🏠 トップページへ

📖 キーワード検索

番号
(No.)
書籍 内容
301

(1704)
霊界物語 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 16 城攻 第一六章城攻〔六二七〕 冷たき風も福知山、世を艮の大空に聳り立ちたる鬼ケ城、千引の岩にて固めたる、鬼熊別が千代の住家、金城鉄壁一卒これを守れば万卒攻むべからざる、敵の攻撃に対しては絶対的の安全地帯、岩窟の中に築きたる八尋殿に砦の棟梁鬼熊別は、角の生えたる命の女房、顔色黒い蜈蚣姫数多の人足従へて夜昼堅固に守り居る。鬼熊別が懐中刀と頼みたる、荒鷹、鬼鷹始めとし、紫姫や容貌美き丹州の、味方の兵士を呼び集め、三五教の宣伝使、悦子姫が率ゐ来る言霊隊の進軍に対して、防戦の協議を凝らす大会議、数多の従卒岩窟戸の周囲を十重二十重に取り囲み、敵の襲来に備へ居るその物々しさ、よその見る目も勇ましき。鬼熊別は一同に向ひ、 鬼熊別『三五教の奴原、大江山に在す鬼雲彦の御大将の館を蹂躙し、尚ほ進みて三嶽の岩窟を破壊し去り、今や少数の神軍をもつて本城に押し寄せ来るとの注進、吾は名に負ふ大軍を擁し、斯る堅城鉄壁を構へ居れば、如何なる英雄豪傑鬼神の襲来と雖も屈するに及ばず、然はさりながら油断は大敵、汝等は是より、味方の数多の部下を引率し、所在武器をもつて敵に向ひ、只一戦に殲滅せよ、夫についての作戦計画、意見あらば各吾前へ開陳せよ』 と厳命したりければ、荒鷹は進み出で、 荒鷹『御大将の御仰せ、一応御尤もでは御座いますが、御存じの通り大江山の鬼雲彦は数多の味方を擁しながら、僅四人の宣伝使のために一敗地に塗れて雲を霞と遁走せられたる如く、到底天来の神軍に対し武器をもつて向ふは心許なし、何か良き方法あらばお示し下さいませ』 蜈蚣姫『さうだと申して此鬼ケ城に於ては、槍、長刀、剣の外に敵に対する武器はあらず。汝等如何に致す所存にや、良策あらば遠慮なく開陳せよ』 鬼鷹『畏れながら、鬼熊別、蜈蚣姫様に申上ます、敵は言霊を以て迫り来り、五色の霊光を放射し敵を縦横無尽に駆悩ます神力を具備し居れば、到底此儘にては叶ひ難し。吾は幸ひ一声天地を震撼し、一言風雨雷霆を叱咤する神力を図らずも三嶽山の山上に於て白髪異様の神人より伝授されました、もう此上は大丈夫、仮令幾万の武器ありとも、部下の身体を霊縛されなば如何ともする事は出来ますまい、吾々は言霊を以て寄せ来る敵を殲滅するを最上の策と存じます』 鬼熊別『汝一人如何に言霊を応用すればとて、其他の部将は如何致す積りだ』 鬼鷹『畏れながら、荒鷹、丹州、紫姫のお歴々は、私と一度に神変不思議の言霊の妙術を神人より伝授され居りますれば、必ず必ず御心配あらせられな、仮令三五教の宣伝使、神変不思議の霊術をもつて迫り来るとも、吾が言霊の威力を以て、縦横無尽にかけ悩まさむ、必ず必ず数多の部下を労し、兇器をもつて向はせ給ふべからず、確に吾々勝算が御座る』 と事もなげに述べ立てたるに、鬼熊別、蜈蚣姫は満面に笑を湛へ、 鬼熊別『然らば鬼鷹汝に全軍の指揮を命ず、必ず共に油断致すな、吾は是より高楼に登り、汝等が奮戦の状況を見む、蜈蚣姫来れ』 と此場を立つて奥の一間に悠々と忍び入る。忽ち聞ゆる宣伝歌の声に耳を聳立て、 鬼鷹『ヤアヤアかたがた、敵は間近く攻め寄せました、何れも防戦の用意あれ』 荒鷹『仮令三五教の宣伝使、悦子姫、音彦、加米彦、青瓢箪彦、腰の曲つた夏彦、狐のやうに目の釣り上つた常彦押寄せ来るとも、吾は孫呉の秘術を揮ひ、否々神変不思議の言霊の妙術を発揮し、敵を千変万化に駆悩まし、勝鬨上げるは瞬く間』 と勇める顔色英気に満ち、威風凛々として四辺を払ふ勇ましさ。一同は双手を打ち一斉にウローウローと鬨の声、山岳も崩るる許りの光景なり。 宣伝歌の声に一同は勇み立ち、鬼鷹、荒鷹其他の言霊隊は廊下に立ち現はれ、寄せ来る神軍の言霊の散弾に向つて防戦の用意に取りかかりぬ。寄手の部将加米彦は声も涼しく宣伝歌を宣り始めたり。 加米彦『神が表に現はれて善と悪とを立て別ける 鬼熊別の運の尽き亡び行く世は如月の 三五の月は大空に明皎々と輝きて 鬼の頭を照すなり万代祝ふ加米彦が 悪魔の砦に攻め寄せて宣る言霊は天地の 百の神達八百万諾ひ給へ鬼ケ城 群がる曲を言向けて西の海へと逐散らし 豊葦原の瑞穂国隈なく照す言霊の 誠の水火を受けて見よ槍雉刀や剣太刀 穂先を揃へて攻め来とも皇大神の守ります 吾加米彦の誠心は火にも焼けない又水に 溺れもせない如意宝珠万代朽ちぬ生身魂 玉の御柱立て直し言向け和す其ために 今や加米彦向うたり吾と思はむ奴原は 一人二人は面倒だ千万人も一時に 小束となつて攻め来れ三五教の宣伝使 神の御魂を蒙りて息吹の狭霧に吹き払ひ 風に木の葉の散る如く吹き散らさむは目のあたり 心改め吾前に帰順致すかさもなくば 城を枕に討死かそれも厭なら逸早く 城明け渡し逃げ出せ月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも此加米彦が麻柱の 心の魂に言向けて丹波の空に塞がれる 雲霧四方に吹き払ひ清めて晴らす神の道 嗚呼面白い面白い神の守りの宣伝使 嗚呼惟神々々御魂幸はひ坐ませよ』 と謡ひ終りし加米彦が宣伝歌に四辺を守る数多の部卒は頭を振り暫く苦悶の体を現はしける。 少壮白面の丹州は、加米彦の言霊に応戦すべく白扇を披き左右左に打ちふりながら、 丹州『誠の風の福知山人の心の鬼ケ城 鬼も大蛇も言向けて世人を救ふ神心 鬼熊別はバラモンの神の教の宣伝使 素より悪き者ならず顔色黒き蜈蚣姫 色の黒いに霊ぬかれ知らず識らずに水晶の 清き霊は曇り果て常夜の暗となり果てぬ さはさりながら加米彦よ人は神の子神の宮 悪の中にも善がある善に見えても悪がある 鬼熊別の大将は欲に心を曇らせて 曲の言霊宣りつれど時節来れば又元の 神の霊と立ち復り神の御為め国のため 世人のために勲功をひよつと立てまいものでない 許せよ許せ麻柱の神の教の宣伝使 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直せ聞き直せ 身の過ちは宣り直せこれぞ天地の大神の 御旨に等しき心なり嗚呼加米彦よ加米彦よ これの砦に立ち向ひ言霊戦を開始して 勝鬨あぐる汝が心さはさりながらさりながら 満つれば欠くる世の習ひ弱きを助け強きをば 抑へて行くが神の道勝に乗じて徒に 吾等が味方を悩ますな神の御眼より見給へば 世界の者は皆我が子神は親なり人は子よ 人と人とは兄弟よ兄弟喧嘩は両親に 対して不幸となるものぞ吾が言霊の一つだに 汝が耳に入るならば早く此場を立ち去れよ 世人を救ふ宣伝使嗚呼惟神々々 御魂幸はへましませよ』 と謡ひ終り忽ち姿を隠したり。 加米彦『何だ丹州の奴、敵だか味方だか訳の分らぬ事を云ひよつたな、エヽ気の弱い奴だ。鬼熊別に余程気兼をして居ると見える哩、アハヽヽヽヽ』 腰のくの字に曲つた小男の夏彦は敵の岩窟に向ひ、言霊戦を開始すべく宣伝歌を歌ひ始めたり。 夏彦『鬼の棲家と聞えたる曲津の潜む鬼ケ城 鬼熊別や蜈蚣姫牛のやうなる角生やし 虎皮の褌きうと締め広い世界をのそのそと 吾物顔に蹂躙り彼方此方の女達 弱いと見たら忽ちに小脇に掻い込み連れ帰り 寄つてかかつて嬲者生血を啜り肉を喰ひ 未だ飽き足らで人の家に隙を窺ひ忍び込み 目より大事と蓄へた金や宝をぼつたくり 栄耀栄華の仕放題雲に聳ゆる鬼ケ城 殊更高い高楼に登つて悠くり酒喰ひ 世人を眼下に見下して暑さ寒さも知らず顔 いかい眼を剥き鼻を剥き大い口をかつと開け 人を見下ろす鬼瓦夏彦司の言霊の 霰を喰つて忽ちにがらりがらりとめげ落ちる 鬼熊別の身の果てぞ今から思ひやられける 春とは云へど夏彦が誠にアツき言霊の 矢玉を一つ喰つて見よ鬼鷹、荒鷹、鹿に馬 紫姫も丹州も風に木葉の散る如く 不意を喰つてばらばらばら夕立のやうな涙雨 乾く間もなき袖時雨月は御空に輝けど 汝がためには運の尽きウロつき間誤つきキヨロつきの ウロつき廻る狐憑き鬼に大蛇はつきものぢや 昔々の神代より鬼の夫に蛇の女房 世の諺はあるものにこれや又何とした事か 鬼の女房に蜈蚣姫青い爺に黒い嬶 サア是からは夏彦が日頃鍛へし言霊の 霊弾を向けて鬼ケ城紅蓮の舌で舐めてやろ 嗚呼面黒い面赤い嗚呼惟神々々 とても叶はぬ叶はぬから耐りませぬと鬼共が 逃げ行く姿を目の当り見る吾こそは楽しけれ 見る吾こそは面白き。 アハヽヽヽ』 加米彦『オイ夏彦、何と云ふまづい言霊だ、ソンナ事で敵が降服するものか、宣り直せ宣り直せ』 夏彦『身魂相応の言霊をやつたのだ、何程宣り直せと云うても、はや品切に相成申候だよ』 加米彦『アハヽヽヽ、怪体の言霊もあるものだなア、併しこれも今度の戦闘の景物と思へば辛抱が出来るよ』 夏彦『何れ腰が曲つて居るものだから、臍下丹田から出る言霊も何うせ腰折れ歌だよ、アハヽヽヽ』 岩窟の方より鹿公は立ち上り、又もや扇を打振り打振り、寄せ手に向つて大音声に言霊戦を開始したり。その歌、 鹿公『真名井ケ原に現れませる豊国姫の大神に 詣でむものと紫姫の神の司は都をば 立ち出で給ひ馬と鹿二人の伴を従へて 山越え谷越え川を越え大野ケ原や里を越え 真名井ケ原の手前迄進み来れる折柄に 三嶽の岩窟に立て籠る荒鷹、鬼鷹両人が 部下の魔神に欺かれ真名井ケ原は此方ぢやと 云うた言葉を真に受けて暗き岩窟に誘はれ 深い穴へと放り込まれ馬と鹿とは馬鹿を見た 紫姫は幸に渋皮剥けたるお蔭にて 鬼鷹荒鷹両人がお目に留まつて助けられ チンコ、はいこと敬はれ岩窟の女王となり済まし 権威を揮ふ凄じさ間もなく出て来た麻柱の 神の教の宣伝使容貌も形も悦子姫 松吹く風の音彦や背の堅い加米彦が のそのそ来る谷の口バサンバサンと衣洗ふ 婆々にはあらぬ紫姫の神の司の優姿 肝を潰して加米彦が荊棘の茂る坂道を 転けつ辷りつ漸うに岩窟の前にやつて来て 思ひがけなき陥穽ドスンと落ちて尻餅を ついたかつかぬか俺や知らぬそれから三人のこのこと 紫姫に誘はれ岩窟の中にやつて来て 俺を助けて呉れた故そこで二人は麻柱の 神の教に入信し三嶽の山の絶頂で レコード破りの風に遇ひこれや耐らぬと四つ這ひに なつて漸う木の茂み一同此処に息やすめ 白河夜船と寝て居れば鬼鷹荒鷹やつて来て 鹿と馬とを後手に縛つて又もや岩窟に 押し込められた夢を見てビツクリ仰天起き上り 月の光を賞めながら其辺をぶらつく時もあれ 現はれ来る黒い影摺つた揉みたといさかいつ とうとう鬼鷹荒鷹の二人の奴を言向けて 三五教に導きつ悦子の姫の命令で 帰つて来たは表向おつとどつこいこれや違ふ 俺が言ふのぢやなかつたに余り嬉して間違つた ヤイヤイ夏彦常彦よドツコイすべつた灰小屋で 灰にまみれて真黒気もう斯うなれば是非もない 他人は兎も角俺だけは今を限りに鬼熊別の 大将に尻を喰ますぞよむかづくまいぞよ蜈蚣姫 うつかり剥げた嘘の皮俺の身魂はまだ暗い 言霊戦は皆駄目だ嗚呼惟神々々 御霊幸はひましませよ蛙は口から知らぬ間に 腹の中をば曝け出しもう叶はぬから逃げて出る 三五教の宣伝使本当に吾は帰順する 何うぞ赦して下されや』 と尻を捲つて一散走り、音彦が戦陣に向つて、一目散に逃げ来る可笑しさ、悦子姫、音彦、加米彦は可笑しさに吹き出し、笑ひ転けたり。 (大正一一・四・二三旧三・二七加藤明子録) (昭和一〇・五・二六王仁校正)
302

(1705)
霊界物語 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 17 有終の美 第一七章有終の美〔六二八〕 常彦『世は常暗と成り果てて鬼や大蛇や曲津神 天が下をば横行し吹き来る風は腥く 歎き悲しむ人の声鬼の棲むてふ大江山 憂を三嶽の岩窟に鬼熊別の片腕と 誇り顔なる鬼鷹や情容赦も荒鷹の 爪研ぎすまし世の人を見付け次第に引攫み 岩窟の中へと連れ帰り人を悩ます曲津神 それさへあるに鬼ケ城の数多の部下を従へて 天が下をば吾儘に振る舞ひ暮す曲霊 鬼熊別を始めとしそれに連れ添ふ蜈蚣姫 数多の魔神と諸共にバラモン教の教理をば 世人欺く種となし男、女の嫌ひなく 暇さへあれば引捕へ己が棲処へ連れ帰り 無理往生に部下となし日に日にまさる頭数 烏合の衆を駆り集め世を驚かす空威張り 山砦は立派に見ゆれどもその内実は反比例 風が吹いてもガタガタと障子は踊る戸は叫ぶ 柱はグキグキ泣き出す一寸の風にも屋根の皮 剥けて忽ち雨が漏るコンナ山砦を偉相に 難攻不落の鉄城と誇る奴等の気が知れぬ 鼻の糞にて的貼つた様な要害何になる 三五教の言霊に忽ち城は滅茶々々に 砕けて逃げ出す曲津共蜘蛛の子ちらす其の如く 四方八方に散乱し這うて逃行く可笑しさは 他所の見る目も哀れなりドツコイ待つたそれや先ぢや 今は鬼鷹荒鷹が死力を竭して防戦の 真最中のお気苦労遥に察し奉る もう良い加減に我を折つて運の尽きたる此城を 綺麗薩張引き渡せ花も実もある其間に 渡すが利巧なやり方ぞ人を助ける宣伝使 相互の為にならぬ様な下手な事をば申さない サアサア如何ぢや、さア如何ぢや返答聞かせ早う聞かせ 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令千年かかるとも三五教の言霊の 続く限りは攻めかける水攻め火攻めはまだ愚 地震雷火の車大洪水は宵の口 それより怖ひ俺の口口惜しからうが我を折つて 素直に降参するが良い宵に企みた梟鳥 夜食に外れてつまらない顔を見るのが気の毒ぢや 此世を造りし神直日心も広き大直日 只何事も三五の神の教の吾々は 直日に見直し聞直す深き恵に省みて 鬼熊別の家来ども胸の戸開いてさらさらと 醜の岩窟を明け渡せ渡る浮世に鬼は無い 泣いて暮すも一生ぢや怒つて暮すも一生ぢや 笑うて暮せ鬼ケ城笑ふ門には福が来る 鬼は仏と早変り仏は神と出世する 神が表に現はれて善と悪とを立て別ける 此世の立替立別の出て来る迄に逸早く 神の御子と生れたる鬼熊別の家来共 叶はぬ時の神頼みもう斯うなつては百年目 早く山砦を明け渡せ此常彦が気をつける アヽ惟神々々御霊幸倍坐世よ』 夏彦『何だ、常彦、俺の言霊を随分冷かしたが貴様の言霊は何だ、長い長い大蛇の様なぬるぬるとした、蜒りさがした骨無し歌ぢやないか』 常彦『きまつた事だ、先方が大蛇の身魂だから此方もぬるぬると長く攻かけたのだよ』 加米彦『何だか根つから能う分る言霊だつた、之には流石の鬼熊別も胆を潰して腹を抱へて笑ひ転けるであらう、アハヽヽヽ』 馬公は岩窟の高欄の上に立ち、怪しき身振りをし乍ら謡ひ初めた。 馬公『花の都を立ち出でて馬と鹿との二人連れ 紫姫のお伴して比沼の真名井に詣でむと 遥々やつて来た折にバラモン教の神の子と 現はれ出でたる鬼鷹や心の荒き荒鷹の 二人の奴にうまうまと口の車に乗せられて 馬と鹿との両人は馬鹿にしられて三嶽山 岩窟の中に放りこまれ泣いて怒つて暮す中 折も悦子のお姫さま音彦さまや加米彦の 二人の取次従へて岩窟の中に御入来 折よく私は助けられ忽ち変る三五の 神の教の信徒となつて嬉しき今日の日は 鬼の棲まへる鬼ケ城言霊戦に加はりて 鬼熊別の土手つ腹突いて突いて突き捲り オツトドツコイこら違うた心の裡は兎も角も 表は矢張鬼ケ城鬼の味方になり居れと 悦子の姫が仰有つたかねて定めた八百長の 此言霊の戦ひに敵と味方の区別なく 言向け和し三五の神の教を敷島の 大和島根はまだ愚豊葦原の瑞穂国 国の八十国八十の島一度に開く梅の花 開いてちりて実を結ぶ結ぶ誠の神の縁 鬼熊別の大頭お色の黒い蜈蚣姫 一時も早く村肝の心の鬼を追ひ出し 神に貰うた真心に早く復つて下されや 馬公が一生のお頼みぢや荒鷹改心するならば 敵も味方もありはせぬ天下泰平無事安穏 千秋万歳万々歳散らぬ萎れぬ花が咲く 誠一つの神の道朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 神のお道は変らない誠の道は二つない 誠一つに立ち復り神の光に照されて 恵の露に潤へよ鬼熊別や蜈蚣姫 三五教の宣伝使音彦加米彦青彦よ お前も一寸我が強い序に言霊放し置く アヽ惟神々々霊幸倍坐世よ』 鹿公『アハヽヽヽ、オイ馬、貴様は何方に向つて言霊戦をやつたのだ、貴様余程筒井式だな』 馬公『きまつた事だ、味方をつついたり、敵をつついたりするからつつい式だよ、旗色の良い方へつくのが当世の処世法だ、オツトドツコイ戦略だよ、ハヽヽヽ』 攻撃軍の青彦は敵城に向ひ、又もや立つて言霊の発射を開始する。 青彦『三五教の宣伝使誠の道を宣べ伝ふ 神の御子たる青彦が之の山砦の司神 鬼熊別や蜈蚣姫二人の君に物申す 天と地との其中に生とし生ける者皆は 皇大神の珍の御子青人草と称へられ 神の御業をそれぞれに御仕へまつる者ぞかし 汝が命も天地の神の霊魂を受け給ひ 此世に生れし者なれば人の憫れを顧みて 善と悪とを推し量り世人を救ふ其為めに 誠の道に立ち復れそれに従ふ人々よ バラモン教の神の教心一つに励しみて 仕へ給ふは良けれども神の心を取違へ 知らず識らずの其中に曲津の神の容器と 成らせ給ひて天地の神の御前に許々多久の 罪をば重ね世を穢し根底の国の苦みを 受けさせ給ふ事あらば吾等はいかでか忍びむや 天を父とし地を母と仰ぎ生れし人の子は 皆兄弟よ姉妹よ一日も早く神直日 心も広き大直日神の真道に立復り 誠の道にのりかへて今迄尽せし曲業を 神の御前に悔い給へ三五教は世を救ふ 神の誠の言の葉を四方に伝ふる天使 心の耳に安らかに吾言霊を聞し召せ アヽ惟神々々霊幸倍坐世よ』 と声淑やかに謡ひ終つた。荒鷹は又もや立ち上り青彦に向つて、言霊の砲弾を発射し始めた。 荒鷹『神の恵のあら尊心の荒き荒鷹も 心新に立直し世の荒浪に掉して 神の助けの船に乗り心改め行ひを 改め直し世を広く神の教を服ひて 誠の道を立て徹しバラモン教やウラナイの 神の教の長を採り短をば捨てて新玉の 春立ち返る初よりあな有難や三五の 神の教に身を任せ心の花も一時に 開いて薫る梅の花日の出神や木の花姫の 神の命に神習ひ野立の彦や野立姫 埴安彦や埴安姫の神の命の御心を うまらにつばらに推量りて神素盞嗚大神の 此世を洗ふ瑞霊厳の霊の御教 身もたなしらに励しみて仕へ守るぞ嬉しけれ 鬼熊別や蜈蚣姫今迄仕へし荒鷹が 今改めて願ぎ申す汝が尽せし許々多久の 邪悪の道を今よりは改めまして天地の 神の御言を謹みて朝な夕なに村肝の 心にかけて守りませ汝が命に真心を 尽しまつるは荒鷹が清き心の表現ぞ 必ず怒らせ給ふまじ回顧すれば荒鷹が バラモン教に仕へてゆ早や二十年になりたれど 天と地との神々や世の人々の身に対し 一つの功績立てしことまだ荒鷹の身の因果 赦し給はれ天津神国津神等百の神 偏に願ひ奉るアヽ惟神々々 霊幸倍坐世よ』 荒鷹は斯く謡ひ涙をはらはらと降らし鬼熊別、蜈蚣姫の端坐せる高楼の前に向つて合掌したり。三五教の宣伝使音彦はすつくと立ち敵城に向ひ、又もや言霊の速射砲を差し向けたり。その歌、 音彦『日本の国は松の国松吹く風の音彦が 音に名高き鬼ケ城司の神と現れませる 鬼熊別の御前に稜威の言霊宣り上げて 清き言の葉宣り伝ふ豊葦原の中津国 メソポタミヤの楽園に教開きしバラモンの 鬼雲彦が言の葉は霊主体従の御教 三五教も其通り之亦霊主体従を 珍の御旗と押し立てて四方の草木を靡かしつ 天が下をば吹き払ふ科戸の風の神司 松に声あり立つ波の音彦此処に現はれて 誠の道を宣べ伝ふ霊主体従と称へたる その名目は一なれど内容は変る雪と墨 白き黒きも弁へて汝が命は逸早く お伴の者と諸共に誠の神の開きたる 三五教の御教に一日も早く片時も 疾く速けくかへりませ元は天地の分霊 天が下には敵も無し相互に扶け助けられ 睦び親しみ世の中に茂り栄ゆる人の道 省み給へ蜈蚣姫鬼熊別の司神 三五教の音彦が真心籠めて宣り申す 吾言霊の一つだに汝が命の御耳に 響き渡りて行ひを直させ給へば我として 之に越えたる喜びは又と世界にあらざらめ アヽ惟神々々霊の復しを待ち奉る』 と謡ひ終つて岩石の上に腰を下ろしたり。鬼熊別の片腕と聞えたる鬼鷹は白扇を開いて衝つ立ち上り、攻撃軍に向ひ言霊の応戦を開始したりけり。 鬼鷹『神の身魂と生れ乍ら誠の道を踏み外し 心汚き鬼神の醜の曲津の群に入り 日に夜に募る許々多久の罪や穢に包まれて 此世からなる生地獄心に鬼が棲むのみか 鬼雲彦の曲津神鬼熊別や蜈蚣姫 醜の従僕となり果てて名も恐ろしき鬼鷹と 天地の御子と生れきて万の長と名を負ひつ 鬼畜生や鳥翼虫にも劣る醜魂の 此世を乱す曲業に心砕きし浅猿しさ かかる汚なき吾身にも慈愛の深き皇神は 恵の鞭を鞭たせつつ今日は嬉しき三五の 神の教に照されて心も広く蓮花 薫り床しき木の花の咲耶の姫の御仰せ 日の出神の御神力千座の置戸を負ひ給ひ 普く世人を救ひます神素盞嗚大神の 瑞の御霊と現はれて身魂も清き神の御子 神も仏もなき世かと日に夜に胸を痛めしが 時節待ちつる甲斐ありて悪を斥け善道に 忽ち復る今日の空霽れゆく雪の跡見れば 三五の月は皎々と己が頭を照らしつつ 恵の露をたれ給ふアヽ惟神々々 御霊幸倍坐世よ仮令大地は沈むとも 月日西より昇るとも神に誓ひし吾心 幾世経ぬとも変らまじ変る浮世と云ひ乍ら 遠き神代の昔より誠の道に変りなし アヽ尊しや有難や三五教の神の教 喜び仰ぎ奉る曲津の集まる鬼ケ城 八岐大蛇の醜魂八握の剣抜き持たせ 五百美須麻琉の玉の緒に神の御水火を結びつつ 心の鏡照り渡る月照彦の大神や 足真の彦の大神の伝へ給ひし御教 埴安彦や埴安姫の神の命の現はれて 織り出でませる経緯の綾と錦の神機を 天津御風に飜し山の尾の上や河の瀬に 荒ぶる百の神等を草木の風に靡く如 言向け和し皇神の御水火も清く九十 十曜の神紋中空に靡かせ奉り皇神の 御稜威を四方に輝かし醜の山砦に進撃し 太き功績を永久に立てて心の真木柱 高天原に千木高く仕へまつらむ吾心 アヽ惟神々々御霊幸倍坐世よ』 と謡ひ終り、天地に向つて合掌し嬉し涙に咽びつつ地上にドツと打ち倒れたり。鬼熊別が幕下の者共、感激の涙にうたれ、ものをも言はず大地に平伏し、落つる涙に大地を潤しける。紫姫は立ち上り声淑やかに宣伝歌を謡ひ初めたり。 紫姫『救ひの神と現れませる厳の御霊や瑞御霊 天教山や地教山名さへ目出度き万寿山 霊鷲山の三葉彦神の命の御教は 天地四方に拡ごりて世は永久に開け行く アヽ惟神々々御霊幸はひ坐しまして 醜の魔風も凪ぎ渡り荒き波風鎮まりて 御代は平らに安らかに常磐堅磐の松の世と 治め給ふぞ尊けれ妾は都に現はれて 紫姫と名乗りつつ恋しき父に生き別れ 悲しき月日を送る内心の色も悦子姫 嬉しき便りの音彦や名さへ目出度き加米彦の 教の御子に助けられ三五教の御柱と 仕へまつりし今日こそは千代も八千代も忘られぬ 生日足日と祝ひつつ心に住める曲津見を 禊ぎ祓ひて真澄空三五の月のいと円く 神の大道を力とし円く治めむ神の国 アヽ有りがたや尊しや三五教の神の恩 千代に八千代に永久に仕へまつりて忘れまじ アヽ惟神々々御霊の幸を賜へかし アヽ惟神々々御霊の幸を賜へかし』 と謡ひ終り天地に向つて恭しく拝礼したり。三五教の宣伝使長悦子姫は立上り、鬼熊別の館に向つて声を張上げ宣伝歌を送りたり。 悦子姫『天の八重雲掻き別けて天降りましたる皇神の 珍の御子と現はれし神素盞嗚の瑞霊 木花姫の生御霊日の出神の厳霊 三五の月の御教を四方の国々隈もなく 月照彦の大神や金勝要の大御神 従ひ給ふ八百万神の使の宣伝使 教を開く八洲国誠の道にさやりたる 八岐大蛇や醜の鬼醜の狐や曲神の 曇りし御魂を照さむと心を千々に配りつつ 霜の剣や雪の空雨の襖に包まれて 尾羽打ち枯らしシトシトとあてども無しに進み行く 教伝ふる宣伝使夜な夜な変る石枕 草の褥に雪の夜着世人の為に身も窶れ 心も疲れ山河を数限りなく渡り来て 曲津の神にさいなまれ寒さを凌ぎ飢、渇 心を千々に尽しつつ救ひの綱に操られ 愈此処に鬼城山司の神と現はれし 鬼熊別や蜈蚣姫永久の棲処と聞えたる 魔窟の山に登り来て宣り足らはれし言霊の 稜威の力に許々多久の罪や穢を吹き払ひ 祓ひ清むる神の道世は紫陽花の変るとも 色香褪せざる兄の花の一度に開く神の教 宣り伝へ行く楽しさよアヽ惟神々々 御霊幸倍坐世よ』 と言葉短に謡ひ終れる折しも高殿より、火煙濛々と立ち昇り阿鼻叫喚の声、耳朶を打つ。一同はハツと驚き見上ぐる途端に鬼熊別、蜈蚣姫の二人は高閣に納めたりし天の岩船にひらりと飛び乗り、プロペラの音轟々と中空を轟かせ乍ら東方の天を目蒐けて一目散に翔り行く。敵も味方も一度に声張上げて、 一同『三五教の宣伝使、万歳々々』 と三唱したりける。此声に驚き目覚むれば瑞月の身は宮垣内の賤の伏屋に横たわり、枕許には里鬼と綽名を取つた丸松が、真赤な顔をして二三人の隣人と共に酒をグビリグビリと傾け居たりける。 (大正一一・四・二三旧三・二七北村隆光録)
303

(1708)
霊界物語 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 余白歌 余白歌 大いなる世界の邪悪を除くべく神に習ひて励めまめ人〈第1章(三版)〉 理解なき人は不徳を敢てなし誠の神に反くものなり〈第1章(三版)〉 生前に死後の備への無き人は死期迫る時無限の悔あり〈第3章(三版)〉 艱難の大なる後は幸福の恵みの花の大なるが咲く〈第3章(三版)〉 一度は非理にも盲従為さざれば夜光宝玉手に入らぬなり〈第3章(三版)〉 生死もなき大神の神御魂与へられたる人の霊魂〈第6章〉 生死もなき人魂を治むるは日月地神産土の神〈第6章〉 小人に権威をしばし与ふれば忽ち威張りて世を乱すなり〈第8章(三版)〉 生物を屠らぬ人は夏の夜も毒虫襲ひ来たること無し〈第8章(三版)〉 うまるるもまかるも神の御心ぞ夢外国のみちに迷ふな〈第9章〉 おとたかく世に聞えたる大本の教も聞かぬ耳なしの里〈第9章〉 奴婆玉の暗に等しき外国の体主霊従の教は身魂亡ぼす〈第10章〉 鬼大蛇豺狼よりも恐るべきからの曲霊をはらへくにたみ〈第10章〉 正しきを貫徹すれば強烈なる邪悪忽ち逃げ失するなり〈第10章(三版)〉 逆境に立つは己れが浅見の罪にこそあれ運命にあらず〈第12章(三版)〉 惟神かみに任かせば先見の明智自ら具はるものなり〈第12章(三版)〉 神のため世のため道の御為に働らく人は能く遊ぶなり〈第16章(三版)〉 千思万考未だ尽きざる其際は難局に立つ人にぞありける〈第16章(三版)〉 種々の妨げ悩みあればこそ真の天祐降り来たるなり〈第16章(三版)〉 思ひ切り見切るを知らぬ人々は神の恵みに知らず離るる〈第17章(三版)〉 一切の事は正面より見ずに反面より見よ必ず蔭あり〈第17章(三版)〉[この余白歌は八幡書店版霊界物語収録の余白歌を参考に他の資料と付き合わせて作成しました]
304

