| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
|---|
|
121 (1677) |
霊界物語 | 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 | 17 谷の水 | 第一七章谷の水〔六〇七〕 剣尖山の山麓に現はれ出でたる青彦は ウラナイ教を開かむと麓を流るる谷川の 岸に穿てる産盥片方に一つ産釜の 縁由も深き清泉に禊し乍ら遠近の 老若男女を救ひつつウラナイ教を宣べ伝ふ 時しもあれや亀彦は日も黄昏れし闇の空 人押し分けて入り来り森の茂みに佇みて 様子如何にと聞き居れば姿隠して悦子姫 暗の中より三五の神の教を宣べ伝ふ 老若男女は青彦の殊更濁れる言霊に 驚き呆れ怪しみつ由来を聞かむと焦慮る折 皇大神の神懸り清く涼しき言霊に 青彦までも驚きて燧石取り出しカチカチと 火を切り出だし手探りに枯木枯葉を掻き集め 火を点ずれば忽ちに四辺は真昼の如くなり 火光を目蒐けて集まれる数多の蜂に身を刺され 呻吟苦悶の最中に現はれ出たる英子姫 亀彦諸共常磐木の松の小枝を打折りて 俄作りの大麻と代用しつつ村肝の 心を籠めて左右左に打振り打振り許々多久の 勢猛き熊蜂を闇の彼方に追ひのけて 青息吐息の青彦が危難を救ふ神の業 青彦漸う顔をあげ四辺キヨロキヨロ見廻して 三五教の宣伝使名さへ目出度き亀彦や 英子の姫の出現に感謝の涙拭ひつつ 前非を悔いて只管に謝り入るこそ健気なれ 悦子の姫も現はれて天の数歌打ち揃ひ 一二三四五つ六つ七八九つ十百千 万代祝ぐ亀彦が人に勝れし神業を 褒め称へつつ皇神の御言畏み岩の上に 美頭の御舎つかへむと上津岩根に搗き凝らし 下津岩根に搗き固め忌鋤忌斧取り寄せて 大峡小峡の樹を伐りつ百日百夜が其間 此谷川に禊斎して此世を救ふ柱立 晴れて嬉しき棟上や千草百草何やかや 萱刈り集め屋根となし千木勝男木も勇ましく 仕へ奉るぞ目出度けれ魔窟ケ原に現はれて 心の岩戸を押し開き誠一つの三五の 道に服ひまつりたる鬼雲彦が懐の 刀と聞えし鬼虎や鬼彦、石熊、熊鷹の ヒーロー豪傑始めとしそれに従ふ百人は 前非を悔いて勇ましく之の谷間に現はれて 帰順しきつたる青彦を匠の神と仰ぎつつ 夜と昼との際目なくいと健やかに働きて 千代の礎万代のミロクの基礎をつき固め 皇大神の神霊招き迎へて厳かに 斎き奉るぞ尊けれ光り輝く元伊勢の 谷を流るる五十鈴川天の真名井の水鏡 清き神姿を後の世に写すも嬉し霊界の 尊き神代の物語四魂揃うて十六の 巻物語瑞祥の閣に身をば横たへて 直日に見直し聞直し現、神、幽を一貫し 過去と未来と現在を超越したる不可解の 幽玄微妙の言の葉は一度に開く白梅の 薫り床しく春風に散り行く後に実を結ぶ 花も実もある物語真名井ケ岳や曽我部郷 登由気の神や素盞嗚の遠き神代の御経綸 大き正しき十あまり一つの年の弥生空 月の光も宵暗の空を霽して昇り来る 玉兎の光に照されて腹より出る口車 筆の舵をば取り乍らあてども知らずスクスクと 横に車を押して行く縦と横との十字街 辻褄あはぬと世の人の百の誹を顧みず 八岐大蛇の長々と右や左へ蜿りつつ 彼方此方と飛び飛びに蛙の行列向ふ見ず 瑞の霊の本性を一皮剥いて述べて置く ホンに分らぬ物語アヽ惟神々々 御霊幸倍坐世よ。 (大正一一・四・一六旧三・二〇北村隆光録) |
|
122 (1678) |
霊界物語 | 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 | 18 遷宅婆 | 第一八章遷宅婆〔六〇八〕 百日百夜の一同が苦辛惨憺の結果、漸く建ち上りし白木の宮殿、鎮祭式も無事に済み一同直会の宴にうつる。今日は正月十五日、雪は鵞毛と降りしきり、見渡す限り一面の銀世界、天津日の影は地上に光を投げ、玲瓏として乾坤一点の塵埃も留めず、実に美はしき天国の御園も斯くやと思はるる許りなり。 英子姫は神霊鎮祭の斎主を奉仕し悠々として階段を降り来るや、忽ち神霊に感じ神々しき姿は弥が上に威厳備はり徐に口を開いて宣り給ふやう、 英子姫に懸かった天照御神『我は天照大神の和魂なり、抑も当所は綾の聖地に次げる神聖の霊場にして天神地祇の集まり給ふ神界火水の経綸場なり、神界に於ける天の霊の川の源泉にして宇宙の邪気を洗ひ清め百の身魂を神国に救ふ至厳至聖の神域なり。又この東北に当つて大江山あり、此処は神界の芥川と称し邪霊の集合湧出する源泉なれば霊の川の霊泉を以て世界に氾濫せむとする濁悪汚穢の泥水を清むべき使命の地なり。此濁流の彼方に天の真名井ケ岳あり、此処は清濁併せ呑む天地の経綸を司る瑞の御霊の神々の集まる源泉なり。豊国姫の分霊、真名井ケ岳に天降りミロク神政の経綸に任じ給ひつつあり、されども曲神の勢力旺盛にして千変万化の妖術を以て豊国姫が経綸を妨碍せむとしつつあり。汝悦子姫、之より大江山の濁流を渡り真名井ケ岳に打向ひ百の曲霊を言向和し追ひ払ひ吹き清めよ。又亀彦、英子姫には神界に於て特別の使命あれば之より聖地に向へ、其上改めて汝に特別使命を与ふべし』 と言葉厳かに言挙げし給ひ忽ち聞ゆる微妙の音楽と共に引きとらせ給ひぬ。アヽ尊き哉皇大神の御神勅よ。 茲に亀彦、英子姫は神勅を奉じ、熊鷹、石熊両人を始め数十人の供人と共に、聖地に向ふ事となりぬ。又悦子姫、青彦は、鬼彦、鬼虎の二人に、四五の従者を伴ひ谷川に禊を修し宣伝歌を唱へ乍ら大江山の魔窟ケ原を打越え真名井ケ岳に向つて進む事になりける。 悦子姫は宮川の渓流を溯り、険しき谷間を右に跳び、左に渉り漸くにして魔窟ケ原の中央に進み入り、衣懸松の傍に立ち止まり見れば、百日前に焼け失せたる高姫の隠家は又もや蔦葛を結び、新しく同じ場所に仮小屋が建てられありたり。 悦子姫『此間妾が高姫に招かれて此松の下へ来ると、間もなく火煙濛々と立昇り、小屋の四方八方より猛烈に紅蓮の舌を吐いて瞬く内に舐尽し、高姫さま始め此青彦さまも火鼠の様に、彼の丸木橋から青淵へ目蒐けて飛び込まれた時の光景は実にお気の毒なりし。その時妾は高姫さまの水に溺れて苦しみ藻掻き居られるのを、真裸になりて救ひ上げた時、高姫さまに非常に怒られた事あり、「妾が勝手に心地よく水泳をやつて居るのに、真裸で飛ンで来て妾の手を引ン握り、ひつ張り上げるとは怪しからぬ」と反対に生命を助けて怒られた事あり、あの一本橋を見ると其時の光景が今見る様な』 と述懐を漏したり。 青彦『さうでしたな、あの時に私も亀彦さまが居なかつたら土左衛門になる処でした。真実に生命の親だと思つて心の底から感謝して居ました。それに高姫さまは私がお礼を申さうとすれば目を縦にして睨むものですから、つひお礼を申し上げず心の裡に済まぬ事ぢやと思つて居ました、真実に負惜みの強い方ですな』 鬼彦『ウラナイ教の奴は皆アンナ者だよ、向ふ意気の強い、負ず嫌ひばかりが寄つて居るから負た事や弱つた事は知らぬ奴だ、悪と云ふ事も知らず本当に片意地な教だ、負た事を知らぬものに勝負も無ければ、恥を知らぬものに恥はない、人間もああなれば強いものだ、否気楽なものだ、自分のする事は何事も皆善ときめてかかつて居るのだから身魂の立て直し様がありませぬ哩』 青彦『ヤア私も高姫の強情なには呆れて物が言はれませぬ、沓島で岩蓋をせられた時にも私は消え入る様な思ひがして、泣くにも泣かれず慄うて居ましたが、高姫は豪気なものです、反対に窮鼠却て猫を咬む様な談判をやるのですから呆れざるを得ぬぢやありませぬか、漸く田辺に着いたと思へば暗に紛れてドロンと消え失せ、間もなく月の光に発見されて鬼武彦に素首を掴まれ、提げられて長い道中を秋山彦の館まで連れ行かれ、苦しいの、苦しうないのつて、息が切れさうでしたよ、それでも減らず口を叩いて太平楽を並べると云ふ意地の悪い女だから、何処迄押し尻が強いか分つたものぢやない。如意宝珠の玉を大勢の目の前で平気の平左で自分の腹の中に呑み込みて仕舞ひ、終には煙の様に天井窓から逃出すと云ふ放れ業をやるのだから、化物だか、神様だか、魔だか、素性の知れぬ痴者だ、そして随分口先の達者な事と言つたら燕か雀の親方の様だ、人には交際つてみねば分らぬが、あの剛腹の態度と弁ちやらとに掛つたら、大抵の男女は十人が九人迄やられて仕舞ふ、本当に巧な者だ、其処へ又、も一つ弁舌の上手な黒姫と言ふのが始終後について居つて応援をするものだから、口八丁手八丁悪八丁と言ふ豪の者に作りあげて仕舞つたのだ。然しチヤンと此焼け跡に又もや新しい小屋が建つて居る、大方黒姫の奴、後追つかけて来よつて焼け跡に小屋を建てて隠れて居るのではあるまいか、何処までも執念深いのはウラナイ教の宣伝使だからな』 鬼虎『一つ調べてやりませうかい』 鬼彦『若し黒姫が居つたら貴様何うする、又舌の先でチヨロチヨロと舐られてグニヤグニヤとなりやせぬかな』 鬼虎『何、大丈夫だよ、鬼虎には鬼虎の虎の巻がある、俺の十一七番を御目に懸けてやるから悠りと見物をせい』 一同は路傍の恰好の石に腰掛けて休息し乍ら雑談に耽つて居る。鬼虎は七八間許り稍傾斜の道を下り衣懸の松の麓の藁小屋を外からソツと覗き、 鬼虎『ヤア、居るぞ居るぞ、婆が一匹、男が二匹だ、オイ婆ア、貴様は何だ、バラモン教か、ウラナイ教か、ウラル教か、返答致せ』 小屋の中より、 婆(黒姫)『エー、八釜しい哩、何処の穀潰しか知らぬが新宅の成功祝で、グツスリ酒を飲みて暖い夢を見て居た処だ、大きな声で目を覚まさしよつてチツト人情を知らぬかい。安眠妨害で告発するぞ』 鬼虎『ヤア、一寸洒落て居やがる、よう牛の様にツベコベと寝乍らねちねちと口を動かす奴だ、丸で高姫か黒姫みたいな餓鬼だ、改心せぬと又それ紅蓮の舌に舐められて、藁小屋は祝融子に見舞はれ全部烏有に帰し、頭の毛や着衣に火が延焼して一本橋から身を投げて寂滅為楽、十万億土の旅立をせにやならぬ様になるぞ』 小屋の中より、 婆(黒姫)『何処の奴か知らぬが俺は貴様の今言うた黒姫だよ、名は黒姫でも顔の色はそれ今其処らに降つてる雪の様に白い雪ン婆の様な心の綺麗なウラナイ教の宣伝使ぢや、此沢山な雫を掻き別けて寒い寒い山道をうろつく奴は余程ゆきつまつたしろ物と見える哩。今日らの日に彷徨ふ奴は家の無いもののする事ぢや、田螺でも蝸牛虫でも一つは家を持つて居る、家無しのド乞食奴が、何とか、彼とか言ひよつて人の処の家へ泊めて貰はうと思つても……さうは往かぬぞ、然し魚心あれば水心ありぢや、俺の言ふ事を聞くのなら泊めてやらぬ事は無いわ、それ程寒相に歯の根も合はぬ程、カツカツ慄ふよりも如何ぢや、俺の結構な話を聞いて暖い火にあたつて、味の良い濁酒でも鱈腹飲みた方がましだらう、世の中は馬鹿者が多いので此雪の降つてピユウピユウと顔の皮が剥ける様な風が吹くのに、下らぬ宣伝歌を涙交りに謡ひよつても誰が集まつて聞くものかい、後から後から此雪の様に冷かされる一方だ、一つ冷静に酒の燗ドツコイ考へて見たが宜からうぞ』 鬼虎『アハヽヽヽ、オイ鬼彦、一寸来い、大分に能うツベコベ吐す奴ぢや、高姫の二代目が居りよる哩。白姫とか赤姫とか吐す中年増の婆ぢや、一つ此奴を、真名井ケ岳に行く途中の先登として言向け和したら面白からうぞ』 鬼彦『ヤ、さうか、何でも婆の潜みて居さうな藁小屋ぢやと思つた。ドレドレ之から鬼彦が応援に出掛け様かい』 雪の中をザクザクと音させ乍ら小屋の側に寄り添ひソツと中を覗き、 鬼彦『ヤア、居る居る、此奴は何時やら見た事のある奴ぢや。随分八釜しい婆ぢやぞ、鈴の化物見た様な奴ぢや』 鬼虎『鈴か煤か知らぬが何でも黒い名のつくババイババイ婆宣伝使だ。オイ、婆ア、一つ貴様の得意の雄弁を振つて天下分け目の舌鋒戦でも開始したら如何だ、面白いぞ』 婆(黒姫)『オイ、音、勘、酒に喰ひ酔うて何時迄寝て居るのだ、外には貴様に合うたり叶うたりの荷担うたら棒が折れる様なヒヨツトコ男が来よつて、百舌鳥の様に囀つて居る、貴様一つ出て舌戦をやらぬかいナ』 音、勘『ムヽヽヽ、ムニヤムニヤムニヤ、アヽア、アー』(寝惚け声で) 婆(黒姫)『エー、じれつたい、欠伸許りして夜中の夢でも見てるのかい、もう午時ぢや、早く起きぬか』 音公『午時か猫時か知らぬが二人がグツスリと猫を釣つて、甘い物をドツサリ喰つた夢を見てる時に、アヽ偉い損をした、十七八の頗るのナイスが現はれて、細い白い柔かい手で目を細うして「音さま、一杯」と盃をさして呉れた最中に起されて、エーエ怪つ体の悪い、一生取り返しのならぬ大損害だ、生れてから見た事もない様なナイスにお給仕をして貰ふ時の心持と言つたら天国浄土に行つても、夢でなくては有りさうもない、アヽア、嬉しかつた嬉しかつた』 婆(黒姫)『オイ、音、何をお前は惚けて居るのだい、チツト確りしなさらぬか、戸を開けて外を見なさい、沢山の耄碌がやつて来て今此黒姫の舌鋒に刺されて、ウラナイ教に帰順せむとする準備の最中だ、サアサア勘公も起きたり起きたり』 婆はノソリノソリと小屋を立ち出で、 婆(黒姫)『ヤア誰かと思へば青彦も其処に居るのか、コレヤ、マア如何したのだ、何時の間に三五教に這入りよつたのだ、宣伝使の服が変つて居るぢやないか、サア早く脱ぎ捨ててウラナイ教の教服と更へるのだよ』 青彦『これはこれは黒姫先生、憚り乍ら今日の青彦は最早百日前の青彦とは趣が違つて居ますから、その積りで物を言つて貰ひませぬと、某聊か迷惑の至りだよ』 婆(黒姫)『オホヽヽヽ、猫の眼の玉の様に、能う変る灰猫野郎だな、そこに居る女宣伝使は此間来た悦子姫と言ふ破れ宣伝使だらう、ソンナ者に従いて歩いて何になるか、チツトお前も物の道理を考へて利害得失を弁へたが宜からうぞ、オホヽヽヽ』 勘公『皆さま、ソンナ処へ腰掛けて居らずに、トツトとお這入りなさいませ、内はホラホラ外はスウスウぢや、随分広い間がありますよ』 婆(黒姫)『コレヤ、勘公よ、能う勘考してものを言はぬかい、主人の黒姫にも応へずに僕の分際として勝手にお這入り下さいとはソレヤ何を言ふのか、アンナ者を一緒に入れたら丸で爆弾を詰めた様なものぢや、何処から破裂致すやら分つたものぢやないぞ』 勘公『爆弾でも何でも宜いぢやありませぬか、先方の爆弾をソツと此方へ占領して使ふのが妙案奇策、敵の糧を以て敵を制する六韜三略の兵法で御座る、アハヽヽヽ』 婆(黒姫)『お前の兵法は矢張屁の様な物だ、匂ひも無ければ音もこたへず、音公と同じ様な掴まへ所の無い人三化七ぢや』 音公『これこれ、黒姫のチヤアチヤアさま、音公の様な者とは、ソレヤ何を証拠に言ふのだ、チヤアチヤア吐すと量見せぬぞ、世界一目に見え透く竜宮の乙姫ぢやぞと、明けても暮れても口癖の様に自慢して居るが、現在足許に居る此音さまを誰だと思つて居るのか、明き盲目だな、三五教の宣伝使音彦司とは此方の事だぞ』 婆(黒姫)『音に名高い音彦の宣伝使と言ふのはお前の事か、オツト、ドツコイ、音に聞いた程も無い見劣りした腰抜け野郎だ、水の中でおとした屁の様な男(音公)だな、斯ンなガラクタ男が三五教の宣伝使だなぞと本当におとましい哩、生るる時に母親の腹の中で肝腎な、目に見えぬものをおとして来た様な間抜けた顔付をしよつて、宣伝使の何のつて、雪隠虫が聞いて呆れますぞえ、宣伝使ぢや無うて雪隠虫ぢやらう、オホヽヽヽ』 音彦『エー、仕方のない剛情な婆ばかりウラナイ教には寄つて居やがるな』 婆(黒姫)『きまつた事ぢや、お前も余つ程の馬鹿人足だな、今頃に瘧が落ちた様な顔しよつて、「剛情な奴ばかりウラナイ教は寄つて居やがるな」なぞとソンナ迂い気の利かぬ事でウラナイ教の間者に這入つたつて何が成功するものか、此黒姫は此奴一癖ある間抜けだと思つて、知らぬ顔で居れば良い気になりよつて何を言ふのだ、貴様の面を見い、世界一の大馬鹿者、三五教の腰抜け野郎と貴様の寝てる間に此黒姫司が墨黒々と書いて置いた、それも知らずに偉相に言ふな、鍋の尻の様な面になりよつて、お前も余つ程くろう好きぢやと見える、「心からとて吾郷離れ、知らぬ他国で苦労する」とはお前の様な馬鹿者の境遇を剔抉して余蘊なしだ、ホヽヽヽ、それに付けても青彦の奴、何の態ぢや、日蔭に育つた瓢箪の様な面をして結構なウラナイ教の神様に屁をかがしたか、かかさぬか、…………ド拍子の抜けたシヤツ面を此寒空に曝し、瑞の霊と言ふ冷たい名の付いた奴の教を有難相に聞きよつて、蒟蒻の化物の様にビリビリ慄ひ歩く地震の化物奴、チツと胸に手を当てて自身の心を考へて見よ』 青彦『大きに憚り様、何うせ青彦と黒姫は名からして色彩が違ふから反が合ませぬ哩。黒い黒い顔に石灰釜の鼬見たように、ドツサリと白粉をコテコテ塗りたて、丸で此処にある焼杭木に雪が積つた様なものだ。五十の尻を作りよつて白髪を染めたり、顔を塗つたりしたつて皺は隠れはせぬぞ、若い者の真似をして若相に見せ様と思つても雪隠の洪水で糞浮きぢや、汚いばかりぢや、良い加減に改心せぬかい』 婆(黒姫)『俺が顔に白粉をつけて居るのが何が可笑しい、何事も隅から隅まで前にも気をつけおしろいにも手を廻して抜目の無い教と言ふ印に白粉をつけて居るのだ、貴様は尾白い狐に魅まれよつてウロウロとうろついてるのだな、娑婆幽霊の死損なひ奴が』 青彦『娑婆幽霊の死損なひとは貴様の事だよ、人生は僅か五十年、五十の坂を越えよつて白粉をつけて俏した処で地獄の鬼は惚れては呉れはせぬぞ、三途川の鬼婆の姉妹と取り違へられて、冥土に行つても又大々的排斥をせらるるのは判を捺した様なものだ、本当に困つた婆だな、執着心の強い粘着の深い、着いたら離れぬと言ふ牛蝨の様な代物だ、如何ぞして結構な三五教に救うてやり度いと思つて居るのだが、もう斯うなりては駄目かな、耳は蛸になり目は木の節穴の様に硬化して仕舞ひ、口ばつかり無病健全と言ふ代物だから、如何しても見込みがつかぬ哩』 婆(黒姫)『エー、ツベコベと世迷ひ言を能う囀る男だ、初めには三五教が結構だと言つて涙を零し、洟まで垂らして有難がり、次には三五教は薩張り駄目だ、瑞の霊の不可解な行動が腑に落ちぬ、もうもう愛想がつきた、三五教のあの字を聞いても胸が悪いと言ひよつて、此黒姫の紹介でウラナイ教にヤツと拾ひ上げ、もう何うなり斯うなり一人歩きが出来る様になつたと思へば又もや変心病を出しよつて、「矢張りウラナイ教は駄目だ、先の嬶は嘘はつかぬ哩、三五教の御神力が強い」と、萍の様な心になつて、風が東から吹けば西に漂ひ、西から吹けば東の岸に漂着すると言ふ漂着者だ、ソンナ事で神様の御蔭が貰へるか、終始一貫、不変不動、岩をも射抜く梓弓、行きて帰らぬ強き信仰を以て神に仕ふるのが万物の霊長たる人間の意気だよ、能うフラフラと変る瓢六玉だ、アヽ可憐相な者だ、ヤア哀なものだなア、オホヽヽヽ』 青彦『何を言ひよるのだ、コラ黒姫、貴様だつて三五教は結構だ、広い世界にコンナ誠の教があらうかと言ひよつて、今迄信じて居たバラモン教を弊履を捨つるが如く念頭より放棄し、今又ウラナイ教の高姫の参謀になりよつたと思つて、偉相な事を言ふない。お猿の尻笑ひと言ふのは貴様の事ぢや、オヽそれそれ猿で思ひ出した、猿と言ふ奴はかく事の上手な奴ぢや、貴様は高姫の筆先だとか、何とか折れ釘の行列の様な、柿のへたの様なものを毎日、日にち写しよつて、それを唯一の武器と恃み、鬼の首を篦でかき切つた様な心持になつて、世界中の誠の信者の信仰をかき廻すと言ふ、さるとはさるとは困つた代物だよ、猿が餅搗くお亀がまぜると言ふ事がある、コラ猿婆貴様の舌端に火を吐いて言向け和した信者の持ち場を、青彦の宣伝使が之からかき廻すのだから、マアマア精出して活動するが良い哩、貴様は三五教の先走りだ、イヤ、もう御苦労のお役だ、霊魂の因縁に依つて悪の御用に廻されたと思へば寧ろお気の毒に堪へぬワイ、アヽ惟神霊幸倍坐世、叶はぬから霊幸倍坐世、アハヽヽヽ』 (大正一一・四・一六旧三・二〇北村隆光録) |
|
123 (1679) |
霊界物語 | 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 | 19 文珠如来 | 第一九章文珠如来〔六〇九〕 ヤンチヤ婆アの黒姫は、性来の聞かぬ気を極度に発揮し、青彦、音彦其他に向つて舌端黒煙を吐き、一人も残さず紅蓮の焔に焼き尽さむと凄じき勢なり。 黒姫『コレコレ、最前から其処に、男とも、女とも、訳の分らぬ風をして居る三五教の宣伝使、良い加減に此世に暇乞ひをしても悦子姫の阿婆擦れ女、沢山の荒男を引きつれて、女王気取りで、傲然と構へて御座るが、チト此婆アが天地の根本の道理を噛みて啣める様に言ひ聞かしてやるから、ソンナ蓑笠をスツパリと脱いで、此処へ御座れ、滅多にウラナイ教の為に悪い様な事は申さぬ。問ふは当座の恥、知らぬは末代の恥だ、此山の中で結構な神徳を戴いて、又都会へ出たら、自分が発明した様に、宣伝使面を提げて歩かうと儘ぢや。何でも聴いて置けば損は往かぬ。サアサア婆アの渋茶でも呑みて、トツクリと身魂の洗濯をしなされ。チツト此頃はお前も顔色が悪い。此黒姫が脈を執つて上げよう。……どうやら浮中沈、七五三の脈膊が混乱して居る様ぢや、今の間に療養せぬと、丸気違になつて了ふぜ。今でさへも半気違ぢや。神霊注射を行つてあげようか。それが利かなくば、モルヒネ注射でもしてやらうかい。サアサアトツトと前へ来なさい』 悦子姫『それはそれは、何から何まで御心を附けられまして、御親切有難う御座います』 黒姫『有難いか、ウラナイ教は親切なものだらう。頭の先から足の爪先、神経系統から運動機関は申すに及ばず、食道、消化機関から生殖器、何から何迄、チヤンと気をつけて、根本から説き明かし、病の根を断る重宝な教ぢや。お前も神経中枢に多少異状があると見えて、三五教の木花姫の生宮の様に、女だてら、男の風采をして、男を同伴つて、そこら中を歩きまはすのは、普通ではない。此儘放つとくと、巣鴨行をせなければならぬかも知れやしない。………サアサア此黒姫は耆婆扁鵲も跣足で逃げると云ふ義理堅い義婆ぢや。世間の奴は訳も知らずに、黒姫を何の彼のと申すけれども、燕雀何ンぞ大鵬の志を知らむやだ。三千世界の立替立直しの根本を探ると云ふ、大望なウラナイ教を、三五教の宣伝使位に分つて堪るものか。お前が此処へ来たのも、みなウラナイ教を守護し給ふ、尊き大神様の御引合せぢや。躓く石も縁の端と言つて、世界には道を歩いて居ると、沢山な石が転がつて居る。其幾十万とも知れぬ石の中に、躓く石と云つたら、僅に一つか二つ位なものだよ。これも因縁が無ければ蹴躓く事も出来なければ、蹴躓かれる事も出来やしない。同じ時代に生れ、同じお土の上に居つても、コンナ結構なウラナイ教を知らずに、三五教にとぼけて一生を送る様な事は本当に詰らぬぢやないか。何事も神様のお引合せ、惟神の御摂理、縁あればこそ、斯うしてお前は此山の奥に踏み迷ひ……イヤイヤ神様に引つ張られて来たのだ。決して決して黒姫の我で云うと思つたら量見が違ひますデ、竜宮の乙姫さまが仰有るのだ。今迄永らく海の底のお住居で、沢山の宝を海の底に蓄へて居られたのぢやが、今度艮の金神様が世にお上りなさるに就て、物質的の宝よりも、誠の宝が良いと云つて、五六七神政成就の為に、惜しげも無く綺麗サツパリと、艮の金神さまに御渡しなされると云ふ段取りぢや。併し人間は誠の宝も結構ぢやが、肉体の有る限り、家も建てねばならず、着物も着ねばならず、美味いものも食はねばならず、あいさには酒もチヨツピリ飲みたいと云ふ代物だから、形のある宝も必要ぢや。三五教の奴は「この世の宝は、錆、腐り、焼け、溺れ、朽果つる宝だ、無形の宝を神の国に積め」なぞと、水の中で屁を放いた様な屁理屈を言つて、世界の奴を誤魔化して居るが、お前等も大方其部類だらう……イヤ其通り宣伝して歩くのだらう。……能う考へて見なされ。お前だつて食はず飲まずに、内的生活ばかり主張して居つて、堂して神の道の宣伝に歩行けるか。これ程分り切つた現実の道理を無視すると云ふ教はヤツパリ邪教ぢや。瑞霊の吐す事は、概して皆コンナものだ。言ふ可くして行ふ可らざる教が何になるものか。体主霊従と霊主体従の正中を言ふのが当世ぢや。当世に合ぬ様な教をしたつて誰が聴くものか。神の清き御心に合むとすれば、暗黒なる世の人の心に合ず、俗悪世界の人の心に合むとすれば、神の心に叶はず……なぞと訳の分り切つた小理屈を、素盞嗚尊の馬鹿神が囀りよつて、易きを棄て難きに就かむとする、迂遠極まる盲信教だから、根つから、葉つから、羽が生えぬのぢや。ウラナイ教は斯う見えても、今は雌伏時代ぢや。軍備を充実した上で、捲土重来、回天動地の大活動を演じ、それこそ開いた口が塞がらぬ、牛の糞が天下を取る、アンナ者がコンナ者になると云ふ仕組の奥の手を現はして、天の御三体の大神様にお目にかける、艮の金神の仕組ぢや。三五教は艮の金神の教を樹てとる様な顔して居るが、本当は素盞嗚尊の教が九分九厘ぢや。黒姫はそれがズンとモウ気に喰はぬので、変性男子の系統の肉体の、日の出神の生宮を力と頼み、竜宮の乙姫さまの生宮となつて、外国の行方を、隅から隅迄調べあげて、今度の天の岩戸開に、千騎一騎の大活動をするのぢや。お前も、三五教の宣伝使と云ふ事ぢやが、名はどうでもよい、お三体の大神様と艮の金神様の御用を聴きさへすれば宜いのだらう。サアサア今日限り化物の様な奴の吐す事を、弊履の如く打棄てて、最勝最妙、至貴至尊、無限絶対、無始無終の神徳輝く、ウラナイ教に兜を脱いで、迷夢を醒まし、綺麗サツパリと改心して、ウラナイ教を迷信なされ、悪い事は申しませぬ、ギヤツハヽヽヽ』 悦子姫『ホヽヽヽ、アハヽヽヽ、あのマア黒姫さまの黒い口、……妾の様な口の端に乳の附いてる様な者では、到底あなたの舌鋒に向つて太刀打は出来ませぬ。あなたは何時宣伝使にお成りになりましたか、随分円転滑脱、自由自在に布留那の弁、懸河の論説滔々として瀑布の落ちるが如くですナ』 黒姫『定つた事だよ。入信してからまだ十年にはならぬ。夫れでも此通りの雄弁家だ、是れには素養がある。若い時から諸国を遍歴して、言霊を練習し、唄であらうが、浄瑠璃であらうが、浪花節であらうが、音曲と云ふ音曲は残らず上達して鍛へたのぢや。千変万化、自由自在の口車、十万馬力を掛けた輪転機の様に、廻転自由自在ぢや、オホヽヽヽ』 加米彦『モシモシ悦子姫さま、コンナ婆アに、何時までも相手になつとると、日が暮れますで、一時も早く真名井ケ原に向ひませうか』 悦子姫『アヽさうだ、折角の尊いお説教を聞かして貰うて、お名残惜しいが、先が急きますから此処らで御免蒙りませうか』 鬼虎『アーア、最前から黙つて聴いて居れば、随分能く囀つたものだ。一寸謂はれを聞けば、根つから葉つから有難い様だが、執拗う聞けば、向つ腹が立つ……お婆アさま、ゆつくり、膝とも談合、膝坊主でも抱へて、自然に言霊の停電するまで、馬力をかけ、メートルを上げなさい。アリヨース』 黒姫『待つた待つた、大いにアリヨースだ、様子あつて此婆アは、此魔窟ケ原に仮小屋を拵へ、お前達の来るのを待つて居たのだ。往くと云つたつて、一寸だつて、此婆が、是れと睨みたら動かすものか』 鬼虎『まるで蛇の様な奴ぢやナア。執念深い……何時の間にか、俺達に魅入れよつたのぢやナ』 黒姫『さうぢや、魅を入れたのぢや、お前もチツト身入れて聞いたが宜からう、蛇に狙はれた蛙の様なものぢや、此処をかへると云つたつて、帰る事の出来ぬ様に、チヤーンと霊縛が加へてある。悪霊注射も知らず識らずの間に、チヤアンと行つて了うた。サア動くなら動いて見よれ』 鬼虎『アハヽヽ、何を吐すのだ。動けぬと云つたつて、俺の体を動かすのは、俺の自由権利だ。……ソレ……どうだ。これでも動かぬのか』 黒姫『それでも動かぬぞ。お前が今晩真名井ケ原に着いて、草臥れて、前後も知らず、寝ンだ時は、ビクとも体を動かぬ様にしてやるワイ』 鬼虎『アハヽヽヽ、大方ソンナ事ぢやろと思うた。……ヤイヤイ黒姫、三五教は起きとる人間を、目の前で霊縛して動けぬ様にするのぢやぞ。一つやつてやらうか、……一二三四五六七八九十百千万……』 黒姫『一二三四五六七八心地よろづウ……ソラ何を言ふのぢや、それぢやから三五教は体主霊従と云ふのぢや。朝から晩まで、算盤はぢく様に数を数へて、一から十まで千から万まで……取り込む事につけては抜目のない教ぢや。神の道は無形に視、無算に数へ、無声に聞くと云ふのぢやないか、…何ンぢや、小学校の生徒の様に、一つ二つ三つと勿体らしさうに、……ソンナことは、三つ児でも知つてるワイ。……大きな声を出しよつて、アオウエイぢやの、カコクケキぢやのアタ阿呆らしい、何を吐すのぢやい……白髪を蓬々と生やしよつた大の男が見つともない、桶伏山の上へあがつて、イロハからの勉強ぢやと云ひよつてな、……小学校の生徒が笑うて居るのも知らぬのか、…良い腰抜だなア、それよりも天地根本の大先祖の因縁を知らずに神の教が樹つものか、三五教の様な阿呆ばつかりなら宜いが、世の中には三人や五人、目の開いた人間も無いとは謂はれぬ。其時に、昔の昔のサル昔からの因縁を知らずに、どうして教が出来るか、馬鹿も良い加減にしといたが宜からう。鎮魂ぢや、暗魂ぢやとか云ひよつて、糞詰りが雪隠へでも行つた様に、ウンウンと汗をかきよつて、何のザマぢやい、尻の穴が詰つて穴無い教と云ふのか、阿呆らしい、進むばつかりの行方で、尻の締りの出来ぬ素盞嗚尊の紊れた教、何が夫程有難いのぢや、勿体ないのぢや、サア鎮魂とやらをかけるのなら、懸けて見い、……ソンナ糞垂腰で鎮魂が掛つてたまるかイ。グヅグヅすると、妾の方から、暗魂をかけてやらうか』 加米彦『ヤア時刻が移る、婆アさま、又ゆつくりと、後日お目にかかりませう』 黒姫『後日お目にかからうと云つたつて、一寸先は闇の夜ぢや。逢うた時に笠脱げと云ふぢやないか、此笠松の下でスツクリと改心して、宣伝使の笠を脱ぎ、蓑を除り、ウラナイ教に改悪しなさい。一時も早う慢心をせぬと、大峠が出て来た時に助けて貰へぬぞや』 加米彦『アハヽヽヽ、オイ婆アさま、お前さま本気で言つてるのかい、お前の言ふ事は支離滅裂、雲煙模糊、捕捉す可らずだがナア』 黒姫『定つた事だイ、広大無辺の大神の生宮、竜宮の乙姫さまのお宿ぢや、捕捉す可らざるは竜神の本体ぢや、お前達の様な凡夫が、竜宮の乙姫の尻尾でも捉へようと思ふのが誤りぢや、ギヤツハヽヽヽ』 音彦『アヽ是れは是れは、加米彦さま、久し振ぢやつたナア』 加米彦『ヤア聞覚えのある声だが、……その顔はナンダ、真黒けぢやないか、炭焼の爺かと思つて居た、……一体お前は誰だ』 音彦『音彦だよ、北山村より此婆アの後に従いて、ドンナ事をしよるかと思つて、ウラナイ教に化け込み伴いて来たのだ。イヤモウ言語道断、表は立派で、中へ這入ると、シヤツチもないものだ、伏見人形の様に、表ばつかり飾り立てよつて、裏へ這入ればサツパリぢや。腹の中はガラガラぢや。ウラナイ教は侮る可らざる強敵と思つて今日迄細心の注意を怠らなかつたが、噂の様にない微弱なものぢや、何程高姫や、黒姫が車輪になつても、最早前途は見えて居る。吾々もモウ安心だ。到底歯牙に掛くるに足らない教理だから、わしもお前の後に伴いて、今より三五教の宣伝使と公然名乗つて行く事にしよう。此婆アさまは、如何しても駄目だ。改心の望みが付かぬ、縁なき衆生は済度し難し、……エー可憐相乍ら、見殺しかいなア』 黒姫『アーア音彦も可憐相なものだナア。如何ぞして誠の事を聞かしてやらうと思ふのに、魂が痺れ切つて居るから、食塩注射位では効験がない哩、アーア気の毒ぢや、いぢらしい者ぢや……それに付けても青彦の奴、可憐相で堪らぬ。……コラコラ青彦モ一遍、直日に見直し聞直し、胸に手を当てて能う省みて、ウラナイ教に救はれると云ふ気はないか。此婆はお前の行先が案じられてならぬワイ』 青彦『アーア、黒姫婆アさま、お前の御親切は有難い、併し乍ら、個人としては其親切を力一杯感謝する、が、主義主張に於ては、全然反対ぢや、人情を以て真理を曲げる事は出来ぬ、真理は鉄の棒の如きもの、曲げたり、ゆがめたり、折つたりは出来ない、公私の区別は明かにせなくては、信仰の真諦を誤るからナア、……左様なら…御ゆるりと御休みなされませ、私は是れから、悦子姫様のお後を慕ひ、一行花々しく、悪魔の征討に向ひます。ウラナイ教が何程、シヤチになつても、釣鐘に蚊が襲撃する様なものだ。三五教は穴が無いから大丈夫だ。水も洩らさぬ神の教、御縁が有つたら又お目に掛りませう』 黒姫『アーア、縁なき衆生は度し難しか、……エー仕方がないワイ………ウラナイ教大明神、叶はぬから霊幸倍坐世、叶はぬから霊幸倍坐世、……ポンポン』 魔窟ケ原の黒姫が伏屋の軒に暇乞ひ 日は西山に傾いて附近を陰に包めども 四方の景色は悦子姫松吹く風の音彦や 秋山彦の門番と身をやつしたる加米彦が 顔の色さへ青彦を伴なひ進む九十九折 鬼の棲処と聞えたる大江の本城左手に眺め 鬼彦、鬼虎、岩、市、勘公引連れてさしも嶮しき坂路を 喘ぎ喘ぎて登り行く地は一面の銀世界 脛を没する雪路を転けつ転びつ汗水を 垂らして進む岩戸口折柄吹き来る雪しばき 面を向くべき由もなく笠を翳して下り行く 夜の帳はおろされて遠音に響く波の音 松の響も成相の空吹き渡る天の原 天の橋立下に見て雪路渉る一行は 勇気日頃に百倍し気焔万丈止め度なく 文珠の切戸に着きにけり。 青彦『アーア、日も暮れたし、前途遼遠、足も良い程疲労れました。アヽ文珠堂の中へ這入つて一夜を凌ぎ、団子でも噛つて休息致しませうか』 悦子姫『何れもさま方、随分御疲労でせう。青彦さまの仰有る通り、あのお堂の中で、兎も角休息致しませうか』 一同此言葉に『オウ』と答へて、急ぎ文珠堂に向つて駆けり行く。 鬼虎『ヤア此処へ来ると、何時やらの事を連想するワイ、恰度今夜の様な晩ぢやつた。此様に雪は積つて居らぬので、あたりは真暗がり、鬼雲彦の大将の命令に依つて、あの竜灯松の麓へ、悦子姫さま達を召捕に行つた時の事を思へば、全然夢のやうだ。昨日の敵は今日の味方、天が下に敵と云ふ者は無きものぞと、三五教の御教、つくづくと偲ばれます。其時に悦子姫さまに霊縛をかけられた時は、どうせうかと思つた。本当に貴女も随分悪戯好の方でしたなア』 悦子姫『ホヽヽヽヽ』 鬼彦『オイオイ鬼虎、貴様はお二人の中央にドツカリ坐りよつて、良い気になつて居たのだらう』 鬼虎『馬鹿言へ、何が何だか、柔かいものの上に、ぶつ倒れて、気分が悪いの、悪くないのつて、何分正体が分らぬものだから、ホーズの化物が出たかと思つて気が気ぢやなかつたよ、それに就けても、生者必滅会者定離、栄枯盛衰、有為転変の世の中無常迅速の感愈深しだ。飛ぶ鳥も落す勢の鬼雲彦の御大将は、鬼武彦の為に伊吹山に遁走し、吾々は四天王と呼ばれ、随分羽振を利かした者だが、変れば替はる世の中だ。あの時の事を思へば、長者と乞食程の懸隔がある。三五教の宣伝使の卵になつて悦子姫さまのお供と迄、成り下つたのか、成上がつたのか知らぬが、モ一度、あの時の四天王振が発揮したい様な気もせぬ事はない。アーア誠の道は結構なものの、辛いものだ。 あひ見ての後の心に比ぶれば昔は物を思はざりけり だ。善悪正邪の区別も知らず、天下を吾物顔に、利己主義の自由行動を採つた時の方が、何程愉快だつたか知れやしない、吁、併し乍ら人間は天地の神を畏れねばならぬ、今の苦労は末の為だ。アーアコンナ世迷言はヨウマイヨウマイ。神直日大直日に……神様、見直し聞直して下さい。私は今日限り、今迄の繰言を宣り直します。アヽ、惟神霊幸倍坐世』 青彦『因縁と云ふものは妙なものですな、同じ此竜灯の松の下蔭に於て、捉へようとした宣伝使を師匠と仰いで、お伴をなさるのは、反対に悦子姫様の擒となつた様なものだ。アハヽヽヽ、吾々も全く三五教の捕虜になつて了つた。それに就けても、執拗なのは黒姫ぢや、何故あれ程頑固なか知らぬ、どうしても彼奴ア改心が出来ぬと見えますなア』 音彦『到底駄目でせう。私もフサの国の北山のウラナイ教の本山へ、信者となり化け込みて、内の様子を探つて見れば、何れも此れも盲と聾ばつかり、桶屋さまぢやないが、輪変吾善と思つてる奴ばつかり、中にも蠑螈別だの、魔我彦だのと云ふ奴は、素的に頑固な分らぬ屋だ。高姫黒姫と来たら、酢でも蒟蒻でもいく奴ぢやない。どうかして帰順さしたいと思ひ、千辛万苦の結果、黒姫の荷持役とまで漕ぎつけ、遥々と自転倒島まで従いて来て、折に触れ物に接し、チヨイチヨイと注意を与へたが、元来が精神上の盲聾だから、如何ともする事が出来ない。私も加米彦さまに会うたのを限として、此処迄来たのだが、随分ウラナイ教は頑固者の寄合ですよ』 加米彦『フサの国で、あなたが宣伝をして居られた時、酒を飲むな酒を飲むなと厳しい御説教、私はムカついて、お前サンの横面を、七つ八つ擲つた。其時にお前サンは、痛さを堪へて、ニコニコと笑ひ、禁酒の宣伝歌を謡うて御座つた、その熱心に感じ、三五教を信じて、村中に弘めて居つた処、バラモン教の捕手の奴等に嗅付けられ、可愛い妻子を捨てて、夜昼なしに、トントントンと東を指して駆出し、月の国まで来て見れば、此処にもバラモン教の勢力盛ンにして、居る事が出来ず、西蔵を越え、蒙古に渡り、天の真名井を横断つて暴風に遭ひ、船は沈み、底の藻屑となつたと思ひきや、気が附けば由良の湊に真裸の儘横たはり、火を焚いて焙られて居た。「アーア世界に鬼は無い、何処の何方か知りませぬが、生命を御助け下さいまして有難う」と御礼を申し見れば秋山彦の御大将、生命を拾つて貰うた恩返しに、門番となり、馬鹿に成りすまし勤めて来たが、人間の身は変れば替はるものぢや、世界は広い様なものの狭いものぢや。フサの国で、あなたを虐待した私が、又あの様な破れ小屋でお目にかからうとは神ならぬ身の計り知られぬ人の運命だ…………アヽ惟神霊幸倍坐世、三五教の大神様有難う御座います、川の流れと人の行末、何事も皆貴神の御自由で御座います。どうぞ前途幸福に、無事神業に参加出来まする様、特別の御恩寵を垂れさせ給はむ事を偏に希ひ上げ奉ります』 悦子姫『サアサア皆さま、天津祝詞を奏上致しませう』 一同は『オウ』と答へ、声も涼しく奏上し終る。 悦子姫『サア皆さま、坊主は経が大事、吾々は又明日が大切だ。ゆつくりとお休みなされませ。妾は皆さまの安眠を守る為、今晩は不寝番を勤めませう』 鬼虎『ヤア滅相な、あなたは吾々一同の為には御大将だ。不寝番は此鬼虎が仕りませう。どうぞお休み下さいませ』 悦子姫『さうかナ、鬼虎さまに今晩は御苦労にならうか』 と蓑を纒うた儘、静かに横たはる。一同は思ひ思ひに横になり、忽ち鼾声雷の如く四辺の空気を動揺させつつ、華胥の国に入る。鬼虎は不寝番の退屈紛れに雪路をノソノソと歩き出し、何時の間にやら、竜灯の松の根元に着き、ふつと気が付き、 鬼虎『あゝ此処だ此処だ、悦子姫に霊縛をかけられた古戦場だ。