| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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霊界物語 | 32_未_南米物語4 アマゾンの兎の都 | 19 軽石車 | 第一九章軽石車〔九一〇〕 今までバラモン教の教主となり、高照山の山麓に宏大なる館を造り、其勢力を四方に拡充したる石熊は、乾の滝に禊をなす折柄、大蛇に魅入られ、身体強直し、今や危機一髪の際、末子姫の一行に言霊を以て救はれ、茲にいよいよ三五の教に帰順し、テル山峠を乗越え、巽の池の魔神を言向け和さむとして大失敗を演じ、腰を抜かし、一時は両脚の自由を失ひ困窮の折柄、カールの奇智によりて助けられ、カールの後を追つかけ、末子姫の御後を慕ひて此処に参ゐ詣で、バラモン教の信徒を悉く三五教に導き高照山の霊場をウヅの館の末子姫が出張所となし、捨子姫、カールの両人をして、此神館を守らしめ居たりしが、此度言依別命、ウヅの館へ降り来れるを機会に、石熊はカールを招き、春彦を伴ひ、言依別の教主に従ひ、アマゾン河に立向ひ、漸くにして一行一八人と共に、ウヅの都に凱旋し、見れば思ひもかけぬ神素盞嗚大神の御降臨と聞き、歓喜の念に堪へず、茲に祝歌をうたつて舞踏し始めた。其歌、 石熊『常世の国の自在天大国彦や大国別の 神の命の樹て給ふバラモン教の御教を 此上なき救ひの道となし心の限り身の限り 神の御前に仕へつつ沐雨櫛風の労を積み 教を四方に開きつつ三五教を目の上の 敵と思ひあやまりて教の御子をウヅの国 これの館に忍ばせていろいろ雑多と画策を めぐらし来りし愚かさよテル山峠の中腹に 高くかかれる大瀑布乾の池より降り来る 水に身魂を清めつつ天眼通の神力を 授け給へと祈る折吾身体は強直し 身動きならぬ不思議さに仰いで瀑布を眺むれば さも恐ろしき大蛇奴が眼を怒らしつ口開き 呑み喰はむと構へ居る其恐ろしさ身も震ひ 胸も轟き悩む折忽ち聞ゆる三五の 誠の道の宣伝歌近付き来る嬉しさに 以前の心を取直し私に感謝し居たりしが 三千世界の救世主神素盞嗚大神の 八人乙女の末子姫捨子の姫を伴ひて 吾側近く仕へたるカールの司を先頭に 悠々進み来りまし九死一生の危難をば 安々救はせ給ひつつ大蛇に向つて言霊の 恵も深き露の玉注がせ給へば流石にも 獰猛なりし曲神は涙を流し喜びて 執着心を解脱なし恵の綱に曳かれつつ 雲を起して天上に喜び勇み昇りゆく あゝ惟神々々神の恵の尊さよ 末子の姫に従ひてテル山峠の峻坂を 登りつ下りつ楠の樹蔭に一夜の雨宿り 末子の姫の一行と巽の池に立向ひ 世人を悩め喰ふなる大蛇を言向け和さむと 心も勇み進み行く神徳足らぬ石熊が 宣る言霊は忽ちに大蛇の怒を激発し 風吹き荒び浪猛り雨は車軸と降り来り 何と詮方なき儘に兜を脱いで三五の 神の司の御前に心の罪を謝しければ 末子の姫は忽ちに厳の言霊宣り上げて 雲霧四方に吹払ひ波をば鎮め雨を止め 稜威の神力目のあたり示させ給ふ尊さよ 忽ち大蛇は解脱して巽の池の波を割り 姿を此処に現はしつ感謝しながら空高く 雲を起して昇り行く末子の姫の一行は 神業終へて池の辺を後に眺めて去り給ふ いかにやしけむ石熊は両脚自由を失ひて 行歩も自由にならざればカールの司を呼びとどめ 救ひを求め鎮魂の其神業を頼めども カールは如何思ひけむ口を極めて嘲弄し 尻をからげて逃げ出す其無念さに腹を立て カールの司思ひ知れ仇敵を討たねばおかないと 雄健ぶ機に両脚は思ふが儘に活動し カールの後を追ひながらウヅの館に来て見れば 末子の姫や捨子姫松若彦の真心を こめさせ給ひし御待遇嬉し涙に暮れ果てて 殊恩を感謝し忽ちにバラモン教の信徒を 三五教に導きて帰順の誠を表しつつ 朝な夕なに神前に仕へまつりし折柄に げに有難き三五の言依別の神司 此処に現はれ給ひつつ尊き教を宣り給ふ あゝ惟神々々神の恵の有難や 辱なしと真心を捧ぐる折しも瑞御霊 神素盞嗚大神は捨子の姫の口を藉り アマゾン河の森林に立向ひたる高姫や 鷹依姫の応援に早く向へと宣り給ふ 其神勅を畏みて言依別の大教主 正純彦を始めとしカール、石熊、春公を 伴ひ館を立出でて千里の原野を打渉り 帽子ケ岳に立向ひ国依別の神司に 対面されて琉、球の玉の光りにアマゾンの 河の魔神や森林の猛き獣の荒びをば 言向け和し霊光に照らさせ給ふ有難さ 鷹依姫や高姫の神の司と諸共に 帽子ケ岳に相会し教主の君に従ひて 身も勇ましくウヅ館凱旋したる目出度さよ あゝ惟神々々神の恵みの浅からず 朝な夕なに恋ひしたふ瑞の御霊の救世主 神素盞嗚大神は斎苑の館を立出でて 自ら此処に降りまし汚れ果てたる吾々が 身魂を清め与へむと御幸ありしぞ有難き あゝ惟神々々神の恵を蒙りて 心きたなき石熊の重き罪をば赦せかし 千代に八千代に神恩の尊き限りを忘れずに 孫子に伝へていや固く仕へまつらむ惟神 瑞の御霊の大御神国魂神の御前に 神寿ぎ言を宣りあげて畏み畏み願ぎ申す あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と自分の懺悔や経歴を語り、且つ瑞の御霊の大神の降臨ありし事を感謝し、自席に復しぬ。 カールは又もや立上つて両手を拍ち、腰を振り、面白く踊りながら歌ふ。 カール『罪もカールの神司口もカールの神司 手足もカールの神司カールガール皆さまが 尊き歌を誦みながら踊つて舞うて来歴を 数千万言並べ立て最後に至つて救世主 神素盞嗚大神のウヅの館に天降り ましましたりと聞くよりも手の舞ひ足の踏み所 知らぬ許りの嬉しさを得意の言霊運転し 高尚優雅に述べ上ぐるあゝ惟神々々 カールも一つ驥尾に附し何か歌はにやなるまいと 此場にスツクと立上り得意の手踊りお目にかけ 言霊車押しませうバラモン教の神司 頭の固き石熊が高照山の山麓に 教の館を構へつつ猜疑の心深くして 三五教を邪魔助と朝な夕なに思ひつめ ウヅの館にまはし者信者に化かして入りこませ あらゆる手段をめぐらして漁夫の巨利をば占めむとす 其憎さげな行動を顛覆さしてくれむずと 松若彦の前に出で心の丈を打開けて 願へば松若彦の神暫し首を傾けて 吐息をもらし宣らすやうあゝ是非もない是非もない カールの勝手にするがよい石熊館に忍び込み 偵察するのはよけれども虜になつてくれるなよ お前の心はブカブカと信仰きまらぬ浮草よ 昨日はこちらの岸に咲き今日は向方の岸に咲く 安心ならぬと宣へばカールは左右に首をふり 私も男で御座ります石熊如何に弁舌を 揮つて籠絡しようともどうしてどうして動きませう 必ず心配遊ばすな細工は流々仕上がりを 見てゐて下されませいやとバラモン教に化けこんで 石熊さまにお気に入りお側の重き役となり 信任されたる苦しさよ頃しもあれや素盞嗚の 神の尊の貴の御子末子の姫や捨子姫 遠き波路を打渡りウヅの館に出でますと 天眼力かは知らねども石熊さまが前知して 吾々五人をテル山の峠を越えてハル港 二人の女を待伏せてものをも言はせずフン縛り 高照山に帰れよとさもいかめしき御命令 心そぐはぬ五人連れ黄昏過ぐる芝の上 息を休らふ折柄に片方の木蔭に怪しくも 細く聞ゆる怪声に伴れの奴等は肝つぶし バラバラバラと逃げて行くカールは後に只一人 木蔭に佇み伺へばこれこそ確に末子姫 捨子の姫と知つた故テル山峠の案内に 仕へまつりて登る折水音高き滝の声 末子の姫の命令に乾の滝に往て見れば 豈計らむや石熊の神の司は滝の下 化石の如く固まりて両眼計りキヨロつかせ 苦み居たる気の毒さ末子の姫の言霊に 大蛇の霊を解脱させ石熊さまを従へて テル山峠の急坂を節面白く歌ひつつ 降り降りて楠の森短き夏の一夜を 明かして巽の池の辺に迎への人と諸共に 一行七人立向ひ石熊さまの言霊に 大蛇の神は怒り立ち形勢不穏となりければ 末子の姫は厳かに貴の言霊宣り給ひ 大蛇を言向け和しつつ天に救はせ給ひける 石熊さまは腰抜かしアイタヽタツタアイタヽヽ どうしたものか俺の足一寸も云ふ事ききよらぬ 助けて呉れよと泣き出す妙なことをば云ふ人ぢや 耳なら如何に遠くても聞くであらうが足が又 耳の代りをするものか早く立て立て早立てと 言霊車を押しつれど躄になつた石熊は 身動きならぬ気の毒さ直してやらねばなるまいと 愛想づかしの数々を並べ立つれば石熊は 目を釣り上げて立腹しおのれカール奴馬鹿にすな 今にぞ思ひ知らせむと足の痛みを打忘れ 大地をドンドン響かせてカールの後について来る 足もカールの石熊は始めてカールの真心を 心の底より諒解し嬉し涙を流しつつ 御礼を云うて下さつたコレコレモウシ石熊さま 御礼は言うて下さるな私が直すぢやない程に 尊き神の御恵とお前の心が引立つて 足が立つたに違ない私にお礼を言ふよりは 三五教の神様に感謝祈願の太祝詞 奏上なさるがよからうと一寸教へてやつたれば 石熊さまは手を拍つてカールさまお前の云ふ通り 寔に感服しましたとニツと笑うた其顔は 今も吾目にちらついてどしても斯しても忘られぬ カール、石熊両人はいよいよ心を合せつつ 末子の姫や松若彦の教の司に能く仕へ 誠を励む折柄に言依別の大教主 突然此処に天降りまし尊き神の御教を 朝な夕なに宣り給ひ天の岩戸の開けたる やうに心も勇み立ちこれでいよいよ夜があけた 心にかかる雲もない嬉し嬉しと喜んで いそしみ仕ふる時もあれ神素盞嗚大神の 貴の教に言依別の瑞の命は吾々を 伴ひ給ひて屏風山帽子ケ岳に立向ひ 時雨の森やアマゾンの河に潜める曲神を 言向け和し悠々と再び館に凱旋し 喜び勇む時もあれ肉体持つた正真の 神素盞嗚神様が此処に現はれましますと 聞いたる時の嬉しさよあゝ惟神々々 賤しき吾等も天地の恵の露にうるほひて 瑞の御霊の救世主神素盞嗚大神に 間近く仕へまつるとは天地開けし始めより これに優りし喜悦なしあゝ惟神々々 嬉しき夢は何時迄も醒めずにあれやウヅ館 一度に開く木の花の匂ひめでたくいつ迄も 散らずにあれや惟神神の御前に祝ぎまつり 国魂神の御前に謹み敬ひ願ぎまつる 謹み敬ひ願ぎまつる』 と歌ひ終り、さも厳粛なる宴席をドツと許り笑はせける。 (大正一一・八・二四旧七・二松村真澄録) |
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182 (2077) |
霊界物語 | 33_申_玉の御用の完了/高姫と黒姫の過去 | 13 帰途 | 第一三章帰途〔九二八〕 アルゼンチンの神の国都を後に竜国別や 鷹依姫や高姫やテーリスタンやカーリンス 常彦一行六人は国依別や末子姫 松若彦に送られて互に前途を祝しつつ 焼きつく如き炎天を何とはなしに自転倒の 島根に帰る嬉しさに心も勇み足並も いと軽さげに帰り行くあゝ惟神々々 神の恵を蒙りて玉に対する執着を 弊履の如く打棄てて心の色もテル山の 峠の麓にさしかかる坂の麓の樟の森 此処に一夜の雨宿り烏の声に起されて 細谷川に身を清め携へ持てるパンを出し 朝餉をすまし膝栗毛駒に鞭ち登り行く 岩石起伏の峻坂を聞くも勇まし三五の 教の道の宣伝歌歌ひ歌ひて登り行く 足の運びもいつしかに風吹きすさぶテル山の 峠にやうやう辿りつきここに一行六人は 一先づ足を休めける。 竜国別『皆さま、此涼しい風を浴び乍ら、暫く休息を致し、ウヅの国に別れを告げませうか』 一同『宜しからう』 と異議なく賛意を表し、荒き息を吐き出しながら、頂上に枝振面白く立つてゐる常磐木の蔭に腰を下し、息を休むる事となつた。 竜国別『この山は桃上彦命様がウヅの都に五月姫と鎮まりまして、神業にお仕へ遊ばした時、黄泉比良坂の戦ひに、大加牟津見命と現はれ玉へる松竹梅の姉妹が、宣伝使の初陣の時、ここ迄登つて来て、ウヅの都の空を打仰ぎ、訣別の歌をうたはれた名高い所です。末子姫様も、捨子姫、カール、石熊の三人を従へ、ここに暫く息を休め歌を歌つて、ウヅの都へお越しになつた由緒の深き場所です。吾々も一つ何とか各自に歌をうたつて、後世に伝えなくてはなりますまい。一つ高姫さま、貴女が此一行中の棟梁株だから、何とか歌つて聞かして下さいませぬか』 高姫『仰せ迄もなく、何か歌を歌つて見ようと思つてゐた所です。どうせ俄作りの出放題だから笑つちや可けませぬよ』 と前置きし、ウヅの都を瞰下し乍ら歌ひ始めたり。 高姫『向ふに見えるはウヅの国アルゼンチンの神館 青野ケ原にピカピカと光り輝く白い壁 国依別の神司末子の姫と諸共に さぞ今頃は睦まじく誰憚らず水入らず 互に顔を見合してニタリニタリと恵比須顔 さぞやさぞさぞお楽しみ其有様がありありと 目に見る様に思はれるあゝ惟神々々 神の仕組か知らねども此炎天をはるばると 喘ぎ喘ぎて胸を突く嶮しき坂を攀登り 汗や膏をしぼりつつ世人の為に尽す身に 比べて見れば雲泥の実に相違があるものだ 上に上ある世の中に下に下ある世の中だ 暑い涼しい言ひ乍らうちわは丸く末広く 扇を開いてバタバタと風を起しつ二人連れ 治まり返つて御座るだろそれに吾等は何とした 因果な生れつきだらうテル山峠をエチエチと 登つて荒き息をつき僅に吹き来る山風を 浴びて涼しい涼しいと云うては居れど国依別の 神の命に比ぶれば月に鼈雪に炭 涼しと云つても涼しさが天と地と程違うてゐる あゝ惟神々々御霊幸はひましまして テル山峠を下るまで雲を起して天津日の 御影をかくしさやさやと涼しき風の吹くように 国魂神の竜世姫どうぞ守つて下さんせ 竜国別や鷹依姫の神の司は云ふも更 テーリスタンやカーリンス常彦までが泡吹いて 一目見るさへお気の毒仁慈の心に照されて 目あけてこれが見られうか皆さま本当に暑からう 暑うても御辛抱なされませ神の手あつき御恵と 思へば暑さも涼しうなる心の中に燃えしきる 火熱も瑞の御霊にて恵の雨を注ぎなば 火も亦涼しうなるだらうさはさり乍ら高姫は どうしてこれ程暑いだろ国依別の若夫婦 涼しき北の窓あけて水も曳らさぬささやきを 思ひまはせばウヅの空羨望の念にかられます 此高姫もモウ少し年若ければどうかして 残りの花の返り咲き立派な夫を迎へ取り 四尾の山の山麓にたち並びたる八尋殿 朝な夕なに参上り涼しき夫婦が宮仕へ する身にならば何程か心楽しき事だらう 只今までは如意宝珠玉に心を奪はれて 夫の事など夢にだに思ひそめたる事はない 玉に心を悩ませし夢も醒めたる今日こそは 一つの望みが湧いて来たあゝ惟神々々 結びの神の御恵に老さらばひし高姫が[※「老(おい)さらばひし」…語根の「老いさらばふ」(または「老いさらぼふ」)(新仮名遣いだと「老いさらばう」または「老いさらぼう」)とは「年をとってよぼよぼになる。甚だしく老衰する」〔広辞苑〕の意。つまり「老さらばひし高姫」とは「老いてよぼよぼになった高姫」の意。] 心の友となる人を授け玉へよ天津神 国津御神の御前に慎み敬ひ願ぎまつる 謹み敬ひ願ぎまつる』 常彦『アハヽヽヽ、高姫さま、チツト暑さが酷いので、逆上してますねい。併し今の御述懐は本当かも知れませぬ。なる事ならば此処にも一羽やもめ鳥がおちてゐますが、併し乍らさうは甘く問屋が卸しませぬワイ』 鷹依姫『オツホヽヽヽ』 高姫『ヘン、常彦、馬鹿にしなさるな。如何に高姫だとて、お前の様な気の利かぬ男を、誰がハズバンドにする者がありますかい。自惚も良い加減にしておきなさいよ』 テーリスタン『アハヽヽヽ常彦、やられやがつたな。末子姫さまのやうな若いナイスにやられるのなれば、まだしもだが、歯の半分落ちた冬の初めの木の如うな冷たい御方に、肱鉄をくはされては最早男として世の中に出す顔はあるまいぞ』 常彦『馬鹿言ふな。俺の事を言つたのぢやない。竜国別様をお世話しようと思つて、一寸口をむしつて見たのだ。それに高姫さまが気をまはして、早取りをなさるものだから、こんな事に誤解されて了ふのだ。モシ竜国別さま、思召しは御座いますかな』 竜国別『御親切は有難う御座いますが、私のやうな者は到底、高姫さまのお気には入りませぬ。又私としてもお気に入らぬのですからな、アハヽヽヽ』 高姫『コレ竜国別さま、此暑いのに能い加減に馬鹿にしておきなさい。お気に入らぬもの同志なら丁度よいぢやないか。要らぬ口を叩くものぢやありませぬぞえ』 竜国別『これはこれは思ひがけなき御逆鱗、どうぞ神直日大直日に見直し聞直して下さい』 高姫『お前さまが何か歌つたらどうだと、発起したのぢやありませぬか。サア一つ歌つて御覧。何れもお前さまの事だから、御立派な歌が出るでせう』 竜国別は歌ひ出したり。 竜国別『珍の館を立出でて一行六人漸くに テル山峠の頂上に登りて見れば極楽の 余り風かは知らねども吾等の面を吹払ふ その涼しさよ心よさ松竹梅の桃の実が 立たせ玉ひてウヅの国都にいます父神に 名残を惜み玉ひたるほまれも高き此峠 遠く彼方を見わたせば大西洋の波高く 目下に見ゆるはテルの国山川清く野は青く 天津御空も海原も真澄の鏡の如くなり ウヅの都に永久に鎮まりいます神司 国依別や末子姫その外百の司達 信徒達にテル山の峠に立ちて名残をば 再び惜む六人連れ朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 高砂島に渡り来ていろいろ雑多と道の為 身を尽したる経歴は五六七の御世の末までも 語り伝へて忘れまじあゝ惟神々々 神の御霊の幸はひて竜国別が行末を 厚く守らせ玉ひつつ太しき功績を後の世に 立てさせ玉へ惟神神の恵の弥深き ウヅの御国を去るにつけ心の限り身の限り 誠心を捧げつつ謹み敬ひ願ぎまつる あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と歌ひ終り、再び腰を芝生の上に下す。これより鷹依姫、テー、カー、常彦等の歌あれども、余りくどければ、省略する事と致します。 高姫一行は此峠を下り、石熊が大蛇に魅入られ、苦みゐたる際、末子姫に救はれたる乾の滝に立寄り、各々此処に御禊を修し、天津祝詞を奏上し、数歌を歌ひ上げ、一日一夜此処に費やして、一行六人峻坂を下り、漸くハラの港に進み、船を待ち合せ、又もや高島丸に乗つて帰国する事となりける。 (大正一一・八・二八旧七・六松村真澄録) |
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霊界物語 | 33_申_玉の御用の完了/高姫と黒姫の過去 | 17 感謝の涙 | 第一七章感謝の涙〔九三二〕 高島丸はテルの国、ハラの港より西へ西へと進んで、現今の日本国台湾島へ帰つて来た。 今日の航路より見れば全然反対の道をとり、且つ非常に迂回して居るのは、三十万年前の地球の傾斜の関係及潮流の関係に依つたものである。蒸気の力を以て自由自在に航行する現代に比ぶれば、非常に不便なものであつた。併し乍ら其速力は今日の二十浬以上を、風なき時と雖も、航行する事が出来たのである。其故は例へば二百人乗りの船ならば、船の両舷側に百本の艪櫂がついてゐて、二百人の乗客の中百人は、力限りに艪櫂を漕ぎ、稍疲労したる時は、又百人これに代り、交る交る艪櫂を漕いだものである。船頭は只船の方向を定め、水先を調べ、舵をとるのみであつた。大きな船になると、二階造りになり、下からも、上からも船を漕ぐ仕掛になつて居た。恰度舷を見ると、蜈蚣の足の様に見ゆる船の造り方であつた。それ故非常な速力で、少々の荒波位には少しも弱らなかつたのである。且又昔の人は総じて剛胆者が多く、臆病者は頭から乗船を許さなかつたのである。故に余り役に立たぬ老人や、子供の船客は皆無と云つても良い位であつた。特別の事情ある者でなければ、船に乗ることを互に戒めて許さなかつたものである。 高姫一行は漸くにして、月日を重ね自転倒島の由良の港に安着した。秋山彦は錦の宮の玉照彦、玉照姫の命に依り、高姫一行が由良の港に帰り来ることを前知し、数多の里人を集め、埠頭に一行を迎ふべく、十曜の神旗を海風に翻し乍ら、今や遅しと待ちつつあつた。 此処へ竹島丸は波を蹴つて、高姫一行を乗せて帰り来るのであつた。高姫一行は、台湾のキルの港より竹島丸に乗り替へたのである。高姫一行六人外に松彦、鶴公の二人を加へて八人は、秋山彦の迎への人数に送られて、勇ましげに秋山彦館に入り、息を休むる事となつた。其夜は何れも草臥果て、夕餉を喫したる儘、這ふが如くグタリとした体を、与へられた各自の寝間に運び、つぶれた様に寝て了つた。 言依別命より監視役を命ぜられて、従いて来た松彦は、其夜は一睡もせず、秋山彦夫婦と共に、高姫の身の上に関する事、及び麻邇宝珠の御用の件に就て、ひそかに協議を凝らし、夜の明くる頃漸くにして寝に就いた。秋山彦夫婦も亦昨夜の疲労を慰すべく、太陽の高く昇る頃まで白河夜船の夢を貪ることとなつた。 聖地よりは東助を初め、加米彦其他の面々が高姫一行を迎ふべく、由良川を下つて此処にやつて来たのである。秋山彦館は俄の客にて、下僕共は上を下へと大繁忙を極め、馳走の用意に差かかつて居る。 秋山彦は高姫、鷹依姫、竜国別の三人を一間に招き、松彦が齎せる神素盞嗚大神及び言依別命の密書の件に就て、三人に対し、意見を聞くこととなつた。 秋山彦『高姫さま、其他のお二方、永らくの間、御遠方の所、御苦労で御座いました。大神様に於かせられても、さぞ御満足の事で御座いませう。就いては麻邇の宝珠の件で御座いますが、竜宮島より迎へられた五個の中、其四つまで紛失致しました事は、実に神界経綸上大変な不都合で御座います。これに就てあなた方に今一度お世話になつて、四つの玉を発見して頂かねばならないので御座いますが、如何でせう、お世話になれるでせうか』 高姫『ハイ、私は金剛不壊の如意宝珠を初め、其他一切の玉に関し、最早何の執着もなくなりましたから、此事計りは、最早断念して居ります。此広い世の中、言依別命がどうかされたのでせうから、いくら捜しても駄目です。どうぞ玉の事だけはモウ言はないでおいて下さいませ』 秋山彦『如何なる神界の御用を致すのも、皆神様からの御命令、身魂相応の因縁がなくては出来ないので御座います。就いては、鷹依姫様、竜国別様、モウ一人の黒姫様、此四人の方が、麻邇宝珠の御用をして下さらねばならない因縁で御座いますが、生憎竜宮島より五色の麻邇宝珠が現はれ玉ふ時機到来して、惟神的に高姫様、黒姫様お二人を竜宮の一つ島へお導きになりましたなれど、あなた方は此一つ島には最早玉はない、外を捜さうと云つて、お帰りになられました。それ故止むを得ず、神界の思召に依つて、梅子姫様は紫の玉の御用、これは身魂の因縁で当然錦の宮へお持帰りにならねばならぬ御役で御座いました。それから青色の玉は高姫様、赤色の玉は黒姫様、白色の玉は鷹依姫様、黄金の玉は竜国別様が御用遊ばす、昔からの因縁にきまつて居つたのです。併し乍ら、四人の方はいろいろと神界の時節を待たずお焦りになつて、何れも方角違ひの方へ往ていらツしやつたものですから、神界のお計らひにて、黄竜姫、蜈蚣姫、友彦、テールス姫の四柱が此自転倒島まで臨時御用を遊ばしたので御座います。併し乍ら身魂の因縁だけの御用を、今度は勤めねばならないのですから、神素盞嗚大神様、言依別命様のお計らひにて、紫の玉を除く外四つの玉は言依別命様が責任を負ひ、或地点にお隠しになつてゐるので御座います。どうしても因縁だけの事を勤めねばならぬのであります。今度の御用を仕損つたら、モウ此先は末代取返しが出来ませぬから、そんな事があつては、あなた方にお気の毒だと、大慈大悲の大御心より神素盞嗚大神様が吾子の言依別命様に責任を負はせ、罪を着せ、あゝ云ふ具合にお取扱ひになつたので御座いますよ。今此処にウヅの国より、松彦の司に事依さし神素盞嗚大神様を初め、言依別命、国依別命より神書が届きました。どうぞ之を御披き下されば、玉の所在もスツカリお分りでせう。どうぞ御苦労ですが、モウ一働き御用を願ひませう』 高姫は初めて大神の大慈悲心と、言依別命及び国依別命の真心を悟り、感謝の涙に暮れて其場に泣き倒れた。鷹依姫、竜国別も声を放つて、其神恩の深きに号泣して居る。 斯かる所へ筑紫の島より黒姫の所在を尋ね、玉治別、秋彦の両人、黒姫を伴れて帰り来り、茲に四人の身魂は久しぶりに顔を見合す事となつた。 秋山彦は黒姫に重ねて前述の次第を物語り、神書を開いて読み聞かせた。黒姫、玉治別等の筑紫島に於ける活動の模様は後日に稿を改め、述ぶる事と致します。 秋山彦は神文を押戴き、静かに開いて、四人の前に読み上げた。其神文、 『此度、国治立命、国武彦命と身を下し玉ひ、また豊国姫命は国大立命となり再び変じて神素盞嗚尊となり、国武彦命は聖地四尾山に隠れ、素盞嗚尊はウブスナ山の斎苑の館に隠れて、神政成就の錦の機を織りなす神界の大準備に着手すべき身魂の因縁である。それに付いて、稚姫君命の御霊の裔なる初稚姫は金剛不壊の如意宝珠を永遠に守護し、国直姫命の御霊の裔なる玉能姫は紫の玉の守護に当り、言依別命は黄金の玉を永遠に守護し、梅子姫命は紫色の麻邇の宝珠の御用に仕へ、高姫は青色の麻邇の宝玉、黒姫は赤色の麻邇の宝玉、鷹依姫は白色の麻邇の宝玉、竜国別は黄色の麻邇の宝玉を守護すべき身魂の因縁なれば、これより四人は麻邇の宝珠を取出し、綾の聖地に向ふべし。控への身魂は何程にてもありとは云へども、成るべくは因縁の身魂に此御用を命じたく、万劫末代の神業なれば、高姫以下の改心の遅れたる為、神業の遅滞せし罪を言依別命に負はせて、高姫以下に万劫末代の麻邇の神業を命ずるものなり。……神素盞嗚尊』 と記してあつた。四人は感謝の涙にむせび乍ら、直ちに手を拍ち、神殿に感謝の祝詞を奏上した。秋山彦は黄金の鍵を持ち出でて、高姫に渡し、 秋山彦『いざ四人の方々、吾館の裏門よりひそかに由良の港に出で、沓島に渡り、麻邇宝珠の四個の玉を、各自命ぜられたる如く取出し、秘に聖地へ帰り、尊き神業に参加されたし。此事、聖地其他の神司、信徒の耳に入らば、却て四人の神徳信用に関係する事大なれば、一切秘密を守り、大神の御意志を奉戴し、今迄の罪を贖ひ、天晴れ麻邇宝珠の神司として聖地にあつて奉仕されむ事を希望致します。サア早く早く……』 と急き立てられ、四人は喜び勇んで、裏口より秘に脱け出で沓島に向つて進み行く。 此事玉治別を初め、加米彦、テー、カー、常彦、其他の神司、聖地の紫姫、黄竜姫、蜈蚣姫、友彦、テールス姫其他の神司も信徒も永遠に知る者がなかつたのである。 高姫外三人は素盞嗚尊の仁慈無限のお計らひにて、罪穢れを許され、身魂相応因縁の御用を完全に奉仕させられたのである。アヽ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・八・二九旧七・七松村真澄録) |