(1712)
霊界物語 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 01 春野の旅 第一章春野の旅〔六二九〕 風暖かく八重霞春日と伯母はクレさうで クレナイに包む弥生空朧の月は中天に 照らず曇らずボンヤリとかかる山家の夕まぐれ 川の流れは淙々と轟き渡る和知の里 空を封じて立並ぶ老樹の下の小径を トボトボ来る宣伝使神の教をどこまでも 伝へにや山家の肥後の橋月の光を力とし 神の恵を杖となし烏は眠る鷹栖の 川辺の里に進み来る顔も容も悦子姫 水の流れの音彦ややがては来る夏彦の 九十九曲りの山路を曲つた腰のトボトボと 這はぬばかりに加米彦が草鞋に足を擦り乍ら 神子坂橋の袂まで来る折しも向ふより スタスタ来る二人連れ何かヒソヒソ囁きつ 夜目に透かして一行を心有りげに眺めゐる。 二人(英子姫、亀彦)『モシモシ、一寸お尋ね致します。最前から承はれば、路々宣伝歌を謡ひつつお出になつた様で御座いますが、若しやあなたは、三五教の宣伝使様では御座いますまいか』 加米彦は、 加米彦『ヤアさう仰有るあなたは、何だか聞覚えのあるやうな感じが致します。朧夜の事とてハツキリお顔は分りませぬが、どなたで御座いましたかなア』 男(亀彦)『私は三五教の宣伝使亀彦と申す者、今一人の方は素盞嗚尊様のお娘子英子姫と云ふ方で御座います』 悦子姫『アヽお懐しや、英子姫様で御座いましたか、妾は悦子で厶ります。好い所でお目にかかりました。妾は剣尖山の麓に於てお別れ申しましてより、真奈井ケ原の貴の宝座を拝礼致し、それより三岳の岩窟を言向和し、鬼熊別の割拠する鬼ケ城山の岩窟を、四五の同志と共に言霊を以て包囲攻撃致し、それから生野、長田野を越え、神知地山の魔神を征服し、高城山に立向ひ、再び道を転じ、和知の流れに沿うて聖地に引返し、あなた様に御目にかかり、今後の妾等が取るべき方法を、御相談申上げたいと思ひまして、遥々夜を冒し、此処まで参りました』 英子姫は喜び乍ら、 英子姫『アヽ左様ですか、妾は其方に別れてより、神様の命に依り、弥仙の深山に、或使命を帯びて登山し、今又父大神の神霊のお告に依りて、亀彦を伴ひ、伊吹山に参る途中で御座います。アヽ好い所でお目にかかりました。お連れの方は何方か存じませぬが、何れ三五教の方でせう。此川音を聞き乍ら、出会うたを幸ひ悠くりと休息致しませう』 悦子姫『それは願うてもないこと。妾もどこか良い所があれば一休み致したいと思うて居ました。……此方は音彦加米彦の宣伝使、一人はウラナイ教に暫く入信して居た夏彦と云ふ男で御座います』 亀彦『私は亀彦です。貴下は由良の湊の人子の司、秋山彦の門前に於てお目にかかつた加米彦さまですか、コレハコレハ妙な所でお目にかかりました。又音彦さまとは、フサの国でお別れ致しました私の旧友ぢやありませぬか』 音彦『左様その音彦で御座いますよ』 亀彦『遥々と此自転倒島へお越しになつたのは、何か深い仔細が御座いませう』 音彦『これに就いては、種々珍談も御座いまするが、ユルリと後から申上げませう。サアサア皆さま、打揃うて此芝生の上で骨休めを致しませうかい』 一同『宜しからう』 と一同は老樹の蔭に打解け、手足を延ばして休息したり。 茲に六人の宣伝使六つの花散る冬も過ぎ 風に散り布く山桜香りを浴びて来し方の 百の話に花咲かせ思はず時を移しける。 音彦『モシ英子姫様、最前あなたの御言葉に依れば、弥仙山へ神務を帯びて御登山になつたと仰せられましたなア。音彦も一度其霊山へ、是非登山致したいと存じて居ます。随分嶮岨な所でせうなア』 英子姫『お察しの通り、実に嶮峻な深山で御座います。昼猶暗く、鬱蒼たる老樹天を封じ、到底日月の光は拝む事は出来ませぬ。併し乍ら、貴方方は登山なされますならば、大変都合の好い事が御座います。妾は父の神勅に依りて、一つの経綸を行うて置きました。どうぞあなた方一度行つて下さいませ』 音彦『其御経綸とは、如何なる御用で御座いました。予め仰有つて下さいませぬか。音彦も其覚悟を致さねばなりませぬ』 英子姫『只今申上げずとも、お出になれば、……ハハア之であつたかなア……と自然にお判りになりませう。先楽しみに、此お話は暫く保留して置きませう』 加米彦『エー英子姫様さう出し惜みをなさるものぢやない、アツサリと云つて下さいナ』 英子姫『イエイエ宣伝使の言葉に二言は御座いませぬ。一旦申上げぬと云つた事は、金輪際口外する事は出来ませぬ』 加米彦『あなた様は綺麗な女神にも似ず、随分愛嬌のない事を仰有いますなア。初めて加米の御願ひしたことを、直様お聞き容れ下されず、クルツプ式砲弾を発射し、加米等の欲求を撃退なされますか。シテ、あなたは愛嬌の定義を知つて居ますか』 英子姫『イヤもうおむつかしい議論を吹つかけられますこと。マアマアぼつぼつと御登山なされませ。それはそれはアツと言ふ様な仕組がして御座いますワ』 加米彦『何だか諄々として詭弁を弄するお姫さまだナア。キベン万丈加米当る可からずだ、アハヽヽヽ』 悦子姫『コレコレ加米彦さま、さうヅケヅケと無遠慮に物を仰有るものでない。チトたしなみなさらぬか』 加米彦『ハイハイたしなみませうよ、悦子さま。無礼ぢやとか、謙遜ぢやとか、遠慮ぢやとか、たしなみぢやとか、種々の雅号が沢山有つて、取捨選択に殆ど閉口頓死致します』 音彦は顔をシカメ、 音彦『エー縁起の悪い。閉口頓死なぞと、せうもない事を言ふものでない。お前達は哲学とか道学とか云ふ親不孝、不作法の学問をかぢつて居るから、仕末にをへない、マアマア英子姫様の仰有る通りハイハイと温順しくして居れば良いのだ。吾々六人の中では、最もお偉い方だ、言はば吾々のお師匠様だ。師の影は六尺下つても踏むなと云ふ位だ』 加米彦『あなたも縁起の悪い事を言ひますネ。加米が閉口頓首と云つた事を咎め乍ら、あなたは死の影がどうの斯うのつて、夫れこそ自縄自縛ぢやありませぬか』 音彦は吹き出し、 音彦『ハヽヽヽ、訳の分らぬ団子理屈を能く捏ねる男だなア』 加米彦『お前こそ団子理屈だ。吾々のは餅理屈だ。蚋が餅搗きや加米彦が捏ねる、ポンポンと音彦がすると云ふぢやないか、アハヽヽヽ』 亀彦は立ち上がり、 亀彦『サア皆さま、何時まで御話を致して居つても際限が有りませぬ。冗談から暇が出る、瓢箪から駒が出る。駒に鞭打ち、一日も早く目的地へ向つて発足致しませう。ナア英子姫様……』 英子姫『折角お目にかかつて嬉しいと思へば、神界の御命令、止むにやまれませぬ。英子も直様お別れ致しませう。皆様左様なら、何れ又お目にかかる機会が御座いませう』 と会釈し、早くも歩み出したり。 悦子姫は会釈しながら、 悦子姫『左様ならば、姫様、ご機嫌よくお出で下さいませ。亀彦様、御如才は御座いますまいが、どうぞ姫様の御身辺に注意を払つて下さいませやア』 亀彦『亀彦、委細承知仕りました。必ず必ず御煩慮下さいますな。サアこれからコンパスに油を注して進みませう。悦子姫さま、音彦、加米の宣伝使殿、夏彦さま、左様ならば御機嫌よう……』 一同『お二人様、お仕合せよう抜群の功名手柄を現はし給はむ事を念願致します、アリヨース』 と双方に袂を分つ。二本の白い杖のみ朧月夜の山路を、川上指して上り行く。 春の夜は瞬く中に明け放れ、霞の空を押し分けて、天津日の大神は、まん円き温顔を差し出して、四人が頭を照し給ふ。心持よき春風に、道も狭きまで散り布く山桜、花を欺く悦子姫、山路通る床しさは、画中の人の如くなり。 音彦は急坂を打ち仰ぎ、 音彦『アヽ随分嶮しい坂ですなア。英子姫さまが一切沈黙を守つて居られたのも、斯う云ふ胸突坂が沢山あるので、吾々が恐怖心を起し、折角張詰めた精神を、薄志弱行の逆転旅行と出かけるかと思つての御心配り、イヤもう恐れ入りました。人を導き、向上させてやらうと思ふ宣伝使の御心は、又格別なものですなア』 悦子姫は、 悦子姫『イヤ決して決して英子姫様の御心中は、さうではありますまい、モ少し意味の深い事があるのでせう。妾も英子姫様の御言葉の端に、深い深い意味があると、直に胸の琴線に触れました。マアマア行く所まで行つて見なくては分りますまい』 音彦『さうですかなア。音彦の様な木訥な人間は、ソンナ微細な点まで気が付きませぬ、何分仁王の荒削り然たる男ですからなア、ハヽヽヽヽ』 加米彦は大声で、 加米彦『コレコレ音彦さま、巧妙い事言つてるぢやないか。悦子姫さまと、此細い道を引つ付く様にして歩き乍ら、似合うの似合はぬのつて、ソラ何を言ふのだ、鬼が笑ふぞよ、アツハヽヽヽ。オイ夏彦、貴様は苦しさうに、汗をたらたらと流して居るぢやないか』 夏彦『きまつた事ですよ。夏ヒコに当れば、汗は滝の如く流れ出るのが、昔からきまりきつた、天地の御規則。汗をかかねば、天則違反の罪に問はれるよ加米さま』 加米彦『何を言ふのだ。鼈に蓼を咬ました様に、大きな鼻息をしよつて……』 夏彦『加米彦、鼈だつて、カメ彦だつて同じ事ぢやないか。鼈が荒い息をする様に、亀が一匹、どこやらで、ヤツパリ、フースーフースーと呼吸をし乍ら、法界悋気をやつて居るやうだワイ、ハツハヽヽヽ』 加米彦『アヽ夏チヤン、ホーカイなア』 音彦『オイオイ加米彦、夏彦の両人、早う来ぬか、ナンダ、斯ンなチツポケな坂に屁古垂れよつて………随分足の遅い奴だなア』 加米彦『喧しい言うて呉れない音彦さま、上り坂は前が高いワイ。其代りに下り坂になつたら、ドンナものだ、一瀉千里の勢で、アフンとさしてやるぞ。併し乍ら此日の永いのに、さう急ぐにも及ばぬぢやないか、そこらの木蔭で一つ切腹したらどうだい』 音彦は、 音彦『エー又縁起の悪い事を云ふ加米だナア。エヽ仕方がない。悦子姫様、此の平地で一服致しませうか、両人の奴、大変に屁古垂れて居る様ですから』 悦子姫は気軽るげに、 悦子姫『マア此処で悠くりと待つてあげませう』 加米彦は小柴の茂る小径を、ガサガサ喘ぎ喘ぎ、手負猪の様な鼻息を立て、玉の汗を絞りつつ、漸く二人の側に登り着きける。 足を容るる許りの細路を、粗朶を背に負うて降り来る二人の女あり、四人の姿を見て、 女『コレハコレハ皆様、狭い路を量のたかい物を負うて通りまして、誠に済みませぬ、どうぞ御勘弁下さいませ』 加米彦は、 加米彦『サアそれは仕方がありませぬ、天下御免の大道、否、羊腸の山路、………サアサア皆さま、林の中へ暫く沈没致しませう。そして敵艦二隻、暗礁を避けた安全海路を通過させてやりませうかい』 四人はガサガサと、木の茂みへ避けると、二人の女は汗を片手に、手拭にて拭ひ乍ら、 女『コレハコレハ皆さま、済みませぬ』 と板を立てし如き細き坂路をエチエチ降り行く。 加米彦は二人の後姿を見送りて、 加米彦『アヽ無事に御神輿通過も済ンだ。サアサア皆さま、一服のやり直しを致しませう……』 音彦『あの女は沢山の粗朶をムクムクと負うて帰りよつたが、一体何と云ふ雅名だらう』 加米彦『あれかい、きまつて居るワイ。オハラ女が柴を負うて通つたのだ』 音彦『ナニ、斯ンな所に大原女が通つてたまるものか。叡山の麓ぢやあるまいし』 加米彦『それでも大きな腹をして居つたぢやないか』 音彦『あれはヤセの女だよ。八瀬大原と云つて、畑の小母の産地だよ。此処もヤツパリ山地には間違ひない。前の女は大変な痩女、後のは孕み女だ。それで一人はヤセ女、一人はオハラ女だ、斯う宣り直せば、双方の意見が成立して、複雑な議論も起らぬだらう』 加米彦『モシ悦子姫さま、あなた最前音彦と、大変仲ようして歩いて居ましたなア。気をつけなされませや。此音彦は、女房の五十子姫は竜宮の一つ島へ行つて居るものですから、やもめ鳥も同様、ウツカリして居ると、今行つた女ぢやないが、今はヤセ女のあなたでも、何時の間にか大腹女になりますよ』 悦子姫『オツホヽヽヽ、お気遣ひ下さいますな、決して決して御心配はかけませぬから』 加米彦『アヽそれならマア私も御安心だ』 音彦『オイ加米彦、冗談も良い加減にせぬか、永い春日が又暮れて了ふぞ』 悦子姫『サア皆さま、参りませう』 と九十九折の嶮しき小径を登り行く。 音彦『今度は加米彦、夏彦、先へ行け、又煩雑い問題を提起されては処置に困るから』 加米彦『さうだらう。ヤツパリ物がある奴は、何処までも注意深いものだ、イヒヽ』 加米彦は悦子姫の後に、三尺許り離れて随いて行く。七八丁登つたと思うと、胸突坂を登り来る二人の姿、半丁許り谷底に、笠ばつかり揺ついて居る。 加米彦『ヤア、大きな白い松茸が登つて来るワイ。オイ音彦、夏彦、悦子姫さまが夫程恥かしいのか。何だ、笠で顔も体もみな隠しよつて……』 悦子姫『加米彦さま、又貴方は嘲弄ふのかい、良い加減、冗談はよしにしなさいよ』 加米彦『此さみしい山路、私の様な鳴り物が一つあるのも亦重宝でせう。併し乍ら、お気に入らぬとあれば仕方がない。冗談はこれ限りヨシコ姫に致しませう、アツハヽヽヽ』 悦子姫『それまた、冗談を仰有るワ』 加米彦『仰有いますな。加米彦に憑依して居る雲雀彦の守護神奴、山へ来ると親類へ帰つた様に思つて、はしやいでなりませぬワイ、ウフヽ』 悦子姫『大分音彦さまが遅れなさつたよな塩梅ぢや。少し待ち合はせませうか』 加米彦『ヤツパリ気に懸りますかな、遅れとるのは音彦ばつかりぢやありませぬ。腰の曲つた夏彦にもチツとは目を呉れてやつて下さいナ。あなたは博愛心がどうかしてますネー』 悦子姫『何だかケンケン言つてるぢやありませぬか』 加米彦『エーあれや雉子ですよ。音彦の兄弟分ですがなア。二つ目にはケンケンコンコンと言つては頭を打たれ、腰を打たれ、攻撃の矢ばつかり喰つて居ます。雉子も鳴かねば撃たれまい………と云ひましてなア……』 悦子姫『雉子と云ふ鳥はコンナ深い山に棲みて、何を喰つてるのでせう』 加米彦『アルタイ山の蛇掴の様に、蛇ばつかり喰つて居よるのです』 悦子姫『丸で加米彦さまの様な鳥ですネー』 加米彦『ソラ何を仰有います。私が何時蛇を喰ひましたか』 悦子姫『蛇ぢやありませぬ。あなたは何時も、ヘマばつかり喰つてるぢやありませぬか、ホヽヽヽ』 加米彦『ナアンダ、屁でもない屁理屈を能く並べなさる。あなたも随分言霊の練習が出来て、お口丈は悦子姫ぢやなくて、悪子姫になりましたなア』 悦子姫『ホツホヽヽヽ』 加米彦『アヽ何だか交通機関が倦怠して来ました。音彦の来るまで待つてやりませうかい』 悦子姫『重宝なお口だこと、進退維れ谷まりて、待つておあげなさるのでせう』 加米彦『ハハア、あなた用心しなさいよ。悪神が憑いて居ますで………随分言霊が濁つて来ました。一つ神霊注射をやつてあげませうか』 悦子姫『有難う。またユルユル皆さまの御協議の上で、御願致します』 と悦子姫が蓑を敷いて、一年越の霜枯れの萱の上にドツカとすわる。 千歳の老松杉檜槻楓雑木も苔蒸して 神さび立る左右の密林躑躅の花の此処彼処 白に紅青黄色艶を争ふ其中を 藪鶯や山雀四十雀ガラ鳴き立つる 山路を越えて何時しかに小広き田圃に流れ出る 古き神代の物語唯一言も漏らさずに 書き伝へむと土筆鉛筆尖らし道の辺に 待構へ居るしほらしさ麦の青葉は止め葉うち 筆を隠して青々と手具脛ひいて待つて居る 花は一面田の面に艶を競ふて咲きぬれど 床には置くな、矢張野で見よ紫雲英虎杖草のここかしこ 万年筆の芽を吹いて書き取り清書の準備顔 此物語の主人公四辺の景色も悦子姫は 音彦、加米彦、夏彦を吾子の如く労はりつ 親になつたる気取りにてお山を見当てに進み行く。 加米彦『アーアナント云ふ佳い景色だらう。……音彦さま、向ふに雲の被衣を着て居るズンと高い高山がそれぢやないか』 音彦『さうだ、あれが目的の木の花姫の御分霊の祀られてある弥仙のお山だ』 加米彦『道理で、首から上は、雲の奴、スツカリ包みて、峰の姿を……ミセンの山だな、併し乍ら泰然自若として動かないあの姿を見ると、実に癪に障るぢやないか。俺達ばつかりにテクらせよつて、一歩も動かず、ヂツとして、俺が見たけら此処まで御座れ、と云ふ塩梅式だ。丸で吾々を眼下に見くだし、奴隷視して居るぢやないか。何だか軽蔑せられる様な心持がしてきたワイ』 音彦『アハヽヽヽ、云ふ事が無いと、何なと言はねば気の済まぬ男だなア。さう心配するな、今に、何程威張つて居る弥仙山でも、頭の頂辺を、吾々の足で踏みにじる様になるのだよ。さうだから、時節を待て……と云ふのだよ』 夏彦『皆さま、此美しい紫雲英野で、お弁当でも開いて、お山を拝み乍ら休息致しませうか』 加米彦『待て待て、女王様の御機嫌を伺つた上、認可してやらう。暫く控へて待つて居らう』 夏彦『随分薬鑵が能く沸騰りますなア、否かめは能く沸騰しますナア、アハヽヽヽ』 悦子姫『皆さま、どうでせう、此麗しい野原で、お山を遥拝し乍ら、くつろぎませうか』 夏彦『ソラ、どうだい、以心伝心、吾輩の身魂は暗々裡に、女王様に感応して居たのだ。斯うして見ると、肉体は主従だが、霊は……』 加米彦『その次を言はぬかい、霊魂が何だい、狸身魂の鼬みたまをして、何だか物臭い事を言ふ奴だ、斯ンな怪体なスタイルをして、能うソンナ事が云はれたものだワイ』 夏彦『ナーニ、スタイルで女が……ウンニヤ、ムニヤムニヤ』 加米彦『又行詰りよつたナ、閻魔さまの浄玻璃の鏡の前では、心の奥まで照されて、恥かしさに忽ち唖とならねばなるまい。グヅグヅして居ると、舌を抜かれて了ふぞ』 夏彦『舌の一枚や二枚抜かれたとて、沢山に仕入れてあるから大丈夫だよ。今の人間に一枚や二枚の舌で甘ンじて居る様な者は、それこそ不便極まる片輪人足だ』 加米彦『本当に能う廻る舌だなア。俺も此奴には一寸ビツクリ舌、イヤ感服舌、アツハヽヽヽ』 斯かる所へ、小夜具染の半纒をまとひ、あかざの杖を突き乍ら、ヒヨコリヒヨコリと一人の老翁、四人が前に立現はれ、 翁(豊彦)『皆さま達は、弥仙のお山へ御参拝のお方と見受けますが、どうぞ私の家へお寄り下さいませぬか。一つお尋ねをしたり、お願ひしたい事が御座います』 加米彦はシヤシヤり出で、 加米彦『ヤアお前さまは、北光の神さまの様な、崇高な容貌をしたお爺さまだな、コンナ若い宣伝使や、若い男に、老人が物を尋ねるとは、チツと間違つては居やせぬか。一年でも先へ此世へ飛び出した者は、経験が積み、社会学に達して居る筈だ、怪体な事を言ふお爺さまだなア。わしは又、お前さまの姿が木蔭にチラと見えた時から……ヤア占た、一つ沓でも穿かして上げて、張子房ぢやないが、太公望の兵法でも伝授して貰はうと思うて楽しみて居たのだ』 爺(豊彦)『世界の事なら、一日でも先へ生れた丈わしは兄貴だ、教へても上げるが、これ丈長生をして、世の中の酸いも甘いも悟りきつた此爺に、どう考へても合点のいかぬ事が一つあるのだ。これはどうしても神様のお道の人に聞かなくては、分らぬ事だと思うて、お山へ詣るお方を、婆アと二人が、茅屋へ寄つて貰ひ、種々と尋ねて見るけれども、どのお方も完全な解決を与へて下さらぬのだ。此間も英子姫さまとやら……此お女中よりもズツと綺麗な、神様のお使ひのお方が凛々し相なお従者を連れて通らしやつたので、一つ尋ねてみた所、二人のお方はニヤツと笑うて、何にも仰有つて下さらず、やがて女一人男三人の一行が、お山詣りをするから、其者に会うて尋ねて呉れいと仰有つたので、毎日日日首を長うして待つて居つたのだ、もしや、お前さま等の事ではあるまいかと思うて、重い足を引きずつて出て来たのだ』 加米彦『アヽさうだつたか、社会学はまだ未完成だが、神様の事ならば、ドンナ事でも解決をつけてあげよう。英子姫さまも流石は偉いワイ。手柄を俺達に譲つてやらうと思召して、昨夜会うた時にも仰有らなかつたのだ。流石は先見の明ありだ。古今来を空しうして東西位を尽したる、世界の外の世界迄踏み込んで、宇宙の真相を悉皆看破したる、此加米彦がお出でになると云ふ事を、流石は明智の英子姫様、予期して御座つたと見える。サアサア何なりとお尋ねなされ。神界に関する事ならば決して退却は致さぬ、三五教には退却の二字は有りませぬから………オツホン』 爺(豊彦)『さうかな、若いにも似合はず、能うそこまで勉強をなさつた、感心々々。今時の若い者は、皆心得が悪くて、神さまなンテ、此世の中に有るものか、人間が神さまだ、神があるのなら、一遍会はして呉れ、そしたら神の存在を認めてやるなンテ、大ソレた事を云ふ時節だ。それにお前さまは、何も彼も御存じとは、実に偉いお方だ、此爺も今迄コンナ方に会ひたいと思うて、待つて居ました……アヽ神様、有難う御座います、これと云ふのも全く弥仙のお山の木の花姫様の篤き御守護……』 と袖に涙を拭ふ。 夏彦『モシモシお爺さま、此奴ア、由良の湊の秋山彦の門番をして居つた男です。偉さうに口ばつかり開くのですよ。朝から晩まで門を開くのが商売だから、其惰力が未だに残つて居つて、大門の様な大けな口を開きよるのだ。相手になりなさるな。此男の云ふ位な事は、私だつて、年の功は豆の粉だ、豆の粉は黄な粉だ、黄な粉はヤツパリ豆の粉だ。猪喰た犬は、犬のどこやらに勝れた所が有りますワイ。私が教へてあげませう』 加米彦『コレコレお爺さま、此奴はなア、ウラナイ教の黒姫と云ふ、口ばつかり達者な奴に十年間も朝から晩まで、法螺を仕込まれて来た奴だから、何を言ふやら、蜜柑やら、金柑桝で量るやら、なにも分つた代物ぢやありませぬワイ』 爺(豊彦)『最前から此老爺が一生懸命に頼みて居るのに、お前さま達は、此老人を飜弄するのかい、エーエやつぱり英子姫さまの仰有つた偉いお方は、此御連中ぢや有るまい。アーア阿呆らしい、コンナ事なら此重い足を、老人が引摺つて来るのぢやなかつたのに……』 音彦『モシモシお爺さま、さう腹を立てて下さるな。此等二人は雲雀や燕の親類ですから、どうぞお望みの事を、私に仰有つて下さいませ。私の力限り神様に伺つて御答を致しませう』 爺(豊彦)『アヽさうかなア、お前さまはどこやらが、締りのある男だと思うて居つた。此処では話が出来ませぬから、お前さま一人、私の宅へ来て下され、婆アや娘が待つて居ります』 音彦『お爺さま、それは有難う御座いますが、私の……此処に御主人とも先生とも仰ぐ悦子姫さまがいらつしやいます。此お方は吾々の大先生で御座いますから、此方を捨てて私ばつかり参る訳にはゆきませぬ』 爺(豊彦)『アーさうだらうさうだらう、ソンナラ、悦子姫さまの先生とお前さまと来て下され、斯ンな若い男は此処に待たして置いたら宜しからう』 音彦『併し乍ら、四人はどうしても離れないと云ふ不文律が定められてあるので、此男二人を此処に放棄して置く訳にはゆきませぬ、四人共参りませう。それがお気に入らねば仕方がありませぬから御断り申すより途は御座いませぬ』 爺(豊彦)『アヽソンナラ来て下さいませ。コレコレ二人のお若いの、私の家へ来て下さるのは構ひませぬが、あまり喧しう言つて下さるな、娘の身体に障ると困りますから……』 加米彦『オイ夏、貴様一杯奢らぬと冥加が悪いぞ、此中で一番の年長だ、それに「お若いの」と云はれよつたぢやないか、是れと云ふのも、俺の好男子の余徳に依りて若く見られたのだよ。それだから老爺さまが、娘の体に障ると困ります……ナンテ予防線を張るのだよ。険呑な代物と見込まれたものだなア、アツハヽヽヽ』 音彦『サア悦子姫さま、御苦労乍ら、一寸老爺さまの宅まで寄つてあげて下さいませ』 悦子姫『不束な妾でもお間に合ひますれば、お爺さま参ります』 爺(豊彦)『ハア有難い有難い、御礼は後で致します。老爺の家は此向ふの森を一つ廻つた所で御座います。私の座敷から、あなた方が此処に御休息になつて御座るのが、手に取る様に見えました位ですから、ホンの一寸の廻りで御座います』 と先に立ち、ヨボヨボと己が家路へ伴ひ行く。 (大正一一・四・二四旧三・二八松村真澄録)
305

(1714)
霊界物語 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 03 神命 第三章神命〔六三一〕 賤が伏家を後にして、悦子姫の一行は、胸突坂をテクテクと、梯子登りに登り行く。日は西山に傾きて、昼さへ暗き深山を、黒く色彩る群烏、塒尋ねて右左、ガアガアガアと舞ひ狂ふ、見上ぐる空に鷹鳶、羽一文字に展開し、悠々迫らず空中を征服せる態度を示し居る。 加米彦『ヤアこれは大変、大切な一張羅の宣伝使服に鳶の奴、糞をかけよつた。実に糞懣の至りだ。オイ鳶の奴、不都合千万、一先づ此方へ引き戻せ、天地の道理を説き諭して呉れうぞ』 夏彦『アハヽヽヽ、ウフヽヽヽ』 音彦『何とか言はねば虫の納まらぬ男だなア、何程人間が偉いと云うても、空中を自由自在に翺翔するだけの神力は無いから、黙つて泣き寝入るが利巧だなア』 加米彦『エヽ忌々しい、音彦さま迄が鳶の応援をしたり、水臭い人だ。糞忌々しい、アヽ臭い九歳の十八歳だ』 音彦『大変其辺が暗くなつて来たぢやないか、道で紛失しないやうに、二尺位距離を保つて行く事にしよう』 加米彦『何程暗くつても、苦楽を共にする吾々宣伝使だ、かういふ時には加米彦には大変都合がよい哩、無形に見ると云ふ天眼通が開けて御座らぬノダ。オイ夏彦、俺の腰を捉まへて来るのだぞ、貴様は体が小さいから、ひよつとすると蕗の葉の下にでもなると、分らぬやうになるからなア』 夏彦『お前、それでもエロー体が動揺して居るぢやないか、何れ歩行すれば全身は動揺するものだが、お前の動揺振はチト変だぞ、慄うとるのぢやないかな』 加米彦『何うでもよいワ、確りと俺の腰を捉まへて居るのだ、放しちやならぬぞ』 夏彦『ハヽヽヽヽ、随分負けぬ気な男だなア、怖いのだらう』 加米彦『こわいともこわいとも、踵の皮が大変硬い哩』 音彦『悦子姫さま、かう闇の帳がピタリと降りては仕方が無いぢや御座いませぬか、夜になると目の見えない人間は不自由ですなア』 悦子姫『何処か適当な場所で夜を明かしませうか、最早山も半分ばかり登つたやうですが、どうせ今日参拝を済まして帰る訳には行きますまいから』 加米彦『アヽ目の見えぬ人間は気の毒なものだ、盲千人の世の中とはよくも云つたものだ。目明き一人の加米彦も仕方が無いワ、交際に此処で御輿を下さうかい』 夏彦『オイ加米彦、何を云ふのだ、実際目が見えるのか』 加米彦『見えるとも見えるとも、目の見えぬ奴は盲ぢやないか』 夏彦『ハヽア此奴は四つ足身魂だな、暗がりで目の見える奴は狐、狸、鼬か猫か、又違うたら虎、熊、狼と云ふ代物だ。オイ四足先生、今日は十分威張るとよい哩、何処ぞ其辺に兎でも居つたら探して丸喰ひなとして来い』 加米彦『誰だつて目は見えるが、それや火を点すか、夜が明けた上のこつた、アハヽヽヽ』 夏彦『大分四足が徹へたと見える哩、ソンナラもう四足の称号だけは只今限り、特別の仁慈をもつて解除してやらうかい』 加米彦『大きに憚りさま、今は他人ぢや、放つて置いてくれ、又御親類になつたら宜敷うお願ひ申します、オホヽヽヽ』 悦子姫『モシモシ加米彦さま、夏彦さま、さう喧しう仰有ると此お山にはだいじやが沢山居ますから、些とおとなしうなされませや』 加米彦『ハイハイ、何が来たつてだいじや御座いませぬ、元来が豪胆不敵な性質、長の先生、千匹や万匹束になつてお出になつても、些ともおろちい事はありませぬ哩』 音彦『エヽ喧しい哩、沈黙々々』 茲に四人は去年の名残の枯草の交つた、中年増の頭髪のやうな芝生の上に、右腹を下に足を曲げ体をさの字形につがねて静かに寝につきたり。 梢を伝ふ猿の群、幾百とも知らず、前後左右にキヤツキヤツと亡国的の啼声を出して淋しさを添へてゐる。風も吹かぬにザアザアと大蛇の草野を渡るやうな声、虎狼の唸るやうな怪声、遠近に聞え来たり、大木を捻折る音、大岩石の一度に崩壊する如き凄じき物音に加米彦は目を覚まし、小声になつて夏彦の耳に口を寄せ、 加米彦『オイ、なゝ夏、夏、夏彦ヤイ』 歯、カチカチカチ、 加米彦『オヽ起きぬかい、あの音、きゝ聞きよつたか』 夏彦『喧しう云ふない、悦子姫様の安眠の妨害になるぞ、貴様コンナ深山に来たら是位の事はありがちだよ、キヤアキヤア云うて女でも締め殺すやうな声のするのは、あれや猿の群だ、ザアザアと音のするのは大蛇隊の大活動の音だ、オンオンオンと唸つて居るのはあれや狼や熊の先生がいきつて居るのだよ、木の枝が裂けるやうな音がしたり、岩石が崩壊したりするやうな声が聞えるのは鼻高の悪戯だ、惟神霊幸倍坐世を口の中で唱へて早く寝ぬかい』 加米彦『寝と云つたつて、コンナ気味の悪い処で安眠も出来ぬぢやないか』 夏彦『お前は罪障の深い罪の重い代物とみえる哩、梟鳥は夜分になると噪いで昼はコンモリとした木の枝に小さくなつて大きな眼を剥いて慄うて居るが、お前はそれと正反対な昼になると滅多矢鱈に噪ぎ廻し、夜になると蛭に塩を呑ませたやうに、百足に唾を吐きかけたやうに弱つて仕舞ふのだな、強弱のハーモニイが取れぬ男だ。マアマア俺の体にでも喰ひついて慄ひもつて寝るがよい哩』 加米彦『頼む頼む、併しながらコンナ事を、音彦や悦子姫さまに云うて呉れては困るよ、極秘にしてお前の腹へ仕舞つて置いて呉れ』 夏彦『ヨシヨシ、承知した、その代り余り昼になつて無茶苦茶に噪ぐと素破抜くからさう覚悟して居れ、何と云つても鎌の柄を俺が握つて、切れる方をお前が掴みて居るやうなものだからなア、アハヽヽヽ』 加米彦『ソンナ大きな声で笑ふない、安眠の妨害になるぞ、サアサア寝よう』 夏彦は早くも高鼾をかいてゐる。加米彦は三人の中央に挟まつて夜の明くるのを今や遅しと待つて居る。怪しの声は間断なく、且つ時々刻々に強烈に聞え来る。 春の夜は明け易く、闇の帳はいつしか空に捲くり上げられた。百鳥の声は噪がしく囀り初めたり。それと同時に今迄の巨声怪音はピタリと止まりぬ。加米彦は又もや元気回復し、 加米彦『アヽ春の夜と云ふものは短いものだな、今其処に倒けたと思へばもう夜が明けよつた。サアサア音彦さま、目を開けて手水でも使つて登山しませうか、もうこれだけぐつすり寝たら昼の疲れもやすまつたでせう。私も潰れる程よく寝て仕舞ひました』 夏彦『オヽ本当に皆よく寝ましたな、併しこの中に〆て一人不寝番を務めて呉れた忠実なお方がありますよ、悦子姫さま、どうぞ論功行賞に漏れないやうに頼みますぜ』 加米彦『ウンさうさう、雀の奴に、烏の奴、寝る時にチウチウガアガア云うて居つた。矢張吾々のために不寝番を務めて呉れたと見え、相変らずチウチウカアカアと忠勤振を発揮して御座る。ひとりや二とりや、三羽や四羽の鳥ぢやない、何千とも知れぬ程の鳥ぢや』 夏彦『ヘン誰も聞くものがないのにやもめの行水ぢやないが、一人湯取る哩、ハヽヽヽ』 悦子姫『弥、新しい光明が頂けました。サアサア幸ひ此処に湧いて居る清水で手水を使つて、神様に祝詞を奏上しませう』 と傍の清水に口を嗽ぎ手を洗ふ。三人も影の形に従ふ如く同じ事を繰返したり。祝詞の奏上も無事に済み、四人は腰の皮包より焼き飯を出して手軽く朝餉をすまし、悦子姫の先頭にて頂上目蒐けて行進。間もなく頂上に達したり。 年経りたる老樹の茂みを透かして田辺の海はキラキラ光り、船の白帆は右往左往にまたたき居たり。 加米彦『何と云ふ絶景でせう、悦子姫さま、音彦さま、暫く汗が乾く迄御輿を下して呼吸を調へ、其後に御祈念にかかりませうか』 と皆まで云はず、どつかと腰を下し足を投げ出し、膝頭を揉み居る。悦子姫は徐々と神前に進み、何事か頻りに暗祈黙祷しつつありき。 加米彦『遠く瞳を放てば千山万嶽重畳として際限無く、各自にその容姿を誇り顔に、特徴を発揮して居る哩。近きは青く、或はコバルト色に山容を飾り、紺碧の海は眼下に輝き、天は薄雲の衣を脱ぎ、奥の奥の其奥迄地金を現はして居る。其中心に名物男の加米彦が大の字になつて、宇宙の森羅万象を睥睨して居る。此場の光景は恰も一幅の宇宙大活人画のやうだ。天は広々として際限なく、海は洋々として極まりなし、燕雀何ぞ大鵬の志を知らむ。エイ、燕の奴、小雀の餓鬼、喧しい哩、些と沈黙を守らないか、安眠の、オツトドツコイ悦子姫様が暗祈黙祷の妨害になるぞ』 音彦『コラコラ加米彦、お前こそ妨害になる、些と言霊を慎まぬか』 加米彦『ハイハイ早速言霊の停電を命じます』 悦子姫『サアサア皆さま下向致しませう』 加米彦『モシモシ、一寸待つて下さい、折角苦労艱難をして頂上を突き止め、祝詞も上げずお祈りもせぬ先に下向されては、何しに此処迄やつて来たのか訳が分りませぬ、どうぞ暫くの間御猶予を願ひます』 悦子姫『妾は今重大なる御神勅が下りました、一刻も猶予をする事が出来ませぬ、一足お先に女の足弱、下向致します。貴方方は悠くり祝詞を上げ、後から追ひついて下さい、アリヨウス』 加米彦『エヽ仕方がない、肝腎の女王に見限られては浮かぶ瀬がない。何事も簡単を尊ぶ世の中ぢや、繁文縟礼的の祝詞は略しまして、道々祝詞を奏上しながら下向致しませう、時間の経済上一挙両得だ』 と周章狼狽き悦子姫の後を追うて、口に祝詞を称へながら、下り坂を地響きさせつつ駈け下る。 音彦、夏彦は悠々と天津祝詞を奏上し神言を上げ、恭しく再拝拍手の式を終へ下向の途につく。 山の五合目辺りにて一行の足は揃ひたり。これより、加米彦は先頭に立ち綾の聖地を指して宣伝歌を謡ひながら進み行く。 (大正一一・四・二四旧三・二八加藤明子録)
306

(1717)
霊界物語 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 06 真か偽か 第六章真か偽か〔六三四〕 紫姫は紫の姿を装ふ弥仙山 四尾の山や桶伏の珍の聖地を伏し拝み 西坂峠を後に見て若葉もそよぐ若彦や 心の馬公鹿公を伴ひ進む春の道 山追々と迫り来る心も細き谷道を 伝ひ伝ひて河守の里を左手に打ち眺め 船岡山を右に見て日もやうやうに酉の刻 暗の帳はおろされて一行ゆくてに迷ひつつ 道のかたへの小やけき神の祠に立寄りて 息を休むる折柄に俄に女の叫び声 紫姫は立ち上り耳を傾け聞き終り 若彦、馬、鹿三人を声する方に遣はして 様子探らせ調ぶれば思ひがけなき愛娘 闇の林に縛られて息絶え絶えと苦しみの 中を助けて三人が忽ち登る月影に 心照らして帰り来る何処の方と訪へば 若き女の物語驚く若彦一同は 互に労りかばいつつ月の光を力とし 四辺に注意を為し乍ら剣尖山の麓なる 珍の聖地に立向ふ。 三男二女の一隊は、月もる山道を漸くにして皇大神を斎き祀れる大宮の前に無事参向する事を得たり。水も子の刻丑の刻と夜は段々と更け渡り、淙々たる谷川の水の音を圧して聞え来る祈りの声、凄味を帯びて許々多久の、鬼や大蛇や曲津見の、霊寄り来む言霊の濁り、清き流れの谷川にふさはしからぬ配合なり。 紫姫『皆様、妾は神様のお告により、半日許り此お宮の中で御神勅を承はらねばなりませぬ、何卒其間、産釜、産盥の河原の谷水に御禊をなし、神言を奏上して待つて居て下さいませ』 若彦『委細承知仕りました。サアサア馬公、鹿公、お節殿、参りませう』 と神前の礼拝を終り天の岩戸の下方、紫姫が指定の場所に進み往く。夜はほのぼのと明けかかる。谷の向岸を見れば一人の女、二人の従者らしき者と共に産釜、産盥の水を杓にて汲み上げ、頭上より浴び、一生懸命皺枯れた声を絞つてウラナイ教の宣伝歌を唱へ居る。四人はつかつかと進み寄るを、婆アは頻りに四人の来たのも知らずに水垢離を取り居たり。 馬公『モシモシ何処の婆アさまか知らぬが、この聖地へやつて来て、勿体ない神様の御手洗を無雑作に頭から被り、怪体な歌を謡うて何をして居るのだ、些と心得なさい』 婆、水を被りながら、 婆(黒姫)『何処の方か知らぬが、神様のため世界のために誠一心を立てぬく、日本魂の生粋の真正の水晶魂の守護神さまの命令によつて、この結構なお水で身魂を清め、結構な歌を宇宙の神々に宣べて居るのに、お前は何を云ふのだい、結構な言霊がお前には聞えぬのかい』 馬公『一向トンと聞えませぬ哩、何だか其言霊を聞くと悪魔が寄つて来るやうだ』 鹿公『オイ馬公、野暮の事を云ふない、牛の爪ぢやないが先から分つて居るぢやないか。悪魔の大将が、悪魔の乾児を集めやうと思つて全力を尽し、車輪の活動をやつて御座るのだ、人の商売を妨害するものでないぞ』 馬公『別に妨害はしようとは思はぬが、アンナ声出しやがると何だか癪に触つて、反吐が出さうになつて来た。オイ婆アさま、もう好い加減にやめたらどうだい。この産盥はお前一人の専有物ぢやないぞ、好い加減に退却したらどうだ』 婆(黒姫)『何処の若い衆か知らぬが老人が世界のため道のため、命がけで修業をして居るのだ。私の言霊が偉いお気に触ると見えるが、それは無理もない、お前に憑いて居る悪魔が恐れて居るのだ、其処を辛抱して暫く私の言霊を謹聴しなされ、さうして修業の仕方も私のやり方を手本として頭の先から足の裏まで、一分一厘の垢もない処まで落しなされ、さうしたら結構な結構なウラナイ教の神様のお道へ入信を許して上げる。今時の若い者は何でも彼でも新しがつて昔の元の根本の神様の因縁や性来を知らず、誠の事を云うてやれば馬鹿にしてホクソ笑ひをする者許りぢや、十万億土の根の国、底の国へと落されて、万劫末代上られぬやうな目に遇ふもの許りぢやから、それが可憐相で目を開けて見て居れぬから、世界の人民の身魂を立替立直し、大先祖の因縁から身魂の罪障の事から、何も彼も説いて聞かして助けてやる結構のお道ぢやぞよ。お前も縁があればこそ、コンナ結構な私の行を見せて貰うたのぢや。ちと気分が悪うても辛抱して聞きなされ』 馬公『それは大きに御親切に有難う、私も元は都で生れたものだが、御主人の娘さまと比沼の真名井山へ参拝しようと思うて行く途中で、大江山の鬼の乾児に欺され、岩窟の中に放り込まれ、エライ目に遇うた。そこへ偉い人が出て来て私を助けて下さつたので、何でも此辺に結構な神様が御座ると聞いてお礼詣りに来たのだよ』 婆は、一生懸命に水を被りながら此方も向かず声を当に、 婆(黒姫)『さうだらう、さうだらう、真名井山に詣つてお蔭どころか、鬼の岩窟へ釣り込まれたのだな。真名井山と云ふのは、それや云ひ損ひぢや、あれは魔が井さまと云うて神様の擬ひぢや、変性女子の三つの御霊と云うて、どてらい悪神が変性男子の日本魂の根本の生粋の神様の真似をしよつて、善に見せて悪を働いとるのぢや、暫く待ちなさい、私が結構の事を教へて上げる、三五教とやら云ふ教は三五の月ぢやと云うて居るが、三五の月なら満月ぢや、片割れ月の変性女子だけの教が何になるものか、雲に隠れて此処に半分、誠の経綸が聞きたければ私について御座れ、三千年の長い苦労艱難の一厘の経綸を、信仰次第に依つて聞かして上げぬ事もない、マア其辺にヘタつて此方の修業がすむまで待つて居なさい』 と又もや婆は頻りに水を被る。二人の男も影の形に従ふやうに、水を汲み上げてはザブザブと黒い体に浴びせて居る。婆は漸く水行を終り、頭の先から足の裏迄すつくり水気を拭ひ取り、念入りにチヤンと風を整へ、紋付羽織を着用に及び、二人の男を伴ひ、谷川の足のかかる石を、蛇が蛙を狙ふやうな眼つきで、ポイポイポイと兎渡りに渡りつき。 腰を折り両手をもみながら、 お節『黒姫の先生様、久しうお目に掛りませぬ、お健康でお目出度う』 黒姫『ヤアお前はオヽお節ぢやつたか、何と云つてもかと云うても、ひつ括つてでも捉へてでも、聞かさにや置かぬは女の一心、大慈大悲の心をもつて助けてやらうと、滝、板の二人に跡を追はせたが、何処をお前は迂路ついとつたのだエ、サアサア私について御座れ。ヤアお前は青彦ぢやないか、三五教に呆けてまだ目が醒めぬか』 若彦『ハイ有難う、お蔭ではつきり目が醒めました』 黒姫『さうだらう、若い者は能う気の変るもので、彼方へ迂路々々、此方へ迂路々々して仕方の無いものぢや、お前を助けてやり度いと思うて、どれだけ骨を折つたか知れたものぢやない。サア悠くりと私の所までお節と一緒に出て来なされ、三五教も、一寸尤もらしい事を云ひよるが、終には箔が剥げて何程金太郎のお前でも愛想が尽きたらう、肝腎要の厳の霊の本家を蔑にして、新米の出来損ひのやうな三五教に呆けて見た処で、飯に骨があつて喉に通りやせまいがな。一杯や二杯は珍らしいので喉にも触らないで鵜呑みにするが、三杯目位からは、ニチヤづいて舌の先にザラザラ触り、それを無理に呑み込めば腹の具合が悪くなつて下痢を催し、終の果にはソレ般若波羅蜜多と云うて腹を撫でたり、尻の具合迄悪くして雪隠へお千度を踏み、オンアボキヤ、ビルシヤナブツ、マカモダラニブツ、ヂンラバ、ハラバリタヤ[※密教の真言「光明真言」だと思われるが、語句は少々異なる。]と、陀羅尼を尻が称へるやうになつて仕舞ふ、さうぢやから食つてみにや分らぬのだ。加減の好いウラナイ教の御飯を長らく食べて居つて、栄耀に剰つて餅の皮を剥ぎ、まだ甘い事があるかと思うて、三五教に珍しい食物があるかと這入つて見たところ、味もしやしやりも有りやせまいがな、三五教ぢやなく、味無い教ぢや、アヽよい修業をして御座つた。よもや後戻りはしやしまいなア』 若彦『ヘイ、何うして何うして三五教ナンか信じますものか、これから貴方の頤使に従つて、犬馬の労をも惜しまぬ覚悟でございます』 黒姫『それは結構ぢや、お節、あの頑固な爺や婆アが、国替したので悲しいやら嬉しいやら、好な青彦と気楽に添はれるやうになつたのも、全くウラナイ教のお蔭ぢやぞエ、あのマア何と好う揃うた若夫婦ぢやなア』 と打つて変つて機嫌を直し、青彦の背中をポンと叩いて笑ふ。 馬公『お安くない所を拝見さして貰ひましてイヤもう羨望万望の次第で御座います哩』 鹿公『何と妙ぢやないか、此処には産釜、産盥と云うて眼鏡のやうに夫婦の水溜りが綺麗に湧いて居る、河を隔ててお節サンに若彦、オツトドツコイ青彦さま、何と好い配合だ、俺等も早く誰人かの媒妁で配偶したいものだ、ナア馬公………』 黒姫『お前は初めて見た方ぢやが、青彦の弟子ぢやな、さうして名は何と云ふのぢや、最前から聞いて居れば四足のやうな名を呼びて御座るが、本当の名で聞かして下さい、大方副守護神の名だらう、一寸見たところでは馬鹿らしいお顔ぢや、何程立派な女房が欲しいと云うても、そのスタイルでは駄目ぢやなア、四足の守護神をこれからウラナイ教で追つ放り出して、結構な竜宮の乙姫様の御眷属を守護神に入れ替て上げよう、何うぢや嬉しいか、恥かしさうに男だてら俯むいて、気の弱い事だ。併し其処が良い所ぢや、優しいものぢや、人間も恥かしい事を忘れては駄目ぢや、サアサア四人とも私の処へお出なさい。此二人の男も一人は弥仙山の、ではない弥仙山の木花咲耶姫の神様が好きと云つて大変に信仰をして居つたが、モウ一つ偉い日の出神様、竜宮の乙姫様のある事を悟つて、かうして一生懸命に信神をして居るのぢや』 青彦『アヽさうですか、それは熱心な事ですなア』 馬公『お婆アさま、一寸待つて下さい、私には一人連が御座います』 黒姫『極つたこつちや、お前の連は鹿ぢやないか』 馬公『イヤイヤま一人、元は私の御主人であつた紫姫と云ふ結構なお方が居られます』 黒姫『その方は何処に居られるのだ、早う呼びて来なさい』 馬公『三五教の宣伝使に、つい此間からなられまして、今日初めて大神様へ御参拝なされました。今お宮で御祈念をして居られます』 黒姫『アーさうかな、コレコレ青彦、お前は改心をしてウラナイ教に戻つた土産に、其紫姫とやらを帰順させて来なさい、三五教へも暫く這入つて居つたから、長所もあるけれど、短所も沢山知つて居るだらう、其お前が三五教に愛想を尽かした経歴でも説いて聞かして、その紫姫を早く連れて来なさい』 青彦『確に請合つて帰順さして来ます、どうぞ私達を元の如くお使ひ下さいませぬか』 黒姫『使うて上げるとも、ヤア私が使ふのではない、竜宮の乙姫様がお使ひ遊ばすのだ』 斯かる所へ静々とやつて来たのは紫姫なり。 紫姫『若彦さま、馬公、鹿公、エローお待たせ致しました。サアサア下向致しませう』 一同は、 一同『ハイ』 と、どことも無く躊躇気味の生返事をして居る。 黒姫『ヤアお前が紫姫と云ふのか、三五教の宣伝使と云ふ事ぢやが、神界のために御苦労様で御座います、どうぞ精々、世界のために活動して下さい』 紫姫、嬉しさうな顔つきで、 紫姫『ハア貴方は竜宮の乙姫様の生宮、好い所でお目にかかりました。妾は三五教の宣伝使になりましてから、まだ日も浅う御座いますので、何も存じませぬ、何卒老練な貴女様、宜しく御教授を願ひます』 黒姫『アヽ宜しい宜しい、三五教でも結構だ、何れ私の話を聞いたらきつと兜を脱いでウラナイ教にならねばならぬ。発根の合点のゆく迄、お前は矢張三五教の宣伝使の肩書をもつて居なさるが宜敷からう、無理にウラナイ教に入つて下さいとは申しませぬ、神が開かにや開けぬぞよ、無理に引張には行つて下さるなと大神様が仰有つてござる、心から発根の改心でなければお蔭はないから』 紫姫『一寸お見受け申しても、立派な貴女の神格、一目見れば貴女の奉じたまふお道は優れて居ることは愚かな妾にも観測が出来ます。何卒宜敷く御指導を願ひます』 黒姫『ヤア何と賢明な淑女ぢやなア、コンナ物の好う分る方が何うして三五教のやうな教に入つたのだらう、世の中にはコンナ人がちよいちよい隠れて居るから、何処迄も探し求めて、誠の人を集めねばならぬ。誠の者許り引き寄せて大望な経綸を成就致させるぞよとは、大神様のお言葉、アヽ恐れ入りました。変性男子の霊様、真実の根本の変性女子の霊様、サアサア皆様、神様にお礼を申しませう』 と黒姫は意気揚々として祝詞を奏上し、得意の色を満面に浮べ、鼻をぴこつかせ、肩を揺り、歩み振も常とは変つて、いそいそと崎嶇たる山道を先に立ち、魔窟ケ原の隠家さして一行八人[※黒姫と従者2人、紫姫・若彦・馬公・鹿公・お節の、計8人。従者のうち1人は綾彦だということが第10章に記されている(もう1人は名前不明)。]進み行く。 (大正一一・四・二五旧三・二九加藤明子録)
307