折から火光天を焦して竜灯の松を目蒐けて、ブーンブーンと唸りを立てて遣つて来た時の凄じさ、今思つても竦然とするワイ。あれは一体何の火だらう。人の能く言ふ鬼火では有るまいか。鬼虎が居ると思つて、鬼火の奴、握手でもせうと思ひよつたのかナア。霊魂もお肉体もあの時はビリビリのブルブルぢやつた。どうやら空の様子が可笑しいぞ、真黒けの鬼が東北の天に渦巻き始めた。今度こそ遣つて来よつた位なら、一つ奮戦激闘、正体を見届けてやらねばなるまい。是れが宣伝使の肝試しだ。オーイ、オイ、鬼火の奴、鬼虎さまの御出張だ、三五教の俄宣伝使鬼虎の命此処に在り、得体の知れぬ火玉となつて現はれ来る鬼火の命に対面せむ』 とお山の大将俺一人気取になつて、雪の中に呶鳴つて居る。忽ち一道の火光、天の一方に閃き始めた。 鬼虎『ヤア天晴々々、噂をすれば影とやら、呼ぶより譏れとは此事だ。鬼虎の言霊は、マアざつと斯くの通りぢや。一声風雲を捲き起し、一音天火を喚起す。斯うなつては天晴れ一人前のネツトプライス、チヤキチヤキの宣伝使ぢや、イザ来い来れ、天火命、此鬼虎が獅子奮迅の活動振り……イヤサ厳の雄猛び踏み健び御覧に入れむ』 言下に東北の天に現はれたる火光は、巨大なる火団となりて、中空を掠め、四辺を照し、竜灯の松目蒐けて下り来る。 鬼虎『ヨウ大分に張込みよつたな、此間の奴の事思へば、余程ネオ的だとみえる。容積に於て、光沢に於て天下一品だ……否天上一品だ。サア是れから腹帯でもシツカリ締て、捻鉢巻でも致さうかい、腹の帯が緩むとまさかの時に忍耐れぬぞよと、三五教の神様が仰有つた。サアサア鬼虎さまの肝玉が大きいか、天火の命の火の玉が大きいか、大きさ比べぢや』 火団は竜灯の松を中心に、円を描き、地上五六尺の所まで下り来り、ブーンブーンと唸りを立て、ジヤイロコンパスの様に、急速度を以てクルクルと回転し居たり。 鬼虎『ヤイヤイ火の玉、何時までも宙にぶら下がつて居るのは、チツト、ノンセンスだないか、良い加減に正体を現はし、此方さまと握手をしたらどうだい。お前は天の鬼火命、俺は地の鬼虎命だ、天地合体和合一致して、神業に参加せうではないか。是れからは火の出の守護になるのだから、貴様のやうな奴は時代に匹敵した代物だ……イヤ無くて叶はぬ人物だ。サアサア早く、天と地との障壁を打破して、開放的にならぬかい。お前と俺と互にハーモニーすれば、ドンナ事でも天下に成らざるなしだ』 火団は忽ち掻き消す如く、姿を隠しけるが、鬼虎の前に忽然として現はれた白面白衣のうら若き美女、紅の唇を開き、 女『ホヽヽヽヽ、お前は鬼虎さまか、ようマア無事で居て下さつたナア』 鬼虎『何ぢやア、見た事も無い、雪ン婆アの様な真白けの美人に化けよつて、雪に白鷺が下りた様に、白い処へ白い者、一寸見当の取れぬ代物だナア。俺を知つて居るとは一体どうした訳だ、俺は生れてから、お前の様な美人に会つた事は一度も無い、何時見て居つたのだ』 女『ホヽヽヽヽ、モウ忘れなさつたのかいなア、覚えの悪い此方の人、お前は今から五十六億七千万年のツイ昔、妾が文珠菩薩と現はれて、此切戸に些やかな家を作り、一人住居をして居つた所へ、年も二八の優姿、在原の業平朝臣の様な、綺麗な顔をして烏帽子直垂で、此処を御通り遊ばしただらう。其時に妾は物書きをして居つたが、何だか香ばしき匂ひがすると思つて、窓から覗けば、絵にある様な殿御のお姿、ホヽヽヽヽおお恥し……其一刹那に互に見合す顔と顔、お前の涼しい……彼の時の眼、何百年経つても忘られようか、妾が目の電波は直射的にお前の目に送られた。お前も亦「オウ」とも何とも言はずに、電波を返した……。あの時のローマンスをモウお前は忘れたのかいなア。エーエ変はり易きは殿御の心、桜の花ぢやないが、最早お前の心の枝から、花は嵐に打たれて散つたのかい……、アーア残念や、口惜しや、男心と秋の空、妾は神や仏に心願掛けて、やつと思ひの叶うた時は、時ならぬ顔に紅葉を散らした哩なア、オホヽヽヽ、恥しやなア』 鬼虎『さう言へば、ソンナ気もせぬでも無いやうだ。何分色男に生れたものだから、お門が広いので、スツカリ心の中からお前の記憶を磨滅して居たのだ。必ず必ず気強い男と恨めて呉れな。是れでも血も有り、涙も有る。物の哀れは百も承知、千も合点だ。サア是れから互に手に手を取かはし、死なば諸共、三途の川や死出の山、蓮の台に一蓮托生、弥勒の代までも楽みませう』 女『ホヽヽヽ、好かぬたらしいお方、誰がオ前の様な山葵卸の様な剽男野郎に心中立するものかいナ。妾は今其処に、天から下りて御座つた日の出神様にお話をしとるのだよ。良い気になつて、お前が話の横取りをして、色男気取りになつて……可笑しいワ、ホヽヽヽ』 鬼虎『エーツ何の事だ。人を馬鹿にしよるな、まるで夢のやうな話だワイ』 女『ホヽヽヽ、夢になりとも会ひたいと云ふぢやないか。妾の様な女神を掴まへて、スヰートハートせうとは、身分不相応ですよ。馬は馬連れ、牛は牛連れ、烏の女房はヤツパリ烏ぢや。此雪の降つた白い世界に烏の下りたよな黒い男を、誰がラブする物好があるものか。自惚も程々になさいませ。オツホヽヽヽ、おかしいワ……』 鬼虎『エー馬鹿にするな、俺を何と思つて居る。大江山の鬼雲彦が四天王と呼ばれたる、剛力無双のジヤンヂヤチツクのジヤンジヤ馬、鬼虎さまとは俺の事だよ。繊弱き女の分際として、暴言を吐くにも程が有る。サアもう量見ならぬ。この蠑螺の壺焼を喰つて斃ばれ』 と力限りに、ウンと斗り擲り付けたり。 悦子姫『アイタタタ…誰だイ、人が休眠みてるのに、……力一杯頭を擲ぐるとはあまりぢやありませぬか』 鬼虎『ヤア、済みませぬ。悦子姫さまで御座いましたか。ツイ別嬪に翫弄にしられた夢を見まして、力一杯擲つたと思へば、貴女で御座いましたか。ヤア誠に済まぬ事を致しました。真平御免下さいませ。決して決して、悪気でやつたのぢや御座いませぬ』 悦子姫『ホヽヽヽ、三五教に這入つても、ヤツパリ美人の事は忘れられませぬなア』 鬼虎『ヤアもう申訳も御座いませぬ。世の中に女がなくては、人間の種が絶えまする。日の出神も素盞嗚尊も、世界の英雄豪傑は、みな女から生れたのです。 故郷の穴太の少し上小口ただぼうぼうと生えし叢 とか申しまして、女位、夢に見ても気分の良い者は有りませぬワ、アハヽヽヽ』 鬼彦『ナヽ何ンぢや、夜の夜中に大きな声で笑ひよつて、良い加減に寝ぬかイ。明日が大事ぢやぞ。貴様は、……今晩私が不寝番を致します……なぞと、怪体な事をぬかすと思つて居たが、悦子姫さまの綺麗な顔を、穴の開く程覗いて居よつただらう。デレ助だなア』 鬼虎『馬鹿を言ふない。俺は職務忠実に勤める積りで居つたのに、何時の間にか、ウトウト睡魔に襲はれ、竜灯松の下へ行つて別嬪に逢うた夢を見て居つたのぢや。聖人君子でなくてはアンナ愉快な夢は見られないぞ。貴様のやうな身魂の曇つた人間は、到底アンナ夢は末代に一度だつて見られるものかい』 鬼彦『アツハヽヽヽ、その後を聞かして貰はうかい。他人の恋女に岡惚しよつて、色男気取りになつて、肱鉄を喰つた夢を見よつたのだらう。大抵ソンナものだよ、アハヽヽヽ。早く寝ぬかい、夜が明けたら又、テクつかねばならぬぞ』 此の時天の一方より、今度は真正の火団閃くよと見る間に、竜灯松を目蒐けて、唸りを立て矢を射る如く降り来り、一同の前にズドンと大音響を発し、爆発したり。火光はたちまち、花火の如く四方に散乱し、数百千の小さき火球となつて、地上二三丈許りの所を、青、赤、白、紫、各種の色に変じ、蚋の餅搗する如くに浮動飛散し始めたる。其壮観に一同魂を抜かして見惚れ居る。吁、此火光は何神の変化なりしか。 (大正一一・四・一六旧三・二〇松村真澄録) |
|
124 (1682) |
霊界物語 | 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 | 跋 | 跋 小幡神社の産の児と生れ出でたる瑞月が 二十五年の時津風いよいよ吹いて北条の 産声揚げし宮垣内清く湧き出る玉の井の 瑞の御魂のコンコンと果てしも知らぬ神の恩 万が一にも報いむと竜宮館を立出でて 恵の雨のふる里に教の御子を伴ひつ 壬戌の弥生空月照り渡る川流れ 心を清め身をすすぎ一行三百五十人 祝詞の声も高熊の岩窟さして進み行く 折から降り来る法の雨西国二十一番の 観音霊場と聞えたる名さへ床しき穴太寺 三十三相に身を変じ衆生済度を誓ひたる 尊き最勝妙如来仏の御堂の修繕も 全く終へて御開帳春の日永のぶらぶらと 遠き近きの信徒等が種々の余興や舞踊り 旗に幟に吹き散らし景気を添ふる揚花火 三十三所の円頭練込むほほづき数珠つなぎ 稚児の行列愛らしく見とれていつしか知らぬ間に 天台宗派の菩提山奥の一間に進み入り 弁当茶菓のもてなしに院主や執事の親切を 感謝に感謝重ねつつ本堂庫裏に誘はれ みづの聖像伏拝み雨を待つ間の酒の席 抹茶煎茶に浮かされてぶらりぶらりと生れ家の いぶせき小屋に立帰り三日三夜を棒にふり 誠の杖を突きながら瑞祥閣の人となり 又もや寝言を福の神倒け徳利の一つ口 身を横たへて惟神出づるがままに述べて行く。 大正十一年弥生月 於瑞祥閣王仁 |
|
125 (1703) |
霊界物語 | 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 | 15 敵味方 | 第一五章敵味方〔六二六〕 二月十五日の月光を浴びて、三嶽山の頂上の平地に、一蓮托生、蓑を敷き、肱を枕に華胥の国に入る。馬公鹿公は峰吹く嵐の音に夢を破られ、一度にムツクと起上り、 鹿公『アー恐ろしい事だつた。折角紫姫様のお情に依りて、岩窟の難を免れたと思へば荒鷹、鬼鷹の両人、鬼ケ城より帰り来り、俺達二人をフン縛つて、又もや岩窟に捻込みやがつたと思へば、夢だつた。アー恐ろしい恐ろしい、夢に見ても、アンナ悪人はゾツとする』 馬公『ヤアお前も夢を見たか。俺も同様の夢を見た。何だか此処は寝心が悪い。チツト月夜でもあり、そこらをブラついて見ようかい』 鹿公『さうだなア、是れ丈の同勢があれば、まさかの時には大丈夫だ。一丁や二丁離れたつて、気遣ひはあるまい。万一荒鷹や、鬼鷹が出て来やがつた所で「オイ助けて呉れい」と一言云へば、すぐ加米彦さまが、言霊の発射とやらで助けて下さるは請合ぢや。サア行かう行かう。皆さまはマア、よう寝ンで居らつしやること。吾々の様に罪が深い者は、恐怖心に駆られて、安眠も碌に出来ないワ。起きて居れば怖い目に遭はされる、寝れば眠るで怖い夢を見る、寝ても醒めても、責られ通しだ………結構なお月様の光をたよりに、チツと其処辺を、保養がてら、ウロつかうぢやないか』 馬公『宜からう』 と、フツと立ち、二人は手をつなぎ、ブラブラと山の頂きを逍遥して居る。 馬公、鹿公『アヽ何と、佳い景色だ。山の上で風は良い加減に冷たいが、木の葉に露が溜り一々月が宿つて居る、此光景はまるで、水晶の世界に居る様だ。アーア俺達の様な不仕合せ者でも、亦コンナ愉快な光景を見る事が出来る。人間は長生したいものだなア』 と鼻唄を唄ひ、あちらこちらとウロついて居る。 加米彦は中途に目を醒まし、 加米彦『アーア皆さま打揃うて、よく寝て居らつしやるワイ。悦子姫さまの白い顔、桃色の頬べた、紫姫さまの花のやうな麗しきお姿、一方は花の顔容、一方は雪の肌、空には三五の明月、お月さまも余程気に入つたと見えて、二人のナイスの顔を、特別待遇でお照しなさると見える、いやが上にも綺麗なお顔だ事。………アヽ音彦の顔か、随分力をオト彦テなスタイルだ。片腕をくの字に曲げ、無作法に口を開けて寝て御座るワイ。今頃は五十子姫の夢でも見て居るのだらう。可愛い女房をバラモン教の奴に攫はれ、今に行衛不明、思へば思へば心中を察してやる。それでも此永の間一緒に歩いて居るが、五十子姫のイの字も口に出しよらぬ所を見ると、余程確りして居るワイ……人間の寝顔を見れば、大抵其人の精神が分るものだ。どれどれ青瓢箪彦の首実検と出かけよう………ヤア此奴は嬉しさうにホヤホヤと笑うて居る。何でも丹波村とかのお節の夢でも見て居るのだらう。ヤア益々笑ひよるぞ。幽霊と仮称せられる様な奴だから、どうで笑ひにも何処ともなしに厭味たつぷりの所がある。コンナ所を一つお節に見せてやりたいものだなア、アハヽヽヽ。ヤア此奴は丹州かな、一寸好い顔をして居やがるぞ。何でも豊国姫の神様の御命令だと云つて居たが、何処ともなしに威厳が備はつて居る。ハヽア顔の真中に妙な光が現はれて居るぞ。木の花姫の化身か、妙音菩薩の再来か、此奴ア、ウツカリ軽蔑する訳には行かぬワイ。我々一行中での大人格者と見える。……ヤア良い審神をした。明日になつたら音彦の大将に一泡吹かしてやらう。……ウン此奴は黒姫仕込みの、腰曲りの夏彦と云ふ奴だ。なんと情ない鯱つ面だなア。ヤア此奴ア批評の価値がないワイ。此処に一寸こましい面の持主がある。此奴が、何でも狐とか狸とか云ふ奴だ。ウンさうさう常彦々々、今寝て居る間に、髪と髪とを括つといてやらうかなア』 加米彦は二人の長髪をソツと掴み、端と端とで地獄結に括つて了ひ、 加米彦『サア此奴が目が覚めたら、随分滑稽だらう。これからが、音彦さまと青彦の番だ。併しあまり距離が遠いので……髪と髪とが届かぬらしい。待て待て……エー此処に綱がある。此奴で括つて置かう』 と手早く括り合し、 加米彦『ハヽヽヽ、これで紛失の憂ひなしだ。此次が悦子姫さま、紫姫さまか………ヤア此奴ア、惜いぞ。紫姫と丹州とを継ぎ合せ、最後に悦子姫と加米彦の大神さまとの継ぎ合せだ。これで二四ケ八人、二八十六本の手と足。ヤア面白い、面白い』 と手探りに、紫姫の髪をソツと掴みかかつた。紫姫はムツクと起き上りさま、加米彦の腕首掴ンで、ドツカと投げたるその勢あまつて加米彦は、傍の谷を目がけてドスーン。 加米彦『アイタヽヽヽ』 と叫び居る。 紫姫『ヤア皆さま、起きて下さいませ。又もや鬼熊別の部下の者共が現はれました。サア御用意々々』 此声に驚いて一同は撥ね起き、常彦は、 常彦『アイタヽヽヽ』 夏彦『エヽヽエタイワイエタイワイ、誰だ誰だ、人の髪の毛を引つぱりよつて……放さぬかい』 常彦『オイ夏、貴様だらう』 夏彦『馬鹿云ふな、貴様が俺の髪を引つぱつとるのだ』 青彦『ヤア俺の頭を曳く奴がある。………ヤア何だ、寝て居る間に、髪と髪とを継ぎ合しよつたな、コンナ悪戯をする奴は、大方加米公だらう。……オイ加米彦、何処へ行つた。早く出て来て、ほどかないか』 加米彦『オーイ、オイ、俺はエライ所に、後手に括られて、困つて居るワイ。誰か出て来てほどいて呉れ』 青彦『ヤア加米彦も括られよつたのかな、是れだから、油断は大敵と云ふのだ。敵地に臨みて気を許し、寝てるのが此方の不覚だ、併し人間が紛失せなくてまだしもだ』 加米彦『オーイ、青彦、皆さま、御心配下さいますな、私のは自縄自縛、自縄自解、依然として元の通り』 青彦『ナアーンだ、人を脅嚇かしよつて……どこを括られて居つたのだ』 加米彦『マアどうでも良い、一体お前達はナアンだ。頭に長い尾を附けよつて……』 丹州『加米彦さま、あなた随分悪戯をしましたネー。私が知らぬ顔をして見て居りましたよ。紫姫さまに取つて放られなさつたときの面白さ、アツハヽヽヽ』 加米彦『ヤア失敗つた。皆さま、飛ンだ失礼を演じまして、……どうぞ神直日、大直日に見直し聞直して下さいませ』 音彦『戯談にも程がある。宣伝使の神聖を害する行動だ。今日限り、素盞嗚大神の代りとなつて、汝に対し、宣伝使の職を解く。有難う思へ』 加米彦『此奴ア一寸迷惑だ。モシモシ音彦さま、鬼ケ城の征伐が済む迄、執行猶予をして下さいな』 音彦『イヤなりませぬ』 加米彦『モシモシ悦子姫さま、どうぞ仲裁して下さいませ』 悦子姫『コレ音彦さま、今後、コンナ悪戯をなさらぬ様に、能く戒めて、今度は赦して上げて下さいナ』 音彦『赦し難き其方なれど、悦子姫様のお言葉に従ひ、今度は忘れて遣はす』 加米彦『アツハヽヽヽ、何に吐しよるのだい。遣はす………が聞いて呆れるワイ、アハヽヽヽ、あまり可笑しくて、腹が痛くなつた。真面目くさつた面構へをしよつて何だい。………チツと捌けぬかい。何程五十子姫の事を思つて心配したつて、竜宮の一つ島に漂着して居る女房に遇へるでもなし、刹那心を出して、モウちつと砕けぬかい。何だか、ソンナむつかしい顔した奴が混つて居ると、道中が面白くないワ』 音彦『ナニツ、五十子姫は竜宮の一つ島に漂着して居るのか、それやお前、何時、誰に聞いたのぢや』 加米彦『ソンナ事が分らぬ様な事で、宣伝使が勤まるかい。加米彦さまの天眼通で、チヤーンと調べてあるのだ。梅子姫さまと侍女の今子姫、宇豆姫の四人連れで、今竜宮島でバラモン教と激戦の最中だ。併し心配は致すな、神様が護いて御座る』 音彦『ヤアさうだつたか、五十子姫は、ウラナイ教に、若しや擒になつて居るのではなからうかと種々と工夫をして、黒姫の荷持となり、様子を考へて居たが、どうもウラナイ教には居りさうもないので、若しや大江山の鬼雲彦が為に捕はれの身となつて居るのではなからうかと思つて居たのだ。鬼ケ城へ是から行つて、モシや五十子姫が居つたら助けてやらねばなるまい、と、此処まで勇みて来たのだ。さうすれば鬼ケ城には、五十子姫は居ないかなア』 加米彦『ハヽヽヽ、お気の毒様、明日は鬼ケ城を征服し、可愛い女房の五十子姫さまに芽出度く対面遊ばす御心中であつたのに、エライ悪い事を申しました。……お力落しさま』 悦子姫、紫姫『ホヽヽヽヽ』 音彦『何事も運命だ。人間がどれ程煩悶したつて、成る様にほか成りはせぬ。今晩はゆつくりと此処でモウ一寝入りして、明日は花々しく言霊戦を開始する事にしやう。サア皆さま休みませう。加米彦、お前は御苦労だが、今夜は不寝番だ』 加米彦、ワザと叮嚀に、大地に頭を摺つけ、両手を突き乍ら、 加米彦『これはこれは音彦の君の御仰せ、確に承知仕つて御座いまする』 一同『アハヽヽヽ、オホヽヽヽ』 又もや思ひ思ひに寝に就く。月の景色に浮かされて、鹿公、馬公の二人は思はず知らず、七八丁ばかり、一行の休息場より南に離れて了つた。此時四五人の荒男、突然木蔭より現はれ来り、バラバラと二人の周囲を取り巻き、棍棒を携へ、 男『ヤア其方は、紫姫の僕、鹿、馬の両人ではないか、どうして此処へ脱け出して来た』 鹿公『コレハコレハ荒鷹、鬼鷹の親分様、誠にお気の毒で御座いますが、岩窟を叩き破つてやうやう此処まで出て参りました』 荒鷹『貴様はどうして、あの堅固な岩窟を破つたのか』 鹿公『私は御存じの通り、身に寸鉄も持たない、どうする事も出来ませぬが、神変不思議の言霊に依りて、自然に岩戸は左右にパツと開き、平和の女神に誘はれて、此処までやつて来ましたよ』 鬼鷹『ナニ、平和の女神とは誰の事だ。紫姫の事ではないか』 馬公『紫姫も結構だが、見目も貌も悦子姫と云ふ絶世のナイスが、突然現はれ給ひ、馬さま、鹿さまの御手をとり、救ひ出させ給うたのだ。モウ斯うなる上は千人力だ、荒鷹、鬼鷹、其他の小童武者共、千疋、万疋一度に掛らうと、ビクとも致さぬ某だ、アハヽヽヽ』 荒鷹『オイ鬼鷹の大将、此奴アちつと変ぢやないか。毎日日日ベソベソと吠面かわいて慄うて居つた両人が、今日は心底から気楽さうに、大言を吐いて居る、どうしたものだらう』 鬼鷹『此奴ア、発狂したのだらう。さうでなくては、アンナ事が言へたものぢやない』 荒鷹『それにしても、肝腎の目的物たる紫姫は、どうなつただらう。鬼熊別の御大将に御約束をして来たのだ。若し紛失でもして居たら大変だがなア』 鹿公『アツハヽヽヽ、タヽヽ大変だ大変だ。大変が通り越して、天変地変だ、地震雷火の車、鬼の岩窟は忽ち明日をも待たず、木端微塵、憐れ果敢なき次第なり、ワツハヽヽヽ』 鬼鷹『ヤア益々怪しいぞ、………オイ鹿、馬の奴、紫姫の所在を有態に申せ』 鹿公『アハヽヽヽ、あの心配さうな面付、蟻か、蚯蚓か、鼬か知らぬが、貴様等の翫弄物にはお成り遊ばす紫姫ぢや御座らぬワイ。鬼熊別の大将に奉つて、御褒美に与らうと云ふ目的であらうが、細引の褌、あちらへ外れ、こちらへ外れ、お気の毒乍ら目的は成就致さぬワイ。あまり呆れて腮が外れぬ様に御注意なされませや』 鬼鷹『ヤア益々合点のゆかぬ事を申す奴だ。コラ馬、鹿、貴様は荒鷹、鬼鷹御両人様の御威勢を恐れぬか』 鹿公『コレヤ荒鷹、鬼鷹、貴様は鹿公さま馬公さま御両人の御威勢を何と思ふか、恐れ入らぬか、アツハヽヽヽ』 荒鷹『益々可怪しい奴だ。何でも此奴ア、強力な尻押しが出来たに違ない。オイ鹿、貴様の後に誰か尻を押す奴が出来たのだらう。逐一白状致せ』 鹿公『きまつた事だよ、此方には大江山の鬼雲彦を始めとし、其他数万の天下の豪傑、雲霞の如く吾々両人を救援に向ひ、三嶽の山の岩窟を滅茶苦茶に叩き潰し、五六人の留守番の奴等は谷底へ吹き散らし、是れより進みて鬼ケ城の敵に向つて攻撃の準備中だ。東方よりは又もや数多の軍勢、亀彦、英子姫のヒーロー豪傑を先頭に、数十万とも限りなく、日ならず攻め寄せる計画整うたり。モウ斯うなる上は、鬼ケ城もガタガタの滅茶々々、一時も早く引返し、此由を鬼熊別の腰抜大将に注進致すが宜からうぞ』 荒鷹『ナニツ、言はしておけば際限なき雑言無礼、首途の血祭、汝等二人の身体は、此棍棒の先に粉砕し呉れむ……ヤアヤア者共、二人に向つて打つて掛れ』 一同は二人を目あてに、棍棒打振り打つてかかるを、鹿、馬の両人は一生懸命、韋駄天走りに、悦子姫が休息場に向つて逃げ帰る。 荒鷹『ヤア卑怯未練な馬、鹿の両人、口程にもない代物、……ヤアヤア者共、汝ら四五人にて結構だ。早く追つかけ両人を生捕に致して来い』 男『畏まりました』 と五六人の男は、二人の後を追つて北へ北へと走り行く。 加米彦『ヤア騒々しき足音が聞えて来た。青彦、常彦、夏彦、起きたり起きたり』 斯く云ふ内、鹿公、馬公は此場に走り来り、 鹿公、馬公『宣伝使に申し上げます。只今荒鷹、鬼鷹の両人、四五人の乾児を引きつれ、棍棒を打振り、此場に進みて参ります。防戦の御用意なされませ』 加米彦『ヤア最早やつて来よつたか。序に鬼ケ城の鬼熊別全軍を率ゐて来て呉れれば、埒が明いて良いがなア。五人や十人邪魔臭い』 鹿公『もうし加米彦さま、随分力一杯、馬公と二人で吹いて吹いて吹き捲つてやりました。是であなたの二代目が勤まりませうなア』 加米彦『ヤア此場へ敵がやつて来ては、悦子姫さま其他の安眠妨害だ。それよりも此方から向つて、一つ奮戦だ。鹿公、馬公、サア来い来れ……』 と云ふより早く加米彦は、南を指して走り行く。忽ち南方より息せき切つて走り来る四五の物影、三人は傍の木の茂みに身を忍ばせ、様子を窺つて居る。 甲『オイ貴様さつきへ往かぬかい』 乙『先も後もあつたものかい。先へ行た者が険呑だとも、安全だとも分るものぢやない。何事も運命の儘に進めば良いのだ。ソンナ臆病風を出して、悪の御用が勤まるかい』 甲『ナニ誰が悪の御用だ。吾々は是位最善の道はないと思つて、一生懸命に活動して居るのだ。鬼熊別の大将は何時も仰有るぢやないか。世界は悪魔の世の中だ。優勝劣敗だ。さうだから世界の人間が可哀相だ、強い者を苛め、弱い者を助けてやるのが人間だ……と、何時も仰有るぢやないか。俺は鬼熊別の大将が毛筋程でも悪だと思つたら、コンナ夜夜中に山坂を駆巡り、辛い働きはせないよ。何でも、三五教とやらの、強い者勝の悪神が出て来よつて、世界の弱い人民を虐げると云ふ事だから、俺も天下の為悪人を滅亡すのが唯一の目的だ』 乙『アハヽヽヽ、貴様は割りとは馬鹿正直な奴だなア、鬼熊別はアヽ見えても、悪が七分に善が三分だ、それが貴様分らぬのか。……アーアもう一歩も前進する事が出来なくなつて了つた』 丙『さうだなア、此処まで来ると、足がピタリと止まつた。何でも最前逃げて行きよつた二人の奴、魔法を使つて俺達の足止めをしよつたのかも知れぬぞ』 木の茂みの中より、 (鹿公または馬公)『加米彦さま、世界に絶対の悪人はありませぬなア、今彼等の話を聞けば、鬼の乾児にもヤツパリ善人が混つて居るぢやありませぬか』 加米彦『そうだ、如何に悪人と云つても、元はみな神様の結構な霊が血管の中を流れて居るのだから、悪になるのは皆誤解からだ。併し悪と知りつつ悪を行る奴は滅多にないものだ。吾々も斯うして善を尽した積りでも、智徳円満豊美なる神様の御心から御覧になれば、知らず識らずの間に罪を重ねて居るか知れないよ。そうだから人間は何事も惟神に任し、己を責め、謙遜り省みなくてはならないのだ』 鹿公『ヘン……殊勝らしい事を仰有います事、あなたは随分謙遜る所か、高慢心の強いお方ぢや、法螺ばつかり吹いて吹いて吹き倒し、人を煙に巻いて、鼻を高うして得意がつてるお方ぢや有りませぬか。あなたも、よつぽど耄碌しましたなア』 加米彦『アハヽヽヽ、それだから困ると云ふのだ。お前達は表面ばつかり見て、吾々の魂を見て呉れないから困るナア』 甲『ヤア何だ、林の中から声が聞えるぢやないか』 乙『そうだ、最前から怪体な声がすると思うて居た。……オイオイ今の声の主人公は何処に居るのだ。敵でも味方でも良いワ、みな神様の目から見れば世界兄弟だ。ソンナ所に怖相に引込みて、ヒソビソ話をするよりも、公然と此場に現れて、一つ懇談会でもやつたらどうだい』 加米彦『此奴ア面白い、お前達は鬼ケ城に割拠する鬼熊別の部下の者だらう。俺は三五教の加米彦と云ふ立派な宣伝使だ。一つ宣伝歌を聞かしてやらうか』 甲『ハイハイ良い所で……ドツコイ不思議な所でお目にかかりました。どうぞ生命許りはお助け下さいませ』 乙『オイオイ何を謝罪るのだ。結構な歌を聴かしてやると仰有るのだよ』 甲『アヽさうか、おれや又、煎じて食てやらうと聞えたので、ビツクリしたのだよ』 乙『アハヽヽヽ、モシモシ宣伝使とやら云ふお方、あなたの言霊は、どうも明瞭して居ります。吾々に対し一寸も敵意を含みて居ない。ヤアもう安心致しました、どうぞ聞かして下さいませ』 鹿公『オイ鬼の部下共、俺達は鹿公ぢやぞ。あまり安心を早うすると、後で後悔をせにやならぬぞ』 乙『ナニ、お前は今逃げた鹿公ぢやなア、此処へ出て来ぬかい、一つ力比べをして、負たら従うてやる、勝つたら従はすぞよ』 鹿公『アハヽヽヽ、三五教のお筆先の様な事を云つて居やがる。勝つも負けるも時の運だ。併し乍ら勝負は最早ついて居るぢやないか。サツパリ加米彦の宣伝使の言霊に零敗して了つた。アツハヽヽヽ』 斯かる所へ荒鷹、鬼鷹の両人、ノソリノソリと現れ来り、 荒鷹、鬼鷹『オイ貴様達、コンナ所で何をして居るのだ、吾々の命令に服従せないのか』 甲『ハイ俄に強くなつて、腹の底から、何だかムクムクと動き出し、阿呆らしくなつて、あなた方の命令に服従する事が出来なくなつて来ました』 荒鷹『ソラ何を言ふのだ、貴様、臆病風に誘はれて腰を抜かし、逆上せやがつたな』 乙『モシモシ荒鷹、鬼鷹の両人さま、モウ駄目ですよ、あなたの威張るのも今日唯今限り、私もどうやら腹の底から、本守護神とやらがムクムクと頭を抬げ「ナーニ鬼鷹荒鷹の木端武者、今此場で改心致せば良し、致さぬに於ては、腕を捩折り、股から引裂いて喰つて了へ」と囁いて御座る、アツハヽヽヽ』 丙『ヤア鬼鷹、荒鷹、どうぢや、降参致したか』 丁『改心するか』 戊『往生致すか、三五教に従ふか、悪を改め善に立帰るか、返答はどうぢや。宣伝歌を聴かしてやらうか』 荒鷹『アイタヽヽヽ、此奴ア変だ、頭が鑿でカチ割られる様に痛くなつて来よつた、鬼鷹、お前はどうだ』 鬼鷹『アイタヽヽヽ、俺も何だか、痛くなつて来たやうだ。ハテ合点の行かぬ事だワイ』 林の中より、加米彦の声、 加米彦『朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも曲津の神は多くとも 三五教の神の道善と悪とを立別けて 鬼も大蛇も曲津見も誠の道に皆救ふ 世の荒風に揉まれつつ神の御子なる諸人は 右や左や前後ろ彷徨ひ惑ふ其間に 善にも進み又悪に知らず識らずに陥りて 神より受けし生御魂或は汚し又破り 破れかぶれの其果は心の鬼に責められて あらぬ方へと傾きつ誠の道を踏み外し 邪の道に勇ましく知らず識らずに進み行く 元は天帝の分霊善も無ければ悪も無い 善と悪とは人の世の其折々の捨言葉 アテにはならぬ物ぞかしあゝ荒鷹よ鬼鷹よ 汝も神の子人の子よ尊き神の子と生れ 何苦しさに鬼ケ城鬼熊別の部下となり 世人を苦しめ虐ぐる身魂を直せ今直せ 三嶽の山の頂きで吾に逢うたは神々の 篤き恵の引合せ心一つの持方で 悪ともなれば善となる善悪正邪の分水嶺 覚悟は如何にサア如何に此世を造りし神直日 心も広き大直日唯何事も人の世を 直日に見直し宣り直す神の樹てたる三五教 復れよ帰れ真心に磨けよみがけ天地の 神より受けし生魂あゝ惟神々々 御霊幸はひましまして荒鷹鬼鷹其外の 魔神の身魂を清めませ偏に願ひ奉る 偏に祈願申します』 と声も涼しく歌ひ終るや、荒鷹、鬼鷹其他一同は大地に平伏し、涙をハラハラと流し唯、 一同『有難う有難う』 と僅に感謝の意を表して居る。 斯かる所へ、悦子姫の一行は現はれ来り、 音彦『ヤア加米彦、御手柄々々、荒鷹、鬼鷹の大将も、どうやら救はれた様な塩梅ですなア』 荒鷹、鬼鷹一度に、 荒鷹、鬼鷹『これはこれは三五教の宣伝使様、私は今日、只今、神の御霊に照されて、発根と心の岩戸が開けました。最早吾々は悪より救はれました。どうぞ今日限り、あなたのお道に入れて下さいまして、お伴に御使ひ下されば有難う御座います』 音彦『ホーそれは何より重畳だ。もうし悦子姫様、如何致しませう。斯う早く改心せられては鬼ケ城の言霊戦も、何だか張合が抜けた様です、何卒あなたの指揮を願ひます』 悦子姫、儼然として立上り、 悦子姫『イヤ荒鷹、鬼鷹の両人、そなたは一先づ鬼ケ城に立帰り、妾の一行と花々しく言霊の戦を開始し、其上にて双方より和睦をする事に致しませう』 荒鷹『ナント仰せられます、最早私共はあなた方に向つて戦ふ勇気はありませぬ。ナア鬼鷹、お前もさうだらう』 鬼鷹『吾々は絶対に三五教に帰順致しました。勿体ない、どうしてあなた方に刃向ふ事ができませうか』 悦子姫『分りました。併し乍ら鬼熊別の帰順する迄は、あなたは、三五教に入信の許可を保留して置きます。今迄首領と仰いだ鬼熊別に対し親切が通りませぬ。成る事ならばあなた方より鬼熊別を、改心さして頂きたい。併し乍ら俄にあなた方の仰有る事を、大将として聞けますまいから、茲に一つの神策を案じ、一旦あなた方と立別れて、花々しく言霊戦を開始し、其結果和睦開城と云ふ段取となるのが、穏健な行方でせう。就ては今迄三岳の岩窟に捕はれて居た紫姫さま、鹿さま、馬さまを始め、丹州さまは荒鷹さま、鬼鷹さまと共に、一先ず鬼ケ城へ御帰り下さい。さうして妾の神軍に向つて言霊戦を開始なされませ。あなたの方は防禦軍、妾の方は攻撃軍で御座います。攻撃軍には、悦子姫、音彦、加米彦、青彦、夏彦、常彦を以て之に当てます、………サアサア一時も早く鬼ケ城へ御帰り遊ばせ。時を移さず妾は神軍を引率し、大攻撃に着手致します』 丹州『ヤア六韜三略の姫様の御神策、心得ました。サアサア紫姫様、鹿公、馬公、是から鬼ケ城へ乗り込み、悦子姫さまの攻撃に向つて、極力防戦を致しませう。………悦子姫様、戦場にて、改めてお目に掛りませう。此丹州が言霊の威力をお目にかける、必ずオメオメと敗走なされますな。あゝ面白し面白し、吾等は是より鬼ケ城の本城に立帰り、鬼熊別を総大将と仰ぎ、寄せ来る三五教の神軍に向つて、あらゆる神変不思議の言霊の秘術を尽し、千変万化にかけ悩まし、木端微塵に平げ呉れむ、さらば悦子姫殿』 悦子姫『さらば丹州殿、改めて戦場にてお目に掛りませう』 (大正一一・四・二三旧三・二七松村真澄録) |
|
126 (1716) |
霊界物語 | 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 | 05 赤鳥居 | 第五章赤鳥居〔六三三〕 天火水地と結びたる青赤白黄をこき交ぜて 緑滴る足曳の山と山とに包まれし 由良の流れに沿ひ乍ら彼方に立てる紫の 煙目あてに進み行く紫姫の宣伝使 草木も萠ゆる若彦や馬に鞭鞭つ膝栗毛 鹿と踏み締めテクテクと肩も斑鳩、飛ぶ空を 笠西坂の頂上に四人は漸く着きにけり。 若彦『紫姫様、此風景の佳い地点で四方の景色を観望して息を休めませうか』 紫姫『妾もさう思つて居ました、弥仙のお山は紫のお容姿を現はし給ひ、連峰を圧して高く雲表に頭を突出して、実に何とも云へぬ雄大さで御座いますね』 若彦『左様です、春の弥仙山は又格別ですな、彼方に見ゆる四尾の神山、コンモリした木の繁茂、桶伏山もちらりと見えて居ます、実に遠方から見た四尾山は一層の崇高味を増すやうですな、昨夜あの山麓の悦子姫様のお館を訪ねた時は、その様に立派な山ぢやと思ひませなンだが、矢張大きなものは近寄つて見るよりも、遠見の方が余程真相に触れる様ですな』 紫姫『アヽ佳い景色にうたれ、思はず時間を費やしました、そろそろ出掛ませうか』 馬公『もう些と休みていつたら如何です、之から奥へ行けば山と山と、双方から圧搾した様な殺風景な難路許りですよ、充分聖地を此処から憧憬して名残を惜しみ、四尾山に袂別の挨拶を終つて行かうではありませぬか、随分此先は急坂がありますから………』 紫姫『サア、も少し休みませうか』 鹿公『アヽ、さうなさいませ、充分英気を養つて参りませう、一歩々々大江山に接近するのですから、…此安全地帯で充分に浩然の気を養つて行く事に致しませう。然し乍ら最早大江山の鬼雲彦は遁走し、後には鬼武彦の御眷属が御守護して居られるなり、三嶽の岩窟は滅茶々々となり、鬼ケ城亦鬼熊別の敗走以来、敵の影を留めて居ないぢやありませぬか、それに又貴女は吾々を此方面へ用向も仰有らずに引き連れておいでになつたのは、少しく合点が参りませぬ、一体全体如何遊ばす積りですか。少し位お洩らし下さつても滅多に口外は致しませぬがな』 紫姫『いいえ、悦子姫様を通じて大神様の「一切秘密を守れ」との御神命なれば、仮令貴方と妾の仲でも之ばかりは発表する事は出来ませぬ、軈て真相が分るでせう』 鹿公『紫姫様は、吾々二人は元来貴女の従僕、さう叮嚀なお言葉をお使ひ下さつては実に恐れ入ります、何卒今後は鹿、馬と仰有つて下さいませ』 紫姫『いえいえ、今迄の妾なれば極端なる階級制度の習慣で主人気取りになるでせうが、三五教に救はれてより上下の隔壁を念頭よりすつかり散逸させて仕舞ひました。人間の作つた不合理的な階級制度を墨守するは、却て大神様の御神慮に違反する事となりませう。元は一株の同じ神様の分霊ですからな』 鹿公『ハイ、有難う御座います。左様ならば今後は主従の障壁を撤去し、私交上に於ては平等的交際を指して頂きませう。然し乍ら教理の上の事に就いては矢張師弟の関係を何処迄も維持して行き度う御座います、何卒之だけはお認め置きをお願ひ申します』 紫姫『何だか妾がお前さまの師匠なぞと云はれると、足の裏までくすぐつたい様な気がしてなりませぬ』 鹿公『今後は其積りでお願ひ致します、然し乍ら貴女は花の都へは帰り度うは御座いませぬか』 紫姫『それは人間ですもの、故郷に帰り度いは山々ですが、神様の御命令を完全に果さなくてはなりませぬ、それ迄は妾は故郷の事はすつかり念頭から分離して居ます、何卒今後は故郷の事は云つて下さいますな……、サア若彦さま、参りませう』 と潔く駆出す。 紫姫の一行は厳の霊や瑞霊 神の恵を河守駅ややすやす渉る船岡の 深山[※京都府福知山市大江町の豊受大神社が鎮座している船岡山のこと]を左手に眺めつつ人の心のあか鳥居 鬼武彦が眷属の旭明神祀りたる 祠の前に立ちどまり行く手の幸を祈りつつ 又もや北へ行かむとす頃しもあれや山林に 悲しき女の叫び声鳥の啼く音か猿の声か 合点ゆかぬと立ちとまり頭を傾け聞き居れば 助けて呉れいと手弱女の正しく叫びの声なりき。 若彦は此声に引きつけらるる如き面持にて前後を忘れ耳をすまし居る。 馬公『モシモシ若彦さま、何を茫然として居なさる、あの声は如何ですか、悲し相な乙女の救援を求むる声ぢやありませぬか』 若彦『何とも合点のゆかぬ声だ』 叫び声は益々烈しく聞え来る。 紫姫『皆さま、御苦労ですが妾は此祠の前で御祈念を致して待つて居ますから、道は暗う御座いますが気を注け乍ら、あの声を尋ねて実否を調べて来て下さいませぬか』 若彦『ハイ、畏まりました、貴女お一人此処にお待たせしても済みませぬから、鹿公を添へて置きませう』 紫姫『いえいえ、決して御心配下さいますな、妾は之より宣伝使となつて如何なる魔神の中にも単騎進撃をやらねばならない者で御座います、何卒お構ひなく一刻も早くあの声の方に向つてお進み下さいませ』 若彦『委細承知致しました、戦況は時々刻々に報告致させます、サアサア馬公、鹿公、サア出陣だ』 馬公『ここに馬が居ります、千里の名馬、御跨り下さいませ、敵に向つて天晴れ名将の武者振りを発揮するも一寸妙ですぜ』 鹿公『馬でお気に入らねば鹿も居ります、児屋根の命さまは鹿にお乗り遊ばしたぢやありませぬか、成る可くは私に恩命を下し給はらば結構ですが……』 若彦『馬公、鹿公、馬鹿口たたく猶予があるか、サア早く行きませう』 馬、鹿『エー、馬鹿々々しい、突貫々々、お一二お一二』 と暗がりの道を声をあげて進み行く。以前の声はピタリと止まりぬ。三人は暗夜に方向を失ひ当惑に暮るる折しも暗中に人の声、 甲(滝公)『サア、もう之で大丈夫だ、ああして松の下に猿轡を箝めて引括つて置けば逃げる気遣ひはない哩、マアゆつくりと暗がりを幸ひ休息でも遊ばさうぢやないか』 乙(板公)『休息しようと云つたつて俄に暗くなつて寸魔尺哭ぢや、まるで釜を被つた様ぢやないか』 甲(滝公)『釜を被れば空の星は見えない筈だ、あれ見よ、雲の綻びからチラホラと星の光が幽に瞬いて居るぢやないか』 乙(板公)『何、何処もかも天地暗澹、星一つだに見えぬ悲しさだ』 甲(滝公)『之程立派に星が見えて居るのに貴様は又何処を向いて居るのだ、アハヽヽヽ、やられ居つたな、八畳敷に』 乙(板公)『八畳敷て何だい』 甲(滝公)『大方狸に睾丸でも被されよつたのだらう』 乙(板公)『何、ソンナ気遣ひがあるものか、ヤア方角を間違つて居つた。下ばつかり見て居つたものだから、星が見えなかつたのだ、ホンに彼方此方に星の金米糖が光つて居る哩』 甲(滝公)『それこそ方角が天と地がつて居つたのだ』 乙(板公)『何、地と違つた丈だよ、アハヽヽヽ。然し貴様と俺と二人では彼の女を此暗がりに舁いで行く訳にもゆかず、道で又三五教の宣伝使にでも出会つたら大変だからなア』 甲(滝公)『ちつたア出世しようと思へば之位な苦労はせなくちや成らないよ。