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霊界物語 11_戌_コーカス山の大気津姫退治 03 死生観 第三章死生観〔四七〇〕 冴え渡る音楽の声、馥郁たる花の香りに包まれて、忽ち時公は精神恍惚とし、天を仰いで声する方を眺めてゐる。 梅か桜か桃の花か、翩翻として麗しき花瓣は雪の如くに降つて来る。香はますます馨しく、音楽はいよいよ冴え、神に入り妙に徹する斗りなり。 東彦(本当は高彦)『オー、時さま、目の帳は上つただらう、耳の蓋は取れたであらう。鼻も活返つたであらう』 時公『ヤアー、豁然として蓮の花の一度にパツと開いたごとき心持になりました』 東彦(本当は高彦)『是でも私を化物と思ふか』 時公『化物は化物だが、一寸良い方の化物ですなア。是丈では時公もトント合点が行きませぬが、最前貴方のおつしやつた、私の何万年とやら前に生て居つたとか云ふ、その訳を聞かして下さい』 東彦(本当は高彦)『今度は真面目に聞きなさい。人間と云ふものは、神様の水火から生れたものだ。神様は万劫末代生通しだ。その神様の分霊が人間となるのだ。さうして、肉体は人間の容れ物だ。この肉体は神の宮であつて、人間ではないのだ。人間はこの肉体を使つて、神の御子たる働きをせなくてはならぬ。肉体には栄枯盛衰があつて、何時迄も花の盛りで居ることは出来ぬ。されどもその本体は生替り死替り、つまり肉体を新しうして、それに這入り、古くなつて用に立たなくなれば、また出直して新しい身体に宿つて来るのだ。人間が死ぬといふことは、別に憂ふべき事でも何でもない。ただ墓場を越えて、もう一つ向ふの新しい肉体へ入れ替ると云ふ事だ。元来神には生死の区別がない、その分霊を享けた人間もまた同様である。死すると云ふ事を、今の人間は非常に厭な事のやうに思ふが、人間の本体としては何ともない事だ』 時公『さうすれば、私は何万年前から生て居つたと云ふ事が、自分に分りさうなものだのにチツとも分りませぬ。貴方のおつしやる通りなら、前の世には何と云ふ者に生れ、何処にどうして居つて、どういう手続きで生れて来たと云ふ事を覚えて居りさうなものです。さうしてそんな結構な事なれば、なぜ今はの際まで、死ぬと云ふことが厭なやうな気がするのでせうか』 東彦(本当は高彦)『そこが神様の有難いところだ。お前が前の世では、かう云う事をして来た、霊界でこンな結構なことがあつたと云ふ事を記憶して居らうものなら、アヽアヽ、こんな辛い戦ひの世の中に居るよりも、元の霊界へ早く帰りたい、死んだがましだと云ふ気になつて、人生の本分を尽す事が出来ない。総て人間が此世へ肉体を備へて来たのは、神様の或使命を果す為に来たのである。死ぬのが惜いと云ふ心があるのは、つまり一日でもこの世に長く居つて、一つでも余計に神様の御用を勤めさせる為に、死を恐れる精神を与へられて居るのだ。実際の事を云へば、現界よりも霊界の方が、いくら楽いか面白いか分つたものでない、いづれ千年先になれば、お前も私も霊界へ這入つて「ヤア、東彦様」「ヤア時様か」「どうして居つた」「お前は何時死んだのか」「さうだつたかね、ホンニホンニ何時やら死んだやうに思ふなア」ナント云つて互に笑ふ事があるのだ』 時公『アヽそンなものですか。そんなら私の様に、この様に長生をして罪を作るより、罪を作らん中に、早く死ンだ方が却つて幸福ですなア』 東彦(本当は高彦)『サア、さう云ふ気になるから、霊界の事を聞かすことが出来ぬのだ。この世ほど結構なとこは無い。一日でも長生をしたいと思うて、その間に人間と生れた本分を尽し、一つでも善いことを為し、神様の為に御用を勤めて、もう是でよいから霊界へ帰れと、天使の御迎ひがある迄は、勝手気儘にこの世を去る事は出来ぬ。何ほど自分から死に度いと思つても、神が御許しなければ死ぬ事は出来ぬものだ』 時公『一つ尋ねますが、私が子供の時は、西も東も知らなかつた。昔から生通しの神の霊魂であるとすれば、子供の時から、もう少し何も彼も分つて居りさうなものだのに、段々と教へられて、追々に智慧がついて来たやうに思ひます。是は一体どう云ふ訳ですか』 東彦(本当は高彦)『子供の肉体は虚弱だから、それに応ずる程度の魂が宿るのだ。全部本人の霊魂が肉体に移つて働くのは、一人前の身体になつた上の事だ。それ迄は少し宛生れ替るのだ』 時公『さうすると人間の本尊は十月も腹に居つて、それから、あと二十年もせぬと、スツカリと生れ替る事が出来ぬのですか』 東彦(本当は高彦)『マアそンなものだ。併し何ほど霊界が結構だと云つても、人生の使命を果さず、悪い事を云うたり、悪ばかりを働いて死んだら、決して元の結構な処へは帰る事は出来ぬ。それこそ根の国底の国の、無限の責苦を受るのだ。それだから此生の間に、一つでも善い事をせなくてはならぬ』 時公『大分に分りました。一遍に教へて貰うと、忘れますから、又少し宛小出しをして下さい』 東彦(本当は高彦)『サア、行かう、夜の旅は却つて面白いものだ』 時公『エー、終日荒野を歩いて、夜迄も歩くとは、チツト勉強が過ぎはしませぬか。日輪様でも夜さりは黒幕を下してお休みだのに、それは余りです』 東彦(本当は高彦)『夜の旅と云ふ事は寝る事だ。サア、憩うと云ふ事は休むと云ふ事だ、アハヽヽヽヽ。また今晩も茅の褥に肱枕、雲の蒲団でお寝みだ。神の恵の露の御恩を感謝する為に、神言を奏上し、宣伝歌を歌つて寝む事としよう』 時公『新しい宣伝歌は根つから存じませぬ。何でも宜しいか』 東彦(本当は高彦)『先づ私から宣伝歌を唱へるから、お前はお前の言霊に任して歌ふのだ』 と云ひ乍ら東彦は直に立て、 東彦(本当は高彦)『天と地とは永久に陰と陽との生通し 神の水火より生れたる人は神の子神の宮 生くるも死ぬるも同じ事是をば物に譬ふれば 神の世界は故郷の恋しき親のゐます家 此世に生まれた人生は露の褥の草枕 旅に出たる旅人のクス野を辿るが如くなり 辿り辿りて黄昏にいづれの家か求めつつ 是に宿りし其時は此世を去りし時ぞかし 一夜の宿を立ち出て又もや旅をなす時は 又人間と生れ来て神の働きなす時ぞ 生れて一日働いて死んで一夜を又休む 死ぬと云ふのは人の世の果には非ず生魂の 重荷下して休む時神の御前に遊ぶ時 栄えの花の開く時歓喜充てる時ぞかし 又もや神の命令に神世の宿を立出て 再び人生の旅をする旅は憂いもの辛いもの 辛い中にも亦一つ都に至る限りなき 歓喜の花は咲き匂ふ神の御子たる人の身は 生れて死んで又生れ死んで生れて又生れ 死んで生れて又生れどこどこ迄も限りなく 堅磐常盤に栄え行く常磐の松の美し世の 五六七の神の太柱玉の礎搗き固め 高天原に千木高く宮居を造る働きは 神の御子たる人の身の勤めの中の勤めなり 嗚呼頼もしき人の旅嗚呼頼もしき人の身の 人は神の子神の宮神と人とは生替り 死に替りして永久に五六七の世迄栄え行く 五六七の世迄栄え行く』 時公『ヤア、面白い面白い、有難い有難い』 東彦(本当は高彦)『分つたか』 時公『ハイ、今度は根つから葉つからよう分りました』 東彦(本当は高彦)『分つた様な、分らぬ様な答だなア』 時公『分つた様で分らぬ様なのが神の道、人生の行路です。