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霊界物語 52_卯_小北山の文助の改心物語 21 狸妻 第二一章狸妻〔一三五七〕 ガリヤ、ケース、初、徳の四人は、八人の美女に導かれ、美はしき広き奥の一間に請ぜられた。ケースは何となく、女の美はしさと殿内の荘厳さに打たれて呆気に取られてゐる。ガリヤは始終注意の眼を放つて、四辺の不可解な光景を凝視してゐた。初、徳両人は曲輪城の城主高宮彦及び高宮姫の此場に現はれたのを見て、余程容貌は変つて居れども、どこともなく、高宮姫は小北山で見た高姫に似てゐるので、しきりに首を傾けてゐた。高宮姫は初、徳を見て打笑ひ、 高姫『ホホホホホ、初さま、徳さま、これには恐れ入りましただらう。高宮彦といふのは杢助さまだよ。そして高宮姫はかう若く見えてもヤツパリ高姫だよ。お前が取つて来てくれた曲輪の神力に依つて、斯の如き荘厳美麗なる城廓が瞬く間に出来上がり、又妾の容貌が元の十八に返り、斯の如き容色端麗なる美人となつたのも曲輪の神力だよ。お前はよいことをしてくれましたねえ』 初『貴女等は私たちに骨を折らせておきながら、怪志の森からドロンと消えて了ひ、足の立たない両人を置去りにした上、石をぶつかけて逃げるとは、チツとひどいですな。初は恨んで居ましたよ』 高姫『ホホホホホ、お前の度胸を試してみたのだよ。サ、之からお前は此城の大番頭だ。忠実に御用をしなさい。初は左守、徳は右守だ、ねえ高宮彦さま、それでよいでせう』 妖幻『何事も女王の御意見に任しませう。女帝崇拝の現代だから、仕方がないワイ、アハハハハ』 初『思ひ掛なき抜擢に預かりまして、まるで初公は狸につままれたやうな気分が致します』 高姫『コレ初公、否初司、狸につままれたやうだとは、何といふ不謹慎なことを仰有る。ここは地の高天原で厶るぞや。決して曲津などは近寄る事は出来ませぬ。今後は心得なされ』 徳『私は異数の抜擢に与りまして、右守と任ぜられ、身にあまる光栄で厶ります。これと申すも、全く吾々が命がけの大活動を致し、曲輪の玉を取返して来た其酬いで厶いますれば、徳が右守となつたとて、余り出世のし過ぎでも厶いませぬ。当然の所得として謹んでお受けを致します』 妖幻『アハハハハ、喜んで居るのか不足を云つてるのか、チツとも訳が分らぬぢやないか。怪体な挨拶だなア』 徳『何分狸と相撲とり、鼬に屁はかがされ、精神に異状を来したと見えまして、申し上ぐることが前後矛盾、自家撞着の傾きが厶いませう。何と云つても曲輪城ですから、本気で徳公もお受けは出来ませぬ、アハハハハ』 高姫は柳眉を逆立て、 高姫『コレ徳、お前は右守に任じて貰ひながら、左様な挨拶を致すのは、吾々を侮辱してるのぢやないかい。決してお前でなければ右守が勤まらぬといふのではない。それなら今から取消します。其代りとして、ケースに願ひませう』 ケース『ハイ、右守でも結構です。何なら左守も兼ねても宜しう厶います』 高姫『両方といふ訳には行きませぬ。ヤツパリ貴方は右守を勤めて下さい。就いては右守、左守とも夫婦相並んで御用を致さねばならぬ。左守の妻には初稚姫、右守の妻には宮野姫ときまつて居りますれば、やがて盛大なる結婚式を取行ふことに致しませう』 初『エヘヘヘヘ、まるで夢のやうだ。オイ、ケース、初公に失礼、すみまへんな』 ケース『ウーン、もし高宮姫さま、左守、右守といふことは之は職名でせう。人間を又人間として各自に夫婦を選むのが至当ぢやありませぬか。女を左守、右守の職名の附属物にするとは、チツと変なものですな。これだけは自由結婚にして頂きたいものです。もしそれが出来ねば、ケースを左守にして貰ひたいものです』 高姫『然らば宮野姫、初稚姫両人を次の間に控へさしておきますから、ケースに初公は自由に妻をお選びなさいませ。又女の方にも考へがありませうから、両方から水火の合うたものが夫婦になれば、極めて円満に暮されるでせうよ』 ケース『イヤ、よく分りました。オイ初公、サア之から選挙競争だ。中原の鹿は誰の手におちるか、ここが一つ獅子奮迅の活動舞台だ。ケースの俺は上杉謙信だ。貴様は武田信玄だ。川中島を隔てて、いよいよ女房の争奪戦だ、イヒヒヒヒ』 徳『オイ初公、ケース、徳と考へりやチツとここは怪しいぞ。又狸につままれて、ドブへはめられなよ。なアガリヤ、此立派な宮殿のやうに見えてるが、どうやらすると草つ原が見えるやうですな。かう見えて居つても、ヤツパリ狸の巣窟かも知れませぬで』 ガリヤ『ナアニ、そんなことがあらうか、結構な曲輪城の御殿だ。杢助さまに高姫さま、初稚姫さままでが厶るのだもの、そんな心配はするものでないワ』 徳『ヘエー、妙ですな』 かく言つてゐる所へ四五人の美人、盛装を凝らして現はれ来り、一人の女は徳公の首玉に喰ひつき、柔かい頬を顔ににじりつけて、 女『あのマア徳さまの良い男、あたえ、こんな気の利いた気骨のある人は、まだ見たことがないワ、ねえ四人のお方』 四人は一時にうなづく。徳公に喰ひついた女は名をサベル姫といふ。 サベル姫『徳さま、そんな六つかしい小理窟をいはずに私の居間へ来て頂戴ね。お前は狸と相撲とつたでせう。其時の妄念が残つてゐて、何もかも狸に見えるのですよ。あたえかて、そんな恐ろしい狸の巣窟にはよう居りませぬワ。あたえが居ること思へば、狸の巣ぢやありますまい。浮木の森のランチ将軍様の陣営の跡ですもの、サ参りませう、サベルと一緒に』 徳は半信半疑の雲に包まれて、暫く思案をしてゐたが、サベル姫の容貌は何うしても捨て難く思はれ、たうとう恋の曲者に捉はれて、目尻を下げ、サベル姫の居間に導かれて行く。徳は立派な一間に請ぜられ、サベル姫と共に、喋々喃々として甘き囁きを続けてゐた。そこへ以前の四人の美人、ドアを開けて入り来り、 四人の美人『アレマア姉さま、色男の独占はチツと残酷ですワ。私も徳さまの女房になります……あたえも……わらはも……』 と四方より徳一人の体に喰ひ付き、耳を舐めたり、手を舐めたりして恋しがる。徳公は魂が有頂天となつて、耳を咬み取られ、指を噛られて居るのも、少しも痛痒を感ぜず、口を立方形にあけて涎をくつてゐる。耳や爪先から血をチウチウと吸はれて段々青くなり、よい気分になつて、ぐつたりと寝て了つた。ガリヤは何処までも此正体を見届けねばおかぬと、一分の間も心の中にて神言をきらさず称へながら、呆けたやうな面をして様子を考へてゐた。高宮姫は……このガリヤは容易に喰へぬ奴だ、此奴をうまく説き付けねばなるまい……と全力を尽してゐる。 高姫『ガリヤさま、貴方はバラモン教でも智勇兼備の勇士と承はりましたが、何とはなしに威風凛々として四辺を払ふ御人格者で厶いますねえ。実の所は吾夫高宮彦さまも、お前を自分の代理にしたいものだと、それはそれは懇望して居られますよ。どうか副城主になつて下さる訳には行きませぬだらうか』 ガリヤは詐つて承諾し、一切の様子を突きとめむと思ひ、ワザと嬉しさうな声で、 ガリヤ『私の様な不調法な者が、何うしてそんな尊いお役が勤まりませうか。身分不相応なことを致して後で失敗るよりも、一兵卒として低う仕へるのが、私の身の為に最も安全で厶います。何卒そればかりは平に御免を蒙りませう』 高姫『そんな廻りくどい辞令を用ゐるよりも、本当のことを言つて下さい。お前は何と云つてもヤツパリ副城主の方がお望みでせう。此忙しい時節に、そんな探るやうなことをいはずに、素直に承諾なさるが宜しからう』 ガリヤ『私のやうな者が、そんな役になれば、世間の人間は狸が化けたと言ふでせう。狇猴が冠したと笑ふでせう。併しながら人は何とも云はば云へ、吾心根は神のみぞ知る……と云ふ譬も厶いますれば、喜んでお受けを致しませう』 高姫『結構々々、それでこそお前も男があがる。高宮彦さまも嘸お喜びでせうねえ』 と後振向けば、高宮彦は最早其場に姿は見えなかつた。高宮姫は、 高姫(高宮姫)『アレまあ』 と驚きの声を放ち、ガリヤを後に残し、慌しく夫の後を追うて奥に入る。 あとにガリヤは只一人両手を組み吐息を漏らして、どうしても此処は魔窟に違ひない。何とかして暴露させてくれむものと考へ込んでゐた。そこへドアを押開け入り来る妙齢の美人があつた。これはサベル姫である。ガリヤは、 ガリヤ『ああ貴女はサベル姫さま、こんな所へお越しになると、徳公さまが気を揉みますよ、ハハハハハ』 サベル姫『ホホホホホ、あたえ、徳公さまが嫌ひで嫌ひでたまらなくつて、逃げて来ましたのよ。あたえのラブしてゐるのは、ガの字のつくお方ですワ、ホホホホホ』 と赤い顔に袖をあてて俯く。 (大正一二・二・一〇旧一一・一二・二五松村真澄録)
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霊界物語 52_卯_小北山の文助の改心物語 24 応対盗 第二四章応対盗〔一三六〇〕 十五六人の精霊は忽ち高姫の周囲に集まり来つて、ワイワイと喚いてゐる。高姫は漸くにして立上り、道端の方形の石に腰打ち掛け、十数人の人を前におきながら、脱線だらけの宣伝を始めかけた。 高姫『コレコレ皆さま、高姫が大道演説を致しますから、よつくお聞きなされ。此世の中は素盞嗚尊の悪神の為に、天の岩戸はピツタリとしまつて、悪魔は天下に横行し、魑魅魍魎充満する暗黒世界ではありませぬか。此世を此儘にしておいたならば、結構な此お土の上は、忽ち餓鬼道、畜生道、修羅道、地獄道に陥りますぞや。お前さま等は、営々兀々として、私利私欲のために日夜奔走し、欲にからまれ、疲れ切つて顔色憔悴し、殆ど餓鬼のやうで厶いますぞ。此世からなる地獄道の苦しみを致しながら、こんな結構な世はないと申して喜んで厶る其憐れさ。至仁至愛の大神様は此惨状をみるに忍びず、時節参りて、永らく艮の隅に押し込められて厶つた艮の金神大国常立尊様が稚姫君命の霊の憑りた変性男子の肉宮をかつて、三千世界の立替立直しを遊ばすやうになりましたぞや。それに就いては、世に落ちて厶つた八百万の神様を世にあげて、それぞれお名をつけ、祭つて上げねば神国にはなりませぬ。今度のお役にお立ち遊ばすのは、永らく竜宮の海の底にお住ひなされた乙姫殿が第一番に改心を遊ばして、義理天上の日の出神と引添うて、外国での御用を遊ばすなり、金勝要神は大地の金神様で、余り我が強うて、汚い所へ押し込まれ、雪隠の神とまで成り下り、今度世に上げて貰うても、ヤツパリ我が強いので、御大望の邪魔になるばかりで、どうにもかうにも仕方がないので、系統の霊を世に落して義理天上の生宮となし、大将軍様の憑つた肉体を夫と遊ばして、三千世界の御用にお使ひなされたなれど、此大将軍様の肉宮はチツとも間に合はぬによつて、三五教の三羽烏と聞えたる時置師神様を、此肉宮の夫と致し、立替立直しの御用を遊ばす仕組で厶るぞや。それに就いては大広木正宗殿の霊も御用に使うて、結構な五六七の世をお立て遊ばすのだから、此高姫は三千世界の救主、皆さま耳をさらへて、よつく聞きなされ。八岐大蛇も金毛九尾の悪神も、グツと肚へ締め込んで改心をさせるのが、日の出神の生宮だ。世界の人民は皆盲だから、此結構な肉宮の申すことが耳には入らうまいがな。改心するなら、今の中ぢやぞえ。後の改心は間に合はぬぞや。此中で誠の分りた人民があるなれば、手を挙げてごらんなさい。喜んで此方の眷属と致して結構な御用に使ふぞや』 群集の中よりヌツと顔を出したのは、お年であつた。お年は高姫の前に進み寄り、其手をグツと握り、 お年『モシ高姫様、父が生前に御世話になりまして有難う厶ります』 高姫『お前は誰だか知らぬが、これだけ沢山居る中に、此生宮の言ふことが分らぬ盲ばかりだとみえて、手を挙げと言うても、一人も手を挙げる餓鬼やありませぬワイ。それに又お前は奇篤なことだ。一体誰の娘だい』 お年『ハイ、文助の娘で厶います』 高姫『ナニ、文助の娘に……そんな大きな女があるものか、此奴ア不思議だなア……ハハア、分つた、あの爺、素知らぬ顔をして居つて、秘密で女を拵へ、こんな子を生んどきよつたのだな。何とマア油断のならぬ男だわい、オホホホホ』 お年『イエイエ、私は三つの年に現界を離れて、此処へ来た者で厶います。お蔭で此様に立派に成人致しました』 高姫『ハハア、妙な事を云ふ女だな。お前キ印ぢやないかい。どこともなしに文助によく似てゐるやうだが、おとし子なれば、こんな子があるだらうが、三つの時に死んだものが、此世に生きてる筈がない……ハテナア』 お年『高姫様、此処は冥土の八衢で厶いますよ。決して現界ぢや厶いませぬ。かうして沢山の人が此処に集まつてゐるのも、皆現界と幽界の精霊ばかりですワ』 高姫『一寸待つておくれ、一つ考へ直さねばなるまい。さう聞くと何だか、そこらの様子が違ふやうだ。お前が三つの年に霊界へ来て、こんなに成人したとは、テモ偖も不思議なことだ、ウーン』 と舌をかみ、首を傾けて思案にくれてゐる。白い色の守衛は、大勢の者を一々手招きした。先づ第一に招かれて近寄つたのは、八十ばかりの杖をついた老爺である。 白の守衛『其方は何と云ふ名だ』 爺(敬助)『ハイ私は敬助と申します』 白の守衛『どつか具合が悪いか、チツと顔色が悪いぢやないか』 敬助『何だか、停車場のやうな所へ行つて居つたと思へば、私の胸に行当つたものがある。其際に、ハツと思つたと思へば、いつの間にか斯様な所へやつて来ました』 白の守衛『年齢は幾つだ』 敬助『ハイ六十歳で厶います』 白の守衛『余り頭が白いので、八十ばかりに見えた。お前は余程ハラの悪い男だなア、ヱルサレムの宮を部下の奴に命じて叩き潰したのは其方だらう』 敬助『イエ滅相な、決して私ぢやありませぬ。片山君が命令を致しましたので、其命令を聞かねば、到底、泥棒会社の社長が勤まりませぬので、止むを得ず部下に命令を致しました。決して主犯では厶いませぬ』 白の守衛『さうするとお前は従犯だな。ヨシヨシ、此奴ア容易に俺の手には合はぬ。伊吹戸主神様に、厳格なる審判を御願ひするであらう、サ、此門を通れ』 と白の守衛は門内へつき入れて了つた。白髪の爺はヒヨロヒヨロしながら、屠所の羊の様に歩み行く。後には細長い六十位な男が白に審判を受けてゐる。 白の守衛『其方は何者だ、ネームを名乗れ』 爺(片山狂介)『ハイ私は片山狂介と申します』 白の守衛『成程、随分軍閥でバリついたものだな。お前の為に幾万の精霊を幽界へ送つたか分らぬ、幽界にては大変に名高い男だ。これも此処で審判く訳には行かぬ。サア、奥へ行けツ』 と又もや門内へ押込んだ。次にやつて来た爺は鉄の杖をついてゐる。 白の守衛『其方は高田悪次郎ではないか』 高田悪次郎『ハイ、私は表善裏悪の張本人、世界一の富豪にならうと思うて、随分活動致しました。併しながら不慮の災難によつて、かやうな所へ迷ひ込み、誠に面目次第も厶いませぬ』 白の守衛『其杖は鉄ぢやないか、左様な物を、なぜこんな所まで持つて来るか』 高田悪次郎『これは鬼に鉄棒と申しまして、現界に居る時から、鬼の役を勤めて居りました。此鉄棒を以て、凡ての銀行会社を叩き壊し、皆一つに集めて巨万の富を積んだ唯一の武器で厶いますから、こればかりはどこ迄も放すことは出来ませぬ』 白の守衛『此鉄棒はこちらに預かる。サア、キリキリ渡して行け』 高田悪次郎『滅相もない、命より大切な鉄棒、どうしてこれが渡されませうかい』 白の守衛『お前が之を持つてゐると、伊吹戸主の審判に会うた時は、キツと地獄の底へ堕ちるぞよ。それで此処で渡して行けと云ふのだ。さうすると八衢の世界へおいて貰ふやうになるかも知れぬから』 高田悪次郎『滅相もないこと仰有いませ。そんな甘いことを云つて、泥棒しようと思うても其手には乗りませぬぞ。此鉄棒は斯うみえても二億円の価値があるのです。此鉄の棒から生み出した二億円、言はば此棒は二億円の手形のやうなものだ。何時地獄へやられても、これさへあれば大丈夫だ。地獄の沙汰も金次第、如何なる鬼も閻魔も之にて忽ちやつつけて了ひ、地獄界の王者となる重宝な宝だ。何と云つても之ばかりは渡しませぬから諦めて下さい』 かかる所へ、赤面の守衛がやつて来た。 赤の守衛『ヤア、お前は高田悪次郎ぢやな。よい所へ出てうせた。サア、奥へ来い、其鉄棒は門内へ一歩も持込むことは罷りならぬぞ』 高田悪次郎『ハハハハハ、冥土の八衢か何か知らぬが、体のよい泥棒が徘徊するとこだワイ。之は高田が唯一の武器だ。誰が何と申しても放しは致さぬ、放せるなら放してみい。如何なる権力も神力も金の前には屈服致さねばなるまいぞ』 赤の守衛『馬鹿者だなア。霊界に於て、物質上の宝がいるものか。金が覇を利かすのは、暗黒なる現界に於てのみだ』 高田悪次郎『それでも、地獄の沙汰も金次第といふぢやありませぬか』 赤の守衛『金を以て左右致すのは、所謂地獄の行り方だ』 高田悪次郎『それ御覧、何れ私のやうな者は天国へ行ける気遣ひはない。生前より地獄行と覚悟はしてゐたのだ。それだから、地獄へ行けば金の必要がある、何と云つても之は放しませぬワイ』 赤の守衛『さうすると、貴様は天国よりも地獄が可いのだな』 高田悪次郎『さうですとも、地獄の方が人間も沢山居るだらうし、金さへあれば覇が利くのだから、どうか地獄へやつて貰ひたいものです。何程地獄だつて、二億円の金さへあれば何でも出来ますからな』 赤の守衛『さう云ふ不心得な奴に、金を持たして地獄へやる事は罷り成らぬ。ここにおいて行け』 高田悪次郎『何と云つても、此奴ばかりは放しませぬよ』 赤の守衛『然らば、此方の力で放してみせう』 「ウン」と一声霊縛をかけるや否や、高田の手は痺れて、鉄の棒はガラリと地上に落ちた。忽ち高田の手を後へ廻し、 赤の守衛『此応対盗人奴』 と言ひながら、サル括りにし、ポンと尻をけつて門内へ投げ込んだ。高姫は群衆の中から伸び上つて、ニコニコしながら此光景を眺めてゐた。 (大正一二・二・一〇旧一一・一二・二五松村真澄録)
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霊界物語 53_辰_ビクの国1(ヒルナ姫とカルナ姫) 02 蜉蝣 第二章蜉蝣〔一三六五〕 ライオン河の下流ビクトル山を中心として、此処はウラル教を信ずるビクトリヤ王が刹帝利として近国の民を守つてゐた。此王国は東西十里、南北十五里(三十六町一里)の余り広からぬ国であつた。国名をビクといふ。ビクトリヤ王は本年殆ど七十才に余る老齢である。而して不幸にして嗣子がなかつた。后のヒルナ姫は元はビクトリヤ姫の侍女であつたが、何時の間にか王の手がかかり、次第に権勢を得て、城中の花と謳はれ、一切を切りまはしてゐた。而して年齢は正に二十三才、女盛りである。ヒルナ姫の歓心を得むとして数多の官人共は媚びを呈し、国政は日に月に紊乱し、国民怨嗟の声四方に充ち、所々に百姓一揆の如きもの勃発し、収拾す可らざるに立到り、ビクトリヤ王家は已に傾かむとするに立到つた。 左守神のキユービツトは極めて忠実な老臣であり、王の為に苦心を重ねて、国家を守らむとしてゐた。之に反して右守神のベルツは奸侫邪智の曲者にして、ヒルナ姫に取入り、いろいろの入れ智恵をなして、刹帝利も百官も眼中におかない位な横暴振を発揮してゐた。ヒルナ姫の意見はベルツの意見であり、ベルツのすべての画策は、すべて、ヒルナ姫の口に仍つて伝へられてゐた。そして左守神のキユービツトにはヱクスといふ忠良な家令があり、右守のベルツにはシエールといふ奸悪な家令があつて、主人の右守と共にあわよくば、ビク国を占領せむと日夜肝胆を砕いてゐた。ベルツはシエールを吾居間に招き、一間を密閉してヒソビソと協議を凝らしてゐる。 ベルツ『オイ、シエール、どうだらうな、ヒルナ姫は殆ど薬籠中の者となつたが、併し乍ら頑強なビクトリヤ王は何となく某を嫌忌する様子現はれ、キユービツトを近付け吾進言に一々反抗的態度を試みられるのは、実に吾々の目的の一大障害と言はねばならぬ。将を射る者は先づ馬を射るといふから、彼れキユービツトを排斥するか、或は○○して了はなくちや、九分九厘迄成功した吾々の陰謀が水泡に帰するのみならず却て如何なる重刑に処せらるるやも計り難い、何とか可い工夫はあるまいかな』 シエール『右守様、それは御心配に及びませぬ。ビクトリヤ王は已に七十の坂を越えた老人、余り急がず共、余命幾何もありますまい。なまじひに事をあげて、国民の信用を失墜し、悪逆無道不忠不義の徒と言はれるよりは、ここ暫くの御辛抱だから、御待ち遊ばすが上分別と存じます。ひるがへつて国民の状態を考へますれば、生活難に苦しみ重税に怨嗟の声は四方に満ち、何時暴動が勃発するやも計られませぬ、革命の機運は日に日に盛んになりつつある矢先、無理な事を致せば益々天下の紛乱を増やうなもので厶いませう、幸ひビクトリヤ王には嗣子もなく、又ヒルナ姫様は腰元の成上りですから、王の没後は貴方の自由自在で厶いませう。今の内に充分なる画策をめぐらし、ヒルナ姫様が貴方を御信任遊ばすを幸、潜勢力を養つておけば、まさかの時になつて、貴方の願望は自ら成就致しませう。夫れが上分別と考へます』 ベルツ『それもさうだなア、併し乍らビクトリヤ王は至つて身体健全なれば、まだ二十年位は大丈夫だらう。何程時節を待つと云つても、此先二十年も待つ事は英気に充ちた吾々、腕鳴り、胸轟いて、こらへ切れるものではない。モツと手早く埒よく目的を達する方法手段はあるまいかな』 シエール『知識の宝庫と綽名をとつた私、如何なる妙案奇策も持つて居りますが、今日の事情が即行を許しませぬ。如何となれば、今日は国内紛乱の極に達し、極端なるレーストレイントを加へて漸く、現状を維持してゐる状態で厶いますれば、あわてずに時を待つが上分別だと考へます。王の勢力日々に衰へ、四海をコントロールする実力なき今日、何人の神算鬼謀も之を鎮定することは容易の業ではありませぬ。故に吾々は寧ろ、今日の世態を利用し、益々手をまはして国民を煽動し、ビクトリヤ王をして手を施すに術なからしめ、自発的に退隠ささせる方が、最も賢明なる行り方と愚考致します』 ベルツ『成程、それは妙案だ。就いては、シエール、お前に成案があるだらうな』 シエール『ない事は厶いませぬが、後の喧嘩を先にせいといふ事が厶いますから、貴方が刹帝利にお成りになれば、私をキツと左守に任命して下さるでせうか。それが決定せなくちや、働き甲斐がありませぬから』 ベルツ『ハハハハ如才のない男だなア、目的成就の上はキツと重く用ゐてやる。それを楽しみに一つ骨を折つてくれ』 シエール『只重く用ゐると云はれた丈では、朦朧としてをります。キツパリと左守にすると云ふ言質を預かつておきたいものです』 ベルツ『苟もビク一国の刹帝利たる者は、賢臣を選んで国政を任さねばならぬ。何程シエールが悧巧だと云つても、到底国政を料理する丈の技能は未だ備はつて居ない。そんな取越し苦労を致さずに主人の命令だ。実行に着手したら如何だ』 シエール『ハツハハハハ、御主人様、貴方も随分ズルイお方ですな。狩猟つきて猟狗煮らるる様な不利益な事は、賢明なる私には到底出来ませぬ。要するに貴方は私に対し、左守の資格がないと仰有るのですな。宜し、左様の事ならば、かやうな反逆を企てて危い芸当をするよりも、貴方の陰謀を王の前に素破抜きませうか、如何で厶る』 とソロソロ爪を隠してゐた猫が、カギ爪の先をみせかけた。ベルツは驚いて、 ベルツ『あ、ウム、さう怒つちや話が出来ない。実の所はお前を左守に任じてやる事はチヤンと心の中に決定してゐたのだ。併し乍ら、お前の熱心を調べる為に一寸揶揄つてみたのだよ。ハハハハ』 シエール『御主人様、揶揄ひ所だありますまい、千騎一騎の正念場ですよ』 ベルツ『英雄閑日月あり、仮令陣中に於ても歌をよみ、尺八を吹き、悠々閑々として、おめず臆せず、騒がず焦らず、談笑の間に一切万事を解決すると云ふ英雄的襟懐だ。何と智勇兼備の勇将の心事は違つたものだらう。オツホホホホ』 シエールは悪人の癖に、比較的に馬鹿正直な奴である。ベルツの舌にうまく舐られて、身知らず的に途方途徹もない悪事を遂行せむと腕をうならして、雄健びしてゐる。 シエール『成程、一切万事諒解致しました。かかる名君とは知らず、無礼の申条、何卒御容赦を願ひます』 ベルツ『義に於ては主従なれ共、情に於ては親と子の関係だ。言はば拙者は親、其方は子である。親が子を愛するのは天然自然の道理だ。そして其子の心胆を練り、知識を啓発し、有為の人材となさしめむとして、苦言を吐き、鞭撻を加ふるは、ワイズベアレント・フツドとも云ふべきものだ。今後は何事に係はらず、暫く吾意思のままに、舎身的活動をやつて貰ひたいものだなア』 シエール『ヘヘヘヘ持つ可きものは家来なりけり……否主人なりけりだ。然らば之より君の命に仍つて、千変万化の秘術を尽し、君をしてビク一国の刹帝利たらしむべく活動仕らむ。