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101

(1668)
霊界物語 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 08 衣懸松 第八章衣懸松〔五九八〕 大江山の本城に間近くなつた童子ケ淵の傍に現はれ出でたる二人の男女、又もや地中より這ひ出でて、岩戸の入口を打眺め、 青彦『ヤア高姫さま、何時の間にか、吾等が入口を、斯くの如き千引の岩を以て塞ぎよつたと見えます。幸ひ脱け穴より斯うして出て来たものの、万一此穴がなかつたならば吾々は三五教に魂を抜かれた鬼彦一派の奴と共に、徳利詰に遭つて滅びねばならない所であつたのです。何とかして、此岩を取り除けたいものですな』 高姫『オホヽヽ、是れ全くウラナイ教の神様の御守護で御座いませう。何れ又時節到来せば、此岩は春の日に氷の解けるが如く消滅するであらう。瑞の御魂の変性女子が悪戯を致しよつたに相違なからふ。必ず心配に及びますまい』 青彦『さうだと言つて、此巨大なる岩石が、どうして解けませうか。押したつて、曳いたつて、百人や千人の力では、ビクとも致しますまい』 高姫『あのマア青彦さまの青ざめた顔ワイなあ、これ位な事に心配致す様では、神政成就は出来ますまい。あなたも聖地ヱルサレムに現はれた行成彦命と化けた以上は、モウ少し肝玉を大きうして下さいや』 青彦『ぢやと申して、此岩を取り除けなくては、再び吾等は地底の巌窟に出入する事は出来申さぬ。出る事はヤツトの事で、胸の薄皮を摺剥き乍ら出て来ましたが、這入るのは到底困難です。早速の間に合ぢやありませぬか。鬼雲彦の大勢力を以て、今にも此場に現はれ来るとあらば、吾々は如何致すで御座らう、吁、心許ない今の有様』 と悄気返る。高姫はカラカラと打笑ひ、 高姫『ホヽヽヽ、マア阿呆正直な青彦さま、顔から首まで真青にして、慄うて居るのか、夫れだから、世間からお前は青首だと言はれても仕方があるまい。チト確乎なさらぬか、鬼雲彦が何恐ろしい』 青彦『それでも鬼雲彦はバラモン教の大棟梁、彼奴が恐さに、万一の時の用意と、此処に巌窟を掘つておいたのではなかつたのですか』 高姫『一旦はさう考へたが、最早今日となつては、何事も此高姫が胸中の策略を以て、鬼雲彦も大半此方の者、あまり心配するものでない。お前もチツトは改心を致して、鬼心になつたが宜からう』 青彦『イヤ、其様な悪魔に与するならば、吾々は真つ平御免だ、今日限りお暇を頂きませう』 高姫『オホヽヽヽモウ斯うなつては、逃げようと云つたつて、金輪奈落、逃がすものか、チヤンと、湯巻の紐でお前の知らぬ間に、体も魂も縛つて置いた。逃げようと云つたつて、どうも出来まい、逃げるなら、勝手に逃げて御覧うじ、妾の掛けた細紐は、鉄の鎖よりもまだ強い、女の髪の毛一筋で大象でも繋ぐと云ふではないか。夫れさへあるに下紐を以て結び付けた以上は、ジタバタしてもあきませぬ。ホヽヽヽ』 青彦『わたしは今迄、あなたの教は、三五教以上だ、変性女子の御霊をトコトン懲しめ、部下の奴等を一人も残らず、ウラナイ教の擒に致し、善に導き助けてやらうと思つて居たのに、これや又大変な当違ひ、善か悪か、あなたの本心が聞きたい』 高姫『善に見せて悪を働く神もあれば、悪に見せて善を働く神もある。善悪邪正の分らぬ様な事で、能う今迄妾に随いて来た、………愛想が尽きた身魂ぢやなア、ホヽヽホーホ』 青彦『さうすると、ウラナイ教は、善に見せて悪を働くのか、悪に見せて善を働くのか、どちらが本当で御座る』 高姫『エー、悟りの悪い、悪と言へば何事に係はらずキチリキチリと埒の明く人間の事だ。善と云へば、他人の苦労で得を取る、畢竟御膳を据ゑさして、苦労なしに箸を取ることだ』 青彦『益々合点が往かぬ、あなたの仰せ……』 高姫『善に強ければ悪にも強い、此方は仮令善であらうと、ソンナ事に頓着はない、盗人の群に捕手が来たら、其捕手は盗人からは大悪人ぢや、コツソリと博奕を打つて居る其場へポリスが踏み込んで来た時は、博奕打から見たら、其ポリスは大悪人だ。お前と妾と暗の夜に橋の袂でヒソヒソ話をして居る所へ、三五の月が雲の戸開けて覗いた時は、其月こそ吾等の為には大の悪魔だ。これ位の事が分らいで、ウラナイ教がどうして開けるか。全然是れから数十万年未来の十七八世紀の人間の様な事を思つて居らつしやる。せめて十九世紀末か、二十世紀初頭の、善悪不可解の人間に改善しなさい。エーエー悟りの悪い。……一人の神柱を拵へるのにも骨のをれた事だ。若い時から男性女と云はれたる此高姫が、心に潜む一厘の仕組、言うてやりたいは山々なれど、まだまだお前にや明かされぬ、エーエー困つた事になつたワイ』 青彦双手を組み、暫し思案にくれて居る。 高姫『アヽ仕方がない、コンナ分らぬ神柱を相手にして居ると、肩が凝る。エー仕方がない。サアサア衣懸松の麓の妾が隠れ家に引返して、酒でも飲みて機嫌を直し、ヒソヒソ話の序に、誠の事を知らして遣らう。さうしたら、チツとはお前も改悪して胸が落着くであらう。改心と云ふ事は、神素盞嗚尊の誠の教を、嘘だ嘘だと言つて、其教子を虱殺しに喰ひ殺し、そつと舌を出して、会心の笑を漏らすと云ふ謎だよ。お前もまだ悪が足らぬ、飽くまで改心……ドツコイ……慢心するが宜い。慢心の裏は改心だ、改心の裏は慢心だ、表教の裏はウラル教、表と裏と一つになつて、天地の経綸が行はれるのだよ』 青彦『エー益々訳が分らなくなつた。さうすると貴女は迷信教を開くのだな』 高姫『さうだ、迷信とは米の字に、辵をかけたのだ。米の字は大八洲の形だよ、大八洲彦の命の砦に侵入して、信者をボツタクるから、所謂迷信教だ。オホヽヽヽ、迷うたと云ふ言葉は、悪魔の魔を呼ぶと云ふ事だ。それに三五教の奴は馬鹿だから、迷うたと云ふのは、誠のマに酔ふのだなどと、訳の分らぬ事を言つてゐよる、嗚呼迷信なる哉、迷信なるかなだ』 青彦『ますます迷宮に入つて来た』 高姫『定まつた事だ。米の字に因縁のある所に建てたお宮に立てこもつた吾々は、迷宮に居るのは当然だ。三五教の素盞嗚尊は、よつぽど、馬鹿正直な奴だ、世界の為に千座の置戸を負ひよつて、善を尽し、美を尽し、世界から悪魔だ、外道だと言はれて、十字架を負ふのは自分の天職だと甘ンじて居る、コンナ馬鹿が世界に又と一人あるものか、世界の中で馬鹿の鑑と云へば、調子に乗つて木登りする奴と、自ら千座の置戸を負ふ奴と、広い街道を人の軒下を歩いて、看板で頭を打つて瘤を拵へて吠える奴位が大関だ。……鬼雲彦も余つ程馬鹿だ。初から悪を標榜して悪を働かうと思つたつて、ナニそれが成功するものか、智慧の無い奴のする事は、大抵皆頓珍漢ばつかりだよ。善悪不二、正邪同根と云ふ真理を知らぬ馬鹿者の世の中だ。青彦、お前も大分素盞嗚尊に被れたな、世の中は何事も裏表のあるものだよ、ゴンベレル丈権兵衛り、ボロレル丈ボロつて、其後は、白蓮るのが賢い行方だ。お前も余つ程能い青瓢箪だなア』 と、ビシヤリと額を叩く。 青彦『ヤアどうも意味深長なる御説明恐れ入つて御座います。モウ斯うなる上は、どうならうとも、あなたにお任せ致しますワ』 高姫『アヽさうぢやさうぢや、さうなくては信仰は出来ない。信仰は恋慕の心と同じ事だ、男女間の恋愛を極度に拡大し、宇宙大に拡めたのが信仰だ。恋に上下美醜善悪の隔ては無い、宜いか、分かりましたか』 青彦『ハイ、根つから……能く分りました』 高姫『エー怪体な、歯切れのせぬ、古綿を噛む様な、歯脱けが蛸でもシヤブル様な返辞だなア、オホヽヽヽ、何は兎もあれ、衣懸松の隠れ家へ行きませう』 と先に立つてスタスタとコンパスの廻転を初める。青彦は不性不性に随いて行く。 最前現はれた鬼雲彦の使の魔神、五人の男は先に立ち、数多の魔軍を引連れて、此方を指して進み来る。忽ち聞ゆる叫び声、右か左か後か前か、何方ならむと窺へど、姿は見えず声ばかり、足の下より響き来る。鬼雲彦は栗毛の馬にチリンチリンのチヨコチヨコ走り、馬を止めて大音声、 鬼雲彦『ヤアヤア者共、此岩石を取除け。…此地底には宏大なる岩窟がある、ウラナイ教の宣伝使高姫、青彦の二人、数多の人々と共に隠れ忍ぶと見えたり。早く此岩石を取除けよ』 と呶鳴り立つれば、数多の魔神は此巨岩に向つて、牡丹餅に蟻が集つた様に、四方八方より武者振り付く。然れども幾千万貫とも知れぬ、小山の如き岩石に対して、如何ともする事が出来ざりけり。鬼雲彦は気を焦ち、自ら駒を飛び下りて、人の頭髪を以て綯へる太き毛綱を持出し来り、巌に引つかけ、一度に声を揃へて、エーヤエーヤと曳きつける。曳けども、引けども、動かばこそ、蟻の飛脚が通る程も、岩は腰を上げぬ。中より聞ゆる数多の人声刻々に迫り来る。斯かる所へ天地も揺るぐ許りの大声を張上げ乍ら、宣伝歌を歌ひ、十曜の手旗を打振り打振り進み来る一男二女の宣伝使ありき。 亀彦『ヤアヤア鬼雲彦の一派の奴輩、最早汝が運の尽き、吾れこそは三五教の宣伝使、万代祝ふ亀彦、暗夜を照らす英子姫、悦子姫の三人なるぞ。一言天地を震動し、一声風雨雷霆を叱咤するてふ三五教独特の清き言霊を食つて見よ』 と云ふより早く、天の数歌を謡ひ上げつつ、三人一度に右手を差出し食指の先より五色の霊光を発射して、一同にサーチライトの如く射照せば、流石の鬼雲彦も馬を乗り棄て、転けつ、輾びつ一生懸命、大江山の本城指して雲を霞と逃げて行く。 亀彦『アハヽヽヽ』 二女『ホヽヽヽヽ』 亀彦『ヤア面白い面白い、彼れが鬼雲彦の大将、我言霊に畏縮して逃散つたる時の可笑しさ、イヤもう話にも杭にも掛つたもので御座らぬ。是れと申すも全く、神素盞嗚大神の尊き御守り、国武彦の御守護の力の致す所、先づ先づ此処で一服仕り、天津祝詞を奏上し、神界に対し御礼を奏上し、ボツボツと参りませう。今日は九月九日菊の紋日、是が非でも、今日の内に悪神を言向け和さねばなりますまい。六日の菖蒲十日の菊となつては、最早手遅れ、後の祭り、ゆるゆると急ぎませう』 茲に三人は巨岩の傍に端坐し、天津祝詞を奏上したりしが、祝詞の声は九天に響き、百千の天人天女下り来つて、音楽を奏づるかと疑はるる許りなり。祝詞の声は山又山、谷と谷との木霊に響き、悪魔の影は刻々と煙となつて消ゆるが如き思に充たされける。 亀彦『サアサア御二方、ゆつくりと休息を致しませう』 英子姫『大変に足も疲労を感じました。休息も宜しからう』 悦子姫『ゆつくり英気を養つて、又もや華々しく言霊戦を開始しませう』 茲に三人は手足を延ばし、芝生の上に遠慮会釈もなく、ゴロリと横たはりぬ。後の方より震ひを帯びた疳声を張上げ乍ら、 男女二人(高姫、青彦)『オーイオーイ』 と呼ばはりつつ、此方を指してスタスタと息をはづませ遣つて来るのは男女の二人、 亀彦『ヤア何だか気分の悪い、亡国的悲調を帯びた声がする。あの言霊より観察すれば、どうで碌な神ではあるまい。ウラル教的声調を帯びて居る。……モシ英子姫様、一寸起きて御覧なさいませ』 英子姫はムツクと立上がり、後を振返り眺むれば、顔を真白に塗り立て、天上眉毛の角隠し、焦茶色の着物を着流した男女の二人、忽ち此場に現はれて、 女『これはこれは旅の御方様、斯様な所で御休息なされては、嘸やお背が痛う御座いませう、少し道寄りになりますが、妾の宅へお越し下さいますれば、渋茶なりと差上げませう。あの衣懸松の麓に出張致す者、どうぞ御遠慮なくお出で下さいませ。あなたのお姿を眺むれば、どうやら三五教の宣伝使とお見受け申す。妾等も三五教には切つても切れぬ、浅からぬ因縁を持つて居る、実地誠の事は、常世姫の霊の憑つた此肉体、日の出神の生宮にお聞きなさらねば、後で後悔して、地団駄踏みても戻らぬ事が出来まする。あなたは三五教の教をお開きなさるのは、天下国家の為、誠に結構で御座いまするが、併し乍ら三五教の教は国武彦命が表であつて、素盞嗚尊は緯役、邪さの道ばつかり教へる。天の岩戸を閉める、悪の鑑で御座いまする。根本のトコトンの一厘の仕組は、此高姫が扇の要を握つて居りますれば、マアマア一寸立寄つて下さい。本当の因縁聞かして上げませう。他人の苦労で徳を取らうと致す素盞嗚尊の教は駄目ですよ。三五教の教は国武彦の神がお開き遊ばしたのだ。本当の事は系統に聞かねば分りませぬ。サアサア永い暇は取りませぬ。どうぞお出で下さりませ』 亀彦『私はお察しの通り三五教の宣伝使、併し乍ら、あなたとは反対で、国武彦の教は嫌です、緯役の素盞嗚尊の教が飯より好、お生憎様乍ら、どうしても、あなたと私は意向が合はぬ。真つ平御免蒙りませう、ナア英子姫さま、悦子姫さま』 英子姫『ホヽヽヽ、亀彦さま、物は試しだ、一服がてらに聞いてやつたらどうでせう』 高姫眉を逆立て、口をへの字に結び、グツと睨み、暫くあつて歯の脱けた大口を開き、 高姫『サア夫れだから、瑞の御霊の教は不可ぬと云ふのだよ。女の分際として、今の言葉遣ひは何の態、……ホンニホンニ立派な三五教ぢや、ホヽヽヽ。コレコレ青彦さま、お前もチツト言はぬかいな、唖か人形の様に、知らぬ顔の半兵衛では、三五教崩壊の大望は…………ドツコイ………三五教改良の大望は成就致しませぬぞや』 青彦『何れの方かは存じませぬが、吾々も元は素盞嗚尊の教を信じ、三五教に迷うて居ました。併し乍らどうしても変性女子の言行が腑に落ちぬので、五里霧中に彷徨ふ折から、変性男子のお肉体より現はれ給うた日の出神の生宮、誠生粋の日本魂の高姫さまのお話を聞いて、スツクリと改心致しました。あなたも今は変性女子に一生懸命と見えますが、マア一寸聞いて見なさい、如何な金太郎のあなたでも、訳を聞いたら変性女子に愛想が尽きて、嘔吐でも吐き掛けたい様になりますぜ。物は試しだ、一つ行きなさつたら如何ですか』 亀彦『ソンナラ一つ聴いてやらうか』 高姫『聴いて要りませぬ、誠の道を教へて、助けて上げようと、親切に言つて居るのに、聴いてやらうとは、何たる暴言ぞや。どうぞお聴かせ下され………と何故手を合はしてお頼みなさらぬか』 亀彦『アハヽヽヽ、お前の方から聴いて呉れいと頼みたぢやないか、夫れだから、研究の為に聴いてやらうと言つたのが、何が誤りだ。エーもう煩雑くなつた。ご免蒙らうかい』 高姫『妾が是れと見込みた以上は、どうしても、斯うしても、ウラナイ教を、腹を破つてでも、叩き込まねば承知がならぬ、厭でも、応でも、改心させる。早く我を折りなされ、素直にするのが、各自のお得だ。あいた口が塞まらぬ、キリキリ舞を致さなならぬ様な事が出て来ては可哀相だから、……サアサア早う、日の出神の生宮の申す事を、耳を浚へて聴いたが能からう』 亀彦『アハヽヽヽ』 英子姫『オホヽヽヽ』 悦子姫『ホヽヽヽヽ』 高姫『何ぢや、お前さま等は、此日の出神の生宮を馬鹿にするのかい』 亀彦『イエイエ、どうしてどうして、あまり勿体なくて、見当が取れなくなつて、面白笑ひに笑ひました。笑ふ門には福来る。副守護神か、伏魔か知らぬが、米々と能く囀つて人の虚に侵入せむとする、天晴の手腕、天の星をガラツ様な御説教、旅の憂さを散ずる為聴かして貰ひませう』 高姫『サアサア神政成就、日本魂の根本の一厘の仕組を聴かして上げよう………エヘン……オホン……』 と女に似合はぬ、肩を怒らし、拳を握り、大手を振り、外輪に歩いて、ヅシンヅシンと、衣懸松の麓を指して跨げて行く。三人は微笑を泛べ乍ら、青彦を後に従へ伴いて行く。 衣懸松の麓に近寄見れば、些やかなる草屋根の破風口より黒烟、猛炎々々と立ち昇る。高姫は此態を見てビツクリ仰天、 高姫『ヤア火事だ火事だ、サアサア皆さま、火を消して下さい』 亀彦『煙は猛炎々々と立上れ共、家はヤツパリ燃えると見える。お前さまの腹の中も此通り紅蓮の舌を吐いて燃えて居るであらう、霊肉一致、本当に眼から火の出神の生宮だ、アハヽヽヽ』 高姫『ソンナ事は後で聞いたら宜しい。危急存亡の場合、早く助けて下さい、水を掛けなされ』 亀彦『ヤア大分最前から問答もして来た。水掛論は良い加減に止めて貰はうかい、舌端火を吐いた報いに、家まで火を吐いた。人を烟に巻いた天罰で、家まで烟に巻かれよつた。天罰と云ふものは恐ろしいものだ。マアゆつくり高姫さまの活動振を見せて貰ひませう。雪隠小屋の様な家が焼けた所で、別に騒ぐ必要もなからう。人の飛出した空の家が焼けるのだ。高姫さまは雪隠の火事で糞やけになつて居らうが、此方は高見の見物で、対岸の火災視するとは此事だ。一切の執着心を取る為には、火の洗礼が一番だ、是れで火の出神の神徳が完全に発揮されたのだ。ナア高姫さま、あなたの……此れで御守護神が証明されると云ふものだ。お喜びなさい』 高姫『エー喧しいワイ、何どこの騒ぎぢやない、グヅグヅして居ると、皆焼けて仕舞わア、中へ這入つて、燗徳利なと引つ張り出して呉れい。コレコレ青彦、何して居る、火事と云ふのは家が焼けるのだ、水が流れるのは川だ、目は鼻の上に在る』 と狼狽へ騒いで半気違になり、摺鉢抱へて右往左往に狂ひ廻る可笑しさ。瞬く間に火は棟を貫き、バサリと焼け落ちた。高姫、青彦は着衣の袖を猛火に嘗められ、頭髪をチリチリと燻べ乍ら、一生懸命に走りゆく。火は風に煽られて益々燃え拡がる。警鐘乱打の声、速大鼓の音頻りに聞え来る、二人は進退谷まり、丸木橋の上より青淵目蒐けて、井戸に西瓜を投げた様に、ドブンと落込みしが、此音に驚いて目を覚せば、宮垣内の賤の伏屋に、王仁の身は横たはり居たり。堅法華のお睦婆アが、豆太鼓を叩き鐘を鳴らして、法華経のお題目を唱へる音かしまし。 (大正一一・四・一四旧三・一八松村真澄録)
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霊界物語 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 03 生死不明 第三章生死不明〔六一四〕 真名井ケ岳の山奥の、暗き岩窟に閉ぢ籠められし、丹波村の平助が孫娘お節は、色青褪め痩衰へて、手足は針金の如く吹く呼吸も細り勝ち、涙片手に口説き言、他所の見る目も憐れなり。人里はなれ月日の光さへも通はぬ此の岩窟の奥深く、閉じこめられしお節は、初冬の霜に身を啣つ、秋野の虫の断末魔、悲しき声を張り上げて、思ひを歌に任せつつ、悶々の情を慰めつつありける。 お節『思へば去年の雪の空春とは言へど未だ寒く 四方の山々雪積みて野分烈しき夕暗に 吾家を尋ね出で来る怪しの男二人連 数多の枉人門口に忍ばせ置きて年老し 爺サン婆サンや妾まで言葉巧に誑りつ 一間の内に鬼彦と心の猛き鬼虎が 吾等を計る空寝入り水も眠れる丑満の 鐘を合図に起き出でて何の容赦も荒縄の 思ひも寄らぬ強盗が憐れや爺さま婆アさまを 罪も無いのに無残にも家の柱に縛り附け 長い刃物を抜き放ち宝を渡せ金出せと 退引ならぬ強談判爺やも婆アやも驚いて 生命ばかりはお助けと声も憐れに頼み入る 若い時から苦労して貯めた宝を奪ひ取り 尚飽き足らぬ鬼共は何の容赦も情なや 二人在はする目の前に思ひも寄らぬ横恋慕 嫌と申さば老人夫婦刀の錆にして呉れむ お節如何にと詰めかくる妾は繊弱き乙女子の 何の応答もなくばかり鬼や悪魔の瀰漫りて 威猛り狂ふ世の中を清め助くる神々は 此世の中に無きものか善は衰へ悪栄え 世は烏羽玉の真の闇やみやみ魔神に捕へられ 名も恐ろしき大江山鬼雲彦の面前に 荒々しくも引き出され絶え入る許りの思ひして 網代の駕籠に放り込まれ目も廻ふ許りゆらゆらと 揺られて来る比治山の北に聳ゆる真名井岳 雪積む山の谷の底岩を開いて押しこまれ 黒白も分かぬ暗がりの此巌窟に只一人 押しこめられて日を送る扨も扨も世の中に 妾程因果があるものか如何なる宿世の罪業か 廻りて茲に父母のお顔も知らず慈悲深き 爺やと婆やに助けられ花の蕾の最中を 霜にはうたれ荒風に悩まされつつ味気なき 岩窟の中の憂き住居昼夜分かぬ身の宿世 救ひ給へと天地の神に願を掛巻くも 畏き神の夢の告日の出神と現れまして 声厳かに宣らす様アヽ愛らしきお節嬢 今に汝の此憂き目晴らし与へむ汝が慕ふ 爺、婆さまに会はさむと詔らせ給うと見る中に 忽ち夢は破られて吾身は悲しき岩窟の 中にくよくよ物案じ此世に神が在しまさば 一日も早く片時も疾く速けく親と娘の 切なき思ひを憐れみて救はせ給へ天津神 国津神等八百万万の神の御守護りに 天の岩戸の開く如これの魔窟のすくすくに 開いて妾を明るみに救はせたまへ惟神 御霊幸倍坐しませよ朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 曲津の神は荒ぶとも誠の神は世を救ふ 此神言を力とし朝夕に吾宣りし 厳の言霊何時しかに一度に開く梅の花 春は来れど花咲かぬ此岩窟の佗住居 憐れみ給へ百の神此世を造りし神直日 心も広き大直日只何事も人の世は 直日に見直せ聞き直せ身の過は宣り直せ 委曲に詳細に教へたる三五教の神の教 アヽ有難や尊しや心の岩戸はさやさやに 蓮の花の匂ふ如開いて空に美はしき 真如の月は輝けど又もや曇る胸の空 身は岩窟に囚はれて空に輝く日月の 光も知らず降りしきる涙の雨は何時迄も 比沼の真名井の此岩窟何時かは逃れ厳霊 百の苦しみ瑞霊三五の月の輝きて 思ひも深き親と子が互に手に手を執り交はし 抱きて泣かむ時は何時アヽ惟神々々 霊幸倍坐しませよアヽ惟神々々 霊幸倍坐しませよ』 と幽かに女の謡ふ声きこへ来たりぬ。 鬼彦『ヤア此処だ此処だ、久し振りでお節さまのお声が聞えて居る。マア之で生命だけは助かつたと云ふものだ、ナア鬼虎、先づ安心したが宜からうぜ』 鬼虎『何と細い嫌らしい声ぢやないか、実際お節さまの声だらうか、名に負ふ魔の岩窟、何が化けて居るか分つたものぢや無い、とつくりと調べた上の事だよ』 鬼彦は、 鬼彦『もしもし』 と岩穴を覗き、 鬼彦『私で御座います』 お節、フツと此声に驚き窓口を見れば擬ふ方なき鬼彦の顔、お節は見るより、 お節『ヤア汝は大江山の鬼雲彦が家来鬼彦ではないか、年老り夫婦の汗や膏を絞つた宝を奪ひ取り、剰へ妾を誘拐し、かかる巌窟に長らくの間閉ぢこめ置いた汝悪神の眷属、此処へ来たのは日頃念ずる神様のお引き合せ、さア覚悟を致せ』 と云ふより早く有りあふ岩石を右手に握り、鬼彦の面部を目蒐けて打ちつけたるに、狙ひ外れて岩壁に中り、かたかたと音して巌窟内に落ちた。お節は又もや拾ひ上げ鬼彦の面部を目蒐けて打たむとするにぞ、鬼彦は驚いて覗いた顔を竦め乍ら、 鬼彦『モシモシお節さま、其腹立ちは御尤もだが、私は去年の鬼彦とは雲泥の相違だ。今は前非を悔い、お前を助けに来たのだ、平助さまもお楢さまも岩窟の入口に待つて御座る。サアサア開けてあげようから出て下さい』 お節『能くベラベラと囀る汝が侫弁、其手段にのるものか、早く此場を立ち去れ』 鬼彦『其御立腹は一応御尤もで御座います、然し乍ら何時までも此処に御座つても詮なき事、何はともあれ今岩戸を開けますから何卒お出まし下さい。アーア一旦悪い事をすれば何時までも悪い事をする様に云はれる哩、人間と云ふものは常が大切だと云ふのは此処の事かなア、これこれ鬼虎、吾々許りにものを云はして貴方は沈黙して居るのか、ヤア男らしくも無いメソメソ泣いて居るのだな、エーじれつたい、泣くのなら又悠くり後で泣け、千騎一騎の場合だ、お前も一つ事情をお節さまの得心の往く所まで打明けて呉れ、此岩戸を開けるのは易い事だが、お節さまの諒解を得てからで無いと、開けるが最後出かけに如何な目に遭はされるか分つたものぢや無い、第一交渉が肝腎だよ』 鬼虎『アーア、仕方が無いな、此鬼虎の様な鬼の様な虎の様な名の付いた悪党の俺でも、今迄の悪業が記憶から浮かんで来て、心の鬼に五臓六腑を抉られる様だ、アーア、開けねばならず、開けてはならず、開けて悔しい玉手箱、お節さまに会はす顔が如何してあらうか』 と声を放つて泣き伏したり。 鬼彦『おい、岩公、貴様は無疵だ、俺に代つて一つ此穴から顔突き出し談判をして呉ないか、特別弁理公使だ、之が甘く往つたら貴様を勲一等にしてやるから』 岩公『勲一等でも何でも御免だ、迂濶首でも出して笠の台でも引き抜かれて見よ、よい面の皮だ、聖人君子は危きに近寄らずだ、マアやめとこかい』 鬼彦『エー、何奴も此奴も鬼味噌許りだ、強相な顔して居よつて胆玉のちよろこい腰抜けだなア、オイ勘公、櫟公、貴様に交渉委員を任命する』 勘公『何を吐すのだい、此談判は鬼彦、鬼虎の避くべからざる義務があるのだ、誰が之だけ辛い時節に人の責任までも引受けて危い事をする奴があるものか、ナア櫟公』 櫟公『オヽさうだ、マアマア今日は日和が悪いから止めとこうかい』 鬼彦『エー、仕方がない、開けてやらう』 と合図の岩壁をグツと押し開けば、お節は日頃鍛えて置いた岩壁で造つた鋭利な石槍を逆手に持ち、鬼彦目蒐けて突きかかる。鬼彦は元来し隧道を生命からがら逃び出す、岩公はお節の後より、無手と許り抱きとめ、 岩公『モシモシお節どの、マアマアお待ち下され、之には深い仔細が御座います』 お節『此期に及んで何の言訳、汝も鬼雲彦が一派の悪魔共、大神の神力を身に帯びたる丹波村のお節が武者振り、思ひ知れよ』 と振り返り突いてかかる。岩公は又もやトントンと元来し隧道を頭を打ち臂を岩壁に打ちつけ乍ら、倒けつ転びつ出口の方へ走り行く。お節は四辺をキヨロキヨロ見廻しつつ、 お節『ヤア其方は擬ふ方なき鬼虎では無いか、克くも妾を苦しめよつたな、サアもう斯うなる上は百年目、お節が怨恨の刃、喰つて見よ』 と真向に振り翳し飛びかからむとする其形相の凄じさ。 鬼虎『モシモシお節さま、悪かつた悪かつた、何卒許して下さいませ、之には深い、仔細がある』 お節『其言訳を聞く耳は持たぬ』 と突いてかかる。鬼虎は前後左右に巌窟内に体を躱し鋭鋒を避けつつあつた。如何はしけむ、お節は巌に躓き其場に打ち倒れ悶絶したりけり。 鬼虎『アヽ失敗つた、これや大変だ、おいおい勘公、櫟公、貴様は早く出口へ行つて鬼彦、岩公に此次第を急報致せ。俺はお節さまが気の付く様に介抱して居るから何卒早く行つて呉れ、おい崎嶇たる隧道の中、慌てて躓き怪我するな、早く行つて来い』 勘公、櫟公『よし合点だ』 と勘公櫟公は一生懸命に出口に向つて駆出したり。鬼虎は叶はぬ時の神頼み、天津祝詞を奏上し天の数歌を声高らかに奏上し居る。 一方口の岩窟の声は出入口を兼ねたる岩窟の前の老夫婦を始め鬼彦、岩公等が耳に透き通る如く聞え来たりぬ。勘公、櫟公は岩窟の中より此場に現はれ、 勘公、櫟公『モシモシ鬼彦、岩公の大将、タヽヽヽヽ大変だ、シヽヽヽヽ死んだ、死んだ、死んだ、死んだ哩』 平助『エ、何と仰有る、それは誰が死んだのだい、判然言はないのか』 勘公『これが如何して判然言はれやうかい、シヽヽヽ死んだのぢや死んだのぢや、アーン、アンアンアン』 岩公『鬼虎が死んだのか』 勘公『シヽヽヽ、死んだのは死んだのぢやが、しつかりは知らぬ哩、行つて見れや分る、もう此上言ふのは勘弁へて呉れ』 鬼彦『お節どのが死んだのぢや無いか』 勘公『シヽヽヽ知らぬ知らぬ、マアマア兎も角二人の内一人が死んだのぢや』 平助『これこれお前達、此年寄を嬲るのか、若しお節が死んででも居つたら年は老つてもまだ何処かに元気がある、お前達の三人や五人、捻り潰してやるから、さう覚悟を致せ』 勘公『それでも私丈けは除外例でせうなア』 平助『何、何奴も此奴も皆殺しだ』 櫟公『皆殺しなら何程でも頂戴致します』 岩公『エー、ソンナ処かい、サアサア早く行かうぢやないか、愚図々々して居ると折角助けたお節さまの生命が危いぞ、モシモシ爺さま、何は兎もあれ、奥へ行つて調べませう、サア来い、来れ』 と先に立つて走り行く。平助、お楢はブツブツ呟き乍ら四人が後に随いて行く。鬼虎は一生懸命神言を奏上しウンウンと神霊の注射を行つて居る、お節は漸く息吹き返し顔ふり上げ、見れば日頃怨恨重なる鬼虎が真裸の儘両手を組み一生懸命に祈願して居る。 お節『ヤア、訝かしき汝の行動、極悪無道の身を以て殊勝らしく神を念じ、妾を詐らむとするか、思ひ知れや』 と又もや突いてかかる。 鬼虎『マアマアマア、待つて下さい、お節さま、之には深い理由がある、待つた待つた』 お節『何、待つたもあるものか』 と突きかかるを、鬼虎は右に左に体を躱し、 鬼虎『お鎮まりお鎮まり』 と言ひつつ迯げ廻る。此処へ転げる様に這入つて来た平助お楢は、 平助、お楢『ヤアお前はお節じやないか』 お節『ヤア、爺さまか、婆さまか、如何して此処へお居でになりましたえ』 平助『ヤ、お節、会ひ度かつたわいなア』 お楢『ヤ、能う、マア無事で居て呉れた』 と三人互に抱き付き前後を忘れて嬉し涙にかき暮れる。暫時あつて平助夫婦の証言によりお節はやつと安心の上、改めて祝詞を奏上し一行八人此岩窟を立ち出で、五人の裸男と共に道を左にとり真名井ケ岳の豊国姫の出現場を指して登り行く。 (大正一一・四・二一旧三・二五北村隆光録)
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霊界物語 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 04 羽化登仙 第四章羽化登仙〔六一五〕 名さへ恐ろしき魔の岩窟よりお節を救ひ出し、鬼彦一行五人は裸のまま、比治山颪に吹かれ、震ひ震ひ平助親子を先に立て、雪解の山坂を登り行く。 岩公『アヽ平助さま、お楢さま、年寄りの身で、此山坂をお上りになるのは、大抵の事ぢや有りますまい。お節さまも永い間、岩の中に押し込められ、足も弱つたでせう。どうぞ、吾々は若い者、あなた方を負はして下さいませぬかナア』 平助『イエイエ滅相な、ソンナ事をすると、参詣つたが参詣つたになりませぬ。人様のお世話になつて行く位なら、婆アと二人が炬燵の中から拝みて居りますわ』 岩公『これはしたり平助さま、それもさうだが、吾々を助けると思つて、負はれて下さい。実の事を云へば、赤裸で風に当られ、何程元気な私達でも、辛抱が出来ませぬ、負はして下さらば、体も暖くなり、又お前さま等も楽に参れると云ふものだ。此れが一挙両得、私も喜び、あなた方も楽に参れると云ふものぢや。神様は好んで苦労をせよとは仰有らぬ。チツとでも楽に信神が出来るのを、お喜びなさるのだから、どうぞ痩馬に乗ると思つて、私の背中にとまつて下さいな』 平助『お前の背中は宿屋ぢやあるまいし、………鳥かなぞの様にトマル事が出来るかい。あまり人を馬鹿にするものぢやない』 岩公『ヤア是れは是れは失言致しました。どうぞ三人さま共、御馬の御用を仰せ付け下さいますれば、有難う存じます』 平助『コレコレお楢、お節、大分キツイ坂ぢや。裸馬に乗ると思うて、乗つてやらうかい』 お楢『アハヽヽヽ、二本足の馬に乗るのはお爺サン、ちつと剣呑ぢやないかい』 平助『ナアニ、此奴ア六本足だ。本当の馬より大丈夫かも知れぬ』 岩公『おぢいさま、六本足とはソラどう言ふものだ。三人一緒に勘定しられては、チツと困るデ……』 平助『ナニお前、三人寄れば十八本だ。お前一人で六本ぢや。肉体の足が二本と、副守護神の四足と合はしたら、六本になるぢやないかい』 鬼彦『アハヽヽヽ、馬鹿にしよる。俺達を獣類扱にするのだなア』 平助『定まつた事だよ。狐とも、狸とも、鬼とも分らぬ代物だ。六本足と言うて貰うのはまだ結構ぢや』 鬼彦『エツ、寒いのに仕様もない事を言つて、冷かして呉れないツ………ナア鬼虎、寒いぢやないか』 鬼虎『ウン、大分に能く感じますなア、………もしもしおぢいさま、お婆アさま、どうぞ吾々を助けると思うて、背中に乗つて下さい………アヽ寒いさむい、お助けだ』 平助『アヽそれならば、お楢や、お節、乗つてやらうかい。大分寒さうぢや。チツと汗を掻かしてやつたら、温もつてよからう。これも神様参りの善根ぢやと思うて、少々苦しいても辛抱してやらう。其代りにお前達、落す事はならぬぞ、落したが最後神罰が当るから、鄭重にお伴するが良いワ』 鬼彦、鬼虎『ヤア早速のお聞届け、鬼彦、鬼虎、身に取り、歓喜雀躍の至りで御座います』 平助『コレ、彦に、虎、誰がお前の様な、意地癖の悪いジヤジヤ馬に乗るものか、わしの乗るのは岩馬ぢや。婆アは勘馬の背中に、お節は櫟馬の背中に乗つて往くのだよ。大きに、御親切有難う』 鬼虎、鬼彦『どうしても吾々には、御思召が御座いませぬか』 平助『エー、何程金を呉れたつて、お前等の様な者に乗つて堪るかい。体が汚れますワイ。一寸の虫も五分の魂だ。酷い目に遇はされて、負うて貰つた位で、恨みを晴らす様な腰抜があつてたまるものか。何処までも、お前の御世話にやなりませぬワイナ』 鬼虎『アーア、執心の深いお老爺さまだ。併しこれも身から出た錆だ。………エー仕方がない、寒い寒い、体も何も氷結しさうだ。比治山峠に於て、首尾能く凍死するのかなア……オイ鬼彦、一つ……モウ仕方がないから、裸を幸ひ、相撲でも取つて、体でも温めやうぢやないか』 鬼彦『オウさうぢや。良い所へ気が付いた』 と二人は少し広い所に佇み、両方から力を籠めて、押合ひを始め出した。あまり力を入れすぎ、ヨロヨロと、鬼彦が蹌跟く途端に、二人は真裸の儘、雑木茂れる急坂をかすり乍ら、谷底へ落ち込みにける。平助は背中に負はれ乍ら、 平助『アーア罰は目の前じや。あまり悪党な事をすると、アンナものぢや。神様は正直ぢやなア。……オイ岩公、貴様も彼奴等の……もとは乾児ぢやつたらう。今日は俺のお蔭で温い目に会はして貰うて、さぞ満足ぢやらう。アハヽヽヽ』 岩公『コレコレぢいさま、お前さまも好い加減に打解けたらどうだイ。あれ丈鬼彦や、鬼虎の哥兄が改心して、一生懸命に謝罪つて居るのに、お前さまはどこまでも好い気になつて、苦めようとするのか……イヤ恥をかかすのか。斯うなると、此岩公も却て二人の方に同情したくなつて来た。エー平助ヂイ奴がツ……谷底へ放り込みてやらうか。好い気になりよつて、あまりだ。傲慢不遜な糞老爺奴が……』 平助『コラコラ岩公、滅多な事を致すまいぞ。コンナ所へ放られようものなら、それこそ一たまりもない、俺の生命は風前の灯火だ。気を附けて行かぬかい。……第一貴様の足は長短があつて、乗心地が悪い。其跛馬に乗つてやつて居るのに、何ぢや、其恩を忘れよつて、御託吐すと云ふ事が有るものか。グヅグヅ云うと、鬢の毛をひつぱつてやらうか』 岩公『アイタヽヽ、コラぢいさま、ソンナ所を引つ張られると、痛いワイ』 平助『痛い様に引つ張るのだ。サアしつかりと上らぬか、………モツとひつぱらうか』 岩公『オイ勘公、櫟公、どうぢや、大変都合が好い所が有る。三人一度に此処から転げたろか。あまり劫腹ぢやないか、此糞老爺奴、馬鹿にしやがる。裸一貫の荒男を掴まへて、爺、婆アや阿魔女に、コミワラれて堪まるものかい。此処まで、吾々も善を尽し、親切を尽して来たのだ。最早勘忍袋の緒が切れた。鬼彦、鬼虎の哥兄は今頃は谷底に落ちて、ドンナ目に遭つてるか知れやしないぞ。此奴等三人を一緒こたに谷底へ放り込んで、俺等も一緒に、哥兄と心中しやうぢやないか』 勘公『オウさうぢや、俺もモウむかついて来た。此坂を婆アを背中に乗せて、御苦労さまとも言うて貰はずに、恩に着せられ、おまけに悪口までつかれて堪つたものぢや無い、いつその事、一イ二ウ三ツでやつたろかい………アイタヽヽ……コラコラ婆アさま、酷い事をするない。鬢の毛を無茶苦茶にひつぱりよつて……』 お楢『曳かいでかい曳かいでかい、此馬は手綱が無いから、手綱の代りに、鬢なと引かねば、どうして馬が動くものか。シイ、シーツ……ドード……ハイハイ』 勘公『エーツ、怪体の悪い……愈四足扱ひにしられて了つた。……オイ櫟公、貴様はどうだ。一イ二ウ三ツで、谷底へゴロンとやらうぢやないか。貴様も賛成ぢやらう』 櫟公『どうしてどうして、是れが放されるものか。寒うて堪らない所を温かうして貰つて、汗の出るのも三人のお蔭だ。ソンナ事を言うと冥加に尽きるぞ。罰が当らうぞい……』 勘公『アヽ貴様はよつ程目カ一ヽヽの十ぢやな。お節の若い娘に跨つて貰ひ、気分が良からうが、俺は皺苦茶だらけの、骨の堅い婆アを背中に負うて、温い事も、なんにも有りやしないワ。喃、岩公……』 岩公『オウさうぢや、まだ貴様等は婆アでも女だから好いが、俺の身になつて見い、堅い堅いコンパスを、ニユウと前の方へ突出しよつて、前高の山路、歩けたものぢやないワ。エー、大分に体も温うなつた。……オイ老爺に、婆ア、モウ下りて貰ひませうかイ』 平助『アヽもう下して下さるか。それは有難い。酷い所はモウ済みたし、此からは平地なり、前下がり路だ。目を塞いどつても、モウ往ける……アー苦しい事ぢやつた。其代りお前達は又寒いぞ。昔の地金を出して、俺達の着物を追剥でもしやせぬかな』 岩公『アヽ老爺さま、情無い事を言つて呉れな。改心した以上は、塵片一本だつて、他人の物を盗る様な根性が出るものかいナ』 平助『それでもなア、婆ア、此奴等の改心と云ふものは、当にならぬものぢや。婆ア、しつかりして居れよ』 お楢『さうともさうとも、老爺さまお前も確りしなさい、コレコレお節や、お前も気を附けぬと云うと、何時追剥に早変りするかも知れたものぢやない。背に腹は替へられぬと云つて、年寄りや、女子を幸ひに、追剥をするかも分つたものぢやないワ』 此時、鬼虎、鬼彦は、谷の底からガサガサと這ひ上がり来たり、 岩公『ヤア彦に虎か、貴様は谷底で、今頃は五体ズタズタに破壊して了つたぢやらうと思うて居たのに、まだ死なずに帰つて来たか、マア結構々々、サア祝ひに此処で一服でもしやうかい』 鬼彦、鬼虎『一服も可いが、斯う風のある所では、寒うて休む気にもならぬ。体さへ動かして居れば暖かいから、ボツボツ行くことにしやうかい』 此時何処ともなく微妙の音楽聞え来たり。一行八人は思はず耳を倚て聞き入る。忽ち空中に声あり、 声『岩公、勘公、櫟公、真裸で嘸寒いであらう、今天より暖かき衣裳を与へてやらう。之を身に着けて、潔く真名井ケ原の奥に進むが宜からう』 鬼彦、鬼虎一度に、 鬼彦、鬼虎『モシモシ、空中の声の神様、吾々二人も真裸で御座います。どうぞお見落しなさらぬ様に……同じ事なら、モウ二人分与へて下さいませ』 空中の声『鬼虎、鬼彦の衣裳は、追つて詮議の上、………与へるとも、与へぬとも、決定せない。今暫く辛抱致すが良からう』 何処ともなく、立派なる宣伝使の服三着、此場に風に揺られて下り来り、三人の身体に惟神的に密着した。 岩公『ヤア有難い有難い、時節は待たねばならぬものぢや。……オイ勘に、櫟よ、立派な服ぢやないか。これさへ有れば、宙でも翔てる様になるだらう、天から降つた天の羽衣では有るまいかなア。……もしもし平助さま、お婆アさま、お節さま、偉う御心配をかけました。お蔭様で、此通り立派な天の羽衣を頂戴致しました』 平助『お前等は、悪人ぢや悪人ぢやと思うて居つたが、……ホンに立派な衣裳を神様から貰ひなさつた。モウこれから、決して決してお前さまに口応へは致さぬ。どうぞ赦して下され』 三人の着けたる装束は、見る見る羽衣の如くに変化し、岩、勘、櫟の顔は忽ち天女の姿となり、空中を前後左右に飛びまわり乍ら、真名井ケ原の奥を目蒐けて、悠々と翔り行く。鬼彦、鬼虎、平助、お楢、お節の五人は、此光景を打仰ぎ、呆然として控へ居る。暫くあつて、お節は声を揚げて泣き出したれば、平助、お楢は驚いて、 平助、お楢『コレヤコレヤお節、どうしたどうした、腹でも痛いのか。何を泣く……』 と左右より、老爺と婆アとは獅噛み付き、顔色変へて問ひかける。お節は涙を拭ひ乍ら、 お節『お祖父さま、お祖母さま、どうぞ改心して下さいませ。あの様な荒くれ男の岩さま、勘さま、櫟さまは大神様の御心に叶ひ、あの立派な平和の女神となつて、神様の御用にお立ちなさつた。妾は女の身であり乍ら、改心が足らぬと見えて、神様の御用に立てて下さらぬ。どうぞ、あなた二人は、今迄の執拗な心をサラリと払ひ捨て惟神の心になつて下さい。さうでなければ、妾は神様にお仕へする事が出来ませぬ』 と又もや『ワツ』と許りに泣き沈む。此時天上に声あり、 声『鬼彦、鬼虎、今天より下す羽衣を汝に与ふ。汝が改心の誠は、愈天に通じたり』 鬼彦、鬼虎は飛び立つ許り打喜び、両人大地に平伏し、 鬼彦、鬼虎『ハハア、ハツ』 と言つた限り、嬉し涙に掻き暮れて居る。二人は不図顔をあぐれば、えも謂はれぬ麗しき羽衣、地上一二尺離れた所に浮游して居る。手早く拾ひ上げむとする刹那、ピタリと二人の体に密着した。追々羽衣は拡大し、自然に身体は浮上り、二人は空中を前後左右に飛揚しながら、 鬼彦、鬼虎『平助さま、お楢さま、お節さま、左様ならお先へ参ります』 と空中を悠々として、真名井ケ岳の霊地に向つて翔り行く。後に三人は呆然として、此光景を物をも言はずに見詰め居たりけり。 平助『アーア人間と云ふ者は、訳の分らぬものぢやなア、俺の様な善人は、斯うして山の上で寒い風に曝され、娘は痩衰へ、親子三人やうやう此処まで出て来る事は来たが、五人の大江山の眷属共は又、どうしたものぢや。アンナ立派な衣裳を天から頂きよつて、羽化登仙、自由自在の身となりよつた。神様もあまりぢやあまりぢや、アンナ男が天人に成れるのなら、俺達親子三人も、立派な天人にして下さつたら良かりさうなものぢやないか。アーア此れもヤツパリ、身魂の因縁性来で、何時までも出世が出来ぬのかなア』 お楢『おやぢドン何事も神様の思召通りより行くものぢやない。人間の目から悪に見えても善の身魂もあり、人間が勝手に善ぢや善ぢやと思うて、自惚て居ると、何時の間にやら邪道に落ちて苦しむと云ふ事ぢや、去年お節を奪られてから、二人が泣きの涙に暮らしたのも、若い間から欲ばつかりして、金を蓄め、人を泣かして来た報いで、金はぼつたくられ、一年の間も泣いて暮したのぢや。今迄の事を、胸に手を当てて考へて見れば、人こそ、形の上で殺さぬが、藪医者の様に、無慈悲な事をして、何程人の心を殺して来たか、分つたものぢやない、おやぢどの、お前も若い中から、鬼の平助、渋柿の平助と言はれて来たのぢやから、コンナ憂目に遭うのは当然だよ。親の罰が子に報うて、可愛いお節が、一年が間、コンナ目に遭うたのぢや。誰を恨める事も無い。みな自分の罪障が報うて来たのじや、アンアンアン』 平助『俺が常平生、食ふ物も食はず、欲に金を蓄めたのも、みなお節が可愛いばつかりぢや、どうぞしてお節を一生楽に暮さしてやりたいと思うた為に、チツとは無慈悲な事も行つて来たが、それぢやと云うて、別に俺が美味い物一遍食つたのでもなし、身欲と云ふ事は一つもして居らぬぢやないか』 お楢『それでも、おやぢドン、ヤツパリ身欲になるのぢや。他人の子には辛く当り、団子一片与るでもなし、何も彼も、お節お節と、身贔屓ばつかりしとつて、天罰で一年の苦しみを受けたのぢや。そこで神様が此通り、善と悪との鑑を見せて下さつたのぢや。これから綺麗サツパリと心を容れ替へて下されや、婆アも唯今限り改心をする。親の甘茶が毒になつて、お節の体もあまり丈夫ではない。コンナ繊弱い体を此世に遺して、年取つて夫婦が幽界とやらへ行く時に、後に心が残る様な事では行く所へも行けない。今の間に改心し、お節の身体が丈夫になる様に、真名井の神様へ、心から誓ひをして来ませう』 と三人は、雪積む路をボツボツと、真名井ケ原の豊国姫命が出現場指して、杖を力に進み行く。 因に、鬼彦、鬼虎、其他三人の羽化登仙せしは、其実肉体にては、徹底的改心も出来ず、且又神業に参加する資格無ければ、神界の御慈悲に依り、国替(凍死)せしめ、天国に救ひ神業に参加せしめ給ひたるなり。五人の肉の宮は、神の御慈悲に依つて、平助親子の知らぬ間に、或土中へ深く埋められ、雪崩に圧せられ、鬼彦、鬼虎に救ひ出されたお節は、其実鬼武彦の眷属の白狐が所為なりき。又夜中お節を送つて来た悦子姫は其実は、白狐旭明神の化身なりき。お節を隠したる岩窟は、鬼彦、鬼虎の両人ならでは、救ひ出す事が出来なかつたのである。それは岩窟を開くに就て、一つの目標を知つて居る者は、此両人と鬼雲彦より外になかつたから、鬼武彦の計らひに依つて、此処まで両人を引寄せ、お節を救ひ出さしめ給うたのである。又途中に五人の男を裸にした娘のおコンは、白狐旭の眷属神の化身であつた。曩に文珠堂にて別れたる悦子姫、及び平助の門口にて別れたる音彦、青彦、加米彦は真名井ケ岳の聖地に既に到着し居たりしなり。 (大正一一・四・二一旧三・二五松村真澄録)