(1721)
霊界物語 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 10 赤面黒面 第一〇章赤面黒面〔六三八〕 谷川に禊を済まして、梅公一行は再び地底の館に帰り来たり、 梅公『高山彦様、黒姫様、お蔭で大江山の悪霊も、スツカリ退散致しました。そこら中が何ともなしに軽くなつた様で、明晰な頭脳が益々明晰になり、モウ是れで大宇宙の根本が、現界、神界、幽界の、万事万端手に取る如く明瞭に、梅が心鏡に映ずる様になつて来ました。随分御禊と云ふものは結構なものですなア』 黒姫『さうだろさうだろ、何時もそれぢやから、朝と晩と昼と、間さへあれば、お水を頂きなさいと云うとるのぢや。火と水とお土の御恩が第一ぢや。何時も水を被るのは、蛙の行ぢやと言つてブツブツ叱言を云つてらつしやるが、今日は合点がいつただらう』 梅公『ヤアもう徹底的に分りました。有難い事には、日の出神様と竜宮の乙姫さまが私の肉体にお懸り下さいまして、結構で御座いました』 黒姫『これこれ梅公、何と云ふ傲慢不遜な事を言ひなさる。日の出神様は、誠水晶の生粋の根本の元の身魂でなければお憑りなさらず、又竜宮の乙姫さまは、因縁の身魂でなければ、誰にも、彼れにもお憑りなさる筈がない。「昔から神はものを言はなンだぞよ。世の変り目に神が憑りて、世界の人に何かの事を知らせねばならぬから、因縁の身魂に神が憑りて、世界の初まりの事から、行末の事、身魂の因縁性来を細かう説いて聞かして、世界の人民を改心さすぞよ。稲荷位は誰にも憑るが、誠の大神は禰宜や巫子には憑らぬぞよ」と変性男子の身魂が仰有つて御座る。それに何ぞや、下司の身魂にソンナ結構な神様が憑りなさる筈があるものか。日の出神の生宮が、さう二つもあつたり、竜宮の乙姫さまの生宮が、さう彼方にも此方にも出来て堪るものか。お前は一寸良いと直によい気になつて、慢心をするなり、一寸叱られると、直に青くなつてビシヨビシヨとして了ふ。それと云ふのも、モ一つ腹帯が締つて居らぬからぢや。身魂相応の御用をさされるのぢやから、慢心をし、高上りをしてブチヤダレヌ様にしなされや、灯台下はまつ暗がり、自分の顔の墨は分るまい。空向いて世の中を歩かうと思へば、高い石に躓いて、逆トンボリを打たねばならぬぞよ。開いた口がすぼまらぬ様なことのない様に、各自に心得たが宜いぞ』 梅公『ヤア承知致しました。併し乍ら、臨時御降臨遊ばしたのだから仕方がありませぬ』 黒姫『そら何を云ひなさる。神憑には公憑、私憑と二つの種類がある。其中でも私憑と云ふのは、因縁の身魂丈によりお憑りなさらぬと云う事ぢや。国治立命は変性男子の肉体、日の出神は系統の肉体、竜宮の乙姫は又その系統の肉体と、チヤンと定つて居るのぢや。公憑と云うて、上の方の身魂にも、中の身魂にも、下の身魂にも臨機応変に憑ると云ふ様な、ソンナ自堕落な神さまとは違ひまつせ。竜宮の乙姫さまを、何と思うて居りなさる。チツトお筆先でも拝読きなさい。お筆さへ腹へ締め込みておきたら、目前の時に、ドンナ神力でも与へて下さる。兎角お前達は、字が悪いとか、読み難いとか、クドイとか、首尾一貫せぬとか、肉体が混つとるとか、ここは神諭ぢや、此点は人諭ぢやと、屁理屈ばつかり仰有るから、サツパリ訳が分らぬ様になつて了うのだ。日の出神の生宮のお書き遊ばしたお筆先を審神したり、しやうとするから間違ふのだ。是れから、絶対に有難いと思うていただきなさい』 梅公『私はお道を開く因縁の身魂ぢやありませぬか』 黒姫『きまつた事ぢや。因縁なくて、此結構なウラナイ教へ来られるものか』 梅公『因縁の身魂の中でも、私は最も因縁の深いものでせう。高姫さまは高天原に因縁のある名ぢやし、黒姫さまは、くろうの固まりの花が咲くとお筆先に因縁があるなり、私は三千世界一度に開く梅の花と云ふ、変性男子の初発のお筆先に出て居る因縁の名ぢやありませぬか。何と云つても梅は梅、一度に開く役は梅公の守護神のお役でせう』 黒姫『此広い世界に、梅の名のつくのは、お前ばつかりぢやないわいな』 梅公『それでも、今あなた、因縁の身魂ばつかり引き寄せて有ると仰有つたぢやありませぬか。ウラナイ教へ引寄せられた人間の中に、梅の名の付いた者が、一人でもありますか。松で治めると云ふ、松に因縁のある松姫さまは、高城山であの通り羽振りを利かし、なぜ此梅公は、さうあなたから軽蔑されるのでせう』 黒姫『もうチツと修業しなされ。さうしたら又、松姫と肩を並べる様にならうも知れぬ。併し今日は初めて綾彦、お民に、宣伝を、竜宮の乙姫の肉体が、直接にしてあげるから、お前もシツカリ聴きなされ。そして此肉体の宣伝振をよく腹へ締め込みて、世界を誠で開くのぢやぞえ』 梅公『それは有難う御座います。吾々も傍聴の栄を得まして……』 黒姫『コレコレあまり喋るものぢやない……男だてら……口は禍の門ぢや。黙つて謹聴しなさい』 と押へつけ乍ら、少し曲つた腰付をして底太い声を張上げ歌ひ始めたり。 黒姫『昔の昔その昔遠き神代の初めより 国治立の大神は千座の置戸を負ひ給ひ 世を艮に隠れまし三千年の其間 苦労艱難遊ばして此世を永久に開かむと 種々雑多と身をやつし蔭の守護を遊ばされ ミロクの御代を待ち給ふ時節参りて煎豆に 花咲く御代となりかはり変性男子の御身魂 道具に使ふて昔から末の末まで見通され 尊きお筆を出しまし世に落ちぶれた神々を 今度一緒に世にあげてそれぞれお名を賜ひつつ 神の御用に立て給ふ時節来たのを竜宮の 乙姫様は活溌な御察しの良い神故に 今まで生命と蓄へた金銀、珠玉、珊瑚珠も 残らず宝投げ出して大神様へ献つり 穢ない心をスツパリと海へ流して因縁の 身魂と現れし黒姫を神政成就の機関とし 現はれ給うた尊さよ今まで竜宮の乙姫の 醜しかつた御霊丈系統の身魂に憑られて 懺悔遊ばし一番に改心なされた利巧者 三千世界の世に落ちた神々さまは竜宮の 乙姫さまを手本とし力一杯身魂をば 磨いて今度の御大謨にお役に立つた其上で それぞれお名を頂いて結構な神と祀られる 三千世界の梅の花一度に開くと云ふ事は 永らく海の底の底お住居なされた竜宮さま 肉のお宮にをさまりて広い世界の民草に 誠一つのお仕組を現はしなさるお働き 日の出の神と引つ添うて今度の御用の地となり 神の大望成就させ天にまします三体の 大神様へ地の世界斯うなりましたとお目にかけ お手柄遊ばす仕組ぞや此お仕組は三五の 神の教を厳御霊変性男子の筆先に くまめる様に書いてある其筆先の読み様が 足らぬ盲のミヅ御霊変性女子が混ぜ返し 蛙の行列向ふミヅ瑞の御霊と偉相に 日の出神の筆先を何ぢや彼ンぢやとケチをつけ 黒姫までも馬鹿にするされ共此方はどこまでも 耐り耐りて出て来たが余り何時まで分らねば 是非に及ばず帳を切り悪の鑑と現はして 万劫末代書き残す変性男子は唯一人 変性女子も亦一人それに何ぞや三つ御霊 三つもあつてたまるかい此事からが間違ひぢや 変性男子は経の役変性女子は緯の役 経と緯とを和合させ錦の機を織る仕組 日の出神が地となりて竜宮様のお手伝ひ 今度一番御出世を遊ばす事を知らないか 必ず必ず三五の緯の教に迷ふなよ 経が七分に緯三分これでなければ立派なる 誠の機は織れないに三五教の大本は 次第々々に紊れ来て経が三分に緯七分 変性男子は先走り変性女子は弥勒さま 何ぢや彼ンぢやと身勝手な理屈を並べて煙に巻く 此儘棄てて置いたなら変性男子の永年の 艱難苦労も水の泡水の泡にはさせまいと 系統の身魂を選り抜いて日の出神が現はれて 誠の筆先書きしるし一度読めよと勧むれど 変性女子の頑固者どうして此れが読まれよかと 声を荒立て投げつけるそれ程厭なら読までよい 後で吠面かわくなと言うて聞かしてやつたれど 訳の分らぬ頑固者神の恵を仇に取り 何ほど親切尽してもモウこの上は助けやうが 無いと悔みて高姫が何時も涙をポロポロと 零して御座るお慈悲心それに続いて分らぬは 金勝要の大御神この肉体もド渋とい まだまだ渋とい奴がある仮令大地は沈むとも 生命の綱が切れるとも日の出神の筆先は 当にならぬと撥ねつける木の花姫の生宮と 嘘か本真か知らねども現はれ出でた男女郎 火が蛇になろがどうしようが改心させねば置くものか 縦から横から八方から探女醜女を遣はして いろいろ骨を折るけれど固より愚鈍な生れつき 石の地蔵に打向ひ説教するよな塩梅で どしても聞かうと致さない木の花姫の肉体を 改心させねば何時までも神の仕組は成就せぬ ウラナイ教も栄やせぬサア是れからは黒姫の 指図に従ひ身をやつし千変万化に活動し 一日も早く因縁の身魂を改心さす様に 祈つて呉れよ黒姫もこれから百日百夜は 剣尖山の谷川の産のお水で身を清め 一心不乱に祈念するアヽ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 と汗をブルブルに掻き、身体一面ポーツポーツと湯気を立て、 黒姫『アーア苦しいこと。……世界の人民を助けようと思へば、並大抵ぢやない、変性男子や高姫さまの御苦労が身に浸みて、おいとしう御座るわいの、オンオンオン』 と泣き崩れる。 これより黒姫は、百日百夜、宮川の滝に水行をなし、高山彦の懇望もだし難く、一旦数多の信徒を宣伝使に仕立てて、自転倒島の東西南北に間配り置き、手に手を把つて、フサの国へ渡り、高姫の身許に着きける。高姫は三五教の勢力侮り難きを黒姫より聞き、黒姫を北山村の本山に残し置き、自らは二三の弟子と共に、自転倒島に渡り、再び魔窟ケ原に現はれ、衣懸松の下にて庵を結び、三五教覆滅の根拠地を作らむとして居たのである。又もやそれより由良の湊の人子の司、秋山彦が館に於て、冠島、沓島の宝庫の鍵を盗り、遂には如意宝珠の玉を呑み、空中に白煙となりて再び逃げ帰りしが、それと行違に黒姫は、又もや魔窟ケ原に現はれ、草庵の焼跡に新に庵を結び、前年高姫と共に築き置きたる地底の大岩窟に居を定め、極力宣伝に従事して居たりしなり。然るに黒姫の部下に仕ふる夏彦、常彦、其他の弟子共は、フサの国より扈従し来り乍ら、少しも黒姫に夫ある事を知らざりける。黒姫は独身主義を高唱し、盛ンに宣伝をして居た手前、今更夫ありとは打明け兼ね、私に高姫に通じて、神界の都合と称し、始めて夫を持つた如く装ひける。高山彦の表面入婿として来るや、以前の事情を知らざりし弟子達は、黒姫の此行動に慊らず、遂にウラナイ教を脱退するに至りたるなり。夏彦、常彦以下の主なる者は、此時高城山に立籠り、東南地方を宣伝し居たれば、梅、浅、幾などの計らひに依りて、新に入信したる綾彦の事は少しも知らざりける。また高城山の松姫が侍女として仕へ居るお民の素性も、気が付かず、唯普通の信者とのみ思ひて取扱ひ居たりしなり。黒姫は又もや剣尖山の麓を流るる宮川に、綾彦外一人を伴ひ、禊の最中、紫姫、青彦の一行に出会し、青彦が再びウラナイ教に復帰せしと聞き、喜び勇みて、この岩窟に意気揚々として帰り来たりしなり。 ○ 黒姫『サアサアこれが妾の仮の出張所だ。大江山の悪魔防ぎに地下室を拵へて有るのだから、這入つて下さいませ。……青彦、お前は勝手をよく知つてる筈ぢや。どうぞ皆さまを叮嚀に案内をしてあげて下さいな』 鹿公『ヤアこれは又奇妙なお住居ですな、三五教の反対で、穴有教だなア、ヤア結構結構、穴有難や穴たふとやだ』 と一人々々、ゾロゾロと辷り込む。 黒姫『モシモシ高山彦さま、極道息子が帰つて来ました。どうぞ勘当を赦してやつて下さい』 高山彦『ヤアお前の常々喧しう言つて居つた……これが青彦だらう』 青彦『ハイ始めてお目にかかります。どうぞ宜しう御願ひ致します』 高山彦『ハイハイ、もう是れからは、あまりグラつかぬ様にして下さい』 青彦『決して決して、御心配下さいますな』 高山彦『ヤアなンと綺麗な娘さまがお出になつたぢやないか』 青彦『此お方は由緒ある都の方で御座いますが、お伊勢様へ御参拝の折、黒姫様の言霊を聞いて、大変感心遊ばし、「どうぞ妾も入信が致したう御座いますから、青彦さま、頼みて下さいな」ナンテ、それはそれはお優しい口許でお頼みになりました。私もコンナ綺麗な方が、男ばつかりの所へお出になつては、嘸御迷惑だらうと思ひましたけれども、折角のお頼み、無下に断る訳にもゆかず、黒姫様に御取次致しました。黒姫さまは二つ返辞で承知して下さいました』 紫姫『ホヽヽヽヽ』 と袖に顔を隠す。 黒姫『コレ青彦、チツと違つては居らぬかな』 青彦『アーさうでしたかなア。あまり嬉しかつたので、精神錯乱致しました。どうぞ見直し聞直しを願ひます』 黒姫『青彦お前は久振で親の家へ帰つたのだから、気を許して奥でゆつくりと寝なされ、今は新顔ばつかりで、お前の知つて居る者は、みなフサの国の本山へ往つたり、高城山へ行つて居る、馴染がなくて寂しいだらうが、気の良い者ばつかりだから、気兼なしにユツクリと休まつしやい。馬公鹿公も、トツトとお休み、又明日になつたら結構な話を聞かしてあげる。……サテ紫姫さまとやら、あなたは三五教の宣伝使におなりになつたのは、何を感じてですかなア。何か一つの動機がなければ、あなたの様な賢明な淑女が、あの様な瑞の御霊の混ぜ返し教に入信なさる道理がない。みな奥へ行つて睡眼みて了つたから、誰も聞く者もないから、遠慮なしに話して下さいな』 紫姫『ハイ有難う御座います、別に是れと云ふ動機も御座いませぬ。国家の為社会の為に舎身的の活動をなさる瑞の御霊の大神さまに同情を表しまして、つい何とはなしに宣伝使になりました』 黒姫『それはそれは結構な事だ。身魂の因縁がなくては、到底尊い宣伝使にはなれませぬ。三五教もウラナイ教も、みな変性男子、変性女子と、経と緯との身魂が現はれて錦の機の仕組をなさるのぢやが、併し乍ら、素盞嗚尊は天の岩戸を閉めるお役で、大神様が、此世の乱れた行方がさしてあると仰有る。ナンボ神様の仰有る事でも……これ丈乱れた世の中を、治める事を措いて、乱れた方の御守護をしられて堪りますか。そこで吾々は元は三五教の熱心な取次だが、今では変性女子の行方に愛想をつかし、已むを得ず、ウラナイ教と名をつけて、神様の御用をして居りますのぢや。同じ事なら三五教の名が附けたいけれど、高姫や黒姫は、支部ぢやとか、隠居ぢやとか言はれるのが癪に障るので、已むを得ず結構な結構なウラル教の「ウラ」の二字を取り、アナナイ教の「ナイ」の二字をとつて、表ばつかり、裏鬼門金神の変性女子の教は一寸も無いと云ふ、生粋の日本魂のウラナイ教ぢや。お前も、同じ宣伝使になるのなら、喰はせものの三五教を廃めてウラナイ教になりなされ。あなたのお得ぢや。否々天下の為ぢや』 紫姫『素盞嗚尊さまは、それ程悪いお方で御座いますか。世界万民の為に千座の置戸を負うて、世界の悪を一身に引受け、人民の悪い事は、みな吾が悪いのぢやと言つて、犠牲になつて下さる神さまぢや有りませぬか』 黒姫『それはさうぢやけれども、モ一つ我が強うて改心が出来ぬものぢやから、神界のお仕組が成就しませぬ。何と言うても、高天原から、手足の爪まで抜かれて、おつ放り出される様な神ぢやから、大抵云はいでも分つとる。お前も能う胸に手を当てて御思案なさいませ』 紫姫『ウラナイ教には、ちツとも……仰有る通り裏がないので御座いますか』 黒姫『勿論の事、見えた向きの、正真正銘、併し乍ら、神様のお仕組は奥が深いからなア、一寸やそつとに、人間の理屈位では分りませぬ。マアマア暫く絶対服従で信神して見なさい。御神徳が段々分つて来るから』 斯く話す折しも、慌ただしく走り帰つた二人の男。 黒姫『ヤアお前は滝と板とぢやないか』 滝公、板公『ハイ左様で御座います』 黒姫『昨日から此処を飛び出した限り、どこをウロウロ迂路ついとつたのだい』 滝公『ハイ昨日遅がけに、一人の女が通りましただらう。それをあなたが捉まへて来いと仰有つたものだから、此奴ア又、梅公の故智に倣つて、一つ大手柄を現はし、あの女を入信させてやるか、あまり諾かねば、何れ三五教の奴だから、叩き潰してやらうかと思うて、あなたの御命令で追ひかけて行きました』 黒姫『誰が叩き潰せと言つたのか。丹波村のお節に違ひないから、捉まへて来いと言つたのだ、そして其お節を如何したのぢやい』 滝公『板公と二人、尻引き捲つて……お節は走る、二人は追ひかける、船岡山の手前までやつて来ると、日は暮れかける。お節は石に躓きパタリと倒れたので、其間に追ひつき、無理無体に手足を括り、暗の林に連れ往つて、グツと縛りつけ、猿轡を箝ませ、再び姿を改ため、……コレコレどこのお女中か知らぬが、コンナ所に悪者に括られて可愛想に……と云つて助けてやる。さうすれば如何なお節もウラナイ教の親切に感じて、三五教を思ひ切るだらう……と思ひまして、一寸智慧を出しました。さうした所が、お前さまがやつて来て、種々と仰有るものだから、暗がり乍ら御案内しました。……あなた覚えが御座いませう……忽ちお節は息が切れ、厭らしい声を出して、化けて出よつた、其途端に私は尻餅を搗いて、暗さは暗し、傍の谷川へサクナダリに落ち滝つ、腰イタツ磐根に打据ゑて、それはそれは酷い目に遭ひました。暫くは気を取り失うて、半死になつて了ひ、苦みて居るのに、あなたは側へ来て居り乍ら私を見殺しにして帰りなさつたぢやないか。何時も人を助ける助けると仰有るが、アンナ時に助けて貰はねば、常に御大将と仰いで居る甲斐がありませぬワ』 黒姫『そら何を云うのだ、妾が何故ソンナ所へ行く必要があるか、又何とした乱暴な事をするのだい。ソンナ事がウラナイ教の教にありますか。モウ今日限り、破門するツ、サア出て行け出て行け』 滝公『悪人は悪人とせず、鬼でも、蛇でも、餓鬼虫けらでも助けるのが、ウラナイ教ぢや有りませぬか。出て行けとはチツと聞えませぬワ』 黒姫『モシ紫姫さま、斯う云ふ取違する者がチヨコチヨコ出来ますので、誠に困ります。併し乍ら、コンナ者ばつかりぢや御座いませぬ。これは大勢の中でも、選りに選つて一番悪い奴で御座います。そして又入信してから、幾らもならぬものですから、つい脱線をしましてナ』 板公『モシモシ黒姫さま、余り甚いぢやありませぬか、私が悪人なら、モツとモツと大悪人が沢山居りますで……綾彦だつて、お民だつて、改心さしたのは、あなた知らぬか知らぬが、それはそれは大変な酷い事をやつて入信させたのだ。私も兄弟子の兵法を倣つて巧くやらうと思つたのが当が外れた丈のものですよ、あれ程喧しう下の者が噂をして居るのに、あなたの耳へ這入らぬ筈はない、一年からになるのに、世界が見え透くと云ふあなたが、知つとらぬとは言はれませぬ。腹の底を叩けば、「権謀術数的手段は用ゐるな。併し俺の知らぬ所では都合よく行れ、勝手たるべし」と云ふ、あなたの御精神でせう』 滝公『ソンナこたア、言はなくても定まつて居るワイ。あれ程、神の取次する者は、独身でなければ可かぬと仰有つた黒姫さまでさへも、ヤツパリ言うた事をケロリと忘れて因縁だとか、御都合だとか理屈を附けて、ハズバンドを持たつしやるのだもの、言ふ丈野暮だよ』 黒姫『何を言ふのだ。早う出て下さい』 滝公『都合が悪うおますかなア……初めての入信者の前ですから、成るべくは、コンナ内幕話は言ひたくはありませぬが、お前さまが今日から除名すると仰有つた以上は、今迄の師匠でもなければ、弟子でもない。力一杯奮戦して、どこまでも素破抜きませうか』 黒姫は唇を震はし、目を逆立て、クウクウ歯を喰ひしばつて、怒つて居る。 滝公『モシ黒姫さま、怒る勿れ……と云ふ事がありますなア。怒つて居るのぢやありませぬか。チツと笑ひなされ』 黒姫『ウームウーム』 と歯を喰ひしばり、目を剥いて居る。 紫姫『これはこれは滝さまとやら、板さまとやら、良い加減にお静まりなさいませ。夜前あなたがお節さまを悩めて御座る所を、妾外三人の者がよく見て居りました。黒姫さまは決してお出でぢやありませぬ。妾の連の鹿と云ふ男が黒姫さまの……暗を幸ひ……声色を使つたのですよ。それに黒姫さまがお出でになつたなぞと仰有つてはお気の毒ですワ、お節さまはこの奥へ来て、スヤスヤ寝みてゐらつしやいますよ』 滝公、板公『エー何と仰有る、お節さまが……そいちやア大変だ』 紫姫『さう御心配なされますな、青彦さまも見えて居ります』 滝公『ヤアうつかりして居ると、ドンナ目に合ふか分らぬぞ。仇討に……岩窟退治に来よつたのだなア。……オイ板公、黒姫さまはどうでも良い。生命あつての物種だ、見付からぬ間に、一刻も早く此場を退却だ』 と滝は駆出す。板も続いて、 板公『オイ合点だ』 と後を追ふ。黒姫は、 黒姫『オイこれこれ、滝公、板公、待つた待つた、言ひたい事がある』 滝板の両人は、岩穴の外から内を覗いて、 滝公、板公『黒姫さま、左様なら、ゆつくりと、青彦やお節に、脂を搾られなさつたが宜からう、アバヨ、アハヽヽヽ、ウフヽヽヽ』 と云つた限り、何処ともなく……それ限りウラナイ教には姿を見せなくなりにけり。 紫姫は気の毒がり、 紫姫『モシモシ黒姫さま、お腹が立ちませうが、若い人の仰有る事、どうぞ宥して上げて下さいませ、……イヤもう人を使へば苦を使ふと申しまして、御苦心の程、お察し申します』 黒姫『これはこれは、ご親切によう言うて下さいました。無茶ばつかり申しまして困ります。これと言ふのも、決して決して、滝や板が申すのぢや御座いませぬ。又さう云ふ様な悪い事をする男ぢや有りませぬが、素盞嗚尊の悪神の眷属が憑つて、吾々を苦めやうと思うて、アンナ事を言つたり、したりするのです。チツとも油断はなりませぬ。悪神に使はれた、滝公板公こそ不憫な者で御座います、オンオンオン』 と泣き真似をする。 紫姫『黒姫さま、モウお休みなさいましたらどうでせう。大分夜も更けた様です』 黒姫『ハイ有難う、ソンナラお先へ御免蒙りませう。明日又ゆつくりと、根本のお話を聴いて貰ひませう』 紫姫『ハイ有難う』 と互に寝に就きにける。 (大正一一・四・二六旧三・三〇松村真澄録)
308

(1722)
霊界物語 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 11 相身互 第一一章相見互〔六三九〕 降りみ降らずみ空低う四辺は暗く黄昏れて 山時鳥遠近に本巣かけたか、かけたかと 八千八声の血を吐いて声も湿りし五月空 憂に悩める人々を教へて神の大道に 救はむものと常彦が鬼ケ城山後にして 足もゆらゆら由良の川蛇が鼻、長谷の郷を越え 生野を過ぎての檜山須知、蒲生野を乗り越えて 駒に鞭打つ一人旅観音峠の頂上に シトシト来る雨の空遠く彼方を見渡せば 天神山や小向山花の園部も目の下に 横田、木崎と開展し高城山は雲表に 姿現はす夜明け頃眼下の野辺を眺むれば 生命の苗を植つける早乙女達の田の面に 三々伍々と隊をなし御代の富貴を唄ふ声 さながら神代の姿なり。 常彦は峠の上の岩石に凭れ、夜の旅路の疲れを催し、昇る旭を遥拝しつつ、知らず識らずに睡魔に襲はれ居る。 観音峠の頂上さして、東より登り来る二人の乞食姿、 甲(滝公)『人間も、斯う落魄れては、どうも仕方がないぢやないか。何程男は裸百貫だと云つても、破れ襦袢を一枚身に着けて、斯うシヨボシヨボと、雨の降る五月雨の空、どこの家を尋ねても、戸をピツシヤリ閉めて、野良へ出て居る者ばつかり、茶一杯餐ばれる所も無し、谷川の水を掬つて飲めば、塩分はあるが、忽ち腹の加減を悪うして了ふ。裸で物は遺失さぬ代りに、何か有りつかうと思つても、せめて着物丈なつとなければ、相手になつて呉れる者もなし。純然たるお乞食さまと、誤解されて了ふ。実に残念だなア』 乙(板公)『天下を救済するの、誠の道ぢやのと、偉相に言つて居るウラナイ教の高城山の松姫も、今迄とは態度一変し、飯の上の蠅を払ふ様に虐待をしよつたぢやないか。これと云ふのも、ヤツパリ此方の智慧が足らぬからぢや。雨には嬲られ、風にはなぶられ、おまけに蚊にまで襲撃され、七尺の男子が、此広い天地に身を容るる所もなき様になつたのも要するに、智慧が廻らぬからだよ。あの梅公の奴を始め、松姫の如きは、随分陰険な代物だが、巧妙く黒姫に取入つて、今では豪勢なものだ。何とかして、モウ一度黒姫の部下になる訳にはいかうまいかなア』 甲(滝公)『一旦男子が広言を吐いて、此方から暇を呉れた以上、ノメノメと尾を掉つて帰ぬ事が出来ようか。鷹は飢ゑても穂を喙まぬ……と云ふ事がある。ソンナ弱音を吹くな、暗の後には月が出るぢやないか』 乙(板公)『人間の運命と云ふものは定まつて居ると見える。黒姫や高姫、松姫はどこともなしに、丸い豊な顔をして居るが、丸顔に憂ひなし、長顔に憂ひありと云つて、俺達は金さへ有れば、社会にウリザネ顔だと言つて、歓待る代物だけれど、今日の様な態になつては、ますます貧相に……自分乍ら見えて来る。自分から愛想をつかす様な物騒な肉体、何程馬鹿の多い世の中だと言つて、誰が目をかけて呉れる者が有らうか。アーア仕方がない。何とか一身上の処置を附ける事にしようかい。ヌースー式をやつては、神界へ対して罪を重ね、万劫末代苦しみの種を蒔かねばならず、実、さうだと言つて、自殺は罪悪であり、死ぬにも死なれず、困つた者だ。どうしたら此煩悶苦悩が解けるであらう。否スツパリと忘れられるだらう』 甲(滝公)『心一つの持ちやうだ。刹那心を楽むんだよ』 乙(板公)『貴様はまだ、ソンナ気楽な事を言つて居るが、衣食足りて礼節を知るだ。今日で三日も何も食はずに、胃の腑は身代限りを請求する。一歩も歩む事も出来なくなつて、どうして刹那心が楽めよう。刹那々々に苦痛を増ばつかりぢやないか。アーアこれを思へば、黒姫の御恩が今更の如く分つて来たワイ』 甲(滝公)『ヤア情ない事を言ふな。そら其処に三五教の宣伝使が立つて居るぞ』 乙(板公)『モウ斯うなつちやア、三五教もウラナイ教も有るものぢやない。食はぬが悲しさぢや。飢渇に迫つてから、恥しいも何も有つたものかい』 と常彦の佇む前に進み寄り、 乙(板公)『モシモシ、あなたは三五教の宣伝使ぢやありませぬか』 と力無き声に、常彦はフツと目を醒し、 常彦『アーア夜の旅で草臥れたと見えて、知らぬ間に寝込んで了うたワイ。……ヤアお前は乞食と見えるな。何ぞ御用で御座るか』 乙は何にも言はず、口と腹を指し、飢に迫れる事を示した。 常彦『ヤア一人かと思へば、二人連ぢやな。幸ひ、ここに握り飯が残つて居る。失礼だが之をお食りなさらぬか』 乙(板公)『ハイそれは有難う御座います。早速頂戴致しませう。……オイ滝公、助け船だ兵站部が出来たぞ。サア御礼を申せ』 滝公『アーそんなら頂戴しようかなア、恥しい事だ。旅人の弁当を貰つて食ふのは、生れてから始めてだ』 と四個の握り飯を分配し、二ツづつ、飛び付く様に平げて了ひ、 乙(板公)『アーアこれで少し人間らしい気がして来た。……イヤ宣伝使様、有難う御座います。……併し乍ら此先は又どうしたら宜からうかなア』 滝公『刹那心だよ。又神様がお助け下さる。心配するな。……何れの方か知りませぬが有難う御座いました。これでヤツと、こつちのものになりました』 と見上ぐる途端にハツと驚き顔を隠す。 常彦『ヤア失礼乍らあなたは、ウラナイ教の滝公さまぢやありませぬか。ヤアあなたは板公さま、どうしてそんな姿におなりなさつた。何か様子が御座いませう。差支なくばお聞かせ下さいませいなア』 板公『恥しい所、お目にかかりました。実は斯うなるも身から出た錆、何とも言ひ様がありませぬが、実の所は、あまり宣伝の効果が挙がらないので、一寸した事をやりました。それが此通り大零落の淵に沈む端緒となつたのです』 滝公『誠に赤面の至り、智慧も廻らぬ癖に、人真似をして、大変な失敗を演じ、闇の谷底へ転落し、生命カラガラな目に遭ひ、終には黒姫の御機嫌を損ねたのみならず、青彦、お節に踏み込まれ、一生懸命逃げて来ました。それから私等二人は高城山へ参り、松姫の前に尻を捲つて、ウラナイ教の内幕を暴露してやらうと、強圧的に出た所、中々の強者、吾々の智嚢を搾り出した狂言も、松姫に対しては兎の毛の露程も脅威を与へず、シツペイ返しを喰つて、生命からがら此処までやつて来ました。併し乍ら窮すれば乱すと云ふ諺もありますが、吾々は一旦誠の道を聞いた者、仮令餓死しても人の物を失敬する事は絶対に厭で堪らず、最早生命の瀬戸際、一生の大峠となつた所、あなたに巡り会ひ、一塊のパンを与へられて、漸く人間心地が致しました。これもアカの他人に恵まれるのであつたならば残念ですが、有難い事には、一旦御心易うして居たあなたに救はれたと云ふのも、まだ天道は吾々を棄て給はざる証と、何となく勇気が出て来ました』 常彦『今のお言葉に、青彦お節が黒姫の所へ往つたと仰有つたが、ソレヤ本当ですか』 滝公『ヘエヘエ本当も本当、一文生中の、掛値も御座いませぬ。今頃は黒姫も、青彦お節其他の二三人の男女に欺かれて、道場を破られ、フサの国へでも逃げて行つたかも知れますまい、高城山の松姫の様子が何だか変で御座いましたから……』 板公『ナーニ黒姫はそんな奴ぢやない。キツと青彦、お節は袋の鼠、舌の先で巧くチヨロまかされて居るに違ひない。それよりも惜しいと思うのは、紫姫さまに、馬公鹿公と云ふ若い男だ。キツと、ウラナイ教に沈没して居るに相違ない』 常彦『ハテナ、吾々も御両人の知らるる通り、ウラナイ教のカンカンであつたが、余り内容が充実せないのと、黒姫の言心行一致を欠いだ其点が腑に落ちず、又数多の信者に対して、吾々部下の宣伝使として弁解の辞がないので、アヽ最早ウラナイ教は前途が見えた。根底から崩れて了つた。斯う云ふ事で、どうして天下の修斎が出来ようぞ、信仰に酔払つた連中は今の所、稍命脈を保つて居るが、酔払つた酒は何時しか醒める如く、信仰も追々冷却するは当然の帰結と、前途を見越して、ヤツパリ天下を救ふは三五教だと、直に三五教に入信し、鬼ケ城の邪神退治と出掛け、それより諸方を宣伝し廻つて居るのだ。それにしても合点のゆかぬは、あれ程決心の堅かつた青彦、お節に紫姫さまぢや。これには何か深い様子が有る事であらう。コラ斯うしても居られない。一時も早く魔窟ケ原へ行つて、事の真偽を確め、其上で又作戦計画を定めねばなるまい。アーア困つた事が出来たワイ』 と手を組んで太い息をつく。 滝公『これに就て常彦さま、あなたは何かお考へがありますか。ならう事なら、私達も共々に三五教の為に尽さして頂きたいのですが、何を言うても零落れた此体、あなたの顔にかかはりますから……』 常彦『ソラ何を仰有る。衣服は何時でも替へられる。あなたの今迄の失敗の経験に会つて鍛へ上げられたる其身魂は、容易に得られるものでない。何は兎も角一緒に参りませう。また都合の好い所が有れば、衣服でも買つて上げませう。兎も角青彦以下の救援に向はねばならぬ。サア滝公、板公、参りませう』 二人は何にも言はず、嬉し涙に暮れ乍ら、常彦の後に従ひ、西北指して、今迄の衰耗敗残の気に充された態度は忽ち枯木に花の咲きし如く、イソイソとして従いて行く。 山頭寒巌に倚りて立てる古木も春の陽気に会ひて深緑の芽を吹き出したる如く、青ざめた顔は忽ち桜色と変り、常彦に絶対服従の至誠を捧げつつ、花咲き匂ふ枯木峠を打渡り、神の救ひをエノキ峠の急坂後に見て、握り拳をホドいて夏風に、そよぐ蕨の野辺を打渡り、とある茶店に立入りて、再び腹を拵へ忽ち太る大原の郷、テクテク来る須知山峠の絶頂に、青葉を渡る涼しき夏の風を受け乍ら、かたへの巌に腰打掛け、 常彦『アヽ早いものだ、モウ一息で聖地に到着する。世継王山の山麓には、悦子姫さまの経綸場が出来たと云ふ事だ。一つ立寄つて見ようかな。大抵青彦の様子も分らうから………イヤイヤ今度は素通をして、青彦に対面し、救はるるものならば、どこまでも誠を尽して忠告を与へ、其上にて悦子姫様の庵を御訪ねする事にしよう。幸に青彦以下が改心をして、三五教に復帰したとすれば、先へ妙な事をお耳に入れ置くのは却て青彦の為に面白くない。友人の道として絶対秘密にしてやるが本当だらう』 滝公『青彦さまはよもや、ウラナイ教になつて居る気遣ひは有りますまい』 板公『何とも、保証がでけぬ、突然の事で吾々も岩窟退治に来たのだと思つて驚いたが、後になつてよくよく考へて見れば、どうも黒姫と云ひ、青彦、紫姫さま其他の顔色に少しも変な色が浮かんで居らなかつた。黒姫の魔術に依りて剣尖山の滝の麓でうまくシテやられたのかも知れない、兎も角も常彦さまをお頼み申して、吾々も弟子となつた以上は、青彦さま一行を元の道へ救はねばなりますまい。これから首尾能く凱旋する迄、悦子姫様の庵を訪ねなさらぬ方が、万事の都合が良い様に思ひます。ナア常彦さま』 常彦『アヽ私はさう考へるのだ。何に付けても大事件が突発した様なものだ』 と話す折しも、坂を登り来る二人の男、 男(荒鷹、鬼鷹)『ヤアあなたは常彦さまぢやありませぬか。何処へお出でになつて居ました?吾々二人は丹州と共に弥仙山の麓に当つて、紫の雲、日々立昇るのを見て、コレヤ何か神界の経綸が有るのだらうと其雲を目当に参りました。所が近くへ寄つて見れば、恰度虹の様で、其雲は一寸向ふの方に靉靆いて居る。コレヤ大変だ、どこまで行つても雲を掴むとは此事だと、丹州さまにお別れをして、ここまでやつて来ました』 常彦『ヤアお前は鬼ケ城言霊戦の勇士、荒鷹、鬼鷹のお二人さま、どこへ行く積りだ』 荒鷹『丹州さまは吾々に向ひ仰有るには、一寸神界の御用があるから弥仙山を中心として暫く此辺を探険しようと思ふから、お前達はこれから聖地を指して進んで行け。併し乍ら聖地に立寄る事はならぬ。須知山峠を指して行けとの御言葉、どこを目的ともなくやつて来ました。其時々に神が懸つて知らしてやるから、安心して行けとの事、大方伊吹山の邪神退治に行くのではなからうかと思つて参りました。併しあなたのお顔を見るなり、何だか向ふへ行くのが張合が抜けた様な気がしてなりませぬワイ』 常彦『それは不思議な事を聞くものだ。何か外に聞いた事は有りませぬか』 鬼鷹『ヤア有ります有ります、大変な変つた事があるのですよ』 常彦『変つた事とは何ですか』 鬼鷹『弥仙山の麓の村に、お玉と云ふ娘があつて、夫も無いのに腹が膨れ、十八ケ月目に生み落したのが女の子、玉照姫とか云つて、生れてから百日にもならないのに、種々の事を説いて聞かせる、さうして室内を自由に立つて歩くと云ふ噂で……あの近在は持切りで御座います。それに就て、ウラナイ教の黒姫の奴、抜目のない……其子供を何んとか彼とか云つて、手に入れようとし、幾度も使を遣はし、骨を折つて居るさうですが、爺と婆アとが、中々頑固者で容易に渡さない。家の血統が断れると云つて居るさうです。なかなかウラナイ教も抜目がありませぬなア』 常彦『不思議な事が有るものだなア。兎も角吾々も一度其子が見たいものだが、それよりも先に定めた問題から解決せなくてはならぬ。其問題さへ解決がつかば、黒姫の様子も分り、子供の因縁も分るだらう。併し鬼鷹さま、荒鷹さま、あなたは何処へ行く積りか』 荒、鬼『まだ行先不明……私の行く所は何処で御座います……と実はあなたにお尋ねしたいと思つて居るのです』 常彦『兎も角丹州さまのお言葉通り、行く所までお出でなさいませ。神の綱に操られて居るのだから、今何を考へた所で仕方が有りますまい。併し丹州さまは……あなた方、何と思うて居ますか』 荒鷹『どうもあの方は、吾々としては、正とも邪とも、賢とも愚とも、見当が取れませぬ。つまり一種の……悪く言へば怪物ですなア。併し何とも言はれぬ崇高な所があつて、自然に吾々は頭が下がり、何程下目に見ようと思うても、知らぬ間に吾々の守護神は服従致します』 鬼鷹『私も同感です。何でも特別の神界の使命を受けた方に違ひありませぬワ、元吾々が使つて居つた其時分から、少し変だなアと思うて居た。今日の所では、兎も角不可解な人物だ。時々頭上より閃光を発射したり、眉間からダイヤモンドの様な光が放出して忽ち人を射る。到底凡人の品等すべき限りではありませぬワ』 常彦、手を組み、首をうな垂れ、思案に暮れて居る。荒鷹、鬼鷹は、 荒鷹、鬼鷹『左様なら常彦さま、又惟神に再会の時を楽みませう』 と一礼して、スタスタ坂を南へ下り行く。常彦は少しも気付かず、瞑目して俯むいて居る。 滝公『モシ常彦さま二人の方はモウ行かれました』 と背中を揺る。常彦は夢からさめた様な心地、 常彦『ナニ、二人はモウ行かれたと……エー何事も神様のお仕組だらう。とも角、弥仙山麓へ往つて見たいやうな気がするが、始めに思ひ立つた青彦の事件から解決するのが順序だ。サア皆さま、参りませう……』 (大正一一・四・二八旧四・二松村真澄録)
309