この先にどんな化物が出るか貴方分つてますか』 東彦(本当は高彦)『困つた奴だなア』 時公『奥歯に物のコマツタやうな、困らぬ様な事を云ふ奴だ。アハヽヽヽヽ』 東彦(本当は高彦)『サア、時公、貴様の宣伝歌を聞かう』 時公『災多い世の中にヒヨイト生れた時公の 胸はトキトキ時の間も死ぬのは恐い怖ろしい どうしてこの世に何時までも死なず老ずに居られよかと 朝な夕なに案じたが三五教の宣伝使 石凝姥や梅ケ香の姫の命がやつて来て 穴無い教と云ふ故にコイツアー死なでもよいワイと 思つて居たら東彦人はこの世に生れ来て 墓に行くのが目的と聞いたる時の吃驚は 矢張り墓の穴有教と力も何も落ち果てた 一つ目小僧が現れて一つの穴へ時公を 連れて行かうと云うた時アナ怖ろしやアナ恐や 案内も知らぬ田圃道草押し分けて来て見れば 又も一つの化物が茅の芒の間から ヌツと立ちたる恐ろしさコイツも矢つ張り化物と 一目見るより鉄の杖振つて見せたらヤイ待てと 掛けたる声は魔か人か将た化物か何だろと 胸もドキドキ十木公が狽へ騒ぐ折からに サツト吹き来る木枯の風より太い唸り声 虎狼か獅子鬼か地獄の底を行く様な 厭な気持になつた時天の恵か地の恩か 耳爽かな音楽は聞えて花の雨が降り 心の空も一時にパツと開いた花蓮 コイツアー誠の人間と覚つた時の嬉しさは 生ても忘れぬ死んだとて是が忘れてよからうか どうぞ一生死なぬ様と頼む神さま仏さま 妙見さまもチヨロ臭いウラルの山の法螺吹嶽に 止り玉ふ天狗さまに一つお願ひ掛巻も 畏き神の御利益で人の生死ぬ有様を 聞いたる時の嬉しさよ斯うなるからは何時にても 死んでもかまはぬ時さまのヤツト覚つた虎の巻 嬉しい嬉しい有難いドツコイドツコイドツコイシヨ』 東彦(本当は高彦)『アハヽヽヽヽ、オイ時公、ソンナ宣伝歌があるか。宣り直せ宣り直せ』 時公『宣り直したいとは思へども、生憎旅のこととて肝腎要の女房を、連れて来て居らぬので……』 東彦(本当は高彦)『馬鹿ツ』 時公『馬鹿とはどうです。宣り直したり、宣り直したり』 東彦(本当は高彦)『宣り直せとは抜け目の無い男だなア』 夜は深々と更け渡る。烈しき野分に二人は笠を被つて心持よく寝に就きける。 (大正一一・二・二八旧二・二岩田久太郎録)
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霊界物語 11_戌_コーカス山の大気津姫退治 15 大気津姫の段(一) 第一五章大気津姫の段(一)〔四八二〕 『於是、八百万の神共に議りて、速須佐之男命に千位の置戸を負はせ、亦鬚を切り、手足の爪をも抜かしめて、神追ひに追ひき』 爰に天照大神と速須佐之男命の天の真奈井の誓約によりて、清明無垢の素尊の御魂、三女神が現はれ玉ひしより、素尊部下の諸神等の不平勃発し、終に天の岩戸の大事変を湧起せしめ、一時は天津神国も、葦原の中津国も常暗の世となり、次で八百万の神等が天の安河原の神集ひに集ひて、神議りに議り玉ひ、結局大海原の主神たりし速須佐之男命に千位の置戸を負はせ、亦鬚を切り、手足の爪をも抜かしめて、天上より神追ひに追ひ玉ふの止むを得ざるに立到つたのであります。 『千位の置戸を負はせて』と云ふ意義は、一天万乗の位で、群臣、百僚、百官の上に立つ高御座を負はせ即ち放棄させてと云ふ事であります。父伊邪那岐大神より、大海原なる大地球の統治権を附与されて、天下に君臨し玉ふべき素尊でありますけれ共、高天原に於ける天の岩戸の変の大責任を負ひて、衆議の結果千万の神の上に立つ千位の置戸を捨て玉ふに致つたのであります。凡て万神万有の一切の罪科を一身に負担して、自ら罪人となつて、天地の神明へ潔白なる心性を表示されたのであります。斯の温順善美なる命の御精霊を称して瑞の御魂と謂ふのである。基督が十字架に釘付けられて万民の罪を贖ふと云ふのも、要するに千位の置戸を負うたと同じ意味であります。世界一切の万類を救う為に身を犠牲に供する事は、即ち千位の置戸を負ふのである。現今の如く罪穢に充ち、腐敗の極に達せる地上も亦、至仁至愛なる瑞の御魂の神の贖罪ある為に、大難も小難と成り、小難も消失するのである。アヽ一日も早く、片時も速かに、天下国家の為に犠牲となる可き、瑞の御魂の守護ある真人の各所に出現して、既に倒壊せむとする世界の現状を救済せむことを希望して止まぬ次第である。 『亦鬚を切り』と云ふ意義は、 ヒは、霊であり、日の御子の朝に仕へて政治を照す言霊であり、 ゲは実名職掌である。 即ち自分が官吏ならば官職を辞し、会社の重役を辞すと云ふ事を、ヒゲを抜くと云ふのである。俗に何も知らずに高い処へ止まつてエラサウに吐すと、鬚を抜いてやらうかなぞと言ふのも、不信任を表白した言葉である。高位高官の人や、大会社の重役や、大教育家なぞが大本の教義でなくては天下国家を救ふ事が出来ない事を心底より承認し乍ら、未だ充分の決心がつかずして現在の地位に恋々として、自己の名利栄達にのみ腐心して、大本の教を人眼を忍んで遠くより研究し、世人に知られる事を憚つて居る如うな立派な人士が沢山に在るが、斯の如き人は至忠思君思国の日本魂を振起して、公然大本の信者と名乗り、現代の高い位地なり、名望を眼中に置かず、止むを得ざれば現位地を擲つて、天下国家の為に、大本の主義を天下に実行する様になつた時が、所謂鬚を切つて、真個神明と大君と社会とに奉仕の出来る時であります。 『手足の爪まで抜かしめて、神追ひに追ひ玉ひき』と云ふ意義は、 手足の爪とは私有財産の事である。手の爪は現代の所謂動産物で足の爪は不動産物である。要するに一切の地位を擲ち、一切の財産を顧みず、物質的欲望を捨てて神明の道を天下に宣伝する事が、神追ひに追ひきと云ふ事になるのである。従来の俗界を離れて、至聖、至美、至直なる大神の道に仕へ奉る事を神やらひと謂ふのである。 ヤラヒの言霊を調べる時は、 ヤは天地自然の大道に帰り、世界の親たる覚悟を以て万民を教へ導き、八方の事物を明かに指示する事である。 ラは、俗より真に反りて、従来の体主霊従的行動を翻然として改め、無量寿にして生死の外に超然として産霊の大道を実行し、霊系高皇産霊神の神業を翼賛し、極乎として間断なく惟神の大道を天下に宣伝し、実行して、寸暇無き神業奉仕者となる事である。 