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(1693)
霊界物語 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 05 誘惑婆 第五章誘惑婆〔六一六〕 平助は、お楢、お節と共に崎嶇たる山路を心細げにとぼとぼと進み行く。春日に照らされて日向辺の坂道は雪解け、山の肌を現はして居る。斯かる処へ蓑笠着た一人の婆、若い娘を二人伴ひ、行手に立ち塞がり、 婆『これはこれは、お爺さま、お婆アさま、青白い痩せた娘を連れて何処へ行くのぢや』 平助『ハイハイ、お前さまは何処のお方か知らぬが、私は真名井ケ原の、今度現はれなさつた結構な神様に、お礼詣りに行くのぢや、どうぞ其処を退いて下され』 婆『お前さま、真名井ケ原へ御礼詣りに行くのぢやと云うたな、アンナ処へ行つて一体何をするのぢや、あの神は悪神ぢやぞ』 平助『悪神でも何でも構うて下さるな、信仰は自由だ、私の心で私が拝むのぢや、何処の婆アか知らぬけれど、人の信仰を落ささうと思うて、コンナ山の中へ出しや張つて、よい物好きもあればあるものぢやワイ』 婆『はてさて困つた人達だ、可憐さうなものだナア。良薬は口に苦し、利益になる事を云へば嫌はれる世の中だ、お前さま、これから先に行かうものなら命がないぞへ、命を捨てても信神をするのかい』 平助『誰人が命まで放かして信神する物好があるものか、長命がしたさにお参詣するのぢや。真名井ケ原の豊国姫の神様と云つたら、それはそれは結構な、命の神様ぢや。お前も一つ詣つてお蔭を頂いてはどうだい、何時迄生て居ても生満足せぬ此世の中だ。サアサア往かう往かう』 婆『マアマアお爺イさま、一服しなさい、此処を少し横へ寄ると小さい家がある、其処が私の修業場ぢや、お前達のやうな瑞の霊に呆けて出てくる亡者を済度しやうと思うて、俄に修行場を拵へたのだ、喰はず嫌ひは信用にならぬものぢや、マア兎に角この婆さまに随いて御出なさい』 平助『オイお楢、何うせう、この婆さまの云ふ通り、大分足も疲れた。一寸一服して話を聞くだけ聞いて見ようかなア』 お楢『お爺イさま、お前はそれだから困ると云ふのぢや、直に人の口車に乗つて、ソンナ事で信神が出来るものか、私が何時も意見すると、仕様のない婆アの老婆心で吐す事は聞く耳持たぬと、二つ目には頑張りなさるが、些とは此婆アの云ふ事も聞きなさい、お前も余り老爺心が勝過ぎて居る。何処の婆アさまか知らぬけれど、私より些と若いと思うて早乗り気になつて御座るが、嫌ぢや嫌ぢや、私はどうしても、ソンナ処へは行かぬ、それよりも早く真名井さまに参詣して御礼を申さねばなるまい、サアサアお節行かう行かう』 平助『婆アがさう云うても、お節お前はどうだ、一寸寄つて見る気はないか』 お節『お爺イさま、道草を喰はずにトツトと参りませうよ』 婆『これはこれはお婆アさまと云ひ、娘さまと云ひ、何と云ふ不心得な事だい、夫や親の言葉を背くと云ふ事があるものか、大方お前さまは三五教の信者であらう』 お節『尤も妾は三五教の信者で御座います、お爺イさまお婆アさまは無宗教者、妾は大江山のバラモン教の大将に誘拐され、巌窟の中に閉ぢ込められ苦しみ悶えて居りました。其処へ有難い三五教の神様が夢枕に立つて下さいまして、宣伝歌を教へて下さつた、其宣伝歌を唱へて居ると、間もなく悪者が改心を致しまして、助けに来て呉れました。世の中に何の神様が尊いと云うても、三五教の神様位有難い神様はありませぬ、私は三五教を守護遊ばす豊国姫の神様が、今度真名井ケ原に御出現になつたので、お礼詣りに行く所で御座います、どうぞ神詣りの途中で邪魔して下さいますな、お話があれば下向の途中に寛る寛ると承はりませう』 婆『サアそれがいかぬのだよ、三五教は今は高天原をおつ放り出された素盞嗚尊と云ふ奴が大将をして居るのだ、悪けれやこそ結構な処を逐出されたのぢやないか、お前さま達もさうぢやらう、柔順しい自分の兄弟を誰が逐出すものか、親を泣かし、兄弟を泣かし、ヤンチヤの有り切りを尽し、近所は申すに及ばず、其辺中に迷惑をかける極道息子は何程可愛いと云うても、世間の手前家に置いておくと云ふ事は出来まいがな。それと同じ事に、伊邪諾の大神様や、姉の神様が愛想をつかし、世間に済まぬと云うて切つても切れぬ姉弟の中を放り出された位だもの、酢でも蒟蒻でも行く代物ぢやない、その素盞嗚尊が采配を振つて居る三五教へ迷ひ込むとは何と云ふお前達は没分暁漢ぢやいナア、三五教の真実の事が聞きたけれや、この婆が篤りと説明して上げる、サアサア何と云つても連れて行く、来なされ来なされ』 お節『仮令お爺イさま、お婆アさまが行くと仰有つても妾だけはよう参りませぬ』 婆『エヽ分らぬ娘じやなア、これこの通り綺麗な二人の娘が、此婆の言ふ事を心から納得して、朝夕忠実に仕へて居るのぢや、新しい女の流行る時節にお前さまは又何とした旧い頭脳ぢや、それもその筈一年許りも世間見ずに、岩の穴へ押込められて居たのだから世間の様子も分るまい、世の中は随分進みて居るぞえ、些と確りして此お婆アさまの云ふ事を聞きなされ、斯う見えてもこの婆は、若い時からドンナ事にも経験を積みて来た苦労人の黒姫ぢや、苦労なしに誠の花は咲かぬぞえ』 お節『お説は御尤もで御座いませうが、入らぬ御節介、何と仰せつけられましても、折角ながら応じ兼ねます、入らぬ御節介止めて下さいませ』 黒姫『エイ我の強い女ぢやなア。青瓢箪に屁吸はしたやうな顔をしやがつて、ようまあツベコベと理屈を囀る小娘だ、イヤ我羅苦多娘ぢや、もしもしお爺イさま、お前も年が寄つてコンナやんちや娘を持つて居ては末が案じられる、もつと真面目な真実の身魂になつて、お前さま夫婦の安心の出来るやうに教育して上げるから、サアサアあそこ迄来て下さい、この通り二人の娘さまは淑やかなものだ、これも全く私の教育がよいからぢやぞゑ』 平助『エヽ喧しいワイ、娘がお転婆にならうと、何うならうと貴様等のお世話にならぬ哩、サアサアお節、コンナ糞婆に係り合つて居つたら日が暮れる、サアサア行かう行かう』 お楢『モシモシお爺イさま、さう云つたものぢやない、一つお前聞いたらどうぢや、後生のためになるかも知れぬぞえ』 此時前方より宣伝歌を歌ひながら遣つて来る二人の宣伝使があつた。お節は此声に力を得、宣伝歌に合して、 お節『朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 誠の力は世を救ふ』 と手を打ち踊り出したれば、黒姫は前後の宣伝歌の板挟みとなり、 黒姫『エイエイ、折も折肝腎の所へ又もや我羅苦多宣伝使奴が来よつて頭が痛い哩。亡国的の声を出しよつて、アヽ胸が苦しい、サアサアお爺イさまにお婆アさま、アンナ奴に見付かつたら大変だ、其ヤンチヤ娘も早く私の後へついて来るのだよ』 お楢『サアサア平助さま、お前この方の後に随いて行かう、怖い者が出て来るさうな』 平助『お節の話を聞いて、三五教と云ふのがある事を聞いたが、何だか神様のやうな声だ、俺は此声を聞くと益々真名井ケ原の神様が有難くなつて来たワイ』 黒姫『エイエイ仕方のない耄碌許りぢやなア、誠一つで助けてやらうと思へば、一生懸命に嫌がつて滅亡の道に飛んで行かうとする。嗚呼、縁なき衆生は済度し難しとは、能く云うたものだ。エヽ気分の悪い、宣伝歌が段々近づいて来る、これこれ清さま、照さま、早く早く』 と急き立て、傍の木の茂みに手早く姿を隠したり。 此場に現はれたる二人の宣伝使は音彦と青彦なりける。 音彦、青彦『ヤアお前さまは丹波村のお爺イさま、お婆アさまに娘さまぢやな、夜前は岩公や、勘公、櫟公が豪い御世話になつたさうですナア。悦子姫様が大変に御待兼です、サアサア行きませう』 平助『イヽエ、何う致しまして、誠に不都合な家でお礼を云つて貰うと却て心苦しう御座います、神様の御蔭で一年振に、大事な大事なお節の顔を見る事が出来ました。これこれお楢、お節、此方は神様の御使様だ、サアサアちやつと御礼を申さぬか』 お楢『貴方は神様の御使、何も申ませぬ、有難う御座います』 と涙ぐむ。 お節『神様の御蔭で助けて貰ひました、何分宜敷く御願ひ致します』 音彦『今此処に何だか人影が現はれて、クサクサと云つて居たやうですが、何処へ行きましたか』 お節『ハイ黒姫と云ふ婆アさまが出て来て、二人の綺麗な娘さまと共に私等親子の者に真名井ケ原に詣るな、此方へ来いと云つて道を塞ぎ困つて居ました、其処へ貴方方の宣伝歌が聞えましたので、……とうとう何処かへ姿を隠しました、アヽ良い所へ来て下さいまして親子三人が助かりました。これと云ふのも神様の御引合せで御座いませう』 音彦『ヤア何と仰せられます、黒姫が出て来ましたか、どこまでも執拗な奴ぢやナア、ハテ何処へ行きよつたか知らぬ』 お節『今此林の中をコソコソと下つて行きましたよ』 音彦『何うも仕方のない奴ぢやなア、兎も角も早く御参詣致しませう、悦子姫様が貴方のお出を大変お待ち兼ねで、吾々はお迎ひに参つたのです、サア行きませう』 と五人は勢よく西へ西へと辿り行く。 (大正一一・四・二一旧三・二五加藤明子録)
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霊界物語 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 07 枯尾花 第七章枯尾花〔六一八〕 味方の人数も大江山魔窟ケ原に穿ちたる 岩窟の中に黒姫は五十路の坂を越え乍ら 歯さへ落ちたる秋の野の梢淋しき返り咲き 此世にアキの霜の髪コテコテ塗つた黒漆 俄作りの夕鴉カワイカワイと皺枯れた 声張り上げてウラナイの道を伝ふる空元気 天狗の鼻の高山彦を三世の夫と定めてゆ 流石女の恥かしげに顔に紅葉を散らしつつ 黒地に白粉ペツタリと生地を秘した曲津面 口喧しき燕や朝な夕なにチユウチユウと 雀百まで牡鳥を忘れかねてか婿欲しと あこがれ居たる片相手星を頂月を踏み 日にち毎日山坂を駆け廻りつつ通ひ来る 男の数は限りなく蓼喰ふ虫も好き好きと 酷い婆アの皺面に惚けて出て来る浅間しさ 広い様でも狭いは世間色は真黒黒姫の 心に叶うた高山彦のタカか鳶か知らね共 烏の婿と選まれて怪しき名に負ふ大江山 魔窟ケ原の穴覗き奥へ奥へと進み入る 一コク二コクと迫り来る三国一の花婿を 取つた祝ひの黒姫が嬉しき便りを菊若や 心頑固な岩高や人の爺を寅若の 情容赦も夏彦や富彦、常彦諸共に 飲めよ騒げの大酒宴岩屋の中は蜂の巣の 一度に破れし如くなり。 黒姫は皺苦茶だらけの垢黒い顔に、白い物をコテコテに塗り、鉄倉の上塗みた様な、真白な厚化粧、白髪は烏の濡羽色に染め、梅の花を散らした派手な襠衣を羽織り、三国一の婿の来るを、今や遅しと、太い短い首筋を細長く延ばして、蜥蜴が天井を覗いた様なスタイルで、入口の岩窟を覗き込み、年の寄つた嗄れ声に色を附け、ワザと音曲に慣れた若い声を出し、 黒姫『コレコレ夏彦、常彦、まだお客さまは見えぬかな。お前は御苦労だが、一寸そこまで迎へに往つて来て下さらぬか。由良の湊までは、フサの国から、天の鳥船に乗つてお越しなのだから、轟々と音が聞えたら、それが高山彦さまの一行だ。空に気をつけ足許にも気を付けて往て来て下さい』 夏彦『ハイハイ承知致しました。遠方の事とは云ひ乍ら、随分暇の要る事ですなア。サア常彦、お迎へに行つて来うぢやないか』 常彦『黒姫さま、今日はお芽出度う。ソンナラ往て来ませうか』 黒姫『何ぢや常彦、改まつて、お芽出度うもあつたものか。あまり年寄りが婿を貰うと思うて冷やかすものぢやない。サアサアトツトと往て来なさい』 常彦『ソンナラ、何と言つて挨拶をしたら好いのですか。今日は芽出たいのぢやありませぬか』 黒姫『芽出たいと云へば芽出たいのぢやが、ナニもう妾は、五十の坂を越えて、誰が好みて婿を貰うたりするものか。これと云ふのも、神様の教を拡げる為に、此黒姫の体を犠牲にして、天下国家の為に尽すのだよ。お芽出たうと云ふ代りに御苦労様と言ひなされ』 常彦『これはこれは五苦労の四苦労、真黒々助の黒姫様、十苦労さまで御座います』 黒姫『エーエーお前は此黒姫を馬鹿にするのかい。十苦労と云ふ事があるものか。あまりヒヨトくりなさるな』 常彦『イエ滅相な、あなたも天下の為に犠牲に御成りなさるのは五苦労さまぢや。又此常彦が三国一の婿さまを、斯う日の暮になつてから、細い山路を迎ひに行くのも、ヤツパリ五苦労さまぢや。お前さまの五苦労と私の五苦労と、日韓併合して十苦労様と云うたのですよ。アハヽヽヽ』 夏彦『常彦、行かうかい』 と、岩穴をニユツと覗き、 夏彦『ヤア占た占た、モウ行かいでも可い』 常彦『行かでも良いとは、ソラ何だい、高山彦さまが見えたのかい』 夏彦『きまつた事だ。モシモシ黒姫さま、お喜びなさいませ。偉い勢で沢山な家来を伴れて見えましたよ』 黒姫『それはそれは御苦労な事ぢや。どうぞ穴の口まで迎ひに行て下され。あまり這入り口が小さいので、行過されてはお困りだからなア』 夏彦は肩から上をニユツと出し、高山彦の一行の近付き来るを待ち居たる。 高山彦『此処は黒姫の住家と聞えたる魔窟ケ原ぢやないか。モウ誰か迎ひに来て居さうなものだに、何をして居るのだらうな』 虎若『ヤア御大将様、此魔窟ケ原は随分広い所と聞きました。何れ先方から遣つて来られませうが、何分予定とは早く着いたものですから、先方も如才なく準備はやつて居られませうが、つい遅くなつたのでせう。御馳走一つ拵へるにも斯う云ふ不便な土地、何事も三五教ぢやないが、見直し聞直し、御機嫌を直してモウ一息お進み下さいませ』 高山彦『それはさうだが、如何に黒姫、部下が無いと云つても、二十人や三十人は有りさうなものだ。三人や五人迎ひに来したつて良いぢやないか。縁談は飯炊く間にも冷ると云ふ事が有る。あまり寒いので、冷たのぢやあるまいか、ナア虎若』 虎若『トラ、ワカりませぬ。何分此通り、あちらにも此方にも雪が溜つて居りますから随分冷る事でせう。私も何だか体が寒くなつて来た。フサの国を出た時は随分暖かであつたが、空中を航行した時の寒さ、それに又此自転倒島へ着いてからの寒さと云つたら、骨身に徹えますワ』 高山彦は苦虫を喰つた様な不機嫌な顔をし乍ら、爪先上りの雪路を進み来る。雪の一面に積つた地の中から、夏彦は首丈を出して、 夏彦『コレハコレハ高山彦のお出で、サアサアお這入り下さいませ。黒姫さまが大変にお待兼で御座います。あなたも遥々と国家の為に犠牲になつて下さいまして有難う御座います』 虎若『ヤア何だ、コンナ所に首が一つ落ちて、物言つて居やがる。……ハヽア此奴ア、大江山の化州だな……オイ化州、這入れと言つても、蚯蚓ぢやあるまいし、何処から這入るのぢやい。入口が無いぢやないか。貴様の体は如何したのぢや。松露か何ぞの様に頭ばつかりで活てる筈もあるまいし、怪体な代物ぢやなア』 夏彦『黒姫さまは高山彦さまに、お惚け遊ばして首つ丈陥つて御座るが、此夏彦は首は外へ出して、体丈はまつて御座るのだ。サアサア不都合な這入口の様だが、中は立派な御座敷、用心の為にワザと入口が細うしてある。高山彦さま、どうぞお這入り下さいませ。一人づつ這入つて貰へば、何程大きな男でも引つ掛らずに這入れます』 と言ふより早く夏彦は窟内に姿を隠しける。 虎若『ヤア妙だ。見た割とは大きな洞が開いて居る。ヤア階段もついて居る。サア高山彦さま、御案内致しませう』 虎若を先頭に、高山彦は数多の従者と共に、ゾロゾロと岩窟の中に潜り入る。黒姫は此時既に奥の間に忍び込み、鏡の前で口を開けたり、目を剥いたり、鼻を摘ンで見たり、顔の整理に余念なかりける。夏彦は此場に走り来り、 夏彦『モシモシ、高山彦の御大将が見えました。どうぞ早く此方へお越し下さいませ』 黒姫『エー気の利かぬ事ぢやなア。何とか云つて、お茶でも出して、口の間で休まして置くのだよ。それまでに化粧をチヤンと整へて、型ばかりの祝言をせなくてはならぬ。菊若、岩高は何をして居るのだ。料理の用意は出来たか。お茶でも献げて世間話でもして待つて貰ふのだよ』 夏彦『今日は芽出度い婚礼、それにお茶をあげては、茶々無茶苦になりやしませぬか。今日はお水を進げたらどうでせう』 黒姫『エー茶ア茶ア言ひなさるな。茶が良いのだ。水をあげると水臭くなると可かぬから……』 夏彦『ハヽア、茶ア茶アと茶ツつく積りで、茶を呑ませと仰有るのかなア……茶、承知致しました』 黒姫『エーグヅグヅ言はずに、あちらへ行つて、高山彦様御一同のお相手になるのだよ。こつちの準備が出来たら、祝言の盃にかかる様にして置きなさい。……アーア人を使へば苦を使ふとは、能う言つたものだ。男ばつかりで、女手の無いのも……ア困つたものだ。清サン、照サンと云ふ二人の若い女は有つたけれども、これは真名井ケ原の隠れ家に置いてあるなり、斯う云ふ時に女が居らぬと便利が悪い。お酒の酌一つするにも、男ばつかりでは角ばつて面白くない。併し乍ら清サン、照サンは十人並優れた美しい女、折角貰うた婿どのを横取しられちや大変だと思つて、伴れて来なかつたが、安心な代りには便利が悪いワイ。サアサアこれで若うなつて来た。化粧と云ふものは偉いものだナア。昔から女は化物だと云ふが……われと吾手に見惚れる様になつた。如何に色男の高山彦でも、此姿を見たら飛び付くであらう。現在女の自分でさへも、自分の姿に見惚れるのだもの……ヤツパリ霊魂が良いと見える。アーア惟神霊幸倍坐世、惟神霊幸倍坐世。………コレコレ常彦……オツトドツコイ、コンナ年の寄つた婆声を出しては愛想を尽かされてはならぬ。端唄や浄瑠璃で鍛へて置いた十七八の娘の声を使はねばなるまい、……コレコレ夏彦、用意が出来たよ。これ夏彦、一寸此方へお越し』 夏彦『エツ、何だ、妙な声がするぞ。黒姫さま、何時の間にか若い照サン、清サンを引ぱつて来たと見える。アンナ別嬪を連れて来たら、婿を横取りに仕られて了うがな……』 黒姫『コレコレ夏彦サン、早う来なさらぬかいな』 夏彦『婆アと違うて、娘の声は何処ともなしに気分が好いワイ。今晩黒姫と高山彦の婆組が婚礼をする。後は照サンと夏彦サンの婚礼だ。これ丈沢山に男も居るのに、あの優しい声で夏彦サンと言ひやがるのは、余つ程思召が有ると見えるワイ。どうれ、一つ、襟でも直して、お目に掛らうかい』 目を擦り、鼻をほぜくり、唇を舐め、襟の合せ目をキチンとし、帯から袴まで検め、 夏彦『ヤアこれで天晴れ色男だ……エツヘン』 足音を変へ乍ら、稍反り返りて、色男然と澄まし顔、一間の障子をガラリと開け、 夏彦『今お呼びとめになつたのは、照サンで御座いますか、何用で御座います……』 黒姫『お前は夏彦ぢやないか。何ぢや其済ました顔は……照サンぢやないかテ…夜も昼も照サンに……照の女に現を抜かしよつて、わしの云うた事が耳へ這入らぬのか』 夏彦『それでも若い女の声がしましたもの、若い女と言へば、今の所では照サン、清サンより無いぢやありませぬか』 黒姫『照や清は真名井ケ岳の隠れ家に置いてあるぢやないか。何をとぼけて居るのぢや。黒姫が呼びたのですよ』 夏彦『ヘエー、何と若い声が出るものですな』 黒姫『きまつた事ぢや。言霊の練習がしてあるから、老爺の声でも、婆の声でも、十七八の女の声でも、赤児の声でも、鳶でも、烏でも、猫でも、鼠でも、自由自在の言霊が使へるのですよ』 夏彦『ア、ハハー、さうですか、さうすると今晩は、鼠の鳴声を聞かして貰はうと儘ですな、アハヽヽヽ』 黒姫『エーエー喧しいワイ。早うお客さまのお相手をして、それからソレ……レイの用意をするのよ』 夏彦『レイの用意だつて……何の事だか分りませぬがなア』 黒姫『レイの上にコンが付くのぢや。アタ恥しい。良い加減に気を利かしたらどうぢや』 夏彦『霜降り頭に黒ン坊を着けて、鍋墨の様な顔に白粉を附けて、華美な着物を着ると、ヤツパリ浦若い娘の様な気になつて、恥かしうなるものかいなア。恥かしい事と言つたら知らぬ黒姫ぢやと思うて居つたのに、流石は女だ。恥かしいと仰有る、アツハヽヽヽ』 其処へ常彦現はれ来り、 常彦『黒姫様、万事万端用意が整ひました。サアどうぞお越し下さいませ』 黒姫はつと立ちあがり、姿見鏡の前に、腰を揺り、尻を叩き、羽ばたきし乍ら、稍空向気味になり、すまし込み、仕舞でも舞う様な足附で、ソロリソロリと婚礼の間に進み行く。 黒姫、高山彦の結婚式は無事に終結した。三々九度の盃、神前結婚の模様等は略しておきます。 黒姫は結婚を祝する為、長袖淑やかに、自ら歌ひ自ら舞ふ。日頃鍛へし腕前、声調と云ひ、身振りと云ひ、足の辷り方、手の操り方、実に巧妙を極め、出色のものなりける。 黒姫『色は匂へど散りぬるを吾が世誰ぞ常ならむ 有為の奥山今日越えて浅き夢見しゑひもせず 昨日やきやう(京)の飛鳥川清く流れて行末は 善も悪きも浪速江の綿帽子隠したツノ国の 春の景色に紛ふなる花の容顔月の眉 年は幾つか白雲の二八の春の優姿 皺は寄つても村肝の心の色は稚桜姫 神の命の御教を朝な夕なに畏みて 仕へ奉りし甲斐ありて色香つつしむ一昔 花は紅、葉は緑手折り難きは高山彦の 空に咲きたる梅の花時節は待たにやならぬもの 天は変りて地となり地は上りて天となる さしもに高き高山彦の吾背の命の遅ざくら 手折る今日こそ芽出度けれ疳声高き高姫の 朝な夕なに口角を磨きすまして泡飛ばし 宣る言霊も水の泡アワぬ昔は兎も角も 会うた此世の嬉しさは仮令天地が変るとも 替へてはならぬ妹と背の嬉しき道の此旅出 旅は憂いもの辛いもの辛いと言つても夫婦連 凩荒ぶ山路も霜の剣を抜きかざす 浅茅ケ原も何のその夫婦手に手を取りかわし 互に睦ぶ二人仲二世の夫とは誰が言うた 五百世までも夫婦ぞと世の諺に言ふものを 坊ツチヤン育ちの緯役が世間をミヅの御霊とて 訳の分らぬ事を言ふ表は表、裏は裏 仮令雪隠の水つきと分らぬ奴が吐くとも 斯うなる上は是非もない雪隠千年万年も 浮世に浮いて瓢箪の胸の辺りに締めくくり 縁の糸をしつかりと呼吸を合して結び昆布 骨も砕けし蛸入道烏賊に世人は騒ぐとも 登り詰めたは吾恋路成就鯣の今日の宵 善いも悪いも門外漢の容喙すべき事でない 高山彦の吾夫よ千軍万馬の功を経し 苦労に苦労を重ねたるすべての道にクロトなる 此黒姫と末永く世帯駿河の富士の山 解けて嬉しき夏の雪白き肌を露はして 薫り初めたる兄の花の一度に開く楽しみは 神伊弉諾の大神が妹の命と諸共に 天の瓊矛をかき下しコヲロコヲロに掻き鳴して 山河草木百の神生み出でませし其如く 汝は左へ妾は右右と左の呼吸合せ 明かす誠に裏は無いウラナイ教の神の道 国治立の大神の開き給ひし三五の 神の教も今は早瑞の御霊の混ぜ返し 穴有り教となりにける愈是れから比治山の 峰の続きの比沼真名井豊国姫の現はれし 珍の宝座を蹂躙し誠一つのウラナイの 神の教を永久に夫婦の呼吸を合せつつ 立てねば置かぬ経の教稚桜姫の神さへも 花の色香に踏み迷ひ心を紊して散り給ふ 其古事に神習ひ此黒姫も慎みて 神の御跡を追ひまつる五十路の坂を越え乍ら 浮いた婆アと笑ふ奴世間知らずの間抜者 さはさり乍ら夏彦よ岩高彦よ常彦よ 色々話を菊若よ妾に習つて過つな 年を老つての夫持つ妾は深い因縁の 綱にからまれ是非もなく神の御為国の為 ウラナイ教の御為に心にもなき夫を持つ 陽気浮気で黒姫がコンナ騒ぎをするものか 直日に見直し聞直し善言美詞に宣り直し 必ず悪口言ふでない後になつたら皆判明る 神の奥には奥が有る其又奥には奥がある 昔の昔のさる昔マ一つ昔のまだ昔 まだも昔の大昔神の定めた因縁の 魂と魂との真釣り合ひ晴れて扇の末広く 仰げよ仰げ神心心一つの持ちやうで 此黒姫の言ふ事は善に見えたり又悪に 見えて居るかも知れないが身魂の曇つた人間が 心驕ぶりツベコベと構ひ立てをばするでない 総て細工は流々ぢや仕上げた所を見てお呉れ 身魂の因縁性来の大根本の根本を 知つたる神は外に無い日の出神の生宮と 定まりきつた高姫や永らく海の底の国 お住居なされた竜宮の乙姫さまの肉の宮 此黒姫と唯二人要らぬ屁理屈言はぬもの 心も清きモチヅキの音に耳をば澄ましつつ 三五の月の清らかな心の鏡をみがきあげ ウラナイ教の御仕組何も言はずに見て御座れ 今は言ふべき時でない言はぬは云ふに弥勝る 高山彦や黒姫の婚礼したのも理由がある 人間心で因縁がどうして分らう筈はない 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも此因縁は人の身の 窺ひ知らるる事でない今に五六七の世が来れば 唯一厘の神界の仕組をあけて見せてやる それ迄喧しう言ふでない口を慎み、ギユツと締め 瑞の御霊にとぼけたる訳の分らぬ人民は 高山彦や黒姫の此結婚を彼此と 口を極めて誹るだらう譏らば誹れ、言はば言へ 妾の心は神ぞ知る神の御為国の為 お道の為に黒姫が尽す誠を逸早く 世界の者に知らせたい吁、惟神々々 御霊幸倍ましませよアヽ、惟神々々 そろうて酒をば飲むがヨイヨイヨイヨイトサア ヨイトサノサツサ』 黒姫は調子に乗つて踊り狂ひ、汗をタラタラ流し、白粉をはがし、顔一面縄暖簾を下げたる如くなりにける。高山彦は立ちあがり、祝歌を唄ふ。 高山彦『フサの都に生れ出で浮世の風に揉まれつつ 妻子を捨てて遥々とウラナイ教の大元の 北山村に来て見れば鼻高々と高姫が 天地の道理を説き聞かす支離滅裂の繰言を 厭な事ぢやと耳押へ三日四日と経つ内に 腹の虫奴が何時の間かグレツと変つてウラナイの 神の教が面白く聞けば聴く程味が出る 牛に牽かれて善光寺爺サン婆サンが参る様に 何時の間にやらウラナイの教の擒と成り果てて 朝な夕なの水垢離蛙の様な行をして 嬉し嬉しの日を送る盲聾の集まりし ウラナイ教の大元は目あき一人の高山彦が 天津空より降り来し天女の様に敬はれ 持て囃されて高姫の鋭き眼鏡に叶うたか 抜擢されて黒姫が夫となれとの御託宣 断りするも何とやら枯木に花も咲くためし 地獄の上を飛ぶ様に胆力据ゑて高姫に 承知の旨を答ふれば高姫さまも雀躍りし これで妾も安心と数多の家来を差しまわし み空を翔ける磐船を数多準備ひフサの国ゆ 唸りを立てて中空に思ひがけなき高上り 高山彦や低山の空を掠めて渡り来る 大海原の島々も数多越えつつ悠々と 風に揺られて下り来る由良の湊の広野原 イヨイヨ無事に着陸し虎若富彦伴ひて 大江の山を探りつつ魔窟ケ原に来て見れば 見渡す限り銀世界妻の住家は何処ぞと 眼白黒黒姫の岩戸を守る夏彦が 首から先を突出してヤア婿さまか婿さまか 黒姫さまのお待兼ね遠慮は要らぬサア早く お這入りなされと先に立ち頭を隠して段階 ヒヨコリヒヨコリと下り行く虎若、富彦先に立ち 高山彦を伴なひて内はホラホラ岩窟に 潜りて見れば此は如何に名は黒姫と聞きつれど 聞きしに違ふ白い顔夢に牡丹餅食た様な 嬉しき契の今日の宵年は二八か二九からぬ 姿優しき此ナイス幾久しくも末永く 鴛鴦の衾の睦び合ひ浮きつ沈みつ世を渡る 今日の結縁ぞ楽しけれ月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも高山彦と黒姫の 妹背の中は何時までもいや常永に変らざれ 八洲の国は広くとも女の数は多くとも 女房にするは唯一人神の結びし此縁 睦び親しむ玉椿八千代の春を迎へつつ ウラナイ教の神の憲四方の国々宣り伝へ 神政成就の神業に仕へ奉りて麗しき 尊き御代を弥勒の世弥勒三会の暁の 鐘は鳴るとも破れるとも二人の中は変らまじ あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と謡つて、大きな図体をドスンとおろした其機会に、盃も、徳利も、一二尺飛び上り、俄に舞踏を演じ、思はぬ余興を添へにける。夏彦は、くの字に曲つた腰を、三つ四つ握り拳にて打ち乍ら、土盃を右手に捧げ、オツチヨコチヨイのチヨイ腰になつて、自ら謡ひ、自ら踊り始めける。 夏彦『アヽ芽出たい芽出たいお芽出たい年は老つても色の道 忘れられぬと見えまする娘や孫のある中に 田舎の雪隠の水漬かババアが浮いてうき散らし 顔に白粉コテコテと雀のお宿のお婆アさま 高い山から雄ン鳥を言葉巧に誘て来て 言ふな言ふなと吾々の舌切雀のお芽出たさ 夜さりも昼もチヨンチヨンと皺のよつたる機を織る ハタの見る目は堪らない雀百までをンどりを 忘れぬ例は聞いて居る私も男のはしぢやもの 相手が欲しい欲しいわいナ恋路に迷うと云ふ事は 可愛い男に米辵かけた事ぢやげな 図蟹が泡を福の神恵比須大黒ニコニコと 腹を抱へて踊り出す弁天さまの真似をして 顔コテコテと撫塗り立て月が重なりや布袋腹 膨れて困るは目のあたりそれでも私は黙つてる 長い頭の寿老人さま高山彦を婿に持ち まるビシヤモンを叩き付け上を下への大戦 大洪水に流されて天変地妖の大騒動 黒白も分かぬ暗の夜に思はぬ地震が揺るであろ 地震雷火の車変れば変る世の中ぢや 娘や孫のある人が烏の婿に鷹を取り 目を光らして是からは天が下なる有象無象を 何の容赦も荒鷹の勢猛き山の神 苦労重なる黒姫の行末こそはお芽出たい あゝなつかしや夏彦の夢寐にも忘れぬ照さまは どうして御座るか比治山の黒姫さまの隠家に 肱を枕に寝て御座ろアヽなつかしやなつかしや 高山彦や黒姫の今日の慶事を見るにつけ 心にかかるは照さまの比治山峠の独寝ぢや コンナ所を見せられて羨なり涙がポロポロと 私は零れて来たわいナアヽ惟神々々 ホンに叶はぬ事ぢやわい叶はぬ時の神頼み 比沼の真名井の神さまに一つ願ひを掛けて見よう ウラナイ教に入つてより早十年になるけれど 神の教の信徒は女に眼呉れなよと 高姫さまや黒姫の何時も厳しきお警告 それに何ぞや今日は又黒姫さまが身を扮装し 天女の様に化けかはり返り咲きとは何の事 黒姫さまが口癖に裏と表がある教 奥の奥には奥があると言うて居たのは此事か 俺はあンまり神さまに呆けて居つて馬鹿を見た 馬鹿正直の夏彦もこれから心を改悪し 今まで堪へた恋の道土手を切らしてやつて見る サア常彦よ岩高よ何時も話を菊若の 若い奴等は俺の後を慕うて出て来ひ比治山の 照さま、清さま潜む家に肱鉄砲を覚悟して 訪ねて行かうサア行かう高山彦や黒姫の 今日の結婚済みたなら私はお暇を頂かう グヅグヅしてると年が老る若い盛りは二度とない 皺苦茶爺イになつてから如何に女房を探しても 適当な奴は有りはせぬ時遅れては一大事 花の盛りの吾々は今から心を取直し 女房持つて潔く体主霊従の有丈を 尽して暮すが一生の各自の得ぢやトツクリと 思案定めて行かうかいのサアサ往かうではないかいナ ドツコイシヨウドツコイシヨウウントコドツコイ黒姫さま ヤツトコドツコイ高山彦の長い頭のゲホウさま ドツコイシヨのドツコイシヨ』 と自暴自棄になつて、一生懸命に不平を漏らし躍り狂ふ。常彦、岩高、菊若も、夏彦の唄に同意を表し、杯を投げ、燗徳利を破り、什器を踏み砕き、酔にまぎらし乱痴気騒ぎに其夜を徹かしけるが、流石の黒姫も結婚の祝ひの夜とて一言もツブやかず、夏彦等が乱暴をなす儘に任せ居たりける。 明くれば正月二十七日、黒姫は、高山彦其他の面々を一間に招き、比沼の真名井の豊国姫が出現場なる、瑞の宝座を占領せむことを提議し、満場一致可決の結果、猫も杓子も脛腰の立つ者全部を引連れ、高山彦は駒に跨り、真名井ケ原指して驀地に進撃し、茲に正月二十八日の大攻撃を開始し、青彦、加米彦が言霊に、散々な目に会ひ散り散りバラバラに、再び魔窟ケ原の岩窟に引返し、第二の作戦計画に着手したりける。嗚呼、黒姫一派は如何なる手段を以て、真名井ケ原の聖場を占領せむとするにや。 (大正一一・四・二二旧三・二六松村真澄録)