(1723)
霊界物語 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 12 大当違 第一二章大当違〔六四〇〕 月傾いて山を慕ひ人老て妄りに道を説くとかや 弥仙の山の麓なる賤が伏家の豊彦は 三五教の宣伝使悦子の姫の一行に 娘のお玉を助けられ世にも優れし初孫の 顔を眺めて老夫婦蝶よ花よと労はりつ 神の教を説き諭す此事四方に何時となく 風のまにまに伝はりて於与岐の郷の爺さまは 弥仙の山と諸共に其名も高くなりにける 老若男女は絡繹と蟻の甘きに集ふが如く 豊彦老爺の教示をば神の如くに敬ひて 昼は終日夜は終夜救ひを求めて詣り来る。 中に目立つて三人の大男、宣伝使の服を着けながら、 男『御免なさいませ。私は富彦、寅若、菊若と申す者、此度弥仙山のお宮に参拝を致し、神勅に依りて承はれば、此山麓の一つ家に豊彦と云ふ方現はれ、誠の教を伝ふる故、汝等三人は帰路に立寄り、彼れ豊彦をウラナイ教に誘ひ帰れ、娘のお玉及び今度生れた玉照姫を本山に迎ひ帰れ……との、有り有りとの御神示、神様のお言葉は疑はれずと、弥仙の山麓を彼方此方と探す内、道行く人に承はれば於与岐の森の彼方の一つ家こそ、豊彦さまの住宅と聞いた故、御神勅により出張仕りました』 と門口に立つた儘呶鳴つて居る。幸ひ今日は参詣者もなく、老夫婦と娘、孫の四人、弥仙の神霊を祀りたる霊前に、拝跪黙祷する最中であつた。豊彦は拝礼を終へ、門口近く進み来り、 豊彦『どなたか知らぬが、門口に何か尋ぬる人が有るらしい、何れの方か、先づ戸を開けてお這入りなされませ』 寅若『ハイ有難う』 と斜交になつた雨戸をガラリと開け、 寅若『ヤア随分立派な家だなア……オイ富彦、菊若、這入れ、……汚い家に不似合な綺麗な娘さまが御座るなア、下水に咲いた杜若と云はうか、谷底の山桜、これはどつか良い所へ植替へたならば、随分立派な者になるだろう』 豊彦『コレコレお前さまの仰有る通りムサ苦しい茅屋なれど、これでも私の唯一の休養場ぢや、……あまり失礼ぢやありませぬか』 と足音荒く、破れ畳を威喝し乍ら、上り口に下りて来て、ジロジロと三人の顔を睨みつけて居る。 寅若『ヤアこれはお爺さま、誠に失言を致しました。決して悪く申したのぢや御座いませぬ。少しも飾りのない、正直正銘な、心に映じた儘を申上げたのだから、お悪く思つて下さいますな、歪みかかつた家を、立派な家だと云つた方が却つて嘲弄した事になりませう。お多福を掴まへて、お前は別嬪だと言へば、お多福は馬鹿にしたと言つて怒る様なもので、兎も角も神の道に仕へて居る者は、チツとも斟酌とか巧言とかが有りませぬ、お気に障りましたら、どうぞ宥して下さいませ』 豊彦『ソレヤお前の言ふ通りぢやが、併し碌に挨拶もせないで、イキナリ吾々の住宅を非難すると云ふのは、あまり此方も気の良いものぢやない。お前も宣伝使だと仰有つたが、斯う云うたら人が感情を害するか、害せないか位は分りさうなものだなア』 寅若『只今申したのは決して寅若では有りませぬ。弥仙山に鎮まります大神の眷属、寅若天狗が言つたのです。天狗と云ふ奴は世に落ちぶれて、神様の下働きばつかりやつて居ますから、行儀も無ければ、作法も知らず、酒呑みの極道天狗もあり、どうぞお赦し下さいませ。何分身魂が研け過ぎて居るものだから、感じ易うて直に憑られて困ります、アハヽヽヽ』 豊彦『さうして御神勅の趣はどう云ふ事だ、早く聞かして貰ひませう』 寅若『御存じの通り、私はあまり素直な身魂で、種々の神が憑依致しますから、余程審神をせねばなりませぬが、此富彦と云ふ宣伝使は、それはそれは立派な者で御座います。実は富彦に御神勅が有つたのです。サア富彦さま、御神勅の次第をお爺さまにお知らせなされ』 富彦、両手を組み、威丈高になり、 富彦『コヽヽ此方は、弥仙山に守護致す木花咲耶姫であるぞよ。此度汝が家に、木花姫の御霊、玉照姫を遣はしたのは、深き仕組の有る事ぢや、何事も皆神からさせられて居るのだから、吾子であつて、吾子ではないぞよ。体内に宿つて十ケ月目に生れ出でたる此玉照姫は、神のお役に立てる為に、昔から因縁の身魂を探して、其方が娘に御用をさせたのであるぞよ。サア是れからは其玉照姫を神の御用に立てるが良いぞよ。神の申す事を諾かねば諾く様に致して諾かしてやるぞよ。返答はどうぢや、豊彦、承はらう』 豊彦、平気な顔でニタリと笑ひ、三人の顔をギヨロギヨロ眺め、 豊彦『ハヽヽヽヽ、お前達、巧妙い事を行りますなア。田舎の老爺ぢやと思うて、一杯欺けようと企んで来ても、斯う見えても此爺はナカナカ、酢でも蒟蒻でも行く奴ぢやない。お前達とは役者が七八枚も上だから、其手は喰ひませぬワイ、アツハヽヽヽ、なる程人間の子は十月で生れるだらうが、此方の子はそんな仕入とはチツと種が違ふのだ。神さまもタヨリ無いものだなア。実際お前様に大神が懸つて仕組まれたのならば、此玉照姫は何時宿つて、何ケ月目に分娩したか、又何と云ふ方が取上げて下さつたか分つて居る筈だ。サアそれを聞かして下さい』 富彦、汗をタラタラ出し、真青な顔をして、 富彦『ヤア大神と云つたのは実は眷属だ。……ケヽヽ眷属はモウ引取る。今度は本当の大神様がお憑りなさるから、御無礼を致してはならぬぞ。ウーム』 と言つた限り、パタリと倒れ、又もや手を振つて、姿勢を直し、 富彦『今度こそは真正の神だ。頭が高い、下れ下れ下り居らう……』 豊彦『ヘン、又かいな、どうで碌な神ぢやあるまい。大方羽の無い天狗か、尾の無い狐なんかだらう。随分此暑いのに、そんな芸当を無報酬でやつて見せて下さるのも大抵ぢやない。あんたは慈悲心の深い人ぢや、其点丈は此爺も大いに感謝する。今朝も二三人参つて来よつたが、お前の様な野天狗憑がやつて来て、法螺を吹くの吹かんのつて、随分面白かつた。お前もウラナイ教の宣伝使なら、モ一つ修業をなされ。其様な事で衆生済度なぞとは、思ひも寄りませぬぞい』 富彦『大神に向つて無礼千万な、其方は此神を嘲弄致すか。量見ならぬぞ』 豊彦『ハヽヽヽヽ、此方から量見ならぬ。サア一つ審神してやらう。……娘のお玉の妊娠の日は何時ぢや。何ケ月孕んで居つた、ハツキリ云うて見よ。十月位で出来た様な普通の粗製濫造品とはチツと違ふのだ。特別神界から念に念を入れて、鍛錬に鍛錬を加へ調製された玉照姫だよ。サアサア当てて御覧なさい』 富彦『十二ケ月だ。間違ひなからう。此お玉は牛の綱を跨げたに依つて、十二ケ月掛つたのぢや。どうぢや恐れ入つたか』 豊彦『アハヽヽヽ、これ富彦さんとやら、良い加減に、そんな芸当はお止めなさい。随分エライ汗だ』 富彦『大神は折角結構な事を言うて聞かしてやらうと思ひ、因縁の身魂に憑つて知らしてやれ共、此爺は我が強うて、少しも改心致さぬから、神は已むを得ず、帳を切つて引取るより仕方はないぞよ。後で後悔致さぬ様に気を付けて置くぞよ』 豊彦『ヘエヘエ有難う御座んす。お狸さまか、お狐さまか知らぬが、斯う見えても、此家は神様の立派なお宮だ。エー四足の這入る所ぢやない。穢らはしい、出て下さい、玉照姫様が大変御機嫌が悪い。サアサア帰なつしやい帰なつしやい』 と箒を把つて掃き立てる。富彦は手持無沙汰に、手拭で顔を拭いて居る。 寅若『オイ爺さま、あまりぢやないか。人を埃か何ぞの様に、箒で掃き出すと云ふ法があるか。よい年して居つて、チツと位行儀作法を心得たらどうだい』 豊彦『エーエー神様のお宮の中へ、ノコノコ這入つて来る四足に、行儀も何も要るものかい、行儀と云ふものは人間同士、又は人間か、より以上の神様に対してこそ必要だ。グヅグヅ吐すと、此箒が頭の上まで参るぞ』 菊若は爺の振り上げた箒をクワツと掴み、 菊若『モシモシお爺さま、お静まり下さい。短気は損気だ。さうお前の様に神懸をけなしては話が出来ぬ。マア静まつた静まつた』 豊彦『お前達に説教を聴く耳持たぬ。斯う見えても、此豊彦は神様の御神徳を頂いて、何処の教にもつかず、独立独歩で、神様直接の御用を致して居るのだ。人を助けるのは神の道だから、お前さへ改心して、低うなつて来れば、どんな結構な事でも教へてやるが、そんな態度では一息の間も置く事は出来ぬ。サアサア帰つた帰つた』 お玉『お爺さま、あまり酷い事を言はぬが宜しい』 豊彦『コレコレお玉、お前は黙つて居なさい。又こんな奴に因縁を附けられては煩雑いから……』 寅若『ヤアお玉さま、話せる、さうなくては女ではない。ヤツパリ社交界の花は女だ。挨拶は時の氏神、そこを巧く斡旋の労を取つて下さい。お前さま所の床の置物を御覧なされ。私等が此処の門を潜るや否や、能うお出やす……と云つて、あの長い頭をうちつけて、福禄寿の像が叮嚀に挨拶をして居るぢやないか。あんな無心の福禄寿さまでも、吾々の御威勢には……いや神格には感応して、畏まつて御座る。それに此お爺さまはあまり剛情が過ぎる。私達が言つても、中々年寄りの片意地で諾かつしやるまいから……娘にかけたら目も鼻も無い爺さまに、お玉さまからトツクリと気の軟らぐ様に言つて下さい』 お玉『ホヽヽヽヽ』 豊彦『エー帰ねと言つたら帰なぬか』 と床が落ちる程四股を踏む。三人は、 三人『エーお爺さま、又お目にかかります。今日は大変天候が悪いから……又日和を考へてお邪魔に参ります』 豊彦『エーグヅグヅ言はずに、早く帰んで呉れ、玉照姫様の御機嫌が悪くなると困るから……オイ婆ア、塩持つて来い。そこらを一つ浄めないと、何だか四足の香がして仕方がないワ、アハヽヽヽ』 三人は突出される様に怪訝な顔して此家を立出で、スタスタと弥仙山の急坂にさしかかる。 菊若『オイ此処らで一つ、一服しやうぢやないか』 寅若『あまり怪体が悪くつて、黒姫さまに会はす顔がない。休む気にもならぬぢやないか。そこらの蝶々や糞蛙まで、俺達の顔を見て、馬鹿にして居やがる様な心持がする。どつか、蛙や蝶の居らぬ所へ行つて一服しやうかい』 と胸突坂を後から追手にでも追ひかけられる様な、慌てた姿で、三本桧の麓までやつて来た。 三人『アヽ此処に良い休息所がある。清水も湧いて居る。水でも飲んで、ゆつくりと第二の作戦計画に着手する事としやうかい』 三人は樹下に涼風を入れ乍ら、雑談に時を移した。 菊若『これ程名高くなつた豊彦と云ふ爺も、あの玉照姫と云ふ赤ん坊が出来て、それがイロイロの事を知らすと云ふのが呼びものになつて、毎日日日、桃李物言はずして小径をなす様に、あちらこちらから、信者が集まるのだ。黒姫さまが毎朝起きて、行水をなさると東の天に当つて紫の雲が靉靆くから、何でも弥仙山の方面に違ひないから一遍偵察に行て来いと言はれ、此間、俺一人此山麓まで来て見ると、大変な人気だ。紫の雲の出所は、どうしても、あの茅屋に間違ひない。そして毎晩東の天に当つて大変な綺麗な星が輝き始めた。偉人の出現には、キツと天に明星が現はれると云ふ事だが、テツキリそれに間違ないと、直に立帰つて報告をした所、黒姫さまは……「マア待て、一週間水行をして、ハツキリと神勅を受ける」と仰有つて、夜、丑の刻から起き出でて、皆の知らぬ間に、何百杯とも知れぬ水行を遊ばした結果、イヨイヨそれに間違ない。グツグツして居ると、三五教の奴に取られて了ふから、お前達早く外の者に秘密で、其子供を貰つて来い……との御仰せ、あんな茅屋の娘、二つ返事でウラナイ教に、熨斗を付けて献上するかと思ひきや、今日の鼻息、到底一通りや二通りでは、梃子に合はぬ。それに寅若の先生、最初からヘマな神懸り[※三版・御校正本・愛世版では「神懸り」、校定版では「神憑り」。]を行つて爺に睨まれ、第二線として現はれた富彦は、老爺の審神に睨まれ、ヨロヨロと受太刀になり……これはヤツパリ野天狗で御座いました……と出直した所は巧いものだが、今度又大神と、太う出やがつて、零敗を喰はされ、最早回復の見込みなく、終局の果てにや、箒で掃出された無態さ……斯んな事を、怪我の端にでも、黒姫さまや外の連中に聞かれようものなら、馬鹿らしくつて、外も歩けやしない。何とか一つ智慧を絞り出して、会稽の恥を雪がねばなるまい。何ぞよい考へはなからうか』 寅若『別に方法手段もないが、先づ梅公式だなア。それが最後の手段だ』 富彦『梅公式を行り損なうと、滝板式になり、終局におつ放り出されにやならぬ様な事になると大変だ。此奴ア一つ、熟思熟考の余地は充分に存するぞ』 寅若『ナーニ、目的は手段を選ばずだ。善の為にするのだから、別に罪になると云ふ事もあるまい。一つ決行しやうぢやないか』 菊若『アヽ結構々々、結構毛だらけ、猫灰だらけだ。弥仙山の大神さまは、猫が使者だと云ふ事だ、何でも今度は猫を被つて、梅滝流を行らうぢやないか』 富彦『梅滝流とはソラ何だ』 菊若『其正中を行くのだ。普甲峠の梅公の行り口は、味方八人も居つたものだから、大変に都合が好かつた。船岡山の近所で行つた滝板の芝居は、何分役者が少いものだから、バレて了つたのだよ。併し吾々三人では、どうする事も出来ぬぢやないか、三人寄れば文珠の智慧と云つても、程よい考案が浮んで来ない。ハテ困つた事だなア』 寅若『噂に聞けば、明日はお玉が七十五日の忌明で、弥仙山へお参りするさうだ。どうぢや。吾々三人は一つ、体一面に日蔭葛でも被つて、お玉の参詣路を脅かし、グツと括つて猿轡を箝め、山伝ひに連れ帰り、さうして外の連中を爺の家へ差し向け、「お前さまの家は、大事のお玉さまを悪者の為に拐かされたさうぢや。気の毒なが、何と吾々が力一杯骨を折つて探して来るから、其褒美に玉照姫さまを、三日でも、四日でもよいから、貸して下さらぬか」……と云つて、チヨロまかすより外に途は有るまい、どうだ賛成かなア』 菊若、富彦『ヤアあまり名案でもないが、斯うなれば仕方が無い。マアそれ位な事で辛抱しやうかい。併し巧くいかうかな』 寅若『何は兎も角一遍都合よくいく様に、お空の大神様へ参拝をして来う。今晩中三人が一生懸命に、木花姫様の御分霊の前で、祈つて祈つて祈り倒すのだ、さうすれば神さまだつて……終局にや五月蠅いから……エー仕方がない、一遍は諾いてやらう……と仰有るに違ひない。さうでなくちや、どうしてウラナイ教へ帰る事が出来ようか。青彦さまや、紫姫さまに恥かしいぞ』 と云ひ乍ら、山上目蒐けて進み行く。一夜は頂上の社前に夜を明かし、一生懸命に願望成就の祈願を凝らし居る。果して大神様は御聴許遊ばすであらうか。 (大正一一・四・二八旧四・二松村真澄録)
310

(1725)
霊界物語 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 14 蛸の揚壺 第一四章蛸の揚壺〔六四二〕 魔窟ケ原の地下室に、ウラナイ教の双壁と己も許し人も許した、素人離れのした黒姫が、高山彦と睦じさうに晩酌をグビリグビリとやつて居る。 黒姫『コレ高山さま、時節は待たねばならぬものだなア。お前と偕老同穴の契を結び乍ら、枯木寒巌に依つて、三冬暖気無しと云ふやうな、没分暁漢の部下の宣伝使や信者の動揺を恐れて気兼ねをして、貴方をフサの国の本山に、私はこの自転倒島へ渡つて、神様の為にお道の為に、所在最善の努力を尽し、一生懸命に宣伝して来たが、何を云つても追ひ追ひと年は寄る、無常迅速の感に打たれて、何処とも無く心淋しく、どうぞ晴れて夫婦と名乗つて暮したいと思つて居たが、これ迄独身主義を高張して来た手前、今更掌を覆したやうな所作もならず、本当に空行く雲を眺めて雁がねの便りもがなと、明け暮れ涙に暮れた事は幾度あつたでせう、然し乍ら何程お国の為お道の為だといつても、自分に取つて一生の快楽を犠牲にしてまで、痩せ我慢をはつて居つても、こいつは駄目だ。初めの内は、黒姫は偉いものだ、言行一致だといつて褒めて呉れよつたが、終ひには神様の御取次ぎする者は、女だつて独身生活するのは当然だ。何感心する事があるものか。あれや大方、どつか身体の一部に欠陥があるので、負惜みを出して独身生活をやつて居るのだ……何ぞと云ふ者が出来て来た。エヽ、アタ阿呆らしい。これだけ辛抱して居つても悪く言はれるのなら、持ちたい夫を持つて、公然とやつた方が、何程ましか知れないと、いよいよ決行して見たが、初めの内は夏彦、常彦をはじめ、頑固連が追々脱退し、聊か面喰つたが、案じるより生むが易いといつて、何時の間にやら、私と貴方の結婚問題も信者の話頭に上らなくなり、この頃はソロソロと、青彦やお節、おまけに紫姫といふ様な、賢明な淑女迄が帰順したり、入信したり、実に結構な機運に向つて来たものだ。これからは高山さま、もう一寸も遠慮はいらないから、私ばかりに命令をささずに、あなたは天晴れ黒姫の夫として、権利を振うて下さいねエ』 高山彦『アヽさうだなア、待てば海路の風が吹くとやら、時の力位、結構なものの恐ろしいものは無いなア』 黒姫『時に寅若、富彦、菊若の三人は、ここを出てから四五日にもなるに、まだ帰つて来ない。何か道で変つた事でも出来たのではあるまいか。何だか気にかかつて仕方が無いワ』 高山彦『そう心配するものでも無い。何事も時節の力だ』 かく言ふ折しも、ソツと岩の戸を開けて辷り込んだ三人の男、 黒姫『アヽ、噂をすれば影とやら、寅若エロウ遅かつたぢやないか。首尾はどうだつたなナ』 寅若『ハイ、委細の様子は悠くりと、明日の朝でも申上げませう。ナア菊若、富彦、エライ目に遇うたぢやないか』 黒姫『お前達は、あまり遠い道でも無いのに、どうして御座つた。今日で七日目ぢやないか。何時も都合が良い時は、大きな声で門口から呶鳴つて帰つて来るが、今日はコソコソと細うなつて這入つて来たのは、余り結構な話しぢや有るまい、明日の朝申し上げるとは、そら何の事だ。此間から、日日毎日指折り数へて待つて居たのだ。サア早く実地の事を、包まず隠さず云ひなさいや』 寅若、頭をガシガシ掻き乍ら、言ひ難さうに、 寅若『あの、何で御座います。それはそれは、大変な事で、何とも彼とも、注進の仕方が有りませぬワイ。併し乍ら、物質的獲物は一寸時期尚早で、暫時機の熟するまで保留して置きましたが、霊的には大変な収獲がありました』 黒姫『又しても又しても、霊的の収獲と仰有るが、それはお前の慣用的辞令だ。もう霊的の収獲には、この黒姫もウンザリしました。ハツキリと成功だつたとか、不成功だつたとか、女王の前に陳述するのだよ』 と声を尖らせ、目を丸うして睨みつける。 三人は縮み上り、 三人『イヤもう、斯うなれば委細残らず言上いたします。紫雲棚引く東北の天、如何なる神の出現したまふやと、心を清め身を清め、途々宣伝歌を唱へながら、弥仙の山麓までやつて行つた。時しもあれ、噂に高き玉照姫の生母お玉の方は、吾々三人の威風に恐れてか、一生懸命に嬰児を背に、弥仙山に向つて雲を起し、雨を呼び、為に地は震ひ雷鳴轟き、山岳は一度に崩るる許りの大音響を発し、面を向く可からざる景色となつて来た。流石の寅若、富彦、菊若の三勇将も、暫し躊躇ふ折柄に、忽ちあなたの御霊や、高山彦の御霊が、吾々三人に憑依遊ばされ、勇気百倍して弥仙山目蒐けて驀地にかけ登り行く。時しもあれや、山の中腹より、現はれ出たる三五教の奴輩、各自に柄物を携へ、僅か三人の吾々の一隊に向つて攻めよせ来るその勢の凄じさ、されども黒姫さま、高山彦様の御霊の憑つた吾々三人、何条怯むべき。群がる敵に向つて電光石火、突撃攻撃、言霊の火花を散らして戦うたり。さはさり乍ら、此方は形許りの九寸五分、只一本あるのみ。群がる敵は数百千万の同勢、全山人を以て埋まり、如何に防ぎ戦うとも、遉黒姫様の御神力も是れには敵し兼ねたりと見え、吾々三人の肉体を自由自在にお使ひ遊ばされ、血路を開いてターターターと、滝水の落ちるが如く、一潟千里の勢にて、こなたに向つて予定の退却、鬼神も欺くその早業、勇ましかりける次第なり』 黒姫『コレ、富彦、寅若の今言つた通り、間違は無からうなア』 富彦『ヘーヘー、間違つて堪りますものか。あなたは常に吾々の身の上に、仁慈のお心をお注ぎ下さいまする、其一念が幸はひ給ひて、御分霊忽ち降下し給ひ、さしもの強敵に向つて、獅々奮迅の応戦をやつたのも、全くあなた様御両人の神徳の然らしむる処、万々一お両方の御霊の御守護無き時は、如何に吾々勇なりと雖も、忽ち木端微塵に粉砕されしは勿論のこと、然るに僅三人を以て、かく迄よく奮闘し、敵の胆を寒からしめたるは、形体上に於ては兎も角も、精神上に於て、敵を威嚇せしこと、幾何なるか計り知られませぬ。マアマア御喜び下さいませ』 黒姫『それは先づ結構であつた。併し、お玉に玉照姫は何うなつたのか』 富彦『オイ菊若、これからは貴様の番だ。確りと申し上げるのだぞ』 菊若『ハイハイ、申上げます。いやもう何のかのと云うた処で、向うはたつた女の一人』 黒姫『ナニ、女一人』 菊若『女一人と思ひきや、四辺の物蔭より来るワ来るワ、恰も蟻の宿替への如く、ゾロゾロゾロと此方へ向つて馳せ来る。三人は丹州の霊縛にかけられ、身体忽ち強直し』 黒姫『何、お前達三人が』 菊若『イエイエ、滅相な、丹州と云ふ奴、吾々三人を目蒐けて、霊縛を加へ強直させようとかかつた処、流石黒姫様、高山彦様の御威霊憑らせ給ふ吾々三人を如何ともするに由なく、敵は一生懸命死力を尽して押しよせ来る。吾々三人は、アヽ面白い面白いと、勇気百倍して、挑み戦はむとする折しも、吾々三人に憑り給うた御魂の命令、汝は一先づ引返し、時機を待つて捲土重来の準備をなすが得策なりと、流石神謀鬼略に富ませ給う黒姫様、高山彦様の御霊の命令もだし難く、みすみす敵を見捨て一目散に立帰つて候』 と言ひをはつて冷汗を拭く。 黒姫『コレコレ、私が馬鹿になつて聞いて居ればお前、それや何という法螺を吹くのだい。みな嘘だらう。一人か二人の木端武者に怖れて一目散に逃げ帰つたのだらう。そんなお前さん達の下司身魂に私の霊魂が憑つて堪るものか。馬鹿にしなさるな』 寅若『そんなら、あなたの名を騙つて、四足か何かが憑いたのでせうか』 富彦『そうかも知れぬよ。豊彦の爺が言つて居ただ無いか』 黒姫『それ見なさい。お前らは豊彦の家へ行つて尻を喰はされて、謝罪つて逃げて帰つたのだらう。エヽ仕方のない男だ。はるばる高山さまがフサの国から、選りに選つて連れて御座つたお前は大将株ぢやないか。そらまた何とした腰抜けだ』 寅若『何を云つてもフサの国なれば、地理をよく存じて居りますが、この自転倒島は地理不案内で、思うやうに戦闘も出来ず、さうして陽気が眠たいですから、思うやうな活動も、実際の事は出来なかつたのです。併し一遍失敗したつて、さう気なげをしたものぢやありませぬ。失敗毎に経験を重ね、遂には成功するものですから、マア今度の失敗は結局成功の門口ですなア』 黒姫『エヽ、おきなされ。敗軍の将は兵を語らずという事が有るぢやないか。余り大きな声で減らず口を叩くものぢや無い。奥へ這入つて麦飯なと、ドツサリ食つて休みなさい。折角機嫌よう飲んで居つた酒までさめて了つた。エヽ早く寝なさらぬか』 と長煙管が折れる程火鉢を叩く。三人は頭を抱へ、こそこそと奥に影を隠した。 黒姫『高山さま、もうお休みなさいませ。私は一寸綾彦に詮議をしたい事がありますからお前が側に居られると、ツイ臆めてよう言はないと困るから、私は女の事であり、やあはりと尋ねて見ますから、早く寝んで下さい』 高山彦『ハイハイ、お邪魔になりませう。さやうなればお先き御免を蒙りませう』 黒姫『記憶えて居らつしやい。貴方こそお邪魔になりませう。紫姫のお側へでも往つて、ゆつくりと夜明かしをなさいませ』 と、ツンとした顔をする。 高山彦『ハヽヽヽ、形勢頗る不隠と成つて来た。どれどれ雷の落ちぬ間に退却しよう、アヽ桑原桑原』 と捨台詞を残し、ノソリノソリと奥へ行く。 黒姫『高山さまはあゝ見えても、やつぱり可愛相な程正直な人だ。何処ともなしに、身魂にいいとこが有るワイ』 と肩を揺り、又もや長煙管に煙草をつぎ乍ら、 黒姫『綾彦綾彦』 と呼ぶ声に綾彦はこの場に現れ、両手をつき、 綾彦『今お呼びになりましたのは私で御座いましたか』 黒姫『アヽ左様ぢや左様ぢや、お前に折入つて尋ねたいと此間から思うて居たのぢやが、ここへ来てから大分になりますが、一体お前のお国許は何処ぢやな、色々と誰に尋ねさしても言ひなさらぬが、大方何処かで悪い事をして逃げて来たのだらう。それを体よう真名井さまへ詣つたなぞと、誤魔化しとるのだらう』 綾彦『イエイエ滅相もない、生れてから悪い事は、塵程もやつた覚えは有りませぬ』 黒姫『そんならお前の処は何処ぢや。虱でさへも生れ所は有るのに、滅多に天から降つたのでもあるまい。地の底から湧いて出たのでも有るまい。お父さまや、お母さまが有るだらう。処と親の名と聞かして下さい』 綾彦『これ許りはどうぞ赦して下さいませ』 黒姫『それ見たかな。矢張怪しい人ぢや。私は何処までも、言うて悪い事は秘密を守る、私丈に言ひなさらぬかいな』 綾彦『貴方様はいつも仰有る通り、世界中隅から隅まで見え透く、竜宮の乙姫の生宮ぢやありませぬか。そんな事お尋ねなさらないでも、遠の昔に何も彼も御存じの筈、煽動て下さいますな』 黒姫『ソラさうぢや。霊の方ではお前の身魂は何の身魂ぢや、昔の根本は何んな事をして居つた。また行く先は何う成ると云ふ事は、能く分つて居るが、肉体上の事は畑が違うから、聞いた方が便利がよい。こんな事を神さまに勿体なうて、御苦労かけずともお前に聞いた方が早いぢやないか。又お前も、これ丈長らく世話に成つて居ながら、何故生れた処を言はれぬのか』 と言葉に角を立て、長煙管で畳を二つ三つ叩いた。 綾彦『何と仰有つても、これ丈は申上げられませぬ。どうぞあなた、天眼通でお調べ下さいませ、私の口が一旦いかなる事があつても国処、親の名は言うで無いと、両親にいましめられ、決して生命にかかる様な事が有つても申しませぬと約束をして出た以上は、何処迄も申上げる事は出来ませぬ』 黒姫『ハヽヽヽ、お前は親に孝行な人ぢや。親の言葉をよく守つて、どうしてもいけぬと仰有るのは、実に感心ぢや。人間はさう無くては成らぬ。併し乍ら、お前はモ一つ大事の親を知つて居ますか。大方忘れたのだらう』 綾彦『私は親と云つたら、お父さまと、お母さまと二人より御座いませぬ。其上にま一つ大事の親とは、それや何の事で御座いますか』 黒姫『アーアー、お前も見た割とは愚鈍な人ぢやな。あれ程毎日日日、竜宮の乙姫さまのお筆先を読んで居つて、まだ判らぬのかいなア。自分の肉体を生んで呉れた親は仮の親ぢやぞい。吾々の霊魂、肉体の根本をお授け下さつた、天地の誠の親が有る事を、お前聞いて居るぢや無いか』 綾彦『ハイ、それはお筆先でお蔭をいただいて居ります』 黒姫『お前は、誠の親が大切か、肉体の親が大切か、どちらが大切か考へてみなされ』 綾彦『それは何方も大切で御座います』 黒姫『何方も大切な事は決つてゐるが、併し其中でも、重い軽いが有るだらう。僅か百年や二百年の肉体を生んで呉れた親が大切か、幾億万年と知れぬ身魂の生命を与へて万劫末代守つて下さる、慈悲深い神様が大切か、それが聞きたい』 綾彦『ハイ………』 黒姫『天地の根本の神様の生宮の私は、つまり大神様の代りぢや。何故親の云ふ事を聞いて私の云ふ事が聞けぬのかい。一寸信心の仕方が間違うて居やせぬか』 かかる処へ紫姫現はれ来り、 紫姫『今承はりますれば、大変に綾彦さまに、何かお尋ねのやうですが、何うぞ私に任して下さいませ。私が機を見て、綾彦さまに篤りと尋ねまして、お返事を致します』 黒姫『さよかさよか、どうぞ貴女、やあはりと問うて見て下さい。何分婆の言ふことは、気に入らぬと見えますワイ、綺麗な貴女のお尋ねなら、綾彦も惜気なく言ひませう』 紫姫『ホヽヽヽ、サア、綾彦さま、もうお寝みなさいませ。黒姫さま、夜も更けました、何卒御休息を』 黒姫『ハイハイ、早く寝て下さい』 紫姫『さやうなら』 紫姫は綾彦の手を引き、廊下伝ひに奥に入る。 黒姫は又もや疳声を出して、 黒姫『青彦青彦』 と呼び立ててゐる。 青彦は周章てて此の場に走り来り、 青彦『ハイ、何の御用で御座いましたか』 黒姫『青彦、お前もお節を高城山へやつて、さぞ淋しからう。心の裡は私もよく察して居る。本当にお気の毒ぢや。同情の涙は、いつも外へ零さずに、内へ流して居る』 と追従らしく言ふ。 青彦『何御用かと思へば、そんな事で御座いますか。イヤそんな事なら、御心配下さいますな、却て私は気楽で宜しう御座います』 黒姫『お前に折入つて尋ねたい事がある。外でも無いが、あの綾彦と云ふ男は、弥仙山の麓の、於与岐の村の豊彦と云ふ男の息子ぢやないか』 青彦『あなた、それが何うして分りましたか』 黒姫はしたり顔にて、 黒姫『そんな事が判らないで、竜宮の乙姫さまの生宮ぢやと言はれますかいな。蛇の道は矢張蛇だ。間違ひは有らうまいがな』 青彦『ヤア、あなたの御明察には恐縮致しました。それに間違ひは有りますまい』 黒姫『さうだらうさうだらう、流石はお前はよう改心が出来て居る。正直な男だ。時にお前に折入つて相談があるが、乗つて下さるまいかな』 青彦『これは又、改まつての御言葉、何なりと御遠慮なく仰有つて下さいませ』 黒姫『ヤア、有難い有難い。お前も噂に聞いて居る通り於与岐の里に、お玉といふ綺麗な娘が有つて玉照姫とかいふ、不思議な子が出来たといふ事ぢや。それは何うしても斯うしても、ウラナイ教へ引き入れねば、神界のお仕組が成就しないから、此の間も、寅若や、富彦、菊若の三人を遣はして交渉に遣つたが、何うやら失敗して帰つたらしい、併し乍ら、よう考へて見れば、向うの老爺が孫を呉れんのも、一つの理由がある。何故といつたら、あの綾彦夫婦は行衛不明となり、只一人の娘お玉とやらが、年寄の世話をして居るさうだ。そのお玉に、男も無いのに子が胎り、其子が又妙な神力を持つて居るので、エライ評判ぢやげな。そこで其子を貰うには、綾彦夫婦を元へ還してやらねば成るまい。若しも三五教の連中が、綾彦とお民が、爺さまの子ぢやと云ふ事を探知うものなら、何んな手段を運らしてでも、引張り込んで交換に玉照姫を貰つて了ふに違ひ無い。さうなれば、此方は薩張、蛸の揚壺を喰つた様な羽目に成らねばならぬ。どうぢや、青彦、何とかお前の智慧で、玉照姫を此方の者にする工夫は有るまいかな』 青彦『それは重大事件ですなア。よくよく考へませう。どうぞ此処限り他に漏れないやうに、絶対秘密を守つて下さいませ』 黒姫『よしよし、お前と私と二人限りだ。高山彦さまにだつて、此の事成就する迄は、言はぬと言つたら言はないから、安心して下さい』 青彦『左様ならば充分熟考した上、又コツソリと御相談致しませう。今晩はこれでお寝みなされませ』 青彦は一間に姿を隠した。後に黒姫はニタリと笑ひ、 黒姫『アーアー、何と言つても青彦だ。今ウラナイ教で誰がエライと言つても、彼に越した奴は有りはしない、三五教が欲しがつた筈だ。持つ可きものは家来なりけりだ、アヽどれどれ、高山さまが淋しがつて御座るであらう、一寸話相手になつて上げませう』 と、独言ちつつ一間に入る。 (大正一一・四・二八旧四・二東尾吉雄録) (昭和一〇・六・二王仁校正)
311