ヒは、天理人道を明かにし、神妙不可測の神機に透徹し、過去、現在、未来を明かに了知し、達観し、天地経綸の大司宰者たる人の本能霊徳を顕はし、以て⦿の根底を結び護り、無上の尊厳を保つ事である。 故に神追ひは、神様を追放したり、退去させたりすると云ふ意義では無い。追の漢字と退の漢字の区別ある事を能く反省すべきである。この点は古事記撰録者の最も意を用ゐたる点にして、実に其の親切と周到なる注意とは感謝すべき事であります。 『神追ひ』と云ふ事を大本に写して見る時は、第一に各役員の如きは、総て鬚を切り手足の爪まで抜きて大本へ神追ひに追はれ玉うた人々であります。併し乍ら現今の社会の総てが右諸子の如くに神追ひに追はれ、且又鬚を切り手足の爪まで抜かしめられては却つて天下の政治を乱し、産業の発達を阻止し、国力を弱める事になりますから、神様は神業に直接奉仕すべき身魂の因縁ある真人のみに綱を掛けて、大本に御引寄せに成つたのであります。故に身魂に因縁の無い人々は、最初から何程熱心に神業に奉仕せむとしても、神様から御使ひに成らぬから、何等かの機会に不平を起して脱退せなくてはならぬ様な破目に陥り、終には某々氏等の如く犬糞的に悪胴を据ゑて、一生懸命に大本の攻撃を始める様に成るのであります。亦深い因縁の有る人士で、鬚を切り兼ね、手足の爪を抜き兼ねて、遠くから奉仕されて居る人々もまだまだ沢山にあります。大本の神業に直接奉仕する真人と、又間接に神業に奉仕されて居る人士とがあります。是は鬚を切ると切らないとの差異でありますが、因縁ある人士は勇猛果断一日も早く、神業に直接参加せられたいものであります。さうで無ければ天下に跳梁跋扈せる八岐の大蛇を亡ぼし、天の下を至治泰平ならしむる神業を完全に遂行する事が出来ないのであります。世の中には小官小吏が鬚計り蓄へて尊大振り真意も了解出来ぬ癖に、鰌や鯰の如うな貧乏鬚を揉みながら、大本は淫祠だの邪教だのと、大きな口を開けて泥を吹き、田螺や蛙を脅かして、大本へ入信せむとする可憐な純良な同胞の精神を濁さむとして居るのが沢山ある。亦世の中には、手足の爪を抜くどころか、爪の先に火を点して利己主義一遍の人物があつて日に夜に爪を研ぎすまし、鷹が雀を狙ふ様に、我れよしに浮身をやつして居る厄介な現代である。亦現代の如き詰込み主義の教育法は常に精神の自由を束縛し、自然の良智良能の発達を妨害して居るのであるから、床の間の飾物に成る鉢植の面白い珍木は出来るが、家の柱となる良材は到底出来るものでない。天才教育を閑却し無理無態に枝を伐つたり曲げたり、細い銅線で縛り付けたり、突介棒をかうたり、葉を断つたり、捻つたり、四方八方へ曲げまはして、小さい樹を拵へて、高価に売り付ける植木商と同じ教育の行り方であるから、到底碌な人材は産れ出づるものでない。一日も早くこの爪を抜き除つて了はねば、帝国の前途は実に風前の灯火であります。現代は個人有つて国家あるを忘れ、自党ありて他党あるを忘れて居る。他党と雖も亦国家社会の一部で、同じく是れ人間の儔侶たるものであるが、全く之を知らざるが如き状況である。故に朋党内に相鬩ぎ、外環境の虎視耽々[※一般的には虎視「眈々」と書くが「耽々」でも意味は似ているのでこのままにしておく。]として間隙に乗ぜむとするの危きに備ふるの道を知らず、実に国家の前途を憂へざらむとするも能はざる次第である。アヽ今の時に於て大偉人の出現し、以て国家国民の惨状を救ふもの無くんば帝国の前途は実に暗澹たりと謂ふべきである。世には絶対の平等も無ければ、亦絶対の差別も無い、平等の中に差別あり、差別の中に平等があるのである。蒼々として高きは天である。茫々として広きは地である。斯の如くにして既に上下あり、何人か炭を白しと言ひ雪を黒しと言ふものがあらう乎。政治家も、宗教家も、教育家も此時此際、差別的平等なる天理天則を覚知し、以て天下万民の為に、汝の蓄ふる高慢なる城壁を除き、以て其大切に思ふ処の鬚を切れ。其の暴力に用ゆる手足の爪を抜き去り、以て不惜身命、天下の為に意義ある真の生活に入れ。斯の如くにして始めて、御国を永遠に保全し、祖先の遺風を顕彰し、以て神国神民の天職を全うする事が出来るのである。 『又食物を大気津比売の神に乞ひたまひき』 食物の言霊返しは、イである。イは命であり、出づる息である。即ち生命の元となるのが食物である。またクイ物のクイはキと約る。衣服も亦、キモノと云ふのである。キは生なり、草也、気なりの活用あり。故に衣と食とは、生命を保持する上に最も必要なものである。故に人はオシ物のイとクイ物のキとに因つて、イキて居るのである。又人の住居をイヘと云ふ。イヘの霊返しは、エとなる。エは即ち餌であり、胞である。要するに、衣食住の三種を総称して、食物と云ひ、エと云ひケと言ふのであります。 大気津姫といふ言霊は、要するに、物質文明の極点に達したる為、天下挙つて美衣美食し大廈高楼に安臥して所在贅沢を尽し、体主霊従の頂上に達したる事を、大気津姫と云ふのであります。糧食[※「りやうしよく」の霊返しは「ケ」にはならない。RyousyokUで「ル」になる。校定版・八幡版では「糧食」の直後に括弧書きで「(かて)」という言葉を挿入しているが、KatEなら「ケ」になる。その次の「被衣(かぶと)」(「かづき」とも読む)の霊返しも「ケ」にはならず、KabutOなので「コ」である。「家居(かくれ)」はKakurEで「ケ」になる。]の霊返しは、ケとなり、被衣の霊返しはケと成り、家居の霊返しは亦ケとなる。故に衣食住の大に発達し、且つ非常なる驕奢に、世界中が揃うてなつて来たことを大気津姫と云ふのであります。 『乞ひ玉ひき』と云ふのは、コは細やかの言霊、ヒは明かの言霊である。要するに、素盞嗚尊は八百万の神に対して、正衣正食し、清居すべき道を、お諭しになつたのを『乞ひ玉ひき』と、言霊学上謂ふのであつて、決して乞食非人が食物を哀求する様な意味では無いのであります。 『爾に大気津比売、鼻、口及尻より、種々の味物を取出で、種々作り具へて進る』 鼻と云ふ事は、華やかなるの意義であつて、立派な高価な衣服のことである。口と云ふ事は食餌を意味する。尻と云ふ事は、尻を落着けて起臥する、家居を意味するのである。『種々の味物』とは、色々な臭気紛々たる獣肉や虫類の事である。亦『種々作り具へて進る』と云ふ事は、獣類の毛皮を被たり、骨を櫛や笄[※髪をとめるかんざしのこと]や、其他の道具に愛用したり、鳥や虫の毛や皮で、日用品を造つたり、人間の住居する家の中に便所を造つたり、天則を破つて人の住居を作るに檜材を用ゐたり、屋根を葺くにも檜皮で、恰も神社の如うに、分に過ぎた事を為したりする事を、種々作り具へて進ると云ふのである。奉ると云ふのは、下から上位の方へ上ることであるが、此の御本文の進ると云ふ意味は、進歩すると云ふことである。要するに物質文明の発達進歩せる結果、国風に合致せざる、衣食住の進歩せる悪風潮を指して、クサグサ進ると云ふのであります。 (大正九・一・一六講演筆録谷村真友)
