| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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霊界物語 | 43_午_玉国別と治国別1(玉国別の失明) | 01 烈風 | 第一章烈風〔一一五二〕 天地にさやる雲霧を伊吹払ひて世を救ふ 三五教の神柱神素盞嗚大神の 神言畏み音彦は玉国別と名をかへて 道公伊太公純公の三人の信徒を引率し 斎苑の館を立出でて凩すさぶ秋の空 河鹿峠の急坂を登りつ下りつ進み行く 目指すは印度の月の国ハルナの都に蟠まる 八岐大蛇や醜狐曲鬼醜の曲魂を 誠の道に言向けて至仁至愛の神国を 此地の上に建設し神の御稜威を照さむと 勇み進んで斎苑館後に眺めて出でて行く あゝ惟神々々御霊幸はひましまして 玉国別の宣伝使三人の従者と諸共に はるばる進む首途を完全に委曲に守りまし 千変万化の活動を漏れなく落ちなくすくすくと 述べさせ玉へ惟神神の御前に瑞月が 畏み畏みねぎまつる。 玉国別の宣伝使は三人の供人と共に、黄金姫、照国別一行の後より言依別命の谷間に転落して、第一天国を探検したりといふ、河鹿峠を膝栗毛に鞭ち、石車の危難を避け乍ら、声も涼しく宣伝歌を歌ひつつ、山の尾の上を渡り行く。折から吹き来る暴風はライオンの数百頭一時に吼えたけるが如く、唸りを立てて、遠慮会釈もなく岩石も飛べよ、草木も根底より抜け散れよと言はむ許りに吹きまくる。玉国別は『何これしきの烈風に辟易してなるものか、暴風何者ぞ、雷霆強雨何ぞ恐れむや』と勇気を鼓し、向ふ風に逆らひ乍ら、急坂を登り行く勇ましさ、壮烈は、鬼神も驚く許りに思はれた。漸くにして山上の稍平坦なる羊腸の小路に登り着いた。 道公『玉国別様、板を立てたやうな胸突坂を登る真最中、弱味につけ込む風の神の奴、滅多矢鱈に暴威を揮ひ、吾々を中天に巻上げむとして、力一杯努力してゐやがつたぢやありませぬか。一つここらで風の歇んだのを幸ひ休養をやつたら如何でせう』 玉国別『アハヽヽヽ今からそんな弱音を吹いてたまるものか、モウちつと度胸を据ゑなくちやなるまい』 道公『決して私が弱音を吹くのぢやありませぬ。風の神の奴、滅多矢鱈に吹きやがるものだから、私も一寸吹いてみたのです。かうして木々の木の葉を無残にも吹散らし、まるで雑巾以ておさん奴が縁の埃を拭いたやうに綺麗サツパリふきやがつたぢやありませぬか』 伊太公『オイ道公、弱音を吹くより法螺なと吹いたら如何だ』 道公『エヽ伊太公、貴様の鼻はまるで鍛冶屋の鞴のやうにペコペコさして、フースーフースーと泡まで吹いてるぢやないか。気息奄々、呼吸促迫、体熱四十三度といふ弱り方ぢやないか。他の事をゴテゴテ言ふ所かい、自分の蜂から払うてかかれ』 伊太公『これはこれはイタみ入つたる御挨拶、伊太公もサツパリ頓服致しました』 道公『頓服とは何だ。インフルエンザの風邪を引いて、キニーネでも飲んだやうなことを吐くぢやないか』 玉国別『コリヤコリヤ両人、幸先の悪い、悪魔征討の道行の始めに当つて、争論をやるといふことがあるか、チと沈黙致さぬか』 道公『ハイ、レコード破りの烈風でさへ沈黙したのですから、時刻が廻つて来れば、自然に発声器の停電を来すでせう。出かけた声だから、出す丈出さねば中途に止めると、又もや痳病をわづらひますからなア、アハヽヽヽ』 玉国別『あの純公を見よ。貴様のやうに鳴子か鈴のやうにガラガラ言はず、沈黙を始終守つてゐるぢやないか。男といふ者はさうベラベラと下らぬことを喋つたり、白い歯をさうやすやすと人に見せるものぢやない。人間は黙つてゐる位床しく見えるものはないぞ……口あけて腹綿見せる蛙哉……といふことを忘れぬやうにしたがよからうぞ』 道公『ハイ承知致しました。純公は貴方のお目からそれ程床しく見えますかな。さうすると此奴も矢張、スミにもおけない代物ですなア。アハヽヽヽ』 玉国別『いらぬことを言ふものでない。沈黙が男の値打だ。まるで貴様と旅行をして居ると雲雀や雀の飼主みたやうだ。困つた奴だなア』 伊太公『時に玉国別様、随分此河鹿峠はキツイですが、どうぞ無難に風の神の鋭鋒を避けて通過したいものですなア。暫く沈黙したと思へば、秋の風だから再び低気圧が襲来して、一万ミリメートルの速力でやつて来られちや、何程押しけつの強い貴方でも堪りつこはありませぬぜ』 玉国別『オイ、それ程発声器を虐使すると、レコードの寿命が短縮するぞ。少しは大切に使用せないか』 伊太公『何分秋漸く深く、木々の木の葉がバラバラバラと遠慮会釈もなく落ち行く時節ですから何とはなしに寂寥の気分に打たれて沈黙してゐる事が出来ませぬワイ。チツとは喋らして貰はぬと、心細いぢやありませぬか』 玉国別『そんな馬鹿口を喋る暇があつたら、宣伝歌を歌つたら如何だ。歌は天地神明の心を感動させ、山河草木を悦服させる神力のあるものだ』 伊太公『宣伝歌を歌つても宜しいか。そんならこれから歌ひませう。オイ道公、純公、チツとは粗製濫造品だが、後学の為に耳をすまして聞くがよからう。伊太公の当意即妙の大宣伝歌を……エヘン……』 道公『早く歌はぬかい。前置ばかりダラダラとひつぱりよつて、辛気くさいわい』 伊太公『足曳の山鳥の尾のしだり尾の長々し夜を独りかもねむ……といふ歌があるだらう。それだから、足曳の山の上で歌ふ歌はチツとは足が長いぞ、エツヘン。それ聞いた』 道公『何を聞くのだ。無言の歌が聞けるかい』 伊太公『不言実行、言外の言、歌外の歌、隻手の声、といふ事があるだらう。風が吹く音も、鳥の囀る声も、虫の鳴く音も、皆自然の歌だぞ。俺がかう囀つてをるのもヤツパリ恋欲歌の一種だ。ウタウタと云はずに俺の奇妙奇天烈な大宣伝歌を聞いたら貴様のウタがひも晴れるだらう…… 神が表に現はれて善と悪とを立別ける 此世を造りし神直日直日の眼で見渡せば 伊太公さまは善の神道公さまは悪神だ 玉国別は宣伝使一寸お偉い方ぢやぞえ 黒い顔して墨のよに燻つて居るは純公か あゝ惟神々々叶はないから止めておかう』 道公『コリヤ伊太、何を云ふのだ。何と下手な歌だのう』 伊太公『イタれり尽せりといふ迷歌だらう。歌といふものは余り上手にいふと、風の神奴が感動して、又暴威を揮ふと困るからなア。そんな事に抜目のある伊太公ぢやないぞ。風の神が呆れて蟄伏するやうに、ワザとに拙劣な歌を歌つて風の神奴を遠ざけたのだ。或る人の狂歌にも…… 歌よみは下手こそよけれ天地の 動き出してたまるものかは。 ……といふ事を知つてゐるか、エーン』 と無暗矢鱈に喋りちらし、うつつになつて細路を前後左右に飛びまはり、踏み外して一間ばかり岩道から辷り落ち、向脛をすりむき、 伊太公『イヽイタい』 と目を顰め、鼻にまで皺をよせ、向脛をさすり『エヘヽヽ』と笑ひ泣く其可笑しさ。 道公『そら見よ、余りアゴタが過ぎると其通りだ。腰抜歌計り詠むものだから、とうとう足曳の山の上で足を引かき、すりむいて、イタイタしくも、伊太公の其ザマ、それだから伊太公なんて言ふやうな名は、つけぬがいゝのだ。のう純公、さうぢやないか、伊太公は丸で鼬のやうな奴だ。とうと、最後屁をひつて、伊太張つた、イヤイヤくたばつたぢやないか、ウツフヽヽ』 純公『いた立てたやうな坂道ふみ外し 伊太々々しげに伊太さまが泣く。 すみずみに心を配る純公は どこもかしこもすみ渡りける』 道公『神の道、ふみ外したる伊太公の 泣き苦むは道さまの罰。 道々にさやる曲津を言向けて 進み出でます道公司』 伊太公『道公よ、純公、貴様は何をいふ どの道此儘すみはせぬぞよ。 伊太公が、今にイタい目見せてやる 鼬の最後屁ひらぬよにせよ』 玉国別『道公の道をたがへず伊太公の 威猛り狂ふ舌もすみ公』 純公『玉国の別命に従ひて 今日は不思議な芝居見る哉』 道公『又しても風の神奴がソロソロと 山の横面なぐり相なる。 サア行かう、早行きませう宣伝使 風の神奴が追ひつかぬ内』 玉国別『又ソロソロと行かうか、モウ此先は下り坂だ。併し乍ら下り坂は用心をせなくては、石車に乗つて転落する虞があるから、暫く口を噤へて、足の先に力を入れ、コチコチとアブト式に下るのだ。余り喋つてゐると、外へ気を取られて、足許がお留守になるから、一同に注意を施しておく』 道公『ハイ畏まりました。オイ皆の奴、大将軍の命令だ。沈黙だぞ』 伊太公『喋れと云つたつて、かう向脛をすり剥いては痛くつて、喋る所かい。足計りに気を取られて仕方がないワ』 純公『そんなら伊太公、お前は道公さまの後から行け、おれが後から気をつけてやる。宣伝使の命令には、決して今後違背伊太さんと誓ふのだぞ』 道公『ヤアそろそろと純公の奴三千年の沈黙を破つてシヤシヤり出したなア。沈黙々々』 といひ乍ら、玉国別を先頭に一足々々爪先に力を入れて降り行く。伊太公は足をチガチガさせ乍ら、又もや沈黙の封じ目が切れて、雲雀のやうに囀り出した。 伊太公『玉国別の宣伝使此急坂を下る時や 決して頤を叩くなと誠に厳しき御命令 さはさり乍ら伊太さまは足の痛みに堪へかねて どしても沈黙守れないウンウンウンウンアイタタツタ 痛いわいな痛いわいな痛いわいなそんなに痛くば一寸ぬかうか イエイエさうではないわいな朝から晩まで居たいわいな アイタタタツターアイタタツタ板を立てたよな坂路に 尖つた小石がガラガラとおれを倒さうと待つてゐる 此奴あヤツパリ月の国大黒主の眷族が 玉国別の征途をば邪魔してやらむと待ち構へ 小石に化けて居るのだろコリヤコリヤ道公気をつけよ これ程キツい道公のどうまん中にガラクタの 腐つた石めが並んでるこれはヤツパリ道公の 身魂の性来が現はれて道にさやるに違ない あゝ惟神々々ガラガラガラガラアイタヽツタ それそれ俺をばこかしよつた向脛すりむいた其上に 又もやおけつをすりむいた前と後に傷をうけ どうしてこんな急坂がさう易々とテクられよか 向ふの空を眺むれば又もや怪しい雲が出た あの一塊の妖雲は風の鞴に違ない 皆さま気をつけなされませ又もや前のよな烈風が 吹いて来たなら何としよう空中滑走の曲芸を 演じて谷間へ転落し頭も手足もメチヤメチヤに 木端微塵となるだらう思へば思へば此峠 劔の山か針の山血を見にやおかぬと見えるわい 旭は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 星は天より落つるとも海はあせなむ世ありとも 神の恵のある限り怪我なく此山スクスクと 通らせ玉へ伊太公がウントコドツコイ、アイタタツタ 又々石に躓いた神も仏もないのかと 心淋しくなつて来たこんな事だと知つたなら お供をするのぢやなかつたにコラコラ道公純公よ 貴様は唖になつたのか俺ばつかりに物言はせ 返答せぬとは余りぞよオツト待て待てコリヤ違うた 玉国別の宣伝使篏口令をウントコシヨ 布かれたことをウントコシヨサツパリ忘れて居りました 広き心の神直日大直日にと見直して どうぞお赦し下さんせあゝ惟神々々 叶はぬ時の神頼みチツとは聞いてくれるだろ コリヤ又きつい坂だなアアイタタタツタ又こけた』 と言ひながら、河鹿峠の大曲りの山の懐に進んだ。天地もわるる許りの強風、又もや猛然として吹起り、流石の玉国別も最早一歩も進む能はず、木の根にしがみつき、神言を奏上し乍ら、風の渡り行くを待つ事とした。三人も玉国別に傚つて、木の根にしがみつき、ふるひふるひ目をつぶつて、風の過ぐるのを待つてゐる。 (大正一一・一一・二六旧一〇・八松村真澄録) |
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霊界物語 | 43_午_玉国別と治国別1(玉国別の失明) | 13 軍談 | 第一三章軍談〔一一六四〕 数十年の雨風に弄ばれて、屋根は飛散り柱は歪み、見るかげもなき古祠の前に、薄雲を被つてボンヤリ輪廓を不明瞭に現はした月の光を浴び乍ら、話に耽る七人の男があつた。これは勿論治国別、玉国別の一行である。 玉国別『治国別さま、昨日来の大風には随分お艱みでしたらうなア。それに又バラモン教の軍勢がやつて来たので、一段と御骨の折れたことでせう』 治国別『河鹿峠を此方へ下る折しも片彦、久米彦の軍勢と出会し、兎も角も屈竟の難所に陣を構へ、徐に言霊を打出した所、昨日の暴風に木々の木の葉が散る如く、隊伍を乱し、這々の体で逃げ散つて了ひましたよ。貴方は此森蔭に於て、キツと敵の潰走を待受け、言霊を打出しなさるだらう、両方より言霊の挟み打も面白からうと考へて居りました。そしてさぞ祠の森の前には沢山な帰順者が居るだらうと、イヤもう楽んで参りました。敵は此谷道を通らなかつたですか』 玉国別『ヤアもう残念なことを致しました。神様に神罰を蒙り、大怪我を致し、心気沮喪したと見え、雪崩の如く逃げくる敵を無念乍らも、皆取逃がして了ひました』 治国別『それは何とも仕方がありませぬ。何事も神界の御都合でせう。併し乍ら大怪我をなさつたとは……』 玉国別『ハイ猿の奴に両眼をかきむしられ、一旦は失明致しましたが、有難き御神徳によつて漸く片目を救はれ、此森蔭に休息して頭痛や目の痛みの癒るのを待つて居りました』 治国別『それは誠に気の毒千万、月夜とはいへ、余りボンヤリとしてゐて、お顔が見えませなんだが、ドレ一寸見せて下さい』 と云ひ乍ら、玉国別の顔を覗き込んだ。 治国別『ヤア大変だ。目のまはりがただれて居ります。余程きつく掻いたものと見えますなア』 玉国別『吾々が心の油断より自ら災を招いたのです。実に宣伝使として顔がありませぬ』 治国別『ここでは何だかきまりが悪いやうですが、どこぞ良い場所でゆつくり話さうぢやありませぬか』 玉国別『一町許り此森を登つて行きますると、恰好な休息所があります。実の所は今宵も其森蔭で養生がてら、敵軍の進むのを眺めて居りました』 治国別『そんなら、其森蔭の休息所までお供を致しませう』 玉国別『何れ又敵の残党が通過するやら、再び蒸し返しに来るやら分りませぬから、此処に二人程見張をさしておいて参りませうかなア』 治国別『オイ五三公、お前御苦労だが、此祠の前で暫く関所守をやつてくれないか』 五三公『ハイ承知致しました。玉国別さまの部下の方を一人拝借したいものですなア。なることならば私と能く馬の合ふ伊太公と関守を勤めませう』 玉国別『残念ながら伊太公は貴方にお渡しする訳には参りませぬ』 五三公『誰だつて同じことぢやありませぬか。私の先生も斯うして一人留守番をお命じになつたのだから、貴方だつて、伊太公の一人位ここにお残しになつても宜かりさうなものですなア』 道公『実の所は伊太公の奴、敵の捕虜となつて了つたのだ。これから吾々両人は伊太公を取返しに敵中へ飛込まふと思つてゐるのだが、何分先生が目を痛め、頭を痛めて厶るものだから行くことも出来ず、気が気でないのだ』 五三公『ヤアさうか、そりや大変だ。俺も先生の許しさへあれば伊太公の所在を尋ねに行きたいものだなア』 治国別『ヤア、玉国別さま、伊太公が敵の捕虜になつたのですか』 玉国別『残念ながら……』 治国別『ヤアそりや困つたことが出来たものだ。マアマアゆつくりと森蔭で御相談を致しませう。そんなら五三公、御苦労だが、お前一人ここに関守をやつてゐてくれ』 五三公『ハイやらぬことはありませぬが、何だか私一人捨てられた様な気分になりますワ。どうぞ晴公なりと残して下さいなア』 玉国別『イヤ宜しい、純公を此処に残して置きませう。オイ純公、お前御苦労なれど、五三公さまと臨時関守を頼む』 純公『承知致しました。どうしても私は雑兵だとみえて、将校会議に参列は許されないのですなア、敵を遠くに追ひちらし、稍小康を得たる此場合、仕方がありませぬから、私は五三公さまと又別働隊を造つて、将校会議を開設致しませう。サア、両先生初め道公、晴公、万公、ゆつくりと休んでおいでなさいませ』 玉国別『確り頼む。変つたことがあれば手を拍つて合図をしてくれ』 純公『万事呑込んで居ります』 玉国別『そんなら宜しう頼む』 と玉国別は先に立つて、以前の森蔭に登つて行く。 両宣伝使及び三人は木の葉の堆く積んだ上に蓑を敷き、言霊戦の状況や、懐谷の遭難の顛末などを包まず隠さず互に打明けて談じ合うてゐる。 此方は古祠の前、純公、五三公は近い西山に隠れた月を見送り乍ら、 純公『ヤア月様もとうとうアリヨースとお帰り遊ばした。どうも俄に山影が襲うて来たと云ふものか、暗黒界になつたぢやないか』 五三公『どうせお月さまだつて、同じとこに止まつていらつしやる道理がない。やがて又夜計りぢやない、夜明けも近付いたのだから、暫くグツとここで横はり、バラモン征伐の夢でも見ようぢやないか』 純公『お前寝たけら寝てくれ、関守がそんなことぢや勤まらないから、俺は此処に目をあけて職務忠実に勤めてゐる。ヤア言霊戦で随分お前も疲労れただらう、無理もない俺の蓑も貸してやるから、サア寝たり寝たり』 五三公『お前の寝られないのは、モ一つ原因があるのだらう。伊太公の行方が気にかかつてゐるのだらうがなア』 純公『それが第一の心配だ。一秒間だつて彼奴の事を忘れやうたつて、忘れられるものか。俺は斯うして安閑とここに関守を勤めてゐるものの、伊太公はエラい責苦に会はされてゐるかと思へば、如何して眠ることが出来ようぞ』 五三公『アハヽヽヽそれ程苦になるか。人の一人位如何なつてもいいぢやないか、貴様さへ安全にあつたら何よりも大慶だらう。たつた今迄ピチピチして居つた人間が死といふ魔風に吹かれて、ウンと一声冥土へ旅立ちする奴もあるのだ。何程貴様がハートに波を立ててもがいた所で如何する事も出来ぬぢやないか。そんな人の疝気を頭痛に病むやうな馬鹿な事は思はぬが良いぞ。終ひにや貴様の体まで毀して了ふぢやないか』 純公『貴様は余程良い冷血漢だなア。何程吾身が大事だといつて、友の危難を平気で見遁すことが出来ようかい。それが朋友の義務だ。否義務どころか情ぢやないか』 五三公『さう心配するな。伊太公は決して嬲殺になつたり、虐待されたりするやうな男ぢやない。彼奴はじゆん才な男だから、そこは甘く合槌を打ち、敵でさへも可愛がるやうな交際振を発揮してゐるよ。キツと敵に同情を受けてゐるに定つて居るワ』 純公『さうだらうかなア、それが本当ならば、俺もチツと許り安心だ』 五三公『伊太公はまた如何して捕虜になりよつたのだ。其顛末をチツと聞かして呉れないか』 純公『ウーン、俺達が先生とあの森蔭で休息してゐると、バラモン教の軍勢が此祠の前で休息し人員点呼までやつてゐやがるぢやないか。そして素盞嗚大神様を征伐すると云つて、ヒドイ進軍歌を歌つてゐやがるのだ。それを聞いて吾々三五教の信者が如何して堪へて居ることが出来ようか。……不意に飛んで出て、一人も残らず打懲してやらうと思つたが、何分先生の目が悪いものだから、一息も離れる訳に行かず、切歯扼腕悲憤の涙を流してゐると伊太公の奴堪りかねて、金剛杖を縦横無尽に打振り、命を的に敵中へ只一人飛び込んだきり、帰つて来ないのだ。実に残念なことをしたワイ。先生様のお止めなさるのも聞かずに行つたものだから、神様の罰で敵に捕はれよつたのだ。アヽ思へば思へば又悲しくなつて来たワイ』 五三公『何とした向意気の強い男だらうなア、後前も考へず、匹夫の勇を揮ふと、そんな目に会はねばならぬ。何事も先生の命令さへ、神妙に聞いて居れば良いのだのになア』 純公『久方の空に消えたる月みれば 友の身の上慕はるる哉。 吾友は今やいづくの何人に 救はれゐるか心許なし』 五三公『惟神尊き神に仕へたる 神の子ならば安くいまさむ』 純公『アーア、余りの心配で、歌を詠んでみようと思うたが、歌もハツキリ出ては来ないワ。先生はあの通り目をわづらひ、頭を痛め、伊太公は行方不明となり、何とした俺達の一行は、運の悪いものだらう、神様に見離されたのぢやあるまいかなア』 五三公『そんな事は吾々にや分らないワイ。善悪正邪を区別するのは神ばかりだ。それだから神が表に現はれて、善と悪とを立別けると、基本歌に出て居るのだ。兎も角も伊太公の為に、何神の祠か知らぬが、ここで祈ることにしようかい』 純公『ヤアそりや有難い、伊太公の為に祈つてやらうと云ふのか』 と涙声を出し乍ら、手を合せて暗祈黙祷をなすこと稍暫し、漸くにして夜はカラリと明けた。 慌てて谷間に落ちた二三頭の馬、主人の所在を索めてノソリノソリと急坂を下つて来た。 純公『ヤア敵の馬が逃げそそくれたと見えて、今頃にやつて来よつた。ヤア此奴ア、何奴も此奴も足を痛めてゐる塩梅だ。畜生といひ乍ら可哀相だなア。一つ神様に願つて馬の脚を直してやらうかなア』 五三公『俄に獣医でも開業する積りかなア、免状を持つてゐるか。今の時節は何程技能があつても免状がなければ駄目だぞ。どんな筍医者でも、開業試験といふ関門を何うなり斯うなり通過さへしておけば、立派なドクトルだ。何を云つても規則づくめの杓子定規の行方だからなア』 純公『アヽ馬の奴……皆さまお早うとも何とも吐さずに、俺達の好意を無にして通過して了ひやがつた、ヤツパリ畜生は畜生だなア』 五三公『純公、馬も助けてやるのは良いが、馬よりも大切な者があるだろ』 純公『いかにも、馬も助けねばなるまいが、第一先生の御病気を癒す様に鎮魂をせなくてはならなかつたなア。併し俺は畜生の鎮魂位が性に合うてゐるのだ。到底先生の御病気を鎮魂で癒すといふやうなこたア出来やしないワ』 五三公『誠心さへ天に通じたら、先生の病気だつてキツと癒るよ』 純公『さう聞けばさうかも知れぬなア、何だか知らぬが、気が落ちつかないワイ。斯う夜がカラツと明けては、此の坂路は稍安心だが、併し乍ら昨夜逃去つた敵の集団が、此谷路に吾々の前途を閉塞して、一人も残らず、虜にせむと、待構へてゐるやうな気がしてならないワ』 五三公『そりやキツトさうだらうよ。面白いぢやないか、エヽー。これからが吾々の真剣の舞台となるのだ、そんな弱々したこと言はずにチツと確りせぬかい』 斯く話す時しも、馬から転落し、足を傷つけた逃げ遅れのバラモン教の男、槍を杖につき、二人連でヒヨクリヒヨクリと跛をひき乍ら、此処へ現はれて来た。此二人は片彦将軍の秘書役ともいふべき、マツ、タツの両人であつた。二人は純公、五三公の祠の前に狛犬然と坐つてゐるのに気が着き、馴々しく、 マツ公『ヤア三五教の大先生、お早うさまで厶います。夜前は大変御苦労で厶いましたなア。随分御疲労になつたでせう。私も大変お疲労になりました。これ御覧なさいませ、一方のコンパスがチツと許り破損致しまして、此手槍をコンパス代用に、無理槍にここ迄下つて来た所です、此処でゆつくりと休んで行かうと思つて楽んで参りました。良い所でお目にかかりました。世の中は相身互だから、貴方も赤十字班の衛生隊と思召して吾々両人の看護をして下さいな。見れば貴方のお召物には丸に十がついてゐる。キツと白十字社の救護班と思ひますが、違ひますかな』 五三公『アハヽヽヽ此奴ア面白い吾党の士だ。オイ、コンパスの破損先生、ドクトルが一つ診察をしてやらう』 マツ公『イヤ其奴ア有難い、何分宜しう頼みます。敵と云ひ味方といふのも、人間が勝手につけた名称で、ヤツパリ神様の目から見れば皆兄弟だからなア』 純公『ヤアま一人負傷者があるぢやないか』 マツ公『ハイこれはタツと言ひまして、片彦将軍の秘書役ですよ。私も一寸新米ではあるが、夏でもないのに、ヒシヨ(避暑)をやつて居ります。アハヽヽヽ、まだまだ七八人の負傷者が谷底に呻吟してゐますから、一つ担架隊でも出して、此処まで持ち運び、此祠を臨時野戦病院として、治療を与へてやつて貰ひたいものですなア。三五教は敵でも助けるといふ教だと聞いたから、此マツ公もスツカリと気を許し、親の側へ帰つて来たやうな気分になりました』 何程憎い敵でも悪人でも、向ふの方から打解け、開けつ放しでやつて来られると人間といふものは妙なもので、何となく贔屓がつき、吾身を忘れて助けてやりたくなるものである。バラモン教のマツ公、タツ公は流石に片彦将軍の秘書を勤むる丈あつて、先んずれば人を制するといふ筆法を能く呑込んでゐた。其実は酢でも蒟蒻でもいかぬしれ者なのだ。五三公、純公もそんなことを知らぬ様な馬鹿ではないが、敵の方から斯う出られると、知らず識らずの間に受太刀にならざるを得ないのであつた。 五三公『三五教独特の鎮魂の妙術を施してやるから、先づそこで横になつて見よ』 マツ公『イヤ有難う、三五教の信者はさうなくてはならぬ。如何にも良い教だなア。博愛主義だ。あゝ敵乍ら霊幸倍坐世、カタキ乍ら霊幸倍坐世』 五三公『アハヽヽヽ此奴ア面白い奴だ。遺憾乍ら霊幸倍坐世。イヤイヤ乍ら霊幸倍坐世。仕方がない霊幸倍坐世』 マツ公『アハヽヽヽアイタヽヽヽ、余り笑ふと、骨に響いて痛くて仕方がないワ。オイ、タツ公、貴様も一つ治療を受けないか、何程大治療を受けても薬礼も要らず、入院料も要らぬのだから、嬶の湯巻まで六一銀行へ無期徒刑にやる必要もなし、極めて安全なものだぞ』 タツ公『俺の傷は余程深いのだから、さう直に治らうかなア』 五三公『さう心配をするな。俺の技術を信用してくれ。白十字病院長、死学博士だ、千人の患者を扱つたら、九百九十九人までは皆霊壇へ直し、墓場へ送るのだから、死学博士といふのだよ、随分偉い者だらう。そして天国へ復活さしてやるのだ。生かさうと殺さうと自由自在、耆婆扁鵲も跣足で逃げるといふ大博士だからなア。ウツフヽヽヽ』 マツ公『いい加減に洒落をやめて、早く俺の苦痛を助けて呉れないか。白十字病院の金看板を掲げ乍ら俺の苦痛を外にみて、仁術者の身分としてクツクツと笑ふ奴があるかい、エーン、余程此医者は筍と見えるなア』 純公『副院長の俺がタツ公の治療をするから、五三公さま否院長さま、貴方はマツ公を受持つて、完全無欠なコンパスにしてやつて下さい。どちらが早く癒るか一つ競走をやつて見ませうかなア。有名な死学博士計りがよつて居るのだからなア、アハヽヽヽ』 マツ、タツ一度に『ウツフヽヽヽ、アイタヽヽヽ、アハヽヽヽ、アイタヽヽヽ』 マツ公『コリヤ余り笑はして呉れない』 純公『笑ふのは病気の薬だ。笑ふ門には恢復来るといつてな、俺は笑はすのが得意だ。それが医術の奥の手だよ。イヒヽヽヽ』 マツ公『モシモシ院長さま、どうぞ早う治療にかかつて下さいな』 五三公『貴様の内には家もあるだろ。田地も倉も林もあるだらうなア』 マツ公『俺だつて片彦将軍の秘書役を勤める位だから、相当の地位も名望も財産も持つてゐるわい』 五三公『ウンさうか、其奴ア掘出し者だ。早速癒すと俺の商売が干上つて了うワイ。コーツと、いつやらの話だ……或所に医者があつた、大変ようはやる医者で、山井養仙さまといつて名高いものだつた、其奴に一人の山井養洲といふ弟子があつた。そこへ土地の富豪が病気に罹り養仙の薬を服用してゐた。少し快くなると又悪くなる、又快くなる又悪くなる。三年許りもブラブラして、養仙の薬を神のやうに思つて服薬してゐた。或時養仙が二三日急用が出来て、他行した不在の間に、書生の養洲奴其男を留守師団長気分で診察し、薬をもり与へた所、三日目にスツカリ全快してお礼にやつて来よつた。四五日たつと、養仙先生が帰宅したので、書生の養洲奴、したり顔で……先生あの松兵衛を、貴方の不在中私が診察して薬をもりましたら、三日目にスツカリ全快し、最早薬に親しむ必要がないから、お礼に来ましたと云つて、薬価を勘定し、チツと許り菓子料を置いて帰りました。これが菓子料で厶いますと差出し、褒められるかと思ひの外養仙は目に角を立て……大馬鹿者ツ、貴様は医者の資格はない……と呶鳴りつけた。そこで養洲がむきになり……医者は仁術といつて、人の病気を助けるのが商売ぢやありませぬか、何故お叱り遊ばすか……といへば、養仙は一寸ダラ助をねぶつたやうな顔して……貴様は馬鹿だなア。松兵衛の内にはまだ倉もある、家も山林田畑も残つて居るぢやないか、エーン、さう早く癒して何うなるか、彼奴の財産が全部俺の懐へ這入るまでは癒されぬのだ、バカツ……と言つたさうだ、実に偉い医者だ。其心得がなくては、如何しても院長にはなれないワ。さうだから俺も其養仙さまに做つて、貴様の負傷を如何ともヨウセンのだ、アハヽヽヽ、イヒヽヽヽ』 マツ公『エヘヽヽヽ、イヽイタイイタイイタイイタイ、ウツフヽヽアイタヽヽヽ』 タツ公『エヘヽヽヽアイタヽヽヽ』 純公『それ丈笑つたら、やがて本復するだらう。マア安心したがいいワ』 タツ公『オイ藪医先生、何時になつたら癒るだらうかなア』 純公『マアマア一寸予後不良だから、計算がつかぬワイ。すべて病には……エヘン……二大別がある。一を先天性疾病といひ、一を後天性疾病と云ふ。而して予後良あり不良あり、良不良を決し難きものありだ。治すべき病と、治すべからざる病と、治不治を決し難き病と、自然に放擲して置いて癒る病と四種類ある。それから内科外科産科と分れてゐる。又婦人科小児科といふのも此頃はふえて来た。そして薬には内服用外用と大別され、頓服剤も必要があり、食塩注射にモルヒネ注射、此頃は六〇六注射迄開けて来たのだ、エーン。随分医者になるのも学資が要るよ。(狂歌)千人を殺して医者になる奴は、己一人の口すぎもならず……といふのだから、俺だつて今まで九百九十九人まで殺してきたのだ。モ一人殺せば一人前の医者になるのだ。それだから丁度貴様を一人霊前に直す、有体にいへば殺すのだ。そこで始めて此純公も一人前のドクトルになるのだからなア。何とよい研究材料が出来たものだ。アハヽヽヽ』 マツ公『アハヽヽヽ何時の間にか俺の足痛は尻に帆かけて遁走したと見えるワイ。オイ、タツ公貴様もいい加減に癒つたら如何だ。イヒヽヽヽ』 五三公『コリヤなまくらな、足痛の真似をしてゐたのだな。仕方のない奴だ』 マツ公『さうだから、痛いか痛くないか診察してくれと云つたぢやないか。実の所は負傷者だといつて、お前達の同情を買ひ、ここを無事に通過する積りだつたが、余り貴様の言分が気にいつたから、何もかも白状するワ。実は全軍の逃走した後始末をつけて帰つて来たのだ。足はかうして繃帯で巻いてゐるが、チツとも怪我してゐないのだよ、のうタツ公、アハヽヽヽ』 五三公『アハヽヽこいつア誤診だつた』 マツ公『誤診か御親切か知らぬが、打診もないやうだつたね』 五三公『随分聴診にのつて大変な失敗をした。サア之から貴様も望診々々と行つたらどうだ。問診も道で片彦に会うたら、死学博士が宜しう言つて居たと言うて呉れ、アーン』 マツ公『オイオイ院長さま、なぜ鼻の下をさう撫でてゐるのだ。妙な恰好ぢやないか』 五三公『ウン之かい。髭はないけれど、気分だけは八の字髯を揉んでゐる積りだ。アハヽヽ』 純公『オイ、モウ病院遊びはやめにしようかい。そしてゆつくりと軍話でもしたらどうだ。随分面白いだらうよ』 マツ公『敗軍の将、兵を語る……かな。葬礼すんで医者話と同じ事だが、これも成行だ。ここで一つ物語をやつてみよう。随分潔いぞ、エツヘヽヽヽ』 五三公『何と気楽な奴が揃うたものだなア。丁度祠の前で四人打揃ひ、軍談を始めるのも面白からう。アヽ愉快だ愉快だ』 マツ公は講談師気取になつて長方形の岩の前に坐り、鉄扇にて岩をビシヤビシヤ叩き乍ら唸り出した。 マツ公『ハルナの都に名も高き、梵天帝釈自在天、大黒主といふ智勇兼備の勇将あり。それに従ふ英雄豪傑、綺羅星の如く立ち並び、中にもわけて大黒主の三羽烏と聞えたる鬼春別将軍、大足別将軍、マツ公将軍こそは英雄中の英雄なり。此度斎苑の館に天地に輝く神徳高き、酒の燗素盞嗚尊、数多の軍勢を引つれ、アブナイ教を組織して、大黒主の守らせ給ふ、天に輝く月の国、五天竺をば蹂躙し勢益々猖獗を極め天下は騒然として麻の如くに乱れ、人民塗炭の苦に陥りぬ。然る所へ、又もやデカタン高原の北方なるカルマタ国に、盤古神王塩長彦を奉じて現はれ出でたる、ウラル教の常暗彦が軍勢、雲霞の如く、地教山を背景とし、集まりゐる。今や天下は三分せむとするの勢なれば、何条以て大黒主の許し給ふべき、三羽烏を征夷大将軍に任じ、大足別はカルマタ国へ、鬼春別は斎苑館へ、テンデに部署を定め、進軍の真最中なり。秋は漸く深くして木々の梢はバラバラバラバラ、散りゆく無残の光景を心にもとめず、数多の軍勢率つれて、先鋒隊には片彦久米彦両将軍、あとから出て来る一部隊は、ランチ将軍、数千騎を率ゐ、最後の本隊は鬼春別将軍、全軍を指揮し、秋風に三つ葉葵の旗を林の如く翻し乍ら旗鼓堂々と攻め来る其物々しさ鬼神も驚く許り也。先陣に仕へし片彦将軍は今や河鹿峠の絶頂に、全軍を指揮し轡を並べ、蹄の音カツカツカツ、鈴の音シヤンコシヤンコと、威風堂々あたりを払ひ天地を圧して登り行く。百千万の阿修羅王が進軍も斯くやと思はれにける。然る所に豈計らむや、思ひがけなや、アタ恐や、三五教の宣伝使治国別、万公、晴公、五三公の木端武者を引つれ、一卒之を守れば万卒進む能はざる嶮路を扼し、神変不思議の言霊を速射砲の如く打かけ、向ひ来る其勢の凄じさ。不意を喰つて味方の軍卒、忽ち総体崩れ、狼狽へ騒いで、元来し道へと、馬を乗り棄て、風に木の葉の散る如く、バラバラバツと、群ゐる千鳥群千鳥、あはれ果敢なき次第也。無念の涙を押へ乍ら、バラモン軍の武運のつたなきを嘆き悲しみ、片彦将軍の秘書官、マツ公タツ公両人は、騒がず、焦らず悠々然として、戦場の後を片づけ、負傷者と詐つて、ここ迄やうやう帰りける。アハヽヽヽ、エー後は如何なりまするか、実地検分の上ボツーボツと講談仕りますれば、明晩は何卒十二分の御ヒイキを以て、賑々しく御来聴あらむことを希望いたします。チヨンチヨンチヨンだ』 五三公、純公、タツ公一度に大口をあけ、 五三公、純公、タツ公『アハヽヽヽ』 と腹を抱へ、転げて笑ふ。 (大正一一・一一・二八旧一〇・一〇松村真澄録) |