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霊界物語 | 33_申_玉の御用の完了/高姫と黒姫の過去 | 20 昔語 | 第二〇章昔語〔九三五〕 桶伏山の東麓に小雲川を眺めた風景よき黒姫の館には、主人側の黒姫を初めとし、高山彦、東助、高姫、秋彦、友彦、テールス姫、夏彦、佐田彦、お玉、鷹依姫、竜国別の面々が親子対面の祝宴に招かれ静に酒汲み交はし、色々の話に耽つて居る。 高姫『黒姫様、長らく筑紫の島へ御苦労で御座いました。第一の御目的は高山彦様の後を慕つてお出で遊ばしたのだが、何が経綸になるのか分りませぬなア。肝腎の目的物たる高山彦さまは、灯台下は真暗がり、足許の伊勢屋の奥座敷にかくれて居られましたのも御存じなく、御苦労千万にも遥々と波濤を越えてお出で遊ばし、気の毒な事だと思ひましたが、不思議の縁にて、玉治別が貴方のお子様だと云ふ事が分つて参りましたのも、実に不思議の神様のお引合せ、何が御都合になるか分つたものぢや御座いませぬなア』 黒姫『ハイ、本当に嬉しい事で御座います。私の伜がこんな立派な宣伝使になつて居るとは夢にも知りませなんだ。ほんに因縁者の寄り合だと神様が仰有るのは争はれないお示しで御座います……改心致せば御魂だけの御用を指してやる、改心致さねば親子の対面も出来ぬやうになるぞよ……と、お筆に出て居りますが、私は余り身魂の曇りが甚かつたために、今まで吾子に遇ひながら知らずに居りました。こんな嬉しい事は御座いませぬ。年が寄ると何を云うても子が力で御座いますからなア。親子は一世と云つて切つても切れぬ深い縁のあるもので御座います。それにつけても夫婦二世とはよくいつたもの、親子の関係に比ぶれば夫婦の道は随分水臭いもの、少し気にくはぬ事を云つたと仰有つて、高山さまのやうに姿をかくし、女房に甚い心配をさせる夫もありますからなア』 高山彦『モウ、その話は中止を願ひます。一家の政治上の治安妨害になりますから……』 黒姫『ホヽヽヽヽ、何とマア都合のよい事を仰有いますワイ。よい年をして居つて伊勢屋の下女と何とか彼とか……真偽は知りませぬが、私の留守中噂を立てられなさつた好男子だから、本当に水臭いハズバンドだ。アヽ併しもう云ひますまい。立派な伜の前だから恥かしうなつて来ます』 高山彦『お前は実の伜に遇うて嬉しうなつたと見えて俄に燥ぎだし、ハズバンドの私に対して非常に冷やかになつて来たぢやないか。私もかうなつて見ると子が欲しくなつて来た。併し乍らお前のやうな婆では到底子を生むと云ふ望みもなし、もう諦めるより仕方がない。玉治別さまはお前の子だ。そしてお前は私の女房だ。さうすれば私も万更他人ではない。玉治別さまのお世話になるより仕方がないなア。併し乍ら、お前はいつの間に誰と夫婦になつて玉治別さまを生んだのだ。差支なければ皆さまの居られる中だけれど、一つ話して呉れないか』 黒姫は、 黒姫『これも私の罪滅し、恥を曝して罪を神様に取つて貰はねばなりませぬから、懺悔のために申上げます』 と云ひながら一紘琴を引き寄せて歌ひ出したり。 黒姫『ペルシヤの国の柏井の里に名高き人子の司 烏羽玉彦や烏羽玉姫の長女と生れ育ちたる アバズレ娘の黒姫が柏井川にかけ渡す 橋の袂を夕間暮れ一人トボトボ川風に 吹かれて空を打ち仰ぎ天の河原の西東 棚機姫が御姿を仰ぐ折しも向ふより 二八許りの優男粋な浴衣を身に纏ひ ホロ酔機嫌でヒヨロヒヨロと鼻歌謡ひ進み来る 声の音色は鈴虫か松虫、蟋蟀、螽斯 秋の夕べの肌寒き魔風恋風さつと吹き 顔と顔とは相生の実にも気高き男よと 此方に思へば其人も摩擦つ縺れつからみあひ 松と梅との色深く露の契を人知れず 四辺の木蔭に忍び入り暗さは暗し烏羽玉の 星の影さへ封じたる森の木蔭の草の上 白き腕淡雪の若やる胸を素抱きて たたきまながり真玉手玉手さし捲きもも長に 寝る折しも恥かしや忽ち来る人の足音 吾は驚き身を藻掻き恋しき男と右左 あはれや男は何人と尋ぬる間さへ夏の末 果敢なき露の契にて三十五年の昔より 夢や現と日を送り今に夫の行方さへ 知らぬ妾の身のつらさその月よりも身は重く 不思議や妾は懐胎し厳しき父や母上に 何と応へもなきままに暗に紛れて柏井の 父の館を脱け出し赤子を抱へさまざまと 苦労も絶えぬ黒姫が心は忽ち鬼となり 哀れや赤子に富士咲と名をつけ道の四辻に 捨てて木蔭に立ち乍ら如何なる人の御恵に 吾子は拾い上げらるかあはれみ給へ天津神 国津神達国魂の神よ守らせ玉へかしと 心に祈る折柄にカチリカチリと杖の音 子の泣き声を聞きつけていづくの人か知らねども かかるいとしき幼児を此処に捨てしは云ひ知れぬ 深き仔細のあるならむ何は兎もあれ拾ひあげ 救ひやらむと云ひ乍らその旅人は富士咲を 労り抱き懐にかかへて橋を渡り行く 妾は後より伏し拝み拾ひし人の幸福や 捨てた吾子はスクスクと成人なして世の中の 花と謳はれ暮せよと涙と共に立ち別れ 四方を彷徨ふ折柄に又もや父に廻り合ひ 再び吾家に立ち帰り厳しき父母の膝下で 月日を送る十年振り捨てた吾子が苦になつて 朝な夕なに気を焦ち案じ過ごせど手係りも 泣きの涙で日を送りメソポタミヤの顕恩郷に 鬼雲彦の現はれてバラモン教を開きますと 聞くより妾は両親の眼をぬすみ遥々と 顕恩郷に参上り神の教を聞きながら 吾子を思ひ恋人を慕ふ心の執着は 未だ晴れやらぬ苦しさに高姫さまの立て給ふ ウラナイ教に身を寄せて朝な夕なに海山の 恩顧を受けて三五の誠の道に入信し 黄金の玉の行方をば尋ね彷徨ひ高山彦の 夫の後を尋ねつつ火の国都に来て見れば 高国別の神司高山彦と名乗らせて 住まはせ玉ひし尊さよ神の恵の幸はひて 茲に吾子と名乗りを上げ玉治別に導かれ 漸く海を乗り越えて由良の港に来て見れば 思ひも寄らぬ高姫さまが高砂島より帰りまし 互に無事を祝しつつ思ひがけなき麻邇宝珠の 珍の神業につかはれて聖地に帰り来りたる 此嬉しさは何時の世か身魂の限り忘れまじ 玉治別の宣伝使御魂の曇りし黒姫が 身を卑下すまずいつ迄も親子の睦びいや深く 続かせ玉へ惟神神の御前に平伏して 真心尽して願ぎまつるあゝ惟神々々 御霊幸はへましませよ』 玉治別は黒姫の後に続いて歌ひ初めたり。 玉治別『思へば昔フサの国高井ケ岳の山麓に 其名も高き人子の司高依彦や高依姫の 夫婦が情に育まれ十五の年の春までも 吾子の如く労はりて育て玉ひし有難さ 時しもあれや真夜中頃覆面頭巾の黒装束 五人の姿は表戸を蹴やぶり座敷へ侵入し 有無を云はせず両親を高手や小手に縛めて 凱歌を奏して帰り往く吾は子供の痩力 山より高く海よりも深き恵を蒙りし 育ての親の危難をば眺めて居たる苦しさに 父の秘蔵の守り刀取るより早く荒男が 群に向つて斬り込めど何条もつて耐るべき あなたも強者隼の爪磨澄まし小雀を 掴みし如く吾体又もや高手に縛りつけ 山奥さして親子三人あへなくも連れ往かれたる悲しさよ 吾は隙をば窺ひて高井ケ岳の山寨を 後に見捨てて逃げ出し父母二人を救はむと 心を千々に配る折二人の義親は木の花の 姫の命に助けられ此世に無事に居ますぞと 聞いたる時の嬉しさよ高井の村に立ち帰り 高依彦や母君に出会ひて無事を祝しつつ 暫く此処に居る中に二人の仲に生れませる 玉をあざむく男の子玉春別と命名し いよいよ茲に育ての親は誠の御子を生みしより 両親様の許し得て真の父母を探らむと フサの国より月の国漸く越えて自凝の 島にいつしか漂ひつ人の情に助けられ 宇都山村の春助が子無きを幸ひ養子となり 土かい草切り稲麦を作りて其日を暮らす中 天の真浦や宗彦が此処に現はれ来りまし 不思議の縁の廻り合ひ妹のお勝を吾妻に 娶りて神の道に入り玉治別と宣伝使 清けき御名を授けられ三五教を遠近に 開き伝ふる折もあれ三十五年の時津風 吹き廻り来て村肝の心筑紫の火の国で 真の母に廻り遇ひ天にも昇る心地して 今日の生日を祝へどもまだ気にかかる垂乳根の 父の命は今いづこ遇はま欲しやと朝夕に 祈る吾こそ悲しけれあゝ惟神々々 御霊幸倍ましまして一日も早く吾父に 遇はせ玉へよ天津神国治立大御神 神素盞嗚大神の御前に畏み願ぎまつる あゝ惟神々々御霊幸倍ましませよ』 と、母に遇うた嬉しさと、父に遇はれぬ苦しさと悲喜交々混はりたる一種異様の声調にて歌ひ了り、悄然として項垂れ居たりける。 (大正一一・九・一九旧七・二八加藤明子録) |
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霊界物語 | 33_申_玉の御用の完了/高姫と黒姫の過去 | 24 春秋 | 第二四章春秋〔九三九〕 錦の宮の偏辺り総務館の奥の間に、東助は佐田彦に茶を汲ませ乍ら脇息に凭たれ、深き思案に沈むものの如くであつた。此時表戸をガラリと引き開け出て来たのは秋彦である。 秋彦『モシモシ総務様、英子姫様が一寸お目にかかり度いと仰せになりますから何卒お越し下さいませ。紫姫様とお二人が待つて居られます』 東助『ヤアお前は秋彦、それは御苦労だつたナア。それなら直に参りませう……佐田彦後を頼むぞ』 と云ひ捨て秋彦と共に教主館に礼服を整へ進み入る。英子姫、紫姫は東助の来るを今や遅しと待ちつつあつた。 東助『英子姫様、お使を下さいまして有難う御座います。東助只今参りまして御座います』 紫姫は欣々として出で迎へ、 紫姫『御苦労様で御座いました。何卒奥へお通り下さいませ』 と慇懃に挨拶し乍ら奥へ連れて行く。 英子姫『総務さま、よく来て下さいました。只今玉照彦様、玉照姫様の御命令が下りましたので、貴方にお伝へ致さねばならぬ事が出来ました。早速お越し下さいまして満足に思ひます』 東助はスボツコ[※スボッコ…京都地方の方言で「無愛想」の意。]な口調で、 東助『教主様、何か急用でも起りましたか』 英子姫『はい、別に大した急用でも御座いませぬが二柱の神司のお言葉には、貴方はこれより秋彦を従へ、フサの国の斎苑の館へ急行して頂かねばなりませぬ。御用の趣は今日の処では分りませぬが、何でも素盞嗚尊様が貴方に対し強つての御用があるさうで御座いますから、何卒一日も早く御出立を願ひます。就いては東助様、貴方の御子様の所在が分つたさうで御座いますナ、そして高……』 と云ひかけて俄に口を噤み、 英子姫『高砂島とやら筑紫島にお在でで御座いますとの事を承はりましたが、実にお目出度う御座います。然るに貴方は総務の役目を重んじ遊ばし三十五年前の吾子にも会はないとか仰せられたとかで、玉照彦、玉照姫様は大変に感心をして居られました。人は云ふも更なり、禽獣の端に至るまで吾子を恋しく思はないものは御座いますまい。お見上げ申したお心と云つて、二柱様が非常に褒めて居られましたぞえ』 東助『いやもうお恥かしい事で御座います。合はす顔も御座いませぬ。今迄雪隠で饅頭を喰た様な顔して居りましたが、斯んな事がパツとしました以上、最早総務の席に留まつて居る訳には参りませぬ。何とかして総務を御辞退申し度いと今日も今日とて思案に暮れて居りました処へ、秋彦さまのお使、取るものも取敢ずお伺ひ致しました次第で御座います。就ては仰せに従ひ一時も早く聖地をさり、大神様のお指図に従ひ、フサの国の斎苑館に急ぎませう』 英子姫『早速の御承知有難う御座います。二柱の神司様も嘸御満足に思召すで御座いませう。然らば道中お仕合せよく……遠方ですから何卒お気をつけてお出で下さいませ……これ秋彦、お前も御気の毒ですが総務さまのお伴をしてフサの国へ行て来て下さいや』 秋彦『願うてもなき御命令、こんな嬉しい事は御座いませぬ。又もや大神様に親しく御面会が叶ふかと思へば、何とも云へぬ心持で御座います。能うマア沢山の幹部が御座いますのに、私如きを選んで下さいました。これと云ふも貴女様のお引立、厚く御礼を申上げます』 英子姫『左様なれば機嫌よう行て来て下さいませ』 東助『然らば玉照彦様、玉照姫様にお暇を申上げて参りませう』 英子姫『今錦の宮の八尋殿へお越し下されば、お二柱は先に神前にてお待受けで御座いますから私と直に八尋殿に参りませう』 東助『左様なればお供をさして頂きませう』 と云ひ乍ら、紫姫、秋彦諸共英子姫の後に従ひ八尋殿に上り行く。 八尋殿正面の高座には玉照彦、玉照姫の二柱莞爾として四人の来るを待たせ給ひつつあつた。これより玉照彦、玉照姫の神司を初め英子姫、紫姫、東助、秋彦は神前近く進み入り、大神に祈願を凝らし長途の無事を祈りたる上、二柱の神司は手づから東助、秋彦に神酒を賜ひ乍ら、 玉照彦『東助殿、何卒御無事で……』 玉照姫『御神業に御奉仕なさるやう……』 英子姫『神かけて祈ります』 紫姫『何卒早く御用を済ませ、御無事にお帰り遊ばす日をお待ち申して居ります』 東助は神前にて歌ふ。 東助『二柱神の司の御言もて 斎苑の館に行くぞ嬉しき 素盞嗚神尊の神館 指して行く身ぞ楽しかりけり いざさらば錦の宮を立ち出でて 大海原を越えて進まむ 諸々の教司や信徒に 別れて吾は遠く行くなり』 英子姫『鳥が鳴く東野別の神司 幸あれかしと吾は祈らむ』 東助『古の吾名を如何に知らすらむ 実に恥かしき罪の身の上』 英子姫『此頃のしるべ無しとも大神に 由緒ある人雄々しかりけり』 紫姫『東別神命の草枕 旅を思ひて吾は嬉しき 秋彦の神の司よ何処までも 心注ぎて御供に仕へよ』 秋彦『いざさらば吾は聖地を立ち出でて 東野別の供に仕へむ』 玉照彦『千早振る神の恵の深ければ 大海原もつつむ事なし』 玉照姫『霊幸はふ神の恵にやすやすと 大海原を渡り行け君』 東助『有難し神の御言を蒙りて 進み行かなむ神の御許へ』 と互に歌を取り交し乍ら、喜び勇んで旅装を整へ、此度は路を南にとり、明石の港より淡路島の吾館に立ちより、お百合の方に暫し暇を告げ、秋彦外吾家の家の子二三を伴ひ波の上を辷つて月日を重ね、フサの国のタルの港に上陸し、ウブスナ山の斎苑館を指して進み行く事となつた。 これは英子姫の慈悲心によつて東助の立場を慮り、フサの都に急用ありとて差し遣はしなば、神素盞嗚大神は喜び給ひて片腕となし給ひ、且つ斎苑の館へ参詣で来る建日館の建国別、建能姫に期せずして面会せしめむとの計らひであつた。さうして東助の聖地をさりし後は竜国別総務となりて聖地を守る事となりにける。 ○ 東助の聖地を去りし事を夢にも知らぬ高姫は、夏彦の使によつて教主英子姫の館に出頭した。 高姫『お早う御座います。今朝は夏彦さまを以てお招き下さいまして有難う御座います。何か変つた御用でも出来たので御座いますかな』 英子姫『それは能くこそ御入出下さいました。玉照彦、玉照姫様の御命令で御座いますが、貴女様は御苦労乍ら、これから暫く生田の森へ行つて御守護を願はねばなりませぬ。さうして東助様は今はフサの国へお使ひにお出でになりましたから、淡路島の方面も守つて頂かねばなりませぬ』 高姫『ハイ、畏まりまして御座います。御命令とあれば何処へなりとも参ります。さうして総務様はフサの国へ何時お出になりましたか』 英子姫『ハイ、昨日の夕方此処を立たれました』 高姫はサツと顔の色を変へた。されど素知らぬ顔をよそほひ、 高姫『アヽ左様で御座いましたか。遠方へ御苦労で御座いますな』 英子姫『此世の中は何事も神様にお任せするより仕方はありませぬ。何程人間があせつても成る様にほか成りませぬからな』 高姫『生田の森には玉能姫、国玉別、駒彦が居られるぢやございませぬか』 英子姫『ハイ、彼処には琉と球との宝玉が納まり、国玉別夫婦が守つて居りますが、神界の都合に依つて球の玉を紀の国の離れ島へ納めに行かねばなりませぬ。就ては生田の森に琉の宝玉を祭り、御守護を致さねばならないので御座います。此御守護は高姫様にお願ひ致さねばならないのですから、御苦労乍ら佐田彦と共に御出張を願ひます。貴女がお出になれば国玉別、玉能姫は待ち受けて居る事になつて居ますから……』 高姫『願うてもなき有難き御命令、謹んでお受けを致します』 と俄に欣々とし袖を羽ばたきし乍ら立上り、 高姫『サア、佐田彦、お前も結構だよ、早く準備なさいませ。愚図々々して居ると東助さまが……否々国玉別さまがお待ち兼ねですから……』 と慌てて立ち出でむとする。 英子姫『一寸お待ち下さいませ。御神前にて道中の御無事を祈りし上御神酒を頂いて御出下さいませ。東助様も御神酒を頂き秋彦を連れて生田の森をさして行かれました』 高姫『ハイ、有難う。何を云うても内地の事で御座いますから、神界の御用一刻の猶予も出来ませぬ。何卒貴女代つて御祈願して下さい……コレ佐田彦、早く立ち上りなさらぬか』 と英子姫の言葉も碌々耳にも入れず慌てふためき内心は……生田の森に東助が泊つて居るだらうから愚図々々してはフサの国へ行かれた後の祭り、今一言云つても見たい、会うても見度い……と云ふ心がムラムラと起りし為、気が気でなく慌て出して、時を移さず旅装を整へ、須知山峠を踏み越え、足を早めて生田の森へと急ぎ行く。 (大正一一・九・一九旧七・二八北村隆光録) |
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霊界物語 | 34_酉_黒姫のアフリカ物語1 | 05 対歌 | 第五章対歌〔九四六〕 房公は今の歌に引出され自分も歌心になつたと見え、黒白も分かぬ闇の中から腰折れを謡ひ出したり。 房公『房公がいざこれよりは歌をよむ 黒姫さまよ確りと聞け。 野も山も青く茂れる筑紫野に 黒い女が一人立つなり。 如意宝珠玉の所在を探ねたる 高姫司は今やいづくぞ。 黄金の玉の所在を探ねたる 黒姫さまは今は男探ねつ。 高山の彦の夫にはじかれて 恥も知らずに探し来るかな。 黒姫を竜宮さまの乙姫と 思うて来たが馬鹿らしきかな。 吾妻のお鉄は嘸や今頃は 空を眺めて待ち佗るらむ。 吾妻よお鉄よしばし待つてくれ 愛の土産を持ちかへるまで。 黒姫が夫を思ふ真心を 汝に移して喜ばせて見む。 房公も遥々海を渡り来て 妻のみ恋しくなりにけるかな。 こんな事計り云ふのぢやなけれども 黒姫の御魂憑りしためぞ。 神様の道を忘れて妻ばかり 思ふ心の愚しきかな。 村肝の心を妻に筑紫潟 深き心を不知火の汝。 如何にせむ海洋万里の波の上 翼なき身のもどかしきかな。 黒姫の甘き言葉に乗せられて 知らぬ他国で苦労するかな。 今頃は四尾の山も紅葉して 錦の宮は栄えますらむ。 言依別神の命の御姿 目に見る如く思はるるかな。 杢助の神の司の御姿を 思ひ出しても心勇みぬ。 黒姫のけげんな顔を見るたびに 浮世は厭になりにけるかな。 来て見れば真暗がりの岩の前 怪しき神の声ぞ聞ゆる。 黒姫が負けず劣らず腰折れの 歌よみし時ぞをかしかりけり。 芳公よ貴様も一つ歌を詠め 歌は心の闇を晴らすぞ。 闇々と闇の帳に包まれて 黒姫さまの黒顔も見えず。 アハヽヽヽ、オホヽヽホツホ、ウフヽヽヽ、 エヘヽヽ、イヒヽ笑ひ置くなり』 芳公は負けぬ気になつてまた駄句り出したり。 芳公『芳公が宣る言霊をよつく聞け 玉をころばす様な音色を。 一条や二条縄でゆかぬ奴 三筋の糸で縛る黒姫。 孫公は今はどうして居るだらう 心にかかる闇の世の中。 是程の無情な女と知らずして ついて来たのを悔しくぞ思ふ。 惟神神の教に離れたる 黒姫こそは曲神ならむ。 曲神の醜の猛びを恐れつつ 間近の曲を知らざりし吾。 三五の誠の道を教へ行く 神の司が船を盗みつ。 此船は老朽ちたれど高山彦の 神の命を乗するなるらむ。 闇がりの臭い谷間に包まれて 息はづまして暮らす苦しさ。 是よりは黒姫さまに暇くれて 房公と共に国へ帰らむ。 房公よ思ひ切るのは今なるぞ 乙姫さまの現はれぬうち。 竜宮の乙姫さまの生宮と はしやがれては堪らざらまし。 さア早く黒姫さまに立別れ 立ち去り行かむ火の神国へ。 逸早くこれの谷間を立ち出でて 高山彦の注進やせむ。 注進を聞いて高山驚いて 姿かくせば嘸面白からむ。 さうならば黒姫如何に騒ぐとも 後の祭の詮術もなし。 アハヽヽヽ、オホヽヽヽツホ、ウフヽヽヽ エヽイヽ加減に止めて置くなり』 黒姫は闇の中より声を張り上げて、 黒姫『房芳の二人の奴等よつく聞け 竜宮様の神の教を。 痩犬のやうな面してつべこべと 囀る姿臍をよるなり。 何事も知らざる癖に黒姫の 小言云うとは怪しからぬ奴。 黒姫は誠の神の生宮ぞ 思ひ違ひをするな房芳。 房芳よよしや天地はかへるとも 高山彦は黒姫の夫。 高山の吾背の命に出遇ひなば 汝が無礼を告げて聞かせむ。 独身の黒姫なりと侮つて 後で後悔するな両人。 後悔は先に立たぬと云ふことを よくわきまへて口を慎め。 口計り千年先に生れ来て 吐く曲神の愚しきかな。 これ位分らぬ奴が世にあろか 黒姫さへも愛想つかしぬ。 如何程に侮辱されてもおとなしく 忍ぶは神の道知ればこそ。 神の道捨てた事なら黒姫は 赦しちや置かぬ房芳の奴。 房芳よ早く心を立て直し 誠の道に歩みかへせよ。 黒姫の言葉がお気に入らぬなら お前の勝手にするがよからう。 待て暫し今両人に逃げられちや 此黒姫も一寸迷惑』 房公『さうか否一寸迷惑なさるかな 火の都では大の迷惑。 高山と黒姫司の争ひを 今見るやうに思はれにけり。 黒姫が死ぬの走るの暇くれと 悋気の声を聞くぞうたてき。 うたうたと闇の帳に包まれて 明りの立たぬ歌を詠むかな。 疑ひの雲霧晴れて黒姫の 心の空の光る時まつ。 松が枝に鶴の巣籠る悦びを 愛子の姫が先にせしめつ。 サア締めたもつと締めたと両人が 四畳半にてしめりなきする。 此処黒姫さまが見付けたら 嘸しめじめと湿るだらうに。 遥々と探ねて来たのに夫の家は 入つちやならぬと戸をしめの家。 面白いあゝをかしいと手を拍つて 笑ふ時こそ待たれけるかな。 アハヽヽヽウフヽヽヽヽヽオホヽヽヽ 縁起でもない云ひ草ぞ聞く』 芳公は又もや闇がりから謡ひ出したり。 芳公『ほのぼのと夜は明け近くなりにけり 早立ち往かむ火の国都へ。 やがて又烏や雀が鳴くだらう 烏ばかりか泣く人がある。 まごまごと此処にかうしちや居られない 孫公さまは先にいただらう。 孫公の後おつかけて進む身は 黒姫さまが邪魔になるなり。 顔ばかり黒姫さまと思うたに 心黒しと知らず居たりし。 何事もよしと呑み込む男達 よしや此身は朽果つるとも。 頼まれた事は後へは引かぬ俺 されど手をひく黒姫計りは。 手を引くといつてもこれの山坂を 手を曳くのではない黒姫婆さまよ。 手を曳いて登り度いとは思へども 生憎お滝が居らぬ悲しさ。 お滝殿嘸今頃は膝坊主 かかへて此方を眺め居るらむ』 房公は又もや歌ひ出したり。 房公『のろけないこりや芳公よあんまりだ 俺もお鉄が国に居るぞよ。 色白いお鉄のやうな妻なれば のろけてもよしほめるのも芳。 さりながらお滝のやうな蜥蜴面 ちと心得よ見つともないぞよ』 芳公『何吐す蜥蜴面とは誰に云うた 鼬面した嬶を持ちつつ。 柿の木に雨蛙奴が登るよな でかいお鉄を夢に楽しめ。 鉄のよな黒い顔した女房を 房いくなとは思はぬか惚れた弱みで』 黒姫『矢釜しい雲雀のやうな二人共 もう夜が明けた手水つかへよ。 さア早く天津祝詞を奏上し 朝餉すまして出立をせよ。 無花果の木の実はここにあるけれど 雲雀に食はす無花果はなし。 惟神神の御霊の幸はひて 此無花果は生命助ける。 麦の穂があれば雲雀もよからうが 実に気の毒な次第なりけり。 兵糧さへ沢山あれば山坂を 越えるも安し神の御恵。 御恵に外れた二人のいぢらしさ 空腹かるらむ房芳憐れ。 憐れをば知らぬ吾にはあらねども 余りの事に呆れ果てけり。 高山の吾背の君が待つと聞く 火の国都へ急ぐ楽しさ。 黒姫は兵糧もたんと持つて居る 一宿二宿三宿のため』 房公『これや婆さま一つ俺にも分配せ 余り冥加が悪からうぞや。 桃太郎が鬼ケ島へと往く時も 団子半ぶんやつた事思へ』 黒姫『犬なれば半分位やろも知れぬ 欲しくばワンワン鳴くがよからう』 芳公『ワンワンと犬の鳴き真似するよりも 雉の真似してケンケンと云ふ』 黒姫『ケンケンと吐く雉にはやりはせぬ 猿のやうにキヤツキヤツと鳴け』 房公『馬鹿にすな婆の癖して桃太郎の 気取りで居るとは片腹痛い』 黒姫『片腹が痛いと云ふのは嘘だらう 両腹すいた、喰いたからうに。 痛々しその面付を見るにつけ 無花果の皮でもやり度ぞある』 芳公『食物は神の与へと聞くからは 其無花果は俺の物だよ。 黒姫が独占しようとはそりや無理だ 天則違反の罪に問ふぞよ』 黒姫『先取権この黒姫にあるものを 掠奪するならして見るも芳。 掠奪の罪を重ねて天国の きつき戒め喰ふ憐れさ』 房公『喰ふのが憐れさと云つた黒姫が 持つた無花果喰ふ嬉しさ』 黒姫『房、芳の二つの雲雀に暇とられ 早日の神は昇りましけり。 カアカアと鳴いた烏に与へよか 雲雀に喰はすを惜しく思へば。 さり乍ら此雲雀とて天地の みたまと思へば捨てて置かれず。 さアやらう一つ喰へと投げ出して 社会奉仕の善業つまむ』 房公『有難う黒姫さまの奮発で いちじく二じく三じくを喰ふ』 芳公『味のよい無花果だけは黒姫が 喰うた後のかすをくれけり。 かすでさへ是程甘い無花果は 上等物はいかに甘からう』 黒姫『オホヽヽヽ』 房、芳一度に、 房公、芳公『アハヽヽヽ』 三人は無花果に機嫌をなほし、筑紫ケ岳を宣伝歌を謡ひながら登り行く。 (大正一一・九・一二旧七・二一加藤明子録) |