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霊界物語 11_戌_コーカス山の大気津姫退治 23 保食神 第二三章保食神〔四九〇〕 黄泉比良坂の戦に、常世の国の総大将大国彦命、大国姫命その他の神々は残らず日の出神の神言に言向和され、悔い改めて神の御業に仕へ奉ることとなつた。其為め八岐の大蛇や、金毛九尾の悪狐、邪鬼、醜女、探女の曲神は暴威を逞しうする根拠地なるウラル山に駆け集まり、ウラル彦、ウラル姫を始め、部下に憑依して其心魂を益々悪化混濁せしめ体主霊従、我利一遍の行動を益々盛んに行はしめつつあつたのである。悪蛇、悪鬼、悪狐等の曲津神はウラル山、コーカス山、アーメニヤの三ケ所に本城を構へ、殊にコーカス山には荘厳美麗なる金殿玉楼を数多建て列べ、ウラル彦の幕下の神々は、茲に各根拠を造り、酒池肉林の快楽に耽り、贅沢の限りを尽し、天下を我物顔に振舞ふ我利々々亡者の隠処となつてしまつた。かかる衣食住に贅を尽す体主霊従人種を称して、大気津姫命と云ふなり。 大気津姫の一隊は、山中の最も風景佳き地点を選み、荘厳なる宮殿を建設する為め、数多の大工を集め、昼夜全力を尽して、宮殿の造営に掛り、漸く立派なる神殿を落成し、愈神霊を鎮祭する事となりぬ。流石のウラル彦夫婦も、天地の神明を恐れてや先づ第一に国魂の神として、大地の霊魂なる金勝要大神を始め、大地の霊力なる国治立命及び大地の霊体なる素盞嗚命の神霊を鎮祭する事となつたのである。数多の八王神は競うて稲、麦、豆、粟、黍を始め非時の木の実、其他の果物、毛の粗きもの、柔きもの、鰭広物、鰭狭物、沖津藻菜、辺津藻菜、甘菜、辛菜に至るまで、人を派して求めしめ、各自に大宮の前に供へ奉る事とした。此宮を顕国の宮と云ふ。此祭典は三日三夜に渉り力行された。数多の八王神、ヒツコス、クスの神達は、祝意を表する為め、酒に溺れ、或は歌ひ、或は踊り舞ひ狂ふ様、恰も狂人の集まりの如き状態なりき。 顕国の宮は祭典始まると共に、得も言はれぬ恐ろしき音響を立てて唸り始めたり。ウラル姫は全く神の御喜びとして勇み、酒宴に耽りつつあつた。八百有余の八王神を始め、幾千万のヒツコス、クスの神は、 『サアサアヨイヂヤナイカヨイヂヤナイカ酔うてもヨイヂヤナイカ 泣いてもヨイヂヤナイカ笑つてもヨイヂヤナイカ 怒つてもヨイヂヤナイカ死んでもヨイヂヤナイカ 倒けてもヨイヂヤナイカお宮が唸つてもヨイヂヤナイカ 天地が覆つてもヨイヂヤナイカヨイヂヤナイカ山が割れてもヨイヂヤナイカヨイヂヤナイカ 三五教でもヨイヂヤナイカヨイヂヤナイカウラル教でもヨイヂヤナイカヨイヂヤナイカ 勝てもヨイヂヤナイカ負けてもヨイヂヤナイカ 何でもヨイヂヤナイカ三日のお祭り四日でも、五日でも 十日でもヨイヂヤナイカ人はどうでもヨイヂヤナイカヨイヂヤナイカ 自分丈けよければヨイヂヤナイカヨイヂヤナイカウラルの教が三千世界で 一番ヨイヂヤナイカヨイヂヤナイカヨイヂヤナイカヨイヤサのヨイトサツサ 飲めよ騒げよ一寸先や暗よ暗の後には月が出る 月はつきぢやが運の尽き尽きてもヨイヂヤナイカ 亡んでもヨイヂヤナイカ倒せばヨイヂヤナイカ 三五教の宣伝使』 と無我夢中になつて、昼夜の別なく数多の八王神、ヒツコスやクスの神等に、数多の邪神が憑つて叫び廻る。八王神の綺麗な館も、数多のヒツコスに土足の儘踏みにじられて踊り狂はれ、襖は倒れ、障子は破れ、戸は壊れ、床は落され、敷物は泥まぶれ、着物は勝手気儘に取出され、着潰され、雪解の泥中に着た儘酔つて転げられ、食ひ物は食ひ荒され、宝は踏みにじられ、大乱痴気騒ぎが始まつた、されどもウラル姫を始め数多の八王神は、何れも悪魔に精神を左右せられて居るから、皆好い気になつてヒツコス、クスの神と共に手をつなぎ踊り狂ふ。顔も着物も泥まぶれになつて居る。顕国の宮は刻々に鳴動が激しくなつて来た。ウラル姫は泥まぶれの体躯に気が付かず、忽ち顕国の宮の前に進み、 ウラル姫『コーカス山に千木高く大宮柱太しりて 仕へ奉れる神の宮顕しき国の御霊たる 速須佐之男の大御神国治立の大御神 金勝要の大神の三魂の永遠に鎮まりて 神の稜威のアーメニヤコーカス山やウラル山 ウラルの彦の御教を天地四方に輝かし 我世を守れ何時迄も此世を守れ何時迄も 顕しの宮の唸り声定めし神の御心に 叶ひ給ひし御しるしか日々に弥増す唸り声 ウラルの姫の功績の天地に輝く祥兆や 嗚呼有難や有難や天教山や地教山 黄金山や万寿山是れに集へる曲神の 曲の身魂を平げてウラルの神の御教に 心の底よりまつろはせ天の下をば穏かに 守らせ給へ三柱の吾大神よ皇神よ 神の稜威の幸はひて遠き神世の昔より 例もあらぬコーカスの山に輝く珍の宮 神酒は甕高しりて甕の腹をば満て並べ 荒稲和稲麦に豆稗黍蕎麦や種々の 甘菜辛菜や無花果の木の実や百の果物や 猪や羊や山の鳥雉や鵯鳩雀 沖津百の菜辺津藻菜や種々供へし供へ物 心平らに安らかに赤丹の穂にと聞し召せ 神が表に現はれてウラルの神の御教を 堅磐常盤に守れかし善と悪とを立別て 此世を造りし国の祖国治立の大神の 神の御前に四方の国百の民草悉く コーカス山に参ゐ詣でウラルの神の御教に 潮の如く集ひ来て我世の幸を守れかし アヽ三柱の大神よアヽ三柱の皇神よ 心許りの御幣帛を捧げて祭るウラル彦 ウラルの姫の真心を良きに受けさせ賜へかし 良きに受けさせ賜へかし』 と一生懸命神前に拝跪して祈つて居る。此時数多の八王神、ヒツコス、クスの神は神殿に潮の如く集まり来り、又もや、 『ヨイヂヤナイカヨイヂヤナイカヨイヂヤナイカお宮はどうでもヨイヂヤナイカ 酒さへ飲んだらヨイヂヤナイカ飲めよ飲め飲め一寸先や暗よ 後はどうでもヨイヂヤナイカ暗の後には月が出る 運の尽でもヨイヂヤナイカこの世の尽でもヨイヂヤナイカ ウラルの姫の泥まぶれ笑うて見るのもヨイヂヤナイカ 上でも下でもヨイヂヤナイカ八王でもビツコスでもヨイヂヤナイカ 三五教でもヨイヂヤナイカウラル教捨ててもヨイヂヤナイカ お宮が唸つてもヨイヂヤナイカ潰れた所でヨイヂヤナイカ お酒が一番ヨイヂヤナイカヨイヂヤナイカヨイヂヤナイカヨイヂヤナイカ』 と数千の群衆は口々に酔ひ潰れ、泥にまぶれ、上下の区別なく飛廻り跳狂ひ踊り騒いで居る。