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霊界物語 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 08 蚯蚓の囁 第八章蚯蚓の囁〔六一九〕 黒姫、高山彦の発議により、愈真名井ケ原の瑞の宝座を蹂躙し、あはよくば占領せむとの計画は定まつた。黒姫夫婦は婚礼の後片付に忙殺を極めて居る。三軍の将と定つた夏彦、常彦、岩高、菊若の四人は入口の間に胡坐をかき、出発に先だち種々の不平談に花を咲かし居たりける。 常彦『人間と云ふものは身勝手のものぢやないか、石部金吉金兜押しても突いても此信仰は動かぬ、神政成就する迄は男のやうなものは傍へも寄せぬ、三十珊の大砲で男と云ふ男は片端から肱鉄砲を喰はすのだ、お前達も神政成就迄は若いと云うても決して女などに目を呉れてはならぬぞ、若い者が女に目を呉れるやうな事では神界の経綸が成就せぬと、明けても暮れても口癖のやうに、長い煙管をポンと叩いて皺苦茶面をして、厳しいお説教を始めて御座つたが、昨夜の態つたら見られたものぢやない、雪達磨がお天道様の光に解けたやうに、相好を崩しよつて、「モシ高山彦の吾夫様」ナンテ、団栗眼を細うしよつて何を吐しよつたやら、訳の分つたものぢやない、俺やもう嫌になつて仕舞つたワ』 岩高『定つた事ぢや、女に男はつきものだ。茶碗に箸、鑿に槌、杵に臼、何と云つたつて此世の中は男女が揃はねば物事成就せぬのだ、二本の手と二本の足とがあつて人間は自由自在に働けるやうなものだ、三十後家は立つても四十後家は立たぬと云ふ事があるぢやないか』 常彦『四十後家なら仕方が無いが彼奴は五十後家ぢやないか、コレコレ常さま、お前は因縁の身霊ぢやによつて、何うしても三十になるまで女房を持つてはいけませぬぞえ、人間は三十にして立つと云ふ事があるなぞと云よるが、此時節に三十にして立つ奴は碌なものぢやない、俺等は既に既に十六七から立つて居るのぢや、今思うと立つものは腹ばかりぢや』 夏彦『貴様等は何を下らぬ事を云うて居るのだ、高姫さまだつて余り大きな声では云はれぬが、何々と何々し、又○○と○○し、夫は夫は口でこそ立派に道心堅固のやうに云うて居るが、口と心と行ひの揃つた奴はウラナイ教には一匹もありやしないワ、俺も魔我彦や、蠑螈別や高姫に限つてソンナ事はあるまい、言行心一致だと初の程は信じて居たが、此の頃は何うやら怪しくなつて来たやうだ、本当に気張る精も無くなつて了つた。今迄は二つ目には黒姫の奴、夏彦何うせう、常彦何うせう、岩高、菊若、斯うしたら好からうかなアと吐しよつて、一から十迄、ピンからキリ迄相談をかけたものだが、昨日から天候激変、ケロリと吾々を念頭から磨滅しよつて、箸の倒けた事まで、ナアもし高山さま、これもしこちの人、何うしませう、斯うした方が宜敷くは御座いますまいかと、皺面にペツタリコと白いものをつけよつて、田螺のやうな歯を剥き出し、酒許り飲ひよつて、俺達には一つ飲めとも云ひよりやせむ、かう天候が激変すると何時俺達の頭の上に雷鳴が轟き、暴風が襲来するか分つたものぢやない、俺はホトホトウラナイ教の真相が分つて愛想が尽きたよ。今更三五教へ入信うと云つた所で、力一ぱい高姫や黒姫の言葉の尻について、素盞嗚尊の悪口雑言をふれ廻して来たものだから、どうせ三五教の連中の耳へ入つて居るに違ひない、さうすれば三五教へ入信る訳にも行かず、ウラナイ教に居ても面白くはなし、厄介者扱のやうな態度を見せられ、苦しい方へ許り廻されて本当に珠算盤があはぬぢやないか、何時迄もコンナ事をして居ると身魂の身代限をしなくてはならぬやうになつて了ふ、今の中に各自に身魂の土台を確り固めて置かうではないか。よい程扱き使はれて肝腎の時になつてから、お前は何うしても改心が出来ぬ、身魂の因縁が悪いナンテ勝手な理屈を云つてお払ひ箱にせられては約らぬぢやないか』 常彦『それやさうだ。高姫は変性男子の系統ぢやと聞いた許りに、変性女子の身魂より余程立派な宣伝使日の出神の生宮だと思うて今迄ついて来たのだ。併し日の出神もよい加減なものだ。各自ウラナイ教脱退の覚悟をしやうではないか』 菊若『オイ、ソンナ大きな声で云うと奥へ聞えるぞ、静にせぬかい』 夏彦『ナニ、今日は何程大きな声で云つたところで俺達の声は黒姫の耳に入るものか、耳へ入るものは高山彦の声許りだ、俺達の声が耳に入る程注意を払つて呉れる程親切があるなら、もとよりコンナ問題は提起しないのぢや、乞食の虱ぢやないが口の先で俺達を旨く殺しよつて、今迄旨く使つて居たのだ、随分気に入つたと見え、枯れて松葉の二人連、虱の卵ぢやないが彼奴ア死ンでも離れつこは無いぞ、アハヽヽヽ』 岩高『併し、そろそろ真名井ケ嶽に出発の時刻が近よつて来たが、お前達は出陣する考へか』 夏彦『否と云つたつて仕方が無いぢやないか、ウラナイ教に居る以上は否でも応でも出陣せねばなるまい、併しながら根つから葉つから気乗がしなくなつて来た、仕方が無いから形式的に出陣し、態と三五教に負けて逃げてやらうぢやないか、さうすれば黒姫は申すに及ばず、高姫もちつとは胸に手を当てて考へるだらう、高山彦だつて愛想をつかして黒姫を捨てて去ぬかも知れぬぞ。今こそ花婿が来たのだと思つて上品ぶつて、大きな鰐口を無理におちよぼ口をしやがつて、高尚らしく見せて居るが、暫くすると地金を出して、又女だてら大勢の中で、サイダーやビールの喇叭飲みをやらかすやうになるのは定つてゐる。鍍金した金属が何時迄も剥げぬ道理はない、俺達もウラナイ教の信者と云ふ鍍金を今迄塗つて居たが、もう耐らなくなつて、そろそろ剥げかけたぢやないか、アハヽヽヽ』 斯る所へ虎若と富彦の両人現はれ来り、 虎、富『ヤア四天王の大将方、高山彦、黒姫様の御命令で御座る、一時も早く真名井ケ原に向つて出陣の用意めされ』 と云ひ捨てて此場を急ぎ立ち去りにけり。 夏彦『エヽ何だ、馬鹿にしてゐる。昨日来た許りの虎若、富彦を使つて吾々に命令を伝へるナンテ、あまり吾々を軽蔑し過ぎて居るぢやないか、如何に気に入つた高山彦の連れて来た家来ぢやと云つて、古参者の吾々を放つて置き勝手に新参者に命令を下し、吾々を一段下に下しよつたな、これだから好い加減に見切らねばならぬと云ふのだよ』 常彦『アヽ、仕方がない、兎も角も形式なりと出陣する事にしやうかい』 黒姫は突然此場に現はれて、 黒姫『これこれ夏彦、常彦、お前今何を云つてゐらしたの』 常彦『ハイ、真名井ケ嶽に出陣の用意をしやうと申て居りました』 黒姫『それは御苦労ぢやつたが、其次を聞かして下さい、其次は何と仰つた』 常彦『ハイハイ、次は矢張其次で御座いますナ』 黒姫『天に口あり、壁に耳と云ふ事をお前達は知らぬか、最前から四人の話を初めから終迄、次の間に隠れて聞いて居りました。随分高山さまや黒姫の事を褒めて下さつたな』 四人一時に頭を掻いて、 四人『イヤ何滅相も御座いませぬ、つい酒に酔うて口が辷りました、どうぞ神直日大直日に見直し聞き直して下さいませ』 黒姫『お前酔うたと云ふが、何時酒を飲みたのだい』 夏彦『ハイ、酒を飲みたのは貴女と高山さまと祝言の杯をなされました時……ぢやから其為に酔が廻つてつい脱線致しました』 黒姫『馬鹿な事を云ひなさるな、酒も飲まぬに酔が廻り、管捲く奴が何処にあるものか、それやお前達、本真剣で云つたのだらう、サアサアウラナイ教はお前さま達のやうな没分暁漢に居て貰へば邪魔になる、サアサア今日限り何処へなりと行つて下さい。エイエイ、お前達のしやつ面を見るのも汚らはしい』 夏彦『そらさうでせう、好きな顔が目の前にちらついて来たものだから、吾々のしやつ面は見るのも嫌になりましただらう』 黒姫『エヽ入らぬ事を云ひなさるな、サアとつとと去んだり去んだり、ウラナイ教では暇を出され、三五教では肱鉄を食はされ、野良犬のやうに彼方にうろうろ、此方にうろうろ、終には棍棒で頭の一つも撲はされて、キヤンキヤンと云うて又元のウラナイ教に尾を振つて帰つて来ねばならぬやうにならねばならぬ事は見え透いて居るわ、ウラナイ教の太元の大橋越えてまだ先に行方分らず後戻り、慢心すると其通り、白米に籾の混つたやうに、謝罪つて帰つて来ても隅の方に小さくなつて居るのを見るのが気の毒ぢや、今の中に改心をしてこの黒姫の云ふ事を聞きなされ、黒姫は口でかう厳しく云つても、心の中は、花も実もある誠一途の情深い性来ぢや、誠生粋の水晶玉の選り抜きの日本魂の持主ぢやぞえ、サアどうぢや、確り返答しなさい、夏彦の昨夜の歌は何ぢや、目出度い時だと思うて辛抱して居れば好い気になつて悪口たらだら、大抵の者だつたらあの時に摘み出して仕舞ふのぢやけれど、神様のお道の誠の奥を悟つた此黒姫は、心が広いから松吹く風と聞き流して許して居たのだ、それに又もや四人の大将株が燕の親方のやうに知らぬ者の半分も知らぬ癖に何を云ふのだい。お前達に誠の神の大御心が分つて耐るものか、知らにや知らぬで黙言つて居なさい』 夏彦『ハイハイ、誠に申訳がありませぬ、何卒今度に限り見直し聞き直して下さいませ』 黒姫『此度に限つて許して置く、此後に於て、一口でも半口でも、高山さまや黒姫の事を云はうものなら、夫こそ叩き払にするからさう思ひなさい、サアサア常彦、菊若、岩高愈出陣の用意だ、高山彦の御大将はもはや出陣の準備が整うたぞへ』 四人一度に、 四人『ハイ確に承知仕りました』 茲に黒姫、高山彦は一族郎党を集め、旗鼓堂々と真名井ケ原に向つて進撃したが、加米彦、青彦の言霊に脆くも打ち破られ、蜘蛛の子を散らすが如く四方に散乱したりけり。 ウラナイ教の鍵鑰を握つて居た黒姫の部下四天王と頼みたる夏彦、岩高、菊若、常彦の閣僚は黒姫結婚以来上下の統一を欠ぎ、自然三五教に向つて其思想は暗遷黙移しつつありき。其の為め、折角の真名井ケ原の攻撃も味方の四天王より故意と崩解し、黒姫が神力を籠めたる神算鬼謀の作戦計画も殆ど画餅に帰し終りたるなりき。嗚呼人心を収攪せむとするの難き、到底巧言令色権謀術数等の虚偽行動をもつて左右すべからざるを知るに足る。之に反して三五教は一つの包蔵もなく手段もなく、唯々至誠至実をもつて神業に奉仕し、ミロクの精神を惟神的に発揮するのみ。されば人心は期せずして三五教に集まり、日に夜に其数を増加し、何時とはなしに天下の大勢力となりぬ。ウラナイ教は広い大八洲国に於て直接に信徒を集めたるもの唯一人もなく、唯々三五教に帰順したる未熟の信者に対し、巧言令色をもつて誘引し、且つ変性男子の系統より出でたる高姫を唯一の看板となし世を欺くのみにして、根底の弱き事、砂上に建てたる楼閣の如く、其剥脱し易き事炭団に着せたる金箔の如く、豆腐の如く、一つの要もなく唯弁に任し表面を糊塗するのみ、其説く所恰も売薬屋の効能書の如く、名のみあつて其実なく、有名無実、有害無益の贅物とは、所謂ウラナイ教の代名詞であらうと迄取沙汰されけり。されど執拗なる高姫、黒姫は少しも屈せず……女の一心岩でも突貫く、非が邪でも邪が非でも仮令太陽西天より昇る世ありとも、一旦思ひ詰めたる心の中の決心は、幾千万度生れ代り死代り生死往来の旅を重ぬるとも、いつかないつかな摧けてならうか……との大磐石心、固まりきつた女の片意地、張合もなき次第なり。 黒姫は力と頼む青彦の三五教に帰順せし事を日夜に惜み、如何にもして再びウラナイ教の謀主たらしめむと、千思万慮の結果、フサの国より高山彦に従ひ来れる虎若、富彦に命じ、青彦が日夜に念頭を離れざるお節を説きつけ、お節より青彦が信仰を落させむものと肝胆を砕きつつありける。 (大正一一・四・二二旧三・二六加藤明子録)
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霊界物語 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 10 四百種病 第一〇章四百種病〔六二一〕 真名井ケ原の珍の宝座に参拝せむと、息せき切つて進み行きたるお楢は、ゆくりなくもウラナイ教の鍵鑰を握れる女豪傑黒姫に説き伏せられ、くれりと心機一変し、手の掌足の裏を覆して、スタスタと黒姫一行を伴ひ、漸く丹波村の伏屋に着きにける。 お楢『モシモシ、ウラナイ教の大将様、此処が私の荒屋で御座います。サアサアどうぞお這入り下さいませ。嘸お疲労でせう』 黒姫『ナニ、これしきの雪道で疲労るやうな事で、三千世界の神界の御用が出来ますものか、ウラナイ教にはソンナ弱虫は居りませぬ、オホヽヽヽ』 お楢『どうぞ気をつけてお這入り下さい、大江山の鬼落しが掘つて御座いますから、ウカウカ這入ると大変な事が出来致します。サアサア私の通る処を足をきめて通つて下され、一足でも外を歩くと、陥穽へ落ち込みますから』 黒姫『ナント用心の良い事だナア、アヽ感心々々、何と云うても比沼の真名井に瑞の霊の悪神が現はれる世の中ぢやから、この位の注意はして置かななりますまい。サアサア、照さま、清さま、私の後を踏みて来るのだよ』 お楢『モウ大丈夫で御座います。サアサアどうぞお上り下さいませ』 黒姫『ハヽア、平助どのはこの井戸の水を汲みて倒けたのだな。ホンニホンニ危なさうな井戸ぢや。お婆アさま、お前も随分年をとつて居るから気を付けなされよ』 お楢『有難う御座います。娘も嘸喜ぶことで御座いませう』 お節は夢中になつて、 お節『青彦さま、青彦さま』 と呼ンで居る。 黒姫『ドレドレ、これから神さまへ御祈念をして上げよう。それについても一つ妾の話を篤りと聞いた上の事だ。お婆アさま、聞きますかな』 お楢『有難い神さまのお話、どうぞ聞かして下さいませ』 黒姫『この娘の病気は、全体けつたいな病ぢや。病気には四百種病というて沢山な病がある。其中でも百種の病は放つて置いても癒る。あとの百種は薬と医者とで全快する。又あとの百種は、神さまぢや無いと癒らぬのぢや。そして、あとの百種は神さまでも医者でも薬でも癒りはせぬ。これを四百種病と云ふのだ。この娘は第三番目に言うた神信心で無ければ到底癒らぬ。お医者さまでも有馬の湯でもと云ふ怪体な粋な病気ぢや、青彦々々と云ふのは、大方妾の使つて居るウラナイ教の宣伝使、今は三五教に呆けて、この間も音彦とやらの後についてウロついて居た男ぢや。この娘が快くなつたら青彦を養子に貰ひ、娘から青彦を説きつけて、又旧のウラナイ教に逆戻りさせる神様のお仕組の病気に違ひない。お婆アさま、これを良く承知して居て貰はぬと癒す事は出来ぬぞい』 お楢『ハイハイ、ドンナ事でも生命さへ助けて下されば承はります』 黒姫『サア、これから日の出神様のお筆先を頂くから聞きなされ、このお節の守護神にも読みて聞かして改心致させねば、三五教の悪守護神が憑いて居るから、追ひ出す為に結構な御筆先を聞かして上げよう。謹みて聞きなされや』 筆先『変性男子の系統の御身魂、日の出の神の生宮、常世姫命と現はれて、高姫の肉体を藉りて、三千世界の世の初まりの、根本の根本の、身魂の因縁性来から、大先祖がどう成つて居ると云ふ事を明白に説いて聞かす筆先であるぞよ。変性男子は経の御役、誠生粋の正真の大和魂、一分一厘違へられぬ御役であるぞよ。毛筋の横巾も変性男子の系統の肉体に憑つて書いた事は間違ひは無いぞよ。三千世界の大立替大立直しの根本の結構な御筆先であるぞよ。変性女子の身魂は緯の御用であるぞよ。緯はサトクが落ちたり、糸が切れたり、色々と致すから当にならぬ悪のやり方であるから、変性女子の書いた筆先も、申す事も、行状も真実に致すでないぞよ。一つ一つ審神を致さねば、ドエライ目に会はされるぞよ。女子の御役は悪役で、気の毒な御用であるぞよ。身魂の因縁性来で、善と思うて致す事が皆悪になるぞよ。善にも強い悪にも強い常世姫の筆先、耳を浚へて確り聞いて下されよ。毛筋も違はぬ誠一つの、生粋の大和魂の、日の出神の生宮の常世姫命の性来、金毛九尾の悪神を、一旦キユウと腹に締め込みて改心させる御役であるぞよ。それに就いても黒姫の御用、誠に結構な御役であるぞよ。竜宮の乙姫さまがお鎮まり遊ばして御座るぞよ。魔我彦には日の出神の分霊、柔道正宗が守護致すぞよ。蠑螈別には大広木正宗の守護であるぞよ。此神一度筆先に出したら、何時になりても違ひは致さぬぞよ。違ふ様にあるのはその人の心が違うからだぞよ。唐と日本の戦ひが始まるぞよ。日の出神の教は日本の教であるぞよ。変性女子の教はカラの教であるぞよ。変性男子の筆先と、日の出神の筆先とをよつく調べて見て下されよ。さうしたら変性女子の因縁がすつくり判りて来て、ドンナ者でも愛想をつかして逃げて去ぬぞよ。アフンと致さなならぬぞよ。常世姫の御魂の憑るこの肉体は、昔の昔のさる昔、またも昔のその昔、モ一つ昔の大昔から、此世の御用さす為に、天の大神が地の底に八百万の神に判らぬ様に隠して置かれた誠一つの結構な生身魂であるから、世界の人民が疑ふのは無理なき事であるぞよ。神の奥には奥があり、その又奥には奥があるぞよ。三千年の深い仕組であるから、人民の智慧や学では、ソウ着々と判る筈は無いぞよ。今迄の腹の中の塵埃をすつくりと吐き出して誠正真の生粋の大和魂に成りて下さらぬと、誠のお蔭を取り外すぞよ。アフンと致して眩暈が来るぞよ。何程変性女子が鯱になりて耐りても、誠の神には叶はぬぞよ。此の肉体は元を査せば、変性男子の生粋の身魂から生れて来た女豪傑、若い時分から男子女と綽名を取つた、天狗の鼻の高姫であるぞよ。今はフサの国の北山村のウラナイ教の太元の、神の誠の柱であるぞよ。此世を水晶に立直す為に、永い間隠してありた結構な身魂であるぞよ。世界の人民よ、改心致されよ。誠程結構は無いぞよ。苦労の花が咲くのであるぞよ。苦労無しにお蔭を取らうと致して、変性男子の系統を抱き込みて、我身の我で遣らうと致したらスコタンを喰うぞよ。開いた口がすぼまらぬ、牛の糞が天下を取るとは、今度の譬であるぞよ。神の申す事をきかずに遣つて見よれ、十万億土の地獄の釜のドン底へ落して了ふぞよ、神界、幽界、現界の誠の救ひ主は、変性男子と日の出神の生宮とであるぞよ。女子の身魂は此世の紊れた遣り方を見せるお役、天の岩戸を閉める御苦労なかけ替への無い身魂であるぞよ。これも身魂の因縁性来で、昔の因縁が廻つて来たのであるから、神を恨めて下さるなよ。吾身の因縁を恨みて置こうより仕方が無いぞよ。天にも地にもかけ替への無い日の出神の生宮が、三千世界の神、仏事、守護神、人民に気をつけて置くぞよ。改心さへ出来て、この常世姫の申す事が判りたら、如何な事でも叶へてやるぞよ。病位は屁でも無いぞよ。魂を磨いて改心なされ。常世姫が気をつけた上にも気を付けるぞよ。俄信心間に合はん。信心は正勝の時の杖に成るぞよ。一時も早く身魂の洗濯いたして、神に縋りて下されよ。昔は神はものは言はなかつたぞよ。時節来りて艮の金神世に現はれて、三千世界の立替へ立直しを遊ばすについて、第一番に、御改心なされたのが竜宮の乙姫様であるぞよ。この竜宮の乙姫様は、黒姫の肉体にお鎮まり遊ばして、日夜に神界の御苦労に成りて居るから、粗末に思うたら、神の気ざわりに成るぞよ。高姫の肉体は元の性来が勿体なくも天の大神様の直々の分霊であるから、日の出神が引つ添うて、世の立替の地となつて、千騎一騎の御活動を遊ばす御役となりたぞよ。金勝要の大神、坤金神も、一寸我が強いぞよ。早く改心なさらぬと、神界の御用が遅れるぞよ。神界の御用が遅れると、それ丈、神も人民も難儀を致すから、早く改心致して、変性男子と常世姫の御魂の宿りて居る日の出神の生宮の申す事を聞いて下されよ。きかな聞くやうに致して改心させるぞよ。三五教は神の気障りがあるから、神は仕組を変へて此の肉体に御用をさして居るぞよ。神力と智慧学との力比べ、常世姫の神力が強いか、変性女子の智慧学が強いか、神と学との力比べであるぞよ。神の道には旧道と新道と道が二筋拵へてありて、何の道へ行きよるかと思うて、神がジツと見て居れば、新道へ喜びて行きよるが仕舞にはバツタリ行当りて了うて、又もとの旧道へ復つて来ねば成らぬ様に成つて了うぞよ。大橋越えて未だ先へ、行方判らぬ後戻り、慢神すると其通り、早く改心致さぬと、青い顔してシヨゲ返り白米に籾が混つた様にして居るのを見るのが、此の常世姫が辛いから、腹が立つ程気を付けてやるが、変性女子が我が強うて、慢神致して居るから、神ももう助けやうが無いぞよ。もう勘忍袋がきれたぞよ。それにつけては皆の者、変性女子の申すこと、一々審神を致してかからぬと、アフンと致す事が出来致すぞよ。常世姫の憑る肉体を侮りて居ると、スコタン喰う事が出来るから、クドウ申して気をつけて置くぞよ』 と厳の御魂の筆先の抜萃した高姫の書いた神諭を、声高々と読み聞かして居る。 お楢は畳に頭を擦りつけ、ブルブルと慄ひ泣きに泣いて居る。お節は発熱甚しく、益々『青彦青彦』と夢中になつて叫びはじめたり。黒姫は清子、照子の二人に向ひ、 黒姫『サアサア妾が今お筆先を拝読いたから、今度はお前さまがウラナイ教の宣伝歌を謡ふのぢや、サアサア早う、言ひ損ひの無いやうに謡ひなされ』 二人はハイと答へて座を起ち、病に苦しむお節の枕辺に廻り、声張上げて、 清子、照子『朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むともウラナイ教は世を救ふ 常世の国の常世姫昔の神代のそのままの 大和魂の生粋で日の出神の生宮と 現はれ出でたる高姫の身魂にかかりて筆をとり 三千世界の梅の花一度に開くことのよし 委曲に詳細に説き諭すたとへ大地は沈むとも 月日は西から昇るとも日の出神の生宮が 書いた筆先言うたこと毛筋の横巾ちがはぬぞ 違うと思ふは其人の心間違ひある故ぞ 昔の神代の折からに世界のために苦労した 高姫、黒姫、魔我彦や高山彦や蠑螈別 いづの身魂と現はれて竜宮さまの御守護で 此世の宝を掘り上げて北山村にウラナイの 神の教の射場を建て世界の人を教へ行く 実にも尊き神の代の其の根本の因縁を どこどこ迄も説き諭す常世の姫のお筆先 昔々の神代から隠しおいたる生身魂 日の出神の生魂で唐も日本も悉く 悪の仕組をとり調べ四方の国々島々に 漏れなく知らす神の道いづの身魂の御教 変性男子の御身魂善の身魂の生粋ぞ 変性女子の瑞身魂悪の鏡と定まりた 善は苦労が永けれど悪の苦労は短いぞ 悪の道行きや歩きよい善の道程険しいぞ 険しい道を喜びて歩いて行けば末遂に 誠も開く神の国広い道をば喜びて 進みて行けば末つひにハタと詰つて茨むら 針に身体をひつ掻いて逆転倒を皆うつて ヂリヂリ舞をしたとてもあとの祭ぢや十日菊 誠の神の申すうち聞かずに行るならやつて見よ 善と悪との立別けの千騎一騎の大峠 変性女子をふり捨てて常世の姫の生宮と 現はれ出でたる高姫の日の出神の御経綸 万劫末代芳ばしき名を残さうと思ふなら ウラナイ教の神の道一日も早く片時も 先を争ひ歩めかし畏き神のウラナイの 誠一つの根本の毛筋も違はぬこの教 神の奥には奥があるその又奥には奥がある 大国常立大神の三千年の御仕組 隅から隅まで悟つたるあの高姫の生宮は 三千世界の宝物広い世界の人民よ 今ぢや早ぢやと早鐘を撞いて知らする常世姫 暗に迷うた身魂をば日の出の守護に助けむと 朝な夕なに一筋に誠の教伝へ行く 常世の姫の真心は善の鑑ぢや世の鑑 誠の鑑はここにある身魂を清めて出て来たら 三千世界が見えすくぞ鎮魂帰神をせい出して 変性女子に倣ふより神から出したこの鏡 一つ覗いて見るがよい三千世界の有様は 一目に見えるこの教ウラナイ教は世を救ふ 誠の道の神ばしら日の出神の生宮が 三千世界の太柱グツと握つて居る程に 世界の事は何なりと常世でなけりや判りやせぬ 真名井の神が何偉い瑞の身魂が何怖い 怖いと云うたら吾心心一つのウラナイ教 心も身をも大神に捧げて祈れよく祈れ 祈る誠は神心あゝ惟神々々 身魂幸倍坐しませよ』 と謡ひ了れば、お節は益々苦しみ悶え、遂にはキヤアキヤアと怪しき声を振り絞り、冷汗は滝の如く流れ出で、容態は刻々に危険状態に入りける。 お楢『モシモシ皆さま、御親切に拝みて下さいまして有難う御座いますが、お前さまが此処へ御座つてから、お節の病気は楽になるかと思へば、一息々々、苦しさうに成つて来る、コラマア何うしたら宜しいのだ。オーンオーンオーン』 黒姫『コレコレお婆アさま、勿体ない事を言ひなさるな。これ程結構な日の出神の生宮の御筆先を読みて聞かし、結構な結構な宣伝歌まで唱へて、夫れで悪うなつて死ぬ様な事があつたら、神さまのお蔭やと思ひなされ。妾ぢやとて何うして一刻も早う楽に仕て上げたい、生命を助けて上げたいと思へばこそ、コンナ山路を雪踏み分けて遥々と来たのぢやないか。コンナ繊弱い妙齢の娘を二人まで連れて此処へ来たのも、神から言へば浅からぬ因縁ぢや。何うなるも斯うなるも神様の思召、仮令お節さまが国替なさつた処が、別に悔むにも及ばぬ、如才の無い神さまが、結構な処へ遣つて下さつて、神界の立派な御用をさして下さるのぢや。お前さまの達者を守り、この家を守護する守り神として下さるのぢや。勿体ない、何を不足さうに、吠面をかわくのぢやい、何うなつても諦めが肝腎ぢやぞへ』 お楢『ハイハイ、有難う御座います。然し乍ら妾の生命を取つて、どうぞお節を助けて下さいませ。それがお願ひで御座います』 黒姫『ハテサテ判らぬ方ぢやなア。何程偉い神さまぢやとて、お前の生命とお節さまの生命と交換が出来るものか。ソンナ無茶な事を言ひなさるな』 お節の容態は益々危篤に成つて来る。黒姫は何とは無しに落ち着かぬ様子にて、 黒姫『コレコレ照さま、清さま、今日は神界に大変な御用がある。サア帰りませう。コレコレお婆アさま心配なさるな。気を確り持つて居なさいよ。私は神界の御用が急くから、今日はこれでお暇致します』 お楢『モシモシお節は助かりませうか、助かりますまいか』 黒姫『いづれ楽になるわいナ。屹度癒る、安心なされ』 お楢『楽に成るとはあの世へ往く事ぢやありませぬか、癒ると仰有るのは、霊壇へ御魂に成つて直ると云ふ謎ではありますまいか』 黒姫『アヽ神界の御用が忙しい。照さま、清さま、サアサアお出で』 と雲を霞と比治山の彼方を指してバラバラと走せ帰り行く。あとにお楢はワツと許り泣き伏しぬ。 (大正一一・四・二二旧三・二六東尾吉雄録)
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霊界物語 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 16 城攻 第一六章城攻〔六二七〕 冷たき風も福知山、世を艮の大空に聳り立ちたる鬼ケ城、千引の岩にて固めたる、鬼熊別が千代の住家、金城鉄壁一卒これを守れば万卒攻むべからざる、敵の攻撃に対しては絶対的の安全地帯、岩窟の中に築きたる八尋殿に砦の棟梁鬼熊別は、角の生えたる命の女房、顔色黒い蜈蚣姫数多の人足従へて夜昼堅固に守り居る。鬼熊別が懐中刀と頼みたる、荒鷹、鬼鷹始めとし、紫姫や容貌美き丹州の、味方の兵士を呼び集め、三五教の宣伝使、悦子姫が率ゐ来る言霊隊の進軍に対して、防戦の協議を凝らす大会議、数多の従卒岩窟戸の周囲を十重二十重に取り囲み、敵の襲来に備へ居るその物々しさ、よその見る目も勇ましき。鬼熊別は一同に向ひ、 鬼熊別『三五教の奴原、大江山に在す鬼雲彦の御大将の館を蹂躙し、尚ほ進みて三嶽の岩窟を破壊し去り、今や少数の神軍をもつて本城に押し寄せ来るとの注進、吾は名に負ふ大軍を擁し、斯る堅城鉄壁を構へ居れば、如何なる英雄豪傑鬼神の襲来と雖も屈するに及ばず、然はさりながら油断は大敵、汝等は是より、味方の数多の部下を引率し、所在武器をもつて敵に向ひ、只一戦に殲滅せよ、夫についての作戦計画、意見あらば各吾前へ開陳せよ』 と厳命したりければ、荒鷹は進み出で、 荒鷹『御大将の御仰せ、一応御尤もでは御座いますが、御存じの通り大江山の鬼雲彦は数多の味方を擁しながら、僅四人の宣伝使のために一敗地に塗れて雲を霞と遁走せられたる如く、到底天来の神軍に対し武器をもつて向ふは心許なし、何か良き方法あらばお示し下さいませ』 蜈蚣姫『さうだと申して此鬼ケ城に於ては、槍、長刀、剣の外に敵に対する武器はあらず。汝等如何に致す所存にや、良策あらば遠慮なく開陳せよ』 鬼鷹『畏れながら、鬼熊別、蜈蚣姫様に申上ます、敵は言霊を以て迫り来り、五色の霊光を放射し敵を縦横無尽に駆悩ます神力を具備し居れば、到底此儘にては叶ひ難し。吾は幸ひ一声天地を震撼し、一言風雨雷霆を叱咤する神力を図らずも三嶽山の山上に於て白髪異様の神人より伝授されました、もう此上は大丈夫、仮令幾万の武器ありとも、部下の身体を霊縛されなば如何ともする事は出来ますまい、吾々は言霊を以て寄せ来る敵を殲滅するを最上の策と存じます』 鬼熊別『汝一人如何に言霊を応用すればとて、其他の部将は如何致す積りだ』 鬼鷹『畏れながら、荒鷹、丹州、紫姫のお歴々は、私と一度に神変不思議の言霊の妙術を神人より伝授され居りますれば、必ず必ず御心配あらせられな、仮令三五教の宣伝使、神変不思議の霊術をもつて迫り来るとも、吾が言霊の威力を以て、縦横無尽にかけ悩まさむ、必ず必ず数多の部下を労し、兇器をもつて向はせ給ふべからず、確に吾々勝算が御座る』 と事もなげに述べ立てたるに、鬼熊別、蜈蚣姫は満面に笑を湛へ、 鬼熊別『然らば鬼鷹汝に全軍の指揮を命ず、必ず共に油断致すな、吾は是より高楼に登り、汝等が奮戦の状況を見む、蜈蚣姫来れ』 と此場を立つて奥の一間に悠々と忍び入る。忽ち聞ゆる宣伝歌の声に耳を聳立て、 鬼鷹『ヤアヤアかたがた、敵は間近く攻め寄せました、何れも防戦の用意あれ』 荒鷹『仮令三五教の宣伝使、悦子姫、音彦、加米彦、青瓢箪彦、腰の曲つた夏彦、狐のやうに目の釣り上つた常彦押寄せ来るとも、吾は孫呉の秘術を揮ひ、否々神変不思議の言霊の妙術を発揮し、敵を千変万化に駆悩まし、勝鬨上げるは瞬く間』 と勇める顔色英気に満ち、威風凛々として四辺を払ふ勇ましさ。一同は双手を打ち一斉にウローウローと鬨の声、山岳も崩るる許りの光景なり。 宣伝歌の声に一同は勇み立ち、鬼鷹、荒鷹其他の言霊隊は廊下に立ち現はれ、寄せ来る神軍の言霊の散弾に向つて防戦の用意に取りかかりぬ。寄手の部将加米彦は声も涼しく宣伝歌を宣り始めたり。 加米彦『神が表に現はれて善と悪とを立て別ける 鬼熊別の運の尽き亡び行く世は如月の 三五の月は大空に明皎々と輝きて 鬼の頭を照すなり万代祝ふ加米彦が 悪魔の砦に攻め寄せて宣る言霊は天地の 百の神達八百万諾ひ給へ鬼ケ城 群がる曲を言向けて西の海へと逐散らし 豊葦原の瑞穂国隈なく照す言霊の 誠の水火を受けて見よ槍雉刀や剣太刀 穂先を揃へて攻め来とも皇大神の守ります 吾加米彦の誠心は火にも焼けない又水に 溺れもせない如意宝珠万代朽ちぬ生身魂 玉の御柱立て直し言向け和す其ために 今や加米彦向うたり吾と思はむ奴原は 一人二人は面倒だ千万人も一時に 小束となつて攻め来れ三五教の宣伝使 神の御魂を蒙りて息吹の狭霧に吹き払ひ 風に木の葉の散る如く吹き散らさむは目のあたり 心改め吾前に帰順致すかさもなくば 城を枕に討死かそれも厭なら逸早く 城明け渡し逃げ出せ月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも此加米彦が麻柱の 心の魂に言向けて丹波の空に塞がれる 雲霧四方に吹き払ひ清めて晴らす神の道 嗚呼面白い面白い神の守りの宣伝使 嗚呼惟神々々御魂幸はひ坐ませよ』 と謡ひ終りし加米彦が宣伝歌に四辺を守る数多の部卒は頭を振り暫く苦悶の体を現はしける。 少壮白面の丹州は、加米彦の言霊に応戦すべく白扇を披き左右左に打ちふりながら、 丹州『誠の風の福知山人の心の鬼ケ城 鬼も大蛇も言向けて世人を救ふ神心 鬼熊別はバラモンの神の教の宣伝使 素より悪き者ならず顔色黒き蜈蚣姫 色の黒いに霊ぬかれ知らず識らずに水晶の 清き霊は曇り果て常夜の暗となり果てぬ さはさりながら加米彦よ人は神の子神の宮 悪の中にも善がある善に見えても悪がある 鬼熊別の大将は欲に心を曇らせて 曲の言霊宣りつれど時節来れば又元の 神の霊と立ち復り神の御為め国のため 世人のために勲功をひよつと立てまいものでない 許せよ許せ麻柱の神の教の宣伝使 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直せ聞き直せ 身の過ちは宣り直せこれぞ天地の大神の 御旨に等しき心なり嗚呼加米彦よ加米彦よ これの砦に立ち向ひ言霊戦を開始して 勝鬨あぐる汝が心さはさりながらさりながら 満つれば欠くる世の習ひ弱きを助け強きをば 抑へて行くが神の道勝に乗じて徒に 吾等が味方を悩ますな神の御眼より見給へば 世界の者は皆我が子神は親なり人は子よ 人と人とは兄弟よ兄弟喧嘩は両親に 対して不幸となるものぞ吾が言霊の一つだに 汝が耳に入るならば早く此場を立ち去れよ 世人を救ふ宣伝使嗚呼惟神々々 御魂幸はへましませよ』 と謡ひ終り忽ち姿を隠したり。 加米彦『何だ丹州の奴、敵だか味方だか訳の分らぬ事を云ひよつたな、エヽ気の弱い奴だ。鬼熊別に余程気兼をして居ると見える哩、アハヽヽヽヽ』 腰のくの字に曲つた小男の夏彦は敵の岩窟に向ひ、言霊戦を開始すべく宣伝歌を歌ひ始めたり。 夏彦『鬼の棲家と聞えたる曲津の潜む鬼ケ城 鬼熊別や蜈蚣姫牛のやうなる角生やし 虎皮の褌きうと締め広い世界をのそのそと 吾物顔に蹂躙り彼方此方の女達 弱いと見たら忽ちに小脇に掻い込み連れ帰り 寄つてかかつて嬲者生血を啜り肉を喰ひ 未だ飽き足らで人の家に隙を窺ひ忍び込み 目より大事と蓄へた金や宝をぼつたくり 栄耀栄華の仕放題雲に聳ゆる鬼ケ城 殊更高い高楼に登つて悠くり酒喰ひ 世人を眼下に見下して暑さ寒さも知らず顔 いかい眼を剥き鼻を剥き大い口をかつと開け 人を見下ろす鬼瓦夏彦司の言霊の 霰を喰つて忽ちにがらりがらりとめげ落ちる 鬼熊別の身の果てぞ今から思ひやられける 春とは云へど夏彦が誠にアツき言霊の 矢玉を一つ喰つて見よ鬼鷹、荒鷹、鹿に馬 紫姫も丹州も風に木葉の散る如く 不意を喰つてばらばらばら夕立のやうな涙雨 乾く間もなき袖時雨月は御空に輝けど 汝がためには運の尽きウロつき間誤つきキヨロつきの ウロつき廻る狐憑き鬼に大蛇はつきものぢや 昔々の神代より鬼の夫に蛇の女房 世の諺はあるものにこれや又何とした事か 鬼の女房に蜈蚣姫青い爺に黒い嬶 サア是からは夏彦が日頃鍛へし言霊の 霊弾を向けて鬼ケ城紅蓮の舌で舐めてやろ 嗚呼面黒い面赤い嗚呼惟神々々 とても叶はぬ叶はぬから耐りませぬと鬼共が 逃げ行く姿を目の当り見る吾こそは楽しけれ 見る吾こそは面白き。 アハヽヽヽ』 加米彦『オイ夏彦、何と云ふまづい言霊だ、ソンナ事で敵が降服するものか、宣り直せ宣り直せ』 夏彦『身魂相応の言霊をやつたのだ、何程宣り直せと云うても、はや品切に相成申候だよ』 加米彦『アハヽヽヽ、怪体の言霊もあるものだなア、併しこれも今度の戦闘の景物と思へば辛抱が出来るよ』 夏彦『何れ腰が曲つて居るものだから、臍下丹田から出る言霊も何うせ腰折れ歌だよ、アハヽヽヽ』 岩窟の方より鹿公は立ち上り、又もや扇を打振り打振り、寄せ手に向つて大音声に言霊戦を開始したり。その歌、 鹿公『真名井ケ原に現れませる豊国姫の大神に 詣でむものと紫姫の神の司は都をば 立ち出で給ひ馬と鹿二人の伴を従へて 山越え谷越え川を越え大野ケ原や里を越え 真名井ケ原の手前迄進み来れる折柄に 三嶽の岩窟に立て籠る荒鷹、鬼鷹両人が 部下の魔神に欺かれ真名井ケ原は此方ぢやと 云うた言葉を真に受けて暗き岩窟に誘はれ 深い穴へと放り込まれ馬と鹿とは馬鹿を見た 紫姫は幸に渋皮剥けたるお蔭にて 鬼鷹荒鷹両人がお目に留まつて助けられ チンコ、はいこと敬はれ岩窟の女王となり済まし 権威を揮ふ凄じさ間もなく出て来た麻柱の 神の教の宣伝使容貌も形も悦子姫 松吹く風の音彦や背の堅い加米彦が のそのそ来る谷の口バサンバサンと衣洗ふ 婆々にはあらぬ紫姫の神の司の優姿 肝を潰して加米彦が荊棘の茂る坂道を 転けつ辷りつ漸うに岩窟の前にやつて来て 思ひがけなき陥穽ドスンと落ちて尻餅を ついたかつかぬか俺や知らぬそれから三人のこのこと 紫姫に誘はれ岩窟の中にやつて来て 俺を助けて呉れた故そこで二人は麻柱の 神の教に入信し三嶽の山の絶頂で レコード破りの風に遇ひこれや耐らぬと四つ這ひに なつて漸う木の茂み一同此処に息やすめ 白河夜船と寝て居れば鬼鷹荒鷹やつて来て 鹿と馬とを後手に縛つて又もや岩窟に 押し込められた夢を見てビツクリ仰天起き上り 月の光を賞めながら其辺をぶらつく時もあれ 現はれ来る黒い影摺つた揉みたといさかいつ とうとう鬼鷹荒鷹の二人の奴を言向けて 三五教に導きつ悦子の姫の命令で 帰つて来たは表向おつとどつこいこれや違ふ 俺が言ふのぢやなかつたに余り嬉して間違つた ヤイヤイ夏彦常彦よドツコイすべつた灰小屋で 灰にまみれて真黒気もう斯うなれば是非もない 他人は兎も角俺だけは今を限りに鬼熊別の 大将に尻を喰ますぞよむかづくまいぞよ蜈蚣姫 うつかり剥げた嘘の皮俺の身魂はまだ暗い 言霊戦は皆駄目だ嗚呼惟神々々 御霊幸はひましませよ蛙は口から知らぬ間に 腹の中をば曝け出しもう叶はぬから逃げて出る 三五教の宣伝使本当に吾は帰順する 何うぞ赦して下されや』 と尻を捲つて一散走り、音彦が戦陣に向つて、一目散に逃げ来る可笑しさ、悦子姫、音彦、加米彦は可笑しさに吹き出し、笑ひ転けたり。 (大正一一・四・二三旧三・二七加藤明子録) (昭和一〇・五・二六王仁校正)
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霊界物語 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 17 有終の美 第一七章有終の美〔六二八〕 常彦『世は常暗と成り果てて鬼や大蛇や曲津神 天が下をば横行し吹き来る風は腥く 歎き悲しむ人の声鬼の棲むてふ大江山 憂を三嶽の岩窟に鬼熊別の片腕と 誇り顔なる鬼鷹や情容赦も荒鷹の 爪研ぎすまし世の人を見付け次第に引攫み 岩窟の中へと連れ帰り人を悩ます曲津神 それさへあるに鬼ケ城の数多の部下を従へて 天が下をば吾儘に振る舞ひ暮す曲霊 鬼熊別を始めとしそれに連れ添ふ蜈蚣姫 数多の魔神と諸共にバラモン教の教理をば 世人欺く種となし男、女の嫌ひなく 暇さへあれば引捕へ己が棲処へ連れ帰り 無理往生に部下となし日に日にまさる頭数 烏合の衆を駆り集め世を驚かす空威張り 山砦は立派に見ゆれどもその内実は反比例 風が吹いてもガタガタと障子は踊る戸は叫ぶ 柱はグキグキ泣き出す一寸の風にも屋根の皮 剥けて忽ち雨が漏るコンナ山砦を偉相に 難攻不落の鉄城と誇る奴等の気が知れぬ 鼻の糞にて的貼つた様な要害何になる 三五教の言霊に忽ち城は滅茶々々に 砕けて逃げ出す曲津共蜘蛛の子ちらす其の如く 四方八方に散乱し這うて逃行く可笑しさは 他所の見る目も哀れなりドツコイ待つたそれや先ぢや 今は鬼鷹荒鷹が死力を竭して防戦の 真最中のお気苦労遥に察し奉る もう良い加減に我を折つて運の尽きたる此城を 綺麗薩張引き渡せ花も実もある其間に 渡すが利巧なやり方ぞ人を助ける宣伝使 相互の為にならぬ様な下手な事をば申さない サアサア如何ぢや、さア如何ぢや返答聞かせ早う聞かせ 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令千年かかるとも三五教の言霊の 続く限りは攻めかける水攻め火攻めはまだ愚 地震雷火の車大洪水は宵の口 それより怖ひ俺の口口惜しからうが我を折つて 素直に降参するが良い宵に企みた梟鳥 夜食に外れてつまらない顔を見るのが気の毒ぢや 此世を造りし神直日心も広き大直日 只何事も三五の神の教の吾々は 直日に見直し聞直す深き恵に省みて 鬼熊別の家来ども胸の戸開いてさらさらと 醜の岩窟を明け渡せ渡る浮世に鬼は無い 泣いて暮すも一生ぢや怒つて暮すも一生ぢや 笑うて暮せ鬼ケ城笑ふ門には福が来る 鬼は仏と早変り仏は神と出世する 神が表に現はれて善と悪とを立て別ける 此世の立替立別の出て来る迄に逸早く 神の御子と生れたる鬼熊別の家来共 叶はぬ時の神頼みもう斯うなつては百年目 早く山砦を明け渡せ此常彦が気をつける アヽ惟神々々御霊幸倍坐世よ』 夏彦『何だ、常彦、俺の言霊を随分冷かしたが貴様の言霊は何だ、長い長い大蛇の様なぬるぬるとした、蜒りさがした骨無し歌ぢやないか』 常彦『きまつた事だ、先方が大蛇の身魂だから此方もぬるぬると長く攻かけたのだよ』 加米彦『何だか根つから能う分る言霊だつた、之には流石の鬼熊別も胆を潰して腹を抱へて笑ひ転けるであらう、アハヽヽヽ』 馬公は岩窟の高欄の上に立ち、怪しき身振りをし乍ら謡ひ初めた。 馬公『花の都を立ち出でて馬と鹿との二人連れ 紫姫のお伴して比沼の真名井に詣でむと 遥々やつて来た折にバラモン教の神の子と 現はれ出でたる鬼鷹や心の荒き荒鷹の 二人の奴にうまうまと口の車に乗せられて 馬と鹿との両人は馬鹿にしられて三嶽山 岩窟の中に放りこまれ泣いて怒つて暮す中 折も悦子のお姫さま音彦さまや加米彦の 二人の取次従へて岩窟の中に御入来 折よく私は助けられ忽ち変る三五の 神の教の信徒となつて嬉しき今日の日は 鬼の棲まへる鬼ケ城言霊戦に加はりて 鬼熊別の土手つ腹突いて突いて突き捲り オツトドツコイこら違うた心の裡は兎も角も 表は矢張鬼ケ城鬼の味方になり居れと 悦子の姫が仰有つたかねて定めた八百長の 此言霊の戦ひに敵と味方の区別なく 言向け和し三五の神の教を敷島の 大和島根はまだ愚豊葦原の瑞穂国 国の八十国八十の島一度に開く梅の花 開いてちりて実を結ぶ結ぶ誠の神の縁 鬼熊別の大頭お色の黒い蜈蚣姫 一時も早く村肝の心の鬼を追ひ出し 神に貰うた真心に早く復つて下されや 馬公が一生のお頼みぢや荒鷹改心するならば 敵も味方もありはせぬ天下泰平無事安穏 千秋万歳万々歳散らぬ萎れぬ花が咲く 誠一つの神の道朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 神のお道は変らない誠の道は二つない 誠一つに立ち復り神の光に照されて 恵の露に潤へよ鬼熊別や蜈蚣姫 三五教の宣伝使音彦加米彦青彦よ お前も一寸我が強い序に言霊放し置く アヽ惟神々々霊幸倍坐世よ』 鹿公『アハヽヽヽ、オイ馬、貴様は何方に向つて言霊戦をやつたのだ、貴様余程筒井式だな』 馬公『きまつた事だ、味方をつついたり、敵をつついたりするからつつい式だよ、旗色の良い方へつくのが当世の処世法だ、オツトドツコイ戦略だよ、ハヽヽヽ』 攻撃軍の青彦は敵城に向ひ、又もや立つて言霊の発射を開始する。 青彦『三五教の宣伝使誠の道を宣べ伝ふ 神の御子たる青彦が之の山砦の司神 鬼熊別や蜈蚣姫二人の君に物申す 天と地との其中に生とし生ける者皆は 皇大神の珍の御子青人草と称へられ 神の御業をそれぞれに御仕へまつる者ぞかし 汝が命も天地の神の霊魂を受け給ひ 此世に生れし者なれば人の憫れを顧みて 善と悪とを推し量り世人を救ふ其為めに 誠の道に立ち復れそれに従ふ人々よ バラモン教の神の教心一つに励しみて 仕へ給ふは良けれども神の心を取違へ 知らず識らずの其中に曲津の神の容器と 成らせ給ひて天地の神の御前に許々多久の 罪をば重ね世を穢し根底の国の苦みを 受けさせ給ふ事あらば吾等はいかでか忍びむや 天を父とし地を母と仰ぎ生れし人の子は 皆兄弟よ姉妹よ一日も早く神直日 心も広き大直日神の真道に立復り 誠の道にのりかへて今迄尽せし曲業を 神の御前に悔い給へ三五教は世を救ふ 神の誠の言の葉を四方に伝ふる天使 心の耳に安らかに吾言霊を聞し召せ アヽ惟神々々霊幸倍坐世よ』 と声淑やかに謡ひ終つた。荒鷹は又もや立ち上り青彦に向つて、言霊の砲弾を発射し始めた。 荒鷹『神の恵のあら尊心の荒き荒鷹も 心新に立直し世の荒浪に掉して 神の助けの船に乗り心改め行ひを 改め直し世を広く神の教を服ひて 誠の道を立て徹しバラモン教やウラナイの 神の教の長を採り短をば捨てて新玉の 春立ち返る初よりあな有難や三五の 神の教に身を任せ心の花も一時に 開いて薫る梅の花日の出神や木の花姫の 神の命に神習ひ野立の彦や野立姫 埴安彦や埴安姫の神の命の御心を うまらにつばらに推量りて神素盞嗚大神の 此世を洗ふ瑞霊厳の霊の御教 身もたなしらに励しみて仕へ守るぞ嬉しけれ 鬼熊別や蜈蚣姫今迄仕へし荒鷹が 今改めて願ぎ申す汝が尽せし許々多久の 邪悪の道を今よりは改めまして天地の 神の御言を謹みて朝な夕なに村肝の 心にかけて守りませ汝が命に真心を 尽しまつるは荒鷹が清き心の表現ぞ 必ず怒らせ給ふまじ回顧すれば荒鷹が バラモン教に仕へてゆ早や二十年になりたれど 天と地との神々や世の人々の身に対し 一つの功績立てしことまだ荒鷹の身の因果 赦し給はれ天津神国津神等百の神 偏に願ひ奉るアヽ惟神々々 霊幸倍坐世よ』 荒鷹は斯く謡ひ涙をはらはらと降らし鬼熊別、蜈蚣姫の端坐せる高楼の前に向つて合掌したり。三五教の宣伝使音彦はすつくと立ち敵城に向ひ、又もや言霊の速射砲を差し向けたり。その歌、 音彦『日本の国は松の国松吹く風の音彦が 音に名高き鬼ケ城司の神と現れませる 鬼熊別の御前に稜威の言霊宣り上げて 清き言の葉宣り伝ふ豊葦原の中津国 メソポタミヤの楽園に教開きしバラモンの 鬼雲彦が言の葉は霊主体従の御教 三五教も其通り之亦霊主体従を 珍の御旗と押し立てて四方の草木を靡かしつ 天が下をば吹き払ふ科戸の風の神司 松に声あり立つ波の音彦此処に現はれて 誠の道を宣べ伝ふ霊主体従と称へたる その名目は一なれど内容は変る雪と墨 白き黒きも弁へて汝が命は逸早く お伴の者と諸共に誠の神の開きたる 三五教の御教に一日も早く片時も 疾く速けくかへりませ元は天地の分霊 天が下には敵も無し相互に扶け助けられ 睦び親しみ世の中に茂り栄ゆる人の道 省み給へ蜈蚣姫鬼熊別の司神 三五教の音彦が真心籠めて宣り申す 吾言霊の一つだに汝が命の御耳に 響き渡りて行ひを直させ給へば我として 之に越えたる喜びは又と世界にあらざらめ アヽ惟神々々霊の復しを待ち奉る』 と謡ひ終つて岩石の上に腰を下ろしたり。鬼熊別の片腕と聞えたる鬼鷹は白扇を開いて衝つ立ち上り、攻撃軍に向ひ言霊の応戦を開始したりけり。 鬼鷹『神の身魂と生れ乍ら誠の道を踏み外し 心汚き鬼神の醜の曲津の群に入り 日に夜に募る許々多久の罪や穢に包まれて 此世からなる生地獄心に鬼が棲むのみか 鬼雲彦の曲津神鬼熊別や蜈蚣姫 醜の従僕となり果てて名も恐ろしき鬼鷹と 天地の御子と生れきて万の長と名を負ひつ 鬼畜生や鳥翼虫にも劣る醜魂の 此世を乱す曲業に心砕きし浅猿しさ かかる汚なき吾身にも慈愛の深き皇神は 恵の鞭を鞭たせつつ今日は嬉しき三五の 神の教に照されて心も広く蓮花 薫り床しき木の花の咲耶の姫の御仰せ 日の出神の御神力千座の置戸を負ひ給ひ 普く世人を救ひます神素盞嗚大神の 瑞の御霊と現はれて身魂も清き神の御子 神も仏もなき世かと日に夜に胸を痛めしが 時節待ちつる甲斐ありて悪を斥け善道に 忽ち復る今日の空霽れゆく雪の跡見れば 三五の月は皎々と己が頭を照らしつつ 恵の露をたれ給ふアヽ惟神々々 御霊幸倍坐世よ仮令大地は沈むとも 月日西より昇るとも神に誓ひし吾心 幾世経ぬとも変らまじ変る浮世と云ひ乍ら 遠き神代の昔より誠の道に変りなし アヽ尊しや有難や三五教の神の教 喜び仰ぎ奉る曲津の集まる鬼ケ城 八岐大蛇の醜魂八握の剣抜き持たせ 五百美須麻琉の玉の緒に神の御水火を結びつつ 心の鏡照り渡る月照彦の大神や 足真の彦の大神の伝へ給ひし御教 埴安彦や埴安姫の神の命の現はれて 織り出でませる経緯の綾と錦の神機を 天津御風に飜し山の尾の上や河の瀬に 荒ぶる百の神等を草木の風に靡く如 言向け和し皇神の御水火も清く九十 十曜の神紋中空に靡かせ奉り皇神の 御稜威を四方に輝かし醜の山砦に進撃し 太き功績を永久に立てて心の真木柱 高天原に千木高く仕へまつらむ吾心 アヽ惟神々々御霊幸倍坐世よ』 と謡ひ終り、天地に向つて合掌し嬉し涙に咽びつつ地上にドツと打ち倒れたり。鬼熊別が幕下の者共、感激の涙にうたれ、ものをも言はず大地に平伏し、落つる涙に大地を潤しける。紫姫は立ち上り声淑やかに宣伝歌を謡ひ初めたり。 紫姫『救ひの神と現れませる厳の御霊や瑞御霊 天教山や地教山名さへ目出度き万寿山 霊鷲山の三葉彦神の命の御教は 天地四方に拡ごりて世は永久に開け行く アヽ惟神々々御霊幸はひ坐しまして 醜の魔風も凪ぎ渡り荒き波風鎮まりて 御代は平らに安らかに常磐堅磐の松の世と 治め給ふぞ尊けれ妾は都に現はれて 紫姫と名乗りつつ恋しき父に生き別れ 悲しき月日を送る内心の色も悦子姫 嬉しき便りの音彦や名さへ目出度き加米彦の 教の御子に助けられ三五教の御柱と 仕へまつりし今日こそは千代も八千代も忘られぬ 生日足日と祝ひつつ心に住める曲津見を 禊ぎ祓ひて真澄空三五の月のいと円く 神の大道を力とし円く治めむ神の国 アヽ有りがたや尊しや三五教の神の恩 千代に八千代に永久に仕へまつりて忘れまじ アヽ惟神々々御霊の幸を賜へかし アヽ惟神々々御霊の幸を賜へかし』 と謡ひ終り天地に向つて恭しく拝礼したり。三五教の宣伝使長悦子姫は立上り、鬼熊別の館に向つて声を張上げ宣伝歌を送りたり。 悦子姫『天の八重雲掻き別けて天降りましたる皇神の 珍の御子と現はれし神素盞嗚の瑞霊 木花姫の生御霊日の出神の厳霊 三五の月の御教を四方の国々隈もなく 月照彦の大神や金勝要の大御神 従ひ給ふ八百万神の使の宣伝使 教を開く八洲国誠の道にさやりたる 八岐大蛇や醜の鬼醜の狐や曲神の 曇りし御魂を照さむと心を千々に配りつつ 霜の剣や雪の空雨の襖に包まれて 尾羽打ち枯らしシトシトとあてども無しに進み行く 教伝ふる宣伝使夜な夜な変る石枕 草の褥に雪の夜着世人の為に身も窶れ 心も疲れ山河を数限りなく渡り来て 曲津の神にさいなまれ寒さを凌ぎ飢、渇 心を千々に尽しつつ救ひの綱に操られ 愈此処に鬼城山司の神と現はれし 鬼熊別や蜈蚣姫永久の棲処と聞えたる 魔窟の山に登り来て宣り足らはれし言霊の 稜威の力に許々多久の罪や穢を吹き払ひ 祓ひ清むる神の道世は紫陽花の変るとも 色香褪せざる兄の花の一度に開く神の教 宣り伝へ行く楽しさよアヽ惟神々々 御霊幸倍坐世よ』 と言葉短に謡ひ終れる折しも高殿より、火煙濛々と立ち昇り阿鼻叫喚の声、耳朶を打つ。一同はハツと驚き見上ぐる途端に鬼熊別、蜈蚣姫の二人は高閣に納めたりし天の岩船にひらりと飛び乗り、プロペラの音轟々と中空を轟かせ乍ら東方の天を目蒐けて一目散に翔り行く。敵も味方も一度に声張上げて、 一同『三五教の宣伝使、万歳々々』 と三唱したりける。此声に驚き目覚むれば瑞月の身は宮垣内の賤の伏屋に横たわり、枕許には里鬼と綽名を取つた丸松が、真赤な顔をして二三人の隣人と共に酒をグビリグビリと傾け居たりける。 (大正一一・四・二三旧三・二七北村隆光録)