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霊界物語 | 34_酉_黒姫のアフリカ物語1 | 12 漆山 | 第一二章漆山〔九五三〕 高山峠の中腹におき去られたる房、芳は 足の立つたを幸ひに黒姫司の後を追ひ 火の国都へ進まむと漸く絶頂にいざりつく 壁立つ坂を下りつつ房公芳公両人は 足の拍子を取り乍ら岩の根木の根ふみさくみ 房公『ウントコドツコイ芳公さま気をつけなされよ危ないぞ 壁を立てたよな坂路だ石の車がゴロゴロと 人待顔にころげてる油断は出来ない坂の路 オツトドツコイ足辷るアイタヽヽタツタ躓いた 足の頭がうづき出す芳公気をつけシツカリせい この又きつい坂路を黒姫さまはドツコイシヨ どうして降つて往ただろかホンに危ない坂路だ それについても孫公はどこにマゴマゴしてるだろ 心に掛る旅の空一天俄にかき曇り レコード破りの暴風雨岩石飛ばし木を倒し げに凄じき光景に縮み上がつて黒姫が ドツコイドツコイドツコイシヨそこらに転げていやせぬか ウントコドツコイガラガラガラそれ見よ芳公こけたぢやないか 足の爪先ドツコイシヨ一足々々気をつけて 尖つた石をよけ乍らキヨクキヨク笑ふ膝坊主 シツカリ灸をすゑ乍ら此峻坂を下らねば 火の国都にや行かれないさぞ今頃は黒姫さま 高山彦の襟首をグツと掴んでドツコイシヨ ヤイノヤイノの真最中愛子の姫の新妻も さぞや心が揉めるだろ人の事とは言ひ乍ら 俺は心配ドツコイシヨ心に掛つて堪らない 高山彦が若やいで綺麗な女房をドツコイシヨ 貰うて喜ぶ最中へお色の黒い皺だらけ 皺苦茶婆さまがやつて来て私が本当の女房と シラを切られちやドツコイシヨ本当に迷惑なさるだろ さはさり乍ら最前の三五教の宣伝歌 玉治別のドツコイシヨー歌うた声は影もなく 雲を霞と消え失せた此急坂を如何してか 玉治別の神司如何して其様にドツコイシヨ 早く降つて行たのだろ山の天狗がドツコイシヨ 運上取りに来るだらうアイタタドツコイ又転けた 会ひ度い見たいと黒姫が恋路の暗に包まれて 鳥も通はぬ山坂を登りつ下りつドツコイシヨ 夫の後を慕ひ行く其猛烈な惚れ加減 呆れて物が云はれないドツコイドツコイドツコイシヨ オツと向ふに人の影彼奴は如何やら怪しいぞ 是から腹帯しめ直し天狗の孫だと詐はつて 彼奴が若しもドツコイシヨ泥棒かせぎであつたなら 頭のテツペから怒なりつけ一つ荒肝取つてやろ あゝ惟神々々御霊幸はひましまして 高山峠の急坂を苦なく事なく速に 下らせ玉へ純世姫国魂神の御前に 慎み敬ひ願ぎまつるオツトドツコイ又辷る 何で是程石コロが沢山ころげて居るのだろ 文明開花の今日はどこのどこ迄道をあけ 如何なる嶮しき山路も三寸四寸の勾配で 自動車人車の通る様に開鑿されてあるものを コリヤ又エライ野蛮国アイタタアイタタ躓いた 草鞋の先が切れよつた何程痛い石路も 跣足で行かねばならないか困つた事が出来て来た こんな事だと知つたなら草鞋の用意をドツコイシヨ ドツコイドツコイドツコイシヨして来て居つたらよかつたに 黒姫さまはドツコイシヨ年寄り丈に気が付いて 無花果迄も用意して吾々二人の饑渇をば ヤツと救うて下さつた黒姫さまが負うてゐる 草鞋が一足貸して欲しいさうぢやと云つて黒姫の 所在はどこだか分らないホンに困つたドツコイシヨ 破目になつたぢやないかいな黒姫さまがドツコイシヨ いつも乍らに言うただろお前は若い者だから 向意気計りが強すぎて前と後に気がつかぬ 旅をする時や如何しても草鞋の用意が第一だ 馬鹿口叩く其ひまに草鞋を作つておくがよい 途中で困る事あると口角泡を飛ばしつつ 教へてくれた言の葉が今目のあたり現はれて 後悔すれ共仕様がないあゝ惟神々々 神の御霊の幸はひて房公の足は少時の間 獅子狼の足となり跣足で行かして下さんせ そうして此坂下つたら又もや元の人の足 造り直して下されや房公御願申します ウントコドツコイドツコイシヨ緩勾配の坂道に ヒソヒソささやく人の影彼奴はテツキリ山賊だ いよいよ是から大天狗孫だと名乗つておどさうか 一筋縄ではゆくまいぞウントコドツコイドツコイシヨ』 と唄ひ乍ら下つて来る。緩勾配の坂路に腰うちかけて雑談に耽つてゐる四人の男、二人の姿を見て、 甲『オイ旅の衆、一寸一服しなさい。随分最前の暴風雨で、谷路が荒れて、エライ石コロ路になつたので、随分草臥れただろ。ヤアお前は跣足だなア、其奴ア堪るまい、如何だ、足に合ふか知らぬが、俺の草鞋を一足進ぜるから、之を履きなさい。こんな石の尖つた急坂を、麓まで下る迄にや、コンパスが破損して了ふからなア』 房公『ハイ有難う御座います。ヨウ御親切に仰有つて下さいました。あゝそんなら幾ら出しましたら頂けますかなア』 甲『俺は草鞋売ではないぞ、余り軽蔑してくれない。之でも武野村の虎公と云つて、チツとは名を売つた男だ。お前の難儀を見るにつけ、気の毒なと思つたから、与らうと云ふのだ』 房公『それでも見ず知らずの方に、無料で頂きましては、如何も心が済みませぬ。どうぞ御遠慮なく代価を御取り下さいませ』 虎公『他人らしい水臭い事を言ふな。俺は三五教の信者だが、神さまの教には天が下には他人と云ふ事なきものぞ、誰も彼も、生きとし生ける者は、人間はおろか、禽獣虫魚草木に至る迄、尊き神さまの御子だ、さうして宇宙一切は残らず兄弟姉妹だと仰有つたぞ。それだから俺はお前を本当の兄弟だと思ふてゐるのだから、遠慮せずに履いてくれ』 房公『ハイ有難う御座います。神様の教は偉いものだなア。こんな野蛮国迄感化力が延びてると思へば、宣伝使も馬鹿にはならぬワイ。黒姫さまだつて、俺達は沢山相に何につけ、かにつけ、からかつて来たが、本当に勿体ない事をしたものだ。一時も早く黒姫さまにお目にかかつてお詫をしようぢやないか、なア芳公』 芳公は虎公に向ひ丁寧に会釈をし乍ら、 芳公『見ず知らずの吾々に対し、御親切に恵んで下さいまして有難う御座います。此御恩は決して忘れませぬ。此房公も草鞋を切つて困つて居つた所、あなたの御恵に預り、実に生き返つたやうな、私迄が思ひを致します』 と虎公の親切にほだされて、涙ぐみつつ礼を云ふ。 虎公『エヽそんな涙つぽい事を言うてくれな、兄弟同志ぢやないか。俺が此草鞋をはいて行けと云つたら、お前の方から……ヨシ来た、はいてやろ、貴様も中々気の利いた奴だ、それでこそ俺の兄弟分だ、今日から俺がお伴をさしてやるから跟いて来い。火の国へ往つたら酒の一杯も奢つてやる……と斯う元気よう云つてくれ。男のくせにメソメソと、有難いの勿体ないのと言うてくれると小癪に障つて仕方がないワ』 房公『オイ虎の野郎、貴様は猛獣の様な名だが、割とは気の弱い奴だ。俺が天狗の孫だと思つて、お追従に一足よりない草鞋を放り出しよつたのだなア。貴様の草鞋も大方破れてるぢやないか。俺が此草鞋をはいてやつたら貴様如何する積りだ。訳の分らぬ馬鹿者だなア』 虎公『オツトお出でたな、天狗の孫どん……草鞋の一足位無くなつたつて、足の片つ方位千切れたつて、こたへるやうな哥兄さまだと思つて居るのか。天狗の孫でさへ草鞋が切れて吠面かはきやがつた位だのに、此虎公は真跣足で此坂を下るのだから、天狗の孫よりも余程偉いのだよ』 房公『アツハヽヽヽ此奴ア面白い、是から俺の家来にしてやらう。チツと其代りに辛いぞ』 虎公『何が辛い、俺達は神様の生宮だ。此世に辛い事も、怖い事も知らぬと云ふ金剛不壊の如意宝珠見た様な肉体だからなア』 芳公『オイ虎、貴様に一つ問ひたい事があるが白状するか如何だ』 虎公『白状せいとは何の事だ。丸で俺を科人扱にして居やがるのだなア』 芳公『きまつた事よ、世界の人間は何奴も此奴も祖神さまの目から見れば科人計りだ。碌な奴ア一匹だつて居るものぢやない。皆四つ足の容器計りぢやからなア。貴様のやうに折角人間に生れ乍ら、四つ足の様な名をつけやがつてトラ何の事だい』 虎公『アハヽヽヽ馬鹿にしやがるワイ。ヨシ気に入つた。貴様こそ俺の特別の兄弟分だ。大方貴様は婆の後を追ひかけて来たウルサイ代物だらう』 芳公『さうだ、其婆の所在を知つてゐるなら、包まずかくさず、一々芳公の前で白状致せと云ふのだ。知らぬの何のと、薄情な事吐すと、鬼の蕨が貴様の横つ面へ御見舞申すぞ』 虎公『アハヽヽヽ一寸此奴、味をやりよるワイ。貴様一体どこの馬の骨だ』 芳公『俺かい、俺は自転倒島の芳公と云つたら誰も知る者は知る、知らぬ者は一寸も知らぬ、天下無双の豪傑だよ。摩利支天さまにさへ相撲とつて負けたことのない哥兄さまだからなア』 虎公『貴様、摩利支天とどこで相撲とつたのだ。何程法螺吹いても、其奴ア通用しないぞ、摩利支天に負けぬと云ふ奴が三千世界にあるものか。そんなウソいふと、貴様、死んだら目がつぶれ、物も言へぬやうになり、体が動けなくなつて了ふぞ』 芳公『俺は摩利支天の木像と相撲とつたのだ。一つ突いてやつたら、一遍に仰向けにこけるのだけれど、腕が折れたり指が取れたりすると面倒だからなア。それで怺へてやつたのだ』 虎公『アハヽヽヽ大方そんな事だと思ふて居つたよ。併し芳公、貴様も小相撲の一つも取れさうな体をしてゐるが、相撲とつたことがあるのか』 芳公『あらいでかい、相撲道の名人だ。自転倒島の横綱芳野川と云つたら俺のことだ。貴様の耳は余程遅手耳だなア』 房公『オイ虎公、此芳公はなア、随分口は達者だが、相撲にかけたら、随分惨めなものだよ。芳野川なんて、ソラ隣に住んで居つた相撲取のことだ。此奴ア鍋蓋と云ふ力士だ。取つたが最後、すぐに仰向くといふ代物だからなア』 虎公『オウ一つ鍋蓋、此虎ケ岳と一勝負、此処でやらうぢやないか』 芳公『オウ面白からう。やらぬ事はないが、斯んな石原では面白くねえ、少し平地へ行つて、更めて取る事にしようかい。俺は今日から漆山と改名するから、俺に触つたらすぐに負けるから、其覚悟で居つたがよいワイ』 虎公『うるさい漆山だなア』 房公『オイ虎ケ岳、こんな漆山と相撲なんか取るものぢやない。貴様の沽券が下がるよ。此奴ア、相撲取つて、ついぞ勝つたことのない奴だからなア』 芳公『喧しう言ふない。俺ん所のお滝が何時もなア……角力にや負けても怪我さへなけりや、晩にや私が負けて上げよ……と吐しやがるのだから、何と云つても色男だ。貴様なぞの燕雀の容喙すべき所ぢやない。弱い奴ア弱い奴らしくスツ込んでをれ』 房公『オイ鍋蓋、貴様は聖地で宮相撲のあつた時如何だつた。鬼ケ岳と貴様と取つた時、たしか二番勝負だつたなア』 虎公『ソラ面白い、其時の勝負を聞かしてくれ、どうだつた、キツと負けただらう』 房公『其時は此鍋蓋奴……』 と言はうとする。あわてて口に手を当て、 芳公『コリヤ天機洩らす可らずだ。言はいでも分つてるワイ。互角の勝負だつたよ』 虎公『さうすると一番宛勝つたのだな』 芳公『初の勝負には都合が悪うて、此鍋蓋が鬼ケ岳に負けたのだ。次の勝負には、向うが勝つたのだ。つまり先に俺が負けて、此度は先方が勝つたのだよ』 虎公『アハヽヽヽ大方そんな事だと思つて居つた』 房公『余り相撲の話で、黒姫の所在を白状さすのを忘れて居つた。サア切り切りチヤツと申上げぬか』 虎公『喧し言ふない。俺の行く所へ従いて来さへすれば分るのだ。何事も三五教は不言実行だからなア。詞多ければ品少し……と云ふことがある、黙つて従いて来い』 と云ひ乍ら、虎公外三人は二人の先に立ち、急坂を下り、稍緩勾配の曲り道になつた所より坂路を左に越え、小さい山の尾を二つ三つ廻つて建日の館へ指して進み行くのであつた。 (大正一一・九・一三旧七・二二松村真澄録) |
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霊界物語 | 34_酉_黒姫のアフリカ物語1 | 15 手長猿 | 第一五章手長猿〔九五六〕 建日の館を訪ねたる三五教の黒姫は 建国別を真実の生みの吾子と思ひつめ はるばる訪ねて来たものを案に相違の悲しさに 早々館を立出でて二人の従者を見捨てつつ 髪ふり紊し吹く風に逆らひ乍ら坂路を 足に任せて降り行くたよりも力も抜け果てし 此黒姫の心根は聞くも無残の次第なり 万里の波濤を乗越えてこがれ慕うたハズバンド 高山彦は火の国の神の館にましまして 花を欺く愛子姫二度目の女房に持ち給ひ 睦まじさうに日を送り栄え玉ふと聞くよりも 黒姫心も何となく面白からずなり果てて 行く足並もトボトボと力なげにぞ見えにける。 黒姫『あゝ惟神々々御霊幸はひましまして 火の国都にましませる高山彦に巡り会ひ 愛子の姫と睦まじく心の底より打あけて 互に手を取り三五の神の教を広めさせ 救はせ玉へ惟神純世の姫の御前に 願ひまつる』と宣り乍ら岩石崎嶇たる峻坂を トントントンと降り行くあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ。 黒姫の駆出した姿を見失はじと、房公、芳公の両人は、九十九曲りの山路を伝ひ乍ら、足拍子を取つて唄ひ行く。 芳公『ウントコドツコイドツコイシヨ天が地となりウントコシヨ 地が天となるウントコシヨ奇妙な事が出来て来た 高山彦の老爺さまが年の三十も違ふよな 若い女房を貰ふやら五十の尻を作つたる 皺苦茶婆さまの黒姫が万里の波を乗越えて ウントコドツコイ暑いのに汗をタラタラ流しつつ 薄情爺の後をつけ心の丈を口説かむと ウントコドツコイやつて来るコリヤ又何としたことだ 愛子の姫もウントコシヨ愛子の姫ではないかいな ウントコドツコイ棺桶に片足ドツコイつつ込んだ 此世に用のない爺薬鑵頭の寿老面 入日の影かドツコイシヨ物干棹かと云ふやうな 鰌の様な化物に秋波を送つて吾夫と かしづき仕へる不思議さよ男が不自由な世の中と どうして思うたか知らないがあんな爺と添ふならば モツト立派な人がある此芳公はウントコシヨ 如何に汚ない男でも年は若いしドツコイシヨ そこらあたりに艶がある同じ男を持つなれば 木乃伊の様に干すぼつた骨と皮とのがり坊子を 持たいでも良かりそなものぢやのに私は呆れてウントコシヨ 口が利けなくなつて来たウントコドツコイ危ないぞ それそれそこに石がある草鞋を切つては堪らない ま一人虎公が居つたなら草鞋を出して呉れようが 生憎虎公は酒の席あゝ是からは黒姫が 火の国都へドツコイシヨ乗込んだなら大変だ 決して無事にはウントコシヨ治まるまいぞ、のう房公 俺は案じて仕様がないサアサア早う行かうかい 女心の一筋に悔し残念つきつめて 短気を出して谷底へ身投げをドツコイしられたら 聖地へ帰つて言訳がどうして是が立つものか 黒姫さまも黒姫ぢやおい等二人を振棄てて 走つて行くとは何事ぞ孫公の奴はドツコイシヨ どこへ隠れて居るだろか此奴の事も気にかかる あちら此方に気を取られ頭の揉めた事ぢやワイ ウントコドツコイ危ないぞそれそれそこにも石車 爪先用心して来いよ若しも辷つて怪我したら お嬶のお鉄にドツコイシヨどしても言訳立たないぞ 自転倒島を出る時に俺のお嬶のお滝奴が もうしもうしこちの人お前一人のウントコシヨ 決して体ぢやない程にお前の体は私の物 私の体はウントコシヨヤツパリお前の物ぢやぞえ 自分一人と慢心し私を忘れて怪我したら 私は恨んで化けて出る仮令死んでもドツコイシヨ 高天原へは行かれぬと抜かした時の其顔が 今目の前にブラついてお嬶が恋しうなつて来た 貴様のお嬶も其通りどこの何処へ行つたとて 人情許りは変らないどうぞ用心して呉れよ お鉄に代つて気をつけるあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 と両手を動かせ、足を千鳥に踏み乍ら、一足々々拍子を取つて此急坂を降り行く。 黒姫は漸くにして高山川の畔に着いた。ここには恰好な天然の腰掛岩が人待顔に並んゐる。暫し息を休め、こし方行末の事を思ひ煩ひ、落涙に及んでゐる。 そこには樫の大木が天を封じて一二本立つてゐる。黒姫は目を塞ぎ、思案に暮れてゐると、樫の木の枝に数十匹の手長猿が此姿を見て、枝から一匹の猿が吊りおりる。次から互に次へと手をつなぎ、七八匹の奴が鎖の様になつて、蜘蛛が空からおりた様に『チウチウ』と黒姫の頭の上に降り来り、黒姫の笠をグイと引つたくり、ツルツルと次第々々に木の上へ持つてあがつて了つた。黒姫は宣伝使のレツテルとも云ふべき大切な冠り物を奪られ、樹上の手長猿の群を眺めて、目を怒らし、残念相に睨んでゐる。猿は凱歌を奏した様な心持になつて『キヤツキヤツ』と黒姫を冷笑的にからかつてゐるやうな気分がする。黒姫は縁起の悪い、冠り物を四つ手にしてやられて、無念さやる方なく、あり合ふ石をひろつて、樹上の猿の群に向つて投げつけた。猿は『キーキーキヤアキヤア』と声をはりあげ、同類を四方八方から呼び集める。またたく間にぐみのなつた程、樫の木の上に猿が集まつて来た。さうして樹上から小便の雨を降らす、糞を垂れる、樫の実をむしつては、黒姫目がけて投げつける。黒姫は樫の実と小便の両攻めに会うて、身動きもならず、怨めしげに立つてゐた。一足でも黒姫が動かうものなら、忽ち猿の群は寄つて集つて、かきむしり、如何な事をするか分らぬ形勢となつて来た。 猿と云ふ奴は、弱身を見せたが最後、どこ迄も調子に乗つて追跡し、乱暴を働くのである。黒姫は其呼吸を幾分か悟つたと見えて、痩我慢にも地から生えた木の様に身動きもせず、猿の群と睨めつくらをやつて居た。時々刻々に猿の群は集まり来る。又しても、頭の上へ猿の腕がおりて来て、今度は髪の毛をグツと手に巻き、引上げようとする。黒姫も堪らなくなつて、『一二三四五六七八九十百千万!』と手を組んで鎮魂の姿勢を取る。手長猿の群は之を見て、各自に手を組み『キヤツキヤツ』と言ひ乍ら黒姫を一匹も残らず睨みつける。黒姫は股を拡げて、トンと飛び上り大地に大の字になつて見せた。手長猿の奴、又之に倣つて、木の上をも省みず、一斉に飛び上り大の字になつた途端に、ステンドーと大地へ雪崩を打つて転倒し、『キヤツキヤツ』と悲鳴をあげ、はうばうの体で逃げて行く、其可笑しさ。黒姫はやつと安心の胸を撫でおろし、手拭を懐から取出し、汗を拭いた。 猿の親玉ともいふべき五六匹の大きな奴、樫の木の上から、逃げもせず黒姫の様子を眺めてゐたが、黒姫が汗を拭いたのを見て、同じく両の手で、懐から手拭を出す真似をし乍ら、顔をツルリと撫でた。樹上の大猿は又もや樫の実をむしつては黒姫目がけて、雨霰と投げつけ出した。黒姫は両手を拡げ、一方の足をピンと上げ、左の足でトントントンと地搗きをして見せた。樹上の大猿は一斉に両手を拡げ、一方の足をピンと上げて、木の上でトントントンと地搗の真似をした途端にドスドスドスンと一匹も残らず地上に墜落し『キヤツキヤツ』と悲鳴をあげ、転けつ転びつ、何処ともなく姿を隠して了つた。折柄サツと吹き来る可なり荒い風に黒姫の被つてゐた笠は音もなく、秋の初の桐の葉の落ちるが如く、フワリフワリと黒姫の前に落ちて来た。 黒姫は再生の思ひをなし、直に地上にうづくまり、拍手を打ち、天津祝詞を奏上し始めた。乍併、祝詞の声はどこともなく、力なく震ひを帯びてゐた。 かかる所へ房公、芳公の両人はドンドンと地響きさせ乍ら、息をはづませ、此場に追ひ付き来り、 房公『ハーハーハー、ア、息が苦しいワイ。マアマア黒姫さま、よう此処に居て下さつた。どれ丈心配したことか分りませぬよ』 芳公『黒姫さま、おつむりの髪が大変に乱れてゐるぢやありませぬか』 黒姫『よい所へ来て下さつた。今の今迄、手長猿の奴、何百とも知れずやつて来よつて、此通り髪の毛迄、ワヤにして了うたのだ。乍併神様のお蔭で、一匹も残らず退散したから、マア安心して下さい。お前さま、エロウ早かつたぢやないか、お酒を頂く間がありましたかなア』 房公『滅相な、そんなこと所ですか、黒姫さまが血相変へてお帰りになつたものだから、気が気でなく、もしもの事があつてはならないと、吾々両人が宙を飛んで此処まで駆つて来たのです』 黒姫『アヽそれは済まないことでしたなア。さうして虎公さまや、玉公は如何して御座るかなア』 芳公『今頃は甘い酒に酔つぶれて、管でも巻いてをりませうかい。斯うなると親方のない者は気楽ですワイ』 黒姫『そんな気兼は入らないのだから、ゆつくりと御酒でも頂いて来なさるとよかつたに、それはそれは惜い酒外れをなされましたワイ』 房公『ハイ、おかげ様で、酒外れを致しまして有難う御座います。併し黒姫さま、お前さまも、サツパリ、目的が逆外れになりましたなア。大将がサカ外れに会うてゐるのに、伴の吾々が外れないと云ふ訳はありませぬからなア、アツハヽヽヽ、本当に誠に、御互様に御気の毒の至りで御座いますワイ、ホツホヽヽヽ』 とおチヨボ口をし乍ら、肩をゆすつてチヨクツて見せた。黒姫は、 黒姫『エヽ又そんな洒落をなさるのか、エヽ辛気臭い代物だなア』 と口汚く罵り乍ら、矢庭に笠を引つかぶり、金剛杖をつき、足を早めて、二人に構はずスタスタと駆出した。房公は大声を張り上げて、 房公『モシモシ黒姫さま、一寸待つて下さいな、さうしたものぢやありませぬぞや』 黒姫『エヽお前達は若いから、足が達者だ、ゆつくり休んでお出で、此黒姫は年が老つて、足が重いから、ボツボツ先へ行きます。後から追ひ付いておくれよ』 芳公『モシモシ黒姫さま、我を出して一人旅をなさると、又猿の奴が襲撃しますぞや。暫く待つて下さいな、私はお前さまの身の上を案じて忠告するのだよ』 黒姫は耳にもかけず、後ふり向きもせず、尻をプリンプリン振り乍ら、杖を力に雨に洗ひさらされた石だらけの坂路を、コツリコツリと杖に音させつつ、火の国の都を指して急ぎ行く。 (大正一一・九・一三旧七・二二松村真澄録) |