かかる所に神殿さして悠然と現はれ出でたる三五教の宣伝使、松竹梅を始めとし、石凝姥神、天之目一箇神、淤縢山津見神、時置師神、八彦神、鴨彦神は口を揃へて、 『神が表に現はれて善と悪とを立別ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 只何事も人の世は直日に見直し聞直せ コーカス山に集まりしウラルの姫を始めとし 百の八王神、ヒツコスやクスの神まで皇神の 御水火に早く甦り醜の身魂を立替へて 大気津姫の曲業を直日に見直せ宣り直せ 神は我等と倶に在り醜の曲津の亡ぶ時 八十の醜女の亡ぶ時八岐大蛇や曲鬼や 醜の狐や千万の曲の身魂を皇神の 神の御前に追ひ出し眼を醒せ目を開け 顕しの国の大宮に鎮まり給ふ三柱の 神の怒りは目の当り天地に響く唸り声 酔を醒せや目を覚ませ胸の帳を押開けて 空に輝く朝日子の日の出神の真心に 復れよ帰れ諸人よウラルの彦よウラル姫 神は汝を救はむと千々に心を砕かせつ 我等を遣はし給ふなり我等は神の御使 三五教の宣伝使宣伝万歌の言霊に 霊の真柱立直し一時も早く立替へよ 身魂の立替へ立直し体主霊従の立直し 大気津姫の行ひを今日を限りに立直せ 天は震ひ地は揺ぐ山は火を噴き割るるとも 誠の神は誠ある汝が身魂を救ふらむ 一日も早く改めよ一日も早く詔り直せ』 と言葉爽かに歌ひ終つた。神殿の鳴動は此宣伝歌と共にピタリと止んだ。ウラル姫の神は忽ち鬼女と変じ、雲を呼び、風を起し、雨を降らし四辺を暗に包み、八王神、ヒツコス引連れて、天の磐船、鳥船に其身を任せ、アーメニヤ、ウラルの山を指して雲を霞と逃げ散りたり。松竹梅を始め宣伝使一同は、改めて神殿に祝詞を奏上し、神徳を感謝する折しも此場に現はれた五柱の神がある。見れば鬼武彦、勝彦、秋月姫、深雪姫、橘姫であつた。何れも皆鬼武彦が率ゐる白狐の化身である。流石奸智に長けたる金毛九尾の悪狐も、白狐の鬼武彦、旭、高倉、月日の神力には敵はず、ウラル姫と共に此場を捨てて逃げ去つてしまつたのである。 茲に石凝姥神、天之目一箇神、天之児屋根神は、高倉以下の白狐に向ひ顕国の宮に捧げ奉れる稲、麦、豆、黍、粟の穂を銜へしめ、世界の各地に播種せしめたり。 国治立命、神素盞嗚命、金勝要の三柱を祭り、顕国の宮を改めて飯成の宮と称へたり。宮の鳴動したる理由は、何れも体主霊従の穢れたる八王神の供物なれば、神は怒りて之を受けさせ給はざりし為めなり。 白狐は五穀の穂を四方に配り、世界に五穀の種子を播布したり。これより以前にも五穀は各地に稔れども、今此処に供へられたる五穀の種子は勝れて良き物なりし故なり。 今の世に至るまで白狐を稲荷の神と云ふは此理に基くものと知るべし。 (大正一一・三・三旧二・五谷村真友録)
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霊界物語 11_戌_コーカス山の大気津姫退治 余白歌 余白歌 津牟苅の教の太刀を抜きつれて醜の敵草薙ぎて放らむ〈言霊反〉 天津日の輝き渡る神教は心の暗の明りなりけり〈言霊反〉 物質にのみたましひを奪はれてまことの道をしらぬ濁り世〈信天翁(再版)〉 日の本の魂腺濁りけがれつつ外国学びのみぞ栄ゆる〈信天翁(再版)〉 外国のよからぬ思想はびこれるわが神国を道に清めむ〈信天翁(再版)〉 進みゆく月日の駒に神ならひ吾は進展主義をとるなり〈総説歌(再版)〉 取越しの苦労もなさず過越しの苦労も思はず刹那を進まむ〈総説歌(再版)〉 進展は神のみ心緊縮は皆凡人の心なりけり〈総説歌(再版)〉 時津風吹きすさむなる東路に神代の政治待てる久しさ〈第1章(校正)〉 弱りゆく吾が身真幸くあれかしと朝夕祈れ神の大前〈第3章〉 祈るとも心に曲のある時は神の救ひの如何であるべき〈第3章〉 身を忘れ家を忘れて国のため道を弘むる人は神なり〈第4章〉 むつかしき邪さの道を歩むより神の正道安く渡らえ〈第4章〉 新しく更生したる神国に昔の儘のまつりごとすも〈第6章(校正)〉 有難し忝けなしと朝夕に思ひ暮せば曲事はなし〈第9章(再版)〉 から国の人も慕ひて寄り来る綾の聖地は地上天国〈第12章(再版)〉 栄えゆく吾が大本の光こそ月日の神のしるべなりけり〈第12章(再版)〉 高光る神の教の日に月に海の内外にひろごる大本〈第13章(再版)〉 天地は広しといへど頼むべき光は神をおきて他になし〈第13章(再版)〉 妨げに遇へば遇ふほど勇みたちて一直線に真道たどりぬ〈第14章(再版)〉 荒汐の寄するが如く襲ひ来る曲神退ひぬ神の力に〈第14章(再版)〉 味のよき果実又は美しき花には虫のつくものと知れ〈第16章(再版)〉 天地の神を忘るる其時ぞその身になやみの種はまかるる〈第16章(再版)〉 天地の神のためには大いなる力とならむ日頃の願ひ〈第17章(再版)〉 朝夕に感謝の念にみちみちぬ大いなる力給ひし神に〈第17章(再版)〉 大いなる力たまひぬ天地の光となりて暗夜を照らさむ〈第17章(再版)〉 久方の高天原の生神は世を思ひつつ延ばす立替〈第19章〉 掛巻も綾に尊き神の道広く安けくを歩む人は稀れ〈第22章(再版)〉 五月蠅なす曲の猛びの世の中は誠の神より頼るものなし〈第22章(再版)〉 惟神道を表にかざしつつ曲の住まへる白壁の雪隠〈第22章(再版)〉 天津神国津御神の守りますこの神国は常世にもがも〈第28章(再版)〉 身に積る罪や穢も皇神の教の風に散るぞ嬉しき〈第30章〉 二つ無き此れの教は天津日の弥高光如くなりけり〈第30章〉 寝ながらに古き神代の物語はよこの経綸にふさはしき哉〈第36章〉 群雲に隠れし月も時来れば天津御空に冴え渡るなり〈第36章〉 汚さじと思ひ詰めたる村肝の心の空に月冴え渡る〈第36章〉 (「校正」は昭和十年二月、王仁三郎が校正した時に挿入したもの。)[この余白歌は八幡書店版霊界物語収録の余白歌を参考に他の資料と付き合わせて作成しました]
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霊界物語 12_亥_天の岩戸開き 20 救ひ舟 第二〇章救ひ舟〔五一六〕 三五教の宣伝使時置師神の真心籠めし其祈りに、海の神も感じ給ひけむ、巨大なる大亀となり、海面に浮ばせ給うた。牛公は亀の背より時置師神に向つて、涙を流しながら合掌する。 時置師『アヽ、私のお祈りも、神様のお告の通り効験が顕はれて、命を助けられ帰つて来た。サア結構々々、早く此船に乗つたり乗つたり』 亀は船に向つて近づいて来る。時置師神は右手をグツと延ばし、牛公の背を猫を掴むやうな調子にてグツと掴むで船中に救ひ上げた。ゴボンゴボンと水音立てて亀は海中に姿を隠した。 時置師『牛公さま、竜宮が見度いと云つて居たが、見られたかな』 牛公『イヤ牛々見られる所か苦しくつて苦しくつて、二三遍も息の根が断れて了ひました。さうすると貴方様が海の底へ潜つて来て私の腰を確り握り、救ひ上げて下さつたと思へば亀の背、こんな有難い事は御座いませぬ。モウ牛牛公も今日限り二本の角を折りまする』 時置師『神様の有難い事が分つたら何より結構だ。