吾成功を指折り数へ、お待ち下され』 ベルツ『ああ勇ましし勇ましし、汝が雄健び、前途有望、目的の彼岸に達するは間もあるまい、ても扨ても心地よやなア』 と之れ又両手を伸ばし、拳を握り、左右の膝を交々起伏させ乍ら、床もおちよとばかり雄健びしてゐる。 余りの高い声が聞えるので、ベルツの妹カルナ姫は次の間に走せ来り、両人の談話をスツカリ立聞し、顔を顰め乍ら、さあらぬ態にて、 カルナ姫『お兄い様、御免なさいませ』 と這入つて来た。シエールは両手を仕へ、さも恭しく、 シエール『これはこれは、カルナ姫様、御壮健なお顔を拝し、シエール家令身に取り、恐悦至極に存じます』 カルナ姫『お前はシエールだないか、最前からお兄様と面白さうに話をしてゐましたね、襖に隔てられ、ハツキリ何事か分りませなんだが、容易ならざる事のやうに思はれます。どうぞ聞かして下さいませ』 シエール『ヘ、イヤ何でも厶いませぬ、御主人様とお酒に酔ひまして、つい昔の英雄物語を致して居りました。ヘヘヘヘ、随分面白い話で厶いましたよ』 カルナ姫『昔の物語にもビクトリヤ王様やヒルナ姫様、キユービツトの左守などいふ方がおありなさつたので厶いますか』 と優しい目を光らせ、少しく語気を強めて、睨つけるやうに言つた。右守のベルツは……此陰謀を妹に聞かれちや大変だ。妹の奴、左守神の伜ハルナに秋波をよせてゐよるのだから、もしや内通でも致しはしようまいか、恋愛に熱した時は、親兄弟までも脱線して忘れるものだ、ハテ困つたことだ……とハートに波を打たせたが、ワザと素知らぬ面で、 ベルツ『ハハハハハ、面白い様な……殺伐な昔物語、女の聞くべきものではない、お前は早く奥へ行つて、お前の好きなラムールでも繙く方が可いワ』 カルナ姫『何だか、貴方方のお話を聞くと、胸騒ぎが致しまして、ヒストリア・アモリスなどを耽読する気にもなれませぬ。実に殺風景な貴方の御計画、額に凶徴が遺憾なく現はれて居りますぞや』 ベルツ『男の居間へ女が来るものではない、支那の聖人がいつただらう。男女七才にして席を同じうせずと云ふだないか。サ、早く彼方へ行かつしやれ』 カルナ姫『何とマア、お口は重宝なものですなア。最前からの事情は、実の所はスツカリ聞きました。何程お隠しになつても、最早駄目で厶いますよ』 ベルツ『チヨツ、困つた妹だなア、オイ、カルナ、お前は兄を助ける気はないか』 カルナ姫『ハイ、貴方の出様によつて、お助けせない事も厶いませぬ。貴方は左守司様の御子息ハルナさまと結婚さしてくれますか』 ベルツ『ウーム、さうだなア、又、考へておかう』 カルナ姫『貴方が目の上の瘤、目的の邪魔者と附け狙ふ左守様の御子息、ハルナさまへ妹をやるのはさぞ御迷惑でせう。併し乍ら、恋愛問題と貴方の問題とは別物ですから、御心配なく許して下さいませ。私とハルナさまとの仲には決して忌はしい関係は結んで居りませぬ。相思の間柄で、極めてチヤステイテイーな恋愛で厶います。何時迄も年頃の娘を、セリバシーにしておくのは、兄としての役が済みますまい。ホホホホ』 ベルツ『ヤア、今時の女性の厚顔無恥には実に呆れ返らざるを得ないワ』 カルナ姫『貴方が政治欲に耽り、ヒルナ姫様に秋波を送つて厶るやうなものですよ。併し貴方のは決して正当と認める事は出来ませぬ……が、私の請求するコンジユギアール・ラブは正当の婦人としての権利ですから、此プロブレムに就いては、貴方も無暗に拒む訳には参りますまい。なア、シエール、さうぢやないか』 と言葉を家令の方に移した。 シエール『成程、姫様のお言葉は少しも矛盾はありませぬ。イヤ、私も大に共鳴致します。就いては姫様に考へて頂かねばならぬ事がある。貴方はハルナさまを熱愛してゐられる如く、左守神もヤツパリ愛して居りますか』 カルナ姫『恋しき夫の父君で厶いますもの、愛するといふよりも寧ろ尊敬を払つて居りまする』 シエール『お兄様を尊敬なさる程度に比ぶれば余程の径庭があるでせうなア』 カルナ姫『そらさうです共、兄妹は他人の始まりといふだありませぬか、ハルナさまと夫婦になり、子が出来ようものなら、それこそ親密な親子の関係が実際的に結ばれるのですから、左守神さまを兄に勝つて尊敬するのは当然ですワ』 シエール『イヤ、此奴ア怪しからぬ、モシ、姫様、元を考へて御覧なさい。御兄い様は本当の同胞だありませぬか、ハルナさまはアカの他人ですよ。只結婚と云ふ形式に仍つて、夫婦となり親子と名がついたものでせう。そこをよくお考へにならなくちや、肝心のお兄いさまに対し、血で血を洗ふやうな、惨事が突発するかも知れませぬ。能く胸に手を当てて考へて戴きたいものですな』 カルナ姫『ハイ、何れ熟考の上御返事を致しませう』 ベルツ『切つても切れぬ、同じ母体から生れた兄妹といふ事を忘れないやうにしてくれよ。ああ困つた妹だなア。之だから女に高等教育を施すと困るのだ。俺の両親は新しがりやだつたから、たうとうこんなアバズレ女にして了つたのだ』 カルナ姫『ホホホホ、私ばかりか、お兄い様迄、こんな悪党に、高等教育を施して作り上げて了つたのですよ』 ベルツ『チヨツ、コレ、カルナ、能く思案をして、利害得失を考へたがよいぞや。キツト兄妹の為にならないやうな事をしてはなりませぬぞ』 カルナ姫『ハイ承知しました。何卒兄妹のために兄妹の恋愛を妨害するやうな事は考へて貰つちやなりませぬぞや、ホホホホ、左様ならばお二人さま、十分に御思案をなさいませ。そして良心に恥るやうな事は一刻も早く改めて頂きたいものです。ハイエナ・イン・ベデコーツ的な行動をやつて、呑臍の悔を残さないやう、それのみ何卒も一度御熟考を願ひます』 と二人を諫め悠々として、吾居間に帰り行く。後に二人は呆然として吐息をもらし、暫し無言の幕を開いてゐる。 (大正一二・二・一二旧一一・一二・二七於竜宮館松村真澄録)
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霊界物語 53_辰_ビクの国1(ヒルナ姫とカルナ姫) 03 軟文学 第三章軟文学〔一三六六〕 ビク王国の制度は、左守司は王の師範役となり、国内一切の枢要なる事務を取扱ふこととなつてゐた。そして右守司は軍馬の権を握り、内寇外敵の鎮圧に努むる職掌であつた。左守司のキユービツトは、家令のヱクスと共に密談を凝らしてゐる。 左守『ヱクス、どうも今日の国情は日に月に悪化し、国民怨嗟の声は四方に充ち、各所に動乱起り、暴徒は其隙に乗じて民家を焼き放ち、白昼強盗往来し、人を斬り、婦女を辱め、天下は麻の如く紊れて来たではないか。ビクトリヤ王様も御老齢の身を以て、日夜宸慮を悩ませ玉ひ、余に向つて種々と鎮圧の道をお尋ね遊ばすけれ共、何を云うても斯かる時には兵馬の権を握つてゐない為に、強圧的に一時なり共鎮圧することが出来ない。何とかして右守司の職権を左守に移さなくては仕方がない。何とか妙案があるまいかな』 ヱクス『何と申しましても、右守司、奸侫邪智にして、ヒルナ姫様に取入り、権を恣に致して居りますれば、刹帝利様も、左守司様も、殆ど有名無実の有様、実に残念で厶います。加ふるに右守司、野心を包蔵し、国内の動乱を煽動し、紛擾をして益々大ならしめむとするの傾向が厶いまする。モ少し早く軍隊を動かし、鎮撫にかかつたならば、斯様な事にはならないのですが、右守司は胸に一物ある事とて、此紛擾を傍観し、軍隊を以て民に向ふは、政治の本義ではない、民心を怒らしむるは危険至極だと主張し、蔭から暴動を煽動し、自発的に貴方の退位を余儀なくせしめ、自ら取つて代らむとの野心が仄見えて居ります。何とか今の内に用意を致さねば、取返しのつかぬ大事が起るだらうと、私も昼夜心胆を砕いて居ります。加ふるに、甚申上げ難い事乍ら、左守司の跡をお継ぎ遊ばすべき御賢息様は、耽美生活だとか、軟文学だとか云つて、荐に妙な議論をまくし立て、国家の事などはチツトも念頭において厶らぬのだから、困つた事で厶います』 左守『如何にも、親の目にも、彼奴は困つた奴だと思つてゐるのだ。何とか彼を甘く改心させ、王様の為に舎身的の忠勤を励むやうにさせたいものだなア。併し仄かに聞けば伜のハルナは右守の妹、カルナに対しラブ・レタースを取交してゐるとやら聞いたが、それが果して真なら、何とかして此結婚を成立させ、災を未発に防ぐ手段を廻らさねばならぬ。国内の紛擾を治めむとすれば、先づ城内の暗闘を防ぎ、一致団結しておかねば右守司の術中に陥るやうな事があつては実に困るからなア』 ヱクス『如何にも御尤もな御説、ハルナ様とカルナ姫との間に、左様な消息があるとすれば、一つハルナ様に此処に来て貰つて、御意見を承はつた上、何とか工夫を致さうだありませぬか』 左守『それも一つの方法だ。ヱクス、お前一寸伜に会うて、意見を叩いて来てくれまいかな』 ヱクス『ハイ畏まりました。直様ハルナ様に御面会を願ひ、御意見を承はつた上、詳細なる復命を致しませう』 と左守の室を後にしてハルナの居間を訪れた。ハルナは一生懸命に机に凭れて、少し青白い顔をし乍ら、マトリモーニアル・インスティチューシャンズを繙き、読み耽つてゐた。そこへ頑強な無粋な忠義一途のヱクスが、古い頭をニユツと突出して、糊つけ物のバチバチを着たやうな四角張つたスタイルで、ソツと襖を引あけ、 ヱクス『ハイ、御免下さいませ。ヱクスで厶います』 ハルナは此声が耳に這入らぬとみえて、一生懸命に結婚制度史の上に目を注ぎ、ゲツティング・マリドだとか、フヰジオロヂー・オブ・ラブなどと首をかたげて考へて居る。ヱクスは頓狂な声を出して、 ヱクス『モーシ、ハルナ様』 と呼はる声にハツと気がつき、慌てて結婚制度史を机の引出しにしまひこみ、素知らぬ顔をして、膝の上に両手をキチンとおき、 ハルナ『ヤ、お前はヱクスだないか、僕が勉強してる所へ突然やつて来たものだから、面くらつて了つたよ』 ヱクス『又軟派文学でも耽読してゐられましたのでせう』 ハルナはハツとし乍ら、首を左右に振り、 ハルナ『アアイヤイヤ、軟派の文学などは青年の読むべきものでない、俺は硬派文学を耽読してゐるのだ』 ヱクス『それでも、貴方、机の上にマトリモーニアル・インスティチューシャンズがチヨコチヨコおいてあるだありませぬか』 ハルナ『ウンあれか、あれは結婚制度史だから、お前のやうな既婚者は必要はないが、吾々には強ち不必要と断ずることは出来ない。併し乍ら少し許り軟派でも硬派を研究比較上、一度は読んでおかなくちやならないからなア』 ヱクス『もし、ハルナ様、私は軟文学が大好物で厶いますよ。貴方の不在中にも、チヨコチヨコ拝借しまして、覗き読みをさして頂きましたが、随分面白いものですな』 ハルナ『吾々の参考書を無断で、お前は読んだのか、怪しからぬだないか』 ヱクスは頭を掻き乍ら、 ヱクス『ヘー、誠に済みませぬ、余り面白いものですから、お父上に、ソツとお見せ申しました所、此様な軟文学は汚らはしい、雪隠壺へでも放り込んで了へ……とお目玉を頂くかと思ひの外、流石はハルナ様のお父さま丈あつて、ヘヘヘヘヘ、開けたお方ですよ。内の伜もここ迄徹底したか、流石は私の息子だ。これならば左守の後を継がしても大丈夫だ……と以ての外のお喜び、口を極めて御讃嘆、イヤもう此頑固爺も意外の感に打たれ、それから後といふものは、スツカリ軟派に改悪……否改良致しまして、此古い頭もチツと許り新しくなりました。此書籍のお蔭で全くヰータ・ヌーバの気分になり、どこともなしに心が若やいで来ましたがな、アハハハハ』 とうまくハルナの精神にバツを合さうとしてゐる其老獪さ。ハルナはヱクスの心中を知らず、大に喜んで、 ハルナ『成程父上様も、時代に目覚め遊ばしたと見えるなア、イヤ有難い有難い。元より左守家は殺伐な軍馬の権を扱ふ家だない、文学の家だから、お父さまがさうなられるのも当然だ。お前も今迄の様に拙者の恋愛論に就て、此上ゴテゴテ苦情は云はないだらうなア』 ヱクス『ハイ、仰せ迄も厶いませぬ、頭は禿げても、気はヤツパリ十七八、貴方の御主義に全部共鳴して居ります。アハハハハ』 ハルナ『父上様はそこ迄人間味がお分りになつた以上は、僕の主義にキツト賛成して下さるだらうかな。レター・ライタの中に普通一般の往復文の中にラブ・レターズが混入してゐる今日の教育法だから、ラブ・イズ・ベストの真理は分つてゐるだらうなア。コーエデュケーシヤンの行はれてゐる今日、古い道徳に捉はれて、夫婦別あり、男女席を同うせずなどと、旧套語をふり廻したり、門閥結婚、強圧結婚、無情結婚、自分以外の者が定める結婚などの迷夢は醒まされたであらうなア』 ヱクス『決して御心配なさいますな。お父さまはジュネス・アンテレック・テーエルですよ。キヨロキヨロしてゐると、貴方よりも遥かに新しうなられますからな』 ハルナ『さうすると、僕のゲツティング・マリドに就ては決して干渉せないと云ふ御方針だな。今迄お前達の云つて居つた、アメージング・マリーヂな事を強られると、俺のやうな文明人士はサイキツク・トラウマを来し何時の間にか、ヒステリックになつて了ふ。今日の親はすべてを其子の自由意志に任すのが賢明なる親たるの道だからなア』 ヱクス『実に貴方は明敏な頭脳の持主ですな、此親にして此子あり、イヤ早、此頑固なヱクスも恐れ入りました。付いては貴方が理想の妻となさる御方はきまつて居りますか』 ハルナ『きまつたでもなし、きまらぬでもなし、今熟考中だ。何ぞ好い機会があつたらお前に相談してみたいと思つてゐたのだが、何分今迄のお前と俺とは思想上の距離が余り甚しいので、つい言ひ出しかね、今日迄煩悶苦悩を続けて来たのだよ』 ヱクス『ハハハ、そんな御心配がいりますか、娘が乳母に打あけるやうに、私は左守家の家令で厶いますから、万一お父さまが亡くなられた後は、貴方の直接の御家来、どんな事でも、腹蔵なく仰有つて頂きたう厶います。心の秘密を家令の私にお打明けなさらぬとは、実にお水臭い御心根、ヱクスはお恨み致します』 とワザとに袖に空涙を拭ふ。ハルナは得意になり、 ハルナ『ヤア、そんなら打明かすが、実の所は右守司の妹カルナ姫とゲッティング・マリドの予約が出来てゐるのだ』 ヱクス『エツ、何と仰せられます、あのカルナ様と情約締結が整うたと仰有るのですか……ヘーエ……何と貴方も辣腕家ですな。此ヱクスもゾツコンから感服致しました。ヤ、大におやりなさいませ、双手をあげて家令のヱクス賛成致します』 ハルナ『お前は賛成してくれても、肝心要の父上の御意思を伺はねば、まだ安心する所へは行けない、よく考へて見よ。右守左守両家の暗闘は時々刻々に激烈になつて来てゐるのだからなア』 ヱクス『貴方にも似合ぬ事を仰有いますなア。両家の暗闘は暗闘だありませぬか。人生に取つて肝心要の、それが為に、結婚問題までも犠牲にするといふ事がありますか、ソレヤ問題が違ひますよ。キツトお父上も此問題に就いては賛成遊ばすことは受合です。貴方の決心が定まれば、一時も早く、及ばず乍ら此ヱクスが斡旋の労をとらして戴きます。御安心なされませ』 ハルナはさも嬉しげに、包みきれぬやうな笑を頬に泛べて、恥かしげに俯いた。ヱクスはしてやつたりと、心中に頷き乍ら、 ヱクス『ハルナ様、善は急げで厶いますから、直様お父上に申上げ、先方に掛合ふ事に致しませう』 とイソイソとして、此場を立出で左守司の居間に一伍一什を報告すべく進み行く。 後にハルナは天にも上る心地して、 ハルナ『あああ、時節が来たかなア、よく開けた父上だ。盤古神王様、何卒此恋が完全に成就致します様に、守らせ玉へ、幸ひ玉へ、惟神霊幸倍ませ惟神霊幸倍ませ』 と合掌し、結婚の成立を祈願した。天井から鼠がクウクウクウチウチウチウチーチードドドドド、バタバタバタと鳴き乍ら走る声が聞えて来る。 (大正一二・二・一二旧一一・一二・二七於竜宮館松村真澄録)
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霊界物語 53_辰_ビクの国1(ヒルナ姫とカルナ姫) 06 気縁 第六章気縁〔一三六九〕 ヒルナ姫は意気揚々としてビクトリヤ王の居間に進入つた。ビクトリヤ王は経机にもたれ、一心不乱にコーランを繙いてゐた。 ヒルナ姫『御免下さいませ。ヒルナで厶います』 此声にビクトリヤ王は老眼の眼鏡越しに覗く様にして、 刹帝利『ヒルナ姫、今日は何とはなしに元気のよい顔だな。何か面白い事がありましたかな』 ヒルナ姫『はい、エー、早速で厶いますが、吾君様にお願が厶いましてお伺ひを致しました、コーランを御研究の最中にも拘らず御邪魔を致しまして済みませぬ』 刹帝利『ア、いやいや別に邪魔でもない。さうして願ひとは何事だ。早く云つて見たが宜からう』 ヒルナはモジモジし乍ら、満面に笑を湛へ、媚を呈し、言葉淑かに、なめつく様な声で視線を斜に向け乍ら、少しく体を揺りシヨナシヨナとして両手を膝の上に揉みつつ、 ヒルナ姫『吾君様、今日の国家の危急を救ふのには先づ第一着手として城内の内紛を鎮定せなくてはなりませぬ。それについて妾は日夜心胆を練つてゐました。漸く今日其曙光を認めましたので御相談に参りました』 刹帝利『成程、先づ国民を治めむとすれば、右守、左守司の暗闘を何とかして鎮めねばなるまい。然し如何しても彼等は思想が合ない犬猿啻ならぬ仲だから此際如何な手段を用ふるも何の効もあるまい。正直一途の左守司に対し権謀術数至らざるなき奸黠の右守司は、刹帝利としても、如何ともすべからざるものだ。彼の家は祖先から兵馬の権を握つて居るのだから、何時反旗を掲げるかも分らない。如何に左守司忠勇義烈なりとて兵馬の権を握らぬ中は、国家の禍害を除く事は到底不可能だ。何か其方は妙案を考へ出したのか、兎も角云つて見やれ』 ヒルナ姫『仰せの如く左守司は実に立派な人格者で厶います。それについて右守司は才子肌の男で、年も若く且つデモクラシーの思想にかぶれて居りますれば、保守主義と革新主義との両人の争ひ、如何にして之を調停せむかと苦心惨憺の結果、思ひつきましたのは左守司の伜ハルナと右守司の妹カルナ姫との結婚問題で厶います』 刹帝利『成程、それは至極妙案だらう。然し乍ら如何しても此結合は至難事であらう。一時は刹帝利の命に服従して仮令結婚を致すとも忽ち破鏡の悲しみを見るは目の前だ。さうなつた上は両家は益々、嫉視反目の度を高め、遂には累をビクトリヤ家に及ぼす様になつては大変だから余程考へねばなるまいぞ。一利あれば一害の伴ふものだ。それにつけても頑強なる律義一方の左守司は容易に承諾は致すまい』 ヒルナ姫『それは御心配遊ばしますな。最前も左守司を呼んで其意見を叩きました処、思ひの外打解けお国のためとなればお受け致します、嘸伜も満足致しませうと云つて帰りました』 刹帝利『何と、あの左守司がそんな開けた事をいつたかな。ウーン、之も時勢の力だ。忠義な家来は融通が利かず、融通の利く奴は悪い事を企むなり、真に股肱と頼む家来がないので心配致して居つたが、左守もそこ迄開けたかな。それは実に結構だ。併し乍ら右守司は如何だらうか。彼は亦頭の古い老耄れ爺と何時も排斥してる様だが、此縁談を承諾するであらうかな』 ヒルナ姫『それは御心配に及びますまい。実際の処は左守の伜ハルナと右守の妹カルナの間には、已に既に情約の締結が内々結ばれたと云ふ事で厶います。右守は元より此縁談は余り好まない様でしたが、肝腎の妹が諾かないものですから、到頭我を折つて賛成をする事になりました』 刹帝利『さうなれば左守、右守相並んで国政に鞅掌し、ビクトリヤ家の政治は万世不易だ、ああ実に嬉しい時節が来たものだな』 ヒルナ姫『左様で厶います。こんな嬉しい事は厶いませぬ。此儘両家暗闘を続けてゐませうものなら兵馬の権を握つた右守司は如何なる事を仕出かすか知れませぬ。遂には左守を亡ぼし、畏れ多くも刹帝利様を退隠させ、自分がとつて代らむとする野心を包蔵して居るかも分りませぬ。否確に其形勢が現はれて居ります。かかる危急存亡のビクトリヤ家を救ふのは、此結婚問題に越したものは厶いますまい。妾はホツト息をついた様な次第で厶います』 刹帝利『成程、お前の云ふ通りだ。然らば一時も早く左守司を呼び出し、彼に改めて申渡すであらう』 ヒルナ姫『早速その運びを致しませう。妾も此事が成功致しますれば、仮令死しても心残りは厶いませぬ』 刹帝利『アハハハハ、二つ目には死ぬのなんのと、左様な心細い事を云ふものではない。七十の老躯をさげたビクトリヤも未だ二十年や三十年は社会に活躍するつもりだ。お前は若い身を持つて、左様な事を思つたり、云つたりするものではない。言霊の幸はふ世の中だから、不吉の言葉は云はない様にして呉れ』 ヒルナ姫『はい不調法申しました。屹度心得ます。盤古神王塩長彦命様、見直し給へ聞直し玉へ』 と合掌する。そこへ恭しく衣紋を整へ参つて来たのは左守司であつた。左守司は末座に平伏して言葉もつつましやかに、 左守『吾君様、ヒルナ姫様、私は左守で厶います』 刹帝利『いや左守殿、いい処へ来て呉れた。さア近う近う。其方に折入つて申入れたい事がある』 左守『はい、然らば御免蒙りませう』 と云ひ乍ら恐る恐る一間ばかり間近まで進み寄り平伏した。 刹帝利『左守殿、其方はヒルナに聞いてゐるだらうが、気に入るまいけれど、ビクトリヤ家の為め、国家の危急を救ふために、汝の伜ハルナと右守の妹カルナ姫との結婚を申付けるから、承諾して呉れるだらうな』 左守『はい、畏れ多くも斯様な事までお心を悩まし奉り、実に感謝に堪へませぬ。仰せ畏み慎んでお受を致します』 刹帝利『流石は左守殿、満足々々。さア一時も早く此縁談に取かかつて呉れ』 ヒルナ姫『左守殿、吾君様のお言葉、有難くお受け致し、円満に此縁談を解決する様取計らつて下さい。それに就いては内事の司、タルマンを媒介として、此方より差遣はすによつて、其心算で居つたが宜らうぞ』 左守『はい、何から何まで、お心をつけられまして痛み入りまする。左様ならば吾君様、ヒルナ姫様、一時も早く館に帰り、準備にとりかかりませう』 と厚く礼を述べイソイソとして吾家へと帰り行く。後にビクトリヤ王とヒルナ姫は、直ちに神前に向ひ感謝の祝詞を奏上し、姫は慇懃に挨拶を述べて、吾居間に帰り行く。 (大正一二・二・一二旧一一・一二・二七於竜宮館北村隆光録)
