるものであります。私等は社会の因襲的、かかる悪弊は絶対的に排除したいもので厶います。今日の多くの婦人の間に媚びるとか、甘へるとか、じやれるとか、飼ひ犬や、飼ひ猫と共通的な性情をさへ具有せしむるに至つた悲しむべき事実を見るに至つたのは、畢竟今迄の人間に少しも恋愛結婚に対する理解力がなかつたからで厶います。私は第一、主人だとか番頭だとかの下らぬ障壁を取除き、神聖なる恋愛に生き度いもので厶います。それ故何程立派な男でも智者学者でも、此間の道理が分らない頑固な人には、一身を任せる事は出来ませぬ。恋愛至上の思想があつて初めて一夫一婦の的確なる精神的、道理的、合理的基礎を与ふる事が出来るものでせう。それ以外の一夫一婦論は偽善説にあらざれば、即ち単なる便宜的、因襲的、実利的の御都合主義か、形式主義たるものに過ぎないでせう。理想の合はない夫婦は、何時か相互の間に必然的紛擾を起し、モルモン宗の様に一夫多妻主義を止むを得ず採らなければならない様になります。又女の方では已むを得ずラマ教の様に、表面は兎も角、裏面に一妻多夫主義を心ならずも行はねばならぬ様な破目になりますから、此結婚問題のみは、何程両親の言葉だと云つても承諾する事は出来ませぬ。それ故番頭のシーナさまも私も困り果てて居るのですよ。頑迷不霊の親を持つた娘位不幸な者は厶いませぬ』 赤『またしても恋愛神聖論者がやつて来て、吾々の頭脳に一種異様の反響を与へよつた。併し乍ら此女の云ふ事も、今日の人間としては最勝れた考へだ』 斯く云ふ所へ少しく年の若い、非常な美人がトボトボとやつて来た。スミエルは此女を見るより嬉しさうに、 スミエル『やア其方は妹スガールぢやないか』 スガール『ハイ、姉さまで厶いましたか。いい所でお目にかかりました。猪倉山の岩窟に連れ込まれ暗い陥穽へ落されたかと思へば、こんな所へ抜て来てゐました。姉さまもヤツパリ私の様な目に会つたのでせうね』 スミエル『これ妹、ここは現界ではなく、どうやら霊界の様な塩梅ですよ。姉妹二人が深い穴へ放り込まれ、命を失つて霊魂がここへ来てゐるのでせうよ』 スガール『そんな事は厶いますまい。これ丈け気分が確りしてゐますもの。夢でもなければ死んだのでもありませぬ。そんな事云つて下さるな。私心淋しう厶いますわ』 赤『スガールとやら、其方スミエルの妹と見えるが、ここは霊界の八衢だから未だお前達の来る所ではない。之から現界へ帰つて暫く働かねばなりますまいぞ。併し乍ら両人の身体は、深い暗い陥穽に放り込まれてゐるのだから、容易に救ひ出す事は出来まい。併し不思議な事には生死簿には生としてあるから、神様が何とかして現界に返して下さるだらう』 スガール『左様で厶いますか。さうするとヤツパリ此処は霊界で厶いましたかな。鬼春別、久米彦と云ふゼネラルの部下に捕へられ、深い穴に放り込まれたと思へばヤツパリその時に私等姉妹は現界を去つて来たのですかな』 かかる所へ道晴別、シーナの二人は道々何事か話し、又幽かな声で宣伝歌を歌ひ乍ら、此方に向つて進んで来る。その姿が道端の樹の間を透して、仄に現はれて来た。 道晴別『神が表に現はれて善と悪とを立別ける 此世は神のゐます国世の人草は押し並べて 尊き神の御恵みに洩れたる者はあらざらめ 斎苑の館を立出でて魔神の猛る月の国 大雲山に蟠まる醜神等を言向けて 此世の塵を払はむと治国別に従ひて 進み来れる折もあれ祠の森に残されて 瑞の御舎仕へつつその神業も相果てて 又もや進む宣伝使浮木の森を後にして シメジ峠の山麓に来かかる折しも曲津見が 猪倉山に陣取りて四辺の人を悩ませつ 玉木の村のテームスが娘二人を掠奪し 帰りし事を聞くよりも見捨て兼ねたる義侠心 軍服姿に身を窶しシーナと共に曲神の 集まる岩窟に立ち向ひ悪神達の計略の 暗き穴へと投げ込まれ気絶したりと思ひきや 何時とはなしに漂渺と涯りも知らぬ大野原 知らず知らずに辿りける思ふにここは霊界の 八衢街道にあらざるか四辺の空気はなんとなく 現の世とは変りけりああ惟神々々 御霊幸はひましまして現界幽界隔てなく 罪に穢れし吾々の身魂を救ひ天国に 上らせ玉へ惟神国治立の大御神 豊国姫の大御神瑞の御霊の大前に 慎み敬ひ願ぎ奉るああ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 二人は漸く関所の門前に着いた。よくよく見れば救ひ出さうとしてゐた、スミエル、スガールが、赤、白の守衛と共に何だか話をしてゐるので道晴別は不思議相に、 道晴『拙者は三五教の宣伝使道晴別と申します。ここにゐられるのは玉木村のテームス殿の番頭シーナさまで厶ります。二人の御婦人はスミエル、スガール様ぢや厶りませぬか』 赤『左様で厶る。只今ここへ精霊となつてお入来になりましたから、今お帰りを勧めて居る所です』 道晴『あ、それは御厄介で厶いました。私も仄に心に浮びますのは、此御両人を助け出さうと思ひ、猪倉山の岩窟へ奇計を以て忍び入り、失敗を致し、敵に覚られ暗黒なる深き穴に投げ込まれたと思へば、斯様な処へ両人が来て居りました。さうすれば、吾々もヤツパリ現界の者ではありませぬかな』 赤『いや御心配は要りませぬ。まだ貴方方四人共ここに来られる方ぢやありませぬ。何等かの手続きを以て現界へ帰られるでせう。時にシーナとやら、ここにスミエルさまが来て居られるから御挨拶をなさらぬか』 シーナ『ハイ、何とも恥かしくて言葉が出ませぬ』 と俯向く。 赤『シーナさま、随分スミエルさまは貴方に対し、大々的気焔を吐いてゐられましたよ。ま一度現界へ帰つて何卒親密に社会奉仕なり、神霊奉仕をお励みなさい』 シーナ『一旦肉体をとられた私、如何して現界へ帰る事が出来ませうかな』 赤『ここへ来なくてならぬものは、何程嫌だと云つても来なくてはなりませぬ。又現界に命数のある人は何程来たいと云つても来る事は出来ませぬ。何れ立派な宣伝使の精霊が来て、貴方等を現界へ連れて行つて下さるでせう』 四人は意外の感に打たれて、二人の守衛の顔を見つめてゐた。そこへ東の方から、『オーイオーイ』と三四人の声が聞えて来た。四人はハツと声する方に身を転ずれば、一道の光明が低空を轟かしてゴウゴウゴウと進み来り、四人の前に緩やかに落ちて来た。火団は忽ち四柱の神人と化した。道晴別は『はて不思議』と、よくよく顔を透かし見れば、恋ひ慕うてゐた治国別の一行である。道晴別は嬉し涙にくれ乍ら、 道晴『ああ先生様、松彦、竜彦、万公殿、よう来て下さいました』 と涙を袖に拭ひ嬉し泣きに泣く。何時とはなしに四方から普遍的な光明がさして来た。此光明に照らされて八人の姿は煙の如くに消えて了つた。随つて八衢の関所も赤白の守衛の姿も見えなくなつた。 (大正一二・二・二三旧一・八於竜宮館北村隆光録) |
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霊界物語 | 56_未_テルモン山の神館1 | 16 不臣 | 第一六章不臣〔一四四六〕 神殿の拝礼が終ると共に三千彦は小国姫の居間に招ぜられ、茶菓の饗応を受け朝飯を頂き等して寛いでゐる。朝飯が済むと二人の侍女は此場を立ち去り小国姫は憂ひ顔をし乍ら現はれ来り、 姫『アン・ブラツク様、よくまアお越し下さいました。折入つてお願致し度い事が厶いますが、聞いては下さいますまいかな』 三千『ハイ、私の力に及ぶ事ならば如何なる御用も承はりませう。御遠慮なく仰せ下さいませ』 姫『有難う厶ります。早速ながらお伺ひ致しますが、当館は貴方も御承知の通りバラモン教の大棟梁大黒主の神様が、まだ鬼雲彦と仰せられた時分、ここを第一の聖場とお定め遊ばしたバラモン発祥の旧跡で厶います。吾々夫婦の名は国彦、国姫と申しましたが、鬼雲彦様より御名を頂いて今は小国別[※底本では「小国彦」。他の章ではすべて「小国別」という名前だが、この章だけは何故か「小国彦」になっている。文脈上「小国別」が正しいので修正した。]、小国姫と申して居ります。