オー、そこな鹿さま、馬さま、虎さま、お前達も一度竜宮へ往つて見たらどうだ。都合によつたら又俺が助けに往つてやらうも知れぬが、それは其時の都合だ。万一俺が助けに往かなくつても、因縁と思うて諦めるのだ。サア牛の次には馬かな』 と、グツと馬公の方に向つて猿臂を延ばす。 馬公『ウマウマウマ待つて下さいませ、それは余りで御座います。こんな事があらうと思つて、人の嫌がる目付役や捕手の役人をすつぱりと今日から辞めますと云つたのに、貴方はお前の天職だから辞めなと仰有つたぢや御座いませぬか。それだから私は捕手の役をして三五教の宣伝使を随分苦めたのですが、かう見えても従順な男、貴方の仰有る通り固く守つて来たものを、今更竜宮へやるとは胴欲だ。アンアンアン、オンオンオン』 時置師『アハヽア、此奴は妙な馬だ。世が変れば変るものだなア。ヒンヒンと云うて嘶く馬は沢山あるが、アンアンオンオンと云ふ馬の声は聞き初めだ。アハヽヽヽ、こんな嘶声をする馬は面白くないから、今度は同じ四つ足の鹿の番だ。鹿はカイロと啼くさうだ。かう見えても海には道がついて居る。海路があるのだ。鹿なれば海の中に放り込むでも滅多に困りはすまい。カイロウと思へば直ぐ帰れるから、船にさへも櫂艪がついて居る。サア鹿公、お前の番だぞ』 鹿公『馬は海馬と云つて海にでも棲むで居ます。虎は千里の藪でも飛び越えると云ふのですから、竜宮行は馬公か虎公が適任でせう。鹿と云ふ奴は山の奥に居る奴で、海は一向不調法で御座います。さうして今は春で御座います。春駒と云つて馬の時節、筍の出る春先は虎の時節、鹿は秋が時節、秋まで待つて貰ひませう。三五教の教にも、時世時節には神も叶はぬと仰有るぢや御座いませぬか。竜宮行をする者はシカクが違ひます』 時置師『アハヽヽ、面白い面白い、しかたがないなア、それなら思ひ切つて虎公かな』 虎公『モシモシ、私は不適任です。虎穴に入らずんば虎児を獲ずと云つて、山に穴を掘つて穴の中にこけついて居る代物ですから、竜宮行は性に合ひませぬ。ウミの父上母様は何処にどうして御座るやら、こけつ輾びつ探して見れば、人目に心奥山の、巌窟の中の佗住居、どうぞ許して下さいませ』 時置師『遉は虎公だ。名詮自称、とらまへどころのない事を云ふ奴だ。そんなら竜宮行はこれで免除してやらう。其代りに俺について来るのだ』 虎公『ハイハイ、竜宮行さへ止めさせて下されば、何処へでもお伴致します』 時置師『私の云ふ事は何でも諾くなア。張子の虎のやうにまさかの時になつて首を横に振りはせぬかな』 虎公『トラ御心配下さいますな、決して違背は致しませぬ』 時置師『これから橘島へ船が着いたら、あの島には大きな虎が棲居をして居る事は聞いて居るだらうなア』 虎公『トラもう昔の昔のトラ昔から聞いて居ります』 時置師『トラ昔と云ふ事があるか、去昔だらう』 虎公『十二の干支の寅の裏は申、丑のうらは未だから一寸表の方から申上げました』 時置師『橘島の虎の穴には大きな虎が二匹棲居をして居る。さうして此頃沢山の児を産むで居ると云ふ事だ。其児を捕まへに行くのが虎公の役だ。虎の児と虎公はいい釣合だ、虎穴に入らずんば虎児を獲ず、どうだ勤めるだらうなア』 虎公『トラ、モー、ニヤン、です、シカと、ウマくやれませぬワ』 月は西海に没し、久振にて東海の浪を割つて金色の太陽隆々と昇り来る。その光景は得も云はれぬ爽快と畏敬の念に打たれざるを得ざりしと云ふ。 宣伝使を初め船中の人々は、この太陽に向つて拍手再拝、口々に神恩を感謝する声天にも届くばかりなりける。 (大正一一・三・一〇旧二・一二加藤明子録)
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霊界物語 13_子_フサの国・半ダース宣伝使 21 本霊 第二一章本霊〔五四七〕 巨大なる火弾爆発すると見る中に、忽然として以前の女神の姿が現はれた。五人は思はず平地に蹲んで最敬礼を表した。女神は声も淑かに、 女神『道の勲も鷹彦や、一度に開く白梅の、薫り床しき梅彦や、心の駒の勇み立ち、誠の道に矗々と、進む駒彦万代の、神の教の亀彦や、言霊清き音彦よ、汝等今より麻柱の、神の教を宣べ伝ふ、いつの御魂の宣伝使、あゝ勇ましし勇ましし、もはや汝が身魂の曇り、晴れ渡りたり真如の日月、心の海に隈なく照り渡り、胸の仇浪静まりたれば、一日も早く片時も、疾く速やけく、フサの都に出立せよ、それにしても岩彦が、固き心は嘉すれど、三五教の宣伝使として、今少し足らはぬ処あれば、汝等五の御魂は岩彦が、心をなごめ、誠に強き益良雄として、立ち働かしめよ。斯く申す妾は天教山の木花姫が和魂なるぞ、夢々疑ふ事なかれ』 と宣し終ると共に、女神の姿は火煙と消えにけり。五人は感謝の涙に咽びつつ、嗚呼有難し忝なし、天津祝詞を奏上せむと一同宣る言霊も円満清朗、その声はさしもに広き遠き巌窟の内を隈なく響き渡りける。この言霊の声に岩公はムクムク起き上り、 岩彦『アヽ大変だ。エライ目に出会した。俺のやうな肝玉の太い宣伝使でも吃驚して一時性念を失つた位であるから、鷹公、亀公、駒公、音、梅の連中は定めて肝を潰したらう。アヽ胆を潰すは俺位の程度の者だ。それ以下の程度の五人の奴は、大方木葉微塵となつたかも知れやしない。彼奴等にしても可愛い女房や子が国許に待つて居るのだから、エヽ道連になつた好誼に骨なと拾つて女房や子供に届けてやらねばなるまい。これがせめてものこの岩サンの親切だ。アヽ五人のもの情ない事になつて呉れたなア。何だか真闇がりで目も碌々見えやしないわ。エヽ仕方がない、鷹公の骨だか音公の肉だか区別はつくまいが、何でも女房や子の気休めの為に、これが鷹公の骨だ、これや髪だと云つて慰めてやるより仕方がないワイ。暗いと云つても、これくらゐ暗い事は開闢以来だ』 と云ひながら四つ這になり、 岩彦『オイ鷹公の骨ヤーイ、音公の腕ヤーイ、俺は岩公ぢや、死んでも魂魄この世に留まつて居るだらう、骨の所在地ぐらゐは俺に知らせやい。アヽコツクリ、コツクリと何処かへ散つて了つたと見える。あまり無残だ、焼けても灰なと残るのだが、髪の毛一本落ちて居らぬとは此奴はあんまり残酷だ。大方巌窟の化物が来よつて、余り弱音を吹くものだから、蟒の奴弱味につけ込んで一呑みに呑みよつたに違ひないワ。待て待て、一行六人の三五教の宣伝使、五人まで大蛇に呑まれて俺一人が何うしてオメオメと生て還られようか。待て待てこれから胆玉の太いこの岩サンが、大蛇を見付けたが最後、足でもグツと出して、オイ蟒の奴、尻から俺を呑めと言挙げしてやらう。さうすれば大蛇の奴、あの岩公は手強奴だ、彼奴だけは迚も呑む事は出来ぬと因果腰を極めて居つたのに、先方の方から呑めと云ひよる、五人呑むも六人呑むも一しよだ。