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霊界物語 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 01 春野の旅 第一章春野の旅〔六二九〕 風暖かく八重霞春日と伯母はクレさうで クレナイに包む弥生空朧の月は中天に 照らず曇らずボンヤリとかかる山家の夕まぐれ 川の流れは淙々と轟き渡る和知の里 空を封じて立並ぶ老樹の下の小径を トボトボ来る宣伝使神の教をどこまでも 伝へにや山家の肥後の橋月の光を力とし 神の恵を杖となし烏は眠る鷹栖の 川辺の里に進み来る顔も容も悦子姫 水の流れの音彦ややがては来る夏彦の 九十九曲りの山路を曲つた腰のトボトボと 這はぬばかりに加米彦が草鞋に足を擦り乍ら 神子坂橋の袂まで来る折しも向ふより スタスタ来る二人連れ何かヒソヒソ囁きつ 夜目に透かして一行を心有りげに眺めゐる。 二人(英子姫、亀彦)『モシモシ、一寸お尋ね致します。最前から承はれば、路々宣伝歌を謡ひつつお出になつた様で御座いますが、若しやあなたは、三五教の宣伝使様では御座いますまいか』 加米彦は、 加米彦『ヤアさう仰有るあなたは、何だか聞覚えのあるやうな感じが致します。朧夜の事とてハツキリお顔は分りませぬが、どなたで御座いましたかなア』 男(亀彦)『私は三五教の宣伝使亀彦と申す者、今一人の方は素盞嗚尊様のお娘子英子姫と云ふ方で御座います』 悦子姫『アヽお懐しや、英子姫様で御座いましたか、妾は悦子で厶ります。好い所でお目にかかりました。妾は剣尖山の麓に於てお別れ申しましてより、真奈井ケ原の貴の宝座を拝礼致し、それより三岳の岩窟を言向和し、鬼熊別の割拠する鬼ケ城山の岩窟を、四五の同志と共に言霊を以て包囲攻撃致し、それから生野、長田野を越え、神知地山の魔神を征服し、高城山に立向ひ、再び道を転じ、和知の流れに沿うて聖地に引返し、あなた様に御目にかかり、今後の妾等が取るべき方法を、御相談申上げたいと思ひまして、遥々夜を冒し、此処まで参りました』 英子姫は喜び乍ら、 英子姫『アヽ左様ですか、妾は其方に別れてより、神様の命に依り、弥仙の深山に、或使命を帯びて登山し、今又父大神の神霊のお告に依りて、亀彦を伴ひ、伊吹山に参る途中で御座います。アヽ好い所でお目にかかりました。お連れの方は何方か存じませぬが、何れ三五教の方でせう。此川音を聞き乍ら、出会うたを幸ひ悠くりと休息致しませう』 悦子姫『それは願うてもないこと。妾もどこか良い所があれば一休み致したいと思うて居ました。……此方は音彦加米彦の宣伝使、一人はウラナイ教に暫く入信して居た夏彦と云ふ男で御座います』 亀彦『私は亀彦です。貴下は由良の湊の人子の司、秋山彦の門前に於てお目にかかつた加米彦さまですか、コレハコレハ妙な所でお目にかかりました。又音彦さまとは、フサの国でお別れ致しました私の旧友ぢやありませぬか』 音彦『左様その音彦で御座いますよ』 亀彦『遥々と此自転倒島へお越しになつたのは、何か深い仔細が御座いませう』 音彦『これに就いては、種々珍談も御座いまするが、ユルリと後から申上げませう。サアサア皆さま、打揃うて此芝生の上で骨休めを致しませうかい』 一同『宜しからう』 と一同は老樹の蔭に打解け、手足を延ばして休息したり。 茲に六人の宣伝使六つの花散る冬も過ぎ 風に散り布く山桜香りを浴びて来し方の 百の話に花咲かせ思はず時を移しける。 音彦『モシ英子姫様、最前あなたの御言葉に依れば、弥仙山へ神務を帯びて御登山になつたと仰せられましたなア。音彦も一度其霊山へ、是非登山致したいと存じて居ます。随分嶮岨な所でせうなア』 英子姫『お察しの通り、実に嶮峻な深山で御座います。昼猶暗く、鬱蒼たる老樹天を封じ、到底日月の光は拝む事は出来ませぬ。併し乍ら、貴方方は登山なされますならば、大変都合の好い事が御座います。妾は父の神勅に依りて、一つの経綸を行うて置きました。どうぞあなた方一度行つて下さいませ』 音彦『其御経綸とは、如何なる御用で御座いました。予め仰有つて下さいませぬか。音彦も其覚悟を致さねばなりませぬ』 英子姫『只今申上げずとも、お出になれば、……ハハア之であつたかなア……と自然にお判りになりませう。先楽しみに、此お話は暫く保留して置きませう』 加米彦『エー英子姫様さう出し惜みをなさるものぢやない、アツサリと云つて下さいナ』 英子姫『イエイエ宣伝使の言葉に二言は御座いませぬ。一旦申上げぬと云つた事は、金輪際口外する事は出来ませぬ』 加米彦『あなた様は綺麗な女神にも似ず、随分愛嬌のない事を仰有いますなア。初めて加米の御願ひしたことを、直様お聞き容れ下されず、クルツプ式砲弾を発射し、加米等の欲求を撃退なされますか。シテ、あなたは愛嬌の定義を知つて居ますか』 英子姫『イヤもうおむつかしい議論を吹つかけられますこと。マアマアぼつぼつと御登山なされませ。それはそれはアツと言ふ様な仕組がして御座いますワ』 加米彦『何だか諄々として詭弁を弄するお姫さまだナア。キベン万丈加米当る可からずだ、アハヽヽヽ』 悦子姫『コレコレ加米彦さま、さうヅケヅケと無遠慮に物を仰有るものでない。チトたしなみなさらぬか』 加米彦『ハイハイたしなみませうよ、悦子さま。無礼ぢやとか、謙遜ぢやとか、遠慮ぢやとか、たしなみぢやとか、種々の雅号が沢山有つて、取捨選択に殆ど閉口頓死致します』 音彦は顔をシカメ、 音彦『エー縁起の悪い。閉口頓死なぞと、せうもない事を言ふものでない。お前達は哲学とか道学とか云ふ親不孝、不作法の学問をかぢつて居るから、仕末にをへない、マアマア英子姫様の仰有る通りハイハイと温順しくして居れば良いのだ。吾々六人の中では、最もお偉い方だ、言はば吾々のお師匠様だ。師の影は六尺下つても踏むなと云ふ位だ』 加米彦『あなたも縁起の悪い事を言ひますネ。加米が閉口頓首と云つた事を咎め乍ら、あなたは死の影がどうの斯うのつて、夫れこそ自縄自縛ぢやありませぬか』 音彦は吹き出し、 音彦『ハヽヽヽ、訳の分らぬ団子理屈を能く捏ねる男だなア』 加米彦『お前こそ団子理屈だ。吾々のは餅理屈だ。蚋が餅搗きや加米彦が捏ねる、ポンポンと音彦がすると云ふぢやないか、アハヽヽヽ』 亀彦は立ち上がり、 亀彦『サア皆さま、何時まで御話を致して居つても際限が有りませぬ。冗談から暇が出る、瓢箪から駒が出る。駒に鞭打ち、一日も早く目的地へ向つて発足致しませう。ナア英子姫様……』 英子姫『折角お目にかかつて嬉しいと思へば、神界の御命令、止むにやまれませぬ。英子も直様お別れ致しませう。皆様左様なら、何れ又お目にかかる機会が御座いませう』 と会釈し、早くも歩み出したり。 悦子姫は会釈しながら、 悦子姫『左様ならば、姫様、ご機嫌よくお出で下さいませ。亀彦様、御如才は御座いますまいが、どうぞ姫様の御身辺に注意を払つて下さいませやア』 亀彦『亀彦、委細承知仕りました。必ず必ず御煩慮下さいますな。サアこれからコンパスに油を注して進みませう。悦子姫さま、音彦、加米の宣伝使殿、夏彦さま、左様ならば御機嫌よう……』 一同『お二人様、お仕合せよう抜群の功名手柄を現はし給はむ事を念願致します、アリヨース』 と双方に袂を分つ。二本の白い杖のみ朧月夜の山路を、川上指して上り行く。 春の夜は瞬く中に明け放れ、霞の空を押し分けて、天津日の大神は、まん円き温顔を差し出して、四人が頭を照し給ふ。心持よき春風に、道も狭きまで散り布く山桜、花を欺く悦子姫、山路通る床しさは、画中の人の如くなり。 音彦は急坂を打ち仰ぎ、 音彦『アヽ随分嶮しい坂ですなア。英子姫さまが一切沈黙を守つて居られたのも、斯う云ふ胸突坂が沢山あるので、吾々が恐怖心を起し、折角張詰めた精神を、薄志弱行の逆転旅行と出かけるかと思つての御心配り、イヤもう恐れ入りました。人を導き、向上させてやらうと思ふ宣伝使の御心は、又格別なものですなア』 悦子姫は、 悦子姫『イヤ決して決して英子姫様の御心中は、さうではありますまい、モ少し意味の深い事があるのでせう。妾も英子姫様の御言葉の端に、深い深い意味があると、直に胸の琴線に触れました。マアマア行く所まで行つて見なくては分りますまい』 音彦『さうですかなア。音彦の様な木訥な人間は、ソンナ微細な点まで気が付きませぬ、何分仁王の荒削り然たる男ですからなア、ハヽヽヽヽ』 加米彦は大声で、 加米彦『コレコレ音彦さま、巧妙い事言つてるぢやないか。悦子姫さまと、此細い道を引つ付く様にして歩き乍ら、似合うの似合はぬのつて、ソラ何を言ふのだ、鬼が笑ふぞよ、アツハヽヽヽ。オイ夏彦、貴様は苦しさうに、汗をたらたらと流して居るぢやないか』 夏彦『きまつた事ですよ。夏ヒコに当れば、汗は滝の如く流れ出るのが、昔からきまりきつた、天地の御規則。汗をかかねば、天則違反の罪に問はれるよ加米さま』 加米彦『何を言ふのだ。鼈に蓼を咬ました様に、大きな鼻息をしよつて……』 夏彦『加米彦、鼈だつて、カメ彦だつて同じ事ぢやないか。鼈が荒い息をする様に、亀が一匹、どこやらで、ヤツパリ、フースーフースーと呼吸をし乍ら、法界悋気をやつて居るやうだワイ、ハツハヽヽヽ』 加米彦『アヽ夏チヤン、ホーカイなア』 音彦『オイオイ加米彦、夏彦の両人、早う来ぬか、ナンダ、斯ンなチツポケな坂に屁古垂れよつて………随分足の遅い奴だなア』 加米彦『喧しい言うて呉れない音彦さま、上り坂は前が高いワイ。其代りに下り坂になつたら、ドンナものだ、一瀉千里の勢で、アフンとさしてやるぞ。併し乍ら此日の永いのに、さう急ぐにも及ばぬぢやないか、そこらの木蔭で一つ切腹したらどうだい』 音彦は、 音彦『エー又縁起の悪い事を云ふ加米だナア。エヽ仕方がない。悦子姫様、此の平地で一服致しませうか、両人の奴、大変に屁古垂れて居る様ですから』 悦子姫は気軽るげに、 悦子姫『マア此処で悠くりと待つてあげませう』 加米彦は小柴の茂る小径を、ガサガサ喘ぎ喘ぎ、手負猪の様な鼻息を立て、玉の汗を絞りつつ、漸く二人の側に登り着きける。 足を容るる許りの細路を、粗朶を背に負うて降り来る二人の女あり、四人の姿を見て、 女『コレハコレハ皆様、狭い路を量のたかい物を負うて通りまして、誠に済みませぬ、どうぞ御勘弁下さいませ』 加米彦は、 加米彦『サアそれは仕方がありませぬ、天下御免の大道、否、羊腸の山路、………サアサア皆さま、林の中へ暫く沈没致しませう。そして敵艦二隻、暗礁を避けた安全海路を通過させてやりませうかい』 四人はガサガサと、木の茂みへ避けると、二人の女は汗を片手に、手拭にて拭ひ乍ら、 女『コレハコレハ皆さま、済みませぬ』 と板を立てし如き細き坂路をエチエチ降り行く。 加米彦は二人の後姿を見送りて、 加米彦『アヽ無事に御神輿通過も済ンだ。サアサア皆さま、一服のやり直しを致しませう……』 音彦『あの女は沢山の粗朶をムクムクと負うて帰りよつたが、一体何と云ふ雅名だらう』 加米彦『あれかい、きまつて居るワイ。オハラ女が柴を負うて通つたのだ』 音彦『ナニ、斯ンな所に大原女が通つてたまるものか。叡山の麓ぢやあるまいし』 加米彦『それでも大きな腹をして居つたぢやないか』 音彦『あれはヤセの女だよ。八瀬大原と云つて、畑の小母の産地だよ。此処もヤツパリ山地には間違ひない。前の女は大変な痩女、後のは孕み女だ。それで一人はヤセ女、一人はオハラ女だ、斯う宣り直せば、双方の意見が成立して、複雑な議論も起らぬだらう』 加米彦『モシ悦子姫さま、あなた最前音彦と、大変仲ようして歩いて居ましたなア。気をつけなされませや。此音彦は、女房の五十子姫は竜宮の一つ島へ行つて居るものですから、やもめ鳥も同様、ウツカリして居ると、今行つた女ぢやないが、今はヤセ女のあなたでも、何時の間にか大腹女になりますよ』 悦子姫『オツホヽヽヽ、お気遣ひ下さいますな、決して決して御心配はかけませぬから』 加米彦『アヽそれならマア私も御安心だ』 音彦『オイ加米彦、冗談も良い加減にせぬか、永い春日が又暮れて了ふぞ』 悦子姫『サア皆さま、参りませう』 と九十九折の嶮しき小径を登り行く。 音彦『今度は加米彦、夏彦、先へ行け、又煩雑い問題を提起されては処置に困るから』 加米彦『さうだらう。ヤツパリ物がある奴は、何処までも注意深いものだ、イヒヽ』 加米彦は悦子姫の後に、三尺許り離れて随いて行く。七八丁登つたと思うと、胸突坂を登り来る二人の姿、半丁許り谷底に、笠ばつかり揺ついて居る。 加米彦『ヤア、大きな白い松茸が登つて来るワイ。オイ音彦、夏彦、悦子姫さまが夫程恥かしいのか。何だ、笠で顔も体もみな隠しよつて……』 悦子姫『加米彦さま、又貴方は嘲弄ふのかい、良い加減、冗談はよしにしなさいよ』 加米彦『此さみしい山路、私の様な鳴り物が一つあるのも亦重宝でせう。併し乍ら、お気に入らぬとあれば仕方がない。冗談はこれ限りヨシコ姫に致しませう、アツハヽヽヽ』 悦子姫『それまた、冗談を仰有るワ』 加米彦『仰有いますな。加米彦に憑依して居る雲雀彦の守護神奴、山へ来ると親類へ帰つた様に思つて、はしやいでなりませぬワイ、ウフヽ』 悦子姫『大分音彦さまが遅れなさつたよな塩梅ぢや。少し待ち合はせませうか』 加米彦『ヤツパリ気に懸りますかな、遅れとるのは音彦ばつかりぢやありませぬ。腰の曲つた夏彦にもチツとは目を呉れてやつて下さいナ。あなたは博愛心がどうかしてますネー』 悦子姫『何だかケンケン言つてるぢやありませぬか』 加米彦『エーあれや雉子ですよ。音彦の兄弟分ですがなア。二つ目にはケンケンコンコンと言つては頭を打たれ、腰を打たれ、攻撃の矢ばつかり喰つて居ます。雉子も鳴かねば撃たれまい………と云ひましてなア……』 悦子姫『雉子と云ふ鳥はコンナ深い山に棲みて、何を喰つてるのでせう』 加米彦『アルタイ山の蛇掴の様に、蛇ばつかり喰つて居よるのです』 悦子姫『丸で加米彦さまの様な鳥ですネー』 加米彦『ソラ何を仰有います。私が何時蛇を喰ひましたか』 悦子姫『蛇ぢやありませぬ。あなたは何時も、ヘマばつかり喰つてるぢやありませぬか、ホヽヽヽ』 加米彦『ナアンダ、屁でもない屁理屈を能く並べなさる。あなたも随分言霊の練習が出来て、お口丈は悦子姫ぢやなくて、悪子姫になりましたなア』 悦子姫『ホツホヽヽヽ』 加米彦『アヽ何だか交通機関が倦怠して来ました。音彦の来るまで待つてやりませうかい』 悦子姫『重宝なお口だこと、進退維れ谷まりて、待つておあげなさるのでせう』 加米彦『ハハア、あなた用心しなさいよ。悪神が憑いて居ますで………随分言霊が濁つて来ました。一つ神霊注射をやつてあげませうか』 悦子姫『有難う。またユルユル皆さまの御協議の上で、御願致します』 と悦子姫が蓑を敷いて、一年越の霜枯れの萱の上にドツカとすわる。 千歳の老松杉檜槻楓雑木も苔蒸して 神さび立る左右の密林躑躅の花の此処彼処 白に紅青黄色艶を争ふ其中を 藪鶯や山雀四十雀ガラ鳴き立つる 山路を越えて何時しかに小広き田圃に流れ出る 古き神代の物語唯一言も漏らさずに 書き伝へむと土筆鉛筆尖らし道の辺に 待構へ居るしほらしさ麦の青葉は止め葉うち 筆を隠して青々と手具脛ひいて待つて居る 花は一面田の面に艶を競ふて咲きぬれど 床には置くな、矢張野で見よ紫雲英虎杖草のここかしこ 万年筆の芽を吹いて書き取り清書の準備顔 此物語の主人公四辺の景色も悦子姫は 音彦、加米彦、夏彦を吾子の如く労はりつ 親になつたる気取りにてお山を見当てに進み行く。 加米彦『アーアナント云ふ佳い景色だらう。……音彦さま、向ふに雲の被衣を着て居るズンと高い高山がそれぢやないか』 音彦『さうだ、あれが目的の木の花姫の御分霊の祀られてある弥仙のお山だ』 加米彦『道理で、首から上は、雲の奴、スツカリ包みて、峰の姿を……ミセンの山だな、併し乍ら泰然自若として動かないあの姿を見ると、実に癪に障るぢやないか。俺達ばつかりにテクらせよつて、一歩も動かず、ヂツとして、俺が見たけら此処まで御座れ、と云ふ塩梅式だ。丸で吾々を眼下に見くだし、奴隷視して居るぢやないか。何だか軽蔑せられる様な心持がしてきたワイ』 音彦『アハヽヽヽ、云ふ事が無いと、何なと言はねば気の済まぬ男だなア。さう心配するな、今に、何程威張つて居る弥仙山でも、頭の頂辺を、吾々の足で踏みにじる様になるのだよ。さうだから、時節を待て……と云ふのだよ』 夏彦『皆さま、此美しい紫雲英野で、お弁当でも開いて、お山を拝み乍ら休息致しませうか』 加米彦『待て待て、女王様の御機嫌を伺つた上、認可してやらう。暫く控へて待つて居らう』 夏彦『随分薬鑵が能く沸騰りますなア、否かめは能く沸騰しますナア、アハヽヽヽ』 悦子姫『皆さま、どうでせう、此麗しい野原で、お山を遥拝し乍ら、くつろぎませうか』 夏彦『ソラ、どうだい、以心伝心、吾輩の身魂は暗々裡に、女王様に感応して居たのだ。斯うして見ると、肉体は主従だが、霊は……』 加米彦『その次を言はぬかい、霊魂が何だい、狸身魂の鼬みたまをして、何だか物臭い事を言ふ奴だ、斯ンな怪体なスタイルをして、能うソンナ事が云はれたものだワイ』 夏彦『ナーニ、スタイルで女が……ウンニヤ、ムニヤムニヤ』 加米彦『又行詰りよつたナ、閻魔さまの浄玻璃の鏡の前では、心の奥まで照されて、恥かしさに忽ち唖とならねばなるまい。グヅグヅして居ると、舌を抜かれて了ふぞ』 夏彦『舌の一枚や二枚抜かれたとて、沢山に仕入れてあるから大丈夫だよ。今の人間に一枚や二枚の舌で甘ンじて居る様な者は、それこそ不便極まる片輪人足だ』 加米彦『本当に能う廻る舌だなア。俺も此奴には一寸ビツクリ舌、イヤ感服舌、アツハヽヽヽ』 斯かる所へ、小夜具染の半纒をまとひ、あかざの杖を突き乍ら、ヒヨコリヒヨコリと一人の老翁、四人が前に立現はれ、 翁(豊彦)『皆さま達は、弥仙のお山へ御参拝のお方と見受けますが、どうぞ私の家へお寄り下さいませぬか。一つお尋ねをしたり、お願ひしたい事が御座います』 加米彦はシヤシヤり出で、 加米彦『ヤアお前さまは、北光の神さまの様な、崇高な容貌をしたお爺さまだな、コンナ若い宣伝使や、若い男に、老人が物を尋ねるとは、チツと間違つては居やせぬか。一年でも先へ此世へ飛び出した者は、経験が積み、社会学に達して居る筈だ、怪体な事を言ふお爺さまだなア。わしは又、お前さまの姿が木蔭にチラと見えた時から……ヤア占た、一つ沓でも穿かして上げて、張子房ぢやないが、太公望の兵法でも伝授して貰はうと思うて楽しみて居たのだ』 爺(豊彦)『世界の事なら、一日でも先へ生れた丈わしは兄貴だ、教へても上げるが、これ丈長生をして、世の中の酸いも甘いも悟りきつた此爺に、どう考へても合点のいかぬ事が一つあるのだ。これはどうしても神様のお道の人に聞かなくては、分らぬ事だと思うて、お山へ詣るお方を、婆アと二人が、茅屋へ寄つて貰ひ、種々と尋ねて見るけれども、どのお方も完全な解決を与へて下さらぬのだ。此間も英子姫さまとやら……此お女中よりもズツと綺麗な、神様のお使ひのお方が凛々し相なお従者を連れて通らしやつたので、一つ尋ねてみた所、二人のお方はニヤツと笑うて、何にも仰有つて下さらず、やがて女一人男三人の一行が、お山詣りをするから、其者に会うて尋ねて呉れいと仰有つたので、毎日日日首を長うして待つて居つたのだ、もしや、お前さま等の事ではあるまいかと思うて、重い足を引きずつて出て来たのだ』 加米彦『アヽさうだつたか、社会学はまだ未完成だが、神様の事ならば、ドンナ事でも解決をつけてあげよう。英子姫さまも流石は偉いワイ。手柄を俺達に譲つてやらうと思召して、昨夜会うた時にも仰有らなかつたのだ。流石は先見の明ありだ。古今来を空しうして東西位を尽したる、世界の外の世界迄踏み込んで、宇宙の真相を悉皆看破したる、此加米彦がお出でになると云ふ事を、流石は明智の英子姫様、予期して御座つたと見える。サアサア何なりとお尋ねなされ。神界に関する事ならば決して退却は致さぬ、三五教には退却の二字は有りませぬから………オツホン』 爺(豊彦)『さうかな、若いにも似合はず、能うそこまで勉強をなさつた、感心々々。今時の若い者は、皆心得が悪くて、神さまなンテ、此世の中に有るものか、人間が神さまだ、神があるのなら、一遍会はして呉れ、そしたら神の存在を認めてやるなンテ、大ソレた事を云ふ時節だ。それにお前さまは、何も彼も御存じとは、実に偉いお方だ、此爺も今迄コンナ方に会ひたいと思うて、待つて居ました……アヽ神様、有難う御座います、これと云ふのも全く弥仙のお山の木の花姫様の篤き御守護……』 と袖に涙を拭ふ。 夏彦『モシモシお爺さま、此奴ア、由良の湊の秋山彦の門番をして居つた男です。偉さうに口ばつかり開くのですよ。朝から晩まで門を開くのが商売だから、其惰力が未だに残つて居つて、大門の様な大けな口を開きよるのだ。相手になりなさるな。此男の云ふ位な事は、私だつて、年の功は豆の粉だ、豆の粉は黄な粉だ、黄な粉はヤツパリ豆の粉だ。猪喰た犬は、犬のどこやらに勝れた所が有りますワイ。私が教へてあげませう』 加米彦『コレコレお爺さま、此奴はなア、ウラナイ教の黒姫と云ふ、口ばつかり達者な奴に十年間も朝から晩まで、法螺を仕込まれて来た奴だから、何を言ふやら、蜜柑やら、金柑桝で量るやら、なにも分つた代物ぢやありませぬワイ』 爺(豊彦)『最前から此老爺が一生懸命に頼みて居るのに、お前さま達は、此老人を飜弄するのかい、エーエやつぱり英子姫さまの仰有つた偉いお方は、此御連中ぢや有るまい。アーア阿呆らしい、コンナ事なら此重い足を、老人が引摺つて来るのぢやなかつたのに……』 音彦『モシモシお爺さま、さう腹を立てて下さるな。此等二人は雲雀や燕の親類ですから、どうぞお望みの事を、私に仰有つて下さいませ。私の力限り神様に伺つて御答を致しませう』 爺(豊彦)『アヽさうかなア、お前さまはどこやらが、締りのある男だと思うて居つた。此処では話が出来ませぬから、お前さま一人、私の宅へ来て下され、婆アや娘が待つて居ります』 音彦『お爺さま、それは有難う御座いますが、私の……此処に御主人とも先生とも仰ぐ悦子姫さまがいらつしやいます。此お方は吾々の大先生で御座いますから、此方を捨てて私ばつかり参る訳にはゆきませぬ』 爺(豊彦)『アーさうだらうさうだらう、ソンナラ、悦子姫さまの先生とお前さまと来て下され、斯ンな若い男は此処に待たして置いたら宜しからう』 音彦『併し乍ら、四人はどうしても離れないと云ふ不文律が定められてあるので、此男二人を此処に放棄して置く訳にはゆきませぬ、四人共参りませう。それがお気に入らねば仕方がありませぬから御断り申すより途は御座いませぬ』 爺(豊彦)『アヽソンナラ来て下さいませ。コレコレ二人のお若いの、私の家へ来て下さるのは構ひませぬが、あまり喧しう言つて下さるな、娘の身体に障ると困りますから……』 加米彦『オイ夏、貴様一杯奢らぬと冥加が悪いぞ、此中で一番の年長だ、それに「お若いの」と云はれよつたぢやないか、是れと云ふのも、俺の好男子の余徳に依りて若く見られたのだよ。それだから老爺さまが、娘の体に障ると困ります……ナンテ予防線を張るのだよ。険呑な代物と見込まれたものだなア、アツハヽヽヽ』 音彦『サア悦子姫さま、御苦労乍ら、一寸老爺さまの宅まで寄つてあげて下さいませ』 悦子姫『不束な妾でもお間に合ひますれば、お爺さま参ります』 爺(豊彦)『ハア有難い有難い、御礼は後で致します。老爺の家は此向ふの森を一つ廻つた所で御座います。私の座敷から、あなた方が此処に御休息になつて御座るのが、手に取る様に見えました位ですから、ホンの一寸の廻りで御座います』 と先に立ち、ヨボヨボと己が家路へ伴ひ行く。 (大正一一・四・二四旧三・二八松村真澄録)
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霊界物語 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 10 赤面黒面 第一〇章赤面黒面〔六三八〕 谷川に禊を済まして、梅公一行は再び地底の館に帰り来たり、 梅公『高山彦様、黒姫様、お蔭で大江山の悪霊も、スツカリ退散致しました。そこら中が何ともなしに軽くなつた様で、明晰な頭脳が益々明晰になり、モウ是れで大宇宙の根本が、現界、神界、幽界の、万事万端手に取る如く明瞭に、梅が心鏡に映ずる様になつて来ました。随分御禊と云ふものは結構なものですなア』 黒姫『さうだろさうだろ、何時もそれぢやから、朝と晩と昼と、間さへあれば、お水を頂きなさいと云うとるのぢや。火と水とお土の御恩が第一ぢや。何時も水を被るのは、蛙の行ぢやと言つてブツブツ叱言を云つてらつしやるが、今日は合点がいつただらう』 梅公『ヤアもう徹底的に分りました。有難い事には、日の出神様と竜宮の乙姫さまが私の肉体にお懸り下さいまして、結構で御座いました』 黒姫『これこれ梅公、何と云ふ傲慢不遜な事を言ひなさる。日の出神様は、誠水晶の生粋の根本の元の身魂でなければお憑りなさらず、又竜宮の乙姫さまは、因縁の身魂でなければ、誰にも、彼れにもお憑りなさる筈がない。「昔から神はものを言はなンだぞよ。世の変り目に神が憑りて、世界の人に何かの事を知らせねばならぬから、因縁の身魂に神が憑りて、世界の初まりの事から、行末の事、身魂の因縁性来を細かう説いて聞かして、世界の人民を改心さすぞよ。稲荷位は誰にも憑るが、誠の大神は禰宜や巫子には憑らぬぞよ」と変性男子の身魂が仰有つて御座る。それに何ぞや、下司の身魂にソンナ結構な神様が憑りなさる筈があるものか。日の出神の生宮が、さう二つもあつたり、竜宮の乙姫さまの生宮が、さう彼方にも此方にも出来て堪るものか。お前は一寸良いと直によい気になつて、慢心をするなり、一寸叱られると、直に青くなつてビシヨビシヨとして了ふ。それと云ふのも、モ一つ腹帯が締つて居らぬからぢや。身魂相応の御用をさされるのぢやから、慢心をし、高上りをしてブチヤダレヌ様にしなされや、灯台下はまつ暗がり、自分の顔の墨は分るまい。空向いて世の中を歩かうと思へば、高い石に躓いて、逆トンボリを打たねばならぬぞよ。開いた口がすぼまらぬ様なことのない様に、各自に心得たが宜いぞ』 梅公『ヤア承知致しました。併し乍ら、臨時御降臨遊ばしたのだから仕方がありませぬ』 黒姫『そら何を云ひなさる。神憑には公憑、私憑と二つの種類がある。其中でも私憑と云ふのは、因縁の身魂丈によりお憑りなさらぬと云う事ぢや。国治立命は変性男子の肉体、日の出神は系統の肉体、竜宮の乙姫は又その系統の肉体と、チヤンと定つて居るのぢや。公憑と云うて、上の方の身魂にも、中の身魂にも、下の身魂にも臨機応変に憑ると云ふ様な、ソンナ自堕落な神さまとは違ひまつせ。竜宮の乙姫さまを、何と思うて居りなさる。チツトお筆先でも拝読きなさい。お筆さへ腹へ締め込みておきたら、目前の時に、ドンナ神力でも与へて下さる。兎角お前達は、字が悪いとか、読み難いとか、クドイとか、首尾一貫せぬとか、肉体が混つとるとか、ここは神諭ぢや、此点は人諭ぢやと、屁理屈ばつかり仰有るから、サツパリ訳が分らぬ様になつて了うのだ。日の出神の生宮のお書き遊ばしたお筆先を審神したり、しやうとするから間違ふのだ。是れから、絶対に有難いと思うていただきなさい』 梅公『私はお道を開く因縁の身魂ぢやありませぬか』 黒姫『きまつた事ぢや。因縁なくて、此結構なウラナイ教へ来られるものか』 梅公『因縁の身魂の中でも、私は最も因縁の深いものでせう。高姫さまは高天原に因縁のある名ぢやし、黒姫さまは、くろうの固まりの花が咲くとお筆先に因縁があるなり、私は三千世界一度に開く梅の花と云ふ、変性男子の初発のお筆先に出て居る因縁の名ぢやありませぬか。何と云つても梅は梅、一度に開く役は梅公の守護神のお役でせう』 黒姫『此広い世界に、梅の名のつくのは、お前ばつかりぢやないわいな』 梅公『それでも、今あなた、因縁の身魂ばつかり引き寄せて有ると仰有つたぢやありませぬか。ウラナイ教へ引寄せられた人間の中に、梅の名の付いた者が、一人でもありますか。松で治めると云ふ、松に因縁のある松姫さまは、高城山であの通り羽振りを利かし、なぜ此梅公は、さうあなたから軽蔑されるのでせう』 黒姫『もうチツと修業しなされ。さうしたら又、松姫と肩を並べる様にならうも知れぬ。併し今日は初めて綾彦、お民に、宣伝を、竜宮の乙姫の肉体が、直接にしてあげるから、お前もシツカリ聴きなされ。そして此肉体の宣伝振をよく腹へ締め込みて、世界を誠で開くのぢやぞえ』 梅公『それは有難う御座います。吾々も傍聴の栄を得まして……』 黒姫『コレコレあまり喋るものぢやない……男だてら……口は禍の門ぢや。黙つて謹聴しなさい』 と押へつけ乍ら、少し曲つた腰付をして底太い声を張上げ歌ひ始めたり。 黒姫『昔の昔その昔遠き神代の初めより 国治立の大神は千座の置戸を負ひ給ひ 世を艮に隠れまし三千年の其間 苦労艱難遊ばして此世を永久に開かむと 種々雑多と身をやつし蔭の守護を遊ばされ ミロクの御代を待ち給ふ時節参りて煎豆に 花咲く御代となりかはり変性男子の御身魂 道具に使ふて昔から末の末まで見通され 尊きお筆を出しまし世に落ちぶれた神々を 今度一緒に世にあげてそれぞれお名を賜ひつつ 神の御用に立て給ふ時節来たのを竜宮の 乙姫様は活溌な御察しの良い神故に 今まで生命と蓄へた金銀、珠玉、珊瑚珠も 残らず宝投げ出して大神様へ献つり 穢ない心をスツパリと海へ流して因縁の 身魂と現れし黒姫を神政成就の機関とし 現はれ給うた尊さよ今まで竜宮の乙姫の 醜しかつた御霊丈系統の身魂に憑られて 懺悔遊ばし一番に改心なされた利巧者 三千世界の世に落ちた神々さまは竜宮の 乙姫さまを手本とし力一杯身魂をば 磨いて今度の御大謨にお役に立つた其上で それぞれお名を頂いて結構な神と祀られる 三千世界の梅の花一度に開くと云ふ事は 永らく海の底の底お住居なされた竜宮さま 肉のお宮にをさまりて広い世界の民草に 誠一つのお仕組を現はしなさるお働き 日の出の神と引つ添うて今度の御用の地となり 神の大望成就させ天にまします三体の 大神様へ地の世界斯うなりましたとお目にかけ お手柄遊ばす仕組ぞや此お仕組は三五の 神の教を厳御霊変性男子の筆先に くまめる様に書いてある其筆先の読み様が 足らぬ盲のミヅ御霊変性女子が混ぜ返し 蛙の行列向ふミヅ瑞の御霊と偉相に 日の出神の筆先を何ぢや彼ンぢやとケチをつけ 黒姫までも馬鹿にするされ共此方はどこまでも 耐り耐りて出て来たが余り何時まで分らねば 是非に及ばず帳を切り悪の鑑と現はして 万劫末代書き残す変性男子は唯一人 変性女子も亦一人それに何ぞや三つ御霊 三つもあつてたまるかい此事からが間違ひぢや 変性男子は経の役変性女子は緯の役 経と緯とを和合させ錦の機を織る仕組 日の出神が地となりて竜宮様のお手伝ひ 今度一番御出世を遊ばす事を知らないか 必ず必ず三五の緯の教に迷ふなよ 経が七分に緯三分これでなければ立派なる 誠の機は織れないに三五教の大本は 次第々々に紊れ来て経が三分に緯七分 変性男子は先走り変性女子は弥勒さま 何ぢや彼ンぢやと身勝手な理屈を並べて煙に巻く 此儘棄てて置いたなら変性男子の永年の 艱難苦労も水の泡水の泡にはさせまいと 系統の身魂を選り抜いて日の出神が現はれて 誠の筆先書きしるし一度読めよと勧むれど 変性女子の頑固者どうして此れが読まれよかと 声を荒立て投げつけるそれ程厭なら読までよい 後で吠面かわくなと言うて聞かしてやつたれど 訳の分らぬ頑固者神の恵を仇に取り 何ほど親切尽してもモウこの上は助けやうが 無いと悔みて高姫が何時も涙をポロポロと 零して御座るお慈悲心それに続いて分らぬは 金勝要の大御神この肉体もド渋とい まだまだ渋とい奴がある仮令大地は沈むとも 生命の綱が切れるとも日の出神の筆先は 当にならぬと撥ねつける木の花姫の生宮と 嘘か本真か知らねども現はれ出でた男女郎 火が蛇になろがどうしようが改心させねば置くものか 縦から横から八方から探女醜女を遣はして いろいろ骨を折るけれど固より愚鈍な生れつき 石の地蔵に打向ひ説教するよな塩梅で どしても聞かうと致さない木の花姫の肉体を 改心させねば何時までも神の仕組は成就せぬ ウラナイ教も栄やせぬサア是れからは黒姫の 指図に従ひ身をやつし千変万化に活動し 一日も早く因縁の身魂を改心さす様に 祈つて呉れよ黒姫もこれから百日百夜は 剣尖山の谷川の産のお水で身を清め 一心不乱に祈念するアヽ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 と汗をブルブルに掻き、身体一面ポーツポーツと湯気を立て、 黒姫『アーア苦しいこと。……世界の人民を助けようと思へば、並大抵ぢやない、変性男子や高姫さまの御苦労が身に浸みて、おいとしう御座るわいの、オンオンオン』 と泣き崩れる。 これより黒姫は、百日百夜、宮川の滝に水行をなし、高山彦の懇望もだし難く、一旦数多の信徒を宣伝使に仕立てて、自転倒島の東西南北に間配り置き、手に手を把つて、フサの国へ渡り、高姫の身許に着きける。高姫は三五教の勢力侮り難きを黒姫より聞き、黒姫を北山村の本山に残し置き、自らは二三の弟子と共に、自転倒島に渡り、再び魔窟ケ原に現はれ、衣懸松の下にて庵を結び、三五教覆滅の根拠地を作らむとして居たのである。又もやそれより由良の湊の人子の司、秋山彦が館に於て、冠島、沓島の宝庫の鍵を盗り、遂には如意宝珠の玉を呑み、空中に白煙となりて再び逃げ帰りしが、それと行違に黒姫は、又もや魔窟ケ原に現はれ、草庵の焼跡に新に庵を結び、前年高姫と共に築き置きたる地底の大岩窟に居を定め、極力宣伝に従事して居たりしなり。然るに黒姫の部下に仕ふる夏彦、常彦、其他の弟子共は、フサの国より扈従し来り乍ら、少しも黒姫に夫ある事を知らざりける。黒姫は独身主義を高唱し、盛ンに宣伝をして居た手前、今更夫ありとは打明け兼ね、私に高姫に通じて、神界の都合と称し、始めて夫を持つた如く装ひける。高山彦の表面入婿として来るや、以前の事情を知らざりし弟子達は、黒姫の此行動に慊らず、遂にウラナイ教を脱退するに至りたるなり。夏彦、常彦以下の主なる者は、此時高城山に立籠り、東南地方を宣伝し居たれば、梅、浅、幾などの計らひに依りて、新に入信したる綾彦の事は少しも知らざりける。また高城山の松姫が侍女として仕へ居るお民の素性も、気が付かず、唯普通の信者とのみ思ひて取扱ひ居たりしなり。黒姫は又もや剣尖山の麓を流るる宮川に、綾彦外一人を伴ひ、禊の最中、紫姫、青彦の一行に出会し、青彦が再びウラナイ教に復帰せしと聞き、喜び勇みて、この岩窟に意気揚々として帰り来たりしなり。 ○ 黒姫『サアサアこれが妾の仮の出張所だ。大江山の悪魔防ぎに地下室を拵へて有るのだから、這入つて下さいませ。……青彦、お前は勝手をよく知つてる筈ぢや。どうぞ皆さまを叮嚀に案内をしてあげて下さいな』 鹿公『ヤアこれは又奇妙なお住居ですな、三五教の反対で、穴有教だなア、ヤア結構結構、穴有難や穴たふとやだ』 と一人々々、ゾロゾロと辷り込む。 黒姫『モシモシ高山彦さま、極道息子が帰つて来ました。どうぞ勘当を赦してやつて下さい』 高山彦『ヤアお前の常々喧しう言つて居つた……これが青彦だらう』 青彦『ハイ始めてお目にかかります。どうぞ宜しう御願ひ致します』 高山彦『ハイハイ、もう是れからは、あまりグラつかぬ様にして下さい』 青彦『決して決して、御心配下さいますな』 高山彦『ヤアなンと綺麗な娘さまがお出になつたぢやないか』 青彦『此お方は由緒ある都の方で御座いますが、お伊勢様へ御参拝の折、黒姫様の言霊を聞いて、大変感心遊ばし、「どうぞ妾も入信が致したう御座いますから、青彦さま、頼みて下さいな」ナンテ、それはそれはお優しい口許でお頼みになりました。