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霊界物語 | 34_酉_黒姫のアフリカ物語1 | 17 向日峠 | 第一七章向日峠〔九五八〕 向日峠の山麓、樟樹鬱蒼として空を封じた森の下に数十人の荒男、二人の女を荒縄にて縛り上げ、何事か声高に罵つてゐる。其中の大将と覚しき男は大蛇の三公と云つて、此界隈での無頼漢である。さうして兼公、与三公の二人は三公の股肱と頼む手下の悪者である。三公は森の下の巨大なる岩の上に跨つて冷やかに二人の女を見おろしてゐる。 兼公『オイ女、モウ斯うなつては、何程藻掻いても叶ふまい。サア茲でウンと首を縦に振るか。すつた揉んだと何時迄も屁理屈を吐しや、モウ了見はならぬ。此兼公が親分に成り代り、叩き殺して了ふが、それでも良いか』 女『えゝ汚らはしい、仮令三公に叩き殺されても、女の操は何処迄も外しませぬ。一層のこと、早く一思ひに殺しなさいよ』 与三『コレコレお愛さま、よく考へて見なさい。命あつての物種だ。そんな事言はずに、ウンと色好い返事をしなさつた方が、お前の将来の為だ。火の国に驍名隠れなき大蛇の三公さまと云つたら、名を聞いても獅子狼虎までが、尾を巻いて細くなつて逃げると云ふ威勢の高い、白浪男だ。何程お前さまが、虎公さまに操立てをした所で、あんな気の弱い三五教にトチ呆けて居る様な腰抜男が何になるものか。チツと胸に手を当て、利害得失を考へて見なさい。三公の奥さまになれば、それこそ立派な者だ。俺達も姉貴々々と敬つて、どんなことでも御用を聞きます。ここが思案の決め所だ。お前は今逆上して居るから、是非善悪の判断が付こまいが、能く胸に手を当てて考へなさい』 お愛『イエイエ何と言つて下さつても、一旦虎公さまと約束を結んだ以上は、そんな事が如何して出来ませうか。仮令殺されても操を破つたと云はれては、先祖の名折れ、子孫代々に至るまで、恥を晒さねばなりませぬ。世間の人には不貞くされ女だと罵られ、恥をかかねばなりませぬ。最早今日となつては、私の決心は如何なる権威も金力も動かすことは出来ませぬ。どうぞそんな事を云はずに、私を殺して下さい』 与三『ハテさて悪い御了見だ。お前の大切に思ふ虎公は、建日の村の玉公とやらに連れられて、無花果を取りに行くとか、水晶玉が曇つて黒姫が如何だとか、訳の分らぬことを吐ざきやがつて、高山峠の絶頂へ行きよつた。それを嗅ぎつけ、三公親分の手下が五六十人、後追つかけて、虎公の生命を取ると云つて往つたのだから、モウ今頃は気の毒乍ら、冥途の旅をしてゐる時分だ。何程お愛さま、〇〇が肝腎だと云つても、生命のない男を夫に持つた所が、仕方がねえぢやないか。人は諦めが大切だ。男は決して虎公計りぢやない。お前の身の出世になることだから、私が斯うして忠告をするのだ』 お愛『エヽ何と、三公の乾児共があの虎公さまを殺しに行つたとは、ソラ本当で御座いますか。エヽ残念や、口惜い、仮令女の細腕なりとて、仇をうたいでおくものか、コレ三公、女の一念思ひ知つたがよからう』 と身を藻がけ共、がんじがらみに縛られた其体、何うすることも出来ないのに、無念の歯を喰ひしばり、恨み涙をタラタラと落し乍ら、三公の顔を睨めつけてゐる。 三公は冷やかに笑ひ乍ら、 三公『アハヽヽヽ、テもいぢらしいものだなア、オイお愛、よつく聞け。貴様は何時ぞやの夕べ、俺が貴様に出会つて、此方の女房になる気はないかと云つた時、何と云ひよつた……不束かな此私、それ程までに思うて下さいますか、女冥加につきまする。乍併、私には両親が御座いますから、トツクリと相談を致しまして御返辞をする迄待つて下さい……と吐したぢやないか。其とき厭応言はさず手ごめにするのは、いと易い事だつたが、お前の人格を重んじて、俺も一旦言ひ出した男の顔を下げるとは知り乍ら、辛抱して待つてゐたのだ。さうした所が、一年経つても二年経つても何とか彼とか云つて、此方をチヨロまかし、到頭虎公の野郎が所へ嫁入をしやがつた。憎き代物だ。モウ斯うならば俺も男だ。貴様が虎公の奴へ行つてから、最早三年にもなるだらう。俺が貴様に懸想してから、今年で早五年、未だ独身生活をしてをるのも、何の為だと思ふ。チツとは俺の心も推量したら如何だ、片意地張る計りが女の能ではあるまいぞ』 お愛『エー、アタ厭らしい。大蛇の如うな無頼漢の三公に、誰が、女が相手になる者がありますか。至る所でゲヂゲヂのやうに嫌はれ、女房になる者がないので、止むを得ず独身生活をしてゐる癖に、ようマアそんな事が、白々しい、言はれたものだ。仮令此身は殺されて、此肉体を烏にコツかしても、三公の様な嫌ひな男に、指一本触へさしてなるものか。いい加減に諦めて、舌でも咬んで死んだが宜からう。エヽお前の方から出て来る風迄、気分の悪い香がする』 と捨鉢気味の生命知らずに、思ひ切つて喋り立てる。三公は怒髪天をつき、岩を下り来り、お愛の前に立ちはだかり、蠑螺の様な拳骨をグツと固めて目の前に突出し、三つ四つクルリクルリと上下に廻転させ乍ら、 三公『オイお愛、是は何だと思つてゐるか、中まで骨だぞ。鉄よりも固い此鬼の蕨が貴様の脳天へ、一つ御見舞申すが最後、脆くも寂滅為楽、死出の旅だ。いい加減に覚悟を定めて、好い返辞をしたら如何だ。俺だとて万更木石でもない、暖い血もあれば涙もある。そちらの出やうに依つちや、何とも知れない親切な男だ。そんな我を出さずに、暫く試みに俺の言ひ状について見よ。忽ち貴様は相好を崩し、……世の諺にも曰ふ通り、人は見かけによらぬものだ、あれ程恐ろしい嫌いな男と思ひ込んでゐた此の三公は何とした親切な男だらう、虎公に比ぶれば、どこともなしに男振も好いなり、親切も深い、気甲斐性もある。こんな立派な男を何故あの様に、痩馬が荷を覆す様に、嫌うたのだらう三公さま誠に済みませなんだ、どうぞ末永う、幾久しく可愛がつて下さい……と云つて、嬉し涙にかきくれ、俺が一足外へ出るのも、気に病んで放さない様になつて来るのは、火を睹る様な明かな事実だ。なアお愛、ここは一つ胸に手を当てて考へて見たら如何だ』 とソロソロ怖い顔を、何時の間にやら柔げて了つてゐる。 お愛『ホツホヽヽ何とマア腰抜男だらう。団栗眼を柳の葉のやうに細くして、涎まで垂らして、見つともない、そんな屁古垂男に猫だつて、鼬だつて、心中立をする者があつて堪りませうか。サア早う殺して下さい。冥途に御座る虎公と、手に手を取つて死出の山路三途の川、お前のデレ加減を嘲り乍ら、極楽参りをする程に、サア早く殺しやいのう』 三公『ハテさて能くも惚けたものだなア。虎公の様なしみつたれ男の、どこが気に容つたのか、合点のゆかぬ事もあればあるものだなア』 お愛『ホツホヽヽ何とマア偉い惚け方だこと、何程お前が惚けしやんしても、合縁奇縁、私は如何しても虫が好きませぬわいな。乍併此広い世の中、蓼喰ふ虫も好き好きとやら、苦い煙草にも喜んで喰ひつく虫があるのだから、お前も嫌はれた女に、何時迄も未練たらしい、秋波を送るよりも、沢山の乾児を持つて御座るのだから、目つかちなつと、跛なつと、鼻曲りなつと探し出して、女房に持たしやんせ、オホヽヽヽ、お気の毒様……』 三公『コリヤお愛、黙つて聞いて居れば、余りの過言でないか。貴様は善言美詞の言霊を使へと教ふる、無抵抗主義の三五教の信者ぢやないか。そんな暴言を吐いても、天則違反にはならないのか』 お愛『ヘン天則違反が聞いて呆れますワイ。大蛇の三公と云ふ蛆虫こそ、天則違反の張本人だ。あゝあ、気味が悪い、どうぞ、そつちへよつて下さい。吐げさうになつて来ました』 兼公『コリヤ女ツちよ、柔かく出ればつけ上がり、何と云ふ劫託を吐ざくのだ。それ程殺して欲しければ、殺してやらぬことはない。乍併、かやうなナイスを無残々々殺すのも勿体ねえ。ここは一つ思案を仕直して、犠牲になる積りでウンと云つたら如何だ。冥途へ行つて虎公に会ふなんて、そんな雲を掴む様な望みを起すな』 お愛『コレ兼、お前の出る幕ぢやない、スツ込んで居なさい。すつ込んでゐるのが気に入らねば、目なと噛んで死んだが宜からう。お前達が此世に居るものだから、米が高うなる計りだ』 兼公『あゝあ、サツパリ駄目だ。乍併、こんなシヤンに、仮令悪口でも詞をかけて貰うたと思へば、俺も光栄だ、アハヽヽヽ』 お愛『オホヽヽヽお前はヤツパリ私の生命を取るのが惜しいと見える。甲斐性のない男だなア。何程おどしても慊しても、痩てもこけても、侠客の妻、こんな事で屁古たれて、如何して夫の顔が立つものか。これでも内へ帰れば、沢山の乾児に、かしづかれ、姉貴々々と敬はれる姐御さまだ。お前の様な痩犬に吠えつかれて、ビクつくやうな事で、侠客の女房にはなれませぬぞや、オホヽヽヽ。あの兼公の青い顔わいのう』 兼公『何と剛情な姐貴だなア。これ丈身動きもならぬ様に縛められ、活殺自在の権を握られた敵の前で、これ丈の劫託を並べるとは、太え度胸だ。姐貴、俺も感心した。虎公が惚れたのも無理ではあるまい。俺も今日から姐貴の乾児になるワ』 与三『オイ兼公、ソリヤ貴様、何を云ふのだ。親分の前ぢやないか。そんなこと吐すと、貴様も一緒に殺んでやらうか』 兼公『ヘン、何を吐すのだい、早く殺んで欲しいワイ。こんな美しいシヤンと一緒に心中するのなら、大光栄だ。早う俺達を叩き殺して了へ、其代りに一つ頼んでおくことがある。同じ穴に向ひ合せにして埋けてくれ。それ丈が俺の頼みだ』 お愛『ホツホヽヽ、好かんたらしい。誰がお前等と一緒に埋けられて堪りますかい。冥途へ往つて迄、つきまとはれては、夫の虎公にどんなに怒られるか知れませぬわいな。お前は勝手に殺されなされ。私にチツとも関係はありませぬから……』 兼公『エヽ口の悪い女だなア。人には添うて見い、馬には乗つて見いだ。今お前が此兼公をゲヂゲヂの様に嫌つてゐるが、冥途へ行つて死出の道伴れをするやうになつてから思ひ当るだらう。人は見かけによらぬものだ、こんな男と冥途の旅をするのなら、仮令地獄の釜のドン底まで……と云つて、くつついて離れない様になりますぞや』 お愛『オツホヽヽ、三公の受売をしても、流行りませぬぞや。エヽ汚らはしい、其方へ行つて下さい。気持の悪い匂のする男だなア』 三公『オイ与三、モウ斯うなつちや仕方がない。お愛も一人で冥途の旅は淋しからうから、妹のお梅も一緒にバラしてやれ。序に兼公の裏返り者も、以後の見せしめに血祭りにして了へ。そうなくちや三公の顔が立たねえ。可哀相なものだが、こうなつちや、引くに引かれぬ場合だ、アヽ惜い者だなア』 与三公は矢庭に懐から細紐を取出し、兼公の背後より首に引つかけ、二三間引摺つた。兼公は顋をかけられたまま、手足をもがきつつ苦んでゐる。寄つてかかつて大勢の乾児は、兼公の体をがんじ搦みに巻いて了つた。 今年十五才になつた、お愛の義妹のお梅は最前から目を塞ぎ、素知らぬ顔をして、大勢の目を盗み乍ら、自分の綱をスツカリほどき、依然として縛られた様な風を装うてゐた。三公始め一同の奴は、お愛の方に気を取られて、お梅が何時とはなしに斯んなことをしてゐるのに気がつかなかつたのである。 日は漸く暮れかけた。三公は以前の岩の上に腰打かけ、三人を冷やかに見下し乍ら、 三公『ソラ討て、やつつけろ!』 と下知してゐる。与三公始め大勢の乾児は三人を目がけてバタバタと駆より、打つ、蹴る、擲る、忽ち修羅場が現出した。斯かる処へ森の谺を響かして、宣伝歌が聞えて来た。 (大正一一・九・一四旧七・二三松村真澄録) |
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霊界物語 | 34_酉_黒姫のアフリカ物語1 | 18 三人塚 | 第一八章三人塚〔九五九〕 孫公『神が表に現はれて善と悪とを立て別ける 醜女探女や鬼大蛇虎狼の吠え猛り 勢猛く攻めくともなどか恐れむ敷島の 誠の道の神司弱きを助け強きをば 言向け和す神業に仕ふる身こそ楽しけれ 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直し聞直し 宣り直し行く其時は天が下なるもろもろは 残らず吾の味方のみ仇も曲津も忽ちに 旭に露と消えて行く三千世界の梅の花 一度に開く神の道此世を救ふ生神は 国治立大神や神素盞嗚大御神 筑紫の島を守ります国魂神の純世姫 神の御稜威の現はれて常世の泥もすみ渡る 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 曲津は如何に猛るとも誠の力は世を救ふ 黒姫さまの一行は今はいづこにさまよふか 聞かま欲しやと来て見れば片方の森に人の声 唯事ならぬ気配なりあゝ惟神々々 御霊幸倍ましまして此世の中の人々は 互に誠を尽しあひ愛し愛され末長く 神の作りし神の世に常世の春を楽しみて 栄えと光と喜びの雨に浴させたまへかし あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 かく宣伝歌を謡ひながら、怪しき人声を聞きつけて、唯事ならじと駆けて来たのは孫公であつた。孫公は、大蛇の三公の手下共数十人集まつて二人の男女を縛り上げ、打つ、蹴る、擲るの大惨状を見るより早く、夕暮を幸ひ木蔭に佇んで大音声、 孫公『ヤアヤア、此方は火の国都の高山彦命であるぞ。此森林に若き女を連れ来り、乱暴を致す曲者、今高山彦が神力によつて打ち亡ぼし呉れむ。どうだ、改心致してそれなる男女を助け、此場を立ち去らばよし、聞かぬに於ては、神変不思議の神力によつて、其方共一人も残さず冥途の旅立ちをなさしめむ。どうだ返答を聞かせ!』 此時樟の樹上より、五六人の声、 声『ヤイ何処の奴かは知らね共、高山彦とは真赤な偽りだらう。面を上げい!』 と呶鳴りつけた。此声と共に孫公はフト樹上を見上げる一刹那、孫公の両眼めがけて木の上より砂を掴んで投げつけた。孫公は両眼に砂をかけられ『アツ』と一声其場に踞み目を擦つて居る。其隙をねらつて、与三公は矢庭に首に縄を引きかけ、二三間ばかり引ずり出した。孫公は余りの不意打ちに肝をつぶし手足を藻掻いてゐる。そこへ数多の手下はバラバラと寄り集り、孫公を高手小手に縛めて仕舞つた。 日は漸く地平線下に没し四辺は烏羽玉の闇に包まれて仕舞つた。お梅は闇に紛れて辛うじて此場を逃げ出し、いづくともなく姿を隠して仕舞つた。 三公『アハヽヽヽ、いらざる邪魔立を致して此醜態は何の事だ。火の国都の高山彦とはそれや何を吐す。此方を何と心得て居るか。大蛇の三公と云つたら火の国に鳴り渡る侠客の大親分だ。いらぬ構ひ立を致し、飛んで火に入る夏の虫、実に憐れな者だなア……オイ与三公、此奴をたたんで仕舞へ!』 与三『ハイ、斯うやつて縛めて置けば逃げる気遣ひはありませぬから、マア悠くりと嬲殺しにしてやりませうかい。それよりも第一お愛の奴、もう一談判して、親分の言ひ条につくやうにしてはどうですか』 三公『こんな事は俺から直接に云ふのも些と気が利かねえから、能弁のお前に任す。旨くやつて呉れ。其代り褒美は幾何でも遣はすから……』 与三『ヘイ承知致しました。何と云うてもウンと云はせて見ます。併しかう暗くてなつては顔も碌に見えませぬから……オイ勘州、灯火をつけい……親分安心して下さいませ』 と云ひ乍ら、お愛の傍へ探り探り近寄つた。勘州は森の枯木を集め、火を切り出してパツとつけた。四辺は忽ち昼の如くなつて来た。沢山の乾児が枯枝や木の葉を掻き集めて山のやうに積んだ。火は益々燃え上り、四辺は昼の如くなつて仕舞つた。 与三『これこれお愛さま、どうだな。もう思案が付きましたかなア。よもやこれだけ威勢の強い三公さまを夫にもつのを嫌とは云ひますまいねえ』 お愛『エヽ汚らはしい又しても又してもそんな事を云うてお呉れるな。誰が此様な悪人に靡くものがありますかい。些と三公の面と御相談なさいませ。仮令乾児は尠うても、武野村の侠客虎公さまと云つたら、界隈に名の響いた、善を勧め悪を誡め、弱きを助け強きを挫く侠客だ。此お愛は痩てもこけても虎公さまの女房だ……否やと云ふのにお前は諄い、一度いやなら何時もいや……と云ふ都々逸の文句ぢやないが腸まで染み込んだこの嫌いが、どうして洗ひさらはるものか。そんな事いつ迄も掛け合つて居るよりも早く殺しなさい。牛糞に火のついたやうに、クスクスと埒の明かぬ野郎だなア』 与三『オイお愛の姐貴、ほんとに太い度胸だなア。俺もすつかり感服して仕舞つた。こんな姐貴を親分にもつた乾児共は幸福な事だらう。俺も同じ事ならこんな親分が持ちてえワ』 三公『これやこれや与三、それや何を云ふのだ』 与三『ヘイ、うつかりと心を空しうして居たものだから、兼公の生霊奴、与三公の肉体へ入りやがつて、こんな事を吐しやがるのです。イヤもう困つた野郎でげすわい』 三公『是から些と気をつけないと、悪魔に憑依されて忽ち兼公のやうに心機一転し、こんな目に遇はなければならないぞ』 与三『ハイ承知致しました。今後はキツと注意を致します。時に親分、此処へ来よつた高山彦と云ふ餓鬼ア一体どこの奴でせう』 三公『どこの奴でも構やしねえ。叩き伸ばして埋めて仕舞へばいいのだ。兼公も序に埋めてやれ』 与三『モシ親分、兼公丈や許してやつて下さいな。彼奴も中々親分の為には蔭になり日向になり、力を尽した奴ですからなア。親分がこれだけ顔が売れたのも、兼公の斡旋預つて大に力ありと云つても宜しい』 兼公は此問答を聞き、手足を縛られた儘声をかけ、 兼公『モシ親分、此縄を解いて下さい。最前は大変にお腹を立てさせましたが、あれや俺が云つたのぢやない、虎公の生霊奴がフイと憑りやがつて、俺の口を借り、あんな事云つたのですよ。俺は真実に迷惑でげす』 与三『兼公、気がついたか。アヽ結構々々。確りせないと又、虎公の霊に憑かれるぞ。なア親分さま、兼公の縄を解いてやりませうか』 三公『マア待て待て、さう慌るにや及ばない。それよりも、早くお愛に結局の話を極めさせて呉れ、それが第一の目的だから……』 兼公『オイ与三公、貴様一人ぢや覚束ないぞ。俺も加勢をしてやるから、早く此縄を解けい』 三公『オイ与三、俺の命令が下る迄決して解いちやならぬぞ。此奴はどうしても二心だから、些つとも油断は出来やしねえ』 与三『オイ兼公、貴様の聞く通りだ、親分の云ふ通りだ、俺も此通りだ。仕方がねえや、まア暫く其処に辛抱するがよい』 三公『オイ与三公、お梅の阿魔ツちよが居らぬぢやねえか。彼奴に逃げられちや大変だぞ』 与三『ヤア如何にもお梅の奴、いつの間に風を喰つて逃げよつたのかな。何と機敏いやつだなア。彼奴が此事を虎公にでも報告しようものなら夫こそ大変だ。オイ乾児の奴等、早くお梅の後を追つかけて探して来い』 勘公『鼻を摘まれても分らねえやうな、真の闇に探しに往つたつて分りませうか。此処には灯があるから足許が見えるが、一町先は真闇がりだ。明朝の事にしたらどうでげせうな』 与三『それもさうだ。仕方がねえなア。もし親分さま、明朝悠くり探す事にしませうか。虎公の野郎も、六があれだけの手下を連れて行つたのだから、もう今頃は寂滅為楽になつて居るのは鏡にかけて見るやうなものでげせう。虎公なんぞに気遣はいりますまい』 三公『いやいや、彼奴も中々の強者だ。さう闇々と斃ばりもしよまい。余り楽観は出来まいぞ。併し乍ら此暗夜では仕方が無い。まアまア明朝の事にしたがよからう』 お愛『コラ三公、与三公、何を愚図々々して居るのだ。早く此お愛を片付けないか。辛気臭いワイ。其代りに今其処へ見えた高山彦さまとやらを助けてやつて呉れ。些つとも関係ない人だから気の毒で堪らねえから……』 与三『エイ、お愛さま、他人の事ども云ふ所ぢやあるまいぞ。お汝さま生死の境に立つて居て、そんな気楽の事を云つて居れるものかい』 お愛『ホヽヽヽヽこれ与三何を呆けた事を云ふのだい。生死一如だ此肉体は仮令虎狼の餌食にならうとも、肝腎要のお愛さまの御魂は、万劫末代生通しだ。早く殺しなさい。その代り幽冥界へ行つたら数多の亡者を手下に使ひ餓鬼も人数の中、沢山の乾児を引き連れてお前さまの生首を貰ひに来るから、それを楽しみに早くお愛をやつつけて仕舞ひなさい』 与三『もし親分、どうにもかうにも取りつく島がありませぬわ。命を捨ててかかつとる女に何程脅喝文句を並べても豆腐に鎹糠に釘だ。どうしませうかなア』 三公『可愛さうなものだが仕方がない。思ひ切つて殺つけて仕舞へ』 お愛『これ三公、置いて下さい。可愛さうなものだなんて、何とした弱音を吹くのだい。此お愛はお前のやうな悪垂男に、可愛さうだなんてそんな汚らはしい事を云はれると、小癪に触つてならないのだよ。虎公さまがいつもいつも可愛い女だと、連発的に云つて下さるのだから、ヘン、そんな馬鹿口はやめて下さい。それよりも侠客で立つてゆかうと思へば、もつと気を強く持たねえと駄目だよ。悪なら悪で徹底的に悪をやつたが好い。改心をして善に立ち帰るのなら善一筋を行ひなさい。それが男たるものの本分だ。気骨もなければ度胸もない空威張りの贋侠客が、こんな大それた謀反を起すとはちつと柄に合ふめえよ』 三公『云はして置けばどこ迄も図に乗る悪垂女奴!』 と云ひながら、拳骨を固めて滅多矢鱈に打ち据ゑる。お愛は打たれたまま痛いとも痒いとも云はず黙言つて縡切れて仕舞つた。 与三『もし親分、とうとう斃つて仕舞ひましたよ。惜しい事をしたものですな』 三公『何惜しくても仕方がない。他人の花と眺めるよりも、三公嵐が吹いて無残に散らした方が、未練が残らなくていいわ。オイ愚図々々して居ると何が飛び出すか知れやしないぞ。序に今来た奴も兼公も、息の根を止めて穴でも掘つて埋けて仕舞へ』 与三公はお愛の体を撫でて見て、 与三『ヤアまだ温がある。何と好い肌だな。まるで搗きたての餅のやうだ。虎公が惚れやがつたのも無理はない。親分一寸来て見なさい。此世の名残にお愛の肌を一つ撫でて見たらどうですか。余り悪い気持もしませぬぞ』 三公『馬鹿云ふな早く兼と旅の奴とを埋けて仕舞へ。オイ皆の乾児共此処に穴を掘れ』 と下知する。勘州を始め数多の乾児共は、携へて来た色々の得物をもつて土を掘り三人の縛つた体を穴の中へ放り込み、上から土をきせ、寄つて集つて足でどんどんと地固めをし、其上に沢山の石を拾つて来て積み重ねて仕舞つた。 三公『アハヽヽヽとうとう三人とも果敢ない事になつて仕舞つた。オイ皆の奴、水でも手向けてやれ。水が無ければ貴様の燗徳利から小便でも出して手向けるのだな。アハヽヽヽ』 と豪傑笑ひをして見せる。数多の乾児は各自に裾を引きまくり、寄つて集つて小便を垂れかける。 三公『これでまアお愛も成仏するだらう。オイお愛、貴様も残念だらうが、かうなるも前世からの因縁だと諦てくれい。冥途へ往つて虎公に遇つたら……大蛇の三公は御壮健で燥いで御座る……と伝言をしてくれえ。一人旅は気の毒だと思つて、俺の乾児の兼公と風来の旅人をお前の途連れにつけてやる。これがせめてもの俺がお前に対する好意だ。きつと冥途に往つて三公を恨んではならないぞ。南無お愛頓生菩提、モウかうなつては誰だつて何の法蓮華経だ。オイ与三公、帰えらうぢやないか』 と先に立ち、闇に紛れて乾児を引き連れ、心地よげに此場を立ち去つて仕舞つた。 最前から闇に隠れて慄ひ慄ひ此様子を見て居たお梅は、四辺に人なきを見済まし、怖々此場に近よつて来た。まだ薪は燃えて居る。その為め三人を埋めた塚はハツキリと分る。お梅は一生懸命に石を掻き分けて救ひ出さうとすれども、荒男が四五人もよつて担いで来た重い石、押せどもつけどもビクとも動かばこそ、遂には力尽き脆くも其場に泣き倒れて仕舞つた。 (大正一一・九・一四旧七・二三加藤明子録) |