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霊界物語 | 43_午_玉国別と治国別1(玉国別の失明) | 16 鰌鍋 | 第一六章鰌鍋〔一一六七〕 清春山の峻坂を歌を歌ひ乍ら登つて行く二人の男があつた。これは祠の森を立出でて伊太公を奪ひ返さむと進み行くバラモン教のマツ公、タツ公の両人である。マツ公は急坂を上り乍ら歌ひ出した。 マツ公『大足別の神司難攻不落と頼みたる 清春山の岩窟も三五教の宣伝使 照国別の一行に不在を守りしポーロさま 其外一同悉く生言霊に打ぬかれ 忽ち心を翻し善か悪かは知らねども 三五教が結構だと部下を引つれ河鹿山 峠を越えて二三日以前にここを登りしと 聞いたる時の驚きは寝耳に水のやうだつた ウントコドツコイハーハーハー之から先はだんだんと 道は峻しくなつてくるタツ公さまよ気をつけよ 家来の奴に言ひつけてポーロの帰つた脱殻へ 三五教の伊太公を高手や小手にふん縛り 一先づ隠しておいたのをコリヤ又えらいドツコイシヨ 地異天変が勃発しおれが捕へた人物を 又もや俺がスタスタと息の切れるよな急坂を 登つてスツパリ取返し治国別の兄いさまに お返し申さにや如何しても水も洩らさぬ兄弟の ウントコドツコイドツコイシヨ名乗を天晴れしてくれぬ バラモン教に這入るよな俺は弟持たないと ダラ助ねぶつたやうな顔ウントコドツコイヤツトコシヨ なかなか縦に首ふらぬお前の知つて居る通り 一度兄貴に会ひたいとバラモン教の神様に 今日迄祈つた甲斐あつて思ひもよらぬ谷間で ベツタリコーと出会はしヤレヤレ嬉しとドツコイシヨ 喜んで見たのは水の泡梃でも棒でも受けつけぬ 三五教の宣伝使昔の兄ぢやと思うたら コリヤ又エライ変りやうさうぢやと言つてマツ公も 折角兄貴に会ひ乍ら此儘別れるこたいやだ 畏くも素盞嗚の神の館へ攻めよせる 魔神の軍に従つてやつて来たのもバラモンの 神の御為身を尽し其褒賞にウントコシヨ 恋しき兄に如何かして会はして貰はうと思うた故 天地の間にドツコイシヨますます坂がキツウなつた 転んで怪我をしてくれなモウ一人ともない両親に 先立たれたる淋しさに兄貴のことを思ひ出し ウラルの教の本山や所々の広前を 捜してみたれどウントコシヨドツコイドツコイヤツトコセー 影も形も見当らぬ兄貴は竜宮の離れ島 宣伝功を奏せずに此方の国へ帰り来て 大方死んだであらうかと観念してはみたものの 虫が知らすか如何しても諦め切れぬ身の因果 所もあらうに三五の斎苑の館に居つたとは 夢にも知らぬ驚きだあゝ惟神々々 御霊幸はひましまして私が知らずに手にかけた 三五教の伊太公を家来の奴をチヨロまかし 四の五のなしに取返しお前と俺と両人が 治国別の兄の前ゾロリと出してやらなけりや 兄貴の顔も立つまいし俺も大きなドツコイシヨ 面をばさげて帰れないあゝ惟神々々 御霊幸はひましまして此坂安く平けく 登り下りをさしてたべタツ公お前も宣伝歌 一つ歌つてドツコイシヨ岩窟の前まで行かうかい ウントコドツコイ、ハーハーハー息が苦しうて言霊の どうやら原料が切れさうだハー惟神々々 御霊幸はひましませよ。 ドレ一服して行かうかい。寒い風は吹いてをつても、坂の上り下りは随分汗の出るものだなア。ここに丁度よい岩がある、気は急いて仕方がないが、チツとは体と相談しなくちや体も大切だからなア、ハーハーフーフー』 と息をはづませつつ言ふ。 タツ公『俺も一つ此処で一休みして、元気を付け、三人の奴がゴテゴテ吐したら、蹴り倒し、陥穽へ突込んでおいて、伊太公一人を連れ帰ることにしようかなア』 と云ひ乍ら、西の空を眺め、脚下の谷川の白布を晒したやうな泡立つ激流が木々の梢の間からチラついてゐるのを打ち眺め、愉快げに汗を入れてゐる。 タツ公は急坂を攀ぢ乍ら、細い声で千切れ千切れに歌ひ出した。ここからは一層道が嶮しくなり、団子石が狭い山路に無遠慮にころがつてる。 タツ公『清春山で第一の難所と聞えし蜈蚣坂 道の真中に団子石遠慮会釈も知らぬ顔 俺等を転倒そと待つてゐるホンに物騒な世の中だ チツとも油断は出来はせぬウントコドツコイ人の手に 持つてゐる物でも引つたくり吾懐を肥やさむと 何奴も此奴も企みゐる悪魔ばかりの世の中だ 折角口へ頬張つたパンでも隙があつたなら 食指を大に動かしてヤツトコドツコイ剔り出し 直様自分の口中へ捻込む様なウントコシヨ 悪逆無道の奴ばかりバラモン教の神司 大黒主こそ天地の神の心に叶うたる 誠のお方と思うた故ウントコドツコイ、マツ公が 入信したのを幸ひに俺も一寸出来心 這入つて見たが思うたより中身の悪いバラモン教 こんな事だと知つたならヤツパリ元の百姓で 暮して居つたがよかつたと後悔してもハーハーハー 後の祭で仕方ないジツと堪へて開運の 時節を待ちし其内に鬼春別に従ひて 俺等の主人の片彦が斎苑の館に堂々と 攻め行く時の秘書役に選まれたるを幸ひに 一角今度は手柄して頭を上げてみようかと 思うた事も水の泡河鹿峠の八合目 三五教の言霊を雨や霰と浴びせられ 脆くも逃行く片彦や久米彦さまの敗軍を 眺めた時の馬鹿らしさ俺等は愛想がつきた故 モウこれきりで御免をばヤツトコドツコイ蒙らうと お前と密にドツコイシヨ諜し合せてトボトボと 皆に遅れて坂道を下つてみればこれは又 思ひもよらぬ三五の神の司の御供たち 祠の前に端坐して何かは知らぬがブツブツと 分らぬことを話してるコリヤ堪らぬと思へ共 逃げ路のない一筋の此谷間が如何なろか 俄に剽軽者となり滑稽諧謔あり丈を 尽して相手を笑はせつ心を和げゐたる折 フトした事からマツ公の兄の亀彦ドツコイシヨ ヤツトコドツコイハーハーハー三五教に使はれて 世にもめでたき宣伝使治国別となつてゐた それをば聞いた俺の胸地異天変が一時に 起りし如き心地したこれもヤツパリ神様の 水も洩らさぬお仕組の何かの端であらうかと 轟く胸を撫で下ろしヤツと悲劇の幕を上げ 玉国別の御供なる伊太公さまを救ひ出し それを土産にマツ公の兄弟名乗を遂げさせて 俺もこれから三五の信者にならうと決心し 心イソイソやつて来たあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 話かはつて岩窟の中には伊太公を始め甲乙丙の三人が車座になつて、面白可笑しく打ち興じ乍ら、雑談をやつてゐる。ポーロの留守役が斎苑の館へ一同を引つれて出た跡は、生物と云つたら、蝙蝠がここ幸ひと吾物顔に出入を始めかけてゐた位であつた。そこへマツ公の家来に准ずべき三人の男、マツ公の命令で、伊太公を縛り上げ、此処迄送り来り監視の役を勤めてゐたのである。併し乍ら三人の男は伊太公の弁舌にチヨロまかされ、縛めの縄を解き、ポーロが残しおいた酒壺から残りの酒を汲み出し、チビリチビリと呑み乍ら、面白さうに他愛なく喋べつてゐる。 甲『エーもう今頃は先鋒隊の片彦、久米彦将軍は、首尾よく難関を突破し、斎苑の館へ着かれる時分だろ。斎苑の館に於ても随分心配だらうなア』 伊太公『アハヽヽヽ、斎苑の館には神変不思議の神術を備へてゐる生神ばかりだから、さう容易には行くまいぞ。俺だつて、事と品に依れば片彦将軍位は屁一つ放つたら、吹き飛ばすのは何でもないのだが、昨夜の様に谷底へ辷り落ち、向脛を打つて動けぬ所を括られちや、何程豪傑でもたまらないからのう』 甲『ソラさうだ。誰だつて寝鳥を締るやうな目に会はされちや叶ひつこはないワ。ナア伊太公さま、実ア俺も君に同情してゐるのだ。マツ公の………大将、厳しく牢獄へ放り込んでおけと言やがつたが、それでも俺はかうして君に同情をよせ、チツとも虐待はせないのだから、チツとは俺の心も買つてくれな困るよ』 伊太公『ソラさうだ、敵の中にも味方ありと云ふからなア、併しお前達は大黒主の神は本当に偉い神さまだと思つてゐるか』 甲『さうだなア、何を云つても化物の世の中だから、善悪正邪の、俺達に判断はつかないワ。………苔むす巌は変じて金殿玉楼となり、虎狼野干は化して卿相雲客となり、獅子は化して万乗の尊となり、王位の座に装ひを堆くし、袞竜の袖に薫香を散らす世の中だからなア。大黒主もキツと其選に洩れないだらうよ。昔は鬼雲彦とか云つたさうだから、どうせ立派な神様の系統ぢやあるまい。併し乍らこんな事はここ限りだ。ノウ乙丙、メツタに喋りやしようまいのう』 乙『そんな事喋らうものなら、俺の首がなくなるワイ、ナア丙、さうぢやないか』 丙『さうともさうとも、こんな話を聞いた以上は直様甲の首をチヨン切るか、後手にフン縛つて将軍様の前へ突き出すのが本当だ。それを看過しておくと云ふのはヤツパリ同罪だからなア。甲の云つたのは俺達が言うたやうなものだ。それだから言へと云つたつて言ふ気遣ひないワ。マア安心してくれ』 伊太公『併し大分酒がまはつたやうだが、モウいい加減に帰つたら如何だ。俺も実はお師匠さまが待つてゐるのだからなア』 甲『其奴ア一寸困る、何程親密なお前と俺との仲でも、お前を取逃がしたことが分れば、俺はサーツパリだからなア。どないでも大切にするから、一遍マツ公の大将が査べに来るまでここに斯うして居つてくれ。お前にや気の毒だけれど、俺だつてヤツパリ気の毒ぢやないか』 伊太公『さう言はれると俺も先生が大事だから帰りたいのだが、情誼に絆されて帰ることも出来なくなつた。何と人間と云ふものは気の弱いものだなア、自分乍ら自分がでに愛想がつきて来たわい』 岩窟の入口からマツ公の声、 マツ公『オーイ、イル、居るかなア』 イル『イルは此処に居ります』 マツ『三五教の○○は如何したツ』 イル『オイ、伊太公、頼みぢや、一寸暫く牢へ這入つとつて呉れぬか、こんな所みられちやそれこそサツパリだ。あれあの通り大将が臨検に来よつた。オイ乙、丙早く伊太公さまを、一寸の間でいいから、牢へ入れといてくれ、俺や出口まで行つて何とか彼とか云つて隠す時間を保つてゐるから、手早くやつてくれよ』 と云ひ乍ら、入口へ駆け出し、 イル『これはこれはマツ公の御大将、御臨検御苦労で厶います。貴方の仰せの通り、後手に縛り、どこもかも、雁字搦みにして石牢へブチ込み、昨日から叩いて叩いて、キヤアキヤア言はして苦めてやりました。モウあゝしておけばメツタに逃げる気遣ひありませぬ。御安心下さいませ。サア、斎苑館の方の戦が大変忙がしいでせう、どうぞ門を這入らずにトツトとお越し下さいませ。片彦将軍様がお待兼で厶いませう』 マツ公『逃げないやうに、此岩窟の中で貴様たち番をして居れと言つたのだが、そんな打擲を為いとは言はないぞ。本当に左様な目にあはしたのか、エーン』 イル『イエイエ滅相もない、誰がそんな残酷なことを致しますものか』 マツ公『そんなら、如何しておいたのだ』 イル『ヘー、実の所は………エヽ一寸相手に致しました、随分面白い奴で厶いますよ』 マツ公『何、一寸相手にした?随分手が利いてゐるだらうなア』 イル『ヘーヘー、中々好う利いてゐますワ、特に左が一番能う利きますよ。呑めよ騒げよ一寸先や暗よ………と申しましてなア、それはそれは面白いお相手で厶いますワ』 マツ公『ハヽヽヽヽさうすると、お酒でも出して大切に扱うてゐたのだなア』 イル『ヘー、マアざつと、そんなもので厶います』 マツ公『ウン、其奴ア偉いことをした。定めて満足して居るだらうなア』 イル『ヘイヘイ、十二分に満足して居ります。ソラ昨夜も賑やかう厶いましたよ。ステテコを踊つたり、舞をまうたり、賑かいこつて厶いました』 マツ公『ポーロの大将はどこに居るのだ。根つから人が居らぬやうぢやないか』 イル『ポーロですか、アリヤもう二三日前に斎苑の館へ行つて了ひましたよ』 マツ公『ナーニ、斎苑の館へ?………沢山連れて行つたのか』 イル『ヘーヘー何でも十五六人連れてゐたやうです、チヤンと遺書がして厶いました。而も三五教の信者になりましてなア』 マツ公『何は兎もあれ、伊太公さまに会はしてくれ。オイ、タツ公、サア這入らう』 と言ひ乍ら細き入口を潜つてイルの後に従ひ、奥へ奥へと進み入る。 (大正一一・一一・二八旧一〇・一〇松村真澄録) |
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霊界物語 | 44_未_玉国別と治国別2 | 03 守衛の囁 | 第三章守衛の囁〔一一七二〕 浮木が原の陣営にはランチ将軍、片彦、久米彦将軍が、数多の軍勢を集め、幔幕を張り廻し、治国別の進路を要して、手具脛引いて待つて居る。俄作りの陣営の表門にはテル、ハル両人が守衛の役を務めて居る。夜はだんだんと更け渡り雨嵐の声烈しく、立番も漸く飽きが来て、パノラマ式の門側の一間に入り、ポートワインの詰を抜きながら雑談を始めた。 テル『オイ、ハル公、思へば思へば人生が厭になつたぢやないか、僅三百年の寿命を保つ為に、こンなしやつちもない人殺の乾児に使はれ、死ンで地獄の成敗を受ける準備ばかりして居るやうな事では困つたものぢや、些は考へねばなるまいぞ』 ハル『何、吾々は、天の八衢に迷うて居るようなものだよ。此の通り嵐に雨の激しい事、人生の行路を暗示して居る。テルも何とか身の振り方を考へたらよからう。併し乍ら死後の世界は吾々の目に入らないのだから、有るとも無いとも分らないワ、そンな頼りない事を思つて宗教心を出すと、一日も此世が恐ろしうて居る事が出来ないわ。まあワインでも呑ンで、空元気でもつけるのぢやなア』 テル『それでも、バラモン教の大黒主様は、死後の世界が恐ろしいから現在に於て難行苦行を積み、未来の楽園を楽しめと仰有るぢやないか、大黒主様が仰有るのだから決して間違ひはあるまい。吾々は仮令この肉体は現在の此処に置くとも、霊魂の故郷なる天国浄土に復活し、永遠無窮の生命を保ち、無限の歓喜を味はひたいからバラモン教のためだと思うて、テルもこんな人殺の軍人に使はれて居るのだが、こンな事やつて居ても天国へ行けるだらうか、テルは其点が気にかかつてならないのぢや、大雲山に現はれたまふ、大自在天大国彦命様の御気勘に叶うだらうかなあ』 ハル『世の中には裏もあれば表もあるよ。打ち割つて言へば大雲山は荘厳無比の神聖なる神様の霊場だが、併し内実は恐るべき地獄のやうな所で、いろいろと難行苦行を強られ骨を砕き身を破り、荒行の結果中途に死ンだやつは皆骨堂に骨を祀られて居るぢやないか。あの骨堂を有り難がつて拝みに行くやつの気が知れないぢやないか。バラモン教の骨堂と修業場とお札は実に印度人のために大恐怖の源泉だよ。力の弱い無知識の人間に、死と云ふ恐怖心をもたせて生の自由を束縛して居るのだ、大雲山又はハルナの都の大黒主に所謂神権の存在するのは、これあるがためだよ。斯かる虚偽的な空漠な権威をもつて、無知識なる人間の心をとらへ、さうして、宗閥、宣伝使の一統は、多数人民の膏血を絞る手段として居るのだ。バラモンのお札は宗教界の不換紙幣とも云ふべきものだ。バラモン教は恐怖をもつて人類の膏血をしぼる恐るべき社会の地獄と云ふものだ。印度の国民は一人も残らず、この地獄に陥落して居るのだ。それだから三五教と云ふやうな誠の救世教が興つて来たのだ。大黒主は大雲山の骨堂に等しい牢獄とお札に等しい不換紙幣をもつて絶対権威の維持につとめて居るのだから、矢張八岐大蛇の再来と云はれても仕方がないわい。そこを三五教が看破して居るのだから偉いものだよ。河鹿峠の言霊戦に遇つた時には僅か三人の敵に対して三四百の騎馬隊が潰散した事を思へば、到底バラモン教等は三五教の敵で無い事は明白だ、俺等はこンな吹き放しの野営の門番をさせられて居るが、もしや治国別の一行が攻めて来たら一番に正面衝突をするのは、貴様と俺だ。オイここは一つ相談だが大将は皆気楽に寝て居るだらうから、今の中に脱営して治国別の宣伝使に帰順し命を助けて貰ふ方が余程当世流だよ。一つしかない命を捨てた所が、大黒主様の国妾養成所の国妾学校を立派にするやうなものだ。実に馬鹿らしいぢやないか、エーン』 テル『オイハル公、国妾学校と云ふ事があるかい、あれは国立女学校と云ふのだ、立と女と貴様は一つに読むから国妾なぞと読めるのだよ。余程文盲の代物だなア』 ハル『それだから文盲省の許可を受けて立てて居るのぢやないか、妾もない事を云ふない。大黒主の大将は幾十人とも知れぬ程の沢山の女をかかへ、朝から晩まで糸竹管弦の響に心腸を蕩かし酒池肉林の楽しみに耽り利己主義を発揮して居るぢやないかい、テル公』 テル『そりや仕方がないさ、カビライ国の浄飯王の悉達太子でさへも美姫三千人を侍らしたと云ふぢやないか、大黒主が五十人や六十人の女房もつたつて何がそれ程不思議なのだい。今頃の女は一人前の女房にする女が無いから、数十人を集めて初めて一人の仕事をさすのだ。第一に寝間の伽をする奴、炊事を司る奴、裁縫を司る奴、機を織る奴、会計を司る奴、下僕を追ひ廻す奴と云ふやうに、今の女は、専門的だから到底一人で女房の本職が尽せぬからだ。現代の博士だつてさうぢやないか、部分的の専門学より知らないのだからなア、理学なら理学、文学なら文学、法学なら法学、只それ一つを掴へて朝から晩まで頭を痛め、書物と首つ引きで居るものだから遂に頭脳の変調を来し、やつと博士か馬鹿士になるのぢやないか、総て世の中はこンなものだよ、ハル公』 ハル『オイ貴様の名はテルなり、俺の名はハルなり照国別、治国別の三五教の宣伝使の頭字を取つて居るのだから、何か因縁があるのに違ひない。キツと此処を飛び出して行けば許して呉れるに相違ないから行かうぢやないか、行くなら今の中だからなア』 テル『ハル公、貴様余程御幣舁ぎになつたと見えるな、大雲山が余程こたへたと見えるわい、あゝ何だかタンクが破裂しさうだ、売買契約の破棄をやつて来うかなア』 ハル『テル、貴様は軍人で居ながら、内職をやつて居るのか、そんな事が聞えたら大変だぞ』 テル『貴様の薄野呂には俺も感心した、売買契約の破棄と云ふ事は小便すると云ふ事だよ、ハル公』 ハル『アハヽヽ、それなら大ウン山と、キツパリ断つて来い、その方が大便利かも知れないぞ、屁のやうな理屈をブツブツたれて居た処でつまらぬぢやないか、何程偉相に云つたところが、暗黒無明の世界に湧いた人間よ、余程、智者ぢや学者ぢやと云つた所が俺達の百万倍の智慧のある人間でもやつぱり人間は人間だ、人間の暗い知識では一匹の蝗に一瞬間の生命を与へる事すら出来ないのだ、放屁一つでさへ、自分の放らうと思ふ時に註文通り放る事の出来ない不都合極まる人間だからなア、アハヽヽヽ』 テル『ウフヽヽヽ』 かく両人が、他愛もなく笑つて居る。そこへやつて来たのは片彦将軍のお近侍のヨルである。ヨルは雨嵐の音を圧する様な蛮声で、 ヨル『これやこれや両人、守衛も致さず勝手気儘に酒を喰ひ何を喋つて居たのだ。これから片彦様のお耳に入れるから覚悟を致せ』 と声高に罵るにぞ、テル公は頭を掻きながら、 テル『ハイ、一寸小便の話をやつて居つたところです。序に大便も放屁も話頭に上りましたが、別にそれ以外に六ケしい話も厶いませぬ、なあハル公、さうぢやつたぢやないか』 ハル『ウンその通りその通り、いやもう、糞食時に飯の話をしられて、いやどつこい小便呑み時に酒の話をしられて、イヤもう気分の悪い事ぢやわい、エヘヽヽヽ』 ヨル『これやこれや両人、俺を何と心得て居るか、全軍の監督ぢやぞ』 テル『監督はよく分つて居りますわい、燗徳利ぢやとよろしいが、こいつはポートワインだから、冷徳利だ。併しそンな六ケ敷い顔をせずに一つ召上がつてはどうですか、テルが酌をしませう、いや呑みやがつたらどうですか、御神酒上らぬ神はないと云ひますぜ』 ヨルは呑みたくて堪らぬのを耐へて、態と声高に、 ヨル『其方は酒をもつて此方をたぶらかし、悪事の露顕を防がうと致す、憎くき門番、そンな話ぢやなからう。国妾学校について大変な、酷評をして居たぢやないか、事にヨルと貴様の首が危ないぞ』 ハル『それだからテルとハルの首のある中に一杯でも呑ンで置かねば損ですからなア、まあ一つ聞召せ、随分気がはんなりと致しますよ』 と云ひ乍ら鼻の先につきつくれば、ヨルは腹の虫がクウクウと催促をする。 ヨル『これやこれや些心得ぬか、戦陣で酒は禁物だぞ。さうして貴様達は、照国別、治国別に帰順しようと話して居たではないか。その方は隠謀未遂罪だから、これから片彦将軍の前に引き立てる、神妙に手を廻せ』 テル『承知致しました。何時でも手も足も廻しませう。今晩はどうせテルの笠の台が飛ぶのだから、冥土の土産に、も一杯呑まして下さい。そして貴方も生別死別の盃をして下さいな』 ヨル『その方が、この世の別れとあれば役目とは云ひ乍ら呑ンでやるのも一つの情ぢや。よし差支ない、いや苦しうない、注がして遣はす』 ヨルの喉はクウクウと二人の耳に聞える程催促をして居る。二人は瓶のキルクを態とに暇を入れて抜いて居る。ヨルは呑みたくて耐らず、人が居らねば飛びつきたい程になつて居る。 ヨル『これやこれや、何をグヅグヅ致して居るか、早く詰を取らないか』 ハル『そんな殺生な事を云つて下さるな、たつた今首の飛ぶ人間ぢやありませぬか。素盞嗚尊様かなんぞのやうに爪を取るなぞとそんな二重成敗をするものぢやありませぬよ』 ヨル『つめを取ると云ふ事は早くキルクを抜けと申す事ぢや』 ハル『たうとう時節到来、酒瓶の首がキルクと抜けよつた。サアサアお上り遊ばせ、随分いい味がしますよ』 ヨル『早く注がないか、ヨル監督に対しては、別に礼式も何もいつたものぢやない、こんな戦陣にあつては上下の障壁を取り、何事も簡単に手取り早くやるものぢや』 ハル『そんなら、この儘ラツパ呑とお出かけになつたらどうですか』 ヨル『戦陣にあつてラツパのみとはこいつは面白い、ラツパの一声で三軍を自由自在に動かすのだからなア、武道の達人が葡萄酒を呑むのは合つたり叶つたりだ』 と云ひながら、ハルがキルクを抜いた酒瓶を一ダースばかりつづけざまに呑み干して仕舞つた。忽ちヨルは足を失ひヨロヨロとしながら二人の前にドスンと倒れ、 ヨル『あゝ、そこらがなンとはなしにポーとして来た。これだからポーとワインと云ふのだなア、何と酒と云ふものは怪体な代物だナ、俺はもう軍人が嫌になつた。オイ、テル、ハル、このヨルさま等がヨルに紛れて此場をテル、そしてハルバルと、斎苑の館へ帰順と参らうぢやないか、エーン何だか此頃は俺も実の処はバラモン教がいやになつた。三五教の三人や四人の宣伝使に言霊を打ち出され人馬諸共逃げ散るとは実に情なくなつて来た。これを思へば、実に三五教の神様は天のミロク様、バラモン教の神様は大蛇の乾児様位に違ひないよ、こンな事をして居ると終には地獄の釜炙ぢや。テル、ハル貴様も同意見だらう』 テル『そいつは何とも明言し兼ねますわい、人の心は分りませぬからな、ウツカリした事は言へませぬぜ、ヨルさまお前さまは俺達二人をとつ捕まへて片彦将軍の前につき出し手柄をする心算だらう、併し賤しい酒に喰ひよつて身体が自由にならないものだからそンな事をいつて俺達の機嫌を取つて居るのだらう。そンな事にチヨロまかされるやうなテル、ハルさまぢやありませぬぞえ』 ヨル『さう貴様が疑へば仕方がない、併し乍ら俺は決して、酔うては居るが酒呑み本性違はずと云うて嘘は云はない、貴様達二人をとらまへようと思へば何でもない事ぢや、己が懐にもつて居る合図の笛さへ吹けば、何十人でも此場へ出て来るのだから』 テル『さうすると、矢張り本音を吹きよつたのだな、ヨシヨシヨルも矢張り吾がテル党の士だ。これで三人揃うた。天地人、日地月、霊力体だ、御三体の神様だ。三人世の元、結構々々こンな結構が世にあらうか、どうだ三角同盟の成立した祝に土堤切り発動して見ようぢやないか』 ヨル『そいつは一寸待つて呉れ。こンな所で噪いで居ては見つかつては大変だ。オイ今の中に此処にあるだけの酒を背に負ひ、夜に紛れて祠の森迄行つて見ようぢやないか。グヅグヅして居ると大変だからのう』 テル『テルの目からは、ヨルさま、お前其足許であの山路が行けるかい、危ないものだぞ』 ヨル『俺は動けなくても構はないぢやないか、貴様達二人の足さへ達者であれば、山駕籠に乗せて舁ついで行けばよいのだ。幸ここに山駕籠が四五挺ある、これを一挺何々して俺を乗せるのだなア』 ハル『何と甘い事を仰有るわい、併しながら逃げ出すのは今晩に限る、仕方がない、オイ、テルさまヨルさまを舁ついで夜の山道を上つて行かうぢやないか、河鹿峠に往けば最早安全地帯だからなア』 ここに三人は一挺の駕籠を盗み出し、ヨルを乗せテル、ハルの両人は面白可笑しき歌を小声に喋りながら、ソツと浮木が原の陣営を脱出し、河鹿峠の祠の森をさして進み往く。月は黒雲の帳を破つて三人の頭上をニコニコ笑ひながら覗かせたまふ。 (大正一一・一二・七旧一〇・一九加藤明子録) (昭和九・一二・二一王仁校正) |