就いては当館の重宝如意宝珠の玉が紛失致しまして今に行衛は知れず、百日の間に此玉を発見せなければ吾々夫婦は死してお詫をせなくてはならない運命に陥つて居ります。吾夫はそれを苦にして大病に罹らせ玉ひ、命旦夕に迫ると云ふ今日の場合で厶います。悪い事が重なれば重なるもので、今より三年以前に妹娘のケリナと云ふもの、仇し男と共に家出を致し、今に行衛も分らず、夫婦の心配は口で申すやうの事では厶いませぬ。何卒御神徳を以て如意宝珠の所在をお知らせ下さる訳には参りませぬか』 三千彦は天眼通が些とも利かないので、こんな問題を提出されても一言も答へる事が出来ない。然し乍ら、何とかして此場のゴミを濁さねばならないと一生懸命に大神を念じ乍ら事もなげに答へて云ふ。 三千『お話を承はれば実に同情に堪えませぬ。必ず御心配なさいますな。私がここへ参りました以上は必ず神様のお綱がかかつて引寄せられたに相違厶いませぬ。ここ一週間の間御祈念致し、玉の所在を伺つてみませう』 と其場逃れの覚束なげの挨拶をして居る。溺るる者は藁条一本にも頼らむとする喩の如く、小国姫は三千彦の言葉を唯一の力とし大に喜んで笑を湛へ乍ら、 姫『御親切に有難う厶います。何分に宜しうお願ひ致します。そして厚かましいお願ひで厶いますが、夫の病気は如何で厶いませうかな』 三千『先づ一週間心魂を籠めて祈る事に致しませう。神様は如何しても必要があると思召したら命を助けられるでせうし、又霊界にどうしても御用があると思召したら命をお引き取りになるでせう。生死問題のみは如何ともする事は出来ませぬ。之は神様にお任せなさるより外に道はありますまい』 姫『仰せの如く何時も私も信者に生死問題に就いては、人間の如何ともする所でないと説いて居ますが、さて自分の身の上に関するとなるとツイ愚痴が出たり、迷ふたりしてお恥しき事で厶います。それから、も一つ申兼ねますが娘の行衛で厶います。彼娘はまだ無事に此世に残つて居るでせうか。或は悪者の為めに殺されたやうな事は厶いますまいか。それ許りが心配で堪りませぬ』 三千彦は何れも此れも宜い加減な返事はして居れない。エー、ままよ、一か八かと決心して、 三千『娘さまの事は御心配なさいますな。屹度神様のお恵で近い内に無事にお帰りになります』 姫『ハイ、有難う厶ります。そして娘は今頃は何処の国に居りますか。一寸それを聞かして頂き度いもので厶います』 三千彦はハツと詰まり乍ら肝を放り出して、 三千『つい近い所に隠れて居られます。まア御心配なさいますな。軈て帰られますから、然し詳しい事は御神殿で伺つて来なくては申上兼ねますから』 姫『成程、さうで厶いませう。何卒御緩りなさいましたら、一度御神勅を伺つて下さいませ』 三千『ハイ、承知致しました。これから早速伺つて参ります。併し乍ら誰方もお出でにならぬやうに願ひます』 と云ひ残し神殿さして進み行く。 三千彦は神殿に進み小声になつて天津祝詞を奏上し、終つて、 三千『私は大変な難問題にぶつつかりました。併し乍ら苟くも三五の宣伝使、宜い加減な事は申されませぬ。もし宜い加減の事を申し、化けが露はれたなら、それこそ神様のお名を穢し、師の君に対しても相済みませぬからハツキリした事を、ここ一週間の間に私の耳許にお聞かせ下さいますか、但は夢になりと知らして下さいませ。そしてなる事なら吾師の君の所在のほどもお示し願ひます』 斯く念じて暫らく瞑目して居ると忽ち背中がムクムクと膨れ出し、犬の様なものが負ぶさつた様な重味が感じて姿は見えねど、少し掠つた声で耳許に囁いた者がある。之はスマートの精霊が三千彦の身を守るべく諭して呉れたのである。さうして其示言は左の通りであつた。 精霊『三千彦殿、其方は大変に心配を致して居るが、玉国別様一行は軈て近い内に此館でお目にかかれるであらう。そして当館の重宝如意の宝珠は家令の悴ワツクスと云ふ者が或目的のために隠して居るのだから、之も只今現はれるであらう。儂は初稚姫の身辺を守るスマートと云ふものだが、小国姫に対しては決してワツクスが匿して居る等と云つてはなりませぬぞ。然し直様、現はれる様に致すから心配致すなと云つて置きなさい。又此家の主人小国別[※底本では「小国彦」]はここ暫らくの寿命だから、それは諦める様に云ふて置くが宜い。又娘のケリナ姫は三五教の修験者に助けられ、近い中に帰つて来る。之も安心するやうに知らしてやりなさい。尋ねる事は、もう之でないかな』 と小さい声が聞えて来る。三千彦は初めて天耳通が開けたものと考へ、非常に喜んで大神に感謝し、莞爾として小国姫の居間に引返した。小国姫は三千彦の何処ともなく元気に充ちた顔色を見て、 姫『こりや、些と有望に違ひない』 と早くも合点し、さも嬉しげに、 姫『これはこれはアンブラツク様、御苦労様で厶いました。御神徳高き貴方、定めし神様のお告げを直接お聞きなさいましたでせう。何卒お示し下さいませ』 三千『イヤ、さう褒められては恐れ入ります。何を云つてもバラモン教へ這入つてから、俄に抜擢されて宣伝使になつたものの、経文も碌にあがりませぬ。只信念堅実と云ふ廉を以て宣伝使にして貰つたのですから、バラモン教の教理は少しも存じませぬが、信仰の力によりまして天眼通、天耳通を授けて頂いて居ります。それで何んな事でも鏡にかけた如く知らして頂けます』 姫『イヤ、結構で厶います。今の宣伝使は難い小理窟ばかり云つて、朝から晩まで経文の研究に日を暮し、肝腎の信仰が欠けて居ますから、神様のお取次であり乍ら、些とも大神の意思が分らないので厶いますよ。何を云つても不言実行が結構で厶います。さうして神様は何と仰せられましたかな』 三千『はい、明白した事は分りませぬが私のインプレッションに拠りますれば、此お館の重宝は近い中にお手に這入ります。屹度私が貴女にお手渡しをしますから御安心下さいませ。さうしてお嬢さまは日ならずお帰りになります。然し乍ら旦那様はお気の毒ながら天国へ御用がおありなさるさうだから先づお諦めなさるが宜しからう』 姫『どうも有難う厶りました。神様の御用で昇天するとあれば止むを得ませぬが、成る事ならば夫の生存中に如意宝珠の在所が分り、又娘の顔を一目見せ度いもので厶いますが、如何で厶りませう、これは叶ひますまいかな』 三千『イヤ、御心配なさいますな。之は屹度現はれて参ります。そして御主人が如意宝珠を抱き、片手に姫さまを抱いて喜び勇んで国替をなさいますから、まア一時も早く神様のお繰合せをして頂くやう御祈願を成さいませ。私も一生懸命に御祈願致します』 姫『ハイ、有難う厶います』 と嬉し涙にかき暮れる。斯かる処へ家令のオールスチンは衣紋を繕ひ現はれ来り、 オールス『もし、奥様、旦那様が大変お苦みで厶います。そして奥を呼んで来て呉れと仰有いますから何卒早く側へ行つて下さいませ。私は宣伝使のお側にお相手を仕りますから』 姫『アン・ブラツク様、今家令の申した通り、主人が待つて居りますから一寸行つて参りますから何卒御緩りとお休み下さいませ』 と言ひ捨てて忙しげに此場を立つて行く。 オールスチンは三千彦に向ひ、 オールス『宣伝使様、どうも御苦労様で厶います。お聞及びの通り此お館には大事が突発致しまして上を下へと騒ぎ廻つて居ります。どうか貴方の御神徳によりまして、此急場が逃れますやうにお願ひ致し度う厶います。そして神様の御神勅は如何で厶いましたか』 三千『御心配なさいますな。如意宝珠の玉は決して外へ紛失はして居りませぬ。此お館に出入する相当な役員の息子が、或目的を抱いて玉を匿して居ると云ふ事が、神様のお告げで分りました。軈て出て来るで厶いませう』 オールス『エ、何と仰有ります、あの如意宝珠の宝玉を此身内の者が匿して居ると仰有るのですか。そして此館へ出入する重なる役員の息子とは誰で厶いませう。参考のためにお名を聞かして頂き度う厶いますが……』 三千『まだ私も修行が足りませぬので、隠した人の姓名まで明白り云ふ事は出来ませぬ。