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霊界物語 | 34_酉_黒姫のアフリカ物語1 | 22 蛙の口 | 第二二章蛙の口〔九六三〕 矢方の村の大蛇の三公が館には、何となく物騒がしき声が聞えて居る。夜前の一件に就て、三公は兄弟分や乾児に対し慰労会を催して居たのであつた。数多の乾児は久し振りにうまい酒に酔うて、口々に四辺構はず喋り出した。 甲(徳公)『オイ、皆の奴、何と甘え酒で無えか。俺ア今日で丁度二ケ月ばかり斯んな甘え酒を飲んだ事はないわ。時々斯んな事があれば宜えけどな』 乙(高公)『こりや、徳、貴様はこんな水臭い酒を甘えと吐しやがつたが、余程下司口だな。こんな酒を飲む位なら泥水でも飲んだ方が、何程気持がいいか分りやしないよ』 徳は泣声になつて、 徳公『こりや、高公、貴様は何と云ふ勿体無え事を言ふのだ。それ程悪い酒なら何故ガブガブと飲んだのだい』 高公『あまり此処の親分が無茶な事をしやがるので癪に触つて仕方がないから、焼糞になつて一杯飲んでやつたのだ。酒なつと飲まねばお愛の幽霊が何時出て来るか分つたものぢやないわ、小気味が悪い。それだから味なくもない嫌ひ……でも無い酒を辛抱して飲んでやるのだ』 徳公『勿体ない事を言ふな。こんな結構な酒があるものか。貴様今幽霊が出ると吐しやがつたが、生た人間は幽霊になつて堪るかい』 高公『それだといつて、お愛を現在殺したぢやないか。さうして二人の男をフン縛つて生埋にしたぢやないか。どんな強い男だつて土中に埋められ、あんな重たい石を載せられちや往生せずには居られないわ。屹度今夜あたり貴様の素首を引つこ抜きに来るから用心せいよ』 徳公『馬鹿云ふな。そこには底があり蓋もあるのだ。お愛の奴ア決して死んでは居やせぬ。彼奴ずるいから死真似をして居やがつたのだ。親分がちやんと其呼吸を計つて死んだにして了つたのだ。外の二人の奴だつて其通り疵一つした奴はない、兼公の野郎でも只縛りあげた丈の事だ。彼奴等三人を一所にまつべて置いたのは互の温味を保たす為めだ。そして頭の処に細い穴をあけ、息の通ふ様にしてあるのだよ。そこは与三公哥兄が呑み込んで、如才なくしてあるのだよ。お前は端くれの人足だからそこ迄は分るめえ』 高公『それでも、あれ丈け重たい石を沢山載せられちや、身体も何も潰げて了ふぢやないか』 徳公『貴様は馬鹿だな。あれ丈け親分が恋慕して居るお愛を、さうムザムザと殺しさうな筈があるかい。之には深い計略があるのだ。あの沢山に積んだ岩の下には、三人は決して埋つてあるのぢやない。うまく其上が外してあるのだ』 高公『何で又そんな妙な事をしたのだい』 徳公『馬鹿だなア、貴様等には親分の神謀鬼策は分るものぢやない。秘密を守るなら云つて聞かせてやらう。如何だ他言はせぬか』 高公『決して決して誰にも云はないから、俺に其訳を聞かして呉れえ』 徳公『やあ何奴も此奴も酒に喰ひ酔うて寝りよつたな。与三公の哥兄迄ズブ六に酔うて居らあ。そんなら云つてやらう。抑も其理由は斯うだ。此徳公はな、遠国から来たものだからまだ虎公やお愛に顔を見られて居らないのだ。それを幸に親分から頼まれたのだ。之から旅人の装束をして道に迷うた様な顔をし、昨夕の喧嘩場へやつて行つて土をクワイクワイと掘上げ、三人の奴を引張り出し先ず一番にお愛の縛を解き親切さうに水でも飲まし、懐中から薬でも出して与へてやり……何処のお方か知りませぬが危い事で御座いました、ネ、わつちや旅の者でげえすが、夜前此辺に大喧嘩があつたと聞き、一寸道寄りをして探して見た処、御存じの通り此処に此様な大きな石が積んである。見れば土は新しい、何うやら昨夜の喧嘩で何人かが殺され、埋けられて居るのであらう。あゝ気の毒な、何とかして助けてやらうと思ひやして、之御覧なされ、此通り大きな石を此処に積み上げ土を掻き分けて見れば、貴方等三人の御遭難、此奴ア一つ助けねばなるまいと、秘蔵の薬を与へ水を飲ませた処が、お前は此通り生き還つて、何と斯んな嬉しい事は御座いませぬ……と一つかち込むのだ。さうするとお愛の奴、優しい目をしやがつて……妾は虎公と云ふ男の女房で御座いますが、大蛇の三公と云ふ大親分の為めに斯んな目に会はされ、土の中に埋められて死んで了ふ処で御座いましたが、お前のお蔭で可惜生命を助かり斯んな嬉しい事は御座いませぬ、生命の親の旅人様、何卒妾を何時迄も可愛がつて下さいませ、虎公が何程偉いと云つても、女房がこれ丈け偉い目に合うて居るのに、夢にも御存じないとはあまり情ない男だ。何卒旅の御方、妾の力になつて下さい…ヘン…なんて吐しやがるのだ。さアそうなれば占めたものだよ。そこで俺が……これこれお女中、お礼は却て痛み入る。世の中は相見互だ……とかますのだ。さうするとお愛の奴は俺の男前と気前にぞつこん惚込みやがつて、俺が右へ向けと云へばハイと言つて右を向き、左へ向けと云へばハイと云つて左へ向くなり、死ねと云へばハイと云つて死ぬし、肩を打てと云へば肩を打つし、随分もてたものだよ。オホヽヽヽ』 高公『オイ徳、涎が落ちるぞ。見つとも無い。捕ぬ狸の皮算用しても駄目だぞ』 徳公『何、大丈夫だ。チヤーンと確信があるのだから滅多に外れつこは無いわ』 高公『さうして其お愛を手に入て貴様の者にするのか。大親分に返上するのだらうな』 徳公『そこは、うまく徳公の弁舌でチヨロまかし、或山奥へ手に手を取つて忍び入り、一寸した小屋を結んで……お前と妾と添ふならば、竹の柱に萱の屋根、虎狼の棲処でも決して厭ひはせぬ程に、コレ徳さま、何卒妾を何れの山奥なりと連れて往つて下さい。虎公や大蛇の三公にでも見付けられたら大変だから……と向方から急きたてられるのだ。そこで態と此徳公は落ちつき払ひ……これお愛、天下無双の英雄豪傑、此徳公が居る間は虎公の千匹や万匹、又大蛇の三公がどんなに不足相に云つて来ても大丈夫だ……と太う出てやるのだ。さうするとお愛の奴……否々何程お前が強うても、欺すに手なしと云ふ事が御座んす。さあ一時も早く妾を奥山へ連れていつて下さい……とお出で遊ばすにチヤンと定つてるのだ。そこで此徳公が……エー仕方がない、女子と小人は養ひ難しだ、然しお前がそれ程怖がるのなら俺が一つ山奥迄送つてやらう。然し決して夫婦にならう等との野心を起しちや可けないぞ……と高尚に出るのだ。さうするとお愛の奴、益々感心しやがつて、終ひの果てにや本気になつて惚れて来やがるのだ。その時甘い顔しちや可けない。ピンと一つ肱鉄砲を喰ますのだ。……思ひきつて……さうするとお愛の奴益々恋慕心が募つて来る。弾かれた女には益々男が熱心になる様に、女の意地を立てておかねばならないと妙な処に力を入れて、俺を手込みにしようとするのだ。そこで俺はツンと澄ました顔して……これこれ女の身としてあられもない事をなさいますな。みつともない……と喰はすのだ。お愛の奴益々カツカとなり…(サワリ)ほんにまあ女の心と男とは、夫ほど迄に違ふものかいな。生命の親と思ひつめ、ホンに気の利いた男ぢやと、思ひ初めたが病みつきで、恋の虜となりました。もう斯うなる上は徳公さま、焚いて喰はうと煎つて炙つて喰はうとも、貴方のお好きに紫壇竿、一筋縄で行かぬ此女、何卒三筋の糸で引き殺して下しやんせ、拝むわいなと手を合し、口説き嘆けば徳公も、轟く胸をジツと抑へ、お前の心は察すれども、此徳公にも国許には可愛い女房がある。如何して二度目の妻が持たれようか。そこ放しや……プリンと背中を向けるのだ。さうするとお愛の奴……そんならもう仕方がない、妾は之で死にます……と九寸五分をスラリと引き抜き、アハヤ喉につき立てむとする。徳公慌しく引き止め……やれ待てお愛、お前の心底見届けた。此世は愚か七生迄も誠の夫婦……と喰すと宜いのだが、其処はそれ、大蛇の三公と云ふ大親分が後に控へて居るのだから、お愛を山奥の一つ家に連れ行き……これお愛どの、一寸此徳公は買物にいつて来るから、淋しからうが留守をして下さい。直に帰つて来るから……と喰まして置いてフイと其処を外すのだ。さうすると大蛇の親分が、与三公、勘公等の面々を引き連れ、其小屋を十重二十重に取り巻かせ置き、自分が否応云はさず責め立てるのだ。何程嫌がつた女でも、一辺ウンと云はすれば、もう此方の者だ。チヤンと斯んな段取が出来て居るのだから驚いたものだらう。俺の責任も重且大なりと云ふべしだ』 と云ひ乍ら、一升徳利の口から又もや喇叭飲みを初める。与三公は此場に行歩蹣跚として現はれ来り、 与三『やあ何奴も此奴も意地汚く酒に酔ひ潰れて寝て居やがるな。何だ、そこら中に八百屋を開店しやがつて臭くて居られたものぢやない。ヤアお前は徳公じやないか』 徳公『へい、徳利で御座います。トクとお改め下さいませ。徳公の徳利飲みでげえすから何卒トク心の行くとこ迄飲まして下さい。お愛に又トクりと納トクをさせねばなりませぬ。トク命全権公使だからトクに大目に見て下さいませ』 与三『そんな事でトク別の使命が勤まると思ふか。もう時刻だ。トクトク行かねばなるまいぞ。貴様は酒癖が悪いからトクりと心中するかも知れやしない。トクりと考へて見よ』 徳公『八釜しう云ふない。俺だけはトク別待遇をやつて呉れ。斯んな役に行くのは俺ら一寸気が進まないのではないけれどな、本当の事を言へば哥兄、お前がトク派される処だつたが、生憎トク(禿)頭病の様な頭をして居るから、お愛の奴によく顔を知られて居るなり、又其様な土瓶章魚禿ではお愛だつて釣れはしないし、如何しても此徳公ぢやなくちや勤まらないのだから、トク別大切にするのだよ』 与三『エヽ俺の頭の批評までしやがつて仕方の無え奴だ。貴様は如何やら秘密を此高公に打あけた様だ。よもやそんな事あ致しちや居るまいなア』 徳公『高が知れた高公位に言つた処で、ナニそれが邪魔になりますけエ。高を括つて云つたのだからそう声高にケンケン云つて下さるな。相互に迷惑だからエヽガラガラガラ、エ、酒の奴、あと戻りをしやがる。怪しからぬ奴だ、ウンウンウン』 与三『いい加減に準備をして行かないと遅くなるぞ』 徳公『八釜しう云ふない。死んだつて何だい。お愛が俺の女房になると云ふではなし、折角骨を折つて成功さした処が鹿猪つきて猟狗煮らると云ふ様な目に会ふかも知れないからな。まあ酒の飲まれる時に飲んだ方が余程利口だなア。自分の思ふ様にするのが人間と生れた身の一生の徳利だ。オツハツヽヽヽ』 斯く管を巻く処へ門前俄に騒がしき人の足音……其処へ勘公がやつて来て、 勘公『オイ皆の奴、宜い加減に起きぬか。今六公が帰つて来たから席をあけねばなるまい』 此声に一同はムクムクと頭を上げ、ヒヨロヒヨロし乍ら裏の田圃へ駆出し、風に酒の酔を醒まして居る。 (大正一一・九・一四旧七・二三北村隆光録) |
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霊界物語 | 34_酉_黒姫のアフリカ物語1 | 23 動静 | 第二三章動静〔九六四〕 六公の一部隊が帰つて来たと聞いて、大蛇の三公は、六公を秘かに吾居間に通した。そこには与三公、勘公の両人が両脇に控へてゐる。 三公『オイ六、甘く往つたらうなア』 六は頭を一寸かき、首を三つ四つ振り乍ら、 六公『へー、夫れは夫れは何で御座います。筑紫ケ岳の高山峠の頂上に参りました所、五人の奴は、忽ち雲を霞と逃げ散つて、行方知らずとなりにけり……と云ふ為体でごぜえやした。誠に以て大勝利を得ましてごぜえやすから、どうぞ御安心下さいませ』 三公『随分骨が折れただらうな』 六公『イーエ、どうしてどうして、滅相も御座いませぬ。大親分の御威勢と云ふものは、大したもので御座いますワ。吾々一同が高山峠へ行つてみると、虎公の奴、吾々の匂ひを嗅いで、雲を霞と逃げ去り、猫の子一匹居らぬやうになつて了ひました』 与三『オイ六公、虎公は逃げたのぢやあるまい。居らなかつたのぢやないか』 六公『そらさうだ。逃げたから居らないのだ。居らないから、逃げたと云ふのだ』 与三『貴様、今迄何をして居たのだ』 六公『俺は、大親分の命令に依つて、虎公一統の所在を探ねむと、夜を日に継いで、筑紫ケ岳に向つて、汗をタラタラ流し乍ら、崎嶇たる山路を、ウントコドツコイ、ヤツトコマカセと登つて見れば、レコード破りの大暴風雨、岩石は中天に舞ひ上り、凄じい音をして、ドサン、バタンと所構はず降つて来る、大木は惜気もなく、根元から吹倒される、木の股は裂ける、礫の雨は降る、夫れは夫れは開闢以来の大騒動だつた。其中を泰然自若として行進を続けたのは、此六公の一行だ。六公も偉いが、親分の威勢も大したものだよ。生れてからあの位壮快な目に会つた事はねえワ。虎公の野郎、此烈風に吹かれて、どつかの谷底へ、ズデンドーと落込んでくたばりやがつたに違ひないと、千尾千谷隈なく捜し求むれど、狼に食はれて了つたか、虎にいかれたか、影も形もなくなりにけり。ハテ不思議と、山頂に佇み、双手を組み、思案をして見れど、根つから、良い思案も浮んで来ず、止むを得ずオーイオーイと味方を呼び集め、一旦高山峠の絶頂で人員調査を、一二三……とやつた上、石塊だらけの峻坂を、エンヤラヤアと駆降り、樫の木の森蔭に一同集まり、大方虎公の奴、三五教の信者だから、建日の館へ行きよつたに違なからう、これにより一隊を引つれ、華々しく館にかけ向ひ、一戦を試み、一泡ふかしてくれむかと許り思つたが、イヤ待て暫し、軽々しく進んでは、却て戦ひ利あらずと、あせる胸をグツと押へ、手具脛曳いて待つ所へ、虎公の奴、神ならぬ身の知る由もなく、ヌツクリと此場に現はれ来りけり……だ』 三公『それから如何したと云ふのだ。早く後を云はねえか』 六公『言はぬが花と云ふ事が御座いますから、モウここらで打切りにさして頂きませうか、六公が六でもない事をしよつたと云つて、御立腹なせえましては、双方の気が悪うなりますから、何れ六のやつた事に六な事は御座いませぬワイ』 三公『オイ六、シツカリせぬか。貴様の云ふ事は支離滅裂、前後矛盾、何が何だか訳が分らぬだないか』 六公『ヘヽすべて物事は分らぬ所に価値が御座いますので……』 三公『ナニ、分らぬ所で、勝を得たと云ふのか。虎公は如何なつたのだ』 六公『トラ一寸分りかねますなア。何れ何とかなつて居るでせう。そこ迄詳しう査べる余裕がなかつたので……無念乍らも、残党を引集め、やみやみ立帰つて候……と云ふ様な事でごぜえす』 三公は面をふくらし、 三公『エヽ何奴も此奴も碌な奴アないワイ。オイ与三公、勘公、六をトツクリ査べて、委細を俺に報告してくれ。俺はこれから、徳に一寸用があるから……』 と云ひすて、此場を立つて今酒宴の開かれてゐた広い座敷へ進み行つた。 徳、高の二人は差向ひになつて、相変らず管を巻き乍ら、何事か囁いて居る。三公は声をかけ、 三公『オイ徳、お前に言うておいた仕事に早く往つて呉れないと、遅れちや駄目だぞ』 徳公『ヘエ、行く事は行きますが、どうも根つから葉つから、はづみませぬワイ。今日は余りお酒がまはりましたので、体が自由になりませぬから、明日に延ばして下せえなア』 三公『明日に延ばせる位なら、貴様に言ひ付けるか。サア早く用意をせよ』 徳公『用意をせよと仰有つても、是丈ヨーイが廻つたら、此上、ヨーイの仕方もありますめえ。あんなシヤンに対して、私の此レツテルでは、如何も成功覚束なしと観察致しましたから、実ア、胴を据ゑて思ひ切り酒をあふつた所でげす』 三公『お前は此用を果す迄、酒を呑まぬと言つたぢやないか。肝腎要の時になつて、さうヘベレケに酔うて如何なるものか、サア早く立てい』 徳公『親方、何と云つて下さつても、腰が立ちませぬワ、腰が……それよりも直接に親方が行かれた方が、手取早う話がつくかも知れませぬで。二人の奴は元の通り埋めておき、お愛のシヤン丈を、山奥へかつぎ込み、そこは甘く、あなたの御器量で要領を得なさい。それが何より早道だ。三五教の言ひ草だないが、人を杖につくな子分をたよりにするなと云ふ事がごぜえますからな、ゲーゲブプーエー、あゝ苦しい、斯う苦して如何して道中がなるものか。動中静あり静中動ありだ。ドウセイお前さまの物になるのだもの、私がドウチウ訳にも行かないのだから、親方ドウドウセイセイ行つて来て下さいな。私もセイ一杯ドウを据ゑて、酒でも飲んで、親分のセイ功を祈つてゐませうかい』 三公『ドウも仕方のねえ奴だなア』 徳公『本当にドウも仕方のねえ奴だ。他人の女房に横恋慕をするなんて、人の風上に立つ親分にも似合はねえ卑怯未練な行方だねえか、エーゲブ、ウーーー』 三公は癇高な声を出して、 三公『与三公勘公』 と呼んだ。此声に与三、勘の両人は、行歩蹣跚として此場に現はれ来り、 与三『親分、何ぞ御用でげすかなア』 三公『徳公を一つ裏の谷川へ連れて行つて、水を呑ませ、酔をさまさして、早く今の所へ行く様にしてくれないか』 与三『そりや与三さうな事です、オイ徳、立たぬか。貴様ア、肝腎の時になつて、何の事だ。そんな事で親方勤めが出来ると思ふか』 徳公『トクと思案をして見た所、何を言うても人里はなれた、あの森林だ。モシもお愛の奴、息でも止まつて居らうものなら、ヒユードロドロだ。夫れを思へば怖くも…何ともないが、何時の間にか酒腰がぬけやがつて、如何しても動けないのだよ。哥兄、頼みだが、今日は俺の代理を命ずるから、トツトと行つてくれねえか。本当に親方もあこ迄仕組んだ大芝居だから、此儘オジヤンになつては残念だらうし、俺達も甘い酒を親方からおごらした手前、気の毒でならねえからなア』 与三『俺や駄目だ。そんなら仕方がねえから、オイ勘州貴様、徳の代りに行つたら如何だい』 勘公『おれやモウ御免だ。今日は親の命日だからなア』 斯かる所へ二三の乾児共慌しく駆け込み来り、 乾児たち『ヤア与三の哥兄、タヽヽ大変だ大変だ。お愛の幽霊と虎公の幽霊が、沢山の亡者を連れて押寄せて来よつたぞ。サア用意だ用意だ』 与三、勘の両人は『アツ』と云つた儘、腰を抜かしてその場に倒れて了つた。 館の外には唸りを立てて夏の風がゴーゴーと吹き渡つてゆく。油蝉の声は館の庭先の木の上から、耳が痛い程ゼミゼミ、ミンミンミンと聞えて来る。 (大正一一・九・一四旧七・二三松村真澄録) |
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霊界物語 | 35_戌_黒姫のアフリカ物語2 | 09 分担 | 第九章分担〔九七三〕 吼え猛る虎狼や獅子大蛇熊襲の国の高原に 館を構へて遠近に暴威を揮ひし男達 その名も大蛇の三公が離座敷に夜もすがら 酒汲みかはし四方山の話に耽る人の影 障子に映る五つ六つ夜は深々と更け渡り 荒野を渡る夜嵐の声も何時しか静まりて 幽かに聞ゆる谷川の巌を咬むで迸る 水の音のみ鳴り渡る。 酒の機嫌で何となく神経興奮して寝つかれぬままに、ブラリブラリと境内を逍遥してゐた新、久、徳の三人、障子に映る人影を眺め、巻舌になつて呶鳴つてゐる。 徳公『オイ新公、あの障子の影を見い!貴様が親方の不在になると、チヨイチヨイと酒を汲んで貰ふと吐しよつたナイスの影法師がシヤントコセイのウントコセと映つとるぢやねえか、本当に偉い奴だなア。お愛の姐貴も只の狐ぢやないと思うて居つたが、八島別とか何とかの娘だと言ひよつたなア。昔常世の会議で八島とかいふ狐が出よつて、常世姫命をアフンと言はしよつた其奴の系統かも知れないぞ』 新公『コリヤ徳、そんな大きい声で吐すと、三公に聞えるぢやねえか。貴様が口外せぬと吐したから、この新公が親切に神秘の鍵を開いて聞かしてやつたぢやねえか、これ程夜が更けて、そこらあたりがシーンとして居るのだから、小さい囁き声でも聞えるのだから、小さい声で云はぬかい。お愛さまに聞えたら大変だぞ』 徳公『貴様の其声の方が余程大きいぢやねえか。オイ新公、あのお梅と云ふ奴ア、親分の妹だといふ事だが、妹迄伴れて駆落しよつたのか。本当に念の入つた奴だなア』 新公『妹といへばマアマア妹だ。実のとかア、彼奴も拾ひ子だよ。うちの虎公が表向妹だと云つてるのだが、其実ア、フサの国に生れた女で、姉にはお松といふ立派なナイスがあるのだ』 徳公『其お松を如何して知つとるのだ』 新公『きまつた事だ。松竹梅と云ふ事があるぢやねえか。お梅の姉はお竹、お竹の姉はお松だ。黄泉比良坂の桃の実になつた松竹梅の宣伝使の生れ変りだからなア。本当に素敵なものだ。オイ徳公、俺が一つ貴様の改悪記念にお梅さまを女房に周旋してやらうか』 徳公『あんな若え代物と如何して夫婦になれるものけえ。世間体が見つともねえワ』 新公『貴様ア、世間体を憚る良心があるのなら、なぜこんな無頼漢の三公の乾児になつたのだい。それの方が余程世間体が悪いぞ。俺のとこの親方はドンドンながら、ポンポンながら、豊の国の豊日別命さまの御総領で、虎若彦命様だ。若い時に無分別な恋におちて、熊襲の国へお出で遊ばしたのだが、何と云つても種が種だから偉いものだ。大蛇の三公なんて云ふ奴あ、どこの牛骨だか馬骨だか素性の分らねえゲス下郎だから、人情も知らねば、誠の道理も悟らず、卑怯未練な、親分の不在宅へ押かけて、お愛の方を無理往生させようとしよつたのだよ。そんな奴の提灯持をしてる奴に、碌な奴があるかい、なア久公』 久公『オイオイそんな声を出すと、親分に聞えるぢやねえか。聞えたら又事が面倒だぞ』 新公『(浄瑠璃)そりや聞えませぬ、久公さま……だい、お詞無理とは……チンチン……ぢや、思はねどオヽヽヽ俺は余り気にかかる、折角結構な親方を、持つて喜ぶひまもなう、追ひ出されては、此新公、どこに如何して暮さうやら、案じすごしてヒヤヒヤと、轟く胸を押へつ……け……悔み歎きし其顔付……』 徳公『オイオイ障子が開いたぞ。親分が今お目玉だ。逃げろ逃げろ』 久公『(浄瑠璃)ヤレ其障子開けまいぞ、此蚊帳の内は黒姫婆が城廓、其腐つた魂で、此城一重破らるるなら、サヽヽ破つて見……よ……と百筋千筋の理をこめて、引つかついだる蚊帳の内、泣くねより外応答なし……と云ふ様な愁歎場だ』 障子をあけた男の影、 男(虎公)『オイ久公、何を云つてゐるか』 三人は一度に両手で頭を抱へ、 三人『ヘーー』 と云つた限り踞んで了つた。 男(虎公)『ハハー、人間かと思へば、四つ足だつたな』 新公『イエイエ違ひます違ひます。新酒と久酒と徳利に入れて持つて来やした、三公……オツトドツコイ三人で御座います。トラまアよい味の酒で御座いますから、味はおウメさんで、中々素敵な物でげす。夜夜中にこんな所迄来て、孫公々々して居るものだから、月も星もないこれ程曇つた黒姫の晩に、ヲロチい目に会うて困つて居る三公でげす。親方如何でげせう、第三次会をお開きなさつたら……モウ夜の明けるに間もあるめえから、綺麗なナイスをお愛手として一杯やるも乙でげせう。アーア、とうとう酒に一夜酔をして了つて、舌も碌にまはりやしねえわ』 虎公『オイ三人の奴、最前から聞いて居れば、貴様等は怪しからぬ事を囀つて居つたではねえか』 徳公『ヘエ、虎公の親分さま済みませぬ。新公が自慢顔をして、親方さまの素性を明かしよつたものだから、耳が痛くて仕方がねえのを辛抱して聞いて居つたのですよ。さうして宅の親分をボロ糞にこきおろしよるものだから、ムカつくのムカつかぬのつて、最前から三四度も八百屋店を出しましたのだ。アーア、こんな所に居つちや剣呑だ。親方、今日はそんな事を言つて、私を冷つかし、冷酒で苦しめるよりも、燗酒に見直し聞直して下さいませ。オイ皆の奴、あつちへ行かうかい』 と云ひ乍ら、三人は暗に紛れて、田圃の中へ酔醒ましに行つて了つた。 あとには例の虎公、黒姫、孫公、兼公、お愛、お梅に、主人側の三公七人が机を中において、ヒソヒソ話を続けて居る。宵から尊き神様の御経綸談に魂をぬかれ、夜の更けるも知らず、又余りの愉快さに睡気もささず、小声にいろいろの経歴話を交ぜて、入信の経路などを物語つてゐる。黒姫が、 黒姫『今窓外にて三人の話を聞けば、お愛さまや虎公さま、お梅さまの身の上話、実際あの通りで御座いますか』 虎公『若え奴が酒に酔つて云ふのですから、当になつたものぢや御座いませぬ』 黒姫『酒の酔本性違はず……と云ひますから、満更、影も形もない事では御座いますまい。酒に酔うた時は比較的正直なものですからなア虎公さま』 虎公『合うたとこもあれば、合はない所もあり、兎も角聞きはづれを云つてるのですから、困つたものですワイ』 黒姫『お梅さまはお松さまの妹だとか云つてゐましたなア。そのお松さまは今どこに居られますか。お差支なくば仰有つて下さいませ』 お梅『ハイ私には姉が御座いました。中の姉さまのお竹さまはコーカス山へ行つたきり行方不明となり、上の姉さまのお松さまはフサの国から海を渡つてどこか遠い国へ行かれたとか言ふ話で御座います。何分私の小さい時に別れたのですから詳しい事は存じませぬ』 黒姫『あなたの御両親は何と云ひますかな』 お梅『私の父母は人の噂に承はりますれば、バラモン教の鬼雲彦とやら云ふ大将に連れ帰られ、生命を取られたとか云ふことを承はりました。私は或悪者の為に拐はかされ、筑紫ケ岳の頂上へ来る折しも、兄さまがお出でになり、悪者を追ひ散らし、私を助けて連れ帰り、今迄世話して下さいました。兄さまの計らひで、親子兄弟のない子だと言つたら世間の人が軽蔑するから、お前は俺の国許から訪ねて来た妹だと言つてをるがよい、俺もお前を真の妹だと思うて可愛がつてやると仰有つて下さいました』 と涙を流し泣き入る。虎公もお愛も黒姫も手を組み首を垂れ、太き息をついて居る。 三公『お梅さまの事は三公今始めて承はりました。ヤア虎公さま、あなたは本当に親切な方ですなア。ヤもう感心致しました』 とこれも亦涙含む。 孫公『ヤア是で孫公も三人の秘密が全部分りました。就いては三公の親分、お前さまは何と云ふ人の子だい、序に言つて下さつたら如何です。モウ斯うなれば親身の兄弟も同様だから、何の分け隔ても要りますまい』 三公『私の父はエヂプトの町に住んで居りまして、春公と申し、母はお常といひました。或時、三五教の宣伝使となつたのを幸ひ、初陣の功名をして神様に御目にかけたいとか云つて、私を家に残し、白瀬川の水上、スツポンの湖に棲む大蛇を言向和すとか云つて、夫婦が参りました。さうした所が、私の両親はまだ神力が足らなかつたと見えまして、湖の大蛇に苦もなく呑まれて了つたので御座います。私はただ一人下男と留守をして居りましたが、此事を風の便りに聞き、矢も楯もたまらず、三五教の宣伝使で埃及の酋長なる夏山彦様の御館へ、父が入魂にして頂いて居つたのを幸ひ馳せ参じ、神勅を伺つて貰つた所「お前の両親は今迄余り沢山に財産を拵へ、難儀な者を助ける助けると云つた計りで、米一掴み与へた事もなし、大勢の者の執着心が重なつて大蛇となり、お前の両親を亡ぼして了つたのだから、モウ駄目だ。せめては両親の冥福を祈り、再び此世へ立派な人間として生れて来るやうに祈つてやれ」……と仰有いました。併し乍ら両親はどこかへ生れ変るにした所で、私としては最早親を取られたのだから、安閑としては居られない、スツポンの湖の大蛇を片つ端から切り屠り、親の仇を討つてやらむと、夏山彦御夫婦が親切におとめ下さるのも聞かず、夜に紛れて吾家を飛出し、湖の畔に来て見れば、際限もなき広い湖、此奴ア到底一人や二人の力では可かないと断念し、それから遥々と熊襲の国の屋方村、樫の森の木かげに庵を結び、侠客となつて数多の乾児を養ひ、サア是で大丈夫と云ふやうになつた所で、一挙にして大蛇を殲滅せむと、心の底より悪ではないが、悪を装うて悪人原をかりあつめ、大蛇退治の用意をして居つたのです。三五教の様な無抵抗主義の教を奉ずる信者が幾らあつても、到底大蛇征伐の様な殺生な事は致しますまいから、類を以て集まるとか云つて、悪い者の所へは悪い者が集まります。其悪い奴を沢山集めて悪い大蛇を平げるのは所謂毒を以て毒を制すると云ふ筆法ですから、今日迄其覚悟を持つてゐたので御座います。さうしてお愛様に対し失礼な事を致しましたのも、実の所は恋慕に事寄せ、お愛様を私の手許に引寄せ、建日向別命様の霊系であるから、まさかの時の用意にと思つて、いろいろ雑多と拙劣な計劃をめぐらしてゐたので御座います。実に幼稚な考へで、只今となつては恥しう御座います』 と物語りつつ、涙を雨の如くに流し乍ら、悄然として俯むく。 虎公『ヤアそれで虎公もスツカリと様子が分つた。いよいよ四人の種明かしも無事に終了してお目出度い、其話を聞く以上は、ジツとしちやゐられない。サア是から三公さま、吾々と共にスツポンの湖に向つて言霊戦を開きに参りませう。併し乍ら、三五の教は喜ばれて仇を討つといふ教だから、大蛇の命を取りに行くのではない、大蛇の霊を、天津祝詞の生言霊に依つて解脱させ、天国に救ひ上げ、今後は決して国民に災をなさないやうにするのだ。一旦殺された御両親は気の毒だが、是も自分から作つた罪が酬うて大蛇に呑まれたのだから、吾々人間として如何ともする事は出来ない。又三公さまだとて、大蛇を親の仇だと恨む訳には参りますまい。要するに春公、お常御両人の自ら造つた悪魔が、自らを攻めたのだから、言はば自業自得、何事も神様の御裁断に任すより仕方がない。サア皆さま、言霊戦に参らうぢやありませぬか』 三公『ソリヤ結構ですなア。此三公の野郎も時を移さず乾児を引つれて参る事に致しませう』 虎公『イエイエ乾児なんか伴れて行く必要はありませぬよ。吾々には八百万の神さまが守護して下さるから、人数は余り要りませぬ、三人居れば大丈夫です』 黒姫『左様なれば虎公さま、お愛さま、三公さま、あなたに御苦労になりませう。黒姫はこれから孫公を伴れて火の国都へ参りませう』 三公『あゝそれは御苦労で御座います。左様なれば機嫌よく御越しなさいませ。誰か乾児を一二人、御案内に立てませうか』 黒姫『ハイ有難う御座います。どなたでも宜しいから、道の勝手を御存じの方を、お一人お貸し下さらば有難う御座います』 三公『そんなら、徳をお供に立たせますから、宜しう願ひます。元来が気の利かない男ですから、却て足手纏ひになるかも知れませぬが……』 黒姫『ハイ御親切に有難う御座います。そんなら徳さまに御苦労になりませう』 虎公『黒姫さま、女房の命を助けて下さつたお前さまを、一人やる訳にも行きませぬから、久公を一人御案内に立てませう。さうすれば三人の道伴れ、大丈夫ですから』 黒姫『ハイ有難う御座います。どこへ行つても神様と道伴れ、一人で結構で御座いますが、向ふへ参つた所で、掛合が一人では都合が悪う御座いますから、そんならお二人にお世話になりませう。其代りに孫公をあなた方のお伴をさせませう……コレ孫公さま、お二人の親分によく仕へ、大蛇を言向和せた上、火の国都へ訪ねて来て下さい』 孫公『ハイ願うてもなき事、有難う御座います。そんなら行つて参ります。随分御無事でお出で下さいます様御祈り致します』 茲にお梅は虎公の命に依つて、新、八の二人と共に武野村の不在宅へ帰る事となりぬ。虎公、お愛、三公、孫公の四人は、いよいよ時を移さず屋方の村を立出で、スツポンの湖の大蛇を言向和すべく、意気揚々として旅装束を整へ進み行く。 兼公、与三公、高公の三人は数多の乾児と共にあとに留まりて不在役を勤めさせらる。 (大正一一・九・一六旧七・二五松村真澄録) |