(1726)
霊界物語 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 15 遠来の客 第一五章遠来の客〔六四三〕 米価の騰貴る糠雨が、赤い蛇腹を空に見せて居る。八岐大蛇に憑依されしウラナイ教の頭株、鼻高々と高姫が、天空高く天の磐船轟かしつつフサの国をば後にして、大海原を乗越えて、由良の港に着陸し、二人の伴を引き連れて、大江の山の程近き、魔窟ケ原に黒姫が、教の射場を立てて居る、要心堅固の岩窟に勢込んでかけ来る。 梅公は目敏く高姫の姿を見て、叮嚀に会釈しながら、 梅公『ヤア、これはこれは高姫様、お達者でしたか、遠方の所ようこそ御飛来下さいました。黒姫様がお喜びで御座いませう、サアずつと奥へお通り下さいませ』 高姫は四辺きよろきよろ見廻しながら、 高姫『嗚呼大変に其辺あたりが変りましたね、これと云うのもお前さま達の日頃の丹精が現はれて、何処も彼もよく掃除が行届き、清潔な事』 梅公『エヽ、滅相な、さう褒めて頂いては実に汗顔の至りで御座います、サア奥へ御案内致しませう』 高姫『黒姫さまは在宅ですかな』 梅公『ハイ高山さまも、御両人とも朝から晩迄それはそれは羨ましい程お睦まじうお暮しで御座います』 斯る処へ黒姫はヌツと現はれ、 黒姫『マア高姫様、ようこそお出下さいました。何卒悠くりお休み下さいませ』 高姫『黒姫さま、久し振りでしたねえ、高山彦さまも御機嫌宜敷いさうでお目出度う御座います』 黒姫『ハイ、有難う御座います、頑固なお方で困つて居ります』 高姫『ヤア、人間は頑固でなければいけませぬ、兎角正直者は頑固なものですよ、変性男子式の身霊でなくては到底神業は成就致しませぬからな。時に黒姫さま、貴女は日々この自転倒島の大江山の近くに、紫の雲が立ち昇り、神聖なる偉人の出現して居る事は御存じでせうね』 黒姫『ハイハイ委細承知して居ります』 高姫『承知はして居ても又抜かりなく、其玉照姫とやらをウラナイ教に引き入れる手筈は調うて居ますか』 黒姫『仰しやる迄もなく、一切万事羽織の紐で、黒姫の胸にチヤンと置いて御座います。オホヽヽヽ』 高姫『ヤアそれで安心しました、愚図々々して居ると、また素盞嗚尊の方へ取られ仕舞つては耐りませぬからなア、私は夫れ許りが気にかかつて、忙しい中を飛行機を飛ばして態々やつて来ました。そうして肝腎の目的物はもう手に入りましたか』 黒姫『イヤ、今着々と歩を進めて居る最中なんです。それについては斯様斯様こうこうの手段で』 と耳に口寄せて、綾彦夫婦の人質に使用する事も打ち明けて、得意の顔を輝かす。 高姫『善は急げだ。如才はあるまいが一日も早くやらねばなりませぬぞえ、私もそれが成功する迄は気が気ぢやありませぬ、私も此処で待つて居ませう、玉照姫が手に入るや否や、飛行機に乗せてフサの国に帰りませう』 黒姫『高姫さま、お喜び下さいませ、一旦三五教に堕落して居た青彦が、神様の御神力に往生して帰つて来ました』 高姫『何と仰有る、あの青彦が帰りましたか、それはマアマアよい事をなさいました。遉は千軍万馬の功を経た貴女、いやもうお骨が折れたでせう、貴女の敏腕家には日の出神も感服致しました。時に夏彦、常彦は何うなりましたか、なんだか居ないやうですな』 黒姫『ヘイ、彼奴はたうとう三五教に眈溺して仕舞ひました。併し乍ら之も時間の問題です、きつと呼び帰して見せます。何か神界のお仕組でせう、ああして三五教に這入り、帰りには青彦のやうに沢山の従者を連れて帰るかも知れませぬ』 高姫『さう楽観も出来ますまいが、艮の金神様は何から何迄抜け目のない神様だから屹度深い深いお仕組があるのでせう』 黒姫『貴女にお目にかけ度い方が一人あります、それはそれは行儀と云ひ、器量と云ひ、知識と云ひ、言葉遣ひと云ひ、何から何まで穴のない三十三相揃うた観自在天のやうな淑女が信者になられまして、今は宣伝使の仕込み中で御座います、何うか立派な宣伝使に仕立てあげて、貴女様に喜んで頂かうと思つて日々骨を折つて居ります、まア一遍会うて見て下さい、幸ひ其方も青彦も、青彦の連れて来た鹿公も、馬公と云ふそれはそれは実に男らしい人物も来て居ります、真実に掘出しものです、きつとウラナイ教の柱石になる人物ですなア』 高姫『それは何より結構です』 と話す折しも高山彦は、羽織袴の扮装、此場に現はれて、 高山彦『ヤア高姫さま、久し振りで御座いました、ようマア遥々と御入来、御疲労で御座いませう、サアどうぞ悠くりして下さいませ』 高姫『ヤア高山彦さま、貴方は幾歳でしたいなア、大変にお若く見えますよ、奥さまの待遇が好いので自然にお若くなられますなア、私は此通り年が寄り、歯が抜けてもうしやつちもない婆アですが、貴方とした事わいなア、フサの国に居らした時よりも余程お元気な、お顔の色が若々として、私でも知らず識らずに電波を送るやうになりましたワ。オホヽヽヽ』 高山彦『高姫さま、何うぞ冷やかさずに置いて下さい、若い者ぢやあるまいし、いやもう斯う見えても年と云ふものは嘘を吐かぬ者で、気許り達者で体が何となしに無精になります』 高姫『余り奥さまの御待遇が好いので、いつも家に許り居らつしやるものだから、自然に体が重くなるのでせう、私も貴方のやうな気楽な身になつて見度う御座いますワ、オホヽヽヽ』 黒姫『今日は遠方からの高姫さまのお越し、それについては青彦、紫姫、其他一同の者を集めて貴女の歓迎会やら祝を兼ねて、お神酒一盃頂く事にしませうか』 高姫『何うぞお構ひ下さいますな、併し私の参つた印に皆さまにお神酒を上げて貰へば尚更結構です』 黒姫はツト立つて「梅梅」と呼んだ。 此声に梅公は慌ただしく走り来り、 梅公『何御用で御座いますか』 黒姫『今日は高姫様の久し振のお越しですから、皆々お神酒を頂くのだから、其用意をして下さい』 梅公『ハイ畏まりました、嘸皆の者が喜ぶことでせう』 といそいそとして納戸の方に姿を隠した。紫姫は青彦と共に此場に現はれ、叮嚀に手をつかへ、 紫姫『これはこれは高姫様で御座いますか、貴い御身をもつて能くも遠方の所入来られました。私は都の者、元伊勢様へ二人の下僕を連れて参拝致します折、黒姫さまの熱心なる御信仰の状態を目撃しまして、それから俄に有難うなり、三五教の信仰を止め、お世話になつて居ます。何うぞ今後は御見捨てなく宜敷く御指導をお願ひ致します』 青彦『私は御存じの青彦で御座います、誠に不調法許り致しまして、大恩ある貴女のお言葉を忘れ、三五教に眈溺致し、大神様へ重々の罪を重ね、何となく神界が恐ろしくなりましたので、再び黒姫様にお詫を申し、帰参を叶へさして頂きました、何うぞ宜敷くお願ひ致します』 高姫『ヤア紫姫さまに青彦さま、皆因縁づくぢやから、もう此上は精神をかへては不可ませぬぞえ、貴女は黒姫さまに聞けば、立派な淑女ぢやと仰有いましたが、如何にも聞きしに勝る立派な人格、日の出神の生宮も、全く感服致しました』 紫姫『さうお褒め下さいましては不束かな妾、お恥かしうて穴でもあれば這入り度くなりますワ』 高姫『滅相な、何を仰有います、貴女は身魂がよいから、もう此上御修業なさるには及びますまい、貴女は此支社に置いておくのは勿体ない、私と一緒に北山村の本山へ来て貰つて、本山の牛耳を執つて貰はねばなりませぬ。これこれ青彦、お前も確りして今度は私について来なさい、此処に長らく置いておくと剣呑だ、大江山の悪霊が何時憑依して又もや身魂を濁らすかも知れないから、今度は或一つの目的が成就したら、高姫と一緒にフサの国の本山に行くのだよ』 青彦『アヽそれは何より有難う御座います、私の変心したのをお咎めもなく、本山迄連れて帰つてやらうとは、何とした御仁慈のお言葉、もう此上は貴女の御高恩に報ゆるため、粉骨砕身犬馬の労を厭ひませぬ』 高姫『アヽ人間はさうなくては叶はぬ、空に輝く日月でさへも、時あつて黒雲に包まれる事がある。つまり貴方の心の月に三五教の変性女子の黒雲が懸つて居たのだ。迷ひの雲が晴るれば真如の日月が出るのぢや、アヽ目出度い目出度い、これと云ふのも黒姫さまのお骨折り』 と高姫は一生懸命に褒めそやして居る。かかる処へ、 梅公『モシモシ、準備が出来ました。皆の者が待つて居ます、何うぞ皆さま奥の広間へお越し下さいませ』 黒姫『ヤア、それは御苦労であつた。サア高姫さま、紫姫さま、高山さま、青彦さま参りませう』 と先に立つ。高姫は鷹の羽ばたきしたやうな恰好しながら、いそいそと奥に入る。一同は高姫導師の下に神殿に向ひ天津祝詞を奏上し、続いて日の出神の筆先の朗読を終り弥々直会の宴に移つた、高姫は歌を謡つた。 高姫『フサの御国の空高く鳥の磐樟船に乗り 雲井の空を轟かせ一瀉千里の勢ひで 西より東へ電の閃めく如くかけ来り 世人の胸を冷しつつ高山、低山乗り越えて 天の真名井も打ち渡り安の河原を下に見て 瞬くひまに皇神の日の出の守護の著く 由良の港に着陸し鶴亀二人を伴ひて 千秋万歳ウラナイの教の基礎を固めむと 東に輝く明星を求めて此処に来て見れば 神の経綸の奥深く凡夫の眼には弥仙山 山の彼方に現はれし玉照姫の厳霊 弥々此処に出現し三千年の御経綸 開く常磐の松の代を待つ甲斐あつて高姫が 日頃の思ひも晴れ渡る時は漸く近づきぬ アヽ惟神々々御霊幸倍坐し在して 誠の道にさやり来る頑固一つの瑞霊 変性女子が改心をする世とこそはなりにけり 月は盈つとも虧くるとも旭は照るとも曇るとも 仮令大地は沈むともウラナイ教の神の道 唯一厘の秘密をばグツと握つた高姫が 仕組の奥の蓋あけて腹に呑んだる如意宝珠 玉の光を鮮かに三千世界に輝かし 鬼や大蛇や曲津神三五教も立直し 金勝要の大神や木花姫の生宮を 徹底、改心さして置きグツと弱つた、しほどきに 此高姫が乗り込んでサアサア何うぢや、サアどうぢや 奥をつかんだ太柱弥改悟をすればよし 未だ分らねば帳切らうか変性男子の御血統 神の柱となりながらこんな事では、どうなるか 誠の事が分らねば早く陣引きするがよい 後は高姫、乗り込んで唯一厘の御仕組 天晴成就させて見せう斯うして女子を懲らすまで 一つ無くてはならぬもの弥仙の山に現はれた 玉照姫を手に入れて是をば種に攻寄れば 如何に頑固な緯役の変性女子も往生して 兜を脱ぐに違ひない一分一厘、毛筋程 間違ひ無いのが神の道三五教やウラナイ教 神の教と表面は二つに分れて居るけれど 元を糺せば一株ぢや雨や霰や雪氷 形変れど徹底の落ち行く先は同じ水 同じ谷をば流れ往く変性女子の御霊さへ グヅと往生させたなら後は金勝要の神 木花咲耶姫の神彦火々出見の神霊 帰順なさるは易い事邪魔になるのは緯役の 此世の乱れた守護神此奴ばかりが気にかかる アヽさりながらさりながら時は来にけり、来りけり 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直し、宣り直す 三五教やウラナイの神の教の神勅 高天原に高姫が天晴れ表に現はれて 誠の道を説き明かしミロクの神の末長う 経のお役と立直し緯の守護を亡ぼして 常世の姫の生魂や世界の秘密を探り出し 日の出神や竜宮の乙姫さまの神力で 堅磐常磐の松の世を建つる時こそ来りけり アヽ惟神々々御霊幸倍坐ませよ』 黒姫も稍、微酔機嫌になつて低太い声を張り上げて謡ひ始めたり。 黒姫『遠き海山河野越え遥々此処に帰ります ウラナイ教の根本の要、掴んだ高姫さま よくもお出まし下されて昔の昔のさる昔 国治立の大神の仕組み給ひし大謨を 一日も早く成就させ世に落ちたまふ神々を 残らず此世に、あげまして三千世界の民草を 上下運否の無いやうに桝かけひいて相ならし 神政成就の大業をいよいよ進めたまはむと 出ます今日の尊さよ朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令、天地を探しても こんな結構なお肉体日の出神の生宮が 又と世界にあるものかまた竜宮の乙姫が 憑りたまひて艮の金神様のお経綸で 骨身、惜まぬお手伝いこんな誠の神様が 又と世界にあるものかアヽ惟神々々 今迄、種々態々に神のお道を彼是と 要らぬ心配して見たが時節参りて煎豆に 花咲き実る嬉しさよ』 と謡ふ折しも表の岩戸の方に当つて、消魂しい物音聞え来たる。 嗚呼鼻の高姫さまよ、お色の黒い黒姫さまの長たらしい腰曲り歌や、青彦の舌鼓、紫姫の淑やかな声、馬公、鹿公、梅、浅、幾、丑、寅、辰、鳶、鶴、亀その他沢山の酒に酔うた場面を霊眼に見せられて、余り霊肉両眼を虐使した天罰、俄に眠くなつて来た。一寸これで切つて置きます。 (大正一一・四・二八旧四・二加藤明子録)
312

(1728)
霊界物語 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 17 玉照姫 第一七章玉照姫〔六四五〕 自転倒島の第一の霊地と世にも鳴りひびく 世界に無二の神策地瑞の御霊の隠れ場所 青葉も、そよぐ夏彦が万世不動の瑞祥を 祝ふ加米彦、諸共に四つの手足を働かせ 朝な夕なに勉強みて主の留守を守り居る 世継王の山の夕嵐雨戸を敲く折からに 息もせきせき尋ね来る三五教の宣伝使 常に変りし常彦が顔に紅葉を散らしつつ 音もサワサワ滝公や心痛むる板公が これの庵を打叩き頼も頼もと訪なへば オウと答へて加米彦は雨戸ガラリと引開けて 此真夜中に一つ家を訪なふ神は何者ぞ 鬼か大蛇か曲神かまさか違へば木常彦 唯一言の言霊の愛想もコソも夕嵐 吹き払はむと夕月夜キツと透して眺むれば 何とは、なしに見覚えの姿に心和らげつ 林の中の一つ家訪なふ人は何人ぞ 御名を名乗らせ給へよといと慇懃に言霊を 宣り直すれば常彦は首をかたげ腰を曲げ 両手を膝の上に置き鬼ケ城にて別れたる 吾れは常彦宣伝使汝は加米彦、夏彦か 申上げたき仔細あり紫姫や青彦が 三五教にアキの空天津御空も黒姫が 醜の魔風に包まれて誠の道を取りはづし 悪魔の擒となりにける友の身魂を救はむと 夜を日についで遥々と茲まで訪ね来りしぞ。 加米彦はこれを聞くより、 加米彦『ナニ、紫姫、青彦がウラナイ教に沈没しましたか。それは大変、先づ先づお這入り下さいませ……ヤア見馴ぬ方が、しかもお二人』 滝、板一度に、 滝公、板公『私は常彦様のお伴を致して参りました新参者で御座います、何卒宜しうお願致します』 加米彦『アーよしよし、御互にお心安う願ひませう。……夏彦の御大将、何をグヅグヅして御座る。天変地妖の大事変が出来致しましたぞ』 夏彦は奥の間より、ノソノソ出で来り、 夏彦『ヤア常彦さま、暫くでしたネ、ようこそお出下さいました。マアマアお上り下さいませ。ユツクリと内開け話でも致しませうか』 加米彦『コレコレ夏彦の大将、そんな陽気な所ぢやありませぬワ』 夏彦『そう慌てずとも宜しいワイ。何事も皆神様のなさる事ぢや。ヤア常彦さま、決して決して御心配は要りませぬ。今に紫姫、青彦も、意気揚々として此家へ帰つて来ますよ』 常彦『そうかは存じませぬが、只今の所では非常な勢で御座います。私も青彦、紫姫の堕落を救はむ為に、ワザワザ敵の本城へ侵入し、忠告を加へてやりました。そうした所、青彦の人格はガラリと悪化し、終結の果てには乱暴狼藉、棍棒を以て吾々の身体を、所構はず滅多打ち、斯かる乱暴者は最早救ふべき手段なしと、取る物も取敢ず此二人を伴ひ、悦子姫様初めあなた方に、何とか良い智慧を借りたいと思つて、一先づ引返して来ました。そう楽観は出来ませぬ』 加米彦『ヤア其奴ア大変だ。悦子姫さまは竹生島へ、英子姫さまの後を追うてお出でになつた不在中、こんな突発事件を等閑に附して置くと云ふ事は、不忠実の極まりだ。サア常彦さま、時を移さず魔窟ケ原の黒姫の本陣へ乗込み、言霊戦の大攻撃を致しませう』 と早くも尻ひつからげ飛び出さむとする。 夏彦『アハヽヽヽ、よく慌てる奴だなア。これだから若い奴は困るのだ。マアゆるゆると久し振だ、お神酒でも戴いて、作戦計画をやらうぢやないか。急いては事を仕損ずる』 加米彦『急かねば事が間に合はぬ。芽出度凱旋した其上で、ゆるゆるお神酒をあがる事にせう。刻一刻と心の底に浸潤し来るウラナイ教が悪霊の誘拐の矢は日に日に烈しくなるであらう、老耄爺の夏彦の腰折れ、モウ俺は愛想が尽きた。悦子姫様の御命令だから、姫様に仕へると思つて、今迄は如何なる愚論拙策も、目を塞いで盲従して来たが、それは平安時の時の事だ。危急存亡の此場合、臨機応変の処置を執らねばならぬ。平和の時の宰相には、カナリ適当かは知らぬが国家興亡危機一髪の此際、仮令上官の夏彦が命令たりとも、服従すべき限りにあらずだ。サアサア常彦外両人加米彦に続かせられい……』 夏彦『アツハヽヽヽ、石亀の地団駄、何程騒いだ所で駄目だよ。マアゆつくりと落着いたが宜からう。俺は一寸紫姫様の御意中を以心伝心的に感得して居るから、滅多な事は無い。何か深いお考へが有つての事だ。万一紫姫を始め、青彦其他の者、一人にてもウラナイ教の黒姫に籠絡さるる様な事が実現したら、此夏彦が一つより無い首を、幾つでも加米彦、常彦さまに献上する』 加米彦『今日に限つて夏彦の大将、糞落ち着に落ち着いて御座るぢやないか。コラちと変だ黒姫の悪霊が憑依して居るのではなからうかなア。一つ厳重なる審神を施行するの余地充分あるワイ』 夏彦、二人の耳元に口を寄せ、何事か囁いた。 加米彦『アーさうか、ア、それなら安心だ。ナア常彦、肝腎の事を俺達に言つて呉れぬものだから、要らぬ気を揉んだぢやないか』 夏彦『身魂にチツとでも曇りの有る間は、神は今の今迄誠の仕組は申さぬぞよ。誠が聞きたくば、我を折りて生れ赤児の心になり、水晶の身魂に研いて下されよ。神は誠を聞かしてやりたいなれど、悪の身魂の混りて居る守護神には、実地正真の事が云うてやれぬぞよ……とお筆先に現はれて居りますぞ』 加米彦『ヤアさうすると常彦さま、吾々二人はまだ数に入つて居らぬのだ。なんとムツカしいものだなア』 夏彦『兎も角、神様にお礼を申上げ、此処で一日二日休養して下さい。其間にキツと紫姫様、青彦の消息が分るでせう』 加米彦『流石は御大将、イヤもう今日限り、何事も盲従致しませう。併し乍ら間違つたら、約束の通り、常彦と加米彦が、夏彦の御首頂戴仕るから……御覚悟は確でせうな』 夏彦『アハヽヽヽ、たしかだたしかだ』 斯く話に眈り乍ら、其夜は主客五人枕を並べて寝に就いた。 連日連夜曇り果てたる五月の空も、今日はカラリと日本晴の好天気、煎りつく様な大空に、朝鮮燕の幾十となく泥を含みて、前後左右に飛び交ふ有様を、夏彦外四人は窓を開いて愉快気に眺めて居る。 加米彦『随分よく活動をしたものだなア。我々も燕に傚つて、一層の雄飛活躍をやらねばなるまい。……ヤア向うの方へ、白い笠が揺らついて来たぞ』 と話す折しも、勢よく此方に向つて、青葉の中を波打たせつつ進み来れる饅頭笠、三本の金剛杖、黒い脚が二本、白い脚が四本。 加米彦『モシモシ夏彦の大将、青彦がどうやら凱旋と見えますワイ。一つ万歳を三唱しませうか。祝砲でも上げませうか』 と言ひも終らず「プツプツプウ」と放射する。 夏彦『アーア煙硝臭い、屋内で花火を揚げるのは険呑だ、外へ行つてやつて下さい』 加米彦『モウ裏の言霊は材料欠乏、これから表の言霊だ……ウローウロー』 と唯一人呶鳴つて居る。近づいた三人の男女、 三人(音彦、悦子姫、五十子姫)『ヤア加米彦さま、エライ元気だなア』 加米彦『サアエライ元気だ。紫姫に、青彦に、モ一人は……大方お節だらう。よう帰つて下さつた。サアサア奮戦の情況、委細に夏彦の御大将に言上遊ばせ』 男(音彦)『アハヽヽヽ』 と一人の男は笠を脱ぐ。 加米彦『ヤアお前は音彦様か。……アヽこれはしたり、悦子姫様……ア何だ、五十子姫様……ヤア音彦様、お芽出度う。悦子女王が居らせられなかつたら、大変御夫婦ご愉快で有りましただらうに……ヤアもう世の中は思う様に行かぬものですナア[※音彦と五十子姫は夫婦である。]』 悦子姫『オホヽヽヽ』 加米彦『中を隔つる悦子川かなア、可哀相に、焦れ焦れたコガの助、お顔見乍ら儘ならぬ……と云ふ、喜劇、悲劇の活動写真……ヤア兎も角お這入り下さいませ』 音彦『然らば許しめされよ』 加米彦『姫御前と道中を遊ばしたお蔭で、大変言霊が向上しました。……サア夏彦さま、今日限り吾々と同僚だ、何時までも女王の代りは出来ませぬぞ。……サア悦子姫女王、ズツと奥へお通り下さいませ』 悦子姫『加米彦さま、夏彦さま、よく神妙にお留守をして下さいました。あなた方の健実な事、よく気を附けて下さると見えて、風流な夏草が家の周囲に一杯生えて居ります。小蛇でも出そうに御座いますな。オホヽヽヽ』 加米彦、頭を掻き乍ら、 加米彦『イヤもう……エー外は惟神に任し、内は一生懸命に、内容の充実を主と致しました。これが所謂内主外従と云ふものです』 悦子姫『ホヽヽヽ、成程外には茫々と美しい草が御天道様のお蔭で繁茂して居ます。室内はザツクバラン、沢山に紙片が散乱して、まるで花見の庭の様です』 加米彦『イヤ此間から、夏彦の仮の大将、寝冷えを致し、風邪を引いたものですから、鼻紙をそこら中に散らして置いたのです。……一寸待つて下さい。箒で今掃いて除けます、ウツカリ踏んで貰へば、足の裏にニチヤツとひつつきます。……オイ夏彦鼻紙の大将、何をグヅグヅして居るのだ。此加米彦は何事も盲従して来たのだ。どうだ、此鼻紙を箒で掃き散らしても、お叱りは御座いませぬかなア』 夏彦『これはこれは悦子姫様、今煤掃の最中へお帰り下さいまして、誠に申訳が御座いませぬ。どうぞ暫く、裏の森林に美しい花も咲いて居ます、恰度菖蒲が真つ盛り、お三人共暫く御覧なし下さいませ。其間に夏季大清潔法を執行致します。……オイ加米彦、箒だ、水を汲め、采払だ……』 加米彦『貴様はジツとして手を出さずに、頤ばつかりで……そう一度に……千手観音様ぢやあるまいに、水を汲む、采払を使ふ、箒を使うと云ふ事が出来るものか。貴様も一つ活動せぬか。門外の燕の活動を、チツと傚へ』 夏彦『ハイハイ畏まりました』 と襷をかけ、 夏彦『わしはお家を掃除する。お前は庭を掃除して呉れ…』 俄にバタバタ、ガタガタ……、 夏彦『オイ常彦、板、滝、手伝ひして呉れぬか。……ヤアどつか往きやがつたなア』 と窓を覗き、 夏彦『ヤア一生懸命に草をひいて居るワイ』 半時ばかりかかつて大掃除を、吐血の起こつた様な騒ぎでやつてのけた。時を見計らひ悦子姫、音彦、五十子姫、ニコニコし乍ら、 音彦『ヤア俄に参りまして、エライ御雑作をかけました』 加米彦『ヤア有難う。斯う云ふ事が無ければ、モウ一月も経たぬ内に、此家は草の中に沈没する所でした。アハヽヽヽ』 音彦『身魂相応の御住宅で……』 悦子姫『オホヽヽヽ』 茲に八つの笠の台は、畳の上に二列に並列した。悦子姫を始め一同は、互に久濶を叙し、打解話に時を移す。折しも門口に現はれ来る馬公、鹿公、 馬公、鹿公『モシモシ夏彦さま、馬、鹿の両人です。御注進に参りました』 と門口より呶鳴り込んだ。 夏彦『ヤア馬公に鹿公、よう帰つて来た。併し今日は奥に珍らしいお客さまだ。御主人公の紫姫さま始め青彦はどうなつた』 馬公『只今結構な生神さまの玉子を奉迎して、これへお帰りになります。どうぞ座敷を片付けて、充分清潔にして待つて居て呉れいとの、青彦さまの御命令、宙を飛んで御報告に参りました。やがて御入来になりませう』 夏彦『アーそれはそれは御苦労でした。マア一服して下さい』 とイソイソとして奥に入り、 夏彦『悦子姫様、只今紫姫様、青彦がこれへ帰つて来るそうで御座います』 悦子姫『アーそうだらう。床の間もよく掃除して御待受けを致しませう。キツと玉照姫様の御光来でせう』 夏彦『そんな事が御座いませうかなア。どうして又それが分りますか』 悦子姫『何事も英子姫様の御経綸、キツと今にお越しになります』 斯く言ふ所へ、丹州を先頭に、お玉は玉照姫を恭しく捧持し、紫姫、青彦、お節の一行ゾロゾロと此一つ家に勢よく入り来る。加米彦、慌て飛んで出で、 加米彦『ヤア杏るより桃が安い。今日はモモだらけだ。モウモウ忙しうて忙しうて、嬉しいやら面白いやら、勇ましいやら、根つから、葉つから見当が取れなくなつた。改心致すとマサカの時に、嬉しうてキリキリ舞を致す身魂と、辛うてキリキリ舞致す身魂とが出来るぞよ……とは此事だ。サアサア皆さま、ズツと奥へ、キリキリ舞ひもつてお這入り下さいませ……ドツコイシヨのヤツトコシヨ…』 と面白い手つきをして踊つて居る。青彦、 青彦『コレコレ加米彦さま、早く玉照姫様を、悦子姫様に御紹介して下さい』 悦子姫は奥より走り来り、恭しく拍手し、嬉し涙をタラタラと流し乍ら、 悦子姫『玉照姫様、よくもお越し下さいました。これで愈神政成就疑なし。アヽ有難し、辱なし』 と言つた限り、嬉し涙に暮れて、顔さへあげず泣きいる。 加米彦『これはこれは悦子姫の女王様、何を此芽出度い時に、メソメソお泣き遊ばすのだ。ヤツパリ女は女だなア。涙脆いと見えるワイ。アヽ矢張り俺も何だか泣きたくなつて来た、アンアンアン』 青彦は歌ふ、 青彦『神素盞嗚大神の御言畏み曇りたる 世を照さむと英子姫神の仕組を奥山の 心に深く包みつつ隠して容易に弥仙山 万代祝ふ亀彦を伴ひ聖地を後にして 国の栄えも豊彦が娘のお玉に木花の 姫の命の分霊咲耶の姫を取り懸けて 後白雲と帰り行く心も春の山家道 折こそよけれ悦子姫音彦、加米彦、夏彦が 川辺の木蔭に立寄りて英子の姫の神界の それとはなしに秘事を以心伝心語りつつ 父に近江の竹生島足を速めて出で給ふ。 悦子の姫は急坂を三人の男と諸共に 辿りて、やうやう弥仙山麓に建てる豊彦が 賤の伏家に立寄りて俄産婆の神業に 思ひも寄らぬ貴の声お玉の腹を藉つて出た 玉照姫を取りあげてイソイソ帰る世継王の 山の麓に霊場を卜して庵を結びつつ 二人の男に留守をさせ紫姫に何事か 囁き合ひて右左り悦子の姫は近江路へ 紫姫や青彦は馬、鹿二人を伴ひて 西北指して進み行く船岡山の山麓に かかる折しも夕闇を透して聞ゆる叫び声 青彦、馬、鹿三人は声を尋ねて暗の路 進む折しもウラナイの道の教の滝、板が 一人の女を引捉へ松の古木に縛りつけ 権謀術数の最中を闇を幸ひ黒姫の 声色使ふ鹿公が早速の頓智、滝、板は おののき怖れ幽霊と思ひ誤り谷底に スツテンコロリと転落し腰骨打つてウンウンと 闇に苦む憐れさよ紫姫は三人の 男にお節を守らせつ進んで来る元伊勢の 稜威の御前に参拝し天津祝詞を奏上し 神示を仰ぐ時もあれ谷に聞ゆる言霊の 怪しき響に青彦は紫姫を伴ひて 剣先山の深谷を尋ねて行けば、こは如何に 顔色黒き黒姫が二人の男と諸共に 一心不乱に水垢離其熱烈な信仰に 何れも肝を冷しつつ紫姫や青彦は 何か心に諾きつ俄に変るウラナイの 神の教の宣伝使馬公、鹿公諸共に 魔窟ケ原に築きたる黒姫館に出て行く 高山彦や黒姫は相好崩してニコニコと 忽ち変る地蔵顔勝ち誇りたる会心の 笑にあたりの雰囲気は乾燥無味の岩窟も 忽ち春の花咲いて飲めよ騒げの賑はしさ 大洪水の氾濫し堤防崩した如くなる 乱痴気騒ぎの最中に阿修羅の如き勢で 現はれ来る常彦が滝公板公伴ひて 青彦さまが胸の内知らぬが仏の黒姫や 折柄来れる高姫に喰つてかかつた可笑しさよ 可哀相とは知り乍ら時を繕ふ青彦が 早速の頓智、棍棒を打ち振り打ち振り常彦が 体を目がけて滅多打地蟹の様に泡吹いて 涙を流す滝公や痛々しげに板公が 雲を霞と逃て行くこの振舞に高姫や 道に迷うた黒姫が始めてヤツと気を許し 紫姫や青彦に大事の大事の宝物 玉照姫の人質を何の気もなく吾々に 渡して呉れた其お蔭綾彦、お民を伴ひて 心イソイソ山坂を右に左に飛び越えつ 於与岐の里の豊彦が館に到りいろいろと 一伍一什を物語る紫姫の言霊に 豊彦夫婦は雀踊りしお玉を添へて玉照の 姫の命の貴の御子一も二もなく奉る 大願成就、大勝利長居は恐れ又御意の 変らぬ内に帰らむと丹州、お玉に送られて イヨイヨ聖地に来て見れば思ひかけぬは悦子姫 科戸の風の音彦や心いそいそ五十子姫 並ぶ五月の雛祭悠々然と構へ居る 此方の隅を眺むれば常に変つた常彦が むつかしい顔の紐を解き滝公、板公従へて 坐つて御座る勇ましさ剽軽者の加米彦が 主人の留守を幸ひになまくら、したる其酬ゐ 捻鉢巻に尻からげ庭を掃くやら采払ひ そこらバタバタ叩くやら戸口の外を眺むれば 蛙や蛇の巣窟となつた庭をば滝、板の 二人は忽ち頬かぶり汗をタラタラ流しつつ 狼狽へ騒ぐ草むしり蓬ケ原を掻き分けて 黄金花咲く今日の空黄金の峰に現はれし 木花姫の分霊咲耶の姫の再来と 仰ぐ玉照姫の神迎へ奉りて三五の 教を守る元津神国武彦の隠れます 世継王山の表口朝日輝く夕日照る これの聖地に永久に鎮まり居まして常闇の 天の岩戸を開きますミロクの御代の礎と 寿ぎまつる今日の空壬戌の閏五月 五日の宵の此仕組イツカは晴れて松の世の 栄を見るぞ目出度けれアヽ惟神々々 御霊幸はへましませよ』 と青彦は声も涼しく謡ひ終りぬ。十八バムの仮名に因みし松の神代の物語、松竹梅と祝ひ納むる。 (大正一一・四・二八旧四・二松村真澄録) (昭和一〇・六・三王仁校正)
313

(1735)
霊界物語 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 02 交嘴の嘴 第二章鶍の嘴〔六四七〕 足踏む隙も夏草の、生茂りたる魔窟ケ原、山時鳥悲しげに、血を吐く思ひの岩窟の中、高姫、高山彦、黒姫の三人は、奥の一室に鼎坐して、紫姫や青彦の、消息如何にと待ち居たる。頃しもあれや梅公は、辰、鳶二人を従へて、息せき切つて馳せ帰りきぬ。 寅若『ヨオ、梅公ぢやないか、何処へ行つて居たのだ。甚う顔の色が晴れ晴れして居ないぢやないか、何時も快活なお前に似合はず、どこともなく影が薄う見えて仕方がないワ』 梅公『エヽ、何でもない、お前の出る幕ぢやないから柔順しく待つて居ろ』 寅若はニタリと笑ひ、 寅若『ヘン、やられよつたな、鼈に尻をやられたと云はうか、嘘を月夜に釜を抜かれたと云ふ為体、又も違つたら梟鳥が夜食に外れたと云ふ塩梅式だな、黒姫さまもよい家来をお持ちになつて仕合せだワイ、イヒヽヽヽ』 梅公『エヽ喧敷う云ふな、其処退け、ソンナ狭い入口に貴様が立つて居ては這入る事も出来やしないワ』 寅若『ハヽヽヽ、可成這入らぬが好からうぜ、御注進申上げるや否や形勢不穏、大地震でも勃発してみよ、此岩窟はガタガタだ。此寅若は御信任が無いから駄目だが、併し紫姫さまや、青彦さま、それに次で梅公と来たら豪いものだよ。一つ今回の失敗、否、お手柄話を聞かして貰はうかい、何時も黒姫は目が黒いと仰有る、間違ひはあるまい、此眼で一目睨みたら些とも違はぬと仰せられるのだからなア、アハヽヽヽ』 と頤をしやくつて入口に立ち塞がり、きよくつた[※「きよくつた」は「曲(きょく)った」か?「曲(きょく)る」とは、冷やかすとか、からかうという意味。]やうな笑ひをする。奥の一室には高姫、高山彦、黒姫三人、鳩首謀議の真最中なりける。 高姫『これ黒姫さま、紫姫や青彦が出立してから、もう一週間にもなるぢやありませぬか、それに今になつて、猫が嚔をしたとも、膿ンだ鼻が潰れたとも云ふ便りが無いぢやありませぬか、貴女のお眼識に叶つた許りか、選抜してお遣りになつたのだから、如才はありますまいが、万一あつては大変だと気に懸つてなりませぬワ』 黒姫は稍不安の面持にて、 黒姫『何分突飛な談判に遣つたものだから、摺つた揉ンだと、毎日問題が次から次へと提出され、家庭会議でも開いて連日連夜小田原評定に時を費やして居るのでせう。早く成るものは破れ易く、遅く成るものは破れ難し、大器晩成と云つて暇の要る程脈があるのですよ、一年にすつと伸びて花の咲く草木は秋が来れば萎れて仕舞ひます。梅桜、桃椿などの喬木になると、二年や三年に花は咲かない代りに、天を衝くやうに其幹は成長し、毎年々々花も咲く、私の眼識に叶つた紫姫、青彦の事ですから、よもや寝返りを打つと云ふ事はありますまい、ナア高山彦さま』 高山彦『サア、何とも保証の限りではないなア』 黒姫、目に角を立て、 黒姫『エヽ何と仰有る、高山彦さま、余り紫姫や、青彦を見損つてはいけませぬよ。お前さまの身魂は昔鬼城山にあつて木常姫さまに悪い事を教へ、今度は南高山の宝取りには道彦の為に大失敗を演じ、今又ウラナイ教へ帰つてくると云ふ身魂だから、ソンナ考へが出るのだよ、自分の心を標準として青彦や紫姫の心を測量なさるとは、些と残酷と云ふものだワ』 高山彦は少し声を高うして、 高山彦『昔は昔今は今ぢや、身魂に経験を積みて来て居るから、大概の人の心の底はよく分つて居る。何時も俺は柔順しくして不言実行主義を採つて居れば、貴様は何時も先に出て何から何迄、掻いて掻いて掻き廻し、一言云へば直ちに眉を逆立て鼻息を荒くし、口から泡を飛ばすぢやないか、俺は五月蠅いから何時も黙つて居るのだ。今日は幸ひ高姫様の前だから、俺の思つて居る事を忌憚なく吐露したのだ』 黒姫『そりや何を云ひなさる、貴方は此家の主人ぢやないか、私の云ふ事を聞くやうな素直な身魂ですかいな、何でも彼でも一つ一つケチをつけねば置かぬ因果な身魂だから』 高山彦『今度の青彦、紫姫を派遣したのはお前の発案だらう、其時俺は貴様に剣呑だからそつと寅若でもつけてやつたら何うだと云うたぢやないか、其時貴様は首を振り、大変な荒びやうだつた、アヽ、又毎度の病気が出た哩と思つて辛抱して居たのだ。此奴は屹度不成功、否不成功のみならず、青彦、紫姫は三五教の間諜だつたに違ひない』 黒姫『何を云ひなさるのだい、マア見て居なされ、屹度今に分る。玉照姫を連れて青彦が帰つて来ますよ。若し連れて帰つて来なかつたら、二度とお前さまにも高姫さまにもお目にかかりませぬ哩なア』 と頤をしやくり、上下の歯をぐつと噛みしめ、前に突き出して見せける。高山彦はムツとしたか蠑螺のやうな拳骨を固めて黒姫の横面を撲らむとする。スワ一大事と高姫は仲に割つて入り、 高姫『ヤア待つた待つた、犬も食はぬ喧嘩をすると云ふ事がありますか、些と心得なさい。お前さま二人はウラナイ教の柱石たる重要人物ぢやないか、ソンナ事で皆の者に教訓が出来ますか』 黒姫『ハイハイ、左様で御座います、何分宅のがヒヨツトコですから』 高山彦『こりや黒、ヒヨツトコとは何だ。俺がヒヨツトコなら貴様はベツトコだ』 高姫『コレコレ、お二人とも詔直しだ詔直しだ、言霊をお慎みなさらぬか』 斯かる所へ寅若を先頭に、梅、辰、鳶の三人は現はれ来り、 寅若『黒姫様、三人の、私へ隠してのお使が偉い勢なくして帰つて参りました、何卒詳しくお聞き取り下さいませ』 黒姫『お前は梅公、辰公、鳶公、首尾は何うだつたな、紫姫、青彦を旨くやつたらうなア?』 梅公『ヘエヘエ、流石の青彦、紫姫で御座います、梅いことをやつて、此三人ぢやないが鳶辰やうにトツトと凱歌を奏して、何々の何へ向つて帰りましたワ』 黒姫『アヽ、さうかさうか、それは御苦労であつた。サア早く玉照姫様のお居間のお掃除を為し、皆様の御飯やお酒の用意をして置きなさい』 梅公『ヘイ、根つから其必要は認めませぬがなア』 黒姫『そりや梅公、お前何と云ふ事を云ふのぢや、必要を認めるの認めないのと何故私の云ふ事を聞かないのかい、これこれ辰公、鳶公、お前も御苦労ぢやつた。どうぞ詳しく高姫さまの前で、青彦や紫姫さまの天晴功名した事を聞かして下さい』 鳶公『エー、もう余りの事で申上げます事も出来ませぬ』 辰公『何と云つても六日の菖蒲、十日の菊、何が何ンだやら薩張神様の御都合を頂いて来ました』 寅若『アハヽヽヽ、此奴余程弱つて居やがるな、御都合と云ふのは卑怯者の適当な遁辞だ。モシモシ黒姫さま、こいつは屹度ものにならなかつたのですよ、蛸の揚壺を食つて帰つたとより見えませぬな』 黒姫『これ寅若、お前に誰が物を尋ねたかい、弥仙山へ往つて失敗をして帰つて来たやうな男だから、今度の事は彼是云ふお前には資格がない、一段下りて庭へ下がつて其処の掃除でもしなさい。これこれ梅公早く云ひなさいよ』 梅公は左の手で頭を三遍ばかりも、つるつると撫でながら、 梅公『ハイ、私は紫姫、青彦その他一行の後を見え隠れに監視して参りました。さうした処流石の青彦さま、綾彦お民の両人を前に出して豊彦爺をアツと云はせ、ヤアお前は綾彦であつたか、お民であつたか、ヤア父さまか、母さまか、妹か、兄さまかと一場の悲喜劇が現はれ、其処へ平和の女神然たる紫姫さまが、おチヨボ口をぱつと開いて仰有るには、何事も皆神様のなさる事、豊彦さまも斯うして若夫婦が帰つて御座つた以上は、神様へ御恩返しにお玉さま始め、玉照姫様を神様に奉らねばなりますまいと、さも流暢な弁で談判になりますと、豊彦爺は、喜ぶの喜ばないのつて、首を滅多矢鱈に振つて振つて振りさがし、千切れはせぬかと思ふ程首肯いて、仕舞の果にはドンと尻餅を搗き、眼を暈しかけました。マアさうして爺の云ふのには、アヽ結構な事だ、嬉しい時には欣喜雀躍、手の舞ひ足の踏む所を知らずと云ふ事だが、俺は余り嬉しくて目のまひ、家のまひ、身体の居る所を知らずぢや、と云ひまして、それはそれは大変喜びましたよ。あれ位喜びた事は生れてから見た事も、聞いた事もありませぬワ』 黒姫『アヽ、さうだらうさうだらう、喜びたらうな、これ高山さまどうですかい、これでも文句がありますかい、高姫さま、もうこれで、大きな顔で本山に帰つて貰はうと儘ですワイ、オホヽヽヽ、サア其次を梅公云ひなさい、瞬く間も待ち遠しいやうな心持がする』 梅公『サア、これから先は時間の問題ですな、云はぬ方が却つて先楽しみで宜しからう。オイ鳶、辰、貴様も些と云はぬかい』 辰公『ヘン、よい所ばつかり食つて糟粕ばつかり人に食はさうと思つたつて駄目だよ、貴様が報告した後に……サアサア其次を諄々と掛け値の無い所を申上げてお目玉を頂戴するのだな』 梅公『エヽ何も彼も大将になると責任が重い、エイエイ仕方がない、ソンナラ私が申上げます、黒姫さま喫驚なさいますな』 黒姫『何喫驚するものか、喫驚するのは高山さまぢや、余り嬉しいて喫驚する者と、余り阿呆らしくて会はす顔がなくて喫驚する者と出来ませうぞい』 梅公『エヽ、紫姫、青彦はお玉、玉照姫様を連れて意気揚々と、吾々を何々し、何々の何々へ何々して仕舞ひました』 黒姫『これ梅公、アタもどかしい、早く云はぬかいナ、いつ迄私を焦らすのだい』 梅公『イエイエ、決して焦らすのぢやありませぬ、知らすのですよ、知らず識らずの御無礼御気障、知らぬ神に祟りなし、どうぞ私だけは今日の所は帳外れにして下さいませ』 黒姫『怪体な事を云ふぢやないか、さうして青彦の一行はいつ帰つて来るのだい』 梅公『それはいつになるとも判然お答へが出来ませぬなア、是も矢張時の力でせう』 高姫『黒姫さま、青彦初め、紫姫は三五教へ帰つたのですよ』 梅公『マアマア、高姫さまの天眼力にて御観察の通り、誠に以てお気の毒千万、青彦、紫姫其他は共にグレンをやりました。今頃は世継王山の麓で祝ひ酒でも呑みて居るでせう』 と頭を抱へ小隅にすくみける。 黒姫『エヽソンナ青彦ぢやない、又紫姫も紫姫ぢや、三五教へ行くなぞと、そりや大方副守護神を放かしに往つたのだらう、屹度戻つて来る確信がある』 高姫『黒姫さま、もう駄目だ。高山彦さま、お前さまも立派な奥さまを持つて御満足でせう、この忙しいのに永らく逗留してお邪魔をしました。エライ馬鹿を見せて下さいましたナ、アーア、併しこれも何かの御都合だ。左様なら、帰ります』 高山彦『どうぞ私も連れて帰つて下さい』 高姫『お前さまの勝手になされ、黒姫さまを大切にお守りなさるがお徳だらう、左様なら』 と、大勢の止むるをも聞かず、額に青筋を立て、偉い気色で表へかけ出し、鶴、亀来れと二人を伴ひ魔窟ケ原を驀地に、由良の港を指して走り行く。 高山彦『こりや大変』 と捻鉢巻、七分三分に尻からげ、細長いコンパスに油をかけ、飛び出さうとする。黒姫はグツと袂を握り、 黒姫『高山さま、血相変へて何処へお出るのだえ』 高山彦『定つた事だ。肝腎の玉照姫は申すに及ばず、青彦、紫姫迄三五教に取られて、どうして高姫さまに申訳が立つか、是より此高山彦が世継王山の悦子姫の館にかけ込み、玉照姫を小脇にヒン抱き帰らで置かうか、愚図々々致せば高姫さまは飛行機に乗つてフサの国へお帰りだ、それ迄に玉照姫様を手に入れてお詫をせにやならぬ、邪魔ひろぐな』 と蹶飛ばし、突飛ばし、一生懸命にかけ出したり。黒姫も声を限りにオーイオーイと髪振り乱し、帯を引きずり乍ら高山彦の後を追ひ、足に任せて走り行く。 (大正一一・五・六旧四・一〇加藤明子録)
314

