| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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霊界物語 | 33_申_玉の御用の完了/高姫と黒姫の過去 | 05 神寿言 | 第五章神寿言〔九二〇〕 末子姫、国依別の結婚問題も、高姫の不同意的了解を得て、漸く執行はるる事となつた。珍の館の大広前に於て祭壇を設け、言依別命は斎主となり、松若彦、竜国別は其他の神務に奉仕し、茲に芽出度く、神前結婚の祭典は済んだ。愈直会の宴に移り、十二分の歓喜を尽し、各歌を唄ひ、舞ひ、踊りなどして、今日の慶事を祝することとなつた。 言依別命は恭しく神殿に拝礼し、礼服を着けたる儘、声淑やかに歌ひ始めたり。 言依別命『仰[※ルビ「おほ」は原文通り。オニペディア「霊界物語第33巻の諸本相違点」参照。]げば高し久方の天の八重雲かき分けて 筑紫の日向の立花の青木ケ原に天降りまし 撞の御柱巡り合ひ妹背の契を結びたる 神伊弉諾大御神神伊弉冊大神の 其古事に神ならひ瑞の御霊と現れませる 神素盞嗚大神の御子とあれます末子姫 心の色も紅の誠一つの神司 珍の御国に天降りまし神の教を楯となし 四方の民草安らかに治め玉ひし功績は 皇大神の御心に叶ひまつれるものぞかし 三五教の神司言依別は自凝の 秀妻の国を後にして心も清き宣伝使 国依別と諸共に神の教を開かむと 波かき分けてテルの国高砂島に名も高き テル山峠を乗越えてウヅの都に来て見れば 五風十雨の序よく五穀は稔り果物は 豊に熟する神の国あゝ惟神々々 神の恵の幸はひて末子の姫の御神力 月日と共に輝きぬかかる折しも素盞嗚の 神尊ははるばるとウブスナ峠の斎苑館 立出でここに来りまし末子の姫に巡り会ひ 喜び勇み玉ふ折言依別の伴ひし 国依別を見そなはし末子の姫の夫となし 此神国を守れよと宣らせ玉ひし尊さよ 言依別は畏みて松若彦や捨子姫 其外数多の人々に皇大神の言の葉を 宣べ伝ふれば悉く喜び勇み此度の 慶事をあななひ玉ひけり。あゝ惟神々々 結びの神の引合せ魂と魂との睦び合ひ 魂の納まる肉宮に尊卑高下はありとても その源を尋ぬれば同じ御神の分霊 時世時節につれられて高くも生れ又低く 生るる事は神界の幽玄微妙の御経綸 霊魂と霊魂の系統を分け清く結びし此縁 千代も八千代も限りなく高砂島のいつ迄も 栄え尽きせぬ松の世の色も褪せざれ永久に 波も静かに二柱鴛鴦の衾の暖かに 浮びて進む和田の原深きは民の心かな 深きは神の御恵みぞ月日は清く明かに 空澄み渡る今日の宵心も勇み身も勇み 此慶びは此処よりは外へはやらじと真心を 神の御前に誓ひつつ嬉しみ尊み祝ぎまつる 嬉しみ尊み祝ぎまつる』 と歌ひ終り、元の座に着きぬ。松若彦は立上り、銀扇を開いて祝歌を歌ひ且つ自ら舞ひ踊りける。 松若彦『豊葦原の瑞穂国島の八十島八十の国 隈なく巡り救ひます神素盞嗚大神の 末の御子と生れませる末子の姫のくはし女に 浮瀬に沈みて悩み居る世人を普く救ひ行く 三五教の宣伝使国依別の神司 汐の八百路を打渡り奇しき功績を遠近に 現はし玉ひて今ここにウヅの都に出で玉ひ 神素盞嗚大神の御言畏みましまして 末子の姫と妹と背の契を結ぶ今日の宵 天津御空に照りわたる日影は明かく月清く 星の影さへキラキラといつもに変る空の色 天祥地瑞の吉祥日言依別の神司 斎主となりて神前に結婚式を挙行し いよいよ茲に妹と背の道を結びて永久に 此神国を守ります今日は初めとなりにけり いよいよこれよりウヅ館月日並びて皓々と 輝き玉ふ高砂の常磐の御世となりぬべし あゝ惟神々々松若彦が真心を 述べて芽出度き今日の日を寿ぎまつり瑞御霊 神素盞嗚大神の千代の齢を祈りつつ 夫婦が幸を皇神の御前に祈り奉る 朝日は照るとも曇るとも月は盈つ共虧くる共 国依別や末子姫さかし女くはし夫相並び 現はれゐます上からは高砂島は何時までも 珍の御国と称へられ常世の春の永久に 花咲き乱れ鳥歌ひ山川清く風清く 野は青々と茂り合ひ青人草は大空の 星の如くに生み殖えて栄え久しき松の世の 嬉しき姿を瑞御霊神の御前に言霊の 清き限りを捧げつつ畏み畏み願ぎまつる 畏み畏み願ぎまつる』 と歌ひ了つて座に着いた。捨子の姫は立上り、銀扇を開いて自ら歌ひ自ら舞ひ、今日の慶事を祝ぎ奉りける。其歌、 捨子姫『久方の高天原を出でまして四方の国々巡りまし 八岐大蛇や醜神の伊猛り狂ひ民草を 苦しめ悩ます曲津見を仁慈無限の大神は 生言霊の神力に言向け和し玉ひつつ 百の悩みを嘗め玉ひ心も辛き潮沫の 凝りて成るてふ島々を巡らせ玉ひ御恵の 露をば与へ玉ひつつ草木も靡く御威勢に 高天原の空清く大海原の底あかく 波に泛べる国土は清くさやけく茂り合ひ 三千世界の万有は君の威徳を畏みて 仕へまつれる尊さよかかる目出度き大神の 珍の御子と生れませる八人乙女の末子姫 年端も行かぬ中よりも神の御為世の為に 神の誠の御恵を草の片葉に至るまで うるほはせむと思召し顕恩郷に現れまして バラモン教の鬼雲彦が館に入らせ玉ひつつ 醜の魔人の惟神誠の道に服従ふを 待たせ玉へる折柄に太玉神の現れまして 鬼雲彦は逸早く雲を起して逃げ去りぬ 末子の姫は是非もなく姉の命と諸共に 流れも清きエデン川渡りて四方に神の道 開かせ玉ふ折もあれ鬼雲彦が部下共に 嗅ぎつけられて妾まで半朽ちたる釣舟に 乗せてすげなく和田の原つき放されし苦しさよ 神素盞嗚大神の雄々しき清き霊をば 受けさせ玉ふ末子姫少しも驚き玉はずて 妾の心を励ませつ荒波猛る海原を かいくぐりつつ漸くに神の御稜威もテルの国 ハラの港に上陸しテル山峠を乗越えて 御霊の力を現はしつバラモン教の神司 石熊カールの両人を言向和せ急坂を 登りつ下りつ人々の命を狙ふ曲神を 稜威の言霊宣り玉ひ言向和してウヅの国 神の館に出でましぬ妾も姫に従ひて ここに現はれ来る身の嬉しさ楽しさ如何許り 国の司となり玉ひ世人を導き玉ふ折 三五教の神司言依別の神人が 雲霧分けて降りまし此処に止まり玉ひつつ 教を開き玉ひしが神素盞嗚大神の 瑞の御霊は捨子姫此現身にかからせて アマゾン河に向ひたる鷹依姫や高姫の 危難を救ひ言霊の御稜威に百の曲神を 言向和せと宣り玉ふ言依別の神人は 其神言を畏みて時を移さず供人を 従へ都を立出でて帽子ケ岳に向ひまし アマゾン河を見下して微笑み玉ふ折柄に 国依別の宣伝使仕組の糸に引かされて 四人の供を従へつここに登りて来ましける。 琉と球との宝玉の御稜威に充てる両人は アマゾン河の南北に展開したる森林の 醜の曲津を射てらせば神の御稜威は目のあたり 鷹依姫や高姫も光を慕ひて屏風山 帽子ケ岳に集まりぬかくも尊き神徳を 負はせ玉へる宣伝使国依別の真人が ウヅの都に現れまして末子の姫の夫となり 幾久しくも末永く契を結ばせ玉ふこそ 実にも尊き限りなれ。加之瑞御霊 神素盞嗚大神は遠く波路を打わたり これの慶事に臨みまし親子夫婦の契をば 依さし玉へる有難さあゝ惟神々々 神の恵は目のあたり永く仕へし捨子姫 やうやう心もおちつきて雪積む山の冬の木の 花咲く春に会ふ心地あゝ惟神々々 結ぶの神のいつ迄も二人の仲は睦じく 変ることなくましまして神の御稜威も高砂の 尾の上の松の色深く千年の鶴の末永く 亀の齢の万世もいと平けく安らけく 鎮まりゐませ二柱捨子の姫は今よりは 尚も心を励まして力の続く其限り 誠一つを楯となし神と君とに仕へなむ あゝ惟神々々御霊幸はへましませよ』 と歌ひ了り、悠々として吾座に着きける。 (大正一一・八・二六旧七・四松村真澄録) |
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霊界物語 | 33_申_玉の御用の完了/高姫と黒姫の過去 | 17 感謝の涙 | 第一七章感謝の涙〔九三二〕 高島丸はテルの国、ハラの港より西へ西へと進んで、現今の日本国台湾島へ帰つて来た。 今日の航路より見れば全然反対の道をとり、且つ非常に迂回して居るのは、三十万年前の地球の傾斜の関係及潮流の関係に依つたものである。蒸気の力を以て自由自在に航行する現代に比ぶれば、非常に不便なものであつた。併し乍ら其速力は今日の二十浬以上を、風なき時と雖も、航行する事が出来たのである。其故は例へば二百人乗りの船ならば、船の両舷側に百本の艪櫂がついてゐて、二百人の乗客の中百人は、力限りに艪櫂を漕ぎ、稍疲労したる時は、又百人これに代り、交る交る艪櫂を漕いだものである。船頭は只船の方向を定め、水先を調べ、舵をとるのみであつた。大きな船になると、二階造りになり、下からも、上からも船を漕ぐ仕掛になつて居た。恰度舷を見ると、蜈蚣の足の様に見ゆる船の造り方であつた。それ故非常な速力で、少々の荒波位には少しも弱らなかつたのである。且又昔の人は総じて剛胆者が多く、臆病者は頭から乗船を許さなかつたのである。故に余り役に立たぬ老人や、子供の船客は皆無と云つても良い位であつた。特別の事情ある者でなければ、船に乗ることを互に戒めて許さなかつたものである。 高姫一行は漸くにして、月日を重ね自転倒島の由良の港に安着した。秋山彦は錦の宮の玉照彦、玉照姫の命に依り、高姫一行が由良の港に帰り来ることを前知し、数多の里人を集め、埠頭に一行を迎ふべく、十曜の神旗を海風に翻し乍ら、今や遅しと待ちつつあつた。 此処へ竹島丸は波を蹴つて、高姫一行を乗せて帰り来るのであつた。高姫一行は、台湾のキルの港より竹島丸に乗り替へたのである。高姫一行六人外に松彦、鶴公の二人を加へて八人は、秋山彦の迎への人数に送られて、勇ましげに秋山彦館に入り、息を休むる事となつた。其夜は何れも草臥果て、夕餉を喫したる儘、這ふが如くグタリとした体を、与へられた各自の寝間に運び、つぶれた様に寝て了つた。 言依別命より監視役を命ぜられて、従いて来た松彦は、其夜は一睡もせず、秋山彦夫婦と共に、高姫の身の上に関する事、及び麻邇宝珠の御用の件に就て、ひそかに協議を凝らし、夜の明くる頃漸くにして寝に就いた。秋山彦夫婦も亦昨夜の疲労を慰すべく、太陽の高く昇る頃まで白河夜船の夢を貪ることとなつた。 聖地よりは東助を初め、加米彦其他の面々が高姫一行を迎ふべく、由良川を下つて此処にやつて来たのである。秋山彦館は俄の客にて、下僕共は上を下へと大繁忙を極め、馳走の用意に差かかつて居る。 秋山彦は高姫、鷹依姫、竜国別の三人を一間に招き、松彦が齎せる神素盞嗚大神及び言依別命の密書の件に就て、三人に対し、意見を聞くこととなつた。 秋山彦『高姫さま、其他のお二方、永らくの間、御遠方の所、御苦労で御座いました。大神様に於かせられても、さぞ御満足の事で御座いませう。就いては麻邇の宝珠の件で御座いますが、竜宮島より迎へられた五個の中、其四つまで紛失致しました事は、実に神界経綸上大変な不都合で御座います。これに就てあなた方に今一度お世話になつて、四つの玉を発見して頂かねばならないので御座いますが、如何でせう、お世話になれるでせうか』 高姫『ハイ、私は金剛不壊の如意宝珠を初め、其他一切の玉に関し、最早何の執着もなくなりましたから、此事計りは、最早断念して居ります。此広い世の中、言依別命がどうかされたのでせうから、いくら捜しても駄目です。どうぞ玉の事だけはモウ言はないでおいて下さいませ』 秋山彦『如何なる神界の御用を致すのも、皆神様からの御命令、身魂相応の因縁がなくては出来ないので御座います。就いては、鷹依姫様、竜国別様、モウ一人の黒姫様、此四人の方が、麻邇宝珠の御用をして下さらねばならない因縁で御座いますが、生憎竜宮島より五色の麻邇宝珠が現はれ玉ふ時機到来して、惟神的に高姫様、黒姫様お二人を竜宮の一つ島へお導きになりましたなれど、あなた方は此一つ島には最早玉はない、外を捜さうと云つて、お帰りになられました。それ故止むを得ず、神界の思召に依つて、梅子姫様は紫の玉の御用、これは身魂の因縁で当然錦の宮へお持帰りにならねばならぬ御役で御座いました。それから青色の玉は高姫様、赤色の玉は黒姫様、白色の玉は鷹依姫様、黄金の玉は竜国別様が御用遊ばす、昔からの因縁にきまつて居つたのです。併し乍ら、四人の方はいろいろと神界の時節を待たずお焦りになつて、何れも方角違ひの方へ往ていらツしやつたものですから、神界のお計らひにて、黄竜姫、蜈蚣姫、友彦、テールス姫の四柱が此自転倒島まで臨時御用を遊ばしたので御座います。併し乍ら身魂の因縁だけの御用を、今度は勤めねばならないのですから、神素盞嗚大神様、言依別命様のお計らひにて、紫の玉を除く外四つの玉は言依別命様が責任を負ひ、或地点にお隠しになつてゐるので御座います。どうしても因縁だけの事を勤めねばならぬのであります。今度の御用を仕損つたら、モウ此先は末代取返しが出来ませぬから、そんな事があつては、あなた方にお気の毒だと、大慈大悲の大御心より神素盞嗚大神様が吾子の言依別命様に責任を負はせ、罪を着せ、あゝ云ふ具合にお取扱ひになつたので御座いますよ。今此処にウヅの国より、松彦の司に事依さし神素盞嗚大神様を初め、言依別命、国依別命より神書が届きました。どうぞ之を御披き下されば、玉の所在もスツカリお分りでせう。どうぞ御苦労ですが、モウ一働き御用を願ひませう』 高姫は初めて大神の大慈悲心と、言依別命及び国依別命の真心を悟り、感謝の涙に暮れて其場に泣き倒れた。鷹依姫、竜国別も声を放つて、其神恩の深きに号泣して居る。 斯かる所へ筑紫の島より黒姫の所在を尋ね、玉治別、秋彦の両人、黒姫を伴れて帰り来り、茲に四人の身魂は久しぶりに顔を見合す事となつた。 秋山彦は黒姫に重ねて前述の次第を物語り、神書を開いて読み聞かせた。黒姫、玉治別等の筑紫島に於ける活動の模様は後日に稿を改め、述ぶる事と致します。 秋山彦は神文を押戴き、静かに開いて、四人の前に読み上げた。其神文、 『此度、国治立命、国武彦命と身を下し玉ひ、また豊国姫命は国大立命となり再び変じて神素盞嗚尊となり、国武彦命は聖地四尾山に隠れ、素盞嗚尊はウブスナ山の斎苑の館に隠れて、神政成就の錦の機を織りなす神界の大準備に着手すべき身魂の因縁である。それに付いて、稚姫君命の御霊の裔なる初稚姫は金剛不壊の如意宝珠を永遠に守護し、国直姫命の御霊の裔なる玉能姫は紫の玉の守護に当り、言依別命は黄金の玉を永遠に守護し、梅子姫命は紫色の麻邇の宝珠の御用に仕へ、高姫は青色の麻邇の宝玉、黒姫は赤色の麻邇の宝玉、鷹依姫は白色の麻邇の宝玉、竜国別は黄色の麻邇の宝玉を守護すべき身魂の因縁なれば、これより四人は麻邇の宝珠を取出し、綾の聖地に向ふべし。控への身魂は何程にてもありとは云へども、成るべくは因縁の身魂に此御用を命じたく、万劫末代の神業なれば、高姫以下の改心の遅れたる為、神業の遅滞せし罪を言依別命に負はせて、高姫以下に万劫末代の麻邇の神業を命ずるものなり。……神素盞嗚尊』 と記してあつた。四人は感謝の涙にむせび乍ら、直ちに手を拍ち、神殿に感謝の祝詞を奏上した。秋山彦は黄金の鍵を持ち出でて、高姫に渡し、 秋山彦『いざ四人の方々、吾館の裏門よりひそかに由良の港に出で、沓島に渡り、麻邇宝珠の四個の玉を、各自命ぜられたる如く取出し、秘に聖地へ帰り、尊き神業に参加されたし。此事、聖地其他の神司、信徒の耳に入らば、却て四人の神徳信用に関係する事大なれば、一切秘密を守り、大神の御意志を奉戴し、今迄の罪を贖ひ、天晴れ麻邇宝珠の神司として聖地にあつて奉仕されむ事を希望致します。サア早く早く……』 と急き立てられ、四人は喜び勇んで、裏口より秘に脱け出で沓島に向つて進み行く。 此事玉治別を初め、加米彦、テー、カー、常彦、其他の神司、聖地の紫姫、黄竜姫、蜈蚣姫、友彦、テールス姫其他の神司も信徒も永遠に知る者がなかつたのである。 高姫外三人は素盞嗚尊の仁慈無限のお計らひにて、罪穢れを許され、身魂相応因縁の御用を完全に奉仕させられたのである。アヽ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・八・二九旧七・七松村真澄録) |
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霊界物語 | 33_申_玉の御用の完了/高姫と黒姫の過去 | 18 神風清 | 第一八章神風清〔九三三〕 秋山彦は東助、玉治別其他一同の集まる広間に現はれ、 秋山彦『皆様、御苦労で御座いました。高姫様初め黒姫、鷹依姫、竜国別の御一行は漸く惟神の御経綸に依り、私の館までお帰り下さいまして、実にこれ位喜ばしい事は御座いませぬ。就いては言依別命様が責任を負うて、聖地をお立退きになりました大事件の根源たる麻邇の宝珠の所在が、高姫様以下御一同の熱誠に依つて、判明致しましたに付いては、軈て近き内に麻邇の宝珠を持つてお帰りになることで御座いませう。皆様はどうぞ、これより聖地に帰り、歓迎の御準備を願ひます。国治立命様、豊国姫命様を初め、神々様の御仁慈は到底吾々の語り尽すべき所では御座いませぬ』 と嬉し涙に湿つた声を張上げて挨拶をするのであつた。東助、玉治別其他の一同は、秋山彦の案に相違の言葉に驚き且つ怪しみ乍ら、高姫以下の此場より何処ともなく消えたるに拍子抜したる面色にて、急ぎ聖地を指して帰り行くのであつた。 聖地の錦の宮の八尋殿には、玉照彦、玉照姫、英子姫は、紫姫と共に数多の幹部を従へ、一行の帰り来るを待ちつつあつた。東助は三人の神司の前に恭しく進み寄り、頭を下げ両手をつかへ、 東助『由良の港の秋山彦の館へ、高姫一行を迎への為参りました所、竹島丸に乗込み、高砂島より一行八人お帰りになりました。それより秋山彦館にお迎へ致し、一夜を明かし、いろいろの款待に預り、無事の帰国を祝して居る際、黒姫もお帰りになり高姫一行四人の方々は麻邇の宝珠の所在が分つたとかで、ソツトどこかへ御出でになりました。就いては近日其玉を得て聖地へお帰りになるから、早く帰つて歓迎の準備をせよとの事で御座いました。何が何だか、私には一向要領を得ませぬが、是非なく此処まで帰つて参りました。如何致せば宜しいので御座いませうか。紫姫様、どうぞあなたより三柱の神司へ宜しく言上を願ひます』 と云つた。紫姫は『ハイ』と答へて高座にのぼり、三柱の前に額づき、東助の言葉を一々言上した。英子姫、玉照彦、玉照姫の三柱の神司はニコニコし乍ら、頭を縦に振つてゐられる。其の様子がどこやらに深き確信あるものの如く見られた。三柱の神司は神前に向ひ、恭しく祝詞を奏上し終つて、一同の神司及び信徒に目礼を施し乍ら館の奥深く忍び入り給うた。 紫姫は東助に向ひ、 紫姫『只今三柱の大神司より承はりますれば、高姫様は明日四人連れにてお帰りのはずで御座いますから、どうぞ歓迎の準備を遊ばして下さいませ』 東助『ハイ委細承知仕りました』 と此場をさがり、歓迎の準備に全力を尽し、高姫の帰るを今や遅しと待ちつつあつた。 明くれば九月八日、高姫、鷹依姫、黒姫、竜国別の四人は嬉々として、麻邇の宝珠を捧じ、錦の宮の八尋殿指して帰り来り、直に神殿の前に進み、各玉を捧持して、無言の儘控へて居る。紫姫は此体を見て、直に三柱の大神司に奉告した。 茲に玉照彦、玉照姫、英子姫、紫姫は礼装を調へ、四人の前に無言の儘現はれ、玉照彦は高姫の手より青色の麻邇の宝珠を受取り、玉照姫は黒姫の手より赤色の宝珠を受取り、英子姫は鷹依姫の手より白色の宝珠を受取り、紫姫は竜国別の手より黄色の麻邇の宝珠を受取り、頭上高く捧げ乍ら悠々として錦の宮の神前に進み、案上に恭しく安置され、再び八尋殿に下り来り、高姫外三人の手を取り、殿内に導き感謝祈願の祝詞を共に奏上し、八人相伴ひて、教主殿の奥の間さして進み入り、互に歓を尽して、無事の帰国と其成功を祝し玉うたのである。 英子姫『皆様、随分御苦労で御座いましたなア。神界の御経綸は到底、人間共の量り知る所で御座いませぬ。只何事も神様の御命令に従ふより外に途は御座いませぬ』 高姫『ハイ、有難う御座います。私も余り神様の御道を大事に思ふ余り、言依別命様の行方を見て、大神様の御経綸を妨害し、再び天の岩戸をとざす悪魔の所為と思ひつめ、いろいろ雑多と誤解を致し妨害のみ致して参りました。今日となつて顧みれば実に恥かしう御座います。私の改心が遅れた計りで、皆様にいろいろの御苦労をかけ騒がしました。言依別の教主様も、私の為に大変な御艱難を遊ばし、実に申訳が御座いませぬ。大化者だとか、体主霊従の身魂だとか、世界悪の映像だとか、いろいろ雑多と云ひふらし、邪魔計り致して来ましたが、顧みれば私こそ悪神の虜となり、知らず識らずに体主霊従の行ひをなし、世界悪の根本を敢てしながら人の事計り喧しく申上げて来ました。私の迂愚迂濶、今更弁解の辞も御座いませぬ。大化者と云ふ事は、決して悪い意味では御座いませなんだ。余り人物が大き過ぎて、吾々の身魂では測量することが出来なかつた為に、訳の分らぬ教主だと思ひ、大化者だと云つて罵つたので御座いました。仁慈の深き、到底吾々凡夫の知る所ではないことを、深く深く身に沁み渡つて感じまして御座います。何程あせつても、身魂の因縁だけの事より出来るものでは御座いませぬ。どうぞ今迄の不都合をお許し下さいまして、身魂相応の御用を仰せ付け下さいますれば、有難う存じます』 英子姫『其お言葉を聞いて、妾も安心致しました。玉照彦様、玉照姫様、さぞお喜びで御座いませう。第一、国治立大神様の御化身国武彦命様、神素盞嗚大神様は貴女の御改心をお聞き遊ばして、さぞ御満足に思召すで御座いませう。貴女の御改心が出来て、身魂の御因縁が御了解になれば、三五教は上下一致して御神業に参加し、五六七神政の基礎が確実に築き上げられる事と喜びに堪へませぬ』 高姫『ハイ、何から何まで、御注意下さいまして有難う存じます』 黒姫『私は最早何にも申上げる事は御座いませぬ。只感謝より外に道は御座いませぬ。どうぞ万事宜しく、今後とても不都合なき様、御注意を願ひます』 鷹依姫『私も高姫様に聖地を追ひ出され、いろいろと艱難苦労を致しまして、一時は高姫様をお恨み申したことさへ御座いましたが、今となつて考へて見ますれば、何事も皆神様の御仕組で、曇つた魂を研いて、神界の御用に立ててやらうとの御取りなしであつたことを、今更の如く感じました。実に申上げ様もなき有難き瑞の御霊の思召し、言依別命様のお心遣ひ、お礼は口では申上げられませぬ』 と嬉し涙にかき暮れる。 竜国別『神恩の高き深き、感謝の外御座いませぬ。何卒万事不束な者、宜しくお願ひ致します』 玉照彦、玉照姫は四人に向ひ鎮魂を施し、悠々として我居間に帰り玉うた。高姫は初めて今迄の我を払拭し、青色の麻邇の宝珠の玉に対する神業に参加することを決意し、金剛不壊の如意宝珠の御用の吾身に添はざることを深く悟ることを得たのである。 ○ 茲に金剛不壊の如意宝珠の御用を勤めたる初稚姫は初めて錦の宮の八尋殿の教主となり、紫色の宝玉の御用に仕へたる玉能姫は生田の森の神館に於て、若彦(後に国玉別と名を賜ふ)と夫婦相並びて、生田の森の神館に仕ふることとなつた。 又黄金の玉の神業に奉仕したる言依別命は少名彦名神の神霊と共に斎苑の館を立出で、アーメニヤに渡り、エルサレムに現はれ、立派なる宮殿を造り、黄金の玉の威徳と琉の玉の威徳とを以て、普く神人を教化し玉ふこととなつた。 又梅子姫は父大神のまします斎苑の館に帰り、紫の麻邇の玉の威徳に依つてフサの国の斎苑館に仕へて神業に参加し、高姫は八尋殿に大神司を初め紫姫の部下となつて神妙に奉仕し、黒姫、鷹依姫、竜国別もそれぞれの身魂だけの神務に奉仕し、神政成就の基礎的活動を励む事となつたのである。 此等の神々の舎身的活動の結果、いよいよ四尾山麓に時節到来して、国常立尊と現はれ、現幽神三界の修理固成を開始し玉ふことを得るに至つたのである。これが即ち大本の教を国祖国常立尊が変性男子の身魂、出口教祖に帰懸し玉ひて神宮本宮の坪の内より現はれ玉うた原因である。又言依別命の舎身的活動に依つて黄金の玉の威霊より変性女子の身魂、高熊山の霊山を基点として現はれ、大本の教を輔助し且つ開くこととなつたのである。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・八・二九旧七・七松村真澄録) |