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霊界物語 54_巳_ビクの国の物語2(後継者問題) 01 子宝 第一章子宝〔一三八七〕 叛将ベルツに荒されし見るかげもなきビクトリヤ 王の住家は漸くに治国別の宣伝使 其一行に助けられ九死の中に一生を 得たる心地の初夏の空塵も芥も根底より 吹き払はれて太平の再び御代となりにけり ヒルナの姫は復元の位に居直り忠実に アーチヂュークに仕へつつ神を斎りて城内は 云ふも更なり国中もいと安らけく平けく 治まりしこそ芽出たけれ。 叛将のベルツ及シエール其外の一派は国法に従ひ、反逆罪として重刑に処すべき所なりしが、治国別、松彦、竜彦、万公の斡旋に仍り、大赦を行ひ、両人は百箇日の閉門申付けられ、門口は四人の守衛をして厳重に守らしむる事となつた。 刹帝利(太公)は追々老齢に及び、世が治まるにつけて、前途の事を思ひ出し、嗣子の一人も無きに胸を痛めて居た。ビクトリヤ王はアーチ・ダッチェス(太公妃)との間に五男一女があつた。アール、イース、ウエルス、エリナン、オークス、ダイヤ女といふ子供があつたが、王は或夜の夢に……五人の男の子が自分を放逐し、ビクの国を五分して各覇を利かし、国内を紊した……といふ恐ろしい夢を見たので、ビクトリヤ姫に向ひ、深夜ソツと五人の実子を殺さむ事を謀つた。そして……今度腹にある子が男であつたならば、それも殺して了ふ、もし女であつたならば助けよう……とまで言つた。ビクトリヤ姫は之を聞いて大に驚きつつも、ワザと素知らぬ顔をして、……何程諫めても言ひ出したら後に引かぬ気象のビクトリヤ王は、到底五人の子を助けることはせまい、そして又自分の腹に出来た子が男であつたら如何しようか……と大変に心配をしてゐた。併し乍らワザと素知らぬ顔をして、胸に万斛の涙を湛へてゐた。それからソツと五人の男の子に父の決心を囁き、……一時も早く身を以て遁れよ……と命じたのである。五人の兄弟は大に驚いて、ビクトリヤ姫よりいろいろの物を与へられ、夜に乗じて、城内を抜け出でビクトル山の峰続き、照国ケ岳の山谷に穴を穿ち難を避け、猟師となつて生命を保つてゐたのである。ビクトリヤ姫は月盈ちて生み落した、慌て調べて見れば女の子であつた。ヤツと安心して、ダイヤといふ名を付けた。ダイヤ姫は七才になつた時、母に向つて、自分の兄弟のない事を歎いた。そこでビクトリヤ姫は五人の兄があつて照国ケ岳に猟師となり隠れて居ることをソツと物語つた。ダイヤ姫は之を聞くより五人の兄に会ひたくて仕方がなく、十歳になりし折夜秘に城を脱け出し、繊弱き足に峰をつたつて、照国ケ岳の谷間に漸く辿り着いた。行つて見れば、可なり大きな土窟があつて、獣の皮等が干してあつた。兄の四人は猟夫に出て不在であつたが、五人目の兄オークスが一人番をしてゐた。発覚を恐れて、如何なる人間も此処へ来た者は、一人も、打殺して帰さない事に五人は定めてゐたのである。そこへダイヤがヘトヘトになつてやつて来たので、オークスは目をギヨロつかせ乍ら、 オークス『お前は何処から来た者だ』 と尋ねた。ダイヤは涙を拭き乍ら、 ダイヤ『ハイ、私はビクトリヤ王の娘ダイヤと申します。お母さまに承はれば、……父上に秘密で、十年許り前から、此照国山に五人の兄さまが猟師をして隠れてゐられる。お父さまも年よりだから国替をしられたら帰つて来い……と云つて隠してあると仰有いましたので、私は兄さまに会ひたくて会ひたくて仕方がありませぬので、両親に隠れて尋ねて参りました』 と云つて、ワツと許りに泣き伏した。オークスはよくよくダイヤの顔を調べてみると、どこともなしに自分の兄に似た所がある、又母にも似てゐる。併し乍ら四人の兄が帰つて来たら何と云ふであらうか、仮令親兄弟と雖も命を取ると定めた以上は、此可憐な妹を殺しはしようまいか……と大変に心配をし、声を曇らせ乍ら、 オークス『お前は如何にも妹に間違ひはない、よう来てくれた。頑固一片の父王は夢を見たと云つて、吾々五人の兄弟を殺さうとなさつたのだ。それを母の情けに仍つて命丈を保つてゐるのだが、お父さまはまだ達者にしてゐられるかな』 と尋ねて見た。ダイヤは涙乍ら、 ダイヤ『ハイ、お父さまは極めて御達者で厶います。そしてお母さまは私の七つの年に兄さま達の事が苦になつて、それが元で病気にかかり、亡くなつて了はれました。跡へヒルナ姫といふ小間使がお父さまの妃となつて、今年で一年になります。私はお母さまは亡くなる、兄さまはゐられないし、城内に居る気がしませぬので、お後を慕うて参りました。モウ城内へは帰りたくありませぬから、何卒此処に何時迄もおいて下さいませ』 と両手を合せて、涙と共に頼み入る。 オークス『ああそれはよう尋ねて来てくれた。併し乍ら兄が帰る迄、お前は此葛籠の中へ隠れてゐてくれ、そして兄の腹を聞いた上、若も助けるというたら、公然と兄妹の名乗をさすなり、叩き殺すといつたら、気の毒乍らお前を此葛籠に入れておいて、兄の行つた後で、何ツ処へ送つてやるから……』 ダイヤ『何分宜しく頼みます、兄さまに会うて殺されても満足で厶います』 と唏嘘泣く。 オークス『モウ兄貴の帰る時分だから、サ、之へ入つてくれ』 と葛籠の中へダイヤを入れて素知らぬ顔をしてゐた。そこへ兄のアール、イース、ウエルス、エリナンの四人が兎や狸を捕獲してイソイソと帰つて来た。オークスは出で迎へ、 オークス『兄さま、今日は大変早う厶いましたな』 アール『ウン、此通り兎と狸が都合好く取れたので、今日は何だか気が急いて、お前の身に異状が出来たやうな気がしてならないので、急いで帰つて来たのだ』 と云ひ乍ら、足装束を了ひ、広い穴の中へ這入つて腰を下ろした。 アール『俺の不在中に変つた事はなかつたかなア、どうも気が急いて仕方がなかつたのだ』 オークス『ああさうで厶いましたか、実の処は妹が尋ねて来ました。けれ共吾々の規約に従つて叩き殺さうと思うたが、余り不愍なので、化者の真似をして追つ返してやりました』 と云つて、兄の意見を探つてみた。 アール『吾々に妹があるとは、ハテ合点が行かぬ、さうすると自分の出た後で、両親の間に出来た子であらうかな』 オークス『母が吾々が逃出す時に孕んで居つた、それが出産したのが女で、ダイヤと云ふ妹なんですよ』 アール『お前はなぜそんな者を追ひ返すのだ、俺も一遍会つてみたいのだが、ハテ困つた事をしたなア』 イース『モシ父にこんな所を悟られたら、沢山な軍勢を伴れて、又攻めに来るか知れない。帰なす位なら、なぜ可愛相でも殺さなかつたか』 アール『ヤ、殺すには及ばぬが、何故妹を止めておかぬのか、城内の様子も分るであらうに、何時迄も父が長生する筈もなし、お母さまさへ達者であれば、吾々は後へ帰つて、ビクの国を治める事が出来るのだが、妹が帰つたとすれば、コレヤ大変な事が起つて来る、一時も早くここを逃げ去り、どつかへ身を隠さねばなるまいぞ』 と心配相に言ふ。 オークス『妹の言葉に仍れば、お母さまは三年以前に亡くなり、お父さまは極めて壮健で、ヒルナ姫といふ腰元をアーチ・ダッチェースとなし、大変な元気だといふ事だから、吾々兄弟の望みは到底達しますまい』 四人の兄は慈愛深き母が亡くなつたと聞いて、一時に声を上げて号泣した。 オークス『兄さま、モシ妹が此処へ尋ねて来たならば、貴方は大切にしてやりますか、但は殺す考へですか』 と四人の兄の顔を覗いた、四人は声を揃へて、 四人『妹に怨みもないのだから、斯うなれば兄妹六人が何処迄も一つになつて、仲よう暮らし、時節を待つて目的を成就させやうだないか』 此言葉にオークスはヤツと安心し、 オークス『実は此葛籠の中に妹を隠しておいたのです』 と言つたので、直ちにアールは葛籠を開き、妹を労り、外へ出して五人がよつてたかつて、頭を撫で、背を撫で、兄弟六人しがみ付いて嬉し涙にくれてゐた。そして兄妹は此処に淋しい山住居を続けてゐたのである。 さて刹帝利の奥の間にはヒルナ姫、治国別、タルマン、キユービツト、エクスが小酒宴を開き乍ら、四方山の話に耽つてゐた。キユービツトは治国別に向ひ、 左守『三五の神様のお蔭、貴師方の御尽力に依りまして、叛将ベルツも漸く降服を致し、あの通り閉門を申付けられ、あ、これで一安心致しましたが、刹帝利様は御老齢の事なり、御世継がないので大変に心配を致して居られます。何とかして子を授かる法は厶いますまいかなア』 と心配相に尋ねた。治国別は此処ぞと、膝を進め、 治国『刹帝利様には、アール、イース、ウエルス、エリナン、オークス、ダイヤ様といふ五男一女があるぢやありませぬか。其方を礼を厚くしてお連れ帰りになれば、立派に御世継が出来るでせう』 左守『ハイ、仰の如く六人のお子様が厶いましたが、今は其お行衛が分りませぬので、実の所は刹帝利様もお年が老つて子が恋しうなり、心秘にお尋ねになつて居ります。併し乍ら、どうしても其お子様は行衛は知れず、仮令行衛は知れても御帰り遊ばすことは厶いますまい』 治国『刹帝利殿、拙者が六人のお子様を貴方にお渡し申せば、貴方は如何なさいますか。昔のやうな考へを起して、皆殺して了ふ心算ですか』 刹帝利は涙を拭ひ乍ら、 刹帝利『実の所は悪魔に魅入られ、悪い夢を一週間も続けてみましたので、敵が吾子となつて生れて来たものと信じ、五人の男子を一人も残らず打殺さうと、残酷な考へを起しましたが、それをどう悟つたものか、夜の間に城内を逃出して了ひ、どつかに潜んで計画をなし、何時自分を亡ぼしに来るか知れないと思うて、夜の目も碌に寝た事は厶いませぬ』 治国『それは貴方の御心得違ひといふもの、貴方のお子様は実に温良な方で、今はみじめな生活をし乍らも、国を思ひ、王家を思ひ、少しも恨んではゐられませぬよ。貴方が今改心して、六人のお子様を城内へお招きになれば、キツと孝養を尽されるでせう』 刹帝『まだ此世に生きて居るでせうか。但は生きて何か悪い事を企んで居りは致しますまいか……と心配でなりませぬ』 治国『決して御心配なさいますな。私が引受けませう』 刹帝『治国別様のお言葉なれば、決して間違はありますまい。何卒此世に居ります者なれば、一度会はして頂き度いもので厶います』 治国『宜しい、二三日私にお任せ下さい。キツとお会はせ致しませう』 刹帝利は半喜び、半不安の態乍ら、外ならぬ治国別の言葉を力とし、一切を任して了つた。左守、右守を始めタルマン、ヒルナ姫も一同に頭を下げ、治国別に、 『何分宜しく頼みます』 と涙と共に頼み入る。治国別は自分の与へられた美しい館へ帰り、松彦、竜彦、万公と相談の上、六人の子女を迎へ帰る事を謀つた。 茲に三人は治国別の命に依つて、ビクトル山を越え、照国ケ岳の山谷を指して旅装を整へ、六人の子女を迎ふべく、草鞋脚絆に身を固め、奉迎といふ各手旗を翳し乍ら、誰にも知らさず秘に尋ね行く事となりぬ。 (大正一二・二・二一旧一・六於竜宮館松村真澄録)
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霊界物語 54_巳_ビクの国の物語2(後継者問題) 07 婚談 第七章婚談〔一三九三〕 刹帝利ビクトリヤ王はフェザーベッドの上に横たはり、ヒルナ姫に足を揉ませ休んでゐた。何分老年の上に嬉しい事や、恐ろしい事等が一度に出て来たので体がグツタリと弱り半病人の如き有様で、どこともなく体が痛むので休養してゐた。そして世継のアールが此頃ソハソハとして城内に居らず、臣下の目を忍んで一人郊外に出で、日が暮れてから帰つて来てはシュナップスを呷り、酔うては大声を張り上げ近侍の役人共を手古摺らせる等の事が刹帝利の心を痛めた大原因となつてゐる。 かかる処へ左守のキユービツトは衣紋を繕ひ拝謁を乞うた。刹帝利は左守の伺ひと聞いて直ちに之を許した。左守はフェザーベッドの側近く進み寄り、両手をついて、 左守『申上げます』 刹帝『左守、何事だ。常に変つて其方の様子、何か又変事が突発したのではないか』 左守『ハイ、王様に申上げたら、嘸お驚き遊ばすで厶りませうが、アール様は人もあらうに卑しきサーフ[※愛善世界社版の脚注p304に「サーフ」の説明として「serf(英)農奴」とある]の娘ハンナとやら云ふ者をホーフスに引入れ、「何うしても此女でなければ結婚はしない。そして万一父が之をお聞届けなくば、城内を脱出し山猟師となつて田園生活を送る」と駄々を捏られますので、此老人も大変に心配を致しました。如何取計らつたら宜しう厶りませうかな』 刹帝利は左守の意外の注進に驚いて、ベツドを下り火鉢の前に端座し乍ら、 刹帝『嗚呼、ビクトリヤ王家も最早終末だ。肝腎の長子がサーフの娘を女房に持ちたいと云ふ様になつては、最早貴族も末路だ。如何したら宜からうかなア』 と双手を組んで思案の態、ヒルナ姫は側より手をついて、 ヒルナ『刹帝利様、さうお驚きには及びますまい。如何にアール様が耕奴の娘をお娶りになつた所で、家庭が円満に治まり、国家が太平に治まれば宜いぢや厶りませぬか。妾だつて腰元が抜摺され、尊き貴方の御見出しによつてアーチ・ダッチェスに抜摺されたぢやありませぬか。アールさまの結婚問題を御心配遊ばすならば、先づ刹帝利様から妾を放逐遊ばさねばなりますまい』 刹帝『うん、さうだな。親から手本を見せておいて吾子を責むる訳にも行くまい。いや如何なり行くも因縁だ。左守、アールの申す通りにしてやつて呉れ。さうして一応、治国別の宣伝使に御相談をせなくてはなるまいぞや』 左守は案に相違しヤツと胸を撫で下ろし、 左守『実の所は治国別様へお伺ひをして参りました所、治国別様のお言葉では、なるべく此結婚は整へたがよい、との事で厶ります』 刹帝『宣伝使のお言葉とあれば大丈夫だらう。善は急げだ、一事も早く伜に此由を伝へて呉れ』 左守『実に有難き君の仰せ、嘸アール様も御満足に思召すで厶りませう。之で郊外散歩もお止まりになるでせう。左様ならば之からお使に行つて参ります。何分宜しう、吾君様、ヒルナ姫様、お願ひ申します』 と欣々として此場を下がり行く。 アールの居間にはハンナと二人、いろいろの話が初まつてゐた。 ハンナ『もし、アール様、貴方は何と仰有つて下さいましても御両親様を始め頑迷固陋な老臣共が沢山ゐられますれば、屹度此話は駄目で厶りませう。何卒そんな事を仰有らずにお暇を下さいませ。そして貴方はビクトリヤ王の世継としてビク一国に君臨し相当の奥様を迎へて安楽に世をお送りなさる様お願ひ致します』 アール『エー、最前も云ふ通り、私は永らくの間山住居をし、放縦な生活に慣れて来たのだから、斯様な窮屈な貴族生活は到底堪へきれない。万一其方と添ふ事が出来なければ私はここを脱け出して山林に入り簡易生活を送る考へだ。何卒そんな心細い事云はずに俺の云ふ事を聞いて呉れ。頼みだから……』 ハンナ『私の様な耕奴の娘が一国の王様になるお方を堕落させたと云はれては申訳が厶りませぬ。出来る事ならばお小間使になりとお使ひ下さいまして此縁談だけは何処迄もお許し下さいませ。然し乍ら終身貴方のお側で御用をさして頂きますから……』 アール『私は刹帝利だの、浄行だの、毘舎、首陀等と、そんな区別をつける虚偽な社会が嫌になつたのだ。それで純朴のサーフの娘のお前と如何しても結婚をして見たいのだ。そして人間の作つた不自然な階級制度を打破し、上下一致、四民平等の政事をして見たいのだ。それが出来なければ私は現代に生存の希望はない』 ハンナ『そこ迄仰有つて下さるのならば私はお言葉に甘へて従ひませう。然し乍ら御両親に背きなさつて迄決行なさる考へですか。さうすればもはや此城内へ止まる事は出来ますまい。私の様な者を貴方の妻にお許し下さる筈はありませぬ』 アール『そら、さうだ。私も其覚悟はしてゐる。さア、之からソツと裏門から脱け出し、山林に入つてお前と簡易生活を楽しまうぢやないか。照国山には私が長く住まつてゐた古巣がある。そこへ行けばどうなりかうなり生活が出来るから……』 ハンナ『そんなら仕方厶りませぬ。お伴を致しませう』 アール『ヤ、早速の承知、満足に思ふ。さア早く旅の用意をしよう』 と二人は一生懸命に城内を脱け出す用意に取りかかつてゐた。そこへ左守は現はれ来り、 左守『御免なさいませ。アール様、一寸貴方にお父さまのお言葉をお伝へ申し度いと思ひ参りました。又足装束を遊ばして郊外散歩にでもお出ましになるのですか。郊外散歩にしては大変なお準備ぢやありませぬか』 アール『左守殿、実の所は私はここにゐると色々の女を勧められ気に合はぬ女房を持つのが辛いから、何処かへ脱け出す心算で居つたのだ。何卒頼みだから見逃して呉れ』 左守『いや、それはなりませぬ。今結婚問題の持上つた最中、そして貴方はここを出られてはなりませぬぞ。国家のため、王家のため、何処迄も刹帝利の後を継いで下さらねばならぬのです』 アール『さアその結婚問題が気に入らないので、脱け出さうと云ふのぢやないか。私がゐなくてもまだ四人の弟がある。その弟でいかなければ、国民の中から立派な人間を選り出して刹帝利の後を継がせばよいぢやないか。何も自分が後を継がねばならぬ神の命令でもあるまい。それよりも私はここに居る此女と山林に入り簡易生活を楽しむつもりだ』 左守『若旦那様、御心配遊ばしますな。此左守が東奔西走の結果、治国別様やヒルナ姫のお骨折によつて到頭刹帝利様のお心を動かし、ハンナ様と御夫婦とおなり遊ばす様にお話がきまりましたので御報告に参つたのです』 アール『うん、さうか、それは頑固な父に似ずよくまア開けたものだな。ヤツパリ之も時節の力だらう。併し乍らお前も一寸談判をして貰はねばならぬ事がある。それは外でもない、自由自在に夫婦が手に手をとつて城外の散歩をさして貰へるか、それもならぬと云ふのなら俺はこれから、此処を飛び出し田園生活を続ける覚悟だから』 左守『そんな事は御心配なさいますな。大丈夫で厶ります。屹度私が取もつて自由自在に御行動の出来る様に致しませう』 アール『父の証言を得て置かなくては、又後からゴテゴテ干渉されると困るからな』 左守『決して決して左様な御心配は御無用です。さア、早く、お父上が待つて居られます。お二人共お居間へお越しを願ひます。治国別様の方へも使ひを立てておきましたから、直お越しになるでせう』 アール『アアそんならお目にかからうかな。これハンナ、お前は私について来るかな』 ハンナ『ハイ、如何なる処へもお伴致します。卑しき妾の身、畏れ多う厶りますが、貴方に附属致した以上は、影法師の如く何処迄も跟いて参りませう』 左守司はヤツと安心したものの如く顔色を和げ、二人の先に立つて刹帝利の居間に誘ひ行く。 (大正一二・二・二一旧一・六於竜宮館北村隆光録)
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霊界物語 54_巳_ビクの国の物語2(後継者問題) 12 妖瞑酒 第一二章妖瞑酒〔一三九八〕 甲乙丙の三人はベツト、フエルの両人を庫の中へ突つ込みおき、代る代る入口に錠をおろして番をする事となつた。此屋敷は祖先代々から、玉木の村の里庄を勤めてゐる豪農で、庫の数が二十戸前も並んでゐた。ここへ入れへおけば、絶対に気のつく筈がない、窓から水や食料を放り込んで、娘の帰る迄、二人をここに監禁する事としたのである。そして二人のチユーニツクはスツカリはがせ、相当の衣類を与へておいたのである。甲の名はシーナといふ。此男はテームス家の譜代の家来であつて、テームス家一切の家政を司つてゐた。 さて道晴別はシーナに導かれ、テームス、ベリシナ夫婦の前に現はれて、シメジ峠の頂上でベツト、フエルに会うた事や或は其神力に打たれて此処迄引張られて来た事などを、詳しく物語つた。テームス夫婦は非常に喜んで茶菓などを出し、湯を沸せて風呂に案内し、宣伝服を着替させ、客室に請じ、娘の危難の事情を物語つた。 テームス『貴方は音に名高き三五教の宣伝使様、能くマア来て下さいました。併し乍ら何千といふ軍隊の中へ二人の娘が攫はれて参つたので厶いますから、いかに御神力強き貴方様でも、容易に取返して頂く事は難かしう厶いませうなア』 と顔を覗いた。道晴別は少時双手を組んで思案の体であつたが、何か確信あるものの如く微笑み乍ら、 道晴『ああ決して御心配なさりますな。到底一通りや二通りでは行きますまいが、何とか工夫を致しまして、敵中に忍び込み、お嬢さまを連れ帰ることに致しませう。併し乍ら連れ帰つた所で、又もや取返しに来られては何にもなりませぬ、此奴は徹底的に敵を改心させるか、但は追散らすか致さねば駄目でせう』 ベリシナ『どうか、老夫婦が首を鳩めて日夜心配を致して居りますから、神様の御神力に仍つて御助け下さいますやう、御願申します』 道晴『当家はウラル教と見えますが、貴方は三五教を信仰する気はありませぬか』 ベリシナ『ハイ、神様は元は一株、祖先が祭つた神様を俄に子孫が替へるといふのは、何だか先祖に対してすまないやうな気が致します。貴方の信仰遊ばす三五の神様をお祭り致しても神罰は当りますまいかな』 道晴『神様は一株だから、ウラル教にならうが、三五教にならうがそんな小さい事を仰有る神様ぢやありませぬ、そして最も神徳の高い詐りのない誠一つの教を信仰するが祖先へ対しての孝行で厶いませう。先づ第一に三五の神様をお祭り致し、其御神徳に仍つて、お二人様の命が助かるやう、願はうぢやありませぬか。それとも、どうしてもウラル教を改めるのが厭と仰有るならば、それで宜しい、決してお勧めは致しませぬから……』 テームス『婆の意見は何と申すか知りませぬが、これ丈朝から晩迄、ウラルの神様を信仰し乍ら、こんなに苦しい目に会ふので厶いますから、ウラル教の神様も此頃はどうかして厶るだらうと疑つて居ります。現にビクの国のビクトリヤ王様もウラル教でゐらつしやるのに、あの様な大難にお会ひなされ、三五の神様に助けられたとの噂が立つて居りまする。何卒宜しう御願ひ致します。ベリシナ、お前もヨモヤ異存はあるまいなア』 ベリシナ『貴方がさう仰有るのならば、女房の私は決して異議は申しませぬ。どうぞ祀つて貰つて下さいませ』 道晴『然らば三五教の神様と、ウラル教を守護遊ばす盤古神王様を並べて祀る事に致しませう。神様は元は一つで厶いますからなア』 テームス『いかにも仰の通り、実に公平無私なお言葉、先づ第一に神様をお祀り致し、其上娘を救つて頂く事に願ひませう』 とここに愈、夫婦の決心が定まつたので、道晴別は俄に神殿を作り、簡単なお祭をすませ、いよいよ猪倉山に向つて、スミエル、スガールの姉妹を取返さむと進み行く用意に取かかつた。幸、ベツト、フエルの軍服があるので、道晴別とシーナの両人は之を着用に及び、夜に紛れて陣中に進み入る事となつた。 シーナは近くの事とて、猪倉山の地理は能く知つて居つた。谷川の激流を右に飛び越え、左へ渡り、漸くにして東北西の三方深山に包まれた一方口の広い谷間に着いた。三千人許りの兵卒の中へ、同じ軍服を着て紛れ込んだのだから、上の役人ならば目につくが、軍曹や平兵の服では容易に見破られる気遣ひがないのである。 月は東の山の端を覗いて、谷川に光を投げてゐる。彼方此方の若葉の間から時鳥の声が面白く聞えて来る。見上ぐる許りの大岩の麓に四五人のバラモン兵が趺座をかいて夜警を勤めてゐる。何れも皆酒に酔うてゐるらしい。 甲『オイ、敵もないのに、毎日日日夜警計りやらされて居つては、つまらぬぢやないか。夜警も此頃はヤケクソになつて、ヤケ酒でも呑まなくちややり切れない。すつぱい腐つたやうな酒を、カーネル奴、……これは夜警に呑ませ……なんて吐しやがつて、自分等の呑みさし計りをまはして来るのだから、本当にむかつくだないか』 乙『だつて呑まないよりマシだ。別に之を呑まねば軍規に反すると云つて厳命したのでもなし、退屈だらうから、之でも構はねば呑んだらどうだと云つて、カーネルさまが下げて下さつたのだ、チツといたみた酒でも貰はぬよりマシぢやないか』 甲『さうだと云つて、自分達は芳醇な酒にくらひ酔、ホフクー、ゲスラートだと云つて、用もないのに、小田原評定計りやりやがつて、スミエル、スガールの頗る別嬪に酌をさせ、ヤニ下つてゐやがるのだもの、俺達雑兵は殆ど人間扱をされてゐないのだからな』 乙『馬鹿云ふな、そこが辛抱だ。辛抱さへしてゐれば、時節が来たら花が咲くのだ。之からゼネラルの命令に仍つて、猪倉山の城寨が完成した上は、近国を荒し廻り、馬蹄に蹂躙し、大共和国を建設するのだ。さうなれば何うしても人物が必要だ、何程雑兵だつて、汝でもキヤプテン位には登庸されるよ』 甲『ヘン、大尉位になつたつて、何が結構だ、貧乏少尉の、ヤリクリ中尉の、ヤツトコ大尉と云ふぢやないか、そんな事で何うして嬶が養へるか。せめてユウンケル位にしてくれりや、骨折つても可いのだが。三五教の宣伝使の三人や四人に恐怖して、こんな所へ籠城するやうな大将だから、先が見えてゐるワ、何と云つても、鬼春別、久米彦両将軍が馬鹿だからなア』 乙『オイそんな大きな声で云ふな。丙丁戊が居眠つたやうな面して聞いてるぞ。人間の心と云ふものは分つたものぢやない。いつ俺達の裏をかいて、畏れ乍らと、ゼネラルの前へ密告するか分りやしないぞ』 甲『ナニ、こんな奴がそんな事共致してみよれ、忽ちウーンだ』 乙『ウンとは何だい、又糞パツだな、そんな所でウンをやられちや臭くてたまらないワ』 甲『ハハハハ、分らぬ奴だな。三五教の言霊で、ウーンとやつてやるのだい』 乙『汝は元は三五教だな、此奴ア油断のならぬ奴だ』 甲『油断がなるまい。俺はチヤンとビクトリヤ城へ治国別がやつて来た時に、門の外にすくんで、どんな事やりよるかと考へてゐたら、両手を組んで、ウーンとやるが最後、何奴も此奴も体が動けぬやうになつたのだ。そして足計りは自由に動くものだから皆逃げよつたのだ。其呼吸をチヤンと呑み込んでゐる。グヅグヅいふと一寸やつてやらうか』 乙『ソレヤ面白い、一つ此所でやつてみよ』 甲『やらいでかい、マアみて居れ、汝に一つ霊縛をかけてやらう』 と云ひ乍ら、両手を組んで、一生懸命にウンウンと唸つてゐる。余り唸つたので唸つた拍子にブウブウと裏門へ一二発破裂した。 乙『アハハハハ、たうとう屁古垂れやがつたな。大方そんな事だと思うて居つたのだ。余りホラを吹くものぢやないぞ』 甲『俺達は、ヘーたれさまだ、口からホラを吹いて尻からラツパを吹くのが職掌だ』 乙『オイ、丙丁戊、早く起きぬかい。何だか、向ふの方から二人やつてくる様だ。モシや治国別の片割れぢやなからうかな』 治国別といふ声を聞いて、三人の泥酔者は俄に起上り、ソロソロ逃仕度をしかけた。 乙『コレヤ、まだ敵か味方か分らぬ先から逃げ仕度をする奴があるかい。卑怯者だな』 丙『分つてから逃げた所で仕方がないぢやないか、分らぬ先に逃げるのが兵法の奥の手だ。モシ敵でもあつてみよ、抜き差がならぬぢやないか』 乙『モシ敵が出て来たら、俺達が撃退するやうに、一歩も此所より中へ入れないやうに番をしてゐるのぢやないか、肝腎の時に逃げる奴がどこにあるかい。しつかりせぬかい』 かかる所へ道晴別、シーナの両人はチューニック姿で登つて来た。 甲『誰だア、名を名乗れツ』 と呶鳴りつける。 道晴『俺はバラモン軍の軍曹、デクといふものだ』 シーナ『俺はシーナといふ軍人だ。ゼネラル様の命令に仍つて汝達がよく勤めてるか勤めてゐないかを巡検に来たのだ、其ザマは一体何だ』 乙『ヘ、誠に済みませぬ。併し乍ら貴方もウスウス御存じでせうが、ゼネラルから賜つた此お酒、退屈ざましに頂いて居つたのです』 シーナ『頂いた酒なら、呑むなと云はぬが、軍務に差支ないやうに致さぬと困るぢやないか』 乙『ハイ、チツと過ごしましたが、よう考へて御覧なさい、別に敵が来るでもなし、さうシヤチ張つて居つた処で、暖簾と脛押しするやうなものです。私計りぢやありませぬ、皆附近の民家へ行つて、色々のドブ酒を徴発し、勝手気儘に呑んでるぢやありませぬか』 シーナ『かう軍規が紊れては、何うも仕方がない、これからチツと監督を厳重にせなくちやなりませぬなア、デクさま』 デク(道晴別)『ウン、さうだ、チツと之から厳しくやらう。オイ雑兵共、此川に橋を架け』 乙『ヘー、架けないこた厶いませぬが、カーネルさまの御命令に仍れば、……此橋を架けちや可かない……と云つて落されたのですから、一寸伺つた上でなくては、軍曹さま位の命令では聞く事が出来ませぬからなア』 デク(道晴別)『俺は此肩章を見たら分るが、一人は伍長だ。伍長と雖も、汝らの上官だぞ、なぜ上官の命令を聞かないか』 乙『ヘー、そんなら仕方がありませぬ、私達が橋になつて向方へお渡し申しませう。時に軍曹様、マアゆつくりなさいませ。ここに、何ならスツパイ御神酒がチツと計り残つてゐますがなア』 デク(道晴別)『そんな酒は俺は呑みたくない、今玉木村の豪農、テームスの宅へ闖入して、かやうな結構な酒を貰つて来たのだ。何なら、汝、これを一杯呑んだら何うだい』 因に此酒は非常に苛性的な狂乱を起す薬が入つてゐたのである。一寸一口呑むと、何とも知れぬ舌ざはりである。乙は、 乙『ヤア、軍曹殿、話せますなア、ヤツパリ泥棒軍の上官丈あつて、気が利いてますワイ』 デク(道晴別)『上官に向つて、泥坊とは何だ』 乙『それでも、人の内へ入つて、脅かして貰つて来るのは泥坊でせう、ヘヘヘヘ』 デク(道晴別)『マ一杯呑んで見よ、盃を出せい』 乙『盃なんか、気の利いたものはありませぬ、ここに竹製の臨時盃がありますから、何卒これに注いで下さい。竹筒に注いだ酒は又格別に甘いものですよ』 と云ひながら、竹筒をつき出す。デクは瓢からドブドブと注ぎ与へ、 デク(道晴別)『オイ汝一人呑んでは可かないぞ。これは妖瞑酒というて、一口呑めば三十年の命が延びるのだ。二口呑めば三十年の寿命がちぢまるのだ。それだから、之を五人に呑み廻すのだ』 乙『何と難かしい、気のじゆつない[※「じゅつない」とは「術無い」で、為すべき方法がない、という意味。]酒ですなア』 と言ひ乍ら、一口より呑めぬといふので、十分に口にくくんだ。何とも知れない可い味がする、モ一口呑みたくて仕方がないが、三十年の寿命が縮まるのも惜いと思つたか、惜相に甲に渡した。甲は一口呑んで其風味に感じ、又厭相に丙丁戊と呑みまはした。戊の口に廻つた時分は、ホンの舌がぬれる程より無かつた。五人は俄に踊り出し、息苦しくなり、川に飛込んだり、這ひ上つたり、訳の分らぬ事を喋り出して、一目散に陣中に駆込んだ。非常に猛烈な匂がする、此匂を嗅いだものは忽ち感染し、軍服を脱ぎすて、赤裸になつて、川中へ投げ込むのが特色である。次から次へ伝染して、三千人の軍隊の大半は剣を谷川に投すて、チューニックを脱いで、之れ又谷川に放り込み、赤裸となつて、ワイワイと訳の分らぬ事を囀り初めた。次から次へと伝染して、スボスボと赤裸になる者計りなので、カーネルのマルタは之を見て驚き、兎も角将軍に注進せむと本陣指して一目散に駆込んだ、赤裸の沢山の軍人は訳の分らぬ事をガアガアと囀り乍ら、列を作つて、将軍の陣営指して突喊し行く。 (大正一二・二・二二旧一・七於竜宮館松村真澄録)