私もコンナ綺麗な方が、男ばつかりの所へお出になつては、嘸御迷惑だらうと思ひましたけれども、折角のお頼み、無下に断る訳にもゆかず、黒姫様に御取次致しました。黒姫さまは二つ返辞で承知して下さいました』 紫姫『ホヽヽヽヽ』 と袖に顔を隠す。 黒姫『コレ青彦、チツと違つては居らぬかな』 青彦『アーさうでしたかなア。あまり嬉しかつたので、精神錯乱致しました。どうぞ見直し聞直しを願ひます』 黒姫『青彦お前は久振で親の家へ帰つたのだから、気を許して奥でゆつくりと寝なされ、今は新顔ばつかりで、お前の知つて居る者は、みなフサの国の本山へ往つたり、高城山へ行つて居る、馴染がなくて寂しいだらうが、気の良い者ばつかりだから、気兼なしにユツクリと休まつしやい。馬公鹿公も、トツトとお休み、又明日になつたら結構な話を聞かしてあげる。……サテ紫姫さまとやら、あなたは三五教の宣伝使におなりになつたのは、何を感じてですかなア。何か一つの動機がなければ、あなたの様な賢明な淑女が、あの様な瑞の御霊の混ぜ返し教に入信なさる道理がない。みな奥へ行つて睡眼みて了つたから、誰も聞く者もないから、遠慮なしに話して下さいな』 紫姫『ハイ有難う御座います、別に是れと云ふ動機も御座いませぬ。国家の為社会の為に舎身的の活動をなさる瑞の御霊の大神さまに同情を表しまして、つい何とはなしに宣伝使になりました』 黒姫『それはそれは結構な事だ。身魂の因縁がなくては、到底尊い宣伝使にはなれませぬ。三五教もウラナイ教も、みな変性男子、変性女子と、経と緯との身魂が現はれて錦の機の仕組をなさるのぢやが、併し乍ら、素盞嗚尊は天の岩戸を閉めるお役で、大神様が、此世の乱れた行方がさしてあると仰有る。ナンボ神様の仰有る事でも……これ丈乱れた世の中を、治める事を措いて、乱れた方の御守護をしられて堪りますか。そこで吾々は元は三五教の熱心な取次だが、今では変性女子の行方に愛想をつかし、已むを得ず、ウラナイ教と名をつけて、神様の御用をして居りますのぢや。同じ事なら三五教の名が附けたいけれど、高姫や黒姫は、支部ぢやとか、隠居ぢやとか言はれるのが癪に障るので、已むを得ず結構な結構なウラル教の「ウラ」の二字を取り、アナナイ教の「ナイ」の二字をとつて、表ばつかり、裏鬼門金神の変性女子の教は一寸も無いと云ふ、生粋の日本魂のウラナイ教ぢや。お前も、同じ宣伝使になるのなら、喰はせものの三五教を廃めてウラナイ教になりなされ。あなたのお得ぢや。否々天下の為ぢや』 紫姫『素盞嗚尊さまは、それ程悪いお方で御座いますか。世界万民の為に千座の置戸を負うて、世界の悪を一身に引受け、人民の悪い事は、みな吾が悪いのぢやと言つて、犠牲になつて下さる神さまぢや有りませぬか』 黒姫『それはさうぢやけれども、モ一つ我が強うて改心が出来ぬものぢやから、神界のお仕組が成就しませぬ。何と言うても、高天原から、手足の爪まで抜かれて、おつ放り出される様な神ぢやから、大抵云はいでも分つとる。お前も能う胸に手を当てて御思案なさいませ』 紫姫『ウラナイ教には、ちツとも……仰有る通り裏がないので御座いますか』 黒姫『勿論の事、見えた向きの、正真正銘、併し乍ら、神様のお仕組は奥が深いからなア、一寸やそつとに、人間の理屈位では分りませぬ。マアマア暫く絶対服従で信神して見なさい。御神徳が段々分つて来るから』 斯く話す折しも、慌ただしく走り帰つた二人の男。 黒姫『ヤアお前は滝と板とぢやないか』 滝公、板公『ハイ左様で御座います』 黒姫『昨日から此処を飛び出した限り、どこをウロウロ迂路ついとつたのだい』 滝公『ハイ昨日遅がけに、一人の女が通りましただらう。それをあなたが捉まへて来いと仰有つたものだから、此奴ア又、梅公の故智に倣つて、一つ大手柄を現はし、あの女を入信させてやるか、あまり諾かねば、何れ三五教の奴だから、叩き潰してやらうかと思うて、あなたの御命令で追ひかけて行きました』 黒姫『誰が叩き潰せと言つたのか。丹波村のお節に違ひないから、捉まへて来いと言つたのだ、そして其お節を如何したのぢやい』 滝公『板公と二人、尻引き捲つて……お節は走る、二人は追ひかける、船岡山の手前までやつて来ると、日は暮れかける。お節は石に躓きパタリと倒れたので、其間に追ひつき、無理無体に手足を括り、暗の林に連れ往つて、グツと縛りつけ、猿轡を箝ませ、再び姿を改ため、……コレコレどこのお女中か知らぬが、コンナ所に悪者に括られて可愛想に……と云つて助けてやる。さうすれば如何なお節もウラナイ教の親切に感じて、三五教を思ひ切るだらう……と思ひまして、一寸智慧を出しました。さうした所が、お前さまがやつて来て、種々と仰有るものだから、暗がり乍ら御案内しました。……あなた覚えが御座いませう……忽ちお節は息が切れ、厭らしい声を出して、化けて出よつた、其途端に私は尻餅を搗いて、暗さは暗し、傍の谷川へサクナダリに落ち滝つ、腰イタツ磐根に打据ゑて、それはそれは酷い目に遭ひました。暫くは気を取り失うて、半死になつて了ひ、苦みて居るのに、あなたは側へ来て居り乍ら私を見殺しにして帰りなさつたぢやないか。何時も人を助ける助けると仰有るが、アンナ時に助けて貰はねば、常に御大将と仰いで居る甲斐がありませぬワ』 黒姫『そら何を云うのだ、妾が何故ソンナ所へ行く必要があるか、又何とした乱暴な事をするのだい。ソンナ事がウラナイ教の教にありますか。モウ今日限り、破門するツ、サア出て行け出て行け』 滝公『悪人は悪人とせず、鬼でも、蛇でも、餓鬼虫けらでも助けるのが、ウラナイ教ぢや有りませぬか。出て行けとはチツと聞えませぬワ』 黒姫『モシ紫姫さま、斯う云ふ取違する者がチヨコチヨコ出来ますので、誠に困ります。併し乍ら、コンナ者ばつかりぢや御座いませぬ。これは大勢の中でも、選りに選つて一番悪い奴で御座います。そして又入信してから、幾らもならぬものですから、つい脱線をしましてナ』 板公『モシモシ黒姫さま、余り甚いぢやありませぬか、私が悪人なら、モツとモツと大悪人が沢山居りますで……綾彦だつて、お民だつて、改心さしたのは、あなた知らぬか知らぬが、それはそれは大変な酷い事をやつて入信させたのだ。私も兄弟子の兵法を倣つて巧くやらうと思つたのが当が外れた丈のものですよ、あれ程喧しう下の者が噂をして居るのに、あなたの耳へ這入らぬ筈はない、一年からになるのに、世界が見え透くと云ふあなたが、知つとらぬとは言はれませぬ。腹の底を叩けば、「権謀術数的手段は用ゐるな。併し俺の知らぬ所では都合よく行れ、勝手たるべし」と云ふ、あなたの御精神でせう』 滝公『ソンナこたア、言はなくても定まつて居るワイ。あれ程、神の取次する者は、独身でなければ可かぬと仰有つた黒姫さまでさへも、ヤツパリ言うた事をケロリと忘れて因縁だとか、御都合だとか理屈を附けて、ハズバンドを持たつしやるのだもの、言ふ丈野暮だよ』 黒姫『何を言ふのだ。早う出て下さい』 滝公『都合が悪うおますかなア……初めての入信者の前ですから、成るべくは、コンナ内幕話は言ひたくはありませぬが、お前さまが今日から除名すると仰有つた以上は、今迄の師匠でもなければ、弟子でもない。力一杯奮戦して、どこまでも素破抜きませうか』 黒姫は唇を震はし、目を逆立て、クウクウ歯を喰ひしばつて、怒つて居る。 滝公『モシ黒姫さま、怒る勿れ……と云ふ事がありますなア。怒つて居るのぢやありませぬか。チツと笑ひなされ』 黒姫『ウームウーム』 と歯を喰ひしばり、目を剥いて居る。 紫姫『これはこれは滝さまとやら、板さまとやら、良い加減にお静まりなさいませ。夜前あなたがお節さまを悩めて御座る所を、妾外三人の者がよく見て居りました。黒姫さまは決してお出でぢやありませぬ。妾の連の鹿と云ふ男が黒姫さまの……暗を幸ひ……声色を使つたのですよ。それに黒姫さまがお出でになつたなぞと仰有つてはお気の毒ですワ、お節さまはこの奥へ来て、スヤスヤ寝みてゐらつしやいますよ』 滝公、板公『エー何と仰有る、お節さまが……そいちやア大変だ』 紫姫『さう御心配なされますな、青彦さまも見えて居ります』 滝公『ヤアうつかりして居ると、ドンナ目に合ふか分らぬぞ。仇討に……岩窟退治に来よつたのだなア。……オイ板公、黒姫さまはどうでも良い。生命あつての物種だ、見付からぬ間に、一刻も早く此場を退却だ』 と滝は駆出す。板も続いて、 板公『オイ合点だ』 と後を追ふ。黒姫は、 黒姫『オイこれこれ、滝公、板公、待つた待つた、言ひたい事がある』 滝板の両人は、岩穴の外から内を覗いて、 滝公、板公『黒姫さま、左様なら、ゆつくりと、青彦やお節に、脂を搾られなさつたが宜からう、アバヨ、アハヽヽヽ、ウフヽヽヽ』 と云つた限り、何処ともなく……それ限りウラナイ教には姿を見せなくなりにけり。 紫姫は気の毒がり、 紫姫『モシモシ黒姫さま、お腹が立ちませうが、若い人の仰有る事、どうぞ宥して上げて下さいませ、……イヤもう人を使へば苦を使ふと申しまして、御苦心の程、お察し申します』 黒姫『これはこれは、ご親切によう言うて下さいました。無茶ばつかり申しまして困ります。これと言ふのも、決して決して、滝や板が申すのぢや御座いませぬ。又さう云ふ様な悪い事をする男ぢや有りませぬが、素盞嗚尊の悪神の眷属が憑つて、吾々を苦めやうと思うて、アンナ事を言つたり、したりするのです。チツとも油断はなりませぬ。悪神に使はれた、滝公板公こそ不憫な者で御座います、オンオンオン』 と泣き真似をする。 紫姫『黒姫さま、モウお休みなさいましたらどうでせう。大分夜も更けた様です』 黒姫『ハイ有難う、ソンナラお先へ御免蒙りませう。明日又ゆつくりと、根本のお話を聴いて貰ひませう』 紫姫『ハイ有難う』 と互に寝に就きにける。 (大正一一・四・二六旧三・三〇松村真澄録)
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霊界物語 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 14 蛸の揚壺 第一四章蛸の揚壺〔六四二〕 魔窟ケ原の地下室に、ウラナイ教の双壁と己も許し人も許した、素人離れのした黒姫が、高山彦と睦じさうに晩酌をグビリグビリとやつて居る。 黒姫『コレ高山さま、時節は待たねばならぬものだなア。お前と偕老同穴の契を結び乍ら、枯木寒巌に依つて、三冬暖気無しと云ふやうな、没分暁漢の部下の宣伝使や信者の動揺を恐れて気兼ねをして、貴方をフサの国の本山に、私はこの自転倒島へ渡つて、神様の為にお道の為に、所在最善の努力を尽し、一生懸命に宣伝して来たが、何を云つても追ひ追ひと年は寄る、無常迅速の感に打たれて、何処とも無く心淋しく、どうぞ晴れて夫婦と名乗つて暮したいと思つて居たが、これ迄独身主義を高張して来た手前、今更掌を覆したやうな所作もならず、本当に空行く雲を眺めて雁がねの便りもがなと、明け暮れ涙に暮れた事は幾度あつたでせう、然し乍ら何程お国の為お道の為だといつても、自分に取つて一生の快楽を犠牲にしてまで、痩せ我慢をはつて居つても、こいつは駄目だ。初めの内は、黒姫は偉いものだ、言行一致だといつて褒めて呉れよつたが、終ひには神様の御取次ぎする者は、女だつて独身生活するのは当然だ。何感心する事があるものか。あれや大方、どつか身体の一部に欠陥があるので、負惜みを出して独身生活をやつて居るのだ……何ぞと云ふ者が出来て来た。エヽ、アタ阿呆らしい。これだけ辛抱して居つても悪く言はれるのなら、持ちたい夫を持つて、公然とやつた方が、何程ましか知れないと、いよいよ決行して見たが、初めの内は夏彦、常彦をはじめ、頑固連が追々脱退し、聊か面喰つたが、案じるより生むが易いといつて、何時の間にやら、私と貴方の結婚問題も信者の話頭に上らなくなり、この頃はソロソロと、青彦やお節、おまけに紫姫といふ様な、賢明な淑女迄が帰順したり、入信したり、実に結構な機運に向つて来たものだ。これからは高山さま、もう一寸も遠慮はいらないから、私ばかりに命令をささずに、あなたは天晴れ黒姫の夫として、権利を振うて下さいねエ』 高山彦『アヽさうだなア、待てば海路の風が吹くとやら、時の力位、結構なものの恐ろしいものは無いなア』 黒姫『時に寅若、富彦、菊若の三人は、ここを出てから四五日にもなるに、まだ帰つて来ない。何か道で変つた事でも出来たのではあるまいか。何だか気にかかつて仕方が無いワ』 高山彦『そう心配するものでも無い。何事も時節の力だ』 かく言ふ折しも、ソツと岩の戸を開けて辷り込んだ三人の男、 黒姫『アヽ、噂をすれば影とやら、寅若エロウ遅かつたぢやないか。首尾はどうだつたなナ』 寅若『ハイ、委細の様子は悠くりと、明日の朝でも申上げませう。ナア菊若、富彦、エライ目に遇うたぢやないか』 黒姫『お前達は、あまり遠い道でも無いのに、どうして御座つた。今日で七日目ぢやないか。何時も都合が良い時は、大きな声で門口から呶鳴つて帰つて来るが、今日はコソコソと細うなつて這入つて来たのは、余り結構な話しぢや有るまい、明日の朝申し上げるとは、そら何の事だ。此間から、日日毎日指折り数へて待つて居たのだ。サア早く実地の事を、包まず隠さず云ひなさいや』 寅若、頭をガシガシ掻き乍ら、言ひ難さうに、 寅若『あの、何で御座います。それはそれは、大変な事で、何とも彼とも、注進の仕方が有りませぬワイ。併し乍ら、物質的獲物は一寸時期尚早で、暫時機の熟するまで保留して置きましたが、霊的には大変な収獲がありました』 黒姫『又しても又しても、霊的の収獲と仰有るが、それはお前の慣用的辞令だ。もう霊的の収獲には、この黒姫もウンザリしました。ハツキリと成功だつたとか、不成功だつたとか、女王の前に陳述するのだよ』 と声を尖らせ、目を丸うして睨みつける。 三人は縮み上り、 三人『イヤもう、斯うなれば委細残らず言上いたします。紫雲棚引く東北の天、如何なる神の出現したまふやと、心を清め身を清め、途々宣伝歌を唱へながら、弥仙の山麓までやつて行つた。時しもあれ、噂に高き玉照姫の生母お玉の方は、吾々三人の威風に恐れてか、一生懸命に嬰児を背に、弥仙山に向つて雲を起し、雨を呼び、為に地は震ひ雷鳴轟き、山岳は一度に崩るる許りの大音響を発し、面を向く可からざる景色となつて来た。流石の寅若、富彦、菊若の三勇将も、暫し躊躇ふ折柄に、忽ちあなたの御霊や、高山彦の御霊が、吾々三人に憑依遊ばされ、勇気百倍して弥仙山目蒐けて驀地にかけ登り行く。時しもあれや、山の中腹より、現はれ出たる三五教の奴輩、各自に柄物を携へ、僅か三人の吾々の一隊に向つて攻めよせ来るその勢の凄じさ、されども黒姫さま、高山彦様の御霊の憑つた吾々三人、何条怯むべき。群がる敵に向つて電光石火、突撃攻撃、言霊の火花を散らして戦うたり。さはさり乍ら、此方は形許りの九寸五分、只一本あるのみ。群がる敵は数百千万の同勢、全山人を以て埋まり、如何に防ぎ戦うとも、遉黒姫様の御神力も是れには敵し兼ねたりと見え、吾々三人の肉体を自由自在にお使ひ遊ばされ、血路を開いてターターターと、滝水の落ちるが如く、一潟千里の勢にて、こなたに向つて予定の退却、鬼神も欺くその早業、勇ましかりける次第なり』 黒姫『コレ、富彦、寅若の今言つた通り、間違は無からうなア』 富彦『ヘーヘー、間違つて堪りますものか。あなたは常に吾々の身の上に、仁慈のお心をお注ぎ下さいまする、其一念が幸はひ給ひて、御分霊忽ち降下し給ひ、さしもの強敵に向つて、獅々奮迅の応戦をやつたのも、全くあなた様御両人の神徳の然らしむる処、万々一お両方の御霊の御守護無き時は、如何に吾々勇なりと雖も、忽ち木端微塵に粉砕されしは勿論のこと、然るに僅三人を以て、かく迄よく奮闘し、敵の胆を寒からしめたるは、形体上に於ては兎も角も、精神上に於て、敵を威嚇せしこと、幾何なるか計り知られませぬ。マアマア御喜び下さいませ』 黒姫『それは先づ結構であつた。併し、お玉に玉照姫は何うなつたのか』 富彦『オイ菊若、これからは貴様の番だ。確りと申し上げるのだぞ』 菊若『ハイハイ、申上げます。いやもう何のかのと云うた処で、向うはたつた女の一人』 黒姫『ナニ、女一人』 菊若『女一人と思ひきや、四辺の物蔭より来るワ来るワ、恰も蟻の宿替への如く、ゾロゾロゾロと此方へ向つて馳せ来る。三人は丹州の霊縛にかけられ、身体忽ち強直し』 黒姫『何、お前達三人が』 菊若『イエイエ、滅相な、丹州と云ふ奴、吾々三人を目蒐けて、霊縛を加へ強直させようとかかつた処、流石黒姫様、高山彦様の御威霊憑らせ給ふ吾々三人を如何ともするに由なく、敵は一生懸命死力を尽して押しよせ来る。吾々三人は、アヽ面白い面白いと、勇気百倍して、挑み戦はむとする折しも、吾々三人に憑り給うた御魂の命令、汝は一先づ引返し、時機を待つて捲土重来の準備をなすが得策なりと、流石神謀鬼略に富ませ給う黒姫様、高山彦様の御霊の命令もだし難く、みすみす敵を見捨て一目散に立帰つて候』 と言ひをはつて冷汗を拭く。 黒姫『コレコレ、私が馬鹿になつて聞いて居ればお前、それや何という法螺を吹くのだい。みな嘘だらう。一人か二人の木端武者に怖れて一目散に逃げ帰つたのだらう。そんなお前さん達の下司身魂に私の霊魂が憑つて堪るものか。馬鹿にしなさるな』 寅若『そんなら、あなたの名を騙つて、四足か何かが憑いたのでせうか』 富彦『そうかも知れぬよ。豊彦の爺が言つて居ただ無いか』 黒姫『それ見なさい。お前らは豊彦の家へ行つて尻を喰はされて、謝罪つて逃げて帰つたのだらう。エヽ仕方のない男だ。はるばる高山さまがフサの国から、選りに選つて連れて御座つたお前は大将株ぢやないか。そらまた何とした腰抜けだ』 寅若『何を云つてもフサの国なれば、地理をよく存じて居りますが、この自転倒島は地理不案内で、思うやうに戦闘も出来ず、さうして陽気が眠たいですから、思うやうな活動も、実際の事は出来なかつたのです。併し一遍失敗したつて、さう気なげをしたものぢやありませぬ。失敗毎に経験を重ね、遂には成功するものですから、マア今度の失敗は結局成功の門口ですなア』 黒姫『エヽ、おきなされ。敗軍の将は兵を語らずという事が有るぢやないか。余り大きな声で減らず口を叩くものぢや無い。奥へ這入つて麦飯なと、ドツサリ食つて休みなさい。折角機嫌よう飲んで居つた酒までさめて了つた。エヽ早く寝なさらぬか』 と長煙管が折れる程火鉢を叩く。三人は頭を抱へ、こそこそと奥に影を隠した。 黒姫『高山さま、もうお休みなさいませ。私は一寸綾彦に詮議をしたい事がありますからお前が側に居られると、ツイ臆めてよう言はないと困るから、私は女の事であり、やあはりと尋ねて見ますから、早く寝んで下さい』 高山彦『ハイハイ、お邪魔になりませう。さやうなればお先き御免を蒙りませう』 黒姫『記憶えて居らつしやい。貴方こそお邪魔になりませう。紫姫のお側へでも往つて、ゆつくりと夜明かしをなさいませ』 と、ツンとした顔をする。 高山彦『ハヽヽヽ、形勢頗る不隠と成つて来た。どれどれ雷の落ちぬ間に退却しよう、アヽ桑原桑原』 と捨台詞を残し、ノソリノソリと奥へ行く。 黒姫『高山さまはあゝ見えても、やつぱり可愛相な程正直な人だ。何処ともなしに、身魂にいいとこが有るワイ』 と肩を揺り、又もや長煙管に煙草をつぎ乍ら、 黒姫『綾彦綾彦』 と呼ぶ声に綾彦はこの場に現れ、両手をつき、 綾彦『今お呼びになりましたのは私で御座いましたか』 黒姫『アヽ左様ぢや左様ぢや、お前に折入つて尋ねたいと此間から思うて居たのぢやが、ここへ来てから大分になりますが、一体お前のお国許は何処ぢやな、色々と誰に尋ねさしても言ひなさらぬが、大方何処かで悪い事をして逃げて来たのだらう。それを体よう真名井さまへ詣つたなぞと、誤魔化しとるのだらう』 綾彦『イエイエ滅相もない、生れてから悪い事は、塵程もやつた覚えは有りませぬ』 黒姫『そんならお前の処は何処ぢや。虱でさへも生れ所は有るのに、滅多に天から降つたのでもあるまい。地の底から湧いて出たのでも有るまい。お父さまや、お母さまが有るだらう。処と親の名と聞かして下さい』 綾彦『これ許りはどうぞ赦して下さいませ』 黒姫『それ見たかな。矢張怪しい人ぢや。私は何処までも、言うて悪い事は秘密を守る、私丈に言ひなさらぬかいな』 綾彦『貴方様はいつも仰有る通り、世界中隅から隅まで見え透く、竜宮の乙姫の生宮ぢやありませぬか。そんな事お尋ねなさらないでも、遠の昔に何も彼も御存じの筈、煽動て下さいますな』 黒姫『ソラさうぢや。霊の方ではお前の身魂は何の身魂ぢや、昔の根本は何んな事をして居つた。また行く先は何う成ると云ふ事は、能く分つて居るが、肉体上の事は畑が違うから、聞いた方が便利がよい。こんな事を神さまに勿体なうて、御苦労かけずともお前に聞いた方が早いぢやないか。又お前も、これ丈長らく世話に成つて居ながら、何故生れた処を言はれぬのか』 と言葉に角を立て、長煙管で畳を二つ三つ叩いた。 綾彦『何と仰有つても、これ丈は申上げられませぬ。どうぞあなた、天眼通でお調べ下さいませ、私の口が一旦いかなる事があつても国処、親の名は言うで無いと、両親にいましめられ、決して生命にかかる様な事が有つても申しませぬと約束をして出た以上は、何処迄も申上げる事は出来ませぬ』 黒姫『ハヽヽヽ、お前は親に孝行な人ぢや。親の言葉をよく守つて、どうしてもいけぬと仰有るのは、実に感心ぢや。人間はさう無くては成らぬ。併し乍ら、お前はモ一つ大事の親を知つて居ますか。大方忘れたのだらう』 綾彦『私は親と云つたら、お父さまと、お母さまと二人より御座いませぬ。其上にま一つ大事の親とは、それや何の事で御座いますか』 黒姫『アーアー、お前も見た割とは愚鈍な人ぢやな。あれ程毎日日日、竜宮の乙姫さまのお筆先を読んで居つて、まだ判らぬのかいなア。自分の肉体を生んで呉れた親は仮の親ぢやぞい。吾々の霊魂、肉体の根本をお授け下さつた、天地の誠の親が有る事を、お前聞いて居るぢや無いか』 綾彦『ハイ、それはお筆先でお蔭をいただいて居ります』 黒姫『お前は、誠の親が大切か、肉体の親が大切か、どちらが大切か考へてみなされ』 綾彦『それは何方も大切で御座います』 黒姫『何方も大切な事は決つてゐるが、併し其中でも、重い軽いが有るだらう。僅か百年や二百年の肉体を生んで呉れた親が大切か、幾億万年と知れぬ身魂の生命を与へて万劫末代守つて下さる、慈悲深い神様が大切か、それが聞きたい』 綾彦『ハイ………』 黒姫『天地の根本の神様の生宮の私は、つまり大神様の代りぢや。何故親の云ふ事を聞いて私の云ふ事が聞けぬのかい。一寸信心の仕方が間違うて居やせぬか』 かかる処へ紫姫現はれ来り、 紫姫『今承はりますれば、大変に綾彦さまに、何かお尋ねのやうですが、何うぞ私に任して下さいませ。私が機を見て、綾彦さまに篤りと尋ねまして、お返事を致します』 黒姫『さよかさよか、どうぞ貴女、やあはりと問うて見て下さい。何分婆の言ふことは、気に入らぬと見えますワイ、綺麗な貴女のお尋ねなら、綾彦も惜気なく言ひませう』 紫姫『ホヽヽヽ、サア、綾彦さま、もうお寝みなさいませ。黒姫さま、夜も更けました、何卒御休息を』 黒姫『ハイハイ、早く寝て下さい』 紫姫『さやうなら』 紫姫は綾彦の手を引き、廊下伝ひに奥に入る。 黒姫は又もや疳声を出して、 黒姫『青彦青彦』 と呼び立ててゐる。 青彦は周章てて此の場に走り来り、 青彦『ハイ、何の御用で御座いましたか』 黒姫『青彦、お前もお節を高城山へやつて、さぞ淋しからう。心の裡は私もよく察して居る。本当にお気の毒ぢや。同情の涙は、いつも外へ零さずに、内へ流して居る』 と追従らしく言ふ。 青彦『何御用かと思へば、そんな事で御座いますか。イヤそんな事なら、御心配下さいますな、却て私は気楽で宜しう御座います』 黒姫『お前に折入つて尋ねたい事がある。外でも無いが、あの綾彦と云ふ男は、弥仙山の麓の、於与岐の村の豊彦と云ふ男の息子ぢやないか』 青彦『あなた、それが何うして分りましたか』 黒姫はしたり顔にて、 黒姫『そんな事が判らないで、竜宮の乙姫さまの生宮ぢやと言はれますかいな。蛇の道は矢張蛇だ。間違ひは有らうまいがな』 青彦『ヤア、あなたの御明察には恐縮致しました。それに間違ひは有りますまい』 黒姫『さうだらうさうだらう、流石はお前はよう改心が出来て居る。正直な男だ。時にお前に折入つて相談があるが、乗つて下さるまいかな』 青彦『これは又、改まつての御言葉、何なりと御遠慮なく仰有つて下さいませ』 黒姫『ヤア、有難い有難い。お前も噂に聞いて居る通り於与岐の里に、お玉といふ綺麗な娘が有つて玉照姫とかいふ、不思議な子が出来たといふ事ぢや。それは何うしても斯うしても、ウラナイ教へ引き入れねば、神界のお仕組が成就しないから、此の間も、寅若や、富彦、菊若の三人を遣はして交渉に遣つたが、何うやら失敗して帰つたらしい、併し乍ら、よう考へて見れば、向うの老爺が孫を呉れんのも、一つの理由がある。何故といつたら、あの綾彦夫婦は行衛不明となり、只一人の娘お玉とやらが、年寄の世話をして居るさうだ。そのお玉に、男も無いのに子が胎り、其子が又妙な神力を持つて居るので、エライ評判ぢやげな。そこで其子を貰うには、綾彦夫婦を元へ還してやらねば成るまい。若しも三五教の連中が、綾彦とお民が、爺さまの子ぢやと云ふ事を探知うものなら、何んな手段を運らしてでも、引張り込んで交換に玉照姫を貰つて了ふに違ひ無い。さうなれば、此方は薩張、蛸の揚壺を喰つた様な羽目に成らねばならぬ。どうぢや、青彦、何とかお前の智慧で、玉照姫を此方の者にする工夫は有るまいかな』 青彦『それは重大事件ですなア。よくよく考へませう。どうぞ此処限り他に漏れないやうに、絶対秘密を守つて下さいませ』 黒姫『よしよし、お前と私と二人限りだ。高山彦さまにだつて、此の事成就する迄は、言はぬと言つたら言はないから、安心して下さい』 青彦『左様ならば充分熟考した上、又コツソリと御相談致しませう。今晩はこれでお寝みなされませ』 青彦は一間に姿を隠した。後に黒姫はニタリと笑ひ、 黒姫『アーアー、何と言つても青彦だ。今ウラナイ教で誰がエライと言つても、彼に越した奴は有りはしない、三五教が欲しがつた筈だ。持つ可きものは家来なりけりだ、アヽどれどれ、高山さまが淋しがつて御座るであらう、一寸話相手になつて上げませう』 と、独言ちつつ一間に入る。 (大正一一・四・二八旧四・二東尾吉雄録) (昭和一〇・六・二王仁校正)
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霊界物語 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 15 遠来の客 第一五章遠来の客〔六四三〕 米価の騰貴る糠雨が、赤い蛇腹を空に見せて居る。八岐大蛇に憑依されしウラナイ教の頭株、鼻高々と高姫が、天空高く天の磐船轟かしつつフサの国をば後にして、大海原を乗越えて、由良の港に着陸し、二人の伴を引き連れて、大江の山の程近き、魔窟ケ原に黒姫が、教の射場を立てて居る、要心堅固の岩窟に勢込んでかけ来る。 梅公は目敏く高姫の姿を見て、叮嚀に会釈しながら、 梅公『ヤア、これはこれは高姫様、お達者でしたか、遠方の所ようこそ御飛来下さいました。黒姫様がお喜びで御座いませう、サアずつと奥へお通り下さいませ』 高姫は四辺きよろきよろ見廻しながら、 高姫『嗚呼大変に其辺あたりが変りましたね、これと云うのもお前さま達の日頃の丹精が現はれて、何処も彼もよく掃除が行届き、清潔な事』 梅公『エヽ、滅相な、さう褒めて頂いては実に汗顔の至りで御座います、サア奥へ御案内致しませう』 高姫『黒姫さまは在宅ですかな』 梅公『ハイ高山さまも、御両人とも朝から晩迄それはそれは羨ましい程お睦まじうお暮しで御座います』 斯る処へ黒姫はヌツと現はれ、 黒姫『マア高姫様、ようこそお出下さいました。何卒悠くりお休み下さいませ』 高姫『黒姫さま、久し振りでしたねえ、高山彦さまも御機嫌宜敷いさうでお目出度う御座います』 黒姫『ハイ、有難う御座います、頑固なお方で困つて居ります』 高姫『ヤア、人間は頑固でなければいけませぬ、兎角正直者は頑固なものですよ、変性男子式の身霊でなくては到底神業は成就致しませぬからな。時に黒姫さま、貴女は日々この自転倒島の大江山の近くに、紫の雲が立ち昇り、神聖なる偉人の出現して居る事は御存じでせうね』 黒姫『ハイハイ委細承知して居ります』 高姫『承知はして居ても又抜かりなく、其玉照姫とやらをウラナイ教に引き入れる手筈は調うて居ますか』 黒姫『仰しやる迄もなく、一切万事羽織の紐で、黒姫の胸にチヤンと置いて御座います。オホヽヽヽ』 高姫『ヤアそれで安心しました、愚図々々して居ると、また素盞嗚尊の方へ取られ仕舞つては耐りませぬからなア、私は夫れ許りが気にかかつて、忙しい中を飛行機を飛ばして態々やつて来ました。そうして肝腎の目的物はもう手に入りましたか』 黒姫『イヤ、今着々と歩を進めて居る最中なんです。それについては斯様斯様こうこうの手段で』 と耳に口寄せて、綾彦夫婦の人質に使用する事も打ち明けて、得意の顔を輝かす。 高姫『善は急げだ。如才はあるまいが一日も早くやらねばなりませぬぞえ、私もそれが成功する迄は気が気ぢやありませぬ、私も此処で待つて居ませう、玉照姫が手に入るや否や、飛行機に乗せてフサの国に帰りませう』 黒姫『高姫さま、お喜び下さいませ、一旦三五教に堕落して居た青彦が、神様の御神力に往生して帰つて来ました』 高姫『何と仰有る、あの青彦が帰りましたか、それはマアマアよい事をなさいました。遉は千軍万馬の功を経た貴女、いやもうお骨が折れたでせう、貴女の敏腕家には日の出神も感服致しました。時に夏彦、常彦は何うなりましたか、なんだか居ないやうですな』 黒姫『ヘイ、彼奴はたうとう三五教に眈溺して仕舞ひました。併し乍ら之も時間の問題です、きつと呼び帰して見せます。何か神界のお仕組でせう、ああして三五教に這入り、帰りには青彦のやうに沢山の従者を連れて帰るかも知れませぬ』 高姫『さう楽観も出来ますまいが、艮の金神様は何から何迄抜け目のない神様だから屹度深い深いお仕組があるのでせう』 黒姫『貴女にお目にかけ度い方が一人あります、それはそれは行儀と云ひ、器量と云ひ、知識と云ひ、言葉遣ひと云ひ、何から何まで穴のない三十三相揃うた観自在天のやうな淑女が信者になられまして、今は宣伝使の仕込み中で御座います、何うか立派な宣伝使に仕立てあげて、貴女様に喜んで頂かうと思つて日々骨を折つて居ります、まア一遍会うて見て下さい、幸ひ其方も青彦も、青彦の連れて来た鹿公も、馬公と云ふそれはそれは実に男らしい人物も来て居ります、真実に掘出しものです、きつとウラナイ教の柱石になる人物ですなア』 高姫『それは何より結構です』 と話す折しも高山彦は、羽織袴の扮装、此場に現はれて、 高山彦『ヤア高姫さま、久し振りで御座いました、ようマア遥々と御入来、御疲労で御座いませう、サアどうぞ悠くりして下さいませ』 高姫『ヤア高山彦さま、貴方は幾歳でしたいなア、大変にお若く見えますよ、奥さまの待遇が好いので自然にお若くなられますなア、私は此通り年が寄り、歯が抜けてもうしやつちもない婆アですが、貴方とした事わいなア、フサの国に居らした時よりも余程お元気な、お顔の色が若々として、私でも知らず識らずに電波を送るやうになりましたワ。オホヽヽヽ』 高山彦『高姫さま、何うぞ冷やかさずに置いて下さい、若い者ぢやあるまいし、いやもう斯う見えても年と云ふものは嘘を吐かぬ者で、気許り達者で体が何となしに無精になります』 高姫『余り奥さまの御待遇が好いので、いつも家に許り居らつしやるものだから、自然に体が重くなるのでせう、私も貴方のやうな気楽な身になつて見度う御座いますワ、オホヽヽヽ』 黒姫『今日は遠方からの高姫さまのお越し、それについては青彦、紫姫、其他一同の者を集めて貴女の歓迎会やら祝を兼ねて、お神酒一盃頂く事にしませうか』 高姫『何うぞお構ひ下さいますな、併し私の参つた印に皆さまにお神酒を上げて貰へば尚更結構です』 黒姫はツト立つて「梅梅」と呼んだ。 此声に梅公は慌ただしく走り来り、 梅公『何御用で御座いますか』 黒姫『今日は高姫様の久し振のお越しですから、皆々お神酒を頂くのだから、其用意をして下さい』 梅公『ハイ畏まりました、嘸皆の者が喜ぶことでせう』 といそいそとして納戸の方に姿を隠した。紫姫は青彦と共に此場に現はれ、叮嚀に手をつかへ、 紫姫『これはこれは高姫様で御座いますか、貴い御身をもつて能くも遠方の所入来られました。私は都の者、元伊勢様へ二人の下僕を連れて参拝致します折、黒姫さまの熱心なる御信仰の状態を目撃しまして、それから俄に有難うなり、三五教の信仰を止め、お世話になつて居ます。何うぞ今後は御見捨てなく宜敷く御指導をお願ひ致します』 青彦『私は御存じの青彦で御座います、誠に不調法許り致しまして、大恩ある貴女のお言葉を忘れ、三五教に眈溺致し、大神様へ重々の罪を重ね、何となく神界が恐ろしくなりましたので、再び黒姫様にお詫を申し、帰参を叶へさして頂きました、何うぞ宜敷くお願ひ致します』 高姫『ヤア紫姫さまに青彦さま、皆因縁づくぢやから、もう此上は精神をかへては不可ませぬぞえ、貴女は黒姫さまに聞けば、立派な淑女ぢやと仰有いましたが、如何にも聞きしに勝る立派な人格、日の出神の生宮も、全く感服致しました』 紫姫『さうお褒め下さいましては不束かな妾、お恥かしうて穴でもあれば這入り度くなりますワ』 高姫『滅相な、何を仰有います、貴女は身魂がよいから、もう此上御修業なさるには及びますまい、貴女は此支社に置いておくのは勿体ない、私と一緒に北山村の本山へ来て貰つて、本山の牛耳を執つて貰はねばなりませぬ。これこれ青彦、お前も確りして今度は私について来なさい、此処に長らく置いておくと剣呑だ、大江山の悪霊が何時憑依して又もや身魂を濁らすかも知れないから、今度は或一つの目的が成就したら、高姫と一緒にフサの国の本山に行くのだよ』 青彦『アヽそれは何より有難う御座います、私の変心したのをお咎めもなく、本山迄連れて帰つてやらうとは、何とした御仁慈のお言葉、もう此上は貴女の御高恩に報ゆるため、粉骨砕身犬馬の労を厭ひませぬ』 高姫『アヽ人間はさうなくては叶はぬ、空に輝く日月でさへも、時あつて黒雲に包まれる事がある。つまり貴方の心の月に三五教の変性女子の黒雲が懸つて居たのだ。迷ひの雲が晴るれば真如の日月が出るのぢや、アヽ目出度い目出度い、これと云ふのも黒姫さまのお骨折り』 と高姫は一生懸命に褒めそやして居る。かかる処へ、 梅公『モシモシ、準備が出来ました。皆の者が待つて居ます、何うぞ皆さま奥の広間へお越し下さいませ』 黒姫『ヤア、それは御苦労であつた。サア高姫さま、紫姫さま、高山さま、青彦さま参りませう』 と先に立つ。高姫は鷹の羽ばたきしたやうな恰好しながら、いそいそと奥に入る。一同は高姫導師の下に神殿に向ひ天津祝詞を奏上し、続いて日の出神の筆先の朗読を終り弥々直会の宴に移つた、高姫は歌を謡つた。 高姫『フサの御国の空高く鳥の磐樟船に乗り 雲井の空を轟かせ一瀉千里の勢ひで 西より東へ電の閃めく如くかけ来り 世人の胸を冷しつつ高山、低山乗り越えて 天の真名井も打ち渡り安の河原を下に見て 瞬くひまに皇神の日の出の守護の著く 由良の港に着陸し鶴亀二人を伴ひて 千秋万歳ウラナイの教の基礎を固めむと 東に輝く明星を求めて此処に来て見れば 神の経綸の奥深く凡夫の眼には弥仙山 山の彼方に現はれし玉照姫の厳霊 弥々此処に出現し三千年の御経綸 開く常磐の松の代を待つ甲斐あつて高姫が 日頃の思ひも晴れ渡る時は漸く近づきぬ アヽ惟神々々御霊幸倍坐し在して 誠の道にさやり来る頑固一つの瑞霊 変性女子が改心をする世とこそはなりにけり 月は盈つとも虧くるとも旭は照るとも曇るとも 仮令大地は沈むともウラナイ教の神の道 唯一厘の秘密をばグツと握つた高姫が 仕組の奥の蓋あけて腹に呑んだる如意宝珠 玉の光を鮮かに三千世界に輝かし 鬼や大蛇や曲津神三五教も立直し 金勝要の大神や木花姫の生宮を 徹底、改心さして置きグツと弱つた、しほどきに 此高姫が乗り込んでサアサア何うぢや、サアどうぢや 奥をつかんだ太柱弥改悟をすればよし 未だ分らねば帳切らうか変性男子の御血統 神の柱となりながらこんな事では、どうなるか 誠の事が分らねば早く陣引きするがよい 後は高姫、乗り込んで唯一厘の御仕組 天晴成就させて見せう斯うして女子を懲らすまで 一つ無くてはならぬもの弥仙の山に現はれた 玉照姫を手に入れて是をば種に攻寄れば 如何に頑固な緯役の変性女子も往生して 兜を脱ぐに違ひない一分一厘、毛筋程 間違ひ無いのが神の道三五教やウラナイ教 神の教と表面は二つに分れて居るけれど 元を糺せば一株ぢや雨や霰や雪氷 形変れど徹底の落ち行く先は同じ水 同じ谷をば流れ往く変性女子の御霊さへ グヅと往生させたなら後は金勝要の神 木花咲耶姫の神彦火々出見の神霊 帰順なさるは易い事邪魔になるのは緯役の 此世の乱れた守護神此奴ばかりが気にかかる アヽさりながらさりながら時は来にけり、来りけり 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直し、宣り直す 三五教やウラナイの神の教の神勅 高天原に高姫が天晴れ表に現はれて 誠の道を説き明かしミロクの神の末長う 経のお役と立直し緯の守護を亡ぼして 常世の姫の生魂や世界の秘密を探り出し 日の出神や竜宮の乙姫さまの神力で 堅磐常磐の松の世を建つる時こそ来りけり アヽ惟神々々御霊幸倍坐ませよ』 黒姫も稍、微酔機嫌になつて低太い声を張り上げて謡ひ始めたり。 黒姫『遠き海山河野越え遥々此処に帰ります ウラナイ教の根本の要、掴んだ高姫さま よくもお出まし下されて昔の昔のさる昔 国治立の大神の仕組み給ひし大謨を 一日も早く成就させ世に落ちたまふ神々を 残らず此世に、あげまして三千世界の民草を 上下運否の無いやうに桝かけひいて相ならし 神政成就の大業をいよいよ進めたまはむと 出ます今日の尊さよ朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令、天地を探しても こんな結構なお肉体日の出神の生宮が 又と世界にあるものかまた竜宮の乙姫が 憑りたまひて艮の金神様のお経綸で 骨身、惜まぬお手伝いこんな誠の神様が 又と世界にあるものかアヽ惟神々々 今迄、種々態々に神のお道を彼是と 要らぬ心配して見たが時節参りて煎豆に 花咲き実る嬉しさよ』 と謡ふ折しも表の岩戸の方に当つて、消魂しい物音聞え来たる。 嗚呼鼻の高姫さまよ、お色の黒い黒姫さまの長たらしい腰曲り歌や、青彦の舌鼓、紫姫の淑やかな声、馬公、鹿公、梅、浅、幾、丑、寅、辰、鳶、鶴、亀その他沢山の酒に酔うた場面を霊眼に見せられて、余り霊肉両眼を虐使した天罰、俄に眠くなつて来た。一寸これで切つて置きます。 (大正一一・四・二八旧四・二加藤明子録)