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霊界物語 | 33_申_玉の御用の完了/高姫と黒姫の過去 | 19 報告祭 | 第一九章報告祭〔九三四〕 綾の聖地に於ける錦の宮の八尋殿には、七五三の太鼓の音が聞えて来た。今日は殊の外風清く、陰鬱なる霧も早朝より晴れ渡り、紺碧の空は愈高く、太陽は東の山の端より其雄姿を現はし、金色の光を地上に投げてゐる。今朝は太鼓の音も何となく冴え渡り、下界の邪気を万里の外に追ひ払うた様な気分が漂うてゐる。 東助、高姫を初め、秋彦、友彦、テールス姫、夏彦、佐田彦、お玉、高山彦其他の幹部は祭服厳めしく、報告祭を勤行するのであつた。高姫が久振りにて高砂島より帰り、又黒姫、玉治別が筑紫の島より遥々帰国し、鷹依姫、竜国別の宣伝使が無事に帰国して、麻邇宝珠の神業に無事奉仕せし歓びと、黒姫が三十五年振りに吾実子の発見せられし事の感謝を兼ねたる報告祭であつた。 一紘琴、二紘琴の嚠喨たる音楽の声と共に祭典は無事終了した。教主の英子姫を初め、玉照彦、玉照姫の神司並に紫姫も、神殿に深く進みて此祭典に列せられた。祭典終ると共に此四柱は教主の館を指して、悠々と四五人の信徒に送られ帰つて行く。 後には賑々しく直会の宴が開かれた。万代未聞の大慶事といふので、錦の宮の八尋殿も日頃の窮屈に引替へ、今日一日は気楽に直会の酒を飽く迄頂き、口々に歌ひ舞ひ、踊り狂ふ事を黙許されて居た。酒の酔が廻るにつれて、そろそろ雑談が始まつて来る。 甲『オイ虎公、時節は待たねばならぬものだなア。高姫の大将や、黒姫婆アさまが、寝ても醒めても、玉々と云つて随分玉騒ぎで、言依別命様や、大勢の者を手古摺らしたものだが、到頭一心を貫いて、玉の御用を首尾克く勤め上げたぢやないか。おまけに筑紫の島から玉を一つ持つて帰りよつたのは黒姫だ。本当に甘い事しよつたネー』 虎公『オイ、小さい声で言はぬか。あれ見よ、高姫さまや黒姫さまが正座に構へて御座るぞ』 甲『俺も一つ是から玉さがしに往つて来うかなア』 虎公『貴様捜しに往かなくても、宅に沢山あるぢやないか。よく考へて見よ。貴様ん所の猫は玉といふだらう。そして毛の色が真黒々助の黒姫だオツトドツコイ黒猫だ。おまけに貴様の嬶がおすみと云つて名詮自称の真黒々助、中低のお玉杓子のやうな顔をしてゐるだらう。そして小つぽけな肝玉を持つてゐるなり、団栗のやうな目玉も二つぶら下げてゐる。貴様の睾丸は名代の八畳敷狸が税金取りに来るやうな品玉だ。これ丈沢山に麻邇の宝珠や金の玉を持つてゐる癖に、此上玉騒ぎをせられちや皆の者がたまらぬから、モウ良い加減に諦めたがよからうぞ。のう狸の安公』 安公『コリヤ虎猫、何を吐すのだ。人の事を云ふよりも、自分の蜂から払うてかかれ。俺のは八畳敷ぢやない錦の信玄袋だ。奴狸野郎奴貴様は手力男神さまの様に、おれは猫の年に生れた寅公だけれど、ヤツパリ人の家に養はれる家畜だから、自称艮の金神よりも余程偉いと吐してゐやがるが、猫寅の金神と云ふ者がどこにあるか。よつ程よい馬鹿者だなア』 虎公『トラ何を吐す。丑と云ふ奴は庭のすみつこに置いて貰ひ、糞まぶれになつて草を喰つて暮して居る奴だ。猫と云ふ奴は、主人の膝へものり、同じ炬燵へも這入り、家庭の花となつて、優待される代物だぞ。それだから猫が一番偉いのだ。それだから猫虎の金神は丑寅の金神よりも位が上だと云ふのだ。 猫が三筋の手管の糸で 鰌や鯰を引きころす……… と云ふ事を知らぬか。何程鰌ひげを生やし、鯰ひげを生やしとるゼニトルメンでも、自由自在に引きまはす、万能力を持つてゐるのだから大したものだ。猫寅の金神さまに限るぞよ。………猫寅の金神が現はれて、三千世界の神、仏事、人民、鳥類、獣、虫族に至るまで守護致さぬぞよ。……コラ安、イヤ狸安、どうだい、豪勢な者だらう。オツホヽヽヽ』 と笑ふ。安公は立あがり、そこらをキヨロキヨロ見まはし、自分の加勢に来て呉れる友達はないかと、酔眼朦朧とあたりを調べてゐる。そこへ目についたのは竹公と云ふ友達である。安公は、 安公『オイ竹公、一寸来てくれ、加勢だ加勢だ』 此声に竹公は多勢の中をヒヨロリヒヨロリと千鳥足になり、徳利を蹴転がし、盃をふみ砕き、人の頭の上に尻餅をついたり、肩を押へたりし乍ら、やつとの事で安公の前にやつて来た。少し目が悪いので信仰を始めた近在の百姓男である。真珠の上に雑水をかぶせた様な目玉を、底の方からピカピカ光らせ乍ら、竹公は、 竹公『オイ安公、何をかせいするのだ。かせいと云つたつて、此頃はサツパリ懐が冬枯れだ。木の葉一枚ドンドン乍ら、持つてゐないのだから、反対にこつちへチツト許り貸せないかなア。俺も今日は斯うして目出たい酒を頂いたのだが、今日働いて今日食ふと云ふ江戸つ児気質の哥兄さまだから、今日は稼ぎが出来ない。三界の首枷となる餓鬼が二三匹、家にや嬶と一緒に鍋を洗つて待つてゐるのだから、俺やモウそれを思ふと、折角呑んだ酒がさめて了ひさうだ。おれのやうな者にカセカセ吐さずと、此猫寅に貸して貰つたら如何だい』 虎公『オイ竹公、猫虎とは余りぢやないか』 竹公『丑寅の金神さまよりも偉い名ぢやないか。今お前がさう言つて自慢して居ただらう。それだから此竹公が、力一杯尊敬して猫寅といふのだが、どこが悪いのだ、そんな事言はずにチツト俺に貸せ。今日は目出たい日だから、お前も人に頼まれて滅多に首を横にふるやうな事はしさうな筈もなし、俺も亦借つて呉れと頼まれて借つてやらぬと云つて、一口にはねるやうな拙劣な事はせないからなア』 安公『オイ竹公、こんな奴に金でも借らうものなら、それこそ大事だ。出会ふ度に、貸してやつた貸してやつたと、人の前だらうが何処だらうが構はずに、いつ迄も恥をかかしやがるから、措け措け、後の為が悪いぞ』 竹公『ナーニ、構ふものか。こちらの方から反対に、人に出会ふ度に借つてやつた借つてやつたと云つたらいいぢやないか。貸してられる奴よりも借る奴の方が、当世は力があるのだからなア。さうだから人間は借金をせなくては、男の幅が利かぬといふのだ。貴様のやうに金持の所へ行つては三文一文の世話にもならぬ癖に、追従タラダラ、旦那はん仏壇はん、ゼントルマンだとか吐しやがつて、お髭の塵を払ふよりも、俺達は自分の甲斐性でドツサリ金を借り、お髭の塵どころか、三文も払うてやらぬのだ。さうすると、借られた奴めが、反対に俺の機嫌を取りやがつて、逆さまに振うても虱一つおちぬ男を、道で出会ふと向ふの方からペコペコ頭を下げて、機嫌を取るのだから大したものだよ。モシも俺を怒らさうものなら、貸した金をふみつぶされちや堪らないと、執着心の欲にかられて弱くなるのだからなア、貴様の様に貸しもせねば、能う借りもせず、朝から晩まで碌な物も食はず、嬶アと睨みつこ計りして……あゝ今年もなんぼなんぼ食ひ込んだ、田が一町減つた。林が一つ飛んだ……と言つて、青息吐息で暮す代物とは、チツト種が違ふのだからなア』 虎公は酒にヅブ六に酔うて居る竹公の話を聞いて、何と思うたか、 虎公『オイ竹公、貴様の言草は中々面白い。今まで随分借倒されたが、到底返してくれる見込もあり相にない。一生貴様のいふ通り、俺は貴様の機嫌をとらねばならぬと思へば情なうなつて来た。どうぞおれに金を借つてやつたと云ふことを忘れてくれ。俺も亦貸したなんどといふ事は夢にも思はぬからなア。ここに金百両あるが、これも貴様に献上するから受取つてくれ。そして俺から貰うたといふ事もスツカリ忘れるのだぞ。俺も貴様にやつたといふ事を、今日限り忘れて了ふからなア』 竹公『ヨシ、特別を以て許してやらう。有難く頂戴いたせ……ぢやない、俺が頂戴いたす……オイ安公、どうだい、竹哥兄のお腕前を知つたか、アーン』 安公『チツト俺にも分配せぬかい。貴様一人、猫糞をきめるとは、余り虫がよすぎるぞ』 竹公『猫糞をきめこむのは当然だ。灰猫の猫寅から……オツトドツコイ、忘れるのだつた、貰つたか貰はぬか、曖眛模糊として、捕捉す可らざる活劇に依つて、捕捉したのだから、マア内の嬶アに御届けする迄は御免蒙らうかい。ウフヽヽヽ……時に黒姫さまの本当の子といふのは、あの……それ……何ぢやないか、本当に呆れたものだなア』 安公『玉治別さまが黒姫の若い時の伜だつたといの。何と黒姫も今こそ神さまだとか、教だとか、偉相に云つてゐやがるが、若い時や余程の淫奔娘だつたと見えるワイ』 竹公『さうだから、神さまが此八尋殿へ集つて来る者は、罪人計りだと仰有るのだ。一代で取れぬ罪を神の御用を命して、一代で取つてやらうと仰有るのだからなア。此聖地で偉さうにやつて居る東助総務でも、高姫でも、げほうさまでも、若い時に如何な事をやつて来やがつたか、知れたものぢやないぞ。上に立つて居る者程霊の悪い如何も斯うもならぬ奴が引寄せてあるぞよと、神さまが仰有るのだからなア』 虎公『オイ両人、余りな事を言つちや可けないぞ。今日は目出たい日だから、話をするのは良いが、人身攻撃になるやうな事は謹まねばならうまい。悪言暴語なく、善言美詞の言霊を以て普く神人を和め、天地の御子と生れ出でたる其本分を尽させ玉へ……と朝な夕なに祈る所の八尋殿ぢやないか。チツト場所を考へて見よ』 竹公『上に立つとる奴は、何奴も此奴もすました顔しやがつて、俺はゼントルメンだと吐してゐるが、神さまを松魚節にして、人の懐から銭取奴だ。まるで体のよい泥棒だよ。八尋殿が聞いて呆れら。ワツハヽヽヽ』 安公『銭取る奴といふ事は貴様の事だ。衆人環視の中で、猫寅の懐から、現に銭取る奴をやつたぢやないか。人の事だと思うて居つたら、皆吾事であるぞよと神さまの御教にあるのを貴様覚えて居るか』 竹公『そんな所は俺が覚える必要がないのだ。各自に心相応に取れる教だから、俺はおれで取る所があるのだ。貴様も貴様で、気に入つた筆先の文句があるだらう』 安公『さうだなア、俺だつて嫌ひな所もあれば好きな所もある。……艮の金神現はれて……と云ふ声を聞くと、俄に頭が痛くなりやがるなり……竜宮の乙姫が日の出神と現はれるぞよ……といふ文句になつて来ると、益々気分が悪くなつて逃げて帰りたくなつて了ふワ。さうだと思ふと……世におちぶれた者を侮る事はならぬぞよ、結構なお方が世におとしてあるぞよ、誠の人間ほど苦労が永いぞよ、神は上下運否のなき様に致すぞよ……といふ点になると、中々気に入るね。斯ういふ所を聞かされると、虎公なぞは頭の痛い口だらう。それだから其人々の心に取れる筆先だと神様が仰有るのだ』 虎公『俺は別にどこが好きだの嫌ひだのといふ事はない、神さまの教には無条件降服だ。何程人間が偉相に考へて見た所で神様のお詞が分るものぢやない。俺は変性男子に対しても変性女子に対しても絶対服従だ。無条件降服だ。それより取るべき途がないのだからなア』 安公『貴様も偉い迷信家だなア。筆先といふものは一々審神をせなくては、何もかも、貴様のやうに唐辛丸呑みの議論ではサツパリ駄目だ。辛いか甘いか苦いか、よくかみ分けるのが、吾々の務めだ』 竹公『もうゴテゴテいふな、今日は目出たい日だから、俺は兎も角筆先に有難いことがあるのだ。……難儀な者を助ける精神にならぬと、神の気かんに叶はぬぞよ……といふ所がある。其筆先のおかげで、猫寅が今迄の執着心をスツパリ捨てて了つて俺に現金で百両も、沢山借金がある上に、くれる様な善の心に立返りなされたぞよ。竜宮の乙姫殿は、誠に欲の深い神でありたなれど、此度艮の金神さまが表に現はれ遊ばして、三千世界をお構ひ遊ばすについて、乙姫さまも、これでは可かぬと御合点を遊ばし、今まで海の底にためておいた宝を、残らず艮の金神様にお渡し申して、今度の御用の片腕にお成りなされたぞよ。人民も其通り、欲にためて居りて万劫末代吾の物だとこばりて居りても、天地の物は皆神の物であるから、神に返さねばならぬぞよ。上下運否のなき世に致して、世界の人民を安心させるぞよ。早く改心致した者程結構になるぞよ……と云ふお筆先は俺達に取つては天来の大福音だ。猫寅でさへも竜宮の乙姫さまになりかけたのだからなア。ウツフヽヽ、ボロイボロイこんなボロイ事が世にあらうか。それだから信心の味が分らぬといふのだ』 斯く得意になつて、ベラベラ喋つてゐる所へ、伊助といふ竹公の身内の男、矢庭に走り来たり、『馬鹿ツ』と大声一喝、竹公の横面をなぐりつけた。 竹公『アイタヽ、コリヤ伊助、貴様は誰に断つて俺の面を擲つたのだ。伊け助ない餓鬼だ。今にドツサリ金を持つてお礼に行くから、さう思へ』 伊助『早くお礼に来てくれ、待つて居る』 と云ひ乍ら群集を押分け表へ駆出した。東助は高座に立現はれ、大声を張上げて、 東助『皆様、御苦労で御座いました。これで宴会を閉ぢますから、一先づ御退場を願ひます』 と宣示した。数千人の人々は東助の鶴の一声に、神殿に向ひ拍手再拝し、各上機嫌で住家を指して帰り行く。 (大正一一・九・一九旧七・二八松村真澄録) |
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霊界物語 | 33_申_玉の御用の完了/高姫と黒姫の過去 | 22 高宮姫 | 第二二章高宮姫〔九三七〕 高姫は、心の底より悔悟の色を現はし、一切の秘密を自ら暴露すべく、立つて歌を歌ひ始めたり。 高姫『三五教の宣伝使厳の御霊の系統で 日の出神の生宮と今まで固執して来たが 思へば思へば恐ろしい誠の素性を明すれば コーカス山に現れませるウラルの彦やウラル姫 二人の中に生れたる吾は高宮姫命 神素盞嗚大神の使ひ玉へる宣伝使 松竹梅を初めとし石凝姥の東彦 高彦などが現はれて言霊戦を開きてゆ 母と現れます大気津の姫命は逸早く アーメニヤへと帰りまし其時妾は小娘の 詮術もなく暮す折御伴の神を引つれて 高天原のエルサレム三五教の本城を 探らむ為と往て見れば眉目秀れし青年が 花の顔色麗しく向ふの方より進み来る 茲に妾は何となく其青年を慕はしく 後を追はむとしたりしが御伴の神が邪魔になり 甘く之をばまかむとて千思万慮の其結果 事を構へて追ひ散らし木かげに見ゆる恋人を 慕ひて進む山の路男は足もいと早く いつの間にやら山蔭に姿をかくし玉ひけり かよわき女の足を以て追つく術も泣き倒れ 助けてくれと呼ばはれば恋しき人は驚いて わが傍へスタスタと帰り来ませる恥かしさ これこれ旅の女中さま只今助けを叫んだは お前の声ではなかつたか訝かしさよと尋ねられ 答ふる由もないじやくり「ハイハイ誠に有難う あなたのお蔭で悪者は雲を霞と逃げました」 「何卒用心なされませ女の危い一人旅」 「あなたも若い身を以て此山路を只一人 お行きなさるは如何しても危険が体に迫りませう なる事ならば妾を何卒連れて此坂を 向ふへ越えて下さい」と二つの睫毛に唾をつけ 泣き真似すれば恋人は稍同情の念に暮れ 「ホンに危ない山路よ私も貴女も一人旅 願うてもなき道づれだそんなら一緒に行きませう」と 答へてくれた嬉しさよ人も通らぬ山路を 若き血汐に燃え立つる二人の男女が手を引いて 嬉しく楽しく話しつつ貴の聖地へ行く途中 いつとはなしに四つの目がピタリと合うた恋鏡 燃ゆる思ひが如何にして互の心に映らめや 忽ち妥協は成立し水も洩らさぬ仲となり 黄金山下に身を忍び庵を結びて暮す中 日に夜に吾身が重くなり月を重ねて腹太り 生れおとした男の子名も金太郎と与へつつ 二月三月暮す中三五教の宣伝使 北照神が現はれて信仰調べを始めかけ 恋しき人は筑紫国都に居ます神人の 尊き御子と見破られ親の恥をば曝すのは 辛いと云つてあわて出しコリヤ高姫よ高姫よ 聞けばお前はウラル教大気津姫の御腹より 生れ出でたる御子なれば如何して永く添はれうぞ 神の咎めも恐ろしい二人の縁はこれ迄と 諦めここで別れよかと藪から棒の言の葉に 妾は心も転倒し泣いつくどいつ頼め共 袖ふり切つてスタスタと暗に紛れて逃げましぬ 後に残つた一振の守り刀に「東」の字 「高」の印を刻みたる剣を記念と残しおき 雲を霞と消え失せし男の無情を歎ちつつ 幼児抱へし女の身いかに詮術なき儘に 守刀に綾錦守袋に金太郎と 名をば書き添へ四辻に不憫乍らも捨子して なくなく此処を立別れメソポタミヤの顕恩郷 バラモン教を探らむと尋ね詣でて暫くは 神の教を聞きつるが夫の君の守りたる 三五教を守りなば神の恵の幸はひて 恋しき夫に何時の日か巡り合ふ世もあるならむ 三五教に若くなしと系統の身魂と詐りて フサの御国に居を構へ教を開く折柄に 変性女子の行方が心に合はぬ所より ウラルの教と三五の教を合はしてウラナイ教と 大看板を掲げつつ北山村に立籠り 教を開き居たりけるそれより進んで自凝の 神の島なる中心地由良の港に程近き 魔窟ケ原に黒姫を遣はし教の司とし バラモン教の大棟梁鬼雲彦や三五の 教の道を根底より改良せむといら立ちて 心を千々に砕きしが神素盞嗚大神の 仁慈無限の御心が身に浸みわたり三五の 誠の道に入信し教司に任けられて 茲まで仕へ来りけり思へば思へば罪深き われは此世の曲津神今まで積み来し塵芥 清むる由もないじやくり心に恥づる折柄に 黒姫さまの物語筑紫の島の熊襲国 建日の館の神司建国別の身の上を 思ひ廻せば紛れなき吾子に相違あらざらむ あゝ惟神々々神の恵の深くして 錦の宮の聖場でいとしき吾子の所在をば 探り得たりし嬉しさよさはさり乍ら其時の 夫の命は今何処此世に生きていますなら 定めて吾子の行先を行く年波と諸共に 思ひ出して朝夕に心を痛めますならむ あゝ惟神々々国治立大御神 神素盞嗚大御神金勝要大御神 一日も早く親と子の憂き瀬にさまよふ憐れさを 救はせ玉へ惟神神の御前に高姫が 慎み敬ひ願ぎまつるあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 と力なげに歌ひ、恥かしげに其場に俯く。 黒姫は少しく笑を含み、いそいそとして、 黒姫『高姫さま、あなたの素性を承はりました。何とマア、時節といふものは恐ろしいもので御座いますなア。私は今まで稚姫君尊様の孫さま位に信じて居りましたが、マア恐ろしいウラル彦、ウラル姫の腹から生れなさつた貴女とは、夢のやうで御座いますワ。さうしてマア随分と私と同じ様に、若い時は勝手気儘を遊ばしたと見えますなア。互に人が悪いと思へば皆吾が悪いのだと、神様が仰有いますが、ようマア屑人間ばかり是れだけ引よせて、大切な御用をさして下さつたものです。之を思へば本当に大慈大悲の神様の大御心が有難くて堪りませぬ。神素盞嗚大神様、国武彦命様は申すに及ばず、言依別の教主様も確に御存じであつた筈、何時やら言依別神さまが私に向ひ、高姫さまは決して厳の身魂の系統ではない、あれは大気津姫の腹から生れた女だと仰有つた事が御座いました。その時に私はドハイカラの教主が訳も知らずに、何を言ふのだ、人の悪口を云ふにも程があると思ひ、腹が立ち、それから一層あなたを思ふやうになり、言依別命が癪に障つてなりませなんだ。誹る勿れと云ふ律法を守らねばならぬ、併も教主とあるものが、何といふ情ないことを仰有るのか、ヤツパリ悪の霊の守護に相違あるまいと、心の中に蔑んで居りましたが、今思へばホンに言依別命様も偉いお方だ。どんな悪の霊でも、魂を研いて改心さして結構な御用に使うてやらうとの思召、私は有難うて、今更の如く涙が止まりませぬワイナ、オンオンオン』 と声を放つて泣き立てる。一同は黒姫の話を聞いて、今更の如く大神を初め、言依別命の広き心に感歎するのみであつた。 高姫『そんな事が御座いましたか。私も此れでスツパリと改心を致します。生れ赤子になつて、今後は何事も英子姫様、東助様の指図に従ひ、御用の端に使つて頂きませう。かやうな身魂の悪い素性の人間と知り乍ら、麻邇宝珠の御神業迄さして下さつた、其御高恩は何時になつても忘れませぬ。ホンに今まで言依別命の美はしき優しき御心を知らなんだか、エヽ残念な、定めて高姫ははしたない女だと、心の奥で笑うてゐられたであらう。実に情ない事で御座います。斯様な母親があつたかと、伜が聞いたら、どれだけ悔むでせう。又私の若い時の掛合の男が此世に居つて、私の脱線振りを聞いたなら、さぞやさぞ愛想をつかして、折角廻り会うても、逃げて了はれるでせう。ホンに私には矢張悪霊が守護してゐたに違ありませぬ……あゝ神様、どうぞ赦して下さいませ。誠に今日迄は済まぬ事を致しました。今度こそ本当に改心を致します。今までは改心々々と申して、掛値を申上げて居りました』 秋彦は思はず吹き出し、 秋彦『ウツフヽヽヽ高姫さま、改心の掛値といふのはどんな事ですか、私には分りませぬがなア』 高姫『秋彦、どうぞ堪忍して下さい。恥かしうて何にも言へませぬから、恋しい吾子にさへも会ふのが恥かしうなつて来たのだから……』 秋彦『さうすると、今日のあなたの改心は生中も掛値のない、ネツトプライス[※ネットプライスとは英語で net price 原価(製造原価や仕入原価)のこと。]の正札付の改心ですか、オツホヽヽヽ』 東助『コレ秋彦、お黙りなさい。此愁歎場が俄に晴やかになつては、薩張興がさめて了ふぢやないか。サア是からこの東助が罪亡ぼしに、一つ愁歎場をお聞きに達しようアツハヽヽヽヽ』 (大正一一・九・一九旧七・二八松村真澄録) |
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霊界物語 | 36_亥_シロの島の物語 | 01 二教対立 | 第一章二教対立〔九八九〕 亜細亜大陸の西南端に突出したる熱帯の月の国は、後世これを天竺と称へ、今は印度と云ふ。此国の東南端の海中に浮び出でたる大孤島はシロの島といふ。現代にては錫蘭島と称へられて、仏教の始祖釈迦如来が誕生したる由緒深き島である。 釈迦は此島より仏教を[※初版・三版・愛世版では「仏教を西蔵」だが、校定版・八幡版では「印度」を付け加え「仏教を、印度、西蔵」に直している。]西蔵、安南、シヤム、支那、朝鮮と、其教勢東漸して、遂に自転倒島の我日本国にまで、其勢力を及ぼしたのである。仏教は概して、有色人種の宗教となつてゐる。之に反してキリスト教は、大部分白色人種の宗教となつてゐる。土耳古、希臘の如きコーカス人種も亦、仏教の感化を受けたこと最も大なるものがあつた。 シロの島といふ意義はシは磯輪垣の約りである。シワ垣とは四方水を以て天然の要害となし、垣を作られてゐるといふ意味である。ロといふ言霊の意義は、国主あり人民あり、そして独立的土地を有し、城廓を構へて王者の治むるといふ事である。神代の昔より此島は非常に人文が発達してゐた。エルサレムに次いでの神代に於ける文明国であつた。故に之をシロの島といふ。又シロといふ別の意味はシロは知るの転訛にて、天下をしろしめす王者の居ます島といふことである。 序に島といふのはシは水であり、マは廻る言霊である。故に古は島には人の家もなく、又人類の棲息せざりしものの称へであつた。然乍此物語にも高砂島、筑紫島、自転倒島などと島の名義を以て呼んでゐるのは、此言霊の意義より言へば実に矛盾せし如く聞ゆるであらう。さり乍ら、今日の称呼上分り易きを尊んで、現代的に島と称へた迄である。其実はシロといつた方が適当なのである。 我国の武家が頭を上げてから、各地に群雄割拠し、各自に居城を作り、其武威を誇つた其城廓及び境域を総称して城といつたのも、館の周囲に堀を穿ち、水をめぐらしたから城というたのである。偶には山の上に館を建てて城と呼んでゐる変則的のものもあつた。故に之を特に山城といつて、山の字を冠してゐたのである。又島といふ字は漢字で山扁に鳥を書き、又山冠に鳥を書いてシマと読ましてあるのは、海島に数多の鳥族が棲息してゐたからである。筑紫の島とか、オーストラリア島とかいふのは、三水扁に州と書いて、現代用ゐて居る。之は字義の上からは最も適当な称呼である。此シロの島は後世、釈迦が現はれて、仏教を起す迄は、殆どバラモン教の勢力の中心となつて居たのである。後世のバラモン教は、すべての人間は大自在天の頭より生れた種族と、胴から生れた種族と、足から生れた種族と三種あるといふ教理が、深く国人の脳髄に浸み込み、頭より生れたりと称する種族は所謂此国の貴族にして、人民の頭に立ち、遊逸徒食にのみ耽り乍ら、之を惟神の真理と誤信してゐたのである。又大自在天の胴から生れた階級人は、すべて人民の上に立ち、政治を行ふ治者の地位にあつた。又足から生れたと称せらるる階級に属する民族は、営々兀々として朝暮勤労に服し、上級民族の殆ど衣食住の生産機関たるの観をなして居た。 釈迦は此国の或一孤島の浄飯王といふ王者の子と生れ、悉達太子といつた。彼は此バラモン教の不公平、不道理なる習慣を打破して、万民を平等に、天の恵に浴せしめむと思ひ立ち、自他平等の教理を樹立し、生老病死の四苦を救はむとして、彼の仏教なるものを創立したのであつた。そして此釈迦は、神素盞嗚大神の和魂、大八洲彦命、後には月照彦神の再生せし者たることは、霊界物語第六巻に示したる通りである。 地球の大傾斜せしより以前は、今の如く余りの熱帯ではなかつた。気候中和を得、極めて暮しよき温帯に位置を占めて居たのである。併し釈迦の生れたる時代は、すでに赤道直下に間近き島国となつて居たのである。印度は言ふに及ばず、此錫蘭島の住民は何れも色黒く、少しく黄味を帯びたやうな膚をして居た。 神素盞嗚大神の八人乙女の第七の娘、君子姫は侍女の清子姫と共にバラモン教の本山メソポタミヤの顕恩城を後にして、フサの国にて三五教の宣伝に従事せむとする折しも、バラモン教の釘彦の一派に捉へられ、姉妹五人は何れも半破れし舟に乗せられて波のまにまに放逐されたのである。君子姫は侍女と共に激浪怒濤を渡り、漸くにしてシロの島のドンドラ岬に漂着し、それより夜を日についで、先年友彦が小糸姫と共に隠れゐたる、神館を尋ねて進み行くこととなつた。 此神館より数里を隔てて神地の都といふがあつた。此処にはサガレン王、ケールス姫の二人が館を構へ、此島国の殆ど七分許りを統轄して居た。そしてサガレン王はバラモン教を奉じ、其妃のケールス姫はウラル教を奉じて居た。 此国の人々の言葉は残らずサンスクリツトを用ふるは言ふまでもない。されど口述者は一般の読者に諒解し易からしむる為、成る可く日本語を以て、述べることとしておく。 神地の都の少しく南方に、娑羅双樹の密生したる小高き風景よき丘陵がある。そこに二三の中流階級と覚しき黒い面の男が、展開したる原野の中に点々として咲き乱れて居る白蓮華を眺めて、酒汲みかはし、雑談に耽つて居る。一人はシルレングといひ、一人はユーズと云ひ、も一人の男はベールといふ。何れもサガレン王に仕へて居る一部の役人であつた。今日は休暇を賜はつて、ここに蓮の花見をすべく、一日の清遊を試みて居たのである。 シルレング『オイ、サガレン王様も本当にお気の毒ではないか。あれ丈好きなバラモン教を公然と祀ることも出来ず、ケールス姫様がウラル教だから、姫の方の勢力が旺盛になり、館の内は何時とはなしに、信仰争ひで、何ともいへぬ殺伐で冷たい空気が漂うて居るやうだ。王様もさぞ不愉快な事であらう。何とかして吾々の奉ずるバラモン教に立替へたいものだなア。王様計りか、吾々共も本当に不愉快で、政務も碌に執る気にならないぢやないか』 ユーズ『何を言つても、ケールス姫様がウラル教の神司竜雲を殊の外寵愛し、今ではサガレン王様よりも尊敬して居られるといふ体裁だから、何うにも斯うにも仕方がないぢやないか、又あの竜雲といふ怪物は、いろいろと神変不思議の妖術を使ひ、ケールス姫を甘く籠絡し、権勢並ぶものなき今日の有様だから、ウツカリ斯んな話しでも竜雲の耳へ這入らうものなら、それこそ大変だ。モウ此話しは打切りにしたら如何だ』 ベール『ナニ、どこの牛骨か馬骨か知れもせぬ風来者の竜雲如きに、尻尾を巻いてたまるものかい。おれは何とかして、あの怪物を征伐し、ケールス姫様の御目をさましサガレン王さまの御安心を得たいと思うて居る。これが吾々臣下たる者の、君に尽すべき最善の道だからなア』 シルレング『時にあの竜雲の奴、左守の神のタールチン殿の奥様、キングス姫と○○関係があるといふことだが、お前聞いて居るか』 ベール『聞いて居るとも、第一夫れが癪に障るのだ。それだから、タールチンさまに、此間も面会し、いろいろと忠告をしたのだが、何といつても、嬶天下だから、タールチンさまの言はれるには……今日飛ぶ鳥も落す様な竜雲さまのなさる事に、吾々が嘴を容れる場合でない、モウそんな事は今後言つてくれな……と箝口令を布きよるのだ。本当に良い腰抜だなア。閨閥関係を以て自分の地位を保たうとする、其卑怯さ、実に吾々の風上におくべき代物でないのだ。何とかして竜雲の面の皮を剥いてやる妙案はあろまいかな』 ユーズ『そりや方法は幾らでもある。併しながら大事を遂行せむとする者は、軽々に事を執つてはならない。先づ沈思黙考して敵の虚を窺ひ、時節を待つて決行するのだナア』 ベール『其決行は如何するといふのだ』 ユーズ『オイ、ベール、お前はそんなこと云つて、竜雲の間者になつて来て居るのではないか。どうも目付が怪しいぞ。自分の方から竜雲の悪口を言つて、俺達の腹を探つて居るのだらう。そんなことの分らぬユーズさまぢやないぞ』 ベール『コレは怪しからぬ。誰があんな怪物のお先に使はれてなるものかい。何程ベールの様に鳴る男でも、そんな秘密は言ふことは出来ないからなア』 ユーズ『ヤツパリ貴様は自白しよつたなア。秘密をいふ事が出来ないとは何だ。竜雲に頼まれて俺達の腹を探らうと、蓮見物に事よせ、ここまでつれ出して来よつたに違あるまい。サア斯うなる上は、モウ見のがすことは出来ぬ……オイ、シルレング、今の中にベール奴を片付けて了はうぢやないか』 シルレング『ヨシ、合点だ』 といひ乍ら、ベールに向つて武者振ついた。ユーズは後からベールに縄をかけむと組付く。さすがのベールも一生懸命になつて、二人を相手に格闘を始め、三人は組んづ組まれつ、小丘の上から麓の蓮池の中へ一塊になつて、ゴロゴロゴロと落ち込んで了つた。 此時すでに月は半円の姿を現はして頭上に輝き始めた。銀河はエルサレムの方面から印度洋の彼方に清く流れて居る。颯々たる風は蓮の池の面を撫で、葉のふれて鳴る音パタパタと聞えて居る。三人は泥池の中で、バサリ、ドブンと音を立てて泥水まぶれになつて、力限りに互角の勢で掴み合うて居る。 娑羅双樹のこもつた枝から、梟が『ホウスケホウホウ、ドロツクドロンボ、ゴロツトカヤセ、ボーボー』と鳴き立てて居る。 (大正一一・九・二一旧八・一松村真澄録) |