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霊界物語 | 45_申_小北山の宗教改革1 | 01 松風 | 第一章松風〔一一九一〕 野も山も錦に染なす秋の風 冬の始めとなり果てて凩さそふ村時雨 木々の木の葉は無残にも散りてはかなき小北山 朝な夕なに信徒が汗をば絞り声からし 詔る言霊も何となく濁りはてたる世の態を 曝露なしたる神館迷ひに迷ふ盲人 心の聾が寄り集ひあらぬ教に歓喜して 天国浄土を来さむともがきあせれば曲津見は 時を得顔に跳梁しウラナイ教を主管する 蠑螈別の身体を曲神の巣くふ宿となし 夜と昼との別ちなく心をとろかすどぶ酒に 舌ももつれて言の葉のあやちもつかぬ御託宣 心の曲つた魔我彦が猊然と側に侍し 何ぢやかんぢやと機嫌とり眉毛をよまれ尻毛をば 抜かれ乍らも村肝の心の魂を研きしと 迷ひ切つたる眼より婆嬶共を呼び集ひ 支離滅裂の神教を誠しやかに説きたてる 訳の分らぬ迷信者厠に蠅の集ふ如 臭い匂ひをかぎつけて沈香ハイコとかしづきて 麝香の様に喜びつ屁のよな教理を珍重し 醜の魔風を四方八方に吹き送るこそ忌々しけれ 眼の見えぬ文助は大門神社の受付に 白い装束白袴白目をギロギロ剥き出して 苦労する墨硯の海に心を映す筆の先 松の神代の瑞兆と千歳の老松に蜿々と からみかかりし黒蛇背筋と腹との別なく 只一心に固まりし一本角の御神体 切りに首を振り乍ら朝から晩まで書き通し 迷信深き婆嬶に与へ随喜の涙をば こぼさせ鼻を啜らせつ掛地や額に仕立上げ 拍手うつて叮嚀に祀らせ居るぞ面白き それのみならぬ神様に御供の代りと言ひ乍ら 甘菜辛菜の墨絵をばはそばはそばに筆を執り 怪しき教にカブラれた其証ではなからうが 蕪大根のまづい絵を頭と共に書きつける 根から葉つから言霊のゆかぬ小北の館には 上から下まで脱線の盲聾の誤神業 立つる煙も烏羽玉の墨絵にかいた竜の如 御空を指してくねくねと宙空に迷ふ人の胸 見るもいぶせき次第也松彦、万公、五三公は アク、タク、テクの三人とブツブツ小言を云ひ乍ら 義理一片の暇乞不平たらたら下り坂 館をあとに帰り来る河鹿川原にかけ渡す 一本橋の袂までスタスタ来る折もあれ はるか後の坂の上に皺枯れ声を張上げて 十曜の紋の印したる扇を開いてさし招き オーイオーイと声限り熊谷もどきに呼とめる 怪しみ一行は立止まりあと振返り眺むれば 橋の袂で出会したお寅婆さまがスタスタと 矢を射る如く坂路を髪ふり乱し下り来る 只事ならじと一行は橋の袂に腰おろし 息を休めて待ちゐたるあゝ惟神々々 御霊幸ひましまして小北の山に蟠まる 八十の曲津や醜司真理を紊し世を汚す 其実状を細やかに漏れなく落ちなく委曲に 述べさせ玉へと瑞月が神素盞嗚の大神の 御前に畏み願ぎまつる。 松彦一行は、小北山の神館を暇乞をなし、急坂を下りて、一本橋の袂迄帰つて来ると、後の方からオイオイと呼とめる者がある。面白くないとは思へ共、何れ、あの勢で走つて来ればどつかで追ひつかれるに違ない、どんな事をいふか参考の為、聞いても万更損にはなるまいと、ここに腰を下し、蓑を布いて暫し待つ事とした。慌だしく走つて来たのは以前のお寅婆さまであつた。お寅婆さまはハーハースースーと息を喘ませ乍ら、 お寅『モシ一寸待つて下さい。お尋ね致したい事もあり、聞いて貰ひたい事もありますから』 松彦『別に私としてはモウあれ丈聞けば沢山で厶いますから、聞きたくもありませぬ。又頼まれるべき種もありませぬが、余り偉い勢で、オイオイとお呼になつたものだから、素知らぬ顔してゆくのも不人情だと思ひ、ここで一寸お待ち申して居りました』 お寅『誠にお呼止め申して済みませぬ。実は蠑螈別の教主様から、折角神様の御縁で小北山へ参拝して下さつたのだから、お神酒を一杯献上がしたい。そしてウラナイ教の教理を一通り聞いて貰ひたいから、お寅、お前御苦労だが、モ一度此方へ来て下さるやうに願つて来いと、喧しう仰有るので追つかけて参りました。どうぞ来て下さいませ。御迷惑でせうが、決して貴方のお為に悪いやうなこと申しませぬから……』 松彦『折角乍らお神酒は、私は下戸で厶いますから、お断りを申します。又教理も略見当がついて居りますから、これで御免を蒙りませう』 お寅『そんな事仰有らずに、何卒一足、御苦労ですが引返して下さいませな。せめて貴方丈なりと御苦労になれば結構で厶います。貴方は蠑螈別の教主が仰有るには、因縁のあるお方だから、あの方を取逃がしては神政成就が遅くなるから……と仰有りました。貴方のお聞の通り、小北山の山頂に石の宮様が三社祭つて厶いませう。そして右のお宮様にはユラリ彦命様、又の御名は末代日の王天の大神様と申します。貴方は松彦様と云つて、松に因縁のあるお方、其お身魂の生宮様で厶いますからどしてもこしても来て頂かねばなりませぬ』 松彦『貴方は最前、バラモンの軍人が浮木の村を荒すに依つて、ここへ逃げて来たと仰有つたが、様子を考へて見れば、中々信者所でない、蠑螈別さまの大切なお脇立の様な感じが致しますが、違ひますかな』 お寅『流石は貴方は偉いお方だ、実は私の霊はきつく姫と申しまして、蠑螈別様には大変な御厄介に預つてゐます。何時も信者だと申して、一本橋の詰へ出張し往来の人様をウラナイ教に引張る役を務めて居ります。ウラナイ教の宣伝使で厶いますよ』 松彦『きつく姫か何か存じませぬが、随分キツク御活動をなさるのですな』 お寅『ハイ私は霊の因縁性来に依つて御用をせなくちやならぬのだと、蠑螈別さまが仰有いましたので、母子が一生懸命になつて、御用致して居ります。私の娘も地上姫の生宮で厶います。貴方は末代日の王天の大神様だから、是非共小北山で御用をして頂かねばなりませぬ』 松彦『ハハハー、わしの様なガラクタ人間でも、又拾うてくれる神様があるのかなア』 万公『モシモシ松彦さま、そんな事聞くものぢやありませぬ、サア参りませう。ユラリ彦なんて、馬鹿にしとるぢやありませぬか。何ぼ貴方がユラユラしてると云つても、ユラリ彦では、余り有難うないぢやありませぬか』 お寅『コリヤ万公、何をツベコベと横槍を入れるのだ、泥棒奴が』 万公『コリヤ怪しからぬ、私がいつ泥棒致しましたか』 お寅『イツヒヽヽヽ能うマア白々しい、そんな事を云ふぢやい。お前は娘舎弟の婆舎弟だ』 万公『舎弟といへば弟の事ぢやないか、弟が何うしたと言ふのだい』 お寅『バカだなア、舎弟といふ事は泥棒といふ事だ、しやてもしやても合点の悪い娘泥棒だな』 万公『アハヽヽヽ、無学文盲にも程がある、こんな先生が蠑螈別の一の乾児だから、大抵分つたものだい。サア松彦さま、行きませう』 松彦『ウン、そんなら行かうかなア』 お寅『モシモシ日の王天の大神様の生宮様、貴方に帰られては、五六七の神政が成就致しませぬ。三千世界を助けると思うて一寸待つて下さいませ』 松彦『何とウラナイ教は巧なものですなア。そんな偉い神様の生宮だと言はれると、ウソだと知り乍ら、つい釣り込まれて、私も何だか悪い気分がしませぬわい。併し乍らそんな事にゴマかされる私ぢや厶いませぬ。折角乍ら御免を蒙りませう』 お寅『イエイエ何と仰有つても、神が綱をかけたら放さぬぞよと仰有るのだから、放しませぬ』 万公『私をユラリ彦にしてくれたら、喜んで居つてやるのだけどなア、のう五三公、お前は先づタガヤシ大神の生宮位にしてくれると良いのだけどなア』 お寅『コラ万、貴様は何処を押へたら、そんな大それた言葉が出るのだ。勿体ないユラリ彦なんて、何を言ふのだい。お前はブラリ彦だ、ブラリ彦でもまだ勿体ない。泥彦位が性に合うてゐる。併し乍ら泥彦でも改心さへすれば、蠑螈別様が何とかよい名を下さるだらう』 万公『義理天上日の出神位にして貰へますかな』 お寅『それは改心次第だ、改心の上ではそれぞれ御名を下さるのだから有難いものだぞ。貴様もおれの可愛い娘を仕殺してくれた、余り可愛うもない、憎うもない男だから、茲で一つ改心をしたがよからうぞ』 万公『改心改心つて、人を丸で罪人扱に、ウラナイ教はしてゐるぢやないか、そんな事を聞くとムツとして来て、どんな結構な話か知らぬが聞く気がせぬわい。神様の教を聞いて理解せいと言ふのなら分つてるが、改心と云はれちや余り面白くない、丸で二十世紀の三五教の宣伝使が言ふやうな事を吐くのだなア。チツとお前の方から改心をして、言葉を改めたら何うだ』 お寅『エヽお前達のツベコベ云ふ場合だない、人間が小理屈を云うた所で何になるか、神様が改心せいと仰有れば、ハイ改心致しますと云ひ、慢心せいと仰有れば、ハイ慢心致しますと云つて、一から十迄盲従するのが信仰の要諦だよ。小理屈云ふ間は、まだ神の国の門口も覗いてゐない代物の証拠だ』 万公『三年前のお寅さまとは大変な違ですなア、能うマアそれ丈呆けたものだな』 お寅『きまつた事だ、呆けなくて神様の信心が出来るか、呆けて気違ひになるのが誠の信仰だ。鶯でさへも春になると、ホヽ呆け狂といふぢやないか』 万公『オイ五三公、お前代つて一つ談判をやつたら何うだ。かう云へばあゝ云ふ、あゝ云へば斯う云ふ、ヌラリクラリと甘い事団子理屈を捏ねまはすのだから、流石の俺もウルさくなつて来た、分らぬと云つてもこれ位分らぬ教は聞いた事がないワ』 お寅『分らぬ所に有難味があるのだ。分つて了へば信神する必要がない、分らないから信仰をするのだよ』 万公『ウフヽヽ』 五三『コレお婆アさま、私の霊は分つて居りますかな』 お寅『あゝ分つて居る。お前は青森白木上様の生宮様だ、結構なお霊ぢやなア』 万公『アハヽヽ、甘い事仰有るワイ、オイ五三公、嬉し相な顔しとるぢやないか。貴様もソロソロ小北山のお寅狐に眉毛をよまれさうだぞ』 五三『どうでも良いぢやないか。言霊の幸はふ国だ。青森白木上になりすまして、一つ羽振を利かしてみようかい、イツヒヽヽヽ』 お寅『あゝ五三公さまとやら、お前さまは偉いものだ、流石青森白木上さまの肉のお宮丈あつて、会得が早い、万公のやうな霊の疵物では中々分り憎い。此霊は一遍焼直さねば到底本物にはなりますまい』 五三『お寅さま否大先生様、私は霊の因縁が分つたとした所で、此三人……アク、テク、タクの霊は分つて居りますか』 お寅『そりや分つて居る共、此アクさまはアクビ直し彦命、タクさまはヒツタクリ彦命、テクさまはテクセ直し彦命様だ。此肉の宮も小北山にはなくてはならぬ御守護神、早く改心して御用を聞きなされ。夫れ夫れお宮を建てて祝ひ込めて上げますぞや』 アク『アク迄貴方の命令を遵奉して、神様の為に舎身的活動を励みま…せぬわい』 タク『これからタク山な信者を集めて、神様の御託宣を四方に宣伝し、三五教の為に尽しますワイ』 テク『テクセ直し彦命がそこら中をテクリ廻してウラナイ教の奴を片つ端から言向和し、三五教の為に活動致しませう。なアお寅さま、それでお前は満足だらう』 お寅『ナニ、お前はさうすると三五教の信者だなア。アブナイアブナイ、よい所でお会ひなさつた。今が改心の仕時ぢやぞえ。三五教も結構だが、ウラナイ教は根本の根本の教だから、マア一つ聞いて見なさい。無理に押売はせぬからな』 テク『此婆アさまは、丸で亡者引の様な奴だなア』 お寅『亡者引の様な奴とは何だい。余り馬鹿にしなさるな』 テク『滅相な。決して悪く思うて云うたのぢやありませぬ。誠の道に踏ん迷うてゐる亡者を導く八王大神のやうな方だと云つたのですよ。お前はチツと耳が悪いので困る。よう云うた事が悪う聞えるのだからなア』 お寅『ヤア、悪う聞える事でも、直日に見直し聞直すのだから、八王大神様にしておきませう。私も何だか気分がよくなつた、オツホヽヽヽ時に末代日の王天の大神様の生宮様、どうぞ三千世界の人民は云ふに及ばず、鳥類畜類餓鬼虫ケラを助ける為、蠑螈別様の命令を聞いて引返して下さいな』 松彦『そんならお世話にならうかな』 万公『アハヽヽとうとユラリ彦さまになられましたな』 松彦『ウン、ユラリ彦かナブリ彦か、ナブラレ彦か、其時に依つて改名するのだ。オイ、ブラリ彦の万公さま、お前も一緒にブラリブラリと引返して見たら何うだ』 万公『ブラリ彦もお伴致しませう。オイ、青森白木上、アクビ直し彦、クツタク直し彦、テクツキ彦、サア行かう』 お寅『流石は万公だ。否ブラリ彦だ。よい挨拶をしてくれた。それでこそお里の帳消しをしてやる。サアサア大広木正宗様が、義理天上さまと待つてゐられます。サア御苦労乍ら一足登つて下さい』 松彦『大広木正宗さまの肉の宮はどなたですか』 お寅『夫は教祖様の蠑螈別さまの事ですよ。そして義理天上様の肉宮は魔我彦さまです』 松彦『あゝさうですか、さうするとユラリ彦の方が余程上の神さまですなア』 お寅『さうです共、さうだから大広木正宗様が御慕ひ遊ばすのです』 松彦『私がユラリ彦の肉の宮ならば、なぜ大広木正宗や義理天上が迎へに来ぬのだらう。怪しからぬ奴だ。そんな礼儀を知らぬ正宗や義理天上なら、モウ行く事はやめておかう。サア、万公、五三公、アク、テク、タク、行かう』 と橋を渡らうとする。お寅は帯のあたりをグツと引つかみ、 お寅『モシモシ末代日の王天の大神様、暫くお待ち下さいませ。尊き御身を持ち乍ら、世界の為に御苦労遊ばし、同情の涙にたへませぬ。これも時世時節で厶います。二三日御逗留下さいましたならばキツと正宗さまも天上さまも貴方に厚くお仕へなさるでせう』 松彦『さうすると、私が教主になるのかなア』 お寅『そこは正宗さまと御相談の結果如何なりますやら、そこ迄申上げるこた、此婆アには権能がありませぬからな。何は兎もあれ引ずつてでも帰らねばおきませぬ。見込まれたが因縁だと思うて、貴方も男らしう決心なされませ』 松彦『あゝ大変な迷惑だなア。仕方がない。そんなら行かうか』 万公『ハツハヽヽとうと捕虜になつて了つた。ホリヨホリヨと涙が溢れるワイ、ウフヽヽ、可笑し涙がイヒヽヽ』 一同『フツフヽヽプーツクワツハヽヽ』 (大正一一・一二・一一旧一〇・二三松村真澄録) |
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霊界物語 | 45_申_小北山の宗教改革1 | 02 神木 | 第二章神木〔一一九二〕 お寅婆アさまは松彦に向ひ河鹿川の川岸に枝振りのよい老松が蜒々として枝を四方に広げ川の上にヌツと突き出て居るのを指し、 お寅『もし、末代日の王天の大神の生宮様、あの松を御覧なさいませ。立派なものぢや厶りませぬか』 松彦『成る程、川の景色と云ひ、あの枝振りと云ひ青々とした艶と云ひ、実に云ひ分のない眺めですな。随分鶴が巣籠りをするでせうな』 お寅『ハイハイ、鶴どころか、あの松には日の大神様、月の大神様を初め八百万の大神様がお休み遊ばす世界一の生松で厶ります。末代日の王天の大神様の、あれが御神体で厶ります』 松彦『さうすると、あの松は私の御霊の変化ではあるまいかな』 お寅『滅相な、変化どころか、あれが貴方の本守護神ですよ。時節と云ふものは恐いものですな。たうとう生神様の貴方様がお越しなさる様になつたのだから、ウラナイ教は朝日の豊栄昇り彦命になります。蠑螈別の教祖が仰有つた事は一分一厘違ひませぬがな』 万公『アハヽヽヽ松彦さま、貴方は不自由な体ですな、いつもあの川辺に水鏡ばつかり見て鳶鷹鷲等に頭から糞を引つかけられ泰然自若として川端柳を気取つて厶るのですな。道理で足が重いと思うて居た。本守護神があの松の大木だと分つての上は、松彦さまの無精なのも、あながち責る訳にも行きますまい。エヘヽヽヽ』 お寅『これこれブラリ彦、又口八釜しい。左兵衛治をするものぢやない』 万公『これ婆さま、わしは左兵衛治なんて、そんな老爺めいた名ぢやありませぬぞ。万古末代生通しと云ふ生々した万公さまだ。余り見損ひをして貰ひますまいかい』 お寅『オホヽヽヽ何と頭の悪い男だな。左兵衛治と云つたら差出物と云ふ事だ。何でもかンでもよく差出て邪魔ばつかり致すから、左兵衛治と云つたのだよ。大松のお前が差出る処ぢやない、芋掘奴めが』 万公『俺や、あんな大松とはチツと違ふのだ。なんぼ大松だつて松の寿命は千年だ。此方は万年の寿命を保つ万公さまだ。あんまり安う買うて貰ひますまいかい』 お寅『エーエ、何から何まで教育してやらねば訳の分らぬ困つた男だな。大松と云ふ事は大喰人足と云ふ事の代名詞だ。野良へやれば蕪をぬいて食ふ、大根をかじる、人参を喰ふ、薩摩芋から南瓜の生まで、噛じる喰ひぬけだから、それで大松と云ふのだ』 万公『大喰ひするものを大松と云ふのは可笑しいぢやないか。其言葉の起源を説明して貰ひたいものだな』 お寅『エーエ、合点の悪い代物だ、ライオン川の杭は、みんな長い大きな奴が要るので、それで大杭の長杭と云ふのだ。その大杭の長杭は大松ぢやなければ出来ぬのだから大松と云つたのだよ』 万公は妙な手付をして、 万公『あゝさうでおまつか、ヘーン、松彦さまもさうすると松に因縁があるから大松でせうね』 お寅『お前の松は杭になつた松だ。此お方の松は、あの通り生々した生命のある松だよ。万古末代生通しの松と、幹を切られ枝を払はれ、年が年中頭を削られて逆トンボリにされ尻を叩かれて、突つ込まれて居る大松とは、松が違ふのだ。善悪混淆して貰うては大変困りますわい。然し松彦さま、あの松の木の根元に結構な御守護がしてあるのだから大門神社に行く迄に一寸そこの神様に参拝して貰ひたいのです』 松彦『あの松の根元に神様が祀つてあるのですかな』 お寅『ハイハイ、あそこが肝腎な御仕組場だ。あの因縁が分らねば小北山の因縁が分りませぬ。是非共来て貰ひ度いものです』 万公『さうすると、まだ外に神さまが祀つてあるのか。一遍に見せると食滞すると受付の爺さまが云ふた神さまだな。一つ見るも二つ見るも同じ事だ。序に観覧して来ようかな。おい、五三公、アク、タク、テク、何うだ、貴様も一つ見物する気はないか』 一同『ウン、面白からうな。参考の為にお寅さまの、亡者案内で見物して来ようかい。お寅さま、亡者案内賃は安うして置いてくれや、見掛どりをやられると此頃吾々はチツとばかり手許不如意なのだから困りますぞえ』 お寅『観覧だの、見物だのと、何と云ふ勿体ない事を仰有るのだ。見に行くのだない、参拝に行くのだ。何故参拝さして頂きますと云はぬのだ』 万公『三杯どころか、もう之丈け沢山に誤託宣を聞かして頂いた上は腹一杯胸一杯だ、アハヽヽヽ』 お寅『サア、末代様、御案内致しませう。何卒此婆について来て下さいませ』 松彦はいやいや乍ら婆アの後に一行と共に枝振りのよい大松の麓まで進んで行つた。 見れば途方途徹もない大きな岩が玉垣を囲らし切口の石を畳んで置物の様にチヨンと高い処に立派に祀つてある。さうして傍に案内石が立ち蠑螈別の筆跡で、 「さかえの神政松の御神木」 と記してある。 五三『もしお婆さま、此大きな岩は一体何だい。さうして御神木と記してあるが、こりや木ぢやない、岩ぢやないか』 お寅『そんな事は気にかけいでも、理屈いはいでも、いいぢやないか。お前達が神木する様に「さかえの神政松の御神木」と書いてあるのだよ。ここは善と悪との境だから小北山の地の高天原へ悪神の這入つて来ぬ様に千引岩が斯うして置いてあるのだ。表向きは弥勒様の御神体だと云つて居るのだ。さうして十六柱の神様がお祀りしてある標だと云つて十六本の小松が此通り植ゑてあるのだ。然し乍ら之は表向き、実の処は素盞嗚尊の生魂をここへ封じ込んで動きのとれぬ様に周囲八方石畳を囲らし、上から千引の岩を載せて、万古末代上れぬ様に封じ込めておいたのだ。そのために瑞の魂の素盞嗚尊は八方塞がり同様で、二ツ進も三ツ進もならぬ様になり困つてゐやがるのだ。此石をここへ運ぶ時にも随分苦労をしたのだよ。第一蠑螈別さま、魔我彦さま、大将軍さま、此お寅等の奮励努力と云つたら大したものだつた。夜も昼も二十日ばかり寝ずに活動して到頭素盞嗚尊の悪神を封じ込めてやつたのだ。三五教の奴は何にも知らずに馬鹿だからヤツパリ素盞嗚尊が此世に現はれて居る様に思うてゐるのだよ。斯うしておけば三五教の信者を鼠が餅ひく様に皆小北山に引張込むと云ふ蠑螈別さまの御神策だ。何と偉いものだらうがな』 万公、五三公の両人はクワツと腹を立て両方から婆の手をグツとひん握り、 万公『こりや糞婆、もう量見ならねえ。此川へ水葬してやるから、さう思へ。怪しからぬ事を吐す』 五三『こりや、お寅、蛙は口から、吾と吾手に白状致した上からは、もはや量見ならぬぞ。サア覚悟せい。おい万公、其方の足をとれ、俺も此足を持つて川の深淵へ担いで行つて放り込んでやるのだ』 お寅『オホヽヽヽ、地から生えた木の様なものだ。此婆がお前達三人や五人に動かされる様なヘドロい婆か。竜宮の乙姫さまの御神力を頂いた上に艮金神様の分け魂のお憑り遊ばした丑の年生れの寅さまだ。丑寅婆アさまを何と心得てるのだ』 万公『おい、五三公、随分重い婆だな。本当にビクともしやがらぬわ』 アク『アハヽヽヽ、ビクともせぬ筈だよ。婆アさまは其処に居るぢやないか。お前達は、岩を一生懸命動かさうとしたつて動くものかい。それが婆アさまに見えたのか』 五三『いや、ほんにほんに岩だつたな。おけおけ馬鹿らしい。お寅婆は彼処にけつかるぢやないか』 お寅『オホヽヽヽ三五教の信者の眼力は偉いものだな。お寅さまとお岩さまと取違へするのだから』 万公『エー』 アク、タク、テク三人『アハヽヽヽ、又いかれやがつたな』 お寅『あまり疑うて居ると真逆の時に眩惑がくるぞよ、足許の深溜が目に見えぬ様になるぞよ。ウフヽヽヽ』 松彦『お婆さま、いや如何も感心致しました。これから一つ大門神社へ参りませう』 お寅『あ、お前さまは末代様だ。身霊が綺麗だと見える。あんなガラクタは後廻しで宜しい。お寅さまの後から跟いて来なさい。竜宮の乙姫さまが末代さまを御案内致しませう』 松彦『ありがたう。然し乍ら此連中を捨てて置く訳にも行かぬから連れて行かう』 お寅『それは貴方、末代さまの御都合にして下さい。サア斯うおいで成さいませや』 と頭をペコペコさせ頻りに媚を呈し乍ら、もと来し道に引返し急坂を一行の先に立つて上り行く。 急坂を二三丁ばかり登つた処にロハ台が並んでゐる。 万公『もし松彦さま、一寸ここで休息して行きませうか』 松彦『ウン、よからう』 と腰をかけ息を休める。お寅は怪嫌な顔をし乍ら後ふり返り、 お寅『逆理屈ばかり囀る万公が 坂の中央で屁古垂れにけり。 偉相に腮をたたいて居た万公 此弱り様は何の事だい。 鼈に蓼食はした様な息づかひ 万々々公も休むがよからう』 万公『迷信の淵に沈んだお寅さま 底知れぬ淵へバサンとはまつて。 之程にきつい坂をばスタスタと 登るは狐狸なるらむ。 登り坂上手な奴は馬兎 丑寅婆さまの十八番なるらむ』 お寅『糞垂れて婆さまの登る山道を 屁古垂れよつた万公の尻。 芋蕪大根人参あつたなら 万の野郎に喰はせ度きもの。 大根や蕪がきれて息つまり 何と茄子の溝漬け男』 万公『臭い奴吾一行の先に立つ 腋臭とべらの婆の尻糞』 お寅『こりや万公、臭い奴とは何を云ふ 貴様は臭い穴探しぞや。 彼岸過ぎになつても穴の無い蛇は そこら辺りをのたくり廻る。 穴ばかり探して歩く万公を 岩窟の穴へ入れてやり度い』 万公『何吐す丑寅婆の尻糞奴 尻が呆れて雪隠が踊る』 松彦『ロハ台に腰打ち掛て万公が 尻のつぼめの合はぬ事言ふ』 五三公『ロハ台に尻を下した万公さま 糞落ちつきのないも道理よ』 アク『アクアクと互に誹り妬み合ひ 無性矢鱈に口をアクかな』 タク『いろいろとタクみし証拠は千引岩 松の根元に沢山にある』 テク『山坂をテクる吾身は何となく 足腰だるくなりにけるかな。 面白もない婆さまに導かれ 登るも辛し針の山坂』 お寅『万公よアク、テク、タクの御一同 此坂道は神の坂だよ。 神になり鬼になるのも此坂を 越えぬ事には分るまいぞや』 アク『登りつめアクになつたら何とせう 丑寅婆さまに欺かれつつ』 お寅『疑を晴らして竜宮の乙姫が 後に来る身は大丈夫だよ』 松彦『サア一同、もう行つてもよからう。乙姫さま、宜しう頼みます』 お寅『ホヽヽヽヽ末代様、サア参りませう』 万公『ヘン、馬鹿にして居やがる。婆の乙姫さまも見初めだ。なア五三公』 五三『きまつた事だ。逆様の世の中だもの、乙姫さまだつて世界のために御心配遊ばして厶るのだもの、チツたあ年も寄らうかい。アハヽヽヽ』 一同『ウフヽヽヽ』 (大正一一・一二・一一旧一〇・二三北村隆光録) |
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霊界物語 | 45_申_小北山の宗教改革1 | 03 大根蕪 | 第三章大根蕪〔一一九三〕 艮婆さまに誘はれて末代さまの松彦は 万公五三公其外の三人と共に急坂を 心ならずも登りゆく川辺の松の根本なる 千引の岩に包まれし秘密の鍵を握りつつ 油断ならじと村肝の心を固め腹を据ゑ さあらぬ体を装ひつ細い階段スタスタと 刻んで上る門の前お寅婆さまは立ち止まり これこれ申し受付の文助さまよ末代の 神の生宮初めとし五人のガラクタ神さまが いよいよ此処へお出ましだ一時も早く奥へいて 蠑螈別の教祖さまに早く取次なされませ 神の恵も大広木正宗さまや義理天上 日の出神の生宮も嘸や満足なされましよ 竜宮海の乙姫が懸りたまうた肉の宮 艮婆さまの挨拶でここまで喰へて来た程に グヅグヅしてると帰られちや又もや元の杢阿弥だ 早く早くと小声にて耳に口寄せ囁けば 文助爺さまは頭をば縦に三つ四つ振りながら 川の流れを遡るやうな足つきトボトボと 襖押開け奥の間へ白き姿をかくしける 暫くあつて魔我彦は満面笑を湛へつつ 気もいそいそといで迎へ貴方は末代日の王の 天の大神生宮だ能くまアお出下さつた 正宗さまが奥の間で山野河海の珍肴に ポートワインの瓶並べにこにこ顔で待ちたまふ 遠慮は決して入りませぬ貴方は神の生宮だ かうなる上はお互に敵と味方の隔てなく 腹を合して神業に力の限り尽しませう 小さき隔てを拵へてゴテゴテ争ふ時でない 神政成就の御時節がいよいよ切迫した上は 末代様の肉の宮どうしてもかうしても此山に 居つて貰はにやなりませぬ神素盞嗚の悪神が 立てた教に沈溺し下らぬ熱を吹き乍ら 広い世界を遠近と宣伝して居る馬鹿者が 沢山あると聞きました承はれば貴方様 三五教にお入りと聞いて一寸は驚いた さはさり乍ら能く聞けば河鹿峠で兄様に 廻り会うたが嬉しさにほんの当座の出来心 三五教に御入信なさつた事が知れた故 いよいよこいつは脈があるこんな結構な肉宮を ムザムザ帰してはならないと正宗さまの肉宮が 焦れ遊ばしお寅さまをもつて態々貴方をば 引き留めなさつた御無礼をよきに見直し聞直し 宣り直しませ魔我彦が蠑螈別の代理とし 茲に挨拶仕るサアサア早う遠慮なく 奥へ通つて下さんせ神政成就の糸口が 開けて来る小北山これ程目出度い事あらうか あゝ惟神々々神の御前に願ぎ奉る。 松彦『朝日は照るとも曇るとも 万公『悪魔は如何に叫ぶとも 松彦『月は盈つとも虧くるとも 万公『つまらぬ教を聞くとても 松彦『仮令大地は沈むとも 万公『足らはぬ吾等の魂で 松彦『誠の力は世を救ふ 万公『誠の事は分らない 松彦『此世を造りし神直日 万公『此世の罪を神直日 松彦『心も広き大直日 万公『困つた事と知り乍ら 松彦『唯何事も人の世は 万公『唯何となく調べむと 松彦『直日に見直し聞直し 万公『何は兎もあれ上り来て 松彦『身の過は宣直す 万公『皆山坂を乗り越えて 松彦『三五教の宣伝使 万公『危ない教を宣伝し 松彦『治国別の後追うて 万公『蠑螈の別に招かれて 松彦『漸く此処に上り来ぬ 万公『如何なる事か知らねども 松彦『末代日の王天の神 万公『なぞと云はれて松彦は 松彦『怪しき雲に覆はれつ 万公『様子探らむものをとて 松彦『忙しき身をば顧みず 万公『お寅婆さまの後につき 松彦『来りて見れば文助が 万公『置物然と坐り居る 松彦『お寅婆さまは声をかけ 万公『教主の宮に逸早く 松彦『報告なされと急き立てる 万公『合点往かぬと待つうちに 松彦『やつて来たのはお前さま 万公『義理天上の肉宮と 松彦『名乗るお前は魔我彦か 万公『道理で腰が曲つてる 松彦『丑寅婆さまの云うたよに 万公『この松彦が天の神 松彦『一番偉い身魂なら 万公『蠑螈の別は逸早く 松彦『迎ひに来なくちやならうまい 万公『何か秘密が此家に 松彦『潜んで居るに違ひない 万公『これや浮か浮かと奥の間に 松彦『進む訳には行きませぬ 万公『誠の心があるならば 松彦『肝腎要の教祖さま 万公『蠑螈別が吾前に 松彦『お越しになつて御挨拶 万公『叮嚀になさらにやならうまい 松彦『これが第一不思議ぞや 万公『魔我彦さまよ今一度 松彦『奥の一間に駆け入つて 万公『確な返答を聞いた上 松彦『又改めて御挨拶 万公『得心するよに云うて呉れ 松彦『さうでなければ何処迄も 万公『面会する事お断り 松彦『これからぼつぼつ帰ります 万公『これこれ丑寅お婆さま 松彦『いかいお世話になりました 万公『いざいざさらばいざさらば』 お寅婆は両手を拡げて、 『これこれもうし肉の宮末代日の王天の神 気が短いも程がある悪気を廻して貰つては 大に迷惑致します正宗さまの肉宮は 貴方を決して袖にせぬ一時も早く現はれて 飛びつきたいよに心では思うて厶るは知れた事 さはさり乍ら八百万尊き神が出入して お神酒を飲つて厶る故どしてもこしても暇が無い 短気を出さずに気を静め暫く待つて下さんせ 貴方の顔を潰すよな下手なる事はさせませぬ これこれ日の出の義理天上何をグヅグヅして厶る 一時も早く奥へいて何とか彼とかそこはそれ お前の智慧のありたけを縦横無尽に振り廻し 蠑螈別の神様に○○○○してお出で それが出来ぬよな事ならば義理天上も怪しいぞ 日の出の神も駄目ぢやぞえ』 魔我彦『お寅婆さまの云ふ通りこれから奥へ踏み込んで 羽織の紐ぢやないけれど私の胸にちやんとある 一伍一什を打ち明けて蠑螈別に申しませう 末代日の王天の神暫く待つて下しやんせ 失礼します』と云ひながら一間をさして入りにける。 ○ 待つ間久しき鶴の首万公さまは気を焦ち 脱線だらけの言霊を無性矢鱈に打ち出す。 万公『松彦さまよ五三公よアク、テク、タクの三人よ 蠑螈別と云ふ奴は尊き俺等の一行を 本当に馬鹿にするぢやないか木枯し強い寒空に 火の気一つなき受付に待たして置いてグヅグヅと 神のお給仕か知らねども鱈腹酒に喰ひ酔ひ ズブロクさんになりよつて無我と夢中の為体 夜中の夢を安々と見て居やがるに違ひない これこれ申し松彦さま私は腹が立つて来た 松の根下の岩と云ひ艮婆さまの云ひ草が どうしたものか腑に落ちぬこんな所へ迷ひ込み 眉毛をよまれ尻の毛を一つも無いよに抜かれては 世間へ対して恥晒治国別の先生に どうして云ひ訳立つものか俺をば失敬な婆の奴 ブラリ彦だと云ひ居つた松彦さまはユラリ彦 国治立の神さまのお脇立だと崇め置き 口の先にてチヨロまかし謀叛を起すつもりだらう 挺にも棒にも合はぬ奴したたかものが此の山に 潜んで居るに違ひない聖人君子は危きに 近づかないと云ふ事だ貴方は知つて居る筈ぢや サアサア松彦帰りませうこんな処で馬鹿にされ どうして男が立つものかアク、テク、タクよ五三公よ お前は何と思うて居る意見があれば今ここで 遠慮は入らぬ薩張と俺にぶちあけて呉れぬかい 腹の虫奴がグウグウと怒つて怒つて仕様が無い』 五三公『五三公司が思ふ事遠慮会釈もなきままに 陳列すれば左の通り耳を浚へて聞くがよい 小北の山の神さまは常世の姫の憑りたる 高姫黒姫両人が迷ひの雲に包まれて 開いて置いた醜道だ肝腎要の高姫や 黒姫さまが改悟して三五教に降伏し 今は立派な神司見向きもやらぬウラナイの 教を信じて何になる肝腎要の教祖さま 高姫さまや黒姫が自ら愛想を尽かしたる ウラナイ教に信実がありそな事は無いぢやないか これだけ聞いても分るだらう思へば研究の価値はない これこれ申し松彦さま私はもはや嫌になつた 深くはまらぬ其中にここをば立ち去りスタスタと 悪魔の征途に上りませう取るにも足らぬ奴原を 相手に致して暇潰し肝腎要の神業に 後れた時は何としよう斎苑の館の神様に 云ひ訳立たぬ事になる万公、アク、タク、テクさまよ お前等は何と思うてるか一応意見を五三公に 聞かして呉れよ頼むぞや』 アク『天地の神の御名を笠にきて 世を乱しゆく曲ぞ忌々しき。 義理天上日の出の神と魔我彦が 何を目あてにそんなデマ云ふか。 松彦を末代様よ日の王よ 天の神ぢやと旨く釣りやがる。 善く云はれ気持の悪う無いものと 松彦さまが迷ひかけたる』 松彦『今暫し吾なすままに任しおけ 善しと悪しとは神がさばかむ』 タク『沢山に怪体な宮を建て並べ 怪体な託宣するぞをかしき。 タクは今思ひ浮かぶる事はなし 此場を早くぬけたいばかりぞ』 テク『テクテクと強い山をば登らされ きつい狐につままれてける。 きつく姫名から狐の守護神 義理も天上もあつたものかい』 文助『最前から黙言つて此処で聞いて居れば、お前さま達は大変にこのウラナイ教の本山を疑ひ、ゴテゴテと小言を仰有るやうだが、そんな事を仰有ると神罰が当りますぞや。唯何事も神様にお任せなされ、自分の着物の襟裏についた虱さへ捻り尽されない身で居ながら、広大無辺の御神力を彼是云ふといふ事がありますか。障子一枚外は見えぬと云ふ人間の分際で居ながら、大広木正宗様のお樹てなされた教を何ゴテゴテと云ひなさる、ちと嗜なされたら好からう、ほんに憐れな人達だなア』 万公『芋蕪大根蛇松を書く 文助さまにかきまはされにけり。 芋南瓜茄子のやうな面をして 蕪大根書くぞをかしき。 文助が屁理屈計り並べ立て ばば垂れ腰で睨みけるかな』 文助『これこれ若い衆、蕪大根描いたとて蛇を描いたとて大きなお世話さまだ。放つといて下され、お前達のやうな糸瓜のかすに分つたものかい。瓢箪から駒が出る、徳利から酒が出る。早く改心をなさらぬと、往きも戻りもならぬやうな大根なんが迫つて来ますぞや。嘘計りツグネ芋して、山の芋ばかりして居るのだらう。本当に、芋もよい芋助だなア。屁のつつぱりにもならぬやうな小理屈計り囀つて、何の事だいな』 万公『お爺さま、誠に失礼な事を申ました』 文助『失礼だと云ふ事が分つたかな、分ればよい、神様は何でも見直し聞直し宣直し遊ばすのだから、これからは心得なされよ。吾が目が見えぬと思うて馬鹿にして居なさるが、目の見えぬ目あきもあり、目の見える盲もある世の中だから、余り左兵衛治をなさると、取り返しのならぬ事が出来ますぞえ』 万公『こんな魔窟へやつて来て、身魂も曇らされては取り返しがつきませぬわい。ウフヽヽヽ』 文助『エヽ仕方が無い男だ。こんな没分暁漢に相手になつて居つたら竜神さまが一枚も描けぬやうになつてしまふ。お蛸さまに頼まれた蕪がもちつと仕上らぬから、どれ、奥へ往つて静かな所で一筆揮つて来ませう、これこれ末代日の王天の大神様、暫く待つて居て下さいませ。これから教祖様へ御催促して来ますから』 万公『蕪の先生、左様なら』 文助『エヽ仕方が無いわい、仕方の無いケレマタだなア』 と呟きながら奥の間へ姿を隠した。 (大正一一・一二・一一旧一〇・二三加藤明子録) |
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霊界物語 | 45_申_小北山の宗教改革1 | 07 相生の松 | 第七章相生の松〔一一九七〕 ウラルの姫の系統と生れ合ひたる高姫が バラモン教やウラル教三五教の御教を あちら此方と取交ぜて変性男子の系統と 自称し乍らフサの国北山村に居を構へ 蠑螈別や魔我彦や高山彦や黒姫を 唯一の股肱と頼みつつウラナイ教の本山を 立てて教を四方の国宣べ伝へつつ三五の 神の仁慈にほだされて全く前非を後悔し 神の御為世の為に舎身の活動励みつつ 今は全く三五の教の司と成りすまし 生田の森の神館珍の司となりにける。 後に残りし魔我彦は蠑螈別を教祖とし 北山村を後にして坂照山に立こもり 茲に愈ウラナイの教を再び開設し 小北の山の神殿と称へて教を近国に 伝へ居るこそ雄々しけれ蠑螈別や魔我彦は 高姫仕込みの雄弁を縦横無尽にふり廻し 彼方此方の愚夫愚婦を将棋倒しに説きまくり 天下に無比の真教と随喜の涙をこぼさせつ 螢の如き光をば小北の山の谷間に 細々乍ら輝かすさはさり乍ら常暗の 黒白も分ぬ世の中は蠑螈別や魔我彦の ねぢけ曲れる教をも正邪を調ぶる智者もなく 欲にからまれ天国へ昇りて死後を安楽に 暮さむものと婆嬶が愚者々々集まりゐたりけり 浮木の村に名も高き白浪女のお寅さま どうした機みか何時となく小北の山に通ひ出し 足しげしげと重なつて蠑螈別に殊愛され 女房気取りで何くれと一切万事身のまはり 注意に注意を加へつつあらむ限りの親切を 尽して教祖の歓心をやつと求めて丑寅の 婆さまはニコニコ悦に入り小北の山を一身に 吾双肩に担うたるやうな心地で控えゐる。 蠑螈別は曲神に魂をぬかれて酒計り 夜と昼との区別なくあふりて心の煩悶を 慰め居れど時々に心に潜みし曲鬼が 飛出し来り高姫の色香を慕ひ口走り お寅の心を痛めたる其醜態は幾度か 数へ尽せぬ計り也お寅は無念を抑へつつ 勘忍袋をキツと締めこばり詰めてぞゐたりしが 大洪水の襲来し千里の堤防一時に 決潰したる計りにて悋気の濁水氾濫し 人目もかまはず前後をも忘れて教祖の胸倉を つかみ締めたる恐ろしさかかる乱痴気騒ぎをば 表に待ちし松彦の司の一行に隠さむと 心を痛めいろいろと此場の体裁つくろへど 隠し終うせぬ燗徳利土瓶の居ずまひわれた猪口 金切声は屋外に聞え来るぞ是非なけれ お寅婆さまが此山に来つて御用を始めてゆ これ丈怒つた大喧嘩未だ一度もなかつたに 如何した拍子の瓢箪か思ひもよらぬ醜状を 珍客さまの目の前に曝露したるぞ神罰と 云ふもなかなか愚なりあゝ惟神々々 御霊幸ひましませよ。 ○ 小北の山の別館に潜みて教の実権を 掌握しつつ朝夕に神素盞嗚大神の 大御心を奉戴しウラナイ教の曲神を 日日万に言向けて根本的に改良し 蠑螈別や魔我彦の身魂を立替立直し 三五教の真髄を理解せしめて道の為 世人の為に神徳を輝かさむと松姫は 蠑螈別の言ふままに上義の姫と称へられ 心ならずも春陽の花咲き匂ふ時節をば 神に祈りて松姫が心の奥ぞ床しけれ 小北の山に祀りたるユラリの彦の又の御名 末代日の王天の神其外百の神名は いずれも正しきものならず狐狸の神霊に 誑されて魔我彦が誠の神と思ひつめ 得意になりて宮柱ヘグレのヘグレのヘグレムシヤ ヘグレ神社を立て並べ迷ひゐるこそうたてけれ 三五教の松姫もかやうな事に騙れて 信仰するよな者でないさは去り乍ら今すぐに いと厳格な審神をばなすに於ては蠑螈別 其外百の神司一度に鼎の湧く如く 怒り狂ひて松姫の身辺忽ち危しと 悟りたるより松姫は素知らぬ顔を装ひつ ウラナイ教の実権を何時の間にかは掌握し 小北の山の神殿は殆ど松姫一人の 指命の下に大部分動かし得べき身となりぬ モウ此上は松姫も何の遠慮も要るものか やがてボツボツ正体を現はしくれむと思ふ内 昔別れし吾夫の松彦さまが三五の 神の司となりすまし思ひも寄らぬ此山に お寅婆さまに導かれ登り来りし其姿 居間の窓より覗きこみハツと胸をば躍らせつ 俄に恋しさ身にせまりたまりかねてぞなりければ 神勅なりと言ひくろめお寅婆さまを招きよせ 今来た人はユラリ彦末代日の王天の神 尊き神の生宮ぞあの神様に帰なれては 五六七神政成就の仕組はとても立たうまい 御苦労乍ら一走りお前は後を追つかけて 末代さまを是非一度これの館に連れ帰り いと慇懃に遇していついつ迄も此山に 鎮座ましましウラナイの神の教の目的を 立たさにやならぬお寅さまこれの使命を果しなば お前はこれから此山の最大一の殊勲者と おだてあぐればお寅さま俄に元気を放り出して 十曜の紋の描きたる扇片手にひつつかみ 松姫館を飛出してオーイオーイと松彦を 呼戻したる其手腕なみなみならぬ婆さま也 あゝ惟神々々御霊幸ひましませよ。 蠑螈別の片腕と自分も許し人も亦 許す魔我彦副教主蠑螈別の託宣を 一から十迄鵜呑みして善悪正邪の区別なく 只有難い有難い誠の神は此外に 広い世界にやあるまいと心の底から歓喜して 真理を紊す教とは少しも知らず朝夕に 骨身を惜まず神前にいとまめやかに仕へつつ 迷い切つたる魔我彦は蠑螈別のなす事は 善悪正邪に係はらず何れも神の正業と 迷信せるこそ愚なれかくも教に迷信な 朴直一途な魔我彦も若き男の選にもれず 恋に心を乱しつつ吾れにかしづく女房は 甲に致そか乙にせうか又々丙か丁戍か なぞと集まる信者をば女と見れば探索し 物色しつつ目が細い色は白いが鼻低い 鼻は高いが目が細い背丈が高い低いなど 朝な夕なに首かたげ妻の選挙に余念なく 心を悩ましゐたる折少しく年はよつたれど 花を欺く松姫がこれの館に来りしゆ 二世の女房は松姫と自分免許の妻さだめ 神の奉仕の其間は万事万端気を付けて 松姫さまの歓心を買ふ事計りに身を俏し 吉日良辰到来し連理の袖を翻し 合衾式をあげむぞと楽しみゐたるも水の泡 思ひもよらぬ松彦が此神館に現はれて ウラナイ教の信徒が唯一の主神と頼みたる 神徳高きユラリ彦又の御名を尋ぬれば 末代日の王天の神珍の宮居と現はれて 突然ここに天降り上義の姫の松姫が 霊の夫婦と聞きしより気が気でならぬ魔我彦は 胸を躍らせゐたりけるかかる所へ松姫の 侍女のお千代が現はれて魔我彦さまへ上義姫 あが師の君が御用ぞと聞いたを機に座を立つて 鼻うごめかし肘を張り吉報聞かむと行てみれば 豈計らむや松姫は打つて変つた其様子 犯し難くぞ見えにける義理天上と自称する 魔我彦、姫に打向ひ思ひの丈をクドクドと 述べむとすれば松姫は挺でも動かぬ勢で 魔我彦さまへ今日からはお前に頼む事がある 松彦さまは吾夫よモウ之からは厭らしい 目付をしたりバカな事言はない様にしておくれ 二世の夫のある私大に迷惑致します 松彦さまはユラリ彦末代日の王天の神 私は妻の上義姫遠き神世の昔から 切るに切られぬ因縁でヘグレのヘグレのヘグレ武者 世界隅なく逍よひておちて居つたが優曇華の 花咲く春に相生の松と松との深緑 千代の契を結び昆布お前と私との其仲は 至清至潔の身の上だ汚しもなさず汚されも せない二人の神司万の物の霊長と 生れた人は何よりも断の一字が大切よ 恋の執着サツパリと放かしてお呉れと手厳しく 不意に打出す肱鉄砲呆れて言葉もないじやくり 言葉を尽し最善を尽せど松姫承知せず お千代に迄も馬鹿にされ無念の涙ハラハラと 松彦司を恨みつつシオシオ立つて元の座へ 顔の色まで青くして帰つて見れば万公や 五三公其他の連中が力限りに嘲笑する 魔我彦さまは腹を立て歯ぎしりすれど人の前 怒りもならず泣けもせず煩悶苦悩の胸おさへ 俯むきゐるぞ憐れなる少女の千代に導かれ 松彦さまは別館進みて見れば此はいかに 日頃慕ひし松姫が盛装凝らしニコニコと 笑顔を湛へて松彦が手をとり奥へよび入れる 流石の松彦呆然と言葉も出でず松姫が 面を眺めてゐたりしがあたり見まはし松姫は ソツと其手を握りしめ恋しき吾夫松彦よ 夜の嵐に誘はれて別れてから早十年 余りの月日を送りました雨の晨や風の宵 思ひ出しては泣くらし思ひ出しては又歎く 月日の駒の関もなく今日が日迄も吾夫の 行方を探ね神様に祈りを上げて一日も 早く会はさせ玉へやと祈りし甲斐もありありと 現はれ玉ひし神の徳今日の集ひの有難さ 何から言うてよかろやら話は海山積れ共 其糸口も乱れ果て解きかねたる胸の内 推量なされて下さんせマアマア無事で御達者で 私も嬉しいお目出たい貴方に見せたい者がある どうぞ喜んで下さんせ語れば松彦涙ぐみ 其手をしかと握りしめお前は吾妻松姫か ヨウまあ無事でゐてくれたお前に別れた其後は 世を果敢なみてウロウロとフサの国をば遠近と 巡り巡りて月の国バラモン教の本山に 現はれ玉ふ神柱大黒主の部下とます ランチ将軍片彦が司の神に見出され 神の柱や軍人二つを兼ねてまめやかに 仕へ乍らも両親や兄の身の上汝が身を 思ひ案じて一日も安く此世を渡りたる 時も涙にかきくれて悲しき月日を送る折 尊き神の引合せ河鹿峠の谷間で 恋しき兄に巡り会ひ茲に心を翻へし 三五教に入信し御伴に仕へまつりつつ 野中の森で夜をあかし橋の袂に来て見れば お寅婆さまの母と子に思はず知らず出会はし 縁の綱に曳かされて思はず知らず来て見れば 日頃慕ひし吾妻はここに居たのか嬉しやな 結ぶの神の結びたる二人の仲は一旦は 右に左に別る共心に解ぬ恋の糸 解き初めたる今日の空嬉しさ胸に満ち溢れ 答ふる言葉もないじやくり神の恵を今更に 思ひ浮べて有難く身に沁みわたる尊さよ 旭は照る共曇る共月は盈つ共虧くる共 仮令大地は沈む共誠の力は世を救ふ 真心こめてひたすらに神の教を守りたる 二人の身をば憐れみて思ひもよらぬ此山で 会はし玉ひし天地の神の御前に感謝して 此行先は殊更に命を惜まず道の為 心の限り身の限り仕へまつりて神恩の 万分一に報うべしあゝ惟神々々 御霊幸ひましませよ。 松彦『尊き神様の御恵みに依つて、永らくの間、互に在所の分らなかつた松と松との夫婦が、思はぬ此山で廻り合ふとは、何たる有難い事であらう。先づ其方も無事で、松彦も嬉しい、就ては私に見せたい物があると云つたのはどんな物だ、様子有りげなお前の言葉、グツと胸にこたえた』 松姫『ソリヤさうで厶いませう。貴方にお別れした時に、私は身重になつて居つた事を覚えてゐらつしやるでせう』 松彦『確に覚えてゐる。機嫌よく身二つになつただらうなア』 松姫『ハイ、アーメニヤを逃げ出す途中、フサの国のライオン河の畔で腹が痛くなり、たうとう妊娠八ケ月で、可愛い女の子を生みおとしました』 松彦『そして其子は何うなつたのだ。早く聞かして呉れ』 松姫『途中の事とて如何する事も出来ず、苦んで居る所へ、酒に酔うた男がブラリブラリと通り合せ、親切に吾家へつれ帰り、介抱をしてくれました。それが為に母子共に機嫌よく肥立ち、娘は其男に子がないのを幸ひ、貰つて貰ひ、私はフサの国北山村のウラナイ教へ信仰を致し、遂には抜擢されて宣伝使となり、自転倒島の高城山に教主となつて御用を致して居りましたが、高姫様の三五教へ帰順と共に私も三五教へ帰順致し、言依別命様の内命に依つて、小北山へいろいろと言を設け、うまく入り込んで、神業の為に、心を砕いて居ります。そして其娘はここに居る此お千代で厶います』 松彦『ヤアこれが吾娘か、ヨウまア大きくなつてくれた。親はなうても子は育つとは能く云つたものだな。コレお千代、私はお前の父親ぢや、養育を人手に渡して済まぬ事だつたなア』 と涙ぐむ。お千代は始めて松姫の物語を聞き、松姫は自分の実の母で、松彦は実の父なることを悟つた。お千代は思はず嬉し涙にくれてワツと其場に泣倒れた。松姫も涙乍らにお千代を抱起し、頭を撫で背を撫でて歯をくひしめて忍び泣きしてゐる。 松彦『たらちねの親はなくても子は育つ 育ての親の恵み尊き。 吾子をば育て玉ひし両親は いづくの人か聞かまほしさよ』 松姫『フサの国竹野の村のカーチンと 言つて名高き白浪男。 さり乍らカーチンさまの夫婦づれ 今はあの世の人となりぬる』 松彦『一言のいやひ言葉もかはされぬ 育ての親の有難き哉。 吾娘、千代も八千代もカーチンの 育ての恩を忘れまいぞや』 千代『有難き育ての親に悲しくも 別れて誠の親に会ひぬる。 たらちねの父と母とに巡り合ひ 嬉し涙の止めどなくふる』 松姫『母よ子よと名乗らむものと思ひしが あたり憚り包み居たりし。 吾母と知らずに仕へ侍りたる お千代の心いとしかりけり』 千代『吾母と知らず知らずに懐しく 師の君様と思ひ仕へぬ。 どことなく温みのゐます師の君と 朝な夕なに伏拝みける』 松彦『三五の神の大道に入りしより 三日ならずに妻にあひぬる。 妻となり夫となるも天地の 神の御水火のこもるまにまに。 天地の神の御水火に生れたる 吾子は千代に栄え行くらむ』 千代『父母の恵のたまくら知らね共 何とはなしに慕ひぬる哉。 カーチンの父の命を生みの親と 慕ひて朝夕仕へ来にけり。 朝夕になでさすりつつ吾身をば 育て玉ひし親ぞ恋しき』 松彦『さもあらむ、藁の上から育てられ 慈悲の温みに生ひ立ちし身は。 われよりも育ての親を尊みて とひ弔ひを忘れざらまし』 松姫『恋したふ、あが脊の君に巡り会ひ 嬉し涙のとめどなき哉』 かく親子は歌を以て心の丈を述べてゐる。館の外面より俄に聞ゆる瓦をぶちやけた様な声、 (魔我彦)『グワハツヽヽヽ、イツヒヽヽヽ』 親子三人は此声に驚き、あたりをキヨロキヨロと見廻した。怪しき笑ひ声はそれつきりにて屋上を吹き亘る凩の音ゾウゾウと聞えてゐる。此声の主は魔我彦であつた事は前後の事情より伺ふ事が出来る。 (大正一一・一二・一二旧一〇・二四松村真澄録) |
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霊界物語 | 45_申_小北山の宗教改革1 | 10 棚卸志 | 第一〇章棚卸志〔一二〇〇〕 恋に破れし魔我彦は曲つた腰をピヨコピヨコと 前後左右に振り乍ら右手にて額を打叩き 左手の手のひら上に向け乞食が物を貰うよな 其腰付も面白く腹立たしさと阿呆らしさ お千代の小女郎に笑はれて己クソとは思へ共 子供上りの女をば相手にするのも気が利かぬ 大人気ないと笑はれちや魔我彦司の男ぶり 箔がサツパリ剥るだろ勘忍するのは無事長久 怒るは自滅を招くぞと蠑螈別さまが仰有つた 俺も男ぢや腹帯を確り締めてきばらうか イヤ待て暫しまて暫し善と悪との境目だ 腹の虫奴がムクムクとおこれおこれと教唆する 此仲裁は中々にお寅婆アさまの侠客も 一寸容易に治まらぬあゝ是非もない是非もない 善と悪とのまん中を進んで行かうかオヽさうぢや それなら虫がチと計り得心致すに違ない なぞと小声に囁きつ畳けちらし棕櫚箒 足に引かけエヽ邪魔な俺の進路を妨げる 恋ふき払ふ此箒頼みもせぬに横たはり 箒に箒に憚りさま俺には俺の覚悟ある 松姫計りが世の中に決して女ぢやあらうまい 此神殿に集まつた老若男女の其中に 俺の眼に叶ひたるナイスが居るかも分らない 首実検と囁きつ演壇めがけてスタスタと 息をはづませ駆上りエヘンとすました咳払ひ コツプの湯をばグツと呑み片手に白扇ひン握り 卓を二三度叩きつつ一統の信者を打ながめ 眼を光らす折もあれ後の方に扣えたる 二八余りの優姿一寸美はしう見えてゐる 女に視線を集注し首をかたげて打まもる 其スタイルは夏の蛇蛙を狙ふ如くなり 異様の姿に一同は合点行かずと打仰ぎ 思はず視線は魔我彦に一度にドツと集注し 面をてらし迫れ共以前のナイスは何故か 顔をかくしてうづくまり根つから視線を魔我彦に 向けよとせないもどかしさ又もやエヘンと咳払 コツプの湯をばグツと呑み講談師気取で扇にて パチパチ卓を打ち乍ら皆さま能うこそ御参詣 ウラナイ教の神様の血縁深き方々よ 此魔我彦が説教を謹みお聞き遊ばせよ 同じ一堂に集まつて尊き神の御教を 説かして頂く魔我彦も又聞きなさる皆さまも 仁慈の神の引合せ深い御縁があらばこそ 同じ時代に生れ来て同じ地上に住み乍ら 血縁なくば一言も尊き神の御教が 聞かれず一生送るもの何程あるか知れませぬ 之を思へば皆さまは私と共に神様の 御霊の因縁性来で集まり来たのに違ない 一樹の蔭の雨やどり一河の流れを汲むさへも 深いえにしと聞きまする大慈大悲の神様の 集まり玉ふ聖場でげに暖き御恵み ピヨピヨピヨと雛鳥が親の羽がひにつつまれて 一蓮托生勇み立ち生育するよな有難き 皆さま御恩を忘れずに信と愛との正道を お尽しなされ神様は必ず吾等の霊をば 愛して救ひ玉ふべし夫婦の道も其通り 因縁なくては何うしても神の生宮造り出す 尊き神業出来ませぬ此魔我彦も独身者 未だ女房はなけれ共いよいよ時節が到来し 妹となるべき御信者がここにも一人現はれた 好きでも厭でも神様がお定めなさつた縁ならば 決して反きは出来ませぬ皆さまそこを合点して 今魔我彦が引はなす白羽の征矢が立つた人 否応なしに神様の其御心に服従し 信と愛とを完全にお守りなされ惟神 神の命令を畏みて一同の方に気を付ける 私の妻となる人はどうやら此場に現はれて 恥かし相に顔そむけ思案にくれて居られます これこれモウシそこの人神の道をば守るなら 何の遠慮がいるものか決して恥しことはない ウラナイ教の副教主魔我彦司の奥さまと なつて数多の信者をば天国浄土に誘ひ上げ 救ひ助くる正業に夫婦並びて仕ふるは 天下に此上なき光栄ぞ人は決心が第一だ 世間の人に胡魔かされ神の結んだ縁をば むげにするよな事あらば其御方は一生の間 鰥寡孤独の境遇に泣かねばならぬ神の罰 ここの道理を汲み分けて魔我彦司の云ふ事を どなたに限らず喜んでお受けなさるが神様に 対して孝行といふものだあゝ惟神々々 神に誓ひて魔我彦が誠の道を伝へおく 私は之から降壇し次のお先生はお寅さま 尊き話をトツクリと聞いてドツサリ神徳を 頂きなされや皆の人なぞと口から出放題 恋の野望を達せむと神を松魚節に引出して 説きまくるこそづうづうしけれ。 ○ 蠑螈別と奥の間で犬さへ喰はぬ痴話喧嘩 心ゆくまで意茶ついて腕を抓る鼻ねぢる ドスンと倒れて目をまはす前代未聞の大珍事 乱痴気騒ぎをやり乍らそ知らぬ顔をよそほひつ 衣服を着飾り襟正し神官扇を右手に持ち 紫袴をバサバサと音させ乍ら広前を 臭い顔して悠々と進み来るのはウラナイの 第一番の熱心者内事の司と選まれし 艮婆サンの御登壇お寅は悠々壇上に つつ立ち眼下の群集を隅から隅迄見まはして オホンと一声咳払錫の瓶から水をつぎ 左手にコツプをひつつかみグツと一口呑みほして 今度はエヘンと咳払お寅は口をあけて云ふ 皆さま能うこそ御参詣さぞ神様もお喜び 遊ばしまして御神徳ドツサリ渡してくれませう 蠑螈別の教祖さま登壇遊ばすとこなれど 神界御用が御多忙で数多の神の御入来 お酒の接待忙しくあつちや向いてこつちや向くひまもない さうだと申して神様の定めおかれた説教日 欠席するのも如何なりお寅よお前は御苦労だが 私に代つて一席の尊き神のお話を 一同様にねもごろに聞かしてくれよと御託宣 否むに由なく此婆も無調法者とは知り乍ら 何を言うても神柱蠑螈別の御命令 お受け申して今ここに登壇したよな次第です 抑も神の御道を信仰するのは人間の 僅百年二百年三百年の生命を 安全無事に暮さうとするよな小さいことでない 万劫末代生き通し夜なく冬なき天界の 神のまします霊の国天人共が永久に 不老と不死を楽しんで栄えて暮す天国へ 此世を去つた其後は直に救はれ導かれ 五風十雨の序よく風は自然の音楽を 無限に奏で山や野の草木は自然の舞踏をば 楽しみくらすパラダイス其天国に救はれて 千代に八千代に永久に時間空間超越し 限りも知らぬ楽みを受くるが為の信仰ぞや 蠑螈別の教祖は高天原の霊国の 神の遣はせしエンゼルよ此エンゼルの言の葉は 此世を造り玉ひたる誠の神のぢきぢきの 其お言葉も同じこと必ず疑ひ遊ばすな 智慧なき人の身を以て尊き神の言の葉を 審判するこた出来ませぬ仮令蠑螈別さまが 山逆さまに登れよと無理なことをば云はれても 決して反いちやなりませぬ只何事も信仰が 最第一の助け船此世の泥に漂へる 賤しき吾々人間は何と云つても神様の 救ひの御手に助けられ一寸先の見えわかぬ 夢のうき世を安々と渡り行くのがウラナイの 神の信徒の務めですどうぞ皆さま此婆の 今云ふことを疑はず神の教を喜んで 此世に生きて御子を生み又天国に昇りては 常世の春の栄えをば楽しむやうに信仰を 強くお励みなされませ不束者が現はれて 訳の分つた皆さまに脱線だらけの説教を 申上げたはすまないが心をひそめ胸に手を あてて考へなさるならどこか取るべき所がある 老婆の話と卻けず直日に見直し聞直し 大神徳を身と魂に十分お受けなされませ 国治立の大御神五六七成就の大御神 旭の豊栄昇姫左の脇立ユラリ彦 其妻神の上義姫それに続いて義理天上 日出神は云ふも更リントウビテン大御神 木曽義姫の大御神生羽神社の大御神 岩照姫の大御神日の丸姫の大御神 大将軍や常世姫ヘグレ神社の大御神 種物神社御夫婦の御前に謹み艮が 尊き教を皆さまに無事に伝へた御礼を 畏み畏み申します御一同様左様ならと 一寸会釈を施して神官扇を斜にかまへ 口をへの字に結びつつツンとすまして衣摺の 音サワサワと帰りゆく。斯かる所へスタスタと やつて来たのはお千代さま蕾の花の優姿 白装束に緋の袴ふり分け髪を背にたらし 小さき扇を右手に持ちおめずおくせず演壇に 悠々登りテーブルの下から顔を突出して 紅葉のやうな手を合せ神に祈願をこめ終り 一同の信者に打向ひコマしやくれたる口元で 神の教を説き始む其有様の愛らしさ 老若男女は肝つぶし目を見はりつつ乙女子の 口の開くを待ちゐたり満座の信者一同様 私は神の神徳を力に一口お話を 覚束乍ら皆様に言ときさして貰ひます 此世の中で一番に尊い者は神の愛 それに続いて親の愛愛がなければ世の中は 殺風景の修羅場裡地獄畜生餓鬼道が 忽ち出現致します私は不運な生れつき 父と母との行方をも知らずに十二の今日迄も 人の情に助けられ此世を送つて参りました 山より高き父の恩海より深き母の恩 育ての親の高恩はこれにもましていや高く ますます深きものですよウラナイ教の神様に お参りなさるお寅さまいと親切に私を これの聖場に導いて尊き神の御教を 心に刻んで下さつた其お恵みは吾身をば 生み玉ひたる父母に百倍まして有難い 御恩と仰いで居りまする茲に並んだ皆様も 父と母との御恩をばいと有難く思ふなら それにもましていや高くますます深き神の恩 お悟りなさるに違ないさは去り乍ら神様に 如何なる愛がゐます共如何なる力がおはす共 其神徳を吾々に取次ぎ遊ばす神司 なけねば縁は結ばれぬ之を思へばウラナイの 蠑螈別の教祖さまは吾等を神に導いた 御恩の深き神柱如何なることをなさつても 親と主人は無理をいふものだと諦めをればよい とは云ふものの教祖様を大事と思ふ人あらば 面を冒して教祖さまを一つ改心なさるよに にがい言霊打出し御恩を返して下さんせ それが誠の信者さまの神にささぐる務めぞや 私がこんなこといへば至仁至愛の教祖さまを 悪口申すと思召せど決してさうではありませぬ 天地の神が沢山に肉のお宮に出入りを なさると甘い理屈つけ朝から晩までドブ酒を 呑んで胃腸を損害し顔の色まであせはてて 青白うなつて居りまするお酒を呑めば顔色が 赤くなるのが当前蠑螈別の神さまは 呑めば呑む程青くなるこれは全くアル中の 証兆なりと見なすより外に判断つきませぬ 酒ほど悪いものはない徳利は踊る膳はとぶ ふすまはこける盃は木端みぢんにふみ砕く らんちき騒ぎが起るのも酒と悋気のいたづらだ 蠑螈別は云ふも更魔我彦さまやお寅さま 口の先ではエラ相に立派なことを云うたとて 言行一致でない上はどうして権威がありませう 知らぬお方のお耳には殊勝らしくも聞えませうが 其内幕を知悉した私の耳に層一層 滑稽至極に聞えますあゝ惟神々々 神が表に現はれて善を表に標榜し ひそかに悪を敢行し此世を欺く曲人を 大鉄槌を下されていましめ玉へ天地の 恵の神の御前に謹み敬ひねぎまつる 朝日は照る共曇る共月は盈つ共虧くる共 星は天より墜つる共神の教は皆さまよ 決して捨てちやなりませぬ仮令教祖の行ひが 神の心に反く共曲津の器であらう共 此世の元の神様に決して変りはありませぬ 此世に形を現はした人をたよりになさらずに 肉眼にては見えざれど確にゐます主の神を 敬ひ愛し且つ信じたゆまず屈せず信仰を 励ませ玉へと乙女子のをさなき身をも省みず 一同に伝へまゐらせるあゝ惟神々々 御霊幸倍ましませよ。 とお千代は両親に会つた嬉しさに勇気百倍し、小ざかしくも思ひ切つて、大胆に無遠慮に日頃の所感を残らずさらけ出して了ひ、悠々として壇を降り、一同に軽き目礼を施し乍ら、松姫の館を指して徐々帰り行く。 お千代の乙女の口から遺憾なく曝露された蠑螈別教祖の醜体を始めて耳にした信者も少くなかつた。何れも案に相違な面持で、ガヤガヤとぞよめき渡り、蠑螈別、お寅婆アさま、魔我彦、お千代などの人物比較論に花を咲かした。群集の中より赤ら顔の四十男ムツクと立上り、 (熊公)『皆さま、私は酔どれの熊公といはれ、ウラル教の信者で厶いました。そした所、ウラル教は御存じか知りませぬが、呑めや騒げよ一寸先や暗よ……といふおつな教でげす。随分朝から晩までデツカンシヨデツカンシヨで山を呑み、先祖ゆづりの田畑を呑み、家を呑み、倉を呑み、何もかもスツカリコンと未練の残らぬ様に、胃の腑のタンクに格納して了つたのです。余り酒を呑むので、女房は子供をつれて、親の里へ帰り、酔どれの熊公も独身の淋しさ、フトしたことから、人に誘はれてウラナイ教に入信致しました。ウラナイ教は誠に行ひのよい教で、天下太平上下一致、争ひもなく恨もなく、又教祖様はお酒が好きださうだが、少しも辛抱しておあがり遊ばさず、自分の口へ入れても皆神様がおあがりになり、自分は一滴もおあがりにならぬものと聞いてゐました。そした所が豈図らむや、今のお千代さまのお話に承はれば、朝から晩迄神様を出汁にズブ六に酔うて厶るといふ事です。子供は正直だから、滅多に間違はありますまい、エヽ馬鹿らしい今までだまされて居つたと思へば腹が立ちますわ、私は別に人間を信仰してるのでないから、神様を信じて居れば能いといふ様なものの、神の御取次たる教祖其他の幹部の役員が、朝から晩迄、人の膏血を絞つて、酒にくらひ酔つてゐるとは誠に怪しからぬでは厶らぬか、これでもあなた方は此教を信仰致しますか。口で何程立派なことを云つても、行ひの出来ぬ先生を手本とすれば、ヤツパリ品行が悪うなります。お前さま達も大切な息子や娘をお持ちでせうが、こんなこと教へられうものなら、其害の及ぶ所、一家は申すに及ばず、天下の害毒になりますよ』 と奥の間に聞えよがしに大声に呶鳴り立ててゐる。お寅は此声を聞つけ慌ただしく走り来り、 お寅『モシモシ熊さま、お腹立は御尤もだが、何を云つても子供の申したこと、取上げるといふことがありますかいな。あんたハンも立派な男でゐ乍ら、あんな小娘の云ふことを真に受けて怒るなんて、ヘヽヽヽヽ、本当にやさしい方だなア、こんな優しい男だつたら、私もチと若ければ一苦労するのだけれどなア、本当に憎らしい程可愛いワ』 と平手でピシヤピシヤと頬辺をなぐりつける。 熊公『コリヤ、ナヽ何をさらす、失礼だないか、俺の頬辺を叩きやがつたな』 お寅『ホヽヽヽヽ、余り意気な男だから、可愛さ余つて憎さが百倍、知らぬ間に手が出たのよ、サアそんなことを言はずに、蠑螈別様の所へ来て下さい。そすりや神様がお上り遊ばすのか、教祖がおあがり遊ばすか、分りませう。其上で皆様に証明して上げて下さい。お前さまも酒に苦労したお方だから、一寸御覧になつたら、忽ち真偽がお分りでせう』 熊公『ウン、さう言へば分つてる、よし、そンなら調べて来う。ヤア皆の信者さま、どうぞゆつくりとおかげを頂きなさいませ。今熊公が申上げたこと、間違つてゐるかゐないかといふことを、今お寅さまに従いて教祖の居間へ進み、検査をした其上で、もしも私の云つたことが間違つてゐたら取消しますし、間違つて居らなかつたら、信仰をおやめなさつたが宜しからう、併し乍ら信仰は、貴方方の自由だから、強要は致しませぬ』 お寅『コレ熊さま、野暮なことをいふものだない。サアゆきませう』 と怪しき視線を熊公に注ぎ、手首を一そ力入れてきつと握り、引たくるよにして、サツサと此場を立つて行く。あとには数多の老若男女、口々にザワザワとぞよめきつてゐる。 (大正一一・一二・一二旧一〇・二四松村真澄録) (昭和一〇・六・一一王仁校正) |