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霊界物語 54_巳_ビクの国の物語2(後継者問題) 13 岩情 第一三章岩情〔一三九九〕 猪倉山の頂上には巨大なる猪の形をした岩倉がある。之を以て猪倉の名が出来たのである。山の五合目以上は全部岩を以て固められ、五合目以下は凄いやうな密林である。そして此岩には所々に岩窟の入口があつて、其内部は数里に渡つてゐると噂され、大きな蝙蝠が沢山に棲んでゐた。此窟内には所々に綺麗な水が湧いてゐて、少しも水には不自由がない。そして所々岩から甘露のやうな油がにじみ出し、之さへ嘗めて居れば、余り労働をせぬ限り、二ケ月や三ケ月は体力が衰へないと云ふ、天与の岩窟である。鬼春別、久米彦両将軍は部下の兵卒を探険の為に窟内深く進ましめ、調査の結果、別に恐ろしい猛獣も棲んでゐない事が分つたので、愈ここを本拠と定め、五合目以下に俄作りの兵舎を作つて、谷川を堺に立て籠もつたのである。此岩窟に居りさへすれば、いかに治国別が神力あり共、決しておとす事は出来まい、大雲山の岩窟よりも幾倍堅固であり、且広いかも知れぬ。両将軍はここを自分の千代の住家として全力を注ぎ、岩を切り拡げたり、いろいろ雑多として、三千の兵士の中で孔鑿に器用なものを選んで昼夜岩窟の鑿掘をやつてゐた。穴の入口の前には俄作りの事務所があつて、そこにはスパール、エミシのカーネルが固く守つてゐた。窟内の中央とも覚しき稍広き居間には鬼春別、久米彦両将軍がそこら中で徴収して来た葡萄酒を傾け、懐旧談に耽つてゐる。 鬼春『久米彦殿、かやうな堅城鉄壁に陣取つた上は最早大丈夫で厶るが、併し乍ら千載の恨事ともいふは、ヒルナ、カルナの両人を遁した事だ。此奴をどうかして奪り還す工夫はなからうかな』 久米『サア、命を的にかけさへすれば、奪り還されない事はありますまいが、あの通りライオンが、あの女には守護してると見えますから、一寸は難かしいでせう』 鬼春『何と云つても、目も眩むやうな美人だから、元より一通りの者ではないと思うてゐた。大方あれは何神かの化身であつたに違ない。ああ、馬鹿な目を見たものだ。久米彦、お前が気が利かないものだから、掌中の玉を取られて了つたのだよ。鼻はねぢられ、顔はかきむしられ、イヤもうゼネラルとしての貫目はゼロで厶る』 久米『何と云つても、あなたが率先して美人に魂をぬかれ遊ばすのだから、拙者がのろけるのは、言はば閣下の教育に依つたも同然、仕方がありませぬワ』 鬼春『馬鹿を申すな。カルナを始めて陣中に引張つたのは、貴殿では厶らぬか』 久米『あつて過ぎた事は云ふに及びますまい、それよりも今度ぼつたくつて来た、スミエルにスガールの両人、あれを何とか説きつけて、一時ヒルナ、カルナの代用品にしたら如何で厶る』 鬼春『イヤもう女には懲々した。あれは飯焚をさしておけば可いのだ』 久米『然らば両人に飯焚きをさせませう、そしてあなたが女に懲々なさつたとあれば、拙者が両人共頂く事に致しませう』 鬼春『イヤさうは参らぬ、貴殿が勝手に致す位なら拙者も勝手に致す』 久米『然らばあなたは上官の事でもありますから、姉のスミエルを御自由になさいませ。拙者はスガールを預りませう』 鬼春『スガールはカルナ姫に次いでの美人、スミエルは比較的醜婦だ。左様な勝手な事は出来ますまいぞ』 久米『然らば両人の自由に任せ、選択をさせたら如何で厶るかな』 鬼春『ヤ、それが宜からう、然らばスガールを呼出して、お前どちらが好きだか……と尋ねてみよう。そしてスガールの好きだと云つた方が彼女を自由にするのだ、無理往生さしても面白くない、又男らしうもないからな』 久米『そら面白いでせう、併し乍ら、あなたは軍服を見れば上官だと云ふ事が分つて居りますから、女といふ者は虚栄心の強いもの故、キツと地位の高いものに靡くは当然、それでは面白くないから、どちらもチューニックを脱ぎ平服になり、階級の高下が分らないやうにし、選ましたら何うでせう』 鬼春『ウン、そら面白い、それが本当だ。サ、早く誰かを呼んで、スガールを此処へ召伴れ来る様、お命じなさい』 久米彦はうち諾づき、此居間を出て、次の岩窟に至り、リウチナントのサムといふ男に、スガールを将軍の居間へ引つれ来る事を厳命した。リウチナントは『ハイ』と答へて、スガールの押込んである岩窟の一間に足を急いだ。両将軍は軍服を脱ぎ、平服と着替へ、顔の整理などして、色男の競争をやつて、今や遅しと待つてゐる。 暫くあつてスガールは恐る恐る中尉に送られ、将軍の居間にやつて来て、ビリビリ慄うてゐる。鬼春別は相好を崩し、 鬼春『オイ、スガール、お前も随分不便であらうの。此方は全軍を統率する将軍だ、ここにゐる男も亦同じく将軍だ。部下に悪い奴があつて、其方を斯様な所へ伴れて来たさうだが実に不愍な者だ。何うかしてお前を親の内へ送つてやりたいと、いろいろ両人が骨を折つてゐるのだが、何と云つても此山の麓は、三五教の軍勢が、幾万とも知れず、押寄せて来てゐるのだから、険難で送つてやる訳にも行かず、暫くマア此処で時節を待つたがよからう、そして不自由な事があつたら、どんな事でも聞いてやるから、遠慮なく言うたがいいぞ』 スガール『ハイ、思ひもよらぬ御親切、有難う存じます』 久米彦は鬼春別に女の気に入り相な事計り、先に言はれて了ひ、自分の云ふ事がないので、何うしようかなアと胸を痛めつつ考へ込んだ。どうやら鬼春別にスガールは思召がありさうに思はれるので、気が気でならず、 久米『ああ其方スガールといふ玉木の村でも有名な美人だ、本当に悪者の手にかかつて、かやうな所へ来るとは、不愍な者だなア、俺も同情の涙にくれてゐるのだ、どうかして、一時も早く玉木の村へ送つてやりたいのだが、今将軍のいはれた通り、敵軍が取囲んでゐるから、ここ暫くは辛抱してくれねばなるまい、バラモン軍に捉はれてゐなければ三五軍に捉はれてゐるのだ、それを思へば、お前は実に仕合せだよ。キツト敵を退散させてみる心算だから、何事も此方の申す事を信じて、楽んで待つてゐるが可いワ。なア、スガール、かう見えても、随分親切な男だらう』 スガール『ハイ、御両人様、御親切によう言うて下さりました。どうぞ宜しう御願申します』 鬼春『オイ、スガール、お前は此将軍さまと私と何方が優しい男と思ふか、それが一つ聞きたいものだなア』 スガール『ハイ、どちら様も、人情深いお方で厶います。併し乍ら、何だか知りませぬが、一口でも先へ、優しい言葉をおかけ下さつたお方が嬉しう厶います』 鬼春『アハハハハ、さうすると、此髭面の方が気に入つたと言ふのかな』 スガール『ハイ、別に気に入るといふ事は厶いませぬが、兎も角御親切な御方だと喜んで居ります』 鬼春『ウン、親切は分つてゐるが、もし仮りにお前が夫を持つとしたらば、何方を夫に持つか、それが聞きたいものだ』 スガール『どうぞ、そんな事は仰有つて下さいますな、妾は軍人なんか夫に持つ気は厶いませぬ』 鬼春『軍人が気に入らねば軍人をやめてもよい、そしたらお前は何うするか』 スガール『ハイ、御両人様が一度に軍人をやめて、普通の人間にお成り遊ばした時には妾はあとのお方に貰つて頂きます。併し乍らモツトモツト、綺麗な気の利いた男も世間にはありませうから、さうあわてるには及びませぬ』 久米『コリヤ、女、お前は年にも似合はず大胆な事を言ふ奴だなア、併し乍ら拙者が好きだと云つたな、エヘヘヘヘ、鬼春別さま、すみませぬが、御約束通拙者が頂戴致しませう、あなたはスミエルさまで御辛抱なさいませ』 鬼春『オイ、スガール、実際の事を云つてくれ、俺にも考へがあるから』 スガール『ハイ、実際の事を申しましたら、御両人様がお立腹遊ばしますでせう、マア言ひますまい』 久米『本当の事を云つてくれ、決して喧嘩はしない、何程将軍が御立腹遊ばしてもお前の意見できまるのだから、武士の言葉に二言はないのだから、サ、ここで、スツパリと久米彦さまが好きなら、言つたがよからうぞ』 スガール『バラモン軍の頭をして厶るやうなお方には、死んでも身を任す事は出来ませぬ。あなたは人民の仇です、かやうな所へつれ込まれ、あなた方の、獣の弄物になるのなら、死んだがマシで厶います、再び親の内へ帰らうなどとそんな未練は持ちませぬ、エエ汚らはしい、どうぞ殺して下さいませ』 鬼春『アハハハハ久米彦殿、如何で厶る。余り、得意になつて、ホラも吹けますまい』 久米『エエ仕方がない、牢獄へぶち込んでやろ、怪しからぬ事を言ふ奴だ。そして其方の考へ一つに仍つて、姉のスミエルも如何なる運命に陥るか知れぬから覚悟をせい』 と荒々しく呶鳴り立て乍ら、久米彦はスガールの手を無理に引ぱつて、長い隧道を伝うて行く。鬼春別は双手をくみ、首をうなだれて、独言、 『ああ此道計りは如何なる権力も強迫も駄目だなア、併し乍ら一旦言ひ出した事、此儘ひつ込んでは男が立たぬ、又久米彦に占領されては、尚々顔が立たない、何とか工夫をめぐらして、スガールの心を動かす方法はあるまいかなア』 と小声で囁いてゐた。一方久米彦は牢獄へ投ずると云ひ乍ら、長い隧道をくぐつて、曲り角の暗い所へ行つた時、 久米『オイ、スガール、お前本気であんな事云つたのか』 スガール『本気です共、妾は命は欲しくはないんですから、命を放り出してゐるのですもの』 久米『フーム、さうか、俺の為に命を放り出すと云ふのだな、ヤ、心底がみえた、感心々々、俺も其つもりで影から可愛がつてやろ』 スガール『エエ気色の悪い、誰があんたなんかに命を差出す者がありますか、悪の張本人、馬賊の親方みたいな男に、死んでも靡きませぬワ』 久米『ハハハハハ、ヒルナ、カルナの奴には惚れたやうな顔をして、甘く騙されたが、此奴ア又あべこべだ。此んな奴に本当のものがあるのだ、ここが一つ骨の折所だ』 と自惚れ乍ら、スガールの背中を撫で、猫なで声を出して、 久米『オイ、スガール、さう腹を立てるものぢやない、お前が俺の云ふ通りにすれば何事も都合好くゆくのだ。キツとお前のお父さまやお母さまに会はしてやるから、俺の言ふ通りになるのだ、可いか、よく物を考へてみよ』 スガールはとても抵抗した所で遁れない、一時のがれに何とかゴマかしておかうと俄に思案を定め、ワザと嬉しげに、 スガール『ハイ、本当の私の精神はお察し下さいませ、将軍様の前で厶いますから、あのやうに云つてみたので厶いますよ』 久米『アハハハハ、ヤツパリ俺の目は黒い、さうだらう。ヨシ、それなら俺のここに特別室があるから、ここへ這入つて居れ、将軍の方へは、お前を牢獄へぶち込んだと甘く云つておくから……』 スガール『それは有難う厶いますが、どうぞ姉さまと一緒において下さいな、別々に居るのも淋しう厶いますから、妾を真に愛して下さるのなら、恋しい姉さまと一緒において下さるでせうねえ』 久米『さうだ、二人おくのはチツと都合は悪いけれど、外ならぬお前の事だから、曲げて願を叶へてやろ、どうだ嬉しいか』 スガール『ハイ嬉しう厶います、サ、早く、何卒姉さまを呼んで来て下さいませ』 久米彦は打うなづき乍ら、自分の居間にスガールを忍ばせおき、スミエルを牢屋から引ぱり出し、自分の寝室に伴れ帰つた。 スガール『あれマア姉さま、会ひたう厶いました。何うしてゐらつしやいましたの』 スミエル『ハ、暗い暗い所へ一人入れられて、モウ死なうかモウ死なうかと覚悟してをつた所へ、憐み深い将軍様がお出で下さいまして、妹に会はしてやらうと仰有つて此処へ連れて来て下さつたのよ。将軍様、有難う厶います』 久米『ヨシヨシ、モウ心配はいらぬ、又時機をみて、親の内へ送つてやる。お前等二人は大きな声を出さずに、此処に隠れてゐるが宜しい、又鬼春別将軍に見付かると大変だから、私は一寸軍務の都合に仍つて、陣営を巡視してくるから』 と云ひ乍らピタリと戸をしめ、外から鍵をおろして、どつかへ行つて了つた。 (大正一二・二・二二旧一・七於竜宮館松村真澄録)
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霊界物語 55_午_ビクの国の物語3(玉木の里) 02 道謡 第二章道謡〔一四一〇〕 鬼春別ほか三人はチェニェク[※「チェニェク」は英語で軍服・制服のこと。チューニック(tunic)。]もホーレージ・キャップ[※「ホーレージ・キャップ」は英語のforage cap(フォーレージキャップ)で、兵士が被る略帽のこと。]も取外し、クリーケース[※「クリーケース」とは英語のcliquish(クリーキシュ)で「排他的」とか「党派根性」という意味。]気分に離れて、性来の本心にシンブリ・フヰケーシャン[※「シンブリ・フヰケーシャン」とは英語simplification(スィムプリフィーケィション)で、「単純化」「簡略化」という意味。]し乍ら、生れ赤児の様な気になつて、治国別と共にゴロゴロした岩と岩との間を伝うて、重い男を背に負ひ、一歩々々、三五教の祝詞は分らぬ為、バラモンの御経を唱へ乍ら、汗をタラタラ流して下り行く。鬼春別は今迄のゼネラル生活に似もやらず、苦力の様な御用を志願し、せめてもの罪亡ぼしと覚悟をきわめ、声を限りに、 鬼春別『東方には降三世明王。南方には軍荼利夜叉明王。西方には大威徳明王。北方には金剛夜叉明王。中央には大日大聖不動明王。唵呼嚕々々、旋荼利摩登枳、唵阿毘羅吽見娑婆呵、吽多羅屯干𤚥、見我身者、発菩提心、見我身者、発菩提心、聞我名者、断悪修善、聴我説者、得大智慧、知我心者、即身成仏、知我心者、即身成仏、阿褥多羅三貘三菩提心、帰命頂礼、修法加持、南無波羅門大尊天』 と一生懸命に祈つてゐる。久米彦も負ず劣らず、鬼春別の顰に傚うて、経文を称へむとしたが、余りの苦しさに言句つまり、一生の肝玉を放り出して、三五教の讃美歌を捻り出し歌つて見た。不思議にも三五教の歌なれば、水の流るる如く、惟神的にほとばしり、身体の苦痛も何時しか忘れて了つた。 久米『神が表に現れて善神邪神を立別ける 何猪口才な三五の神の使が如何にして 神力無限の自在天大国彦に敵し得む 馬鹿を尽すも程がある只一息に攻め寄せて 三五教の神柱一泡吹かしくれむずと はるばるハルナを立出でて夜を日についで大野原 険しき山を攀ぢ登り沼河数多打渡り 浮木の森に屯して吾れは片彦将軍と 馮河暴虎の勢で河鹿峠を登り行く 神の守りし此軍いかでか敵に破れむや 進め進めと下知しつつ河鹿峠の八合目 進む折しも宣伝使治国別が現れて 生言霊を打出し其神力に圧倒され 全体くづれ逃出す其光景の惨めさよ おぢけついたる吾々は進みもならず退くも 吾神軍の体面に拘り来る一大事 暫くここで痩我慢張つて時節を待つべしと 鬼春別の将軍に謀りて来るビクトリヤ 渠が居城を襲撃し凱挙げたる其時に 天津乙女か天人か但は神の御化身か 譬方なきヒルナ姫カルナの姫の両ナイス 駕籠に舁がれ出で来り吾等二人をいろいろと 恋の魔の手にあやなして吾全軍を紊しけり 神ならぬ身の吾々は女と思ひ気を許し いと残酷な恥をかき男の面に泥を塗り 悔しまぎれに猪倉の山の岩窟に立籠り 玉木の村のテームスが館に美人ありと聞き 部下の兵士遣はして苦もなく奪ひ帰らせつ 千変万化の秘術をば尽して挑み戦へど 挺でも棒でも動かない意想外なるスガール姫の 清き誠の剛情に流石の吾等も辟易し 持あぐみたる時もあれ道晴別の宣伝使 シーナと共に現れて言霊車押出せば 味方は一時に驚いて一時のがれの窮策に 前後見ずにふん縛り千尋の深き陥穽に 押込みたるぞ浅ましき又もや第二の候補者を あさりて軍の無聊をば慰めやらむと謀る内 再び聞ゆる宣伝歌雷の如くに響き来る 吾身に巣ぐふ曲神は驚き慌てふためきて 肉体見すてて逃げ出すそれより吾等は夢も醒め 曇り切つたる魂に忽ち日月輝きて 吾身の愚眛を自覚しぬああ惟神々々 尊き神は吾々を未だ棄てさせ玉はぬと 悟つた時の有難さ旭は照る共曇る共 月は盈つ共虧くる共仮令大地は沈む共 一旦神に従ひし此久米彦はどこ迄も 前非を悔いて三五の教の為に身をつくし 心を砕き只管に真の務めに仕ふべし 先づ第一に吾々は神に帰順の首途と シーナの司を背に負ひ此急阪を下りつつ 行かれる道ぢやなけれ共鍋をかぶつてテームスの 館に進み今迄の百の罪をば謝罪して 三五教の信徒と仕へ奉らむ惟神 許させ玉へ大御神国治立の大前に 謹み敬ひ願ぎまつる』 と述懐を歌ひ乍ら下り行く。松彦は先頭に立ち、心静に小声で歌ひ乍ら降り行く。 松彦『音に名高き猪倉の山の砦に三五の 教の司四人連スミエル、スガール両人を 救はむ為に出でませし道晴別の宣伝使 シーナの司を救はむと玉木の村のテームスが 依頼を受けて登り行くバラモン教の軍人 三千余騎が立籠り天地も震ふ勢に おめず恐れず惟神神のまにまに出でゆけば 無人の野辺をゆく如く足も安々気も軽く 事なく岩窟に立向ひ思ひもよらぬゼネラルが 清き心の御光に吾等の胸も晴れ渡り 敵と味方の隔てをば科戸の風に吹払ひ 恨も夏の山路を神の恵の露に濡れ 下りて来る勇ましさああ惟神々々 猪倉山の谷水はいや永久に淙々と 飛沫をとばし水晶の玉を岩間にかざしつつ 自然の音楽相奏で吾等一行の凱旋を 宛然祝する如くなり木々の梢は青々と 天津御風に吹かれつつ清き音楽合唱し 彼方此方に鳴き渡る山時鳥声清く 名さへも知れぬ諸鳥が歓喜の声を張り上げて 天の岩戸の御前に楽を奏上したる如 勇みの声は遠近に耳をすまして聞え来る 天国浄土の真相を今目のあたりみる心地 げにも楽しき次第なりああ惟神々々 神の恵に包まれて四人の難を救ひつつ 玉木の村を指して行く今日の旅路の楽しさよ ああ惟神々々神の御前に成功を 慎み感謝し奉る』 万公は一行の最後より、山道を下り乍ら、歌ひ出したり。 万公『猪倉山の岩窟は世に聞えたる大魔窟 鬼が棲みしと世の人の怖れてよらぬも無理ならず 鬼雲彦の大棟梁大黒主に仕へたる 鬼将軍と聞えたる鬼春別が陣取つて 鬼か大蛇か曲津見か八岐大蛇のする様な 人の娘を誘拐し酒の肴に朝夕に 供へむものと企みたる其計略も曝露して 三五教の宣伝使治国別の一行が 案内もなしに穴の中穴面白や面白や あんなを狙うた蛇蛙今や呑まむとする時に ヌツと現はれ万公司捻鉢巻もいかめしく ドンドンドンとつめよつて鬼春別のゼネラルの 肝を冷した健気さよああ勇ましや勇ましや これから万公神司玉木の里に立向ひ 手柄話を打明けてテームス夫婦を驚かせ 其軍功を誇りつつ金鵄勲章の代用に スガール姫を頂戴し夫婦が手に手を取かはし 御伴の役を辞職して玉木の村の里庄とし 傍神を念じつつ安く一生を送らむと 期待したりし吾願漸く成就の暁に 向つて来たか有難や神の御為道の為 お菊の奴を思ひ切り又もやダイヤを諦めて 三遍蛇の子のスガール姫如何に無情な師の君も 今度は聞いてくれるだろ万公の様な人格者 神の司は荷が重い霊相応といふことを 考へ遊ばし治国の吾師の君よ改めて 此縁談の斡旋をすすめて下さい頼みます 旭は照る共曇る共月は盈つ共虧くるとも 仮令大地は沈むとも此事聞いて下さらば 霊相応の働きを致してお目にかけませう ああ惟神々々キツと願望成就して 里庄の家の婿となり名を末代に輝かし 村人達を三五の誠の道に救ひやり 三五教の神徳を堅磐常磐にあらはさむ 許させ玉へ師の君よ金勝要の大御神 イドムの神の御前に今から願ひおきまする』 と自分勝手な脱線歌を歌ひ乍ら、山路を下り行く。道晴別、シーナ、スミエル、スガールは万公の歌を聞いて吹き出し、背に負はれ乍ら負傷の苦を忘れて、『アハハハ、オホホホ』と笑ひ出した。併し乍ら万公の此外のいろいろ面白き、間断なき歌に、一同は面白可笑しく笑ひに紛れ、いつとはなしに玉木の村のテームスが門前に無事に帰ることを得た。 (大正一二・二・二六旧一・一一於竜宮館松村真澄録)