丸顔の色白い男だと云ふ事だけは確に分つて居ります』 オールス『はてなア、妙な事を聞きまする。然し乍ら誰が匿してあるにせよ、之を探し出さねば小国別[※底本では「小国彦」]様の言ひ訳が立たず、又此館の役員迄が大黒主から厳しい罰を受けねばなりませぬ。そしてその玉は近いうちに現はれるで厶いませうか』 三千『屹度現はれます。成るべく事を穏かに済ませ度いと思ひますから、何卒秘密にして置いて下さいませ。互に瑕がついてはなりませぬからな』 オールス『成程、仰有る通りで厶います。こんな事が外へ洩れては一大事、一時も早く現はれますやう、そして旦那様に一時も早く安心の行くやう、願つて下さいませ』 三千『ハイ、承知致しました』 斯かる所へ小国姫は再び現はれ来り、 姫『もし、宣伝使様、主人が大変に様子が悪うなりましたから、何卒一つ御祈祷をしてやつて下さいますまいかな』 三千『それはお困りです。然らば参りませう』 と云ひ乍ら家令と共に主人の居間に通つた。 小国別[※底本では「小国彦」]は熱に浮かされて囈言を云つて居る。そして時々、ワツクスワツクスと呻いて居る。ワツクスとは家令のオールスチンが息子である。オールスチンは之を聞くよりハツと胸を撫で、俯向いて思案に暮れて居る。小国姫は少しく声を尖らし乍ら、 姫『これ、オールスチン、今旦那様が夢中になつて「ワツクスワツクス」と仰有るのはお前の悴の名に違ひない。何か旦那様に対し、御無礼の事をして居るのではあるまいか。よく調べて下さい。此宣伝使様にお尋ねすれば直分るだらうけれど、斯んな事まで御苦労になるのは畏れ多い事だから、お前、心に当る事があるなら包まず隠さず、ワツクスの事に就いて述べて下さい』 オールス『ハイ、心当りと申しては何も厶いませぬが、兎も角宅へ帰りまして悴を調べて見ませう。暫くお待ち下さいませ。然らば奥様、旦那様をお大切にして下さいませ。アンブラツク様、左様ならば一寸宅まで帰つて参ります。何卒宜しうお願ひ申します』 と言葉を残し急ぎ吾家を指して帰り行く。 オールスチンは館を出でて吾家に帰る道すがら幾度となく吐息をつき、何事か心に当るものの如く首を傾け乍ら、杖を突きトボトボとして吾家に帰り行く。田圃の稲葉は風に煽られてサラサラと勇ましく鳴つて居る。燕は前後左右に梭をうつ様に黒い羽根の間から白い羽毛を現はし、或は高く或は低く大車輪の活動を稲田の上にやつて居る。寝むたさうに梟の声はホウホウと家の後の森林から聞えて居る。オールスチンは秘かに吾家の門口に帰つて見ると二三人の人声が盛に聞えて居る。心にかかるオールスチンは耳をすませて門の戸に凭れ話の様子を立聞きし居たりけり。 (大正一二・三・一七旧二・一於竜宮館北村隆光録) |
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霊界物語 | 56_未_テルモン山の神館1 | 19 痴漢 | 第一九章痴漢〔一四四九〕 館の主人、小国別はソフアーの上に横はり息も絶え絶えに苦しんでゐる。二人の看護手は寝食を忘れて介抱に余念なかつた。小国姫はオールスチン、三千彦、ワツクスを伴ひ入り来り、 姫『旦那様、喜んで下さいませ。三五教の宣伝使三千彦様のお蔭によりまして如意宝珠の神宝が帰りまして厶います。之を御覧なさいませ』 と包みを解いて目の前につきつけた。小国別は病み疲れ、衰へたる目の光りに玉を眺めてニヤリと笑ひ双手を合せて感涙に咽んでゐる。そして只「有難う」と一言云つたきり後の語を次ぐ事は出来なかつた。これは衰弱の甚だしき上に、余りの喜びに打たれたからである。三千彦は病人の側近く寄り、 三千『この通り御神宝が帰りました上は、又もや神様の御恵によりまして、屹度ケリナ姫様も近い中にお帰りになるでせう。御安心なさいませ』 と詞優しく慰むれば小国別は掌を合せ、娘の近い中に帰ると云ふ証言を聞くより、稍元気づき、 小国『娘が帰りますか。それは有難う厶います。到底私は今度は、もう旅立をせなくてはなりませぬ。せめてそれ迄に紛失した如意宝珠を、もとに還し、娘の顔を生前に一目なりと見て此世を去り度いと思うて居りましたが、斯う弱りきつては、もう三日も命が続きますまい。成る事ならば一時も早う引寄せて頂き度う厶います』 三千『もう間もなくお帰りになりませう。私の耳の側で神様がさう仰せになりました。併し乍ら御病気に障るとなりませぬから、吾々は控へさして頂きませう』 小国『何卒御自由にお休み下さいませ』 と微の声で挨拶する。家令のオールスチンは病人の側近くより、 オールス『旦那様、何卒気を確りして下さいませ。そして如意宝珠の玉を盗んで匿して居つたのは私の悴ワツクスで厶りました。誠に偉い御心配をかけまして申訳が厶いませぬ。此皺腹を切つて申訳を致さむと覚悟を定めた所を奥様に止められ、惜からぬ命を少時延ばしましたが、何卒貴方が命数尽きてお国替遊ばすやうの事あれば屹度私もお伴致します。何卒何処迄も主従の縁を断らぬやうにして下さいませ』 小国別は微に首肯いた。三千彦はワツクスの手を曳いて自分の居間へと帰つて行く。二人の看護人とオールスチンに小国別の介抱を頼み置き、小国姫は又もや三千彦の居間に来り心配さうな顔をして、 姫『三千彦様、誠に御心配許りかけまして申訳が厶いませぬが、主人は到底あきますまいかな』 三千『お気の毒乍ら到底駄目で厶いませう。併し乍ら仮令肉体はなくなつても精霊は活々として若やぎ、霊界に於て神様の為に大活動を成されますから、御心配なさいますな。人は諦めが肝腎で厶いますからな』 姫『ハイ、有難う厶います。最早覚悟は致して居ります。然し乍ら、も一つ心配な事が厶いますが一寸伺つて貰ふ訳には行きませぬか』 三千『何事か存じませぬが一寸云つて御覧なさいませ』 姫『実の所は私の娘デビス姫と申すのが、今日で三七二十一日の間、昼さへ人のよう行かぬアンブラツクの滝へ、玉の所在を知らして下さるやう、父の病気が癒るやう、も一つは妹の所在が判るやうと、繊弱き女の身を以て毎晩二里の道を往復致し、何時も夜明け方に帰つて参りますが、今日は如何したものかまだ帰つて参りませぬ。大方滝壺に落ちて命を捨てたのでは厶いますまいか。但しは猛獣に殺されたのではありますまいか。俄に胸騒ぎがして気が気ぢやありませぬ』 三千『決して御心配なさいますな。半時経たない間に御姉妹打揃ふて、一人の修験者に送られて無事に帰られます。間違ひは厶いませぬからな』 姫『左様で厶いますかな。娘二人が帰つて呉れたならば、最早心配事は厶いませぬ。ああ南無大慈大自在天様、何卒々々一時も早く娘二人の顔を夫の命のある間に見せて下さいますやうお願ひ致します』 と涙を流して祈り入る。 三千『これ、ワツクスさま、お前は大それた悪い事を成さつたが、これと云ふのもお前の副守護神がやつたのだから、茲に神直日大直日に見直し聞直して頂き、内分で済ます事になつてゐますから、之から心得て貰はねばなりませぬぞ』 ワツクス『ハイ、有難う厶ります。誠に申訳のない不調法を致しました。今度私の罪をお助け下さいますならば、無い命と心得て如何様なる働きも致し、屹度御恩返しを致します。モシ奥様、屹度お赦し下さいますか』 姫『赦し難い罪人なれど三千彦様のお計らひにより内証で済ます事にして上げよう。之からキツと心得たがよいぞや。年寄つた一人の親に心配をかけ、本当にお前は不孝な者だ。親ばかりか、吾々夫婦や娘に迄も心配苦労をかけて困らしたのだから、今後は屹度慎んで貰はねばならぬぞや』 ワツクス『ハイ、有難う厶います。これから貴方様を親様として真心を尽しお仕へ申します』 姫『これ、ワツクス、お前は親があるぢやないか、妾を主人として仕へるべきものだ。親として仕へる等とはチツと可笑しいぢやないか』 ワツクス『義に於ては御主人で厶ります。然し情に於ては親様と存じてツヒ不都合な事を申しました。然しお赦し下さつた以上は私を子として下さいませうな。