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霊界物語 | 36_亥_シロの島の物語 | 04 無法人 | 第四章無法人〔九九二〕 神地の都に程遠からぬ、青木ケ岡の麓に館を構へたタールチンの奥座敷には、妻のキングス姫と共にヒソビソ話が始まつて居る。 タールチン『何と御館には困つた事が出来て来たものぢやないか。ケールス姫様を竜雲の奴巧く取り込み、横暴日に夜に募り、サガレン王様を見る事恰も配下の如き態度である。此儘に放任しおかば、神地城も、シロの国も木端微塵、滅茶苦茶に瓦解し大騒乱をかもすは、火を見るよりも明かであらう。今にして何とか能き手段を廻らし、彼の怪物を排除せなくては、王さまの御身辺も案じやられる。何んとかそなたに良い考へはなからうかな』 キングス姫『本当に困つた事が出来て来ました。バラモン教を以て民を治むる此御国へ、宗旨の違つたウラル教を植ゑ付けられては、到底紛乱の絶える間は御座いますまい。それに付けても、竜雲の悪僧、千変万化の妖術を使ひ、ケールス姫様の心を奪ひ、今は誰恐るるものもなく、無法の限りを尽す憎き奴で厶います。何んとか之は致さねばなりますまい』 タールチン『あの忠良なるシルレング、ユーズなども竜雲のために獄に投ぜられ、今は不辜の罪[※初版・愛世版では「不辜の罪」だが、校定版・八幡版では「無辜の罪」になっている。]に悩んでゐる。どうかして之を救ひ出さむと、千苦万慮すれ共、ケールス姫の疑ひ深く、竜雲の勢ひ侮る可らず。吾々左守の神としても、之を如何ともする事が出来ないのは、時世時節とはいひ乍ら実に残念な事である。此儘にしておけば善人は悉く竜雲の毒舌にかかり、残らず亡ぼされ、悪人のみ跋扈跳梁して、遂には竜雲は如何なることを仕出かすかも知れない。彼は決して、現在の地位に甘んずる者ではない。野心満々たる怪物であるから先づ大樹を切るに先立ち其枝を切る如く、吾等も何時如何なる運命に陥し入れらるるやも計り難い。彼を誅伐するは、今を措いて他にある可らず、どうだキングス姫、そなたは竜雲より艶書を受取つたさうぢやなア』 キングス姫は夫の言葉にやや顔を赤らめ、 キングス姫『ハイ、仰せの通りで御座います。余りの事で申上げやうもなく、心の内にて大変に煩悶致して居りました。併し乍ら、あなた様が御存じの上は何をか隠しませう。之を御覧下さいませ』 と差出す一通の艶書、タールチンは手早く受取り、押開いて読み下せば左の通りである。 『竜雲よりキングス姫に私かに此の手紙を差上げる。此の手紙を夫にお見せになる様なことがあらば、貴女の生命はなくなりますぞ。又決して他言はなりませぬ。竜雲は貴女の御登場の際、一目お姿を拝してより、恋慕の心禁じ難く、朝夕煩悶の鬼に捉へられ、青息吐息をついて居ります。就ては竜雲は近き将来に於て或目的を達し、シロの島国のキングと相成る考へなれば、今の内に夫を棄て、表面独身を装ひ、竜雲の隠し妻となつて貰ひたい。又あなたの御願とあれば、タールチンを従前の如く重く用ゐるであらう。貴女の一身の浮沈、夫の存亡に関する一大事ですから、何卒色好き返詞を賜はり度く、指折り数へて、貴女の御返詞を待つて居ります。左様なら……』 と書き記してあつた。タールチンはニツコと笑ひ、 タールチン『アハヽヽヽ、馬鹿な奴だなア。之さへあれば、面白い、どんな計略でも出来るであらう……コレ、キングス姫……』 と側近く耳に口を寄せ、何事か囁けば、キングス姫は莞爾として打諾き、 キングス姫『仰せに従ひ美事成功させて見せませう』 と稍確信あるものの如く肯いた。 それより二日目の夕方、竜雲の側へキングス姫の手紙がそツと届いた。竜雲は願望成就と打喜び乍ら封押切つてよくよく見れば、左の如き文面が記してある。 『竜雲さま、妾のやうな不束な女に、神力無双の生神さまより、懇切なる御手紙を頂きましたことは、妾身に取つて一生の光栄で御座います。早速御返詞を申上げたいと存じて居りましたが、何を云つても、夫ある身の上、御返詞を書きます暇もなく、やうやう今日、夫タールチンが小糸の館に参りました不在中を幸ひ、此手紙を認めました。夫は四五日帰りますまい。就いては詳しき御話しを承はりたく、又妾の心の中も申上げたう御座いますから、どうぞ藤の森の森林迄、万障繰合せ、明後晩御越し下さいませぬか。もしも御越し下さることならば、此使に厳封して、返詞の御手紙を頂きたう御座います。吾家にてお目にかかるのはいと易き事なれ共、数多の人々の出入多く、且つ夫の不在中にあなたと御話しをしてゐたと言はれては、世間体も何となく面白からず存じます故、何卒藤の森の頂上まで御足労を、強つて御願申上げたう御座います』 と記しあるを見て竜雲は大いに喜び、直ちに返書を認め、使の男に渡した。 タールチンは藤の森の或処に陥穽を掘り、其上に落葉を沢山に被せ、竜雲の来るを今や遅しと木かげに潜んで待つてゐた。 竜雲は斯かる企みのあるとは夢にも知らず、神ならぬ身の悲しさ、得意然として、城内をソツと脱け出で面部を深く包み、藤の森の頂きさして、月照る山路を登つて行く。 細い路の中央に深き陥穽のあるのも知らず、悠々として、キングス姫に会はむと登り行く途端、踏み外して、陥穽にバツサリと落込んで了つた。タールチンは物をも言はず、土をかきあつめ、陥穽を埋めて素知らぬ顔して吾家を指して帰り行く。 此時エームスは藤の森の山上に月を賞しつつ、二三の部下と共に登つて居たが、夜中頃帰りに就き、知らず知らずに其陥穽を踏み外し、自分も亦それに陥つた。されど俄に柔かき土を以て埋めたることとて引ならしたる土も四五尺許りゴソツと落込んで了つた。其時何だか、足許に暖かい毛のやうな物が触つた様な感じがした。エームスは二三の部下と共に、鋤鍬を吾館より持ち来らせ、汗をタラタラ流し乍ら、何人か生埋めにされて居るならむ、救ひ与へむと、一生懸命に土を掘り上げ、救ひ出して見れば豈計らむや、日頃城中に暴威を振ふウラル教の竜雲なりとは。エームスは心の内にて……あゝ失敗つた奴を助けたものだ、こんな事なら、救ひ出すぢやなかつたに……と後悔すれ共、最早及ばなかつた。 竜雲は救ひ出されて、 竜雲『危い所を助けてくれた、恩人は何人なりや?』 と言ひ乍ら、顔を覗き込み、 竜雲『アヽお前はエームスか、能くマア助けて呉れた。何れ帰城の上、何分の沙汰を致すから、何処へも行かず待つて居て呉れよ』 と云ひ捨て、早々藤の森の岡を下りて帰り行く。 ○ エームスはサール外二人の部下と共に、竜雲の居間に、稍不安の念に駆られ乍ら、生命を助けてやつたのだから、決して不足は云はうまい、何かキツと詞の礼位は云ふのだらうと、腹をきめてやつて来たのである。 竜雲は心の内にて、エームスの吾生命を救つて呉れた事に就いては好感情を持つて居た。されどエームスはサガレン王の右守の神として声名あり、且つバラモン教の熱心なる信者であつて、常に自分の目の上の瘤として憎んでゐた。それ故竜雲は此機を逸せず、自分の目的の妨害になる者は善悪に係らず、何れ亡さねば止まぬと云ふ悪心を発揮し、言葉厳かにエームスに向つていふ。 竜雲『昨夜は危き生命を助けられ、其段は竜雲にとつても感謝する次第である。さり乍ら汝等は、タールチン、キングス姫等と諜し合せ、此竜雲を始め、ケールス姫、サガレン王をレース[※初版・愛世版では「レース」だが、校定版・八幡版では「レツト」に直している。]、ベツトせむとの野心を抱く者たる事は、歴然たる事実であれば見せしめの為、汝を反逆罪に定むるに依つて、さう覚悟を致したが宜からう』 と儼然として言ひ渡したるにぞ、エームスは案に相違の竜雲の言葉に呆れ返り、 エームス『吾々を反逆者とは何を証拠に仰せらるるや。人命を救助し乍ら、思ひもよらぬ冤罪に問はるるとは前代未聞の事で御座る。竜雲殿は狂気めされたのではあるまいか』 と気色ばんで詰めよるを、竜雲は冷然として聞流し、ワザと作り笑ひをし乍ら、 竜雲『アハヽヽヽ、能くもマア白ばくれたものだなア。其弁解は後にゆつくり聞かう……ヤアヤア者共、反逆人のエームスを早く縛り上げ、獄に投ぜよ!』 と呼ばはつた。かねて待構へたる数名の捕手は、有無を言はせずエームスを引捕へ、直ちに暗黒なる獄屋に無理無体に投込んで了つた。 竜雲とケールス姫の命令にて、タールチン、キングス姫も亦同じ運命の下に捉へられ、獄舎に呻吟する身の上となつて了つたのである。 サールは僅に身を以て此場を逃れ直ちにゼム、エールの館に駆け至つて、其実状を一々報告した。ゼム、エールはサールと共に、時をうつさずサガレン王の館に参り、竜雲が暴状を陳奏した。サガレン王は大に驚き、直ちに侍臣をしてケールス姫、竜雲を召し出だした。 竜雲、ケールス姫の二人は予て覚悟の事とて、驚きたる色もなく、悠々として入り来り、 姫『今お呼びになつたのは、如何なる御用で御座いますか』 サガレン王は目をしば叩き、 サガレン王『ケールス姫!』 と言を強め乍ら、 サガレン王『其方は左守の神、タールチン夫婦を始め、エームスを獄に投じたのは如何なる罪あつての事か、一応吾の裁断を得た上にて決行致すべきものなるに、汝一了簡を以て、斯かる重臣を徒に投ずるは不届きならずや。又汝はウラル教を捨て、竜雲を放逐すると、吾に誓ひながら、相変らず竜雲を側近く招き、種々良からぬ計画をなすとは、言語道断の行方、今日より汝を始め竜雲の両人を放逐いたす、サア早く此場を立去れ!』 と怒髪天を衝いて呶鳴り立てたれば、竜雲はケールス姫に目配せし、 竜雲『苟くも王者の身を以て斯くの如き暴言を吐き玉ふは、普通の精神に非ざるべし。王には発狂の兆あり、否既に発狂し居れり。早く座敷牢に入れまつり、御摂養を遊ばさねば、此上病勢募る時は、第一本城の為には不幸此上なく、国民の迷惑は一方ならざるべし。ケールス姫殿、如何遊ばす御考へなりや』 ケールス姫は黙つて俯いてゐる。サガレン王は益々怒り、 サガレン王『汝竜雲、吾に向つて発狂とは何事ぞ。手打ちに致して呉れむ』 と大刀をスラリと引抜き、斬つてかからむとす。数多の近従は王の背後よりムンヅと許り抱き止めた。竜雲は一同に向ひ、 竜雲『王さまは御病気におはしませば、御全快遊ばすまで、座敷牢にお隠し申せよ』 と下知する。ケールス姫は何とも云はず、首を垂れて、サガレン王に顔を見せぬやうに努めてゐる。 其間に憐れや王は竜雲の腹心の部下の為に、発狂ならざる身を発狂者として一室に監禁さるる事となつて了つたのである。 (大正一一・九・二一旧八・一松村真澄録) 此日風強く雨さへ降り来り頗る冷気を覚ゆ |
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霊界物語 | 36_亥_シロの島の物語 | 09 濃霧の途 | 第九章濃霧の途〔九九七〕 常世の国の自在天大国別の珍の子と 生れ出でたるサガレン王は顕恩郷を後にして ペルシヤの国を横断し印度の国を遠近と さまよひ廻り漸くにシロの島へと安着し バラモン教の御教を朝な夕なに宣り伝へ 漸く茲に時を得て神地の都のバンガロー 青垣山を三方に清くめぐらす絶頂の 地点に館を立て並べシロ一国の主権者と 仰がれここにケールス姫を娶りて御代を治めしが 漸次に悪魔のつけ狙ふ其有様は味のよき 木の実に虫のわく如く八岐大蛇の醜霊 いろいろさまざま身を変じ妖術使ふ竜雲と 現はれ来りてバンガロー神地の館に侵入し あらゆる手段をめぐらしてケールス姫の側近く 進み寄りたる凄じさ蟻穴は遂に堤防を 崩すの比喩に漏れずしてさしもに固き神館 サガレン王の居城をば苦もなく茲に占領し 暴威を揮ふ憎らしさ忠臣義士に助けられ やうやく危難を免れて九五の位に立ち乍ら 其身を以て逃れたるサガレン王は大野原 吹き来る風にも心魂を痛めながらも河森の 河辺を伝ひてスタスタとテーリス、エームス両人と セムの里へと忍び来る深き谷間に霧こめて 水音ばかり淙々と響き渡れる川の辺に 進み来れる折もあれ心汚き竜雲が 差まはしたる目附役数人許りの若者は 一方口の谷路に霧に紛れて身を隠し 手具脛ひいて待ちゐたりかかる企みのあることは 夢にも知らぬ主従が声も静かに宣伝歌 歌ひながらにシトシトと下り行くこそ危ふけれ あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ。 テーリスは路々歌ふ。 テーリス『天津御空の雲分けてあもりましたる世の元の 神の御祖と現れませる常世の国の自在天 大国彦の其御裔国別彦の神司 サガレン王の吾君は神地の都、バンガロー 珍の館に現れまして天の下なる人草を 恵み守らせ玉ひつつ仁慈無限の政事 開かせ玉ふ折柄に此世を紊す曲津神 醜の大蛇の現はれてケールス姫を誑惑し 遂に進んで王位をば占領せむと村肝の 心を砕き朝夕に名利にはやる曲人を 説きつ諭しつ知らぬ間に同気求むる悪党の 団結強くつき固め忠誠の士を悉く 無辜の罪名負はせつつ一人も残らず牢獄に 投込みおきて竜雲はおのれが非望を達せむと 企み居たりし恐ろしさ吾は始めて竜雲が 神地の都に来りしゆ怪しき者と推量し 彼が心を探らむと心にもなき阿諛を 会ふ度毎に並べ立て漸く彼に見出され すべての計画一々にそれとはなしにあちこちと 探り得たりし嬉しさよさはさり乍ら徒に あばき立てなば悪神の仕組の罠に陥らむ 心は千々に逸れどもヂツと胸をば抑へつつ 尚も進みて竜雲が腹を叩けば案の定 レール、キングス、ベツトする其謀計はありありと 手に取る如く見えにけるあゝ惟神々々 大国彦大御神何卒彼が計略を 根本的に覆やし心の底より曲神を 改めしめてバラモンの誠の道に降服し サガレン王の御前に清き正しき真心を 捧げまつりて誠忠の臣となさしめ玉へよと 祈りし事も水の泡悪心益々増長し ケールス姫を踏台に種々の画策日に月に 進みて茲にクーデターの大惨劇を演じけり さはさり乍ら天地に正しき神のます限り 善を助けて悪神をこらさせ玉ふは目のあたり 只今日の身は是非もなし暫く姿を山奥に 隠して時を松風の尾の上を吹きて竜雲を 打ち払ふべき神策を心静かにめぐらせつ 捲土重来バンガロー再び王の都とし 吾等二人が忠誠を現はし君の御心を 慰めまつらむ今暫し忍ばせ玉へサガレン王 テーリス、エームス両人が心の限り身のきはみ 千変万化の大秘術尽して御身を始めとし 之の御国を泰山の安きに救ひまつるべし あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と霧込むる河森川の谷道を伝ひ伝ひて、セムの里を越え、松浦の里の小糸の館を指して、忍び行かむと道を急ぎぬ。 エームスは又歌ふ。 エームス『渺茫千里の海原に浮びて清きシロの島 神の司や国の君二つを兼ねて治しめす 国別彦のサガレン王其仁徳は天ケ下 四方の草木に至るまで恵の露を垂れ玉ひ 君のほまれは大空を輝きわたる天津日か 夜の守りとあれませる月の如くに輝きて きらめき渡る星の如まつろひ来る神人も 数ある中に黒雲は忽ち中空に巻き起り 雲入道と現はれし曲の変化の竜雲が 月日を隠し諸星の光を包みて此国は 暫しは常夜の闇となり天の岩戸は閉ざされて 八岐大蛇や醜狐曲鬼探女醜女等は 五月蠅の如く湧きみちて黒白も分かぬ世となりぬ 曲に組する悪神のケリヤ、ハルマを始めとし ベールやメール、ヨール迄名利の欲に晦まされ 大恩深き吾君を見棄つるのみか危害まで 加へて一味の欲望を立てむとしたる愚さよ 御空は雲に包まれて星さへ見えぬ世ありとも 神の伊吹の神風は何時迄吹かであるべきぞ 天地は元より活物と神の教を聞くからは 又もや吹かむ時津風満天墨を流す如 包みし醜の黒雲も拭ふが如く晴れわたり 光輝赫々万物を伊照らし玉ふ日月の 光を見むは目のあたり神の司よ大君よ 必ず心を悩まして身をば弱らせ玉ふまじ テーリス、エームス始めとしサール、ウインチ、シルレング ユーズ、アナンやゼム、エールセールの司の真心は 必ず天に貫徹し誠の花の咲き出でて 再び君の御治世の実りを結ぶは惟神 神の心にましまさむ吾等は之より大君を 松浦の里のバラモンの小糸の館に導きて 茲に神示を奉戴し時節を待つて竜雲が 醜の望みを根底より顛覆させむ待て暫し 神の御水火に現れませる科戸の風の空高く 吹きすさぶまで日月の再び此世に現はれて 悪魔の頭をてらすまであゝ惟神々々 神のまにまに村肝の心を洗ひ身を清め サガレン王の御為に仮令生命はすつるとも 忠義に固き武夫の誠を徹さでおくべきや 赤き心のいつ迄も輝きわたらでおくべきか あゝ惟神々々大国彦大神の 御前に慎み願ぎまつる御前に畏み願ぎまつる』 と声も静かに祈りつつ、轟々たる激流の音を便りに川辺伝ひに霧の中を進み行く。 此谷川には常に濃霧立ちこめ、数多の大蛇、猛獣などの好適の棲息所と自然になつてゐた。山賊などの白昼出没するも、大部分此道筋である。王の一行は竜雲の捕手の追及を恐れて、心ならずも此難路を選まれたのである。 (大正一一・九・二二旧八・二松村真澄録) |
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霊界物語 | 36_亥_シロの島の物語 | 11 泥酔 | 第一一章泥酔〔九九九〕 ヨール、レツト、ビツト、ランチ、ルーズの一行は瓢の酒に酔ひ潰れ、足をとられて其場に倒れたまま、廻らぬ舌の根からソロソロと下らぬ熱を吹き立てる。酒を飲めば腰を抜かす、愚図をこねる、飲まねば悪事をする、博奕を打つ、女を追ひ掛ける、如何にも斯うにも始末にをへぬ代物ばかりである。 レツト『オイ、兄弟、何といい気分になつて来たぢやないか。舌は適度に縺れて来る、足は舟に乗つた様に地の上に浮いて来た。もう斯うなつては此急坂をセツセと汗を流して、テクの継続事業をやる必要もなくなつたぢやないか……乱雑骨灰落花微塵、煙塵空を捲いて風に散る……と云ふ様な大騒動が起つて来てもビクとも致さぬ某だ。かう巧く酒の神の御守護が幸はひ給ふと、何とはなしに此間の晩のサガレン王の身の上に、一掬同情の涙を濺ぎたくなつたぢやないか。大に多恨の才士をして懐旧の情を起さしむるに足るだ。何と胃の腑の格納庫は充実し、腹中の酒樽は恰も祝詞の文句ぢやないが……甕瓶高知り、甕の腹満並べて赤丹の穂に聞し召せと、畏み畏みも申す……と云つた塩梅式だ。なあヨールの大将、もう斯んな良い気分になつて来ればヨールもヒールもあつたものぢやない。一つ此処でゴロンと木の根に薬罐を載せて一眠りする事にしようかい。枕と云ふ字は木扁に尤と書くのだからな。エー、エプツ、ガラガラガラガラ……』 ビツト『あゝ臭い臭い、チツと心得ぬか、風上に廻りよつて……八月の大風ぢやないが蕎麦の迷惑だぞ。如何やら心の土台がグラつき出して、俺やもうサガレン王様の心がおいとしうなつて来た。何程出世さして呉れると云つても、猫の目の玉ほどクレクレと変る竜雲の親方では、チツと心細いぢやないか』 ヨール『コラコラ、宜い加減に心得ぬかい。それだから余り酒を飲むなと云ふのだ。困つた代物だなア。大事な用を持ち乍ら肝腎の時に酔ひ潰れよつて、何故腹の中と相談して飲まないのだ。身知らず奴が!』 ビツト『エー、八釜しう云ふない。何れ腰が抜けるのだ。サガレン王の御威勢に恐れて腰を抜かすか、酒に酔うて腰を抜かすか、何れ腰を抜かす十分の可能性を具備してるのだよ。人の頭に立つ者は、さう何でもない事を捉まへてコセコセ云ふものぢやないわ。チツと腹を広う持ち、肝玉を太くし、心を大きうしたら如何だ。頭が廻らにや尾が廻らぬと云ふぢやないか。一体ヨールの大将は偉さうに云つてるが腰が立つのかい』 ヨール『事にヨールと立つ事もあり、立たぬ事もあるわ。兎も角大将たるものは自ら働くを要せず、克く人に任じ、大局に当り小事に焦慮らず拘泥せず、部下の賢愚良否を推知して、各其能力を揮はしむるものだよ。人の将たるべき者将に務むべき事は大将の襟度だ。俺あアル中で腰が立たなくても、貴様達を指揮する権能があるのだから、そんな心配をして呉れるな。ただ貴様達は此のヨールの命令に従つて、犬馬の労を執りさへすれば宜いのだ。エーエー、貴様達の面は何だ。四角になるかと思へば三角になり、目玉を七つも八つも十も顔にひつ付けよつて、醜面の包囲攻撃は如何に英雄豪傑のヨールさまだつて、あまりいい気持はせぬワ。チツと配下の奴どもシツカリ致さぬかい。何だ千騎一騎の場合になつて、腰が抜けたの、サガレン王が恐ろしいのと亡国的の哀音を吐き、絶望的の悲哀を帯びた其弱い言霊、実に吾々も斯様な卑怯未練な部下を引ずり出して来たかと思へば、豈絶望の淵に沈まざるを得むやだ……ゲー、ウツ、プ、ガラガラガラ、アヽ苦しい、酒の奴まで大腹川を逆流しだしたワ』 レツト『ヤイ、ヨールの大将、もう徐々と現はれる刻限ですぜ。今にエームスやテーリスの謀反人が出て来たら如何処置する考へだ。それを一つ今の中に決定して置かねば、さあ今となつて、盗人を捕へてソロソロ縄を綯ふ様なへまな事も出来ますまいぜ』 ヨール『何、心配するな。此ヨールさまには一つの考案があるのだ。君子的否紳士的文明的のやり方を以て、力一杯舌の推進機を廻転し、戦はずして敵をプロペラペラと言向和す成算があるのだ。ジヤンジヤヘールの胸中が、貴様達の様なガラクタに分つて堪るかい。何といつても其処はヨールさまだよ』 斯く話す折しも大岩の後の方から声も涼しく謡ふ者がある。五人の奴は余りの泥酔に目も碌に見えず、耳はガンガンと警鐘を乱打した様に、物の音色も弁別がつかない処まで聴音機が狂うて居る。 ヨール『そら如何だ。天は正義に与すると云つてな、俺達の誠忠を憐れみ給ひ、天の一方より妙音菩薩が、此千引の岩の後より天の八重雲を掻き分けて現はれ給ひ、鈴虫か松虫かと云ふ様な美音を放つて酒の興を添へ、疲れきつた精神に新生命を授けて下さるぢやないか。斯うなるとヨールさまも余り馬鹿にならないぞ。アーン』 レツト『何だか知らぬが、俺達には如何も苛性曹達を耳の穴へ突つ込んだ様な気分になつて来たワイ。オイ皆の奴、シツカリせぬか。どうやら怪しいぞ。雨か、風か、はた雷鳴か、地震か、親爺か、火事か、何んだか知らぬが、余りよい気分がせぬぢやないか』 ヨール『八釜しう云ふな。心一つの持ち様で、善言美詞の言霊も悪言暴語に聞えたり、又甘露も泥水の味がしたりするのだ。貴様は余り向ふ見ずに酒を喰ひよつたものだから、聴声器に異状をきたし、こんな妙音菩薩の御託宣が鬼哭愁々然として響くのだ。それよりも胴を据ゑてモ一杯やれ』 レツト『やれと云つたつて瓢箪の奴、早くも売切れ品切れの札を出しよつたぢやないか。何程尻を叩いて見た処で、もう此上は一滴の酒だつて出るものぢやない。百姓と糠袋は絞れば絞る程出ると云ふけれど、是は又如何した拍子の瓢箪やら、蚊の涙程も出て来ぬぢやないか。アーアもう何もかも嫌になつてしまつた。俺はもうサツパリ改心したよ。万々一王様が此処へお越しになつたら、低頭平身七重の膝を八重九重十重二十重に折つてお詫をして、それでも許さぬと仰有つたら首でも刎ねて貰ふ積りだ。乍然俺の首はチツとばかり必要があるから尚早論を主張し、ヨールの素首を代表的犠牲物として刎ねて貰ふのだな。大将となれば、それだけの覚悟がなくては部下を用ふる事は到底不可能だ。なあヨールの大将、吾輩の云ふことがチツとは肯綮に嵌りますかな、否肯定するでせうなア』 ヨール『八釜しいわい。何と冴えきつた音色ぢやないか。サガレン王とか何とか聞えて来る。ヤイモウ宜い加減にシツカリして腰を上げぬかい』 ビツト『何程上げと云つても、此方は万劫末代ビツトも動かぬのだから実に大したものだ。アツハヽヽヽのオツホヽヽヽだ』 歌の声は益々冴え来る。 声(サガレン王、テーリス、エームス)『神が表に現はれて善と悪とを立て別ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 只何事も人の世は直日に見直し聞き直し 身の過ちは宣り直す尊き神の御教 曲津の神に迷はされ神地の都に現れませる サガレン王に刃向ひて悪逆無道の罪科を 重ね来りし人々もその源を尋ぬれば 高皇産霊や神皇産霊陰と陽との神々の 水火より生れし者なれば何れも尊き神の御子 時世時節の力にて醜の魔風に吹かれつつ 知らず知らずに罪の淵陥る者も最多し 皇大神も憐れみて罪や穢に染まりたる 其曲人を助けむと朝な夕なに御心を 配らせ給ひ三五の神の教やバラモンの 珍の教を開きまし此シロ島に現れまして 四方を包みし村雲を科戸の風に吹き散らし 闇に迷へる国人を明きに救ひ上げ給ふ あゝ惟神々々神は吾等と倶にあり 心穢き竜雲に媚び諂ひて諸々の 曲を尽せし人々を誠の道の教にて 言向け和し天国の栄えの園に導きて 救ひ奉らむサガレン王の神の命の御心 仰げば高し久方の天津御空に聳り立つ 地教の山も啻ならず天教山に厳高く 鎮まりいます皇神の恵の露は四方の国 青人草は云ふも更鳥獣や草木まで 清き生命を与へつつ神世を永遠に開きます 其功績ぞ畏けれあゝ惟神々々 御霊幸はひましましてビツト、レツトやヨール外 二人の御子を憎まずに救はせ給へ惟神 神の御前に願ぎ奉る朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 助けにや措かぬ岩の前酒の力に倒れたる 五つの身魂に日月の清き光りを与へつつ 誠の道に帰順させ救ひ与へむサガレン王 テーリス、エームス三人連五人の男に打ち向ひ 悟りの道を説き聞かすあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 ヨール『オイ皆の奴等、もう斯うなつちや悪の身魂の年の明きだよ。今の歌を聞いたか。あれを聞いた以上は俺達の耳は爽かになり、心の眼は開き、腹の中は清まり、胸の雲は晴れ、抜かした腰は立上り、手は舞ひ足は踊り、何ともかとも云へぬ天地開明の気分が漂ひ、生れ変つた様になつて来たぢやないか。サア貴様等は何事も俺の云ふ様にすると云つたのだから、今日限り改心をして今迄の悪心を翻し、サガレン王に忠義を尽すのだよ。ヨモヤ俺の言葉に違背する奴はあるまいな』 と廻らぬ舌から、四人の部下に朧気に説き諭して居る。 レツト『誰だつて、悪を好んでする様な大馬鹿者が何処にあるものかい。お前はサガレン王が悪だ、あれをベツトして了はなくちや善の道がたたぬ。竜雲様が誠の善の神様だと、耳が蛸になる程お説教を聞かしたぢやないか。俺アもうかうなつて来ると何方が善だか悪だかサツパリ見当がとれなくなつて来た。一体本当のことはサガレン王が善か、竜雲が善か、と云ふ事をハツキリ聞かして呉れ。善と悪との衝突がなければ、元よりこんな騒動がオツ始まる道理がないのだからなア』 ビツト『こらレツト、そんな劣等な事を云ふな。もとより王様に反抗すると云ふのは悪に決つてるぢやないか』 レツト『それでも貴様、竜雲さまが斯う云つて居たよ。エー、君、君たらずんば臣、臣たるべからず、父、父たらずんば子、子たるべからず、と云はれたぢやないか。それだから俺は竜雲様は本当に偉い神様だと信じて居るのだ。天下国家の救主だから、竜雲様のために働くのは即ち神様の為に働くのだ、国民一般の為に働く善行だと確信して居るから、夜も碌に眠らず捨身的の活動をして居るのだ。誰でも竜雲を悪だと知つたら、其意志に従つて活動する奴があるものかい』 ビツト『君、君たらずとも臣は以て臣たるべし、父、父たらずとも子は以て子たるべしと云ふのが、天津誠の麻柱の大道だよ。如何なる無理難題も甘んじて受けるのが、忠ともなり孝ともなるのだ。そんな貴様の様な小理屈を云つて居ては、何時迄も世の中は無事太平に治まるものぢやないよ』 ヨール『兎も角も、此ヨールさまの命令に服従するのだ。サアこれからサガレン王様にお詫だよ』 一同『はい、仕方がないなア』 (大正一一・九・二二旧八・二北村隆光録) |