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霊界物語 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 05 零敗の苦 第五章零敗の苦〔六五〇〕 炎熱火房に坐するが如く、釜中に在るが如き酷暑の空、雲路を別けて降り来る一隻の飛行船は、フサの国北山村のウラナイ教が本山の広庭に無事着陸したり。魔我彦、蠑螈別の二人は此音に驚き、高姫の御帰館なりと、取るものも取敢ず、表に駆け出し見れば、高姫は眼釣り、得も謂はれぬ凄じき形相し乍ら、鶴、亀の両人を伴ひ、船より出で来り、 高姫『アヽ蠑螈別さま、留守中大儀で御座いました。別に変つた事は有りませなンだかな』 蠑螈別『ハイ、たいした変りは有りませぬが、二三日以前より、何とも知れぬ太白星の様な光を発した光玉、夜半の頃になると、大音響を立て、庭前に落下する事屡で有ります』 高姫『それは大変な吉祥だ。併し其玉はどうなさつたか』 魔我彦は丁重に首を下げ、 魔我彦『毎朝早くより、綿密に調べて見ましたが、別に此れと云ふものも落て居らず、又何の形跡も残つて居ませぬ』 高姫『それは不思議な事だ。いづれ何か結構な事が有るでせう』 蠑螈別『紫の雲の出所は分りましたか。定めて良結果を得られたでせう。万事抜目も無いあなたの事ですから、大成功疑なしと、館内一同の者は貴方の御帰りを今か今かと首を長くして待つて居ました。どうぞ早く奥へお這入り下さいまして、結構な御土産話を、一同に聞かして下さいませ』 高姫『………』 魔我彦『コレコレ蠑螈別さま、大切な神界の御経綸、玄関口で尋ねると云ふ事があるものか、高姫様が沈黙なさるも当然だ』 蠑螈別『ア、それもさうでした。高姫さま、サア奥へ御案内致しませう』 高姫は奥に入る。一同は俄に上を下へと、バタバタ歓迎の準備に多忙を極め居る。 高姫『今日は無事に墜落もせず、遥々と帰つて来たのだから、御神前にお神酒を沢山に献上し、種々の御馳走をお供へ申し、ゆつくり直会の宴でも張つて下さい。あまり急速力で帰つて来ましたので、妾は少し許り頭痛気味だから、奥へ往つて二三日ユツクリ休息を致します』 蠑螈別『ア、それはさうでせう。併し乍ら御休みになれば、お尋ね申す訳にもゆかず、一寸端緒なりと、一口仰有つて下さいませいナ』 高姫『神界の御経綸、秘密は何処までも秘密ぢや。今は御神命に依りて言ふ事が出来ませぬ……コレ鶴に、亀、お前も休みなさい。種々の事を言ふではないよ』 鶴公『私はチツトも疲労して居りませぬ。別に休む必要も御座いませぬから、ゆつくりと貴方に代つて、亀と二人が交る交る、一切の大失敗……ウン……オツトドツコイ顛末を演説致しませうか』 高姫『コレコレ鶴、亀、鶴は千年、亀は万年と云ふ事が有るぢやないか。鶴には千年の間箝口令を布く。亀には一万年が間箝口令を布く…』 鶴公『モシ高姫さま、千年も箝口令を布かれては、唖も同様ですから、そればつかりは取消を願ひます』 高姫『イヤ、今度の事に関してのみ箝口令を布くのだよ。其外の事はお前の勝手だ。紫の雲に関した秘密の件だけは言うてはならない。時節が来たならば、高姫が皆に披露するから、サア鶴、亀、お前も永らくお供をして呉れて、辛かつただらう。二三日、誰も居らぬ所へ往つてユツクリと遊びて来なさい、又いろいろの事を喋舌ると煩雑いからな。……蠑螈別さま、魔我彦さま、それなら失礼致します。どうぞユツクリ酒でも飲み、皆さまと仲よく、神恩を感謝して下さい。妾は何だか頭痛がして、モウこれつきり暫く言ひませぬから』 と襖を引開け奥の間に力無げに進み入り、中より固く鍵をかけて了ひけり。 蠑螈別『サア皆さま、これから祭典を執行し、終つて直会の宴だ。今日は酒の飲み満足だ。併し酒を飲むのはいいが、酒に呑まれない様にして下さいよ』 甲『蠑螈別の大将、あなたこそ何時も酒に呑まれるでせう。今日はあなたから十分の御警戒を願ひますで。何分高姫様が頭痛を起してお休みになつて居るのだから、あまり大きな声を出しては、お体に障つちやなりませぬからなア』 蠑螈別『きまつた事だ。ソンナ事に抜かりの有る私だと思つて居るか』 祭典は型の如く厳粛に行ひ了り、一同は別殿に進み入り、直会の宴に現を抜かし、そろそろ酒の酔が廻るにつれて、喧騒を極め出したり。 甲『オイ鶴、随分愉快だつたらうなア。お羨ましい。吾々もアヽ云ふお供がして見たいワ』 鶴公『何を云うても、大飛行船に乗つて、地上の森羅万象を眼下に見くだし、空中征服の勇者になつて、自転倒島へ渡るのだもの、実に愉々快々、筆紙の尽すべき限りでは無かつたよ』 甲『立派に目的は達しただらうな』 鶴公『勿論の事、途中に墜落もなく、立派に目的地に到達したのだ』 甲『それは定まつて居るが、モ一つの肝腎要の紫の雲だ。それはどうなつたのだい』 鶴公『紫の雲に関する事は千年間の箝口令が布かれてあるから、紫だけは言つて呉れな。其代りに玉照姫の一件は、事に依つたら報告してやらう。併し乍らモウ少し酒が廻らぬと、巧く言霊が運転しないワイ。一つ滑車に油を注ぐのだな』 亀公『コラコラ鶴公、紫の雲に関する事と云へば、玉照姫の事だつて言はれぬぢやないか、箝口令を厳守せぬかい』 鶴公『ナーニ、紫の雲の事さへ言はなかつたら良いぢやないか。皆の御連中が証人ぢや、ナア蠑螈別さま、高姫さまはそう仰有つただらう』 蠑螈別『兎も角、成功話を言つて下さい。皆の者が待ちに待つて居つたのだ』 亀公『コラコラ鶴、滅多の事を言うではないぞ』 鶴公『貴様は酒を喰はぬから、生真面目で仕方がない。融通の利かぬ奴だ。高姫様のお口からは、アンナ事がどうしても言はれぬものだから、俺達に代つて、言うではないぞと仰有つたのは、要するに言へと云ふ事だよ。別に俺の口で俺が喋べるのに、資本金が要るのでもなし、国税を納める心配も要らぬのだから……俺は俺の自由の権を発揮するのだ』 亀公『ソンナラお前の勝手にしたがよいワイ。俺だけは何処までも沈黙を守るから…』 鶴は酒にグタグタに酔ひ、傲然として肱を張り、 鶴公『今日の鶴公は、要するに高姫様の代言者ぢや。さう心得て謹聴しなさい、エヘン、 フサの国をば後にして雲井の空を高姫が 翼ひろげて鶴亀の二人の勇士を伴ひつ 高山短山下に見て大海原を打渡り 自転倒島にゆらゆらと降り着いたは由良湊 魔窟ケ原へテクテクと三人駒を並べつつ 黒姫館に立入りて委細の様子を尋ぬれば 弥仙の山の裾野原賤が伏家に世を忍ぶ 豊彦夫婦の館より色も芽出度き訝かしの 雲立ち昇り玉照姫の神の命の神人が 現はれました事の由聞いたる時の嬉しさよ 黒姫司は逸早く千変万化の手を尽し 紫姫や青彦の二人の勇士に一任し 玉照姫をウラナイの教の道の本山に 迎へむものと気を配り心を尽す妙案奇策 どうした拍子の瓢箪かガラリと外れて三五の 神の教の間諜紫姫や青彦は 手の掌返す情無さ高姫司は青筋を 立ててカツカと怒り出す高山彦や黒姫は ソロソロ喧嘩を始め出す此有様を見る俺は 立つても坐ても居られない気の毒さまと申さうか 愛想が尽きたと申さうか言ふに謂はれぬ為体 これから奥は有るけれど此れより先は神界の 秘密ぢや程にどうしても紫姫や青彦の 誠の様子は話せないアヽ惟神々々 高山彦や黒姫はさぞ今頃はブクブクと 面を膨らし燻つて互に顔を睨み鯛 目を釣り腮釣り蛸釣つて一悶錯の最中だらう モウモウコンナ物語飲みし酒迄冷えて来る 三五教は日に月に旭の豊栄昇るごと 玉照姫の神力で宇内へ輝き渡るだらう それに引換へウラナイの神の教はゴテゴテと 貧乏世帯の夕日影段々影が薄くなり 終局に闇となるで有らうアヽ惟神々々 叶はぬ時の神頼み鶴公司の報告は 先づ先づザツと此通り』 蠑螈別『オイ鶴公、真面目に報告をせないか。ソンナ馬鹿な事が有つて堪るものかい』 鶴公『堪つても堪らいでも、事実は事実だ』 蠑螈別『仕方がないなア』 鶴公『エーもう此鶴公は、千年の箝口令を布かれて居るが、俺の副守護神に対しては言論自由だ。……オイ副守の奴、チツと酒ばつかり喰うて居らずに発動せぬかい。責任は副守が負ふのだよ。……副守護神が現はれて何から何迄包まず隠さず知らすのであるから、鶴公司は何にも知らず、高姫殿、必ず必ず鶴公を恨めて下さるなよだ、ヒヽン』 魔我彦『サア副守先生、細かく仰有つて下さいませ』 鶴公『ウーン、ウンウン、此方は鶴公の肉体を守護致す副守護神のズル公であるぞよ。併し乍ら大体の要領は、鶴公の肉体が申した通り、今回の事件は全部高姫さん一派の零敗だ。大当違の大失策だ。それだから頭痛もせないのに頭痛がすると言つて、此不利益極まる報告を避けたのだ。何れ早晩分る事実だから、隠したつて仕方がない。モウ、ウラナイ教は駄目だ。バラモン教は間近まで教線を張り、猛烈な勢でやつて来る。ウラル教は又もや蘇生した様に、此フサの国を中心として押寄せて来て居る。三五教も其通り。三方から敵を受けて、どうして此教が、拡張所か現状維持も難かしい。日向に氷だ。風前の灯火だ。アツハヽヽヽ、良い気味だ。世界一の黍団子、何程キビキビした高姫の智嚢でも、最早底叩きだ。底抜けの大失策だ。底抜け序に自棄酒でも飲み、底抜け騒ぎをやつたがよからうぞよ。ウーン、ウン、もうズル公はこれで引取るぞよ。蠑螈別、魔我彦、好な酒でもズルズルベツタリに飲みたが宜からうぞよ』 とグレンと体をかわし、汗をブルブルかいて正気に返つた様な姿を装ひ、 鶴公『何だか副守護神が仰有つたやうですな。何と言はれました。自分の口で言つて自分の耳へ聞えぬのだから、大変に不便利だ。知覚精神を忘却し、大死一番の境に立ち、感覚を蕩尽し、意念を断滅して、仮死状態になつて居たものだから、言うた事がトンと分らない。…鶴公は何も知らぬぞよ。高姫の先生殿、屹度鶴公を叱つて下さるなよ。守護神が口を借つた許りであるぞよ』 甲『アハヽヽヽ、何は兎もあれ、貴様は知らな知らぬでよいワ。副守護神の奴、鶴公が全部言つた通りだと証明したよ。ヤツパリ鶴公の肉体に責任があるのだ。…モシモシ蠑螈別さま、一寸先や暗の夜だ。飲めよ騒げよと、ウラル教もどきに乱痴気騒ぎでもやりませうかい。チツト位乱暴したつて、劫腹癒やしだ。今日に限つて、高姫さまだつて、失敗して帰つて来て、吾々に荘重な口調を以て、戒告を与へる事は出来ますまい』 亀公『今鶴公の肉体の言つた事も、ズル公の副守の言つた事も、全然反対だ。お前達を驚かさうと思つて、アンナ芝居をやりよつたのだ。鶴位の知つた事かい。本当の事は此亀公が脳裡に秘め隠してあるのだ。鶴と云ふ奴ア、ツルツルと口が辷るから本当の事は知らしてないのだよ。屹度一道の光明がウラナイ教の上に輝いて居るのだから、さう気投げをするものぢやない。千秋万歳楽の鶴亀の齢と共に、天の岩戸は立派に開けて日の出神様の御守護の世となるのだ。闇の後には月が出る。夜が過ぐれば日の出となるのは、天地の真理だ。暗中明あり、明中暗あり、明暗交々代り行くは、所謂神の摂理だ。人は得意の時に屹度失望落胆の種を蒔き、不遇の境遇に有る時、屹度光明幸福の因を培ひ養ふものだ。何時も昼ばつかり有るものぢやない、又暗黒な夜ばかりでもない。善悪不二、吉凶同根、明暗一如、禍福一途、大楽観の中に大苦観あり、大苦観の中に大楽観あり、天国に地獄交はり、地獄に天国現はる。有耶無耶の世の中だ。マアマア心配するな。コンナ結構な事は無いのだよ。人は心の持様一つだ。ドンナ苦しい事でも、観念一つで大歓楽と忽ち一変する世の中だ。吁惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 と拍手し、祈願を凝らして居る。高姫は此場に手拭にて鉢巻し乍ら、ノコノコと現はれ来り、 高姫『ヤア皆さま、お元気な事、親の心は子知らず、神の心は人間知らず。あなた方は実に羨ましいお身分だ。妾も半時なりとあなた方の様な気分になつて見たいワ』 魔我彦『何分に重大なる責任を負担して御座る貴女の事ですから、御心中を御察し申します。今回の遠路の御旅行、さぞさぞお疲れで御座いませう。それに就いても言ふに謂はれぬ御苦心が有つた様です。玉照姫は到頭三五教に取られて了つた様ですなア』 高姫『エー、それは誰れが言つたのかなア』 魔我彦『ズル公が詳細に報告を致しました。併し乍ら失敗は成功の基、失敗が無くては経験が積みませぬ。即ち万世に残る大偉業は七転び八起きと云うて、幾度も失敗を重ね、鍛へ上げねば駄目ですよ。イヤもう御心中お察し申します』 高姫『ヤアこれだけ沢山な宣伝使や信者がある中に、妾の苦衷を察して呉れる者はお前だけだ、アヽ妾もこれで死ンでも得心だ。千歳の後に一人の知己を得れば満足だと覚悟して居たが、現在此処に一人の知己を得たか、アヽ有難や、これと云ふのもウラナイ教の神様のお蔭…』 鶴公『知己を得ましたか。千歳の後で無くて今チキに妙チキチンのチンチキチン、心の曲つた魔我彦が共鳴しましたのは、実に上下一致天地合体の象徴でせう。併しこれは鶴公の肉体に守護致すズル公の託宣ですから、決して鶴公に怒つては下さるなよ。…神は物は言はなンだが、時節参りて鶴公の口を藉りて委細の事を説いて聞かすぞよ。ウンウンウン、ドスン……アーア又何だか憑依しよつたな。イヤ副守の奴発動したと見える。飛行機に乗つて空中を征服し乍ら、意気揚々とやつて居つたと思へば、俄の暴風に翼を煽られ、地上目蒐けて真つ逆様に顛落せしと思ひきや、ウラナイ教の本山、八咫の大広間の酒宴の場席、アーア助かつた助かつた』 高姫『コレコレ鶴公、ソンナ偽神術をやつたつて、此高姫はチヤンと審神をして居ますよ。お前は余程卑怯者だ。残らず責任を副守護神に転嫁せうとするのだナ』 鶴公『イエイエ決して決して、臍下丹田に割拠する副守の発動です。どうぞ此副守を何とかして追ひ出して下さいな』 高姫『蠑螈別さま、魔我彦さま、鶴公の臍下丹田に割拠する副守の奴、此短刀を貸してあげるから、剔り出してやつて下さい。鶴公の願ひだから……ナア鶴公、チツトは痛くつても辛抱するのだよ。苦の後には楽がある。死ぬのは生れるのだ。生れるのは墓場へ近寄るのだ。仮令死ンだ所で、やがて新しくなるのだからナア、ヒヽヽヽ』 鶴公『モシモシ高姫さま、そンなことせなくつても、副守は飛ンで出ますよ。ウンウンウン……ソレ、もう飛ンで出ました。ア、もう此ズル公は鶴公の肉体には居らぬぞよ』 魔我彦『馬鹿にするない。飛ンで出たと言つてからまだ……此肉体には居らぬぞよ……とは誰が言つたのだ。ヤツパリ副守が居つて貴様の口を使つたのだらう。肉体を離れた奴が貴様の肉体を使つて腹の中から声を出すと云ふ理由が有るか』 鶴公『これは副守護神の言霊の惰力だ。どうぞ半時ばかり待つて居て下さい』 斯かる所へ又もや一隻の飛行船天を轟かし、庭前に下り来る。 鶴公『あの物音は敵か、味方か。紫姫、青彦、玉照姫を捧持してウラナイ教に献納に来たのか。但は高山彦、黒姫、悄然として泣き面かわき帰つて来たのか。……ヤアヤア者共、一刻も早く表へ駆け出し、実否を調べて参れ。世界見え透く日の出神が、鶴公の肉体を借りて申付けるぞよ』 亀公『何を言うのだ。日の出神様は世界中見え透き遊ばすのだが、門口へ出て来た者が敵か味方か分らぬと云ふ様な、日の出神が有るものかい』 鶴公『ウラナイ教に憑依する日の出神は、先づ此位な程度だよ、イヒヽヽヽ』 亀公『誠の日の出神の生宮の高姫さまの御前だぞ。チツトは遠慮を致さぬかい』 鶴公『モシモシ本当の日の出神の生宮、高姫さま、貴女はジツとして、世界中の事が見え透く御身霊、表へ下つて来た飛行船の主は敵で御座いますか、味方で御座いますか、どうぞお知らせ下さいませ。これがよい審神のし時ぢや。これが分らぬよな事では、日の出神さまも良い加減なものですよ。貴女の信用を回復し……否御威徳を顕彰するのは、今を措いて他にありませぬ。サア此一瞬間が貴女に対し、ウラナイ教に対し、国家興亡の分るる所、明かに命中させて、一同の胆玉を取り挫ぎ、疑惑を晴らしてやつて下さい』 高姫『コレコレ鶴公、一歩出れば分る事ぢやないか。お前は大それた、神を審神せうとするのかい。ソンナ逆様事が何処に有るものか。恰度学校の生徒が校長の学力を試験するよなものだ。ソンナ天地の転倒つた事が何処に有りますか。心得なされツ』 鶴公『これは誠に済みませぬ。併し乍ら、私も実は今回の貴女の大失敗を回復させ、帰依心を増さしめむが為の、血涙を呑みての忠告ですから、悪く思つて下さつてはなりませぬ』 高姫、心の中に、 高姫『今来た人は何して居るのかなア、早く此処へ来て呉れれば良いのに……』 鶴公『高姫さま、スツタ揉ンだと掛合つとる間に、やがて誰か這入つて来ませう。さうすればヤツと胸撫でおろし、虎口を遁れたと、一安心する人が、どつかに一人現はれさうですよ』 高姫チツトでも暇をいれようと考へて居る。外には高山彦、黒姫、寅若、菊若、富彦の五人連れ、傷持つ足の何となく屋内に進みかね、モヂモヂとして入りがてに居る。 黒姫『アヽ誰か来て呉れさうなものだなア。何時もの様に堂々と……何だか今日は閾が高くて這入れない様な気がする……オイ寅若、お前這入つて下さいな』 寅若『此奴ア一つ低気圧が襲来しますよ。ウツカリ這入らうものなら、暴風雨の為に何処へ吹き散らされるか分つたものぢや有りませぬ。私の様に横平たい図体の者は、風が能く当つて散り易いから、斯う云ふ時にはお誂ひ向の細長い、風を啣まぬ、帆柱竹の様な高山彦さまが適任でせう』 黒姫『エー一寸も自由にならぬ人だな。なぜお前はそれ程師匠の言ふ事を用ひぬのだい』 寅若『ヘン、師匠なぞと、殊勝らしい事を仰有いますワイ。失笑せざるを得ませぬワ。今までは乞食の虱の様に口で殺して御座つたが、今度の失敗はどうです。吾々の顔までが、何ともなしに痩せた様な気が致しますワイ。これと云ふも全く、お前さまが出しやばるからだ。それだから牝鶏の唄ふ家は碌な事が出来ぬと言ひませうがな。此役目は大責任の地位に立たせられる黒姫さまの直接任務だ。外の事なら二つ返辞で承はりませうが、こればつかりは真つ平御免だ。お生憎様……』 と白い歯を喰ひ締め、腮をしやくつて見せたり。 黒姫『エー剛情な男だナア。一旦師匠と仰いだら、何でも彼でも盲従するのが弟子の道だ。師匠や親は無理を云ふものだと思ひなされと、常々云うて聞かして有るぢやないか。何事に依らず、絶対服従を誓つたお前ぢやないか。モウお前は今日限り、師弟の縁を切るから、さう思ひなさい』 寅若『トラ、ワカらぬ事を仰有いますな。宇治の橋姫ぢやないが、二つ目には縁を切るの、封を切るのと、口癖の様に……馬鹿々々しい。実の所は此方から切りたい位だ。アツハヽヽヽ』 菊若『モシモシ黒姫さま、私は何時も申す通り、善悪邪正の外に超越し、絶対信仰を以て貴女の仰せは、徹頭徹尾キク若だ。オイ富彦、俺と一緒に出て来い。何時まで閾が高いと言つて、物貰ひの様に門口に立つて居たところで、解決がつかない。常よりも大股に跨げて這入らうぢやないか、黒姫さまばつかりの失敗ぢやない。総監督の任に当る高姫さまも、其責を負ふべきものだ。先んずれば人を制すだ。ナニ構ふものか、堂々と這入つてやらうかい』 と菊若はワザと大きな咳払をなし、富彦を従へ、大手を揮つて、人声のする八咫の大広間へ向つて進み行く。 菊若『これはこれは高姫様、御無事で御帰館遊ばされまして、お芽出たう存じます』 高姫『此日の出神が霊眼で見た通り、お前は黒姫のお使で、飛行船に乗つて遠方ご苦労だつたなア。あア見えても高山彦、黒姫さまも大抵ぢやない。非常な御苦心だ。何事も時節には敵はぬから、お前が帰つたら、どうぞ慰めて上げて下さいよ。妾もつい腹が立つて、怒つて帰るは帰つたものの、何だか黒姫さまの事が気になつて、後ろ髪曳かるる様な気がしてならなかつた。アヽ可哀相に……魔窟ケ原の陰気な岩窟で、黒姫さまも第二の作戦計画をして御座るであらう』 菊若『イエ、黒姫さま始め、高山彦、寅若も、今門前へ飛来致しまして、余り貴方に会はす顔がないので、門口にモガモガと手持無沙汰で、這入るにも這入られず、帰るにも帰られぬと言つて、煩悶苦悩の自由権利を極端に発揮して居られます』 高姫『アヽさうだらうさうだらう、妾の見たのは黒姫さまの本守護神だつた。本守護神は依然として岩窟に止まつて居られる。副守の先生肉体をひつぱつて来たのだな。何分顕幽を超越して居る天眼通だから、ツイ軽率に見誤つたのだ。霊眼と云ふものは余程注意をせなならぬものだ、ホツホヽヽヽ』 鶴公『高姫さま、貴方の霊眼は実に重宝ですなア。活殺自在、実に一分一厘の隙も有りませぬワ。さうなくては一方の将として、多数を率ゐる事は出来ませぬワイ。イヤもう貴方の神智神識には……否邪智頑識には、実に感服の外なしで御座います』 高姫『エーつべこべ何理屈を仰有る。神界の事が物質かぶれのお前に分つて堪るものか。斯うして幾十年も神界の為に尽して居る妾でさへも、あまり奥が深うてまだ其蘊奥を究めて居ない位だのに、僅か十年足らずの入信者が分つてたまるものか……誠が分りたら、口をつまへて黙りて居つて、改心致さなならぬ様になるぞよ。ゴテゴテと喋舌りたい間は、誠の改心が出来て居らぬのであるぞよ。一時も早く改心致して、うぶの心になりて、誠の御用を致して下されよ……と変性男子のお筆先にチヤンと書いて有るぢやないか。筆先の読みよが足らぬと、そンな屁理屈を言はねばならぬ。神の道は理屈では可けませぬぞエ。絶対服従、帰依心、帰依道、帰依師でなければ信仰の鍵は握れませぬぞエ』 鶴公『二つ目にはよい避難所を見つけられますなア。鍵が握れぬなぞと、うまく仰有いますワイ。鶴公の名論卓説を握り潰すと云ふ心算でせう』 高姫『きまつた事だ。古参者の吾々に、新参のお前たちが、太刀打しようと思つたつてそりや駄目だ。駄目の事は言はぬが宜しい。あつたら口に風引かすよなものだ。何時までもツルツルと理屈を仰有るなら、モウ神のツルを切らうか』 鶴公『ツルなつと、カメなつと、縁なつとお切りなさい。三五教もウラナイ教も奉斎主神は同じ事だもの。私は神さまと直接交渉致します。人を力にするな、師匠を杖につくなと、三五教もどきに貴女も始終仰有つたぢやありませぬか。嘘を吐く師匠を杖に突くと云ふ事は、熟々考へて見ればみる程厭になつて来ましたワイ。何れ私が脱退すれば、千匹猿の様に、喧し屋の革新派が従いて来るでせう。さうすればウラナイ教もシーンとして、世間から見て、大きな館で沢山人が居る様だがナンした静かな所ぢやと、世間から申す様になるぞよ。さうでなければ誠が開けぬぞよと日の出神のお筆先にも出て居る通り、貴方も御本望でせう。筆先の実地証明が出来て、日の出神の生宮の御威勢は益々揚り、旭日昇天のウラナイ教となりませう』 高姫『コレ鶴公、よう物を考へて見なさいや、ソンナ浅薄な仕組ぢや有りませぬぞエ。お前はチツトばかり青表紙や、蟹文字を噛つて居るから、仕末にをへぬ。マアマア時節を待ちなさい。枯木にも花咲く時が来る。後になつて、アーアあの時に短気を起さなかつたらよかつたにと、地団駄踏みてジリジリ悶えをしてもあきませぬぞエ。よう胸に手を当て心と相談をして見なさい』 鶴公『ヤツパリ、私の様なプロテスタントにも未練がかかりますかなア』 高姫『プロテスタント派だから余計可愛のだ。敵を愛せよと神様は仰有る。改心の出来ぬ悪人程、妾は可愛いのだ。不具な子程親は余計憐れみを加へたがる様に、神様の御慈愛と云ふものは、親が子を思ふと同じ事だ』 鶴公『アヽ仕方がない。流石は高姫さまだ。チツトも攻撃の出来ない様に、何時の間にか鉄条網を張つて了つた』 高姫『早く黒姫さまを此方へお迎へして来ないか。コレコレ亀公、黒姫さま一同にどうぞお這入りなさいませと言つて、御案内を申してお出で……』 亀公『承知致しました』 鶴公『オイ亀公、鶴と亀とは配合物だ。俺も従いて往かう』 亀公『ヤアお前が来ると又難問題が突発すると仲裁に困るから、マア控へとつて呉れ』 鶴公『ナーニ、鶴と亀と揃うてゆけば、鶴亀凛々だ。活機臨々として高姫の御威勢は、天より高く輝き亘り、大空に塞がる黒姫……オツトドツコイ黒雲は、高山彦のイホリを掻き分けて、天津日の出神の御守護となるに定つて居る。それは此鶴公が鶴証するよ。アハヽヽヽ』 高姫『コレコレ鶴公、お前は此処に待つて居なさい。亀公一人で結構だ』 鶴公『これは高姫さまのお言葉とも覚えませぬ。折角遠方からお出でになつたのに、亀公一人を出しては、チツト不待遇ぢや有りませぬか。鶴亀の揃はぬのは、あまりお芽出たうは有りますまいぞ。併し乍ら高姫様は芽出たい様にと、鶴亀の両人を連れてお出でになつたが、ヤツパリ……ヤツパリだから、御案じ遊ばすのも無理は御座いますまい。……エー仕方が有りませぬ。大譲歩を致しまして、鶴公は本陣に扣へて居りませう。……オイ亀公、一人御苦労だが、鶴公は奥にハシヤいで居ます……と黒姫さま一行に伝言をするのだよ』 亀公『勝手に、何なと吐けツ』 と足を早めて表へ駆け出したり。黒姫の一行は亀公に案内され、喪家の犬の様に悄気返つて、コソコソと足音までソツと、薄氷を踏む様な体裁で此場に現はれたり。 高姫『アヽ黒姫さま、高山彦さま、ようマア帰つて下さつた。今も今とて霊眼で貴方の御心労を拝観して居ました。お前さまは副守護神の容器だらう。黒姫さまや、高山彦さまの本守護神は屹度アンナ利巧な事はなさいますまい』 黒姫『ハイ誠に申訳の有り……もせぬ事を致しまして、何分副守護神が此頃は権幕が強いものですから、黒姫の本守護神も持て余して居られますワイ。高山彦さまの本守護神も第二の作戦計画をやつて居られます。此処に参上たのはヤツパリお察しの通り副守護神の容器で御座います』 高姫『それはそれは副守護神どの、遠路の所御苦労で御座いました。サアサアどうぞ妾の居間へお出で下さいませ。副守護神同志、何かの相談を致しませう』 ハイと答へて、黒姫、高山彦は、高姫の後に従ひ、ホツと一息つき乍ら、奥の間指してシホシホと進み行く。後には魔我彦、蠑螈別、鶴公、亀公、寅若、菊若、富彦、甲乙丙丁戊己其他数十人の者、酒に酔ひ潰れ、喧々囂々、遂には打つ、蹴る、擲る、泣く、笑ふ、怒るの一大修羅場が現出されウラナイ教の本山は鼎の沸くが如く大乱脈の幕に包まれにける。 (大正一一・五・七旧四・一一松村真澄録)
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霊界物語 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 06 和合と謝罪 第六章和合と謝罪〔六五一〕 一葉落ちて天下の秋を知るとかや。神の教も不相応ぬフサの国、北山村の本山ウラナイ教の頭株、心も驕る高姫が、執着心の胸の闇、鼻高山彦や黒姫は、奥の一間に差し籠もり、ウラナイ教の前途に就いて、コソコソ協議を凝らし居る。 高姫『栄枯盛衰、会者定離は人生の常とは云ひ乍ら、よくも是だけウラナイ教は、庭先の紅葉の風に散る如く凋落したものだ。彼れ程熱心に活動して居つた蠑螈別は煙の如く此本山から消えて了ひ、数多の部下や信徒は四方に散乱し、全で蟹の手足をもがれた様な敗残のウラナイ教、何とか回復の道を講ぜねばなりますまいよ』 黒姫『日の出神さまも此際、ちつとどうかして居らつしやるのではありますまいかなア』 高姫『日の出神様は外国での御守護、世界の隅々迄も調べに往つて御座るのだから今はお留守だ。何れお帰りになれば、日の出の守護になるのは定つて居りますが、さうだと云つて此儘放任して置けば此本山は、孤城落日、土崩瓦解の憂目に会ねばなりませぬワ。それよりも黒姫さま、竜宮の乙姫様は此頃はどうして御座るのでせう。随分気の利かぬ神様ですねエ。コンナ時に御活動下されば宜しいのに』 黒姫『竜宮の乙姫様は貴方もお筆先で御存じの通り、日の出神様に引添うて一所に外国で御守護して居られるに定つて居るぢやありませぬか。高姫様は、玉照姫の一件から何処ともなしに、ボーとなさいましたなア』 高姫『黒姫さまも御同様ぢやありませぬか。貴女は、高山彦さまが、あちらにお出でになつてから、日増に、ボンヤリなされましたさうですよ。御自分の事は御自分には分りますまいが、寅若がそう云つてましたぞえ』 黒姫『何を仰有います。そう人を見損なつて貰つては困ります。高山さまがお出でになつて以来といふものは、層一層活動しました。それよりも高姫さま、斯う云うとお気に障るか知れませぬが、蠑螈別さまが此本山から姿を隠されてより、層一層気抜けがなさつた様な、燗ざましの酒を十日も放つて置いて飲みた様な塩梅式ですよ。お互に気を取直して確りと仕様ではありませぬか。あの三五教を御覧なさい。旭日昇天の勢、まるでウラナイ教なぞとは比較物になりませぬワ』 高姫『憎まれ子世に覇張る、と云つて、悪が栄える世の中だ、その悪の世に栄ゆる教だから大概分つて居りますよ。併し九分九厘迄悪の身魂は世に覇張る、善の身魂は落ちて居ても一厘でグレンと覆ると日の出神様が仰有る。三五教は何程沢山集まつて居ても烏合の衆ですよ。何れ内裏から内閣瓦解の運命が萌しかけて居ります。ウラナイ教は少数でも、善一筋の誠生粋の大和魂の堅実な信仰の団体だ。万卒は得易く一将は得難しと云つてな、少数なのは結構ですよ。余り瓦落多人足がガラガラ寄つて居ると、遂に虫がわきまして水晶の水が臭くなり、孑孑がわいて鼻持ちならぬ臭がし出し、終局には此孑孑に羽が生えて飛散し、遂には人の頭に留まつて生血を絞る様になります哩。必ず必ず御心配なさいますな。日の出の守護になれば一度にグレンと覆るお仕組がして御座います』 黒姫『さうすると善許り選り抜いて、身魂の曇つた者は一人も寄せないと云ふ神様の御方針ですかな』 高姫『其処は惟神ですよ。無理に引張に行つた処で寄らなきや仕方がありませぬワ。又何程引留めたつて綱を付けて縛つて置く訳にもゆかず、脱退する者は是も惟神に任して、自由行動を取らして置くのですな。来る者は拒まず、去る者は追はずと云ふのが神様の思召だ。無理に引張りに行つて下さるなよ、時節参りたら神が誠の者を引寄せて誠の御用をさすぞよ。と仰有るのだから、そうヤキモキ心配するには及びませぬ哩』 黒姫『それでも玉照姫さまを無理に引張て来いと御命令をなさつたぢやありませぬか』 高姫『それはあなたの量見違だ。無理に引つぱらうとするから、取り逃したのだ。向うの方から何卒玉照姫様をお預り下さいと云つて来る様に、上手に仕向けぬから、そンな事にかけては抜目のない素盞嗚尊は甘い事をやつたぢやないか。お前さまも随分賢いお方ぢやが、千慮の一失とか云つて、此度あの件に限つては黒姫さまの失敗でしたよ』 黒姫『そうだと云つて、愚図々々して居れば三五教に八九分取られて了ふ様になつて居たのだから、ソンナ廻り遠い事をして居つては、六菖十菊の悔いを残さねばならぬと思つたから非常手段をやつただけの事です。勝敗は時の運、今になつて死ンだ児の年を数へたつて仕方がありませぬワ。貴方も余程愚痴つぽくなつて、取返しのつかぬ愚痴な事を言ひなさいますな』 高姫は眉をキリリとつり上げ、ドシンと四股を踏み、畳を鳴らしプリンと尻を向け、次の間に姿を隠したり。 高山彦『コレコレ黒姫さま、お前は何と云ふ御無礼な事を仰有るのだい。大将や師匠は無理を云ふものだと思へと何時も部下の者に云つて聞かせて居乍ら、何故一つ一つ口答へをしたり、言ひ込めたりなさるのだ。仲に立つた柱の私は何とも挨拶の仕様が無いではないか』 黒姫は目に角立てて、 黒姫『コレお前さま、以前由良の川を渡つた時に、何でも彼でも絶対服従すると云つたぢやないか、草履取にでもして呉れと云つたではないか。今良い亭主面をして竜宮の乙姫様の生宮の云ふ事に一々干渉なさるのか。黙つて引込みて居なさい、お前さまが首を突き出して出しやばる幕ぢやないのだ。余り差出口をしなさると箝口令を励行しますぞ』 高山彦『ハイハイ竜宮様の御逆鱗、もう是れからは沈黙を守りますワイ』 黒姫『何程黒姫が砲弾を発射しても、高山砲台は沈黙を守つて決して応戦してはなりませぬぞや。二〇三高地の性念場になつて居るのに傍から敵の援軍が来て堪るものか』 高山彦『ハイハイ仕方がありませぬ。どつか、渤海湾の海底にでも伏艇して形勢観望と出かけませう。併し乍ら黒船が敵弾を受けて苦戦の最中を見て居る私は、どうしても中立的態度は取れませぬワ。何とか応援を致し度い様な気が致します』 黒姫は稍機嫌を直し、 黒姫『アヽさうかいなア、それが真心の現はれと云ふものだ。矢張り気になるかいなア、夫婦となれば気にかかると見える。矢張黒姫のハズバンドとして相当の資格を保有して御座る。元は赤の他人でも夫婦の愛情と云ふものは又格別なものだ』 と又ニコニコ笑ひ出すおかしさよ。 一天黒雲漲り暴風吹き起り雷鳴轟くかと思ひきや、高山彦の円滑なる言霊の伊吹によつて黒雲忽ち四方に飛散し、明皎々たる満月の光、中天に綺羅星の現はれたる如き天候と一変したりける。 黒姫『コレコレ高山彦さま、お前さまは見掛けに依らぬ親切な人だつた。其親切を吐露して高姫さまの御機嫌を直して来て下さい。併し親切を尽くすと云つても程度がありますよ』 高山彦『随分難かしい御註文ですなア。其程度が一寸分りませぬ、何処迄と云ふ制限を与へて下さいな』 黒姫『エヽ不粋な人だなア。そこはそれ、不離不即の間に立つて円満解決を計るのだ。電波を送るなぞは絶対に禁物ですからな』 高山彦『誰がアンナ婆アさまに電波を送つて堪るものか、安心なさい』 黒姫『婆アさまに電波を送らぬと仰有つたが、高姫さまが婆アさまなら、私はもう一つ婆アさまだ、そうするとお前は余程険呑な人だナア。これだから折角出て来たお民を、巧い事を云つて高城山迄放り出したのだ。コレ高山さま、ソンナ事に抜け目のある様な、素人とは違ひますよ。此道にかけたら、世界一の経験者だから、お前の様な雛子とは違ひますよ、確りとやつて来なさい。これからは婆アと云ふ事は云つて貰ひますまい。年は取つても心は二八の花盛り、霊主体従の仕組と云つて心に重きを置くのだよ』 高山彦『同じ、婆アどつこい、昔の娘でも貴方は又格別ぢや、どことは無しに、良い処があります哩』 黒姫『それはそうだらう、七尺の男子を手鞠の様に飜弄すると云ふ黒姫の腕前だから、何程高山さまが、地団太踏んだつて、足許へも寄り付けるものか。然し乍ら、良く気を付けて、昔の娘の高姫さまに旨く取り入つて御機嫌を回復して来るのだ。呉れ呉れも送つてはなりませぬぞや』 高山彦は迷惑相な顔付で高姫の居間を訪れた。高姫は、夜着を頭迄グツスリ被つて、捨鉢気味になつて横たはつて居る。 高山彦『モシモシ高姫さま、高山で御座います』 高姫『コレお前さま、戸惑ひをして居るのかな、私は黒姫さまぢやありませぬよ。貴方のお出でになる処は方角違ですよ。サアサアトツトとあつちへ往つて下さい、黒姫さまに痛くも無い腹を探られちやお互の迷惑だからなア』 高山彦『イエイエ決して決して御心配下さいますな。山の神様の公然認可を得て参りました。実の処、黒姫がお詫に参りますので御座いますが、どうも余り失礼な事を物の機で申上げ、貴方に合す顔がないところから、私に代つて旨く御機嫌をドツコイ、十分に御得心の往く様にお詫をして来いと仰有いました。何卒黒姫さまの脱線振りは、神直日大直日に見直し聞直し不調法は宣り直して上げて下さいませ』 高姫『コレコレお前さまは、何時の間にやら下鶏になつて了つた。何故それ程主人のクセに奥様に敬語を使ふのだい』 高山彦『ハイハイこれには、曰く因縁が御座います』 高姫『因縁があるか何だか知らぬが、貴方がさう御丁寧な言霊を使ひなさると、自然に夫婦仲が良くなつてお目出度い。それだから嬶大明神で、高山彦さまはお目出度いと人が云ひますよ。ホヽヽヽヽ』 高山彦『何でも結構です。何卒貴方も御機嫌を直して下さい。さうすれば此お目出度い男が尚お目出度くなりますから、和合して下さい』 高姫『和合して下さいとはそれは何を云ひなさる。一方の大将と大将の争ひを平和にするのは和合だが、何と云つても、私と黒姫さまとは師弟の間柄ぢやないか。師匠の私に和合して呉れなぞとチツと僣越ぢやありませぬか。今迄のお気に障つた処は何卒お許し下さいませと謝罪するのが当然だ、それをソンナ傲慢不遜の態度では、高姫の腹の虫が容易にチヤキチヤキと承諾致しませぬよ』 高山彦『御説御尤も、夫婦の仲と師弟の間を混同して居ました。これは黒姫と私との間に用ゆる言葉で御座います。高姫のチヤチヤ様、何卒黒姫の御無礼、寛大な大御心に見直し聞直し許してやつて下さいませ』 高姫『アヽさうかいな、さう物が分かれば、元より根のない喧嘩だ。どちらも神を思ひお道を思うての争ひなのだから、私人としての恨みはチツとも無いのだ。どうぞ黒姫さまに早く此処に来て貰つて下さい』 高山彦『承知致しました。黒姫さまも嘸お喜びになる事で御座いませう』 高姫『ソレ又々、貴方は奥さまに対して敬語を使ひなさる。余り見つともよくない、慎みなさいや』 高山彦『ハイハイ以後は慎みます』 と此場を立ち、 高山彦『アヽ敬語を使はねば、黒姫さまには叱られるなり、困つた事だ』 と呟きつつ黒姫の居間に帰り来り、高山彦は怖さうに、襖をスーツと開き、半分逃げ腰になつて、顔許り突出し、形勢観望の態度を取つて居る。黒姫は目敏くこれを眺めて、 黒姫『コレコレお前は高山さまぢやないか。其態度は一体どうしたのだい』 と震ひ声で呶鳴り付けた。 高山彦『ハイ、ドドドーモ致しませぬ』 と云ひつつびつくりして閾の外にドスンと尻餅を搗きアイタヽヽヽ、 黒姫『コレ高山さま、何をしとるのだい。這入つて来て早く注進なさらぬかい』 高山彦はもぢもぢし乍ら、云ひ難さうに、 高山彦『高姫さまがそれはそれは御機嫌麗はしく、和合は和合、謝罪は謝罪、そこで和謝何も彼も中立と合罪』 黒姫『何だか歯切れのせぬ返事だな。何は兎もあれ、高姫さまのお居間にお伺ひしよう、何時迄兄弟牆に鬩ぐ様な内輪喧嘩を継続して居ても、お互の不利益だ。どれ、これから和合して来ませう』 高山彦『モシモシ黒姫さま、和合はいけませぬよ』 黒姫『何、和合が不可と、喧嘩をせいと云ひなさるのか』 高山彦は周章気味で、 高山彦『イエ高姫さまが、喧嘩株式会社を創立なさつて、株券を募集したり、社債(謝罪)を起したりするとか何とか云つてましたよ。何でも些細な間違ひで、いつ迄も蝸牛角上の争闘を続けて居るのは、国家の内乱も同様だから可成く平和の解決を致します』 黒姫は委細かまはず、ドスンドスンと床を響かせ乍ら、高姫の居間をさして進み入り、 黒姫『高姫様、御機嫌は如何で御座います。御無礼の段は平にお詫を致します』 高姫『イヤ御無礼はお互様で、何卒これからは感情の衝突は一掃し車の両輪となつて、神国成就の為めに活動致さうぢやありませぬか』 黒姫『有難う御座います。何分宜しく御願ひ致します』 高姫『時に黒姫さま、自転倒島の魔窟ケ原に残してある梅公、其他の宣伝使の方々は、愚図々々して居ると、又もや三五教に、青彦や常彦、夏彦の様に沈没すると困りますから、今の内に本山に迎へ取つたらどうでせうか』 黒姫『ハア御意見通り、黒姫も賛成致します。飛行船を二艘許り、鶴、亀の両人に操縦さして迎へて帰つてはどうでせうか』 高姫『それは至極適任でせう。コレコレ鶴公、亀公』 と高姫は金切声を出して呼び立て居る。軈て鶴、亀の二人は、二艘の飛行船を操縦して四五の随員と共に天空を轟かして進み行く。 (大正一一・五・七旧四・一一藤津久子録)