実の所はエキス、ヘルマンの両人が盗み出したので厶いますが、私が種々と苦心をして玉の所在を白状させ、お家の為に働いたので厶います。二人の者を助けたさに私が盗つたと父に申しましたが、その実はヘルマン、エキスの両人が盗み出したので厶います。それをば父に匿して金をやり、酒を飲まして白状させ、ヤツとの事で如意宝珠を手に入れたので厶います。貴女はお忘れでも厶いますまいが家中一般に如意宝珠の玉の所在を探し、持つて来たものはデビス姫の養子にすると仰有つたぢや厶いませぬか、さすれば仰せの通り私は御養子にして頂くべき資格があらうと存じます』 姫『そりや、お前の云ふ通り、如意宝珠の玉を探し、持つて来たものは養子にすると云ふて置いた。然しお前は親一人、子一人、家令の家を継がねばならぬ身の上だから、それは出来ますまい。先祖の家を忽かにする訳には行くまいからな』 ワツクス『いえ、そんな心配は要りませぬ。私が養子になり、デビスさまとの間に三人や五人は子が出来ませうから、其中の一人を頂いて、私の家を継がせば宜しいぢやありませぬか』 姫『もし三千彦様、あんな事を申しますが如何したら宜しう厶いませうかな』 三千彦はワツクスの顔をギユツと睨みつけ口をヘの字に結んでゐる。ワツクスは怖相に少しばかり声を慄はし乍ら、 ワツクス『モシ、宣伝使様、何卒私を約束通り、玉の発見人ですから養子にして下さるやう御とり成しを願ひます』 三千『これ、ワツクス、お前は吾々を盲にするのか、否御夫婦を騙る積りか。今云つた言葉は皆詐りだらうがな。お前はお家の重宝を匿し、御夫婦を困らし、往生づくめでデビス姫様の夫にならうとの計略をやつたのであらう。そんな事に誤魔化される三千彦ぢやありませぬぞ』 ワツクス『メメメ滅相な。さう誤解をされては困ります。あれ丈苦心してお家の為めになる宝を手に入れた此忠臣を、悪人扱ひにされては根つから勘定が合ひませぬ。何卒も一度お考へ直しを願ひます』 三千『お黙りなさい。左様の事を仰有ると最早容赦はしませぬぞ。高手小手に縛め唐丸籠に乗せてハルナの都へ送り届けませうか。又何程お前がデビス姫様に恋慕して居つても、肝腎の姫様がお嫌ひ遊ばしたら如何する積りだ。愛なき結婚でもお前は快う思ふのか。家令の悴にも似ず、訳の分らぬ事を仰有るぢやないか』 ワツクス『吾々を威喝して二人の恋仲を遮り後にヌツケリコとお前さまが養子に這入りこむ考へだらう。そんな事あチヤーンと此のワツクスは腹の底まで読んで居りますぞ』 三千『これはしたり、迷惑千万、何と云ふ失礼な事を仰せられるか。吾々は三五教の宣伝使、大切なるメツセージを受けて或所まで進まねばならぬ身の上、女を連れるなどとは思ひも寄らぬ事。お前の心を以て吾々の心を測量するとは些と失礼では厶らぬか』 ワツクス『宣伝使と云ふものは、そんな事をよく云ふものです。口でこそ立派に女嫌ひの様な事を云つて居ますが蔭に廻ると、もとが人間ですから駄目ですわい。デビス姫様が欲しけりや欲しいとハツキリ云ひなさい』 姫『これ、ワツクス、何と云ふ失礼な事を申すのだ。玉盗人はお前に違ひない。現在お前の親が証明して居るのぢやないか』 ワツクスは自棄糞になり、尻をクレツと捲つて此場を後に、一目散に表門を潜つて駆け出した。小国姫は手を拍つてエルを招きワツクスの後を追跡せよと命じた。狼狽者のエルは皆まで聞かず、『ハイ、承知しました』と又もや此処を飛び出し地響きさせ乍らドンドンドンと門外へ駆け出し、道の鍵の手になつた所を、頭を先につき出し体を横にして走る途端に、あまり広くもない道端の柿の木に大牛が繋いであつた。其牛の尻にドンと、頭突をかました。牛は驚いてポンと蹴つた拍子にエルはウンと許り倒れた。牛は二つ三つ尻を振つて再びエルの睾丸の端をグツと踏み、力を入れてグーツと捻た。エルはキヤツキヤツと悲鳴を挙げてゐる。通りかかつた旅人や近所の家からドヤドヤと集まつて来てエルを助け、傍の或家に担ぎ込み、様子を聞けばエルは顔を顰め乍ら、 エル『皆さま、如意宝珠のお宝が手に入りました。そして様子を聞けばワツクスが玉の所在を探した御褒美に、デビス姫さまの婿になると云ふ事ですよ。それから小国別様は御危篤で何時息を引きとられるか分りませぬ。大方今頃は絶命れたかも知れませぬ、大変で厶います。何皆さま、一時も早う各自に町内を触れまはり城内に悔みに行つて下さい』 とまだ死んでも居ないのに、手まはしよく死んだものと仮定して吹聴した。之を聞いた老若男女は次から次へと、尻はし折り駄賃とらずの郵便配達となつて、 (老若男女)『如意宝珠の玉が手に入つた。そして小国別が国替へをなさつて、ワツクスがデビス姫様の婿にきまつた』 と一軒も残らず、御丁寧に布令まはつた。 テルモン山の麓の町は俄にガヤガヤと騒ぎ出し、衣裳を着替へて館へ悔みに行くもの引きもきらず、俄に大騒動が起つた様になつて来た。エルは睾丸の端を牛の爪にむしりとられ、益々体中に熱が高まつて『死んだ死んだ』と囈言ばかり囀つて居る。 俄に小国別の訃を聞いて泣く老若男女もあれば、馬鹿息子のワツクスがデビス姫の婿になるげなと驚いて触れる奴もあり、如意宝珠の玉が帰つたと喜ぶものもあり、テルモン山の麓の宮町は此噂で持ちきりとなつた。気の早い男は早くも幟を立て「神司小国別の御他界を弔ふ」とか、「如意宝珠再出現」とか、「デビス姫ワツクスとの御結婚を祝す」とか云ふ長い幟を立てて、ワツシヨワツシヨと辻々を廻り初めた。 かかる所へ宣伝歌の声涼しく町外れの方から聞えて来た。此声は求道居士がデビス姫、ケリナ姫を助けて帰り来るにぞありける。 (大正一二・三・一七旧二・一於竜宮館北村隆光録) |
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霊界物語 | 56_未_テルモン山の神館1 | 20 犬嘘 | 第二〇章犬嘘〔一四五〇〕 テルモン山の館をエルが飛び出してから半時許り経つと各宮町の住民が、礼服を整へ扇をきちんと手に握り玄関口にチクチクと集まり来り、 『頼もう頼もう』 と呶鳴り立てて居る。小国姫は何事の突発せしならむかと玄関口へ出て見れば町総代のパインと云ふ男、叮嚀に辞儀をしながら、 パイン『これはこれは奥様で厶いますか。旦那様は誠にお気毒で厶いました。嘸お力落しで厶いませう。此の通り沢山の町民がお悔に参りましたが、一々御挨拶を致すのも御迷惑と存じ私が総代に出ました。承はれば旦那様は御昇天との事で御歎きの所へ如意宝珠の玉が還り、ワツクス様とお嬢様の御婚礼が調ひましたさうで、お喜び申てよいやら、お悔み申てよいやら、盆と正月が一緒に来たやうに、喜びと悲しみに打たれて居ます。何卒御用があつたら仰つけ下さいませ』 姫『貴方は町総代のパイン様、ようお出下さいました。併し誰がそんな事を申したか知りませぬが、旦那様はまだお国替になつて居ませぬから御安心下さいませ』 パインは驚いて顔を赤らめ乍ら、 パイン『エエ何と仰有いますか、旦那様はまだお達者で居らつしやいますか、それは何より結構で厶います。誠に申訳のない事を申して失礼で厶いました。何卒お許し下さいませ。併し如意宝珠が再びお手に入つたと云ふ事は事実で厶いますか』 姫『ハイ有難う、それは事実で厶います。まあまあこれでこの館も一安心で厶います』 パイン『それは何よりもお目出度い事で厶います。吾々町民一同もこんな喜ばしい事は厶いませぬ。就ては御家令の御子息様がお嬢様の御養子になられると云ふ事を承はりましたが、それは事実で厶いますか』 姫『そんな事を誰にお聞きになりましたか、此方にはそんな噂もして居りませぬが』 パイン『ヤ、それを聞いて町内の者も安心を致すで厶いませう。斯う申すと何で厶いますが、御家令様の御子息は町内中での憎まれもの、根性が悪くて、馬鹿で、極道で、悪い奴を友達にして、町民を困らせて居る仕方のないお方ですから、若しもそんなお方を御養子にでもお貰ひにならうものなら、お家は忽ち潰れて仕舞ひ、宮町の氏子は皆、小国別家に背くで厶いませう。