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霊界物語 55_午_ビクの国の物語3(玉木の里) 05 飯の灰 第五章飯の灰〔一四一三〕 テームス夫婦は下僕のアーシスと共に、四人の介抱に全力を尽して居た。治国別以下八人のお客に対してはアヅモスを以て接待係となし、治国別の急ぎ此処を出立せむとするを聞いて打驚き、せめて道晴別の病気全快する迄、吾家にとどまり玉はむ事をと、頻りに懇願した。治国別は止むを得ず、四方庭先をめぐらした、可なり広き別宅に入りて、バラモン組の連中に三五の教理を日夜説き諭してゐた。万公は此家に到着し一度顔を合したきり、台所の方に廻つて、下女のお民を主人気取で使役し、家事万端に注意を与へてゐた。 万公『オイお民、汝も俺の家へ来てからまだ間もないのだから、勝手も分るまい、そして田舎出のホヤホヤで、どこ共なしに土臭い。これから家事万端の事を、若主人の万公別が教へてやるから、其心算で、何事もハイハイと服従致すのだぞ』 お民『万公別さまとやら、根ツから御結婚の話も聞ませぬし、一体何方のお婿さまになられたのですか。何だか主人の様な気がせなくてなりませぬワ。又大家の主人たる者が炊事場へやつて来て、下女をつかまへて指図をするといふやうな卑劣な事では、下男や下女はケチ臭い主人だと云つて、排斥しますよ』 万公『馬鹿を言ふな。隅から隅迄気がつかなくては、一家の主人たる資格がない。今迄のやうな主人面をして居つては、之丈税金のかかる時節、どうしても会計が持てぬぢやないか、それだから上下一致して、先づ第一に家内の整理を按排し、而して後外部の仕事にかかるのだ』 お民『お嬢さまを始めお客さまの病気で、御主人は御手が引けず、アヅモス、アーシスのお二人は病人やお客さまに係つてゐるなり、さう八釜しう言つて貰つても、何程千手観音さまだつて、女一人で、こんな広い内がどう甘く行きますものか。チツと考へて御覧なさい。アオスから晩まで、独楽の様な目にあはされてキリキリ舞をしてゐるのですよ、喧ましう云つて下さるな。お前さまは贋主人でせう。そんなこと云つてもあきませぬよ』 万公『馬鹿云ふな、汝一人で忙しいから俺が主人の身をも省みず、汝の苦衷を察して手伝に来てやつたのだ。チツとそこらの掃除をせぬかい、此散らけ様は何だ』 お民『掃除どもする間がありますか、庫の中に居るバラモンのお客さまには握り飯を放り込んでやらねばならず、水を持つて行かねばならず、夫れに俄の沢山のお客さま、チツとお前さまも手伝ひなされ』 万公『ナニ、バラモンのお客さまが庫に居るとは此奴ア妙だ、何と云ふ奴だ』 お民『何でもフエルとかベツトとかいふ男ですよ』 万公『ウン其奴ア面白い、臨時其奴を下男として使つてやらう。さうすればベツト、フエルも喜ぶだらう、オイお民、庫の鍵を貸せ』 お民『本当に万公さま、貴方は若主人ですか。主人に間違ひなければ鍵を渡します。サア之を持つてお行きやす。東から三つ目の庫ですよ』 と庫の鍵を抽出から取出して万公に渡した。万公はイソイソとして鍵を携へ、庫の戸をあけ、怖相に中を一寸覗いてみると、フエル、ベツトも又ブルブルもので庫の隅に抱き合うて縮かみゐる。 万公『オイ、バラモンの大将、俺は当家の若主人だ。今日は許してやるから下男の代りに家内の掃掃除をするのだ。随分お客が俄に殖えたのだから……ヨモヤ厭とは申すまいな』 フエル『ハイ、若主人様の御仁慈有難う存じます。どんな事でも致しますから、何卒お使ひ下さいませ』 二人は万公を本当の若主人だと信じて了つた。 万公『サ、先づ座敷の掃除からやるのだ。オイ、フエル、ベツトの両人、随分広い間だから一寸骨が折れるぞ。骨折ると云つても障子の骨折つちや、忽ち幾分かの損害だから、充分注意をして貰はねばならぬ、先づ掃除の仕方から教へてやらう、……一番に戸障子を開け放つて了ひ、どうしても動かす事の出来ぬ大切な品物は被物をかけておくのだ。それから払塵のかけ方は天井のスミズミから戸障子腰張りといふ順序に、上からダンダンと払塵の先で品よくハタくやうにするのだ。一寸今俺が標本を見せてやる……コレ此通りだ。腕をニユツと伸ばし、手首を下向けるやうにしてやりさへすれば、棧に柄が当らず、埃は甘く散つて了ふ。ハタキが済むと今度は箒を使ふのだ』 フエル『ハイ有難う、箒使ふ位はよく知つてゐます。オイ、ベツト、汝も此箒を以て掃くのだ』 と云ひ乍ら両人は一生懸命に畳を掃き出した。 万公『コラコラそんな掃き様があるか。箒の使方は畳の目に添うて掃かないと、塵がスツカリ畳の中へ入つて了ふぢやないか、汝のやうに箒の先を上げよつて使ひよると、埃がそこらへ飛びさがして、箒は損むなり、又元の障子の棧へ止まつて了ふぢやないか。そんな中央の方斗り掃いたつて何になる、隅々をよく掃きさへすれば、中央は独り美しうなるのだ。そして掃掃除が済んだら、箒を吊つておくのだ、立てておくと、すぐに薙刀の穂先のやうに曲つて了ふぞ。掃除がスツカリすんだ後は、先に付いてをる塵を除つておくのだ』 フエル『モシ、御主人様、随分貴方は能う気がつきますな、丸で女みた様ですワ』 万公『きまつた事だ、変性女子の瑞霊だ、サ、之から水の御用だ。箒がすんだら、雑巾がけをやるのだ。雑巾は能く水につけ揉み出して、可なり固く絞り、力を入れて拭かないと、却て縁板が汚くなるぞ。バケツの水も度々取替へぬと駄目だ。雑巾のかけ方は板の目に添うて、雑巾をよく折返して拭くのだよ。椽の隅は雑巾を三角形に折つて拭くと、スミ迄綺麗になる。ニス、漆の上等の材木などは、湿つた雑巾をかけては却て悪くなるものだ。乾いた雑巾を根に任して使ふのだ。朝晩の拭掃除も門掃も硝子研きも、雑巾掛も皆人格の修養だ、そして社会奉仕の一つだ。あああ主人になつても、並や大抵の事ぢやないわい。コリヤコリヤ、バケツの水が汚れてゐるぢやないか、なぜ新しいのと汲み替へぬのだ。そんな泥のやうな水で雑巾を絞るものだから、これみい、板の間に白い筋がついてるぞ』 フエル『オイ、ベツト、難しい主人だな、やり切れぬぢやないか』 万公『一寸主人に跟いて来い、之から飯焚を仰付けてやる』 フエル『ヘーヘー、仕方がありませぬ。永らく庫へ放り込まれ、折角外へ出して貰うたと思へば、煙草一服せぬ前に、下男や下女の役目を仰付けられ、実に光栄です』 万公『ゴテゴテ申さず、俺の後へ跟いて来るのだ』 と大手をふり乍らお民の飯焚場へやつて来た。 万公『オイお民、鍵をしまつておいてくれ、サア之れだ。新参者の男衆が二人出来たから汝も心易うしてやつてくれ。但心易うせいと云つても程度問題だ。併し汝の頬ベタは赤いから、いかな物好でも、つまみ喰ひする奴はあるまいから、マア安心だ』 お民『ヘン、放つといて下さいませ、怪ツ体な旦那様だなア』 万公『オイお民、四つも五つも一度に竃に火をつけてるが、一体何を焚いてるのだ』 と云ひ乍ら、鍋の蓋を一々取つてみて、 万公『ヤア此奴ア飯だ、……此奴ア副食物だ、……コリヤコリヤお民、飯が煮え立つた後は、火をズーツと弱めるのだぞ。そして白い泡を外へこぼさない様にするのだ、米の甘味がスツカリ帰んで了ふからな。火を焚く時には仕事の手順を考へて、ズツと続けて用ふる方が、火力の経済となるから、汝のやうに一遍に冷たい竃をぬくめようとすると、大変な損だぞ。余つた火を次へ廻しまわしすれば、何程経済上利益かも知れぬ。火を焚く時はよく調節して、炎の先が鍋の底に当る程度のものにしておけば、それ以上外へ火がねぶる様な事では焚物が無駄になる。オイ、フエル、ベツト、汝も俺の云ふ事をよう聞いておけ。第一テームス家の損になる事だからな。奉公人根性と云つて、主人の居らぬ時にや、不経済な事許りしよるから、今までとはチツと違うぞ。今度の主人は経済学者だからなア』 お民『ホホホホ主人が鍋の蓋をあけて調べる様になつたら、最早其家は駄目ですよ。余程家の財政が苦しいとみえますなア』 万公『馬鹿云ふな、冥加と云ふ事を知らんか。オイ、ベツト、フエル、お前はこれからお客が多いのだから、お民の仕事を手伝つてやつてくれ。第一経済を重んじて、薪や炭を粗末にせない様に頼むぞ。よく乾いた薪を用ゐ、無暗に沢山釜の下へ捻ぢ込むと、却て燃えが悪く、燻つて了ふ。割木なら、太い奴を四本位くべるのだ。そして薪と薪とが重ならぬやうに組合さないと、燃えにくいぞ。そして物が煮え上つたら、使ひさしの薪はすぐに消すのだ。火消壺へつつ込むか水をかけるかしてなア……』 フエル『ハイハイ畏まりました。オイ、お民さま、俺も少しは陣中で飯焚もやつた事がある。チツと俺が標本をみせてやらう』 お民『アタ暑いのに困つてをつた所ですよ。マア、チツと此処で腰でも下してお前のお手際を拝見しませう』 万公『オイ、お民、焦げ臭いぢやないか、早く焚物を引かぬかい』 お民『余り俄旦那さまが喧しう仰有るものだから、外へ気を取られてお飯が焦げついたのですよ、黒くなつたら、フエル、ベツトに食はしたら宜しいワ、ホホホホ』 万公『オイ両人、何とかせぬかい、鍋がペチペチ云ふとるぢやないか』 フエルは手桶の水を慌てて竃の下へぶちやけた拍子に、ブーと灰が一面に立上り、炊事場は真黒になつて了つた。そして体中灰まぶれになり、鼻をつまんで、四人とも表へ駆け出し、空気を吸うてゐる。 アヅモスは朝飯が遅いので腹をへらし、炊事場の様子を考へに来ると、そこら一面灰煙が立つてゐる。アヅモスは大声で、……『お民お民』と呼んだ。お民は外から…… お民『ハイ、二の番頭さまですか、何ぞ御用ですかい』 アヅモス『何をキヨロキヨロしてゐるのだ、早く御飯を持つて来んかい、皆お客さまがお腹がすいてるぢやないか』 お民『エ、お前は男の癖に、喧しう言ふものぢやありませぬ。今若旦那さまと一生懸命に、御飯をたいてゐた所ですよ』 アヅモス『当家に若旦那のある筈がない、何を呆けてゐるのだ。此処辺スツカリ灰まぶれぢやないか、チツと掃除をせぬかい』 万公は裏口から灰だらけの炊事場へ帰り来り、 万公『ア、お前はアヅモスか、俺は若主人の万公別だ。今お民に炊事の教授をしてゐた所だ。たつた今調理して新参者のフエル、ベツトに膳部を運ばすから、病人の介抱を神妙にして来い。そして舅姑殿にもチツと遅うなつてすみませぬが、たつた今、持つて参りますと……さう云つといてくれ』 アヅモス『ヘーエ、妙ですな。貴方何時の間に御養子になられたのですか』 万公『そんなこた尋ねる丈野暮だ。スガールに聞いてみよ、それで分らな、今度出て来た俺等の家来の竜彦に聞いて見りや分るのだ。エエ男が炊事場へ出て来るものぢやない、若主人の言ひ付だ、早く彼方へ行け』 アヅモスは怪訝な顔をしてスゴスゴと此場を立去り、病室に引返した。 万公、お民、外二人は箒や雑巾やハタキで再び大掃除をなし、鍋蓋の隙から、這入つた飯の上の灰を杓子で削り取り、水桶の中へ落して洗ひ、 万公『此家は俄に客がフエールの 飯焚男泡を吹くなり。 泡ふいた飯も知らずに焦げつかし 心を焦がす四人連れかな』 フエル『若主人掃除万端指図して 飛び廻りたる灰神楽かな。 灰神楽かぶつて体は泥まぶれ 飯の灰をば払ふ可笑しさ。 払うても又払うても飛んで来る 灰は四隅に立ち上りつつ。 お民さま胸を焦がして居るとみえ 飯の焦げたも知らぬ熱情。 若夫婦、夫婦々々と泡を吹く 声聞付けて飯を焦がしつ。 胸焦がし飯を焦がして灰まぶれ 此御馳走を配膳と云ふ』 斯く馬鹿口を叩き乍ら、灰まぶれの膳部を拵へ、慌ただしく朝飯を客間と病室に持運んで行く。 (大正一二・三・三旧一・一六於竜宮館松村真澄録)
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霊界物語 55_午_ビクの国の物語3(玉木の里) 16 幽貝 第一六章幽貝〔一四二四〕 鬼春別の治道居士道貫素道求道居士 此四柱の修験者北の森をば立出でて ブーブーブーと法螺の貝吹き立て山野の木精をば 響かせ乍らスタスタと杖を力に進み行く。 治道居士は北の森を立出で、三人と共にシメジ峠の南麓に着いた。これから先は非常な難所が処々にある。人通りさへなき昼猶暗き樹木の茂る坂道を喘ぎ喘ぎ登り乍ら足拍子をとり歌ひ行く。 治道居士『猪倉山の峰続き此処は名におふシメジ坂 駒も通はぬ阪道を神の手綱に曳かれつつ 沙門の姿に身を変へて至善至上の神の道 治めて世人を救はむと心の駒に鞭撻つて 吾々四人は登り行くハアハアハアハアきつい阪 御一同気をつけ成されませもしも転落した時は 折角神に許された照国山の荒行も サツパリ駄目になりまするああ惟神々々 昨日に変る今日の空ハアハアハアハアウンウンウン 実に騒がしき蝉の声そのひぐらしの杣人も 容易に渡らぬ此阪を登るは苦しき様なれど 山と積みてし罪科を神の御水火に祓はれて 栄え久しき天国に上りて行かむ首途と 思ひまはせばハアハアハア何程阪は峻しとも 如何でか怯まむ惟神進めば広き平地あり 此難関を乗り越えて花爛漫と開きたる 神の御園に進みなば今絞り出す汗脂 苦もなくここに拭き取られ神の御国のエンゼルと 此世ながらに健やかに仕へて神と道のため 世人のために面白き尊き余生を送り得む 悪逆無道の軍人今は心も和らぎて 大慈大悲の弥勒神恵の露を蒙りつ ビクの神国を指して行くああ惟神々々 神の恵の深くして吾行く道に曲もなく 悪しき獣の災もあらずに進ませ玉へかし 駒曳きつれて此阪を下りし時のハアハアハア 吾勢に比ぶれば今は天地の相違あり 悪鬼羅刹は忽ちに仁慈無限のエンゼルと 変化したるも三五の神の司の御賜物 仰げば高し久方の天津御空に照り渡る 月日の恵いと清く四方の草木はスクスクと 茂り栄えて天国の姿を写す楽しさよ ああ惟神々々神のまにまに進む身は いづくの空に至るとも如何でか恐れむ敷島の 大和心の照る限り心も身をも筑紫潟 高砂島の果て迄も進みて行かむ神の道 守らせ玉へ惟神ウントコドツコイドツコイシヨ 天地の主と現ませる皇大神の御前に 慎み畏み願ぎ奉る』 エミシの求道居士は汗をタラタラ流し乍ら一行の前に立つて元気よく歌ひ乍ら上り行く。 求道『春は花咲き鳥歌ひ草木の末も青々と 茂り栄ゆる夏の日もいつしか越えて秋の風 木枯荒む冬の空満天忽ち雪雲に 包まれ月日を隠せども軈て一陽来復の 再び春が来る時は又もや山野は爛漫と いと美はしき花ぞ咲く世の有様を眺むれば これの地上に生れたる人の身魂も何時しかに 移り変らぬ事やあるバラモン軍のカーネルと 数多の軍兵指揮なして威張り散らした此エミシ 今は全くハアハアハア神の教に目を覚まし 執着心を放擲し現幽神界一体の 救ひの道に進み入り至善至上の御教を 体得したる嬉しさよ朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも地異天変は起るとも 神に任せし此体如何でか初心をドツコイシヨ 翻さむや惟神神に任せし此体 照国山の谷間で百日百夜の行修め 神の御徳を身に享けて世人を救ふ比丘となり 月照彦の大神の守らせ玉ふ月の国 いや永久に開くべしああ惟神々々 御霊幸ひましませよ』 かく歌ひ乍らシメジ峠の頂上に達した。風に曝されて洒落きつた面白い松の木が六七本並んでゐる。四人は松の根に腰打掛け汗を拭ひ乍ら少時息を休めてゐる。 治道『見渡せば四方の山々青葉して 心も清く晴れ渡るなり』 道貫『ライオンの川の流れは弥遠く 帯の如くに見えにけるかな』 素道『見渡せば何処も同じ天国の 姿なるらむ青々として』 求道『大空も大地の上も青々と 綾を翳して塵もとどめず。 年老いし松の木蔭に休らひて 汗拭き払ふ峰の夏風』 治道『吹く風は天津神国の神人の 御水火なるらむいとも涼しき』 素道『苦しみて漸くここに登り見れば 涼しき風の吾を待ちぬる』 道貫『いざさらば此阪道を下るべし つづかせ玉へ神司等』 求道『これよりは愈下り阪となる されど身魂は神国に上る』 かく歌ひ乍ら、四人は危き阪道を一歩々々注意しつつ下り行く。 道貫は又歌ふ。 道貫『バラモン教の久米彦と世に謳はれし将軍も 時世時節の力にて心の駒を立て直し 自ら鞭撻つ膝栗毛ビクビクビクとビクの国 比丘の姿に身を窶し心の鑑も照国の 山の谷間に立向ひ谷間を落ちる岩清水 鼓の滝に身を打たせ汚れ果てたる垢離をとり 霊肉ともに清浄に立直したるその上で ビクトル山の神殿に参拝なして今迄の 犯せし罪を悉く謝り詫びてビクトリヤ 王の御前に参向し過ぎにし春の無礼をば 拝謝しまつり三五の誠の道の教へ子と 仕へまつらむ吾心守らせ玉へ惟神 国治立の大神の御前に慎み願ぎ奉る 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも誠の力は世を救ふ 今まで悪を尽したる心の暗き久米彦も 忽ち日出の守護となり吾精霊は天国に 上りて神の栄光に仕ふる身とはなりにけり ああ惟神々々神の恵みを慎みて 喜び感謝し奉る』 素道は阪を下り漸く平地に着いて元気を恢復し、人並に歌はねばならぬと思つたか、妙な皺枯れ声を出して一歩々々拍子をとり歌ひ始めたり。 素道居士『三五教の宣伝使治国別に助けられ 誠の道を悟りてゆ今迄つづけし罪業が いと恐ろしくなり来り死後の生涯ある事を 思へば短き現世にて小さき欲に踏み迷ひ 名利の奴隷となるよりも一切万事執着の 衣脱ぎ棄てて比丘となり生れ赤児となり変り 此世を捨てし修験者本来此世は無東西 何処有南北是宇宙色即是空の世の習ひ 空即是色の真諦を漸く悟り吾々は 剣を棄てて言霊の神の依さしの御剣に 持ち直したる嬉しさよブーブーブーと法螺の貝 吹き鳴らし行く嬉しさは此世に生きて人欲に 囚はれ居たる人の身の転迷開悟の声聞いて 目を覚ましたる鬨の声そも法螺貝と云ふ奴は 生たる時は声もなし死んで死骸となりし時 生言霊の息により大なる声を張り上げて 遠き近きの山彦を驚かし行く健気さよ 吾も現世に住まひてはいとも小さきものにして 呼ばはる国は四方の国轟く術もなけれども 此世を去りて霊界に復活したる其時は 此法螺貝ぢやなけれども其言霊は弥高く 高天原に鳴り渡り中有界や地獄界 彷徨ひ苦しむ身魂をばいとも尊き天国へ 導き悟す瑞祥と喜び勇み吹き立てる プープープープープツプツプツああ惟神々々 御霊幸ひましませよ』 かく歌ひ乍ら四人は列を正しうしてビクの国へは立寄らず、直ちに荊棘茂る山道を分けて照国山の谷間、清めの滝に向つて一目散に進み行く。 死んでから大い声出す法螺の貝 改心の言霊を吹く法螺の貝 (大正一二・三・四旧一・一七於竜宮館北村隆光録)
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霊界物語 55_午_ビクの国の物語3(玉木の里) 17 万巌 第一七章万巌〔一四二五〕 玉置の村のテームスは治国別の教を聞いて今迄の貪欲心や執着心を弊履を捨つるが如くに脱却し、広き邸を開放し村人の共有とし、且つ山林田畑を村内に提供して共有となし、茲に一団となつて新しき村を経営する事となつた。先づ大神の神殿を造営すべく村人は今迄テームスの持ち山たりし遠近の山に分け入つて木を切り板を挽き、日夜赤心を尽し、漸くにして一ケ月を経たる後仮宮を造営し、大神を鎮座する事となつた。治国別は村人に教を伝ふべく、又この神館の完成する迄神勅に依つて待つ事とした。数百人の老若男女は悦び勇みて社前に集まり、この盛大なる盛典に列した。治国別は祭主となり、神殿に向つて祝詞くづしの宣伝歌を奏上した。 治国別『久方の天津御空の高天原に、鎮まり居ます大国常立の大神、神伊邪那岐の大神伊邪那美の大神、厳の御霊の大神瑞の御霊の大神を初め奉り、天津神国津神八百万の神達の御前に、三五教の神司治国別の命、清き尊き珍の御前に慎み敬ひ、畏み畏みも申さく、高天原の月の御国を知し召す、瑞の御霊の大御神、日の神国を知し召す、厳の御霊の大神は、現身の世の曇り汚れ罪過を、科戸の風に吹き払ひ、速川の瀬に流し捨て、清き麗しきミロクの御代に立直さむと、神素盞嗚の大御神に、千座の置戸を負はせたまひ、産土山の聖場に、斎苑の館を立て給ひ、千代の住所と定めつつ、神の御言を畏みて、遠近の国々に珍の教を完全に、開かせ給ふ有難さ、百の司を初めとし、四方の国人達は、皇大御神の大御恵を、喜び仰ぎ奉り、早風の如く潮の打寄する事の如く、神の御前に伊寄り集ひて、神の賜ひし村肝の心を錬り鍛へ、百の罪汚れ過を、払ひ清めて天地の、神の柱と生れ出でたる人の身の務めを、完全に委曲に尽し終へむと、励しみ仕ふる勇ましさ、掛巻も畏き皇大神の領有ぎ給ふ、豊葦原の千五百秋の瑞穂の国は、生言霊の幸はふ御国、生言霊の助くる御国、生言霊の生ける御国にましませば、天の下に生きとし生ける民草は、日に夜に心を研き身を謹み、神の賜ひし珍の言霊を祝り上げ奉り、仮にも人を罵らず、譏らず嫉まず憎みなく、睦び親しみ兄弟の如く、現世に生永らへて、日々の生業を楽しみ仕へ奉り、神の依さしの大御業に、仕へ奉るべき者にしあれば、三五教の御教を、夢にも忘るる事なく、朝な夕なに省みて、神の御国の幸ひを、完全に委曲に受けさせ給へと、皇大神の大前に、謹み敬ひ願ぎ奉る、下つ岩根に千木高く、仕へまつりし此宮の、いとも広くいとも清けきが如く、いや永久に、いづの玉置の村人は、テームスの村司を親と崇め、各自の生業を、いそしみ勤めて大神の、御前に勲功を奉り、家内は睦び親しみて、恵良々々に歓ぎ賑ひ、茂り栄えしめ給へ、ああ惟神々々、御霊幸倍ましませよ』 斯かる所へ村の若い衆と見えて赤鉢巻を締め乍ら、鐘や太鼓を叩きつつ、千引の岩を車に載せ、神の御前に奉らむと、大綱を老若男女が握り乍ら汗をタラタラ流しつつ、歌を唄つて進み来る其勇ましさ。(以下()内はワキ) 『(エンヤラヤー、エンヤラヤア)三五教の神司 治国別の宣伝使(ヨーイヨーイ、エンヤラヤア) 天津御空の雲別けて玉置の村に下りまし (ヨーイトセー、ヨーイトセー)(エンヤラヤーのエンヤラヤー) 欲に抜目のない爺テームスさまを説きつけて (ヨーイヨーイエンヤラヤ)も一つそこらで(エンヤラヤア) (ヨーイヨーイヨーイトナ)皆さま揃うてモ一つぢや 昔の昔の先祖から欲をかはいて溜めおいた 山も田地もすつかりと(ヨーイヨーイ、エンヤラヤ) 玉置の村へ放り出して上下なしに安楽な 生活をせよと云はしやつた時節は待たねばならぬもの (ヨーイヨーイ、エンヤラヤア)皆さま揃うてモ一つぢや (ヨーイヨーイ、ヨーイトセ)広き邸を開放して 尊き神の宮を建て老若男女が睦び合ひ 今日は目出度い宮遷し(ヨーイヨーイエンヤラヤ) (ヨーイトセ、ヨーイトセ)皆さまそこらで一気張り (ヨーイヨーイヨーイヤナ)これから玉置の村人は 今度新にお出ました万公さまの若主人に 心の底から服従し上下揃うて神様の 御用を励み日々の野良の仕事や山仕事 喜び勇んで務めませう(ヨーイヨーイエンヤラヤ) (エンヤラヤーのエンヤラヤー)皆さまここらで一気張り 千引の岩は重くとも大勢が心を一つにし 力限りに曳くならば何程甚い阪だとて 神の守りに安々と苧殻を曳くよに上るだらう (ヨーイヨーイエンヤラヤ)(エンヤラヤーのエンヤラヤー) 抑々玉置の村人は昔の昔の神世から この神村を住所としウラルの神の御教を 守り来りし人ばかり(ヨーイヨーイエンヤラヤ) (エンヤラヤーのエンヤラヤー)ウラルの神さまどうしてか 幾何信心したとても些ともお蔭を下さらぬ テームスさまが唯一人お蔭を横取許りして 吾等一同の汗膏絞つて楽に日を暮し 栄耀栄華にやつて居た(ヨーイヨーイエンヤラヤ) (エンヤラヤーのエンヤラヤー)それをば黙つて見て厶る ウラルの彦の神さまは此頃盲になつたのか 但は聾になつたのか村の難儀を知らぬ顔 (ヨーイヨーイエンヤラヤ)(エンヤラヤーのエンヤラヤー) 皆さま揃うて一気張り(ヨーイヨーイエンヤラヤア) 此度救ひの神様が天の河原に棹さして 治国別と名を変へて玉置の村に下りまし 吾等一同を救はむと仁慈無限の御教を 宣らせ給ひし嬉しさよ(ヨーイヨーイエンヤラヤ) (エンヤラヤーのエンヤラヤア)これから玉置の村人は 飢に苦しむ人も無く凍えて死ぬる人もなし 上下運否のないやうにミロクの御代が築かれて 喜び勇んで暮すだらう(ヨーイヨーイエンヤラヤ) (エンヤラヤーのエンヤラヤー)此神殿に祭りたる 救ひの神は厳御霊瑞の御霊の神柱 柱も清く棟高く御殿も宏く風景は 勝れて絶佳の御場所よ(ヨーイヨーイエンヤラヤ) (エンヤラヤーのエンヤラヤー)捻鉢巻の若い衆よ 早階段に近付いたもう一気張り一気張り お声を揃へてヨーイヤナ(ヨーイヨーイエンヤラヤ) (エンヤラヤーのエンヤラヤー)』 と唄ひ乍ら方形の大岩石を社の傍に据ゑたり。これは村人が……此岩石の腐る迄は心を堅く変へませぬ、何処迄も御神の為に尽します……と云ふ赤心の供へ物である。 万公は村人と同じく捻鉢巻をし、運んで来た石を適当の場所に据ゑむとして二三人の部下と共に槌を振り上げ、大地をドンドンと固め、杭を打つて石のにえ込まないやうと勤めて居る。相方が交互に歌を唄ひ乍ら拍子をとつて居る。 万公『神と神との引き合せ(ドーン、ドーン、ドンドンドン) 玉置の村の里庄なるテームスさまの若主人 万公司も現はれて今日の目出度いお祭りを 力限りに祝ひませう(ドーンドーン、ドンドンドン) 打てよ打て打て確り打てよ地獄の釜の割れる迄 今打つ槌は神の槌槌が土うつ面白さ (ドーンドーン、ドンドンドン)玉置の村の皆さまが キールの谷から千引岩毛綱に括つて引き来り 尊きお宮の御前に信と真との光をば 現はし給うた目出度さよ(ドーンドーン、ドンドンドン) 大神様の御利益でテームス館は云ふも更 此村人は永久に尊き此世を楽しんで 堅磐常磐に玉の緒の命を保ち心安く 家も豊に栄えませう(ドーンドーン、ドンドンドン) これから村中心をば一つに合して田を作り 山には木苗を植付けて(ドーンドーン、ドンドンドン) 共有財産沢山と造つて子孫の末迄も (ドーンドーン、ドンドンドン)宝を残し身を治め 心を清めて神様の尊き教に心従し 此世を安く頼もしく(ドーンドーン、ドンドンドン) 千引の岩の御霊もて悪魔を払ひいつ迄も ビクとも動かぬ鉄石の信仰励もぢやないかいな (ドーンドーン、ドンドンドン)どうやら準備が出来たよだ 皆さまモ一つ頼むぞや(ヨーイヨーイエンヤラヤ) (エンヤラヤーのエンヤラヤア)力の強い若い衆は 挺をば四五本持つて来て千引の岩を此上に 何卒据ゑて下されよ万公別が頼みます (ヨーイヨーイエンヤラヤ)(エンヤラヤーのエンヤラヤア) 朝日は照るとも曇るとも轟き渡る滝の水 洗ひ晒した此身体神の御前に奉り 舎身供養を励みませうああ惟神々々 (ヨーイヨーイエンヤラヤ)(エンヤラヤーのエンヤラヤー) 神の御心畏みて村人心を一つにし 今日の祭を恙なく済ませた事の嬉しさよ 玉置の村は万世に玉置の宮と諸共に 栄え尽きせぬ事だらう喜び祝へ諸人よ (ヨーイヨーイエンヤラヤ)(エンヤラヤーのエンヤラヤア)』 (大正一二・三・四旧一・一七於竜宮館加藤明子録)