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霊界物語 | 35_戌_黒姫のアフリカ物語2 | 10 夢の誡 | 第一〇章夢の誡〔九七四〕 屋方の村の三公と綽名をとつた男達 蚊竜天に登るよな其勢の荒男 武野の村の男達誉を四方に虎公が お愛の方と諸共に孫公伴ひ鼈の 湖水に潜む曲神を神の教の言霊に 言向和し世の人の百の禍除かむと 侠客気性の両人が足もいそいそ山道を 右に左に辿りつつカンカン照り込む夏の陽を 頭にうけて進み行くあゝ惟神々々 御霊幸ひましませよ。 一行四人は漸く白山峠の山麓にさしかかつた。登りが三里、下りが三里と云ふ可なり大きい峠である。早くも夏の陽は西天に没し、生暑い風が一行の顔を撫でて四辺の木々の梢を揺りながら、おとなしく通つて行く。 孫公『随分コンパスが疲労したやうです。幸に日が暮れたのですから、此辺で一つ一宿を願つて行く事に致しませうか』 虎公『どうでこんな急坂だから夜の途は危ない。此坂下で今夜は野宿をする事にしようぢやないか、なア三公……』 三公は「好からう」と唯一言、嬉しさうに諾いて居る。四人は木の葉を沢山にむしつて敷き、俄作りの青葉の畳の上に、長途の疲れと他愛もなく寝込んで仕舞つた。 孫公は三人の雷の如き鼾が耳に入り、どうしても寝られないので、四五間許り隔てた草の中に胡坐をかき、空を仰いでオリオン星座を見つめ、何事か口の中にて祈願して居る。 其処へザワザワと茅を揺つて現はれて来た一つの白い影がある。孫公は此影をまんぢりともせず怪しき者の出現かなと見詰めて居た。怪しの影は孫公の前に恐る恐る現はれ来り、優しき女の声にて、 女『もしもし旅のお方様、お願ひが御座います』 孫公『ヤアお前は女ではないか。こんな草の原に唯一人やつて来るとは肝玉の太い者だなア。俺に頼み度いと云ふのはどんな事か、云つてみさつしやい。事によればお前の力にならない事もないから……』 女『ハイ有難う御座います。詳い事は後で申上げます。何卒私に跟いて来て下さいませ』 孫公『近い所ならいいが、余り遠くは御免蒙り度いものだ。ソレ、あすこに俺達の道連が三人寝て居るのだから、どうしても離れる事は出来ない、俺は此処で三人の夜警をやつて居るのだからなア』 女『さうするとお前さまは、あの三人の方の奴さまですか。何と気の利かねエ方ですなア。何程大きくても牛の尻にはなるな、小さくても鶏の頭になれと云ふぢや御座いませぬか、それにお前さまはそんな大きな図体をして、あんな侠客や、ハイカラ女のお尻に従いて行くとは本当に甲斐性のない方ですねエ』 孫公『こりや女、馬鹿にするない。俺や決してあの三人の奴ぢやないぞ。押しも押されもしない男の中の男一匹、三五教の宣伝使の孫公と云つたら俺の事だ。あんまり見違ひをして貰ふまいかい。又お前も、こんな俺を腑甲斐ない男と見込んで頼むとは何の事だ。余程腑甲斐ない女だなア』 女『ホヽヽヽヽ、知らぬかと思うて、三五教の宣伝使だなぞと、ようそんな嘘が云へたものだわ。黒姫と云ふ宣伝使のお供をして来た自転倒島の孫公ぢやないか。まだ宣伝使になるは早い、資格が具備して居ないから、そんな法螺を吹かぬやうにして下さい。この熊襲の国は悪人もあるが、併しどんな悪人だつて嘘だけは云ひませぬよ。自転倒島の人間は、嘘が上手だから、夫で他の国の人間が剣呑な人種だと云つて、到る所排日思想を嗾りたてるのだよ、チト心得なさい』 孫公『これは又づけづけと怯めず臆せず他の悪口を云ふ女だ。ちつと言霊を慎まないか。俺が宣伝使だと云つたのをお前は嘘ぢやと云ふが、決して嘘ぢやないよ。未来の宣伝使だ、神の目から見れば現在も未来も一つだよ』 女『ホヽヽヽヽ、本当に偉い未来の宣伝使様だこと、高山峠の中腹では腰を抜かし、連れの男女にほつときぼりを喰はされ、涙ながらに見つともない、トボトボと淋しさうな顔をして、向日峠の山麓に迷ひ込み、大それた嘘を云ひ、今ここへ来て居る三公の乾児にとつちめられ雁字搦みにせられ、生きながら穴に葬られた腰抜男ですからなア。イヤもう其御神徳の強いのには感心しましたよホヽヽヽヽ。私も女と生れた以上は、お前のやうな腰抜男とどうかして一度夫婦になつて見たくも何ともありませぬよ。あた汚らはしい、嫌な臭のする男だねエ、オヽ臭やのう、これこれ孫公どの、一間許り間隔を保つて来て下さい。余り近よると臭い匂ひがするから……』 孫公『勝手にしやがれ。誰が貴様のやうな化女の尻について行く馬鹿男があるものか。馬鹿にするな、孫公の腕には骨があるぞ』 女『ホヽヽヽヽ、骨があるといなア。八丁笠のやうな骨をして、余り大きな口を叩くものぢや御座いませぬぞエ。些と修業をなさらないと、鼈の池の大蛇退治は駄目ですよ。お前が大蛇に呑まれに往くかと思へば、不憫で耐らないから気をつけてあげるのだ。一度あつた事はきつと三度あるものだ。一度は高山峠の岩に腰を打ち気絶して命危く、二度目は三公の乾児の者に生埋めにしられた。災難のよくつきまとふ男だから、三度目蛇の子と云つて、今度こそ大蛇の腹へ呑まれに行くのだから、思へば思へば気の毒なものだなア。あのまア孫公の狼狽へ加減、矢張り孫公だと見えてよう魔胡つく男だ。真心が足らぬと何遍でも命を取られるやうなお誡めに遇ひまするぞえホヽヽヽ。あれまア時々刻々に孫公の顔が青くなつて来た。まるで八寒地獄にウヨウヨして居る亡者のやうだワ』 孫公『ヤイ女、六尺の男をつかまへて嬲者にしようと思つても、此孫公は些と種が違ふのだ。貴様の様な妖怪変化に誑かされるやうな兄イぢやないから、もうよい加減に諦めてすつこんだら何うだ。夜分の女と云ふものはあんまり気分のよいものぢやない。用があるなら夜が明けてから出て来い。何なりと聞いてやるわ』 女『私は夜鷹だから夜出るのが商売だよ』 孫公『気の利かねえ夜鷹だなア。都の中央の細い路次に出るのが貴様の商売だ。それに人家もなければ商売も尠いこんな荒野ケ原へ、仮令百晩千晩立つた所で旨い鳥はかかりやせないぞ。こんな所で鼻の下の長い男をちよろまかさうとするのは、恰度山へ魚を捕りに行き、海の底へ猪をとりに行くやうな話だ。お前は余程どうかして居るねエ。癲狂院代物ぢやあるまいかなア』 女『癲狂院でも、天教山でも放といて下さい。それよりもお前の足許に気を付けなくては駄目ですよ。明日はお前の冥日だから……』 孫公『エヽ縁起の悪い事を云うて呉れない。亡者か何ぞのやうに、冥日があつて耐まらうか』 女『ホヽヽヽヽ、お前それでも生て居ると思ふのかい。お前の魂はとつくの昔に死んで了ひ、胴体計り残つて居るのだよ。云はば娑婆亡者だ。冥日があるのはあたりまへだよ』 孫公『エヽ気分の悪い夜さだなア。オイ女、俺やもう此処から御免蒙るわ、お前勝手にどこへでも行つたらよい。余り俺の悪口計りつきよつて業腹だから止めて置かうかい』 女『サア行けるのなら何処なと勝手に行つて御覧、お前の知らぬ間にちやんと体に綱をつけて縛つてあるから一つ歩いて見なさい』 孫公『何歩かいでか、アイタヽヽこりや本当に縛りよつたな。些つとも動きやしないわ、下らぬ悪戯をする女だなア。サツパリ雁字搦みに知らぬ間に縛つて仕舞ひよつた、こんな無茶な女に出遇つたのは今日が初めてだ』 女『ホヽヽヽヽ、お前計りか今の人間に、一人として女に縛られて居ない人間がありますか。何奴も此奴も、執着だとか恋だとか云ふ怪しい代物に、蜘蛛に蝉がかかつたやうに捲きつけられて、雁字り捲きにされて居る人間計りがウヨウヨとして居る娑婆ぢやないか』 孫公『さうすると女に縛られたものは俺計りぢやないなア。お前はさうすると些と計り俺にラブして居やがるのだな。好いた同志は毎日日日、擲つたり、噛りついたり、抓つたりするのを此上なき愉快のやうに感ずるものだが、俺もお前から雁字搦みに縛られて些とはむかついたが、よく気を落付けて神直日に見直し善意に解して見れば、余り腹も立てられまい。却つて有り難いやうになつて来たワイ』 女『エヽまア好かんたらしい男だこと。お前と云ふ男は、お愛の方の寝顔をちよいと覗き込んで恋の執着をたつた今起しただらう。其執着心が、此私を生んだのだよ。つまり云へば孫公の反映だ。何と云つても内裏だから腹を立てないやうにして下さいネ孫公』 孫公『益々訳が分らなくなつて来た。此奴は本当に化物だなア』 女『そりやさうとも、化物に違ひありませぬワ。化物の腹から生れた私だもの。烏は烏を生み獅子は獅子を生むのは当然ですよ』 かかる所へ闇を通して幽に宣伝歌の声が聞え来る。 (玉治別)『神が表に現はれて恋になやみし執着の 心の雲霧吹き払ふ我は玉治別司 湖の魔神を三五の神の教に言向けて 世の禍を悉く払はむとして出でて行く 三五教の孫公は心の中の曲者に とり挫がれて今正に闇路に迷ふ憐れさよ 心の中に恐ろしい大蛇を宿す身をもつて どうして魔神を速かに服へ和す道あろか あゝ惟神々々憐れな孫公よ孫公よ 一日も早く真心に立ち帰りつつ三五の 誠の教を諾ひて夢をば醒せ目を醒せ 唯今其処に現はれし怪しの女は何者ぞ 汝が心に潜みたる横恋慕と名のついた 八十の曲津の化身ぞや一日も早く宣り直せ 汝が姿も見直して虎公三公両侠の 清き御魂に神習ひお愛の方を思ひ切り 心にさやる白山の峠を早く踏みしめて 誠一つに進み行け朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 大蛇の曲は荒ぶとも三五教の神の道 誠一つは世を救ふあゝ惟神々々 神の御言を諾ひて玉治別の神司 神に代つて説き諭す進めよ進めいざ進め 誠の道に逸早く進めや進め湖の傍 大蛇の御魂の亡ぶまで心の曲津の失する迄 あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と聞ゆるかと見れば、以前の女の影はいつの間にか煙の如く消えて仕舞ひ、夜嵐冷やかに孫公の顔を撫でて通る。ふと気がつけば孫公は三人の寝て居る四五間許りの傍の芝生に横たはつて居た。 孫公『アヽ何だ夢だつたか、しようもない。併しながら夢だとて油断は出来ない。神様が玉治別の名をかりて御注意して下さつたのだらう。俺もこれで大分に悟る事を得た。あゝ惟神々々御霊幸倍ましませよ』 と云ひながら、拍手を打ち、声高らかに天津祝詞を奏上する。 (大正一一・九・一六旧七・二五加藤明子録) |
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霊界物語 | 35_戌_黒姫のアフリカ物語2 | 18 山下り | 第一八章山下り〔九八二〕 黒姫は四方の風景を眺めながら、 黒姫『見渡せば四方は霞みて霧の海よ 吾背の君は何処に坐すらむ。 霧の海波静かなり火の国に コバルト色の山は浮びつ。 村肝の心を荒井ケ岳に来て 四方を見晴らす今日ぞ楽しき。 眺むれば火の国山や向日山 花見ケ岳の姿のさやけさ。 麗しき霧の漂ふ火の国の 国原清く塵も留めず。 野も山も霧に霞て隠れゆく わが背の君をまぎて行くかも。 山々は霧に沈みて見えざれど 高山彦の頭見えつつ。 徳公と久公二人を伴ひて 実に面白き旅をなすかな。 旅人を泥棒なりと見違へて 徳久二人は胸をどらせり。 旅人は徳と久との姿見て 泥棒と誤り戦きにける。 今暫し心の駒に鞭うちて 進みて行かむ火の国都へ。 惟神神の教に従ひて 筑紫の島を廻るは楽しき。 神国に生れ出でたる吾なれば 夜昼神の道を進まむ。 天津日の影も霞に包まれて 風静かなる荒井ケ岳の尾』 徳公は尻馬に乗つて詠ふ。 徳公『黒姫に従ひ来れば山風も 荒井ケ岳に泥棒出でたり。 泥棒と取り違へたる久公が 肝玉取られ腰抜かしたり。 腰抜けの弱い男と道連に なつた迷惑徳公の損だ。 急坂を泡吹きながらキウキウと 久公の奴が登り行くかも。 惟神神が表に現はれて 火の神国を霧海にする。 山々は霞の帯をひきしめて わが行く姿を待ちつつぞ居る。 慢心の山の頂上に登りつめて 困りきつたる久公あはれ』 久公は負けぬ気になつて又詠ふ。 久公『トク頭病見たよな禿げた山の上に 徳公の野郎が慄ひ居るなり。 口ばかり十年先に生れたる 男が屁理屈トクトクとして言ふ。 トク心のゆくまで脂とつてやろか 不道徳なる徳公のために。 野も山も霞や霧に包まれて 春と秋との中に逍遥ふ。 春か非ず秋かと見れば秋ならず 力も夏の朝ぼらけかな。 朝霞棚曳きそめて山々は 浮きしが如く見えにけるかも。 あの様な大きな山を浮かす奴は 霧か霞か白雲の空。 浮いて居るやうに見えても花見山 根は火の国の霧にかくれつ。 この山は荒井ケ岳と唱ふれど 静かな風が吹き渡るなり。 虎公のわが親分は今いづこ 頼りも白山峠越ゆらむ。 親分がお愛の方と諸共に 胸突き坂に肝虎れ居まさむ。 三公の親分よりも虎公は 勝りて足のまめな強者。 今頃は三公親分が屁古垂れて 徳よ徳よと弱音吹くらむ。 おい徳よ早く此場を立ち去つて 弱い親方たづね行くべし。 かうなれば黒姫司の御供は 久公一人で事足りぬべし。 心から嫌な徳公と山登り 一しほ汗が深く出るなり。 屋方の村の三公が乾児の端に加へられ 朝から晩迄門を掃き褌までも洗はされ 下女のお鍋に肱鉄を朝な夕なに喰はされ 性こりもなくつけ狙ふ腰抜男が現はれて 三五教の宣伝使黒姫司の御案内 するとは実に案外ぢや荒井峠へやつて来て 俺は立派な地理学者なんぢやかんぢやと法螺を吹く 二百十日の風のよに吹き散らすのはよけれども 其処らあたりで金を借り未だに尻をふかぬ奴 深い罪科を重ねつつ身の程知らずの徳公が 高い山坂登るとは是こそ天地転倒だ 鼻ばつかりを高くしてあんまり法螺を吹く故に 仲間の奴に嫌はれて黒姫司の案内と 体よき辞令に放り出され此処迄出て来た馬鹿男 ほんに思へば気の毒な何とか助けてやりたいと 心を千々に砕けども腐りきつたる魂を 助けるよしも夏の空青葉の影に身を潜め 姿かくしてなき渡る山杜鵑は外でない 今目の前に泣いて居るこんな男と道連れに なつた俺こそ因果者黒姫司も嘸やさぞ 困つた奴の道連れと愛想を尽かして腹中を 揉んで厶るに違ひないこんな男に狙はれちや 黒姫司もやり切れぬどこぞそこらに掃溜が 目につくならば逸早く惜し気もなしにドシドシと 捨てて行かうと思へども山は霞に包まれて 何処も同じ霧の海捨て場さへなき困り者 厄介至極の至りなり「オツトドツコイ」言霊の 善言美詞の御教を忘れて居つたか待て暫し 黒姫様よ徳公よ今云うたのは俺ぢやない お前の肉体守護する副守の奴が憑依して 無礼の言霊囀つたそれにてつきり違ひない 腹を立てなよ神直日心も広き大直日 あつさり見直せ聞き直せ人は神の子神の宮 神に敵する仇はないあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも火の国都は十重二十重 霧に包まれ沈むとも否でも応でも吾々は 黒姫司のお供して送つて行かねばならないぞ 親分さまに頼まれた義理を思へば今此処で へつ込む訳にはゆかないわも一つ腕に撚りをかけ 足に油を濺ぎつつ山野を渡る膝栗毛 心の駒に鞭うつてお前と俺とは睦まじう 手を引き合うて行かうかいあゝ面白い面白い 東の空が晴れて来た今吹く風は東風 わが言霊は火の国の都に清く響くだらう 高山司も今頃は神徳無双の久公が 宣る言霊に耳澄ませ生神さまが出て来ると 酒や肴を用意して待つて厶るに違ひない これも矢張黒姫の神の司のお蔭ぞや サアサア行かうサア行かう余りの長い休息で 尻に白根が下りさうだいづれ行かねばならぬ道 進めや進めいざ進め徳公の野郎は先に行け 黒姫司は殿だ久公吾は中に立ち 中取り臣の役となりさしもに嶮しき坂道を 苦もなく下り行かうかいあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 と歌ひながら立ち上る。黒姫は徳公を先に立て、壁を立てたやうな急坂を一足々々指に力を籠めて下り行く。 徳公は一足々々力を入れながら、さしも名題の急坂荒井峠の西坂を歌ひ乍ら下りゆく。 徳公『青葉を渡る夏の風霧か霞か知らねども 一間先は分らないだんだんおち込む霧の海 「ウントコドツコイ」黒姫さま足許用心なさいませ 外の峠と事変り火の国一の急坂で 一方は断崖絶壁だ一方は深い谷の底 もし踏み外した其時はかけがへのなきこの命 さつぱりジヤミにして仕舞ふ久公の奴も気をつけて 一歩々々爪先に心を配つて下りて来い もしも途中で一人でも大怪我したら「ドツコイシヨ」 「ウントコドツコイ」親方に何うして云ひ訳立つものか 黒姫司のお供してこのよな深き坂道で 命を捨てては引き合ぬおいおい此処が一の関 両手で岩をつかまへて目を塞ぎつつ足探り そつと伝うて下りて来いあゝあゝきつい難所だな 斯んな所を何として先の女が易々と 登つて来たのか「ドツコイシヨ」不思議になつて堪らない 黒姫司は老年だ心を鎮めてそろそろと 足に力を入れながら左の手にて杖を持ち 右手に岩ケ根掴みつつ静にお下りなさいませ アヽアヽ危ないもう些し下つて行けば緩やかな 安全無事の道がある其処へ行く迄「ドツコイシヨ」 どうしても心はゆるされぬもしも不調法した時は 火の国都にあれませる高山彦の神さまに 合せる顔がない程にあゝ惟神々々 御霊幸はひましまして此急坂を恙なく 無事に下らせたまへかし神は吾等と倶にあり 吾等は神の子神の宮とは云ふものの「ドツコイシヨ」 矢張人の身をもつて神さま気取りにやなれないぞ 心を配り気をつけて此難関を辷り越え 一日も早く火の国の花の都へ「ウントコシヨ」 行かねばならない「ドツコイシヨ」黒姫さまは何として それ程黙つて御座るのか些とは何とか「ドツコイシヨ」 歌なと歌うて下さんせ私ばかりが噪やいで 声を涸らして居た所がオツト危ない石がある 根つから「ドツコイ」はづまない其処には鏡の岩がある 皆さま気をつけなさらぬと鏡の岩は滑らかだ 是から向ふへ一二町鏡のやうに「ドツコイシヨ」 光つて辷る坂の道此処が第二の難関だ あゝ惟神々々叶はぬか知らぬが久公が 屁古垂れよつて「ドツコイシヨ」さつぱり唖になりよつた 何程無言の業ぢやとてそれだけ湿つちや「ドツコイシヨ」 女に劣つた腰抜けと云はれた処で「ウントコシヨ」 云ひ訳する道あらうまいほんに困つた弱虫の 困つた腰抜男だな「オツトコドツコイ」待て暫し 善言美詞の「ヤツトコシヨ」言霊車が脱線し 済まない事を云ひましたあゝ惟神々々 神の心に見直して久公怒つて下さるな お前が売出す言霊を俺が買うたるばつかりだ 売つた喧嘩をどうしても買はねばならぬ男達 「ウントコドツコイドツコイシヨ」妙な所へ力瘤 入れる男と思はずに何卒見直し聞直し 「ガラガラガラガラアイタタツタ」とうとう腰の骨打つた 「アイタタタツタ」神様の罰が当つたぢやあるまいか 口は「ドツコイ」禍の門ぢやと聞いて居つたれど まさかにこんな「ウントコシヨ」事になるとは夢にだに 思はなかつた「ドツコイシヨ」も些し下れば「ドツコイシヨ」 緩勾配の道がある其処でゆつくり憩まうか あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 (大正一一・九・一七旧七・二六加藤明子録) |