併し乍ら今承はつてお家のため、実に安心を致しました。如何なる事情が厶いましても、御如才は厶いますまいが、義理人情に搦まれて、あのやうな男を御養子になさる事は止めて頂きたう厶います。是はパイン一人の意見ではなく、町内一般の意見で厶いますから』 姫『ハイ御親切有難う厶います。何卒町内の御一同様にも宜敷く言つて下さいませ。又夫小国別は何分老齢の事で厶いますから、何時変が来ないとも分りませぬ。其時には何卒宜敷く皆様にお頼み申すと、妾が言ふたと仰有つて下さいませ』 パイン『これはこれは失礼致しました。左様ならば是で御免を蒙ります。町内のものが旦那様がお国替になつたと云つて各自に仕事を休み、又立花、生花などの用意にかかつて居りますから、早くこの事を知らしてやらねばなりませぬから』 姫『もしパイン様、誰がそんな事を申したので厶いませうねえ、怪しからん奴があるでは厶いませぬか』 パイン『現にお家の受付をやつてゐるエルさまが大勢の前でそんな事を云つたものですから、忽ち町中に拡がつたので厶います』 姫『何といふまア、チヨカ助だらう。さうして何処に居りますかなア』 パイン『ハイ、今エルさまは牛に睾丸を蹴られて綿打屋の座敷に担ぎ込まれ、大熱を出して訳の分らぬ事許り云つて居られます。併し乍ら隣に藪井竹庵が厶つたものだから診察して貰つた所、二三日静養さして置けば癒るだらう、仮令間が要つても生命に別条は無いからと仰有いました。エルさまの事は吾々がお世話を致しますから御心配下さいますな。それよりも旦那様に気をつけて下さいませ』 斯く話す所へ、黒山の如く弔ひ客や祝ひ客が門を潜つて押し寄せて来る。小国姫はパインに後を頼み置き、夫の傍に走り行く。 パインは町民一同に向ひ大きな声を張り上げて、 パイン『皆様御親切によくも来て下さいました。館の奥様のお頼みによつて私が代理となり御挨拶を致します。旦那様はまだ御昇天遊ばしたのぢや厶いませぬ。番頭のエルが御存じの通りの慌者で厶いますから、慌て左様な事を喋つたので厶いませう。何卒皆様安心して下さいませ。さうして一つ喜んで貰ふ事は如意宝珠の玉が再びお館へ還つた事で厶います。皆様の御親切を当お館の奥様に代つてパインが有難く感謝を致します』 と述べ終り、 『小国別館万歳ー』 を三唱した。数多の群集は声を揃へて万歳を三唱し、各呆気に取られ、ブツブツ小言を云ひながら拍子の抜けた顔をして帰り行く。 ワツクスは宮町の四辻に立つて盛に演説をやり始めた。大勢の者は館からの帰りがけ馬鹿息子が又もや何だか喋り出したと、面白半分やつて来た。ワツクスは手を振り乍ら、 ワツクス『皆さま、テルモン山の館には大変事が突発致しましたが御存じですか、よもやお分りでは厶いますまい。噂にもお聞きで厶いませうが三五教の三千彦と云ふ悪神が飛んで参り、金剛不壊の如意宝珠を夜密に盗み出し、小国別夫婦を初め一族郎党に不調法をさせ、大黒主様の命令をもつて館は云ふに及ばず、宮町一般の人民を小国別の同類と見做し、片端から首をチヨン切らすと云ふ悪い計劃を致して居りますぞ。そしてその三千彦と云ふ悪者は、今お館に大きな面をして居据り、魔法をもつて小国姫をチヨロまかし小国別様を病気に致し、ジリジリ弱りに弱らせて命を取り、デビス姫の婿にならうとして悪い企みを致して居りますぞ。皆さま、テルモン山のお館を思ひ、又貴方方自身のお家や、体や子孫をお思ひなさるなら、これから一同力を合せ、お館に押し寄せ、三千彦と云ふ悪人を懲しめて下さい、否殺して下さい。一日も猶予はして居れませぬぞ。グヅグヅして居ると貴方方の難儀になりますぞや。幸ひ拙者はその三千彦と云ふ奴の顔を存じて居りますから、是から御案内を致します、皆さま私の云ふ事が御承知が出来ますなら、何卒従いて来て下さい』 と呶鳴つた。群集の中には全部真実と信ずるものもあり、又半信半疑の者もあつた。併し乍ら、バラモン教の館の中に三五教の者が来て居ると云ふ事が分り、俄に皆が怒り出し老爺も老婆も子供も、脛腰の立つ奴は群衆心理とやらで再び館に取つて返し、潮の押し寄するが如く館の表門にヒシヒシと詰めかけた。 ワツクスの口から出任せの虚構演説によつて忽ち一同憤慨し、館に押寄せ三千彦を袋叩にした事や、其外いろいろの面白き物語は之にて尽きませぬが、紙面の都合によりて後巻に譲ります。 (大正一二・三・一七旧二・一於竜宮館階上加藤明子録) (昭和一〇・六・一四王仁校正) 本日は故井上明澄君の五十日祭に就き口述者参列す。明澄氏神霊の請求に依り白扇一本を霊前に贈る、氏の神霊は第一霊国の天使として教祖の傍近く奉仕し給へり。 大正十二年三月十七日旧二月一日 |
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霊界物語 | 57_申_テルモン山の神館2 | 05 糞闘 | 第五章糞闘〔一四五五〕 館の受付の溜りにはエル、オークス、ビルマの三人、机を真中に置いて胡床をかき虫のよい夢を見て、互に泡沫の如き出世譚を争うて居る。 エル『おい、オークス、貴様は門番の癖にドカドカと受付の関所を突破して奥の間へ進入して行つたと見えるが、余程奥様からお目玉を喰つたと見え、随分面を膨らしてゐるぢやないか。俺は梟の化物と思つたよ』 オークス『ヘン、門番門番て、偉相に云ふない。睾丸潰しの大将奴、俺は今迄の門番オークスとはチト違ふのだ。これから此館の家令職となり、奥住ひとなつてオークス勤めをするのだから、何事も此方の吩咐に服従するのだぞ。なあビルマ、お前がよく知つてるだらう』 ビルマ『さうだな。マアマア夢の中の家令位なものだらうかい。こんな処で、かれい、これ云うて居ると人に聞かれて、サア今と云ふ時に総ての計劃が画餅に帰するかも知れないぞ。成功する人は黙つて居るよ。黙つてる人が夜光の玉をとると云つてな、何でもガラガラ云ふものぢやない。沈黙が一等だ』 オークス『馬鹿云ふな。已に已に奥様から証言を得て居るのだ。誰が何と云つてもワックスさまを此館の主人となし、デビス姫様と芽出たく合衾の式を挙げさせ、此オークスが家令職となり、妹のケリナ姫が軈て帰らるると云ふ事だから、ケリナ姫の夫となり、教務、政務を刷新し、綱紀を振粛し尭舜の世を来たすのだ。今迄のやうな老耄や、狼狽者の睾丸潰しの受付では駄目だからな。エツヘヘヘヘヘ』 エル『イツヒヒヒヒヒアイタタタタ余りしようもない事を吐すので、可笑しうて睾丸に響いて睾丸が痛くて碌に笑ふことも出来やせないわ。貴様日が永いので、そんな夢でも見たのだらう。それよりも早く門番を神妙に勤めぬかい。旦那様が何時知れぬ様な御病気が起つてるのに、ウカウカして居る時ぢやないぞ』 オークス『おい、エル、旦那様は已に御帰幽になつたと云つて触れて歩いたぢやないか。随分いい狼狽者だな』 エル『定つた事だ。何でも手廻しよくして置かねば間尺に合ぬぢやないか。病人ぢやなくても年寄が先に死ぬのは当然だ。何時迄も旦那様が生きて居ると思へば何時アフンとせなくちやならぬか分らぬから、一寸町民の目を覚ますために布令を出し、予行演習をやつたのだ。英雄の心事が門番に分つて堪るかい。エヘン、イヒン、アイタタタタどうも睾丸の奴、もの云ひやがつて仕方がないわ』 オークス『おい、エル、ここは一つ真面目になつて聞いて呉れ。本当に俺は今日から家令職だぞ。そしてワックス様が当館の御世継だ。それから此のビルマが受付に坐り、お前は暫く睾丸が癒る迄お暇を賜つて休養するのだな。俺が家令になつた上は、滅多に受付より下の役はささぬから、柔順しく控へたが宜からう』 エル『俺は死んでも受付は止めぬのだ。何程貴様が家令になつた処で、俺の受付はハルナの都の大黒主様から、命令を受けてゐるのだから、俺の地位を到底動かすことは出来まい。そんな事云はずに門番でも神妙に勤めたが宜からうぞ』 オークス『よし、そんなら俺が受付を免職させて見せよう。貴様は受付であり乍ら門外へ飛び出し、死んでも厶らぬ旦那様をお逝れになつたと触れ歩き、町内を騒がした大罪人だ。