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霊界物語 | 46_酉_小北山の宗教改革2 | 04 沸騰 | 第四章沸騰〔一二一四〕 リントウビテン大神の肉の宮と自称する、細作りのオホン徳利の様な顔した男、糊付物の様に固くなり、タクの首筋をグツと握りて強力に押へ付けながら、 喜久(喜久公)『コヽヽコラ、キヽ貴様は何処の奴だい。この結構な地の高天原を何と心得て居るか。此処は人民の肉体の初まつた元だぞ、エーン。もつたいなくも大将軍様が、常世姫の命と共に、人間の種は申すに及ばず、五穀、わさ物、すゑ物、鳥獣、虫族に至るまでお生み遊ばした、根本の根本の神聖な、結構な結構な御地場だ、エーン。貴様等のやうなフワフワの風来者に、昔の神様の因縁が分つて耐らうかい。サア、リントウビテン大神の肉の生宮が、見せしめのために、其方をふん縛り、あの首懸け松に引つかけてやらう。オイ木曽義姫の生宮、早く綱をもつて来い』 木曽義姫の生宮と云はれた女は、喜久公の女房お覚であつた。お覚はおろおろ声を出して、悲しさと腹立たしさにびりびり慄へて居る。又一方から、一人の男が立ち現はれ、 男(竹公)『コリヤ、貴様はバラモン教から三五教へ鞍替へ致した不信仰者の癖に、何を偉さうにぬかすのだ、エーン。俺を誰だと心得て居る、勿体なくも五六七成就の大神様の生宮だぞ。貴様のやうな悪魔が天下を横行するよつて、この世の中が日に増し乱れて来るのだ。さうだから、天の五六七の大神様が小北山の聖場に現はれて、神政成就のお仕組をして厶るのだ。サア速に大神様にお詫を致すか、どうだ、エーン。この竹さまを何と心得て居る。聞くに耐へざる雑言無礼の言葉を並べ、この聖場を汚さむとする。返答次第で容赦はならぬ』 と喚き立てる。 タク『リントウビテンか五六七成就か知らぬが、俺はタクと云ふものだ。やかましく云つたのはアクが云つたのだ。なぜアクをつかまへて詮議をせぬのか、俺の迷惑ぢやないか。勿体なくも神の宿りたまふお頭を打擲きやがつて、エーン、それでも神の信仰と云へるか。耄碌不成就の神の生宮め』 竹(竹公)『耄碌不成就の神とは何だ、狸野郎め、もう了簡はならぬぞ』 竹公の女房お福は目を釣り上げ、口をもがもがさせながら首を頻りに振り、 お福『旭の豊栄昇り姫の大神が気をつけるぞや。五六七成就の大神の生宮殿、リントウビテン大神の生宮殿、木曽義姫の肉の宮殿、暫らく待つて下されよ。今に豊栄昇り姫の生宮が善と悪とを立別けて御目にかけるぞや。アク、タク、テクの如き人間を相手に致すぢやないぞ。今の人間は神でも叶はぬやうな理屈を囀るによつて神でも口には叶はぬぞよ。今に実地を見せて改心を致させてやるから、お控へなされよ。旭の豊栄昇り姫が気をつけるぞよ。この男はアクを働いて行き詰り、此小北山の神殿へ強請に来よつた、アク公であるぞよ。こんな四つ足人間に相手になりて居りたら、又熊公のやうに駄々をこねられて、一万両呉れと申すぞよ。ぢやと申して一万両は愚か、一銭たりともやることはならぬぞよ。又此のタクは、アクの委託を受けて来て居るのだから、沢山のお金を絞るつもりで居るなれど金神が許さぬぞや。そこに慄うて居る男は手癖が悪いからテクと名がついたのであるぞよ。早く改心致さぬと眩暈が来るぞよ。神政成就の御時節が来て居るのに、何をグヅグヅして居るのだ。人間で神の事は分らぬぞや。ウンウンウン』 テク『アハヽヽヽ、何を吐しやがるのだい。アタ阿呆らしい。欠伸の友呼び、猿の木登り姫の生宮奴、能くもそんな馬鹿な事が云へたものだ。サアこれから俺が審神をしてやらう、こりや耄碌不成就の神の生宮、早くタクの体を離しよらぬか、今にグヅグヅ致して居ると、上義姫の肉の宮がお出で遊ばしたら、貴様は忽ち免職だぞ。こりやカリン糖、鼬貂の大神奴が、鼬貂の肉宮、貴様も同類だ。今に末代日の王天の大神の生宮に告発するからさう思へ』 竹(竹公)『何と言つても貴様が道場破りに来たのだから、上義姫さまだつて末代さまだつて、お叱り遊ばす道理があらうか、サア首懸け松へ引つかけてやらう』 後の方から又一人の女が首をふり囀り出した。 女『此方は岩照姫の神の生宮だ。此場の争ひは神が預かるぞや、お鎮まりなさい』 喜久(喜久公)『ヤア、これはこれは岩照姫の生宮様、貴女は生羽神社大神様の奥様、御仲裁とは恐れ入ります。然らば貴女のお脇立たるリントウビテンの大神、オイ五六七成就の大神の生宮、お前も鎮まつたらどうだ。岩照姫の肉の生宮様のお言葉には背かれまいぞ』 竹(竹公)『五六七成就の大神も、それなら、これで鎮まらう』 テク『アハヽヽヽ、いや有難う。岩挺姫様、やつぱり貴女は神力がありますなア。なるほど岩挺姫様ほどあつて、岩でも挺でも動かぬ御神力だ。南無岩挺大明神さま、叶はぬから霊幸倍坐世』 かくガヤガヤと乱痴気騒ぎの最中に慌しくやつて来たのは、お寅にお菊、お千代の三人であつた。 お寅はこの有様を見て、一寸ばかり吃驚したが遉の強者、ジツクリと様子を考へ、仲裁の労を取らむと言霊を打ち出した。 お寅『これこれ竹さま喜久さまえ旭の豊栄昇りさま 木曽義姫の肉の宮大事のお客をつかまへて 何を愚図々々言ひなさる五六七成就の大神も リントウビテンの大神もお前さまの行ひ悪ければ 忽ち帰つて仕舞ひますぞ一を聞いたら十を知る 気の利いた身魂でない事にやどうしても神業はつとまらぬ 仮令アクさまがどう云はうとタク、テクさまが笑ふとも そんな枝葉の問題を捉へてゴテゴテやかましう 目に角立てて泡を吹き怒り散らせる時ぢやない 皆さま考へなさいませこれのお山に祀つたる 二十三柱の神さまは高姫さまが言ひ出した 素性の分らぬものばかりそれに勿体をつけなされ へぐれのへぐれのへぐれ武者身魂の変化れたへぐれ神社 何ぢや彼んぢやと旨い事構へて神名をつけて置き 朝な夕なに一心に祀つて居たが何一つ 神徳現はれない故に肝腎要の教祖さまが 眼をさまして三五の道にお入りなさつたは 皆さま知つて居る通り蠑螈別の教祖さまが 糟を拾うて小北山開いて祀つた神様ぢや それ故曲津が憑依して玉則姫と云うて居た お民と昨夕手を引いて私の頭を打ち叩き お金を取り出し懐に入れてサツサと逃げ出し お民の奴の手を引いてスタスタ逃げて往きよつた それでも蠑螈別さまは正直一途の人だから お寅は決して厭やせぬ神さまだとて其通り お憎みなさらう筈がないそんなくだらぬ喧嘩をば ゴテゴテして居る間があればお前等の教の親とます 正宗さまが一時も早く帰つて来るよに 御祈願なさるがよからうよグヅグヅして居る時ぢやない 魔我彦だとて其通り玉則姫のお民をば 正宗さまにさらはれてどうして男が立ちますか 私も聊か気が揉める皆さま早う神様に お祈りなさるがよからうぞとは云ふものの小北山 神に祈ろと思へども何とはなしに信用が 一寸置けなくなつて来たならう事なら皆さまよ 三五教の神様を祈つて下さる気はないか 叶はぬ時の神頼み正宗さまが帰つたら 又其後で更めてこれのお山に祀つたる 二十三柱の神様を拝めばそれでよいぢやないか 今の間は三五の神をたらして手を合せ 拝み倒して正宗の肉のお宮を逸早く ここへ帰して貰はねばお寅の胸がをさまらぬ これこれ魔我彦、義理天上何をグヅグヅして居るか 一つ鉢巻締め直し一生懸命三五の 神を祈つてお民奴と目ひき手を引き袖を引き 一旦この場を逐電しお民の奴を手の中に 丸めて私の禍を早く除いて呉れるよに 何故拝まぬか焦つたいこれこれ皆の信者さま 何をクツクツ笑ふのだ神に対して済みませぬ 早くお詫をした上で神の御為め人の為め 殊更お寅の身のために一心不乱に祈つとくれ 義理天上の御教を朝な夕なに聞いた人 ちつとは義理も分るだらう早く拝んで下されよ これこれタクさま、テクさまも一緒に拝んで下しやんせ 私は腹が立つわいな腹立つばかりか気が揉める あゝ惟神々々お寅が神の御前に 赤心こめて頼みます』 と一生懸命に、恥も外聞も忘れて、仲裁どころか、信者に向ひ、自分の恋男の引き戻しを早く祈つて呉れなくては、信者としての義理が済むまいと、妙な所へ理屈をつけて、嫉妬の余炎をもらして居る。 タク『アハヽヽヽ、ここへ来てから痛い目や、苦しい目や、をかしい目や、面白い目に遇はされ、今又お寅さまの婆勇を拝見して、実に爽快の念に打たれました。年はとつても矢張り若い男を亭主に持つだけあつて元気旺盛なものぢやな、いやもうお寅さまの精力家には舌を巻きましたよ。唖然が中有に迷ひましたよ。実に小北山と言ふ処は、種物神社が祀つてあるだけあつて、沢山の話の種を頂戴致しました。これが小北山へ吾々の参拝した余徳と云ふものだ。南無種物神社大神殿、守りたまへ幸へたまへ』 テク『お寅さま、随分ウラナイ教には英傑が沢山に居りますね。第一五六七成就の大神の生宮、リントウビテン大神の生宮、旭の豊栄昇り姫、木曽義姫なんかの活動振りと云つたら、随分見物でしたよ。それに、も一つ感心なのは岩照姫さまの生宮だつた。いやあまりの御神徳の絶無なのに感心致しました。オツホヽヽヽ』 竹(竹公)『おい、テク、テクの棒、お前はここへ嬲りに来たのか、冷かしに来たのか、エーン、怪しからぬ事を云ふぢやないか。五六七成就の生宮を耄碌不成就の生宮だなんて言つたぢやないか。どこが耄碌だい』 テク『今は世が逆様になつて居るから、逆様を云つたのだよ。五六七の世が成就致したならば、万歳を祝するために緑毛の亀がお祝に出て来て踊るだらうと思つたから、緑毛を逆様に読んで毛緑と云つたのだよ。何事も見直し聞き直すのだよ。それが神ながらの道だ。あゝ皆にカチこまれて、叶はぬからたまちはへませ、叶はぬからたまちはへませ』 一同『アハヽヽヽ、ウフヽヽヽ、オホヽヽヽ』 (大正一一・一二・一五旧一〇・二七加藤明子録) |
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霊界物語 | 47_戌_治国別の天国巡覧1 | 06 美人草 | 第六章美人草〔一二三九〕 翩翻として降り頻る柔かき雪を被つてコー、ワク、エムの三人は怪しの森影にチヨロチヨロと火を焚き、車座になつて無聊を慰むべく雑談に耽つて居る。 コー『浮木の森で将軍が半永久的の陣営を立てて居る以上は、茲一年やそこらは、どうせイソ館に向つて進軍する気遣ひもあるまい。陣中に女がなくちや淋しくて仕方がないと云つて、浮木の里の女狩りを将軍の命令でやつて見たところ、何奴も此奴もお化けのやうな代物ばかりで、二目と見られぬドテカボチヤばかりだ。そこで将軍様がエキスの大目付に内命を下し、立派な女が見つかつたら、献上せい。さうしたら重要の地位に使つてやらうと、仰有つたさうぢやが、何とかして一つ美人をとつ捕へたいものだなア』 ワク『だつてかう物騒な世の中、女なんかは土竜のやうに皆深山の土窟に隠れて仕舞ひ、容易に出て来る気遣ひはないわ。それでも此処にかうして待つて居れば、やつて来ないものでもないなア』 コー『蠑螈別の追つかけて来たお民とかいふ女は中々のナイスだつたネー。俺も男と生れた甲斐には是非一度はアンナ女と添うて見たいものだ。女の癖に力もあり胆力も据わつてゐるなり、丸きり天女の降臨のやうだつたネー。俺はアノお民の態度には全然参つて了つた。ハヽヽヽヽ』 ワク『昔から男として女の心と身体の美しさを賞め称へるに就ては、どんな偉大な美術家だつて詩人だつて未だ十分に成功したものは無い。粘土を捻つて人間を拵へたといふ神様や猿や犬などには夫れ程に感じないだらうが、少くも吾々の目に映る女の魅力は大したものだ。しなやかに長い髪の毛、それを色々の形に整理して面白く美しく飾り立てた頭、皮下の脂肪分のために骨ばらず筋張らない肉体、トルソだけでもいやモツト小部分だけでも、吾々の礼拝すべき価値が充分にあるやうだ。アノ髯の生えぬ滑々した頬だけでも結構だ。むつちりと張つた乳房だけでもよい。握れば銀杏になり開けば梅干になる指のつけ根の関節に、可愛らしい靨のやうなクボミの這入る手頸だけでも結構だ。足だつて柔かくて気持がよい。そこへ持つて来て、女は身を粧ふことに時間と精魂とを尽して省みない美しい優しい本能をもつてゐるから、玉は益々その光を増すばかりだ。声帯が高調に張られてゐることも男の耳には嬉しい清い響きを伝達する。一体に受動的な性情から挙措物静かに、しとやかに、言葉にも稜が無く控へ目なのも女の美点だ。女といふものは何処に一つ点の打ち処がないやうだ。天地開闢以来、如何なる天才が現はれても、遂に賞め切れず称へ尽されなかつた女の心と身体との優美を、何程俺たちが躍起となつて述べた所で詮なき次第だ。只々謹み敬ひ、永遠無窮の平和の守神と崇め奉るより外はない。アヽ惟神霊幸倍坐世だ。アハヽヽヽ』 エム『おいワク、お前は女権拡張会の顧問にでも選まれて居るのか。大変に女権擁護の弁論をまくし立てやがるぢやないか。俺の見る所では女といふ奴は不思議な程見掛け倒しで不器用な始末の悪いものはないやうだ。一寸賞めりや、のし上る、叱れば泣きよる、殺せば化けて出るといふ厄介至極な代物ぢやないか。何をさせても到底男には叶はない。チツト男子の擁護をしても余り罰は当るまいぞ』 ワク『ヘン、男に昔から碌な奴があるかい。松竹梅の三人姉妹だつて出雲姫だつて祝姫だつて、天教山の木花姫だつて偉大な仕事を為し遂げた女は沢山にあるぢやないか。寡聞ながらも俺はまだまだ沢山に女丈夫の出現した事を聞き及んで居るのだ。常世姫だつてウラナイ教の今通つたお寅婆アさまだつて、俺達より見れば偉いものぢやないか、エーン。俺よりも俺の嬶の方が遥に器用に針を運ぶことを承認して居るのだ。児だつて男では産むことは出来ないからな。何うしても女は社交界の花だよ。それどころか男の為すべきことの様に思はれて来た仕事にかけても、どしどしと行つて退けるのだ。例へば議会に代議士を訪問して何事かベラベラと仰有ると、大抵の事件は無事通過する様になる事を思へば、俺なんかよりも女房の方が遥に政治的の頭脳が発達して居るものだと真に敬服して居るのだ。そんな次第だから女は一口に不器用だと言つて葬つて了ふ訳には行かないよ』 エム『実際何でも一寸器用にやつてのける点は女の方が偉いかも知れぬ。併し不思議なことには開闢以来未だ一人として男が逆鉾立をしても叶はぬやうな図抜けた女は出たことはないぢやないか。音楽などでは随分一流までは行くものもある、然しながら一流の一流といふ点までは決して頭が届いた例がない。ジヤンダークだつて大黒主の傍へ持つて云つたら二流か三流だ。紫式部やサラベルナアルが偉いと言つたつて、一流の一流といふ程のものではない。方面を変へて女の為すべき事のやうに思はれて来た仕事でも一流の一流といふべき位置は残らず男子に占められて居るのだ。料理や針仕事でも一流の職人は矢張り男子だ。少し考へて見たら女は不器用なものだと言はれても仕方が無からうよ。又恋愛なんぞは女が先に立つて、頭からのめり込むやうに深く這入つて行つたらと思ふのだが、俺に言はしたら是とて一流の一流たる恋愛になると、女は何時でも男子に手を引かれて一足づつ跡からついて行く。恋の炎さへプロミセウスに取つて来て貰ふとは、女は実にエタアナルのアイドルだと云はなければならぬぢやないか』 ワク『サウ女を軽蔑するものでないよ。女房に死なれた男子が一流の母たることは出来やうが、決して一流の一流といはるべき母たることは出来ない。ここが如何に男子が逆鉾立になつて気張つて見ても叶はない点だ。このことのみは争ふべくもない事実だよ』 エム『元始女性が太陽だらうと雌猿だらうと構はないが、人間が胎生動物であつて女が子宮といふ立派な製人器を持つて居ることは間違ひない。いやなら児は産まないでも夫れは御勝手だが、する仕事は不器用だし、恋をしても浅薄だとなると、女の生きてゐる甲斐は何処にも無いぢやないか。所詮女は男に隷属すべきものだからなア』 ワク『俺は、女は男に隷属したものだとは考へられないと同時に、独立したものだとも思はない。それは丁度男が女に隷属したものでも独立したものでもないのと同じことだ。然し俺は決して女の自由を男の手の内に握らうとは言はない。モツト女が自由であることを祈るものだ』 エム『女の自由――ヘン猪口才な、女の癖に自由を叫ぶのは怪しからぬぢやないか。思想、感情、習俗、生活などを自分のものにしようとする謀叛だ、男のおせつかいから引き離さうとするのだ。一切の権利を女の方へ引つたくらうとする野望なのだ。女らしくなるのを嫌つてゐるのだ』 ワク『女自身の思想、感情、習俗、生活、さう言ふものを確立しようとする現代婦人の気持は、女が時代に醒めたことを現はして居るのだから、現代の婦人は甚だ頼もしいぢやないか』 エム『けれども、それを男子から取戻さうとして、女のチヤンピオンが男子の中に荒れ込んで来て益々男子の中にズルズルと没入して行く様は見るも痛ましい。男子が女から取り上げたものを議場や慈善愛国の念や飛行機の上や大学や家長の名や乗合自動車の中に隠匿して、私して居る様に思つてるのは、少々見当違ひの詮索だと云はなければならない。そんな所から、本当の女の自由が取戻されるか何うか、マアマア女権拡張会のために充分活動して見るがよからうよ。若しも男子が女から何物かを取つて来てゐたとすれば、それは女が何をしても不器用で、とても見て居られないから男子が代つてやつて居る迄の事だ。併し俺は職業の話をして居るのぢやない。思想でも感情でも習俗でも生活でも……さう云ふものを立派に女自身の手で処理して呉れたならば、男子はそれだけ助かるのだ。それだけの手間や労力をモツト男向きの方面へ有利に使ふことが出来るのだ。決して男子は女に対して返し惜みはせないよ。この頃の新しい女だとか目醒めたとか云ふ女のして居ることには矛盾ばかりだ。自分の家には勝手の知れない手間の雇に働かせて置いて、義理もヘチマも無い隣の家の大掃除に、役にも立たぬ痩腕で手伝に行つて居るやうな形がある。家内は手廻らず隣家は邪魔になるばかりの有難迷惑と気が付かない所が実にお気の毒だ。人の悪い連中に少しばかり煽動られると、何の不自由もない貴婦人の身を以て四辻に立ち、造花の押売までやるのだ。斯うなると馬鹿を通り越していつそ洒落たものだ。女が女であることに飽き足らなかつたり、恥しがつたりしても、それは焼直さない限り、神様だつて人間だつて誰だつて、何うしてやる訳には行かないわ』 ワク『おい、エム、さう言つたものぢやないよ。女だつて出来ないものはない。総理大臣ぐらゐは勤まるよ』 エム『女が総理大臣ぐらゐに成れない事は無いのは当然だ。現に高はないが加藤明子だつて成つて居るぢやないか[※大正13年(1924年)6月から15年1月まで総理大臣を務めた加藤高明と、筆録者の加藤明子の名を引っかけている。ただし本章を口述したのは12年1月で、初版が発行されたのは13年10月なので、口述時にはなかったこの一文を発行時に追加した可能性がある。]。此頃の総理大臣ならデクの坊でも立派に勤まるからなア。併し同じデクの坊でも男子の方が少しばかりは良くやる。だからさう云ふことは歯痒からうが暫く男子に任しておいて、男子には逆鉾立ちをしても、女の真似の出来ない方面のことに身を入れた方が良いわ。それは外でもない女は母たることだ。それだけでは生甲斐が無いやうに感ずる程、精力の過剰があつたら、一流の母たることに務めるべきだ。それでも未だ飽き足りなかつたら一流中の一流、理想の母たることに努めたら良いだらう。たつた一人の子供でも退屈するほど暇な、そして骨の折れない仕事ではなく、またそれほど働き甲斐のない仕事でもない天人の養育機関だからなア。大道で往来の人々に対してビラを撒くほど易い仕事ではないのだから』 ワク『オイ間違つちや可けない、俺の謂つた一流の一流たる母親と云ふのは、世間の所謂良妻賢母といふたぐひでは無い。そんなことなら男子でも相応にやれるわ』 エム『では何うすると云ふのだ』 ワク『サアそこが男子には逆鉾立になつても追付かないところだ。宜しく御婦人にお任せするのだなア』 エム『俺の言ひ方に大分に毒があつたから、俺が女嫌ひだと思つちや困るよ。俺の嫌ひなのは、女だか男子だか判然しないやうな中性の女だ。普通の女らしい女は大好きなのだ。ハヽヽヽヽ』 ワク『アハヽヽヽ、到頭本音を吹きよつたなア』 コー『何と云つても女の心と肉体の美しさは称へても称へ切れないものだ。優しい思ひやりの深い控目な心、むき出しでも綺麗な心、沢山の悪心を持ちながら之を要するに小さい可愛らしい心、嘘吐きでそして直に後悔する心、どこから考へても可い。俺は一切の女が大好きだ』 エム『女といふ奴性来の愚者だから、何うでもなるものだよ。女を喜ばせようと思つたら百万言を費して其心を褒めてやるよりも、たつた一言、髪なり、鼻つきなり、眼元なり、爪の光沢なりを褒めてやつた方が効果が多いものだ。アハヽヽヽ』 コー『誰が何と云つても俺は女の心とその肉体を褒め称へ礼拝して平和の女神と崇めるのだ。それが男子たるものの道義心だ。なんと云つても女はエターナル・アイドルだ』 ワク『アハヽヽヽ』 エム『エヘヽヽヽ』 かく笑ひ興ずる所へ、雪のやうな白い顔をした妙齢の美人が二人、涼しい声を張り上げ歌を歌ひながら此方の森をさして進み来る。三人は目敏くも是を眺めて目引き袖引きしながらコーは小声で、 コー『おい、ワク、エム、俺の言霊は偉いものだらう。女を賞めて居たら忽ち艶麗な美人が出現ましましたぢやないか。噂をすれば影とやら、実に尤物だぞ。どうかしてあいつを旨く虜にし、将軍様の前につき出し、吾々三人が功名手柄をしようぢやないか』 エム『面白いなア、確りしようぞなア。ワク、貴様の婦人反対論者でも、あの美人には一言もあるまい。エーン』 ワク『成程霊光に打たれて頭がワクワクしさうだ。素的のものだな』 かく話す所へ早くも二人の美人は近よつて来た。 甲女(清照姫)『もしもし、一寸お尋ね致しますが、ランチ将軍様や片彦将軍様の御陣営は、何方に参りますかな』 コー『ヤア、貴女方は将軍様の所在を尋ねて何となさる御所存ですか』 甲女(清照姫)『会ひさへすればよいのです。私が会つた上で、雨になるか、風になるか、将た雷鳴か、地震か、今の所では見当がつきませぬ。兎も角も案内をして下さいな』 コー『用向も聞かずに、うつかり案内をしようものなら大変だなア。ワク、エム、どうしようかなア』 ワク『態あ見い、一生懸命女を賞めて居たが、さらばとなればその狼狽方は何だ。それだから、俺が女は駄目と云つたのだ。こんなものを連れて往かうものなら、バラモン軍の爆裂弾になるか知れやしないぞ』 乙女『ホヽヽヽヽ、皆さま御心配なさいますな。何と云つても高が女です、立派な男さまばかりの中へ女が二人位往きましても何が出来ませう。男に対する女、何と云つても異性が加はらねば、どうしても本当の男の威勢は出ませぬぞ』 コー『さうだなア、ヤ承知致しました。何とまア、三日月眉で、目のパツチリとしたお色の白い髪の艶と云ひ、まるで天人のやうですワイ』 乙女(初稚姫)『ホヽヽヽヽ、こんなお多福をそのやうに嬲るものぢやありませぬ。どうぞ妾等両人を将軍様の陣営に案内して下さいませいな』 コー『ハイハイ案内致しませうとも。併しながら貴女のネームを聞かぬ事にや案内の仕方がありませぬ。何卒お名乗りを願ひます』 甲女(清照姫)『私は三五教の宣伝使清照姫、も一人は妹分の初稚姫で厶ります』 コー『何、清照姫に初稚姫、そいつは大変だ。ヤア平にお断り申します』 甲女(清照姫)『何とまあ、弱い男だこと、女の二人位が恐ろしいのですか』 コー『ヤア別に恐ろしくもありませぬが、お前さまは三五教の女豪傑だ。そんな事を云つてバラモン教を潰して仕舞ふ考へだらう。おい、ワク、エム、何うしようかなあ』 ワク『ウンさうだなあ』 エム『何うしたものだらう、困つた問題が起つたものだ』 甲女(清照姫)『あゝ辛気臭い、こんな方に相手になつて居ては駄目だ。さあ初稚姫さま、此方から進んで将軍様を訪問致しませう』 乙女(初稚姫)『さうですなあ、こんな腰の弱い番卒に交渉やつて居つたつて駄目ですわ、それなら姉さま、参りませう』 と早くも二人は手を引、通り過ぎようとする。コーは慌てて両手を拡げ、大の字になつて小道を踏ん張りながら、 コー『まあまあ待つて下さい。さう強硬的に出られちや、八尺の男子も顔色無しぢや、エヽ仕方がない、御案内致しませう。おいワク、エム両人、お前は此所に確りと守衛を勤めて居つて呉れ。俺は将軍様の前まで御両人を御案内して来るから』 エム『手柄を独占しようとは、ちと虫がよ過ぎるぞ。一層の事三人寄つて御案内する事にしようかい。後の守衛はテル、ハルの両人にまかして置けばよいのだ。おいテル、ハルの両人、確り守衛を頼むぞ』 テル『私もお供を致しませう』 エム『罷りならぬ。上官の命令だ、怖けりや木の蔭になとすつ込んで待つて居れ。ハルと両人抱き合つて慄うて居るが好からうぞ』 ハル『アヽ仕方がないなあ、テル、強いものの強い、弱いものの弱い時節だからなあ』 エム『こりや両人、二百五十両儲けたぢやないか、金の冥加でも二人神妙に守衛をして居るだけの価値はあるぞ』 テル『ハーイ』 ハル『仕方がありませぬ』 コー『サア、お二方、御案内を致しませう』 甲乙二女は、叮嚀に会釈し、ニコニコ笑ひながら三人の足跡を踏んで、ランチの陣営さして大胆不敵にも進み行く。 (大正一二・一・八旧一一・一一・二二加藤明子録) |