何時も黒姫さまが苦労は出世の基ぢやと仰しやるぢやないか、ソンナ弱い事を言はずに、サア之から棒片にでも括りつけて、貴様と俺とが舁いで魔窟ケ原の岩窟へ帰るとしよう。さうすれば富彦だつて虎若だつて、俺達に対し今迄の様に無暗に威張らなくなるよ。吾々は殊勲者として黒姫さまの信任益々厚く、鼻高々と高山彦の御大将以上に待遇されるかも知れないよ、アハヽヽヽ』 鹿は俄に女の作り声を出して、 鹿公『コレコレ、滝公、板公、俺は黒姫ぢや、その女を大切に踏縛つて早く舁いで、此黒姫の後に跟いて御座れ、愚図々々して居ると三五教に寝返りを打つた青彦が馬公や鹿公の古今無双の英雄豪傑を引率れ、お前達の首を捻切るかも知れぬ。サアサ早く用意をなされ、コンナ処で愚図々々して居ると云ふ事があるものかいのう』 甲(滝公)『ヤ、呼ぶより誹れとは此処の事か、今の今とて、…へ…一寸……貴女様のお噂を致して居りました。イヤもう骨の折れた事で御座いました。お節の阿魔女随分手が利いて居ましたよ』 鹿公『ア、さうぢやらうさうぢやらう、彼奴は仲々手の利いた奴ぢや、強情な女ぢや、サアサア早く月の出ぬ間に用意をなされ』 甲、乙(滝公、板公)『ハイ、畏まりました、暫時お待ち下さいませ』 鹿公『そのお節は何処に置いてあるのだい』 乙(板公)『ハイハイ、此処から十間許り先方の松の木の麓に猿轡を箝ませ、手足を縛つて根元に確り括つて置きました』 鹿公『それはお骨折ぢやつた、然し息の絶える様な事はして無からうな』 乙(板公)『何、貴女、何うせ連れて帰つて殺すか、此処で殺すか、手間は同じ事ですもの、あの通り猿轡を箝めた以上は、もう今頃はコロリといつて居るかも知れませぬ』 甲(滝公)『イエイエ、滅多に死ンでは居りますまい、此滝公が息の絶れない様に、声を出さない様に、そこは注意周到な者です、大丈夫ですよ』 鹿公『俺も一寸調べがてらにお前の後に跟いて行かうかな』 甲(滝公)『サアサ黒姫様、御実検下さいませ、貴女に実地を見て貰へばお馬の前の功名も同然、いやもう無上の光栄で御座います』 鹿公『それはお手柄お手柄、サア早く見せて下さい』 板公『随分険難な暗がり道で御座いますから、私がお手を把つて上げませう』 鹿公『イヤイヤ、滅相な、年は寄つても未だお前の様な若いお方に助けられる程、耄碌はして居りませぬ哩、手を握られると発覚の……どつこい……八角の糞をこめて気張つても……お節の手を握つて妙な事をするでないぞ』 板公『阿呆らしい、何を仰しやいます、ソンナラ私の後から足音をたよつて来て下さいませ、アヽ暗い暗い』 と探り足に歩き出す。三人は息を凝らし闇を幸ひ跟いて行く。 滝公『オイ、板公、何の辺だつたいな、あまり暗くつて鼻抓まれても分らぬ様だ、テント方向がとれぬぢやないか』 板公『ヤ、此処だ此処だ、オイお節、これから魔窟ケ原の結構な処へ送つてやるのだ、満足だらう。オイお節、返事をせぬか』 滝公『馬鹿云うない、声をたてぬ様に猿轡を箝めて置いた者が返事をするものかい、狼狽へた事を云ふな』 板公『オヽ、さうだつたな、サアサアお節、解いてやらう、ヤア偉い猿轡だ、息を絶らしては面白くない、ちつと緩めてやらう、ヤア暖いぞ暖いぞ、確に此耆婆扁鵲の診察に依れば極めて安心だ。恢復の見込たしかだ。予後良だ』 馬、妙な声を出して、 馬公『ヒユー、ドロドロドロ、怨めしやア、仮令生命はとらるるとも、魂魄此土に留まりて、滝公、板公の素首引き抜かいでやむべきか……』 滝、板は、 滝公、板公『ヤア、出やがつた、こいつア堪らぬ』 と無茶苦茶に駆け出す。過つて傍の谷川へザンブと二人は陥ち込みたり。 馬公は手早く綱を解き猿轡を外し、 馬公『ヤアお節さま、しつかり成さいませ、もう大丈夫です』 お節は初めて気が付いたと見え、 お節『何、汝悪神の家来共、もう斯うなる上はお節が死物狂、目に物見せて呉れむ』 馬公『ヤア、それは違ひます、私は三五教の馬と申すもの、貴女のお声を尋ねてお助けに来たのです、御安心なさいませ。今二人の悪者共は驚いて逃行く途端に、此谷川へ落ち込みました。あまり暗いので如何なつたか知りませぬが、吾々は決して悪者では御座いませぬ。サア鹿公、若彦さま、此お節さまの手を引いて広い道まで連れて行つてあげませうか』 お節は初めて安心の態、 お節『これはこれは危い処をようこそお助け下さいました。アヽ神様有難う御座います』 と天に向つて合掌し感謝する折しも、山を覗いて出る半円の月、忽ち道は判然と見え出しにける。 馬公『アヽ有難いものだ、これで安心だ、サア早く、紫姫さまがお待ちかね、参りませう』 とお節の手を把り、四人は紫姫の暗祈黙祷を凝らす祠の前にやつと帰り来たりぬ。 鹿公『紫姫様、鹿の野郎が功名手柄、お褒め下さいませよ。目的物は首尾よく手に入りました』 紫姫『ア、それはそれは、御苦労様、何処のお方だつたか知らぬが危い処で御座いましたな』 お節『ハイ、有難う御座います、力と頼むお爺さまには死に別れ、お婆アさまにも亦死別れ、今は頼りなき女の一人暮し、許婚の妾が夫の後を慕ひ、聖地に向つて進み来る折しも、道に踏み迷ひ魔窟ケ原を通りました。所が後より「オーイオーイ」と男の声、何は兎もあれ、怪しき奴と一生懸命に長い道を此処まで逃げて参りました、折あしく道中の岩石に躓きバタリと転けて倒れた所を、追ひかけて来た二人の男、折り重なつて妾を高手小手に縛り、松の木の麓に連れて行つて、打つ蹴る殴るの乱暴狼藉、妾は力の限り何れの方かお通りあらばお助け下さるであらうと、女々しくも声をたてました。さうすると二人の悪者は妾の口に箝ます猿轡、最早叶はぬと観念の目を睜り、気も鈍くなりまする際、思はぬお助けに預かりました。此御恩は死すとも忘れませぬ、皆様能くお助け下さいました』 と嬉し涙に泣き伏しける。 鹿公『モシ若彦さま、察する処貴方のれこぢやありませぬか』 若彦『ハイ……』 と云つたきり若彦は俯向き居る。 鹿公『アハヽヽヽ、これはこれは、お恥しう御座るか、久し振りの恋女房の対面、柔和しい言葉の一つも掛けておあげなさつては如何ですか、吾々が居ると思つて云ひ度い事も能う云はず、泣き度うても能う泣かず、吾と吾心を詐つて居らつしやるのでせう。吾々であつたなればソンナ虚偽な事は致しませぬワ、「ア、お前は女房か、能うマア無事に居て呉れた、これと云ふも神様のお蔭、会ひたかつた会ひたかつた」としつかと抱きしめ嬉し涙に暮れにけり……と云ふ場面だ。吾々は暫く退却を致さう、ナア若彦さま、お節さまとゆつくり程経し思ひ出の物語、しつぽりとなされませや、ずつしりとお泣き遊ばせ、紫姫さま、馬公、暫く気を利かせませう』 若彦『イヤ有難う御座います、皆様のお蔭、斯様な処でお節殿に会ふのも神様のお摂理で御座いませう。モシモシお節どの、私を覚えて居ますか、青彦ですよ』 お節『ア、貴方が青彦さま、お懐しう御座います。能うマア無事で居て下さいました』 と嬉しさに前後を忘れ、青彦の手に獅噛み付く様に身体をもだえ泣き叫ぶ。 鹿公『カチカチ、観客の皆さま、これで幕切と致します。今後の成行は又明晩続き物として演じまする、何卒不相変御贔屓を以て賑々しく御入来あらむ事を偏に希ひ上げ奉ります、アハヽヽヽ』 紫姫『オホヽヽヽ、鹿公、時と場合に依ります、洒落もいい加減にしなさいや』 馬公『オイ鹿、何を云ふのだ、サアサア皆さま、月も出ました、もう一息だ、天の岩戸まで急ぎませう』 (大正一一・四・二五旧三・二九北村隆光録) |
|
127 (1723) |
霊界物語 | 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 | 12 大当違 | 第一二章大当違〔六四〇〕 月傾いて山を慕ひ人老て妄りに道を説くとかや 弥仙の山の麓なる賤が伏家の豊彦は 三五教の宣伝使悦子の姫の一行に 娘のお玉を助けられ世にも優れし初孫の 顔を眺めて老夫婦蝶よ花よと労はりつ 神の教を説き諭す此事四方に何時となく 風のまにまに伝はりて於与岐の郷の爺さまは 弥仙の山と諸共に其名も高くなりにける 老若男女は絡繹と蟻の甘きに集ふが如く 豊彦老爺の教示をば神の如くに敬ひて 昼は終日夜は終夜救ひを求めて詣り来る。 中に目立つて三人の大男、宣伝使の服を着けながら、 男『御免なさいませ。私は富彦、寅若、菊若と申す者、此度弥仙山のお宮に参拝を致し、神勅に依りて承はれば、此山麓の一つ家に豊彦と云ふ方現はれ、誠の教を伝ふる故、汝等三人は帰路に立寄り、彼れ豊彦をウラナイ教に誘ひ帰れ、娘のお玉及び今度生れた玉照姫を本山に迎ひ帰れ……との、有り有りとの御神示、神様のお言葉は疑はれずと、弥仙の山麓を彼方此方と探す内、道行く人に承はれば於与岐の森の彼方の一つ家こそ、豊彦さまの住宅と聞いた故、御神勅により出張仕りました』 と門口に立つた儘呶鳴つて居る。幸ひ今日は参詣者もなく、老夫婦と娘、孫の四人、弥仙の神霊を祀りたる霊前に、拝跪黙祷する最中であつた。豊彦は拝礼を終へ、門口近く進み来り、 豊彦『どなたか知らぬが、門口に何か尋ぬる人が有るらしい、何れの方か、先づ戸を開けてお這入りなされませ』 寅若『ハイ有難う』 と斜交になつた雨戸をガラリと開け、 寅若『ヤア随分立派な家だなア……オイ富彦、菊若、這入れ、……汚い家に不似合な綺麗な娘さまが御座るなア、下水に咲いた杜若と云はうか、谷底の山桜、これはどつか良い所へ植替へたならば、随分立派な者になるだろう』 豊彦『コレコレお前さまの仰有る通りムサ苦しい茅屋なれど、これでも私の唯一の休養場ぢや、……あまり失礼ぢやありませぬか』 と足音荒く、破れ畳を威喝し乍ら、上り口に下りて来て、ジロジロと三人の顔を睨みつけて居る。 寅若『ヤアこれはお爺さま、誠に失言を致しました。決して悪く申したのぢや御座いませぬ。少しも飾りのない、正直正銘な、心に映じた儘を申上げたのだから、お悪く思つて下さいますな、歪みかかつた家を、立派な家だと云つた方が却つて嘲弄した事になりませう。お多福を掴まへて、お前は別嬪だと言へば、お多福は馬鹿にしたと言つて怒る様なもので、兎も角も神の道に仕へて居る者は、チツとも斟酌とか巧言とかが有りませぬ、お気に障りましたら、どうぞ宥して下さいませ』 豊彦『ソレヤお前の言ふ通りぢやが、併し碌に挨拶もせないで、イキナリ吾々の住宅を非難すると云ふのは、あまり此方も気の良いものぢやない。お前も宣伝使だと仰有つたが、斯う云うたら人が感情を害するか、害せないか位は分りさうなものだなア』 寅若『只今申したのは決して寅若では有りませぬ。弥仙山に鎮まります大神の眷属、寅若天狗が言つたのです。天狗と云ふ奴は世に落ちぶれて、神様の下働きばつかりやつて居ますから、行儀も無ければ、作法も知らず、酒呑みの極道天狗もあり、どうぞお赦し下さいませ。何分身魂が研け過ぎて居るものだから、感じ易うて直に憑られて困ります、アハヽヽヽ』 豊彦『さうして御神勅の趣はどう云ふ事だ、早く聞かして貰ひませう』 寅若『御存じの通り、私はあまり素直な身魂で、種々の神が憑依致しますから、余程審神をせねばなりませぬが、此富彦と云ふ宣伝使は、それはそれは立派な者で御座います。実は富彦に御神勅が有つたのです。サア富彦さま、御神勅の次第をお爺さまにお知らせなされ』 富彦、両手を組み、威丈高になり、 富彦『コヽヽ此方は、弥仙山に守護致す木花咲耶姫であるぞよ。此度汝が家に、木花姫の御霊、玉照姫を遣はしたのは、深き仕組の有る事ぢや、何事も皆神からさせられて居るのだから、吾子であつて、吾子ではないぞよ。体内に宿つて十ケ月目に生れ出でたる此玉照姫は、神のお役に立てる為に、昔から因縁の身魂を探して、其方が娘に御用をさせたのであるぞよ。サア是れからは其玉照姫を神の御用に立てるが良いぞよ。神の申す事を諾かねば諾く様に致して諾かしてやるぞよ。返答はどうぢや、豊彦、承はらう』 豊彦、平気な顔でニタリと笑ひ、三人の顔をギヨロギヨロ眺め、 豊彦『ハヽヽヽヽ、お前達、巧妙い事を行りますなア。田舎の老爺ぢやと思うて、一杯欺けようと企んで来ても、斯う見えても此爺はナカナカ、酢でも蒟蒻でも行く奴ぢやない。お前達とは役者が七八枚も上だから、其手は喰ひませぬワイ、アツハヽヽヽ、なる程人間の子は十月で生れるだらうが、此方の子はそんな仕入とはチツと種が違ふのだ。神さまもタヨリ無いものだなア。実際お前様に大神が懸つて仕組まれたのならば、此玉照姫は何時宿つて、何ケ月目に分娩したか、又何と云ふ方が取上げて下さつたか分つて居る筈だ。サアそれを聞かして下さい』 富彦、汗をタラタラ出し、真青な顔をして、 富彦『ヤア大神と云つたのは実は眷属だ。……ケヽヽ眷属はモウ引取る。今度は本当の大神様がお憑りなさるから、御無礼を致してはならぬぞ。ウーム』 と言つた限り、パタリと倒れ、又もや手を振つて、姿勢を直し、 富彦『今度こそは真正の神だ。頭が高い、下れ下れ下り居らう……』 豊彦『ヘン、又かいな、どうで碌な神ぢやあるまい。大方羽の無い天狗か、尾の無い狐なんかだらう。随分此暑いのに、そんな芸当を無報酬でやつて見せて下さるのも大抵ぢやない。あんたは慈悲心の深い人ぢや、其点丈は此爺も大いに感謝する。今朝も二三人参つて来よつたが、お前の様な野天狗憑がやつて来て、法螺を吹くの吹かんのつて、随分面白かつた。お前もウラナイ教の宣伝使なら、モ一つ修業をなされ。其様な事で衆生済度なぞとは、思ひも寄りませぬぞい』 富彦『大神に向つて無礼千万な、其方は此神を嘲弄致すか。量見ならぬぞ』 豊彦『ハヽヽヽヽ、此方から量見ならぬ。サア一つ審神してやらう。……娘のお玉の妊娠の日は何時ぢや。何ケ月孕んで居つた、ハツキリ云うて見よ。十月位で出来た様な普通の粗製濫造品とはチツと違ふのだ。特別神界から念に念を入れて、鍛錬に鍛錬を加へ調製された玉照姫だよ。サアサア当てて御覧なさい』 富彦『十二ケ月だ。間違ひなからう。此お玉は牛の綱を跨げたに依つて、十二ケ月掛つたのぢや。どうぢや恐れ入つたか』 豊彦『アハヽヽヽ、これ富彦さんとやら、良い加減に、そんな芸当はお止めなさい。随分エライ汗だ』 富彦『大神は折角結構な事を言うて聞かしてやらうと思ひ、因縁の身魂に憑つて知らしてやれ共、此爺は我が強うて、少しも改心致さぬから、神は已むを得ず、帳を切つて引取るより仕方はないぞよ。後で後悔致さぬ様に気を付けて置くぞよ』 豊彦『ヘエヘエ有難う御座んす。お狸さまか、お狐さまか知らぬが、斯う見えても、此家は神様の立派なお宮だ。エー四足の這入る所ぢやない。穢らはしい、出て下さい、玉照姫様が大変御機嫌が悪い。サアサア帰なつしやい帰なつしやい』 と箒を把つて掃き立てる。富彦は手持無沙汰に、手拭で顔を拭いて居る。 寅若『オイ爺さま、あまりぢやないか。人を埃か何ぞの様に、箒で掃き出すと云ふ法があるか。よい年して居つて、チツと位行儀作法を心得たらどうだい』 豊彦『エーエー神様のお宮の中へ、ノコノコ這入つて来る四足に、行儀も何も要るものかい、行儀と云ふものは人間同士、又は人間か、より以上の神様に対してこそ必要だ。グヅグヅ吐すと、此箒が頭の上まで参るぞ』 菊若は爺の振り上げた箒をクワツと掴み、 菊若『モシモシお爺さま、お静まり下さい。短気は損気だ。さうお前の様に神懸をけなしては話が出来ぬ。マア静まつた静まつた』 豊彦『お前達に説教を聴く耳持たぬ。斯う見えても、此豊彦は神様の御神徳を頂いて、何処の教にもつかず、独立独歩で、神様直接の御用を致して居るのだ。人を助けるのは神の道だから、お前さへ改心して、低うなつて来れば、どんな結構な事でも教へてやるが、そんな態度では一息の間も置く事は出来ぬ。サアサア帰つた帰つた』 お玉『お爺さま、あまり酷い事を言はぬが宜しい』 豊彦『コレコレお玉、お前は黙つて居なさい。又こんな奴に因縁を附けられては煩雑いから……』 寅若『ヤアお玉さま、話せる、さうなくては女ではない。ヤツパリ社交界の花は女だ。挨拶は時の氏神、そこを巧く斡旋の労を取つて下さい。お前さま所の床の置物を御覧なされ。私等が此処の門を潜るや否や、能うお出やす……と云つて、あの長い頭をうちつけて、福禄寿の像が叮嚀に挨拶をして居るぢやないか。あんな無心の福禄寿さまでも、吾々の御威勢には……いや神格には感応して、畏まつて御座る。それに此お爺さまはあまり剛情が過ぎる。私達が言つても、中々年寄りの片意地で諾かつしやるまいから……娘にかけたら目も鼻も無い爺さまに、お玉さまからトツクリと気の軟らぐ様に言つて下さい』 お玉『ホヽヽヽヽ』 豊彦『エー帰ねと言つたら帰なぬか』 と床が落ちる程四股を踏む。三人は、 三人『エーお爺さま、又お目にかかります。今日は大変天候が悪いから……又日和を考へてお邪魔に参ります』 豊彦『エーグヅグヅ言はずに、早く帰んで呉れ、玉照姫様の御機嫌が悪くなると困るから……オイ婆ア、塩持つて来い。そこらを一つ浄めないと、何だか四足の香がして仕方がないワ、アハヽヽヽ』 三人は突出される様に怪訝な顔して此家を立出で、スタスタと弥仙山の急坂にさしかかる。 菊若『オイ此処らで一つ、一服しやうぢやないか』 寅若『あまり怪体が悪くつて、黒姫さまに会はす顔がない。休む気にもならぬぢやないか。そこらの蝶々や糞蛙まで、俺達の顔を見て、馬鹿にして居やがる様な心持がする。どつか、蛙や蝶の居らぬ所へ行つて一服しやうかい』 と胸突坂を後から追手にでも追ひかけられる様な、慌てた姿で、三本桧の麓までやつて来た。 三人『アヽ此処に良い休息所がある。清水も湧いて居る。水でも飲んで、ゆつくりと第二の作戦計画に着手する事としやうかい』 三人は樹下に涼風を入れ乍ら、雑談に時を移した。 菊若『これ程名高くなつた豊彦と云ふ爺も、あの玉照姫と云ふ赤ん坊が出来て、それがイロイロの事を知らすと云ふのが呼びものになつて、毎日日日、桃李物言はずして小径をなす様に、あちらこちらから、信者が集まるのだ。黒姫さまが毎朝起きて、行水をなさると東の天に当つて紫の雲が靉靆くから、何でも弥仙山の方面に違ひないから一遍偵察に行て来いと言はれ、此間、俺一人此山麓まで来て見ると、大変な人気だ。紫の雲の出所は、どうしても、あの茅屋に間違ひない。そして毎晩東の天に当つて大変な綺麗な星が輝き始めた。偉人の出現には、キツと天に明星が現はれると云ふ事だが、テツキリそれに間違ないと、直に立帰つて報告をした所、黒姫さまは……「マア待て、一週間水行をして、ハツキリと神勅を受ける」と仰有つて、夜、丑の刻から起き出でて、皆の知らぬ間に、何百杯とも知れぬ水行を遊ばした結果、イヨイヨそれに間違ない。グツグツして居ると、三五教の奴に取られて了ふから、お前達早く外の者に秘密で、其子供を貰つて来い……との御仰せ、あんな茅屋の娘、二つ返事でウラナイ教に、熨斗を付けて献上するかと思ひきや、今日の鼻息、到底一通りや二通りでは、梃子に合はぬ。それに寅若の先生、最初からヘマな神懸り[※三版・御校正本・愛世版では「神懸り」、校定版では「神憑り」。]を行つて爺に睨まれ、第二線として現はれた富彦は、老爺の審神に睨まれ、ヨロヨロと受太刀になり……これはヤツパリ野天狗で御座いました……と出直した所は巧いものだが、今度又大神と、太う出やがつて、零敗を喰はされ、最早回復の見込みなく、終局の果てにや、箒で掃出された無態さ……斯んな事を、怪我の端にでも、黒姫さまや外の連中に聞かれようものなら、馬鹿らしくつて、外も歩けやしない。何とか一つ智慧を絞り出して、会稽の恥を雪がねばなるまい。何ぞよい考へはなからうか』 寅若『別に方法手段もないが、先づ梅公式だなア。それが最後の手段だ』 富彦『梅公式を行り損なうと、滝板式になり、終局におつ放り出されにやならぬ様な事になると大変だ。此奴ア一つ、熟思熟考の余地は充分に存するぞ』 寅若『ナーニ、目的は手段を選ばずだ。善の為にするのだから、別に罪になると云ふ事もあるまい。一つ決行しやうぢやないか』 菊若『アヽ結構々々、結構毛だらけ、猫灰だらけだ。弥仙山の大神さまは、猫が使者だと云ふ事だ、何でも今度は猫を被つて、梅滝流を行らうぢやないか』 富彦『梅滝流とはソラ何だ』 菊若『其正中を行くのだ。普甲峠の梅公の行り口は、味方八人も居つたものだから、大変に都合が好かつた。船岡山の近所で行つた滝板の芝居は、何分役者が少いものだから、バレて了つたのだよ。併し吾々三人では、どうする事も出来ぬぢやないか、三人寄れば文珠の智慧と云つても、程よい考案が浮んで来ない。ハテ困つた事だなア』 寅若『噂に聞けば、明日はお玉が七十五日の忌明で、弥仙山へお参りするさうだ。どうぢや。吾々三人は一つ、体一面に日蔭葛でも被つて、お玉の参詣路を脅かし、グツと括つて猿轡を箝め、山伝ひに連れ帰り、さうして外の連中を爺の家へ差し向け、「お前さまの家は、大事のお玉さまを悪者の為に拐かされたさうぢや。気の毒なが、何と吾々が力一杯骨を折つて探して来るから、其褒美に玉照姫さまを、三日でも、四日でもよいから、貸して下さらぬか」……と云つて、チヨロまかすより外に途は有るまい、どうだ賛成かなア』 菊若、富彦『ヤアあまり名案でもないが、斯うなれば仕方が無い。マアそれ位な事で辛抱しやうかい。併し巧くいかうかな』 寅若『何は兎も角一遍都合よくいく様に、お空の大神様へ参拝をして来う。今晩中三人が一生懸命に、木花姫様の御分霊の前で、祈つて祈つて祈り倒すのだ、さうすれば神さまだつて……終局にや五月蠅いから……エー仕方がない、一遍は諾いてやらう……と仰有るに違ひない。さうでなくちや、どうしてウラナイ教へ帰る事が出来ようか。青彦さまや、紫姫さまに恥かしいぞ』 と云ひ乍ら、山上目蒐けて進み行く。一夜は頂上の社前に夜を明かし、一生懸命に願望成就の祈願を凝らし居る。果して大神様は御聴許遊ばすであらうか。 (大正一一・四・二八旧四・二松村真澄録) |
|
128 (1724) |
霊界物語 | 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 | 13 救の神 | 第一三章救の神〔六四一〕 寅若、富彦、菊若の三人は金峰山の頂上、弥仙神社の前に一心不乱に願望成就の祈願を凝らし、遂に夜を明かした。 寅若『アヽ大分沢山に神言を奏上し、最早声の倉庫は窮乏を告げたと見え、そろそろかすつて来だした』 と瘡かきの様な声で云ふ。二人も同じくかすり声、 寅若『もう仕方がない、ありだけの言霊を献納したのだから、声としては殆んど無一物だ、声の裸になつた様なものだ、これだけ生れ赤子になれば、如何な願も聞いて下さるだらう』 と枯れ草の上を竹箒で撫でる様な貧弱な言霊をやつと発射してゐる。寅若、懐中の短刀をヒラリと抜いて傍の木を削り、それへ向けて矢立から、竹片を叩いた、笹葉の様な、長三角の筆を取り出し、何かクシヤクシヤ書き初めた。書き終つて唖の様にウンウンと木の文字を見よと指さし得意顔、二人は立ち寄つて読み下ろすと、 『木花姫の命の筆先、今日は七十五日の忌明で必ず参拝致す筈のお玉に神が気をつける、汝に授けた玉照姫は普通の人間の子で無いぞよ、神が御用に立てる為めに汝の肉体に、そつと這入つて生れ変つたのであるから、今此処で改心を致してウラナイ教に献り、神のお役に立てて下されよ、これが神の仕組であるぞよ、若し承知を致したなれば其しるしに日蔭葛を頭にのせて、其方の家まで帰つて下されよ、若し不承知なれば其儘で帰るがよい、又後から神がみせしめを致すぞよ』 と書いてある。菊若、かすり声で、 菊若『アハヽヽヽ、うまいうまい、ナア富彦、やつぱり哥兄貴だなア』 寅若『哥兄貴だらう』 と、かすり声で云つて居る。三人は軈てお玉が朝参詣して登つて来る時刻と裏山より、ずり下り、そつと廻つて中腹の灌木の繁茂に姿を隠し、お玉の下向を待つて居た。お玉は只一人桜の杖をつき乍ら漸く頂上に達し、神前に向つて感謝の辞を奉り、フツと社側の大木を見れば何か文字が現はれて居る。『ハテ不思議』と近寄つて見れば以前の文面、暫く其木と睨めくらし、腕を組んで思案に暮れて居た。暫時あつて、 お玉『エー、馬鹿らしい、神様が斯んな事をお書き遊ばすものか、何者かの悪戯であらう。日蔭葛を被つて帰る所を眺めて、近在村の若い衆が手を拍いて笑つてやらうとの悪戯だらう、ホヽヽヽ、阿呆らしい』 と独語ちつつ又もや神前に軽く会釈をし、もと来し急坂を下り行く。半分あまり下つたと思ふ時、 寅若『ヤア、駄目だ、日蔭葛を被つて居やがらぬぞ、不承諾だと見える、もう斯うなる上は直接行動だ、サア、一、二、三つで一度にかからうかい』 菊若『オイオイ、あまり慌るな、彼奴の身体を見よ、一歩々々些とも隙がない、うつかりかからうものなら、谷底へ取つて放られるかも知れないから、余程ここは慎重の態度をとらねばなるまいぞ』 富彦『愚図々々云つてる間に、さつさと帰つて仕舞うちや仕方がないぢやないか、もう斯うなつては何の猶予もない、サア一、二、三つだ』 とお玉の前に身体一面、日蔭葛で取り巻いた化物の様な姿で三人は現はれた。 お玉『シイツ、オイ畜生、何と心得て居る、此処は神様のお宮だ、昼中に四つ足が出ると云ふ事があるものか、昼は人間の世界、夜はお前達の世界だ、早く姿を隠せ、一二三四五六七八九十百千万……』 寅若、作り声をして、 寅若『オイ、お玉、其方は生神様に向つて獣と云つたな、もう量見がならぬ、覚悟致せ』 お玉『オホヽヽヽヽ、お前は昨日妾の家へやつて来て、お爺さまに審神をせられた狐や狸の生宮だらう、やつぱり争はれぬもの、宅のお爺さまは目が高い、今日は正真になつて姿を現はし遊ばしたな、ホヽヽヽヽ』 寅若『何を吐すのだ、もう斯う成つた上は此方も死物狂ひだ、幸ひ外に人は無し、何程貴様に神力があるか、手が利いて居るか、荒くれ男の三人と女一人、愚図々々吐さず後へ手を廻せ』 お玉『オホヽヽヽ、お前こそ、ちつと尻へ手を廻さぬと大変な失敗が出来ますよ、後へ手を廻す様な人間はお前の様な悪人ばつかりだ、やがて捕手が出て来て……括つて去なれぬ様に御注意なさいませや』 菊若『エー自暴糞だ、やつて仕舞へ、サア一、二、三つ』 お玉『オホヽヽヽ、随分偉い馬力ですこと、お宮の前に綺麗な楽書がして御座いましたな、妾拝見致しまして、見事なる御手跡だと感心しましたのよ』 寅若『エー、ベラベラと怖くなつたものだから追従ならべやがつて、此場をちよろまかして逃げ様と思つたつて、仏の碗ぢや、もうかなわんぞ、神妙に手を廻さぬかい』 お玉『大きに憚りさま、廻さうと、廻すまいと妾の手、自由の権利だ、お構ひ下さいますな、それよりも貴方の身の上を御注意なさいませ、玩具のピストルを突きつける様な脅喝手段にのる様なお玉ぢや御座いませぬワ』 富彦『何程口は達者でも力には叶うまい、オイ寅若菊若、もう斯うなれば容赦はならぬ、愚図々々して居ると、人に見付かつちや大変だ、早う事業に着手しようぢやないか』 寅若、菊若『オツト合点だ』 と三人は武者振り付く。お玉は右に隙かし左に隙かし、飛鳥の如く揉み合ひへし合ひ戦つて居る。寅若はお玉の足に喰ひついた途端にお玉は仰向態に、ひつくりかへり二三間谷を目蒐けて、寅若と上になり下になりクレリクレリと三四回軽業を演じた。菊若、富彦は予て用意の藤綱を以て後手に縛り、猿轡を箝め様とする。此時下の方から白い笠が揺らついて登つて来る。 寅若『ヤア、何だか怪しげな奴が一匹やつて来やがつたぞ、大方豊彦爺だらう』 菊若『親爺にしては随分足並が早い様だ、早く縛りあげて其処辺へ隠し、彼奴の通るのをば待とうぢやないか』 と慌て括つたお玉の肉体を灌木の繁茂に隠して仕舞つた。そこへ上つて来た一人の男、 男(丹州)『ヤアお前はウラナイ教の方ぢやなア、一寸物をお尋ね致します、此処へ於与岐の豊彦の娘お玉と云ふ綺麗な女は通らなかつたかな、見れば貴方等は身体一面、狐の襷を身に纒うて居るが、何ぞ面白い事でもありましたか』 寅若『イヤ、別に何もありませぬ、お玉さまはねつからお目にかかりませぬがな』 と故意とお玉を隠した反対の方へ目を注ぐ。 男(丹州)『もう此処へ来て居らねばならぬ時刻ですが……彼方から一寸窺つて居ましたが人の影が四ばかり動いて居つた様だ』 寅若『ハイ、そう見えましたかな。それは大方昼の事でもあり影法師がさしたのでせう』 男(丹州)『天を封じた此密林、影が映すとは妙ですな、私も此処で一つ煙草でも……さして貰ひませう、何だか女の息が聞える様だ、ハツハツハヽヽヽ、お前、隠して居るのぢやあるまいな』 寅若『滅相な、此昼中に隠すと云つたつて……何を隠す必要がありますものか、かくすれば斯くなるものと知り乍ら止むにやまれぬ日本魂と云ひまして、ホンの一寸……』 男(丹州)『何が一寸……だ、其一寸が聞かして欲しい』 寅若『そう四角張つて仰有るに及びませぬワ、サアサアお伴致しませう、貴方お空へお詣りでせう、私お伴致します。オイ菊若、富彦、宜いか、合点か、お前は足弱だから、先へ何を何々せい、私は此お方のお伴をしてお空へ詣つて来るから……』 菊若『昨晩詣つただないか』 寅若、グツと目を剥き、 寅若『シイツ、何を云ふのだい、夢を見やがつて……此処までやつて来て「アヽお山はきついから……神様は何処からも同じことだ、ここで勘へて貰はう」と平太つて仕舞つたぢやないか、アハヽヽヽ。昨晩のうちに詣りよつた夢を見たのぢやな、旅人、こんな弱虫を連れて居ますと閉口致しますワイ、サアお伴致しませう』 男(丹州)『御親切は有難いが、私はお空には一寸も用はない、私の許嫁のお玉と云ふものに会ひさへすればよいのだ、何だか此処へ来ると足がピツタリ止まつて、お玉臭い匂ひがして来た』 三人は徐々目と目とを見合して逃げかけ様とする。 男(丹州)『オイオイ、三人の奴共、貴様に談判がある、一寸待て』 寅若『ヘイ、なゝゝゝ何と仰しやいます』 男(丹州)『一寸待てと云うのだ』 寅若『ぢやと申して……鬼と申して……寅と申して……』 男(丹州)『アハヽヽヽ、随分よく動くぢやないか、その態は何ぢやい』 寅若『ハイ………地震の霊が憑依しまして……いやもう慄つて居ますワイ』 男(丹州)『真に三人共慄つてるな、まてまて今一つ退屈覚しに悪霊注射でもやつて霊縛してやらう』 菊若『めゝゝゝ滅相な、もう之で沢山で御座います』 男(丹州)『ウン』 と一声、霊縛を施した。三人は腰から下は鞍掛の足の様に踏ん張つたまま地から生えた木の様にビクツとも動かず、腰から上は貧乏ぶるひをやり乍ら目許りぎろつかせて居る可笑しさ。 男(丹州)『アーア、お玉さまを之から助けて上げねばなるまい』 と傍の灌木の中に倒れて居るお玉の綱を解き猿轡を取り外し、 男(丹州)『旅のお女中、否お玉さま、えらい目に会ひましたね、サ、しつかりなさいませ、もう大丈夫ですよ、あの通り霊縛を施して置きました』 お玉はキヨロキヨロ男の顔を見廻し、 お玉『ヤア、其方は同類であらう、そんな八百長をしたつて欺される様なお玉ではありませぬよ』 男(丹州)『これは迷惑千万、私は丹州と云ふ男、豊彦さまの知己ですよ』 お玉は男の顔を熟視し、 お玉『ヤア貴方は先日お越し下さいました丹州さまで御座いますか、これはこれはよい処へ来て下さいました、サア帰りませう』 丹州『マア、ゆつくり成さいませ、足は歩かねども天の下の事悉く知る神なりと云ふ案山子彦又の御名は曽富斗の神が御三体現はれました、アハヽヽヽ』 お玉『ほんに、マア見事な案山子彦の神さまですこと』 丹州『何でも世界の事は御存じのお方だから、一つ伺つて見ませうか』 お玉『それは面白からう、いやいや面白いでせう』 丹州『神様に伺ふのに面白いなんて、……そんな失敬な事がありますか、ちつと言霊をお慎みなさい』 お玉『ホヽヽヽ、屹度慎みませう』 と寅若の前に徐々と現はれ、 お玉『ハヽア、此神様は目ばかり剥いて居らつしやる、何かお供へしたいが何もありませぬ、丹州さま、如何でせう、大きな口を開けて居らつしやいますが………』 丹州『お土かお石の団子でも腹一杯捻込んであげたら如何でせう、アハヽヽヽ』 お玉『それは経済で宜しいね、お三方とも勝負のない様にお供へしませうか』 丹州『ヤア手が汚れますから措きませうかい、こらこら六本足、霊縛を解いてやる、一時も早く立帰り此由を高姫、黒姫、高山彦の御前に包まず隠さず注進致して、御褒美に預つたが宜からう』 『ウン』と一声霊縛を解くや否や三人は一生懸命ガラガラガラと坂道に石礫を打ちあけた様に転んで逃げて行く。 丹州はお玉と共に於与岐の豊彦の家に黄昏ごろ帰つて来た。豊彦夫婦はお玉の遭難の顛末より丹州が助けて呉れた一条を涙と共に聞き非常に感謝し、丹州は生命の親として鄭重に待遇され、それよりお玉の宅に暫時同棲する事となつた。されど丹州とお玉との両人の仲は一点の怪しき関係も無く極めて純潔であつた。 (大正一一・四・二八旧四・二北村隆光録) |
|
129 (1736) |