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霊界物語 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 14 声の在所 第一四章声の在所〔六五九〕 谷丸、鬼丸、テルヂー、コロンボの四人は堺峠の天狗岩を後にし乍ら、山麓の老松の根元を越え、玉照彦の幼児の隠し場所に走り着いた。谷丸は、目を丸くして、此処彼処と探し廻し、三人は吾一の功名せむと、血眼になつて、谷丸の行く後に従ひ、捜索を始めた。忽ち聞ゆる赤児の泣き声、谷丸は立止まり、腕を組み、泣き声の何れより来るかを考へて居る。 谷丸『慥に此処に、お寝かせ申して置いた筈だ、それに形跡だに残つてゐないのみならず、御声は聞えて居るがトント方角が分らない。東に聞える様でもあるし、西の様でもあるし、西かと思へば南に聞えるし、南かと思へば、北に聞える様だし、ハテナ、こいつは、狐の奴、玉照彦様を啣へて、其処中を迂路ついて居やがるのだな、オイ俺は東を探すから、鬼丸、貴様は西の方を探して呉れ。そして、テルヂー、コロンボ二人は、南、北に手分けして捜索して下さい。其代り誰が見付けても共有だから其お積もりで願ひますよ』 テルヂー『其約束は間違ひありませぬなア。イヤ面白い。さあコロンボ、貴様は南に行け、俺は北の方を探して見る』 不思議にも、幼児の泣声は、谷丸の耳には東に最も高く聞えて来る。鬼丸には西の方に聞える。コロンボの耳には南に聞える。テルヂーの耳には慥に北の方から聞えて来る。 四人は東西南北に、慌しく、声を尋ねて駆け出した。四人の耳に聞ゆる猛烈な泣き声、各自前後左右より響いて来る。四人は其声に、耳を引張られる様に、体をキリキリ舞ひさせ、目を廻して四人共、バタリと倒れた。一時許り四人の呼ぶ声も、風の音も鎮まり閑寂の幕が下ろされた。夜はそろそろと明け放れ、東の空の雲押し分けて昇り給ふ天津日の御影に照され、各一度に目を醒せば、豈計らむや、四人は天狗岩の根元にヅブ濡れになつて眠りゐたりき。 谷丸『アヽ何だ、夢見て居たのか、矢張天狗岩の傍だから鼻高の奴、俺達を一寸チヨロマカしやがつたのだな。それにしても、肝腎の、玉照彦様は何処にお出でになつたのだらう。アヽ此処に御座つた、有難い有難い、玉照彦様どうぞ許して下さいませ。貴方お一人をこんな岩の上に、御寝かし申し、吾々は前後も知らず寝込んで了ひました』 と云ひつつ傍に寄り、抱き上げむとしたるに、玉照彦の全身は冷切つて氷の如くに冷たくなつて居る。 谷丸『オイ鬼丸、玉照彦様は冷たくなつて居らつしやる、こりやマア何うしたら宜からうかなア』 鬼丸『そりや夢の中に見た通り石ぢやありませぬか』 谷丸『ヤア如何にも、此奴は夢の通り矢張石だつた』 テルヂー、コロンボ一度に、 テ、コ『アハヽヽヽ、誠に誠に、御挨拶の仕様も御座いませぬ、もう斯うなつた以上は何程泣いても悔んでも石が物云ふ例は御座いませぬ、どうぞ鄭重に弔うて上げて下さい。さあコロンボ、夢の処へ行くのだ』 と駆出す。谷丸、鬼丸も続いて駆出したり。 坂の中程迄下り来る折しも、水の滴る如き一人の美人、玉照彦を抱いて上り来るに出会つた。 テルヂー『モシモシ、貴方は言照姫様では御座いませぬか』 美人『ハイ左様で御座います。今玉照彦の神様を保護して此処迄参りました』 テルヂー『変な事を申しますが、何卒ウラル教の神様として大切に致しますから、吾々に下さいますまいか』 言照姫『ハイ何誰かに貰つて貰はねばならないのですから、お望みとあれば、何うとも致しませう』 斯かる処へ、谷丸、鬼丸は追かけ来り、 谷、鬼『ヤア玉照彦様で御座いましたか、大変にお慕ひ申し探して居りました。サアサア何卒谷丸へお越し下さいませ。私が抱いて上げませう』 言照姫『お前は、谷丸さまぢやないか。私の不在中に、岩窟の中から盗み出し、大切にする事か、あのやうな茨室へ蓑を敷いて、捨子同様にして置きなさつたぢやないか。どうして貴方に、此尊い玉照彦様を安心してお預け申す事が出来ませうか』 谷丸『イヤ誠に済みませぬ。何を云つても、ウラル教のテルヂーが狙つて居るのですから、取られちや大変と、茨の中とは知らず、朧月夜の事とて間違ひ、お寝かせ申したのです。どうぞ私に下さいませ』 言照姫『斯う両方から懇望されては、一方を立てれば一方に済まず、処置に困ります。そんなら斯う致しませう。玉照彦様は御生れ遊ばしてからまだ百日にもなりませぬが、ちよいちよい物も仰有る、立歩みもなさいますから、ウラル教のテルヂーとバラモン教の谷丸とお二人で両方の手を握つて、玉照彦様を引張合ひして下さい。引張つて勝つ方に上げませう』 四人一度に、 四人『さう願へば公平で結構です』 言照姫は玉照彦を坂道の真中に下ろした。玉照彦は左右の手を両方に差し延ばし、 玉照彦『サア坊の手を引張つて下さい。勝つたお方の方へ参ります。然しソツと引いて下さいや』 谷丸、テルヂー『承知致しました』 と谷丸、テルヂーの二人は、左右に立ち現はれ、腰を跼めて、背の低い玉照彦の手をグツト握り力を極めて、 谷丸、テルヂー『サア玉照彦様、私の方へ来て下さい』 と、一生懸命、腕が抜ける程引張る。 玉照彦『アヽ痛い痛い、痛いわいなア』 と顔を顰め泣き出す。テルヂーは此声に驚いて、思はず手を離した。 谷丸『サア愈こちらの物ぢや。玉照彦様、御苦労乍ら、今日から、バラモン教の神様になつて下さい』 玉照彦、首を振り、 玉照彦『イヤイヤテルヂーの方に御世話になります』 谷丸『そりやあ約束が違ふぢやありませぬか』 玉照彦『貴方は、私が悲鳴を上げて痛がつて居るのに、構はずに引張つたぢやありませぬか、あの時にテルヂーが放して下さらなかつたら、私の体は二つに千切れて居るのです。愛情の深いテルヂーに御世話になります』 谷丸『小難かしい事を仰しやいますなア、チト位辛抱して下さつても宜いぢやありませぬか。モシモシ言照姫様、どうぞ生みの御母様の貴方からよく云つて下さいな』 と振り向き見れば、こは如何に、言照姫の姿は最早影も形もない。 玉照彦『私は最う斯うなる以上は、どちらへも参る事は止めませう。今ウラナイ教の松姫さまが、お迎へに来て下さるから、そちらへ行きます』 此時トボトボと坂を登つて来る一人の女がありしが、玉照彦は嬉しさうに、 玉照彦『ヤア、其方は松姫か、よう迎へに来て呉れた。サアサア連れて行つておくれ』 松姫『これはこれは玉照彦様、焦れ慕うて参りました。サア私が御負して進ぜませう』 と背中を突き出す。四人は目と目を見合せ乍ら、松姫を前後左右より取り巻き、鉄拳を以て擲きつけ、悲鳴を上げて倒れるのを見済まし、玉照彦を引攫へ、四人は林の茂みに姿を隠したり。 松姫は暴漢に乱打され忽ち気絶して坂道に倒れ居たりしが、其日の夕暮頃フト息を吹き返し、四辺を見れば、麗しき二柱の女神、儼然として其前に立ち給ふ。 女神一『汝は高城山の松姫であらう。サア、妾に従つて是より、高熊山の岩窟に参りませう』 松姫『何れの神様か存じませぬが、ようマア助けて下さいました。私は悪者に虐げられ気絶をして、遠い遠い彼の世の旅行をやつて居ました。処が二人の女神様が現はれて、コレ松姫、此処は何と心得て居る、幽界の入口であるぞや。汝はまだまだ幽界に出て来る時でない、サアサア妾が送つてやるから、と仰有つたと思へば気が付きました。見れば幽界で見た女神様と、寸分も間違ひのない御二方様、お蔭で命を助けて戴きました』 と手を合せ感謝の涙にくれて居る。 女神二『サア松姫どの、高熊山の玉照彦様をお迎へに行きませう』 松姫『あの玉照彦様はたつた今、悪者に攫はれて行かれました。最早、高熊山には居らつしやいますまい』 女神一『オホヽヽヽ、今朝ウラル教とバラモン教の宣伝使が来たでせう。彼等は貪欲心に絡まれ、眼暗み、石くれを玉照彦様と思ひ違へ、喜んで逃げ帰つたのです。サアこれから、貴女は気を取り直し、単身岩窟に進み、言照姫にお逢ひなされて、玉照彦様をお連れ申してお帰りなさい。妾は来勿止迄送つて上げませう。それから奥は貴女一人のお働きです。妾達二柱、お手伝ひ申すは易き事乍ら、それでは貴女の御手柄にはなりませぬから、心丈夫に以てお出でなさいませ』 松姫『何から何迄、有難う御座います。お言葉に甘へて来勿止迄送つて頂きませうか。さうして、貴女様の御神名は何と申します』 二人の女神はニコリと笑ひ、 二人の女神『何れ分る時節が参りませう。此処では一寸申し上げ兼ねます』 と先き立ち、足早に、山奥指して進み給ふ。松姫は、二女神の後に従ひ、心いそいそ歩み出したり。 二女神『もう二三丁先が、来勿止の関所で御座います。吾々は此処でお別れ致します。何れ改めてお目にかかる事が御座いませう。左様なら』 と云ふかと思へば二女神の姿は忽ちかき消す如く見えなくなりぬ。松姫は盲人が杖を失つた如く、暗夜に提灯取られた如き心地して、重き足を、希望の車に乗せられ、引摺つて行く。日は既に黄昏れ、十七夜の月はまだ昇り給はざる一の暗み時、来勿止の神の関所に着いた。此処は厳格な関門が築かれてある。 松姫『モシモシ私は霊山へ詣る者で御座います。何卒、此門お通し下さいませ』 門番の一人甲は、横門を押し開け出で来り、 甲(勝公)『何誰か知りませぬが、此一の暗に、此門あけいと云ふ者は碌な者ぢやありませぬ。何時も何時も狐や狸に誑られて、馬鹿を見通しだから、今日は何と云つても開けませぬ、否通過させませぬ。出直して明日の朝お出なさい』 松姫『左様では御座いませうが、決して怪しい者では御座いませぬ。どうぞ通して下さいませ。玉照彦様の御誕生地へ至急詣らねばなりませぬから』 乙此声を聞いて、 乙(竹公)『オイ勝公、此暗がりに、アタ厭らしい、そんな白い装束を着た女を相手に何を揶揄つて居るのか、早く這入らぬか、又例の奴に定つて居るぞ』 勝公『そうだと云つて此の方が是非玉照彦様に参拝したいから、通過させて呉れと、懇願なさるのだもの、無情に断る訳にもゆかぬぢやないか』 乙(竹公)『何だ、又貴様、日の暮れ紛れに、女を掴まへて、愚図々々云つて居やがるのだな、余程、勝手な奴だ。男が尋ねて来ると、何時も、慳もほろろに、木で鼻こすつた様な応待をするクセに、今日は言葉付迄、優しく出やがつて、貴様の面つたら、大方崩壊して居るのだらう。暗夜でマア仕合せだ。昼であつて見よ、好い化者だぞ』 勝公『俺の顔が化者なら、貴様の顔は何だい。鯰が沸茶を浴ぶせられた様な面をしやがつて、人さんの御面相迄、批評すると云ふ資格がどこに有るかい』 乙(竹公)『何と云つても貴様は女にかけては五月蠅い奴だ、俺が来なんだら、優しい声を出しやがつて何々を、何々する、何々だつたらう。エライ邪魔物が飛び出しまして済みませぬなア、アハヽヽヽ』 松姫『モシモシお二人様、今日は特別の御憐愍を以てお通し下さいませ。どうしても今晩の中に参拝致さねばなりませぬから』 乙(竹公)『大胆至極な、女の分際として此山奥に只一人踏み込み来り、此怖ろしい岩窟へ参詣し様なんて、そんな大野心を起しても駄目ですよ。屹度途中で、狼にバリバリとやられて了ふのは請合だ。此門潜るや否や、地獄の八丁目だから、悪い事は云はぬ。お前の身の為ぢや。いつ迄も絶対通さないとは申さぬから、明日来て下さい』 松姫『御注意は有難う御座いますが、私は神様に何事もお任せ申した身の上、命なんかどうなつても宜しいから、何卒心よう通して下さいませ』 乙(竹公)『イヤイヤ、命が惜しくない様な、ド転婆を通す事は愈以てなりませぬ哩、来勿止の神様に又どんなお小言を頂戴するか知れやしない。此頃は此門番も失策だらけで、薩張り鼻べちやで威勢が上らない。それと云ふのも、勝公が心の締りがないものだから、いつでも俺達が巻添へを食ふのだ。オイ勝公、サアこんな命知らずの強者を相手にせずと、トツトと奥へ這入つてそれから門を閉めて、警戒を厳重にせなくちやならぬぞ。サア這入らう這入らう』 勝公『それだと云つてこれ程熱心に、お頼みなさるのに、どうして刎ね付ける訳にゆくものか。貴様這入りたければ、勝手に這入つて勝手に閉めたが宜からう。俺は仕方がないから、日頃覚えた、ぬけ道を伝うて此御方を背中に背負つて上げるのだ』 乙(竹公)『とうとう尻尾を現はしやがつたな、アハヽヽヽ、随分女にかけては腰抜けなものだ』 勝公『エヽ竹公の唐変木奴、貴様に女が分つて堪るかい。女で苦労して来た者でないと女人心理は解らないぞ。さう毒々しく無情な事を云ふものぢやないワ。人間は堅い許りが能ぢやない。砕ける時は砕けて、世の中の人々の為に便利を計るのが人間の務めだ。况して此館に泊めて呉れと仰有るのでもなし、通してさへ上げれば宜いのぢやないか』 竹公『貴様が何と云つても、一旦男の口から、通さぬと云つたら通さぬのだ』 勝公『モシモシお女中、今お聞きの通り同僚役があの通りの頑固者ですから、無理にお通し申しても、後でどんな難題を吾々両人にふきかけるやら分りませぬ。さうすればお互の迷惑ですから、どうぞ貴方も折角此処迄お出でになつたのですから、お気の毒で堪りませぬが、今晩は一旦、引返して下さいませぬか』 松姫『どうぞ、方角だけなつと教へて下さいませ。送つて貰つては大変な、貴方の御迷惑になつては済みませぬから』 勝公『実の処は、これだけ厳しく門番も今迄は云はなかつたのですが、二三日前に、バラモン教の、谷とか鬼とか云ふ奴がやつて来て、来勿止神様を始め、吾々をチヨロまかし、トウトウ大切な、玉照彦様を盗んで帰つたものですから、其後と云ふものは大変に警戒が厳しくなつて、暮六つ下れば、老若男女にかかはらず、一切通してはならぬと云ふ、来勿止神様の厳しき御命令で御座います。それ故、今の男があんな無情な事を云うたのですが、然しあゝ見えても彼奴は極めて平常から親切な男ですよ。言葉つきこそ、穢ふ御座いますが、それはそれは心の美しい男ですよ。屹度腹の中では涙をこぼして居たに違ひありませぬ。どうぞ、竹公は無情な奴だと恨んでやつては下さいますな』 松姫『イエイエ決して決して何の恨みませう。お役目大切にお守りなさる処を、私が御無理を申しますのですから、何と仰有られても是非はありませぬ。併し今貴方のお言葉によれば、玉照彦様はバラモン教の方が盗んで帰つたと仰有いましたが、それは事実ですか』 勝公『盗んで帰つたのは事実ですが、併し乍ら御神徳高き高熊の霊山、不思議な事には盗まれたと思つた玉照彦様は、依然として御機嫌麗はしく、言照姫様に抱かれて居られます。本当に妙な事があつたものです』 松姫『それ聞いて安心致しました。私にも成程と諾かれる点が御座います』 斯く話す折しも石の本門はガラリと開いた。灯火をとぼし、現はれ来る、白髪異様の老人の姿が、松明に照されて、明瞭と松姫の目に映つた。 松姫は思はず、ハツと地に平伏した。 勝公『これはこれは来勿止神様、何処へお出ましになります』 来勿止神『ヤアお前は勝ぢやなア。此処へ一人の女が来る筈ぢや。未だ出て来ないかな』 勝公『ハイ、それは何と云ふ方ですか。松姫ぢや御座いませぬか』 来勿止神『アヽさうぢや、其松姫が来る筈だ。二時ばかり以前に、玉照彦様よりお使が見えて、此処へ松姫と云ふ女が一人来る筈だから、夜分でも構はぬ故、通してやつて呉れとの御命令であつた』 勝公『その方なら、今此処に居られます。サア松姫様、御心配なさいますな。今お聞きの通りですから』 松姫頭を上げ、 松姫『勝さまとやら、御親切有難う御座いました。して貴方が来勿止神様で御座いましたか。罪深き妾なれど、どうぞ此御門を通して下さいませ』 来勿止神『サアサア遠慮は要りませぬ、ズツとお通り下さいませ。貴女のお登りを、岩窟の大神様が大変に御待ち遊ばして居られます。サアサアこちらへ』 と松姫の手を把り門内に導き入れたり。 (大正一一・五・九旧四・一三藤津久子録)
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霊界物語 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 17 言霊車 第一七章言霊車〔六六二〕 仰げば遠し其昔広大無辺の大宇宙 天地未だ定まらず陰陽未分の其時に 葦芽の如萠えあがり黄芽を含む一物は 忽ち化して神となるこれぞ天地の太元の 大国常立尊なり其御霊より別れたる 天地の祖と現れませる国治立の大神は 豊国主の姫神と力を協せ御心を 一つになして美はしき世界を造り玉ひつつ 七十五声の言霊をうみ出でまして千万の 身魂を造り国を生み青人草や山河を 𪫧怜に委曲に生み終へて神伊邪諾の大神や 神伊邪冊の大神に天の瓊矛を賜ひつつ 修理固成の大神業依さし給へる折柄に 現はれませる素盞嗚の神の尊は畏くも 大海原を治しめし国治立の大神や 豊国主の姫神の大御心を心とし 千々に御胸を砕かせつ千座の置戸を負ひ給ひ 八洲の国を治めむと心を配らせ給へども 天足の彦や胞場姫の醜の身魂に成り出でし 怪しき霊伊凝り居て八岐大蛇や醜狐 醜女探女や曲鬼の荒ぶる御代と成り果てて 体主霊従の雲蔽ひ世は常暗となり果てぬ 日の神国を治食しめす天照します大神は 此状態を畏みて岩屋戸深く差しこもり 戦き隠れ玉ひしゆ百の神たち驚きて 安の河原に神集ひ議り玉ひし其結果 神素盞嗚の大神を天地四方の神人の 百千万の罪科の贖罪主と定めまし 高天原を神追ひ追ひ玉へば素盞嗚の 神は是非なく久方の尊き位を振り棄てて 大海原に漂へる島の八十島百国の 山の尾の上の曲神を言向け和し麗しき 五六七の神代を始めむと百の悩みを忍びつつ 八洲の国を遠近と漂浪ひ給ふぞ尊けれ ○ 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は転倒るとも天津神達国津神 百の神々百人を誠一つの言霊の 稜威の剣を抜き持ちて天地にさやる曲津神 八岐大蛇を言向けて此世の災禍払はむと 大和心の雄心を振起しつつ進み行く 神素盞嗚の大神はすべての罪を差し赦す 三五教を守りつつ心も広き神直日 大直日にと見直しつ肉の宮より現れませる 八の柱の姫御子に苦しき神命を下しつつ 斎苑の館に身を忍び日の出神や木の花の 姫の命と諸共に恵の露を天が下 四方の国々隈もなく注がせ玉ふ有難さ 埴安彦や埴安姫の神の命と現はれし 国治立や豊国の姫の命の分霊 黄金山下に現はれて暗き此世を照さむと 八千八声の時鳥血を吐く思ひの苦みを 永の年月重ねつつ五六七神政の礎を 常磐堅磐に固めまし豊葦原の瑞穂国 秋津の洲や筑紫島常世の国や高砂の 島にそれぞれ神司国魂神を定めつつ 天の岩戸もやうやうに開き初めて英子姫 教の花も悦子姫空に棚引く紫の 姫の命の現はれて自転倒島の中心地 錦の御機織りなせる四尾の峰の山麓に 幽玄微妙の神界の経と緯との経綸を うまらに委曲に固めつつ薫りゆかしき梅が香の 一度に開く御経綸松は千歳の色深く 心の色も丹波の綾の聖地に玉照彦の 神の命や玉照姫の神の命の二柱 時節を待ちて厳御霊瑞の御霊のいと清く 濁り果てたる天地の汚れを流す和知の川 並木の松の立並ぶ川辺に建てる松雲閣 奥の一間に横臥して五六七神政の神界の 尊き経緯を物語るアヽ惟神々々 御霊幸はひましませよ。 ○ 見渡す限り紺青のみ空に清く玉照彦の 神の命や玉照姫の神の命の現はれて 弥勒の御代に伊都能売の神の御霊の神業を 開始し玉ふ物語三五教を守ります 神素盞嗚の大神の仁慈無限の真心に 流石の曲霊も感銘し心の底より悔悟して ウラナイ教の神司本つ教に帰順せし 聞くも芽出度き高姫や高山彦や黒姫の 罪や穢れを贖ひし松の心の松姫が 高熊山の山麓に心の岩戸を開きつつ 最早悪魔も来勿止の神に魂をば鍛へられ 御稜威も高き高熊の岩窟の中に駆入りて 貴の御子をば奉迎し天が下をば平らけく いと安らけく治め行く神の仕組に参加せし 誠心は三千歳の花咲きいでて今茲に 五六七の神代の開け口松竹梅の宣伝使 月雪花を始めとし教を開く八島主 言依別の言霊に敵と味方の差別なく 誠一つの大本を世界に照す糸口を 手繰りて述ぶる物語筆執る人は松村氏松村 無尽意菩薩の山上氏頭も照す身も照す山上 月照彦の肉の宮言霊開く観自在 三十三相また四相妙音菩薩の神力を 愈現はす十九の巻永き春日に照されて 物語るこそ楽しけれ。 ○ 四方に塞がる雲霧を神の御水火に吹き払ひ 心も清く身も清く青き御空を五六七殿 本宮山の新緑は大本教の隆盛を 衣の色に現はして行手を祝ぐ如くなり 眼下に漂ふ金銀の波に浮べる大八洲 天の岩戸の其上に大宮柱太しりて 千木勝男木も弥高く朝日に輝く金光は 神の御稜威の十曜の紋冠島沓島や六合大の 常磐木茂る浮島は擬ふ方なき五大洲 言霊閣は雲表に黄金の冠戴きつ 聳えて下界を打まもる教御祖を斎りたる 甍輝く教祖殿金竜殿や教主殿 木々の梢も青々と春風そよぐ神の苑 水に浮べる錦水亭地水に輝く瑞月が 尽くる事なく物語る瑞の御霊の開け口 神の力も厳御霊五十鈴の滝の鼕々と 際涯も知らぬ神の代の奇しき尊き物語 高天原と鳴り亘る言霊閣のいや高に 声も涼しき神の風常磐堅磐に吹き送り 醜の草木を靡かせて世人の胸に塞がれる 雲を晴らして永久の花咲く春の神国に 導き救ふぞ雄々しけれアヽ惟神々々 御霊幸はひましませよ。 ○ 月日並びて治まれる聖の御代の二十余り 五つの年の睦の月寒風荒ぶ真夜中に 本宮新宮坪の内遠き神代の昔より 貴の聖地と聞えたる竜門館の神屋敷に 現はれ給ひし艮の皇大神は三千歳の こらへ忍びの松の花手折る人なき賤の家に 住まはせ玉ふ未亡人出口直子の肉宮に 電の如懸りまし宣らせ給へる言霊は 三千世界の梅の花一度に開く時来り 須弥仙山に腰をかけ曲津の猛ぶ世の中を 神の御水火に言向けてミロクの御代を開かむと 厳の雄健び踏みたけび厳のころびを起しつつ 神の出口の口開き大本教の礎を 固め給ひし雄々しさよ賤が伏家の賤の女は 神の御声に目をさまし黒白も分ぬ暗の夜を 光眩き旭子の日の出の神代に還さむと 朝な夕なに命毛の御筆を執りて神言を 心一つに記しつつ二十七年が其間 唯一日の如くにて仕へ玉ひし言の葉は 国常立の大神の貴の御声と尊みて 集まり来る諸人は遠き近きの隔てなく 貴賤老幼おしなべて聖地をさして寄り来る 神の御稜威の赫灼に日々に栄えて大本は 朝日の豊栄昇るごと四方の国々照らし行く 変性男子と現れて錦の機の経糸を 仕組みて茲に七年の月日を重ねて待ち給ふ 時しもあれや三十余り一つの年の秋の頃 変性女子の生御魂神の教を蒙りて 穴太の郷を後にして変性男子の住所をば 訪ねし事の縁となり愈茲に緯糸の 機織姫と現はれて襷十字に掛巻も 畏き神の御教を稜威の仕組の新聞紙に 写して開く神霊界金言玉詞の神勅を 心も狭き智慧浅きパリサイ人が誤解して あらぬ言挙げなしければ清けき神の御教も 漸く雲に包まれて高天原の空暗く 黒白も分かぬ人心瑞の御霊は悲しみて 此雲霧を払はむと心痛むる折柄に 忽ち轟く雷の雲の上より落ち来り 身動きならぬ籠の鳥忠と囀る群雀 漸く声をひそめける瑞の御霊の神言もて パリサイ人や世の人を尊き神の御教に 眼を覚まさせ助けむと心を定めて病労の 身もたなしらに述べ立つる尊き神の御心 筆に写して松の世の栄えの本の物語 臥竜如来と現はれて松雲閣に横たはり 落葉を探す佐賀伊佐男(佐賀伊佐男)垢を清むる温泉の 湯浅清高両人を(湯浅清高)金剛童子や勢多迦の 二人の役になぞらへて倒れかかりし神柱 立直さむと真心の限りを尽し身を尽し 世人の覚醒を松村や外山豊二氏加藤明子(外山豊二) 藤津久子の筆の補助神代の巻の前宇城(加藤明子) 口に任せて信五郎なみなみならぬ並松の(藤津久子) 流れも深き物語空吹く風の颯々と(宇城信五郎) 心いそいそ言霊の車に乗りて勇み行く あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ (大正一一・五・一〇旧四・一四松村真澄録)
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霊界物語 20_未_丹波物語5 錦の宮の発足 05 親不知 第五章親不知〔六六七〕 黄金の波も宇都山の山と山との谷間を 縫うて流るる宇都の川水も温みて遡り来る 真鯉緋鯉や鮒雑魚鮎の季節も漸くに 漁る人の此処彼処中に勝れて背も高く 何とはなしに逞しき白髪異様の老人は 立つる煙も細竿の先に餌をば取りつけて 永き春日を過ごさむと釣を楽しむ折柄に 川辺を伝ひ上り来る蓑笠着けた二人連れ 諸行無常是生滅法生滅滅已寂滅為楽と記したる 菅の小笠を頂きつ金剛杖に助けられ 釣する翁の前に立ち釣れますかなと阿呆面 翁は釣に気を取られ見向きもやらぬもどかしさ 行者はツカツカ側に寄りコレコレ爺さまと背叩き 釣れますかなと又問へば情無い浮世の一人者 婆アは川に誤つて寂滅為楽となりました 諸行無常の世の中の是生滅法の道理に 洩れぬ人生を果敢なみて余生を送る川の辺の 吾れは松鷹彦翁汝は夫婦の修験者 本来この世は無東西何処有南北此れ宇宙 迷ふが故に三界城悟るが故に十方空 食うて糞して寝て起きてさて其後は死ぬるのみ 是れが人生の通路ぞや汝は若い年に似ず 行者になるは何故ぞ此れには仔細あるならむ 委曲に語れと促せば若き男は笠を除り 蓑脱ぎ捨てて川の辺にどつかと坐して目を拭ひ バラモン教の修験者宗彦お勝の両人が 一粒種の愛し子に先立たれたる悲しさに 赤児の冥福祈らむと二世を契つた妹と背が 足に任せて雲水の行衛定めぬ草枕 旅に出でたる其日より憂きを三年の夫婦連れ 月日の駒は矢の如く吾れを見棄てて流れ行く 二人の果ては小夜砧宇都山川の水音も 悲しき無情の叫び声万有愛護の御教を 守る吾等は河海に泛び遊べるうろくづの 天津御神の精霊の宿り玉うと聞くからに 翁の釣を見るにつけ諸行無常の感深し 生者必滅会者定離世の慣習と云ひ乍ら 釣魚の歎きは目のあたり見る吾こそは痛ましく 彼れが菩提を弔ひてせめて吾子の冥福を 祈りやらむと松鷹彦が心をこめて釣りあげし 鮒や雑魚の死骸に両手を合せ拝み居る 松鷹彦は驚いて竿投げ棄てて釣りし魚を 川の瀬目蒐けて放ちやり涙流してスゴスゴと 茅屋さして帰り行く宗彦お勝の両人は 悲哀の涙に暮れ乍ら吐息つくづく老人が 後を慕うて探り行く。 川辺に建てる茅屋を、宗彦お勝の両人は、漸く見つけだし、戸の外面より、 宗彦、お勝『頼もう頼もう』 と訪へば、中より以前の翁、 翁『お前は、最前逢うたバラモン教の巡礼だらう。わしはバラモン教は嫌だ。けれど最前お前の言つた事に少しばかり首を傾けて考へねばならぬ事が有るやうだ。此里はバラモン教の信者許りであつたが、つい一年許り前から、三五教に全村挙つてなつたのだから、表向這入つて貰ふ事は出来ないのだが、川辺の一つ家を幸ひ、誰も見て居ないから、そつと這入つて下され。わしも此村の武志の宮の神主をして居る者だ。婆アに先立たれ、余り淋しいので、毎日日々、漁りを楽しみ、婆アの霊前に清鮮な魚を供へて、せめてもの慰めとして居るのだ。それに就てお前に聞きたい事がある。サアサアお這入りなさい』 宗彦『バラモン教でも、三五教でも、道理に二つはない筈だ。開闢の初から、火は熱い水は冷たいと云ふ事は、チヤンと定つて居る。それ程バラモン教を排斤するのならば、お前の宅へ這入る事は中止致しませう。サアお勝、行かうぢやないか』 松鷹彦『お前は年が若いので直に腹を立てるが、マアじつくりとお茶でも飲んで、気を落ち着け、話の交換をしたらどうだな。わしも一人暮しで、川端柳ぢやないが、水の流れを見て、クヨクヨと世を送る者だから』 お勝『宗彦さま、お爺さまの仰有る通り、一服さして貰ひませうか』 宗彦『そうだなア、そんならドツと譲歩して這入つてやらうか』 松鷹彦『サアサア這入つてやらつしやい……(小声で)……バラモン教の奴は、どこまでも剛腹な奴だなア』 と呟き乍ら真黒けの土瓶から、忍草の茶を汲んで勧める。 松鷹彦『お前は、見ればまだ若い夫婦と見えるが、能う其処まで発起したものだなア、是れには深い訳が有るだらう、一つ聞かして貰ひたいものだ』 宗彦『私も実の所は、来世が怖ろしくなつて来たので、罪亡ぼしに巡礼となつて、各地の霊山霊場を巡拝し、今日で殆ど三年、この自転倒島を廻つて来ました。私も今こそ、斯うして猫の様に温順しくなつて了つたが、随分名代の悪者でしたよ。家妻を貰つては赤裸にして追出し、押かけ婿にいつては、其家を潰し、何度となく嬶泣かせの家潰しや、後家倒し借り倒しなど、悪い事の有らむ限りを尽して来た所、最後の女房が私の不身持を苦にして、裏の溜池へドンブリコとやつて、ブルブルブル、波立つ泡と共に寂滅為楽となつて了つた。それから直に此お勝を女房となし、睦じう養家の財産を当に、朝から晩まで差向ひで、酒ばつかり飲んで居つた所、嬶アの霊を祀つた霊壇から夜半頃になると、ポーツポーツと青白い火が燃えて来る。夫婦の者は夜着を被つて、息を凝らして慄へて居ると、冷たい手で二人の顔を撫で廻す厭らしさ。此奴ア先妻のお国の亡霊ぢやと合点し、一言謝罪らうと思うても、どうしたものか声が出て来ぬ。長い夜中厭らしい声がする。冷たい手で撫でる。こいつア堪らぬと、朝から晩までバラモン教のお経を唱へ通して居ると、其夜はお蔭で霊壇の怪は止んだ。さう斯うする間に、ザアザアと雨戸を叩く音、それが又死んだ女房の声に聞えて来る。ソツと窓から透して見れば、お国の陥つた前栽の池から、白い煙が盛に立昇り、髪振り乱した青白い女房の顔、恨めし相に家の中を見詰めて居る。そこで女房に「別れて呉れ、さうしたらお国も解脱するであらうから」と何程頼んでも、此お勝の執念深さ、何うしても斯うしても離れて呉れませぬ。「お前が縁を切るなら切つて下さい。池に身を投げて幽霊になり、お国と一緒に幽霊同盟会を組織して襲撃してやる」……とアタ厭らしい事を吐しやがるので、家に居る事もならず、巡礼姿に化けて我家を飛び出しました。さうすると一年程経つた春の頃、辻堂の前を通れば、一人の女が癪気を起して苦んで居る。……「オイお女中、此人通りのない辻堂で嘸御難儀であらう、介抱してあげませう」と近寄り見れば豈図らむや執念深い此お勝が巡礼姿になつて、私の行衛を探して居るのにベツタリ出会し、アーア何とした甚い惚方だらう、蛇に狙はれた様なものだ。こんな事と知つたなら黙つて通つたらよかつたのに……神ならぬ身の……アヽ是非もなやと、天を仰いで歎息して居ました。死ねばよいのに、お勝の奴、私の顔を見るなり、癪も何もケロリと忘れ、「アイタ、アイタ……イタイはイタイが逢いたかつたのぢや」とぬかしやがる。……エ、仕方がない、色男に生れたが我身の不仕合せ、と因果腰を定め、嫌ひでもない女房を……アタ恰好の悪くも何ともない……かうして伴れて歩いて居りますのだ』 お勝『コレ宗さま、何を言ひなさる。そりやお前の事ぢやらう。飛んで出たのは妾ぢやないか。お前、お国の亡霊が出るのは、妾が後妻に入り込んだのがお気に容らぬのであらう。妾さへ出れば家は無事太平、お国の霊も解脱遊ばすに違ない。是れ丈惚れた爺、何と言つても暇を呉れる気遣はない、妾から飛び出すのが上分別だと、お前に酒をドツサリ飲まし、夜陰に紛れて巡礼姿となり、バラモン教のお経を称へつつ、お国の冥福を祈つて、霊山霊地を参拝して彷徨ふ折しも、辻堂の中で一人の男が、一尺位な光る物をニユツと出し、腹を出して自殺を図らうとして居る者がある。何処の誰人かは知らねども、是れが見捨てて行かれようかと、吾身を忘れて躍りかかり、其光る短刀をひつたくり、……「モシモシ如何なる事情か知りませぬが生は難く死は易し、先づ先づ気を落ち着けなさいませ」……と女の細腕に全身の力を籠めて止むれば、「イヤどこのお女中か知りませぬが、私はどうしても死なねばならぬ深い理由が有る。お慈悲は却て無慈悲となる。どうぞ此腕放しやンせい」……と無理に振放さうとする。妾はバラモン教のお経を一生懸命に唱へて居ると、其男は……「可愛い女房は幽霊が怖さに家を飛び出し、行衛不明となりました。今迄沢山女も有つて見たが、あの位気の好い、綺麗な女房は持つた事がない。あの女房と添はれぬのなら此世の中に生て居つても、何楽みも無い。此広い世の中を十年や二十年探し廻つた所で会へるとも会へぬとも分りませぬ。娑婆の苦を遁れる為に、此場で腹掻き切つて浄土参りをするのだ。ヒヨツとしたら女房も先にいつてるかも知れませぬ」……と云つて見つともない、女の一人位に生命を捨てようとする馬鹿な奴は、どこの何者かと能く能く月影に照して見れば、アタ気色の悪く無い、此人でしたよ。まるで蛇に狙はれた蛙の様なものだと、因果を定めて、此処まで随いて来てやつたのですよ』 宗彦は真赤な顔して俯向く。松鷹彦は、 松鷹彦『アハヽヽヽ、随分おめでたいローマンスを沢山に拝聴致しました。千僧万僧の読経よりも、宅の婆アが聴いて喜ぶ事でせう。此爺だつて素より木や石では無い。若い時にや、随分情話の種を蒔いたものだ。しかし過越苦労は止めて置きませうかい。また姑の十八を言つて誇ると思はれても詰らぬからな、アハヽヽ。併しお前達はさうして夫婦仲良く意茶つき喧嘩をチヨコチヨコやつて、天下を遍歴して居れば随分面白からう。……わしもお前等夫婦の苦楽を共にする状態を見て羨ましうなつて来た。どうしても人間は異性が付いて居らねば、世の中が何ともなしに寂しくて、春の暖かい日も冷たい様な気分がするものだ』 宗彦『あなたのやうに年が寄つて、行先の短い爺さまでも、ヤツパリ女房が要りますかなア』 松鷹彦『定つた事だよ。雀百まで牝鳥忘れぬと云つて、年が寄れば寄る程、皺苦茶婆でも恋しうなるものだ。夫婦と云ふものは、若い時よりも年が寄つてから本当の力になるものだ。若い時には春の蝶が彼方の白い花や此方の黄色の花に飛び交ひて、花の唇にキツスをする様に、花も亦喜んで受けてくれるが、斯う体中に皺が寄り、皮が余つて来、竹笠の様に骨と皮ばつかりになつて、胃病の看板然と痩衰へては、誰だつて見向いてもくれやしない。其時には本当の力になつてくれる者は、爺に対しては婆ア、婆アの力になる者は爺だ。何程可愛い子が沢山有つてもヤツパリ大事の話は、夫婦でなければ、打解けて話せるものぢやない。……アヽ中年にやもを鳥になる者程不幸な者は有りませぬワイ』 宗彦『若い時の心と、年の寄つた時の心とは、それ丈違ふものですかいな。我々から見ると、爺さまが皺苦茶婆を可愛がり、婆アが又目から汁を出し、水ばなを垂れ、歯糞をためて枯木の様になつた、不潔い爺を大切にするのを見ると胸が悪い様な気がするものだが、なんと人間と云ふものは合点のゆかぬものですなア』 松鷹彦『お前達は庚申の眷属の様に、あつちやの枝に止まつては小便を掛け、こつちやの枝に止まつては小便を垂れて、結構な人間を弄物の様に取扱ひ、色が白いの、黒いの、背が高いの短いのと、小言を云つて居られるが、わしの様な世捨人になつて了へば、誰も相手になる者はありやしない。蚊だつて味が悪いと云つて吸ひ付きにも来てくれやしない。本当に寂しいものだ。それで、せめて婆アの幽霊になりと、好な魚を毎日供へてやつて、追懐して居るのだ。わしの真心が通うたと見えて、婆アは毎晩床の間に現はれ、わしと一緒に飯も食ひ、茶も飲み、それはそれは大切にしてくれるが、併し何となしに便りないものだ。嬉しいと云ふ表情は見せるが、唯の一言も爺さまとも、爺どのとも言やアしない。是れ丈が現幽処を異にした為でもあらうが、どうぞお前さまも今晩泊つて、婆アの幽霊を一遍見なさつたらどうだ。お茶位は汲んでくれるなり、冷たい手でお前の様な若い男なら握手して呉れるかも知れやしないぞ。そりやマア親切な者だ。死んでからでも、斯んな目脂、鼻汁を垂れる爺を慕うて来るのだから、わしもドツかに好い所があるのだらう、アハヽヽヽ』 宗彦『お爺さま本当に出るのかい。……イヤお出ましになるのかい。私はもう幽サン丈は真平御免だ。併し随分よう惚けたものですな』 松鷹彦『きまつた事だよ。淋しいやもをの前で艶つぽい意茶つき話を聞かされて、大変にわしも若やいだ。返礼の為に一寸秘密の倉を開けて見せたのだ。夫婦と云ふものはマアざつと斯んなものだ。夫婦の中の愛情は若いお方には一寸には分るものぢやない。併しお前さまは最前柳の木の側で、私が釣して居る時に、一粒種の子に放れたのが悲しさに巡礼に廻つたと云うたぢやないか。今聞けば子に別れたと言ふのは全くの嘘だらう。そんな憐れつぽい事を云つて、世人の同情を買ひ、殊勝な若夫婦だと言はれようと思つて嘘八百を言ひ並べて歩くのだらう』 宗彦『本来無東西、何処有南北、色即是空、空即是色、有ると思へば有る、無いと思へば無い。死んだと思へばヤツパリ死んだのぢや。併し私の子を殺したと云ふのは、ホギヤホギヤと唄ふ子ぢやない。日が暮れるのを待ち兼ねて妙な手つきをして…コレコレ宗彦さま、夜も大分に更けました。隣のお竹さまはモウ就寝しやつたと見えて砧の音が止まつた。あんたも好い加減にお就寝みなさいませ。又明日が大事ですから……と妙な目付して褥を布いて呉れる……猫が死んだと云ふのだ。猫かと思へばチウチウと啼く事もある。猫か鼠か赤ん坊か知らぬが、わしはマア、ニヤンチウ運の悪いものだと、ミカシラベにハラバヒ、御足辺にハラバヒテ泣き給ふ時現れませる神は、ウネヲのコノモトにます泣沢女の神と云ふ』 松鷹彦『アハヽヽヽ、それは古事記の焼き直しぢやないか』 宗彦『古事記の焼き直しぢやから、若夫婦が乞食に歩いとるのだ。お前さまも年を老つた癖に合点の悪い人だな。余程耄碌したと見えるワイ。太公望気取りで、何時まで川の縁で魚を釣つて居つても、西伯文王は釣れやしない。婆アの幽霊だつて喰ひ付きやしませぬぞえ。良い加減に諦めて、殺生は廃めなされ。五生が大事だ、そんな六生な事をすると七生迄浮ばれぬからなア。今斯うして婆アさまの噂をして居ると、冥土に御座るお竹さまが今頃にや八九生と嚔でもして居るだらう。十生も無い爺だと恨んで御座るであらうのに、思へば思へばお爺さま、私も身に詰されて、悲しうも何ともありませぬワイ。……アンアンアン』 と目に唾を付け泣いて見せる。 松鷹彦『年が寄つて目がウトイと思つて、そんな俄作りの同情の涙を零して見せても、声の色に現れて居る。お前さまアタむさくるしい。唾を日月にも譬ふべき両眼にこすりつけて、そんな虚礼虚式的な巧言は廃めて貰ひませうかい。本当に唾棄すべき心事と云ふのは常習乞食の遍歴行者の馬鹿夫婦……オツトドツコイ若夫婦連れ、モウモウわしも何だか胸が悪くなつて来た。サアサア早く此処を立つて貰ひませう』 宗彦『ハハア、俺が宗彦ぢやと思つて、胸が悪うなつたなぞと、爺さま随分腹が悪いな』 松鷹彦『腹が悪いから、ムカつくのだよ。此冬枯れの木の様な寂しい爺イの所へ出て来て、お安くもないローマンスを見せ付けられて堪るものかい。お前も世界を遍歴して、苦労の味が分つて居るなら、気を利かして、トツトと帰つたらどうだ。併し乍らウラル教の言ひ草だないが、一寸先や暗の夜だ、諸行無常だ。随分足許に気を付けて行きなされ。左様なら……』 お勝『モシモシお爺さま、此宗彦はチツト智慧を落して来てますから、どうぞ気に障へて下さいますな。妾だつて斯んな分らずやと旅行するのは、胸が悪いのだけれど、妾が尻を振れば宗さまが腹を立て、腰を据ゑて頑張り、手にも足にも合はないから、口惜し乍ら目を塞いで、鼻持ならぬ香のする男を連れて歩いて居るのだ。本当に好かぬたらしい野郎ですよ』 宗彦『コラコラお勝、貴様は何処までも夫を馬鹿にするのか』 お勝『ヘン、夫なんて、膃肭臍が聞いて呆れますワイ。お前さまは人の宅を、女房の有る身を以て、毎晩々々連子の窓を覗きに来て、水門壺へ落込み恥ぢをかき、結局にはお勝さまを呉れねば、死ぬとか、走るとか、男らしうもない吠面かわいて、近所合壁に迷惑を掛けたぢやないか。それを先妻のお国さまが苦にして病気を起し、とうとう帰らぬ旅に赴かしやつた。墓の土のまだ乾かぬ前に、無理矢理に妾を是非共と言つて、ひつぱり込んだと云ふデレさんだから、妾もホトホトと愛想が尽きて来た。三文一文助けて貰うたのでもなし。嫁入に持つていつた着物も帯も、何も何も六一銀行へ無期徒刑に落して了ひ、本当に仕方のない男だよ。誰か目鼻のついた女が出て来て、お前を喰はへて帰んで呉れるものがないかと、朝から晩まで聞えぬ様に暗祈黙祷を続けて居るのだが、根つから、金勝要大神さまもどうなさつたのか、添ひたい縁なら添はしてもやらう、切りたい縁なら切つてもやらうと仰有る癖に、此頃は神さまも聾になられたと見えて、見向きもして下さらない。……アヽ残念な、口惜しい、……わしはお国の霊魂ぢや、アンアンアン』 宗彦『何だ、最前から俺の……善くもない事の棚卸ばつかりやりやがると思へば、お国と二人連だな。随分厭らしい奴を連れて歩いたものだワい』 お勝『半顕半幽だよ。幽顕一致、霊魂の奥にはおくにさまが納まつて御座るのだ。お国は何処と尋ねて見れば、……アイわたしは阿波の徳島で御座ります、……と云ふ様なものです、オホヽヽヽ』 宗彦『爺さま、一つ……あなたも武志の宮の神主さまと云ふ事だから、一遍此奴を審神して下さらぬか。お国を放り出して、お勝の本当の肉体ばつかりにして下さいな』 松鷹彦『ソリヤお前さま可けませぬぞえ。結構な神様の御神懸りだ。国常立尊様の御分霊かも知れんぞや。イロイロに化けて化けて此世を御守護なさる神様ぢやから……天勝国勝と云つて、お国様がお懸りなさつて御守護して御座るのだ。さうしてお前は女房のお勝に甘いだらう。そこでアマカツ、国カツだ。……結構な国所を立ち退いて来たから、国所立ち退きの命様の御守護だよ。俺の様な者がウツカリ審神でもしようものなら、それこそ又俺が憑りうつられて、年が寄つてから住み慣れし第二の故郷を後に国所立退きの命にならねばならぬから、マア此審判は御免蒙らうかい』 お勝俄に体を振り、神懸り状態になり、 お勝『金勝要大神であるぞよ。切りたい縁なら切つてもやらう。添ひたい縁なら添はしてはやらぬぞよ。宗彦は今迄沢山な女をチヨロまかした罪悪の報いに依りて、唯今限りお勝との縁を切るぞよ。ウーンウンウン』 松鷹彦『アハヽヽヽ、お勝さま、ウマイウマイ、モウ一しきり神懸りをやつて下さい。此奴アどう考へても私憑だ。コレコレ宗彦さま、胸に手を当てて、今迄の事を能う考へて見るが宜い。神様は決して無理な事は仰有いませぬぞ』 宗彦『そうだつて、私の女房を、頼みもせぬのに、縁を切るとはあまりだ。切ると云つても、金輪際こつちから切りませぬワイ』 お勝『エー思ひ切りの悪い男だなア。それだから此肉体が嫌ふのだ。男は断の一字が肝腎だ。どうだ是れから此肉体に先妻のお国に、お光、お福、お三、お四つ、お市、お高が同盟軍を作つて憑依して来るが、それでも其方はまだ未練があるか、どうだ厭らしい事はないか』 宗彦『何が厭らしいかい。どれもこれも因縁あつて仮令三日でも夫婦になつた仲ぢや、肉体の有る女房を数多連れて居ると、経済上困るが、物も喰はん嬶アなら、千人でも万人でも出て来い。アーア色男と云ふものは偉いものだ。幽冥界からまでもヤツパリ電波を送ると見える。何だか知らぬが、肩が重くなつたと思へば、此れ丈沢山な女房に対し、責任を双肩に担つて居るのだから無理もないワイ。正式結婚の女房の霊も、準正式も、雑式も、野合も何も彼もやつて来い。此頃は多数決の流行る時節だ。何程偉い者だつて少数党では目醒ましい仕事は出来やしないワ』 松鷹彦『オホヽヽヽ、宗彦さま、お前の背後を一寸御覧、針金の妄念の様な、蟷螂腕を出して餓利法師が踊つて居るぢやないか』 宗彦『アヽそんな事言うて下さるな。見さへせねば良いのだ。目程不潔いものの、恐ろしいものはない』 お勝は『ウーン、ドスン』と腰を下し、ケロリとした顔で、 お勝『宗サン、妾何か言ひましたかな。