これを大黒主様に上申しようものなら、それこそ免職は宵の口、貴様の笠の台が飛んで了ふのだ。どうだ、それでも苦しうないのか』 エル『マママママ待つて呉れ。それやさうぢやけれど、実の所は夢を見て居つたのだ。夢でした事は仕方がないぢやないか』 オークス『何、夢を見たと、貴様はさうすると怠慢の罪を免るる事は出来ない。朝から晩まで平家蟹のやうに目の玉をツン出して、お役目大切に受付を守つて居らねばならぬ役目でありながら、昼の中からサボタージュをやつて昼寝をやつて居つたのだな。益々怪しからぬ。おいビルマ、貴様が証拠人だ。ここで一つ上申書を書くから、お前証拠人になつて呉れ』 ビルマ『そら、俺も証拠人にならぬ事はないが、町に事勿れと云つてエルの事を上申すると、それが一つの引かかりとなり、終には貴様と俺との……それ……窃盗事件が発覚するぢやないか。ここはお互に辛抱したが宜からうぞ』 オークス『何、何時俺が窃盗した。馬鹿な事を云ふな』 ビルマ『セツトウと云ふのは盗人の事ぢやない。去年の冬、テルモン山の谷間で雪を固めて洞を穿ち、そこで遊んだ事があるだらう。それを雪洞と云ふのだ。それでも矢張サボになるからのう』 オークス『何、俺等は門番だから、立派な門を造らうと思つて、雪で雛型を作つて其下を通つたのだから、云はば職務に忠実になるのだ。そんな事が何、罪にならう』 と巧く二人寄つて窃盗事件を誤魔化して了つた。 エル『ヒヒヒヒ、アイタタタタ何だか知らぬが、二人とも云ひ滑つた事を巧く塗りつけたやうな気分がしてならぬわ。此奴ア探つて見れば何かあるに相違ない。香爐や金銀の水壺を、あの騒ぎに皆盗んで了つたと云うてるからにやお前等が、よもや……ではあるまいかの』 オークス『馬鹿云ふな。俺は旦那様の御病気について、門番を休んで今の今まで奥で御用をして居つたのだから、そんな事は些とも知らないわ。大方三五教の魔法使が持つて去んだのだらう』 ビルマ『オイ両人、こんな話は止めにして、兎も角旦那様が何時お国替へになるやら分らぬなり、家令も亦何時死ぬか知れぬ場合だ。ここで俺等三人同盟して一つ出世の門を開かうぢやないか。何時迄も門番や受付では面白うないからのう。幸ひ年も若し独身者だから、家令の息子のワックスの馬鹿を此館の養子にするのは勿体ない。一層の事、俺等三人で、此館のお世継と、家令と、受付兼内事頭の三つの役を占領する事にしようぢやないか』 エル『ウン、そりや面白からう。然し乍ら奥さまが諾と云つて呉れるだらうかな』 オークス『そこはそれ、弱味につけ込む風の神さまだ。此尊い霊地に三五教の魔法使をソツと引張り込んだと云ふ、奥さまに弱点があるのだから、屹度俺等の意見を採用するにきまつてる。若し採用せなけりや身の破滅だからな』 エル『成程、そりや妙案だ。そんなら俺が此館の養子になるから、貴様等両人は家令並びに内事係兼受付としてやらう。門番の分際として異数の抜擢だらう』 オークス『馬鹿云ふな。俺はデビス姫さまの夫となり当家のお世継だ。お前等二人は籤でもして家令と受付とをやつたが宜からう。家令職と受付とは大変な段階がある。若受付となつたものは、妹さまが帰られたら受付の女房にする。お世継はどうしても姉さまの婿に限つてる。家令は役柄が上だから姫様を貰はずに辛抱するのだ。さうすりや不公平が無いだらう』 エル『時に綿屋の老爺の話に聞けば、高倉とか、旭とか云ふ三五教の化狐が、二人の姫様に化けて狸坊主と一緒にパインの森で捉まへられたと云ふ事だが、実際そんな事があるだらうか。俺や不思議で堪らぬのだ。中にはコソコソ話をしてる奴があつて、あれは狐ぢやない本真物の姫様と云つてるものもあるが、あれが本真物ならばワックスが匿しよつた岩窟に助けに行つて、姫さまの恋を独占するのも一興だがな』 オークス『馬鹿云ふな。彼奴は狐にきまつてる。犬に噛まれよつて首筋や耳を噛まれたり、狸坊主迄が首筋を噛まれたと云つて、紫になつてはれ上つて居つた、何ぼ本真物でも、あの御面相では御免だ』 ビルマ『おい、エル、貴様は睾丸を潰されて綿屋の離室にスツ込んで居り乍ら、どうしてそんな事が目に着いたのだ。チツト可笑しいぢやないか』 エル『何、俺だつて女と聞いちやジツとして聞いて居れないので、「ワツシヨワツシヨ」と門前を担いで行くのを、門口に飛び出し、トツクリ見た所が姫様に似て居るが、何となしに険相な顔して居るので、狐のお化けかと思つて居たのだ。どうも人間の目で真偽は分らぬが、マア百人の者が七十人迄がお化けと云ふのだから、大勢の目の方が本当だらうかい』 オークス『サア、無駄話はどうでも宜いが、手つ取り早く約束を定めて置かうぢやないか。俺は此館の御養子にきめて置いて、家令職と受付との、これから約束だ。どうぢや家令職になれば姫様はもらへぬなり、低い役の受付になればケリナ姫を女房に貰へるのだ。位をとるか、色をとるか、と云ふ処だ』 ビルマ『そんなら俺は受付になるわ』 エル『馬鹿云ふな。受付は俺の持前だ。天下御免の受付だ。受付は俺にきまつてる。ヘン済みませぬな』 オークス『オイ、両人、姫様は実際生きて厶るか厶らぬか分らぬのだ。万一此世に生きて厶らぬとすれば矢張家令になつた方が得だぞ』 エル『そんなら、思ひきつて俺は家令になるわ。ビルマ、お前、受付になつて呉れ』 ビルマ『馬鹿云ふな、誰が受付なんかするものかい。適材適所と云つて、此館の家令は貴様のやうな狼狽者では到底勤まりつこはない。ビルマに限つてるワイ』 エル『然し、さうするとワックスさまのやり場が無いぢやないか』 オークス『何、ワックスなんか、彼奴の悪事を素破抜いてやれば、文句なしに命惜しさに逃ぐるにきまつてる。三人でさへも配置に困つてるのに、彼奴が出て来て堪らうかい。彼奴は勘定外だ。彼奴の老爺も近々に死んで了ふから、さうすりや門番の端にでも使つてやるのだな。エツヘヘヘヘヘヘ』 斯く何時の間にか話に身が入つて大声で囀つて居る。最前からワックスは壁に耳をあてて体を隠し、三人の話を聞いて居たが業が湧いて堪らぬので、ソツと大便所に入り長柄杓に汚いものを持つて来て、自分の顔を隠し乍ら三人の前に現はれ、バツと顔にふりかけ、逃げ出す途端に畳の破れに足を引つかけ、スツテンドウと倒れて了つた。倒れた拍子に間と間を隔てた閾に高い鼻を打ち、ウンと息をつめ、ビクともせず苦しんで居る。 三人は不意に臭い物を顔一面にかけられ、顔をハンカチーフにて抑へ乍ら、炊事場の方へ洗ひに行かうと走つた途端に、ワックスの体に躓きバタリと倒れた。次から次から四人が糞まぶれになつて引つくり覆り、ウンウン唸いて居る。此物音に小国姫は此場に走り来り見れば、何とも云へぬ臭い香がプンプンと鼻をつく。姫は鼻を抓み乍ら近寄り見れば、糞まぶれの長柄杓が一本と、四人の男が糞まぶれになつて、其処へ倒れ居たり。 小国姫『糞度胸据ゑた男が糞まぶれ 足躓いて苦楚を嘗めけり。 婆の身も糞にまぶれた糞奴 臭い奴には呆れ果てたり。 物臭い企み致した天罰で 男が癪で倒れしならむ。 オークスの心汚き門番が 今日は大糞被りけるかな。 睾丸を牛に踏まれて又ここで 糞被せられ吠エル馬鹿者。 ワックスか又は糞かは知らねども どちらにしても臭い奴かな』 ワックス『糞奴三人揃ふ其中へ 糞まぶしたり糞婆の家で』 小国姫『ワックスよ、吾に向つて糞婆と 云つた言葉を忘れずに居よ。 いろいろと臭い思案を廻らして 糞を嘗めたる今の天罰』 オークス『テルモンの館の家令となる身には 糞の苦労も何のものかは』 小国姫『いろいろと臭い奴めが寄り合うて これの館に糞まき散らす。 これよりはハルナの都の神柱 大黒主に申上げなむ。 何事も皆三千彦の神司 諭し玉ひぬ汝等が企みを。 人の家の悩みにつけ込み糞思案 廻らし吾身を捨つる馬鹿者』 オークス『三千彦は三五教の魔法使 詳さに告げむ大黒主へ。 大黒主此有様を聞きまさば 小国姫の身の終りぞや』 かかる処へエキス、ヘルマンの両人は慌しく走り来り、プンプン嗅ふ臭気に鼻を抓み乍ら、 エキス『モシ奥様、ワックス其他の連中ぢや厶いませぬか。貴女は四人の者に陰謀露顕を恐れて糞を浴びせ打ち倒し、命をとらうとなさつたのですか、こりや怪しからぬ。モウ斯うなつては御主人様だとて容赦は致しませぬぞ。さあワックスさま確りなさいませ。之からハルナの都へ早馬使を立て貴方等の敵を討つて上げませう』 と云ひ乍ら尻ひつからげ、エキス、ヘルマン両人は表門さして雲を霞と駆け出したり。四人はヤツと起き上り、互に体の洗濯を終り、一間に入つて今迄の喧嘩は暫く横に置き、再び野心を充すべく秘密相談会を開く事となつた。小国姫は夫の病気を気遣ひ匆々に此場を立つて奥の間に身を隠しけり。 (大正一二・三・二四旧二・八於皆生温泉浜屋北村隆光録) |