霊界物語 | 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 | 03 千騎一騎 | 第三章千騎一騎〔六四八〕 高山彦は魔窟ケ原の岩窟を後にし、一生懸命に聖地を指して進み行く。漸く白瀬川の畔に着けば、降り続く五月雨に河水汎濫し、波堆く渡川は絶対に不可能となりぬ。 高山彦は川の岸を下りつ、上りつ、地団太踏みて口惜しがり、現在目の前に聖地世継王山を眺め、玉照姫の御座所は彼方かと憧憬の念に駆られて狂気の如くなり居たり。斯る処へ息せき切つて馳来りしは、妻の黒姫なりける。 高山彦『ヤーお前は黒姫か、何しに出て来たのだ』 黒姫『高山さま、ソラ何を言はつしやる。此儘にして置く訳には行きますまい。あれ彼の向ふに見ゆるは世継王の神山、三五教の隠れ場所、玉照姫様は彼の森のしげみに御座るであらう。サアサア早く渡りなさい』 高山彦『渡れと云つたつて此の激流が、どうして渡れやうか』 黒姫『生命を的に渡るのだよ。それだから男は真逆の時に間に合ぬと云ふのだ。お前さまも鼻高の守護神の御厄介になつて中空高く渡りなさい』 高山彦『ソンナことを言つたつて、さう易々と元の体に還元することは出来ないよ』 黒姫『還元出来ないと云ふ道理があらうか、貴方の信仰が足らぬからだ。火になつても蛇になつても、此の川渡らな置くものか』 と云ふより早く、見るも恐ろしき大蛇の姿となり、激流怒濤の真ン中を目蒐けて、ザンブとばかり飛び込み、漸く対岸に渡り付きたり。 高山彦は此の気色に恐れ戦き、ガタガタ慄ひの最中、蛇体の身体より黒雲起り一団となりて、川の上空を此方に渡り高山彦の身体を包むよと見る間に、高山彦は川の対岸にバタリと落ち来たりぬ。蛇体は忽ち元の黒姫と変じ、 黒姫『サア高山さま、コンナ放れ業は一生に一度より出来ないのだが、千騎一騎の此場合、黒姫が信念の力が現はれたのだ。サアサアこれに怖れず、今後は斯様なことは無い程に、妾に続いてお出でなさい』 高山彦は慄ひ声で、 高山彦『ナント女と云ふ奴は恐ろしいものだなア』 黒姫『コレ高山さま、お前はモーこれで愛想がつきただらうな。愛想をつかすなら、つかして見なさい、此方にも一つ考へがありますよ』 と冷やかに笑ふ。高山彦は眼を瞬たき、高き鼻を手の甲で擦り乍ら、 高山彦『イヤ何事も黒姫さまに御任せする、此後は一切構ひ事は致さぬ。貴女のお好きの様に御使ひ下さいませ』 黒姫『大分改心が出来ましたナア、それでこそ妾の立派なハズバンドだ。サアサア往きませう、エヽなンとした足つきじやいな、確りしなさらぬか、此川を渡るが最後、油断のならぬ敵の縄張りだよ』 高山彦『さうだと云つて、ナンダか脚がワナワナして歩けないのだもの』 黒姫『エー何とした卑怯な人だらう。誰が恐いのだい。たかが知れた紫姫、青彦の連中ぢやないかいナ』 高山彦『青彦、紫姫も、ナンニも恐くはない。恐いのはお前の性念だよ』 黒姫『高山さま、斯う見えても矢張女は女だよ。御心配なさるな。これでも又大事にして可愛がつて上げますワ』 高山彦はブルブル慄ひ乍ら、 高山彦『ヤーもう可愛がつて貰はいでも結構です。私の様なものは貴女のお側に寄るのは勿体ない。畏れ多い。どうぞ草履持になつとして下さいな』 黒姫『エー此人は又何とした卑怯なことを云ふのだらう。アヽもうすつかり愛想が尽きちやつた、嫌になつて了ふワ』 高山彦『どうぞ愛想をつかして下さいな。嫌になつて貰へば大変に好都合です』 黒姫は声を尖らし、 黒姫『ソリヤ何を云ふのだい、嫌になつて呉れと言つたつて、今となつて誰がソンナ軽挙なことをするものかいな。蛇に狙はれた蛙ぢやと思つて諦めなさいよ』 高山彦『ハイ諦めます。何事も因縁づくぢやと思つて、コンナ悪縁も辛抱致しませう。前生の悪い因縁が報うて来たのだから』 黒姫『何が悪縁だへ。お前さまは男の心と秋の空、直に飽縁だらうが、妾は何処迄も秋の空で、何処々々迄も好いて好いてすき透つてゐますよ、ホヽヽヽヽ』 高山彦『モシモシ黒姫様、何卒人を一人助けると思つて私の罪を赦して下さいな』 黒姫『そりや又何を言ふのだえ、モー斯うなる上は赦してたまるものか。竜宮の海の底まで伴れて行つて呑みたり、噛みたり、舐つたり大事にして上げようぞへ』 高山彦『モー大事にして貰はいでも結構です。何卒其の御心遣ひは御無用になさつて下さいませ。返礼の仕方がありませぬワ』 黒姫『エーわからぬ男だ。話は後で悠くりして上げよう。サア一時も早く往かねばなるまい。恰度日も暮れて来た』 と高山彦を先に立たせ、夏草茂る露野ケ原を世継王の山麓指して辿り行く。 五月十三夜の月は、楕円形の鏡を空に照してゐる。馬公、鹿公は月の光を眺め、 馬公『アヽ何といい月ぢやないか、のう鹿公』 鹿公『ソリヤ馬公、きまつた事だ。五月五日の宵に玉照姫様がお越し遊ばし、記念すべき月だもの。古往今来コンナよい月があるものかい。それに就ても可哀相なのは黒姫ぢやないか。この通り御空に水晶の玉照姫様が輝き渡り、この又屋内にもお玉さまに、玉照姫さまぢや、之を三つ合せて三つの御魂と云つても宜いワ。アヽ、 濡れて出たやうに思ふや雨後の月 とは如何だ』 馬公『ヤー鹿公、貴様俳句を知つて居るのか』 鹿公『ハイ句でも、歌でも、何でも知らぬものは無い。何なと言うて見よ。当意即妙、直に作つて御目にかける鹿公だよ』 馬公『ソンナラ今彼のお月さまに黒雲がさしかかり、今や隠さうとして居る。彼れを一つやつて見よ』 鹿公『黒姫に玉照姫は包まれて馬鹿を見むとす青彦の空』 馬公『何と云ふ縁起の悪い歌を詠むのだ。宣り直さぬかい、鹿公奴』 鹿公『大方馬公がさうお出ると思つて居た。今度が真剣だよ。 青彦や紫姫の大空に月の玉照姫ぞ輝く とは如何だ』 馬公『ヨーシモー一つやれ』 鹿公『いくらでも、月を題にするのなら月は先祖よ。月の大神様が此世の御先祖様であるぞよ。馬公志つかり聞けよアーン、 月に叢雲花には嵐東に旗雲箒星 天の河原は北南星の流れは久方の フサの御国に落ちて行く高山彦や短山の 嶺より昇る月影も今日は芽出度き十三夜 たとへ黒姫かかるとも伊吹の狭霧に吹き散らし 忽ち変る大御空紫姫や青彦の 清き姿となりにけり。 とは如何だ』 馬公『随分長い歌だのう、鹿公』 鹿公『長いとも長いとも、今に長い奴が黒い顔してやつて来るのだ。横に長い奴と、縦に長い高山彦の青瓢箪だ。うまくやらぬと馬鹿を見るぞよ。変性男子の申す事は一分一厘違ひはないぞよ』 馬公『何を吐すのだ、モー好い加減に止めて貰はうかい。オイオイ彼れを見よ、二つの影が蠢いて居るぢやないか、鹿とは判らぬけれど』 鹿公『ヨオ来居つたぞ、太い短い奴と細い長い奴だ。ヤー此奴は高山彦に黒姫だ。愚図々々して居ると空のお月さまの様に、黒姫に呑まれて了つちや、玉照姫様が一大事だ、サアサア戸を締めろ』 と云ふより早く、鹿公は飛込みてピシヤリと錠を下ろしたり。 馬公『オイ俺も入れて呉れないか』 鹿公『エー邪魔臭い。貴様は何処か叢の中へ潜伏して居れ、馬じやないか。俺は中から此の関所を死守するのだ』 二つの影は段々近寄つて来る。鹿公は何うしても開けぬ。馬公は已むを得ず茅のしげみに身を隠して慄ひ居る。 二人の影は戸口に現はれたり。一人は女、一人は男、 女(黒姫)『モシモシ一寸此処を開けて下さいな』 鹿公『ナンダ、暮六つ下つてから他の家を訪れる奴があるかい。夜は魔の世界だ、用があれば明日出て来い。此門口は鹿公は絶対に開けることは出来ないぞよ』 女(黒姫)『左様で御座いませうが、ホンのチヨイトで宜しい、一尺許り開けて下さい。申し上げ度い一大事がございます』 鹿公、戸口に立つて、 鹿公『其方で一大事があつても此方も亦一大事だ。ナント言つても開けないよ。モシモシ青彦さま、貴方一寸来て下さいな。どうやら黒姫がやつて来たやうですワ』 青彦は奥の間より、 青彦『誰がなんと言つても開けられないぞ』 鹿公『さうだと言つて馬公が外に、這入り損ねて隠れて居ますがな』 黒姫は此の声を聞き、辺りの叢を尋ね、 黒姫『ヤアお前は馬公ぢやな。サアもう大丈夫だ。コレコレ高山さま、用意の綱をお出しなさい。エー何をビリビリ地震の様に慄ふて居なさる。気の弱い獣だな』 と云ふより早く自分の細帯を解いて、馬公を縛つて了ひ、 黒姫『サア馬公、此方へ来るのだよ。此戸を開ける迄、お前は人質だ。若し開けなかつたら此黒姫が正体を現はして、一呑みに呑みて了はうか』 馬公『エーコンナことだと思つて居つた。それだから神様が言霊を慎めと仰有るのに、鹿公の奴、黒姫が何うだの斯うだのと言ひよるものだから、コンナ破目に陥るんだ。オイ馬公は括られたよ、鹿公開けて呉れないか』 鹿公『貴様は括られる役だ、俺は中で長くなつてグツスリ休む役だ。マア夜が明ける迄、其処で立往生するがよいワ。お優しい黒姫さまと、色男の高山さまとのお伴れだもの、あまり淋しくもあるまいがな』 馬公『ソンナ冷酷なことを言ふものぢやないよ、お前もちつとは朋友の道を弁へて居るだらう』 鹿公『マア待て、今これから紫姫様が十八番の言霊の発射を為さるところだ。さうすれば黒姫だつて高山彦だつて風に木の葉の散る如く、悲惨な目に会つて滅て了ふのだ』 馬公『さうしたら俺は何うなるのだ』 鹿公『貴様の事まで、未だ研究はして居らぬ哩。オイ黒姫の奴、誠に以てお気の毒千万、御心中御察し申す。高姫様に嘸お叱言を頂戴なさつたでせう。併し乍ら何程お前さまが玉照姫様をお迎へしようと思つてもモー駄目だから足許の明るい間に、トツトと帰りなさい。其処に馬が一匹居るから、ソレに乗つてお帰りなさいよ』 馬公『コラ鹿公、無茶ばつかり言ふない、俺は決して黒姫さまの馬ではないぞ』 黒姫『どうしても開けませぬか、開けな宜しい。黒姫は道成寺の釣鐘ぢやないが此の家を大蛇となつて、十重二十重に取捲き、熱湯にして見せうか』 鹿公『モシモシ紫姫さま、青彦さま、確りして下さい。トツケもないことを言ひますぜ』 紫姫は言葉静に、 紫姫『ホヽヽヽヽ、御心配なさいますな。鹿さま、確かりと戸を締めて置きなさいや、モシモシ黒姫さま、誠に貴女には御気の毒でございますが、神界の為め、世の中の為には貴女に対して不親切なことを致すのも已むを得ませぬ。どうぞ帰つて下さいませ』 黒姫『何と云つても帰らない。青彦と紫姫の素首を引抜いて、フサの国の高姫様にお目にかけ、玉照姫様を御迎へ申さねば置きませぬぞや』 青彦『何と執念深い婆アさまぢやな、青彦も呆れたよ。いい加減に執着心を放棄したらどうだい』 黒姫『執着心はお前のことだよ。お前から除つたがよからう。さうして玉照姫さまと、お玉さまを此方へ渡しなさい』 青彦『此の執着心だけは何処までも放されない。決して個人の私有すべきものでない、神政成就の大切な御宝だ。たとへ天地が覆へるとも、こればかりは承諾は出来ない、どうぞ早くお帰りになつて下さい』 黒姫『何と云つても黒姫は帰りませぬ』 紫姫『玉照姫様は三五教に於ても無くてはならぬ結構な神様でございます。又ウラナイ教にも必要な神様でございます。さうだと申して両方の欲求を充すと云ふ事は、到底出来ませぬから、いつその事貴方が御改心をなさつて、三五教にお入り下さつたら如何ですか。貴方が御改心なさつた以上は、高姫さまも自然御改心になりませうから、紫がさう云つたと高姫さまに伝へて下さいませ』 黒姫『権謀術数を弄し折角妾が望みた玉照姫様を計略を以て、横領なさつたお前さまこそ改心を為され。どちらが善か、悪か、心の鏡に照して御覧なさい。貴方の行り方は三五教の精神を破壊する行り方、つまり優勝劣敗利己主義ではありませぬか』 鹿公『エー八釜敷い云ふない、黒姫の奴、貴様こそ利己主義ぢやないか。此の玉照姫様は三五教の神様が御経綸遊ばして悦子姫様が取り上げまでなさつた因縁があるのぢや。何と云つても正義だ、先取権があるのだ。他の宝に垂涎して要らぬ謀叛を起し煩悶をするよりも、すつかりと思ひ切つて気楽になつたら如何だ、鹿公は腹が立つワイ』 黒姫『何と云つても是れ許りは貫徹させなくては置くものか。仮令千年万年かかつても祈つて祈つて祈り勝つて見せよう。ヤアコンナ馬公を人質に取つたところが、何の役にも立たない。サア馬公、世界中放し飼だ。何処なと勝手にお出でなさい』 と縛を解けば、馬公は、 馬公『ヤアヤア黒姫さま有難う。ヤアどつこい、お前に縛られて、お前に解かれたのだ、有難うと云ふ筋が無い。エー取返しのならぬ失策をやつたものだ。馬鹿々々しい』 此時紫姫の涼やかな声にて、天の数歌が轟き渡りける。忽ち黒姫は頭部真白と変じ、高山彦の手を引き雲を霞と西北指して逃て行く。 馬公『オイ鹿公、モー黒姫夫婦は逃て了つたよ。どうぞ開けて呉れないか』 鹿公『ヨシヨシ』 と戸をガラリと引き開け、 鹿公『オイ馬公どうだつたい、貴様縛られて居つたぢやないか』 馬公『ウン縛られたよ。併しチツトモ痛くはなかつた。黒姫の奴、俺を縛るときに一生懸命に小声になつて、「大神様済みませぬ、赦して下さい。罪も無い馬公を縛ります、これも御道の為ですから、神直日、大直日に見直し、聞直して下さいませ」と念じて居つた。人の性は善なりとは、よく言うたものだなア』 青彦はこれを聞いて両手を組み、頭を首垂れ思案に沈む。紫姫は直に神前に感謝の祝詞を奏上する。玉照姫は俄にヒシるが如く泣き出し給ひける。お玉は驚きあはてて玉照姫の背を撫で擦り、慰め居たり。 空には白き魚鱗の波を湛へた雲の切れ目に月は朧に輝き、悲しげに山杜鵑の声峰の彼方に聞え居る。 (大正一一・五・六旧四・一〇外山豊二録) |
|
130 (1737) |
霊界物語 | 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 | 04 善か悪か | 第四章善か悪か〔六四九〕 瑞穂の国の真秀良場や青垣山を繞らせる 下津岩根と聞えたる要害堅固の神策地 小三災の饑病戦大三災の風水火 夢にも知らぬ世継王の山の麓に現れませる 玉照姫の御稜威光は四方に照妙の 衣を纏ひて経緯の綾と錦の機を織る 棚機姫と現はれし紫姫に侍かれ 月日を重ね年を越え其名は四方に轟きぬ。 悦子姫は、夏彦、常彦、加米彦、滝、板を伴ひ、我使命を明かさず、世継王山麓の住家を後にして、何処ともなく神業の為めに出発したり。音彦、五十子姫は別の使命を受け、是亦何処ともなく、行先を明かさず、惟神的に、世継王の住家を後にして出発せり。 後には、紫姫、若彦、お節、お玉、馬公、鹿公の面々朝な夕なに、玉照姫の保育に全力を尽し居たりける。 夏も何時しか暮れ果て、天高く、風清く、野には稲穂が黄金の波を打ち、佐保姫の錦織なす紅葉の、愈秋の半となりぬ。 時しもあれ、真夜中に戸を叩く一人の男あり。馬公、鹿公は此音に驚き目を醒まし、 馬公『オイ鹿公、何だか表の戸を叩く音がするではないか、お前御苦労だが一つ調べて見て呉れないか』 鹿公『何、あれは秋の夜の紅葉を散らす凩の戸を叩く音だ。余程お前も神経過敏になつたものだな、そりや無理もない、五六七神政の生御霊玉照姫様の御保護の任に当つて居るのだから、雨の音、風の響にも注意を払ふのは当然だ。併し乍ら余り思ひ過ぎると神経病を起す様になつては詰らないから、何事も神様にお任せして、吾々は能ふ限りのベストを尽し、忠実に務めさへすれば宜いのだよ』 馬公『そりやお前の云ふ通りだが、併し今の音は決して雨や風の音ではない、何か訪るる人が門にありさうだよ』 鹿公『峰の嵐か松風か、一つ違へば狐狸の悪戯か、尻尾を以て雨戸を叩き、吾々を脅威さうとするのだ。此間から幾度となく、ウラナイ教の間者がやつて来て、玉照姫様を奪ひ返さうとかかつて居るらしい、迂濶り夜中に戸でも開け様ものなら大変だ、英子姫様、悦子姫様に申訳がない、先づ此処は、見ざる、聞かざる、言はざるの三猿主義を取る方が安全第一だ。俺の鹿とお前の馬とでシカりとウマウマ守るのだナア』 戸を叩く音益々烈しくなり来る。 馬公『それでも益々烈しく叩くぢやないか、どうだ一つ紫姫様に伺つて見たら』 鹿公『それもさうだな、併し乍ら折角よくお寝みになつて居られるのだから、夜中にお目を醒まさせるのもお気の毒だ』 表を叩く音益々烈しい。鹿公はムツとした様な声で、 鹿公『誰だい、人の寝しづまつた家を無闇に叩くものは』 外から声(亀彦)『吾れは英子姫様の御命令によつて、江州竹生島よりはるばる単騎旅行でやつて来た者だ。紫姫は在宅か、若彦は居るか』 鹿公『紫姫様や若彦様の名を知つて居るからには、何でも何だらう、さう考へると容易に開ける事は出来ない。吾々は昼は寝ね夜は不寝番をつとめて居るのだ。夜の間は俺達の権限があるのだから誰が開けいと云つても、此鹿公の本守護神が開けと命令を下す迄は開けられぬのだ。マアマア暫く御苦労だが正体が分らぬから、自然に開ける迄待つて居たが宜からう。日光に照されて、モウモウした毛を体一面に現はすのだらう。吾々は夜分は目の見えぬ人間だから、平にお断り申す』 外より、 (亀彦)『さう云ふ声は鹿公ぢやないか、今日参つたのは余の儀ではない。神素盞嗚大神様の御心により、英子姫様の大命を奉じて御直使として出張致した、三五教の宣伝使亀彦であるぞよ』 鹿公『何、亀彦さまか、ソンナラ開けぬ事は無いが若しや作り声ではあるまいかなア』 亀彦『何、作り声する必要があるか、紫姫以下一同に申し渡す仔細がある。一時も早く開けたが宜からうぞ』 鹿公『何だか亀彦さま、今日に限つて言葉つき迄厳粛に構へて御座る、何かこれに就ては善か悪か、吉か凶か、普通のお使ではあるまい、なア馬公、どうしたら宜からうなア』 馬公『荘重な語気だな、今日は大神様の代理権を以て来て居るのだと見えて、いつもとは言霊の響きが何処とは無しに森厳だぞ』 鹿公『何、アンナ事を云つて洒落てるのだよ。大変な用向きがある様な語調で吾々を威喝しようと思つて居るのだ。何、心配する事はないさ、大山鳴動して鼠一匹位なものだ。アハヽヽヽ』 亀彦『早く開けぬか、何をぐづぐづ致して居るぞ』 鹿公『ヨオ高圧的に大袈裟に出やがつたな、これでは吾々両人にては一寸解決がつき難い、若彦の大将に一寸相談して見ようか』 馬公『それが宜からう』 と云ひ乍ら若彦の居間に立ち入り肩を揺つて、 馬公『モシモシ若彦さまか、青彦さまか、どちらを云つて宜いのか知らぬが一寸起きて下さい。門口に大変な者が現はれました。サアサア早く起きたり起きたり』 若彦『誰かと思へば馬公ぢやないか。夜の夜中に何を喧しう云ふのだい』 馬公『イエイエ急な事件が突発しました。素盞嗚大神様の御心により英子姫様より御直使として、亀彦の宣伝使が見えました』 若彦『何、亀彦の宣伝使が見えたと、何と遅かつたな、もう英子姫様よりお褒めの言葉が下るか下るかと指折り数へて、紫姫を始め吾々一同は首を伸ばして待つて居たのだ。馬公喜べ屹度御褒美を頂戴するのだらう』 馬公『それは有難い、ソンナラ開けませうか』 若彦『一寸待つて呉れ、寝間を片付け、其処いらを掃除してそれから御這入りを願はないと、こう散けては御直使に対して御無礼だ。モシモシ紫姫さま、お玉さま、早く起きて下さい、英子姫様のお使として亀彦の宣伝使が只今見えました』 紫姫『ア、さうですか、そりや大変です、困つた事になりましたねエ』 若彦『あれだけの吾々は苦心惨憺を重ね玉照姫様を三五教へお迎へ申したのだから、褒めて貰ふ事はあつてもお咎めを蒙る様な道理がない。御心配なさいますな、何程立派な神人ぢやと云つても、女は矢張り女だナア、そンな取越苦労はするものぢやありませぬよ』 紫姫『それでも何だか気掛りでなりませぬワ。何は兎もあれ、早く室内を片づけて這入つて貰ひませう』 と一同は夜着を片付け、綺麗に掃除をなし終り、 若彦『サア準備は出来た、馬公、鹿公、表を開けて亀彦さまを御案内申したがよからう』 馬、鹿の両人は畏まりましたと表戸をサラリと開け、驚いたのは両人、亀彦の宣伝使は威儀儼然として金色の冠を頂き、夜光の宝玉四辺を照らし、薄き絹の袖長き白衣を着し、入口狭しと悠々と進み入り、二人に一揖し、つかつかと奥の間に進み、玉照姫の御前に端坐し、拍手再拝、神言を奏し終り正座に着きける。 紫姫は手を突ひて、 紫姫『これはこれは亀彦の宣伝使様、否、英子姫様の御直使様、夜陰といひ遠方の処、ようこそ御入来下さいました。御用の趣仰せ聞けられ下さいませ』 亀彦は威儀を正し、 亀彦『今日只今此館に参りしは余の儀では厶らぬ。此度其方紫姫を始め若彦の行為に就いて神素盞嗚大神様、以ての外の御不興、英子姫様に御神示あらせられたれば、亀彦ここに英子姫の命の直使としてわざわざ参りたり』 紫姫、若彦はハツと両手をつき、 紫姫、若彦『これはこれは御直使様御苦労に存じます。御用の趣、速にお聞かせ下さいませ』 亀彦『其方事は神界経綸の玉照姫を天地の律法を忘却し、権謀術数の秘策を用ゐ、反間苦肉の策を以て目的を達したる事神意に叶はず、彼れ玉照姫の神は、一旦、ウラナイ教の黒姫に与ふべきものなり。一時も早く玉照姫様及びお玉を黒姫の手許に送り、汝等は此責任を負ひて宣伝使の職を去るべし、との厳命で御座る』 と厳かに云ひ渡したり。 紫姫は顔を赤らめ、 紫姫『実に理義明白なる御直使のお言葉、妾不徳の致す処、今となつては最早弁解の辞も御座いませぬ。謹みてお受け致します』 若彦『モシモシ紫姫さま、此若彦を差し置き、さうづけづけとものを仰有つては後の結びがつきませぬ。仮令権謀術数の策にもしろ五六七神政の貴の御宝、玉照姫の生御霊を三五教に迎へ奉りたる抜群の功名手柄、御賞詞こそ頂くべきに、却つて吾々の職を免じ、剰つさへ玉照姫様を黒姫に渡せとは大神様始め英子姫様の御言葉とも覚えませぬ。オイ、コラ亀彦、貴様は吾々の成功を嫉み、左様な事を申すのであらう。否、汝の本守護神より出でたる世迷ひ言ではあるまい、屹度副守護神の悪戯ならむ。只今若彦が神霊注射を行ひ、汝に憑依せる悪魔を現はし呉れむ』 と早くも両手を組みウンと一声霊縛を加へむとするや、亀彦の背後より煙の如く忽然として顕はれ給うた光華明彩六合を照徹する許りの女神顕はれ給ひ、若彦が面を射させ給ひぬ。紫姫、若彦は身体萎縮し其場に畏伏しワナワナと震ひ戦き、涙に畳を潤すに至りぬ。亀彦は顔色を和らげ、 亀彦『英雄涙を振つて馬稷を斬るとは神素盞嗚大神、英子姫様の御心事、さり乍ら汝よく直日に見直し聞き直し、奇魂の覚りによりて此大望を完全に遂行せば、再び神業に参加する事を得む』 と稍俯むき、同情の涙を流しつつ女神と共に、亀彦の姿は忽然として此場より消えにける。玉照姫の泣き給ふ声は此時より時々刻々に烈しくなり来たれり。 お玉『玉照姫様、どうぞ御機嫌を直して下さいませ。何かお気障りが御座いますか。幾重にも御詫致します』 と頭を畳にすり付け詫入る。 若彦『紫姫さま、大変な事になりましたねエ。若彦はどう致したら宜しいのでせう』 紫姫『仕方がありませぬ、成功を急ぐの余り無理をやつたものですから、何程目的は手段を選ばずといつても、それは俗人の為すべき事、吾々宣伝使の分際として余り立派な行動をやつたとは云はれますまい。吾々両人を殊勲者として大神様より賞詞さるる様な事あらば、それこそ三五教の生命は茲に全く滅亡を告げ、ウラル教となつて了ひませう。アヽ大神様の御言葉には千に一つもあだは御座いませぬ。是よりは前非を悔い身魂を研いて本当の宣伝使にならなくちやなりませぬ。玉照姫様のあの御泣き声、御神慮に叶つて居ないのは当然です』 若彦『エヽ仕方がありませぬなア』 馬公は、(小声で) 馬公『オイ鹿公、梟鳥の宵企み、夜食に外れて難かしい顔を致すぞよ。ドンナ良い事でも誠で致した事でなければ、毛筋の横巾程でも悪が混りたら、物事成就致さぬぞよ、と云ふ三五教の御神諭を知つて居るか』 鹿公『ウン、いつか聞いた様に思ふ。ナント神様といふものは七難かしい事を仰有るものだな。三千世界を自由になさる大神様が、ソンナ小さい事をゴテゴテ仰有る様では神政成就も覚束ないワイ。然し乍ら若彦さまや、吾々の師匠と仰ぎ主人と崇むる紫姫様迄が、御退職なさる以上は吾々とても同じ事だ。何とか考へないと馬鹿な目に遭はねばならぬぞ』 馬公『モシモシ若彦さま、紫姫さま、御目出度う、お祝ひ致します』 鹿公は慌てて馬公の口に手を当て、 鹿公『コラコラ馬公何を云ふのだ、些と失礼ぢやないか』 紫姫『馬公、よう云ふて下さつた。本当にコンナ目出度い事はありませぬワ。今日只今始めて臍下丹田の天の岩戸が開けました。これから本当の真如の日月が現はれませう。お互様にお目出度う存じます』 若彦は拍手を打つて、 若彦『大神様有難う御座います。愈私も心天の妖雲が晴れました』 と感謝の辞を涙と共に述べたて居る。 玉照姫は何とも形容の出来ない美はしき顔色にて、御機嫌斜ならずニコニコと笑ひ始め給ひ、お玉は嬉し泣きに泣き入る。 馬公、鹿公二人は互に顔を見合せ、 馬公、鹿公『ハテ合点がゆかぬ。こりやマアどうなり往くのであらうかな』 紫姫、若彦は今後果して如何なる行動に出づるならむか。 (大正一一・五・六旧四・一〇藤津久子録) |
|
131 (1738) |
霊界物語 | 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 | 05 零敗の苦 | 第五章零敗の苦〔六五〇〕 炎熱火房に坐するが如く、釜中に在るが如き酷暑の空、雲路を別けて降り来る一隻の飛行船は、フサの国北山村のウラナイ教が本山の広庭に無事着陸したり。魔我彦、蠑螈別の二人は此音に驚き、高姫の御帰館なりと、取るものも取敢ず、表に駆け出し見れば、高姫は眼釣り、得も謂はれぬ凄じき形相し乍ら、鶴、亀の両人を伴ひ、船より出で来り、 高姫『アヽ蠑螈別さま、留守中大儀で御座いました。別に変つた事は有りませなンだかな』 蠑螈別『ハイ、たいした変りは有りませぬが、二三日以前より、何とも知れぬ太白星の様な光を発した光玉、夜半の頃になると、大音響を立て、庭前に落下する事屡で有ります』 高姫『それは大変な吉祥だ。併し其玉はどうなさつたか』 魔我彦は丁重に首を下げ、 魔我彦『毎朝早くより、綿密に調べて見ましたが、別に此れと云ふものも落て居らず、又何の形跡も残つて居ませぬ』 高姫『それは不思議な事だ。いづれ何か結構な事が有るでせう』 蠑螈別『紫の雲の出所は分りましたか。定めて良結果を得られたでせう。万事抜目も無いあなたの事ですから、大成功疑なしと、館内一同の者は貴方の御帰りを今か今かと首を長くして待つて居ました。どうぞ早く奥へお這入り下さいまして、結構な御土産話を、一同に聞かして下さいませ』 高姫『………』 魔我彦『コレコレ蠑螈別さま、大切な神界の御経綸、玄関口で尋ねると云ふ事があるものか、高姫様が沈黙なさるも当然だ』 蠑螈別『ア、それもさうでした。高姫さま、サア奥へ御案内致しませう』 高姫は奥に入る。一同は俄に上を下へと、バタバタ歓迎の準備に多忙を極め居る。 高姫『今日は無事に墜落もせず、遥々と帰つて来たのだから、御神前にお神酒を沢山に献上し、種々の御馳走をお供へ申し、ゆつくり直会の宴でも張つて下さい。あまり急速力で帰つて来ましたので、妾は少し許り頭痛気味だから、奥へ往つて二三日ユツクリ休息を致します』 蠑螈別『ア、それはさうでせう。併し乍ら御休みになれば、お尋ね申す訳にもゆかず、一寸端緒なりと、一口仰有つて下さいませいナ』 高姫『神界の御経綸、秘密は何処までも秘密ぢや。今は御神命に依りて言ふ事が出来ませぬ……コレ鶴に、亀、お前も休みなさい。種々の事を言ふではないよ』 鶴公『私はチツトも疲労して居りませぬ。別に休む必要も御座いませぬから、ゆつくりと貴方に代つて、亀と二人が交る交る、一切の大失敗……ウン……オツトドツコイ顛末を演説致しませうか』 高姫『コレコレ鶴、亀、鶴は千年、亀は万年と云ふ事が有るぢやないか。鶴には千年の間箝口令を布く。亀には一万年が間箝口令を布く…』 鶴公『モシ高姫さま、千年も箝口令を布かれては、唖も同様ですから、そればつかりは取消を願ひます』 高姫『イヤ、今度の事に関してのみ箝口令を布くのだよ。其外の事はお前の勝手だ。紫の雲に関した秘密の件だけは言うてはならない。時節が来たならば、高姫が皆に披露するから、サア鶴、亀、お前も永らくお供をして呉れて、辛かつただらう。二三日、誰も居らぬ所へ往つてユツクリと遊びて来なさい、又いろいろの事を喋舌ると煩雑いからな。……蠑螈別さま、魔我彦さま、それなら失礼致します。どうぞユツクリ酒でも飲み、皆さまと仲よく、神恩を感謝して下さい。妾は何だか頭痛がして、モウこれつきり暫く言ひませぬから』 と襖を引開け奥の間に力無げに進み入り、中より固く鍵をかけて了ひけり。 蠑螈別『サア皆さま、これから祭典を執行し、終つて直会の宴だ。今日は酒の飲み満足だ。併し酒を飲むのはいいが、酒に呑まれない様にして下さいよ』 甲『蠑螈別の大将、あなたこそ何時も酒に呑まれるでせう。今日はあなたから十分の御警戒を願ひますで。何分高姫様が頭痛を起してお休みになつて居るのだから、あまり大きな声を出しては、お体に障つちやなりませぬからなア』 蠑螈別『きまつた事だ。ソンナ事に抜かりの有る私だと思つて居るか』 祭典は型の如く厳粛に行ひ了り、一同は別殿に進み入り、直会の宴に現を抜かし、そろそろ酒の酔が廻るにつれて、喧騒を極め出したり。 甲『オイ鶴、随分愉快だつたらうなア。お羨ましい。吾々もアヽ云ふお供がして見たいワ』 鶴公『何を云うても、大飛行船に乗つて、地上の森羅万象を眼下に見くだし、空中征服の勇者になつて、自転倒島へ渡るのだもの、実に愉々快々、筆紙の尽すべき限りでは無かつたよ』 甲『立派に目的は達しただらうな』 鶴公『勿論の事、途中に墜落もなく、立派に目的地に到達したのだ』 甲『それは定まつて居るが、モ一つの肝腎要の紫の雲だ。それはどうなつたのだい』 鶴公『紫の雲に関する事は千年間の箝口令が布かれてあるから、紫だけは言つて呉れな。其代りに玉照姫の一件は、事に依つたら報告してやらう。併し乍らモウ少し酒が廻らぬと、巧く言霊が運転しないワイ。一つ滑車に油を注ぐのだな』 亀公『コラコラ鶴公、紫の雲に関する事と云へば、玉照姫の事だつて言はれぬぢやないか、箝口令を厳守せぬかい』 鶴公『ナーニ、紫の雲の事さへ言はなかつたら良いぢやないか。皆の御連中が証人ぢや、ナア蠑螈別さま、高姫さまはそう仰有つただらう』 蠑螈別『兎も角、成功話を言つて下さい。皆の者が待ちに待つて居つたのだ』 亀公『コラコラ鶴、滅多の事を言うではないぞ』 鶴公『貴様は酒を喰はぬから、生真面目で仕方がない。融通の利かぬ奴だ。高姫様のお口からは、アンナ事がどうしても言はれぬものだから、俺達に代つて、言うではないぞと仰有つたのは、要するに言へと云ふ事だよ。別に俺の口で俺が喋べるのに、資本金が要るのでもなし、国税を納める心配も要らぬのだから……俺は俺の自由の権を発揮するのだ』 亀公『ソンナラお前の勝手にしたがよいワイ。俺だけは何処までも沈黙を守るから…』 鶴は酒にグタグタに酔ひ、傲然として肱を張り、 鶴公『今日の鶴公は、要するに高姫様の代言者ぢや。さう心得て謹聴しなさい、エヘン、 フサの国をば後にして雲井の空を高姫が 翼ひろげて鶴亀の二人の勇士を伴ひつ 高山短山下に見て大海原を打渡り 自転倒島にゆらゆらと降り着いたは由良湊 魔窟ケ原へテクテクと三人駒を並べつつ 黒姫館に立入りて委細の様子を尋ぬれば 弥仙の山の裾野原賤が伏家に世を忍ぶ 豊彦夫婦の館より色も芽出度き訝かしの 雲立ち昇り玉照姫の神の命の神人が 現はれました事の由聞いたる時の嬉しさよ 黒姫司は逸早く千変万化の手を尽し 紫姫や青彦の二人の勇士に一任し 玉照姫をウラナイの教の道の本山に 迎へむものと気を配り心を尽す妙案奇策 どうした拍子の瓢箪かガラリと外れて三五の 神の教の間諜紫姫や青彦は 手の掌返す情無さ高姫司は青筋を 立ててカツカと怒り出す高山彦や黒姫は ソロソロ喧嘩を始め出す此有様を見る俺は 立つても坐ても居られない気の毒さまと申さうか 愛想が尽きたと申さうか言ふに謂はれぬ為体 これから奥は有るけれど此れより先は神界の 秘密ぢや程にどうしても紫姫や青彦の 誠の様子は話せないアヽ惟神々々 高山彦や黒姫はさぞ今頃はブクブクと 面を膨らし燻つて互に顔を睨み鯛 目を釣り腮釣り蛸釣つて一悶錯の最中だらう モウモウコンナ物語飲みし酒迄冷えて来る 三五教は日に月に旭の豊栄昇るごと 玉照姫の神力で宇内へ輝き渡るだらう それに引換へウラナイの神の教はゴテゴテと 貧乏世帯の夕日影段々影が薄くなり 終局に闇となるで有らうアヽ惟神々々 叶はぬ時の神頼み鶴公司の報告は 先づ先づザツと此通り』 蠑螈別『オイ鶴公、真面目に報告をせないか。ソンナ馬鹿な事が有つて堪るものかい』 鶴公『堪つても堪らいでも、事実は事実だ』 蠑螈別『仕方がないなア』 鶴公『エーもう此鶴公は、千年の箝口令を布かれて居るが、俺の副守護神に対しては言論自由だ。……オイ副守の奴、チツと酒ばつかり喰うて居らずに発動せぬかい。責任は副守が負ふのだよ。……副守護神が現はれて何から何迄包まず隠さず知らすのであるから、鶴公司は何にも知らず、高姫殿、必ず必ず鶴公を恨めて下さるなよだ、ヒヽン』 魔我彦『サア副守先生、細かく仰有つて下さいませ』 鶴公『ウーン、ウンウン、此方は鶴公の肉体を守護致す副守護神のズル公であるぞよ。併し乍ら大体の要領は、鶴公の肉体が申した通り、今回の事件は全部高姫さん一派の零敗だ。大当違の大失策だ。それだから頭痛もせないのに頭痛がすると言つて、此不利益極まる報告を避けたのだ。何れ早晩分る事実だから、隠したつて仕方がない。モウ、ウラナイ教は駄目だ。バラモン教は間近まで教線を張り、猛烈な勢でやつて来る。ウラル教は又もや蘇生した様に、此フサの国を中心として押寄せて来て居る。三五教も其通り。三方から敵を受けて、どうして此教が、拡張所か現状維持も難かしい。日向に氷だ。風前の灯火だ。アツハヽヽヽ、良い気味だ。世界一の黍団子、何程キビキビした高姫の智嚢でも、最早底叩きだ。底抜けの大失策だ。底抜け序に自棄酒でも飲み、底抜け騒ぎをやつたがよからうぞよ。ウーン、ウン、もうズル公はこれで引取るぞよ。蠑螈別、魔我彦、好な酒でもズルズルベツタリに飲みたが宜からうぞよ』 とグレンと体をかわし、汗をブルブルかいて正気に返つた様な姿を装ひ、 鶴公『何だか副守護神が仰有つたやうですな。何と言はれました。自分の口で言つて自分の耳へ聞えぬのだから、大変に不便利だ。知覚精神を忘却し、大死一番の境に立ち、感覚を蕩尽し、意念を断滅して、仮死状態になつて居たものだから、言うた事がトンと分らない。…鶴公は何も知らぬぞよ。高姫の先生殿、屹度鶴公を叱つて下さるなよ。守護神が口を借つた許りであるぞよ』 甲『アハヽヽヽ、何は兎もあれ、貴様は知らな知らぬでよいワ。副守護神の奴、鶴公が全部言つた通りだと証明したよ。ヤツパリ鶴公の肉体に責任があるのだ。…モシモシ蠑螈別さま、一寸先や暗の夜だ。飲めよ騒げよと、ウラル教もどきに乱痴気騒ぎでもやりませうかい。チツト位乱暴したつて、劫腹癒やしだ。今日に限つて、高姫さまだつて、失敗して帰つて来て、吾々に荘重な口調を以て、戒告を与へる事は出来ますまい』 亀公『今鶴公の肉体の言つた事も、ズル公の副守の言つた事も、全然反対だ。お前達を驚かさうと思つて、アンナ芝居をやりよつたのだ。鶴位の知つた事かい。本当の事は此亀公が脳裡に秘め隠してあるのだ。鶴と云ふ奴ア、ツルツルと口が辷るから本当の事は知らしてないのだよ。屹度一道の光明がウラナイ教の上に輝いて居るのだから、さう気投げをするものぢやない。千秋万歳楽の鶴亀の齢と共に、天の岩戸は立派に開けて日の出神様の御守護の世となるのだ。闇の後には月が出る。夜が過ぐれば日の出となるのは、天地の真理だ。暗中明あり、明中暗あり、明暗交々代り行くは、所謂神の摂理だ。人は得意の時に屹度失望落胆の種を蒔き、不遇の境遇に有る時、屹度光明幸福の因を培ひ養ふものだ。何時も昼ばつかり有るものぢやない、又暗黒な夜ばかりでもない。善悪不二、吉凶同根、明暗一如、禍福一途、大楽観の中に大苦観あり、大苦観の中に大楽観あり、天国に地獄交はり、地獄に天国現はる。有耶無耶の世の中だ。マアマア心配するな。コンナ結構な事は無いのだよ。人は心の持様一つだ。ドンナ苦しい事でも、観念一つで大歓楽と忽ち一変する世の中だ。吁惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 と拍手し、祈願を凝らして居る。高姫は此場に手拭にて鉢巻し乍ら、ノコノコと現はれ来り、 高姫『ヤア皆さま、お元気な事、親の心は子知らず、神の心は人間知らず。あなた方は実に羨ましいお身分だ。妾も半時なりとあなた方の様な気分になつて見たいワ』 魔我彦『何分に重大なる責任を負担して御座る貴女の事ですから、御心中を御察し申します。今回の遠路の御旅行、さぞさぞお疲れで御座いませう。それに就いても言ふに謂はれぬ御苦心が有つた様です。玉照姫は到頭三五教に取られて了つた様ですなア』 高姫『エー、それは誰れが言つたのかなア』 魔我彦『ズル公が詳細に報告を致しました。併し乍ら失敗は成功の基、失敗が無くては経験が積みませぬ。即ち万世に残る大偉業は七転び八起きと云うて、幾度も失敗を重ね、鍛へ上げねば駄目ですよ。イヤもう御心中お察し申します』 高姫『ヤアこれだけ沢山な宣伝使や信者がある中に、妾の苦衷を察して呉れる者はお前だけだ、アヽ妾もこれで死ンでも得心だ。千歳の後に一人の知己を得れば満足だと覚悟して居たが、現在此処に一人の知己を得たか、アヽ有難や、これと云ふのもウラナイ教の神様のお蔭…』 鶴公『知己を得ましたか。千歳の後で無くて今チキに妙チキチンのチンチキチン、心の曲つた魔我彦が共鳴しましたのは、実に上下一致天地合体の象徴でせう。併しこれは鶴公の肉体に守護致すズル公の託宣ですから、決して鶴公に怒つては下さるなよ。…神は物は言はなンだが、時節参りて鶴公の口を藉りて委細の事を説いて聞かすぞよ。ウンウンウン、ドスン……アーア又何だか憑依しよつたな。イヤ副守の奴発動したと見える。飛行機に乗つて空中を征服し乍ら、意気揚々とやつて居つたと思へば、俄の暴風に翼を煽られ、地上目蒐けて真つ逆様に顛落せしと思ひきや、ウラナイ教の本山、八咫の大広間の酒宴の場席、アーア助かつた助かつた』 高姫『コレコレ鶴公、ソンナ偽神術をやつたつて、此高姫はチヤンと審神をして居ますよ。お前は余程卑怯者だ。残らず責任を副守護神に転嫁せうとするのだナ』 鶴公『イエイエ決して決して、臍下丹田に割拠する副守の発動です。どうぞ此副守を何とかして追ひ出して下さいな』 高姫『蠑螈別さま、魔我彦さま、鶴公の臍下丹田に割拠する副守の奴、此短刀を貸してあげるから、剔り出してやつて下さい。鶴公の願ひだから……ナア鶴公、チツトは痛くつても辛抱するのだよ。苦の後には楽がある。死ぬのは生れるのだ。生れるのは墓場へ近寄るのだ。仮令死ンだ所で、やがて新しくなるのだからナア、ヒヽヽヽ』 鶴公『モシモシ高姫さま、そンなことせなくつても、副守は飛ンで出ますよ。ウンウンウン……ソレ、もう飛ンで出ました。ア、もう此ズル公は鶴公の肉体には居らぬぞよ』 魔我彦『馬鹿にするない。飛ンで出たと言つてからまだ……此肉体には居らぬぞよ……とは誰が言つたのだ。ヤツパリ副守が居つて貴様の口を使つたのだらう。肉体を離れた奴が貴様の肉体を使つて腹の中から声を出すと云ふ理由が有るか』 鶴公『これは副守護神の言霊の惰力だ。どうぞ半時ばかり待つて居て下さい』 斯かる所へ又もや一隻の飛行船天を轟かし、庭前に下り来る。 鶴公『あの物音は敵か、味方か。紫姫、青彦、玉照姫を捧持してウラナイ教に献納に来たのか。但は高山彦、黒姫、悄然として泣き面かわき帰つて来たのか。……ヤアヤア者共、一刻も早く表へ駆け出し、実否を調べて参れ。世界見え透く日の出神が、鶴公の肉体を借りて申付けるぞよ』 亀公『何を言うのだ。日の出神様は世界中見え透き遊ばすのだが、門口へ出て来た者が敵か味方か分らぬと云ふ様な、日の出神が有るものかい』 鶴公『ウラナイ教に憑依する日の出神は、先づ此位な程度だよ、イヒヽヽヽ』 亀公『誠の日の出神の生宮の高姫さまの御前だぞ。チツトは遠慮を致さぬかい』 鶴公『モシモシ本当の日の出神の生宮、高姫さま、貴女はジツとして、世界中の事が見え透く御身霊、表へ下つて来た飛行船の主は敵で御座いますか、味方で御座いますか、どうぞお知らせ下さいませ。これがよい審神のし時ぢや。これが分らぬよな事では、日の出神さまも良い加減なものですよ。貴女の信用を回復し……否御威徳を顕彰するのは、今を措いて他にありませぬ。サア此一瞬間が貴女に対し、ウラナイ教に対し、国家興亡の分るる所、明かに命中させて、一同の胆玉を取り挫ぎ、疑惑を晴らしてやつて下さい』 高姫『コレコレ鶴公、一歩出れば分る事ぢやないか。お前は大それた、神を審神せうとするのかい。ソンナ逆様事が何処に有るものか。恰度学校の生徒が校長の学力を試験するよなものだ。ソンナ天地の転倒つた事が何処に有りますか。心得なされツ』 鶴公『これは誠に済みませぬ。併し乍ら、私も実は今回の貴女の大失敗を回復させ、帰依心を増さしめむが為の、血涙を呑みての忠告ですから、悪く思つて下さつてはなりませぬ』 高姫、心の中に、 高姫『今来た人は何して居るのかなア、早く此処へ来て呉れれば良いのに……』 鶴公『高姫さま、スツタ揉ンだと掛合つとる間に、やがて誰か這入つて来ませう。さうすればヤツと胸撫でおろし、虎口を遁れたと、一安心する人が、どつかに一人現はれさうですよ』 高姫チツトでも暇をいれようと考へて居る。外には高山彦、黒姫、寅若、菊若、富彦の五人連れ、傷持つ足の何となく屋内に進みかね、モヂモヂとして入りがてに居る。 黒姫『アヽ誰か来て呉れさうなものだなア。何時もの様に堂々と……何だか今日は閾が高くて這入れない様な気がする……オイ寅若、お前這入つて下さいな』 寅若『此奴ア一つ低気圧が襲来しますよ。ウツカリ這入らうものなら、暴風雨の為に何処へ吹き散らされるか分つたものぢや有りませぬ。私の様に横平たい図体の者は、風が能く当つて散り易いから、斯う云ふ時にはお誂ひ向の細長い、風を啣まぬ、帆柱竹の様な高山彦さまが適任でせう』 黒姫『エー一寸も自由にならぬ人だな。なぜお前はそれ程師匠の言ふ事を用ひぬのだい』 寅若『ヘン、師匠なぞと、殊勝らしい事を仰有いますワイ。失笑せざるを得ませぬワ。今までは乞食の虱の様に口で殺して御座つたが、今度の失敗はどうです。吾々の顔までが、何ともなしに痩せた様な気が致しますワイ。これと云ふも全く、お前さまが出しやばるからだ。それだから牝鶏の唄ふ家は碌な事が出来ぬと言ひませうがな。此役目は大責任の地位に立たせられる黒姫さまの直接任務だ。外の事なら二つ返辞で承はりませうが、こればつかりは真つ平御免だ。お生憎様……』 と白い歯を喰ひ締め、腮をしやくつて見せたり。 黒姫『エー剛情な男だナア。一旦師匠と仰いだら、何でも彼でも盲従するのが弟子の道だ。師匠や親は無理を云ふものだと思ひなされと、常々云うて聞かして有るぢやないか。何事に依らず、絶対服従を誓つたお前ぢやないか。モウお前は今日限り、師弟の縁を切るから、さう思ひなさい』 寅若『トラ、ワカらぬ事を仰有いますな。宇治の橋姫ぢやないが、二つ目には縁を切るの、封を切るのと、口癖の様に……馬鹿々々しい。実の所は此方から切りたい位だ。アツハヽヽヽ』 菊若『モシモシ黒姫さま、私は何時も申す通り、善悪邪正の外に超越し、絶対信仰を以て貴女の仰せは、徹頭徹尾キク若だ。オイ富彦、俺と一緒に出て来い。何時まで閾が高いと言つて、物貰ひの様に門口に立つて居たところで、解決がつかない。常よりも大股に跨げて這入らうぢやないか、黒姫さまばつかりの失敗ぢやない。総監督の任に当る高姫さまも、其責を負ふべきものだ。先んずれば人を制すだ。ナニ構ふものか、堂々と這入つてやらうかい』 と菊若はワザと大きな咳払をなし、富彦を従へ、大手を揮つて、人声のする八咫の大広間へ向つて進み行く。 菊若『これはこれは高姫様、御無事で御帰館遊ばされまして、お芽出たう存じます』 高姫『此日の出神が霊眼で見た通り、お前は黒姫のお使で、飛行船に乗つて遠方ご苦労だつたなア。