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霊界物語 | 48_亥_治国別の天国巡覧2 | 20 心の鬼 | 第二〇章心の鬼〔一二七四〕 テルンスは、エム、ワクの両人を秘密の暴露せむ事を恐れて無残にも切り捨て、心地よげに打ち笑ひ独言、 テルンス『此奴等両人はランチ、片彦両将軍の間者だと云ふ事は予て承知し居つた。吾々が軍隊の指揮権を握る時節がいよいよ到来致したと云ふものだ。両将軍はいよいよ三五教の宣伝使にチヨロまかされ、骨のない蛸か蒟蒻の化物の様になつて了つた。いつ迄も上に大将があると、吾々の向上の道を硬塞し、金槌の川流れ、出世する道がない、然るに都合よく両将軍初め両副官エキス迄がすつかり軍職を止めて了ひよつた。かうなる上は、階級順によつて全軍の指揮官となるのはトランス、バルクの両人だ。俺達は折角栄進の道が開けても矢張り人の頤使に甘んぜなくてはならぬ。此時こそは時刻を移さずハルナの都に急使を馳せ、大黒主様に「治国別のため、ランチ、片彦両将軍及びガリヤ、ケース両人は、バラモン教を捨てて却て職権を利用し、反対にハルナの都に攻め寄せむとす。故にテルンス、コーの両人は此計略を知り注進仕る。何卒臨時にても差支へなくば、全軍指揮官をテルンス、コーの両人にお任せ下さい」と云はうものなら、いよいよ願望成就だ。然るに此等二人が居ては秘密が洩れると思うて、コーに喋し合せ、酒によせて泥を吐かせ置いたのだ』 かかる所へコーは剣を杖につきながらヒヨロリヒヨロリとやつて来た。 テルンス『ヤア、其方はコーではないか』 コー『ハイ左様で厶います。此奴等両人を切つて捨てむと追ひまくる中、少々酩酊致して居りましたせいか、庭石に躓き一時気も遠くなりましたが、やうやう起き直り、剣を杖に痛い膝を押へながら此処迄参りました。何と心地よく斃つたものですなア』 テルンス『アハヽヽヽ、拙者の深謀奇策はマア、ざつと此通りだ。斯うなる上は一刻も早く手紙を認め、早馬使を部下より選抜してハルナの都に遣はさう。さうすれば、このテルンスはランチ将軍の後釜、其方は片彦将軍の後釜だ。グヅグヅして居て他の奴に先を越されては詰らない、サア早く、コー、用意をせよ』 コー『ハイ、直様用意を致しますが、何だか首筋がゾクゾク致しまして、思ふやうに身体が動きませぬわ。手足の筋も骨も固くなつて仕舞ふやうです。あれ御覧なさいませ。二人の死骸から青い火がボヤボヤボヤと燃え出したぢやありませぬか』 テルンスの目には何も見えなかつたが、コーには二人の死骸から青い光が頻りと燃え出した。そして青い火から青い人の顔が見え出した。よく見ればエム、ワクの両人であつた。コーは手足をブルブルさせながら、 コー『コヽヽヽコレ、ワヽヽワク、ソヽヽヽそんな怖い顔をして俺を睨んだつて、俺が殺したのぢやない、恨があるなら、テルンス様に云ふがよい。私は酒の上で只剣を抜いただけだ。コリヤ、ソヽそんな怖い顔をするな、ユヽヽ幽霊め、もしもしテルンス様、どうかして下さいな。火の中から怖い顔をして、今にも噛みつきさうにして居ります』 テルンス『オイ、コー、確りせぬか。火が出るの幽霊が出るのと、そりや貴様の神経だ。二人の死骸は前に首と胴とになつて斃つて居るが、そんな青い火だの幽霊だのと、そんなものがあつて耐るか』 コー『アヽヽヽ此奴は耐らぬ。オイ、ワク、エム、見当違しちや困る、俺ぢやない、下手人はテルンスさまだ。恨みるのならテルンスさまを恨みて呉れ。コヽヽコレヤ、そんな怖い顔をすな』 青い火は段々と大きくなり、遂にはテルンスの目にも入るやうになつて来た。テルンスは初めて驚き、ちりげもとがザクザクし出した。されど気が弱くては叶はじと戦く胸をじつと抑へ空気焔を吐いて居る。されど手も足もワクワクと地震の孫のやうに慄うて居る。今、斬り捨てられたワク、エムの両人は厭らしき形相となり、口より火焔を吐き、真青の頬となり、血走つた眼を剥き出しながら、両手を前に垂れ、身体一面慄はせながら、細き蚊の鳴くやうな声で、 ワク『恨めしやな、残念至極、口惜しやな、汝テルンスの悪人輩、仮令此肉体は汝の手にかかつて果つとも、魂魄此世に留まつて、汝が素首を引きぬき、地獄のどん底に連れ行き、無念を晴らさねば置かぬぞ。ヤア恨めしや』 と死体に足をくつつけながら、前によつたり後に引いたりして居る。 一方エムの体よりは、又もや怪しき幽霊立ち出で、青い火に包まれながら、 エム『ヤア恨めしや、テルンスの悪人奴。よくも某を無残にも手にかけたな、此恨み晴らさで置かうか』 と二人の幽霊は交る交るにテルンスの左右より進んだり退いたりして睨め付けて居る。テルンスは恐怖心にかられ、手足は慄ひ戦き逃げる事も得せず、遂にはキヤツキヤツと声張り上げて救ひを叫び出した。其声は何とも云へぬ、凄味を帯びた嫌らしいものであつた。コーは此体を見て雪の上を転げながら、十間ばかり此方に逃げ来り、肝を潰してパタリとふん伸びて了つた。 折から進み来る夜警の二人は此有様を見て、腰を抜かさむばかりに打ち驚き、片彦将軍の居間をさして韋駄天走りに駆けつけ、 夜警の一『モシモシ将軍様、タヽ大変で厶います。ユヽ幽霊が二体も現はれました。そしてテルンスが両方から幽霊に責悩まされ困つて居ります。如何致してよろしきや、余りの怖ろしさに一寸御報告申します』 片彦『何、幽霊が出たと、そいつは妙な事を聞くものだ。拙者も幽界旅行より帰つてまだ間もなきに、幽霊が出たとは不思議千万だ。ドレ、是から治国別様に夜中ながら申上げ、実地検分に往つて見よう』 夜警の二『将軍様、どうぞ貴方来て下さいませ、私は恐ろしくて体が縮みます』 片彦『アハヽヽヽ、何と気のチヨロイ男だな。俺も何だか首元が、ゾクゾクと致しはせぬでもないワイ』 かかる所へ、お寅は小便に出で、人声がするので不思議と思ひ門口を覗けば、片彦将軍と二人の夜警が幽霊の出た話をして居る。お寅はこれを聞くより気丈な女とて、夜警を促し其場に到り見れば、果して夜警の云つた通り、テルンスは門口に立ち、怪しき幽霊が両方より蟷螂のやうな手つきで互交に苦しめて居る。お寅は傍に走り寄り、泰然自若として天津祝詞を奏上した上に、天の数歌を声緩やかに歌ひ終つた。不思議や二人の幽霊は、数歌を歌ひ終ると共に煙の如く消えて仕舞つた。 よくよく見れば、エム、ワクの両人は雪の上に酒に酔つて打つ倒れ、怪我一つして居なかつた。テルンスは大に驚き、自分の悪しき企みを、包まず隠さず、ランチ、片彦両将軍の前に自白して其罪を謝した。併しながら此陣営には二千人ばかりの軍卒が、ランチ将軍指揮の下に駐屯して居たが、将軍が三五教に帰順せし事を発表すると共に、武器を捨てて各地に自由に出で往くもあり、中には鬼春別将軍に早馬に乗つて報告するものもあり、遥々とハルナの都へ忠義だてに駆け往くものもあつた。 そして浮木の森の陣営は支離滅裂に解体され、殺風景のこの地も、軍人の片影をも認めない以前の平和なる村落となつた。 治国別、ランチ将軍、其他一同の今後の行動は後日述ぶる事とする。嗚呼惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・一・一四旧一一・一一・二八加藤明子録) |
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霊界物語 | 49_子_祠の森の物語1(高姫と妖幻坊) | 18 毒酸 | 第一八章毒酸〔一二九二〕 高姫は杢助と二人、酒を汲み交しながら、ひそびそ話に耽つて居る。 高姫『杢助さま大変な事が出来たのよ。私心配でならないわ』 杢助『ハヽヽヽ、ヨルやお寅、魔我彦が本当に珍の館へ行つたのが苦になるのであらう、そんな事は心配はいらないぢやないか。幾何でも方法手段はあるのぢや』 高姫『それだと云つて杢助さまの魔術も一寸も当にならぬぢやありませぬか。三人の奴が甘く帰つて来たと思へば、何奴も此奴も、猿や熊や古狸のやうなものだし、テルやハル公の魔法使もサツパリ幻影だつたし、此儘で居たなら、此義理天上もここ五日と居れぬぢやありませぬか。彼奴等三人がイソの館に往きよつたら、きつと、一伍一什を云ふに違ひない。さうすればキツト立退き命令を喰はされる事は知れた事、何うかして、此処に居坐りたいがお前さまどうかして、とつときの智慧を出して考へて下さるまいかな』 杢助『アハヽヽヽ、日の出神様の考へでも往きませぬかな。矢張り何程神力のある神でも悪い事は駄目だと見えるのう』 高姫『善悪不二、正邪一如だから義理天上は悪に見せて善を働くのだから、キツト神様も許して下さるだらう。イル、イク、サール、ハル、テルの五人の奴が云ふのには、「吾々五人は厳の御霊だ。玉国別さまに命令を受けた祠の森の常置品だから、お前達に左右される者ぢやない。グヅグヅ云ふのなら出て往つて呉れ」などと、最前も酒に喰ひ酔つて責めて来るのだから困つたものだ。私はこの先どうなるかと思ふて、心配でなりませぬわ』 杢助『此館は珍彦夫婦が全権をもつて居るのだから、珍彦の命令なら、彼奴等五人を放逐するのは何でもない事だ』 高姫『それはよい所へお気が着きました。成る程珍彦さまが全権を握つて厶るのだから、珍彦さへ此方の薬籠中のものとして置けば大丈夫ですな。併し珍彦が此方の云ふ事を聞かなかつたらどうしませうかなア』 杢助『そんな心配が入るか。変身の術を使つて杢助は珍彦に化け、お前は静子に化けたらよいのだ』 高姫『夫だと云つて、顔形迄がさう甘く往きませうかなア』 杢助『いかいでか、チツトも違はないやうに化けて見せる。お前も化けさせてやる』 高姫『同じ館に二人も珍彦、静子姫があつては露顕のもとぢや厶いませぬか』 杢助『何さ、甘く両人をたらし込んで酒や飯の中に毒を入れ、そつと○○して了ひ、さうして高姫杢助の体に二人を変じ、甘く葬式を営み、後に吾々両人が、珍彦静子と化け変るのだ、さうすれば安心だらう』 高姫『杢助さま、お前は正直の方だと思つて居たが、随分悪い智慧が出ますなア』 杢助『極つた事だよ。今の世の中は善の仮面を被つて悪事をするもの程、立派な人間と云はれるのだ。お前も杢助の女房となつた以上は、も一段改悪せなくては駄目だよ。鬼の夫に蛇の女房と云ふぢやないか』 高姫『それだと云つて余り非道いぢやありませぬか。お前はまるで悪魔のやうな事を云ひますな』 杢助『アハヽヽヽ、悪をやるならばお前のやうな中途半は駄目だ。徹底的に悪をやるのだ。中途半の善悪混交的悪なら、止めた方が余程気が利いて居るよ。此杢助は到底お前のやうな善人とは意志が合はないから、今の中に別れようぢやないか。お前では到底私について来る事は出来ない。改悪が足らぬからなア』 高姫『杢助さま、もう斯うなつた以上はどこ迄もついて行きます。どうぞ私を末長う可愛がつて下さいませ』 杢助『ヨシヨシそんなら私の云ふ通りにするなア』 高姫『ハイ、どんな事でも厭とは云ひませぬ』 杢助『それなら今之をお前にやるから、酒の中や御飯の中へこの粉を振り撒くのだ。これは毒酸と云つて印度の群魔山に出来た果物の実をもつて製造した毒だから、サア是をお前に与へて置く、うまく両人を此処へ引つ張り出し、御馳走して○○するのだなア』 高姫『ハイ承知致しました。きつとやつて見せませう、併し二人は○○した所であの楓はどうしたらよいのでせう』 杢助『あの楓か、あれや放つて置いたらよいのだ。珍彦は杢助の肉体に変形して死に、静子はお前の肉体と変形し、さうして死体を土中に埋めて了へば、後は立派な珍彦、静子となつて納まり返つて居られると云ふものだ。さうすれば斎苑の館から何程立退命令が来ても大丈夫ぢやないか』 高姫『成る程、これは妙案奇策、日の出神の義理天上の生宮も感心致しましたよ。オホヽヽヽヽヽ、何と魔法と云ふものは都合のよいものですなア』 杢助『サア早く御馳走の用意にかかつて呉れ。グヅグヅして居ると露顕の恐れがある。謀は早いがよいからなア』 高姫『アヽ忙しい事だ。御飯もたかねばならず、煮〆もせなならず、杢助さま、お前さまお酒の燗だけ手伝つて下さいな。是で珍彦、静子両人を甘く片付けて仕舞へば天下泰平だ。お前と私が祠の宮に永久に鎮まつて、三五教の向ふを張り、表向は三五教とし、実はウラナイ教を開かうではありませぬか』 杢助『アハヽヽヽ、お前も俺に大分感化されたと見えて、余程改心が出来たわい』 高姫『誰かに珍彦夫婦を呼びにやらせませうかなア』 杢助『珍彦夫婦は何と云つても此処の主人だ。お前は準備をちやんと整へたら、辞を低うし、ちやんと叮嚀にお前が迎へに往て来ねば、もしも嫌だなんて云はれては大変だよ』 高姫『アヽそれやさうです。そんなら早く御飯の準備へをして置いて私が参りませうかなア、願望成就時節到来これが甘く往けば大丈夫です。惟神霊幸倍坐世、義理天上日の出の神様、何卒この計略が甘く往きますやうに』 とポンポンポンポンと四拍手して、暗祈黙祷を始めた。 杢助『アハヽヽヽ、よく聞いて下さるだらうよ』 高姫『さうです。悪の事は悪神に頼めばいいぢやありませぬか』 杢助『それやさうだ。餅は餅屋だからな、甘く悟られない様にやつて呉れよ』 此時襖の前の廊下に小さい足音がして表の方へ消えて仕舞つた。高姫は其足音を耳に挿み、 高姫『アヽ杢助さま、足音がしたぢやありませぬか。此秘密を誰かに聞かれたのでは厶いますまいかなア』 杢助『何あに、あれは猫か狆の足音だよ』 高姫『狆も猫も此処には居ないぢやありませぬか』 杢助『山中の事だから山猫や山狆が沢山居るから、余り御馳走の香がするので嗅ぎつけて来よつたのだ。そんな事は心配するに及ばない』 高姫『それでもねえ、何だか気掛りですわ』 (大正一二・一・一九旧一一・一二・三加藤明子録) |
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霊界物語 | 49_子_祠の森の物語1(高姫と妖幻坊) | 19 神丹 | 第一九章神丹〔一二九三〕 珍彦、静子は火鉢を中に囲み、話に耽つて居る。 静子『もし珍彦さま、吾々親子はバラモン教の擒となり、危い所を治国別様に助けられ、御恩の返しやうもない其上に、こんな結構な宮番迄さして頂き、何とも冥加に余つた事ぢやありませぬか』 珍彦『さうだ。お前の云ふ通り山海の大恩を受け、其上、神様の事も分らないのに、此館の主人を仰せつけられ実に身に余る光栄だ。併し吾々は神のお道には全くの素人だから、余り荷が重過ぎて迷惑だな。日の出の神の義理天上とか云つて、生神様がお出になり、主人顔をして御座るが、何と云つても生神さまだから、維命維従ふより外はない。主人とは云ふものの有名無実で吾々の思ふやうには一寸もなりはしない、神様のお道と云ふものはこんなものかなア』 静子『それでも、六人の役員さまは矢張り私のやうな者でも主人と立てて下さるのだから結構ぢやありませぬか。楓のやうな何も知らぬ娘をお嬢さまお嬢さまと尊敬して下さるのだから有難いものだ、これと云ふのも全く神様のお蔭だわ』 斯く話す所へ楓は襖をそつとあけて入り来り、 楓『お父さまお母さま、今高姫さまが、貴方方に御馳走を上げたいと云ふて呼びに来られたらお出になりますか』 珍彦『夫は折角の思召、無にする訳には往かない。又無下に断ればお心を悪くしてはならないからなア』 楓『お母さまも往く積りですか』 静子『珍彦さまが往かれるのに、女房の私が往かぬ訳には往きますまい。我の強い女だと義理天上様に思はれてはなりませぬからな。杢助さまと云ふ立派なお方がお出でになつて居るのだから、御挨拶に一度は往かうと思ふて居た所だ』 楓『それならお母さま、お父さま、お出なさいませ。就ては私夜前夢に文珠菩薩がお出になりまして、神丹と云ふ薬を下さいまして、「お前の両親の上に危急が迫つて居るから、これを一粒づつ飲ましておけば大丈夫」と渡して下さいました。有難う厶いますとお辞儀をしたと思へば夢は醒めました。目がさめましてもこんな立派な薬が三粒、手の上に残つて居ました。これを三人が一粒づつ頂きませう、さうすれば食当りも何もないさうですからなあ』 珍彦『それは有難い全く神様のお恵だ。何は兎もあれ頂いて往かう。オイ静子お前も頂きなさい』 楓『このお薬は私の手から口へ直接に上げなくては利かないと文珠菩薩が仰有いました。サア口をお開けなさいませ』 珍彦、静子二人は楓の命ずるままに口をパツと開けた。楓は一粒づつ両親の口へ放り込んだ。忽ち得も云はれぬ香が四辺を包み胸は爽かになり、身体から光が出るやうな心持になつた。楓も亦押頂いて自ら服用した。三人は俄に面色美しく、其美は益々美を加へた。斯かる所へ高姫は満面に嫌らしき笑を湛へながら入り来り、襖をそつと開けて、 高姫『御免なさいませ。珍彦様、静子様、此間から参りまして、余り御神業が忙しいのでとつくり御挨拶も致しませず、誠に済まない事で厶いました。ついては夫杢助が心許りの御飯を差上たいと申しますので、義理天上日の出神が手づから拵へましたる料理、お口に合ひますまいが、御夫婦お揃ひなさつて御出下さるまいか、御酒の燗も出来て居ますから』 珍彦『左様で厶いますかな、私の方から一度御挨拶を致さねばならぬのに、貴方の方から却つて御馳走をして頂くとは誠に済まない事で厶います』 静子『日の出の神の生宮様、左様ならば御遠慮なう夫婦の者が御馳走に預かりませう』 高姫は仕済ましたりと内心打ち喜び、態と艶つぽい声を出して、 高姫『これはこれは早速の御承知、日の出の神身にとり満足に存じます。杢助殿もさぞや喜ぶ事で厶いませう。是にてお互に親睦の度を加へ御神業に参加致しますれば、御神徳四方に輝き、従つて此館の主人公たる珍彦様の御名誉も世界に響き、結構な事で厶います。サアどうぞ私についてお出下さいませ』 珍彦『ハイ有難う厶います。併し乍ら袴もつけなくてはなりませぬから、何卒一足お先にお帰り下さいませ。直に参りますから』 高姫は、 高姫『何卒早く来て下さい、お待ち申て居ります』 と云ひ捨て吾居間に立ち帰る。後に珍彦、静子に楓の三人は手を洗ひ、口を滌ぎ、 珍彦、静子、楓『神素盞嗚の大神様、何卒此危難をお救ひ下さいませ』 と祈願し、素知らぬ顔して高姫の居間に現はれた。 珍彦『唯今は、態々尊き御身をもつて私夫婦の如きものをお招きに預かり有難う厶います。お言葉に甘え、御辞退致すも如何と存じ夫婦の者が罷出まして厶ります』 高姫『夫は御苦労様で厶いましたなア。何も厶いませぬが、丁度お燗がよい加減に出来て居ます。サア一つお過し下さいませ』 珍彦『有難う厶います』 と云ひながら地獄の釜の一足とび毒と知りつつ仰ぐ盃……神素盞嗚尊、守りたまへ……と高姫の注ぐ盃をグツと一口に飲み乾した。 杢助『ヤア珍彦様は日の出の神の生宮に酌をして貰ひました。男に女、よい配合だ、それでは私は静子さまに注がして頂きませう、アハヽヽヽ、男と女とは何とはなしに配置のよいものですわ』 静子は『ハイ有難う』と手を慄はせながら盃を差出した。杢助は浪々と注いだ。静子は一生懸命に神を念じ『神丹の効を現はしたまへ』と小声に念じながら、グツト呑み乾した。それから高姫に飯を盛られ、種々の煮〆を盛られ、夫婦は十二分に腹を膨らした。されど両人の身体には些しの変化も無かつた。杢助高姫は、案に相違して不機嫌な顔をして居る。珍彦は態と言葉を設けて、 珍彦『御両人様、余り沢山頂きましたので、何だか頭がグラグラ致し、目が眩ひさうで厶います。そして腹が痛うなりました。何卒これで失礼して吾居間でとつくりと休まして頂きます』 静子『アヽ私も何だか胸が悪くなりました。あまりどつさりお酒を頂いたものですから、失礼ながら御免を蒙ります』 高姫『ハイお塩梅が悪う厶いますかな。夫はお気の毒様、どうぞ御勝手にお居間に往つてお休み下さいませ』 両人は、 珍彦、静子『ハイ有難う厶います。左様なればこれにて失礼』 と態とに足をヨロヨロさせながら自分の居間に引きとり、布団を沢山かぶり、仮病を装ひ居たりける。 後見送り高姫は、長い舌を出し、腮を二つ三つしやくつて居る。 杢助『アハヽヽヽ、願望成就時節到来だ、南無悪魔大明神、守り給へ幸はひ給へ』 高姫『ヱヘヽヽヘン。ヱヘヽヽヘン。オホヽヽヽヽ。オホヽヽヽヽ』 (大正一二・一・一九旧一一・一二・三加藤明子録) |
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霊界物語 | 50_丑_祠の森の物語2 | 03 高魔腹 | 第三章高魔腹〔一二九七〕 初稚姫は祠の森の神殿に参拝し、長途の遠征を守らせ給へと祈願をこらし、再び高姫の居間へ引返した。高姫は遠く従うて神殿近く進み、初稚姫の後姿を打眺め、何処ともなしに其神格の完備せるに打驚き舌をまいた。そして高姫は其神格に感じ、心の底より初稚姫を神の如く尊敬した。併し乍ら何処ともなく恐怖心に駆られ、且其神格の偉大なるに稍嫉妬の念を兆したのである。今まで初稚姫の大神格に圧倒され、暫し高姫の身体内に潜みて沈黙を守つて居た金毛九尾の悪狐は、高姫が少しく嫉妬心の兆したのを幸ひ、其虚に入り忽ち囁いて云ふ。 悪狐『吾は汝の略知る如く、神代に於て常世姫命に憑依し罪悪の限りを尽した金毛九尾白面の悪狐である。併しながら時節来りてミロクの大神、地上に降臨し給ひし上は、吾等は何時迄も悪を続ける訳には行かぬ。吾は悪の張本人なれば世の中一切の悪神の企みは皆知つてゐる。悪に強ければ善にも強い。吾は金毛九尾白面の悪狐だ。そして汝は常世姫命の身魂の再来だ。もう斯うなる上は一切万事を打ち明けて、悪の企みを瑞の御霊の大神にお知らせ申さねばならぬ。就いてはあの初稚姫は稚桜姫命の再来なれば、到底汝等の匹敵すべき神人ではない。寧ろ吾よりトコトン改心を致すべければ、汝も彼の初稚姫を師と仰ぎ、共に神業に参加すべし』 と甘く高姫を誑惑してしまつた。高姫は兇霊の言を深く信じて初稚姫に対する態度を一変した。初稚姫は神殿の拝礼を終り、階段を下りながら心私かに思ふやう、 初稚姫『彼高姫には金毛九尾の悪狐の霊憑依せり。而して彼悪霊は形体を有するものなれば、吾真相を現はさば忽ち彼が肉体を亡ぼすか、但は遁走して又もや相応の肉体に住居を構へ世を惑乱するに至らむ。如かず吾は和光同塵の態度を極力維持し、彼の悪霊を高姫の肉体に長く残留せしめ、彼が根本より改心すれば重畳なれども、万一改心せずとも高姫の肉体中に秘め置かば、彼精霊は外に出づる虞なし。要するに高姫の肉体は天下を乱す悪霊をつなぐ処の牢獄と見ればいい。もとより徹底的兇霊なれば、神の光明に照されなば、兇霊は忽ち自暴自棄となり、益々神業の妨害をなすべし。如かず、神慮に背くかは知らざれども、暫く吾は猫を被つて彼と交際し、何時とはなしに高姫と精霊とを天国に救ひやらむ』 と決心し、大神に念じながら素知らぬ顔にて高姫の居間に帰つて来た。精霊は高姫の口舌を使用して、いとやさしげに言葉を飾つて云ふやう、 高姫(悪狐)『変性男子の御身魂初稚姫様、よくも御降臨下さいました。私は三五教の宣伝使、御存じの高姫で厶ります。大神様の御都合により悪神の張本金毛九尾の悪狐が私の肉体に潜み入り、私の真心に感化されて漸く改心を致しまして、今迄の悪をスツクリ白状致しました。就いては凡ての悪神の企みは何も彼も存じて居ると申して居りますから、私が守護神と共に此祠の森に大門を造り、凡ての人民の因縁をよく調べ改心をさせた上、斎苑の館へ送る考へで厶ります。何卒此事をお許し下さいます様に、変性男子の御霊様、お願ひ申します。そして一方には変性男子の系統なる義理天上日出神が、厳の御霊の御命令によりまして世界中を調べに歩き、世の初まりの根本の根本の成り立ちから、人民の大先祖の因縁、大黒主の身魂は如何なる因縁があるか、竜宮の乙姫のお働きは如何なるものかと云ふ事を知らしたいので厶ります。今の三五教には宣伝使は沢山厶りますが、皆智慧、学で神界の事を考へようと致すので厶りますから何も分りませぬ。貴女は変性男子の生粋の大和魂の善の神様で厶りますから、何も彼も三千世界の事は御存じで厶りますが、外の守護神や宣伝使や信者はサツパリ駄目で厶ります。それ故此処に大門を拵へ、私が一々因縁をあらため、斎苑の館へ参拝さす御役にして下さいませぬか』 と兇霊はうまく高姫に化けて虫のよい事を頼みかけた。初稚姫は彼が奸計を残らず看破した。されど前述の如く初稚姫は此悪霊を審判する事を避けられたのである。 初稚姫『貴女は信心堅固にして霊界によくお通じ遊ばした方と見えますな。妾は賤しき杢助の娘と生れ、まだ年も若く、社会的の経験さへも積んでゐない愚者で厶りますから、到底霊界の消息等は分りませぬ。就いては貴女に対し左様の事をお許し申すなどとは以ての外の事で厶ります。何れ神様が貴女の御神力をお認め遊ばしたならば、屹度瑞の御霊の大神様からお許しが厶りませう。妾には左様な権限は少しも厶りませぬから、左様な事を仰有らない様にお願ひ致します。何卒至らぬ妾、神徳高き貴女様より御教授を御願ひ致したいもので厶ります』 と一切の光明を包み、普通人の如くなつて了つた。高姫はニタリと打笑ひ、 高姫『アー、さうだらうさうだらう、それが正直の処だ。まだ年も若い癖に宣伝使に歩かすとは、瑞の御霊様も余程物好きな珍らし物喰ひだな。どれどれ此高姫がここで根本の根本の因縁を説いて聞かしますから十分修行をなさいませ。それでなければ、訳も分らずに宣伝に歩いたり、大黒主を言向和すなどとは、以ての外の無謀のやり方で厶りますからな』 初稚姫『何分、至らぬ妾、老練な貴女様の御薫陶をお願ひしたいもので厶ります』 高姫『ハイ、よしよし、お前は水晶魂だ。本当に素直な可愛い娘だな。これから此小母さまの云ふ事を聞くのだよ。否小母さまではない、絶つてもきれぬ母子だから、そのつもりでつき合つて下さいねー』 初稚姫は心に打笑ひながら故意と空惚けて、 初稚姫『小母様、今貴女は妾ときつてもきれぬ母子だと仰有いましたが、それは身魂の母子で厶りますか。チツとも愚鈍の妾には合点が参りませぬワ』 高姫『身魂の母子は申すに及ばぬ、お前さまは杢助さまの大切の娘だらう。其杢助さまは此度神様の因縁によつて常世姫命の改心した善の折の生粋の肉宮の此高姫の夫とおなり遊ばしたのだよ。杢助様だつて、此高姫だつて、よい年をしてから若いものか何ぞの様に夫婦になつたり、そんな見つともない事はしたくはない。胸に焼鉄をあてる様に思うてゐるのだが、これも神様のため、万民を救ふため、千座の置戸を負うて御神業に参加してるのだよ。訳の分らぬ人民がいろいろと申すであらうなれど、人民の申す事に心を悩まして居りたらミロク神政の御用が勤まりませぬ。訳知らぬ人民は、杢助、高姫の結婚を何となつと申して笑へば笑へ、誹らば誹れ、神のお仕組一厘の秘密が如何して一寸先も見えない人民に分るものか、と云ふ磐石の如き決心を以てここに夫婦の約束を結んだのだから、初稚さま、貴女もそのお積りで、私を母と思つて下さいや。私も貴女を大切の大切の御子と致して敬ひますから、母となり子となるのも昔の昔のさる昔、も一つ昔のまだ昔の天地開闢の初めから大神様より定められた因縁ぢやによつて、何卒その覚悟でゐて下され。何事にも素直なお賢いお前さまだから、此高姫の生宮の申す事、よく呑込めたでせうなア』 初稚姫は杢助の本物でなく、獅子と虎との中間動物なる兇霊に騙されてゐる事はよく看破して居た。されど故意と空惚けて、 初稚姫『高姫さま、私の父が何時そんな事を貴女と約束致しましたのですか、私今が初耳ですわ。まアまアまア不思議な御縁で厶りますこと。さうしてお父さまは何処へ行かれましたの』 高姫『一寸此森の中へ散歩にお出でになつたと見えます。杢助様は森の散歩が大変にお好きだと見えましてね。お前さまが此処へ訪ねて来られた事をお聞きになつたら、嘸喜ばれるでせう』 初稚姫『はて、妙な事だわ。妾のお父さまは斎苑の館の総務を勤めて居らつしやるのだから、ここへお越し遊ばす道理はありませぬがな』 高姫『これ初ちやま、お前の、さう疑ふのも尤もだ。実の処は杢助さまは、あの我の強い東野別の東助さまと云ふ副教主との間に事務上の衝突が起り、それがために斎苑の館を追ひ出されなさつたのですよ。東助の野郎、正直一途の英雄豪傑、三羽烏の御一人なる杢助さまを追ひ出すとは以ての外の悪人ぢやありませぬか。あの東助はやがて今迄目の上の瘤の様に困つてゐた杢助さまを首尾よく追ひ出し、斎苑の館の全権を掌握し、終には八島主の教主さまをおつ放り出し、自分が其後釜にすわると云ふ野心を抱いてをるのですよ。それでお前と私が此処で一肌脱いで、斎苑の館へ参る信者を小口から虱殺しに調べ、斎苑の館へやらぬ様にせねばなりませぬ。私がここで杢助さまと大門開きをしたのは、杢助さまや八島主の教主がお困りになつた時、お助け申すやうにチヤンと仕組をしてゐるのだから、お前さまも何処へも行かず、此処に居つて親子三人御用を致さうぢやありませぬか』 初稚姫『それは又不思議な事を承はります。東助様はそんなお方ぢやない様に思ひますがな』 高姫『それが善の仮面を被つてゐる悪魔ですよ。屹度悪人は悪相を以て現はれるものぢやありませぬ。所在虚偽と偽善を以て人民を詐り、虚栄的権威に甘んじてゐるものですよ。これ初稚さま、油断してはなりませぬぞや。此高姫は海千川千山千の修業をした善にも強い、悪にも強い、そして悪の企みは何も彼も看破してゐるのだから、一分一厘間違ひはありませぬよ』 初稚姫『あの東助さまは小母さまの若い時のお馴染だつたさうですな。そんなに悪口を云ふものぢやありませぬよ。父の杢助に比ぶれば、幾層倍人格が上だか知れぬぢやありませぬか』 高姫『ヤツパリ子供だな。然し子供は正直ぢや。何と云つても水晶魂だから心に罪がないので、表面から良く見える人を信用なさるのだ。そこが本当に尊い処だよ。然し高姫の云ふ事はチツとも違ひませぬぞや』 初稚姫『さうで厶りますかな。一遍父に会つてみたいものですがな。もし小母さま、長上をお使ひ申して真に済みませぬが、一度お父さまに会ひたう厶りますから、探して来て下さいませ』 高姫『アアさうだろさうだろ、無理もない。親子の情と云ふものは本当に尊いものだな。吾身を捨てる藪はあつても吾子を捨てる藪はないと云ふ事だが、杢助さまも何も彼も天眼通で知つて居りながら、こんな可愛い娘が来て居るのに、そしらぬ顔して森に散歩してゐなさるとは本当に水臭い方だな。子の心、親知らずだ。然し初稚さま、此高姫は斯う見えても本当にやさしいものですよ。杢助さまに比べて幾百倍も可愛がつてやりますから、何卒私を本当の母だと思つて下さいや』 初稚姫『ハイ、御親切有難う厶ります』 と俯向いて見せた。 高姫『これ初稚さま、一寸待つてゐて下さい。お父さまのあとを探して今直に屹度連れて参りますから』 と云ひながら羽ばたきしつつ欣々として森林の方に行く。高姫は森の茂みに隠れて後ふり返り舌をニユツと出し、いやらしい笑みを漏しながら独言、 高姫『何と云つてもヤツパリ子供だな。然しながらあの娘は何処ともなしに気高い処もあり、中々シヤンとした事を云ふ。あれをうまくチヨロまかし自分の子として置けば、三五教は吾手に握つた様なものだ。何と都合のいい事になつたものだな。これから一つでも、うまい物があつたら、あの娘に呉れてやり、そして十分懐かして置かねばならぬ。然し都合のいい事には杢助さまが私の夫だから、切つても切れぬ仲だ。ああ有難う厶ります、八岐の大蛇様、金毛九尾の大神様』 と口の中から囁いた。高姫は此声に驚いて目を怒らし、臍の辺を握り拳でトントンと打ちながら、 高姫『こりや、金毛九尾の悪狐奴、何と云ふ事を申すのだ。左様な事を申すと、もう此高姫は肉体を借さぬぞや。杢助さまや初稚姫の傍で、そんな事でも云うて見よれ。此高姫は立場がないぢやないか。改心致したと云うたぢやないか』 腹の中から、 (高姫に憑依している悪狐)『ここは誰も居ないから一寸云つて見たのだから、さう怒るものぢやない。メツタに人の居る処で正体は現はさぬから安心しておくれ』 高姫『よし、屹度守るか、うつかりした事を申すと常世姫の生宮が承知しませぬぞや。これから八岐大蛇や金毛九尾はスツカリ改心致して、あとへ日出神の義理天上が這入つてゐると何処までも主張するのだよ。よいか、分つたか。馬鹿な守護神だな』 腹の中から、 (高姫に憑依している悪狐)『何とまア、我の強い、向ふ息のきつい肉体だな、アハハハハ』 (大正一二・一・二〇旧一一・一二・四北村隆光録) |