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霊界物語 | 35_戌_黒姫のアフリカ物語2 | 24 歓喜の涙 | 第二四章歓喜の涙〔九八八〕 愛子姫は黒姫の訪問と聞き、稍危み乍ら、玄関口に津軽命と共に出で迎へる。玉治別は後に只一人腕を組み、何か思案にくれてゐる。黒姫は玄関口に立ち、 黒姫『高山彦夫の命の後追うて 黒姫司ここにきたれり。 高山彦夫の命は如何にして われを出迎へ遊ばさざるや』 愛子姫『あらたふと黒姫司はるばると 出でます事の心嬉しき。 いざ早く館の奥へ上りませ 汝来ますとてわれは待ちける。 玉治別神の命も出でまして 汝が入来を待たせ玉へり』 黒姫『いざさらばお構ひなくば奥の間へ 進みて夫に言問ひ申さむ。 高山彦夫の命の情なさよ 吾を見すててかかる国まで。 年老いし身も顧みず若草の 妻持たすとは何の心ぞ。 うらめしき汝が命の姿かな 吾背の君のいろと思へば』 愛子姫『黒姫の神の司よ聞しめせ 吾背の君は高国別の神。 高山彦神の命と名乗らせど 活津彦根の神にましける。 兎も角も奥に入りませ三五の 神の司の黒姫の君』 黒姫『さやうならこれより奥へ駆込みて 否応いはさず調べ見むかな。 詐りの多き此世と知らずして さまよひ来りし心悲しも』 愛子姫『疑ひの雲明かに晴らせませ 吾背の君の絵像見まして』 黒姫『さてもさても合点のゆかぬ汝が詞 荒井ケ岳の狐にあらぬか』 津軽命『これはしたり口が悪いも程がある 黒姫さまよ何を証拠に』 黒姫『自転倒島を後にして姿隠した高山彦の 神の命の吾夫は筑紫の島に渡るとて 聖地を見すてて出でしより妾は後を慕ひつつ 遠き海路を打わたり嶮しき山をふみ越えて 雨にさらされ荒風に髪梳りトボトボと 三人の供を従へて此処迄進み来りけり あゝ惟神々々誠の神のましまさば 愛子の姫がすげもなくわが背の命を奥深く 包みかくして白ばくれたばかる醜の枉業を あらはせ玉へ惟神皇大神の御前に 三五教の神司黒姫謹み願ぎまつる』 愛子姫『天地の神も御照覧いかに心の汚れたる 愛子の姫も徒に人の男をそそのかし 宿の夫とぞなすべきか黒姫さまの背の君は 高山彦と聞くからは同名異人のわが夫を 誠の夫と思ひつめ迷ひ玉ひしものならむ 黒姫司きこしめせ妾も神の大道を 守る身なれば如何にして詐り言を用ふべき 早くも奥へ進みませ汝が命の疑ひも 旭に露と消え失せむあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 と歌ひ終り、悄然として涙含む。愛子姫は黒姫のキツイ詞に、きつく侮辱された様な感じがして、女心の悲しくなり来れるなりき。 黒姫『高山彦さまが桂の滝とやらへ修業に行かれたから、不在だと言はれたさうだが、そんな仇とい事で、此黒姫はあとへ引く様な女ぢや御座いませぬ。女の一心岩でもつきぬく、何処までも調べ上げねば承知を致しませぬぞや。大方奥にかくれて御座るのだらう。稲荷か何かの託宣で、此黒姫が此処へ来るといふ事を前知し、大方皆の者が腹をあはし、門番迄に言ひ含め隠して御座るのだらう。何と云つても隠すより現はるるはなしといつて、終ひには尻尾が見えますぞや。ヘエ御免なさいませ、コレコレ番頭どの、奥へ案内して下さい。夫の所在が分るまではビクとも動かぬ此黒姫、マア暫く御厄介になりませうかい、オツホヽヽヽ』 愛子姫は先に立ち奥の間に導く。此処には玉治別が腕を組んで、何事か思案にくれゐたり。 黒姫『コレコレお愛さま、お前も余程のすれつからしと見えて、千軍万馬の劫を経た此老人をうまくチヨロまかしますなア……ヤアそこには一人何だか見覚えのあるやうな男が坐つて居る。コリヤまア何の事ぢやいなア。大方こんな事だと思うて居つた。矢張高山彦さまは桂の滝へ行かれたのだらう。其不在の間にこんな男を伴れ込んで、イヤもうお話になりませぬワイ、オツホヽヽヽ』 愛子姫『モシモシ黒姫さま、夫ある妾に対して殺生な事を云つて下さるな。外聞が悪う御座います』 黒姫『外分[※初版では「外聞」だが三版以降では「外分」になっている。二版は未確認。]の悪い事を誰がしたのですか。高山彦の夫に代り、間男の成敗は私がする。サアお愛どの、気の毒乍ら、トツトと出て下さい。アーア高山さまが不在になるとサツパリワヤだ。一辺悪魔の大清潔法を行らないと、神さまだつて此館へは鎮まつて下さらないわ……コレお愛、何をグヅグヅして泣いてるのだ。泣かねばならぬやうな事をなぜなさつたのかい、オツホヽヽヽ、さてもさても気の毒なものだなア。私も同情の涙がこぼれませぬわいナ。ウツフヽヽヽ、あのマア悲しさうなないぢやくりわいのう』 玉治別はフツと顔をあげ、 玉治別『ヤアあなたは黒姫さま、最前から待つて居りました。サア此方へ御越し下さいませ』 黒姫『何だ、お前は玉ぢやないかい、門にも玉が居れば中にも玉が居る。お前がお愛の情夫だなア。何と抜目のない人間だこと。高山さまの尻を追うてこんな所迄やつて来て、チヨコチヨコとお愛に可愛がつて貰つてゐるのだろ、オホヽヽヽ。若い時は誰もある慣ひだ。本当に敏腕家だ。ドシドシと体主霊従主義を発揮しなさるがよからう。若い時は二度ないからなア。併し乍らよう考へて御覧、お前も三十の坂を越えてるぢやないか。十九や二十の身ではなし、チツとは心得たがよからうぞえ。併しお前の恋愛を私が彼これ云ふのぢやない。サア早く今の間にお愛を伴れて駆落をして下さい。高山さまがお帰りになると、大騒動だから、チヤツと早う出なさい。お前が可哀相だから、親切に言ふのだよ』 玉治別『アーア、情ない事になつて来た。黒姫さま、私はたつた今の先、このお館へ参つたのですよ。実は高山彦さまが、筑紫の島へ渡ると捨台詞を使つて、あなたにお別れになりました。私もさうだと思つて居つた所、豈計らむや、高山彦さまは伊勢屋の奥座敷にかくれて暫く御座つたさうですが、黒姫さまがいよいよ自転倒島を立たれた時分から、ヌツと顔を出し、毎日日日錦の宮へ御出勤になつて居られますよ。そこで言依別命様が聖地を立たれる時……黒姫さまが可哀相だから、お前御苦労だが宣伝旁筑紫の島へ行つて、黒姫さまをお迎へ申して来い、さうして夫婦和合して御神業にお仕へなさるやう取計らへ……との御命令で、はるばる貴女の後を慕うて此処まで参つたの御座います。愛子姫様と云々などと云ふやうな事は夢にも御座いませぬから、どうぞ諒解して下さいませ』 と真心面に表はれ、慨歎やる方なき其顔色を見て取つた黒姫は稍心やはらぎ、 黒姫『何、高山彦さまが聖地に御座るとは、そりや本当かい?』 玉治別『何嘘を申しませう。万里の波濤を渡つて、こんな所まで嘘を云ひに来る者が御座いませうか。黒姫さま、よく御覧なさいませ。此絵像は当家の御主人の生姿で御座いますから、能く御見並べなさいませ。本年三十五才の屈強盛りの活津彦根神様が高国別と御名乗り遊ばし、表向は高山彦と呼ばれて御座るのですから、あなたの御主人とは全く同名異人ですよ』 黒姫は其絵像をジツクリと眺め、 黒姫『いかにも違つてゐる。……ヤア愛子姫様、えらい御無礼な事を申上げました。どうぞはしたない女と思召さず、神直日に見直し聞直して下さいませ』 愛子姫『ハイ有難う、御諒解さへゆきましたら、こんな嬉しい事は御座いませぬ。どうぞ御緩りと御泊り遊ばして、神様の御話を聞かして下さいませ』 玉治別『愛子姫様、黒姫様は別に悪い心で仰有つたのぢや御座いませぬ。余り一心に当家の御主人を自分の夫と思ひつめ、はるばるお出でになつたものですから、逆上遊ばすのも無理は御座いませぬから、どうぞ悪く思はないやうにして下さいませ』 愛子姫『ハイ有難う御座います』 と云つた限り、疑のはれた嬉しさに愛子姫が歔り泣きの声さへ聞ゆる。 黒姫『アヽ私位因果な者が世にあらうか。遥々夫の後を慕うて来て見れば、人違ひ、捨てた吾子ではあるまいかと、はるばる建日の館へ行つて見れば、之も亦人違ひ、どうしてこれ程する事なす事が食ひ違ふのだらうか。之もヤツパリ前生の罪、否々神様から賜はつた伜を、若気の勢で捨てた天罰が酬うて来たのだらう……アヽ神さま、どうぞ許して下さいませ。さうして夫の所在の分りました以上は厚かましく御座いますが、どうぞ伜の所在を知らして下さいませ。一度伜に会はなくては死ぬ事も出来ませぬ。あゝ惟神霊幸倍坐世』 と神前に向ひ手を合せ、涙乍らに祈願する。玉治別は首を傾け乍ら、 玉治別『モシ黒姫さま、今始めて承はりましたが、貴女にはお子さまがあつたのですか。そして其子はいつお捨てになりましたか。実は私も捨子で御座いますが、未だに両親が分りませぬので、日夜神さまに祈り、一目なりとも両親に会ひたいと、今も今とて憂ひに沈んで居つた所で御座います』 黒姫『何、玉治別さま、お前も捨子ですか、そりや初耳だ。丁度私の子が今生きて居つたならば三十五歳になつてる筈だ。お前の年は幾つだつたかなア』 玉治別『ハイ、当年三十五歳になりました』 黒姫『何三十五歳!そりや又不思議な事もあるものだ。併し私の捨てた子には、背中の正中に富士の山の形が、白い痣で出て居つた筈だ。これは全く木花咲耶姫さまの因縁のある子供だからといつて富士咲といふ名をつけておいたのだが、余り世間が喧ましいので、守り袋に富士咲と名を書きしるし四辻にすてました。思へば思へば可哀相なことをしました』 と泣き沈む。 玉治別『何と仰有います。其捨子は富士咲と申しましたか、そして背中に富士の山の形の白い痣があるとは合点のゆかぬ御言葉、一寸失礼ですが、黒姫さま、私の背中を見て下さいませぬか。私の小さい時は富士咲と申しました。そして人の話によると、何だか山のやうな痣が出来て居るさうです』 黒姫『それは又耳よりの話だ。一寸見せて御覧!』 「ハイ」と答へて玉治別は肌をぬぎ背をつき出す、黒姫は念入りにすかして見て、 黒姫『ヤアてつきり富士の山の痣、そしてお前の幼名が富士咲と聞く上は、全く私の伜だつたか。アヽ知らなんだ知らなんだ、神さま、有難う御座います。因縁者の寄合で珍らしい事が出来るぞよと大神さまが仰有つたが、いかにも因縁者の寄合だなア』 と嬉し涙にかきくれる。 玉治別『そんなら貴女私の母上で御座いましたか。存ぜぬ事とて、何時とても御無礼を致しました。どうぞお母さま御赦し下さいませ。あゝ惟神霊幸倍坐世』 と両手を合せ、嬉し涙にかきくれる。 これより黒姫は愛子姫に厚く礼を述べ、無礼を謝し且つ徳公、久公にも其労を謝し別れを告げ、いそいそとして玉治別、孫公、房公、芳公と共に再び建日の港より船を漕ぎ出し、由良の港の秋山彦が館に立寄り、麻邇宝珠の神業に参加し、目出度く聖地に帰る事となりたるは、三十三巻の物語に明かな所であります。惟神霊幸倍坐世。 ○ かく述べ終られた時しも正に午後六時、表に出て天空を見れば、ドンヨリと曇つた大空を南北に区劃した青雲巾二三間と見ゆるもの、東の山の端より西の空遠く、輪廓正しく帯の如く銀河の如く横たはりつつありました。 (大正一一・九・一七旧七・二六松村真澄録) |
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霊界物語 | 36_亥_シロの島の物語 | 01 二教対立 | 第一章二教対立〔九八九〕 亜細亜大陸の西南端に突出したる熱帯の月の国は、後世これを天竺と称へ、今は印度と云ふ。此国の東南端の海中に浮び出でたる大孤島はシロの島といふ。現代にては錫蘭島と称へられて、仏教の始祖釈迦如来が誕生したる由緒深き島である。 釈迦は此島より仏教を[※初版・三版・愛世版では「仏教を西蔵」だが、校定版・八幡版では「印度」を付け加え「仏教を、印度、西蔵」に直している。]西蔵、安南、シヤム、支那、朝鮮と、其教勢東漸して、遂に自転倒島の我日本国にまで、其勢力を及ぼしたのである。仏教は概して、有色人種の宗教となつてゐる。之に反してキリスト教は、大部分白色人種の宗教となつてゐる。土耳古、希臘の如きコーカス人種も亦、仏教の感化を受けたこと最も大なるものがあつた。 シロの島といふ意義はシは磯輪垣の約りである。シワ垣とは四方水を以て天然の要害となし、垣を作られてゐるといふ意味である。ロといふ言霊の意義は、国主あり人民あり、そして独立的土地を有し、城廓を構へて王者の治むるといふ事である。神代の昔より此島は非常に人文が発達してゐた。エルサレムに次いでの神代に於ける文明国であつた。故に之をシロの島といふ。又シロといふ別の意味はシロは知るの転訛にて、天下をしろしめす王者の居ます島といふことである。 序に島といふのはシは水であり、マは廻る言霊である。故に古は島には人の家もなく、又人類の棲息せざりしものの称へであつた。然乍此物語にも高砂島、筑紫島、自転倒島などと島の名義を以て呼んでゐるのは、此言霊の意義より言へば実に矛盾せし如く聞ゆるであらう。さり乍ら、今日の称呼上分り易きを尊んで、現代的に島と称へた迄である。其実はシロといつた方が適当なのである。 我国の武家が頭を上げてから、各地に群雄割拠し、各自に居城を作り、其武威を誇つた其城廓及び境域を総称して城といつたのも、館の周囲に堀を穿ち、水をめぐらしたから城というたのである。偶には山の上に館を建てて城と呼んでゐる変則的のものもあつた。故に之を特に山城といつて、山の字を冠してゐたのである。又島といふ字は漢字で山扁に鳥を書き、又山冠に鳥を書いてシマと読ましてあるのは、海島に数多の鳥族が棲息してゐたからである。筑紫の島とか、オーストラリア島とかいふのは、三水扁に州と書いて、現代用ゐて居る。之は字義の上からは最も適当な称呼である。此シロの島は後世、釈迦が現はれて、仏教を起す迄は、殆どバラモン教の勢力の中心となつて居たのである。後世のバラモン教は、すべての人間は大自在天の頭より生れた種族と、胴から生れた種族と、足から生れた種族と三種あるといふ教理が、深く国人の脳髄に浸み込み、頭より生れたりと称する種族は所謂此国の貴族にして、人民の頭に立ち、遊逸徒食にのみ耽り乍ら、之を惟神の真理と誤信してゐたのである。又大自在天の胴から生れた階級人は、すべて人民の上に立ち、政治を行ふ治者の地位にあつた。又足から生れたと称せらるる階級に属する民族は、営々兀々として朝暮勤労に服し、上級民族の殆ど衣食住の生産機関たるの観をなして居た。 釈迦は此国の或一孤島の浄飯王といふ王者の子と生れ、悉達太子といつた。彼は此バラモン教の不公平、不道理なる習慣を打破して、万民を平等に、天の恵に浴せしめむと思ひ立ち、自他平等の教理を樹立し、生老病死の四苦を救はむとして、彼の仏教なるものを創立したのであつた。そして此釈迦は、神素盞嗚大神の和魂、大八洲彦命、後には月照彦神の再生せし者たることは、霊界物語第六巻に示したる通りである。 地球の大傾斜せしより以前は、今の如く余りの熱帯ではなかつた。気候中和を得、極めて暮しよき温帯に位置を占めて居たのである。併し釈迦の生れたる時代は、すでに赤道直下に間近き島国となつて居たのである。印度は言ふに及ばず、此錫蘭島の住民は何れも色黒く、少しく黄味を帯びたやうな膚をして居た。 神素盞嗚大神の八人乙女の第七の娘、君子姫は侍女の清子姫と共にバラモン教の本山メソポタミヤの顕恩城を後にして、フサの国にて三五教の宣伝に従事せむとする折しも、バラモン教の釘彦の一派に捉へられ、姉妹五人は何れも半破れし舟に乗せられて波のまにまに放逐されたのである。君子姫は侍女と共に激浪怒濤を渡り、漸くにしてシロの島のドンドラ岬に漂着し、それより夜を日についで、先年友彦が小糸姫と共に隠れゐたる、神館を尋ねて進み行くこととなつた。 此神館より数里を隔てて神地の都といふがあつた。此処にはサガレン王、ケールス姫の二人が館を構へ、此島国の殆ど七分許りを統轄して居た。そしてサガレン王はバラモン教を奉じ、其妃のケールス姫はウラル教を奉じて居た。 此国の人々の言葉は残らずサンスクリツトを用ふるは言ふまでもない。されど口述者は一般の読者に諒解し易からしむる為、成る可く日本語を以て、述べることとしておく。 神地の都の少しく南方に、娑羅双樹の密生したる小高き風景よき丘陵がある。そこに二三の中流階級と覚しき黒い面の男が、展開したる原野の中に点々として咲き乱れて居る白蓮華を眺めて、酒汲みかはし、雑談に耽つて居る。一人はシルレングといひ、一人はユーズと云ひ、も一人の男はベールといふ。何れもサガレン王に仕へて居る一部の役人であつた。今日は休暇を賜はつて、ここに蓮の花見をすべく、一日の清遊を試みて居たのである。 シルレング『オイ、サガレン王様も本当にお気の毒ではないか。あれ丈好きなバラモン教を公然と祀ることも出来ず、ケールス姫様がウラル教だから、姫の方の勢力が旺盛になり、館の内は何時とはなしに、信仰争ひで、何ともいへぬ殺伐で冷たい空気が漂うて居るやうだ。王様もさぞ不愉快な事であらう。何とかして吾々の奉ずるバラモン教に立替へたいものだなア。王様計りか、吾々共も本当に不愉快で、政務も碌に執る気にならないぢやないか』 ユーズ『何を言つても、ケールス姫様がウラル教の神司竜雲を殊の外寵愛し、今ではサガレン王様よりも尊敬して居られるといふ体裁だから、何うにも斯うにも仕方がないぢやないか、又あの竜雲といふ怪物は、いろいろと神変不思議の妖術を使ひ、ケールス姫を甘く籠絡し、権勢並ぶものなき今日の有様だから、ウツカリ斯んな話しでも竜雲の耳へ這入らうものなら、それこそ大変だ。モウ此話しは打切りにしたら如何だ』 ベール『ナニ、どこの牛骨か馬骨か知れもせぬ風来者の竜雲如きに、尻尾を巻いてたまるものかい。おれは何とかして、あの怪物を征伐し、ケールス姫様の御目をさましサガレン王さまの御安心を得たいと思うて居る。これが吾々臣下たる者の、君に尽すべき最善の道だからなア』 シルレング『時にあの竜雲の奴、左守の神のタールチン殿の奥様、キングス姫と○○関係があるといふことだが、お前聞いて居るか』 ベール『聞いて居るとも、第一夫れが癪に障るのだ。それだから、タールチンさまに、此間も面会し、いろいろと忠告をしたのだが、何といつても、嬶天下だから、タールチンさまの言はれるには……今日飛ぶ鳥も落す様な竜雲さまのなさる事に、吾々が嘴を容れる場合でない、モウそんな事は今後言つてくれな……と箝口令を布きよるのだ。本当に良い腰抜だなア。閨閥関係を以て自分の地位を保たうとする、其卑怯さ、実に吾々の風上におくべき代物でないのだ。何とかして竜雲の面の皮を剥いてやる妙案はあろまいかな』 ユーズ『そりや方法は幾らでもある。併しながら大事を遂行せむとする者は、軽々に事を執つてはならない。先づ沈思黙考して敵の虚を窺ひ、時節を待つて決行するのだナア』 ベール『其決行は如何するといふのだ』 ユーズ『オイ、ベール、お前はそんなこと云つて、竜雲の間者になつて来て居るのではないか。どうも目付が怪しいぞ。自分の方から竜雲の悪口を言つて、俺達の腹を探つて居るのだらう。そんなことの分らぬユーズさまぢやないぞ』 ベール『コレは怪しからぬ。誰があんな怪物のお先に使はれてなるものかい。何程ベールの様に鳴る男でも、そんな秘密は言ふことは出来ないからなア』 ユーズ『ヤツパリ貴様は自白しよつたなア。秘密をいふ事が出来ないとは何だ。竜雲に頼まれて俺達の腹を探らうと、蓮見物に事よせ、ここまでつれ出して来よつたに違あるまい。サア斯うなる上は、モウ見のがすことは出来ぬ……オイ、シルレング、今の中にベール奴を片付けて了はうぢやないか』 シルレング『ヨシ、合点だ』 といひ乍ら、ベールに向つて武者振ついた。ユーズは後からベールに縄をかけむと組付く。さすがのベールも一生懸命になつて、二人を相手に格闘を始め、三人は組んづ組まれつ、小丘の上から麓の蓮池の中へ一塊になつて、ゴロゴロゴロと落ち込んで了つた。 此時すでに月は半円の姿を現はして頭上に輝き始めた。銀河はエルサレムの方面から印度洋の彼方に清く流れて居る。颯々たる風は蓮の池の面を撫で、葉のふれて鳴る音パタパタと聞えて居る。三人は泥池の中で、バサリ、ドブンと音を立てて泥水まぶれになつて、力限りに互角の勢で掴み合うて居る。 娑羅双樹のこもつた枝から、梟が『ホウスケホウホウ、ドロツクドロンボ、ゴロツトカヤセ、ボーボー』と鳴き立てて居る。 (大正一一・九・二一旧八・一松村真澄録) |
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霊界物語 | 36_亥_シロの島の物語 | 12 無住居士 | 第一二章無住居士〔一〇〇〇〕 松浦の谷間小糸の里は、一方は千丈の深き谷間、南北に流れ、岩山の斜面に天然の大岩窟が穿たれてゐる。此岩窟に達せむとするには、細き岩の路を右左に飛び越え漸くにして渡り得る実に危険極まる場所である。一卒これを守れば万卒越ゆる能はずと云ふ天然的要害の地点である。かつてバラモン教の友彦が小糸姫と共に草庵を結び、教を開きゐたる場所は、此岩窟より四五丁手前の、極平坦な地点であつて、そこには細谷川が流れてゐる。 サガレン王は此平地に俄作りの館を結び、テーリス、エームスなどに守らしめ、自らは岩窟内深く入りて、回天の謀をめぐらしてゐた。谷路の大岩の傍に王の一行を捉へむと手具脛引いて待つてゐた竜雲の部下、ヨール、ビツト、レツト、ルーズの改心組を初め、サール、ウインチ、ゼム、エール、タールチン、キングス姫は此館と岩窟の間を往復して、暫し此処に足を止め、王の為に心身を悩ましつつあつた。 テーリス、エームスの両人は平地の館に於て、数多の部下を集め、武術を練り、竜雲討伐の準備にかかつてゐる。其処へ白髪異様の老人只一人、コツコツと杖の音をさせながら岩路を登り来り、館の前に立つてバラモン教の神文を一生懸命に称へてゐる。エームスは一目見るより慇懃に其老翁を館に引入れ、湯を与へ食を供し、四方山の話に夜を更かしながら、遂には其老翁が来歴を尋ぬる事となつた。 エームス『モシ、あなたの様な御老体として、此山路を登り来り、且又道伴れもなく行脚をなされるのは、何か深き御様子のある事でせう。どうぞ差支へなくば、概略御物語りを願ひたう御座います』 老翁(無住居士)『私は無住居士といつて、生れた所も知らねば、親も知らず、子もなし、つまり言へば天下の浮浪人だ。途中にて承はれば、此お館にはバラモン教の立派な方々がお集まりになり、武術の稽古をなさると云ふ事、私も斯う年は老つて居れども、武術が大の好物、一つ其お稽古場を拝見したいもので御座る』 エームス『無住さま、あなたは遥々と此処へお越しになつたのは、只単に武術の稽古を見たい為ではありますまい』 無住居士『武術の稽古を見せて貰ひたいと云ふのは、ホンのお前達に対する体好き挨拶だ。実の所はサガレン王様の御危難と承はり、此館にお隠れ遊ばすと聞き、はるばると尋ねて来たのだ』 エームス『其王様を尋ねて何となさる御所存か、それが承はりたい!』 と稍気色ばんで、声を知らず知らずに高め問ひかける。 無住居士『アハヽヽヽ、竜雲如き悪神に蹂躙され、金城鉄壁とも云ふべき牙城を捨てて、女々しくも二人の部下と共に斯様な所まで生命惜しさに逃げ来り、岩蜂か何ぞの様に岩窟の中に身を潜め、捲土重来の準備をなすとは、甚以て迂愚千万なやり方では御座らぬか。此方に準備が整へば、向方にも亦それ相当の準備が出来るはずだ。目的を達せむとすれば、先づ第一に間髪を容れざる底の早業を以て、短兵急に攻めよせねば、到底勝算の見込みはない。今や竜雲は勝ちに乗じ、心おごり、殆ど常識を失つてゐる場合だから、此際に事を挙げねば、曠日瀰久、無勢力なる味方を集め居る内には向方も亦漸く目が醒め、一層厳重な警備もし、防禦力も蓄へ、まさか違へば雲霞の如き大軍を以て、一挙に攻め来るやも計り難い。何程要害堅固の絶処なればとて、敵に長年月包囲されようものなら、水道は断たれ、糧食は欠乏し、居乍らにして降服せなくてはなろまい。これ位な考へなくして、如何して奸智に長けたる竜雲を討伐する事が出来ようぞ。又味方の中にも敵がある世の中、能く気をつけたがよからうぞや』 エームス『如何にも御説御尤も、併し乍ら吾々同志は王に対しては、誠忠無比の義士ばかりの集団なれば、外は知らず、決して左様な醜類は混入してゐない筈で御座ります。あなたのお目にはさう映りますかな』 無住居士『アハヽヽヽ、若い若い、現に此中には間者が交つて居る。それが気もつかぬやうな事では、如何なる目的を立つるとも九分九厘にて、顛覆させられて了ふであらう』 エームス『其間者といふのは誰々で御座いますか』 無住居士『それは今茲では申しますまい。其間者を看破する丈の眼識がなくては到底駄目だ。此館に出入する人々の目の使ひ方、足の歩き方、体の動かし方などを、トツクと御考へなされ!一目にして正邪が分るであらう』 エームスは歎息の色を表はし、双手を組み、さし俯むいて思案にくれてゐる。 テーリスは始めて口を開き、 テーリス『無住さま、今回の吾々の計画は完全に成功するでせうか。何卒御神策があらば御教授を願ひたい』 無住居士『アハヽヽヽ、成功するかせないか、知らしてくれと云ふのかな。左様な確信のないアヤフヤな事で、如何して大事が遂げられるか。第一お前達は心の置き所が違つてゐる。サガレン王に忠義の為に心身を用ゐるは、実に臣下として感ずるの至りである。が、併し乍ら、サガレン王以上の尊き方のある事は知つて御座るか。それが分らねば今度の目的は、気の毒乍ら全然画餅に帰すだらう。否却て大災害を招く因となるにきまつてゐる。それよりも今の内に甲をぬぎ、竜雲の膝下に茨の鞭を負ひ、降伏を申し込む方が近道だ。アハヽヽヽ』 と肩をゆすつて、大きく笑ふ。テーリスは少しも無住の言が腑におちず、たたみかけて息もせはしく問ひかける。 テーリス『吾々は此シロの国に於て、サガレン王よりも尊い者はないと心得て居ります。王以上の尊き者とは如何なる方で御座いますか。どうぞ御教諭を願ひます』 無住居士『其方はバラモン教の神司、兼、王の臣下であらう。三五教に信従し乍ら、時の天下に従へと言つたやうな柔弱な考へより、吾身の栄達を計る為、サガレン王の奉ずるバラモン教に入信つたのであらうがな。どうぢや、此無住の申す事に間違があるか』 テーリス『ハイ、仰せの通りです。併し乍ら決して決して心の底より三五教を捨てては居りませぬ。何れの神の道も元は一株だから吾々の行動に付いては神さまに対し、少しも矛盾はないと心得ますが……』 無住居士『何れの道に入るも誠の道に変りはない。其事は別に咎めもありますまい。さり乍らそこ迄真心を尽して王の為に努めむとするならば、至上至尊の神さまの為に、なぜ真心を尽さないのか。神第一といふ教の真諦を忘れたのか。左様な心掛では何程千慮万苦をなすとも到底駄目だ。神の御力にすがり奉りて、サガレン王を助けむとする心にならば、彼の竜雲如き曲者は、物の数でもあるまい。誠の神力さへ備はらば、竜雲如きは日向に氷をさらした如く、自然の力に依りて自滅するは当然の帰結である。何を苦しんで、数多の同志を集め、殺伐なる武術を練習するか。武は如何に熟練すればとて一人を以て一人に対するのみの働きより出来まい。無限絶対の神の力に依り、汝が霊魂の上に真の神力備はらば、一人の霊を以て一国の霊に対し又は億兆無数の霊に対しても恐るる事はなき筈、又霊力さへ完全に備はらば、汝一人の力を以て億兆無数の力に対し、又汝一人の体を以て億兆無数の体に対抗し、よく其目的を貫徹する事を得るであらう』 テーリス『重ね重ねの御教訓、身にしみ渡つて有難う存じます。就いては奥の岩窟にサガレン王が居られますから、御案内致します。どうぞ一度御面会を願ひます』 無住居士『別に王に面会する必要も認めぬ。王に於てわれに面会を望むとあらば、暫時の間タイムをさいてやらう』 エームス『何れの御方かは知りませぬが、さう固く仰有らずに、どうぞ王さまの前までお越し下さいませ。王は定めてお喜び遊ばす事でせうから……』 無住居士『アハヽヽヽ、そこが矛盾してゐるといふのだ。