あア見えても高山彦、黒姫さまも大抵ぢやない。非常な御苦心だ。何事も時節には敵はぬから、お前が帰つたら、どうぞ慰めて上げて下さいよ。妾もつい腹が立つて、怒つて帰るは帰つたものの、何だか黒姫さまの事が気になつて、後ろ髪曳かるる様な気がしてならなかつた。アヽ可哀相に……魔窟ケ原の陰気な岩窟で、黒姫さまも第二の作戦計画をして御座るであらう』 菊若『イエ、黒姫さま始め、高山彦、寅若も、今門前へ飛来致しまして、余り貴方に会はす顔がないので、門口にモガモガと手持無沙汰で、這入るにも這入られず、帰るにも帰られぬと言つて、煩悶苦悩の自由権利を極端に発揮して居られます』 高姫『アヽさうだらうさうだらう、妾の見たのは黒姫さまの本守護神だつた。本守護神は依然として岩窟に止まつて居られる。副守の先生肉体をひつぱつて来たのだな。何分顕幽を超越して居る天眼通だから、ツイ軽率に見誤つたのだ。霊眼と云ふものは余程注意をせなならぬものだ、ホツホヽヽヽ』 鶴公『高姫さま、貴方の霊眼は実に重宝ですなア。活殺自在、実に一分一厘の隙も有りませぬワ。さうなくては一方の将として、多数を率ゐる事は出来ませぬワイ。イヤもう貴方の神智神識には……否邪智頑識には、実に感服の外なしで御座います』 高姫『エーつべこべ何理屈を仰有る。神界の事が物質かぶれのお前に分つて堪るものか。斯うして幾十年も神界の為に尽して居る妾でさへも、あまり奥が深うてまだ其蘊奥を究めて居ない位だのに、僅か十年足らずの入信者が分つてたまるものか……誠が分りたら、口をつまへて黙りて居つて、改心致さなならぬ様になるぞよ。ゴテゴテと喋舌りたい間は、誠の改心が出来て居らぬのであるぞよ。一時も早く改心致して、うぶの心になりて、誠の御用を致して下されよ……と変性男子のお筆先にチヤンと書いて有るぢやないか。筆先の読みよが足らぬと、そンな屁理屈を言はねばならぬ。神の道は理屈では可けませぬぞエ。絶対服従、帰依心、帰依道、帰依師でなければ信仰の鍵は握れませぬぞエ』 鶴公『二つ目にはよい避難所を見つけられますなア。鍵が握れぬなぞと、うまく仰有いますワイ。鶴公の名論卓説を握り潰すと云ふ心算でせう』 高姫『きまつた事だ。古参者の吾々に、新参のお前たちが、太刀打しようと思つたつてそりや駄目だ。駄目の事は言はぬが宜しい。あつたら口に風引かすよなものだ。何時までもツルツルと理屈を仰有るなら、モウ神のツルを切らうか』 鶴公『ツルなつと、カメなつと、縁なつとお切りなさい。三五教もウラナイ教も奉斎主神は同じ事だもの。私は神さまと直接交渉致します。人を力にするな、師匠を杖につくなと、三五教もどきに貴女も始終仰有つたぢやありませぬか。嘘を吐く師匠を杖に突くと云ふ事は、熟々考へて見ればみる程厭になつて来ましたワイ。何れ私が脱退すれば、千匹猿の様に、喧し屋の革新派が従いて来るでせう。さうすればウラナイ教もシーンとして、世間から見て、大きな館で沢山人が居る様だがナンした静かな所ぢやと、世間から申す様になるぞよ。さうでなければ誠が開けぬぞよと日の出神のお筆先にも出て居る通り、貴方も御本望でせう。筆先の実地証明が出来て、日の出神の生宮の御威勢は益々揚り、旭日昇天のウラナイ教となりませう』 高姫『コレ鶴公、よう物を考へて見なさいや、ソンナ浅薄な仕組ぢや有りませぬぞエ。お前はチツトばかり青表紙や、蟹文字を噛つて居るから、仕末にをへぬ。マアマア時節を待ちなさい。枯木にも花咲く時が来る。後になつて、アーアあの時に短気を起さなかつたらよかつたにと、地団駄踏みてジリジリ悶えをしてもあきませぬぞエ。よう胸に手を当て心と相談をして見なさい』 鶴公『ヤツパリ、私の様なプロテスタントにも未練がかかりますかなア』 高姫『プロテスタント派だから余計可愛のだ。敵を愛せよと神様は仰有る。改心の出来ぬ悪人程、妾は可愛いのだ。不具な子程親は余計憐れみを加へたがる様に、神様の御慈愛と云ふものは、親が子を思ふと同じ事だ』 鶴公『アヽ仕方がない。流石は高姫さまだ。チツトも攻撃の出来ない様に、何時の間にか鉄条網を張つて了つた』 高姫『早く黒姫さまを此方へお迎へして来ないか。コレコレ亀公、黒姫さま一同にどうぞお這入りなさいませと言つて、御案内を申してお出で……』 亀公『承知致しました』 鶴公『オイ亀公、鶴と亀とは配合物だ。俺も従いて往かう』 亀公『ヤアお前が来ると又難問題が突発すると仲裁に困るから、マア控へとつて呉れ』 鶴公『ナーニ、鶴と亀と揃うてゆけば、鶴亀凛々だ。活機臨々として高姫の御威勢は、天より高く輝き亘り、大空に塞がる黒姫……オツトドツコイ黒雲は、高山彦のイホリを掻き分けて、天津日の出神の御守護となるに定つて居る。それは此鶴公が鶴証するよ。アハヽヽヽ』 高姫『コレコレ鶴公、お前は此処に待つて居なさい。亀公一人で結構だ』 鶴公『これは高姫さまのお言葉とも覚えませぬ。折角遠方からお出でになつたのに、亀公一人を出しては、チツト不待遇ぢや有りませぬか。鶴亀の揃はぬのは、あまりお芽出たうは有りますまいぞ。併し乍ら高姫様は芽出たい様にと、鶴亀の両人を連れてお出でになつたが、ヤツパリ……ヤツパリだから、御案じ遊ばすのも無理は御座いますまい。……エー仕方が有りませぬ。大譲歩を致しまして、鶴公は本陣に扣へて居りませう。……オイ亀公、一人御苦労だが、鶴公は奥にハシヤいで居ます……と黒姫さま一行に伝言をするのだよ』 亀公『勝手に、何なと吐けツ』 と足を早めて表へ駆け出したり。黒姫の一行は亀公に案内され、喪家の犬の様に悄気返つて、コソコソと足音までソツと、薄氷を踏む様な体裁で此場に現はれたり。 高姫『アヽ黒姫さま、高山彦さま、ようマア帰つて下さつた。今も今とて霊眼で貴方の御心労を拝観して居ました。お前さまは副守護神の容器だらう。黒姫さまや、高山彦さまの本守護神は屹度アンナ利巧な事はなさいますまい』 黒姫『ハイ誠に申訳の有り……もせぬ事を致しまして、何分副守護神が此頃は権幕が強いものですから、黒姫の本守護神も持て余して居られますワイ。高山彦さまの本守護神も第二の作戦計画をやつて居られます。此処に参上たのはヤツパリお察しの通り副守護神の容器で御座います』 高姫『それはそれは副守護神どの、遠路の所御苦労で御座いました。サアサアどうぞ妾の居間へお出で下さいませ。副守護神同志、何かの相談を致しませう』 ハイと答へて、黒姫、高山彦は、高姫の後に従ひ、ホツと一息つき乍ら、奥の間指してシホシホと進み行く。後には魔我彦、蠑螈別、鶴公、亀公、寅若、菊若、富彦、甲乙丙丁戊己其他数十人の者、酒に酔ひ潰れ、喧々囂々、遂には打つ、蹴る、擲る、泣く、笑ふ、怒るの一大修羅場が現出されウラナイ教の本山は鼎の沸くが如く大乱脈の幕に包まれにける。 (大正一一・五・七旧四・一一松村真澄録) |
|
132 (1742) |
霊界物語 | 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 | 09 身魂の浄化 | 第九章身魂の浄化〔六五四〕 心の暗の空晴れて、世界に鬼は梨の木の、峠の巌に腰打掛け、雪雲の空を眺めて、雑談に耽る二人の男あり。 荒鷹『アヽ思ひまはせば今年の春の初、鬼熊別の部下となつて、三岳山の岩窟に数多の手下を引連れ、善からぬ事計りを得意になつて、自己保存は人生の本領だと思ひ詰め、利己主義の行動を以て金科玉条として居たが、まだ天道様は吾々を捨て給はざりしか、音彦、加米彦、悦子姫様の一行に救はれ、飜然と悟り、三五教に入信さして頂き、鬼熊別の本城に逆襲し、言向和さむと心力を尽して見たが、まだ鬼熊別の大将は、神の救ひのお綱が掛つて居なかつたと見え、吾々の熱誠なる言霊の忠告を馬耳東風と聞き流し、終には鬼雲彦の後を追うて何処ともなく遁走して了つた。仮令三日でも同じ鍋はだの飯を食つた間柄だから、我々としては何処までも、誠の道に救はねばならないのだが、何処へお出でになつたか行衛は知れず、三五教へ這入つてから、此れと云ふ様な神様に御奉仕も出来ず、困つたものだ。竹生島へ行つて見れば、英子姫様は神業を完成遊ばして、素盞嗚大神様と共に、フサの国斎苑の御住居へお帰り遊ばした後なり、三五教の方々には、散り散りバラになつて別れて了ひ、殆ど方向に迷ふ今日の有様、せめては高城山の松姫でも言向和して、一つ功を立てねばなるまい………ナア鬼鷹』 鬼鷹『オーそうだ。此処も所は違ふが、ヤツパリ大枝山だ。あの向うに見えるは確かに高城山だ。何時も悪神の邪気に依つて黒雲が山の頂を包んで居たが、今日は又どうしたものだ。何時にない立派な雲が棚引いて居るではないか。何でも三五教の誰かが征服して、結構な神様を祀り、神徳が現はれて居るのではなからうかな。万一さうであるとすれば、結構は結構だが、吾々はモウ此自転倒島に於いて活動する所が無くなつた様なものだ。兎も角高城山を一度踏査して実否を探り、万々一三五教に帰順して居たとすれば、モウ仕方がない。どつと張り込んで此海を渡り、竜宮の一つ島へでも往つて、一働きしようぢやないか』 荒鷹『オウそれが上分別だ。併し第一着手として、高城山の探険と出かけやうぢやないか』 鬼鷹『高城山に立派な雲が棚引いて居るが、あれ見よ、真西に当つて又もや弥仙山の麓の様に紫の雲が靉靆いて居るぢやないか。玉照姫様に匹敵した男神様が御出現遊ばしたのではあるまいかなア。併し何は兎も角高城山へ打向ひ、其次に紫の雲の出処を調べる事としようかい。サアサア行かう』 と板を立てた様な坂道を下り、西へ西へと駆出した。満目蕭然として地は一面の薄雪の白布を被つて居る。仁王の様な足型を印し乍ら、高城山の山麓、千代川の郷、鳴石の傍までやつて来た。 荒鷹『一方は樹木鬱蒼とした箱庭式の小山に、卯の花の咲いた様に、白雪が梢に止まり、時ならぬ花を咲かせ、前は何とも知れぬ綺麓な水の流れた大堰川、こんな佳い景色は大枝の坂を越えてこのかた、見た事も無い。一つ此辺で休息した上、ボツボツと高城山に向ふ事にしようかい』 鬼鷹『何だか妙な声がし出したぢやないか。別に人間らしい者も居らず、獣とても居ないやうだ。狐や狸の足型は薄雪の上に残つて居るが、併し狐の声でもなし、人間の声でもなし、合点のいかぬ響きがするぢやないか。兎も角此処に大きな岩がある。どこもかも薄雪だらけだが、此岩に限つて一片の雪もたまつて居ない、さうして又カラカラに乾いて居る。幸ひ此岩の上で、楊柳観音ぢやないが、一つ瞑目静坐し心胆を錬つて見たらどうだ』 荒鷹は打首肯き乍ら、平坦な巌の上にドツカと坐つた。 荒鷹『オイ兄弟、大変此岩は温かいぞ。お前も一寸此処に坐つて見よ』 鬼鷹『ヤア本当に温かい岩だなア。地上一面冷たい雪が降り、冷酷な世界の人情は此通りと、天地から鑑を出して、俺達に示して御座るのに、こりや又どうしたものだ。僅か一坪ばかりの此岩の上許りは、冷酷な雪もたまらず、春の様な暖かみを帯びて居る。是れを見ても、どつかに暖かい人間も、チツとは残つて居ると云ふ神様の暗示だらうよ』 忽ち膝下の平面岩は鳴動を始め、刻々に音響強大猛烈の度を加へて来た。二人は驚いて足早に飛び下り、七八間此方に引き返し、岩石を見詰めて居た。忽ち岩石は白煙を吐き出した。続いて紫の雲細く長く、白煙の中に棹を立てた様に天に冲し、蕨が握り拳を固めたやうな恰好になつては、二三十間中空に消え、又同じく現はれては消え、幾回となく紫の円柱が立昇り、生々滅々して居る。二人は『ヤアヤア』と声を張り上げ驚くばかりであつた。猛烈なる大爆音は次第々々に低声となり、遂にピタリと止まつた。白煙は依然として盛に立昇つて居る。此時金の冠を戴き、種々の宝玉を以て造られたる瓔珞を身体一面に着飾り、白き薄衣を着したる、白面豊頬の女神、眉目の位置と謂ひ、鼻の附具合と云ひ、唇の色紅を呈し、雪の如き歯を少しく見せ、ニヤリと笑ひ乍ら現はれ給うた。 荒鷹『ヤア音に名高い川堰の鳴石であつたか。それとは知らずに御無礼千万にも、吾々の汚れた体で踏みにじり、誠に申訳のない事を致したワイ。キツと鳴石の霊が現はれて、何か吾々に対して厳しい御託宣を下されるのであらう。何はともあれお詫をするより仕方がない』 と荒鷹は薄雪の積もる大地にペタリと平太張つて、謝罪の意を表した。鬼鷹も同じく大地に鰭伏し慄うて居る。忽ち虚空に音楽聞え、蓮の葉の様な大花弁がパラパラと降つて来た。四辺はえも云はれぬ芳香に包まれた。荒鷹は頭を地に附け乍ら、少しく首を曲げ、一方の目にて恐る恐る岩上の女神を眺めた。女神は二人の美しき稚児を左右に侍らせ、例の白烟の中に莞爾として立現はれ、白に稍桃色を帯びたる繊手を差し延べて、此方の両人に向ひ手招きして居る。 荒鷹『オイ鬼鷹、ソウツと頭を上げてあの女神を拝んで見よ。何だか吾々両人に対して御用が有りそうだぞ』 此声に鬼鷹はコワゴワ乍ら、女神の方に眼を注いだ刹那、鬼鷹は『アツ』と叫んで、又もや大地に頭を摺付けた。何時の間にやら両人の体は何者にか引きずらるる様な心地し、以前の平岩の前に安着して居た。女神は淑やかに、 女神『荒鷹どの、鬼鷹どの、しばらくで御座つたなア』 此声に両人は一度に頭を擡げ、熟々と女神の姿を打眺め、腑に落ちぬ面色にて頭を掻いて居る。女神は二人の稚児に、懐より麗しき玉を持たせ、何事か目配せした。二人の稚児は両人の前に進みより、小さき紫の玉を両人の額に当て、コンコンと打ち込んだ。二人は『アイタタ』と云ふ間もなく、痛みは止まつた。二人の稚児は忽ち女神の両脇に復帰し、さも愉快げに笑つて居る。此時より荒鷹、鬼鷹の二人は何となく心穏かに春の様な気分が漂うた。 女神は静に、 女神『唯今より荒鷹、鬼鷹では有りませぬ。隆靖彦、隆光彦と名を与へます。どうぞ今後は誠の神人となつて、神業に参加して下さい。妾の顔を覚えて居ますか』 荒鷹はやつと安堵の態、 荒鷹『隆靖彦の名を賜はり、有難き、身に取つての光栄で御座います』 隆光彦『私の如き曇り切つた身魂に対し、隆光彦と御名を下さいましたのは、何ともお礼の申様が御座いませぬ。失礼乍ら貴神様は吾々と共に三岳山の岩窟にお住居遊ばした丹州様では御座いませぬか』 女神は莞爾として首肯く。 隆靖彦『アヽ是れで世界晴れが致しました。モウ此上は高城山の松姫を言向け和し、瑞の御霊の大神様の御神業に奉仕し、天地に蟠まる八岐の大蛇を言向け和す御神力は、十分に与へられた様な心持になりました。有難う御座います』 隆光彦も無言の儘、頭を下げ感謝の意を表示する。 隆靖彦『あなた様は今まで丹州と身を変じ、吾々の身魂を研く為に、種々雑多と御苦労を遊ばした神様、どうぞ御名を現はし下さいませ』 女神『今は我名を現はすべき時にあらず。自然に貴方等の身魂に感得し得る所まで磨いて下さい。妾の素性が明瞭お分りになつた其時は、貴方等の身魂は天晴れの神人となられた時です。それまでは、あなた方の為に懸案として暫く留保して置きませう』 と云ふかと見れば、三柱の姿は煙となつて消えて了つた。鳴石は依然として小さき唸りを立てて居る。 隆靖彦『なんと不思議な事が有つたもんですなア。吾々に不思議な女神さまが現はれて、隆靖彦だとか、隆光彦だとか、身分不相応の神名を下さつたが、実際に於て責任を尽す事が出来るであらうかと、又一つ心配が殖えて来たやうだ』 隆光彦『そうだ、私も同感だ。併しあの女神様は何処となく丹州さまにソツくりだつた。お前もさう思つただらう』 隆靖彦『ヤア私はあまり勿体なくて、とつくりと顔を、ヨウ拝まなんだよ。何とはなしに目がマクマクして、面を向ける事が出来なかつた。そうして何だか心の底から恥しくつて、自分の今迄の罪悪を照される様な気がして、随分苦しかつた。是れはヒヨツとしたら夢ぢや有るまいかなア』 隆光彦『ナニ、夢所か本当に顕はれ給うたのだ。斯うなつた以上は、層一層言行を慎んで立派な宣伝使にならなくちや、今の女神様に対して申訳が無からう。併し乍ら此の鳴石は依然として唸つて居るぢやないか。又々どんな神様が出現遊ばすか分らないよ。モウ暫く此処に祝詞を奏上して待つて居たらどうだらう』 隆靖彦『ヤア此上立派な神様に出られてたまるものかい。モウ此れで結構だ。恥かしくつて仕方がない。サアサア早く高城山へ行かう』 二人は鳴石に恭しく礼拝し、足早に大川の堤を伝つて上り行く。忽ちドンと突き当つた二人の男、驚いて、 二人『ヤアこれはこれは誠に無調法致しました。あまり俯むいて道を急いで居ましたので、女神様の御通りとも知らず、衝突を致しまして、申訳が御座いませぬ。どうぞお許し下さいませ』 隆靖彦『ヤアお前は、馬公に鹿公ぢやないか。エライ勢ひで何処へ行く積りぢや』 馬公『ハイ吾々の大将、紫姫、青彦の両人さま、大失敗を演じ、聖地にも居れないと云ふ立場になつて苦んで居られます。私等両人はあまりお気の毒で、見て居る訳にも行かず、そつと館を飛び出し、江州の竹生島へ参つて、英子姫様にお目にかかり、お情を以て、素盞嗚大神様に両人のお詫をして頂かうと思ひ、取る物も取敢ず参りました。どうぞ丹州さま、何とか、あなたもお力添をして下さいませぬか、お頼み申します』 隆靖彦『私は丹州さまぢやない。お前さんと一緒に、鬼ケ城の言霊戦に向つた大悪人たりし、荒鷹で御座いますよ』 馬公『モシモシ丹州さま、ソラ何を仰有います。眉目清秀、厳として冒す可らざるあなたの御容貌、女神の姿に化けて居らつしやるが、適切りあなたは擬ふ方なき丹州様、そんな意地の悪い事を仰有らずに、気を許して、打解けて下さいな』 鹿公『ヤア不思議だ。此処にも丹州さまそつくりの方が又現はれた。一目見た時から変つたお方ぢやと思つて居たが、ヤツパリ神様の化身で御座いましたか。どうぞ唯今申した通りの始末ですから、宜しく御神力を以てお助け下さいませ』 隆光彦『イエイエ決して決して、私は丹州さまでは御座いませぬ。荒鷹の兄弟分鬼鷹と云ふ、三岳山の岩窟に於て、悪ばかり働いて居つた男で御座いますよ』 馬、鹿『なんと仰有つても、鬼鷹、荒鷹の様な粗雑な容貌ぢや有りませぬワ。彼奴ア、一旦改心はしよつたが、又地金を出して、どつかへ迂路つき、此頃は鬼雲彦や鬼熊別の後を追うて、悪の道へ逆転旅行をやつて居るだらうと、吾々仲間の評定に上つて居る位な男です。そんな善悪不可解の筒井式の男の名を騙つたりなさらずに、本当の事を言つて下さい。私達は千騎一騎の場合で御座います』 隆靖彦『世間の眼識は違はぬものだなア。何程改心してもヤツパリどつかに、副守が割拠して居つたと見えて、三五教の御連中からは、今、馬公、鹿公の言つた様に見られて居つたのだなア。アーア仕方のないものだ。どうぞしてあの時の姿になつて、此両人の疑を晴らしたいものだ。斯うなると、麗しき容貌になつたのが、却て有難迷惑だ。ナア鬼鷹否々、隆光彦さま…』 隆光彦『アヽさうですなア。併し、馬公さま、鹿公さまにまで疑はれる程、霊魂が向上し、体の相貌までが変つて来たと云ふ事は、実に尊いものだ。ヤツパリ人間は霊魂が第一だ。……モシモシ馬さま鹿さま、決して嘘は申しませぬ。たつた今、何とも知れぬ立派な女神様から、玉を頂いたが最後、斯んなに変化して了つたのだ。名も隆靖彦、隆光彦と頂いたのだが、つい今の先まで依然として、荒鷹、鬼鷹の姿で居つたのだ。どうぞ疑を晴らして下さい』 馬、鹿の二人は疑団の雲に包まれ、両人の姿を頭の上から足の爪先まで、念入りに見詰めて居る。 隆靖彦(荒鷹)・隆光彦(鬼鷹)『バラモン教の総大将鬼雲彦の部下となり 三岳の山の岩窟に心も荒き荒鷹や 生血を絞る鬼鷹と現はれ出でて四方八方の 老若男女を拐はかし無慈悲の限りを尽したる 鬼熊別と諸共に大江の山や鬼ケ城 三岳の山に山砦を構へて住まへる折もあれ 天津御空の雲別けて降りましたか地を掘りて 現はれましたか知らねども何とはなしに威厳ある 丹州さまがやつて来て俺の乾児にして呉れと 頭を下げて頼まれる二人は素より神ならぬ 身の悲しさに丹州を奴隷の如く酷き使ひ 紫姫の主従をウマウマ岩窟に騙し込み 馬公、鹿公二人をば地獄に等しき岩穴へ 情容赦も荒縄に縛つてヤツと放り込みし 天地容れざる大悪の罪をも憎まず三五の 神の教の宣伝使音彦、加米彦現はれて 悦子の姫を守りつつ深き罪をば差し赦し 神の教に導きて忽ち変る神心 人を悩める鬼ケ城悪魔の砦に立向ひ 聞くも芽出たき言霊の清き戦に参加して 神の尊き事を知り三五教の神の道 四方の国々弘めむと心を配る折柄に 弥仙の山の山麓に神の知らせか紫の 雲立昇る麗しさ吾々二人は何となく 雲に引かるる心地して木の花姫の斎りたる 御山の麓に来て見れば豈計らむや丹州の 威厳備はる御姿に再び驚き畏みて 踵を返し須知山の峠の上に来て見れば 常彦さまや滝、板の二人の姿に驚きつ 一言二言云ひかはし丹州さまの仰せをば 畏み仕へ東路を指して山坂打渉り 荒波猛る琵琶の湖英子の姫の隠れます 竹生の島に往て見れば藻抜けの殻の果敢なさに 駒の首を立て直し彼方此方と彷徨ひつ 吾信仰も堅木原足並揃へて沓掛の 郷を踏み越え懺悔坂漸く登り梨の木の 峠に立ちて眺むれば遥に見ゆる西の空 高城山の頂きに五色の雲の棚引きし 其光景に憧憬れつ薄雪踏み締め来て見れば 風の音高く鳴石の上より昇る白煙 また立昇る紫の雲に心を奪はれつ 両手を合せ拝む内煙の中より現はれし 荘厳無比の女神さま二人の稚児を伴ひて 吾れにうつしき宝玉を授け給うと見る間に 鬼をも欺く醜体の二人は忽ち此通り 白衣の袖に包まれて容貌忽ち一変し 隆靖彦や隆光彦の教の司と名付けられ やうやう此処に来て見れば顔見覚えた馬公や 鹿公二人に巡り会ひ俄に変る吾姿 如何程言葉を尽すとも諾なひまさぬは道理なれ アヽ然り乍ら然り乍ら吾れはヤツパリ荒鷹に 鬼鷹二人の向上身どうぞ疑晴らしませ 人は心が第一よ霊魂研けば忽ちに 鬼も変じて神となり心一つの持方で 神も忽ち鬼となるさは然り乍ら人の身の 如何に霊魂を研くとも神の力に依らざれば 徹底的に魂は清まるものに有らざらむ 自力信仰もよけれども唯何事も人の世は 他力の神に身を任せ心を任せ皇神の 救ひを得るより途はない人の賢しき利巧もて 誠の道を究めむと思うた事の誤りを 今漸くに悟りけり吁馬公よ鹿公よ 人間心を振棄てて唯何事も惟神 神の他力に打任せ誠の信仰積むがよい 吾れは是れより高城の山の麓に現はれし ウラナイ教の宣伝使松姫さまを言向けて 誠の道に救はむと思ひ定めて進み行く 紫姫や若彦の二人の心は察すれど 人間心の如何にして救ふ手段がありませうか 魂を研いて今は唯花咲く春を待てばよい 神素盞嗚大神の無量無限のお慈悲心 如何でか見捨て給はむやアヽ惟神々々 御霊幸はひましまして紫姫や若彦に 如何なる罪の有りとても心平らに安らかに 直日に見直し聞直し宣り直しませ素盞嗚の 大神様に祈ぎ奉る朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 誠一つの麻柱の道を貫く吾々は 神の救ひは目の前必ずともに二人共 心を痛め給ふまじ女神の姿と現はれし 吾々二人は先頭に高城山に向ひ行く 馬公、鹿公両人よ執着心を振り棄てて 吾等と共に言霊の清き戦に加はりて 太しき功績を立て給へいざいざさらば、いざさらば 一時も早く片時も疾く速けく参りませう 神は汝と倶にあり神の恵は海よりも 深しと聞けば高城の山は如何程嶮しとも 悪魔の勢強くとも神の光を身に受けて 常世の暗を照し行く三五教の吾々が 身の上こそは楽しけれアヽ惟神々々 御霊幸はひ坐しませよ』 と宣伝歌を歌ひつつ、一行四人は一歩々々、ウラナイ教の松姫が館を指して近付きぬ。 馬公『モシモシ最前のお歌に依つて、私達もスツカリと信仰の妙味と効果が、心底から諒解出来ました。併し乍ら吾々両人は、紫姫様のお供を致し、比沼の真奈井の貴の宝座へ参拝の途中、あなた方に拐はかされ、其お蔭にて尊き三五教の信者となり、御主人の紫姫様は、世にも尊き宣伝使とまでお成り遊ばし、吾々両人は昼夜感涙に咽び……アーア吾々主従は何とした果報者だ……と喜んで居りましたが、計らずも紫姫様は若彦さまと共に、大神様の御不興を蒙り、少しの取違より、今は三五教を除名され、神様に対しては申訳なく、其罪万死に値すると言つて、日夜紫姫様のお歎き、家来の吾々両人、これがどうして見て居られませう。そこで吾々は紫姫様にお暇を願ひ、一つの功名を立て、大神様に誠を現はし、其功に依りて御主人の罪を赦して戴かうと思ひ、それとはなしにお願致しましたが、どうしても紫姫様は吾々に暇を下さらないので、血を吐くやうな思ひをして、心にも有らぬ主人に対し罵詈雑言を逞しうし、ヤツと勘当されて此処までやつて来ました。モウ斯うなる上は、仮令失敗を致さうとも、御主人の御身には何の関係も及ぼさないなり、万々一吾々が功名手柄を現はした時には御主人様に帰参をお願致し、さうして紫姫様の名誉を回復したいばつかりで、両人申合せ、何とか良い御用をして見たいと思つて、此処まで参りました。併し乍らあなたは既に高城山を言向け和さむと御決心なされた以上は、吾々はお供の身の上、仮令成功を致しましても、それが御主人様のお詫の材料にはなりませぬ。あなたは既に其れだけの御神徳をお頂きになつたのだから、此言霊戦はどうぞ、私に譲つて下さいますまいか』 鹿公『いま馬公の申した通りの事情で御座います。どうぞ、吾々の切なる胸中をお察し下さいまして、今回は吾々にお任せ下さいませ。万々一失敗を致しました時は、第二軍として、あなた方御両人が、弔戦をやつて下さいませぬか』 と涙をハラハラと流し、真心を面に現はして頼みゐる。 隆靖彦『吾々も入信以来、一つの功労もなく、せめては頑強なる松姫を言向け和し、神様にお目にかけたいと思つてやつて来たが、武士は相身互だ。それだけの事情を聞いた以上は、強つて断る訳にも行かぬ。ナア隆光彦さま、此言霊戦は馬公、鹿公に手柄を譲りませうか。己の欲する所は人に施せとの御神勅を思ひ出せば、無情に撥ねつける訳にもゆきますまい』 隆光彦『あなたの仰有る通りです。馬公、鹿公、御苦労乍ら華々しくやつて見て下さい。私は彼の川縁の景色の佳い所で、あなたの武者振を拝見致します』 馬、鹿『それは早速の御承諾、有難う御座います。何分身魂の磨けぬ吾々の言霊戦、蔭乍ら御保護を御願ひ致します』 隆靖彦『天晴れ功名手柄を現はして下さい』 隆光彦『大勝利を祈ります』 馬、鹿の両人は『有難う』と感謝の意を表し、二人に別れ、松姫の館を指してイソイソ進み行く。 (大正一一・五・八旧四・一二松村真澄録) |
|
133 (1743) |
霊界物語 | 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 | 10 馬鹿正直 | 第一〇章馬鹿正直〔六五五〕 雲を抜き出てそそり立つ高城山の峰伝ひ 松樹茂れる神の山木の間に閃く十曜の神紋 国治立の大神や埴安神や木の花の 姫の命の御教を四方に伝ふるウラナイの 神の教の出社と鳴り響きたる神館 五六七の御世を松姫が朝な夕なに真心を こめて祈りの言霊に百の神たち寄り集ひ 醜の教と云ひ乍ら御国を思ひ世を思ふ 其御心を諾なひて守らせ給ふぞ尊けれ。 松姫館の表門には、受付兼門番の溜り所が設けられてある。竜若、熊彦、虎彦の三人は、あどけなき話に冬の短き日を潰して居る。 竜若『此春頃は陽気も良し、日々木の芽を萌く様に、求道者が踵を接し、随分吾々も受付や門の開閉に繁忙を極めたものだが、春逝き、夏過ぎ、秋去り、冬来る今日此頃、雪は散らつく、凩は吹く、梢は真裸となり白い白い花が咲く様になつた様に、ウラナイ教の此館も、一葉落ちて天下の秋を知る処か、全葉落ちて寂寥極まる天下の冬となつて来たぢやないか。如何に栄枯盛衰は世の習ひだと云つても、ウラナイ教の凋落と云つたら、実に哀れ儚なき有様だ。我々は斯うチヨコナンとして用も無いのに、借つて来た狆の様にして居るのも、何だか気が利かない。松姫様に対しても気の毒な様な気がしてならないワ。嗚呼ウラナイ教にも、冷酷無残の冬が来たのかなア』 熊彦『それが身魂の恩頼だ。冬が有りやこそ春が来るのだ。神様は引懸け戻しの仕組ぢやと仰有るぢやないか。海の波だつて風だつて其通りだ。七五三と風が吹き、波は立つ、ウラナイ教も此春頃は七の風が吹き、七の波が立つて居た。夏になると五の風や五の波、秋の末から冬のかかりにかけて、三の風が吹き、三の波が打つて居る様なものだ。又世の中の歴史は繰返すものだから、花咲く春は屹度ウラナイ教に見舞うて来るよ。天下の春にウラナイ教計り何時迄も、冬の冷酷を眺めて居る様な事はあるまい、さう悲観したものぢやないよ』 虎彦『熊公、随分お前は楽観者だなア。蜘蛛が巣をかけて、虫が引つかかるのを待ち受ける様なやり方では何時迄経つても、ウラナイ教に春は見舞うて呉れない。矢張能ふ限り最善の努力を費やさねば駄目だ。運と云ふものは手を束ねて待つて居たつて、来るものではない。矢張こちらから、活動を開始せねばならないぢやないか。それに此頃は館の松姫様も、宣伝使の布教をお止めなさつたぢやないか。一体吾々は諒解に苦まざるを得ないのだ』 竜若『吾々一同の宣伝使が御神慮に叶つて居ないのだから、十分に此静かな間に、身魂を研き上げ、御神慮を悟り、本当の神様の大御心を体得して、神様から是れなら宣伝をしにやつても差支へ無いと御認めになる迄、吾々は修行をさされて居るのだ。月日の駒は再び帰り来らず、一日再び晨成り難し、此機会に、吾々は充分の魂磨きをやつて置くのだ。今迄の様な脱線だらけの宣伝をしたつて、世の中を益々混乱誑惑させるだけだ。一かど立派な神様の御用を勉めた積りで、お邪魔許りして居たのだから、神様が戒めの為に、此頃の様に宣伝もお止めなさつたり、求道者もお寄せにならないのだらうよ。吾々一同の者が、本当の誠の神心が解つたならば、宣伝にもやつて下さらうし、因縁の身魂も寄せて下さるだらう。神様は何処から何処迄抜け目が無いからなア』 熊彦『それに就いても三五教は比較的隆盛ぢやないか。高姫さまや、黒姫さまの大頭株が得意の神算鬼智を発輝して、玉照姫様をウラナイ教に奉迎せむとなさつたが、薩張三五教の紫姫や、青彦の奴に裏をかかれて馬鹿を見たと云ふのだから、油断も隙もあつたものぢやない。それに又合点のゆかぬは松姫さまぢや。青彦の裏返り者の女房お節が、此間から猫撫で声を出しよつて、旨く松姫さまに取り入り、今では奥の間の御用を務めて居るぢやないか。又黒姫の二の舞を演じてアフンとなさる様な事はあるまいかなア。何程、清濁併せ呑む大海の様な松姫さまの御心でも、お節の様な危険人物を奥に住み込ませて置くのは、爆裂弾を抱へて寝る様なものだ。此位な分り切つた道理がどうして松姫さまは気が付かぬのだらうか』 虎彦『何は兎もあれ、権謀術数至らざるなき、素盞嗚尊の悪神の一派だから千変万化に身を窶し、大胆不敵にも、女の分際としてこんな所へ、恐れ気もなくやつて来居つた危険性を帯びた化物だから、一つでもお節の欠点を発見したら、それを機会に松姫の大将が何と仰有つても、吾々は職を賭してお諫め申し、お節をおつ放り出さねばなるまいぞ』 竜若『それもそうだ。女でさへも三五教へ這入つた奴は、あれだけの胆力が据わつて居るのだから、男は尚更手に合はぬ奴計りだ。又何時三五教の奴がやつて来居つて、魔窟ケ原の岩窟の二の舞ひをやらうと掛るかも知れないから良く気を付けて、三五教の連中だつたら、此門内へ一足でも入れさす事は出来ないぞ。箒で掃出すか、それも聞かねば六尺棒で袋叩きにしても懲らしめてやらねば、ウラナイ教は何時根底から顛覆さされるやら分つたものぢやない。松姫さまは狼であらうが、虎であらうが、老若男女の区別なく、物食ひがよいから困つて了ふ。腹の中へ毒薬を呑み込んで平気で居るのだから実に剣呑千万だ。もうこれからは、一々出て来る奴を誰何して、身魂を調べた上でなければ、通行させる事は出来ないぞ。此門の出入を許否するは吾々一同の権限でもあり大責任だから、今後吾々は三角同盟を形造り、結束を固うして、毛色の変つた怪しき人物は、断乎として通過させない事にして締盟仕様ぢやないか、日の出神の生宮でも竜宮の乙姫さまの生宮でも、月夜に釜を抜かれた様な馬鹿らしい、悲惨な目に遭はされ給ふのだから、余程警戒を厳重にせなくては国家の一大事だ。此門一つが危急存亡の分るる所だからなア』 斯かる処へ馬、鹿の両人、潜り戸をガラガラと開けて這入り来たり。 熊彦『ヤア、門番の吾々に何の応答もなく、潜り戸を開けて這入つて来るとは、怪しからぬぢやないか、サア出て下さい』 馬公『ヤアこれは誠に失礼を致しました。余り森閑として居たものですから、貴方等が厳しい御装束をして門を守つて御座るとは露知らず、心急く儘ついお応答もせず御無礼致しました。何卒此不都合は、神直日大直日に見直し聞直し下さいまして通過させて下さいませ』 熊彦『成らぬと云つたら絶対にならぬのだ。事と品によつたら通してやらぬ事もないが、貴様に限つて通す事出来ぬ哩。其理由とする処は今貴様が、神直日大直日に見直し聞き直して呉れと云つたぢやないか。そんな文句を称へる者は、此広い世界にウラナイ教と三五教の二派あるのみだ。併し乍ら貴様はウラナイ教の人間ぢやない。てつきり三五教の瓦落多だらう。貴様の様な奴を此館へ侵入させ様ものなら、それこそ館の中は忽ちぢや、さうならば、我々も何々に何々しられては矢張忽ちぢや。忽ち変る秋の空、冬の来るのにブルブルと、面の皮剥ぎオツポリ出されて、七尺の男子も矢張忽ちぢや』 馬公『ヤアヤアそれは誠に御親切有難う。我々三五教の馬、鹿の二人が此処へ参る事を、流石明智の松姫様が御存じ遊ばして、門番に命じ吾々を歓迎の為め立待ちさせて置かしやつたのだな。たちまち開く心の門、是れから愈日の出の守護になるであらう、サア鹿公、御免を蒙つて奥へ参りませうかい』 熊彦『何だ、怪つ体な、馬だとか鹿だとか、道理で馬鹿な面付をして居やがる哩。コラコラ此門は善一筋、誠一つの神様や人間の通行門だ。四足の通るべき処ぢやない。トツトと帰らぬか』 馬公『如何にも吾々の名は馬、鹿、四足に間違ひありませぬが、此御門を御覧なさい、これも矢張四足ぢやないか。それにお前の名も、竜とか熊とか、虎とか云うぢやないか。矢張四足だらう。四足門を、四足が守るとは、余程よいコントラストだ、アハヽヽヽ』 虎彦『トラ何を吐しやがるのだ。それ程コントラストが望みなら、貴様の薬鑵を此棍棒でコントラストと叩き付けてやらうか』 と云ふより早く傍の六尺棒を以て、馬、鹿の前頭部を二つ三つ撲り付けた。 鹿公『随分ウラナイ教は、手荒い事をなされますなア』 虎彦『何、ウラナイ教が手荒い事をするのだ無い、貴様の悪心が此虎彦をして、貴様を打たしめるのだ。心の虎が身を責めると云ふのは此事だ。名詮自性、馬鹿な事を云つて通過を懇望するものだからそれで御註文通り、棍棒を頂かしてやつたのだ。今後は謹んで、斯様な乱暴な事を致すでないぞよ。馬、鹿の守護神、勿体なくも、虎彦さんの肉体を使つて馬鹿にしてけつかる、アハヽヽヽ』 馬公『重々私が悪う御座いました。何卒御勘弁下さいませ』 熊彦『悪いと云ふ事が分つたか。悪かつたら勘弁せい、と云つて、それで勘弁が出来ると思ふか。結構な御神門を、四足門だの、吾々三人を四足だのと失敬千万な、劫託を吐きやがつて、何だ、三五教はそんな無茶な身勝手な理屈は通るか知らぬが、誠一途のウラナイ教ではそんな屁理屈は通らぬぞ』 鹿公『イヤもう、通つても通らひでも結構です、吾々の目的は此門を通りさへすれば宜いのだ。黙つて門を開けたのは誠に済まないけれど、諺にも「桃李物云はず」と云ふ事がある。それだから、物静かに敬虔の態度を以て通行したのです』 虎彦『エヽツベコベと、よう囀る奴だ。愚図々々吐すと、鬼の蕨がお見舞ひ申すぞ』 と骨だらけの握拳を固めて、鹿の顔を二つ三つガツンとやつた。 鹿公『アイタヽヽ、随分気張り応があります哩』 虎彦『定つた事だ、斯う見えても、朝から晩迄、剣術に柔術で鍛え上げた百段の免状取りだ。全身鉄を以て固めた、虎彦さまの鉄身、鉄腸、槍でも鉄砲でも持つて来て、撃つなと、突くなとやつて見よ。鋼鉄艦にブトが襲撃する様なものだ、アハヽヽヽ』 と得意の鼻を蠢かし、四角な肩を不恰好に腰迄揺つて嘲笑する。馬公、鹿公は堪忍袋の緒が今やプツリと切かけた。エヽ残念だ、もう此上は善も悪もあつたものかい、三人の奴を片ツ端から打のめし、三五教の腕力を見せてやらうか。イヤイヤ、なる勘忍は誰もする、ならぬ堪忍するが堪忍だ。訳の分らぬ下劣な奴を相手にしての争ひは自ら好んで人格を失墜するのみならず、延いては、大神様の御心に背き、三五教の名誉を毀損する生死の境だ。仮令叩き殺されても柔和と誠を以て、彼等悪人を心の底より、改心させるのが吾々信者の第一の務めだ。国治立の大神様や素盞嗚大神様の御事を思へば、これ位の口惜残念は宵の口だ。怒りに乗じ手向ひすれば、一時の胸は治まるだらうが、叩かれた者は、安楽に夜分も寝られる、叩いた者は夜分に寝られぬといふ事だ。嗚呼、何事も大慈大悲の大神様の深遠なる恵の鞭だ。吾々は大神様の試錬を受けて居るのだ。紫姫様のお身の上に関する様な失敗を演じては済まない。と、馬、鹿両人は一度に、心中の光明に照されて、嬉し涙をタラタラと流し大地にカヂリ付いて神恩を感謝して居る。 虎彦『オイ馬、鹿、どうだ、往生致したか。初めの高言に似ずメソメソと泣面掻きやがつてチヨロ臭い。女郎の腐つた様な奴だなア。貴様は何時の間にか、睾丸を落して来やがつたのだらう。オイ熊彦、貴様は馬の睾丸を検査するのだ。俺は鹿の睾丸を実地検分してやらう』 と目と目を見合せ両人の尻を引捲り、三つ四つ臀部を叩き、 虎彦『ヤア腰抜けだと思つたら、矢張此奴の体は女に出来て居やがる。骨盤が非常に大いぞ。ヤア長い睾丸を垂らして居やがる』 とギユツと握り、無理無体に後向けに引張つた。 馬、鹿両人は睾丸を引張られ痛さに堪らず、後向けにノタノタと這ひ乍ら、門の外へ引摺り出された。 熊彦、虎彦両人は、手早く門内に駆入り、潜り戸の錠前を下ろし、 熊、虎『アハヽヽヽ、態ア見やがれ、ノソノソとやつて来ると又こんなものだぞ。早く帰つて三五教の奴に、酷い目に遭はされましたと報告しやがれ』 馬公『モシモシ、それは余りで御座います。開けて下さいと無理に申しませぬ、何卒、馬、鹿の両人が、門の外迄参りました、と松姫さまに報告して下さいませ』 虎彦『報告すると、せぬとは、吾々の自由の権利だ。犬の遠吠の様に、見つともない、門の外で、ワンワン吐すな』 鹿公『左様で御座いませうが、どうぞ、何かのお話の序に、一言でも宜しいから、仰有つて下さいませ』 虎彦(大きな声で)『喧しう云ふない。貴様が言つて呉れなと云つたつて、此手柄話を黙つて居る馬鹿が何処にあるかい。ウラナイ教の邪魔計り致す、三五教の馬、鹿の両人の睾丸を掴んで、門外におつ放り出してやつたと云ふ、古今独歩、珍無類の功名手柄を包み隠す必要があるか、縁の下の舞は、我々の取らざる所だ、一時も早く帰らぬか、愚図々々致して居ると、薬鑵に熱湯を浴びせてやらうか。シーツ、シー、こん畜生ツ、アハヽヽヽ。是れで俺も日頃の鬱憤が晴れ、溜飲が下つた。サアこれから、松姫様に申上げて喜んで頂かう、さうすれば又、御褒美に御神酒の一升もお下げ下さるかも知れぬぞ、オホヽヽヽ』 馬公『オイ鹿公、随分結構な神様の試錬に遭つたぢやないか。ようお前も辛抱して呉れた。俺は、お前が短気を起しはせぬかと思つて、どれだけ胸を怯々さして心配したか知れなかつたよ。それでこそ俺の親友だ、有難い、此通りだ、手を合して拝むワ』 と涙を滝の如くに流し男泣きに泣き沈む。 鹿公『そうだな、本当に結構な御神徳を頂いた。これで俺達も、余程、身魂に力が出来て胴が据わつた。身魂に千人力の御神徳を与へて下さつた。アヽ神様、あなたの深き広き御恵み、身に浸み渡つて有難う感謝致します』 と嬉し涙に掻きくれる。 馬公『オー鹿公、よう云うて呉れた。嬉しい』 と、しがみ付く。鹿公も亦、馬公の体にしがみ付き、互に抱き合ひ、忍び泣きに泣いて居る。 秋の名残りの柿の実、只二つ、冬枯れの梢に淋しげにブラ下つて居る。 凩に煽られて、烏の雌雄連れは忽ち此柿の木に羽を休め、悲しさうに可愛い可愛いと啼き立てる。 嗚呼此結果は、如何なるならむか。 (大正一一・五・八旧四・一二藤津久子録) |