夢でも見とつたのか知らぬ。沢山な厭らしい亡者が、柳の木の麓で、「宗彦は生前に我々を機械扱ひにしよつたから、今晩は餓鬼も人数だ。力を協して、素首を引き抜いてやらう」と相談して居りましたよ。その時に妾にも同盟せいと言はれたのです。けれども、あまりお前さまが可哀相だから「さう皆さま慌るに及びませぬ。何れ彼奴も年が寄つたら此処へ来るのだから、其時に苛めてやりさへすれば良いだないか」と一時遁れに其場を切り抜けようとしたが、中々亡者の連中聞きませぬがな。今の間に宗サンの生命を取らねば、死ぬ迄待つて居つたら我々は又もや現界に生れ替り、幽冥界は不在になつて了ふ。そうだから讎を討つのは今の内だと言つて、それはそれはエライ勢でしたよ。用心しなさいや』 宗彦『そりや貴様、本当か、嘘ぢやないか』 お勝『嘘か本真か、今晩中に分りますわいな』 宗彦『そら分るだらうが……どちらだ。実際か、虚言か聞かして呉れ』 お勝『幽冥の秘、妄りに語る可らずと、どこともなしに神様の声が聞えました。マア今迄の年貢納めだと思つて、楽んで日の暮れるのを待ちなさい。あのマア青い顔、オホヽヽヽ』 宗彦『お爺さま、大変な事になつて来た。愚図々々して居ると、忽ち此処にやもめが一人出来ますワイ。何とかして助けて下さいなア』 松鷹彦『わしも此村でやもをの連れが無うて、寂しうて困つて居つたのだから、お前さまも早くやもめが出来る様に死なつしやい、それの方が結句気楽で宜からうぞい』 宗彦『何が何だか、サツパリ分らぬ様になつて来たワイ。夢でも見とるのでは有るまいかなア』 と頻りに頬を抓つて見て居る。かかる所へ捻鉢巻をした二人の男、慌ただしく入り来り、 留公『松鷹彦の神主さま、お前は聞く所に依れば、又してもバラモン教の行者を引張込んで、しやうもないお説教を聴聞しとると云ふ事だ。さう猫の目の様にクレクレと精神を変へて貰うと、村の者が迷つて仕方がない。一体どうする量見だ。お竹さまが死んでから、お前さまは益々変になつたぢやないか』 松鷹彦『チツトは変にならうかい』 留公『変にもならうかいも有つたものかい。改心して殺生を止め、神妙にお宮さまの御用を勤めたらどうだ。あんまりお前の行ひが悪いので、村の者が此間も庚申待に集つてお前をおつ放り出し、三五教の真浦さまを跡釜に据わつて貰はうと云ふ相談があつたぞ。こんな事ども村の連中に聞えようものなら、それこそ今日限り叩き払だ。そうなればお前さまも可哀相だからと思つて、気を注けに来たのだ。お春やお弓の奴、チヤンと知つて、俺に話しよつたから、俺は決して誰にも言ふぢやないと口止めをして来たのぢや。どうだ止めて下さるか』 松鷹彦『わしは武志の宮の神様にお仕へして居るのだ。決して村の人間のお給仕役ぢやない。神様から命じられたものを人間が寄つて集つて動かさうとした所で、そいつア駄目だ。そう云ふ事をすると村中に神罰が当つて、米も麦も穫れぬ様な饑饉が出て来るぞや』 田吾作『お爺さま、お前の仰有るこたア一応尤もだが、ヤツパリ人間の皮を被つて居る以上は、人間の規則にもチツトは従はねばなるまい。そんな我の強い事を言はずに、チツトは省みたらどうだい』 松鷹彦『馬鹿にするない。人間の皮被つとるなんぞと……骨から腸まで、魂まで、皆人間だ。皮被つとる奴はお前達ぢや』 留公『爺さま、お前さまこそ魂が四つ足ぢやで。其証拠にや、川獺か何ぞの様に、神様の方はそつち除けにして、魚捕ばつかりに憂身をやつし、盆過の幽霊の様に、水ばつかり羨りさうに眺めて暮して居るぢやないか。一体神様にお仕へする者が、殺生をすると云ふ事が有るものかい』 松鷹彦『わしは神様に仕へて居るから魚を捕るのだ。御神前で海河山野の珍味物だとか、鰭の広物、鰭の狭物と称へ乍ら、魚一匹、誰もお供へする者がないのだから、仕方なしに此老人が魚を漁つてお供へするのだ』 留公『ヘン、うまい事言つてるワイ。大方自分の喉の神さまに供へるのだらう。神主は神主らしうやつて居ればいいのだ。猫は鼠を捕るのが商売、猟師は獣を獲り、漁夫は魚を漁ると、チヤンと天則が定まつて居るのだ』 松鷹彦『それだつて、わしが漁つても、漁師が漁つても、生命の無くなるのは同じ事だ、そんな開けぬ事を言ふものだないワイ。息子は嫁取る、娘は婿取ると云つて、お前達は若いから楽しみだが、俺の様な老爺は、あんまり外分が悪くつて、嫁を取る訳にも行かず、仕方が無いから魚を漁るのだ。チツトは大目に見て、長老を敬ふのだぞ。長幼序ありと云ふ事を知つて居るか。今日は養老会と云つて、老人を大切にする会が、彼方にも此方にも開けて居るぢやないか。それに此村の奴ア、年が老つたら姥捨山へでも捨てたら良いものの様に思つて居るから、事が面倒になるのだ。老人は村の宝、生字引だ。俺が此村に居ればこそ、古い事が分るのだないか。俺の体は俺一人のものぢやない。一方はお宮様の召使、一方は此村の骨董品だ……否如意宝珠の玉だ。今こそ貴様達は不潔い爺いだと云つて、沢山さうに思うて居るが、俺が死んでみい、思ひ出す事が幾らでも出来る。……アーア松鷹彦様がモウちつと生きて御座つたら、御尋ねするのに…斯んな事なら生存中に…あれも聞いて置いたら良かつたに、此れも教へて貰つて置けば宜かつたのに………と後悔をして、泣いても、悔んでも後の祭りだ。せめては故人の徳を忘れぬ為だと云つて、宮の境内か川の縁に記念碑を建てて何程拝んだつて、石になつてから物は言やしないぞ』 留公『お前の様な爺さまに聞いたつて、何が分らうかい。併し一つ聞いて置かねばならぬ事がある。其奴ア、どこの淵には魚が余計寄つとるか……と云ふ事だ。なア川獺の先生』 松鷹彦『エー大人嬲りの骨なぶりだ。グヅグヅ言うと、死んだら目が潰れて物が言へなくなり、身体がビクとも動かなくなつて了ふぞ』 留公、肩を上げ下げし、鷹が羽を拡げた様な調子で、体を揺り、舌を出し、 留公『ウフヽヽヽ』 と笑ふ。 松鷹彦『貴様の其状態は何だ。鳶の様なスタイルをしやがつて……』 留公『オイ、お前がバラモン教の駆落巡礼だなア。何だ人気の悪い鯱面をしよつて……此川獺先生の所へ無心に来よつたのか。……コリヤ此村はバラモン教は禁物だ。布教禁制の場所だぞ。而も気楽さうに女房を連れて何の事だい。そんな事で神聖な神様の御用が出来ると思うて居るのか。一時も早う、足許の明かるい間に帰つて了へ。帰るのが厭なら、此川へドブンと飛び込め。さうすりや寧埒が明いて良いワ』 宗彦『ハイハイ、私は御存じの通りバラモン教のお経を唱へて、巡礼に廻つて居る者で吾子の冥福を祈る丈の者、人さんに宣伝なぞは決して致しませぬ。私の身体には大変な地異天変が勃発したので、何所の騒ぎじや御座いませぬワイ。女房が今となつて暇を呉れの、何のと言ふものだから…』 留公『ハツハア、地異天変て、どんな事かと思へば、嬶アにお尻を向けられたのだなア、そりや気の毒だ。俺も覚えが有る。それなら両手を挙げて同情…否賛成だ。オイオイ奥さま、斯んな結構な、青瓢箪然たるハズバンドを持ち乍ら、そんな綺麗な顔したナイスのお前が、こんな所までやつて来て、肱鉄砲を噛ますとはチツト人情に外れては居やせぬかい』 お勝『妾は訳を聞いて貰はねば分りませぬが、あまりの事で、モウ見切りを付けました。同じ事なら…あの…見た様な何々に、何々したう御座います』 と笠に顔を隠す。 留公『ハツハツハア、分つた。お前のホの字とレの字は、トの字とメの字の付く男に秋波を送つて居るのだな。生憎様乍らトーさまには、立派な烏の様な色の黒いおからと云ふ奥さまが御座んすわいな』 お勝『イエイエ妾は若い人や、土臭い蛙切りは虫がすきませぬ。同じ添ふのなら此お爺さまの女房になりたいのですよ。年は老つて居られても、どこともなしに崇高な御容貌、今年で三年が間、広い世界を股にかけて探して見ましたが、こんな立派な気品の高いお方に逢うた事は有りませぬ。まるで太公望の様な御方ですワ。此処へ来るなり、宅のハズバンドが厭になつて了つたのですよ、ホヽヽヽヽ』 留公『是れは又エライ物好も有つたものだナア、ヘーン』 と言つた限り、舌を斜かひに噛み出し、白眼を剥いて、両手の遣り場が無い様な調子で、下前方へ俯向けに手を垂らしシユーツと延ばし、呆れたふりをして見せる。 田吾作『わしは未だ独身だがなア。アーアどつかに合口があつたら、一つ買ひたいものだ』 留公『コリヤコリヤ短刀なんか買つて如何するのだい。過激派取締の喧しい時に、そんな物でも買ひに往かうものなら、それこそポリスに追跡され、終局には高等警察要視察人簿に登録されて了ふぞ』 田吾作『女房を貰つて、警察につけられるのなら、村中の奴ア、みんな高警要視察人ぢやないか』 留公『貴様も訳の分らぬ奴ぢやなア。……破れ鍋に綴蓋と云つて、それ相当の女房を持たねば、遂には破鏡の悲しみを味ははねばならぬぞ。こんな立派なナイスに対して秋波を送るのは、チツと提灯に釣鐘だ。併しお爺さま、枯木に花が咲いたやうなものだ。流石はエライ。それなれば私も賛成だ。貰ひなさい。其代りに私がチヨイチヨイと水汲み位、手伝ひに来てあげるワ』 お勝『オホヽヽヽ』 宗彦はクルクルと着物を脱ぎ棄て、褌まで除つて、川の早瀬へ惜し気も無く、笠も蓑も杖も一緒に投げ込んで了つた。 宗彦『ヤアお爺さま、モウ是れでバラモン教のレツテルを残らず剥がし、生れ赤児になつて了つた。どうぞお前さまの弟子にして下さい。さうして女房は貰つてやつて下さいませ。今日からは女房をあなたの奥さまとして敬ひます。ナアお勝、遠慮は要らぬから宗々と呼びつけにするのだよ』 お勝は又もやクルクルと下帯まで脱ぎ棄て、同じく蓑も笠も、金剛杖も一括にしてザンブとばかり投げ込んだ。 宗彦『アヽやつぱり女房は女房だ。斯うなるとチツとチツと、ミとレンが残つとる様な気がする。併し乍らお爺さま、着物を私に恵んで下さい。何でも宜しいから……』 松鷹彦『さうだと云つて、わしも北国雷ぢやないが着たなりだ。山椒の木に飯粒で、着の実着の儘、どうする事も出来やしない。先祖譲りの洋服で、二人共暫く辛抱するのだなア』 留公『ヤア宅の嬶アの着物を、俺が取つて来て、裸ナイスに進上しよう。田吾作、貴様はお前の一張羅を献上せい』 田吾作『貰うて下さるだらうかな。わしはチツと背が低いから、身に合ふだらうか』 留公『合うても合はいでも、無いより優しだ』 松鷹彦『ヤア留さま田吾作さま、世の中は相身互ひぢや。さうなくてはならぬ。是れもヤツパリ三五教の感化力のお神徳だ……』 (大正一一・五・一三旧四・一七松村真澄録)
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霊界物語 20_未_丹波物語5 錦の宮の発足 06 梅花の痣 第六章梅花の痣〔六六八〕 松鷹彦は今迄飯よりも好きであつた漁を断念し、武志の宮の社務所に居を転じ、宗彦、お勝の両人と共に朝夕神に仕へ、且三五教の教理を細々乍ら伝へてゐた。田吾作、お春の両人は御宮の参拝を兼ね、爺さんの話を聴く可く立寄つた。 田吾作『お爺さま、お前さまも此頃は大分に村中の評判が善くなつたぞい。朝は早うから御祝詞の声が聞えるお蔭で、村中が無病息災で全く松鷹彦様のお蔭だと言うてゐますぞや。尚宗彦さま、お勝さまの評判も仲々よろしい。併し村の者の話には、お前さまが此処へ来て神主になられてから、随分年も経つたが、お竹さまは亡くなり、後には女房子の無い一人のやもを暮し、本当に御気の毒だ。一層の事宗彦さまとお勝さまを子に貰つて、後を継がしたら如何だらうかとチヨイチヨイ村人の話頭に上りかけましたよ』 松鷹彦『私は最早三五教へ這入つてから、今迄の執着心をすつかりと除つて了ひ、幽界の結構なことも悟つたのだから、後継を貰つて心配をするよりも一層一人で余生を送る方が何程気楽だか知れやしない。此やうな老耄れた爺の子になつて呉れる者は恐らく広い世界にありますまい。私が亡くなつた時は滅多に捨てて置きはせまい。村人の情で何処かへ葬つてくれるだらう。それよりも幽界に行つて姿と一緒に暮す方が、現世に執着心が残らなくてよい』 お春『お爺さま、そりやそうだがお前さまがもしも病気になつた時には、矢張り世話をして呉れるものがないぢやないか。何程村のものだつてさうお前さまの病気に付添うて看病する訳にも行くまい。野良の暇の時ならば兎も角も、田植の最中や、稲刈りの最中に患ひでもなさつたら、それこそ仕方がありますまい。なんとか後継をこしらへて置きなさい』 松鷹彦『イヤもう藁の上から育てた子供なれば、なんとか無理を言つて介抱もして貰へるだらうが、俄に貰つた息子に対して、さうヅケヅケと言へるものでもなしに、却て遠慮をせなくちやならない様なものだから、もう何卒それだけは勧めて下さるな』 田吾作『お前さま、子は無かつたのかい』 松鷹彦『私は元は紀の国で生れたものだが、素盞嗚尊様が高天原を神追ひに追はれて遠い国へ御出ましになつた其時に、世の中は一旦は常暗の夜になつた事がある。其の時だつた、悪魔が横行して男二人、女一人の三人の子供を何者にか攫はれて了ひ、女房と二人が泣きの涙で、十五六年前に此処へ出て来て村人の情に依つて、此の宮守をさして貰ひ余生を送つて居るのだ。アーア我が子は如何なつたであらう。今迄は女房や子の事は好きな漁に心を紛らして忘れてゐたが、こんな話が出ると又思ひ出す』 と涙含む。宗彦は、 宗彦『モシお爺さま、貴方は今紀の国のものだと仰有いましたな。一体何の辺でございます』 松鷹彦『私は熊野の生れだ』 宗彦『ハテ不思議なことを承はります。私も実の所両親がわからず、他人から熊野辺の生れだと子供の時分に聞いたことがあります。私は大台ケ原の山奥の巌窟に悪神に攫へられて、長らく閉ぢこめられて居りました。其処へ立派な神様が現はれて、「お前はこれから浪速の里へ往て苦労せよ。一人前になつたら世界を順礼せい」と仰有いました。それを未だに夢のやうに覚えて居ります。さうして私も兄弟が三人あつたさうです。何処へ行つても親もなければ兄弟もない者は、誰も可愛がつては呉れず、漸く成人して牛馬にも踏まれないやうになつた頃から、徐々酒を呑み、そこら辺りへ養子にも幾度か行つて見、又家も持つて見ましたが、何分子供の時分から乞食のやうに、其処中を彷徨うて育つて来たものですから、家を持つの、養子に往くのと云ふことは窮屈でツイ飛び出し、自棄酒を呑んで女房に心配をかけ、沢山の女房を先立たしました。或人に聞けば私は丙午の年に生れたとかで、女に祟る身魂ぢやさうです。私も今は斯うして若いが、子が出来ないのでお爺さまのことを思ふにつけ、先が案じられてなりませぬ』 松鷹彦『お前さま、腋の下に梅の花のやうな痣がありはせぬかなア』 宗彦『そりや又貴老は何うして御存じですか』 松鷹彦『イヤ私の子供は男の方は二人とも梅の花の痣が付いて居る。兄は左の腋の下、弟の方は右の腋の下にハツキリと出てゐた筈ぢや。それを頼りに夫婦連れ、四五年が間探して見たが、人を捉まへて一々裸体になつて腋を見せて呉れと言ふ訳にも行かず、夏になると海水浴場へ往つて、わが子の年輩位な人の腋の下を一々調べて見たが、何を言つても見え難いところ、温泉へ行つても見当らず、これ位心配したことは無い』 と又俯向く。 宗彦『お爺さま、私の右の腋の下に何だか花のやうな型がありますが、一寸見て下さらぬか』 松鷹彦はビクリツと身を自然的にしやくり乍ら、 松鷹彦『ドレドレ一寸見せて下さい。アーアほんにほんに擬ふ方なき梅の花の痣、五弁の梅が上の方は少し欠けて居つたが、矢張り欠けて居る。さうするとお前は竹と云ふ男ぢやなかつたか』 宗彦『ハイ子供の時は竹と云ひました。バラモン教から宗彦といふ名を貰つたのです』 田吾作は二人の顔を見較べて見て、 田吾作『お爺さま、頭の恰好と云ひ、小鼻のつんもりとした辺から耳の塩梅、よく似てをるぢやないか。ヒヨツとしたらお前さまの子ぢやあるまいかな』 松鷹彦『擬ふ方ない私の息子だ。アーこれ宗彦、ようマア無事で居つて呉れた。これと云ふのも矢張り神様の御神徳だなア』 と泣き伏す。 宗彦『お父さまでございましたか、存ぜぬこととて御無礼を申しました。どうぞ許して下さいませ』 と宗彦は、カツパと伏して嬉し泣きに声を上げて泣く。お勝は手を組み思案に暮れ乍ら、松鷹彦を抱き起し、 お勝『モシモシお爺さま、貴老、一人の息女があつたと仰有いましたなア、其の息女さまには何か特徴は有りませぬか』 松鷹彦は声をかすめて、 松鷹彦『息女の特徴と云ふのは、臍の上に三角形なりに黒子が行儀よく出来て居たやうに覚えて居る。アーア一人の伜に廻り合つて嬉しいが、兄の松や、お梅は何処の何処に暮して居るであらうか。一つ叶へば又一つ、折角除れた執着心が再発して来た、ほんに苦しい浮世だなア』 と打沈む。お勝の胸にグツとこたへたのは臍の上の三角形の黒子、宗彦と夫婦になつて暮して来た関係上、名乗りもならず、一人胸を痛めてゐる。 松鷹彦『妙なことを訊ねるが私の心のせいか、何となくお前が恋しいやうな気がしてならぬのだ。竹に何処ともなしに似たやうな所もあり、女房のお竹にも何処か似て居るやうだが、若しや私の息女ではあるまいか』 お勝は口ごもり乍ら、 お勝『私も親も兄弟もあつたさうですが、行方は今にわかりませぬ。併し乍ら今貴老の仰有る黒子はありませぬ』 松鷹彦『アーさうかな、それは幸ひだつた。万一娘だとすれば血族結婚になり、天則違反で神様に罪せられるから、可愛さうだがマア兄妹でなくて結構だつた』 お勝『兄妹の結婚はそれ程罪が重いのですか。併し乍ら万一知らずに結婚をしたら、それは如何なります?』 松鷹彦『サア、それは何とも私にはわからない。余り例の無い事だから、この年になつても聞いたこともなし、三五教の真浦さまにも教へて貰つたこともないのだから』 宗彦『知らぬ神に祟りなしと云ふぢやありませんか。万一世間にそんな夫婦があるとしても、慈悲深い神様は屹度赦して下さいませう』 お勝は両の袂を顔に当て、身を悶えて泣いて居る。 田吾作『コレコレお勝殿、結構な父子の対面にお前さまが泣くと云ふことがあるものか、ハー羨りいのだなア。宗彦さまは焦れて居つたお父さまに会うて嬉しからうが、私は何時になつたら会へるだらうと思ひ出して泣くのだな。マヽヽ何事も神様に任して時節を待ちなさい。屹度信心の徳に依つてお父さまや、お母さまが現世にござつたら、会はして下さるでせう』 お勝『ハイ有難うございます。よう云つて下さいました。折角親子の……イエイエ親と子と御対面なさつて喜んでゐられるのを御喜びもせず涙を零して見せました。誠に済まぬことでございます。何卒お父様否宗彦さまのお父様、どうぞ私も子の様に思うて可愛がつて下さいませ。これからは打つて変つて親のやうに思つて孝行致します』 松鷹彦『アヽよう言うて下さつた。私も他人のやうには、どうしても思へない。親子も同然互に親切を尽し合うて神様の御用を致しませう』 三人は嬉し涙に暮れて、暫時無言の儘沈黙の幕が下りた。春の日は晃々として武志の森の千年杉の梢にかかつてゐる。烏は卵を孵化し、雌雄互に飛び交ひ、餌を漁つて子烏に与へてゐる。子烏は黄色い口を裂ける程開けてゐる。 田吾作は性来の慌者、 田吾作『ヤア爺さま、宗さま、親子の対面御芽出度う。ドーレこれから帰つて御祝ひでも持つて来ませう。オイお春さま、お前も何か祝はにやなるまい。さア帰らう』 松鷹彦『モシモシ田吾作さま、お春さま、どうぞ暫らく村の人に言うて下さるな。又騒がせると気の毒だから』 田吾作『何を爺さま仰有るのだ。地異天変、手の舞ひ脚の踏む所を知らざる大観喜天様の御来迎、これが黙つて居られますか。サアお春さま、早く早く』 と促し、爺の呼び留るのも聞かばこそ、捻鉢巻をグツと締め、尻ひん捲り、我家を指して馳帰る。 松鷹彦『アーア親切な男だ。ようちよかつく人だが、併し彼れ位心のキレイな方はない、アー見えても心は確りして居る。村中の賞めものだ。どうぞ好い嫁さまをお世話して上げたいものだ』 一方田吾作は何よりも早く留公が離家に居る真浦の宣伝使に報告せむとし、 田吾作『大変大変』 と道々呼ばはり乍ら、近所に火事でも起つた様な周章方で走つて来た。留公は鍬を担げて門口へ出ようとするところであつた。 田吾作は、 田吾作『オイ留公、貴様は鍬を担げて何処へゆくのだ。大変だ、地異天変だ、欣喜雀躍手の舞ひ、脚の踏む所を知らぬ大事件が突発した。サアサア早く貴様も用意をせぬかい、何をグツグツしてゐるのだ、野良仕事位は休んでも好い。天変だ天変だ』 と地団太ふんで踊り廻る。 留公『貴様さう云つたつて理由も言はずに解らぬぢやないか。一体なんだい』 田吾作『なんだつて解つとるぢやないか。芽出度いことだ。タヽヽ大変だ。早く宣伝使の真浦さまに取次で呉れ』 留公『そら取次がぬ事は無いが、ちつと落ちつかぬかい。詳細に報告せなくては事件の真相どころか、端緒も探れぬぢやないか』 田吾作『エー邪魔臭い、愚図々々して居ると喜びが何処かへ消滅して了ふと大変だ。邪魔ひろぐな』 と無理矢理に真浦の居間に走り込んだ。 真浦『田吾作さま、大変な勢ひで何事が起つたのだ』 田吾作『何事が起つたもあるものか。梅ぢや梅ぢや、梅の花ぢや』 真浦『梅だと云つたつて解らぬぢやないか。梅が必要なら裏に沢山なつてゐる。トツトとむしつてゆかつしやれ』 田吾作『そんな事どころか。梅と云つたら梅ぢやな。合点の行かぬ宣伝使だな。親子の対面だ』 斯かる処へ留公は跡を追つて走り来り、 留公『オイ田吾作、貴様は気が違ひ居つたのか。チト確りせぬかい』 と背中を握り拳で二つ三つ叩いた。 田吾作『アイタヽヽ、腕が抜けるやうな目に会はせやがつた。オーそれそれかひなぢや、かひなぢやかひなぢや』 と腋を左の食指で頻りに指し示す。 真浦『腕が何うしたと云ふのだい』 田吾作『腕に梅の花が咲いたのだ。五弁の上の奴がちよつと欠けて居る。それで親子の対面だ。武志の森の社務所で腕に咲いた梅の花、三千世界一度に開く梅の花のやうな喜悦だ』 真浦『とんと合点が行かぬ哩。田吾さま、もうチツト落ちついて云つて下さい』 田吾作『他人の乃公まで、あまり嬉しうて、これが何うして落ちつけよう。梅ぢや梅ぢや。武志の森まで往つて見りや解る』 真浦『益々解らぬことを云ふぢやないか』 と訝かし相に首を傾ける。其処へお春が遅れ馳せにやつて来た。 お春『モシモシ大変な喜びが出来ました。田吾作さまに大体のことは、御聴きでせうから私が申上げるものも二重ですが、本当に結構でございますよ。松鷹彦のお爺さまも到頭親子の対面をなさいました』 真浦『何ツ、お爺さまが親子の対面、して其子と云ふのは誰のことだな』 お春『彼の此間行者になつて出て来た宗彦さまが、お爺さまの子だつた相です。右の腋の下に梅の花の痣があつたので、それで親子と云ふことに気が付いたのです。彼の方は紀の国の生れで、名前は竹さまとか云つたさうです。さうしてまだ松さまといふ兄があり、お梅さまといふ妹があるさうです。それは未だ分りませぬ。併し乍らお爺さまは竹さまに会つたので大変な御喜び、どうぞ貴方も早く武志の森迄いつて神様に御礼を申して下さい。村中明日は総休みをして御祝ひをせなくてはなりませぬから』 真浦『何ツ、三人兄妹、さうして竹と云ふのが彼の男か』 田吾作『オーさうぢやさうぢや、なにを愚図々々して居るのだ。早くいきなさらぬか。お春さま女だてら構はひでも好いワ。早く帰つて御馳走の用意をせないか』 お春は『ハイ』と答へて足早に立ち去つた。真浦は手を組み、 真浦『ハテナ』 と云つたきり、深き思案に沈むものの如くである。 田吾作『ハテナもあつたものかい。サアサア御輿を上げたり上げたり。お前さまは斯んな芽出度いことが何とも無いのか。何を愚図々々してゐるのだ。それだから私に鍬の尖で指を斬られるやうな事が出来るのだ。サア早う早ういつてお呉れなさい』 真浦は何故か太き息を吐き、無言の儘うつむいて頻りに考へてゐる。 田吾作『オー今思ひ出した。此間お前さまが禊身の時に私がチラと見ておいた、お前さまの腋の下に梅の痣がありましたなア。それならひよつとしたら爺さまの子で松と云ふ男かも知れはしない。何うだい、違ひはありますまいがな』 真浦『コレコレ田吾作さま、滅多な事を云つて下さるな。梅の紋の痣のあるものは、広い世界には沢山あるだらう。さう軽率に云つて貰つては困るからなア』 田吾作『なに化物のやうに人間の身体に、梅の花の咲いた奴が、さう沢山あつてたまりますかい。うめい言ひ訳をしなさるな。ドーレ一つこれから爺さまの所へトツ走つて注進だ。ヤア天変だ、天変だ』 と駆出す。 真浦『コレコレ留さま、一寸田吾作さまを捉まへて下さいな』 留公は、 留公『合点だ』 と田吾作の後を追ひ駆る。田吾作は一生懸命走り出す。踏み外して崖下の麦畑へ顛落し、 田吾作『アーアやつぱり地異天変だ。麦一升な目に会つたものだ。オイ留公、この報告は俺が承はつたのだ、先へいつて喜ばしやがると承知せぬぞ』 留公『貴様の言ふことは何が何だか、薩張解らせんワ。俺ん所の麦畑をワヤにしやがつて何うして呉れるのだい』 田吾作『何うも斯うもあつたものかい。麦の一升や二升ワヤになつたつて、此の喜びに替へられるものか。親子の人に寄附したと思へば済むのだ。此の場合になつて吝嗇くさいことを言ふな』 留公は又もや両手を組んで、 留公『ハテナ』 と思案に暮れてゐる。松鷹彦は二人に留守を命じ置き、あかざの杖をつき田吾作の後を追うてヒヨロヒヨロと此処までやつて来た。 留公『ヤア貴方は宮のお爺さま』 松鷹彦『お前は留さまぢやないか。斯んな路傍に何心配さうにして立つてござるのだ』 留公『別に心配も何もありませぬが、田吾作の奴俄に発狂し居つて、これ此通り此の高土手から顛落し、訳のわからぬ事を言つてます』 爺さんは恐相に崖下をソツと覗いた。高所から落ちて腰を痛め、脚の蝶番を破損した田吾作は、爺の顔を見るより、 田吾作『ヨーお爺さま、大変大変、左の腋下にモ一つの梅の花が咲いた』 松鷹彦『それは何処に咲いたのだな』 田吾作『何処にも彼処にも咲いて咲いて咲き乱れて居る。真浦ぢや真浦ぢや、真浦の左の腋下に梅の花の痣があるのだよ。的切りお前の伜の松さまに間違ひなからう。いつて来なさい。私はお前に報告のため、駄賃取らずの飛脚さまで今日一日は、お前のために社会奉仕をするのだよ』 松鷹彦『それはマア妙なことを聞くが実際そんなことがあるのかい。嘘ぢやあるまいなア』 田吾作『嘘を云つた所で一文の徳にもなりはせぬ。早く帰つて親子対面の用意をしなさい。オイ留公、真浦さまを宮の社務所まで引張つて来るのだよ』 と身体の痛みも忘れて、一生懸命に叫んでゐる。松鷹彦は半信半疑乍らも、何か心に期する所あるものの如く、覚束なき足も欣々と軽げに元来し道へ踵を返した。 留公は田吾作を助けむと、少しく迂回して側に近付き、 留公『オイ田吾作、しつかりせぬか、口ばつかり噪やぎ居つて、腰がチツとも立たぬぢやないか』 田吾作『あまり嬉しくて嬉し腰が抜け居つたのだい』 留公『サア、俺が負うてやるから俺の背中に喰ひつくのだ』 田吾作『俺を負ふ人があるのだ。それ迄待つてゐるのだよ。大きに憚りさま』 留公『負惜みの強い奴だな。俺が親切に負うてやらうと言ふのに、何故負はれぬのか』 田吾作『かうして此処に平太つて居れば、屹度通る人があるのだよ。カヽヽエー矢張構うてくれな。何事も惟神に任すのだ』 留公『ハハア、カヽヽと云ひやがつて、大方お勝さまに負うて貰はうと思つてゐるのだらう、サアサ俺がお勝さまの所へ負つて連れて行つてやらう。背中に喰ひつくのだよ』 田吾作はソーと腰を上げてみて、 田吾作『アー妙だ、何時の間にか自然療法で全快し居つた。マア生命に別条はない。安心してくれ』 留公『こんな奴に相手になつて居ると狐につままれたやうなものだ。エヽ怪体の悪い』 とボヤキボヤキ上つて行く。田吾作はシヤンシヤンとして後を追ふ。漸く顛落した箇所までやつて来た。 田吾作『アヽ此処だ、俺の一生一代の放れ業の遺跡だ。臨時に目標でも建てて記念にして置かうかな』 其処へ慌しくやつて来たのは真浦である。 真浦『留さま、田吾作さま、何をしてゐるのだ』 留公『今田吾作が空中滑走の曲芸を演じ、此の留さまに御覧に供した所です』 田吾作『ヤア左の腋の下の梅の花か、サア早く来た。もう爺さんに注進済みだ。屹度四頭立ての黒塗りの馬車か、自動車を以て迎ひに来ますぜ。マア、ゆつくり此の田圃路に待つて居なさい』 真浦はニタリと笑ひ乍ら、足早に武志の森をさして急ぎ行く。二人も捻鉢巻し乍ら大股に宙を飛んで、宮の社務所目蒐けて駆け出した。 (大正一一・五・一三旧四・一七外山豊二録)
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霊界物語 20_未_丹波物語5 錦の宮の発足 07 再生の歓 第七章再生の歓〔六六九〕 松鷹彦はあかざの杖をつき、田吾作、お春の慌てて駆出した跡を気遣ひ、覚束ない足つきにて二人に留守を托しながら出て往つて仕舞つた。後には夫婦連れ、何れも喜びと驚きの涙に暮れて居る。 お勝『モシ宗彦さま、何卒私に暇を下さいませぬか』 宗彦『そりやお前、本当に欲しいのか』 お勝『何しに心にもない事を云ひませう、一寸感じた事が御座いますから、何卒今日限り縁を切つて下さい』 宗彦『ハハ分つた、お前は、私の父親は、もつと立派なものと思うて居たのだらう、あの爺さまが、私の親と云ふ事が分つたので俄に嫌になつたのだな』 お勝『イエイエどうしてどうして、嫌になりますものか、層一層懐しうなつて来ました』 宗彦『そんなら尚更の事、夫婦睦まじく暮して呉れたらどうだ。俺も折角お父さまに遇うて喜ぶ間もなく、女の方から暇を貰つてどうして親に合す顔があらうか、昨日迄なら止むを得ざれば切つてもやるが、今となつてそんな事が出来るものか、俺の心も些とは察して呉れたらどうだ』 お勝『それはさうで御座いますが、これには云ふに云はれぬ仔細があつて』 宗彦『遠慮会釈もない夫婦の仲、云はれぬ秘密があらう筈はない、サアその秘密を聞かして呉れ』 お勝『其秘密を申し上げたら貴方は吃驚をきつとなさいませう、是許りは死んでも申し上げられませぬ』 宗彦『ハヽア、さうするとお前は田吾作さまと、なんか俺に内証で契約でもしたのだらう、田吾作とお前の視線がどうも怪しかつた』 お勝『何と云ふ情ない事を仰しやるのですか、私の腹を切つてでも見せて上げたい、何れ死なねばならぬ罪の重いこの体』 と云ふより早く懐の懐剣を取り出し、帷子の薄衣の上からグサリと突き立てようとした。宗彦は驚いてぐつと其手を握り、 宗彦『待て待て』 お勝『イエイエ何うぞ留めて下さいますな、潔く死なして下さいませ、腹を切つて臨終の際に一言申し上げて、神様や貴方にお詫を申し上げます』 宗彦『生死を共にしようと云つて、山野河海を見窄らしい巡礼姿となり下がり、手に手を把つて此処迄互に父母の後を慕ひ来たのではないか、お前は大方私が親子の対面をしたので恨めしうなつたのだらう、イヤ失望落胆したのであらう、きつと遇ふ時節が来るから短気を起して呉れな、夫が妻に手をついて、サア此通りだ』 と片手にお勝の腕を握り、片手を目の前に突きつけて、涙と共にお勝を拝む。 お勝『アヽ勿体ない、そこ迄思うて下さるなれば死ぬのは止めませう、安心して下さいませ、その代り只今限り無条件でお暇を願ひたう御座います』 宗彦『暇をやらねば死ぬと云ふなり、暇をやれば親父に心配をかけるなり、嗚呼恩と恋との締木にかかつて、こんな苦い事が世にあらうか。これお勝、何卒暫くでいいから夫婦になつて居てくれ、又時をみてお前の望み通り、離縁をするから』 お勝『それが待たれるやうな事なれば、なぜ私がお願ひ致しませう、女房が夫に対し離縁を申込むなぞと云ふやうな、不合理な事が何処に御座いませう。貴方は嘸々不貞腐れの女だと思召すでせうが、私の胸の中は千万無量、焼鏝を当てるやうで御座います』 宗彦『アヽ何うしたら此苦みを逃れる事が出来ようかなア、暇をくれと云へば云ふ程心の中の恋と云ふ曲者が躍り出し、俺の体も焦熱地獄に陥ちたやうだ』 と太き息をつく。夫婦の間に得も云はれぬ悲惨な雲の幕が下りた。斯かる所へ松鷹彦はいそいそと帰り来り、 松鷹彦『ヤア宗彦、お勝、お前は泣いて居るのか、こんな目出度い時に夫婦が揃うて泣くと云ふ事があるものか、泣きたければ又夜中に悠くりと泣いて満足するがよい、今其処へ村の衆が出て御座るから、サアサア早う機嫌直して呉れ』 宗彦『お父さま、余り嬉しうて嬉し涙が溢れたのです、御心配下さいますな』 松鷹彦『アヽ、さうだらうさうだらう無理も無い、併しお勝も泣いて居たやうだ、目を腫らして居るぢやないか、これこれお勝、見つともない、泣いて呉れな』 と留めながら松鷹彦は自分も泣き出した。 宗彦『お父さま、申上げ悪い事ですが、女房が只今より暇が欲しいと云ふのです、それで実は二人が談判して居つたのです』 松鷹彦『若い者と云ふものは仕方がないものだな、私も覚えがある。天下御免だから犬も喰はぬ喧嘩を精出してやつて呉れ』 後は嬉し涙をしやくり上げる。 斯る所へ、天の真浦の宣伝使を始め、田吾作、留公、お春は四五の里人と共に、スタスタとやつて来た。 田吾作『モシモシ、お爺さま、お喜びなさいませ、真浦の宣伝使は確に左の腋の下に梅の紋が鮮かに現はれて居ります。屹度最前仰有つた、貴方の御長男松さまに間違ひありません。ナア真浦さま、さうでせう』 真浦『ハイ』 と云つたきり、何となく心落ち着かぬ返事をして居る。 松鷹彦『モシモシ真浦さま、失礼な事をお尋ね致しますが、あなたのお国は何所で御座いましたか』 真浦『ハイ、私は紀の国熊野の生れで御座います』 松鷹彦『お父さま、お母さまはお達者にして御座るでせうな』 真浦『イエ父も母も行方不明となり、三人の兄妹も何うなつたか、何分小さい時に分れたのものですから顔も知らず、全然世の中に親族も何もない一人ぼつちです。私の力とするのは唯もう仁慈無限の神様許り、度々夢を見ますが、私の父はどうも貴方に良く似て居るやうに思ひます。併しこれは夢の事ですから、あてにはなりませぬ。何卒お心にさへて下さいますな』 松鷹彦『お前さま左の腋に梅の花の痣があると云ふ事ぢやが、それは真実ですか、真実なら一寸見せて下さい。私の子供には兄弟とも兄は左に弟は右に、不思議な事には梅の紋の痣がついて居る、何でも是は神様の生れ変りと聞いて居る。一人の娘には臍の上に三角星のやうな黒子があつた』 真浦『是は妙な事を承はります、サア何うぞお調べ下さいませ』 と肌を脱ぐ。松鷹彦は眼を光らし、つくづくと眺めて、 松鷹彦『マヽ擬ふ方なき私の忰であつた。有難い有難い、これと云ふのも神様のお引き合せ、婆が生て居たらどれだけ喜ぶであらうに、可憐さうな事をした。婆と明け暮れ三人の子供の事を思ひ出しては泣き、云ひ出しては泣き、可憐さうに泣いて泣いて泣き暮し、終には自暴自棄になつて、河の魚を漁り、殺生ばかりして悶々の情を慰めて居た。アーア可憐さうだつた』 と流石妻を思ふ愛情の雲に包まれて其場に力なく泣き沈む。 田吾作『こんな目出度い時に何をベソベソ泣くのだ。男と云ふものは涙を目から外へ落すのは大変な恥だ、潔うなさいませ。歌でも謡つて祝ひの酒でも飲んで機嫌ようするのだなア、私も何だか陰気になつて来た。サア一つ歌つて見ようかな、ぢやと云うて酒も呑まずに何だか拍子抜がしたやうだ。お弓の奴、酒を買うて持つて往くと云ひながら、何をして居るのだらう。又爺といちやついて居るのだなからうかなア』 と態と潔う喋り立てる。留公は、 留公『モシモシ、真浦の宣伝使さま、何を俯向いて居るのだ。早くお父さまに久し振りの御対面の御挨拶をなさらぬか、何だか目出度い事だと思うて来たのに薩張座が湿つて仕舞ひ、五月雨の空のやうだ。ヤアお弓さんが酒を持つて来た。オイ田吾作、お前は酒好きだから、早く飲んで一つ踊つて此場の空気を一洗してくれ、俺は御馳走の用意にかかるから、追々村の者が出て来る時分ぢやから愚図々々しては居られぬぞや』 と足早に炊事場指して走り行く。 田吾作はお弓の持つて来た酒をグイと引つ手繰り、其儘口にあてて法螺貝飲みを始めて居る。松鷹彦、真浦、宗彦、お勝の四人は喜びと悲しさの雲に包まれ、黙念として傾首れて居る。田吾作は酒の機嫌で謡ひ出した。 田吾作『とうとうたらりやとうたらりたらりやたらりやとうたらり 天下泰平国土成就神が表に現はれて 善と悪とを立て別ける此世を造りし神直日 心も広き大直日唯何事も人の世は 直日に見直せ聞き直せ身の過ちは宣り直す 三五教の神の道神の御稜威のいや高き 武志の宮の御前に親子夫婦の邂逅 三千世界の梅の花左の腕は厳御霊 右りの腕は瑞御霊厳と瑞との神の子が 弥此処に現はれて三五の月の御教を 四方に広むる常磐木の松鷹彦のお喜び 臍下丹田のその上に瑞の御霊の印ある 黒子の出来たお勝さま私ばかりは知つて居る さはさりながら皆の人必ず怪しみ給ふなよ わしとお勝さんの其仲は汚れた事は露もない 宇都の河原にお勝さま御禊せられた其時に 横から一寸見て置いた松鷹彦の先刻の 御物語を伺へばこれぞてつきり御兄妹 松竹梅の三人が弥揃うた神の前 皆さま喜びなさいませこんな目出度い事はない 仮令天地は変るとも親子の縁は変りやせぬ 親子は一世夫婦二世切るに切られぬ親と子が 長い間の生き別れ此処で遇うたは優曇華の 花咲く春の梅の花開いて散るな実を結べ 七重に八重に九重に十重に廿重に咲き匂ふ 神の教の瑞祥ぞアヽ惟神々々 御霊幸倍ましまして知らず知らずに犯したる 宗彦夫婦が身の罪を三五教の大御神 直日に見直しましまして罪も汚れもあら川の 淵瀬に流して清めませアヽ惟神々々 御霊幸倍ましませよ』 と剽軽な男に似ず、今日に限つて真面目に謡ひ、真面目に舞うて見せた。この言霊に白けかかつた一座は俄に陽気だち、何れも顔色変へて春風に桜の綻ぶ如き笑顔を見せたり。 宗彦『アヽお勝、お前は合点の行かぬ事を俄に云うと思つて居たが、アヽ妹であつたか。なぜ遠慮をするのだ、素より兄妹と知つて天則を犯したのでもなし、知らず識らずの反則であるから神様も赦して下さるだらう。何うぞ心配してくれな、併し兄妹と分つた以上は、お前の望み通り暇を上げませう』 松鷹彦、真浦は打驚き、夢か現か、親か子か兄妹かと、目と目を見合し、呆れて言葉も泣く許り。天の真浦は立ち上り、 真浦『天と地との其中に生れ来りし人草の 中にも別けて我が親子運命の神に操られ 親子は四方に離散して行方も知らぬ旅の空 親は我子の行先を尋ねて風雨に身を曝らし 慈愛の涙そそぎつつ山河渡り荒野越え 我等が跡を老の身の憂を忘れてあちこちと 彷徨ひませる親心山より高く海よりも 深き尊き御恵み我等三人の兄妹は 親に離れし雛鳥の寄る辺渚の捨小舟 流れ漂ひあちこちと情なき人に虐まれ 百の艱みを凌ぎつつ我垂乳根の行先を 朝な夕なに当もなく探りし事の悲しさよ 天地に神のますならば悲しき我等がこの思ひ 晴らさせ給ひて片時も早く遇はさせ給へやと 神に祈りをかけまくも畏き御稜威幸はひて 思ひもかけぬ親と子が今日の対面何として 天地の神に礼代の言霊さへもなくばかり アヽ惟神々々御霊の幸を賜はりし 恵も深き三五の道を守らす大御神 神素盞嗚大神の瑞の光に照らされて 月満つ今日の邂逅父は此世にましませど 母は早くも娑婆世界後に見捨てて去りましぬ さはさりながら吾のみは恋しき母と知らずして お目にかかりし嬉しさよ此世に母のましまさば 如何に喜び給ふらむ嗚呼父上よ弟よ 日頃尋ねし妹よいざ是れよりは大神の 真の道に服従ひて生命の限り身の極み 誠一つの言霊に悪魔の猛ぶ現世を 洗ひ清めて母上の御心慰め奉り 父の誉を万代に伝へむものと励みませ 淵瀬と変る人の世は明日をも知らぬ身の上ぞ 嬉しき春に廻り遭ひ互に顔をみたり連れ 一度に開く梅の花三千世界の名を負ひし 三角星座の印ある名さへ目出度き梅子姫 常磐堅磐にいつ迄も松竹梅の勇ましく 生き長らへて吾が父に能ふ限りの孝養を 尽くすも嬉し兄妹の今日の喜び月照の ミロクの神の御前に喜び感謝し奉る アヽ惟神々々御霊幸倍ましませよ』 と謡ひ終つて座についた。 村中の老若男女は残らず空家にして此場に馳集まり、飲めよ謡へよの大祝ひに夜を明かした。 天の真浦は永く武志の宮に留まりて父に孝養を尽し、お春を女房に持ち、父の後を継ぐ事となつた。お勝は留公の媒酌にて田吾作の妻となり、夫婦仲よく一生涯を送り、子孫繁栄して裕な身となつた。 宗彦及び田吾作の二人はこれより聖地に上り、言依別命に謁し、三五教の教理を体得し、自転倒島を始め、世界到る所に足跡を印し神業に参加し、遂には素盞嗚大神に見出されて立派なる大宣伝使となりにける。 (大正一一・五・一三旧四・一七加藤明子録)