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霊界物語 55_午_ビクの国の物語3(玉木の里) 19 清滝 第一九章清滝〔一四二七〕 火熱烈しき太陽は天津御空に晃々と 照国岳の谷間に高くかかれる大瀑布 清めの滝の片辺小さき庵を結びつつ 二人の男が朝夕に裸となりて何事か 声を限りに祈り居る。 此両人はベルツ、シエールの主従である。左守の司並にタルマンの為に右守の職を剥奪され、百日の閉門を申付けられ、恨み骨髄に徹し、妖幻坊の魔法を習つて、ビクトリヤ城を転覆し、再び勢力を盛り返し、自分は刹帝利となり、シエールを左守司に任じ、一国の主権を握らむと、一心不乱に水垢離をとつてゐたのである。七日目の夜、二人が一生懸命に水垢離をとつてゐると、山岳も崩るる許りの大音響と共に、白馬に跨り、宙空より蹄の音戞々と降つて来たのは緋衣を着た坊主姿なりける。これは妖幻坊の兄弟分と聞えたる妖沢坊といふ魔神なり。妖沢坊は二人に向ひ、 妖沢『汝はビクの国の右守司を勤めたるベルツ並に家令のシエールであらう。汝の願は速に聞届け得させむ。付いては百日百夜の水行をなし、食物は此谷川に棲息する蟹、蠑螈、蛙を餌食となし、其他の物は一切食ふ可からず。若し誤つて他の食を取る時は、汝の行は全く水泡に帰すべし。又百日の修業中、人に発見されたる時は折角の修業も無効となるべし、必ず用心怠る勿れ。此荒行が済めば、汝に空中飛行の術を授け、且千変万化の化身の法を教ゆべし、ゆめゆめ疑ふ勿れ』 と厳かに伝へ、山岳を揺がし乍ら、再び駒の首を立直し、空中高く姿を消した。二人は有難涙にくれて妖沢坊の後姿を合掌し、呪文を唱へてゐた。三十日許り修業をした時、ベルツは蛙、蠑螈の毒が中つたのか、俄に腹痛を起し、手足を藻掻き、泡を吹き出しける。シエールは一生懸命に、 シエール『ウラル彦命妖沢坊様、何卒主人の病気をお癒し下さいませ』 と滝壺に打たれて、又もや一心不乱に荒行にかかつてゐる。ベルツは虚空を掴んで苦み悶える。此体を見てシエールは命限りに滝壺に飛び込み、祈念を凝らしてゐた。そこへ十一二才の美はしき女、木の茂みを分けてスタスタと登り来り、忽ち赤裸となつて滝壺に飛込んだ。シエールはエンゼルが自分の祈りを聞いて、助けに来て呉れたものと思ひ、一生懸命に乙女の姿を伏拝み、感謝の涙にくれてゐる。乙女は二人の男に目もかけず、滝壺に飛込み一心不乱に、 乙女『大国常立の大神、何卒々々、父の病気を救はせ玉へ、仮令吾身の命は取られませう共、少しも苦しうは存じませぬ。今父が亡くなつては、又もや右守司ベルツ主従が、如何なる事を致すか知れませぬ。ビクの国の一大事で厶います』 と神言を奏上し、祈り始めた。されど瀑布の轟々たる水音に遮られて、乙女の何事を願ひ居るやは、両人の耳に入らなかつた。シエールはベルツの側に進み寄り、頭を撫で乍ら、 シエール『モシ旦那様、御安心なされませ。今私が妖沢坊をお願ひ致しましたら、アレあの通り、天女が天降られて、貴方の病気平癒の為に滝壺にかかつて祈念をして下さいます。キツと御病気の直る瑞祥で厶いませう。必ず必ず御心配下さいますな。南無妖沢坊大明神守り玉へ幸へ玉へ』 と涙交りに願ひゐる。ベルツは不思議にも此言葉を聞くより、神経作用か知らね共、俄に気分がよくなり、頭をあげて滝壺を見れば、花を欺く美はしき乙女が滝壺に打たれて、白い体を曝し乍ら、一心不乱に念じて居る。ベルツは吾身の苦痛も忘れ立上り、 ベルツ『掛巻も畏き天津御国より下らせ玉うた天津乙女様、何卒々々拙者の願望を御聞届け下さいますやうに、之に付いては体が資本で厶いますから、此病気の一時も早く全快致し、百日百夜の修業が無事に了ります様、御願ひ申します』 と両手を合せて頼み入る。乙女は一生懸命に、 乙女『父の病を癒させ玉へ』 と祈願するのみであつた。稍あつて乙女は滝壺を上り、身体の水を拭き取り、キチンと衣服を着替へた。四辺を見れば二人の男が褌一つになつて、一生懸命に滝壺を拝んでゐる。乙女はスタスタと帰り行かうとするを、二人は慌てて行手に跪づき、 ベルツ『天津乙女様、如何で厶いませうか、妖沢坊様の命令に仍つて、百日百夜の荒行を致し、大望を達せむと願つて居りますが、神様のお蔭で成就するものとは存じますが、かやうに病気になつては、如何ともする事が出来ませぬ。何卒御指図をお願ひ致します』 乙女『其方の願望とは如何なる事か、詳しく陳述せよ』 ベルツ『ハイ、私はビクの国の右守司ベルツと申す者、之なる男は家令のシエールと申す者で厶います。ビクトリヤ城内には悪人はびこり、左守司一味の者、三五教の悪宣伝使を城内に引ずり込み、拙者の軍職を解き、専横の限りを尽し居りますれば、国家の害賊を除く為に、両人が此処にて荒行を致して居る所で厶います』 乙女『汝の敵と見なすは左守一人であるか』 ベルツ『左守は申すに及ばず、刹帝利の老耄、其外アール、ハルナ等の悪人を征伐致さねば到底天下は無事に治まりませぬ』 乙女『ホホホホホ、其方が噂に聞いた悪虐無道のベルツ主従であつたか。左様な悪企みを致す共、到底成功の望みはあるまい。どうぢや今の内に悔い改めて真人間になる気はないか』 ベルツ『ヘー、それは何で厶います、決して私欲の為に致すのでは厶いませぬ。天下公共の為に、民の苦しみを助くる慈愛心より、身を犠牲にして、かかる荒行を致して居るので厶います』 シエール『天津乙女様、何卒々々、吾々の霊をよくよくお査べ下さいまして、正邪の御裁判を願ひます』 と悪人は自分のやつた事を少しも悪と思うて居ない。天下国家の為に最善の努力を尽してゐると考へてゐるらしい。 乙女『妾は汝の言ふ如き天津乙女ではない。ビクの国の刹帝利ビクトリヤ王の娘ダイヤ姫であるぞよ。左様な悪虐無道な企みを致すよりも惟神の本心に立返り、忠良なる臣民として、国家に尽したら何うだ』 ベルツ『ナニ、其方が敵と付狙ふビクトリヤ王の娘であつたか。エー、天津乙女と見誤り、尊い頭をメツタ矢鱈に下げたのが残念だ。妖沢坊のお示しには、此行中に人間に見付けられては、折角の荒行が水泡に帰するとの事であつた。エー、モウ破れかぶれだ。吾願望の届かぬとあれば、仇の片割れ、嬲殺に致して怨みを晴らしてくれむ。オイ、シエール、荒縄を以て此女を縛り上げよ』 と厳しく命ずれば、シエールは、 シエール『ハイ畏まりました』 と棕櫚縄を取つて、後手に括り、樫の枝に引かけて、宙空に吊り上げる。乙女は腕もむしれむ許りの痛さを、歯をくひしばり目を塞いで一言も発せず、堪えて居る。 ベルツは之を眺めて心地よげに打笑ひ、 ベルツ『アハハハハ、小ちつぺ奴が、こんな所へ俺等の行方を嗅付けてやつて来やがつたのだな、此奴ア大変だ。此奴を帰なせば、キツと後から左守のハルナ奴、軍隊を率ゐて俺達を召捕に来る算段であらう。王女の身として、かやうな所へ出て来るとは大胆至極、之には何か仔細があるであらう。一度吊り下し、拷問にかけて云はしてみよう、サア下せ』 と厳命すれば、シエールは又もや綱を緩めて地上に下した。ダイヤは既に目を眩かし歯をくひしばつてゐる。 シエール『ヤア、チヨロ臭い、モウうたひあがつたとみえる。モシ旦那様、此奴ア駄目ですよ、物を言ひませぬがなー』 ベルツ『ナアニ、今目を眩かした所だから、滝壺へ一遍つつ込め。蛇の叩き殺した奴でさへも、水へ漬ければすぐに蘇生るものだ。サ、早く放り込んでみよ』 『ハイ』と答へてシエールはダイヤ姫の身体を引抱へ、綱を解いて、滝壺へザンブと許り投込んだ。ダイヤはハツと気がつき、滝壺を這ひ上り、其処辺をキヨロキヨロ見廻し、赤裸のまま逃げむとするを、シエールはグツと細腕を握り、以前の樫の根本に引摺り来り、 シエール『コリヤ、ダイヤ姫、幼き女の分際として、斯様な所へ只一人修業に来るとは大胆至極、之には何か仔細があるであらう。吾々両人が照国山に、王家転覆の祈願を凝らし居る事を嗅ぎつけ、やつてうせたのであらう。サ、逐一白状致せ。包み隠すに於ては、其方を水責、火責、剣責に致すが、それでも可いか』 ダイヤ『無礼千万な、主人の娘を捉へて左様な脅迫を致すといふ事があるか。チツと天地の道理を考へて見よ』 ベルツ『エー、喧しい、天地の道理を考へるやうな者が、ビクトリヤ城転覆の修業を致すものかい。サ、早く事実を白状致せ。何を願ひに来たのだ。其願の筋から第一に聞いてやらう』 ダイヤ『此照国山は妾兄妹六人が永らく住居してゐた馴染のある所だ。父の御病気を平癒させむが為に、清めの滝へ水垢離をとりに来たのだよ。臣下の身分として主人のする事をゴテゴテいふ権利があるか、控えて居れ。年は若く共、ビクの国刹帝利の娘だ。エエ汚らはしい、一時も早くどつかへ姿を隠せ。執拗帰らぬに於ては線香を立てて燻べてやらうか』 シエール『丸切り青大将が座敷へ這上つた時のやうに言つてゐやがる。こんな女つちよに脅迫されて、此荒男の顔が立つものか、地異天変もここ迄行けば極端だ。地震ゴロゴロ雷ビリビリとやつて来たやうだ。併し乍らどう考へても、こんな美しい女をムザムザ殺すのは勿体ない様だ。オイ、ダイヤさま、物も一つ相談だが、何程お前が王女だといつても、位の高いのは実地の時の間に合ふものでない。荒男二人と格闘すれば、到底お前は殺されねばなるまい。蛇と蛙のやうなものだから、茲は一つ思案をし直して、旦那様の奥方となり、ビクの国の女王となつて暮す考へはないか』 ダイヤ『悪逆無道の謀叛人奴、エエ汚らはしい、下りおらう』 ベルツ『何と云つても美しい者だ。そしてこれ丈の胆力があれば、此女を女房にすればどんな事でも出来るだらう。イヤ、ダイヤ姫様、茲は一つお考へ直しを願ひます。左守といふ奴は表面忠義らしく見せて居りますが、彼こそ心中深く野心を包蔵する曲者で厶いますぞ。刹帝利様は左守に誤られ、ビクの国家を棒に振らうとして厶る。危険至極な今日の場合。真の忠臣が現はれて支へなくては、万代不易の王家は続きますまい……大忠は不忠に似たり、大孝は不孝に似たり、大信は偽りに似たり、大善は大悪に似たり……といふ事がありませう。表面大悪人と見做されたる此ベルツ位、王家や国家を憂ひて居る者は厶いませぬぞ。チツと冷静に胸に手を当てて、王家と国家の為にお考へを願ひ度いものです。よく考へて御覧なさい。貴女の父上は左右の奸臣に誤られ、大切な五人の王子迄悉皆殺さうとなさつたぢやありませぬか。何処の国に親が子を愛せない者がありませう。何が宝だと云つても、吾子位宝はない。其宝を殺さうとなさるのだから、決して之はお父上の心から出たのでは厶いませぬ、皆左守やタルマンの入れ知恵で厶りまするぞ。かやうな悪人を重用するは実に危険千万で厶りまする。貴方はお若いので、城内の様子を御存じ厶いますまいが、それはそれはタルマン、キユービツトの両人は天地容れざる大悪人で厶いますよ。何卒此急場を救ふ為に、幸貴方は王家のお血筋、此右守と夫婦になり、国家の大難を未然に防ぐお考へはありませぬか』 ダイヤ『エエつべこべと、汝の邪智侫弁聞く耳は持たぬ、汚らはしい。王家がどうならうが、国家が何うならうが、構つてくれな。何事も天の時節だ。汝等如き有苗輩の関知する所でない。大きにお世話だ、さがり居らう』 と厳然として言ひ放つた。ベルツ、シエールは、 ベルツ、シエール『最早駄目だ、両人左右より寄つてかかつて、可哀相乍ら、殺害しくれむ』 と大剣を引抜き、左右より切つてかかるを、ダイヤは身をかはし、飛鳥の如く刃を潜り、樫の大木を木楯に取つて防ぎ戦ひゐる。 斯かる所へブウブウブウと法螺貝を吹き乍ら、四人の山伏、 四人の山伏『衆生被困厄、無量苦逼身、観音妙智力、能救世間苦、具足神通力、広修智方便、十方諸国土、無刹不現身、種々諸悪趣、地獄鬼畜生、生老病死苦、以漸悉令滅』 と観音経を唱へ乍ら登つて来る。ベルツ、シエールの両人は四人の姿に驚いて、ダイヤを捨て、着物をかかへ、山上目がけて、荊棘茂る中を雲を霞と逃げて行く。此山伏は治道、道貫、素道、求道、四人の修験者なりけり。 (大正一二・三・五旧一・一八於竜宮館松村真澄録)
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霊界物語 56_未_テルモン山の神館1 05 鷹魅 第五章鷹魅〔一四三五〕 此世を造りし元津祖弥勒の神は高姫が 肉のお宮に憑りたる日の出神とこじつけて 金剛不壊の如意宝珠其外百の神宝に 執着強く四方の国海洋万里の波渡り 騒ぎまはりし其結果仁慈無限の瑞御霊 神素盞嗚の大神の水も洩らさぬ執成に 心の底から悔悟して誠の道に生き復り 暫らく聖地に現はれて教を伝へ居たりしが 淡路の里の東助が昔馴染と聞きしより 再び狂ふ心猿意馬の止め度もなしに躍動し 生田の森を後にして長の海山打渡り 心いそいそ斎苑館ウブスナ山の聖場に 詣で来りて東助に過ぎし昔の物語 シツポリなして旧交を回復せむと恋愛の 雲に包まれ村肝の心は暗となりにけり 信心堅固の東助は恋に狂へる高姫に 只一瞥もくれずしていと素気なくも刎ねつける 心曇りし高姫も愈自暴自棄となり 又もやもとの悪身魂再発なして河鹿山 嵐に面を曝しつつ恥も名誉も知らばこそ 玉国別の築きたる祠の森に立寄りて ここに教主となりすまし館の主人珍彦を 眼下に見下し居たる折大雲山に蟠まる 八岐大蛇の片腕と兇党界にて名も高き 妖幻坊に操られ斎苑の館の時置師 杢助総務と誤解してうまく抱き込み一旗を 挙げて聖地に立籠もる東野別の向ふ張り 恋の意趣を晴らさむと企み居たりし折もあれ 初稚姫が現はれて千変万化の活動に 居堪りかねて妖幻坊高姫諸共森林を 潜つてスタスタ逃げ出し小北の山の神殿に 夫婦気取で進み入り神の光に照らされて 曲輪の玉を落しつつ高姫諸共逃げ出す 妖幻坊の杢助は高姫司と諸共に バラモン軍の屯せし浮木の森に現はれて あらゆる魔法を行ひつ世人を悩め居たる折 三五教に名も高き天女に等しき神司 初稚姫やスマートの声に驚き妖幻坊 黒雲起し高姫を小脇に抱へ空中を 逃げ行く折しもデカタンの大高原の中央に 高姫司を遺失して雲を霞と逃げて行く 高姫空より墜落し人事不省に陥りて 霊肉脱離の関門を漸く越えて遥々と 八衢関所に来て見ればさも勇ましき赤白の 守衛に行途を遮られ三歳の間中有の 世界に有りて精霊を研き清むる身となりぬ さは去り乍ら高姫の身魂は地獄に籍を置き 高天原の霊光を畏れ戦き忌み嫌ひ 一歳経ちし今日の日も中有界をブラブラと 彷徨ひ巡り迷ひ来る百の精霊に相対し 現実界にありし如脱線だらけの宣伝を つづけ居たるぞ愚なれエリシナ谷に隠れたる ケリナの姫やバラモンの軍人なるヘル、シャルや 六造の四人が道の辺の草に隠るる姿をば 目敏く眺め立止まり皺枯声を張上げて 日出神の義理天上弥勒の神の御先達 高姫司の生宮が汝等四人に気をつける 早く草原飛び出して吾生宮の前に出よ 如何に如何にと呼び立てる其スタイルぞ可笑しけれ ああ惟神々々迷ひ切つたる霊魂は 神の力も如何とも救はむ手段もなかりけり。 高姫は道の辺の長い草の中に隠れてゐる四人の男女に向ひ声を尖らし乍ら、言葉の尻口をピンとあげて口角泡を飛ばし、アトラスの様な顔を前にニユツと出し二つ三ツつ腮をしやくり肩を揺り、招き猫の様な手つきをして二つ三ツつ空を掻き乍ら、 高姫『これこれ、何処の方か知らぬが此原野は此高姫の管轄区域だ。何故こんな処まで黙つて来たのだい。まア、ちつと此方へ来なさい。結構な話をしてやらう。エーエー、辛気臭い。早う出なさらんかいな。蟋蟀か螽斯の様に草の中に何時迄すつこんで居つても埒は明きませぬぞや』 四人は怖々草を分けガサガサと高姫の二三間手前まで現はれて来た。さうして不思議相に稍俯向気味になつて高姫の顔をチラチラと偸む様に見てゐた。 高姫『これ皆さま、お前がここへ来る途中に一つの家があつただらう。何故そこを黙つて通つて来たのだい。此高姫はもとは三五教の宣伝使、今はウラナイ教のエンゼルだぞえ。天の弥勒様の根本の根本の大柱の大弥勒様で、義理天上日出神の生宮で厶るぞや。あんまり現界の人間が身魂が曇つてゐるので、どうぞ助けて天国へやつてやり度いと思つて化身の法を使ひ、高姫の肉宮を使つて此大野ケ原を往来する人民を片端から取ツ捉まへて、誠の教を聞かしてゐるのだ。さア早く出て来なさい』 六造『お前さまは音に名高い高姫さまで厶いましたか。お名は承はつてゐましたが、お目にかかるのは初めてです』 高姫『うん、さうかな。妾の名は何と云つても宇宙根本の大神様の生宮だから津々浦々迄響いてゐる筈だ。三人のお方、お前等も妾の名を聞いて居つただらうな』 ヘル『ハイ、根つから聞いた事は厶いませぬ。私は初稚姫さまだとか、清照姫とか云ふ立派な方の名は聞いて居ますが、高姫さまと云ふ名は今日が初めてです』 高姫『さうかいな。何とまア遅れ耳だこと。天地の間に義理天上日出神の生宮の名を知らぬものは一人も無い筈だが、矢張身魂の因縁がないと、雷の様な声で呼ばつても耳に這入らぬと見えるわい。さア此処で会ふたを幸ひ、高姫の姿を拝見しお声をよく聞いておきなさい。決して高姫が云ふのぢやありませぬぞや。底津磐根の根本の大弥勒様が仰有るのだから仇に聞いては罰が当りますぞえ』 ヘル『何だか知りませぬが、貴方のお声を聞くと頭が痛くなりますわ。お顔を見ても気分がよく厶いませぬわい』 高姫『そら、さうだらう。霊国天国を兼ねた天人の身魂だから、身魂の曇つた悪の守護神は高姫の光明に照らされて、目が眩み善言美詞の言霊にあてられて、耳が鳴り頭が痛むのだよ。チツと確りしなさらんか。今ここで取違ひしたら、万劫末代浮ばれませぬぞや』 ヘル『ヘイヘイ、畏まりました。又御縁が厶いましたらお世話になりやせう』 高姫『ホホホホホ訳の分らぬ癲狂痴呆だこと。あああ大慈大悲の根本の大弥勒さまも、こんな没分暁漢を済度なさらなならぬのか、ホンにおいとしいわいのう、オーンオーンオーン、然し乍ら此男はヘルとか聞いたが、余程馬鹿な奴と見える。おい、そこに居る、も一人の男、お前は高姫の名位は聞いてゐるだらうな』 シャル『ハイ、聞いて居りますが、私の聞いてる高姫は貴女では厶いますまい。世界に同じ名は沢山厶いますからな』 高姫『お前の聞いてる高姫と云ふのは如何な性質の人だ。一寸云つて御覧なさい』 シャル『ヘイ、吾々の親方にして宜い様なお方ですわ。何でも三五教とやらに這入つて金剛不壊の如意宝珠に現を抜かし大勢の者に嫌はれ、屁の出の神とか糞出の神とか云つて自ら触れ歩き、終ひの果には婆の癖に恋に落ち、妖幻坊と云ふ古狸につままれて何処かへ攫はれて行つたと云ふ事です。その高姫なら聞いてゐますが随分私の村では悪い婆だと云ふ評判が立つて居りますよ』 高姫『さうかな。矢張妾の名に似た婆があると見えるワイ。余り妾の名が高いものだから悪神が現はれて高姫の名を騙り、三五教へ這入つて、又もや日出神の名を騙り、色々の事を致したのだらう。どうも油断のならぬ時節だ。然し妾は同じ高姫でも、そんな者とは違ひますぞや。月と鼈、雪と墨、同じものと見られましては……ヘン……此高姫も根つから引合ひませんわい。オホホホホホ』 シャル『私は今は斯うして泥坊商売に変りましたが、今迄はバラモン教の軍人で鬼春別の部下に仕へたものです。その時に三五教の幹部連の人相書や絵姿が廻つて来ましたが、妖幻坊に騙されたと云ふ高姫に、お前さまそつくりですよ。よもや其高姫では厶いますまいな。彼奴の云ふ事なら口と心が裏表だから決して聞いてはならないと、バラモン教は云ふに及ばず三五教のピユリタンでさへも云つて居ますよ』 高姫『ホホホホホ、盗人の分際として高姫の真偽が判つて堪らうか。あの高姫と云ふ奴は実の所はバラモン教に居つた蜈蚣姫と云ふのだよ。それが妾の名を騙つて、あんな事をやつたのだ。三五教の奴は馬鹿だから、あまり御光が強いので見分けがつかず贋者を掴んで居つたのだ。何は兎もあれ、この高姫の隠れ家迄いらつしやい。決して利益にならぬ事は云はぬ。皆天国へ助けてやるのだからな』 シャル『オイ、ヘルにケリナに、六公、如何しようかな。一つ此婆アの話を聞いてやらうか』 六造『うん』 高姫『エー、そりや何を云ふのだ。此婆の話を聞いてやらうも、糞もあつたものかい。底津磐根の弥勒様の生宮だ。何と云つても助けにや措かぬ、さア来なされ来なされ。これ、其処な若いお女中、お前は一寸見た所で仲々気が利いて居る。事と品とによつたら妾の脇立に使つてやらうまいものでもない。何せよ、曇りきつた霊が直に天国に行くと云ふのは余り気が良すぎる。中途で墜落る様な事をしてはならず、苦労の花が咲く世の中だから……天国紫微宮から人間の姿となつて降つて来たのだ。そして苦労の手本を見せて皆に改心させる役だぞえ。お前も出て来て苦労をしなさい』 ケリナ『ハイ、有難う厶います。実の所は八衢の関所迄参りました所、まだ生命が現世に残つて居るから帰れ、と仰有つたから帰つて来たのです。最早此処は現界で厶いますか』 高姫『きまつた事だよ。此処は現界も現界、大現界だ。現幽神三界の救ひ主だから先づ現界の人間から助けてやるのだよ』 ヘル『あああ、何が何だか訳が分らなくなつて来た。然しさう聞くと現界の様にもあるし、も一つ心の底に疑念も残つて居る。こんな道端に立つて居た所が仕方が無い。先づお婆アの後に跟いて何でも可いから探らして貰ふ事にしようかい。のう二男一女の御連中』 高姫『探らして貰ふなんて、そりや何を云ふのだい。神の教は正真一方だ。水晶の様につきぬけて居るのだぞえ。スパイか何ぞの様に探るなんて、心の穢い事を云ふのぢやありませぬわい。さアさア来なさい』 と羽ばたきし乍ら欣々と東を指して小径を歩み出した。四人は兎も角、婆さまの館に行つて休息せむと重い足を引摺り乍ら跟いて行く。 谷川の辺に萱で葺いた二間作りの小かな家が建つて居た。これが高姫の中有界に於ける住家である。ヒヨヒヨした板の一枚橋を危く渡り乍ら漸くにして四人は高姫の館にやつと着いた。 (大正一二・三・一四旧一・二七於竜宮館北村隆光録)