|
134 (1744) |
霊界物語 | 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 | 11 変態動物 | 第一一章変態動物〔六五六〕 書院造りのこつてりとした、余り装飾の施して無い瀟洒たる建物の中に、三十路を越えた一人の女と、二十前後の優しい女、桐の丸火鉢を中にひそひそと何か囁き話を始めて居る。 お節『松姫様、春の景色も宜敷う御座いますが、かう薄雪の溜つた四方八方の景色、この苔蒸した庭から見渡す時の美しさは又格別で御座いますな。満目皆銀の蓆を敷き詰めたやうに、それへ日輪様の御光が宿つてきらきらと反射して居る所は恰で玉を敷き詰めたやうですなア、荒金の土を御守護遊ばす神素盞嗚大神の大御心は、此景色のやうに一点の塵もなく汚れもなく、実に瑞々しい御霊で御座いませう』 松姫『左様です、此雪の野辺を眺めますと、妾達の心迄、すがすがしうなつて来ます。貴女のお国は此辺とは違つて雪も深く、今頃は嘸綺麗な事で御座いませう、何事も天地の合せ鏡と云つて、国魂の清い所は又それ相当に清い美しい景色が天地自然に描き出されるものです、私も一度比沼の真名井の珍の宝座に参拝したいと思つて居ますが、何分大任を負はされて居ますので、一日も館をあけて置く訳にもゆかず、実に神様のお道は広いやうで、窮屈なもので御座います。お節さま、貴女はこの夏の初め、魔窟ケ原の黒姫さまの方へお越しになつて以来、俄にお心変りがして三五教へ後戻りをなさつたさうぢやが、三五教とウラナイ教は何う違ひますか』 お節『ハイ誠にお恥かしい事で御座います、心にちつとも根締めが無いものですから、風のまにまに弄ぶられて、つい彼方此方と迂路つき廻りました。併し乍ら何方の教も実に結構だと思ひます、神様は元は一株、三五教だとかウラナイ教だとか、名称は分かれて居りますが、尊敬する誠の神様に些つとも変りはありませぬ、唯教を伝ふる人々の解釈に浅深広狭の別があるのみです。併し乍ら人間と致しましては何事も神様にお任せするより仕方がありませぬ、此世をお造り遊ばして人民を昼夜の区別なくお守り下さる神様を念じさへすればよいのです、教が高遠だとか、浅薄だとか云ふのは人間の解釈の如何によるので、神様御自身に対しては何の関係も無からうと思ひます』 松姫『其お考へなれば何故ウラナイ教へお出でになりましたか、貴女の御主人はいまだに三五教の宣伝使を勤めて居られるのではありませぬか。「二世契る夫婦の中も踏みてゆく道し違へば憎み争ふ」と云ふ道歌がありましたねエ、夫は東へ妻は西へと云ふやうな信仰のやり方はちと考へものですよ、信仰の道を異にする時は屹度家内は治まりますまい、夫唱婦従と云うて女は夫に従ふべきものたる以上、青彦さまの奉じ給ふ三五教を信奉なさつた方が、御家庭の為めよいぢやありませぬか、但青彦さまを貴女の奉ずるウラナイ教へ帰順させるとか、どちらか一つの道にお定めなさつたらどうでせう』 お節『実の所は私がこれへ参りましたのは、貴女に聞いて貰ひ度い事があるからで御座います、貴女は三五教のどの点が悪いと思召すか』 松姫『別に私としては彼是申上げるだけの権利も知識もありませぬ。併し乍ら今の三五教は変性女子の御霊が混入して、変性男子の教にない種々のものが輸入されて居りますから、此儘にして置けば折角の男子の御苦労も水の泡になつて、天下国家の為に由々敷一大事と、男子の系統の高姫さまが御心配遊ばし、止むを得ずウラナイ教をお立てなさつたのですから、ならう事なら三五教の方々も一つ考へ直して頂いて、本当の教を立てて貰ひ度いものです』 お節『変性女子の御霊の素盞嗚尊様の教はお気に入らぬのですか』 松姫『何だか虫が好きませぬ、どこかに物足らぬ所があるやうで御座います、合縁奇縁と云うて信仰の道にも向、不向がありましてな』 お節『さう致しますと貴女は此頃の高姫様や、黒姫様の御意中はお分りになつて居ないのですか』 松姫『イヤ、うすうす承知致して居ります、何うかするとお二人様は怪しくなつて来ました、やがて三五教へお帰りになるのでせう、併し乍ら私としては、さうくれくれと掌返したやうに軽々しく、吾精神を玩弄物にする事は出来ませぬ』 お節『さうすると貴女の師匠と仰ぐ高姫様や、黒姫様の御命令でもお聞きなさらぬお考へですか』 松姫『仮令高姫さまが顛覆なされても、私は最後の一人になる所迄ウラナイ教を立てて行きます。師匠も大切だがお道も大切です、お道が大事か、師匠が大切か、よく考へて御覧なさい、それだと申して師匠に背くと云ふ心は露程も持ちませぬが、止むを得ない場合には矢張本末自他公私の区別を明かにするため、ウラナイ教の孤城を死守する考へで御座います』 お節『さう聞きますと貴女は何処迄もお固いのですなア』 松姫『岩にさへも姫松の生える例がある。一心の誠は岩でも射貫くと云ひます。私の鉄石心は如何なる砲火も威力も動かす事は出来ますまい、これが私の唯一の生命ですから誰が何と云つてもビクとも致しませぬよ。槍でも鉄砲でも梃子でも棒でも、いつかないつかな動くやうな脆弱な御魂ぢやありませぬ、そんな動揺するやうな信仰なら初めからしない方がよろしい、お節さまが私に対して何程婉曲に熱心にお勧め下さつても駄目ですから、何卒是限り御親切は有難う受けますが、もう云つて下さいますな。人は柔順と忍耐と誠さへ徹底的に守つて居れば神様は守つて下さいます。教派の如何にかかはるものぢやありませぬ』 斯く二人の話す折しも、慌ただしく駆け来る門番の熊彦、虎彦二人、 熊、虎『松姫様に申上げます、只今大変な事が出来致しました、それはそれは、小気味よい大勝利です、何卒お喜び下さいませ』 松姫『オヽお前は熊公と虎公さま、エライ血相をして慌だしく何事ですか』 虎彦『貴方も御存じの通り、ウラナイ教の目の上の瘤仇敵、素盞嗚尊の悪神の教を奉ずる三五教の木端武者、馬、鹿と云ふ馬鹿面した二人の奴がやつて来まして、御免とも何とも云はず、潜り門を開き、吾々の門番に無断で、すつと奥へ通らうと致します。貴女が今迄仰有つたでせう、三五教の連中が来たら、一人たりとも通してはならぬ、追払へとの仰せ、又魔窟ケ原の黒姫さまのやうな馬鹿な目に遭つてはならないからと仰有つたのを、我々は其お言葉を夢寐にも忘れず、今日迄よく守り、表門を厳重に固めて居りました。其所へヌクヌクとやつて来て、門が四足だの、吾々を四足身魂だのと嘲弄するものですから、エイ猪口才な、礼儀を知らぬ畜生め、畜生なら畜生相当の制裁を加へてやらうと云うて、吾々両人が六尺棒を以て頭を三つ四つガンとやつた処、口程にもない腰抜け野郎、荒肝を摧がれ、大地に蛙踞になりめそめそと吠面かわいて居る、エヽ此尊い神門を無断で通り、剰つさへ門の様が四足だのと吐いた上、涙を大地に零して霊場を汚しよつたので、つい勇猛心を発揮して断行しました』 松姫『それは乱暴な事をなさつたものだ、誰がそんな事をせいと云ひましたか、これ熊公、真実にお前達、虎公の云ふやうな事をしたのかい』 熊彦『ヘエヘエ、そんな事処ですか、余り業腹が立つので尻をひん捲くり、虎公と二人、両人の臀部をエヽこの柔道百段の腕拳を固めて、青くなる所まで叩いてやりました、其時の態つたら実に滑稽でしたよ』 松姫『其お二人の方は何うなつたのかい』 熊彦『ヘエ、其二人ですか、イヤ二匹の畜生ですか、門の外へ追放り出され、めそめそと女の腐つたやうに抱きついて愁歎場の一幕を演じて居ました。戸の節穴より覗いて見ましたら実に憐れなものでした、イヤ気味のよい、溜飲が下がるやうでした。アヽ大変に骨を折つてウラナイ教の爆裂弾を未発に防ぎ得たのは、全く大神様の広大無辺の御神力は申すに及ばず、吾々両人が愛教の大精神の発露で御座います、何卒何分の何々を何々して下さいますれば吾々は益々神恩を忝けなみ、層一層に厳格に御用を務めます』 松姫『竜若の受付は黙つて見て居たのかい』 熊公『指揮をなさつたでもなく、なさらぬでもなし、悪く云へば瓢鯰式ですな、併し乍ら吾々に対し一部の声援を与へて呉れましたから、其功績は矢張等分と見て差支無からうと思ひます、ヘエヘエいやもうエライ活動致しました』 松姫、膝に手を置き、俯むいて何事か考へて居る。 お節『熊公、虎公、今承はれば三五教の馬公に鹿公が見えたやうですが、真実に其様な手荒い事をなされましたのか、ウラナイ教は時々乱暴な事をする人が現はれますな、決して大神様はお喜びなされますまい』 虎彦『オイお節、何を吐しやがるのだ、貴様は猫見たやうな奴だ、甘く口先で松姫様をチヨロマカしよつて、其上に馬、鹿の畜生と内外相応じ、此館を根底から顛覆させようと仕組んで居るのだらう、そんな事は貴様が来た時からチヤンと看破して居るのだ、貴様も序に睾丸を握つて門外へ追放り出してやらうか』 熊彦『アハヽヽヽ女の睾丸とは今が聞き初めだ、そりや虎公貴様肝玉の間違ひだないか』 虎彦『ちつと位違つたつて、ゴテゴテ云ふな、睾のんと肝のもだけの間違ひだ、元来が門から起つたもん題だから、肝のもを睾のんの言霊に詔り直したのだ。それだからお節の守護神は俺がいつも、きんもう九尾の悪神と云うたぢやないか、アハヽヽヽ』 松姫『コレ虎公熊公、馬公鹿公とやらによくお詫をして私の居間へお迎へ申して来るのだよ、本当に仕方のない男だなア』 虎彦『ヘエ、何と仰有います、あの様な爆裂弾を連れて来いと仰有るのですか、貴女も此頃はちつと変だと思うて居ましたが、矢張脱線しとりますなア』 松姫『ごてごて云はいでも宜敷い、迎へてお出でなさいと云うたら迎へてお出なさい。熊公も一緒に行くのだよ』 両人は『ヘエ』と嫌さうな返事を此場に投げ捨て力無げに表門にやつて来た。 竜若『オイ両人、ちつと貴様顔色が変だないか、一体どうしたのだい』 虎彦『何うしたも斯うしたもあつたもんかい、門から大もん題が起つて我々は煩もん苦悩の真最中だ。本当に馬鹿な目に遭つて来たよ』 熊彦『摺つた、もんだともん着の結果この熊公も今日はもんもんの情に堪へ難しだ』 竜若『貴様の出方が悪いから、打ち返しを喰つたのだよ』 熊彦『何、出方は至極完全無欠寸毫も欠点なしだが、何を云うてもお節の奴、間がな隙がな松姫を籠絡しきつて居やがるものだから、松姫さまの性格はガラリと一変し、いつもなら、比丘尼に何やらを見せたやうに飛びついて悦ぶのだけれど、どんな結構な報告をしてもビクともしやがらぬのだ。俺やもうお節の面を見ても腹が立つのだ。エヽ怪体の悪い、ケツ、ケヽケ怪体が悪くて腸がでんぐり返る哩、それにまだまだ業の沸くのは、折角追放り出した馬、鹿の両人を此処へ丁寧にお迎へ申せと吐しやがるのだもの、薩張お話にならないのだ』 虎彦『余りてれ臭いから、両人は疾くの昔に逃げ帰りやがつて、其辺に居なかつたと報告して置かうかい』 竜若『そんな事を云つた処で、云ひ出したら後へ引かぬ片意地な松姫の大将だ、仮令百里でも千里でも跡追つかけて馬、鹿の二人を此処へ連れて来いと頑張つて、大きな雷でも落しよつたらどうする、屹度さうお出になるに定つて居るよ、虎、熊の両人が乱暴したのだから貴様は当の責任者だ、七重の膝を八重に折つて、お二人さま、何と仰有つてもお頼み申して、お迎へ申して御大将のお目通りへ実検に供へ奉るのだよ』 虎彦『さうだと云うて、まさかそんな阿呆げた事が七尺の男子として出来るものかい』 竜若『オイ、虎、熊の両人、上官の命令に服従せぬか』 虎彦『ヘン、一寸、上役風を吹かし遊ばす哩、併し乍ら今度の事件は上官の責任だからさう思ひなさい、我々は唯上官の目色を見てやつただけのものだ、万々一吾々の行動に対し、不都合の点ありとみた時は、上官の職権を以て、制止せなくてはならぬ筈だ』 竜若『その責任はどこ迄も此方が背負ふのは当然だ、ゴタゴタ云はずに早く謝罪つて来い』 熊彦『オイ虎公、仕方がないなア』 と不承無精に潜り門を開き、門外をキヨロキヨロと見廻して居る。遥向ふの森蔭に馬、鹿の両人を始め、立派な女神が二柱立つて居る。 虎彦『オイ熊公、何時の間にかなめくじりのやうにあんな所迄這つて往きやがつたぢやないか、エヽ厄介の事が起つたものぢや、何うしようかなア』 熊彦『何うしようも斯うしようもあつたものぢやない、謝罪つてお迎へするより仕方がないワ』 虎彦『それだと云うてあんな綺麗な美人が二人も傍に立つて居るぢやないか、睾丸を提げた男が、あんな綺麗な美人の傍で謝罪るなんて男の顔が全潰れだ、困つた事だなア』 熊彦『エヽ、身から出た錆、誰人に聞いて貰ふ訳にも行かず、恥を忍んで参りませう、サア虎彦、俺に従いて来るのだよ』 虎彦『本当に土竜になり度いワ、せめて貴様の後から俺の姿を隠して往かうかなア、さうぢやと云うて貴様より俺の方が背が高いから肝腎の顔の方が見えるなり、困つた事だ』 熊彦『何れ面を晒らされるのだ、併し一時凌ぎに俺の後から、腰を屈めて出て来るか、邪魔臭ければ四つ這になつて従いて来い、さうすれば暫くなりと助かるだらう』 虎彦は熊彦の後から這はぬ許りに屁つぴり腰をしながら従いて往く。 熊彦『モシモシ馬公に鹿公、先刻は誠に御無礼な事を致しまして、何とも顔の合しやうがありませぬ、松姫様の御命令で面を被つて参りました』 馬公『ハイ、有難う、吾々のやうな無礼者に、左様な鄭重な言葉をお使ひ下さつては畏れ入ります、貴方の背後に従いて来た影はなんで御座いますか』 熊彦『これは私の影法師で御座います』 馬公『お日様が西に輝いて御座るのに、この影法師は南の方へさして居ますなア』 熊彦『此奴ア高城山で生擒つた虎で御座います』 虎彦『オイ熊彦、余り人を馬鹿扱ひにするものぢやないぞ、モシモシ今囀つて居る奴は、人間に見えても此奴は矢張四足の熊で御座います』 熊彦『エヽいらぬ事を云ふものぢやない哩、モシモシ馬公に鹿公さん、私は良心に責られて貴方の前へ出て来るだけの勇気がありませぬ、お詫のために恥を忍んで四足になつて参りました、何卒、神直日、大直日に見直し聞き直して下さいまして御機嫌を直し、奥へお通り下さいませ、松姫様に大変なお目玉を頂戴致しました。三五教のお節さまも待つて居なさいます、貴方等がお出で下さらねば私達は今日限り鼻の下が干上つがて仕舞ひます。何卒、虎一匹、熊一匹助けると思うてお這入り下さいませ』 馬公『ハイ、有難う、何卒宜敷うお願ひ致します』 鹿公『御丁寧なお迎ひ有難う感謝致します』 熊公は馬、鹿の頭部に目を注ぎ、 熊公『ヤア、お頭に大変に血が流れて居ります、どうなさいました』 馬公『これは貴方のお慈悲の鞭で御座います』 鹿公『これも矢張、貴方等のお情で、結構なお蔭を頂きました』 虎、熊は之を聞くより、大地に犬踞となり拳大の石を拾ひ、片手に捧げ乍ら、 虎彦、熊彦『モシ馬公に鹿公さま、何卒私にもこの石をもつて頭に沢山お蔭を頂かして下さいませ、さうでなければ奥に這入る事が出来ませぬ、何卒お願ひで御座います』 馬公『それは絶対になりませぬ』 鹿公『折角の御懇望なれど、これ許りは御免蒙りませう』 隆靖彦『皆さまの真心が現はれて実に気分が冴え冴え致しました。何事も神様の思召しで御座いませう』 隆光彦『何事も此場の事は私にお任せ下さいませ、松姫様がお待ち兼でせう、サア何卒御案内して下さいませ』 熊彦、虎彦は四這ひになり、 熊彦、虎彦『サアサア四足の後へ従いて来て下さい、御案内致しませう』 馬公『そんな事をなさるには及ばぬぢやありませんか、ナア鹿公さま』 鹿公『ヘエ、さうですとも、御両人さま、何卒立つて御案内して下さいな』 虎、熊『何卒、門へ這入る迄この儘にさし許して下さいませ』 馬公『アヽ仕方がない、そんなら馬も鹿も四足になつて這つて往かうかなア』 と二人の後を四這ひになつて従いて行く。 熊を先頭に虎、馬、鹿、四四十六足の変態動物は表門さして、のそりのそりと這つて往く。 隆靖彦『何と誠と云ふものは偉いものですなア』 隆光彦『ヤア実に感心致しました』 と感歎しながら気の毒さうな顔をして四人の跡をつけて往く。 (大正一一・五・八旧四・一二加藤明子録) |
|
135 (1745) |
霊界物語 | 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 | 12 言照姫 | 第一二章言照姫〔六五七〕 松姫館の表門の司を兼ねたる受付役の竜若は、両手を組み深き思案に沈む折柄、潜り門を潜つてノタノタ入り込む四人の姿を眺めて打ち驚いた。女神姿の二人の宣伝使は門外に煙の如く姿を消した。 竜若は怪しき四人の姿を見て、 竜若『オイ其処へ往くのは、熊に虎ぢやないか。ヤー馬公に鹿公、この冷たい地上を四這ひになつて通るとは、こりや又何うした理由だ』 熊彦『熊、虎の本守護神の顕現だよ』 竜若『貴様は馬公、鹿公を威喝殴打致した罪人だから、当然の成り行きだが、馬公に鹿公は又何うしたものだ』 馬公『ハイ私も本守護神が現はれました。どうぞ尻でも叩いて追ひ込んで下さい』 竜若『ハテな』 と暫時思案の後自分も又四這ひになつて従いて行く、五人の姿は館の奥深く這ひ込んだ。奥には松姫、お節の両人、桐の丸火鉢を挟んで頻りに御蔭話に現を抜かしてゐる。苔蒸す庭前にノコノコ現はれた五人の四這ひ姿、二人は話に実が入り、少しも此の珍姿怪体に気が付かなかつた。獣になつた五人は人語を発すること能はず、二人が自然に目を注ぐのをもどかしげに待てゐる。待あぐんでか、熊公は熊の様に、 熊彦『ウンウーン』 と一声唸る。続いて虎公は、 虎公『ウワーウワアー』 と一生懸命に唸り立てる。馬公は、 馬公『ヒンヒンヒン』 と叫ぶ。鹿公は、 鹿公『カイローカイロー』 と鳴く。竜若は沈黙を守つてゐる。此の声に驚いて二人は庭前を見やれば四這ひになつた五人の男、松姫は、 松姫『アーいやらしいこと、何でせうなア、お節さま』 と座を立つて遁げようとする。 お節『モシモシ松姫さま、さう驚くには及びませぬ。なんでもありませぬ、竜若さまに熊彦、虎彦の両人さま、それに三五教の馬公に鹿公さまですよ。ホヽヽヽヽ、あのマアよう似合ひますこと』 松姫はやつと安心の面色にて、 松姫『コレコレ竜若、熊彦、虎彦、冗談もよい加減にしなさい。女主人だと思つて人を嘲弄するのかい。なんだ見つともない。神様の御用をする身であり乍ら、汚らはしい獣の真似をしたり、何の態だ。ちと嗜みなさらぬか』 虎彦『ウワーウワー』 熊彦『ウーウー』 松姫『アーア困つたことになつて来た。誰も彼も気が違つたのだらうか。これお節さま、如何しませう』 お節『サア困つたことですな、何うしようと云つたところで仕方が無いぢやありませぬか。コレコレ馬公、鹿公、お節ですよ。あまり御無礼ぢやありませぬか』 馬公『ヒンヒンヒン』 鹿公『カイローカイロー』 お節『アヽ互恨みの無いやうに、両方共怪体なことになりましたな』 松姫『斯う云ふ時には神様より外に解決をつけて下さる方はない、アーア可憐想に生き乍ら畜生道へ落ちたのかいな。人面獣心と云ふことは聞いて居るが、此奴は又獣体獣心になつた様だ。やつぱり此世にも地獄もあれば、餓鬼道、畜生道もあると見える。アヽ怖ろしい怖ろしい。コレコレ皆さま、立つて見なさい。どうしても立つことが出来ないのか。最早人間の位が無くなつたのかいな。位と云ふ字は、立つ人と書くが、此奴は又完全な四足ぢや、アヽ可憐想に、これと云ふのも松姫の我が強いからだ。ドレドレ一つ神様にお詫を致しませう。お節さま、貴女はこの五人の男の看守りをして居て下さい。私はこれからお水でも頂いて一生懸命御祈念を致します』 と真青な顔をして、神前の間さして進み入る。五人は声限りに『ウーウー』『ウワー』『ヒンヒン』『カイロカイロ』と負ず劣らず呶鳴り立ててゐる。 暫くあつて松姫は此場に現はれ、 松姫『アヽお節さま、一生懸命に願つて来ましたが、まだ皆の衆は治りませぬかな』 お節『ハイ依然として最前の通り、庭の木のしげみへかたまつて這ひつくばうて居られます。漸く唸り声だけは止まつた様です』 松姫『どう致しませう。私も仕方が無い、罪滅しに四這ひになつて這うて見ませうか』 お節『滅相な、何を仰有います。結構な立つて歩ける人間に生れ乍ら、神様の生宮を軽蔑し、四足の真似を為さると今の五人さまのやうに、神罰が当つて本当の四足になつて了ひますよ』 松姫『それだと言つて私の責任が済まぬぢやありませぬか。私は畜生道へ落ちても構ひませぬ、苦楽を共にするのが本当です』 お節『結構な神の生宮と生れて其様な汚らはしい事を為さると、本守護神を侮辱した事になり、本守護神は愛想をつかして貴方の肉体を脱出し、副守護神ばかりになつて了ひます。さうすればあのやうな浅猿しいさまにならねばなりますまい。人間は神様に対し持身の責任があります。我身を軽んずると云ふことは、所謂大神様を軽んずるも同様、これ位深い慢神の罪はありませぬ。どうぞそれ丈は思ひ止まつて下さいませ』 松姫『そうだと言つて此の惨状を私として傍観する事が出来ませうか』 お節『成り行きなれば仕方がありませぬ。前車の覆へるは後車の戒め、必ず必ずそんな真似をなさつてはなりませぬぞ』 と声に力を籠め、常に変つて稍気色ばみ叱りつけるやうに言つた。松姫は黙念として首を垂れ、悲歎の涙に暮れてゐる。 お節『人間と云ふものは行ひが大切です。吃りの真似をすれば自然に吃りとなり、唖の真似をすれば自然に唖となり、聾の真似をすれば忽ち聾となり、躄の真似をすれば天罰覿面躄になつて了ふのは、争はれぬ天地の真理です。それに人間に生を亨け乍ら如何なる事情があるにもせよ、勿体ない、結構な肉体を四足の真似をしたりすると云ふことがありますものか。アレ見なさい五人の方は段々身体の様子が獣らしくなるぢやありませぬか。それに又人間と生れ乍ら汚らはしい、馬ぢやの、鹿ぢやの、熊、虎、竜なぞの獣の名をつけるものだから、忽ち其名の如く堕落して了ふ。言霊の幸はふ国と申しますが、言霊計りではありませぬ、行ひの幸はひ災する世の中、どうしても人間は名を清くし、心を清め、行ひを正しくせなくてはなりませぬ。アヽ可憐想に私が及ばず乍ら、言霊を以て宣り直して見ませう。さすれば大慈大悲の大神様が一度は御許し下さるでせう』 松姫『本当に驚きました。どうぞ貴女、神様にお詫して下さいませ』 お節『畏まりました』 とお節は立上り、神前に進み入り天津祝詞を奏上し、終つて再び此場に現はれた。 お節『モシモシ竜若さま、熊彦さま、虎彦さま、神様が御許し下さいました。サアお立ちなさいませ。一二三四五六七八九十百千万』 竜若は忽ちムツクと立上り、 竜若『アヽ有難うございました』 次で熊彦、虎彦、馬、鹿の四人、又もやスツクと立上り、 熊虎馬鹿の四人『コレハコレハお節さま、よう助けて下さいました。エライ心得違ひを致しました。モウ今後は決して斯んな馬鹿なことは致しませぬ』 松姫『コレ竜、熊、虎の三人さま、お前は彼んな馬鹿な態をして私を困らしたのぢやないかいな』 竜若『イエイエ滅相な、私が門番を致して居りますと、潜り門をノタノタ這うて来る熊彦、虎彦の姿、こりや不思議だとよくよく見れば、馬公、鹿公四人揃うてノタノタと四這ひになつて奥へ向つて進んで往く。ヤア此奴は熊、虎、最前の無礼を謝する為、謙遜の余り這うてゆくのだな。それに就ても馬公、鹿公は立つて歩くにしのびず、御付合ひに這うてゆかつしやるのだ。アヽ何方も誠と誠の寄り合ひ、義理の立て合ひと感服の余り、大責任を持つた私一人、人間らしう立つて歩く訳にも行かず、余り心の恥かしさに四這ひになつて随いて来ました。さうした所二三間歩く内に本当の四足になつて了ひ、立つことも出来ず、もの言ふ事も出来なくなつたのです。実に恐ろしいものです。ナア熊彦、虎彦、お前はどうだつた』 熊、虎一度に、 熊彦、虎彦『何だか本当の獣になつたやうな心持がし、再び立つて歩く事が出来ないかと心配してゐました。お節さまの御かげで畜生道の苦みを助けて頂きました。有難うございます』 と心底から嬉し涙を零して居る。 お節『アヽそれは大変な事になるとこでした。今後は何卒慎んで下さいませ。鹿公、馬公、お前迄が何とした馬鹿な真似をなさるのぢや。私は大神様に恥かしい』 馬公、鹿公『イヤどうも申訳がありませぬ。以後は屹度心得ます』 お節『馬公、鹿公、貴方は途中で立派な女神さまにお会ひぢやなかつたか』 馬公『ハイ会ひました』 鹿公『門前まで送つて頂きました。併しそれ限り御姿がなくなつて了つたのです』 お節『さうでせう。貴方が自ら人格を落して馬鹿な真似を為さるものだから、流石に慈愛深き女神様もおあきれ遊ばして、お帰りになつたのだ。お詫をなさいませ』 馬公『有難うございます』 鹿公『今度といふ今度は種々と神様から実地教育を授かりました』 熊彦『私は、馬公、鹿公に対し、実に有るに有られぬ侮辱を与へ、打擲を加へました。然るに忍耐強きお二人さまは、チツトも抵抗もなさらず、却て私達に感謝をされました。智慧浅き私共は、馬鹿か、気違ひかと思うて益々虐待を致しましたので、心の底より恥入つて、アヽ私の精神は四足だつた、人間らしく、どうしてお地の上を立つて歩けようかと、懺悔の余り一つは謝罪のため四足の真似を致しました』 と涙ぐむ。 松姫『アーアさうだつたか、其処迄改心が出来れば、斯んな結構なことはありませぬ。併し神様の御教に、神を敬ひ、人を敬ひ、我身を敬へと云ふことがあります。何卒人間の身体は神様の結構なお宮だと思つて、仮令自分の身体でも粗末にしてはなりませぬ。私もお節さまがお止め下さらなかつたならば、お前さま等のやうに畜生道に落ちるとこでございました。サア皆さま、打揃つて神様にお礼を申しませう。実の所はフサの国の本山より、高姫様、黒姫様の御命令が降り、心は既に三五教へ帰順致して居つたのですが、部下の皆さま達が俄にそんな事を云つたところで聞いて下さる道理もなし、どうしたらよからうかと思ひ煩つて居りました。然るに神様は何から何まで抜け目なく、誠の手本を示して皆さまの改心を促して下さいました。此間からお節さまがお出でになり、いろいろと言葉を尽して三五教に帰るようとお示し下さつたけれども、余り易々と帰順すればお節さまの夫を思ふ真心の誠が現はれ難いと思つて、わざと心にも無い事を云うて頑張つて居りました。さうして紫姫様の御身の上を案じて助けたいと思ふ馬公、鹿公のお二方に花を持たしたいばつかりで、今迄頑張つて居たのです。私が心の底から改心を致しましたのは、大神様のお慈悲は申すに及ばずお節さまのお力と、馬公鹿公の主人を思ふ真心のお力でございます。私のみかウラナイ教一同の者が帰順するやうになりますのも、夫を思ふお節さまの至誠と、主人を思ふ馬公、鹿公の忠義心とのお力でございます。誠ほど結構なものは此世の中にございませぬ。私は今日限り此の館をあけて暫く修業に参り、身魂を研くつもりでございます。どうぞお節さま、馬公、鹿公と共に此館をお守り下さつて、数多の信者に誠の道を説いてやつて下さいませ。貴方等が夫や主人を大切に思はるるのと同様に、私も師匠の高姫様や、黒姫様のために尽さねばなりませぬ。どうぞ宜敷くお願ひ致します。竜、熊、虎其他一同の方々、お節さまを私の代理否、私の御師匠さまと崇め、鹿公、馬公を高弟と仰いで、仲好くお道のために尽して下さい』 と言ひ棄て庭先の草履を穿くや否や、夕の闇に紛れて何処ともなく姿を隠しけり。 熊彦は驚きあわて、 熊彦『ヤア竜若さま、松姫さまは到頭蒙塵されました。コラ斯うして居られまい。何処までも追ひ駆けてお姿を見つけ出し、帰つて貰はねばなりますまい。オイ虎彦、サア足装束をせい』 竜若『オイ熊彦、虎彦、待て待て、去るものは追はず、来るものは拒まずぢや。何事も惟神に任して置けばよいのだ』 熊彦『オイ竜若、貴様は人情を知らぬ不徳漢だ。今迄師匠と仰いだ松姫さまが、吾々の醜態を御覧になつて恥しさに堪へかね、結構な館を捨てて何一つ持たず、飛び出されたぢやないか。春秋の筆法を以て言ふならば、竜若、松姫を追放すと云ふことになるぞ。今迄は上役を笠に着居つて偉さうに、熊だの、虎だのと頤で俺を使ひ居つたが、何ぢや、斯んな時に平然として構へて居る奴が何処にあるか。モウ今日限り上官でも兄弟子でも、何でも無いワ。不徳を懲すために、コラ柔道百段の鉄拳をお見舞ひ申さうか、返答は如何だ』 竜若『アハヽヽヽ、又鍍金が剥げかけたぞ。今のことを忘れたか。また四足に還元したら如何するのだ』 熊彦『エー四足になつたつて構ふものか。国家の興亡旦夕に迫る此の一刹那、愚図々々して居る場合でないぞ。間髪を入れずとは此の事だ。オイ竜若、貴様も今迄松姫様の殊恩に浴した代物だ、斯う云ふ場合に赤誠を表はし、師弟の道を尽すと云ふ義侠心はないか』 虎彦『コラ竜若の野郎、何を怖ぢ怖ぢとしてゐるのだ。松姫様を見殺しにする量見か』 竜若『喧しい云ふない。貴様のやうな慌者が居るから、ウラナイ教は発達せないのだ。 君ならで誰かは知らむ我心 と松姫様は俺の千万無量の心中をよくお察し遊ばしてござるのだぞ。貴様のやうにうろたへ騒いで何になるか。それだから平素から臍下丹田に心魂を鎮めよと云うてあるぢやないか』 熊彦『アカンアカン、そんな逃げ口上を云つたつて、誰が承諾するものかい。卑怯者奴が、不徳漢奴が』 竜若『オイ、それ程松姫様の神業の邪魔がしたければ、俺に構はずトツトと往け。間誤々々して居るとお姿を紛失して了ふぞ』 熊彦『エー忌々しい、禄盗人奴、サア虎彦、首途の血祭に、仮令熊や虎に還元したつて構ふものか。此奴を一つ打撲つて潔く出発しようぢやないか』 虎彦『ヨシヨシ合点だ』 と早くも拳骨を固め前後より打かからむとする。馬公、鹿公は両人の利腕をグツと握り、 馬公、鹿公『ヤア待つた待つた』 熊彦、虎彦『待てと云つたつて是が何うして待たれるものか。エー邪魔して呉れな、放せ放せ』 馬公『お前さまの焦るのは尤もだ。併し乍ら松姫様をそれだけ思ふ真心は、実に感心だが、贔屓の引倒しとなつては、反つて済まないぞ。一生懸命に松姫様のお為だと思つてやつたことが、却て師匠を泥溝へ落すことになるのだ。マア冷静に考へて見よ。余り熱した時は公平な判断は出来ぬものだ。此処が鎮魂の必要な所だ。マアマア俺達に免じて思ひ止まつて呉れ。屹度松姫様は神様に助けられ、立派な手柄を遊ばすのだから』 熊彦『馬公、そんな気休めを云うて呉れな』 馬公『ナニ決して気休めぢやない。正真正銘の偽らざる俺の忠告だ。屹度お前のためにならぬやうなことはせないよ』 熊彦『俺はどうなつても構はぬ。松姫様を見捨てる訳にはいかない。どうぞ頼みだから放して呉れ』 虎彦『オイ鹿公、どうぞ今度許りは見遁して呉れ。二人のものに自由行動を採らして下さい。これが一生の頼みだ』 竜若『馬公、鹿公、構うて下さるな。これだけ貴方が親切に云つて下さつても、私が何と云つても通じないやうな没分暁漢だから、二人の自由に任して置きませう。併し乍ら二人とも実に美はしい紅い血が全身に漲つて居る。ヤア熊、虎、ようそこ迄師匠を思うて呉れる。俺は何も云はぬ、唯もうこの通りだ』 と手を合す。 お節『コレコレ熊公、虎公、どうぞ思ひ止まつて下さい。お節がこの通りお願ひ致します』 と跣足の儘庭先に飛び下り、大地にペタリと平伏し、両手を合して涙と共に頼みいる。 どこともなく嚠喨たる音楽の響、一同はハツと驚き空を見上ぐる途端に現はれた一人のエンゼル、声も涼しく、 エンゼル『われこそは神素盞嗚大神の御使言照姫命なり。松姫の改心に依り、ウラナイ教の教主高姫、副教主黒姫の罪は赦された。又松姫は神が守護を致し、神界のために抜群の功名を顕はし、日ならず当館へ帰り来るべし。此上はお節に対し、玉能姫と云ふ神名を賜ふ。竜若は今より竜国別、馬公は駒彦、鹿公には秋彦、熊彦には千代彦、虎彦には春彦と神名を賜ふ。汝等玉能姫を師と仰ぎ協心戮力神界のために全力を尽せ。神は汝の心魂を守護し天地に代る大業を万世に建てさせむ。ゆめゆめ疑ふこと勿れ』 と詔り終り、崇高なるエンゼルの姿は烟の如く消え失せたまひぬ。 一塊の紫雲は室内より戸外に向つて流れ出で、中空高く舞ひ上る。星は満天に燦然として輝き渡り、東の山の端に三五の明月皎々として輝き始め、芳ばしき風颯々として吹き来り、一同の心胆を洗ふ。 アヽ惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・五・八旧四・一二外山豊二録) (昭和一〇・六・三王仁校正) |
|
136 (1747) |