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霊界物語 | 37_子_出口王仁三郎自叙伝1 | 08 梟の宵企 | 第八章梟の宵企〔一〇二〇〕 久し振りで自宅へ帰り、心もユツタリと宵の口から眠つて居た。俄に『オイオイ』と自分の体を揺り起すものがある。吃驚して目を醒まして見れば誰も居ない。只老母や母や妹が、未だ宵の口とて眠りもせず、行灯の側で小説本を見たり、絵を広げて見たりして居るのみであつた。俄に自分の体は器械の如く自動的に立ち上り、自然に歩み出した。霊に憑依された肉体は自分の意思では如何ともする事は出来ぬ。 体の動くままに任して居ると、何時の間にか産土の社の傍の殿山と云ふ、小さい丘の山に導かれて居る。臍の下あたりから、円い塊がゴロゴロと音をさして、喉の近辺まで舞ひ上つて来たと思ふ刹那、 『大霜天狗……』 と呶鳴り立てた。自分は、 喜楽『モシ大霜さま、懸つて下さるのは結構で厶いますが、さう苦しめられては堪りませぬ。もつと楽に懸つて下さいませ』 大霜『楽に懸つてやり度いのは神も同じ事だ。神だつて苦しいのだ。其方はまだ疑心がとれぬから、それで苦しまねばならぬ。早く改心を致して、神様の御用にたたねばなるまいぞ。高熊山の修業の事は覚えて居るか』 喜楽『あんまり苦しうて、今の処では全然忘れて了ひました。何だか頭がボーツとして、分らぬ様になつて来ました。又ボツボツと思ひ出すだらうと思ふて居ます』 大霜『これから元市に申した金の所在を、其方に知らすによつて、鶴嘴や鋤鏈を用意し、畚を一荷もつて奥山[※現・亀岡市東別院町大野奥山のことか?]に行け。そこになつたら又此方が知らしてやるから……』 喜楽『奥山の様な処へ一人行くのは困ります。宇一でも連れて行きませうか』 大霜『馬鹿をいふな。あんな欲どしい奴を連れて行かうものなら、神様の御用どころか、みんな自分の所有にして了ふ。其方一人、神がついて居るから早く帰つて用意をせい。お前もやつぱり金は要るだらう』 喜楽『私はもう神様のお道へ這入つたのですから、金の欲望はありませぬ。金の事聞いてもゾツと致します』 大霜『馬鹿云ふな。此時節に金がなくて神の道が拡まるか。家一つ建てるにも金が要るぢやないか、布教に歩いても旅費が要る。又肉体も食はねばならず、着物も着なくてはならぬぢやないか。金に離れて如何して神のお道が拡まるか』 喜楽『それもさうです。然し重たいものを沢山に持つて帰ると云ふ事は、暗がりの山道、困るぢやありませぬか』 大霜『俺が天狗の正体を現はして、重たければ俺が担いで帰つてやる』 と自分の口から云つたり、答へたり、自問自答をする事稍暫らくであつた。 斯う聞くと、矢張金が無ければならぬ様な心持になり、宇一の来ぬ中に掘出して来うと思ひ、土運びの小さい畚を携へ、椋の杖、鶴嘴に鋤鏈、畚に小判一杯担うて帰る様な心持で、宮垣内の伏屋をソツと抜け出し、前条から愛宕山麓、姥の懐、虎池、新池、芝ケ原、砂止と段々進んで、高熊山の修業場を右手に眺め、猪熊峠をドンドン登り、危険極まる打チ越と云ふ坂を上り、算盤岩を渡り、再び馬の背の険を経て、奥山の玉子ケ原と云ふ谷間へ進んで行つた。 そつと空畚を卸し、山に腰掛け息を休め、天津祝詞を奏上し始めた。何だか知らぬが其辺ぢうが真黒気になつて来た。谷の下の方から灰色の雲の様なものが、チクチクと此方へ向ふて押寄せて来る様な気分がして、何時の間にか手も足も震ふて居る。何とも云へぬ淋しい様な情ない様な気分になり、仮令一億円の金があつても掘り度くもなし、欲しくもない。それよりも早く、自分の宅に帰り度いと云ふ弱い気分が襲ふて来た。幸ひに東の空から、春の朧月が痩た顔して昇つて来た。心の勢か、其辺あたりに何とも云へぬ淋しい、人とも虫とも獣とも見当のつかぬ様な、悲しい嫌らしい声が聞えて来る。臍の下から又もや三つの塊がグレグレグレと動き出し、咽喉元へ舞ひ上る。又神懸りだなと思ふて居ると、 大霜天狗『俺は大霜だ、サア此下に小判がいけてある。此処を掘れ、鶴嘴を持て!』 と呶鳴り出した。喜楽は命のまにまに鶴嘴の柄を握ると、両の手は鶴嘴の柄に食ひついた様に離れず、器械的に鶴嘴は、カチンカチンと動き出した。何程体がえらいから一休みしようと思ふても、鶴嘴の柄が手に着いて離れず、勝手に鶴嘴は堅い土をコツンコツンとこつき出す。殆ど二時間ばかり土をこついては鋤鏈でかき分けさせられ、又鶴嘴で土をつつきては鋤鏈で掻き分け、又鶴嘴で土を掘り二尺ばかりの深さに四尺四方程掘らされて了ふた。腹の中から、 大霜『大分お前も草臥れただらう。神も余程疲れたから一寸一服致す』 と云ふと共に、引着いて居た鋤鏈は手から離れた。殆ど十分間ばかり腰を打ちかけ掘つた穴を眺め、 (喜楽)『こんな処何時迄掘つた処で何が出てくるもんか』 と心に思はれて仕方がなかつた。腹の中から、 大霜『オイ、喜楽、貴様はまだ疑ふて居るな。此処に金が無いと思ふか、神があると申したら確にある。もう一息の辛抱だ。さうならば貴様の疑もとけるだらう。金光燦然として目も眩きばかりの、大判小判が無尽蔵に現はれて来るぞ。貴様はまだ銀貨や銅貨は見て居るが、金は見た事はあるまい。ビツクリ致さぬ様に、先に気をつけておく。シツカリ腹帯をしめてかかるんだぞ。嫌さうにすると神が懲戒を致すぞよ。又喉をつめようか』 喜楽『いやとも何とも云つてるのぢやありませぬ。神様の云ふ通りしとるぢやありませぬか』 大霜『随分楽しみぢやらうなア。何程貴様は金は要らぬとヘラズ口を叩いても、其金が隠してあると思へば、やつぱり心がいそいそするだらう。此金がありさへすれば、此世の中に苦労も要らず結構に渡られるのだ。貴様は余程果報者だ。サア早く鶴嘴を持て!』 と云ふかと見れば、自分の体は器械的にポイと立ち上り、矢庭に鶴嘴を握り、カチンカチンと大地をつつき出した。掘つても掘つても天然の岩ばかり二尺ほど下に並んでゐる。又一時間程掘らされたが、今度は一寸も掘れない。鶴嘴の先は坊主になつて了ひ、一寸も利かなくなつて了つた。 喜楽『こんな岩ばかり、何時迄こついて居つても駄目でせう。誰かが埋けたのなら岩蓋が出なければならぬ。此奴ア天然の岩に違ひありませぬ。チツと処が間違ふて居るのぢやありませぬか、もう欲にも徳にも此上働く事は出来ませぬわ』 大霜『アハヽヽヽ、腰抜けだな。そんな弱い事で如何して神様の御用が出来るか。地球の中心迄打ち抜く丈の決心がなければ、三間や五間掘つては小判の処へは届かぬぞ』 喜楽『天狗サン、お前サン俺を騙したのだなア。あんまり殺生ぢやありませぬか。金を欲しがつて居る元市には掘らさずに、金なんか要らぬと云つて居る私を、此んな処へ連れて来て騙すとはあんまりです。サアもう私の肉体には置きませぬ。早く出て下さい』 大霜『何程出えと云つても、お前の生命のある限り出る事はならぬわい。本当は嘘だ、お前の心をためしたのだ。こんな処へ金があつて堪るかい。アハヽヽヽ』 喜楽『こりや、ど狸!人の体へ這入りやがつて、馬鹿にさらすも程がある。もう何と云ふても俺の体にはおいてやらぬぞ』 大霜『貴様はまだ金が欲しいのか』 喜楽『俺は一寸も欲しくないわい。天狗の奴が欲しいものだから俺を使ひやがつて、あてが外れたのだらう。あんまり馬鹿にすな、サア去にくされ』 と腹から胸を握り拳で力一杯叩いて見た。それきり腹の中の塊も舞ひ上つて来ず、仏が法とも云はなくなつた。斯うなると俄に淋しくなつて堪らない。折角此処迄来て、空畚を担いで帰るのも態が悪いと、月夜の事で露をおびて光つて居る紫躑躅や赤躑躅を、ポキポキ折つて一荷の花の荷を拵へ、そこへ鶴嘴や鋤鏈を隠し、朧月夜をぼやいたり、びくついたりし乍ら、漸くにして砂止迄帰つて来た。 其処にはハツキリ分らぬが二つの黒い影が腰をかけて、煙管煙草をスパスパやつて居る。喜楽は心の裡で、 (喜楽)『ハテナ、今頃にあんな処に男が煙草を吸ふて居やがる。ヒヨツとしたら泥坊かも知れぬぞ。もし泥坊だつたら、折角掘り出した小判を皆盗られて了ひ、生命まで奪られて了ふかも知れぬ。マア、金が無うてよかつた。もし泥坊が何か渡せと云つたら、此花をつき出してやつたら吃驚するだらう』 と思ひ乍ら、怕々一筋道を黒い影の処迄やつて来ると、 斎藤元市『ヤア、大先生、お目出度う!之から私が担いであげます。実の所は大霜さまがきつう止められましたから、お供はしませんでしたが、一生懸命掘つて厶つた時、一丁程側から見張りをして居りました。大分沢山掘れましたやらうなア。サア私が之から担いであげませう。何分黄金といふものは嵩の割合に重いもんだから……』 と欣々として噪いでゐる。 喜楽『いいえ、そんなに重いものぢやありませぬ。空畚と同じですから、此儘私が担いで参ります。薩張り駄目でした』 元市『駄目でしたやらう。それはその筈ぢや。此処はマア駄目にして、此儘私の家へ帰つたら如何ですか』 喜楽『元市サン、みんな空畚で躑躅の花ばつかりです』 元市『上かはは躑躅でも宜いぢやないか、どれ私が担ぎます』 と無理に棒をひつたくつて肩に担ぎ、 元市『あゝ割とは軽い、これでも一万円位はあるだらう。空畚にしては大変重いから……』 喜楽『重いのは鶴嘴の目方ぢや』 元市『マア結構々々、仮令少々でも資本さへあればよい。サア之から八十万円儲けて、天狗さまの公園にかからう』 と欣々として吾家へ帰つて行く。 それから後は元市親子の信用を失ひ、遂には修行場まで断られて了つた。不得已、自分は自宅へ帰つて自修する事となつた。多田琴は中村へ帰つて奥山川の水に浸り御禊し乍ら、盛に鎮魂や帰神の修業を四五人と共にやつて居た。 (大正一一・一〇・九旧八・一九北村隆光録) |
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霊界物語 | 37_子_出口王仁三郎自叙伝1 | 11 松の嵐 | 第一一章松の嵐〔一〇二三〕 一週間の矢田の滝の行を終つてから、宮垣内の自宅に於て、喜楽は愈々神業に奉仕する事となつた。盲目や聾唖、リウマチ、其他いろいろの病人がやつて来て鎮魂を頼む、神占を乞ふ、何れも御神徳が弥顕だと云ふ評判が忽ち遠近に轟いて、穴太の天狗さまとか金神さま、稲荷さまなどといつて、朝から晩まで参詣人の山を築き、食事する間もない位、多忙を極めて居た。 例の次郎松サンがやつて来て、祭壇の前に尻を捲つてドツカと坐り、大勢の参拝者の中をも顧みず、真赤な顔して喜楽を睨みつけ、 次郎松『コリヤ極道息子、貴様は又しても山子商売をやる積りだな。ヨシ、今に化けの皮をヒン剥いて、大勢の前で赤恥かかして見せてやらう。それが貴様の将来のためにもなり、上田家の為めにもなるのだ。株内や近所へよい程心配をかけさらせやがつて、其上まだ狐使ひの真似をするとは何の事だ。何故折角ここ迄築きあげた、見込のある牧畜や乳屋を勉強せぬか。神さまだの、占だの、訳の分らぬ出鱈目を吐しやがつて、世間の人を誤魔かし、甘い事を仕様たつて駄目だぞ、尾の無いド狐とは貴様の事だ。貴様が本当に神様に面会が出来、又神様の教が伺へるのなら、今俺が一つ検査をしてやらう。万が一にも当つたが最後、俺の財産四百円の地価を残らず貴様にやる』 と口汚く罵り乍ら、湯呑みの中へ何か小さい物を入れて、其口を厚紙で貼り糊をコテコテとつけ、音をせぬ様に懐から出して前にソツと置き、 次郎松『サア先生、イヤ極道息子、指一本でも触る事はならぬ。此儘此湯呑みの中に、どんな物がどれ丈け這入つてをるかと云ふ事を、貂眼通とか鼬通とか云ふ先生、見事あてて見よ。これが当つたら、それこそ天が地になり地が天になる。お月さまに向つて放す弓の矢は中つても、こればつかりは滅多にあたる気遣ひはない。如何ですな、先生!』 と軽侮の念を飽迄顔面に現し、喜楽の顔を頤をしやくつて睨めつける。 喜楽『俺は神様の誠の教を伝へたり、人の悩みを助けたりするのが役だ。手品師の様に、そんな物をあてると云ふ様な事は御免蒙り度い。神さまに教へて貰ふた事はないから知りませぬ』 次郎松はシタリ顔で、一寸舌を出し頤を二つ三つしやくつて、 次郎松『態ア見やがれド狸奴、到頭赤い尻尾を出しやがつた。エー、おけおけ、此時節にそんな馬鹿の真似さらすと、此松サンがフンのばして了ふぞ。オイ狸先生、腹が立つのか、何だ、其むつかしい顔は……残念なか、口惜しいか、早く改心せい、ド狸野郎奴』 と益々傍若無人の悪言暴語を連発する。喜楽はあまり次郎松の言葉が煩さくなつて来たので、一層の事、彼の疑心を晴らしてやらうと思ひ、 喜楽『松サン、あんまりお前が疑ふから、今日一遍だけ云ふてやるが……一銭銅貨を十五枚入れてあるだらう』 側に聞いて居つた数多の参詣者は、各自に此実地を見て感嘆して居る。次郎松は妙な顔し乍ら、御叮嚀に喜楽の顔を又もや覗き込み、自分の右の手で自分の膝頭を二つ三つ叩き、首を一寸傾けて、 次郎松『ハア……案の定、狐使ひだ。やつぱり箱根山の道了権現のつかはしの飯綱をつかつてるのだな。一体そんな管狐を何処で買つて来たのだ。何匹ほど居るのか。そんなものでも一匹が一円もとるか、一寸俺にも見せて呉れ、ホンの一寸でよい、大切なお前の商売道具を長う見せてくれとは云はぬ』 と訳の分らぬ質問を連発する。迷信家ほど困つたものはない。 喜楽『神懸りの霊術によつて、透視作用が利くのだ』 と少しばかり霊魂学の説明を簡単に述べたてて見た。されど元来の無学者だけに、何をいつても馬耳東風、耳に入りさうな事はない。又もや次郎松は口を尖らして、 次郎松『透視だか水篩だか、そんな事ア知らぬが、そこらに小さい管狐を放り出さぬ様にして呉れよ。ヒヨツと取り憑かれでもしたら大変だ。皆さま用心しなさい。此奴ア飯綱使ひだから、うつかりしてると憑けられますよ。病人が来ると、管狐を一寸除かして、病気を癒し、又暫くすると管狐をつけて病人にして、何度も礼をとると云ふ虫の良い商売を始めかけよつたのだ。何しろ近寄らぬが何よりだ。別に穴太の村に喜楽が居つて神を祀らうが祀らうまいが、矢張お日さまは東から出て御座る。暗がりになるためしもなし、喜楽が神さまを始めてから、お日さまが、光りが強くなつた訳ぢやなし、お月さまが毎晩出る訳でもないし、斯んな者に騙されるより早う皆さまお帰りなさい。こんな奴に眉毛をよまれ尻毛をぬかれて堪りますか。俺はきつてもきれぬ親類だから、第一上田家のため、又此極道の為め、お前サン達の為め気をつける』 と口を極めて反対の気焔をあげる。然し参詣者は一人も消えぬ。依然として鎮魂を乞ひ、伺ひを願つて喜んで帰つて行く。次郎松サンは翌日の朝早くから穴太の村中一軒も残らず、 次郎松『家の本家の喜楽と云ふ奴は、此頃飯綱を買うて来て妙な事をして居よるから、相手になつてくれるな』 と賃金不要の広告屋を勤めて居る。次郎松は神の教を忌み嫌ふ悪魔の霊に憑依されて知らず識らずに邪神の走狗となつて了つたのである。 其翌日大勢の参拝者を相手に、鎮魂をしたり神話を始めて居ると、侠客俣野の乾児と自称する背の低い牛公がやつて来た。足に繃帯をして居る。 牛公『オイ、喜楽サン、随分お前の商売もよう繁昌するね。俺は夜前一寸足に怪我をしたのだ。何卒お前の鎮魂とかで足の痛みを止めて貰ひ度いものだ』 と横柄に手を拱き、座敷の真中にドスンと坐つて揶揄ひ始めた。元より怪我などはして居ないのだ。みな嘘の皮、万々一喜楽が、 『さうか、それは気の毒だ』 と云つて直に祈願でもしやうものなら、 『天眼通の先生が之が分らぬか、怪我も何もして居ない、嘘だぞ』 と云つて大勢の中で笑つたり、ねだつたり、困らしたりしようとの悪い企みで来て居るのである。若し喜楽が、 『お前は疵も何もして居ない。そんな事をして俺をためしに来て居るのだ』 と云へば、自分の指の下に隠した小刀で繃帯を解き乍ら一寸足を切つて血を出し、 『これや、これ丈け血が出て居るのに怪我して居ないとは何の事だ。ド山子奴!』 と呶鳴り立てあやまらして、酒銭の一円も取つてやらうとの算段をして居るのだと見てとつた喜楽は、牛公の言葉を耳にもかけず放擲つて、素知らぬ顔で数多の参詣者に鎮魂を施して居た。 牛公は喜楽の態度が余程癪に触つたと見え、狂ひ獅子の様に暴れ出した。忽ち先祖代々から家の宝としてる、虫喰だらけの真黒気の障子の桁を滅茶苦茶に叩き破る、戸を蹴破る、火鉢を蹴り倒すと云ふ大乱暴をなし乍ら、再び座敷の真中にドスンと胡坐をかき、 牛公『こりや安閑坊の喜楽!これでも罰をようあてぬか、腰抜け神の鼻垂れ神ぢやな。そんなやくざ神を祀つてる貴様は、日本一の馬鹿野郎だ。今此牛さまが神床に小便をしてやるから、神力あり正念がある神なら、立所に罰をあてるだらう。そんな事して能う罰をあてん様な腰抜神なら、神でも何でもない、溝狸位なものだ。蚯蚓に小便かけてさへ○○が腫れるぞ、此奴ア狸だから正念があるなら、俺の○○を腫らして見い!』 と云ひ乍ら犬の様に片足をピンと上げて、無作法にもジヨウジヨウとやりかけた。数多の参詣者は吃驚して、残らず外に逃げ出して了つた。喜楽は神界修業の時から、三五教の無抵抗主義を聞いて居たから、素知らぬ顔して彼がなす儘放任して居た。牛公は益々図にのつて、終ひには黒い尻をひきまくり、喜楽の鼻の前でプンと一発嗅し『アハヽヽヽ』と笑ひ乍らサツサと帰つて行つた。 それと擦れ違ひに、弟が野良から鍬を担げて慌だしく馳来り、牛公の乱暴した事を聞き口惜がり、地団太を踏み乍ら、 由松『エーツ、此神さまは力の無い神だ。毎日々々物を供へてやるのに何の罰でも能うあてぬのか。ウーンとフンのばして了へばよいのに、そうすれや牛公だつて、次郎松だつて能う侮らぬのだが、此処に祀つてあるは気の利かぬ寝呆け神だから、あんな奴に馬鹿にしられるのだ』 と歯をかみしめて吃り乍ら怒つて居る。喜楽は静に弟に向つて、 喜楽『オイ、由松、そんな分らぬ事を云ふな。よう考へて見い、彼奴ア畜生だ。名からして牛ぢやないか。猫や鼠は尊い御神前の中でも、糞や小便を平気で垂れて居る、烏や雀は神様の棟へ上つて糞小便を垂れかける、それでもチツとも神罰があたらぬのぢやないか。元来畜生だから、神様のおとがめがないのだ。人間も人間の資格を失ふたら畜生同様だ。畜生に神罰があたるものかい』 と云はせも果てず由松は、 由松『ナニ、馬鹿たれるか』 と云ふより早く、祭壇の下へ頭をつつ込み其まま直立した。祭壇も神具もお供物一式ガタガタと転落し、御神酒からお供水、洗米、其他いろいろの供物が座敷一杯になつて了つた。神様の御みと迄畳の上にひつくり返つて居る。由松は拾うては戸外へ投げつける、参詣者はビツクリして顔色を変へチリチリバラバラに逃げ出す。由松は猶も猛り狂ひ、 由松『オイ哥兄、こんなやくざ神を祭つて拝んでも屁の役にもたたぬぢやないか、もう今日限りこんなつまらぬ事はやめてくれ。こんな餓鬼を祀つただけに家内中が心配したり、村中に笑はれたり、戸障子を破られたり、此神は上田家の敵だ。敵を祀ると云ふ事が何処にあるものか』 と分らぬ事を愚痴つて怒つて居る。 喜楽は由松の放かしたおみとを拾ひ塩で清め、再び祀り直し神様にお詫をして、漸く其日は暮れて了つた。 其日の夜中頃、由松の枕許に男女五柱の神様が現はれ玉ふて、頻りに由松に御立腹遊ばした様なお顔が歴々と見え、恐ろしくて一目もよう寝ず、夢中になつて寝たままあやまつて居る。せまい家の事とて横に聞いて居る喜楽の可笑しさ。由松もこれで少しは気がつくだらうと思つて居ると、翌朝早くから御神前をお掃除したり、お供物をしたり、祝詞を奏げるやら、暫くの間は打つて変はつて敬神の行為を励んで居た。然し十日ほどすると、又もや神様の悪口を次郎松と一所になつて始めかけた。 (大正一一・一〇・九旧八・一九北村隆光録) |
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霊界物語 | 37_子_出口王仁三郎自叙伝1 | 19 逆襲 | 第一九章逆襲〔一〇三一〕 不図配達して来た日出新聞の広告欄を見ると、壮士俳優募集と云ふ立派な広告が出て居た。自分は一生懸命に其広告を見詰めて居ると、多田琴がポンと飛び上り神憑り[※初版・愛世版では「神憑り」、校定版では「神懸り」。]になつて、 多田『俺は男山の眷族小松林命であるぞ。今其広告にある通り、神界の仕組で正義団と云ふ壮士芝居の団体が募集されて居るのだ。お前はこれから、今迄苦労して覚えた霊術を応用して芝居の役者になれ。神が守護して如何な不思議な事でもさしてやるから、川上音次郎以上の名優にしてやらう。如何ぢや、神の申す事を承諾するか、但は否と申すか、直に返答をして呉れ』 とニコニコ笑ひ乍ら強制的に問ひかける。喜楽は此広告を見て、 『俺も一度壮士役者になつて見たいものだ』 と思ひつめて居た際であるから、一も二もなく喜んで、 喜楽『ハイ、神様さへお許し下されば壮士役者になります』 と速座に答へた。さうすると小松林と名乗る憑霊は、嬉しさうな顔して言葉まで柔しく、 小松林『流石はよく先の見える、先の分つた審神者だ。サア愚図々々してると応募者がつまれば駄目だから、今夜直様立つて行け。さうして金を十五六円ばかり積りをして行け』 と云ひ渡す。 ありもせぬ金を寄せ集めてヤツと十五円拵へ、保津の浜から、舟に乗つて谷間を下り嵯峨に着き、それから竹屋町富小路の宿屋に尋ねて行つた。正義団長と称する男、名は忘れたが直様二階へ案内して呉れ、入会料として十円を請求する。直様十円を放り出し種々と手続きを済まして、それから安い宿を探し、日々柔術の型を稽古したり、科白を覚えたり、十二三人の男がやつて居た。愚図々々して居ると五円の金が無くなつて了ふ。さうして臀部に大きな瘍が出来てビクとも出来ず、うづいて堪らない。 (喜楽)『こんな事では芝居どころの騒ぎぢやない。何とかして吾家へ帰りたいものだが歩いて去ぬ事は出来ず、俥賃はなし、一層の事、枳殻邸の附近に弟の政一が子に行つて居るから、其処迄俥で運んで貰ひ世話にならうかなア』 と考へ込んで居ると腹の中から又もや玉ごろが喉元へつめ上つて来た。さうして、 『アハヽヽヽ』 と可笑しさうに笑ひ出す。 喜楽『足の腫物が痛くて何どこでもないのに、可笑しさうに腹の中から笑ふ奴は何枉津ぢやい』 と呶鳴つて見た。腹の中からさも可笑しさうに小気味良さ相の声で、 『イヒヽヽヽ』 と連続的に十分間程笑ひつづける。さうして、 松岡『俺は松岡ぢや、貴様が新聞の広告を見て、役者になり度相にして居るから、一寸改心の為に嬲つて見たのだ。本当に日本一の大馬鹿だのう、オホヽヽヽ』 と笑ひ出す。進退維谷まつた喜楽は如何する事も出来ず、宿賃を三日分三円六十銭払ひ、丹波へ帰らうとして宿の門口を立つて出た。知らぬ間に臀部の大きな腫物は嘘をついた様に治つて居た。それきり壮士俳優になつて見度いと云ふ心は、スツカリ消え失せ、一心不乱に神界の御用に尽すと云ふ心になつたのである。 同じ穴太の斎藤某と云ふ紋屋の息子が、肺病で苦しみ医薬の効もなく困つて居るから、其処へ助けに行つたら如何だ……とおいよと云ふ婆サンが出て来て、頻りに勧めるので、喜楽も、 『彼処の息子の計サンの病を癒してやつたら、チツと村の者も気がつくだらう。信仰をするだらう』 と思ふたので、朝早くから其家に羽織袴で訪問して、 喜楽『計サンの病気平癒をさしてやりませうか』 と掛合ふて見た。此処の奥サンはお悦と云ひ、随分口の八釜しい女で、村の人から雲雀のお悦サンと仇名をとつて居た。お悦サンは喜楽の姿を見て目を円うし、 お悦『これこれ、飯綱使ひの喜三ヤン、何ぞ用かい、大方お前は、家の計の病気を拝んでやらうと云つて来たのだらう。アヽいやいやいや、神さまのかの字を聞いても腹が立つ、家の親類は天理サンに呆けて家も倉もサツパリとられて了つた。近はんは稲荷下げに呆けて相場して、家も屋敷も田地迄売つて了つた。此時節に神々吐す奴に碌な者はない。お前サンも人の処を一杯かけようと思ふて来たのんだらう。サア何卒帰つて下さい。然し喜楽サン、俺が斯う云ふとお前は腹を立てて、あたんに飯綱をつけて帰るかも知れぬが、憑けるなら憑けなされ。俺ん所は黒住さまを祀つてあるから、飯綱位に仇はしられませぬから大丈夫ぢや。黒住さまは天照皇大神宮さまぢや、天狗サンや四足とはてんからお顔の段が違ひますぞえ。サア早う去んで下され。其処等がウサウサして来た。又計の病気が重うなると困るから……サア去んでと云ふたら去んでおくれ。エー尻太い人ぢやなア、蛙切りの子は蛙切りさへして居れば宜いのに、どてらい山子を起して金も無い癖に、人の金で乳屋をしたり、其乳屋が又面白くない様になつたので、そろそろ商売替へをして飯綱使ひをするなんて、お前にも似合はぬ事をするぢやないか。