(1737)
霊界物語 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 04 善か悪か 第四章善か悪か〔六四九〕 瑞穂の国の真秀良場や青垣山を繞らせる 下津岩根と聞えたる要害堅固の神策地 小三災の饑病戦大三災の風水火 夢にも知らぬ世継王の山の麓に現れませる 玉照姫の御稜威光は四方に照妙の 衣を纏ひて経緯の綾と錦の機を織る 棚機姫と現はれし紫姫に侍かれ 月日を重ね年を越え其名は四方に轟きぬ。 悦子姫は、夏彦、常彦、加米彦、滝、板を伴ひ、我使命を明かさず、世継王山麓の住家を後にして、何処ともなく神業の為めに出発したり。音彦、五十子姫は別の使命を受け、是亦何処ともなく、行先を明かさず、惟神的に、世継王の住家を後にして出発せり。 後には、紫姫、若彦、お節、お玉、馬公、鹿公の面々朝な夕なに、玉照姫の保育に全力を尽し居たりける。 夏も何時しか暮れ果て、天高く、風清く、野には稲穂が黄金の波を打ち、佐保姫の錦織なす紅葉の、愈秋の半となりぬ。 時しもあれ、真夜中に戸を叩く一人の男あり。馬公、鹿公は此音に驚き目を醒まし、 馬公『オイ鹿公、何だか表の戸を叩く音がするではないか、お前御苦労だが一つ調べて見て呉れないか』 鹿公『何、あれは秋の夜の紅葉を散らす凩の戸を叩く音だ。余程お前も神経過敏になつたものだな、そりや無理もない、五六七神政の生御霊玉照姫様の御保護の任に当つて居るのだから、雨の音、風の響にも注意を払ふのは当然だ。併し乍ら余り思ひ過ぎると神経病を起す様になつては詰らないから、何事も神様にお任せして、吾々は能ふ限りのベストを尽し、忠実に務めさへすれば宜いのだよ』 馬公『そりやお前の云ふ通りだが、併し今の音は決して雨や風の音ではない、何か訪るる人が門にありさうだよ』 鹿公『峰の嵐か松風か、一つ違へば狐狸の悪戯か、尻尾を以て雨戸を叩き、吾々を脅威さうとするのだ。此間から幾度となく、ウラナイ教の間者がやつて来て、玉照姫様を奪ひ返さうとかかつて居るらしい、迂濶り夜中に戸でも開け様ものなら大変だ、英子姫様、悦子姫様に申訳がない、先づ此処は、見ざる、聞かざる、言はざるの三猿主義を取る方が安全第一だ。俺の鹿とお前の馬とでシカりとウマウマ守るのだナア』 戸を叩く音益々烈しくなり来る。 馬公『それでも益々烈しく叩くぢやないか、どうだ一つ紫姫様に伺つて見たら』 鹿公『それもさうだな、併し乍ら折角よくお寝みになつて居られるのだから、夜中にお目を醒まさせるのもお気の毒だ』 表を叩く音益々烈しい。鹿公はムツとした様な声で、 鹿公『誰だい、人の寝しづまつた家を無闇に叩くものは』 外から声(亀彦)『吾れは英子姫様の御命令によつて、江州竹生島よりはるばる単騎旅行でやつて来た者だ。紫姫は在宅か、若彦は居るか』 鹿公『紫姫様や若彦様の名を知つて居るからには、何でも何だらう、さう考へると容易に開ける事は出来ない。吾々は昼は寝ね夜は不寝番をつとめて居るのだ。夜の間は俺達の権限があるのだから誰が開けいと云つても、此鹿公の本守護神が開けと命令を下す迄は開けられぬのだ。マアマア暫く御苦労だが正体が分らぬから、自然に開ける迄待つて居たが宜からう。日光に照されて、モウモウした毛を体一面に現はすのだらう。吾々は夜分は目の見えぬ人間だから、平にお断り申す』 外より、 (亀彦)『さう云ふ声は鹿公ぢやないか、今日参つたのは余の儀ではない。神素盞嗚大神様の御心により、英子姫様の大命を奉じて御直使として出張致した、三五教の宣伝使亀彦であるぞよ』 鹿公『何、亀彦さまか、ソンナラ開けぬ事は無いが若しや作り声ではあるまいかなア』 亀彦『何、作り声する必要があるか、紫姫以下一同に申し渡す仔細がある。一時も早く開けたが宜からうぞ』 鹿公『何だか亀彦さま、今日に限つて言葉つき迄厳粛に構へて御座る、何かこれに就ては善か悪か、吉か凶か、普通のお使ではあるまい、なア馬公、どうしたら宜からうなア』 馬公『荘重な語気だな、今日は大神様の代理権を以て来て居るのだと見えて、いつもとは言霊の響きが何処とは無しに森厳だぞ』 鹿公『何、アンナ事を云つて洒落てるのだよ。大変な用向きがある様な語調で吾々を威喝しようと思つて居るのだ。何、心配する事はないさ、大山鳴動して鼠一匹位なものだ。アハヽヽヽ』 亀彦『早く開けぬか、何をぐづぐづ致して居るぞ』 鹿公『ヨオ高圧的に大袈裟に出やがつたな、これでは吾々両人にては一寸解決がつき難い、若彦の大将に一寸相談して見ようか』 馬公『それが宜からう』 と云ひ乍ら若彦の居間に立ち入り肩を揺つて、 馬公『モシモシ若彦さまか、青彦さまか、どちらを云つて宜いのか知らぬが一寸起きて下さい。門口に大変な者が現はれました。サアサア早く起きたり起きたり』 若彦『誰かと思へば馬公ぢやないか。夜の夜中に何を喧しう云ふのだい』 馬公『イエイエ急な事件が突発しました。素盞嗚大神様の御心により英子姫様より御直使として、亀彦の宣伝使が見えました』 若彦『何、亀彦の宣伝使が見えたと、何と遅かつたな、もう英子姫様よりお褒めの言葉が下るか下るかと指折り数へて、紫姫を始め吾々一同は首を伸ばして待つて居たのだ。馬公喜べ屹度御褒美を頂戴するのだらう』 馬公『それは有難い、ソンナラ開けませうか』 若彦『一寸待つて呉れ、寝間を片付け、其処いらを掃除してそれから御這入りを願はないと、こう散けては御直使に対して御無礼だ。モシモシ紫姫さま、お玉さま、早く起きて下さい、英子姫様のお使として亀彦の宣伝使が只今見えました』 紫姫『ア、さうですか、そりや大変です、困つた事になりましたねエ』 若彦『あれだけの吾々は苦心惨憺を重ね玉照姫様を三五教へお迎へ申したのだから、褒めて貰ふ事はあつてもお咎めを蒙る様な道理がない。御心配なさいますな、何程立派な神人ぢやと云つても、女は矢張り女だナア、そンな取越苦労はするものぢやありませぬよ』 紫姫『それでも何だか気掛りでなりませぬワ。何は兎もあれ、早く室内を片づけて這入つて貰ひませう』 と一同は夜着を片付け、綺麗に掃除をなし終り、 若彦『サア準備は出来た、馬公、鹿公、表を開けて亀彦さまを御案内申したがよからう』 馬、鹿の両人は畏まりましたと表戸をサラリと開け、驚いたのは両人、亀彦の宣伝使は威儀儼然として金色の冠を頂き、夜光の宝玉四辺を照らし、薄き絹の袖長き白衣を着し、入口狭しと悠々と進み入り、二人に一揖し、つかつかと奥の間に進み、玉照姫の御前に端坐し、拍手再拝、神言を奏し終り正座に着きける。 紫姫は手を突ひて、 紫姫『これはこれは亀彦の宣伝使様、否、英子姫様の御直使様、夜陰といひ遠方の処、ようこそ御入来下さいました。御用の趣仰せ聞けられ下さいませ』 亀彦は威儀を正し、 亀彦『今日只今此館に参りしは余の儀では厶らぬ。此度其方紫姫を始め若彦の行為に就いて神素盞嗚大神様、以ての外の御不興、英子姫様に御神示あらせられたれば、亀彦ここに英子姫の命の直使としてわざわざ参りたり』 紫姫、若彦はハツと両手をつき、 紫姫、若彦『これはこれは御直使様御苦労に存じます。御用の趣、速にお聞かせ下さいませ』 亀彦『其方事は神界経綸の玉照姫を天地の律法を忘却し、権謀術数の秘策を用ゐ、反間苦肉の策を以て目的を達したる事神意に叶はず、彼れ玉照姫の神は、一旦、ウラナイ教の黒姫に与ふべきものなり。一時も早く玉照姫様及びお玉を黒姫の手許に送り、汝等は此責任を負ひて宣伝使の職を去るべし、との厳命で御座る』 と厳かに云ひ渡したり。 紫姫は顔を赤らめ、 紫姫『実に理義明白なる御直使のお言葉、妾不徳の致す処、今となつては最早弁解の辞も御座いませぬ。謹みてお受け致します』 若彦『モシモシ紫姫さま、此若彦を差し置き、さうづけづけとものを仰有つては後の結びがつきませぬ。仮令権謀術数の策にもしろ五六七神政の貴の御宝、玉照姫の生御霊を三五教に迎へ奉りたる抜群の功名手柄、御賞詞こそ頂くべきに、却つて吾々の職を免じ、剰つさへ玉照姫様を黒姫に渡せとは大神様始め英子姫様の御言葉とも覚えませぬ。オイ、コラ亀彦、貴様は吾々の成功を嫉み、左様な事を申すのであらう。否、汝の本守護神より出でたる世迷ひ言ではあるまい、屹度副守護神の悪戯ならむ。只今若彦が神霊注射を行ひ、汝に憑依せる悪魔を現はし呉れむ』 と早くも両手を組みウンと一声霊縛を加へむとするや、亀彦の背後より煙の如く忽然として顕はれ給うた光華明彩六合を照徹する許りの女神顕はれ給ひ、若彦が面を射させ給ひぬ。紫姫、若彦は身体萎縮し其場に畏伏しワナワナと震ひ戦き、涙に畳を潤すに至りぬ。亀彦は顔色を和らげ、 亀彦『英雄涙を振つて馬稷を斬るとは神素盞嗚大神、英子姫様の御心事、さり乍ら汝よく直日に見直し聞き直し、奇魂の覚りによりて此大望を完全に遂行せば、再び神業に参加する事を得む』 と稍俯むき、同情の涙を流しつつ女神と共に、亀彦の姿は忽然として此場より消えにける。玉照姫の泣き給ふ声は此時より時々刻々に烈しくなり来たれり。 お玉『玉照姫様、どうぞ御機嫌を直して下さいませ。何かお気障りが御座いますか。幾重にも御詫致します』 と頭を畳にすり付け詫入る。 若彦『紫姫さま、大変な事になりましたねエ。若彦はどう致したら宜しいのでせう』 紫姫『仕方がありませぬ、成功を急ぐの余り無理をやつたものですから、何程目的は手段を選ばずといつても、それは俗人の為すべき事、吾々宣伝使の分際として余り立派な行動をやつたとは云はれますまい。吾々両人を殊勲者として大神様より賞詞さるる様な事あらば、それこそ三五教の生命は茲に全く滅亡を告げ、ウラル教となつて了ひませう。アヽ大神様の御言葉には千に一つもあだは御座いませぬ。是よりは前非を悔い身魂を研いて本当の宣伝使にならなくちやなりませぬ。玉照姫様のあの御泣き声、御神慮に叶つて居ないのは当然です』 若彦『エヽ仕方がありませぬなア』 馬公は、(小声で) 馬公『オイ鹿公、梟鳥の宵企み、夜食に外れて難かしい顔を致すぞよ。ドンナ良い事でも誠で致した事でなければ、毛筋の横巾程でも悪が混りたら、物事成就致さぬぞよ、と云ふ三五教の御神諭を知つて居るか』 鹿公『ウン、いつか聞いた様に思ふ。ナント神様といふものは七難かしい事を仰有るものだな。三千世界を自由になさる大神様が、ソンナ小さい事をゴテゴテ仰有る様では神政成就も覚束ないワイ。然し乍ら若彦さまや、吾々の師匠と仰ぎ主人と崇むる紫姫様迄が、御退職なさる以上は吾々とても同じ事だ。何とか考へないと馬鹿な目に遭はねばならぬぞ』 馬公『モシモシ若彦さま、紫姫さま、御目出度う、お祝ひ致します』 鹿公は慌てて馬公の口に手を当て、 鹿公『コラコラ馬公何を云ふのだ、些と失礼ぢやないか』 紫姫『馬公、よう云ふて下さつた。本当にコンナ目出度い事はありませぬワ。今日只今始めて臍下丹田の天の岩戸が開けました。これから本当の真如の日月が現はれませう。お互様にお目出度う存じます』 若彦は拍手を打つて、 若彦『大神様有難う御座います。愈私も心天の妖雲が晴れました』 と感謝の辞を涙と共に述べたて居る。 玉照姫は何とも形容の出来ない美はしき顔色にて、御機嫌斜ならずニコニコと笑ひ始め給ひ、お玉は嬉し泣きに泣き入る。 馬公、鹿公二人は互に顔を見合せ、 馬公、鹿公『ハテ合点がゆかぬ。こりやマアどうなり往くのであらうかな』 紫姫、若彦は今後果して如何なる行動に出づるならむか。 (大正一一・五・六旧四・一〇藤津久子録)
315

(1739)
霊界物語 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 06 和合と謝罪 第六章和合と謝罪〔六五一〕 一葉落ちて天下の秋を知るとかや。神の教も不相応ぬフサの国、北山村の本山ウラナイ教の頭株、心も驕る高姫が、執着心の胸の闇、鼻高山彦や黒姫は、奥の一間に差し籠もり、ウラナイ教の前途に就いて、コソコソ協議を凝らし居る。 高姫『栄枯盛衰、会者定離は人生の常とは云ひ乍ら、よくも是だけウラナイ教は、庭先の紅葉の風に散る如く凋落したものだ。彼れ程熱心に活動して居つた蠑螈別は煙の如く此本山から消えて了ひ、数多の部下や信徒は四方に散乱し、全で蟹の手足をもがれた様な敗残のウラナイ教、何とか回復の道を講ぜねばなりますまいよ』 黒姫『日の出神さまも此際、ちつとどうかして居らつしやるのではありますまいかなア』 高姫『日の出神様は外国での御守護、世界の隅々迄も調べに往つて御座るのだから今はお留守だ。何れお帰りになれば、日の出の守護になるのは定つて居りますが、さうだと云つて此儘放任して置けば此本山は、孤城落日、土崩瓦解の憂目に会ねばなりませぬワ。それよりも黒姫さま、竜宮の乙姫様は此頃はどうして御座るのでせう。随分気の利かぬ神様ですねエ。コンナ時に御活動下されば宜しいのに』 黒姫『竜宮の乙姫様は貴方もお筆先で御存じの通り、日の出神様に引添うて一所に外国で御守護して居られるに定つて居るぢやありませぬか。高姫様は、玉照姫の一件から何処ともなしに、ボーとなさいましたなア』 高姫『黒姫さまも御同様ぢやありませぬか。貴女は、高山彦さまが、あちらにお出でになつてから、日増に、ボンヤリなされましたさうですよ。御自分の事は御自分には分りますまいが、寅若がそう云つてましたぞえ』 黒姫『何を仰有います。そう人を見損なつて貰つては困ります。高山さまがお出でになつて以来といふものは、層一層活動しました。それよりも高姫さま、斯う云うとお気に障るか知れませぬが、蠑螈別さまが此本山から姿を隠されてより、層一層気抜けがなさつた様な、燗ざましの酒を十日も放つて置いて飲みた様な塩梅式ですよ。お互に気を取直して確りと仕様ではありませぬか。あの三五教を御覧なさい。旭日昇天の勢、まるでウラナイ教なぞとは比較物になりませぬワ』 高姫『憎まれ子世に覇張る、と云つて、悪が栄える世の中だ、その悪の世に栄ゆる教だから大概分つて居りますよ。併し九分九厘迄悪の身魂は世に覇張る、善の身魂は落ちて居ても一厘でグレンと覆ると日の出神様が仰有る。三五教は何程沢山集まつて居ても烏合の衆ですよ。何れ内裏から内閣瓦解の運命が萌しかけて居ります。ウラナイ教は少数でも、善一筋の誠生粋の大和魂の堅実な信仰の団体だ。万卒は得易く一将は得難しと云つてな、少数なのは結構ですよ。余り瓦落多人足がガラガラ寄つて居ると、遂に虫がわきまして水晶の水が臭くなり、孑孑がわいて鼻持ちならぬ臭がし出し、終局には此孑孑に羽が生えて飛散し、遂には人の頭に留まつて生血を絞る様になります哩。必ず必ず御心配なさいますな。日の出の守護になれば一度にグレンと覆るお仕組がして御座います』 黒姫『さうすると善許り選り抜いて、身魂の曇つた者は一人も寄せないと云ふ神様の御方針ですかな』 高姫『其処は惟神ですよ。無理に引張に行つた処で寄らなきや仕方がありませぬワ。又何程引留めたつて綱を付けて縛つて置く訳にもゆかず、脱退する者は是も惟神に任して、自由行動を取らして置くのですな。来る者は拒まず、去る者は追はずと云ふのが神様の思召だ。無理に引張りに行つて下さるなよ、時節参りたら神が誠の者を引寄せて誠の御用をさすぞよ。と仰有るのだから、そうヤキモキ心配するには及びませぬ哩』 黒姫『それでも玉照姫さまを無理に引張て来いと御命令をなさつたぢやありませぬか』 高姫『それはあなたの量見違だ。無理に引つぱらうとするから、取り逃したのだ。向うの方から何卒玉照姫様をお預り下さいと云つて来る様に、上手に仕向けぬから、そンな事にかけては抜目のない素盞嗚尊は甘い事をやつたぢやないか。お前さまも随分賢いお方ぢやが、千慮の一失とか云つて、此度あの件に限つては黒姫さまの失敗でしたよ』 黒姫『そうだと云つて、愚図々々して居れば三五教に八九分取られて了ふ様になつて居たのだから、ソンナ廻り遠い事をして居つては、六菖十菊の悔いを残さねばならぬと思つたから非常手段をやつただけの事です。勝敗は時の運、今になつて死ンだ児の年を数へたつて仕方がありませぬワ。貴方も余程愚痴つぽくなつて、取返しのつかぬ愚痴な事を言ひなさいますな』 高姫は眉をキリリとつり上げ、ドシンと四股を踏み、畳を鳴らしプリンと尻を向け、次の間に姿を隠したり。 高山彦『コレコレ黒姫さま、お前は何と云ふ御無礼な事を仰有るのだい。大将や師匠は無理を云ふものだと思へと何時も部下の者に云つて聞かせて居乍ら、何故一つ一つ口答へをしたり、言ひ込めたりなさるのだ。仲に立つた柱の私は何とも挨拶の仕様が無いではないか』 黒姫は目に角立てて、 黒姫『コレお前さま、以前由良の川を渡つた時に、何でも彼でも絶対服従すると云つたぢやないか、草履取にでもして呉れと云つたではないか。今良い亭主面をして竜宮の乙姫様の生宮の云ふ事に一々干渉なさるのか。黙つて引込みて居なさい、お前さまが首を突き出して出しやばる幕ぢやないのだ。余り差出口をしなさると箝口令を励行しますぞ』 高山彦『ハイハイ竜宮様の御逆鱗、もう是れからは沈黙を守りますワイ』 黒姫『何程黒姫が砲弾を発射しても、高山砲台は沈黙を守つて決して応戦してはなりませぬぞや。二〇三高地の性念場になつて居るのに傍から敵の援軍が来て堪るものか』 高山彦『ハイハイ仕方がありませぬ。どつか、渤海湾の海底にでも伏艇して形勢観望と出かけませう。併し乍ら黒船が敵弾を受けて苦戦の最中を見て居る私は、どうしても中立的態度は取れませぬワ。何とか応援を致し度い様な気が致します』 黒姫は稍機嫌を直し、 黒姫『アヽさうかいなア、それが真心の現はれと云ふものだ。矢張り気になるかいなア、夫婦となれば気にかかると見える。矢張黒姫のハズバンドとして相当の資格を保有して御座る。元は赤の他人でも夫婦の愛情と云ふものは又格別なものだ』 と又ニコニコ笑ひ出すおかしさよ。 一天黒雲漲り暴風吹き起り雷鳴轟くかと思ひきや、高山彦の円滑なる言霊の伊吹によつて黒雲忽ち四方に飛散し、明皎々たる満月の光、中天に綺羅星の現はれたる如き天候と一変したりける。 黒姫『コレコレ高山彦さま、お前さまは見掛けに依らぬ親切な人だつた。其親切を吐露して高姫さまの御機嫌を直して来て下さい。併し親切を尽くすと云つても程度がありますよ』 高山彦『随分難かしい御註文ですなア。其程度が一寸分りませぬ、何処迄と云ふ制限を与へて下さいな』 黒姫『エヽ不粋な人だなア。そこはそれ、不離不即の間に立つて円満解決を計るのだ。電波を送るなぞは絶対に禁物ですからな』 高山彦『誰がアンナ婆アさまに電波を送つて堪るものか、安心なさい』 黒姫『婆アさまに電波を送らぬと仰有つたが、高姫さまが婆アさまなら、私はもう一つ婆アさまだ、そうするとお前は余程険呑な人だナア。これだから折角出て来たお民を、巧い事を云つて高城山迄放り出したのだ。コレ高山さま、ソンナ事に抜け目のある様な、素人とは違ひますよ。此道にかけたら、世界一の経験者だから、お前の様な雛子とは違ひますよ、確りとやつて来なさい。これからは婆アと云ふ事は云つて貰ひますまい。年は取つても心は二八の花盛り、霊主体従の仕組と云つて心に重きを置くのだよ』 高山彦『同じ、婆アどつこい、昔の娘でも貴方は又格別ぢや、どことは無しに、良い処があります哩』 黒姫『それはそうだらう、七尺の男子を手鞠の様に飜弄すると云ふ黒姫の腕前だから、何程高山さまが、地団太踏んだつて、足許へも寄り付けるものか。然し乍ら、良く気を付けて、昔の娘の高姫さまに旨く取り入つて御機嫌を回復して来るのだ。呉れ呉れも送つてはなりませぬぞや』 高山彦は迷惑相な顔付で高姫の居間を訪れた。高姫は、夜着を頭迄グツスリ被つて、捨鉢気味になつて横たはつて居る。 高山彦『モシモシ高姫さま、高山で御座います』 高姫『コレお前さま、戸惑ひをして居るのかな、私は黒姫さまぢやありませぬよ。貴方のお出でになる処は方角違ですよ。サアサアトツトとあつちへ往つて下さい、黒姫さまに痛くも無い腹を探られちやお互の迷惑だからなア』 高山彦『イエイエ決して決して御心配下さいますな。山の神様の公然認可を得て参りました。実の処、黒姫がお詫に参りますので御座いますが、どうも余り失礼な事を物の機で申上げ、貴方に合す顔がないところから、私に代つて旨く御機嫌をドツコイ、十分に御得心の往く様にお詫をして来いと仰有いました。何卒黒姫さまの脱線振りは、神直日大直日に見直し聞直し不調法は宣り直して上げて下さいませ』 高姫『コレコレお前さまは、何時の間にやら下鶏になつて了つた。何故それ程主人のクセに奥様に敬語を使ふのだい』 高山彦『ハイハイこれには、曰く因縁が御座います』 高姫『因縁があるか何だか知らぬが、貴方がさう御丁寧な言霊を使ひなさると、自然に夫婦仲が良くなつてお目出度い。それだから嬶大明神で、高山彦さまはお目出度いと人が云ひますよ。ホヽヽヽヽ』 高山彦『何でも結構です。何卒貴方も御機嫌を直して下さい。さうすれば此お目出度い男が尚お目出度くなりますから、和合して下さい』 高姫『和合して下さいとはそれは何を云ひなさる。一方の大将と大将の争ひを平和にするのは和合だが、何と云つても、私と黒姫さまとは師弟の間柄ぢやないか。師匠の私に和合して呉れなぞとチツと僣越ぢやありませぬか。今迄のお気に障つた処は何卒お許し下さいませと謝罪するのが当然だ、それをソンナ傲慢不遜の態度では、高姫の腹の虫が容易にチヤキチヤキと承諾致しませぬよ』 高山彦『御説御尤も、夫婦の仲と師弟の間を混同して居ました。これは黒姫と私との間に用ゆる言葉で御座います。高姫のチヤチヤ様、何卒黒姫の御無礼、寛大な大御心に見直し聞直し許してやつて下さいませ』 高姫『アヽさうかいな、さう物が分かれば、元より根のない喧嘩だ。どちらも神を思ひお道を思うての争ひなのだから、私人としての恨みはチツとも無いのだ。どうぞ黒姫さまに早く此処に来て貰つて下さい』 高山彦『承知致しました。黒姫さまも嘸お喜びになる事で御座いませう』 高姫『ソレ又々、貴方は奥さまに対して敬語を使ひなさる。余り見つともよくない、慎みなさいや』 高山彦『ハイハイ以後は慎みます』 と此場を立ち、 高山彦『アヽ敬語を使はねば、黒姫さまには叱られるなり、困つた事だ』 と呟きつつ黒姫の居間に帰り来り、高山彦は怖さうに、襖をスーツと開き、半分逃げ腰になつて、顔許り突出し、形勢観望の態度を取つて居る。黒姫は目敏くこれを眺めて、 黒姫『コレコレお前は高山さまぢやないか。其態度は一体どうしたのだい』 と震ひ声で呶鳴り付けた。 高山彦『ハイ、ドドドーモ致しませぬ』 と云ひつつびつくりして閾の外にドスンと尻餅を搗きアイタヽヽヽ、 黒姫『コレ高山さま、何をしとるのだい。這入つて来て早く注進なさらぬかい』 高山彦はもぢもぢし乍ら、云ひ難さうに、 高山彦『高姫さまがそれはそれは御機嫌麗はしく、和合は和合、謝罪は謝罪、そこで和謝何も彼も中立と合罪』 黒姫『何だか歯切れのせぬ返事だな。何は兎もあれ、高姫さまのお居間にお伺ひしよう、何時迄兄弟牆に鬩ぐ様な内輪喧嘩を継続して居ても、お互の不利益だ。どれ、これから和合して来ませう』 高山彦『モシモシ黒姫さま、和合はいけませぬよ』 黒姫『何、和合が不可と、喧嘩をせいと云ひなさるのか』 高山彦は周章気味で、 高山彦『イエ高姫さまが、喧嘩株式会社を創立なさつて、株券を募集したり、社債(謝罪)を起したりするとか何とか云つてましたよ。何でも些細な間違ひで、いつ迄も蝸牛角上の争闘を続けて居るのは、国家の内乱も同様だから可成く平和の解決を致します』 黒姫は委細かまはず、ドスンドスンと床を響かせ乍ら、高姫の居間をさして進み入り、 黒姫『高姫様、御機嫌は如何で御座います。御無礼の段は平にお詫を致します』 高姫『イヤ御無礼はお互様で、何卒これからは感情の衝突は一掃し車の両輪となつて、神国成就の為めに活動致さうぢやありませぬか』 黒姫『有難う御座います。何分宜しく御願ひ致します』 高姫『時に黒姫さま、自転倒島の魔窟ケ原に残してある梅公、其他の宣伝使の方々は、愚図々々して居ると、又もや三五教に、青彦や常彦、夏彦の様に沈没すると困りますから、今の内に本山に迎へ取つたらどうでせうか』 黒姫『ハア御意見通り、黒姫も賛成致します。飛行船を二艘許り、鶴、亀の両人に操縦さして迎へて帰つてはどうでせうか』 高姫『それは至極適任でせう。コレコレ鶴公、亀公』 と高姫は金切声を出して呼び立て居る。軈て鶴、亀の二人は、二艘の飛行船を操縦して四五の随員と共に天空を轟かして進み行く。 (大正一一・五・七旧四・一一藤津久子録)
316