霊界物語 | 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 | 14 声の在所 | 第一四章声の在所〔六五九〕 谷丸、鬼丸、テルヂー、コロンボの四人は堺峠の天狗岩を後にし乍ら、山麓の老松の根元を越え、玉照彦の幼児の隠し場所に走り着いた。谷丸は、目を丸くして、此処彼処と探し廻し、三人は吾一の功名せむと、血眼になつて、谷丸の行く後に従ひ、捜索を始めた。忽ち聞ゆる赤児の泣き声、谷丸は立止まり、腕を組み、泣き声の何れより来るかを考へて居る。 谷丸『慥に此処に、お寝かせ申して置いた筈だ、それに形跡だに残つてゐないのみならず、御声は聞えて居るがトント方角が分らない。東に聞える様でもあるし、西の様でもあるし、西かと思へば南に聞えるし、南かと思へば、北に聞える様だし、ハテナ、こいつは、狐の奴、玉照彦様を啣へて、其処中を迂路ついて居やがるのだな、オイ俺は東を探すから、鬼丸、貴様は西の方を探して呉れ。そして、テルヂー、コロンボ二人は、南、北に手分けして捜索して下さい。其代り誰が見付けても共有だから其お積もりで願ひますよ』 テルヂー『其約束は間違ひありませぬなア。イヤ面白い。さあコロンボ、貴様は南に行け、俺は北の方を探して見る』 不思議にも、幼児の泣声は、谷丸の耳には東に最も高く聞えて来る。鬼丸には西の方に聞える。コロンボの耳には南に聞える。テルヂーの耳には慥に北の方から聞えて来る。 四人は東西南北に、慌しく、声を尋ねて駆け出した。四人の耳に聞ゆる猛烈な泣き声、各自前後左右より響いて来る。四人は其声に、耳を引張られる様に、体をキリキリ舞ひさせ、目を廻して四人共、バタリと倒れた。一時許り四人の呼ぶ声も、風の音も鎮まり閑寂の幕が下ろされた。夜はそろそろと明け放れ、東の空の雲押し分けて昇り給ふ天津日の御影に照され、各一度に目を醒せば、豈計らむや、四人は天狗岩の根元にヅブ濡れになつて眠りゐたりき。 谷丸『アヽ何だ、夢見て居たのか、矢張天狗岩の傍だから鼻高の奴、俺達を一寸チヨロマカしやがつたのだな。それにしても、肝腎の、玉照彦様は何処にお出でになつたのだらう。アヽ此処に御座つた、有難い有難い、玉照彦様どうぞ許して下さいませ。貴方お一人をこんな岩の上に、御寝かし申し、吾々は前後も知らず寝込んで了ひました』 と云ひつつ傍に寄り、抱き上げむとしたるに、玉照彦の全身は冷切つて氷の如くに冷たくなつて居る。 谷丸『オイ鬼丸、玉照彦様は冷たくなつて居らつしやる、こりやマア何うしたら宜からうかなア』 鬼丸『そりや夢の中に見た通り石ぢやありませぬか』 谷丸『ヤア如何にも、此奴は夢の通り矢張石だつた』 テルヂー、コロンボ一度に、 テ、コ『アハヽヽヽ、誠に誠に、御挨拶の仕様も御座いませぬ、もう斯うなつた以上は何程泣いても悔んでも石が物云ふ例は御座いませぬ、どうぞ鄭重に弔うて上げて下さい。さあコロンボ、夢の処へ行くのだ』 と駆出す。谷丸、鬼丸も続いて駆出したり。 坂の中程迄下り来る折しも、水の滴る如き一人の美人、玉照彦を抱いて上り来るに出会つた。 テルヂー『モシモシ、貴方は言照姫様では御座いませぬか』 美人『ハイ左様で御座います。今玉照彦の神様を保護して此処迄参りました』 テルヂー『変な事を申しますが、何卒ウラル教の神様として大切に致しますから、吾々に下さいますまいか』 言照姫『ハイ何誰かに貰つて貰はねばならないのですから、お望みとあれば、何うとも致しませう』 斯かる処へ、谷丸、鬼丸は追かけ来り、 谷、鬼『ヤア玉照彦様で御座いましたか、大変にお慕ひ申し探して居りました。サアサア何卒谷丸へお越し下さいませ。私が抱いて上げませう』 言照姫『お前は、谷丸さまぢやないか。私の不在中に、岩窟の中から盗み出し、大切にする事か、あのやうな茨室へ蓑を敷いて、捨子同様にして置きなさつたぢやないか。どうして貴方に、此尊い玉照彦様を安心してお預け申す事が出来ませうか』 谷丸『イヤ誠に済みませぬ。何を云つても、ウラル教のテルヂーが狙つて居るのですから、取られちや大変と、茨の中とは知らず、朧月夜の事とて間違ひ、お寝かせ申したのです。どうぞ私に下さいませ』 言照姫『斯う両方から懇望されては、一方を立てれば一方に済まず、処置に困ります。そんなら斯う致しませう。玉照彦様は御生れ遊ばしてからまだ百日にもなりませぬが、ちよいちよい物も仰有る、立歩みもなさいますから、ウラル教のテルヂーとバラモン教の谷丸とお二人で両方の手を握つて、玉照彦様を引張合ひして下さい。引張つて勝つ方に上げませう』 四人一度に、 四人『さう願へば公平で結構です』 言照姫は玉照彦を坂道の真中に下ろした。玉照彦は左右の手を両方に差し延ばし、 玉照彦『サア坊の手を引張つて下さい。勝つたお方の方へ参ります。然しソツと引いて下さいや』 谷丸、テルヂー『承知致しました』 と谷丸、テルヂーの二人は、左右に立ち現はれ、腰を跼めて、背の低い玉照彦の手をグツト握り力を極めて、 谷丸、テルヂー『サア玉照彦様、私の方へ来て下さい』 と、一生懸命、腕が抜ける程引張る。 玉照彦『アヽ痛い痛い、痛いわいなア』 と顔を顰め泣き出す。テルヂーは此声に驚いて、思はず手を離した。 谷丸『サア愈こちらの物ぢや。玉照彦様、御苦労乍ら、今日から、バラモン教の神様になつて下さい』 玉照彦、首を振り、 玉照彦『イヤイヤテルヂーの方に御世話になります』 谷丸『そりやあ約束が違ふぢやありませぬか』 玉照彦『貴方は、私が悲鳴を上げて痛がつて居るのに、構はずに引張つたぢやありませぬか、あの時にテルヂーが放して下さらなかつたら、私の体は二つに千切れて居るのです。愛情の深いテルヂーに御世話になります』 谷丸『小難かしい事を仰しやいますなア、チト位辛抱して下さつても宜いぢやありませぬか。モシモシ言照姫様、どうぞ生みの御母様の貴方からよく云つて下さいな』 と振り向き見れば、こは如何に、言照姫の姿は最早影も形もない。 玉照彦『私は最う斯うなる以上は、どちらへも参る事は止めませう。今ウラナイ教の松姫さまが、お迎へに来て下さるから、そちらへ行きます』 此時トボトボと坂を登つて来る一人の女がありしが、玉照彦は嬉しさうに、 玉照彦『ヤア、其方は松姫か、よう迎へに来て呉れた。サアサア連れて行つておくれ』 松姫『これはこれは玉照彦様、焦れ慕うて参りました。サア私が御負して進ぜませう』 と背中を突き出す。四人は目と目を見合せ乍ら、松姫を前後左右より取り巻き、鉄拳を以て擲きつけ、悲鳴を上げて倒れるのを見済まし、玉照彦を引攫へ、四人は林の茂みに姿を隠したり。 松姫は暴漢に乱打され忽ち気絶して坂道に倒れ居たりしが、其日の夕暮頃フト息を吹き返し、四辺を見れば、麗しき二柱の女神、儼然として其前に立ち給ふ。 女神一『汝は高城山の松姫であらう。サア、妾に従つて是より、高熊山の岩窟に参りませう』 松姫『何れの神様か存じませぬが、ようマア助けて下さいました。私は悪者に虐げられ気絶をして、遠い遠い彼の世の旅行をやつて居ました。処が二人の女神様が現はれて、コレ松姫、此処は何と心得て居る、幽界の入口であるぞや。汝はまだまだ幽界に出て来る時でない、サアサア妾が送つてやるから、と仰有つたと思へば気が付きました。見れば幽界で見た女神様と、寸分も間違ひのない御二方様、お蔭で命を助けて戴きました』 と手を合せ感謝の涙にくれて居る。 女神二『サア松姫どの、高熊山の玉照彦様をお迎へに行きませう』 松姫『あの玉照彦様はたつた今、悪者に攫はれて行かれました。最早、高熊山には居らつしやいますまい』 女神一『オホヽヽヽ、今朝ウラル教とバラモン教の宣伝使が来たでせう。彼等は貪欲心に絡まれ、眼暗み、石くれを玉照彦様と思ひ違へ、喜んで逃げ帰つたのです。サアこれから、貴女は気を取り直し、単身岩窟に進み、言照姫にお逢ひなされて、玉照彦様をお連れ申してお帰りなさい。妾は来勿止迄送つて上げませう。それから奥は貴女一人のお働きです。妾達二柱、お手伝ひ申すは易き事乍ら、それでは貴女の御手柄にはなりませぬから、心丈夫に以てお出でなさいませ』 松姫『何から何迄、有難う御座います。お言葉に甘へて来勿止迄送つて頂きませうか。さうして、貴女様の御神名は何と申します』 二人の女神はニコリと笑ひ、 二人の女神『何れ分る時節が参りませう。此処では一寸申し上げ兼ねます』 と先き立ち、足早に、山奥指して進み給ふ。松姫は、二女神の後に従ひ、心いそいそ歩み出したり。 二女神『もう二三丁先が、来勿止の関所で御座います。吾々は此処でお別れ致します。何れ改めてお目にかかる事が御座いませう。左様なら』 と云ふかと思へば二女神の姿は忽ちかき消す如く見えなくなりぬ。松姫は盲人が杖を失つた如く、暗夜に提灯取られた如き心地して、重き足を、希望の車に乗せられ、引摺つて行く。日は既に黄昏れ、十七夜の月はまだ昇り給はざる一の暗み時、来勿止の神の関所に着いた。此処は厳格な関門が築かれてある。 松姫『モシモシ私は霊山へ詣る者で御座います。何卒、此門お通し下さいませ』 門番の一人甲は、横門を押し開け出で来り、 甲(勝公)『何誰か知りませぬが、此一の暗に、此門あけいと云ふ者は碌な者ぢやありませぬ。何時も何時も狐や狸に誑られて、馬鹿を見通しだから、今日は何と云つても開けませぬ、否通過させませぬ。出直して明日の朝お出なさい』 松姫『左様では御座いませうが、決して怪しい者では御座いませぬ。どうぞ通して下さいませ。玉照彦様の御誕生地へ至急詣らねばなりませぬから』 乙此声を聞いて、 乙(竹公)『オイ勝公、此暗がりに、アタ厭らしい、そんな白い装束を着た女を相手に何を揶揄つて居るのか、早く這入らぬか、又例の奴に定つて居るぞ』 勝公『そうだと云つて此の方が是非玉照彦様に参拝したいから、通過させて呉れと、懇願なさるのだもの、無情に断る訳にもゆかぬぢやないか』 乙(竹公)『何だ、又貴様、日の暮れ紛れに、女を掴まへて、愚図々々云つて居やがるのだな、余程、勝手な奴だ。男が尋ねて来ると、何時も、慳もほろろに、木で鼻こすつた様な応待をするクセに、今日は言葉付迄、優しく出やがつて、貴様の面つたら、大方崩壊して居るのだらう。暗夜でマア仕合せだ。昼であつて見よ、好い化者だぞ』 勝公『俺の顔が化者なら、貴様の顔は何だい。鯰が沸茶を浴ぶせられた様な面をしやがつて、人さんの御面相迄、批評すると云ふ資格がどこに有るかい』 乙(竹公)『何と云つても貴様は女にかけては五月蠅い奴だ、俺が来なんだら、優しい声を出しやがつて何々を、何々する、何々だつたらう。エライ邪魔物が飛び出しまして済みませぬなア、アハヽヽヽ』 松姫『モシモシお二人様、今日は特別の御憐愍を以てお通し下さいませ。どうしても今晩の中に参拝致さねばなりませぬから』 乙(竹公)『大胆至極な、女の分際として此山奥に只一人踏み込み来り、此怖ろしい岩窟へ参詣し様なんて、そんな大野心を起しても駄目ですよ。屹度途中で、狼にバリバリとやられて了ふのは請合だ。此門潜るや否や、地獄の八丁目だから、悪い事は云はぬ。お前の身の為ぢや。いつ迄も絶対通さないとは申さぬから、明日来て下さい』 松姫『御注意は有難う御座いますが、私は神様に何事もお任せ申した身の上、命なんかどうなつても宜しいから、何卒心よう通して下さいませ』 乙(竹公)『イヤイヤ、命が惜しくない様な、ド転婆を通す事は愈以てなりませぬ哩、来勿止の神様に又どんなお小言を頂戴するか知れやしない。此頃は此門番も失策だらけで、薩張り鼻べちやで威勢が上らない。それと云ふのも、勝公が心の締りがないものだから、いつでも俺達が巻添へを食ふのだ。オイ勝公、サアこんな命知らずの強者を相手にせずと、トツトと奥へ這入つてそれから門を閉めて、警戒を厳重にせなくちやならぬぞ。サア這入らう這入らう』 勝公『それだと云つてこれ程熱心に、お頼みなさるのに、どうして刎ね付ける訳にゆくものか。貴様這入りたければ、勝手に這入つて勝手に閉めたが宜からう。俺は仕方がないから、日頃覚えた、ぬけ道を伝うて此御方を背中に背負つて上げるのだ』 乙(竹公)『とうとう尻尾を現はしやがつたな、アハヽヽヽ、随分女にかけては腰抜けなものだ』 勝公『エヽ竹公の唐変木奴、貴様に女が分つて堪るかい。女で苦労して来た者でないと女人心理は解らないぞ。さう毒々しく無情な事を云ふものぢやないワ。人間は堅い許りが能ぢやない。砕ける時は砕けて、世の中の人々の為に便利を計るのが人間の務めだ。况して此館に泊めて呉れと仰有るのでもなし、通してさへ上げれば宜いのぢやないか』 竹公『貴様が何と云つても、一旦男の口から、通さぬと云つたら通さぬのだ』 勝公『モシモシお女中、今お聞きの通り同僚役があの通りの頑固者ですから、無理にお通し申しても、後でどんな難題を吾々両人にふきかけるやら分りませぬ。さうすればお互の迷惑ですから、どうぞ貴方も折角此処迄お出でになつたのですから、お気の毒で堪りませぬが、今晩は一旦、引返して下さいませぬか』 松姫『どうぞ、方角だけなつと教へて下さいませ。送つて貰つては大変な、貴方の御迷惑になつては済みませぬから』 勝公『実の処は、これだけ厳しく門番も今迄は云はなかつたのですが、二三日前に、バラモン教の、谷とか鬼とか云ふ奴がやつて来て、来勿止神様を始め、吾々をチヨロまかし、トウトウ大切な、玉照彦様を盗んで帰つたものですから、其後と云ふものは大変に警戒が厳しくなつて、暮六つ下れば、老若男女にかかはらず、一切通してはならぬと云ふ、来勿止神様の厳しき御命令で御座います。それ故、今の男があんな無情な事を云うたのですが、然しあゝ見えても彼奴は極めて平常から親切な男ですよ。言葉つきこそ、穢ふ御座いますが、それはそれは心の美しい男ですよ。屹度腹の中では涙をこぼして居たに違ひありませぬ。どうぞ、竹公は無情な奴だと恨んでやつては下さいますな』 松姫『イエイエ決して決して何の恨みませう。お役目大切にお守りなさる処を、私が御無理を申しますのですから、何と仰有られても是非はありませぬ。併し今貴方のお言葉によれば、玉照彦様はバラモン教の方が盗んで帰つたと仰有いましたが、それは事実ですか』 勝公『盗んで帰つたのは事実ですが、併し乍ら御神徳高き高熊の霊山、不思議な事には盗まれたと思つた玉照彦様は、依然として御機嫌麗はしく、言照姫様に抱かれて居られます。本当に妙な事があつたものです』 松姫『それ聞いて安心致しました。私にも成程と諾かれる点が御座います』 斯く話す折しも石の本門はガラリと開いた。灯火をとぼし、現はれ来る、白髪異様の老人の姿が、松明に照されて、明瞭と松姫の目に映つた。 松姫は思はず、ハツと地に平伏した。 勝公『これはこれは来勿止神様、何処へお出ましになります』 来勿止神『ヤアお前は勝ぢやなア。此処へ一人の女が来る筈ぢや。未だ出て来ないかな』 勝公『ハイ、それは何と云ふ方ですか。松姫ぢや御座いませぬか』 来勿止神『アヽさうぢや、其松姫が来る筈だ。二時ばかり以前に、玉照彦様よりお使が見えて、此処へ松姫と云ふ女が一人来る筈だから、夜分でも構はぬ故、通してやつて呉れとの御命令であつた』 勝公『その方なら、今此処に居られます。サア松姫様、御心配なさいますな。今お聞きの通りですから』 松姫頭を上げ、 松姫『勝さまとやら、御親切有難う御座いました。して貴方が来勿止神様で御座いましたか。罪深き妾なれど、どうぞ此御門を通して下さいませ』 来勿止神『サアサア遠慮は要りませぬ、ズツとお通り下さいませ。貴女のお登りを、岩窟の大神様が大変に御待ち遊ばして居られます。サアサアこちらへ』 と松姫の手を把り門内に導き入れたり。 (大正一一・五・九旧四・一三藤津久子録) |
|
137 (1748) |
霊界物語 | 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 | 15 山神の滝 | 第一五章山神の滝〔六六〇〕 松姫は来勿止神に導かれ、門の傍の細やけき二間造りの室に案内された。 来勿止神『此の暗夜に女の身として此の神山へ御参拝なされますに就ては、何か深い理由がございませう。私は此の関所を守る役目として一応御尋ねして置く必要がございますから、どうぞ包まず隠さず事情を述べて下さい』 松姫『御恥かしいことで御座いますが、私は今まで大変な取違ひを致して居りましたものでございます。ウラナイ教の分社高城山の麓の館に於て、三五教に対抗し、素盞嗚大神様の御邪魔ばかり致して来ました罪の深い女でございます。私の師匠の高姫、黒姫と云ふ方が大変に素盞嗚尊様に反対の教をなさつたので、私はそれを真に受け、何処までも天下国家のためにウラナイ教を拡張し、素盞嗚尊の一派言依別、八島主神様の主管せらるる三五教を根底から打ち壊す決心を以て、昼夜の活動を続けて来たものでございますが、素盞嗚尊様は吾々凡人の考へて居るやうな方ではなく、大慈大悲の世界の贖主であるといふ事を、第一に高姫様が合点遊ばし、立つても坐ても居られないので、黒姫様と御相談の上私の方へも詳細な手紙が参りました。就ては高姫、黒姫御二方の今迄の罪を許して頂かねばなりませぬので、弟子としての私も立つても坐ても居られませず、何か一つの荒修行を致しまして、功名手柄を顕はし、それを御土産に三五教へ参り、師匠や自分の罪を赦して頂き度いばつかりに、高城山の館を振り捨てて一人とぼとぼと此の霊山に修行がてら、玉照彦様を如何かして御迎へ申し、これを土産に三五教へ帰るつもりで参つたのでございます』 来勿止神『アヽさうでせう。私もうすうす言照姫様より承はつて居りました。併し乍ら貴女は余程御改心が出来て居るやうだが、未だお腹の中に副守護神が沢山に潜伏して居りますから、此儘御出でになつても玉照彦様が御承知下さいますまい。此先に山の神の滝がございますから、其処で七日七夜荒行をなさつて副守護神を追ひ出し、至粋至純の本心に復帰り水晶玉に磨き上げた上、御出でにならなくては駄目ですよ』 松姫『如何にも左様でございませう。どうか如何なる荒行でも厭ひませぬ、どうぞ御命じ下さいませ』 来勿止神『此処の修行は大変に辛いですが、貴女それが忍り切れますか』 松姫『何程辛くても構ひませぬ。仮令生命が亡くなつても、御師匠様の罪が消えさへすれば、それで満足致します』 来勿止神『アヽそれは感心な御心がけだ。それなら是から時を移さず、山の神の滝に於いて修行をなされ、神の道に断飲断食は無けれども、貴女は自分の罪及び、御師匠様の罪、其他部下一般の罪の贖ひのために、七日七夜断飲断食をなし、その上に荒行をせなくては本当に罪は消えませぬぞ』 松姫『何分よろしく御願ひ致します』 来勿止神『勝、竹の両人、一寸此処へ出ておいで』 言下に二人は此場に現はれ、 勝公『何用でございます』 来勿止神『別に外の事ではないが、この松姫様が山の神の滝で、七日七夜の荒行をなさるのだから、お前は十分世話を代る代るして上げて呉れ。荒行の間は決して此の方に同情したり、憫みをかけてはいけませぬぞ。能う限りの虐待をするのだ。さうでなければ神様へ対し重ね重ね御無礼御気障り、到底何時までかかつても罪は消滅するものではないから、松姫様を助けたいと思ふなら、十分厳しき行をさしてあげて呉れなくてはなりませぬ』 勝公『ハイ畏まりました。何分門番も勤めねばなりませぬから、竹さんと私とが代る代る世話をします』 来勿止神『アヽそうだ。若いものをよく監督して、落度の無い様に十分の荒行をさせ、立派な人間に研いて上げて呉れ』 二人は一礼し、 勝公、竹公『サア松姫様、早速ながら是から滝壺へ参りませう。何れ大きな灸を据ゑられると随分熱うて辛いものだが、そのために大病が全快した時の愉快といふものは、口で言ふやうなことでないと同様に、お前さまも是から私が大きな灸を据ゑます。併し乍ら決して憎んでするのぢやないから、悪く思うて下さらぬ様に頼みますぜ』 松姫『罪重き妾、どんな辛い行でも甘んじて致します。何卒よろしう御願ひ申します』 勝公『よしよし、サア斯う来るんだぞ、松姫の女つちよ。愚図々々してゐやがると頭をかち割らうか』 と俄に言葉や行ひに大変動を現はした。 松姫『ハイ』 と答へて随いて行く。 勝は先に立ち、竹は松姫の後より棒千切を以て背を打ち、臀を突き、 竹公『ヤイ松姫、何を愚図々々してゐやがるのだ。早く歩かぬか、あた面倒臭い。日が暮てからやつて来やがつて、俺達が楽に寝ようと思つて居るのに、滝まで送つてやつて貴様を大切に虐待せねばならぬ。今まで慢神をして大神様に敵対うた其のみせしめだ』 と言ひつつ棒千切れを以て、松姫の後頭部をカツンと撲つた。松姫は痛さを堪へ乍ら、 松姫『どうも有難うございます。これでちつとは妾の罪も軽くなりませうか』 竹公『ナニ百や二百撲つたつて、頭をかち割つたつて、貴様の罪は容易に浄まるものか』 勝公『オイ竹公、あまりぢやぞ』 竹公『何があまりぢや。貴様は来勿止神様の御言葉をなんと聞いたか。松姫に親切があるのなら、十分に虐待をしてやれと仰有つたぢやないか』 勝公『ウーそれはさうだが、あまり役たいもないことをするものぢやないぞ。虐待も十分にするが好が、其処は又、それ其処ぢや、人情を呑み込まずにな。好いか』 竹公『貴様は偉さうに先頭に立ちやがつて、来勿止神様の御言葉を無視し、且又松姫の修行を妨げ、重い罪を更に重うしようとするのか』 松姫『モシモシ御二方、妾のことに就て、どうぞ口論はないやうにして下さいませ。神様に済みませぬから』 竹公『エー松姫の奴、何をゴテゴテと干渉するのだ。ふざけた事を吐すとモー一つ御見舞だぞ。イヤ此の棍棒で力一パイ首が飛ぶ程、可愛がつてやらうか』 松姫『重々の御親切有難う存じます。併し乍ら御苦労をかけて済みませぬ。どうぞ貴方もお疲れでせうから、今日はこれ位でお休み下さいませ』 竹公『なにうまい事を言ふな。矢張り頭を撲られるのが苦いと見えるな。俺は此間から何とはなしに、むかついてむかついて其処の岩でも木でも、見つけ次第撲り度うて撲り度うて、腕が唸つて居つたのだ。今日は幸ひ来勿止神様の御命令を遵奉して心地よい程、貴様の頭を可愛がつてやるのだ。有難く思へ。荒行と云ふものは辛いものだらう。ウラナイ教で朝から晩まで、蛙かなんぞのやうにザブザブと水をかぶつとるのとはちつと段が違ふぞ。何程辛くても生命の瀬戸際になつても、僅か七日七夜の辛抱だ。此処で修行をやり損ねたならば、今まで大神様の御道を邪魔した、自らの罪で万劫末代根底の国に落され、無限の苦しみを受けねばならぬぞ。此の位なことはホンの宵の口だ。九牛の一毛にも如かざる苦みだから、勇んで修行をするのだぞ』 松姫『ハイ』 と答へた儘、頭部より流るる血潮の眼に滲み込むを、袖にそつと拭ひつつ、しよぼしよぼと滝の方へ向つて随いて行く。 勝公『サア、これが名題の山神の滝だ。ちつと寒うても真裸体になつて、頭から水をかぶるのだ。此処は猿が沢山居る処だから、顔を引つ掻かれぬやうに用心なさい。昼は大丈夫だが、夜分になると千疋猿がやつて来て悪戯をするから』 松姫『ハイ、有難うございます』 竹公『勝公、御苦労だつた。お前は門の方を守つて呉れ。俺はこれから一つ此の行者を十分に可愛がつてやらにやならぬからな。それから六と初とに棍棒を持つて、至急やつて来るやうに言うて呉れ』 勝公『さう沢山棍棒を持つて来て如何するのだい』 竹公『きまつたことだ。一本位の棍棒では徹底的に可愛がつてやる訳にはいかぬ。助太刀のためだ』 勝公『併しなア、竹公、わが身を抓つて他の痛さを知れと言ふことがあるなア。世界に鬼は無いといふことも、誰やらに聞いたことがあるやうに思ふ』 と、それとは無しに余り虐待をせぬようにと、口には言はねど、其意をほのめかしてゐる。 竹公『なに謎のやうなことを言ひやがつて、貴様は松姫を大切にせいと言ふのぢやらう、否結局憎めといふのだらう。何事も竹の胸中に有るのだ、心配せずに早く帰れ。さうして来勿止神さまに俺が力一パイ虐待して可愛がつて居る実状を、より以上に報告するのだぞ』 勝公『竹の奴が松姫の頭を七八分割り、腕を折り、胴腹に風穴をあけよつたと言つて置かうか』 竹公『そうだ、其処は貴様の都合にして呉れ。マア可成く神様は小さいことはお嫌ひだから、言ふのなら十分大きく言ふのだな。オイ勝、一寸待つて呉れ。二人の奴に棍棒を持つて来るように言つて呉れと云うたが、こんな女一人を虐待するのに応援を頼んだと思はれては残念だ。俺が徹底的にやつて置くから、来勿止神に詳細に報告するのだぞ』 勝公『そんなら松姫さま、暫くの辛抱だ。どうぞ立派な身魂になつて下さいや』 松姫『ハイ有難うございます』 竹公『エー又女にベシヤベシヤと正月言葉を使ひやがつて、早く帰れ』 勝公『帰れと云はなくても誰が斯んな怖ろしい処に居る奴があるか』 とトントンと帰つてゆく。 肌を裂く如き寒風は木々の梢に唸りを立てて見舞うて来る。月は皎々として東の山の頂きから滝壺をのぞいた。 竹公『松姫さま、御気の毒ですが、どうぞ暫らく辛抱して下さい。来勿止神は中々厳格な神で寸分も仮借をしませぬから、私も実は満腔の涙を隠して、失礼なことを致しました。併し乍ら到底貴女の身体では、此の荒行は続きますまい。世は呪と言うて神様は、大難を小難に祭り替へて下さるのだから、私もこれからスツパリと素裸体になつて、貴女の行を助けて上げよう。さうすれば七日のものは三日半で済むといふ道理だ。お前さま、頭を割られて血が出たと思つてゐるだらうが、ありや血ぢやありませぬから安心なさい。私が紅殻の汁を棒の先の革袋に括りつけて撲つたのですよ。血と見えたのは袋の紅殻だ。撲られた割には痛くはありますまいがな』 松姫『ハイ、さうでございました。別に何処も痛んで居りませぬ。斯んなことで神様の御意に召すやうな荒行が出来ませうかな』 竹公『出来ますとも。神様は形だけをすれば赦して下さいます。可愛い世界の氏子に何を好んで辛い目をさせなさいませう。貴女が生命がけの荒行をして、御詫をしようと決心なさつた其の心が、既に貴方の罪を赦して居ります。唯今の貴女は最早ちつとも罪は無いのですよ。本当の生れ赤児の心ですワ。併し乍ら余り気分のよい滝ですから、清めた上に浄めてお出でになつたら宜敷からう。併し来勿止神は、あゝ見えても実際は閻魔さまの化身ですから、中々賞罰を厳重になさるのです。今帰つた勝公だつて本当に優しい、慈悲深い人間です。併し乍ら彼奴は馬鹿正直ですから私が本当に貴女を虐待したのだと思つて心配をして居るのです』 松姫『アヽさうでございますか。なんとも御礼の申しやうは御座いませぬ。何分よろしう御指導を願ひます』 斯くして二三日経つて、四日目の朝になつた。 松姫『なんと荘厳な景色ですな。日輪様が此の滝に輝き遊ばして七色の虹を御描き遊ばし、得も言はれぬ微妙な鳥の声、常磐木の色、まるで天国の様ぢやありませぬか』 竹公『さうですとも、貴女の心が清まつたので宇宙一切が荘厳雄大に見え、環境すべて楽園と化したのですよ』 松姫『高城山も随分景色に富んだ処ですが、到底比べものにはなりませぬワ』 竹公『それは貴女のお心が曇つてゐたからですよ。今度見直して御覧、此の景色よりも層一層立派です』 斯く話す時しも勝公は莞爾々々として馳せ来り、 勝公『アヽ松姫さん、竹さん、御苦労だつた。来勿止神様から今日は行の中途だけれど、モウ修行が済んだから直様御山へ参詣つて宜しいとの御命令が下りました。お悦びなさいませ』 松姫『それは何より有り難うございます』 と滝壺に向ひ、感謝の祝詞を奏上し終つて三人打ち連れ立つて、来勿止神の庵に向つて帰りゆく。 竹公『神様、おかげで無事に松姫様の御修行が終りました』 松姫『来勿止神様、いろいろと厚き広き思召に依りまして、汚い身魂を洗つて頂きました』 来勿止神『アヽそうだつたか、結構々々、モウそれで何処へ出しても立派なものだ。お前さんの修行のおかげで玉照彦様のお迎へも出来ませう。お師匠様の罪も全然赦されませう、よう辛い行をなさいました。アヽ竹公、お前も大変な心配り、気遣ひであつたな。私の心を知つて居るのはお前ばつかりだ』 と嬉し涙を袖にそつと拭ふ。暫くは沈黙の幕が下りた。此時門前に慌しく駆来る四人の男、 男『モシモシ此の門開けて下さいませ』 勝は立上り大石門をギーと左右に開けた。四人の姿を見て勝は驚き、 勝公『ヤアお前は此の間やつて来た不届者、バラモン教の谷丸、鬼丸の両人、又二人も味方を殖やして来居つたのだな。玉照彦様だと思つて大きな岩石を大事さうに抱へて帰り、途中で気がついて又もや二度目のお迎ひに来居つたのだらう。モウモウ余人は知らず貴様に限つて、此門を通過さすことは出来ないと来勿止神様の厳命だ』 谷丸、鬼丸は大地にペタツと坐り、涙を流し乍ら、 谷、鬼『モーシ門番様、今日の谷丸、鬼丸は先日の両人とは違ひます。どうぞ御安心下さいませ』 勝公『違うと云つたつてお前の容貌と云ひ、姿と云ひ、何処に一つ変つたとこがないぢやないか』 谷、鬼『ハイ形の上はちつとも変つて居りませぬが、私の心は天地の相違に変りました』 勝公『いよいよ以て怪しからぬ奴だ。皮は何時でも変るぞよ。霊魂は中々変らぬぞよと神様が教へてござる。それに何ぞや、心が変りましたとは益々合点のゆかぬ奴だ』 谷、鬼『そのお疑ひは御尤もでございますが、今までの取違ひ、慢神の雲霧が晴れまして、すつぱりと青天白日の様な魂に生れ変りました。何程人間が利巧や智慧をだして焦慮つて見た所で駄目だ。神様のお許しない事は九分九厘で掌が覆ると云ふことをつくづくと悟らして頂きました。アーア心程怖ろしいものは御座いませぬ。今迄私は三五教や、ウラル教、ウラナイ教が敵ぢやと思つて、一生懸命に其の敵を征服したいと憂身を窶し、大活動を続けて居ました。然るに豈図らむや、その大悪魔の敵は私等の心の中にみんな潜んで居りました。斯うおかげを頂いた以上は、天ケ下に敵も無ければ、他人も無い、鬼も大蛇も何もありませぬ。吾々は松姫と云ふウラナイ教の宣伝使に対し、非常な暴虐を加へ、大方半死になるとこ迄打擲を致しましたことを、今更乍ら悔いまして、立つても坐ても居堪まらず、四人のものが、どうぞして松姫様の所在を尋ね御詫をせなくてはならないと思うて、そこらを探す内、道で会うた杣人に聞いて見れば、三四日以前の暮れ方に霊山の方に向つて、一人の女が上つたと云ふことを聞き、之は正しく松姫様に間違ひあるまいと、飛び立つ許り悦んで四人が打揃ひ御目にかかつて御詫をしようと出て来たのです。どうぞ此処を通して下さいませ。又先達は貴方等に御無礼を致しました其罪も御詫せなくてはなりませぬ。何事も過去のことは水に流して、吾々の過ちをお赦し下さいますやうに』 勝公『さてもさても妙なことが出来たものだ哩。変り易いは秋冬の空と聞いてゐるが、こりや又大変の地異天変が起つたものだ。一寸皆さま待つて下さい。松姫様もまだ此処にゐられますから、伺つた上で会はせませう』 と門内に影を隠しける。 (大正一一・五・九旧四・一三外山豊二録) |
|
138 (1756) |
霊界物語 | 20_未_丹波物語5 錦の宮の発足 | 01 武志の宮 | 第一章武志の宮〔六六三〕 常世の暗を晴らさむと神の御稜威も高熊の 静の岩窟の奥深き恵の露の雨となり 雪ともなりて空蝉の醜世を洗ひ照さむと 空に輝く旭子の光も強き玉照彦の 伊豆の命を奉按し言照姫の神霊や 数多の神に送られて五六七の神代を松姫が 心イソイソ山坂を渉りて来る玉鉾の 道も広らに世継王山東表面の峰続き 紅葉の色も照山の麓に立てる仮の殿 神の御言を畏みて悦子の姫が守りたる 珍の宮居に木の花の姫の命の御水火より 出でし玉照彦の神勇み進んで送り来る 天火水地と結びたる紫姫や若彦は 喜び勇み彦神を迎へ奉りて玉照の 姫の命の夫神と称へまつらむ真心の 限りを尽し仕へ居る神素盞嗚の大神は 英子の姫を遣はして五六七の神代の礎の 百の仕組に仕へしめ国治立の大神が 国武彦と現はれて曇り果てたる末の世を 照し清むる先駆と姿隠して桶伏山 黄金の玉と諸共に御稜威は四方に輝きぬ 言依別の宣伝使斎苑の館を立出でて 雲路押分け遥々と綾の聖地に着き玉ひ 心の空に玉照彦の神の命や姫命 経と緯との皇神の分の御霊と嬉しみて 三五教を弥固にいや遠永に宣り伝ふ。 言依別命は、神素盞嗚大神の命を奉じ、照山と桶伏山の山間に、国治立の大神、豊国姫の大神の、貴の御舎を仕へまつりて、其威霊を鎮祭し、玉照彦、玉照姫をして宮仕へとなし、世界経綸の神業の基礎を樹立せむとしたまひ、遠近の山野の木を伐り、瑞の御舎を仕へまつつた。神人等の道を思ひ、世を思ふ真心凝結して、荘厳無比の瑞の御舎は瞬く中に建造された。称して錦の宮と云ふ。玉照彦、玉照姫は幼時より数多の神人に秀で、神徳高く、神格勝れ、神代に於ける救世主として、天下万民の尊敬を集めたまふに到りけり。 言依別命は、素盞嗚大神の命を奉じ、錦の宮を背景として、自転倒島に於ける三五教の総統権を握り、コーカス山、斎苑の館と相俟つて、天下修斎の神業を宇内に拡張し給ふ事となつた。三五教の宣伝使は云ふも更なり、ウラナイ教を樹て、瑞之御霊に極力反抗したる高姫、黒姫、松姫は、夢の覚めたる如く心を翻し、身命を三五教に奉じ、自転倒島を始め、海外諸国を跋渉して、神徳を拡充することとなつた。茲に元照彦の御霊の再来、天の真浦は、大台ケ原の山麓に生れ、木樵を業となし其日を送り居たるが、綾の高天に錦の宮の建造され、神徳四方に光り輝くと聞きて、樵夫の業を廃し、遥々聖地に訪ね来り、言依別命に謁し、新に宣伝使となることを得た。天の真浦は大に喜び、昼夜の区引なく宣伝歌を謡ひ乍ら、先づ自転倒島に向つて、神徳宣布の神業を試みむとし、聖地を後に唯一人、霧の海原押分けて風のまにまに、人の尾峠の西麓に着いた。道行く人も見えぬ許りの粉雪、滝の如くに降り来り、見る見る一尺許りも地上に積もり、日は黄昏れて、道いよいよ遠く、真浦は行手に迷ひ、進みもならず、退きもならず、蓑笠を着けたる儘、路上に佇立して、声低に天津祝詞を幾度となく繰返しつつあつた。怪しき獣の影幾十となく隊をなして、山上より降り来る。されど真浦は滝と降り来る雪に眼を遮られ、足許に進み来るまで知らざりき。唯何となく雪踏み砕く何者かの足音、追々近づく声のみ耳に入る。真浦は独言、 真浦『今迄暖かい国に育ち、此様な深雪は見た事がなかつた。始めて神様のお道に入り、百日百夜の修行を積み、漸く許されて今茲に宣伝使補となり、足に任せて進みて来たが……アヽゆき詰つたものだ。言依別命様より「汝は是れより人の尾峠を越え、河水清き宇都の郷に初宣伝を試みよ」と仰せられた。併し乍ら、斯う降り積る大雪、況して樹木茂れる此谷間、日は暮かかる……アーア宣伝使も辛いものだ。追々積る雪の量、罷り違へば我身は雪に埋まつて、冷たくなつて了うであらう。進退惟谷まるとは此事だなア』 と心細げに呟く折しも、最前の足音追々近づき来る。見れば数十頭の熊の群、真浦が足許を勢込んで走り行く。真浦は驚いて雪の中に路を避けた。熊の群は何の遠慮もなくスタスタと列を組んで、西方さして走り行く。 真浦はホツと息をつき、 真浦『アヽ、有難い、沢山の熊が現はれて雪路を踏み分けて、立派な通路を開いて呉れた。是れも全く神様の御神徳であらう…………有難し有難し』 と感謝しながら、熊の足跡を踏み分け上り行く。道の傍に一軒の茅屋が有ることが目に付いた。屋内には幽かな火影が瞬いて居る。風が持て来る雪しばき益々烈しく、熊の折角開いて呉れた雪の新道も、瞬く間に閉塞して了つた。屋内には気楽さうに笑ひさざめく声。真浦は此愉快気に笑ふ声を聞き、 真浦『ホンに羨ましい事だなア。我れは神命とは言ひ乍ら、此雪路に悩み、玉の緒さへも切れなむとする極寒の苦しみ、血管を流るる血潮も凝結せむとする辛さに引替へ、此家の内の面白さうな笑ひ声、…………実に人の境遇位運否のあるものはない。併し乍ら我れも神の道を伝ふる宣伝使の初陣、斯の如き雪に恐れ、人の家に這入つて、一夜の宿を請はんとするも、何となくウラ恥かしい、アヽ如何にせむか』 と躊躇ふ折しも、屋内より男の声、 男『オイ、どこの乞食だか知らぬが、此雪の降るのに、何を愚図々々して居るのだ。チツと俺の宅へでも這入つて休んだらどうだ。あつたかい湯も沸いてある。沢山な火も焚いてあるぞ』 真浦『ハイ有難う御座います。併し乍ら私はどうしても此峠を越さねばなりませぬ。御志は有難う御座いますが……』 男『ナニ、俺の宅で休むのは厭だと云ふのか、馬鹿な奴だなア。俺は此辺の杣人だ。少しの雪はチツとも苦にならない男だが、流石山猿の俺でさへも、一歩も今日の雪には歩む事は出来ない。どうして此坂が登れると思ふのか。マアそんな馬鹿な事を言はずに旅は道連れ世は情だ。一樹の蔭の雨宿り、一河の流れを汲む人も、深い縁の有るものだ。サア遠慮は要らぬ、這入つて休息したがいい』 真浦は其言葉に稍心動き、 真浦『どなたか知りませぬが、御親切に有難う御座います。左様ならば暫く休息をさせて頂きませう』 男『アヽそれが良い。サアサアお這入りなさい』 と真浦の手を取り引き入れ、斜に歪んだ雨戸をピシヤツと閉めた。 男『大変な大雪で、倒けかかつた家が益々怪しくなつて来た。愚図々々して居ると雪の重みで、此家も平太つて了ふかも知れないぞ。………オイ駒公、お客さまだ。どつさりと薪木を燻べて御馳走するのだぞ。寒い時には火が一番御馳走だ』 駒公『馬鹿言ふな。どこの馬の骨か、鹿の骨か分りもせぬ代物を、物好きにも駒さんの承諾も得ず、引き摺り込みやがつて、火を焚けも有つたものかい。貴様は何でも取込む事ばつかり考へて居やがる。チツと執着心を脱却せぬかい。取り込むことなら犬の葬式でも喜んで引張り込むと云ふ代物だから困つて了ふ。そんな事で此の立派な家が、どうして立つて行くと思ふのか、秋公の不経済家には俺も本当にアキが来た。寒い時に俄に体を火に近づけると、却て凍傷を起すものだ。どこの奴か知らぬが、赤裸にして頭から冷水でも、ドツサリ御馳走してやるのだなア。貴様と二人斯うして雪に閉されて居つても、チツとも面白味がない。此奴の衣服万端を奪ひ取り、其上赤裸にして水をかけ、それを肴に一杯やつたら面白からう』 真浦『なんだ、其方らは甘言を以て此方をひつぱり込み、泥棒を致すのか』 秋彦『アハヽヽヽ、好い頓馬だなア。そんな事を尋ねるのが馬鹿だ。俺も今日が泥棒の初陣だ。此家は実は吾々の物ではない。老爺と婆アとが居つたのだが、凄い文句を並べてやつた所、昨日の日の暮頃、どつかへ逃げて行きよつた。彼奴は雪爺に雪婆だつたと見えて俄にこんな大雪が降つて来た。サア皮を剥いてやらう』 と真浦の身に着けたる衣服を剥奪せむとする。 真浦『それは、あまりぢや。一寸待つて呉れ』 秋彦『松も檜も有つたものか。袋の鼠、どうしたつて剥かねば置かぬ』 真浦『此家を立去る時に脱ぎませう。それまで此衣服を私に貸して下さいませぬか』 駒彦『オイ秋公、仕方がない、貸してやれ。……オイ何程借賃を出す?それから約束して置かねば喰逃げされては、泥棒商売も棒が折れるからなア。ワハヽヽヽ』 真浦『自分の着物に利息をつけて貸して貰ふとは、又妙な規則の出来たものですなア』 駒彦『愚図々々言ふない。郷に入つては郷に従へだ。是れが泥棒社会の規則だ』 真浦『貴様達は丸でバラモン教みたやうな奴だなア』 駒彦『きまつた事だ。鬼雲彦様の乾児だよ。秋、駒と云つたら、それは本当に翔つ鳥も落すやうなバラモン教の有名な宣伝使だぞ。貴様は三五教の宣伝使、無抵抗主義を標榜して居る腰抜教の奴だから、指一本俺に触へても、抗言一つ致しても、抵抗した事になる。頭をカチ割られようが、黙つて辛抱するのだぞ』 真浦『アーア困つた事になつたもんだワイ。三五教には噂に聞けば、もとは馬、鹿と云ふ紫姫様の家来があつて、それが高城山の松姫さまを帰順させ、駒彦、秋彦と云ふ名を貰つたさうだが、お前の名は秋と云ひ、駒と云ひ、能く似て居る。何か因縁の糸が結ばれて居る様だ。もしや三五教の駒彦、秋彦ではなからうかなア』 秋彦『そんな腰抜の秋彦や、駒彦とはチト相場が違ふのだぞ。俺は三五教の宣伝使真浦と云ふ新米者が宇都山の郷へ初陣に往くので、言依別の神様から……』 駒彦『オイ秋公、何を言ふのだ。ウツカリした事を言ふものでないぞ』 真浦『アハヽヽヽ、大方そんな事だと思つた。言依別の神様が俺の信仰力を試す為に、貴様を此処へ廻しおき、そうして此道を通れと仰有つたのだなア……オイ秋彦、駒彦、モウ駄目だぞ。泥棒でも、バラモンでも、ベラボウでもない、貴様の襟の印は何だ』 駒、秋『アハヽヽヽ、到頭陰謀発覚したか。エヽ仕方がない。そんなら事実をスツカリ白状致して遣はす』 真浦『イヤもう沢山だ。何も承はる必要は有りませぬワイ』 駒公『先づ宣伝使の点数六十五点だ。速に言依別の神様に成績表を書留郵便で送つて置かう。夜が明ける迄三人鼎坐してお神酒を戴いて御日待をしようではないか』 真浦『またそんな事言つて、点数を減らすのではないか』 秋彦『心配するな。一旦認めた以上は減点は決してしない。其代り俺の事もよく報告するのだぞ』 真浦『能く報告してやらう。コンミツシヨンとしてモウ四十五点あげて呉れ』 秋彦『六十五点に四十五点を加へると満点以上になつて了ふ。それでは試験官として報告の仕方がないワ』 真浦『俺の改心は百点以上だ。其代り貴様は百八十点に俺から報告してやらう。併し二人合計してだから……』 と他愛なき雑談に一夜を明かしたりける。 天の真浦の宣伝使秋彦駒彦諸共に 神の教を伝へむと人の尾峠の急坂を 雪かき分けて登り行く地は一面の銀世界 金烏の光りキラキラとまたたき初めて大空は 拭ふが如く晴れ渡り茲に三人は勇ましく 谷の流れに沿ひ乍ら足踏みなづみ進み行く 旭輝く雪は照る神の恵も白妙の 雪に包まる宇都の郷武志の宮を祀りたる 浮木の里に辿り着く又もや降り来る雪しばき 茲に三人は大宮の脇に建ちたる社務所に 雪を凌いで車座になつて暖をば採り乍ら 携へ持てる握り飯ムシヤリムシヤリと平げて 四方の話に耽る折雪かき分けて登り来る 怪しの翁唯一人覚束無げに杖を突き 宮の階段登り来る真浦秋彦駒彦は 眼を据ゑて眺むれば怪しの翁は神前に やうやう近づき拍手の音も涼しく太祝詞 称ふる声の麗しく三人の耳に透きとほる 神の使か真人か但は悪魔の化身かと 怪しみ乍ら秋彦は此場を立ちてザクザクと 雪踏み鳴らし神前に額づく翁に打向ひ 汝は何処の何人ぞ人里離れし此森に 雪を冒して参来たり祈願するは何故ぞ 聞かまほしやと尋ぬれば翁は漸く顔を上げ 胸に垂れたる白鬚を二つの手にて撫で乍ら 四辺キヨロキヨロ見廻して武志の宮の神司 朝な夕なに真心を尽して仕へ奉る 吾れは松鷹彦の司汝は何処の何人ぞ 訝かしさよと問ひ返す其容貌のどことなく 得も言はれざる気高さに秋彦思はず手を突いて 三五教の宣伝使心の色も紅葉の 錦の宮に仕へたる秋彦駒彦二人連れ 天の真浦も諸共に宇都山郷に現はれし バラモン教の曲神を言向け和す鹿島立ち 雪を冒してやうやうに此処まで進み来りしぞ 雪に埋まる山里の家並も見えぬ淋しさに 武志の宮の社務所を借りて休らひ居たりけり 綾の高天に現はれし玉照彦や玉照姫の 宇豆の命の仕へます三五教の司神 言依別の御言もてあもり来りし三人連れ 汝松鷹彦の司吾等三人を宇都山の バラモン館に伴なひて太しき功績を建てませよ 応答如何と詰め寄れば松鷹彦は畏みて 老の歩みもトボトボと雪の階段降りつつ 天の真浦や駒彦が前に現はれ会釈なし 先頭に立たむと誘へば三人は勇み喜びつ 翁の後に従ひて武志の宮に一礼し 東を指して進み行く。 