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霊界物語 | 57_申_テルモン山の神館2 | 06 強印 | 第六章強印〔一四五六〕 テルモン山の館より十七八丁奥の谷間に大蛇の岩窟と云ふ深い穴がある。そこには三千彦を無理無体に押し込め、二人の門番が厳重にワックスの命令によつて守つて居た。 甲『オイ、何でも此中に突込んである魔法使は大それた事をしやがつたさうだな。如意宝珠の玉を盗み出し、そしてワックス様が匿して居つた等と讒言をし、デビス姫様の夫となり、此館を占領しようとしたドテライ悪人だと云ふ事だが魔法使だから何時此鉄の門を破つて出るか分らぬ。出たが最後、どんな目に会はすか知れないぞ。何程日当を沢山貰つても斯んな剣呑な商売は御免被りたいものだな』 乙『何、心配するな。魔法使と云ふものは或程度迄は法が利くだらうが、もう種が無くなつて皆に捉まへられ、斯んな処へ突込まれよつたのだから、もう大丈夫だ。滅多に出る気遣ひはないわ。斯うして十日も二十日も番して居れば饑ゑて死んで了ふ、さうすりや大丈夫だよ。俺等は日給さへ貰へば宜いのだからな』 甲『然し、此奴が死んで化けて出やがつたら、それこそ大変だぞ。何とかして断り云ふ訳には行くまいかな』 乙『そんな事、いくものかい。何時もワックスの旦那に難儀な時に無心を云つて助けて貰つてるのだから、斯んな時に御恩報じをするのだ。宮町中の難儀になる処を、ワックスさまのお蔭で此奴の盗んで居つた如意宝珠の玉も分り、俺等の生命まで助けて貰つたのだから、此奴が斃る所迄俺等は根比べをやらねばならぬのだ。余り心配するな。心配すると頭の毛が白うなるぞ』 斯く話して居る処へ遥か上の方の森林から頭の割れるやうな宣伝歌が聞えて来た。 三千彦『神が表に現はれて善と悪とを立別ける 三五教の宣伝使三千彦司が現はれて 三九坊に魅せられし家令の悴ワックスが 神の館の重宝を密かに匿し置き乍ら 三千彦司に看破され吾身危くなりしより 正反対に如意宝珠匿せしものは三千彦と 宮町一般触れ歩き何にも知らぬ人々を 誑りおほせし憎らしさ如何にワックス奸智をば 振ひて一時は世の中を欺き渡る事あるも 天地を造り玉ひたる此世の主と現ませる 誠の神は何時迄も曲の猛びを許さむや 吾は三千彦神司岩窟の中に押込まれ 暫し思案に暮るる折月照彦の大神の 遣はし玉ふエンゼルが現はれ玉ひ忽ちに 真鋼の鎚を打揮ひ此岩窟に穴穿ち 容易く救ひ玉ひけり初稚姫の遣はせし 神の変化のスマートが今や吾身に附添ひて 守らせ給ふ上からは仮令ワックス幾万の 軍を率ゐ攻め来とも如何でか恐れむ惟神 神の息吹の言霊に一人残さず吹き散らし 愛と善との聖徳を此土の上に輝かし 信と真との光明を天地の間に照らしつつ これの館の禍を払はにやおかぬ神の道 アア面白や面白や神の力は目のあたり 現はれ来る神館汝等二人の番卒よ 悔い改めて吾前に来りて罪を謝すならば 根底の国の苦みを神に祈りて救ひやり 永遠無窮の楽みを味はひ暮す天国へ 導きやらむ惟神神に誓ひて宣り伝ふ』 と歌ひ乍ら猛犬を引連れ悠々と岩窟の上面を下り来る。二人の番卒は此姿を見るより大地に頭をすりつけ、尻をつつ立てて一言も発し得ず、謝罪の意を表し乍ら慄うてゐる。太陽は漸く西山に没し、四辺はおひおひと暗くなつて来た。三千彦は二人に案内させ密かに抜け道より館を指して帰り行く。 ワックス、オークス、ビルマ、エルの四人は体を水にて洗ひ、会議室に入つてコソコソと、昼の間から日の暮れるのも知らず野心会の打合せをやつて居た。スマートは室内の怪しき臭に鼻をぴこつかせ、小声で『ウーウー』と唸り乍ら、三千彦に四人の悪者が密談に耽つてゐる事を知らした。三千彦は二人の番卒を霊縛したまま裏口よりソツと小国姫の居間に進み入つた。小国姫は悲痛の涙にくれ、今後如何になり行くならむと青息吐息をつきゐたり。 小国姫『如何にせむ今日の悩みを切り抜けむ 三千彦司の偲ばるるかな。 三千彦の道の司は三五の 誠の神の使なるらむ。 下男僕は数多あり乍ら 心汚きものばかりなり。 吾身のみ愛する輩集まりて 主人を思ふ人ぞなきかな。 泣き干して涙の種もつきにけり 救はせ玉へ三五の神。 如何ならむ悩みに会ふも神館 守らむ為めには吾身を惜しまじ。 如意宝珠貴の宝は帰りぬれど 吾子宝は如何になりしぞ。 背の君の病益々重なりて 早縡糸の断れむとぞする。 世の中に憂に悩める人々は ありとし聞けど吾に如かめや。 如何ならむ昔の罪の廻り来て かかる苦しき日を送るらむ。 待て暫し神の恵みの深ければ やがて三千彦帰り玉はむ。 三五の教司と仕へます 誠一つの君は益良夫』 と悲しげに述懐を宣べて居る。そこへ三千彦は忍び足にて帰り来たり。 『奥様奥様』 と小声に呼ぶ。小国姫は此声を微に聞いて夢かと許り打驚き乍ら、微暗き行燈の光に透かして見れば擬ふ方なき三千彦司であつた。 小国姫『ア、貴方は三千彦様、よう、マア帰つて来て下さいました。何処へお出でになつて居りましたか』 三千彦『ハイ、これには長いお話が厶います。然しこれ等両人が聞いて居りますれば、暫く霊縛を加へて置きます』 と云ひ乍ら耳と口とに霊縛を加へ、次の間に忍ばせ置きスマートをして警護せしめた。スマートは二人の番卒の一挙一動にも眼を配り、二人が一寸でも動かうとすれば目を怒らし、噛みつかむとする勢に恐れをなして、慄ひ慄ひ次の間に控へて居た。 三千彦『サアもう、これで大丈夫、然し乍ら旦那様は如何で厶いますか』 小国姫『ハイ、お蔭様で、まだ続いて居ります。一時も早く娘に会うて死にたいと申して居りますが、まだ娘の行衛は分りませぬので、今も今とて貴方の事を思ひ出し、泣いて居つた処で厶います』 三千彦『どうしてもお嬢さま二人とも、修験者に送られ、已に此館へお帰りになつて居らねばならぬ筈で厶います。之には何か悪人輩の企みがあるので厶いませう。今あの会議室でワックス以下四人の連中が密々と相談を致して居りますれば、私が此館へ帰つた事を覚れば彼等は如何なる事を致すか分りませぬ。何卒誰も来る事の出来ない居間へ案内して頂き度いもので厶います。そこでトツクリとお話を申上げませう』 小国姫『チツト窮屈で厶いますが吾夫の病室の上に暗い居間が厶います。そこは誰も上る事は出来ませぬから、そこへお越しを願うて、何かの事を承はり度う厶います』 三千彦『それは好都合です。サア早く参りませう。何時悪者がやつて来るか知れませぬから』 と云ひ乍ら小国姫に導かれて二階の暗き一間に微な火を点じ、身を隠し密々話に耽つた。 三千彦『実の所は二人のお嬢様は私の察する所、テルモン山の岩窟に隠して居るやうに考へます。ワックスと云ふ奴、デビス姫様に恋着し、肱鉄砲を喰はされたのを、性懲りもなく、飽迄恋の欲望を遂げむとし、如意宝珠を隠してお館を困らせた上、往生づくめで押掛け婿にならうと企んで居た所へ、拙者が参つたものですから陰謀露顕を恐れ、反対に拙者を魔法使と触れ廻り、如意宝珠を隠したのも拙者だと主張致し何も知らぬ町民は彼が言葉を真に受け、又修験者が送つて来た御両人様を化物だと吹聴し、岩窟に匿しおき、往生づくめに姫様に得心させた上、御主人の御死去後正々堂々と乗り込まうと云ふ悪い企みで厶いませう。