(1742)
霊界物語 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 09 身魂の浄化 第九章身魂の浄化〔六五四〕 心の暗の空晴れて、世界に鬼は梨の木の、峠の巌に腰打掛け、雪雲の空を眺めて、雑談に耽る二人の男あり。 荒鷹『アヽ思ひまはせば今年の春の初、鬼熊別の部下となつて、三岳山の岩窟に数多の手下を引連れ、善からぬ事計りを得意になつて、自己保存は人生の本領だと思ひ詰め、利己主義の行動を以て金科玉条として居たが、まだ天道様は吾々を捨て給はざりしか、音彦、加米彦、悦子姫様の一行に救はれ、飜然と悟り、三五教に入信さして頂き、鬼熊別の本城に逆襲し、言向和さむと心力を尽して見たが、まだ鬼熊別の大将は、神の救ひのお綱が掛つて居なかつたと見え、吾々の熱誠なる言霊の忠告を馬耳東風と聞き流し、終には鬼雲彦の後を追うて何処ともなく遁走して了つた。仮令三日でも同じ鍋はだの飯を食つた間柄だから、我々としては何処までも、誠の道に救はねばならないのだが、何処へお出でになつたか行衛は知れず、三五教へ這入つてから、此れと云ふ様な神様に御奉仕も出来ず、困つたものだ。竹生島へ行つて見れば、英子姫様は神業を完成遊ばして、素盞嗚大神様と共に、フサの国斎苑の御住居へお帰り遊ばした後なり、三五教の方々には、散り散りバラになつて別れて了ひ、殆ど方向に迷ふ今日の有様、せめては高城山の松姫でも言向和して、一つ功を立てねばなるまい………ナア鬼鷹』 鬼鷹『オーそうだ。此処も所は違ふが、ヤツパリ大枝山だ。あの向うに見えるは確かに高城山だ。何時も悪神の邪気に依つて黒雲が山の頂を包んで居たが、今日は又どうしたものだ。何時にない立派な雲が棚引いて居るではないか。何でも三五教の誰かが征服して、結構な神様を祀り、神徳が現はれて居るのではなからうかな。万一さうであるとすれば、結構は結構だが、吾々はモウ此自転倒島に於いて活動する所が無くなつた様なものだ。兎も角高城山を一度踏査して実否を探り、万々一三五教に帰順して居たとすれば、モウ仕方がない。どつと張り込んで此海を渡り、竜宮の一つ島へでも往つて、一働きしようぢやないか』 荒鷹『オウそれが上分別だ。併し第一着手として、高城山の探険と出かけやうぢやないか』 鬼鷹『高城山に立派な雲が棚引いて居るが、あれ見よ、真西に当つて又もや弥仙山の麓の様に紫の雲が靉靆いて居るぢやないか。玉照姫様に匹敵した男神様が御出現遊ばしたのではあるまいかなア。併し何は兎も角高城山へ打向ひ、其次に紫の雲の出処を調べる事としようかい。サアサア行かう』 と板を立てた様な坂道を下り、西へ西へと駆出した。満目蕭然として地は一面の薄雪の白布を被つて居る。仁王の様な足型を印し乍ら、高城山の山麓、千代川の郷、鳴石の傍までやつて来た。 荒鷹『一方は樹木鬱蒼とした箱庭式の小山に、卯の花の咲いた様に、白雪が梢に止まり、時ならぬ花を咲かせ、前は何とも知れぬ綺麓な水の流れた大堰川、こんな佳い景色は大枝の坂を越えてこのかた、見た事も無い。一つ此辺で休息した上、ボツボツと高城山に向ふ事にしようかい』 鬼鷹『何だか妙な声がし出したぢやないか。別に人間らしい者も居らず、獣とても居ないやうだ。狐や狸の足型は薄雪の上に残つて居るが、併し狐の声でもなし、人間の声でもなし、合点のいかぬ響きがするぢやないか。兎も角此処に大きな岩がある。どこもかも薄雪だらけだが、此岩に限つて一片の雪もたまつて居ない、さうして又カラカラに乾いて居る。幸ひ此岩の上で、楊柳観音ぢやないが、一つ瞑目静坐し心胆を錬つて見たらどうだ』 荒鷹は打首肯き乍ら、平坦な巌の上にドツカと坐つた。 荒鷹『オイ兄弟、大変此岩は温かいぞ。お前も一寸此処に坐つて見よ』 鬼鷹『ヤア本当に温かい岩だなア。地上一面冷たい雪が降り、冷酷な世界の人情は此通りと、天地から鑑を出して、俺達に示して御座るのに、こりや又どうしたものだ。僅か一坪ばかりの此岩の上許りは、冷酷な雪もたまらず、春の様な暖かみを帯びて居る。是れを見ても、どつかに暖かい人間も、チツとは残つて居ると云ふ神様の暗示だらうよ』 忽ち膝下の平面岩は鳴動を始め、刻々に音響強大猛烈の度を加へて来た。二人は驚いて足早に飛び下り、七八間此方に引き返し、岩石を見詰めて居た。忽ち岩石は白煙を吐き出した。続いて紫の雲細く長く、白煙の中に棹を立てた様に天に冲し、蕨が握り拳を固めたやうな恰好になつては、二三十間中空に消え、又同じく現はれては消え、幾回となく紫の円柱が立昇り、生々滅々して居る。二人は『ヤアヤア』と声を張り上げ驚くばかりであつた。猛烈なる大爆音は次第々々に低声となり、遂にピタリと止まつた。白煙は依然として盛に立昇つて居る。此時金の冠を戴き、種々の宝玉を以て造られたる瓔珞を身体一面に着飾り、白き薄衣を着したる、白面豊頬の女神、眉目の位置と謂ひ、鼻の附具合と云ひ、唇の色紅を呈し、雪の如き歯を少しく見せ、ニヤリと笑ひ乍ら現はれ給うた。 荒鷹『ヤア音に名高い川堰の鳴石であつたか。それとは知らずに御無礼千万にも、吾々の汚れた体で踏みにじり、誠に申訳のない事を致したワイ。キツと鳴石の霊が現はれて、何か吾々に対して厳しい御託宣を下されるのであらう。何はともあれお詫をするより仕方がない』 と荒鷹は薄雪の積もる大地にペタリと平太張つて、謝罪の意を表した。鬼鷹も同じく大地に鰭伏し慄うて居る。忽ち虚空に音楽聞え、蓮の葉の様な大花弁がパラパラと降つて来た。四辺はえも云はれぬ芳香に包まれた。荒鷹は頭を地に附け乍ら、少しく首を曲げ、一方の目にて恐る恐る岩上の女神を眺めた。女神は二人の美しき稚児を左右に侍らせ、例の白烟の中に莞爾として立現はれ、白に稍桃色を帯びたる繊手を差し延べて、此方の両人に向ひ手招きして居る。 荒鷹『オイ鬼鷹、ソウツと頭を上げてあの女神を拝んで見よ。何だか吾々両人に対して御用が有りそうだぞ』 此声に鬼鷹はコワゴワ乍ら、女神の方に眼を注いだ刹那、鬼鷹は『アツ』と叫んで、又もや大地に頭を摺付けた。何時の間にやら両人の体は何者にか引きずらるる様な心地し、以前の平岩の前に安着して居た。女神は淑やかに、 女神『荒鷹どの、鬼鷹どの、しばらくで御座つたなア』 此声に両人は一度に頭を擡げ、熟々と女神の姿を打眺め、腑に落ちぬ面色にて頭を掻いて居る。女神は二人の稚児に、懐より麗しき玉を持たせ、何事か目配せした。二人の稚児は両人の前に進みより、小さき紫の玉を両人の額に当て、コンコンと打ち込んだ。二人は『アイタタ』と云ふ間もなく、痛みは止まつた。二人の稚児は忽ち女神の両脇に復帰し、さも愉快げに笑つて居る。此時より荒鷹、鬼鷹の二人は何となく心穏かに春の様な気分が漂うた。 女神は静に、 女神『唯今より荒鷹、鬼鷹では有りませぬ。隆靖彦、隆光彦と名を与へます。どうぞ今後は誠の神人となつて、神業に参加して下さい。妾の顔を覚えて居ますか』 荒鷹はやつと安堵の態、 荒鷹『隆靖彦の名を賜はり、有難き、身に取つての光栄で御座います』 隆光彦『私の如き曇り切つた身魂に対し、隆光彦と御名を下さいましたのは、何ともお礼の申様が御座いませぬ。失礼乍ら貴神様は吾々と共に三岳山の岩窟にお住居遊ばした丹州様では御座いませぬか』 女神は莞爾として首肯く。 隆靖彦『アヽ是れで世界晴れが致しました。モウ此上は高城山の松姫を言向け和し、瑞の御霊の大神様の御神業に奉仕し、天地に蟠まる八岐の大蛇を言向け和す御神力は、十分に与へられた様な心持になりました。有難う御座います』 隆光彦も無言の儘、頭を下げ感謝の意を表示する。 隆靖彦『あなた様は今まで丹州と身を変じ、吾々の身魂を研く為に、種々雑多と御苦労を遊ばした神様、どうぞ御名を現はし下さいませ』 女神『今は我名を現はすべき時にあらず。自然に貴方等の身魂に感得し得る所まで磨いて下さい。妾の素性が明瞭お分りになつた其時は、貴方等の身魂は天晴れの神人となられた時です。それまでは、あなた方の為に懸案として暫く留保して置きませう』 と云ふかと見れば、三柱の姿は煙となつて消えて了つた。鳴石は依然として小さき唸りを立てて居る。 隆靖彦『なんと不思議な事が有つたもんですなア。吾々に不思議な女神さまが現はれて、隆靖彦だとか、隆光彦だとか、身分不相応の神名を下さつたが、実際に於て責任を尽す事が出来るであらうかと、又一つ心配が殖えて来たやうだ』 隆光彦『そうだ、私も同感だ。併しあの女神様は何処となく丹州さまにソツくりだつた。お前もさう思つただらう』 隆靖彦『ヤア私はあまり勿体なくて、とつくりと顔を、ヨウ拝まなんだよ。何とはなしに目がマクマクして、面を向ける事が出来なかつた。そうして何だか心の底から恥しくつて、自分の今迄の罪悪を照される様な気がして、随分苦しかつた。是れはヒヨツとしたら夢ぢや有るまいかなア』 隆光彦『ナニ、夢所か本当に顕はれ給うたのだ。斯うなつた以上は、層一層言行を慎んで立派な宣伝使にならなくちや、今の女神様に対して申訳が無からう。併し乍ら此の鳴石は依然として唸つて居るぢやないか。又々どんな神様が出現遊ばすか分らないよ。モウ暫く此処に祝詞を奏上して待つて居たらどうだらう』 隆靖彦『ヤア此上立派な神様に出られてたまるものかい。モウ此れで結構だ。恥かしくつて仕方がない。サアサア早く高城山へ行かう』 二人は鳴石に恭しく礼拝し、足早に大川の堤を伝つて上り行く。忽ちドンと突き当つた二人の男、驚いて、 二人『ヤアこれはこれは誠に無調法致しました。あまり俯むいて道を急いで居ましたので、女神様の御通りとも知らず、衝突を致しまして、申訳が御座いませぬ。どうぞお許し下さいませ』 隆靖彦『ヤアお前は、馬公に鹿公ぢやないか。エライ勢ひで何処へ行く積りぢや』 馬公『ハイ吾々の大将、紫姫、青彦の両人さま、大失敗を演じ、聖地にも居れないと云ふ立場になつて苦んで居られます。私等両人はあまりお気の毒で、見て居る訳にも行かず、そつと館を飛び出し、江州の竹生島へ参つて、英子姫様にお目にかかり、お情を以て、素盞嗚大神様に両人のお詫をして頂かうと思ひ、取る物も取敢ず参りました。どうぞ丹州さま、何とか、あなたもお力添をして下さいませぬか、お頼み申します』 隆靖彦『私は丹州さまぢやない。お前さんと一緒に、鬼ケ城の言霊戦に向つた大悪人たりし、荒鷹で御座いますよ』 馬公『モシモシ丹州さま、ソラ何を仰有います。眉目清秀、厳として冒す可らざるあなたの御容貌、女神の姿に化けて居らつしやるが、適切りあなたは擬ふ方なき丹州様、そんな意地の悪い事を仰有らずに、気を許して、打解けて下さいな』 鹿公『ヤア不思議だ。此処にも丹州さまそつくりの方が又現はれた。一目見た時から変つたお方ぢやと思つて居たが、ヤツパリ神様の化身で御座いましたか。どうぞ唯今申した通りの始末ですから、宜しく御神力を以てお助け下さいませ』 隆光彦『イエイエ決して決して、私は丹州さまでは御座いませぬ。荒鷹の兄弟分鬼鷹と云ふ、三岳山の岩窟に於て、悪ばかり働いて居つた男で御座いますよ』 馬、鹿『なんと仰有つても、鬼鷹、荒鷹の様な粗雑な容貌ぢや有りませぬワ。彼奴ア、一旦改心はしよつたが、又地金を出して、どつかへ迂路つき、此頃は鬼雲彦や鬼熊別の後を追うて、悪の道へ逆転旅行をやつて居るだらうと、吾々仲間の評定に上つて居る位な男です。そんな善悪不可解の筒井式の男の名を騙つたりなさらずに、本当の事を言つて下さい。私達は千騎一騎の場合で御座います』 隆靖彦『世間の眼識は違はぬものだなア。何程改心してもヤツパリどつかに、副守が割拠して居つたと見えて、三五教の御連中からは、今、馬公、鹿公の言つた様に見られて居つたのだなア。アーア仕方のないものだ。どうぞしてあの時の姿になつて、此両人の疑を晴らしたいものだ。斯うなると、麗しき容貌になつたのが、却て有難迷惑だ。ナア鬼鷹否々、隆光彦さま…』 隆光彦『アヽさうですなア。併し、馬公さま、鹿公さまにまで疑はれる程、霊魂が向上し、体の相貌までが変つて来たと云ふ事は、実に尊いものだ。ヤツパリ人間は霊魂が第一だ。……モシモシ馬さま鹿さま、決して嘘は申しませぬ。たつた今、何とも知れぬ立派な女神様から、玉を頂いたが最後、斯んなに変化して了つたのだ。名も隆靖彦、隆光彦と頂いたのだが、つい今の先まで依然として、荒鷹、鬼鷹の姿で居つたのだ。どうぞ疑を晴らして下さい』 馬、鹿の二人は疑団の雲に包まれ、両人の姿を頭の上から足の爪先まで、念入りに見詰めて居る。 隆靖彦(荒鷹)・隆光彦(鬼鷹)『バラモン教の総大将鬼雲彦の部下となり 三岳の山の岩窟に心も荒き荒鷹や 生血を絞る鬼鷹と現はれ出でて四方八方の 老若男女を拐はかし無慈悲の限りを尽したる 鬼熊別と諸共に大江の山や鬼ケ城 三岳の山に山砦を構へて住まへる折もあれ 天津御空の雲別けて降りましたか地を掘りて 現はれましたか知らねども何とはなしに威厳ある 丹州さまがやつて来て俺の乾児にして呉れと 頭を下げて頼まれる二人は素より神ならぬ 身の悲しさに丹州を奴隷の如く酷き使ひ 紫姫の主従をウマウマ岩窟に騙し込み 馬公、鹿公二人をば地獄に等しき岩穴へ 情容赦も荒縄に縛つてヤツと放り込みし 天地容れざる大悪の罪をも憎まず三五の 神の教の宣伝使音彦、加米彦現はれて 悦子の姫を守りつつ深き罪をば差し赦し 神の教に導きて忽ち変る神心 人を悩める鬼ケ城悪魔の砦に立向ひ 聞くも芽出たき言霊の清き戦に参加して 神の尊き事を知り三五教の神の道 四方の国々弘めむと心を配る折柄に 弥仙の山の山麓に神の知らせか紫の 雲立昇る麗しさ吾々二人は何となく 雲に引かるる心地して木の花姫の斎りたる 御山の麓に来て見れば豈計らむや丹州の 威厳備はる御姿に再び驚き畏みて 踵を返し須知山の峠の上に来て見れば 常彦さまや滝、板の二人の姿に驚きつ 一言二言云ひかはし丹州さまの仰せをば 畏み仕へ東路を指して山坂打渉り 荒波猛る琵琶の湖英子の姫の隠れます 竹生の島に往て見れば藻抜けの殻の果敢なさに 駒の首を立て直し彼方此方と彷徨ひつ 吾信仰も堅木原足並揃へて沓掛の 郷を踏み越え懺悔坂漸く登り梨の木の 峠に立ちて眺むれば遥に見ゆる西の空 高城山の頂きに五色の雲の棚引きし 其光景に憧憬れつ薄雪踏み締め来て見れば 風の音高く鳴石の上より昇る白煙 また立昇る紫の雲に心を奪はれつ 両手を合せ拝む内煙の中より現はれし 荘厳無比の女神さま二人の稚児を伴ひて 吾れにうつしき宝玉を授け給うと見る間に 鬼をも欺く醜体の二人は忽ち此通り 白衣の袖に包まれて容貌忽ち一変し 隆靖彦や隆光彦の教の司と名付けられ やうやう此処に来て見れば顔見覚えた馬公や 鹿公二人に巡り会ひ俄に変る吾姿 如何程言葉を尽すとも諾なひまさぬは道理なれ アヽ然り乍ら然り乍ら吾れはヤツパリ荒鷹に 鬼鷹二人の向上身どうぞ疑晴らしませ 人は心が第一よ霊魂研けば忽ちに 鬼も変じて神となり心一つの持方で 神も忽ち鬼となるさは然り乍ら人の身の 如何に霊魂を研くとも神の力に依らざれば 徹底的に魂は清まるものに有らざらむ 自力信仰もよけれども唯何事も人の世は 他力の神に身を任せ心を任せ皇神の 救ひを得るより途はない人の賢しき利巧もて 誠の道を究めむと思うた事の誤りを 今漸くに悟りけり吁馬公よ鹿公よ 人間心を振棄てて唯何事も惟神 神の他力に打任せ誠の信仰積むがよい 吾れは是れより高城の山の麓に現はれし ウラナイ教の宣伝使松姫さまを言向けて 誠の道に救はむと思ひ定めて進み行く 紫姫や若彦の二人の心は察すれど 人間心の如何にして救ふ手段がありませうか 魂を研いて今は唯花咲く春を待てばよい 神素盞嗚大神の無量無限のお慈悲心 如何でか見捨て給はむやアヽ惟神々々 御霊幸はひましまして紫姫や若彦に 如何なる罪の有りとても心平らに安らかに 直日に見直し聞直し宣り直しませ素盞嗚の 大神様に祈ぎ奉る朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 誠一つの麻柱の道を貫く吾々は 神の救ひは目の前必ずともに二人共 心を痛め給ふまじ女神の姿と現はれし 吾々二人は先頭に高城山に向ひ行く 馬公、鹿公両人よ執着心を振り棄てて 吾等と共に言霊の清き戦に加はりて 太しき功績を立て給へいざいざさらば、いざさらば 一時も早く片時も疾く速けく参りませう 神は汝と倶にあり神の恵は海よりも 深しと聞けば高城の山は如何程嶮しとも 悪魔の勢強くとも神の光を身に受けて 常世の暗を照し行く三五教の吾々が 身の上こそは楽しけれアヽ惟神々々 御霊幸はひ坐しませよ』 と宣伝歌を歌ひつつ、一行四人は一歩々々、ウラナイ教の松姫が館を指して近付きぬ。 馬公『モシモシ最前のお歌に依つて、私達もスツカリと信仰の妙味と効果が、心底から諒解出来ました。併し乍ら吾々両人は、紫姫様のお供を致し、比沼の真奈井の貴の宝座へ参拝の途中、あなた方に拐はかされ、其お蔭にて尊き三五教の信者となり、御主人の紫姫様は、世にも尊き宣伝使とまでお成り遊ばし、吾々両人は昼夜感涙に咽び……アーア吾々主従は何とした果報者だ……と喜んで居りましたが、計らずも紫姫様は若彦さまと共に、大神様の御不興を蒙り、少しの取違より、今は三五教を除名され、神様に対しては申訳なく、其罪万死に値すると言つて、日夜紫姫様のお歎き、家来の吾々両人、これがどうして見て居られませう。そこで吾々は紫姫様にお暇を願ひ、一つの功名を立て、大神様に誠を現はし、其功に依りて御主人の罪を赦して戴かうと思ひ、それとはなしにお願致しましたが、どうしても紫姫様は吾々に暇を下さらないので、血を吐くやうな思ひをして、心にも有らぬ主人に対し罵詈雑言を逞しうし、ヤツと勘当されて此処までやつて来ました。モウ斯うなる上は、仮令失敗を致さうとも、御主人の御身には何の関係も及ぼさないなり、万々一吾々が功名手柄を現はした時には御主人様に帰参をお願致し、さうして紫姫様の名誉を回復したいばつかりで、両人申合せ、何とか良い御用をして見たいと思つて、此処まで参りました。併し乍らあなたは既に高城山を言向け和さむと御決心なされた以上は、吾々はお供の身の上、仮令成功を致しましても、それが御主人様のお詫の材料にはなりませぬ。あなたは既に其れだけの御神徳をお頂きになつたのだから、此言霊戦はどうぞ、私に譲つて下さいますまいか』 鹿公『いま馬公の申した通りの事情で御座います。どうぞ、吾々の切なる胸中をお察し下さいまして、今回は吾々にお任せ下さいませ。万々一失敗を致しました時は、第二軍として、あなた方御両人が、弔戦をやつて下さいませぬか』 と涙をハラハラと流し、真心を面に現はして頼みゐる。 隆靖彦『吾々も入信以来、一つの功労もなく、せめては頑強なる松姫を言向け和し、神様にお目にかけたいと思つてやつて来たが、武士は相身互だ。それだけの事情を聞いた以上は、強つて断る訳にも行かぬ。ナア隆光彦さま、此言霊戦は馬公、鹿公に手柄を譲りませうか。己の欲する所は人に施せとの御神勅を思ひ出せば、無情に撥ねつける訳にもゆきますまい』 隆光彦『あなたの仰有る通りです。馬公、鹿公、御苦労乍ら華々しくやつて見て下さい。私は彼の川縁の景色の佳い所で、あなたの武者振を拝見致します』 馬、鹿『それは早速の御承諾、有難う御座います。何分身魂の磨けぬ吾々の言霊戦、蔭乍ら御保護を御願ひ致します』 隆靖彦『天晴れ功名手柄を現はして下さい』 隆光彦『大勝利を祈ります』 馬、鹿の両人は『有難う』と感謝の意を表し、二人に別れ、松姫の館を指してイソイソ進み行く。 (大正一一・五・八旧四・一二松村真澄録)
317

(1743)
霊界物語 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 10 馬鹿正直 第一〇章馬鹿正直〔六五五〕 雲を抜き出てそそり立つ高城山の峰伝ひ 松樹茂れる神の山木の間に閃く十曜の神紋 国治立の大神や埴安神や木の花の 姫の命の御教を四方に伝ふるウラナイの 神の教の出社と鳴り響きたる神館 五六七の御世を松姫が朝な夕なに真心を こめて祈りの言霊に百の神たち寄り集ひ 醜の教と云ひ乍ら御国を思ひ世を思ふ 其御心を諾なひて守らせ給ふぞ尊けれ。 松姫館の表門には、受付兼門番の溜り所が設けられてある。竜若、熊彦、虎彦の三人は、あどけなき話に冬の短き日を潰して居る。 竜若『此春頃は陽気も良し、日々木の芽を萌く様に、求道者が踵を接し、随分吾々も受付や門の開閉に繁忙を極めたものだが、春逝き、夏過ぎ、秋去り、冬来る今日此頃、雪は散らつく、凩は吹く、梢は真裸となり白い白い花が咲く様になつた様に、ウラナイ教の此館も、一葉落ちて天下の秋を知る処か、全葉落ちて寂寥極まる天下の冬となつて来たぢやないか。如何に栄枯盛衰は世の習ひだと云つても、ウラナイ教の凋落と云つたら、実に哀れ儚なき有様だ。我々は斯うチヨコナンとして用も無いのに、借つて来た狆の様にして居るのも、何だか気が利かない。松姫様に対しても気の毒な様な気がしてならないワ。嗚呼ウラナイ教にも、冷酷無残の冬が来たのかなア』 熊彦『それが身魂の恩頼だ。冬が有りやこそ春が来るのだ。神様は引懸け戻しの仕組ぢやと仰有るぢやないか。海の波だつて風だつて其通りだ。七五三と風が吹き、波は立つ、ウラナイ教も此春頃は七の風が吹き、七の波が立つて居た。夏になると五の風や五の波、秋の末から冬のかかりにかけて、三の風が吹き、三の波が打つて居る様なものだ。又世の中の歴史は繰返すものだから、花咲く春は屹度ウラナイ教に見舞うて来るよ。天下の春にウラナイ教計り何時迄も、冬の冷酷を眺めて居る様な事はあるまい、さう悲観したものぢやないよ』 虎彦『熊公、随分お前は楽観者だなア。蜘蛛が巣をかけて、虫が引つかかるのを待ち受ける様なやり方では何時迄経つても、ウラナイ教に春は見舞うて呉れない。矢張能ふ限り最善の努力を費やさねば駄目だ。運と云ふものは手を束ねて待つて居たつて、来るものではない。矢張こちらから、活動を開始せねばならないぢやないか。それに此頃は館の松姫様も、宣伝使の布教をお止めなさつたぢやないか。一体吾々は諒解に苦まざるを得ないのだ』 竜若『吾々一同の宣伝使が御神慮に叶つて居ないのだから、十分に此静かな間に、身魂を研き上げ、御神慮を悟り、本当の神様の大御心を体得して、神様から是れなら宣伝をしにやつても差支へ無いと御認めになる迄、吾々は修行をさされて居るのだ。月日の駒は再び帰り来らず、一日再び晨成り難し、此機会に、吾々は充分の魂磨きをやつて置くのだ。今迄の様な脱線だらけの宣伝をしたつて、世の中を益々混乱誑惑させるだけだ。一かど立派な神様の御用を勉めた積りで、お邪魔許りして居たのだから、神様が戒めの為に、此頃の様に宣伝もお止めなさつたり、求道者もお寄せにならないのだらうよ。吾々一同の者が、本当の誠の神心が解つたならば、宣伝にもやつて下さらうし、因縁の身魂も寄せて下さるだらう。神様は何処から何処迄抜け目が無いからなア』 熊彦『それに就いても三五教は比較的隆盛ぢやないか。高姫さまや、黒姫さまの大頭株が得意の神算鬼智を発輝して、玉照姫様をウラナイ教に奉迎せむとなさつたが、薩張三五教の紫姫や、青彦の奴に裏をかかれて馬鹿を見たと云ふのだから、油断も隙もあつたものぢやない。それに又合点のゆかぬは松姫さまぢや。青彦の裏返り者の女房お節が、此間から猫撫で声を出しよつて、旨く松姫さまに取り入り、今では奥の間の御用を務めて居るぢやないか。又黒姫の二の舞を演じてアフンとなさる様な事はあるまいかなア。何程、清濁併せ呑む大海の様な松姫さまの御心でも、お節の様な危険人物を奥に住み込ませて置くのは、爆裂弾を抱へて寝る様なものだ。此位な分り切つた道理がどうして松姫さまは気が付かぬのだらうか』 虎彦『何は兎もあれ、権謀術数至らざるなき、素盞嗚尊の悪神の一派だから千変万化に身を窶し、大胆不敵にも、女の分際としてこんな所へ、恐れ気もなくやつて来居つた危険性を帯びた化物だから、一つでもお節の欠点を発見したら、それを機会に松姫の大将が何と仰有つても、吾々は職を賭してお諫め申し、お節をおつ放り出さねばなるまいぞ』 竜若『それもそうだ。女でさへも三五教へ這入つた奴は、あれだけの胆力が据わつて居るのだから、男は尚更手に合はぬ奴計りだ。又何時三五教の奴がやつて来居つて、魔窟ケ原の岩窟の二の舞ひをやらうと掛るかも知れないから良く気を付けて、三五教の連中だつたら、此門内へ一足でも入れさす事は出来ないぞ。箒で掃出すか、それも聞かねば六尺棒で袋叩きにしても懲らしめてやらねば、ウラナイ教は何時根底から顛覆さされるやら分つたものぢやない。松姫さまは狼であらうが、虎であらうが、老若男女の区別なく、物食ひがよいから困つて了ふ。腹の中へ毒薬を呑み込んで平気で居るのだから実に剣呑千万だ。もうこれからは、一々出て来る奴を誰何して、身魂を調べた上でなければ、通行させる事は出来ないぞ。此門の出入を許否するは吾々一同の権限でもあり大責任だから、今後吾々は三角同盟を形造り、結束を固うして、毛色の変つた怪しき人物は、断乎として通過させない事にして締盟仕様ぢやないか、日の出神の生宮でも竜宮の乙姫さまの生宮でも、月夜に釜を抜かれた様な馬鹿らしい、悲惨な目に遭はされ給ふのだから、余程警戒を厳重にせなくては国家の一大事だ。此門一つが危急存亡の分るる所だからなア』 斯かる処へ馬、鹿の両人、潜り戸をガラガラと開けて這入り来たり。 熊彦『ヤア、門番の吾々に何の応答もなく、潜り戸を開けて這入つて来るとは、怪しからぬぢやないか、サア出て下さい』 馬公『ヤアこれは誠に失礼を致しました。余り森閑として居たものですから、貴方等が厳しい御装束をして門を守つて御座るとは露知らず、心急く儘ついお応答もせず御無礼致しました。何卒此不都合は、神直日大直日に見直し聞直し下さいまして通過させて下さいませ』 熊彦『成らぬと云つたら絶対にならぬのだ。事と品によつたら通してやらぬ事もないが、貴様に限つて通す事出来ぬ哩。其理由とする処は今貴様が、神直日大直日に見直し聞き直して呉れと云つたぢやないか。そんな文句を称へる者は、此広い世界にウラナイ教と三五教の二派あるのみだ。併し乍ら貴様はウラナイ教の人間ぢやない。てつきり三五教の瓦落多だらう。貴様の様な奴を此館へ侵入させ様ものなら、それこそ館の中は忽ちぢや、さうならば、我々も何々に何々しられては矢張忽ちぢや。忽ち変る秋の空、冬の来るのにブルブルと、面の皮剥ぎオツポリ出されて、七尺の男子も矢張忽ちぢや』 馬公『ヤアヤアそれは誠に御親切有難う。我々三五教の馬、鹿の二人が此処へ参る事を、流石明智の松姫様が御存じ遊ばして、門番に命じ吾々を歓迎の為め立待ちさせて置かしやつたのだな。たちまち開く心の門、是れから愈日の出の守護になるであらう、サア鹿公、御免を蒙つて奥へ参りませうかい』 熊彦『何だ、怪つ体な、馬だとか鹿だとか、道理で馬鹿な面付をして居やがる哩。コラコラ此門は善一筋、誠一つの神様や人間の通行門だ。四足の通るべき処ぢやない。トツトと帰らぬか』 馬公『如何にも吾々の名は馬、鹿、四足に間違ひありませぬが、此御門を御覧なさい、これも矢張四足ぢやないか。それにお前の名も、竜とか熊とか、虎とか云うぢやないか。矢張四足だらう。四足門を、四足が守るとは、余程よいコントラストだ、アハヽヽヽ』 虎彦『トラ何を吐しやがるのだ。それ程コントラストが望みなら、貴様の薬鑵を此棍棒でコントラストと叩き付けてやらうか』 と云ふより早く傍の六尺棒を以て、馬、鹿の前頭部を二つ三つ撲り付けた。 鹿公『随分ウラナイ教は、手荒い事をなされますなア』 虎彦『何、ウラナイ教が手荒い事をするのだ無い、貴様の悪心が此虎彦をして、貴様を打たしめるのだ。心の虎が身を責めると云ふのは此事だ。名詮自性、馬鹿な事を云つて通過を懇望するものだからそれで御註文通り、棍棒を頂かしてやつたのだ。今後は謹んで、斯様な乱暴な事を致すでないぞよ。馬、鹿の守護神、勿体なくも、虎彦さんの肉体を使つて馬鹿にしてけつかる、アハヽヽヽ』 馬公『重々私が悪う御座いました。何卒御勘弁下さいませ』 熊彦『悪いと云ふ事が分つたか。悪かつたら勘弁せい、と云つて、それで勘弁が出来ると思ふか。結構な御神門を、四足門だの、吾々三人を四足だのと失敬千万な、劫託を吐きやがつて、何だ、三五教はそんな無茶な身勝手な理屈は通るか知らぬが、誠一途のウラナイ教ではそんな屁理屈は通らぬぞ』 鹿公『イヤもう、通つても通らひでも結構です、吾々の目的は此門を通りさへすれば宜いのだ。黙つて門を開けたのは誠に済まないけれど、諺にも「桃李物云はず」と云ふ事がある。それだから、物静かに敬虔の態度を以て通行したのです』 虎彦『エヽツベコベと、よう囀る奴だ。愚図々々吐すと、鬼の蕨がお見舞ひ申すぞ』 と骨だらけの握拳を固めて、鹿の顔を二つ三つガツンとやつた。 鹿公『アイタヽヽ、随分気張り応があります哩』 虎彦『定つた事だ、斯う見えても、朝から晩迄、剣術に柔術で鍛え上げた百段の免状取りだ。全身鉄を以て固めた、虎彦さまの鉄身、鉄腸、槍でも鉄砲でも持つて来て、撃つなと、突くなとやつて見よ。鋼鉄艦にブトが襲撃する様なものだ、アハヽヽヽ』 と得意の鼻を蠢かし、四角な肩を不恰好に腰迄揺つて嘲笑する。馬公、鹿公は堪忍袋の緒が今やプツリと切かけた。エヽ残念だ、もう此上は善も悪もあつたものかい、三人の奴を片ツ端から打のめし、三五教の腕力を見せてやらうか。イヤイヤ、なる勘忍は誰もする、ならぬ堪忍するが堪忍だ。訳の分らぬ下劣な奴を相手にしての争ひは自ら好んで人格を失墜するのみならず、延いては、大神様の御心に背き、三五教の名誉を毀損する生死の境だ。仮令叩き殺されても柔和と誠を以て、彼等悪人を心の底より、改心させるのが吾々信者の第一の務めだ。国治立の大神様や素盞嗚大神様の御事を思へば、これ位の口惜残念は宵の口だ。怒りに乗じ手向ひすれば、一時の胸は治まるだらうが、叩かれた者は、安楽に夜分も寝られる、叩いた者は夜分に寝られぬといふ事だ。嗚呼、何事も大慈大悲の大神様の深遠なる恵の鞭だ。吾々は大神様の試錬を受けて居るのだ。紫姫様のお身の上に関する様な失敗を演じては済まない。と、馬、鹿両人は一度に、心中の光明に照されて、嬉し涙をタラタラと流し大地にカヂリ付いて神恩を感謝して居る。 虎彦『オイ馬、鹿、どうだ、往生致したか。初めの高言に似ずメソメソと泣面掻きやがつてチヨロ臭い。女郎の腐つた様な奴だなア。貴様は何時の間にか、睾丸を落して来やがつたのだらう。オイ熊彦、貴様は馬の睾丸を検査するのだ。俺は鹿の睾丸を実地検分してやらう』 と目と目を見合せ両人の尻を引捲り、三つ四つ臀部を叩き、 虎彦『ヤア腰抜けだと思つたら、矢張此奴の体は女に出来て居やがる。骨盤が非常に大いぞ。ヤア長い睾丸を垂らして居やがる』 とギユツと握り、無理無体に後向けに引張つた。 馬、鹿両人は睾丸を引張られ痛さに堪らず、後向けにノタノタと這ひ乍ら、門の外へ引摺り出された。 熊彦、虎彦両人は、手早く門内に駆入り、潜り戸の錠前を下ろし、 熊、虎『アハヽヽヽ、態ア見やがれ、ノソノソとやつて来ると又こんなものだぞ。早く帰つて三五教の奴に、酷い目に遭はされましたと報告しやがれ』 馬公『モシモシ、それは余りで御座います。開けて下さいと無理に申しませぬ、何卒、馬、鹿の両人が、門の外迄参りました、と松姫さまに報告して下さいませ』 虎彦『報告すると、せぬとは、吾々の自由の権利だ。犬の遠吠の様に、見つともない、門の外で、ワンワン吐すな』 鹿公『左様で御座いませうが、どうぞ、何かのお話の序に、一言でも宜しいから、仰有つて下さいませ』 虎彦(大きな声で)『喧しう云ふない。貴様が言つて呉れなと云つたつて、此手柄話を黙つて居る馬鹿が何処にあるかい。ウラナイ教の邪魔計り致す、三五教の馬、鹿の両人の睾丸を掴んで、門外におつ放り出してやつたと云ふ、古今独歩、珍無類の功名手柄を包み隠す必要があるか、縁の下の舞は、我々の取らざる所だ、一時も早く帰らぬか、愚図々々致して居ると、薬鑵に熱湯を浴びせてやらうか。シーツ、シー、こん畜生ツ、アハヽヽヽ。是れで俺も日頃の鬱憤が晴れ、溜飲が下つた。サアこれから、松姫様に申上げて喜んで頂かう、さうすれば又、御褒美に御神酒の一升もお下げ下さるかも知れぬぞ、オホヽヽヽ』 馬公『オイ鹿公、随分結構な神様の試錬に遭つたぢやないか。ようお前も辛抱して呉れた。俺は、お前が短気を起しはせぬかと思つて、どれだけ胸を怯々さして心配したか知れなかつたよ。それでこそ俺の親友だ、有難い、此通りだ、手を合して拝むワ』 と涙を滝の如くに流し男泣きに泣き沈む。 鹿公『そうだな、本当に結構な御神徳を頂いた。これで俺達も、余程、身魂に力が出来て胴が据わつた。身魂に千人力の御神徳を与へて下さつた。アヽ神様、あなたの深き広き御恵み、身に浸み渡つて有難う感謝致します』 と嬉し涙に掻きくれる。 馬公『オー鹿公、よう云うて呉れた。嬉しい』 と、しがみ付く。鹿公も亦、馬公の体にしがみ付き、互に抱き合ひ、忍び泣きに泣いて居る。 秋の名残りの柿の実、只二つ、冬枯れの梢に淋しげにブラ下つて居る。 凩に煽られて、烏の雌雄連れは忽ち此柿の木に羽を休め、悲しさうに可愛い可愛いと啼き立てる。 嗚呼此結果は、如何なるならむか。 (大正一一・五・八旧四・一二藤津久子録)
318

(1744)
霊界物語 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 11 変態動物 第一一章変態動物〔六五六〕 書院造りのこつてりとした、余り装飾の施して無い瀟洒たる建物の中に、三十路を越えた一人の女と、二十前後の優しい女、桐の丸火鉢を中にひそひそと何か囁き話を始めて居る。 お節『松姫様、春の景色も宜敷う御座いますが、かう薄雪の溜つた四方八方の景色、この苔蒸した庭から見渡す時の美しさは又格別で御座いますな。満目皆銀の蓆を敷き詰めたやうに、それへ日輪様の御光が宿つてきらきらと反射して居る所は恰で玉を敷き詰めたやうですなア、荒金の土を御守護遊ばす神素盞嗚大神の大御心は、此景色のやうに一点の塵もなく汚れもなく、実に瑞々しい御霊で御座いませう』 松姫『左様です、此雪の野辺を眺めますと、妾達の心迄、すがすがしうなつて来ます。貴女のお国は此辺とは違つて雪も深く、今頃は嘸綺麗な事で御座いませう、何事も天地の合せ鏡と云つて、国魂の清い所は又それ相当に清い美しい景色が天地自然に描き出されるものです、私も一度比沼の真名井の珍の宝座に参拝したいと思つて居ますが、何分大任を負はされて居ますので、一日も館をあけて置く訳にもゆかず、実に神様のお道は広いやうで、窮屈なもので御座います。お節さま、貴女はこの夏の初め、魔窟ケ原の黒姫さまの方へお越しになつて以来、俄にお心変りがして三五教へ後戻りをなさつたさうぢやが、三五教とウラナイ教は何う違ひますか』 お節『ハイ誠にお恥かしい事で御座います、心にちつとも根締めが無いものですから、風のまにまに弄ぶられて、つい彼方此方と迂路つき廻りました。併し乍ら何方の教も実に結構だと思ひます、神様は元は一株、三五教だとかウラナイ教だとか、名称は分かれて居りますが、尊敬する誠の神様に些つとも変りはありませぬ、唯教を伝ふる人々の解釈に浅深広狭の別があるのみです。併し乍ら人間と致しましては何事も神様にお任せするより仕方がありませぬ、此世をお造り遊ばして人民を昼夜の区別なくお守り下さる神様を念じさへすればよいのです、教が高遠だとか、浅薄だとか云ふのは人間の解釈の如何によるので、神様御自身に対しては何の関係も無からうと思ひます』 松姫『其お考へなれば何故ウラナイ教へお出でになりましたか、貴女の御主人はいまだに三五教の宣伝使を勤めて居られるのではありませぬか。「二世契る夫婦の中も踏みてゆく道し違へば憎み争ふ」と云ふ道歌がありましたねエ、夫は東へ妻は西へと云ふやうな信仰のやり方はちと考へものですよ、信仰の道を異にする時は屹度家内は治まりますまい、夫唱婦従と云うて女は夫に従ふべきものたる以上、青彦さまの奉じ給ふ三五教を信奉なさつた方が、御家庭の為めよいぢやありませぬか、但青彦さまを貴女の奉ずるウラナイ教へ帰順させるとか、どちらか一つの道にお定めなさつたらどうでせう』 お節『実の所は私がこれへ参りましたのは、貴女に聞いて貰ひ度い事があるからで御座います、貴女は三五教のどの点が悪いと思召すか』 松姫『別に私としては彼是申上げるだけの権利も知識もありませぬ。併し乍ら今の三五教は変性女子の御霊が混入して、変性男子の教にない種々のものが輸入されて居りますから、此儘にして置けば折角の男子の御苦労も水の泡になつて、天下国家の為に由々敷一大事と、男子の系統の高姫さまが御心配遊ばし、止むを得ずウラナイ教をお立てなさつたのですから、ならう事なら三五教の方々も一つ考へ直して頂いて、本当の教を立てて貰ひ度いものです』 お節『変性女子の御霊の素盞嗚尊様の教はお気に入らぬのですか』 松姫『何だか虫が好きませぬ、どこかに物足らぬ所があるやうで御座います、合縁奇縁と云うて信仰の道にも向、不向がありましてな』 お節『さう致しますと貴女は此頃の高姫様や、黒姫様の御意中はお分りになつて居ないのですか』 松姫『イヤ、うすうす承知致して居ります、何うかするとお二人様は怪しくなつて来ました、やがて三五教へお帰りになるのでせう、併し乍ら私としては、さうくれくれと掌返したやうに軽々しく、吾精神を玩弄物にする事は出来ませぬ』 お節『さうすると貴女の師匠と仰ぐ高姫様や、黒姫様の御命令でもお聞きなさらぬお考へですか』 松姫『仮令高姫さまが顛覆なされても、私は最後の一人になる所迄ウラナイ教を立てて行きます。師匠も大切だがお道も大切です、お道が大事か、師匠が大切か、よく考へて御覧なさい、それだと申して師匠に背くと云ふ心は露程も持ちませぬが、止むを得ない場合には矢張本末自他公私の区別を明かにするため、ウラナイ教の孤城を死守する考へで御座います』 お節『さう聞きますと貴女は何処迄もお固いのですなア』 松姫『岩にさへも姫松の生える例がある。一心の誠は岩でも射貫くと云ひます。私の鉄石心は如何なる砲火も威力も動かす事は出来ますまい、これが私の唯一の生命ですから誰が何と云つてもビクとも致しませぬよ。槍でも鉄砲でも梃子でも棒でも、いつかないつかな動くやうな脆弱な御魂ぢやありませぬ、そんな動揺するやうな信仰なら初めからしない方がよろしい、お節さまが私に対して何程婉曲に熱心にお勧め下さつても駄目ですから、何卒是限り御親切は有難う受けますが、もう云つて下さいますな。人は柔順と忍耐と誠さへ徹底的に守つて居れば神様は守つて下さいます。教派の如何にかかはるものぢやありませぬ』 斯く二人の話す折しも、慌ただしく駆け来る門番の熊彦、虎彦二人、 熊、虎『松姫様に申上げます、只今大変な事が出来致しました、それはそれは、小気味よい大勝利です、何卒お喜び下さいませ』 松姫『オヽお前は熊公と虎公さま、エライ血相をして慌だしく何事ですか』 虎彦『貴方も御存じの通り、ウラナイ教の目の上の瘤仇敵、素盞嗚尊の悪神の教を奉ずる三五教の木端武者、馬、鹿と云ふ馬鹿面した二人の奴がやつて来まして、御免とも何とも云はず、潜り門を開き、吾々の門番に無断で、すつと奥へ通らうと致します。貴女が今迄仰有つたでせう、三五教の連中が来たら、一人たりとも通してはならぬ、追払へとの仰せ、又魔窟ケ原の黒姫さまのやうな馬鹿な目に遭つてはならないからと仰有つたのを、我々は其お言葉を夢寐にも忘れず、今日迄よく守り、表門を厳重に固めて居りました。其所へヌクヌクとやつて来て、門が四足だの、吾々を四足身魂だのと嘲弄するものですから、エイ猪口才な、礼儀を知らぬ畜生め、畜生なら畜生相当の制裁を加へてやらうと云うて、吾々両人が六尺棒を以て頭を三つ四つガンとやつた処、口程にもない腰抜け野郎、荒肝を摧がれ、大地に蛙踞になりめそめそと吠面かわいて居る、エヽ此尊い神門を無断で通り、剰つさへ門の様が四足だのと吐いた上、涙を大地に零して霊場を汚しよつたので、つい勇猛心を発揮して断行しました』 松姫『それは乱暴な事をなさつたものだ、誰がそんな事をせいと云ひましたか、これ熊公、真実にお前達、虎公の云ふやうな事をしたのかい』 熊彦『ヘエヘエ、そんな事処ですか、余り業腹が立つので尻をひん捲くり、虎公と二人、両人の臀部をエヽこの柔道百段の腕拳を固めて、青くなる所まで叩いてやりました、其時の態つたら実に滑稽でしたよ』 松姫『其お二人の方は何うなつたのかい』 熊彦『ヘエ、其二人ですか、イヤ二匹の畜生ですか、門の外へ追放り出され、めそめそと女の腐つたやうに抱きついて愁歎場の一幕を演じて居ました。戸の節穴より覗いて見ましたら実に憐れなものでした、イヤ気味のよい、溜飲が下がるやうでした。アヽ大変に骨を折つてウラナイ教の爆裂弾を未発に防ぎ得たのは、全く大神様の広大無辺の御神力は申すに及ばず、吾々両人が愛教の大精神の発露で御座います、何卒何分の何々を何々して下さいますれば吾々は益々神恩を忝けなみ、層一層に厳格に御用を務めます』 松姫『竜若の受付は黙つて見て居たのかい』 熊公『指揮をなさつたでもなく、なさらぬでもなし、悪く云へば瓢鯰式ですな、併し乍ら吾々に対し一部の声援を与へて呉れましたから、其功績は矢張等分と見て差支無からうと思ひます、ヘエヘエいやもうエライ活動致しました』 松姫、膝に手を置き、俯むいて何事か考へて居る。 お節『熊公、虎公、今承はれば三五教の馬公に鹿公が見えたやうですが、真実に其様な手荒い事をなされましたのか、ウラナイ教は時々乱暴な事をする人が現はれますな、決して大神様はお喜びなされますまい』 虎彦『オイお節、何を吐しやがるのだ、貴様は猫見たやうな奴だ、甘く口先で松姫様をチヨロマカしよつて、其上に馬、鹿の畜生と内外相応じ、此館を根底から顛覆させようと仕組んで居るのだらう、そんな事は貴様が来た時からチヤンと看破して居るのだ、貴様も序に睾丸を握つて門外へ追放り出してやらうか』 熊彦『アハヽヽヽ女の睾丸とは今が聞き初めだ、そりや虎公貴様肝玉の間違ひだないか』 虎彦『ちつと位違つたつて、ゴテゴテ云ふな、睾のんと肝のもだけの間違ひだ、元来が門から起つたもん題だから、肝のもを睾のんの言霊に詔り直したのだ。それだからお節の守護神は俺がいつも、きんもう九尾の悪神と云うたぢやないか、アハヽヽヽ』 松姫『コレ虎公熊公、馬公鹿公とやらによくお詫をして私の居間へお迎へ申して来るのだよ、本当に仕方のない男だなア』 虎彦『ヘエ、何と仰有います、あの様な爆裂弾を連れて来いと仰有るのですか、貴女も此頃はちつと変だと思うて居ましたが、矢張脱線しとりますなア』 松姫『ごてごて云はいでも宜敷い、迎へてお出でなさいと云うたら迎へてお出なさい。熊公も一緒に行くのだよ』 両人は『ヘエ』と嫌さうな返事を此場に投げ捨て力無げに表門にやつて来た。 竜若『オイ両人、ちつと貴様顔色が変だないか、一体どうしたのだい』 虎彦『何うしたも斯うしたもあつたもんかい、門から大もん題が起つて我々は煩もん苦悩の真最中だ。本当に馬鹿な目に遭つて来たよ』 熊彦『摺つた、もんだともん着の結果この熊公も今日はもんもんの情に堪へ難しだ』 竜若『貴様の出方が悪いから、打ち返しを喰つたのだよ』 熊彦『何、出方は至極完全無欠寸毫も欠点なしだが、何を云うてもお節の奴、間がな隙がな松姫を籠絡しきつて居やがるものだから、松姫さまの性格はガラリと一変し、いつもなら、比丘尼に何やらを見せたやうに飛びついて悦ぶのだけれど、どんな結構な報告をしてもビクともしやがらぬのだ。俺やもうお節の面を見ても腹が立つのだ。エヽ怪体の悪い、ケツ、ケヽケ怪体が悪くて腸がでんぐり返る哩、それにまだまだ業の沸くのは、折角追放り出した馬、鹿の両人を此処へ丁寧にお迎へ申せと吐しやがるのだもの、薩張お話にならないのだ』 虎彦『余りてれ臭いから、両人は疾くの昔に逃げ帰りやがつて、其辺に居なかつたと報告して置かうかい』 竜若『そんな事を云つた処で、云ひ出したら後へ引かぬ片意地な松姫の大将だ、仮令百里でも千里でも跡追つかけて馬、鹿の二人を此処へ連れて来いと頑張つて、大きな雷でも落しよつたらどうする、屹度さうお出になるに定つて居るよ、虎、熊の両人が乱暴したのだから貴様は当の責任者だ、七重の膝を八重に折つて、お二人さま、何と仰有つてもお頼み申して、お迎へ申して御大将のお目通りへ実検に供へ奉るのだよ』 虎彦『さうだと云うて、まさかそんな阿呆げた事が七尺の男子として出来るものかい』 竜若『オイ、虎、熊の両人、上官の命令に服従せぬか』 虎彦『ヘン、一寸、上役風を吹かし遊ばす哩、併し乍ら今度の事件は上官の責任だからさう思ひなさい、我々は唯上官の目色を見てやつただけのものだ、万々一吾々の行動に対し、不都合の点ありとみた時は、上官の職権を以て、制止せなくてはならぬ筈だ』 竜若『その責任はどこ迄も此方が背負ふのは当然だ、ゴタゴタ云はずに早く謝罪つて来い』 熊彦『オイ虎公、仕方がないなア』 と不承無精に潜り門を開き、門外をキヨロキヨロと見廻して居る。遥向ふの森蔭に馬、鹿の両人を始め、立派な女神が二柱立つて居る。 虎彦『オイ熊公、何時の間にかなめくじりのやうにあんな所迄這つて往きやがつたぢやないか、エヽ厄介の事が起つたものぢや、何うしようかなア』 熊彦『何うしようも斯うしようもあつたものぢやない、謝罪つてお迎へするより仕方がないワ』 虎彦『それだと云うてあんな綺麗な美人が二人も傍に立つて居るぢやないか、睾丸を提げた男が、あんな綺麗な美人の傍で謝罪るなんて男の顔が全潰れだ、困つた事だなア』 熊彦『エヽ、身から出た錆、誰人に聞いて貰ふ訳にも行かず、恥を忍んで参りませう、サア虎彦、俺に従いて来るのだよ』 虎彦『本当に土竜になり度いワ、せめて貴様の後から俺の姿を隠して往かうかなア、さうぢやと云うて貴様より俺の方が背が高いから肝腎の顔の方が見えるなり、困つた事だ』 熊彦『何れ面を晒らされるのだ、併し一時凌ぎに俺の後から、腰を屈めて出て来るか、邪魔臭ければ四つ這になつて従いて来い、さうすれば暫くなりと助かるだらう』 虎彦は熊彦の後から這はぬ許りに屁つぴり腰をしながら従いて往く。 熊彦『モシモシ馬公に鹿公、先刻は誠に御無礼な事を致しまして、何とも顔の合しやうがありませぬ、松姫様の御命令で面を被つて参りました』 馬公『ハイ、有難う、吾々のやうな無礼者に、左様な鄭重な言葉をお使ひ下さつては畏れ入ります、貴方の背後に従いて来た影はなんで御座いますか』 熊彦『これは私の影法師で御座います』 馬公『お日様が西に輝いて御座るのに、この影法師は南の方へさして居ますなア』 熊彦『此奴ア高城山で生擒つた虎で御座います』 虎彦『オイ熊彦、余り人を馬鹿扱ひにするものぢやないぞ、モシモシ今囀つて居る奴は、人間に見えても此奴は矢張四足の熊で御座います』 熊彦『エヽいらぬ事を云ふものぢやない哩、モシモシ馬公に鹿公さん、私は良心に責られて貴方の前へ出て来るだけの勇気がありませぬ、お詫のために恥を忍んで四足になつて参りました、何卒、神直日、大直日に見直し聞き直して下さいまして御機嫌を直し、奥へお通り下さいませ、松姫様に大変なお目玉を頂戴致しました。三五教のお節さまも待つて居なさいます、貴方等がお出で下さらねば私達は今日限り鼻の下が干上つがて仕舞ひます。何卒、虎一匹、熊一匹助けると思うてお這入り下さいませ』 馬公『ハイ、有難う、何卒宜敷うお願ひ致します』 鹿公『御丁寧なお迎ひ有難う感謝致します』 熊公は馬、鹿の頭部に目を注ぎ、 熊公『ヤア、お頭に大変に血が流れて居ります、どうなさいました』 馬公『これは貴方のお慈悲の鞭で御座います』 鹿公『これも矢張、貴方等のお情で、結構なお蔭を頂きました』 虎、熊は之を聞くより、大地に犬踞となり拳大の石を拾ひ、片手に捧げ乍ら、 虎彦、熊彦『モシ馬公に鹿公さま、何卒私にもこの石をもつて頭に沢山お蔭を頂かして下さいませ、さうでなければ奥に這入る事が出来ませぬ、何卒お願ひで御座います』 馬公『それは絶対になりませぬ』 鹿公『折角の御懇望なれど、これ許りは御免蒙りませう』 隆靖彦『皆さまの真心が現はれて実に気分が冴え冴え致しました。何事も神様の思召しで御座いませう』 隆光彦『何事も此場の事は私にお任せ下さいませ、松姫様がお待ち兼でせう、サア何卒御案内して下さいませ』 熊彦、虎彦は四這ひになり、 熊彦、虎彦『サアサア四足の後へ従いて来て下さい、御案内致しませう』 馬公『そんな事をなさるには及ばぬぢやありませんか、ナア鹿公さま』 鹿公『ヘエ、さうですとも、御両人さま、何卒立つて御案内して下さいな』 虎、熊『何卒、門へ這入る迄この儘にさし許して下さいませ』 馬公『アヽ仕方がない、そんなら馬も鹿も四足になつて這つて往かうかなア』 と二人の後を四這ひになつて従いて行く。 熊を先頭に虎、馬、鹿、四四十六足の変態動物は表門さして、のそりのそりと這つて往く。 隆靖彦『何と誠と云ふものは偉いものですなア』 隆光彦『ヤア実に感心致しました』 と感歎しながら気の毒さうな顔をして四人の跡をつけて往く。 (大正一一・五・八旧四・一二加藤明子録)
319