昨日も次郎松サンが出て来て何も彼も云ふてをりましたぞえ。薩張り化けの皮が剥けて居るぢやないか。亀岡の紙屑屋へは如何でしたな』 と口を極めて罵詈嘲弄する。喜楽はむかついて堪らぬけれど、 『此処が一つ辛抱だ。こんな八釜しい女の誤解をといておかねば将来の為め面白くない』 と思ふたので、色々雑多と神様の道を説いて聞かせたが、てんで耳をふさいで聞かうとせぬ。お悦サンは半泣声を出して、 お悦『エーエー煩さい。何程落語家の喜楽サンが甘い事云つても、論より証拠、現在身内の次郎松サンが証拠人だから……エー穢はしい、早く去んで下さい。これお留、塩もつておいで……』 と下女の名迄呼びたてて人を塩でもかけてぶつ帰さうとして居る。仕方が無いのでトボトボと吾家を指して帰つて来た。 小幡橋の袂まで帰つて来ると、次郎松サンが真青な顔して出て来るのに出会つた。次郎松はついにない優しい顔をして、 次郎松『もしもし上田先生、一寸頼まれて下され。二三日前から家の阿栗(一人娘の名)に狐が憑いて囈言を云ふたり、雪隠へ行つて尻から出るものを手に掬ひ、コロコロ団子を拵へて仏壇に供へたり、妙な手付で躍つたり、跳ねたりした挙句は、布団をグツスリ被つて寝通しぢや。モウこれからお前には敵対はぬから何卒堪忍して呉れ。あんまり俺が反対するのでお前が怒つて、それ……あの……何々を憑けたのぢやらう。もうこれから屹度お前の云ふ通りにするから、何々を連れて行つて下され。ナア喜楽先生、何卒頼みますわ』 と橋の上で大きな声で云ふ。人に聞えては態が悪いと思ふては、キヨロキヨロ其処等を見廻して居ると、松サンは頓着なしに娘の病気の事を喋り立てる。仕方が無いので喜楽は、 喜楽『兎も角行つて見ませう』 と先に立つて次郎松の家へ行つた。おこの婆サンは喜楽の顔を見て、いきなり、 おこの『これ喜楽サン、お腹が立つたぢやらうが何卒怺へてお呉れ。昨夜から阿栗が喜楽サン喜楽サンと八釜しう云ふて仕様がない。あまり宅の松が神さまの悪口を云ふもんだから、お前が怒つて一寸……したのだらう。何と云ふても隠居母家の間柄、宅の難儀はお前の処の難儀だ、又お前の処の難儀は矢張俺の宅の難儀だ。悪い事せずに、早う飯綱を連れて去んでくれ。年寄の頼みぢやから……たつた一人の孫があんな態になつてるのを見て居る俺の心はいぢらしいわいなア、アンアンアン』 と泣き出す。喜楽はムツとして、 喜楽『これ、おこのサン、そんな無茶な事云ひなさんな、殺生ぢやないか。誰がそんな物を使ふものか、自分の宅に置いた奉公人でさへも仲々言ふ事を聞かぬぢやないか。仮令そんな狐があるにした処で人間の云ふ事を聞きさうな筈がない。あんまり見違ひをしておくれな、わしは腹が立つ。村中の者に飯綱使ひぢやと悪く云はれるのも、皆松サンが仕様もない事を触れて歩くから俺が迷惑をしてるのぢや。結構な神さまの名まで悪くして堪らぬぢやないか』 おこの『その腹立ちは尤もぢやが、外ぢやないから何卒機嫌を直して阿栗の病気を助けてやつてくれ。これ松、お前もチツと喜楽サンに頼まぬかいな』 奥の間で阿栗と云ふ娘は、ケラケラケラと他愛いもなく狐が憑いて笑ふて居る。助けてやつても悪く云はれる、助けてやらねば尚悪く云はれる、こんな男にかかつたら如何する事も出来ぬ。エー仕方がないと病人の前へ端坐して天津祝詞を奏上し、神言を静に唱へて一二三四……と天の数歌を四五回繰返した。病人はムクムクムクと立ち上がり、矢庭に跣足のまま庭に下り、門口の戸に頭を打つて『キヤツ』と云つたまま仰向けに倒れた。此時高畑の狐が退いたのである。それから娘の病気はスツカリ癒つて了つた。松サンは口を尖らして、 次郎松『これ、喜楽サン、お前は何と云ふ悪戯をする男だ。人の処の娘へ狐を憑けて長い事苦しめ、知らぬかと思ふて居つたが、宅の母者人[※「母者人」とは母親を親しみを込めていう言葉。]や、此松サンの黒い目でサツパリ看破られ、しやう事なしに憑けた狐をおひ出したのだらう。今度はこれで怺へてやるが、一人娘を又こんな目に遭はすと警察へつき出して了ふぞ。サア飯綱使ひ、早う去ね、何程仇をしようと思ふても、宅には金比羅さまのお札が此通り沢山にあるから、これから金比羅さまを祈つてお前の魔術が利かぬ様にしてやる。お前も、もういい加減に改心をして元の乳屋になり、年寄やお米はんに安心をさしたら如何ぢや。お前処が難儀をすると矢張黙つて見捨てておく訳には行かぬから、親切に気をつけるのだから悪う思ふ事はならぬぞ』 と娘を助けて貰うてお礼を云ふ処か、アベコベに不足のタラダラを並べ罵詈を逞しうし、お為めごかしの御意見を諄々と聞かして呉れた。松サンは其翌日から益々猛烈に反対をしだし、 次郎松『宅の娘に喜楽がド狐を憑けて苦しめよつた。到頭化けが現はれて俺に責め付けられ、仕様事なしに骨折つて憑けた狐をおひ出して連れて去によつた。俺は親類で居つて云ふのだから嘘ぢやない。みな用心しなされや』 と其処等中を触れ歩いた。喜楽こそ宜い面の皮である。 (大正一一・一〇・一〇旧八・二〇北村隆光録) |
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霊界物語 | 37_子_出口王仁三郎自叙伝1 | 20 仁志東 | 第二〇章仁志東〔一〇三二〕 話は少し元へ帰る。明治卅一年の四月三日神武天皇祭[※神武天皇が崩御した日。]の日、喜楽は早朝より神殿を清め修業者と共に祭典を行つて居た。そこへ瓢然として尋ねて来た五十余りの男がある。男は無造作に閾をまたげてヌツと這入り、 男『私は紀州の者で三矢喜右衛門と申します。稲荷講の福井県本部長で、静岡県阿部郡富士見村月見里稲荷神社附属、稲荷講社総本部の配札係で御座います。紀州を巡回の折柄、ここの噂を承り、すぐさま総本部へのぼり長沢総理様に伺うた所、因縁のある人間ぢやに依つて、兎も角調べて来いと言はれました。過去現在未来一目に見え透く霊学の大先生長沢様の御言葉だから、喜んでお受けなされ、決して私は一通りの御札くばりではありませぬぞ』 とまだ喜楽が一口も何ともいはぬ先から、虎の威をかる狐の様に威ばり散らしてゐる。喜楽は稲荷講社と云ふ名称に就いては聊か迷惑のやうな気がした。なぜならば口丹波辺は稲荷講社といへば直に稲荷おろしを聯想し、狐狸を祀るものと誤解されるからである。併し乍ら過去現在未来を透察する霊学の大家が長沢先生だと言ふことを聞いては、此三矢を只でいなすことは出来ない様になつて来た。 二月以来高熊山の修行から帰つたあとは、霊感問題に没頭し、明けても暮れても、霊学の解決に精神を集中して居たからである。そして親戚や兄弟、村の者までが、山子だ、飯綱使だ、狐だ、狸だ、野天狗だ、半気違だと口々に嘲笑悪罵を逞しうするので、何とかして此明りを立て、人々の目をさまさねばならぬと、心配して居た所へ三矢氏が来たのだから、一道の光明を認めたやうな気になつて、勇み喜び、直に三矢を吾家に止め、いろいろと霊学上の問題を提出して聞いて見たが、只配札のみの男と見えて、霊学上の話は脱線だらけで、何を聞いても一つも得る所がなかつた。それから旅費を工面して、三矢の案内で愈同月の十三日、穴太を立つて京都まで徒歩し、生れてから始めての三等汽車に乗つて、無事静岡の長沢先生の宅に着くことを得た。 長沢先生は其時まだ四十歳の元気盛りであつた。いろいろと霊学上の話や、本田親徳翁の来歴等を三四時間も引続けに話される。喜楽が一口言はうと思うても、チツとも隙がない。此方の用向も聞かずに四時間斗り喋り立て、ツツと立つて雪隠へ行き、又元の所へ坐り、三方白の大きな目を剥き出し、少し目が近いので背を曲げ、こちらを覗く様にして、又もや自分の話を続けられる。机の下は二三ケ月間の新聞紙が無雑作に散らけてある。沢山の来信も封を切つたのや切らぬのが、新聞紙とゴツチヤになつて広い机のグルリに散乱してゐる。長沢先生は障子の破れ紙の端をチヨツと引むしつて、ツンと鼻をかみ、ダラダラと流れやうとする鼻汁を又ポンと紙を折り、遂にはツーと余つて鼻汁が膝の上に落ちやうとするのを、今度はあわてて新聞紙の端を千切り、それに鼻汁紙を包んで、無雑作に机の下に投げ込み乍ら、平気な顔で又五時間斗り喋りつづけられた。長途の汽車の旅で体は草臥てゐる。一寸どこかで足を伸ばしたいと思ふても先生が動かないので如何することも出来ず、とうとう其日は自分の住所姓名を僅に告げた丈で、長沢先生の話斗りで終つて了つた。 先生の母堂に豊子といふ方があつて、余程霊感を得てゐられた。豊子さまは喜楽に向ひ、 豊子『お前さまは丹波から来られたさうだが、本田さまが十年前に仰有つたのには、是から十年程先になつたら、丹波からコレコレの男が来るだらう、神の道は丹波から開けると仰有つたから、キツとお前さまのことだらう、これも時節が来たのだ。就ては、本田さまから預つて置いた鎮魂の玉や天然笛があるから、之を上げませう。これを以てドシドシと布教をしなされ』 と二つの神器を箪笥の引出しから出して喜楽に与へ、且神伝秘書の巻物まで渡してくれられた。翌朝早うから之を開いて見ると、実に何とも云へぬ嬉しい感じがした。自分の今迄の霊学上に関する疑問も、又一切の煩悶も拭ふが如く払拭されて了つた。 午前九時頃から、長沢先生は再び自分を招かれた。早速に先生の前に出で、今度は自分の方から喋り立て、先生に一言も云はすまいと覚悟をきめて出合ふなり、自分の神憑り[※初版・愛世版では「神憑り」、校定版では「神懸り」。]になつた一伍一什を息もつかずに三時間斗り述べ立てた。先生は只『ハイハイ』と時々返事をして、喜楽の三時間の長物語を神妙に聞いて呉れられた。其結果一度審神者をして見ようと云ふことになり、喜楽は神主の席にすわり、先生は審神者となつて幽斎式が始まつた。其結果疑ふ方なき小松林命の御神憑[※初版・愛世版では「御神憑」だが、校定版では「御神懸(ごしんけん)」。]といふことが明かになり、鎮魂帰神の二科高等得業を証すといふ免状迄渡して貰つた。喜楽は今迄数多の人々に発狂者だ、山子だ、狐つきだとけなされ、誰一人見わけてくれる者がなかつた所を、斯の如く審神の結果、高等神憑[※初版・愛世版では「神憑(かむがかり)」だが、校定版では「神懸(かむがかり)」]と断定を下されたのであるから、此先生こそ世界にない、喜楽に対しては大なる力となるべき方だと打喜び、直ちに請ふて入門することとなつたのである。要するに長沢先生の門人になつたのは霊学を研究するといふよりは、自分の霊感を認めて貰つたのが嬉しかつたので入門したのであつた。 夫れより先生に従ひ、三保の松原に渡り、三保神社に参拝して、羽衣の松を見たり、又は天人の羽衣の破れ端だと称する、古代の織物が硝子瓶の中に納められてあるのを拝観したりし乍ら、一週間許り世話になつて、二十二日の夜漸く穴太の自宅に帰る事を得た。三矢喜右衛門も再穴太へ従いて帰り、園部の下司熊吉方に往復して、とうとう斎藤静子と熊吉との縁談の媒人までなし、今迄の態度を一変して、下司熊をおだて上げ、いろいろと喜楽に対し、反抗運動を試みる事となつた。 下司熊は、斎藤静子の余りよくない神憑を女房に持ち、自分も神憑となつて、相場占を始め出した。下司の腹心の者に藤田泰平といふ男があつた。此男は人の反物を預り、着物や羽織を仕立て、賃銭を貰つて生計を立てて居た男である。下司熊の頼みによつて、方々から預つたいろいろの反物を質に入れ、金を借り、それを下司熊に使はれて了ひ、依頼主から火急な催足をされて、非常に煩悶をしてゐた。グヅグヅして居ると刑事問題が起り相なので、泰平自ら穴太へ行つて来て、下司熊の為に自分は退引ならぬ破目に陥つた事を歎きつつ物語り、如何かして助けて貰ふ訳には行かうまいかと云つて泣いて居る。喜楽も最早如何する事も出来ない。併し乍ら何とかして助けてやりやうはないかと、頭を悩ましてゐた。そこへ斎藤宇一が自分の叔母の婿となつた下司熊と共に出て来て、何とかして藤田を助ける工夫はなからうか、藤田許りか下司までが、此儘にしておいたら、取返しのつかぬやうな事になつて了ふ。お前の家や屋敷を抵当に入れて、金でも借つてくれまいかと斎藤が云ふ。併し乍ら喜楽の家屋敷は既に抵当に入り、五十円借つた金も、とうの昔になくなつて居た。ふと思ひ出したのは奥条といふ所に預けておいた乳牛がある。其牛は喜楽の自由の物で、精乳館の物ではなかつたのを幸ひ、それを売つて下司や藤田の急場を助けてやらうかと思ひ、喜楽が九十円で買うた牛が奥条に預けてある、それをどつかへ売つてくれたら、其金を間に合はしてやらうと、云ふた言葉に下司は手を拍つて踊りあがり、 下司『そんなら済まぬが、どうぞ暫く私に貸して下さい。此牛は自分が入営してゐた時の友達で、矢賀といふ所に伯楽をして居る者があるから、そこへ連れて行て買うて貰はう』 といふ。そこで話が纏まつて、藤田泰平は園部へ帰る。喜楽と宇一と下司熊の三人は、奥条の牛の預け先から引出して来て、八木の川向うの矢賀といふ所へ引張つて行つた。 其日は此地方の氏神の祭礼で、あちらこちらに大きな幟が立つてゐる。漸くにして九十円の牛を十五円に買ひ取られ、日が暮れてからソロソロ八木へ廻つて帰らうとした。十五円の金は下司が預つたきり、懐へ入れて了つた。そして十円さへあれば下司の問題も一切片付くのである。五円丈は喜楽に渡すといふ約束であつたが、下司はふれまわれた酒にヘベレケに酔うて、何と云つても、妙な事計り言つて受入れぬのみか、日清戦争で戦死した戦友の石碑が立つてる前へ行つて手を合せ、 下司『惟神霊幸倍坐世、オイ貴様もおれと一緒に戦争に往つたのだが、とうとう先へ死によつたのう、本当に貴様は可哀相なものだ。こんな部落へ生れて来て、其上鉄砲玉に当つて死んで了ひ、本当に可哀相だ。おりや君に同情するよ。ナアに、俺だつて、同じ人間だ。そんなこた遠慮に及ばぬ』 と沢山の部落民がそこに居るのも構はず喋り立てる。忽ち十四五人の男が現はれて、 『ナアに失礼な事をぬかす、やつてやれ』 と言ひ乍ら、下司熊の手足を取り、ヨイサヨイサと祭の酒に酔うた奴斗りが、矢賀橋の側までかいて行き、メツタ矢鱈に頭をなぐる、打つ蹴る、非常な大騒ぎとなつた。宇一は部落民の方へ分け入つて、いろいろと下司の為にあやまつてやつてゐた。喜楽は懐中の天然笛を取出して、一生懸命にヒユーヒユーと吹き立てた。何と思ふたか、一人も残らず暴漢は逃げて行く。 そこへ巡回の巡査がやつて来て、下司熊を労はり八木まで送り届けてくれた。喜楽も宇一も巡査の後に従いて八木の橋詰まで帰つて来た。来て見れば橋の西側に劇場があつて、芝居が始まつてゐる。勧進元は下司熊の父親の下司市といふ可なり名の売れた顔役である。下司熊は喜楽や宇一を楽屋の中まで引張て行き裸になつて見せて、 下司『あゝ喜楽サン、折角に世話になつた牛の金が最前の喧嘩でおとしたとみえて、これ此通り一文も無い』 としらばくれてゐる。後から事情を探つて見れば、実際は五十円に牛を売り、ワザとに八百長喧嘩を仕組み、一文も残らず引つたくつてやるといふ計略に乗せられたのであつた。又藤田の来たのも、下司や宇一との計略に依つて喜楽の牛を売らし其金をせしめようといふ計略であつた事が判明したのである。それが分つたので喜楽は神憑[※初版・愛世版では「神憑」、校定版では「神懸」。]になり、腹の中の憑霊に向つて、 喜楽『なぜ喜楽の肉体がこんな目に会うてるのに知らさなんだか、言はいでもよいこと許り喋る癖に、なぜかう云ふ時に知らしてくれぬのだ。モウこれからお前らの言ふことは聞かぬ。サア私の体からトツトと帰つてくれ』 と腹立紛れに呶鳴り立てた。さうすると暫く静まつて居つた玉ゴロが、又もや喉元へこみ上げて来て、小さい声で、 『アツハヽヽヽ、馬鹿だのう』 といつたぎり、何と云つても、キウともスウとも答へてくれぬ。とうとう泣き寝入りになつて了うた。 下司熊は其後須知の岩清水といふ所で、村の神官と諜し合せ、観音の木像を土の中へ深く埋けておいて、「サテ自分は神さまのお告に依り岩清水の或地点に観音さまが埋まつて御座ることを聞きましたが、一ぺん調べさして頂きたい」と区長の宅へ頼みに行つた。それから区長の許しを受けて、宮の神主と共に掘り出しに行つた所、観音の木像が出たので、それを御神体とし、船越某の家で祭壇を作り、所在神仏の木像を古道具屋の店のやうに祀りこみ、二三十本の幟をあちら此方に立て、お大師さまの御夢想の湯だと云つて、湯をわかし、患者を入浴せしめなどして、沢山の愚夫愚婦を集めて居た。そして観音の木像が神さまのお告げで現はれたといふので大変な人気となり、一時は非常に繁昌してゐたが遂に警察から科料を取られ、拘留に処せられ、それより段々信者が来なくなつて了ひ、やむを得ず、岩清水を立つて、再び園部へ舞ひもどり、神さま商売もテンと流行らなくなつたので、再び博徒の群に入り、とうとう睾丸炎を起して夭死して了つた。泰平も亦二三年を経て急病でなくなつて了つた。牛を下司に取られたといふので、又々由松が怒り出し、 由松『此神は盲神だから、兄貴の馬鹿がだまされて居るのを、黙つて見てやがつた、腰抜神だ。モウ俺の内にはおいてやらぬ』 といつて再斎壇を引つくり返し、暴れまはるので、喜楽も安閑として居る訳にも行かず、此上如何したらよからうか、一つ神さまに伺つて見ようと、産土の社に参拝して神勅を受けた。其時小松林命喜楽に神懸りして、 小松林『一日も早く西北の方をさして行け、神界の仕組がしてある。お前の来るのを待つてゐる人がある。何事にも頓着なく速にここを立つて園部の方へ向つて行け!』 と大きな声できめつけられた。それより喜楽は故郷を離れる事を決意したのである。 (大正一一・一〇・一一旧八・二一松村真澄録) |
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霊界物語 | 37_子_出口王仁三郎自叙伝1 | 22 大僧坊 | 第二二章大僧坊〔一〇三四〕 喜楽の入綾に先立ち茲に一つの珍話がある。明治三十一年の八月、八木の福島氏に二三回頼まれて、園部黒田の会合所から、はるばると山坂を越え、参綾して教祖に面会し、四方すみ子、黒田きよ子、四方与平氏などの大賛成を得、出口教祖と共に、艮の金神様のお道を広めようとした時、足立氏や中村氏の猛烈なる反対に遭ひ、教祖より……時機尚早し、何れ神様の御仕組だから、時節を待つて御世話になりますから、一先づ帰つて下さい……と云はれて、是非なく園部黒田の会合所へ帰り、それよりあちら此方と宣伝に従事して居た。 黒田を発つて北桑田の方面へ布教を試みようと思ひ、五箇庄村の四谷の少し手前の、二十軒ばかりの村に差かかつた。日もソロソロ黄昏時、どこかに適当の宿を求めようかと懐中を探つて見れば、懐にはたつた二十銭しかない。……ママよ、困つたら野宿をしてやらう……と腹をきめて疲れた足を引ずつて行くと、山から粗朶をかついで帰りて来る二三人の村人と途伴れになつた。ゆくゆく下らぬ話をしてゐる内にも、話は自然病人のことや憑者のことに移つて行つた。さうすると其中の一人が、 村人『あなたは憑者をおとす御方ですか、随分誓願寺の祈祷坊主や稲荷下げが来ますけれど、中々おちぬものです。此村にも不思議な憑者で困つて居る者があります』 と朴訥な村人は、行手に見える道の左側の可成り大きな一棟の家を指し乍ら、 村人『あすこの爺は小林貞蔵といひますが、どういふ訳か、十五六年前から、腹の中から大きな声が出る病気で、本人の知らぬことをズンズンと喋り立てます。貞蔵サンは何とかして声の出ない様にと骨を折るのだが、何うしても止らぬのが不思議ですよ。最初の間は自分から大変に警戒をしてゐましたが腹の中の憑者は……おれは立派な神さまだ……と名のるのを、いつのまにやら信じて了ひ、其声の指し図通りに相場をしましたが失敗の基で、田舎では可なりの財産を大方なくして了ひました。只今では駄菓子の小売をしたり、ボロ材木屋をして暮してゐますが、腹の声はまだ止まず、いろいろ雑多とつまらぬことを喋るので、貞蔵サンもこれには持て余してゐます』 と何気なく喋り立てる。喜楽は心の中で、……今夜のおれの御宿坊はここだなア……と自分ぎめにきめて了ひ、何食はぬ顔して其家の店先へ行つて見ると、一文菓子が少し計り並べてあり、店先には五十計りの額口のバカに光つた、鼻の高い丸顔爺が、厭らしい笑を湛へてすわつてゐた。喜楽は、 喜楽『一寸休ませて下さい』 と縁側に腰を卸して、ムシヤムシヤと駄菓子をつまんで食ひ出した。五銭十銭十五銭と菓子を平げ、貧弱な菓子箱はモウそれでおしまひになつて了つた。爺は呆れて喜楽の顔を見つめて居た。喜楽は、 喜楽『お菓子はこれで品切れですか、せめてモウ一円計り食ひたいものだ』 といつた。爺はますます呆れ、丸い目を剥き出し、 爺『お前サン、何とマアお菓子の好きな方ですな。何うしてそないに沢山あがられますか、お腹が悪うなりますで……』 と注意顔に云ふ。 喜楽『わしが食べるのぢやない、わしは元来菓子は嫌だが、皆私に憑いてゐる副守護神が食べるのぢや。サアお金を取つて下さい!』 と後生大事に持つて居た身上ありぎりの二十銭銀貨をポンと放り出した。 爺『ヘー』 と爺は益す目玉をまん丸うして、 爺『あんたにもヤツパリ憑者がゐますか、ふしぎな事もあるものぢやなア。私もドテライ憑者が居つて、困りますのぢや』 と云ひ乍ら、自分の身の上を打あけて、果ては、 爺『どうぞ此憑者を退かして頂く訳には行きますまいか』 と憑霊退散の相談を持ちかけて来た。喜楽はヤツと安心して爺の勧むる儘に、家に上りこんで、夕飯を頂き、そしてソロソロ鎮魂帰神の法を実施する段取となつた。 喜楽は審神者となり爺は神主となり、主客相対坐して奥座敷にすわり、懐から神笛を出して、ヒユーヒユーヒユーと吹き立て、天の数歌を二回唱へ上げ、『ウン!』と力をこめるや否や、元来ういてゐた霊の事だから、ワケもなく大発動を始めた。其発動状態が頗る奇抜なもので、青い鼻汁が盛に出る。ズルズルズルポトポトと際限なく膝の上に落ちる。爺サンはしきりにそれを気にして、組んで居た手を放して、懐から紙を出して、チヨイチヨイと拭きにかかる、又手を組む、ズルズルと鼻汁が出る、爺は手をはなして、 爺『一寸先生失礼』 といひ乍ら、懐から紙を出してツンとかむ、そして又手を組む、鼻汁がツルツルと出る、又手を放し、懐の紙を出してハナを拭く。そして大きな声で、 爺『ヴエー』 と唸り、うなつた拍子に、口が細く長くへの字になる。五六回もこんな事を繰返すのを、黙つて見て居たが、霹靂一声、 喜楽『コラツ!』 と喜楽は大喝してみた。爺は此声に驚いて、一尺許り手を組んだ儘飛上つた。 喜楽『モウ鼻汁をふく事は相成らぬ。何神か名を名乗れ!』 と問ひ詰めた。爺サンの鼻汁は依然として、遠慮会釈もなくツルツルと流れおつる。拭く事を禁ぜられたので、鼻汁が連絡して了ひ、鼻の穴から膝まで、つららのやうに垂れさがる。喜楽は委細かまはず、たたみかけて、 喜楽『早く名を言へ、早く早く』 とせき立つれば、爺の憑霊は肘をはり、口をへの字に結び、しかつめらしく、 爺『オーオ、俺は、俺は……のう』 と腹の底から途方途轍もない高い声が湧いて来る。そして又、 爺『おれはおーれはのう、おれはのう』 と連続的に『俺は』を続けてゐる。 喜楽『なんぢや辛気くさい、其先を言へ』 爺『俺はのう、ウツフン、アツハヽヽヽ』 喜楽『早く名乗らぬか、同じ事許り、何べんも何べんも、くり返しよつて、辛気くさいワイ』 爺『オヽヽ俺はのう、俺はのう、クヽヽヽ鞍馬山のダヽヽヽヽヽ大僧坊だワイ』 と芝居がかりの大音声、 喜楽『フヽン、何を吐すのだ。鞍馬山には大僧正なら居るが、大僧坊などと言ふ天狗がゐるものか、有のままに白状せい。果して鞍馬山の天狗なれば、鞍馬山の地理位は知つてゐるだろ。鞍馬山は何といふ国の山だ』 爺『アツハヽヽヽア、バカバカバカ、馬鹿者奴!鞍馬山の所在が知れぬ様な事で、審神者を致すなぞとは片腹痛いワイ。知らな、云つて聞かさうか、山城の国の乙訓郡であるぞよ』 喜楽『鞍馬山は乙訓郡ではないぞ[※乙訓郡ではなく、愛宕郡(おたぎぐん)にある]。自分の居る所さへ分らぬ様な者が、鞍馬山の大僧坊とは駄法螺を吹くにも程がある。其方は擬ふ方なき野天狗であらうがなア』 爺『見破られたか、残念やな、クヽヽ口惜やなア』 と鼻汁天狗は飽くまで芝居気取りで、切り口上で呶鳴つてゐる。 喜楽『畏れ入つたか、貴様はヤツパリ野天狗であらうがなア』 爺『オヽオウ、俺は俺は、ヤツパリ野天狗であつたワエ』 言ひも終らず、爺の体は宙に浮かんで、静坐せる審神者の頭の上を、前後左右縦横自在にかけり出した。そして隙をねらつて、目玉のあたりを足げにせうとの魂胆、実に険呑至極であつた。乍併これしきの事にビクツク様では審神者の役はつとまらないと、咄嗟に組んだ手をといて右の人差指に霊をかけ、爺の体に向けて、喜楽は指先を右に一回転した。それに従つてクルリと爺の体は宙に浮かんだまま、鼻汁迄が円を描いて、右に一回転する。続いて指を左にまはせば、爺の体はそれにつれて左に一回転する。指をクルクルクルと間断なくまはせば、爺の体もクルクルクルとまるで風車其ままであつた。此荒料理には流石の野天狗も往生したと見え、全身綿の如く疲れ切つてヘトヘトになり、とうとう畳に平太ばつて了つた。そして切りに首をふり乍ら、顔を畳にひつつけた儘、 爺『一切白状致します、御免下さいませ。モウ斯うなれば隠しても駄目だから……』 と以前の権幕はどこへやら、猫に追はれた鼠のやうにちぢこまつた。喜楽の質問につれ逐一自白したが、それはザツと左の通りであつた。 爺『此爺の叔父に一人の財産家があつた。それを此爺が十四五年前、悪辣なる手段でたらしこみ、財産全部を横領して了つた。叔父は憤怒と煩悶の余り、精神に虚隙が出来、其結果野天狗につかれ、とうとう山奥にいつて首を縊つて往生して了つた。死骸は永らく見つからず、二三年してから白骨となつて、山の奥にころがつてゐた。余りの悔しさ残念さに、叔父の亡霊は此爺が酒にくらひ酔うて、道傍に倒れてる隙を考へ、野天狗と一所に憑依し、そして鞍馬山の大僧坊と偽り、米が非常に下がるから早く相場をして売にかかれ、大変な金を儲けさしてやると云ふので、売方になると米が段々と上がつて来る。今度は又米があがるから買方になれと云ふので、其通りやつて見ると、大変な大下がりを喰ひ、何回となくたばかられて、大損害を重ね、折角叔父から手に入れた山林田畠も残らず売りとばして了ひ、駄菓子屋とヘボ材木屋とまで零落させて了つたのである、尚最後には何とかして命まで取る積で居つた所、今日計らずも、霊術非凡な審神者に看破されたので厶います』 と大体の自白をした。そして鼻汁が盛んに出るのはつまり首をくくつた時、鼻汁を垂れた其亡霊の所為である。白骨の主を手あつく葬る事を爺が約束したので、亡霊はヤツとのことで、爺の体から退散した。乍併退散したといふのは表向で、ヤツパリ此爺の体に潜み、時々妙な事をやらすのである。此爺さんは明治四十五年頃大本へ訪ねて来たことがある。今は家も何もかも売つて了ひ、大阪方面へ出稼ぎに行つたといふことである。 (大正一一・一〇・一二旧八・二二松村真澄録) |