ヤア美味々々と蛇が蛙を呑んだやうに、呑みにかかるだらう。さうしたら此方の勝利だ。神妙に呑まれてやつて、這入がけに、頤の片一方に、この十握の劔をグツと引つかけて両手で力一ぱい柄を握り、大蛇の奴がグツと呑めばグツと切れる。グウグツと呑めばグウグツと切れる。自業自得、大蛇は竹を割つたやうに二つにポカンと割れたが最後、呑まれてからまだ間もない五人の宣伝使、虫の息でウヨウヨとやつて居るだらうから、其処へこの岩サンが恭しく神言を奏上し、声も涼しく言霊の水火をもつてウンとやつたが最後息吹き返し、アヽ誰かと思へば岩公サンか、イヤ岩サンか、誠にもつて有難い、貴方のお蔭でこの弱い吾々も命が助かりましたと半泣きに泣きよつて、手の舞ひ足の踏む処を知らずと云ふ歓喜の幕が下りるのだ。可愛い子には旅をさせと云ふ事がある。神様も随分皮肉だな、大蛇の喉坂峠を旅行して痛い味を知り、危険な関所を越えて初めて勇壮活溌なる大丈夫の宣伝使とならせる経綸だらう。あまり弱音を吹くものだから屹度神様の試錬に遇うたのだらう、愚図々々して居れば息が止まるか知れない。ヤアヤア巌窟に棲む大蛇の奴、五人喰ふも六人喰ふも同じ事だ。五人の奴は麦飯だ。この岩サンは名は固いが歯当りのよい味のよい鮨米のやうな肉着きだよ。サア早く尻の方から呑んだり呑んだり』 暗がりより『アハヽヽヽ、ウフヽヽヽ』 岩彦『ヤイ大蛇の奴、嬉しいか、嬉しさうな笑ひ声をしよつて、サア早く呑まぬかい』 音彦『モシモシ岩サン、お気が付きましたか、それは誠に結構でございます』 岩彦『モシモシ岩サン、お気が付きましたか、結構だつて、ソンナ辞令は後にして遠慮は入らぬ。結構だらう。早く呑んだり呑んだり』 鷹彦『岩サン、結構は結構ですが、貴方はお考へ違ひでせう。吾々はお案じ下さいますな、助かつて居りますよ』 岩彦『何だ、尻も甲もあつたものかい、足から喰へ、食料に欠乏して餓死に迫つて居つた処、半ダースも人肉の温かいのが来たものだから、結構でございますの、吾々はお蔭で助かりましたのと、何を吐すのだい。愚図々々して居ると侶伴の奴の息が切れるワイ、遠慮は要らぬ早く呑まぬかい』 亀彦『モシモシ岩サン、私は亀でございます、何卒ご安心して下さいませ。種々のお心づくし、骨身にこたへて嬉しうございます』 岩彦『ヤア貴様は亀と云つたな、狼か、骨身にこたへるなンて何だい、グツと一口に呑まぬかい。バリバリと骨も身も一緒にパクつかれては此方もちつと都合が悪いワイ』 この時闇がりに、六個の光玉いづくともなく現はれ来り、たちまち五柱の女神と、一柱の鬼のやうな顔した男とが現はれた。岩公は驚いてこの姿を見守りゐる。 五人の女神には一々名札がついて居る。見れば鷹彦の本守護神、梅彦、音彦、亀彦、駒彦の本守護神の名札をぶら下げて居る。一方の鬼の名はと見れば、こは抑如何に、一層広く長き名札にグシヤグシヤと文字が現はれて居る。よくよく見れば、 『この鬼は岩彦の副守護神なり、本守護神は岩彦の驕慢不遜にして慢心強き為に、未だ顕現する事能はず。一時も早く改心の上、かかる醜き副守護神に退却を命ずべし。野立彦命の命に依り、木花姫これを記す』 と現はれて居る。 岩彦『ヤア大変だ。五人の宣伝使は何だ。俄に女見たやうな優しい事を云ひよると思つたら、何奴も此奴もアンナ綺麗な本守護神が現はれたからだな。しかしながら岩サンはどこまでも岩サンだ。アンナ女々しい本守護神よりも、仁王様の様な鬼面をした副守護神に守護して貰ふ方が悪魔征伐にはもつて来いだ。未だ未だ武装撤回は出来ない。ヤア副守護神、明日から九分九厘までお前が俺の肉体を守護するのだよ、一厘と云ふところになつてから本守護神の女神になればよいのだ。何だ五人の宣伝使奴、目的の半途にして最早一角の神業奉仕をしたやうに、泰然と澄まし切つて居よる。これからが肝腎要の正念場だぞ。エヽ仕方がない、副守護神確り頼む』 鬼『俺は、お前の買ひ被つて居るやうな鬼ぢやない。鬼みそだよ。一つの火の玉にも雷にも胆を潰す柔しい鬼だ。姿はかう強さうに怖さうに見えても、肝腎の魂は味噌のやうなものだよ。アンアンアン、オイオイオイ、ウンウンウン、エンエンエン、インインイン』 岩彦『何だ、不整頓な言霊の泣き声を出しよつて、俺はソンナ弱い守護神と違ふぞ。貴様大方偽神だらう』 鬼『それでも、お前の模型だから仕方がないわ。空威張りの上手な、胆玉の据わらぬ、見かけ倒しのガラクタ鬼だよ』 岩彦『さう云へば、何処かの端が些と似とるやうな、矢張さうかいなア。ヤア本当にこれから強くなる。貴様今日限り暇を遣はす程に、必ず必ず岩サンの肉体に踏み迷つて戻つて来るな。門火を焚いて送つてやるのが本当なれど、生憎焚物もなし、不本意だが今日限り帰つて仕舞へ』 鬼『ハイハイ、何しにマゴマゴとして居りませう。疾うの昔から帰り度くて帰り度くて仕方が無けれども、お前の執着心が私を今まで鉄の鎖で縛つて何うしても斯うしても解放してくれないのだ。左様ならこれでお暇を致しませう、アリヨウス』 岩彦『アーア、これでこの岩公も何だか其辺が明かるくなつたやうな心持が致しました。モシモシ五人の宣伝使様、ご苦労でございました。サアサアこれから貴方方のお伴して、タカオ山脈のコシの峠の麓を指して参りませう。イヤもう私の鬼を逐出す為にいかいご苦労をかけました』 一同『アハヽヽヽ岩サンお目出度う、あれをご覧なさいませ、鬼の帰りた後に、あのやうな立派な守護神が顕現されました』 岩彦『ヤア、本当にこれはこれは、マア何と云ふ立派な、お岩彦の御御守護神様だこと、マアマア、よくもよくも御御守護下さいました。お有難うございます』 守護神『岩サン分りましたか、ようマア鬼を去して下さいました。私も天の岩戸が開けたやうな心持が致します。サアサアこれから貴方と私と霊肉一致して膠の如く漆の如く密着不離の身魂となつて、岩戸開きの神業に参加さして頂きませう』 岩彦『これはこれは畏れ入つたるご挨拶、本守護神様のご迷惑になる事ばかり、我を張り詰て致して来ました。どうぞこれからは比翼連理偕老同穴の夫婦のやうになつて、二世も三世も、後の世かけてご提携を願ひます』 ここに六人の本守護神と、六人の宣伝使は巌窟の広場を指し、手を拍ち宣伝歌を高唱し、春の野の花に蝶の狂ふが如く、大地を踏み轟かし、 一同『開いた開いた菜の花が開いた蓮の花が開いた 心の花も開いた身魂のもつれも開いた 開いた開いた常夜の闇となり果てし 天の岩戸もサラリと開いた』 各自の本守護神はやがて、得も云はれぬ五色の玉となつて各自の頭上に留まつた。玉は頭脳に吸収さるる如く、追々その容積を減じ、遂には宣伝使の体内に残らず浸み込んで仕舞つた。 これより一行はこの巌窟を立ち出て、原野を渡り、コシの峠を指して勇ましく進み行く。 (大正一一・三・二一旧二・二三加藤明子録)