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霊界物語 | 50_丑_祠の森の物語2 | 15 妖幻坊 | 第一五章妖幻坊〔一三〇九〕 春雨の降りしきるシンミリとした窓の中、四辺の空気も和らいで、物に熱し易い高姫の頭はどことはなしにポカポカと助炭の上に坐つた様な心持がする。高姫は腹中に潜める沢山のお客さまと、徒然の余り、斎苑の館を占領すべき空想を描いて、独り笑壺に入つてゐる。腹の中から義理天上と称する兇霊は、何とはなしに此頃は元気がよい。それは初稚姫が高姫の命令によつて、珍彦館に籠居し、暫く神殿又は大広前に姿を現はす事を禁じられ、且スマートを追ひ返したと云ふ喜びからである。併しながらスマートは変現出没自由自在の霊獣なれば、決して何処へも行つては居ない。只初稚姫の身辺近く侍し、人の足音が聞えた時は、早くも悟つて床下に身を隠すことを努めてゐたのである。高姫は一絃琴を取出して歌ひ始めた。無論高姫は琴などを弾く様な芸は持つてゐない。憑依してゐる蟇先生が肉体を自由自在に使つて、琴を弾ずるのであつた。 (高姫)『チンチンシヤン、シヤツチンシヤツチン、シヤツチン、チンチン 春雨にしつぽり濡るる露の袖 こつちが恋ふれば杢助さまも 同じ思ひの恋心 チンチンチン、シヤン……シヤンシヤン、シヤツチン、チンチリチン、チンーチンー すれつ、もつれつ、袖と袖 会うて嬉しき此館 玉国別の身魂をば 此高姫を守護する 義理天上日出神 深い仕組に操られ やうやう此処に宮柱 太しき建てて神々を 斎きまつりて珍彦や 静子の方を後におき 宮の司と相定め 後白浪と道晴別 其他の家来を引連れて 何処をあてとも永の旅 出で行く後に入り来る 神力無双の杢助さま 身魂の合うた高姫が 昔の昔の大昔 神の結びし縁にて やうやう此処に巡り会ひ 其神徳を世の人に 鼻高姫とホコラの森 二世も三世も先の世かけて 自由自在の麻邇宝珠 厳の身魂の玉椿 八千代の春を楽しみに 二人の仲は岩と岩 堅き契を結び昆布 神楽舞をば鯣の夫婦 実にも楽しき吾身の上 杢助さまも嘸や嘸 嬉しい事で……あらう程に 思へば思へば惟神 日出神の引合せ 厳の御霊の御守り 瑞の御霊の悪神が 千々に心を配りつつ 妨げなせど神力の 充ちたらひたる夫婦が企み とても破れぬ悲しさに 今は火となり蛇となりて 心をいらち胸こがし 騒ぎまはるぞ……いぢらしき。 シヤツチンシヤツチン、シヤツチンチンシヤツチンチン、チーンリンチン、チンリンチンリンチンツ、シヤーンシヤーン』 と弾き終り、一絃琴を傍に直し、膝の上に両手をキチンとついて、床の間の自筆の掛軸を眺めながら、 高姫『ホホホホ』 と嬉しげに笑ひ興ずる。妖幻坊は廁から廊下をドシンドシンと、きつい足音させながら襖をあけて入り来り、 妖幻坊の杢助『高姫、お前は不思議な隠し芸を持つてゐるのだな。俺は又そんな陽気な事はチツとも知らない、信仰一途の熱狂女だと思うてゐたよ。イヤもう感心した』 高姫『ホホホホ、能ある鷹は爪かくすと云ひましてな。今迄此高ちやまも、爪をかくして居つたのだが、今日は此通り春雨で、何とはなしに心が淋しいやうでもあり、花やかなやうでもあり、お琴をひくには大変に天地と調和が取れるやうな気分になつたものですから、久し振で一寸爪弾きをやつてみましたのよ』 妖幻坊の杢助『情趣こまやかに四辺の空気を動揺させ、次いで此杢助の心臓迄が非常に動揺したよ。俺も今迄永らくの間、斎苑の館に御用をして居つたが、二絃琴の音はいつも聞いて居るけれど、一絃琴はまだ聞き始めだ。一筋の糸の方が余程雅味があるねえ。一筋縄ではいかぬお前だと思つてゐたが、到頭正体が現はれよつたなア。アツハハハハ』 高姫『コレ杢助さま、余り揶揄つて下さるなや』 妖幻坊の杢助『カラが勝たうが日本が勝たうが、そんなこたチツとも頓着ないのだ。兎角浮世は色と酒だからなア。オイ高ちやま、一杯注いでくれないか』 高姫『杢助さま、貴郎は酒ばかり呑んで居つて、一度も神様に拝礼をなさつた事はないぢやありませぬか。神様にお仕へする者が、それ程無性では、皆の者の信仰をつなぐ事が出来ぬぢやありませぬか。貴郎が模範を示さなくちや、役員や信者迄が神様の御拝礼をおろそかにして困るぢやありませぬか』 妖幻坊の杢助『俺は斎苑の館に居つても総務をやつて居つたのだ。総務といふものは一切の事務を総理するものだ。祭典や拝礼などは、又それ相当の役員にさせばいいのだ。ここには珍彦といふ神司が置いてあるのだから、俺はマア遠慮しておこかい。何だか神様の前へ行くと恐ろしい……イヤイヤ恐ろしく霊がかかるので、又大きな声でも出しちや皆の者がビツクリするからなア。それで実は拝みたくつて仕方がないのだが、辛抱して御遠慮して居るのだ。吾々の身魂は霊国の天人だから、神教宣伝の天職が備はつてをるのだ。祭典や拝礼は天国天人の身魂の御用だ。神界には、お前も知つてゐるだらうが、互に其範囲を犯す事は出来ない厳しい規則が惟神的に定められてあるからな』 高姫『成程、それでお前さまは拝礼をなさらぬのだな。さうすると私は霊国天人ですか、天国天人ですか、何方だと思ひますか』 妖幻坊の杢助『勿論お前だつて、ヤツパリ霊国の天人だよ。それならばこそ義理天上さまが、毎日守護神人民に教ふる為に、神諭をお書きなさるぢやないか。其生宮たるお前はヤツパリ相応の理によつて、肉体的霊国天人だからなア』 高姫『流石は杢助さま、偉いものだなア。何だか私も此間から拝礼が厭になつて仕方がないのよ。又曲津が腹の中へ這入つて来やがつて、大神様を恐れるので、こんな気になつたのかと心配して居りました。併し、貴郎の説明に依つて何も彼も身魂の因縁がハツキリと分りました。ヤツパリさうすると、此高姫は偉いものだなア』 妖幻坊の杢助『そりやさうとも、杢助さまの女房になる位な神格者だからなア、お前も亦これでチツと筆先の材料が出来ただらう』 高姫『ヘン、馬鹿にして下さいますなや。人に教へて貰うて、筆先なんか書きますものか』 妖幻坊の杢助『それでも見てゐよ。キツとお前の筆先に現はれて来るよ。俺がこれだけお前に聞かしておくと、義理天上さまが成程と合点して、キツと明日あたりから、霊国の天人といふお筆先を御書きなさるに違ないワ。何せよ、模倣するのに長じてゐる肉宮だからなア』 高姫『お前さまが今言つた言葉は、決してお前さまの力ぢやありませぬぞや。義理天上さまがお前さまの身魂を使うて此高姫に気をつけなさつたのだよ。これ位な道理が分らぬ様な杢助さまぢやありますまい。お前さまが、こんな事を仰有るやうになつたのもヤツパリ時節だ。高姫に筆先を書かす為に、義理天上様が、お前さまの口を借つて一寸言はせなさつたのだから、これからの筆先はよつぽど奇抜なものが現はれますで、マア見てゐなさい。お前さまだけにはソツと見せて上げますワ』 妖幻坊の杢助『ハツハハハ、また出来上りましたら拝読を願ひませうかい』 高姫『杢助さま、一寸俄に神界の御用が忙がしうなつたから、貴郎はお居間へ行つて、お酒でもあがつて休んでゐて下さい。お前さまが側にゐられると、思はし筆先が書けませぬからなア』 妖幻坊の杢助『ハツハハハ、お筆先の偽作を遊ばすのに、私が居るとお邪魔になりますかな。それなら謹んで罷りさがりませう。御用が厶いましたら、御遠慮なくお召し出し下さいますれば、鶴の一声、宙を飛んで御前に伺候致しまする。ハハハハ、高ちやま、アバヨ』 と腮をしやくり腰を振り、ピシヤツと襖を締めて、吾居間へ帰りゆく。そして中から突張りをかへ、怪物の正体を現はしてグウグウと鼾をかいて寝て了つた。 高姫は俄に墨をすり、先のちびれた筆をキシヤキシヤとしがみ、墨をダブツとつけて一生懸命に書き始めた。一時ばかりかかつて書き終り、キチンと机の上に載せ独言、 高姫『義理天上さまも追々御出世を遊ばし、お書きなさる事が大変に変つて来た。こんな結構な教は人に見せるのも惜しいやうだ。併し之をイル、イク、サール、ハル、テルの幹部に読ましておかぬと、高姫の肉宮を安く思つて仕方がない。又肝腎の事が分らいではお仕組の成就が遅くなつて、どもならぬから、惜しいけれど、一つ此処へ呼んで来て拝読させてやらうかな。初稚姫にも聞かしてやれば改心するであらうか……イヤイヤ待て待てモウ暫く隠しておかう、発根と改心が出来たら読むやうになるだらう。何だか初稚姫は、私の筆先を心の底から信用してゐない様な心持がするから、読めと云つたら読むではあらうが、身魂の性来が悪いから、充分に腹へは這入るまい。杢助さまの教だと云へば、聞くかも知れぬが、さうすると日出神の神力がないやうにあつて、都合が悪いなり……困つた事だなア。待て待て、一つこれは考へねばなろまい。ウーン成程々々、イルに大きな声で拝読さしてやらう。そして珍彦の館へ、あの受付からならば突き抜けるやうに聞えるのだから、此結構なお筆を耳に入れたならば、イツカな分らぬ初稚姫も、成程と耳をすませ改心するに違ひない、此筆先で押へつけるに限る』 とニコニコしながら、書いた筆先二十枚綴を三冊ばかり、三宝に載せ、目八分に捧げ、襖をスツと開け、ソロリソロリと勿体らしく受付指して進み行く。受付では担当者のイルを始め、ハル、テル、其他の連中が胡坐をかいて自慢話に耽つてゐる。 ハル『オイ、イルさま、お前一体此受付で偉さうにシヤチ張つて居るが、月給は幾ら貰つて居るのだい』 イル『まだ珍彦さまが、定めて下さらぬのだ。ナアニ別に神様の御用するのだから、何なつとヒダルないやうにして貰へさへすりや、月給なんかいらないよ。結構な神様の御用をするならば、献労の積で、無報酬で御用さして頂きたい。併しながら高姫なんかの指図を受けねばならぬとすれば、相当の給料を貰はないと厭だなア』 ハル『それなら幾ら欲しいと云ふのだい』 イル『マア一ケ月十円位で結構だ』 ハル『貴様、バラモン教ではモチと沢山に貰うてゐたぢやないか』 イル『さうだ、五十円に一円足らずで、四十九円の月給だ。アハハハハ、ハル……併しお前は幾ら頂戴して居つた』 ハル『俺かい、俺はザツと十八円だ』 イル『成程、それでは毎日九円々々の泣暮しだな、エヘヘヘヘ』 と他愛もなく話に耽つてゐる。そこへ高姫は三宝に今書いたばかりの、まだ墨も乾いてゐないボトボトした筆先を目八分に捧げて入り来り、 高姫『コレ、皆さま、何を云つて居るのだい。お前さま達は、神様の御精神がチツとも分らぬ八衢人間だから困つて了ふ。受付といふものは、一番大切なお役ぢやぞえ。奥に居る大将は仮令少々位天保銭でも、受付さへシツカリしてさへ居れば、立派な御神徳が現はれるのだ。ここへ立寄る人民が、受付の立派なのを見て……あああ、受付でさへもこんな立派な人間が居るのだから、ここの教主は偉い者だらう……と直覚する様になるのだ。をかしげな、訳の分らぬ人間が受付に居らうものなら、何程教主が立派な神徳があつてもサツパリ駄目だからな。今義理天上様から、結構な結構なお筆先が出たによつて、ここで之を拝読いて、ギユツと腹に締め込みておきなされ。そして立寄る人民に此お筆先を読んで聞かすのだよ。併しお直筆は勿体ないから、お前さまがここで写して控をとり、お直筆をすぐ返して下され。結構な事が書いてあるぞや』 イル『ハイ、それは何より有難う厶ります。早速写さして頂きまして、拝読さして貰ひます』 高姫『ヨシヨシ、併しながら読む時には、珍彦さまの館へ透き通るやうな声で、読んで下されや』 イル『此お筆先はまだズクズクに濡れて居りますな、只今お書きになつたのですか』 高姫『ああさうだよ。今書いたとこだ。結構なお蔭を、ぢきぢきにお前に授けるのだから、神様に御礼を申しなさいや』 イル『エエ一寸高姫さまにお伺ひしておきますが、此お筆先は今書いたと仰有いましたね。それに日附は去年の八月ぢやありませぬか。貴女は八月頃には此処に居られたやうに思ひませぬがなア』 高姫『そこは神界のお仕組があつて、日日が去年にしてあるのだよ』 イル『さうすると、貴女は杢助さまに教へて貰つたのですな。それを教へて貰うてから書いたと云はれちや、義理天上様の御神徳が落ちると思うて、杢助さまに聞くより先に知つて居つたといふお仕組ですな。成程流石は抜目のない高姫さまだワイ』 高姫『コレ、訳も知らずに何を言ふのだい。義理天上様が、去年からチヤンと神界で書いて置かれたのだ。肉体が忙しいものだから、肉体の方が遅れて居つたのだよ。お前達は霊界の事が分らぬからそんな理窟を言ふのだよ。何事も素直にいたすが結構だぞえ。それが改心と申すのだからな』 イル『エツヘヘヘヘ、さうでがすかなア、イヤもう恐れ入りました、感心致しました、驚きました、呆れました、愛想が……尽きませぬでした。有難う厶いました』 高姫『コレ、イルさま、ましたましたと、そら何を云つてるのだい』 イル『エーン、あの、何で厶います、ましだ……と云うたのです。つまり要するに、日出神様のお筆先は、厳の御霊のお筆先よりも幾層倍マシだと思ひまして、ヘヘヘヘ一寸口が辷りまして厶ります。余り立派な事が書いてあるので、呆れたので厶います』 高姫『コレ、まだ読みもせない癖に、どんな事が書いてある……分るかなア』 イル『ヘ、エ、そこがそれ、天眼通が利くものですから、眼光紙背に徹すと申しまして、チヤンと分つて居ります』 高姫『さう慢心するものぢやありませぬぞや。サ、早く写していただきなさい』 と少しく顔面に誇りを見せて、反身になつてゾロリゾロリと天下を握つた様な態度で、おのが居間へと帰り行くのであつた。 (大正一二・一・二三旧一一・一二・七松村真澄録) |
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霊界物語 | 50_丑_祠の森の物語2 | 16 鷹鷲掴 | 第一六章鷹鷲掴〔一三一〇〕 イルは冷笑を泛べながら、高姫の御機嫌取りの為に、一間に入つて大速力にて書き写し、直様に直筆を右の手にひん握り、左の手に三宝を掴んで高姫の居間の前まで到り、元の通りキチンと叮嚀にのせ、目八分に捧げ、襖の外から言葉もいと荘重に、 イル『日出神の義理天上、只今御入来、アイヤ、高姫殿、此襖をあけめされよ』 と呼ばはつた。高姫は余り荘重な言葉に、ハテ不思議と襖をサツとあけ見れば、イルは筆先を載せた三宝を恭しく捧げ立つてゐる。 高姫『何だ、お前はイルぢやないか。腹の悪い、私を吃驚さしたがなア。ヘン日出神なんて、偉さうに云ふものぢやないワ。日出神様は此高姫の体内にお鎮まり遊ばすぞや。お前さまのやうなお方に、何うしてお鎮まり遊ばすものか』 イルは立ちはだかつたまま、 イル『アイヤ、高姫、よつく承はれ。日出神は汝が体内に宿ることもあり、又筆先に宿る事もあるぞよ。このイルに持たせた筆先は即ち日出神の御神体であるぞよ。或時は高姫の体内に宿り、或時は筆先に宿り、イルの肉体を以て之を守らせあれば、只今のイルは即ち義理天上日出神の生宮であるぞよ。粗末に致すと罰が当るぞよ。取違ひを致すでないぞよ。アフンと致して目眩が来るぞよ。日出神に間違ひはないぞよ。おちぶれ者を侮ることはならぬぞよ。何んな御方に御用がさしてあるか分らぬぞよ』 高姫『あああ、とうと、日出神様の御神徳に打たれて半気違ひになりよつた。これだから猫に小判、豚に真珠といふのだ。サ早く此方へかしなされ、日出神が二人も出来たら治まらぬからな』 と矢庭にパツと引たくらうとする。イルはワザとに三宝を握り締めた。高姫は力をこめて、グツと引いた拍子に、三宝の表と脚とがメキメキと音を立てて二つになつた。其勢に筆先は宙を掠めて、ゴンゴンといこつてゐた[※「いこって」…「いこる」は関西の方言で、炭に火がついて赤くなった状態。]炭火の中へパツと落ちた。忽ち三冊のお筆先は黒き煙の竜となつて天に昇つて了つた。 高姫『あああ、何の事ぢや、これ、イル、何うして下さる。折角神様がお書き遊ばしたお直筆を、サツパリ煙にして了つたぢやないか』 イル『何と日出神様はえらいものですな。たうとう結構な御神体が現はれました。貴女も御存じの通り、火鉢から火が出て日出神となり、あの通り黒い竜となり、煙に包まれて天上なされました。イヤ煙ではなからう、朝霧夕霧といふギリでせう。それだから義理天上日出神が御竜体を現はして天上なされました。何とマア貴女は御神徳が高姫さまで厶いますな。エヘヘヘヘ、イヤもう感じ入りまして厶います』 と口から出任せに高姫を揶揄半分に褒めそやした。高姫は怒らうと思つて居つたが、イルの頓智に巻き込まれ、嬉しいやうな腹立たしいやうな、妙な気分になつて、胸を撫でおろし、 高姫『お直筆は天上なさつたが、併しマアマア結構だ。お前が写しておいてくれたから、マ一度書き直さして頂かうかな。滅多にあんな結構なお筆先は出るものぢやないからな。コレ、イルや、早くあのお筆先の写しを、ここへ持つて来てくれ』 イル『ヘーエ、写さして頂かうと思ひましたが、何分御神徳が高いお筆先だものですから、後光がさしまして、サツパリ目がくらみ、一字々々其文字が鎌首を立てて、竜神さまになつて動くやうに見えるものですもの、到底吾々の如き神徳のない者では、写すことは愚か拝読くでさへも目がマクマク致します。それでお前さまに写して頂かうと思つて、此通り御神体をここ迄送つて来たので厶います』 と揶揄好のイルは、其実スツクリ写し取つて居ながら、ワザとこんな事を云ふ。 高姫『エーエ、気の利かぬことだなア、お前が能う写さな、なぜ他の者に写ささなかつたのだい』 イル『それでもイルに写せよと、貴女が御命令をお下しになつたものですから、日出神様のお言葉には背かれないと思うて、他の者には見せもしませなんだのですよ』 高姫『エーエ、気の利かぬ男だな。あああ、どうしたらいいかしらぬて……お前さまは暫く謹慎の為、彼方へ控へて居りなさい。そして受付はハルに申付ける。こんな不調法を致して、よい気で居るといふ事があるものかいな』 イル『ハイ、仕方が厶いませぬ。併しながら私の守護神が霊界で写したかも知れませぬから、もし出て来ましたら、勘忍して下さるでせうなア』 高姫『馬鹿な事を言ひなさるな。お前等の守護神がそんな事が書けてたまりますか。此高姫でさへも守護神が書くといふ事は出来ぬ故に、此生宮の手を通してお書きなさるのだ。エエ気色の悪い、彼方へ行つて下され。お前さまの面を見るのも胸クソが悪い。結構な結構なお筆先を三冊まで燃やして了うて、どうしてこれが神様に申訳が立ちますか』 イル『霊国の天人に会はうと思うて、義理天上さまが化相の術を以て、天上なさつたのかも知れませぬよ。さう気投げしたものぢや厶いませぬワイ』 高姫『エー喧しい、彼方へ行きなされ。グヅグヅ致して居ると、此箒が御見舞ひ申すぞや』 と顔を真赤にし、捨鉢気味になり、半狂乱になつて呶鳴り散らすのであつた。イルは、 イル『ハイ』 と一言残し、匆々に襖を開け閉めし、首をすくめ、舌を出し、腮をしやくりながら受付へ足音を忍ばせ帰つて来た。受付にはハル、テル、イク、サールの四人が筆先の写しをゲラゲラ笑ひながら読んでゐる。 イル『オイ、そんな大きな声で笑つてくれな、今義理天上が大変に怒つてゐるからな』 ハル『ナアニ、怒る事があらうかい。早く写して腹へ締め込みておいて下されよ……と云つて帰つたぢやないか。今一生懸命に他人の褌を締めこみてゐる所だ。アハハハハ』 サール『これ程分りにくい文字を写させておいて、何の為に高姫さまが、それ程怒るのだい。怒る位ならなぜ写せと云つたのだ。本当に訳の分らぬ事をぬかすじやないか』 イル『ナアニ、そりやそれでいいのだが、高姫の奴、とうと、過つて三冊の筆先を火の中へおとし、焼いて了ひよつたのだ。それで大変に御機嫌が悪いのだよ』 サール『イヒヒヒヒ、そりやいい気味だねえ、随分妙な面をしただらう』 イル『丸きり、竈の上の不動さまを焼杭でくらはした時のやうな面をしよつて、きつく睨みよつた。そして其写しがあるだらうから、すぐ持つて来いと云ひよつたので、俺は余り劫腹だから、あのお筆先は御威勢が高うて後光がさし、一字々々文字が活躍して、鎌首を立て竜神になつて這ひ廻るやうに見えたから、能う写しませなんだ……とやつた所、流石の高姫も真青の面して、其失望、落胆さ加減、実に痛快だつたよ。それだから大きな声で読むなと云ふのだ』 サール『アハハハハ、成程、其奴ア面白い。オイ皆の奴、此処で一つ大声を張上げて読んだろかい』 イル『そんな事したら、高姫がガンづくぢやないか』 サール『なアに、俺が廊下に見張をしてゐるから、向ふへ聞えるやうに読むのだ。そして高姫が来よつたら、筆先を尻の下へかくし、素知らぬ顔してるのだ。今読んで居つたぢやないかと云ひよつたら、イルの腹の中へ義理天上さまがお這入りになつて、あんな大きな声でお筆先を読まれた……とかませばいいぢやないか』 イル『なアる程、妙案だ、それでは俺が一つ読んでやらうかなア』 とサールを廊下に立番させ、ハル、テル、イクを前に坐らせ、イルはワザとに大声を出して読み始めた。 イル『義理天上日出神の誠正まつの、生粋の五六七神政の筆先であるぞよ。高姫の肉宮は、昔の昔の根本の神代から、因縁ありて、神が御用に使うて居りたぞよ。この肉体は高天原の第一の霊国の天人の身魂であるぞよ。高姫の身魂と引添うて、三千世界の守護がさしてありたぞよ。それについては杢助殿の身魂もヤツパリ霊国天人の生粋の身魂であるぞよ。霊国の天人の霊は結構な神の教を致す御役であるぞよ。祭典や拝礼などを致す霊は、天国天人の御用であるぞよ。併し乍ら世が曇りて、天人の霊は一人もなくなり、八衢人間が神の御用を致して居るぞよ。世界の人民は皆地獄の餓鬼の霊や畜生道の霊ばかりであるから、此世がサツパリ曇りて了うたぞよ。夜の守護であるぞよ。此暗くもの世を日の出の守護といたす為に、義理天上が因縁のある高姫の身魂を生宮と致して、三千世界を構ふ時節が参りたぞよ。変性男子の霊は日出神が現はれるについて、神から先走りに出してありたぞよ。そして変性女子の霊は此世を曇らす霊であるぞよ。此儘にしておいたなれば、此世は泥海になるより仕様がないぞよ。三千世界の救世主は此高姫より外にないぞよ。それについては杢助殿の霊は夫婦の霊であるから、高姫と引添うて御用させるやうに天の大神からの御仕組であるぞよ。初稚姫は杢助の御子であるけれども、霊の親子ではないぞよ。高姫も肉体上母子となりて居るなれど、霊から申せば天地の相違があるぞよ。高姫は一番高い霊国の天人の霊であるなれど、初稚姫は八衢の霊であるから、到底、一通りでは側へも寄りつけぬなれども、肉体が何を云うても、憐れみ深い結構な人間ぢやによつて、初稚姫を吾子と致して居るぞよ。初稚姫殿も改心を致されよ。杢助の子ぢやと申して慢心致すでないぞよ。それについてはイル、イク、サール、ハル、テル殿に結構な御用を致さすぞよ。此筆先は火にも焼けず水にも溺れぬ金剛不壊の如意宝珠であるから、粗末に致したら目眩が来るぞよ。珍彦の霊も静子の霊も誠に因縁の悪い霊であるぞよ。其中から生れた楓は、誠に了簡の悪い豆狸の守護神であるから、三人共に神が国替を致さして、神界でそれぞれの御用を仰せつけるぞよ。此筆先に書いた事は間違はないぞよ。初稚姫も改心を致して下さらぬと、何時舟が覆るか分らぬぞよ。可哀相な者なれど、霊で御用さすより仕様がないぞよ。虬の霊であるから、今迄はばりてをりたなれど、善悪の立別かる時節が参りて、高姫が此処へ現はれた以上は、到底叶はぬぞよ。皆の者よ、此筆先をよく腹へ締め込みておいて下されよ。杢助殿と高姫と夫婦になりたと申して、チヨコチヨコとせせら笑ひを致して居るなれど、人民の知りた事でないぞよ。神は何処迄も気を引くから、取違を致さぬやうに御用心なされよ。義理天上日出神の筆先は一分一厘間違ひはないぞよ。高天原の霊国の天人の一番天上の身魂であるぞよ。又杢助殿には大広木正宗殿の霊が授けてあるぞよ。今迄は摩利支天の霊が憑りて居りたなれど、神界の都合により、義理天上の命令により、大広木正宗の御用をさして、常世姫の肉宮と、末代の結構な御用を致させるから、杢助殿が何事を致しても申してもゴテゴテ申すでないぞよ。又初稚姫は我の強き霊なれども、日出神の神力に、トウトウ往生致して、四つ足のスマートを斎苑の館へ追ひ返したのは、まだしも結構であるぞよ。これからスマートを一息でも、此祠の森の大門へよこしてみよれ、初稚姫の体はビクとも動かぬやうに致してみせるぞよ。杢助殿は霊が水晶であるから、四つ足が来るのは大変御嫌ひ遊ばすぞよ。初稚姫が四つ足を連れて参りたトガメに依つて神罰を蒙り、命がなくなる所でありたなれど、神の慈悲によりて、杢助殿を身代りに立て、チツと許り疵を致させ許してやりたぞよ。これをみて初稚姫殿改心致されよ。神の御恩と親の御恩とが分らぬやうな事では、誠の神の側へは寄りつけぬぞよ。余り慢心が強いので親の側へ寄れぬぞよ。其方の改心が出来たなれば、義理天上が取持致して、杢助殿に会はしてやるぞよ。早く霊を研いて下されよ、神が前つ前つに気をつけるぞよ。義理天上日出神の申す事に間違ひはないぞよ。此筆先は義理天上の生神が高姫の生宮に這入りて書いたのであるから、日出神の御神体其儘であるから、粗末には致されぬぞよ。もし疑ふなら、火鉢にくべてみよれ、焼けは致さぬぞよ。それで誠の生神といふ事が分るぞよ。ぢやと申して、汚れた人民の手で、いらうたら、焼けぬとも限らぬから、余程大切に清らかにして下されよ』 と読み了り、 イル『ハツハハハ、甘い事仰有るワイ、火にも焼けぬ水にも溺れぬと仰有つた筆先が、パツと焼けたのだからたまらぬワイ。イヒヒヒヒ、これでは日出神も、サツパリ駄目だなア』 サール『それでも……汚れた人民が触りたら、焼けるかも知れぬぞよ……と書いてあつたぢやないか』 イル『ハハハ、そこが高姫の予防線だ。引掛戻しの所謂仕組をやつてゐよるのだ。兎も角小気味のよい事だなア』 サールは、いつの間にやら廊下の見張を忘れて、イルの前に頭を鳩め聞いて居た。そこへ高姫が筆先の声を聞付けて、足音忍ばせ、半分余り末の方を障子の外から聞き終り、 高姫『コレ、お前達、今何を言うてゐたのだい』 この声に、イルは驚いて尻の下に隠し、素知らぬ顔して其上に坐つてゐる。 高姫『コレ、此障子一寸あけておくれ、今何を云つてゐたのだい。お筆先を拝読いて居つたのだらう。そして大変に義理天上さまの悪口を云つて居つたぢやないか』 イルは小声で、 イル『オイ、サール、貴様番をすると吐しよつて、こんな所へ這入つてけつかるものだから、これ見ろ、とうと見付けられたでないか』 サール『ウン、マア仕方がないサ、……ヤア高姫様、ようこそお出で下されました。サ、お這入り下さいませ』 と突張のかうてあつた障子をサツと開いた。高姫は受付の間へヌツと這入つて来た。 高姫『コレ、イルさま、お前、筆先を写さぬと云つたぢないか。今読んで居つたのは何だいなア』 イル『ハイ、日出神様が、お前の体内にイルと仰有いまして、暫くすると、あんな事を私の口から仰有つたので厶います。誠に結構な御神勅で厶いましたよ。そして又蟇の守護神が私の肉体に這入り、高姫様や天上様の悪い事を申しますので、イヤもう困りました。何卒一つ鎮魂をして下さいな』 高姫『日出神さまなどと、悪神がお前を騙して真似を致すのだらう。それだからシツカリ致さぬと悪魔に狙はれると、何時も申してあらうがな。エーエ困つた事だ、サ、そこを一寸お立ちなされ。日出神が鎮魂をして上げるから……』 イル『イー、ウーン、一寸ここは退く訳には行きませぬ、尻に白根が下りましたので、痺が切れて何うする事も出来ませぬ。何卒又後から鎮魂して下さいな。ああ高姫さま、あの外を御覧なさいませ、大きな鷲が子供をくはへて、それそれ通ります』 と高姫の視線を外へ向け、手早く尻に敷いた写しの筆先を懐へ捻ぢ込み、席を替へようとした。されど余り慌てて、二冊は甘く懐へ這入つたが、まだ一冊尻の下に残つて居る。 高姫『コレ、イル、そんな事を申して、此高姫を外を向かせておき、其間に何だか懐へ隠したぢやらう、サ、其懐を見せて御覧』 イル『ヘー、此の懐は私の懐で厶います。何程一軒の内に住居して居つても、懐は別ですからな。珍彦様が会計して下さるので、私の懐まで御詮議は要りますまい』 高姫『一寸、お前さま、妙なものが憑つてゐるから、鎮魂して上げよう。私が坐らにやならぬから、一寸退いて下さい。お前さまが一番正座へ坐ると云ふ事は道が違ひますぞや』 イル『ハイ、承知致しました。ああ杢助さまが門を通らつしやるわいな』 と云ひながら、尻の下の残りの筆先をグツと取り、懐へ入れようとした。高姫は今度は其手に乗らず、イルの態度を熟視して居つたから、たまらぬ。矢庭にイルの懐へ手を入れ、三冊の写しの筆先を掴み出し、キリキリと丸めて、イルの鼻といはず、目と云はず、滅多打に打据ゑ、 高姫『オホホホホ、悪の企みの現はれ口、日出神には叶ひますまいがな。頓て沙汰を致すから、其処に待つて居るがよからうぞ。イク、ハル、テル、サールも同類だ。今に杢助さまと相談して、沙汰を致すから待つてゐなさい』 と憎々しげに睨みつけ、懐に捻ぢ込んで、サツサと吾居間に帰り行く。後見送つて五人は頭を掻き、冷汗を拭きながら、 五人(イル、イク、ハル、テル、サール)『あああ、サーツパリ源助だ、ウンウン、イヒヒヒヒ』 (大正一二・一・二三旧一一・一二・七松村真澄録) |