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霊界物語 | 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 | 02 吉崎仙人 | 第二章吉崎仙人〔一〇三九〕 丹波何鹿郡東八田村字淤与岐といふ、大本に因縁深き木花咲耶姫命を斎られたる弥仙山のある小さき村に、吉崎兼吉といふ不思議な人があつて、自ら九十九仙人と称してゐる。 彼は七才の時、白髪異様の老人に山中に出会ひ種々の神秘を伝へられてから、其言行は俄然一変し、日夜木片や竹の端等にて、金釘流の筆先を書きあらはし、天のお宮の一の馬場の大神様の命令を受けて、天地の神々に大神の神勅を宣伝するのを以て一生の天職となし、親族、兄弟、村人よりは発狂者と見做され、一人も相手にする者がない、それにも屈せず、仙人は自分の書く筆先は、現代の訳の分らぬ人間に宣教するのではない、宇宙の神々様に大神の御心を取次ぐのであるから、到底人間の分際として、自分の書いたことが紙一枚だつて、分るべき道理がないのだと云つてゐる。二十五六才の頃から郷里の淤与岐を立出で、口上林村の山奥に忍び入り、平素は樵夫を職業となし、自分一人の食ふ丈のものを働いて拵へ、チツとでも米塩の貯へが出来ると、それが大方なくなるまで、山中の小屋に立こもつて、板の引わつたのに竹の先を叩き潰して拵へた筆で神勅を書きあらはし、日当りのよい場所を選んで、大空を向けて斜に立てて日にさらしておくのである。其仙人の書いた筆先は、大本の教祖のお筆先と対照して見ると、余程面白い連絡がある。其筆先の大要は先づザツと左の通りである。 『今日迄の世界は、吾々邪神等の自由自在、跳梁する世界であつたが、愈天運循環して、吾々大自在天派の世界はモウ済んで了つたから、これからは綾部の大本へ世を流して、神界の一切の権利を、艮の金神に手渡しせなくてはならぬ』 といふ意味の事が沢山に書いてある。又出口教祖の古き神代からの因縁などもあらまし書き現はしてある。 此九十九仙人の精霊が、上谷の幽斎修行場へ現はれて来て、当年十八才の四方春三に神懸し筆を取らして、 『此世一切の神界の事を、綾部の大本へ引つがねばならぬから、今度みえた霊学の先生と、足立先生、四方春三と三人至急に来て呉れ』 とスラスラと四方の手を通じて依頼文を書いた。そこで喜楽は霊学上の参考の為、一つ研究して見ようと思ひ、其翌日直様、口上林の山奥の仙人の許へ出張する筈であつたのが、折ふし綾部に急用が出来たので、帰らねばならなくなつた。さうしてゐると三日目の正午過に、上谷の修行場から四方祐助といふ老爺サンが慌だしく大本へ飛んで来て、 祐助『上田先生、大変なことが出来ました。今の先足立サンと春三サンが諜し合せ、上田先生にかくれて、九十九仙人に会見に行き、一切の神界の秘術を授けて貰ひ、帰つて来て、上田をアフンとさせてやらう、兎も角十分の神力を受けて居らねば、上田を放り出すことが出来ぬ。これは大秘密だから、決して上田には知らしてはならぬぞ……と云つて、二人があわてて出て行かはりました。あの人達二人が、先生に隠れて勝手に行くといふのは、何れ碌な事ぢやありますまい。又一つ何かよからぬことを企むのでせう。先生、グヅグヅして居つては大変ですから、サアこれから私が口上林の山の口まで御案内致しますから、今から二人の後を追つかけて行つて下さい、サア早よ早よ!』 と急き立てて居る。そこで喜楽は早速教祖に面会して、其報告通りの事を申上げると、教祖は、 教祖『そんなら一時も早う、御苦労乍ら仙人に会うて来て下さい』 と云はれた。祐助爺サンの案内で、口上林の仙人の居るといふ杉山の一里程手前まで送られ、そこから祐助爺サンに地理を詳しく教へられ、袂を分ち、雑草の生ひ茂る羊腸の小路を只一人登つていつた。 案内も知らぬ草深い峻坂を、一枚の紙に書いた、そそかしい地図を力に辿り辿りつつ、心を先に進んで行つた。半里ばかり登つたと思ふ時に路の傍の林の中に矮小な小屋があつて、其中には何か二三人の話声が聞えて居る。喜楽は聞くともなしに、小屋の傍に佇立して息を休めてゐると、六十余りの年よりの声で、 (老人)『一体お前達は神様の御用を致す者であるならば、なぜに世間の義務や人情を知らぬのか、そんなことで如何して衆生済度が出来る、口先計りの誠で、心と行ひが正反対だ。衆生済度所か、自分一人の済度も出来まいぞ。僅かに一銭や二銭の金が惜しいか、口先で甘いことをいうて、信者から金を取ること許り毎日日日考へてゐる神商売人だらう。此老人の労苦に酬ゆることを知らぬか。俺も一旦それ程惜しい金なら要らぬと云うた以上は、仮令此山奥でかつえて死んでもお前達の金は汚らはしい!』 とだんだん声高になつて罵つてゐる。一方の小さい声はよく聞いて見れば、聞覚えのある足立正信氏の声であつた。 足立『オイ爺サン、余り劫託をつくものでない。山路の修繕料をくれと云つたつて、どうしてそれがやれるものか。どこに修繕が出来て居る。道草一本刈つた形跡もなし、土一所動かした気配もないぢやないか。今先も道端の芒で足を此通り切り、高い石に躓いて生爪を起したり、これ丈難儀をして居る旅人に、山路の修繕費をよこせもないものだ。金の有余つた気違ひならいざ知らず、こんな山子のイカサマ爺イの山賊みたいな奴には、淵川へすてる金があつても、勿体なうてやれぬワイ。世間の人間をバカにするにも程があるぞ。お前もよい年しとつて、よい加減に改心をしたら如何だ。乞食のやうな真似をして、何の事だ』 と鼻先でからかつて居る。喜楽はつと其矮屋の入口を見ると、 『私は妻子眷族も親類もない憐な孤独者であります。年は六十七才、此奥山へ通ふ人々の為に、一年中ここに住居して山路を直し、往来のお方の便利をはかつて居る者であります。どうぞ御同情のあるお方は、乞食にやると思うて、一銭でも半銭でも宜しいから、お心持を投げてやつて下さい……世界の慈善者さま……年月日……矮屋主人』 と記してある。右の張札を見て、先程からの小屋の中の争論の理由も略推定することが出来た。喜楽はよい所で足立、四方の両人に出会うたと打喜び、直に其小屋へ、 喜楽『御免下さい』 と声をかけて這入り、爺イサンに、 喜楽『御苦労さまで御座います』 と云つて十銭銀貨一枚を与へた。老人は別に喜んだ顔もせず、喜楽を見て、 老人『ウンよし、大きな顔して通れ』 と只一言を放つたきり、穴のあく程喜楽の顔を見つめて居たが、やがて吾膝をうつて、 『ウンウン』 と何度となく諾いて居た。此老人こそ実に不思議なものである。虚構も修飾もない実際話であるから、此処に読者は注意して貰ひたい。要するに九十九仙人の守護神が、此老人に臨時憑依して、三人の心を試したのであつたと云ふことが後に分つて来たのである。 足立、四方の両人は、ヨモヤ後追つかけて来まいと思うて居た喜楽の姿が、眼前に現はれたのに一寸面くらつて、 足立『オヽ上田サンですか、只一人で此山路をどこへお越しですか。私は一寸急用で上林の某の宅へ行つて来ますから、マア御ゆるりとここで休まして貰うて結構な御話でも爺イサンから聞かして貰ひなさい。老人の云ふことは身の為になりますぞ』 と捨科白を残し、あわただしく矮屋を立つて、四方と共に山路を登つて行く。 喜楽はすぐ様後追つかけて行かうとしてゐる時、其老人は袖を引いて、 老人『一寸お待ちなさい、愚老が近路を案内して上げませう』 ときせる煙草を一二服グツと喫み、 老人『サアサアこうお出で』 と先に立ち、老人にも似ず、足も軽々しく仙人の隠れてゐる、杉山の麓の谷川の傍まで送り、 老人『サア此川を向うへ渡り、右に取つて一二丁進めば、そこが仙人の隠れ場所だ。左様なら……』 と云つたきり、早々帰つて行く。 喜楽はよく辷る谷川の急流を渡り、樵夫小屋をさして急いだ。五六丁も登つたと思ふ頃、九十九仙人は坂路の中央に立つて待つてゐる。そして喜楽に向ひ、顔色を和げ、さも愉快げに、 仙人『アヽ先生、此山路をはるばるとよく訪ねて来てくれましたなア。マアマアこちらへ来て一服なさい』 と自分の小さい小屋へ案内し、白湯を黒い土瓶から汲んですすめ、いろいろと神界の秘事を一夜間かかつて、諄々と説き諭した。喜楽は高熊山の第一次の修行や、第二回目の修行の時に、神界から見せられてゐた事実を思ひ出し、符節を合すが如きに益々感じ、自分の信念はいよいよ強くなつて来た。 喜楽は矮屋の老人の親切なる案内に依つて、恙なく九十九仙人の小屋に到着し、いろいろと有益な神界の経綸を聞かされ、非常に満足したが、足立、四方両人の、一日たつてもここへ出て来ぬのに心配し始め、仙人に向つて、 喜楽『両人はキツとここへ訪ねて来る筈だのに、まだ姿を見せぬのは如何なつたのでせう、山奥へでも迷ひ込んで居るのではありますまいか』 と尋ねてみた。仙人は笑つて答へて云ふ。 仙人『アハヽヽヽ、大変な野心を起し、お前さまを出しぬいて、大切なる神秘の鍵を握らうとした、腹の黒い人物だから、今日も到底ここへは来ることが出来ぬやうに、神界から垣をされてゐるのだから、明日の朝になつたら、ヤツとの事で来るであらう。憂慮するには及ばぬ。天のお宮の一の馬場のお父様も、天のお宮の二の馬場のお父様も、天のお宮の三の馬場の国族武蔵吉崎兼吉も、皆お前の体を守り、此神秘を伝へむ為に、彼等両人が居ると邪魔になるから、ワザとに遅れさして居るのだ』 といつて微笑して居る。喜楽は仙人の言を一伍一什聞き終り、余り教祖の筆先に符合せるに驚き、益々神界に対して一大責任の身にかかれることを覚悟し信念はますます堅くなつた。 一方の二人は喜楽の先を越さうとして、却て山路にふみ迷ひ、濃霧の為に方向を誤り、深い谷底へ転落し、身体の各所にすり傷さへも負ひ、迷ひ迷うて漸く又元の老人の小屋の前に到着し、今度は老人に目が剥けるほど呶鳴りつけられ、ブルブル震ひ乍ら、先の無礼を陳謝し、漸く老人の怒りも解け、老人の好意的案内に依つて、夜の十一時頃漸く杉山の麓の一軒の宿屋に着いた。其夜はそこで一泊し、翌日早朝登山して来たのである。二人は、 『余り心得違を致したから、神界から、お気付をされたと喜楽サンは思はれるか知らぬが、これも何か神様のお仕組でせう』 と負惜みの強い性質とて、表面平気を装うてゐたが、其顔には隠し切れぬやうな不安な血相が見えてゐた。仙人は足立に向ひ厳然として、 仙人『お前の面部には殺気が現はれてゐる。何となく心中不穏だ。一時も早く惟神の道に立帰つて、及ばぬ企図を止めなさい。今改心せなくては身の破滅を招きますぞよ』 と言強く言ひ放ち、又もや四方春三に向ひ、 仙人『お前は盤古の霊が守護して居る。甚面白くない、お前の大望は、丁度猿猴が水の月を捉へむとするやうなものだ。今に改めなくてはキツと身を亡ぼすことが出て来るぞ。今日只今限り良心に立ち復り、一心に真心を以て神界に仕へなさい。さうすれば昔からの霊の深い罪科を赦された上、天晴れ神界の御用に使つて貰へるであらう。併し乍ら今の心では駄目だ。早く改めないと、災忽ち其身に至る凶徴が、お前の顔に現はれて居る。此仙人の云ふことをゆめゆめ疑ふこと勿れ』 ときめつける様に言つた。二人は真青な顔をして一言もよう答へず、体をビリビリと震はせて居た。仙人は更めて言ふ。 仙人『いよいよ時節到来して、自分の役目は今日を以て終りをつげた。明日からは人界へ下つて、人場の勤めに従ひ、余生を送りませう。神場の用は今日で終結だから、再び訪ねて来て貰つても最早駄目だ。左様なら……』 と云ひすて、大鋸を肩にひつかけ、山奥深く其姿を没した限り、出て来ないので、やむを得ず、三人は帰途に就いた。 これから以後の四方春三は盤古の悪霊に憑依され、邪心日に日に募りて喜楽を排斥し、其後の御用を勤めむと数多の役員信者を籠絡し、いろいろ雑多の計画を立てて居たが、一年たつた後に、仙人の云ふた如く、大変な神罰を蒙りて悶死するに至つた。実に慎むべきは慢心と取違とである。 惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・一〇・一四旧八・二四松村真澄録) |
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霊界物語 | 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 | 07 火事蚊 | 第七章火事蚊〔一〇四四〕 人盛なれば天に勝ち、天定まつて人を制すとかや、喜楽は一身一家を抛つて、審神者の奉仕に全力を尽すと雖も、何を云つても廿余名の、元より常識の欠けた人物の修行者が発動したこととて、どうにも斯うにも鎮定の方法がつかない。正邪理非の分別もなく、金光教会の旧信者計りで、迷信と盲信との凝結であるから、到底審神者の云ふ事は聞入れないのである。又神懸といふ者は妙なもので、金光教の信者が修行すれば金光教の神が憑つて来る。どれもこれも皆金神と称へる。天理教の信者が修行すれば、十柱の神の名を名告つて現はれる。妙霊教会の信者が修行すれば、又妙霊教会の奉斎神の名を名告つて現はれて来る。其外宗旨々々で奉斎主神の神や仏の名を名告つて、いろいろの霊が現はれ来るものである。上谷の修行場では金光教の信者計りであつたから、牛人の金神だとか、巽の金神、天地の金神、土戸の金神、射析の金神などと、何れも金神の名を名告るのであつた。又竜宮の乙姫だとか、其他の竜神の名を以て現はれる副守護神も沢山なものであつた。 今日の大本へ修行に来る人間は、大部分中等や高等の教育を受けた人が多いから、此時のやうな余り脱線的低級な霊は憑つて来ない。が大本の最初、即ち明治卅二年頃の神懸といつたら、実に乱雑極まつたもので、丸で癲狂院其儘の状態であつた。其上邪神の奸計で、審神者たる者は屡危険の地位に陥る事があつて、到底筆や口で尽せるやうな事ではなかつた。幽界の事情を少しも知らない人々が此物語を読んでも、到底信じられない様な事許りであるが、それでも事実は事実として現はして置かねば、今後の斯道研究者の参考にならぬから、有りし儘を包まず隠さず、何人にも遠慮会釈なく、口述する事にしました。 頃は明治卅二年、秋色漸く濃やかな時、金明会の広間では、例の福島、村上、四方春三、塩見、黒田を先頭に、日夜間断なき邪神界の襲来で、教祖のいろいろの御諭しも、喜楽の審神者も少しも聞き入れぬのみか、却て教祖や喜楽を忌避して、福島氏の如きは別派となり、広前の奥の間を占領し、四方、塩見、黒田三人の修行者と共に、奇妙な神懸を続行して居る。 『お父サン、久しぶりでお目にかかりました』 『ヤア吾子であつたか、会いたかつた……見たかつた……ヤア其方は吾妻か……』 『吾夫で御座んすか、艮の金神さまが世にお落ち遊ばした時に、私も一所に落されて、親子兄弟がチリヂリバラバラ、時節参りて、艮の金神さまのおかげで、久し振りで夫婦親子兄弟の対面を許して貰ひました。あゝ有難い勿体ない、オーイオーイオーイアンアンアン』 と愁歎場を演出してゐる。余りの狂態に、平素から忍耐の強い教祖も、已むを得ず箒を以て、福島の神懸を掃出し、 教祖『お前は金光教を守護する霊であらう。此大本をかき紊す為に、福島の肉体を借つて居る事は、初発から能う知つて居る。モウ斯うなつては許す事は出来ぬから、一時も早く退散せい』 と厳しく叱りつけられ、半分肉体の交つた神懸の福島は、大いに立腹し、 福島『此誠の艮の大金神さまのお憑り遊ばした福島寅之助を、能う見分けぬやうな教祖が何になる。勿体なくも艮の金神の生宮を、箒で掃出したぞよ。又上田も小松林のやうなガラクタ神が憑つてゐるから、此結構な大神を能う見分けぬとは困つたものであるぞよ。何の為の審神者ぢや、分らぬといふても程があるぞよ。サアサア皆の神懸共、これから丑の年に生れた寅之助の、艮大金神が神力が強いか、出口と上田の神力が強いか、白い黒いを分けて見せてやるぞよ。此方の御伴致して上谷へ来いよ。もし寅之助が負たら従うてやるが、此方が勝ちたら出口直も上田も、誠の艮の金神に従はして、家来に使うてやるぞよ。今日が天晴れ勝負の瀬戸際であるぞよ。皆の神懸よ、一時も早く上谷へ行けよ。出口と上田の改心が出来ぬから、今目をさまし改心の為に、神が出口の家を灰にして了うぞよ。それから町中も其通りぢやぞよ。噫誠に気の毒なものぢやぞよ。人民が家一軒建てるのにも、中々並大抵の事ではないが、神も気の毒でたまらぬぞよ。これも出口直が我が強うて、上田の改心が出来ぬからぢやぞよ』 と四辺に響く大音声にて呶鳴り散らす。喜楽は何程福島に神懸の正邪を説明しても、聞かばこそ……、自分は誠の艮の金神ぢや、上田の審神者が何を知るものか……と、肩を怒らし、肘をはり、威丈高になつて、神懸や役員一統を引連れ、韋駄天走りに一里余りの道を、上谷の修行場さして行つて了つた。 出口教祖と喜楽と澄子の三人を広前に残して、役員も神懸も悉皆、福島にうつつた邪神の妄言を固く信じて、上谷へ行つて了つた。喜楽は教祖の命に依りて、二三時間程経つてから、中村竹造[※霊界物語における中村竹造の名前に「竹造」と表記している場合と「竹蔵」と表記している場合があるが、霊界物語ネットでは「竹造」に統一した。詳しくはオニペディアの「霊界物語第38巻の諸本相違点」を見よ]の妻の中村菊子と只二人で、上谷の四方伊左衛門といふ人の家の修行場へ出張して見ると、役員も神懸も村の人達も、老若男女の分ちなく、悉皆福島について、高い不動山の上へ上つて了ひ、あとには黒田清子と野崎篤三郎とが修行場の留守をしてゐた。そして黒田には悪狐の霊が憑つて、喜楽の行つたのも知らずに、何事か一人でベラベラと喋り立てつつあつた。野崎は其傍に両手をついて、おとなしく高麗狗然として畏まつてゐた。喜楽の顔を見るなり、野崎は驚いて、黒田清子に耳打をすると、黒田は忽ちに仰向けになつて、 黒田『上田来たか、よく聞けよ。此方は勿体なくも素盞嗚尊であるぞよ。お前が改心出来ぬ為めに、気の毒乍ら綾部の金明会は灰にして了うぞよ。お前は何しに来たのぢや、一時も早う綾部へ帰つて、火事の消防にかからぬか。グヅグヅして居る時ではないぞよ、千騎一騎の此場合でないか』 とベラベラと際限もなく喋り立てる。喜楽はいきなり、 喜楽『コラ野狐、何を吐すか。そんな事があつてたまらうか。コリヤ野狐、正体をあらはせ!』 と後から手を組んで『ウン』と霊をかけると、清子は忽ち四つ這になつて、 『コーンコン』 と鳴き乍ら、家の裏山へ一目散に駆け出した。野崎はビツクリして、後追つかけ、漸く三町許りの谷間で引捉へ連れて帰つて見ると、清子は正気になつたやうに見せて、 黒田『あゝ上田先生、誠にすまぬ事を致しました。モウこれからは、福島大先生の事は聞きませぬ。私は余り慢心をしてゐましたので、不動山の狐がついてゐました。あゝ恥かしい残念な』 と顔を袂で押しかくす。喜楽は、 喜楽『そんな事にたばかられるものか、詐りを云ふな、其場逃れの言ひ訳だ。審神者の眼で睨んだら間違ひはあるまい。四つ堂の古狐奴!』 とにらみつくれば、又もや、 『コンコン』 と鳴き乍ら、一目散に不動山を指して逃げて行く。暫くすると、例の祐助爺イサンが、喜楽の前に走せ来り、 祐助『上田先生、あんたは又しても神懸サンを叱りなさつたさうだ。今黒田サンに素盞嗚尊さまがおうつりになつて、山へ登つて来て大変に怒つてゐやはりますで。大広前が御神罰で焼けるのも、つまり先生の我が強いからで御座います。爺イも一生懸命になつて、大難を小難にまつり代へて下さいと、お詫を致して、艮の金神さまや神懸さまに御願申して居りますのに、先生とした事が、お三体の大神さまのお懸り遊ばした結構な神懸サンを、野狐だなんて仰有るから、大神さまが以ての外の御立腹、どうしても今度は許しは致さぬと仰有ります。先生、爺イが一生の頼みで御座りますから、黒田サンの神さまにお詫を、今直にして下さりませ。綾部の御広前や町中の大難になつてはたまりませぬから……』 とブルブル震ひ乍ら、泣き声で拝んで居る。喜楽は、 喜楽『祐助サン、心配するな、決してそんな馬鹿な事があるものか。誠の神さまなら、そんな無茶な事はなさる筈がない。皆曲津神が出鱈目を言ふて居るのだ。万一綾部にそんな大変事があるものなら、自分が上谷へ来る筈がないぢやないか。ジツクリと物を考へて見よ』 と諭せば、爺イサンは少しは安心したと見え、始めて笑顔を見せた。喜楽は直に不動山へ登り、数多の神懸の狂態を演じて居るのを鎮定せむと、修行場を立出でた。爺イサン驚いて、喜楽の袖を控え、 祐助『先生、どうぞ山へ行くのはやめにして、これから直綾部へ帰つて下さい、案じられてなりませぬ。今先生が山へ登られたら、又々福島の神さまが、御立腹なさると大変で厶ります』 と無理に引止めようとする。喜楽は懇々と祐助をさとし、漸くの事で納得させ、中村菊子と同道にて、綾部へ立帰らしめ、喜楽は只一人雑木茂る叢をかきわけて不動山に登り、松の木蔭に隠れて、神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑り」。]連中の様子を覗つてゐた。 福島寅之助、四方平蔵、足立正信、其外一統の連中は、喜楽の間近に来てゐる事は夢にも知らず、一心不乱になつて、 『福島大先生さま、艮の大金神さま、一時も早く教祖さまの我が折れまして、上田が往生致しまして……綾部の戒めをお許し下さいませ、仮令私の命はなくなりましても、教祖さまが助かりなさりますように』 と一同が涙交りに頼んでゐる。四方春三の声で、 春三『皆の者よ、よく聞け。出口直は金光大神の反対役であるぞよ。上田のやうな悪い奴を引張り込んで、金光教会を潰したぞよ。あの御広間は元は金光の広間ぢやぞよ。それに出口と上田とがワヤに致したぞよ。誠の艮の金神が、今度は勘忍袋の緒が切れたから、上田の審神者を放り出さねば、何遍でも大広間は焼いて了ふぞよ。四方平蔵も又同類ぢや、出口直と相談を致して、上田をかくれて迎へに行きよつたぞよ。出口と上田と平蔵と三人が心を合して、金光の広間をつぶしたぞよ。今度は改心して、上田を穴太へ追ひかへせばよし、何時までも其儘に致してをるやうな事なら、此神が許さぬぞよ』 などと、もと金光教の信者計りが集まつて、神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑」。]の口で攻撃をやる。黒田きよ子が又口を切つて、 黒田『足立正信どの、其方は何と心得て居るのぞえ。金光教会の取次ではないか、今まで出口の神の側に二三年もついて居り乍ら、上田のやうなガラクタ審神者に、広間を占領しられて、金光どのへ何と申訳致すのか。上田の行状を見たかい。彼奴は、毎日々々朝寝は致す、昼前に起て来て、手水もつかはぬ、猫より劣つた奴ぢやぞよ。寝所の中から首丈出して飯を食つたり、茶を呑んだり、風呂へ這入つても顔一つ洗ふ事も知らず、あんな道楽な奴を、因縁の身魂ぢやから大切にしてやれ、と教祖が申すのは、チツと物が分らぬぞよ。教祖の目をさますのは、一番に上田を放り出すに限るぞよ。あとは金光教で足立正信殿が御用致せば立派に教が立つぞよ。あれあれ見やれよ、今綾部の金明会が焼けるぞよ。皆の者よ、あれを見やいのう』 と邪神が憑つて妄言を吐いてゐる。一同は目を遠く見はつて、綾部の方を覗く可笑しさ。折ふし綾部の上野に瓦屋があつて、窯に火を入れて居るのが、夕ぐれの暗を照して、チヨロチヨロと見え出した。さうすると、 黒田『サア大変ぢや大変ぢや、出口の神さまは誠に以てお気の毒ぢやぞよ。御心配をして御座るぞよ。今頃は上田の審神者が一生懸命になつて火傷をし乍ら火を消しにかかつて居るぞよ。大分にエライ火傷を致して居るから、今度こそは神罰で命を取られるぞよ。今出口の神が一生懸命に祈つてゐるぞよ、ぢやと申して此火は中々消えは致さぬぞよ。綾部の大火事となるぞよ。神の申す事は一分一厘違は致さぬぞよ。これが違うたら神は此世に居らぬぞよ。慢心は大怪我の元だぞよ。慢心致すと足許へ火がもえて来て……熱うなるまで気がつかぬぞよ。行けば行く程茨むろ、行きも戻りもならぬよになるぞよ。それそれあの火を見やいのう』 と三人の神懸[※校定版では「神がかり」]が口を切る。数多の村人も神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑」。]も泣き声になり、 『福島大先生様、中村大先生様、四方大先生さま、足立大先生さま、どうぞお詫をして下さいませ』 と手を合して拝んでゐる。時正に一の暗み、瓦屋の火も見えなくなつた。 四方平蔵『火事にしては火が小さ過る。余り消えるのが早かつた。これは福島大先生さま、どういふ訳で御座いませうか……』 と尋ねて居るのは四方平蔵氏であつた。福島は横柄にかまへ乍ら、 福島『ウン、神の御仕組で広前を一軒丈犠牲に焼いたぞよ。皆の者よ綾部へ帰つて、出口の我を折らして、上田を放り出して了へよ。其後へ誠生粋の艮の金神が、福島寅之助大明神と現はれて、三千世界の立替を致すから、天下太平に世が治まりて、大難を小難にまつり代へて許してやるぞよ。何程人民がエライと申しても神には勝てぬぞよ。疑を晴らせよ。誠の丑寅の金神の申す事は、毛筋の横巾程も間違ひはないぞよ。改心致さぬと足許から鳥が立ちて、ビツクリ致して目まひがくるぞよ。改心するのは今ぢやぞよ』 と呶鳴り散らしてゐる。暗の帳はますます深く下りて来た。鼻をつままれても分らぬやうに暗い。提灯もなければ、上谷まで帰る事も出来ぬ真の暗になつた。村中の者が家を空にして、残らず此処へ登つて了つて居つたが、山を下りるにも下りられず、途方に暮れて『惟神霊幸倍坐世』と合掌してゐる。其処へ暗がりの中から、喜楽の声として、 喜楽『汝等一統の者、余り慢心強き故に邪神にたぶらかされ、上田の審神者の言も用ひず、極力反対せし結果は、今汝等の云ふ如く、足許から鳥が立つても分るまい。喜楽は数時間以前から、此松の木蔭に休息して、汝等の暴言暴動を残らず目撃してゐた。汝等に憑つた邪神は、現在此処に居る喜楽を見とめる事も出来ない盲神だ。又綾部の広前は決して焼けてはゐないぞ。最前見えた火の光は、稍大にして火事の卵に似たれども、あれは火事ではない、上野の瓦屋が窯に火を入れたのだ。汝等は今此処で目を醒まし、悔ゐ改めねば、神罰忽ち下るであらう。現に此山上にさまようて、帰路暗黒、一寸も進む能はざるは神の懲戒である。汝等一同の者、よく冷静に考へ見よ。万一広前が焼けるものと思へば、何故大神の御霊の鎮座ある、広前につめきつて保護せないのか。なぜ面白さうに火事見物をし、村中が弁当や茶などを携帯して、安閑と見下ろそうとしてゐるその有様は何の事か、これでも誠の神の行ひか、チツとは胸に手を当て考へてみよ』 と呶鳴りつけた。サアさうすると……上田は綾部に居ると固く信じてゐた一同の者は、藪から棒をつき出したやうに、喜楽が現はれたのと、其説諭に面食つて、泣く者、詫びる者、頼む者が出来て来た。暗き山路を下りつつ、躓き倒れてカスリ傷をするやら、茨に引つかかつて泣き叫ぶやら、ヤツとの事で不動山から、命カラガラ上谷の伊左衛門方の修行場へ帰つたのはその夜の十二時前であつた。 何れの人を見ても、顔や手足に茨がきの負傷せぬ者は一人もなかつた。四方平蔵は、喜楽に手を引かれて下山したので、目の悪いにも拘はらず、かき傷一つして居なかつた。喜楽は一同の者が邪神の神告の全然虚言であつたので、各自に迷ふてゐた事を悟つたであらうと思ひ、急ぎ綾部へ只一人帰つて来た。其あとで又々相変らず邪神の神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑」。]を続行し、其結果一同鳩首会議を開き、其全権大使として足立氏と四方春三、中村竹造の三人が選まれた訳である。要するに甘く喜楽を追放するといふが大問題であつた。 審神者の役といふものは仲々骨の折れるもので、正神界の神は大変に審神者を愛されるが、之に反して邪神界の神は恐れて非常に忌み嫌ひ、陰に陽に審神者を排斥するものである。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・一〇・一五旧八・二五松村真澄録) |