(1745)
霊界物語 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 12 言照姫 第一二章言照姫〔六五七〕 松姫館の表門の司を兼ねたる受付役の竜若は、両手を組み深き思案に沈む折柄、潜り門を潜つてノタノタ入り込む四人の姿を眺めて打ち驚いた。女神姿の二人の宣伝使は門外に煙の如く姿を消した。 竜若は怪しき四人の姿を見て、 竜若『オイ其処へ往くのは、熊に虎ぢやないか。ヤー馬公に鹿公、この冷たい地上を四這ひになつて通るとは、こりや又何うした理由だ』 熊彦『熊、虎の本守護神の顕現だよ』 竜若『貴様は馬公、鹿公を威喝殴打致した罪人だから、当然の成り行きだが、馬公に鹿公は又何うしたものだ』 馬公『ハイ私も本守護神が現はれました。どうぞ尻でも叩いて追ひ込んで下さい』 竜若『ハテな』 と暫時思案の後自分も又四這ひになつて従いて行く、五人の姿は館の奥深く這ひ込んだ。奥には松姫、お節の両人、桐の丸火鉢を挟んで頻りに御蔭話に現を抜かしてゐる。苔蒸す庭前にノコノコ現はれた五人の四這ひ姿、二人は話に実が入り、少しも此の珍姿怪体に気が付かなかつた。獣になつた五人は人語を発すること能はず、二人が自然に目を注ぐのをもどかしげに待てゐる。待あぐんでか、熊公は熊の様に、 熊彦『ウンウーン』 と一声唸る。続いて虎公は、 虎公『ウワーウワアー』 と一生懸命に唸り立てる。馬公は、 馬公『ヒンヒンヒン』 と叫ぶ。鹿公は、 鹿公『カイローカイロー』 と鳴く。竜若は沈黙を守つてゐる。此の声に驚いて二人は庭前を見やれば四這ひになつた五人の男、松姫は、 松姫『アーいやらしいこと、何でせうなア、お節さま』 と座を立つて遁げようとする。 お節『モシモシ松姫さま、さう驚くには及びませぬ。なんでもありませぬ、竜若さまに熊彦、虎彦の両人さま、それに三五教の馬公に鹿公さまですよ。ホヽヽヽヽ、あのマアよう似合ひますこと』 松姫はやつと安心の面色にて、 松姫『コレコレ竜若、熊彦、虎彦、冗談もよい加減にしなさい。女主人だと思つて人を嘲弄するのかい。なんだ見つともない。神様の御用をする身であり乍ら、汚らはしい獣の真似をしたり、何の態だ。ちと嗜みなさらぬか』 虎彦『ウワーウワー』 熊彦『ウーウー』 松姫『アーア困つたことになつて来た。誰も彼も気が違つたのだらうか。これお節さま、如何しませう』 お節『サア困つたことですな、何うしようと云つたところで仕方が無いぢやありませぬか。コレコレ馬公、鹿公、お節ですよ。あまり御無礼ぢやありませぬか』 馬公『ヒンヒンヒン』 鹿公『カイローカイロー』 お節『アヽ互恨みの無いやうに、両方共怪体なことになりましたな』 松姫『斯う云ふ時には神様より外に解決をつけて下さる方はない、アーア可憐想に生き乍ら畜生道へ落ちたのかいな。人面獣心と云ふことは聞いて居るが、此奴は又獣体獣心になつた様だ。やつぱり此世にも地獄もあれば、餓鬼道、畜生道もあると見える。アヽ怖ろしい怖ろしい。コレコレ皆さま、立つて見なさい。どうしても立つことが出来ないのか。最早人間の位が無くなつたのかいな。位と云ふ字は、立つ人と書くが、此奴は又完全な四足ぢや、アヽ可憐想に、これと云ふのも松姫の我が強いからだ。ドレドレ一つ神様にお詫を致しませう。お節さま、貴女はこの五人の男の看守りをして居て下さい。私はこれからお水でも頂いて一生懸命御祈念を致します』 と真青な顔をして、神前の間さして進み入る。五人は声限りに『ウーウー』『ウワー』『ヒンヒン』『カイロカイロ』と負ず劣らず呶鳴り立ててゐる。 暫くあつて松姫は此場に現はれ、 松姫『アヽお節さま、一生懸命に願つて来ましたが、まだ皆の衆は治りませぬかな』 お節『ハイ依然として最前の通り、庭の木のしげみへかたまつて這ひつくばうて居られます。漸く唸り声だけは止まつた様です』 松姫『どう致しませう。私も仕方が無い、罪滅しに四這ひになつて這うて見ませうか』 お節『滅相な、何を仰有います。結構な立つて歩ける人間に生れ乍ら、神様の生宮を軽蔑し、四足の真似を為さると今の五人さまのやうに、神罰が当つて本当の四足になつて了ひますよ』 松姫『それだと言つて私の責任が済まぬぢやありませぬか。私は畜生道へ落ちても構ひませぬ、苦楽を共にするのが本当です』 お節『結構な神の生宮と生れて其様な汚らはしい事を為さると、本守護神を侮辱した事になり、本守護神は愛想をつかして貴方の肉体を脱出し、副守護神ばかりになつて了ひます。さうすればあのやうな浅猿しいさまにならねばなりますまい。人間は神様に対し持身の責任があります。我身を軽んずると云ふことは、所謂大神様を軽んずるも同様、これ位深い慢神の罪はありませぬ。どうぞそれ丈は思ひ止まつて下さいませ』 松姫『そうだと言つて此の惨状を私として傍観する事が出来ませうか』 お節『成り行きなれば仕方がありませぬ。前車の覆へるは後車の戒め、必ず必ずそんな真似をなさつてはなりませぬぞ』 と声に力を籠め、常に変つて稍気色ばみ叱りつけるやうに言つた。松姫は黙念として首を垂れ、悲歎の涙に暮れてゐる。 お節『人間と云ふものは行ひが大切です。吃りの真似をすれば自然に吃りとなり、唖の真似をすれば自然に唖となり、聾の真似をすれば忽ち聾となり、躄の真似をすれば天罰覿面躄になつて了ふのは、争はれぬ天地の真理です。それに人間に生を亨け乍ら如何なる事情があるにもせよ、勿体ない、結構な肉体を四足の真似をしたりすると云ふことがありますものか。アレ見なさい五人の方は段々身体の様子が獣らしくなるぢやありませぬか。それに又人間と生れ乍ら汚らはしい、馬ぢやの、鹿ぢやの、熊、虎、竜なぞの獣の名をつけるものだから、忽ち其名の如く堕落して了ふ。言霊の幸はふ国と申しますが、言霊計りではありませぬ、行ひの幸はひ災する世の中、どうしても人間は名を清くし、心を清め、行ひを正しくせなくてはなりませぬ。アヽ可憐想に私が及ばず乍ら、言霊を以て宣り直して見ませう。さすれば大慈大悲の大神様が一度は御許し下さるでせう』 松姫『本当に驚きました。どうぞ貴女、神様にお詫して下さいませ』 お節『畏まりました』 とお節は立上り、神前に進み入り天津祝詞を奏上し、終つて再び此場に現はれた。 お節『モシモシ竜若さま、熊彦さま、虎彦さま、神様が御許し下さいました。サアお立ちなさいませ。一二三四五六七八九十百千万』 竜若は忽ちムツクと立上り、 竜若『アヽ有難うございました』 次で熊彦、虎彦、馬、鹿の四人、又もやスツクと立上り、 熊虎馬鹿の四人『コレハコレハお節さま、よう助けて下さいました。エライ心得違ひを致しました。モウ今後は決して斯んな馬鹿なことは致しませぬ』 松姫『コレ竜、熊、虎の三人さま、お前は彼んな馬鹿な態をして私を困らしたのぢやないかいな』 竜若『イエイエ滅相な、私が門番を致して居りますと、潜り門をノタノタ這うて来る熊彦、虎彦の姿、こりや不思議だとよくよく見れば、馬公、鹿公四人揃うてノタノタと四這ひになつて奥へ向つて進んで往く。ヤア此奴は熊、虎、最前の無礼を謝する為、謙遜の余り這うてゆくのだな。それに就ても馬公、鹿公は立つて歩くにしのびず、御付合ひに這うてゆかつしやるのだ。アヽ何方も誠と誠の寄り合ひ、義理の立て合ひと感服の余り、大責任を持つた私一人、人間らしう立つて歩く訳にも行かず、余り心の恥かしさに四這ひになつて随いて来ました。さうした所二三間歩く内に本当の四足になつて了ひ、立つことも出来ず、もの言ふ事も出来なくなつたのです。実に恐ろしいものです。ナア熊彦、虎彦、お前はどうだつた』 熊、虎一度に、 熊彦、虎彦『何だか本当の獣になつたやうな心持がし、再び立つて歩く事が出来ないかと心配してゐました。お節さまの御かげで畜生道の苦みを助けて頂きました。有難うございます』 と心底から嬉し涙を零して居る。 お節『アヽそれは大変な事になるとこでした。今後は何卒慎んで下さいませ。鹿公、馬公、お前迄が何とした馬鹿な真似をなさるのぢや。私は大神様に恥かしい』 馬公、鹿公『イヤどうも申訳がありませぬ。以後は屹度心得ます』 お節『馬公、鹿公、貴方は途中で立派な女神さまにお会ひぢやなかつたか』 馬公『ハイ会ひました』 鹿公『門前まで送つて頂きました。併しそれ限り御姿がなくなつて了つたのです』 お節『さうでせう。貴方が自ら人格を落して馬鹿な真似を為さるものだから、流石に慈愛深き女神様もおあきれ遊ばして、お帰りになつたのだ。お詫をなさいませ』 馬公『有難うございます』 鹿公『今度といふ今度は種々と神様から実地教育を授かりました』 熊彦『私は、馬公、鹿公に対し、実に有るに有られぬ侮辱を与へ、打擲を加へました。然るに忍耐強きお二人さまは、チツトも抵抗もなさらず、却て私達に感謝をされました。智慧浅き私共は、馬鹿か、気違ひかと思うて益々虐待を致しましたので、心の底より恥入つて、アヽ私の精神は四足だつた、人間らしく、どうしてお地の上を立つて歩けようかと、懺悔の余り一つは謝罪のため四足の真似を致しました』 と涙ぐむ。 松姫『アーアさうだつたか、其処迄改心が出来れば、斯んな結構なことはありませぬ。併し神様の御教に、神を敬ひ、人を敬ひ、我身を敬へと云ふことがあります。何卒人間の身体は神様の結構なお宮だと思つて、仮令自分の身体でも粗末にしてはなりませぬ。私もお節さまがお止め下さらなかつたならば、お前さま等のやうに畜生道に落ちるとこでございました。サア皆さま、打揃つて神様にお礼を申しませう。実の所はフサの国の本山より、高姫様、黒姫様の御命令が降り、心は既に三五教へ帰順致して居つたのですが、部下の皆さま達が俄にそんな事を云つたところで聞いて下さる道理もなし、どうしたらよからうかと思ひ煩つて居りました。然るに神様は何から何まで抜け目なく、誠の手本を示して皆さまの改心を促して下さいました。此間からお節さまがお出でになり、いろいろと言葉を尽して三五教に帰るようとお示し下さつたけれども、余り易々と帰順すればお節さまの夫を思ふ真心の誠が現はれ難いと思つて、わざと心にも無い事を云うて頑張つて居りました。さうして紫姫様の御身の上を案じて助けたいと思ふ馬公、鹿公のお二方に花を持たしたいばつかりで、今迄頑張つて居たのです。私が心の底から改心を致しましたのは、大神様のお慈悲は申すに及ばずお節さまのお力と、馬公鹿公の主人を思ふ真心のお力でございます。私のみかウラナイ教一同の者が帰順するやうになりますのも、夫を思ふお節さまの至誠と、主人を思ふ馬公、鹿公の忠義心とのお力でございます。誠ほど結構なものは此世の中にございませぬ。私は今日限り此の館をあけて暫く修業に参り、身魂を研くつもりでございます。どうぞお節さま、馬公、鹿公と共に此館をお守り下さつて、数多の信者に誠の道を説いてやつて下さいませ。貴方等が夫や主人を大切に思はるるのと同様に、私も師匠の高姫様や、黒姫様のために尽さねばなりませぬ。どうぞ宜敷くお願ひ致します。竜、熊、虎其他一同の方々、お節さまを私の代理否、私の御師匠さまと崇め、鹿公、馬公を高弟と仰いで、仲好くお道のために尽して下さい』 と言ひ棄て庭先の草履を穿くや否や、夕の闇に紛れて何処ともなく姿を隠しけり。 熊彦は驚きあわて、 熊彦『ヤア竜若さま、松姫さまは到頭蒙塵されました。コラ斯うして居られまい。何処までも追ひ駆けてお姿を見つけ出し、帰つて貰はねばなりますまい。オイ虎彦、サア足装束をせい』 竜若『オイ熊彦、虎彦、待て待て、去るものは追はず、来るものは拒まずぢや。何事も惟神に任して置けばよいのだ』 熊彦『オイ竜若、貴様は人情を知らぬ不徳漢だ。今迄師匠と仰いだ松姫さまが、吾々の醜態を御覧になつて恥しさに堪へかね、結構な館を捨てて何一つ持たず、飛び出されたぢやないか。春秋の筆法を以て言ふならば、竜若、松姫を追放すと云ふことになるぞ。今迄は上役を笠に着居つて偉さうに、熊だの、虎だのと頤で俺を使ひ居つたが、何ぢや、斯んな時に平然として構へて居る奴が何処にあるか。モウ今日限り上官でも兄弟子でも、何でも無いワ。不徳を懲すために、コラ柔道百段の鉄拳をお見舞ひ申さうか、返答は如何だ』 竜若『アハヽヽヽ、又鍍金が剥げかけたぞ。今のことを忘れたか。また四足に還元したら如何するのだ』 熊彦『エー四足になつたつて構ふものか。国家の興亡旦夕に迫る此の一刹那、愚図々々して居る場合でないぞ。間髪を入れずとは此の事だ。オイ竜若、貴様も今迄松姫様の殊恩に浴した代物だ、斯う云ふ場合に赤誠を表はし、師弟の道を尽すと云ふ義侠心はないか』 虎彦『コラ竜若の野郎、何を怖ぢ怖ぢとしてゐるのだ。松姫様を見殺しにする量見か』 竜若『喧しい云ふない。貴様のやうな慌者が居るから、ウラナイ教は発達せないのだ。 君ならで誰かは知らむ我心 と松姫様は俺の千万無量の心中をよくお察し遊ばしてござるのだぞ。貴様のやうにうろたへ騒いで何になるか。それだから平素から臍下丹田に心魂を鎮めよと云うてあるぢやないか』 熊彦『アカンアカン、そんな逃げ口上を云つたつて、誰が承諾するものかい。卑怯者奴が、不徳漢奴が』 竜若『オイ、それ程松姫様の神業の邪魔がしたければ、俺に構はずトツトと往け。間誤々々して居るとお姿を紛失して了ふぞ』 熊彦『エー忌々しい、禄盗人奴、サア虎彦、首途の血祭に、仮令熊や虎に還元したつて構ふものか。此奴を一つ打撲つて潔く出発しようぢやないか』 虎彦『ヨシヨシ合点だ』 と早くも拳骨を固め前後より打かからむとする。馬公、鹿公は両人の利腕をグツと握り、 馬公、鹿公『ヤア待つた待つた』 熊彦、虎彦『待てと云つたつて是が何うして待たれるものか。エー邪魔して呉れな、放せ放せ』 馬公『お前さまの焦るのは尤もだ。併し乍ら松姫様をそれだけ思ふ真心は、実に感心だが、贔屓の引倒しとなつては、反つて済まないぞ。一生懸命に松姫様のお為だと思つてやつたことが、却て師匠を泥溝へ落すことになるのだ。マア冷静に考へて見よ。余り熱した時は公平な判断は出来ぬものだ。此処が鎮魂の必要な所だ。マアマア俺達に免じて思ひ止まつて呉れ。屹度松姫様は神様に助けられ、立派な手柄を遊ばすのだから』 熊彦『馬公、そんな気休めを云うて呉れな』 馬公『ナニ決して気休めぢやない。正真正銘の偽らざる俺の忠告だ。屹度お前のためにならぬやうなことはせないよ』 熊彦『俺はどうなつても構はぬ。松姫様を見捨てる訳にはいかない。どうぞ頼みだから放して呉れ』 虎彦『オイ鹿公、どうぞ今度許りは見遁して呉れ。二人のものに自由行動を採らして下さい。これが一生の頼みだ』 竜若『馬公、鹿公、構うて下さるな。これだけ貴方が親切に云つて下さつても、私が何と云つても通じないやうな没分暁漢だから、二人の自由に任して置きませう。併し乍ら二人とも実に美はしい紅い血が全身に漲つて居る。ヤア熊、虎、ようそこ迄師匠を思うて呉れる。俺は何も云はぬ、唯もうこの通りだ』 と手を合す。 お節『コレコレ熊公、虎公、どうぞ思ひ止まつて下さい。お節がこの通りお願ひ致します』 と跣足の儘庭先に飛び下り、大地にペタリと平伏し、両手を合して涙と共に頼みいる。 どこともなく嚠喨たる音楽の響、一同はハツと驚き空を見上ぐる途端に現はれた一人のエンゼル、声も涼しく、 エンゼル『われこそは神素盞嗚大神の御使言照姫命なり。松姫の改心に依り、ウラナイ教の教主高姫、副教主黒姫の罪は赦された。又松姫は神が守護を致し、神界のために抜群の功名を顕はし、日ならず当館へ帰り来るべし。此上はお節に対し、玉能姫と云ふ神名を賜ふ。竜若は今より竜国別、馬公は駒彦、鹿公には秋彦、熊彦には千代彦、虎彦には春彦と神名を賜ふ。汝等玉能姫を師と仰ぎ協心戮力神界のために全力を尽せ。神は汝の心魂を守護し天地に代る大業を万世に建てさせむ。ゆめゆめ疑ふこと勿れ』 と詔り終り、崇高なるエンゼルの姿は烟の如く消え失せたまひぬ。 一塊の紫雲は室内より戸外に向つて流れ出で、中空高く舞ひ上る。星は満天に燦然として輝き渡り、東の山の端に三五の明月皎々として輝き始め、芳ばしき風颯々として吹き来り、一同の心胆を洗ふ。 アヽ惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・五・八旧四・一二外山豊二録) (昭和一〇・六・三王仁校正)
320

(1748)
霊界物語 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 15 山神の滝 第一五章山神の滝〔六六〇〕 松姫は来勿止神に導かれ、門の傍の細やけき二間造りの室に案内された。 来勿止神『此の暗夜に女の身として此の神山へ御参拝なされますに就ては、何か深い理由がございませう。私は此の関所を守る役目として一応御尋ねして置く必要がございますから、どうぞ包まず隠さず事情を述べて下さい』 松姫『御恥かしいことで御座いますが、私は今まで大変な取違ひを致して居りましたものでございます。ウラナイ教の分社高城山の麓の館に於て、三五教に対抗し、素盞嗚大神様の御邪魔ばかり致して来ました罪の深い女でございます。私の師匠の高姫、黒姫と云ふ方が大変に素盞嗚尊様に反対の教をなさつたので、私はそれを真に受け、何処までも天下国家のためにウラナイ教を拡張し、素盞嗚尊の一派言依別、八島主神様の主管せらるる三五教を根底から打ち壊す決心を以て、昼夜の活動を続けて来たものでございますが、素盞嗚尊様は吾々凡人の考へて居るやうな方ではなく、大慈大悲の世界の贖主であるといふ事を、第一に高姫様が合点遊ばし、立つても坐ても居られないので、黒姫様と御相談の上私の方へも詳細な手紙が参りました。就ては高姫、黒姫御二方の今迄の罪を許して頂かねばなりませぬので、弟子としての私も立つても坐ても居られませず、何か一つの荒修行を致しまして、功名手柄を顕はし、それを御土産に三五教へ参り、師匠や自分の罪を赦して頂き度いばつかりに、高城山の館を振り捨てて一人とぼとぼと此の霊山に修行がてら、玉照彦様を如何かして御迎へ申し、これを土産に三五教へ帰るつもりで参つたのでございます』 来勿止神『アヽさうでせう。私もうすうす言照姫様より承はつて居りました。併し乍ら貴女は余程御改心が出来て居るやうだが、未だお腹の中に副守護神が沢山に潜伏して居りますから、此儘御出でになつても玉照彦様が御承知下さいますまい。此先に山の神の滝がございますから、其処で七日七夜荒行をなさつて副守護神を追ひ出し、至粋至純の本心に復帰り水晶玉に磨き上げた上、御出でにならなくては駄目ですよ』 松姫『如何にも左様でございませう。どうか如何なる荒行でも厭ひませぬ、どうぞ御命じ下さいませ』 来勿止神『此処の修行は大変に辛いですが、貴女それが忍り切れますか』 松姫『何程辛くても構ひませぬ。仮令生命が亡くなつても、御師匠様の罪が消えさへすれば、それで満足致します』 来勿止神『アヽそれは感心な御心がけだ。それなら是から時を移さず、山の神の滝に於いて修行をなされ、神の道に断飲断食は無けれども、貴女は自分の罪及び、御師匠様の罪、其他部下一般の罪の贖ひのために、七日七夜断飲断食をなし、その上に荒行をせなくては本当に罪は消えませぬぞ』 松姫『何分よろしく御願ひ致します』 来勿止神『勝、竹の両人、一寸此処へ出ておいで』 言下に二人は此場に現はれ、 勝公『何用でございます』 来勿止神『別に外の事ではないが、この松姫様が山の神の滝で、七日七夜の荒行をなさるのだから、お前は十分世話を代る代るして上げて呉れ。荒行の間は決して此の方に同情したり、憫みをかけてはいけませぬぞ。能う限りの虐待をするのだ。さうでなければ神様へ対し重ね重ね御無礼御気障り、到底何時までかかつても罪は消滅するものではないから、松姫様を助けたいと思ふなら、十分厳しき行をさしてあげて呉れなくてはなりませぬ』 勝公『ハイ畏まりました。何分門番も勤めねばなりませぬから、竹さんと私とが代る代る世話をします』 来勿止神『アヽそうだ。若いものをよく監督して、落度の無い様に十分の荒行をさせ、立派な人間に研いて上げて呉れ』 二人は一礼し、 勝公、竹公『サア松姫様、早速ながら是から滝壺へ参りませう。何れ大きな灸を据ゑられると随分熱うて辛いものだが、そのために大病が全快した時の愉快といふものは、口で言ふやうなことでないと同様に、お前さまも是から私が大きな灸を据ゑます。併し乍ら決して憎んでするのぢやないから、悪く思うて下さらぬ様に頼みますぜ』 松姫『罪重き妾、どんな辛い行でも甘んじて致します。何卒よろしう御願ひ申します』 勝公『よしよし、サア斯う来るんだぞ、松姫の女つちよ。愚図々々してゐやがると頭をかち割らうか』 と俄に言葉や行ひに大変動を現はした。 松姫『ハイ』 と答へて随いて行く。 勝は先に立ち、竹は松姫の後より棒千切を以て背を打ち、臀を突き、 竹公『ヤイ松姫、何を愚図々々してゐやがるのだ。早く歩かぬか、あた面倒臭い。日が暮てからやつて来やがつて、俺達が楽に寝ようと思つて居るのに、滝まで送つてやつて貴様を大切に虐待せねばならぬ。今まで慢神をして大神様に敵対うた其のみせしめだ』 と言ひつつ棒千切れを以て、松姫の後頭部をカツンと撲つた。松姫は痛さを堪へ乍ら、 松姫『どうも有難うございます。これでちつとは妾の罪も軽くなりませうか』 竹公『ナニ百や二百撲つたつて、頭をかち割つたつて、貴様の罪は容易に浄まるものか』 勝公『オイ竹公、あまりぢやぞ』 竹公『何があまりぢや。貴様は来勿止神様の御言葉をなんと聞いたか。松姫に親切があるのなら、十分に虐待をしてやれと仰有つたぢやないか』 勝公『ウーそれはさうだが、あまり役たいもないことをするものぢやないぞ。虐待も十分にするが好が、其処は又、それ其処ぢや、人情を呑み込まずにな。好いか』 竹公『貴様は偉さうに先頭に立ちやがつて、来勿止神様の御言葉を無視し、且又松姫の修行を妨げ、重い罪を更に重うしようとするのか』 松姫『モシモシ御二方、妾のことに就て、どうぞ口論はないやうにして下さいませ。神様に済みませぬから』 竹公『エー松姫の奴、何をゴテゴテと干渉するのだ。ふざけた事を吐すとモー一つ御見舞だぞ。イヤ此の棍棒で力一パイ首が飛ぶ程、可愛がつてやらうか』 松姫『重々の御親切有難う存じます。併し乍ら御苦労をかけて済みませぬ。どうぞ貴方もお疲れでせうから、今日はこれ位でお休み下さいませ』 竹公『なにうまい事を言ふな。矢張り頭を撲られるのが苦いと見えるな。俺は此間から何とはなしに、むかついてむかついて其処の岩でも木でも、見つけ次第撲り度うて撲り度うて、腕が唸つて居つたのだ。今日は幸ひ来勿止神様の御命令を遵奉して心地よい程、貴様の頭を可愛がつてやるのだ。有難く思へ。荒行と云ふものは辛いものだらう。ウラナイ教で朝から晩まで、蛙かなんぞのやうにザブザブと水をかぶつとるのとはちつと段が違ふぞ。何程辛くても生命の瀬戸際になつても、僅か七日七夜の辛抱だ。此処で修行をやり損ねたならば、今まで大神様の御道を邪魔した、自らの罪で万劫末代根底の国に落され、無限の苦しみを受けねばならぬぞ。此の位なことはホンの宵の口だ。九牛の一毛にも如かざる苦みだから、勇んで修行をするのだぞ』 松姫『ハイ』 と答へた儘、頭部より流るる血潮の眼に滲み込むを、袖にそつと拭ひつつ、しよぼしよぼと滝の方へ向つて随いて行く。 勝公『サア、これが名題の山神の滝だ。ちつと寒うても真裸体になつて、頭から水をかぶるのだ。此処は猿が沢山居る処だから、顔を引つ掻かれぬやうに用心なさい。昼は大丈夫だが、夜分になると千疋猿がやつて来て悪戯をするから』 松姫『ハイ、有難うございます』 竹公『勝公、御苦労だつた。お前は門の方を守つて呉れ。俺はこれから一つ此の行者を十分に可愛がつてやらにやならぬからな。それから六と初とに棍棒を持つて、至急やつて来るやうに言うて呉れ』 勝公『さう沢山棍棒を持つて来て如何するのだい』 竹公『きまつたことだ。一本位の棍棒では徹底的に可愛がつてやる訳にはいかぬ。助太刀のためだ』 勝公『併しなア、竹公、わが身を抓つて他の痛さを知れと言ふことがあるなア。世界に鬼は無いといふことも、誰やらに聞いたことがあるやうに思ふ』 と、それとは無しに余り虐待をせぬようにと、口には言はねど、其意をほのめかしてゐる。 竹公『なに謎のやうなことを言ひやがつて、貴様は松姫を大切にせいと言ふのぢやらう、否結局憎めといふのだらう。何事も竹の胸中に有るのだ、心配せずに早く帰れ。さうして来勿止神さまに俺が力一パイ虐待して可愛がつて居る実状を、より以上に報告するのだぞ』 勝公『竹の奴が松姫の頭を七八分割り、腕を折り、胴腹に風穴をあけよつたと言つて置かうか』 竹公『そうだ、其処は貴様の都合にして呉れ。マア可成く神様は小さいことはお嫌ひだから、言ふのなら十分大きく言ふのだな。オイ勝、一寸待つて呉れ。二人の奴に棍棒を持つて来るように言つて呉れと云うたが、こんな女一人を虐待するのに応援を頼んだと思はれては残念だ。俺が徹底的にやつて置くから、来勿止神に詳細に報告するのだぞ』 勝公『そんなら松姫さま、暫くの辛抱だ。どうぞ立派な身魂になつて下さいや』 松姫『ハイ有難うございます』 竹公『エー又女にベシヤベシヤと正月言葉を使ひやがつて、早く帰れ』 勝公『帰れと云はなくても誰が斯んな怖ろしい処に居る奴があるか』 とトントンと帰つてゆく。 肌を裂く如き寒風は木々の梢に唸りを立てて見舞うて来る。月は皎々として東の山の頂きから滝壺をのぞいた。 竹公『松姫さま、御気の毒ですが、どうぞ暫らく辛抱して下さい。来勿止神は中々厳格な神で寸分も仮借をしませぬから、私も実は満腔の涙を隠して、失礼なことを致しました。併し乍ら到底貴女の身体では、此の荒行は続きますまい。世は呪と言うて神様は、大難を小難に祭り替へて下さるのだから、私もこれからスツパリと素裸体になつて、貴女の行を助けて上げよう。さうすれば七日のものは三日半で済むといふ道理だ。お前さま、頭を割られて血が出たと思つてゐるだらうが、ありや血ぢやありませぬから安心なさい。私が紅殻の汁を棒の先の革袋に括りつけて撲つたのですよ。血と見えたのは袋の紅殻だ。撲られた割には痛くはありますまいがな』 松姫『ハイ、さうでございました。別に何処も痛んで居りませぬ。斯んなことで神様の御意に召すやうな荒行が出来ませうかな』 竹公『出来ますとも。神様は形だけをすれば赦して下さいます。可愛い世界の氏子に何を好んで辛い目をさせなさいませう。貴女が生命がけの荒行をして、御詫をしようと決心なさつた其の心が、既に貴方の罪を赦して居ります。唯今の貴女は最早ちつとも罪は無いのですよ。本当の生れ赤児の心ですワ。併し乍ら余り気分のよい滝ですから、清めた上に浄めてお出でになつたら宜敷からう。併し来勿止神は、あゝ見えても実際は閻魔さまの化身ですから、中々賞罰を厳重になさるのです。今帰つた勝公だつて本当に優しい、慈悲深い人間です。併し乍ら彼奴は馬鹿正直ですから私が本当に貴女を虐待したのだと思つて心配をして居るのです』 松姫『アヽさうでございますか。なんとも御礼の申しやうは御座いませぬ。何分よろしう御指導を願ひます』 斯くして二三日経つて、四日目の朝になつた。 松姫『なんと荘厳な景色ですな。日輪様が此の滝に輝き遊ばして七色の虹を御描き遊ばし、得も言はれぬ微妙な鳥の声、常磐木の色、まるで天国の様ぢやありませぬか』 竹公『さうですとも、貴女の心が清まつたので宇宙一切が荘厳雄大に見え、環境すべて楽園と化したのですよ』 松姫『高城山も随分景色に富んだ処ですが、到底比べものにはなりませぬワ』 竹公『それは貴女のお心が曇つてゐたからですよ。今度見直して御覧、此の景色よりも層一層立派です』 斯く話す時しも勝公は莞爾々々として馳せ来り、 勝公『アヽ松姫さん、竹さん、御苦労だつた。来勿止神様から今日は行の中途だけれど、モウ修行が済んだから直様御山へ参詣つて宜しいとの御命令が下りました。お悦びなさいませ』 松姫『それは何より有り難うございます』 と滝壺に向ひ、感謝の祝詞を奏上し終つて三人打ち連れ立つて、来勿止神の庵に向つて帰りゆく。 竹公『神様、おかげで無事に松姫様の御修行が終りました』 松姫『来勿止神様、いろいろと厚き広き思召に依りまして、汚い身魂を洗つて頂きました』 来勿止神『アヽそうだつたか、結構々々、モウそれで何処へ出しても立派なものだ。お前さんの修行のおかげで玉照彦様のお迎へも出来ませう。お師匠様の罪も全然赦されませう、よう辛い行をなさいました。アヽ竹公、お前も大変な心配り、気遣ひであつたな。私の心を知つて居るのはお前ばつかりだ』 と嬉し涙を袖にそつと拭ふ。暫くは沈黙の幕が下りた。此時門前に慌しく駆来る四人の男、 男『モシモシ此の門開けて下さいませ』 勝は立上り大石門をギーと左右に開けた。四人の姿を見て勝は驚き、 勝公『ヤアお前は此の間やつて来た不届者、バラモン教の谷丸、鬼丸の両人、又二人も味方を殖やして来居つたのだな。玉照彦様だと思つて大きな岩石を大事さうに抱へて帰り、途中で気がついて又もや二度目のお迎ひに来居つたのだらう。モウモウ余人は知らず貴様に限つて、此門を通過さすことは出来ないと来勿止神様の厳命だ』 谷丸、鬼丸は大地にペタツと坐り、涙を流し乍ら、 谷、鬼『モーシ門番様、今日の谷丸、鬼丸は先日の両人とは違ひます。どうぞ御安心下さいませ』 勝公『違うと云つたつてお前の容貌と云ひ、姿と云ひ、何処に一つ変つたとこがないぢやないか』 谷、鬼『ハイ形の上はちつとも変つて居りませぬが、私の心は天地の相違に変りました』 勝公『いよいよ以て怪しからぬ奴だ。皮は何時でも変るぞよ。霊魂は中々変らぬぞよと神様が教へてござる。それに何ぞや、心が変りましたとは益々合点のゆかぬ奴だ』 谷、鬼『そのお疑ひは御尤もでございますが、今までの取違ひ、慢神の雲霧が晴れまして、すつぱりと青天白日の様な魂に生れ変りました。何程人間が利巧や智慧をだして焦慮つて見た所で駄目だ。神様のお許しない事は九分九厘で掌が覆ると云ふことをつくづくと悟らして頂きました。アーア心程怖ろしいものは御座いませぬ。今迄私は三五教や、ウラル教、ウラナイ教が敵ぢやと思つて、一生懸命に其の敵を征服したいと憂身を窶し、大活動を続けて居ました。然るに豈図らむや、その大悪魔の敵は私等の心の中にみんな潜んで居りました。斯うおかげを頂いた以上は、天ケ下に敵も無ければ、他人も無い、鬼も大蛇も何もありませぬ。吾々は松姫と云ふウラナイ教の宣伝使に対し、非常な暴虐を加へ、大方半死になるとこ迄打擲を致しましたことを、今更乍ら悔いまして、立つても坐ても居堪まらず、四人のものが、どうぞして松姫様の所在を尋ね御詫をせなくてはならないと思うて、そこらを探す内、道で会うた杣人に聞いて見れば、三四日以前の暮れ方に霊山の方に向つて、一人の女が上つたと云ふことを聞き、之は正しく松姫様に間違ひあるまいと、飛び立つ許り悦んで四人が打揃ひ御目にかかつて御詫をしようと出て来たのです。どうぞ此処を通して下さいませ。又先達は貴方等に御無礼を致しました其罪も御詫せなくてはなりませぬ。何事も過去のことは水に流して、吾々の過ちをお赦し下さいますやうに』 勝公『さてもさても妙なことが出来たものだ哩。変り易いは秋冬の空と聞いてゐるが、こりや又大変の地異天変が起つたものだ。一寸皆さま待つて下さい。松姫様もまだ此処にゐられますから、伺つた上で会はせませう』 と門内に影を隠しける。 (大正一一・五・九旧四・一三外山豊二録)