併し乍らお嬢様は確りした女丈夫ですから、決して彼が毒手におかかり遊ばす案じは要りませぬ。又決して彼等に身を任せ、操を破らるる事はありませぬから御安心下さいませ。併し乍ら今直に如何すると云ふ事も出来ませぬ。町内の人の心が鎮まつた上、徐にワックスの陰謀が現はれた処へ拙者が首を出し、姫様をお助けする事に致しませう。ここ二三日は落着いて居らねばなりませぬ。又御主人の御病気に、さしひきがあつても此四五日は何ともありませぬから御安心下さいませ』 小国姫『それを承はりまして一寸安心致しました。娘は無事で居りませうかな。主人が聞きましたら何程喜ぶ事でせう。これを冥土の土産として潔く帰幽する事で厶いませう。アア惟神霊幸倍坐世。然しワックスと云ふ奴は親にも似ぬ悪党で厶いますな。さうしてマンの悪い時には悪い事が重なるもので、家令のオールスチンは大怪我を致し吾主人よりも先に死ぬかも知れぬ様な重態で厶います。あれを助けてやる訳には行きますまいかな』 三千彦『とても助かりますまい。肋骨を二本迄折つて居ますから』 小国姫『さても困つた事で厶います。これも何かの因縁で厶いませう。あまり悴が悪党を致しますので子の罪が親に酬うたのでは厶いますまいか』 三千彦『決して決して、子の罪が親に酬ふ等といふ道理が厶いませぬ。神様は公平無私にゐらつしやいますから決して人を罰め、苦める様な事をなさる筈が厶いませぬ。况して罪なき本人に子の罪迄おきせ遊ばす不合理な事がありませうか。只此上はオールスチン様の冥福を祈つてやるより外に道はありますまい。そして一時も早く国替をなさつて病気のお苦みをお助かり遊ばす様、祈るより外に道は厶いませぬ』 斯く密々話をして居る処へ、ワックス、オークス、ビルマ、エルの四人は酒を矢鱈にあふり乍ら、ドヤドヤと病室に入り来り、 ワックス『これはこれは、小国別の御主人様、御病気は如何で厶います。お訪ね致さねば済まないのですが、何分私の父が大怪我を致しましたので、一人よりない親、見逃す訳にもゆかず、夜の目も寝ず、孝行第一に看病致して居りました。だと申して大切な御主人様お訪ね致さぬも不忠の至りと、気が気でならず、宅に居つても心は御主人様の身の上に通つて居ります。アア忠ならむと欲すれば孝ならず、孝ならむと欲すれば忠ならず、どうも世の中は思ふやうには行きませぬ。どつちや……いえ、どつち道、私の爺は肋骨を折られて居ますから、死なねばならぬ運命で厶います。それで早く死んで呉れますれば、御主人様のお世話が出来ます事と、心は焦りますれど、病気計りは人間がどうする事も出来ませぬので、ツヒ失礼を致して居りました。何卒御無礼の罪お赦し下さいませ。モシ御主人様、家令の父が亡くなりましても此ワックスがビチビチして後に控へて居りますれば、決して御心配下さいますな。そしてデビス姫様とケリナ姫様とは間近い内にお帰りになりませうから、及ばず乍ら私がお世話をさして頂きます。これも御安心下さいませ。予めワックスに娘二人を宜しく頼むと只一言仰有つて下さいますれば、獅子奮迅の活動を致し、姫様を御目にかけるで厶いませう。ここに貴方の遺言状を代書して来ましたから、一寸拇印を捺して下さいますまいか。何もワックス一人の為では厶いませぬ。お館、町内一同の為は申す迄もなく、テルモン国一国の為で厶いますから』 小国別はソファーの上にヤツと起き上り凹んだ目をクワツと瞠き、力なき声にて、 『お前はワックスだつたか、何とか云つてる様だが病気のせいか、耳がワンワンして何も聞えない。女房が其処辺に居るだらうから話があるならトツクリと女房として呉れ。私はもう体が弱つて耳さえ聞えなくなつたから』 と故意と小国別は煩さを排除せむと耳に事寄せて取り合はぬ。 ワックス『モシ、御主人様、チト確りして下さいませ。此館には三千彦と云ふ魔法使が来ましてから怪事百出、貴方の御病気も彼奴の魔法の為で厶いますよ。その三千彦をテルモン山の牢獄へ押込め、お館の禍を除いたのは此ワックスで厶いますから、御安心下さいませ』 小国別『何、あの三千彦様を岩窟へ打ち込んだとは、そりや大変な事をして呉れた。あのお方は生神様だ。左様な事を致したらお前等に神罰が当るぞ。早くお助け申して吾前に送つて参れ。怪しからぬ事を致すでないか』 と怒気を帯びて力無き声に呶鳴りつけた。 ワックス『ハハハハハ、貴方の聾は嘘で厶いましたか。何と都合の好い耳で厶いますな。御主人様、よく考へて御覧なさいませ。今日か明日か知れぬ身を以て、さう頑張るものぢやありませぬ。此お館は此ワックスが居らねば駄目で厶います。バラモン教の聖場へ三五教の宣伝使を引張込む等とは重大なる罪で厶いませう。こんな事が大黒主の耳に這入つたら如何致します。お道の為には此ワックスは御主人様でも、何でも厶いませぬ』 と呶鳴り立てた。 小国姫、三千彦は頭の上の二階にワックスの声を聞いて居たが下りる訳にもゆかず、……マンの悪い処へ悪い奴が出て来たものだ……と顔を顰め、一時も早く帰りますやうにと、一生懸命に三千彦は大神に祈願を凝らして居た。 ワックスは益々大きな声で主人より拇印をとらむと迫つて居る。看護婦のセールは見るに見かねて、 セール『もし、ワックス様、旦那様は御大病のお身の上、お体に障りますから何卒お控へ下さいませ。奥様がお帰りになつた上、とつくりと御相談遊ばしたが宜しからう』 ワックス『エー、看護婦の分際として、家令の悴ワックスに向ひ、無礼の申し様、すつ込んで居れ。汝等如き卑女の容喙する処でない。モシ御主人様、是非ともこれに拇印を願ひます』 とつきつける。小国別は止むを得ず、 『アア私は目も眩み、耳も遠くなつて何にも分らないが、どんな事が書いてあるのか大きな声で読んで呉れ。そしてワックスが読んだのでは当にならぬ。セール、私に代つて、その遺言状を読んで呉れ』 セール『ハイ、承知致しました。ワックス様、サア此方へお渡し下さい。妾が旦那様の代りに読まして貰ひますから』 ワックス『モシ、御主人様、読んだ以上は拇印を捺して下さいますか。捺して貰はなくては読んで貰つても何にもなりませぬからな。それから前に定めて置かねば読む訳には行きませぬ』 小国別『読んだ上で拇印を捺してやらう』 ワックス『イヤ有難い。おい、セール、そこは……それ……腹で読むのだ。妙な読みやうを致すと家令の悴ワックスが承知致さぬぞ』 と睨みつける。セールは委細頓着なく病人の耳許に口を寄せて声高らかに読み初めた。 遺言状の事 一、吾れ帰幽せし後はテルモン山の館の事務一切を家令の悴ワックスに一任すること。 一、小国姫は別に館を建て、比丘尼として一生を安楽に送らすこと。 一、デビス姫、ケリナ姫はワックスに一切身を任すこと。 一、ワックスを当館の養子となし、デビス姫を女房とすること。 一、ケリナ姫はワックスの意志により第二夫人となすもよし、都合によれば他家へ縁づかすもワックスの自由たるべきこと。 右の遺言状は小国別重病のため筆写する事能はざるを以て、ワックスに代筆せしめ後日のため拇印押捺するもの也。 年月日小国別神司 セール『ホホホホホ何とマア虫のよい遺言状で厶いますこと、モシ、旦那様、こんな事御承知遊ばしますか』 小国別『以ての外の事だ。左様な遺言状には拇印は決して捺さない。引裂いて了へ』 と怒りの声諸共にワックスを睨めつけた。ワックスは手早くセールの手より遺言状を奪ひ取り、主人の指に印肉をつけ、無理に捺させ様とした。老衰の小国別は抵抗する力もなく進退維谷まつた処へ、宙を飛んで馳来る一頭の猛犬、ウーウーウー、ワツワツと叫び乍らワックスに跳びかかり腰の帯をグツと銜へて、猫が鼠を銜へた様な調子で館の外へ運び行く。オークス、ビルマ、エルの三人は顔色をサツと変へ、スゴスゴと受付の間に走り込み、青い顔して慄うて居る。小国姫はヤツと胸撫で下し四辺を窺ひ乍ら病床に下つて来た。 (大正一二・三・二四旧二・八於伯耆皆生温泉浜屋北村隆光録) |