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霊界物語 | 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 | 08 三ツ巴 | 第八章三ツ巴〔一〇四五〕 明治三十二年十月十五日の事であつた。足立、四方、中村の三人は、上谷の修行場にて、神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑り」。]一統鳩首謀議の結果、喜楽に対し、綾部退却の勧告をなさむと、全権公使格で何喰はぬ顔して、金明会へ帰り来り、言巧みに本宮山上に誘ひ出し、第一番に四方春三は口を開いて云ふ。 四方『上田先生に申上げますが、夜前上谷の私の宅で、金明会の役員一同が集会いたし、相談の結果、先生に一日も早う綾部を立のいて貰ふ事になりました。私等三人に対し、皆の役員サンから、先生に対し談判をしてくれと頼まれ、止むを得ず三人が出て来ましたのですから、どうぞシツカリ聞いて下され。永らく霊学を教へて貰うた先生に対して、すげなう帰つて下さいと云ふ事は、弟子の私としては誠に心苦くて気の毒でたまりませぬけれど、先生が綾部に厶ると、第一教祖さまの教の邪魔になり、お仕組が成就しませぬので、役員信者の心がハダハダになつて、如何しても一致しませぬから、どうぞ一年程穴太へ帰つて下され。其上で又御縁がありましたら、皆が相談の上、こちらの方からお迎へに参ります。実際の事を言へば、先生が綾部へお出でるのが一二年許り早すぎました』 と立退き勧告を臆面もなくやつて居る。喜楽は黙然として何の答もなく、春三の顔を穴のあく程見つめて少しく笑うてゐると、春三は気味悪相に真青な顔をして俯むいて首を頻りに振つてゐる。さうすると足立正信が全権委員顔をして曰ふ。 足立『足立が今日先生にお話に参つたのは、一個人の考へではありませぬ。先づ第一に艮の金神さまを始め、役員信者一同の代表者として、参つたのですから、あなたも其お考へで聞いて頂かねばなりませぬぞ。抑も綾部には、天地金の神さまのお道を開く、結構な金光教会所があつたのを、出口お直さまが気をいらつて、四方平蔵サンとひそかに相談して、吾々始め役員信者には一言の相談もなく、派の違ふ霊学の先生を呼よせて、とうとう金光教会を丸潰しにしられたのは、お前サンも御存じの通りですが、金光教は立派な公認の神道本局の直轄教会で、天下に憚らず布教伝道に従事してゐるお道です。かう申すと済みませぬが、上田サンの立てた金明霊学会は、其筋の認可もうけずに、偉相に布教してゐられても、到底、駄目です。出口お直さまや四方平蔵サン、お前サンの三人位が何程骨を折つても、瞬く内に其筋から叩き潰されて了ひますよ。さうなつてはお前サンも皆サンに合はす顔がないから、足許の明かい内に一時も早くお帰りなされ。今こそ教祖だとか、会長だとか云うてゐられますが元を糺せば紙屑買の無学の婆アサンや、牛乳屋位が、どれ丈気張つて見ても、到底お話にならぬから、花のある内にここを引上げなされ。又お直さまの方は金光教会の方で大切に世話をしますから、今の内に決心をきめて確かな御返答を願ひます。お前サン、これ丈皆の者に嫌はれて居つても綾部を帰るのがおいやですか。よくよくお前サンも行く所のない困つた人足と見えますな。腹が立ちますかなア。腹が立つならこれ見たかで、一つこんな田舎ではなく、立派な大都会の中央で、一奮発して教会でも立てて御覧。イヤ併し人間と云ふ者は末を見な分らぬから何ぼ訳の分らぬお前サンでも、又犬も歩けや棒に当ると云ふ事があるよつて、どんな偉い者に、此先に於てなれぬとも限りませぬワイ』 と嘲弄的に責かける。喜楽は余りの侮辱と暴言に何の答もなく、黙然として俯いてゐた。足立は心地よげに微笑をうかべ、喜楽を尻目にかけて腕をふり乍ら、コツコツと細い坂路を降つて行く。中村竹造はニタニタ笑ひ乍ら、 中村『上田サン、お前サンは元を糺せば百姓の蛙切り、少し出世して牛乳屋になつてゐたのぢやありませぬか。それに何ぞや、霊学だとか審神者ぢやとか云つて、草深い田舎へ人をだましに来ても、何時迄も尻尾が見えずには居りませぬぞ。なんぼ綾部が山家だと云うても、中には目のあいた者が居りますでな。百姓の伜が大それた神道家になるなんて、そんな謀反を起してもだめですよ。ヤツパリ蚯蚓切りの蛙飛ばしは、どこともなく土臭い所がある。なんぼ綾部の小都会でも、お前サン位に自由自在にしられて、喜んでゐるやうな馬鹿者はありませぬぞや。そんな性に合はぬ事するより、一日も早く穴太へ帰つて元のお百姓をしなさい。蛙の子のお玉杓子は、何程鯰の子によく似て居つても、チツと大きうなりかけると、手が生えたり、足がはえたり、いつのまにやら尻尾が切れて、ヤツパリ先祖譲りの糞蛙によりなれませぬぞや。どうしても鯰になれぬのは天地の道理ぢや。私も今年で九年振、天地金の大神さまのお道を学び、八年の間は艮の金神さまのお筆先を朝から晩まで拝読いて居つても、まだ満足に人に布教することが出来ぬ位むつかしいものだのに、お前サンは去年の春まで、蛙飛ばしや牛乳搾りをして居り乍ら、今から審神者になるの、神懸り[※初版・愛世版では「神懸り」、校定版では「神がかり」。]を人に教へるといふのはチツと時節が早すぎます。一日も早うどつかへ行つて、モツトモツト神さまのお道の勉強をして来なさい。お前サンの修行が出来て、立派な人になりなさつたら、又お世話になるかも知れませぬ。綾部には四方春三サンのやうな日本一の神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神がかり」。]が出来てゐる上に、福島大先生のやうな生神さまが、時節参りて現はれました。お前サンも御存じだらうが、二三日前にも穴太のお母アさまから、一日も早う帰つて百姓の手伝ひをしてくれ、いつまでもウロウロしてをる年ぢやないというて、手紙が来たぢやありませぬか。今お前サンが快う帰つて下されば、天地の大神さまへもお詫が叶ひませうし、大勢の役員や神懸り[※初版・愛世版では「神懸り」、校定版では「神がかり」。]サンも大喜び、第一穴太のお母アさまに孝行ぢや。何程教祖さまが引ぱりなさつても、大勢の者にこれ程厭がられても、ヤツパリ綾部に居りたいのですか。見かけにもよらぬ卑怯未練な御方ぢやなア。よつ程よい腰抜だと皆が蔭で云うて居りますで』 と口を極めて嘲罵をきわめ、立腹させて喜楽を追ひ帰すべく手段をめぐらしてゐる。喜楽の胸はわき返る計りになつた。最早勘忍袋の緒が切れやうとする一刹那、出口澄子がエチエチと本宮山へ登つて来て、 澄子『先生、最前から教祖さまが、先生のお姿が見えぬと云うて、大変に心配をして居られますので、平蔵サンや祐助サンがそこら中を捜して居られます。私は本宮山へ上られたに違ないと思うて、お迎へに来ました。サア早う帰つて、教祖さまがお待兼ですから、一所に御飯をおあがりなされ』 と促すのをよい機会に、喜楽は四方、中村を後に残して本宮山を下つて行く。二人は後姿を見送つて、手を切に打叩き、 『ワハイワハイ、能う似合ますで、御夫婦万歳!』 などと冷かしてゐる。まだ澄子とは其時は夫婦でも何でもない、無関係の仲であつた。然るに両人は妙な所へ気をまはして笑うて居る。一時間程経つてから、以前の三人は落つかぬ顔して広間へ帰つて来た。 喜楽は一室に端坐し、首を傾けて一先づここを退去せむか、と思案にくれてゐた。が直日の霊に省みて……イヤイヤ目下の金明会の役員や、神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑」。]の状態を見捨てて帰る訳にも行かぬ、自分が今帰つたならば、何も彼もメチヤメチヤになつて了うだらう、どこ迄も忍耐に忍耐を重ね、今一度無念を怺へて、彼等の精神を鎮定した上、進退を決しやうかと思うてゐる折しも、教祖は平蔵氏と共に、静かに襖を押あけ入り来り、自分の前に座を占めて、教祖は先づ第一に言をかけ、 教祖『先生、あなたは穴太へ帰る積で思案をしてゐられるやうだが、それはなりませぬ。神さまの御都合で引よせられたお方ぢやから、どんなことがあつても綾部を立退くことは出来ませぬぞや。御苦労さまで厶いますけれど、神さまの為にどこまでも辛抱して貰はねば、肝腎の御仕組が成就しませぬから、役員や信者が反対して、一人も寄りつかぬやうになつても、出口直と先生と二人さへ此広間に居れば、神さまのお仕組は立派に成就すると、艮の金神が仰有いますから、どんな難儀なことが出て来ても、何ほど反対があつても此処を離れてはいけませぬ。平蔵サン、チとしつかりして下され。今先生に申した通り、神さまは如何しても御放しなさらぬから、平蔵サン、チとシヤンとして先生の教を聞き、外の神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑」。]や役員の言ふ事に迷うては可けませぬ。金光さまの教が開きたい人は勝手に開いたが宜しい。私等三人はどこまでも動かぬ決心をせねばなりませぬから、其お積でゐて下され。先生くれぐれも頼みますぜ』 と云ひ棄てて自分の居間へ引取られた。それから四方平蔵の態度が一変して、陰に陽に上田を庇護する事となり、漸く大本の基礎が固まりかけたのである。 元金光教会の教師であつた土田雄弘は、喜楽の霊学の力に感じ京都に上り、旧友などを集めて金明会の支部を、塩小路七条下ル谷口房次郎の宅で開設し、一同協議の上に谷口熊吉なる者を、綾部へ修行の為に差向けた。喜楽の熱心なる教に、二三週間の後は、一通り霊術を覚え、第一に天眼通が利くやうになつて来た。そこで当人は非常に慢心を起し、自分位霊術に到達したものはない、四方春三位は物の数でもない、過去現在未来に通ずるやうになつたのは、自分の天賦の霊能が然らしむる所であらうと、得々として教祖の前に出で、厚顔にも、 谷口『此谷口が神から選まれた因縁の身魂で、将来大本の教主になるべきものでせう。然らざれば、僅二三週間の修行でこんなに上達する事は出来ますまい。必ず昔からの因縁と神助の然らしむる所に違有りますまい。今日以後は及ばず乍ら、私が御用をつとめ、天晴れ艮の金神さまを表へあらはし、教主のつとめを致す考へでありますから、上田サンには今まで御世話になつた御礼に、相当の金を与へて、穴太へ御帰しなさつた方がよろしからう』 と教祖の前で恐気もなく述べ立てた。教祖は余りの事に呆れて言もなく、谷口の顔をジツと見つめてゐられた。谷口はモドかし相に、言せわしく、 谷口『教祖様、どちらになされますか。私にも御返答次第で一つ考へがあります。谷口熊吉が金明会をかまへば、艮の金神さまの御教は一年たたぬ内に日本国中に拡まり、金光教会の全部はキツと綾部の艮の金神さまに帰順いたさせます。かう申すと慢心のやうで厶いますが、上田サンの様に、役員信者一般に受けが悪いやうな人が居つては大本が潰れるより外はありませぬ。とかく斯ういふ事は人気が肝腎であります。役員も信者も神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑」。]も、上田サンが何時までも綾部に居すわつてるやうなら一人もよりつかぬと云つて、昨夜も上谷の四方春三サンとこで相談がきまりました。私は大本の大事を思ひ、教祖さまのお身の上を思ふ余り、何も彼も隠さず申上げます。一体教祖さまは、上田サンを買被つてゐられますと皆の者が云うてゐます』 と野心を包蔵する谷口は、教祖がどういはれるかと、其御返答を待かね顔であつた。 教祖は直に答へて、 教祖『谷口サン、それは誠に結構な思召しで厶いますな、皆さまの御志は神さまもさぞ御喜びで厶いませう。乍併誠といふ者はそんなものぢやありませぬ。お前サンも上田サンに、仮令三日でも教へて貰うたら先生に違なからう。其先生を追出して自分が後にすわるといふやうな御精神の御方は私は嫌です。誠といふものはそんな易いものとは違ひますで、私はどこ迄も上田サンと手を曳いて、神さまの御用をする覚悟であります。そんな事を言ふお方は、どうぞ一日も早う帰つて下され』 とあべこべに退却を請求され、目算がガラリと外れた谷口は青い顔して、首尾悪相に教祖の前を下り、すぐさま上谷へかけつけ、第二の作戦計画について大運動を始めて居た。 教祖の筆先に、 『御用継は末子の澄子と定まりたぞよ』 と繰返し繰返し現はれてゐるので、第一に出口の養子たらむとの野心を起してゐたのは、金光教会の足立正信氏であつた。彼は艮の金神さまの教が将来発達するに違ない、さうすれば第一出口の娘の婿となつておけば、将来の権利を握る事が出来るといふので、陰に陽に教祖に近付きつつあつたのである。此男は元は淀の藩士で、小学校の教員を勤めてゐたが、そこに金光教会所が設けられてあつた、其教会へ暇ある毎に通うて受持教師に理屈をふきかけ、いろいろと妨害をなし、とうとう其教会をメチヤメチヤに叩きつぶして了うた男である。それを上級教会の、京都島原支所長杉田政次郎が甘く自分の手元へ引入れ、相当の俸給をやつて事務員に使うてゐた。 出口教祖が始めて神懸になられた時、四方平蔵氏が妻君と共に、南桑田の土田村といふ所へ行つて居つた。其時亀岡の金光教会の大橋亀次郎といふ教師について、金光教の教を聞いてゐた関係上から、教祖の事を亀岡の大橋に話をしてみた。さうすると大橋は、艮の金神というて信者が沢山によつて来る相だから、何とかして、其出口お直サンを金光教会の教師となし、亀岡の教会の部下として、綾部に一つ教会を立てたいものだといふのが手蔓となり西原の西村文右衛門といふ男が教祖に難病を助けて貰うた関係上、亀岡の教会へ行つて大橋亀次郎から、金光教の剣先を下げて頂き、西村文右衛門氏が背中に負うて、大島景僕といふ人の離れの六畳を借つて、始めて金光サンを祭つたのである。其六畳のはなれは今大本に保存されてある。大橋亀次郎は、自分の弟子の奥村定次郎といふ男を遣はし、教師として道を開かせ、出口直子をお給仕役の様にして道を開いて居つた。乍併出口教祖はそんな事で満足しては居られず、 教祖『自分は金光教をひらくのではない、艮の金神さまを世に出さねばならぬ役だから……』 と云つて、奥村定次郎に、幾度となくお筆先を出して警告されたけれど、上級教会を憚つて、如何しても艮の金神さまを表にせうとはせず、とうとういろいろと官へ手続きをして、福知山金光教会支所長青木松之助の出張所といふ名で、東四辻の古い家を借つて、そこに道場を開き、奥村定次郎が受持教師となつて、金光教を開いて居つた。 出口教祖は神さまの命令によつて、奥村に別れ、裏町の土蔵を借つて、そこで神さまを祀つて、筆先をかいてゐられた。金光教会はだんだん淋しくなり、火が消えたやうになつて了ひ奥村氏は止むを得ず夜逃げをして了うた。これも出口教祖が……艮の金神の言ふ事をきかねば、夜の間に泣きもつて逃げて帰らねばならぬぞよ……と注意しておかれた通りになつたのである。其後へ島原の杉田氏から、足立正信を受持教師として綾部の教会へよこしたのであつた。 次に中村竹造といふ男は、本町の播磨屋というて、古物商をやつてゐたが、始めから教祖さまに従ひ、難病を助けて貰ふてから熱心な信者となり、筆先の大熱心者であつた。これも何時の間にか慢心が出て来て、自分の女房を離縁し、出口の娘を嫁に貰はうと考へてゐたのである。 次に四方春三は、上谷で相当な財産家の総領息子で、邪神が憑つた結果、弟に後をゆづり、相当の財産を持つて出口家へ養子に入り込まうと、幾度となく申込んで居たのである。斯くの如く三人の養子候補者が、手をかへ品を替へ暗中飛躍を試みて居た有様は、恰も古事記にある八十神が八上姫を娶らむとして争奪に余日なきと同じことであつた。足立正信は塩見、四方の二女を参謀として、教祖に取入り、それとはなしに二ケ年間も根気よく運動してゐたといふ事である。又中村氏は四方源之助、村上清次郎を参謀として、これも二三年間不断の活動をつづけてゐた。四方春三は自ら少々の財富力を楯に単独運動をやつて、自分は十中の九まで最早成功したものと信じ、互に三人が三巴となつて隙を伺うてゐる。そこへ突然喜楽を神さまから、大本の御用つぎと致すぞよと示されたので三人の不平は言はず語らず一時に爆発して、喜楽に対しいろいろの圧迫を加へ、悪罵を試み、百方妨害に着手する事となつたのである。 又もや谷口熊吉が出て来て、野心を抱きいろいろの運動を開始する。喜楽も澄子もそんな事は夢にも知らず、何事も頓着なく、一意専心に霊学の発達と筆先の研究とに、心意を傾注してゐたのである。 (大正一一・一〇・一六旧八・二六松村真澄録) |
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霊界物語 | 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 | 12 思ひ出(三) | 第一二章思ひ出(三)〔一〇四九〕 京都の南部といふ男、是は自分が鎮魂を教へてやつた男であるが、一廉の活神様気取りになつて、金光先生などと称へ、高町の如きは夢中になつて信仰し出した。それを良い事にして、とうとう高町の細君と野合いて、一人は変性男子、一人は変性女子と云つて、一段高い処へ坐り込み、高町は一段下の結界の外に平伏して仕へて居る。高町に……一体如何したのかと尋ねると、神様(南部)が御入用と仰有るから家内を差上げたのだ……と云ふ。 喜楽『馬鹿な、そんなことがあるものか、お前はすつかり騙されて居るのだ』 と云つてやると、又其気になつて、一応は南部に向つて、嬶を返せと迫つては見るものの、家内から、 『禿ちやん老爺、決して丹波の四つ足の云ふ事なんか取上げて神罰に触れまいぞ』 とおどかされると、またグラグラと其気になつて畏まつて仕舞ふ。材料が面白い材料だから、京都大虎座の馬鹿八と云ふ男が、俄芝居に仕組み、業々しい絵看板まで拵へた。併し俄芝居などでこんな真似をされては叶はぬから、止めさす工夫はなからうかと云つて、高町から泣き込まれた。外には仕方がないから、是は侠客いろは幸太郎に頼んで、看板代を五十円出して、とうとう止めさせて了つた。 三十五年正月直霊が生れた時、教祖様はお筆先通り、此子は水晶の種だから、種痘は出来ぬと云はれた。自分が所用で大阪へ行つて居つた留守中、役場からも警察からも切りに種痘を迫つて来たが、其儘にうちやつてあつたのでとうとう六月に警察から呼出しがあつて、種痘をしなかつた罰で二十銭の科料に処せられた。間もなく規則が改正されて、二十銭の科料が一足飛びに二十円の罰金になつた。 当時の自分の手前では迚も二十円の支出は出来ぬ許りでなく、幹部の連中が罰金を出す事を如何しても承知しない、是が御筆先の時節到来で世を転覆すのだといふ。時節到来はこんな事ぢやないと云つて聞かしても、中々承知しない。仕方がないから、次回の種痘期には家内とも相談して、箪笥を空にして漸う罰金を支払つた。罰金は納まつたが、治まらぬのは幹部の連中で、自分が罰金を支払つたといふ事が分つたものだから、蜂の巣を崩した様に騒ぎ出した。そして一同蓑笠で警察署へ押掛けて、支払つた罰金を返して呉れといつて談判を始めた。 種痘をしなかつたと云つて罰金を出しては日本が外国に負けた形になるから、出した金を惜むのではないが返して貰ひたい、返して呉れねば此処一寸も動かぬ……と云つて、駄々をこね出した。警察では一旦取つた罰金を返さぬのは知れ切つた事で、如何しても相手になつてくれない。仕方がないから今度は役場へ行く。法律できまつて居る為に仕方がないと云ふのなら、法律を改正せよ、神の命令を聞かねば役所が潰れるが如何だ……などと無理な事を云つて、役所を苦めたが、相手にならないので、仕舞には検事局へ行つて、警察へ出した罰金を返せと云つて迫つた。検事局でも手古摺つて、国法を無視してそんな訳の分らぬ事を云へば、軍隊をさし向けて大本を叩き潰すが如何だ……といつておどかした。さうすると四方平蔵がムキになつて、……面白い、神様と軍隊と何方が強いか、力比べをせう、何万の軍隊でもさしむけろ……と云つて威張るといふ始末だ。併しどこでも取上げてくれぬので其儘泣寝入りになつて了つた。 こんな次第であるから、翌年からの予定の罰金納めは余程秘密にして、幹部の連中には知れない様に済ませて来た。そんな事とは夢にも知らぬので、幹部の連中は大得意だ。とうとう神様の方が勝つたから罰金を取りに来ないのだ……と云つて喜んで居た。よせばよかつたのに、幹部の連中が余り得意がるから、実は毎年自分が払つたのだと話しをしてやつた。さうすると又大騒ぎになつて四つ足呼ばはりをやり出した。 或日園部の青柴仙吉、田中仙吉、上仲儀太郎、辻フデなどがやつて来て、支部の発会式をするから来てくれと云ふ事であつた。同行して途中の観音様の池のそばで一服やつて居ると、突然池の中へ付き落とした、狼狽して這ひ上らうとすると、竹を持つて居て、又突込む。そして、 『小松林の悪の守護神去ね去ね。先生には済まぬが、小松林が不可ぬ。外国魂を除けねばならぬ』 と泣いて意見をする。愚直な迷信家にかかつては手の出し様がない。やうやう這ひ上つて園部へ行くと、支部の発会式なんて全然嘘なんだ。夜中に四人でおさへつけて、背中に大きな灸を据ゑて、 『コラ小松林の四つ足守護神、何と心得て居る。此御方は貴様等の容物になる様な御方ぢやない、早く去んだ去んだ』 と云つて大きな灸を据ゑ廻しにする。今度は仰向けにして、胸から脇のあたりをくすぐる。たまらなくなつて笑ふと、 『まだまだ居る居る』 と云つてくすぐり乍ら……去なぬか去なぬか……と責めつける。だんだん調べて見ると幹部の中村などが二三人出かけて来て居て、蔭から差図をして居るのであつた。 何時まで経つてもこんな風では、何も仕事が出来ぬから、他処へ行かうと思つても、行けば本気で切腹をするといふのだから、如何することも出来ぬ。西田が夜隠れて来て、打合せをして北桑田へ布教に行つた事もあつた。 三十七年に北桑田へ行つた。八木に氏神の祭礼と福島サンの内のお祭とがあつたので、四方平蔵、中村竹造、家内の姉のお竜サンなどと同行した。是を機会に夜逃げをしやうといふ考へであつた。予て西田と打合せがしてあつて、檜山の鍛冶屋に待たしてあつた。突然姿を隠しては母が心配するから、決して心配せぬ様に耳打をして置いてくれと云ひたいのであるが、皆が側に居るので、先に行く事が出来ない。仕方がないからお竜サンに腹痛を起さした。皆が鎮魂をして上げてくれと頼んだが、 喜楽『自分は四つ足だ、四つ足の鎮魂なんか利くものか』 と云つてドンドン先へ行つて、ゆつくりと西田と話をした。それからいくら待つて居ても皆やつて来ない。後から聞くと同じ道をクルクル廻つて居つたのださうな。仕舞には二手に分れてやつて来た。四方が新道からやつて来たから声をかけてやつた。 八木へ行つて氏神の祭礼をすませ、翌日一寸穴太へ寄つた。中村と四方の隙を見て、母に耳打をして又八木へ帰つた。福島サンの祭をすませて、其晩逃げやうと考へたのであるが、皆が見張つて居て逃げる事が出来ぬ。仕方がないから足を揉め、肩を揉めとヤンチヤを云つて夜更までもませたら、皆草臥れて寝て了つた。其間に手早く仕度して、即興の書置をかいた。 『たまたまの旅につかれてグツと寝る 素人按摩が肩ひねる ねるはねるはたわいもなしに 寝る間に抜けた目の玉は 尋ねる由も泣寝入り 夜具のトンネル穴許り 寝てる間に知れぬとそんな事 帰つて教祖に云ひかねる ネルの首巻ネルパツチ 空から雨がフランネル ヤキヤキと熱を福島会合所 跡の祭で四方中村』 自分乍ら可笑しくなつてクスクスと笑ふと、お竜サンが目を覚まして、黙つて行けと手真似で知らす。外へ出ると西田が来て待つて居る。それから園部迄一走りに走つた。そして港屋といふ宿屋の二階に隠れてゐた。自分が夜逃したといふことが分つて、皆で大騒ぎをして園部穴太をスツカリ捜し廻つたさうな。『霊界物語』霊主体従第二巻其儘を繰返した[※第2巻第21章「常世の国へ」、第22章「言霊別命の奇策」、第23章「竜世姫の奇智」のこと。]のである。 宮村の内田官吉の内に二日居つて宇津へ行き、山国へ行き、山国で二晩とまつて宇治まで行つた。それから汽車で亀岡に行き、王子へ行かうとすると、四方平蔵がやつて来た。 八木で心配をしてゐるからと云ふので八木へ寄つた。今夜は逃げぬから寝よといふけれど、警戒をしてマンヂリともせずに見張つて居る。こんな風で又綾部へ帰つて来た。そして更に半年程六畳の間に押込められた。代る代る張番をして暫時の間も自分の自由にはならぬのである。古事記を研究しやうとすると、そんな乞食の学問なんか、釈迦の真似などする事は要らぬと云つて取り上げて了ふ。それぢや日本書紀を読まうといふと、日本の書紀ならよからうといふ。読んで居ると其本を見て、日本の書紀などと云ふが、是は角文字ぢやないかと云つて取上げて焼いて了ふ。仕方がないから一部福林の神官から借りて、蒲団を被つて豆ランプの火で調べた。人の足音がすると、あわてて消すといふ様な次第で、骨が折れる事、一通りや二通りではなかつた。其後事情があつて四十一年迄某官幣社の神職を勤めた。 幹部の連中は立替立直しは三十七八年の日露戦争だと誤解して居たのだが、さうでなかつた為に、一人減り二人減り、野心家の中村竹造は死に、四十二年頃には教祖様の外には四方与平、田中善吉のみが残つて、後は皆ゐなくなつた。モウ大丈夫と考へたから自分も帰つて来て、熱心に布教に従事し、今日の大本の土台がだんだん出来て来る様になつたのである。 (大正一一・一〇・一六旧八・二六松村真澄再録[※初版・校定版・愛世版ともに「再録」になっている。なぜ「録」ではなく「再録」なのかは不明]) |