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霊界物語 56_未_テルモン山の神館1 11 惚泥 第一一章惚泥〔一四四一〕 求道居士はヘル、ケリナ姫と共に、テルモン山の小国別が館をさして、草茫々たる原野を進み行く。人通りも少く、一面の原野には身を没する許りの雑草生え茂り、所々に荊蕀の叢点在し、思つたやうに道が捗らない。種々の花は原野一面に咲き匂うて居る、時々足許に蚖蛇現はれ行歩甚だ危険である。 日はずつぽりと暮れて来た。月は東方の叢の中から覗き初めた。北にはテルモン山の高峰が巍然として控へて居る。夕の風に送られて晩鐘の声いと淋しげに諸行無常と響き来る。白赤斑の鴉は空を封じてテルモン山の方面さしてガアガアと鳴き乍ら帰り路を急いで居る。三人は月の光を便りに進んで行つた。併し乍ら足許に匍匐してゐる蚖蛇の危険を免るる事は到底出来ない。何程月は登りかけても長細き雑草に隔てられ、且つ昼の如くハツキリしない、若し誤つて蚖蛇の尾でも踏まうものなら、忽ち噛みつかれ、即座に命を落さねばならぬ危険がある。求道居士は惟神霊幸倍坐世を唱へ又、天の数歌を奏上し乍ら進んで行く、ヘル及びケリナ姫は未だ神徳足らずとして数歌を唱ふる事を遠慮し、ヘルはバラモンの経を称へ乍ら二人の後に跟いて行く。 或遇悪羅刹毒竜諸鬼等 念彼観音力時悉不敢害 若悪獣囲繞利牙爪可怖 念彼観音力疾走無辺方 蚖蛇及蝮蠍気毒焔火然 念彼観音力尋声自回去 雲雷鼓掣電降雹澍大雨 念彼観音力応時得消散[※観音経の一節] と唱へながら進んで行く。幸に経文の力でもあらうか、毒蛇も現はれず稍広き草の短き所へ出た。まだこれからはテルモン山の麓へは我国の里程に換算して二里以上もある。さうして山は一里許り上らねばならぬ。そこが小国別の館であつた。三人はやつと危険区域を脱れ、白楊樹の麓に、折からさし登る月を眺めながら、腰を卸して休息した。此時覆面頭巾の黒装束をした男、ノソリノソリと遥向ふの松林を通るのが見えた。ヘルは目敏く之を見て、 ヘル『もし先生、今彼方へ怪しの影が通りましたが、あれは一体何でせうかな』 求道『ウン、あれは泥坊と見える。何か悪い目的を以て旅人を掠めようとやつて来たのだらうが、先方は一人、此方は三人だから到底駄目だと思うて、道を外れたのであらう。アア可愛さうな男だなア。此世の中に為すべき事業は沢山あるに、どうして泥坊なんかするのか、どうかして助けてやりたいものだが、もはや何処かへ行つて了つた』 ヘル『もし先生、もう泥坊を助けるのはお止めなさい。あのベルだつてあの通りですもの。ゼネラルさまから沢山のお金を頂き、もう是切り泥坊はやらないと云うて置き乍ら、まだ精神が直らないのですから、駄目ですよ』 求道『それでもお前は改心したぢやないか。ベルのやうな男のみはあるまい。あれでも時節が来たならば、きつと改心するだらう』 ヘル『そりやさうです。私も実はゼネラル様からお金を頂き、これつきり泥坊を止めて正業に就かうと思ふて居ましたに、つい悪友の為に折角の決心が鈍り、益々悪事が増長して終には人を殺し、其天罰であの世の関所迄やられて来たやうな悪人が、今漸く改心して貴方のお伴するやうになつたのですから、泥坊だつて改心せないには限つて居りませぬ。併し乍ら今日はケリナさまを送つて行かねばなりませぬから、途中で泥坊に出会つても相手にならないやうにして下さいませや』 求道『ウン、承知した。併し乍らベツタリ出会つた時にや、先方が改心せうと、しまいと、一応の訓戒は与へねばならぬ。魔道に堕ちたる人間を、修験者として見捨る訳には行かぬからなア』 ヘル『それもさうですなア。成る可くそんなものに出会はないやうに、神様に願つて参りませうか』 ケリナ『もしお二人様、あの怪しい影は何うも私はベルのやうに思ひますが、違ひませうかな』 求道『ケリナさまのお察しの通りだ。間違ひはありますまい』 ヘル『エ、あの影がベルぢやと仰有るのですか、そいつは怪しからぬ。吾々が疲労れて野宿でもせうものなら、寝込を考へて先生のお金を取らうと云ふ考へで来よつたのでせう。仕方の無い奴ですなア』 求道『ウン仕方の無い奴だ。何程改心して居ても金の顔を見ると、直に又悪に還るのが小人の常だ。お前は俺の懐に持つて居る一万両の金は欲しい事は無いか』 ヘル『別に……たつて欲しいとは申しませぬ。併し貴方が与らうと仰有れば頂きます。これから修験者になつて世界を歩かうと思へば旅費も要りますからなア』 求道『さうすると矢張りお前も油断のならない男だ。トコトンの改心は中々出来ぬものと見えるのう』 ヘル『人間は如何に神様の御子ぢやと云つても、天国と地獄との間に介在して居る以上は、善許りでは到底世に立つていく事は出来ませぬ。内的生活は如何やうにも出来ませうが、衣食住の為に苦しまねばならぬ肉体は、多少の自愛心も必要で厶いますからなア』 求道『刹帝利や毘舎や、首陀なれば、多少自愛の心も生存中は必要だらうが、最早修験者となると定つた以上は金などは必要はない。神のまにまに野山に伏し、食あれば食を取り、食なければ水を飲み、水も無ければ草でも噛んで行くのが修験者の務めだ。一切の物欲を捨てねば神の使となる事は出来ないからのう』 ヘル『成程、仰せ御尤もで厶います。併し乍ら貴方は修験者の身分であり乍ら、一万両の金を持つて居ると仰有つたぢやありませぬか、どうも仰有る事が矛盾して居るやうに思はれてなりませぬがなア』 求道『ハハハハハ、私は実際は無一物だ。併し乍ら心の中に一万両持つて居るのだ。どうかして是を投げ出したいと思ふて居るが、まだ罪業が充たないと見えて除去する事が出来ないのだ。俺の一万両と云ふのは、我慢、高慢、自慢、忿慢、慢心と云ふ悪竜が一匹残つて居ると云ふ事なのだ。此一万竜を何とかして放り出さなくては、比丘になつても天地へ恥かしくて仕方がないから、宣伝使でもなければ俗人でも無い、半聖半俗の境遇に彷徨ひ、修験者となつて居るのだ。どうぞして御神徳を頂き、宣伝使の候補者にでもなりたいものだが、仲々容易の事ではない、それがために実は困つて居るのだ』 ヘル『私は又本当のお金を一万両懐中に持つて厶るのかと、固く信じて居りました。先生は口でこそ恬淡無欲らしう見せて厶るが、矢張り内心は、マンモニストだと思つて居たに、形の上の宝は些も持つて居られないのですか。それで私の疑団も晴れました。ベルの奴本当に貴方が現金を所持して居ると思ひ、こんな所迄跟いて来たかと思へば可憐さうぢやありませぬか』 ケリナ『ホホホホホ、ヘルも可憐さうぢやありませぬか。貴方だつてベルと八百長喧嘩をして、旨く修験者を誑かし、一万両の金を取らうと思つて来たのでせう。そんな事はチヤンと、私も先生も看破してゐたのですよ。この辺で諜合はし、ボツタクル考へであつたのでせう』 求道『アハハハハ、オイ、ヘル、もう駄目だ。俺達の前にはどんな悪も施すの余地がないぞ。本当に改心するか、どうだ』 ヘル『ヘン馬鹿らしい、素寒貧の文なしに跟いて来たかと思へば業腹だ。オーイ、ベル一寸来い、此奴はあんな事を云やがつて一万両持つてけつかるに違ひない、早う来い、ヤーイ』 と呶鳴り出した。忽ち駆けて来たベルは威猛高になり、 ベル『アハハハハ、今迄はバラモン軍の上官で、カーネルカーネルと尊敬して来たが、もうそんな態になつて零落て来た以上は一個の修験者だ。サア綺麗薩張りと懐の金を渡せばよし、グヅグヅ吐すと肝腎要の命が危ないぞ。サアどうだ、返答聞かう』 求道『ハハハハハ、分らん奴だなア、俺の体を何処なりと調べて見よ、一文も持つて居やしないわ』 ベル『そんなら早く裸体になつて見せろ』 求道はムクムクと真裸体になり、薄い着物をはたき乍ら、二人の前に放り出した。 ヘル『ハハア、矢張り駄目だな。併し乍らこのナイスをどうしても自分の物にせなくては嘘だ。それについては此修験者が居ると何彼の邪魔になる。サア序にバラさうぢやないか』 求道は頻りに天の数歌を奏上し始めた。ヘル、ベルの両人は些しも頓着せず、ベルの持つて来た二本の棒千切を持つて双方より打つてかかる。ケリナは白楊樹に抱きついて慄うて居る。求道居士は真裸体のまま一生懸命防ぎ戦うた。されど一本の木切も持つて居ない真裸体の求道は、二人の為に打ちのめされ其場に絶命となつて了つた。両人は冷やかに笑ひ乍ら、 ベル、ヘル『アハハハハ、どうやらこれで俺達にもハツピネスが見舞うて来たらしい。サア是からがナイスの番だ。何と云つても斯うなれば此方の自由だ。オイ、ケリナとやら、俺達二人の意志に従ふかどうだ』 ケリナ『肝腎の修験者迄が、此通りなられたので厶いますから、女の細腕で抵抗して見た所で仕様が厶いませぬ。御意見に従ひませう、併しラマ教のやうに多夫一妻主義はどうも面白う厶いませぬ。何方かお一人に願ひ度いもので厶いますなア』 ベル『成程お前の云ふのも尤もだ。まだお前はバージン姿だから到底誰が好だの嫌ひだのと云ふ事はよう云ふまいから、一つ茲で俺達二人が抽籤をやつて、一の出た方がお前を女房にすると云ふ事に定めようかなア』 ケリナ『物品か何かのやうに抽籤とは余りぢや厶いませぬか、どうか私に選まして頂く訳には行きますまいかなア』 ベル『ウン、それも一方法だ。善悪美醜をトランセンドして、お前の本守護神の得心した方に向いたが好からう。スタイルは醜うても心の綺麗な男らしい男もあり、何程スタイルは好くても、心の汚い卑劣の男もあるからなア、そこはそれ選択を誤らない様にしたがよろしからうぞ』 ケリナ『そりやさうで厶いますな。何と云つても男らしい男で、何処ともなしに同情心のある柔し味のある方が好きですわ、人を叩き殺して埋けてもやらないやうな方は絶対に嫌ひです』 ベル『成程俺も最前からヘルの棒が当つて死んだ修験者に同情の涙を濺いで、どうか死骸でも隠して上げ度いと思うて居た所だ。余り妻の選択に就いて気を取られて居つたものだからウツかりして居た。是もお前を愛する心が深いのだから、決して悪くは思うて下さるな』 ケリナ『女の美貌に現を抜かして仮令ヘルが殺したにもせよ、死屍の横たはつて居るのを見て隠してやらうともせぬ男は嫌ひですわ、お前の棒が当つて死ななくても同じ事ですよ。矢張り二人して殺すといふ考へだつたのでせう。同じ悪人に身を任す程なら、スタイルの美しいヘルさまに身を任しますわ』 ヘル『エヘヘヘヘ、オイ、ベルどうだ、恋の凱旋将軍様だ。畏れ入つたか』 ベル『ヘン馬鹿にするない、「色は年増が艮め刺す」と云つて最後の勝利は俺の手に握つて居るのだ』 ヘル『馬鹿云へ、御本人が承諾しない恋が何になるか、お生憎様だ、イヒヒヒヒ』 ケリナ『ホホホホホ、揃ひも揃ふたデレ泥だ事、誰がお前のやうな馬鹿者に身を任すものがありますか、よい加減に自惚をして置きなさい』 ベル『オイ、何程美人だと云つてもこれだけ侮辱せられては、女房にする訳にも馬鹿らしくて出来ぬぢやないか、序に此奴も一緒にバラしてやらうかい』 ヘル『ウンさうだ。かう愛想尽かしを云はれては仕やうがない。女は世界に幾人でもある。此女を生かして置いては修験者を殺したのは俺達だと云つて貰うと、些許り剣呑だから、やつつけて仕舞はうよ』 ベルは、 ベル『よし合点だ』 と矢庭に棒千切をもつて打つてかかる。ケリナは白楊樹を盾に取つて身を脱れようとする。ヘルは又もや棒千切をもつて脳天目蒐けて打ち卸した。憐やケリナはキヤツと悲鳴を上げ其場に打ち倒れた。此の時天を焦して下り来る一大火光があつた、二人は驚いて雲を霞と森林の中を逃げて行く。火団は忽ち二人の倒れて居る前に降下した。是は第一霊国より月照彦命が、二人の危難を救ふべく神の命を帯びて下られたのである。二人は漸く火団の落下した音に気が付き、四辺を見れば、桃色の薄絹を着した麗しきエンゼルが立つて居る。求道居士は拍手再拝して救命の恩を感謝した。ケリナも亦エンゼルを拝み一言も発せず、嬉し涙にかき暮れて居る。エンゼルは言葉静に両人に向ひ、 エンゼル『汝等両人、神の大道を誤らず、身をもつて道の為に殉じたる其志は見上げたものだ。其方の志に免じ、霊国より汝等を救ふべく下つて来た。吾は月照彦神なり。随分気をつけてテルモン山に帰つたがよからう。それ迄に、も一度試みに遇ふ事があるだらう。屹度自分の命を惜むやうな事では世を救ふ事は出来ないから、何事も神に任して救ひの道を拓いたらよからう。さらば』 と一言を残し、紫の雲に乗つて東の空を指して帰らせたまふた。二人は後姿を伏拝み、感謝の涙に暮れつつ、天の数歌を称へながらテルモン山を指して帰り行く。 赤心を貫き通す桑の弓 届かざらめや神の御国へ。 (大正一二・三・一六旧一・二九於竜宮館加藤明子録)
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霊界物語 57_申_テルモン山の神館2 04 妖子 第四章妖子〔一四五四〕 館の家令オールスチンは、老齢衰弱の身を大勢の荒男に所構はず踏み倒され、ワックスの介抱に依りて再び息は吹き返したものの、苦しみに堪えず、吾館に舁つぎ込まれ、発熱甚だしく、日夜苦悶を続けて居た。 一方館に於ては小国別は仮死状態に陥り、囈言計り云うて居る。さうしてデビス、ケリナの両女は行衛は容易に分らず、又力と頼む三千彦の行衛も分らなくなり、小国姫は悲痛の淵に沈み、身をワナワナと慄はせ乍ら、世を果敢なみ、生たる心地はせなかつた。されど如何にもして一時なりとも夫の病を長引せ二人の娘に会はせたきものと、夫のみ力に日を送つて居た。館の中はオークス、ビルマの両人が万事切り廻して居る。受付のエルは牛に睾丸を潰されたきり、綿屋の奥の間で高枕をして苦しんで居る。小国姫はオークス、ビルマを居間に招き、種々と相談をかけた。二人は時節到来、ワックスの思惑を成就させ、甘い汁を吸はむものと胸を躍らせながら、素知らぬ顔して心配気に俯向いて居る。 小国姫『オークス、お前に折り入つて相談したい事がある。旦那様はあの通り何時お帰幽なさるか知れぬ御容態、又家令のオールスチンは重病で苦しんで居るなり、ワックスは旦那様や、オールスチンの病気平癒のために荒行に行くと云つて出たきり顔を見せないし、二人の娘は未だ帰つて来ず、若もの事があつたら、如何したら好からうか、お前も一つ考へて貰ひ度いものだがなア』 オークス『実にお気の毒な事が出来したもので厶いますワイ。お館計の難儀ではなく宮町一統の難儀で厶います。貴女はバラモン教の館を守護する役であり乍ら、素性の分らぬ三五教の魔法使を町民に内証で引き入れなさつたものですから、此様な惨い目に会はされたのです。これからは些と吾々の云ふ事も聞いて貰はなくてはなりませぬ。町中の噂によれば、あの三千彦と云ふ奴は、三五教きつての魔法使で、お館に最も大切な如意宝珠の玉を忍術をもつて奪ひ取り、お館に有るにあられぬ心配をかけて置き、進退維谷まる場合を考へ澄まし、バラモン教の宣伝使に化けて這入つて来よつたので厶います。夫故今迄家に厶つたデビス姫様迄お行方は分らぬ様になり、此町中は大切な御神具を残らず盗まれ、大変な大騒動で厶います。こんな事が町民に分らうものなら、夫こそ貴女の御身の大事、大きな顔して此お館には居られますまい。そつと早馬でハルナの都に報告でもしようものなら、旦那様は病気で亡くなられたとした所で、お前さまは逆磔刑にあはされるでせう。大変な事をして下さつた。私は貴女の境遇に御同情をすると共に、貴女の御処置を恨んで居ます。もし斯んな事が大黒主様のお耳に入らうものなら、吾々もどんな刑罰に会はされるかも知れませぬ。今後はちつとオークスの云ふ事も聞いて貰ひ度いものです』 小国姫『あの三千彦さまに限つてそんな悪党な方では有りませぬぞや、夫は何かの間違ひでせう。金剛不壊の如意宝珠を隠したのは決して三千彦さまぢやない、家令の悴のワックスに間違ひないのだ。あれが吾娘デビス姫を無理往生に娶らむとして種々とエキス、ヘルマンなどを使ひ企んだと云ふ事は明瞭り分つて居るのだよ。勿体ない、誠の宣伝使にそんな罪を被せるものぢやありませぬ』 オークス『奥様、夫が第一貴女のお考へ違ひです。ワックスさまは何を云うても家令の悴、このお館が立ち行かねば自分の家も立ち行かないのですから、よう考へて御覧なさい、そんな不利益の事をなさいますか。そこが三五教の魔法使の甘い所で……ワックスさまは人がよいから、塗りつけられたのですよ。奥の奥を考へて貰はねば実にワックスさまに気の毒で厶いますワ。よく考へて御覧なさいませ。三千彦と云ふ魔法使は、町民の鬨の声に驚かされて雲を霞と逃げ失せ、旦那様はどう贔屓目に見ても御養生は叶ひますまい。そして家令のオールスチンさまも御本復は難いこの場合、此お館のお力になる者は誰だと思召す。ワックスさまより外無いぢやありませぬか。貴女はワックスさまをお疑ひなさると、これ程人気の有るワックスさまの為に町民が承知致しませぬぞや。よく胸に手を当ててお考へにならないと、お館の一大事で厶います』 小国姫『ハテ合点のゆかぬ事だなア、ビルマ其方は何と思ふか』 ビルマ『ハイ私は町内の噂を調べて見ましたが、ワックスさまは本当に偉い人ですよ。三五教の魔法使が隠して置いた如意宝珠をも、甘く自分が罪を負ふと云うて吐き出させなさつたので厶います。真実の忠臣義士と云ふのは、あのワックスさまで厶います。あの宝が無かつたらお館は勿論、宮町一同が大黒主様から所刑に遇はねばならぬ所を助けて下さつたのだから、テルモン国の救世主だと云つて居ます。どうしてもデビス姫様の御養子になさつて此国を治めねば町民が承知しませぬ。私は別にワックスさまがお世継にならうとなるまいと利害関係はないのですから、ワックスさまの為に弁護は致しませぬ。中立地帯に身を置いて、自分の所信を包まず隠さず申上げます』 小国姫『町民迄がさう信じて居る以上は、どうも仕方がない。兎も角今日の場合、養子にするせぬは後の事として、一度ワックスさまに来て貰ひ度いものだなア』 オークス『それは結構で厶いますが、ワックスさまは神様の為め、お館の為、町民の為め、命がけの業をすると云うて出かけられましたから、お行衛が分らず、何時帰らるるとも見当が付きませぬ。就ては家事万端を処理する役員が無ければ不都合で厶いませう。家令はあの通り胸板を踏まれ、恢復の見込みは立ちませぬ、二人の姫様は行方が分らず、旦那様は御重病、誰か家令を新にお命じなさらなくては、一日も館の事務が執れますまい。私も門番位勤めて居つては大奥の御用は出来ませぬしなア』 小国姫『アアそんなら、順々に抜擢してお世話にならう。受付のエルを臨時家令となし、お前は受付になつて貰はう、さうすれば万事万端都合よく運ぶであらう』 オークス『成程それは順当で至極結構でせう。併し乍ら、エルさまの慌者、旦那様が、まだ命のある中から御帰幽になつたと云うて町中を触れ歩き、大勢を騒がし、お負に牛の尻に突き当り睾丸を踏み潰され、綿屋の離室に有らむ限りの苦しみをして居ります。さうして道端に繋いであるあれ程大きな牛が目に付かないやうな事では門番も出来ないと云うて、町中の笑はれ者になつて居りますよ。あんな慌者が家令にでもならうものなら、お館の威勢は申すに及ばず、神様の御威勢迄も落ちると云つて、町中の大反対で厶います。夫はおよしになつた方がお為で厶いませう』 小国姫『ハテ困つた事だなア。そんならワックスが帰つて来たら、暫し親父の代理を勤めさす事に致しませう。夫迄お前は臨時家令の役をやつて貰ひ度い』 オークス『私のやうな不都合な者は、到底臨時家令のやうな事は出来ませぬ。平にお断り申します、却てお館の不都合な事を仕出かすといけませぬから。総て臨時と云ふものは水臭い文字で、本気にお館の為に尽すと云ふ気が出て来ませぬワ』 ビルマ『一層の事、ドツと張り込んで、オークスさまを家令に任命なさつたらどうでせう、屹度それ丈の腕前は厶いますよ。貴女は奥にばかり厶るから外の事情は分りますまいが、私が証明致します。町民一同の希望はワックス様を御養子となし、オークスさまを家令と遊ばし、さうして○○を家扶にお命じになれば、お嬢様も帰られ、お妹御のケリナさまも無事帰られると云ふ噂で厶います。世間の噂と云ふものは余り馬鹿にはならぬもので厶いますよ。神様の為め、お館の為め、それが最善の方法と私は考へます』 小国姫『○○を家扶にせいとは誰の事だい、もつと明瞭りと云うて貰はなくては分らぬぢやないか』 ビルマ『ヘイ、到底申し上げた所で門番位が家扶には成れますまい。云はぬが花で厶いませう』 小国姫『ホホホホホ、ビルマ、自分を推薦して居るのだらう。お前も抜目の無い男だなア』 ビルマ『此頃の世の中は盲人計りで厶いますから、自分から自分の技能を発表しなくては、何時になつても金槌の川流れ、栄達の道はつきませぬ。正真正銘のネットプライスの技量を放り出して、それをお認めになる御器量があればよし、無ければ時節到らぬと覚悟するより外は厶いませぬ。私を御採用なければオークスだつて決して家令の職に置きませぬ。此男も今度の事件については、チと弱点……いや弱点は無いのです。貴女がそつと魔法使を引き入れなさつたのが弱点ですから、吾々二人が揉み消し運動をやつたので、町内の騒ぎがやつと治まつたので厶いますからなア』 小国姫『そんなら仕方がありませぬ。お前を臨時家扶に命じませう』 ビルマ『モシ奥様、臨時家扶と云ふのは釜焚きとは違ひますよ。家令の次の職、重職で厶いますよ。念の為め一寸申上げて置きます』 小国姫『門番が家扶に出世したら結構ぢやないか。此館は大黒主様の命令で家令一人と定つて居るが、家扶を置く事は出来ないのだから、気の毒乍らお前は門番頭で辛抱して下さい』 かかる所へ一人の看護婦が慌しく入り来り、 『奥様早く来て下さいませ、旦那様は御臨終と見えまして、大変御様子が変つて参りました』 と心配さうに云ふ。小国姫は胸を撫でながら慌しく主人の病室に駆けり行く。オークスはビルマと共に小国姫の後に従ひ病室に入る。小国別は俄にムクムクと起き上り、痩こけた顔の窪んだ目を光らせ乍ら、 小国別『女房お前は何処に行つて居た。最前から大変待ち兼ねて居たぞよ、さうして二人の娘はまだ帰つて来ぬかノウ』 小国姫『ハイもう軈て帰るで厶いませう。まだ何とも便りが厶いませぬ』 小国別『ハテ困つた事だなア、此世ではもう娘に遇ふ事が出来んのかなア。エエ残念ぢや』 小国姫『旦那様、何卒気を落さないやうにして下さい、屹度神様のお蔭で会はして下さるでせう』 小国別『三千彦の宣伝使様や家令は何処へ行つたかなア、早く会ひたいものだ』 小国姫『三千彦様は俄にお行衛が分らぬやうになりました。屹度娘二人を迎ひに行つて下さつたのでせう』 小国別『ウン夫れは御苦労だなア。屹度会はして下さるだらう。家令のオールスチンはまだ来ぬか、何をして居るのだらう』 小国姫『ハイ、一寸用が厶いますので、つひ遅れて居ます、やがて参るで厶いませう』 オークス『モシ旦那様、家令のオールスチンは町民に胸板を踏み折られ、九死一生の苦しみを受け自館に帰つて居られます。そして町中は三五教の魔法使をお館へお入れなさつたと云うて、鼎の沸くやうな騒ぎで厶います。そこを私等二人が鎮定致し、今奥様と御相談の上、私がたつた今家令となりましたから、何分宜敷くお願ひ申します。今後は粉骨砕身、十二分の成績を挙げてお目にかけますから御安心下さいませ』 小国別『お前は門番のオークスぢやないか。何程人望があると云つても、さう一足飛びに門番が家令になると云ふ訳にはゆくまい。奥、お前はそんな事を許したのか』 小国姫『ハイ、……イイエ』 とモジモジして居る。 小国別『家令を任命するには何うしてもオールスチンの承諾を得、彼が辞表を出した上でハルナの都に伺ひを立て、其上でなくてはならぬ。さう勝手に定める訳にはいけぬ。この館は特別だから何事も大黒主様に伺はねばならぬ。よもや真実ではあるまい。奥、お前は当座の冗談を云ふたのであらう』 小国姫はモジモジしながら幽かな声で『ハイ』と一言、俯向いて居る。 オークス『苟くも館の主人の奥様とも在らう方が、冗談を仰有らう筈はありますまい。奥様のお言葉は金鉄よりも重いものと信じて居ります。何と仰有つてもオークスは当家の家令で厶います。万事万端館の事務を取調べ、ハルナの都に報告を致さねばなりませぬ。何処迄も此オークスを排斥なさるならば、三五教の魔法使をお館へお入れなさつた事を大黒主様に注進致しませうか、それでも苦しうは厶いませぬか』 と命旦夕に迫つて居るのにつけ込んで無理やりに頑張つて居る極悪無道の曲者である。 小国別『これ奥、私はお前の見る通り、今度はどうも本復せないやうだ。何うか一時も早く三千彦さまを尋ね出し、此館のお力となつて頂け。あの御神力をもつて守つて頂けば、如何に大黒主の神、数万の軍勢をもつて攻め寄せ来るとも恐るる事は要らぬ、かやうな悪人を決して吾死後用ひてはならぬ。今日から門番を免職して呉れ。エエ穢らはしい』 と衰弱の身心に怒気を含み、呶鳴り立てた。それつきり又もやグタリと弱り、忽ち昏睡状態に陥つた。 小国姫は、身も世もあらぬ悲しみに浸されながら、故意とに涙を隠し容を改め、両人に向ひ、 『オークス、ビルマの両人、其方は御主人様の命令だから、気の毒乍ら只今限り此館を帰つて下さい。仮令どうならうとも其方のやうな傲慢無礼な僕に厄介にならうとは思はないから、……モシ旦那様何卒御安心下さいませ』 と耳に口を寄せて声を限りに涙交りに述べ立てた。小国別は幽かにこの声が耳に入つたと見え、力無げにニタリと笑ふ。オークスは横柄面を曝し乍ら威猛高になり、 『モシ奥様、旦那様は大病に悩み耄けて居らつしやいます。決して仰有る事は真ぢやありませぬ。熱に浮されたお言葉、左様な事を本当になさるやうでは此お館は大騒動が起りますよ。今日此お館を双肩に担うて立つものは、ワックスや吾々二人の外に誰がありませうか。克くお考へなされませ。門番は家令になれないと仰有いましたが、何と云ふ階級的の考へに捉はれて居らつしやるのですか。昔常世城の門番は、直に抜擢されて右守の司になつたぢやありませぬか。それも失敗の結果でせう。吾々はお館の危急を救つた殊勲者です。若しお気に入らねば仕方はありませぬ、吾々は吾々としての一つの考へが厶います、後で後悔なさいますなよ。町民一般が大切な宝を盗まれたのも、みんな三千彦の魔法使によつて大勢の者が難儀をして居るので厶います。云はば三千彦は町民の敵で厶います。其敵を何時迄もお構ひなさるのならば、矢張貴方方御夫婦は国敵と認めます。大黒主のお開きなされた此霊場を、みすみす三五教の奴に蹂躙せられるとは、町民一般の忍び難い所でせう。私を家令にお使ひなさらぬなら、たつては頼みませぬ。此始末を町民に報告致します。さうすれば町民は、貴方方をバラモン教の仇、神様の敵として押し寄せて参ります。お覚悟なさいませ』 と云ひ放ち、勢鋭く表へ駆け出す。睾丸を牛に踏み潰され、綿屋の離室に養生して居たエルは漸う二三人の子供に送られて玄関に帰つて来た。オークス、ビルマの二人は玄関にてふと出会うた。エルは二人の相好の唯事ならぬに不審を起し、 エル『オイ、両人、血相変へて何処へ行くのだ。是には何か様子があるであらう、まづ俺に聞かして呉れ。何とか仲裁してやるから』 オークス、ビルマの両人は脅迫的に此処迄来たのだが、うつかり町民に妙な事を喋つて、後の取纒めに困つてはならぬと思つて居た矢先、エルに止められたので、これ幸と二人は受付にドツカと坐し、密々話に耽つて居る。 (大正一二・三・二四旧二・八於皆生温泉浜屋加藤明子録)