われは天下の宣伝使、五大洲を股にかけて万民の不朽不滅の魂に永遠無窮の命を与ふる神の使の宣伝使だ。僅にかかる小国を治めかぬる如きサガレン王に対して、われより訪問するとは、天地転倒も甚しきものだ。サガレン王は単に此島国の人間の肉体の短き生命を保護し監督するだけの役目だ。霊魂上の支配権は絶無だ。かかる体主霊従的精神の除れざる内は、いかに神軍を起すとも、悪魔の竜雲を言向和す事は思ひも寄らぬ事である。最早われは此場に用なし、さらば……』 と云ふより早く、いそいそとして立去らむとするを、テーリス、エームス両人はあわてて袖を引とめ、 テーリス、エームス『もしもし無住居士さま、暫くお待ち下さいませ。只今承はれば、あなたは天下の宣伝使と仰有いましたが、宣伝使ならば、何卒吾等が誠忠を憐み、最善の方法を教へ下さいませ。そして貴方は何教の宣伝使で御座いますか。それが一言承はりたう御座います』 無住居士『別に竜雲の如き悪魔を言向和すに就いては議論もヘチマもあつたものでない。只汝が心にひそむ執着心と驕慢心と自負心を脱却し、只々惟神の正道に立返りなばそれで十分だ。一つの計画も何も要つたものでない。アハヽヽヽ』 と言ひ棄て、又もや袖ふり切つて立去らむとする。テーリスは泣かぬ許りに跪き、無住の杖をグツト握りながら、 テーリス『エームスよ、早く王さまをここへお迎へ申して来よ。無住居士に今帰られては、吾々は暗夜に航海する舟の艫櫂を失うたやうなものだ。サア早く早く……』 と急き立つれば、エームスは打頷きながら、急いで危き岩の壁を伝ひ岩窟さして急ぎ行く。 無住『貴重なタイムを、仮令一息の間も空費するは、天地の神さまに対して、誠にすまない。最早無住の用はなき筈、よく本心に立帰り、直日に見直し聞直し、自分の心と相談をなされ』 テーリス『ハイ、重ね重ねの御教訓、誠に有難う御座います。就いては今暫くの間御待ちを願ひます。王さまの此処へお出でになる迄……』 無住居士『サガレン王が今の如き精神にてわれに面会が叶ふと思うてゐるか。取違するにも程があるぞよ。われの正体を感知する事が出来るか』 テーリス『ハイ神様とも宣伝使とも見分けがつきませぬ。何卒々々暫くの御猶予を御願申します』 と合掌し、熱涙を頬に流し乍ら頼み入る。 無住居士は声爽かに、老人にも似ず、勇ましき声音にて歌ひ出したり。 無住居士『あゝ惟神々々神が表に現はれて 善と悪とを立別けるとは云ふものの世の中は 顕幽一致善悪不二善もなければ悪もない 心一つの持ちやうぞサガレン王に仕へたる テーリス、エームス両人よ神を力に誠を杖に 朝な夕なに真心を洗ひ浄めてサガレン王の 君の命は云ふも更此世の祖と現れませる 皇大神の御前に天地自然の飾りなき 誠の心を捧げつつ祈れよ祈れ国の為 天地の間に生ひ立てるすべての物になり代り 罪を贖ひ千万の悩みをわが身に甘受して 神の大道にまつろひし其真心を現はせよ 神は汝と倶にありとは云ふものの汝が心 いかでか神の守らむや神の守らす身魂には 塵もなければ曇りなし心の空は日月の 光さやけく照りわたり平和の風は永遠に吹き 花は匂ひ鳥歌ひ実りゆたけき神の国を 心の世界に建設し宇宙の外に身を置いて 森羅万象睥睨し元の心に帰りなば 汝は最早神の宮神の身魂となりぬべし あゝ惟神々々神の大道をつつしみて 進めよ進めバラモンの教を奉ずる神司 それに従ふ人々よ此老翁が一言を 別れに臨みてのこしおくあゝ惟神々々 われの姿を村肝の心を定めてよく悟れ サガレン王の来る迄待ちてやりたく思へども タイムの力は何時迄も元へ返さむ由もなし いざいざさらばいざさらば二人の誠の神司 ここにて袂を別つべし』 といふかと見れば、飛鳥の如く老躯を物の苦にもせず、足を速めて、早くも濃霧の中に消えて了つた。此老人は果して何神の化身であらうか? (大正一一・九・二二旧八・二松村真澄録) |
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霊界物語 | 37_子_出口王仁三郎自叙伝1 | 02 葱節 | 第二章葱節〔一〇一四〕 西は半国東は愛宕南妙見北帝釈の 山の屏風を引きまはし中の穴太で牛を飼ふ 青垣山を四方に回らした山陰道の喉首口、丹波の亀岡に程近き、曽我部村の大字穴太は瑞月王仁が生地である。賤ケ伏屋に産声を上げてより殆ど廿七年夢の如くに過ぎ去り、廿八歳を迎へた明治卅一年の如月の八日、半円の月は皎々として天空に輝き渡り、地上には馥郁たる梅花の薫り、冷き風に送られて床しく、人の心も華やかに何となく春を迎へた気分に漂ふ。 瑞月は其頃事業の閑暇に浄瑠璃を唸る事を以て唯一の楽みとして居た。浪華の地より下つて来た吾妻太夫といふ盲目の男の師匠に、終日の業を済ませ、三味は無けれども叩きにて節を仕込まれて居た。 今宵は浄瑠璃の稽古友達の七八人、温習会を催すべく、大石某と云ふ知己の家で女義太夫を雇ひ来り、ベラベラ三味線をひかせ乍ら、葱節を得意気になつて呶鳴つて居た。下手の横好きとか云つて、最初の露払を勤めたのは瑞月で、鏡山又助館の段を、汗みどろになつて語り終り、其外二三人の天狗連の、竹筒を吹いた様な奴拍子のぬけた声の浄瑠璃が止むと、再び三月の菱餅を二つに切つた様な硬々した角立つたものを着せられ、破れ扇をたたいて唸つて居る。其時は太閤記の十段目光秀が『夕顔棚の此方より現はれ出でたる………』と云ふ正念場であつた。老若男女は小さき百姓家に縁の隅から庭は云ふに及ばず、遅れて来たものは門に立つて聞くと云ふ大盛況である。 其時宮相撲をとつて居た若錦と云ふ男を先頭に、侠客の小牛、留公、与三公、茂一の五人連れ、矢庭に演壇に上り、有無を云はせず瑞月を担いで附近の桑畑の中へ連れ行き、打つ、蹴る、殴るの大乱痴気騒ぎを始めた。 浄瑠璃友達で隣家の嘘勝と云ふデモ侠客が二三人の手下を引き連れ、二尺許りの割木を各自に持つて五人の仲に飛び込み格闘を始めた。喧嘩は何時の間にか一方へ転宅して了ひ、バラバラバラと喚きつつ東南の方へ逃げて行く。嘘勝の一隊は後を追つかける。 其後へ二三の友人がやつて来て、瑞月を助けて牧畜場の精乳館と云ふ自分の館へ連れて帰つて呉れた。ひどく頭部を五つ六つ割木で殴られた結果、何とはなしに頭が重たくなり、うづき出し、耳はジヤンジヤンと早鐘をつく様に聞えて来た。時々火事の警鐘ではないかと、負傷した身体を擡げて戸を開き外を眺めた事もあつた。 精乳館は牛乳を搾り附近の村落に販売するのが営業であつた。牛乳配達人は未明からやつて来て搾乳の量り渡しを待つて居る。瑞月は頭痛み目晦めき、搾乳どころの騒ぎではない。二十数頭の牧牛は空腹を訴へたり、乳の張り切る為め悲し相な声を出して一斉に呻り出した。其声が頭に響くと一層頭が割れる様な気分がする。それでも神様を祈らうとも思はねば、医者を呼び、薬を付け様とも飲まうとも思はない。只自分の心裡に往復して居るのは、今迄大切に思ふて居た営業はスツカリ忘れて了ひ、若錦一派の奴に対し、早く本復して仕返しの大喧嘩をやつてやらねばならぬと、そればかりを一縷の望みの綱として居た。門口の戸も裏口の戸も錠が卸してある。それ故配達人は這入る事も出来ぬ、已むを得ず宮垣内の母の宅へ走り、 配達人『何故か門口が締つて居る、一寸来て下さい』 と云つて母を呼びに行つた。相手方の村上某が軈てやつて来る時分だから自分の昨夜の喧嘩で負傷した事を見られては余り面白くないと、負惜みを出して、頭を手拭で縛り目をふさいだ儘、慣れた道とて、自分の嘗て借つて置いた喜楽亭と云ふ郷神社の前の矮屋に隠れ頭から夜具を被つて息をこらして横つて居た。 暫らくすると、門口から自分の名を呼び乍ら、慌しく母が這入つて来られた。瑞月は、 『こりや大変だ、昨夜の喧嘩が分つたのだらう、額口の傷を見られない様に……』 と夜具をグツスリ被り、足の膝から先は出る程縮んで、寝たふりをして居た。遠慮会釈もなく母は夜具をまくり上げ、 母『お前は又喧嘩をしたのだなア。去年までは親爺サンが居られたので誰も指一本さえる者も無かつたが、俺が後家になつたと思ふて侮つて、家の伜を斯んな酷い目に会はしたのであらう。去年の冬から丁度之で九回目、中途に夫に別れる程不幸の者はない、又親のない子程可愛相なものは無い。弟の由松は、兄の讐討だとか云つて若錦の処へ押掛け、反対に頭をこつかれて、血を出して帰つて来て家に唸つて居る。兄は又此の通り、神も仏も此の世にはないものか』 と自分の子が悪いとは思はず、加害者を怨んで居られる。之を聞くと自分も気の毒で堪らなくなり、傷の痛みは何処へやら逃げ去つて了つた。 実際の事を云へば自分は、今迄父がブラブラ病で二三年間苦しんで居たので、それが気に掛り、云ひ度い事も云はず、父に心配をさせまいと思ふて、人と喧嘩する様な事は成るべく避ける様にして居たから、村の人々にも若い連中にも、チツとも憎まれた事は無く、却て喜楽さん喜楽さんと云つて重宝がられ、可愛がられて居たのである。そうした処、明治三十年の夏、父は薬石効なく遂に帰幽したので、最早病身の父に心配さす事もなくなつた。破れ侠客が田舎で威張り散らし、良民を苦しめるのを見る度に、聞く度に、癪に触つて堪らない。頼まれもせぬのに、喧嘩の中へ飛び込んで仲裁をしたり、終には調子に乗つて、無頼漢を向ふへまはし喧嘩をするのを、一廉の手柄の様に思ふ様になつた。二三遍うまく喧嘩の仲裁をして味を占め、 『喧嘩の仲裁には喜楽さんに限る』 と村の者におだてられ、益々得意になつて、 『誰か面白い喧嘩をして呉れないか、又一つ仲裁して名を売つてやらう』 と下らぬ野心にかられて、チツと高い声で話して居る門を通つても、聞き耳立てる様になつて居たのである。 其時、亀岡の余部と云ふ処に干支吉と云ふ侠客があり、其兄弟分として威張つて居た宿屋の息子の勘吉と云ふ男、身体も大きく背も高く、力も強く、宮相撲をとつて遠近に鳴らして居た。そして其父親は三哲と云つて、附近で名の売れた侠客であつた。其息子の勘吉が又もや非常に売り出し、村の者は大変に困つて居た。第一賭場を開いて毎日毎夜テラを取り、乾児の四五人も養ふて居つた。自分の弟も勘吉の賭場へ毎日毎夜出入し、自分の時計を売り衣類を売り、終ひには夜の間に数百円を投じた乳牛をひき出し、亀岡あたりで五六十円に投げ売りして、それを賭博の資とする。自分が意見をすると、勘吉親分を傘にきて梃にも棒にもおへない。村中の息子は鼠が餅をひく様に、今日も一人、明日も二人と云ふ調子で、勘吉の賭場に引込まれ、親達は非常に嘆いて居る。けれども勘吉の耳に這入つては如何な事をしられるか知れぬと思ひ、各自に小声で呟いて居るのみであつた。 之を聞いた自分は腹が立つて堪らず、火事場に使ふ鳶口を担たげて、河内屋の勘吉が賭場へ只一人、夜の八時頃飛び込み、車坐になつて丁半を闘はして居た弟の帯に鳶口を引つかけ、二三間引摺り出した。そうすると親分の勘吉が巻舌になつて、 勘吉『男を売つた勘吉の賭場へ賭場荒しに来よつたのか、素人の貴様にこんな事しられて黙つて居つては男が立たぬ。……オイ与三公、留公、喜楽をのばして了へ』 と号令をかけて居る。自分は逃ぐるが奥の手と、尻を後へつき出し二つ三つポンポンとたたいたきり、一目散に牧場に逃げて帰つて来た。そして門の閂を堅く締めて、若しも戸を打破つて這入るが最後、打ちのばしてやらうと、椋の棒を持つて外の足音を考へて居た。 其夜は何の事も無かつた。勘吉も口程にない奴だと安心して牧場に眠つて居ると、夜の十時頃、二三の乾児を連れて門口へやつて来た。そして、 勘吉『オイ喜楽、一寸用があるから外へ出て呉れ』 と呶鳴つて居る。流石に先方も、迂闊に這入つて鳶口でやられては堪らぬと思ふたか、門口に立つて誘ひ出してゐる。自分は故意とに作り鼾をして寝たふりをして居た。そして樫の棒を寝床の横に置いてあつた。暫らくすると女の声で、 女(多田琴)『あんたハン、立派な侠客サンぢやおまへんか、たつた一人の、あんな弱々しい喜楽サンに喧嘩に来るなんて、男が下りまつせ、さアあんたハン、一杯桑酒屋へ飲みに行きまほ』 と勘吉の頬辺をピシヤピシヤたたいて居る音が聞えて来た。此女は中村の多田亀と云ふ老侠客の娘で、多田琴と云ふ女である。或機会から妙な仲となつて居つた。其琴が中村から遥々とやつて来て、門口で河内屋に出会ふたのである。流石の侠客も、横面をやさしい声で殴られてグニヤグニヤになり、五六丁下の吉川村の桑酒屋へ酒を飲みに行つて了つた。 それから自分は多田琴の父親の多田亀に就いて侠客学問を研究し始めた。多田亀の云ふのには、 『侠客になつて名を挙げ様と思へば、頭を割られたり、腕の一本位とられなくては本物にならぬ。此方が生命を捨てる気になれば、何百人の敵も逃げるものだ。兎に角気転が第一だ』 と自分の娘の情夫と知り乍ら、碌でもない事を一生懸命に教へて呉れた。さうして多田亀の云ふのには、 『俺の乾児も大分沢山あるのだが、跡を継がす者がない。これからお前に仕込んでやるから、此乾児を捨てるのは惜いから、若親分になつたら如何だ。お米サン(瑞月の母)に相談して、お前サンを此方の養子に貰ふ積だ。此方も一人の娘をお前サンの自由にさして、黙つて居るのについては考へがあるのだ。よもや一時のテンゴに、俺の一人娘をなぶり者にしたのぢやあるまいなア』 と退引させぬ釘をさされた。 父の居る中から、上田の跡は弟に継がして貰ひ度いと云つて頼んで居つた。両親は亀岡の或易者に卦を立てて貰ひ、 『此子は総領に生まれて居るけれども、親の屋敷に居つては若死をするから養子にやつたが良い』 といつたとかで、両親は已に自分の養子に行くのを承認して了つた。然し侠客の養子に遣らうとは思うて居なかつたのである。 自分は幼時から貧家に生れ、弱者に対する強者の横暴を非常に不快に感じて居た。人間は少しく頭をあげて金でも貯めれば、如何な馬鹿でも賢う見られ、敬はれるが、少しく地平線下に落ちると、子供迄が寄つて集つて踏みつけ様とする。事大思想の盛んな田舎では尚更はげしいのである。何でも一つ衆に擢んでなければ頭があがらない、生存の価値がないと、幼時から思ひつめて居た。学問が無ければ官吏になる事も出来ず、軍人に成り度うても成れず、弱い者を助け、強い者を凹ます侠客になつた方が、一番名が挙がるだらうと下らぬ事を考へ、幡随院長兵衛のちよんがれを聞いて、明治の幡随院長兵衛は俺がなつてやらうかと迄思ふ事が屡々あつた。其平素の思ひと強者に虐げられた無念とが一つになつて、社会の弱者に対する同情心が、父の帰幽と共に突発し、生命懸けの侠客凹ませを企て、猪口才な奴と彼等が社会[※彼等の社会、の意]から睨まれて居たから、一年経たぬ中に九回迄も酷い目に会はされたのである。若しも神様の御用をせなかつたらば、自分は三十四五迄に叩き殺されて居るかも知れないと思ひ浮べて、神様の御恩がシミジミと有難くなつて来たのである。 自分は母の言葉の如く、決して父が逝くなつた為めに侠客に苦しめられたのではない、つまり自分から招いた災である事を其時已に自覚し得たのである。 (大正一一・一〇・八旧八・一八北村隆光録) |
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霊界物語 | 37_子_出口王仁三郎自叙伝1 | 11 松の嵐 | 第一一章松の嵐〔一〇二三〕 一週間の矢田の滝の行を終つてから、宮垣内の自宅に於て、喜楽は愈々神業に奉仕する事となつた。盲目や聾唖、リウマチ、其他いろいろの病人がやつて来て鎮魂を頼む、神占を乞ふ、何れも御神徳が弥顕だと云ふ評判が忽ち遠近に轟いて、穴太の天狗さまとか金神さま、稲荷さまなどといつて、朝から晩まで参詣人の山を築き、食事する間もない位、多忙を極めて居た。 例の次郎松サンがやつて来て、祭壇の前に尻を捲つてドツカと坐り、大勢の参拝者の中をも顧みず、真赤な顔して喜楽を睨みつけ、 次郎松『コリヤ極道息子、貴様は又しても山子商売をやる積りだな。ヨシ、今に化けの皮をヒン剥いて、大勢の前で赤恥かかして見せてやらう。それが貴様の将来のためにもなり、上田家の為めにもなるのだ。株内や近所へよい程心配をかけさらせやがつて、其上まだ狐使ひの真似をするとは何の事だ。何故折角ここ迄築きあげた、見込のある牧畜や乳屋を勉強せぬか。神さまだの、占だの、訳の分らぬ出鱈目を吐しやがつて、世間の人を誤魔かし、甘い事を仕様たつて駄目だぞ、尾の無いド狐とは貴様の事だ。貴様が本当に神様に面会が出来、又神様の教が伺へるのなら、今俺が一つ検査をしてやらう。万が一にも当つたが最後、俺の財産四百円の地価を残らず貴様にやる』 と口汚く罵り乍ら、湯呑みの中へ何か小さい物を入れて、其口を厚紙で貼り糊をコテコテとつけ、音をせぬ様に懐から出して前にソツと置き、 次郎松『サア先生、イヤ極道息子、指一本でも触る事はならぬ。此儘此湯呑みの中に、どんな物がどれ丈け這入つてをるかと云ふ事を、貂眼通とか鼬通とか云ふ先生、見事あてて見よ。これが当つたら、それこそ天が地になり地が天になる。お月さまに向つて放す弓の矢は中つても、こればつかりは滅多にあたる気遣ひはない。如何ですな、先生!』 と軽侮の念を飽迄顔面に現し、喜楽の顔を頤をしやくつて睨めつける。 喜楽『俺は神様の誠の教を伝へたり、人の悩みを助けたりするのが役だ。手品師の様に、そんな物をあてると云ふ様な事は御免蒙り度い。神さまに教へて貰ふた事はないから知りませぬ』 次郎松はシタリ顔で、一寸舌を出し頤を二つ三つしやくつて、 次郎松『態ア見やがれド狸奴、到頭赤い尻尾を出しやがつた。エー、おけおけ、此時節にそんな馬鹿の真似さらすと、此松サンがフンのばして了ふぞ。オイ狸先生、腹が立つのか、何だ、其むつかしい顔は……残念なか、口惜しいか、早く改心せい、ド狸野郎奴』 と益々傍若無人の悪言暴語を連発する。喜楽はあまり次郎松の言葉が煩さくなつて来たので、一層の事、彼の疑心を晴らしてやらうと思ひ、 喜楽『松サン、あんまりお前が疑ふから、今日一遍だけ云ふてやるが……一銭銅貨を十五枚入れてあるだらう』 側に聞いて居つた数多の参詣者は、各自に此実地を見て感嘆して居る。次郎松は妙な顔し乍ら、御叮嚀に喜楽の顔を又もや覗き込み、自分の右の手で自分の膝頭を二つ三つ叩き、首を一寸傾けて、 次郎松『ハア……案の定、狐使ひだ。やつぱり箱根山の道了権現のつかはしの飯綱をつかつてるのだな。一体そんな管狐を何処で買つて来たのだ。何匹ほど居るのか。そんなものでも一匹が一円もとるか、一寸俺にも見せて呉れ、ホンの一寸でよい、大切なお前の商売道具を長う見せてくれとは云はぬ』 と訳の分らぬ質問を連発する。迷信家ほど困つたものはない。 喜楽『神懸りの霊術によつて、透視作用が利くのだ』 と少しばかり霊魂学の説明を簡単に述べたてて見た。されど元来の無学者だけに、何をいつても馬耳東風、耳に入りさうな事はない。又もや次郎松は口を尖らして、 次郎松『透視だか水篩だか、そんな事ア知らぬが、そこらに小さい管狐を放り出さぬ様にして呉れよ。ヒヨツと取り憑かれでもしたら大変だ。皆さま用心しなさい。此奴ア飯綱使ひだから、うつかりしてると憑けられますよ。病人が来ると、管狐を一寸除かして、病気を癒し、又暫くすると管狐をつけて病人にして、何度も礼をとると云ふ虫の良い商売を始めかけよつたのだ。何しろ近寄らぬが何よりだ。別に穴太の村に喜楽が居つて神を祀らうが祀らうまいが、矢張お日さまは東から出て御座る。暗がりになるためしもなし、喜楽が神さまを始めてから、お日さまが、光りが強くなつた訳ぢやなし、お月さまが毎晩出る訳でもないし、斯んな者に騙されるより早う皆さまお帰りなさい。こんな奴に眉毛をよまれ尻毛をぬかれて堪りますか。俺はきつてもきれぬ親類だから、第一上田家のため、又此極道の為め、お前サン達の為め気をつける』 と口を極めて反対の気焔をあげる。然し参詣者は一人も消えぬ。依然として鎮魂を乞ひ、伺ひを願つて喜んで帰つて行く。次郎松サンは翌日の朝早くから穴太の村中一軒も残らず、 次郎松『家の本家の喜楽と云ふ奴は、此頃飯綱を買うて来て妙な事をして居よるから、相手になつてくれるな』 と賃金不要の広告屋を勤めて居る。次郎松は神の教を忌み嫌ふ悪魔の霊に憑依されて知らず識らずに邪神の走狗となつて了つたのである。 其翌日大勢の参拝者を相手に、鎮魂をしたり神話を始めて居ると、侠客俣野の乾児と自称する背の低い牛公がやつて来た。足に繃帯をして居る。 牛公『オイ、喜楽サン、随分お前の商売もよう繁昌するね。俺は夜前一寸足に怪我をしたのだ。何卒お前の鎮魂とかで足の痛みを止めて貰ひ度いものだ』 と横柄に手を拱き、座敷の真中にドスンと坐つて揶揄ひ始めた。元より怪我などはして居ないのだ。みな嘘の皮、万々一喜楽が、 『さうか、それは気の毒だ』 と云つて直に祈願でもしやうものなら、 『天眼通の先生が之が分らぬか、怪我も何もして居ない、嘘だぞ』 と云つて大勢の中で笑つたり、ねだつたり、困らしたりしようとの悪い企みで来て居るのである。若し喜楽が、 『お前は疵も何もして居ない。そんな事をして俺をためしに来て居るのだ』 と云へば、自分の指の下に隠した小刀で繃帯を解き乍ら一寸足を切つて血を出し、 『これや、これ丈け血が出て居るのに怪我して居ないとは何の事だ。ド山子奴!』 と呶鳴り立てあやまらして、酒銭の一円も取つてやらうとの算段をして居るのだと見てとつた喜楽は、牛公の言葉を耳にもかけず放擲つて、素知らぬ顔で数多の参詣者に鎮魂を施して居た。 牛公は喜楽の態度が余程癪に触つたと見え、狂ひ獅子の様に暴れ出した。忽ち先祖代々から家の宝としてる、虫喰だらけの真黒気の障子の桁を滅茶苦茶に叩き破る、戸を蹴破る、火鉢を蹴り倒すと云ふ大乱暴をなし乍ら、再び座敷の真中にドスンと胡坐をかき、 牛公『こりや安閑坊の喜楽!これでも罰をようあてぬか、腰抜け神の鼻垂れ神ぢやな。そんなやくざ神を祀つてる貴様は、日本一の馬鹿野郎だ。今此牛さまが神床に小便をしてやるから、神力あり正念がある神なら、立所に罰をあてるだらう。そんな事して能う罰をあてん様な腰抜神なら、神でも何でもない、溝狸位なものだ。蚯蚓に小便かけてさへ○○が腫れるぞ、此奴ア狸だから正念があるなら、俺の○○を腫らして見い!』 と云ひ乍ら犬の様に片足をピンと上げて、無作法にもジヨウジヨウとやりかけた。数多の参詣者は吃驚して、残らず外に逃げ出して了つた。喜楽は神界修業の時から、三五教の無抵抗主義を聞いて居たから、素知らぬ顔して彼がなす儘放任して居た。牛公は益々図にのつて、終ひには黒い尻をひきまくり、喜楽の鼻の前でプンと一発嗅し『アハヽヽヽ』と笑ひ乍らサツサと帰つて行つた。 それと擦れ違ひに、弟が野良から鍬を担げて慌だしく馳来り、牛公の乱暴した事を聞き口惜がり、地団太を踏み乍ら、 由松『エーツ、此神さまは力の無い神だ。毎日々々物を供へてやるのに何の罰でも能うあてぬのか。ウーンとフンのばして了へばよいのに、そうすれや牛公だつて、次郎松だつて能う侮らぬのだが、此処に祀つてあるは気の利かぬ寝呆け神だから、あんな奴に馬鹿にしられるのだ』 と歯をかみしめて吃り乍ら怒つて居る。喜楽は静に弟に向つて、 喜楽『オイ、由松、そんな分らぬ事を云ふな。よう考へて見い、彼奴ア畜生だ。名からして牛ぢやないか。猫や鼠は尊い御神前の中でも、糞や小便を平気で垂れて居る、烏や雀は神様の棟へ上つて糞小便を垂れかける、それでもチツとも神罰があたらぬのぢやないか。元来畜生だから、神様のおとがめがないのだ。人間も人間の資格を失ふたら畜生同様だ。畜生に神罰があたるものかい』 と云はせも果てず由松は、 由松『ナニ、馬鹿たれるか』 と云ふより早く、祭壇の下へ頭をつつ込み其まま直立した。祭壇も神具もお供物一式ガタガタと転落し、御神酒からお供水、洗米、其他いろいろの供物が座敷一杯になつて了つた。神様の御みと迄畳の上にひつくり返つて居る。由松は拾うては戸外へ投げつける、参詣者はビツクリして顔色を変へチリチリバラバラに逃げ出す。由松は猶も猛り狂ひ、 由松『オイ哥兄、こんなやくざ神を祭つて拝んでも屁の役にもたたぬぢやないか、もう今日限りこんなつまらぬ事はやめてくれ。こんな餓鬼を祀つただけに家内中が心配したり、村中に笑はれたり、戸障子を破られたり、此神は上田家の敵だ。敵を祀ると云ふ事が何処にあるものか』 と分らぬ事を愚痴つて怒つて居る。 喜楽は由松の放かしたおみとを拾ひ塩で清め、再び祀り直し神様にお詫をして、漸く其日は暮れて了つた。 其日の夜中頃、由松の枕許に男女五柱の神様が現はれ玉ふて、頻りに由松に御立腹遊ばした様なお顔が歴々と見え、恐ろしくて一目もよう寝ず、夢中になつて寝たままあやまつて居る。せまい家の事とて横に聞いて居る喜楽の可笑しさ。由松もこれで少しは気がつくだらうと思つて居ると、翌朝早くから御神前をお掃除したり、お供物をしたり、祝詞を奏げるやら、暫くの間は打つて変はつて敬神の行為を励んで居た。然し十日ほどすると、又もや神様の悪口を次郎松と一所になつて始めかけた。 (大正一一・一〇・九旧八・一九北村隆光録) |