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霊界物語 | 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 | 16 禁猟区 | 第一六章禁猟区〔一〇五三〕 梅雨朦朧として昼尚暗く、湿潤家に満ちて万物黴花を生じ、山色空朦烟光霏々たる六月の二十一日、狭田も長田も手肱に水泡かき足り、向股に泥かきよせて早乙女の三々伍々隊を成し、蓑笠の甲冑を取よろひ、手覆脚絆の小手脛当、声勇ましく田歌を歌ひつつ、国の富貴を植ゑて行く、狗の手も人の手てふ農家の激戦場裡、安閑坊喜楽、梅田柳月、大槻伝吉の三人の土倒し者は、今しも本院を立出でて、本町西町とふみ抜く道は狭くも広小路、駆け出す馬場や六つの足、綾部停車場にと走せ付けた。往くは何処ぞ和知の川、音無瀬鉄橋音高く、梅雨を犯して梅迫駅、停車間もなく、真倉の洞穴、小暗き中を吾物顔に轟々と脱け出づれば、山媛の青き御袖を振はえて、炭団の如き三人の顔を暫し掩はせ玉ふも、時に取つての風情である。車中乍ら心も勇み胆躍り、欣喜の余り手も足も舞鶴駅に舞下り、新橋詰の船問屋西川方へと流れ込んだ。 折柄切りに降り注ぐ大粒の雨に胆を打たれたか、予約の水夫は刻限来るも俤だに見せぬ。天道殿は罪重き三人の参島の企てをおぢやんにせむず御心にや、意地悪く間断なく、無遠慮に天水分神を遣はせ玉ふ。何時迄待つても空が晴れさうにも無いが、雨は元より覚悟の前だ。併し肝腎の舟の神が御出にならぬのには大閉口、さりとて中途に帰るのは死んでも厭な三人、畳の上に居ても死ぬ時には死ぬる、生死は天なり、惟神なり、是非水夫を呼びにやつて下さいと促す。西川の後家サンも止むを得ず、田中、橋本二人を、人を以て呼寄せた。出口教祖が始めて沓島開きをなされた時に御供をした水夫である。数千の漁夫の中にて最も剛胆な、熟練な聞えある選抜きの漁夫、これなら大丈夫、何時でも二つ返辞で往つて呉れるだらうと喜び勇んだ甲斐もなく、案に相違した弱音を吹くのである。 『何ぼ信神で参拝るにしても、神様の御守護があるにしても、此気色では鬼で無くて行けんでの、マア二三日ゆるりと遊んで待つてお呉れ。天候が定まつたら、お伴をさして貰はうかいの、明日は又冠島様の一年一度の御祭典で、今晩は冠島の明神が神船に乗つて、対岸の新井崎神社に御渡海になるので恐ろしい夜さだ。中々舟は出せぬでの、若し神の御心にでも障つたら大変だ。桑名の亀造で無けら、今晩舟を出す者は無いわいの』 と臆病風に魅せられたか、一向色よい返事をしてくれぬ。三人は況して今夜の様な行けぬと云ふ日に行つて見たいのが希望だ。是非々々賃金は厭はぬ、やつてくれい……と泣く様に頼む。水夫は益々恐怖心に駆られ、ソロソロ卑怯にも逃げ帰らむとする。逃げられては堪らぬので、口々に宥めつ賺しつ、直往勇進断々乎として行へば鬼神も之を避くとの教祖の神諭を楯に取りて動かぬ。互に押問答の果しもなく、遂には水夫も口をとぢて呆然として、只々謝絶一点張り、波に取られた沖の舟で、取付く島がない、吾等平時に於てこそ温柔なること綿羊の如くなれ、目的遂行に対しては猛虎の如く、一向直進眼中風雨なく海洋なし、満腔の勇気は烈火の如く挺身突撃死を見る帰するが如き覚悟ありと雖も、如何せむ舟を操ることを知らない三人は、肝腎の機関士に見放されたが最後、神ならぬ石仏同様の身、海上一寸も進航することが出来ぬのである。外の水夫も雇入れむにも、生憎一人も応ずる者がない。とうとう根負して、 『そんなら明朝一時まで自分等は待つ事にせう、キツと雨も止み、快晴になるは請合の西瓜だ、吾々の出修には必ず天祐があるから安心して行つてお呉れ』 と口から出任せ、覚束なき予言を二人は嘲笑ひ、自分等を馬鹿にした様な面付でシブシブ帰つて行く。 三人問屋の部屋でガツト虫の様に小さく縮かんで寝に就いた。大方白川夜船でも漕いで居たであらう。一眠したと思ふ時分に、大丹生屋の門口を打叩き、 『お客さん昼の船頭が来た』 と叫んでゐる。……サア占た……と一度にはね起き、又も御意の変らぬ内と、直に支度に取かかつた。 『船頭さん、天気はゼロだらう』 とからかへば、 『イヤ気色は大変よい様だが、往ける丈行つて見な判らぬ』 とまだ煮え切らぬ返事である。 時節到来港口を出たのは廿二日の正に午前二時であつた。ヤハリ空は曇り切つて星一つ青雲一片見当らぬが、米価のあがる糠雨が、ピリピリと怖相に一行の顔を嘗める位。例の南泊辺まで乗り出すと、火光海面を照らして疾走せる一隻の大汽船に行違うた。其動波の為に吾小舟を自由自在に翻弄されたのは、実に癪にさわつて堪らぬ。暫くすると天は所々雨雲の衣を脱いで、蒼い雲の肌を現はし、点々明滅、天書現はるるも、連日の降雨で内海の部分は水が濁つて居るせいか、今夜は清き星が波に宿を借りて居らぬ。博奕ケ崎も後に見て漕ぎ行く程に、東天紅を潮して遥の山頂より隆々朝瞰を吐出し、冠島沓島は眼前に横はり、胸中濶然欣扑歓呼覚えず拍手神島を遥拝し、各自に感謝祈願の祝詞を奏上し奉る。海上は至極平穏で、縮緬の様な波が奇麗に流れて居る。水夫は汗水になつて力限り艫と舳とから漕ぎ付ける。小舟は矢を射る如く、鳥の翔つ如く冠島へ着いたのは恰度六時に五分前であつた。 何時でも片道に十時間以上十二時間はかかるものを、今回に限つて僅に四時間足らずとは実に意外であつた。喜楽は得意満面に溢れて、 喜楽『罪の軽い安閑坊が参拝すると此通りだ、神様は公平無私で在らせられる』 と一人で調子に乗つて居る。冠装束いかめしく徐々神前に進み、供物を献じ、祝詞を奏し、拝礼了つて、恭しく社殿を罷りさがつた。記念の為に自分は神前の丸石を一個頂戴した。勿論交換の石を持参して居るのであるから、只頂戴したのではない、今日は明神の祭日とて、前日から数名の氏子が社務所に出入りして、境内の掃除を行つて居る。 『早うから参詣でしたなア、マア一服なさい』 と座を譲る親切を厚く感謝しつつ、再海浜の船繋場に引返した。名木の冠島桑は去年の夏、或者の為に盗伐されて了つて影も止めず、僅に三尺許り周つた桑樹が波打際に根こじに古自て横たへられてある。実に憤慨に堪へぬ次第である。 『一昨年あたりから、横浜や神戸あたりから六七十人の団体がやつて来て、五六十万羽の鯖鳥を密猟したので、近頃は大変に鳥が減つて、漁猟に差支て皆の者が困つとるわいの』 と水夫二人が悲しさうに物語りつつ、早くも沓島に向つて漕出した。 冠島沓島の中津神岩には数十羽の沖つ鳥、胸見る姿羽たたきも此れ宜しと流し目に、一行の舟を見送つて居る。浅久里、棚の下の巌壁を面白く左手に眺めて、諸鳥の囀る声は鐘の岩の真下に漕ぎつけた。奇絶壮絶胸為に清涼を覚ゆ。 去る明治三十四年、見渡せば山野は靉靆として花の香に匂ひ、淡糊を解いて流したやうな春霞はパノラマの如き景色の配合を調和して、鳥は新緑の梢に謳ひ、蝶は黄金の菜の花に舞うてゐる好時節、舞鶴の海は白波のゆるやかに転び来つて、遠きは黄に近きは白く、それが日光に反射して、水蒸気の多い春の海を縁取つて、得も言はれぬ絶景天下泰平の真最中、出口教祖は三十五名の教弟を引連れられて、此鐘岩の絶頂に登り立ち、丹後国宮川の上流、天岩戸の産水と竜宮館の真清水を汲み来られ、眼下の海原見かけて、恭しく撒布し玉ひ、祝して仰せらるるやう、 教祖『向後三年の後には必ず日露の開戦がある。其時は巨人の如き強大国と小児の如き小国とが、世界列国環視の下で、所謂晴れの場所、檜舞台の上での腕比べの大戦争であるから、万々一不幸にして、我国が不利の戦争に終るやうな事になつたら、それこそ大変、万劫末代日本帝国の頭が上らぬ。そこで国祖の神霊大に之を憂慮し玉ひ、今此老躯をここに遣はし、世界平和の為、日東帝国の国威宣揚の為祈願せさせ玉ふなり、あゝ艮の大金神国常立尊よ、仰ぎ願はくは太平洋の如く広く、日本海の如く深き御庇護を我神国日本の上に降し玉ひて、此清けき産水と美はしき真清水の海洋を一周し、雲となり、雨となり、或は雪となり霰となつて、普く五大洲を潤はし、天下の曲霊を掃蕩し、汚穢を洗滌し、天国を地上に建設し、豊葦原瑞穂国をして、真の楽境となさしめ、黄金世界を現出せしめ玉へ』 と満腔の熱誠と信仰をこめ、天地も崩るる許りの大音声を振り上げて祈願されし断岩は即ち此れであると、喜楽の談を聞いた一行は、是非一度登岩して見たき一念期せずしてムラムラと湧起し、矢も楯も堪らぬやうになつた。 水夫に頼んでカツカツにも舟を着けて貰ひ、かき登つて見ると、手足がワナワナするやうな心地がして教祖の勇気に充たせられて居られることを、今更のやうに感歎せずには居られぬやうになつた。音に名高き弥勒菩薩は自然岩に厳然として其英姿を顕はし、恰も巨人が豆の如き人間を眼下に睥睨して居るやうで、どこともなく神聖不可犯の趣が拝まれる。遠く目を東北に放てば日本海の波浪は銀屏を連ねたるが如く、黄金の大塊東天に輝き、足下の海は翠絹の褥の如く、美絶壮絶快感譬ふるに物なし。歎賞久うして再舟に上り、鰐の巣突当岩を巡見するに、奇又奇、怪又怪、妙と手を拍ち、絶と叫び、精神恍惚として羽化登仙したるの思ひであつた。 舟は容赦もなく鬼岩の眼下を脱け出で、辛うじて戸隠岩に漕付いた。到着早々癪にさわつたのは、不届き至極にも斯かる神聖なる神島にまで、密猟者が入込み、少し許りの平地を卜して藁小屋を結び、雨露を凌ぎつつ、日夜鳥網を張りまはし、棍棒を携帯し、垢面八字髭を貯へた見ても恐ろしい様子、腹でも空いたら人間でも容赦なく餌食にし兼間じき五十男が、張本人と見えて、数多の壮丁を使役して頻りに信天翁を捕獲して居た真最中であつたが、彼等は教服姿の吾等一行を遥見して、何故か右往左往にあわてふためき、山上見かけて駆け登るあり、断岩を無暗に疾走するあり、何事の起りたるかと怪しまるる程であつた。稍落付顔の一人を近く招いて、 喜楽『あなた等は何を以てか俄にあわて迷ふぞ。自分等は信仰上より梅雨を冒して今此神島に参詣した者だが、見ればあんた等は海鳥の密猟者と見えるが、併し商売とは云ひ乍ら、かかる危険な殺伐な所業を止めて、他の正業に就き玉へ』 と三人は熱誠を籠めて説き諭せ共、固より虎狼の如き人物、一言も耳に入り相な気配だにない。「自由の権構てなやホツチツチ」と言はぬ許りの面構へ、要らぬ奴が来やがつて、人をビツクリさしやがつたが、マア裁判官でなくて大安心……と口走つたのは滑稽の極みであつた。抑も昨年来出口教祖は冠島沓島の密猟を非常に惜まれ、且つ罪もなき鳥族の徒に生命を奪はるるを憐み玉ひ、鳥族保護の祈願まで、朝夕神前にて御執行あつたが、本日は満願の日なれば、神明へ謝礼の為に種々の供物を持たせ、自分等を特に御差遣になつたのである。それが又偶然か神の摂理か、不可思議にも今日即ち明治四十二年六月廿二日、京都府告示第三百十九号を以て、加佐郡西大浦村大字三浜小橋及此両島の区域を禁猟区域となし、今後十年間は年内を通じて該区域内に棲息する鳥類及び雛の捕獲又は採卵を禁止せられた当日であつた。 十年以前に出口教祖の建設せられた神祠は積年の風雨に曝されて、半朽廃に帰し、見るからに畏れ多く、一日も早く改築し奉りたく、是非来春までに造営せむことを神前に祈誓した。畏み慎み祠前に進み、各自に供物を献じ灯火を奉点し、例の祝詞を奏上し奉る。捕り残された数万の信天翁は不遠慮に自分等斎員の頭上を飛びまはり、神聖なる教服の袖に糞汁の雨を降らせ、一帳羅を台無しにする。まだ其上に業のわいた、気楽相に怪しい声を絞り出して、八釜しく、自分等を嘲笑して居る様に、心の勢か、感じられるのである。それから肝を投出して、お籠り岩に辛うじて歩を進めた。 見れば上は絶壁に隔てられ、眼下は深き谷底に海水が青く漂うて物凄い。足の裏がウヂウヂするやうな難所に、教祖の真筆を以て歴然と神の御名が記されてある。教祖の豪胆と熱誠に感じて、思はず拍手九拝感歎の声口をついて出て来た。始終沈黙を守つて居た大槻は此時思ひ出した様に語る。 大槻『日露戦役の真最中、教祖のお供をして、十三ケ日間此岩窟に静坐し、敵艦全滅、我軍全勝の祈願をこらした時は、ズイ分困窮を極めた。清水は一滴も無し、三人の中へ僅か三升の煎米がある丈、これを生命の親として、幾十日も食はねばならぬ、昼夜にドンドンドンと怪しい、何とも譬えやうの無い音がして寂しいやら、凄じい様で、人心地はせず、陸上との交通は無論断絶なり、雨は毎日毎夜勤務の様に降り続ける、喉はかはく、腹はすく、手足はワナワナする、目はマクマクする、腹はガクガクして、死んでるのか生きてるのか、吾乍ら終には判別が付きかねる。そこへ雨育ちの体を俄の暑熱に当てられる。思ひ出してもゾツとする。教祖は平素の修行の結果にや、神色自若として容顔麗しく、ますます元気が増許り、二十日や三十日の辛抱が出来ぬ様では、日本男児の本領はどこに在るか、チと勇気を出したが宜からうと御叱りになる、自分等はモウ此上一片の勇気も精力も出すことが出来ぬのである。然るに天の与へか向ふの岸に滴りおつる水に塩気がないと云ふ事を、フト発見した。恰も地下の世界から脱出た様な心持で、色々と工夫をこらし、携へ持てる竹筒を受けて水を取り、漸く渇を医したといふ始末で、万一此水が無かつたなら、自分等は生命を全うすることが出来なかつたかも知れぬのであつた。併し一時は水で息をしたが何時迄も水許りでは堪らない。煎米はモウ三日前に終りを告げた。斯んな無人島に居て死ぬよりも、陸上にあつて幾らでも国家の為に尽すことが出来るであらうから、一日も早く帰らせて貰ひたいと教祖に泣きついた所が、教祖も可愛相に思召したか、……そんなら明日は迎への舟の来る様に神界へ祈願してやらう……と仰せられ、早速御願になると、天祐か偶然か、但は島神聴許ましましたか、翌朝旭の豊栄昇る頃、遥の海上より七隻の漁舟が沓島を目がけて漕ぎ寄せて来る。其時の嬉しさは死んでも忘れられないと思ひました。数名の漁夫は自分等三人の顔を熟視して、てつきり露探と誤認し、俄に顔色を変へて震ひ出し、……露人が一人に日本人が二人だ。恐ろしい迂濶に相手に成れないぞ……と互に目曳き、袖曳き、逸足早く逃げ帰らむとする。逃げ帰られては堪らないから、自分は手を合さぬ許りにして、事情を逐一説明して頼み込んだ。彼等も漸くの事に納得し、兎も角も舞鶴まで送つてくれることになつた。所が其甲斐もなく、漁夫は体よく口実を設けて、自分等を安心させ、油断させて置いて、一人も残らず逃げ帰つて了つたのである。大方村役場へでも報告する為であつたのでせう。そこで止むを得ず後野氏が断岩を辷りおりて、鰐の巣まで危難を冒し、海水を泳ぎなどして、鐘岩の真下迄行つて見ると、一人の漁夫がそこに波浪を避けて糸を垂れ鯛を釣つて居る最中で、裸体の儘に立つて居る後野氏の姿を見てビツクリし……生命知らずの馬鹿者奴、お前は鰐の巣窟を通つて来たなアと叫びつつ、直に船に乗せて戸隠岩の真下に漕ぎ寄せた。教祖は漁夫に向ひ、厚く感謝せられ……さてバルチツク艦隊も近日の中に対馬沖にて全滅するから安心ぢや、お前さまも村へ帰つて村の人に知らしてやつて安心させるがよいと……仰せられたが、果して其お言葉通り、七日程経つた所で、日本海の大海戦で、あの通りの大勝利、自分も其時は余りの事で呆れました』 と懐旧談を切りにやつて居る。二人の水夫も話の尾に付いて、 『私等も二人で此島へ御伴して参りましたが、教祖さまが……モウお前サン等は帰つてくれ、そして四十日目に船を持つて迎ひに来てくれ、万一居なかつたら、又四十日経つた所で来てくれ……と仰せられたが、こんな無人島に荒行なさるかと思へば、俄に悲しくなつて、二人共泣きました』 と朴訥な口から話して居る。帰路冠島の覗岩に舟を泛べて和布を刈り、貝や蟹を捕獲しつつ、五丈岩三丈岩等の勝景を感賞しつつ、順風に真帆をあげ、帰路に就く。正に午時であつた。 船中にて昼飯を喫し、舞鶴湾口の蕪、久里、博奕ケ崎、白黒岩も何時しか後に見て、横波、南泊と進む程に、早松原にと差かかれば、水夫は潔く、 『田辺見たさに松原越せば、田辺がくしの霧が込む』 と唄ひ乍ら、廿二日の午後四時、大丹生屋へ安着した。 (大正一一・一〇・一七旧八・二七松村真澄録) |
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霊界物語 | 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 | 19 鞍馬山(二) | 第一九章鞍馬山(二)〔一〇五六〕 折節当夜は八木会合所の祭神及び会場移転式挙行日にて数多の会員参集し居たるに、不意に教祖一行の御立寄りと聞きて驚喜し俄に色めき立ちて上を下への大騒動、見るに見かねて教祖は之を制し慇懃に挨拶あり。畏くも大神の奉斎所を遷座する大切な御式を軽率に執行して神霊に非礼の罪を重ね、前以て詳細の報告も出願にも及ばざりし会員一同の不注意は今眼前に報うて来て気の毒であつた。幸ひにも教祖に祭主を懇願して移転式を完了し、次に教祖及び海潮の講話あり、午後十一時には各十二分の神徳を忝なみ会員一同退散した。印度坊主は経が大切、自分等は明日が大事、夜更しは身の障りと狭い座敷に雑魚寝をなし、翌九日、旭日東山の端に円顔を現はし給ふの頃、霧の流るる小川に手水を使ひ口嗽ぎ、恭しく神前に祈願を凝らし、行途の如何を占なひ奉る。時に皇神海潮の手を通じて教へ諭し給ふ様、 『世の中の人の心のくらま山 神の霊火に開くこの道』 と、此神詠によりて行途の城州鞍馬山なる事を窺ひ知り得たれば、心は五条橋の牛若丸の如く飛び立つばかり勇み立ち、午後一時福島氏に送られて八木停車場へと歩を運ぶ。折柄園部の上り列車、幸宜しと飛乗れば二分停車の忙しく渡る鉄橋寅天の、音轟々と大堰川、八木の城山跡に見て、二条の軌道を疾駆して、早くも亀岡に接近す。海潮が故郷なる曽我部の連山は殊の外眼に立ち、高熊山の霊峰は彼方ならむと思へば不知不識に拍手せられる。愛宕の神峰は群山重畳の其中央に巍然として聳え、教祖一行の出修を眺めて山霊行途の安全成功を暗祈黙祷せらるるの思ひがある。車中偶曽我部の里人某を見る。言葉を掛けむとすれば態と素知らぬ振りに背面し、時々横目に此方の身辺を覗ふ様、あまり心地良きものに非ず。彼は曾て海潮が故郷にありて国家の大勢に鑑み、憂国の至情を以て一身一家を抛ち、惟神の大道たる皇道霊学の教旗を翻したる時、陰に陽に極力妨害を加へたる枉津神なれば、今更面目なくて其鉄面皮も稍良心に呵責され、思はず背面せしならむかと思ひしに、豈図らむや、然は無くて彼は余等一行の旅装を注視し、乞食巡礼に零落せしものと誤認し、帰郷するや嗤笑して告げて曰く。 『上田は怪しき教に沈溺せし為め終に乞食に堕落したり。神道に熱中するもの宜しくこれを以て殷鑑とし、決して祖先伝来遵奉し来りし仏道を捨て神道に迷ふが如き愚挙を演ずる勿れ。彼れ上田は親族には絶交せられ、朋友には疎まれ、弟妹には見離され、吾住み馴れし恋しき故郷を捨てて是非もなくなく他所へ流浪し、今又養家の老母や妻を携へ、浮雲流水の身となり居れり』 などと、御苦労にも悪言醜語を遠近に触れまはし、余が郷里の一族も少からぬ迷惑を感じたと云ふことである。 日本神国に生を享け、神国の粟を喰み、神恩に浴し乍ら、報本反始の本義を忘れて、邪教に魅せられたる印度霊の小人の言葉程、迂愚頑迷にして斯道に害毒を流すものはない。 汽車は容赦なく山本、請田と進み行き、第一隧道を潜り抜け第二、三、四と貫く程に、流れも清き保津川の激潭、急流に散在する奇石怪岩面白く、読み尽されぬ書物岩、数へ尽せぬ算盤岩、激潭飛瀑の中に立ち並ぶ屏風岩、仏者の随喜渇仰する蓮華岩を川底に見降しつつ、渓間の鉄橋矢を射る如く、早くも嵐峡館の温泉場、感賞間もなく君が代を万代祝ふ亀山隧道、脱け出れば花より団子の嵯峨の駅、五分停車の其内に、右手の方を眺むれば、月雪花と楓の嵐山、秋季に花は無けれども、松の木の間を彩る錦、神の随々萠出でて、月照り渡る渡月橋、筏流るる桂川、お半長右衛門浮名を流す涙川、流れも清き天竜の巨刹は松年画伯の筆になる天竜と共に高く甍を雲表に現はし、峨山の禅風薫るあり。十三詣りの虚空蔵の祠、千歳栄ゆる松尾大社、神徳薫る梅の宮の森、千葉の葛野を眺むれば、百千足屋庭も見え、国の秀見ゆる勇ましさ。左手は撰歌に名高き定家卿の小倉山、花と紅葉の二尊院、仏祖を祀つた釈迦の堂、北は御室の仁和寺、五重の塔は雲を突く、此処に昇降する客の大半はこれに詣づる信徒なるべし。汽笛の声に動き出す。汽車は間もなく花園駅、車掌が明くる戸を待ち兼ねて一行は飛降り、禅宗の本山妙心寺を横手に眺めつつ、教祖は老の御足に似もやらず一行の先に立ちて進まれ、徒歩にて北野の鳥居前にと衝立つ梅松竹の杖。今日は陽暦廿五日当社の祭典にて神輿渡御の真最中、騎馬の神職は冠装束厳めしく劉喨たる音楽に連れて、神輿の前後を練り出る有様、最殊勝に見ゆる。数万の賽者は一時に容を改め襟を正して拍手するあり。社頭には千年の老松梅林、楓雑木も苔蒸して神さび立てる神々しさ。教祖は此処に歩を停め拍手再拝の後、余等一行に向ひ、 教祖『抑も当社の祭神は今より一千余年の昔、左大臣藤原時平が讒言に由つて時の帝王の逆鱗に触れ、無実の罪に問はせられ親子共に四方へ流謫の身となり、御無念やる方なく、 天の下乾ける程のなければや 着てし濡衣ひる由もなき と歎き給ひし菅原道真公の真心終に天地に貫徹し、鳴神とまで化けて神異霊徳を顕はし一陽来復の時至つて北野天神と祭られ後世までも斯くも手厚き官祭に与り給ふは、実に聖明の世の賜と云ふべし。然し乍らここに思ひ出されて忍び難きは吾等の奉仕する艮の大神国常立尊の御上である。大神は天地開闢の太初にあたり、海月なす漂へる国土を修理固成して豊葦原の瑞穂の国を建設し、以て神人安住の基礎を立て厳格なる神政を励行し給ふや、剛直峻正にして柔弱なる万神の忌憚する所となり、衆議の結果悪鬼邪神と貶せられ、千座の置戸を負ひて神域の外に神退ひに退はれて其尊身を隠し、千万の御無念、克く忍び克く堪へ天地の諸霊を守護し給へども、盲千人目明一人の現社会に誰ありて神名を称へ奉る者なく、神饌一回献ずる人無く、暗黒裡に血涙を呑み落武者の悲境に在せ給ひしに、時節到来、大神の至誠は天地に通じ、煎豆に花の咲き出でしが如く月日並びて治まれる、二十五年の正月元朝寅の刻、天津神の任しのまにまに、 「三千世界一度に開く梅の花、艮の金神の世になりたぞよ。須弥仙山に腰を掛け丑寅の金神守るぞよ」 と大歓喜と大抱負とを以て目出度く産声を挙げ、再び現在の主宰とならせ給へり。あゝ斯くも至尊至貴至仁至愛なる大神の御心を察し奉りて一日も早く片時も速に、大神の仮宮なりとも造営し奉り我神洲神民として敬神愛民の至誠を養ひ神恩の忝けなきを覚悟せしめ、日本魂を錬磨修養せしめねば、邦家の前途は実に寒心に堪へず。瞬時も速かに大慈大悲の大神の御洪徳を宣伝し、悪鬼邪神との冤罪を雪ぎ奉るは吾等の大責任にして又畢生必ず決行せざるべからざる大願なり。今や北野の神の官祭を拝して大神の御上を追懐し、悲歎遣る瀬なし』 とて冴えたる御声は愈曇り光眼瞬く事切りと見受られ……草枕旅には厭ふ村時雨はらはらかかるを袖にうけつつ語り出でらるる其真情に絆されて、海潮も澄子も声をのみ、貰ひ泣きせし其顔を、菅の小笠に隠して同行五人杖を曳いて鞍馬を指して急ぎ行く。 鞍馬へ愈到着してより其夜は御宮の前にて御通夜する事とした。四方春三は寺前に備へありし御籤を頂きしに余程悪かりしと見え、思はず、 春三『オウ失敗つた』 などと口外する。其夜福林は旅の疲労にて前後不覚の体に寝入りしが、不図夜中の一時頃目を覚まし見れば、傍にありし四方春三の姿の見えざるに驚き、探し見るに外の方に当つて『起きて下さい』と頻りに呼はる声の聞ゆるままに耳をすませば確に四方の声である。福林は急ぎ外へ出て見れば、大いなる火の玉、お宮の前を行きつ戻りつ駆けめぐり、而も其火の玉の尾には正しく尋ねる四方春三の姿あるを認め、今の声の所在も始めてわかつた。薄気味悪く見守る内、火の玉は次第に先方へ行きし故恐る恐るも其方角へ行きて見れば四方は大きな焚火をして居た。福林は近づいて、 福林『一体如何したのか』 と聞けば四方は青い顔して震へ乍ら、 四方『オヽ恐い恐い、こんなに恐い事はない、今のを見て呉れたら何も云ふ事は無い』 と云ふのみにて打ち明けもせず泣いて居る。それから連れ立ちて御宮へ戻り再び寝に就き、夜明けてから更めて四方に夜半の出来事を尋ねたけれど、四方は何も知らぬと云ふ。念の為め昨夜焚火せる処へ行つて見たが其跡さへ無き不思議に福林は只驚くばかりであつた。海潮は教祖に向ひ今度鞍馬参りの神慮を伺ひしに、教祖は只、 教祖『先に行つたら分りませう』 と云はれしのみであつた。 帰途は京都より亀岡へ出で八木にて一泊せしが四方は終日蒼白な顔して悄気込み居たりし様見るも憐れであつた。同人は其夜園部まで二里の行程を走つて友人に会ひ、 四方『今度は死ぬやも知れぬ』 とて暇乞ひを成して帰れる由、教祖は此事を聞きて叱つてゐられた。 翌日綾部の役員信者は途中迄出迎ひに出て無事大広前に帰り着く。四方春三は始終太息を洩らし居たが上谷の宅より迎ひに来り、帰宅して後一ケ月ほど煩ひて帰幽して了つた。其より前、 四方『生前是非先生に一度来て貰はねば死ぬにも死なれぬ』 とて使ひが来たから海潮は見舞に行き、 海潮『許してやる』 と言へば安心して帰幽した。春三時に十八才、実に霊学に達したる男であつたが慢心取違ひの末、神罰を蒙りて一命を終はつたのは遺憾の事であつた。 或夜俄に大風吹きて広前の杉の樹、ゴウゴウと唸りし事がある。後教祖に伺ひしに、鞍馬山の大僧正来りて本宮山へ鎮まり又其眷族は馬場の大杉へ行つたが其後大杉には蜂の如く沢山の眷族が見えたと教祖は物語られた。 (大正一一・一〇・一八旧八・二八北村隆光録) |