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霊界物語 | 51_寅_浮木の森の曲輪城 | 18 糞奴使 | 第一八章糞奴使〔一三三三〕 ガリヤ『文明花発三千国 道術元通九万天。 時節花明三月雨 風流酒洗百年塵。 黙然坐通古今 天地人共進退。 片々霊碁一局 家々灯天下花。 北玄武従亥去 東青竜自子来。 去者去来者来 有限時万邦春』[※読み下し例:文明の花は三千国に発(ひら)く/道術の元は九万の天に通ず/時節の花は三月の雨に明らかなり/風流の酒は百年の塵に洗ふ/黙然と坐して古今に通じ/天地人共に進退す/片々の霊碁一局/家々の灯り天下の花/北の玄武亥より去り/東の青竜子より来たる/去る者は去り来たる者は来たる/有限の時万邦の春] と救世教主の詠んだ詩を吟じながら朧月夜の光を浴びて、草鞋脚絆に身を固め、蓑笠金剛杖の扮装にてやつて来たのは、ランチ将軍の副官たりしガリヤであつた。道の傍に新しき墓が沢山に並んでゐる。ガリヤは陣中に於て浮木の森のマリーと云ふ妙齢の美人に慕はれ、滞陣中は間がな隙がな密会を続けて居た。マリーとの関係がついたのは、ランチ将軍が命令を下して、四辺の女は老幼の区別なく残らず引捕へて陣中に連れ行き、炊事其外の軍務に就かしめむためであつた。此時ガリヤは其役目に当つて、マリーの家にふみ込み来り老人夫婦に、 ガリヤ『此村の女は残らず軍務に徴集さるべし。就いては炊事のみならず、数多の猛悪なる兵士に凌辱を受くる惧あれば、今宵の中に女は残らず逃げ去れ』 と親切に云つて呉れた。マリーの父は此村の里庄であつた。直ちに村に其由を内通し、勝手覚えし山道を辿り、或は小北山又は思ひ思ひにパンを負うて山林に身を隠したのである。マリーは、ガリヤの親切な計らひによつて、村中の女は危難を救はれたのだ、自分は、 (マリー)『村中の女を代表し人身御供に上つても構はぬ。況んやバラモンの軍人とは云へ、之位やさしき武士が何処にあらうか。自分も夫を持つならば斯様な武士と添ひ度いものだ……』 と妙な処へ同情を起し、早くバラモン軍が自分を捕縛に来てくれまいかと、両親の止めるのも諾かず只一人家に待つてゐたのである。そして幸ひに此マリーの家はガリヤの宿所と定められたのである。ガリヤは他の同僚が一人も女を連れてゐないのに、自分のみ女を侍らして居つては将軍の手前は如何と気遣ひ、倉の中に忍ばせて隙ある毎に密会を続けてゐたのである。然るにマリーは身体日に日に痩衰へ、遂には鬼籍に入つた。そこでガリヤは夜密かにマリーの死骸を此墓所に葬り、目標を建てて置いたのである。俄に適当な目標もないので外の墓の石を逆様に立て、何時か時を見て立派に祀つてやらうと思つてゐる矢先、治国別に帰順したのである。ガリヤはクルスの森で百日の薫陶を受け、それよりテームス峠に於て、又もや第二回の薫陶を授かり、治国別の添書を得て、ケースと共に斎苑の館へ修業に行く途中であつた。彼は一度マリーの墓に詣り弔つてやらねばならぬ、それにはケースと同道しては都合が悪いと思つたので、 ガリヤ『一寸其辺まで芋を埋けに行つて来る、君は一足先へ行つてくれ、何れ浮木の森で追付くから……』 とうまくケースをまいて自分は谷川に入り、水をいぢり或は蟹を追ひかけ等して日を暮し、東の空からボンヤリとした月の出たのを幸ひ、此処までやつて来たのである。ガリヤはマリーの墓に近づき、涙ながら述懐して云ふ。 ガリヤ『水色の月光は流れ 真青に墓は並び立つ ああされどマリーの君よ 君は情焔の人魚に非ず 死を願ひつつ墓を抱き 吾を見捨てて遠く行きましぬ 後に残りし吾身は 潛々と涙を濺ぐ 君の心の紅絹は ガリヤの心を巡り やがて桃色の雰囲気は あたりを包む されど青き墓は 地に影さへも動かさず 君の姿のみ幻の如く月にふるひぬ ああ花は半開にして散りぬ 惜しむべきかな桃色の頬 月の眉、雪の肌 一度見まく欲りすれど 一度君に会はまく欲りすれど 今は詮なし諸行無常 是生滅法生滅々已 寂滅為楽頓生菩提と 弔ふ吾を 仇には棄てな桃色の君よ』 と慨歎久しうし、形ばかりの墓場に涙を濺ぎ、残り惜しげに墓場を辞し、又もや宣伝歌を歌ひながら、風薫る朧夜の月を浴びて進み行く。 ガリヤ『四方の山々春めきて吹き来る風も暖かく 今を盛りと咲き匂ふマリーに似たる桃の花 三月三日の今日の宵瑞の御霊の御教を 頸に受けてトボトボと天津御空に照りもせず 曇りもやらぬ春の夜の朧月夜の風光に 如くものなしと誰が言うた吾は心もかき曇り 朧の月を眺むれば千々に物こそ思はるれ 嘆ち顔なる吾涙乾く暇なき夜の旅 定めなき世と云ひながら花を欺くマリー嬢 吾を見捨てて墓を越え幽冥界に旅立ちぬ 悔めど帰らぬ恋の仲神や仏は坐さぬかと 思はず知らず愚痴が出る汝をば慕ふ吾心 仇に聞くなよマリー嬢向ふに見ゆるは浮木の里か 印象益々深くして恋に逍ふ益良夫の 心の空は烏羽玉の暗夜とこそはなりにけり ああ惟神々々御霊幸はひましまして 惑ひ来りし恋雲を晴らさせ給へ三五の 皇大神の御前に謹み敬ひ祈ぎまつる 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 大地は仮令沈むとも星は空より落つるとも 神に任せし此体三五教の御為に 尽さにや置かぬ益良夫のひきて返らぬ桑の弓 弥猛心を何処までも貫き通す神の道 進ませ給へ惟神神の御前に願ぎまつる』 と歌ひながら椿の花咲く木蔭までスタスタやつて来た。 ガリヤは椿の下の天然の石のベンチに腰を打掛け、火打を取出し煙草を燻べながら、浮木の森の彼方を眺め感慨無量の息を洩らしてゐる。 ガリヤ『有為転変は世の習ひ、変れば変るものだな。僅か四ケ月以前にはバラツク式の陣営が沢山に建て並べられてあつたが、何時の間にやら、大なる城廓が建つてゐるやうだ。はて、何人の住宅であらうか。合点の行かぬ事だな』 と独語ちつつ目をつぶつて考へ込んでゐる。何だか間近の方から人声が聞えて来る。ガリヤはツと立つて人声を当に月に透かしながら探り寄つた。見れば三人の男が萱の茂つた中に真裸となつて四這となり、思ひ思ひの事を囀つてゐる。 ガリヤ『はて不思議だ。春とは云へど夜分はまだ寒い。それに何ぞや、斯様な萱草の中に荒男が而も三人、何をして居るのだらう。ハハア大方、浮木の森の豆狸につままれよつたのだらう。一つ気をつけてやらねばなるまい』 と思つたが、又思ひ直して、 ガリヤ『待て待て彼等三人の言ひ草を聞いてから、何者だと云ふ事の、凡その見当をつけてからでなくては、如何なる災難に遇ふかも知れない。まづ凡ての掛合は相手を知るが第一だ』 と思ひ直して杖にもたれて覗く様にして考へ込んでゐた。 裸の一(裸の男一)『おい、転田山、あの摩利支天と云ふ奴、口ほどにない弱味噌だな。俺の反にかかりやがつて、土俵のド中央にふん伸びた時の態と云つたらなかつたぢやないか』 裸の二(裸の男二)『貴様は負田山だと名乗つてゐるが妙に強かつたぢやないか。大方向ふが力負したのかも知れないのう』 裸の男一『馬鹿云へ。俺が強うて向ふが弱かつたのだ。弱いものが負けると云ふのは何万年経つたつてきまつた規則だ。然し、彼奴は吃驚しやがつて雲を霞と逃げたぢやないか』 裸の男二『ナーニ、そこに居るぢやないか。アー、臭い臭い貴様、屁を垂れやがつたな。俄に臭くなりやがつたぞ』 裸の男一『馬鹿云へ、貴様も臭いわ。最前から何だか臭いと思つたが、よう考へりや相撲に呆けて忘れて居たが、古狸に撮まれて糞壺へ貴様と俺とが落ち込み、椿の下の泉で衣服を洗ひ、木に掛けて乾かす間に、寒さ凌ぎに相撲を始めたぢやなかつたかね』 裸の男二『ウン、さう云ふと、そんな気も……する様だ。此体が臭いのは洗ひが足らなかつたのに違ひないぞ。何程雑兵だと云つても、こんなに臭い筈はないからな』 裸の三(裸の男三)『こりや、二人の奴、貴様は狸に騙されよつたのだな。馬鹿だな』 裸の一(裸の男一)『アハハハハハ、あれ程沢山の相撲取や見物が来て居つたのは皆狸だ。オイ何処の奴か知らぬが、弱相撲、貴様だつてヤツパリ騙されて居つたのだよ』 裸の三(裸の男三)『馬鹿云へ。俺は貴様と相撲とつたのだ。貴様こそ狸を相手に挑み合つてゐたのだよ。あれほど沢山居つたが、人間はただの三人より居なかつたと見える。本当に馬鹿の寄合ひだな。オイ、貴様の本名は何と云ふのか。負田山、転田山では、テーンと分らぬぢやないか』 裸の男一『俺の本名が聞きたくば、貴様から名告れ、そしたら云ひ聞かしてやらう』 裸の男三『俺の名を聞いて驚くな。バラモン軍のランチ将軍が副官ケースの君だぞ』 裸の男一『何だ、そんな肩書をふり廻したつて今時通用しないぞ。某こそは三五教の未来の宣伝使初公別命だ。もう一人は徳公別命だぞ』 ケース『お名を承はりまして初めて呆れ返りました。如何にも下賤愚劣のお方で厶るな』 初『きまつたことだ。神変不思議の力を有する、何うしても解せぬ男だらう。酒を飲めばグレツく事は天下の名人だ。小北山の初公と云ふより下賤愚劣と云つた方が、よく通つてるからな、アハハハハ』 ガリヤは、 ガリヤ『ハハア、ケースの奴、狸にチヨロまかされ相撲とりよつたのだな。そして糞壺へはまつた奴と取組みよつたと見える。何だか臭くなつて来たぞ。一つ大声を出して呶鳴り、眼を醒してやらなくちや駄目だ』 と云ひながら臍下丹田に息をつめ(大声)『ウー』と発声した。三人は猛獣の襲来かと早合点し、赤裸の儘ノタノタと這ひ出し、何れも云ひ合した様に椿の根元に集つて了つた。 ガリヤ『オイ、お前はケースぢやないか。拙者はガリヤだ。何だ、こんな処へ赤裸になりよつて……』 ケース『ウン、兄貴か、もう一足早く来ればよかつたにな。大変狸相撲がはづんでゐたよ、アハハハハ』 初『エヘヘヘヘ』 徳『臭い臭い臭い、ウツフフフフ、糞面白うもない。糞にされて了つた』 ケース『揃ひも揃つて臭い野郎だな』 ガリヤ『アハハハハ、ああもう夜が明けた』 三人は泥まぶれの顔をして其処等を見まはした。糞まぶれの着物は異様の臭気を放ち、傍の青木の枝に烏の死んだのを水に漬けた様な形になつてブラ下つて居る。椿の下の清泉は……と覗いて見れば臭気紛々たる肥壺であつた。金色の蠅がブンブンと四人の顔を目標に襲撃し、目をせせつたり鼻の穴へ潜伏したり、口の角などを頻りにいぢり出した。 『此奴ア堪らぬ』 とガリヤ及び三人の裸は一生懸命に北へ北へと逃げて行く。 (大正一二・一・二七旧一一・一二・一一北村隆光録) |
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霊界物語 | 52_卯_小北山の文助の改心物語 | 10 霊界土産 | 第一〇章霊界土産〔一三四六〕 小北山の神殿にては、文助が蘇生したる其祝意を表する為に、盛大なる祭典を行ひ、且直会の宴を張つた。松姫を始め其他一般の役員信者は大広前に集まつて、文助が神より与へられたる広大無辺の神徳にあやからむと参籠せる信者は各宿舎より来つて歓喜の神酒に酔うた。文助はソロソロ歌ひ出した。 文助『無限絶対無始無終生死の上に超越し 此世を造り給ひたる皇大神の神徳に 生れ出でたる人草は何れも神の子神の宮 永遠無窮の生命を保ちて顕幽両界に 生き通し行く尊さよわれは一度大神の 恵の綱にあやつられふとした事より霊界に 知らず知らずに突入し山河草木悉く 現実界に変りなく大地の上を歩みつつ 吾身の嘗て死去したる事は一つも知らざりき 之を思へば人の身は神の教にある如く 不老不死にて永遠に神の御国に栄え行く 霊物ぞと知られけるああ惟神々々 一度神の御国へ旅立したる愉快さは 醒めて此世にありとても容易に忘るることを得ず 実にも楽しき霊界の光は今に現然し 宛然高天の神界に身をおく如き心地なり 松姫司や其他の百の司の介抱に 再び現世に立帰り四方の有様伺へば 実にも此世は娑婆世界罪に汚れし状態に 彷徨ふものとの感深し神霊界に至りては 目かひの見えぬ吾々もすべての物をありありと 残る隈なく目撃し殊更気分も麗しく 身も軽々と道を行く地上の世界を行く如き 苦痛は少しも知らざりき現界人は気を急ぎ 足を早めて道行けば必ず呼吸切迫し 心臓の鼓動忽ちに烈しくなりて息塞り 喉は渇き汗は出で足は疲れて苦しさを 覚ゆるなれど神界の旅行は之に相反し 何の苦もなく易々と思ひの儘に進みけり 実にも此世は苦の世界厭離穢土ぞと言ふことは 只聖人の方便と思ひそめしは誤謬と 深くも感得したりけり抑も神の坐す国は 恨み嫉みも醜業も塵ほどもなきパラダイス 愛と善との徳に充ち信と真との光明に 輝き渡り日限も土地さへ知らぬ長閑なる 常世の春の如くなり之を思へば大神の 仁慈無限の御経綸ゆめゆめ疑ふ余地もなし 此大前に参集ふ信徒等よ司等 人の此世にある時は時世時節に従ひて 国の掟をよく守り五倫五常の大道を 明め悟り実行し最第一の神の国 開き給ひし大神の其神格を理解して 善と真との徳を積み神より来る美はしき 智慧証覚に充たされて仮の浮世の生涯を 完全無欠に相送り凡ての罪を大神の 御前にひれ伏し悉く悔い改めて天国の 門戸を開く準備をば此文助は云ふも更 皆さま心を一つにし身の行ひを慎みて 神の御国の御為に吾三五の大道を 尽しまつらむ神力を具備させ給へと大前に 祈れよ祈れ百の人これ文助が霊界に 至りて親しく見聞し実験したる物語 黄泉路帰りの礼祭に集ひ給ひし人々に 土産話と述べておくああ惟神々々 御霊幸はひましませよ朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 少しも動かぬ神の国常住不断の信楽に 身をおくならば何事も恐るることやあらざらむ 省み給へ百の人われ人ともに慎みて 此神国に生れたる恵に報いまつるべく 心の限り身のきはみ誠を捧げまつるべし ああ惟神々々神の御前に文助が 見聞したる一端を此処に謹み述べ終る ああ有難し有難し限りも知らぬ神の恩 果てしも知らぬ御稜威』 と歌ひ了り、一同に向つて自分が仮死中種々親切な介抱に預かつたことを感謝し、且将来の自分の神に仕ふる方針に就いて略叙し自席に着いた。次に松姫は歌ふ。 松姫『高姫司の開きたるウラナイ教によく仕へ 支離滅裂の教義をば至善至美なる大道と 渇仰したる受付の文助さまも漸くに 三五教の御光に照らされ給ひ大神の 誠の心を理解して朝な夕なに神殿に いと忠実に仕へたる誠の信者となり給ふ かかる尊き真人を惜しみ給ひて神々は 再び此世に追ひ返し現実界に残したる 其神業を完成し神の御前に復命 申させ給はむ御心仰ぐも畏き次第なり 此世を造りし神直日心も広き大直日 只何事も人の世は直日に見直せ聞直せ 身の過ちは宣りかへと善言美詞の詔 深遠微妙の真理をば含ませ給ふ有難さ 初公、徳公両人は妖幻坊や高姫の 醜の曲津に欺かれ朝な夕なに大神に いと忠実に仕へたる此真人を打擲し 仮死状態に至るまで悩めしかども翻り 其真相を思惟すれば之も全く神界の 不可知的なる御経綸文助さまは其為に 願うてもなき霊界の真相までも探険し 再び此世に帰り来て世人を導き給ふべく 計らひ給ひし事ならむああ惟神々々 只何事も神様に任しておけば怪我はない 何程人が利口でも物質界に住む上は 幽玄微妙の神界の深き真理は分らない 卑しき弱き人の身で何程真理を究めむと 焦慮するとも無益なり文助さまの物語 聞くにつけてもヒシヒシと胸にこたえて吾魂は 俄に向上せし如く神の御国の有様を いと明かに悟り得し歓喜の心に充たされぬ いざ之よりは松姫は文助さまを師父となし すべての執着排除していと忠実に仕ふべし 許させ給へ真人よ朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも少しも動かぬ神の国 現実界の人々の計り知らるる事ならず ああ惟神々々神のまにまに進むより 吾等は手段なきものぞ初稚姫の神司 天国浄土や地獄道中有界の状態を いと懇に説き給ひ帰りましたる其後へ 文助さまの甦り右と左に真人が 現はれまして霊界の其真相を詳細に 教へ給ひし有難さああ諸人よ諸人よ 此世に命のある限り神に親しみ神を愛し 善と真との徳を積み生きて此世の範となり 死しては神の御使と仕へまつらふ其為に 三五教の御教を心ひそめて拝聴し 処世を誤ること勿れああ惟神々々 神の御前に此度の恵を感謝し奉る』 イクは立上つて歌ひ出した。 イク『ああ有難し有難し思ひ掛なき神界の 深遠微妙の経綸を今目のあたり明かに 説き示されし吾々は此世の中の人として いと幸福の者ぞかし文助さまの物語 松姫さまの御教訓聞くにつけても何となく 心は勇み腕は鳴り只一刻もグヅグヅと して居れないよな心持俄に湧き出し全身の 血は漲りて歓楽の涙は胸に溢れけり さはさりながら命とも柱杖とも頼みてし 初稚姫の神司夜前の騒ぎを他所にして 出で行きますとは何事ぞかかる優しき神人も 文助さまの危難をば他所に見すてて帰るとは 合点の行かぬ節があるとは言ふものの吾々は 向ふの見えぬ愚か者智慧証覚に秀れたる 愛と信との善徳を身に帯び給ひし姫君の 心は如何で吾々の小才浅智の知悉する 限りにあらずと諦めて此上何にも言ひませぬ さは言へ吾はどこ迄も初心を貫徹せにやならぬ 初稚姫に相反き仮令地獄に堕つるとも 神の御為世の為に尽す誠の益良夫を 神は必ず救ふべし松姫様よお菊さま 其外百の司たちいかいお世話になりました 之より私は小北山神の御前に拝礼し 膝の栗毛に鞭うつて特急列車に身を任せ 矢を射る如く御後をつけて行かねばおきませぬ 我慢の強い男だと必ず笑うて下さるな バラモン軍の猪突武者首もまはらぬ男だと 今迄言はれて来たけれど夜光の玉を保護しつつ 常世の暗を踏み分けて浮き瀬に悩む人々を 神の光に照らしつつ舎身の活動継続し 首尾よくハルナに立向ひ大神業に参加して 斎苑の館に復命申さむ折は小北山 大神殿に参詣で山と積れる御話を 皆々さまの御前に申上ぐべき時こそは 今より楽しみ待たれけるああ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 と歌ひ了り、サールを促して早くも此場を立出で、初稚姫の後を追はむとした。松姫は百方言葉を尽して、イク、サールの出立を止むべく、初稚姫の意を体して説き諭した。されどはやり男の猪武者、いかでか其言葉に耳を傾くべき。サールと共に小北山を拝礼し、善一筋の心を渡す一本橋、二人の身なりも怪シの森、運ぶ歩みも浮木ケ原を指して進み行く。 (大正一二・一・三〇旧一一・一二・一四松村真澄録) |
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霊界物語 | 52_卯_小北山の文助の改心物語 | 20 険学 | 第二〇章険学〔一三五六〕 四人は妖幻坊の変化なる高宮彦の巨大な姿に内心打驚きながら、心に深く神を念じ、吾身に危害の加へらるる事あらば、速に助け給へと祈つてゐた。妖幻坊はカラカラと打笑ひ、 妖幻坊『其方はハルナの都の大黒主が部下、ランチ、片彦将軍の側近く仕へて居つたガリヤ、ケースであらうがな。そして二人は初公、徳公の両人、随分貴様も悪事にかけては抜目のない代物だ。今は殊勝らしく三五の教に帰順してゐるが、一つ風が吹けば、又もや悪道へ逆転致す代物だらう。ても扨ても意気地のないヘゲタレ男だなあ、アハハハハ』 と嘲弄されてガリヤは躍起となり、両手の拳を握り、歯ぎしりをしながら、 ガリヤ『拙者は如何にもバラモン軍に仕へて居つたガリヤである。併しながら決して変心致す様な意気地なしでは厶らぬぞ。誠の道を悟つた上は、将軍よりも城主よりも尊いのは宣伝使だ。堂々たる大黒主が三軍を叱咤し、生殺与奪の権を握つて世界を睥睨し、ハルナの都に金殿玉楼を構へ、城寨を築いて、堅牢無比の鉄壁と構へてゐるなれども、拙者は左様なものが何になるか。天に聳ゆる天主閣や隅櫓、まつた、大理石を以て畳み上げられた王宮、左様なものは今にメチヤメチヤになつて了ふであらう。そして其跡は満目荒涼たる雑草の野辺と変じ、八重葎の軒に茂るに任すのみ、果敢なき運命に陥るは目のあたりだ。其如く此高宮城も、やがては凋落の運命に陥るであらう。高宮彦が何だ。曲輪城の城主が何偉い。愛善の徳と信真の光によつて、永久不滅の生命力を有する信仰其ものより外には、世の中に決して尊きものはない筈だ。世の中の利巧な愚物や俗漢が、畢生の事業とか、政権とか、利益とか、株式だとか云つてゐるやうな、十年もたたずに亡びて了ふやうなものが何になるか。吾々は此真理を悟つたが故に、バラモンの軍籍をすてて、永久不滅の生命に入るべく信仰の道を辿つたのだ。何だ高宮彦、吾々元バラモン軍の営所を何時の間にか修繕致し、黙つて占領致すとは不都合ぢやないか。サア、誰にこたへて、斯様な立派な城廓を造つたのだ。返答聞かして貰はうかい』 と何時の間にやら恐怖心は何処へか行つて、腕を打ち振り、勇気百倍して無性矢鱈に喋り出した。妖幻坊は大口をあけて高笑ひ、 妖幻坊『アツハハハハ、叩くな叩くな、へらず口を叩いてそれが何になる。末の百より今の五十、人間は太く短く暮せば可いのだ。コリヤ其方共、吾城内に来つて其荘厳に打たれ、且物質的方面の如何に荘厳優美にして且華美なるかを、チツとは研究したがよからうぞ。何事も見学の為だ。どうだ、城主が直接に許すといふのだから大丈夫だらう』 ガリヤ『ヤア、高宮彦とやら、僅か三四ケ月の間に、斯様な立派な普請をなさるとは、ガリヤに取つては不審千万、合点が参らぬで厶る。そして此浮木の森は妖怪変化出没し、行人を苦しむるや実に名状す可らざる魔窟である。斯様な処に城廓を構へるやうな奴は、只の狸ぢやあるまい、気の利いた化物はすつ込む時分だ、サ、どいたりどいたり』 妖幻坊『アハハハハ、お疑は御尤も千万、拙者は決して怪しき者では厶らぬ。元は拙者も三五教の宣伝使なりしが、思ふ仔細あつて、斎苑の館を脱退し、吾名を高宮彦と改めて、ここに君臨致したものだ。其方も三五の道に帰順した以上は、一度ここへ参拝致さねばなるまい。実の所は、某は初稚姫の父親なる時置師の杢助だ。どうぢや、一度休息して行く気はないか』 ガリヤ『どうも合点の行かぬ事になつて来た。ああ併しながら此浮木の森は吾々が稍暫し住みなれて、地理もよく知り居れば、有為天変の世の有様を目撃するも亦一興、然らば御免を蒙つて拝見さして頂かうかな。各方如何で厶るかな』 とガリヤは三人に問ひかけた。三人は無言のまま首を下げて賛成の意を表した。 ガリヤ『然らば高宮彦殿、ガリヤ以下一同、御世話になりませう』 と口ではキツパリ言ひ放つたものの、心の中で思ふやう、此奴アどうしても妖怪の親玉に相違ない。此方の方から甘く騙されたやうな風を装ひ、スツカリ様子を考へた上、三五教の神力に帰順させるか、但は根底から打ち亡ぼしてやるか二つに一つの思案だ。これも何かの神様のお仕組だらう……と心にうなづきながら、さあらぬ体にて妖幻坊の言葉に従ふ事となつた。妖幻坊は俄に顔色を和らげ、言葉も叮嚀に、 妖幻坊『イヤ各方、それでこそ三五のピユリタンで厶る。拙者の娘初稚姫も奥に控へ居れば、一度は会つてやつて下さい。親の口から褒めるぢやないが、実に天稟の美貌だ。こんな武骨な男に、なぜあんな娘が出来たかと思へば実に不思議だ。之も要するに天の配剤でせう、アハハハハ』 ガリヤ『何と仰有います、有名な初稚姫様がお出になつて居りますか。ソリヤ一度ガリヤも是非お目にかかりたいもので厶います』 ケースは、 ケース『まだ独身でゐられますかな』 妖幻坊『ハイ、独身者で厶いますよ。どうか適当な夫があれば、持たせたきものと、親心で朝な夕なに祈つて居りました。どうやらここに初稚姫の夫として恥かしからぬ御方が、たつた一人交つて厶るやうだ。イヤ是も天の時節が来たので厶らう、アハハハハ』 ガリヤは何、此妖怪奴、其手は喰はぬぞ……と腹の中できめてゐたが、ケース他二人はスツカリ降参つて了ひ、そして此中に初稚姫の婿となるべき者があると云つたのは誰であらうか、ヒヨツトしたら俺であるまいかなどと、互にニコニコしながら跟いて行く。 ケース『エーもし城主様、初稚姫様の夫になるやうな男は、ケースの眼からは、生憎此処には居らないぢやありませぬか。何れもへボクチヤ男ばかりですからな。此中に一人は、それでも可成り及第する奴があるかも知れませぬな』 妖幻坊『どうか其方を養子となし、ここの城主になつて貰ひたいものだ』 ケース『成程、実に立派なお屋敷で厶いますな。私が将軍の副官をして居つた時にや、半永久的の建物で、見る影もなき粗末至極な陣営でしたが、貴方の御神力は偉いものです。少時の間に斯様な事にならうとは、此ケース、実に夢にも思ひませぬでした。実に立派なもので厶いますワ。私此様な親が持ちたいもので厶います、オホホホホ』 妖幻坊『サ、私のやうな男にでも、子になつてくれる人がありませうかな。初稚姫が見たら、さぞ此四人の中の一人に目をつけて喜ぶ事でせうよ』 ケース『そして貴方のお目に止まつた男といふのは誰で厶いますか。ガ印ですか、但はハかトかケか、どちらで厶いませうな』 妖幻坊『ケのつくお方でせう』 ガリヤは、 ガリヤ『ハハハハ、ケのつく、獣先生にはよい対象だ、ハハハハ、ヤツパリ霊相応かな』 と呟いた。されど妖幻坊も他の連中も、一生懸命に話に実が入つて、ガリヤの囁きに気が付かなんだ。 漸くにして菫、蒲公英、紫雲英などの美しく咲きみちた城内の広庭をよぎりながら、金色燦爛たる隔ての門を幾つともなく潜つて玄関口についた。ここには七宝をもつて飾られたる卓子や椅子が並べられ、大きな瓶に芳香馥郁として咲きみちたる白梅の花が活けられてあつた。妖幻坊の高宮彦は先に立つて、玄関を上り行く。八人の美しい美女は満面に笑を湛へて、四人の手を一本づつ取り、各居間へ導いて行く。 (大正一二・二・九旧一一・一二・二四松村真澄録) |