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霊界物語 57_申_テルモン山の神館2 21 言触 第二一章言触〔一四七一〕 ワックスは驚き吾家に馳帰り見れば父のオールスチンは病益々重く、殆ど虫の息になつて居た。流石のワックスも驚いて父の病床に駆け寄り、涙の声を絞り乍ら、 ワックス『お父様、如何で厶います。お苦しう厶いますか』 とツヒになく優しく尋ねる。オールスチンはクワツと目を瞠き、ニタリと笑つた儘瞑目して了つた。 ワックス『アーア到頭大切の大切のお父さまはなくなつて了つた。アアどうしようかな。おい、オークス、ビルマ、も一度どうかして甦つて貰ふ道はあるまいかな。コラ看護婦、貴様達二人も附いて居つて何して居た。親爺が死ぬやうな看護を頼みはせぬぞ、病気が癒る為、高い金を出して雇うて居たのだ。俺の不在の間に何か悪い事したのだらう。トツトと出て行け』 とソロソロ地金を出しワヤな事を云ひ出した。看護婦は呆れて返す言葉もなく、面を膨らし乍ら自分の持物を取りまつべて逃げ帰らうとする。 ワックス『コリヤ一寸待て、その荷物を税関で調べてやらう。親爺の小判をソファーの下から引張り出して詰めて居るのだらう』 看護婦『ホホホそんな安い人間と思つて貰ひますと片腹痛う厶います。然し此トランクは私の物ですから指一本触へるなら触へて御覧なさい』 ワックス『ヨシ、みん事調べてやらう。大泥棒奴が』 と云ひ乍ら二人の看護婦のトランクを無理に捻開けた。忽ち白き煙シユーシユーと音を立てて立あがり、中よりデビス姫、ケリナ姫の二人がニコニコしながら立ち現はれた。ワックスはアツと驚き腰を抜かし『バ……化物』と呼んだきり、喉がつまり口をワナワナさせ慄うて居る。オークス、ビルマは其間にソファーを取り除け、畳をめくり、オールスチンの隠して置いた金銀の小玉を引張出し、看護婦のトランクに詰め込み、倒れて居るワックスの前に見せびらかし、 オークス『もし、ワックス様、これ丈の戦利品が厶いましたよ。後にはもう一つも残つて居りませぬ。ビルマと両人が有難く頂戴致します。お前さまはお化の姫様と仲良う暮しなさい。お前さまの腰は三日や四日にや立ちますまいから、これから両人が聖地を逐電致し、ハルナの都に行つて栄耀栄華に暮します、アバよ、ウツフフフフフフ』 と腮をしやくり嘲笑しながらスタスタと表へ駆け出す。二人の看護婦の姿は何処へ行つたか皆目見えなかつた。ワックスは無念をこらへ歯切りを噛んで逃げ行く二人の後を怨めしげに見送つて居た。狼狽者のエルはトランクの中から美人が出たのと、オールスチンの絶命れたのを見て逸早く飛び出し、再び十字街頭に立ち現はれ、大音声を張り上げて言触を始め出した。 エル『ドンドコドンドコドンドコドンヤア大変ぢやア大変ぢやア 天が地となり地が天となるドンドコドンドコドンドコドン ワックスさまの親爺さま神の館の家老職 オールスチンが命尽きて極楽参りを致したぞ ドンドコドンドコドンドコドン皆さま早う駆けつけて 葬式万端手伝うて野辺の送りをするが宜い 悪酔怪の会長さまワックスさまは腰抜かし アフンとばかり口開けてものをも言はず倒れてる ドンドコドンドコドンドコドンそれにまだまだ不思議なは 二人の看護婦忽ちに雲を霞と消え失せた 不思議と思ふ最中にワックスさまがパツと開けた トランクの中からシユーシユーと白い煙が立ち昇り ドンドコドンドコドンドコドンあらマア不思議摩訶不思議 神の館にあれませるデビスの姫やケリナ姫 ニコニコし乍ら現はれたドンドコドンドコドンドコドン これもヤツパリ三五の魔法使の仕業だと 思へば俄に怖くなり家令の死んだ報告や ワックスさまの腰抜かしお化女の出現を 報告がてらにやつて来たドンドコドンドコドンドコドン 今度は嘘では無い程に本真に本真に死んだのだ ソファーの下にドツサリと金と銀との小玉奴が 目玉を剥いて唸つてる手に入れるなら今だぞや 凡て此世の財産は人一代と云ふ事だ 親爺が悴に渡さずに残して死んだ宝なら 誰が拾うても同じ事これは天下の所有品 お金の欲しい代物は一時も早く飛んで出て 思ふ存分引掴み栄耀栄華に暮らさんせ ドンドコドンドコドンドコドン執念かかつた金銀を 俺は拾はうと思はないさはさり乍ら黄金が もの云ふ時節だ皆さまよドンドコドンドコドンドコドン 強欲爺の葬礼を表にかこつけドシドシと 遠慮会釈も要らぬ故押しかけ行きて宝をば 各自にせしめた方がよいワックスさまの腰抜けが もとへ戻らぬ其先に早く行つたら行き得ぢや 一歩先へ行く者がどうしてもお神徳が多いぞや ドンドコドンドコドンドコドンア、エーエエエエーエエエ 扨ても果敢ない人間の命欲の皮をば引張つて 小国別のお館の家令の勤めチヨコチヨコと 上前はねて貯め置いた罪と穢の凝固つた 金と銀とを沢山に残して死んだ気味の良さ 悪はどうしても長つづき致さぬものだと今更に 此エルさまは悟りましたオールスチンの親爺奴が 何時も偉さうに俺様をエルよエルよと呼び棄てに こき使ひやがつた其酬い今目のあたり面白や ドンドコドンドコドンドコドン人はどうしても生前に 善を行ひ施しをやつて置かねば詰らない 今度の家令が好い手本皆さま確りなさいませ ドンドコドンドコドンドコドンサアサア私が御案内 皆さま跟いて厶いませドンドコドンドコドンドコドン』 と豆太鼓を叩き乍ら駆け出した。欲に目の無い群衆は先づ第一に金銀の小玉を一つなりとも拾得し、其葬式に加はり、故人の霊を慰めむものと、蒸し暑い夏の日を欲の皮を引張つて、汗をタラタラ絞り乍ら走り行く。 (大正一二・三・二六旧二・一〇於皆生温泉浜屋北村隆光録)
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霊界物語 58_酉_イヅミの国1(猩々島) 02 多数尻 第二章多数尻〔一四七七〕 奥の一間には小国姫、ニコラス、三千彦、其外一同が打解けて神徳話に余念なく、茶を啜り乍ら懇親を結んでゐる。 かかる処へ門前俄に騒がしく猛犬の叫び声、合点行かぬと何れも耳を欹てたが、三千彦は一同に向ひ、 三千『皆さま、どうやら悪酔怪員の暴動と見えます。私が一寸調べて参りますから御休息して居て下さいませ』 といひ捨てて表に駆け出す。 ニコラスはハンナに命じ三千彦と共に表門に向はしめた。表門に行つて見れば三千彦が昼夜念頭を離れざりし恋しき師の君玉国別、良友の真純彦、伊太彦が莞爾として門内に潜り来るにパツと出会した。三千彦は倒れぬばかりに且つ驚きかつ喜び、アツと云つたきり暫らくは言葉も出なかつた。 伊太『やア、お前は三千彦ぢやないか。俺等はお師匠様と共に、どれ丈けお前を探して居つたか知れないのだ。処もあらうにバラモン教の聖場に納まりかへつて居るとは合点が行かぬ。これは何か様子があるのだらう。さア早くお師匠様に申上げぬか』 三千彦は胸撫で下し、涙を流し乍ら、 三千『御師匠様、よう無事で居て下さいました。貴方の所在を尋ねむものと、バラモン教の聖場に入り込み、種々雑多と苦労を致しました。斯様な所でお目にかかるとは全く神様の御引合せで厶います。さア奥へお通り下さいませ』 玉国『あ、三千彦殿、まア結構だつたな。随分吾々三人はお前の身の上を案じて居たのだ。只今無事な顔を見て、こんな嬉しい事はない。然し此通りバラモン軍と無頼漢との同士打ちが初まつてるが、もとは吾々一行に対しての挑戦であつたが、何時の間にか相手が変つて味方の同士打ちとなつた。実に気の毒だから之を一先づ鎮撫せなくてはなるまい。緩り奥で休息する訳にも行かぬぢやないか』 三千『決して御心配なさいますな。スマートさまに一任して置けば大丈夫ですよ。アハハハハ』 真純『うん、そらさうだ。吾々四人の宣伝使よりも余程神力が備はつて居るのだからな、四足だつて余り馬鹿に出来ぬぢやないか。吾々はスマート大明神のお蔭で命が助かつたのだ。アハハハハハ』 と笑ひ乍ら三千彦に案内されて奥の間を指して進み入る。 ハンナは部下の兵士が無頼漢と入り乱れて戦つて居るのを見逃す訳にも行かず、直ちに驢馬に跨り両方混戦の中に駆け入つて声を嗄らし『鎮まれ鎮まれ』と厳しき下知を伝へた。 此声を聞くより敵味方ともに水を打つたる如くピタンと戦闘は停止された。スマートは忽ち駆け来り、ワックス、エキス、ヘルマン、エルの四人を探し索めて引倒し、ハンナの前に一々引き来りワンワンと叫んで、之を縛れよとの意を示した。ハンナは四人を手早く縛し上げ、馬場の前の大杭にシカと縛りつけた。弱きを挫き強きに従ふ悪酔怪員は、会則を遵守して一人も残さず、コソコソと己が家路に帰り行く。トンクは驢馬に跨つた儘、十字街頭の鐘路に現はれ、臆病風に誘はれた数多の老若男女を集めて一場の訓戒演説をはじめて居る。 トンク『御一同様の中には悪酔怪員も水平怪員も、其他町内有志諸君も居られますが、よくまア会則を遵守し、一人も残らず退却して下さいました。実に幹部たる吾々は、諸君の行動に対し、欣幸措く能はざる所で厶います。今日迄は神館には只一人の魔法使三千彦と云ふ大先生、並びに求道居士の二人の魔法使、それ故吾々一同に比較すれば先方は弱者で厶いました。併し乍らもはや今日は新に三人の魔法使の大先生が御出現遊ばされ、又武器を携へたニコラスキャプテンが五十の兵士を引率して館を固くお守りになり、三五教の魔法使と同盟遊ばした上は、忽ち地位転倒して先方は強者となり、吾々は弱者の地位に立たねばならなくなりました。加ふるにスマートと云ふ、あの猛犬大明神は中々の強者で厶います。併し乍ら弱者は弱者として独立する訳にはゆきませぬ。会則にある通り、弱きを挫き、強きに従ふのが吾々の本領で厶います。それ故吾々一同は神館に至り心から帰順致し、馬場に繋ぎあるワックス等に大痛棒を加へ天晴融通を利かし、三五教及びバラモン軍に帰順の誠を現はし、身の安全を図るを以て第一と心得ます。皆さまの御意見は如何で厶いますか』 と呼はつた。悪酔怪員を初め、その他の連中はトンクの詭弁に何れも感心し、一も二もなく手を拍つて賛意を表した。トンクは此態を見て威猛高になり、 トンク『皆さま、早速の御承知、トンク身にとり満足に存じます。就てはワックスの会長を皆様より免じ、新に強者を会長に任命されむ事を希望致します。その強者とは申す迄もなく私はトンクだと思ひます。トンクに御賛成の方は手を拍つて下さい。不賛成の方は背を向けて尻を捲つて下さい。何事も多数決で厶いますから』 手を拍つもの半分、尻を捲つて背をそむけるもの半分、トンクは馬上より之を眺めて、 トンク『皆さま、手を拍つて下さる方が半分、尻を捲つて反対を表する方が半分と見えます。これではハンケツがつきませぬ。何とか、も一度考へ直して頂き度う厶います』 此声と共に今度は一人も残らず黒い尻を捲つてトンクの方に向けた。さうして群集の中より『即ケツ否ケツ』と叫ぶものがある。トンクは馬上より歯ぎしりをし乍ら、 トンク『エー、尻太異な事だな』 斯かる所へ驢馬に跨りチヨクチヨクと此場に現はれ来たのはタンクであつた。タンクはトランクの口を開き、金銀の小玉を掴んでは投げ、掴んでは投げ、 タンク『皆さま、私が悪酔怪の怪長の候補者で厶います。今黄白を斯くの通り撒き散らしますから十分拾得競争をやつて下さい。拾得された方は其方の所有で厶います。其代り神聖なる一票を此タンクにお与へ下されむ事を希望致します』 と掴んでは投げ、掴んでは投げ、前後左右に駒を進めて残らず万遍なく撒き散らして了つた。トンクも手早く馬から下り、矢庭に金銀の小玉を拾つては懐中につつ込み、再び馬上につつ立ち選挙の様子を観望して居る。タンクは全部黄白を撒き散らし、もはや欠けたカンツも無くなつて居た。タンクは馬上より雷声を張り上げ、 タンク『皆さま、私を怪長に選挙して下さいますまいか。賛成の方は手を拍つて下さい。万一不賛成のお方は尻を捲つて屁を一発手向けて頂き度い。何程お尻を捲られても、屁の出ない方は賛成と認めます』 とうまく孫呉の屁法で予防線を張つて了つた。ここに半分は手を拍ち半分は尻を捲らず、手も拍たず、茫然として控へて居る。タンクは怪訝な顔して馬上より様子を窺つて居た。此時トンクはタンクの撒いた金銀を馬上より見せびらかし乍ら、 トンク『皆さま、最前手を拍つて下さつたお方は私の賛成者と認めます。今タンクさまに対して手を拍たず、尻を向けない方は中立者と認めます。その方に対して此黄白を撒ずる考へですから賛成の方は手を拍つて下さい。今ここで撒き散らしますと、二重取りされると折角の賛成者の手に入りませぬから、私の宅でお渡ししませう。少くとも千両の金はありますから百人に分配しても十両づつは確で厶います。さア一、二、三で願ひます』 今度は如何したものか、一人も残らず尻を捲つて口屁をプウプウと鳴らして居る。中には尻から黒い湿つぽい輪廓の不完全な煙を吐き出す奴も少しはあつた。 トンク『然らば拙者が副怪長となり、タンクさまを怪長に選んで下さい。さうすれば双方共顔が立ちますから』 大勢の中から、 『オーイ、トンク、貴様の今持つてる金は皆タンクさまの撒いた金だ。副怪長に任じて欲しけりや皆バラ撒くのだ。そしたら副怪長にしてやろう』 トンク『成程然らば皆さまに撒き散らしますから、よう拾はない人は運命だと諦めて下さい。兎も角半数者以上の賛成があれば可いのです』 と懐より一つも残らず取り出し、前後左右にまき散らして了つた。此潮時を見済まし、タンクは大音声、 タンク『皆さま、私を怪長に選んで下さつた事を有難く感謝します。何と云つても運動費が無くては今日の世の中は駄目です。墓標議員の事故議員、妥協議員にならうと思つても、五万や十万の金が入る時節ですから、無一文で議員にならう等とは余り虫が良すぎます。私は副怪長なんかは必要はないと思ひます。官の為人を選むのではなく、人の為に官を作ると云ふ事は最も不利益且つ不経済、秩序紊乱の端緒を開くもの私は副怪長の必要はないと思ひます。皆さま、必要と認めた方は手を拍つて下さい、不必要と認めた方は、も一度尻を捲つてトンクさまの方へ見せて下さい。それを以て貴方等の意志を明かに致します』 一同は一人も残らず真黒の尻を捲つてトンクの方へ尻をさし向け、御叮嚀にピシヤピシヤと黒い臀肉を叩いて見せた。トンクはスゴスゴと驢馬の尻を無性矢鱈に叩き、業腹煮やして何処ともなく姿を隠した。 これよりタンクは大勢の前に立ち凱旋歌を歌ひ乍ら神館をさして練り込んで行く。大勢は擦鉦を叩き、歌に合せて拍子をとり跟いて行く。 『扨ても悪酔怪員は弱きを挫き強者には 恐れて従ふ卑怯者平安無事が第一だ 強い奴にはドツと逃げ弱い奴にはドツと行け これが軍の駆引だチヤンチキチヤンチキチヤンチキチン いやいや軍のみでない万事万端その通り どんな商売致しても小さい店を踏み倒し 小さい資本の会社をば片ツ端から押し倒し 大きな奴には尾を巻いて暫らく忍び時を待ち いつとはなしに強くなり大きくなつたその時に 己が所信を貫徹し世界の強者と崇められ 優勝劣敗経となし弱肉強食緯として 此世を渡るが利口者チヤンチキチヤンチキチヤンチキチン 神の館に現ませる三五教の魔法使 三千彦さまは弱いとは云へど其実強い人 神変不思議の魔法をば使つて吾等を苦しめつ 何処々々迄もやり通すこんなお方に逆らうて どうして吾身が立つものかチヤンチキチヤンチキチヤンチキチン 弱きを挫き強きをば助ける吾々怪員は ワックス、エキス、ヘルマンやエルの司を虐げて 悪酔怪の至誠をば現はし館に立向ひ そこはそれそれ都合よく頭を下げて胡麻を摺り 身の安全を図るのだこんな神謀鬼策をば もしもトンクが怪長ならどうして捻り出されよか 智慧の袋のタンクさま神謀鬼策の妙案は 胸の袋にタンク山に蔵つて厶るぞ皆さまよ 心を丈夫に持つが良いチヤンチキチヤンチキチヤンチキチン 早くも馬場に近づいた皆さま声を打揃へ 三五教やバラモンの神の司の万歳を ここから唱へ上げませうそれに続いてスマートの 犬大明神の万歳を三唱し乍ら進みませう チヤンチキチヤンチキチヤンチキチンああ惟神々々 叶はぬから叶はぬから目玉飛び出しましませよ 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも強きを助け弱きをば 挫くが天地の道理ぞや大魚は小魚を呑み喰ひ 大獣は小獣を噛み喰ひ強者は弱者を虐げる 富者は貧者をこき使ひ役人さまは平民を 奴隷の如く足にかけ腮をしやくつて使ふのだ これが天地の道理ぞや必ず迷ふちやならないぞ チヤンチキチヤンチキチヤンチキチン』 と勝手な熱を吹き悠々として驢馬に跨り、先頭に立ち早くも門内に進み入る。 (大正一二・三・二八旧二・一二於皆生温泉浜屋北村隆光録)
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霊界物語 58_酉_イヅミの国1(猩々島) 12 素破抜 第一二章素破抜〔一四八七〕 南北二百里の航路にはそろそろ退屈気分が漂ひ、いろいろと腮を解く雑談が初まつて来た。彼方にも此方にも欠伸に節をつけたり放屁を刻んだり、他愛もなく笑ひ狂ふて居る。ダルは船中の無聊を慰むる為め、骨と皮との餓鬼のやうな体を前後左右に揺り阿保陀羅文句を並べだした。 ダル『カカポコカカポコ、ポコポコポコ。──エー憚り乍ら、所は何処と尋ねましたら、愛想もこそも月の国、人を取り食ふ曲津神八岐の大蛇の住家なる、大雲山の岩窟に、後前バラバラバラモンの、神を祭つた洞の中、中はホラホラ外はスブスブと、焼野の鼠ぢやないけれど、この世を乱すバラモンの、ガラクタ神が巣をくんで、彼方此方と駆け廻り、人の女房を誘拐し、汗水垂らして儲けた金を、スツカリコンのコンコロコンと、引つたくり、六百六号の御開山、鼻落ち女に現をぬかし、終の果にはフガフガフガと、鼻声交りに、痘痕の面を曝しつつ、人には嫌はれ鬼や悪魔と厭がられ、一人よがりのヒヨツトコ男、此処にも一人や三人は、あるかも知れないバラモンの、泥棒上りの目付役、おつとどつこい間違つた。泥棒やめて神様の、誠の教にコツクリコツと帰順をなされました。それは誠に誠に御結構とは云ふものの行先が、私は案じられてなりませぬ。キヨの港に着いたなら、ウンバラサンバラ、バラバラバラバラバラモンの、捕吏の奴等がやつて来て、玉国別の宣伝使、神の使を初めとし、俺達二人を引んづかみ、惨い目見せて呉れむずと、心の鬼が角生やし、待つて居るのに違ひない、カカポコカカポコ、ポコポコポコ。人の心は分らない、改心したと見せかけて、これの湖水をまんまと渡り、岸へヒヨツクリコと登るや否や、又もや地金を現はして、目付の役を振り廻し、難い顔をして居るだらう。何程改心したとても、瓦は黄金になりはせぬ。身魂の悪い曲津神、何を云ふやら蜜柑やら、金柑桝で量るやら、橙だいの厄介物よ、これを思へば迂つかりと、温い夢みてネーブルと、云ふよな訳には参らない。罪の島へとやつて来て、蟹や貝をば漁りつつ、寄せ来る浪にも怯ぢ怖れ、腹はペコペコ胃袋を、充実させむと穴さがし、岩窟の口へとやつて来て、俺等の両腕引掴み、バラバラバラと引き裂いて、頭からかぶらうとした奴は、矢張り鬼の性来だ。これを思へば怖ろしや、チヤカポコチヤカポコ、ポコポコポコ。これこれ申し皆さまよ、随分用心なさいませ、虎狼を船に乗せ、虎穴に入つてやすやすと、睡つて居るよな剣呑さ、それより一層今此処で、同盟軍を組織して、改心したと見せかけて、猫を被つて居る狸、成敗したらどうでしよか、後の後悔間に合はぬ、こんな奴等の命をば、助けた所で世の為に、一つもなるでは有らうまい、お米が高うなる許り、製糞機械がウヨウヨと、辛い時節に迂路づいて、コソコソコソと暗いとこ、穴のありかを嗅つけて、スパイの役をする餓鬼は、人間姿の犬畜生、仇を打つなら今ぢやぞや、チヤカポコチヤカポコ、ポコポコポコ、骨と皮とになり果てた、ばつちよ笠見たよな俺等の、肉でも叩いて喰はうと、企んだ餓鬼は怖ろしい、因縁悪い生れつき、可愛さうだと思へども、吾身が可愛と思ふたら、敵をムザムザ許せない、悪人輩を平げて、根底の国へ追ひやれば、キツと世界の為となる、杢平も助も、田吾作も喜んで、お前は世界の救ひ主、偉い手柄をして呉れた、餅でもついて祝はうと、近所合壁呼び集へ、疳瘡や痒癬の親方を、ようま殺して下さつた、なぞと云ひ云ひ手を拍つて、踊り狂ふに違ひない、ああ面白い面白い、バラモン軍の目付役、ヤッコス、ハール、サボールの、贋改心の御大将、茲に本音を吹くがよい、海賊船に出会つた時、お前の視線が何となく、奇妙奇怪にキラキラと、光つて居たのを一寸見た。あの八艘の賊船は、初稚丸が安々と、キヨの港へ着いた時、関守さまと腹合せ、先へ帰つて待つて居て、苦労もなしに吾々を、一網打尽にふん縛り、甘く目的達成し、ハルナの都の鬼神の、前に手柄を立てやうと、深く企んで厶ろがな、そんな企みの分らない、玉国別の神司、神の使ぢやない程に、改心するのがお身の徳、ダルに的切り図星をば、指されて胸が痛からう、仮令天地は変るとも、ダルの言葉は変らない、俺の眼で睨んだら、決して間違ひ無い程に、コラコラどうだバラモンの、悪逆無道の目付役、もう斯うなつた上からは、お前の心の黒幕を、薩張こんと打ちあけて、心の底のどん底の、暗い穴迄見て置いた。これに間違ひあるまいぞ、これこれ皆さまこのダルが、申す言葉を疑はず、固く信じて下さんせ、私は観相に妙を得た、イヅミの国で名の高い、ダルのシヤンクと云ふ男、天眼力で調べました、この大湖の中央で、一つの成敗なされませ、後で後悔せぬやうに、夫れ夫れ御覧それ御覧、心の色が現はれた、青い顔してビリビリと、手足はワナワナ慄ひ出す、これが外れぬ証拠です、ああ惟神々々、叶はぬからとて涙ぐみ、魂は中空に飛び散つて、ズ蟹のやうに目玉迄、一寸先へつん出てる、さても愚僧が三千世界を遍歴し、数千万の人相を、取り調べたる経験上、どうしても此奴は悪人だ、芝をかぶらにや直らない、地獄に籍をおいて居る、奸怪変化の容器だ、ああ惟神、あのまア目玉の飛び出やう、アハハハハツハ、アハハハハ。呆れて物が云はれない、頭を掻いて俯向いて、青い顔して泡を吹く、イヒヒヒヒツヒイヒヒヒヒ。種々雑多と言葉を構へ佯り並べて肝腎要の命をば、暫しながらへ、陸に登つた其上で、以心伝心関守と、異様な眼を交換し、威張り散らしてインチキに、かけて吾等を縛らむと、企む心は顔色に、すつかり見えて居りますぞ、ウフフフフツフ、ウフフフフ。うかうか致して居りたなら、動きの取れぬ事になる、甘い言葉を並べたて、甘い汁をば絞らうと、甘く企んだ大泥棒、バラモン教の目付役、ヤッコス、ハール、サボールの、迂散な顔を見なされや、うるさい奴が乗つたものだ。エヘヘヘヘツヘ、エヘヘヘヘ。えぐいと云つてもこれ位、えぐたらしい、餓鬼どもが又と世界に有りませうか、遠慮会釈はいらないで、今から師弟の縁を切り、えたいの知れぬ餓鬼共を、一つ成敗なされませ、オホホホホツホ、オホホホホ。怖ろし企みを懐いてる、鬼か大蛇か曲神の、お化に等しき横道もの、心の底が現はれて、思へば思へばお気の毒、恐れ入つたかバラモンの、海賊上りの目付役、俺の言葉が違ふたら、お前の前で尻まくり、犬蹲になつてやろ、カカカカカツカ、カカカカカ。叶はぬ時の神頼み、蟹のやうなる泡吹ひて、悲しみ歎いて見た所で、もう勘忍は出来ないで、観念するのが第一だ、チヤカポコチヤカポコ、ポコポコポコ、未だ未だ先はあるけれど、頂くお金の愛想だけ、此先聞うと思ふたら、お金を沢山下しやんせ、肝腎要の正念場、供養の為にダルさまが、ゆるゆる申し述べませう、カカポコカカポコポコポコポコ』 ダルに素ツ破抜かれて、ヤッコス外二人は顔色を変へ、肩で息をして船底へ小さくなつて踞で居る、伊太彦は三人の前に進み寄り、 伊太『オイ、ヤッコス、お前達は何さう鬱いで居るのだ。滑稽交りの阿呆陀羅がお前達は気分が悪いのか、誰があんな事本当にするものか、間違つて、よしやお前達がダルの云つた通りの悪人であつたにせよ、酷い事はしないよ。そんな事をする位なら、罪の島へ残して置くのだ。吾々は紳士的態度を取るものだ。決して卑怯な事はしないよ。夫よりも歌でも歌つて機嫌を直したまへ。玉国別の先生だつて些とも気にかけて厶るやうな方ではないからなア』 ヤッコス『ハイ有難う厶います。それを承はつて安心致しました。ダルの奴どこ迄も私を恨んであんな讒言するのです。何卒御推量下さいませ』 伊太『ヨシヨシ、誰も彼れもみんな、心の盲は居ないから、腹のどん底迄分つて居るのだ。仮令仮にお前がダルの云つたやうな事を企んで居つたつて、そんな事にびくつくやうなものは一人も居ないのだから、安心したがよからう。お前も一つ歌でも歌つて船中の無聊を慰めたらどうだ』 ヤッコス『ハイ、有難う厶います。そんならお言葉に甘へ長の航路で厶いますから、不調法ながら歌はして頂きませう』 伊太『ヨシヨシ、何でも構はぬ、一つ機嫌を直して歌つてくれ』 ヤッコス『ハイ有難う、御免下さい』 と云ひ乍ら、ダルの前にツカツカと進み、ダルが左右の耳を自分の両手でグツと握り、顔を前へ突き出して、一口歌つては、首をしやくり、一口歌つては首をしやくり乍ら弁解的阿呆駄羅経を喋り出した。 (大正一二・三・二九旧二・一三於皆生温泉浜屋加藤明子録)