松鷹彦は雪路を杖を突き乍ら先頭に立ちて、バラモン教の宣伝使と聞えたる友彦館に案内すべく進み行く。真浦は翁の後に七八尺遅れて、一歩々々深雪の中の足跡を目標に進む折しも、秋彦、駒彦は物をも云はず、真浦を引抱へ、数丈の崖下に突落した。突落された真浦は何の負傷もせず、高く積もれる雪の上にニコニコと安坐して三人の姿を仰ぎ見て居る。 秋彦『モシ真浦さま、どうだ、御気分は宜しいかな。どこもお怪我は御座いませぬか』 真浦『ハイ有難う、無事着陸致しました』 駒彦『サア六十五点に三十五点を加へて百点だ。肉体は高所から落第したが、御霊はいよいよ立派な宣伝使に及第したのだから喜び給へ』 松鷹彦、目を円くし、 松鷹彦『コレコレお前達は何と云ふ乱暴な事をするのだい。世界の人民を助けて天国へ救ふ役であり乍ら、地獄のやうな断崖から突落すと云ふ事が有るものか、グヅグヅして居ると此老人まで、どんな事をするか分つたものぢやない』 秋彦『お爺さま御心配下さいますな。身魂調べの為に、吾々両人は言依別様の御命令に依りて、あの男の修業をさせに来たのです。ここで腹を立てる様な事では、宣伝使の資格がないのだから、謂はば我々は宣伝使の試験委員だ。是れであの男も立派な宣伝使になりました』 松鷹彦『こんな絶壁から落されては、どうする事も出来ない。何とか工夫をして此処まで救ひ上げて来なさらねばなりますまい』 秋彦『何も御心配は要りませぬよ。獅子は児を産んで三日目に谷底へ棄て、上つて来た奴を又突落し、三遍目に上がつた奴を、始めて自分の子にすると云ふ事だ。こんな所から一遍や二遍突落されて屁古垂れる様な者なら、到底駄目だ。悪魔の栄ゆる世の中の宣伝使にはなれませぬ。上つて来よつたら、又突き落す積りです』 松鷹彦『それだと言つて、それはあまり残酷ぢやないか。早く助けてお上げなさい』 秋彦『そんな宋襄の仁は却つてあの男を憎む様なものだ。可愛いから此断崕から突き落してやつたのです』 松鷹彦『なんと妙な可愛がり様も有つたものだなア。私も此年をして居るが、そんな愛は聞いた事が無い』 と不思議さうに覗き込んで居る。 駒彦『お爺さま、お前も一つ可愛がつてあげようか』 松鷹彦『イヤもう結構々々、お前等に可愛がられようものなら、生命も何も無くなつて了ふ。若い者は兎も角も、此老人がどうなるものか。恐ろしい人達だなア』 と蒼惶として走り去る。 駒彦『アハヽヽヽ、到頭老爺さま肝を潰して逃げて了ひよつた。サア秋彦、モウ用が済んだ。是れから各自手分けをして、命ぜられた方面へ行く事にしよう。…コレコレ真浦さま、マアゆつくりと雪の上でお鎮魂でもなさいませ。これでお暇致します。其代りに百点だよ』 と両手を拡げて見せ、雪路を一生懸命に何処ともなく左右に別れて走り行く。真浦は苦心惨憺の結果、漸く廻り路を見出して、元の所に駆上り、四辺をキヨロキヨロ見廻し乍ら、 真浦『アヽ誰も彼も皆どつかへ埋没して了つた。エヽ仕方がない、足型を便りに後追つかけよう』 と独語しつつ雪に印した草鞋の跡を、犬が鋭利な嗅覚で猪の後を逐ふ様な調子で進んで行く。雪は鵞毛と降り頻り、足跡の窪みは殆ど埋没して了つた。見渡す限りの白雪の野を、一歩々々探る様にして、遂には大川の畔に辿り着いた。河の堤に細い烟の破風口より立昇る小さき茅屋が淋しげに立つて居る。真浦は『御免』と押戸を開けて入り見れば以前の老爺が、婆アと二人茶を啜つて居る。 松鷹彦『ヤアお前は最前の宣伝使だつたなア。能う来て下さつた。随分乱暴な男も有つたものだ。あれは大方バラモンの残党であらう。お前気を付けないと、どんな目に遭はされるか知れませぬぞや』 真浦『ハイ有難う御座います。実は人の尾峠の西麓に於て、盗賊に出会ひました。それから其盗賊さまに武志の宮まで送つて頂いたのです』 松鷹彦『何か盗られましたかなア』 真浦『イエ別に……盗られる処か結構な物を沢山頂戴致しました。盗難品は唯の一点も無く、貰つたものは前後二回で百点ばかりです。実に結構な御神徳を頂きました。最前もアノ絶壁から突き落され、其時にも三十五点呉れましたよ』 松鷹彦『ハテ合点のゆかぬ事を仰有る。その代物はどこに御所持なさるかなア』 真浦『ハイ残らず私の腹の中にしまつてあります。要するに無形の宝ですよ』 松鷹彦、両手を拍ち、打諾づき乍ら、 松鷹彦『ハヽヽヽ、年を老つて、わしも余程耄碌したと見えるワイ、ホンにそうだ。わしもお前さまから宝を四五十点頂戴した。実に忍耐と云ふ宝は結構なものだ。さうでなくては誠の道は拡まりますまい。バラモン教は随分荒行を致しますが……私も元は三五教を奉じて居りました。それから三五教の宣伝使の行方があまり脱線だらけで、愛想が尽き、同じ事なら大勢の者の信ずるバラモン教の方が処世上の便利だと思ひ、一旦は入信しましたが、これ亦どうしても私の腑に落ちない点が沢山ある。そうかうして居る間にバラモン教の一部を採り、ウラル教の或点を加味し、三五教を加へて、新に起つたウラナイ教と云ふ新しき教が出て来たので、又もやウラナイ教に間男をしました。そうして神様を武志の宮にお祀りした処が、その夕から夫婦の者が俄に病気付き大変な発熱で、幾度も死ぬ様な目に遭ひ……コリヤやつぱり元の神様にすがらねばなるまい……と夫婦の者が三五教の大神に謝罪をした処、不思議にも其時より熱が段々に降り、婆アは二三日の後ケロリと嘘を吐いた様に全快して了つた。私は此れから一里許りある下の村の者から選まれて、武志の宮の神主をして居る者だが、村人にさう幾度も幾度も神様を出したり入れたりすると思はれては、信用がないから、ソツとウラナイ教の高姫さまが祀つて呉れた御神号を河に流し、今では三五教の神様をお祀りしたいのだが、一旦御神号を流して了つたので、戴く訳にもゆかず、空の宮を……今日も今日とて謝罪旁拝みに行きました。今日で此雪路を三七廿一日、毎日通ひましたが、不思議な事には、あなた方に宮様の前でお目にかかつたのは、全く神様の御引き合せで御座いませう。併し詳しい教理は存じませぬが、三五教の宣伝使はみな貴方の様に忍耐が強い方ばかりですか』 真浦『昔の三五教は随分乱暴な宣伝使もあり脱線者も沢山出たさうです。併し此頃は玉照彦、玉照姫と云ふ立派な神様の生れ替はりが、聖地に現はれ玉うてより、誰も彼も、緊張気分になり、忍耐を第一として天下に宣伝を始めて居ります。恥かし乍ら私は大台ケ原山麓の暖かい所に生れ、楽に育つて来た報いで、此雪国へ始めて宣伝に参り、余程苦みました。さうして今日が宣伝の初陣です。僅かの時日、神様の教を聞かして頂き、言依別の教主様から許されて、宣伝に参つた者ですから、詳細しい事はまだ存じませぬ』 松鷹彦『さうすると、あなたは今日が始めてですか。それはそれは本当に結構です。宣伝使は分らぬ間こそ却て神徳もあり、人徳も備はるものだ。少し物が分ると知らず識らずに慢心が出て、終には信仰に苔が生え、又元の邪道に逆転するものだ。私もさう云ふ初心な宣伝使に一度会ひたいと思うて居つた。どうぞ貴方はこれから私の茅屋に逗留し、武志の宮の御神体を斎つて下さい。さうして村の者にも教を伝へ、バラモン教を改めさせたいものです』 真浦『神様を祀ると云つても、私の様なものでは、到底それだけの資格が有りませぬ。時を得て聖地にあなたも参拝し、言依別命様に面会して、御神体を奉迎してお帰りなさいませ。それが何より結構でせう。我々は宣伝をするばかりの役、神様の御神体を扱ふ事は出来ませぬ』 松鷹彦『如何にも、さう聞けばさうです。物品か何かの様に軽々しう扱ふ事は出来ますまい。時機をみて御願ひする事に致しませう。さうして三五教の教の樹て方は、大体どう云ふ事が眼目になつて居りますか』 真浦『あなたは最前も、三五教に入信て居たと仰有つた。私よりは、謂はば古参者、能くお分りでせう』 松鷹彦『唯々世界統一の神様だと信じ、此曇つた世の中を早う安楽な、潔白な世にしたい許りに信仰を続けて居たのみで、言はば徹底せない信仰で有りました。それ故あちら此方と迂路付いて見たのだが、どうしても三五教が斎る神様に御神力がある様だ。何とはなしに恋しくなつて来ました』 真浦『私が知つて居る事の大体だけを簡単に申しますれば、……世界を神の慈愛の教に依りて、道義的に統一し、世の立替立直しを断行する事。能ふ限り神様の道を宣揚し、体主霊従の物質的教に心酔せざる様教ふる事。如何なる事も神様にお任せ申し、自分の我を出さずに能ふ限り道に依りて力を尽す事。天地神明の鴻恩を悟り、造次にも顛沛にも、感謝祈願の道を忘れざる事。常に謙譲の徳を養ふ事。如何なる難儀に遇うとも、誠の道の為ならば少しも恐れず、誠を以て切り抜ける事。社会の為に全力を尽し、天下救済の神業に奉仕する事なぞを以て、吾々は宣伝使の尽すべき職務と確信して居ります。併し乍ら、中々思つた様に行ひが出来ないので、神様に対して何時も恥入つて居る次第で御座います』 松鷹彦『オウ、それで大体の御主意が分りました。今までの三五教の宣伝使は、三五教には退却の二字は無いと云つて、随分乱暴な喧嘩もしたものです。然るに今日あなたの御説の通り、三五教自身に立替が出来た以上は、最早天下何者をか恐れむやである。其実行さへ出来れば、此宇都山の里人も残らず帰順するでせう。どうぞ武志の宮の社務所にお止まり下さつて、不言実行の手本を見せて下さい。それが第一の宣伝です』 真浦『有難う御座います。何分宜しく御願ひ致します。私の初陣として、あなたの御病気の全快を神様に祈らして下さいませぬか』 松鷹彦『それは是非共頼まねばならぬ。併し乍ら不言実行だ。お前さまが私の宅へ来て間もなく、私の病気が知らぬ間に癒る様になさらぬか。願はして呉れ……なぞと仰有るのが間違つて居る。まだお前さまはチツと許り名誉欲の魔が憑いて居ますな』 真浦『ハイ恐れ入りました。それならモウ決して祈りませぬ。あなたの病気には無関係ですから、さう思つて下さい』 松鷹彦『ハイハイ分つた分つた。御互に神様の御子ぢや。右の手より施す物を左の手が、知らぬ様にするのが、誠の不言実行、三五の教だ』 真浦『あなたは何も彼も能く知つて居て、私を実地教育して下さるのだなア。有難う御座います。アヽ神様は人の口を藉つて、イロイロと修業をさして下さるか、思へば思へば有難い、勿体ない』 と涙を袖に拭ふ。 松鷹彦『わしは何にも知らない。唯お前さまと話をして居る際、俄に体が変になつて、あんな失礼な事を言ひました。どうぞ気に止めて下さるな……アヽ有難い、今迄ヅキヅキとウヅいて居つた私の足が、何時の間にかスツカリ癒つて了つた』 と拍手再拝、真浦を神の如くに手を合して拝み立てる。 雪に閉され四五日真浦は、老夫婦の親切にほだされて、教話を説き乍ら冬の日を消した。 松鷹彦『此処は御存じの通り、山と山とに囲まれて不便の土地、御馳走も一度上げたいと思へども、斯う雪に閉されては、どうする事も出来ぬ。幸ひ此川の淵には、沢山な小魚が居つて、つい其処の淵には、冬の寒さで一所に籠つて居る。これを掬うて来て、お前さまの御馳走にして上げませう』 真浦『ア、それは有難う』 と言ひつつ、後は小声で、 真浦『不言実行が肝腎だなかつたかなア』 と幽かに呟いた。老爺さまは玉網を担げ、雪掻き分けて川縁に行つた。そうして玉網を淵に突つ込み、荐りに骨を折つて居る。此家の座敷から能く見える距離である。婆アさまと真浦は、爺さんの川漁を面白げに眺めて居た。松鷹彦はどうした動機か、誤つてドブンと川に落込み、チツとも浮いて来ない。婆アさまは素知らぬ顔して眺めて居る。真浦は驚いて、 真浦『ヤアお爺さまが川へ落ち込んだ。助けてあげねばなるまい』 と立ちあがる。婆アさまは初めて口を開き、 婆(お竹)『不言実行だ』 真浦『恐れ入りました。これから私もお前さまに代つてあの青淵目蒐けて、バサンと飛び込み、ヂイさまを救はう』 婆(お竹)『お手並拝見の後御礼を申しませう。何は兎も有れ不言実行ですからなあ』 真浦は尻ひつからげ雪の中を倒けつ転びつ飛んで行く。爺イは此時柳の木に取り付き、ムクムクと上つて来た。 真浦『お爺さま、結構でした。能う助かつて下さつた。実は私もビツクリして助けに来たのだ』 松鷹彦『あなたは有言不実行だ、アハヽヽヽ』 真浦は黙つて老爺さまの着物を搾りかけた。 松鷹彦『自分の着物は自分が絞る。モツと忘れたものがあるだらう』 真浦は黙つて引返し、矢庭に座敷の中をキヨロキヨロ見乍ら、おやぢさまの着替を見付け、小脇に抱へて飛出した。婆アは、 婆(お竹)『コレコレお前さま、それはおやぢの着物だ。老爺の陥つたのを幸ひ、大切な着替を不言実行して、どこへ浚へて行くのだ。……ホンにホンに油断のならぬ人だなア、オホヽヽヽ』 真浦『エー夫の危難を前に見乍ら、一言も頼みもせず、不言実行だなんテ、謎をかけやがつて、おまけに俺を盗人扱ひにして洒落て居やがる。此奴ア普通の狐……オツトドツコイ女ぢやあるまい。……早く行かぬと、爺が凍てて了ふ』 と裏口を跨げかける。婆アは、 婆(お竹)『真浦さま、早く早く、不言実行だ』 真浦は物をも言はず、爺の所に走り着いた。老爺は赤裸となりて真浦の持つて来た着物を、手早く身に着け『大きに』とも、『御苦労』とも言はず、黙つてスゴスゴと吾家に帰る。真浦は濡れた着物や網を引抱へ、 真浦『アヽ本当に不言実行歩と出よつたな。油断のならぬ化物爺だ。モウこれからは暫時唖の修業だ』 と独ごちつつ、爺の家に帰つて来た。 婆(お竹)『流石三五教の宣伝使ぢや。能う気が付いた。これでお前も又一点程点数が増えましたデ、ホヽヽヽヽ』 松鷹彦『アイタヽヽ、又しても痛くなつた。此奴ア病気が撥ね返るのではあるまいか。非常な激痛だ』 と顔を顰め、 松鷹彦『不言実行不言実行』 と呶鳴つて居る。婆アは、 婆(お竹)『折角御神徳を戴き乍ら……爺さま、お前は二口目には不言実行と仰有るが、取らぬ狸の皮算用をする様に、棚の牡丹餅をおろして喰ふ様に、慢心して、真浦さんに御馳走をしてあげようかなんテ、仰有るものだから、忽ち神様の御戒めを食つて、有言不実行になり、そんな土産を頂戴して苦むのだよ。チツと神様に謝罪をなさらぬか』 松鷹彦『俺は神様に対して不言実行、暗祈黙祷を行つて居るのだ。どつか其辺らに不言実行者が、モウ出さうなものだ。アイタヽヽ』 真浦は赤裸となり、裏の川にザンブと飛び込み、御禊をなし、一生懸命で何事か祈願し始めた。爺イの足の痛みは不思議にもピタリと止まつた。 松鷹彦『真浦様、有難う。御神徳を頂きました。サアどうぞ此方へ来て下さい。火を焚いてあたらしてあげませう』 真浦は川より這ひ上り、身体の露を拭ひ乍ら、 真浦『お老爺さま、火を焚くのもヤツパリ不言実行だ、アハヽヽヽ』 (大正一一・五・一二旧四・一六松村真澄録) |
|
139 (1759) |
霊界物語 | 20_未_丹波物語5 錦の宮の発足 | 04 六六六 | 第四章六六六〔六六六〕 鬼も十八、番茶も出花、蛇も廿なる巻物語、六六六の節に当つて少しく季節は早けれど、蚊蜻蛉然たる細長き、加藤如来に筆執らせ、横に臥しつつ瑞月が、古今を混同したる夢物語、ハートに浪もウツ山の、里に割拠せし、バラモン教の宣伝使、言霊濁るども彦が、天の真浦の言霊に、当りて逃出す一条、天井の棧を読みながら、布団を尻に敷島の煙と共に雲煙朦朧、捉まへ所のなき泣き述ぶるドモ彦物語、嗚呼惟神々々、辷る言霊口車、いやいやながら乗つて行く。 田吾作は鍬を杖につき、煮染めたやうな垢ついた手拭で頬被りをし乍ら、留公の側にツと寄り添ひ、石原を石油の空缶でも引ずり廻したやうなガラガラ声を振り上げて、お交際的に支離滅裂なる友彦征服歌を謡ひ始めたり。 田吾作『朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 宇都山村の里人は朝な夕なに鍬担げ 婆も娘も野良仕事いそしみ励む其中へ どこから降つて出て来たか規律を乱すバラモンの 偽善一途の神柱おん友彦がやつて来て イの一番に留公を言向け和し次ぎにお春の若後家が 現を抜かした其日より二十余軒の里人は 野良の仕事も打忘れ朝から晩までバラモンの 訳も分らぬ経を読み随喜の涙流しつつ 今年で恰度満三年田畑は毎年荒れて行く こんな事ではどうなろと道に迷うた里人に ド偏屈よと笑はれつ麦を蒔つけ豆を植ゑ 芋の赤子を朝夕に肥料を与へて育みつ 其成人を楽みに朝から晩まで汗をかき 作る畑へ留公が三五教の守彦の 生言霊に怖ぢ恐れ野路を外して我畑に 踏み込み赤子を無残にも躙り殺してしもた故 俺もチツとは腹が立ち留公が宅へやつて来て 強談判と出て見れば留公の奴の言ひ草が どしても俺の腑に落ちぬ女国有の説もある 此世の中に芋にせよ赤子を踏まれて堪らうか 旧の通りにしてかやせバラモン教の御教は 天の恵を無残にも損ひ破つて良いものか 返答聞かむと詰め寄れば此留公は面をあげ 頻りに冷笑浮かべつつサンガー夫人がやつて来て 産児の制限までもする八釜し説を吐く時に 芋の赤子の二十三十潰してやるのは国の為 世人の為ぢやと逆理屈流石の俺も堪り兼ね 携へ持つた鍬の先留公の頭を的として 骨も砕けと打下ろす忽ち留公身をかはし 逃げる機みに三五の神の教の宣伝使 守彦さまが足の指思ひがけなく切り落し ビツクリ仰天地に這うて無礼を謝すれば守彦の 仁慈無限の真人は顔に笑をば湛へつつ 罪を赦して下さつたあゝ有難し有難し バラモン教の友彦が指であつたら何とせう 摺つた揉んだと苛められ忽ち衣を剥ぎ取られ 鳥もとまらぬ茨畔剣の橋や火渡りや 水底潜り荒行を五日十日と強ひられて 生命の程も計られぬ之を思へば三五の 神の教の尊さが心の底に浸み込んで 喜び勇んで入信の手続き終へた田吾作は 最早バラモン教でないサア友彦よ友彦よ 最早汝が運の尽き一日も早く改心の 実を示すかさもなくば大江の山の鬼雲彦が 館を指して帰り行けお前の様な悪神が 鳥なき里の蝙蝠と羽振りを利かしたシーズンは 昔の夢となつたぞよ田吾作ぢやとて馬鹿にすな 俺も天地の分霊仮令養子の身なりとて 家を嗣いだら主人ぢやぞ貴様は口に蜜含み 尻に剣持つ土蜂の女房子供に至るまで うまく騙してくれた故村中の内輪ゴテゴテと 宗旨争ひ絶間なくイカイ迷惑かけよつた さはさり乍ら今となり理屈を言ふは野暮なれど 腹の虫奴がをさまらぬ一日も早く兜脱ぎ 鉾逆様に旗捲いて降参するなら田吾作が 日頃の恨み解けようが何時まで渋とう威張るなら 堪忍袋の緒を切つて蛙飛ばしの蚯蚓切り どん百姓と云はれたる此田吾作が承知せぬ 返答聞かせ早聞かせ此世を造りし神直日 心も広き大直日唯何事も人の世は 直日に見直せ聞き直せ宣り直せよと皇神の 尊き教は聞きつれど何うしてこれが忘られよか 俺等一人の難儀でない宇都山村は云ふも更 ひいて世界の大難儀今の間に悪神の 根を断ち切つて葉を枯らし昔の元の秘密郷 宇都山村を立直し武志の宮の御前に お礼参りをせにやならぬさあ友彦よ友彦よ 早く改心致さぬか朝な夕なに清新の 同じ空気を吸うた俺お前の難儀を目のあたり 見逃す訳にも行きませぬ三五教の宣伝使 天の真浦が言霊を発射なさらぬ其間に 早く去就を決せよやお前の行末案じての 我忠告を馬鹿にして聞いてくれねば止むを得ず 神の御心に任すよりもはや仕方がない程に あゝ惟神々々御霊幸倍ましまして 道に迷ひし友彦が心を照らさせ給へかし 御魂を研かせ給へかしあゝ惟神々々 御霊幸倍ましませよ』 と揺ひ終つて、頬被をはづし、顔の汗を拭ひ鍬を担げて表へ飛び出した。友彦は閻魔大王が年末の会計検査をするやうな面構へで、口をへの字に結び、ビリビリと地震の神の神憑りをやつて居る。 真浦『天地を造り固めたる国治立の大神の 大御神命を畏みて豊国姫の分霊 ミロクの御代に大八洲彦神の命や大足彦の 教を開く宣伝使開くる御代も弘子彦の 神の命の生御霊宇宙万有統べ守る 七十五声の神の教言霊別の伊都能売の 神は尊き神界の大経綸を果さむと 天教山に現れませる木花姫や烏羽玉の 闇世を晴らす日の神の霊より現れし日の出神 神素盞嗚大神の瑞の御霊と諸共に 珍の聖地のヱルサレムコーカス山やウブスナの 御山続きの斎苑の山エデンの園を始めとし 自転倒島の中心地桶伏山の山麓に 大宮柱太しりて仕へ奉りし神の宮 伊都の仕組も三千歳の花咲く春に相生の 玉照彦や玉照姫の珍の命と現はれて 埴安彦の開きたる三五教を立直し 瑞の御霊に反抗ひしウラナイ教の神司 高姫黒姫松姫が心の底より悔悟して 神の御伴に馳参じ教を四方に伝へ行く 言霊天地に鳴り渡り太平洋を控へたる 大台ケ原の山麓に産声揚げし守彦が 霊夢に感じて杣人の業務棄てて照妙の 綾の高天に馳登り百日百夜の行を終へ 言依別の大神に差許されし宣伝使 雪踏み分けて人の尾の山の麓に来て見れば 忽ち雪の槍ぶすま進みもならず退くも 心に任せぬ雪の宵忽ち聞ゆる足音に 何物ならむと佇めば限り知られぬ黒影は 人か獣か曲神か但しは敵の襲来かと 雪に埋もり窺へば幽かに瞬く火の光 力の綱と近寄れば半ば破れし門の戸を サツと開いて出来る雲突く許りの荒男 お這入りなされと親切に顔に似気なき御挨拶 薄き氷を踏む心地進退ここに谷まりて 神のまにまに入り見れば又もや一人の荒男 囲炉裏の側に安坐かき厭らし眼付で睨めまはす あゝ山賊の棲み家かと怪しむ折しも向ふより 名乗り出でたる三五の神の教の宣伝使 秋彦駒彦両人と判つた時の嬉しさは 常世の春に会ふ心地明くるを待ちて三人は 人の尾峠の雪をふみこけつ転びつ浮木の里 武志の宮の御前に到りて祝詞を奏上し 暫し休らふ時もあれ杖を力に登り来る 白髪異様の老人は武志の宮の神司 松鷹彦の神参詣翁の後に従ひて 五尺有余も積りたる雪に半身没しつつ 見上ぐる許りの断崖にかかる折しも秋彦や 心のはやる駒彦が油断を見すまし我体 力限りに突きつれば空中滑走の離れ業 雪積む崖下に着陸し神の試錬と喜びて 感謝祈願をこらす折秋彦駒彦両人は 口を揃へて語るやう人の尾峠の山麓で 六十五点与へたり又もや此処に我々が 検定委員と現はれて汝が身魂試験せり いよいよ立派な宣伝使三十五点を与ふれば 天下晴れての神使御祝ひ申すと言ひ乍ら 姿は消えて白雪の足音さへもかくれ行く 鵞毛と降り来る白雪を冒して川辺の一つ家に 辿りて見ればこは如何に松鷹彦の老夫婦 囲炉裏の前に端坐して渋茶を啜る真最中 居ること此処に三四日翁は川に網を持ち 小魚を掬ひ守彦に饗応せむと出でて行く 忽ちバサンと水煙り驚き駆け付け救はむと 到りて見れば老人は川辺の柳に取り付いて ニコニコ笑ひ上り来る我れは忽ち駆せ帰り 不言実行の着替へ持ち再び川辺に駆せ付けて 翁に渡し濡れ衣絞りて伏屋に立帰る 老人夫婦は喜びて朝な夕なに神の教 問ひつ問はれつ語り合ひ雪積む春を明けの春 梅さへ散りて麦の穂の筆を含みし弥生空 バラモン教の友彦が使と称して入り来る 留公始め五人連れ門の戸口に顔を出し 爺さん婆さんに打ち向ひ何かヒソビソ語り合ふ 様子怪しと戸の破れ垣間見れば五人連 形勢不穏と見えしより始めて開く言霊の 車を押せば忽ちに踵を返して逃げて行く あゝ惟神々々御霊の幸を目のあたり 眺めて神の大御稜威うまらに委曲に讃へつつ そつと此家を脱け出でて豆麦茂る田圃路 進み来れる折柄に先に来りし留公が 一人の男と何事か芋の畑にいがみ合ふ おつとり鍬を振あげて芋の畑の赤ん坊を 踏んだ踏まぬと心まで捩鉢巻の大喧嘩 仲裁せむと立ち寄りて折を伺ふ一刹那 力限りに田吾作が打下したる鍬の尖 留公ヒラリと身をかはし勢余つて吾足に 力限りにかぶりつき小指を一本喰ひちぎる 周章ふためき手を延ばし親と頼みし小指をば ついで直せば裏表それより忽ち田吾作は 留公さんと手を握り平和談判締結し 目出度く進み来て見れば神の教の友彦が 悠々然と構へつつ天地に響く宣伝歌 耳をすまして聞くからにどことはなしに善悪の 差別も分かぬ言霊戦善悪正邪の判断に 苦み佇む時もあれ留公さんが進み出で 俺の腕には骨がある早返答と詰めかくる 其スタイルの可笑しさに済まぬ事とは知り乍ら 思はず知らず噴き出だす続いて進む田吾作が 心をこめた宣伝歌何れ劣らぬ花紅葉 実りはせねど紅葉の上に閃くプロペラの 右と左に別れたる支離滅裂の大虚空 空翔つ様な宣り言にバラモン教の宣伝使 神の教の友彦が不意を喰つた怪訝顔 館をめぐる陥穽これぞ金城鉄壁と 頼みし甲斐も荒男の子二人の男と友彦の 仲には深い陥穽の近寄り難い深溝が 忽ち茲に穿たれたあゝ惟神々々 御霊幸はひましまして皇大神の御恵みの 深き尊き事の由友彦司の胸の奥 早く照らさせ玉へかし月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも天の真浦が真心は 救ひまつらにや置くべきか元は天地の分霊 三五教もバラモンも仕ふる人は神の御子 一日も早く御心を直させ玉へ神司 天の真浦が真心を茲に披陳し奉る あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と歌ひ終るや友彦は此声に驚いてか、忽ち裏門より韋駄天走りに駆出し、川にザンブと飛び込み、対岸指して流れ渡りに打渡り老木の茂みに姿を没したり。桜を散らす山嵐、川の面を撫でて、魚鱗の波を描いて居る。茲に真浦は留公、田吾作を始め、数多の里人に歓迎され、武志の宮に寄り集ひて、一同感謝祈願を奏上し、次いで暫く松鷹彦が茅屋に足を留むる事となりける。 ○ 四方の山辺は新緑の衣着飾る初夏の風 釈迦の生れた卯の月の空晴れ渡る後の夜の 寒さに震ふ月の下窓引あけて眺むれば 新井すました如衣宝珠頂き照らす山の上新井如衣 郁太の山の高し郎に光も強く照り渡る山上郁太郎 和知の流れは淙々と波音高く自から 天津祝詞を奏上し山川草木一時に 天地自然のダンスをば春の名残と舞ひ暮す 山と山との谷村に真の友の寄り合ひて谷村真友 二十の巻の物語六六六の節までやうやうに 述べつ記して北村の筆の剣も隆光る北村隆光 出口の王仁が口車横に押すのを松村氏出口王仁三郎 心も真澄の大御空外山の頂き晴れ渡る松村真澄 豊かな春二教子が六六夜も寝ねもせで外山豊二 六六六の物語加藤結んだ松の心加藤明子 一度に開く梅が香の香りゆかしく説き明かす 時しもあれや汽車の音本宮山の麓をば 矢を射る如く辷り行く一潟千里の勢に 火車の車は走れども余り日永に草臥れて 辷りあぐみし口車いよいよここに留めおく あゝ惟神々々御霊幸はひ玉へかし。 (大正一一・五・一二旧四・一六加藤明子録) |
|
140 (1762) |
霊界物語 | 20_未_丹波物語5 錦の宮の発足 | 07 再生の歓 | 第七章再生の歓〔六六九〕 松鷹彦はあかざの杖をつき、田吾作、お春の慌てて駆出した跡を気遣ひ、覚束ない足つきにて二人に留守を托しながら出て往つて仕舞つた。後には夫婦連れ、何れも喜びと驚きの涙に暮れて居る。 お勝『モシ宗彦さま、何卒私に暇を下さいませぬか』 宗彦『そりやお前、本当に欲しいのか』 お勝『何しに心にもない事を云ひませう、一寸感じた事が御座いますから、何卒今日限り縁を切つて下さい』 宗彦『ハハ分つた、お前は、私の父親は、もつと立派なものと思うて居たのだらう、あの爺さまが、私の親と云ふ事が分つたので俄に嫌になつたのだな』 お勝『イエイエどうしてどうして、嫌になりますものか、層一層懐しうなつて来ました』 宗彦『そんなら尚更の事、夫婦睦まじく暮して呉れたらどうだ。俺も折角お父さまに遇うて喜ぶ間もなく、女の方から暇を貰つてどうして親に合す顔があらうか、昨日迄なら止むを得ざれば切つてもやるが、今となつてそんな事が出来るものか、俺の心も些とは察して呉れたらどうだ』 お勝『それはさうで御座いますが、これには云ふに云はれぬ仔細があつて』 宗彦『遠慮会釈もない夫婦の仲、云はれぬ秘密があらう筈はない、サアその秘密を聞かして呉れ』 お勝『其秘密を申し上げたら貴方は吃驚をきつとなさいませう、是許りは死んでも申し上げられませぬ』 宗彦『ハヽア、さうするとお前は田吾作さまと、なんか俺に内証で契約でもしたのだらう、田吾作とお前の視線がどうも怪しかつた』 お勝『何と云ふ情ない事を仰しやるのですか、私の腹を切つてでも見せて上げたい、何れ死なねばならぬ罪の重いこの体』 と云ふより早く懐の懐剣を取り出し、帷子の薄衣の上からグサリと突き立てようとした。宗彦は驚いてぐつと其手を握り、 宗彦『待て待て』 お勝『イエイエ何うぞ留めて下さいますな、潔く死なして下さいませ、腹を切つて臨終の際に一言申し上げて、神様や貴方にお詫を申し上げます』 宗彦『生死を共にしようと云つて、山野河海を見窄らしい巡礼姿となり下がり、手に手を把つて此処迄互に父母の後を慕ひ来たのではないか、お前は大方私が親子の対面をしたので恨めしうなつたのだらう、イヤ失望落胆したのであらう、きつと遇ふ時節が来るから短気を起して呉れな、夫が妻に手をついて、サア此通りだ』 と片手にお勝の腕を握り、片手を目の前に突きつけて、涙と共にお勝を拝む。 お勝『アヽ勿体ない、そこ迄思うて下さるなれば死ぬのは止めませう、安心して下さいませ、その代り只今限り無条件でお暇を願ひたう御座います』 宗彦『暇をやらねば死ぬと云ふなり、暇をやれば親父に心配をかけるなり、嗚呼恩と恋との締木にかかつて、こんな苦い事が世にあらうか。これお勝、何卒暫くでいいから夫婦になつて居てくれ、又時をみてお前の望み通り、離縁をするから』 お勝『それが待たれるやうな事なれば、なぜ私がお願ひ致しませう、女房が夫に対し離縁を申込むなぞと云ふやうな、不合理な事が何処に御座いませう。貴方は嘸々不貞腐れの女だと思召すでせうが、私の胸の中は千万無量、焼鏝を当てるやうで御座います』 宗彦『アヽ何うしたら此苦みを逃れる事が出来ようかなア、暇をくれと云へば云ふ程心の中の恋と云ふ曲者が躍り出し、俺の体も焦熱地獄に陥ちたやうだ』 と太き息をつく。夫婦の間に得も云はれぬ悲惨な雲の幕が下りた。斯かる所へ松鷹彦はいそいそと帰り来り、 松鷹彦『ヤア宗彦、お勝、お前は泣いて居るのか、こんな目出度い時に夫婦が揃うて泣くと云ふ事があるものか、泣きたければ又夜中に悠くりと泣いて満足するがよい、今其処へ村の衆が出て御座るから、サアサア早う機嫌直して呉れ』 宗彦『お父さま、余り嬉しうて嬉し涙が溢れたのです、御心配下さいますな』 松鷹彦『アヽ、さうだらうさうだらう無理も無い、併しお勝も泣いて居たやうだ、目を腫らして居るぢやないか、これこれお勝、見つともない、泣いて呉れな』 と留めながら松鷹彦は自分も泣き出した。 宗彦『お父さま、申上げ悪い事ですが、女房が只今より暇が欲しいと云ふのです、それで実は二人が談判して居つたのです』 松鷹彦『若い者と云ふものは仕方がないものだな、私も覚えがある。天下御免だから犬も喰はぬ喧嘩を精出してやつて呉れ』 後は嬉し涙をしやくり上げる。 斯る所へ、天の真浦の宣伝使を始め、田吾作、留公、お春は四五の里人と共に、スタスタとやつて来た。 田吾作『モシモシ、お爺さま、お喜びなさいませ、真浦の宣伝使は確に左の腋の下に梅の紋が鮮かに現はれて居ります。屹度最前仰有つた、貴方の御長男松さまに間違ひありません。ナア真浦さま、さうでせう』 真浦『ハイ』 と云つたきり、何となく心落ち着かぬ返事をして居る。 松鷹彦『モシモシ真浦さま、失礼な事をお尋ね致しますが、あなたのお国は何所で御座いましたか』 真浦『ハイ、私は紀の国熊野の生れで御座います』 松鷹彦『お父さま、お母さまはお達者にして御座るでせうな』 真浦『イエ父も母も行方不明となり、三人の兄妹も何うなつたか、何分小さい時に分れたのものですから顔も知らず、全然世の中に親族も何もない一人ぼつちです。私の力とするのは唯もう仁慈無限の神様許り、度々夢を見ますが、私の父はどうも貴方に良く似て居るやうに思ひます。併しこれは夢の事ですから、あてにはなりませぬ。何卒お心にさへて下さいますな』 松鷹彦『お前さま左の腋に梅の花の痣があると云ふ事ぢやが、それは真実ですか、真実なら一寸見せて下さい。私の子供には兄弟とも兄は左に弟は右に、不思議な事には梅の紋の痣がついて居る、何でも是は神様の生れ変りと聞いて居る。一人の娘には臍の上に三角星のやうな黒子があつた』 真浦『是は妙な事を承はります、サア何うぞお調べ下さいませ』 と肌を脱ぐ。松鷹彦は眼を光らし、つくづくと眺めて、 松鷹彦『マヽ擬ふ方なき私の忰であつた。有難い有難い、これと云ふのも神様のお引き合せ、婆が生て居たらどれだけ喜ぶであらうに、可憐さうな事をした。婆と明け暮れ三人の子供の事を思ひ出しては泣き、云ひ出しては泣き、可憐さうに泣いて泣いて泣き暮し、終には自暴自棄になつて、河の魚を漁り、殺生ばかりして悶々の情を慰めて居た。アーア可憐さうだつた』 と流石妻を思ふ愛情の雲に包まれて其場に力なく泣き沈む。 田吾作『こんな目出度い時に何をベソベソ泣くのだ。男と云ふものは涙を目から外へ落すのは大変な恥だ、潔うなさいませ。歌でも謡つて祝ひの酒でも飲んで機嫌ようするのだなア、私も何だか陰気になつて来た。サア一つ歌つて見ようかな、ぢやと云うて酒も呑まずに何だか拍子抜がしたやうだ。お弓の奴、酒を買うて持つて往くと云ひながら、何をして居るのだらう。又爺といちやついて居るのだなからうかなア』 と態と潔う喋り立てる。留公は、 留公『モシモシ、真浦の宣伝使さま、何を俯向いて居るのだ。早くお父さまに久し振りの御対面の御挨拶をなさらぬか、何だか目出度い事だと思うて来たのに薩張座が湿つて仕舞ひ、五月雨の空のやうだ。ヤアお弓さんが酒を持つて来た。オイ田吾作、お前は酒好きだから、早く飲んで一つ踊つて此場の空気を一洗してくれ、俺は御馳走の用意にかかるから、追々村の者が出て来る時分ぢやから愚図々々しては居られぬぞや』 と足早に炊事場指して走り行く。 田吾作はお弓の持つて来た酒をグイと引つ手繰り、其儘口にあてて法螺貝飲みを始めて居る。松鷹彦、真浦、宗彦、お勝の四人は喜びと悲しさの雲に包まれ、黙念として傾首れて居る。田吾作は酒の機嫌で謡ひ出した。 田吾作『とうとうたらりやとうたらりたらりやたらりやとうたらり 天下泰平国土成就神が表に現はれて 善と悪とを立て別ける此世を造りし神直日 心も広き大直日唯何事も人の世は 直日に見直せ聞き直せ身の過ちは宣り直す 三五教の神の道神の御稜威のいや高き 武志の宮の御前に親子夫婦の邂逅 三千世界の梅の花左の腕は厳御霊 右りの腕は瑞御霊厳と瑞との神の子が 弥此処に現はれて三五の月の御教を 四方に広むる常磐木の松鷹彦のお喜び 臍下丹田のその上に瑞の御霊の印ある 黒子の出来たお勝さま私ばかりは知つて居る さはさりながら皆の人必ず怪しみ給ふなよ わしとお勝さんの其仲は汚れた事は露もない 宇都の河原にお勝さま御禊せられた其時に 横から一寸見て置いた松鷹彦の先刻の 御物語を伺へばこれぞてつきり御兄妹 松竹梅の三人が弥揃うた神の前 皆さま喜びなさいませこんな目出度い事はない 仮令天地は変るとも親子の縁は変りやせぬ 親子は一世夫婦二世切るに切られぬ親と子が 長い間の生き別れ此処で遇うたは優曇華の 花咲く春の梅の花開いて散るな実を結べ 七重に八重に九重に十重に廿重に咲き匂ふ 神の教の瑞祥ぞアヽ惟神々々 御霊幸倍ましまして知らず知らずに犯したる 宗彦夫婦が身の罪を三五教の大御神 直日に見直しましまして罪も汚れもあら川の 淵瀬に流して清めませアヽ惟神々々 御霊幸倍ましませよ』 と剽軽な男に似ず、今日に限つて真面目に謡ひ、真面目に舞うて見せた。この言霊に白けかかつた一座は俄に陽気だち、何れも顔色変へて春風に桜の綻ぶ如き笑顔を見せたり。 宗彦『アヽお勝、お前は合点の行かぬ事を俄に云うと思つて居たが、アヽ妹であつたか。なぜ遠慮をするのだ、素より兄妹と知つて天則を犯したのでもなし、知らず識らずの反則であるから神様も赦して下さるだらう。何うぞ心配してくれな、併し兄妹と分つた以上は、お前の望み通り暇を上げませう』 松鷹彦、真浦は打驚き、夢か現か、親か子か兄妹かと、目と目を見合し、呆れて言葉も泣く許り。天の真浦は立ち上り、 真浦『天と地との其中に生れ来りし人草の 中にも別けて我が親子運命の神に操られ 親子は四方に離散して行方も知らぬ旅の空 親は我子の行先を尋ねて風雨に身を曝らし 慈愛の涙そそぎつつ山河渡り荒野越え 我等が跡を老の身の憂を忘れてあちこちと 彷徨ひませる親心山より高く海よりも 深き尊き御恵み我等三人の兄妹は 親に離れし雛鳥の寄る辺渚の捨小舟 流れ漂ひあちこちと情なき人に虐まれ 百の艱みを凌ぎつつ我垂乳根の行先を 朝な夕なに当もなく探りし事の悲しさよ 天地に神のますならば悲しき我等がこの思ひ 晴らさせ給ひて片時も早く遇はさせ給へやと 神に祈りをかけまくも畏き御稜威幸はひて 思ひもかけぬ親と子が今日の対面何として 天地の神に礼代の言霊さへもなくばかり アヽ惟神々々御霊の幸を賜はりし 恵も深き三五の道を守らす大御神 神素盞嗚大神の瑞の光に照らされて 月満つ今日の邂逅父は此世にましませど 母は早くも娑婆世界後に見捨てて去りましぬ さはさりながら吾のみは恋しき母と知らずして お目にかかりし嬉しさよ此世に母のましまさば 如何に喜び給ふらむ嗚呼父上よ弟よ 日頃尋ねし妹よいざ是れよりは大神の 真の道に服従ひて生命の限り身の極み 誠一つの言霊に悪魔の猛ぶ現世を 洗ひ清めて母上の御心慰め奉り 父の誉を万代に伝へむものと励みませ 淵瀬と変る人の世は明日をも知らぬ身の上ぞ 嬉しき春に廻り遭ひ互に顔をみたり連れ 一度に開く梅の花三千世界の名を負ひし 三角星座の印ある名さへ目出度き梅子姫 常磐堅磐にいつ迄も松竹梅の勇ましく 生き長らへて吾が父に能ふ限りの孝養を 尽くすも嬉し兄妹の今日の喜び月照の ミロクの神の御前に喜び感謝し奉る アヽ惟神々々御霊幸倍ましませよ』 と謡ひ終つて座についた。 村中の老若男女は残らず空家にして此場に馳集まり、飲めよ謡へよの大祝ひに夜を明かした。 天の真浦は永く武志の宮に留まりて父に孝養を尽し、お春を女房に持ち、父の後を継ぐ事となつた。お勝は留公の媒酌にて田吾作の妻となり、夫婦仲よく一生涯を送り、子孫繁栄して裕な身となつた。 宗彦及び田吾作の二人はこれより聖地に上り、言依別命に謁し、三五教の教理を体得し、自転倒島を始め、世界到る所に足跡を印し神業に参加し、遂には素盞嗚大神に見出されて立派なる大宣伝使となりにける。 (大正一一・五・一三旧四・一七加藤明子録) |