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霊界物語 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) 06 楽隠居 第六章楽隠居〔五五六〕 弥次、与太、六公の三人は、怪訝な顔して小鹿峠を登つて行く。十七八丁も来たと思ふ頃、路傍に可なり大きな巌窟のあるのに目がついた。 六『弥次サン、与太サン、非常な狭い途になつたものだナア、一方は断巌絶壁、眼下の谷川は激流飛沫を飛ばし実に物凄き光景、一瞥するも肌に粟を生ずるやうだ。そのまた狭い途に大変な巌窟が衝き立つてゐるぢやないか。彼奴はナンデも可笑しい奴だ。ウラル教の奴がこの難所に、吾々を待ち受けして居るのぢやあるまいか』 弥『ヤーホントに馬の背中のやうな細い途に、巌窟がヌツト突き出てゐよるワイ。此奴は些とをかしいぞ。一つここらから石でも抛つて瀬踏して見やうかい』 与『よかろう、一つ測量だ』 と云ひ乍ら、手頃の石を掴んで三人一度に速射砲的に、巌窟目蒐けてパチパチパチと打ちつける。巌窟の中より、 (岩窟の中より)『ヤーイ危ないわい。何をテンゴするのだい』 弥『これほど岩を以て固めた洞穴に石が当つたつて応へるものか。一寸眠りを醒してやつたのだよ。一体そこに居る奴は何者だ』 巌窟の中より『俺だ俺だ。貴様は誰だい』 弥『俺も俺だ。矢つ張り人間だ』 巌窟の中より『貴様はウラル教か、三五教か』 弥『三五教のお方だよ』 巌窟の中より『オーさうか。間違ひはないか。俺も三五教だ、ウラル教の奴に捉へられて、コンナ処へ閉ぢ込められたのだ。助けて呉れないか』 与『オイオイ弥次公、気を付けないといかないぞ。悪神の奴、ドンナ計略をやつてゐよるか分つたものぢやないワ。オイ巌窟の中の代物、貴様は本当に三五教ならば何といふ名だ、言挙げせぬかい』 巌窟の中より『貴様から名を聞かして呉れ。若もウラル教だと駄目だからのう』 与『ハー矢つ張り此奴は三五教らしいぞ。中々語気が確かりしてゐる哩。コンナ穴へ閉ぢ込められて彼れだけの元気のある奴は三五教式だ。ウラル教の奴ならきつと泣声を出しよつて、「モーシモーシ、上り下りのお客サン、何卒憐れと思召し、難儀な難儀な私の境遇を憐れみ下さいませ。モーシモーシ、通り掛りのお旦那様、難儀な盲目でございます」と機械的に乞食もどきに吐かすのだけれど、何処となく言霊に強味があるやうだ。不自由な巌窟の中に閉ぢ込められて居つてさへ、あれ丈けの元気だから、仮令ウラル教にしても少しは気骨のある奴だ。一つ外から揶揄て見やうかい』 弥『それも面白からう。オイオイ巌窟の中のご隠居サン、嘸や御退屈でございませうナ』 巌窟の中より『エー滅相な、小さい穴が前の方に開いて居りますから、時々外部を覗きますと、小鹿川の緑紅こき混ぜて、春色豊に飛沫を飛ばす川の流れ、実に天下の絶景ですよ。お前サンも年が寄つて隠居をするのならコンナ所を選んで、常磐堅磐に鎮座するのだな』 弥『此奴は面白い奴だ。オイオイご隠居サン、お前の年齢は幾つだ』 巌窟の男『俺かい、どうやら斯うやら数へ年の三十だよ』 弥『それはあまり若隠居ぢやないか。人間も三十といへば元気盛りだ。これから五十万年の未来に於て、支那に丘とか孟とか云ふ奴が現はれて、三十にして立つとか吐くぢやないか。今から隠居するのはチト勿体ないぞ。一体お前は何と云ふ男だい』 巌窟の中より『俺は元はウラル教の信者であつたが石凝姥の宣伝使がコーカス山へ往く時に、孔雀姫の館に巡り会ふて、それから改心を致し三五教になつたのだが、神様に対して一つの功もよう立てないので、ナントカ御用に立たねばならぬと、また元のウラル教へ表面復帰して捕手の役に加はつて居つたのだ。さうした所が三五教の宣伝使が二人の供を伴れて関所に迷ひ込んで来た。俺たちの同僚は血のついた出刃を以て猪を料理して居つた所、三五教の奴が来たので、いつそのこと荒料理をしてやらうかと、側の奴が吐すので俺も堪らぬやうになり、三五教の宣伝使に一寸目配せしたら、押戸を開けて一目散に遁げて了つた。サア、さうすると同僚の奴、貴様は変な奴だ。やつぱり三五教の臭味が脱けぬと見えて、何だか妙な合図をしよつた。懲戒のために無期限に此処に蟄居せよと吐しよつて、昨日から押し込められたのだ。俺は三五教の勝公といふ男だよ。早く天の岩戸を開けて俺を救ひ出して呉れないか』 弥『待て待て、今天の岩戸開きをやつてやらう。オイ与太彦、貴様は大麻を以て祓ふ役だ。俺は天津祝詞を奏上する、六公は何も供物が無いから木の葉でもむしつて御供物にするのだよ』 勝『エー洒落どころちやないワ。早く開けて呉れないか』 弥『定つたことよ。あけたらくれるのは毎日定つてゐる。あけてはくれあけてはくれ、その日その日が暮れるのだ。アハヽヽヽ』 勝『エー辛気くさい。可い加減にじらして置け』 弥『じらすとも、貴様はコンナ所に窮窟な目をして、可憐らしい奴だから此方も意地でじらしてやるのだ。アハヽヽヽ』 与『オイオイ弥次彦、ソンナ与太を云ふな。早く開けてやらぬかい』 弥『開けて悔しい玉手箱、後でコンナことだと知つたなら開けぬが優であつたものを、会ひたい見たいと明暮に、ナンテ芝居もどきに、愁歎場を見せつけられては困るからなア』 六『エー碌でもないことを云ふ人だナア。綺麗さつぱりと開放して上げなさい』 弥『アヽさうださうだ、開けて上げませう。ヤー偉い錠を下してゐやがる哩。折悪く合鍵の持合せがないから、オイ勝サンとやら、仕方がないワ。まあ悠くりと時節が来るまで御逗留遊ばせ』 勝『そこらに在る手頃の石を以て錠前を砕いて出して呉れ』 弥『コンナ立派な錠前をむざむざと潰すのは勿体ないぢやないか』 勝『勿体ないも糞もあつたものか。ウラル教の錠前だ、木葉微塵に砕いて出して呉れ』 弥『待て待て、折角出来たものを破壊するといふことは、一寸考へ物だ。過激主義のやうになつては、天道様へ申訳がない。何とか完全に原形を存して、開ける工夫があるまいかな』 六『もし此処にコンナものがある。これは屹度何かの合図でせうで』 と言ひ乍ら小指のやうな形をした巌壁の細長き巌片をグツと押した途端に、岩の戸は苦もなくパツと開いた。 弥、与『アハヽヽヽ、ナアンダ、鼻糞で的を貼つたやうなことしよつて、何処までもウラル教式だワイ。オイ勝サン、早く出ないか』 勝『この日の長いのに、さう狼狽るものぢやない。まア、悠くりと皆サンも此処へ這入りなさい。持寄り話でもして春の日長を暮しませうかい』 弥『ヨー此奴はまた法外れの呑気者だ。類を以て集まるとは、よく云つたものだナア。馬は馬連れ、牛は牛連れだ。いよいよ此処に四魂揃つたりだ。オー勝サン、どうぞ御昵懇に願ひますよ。私は弥次彦と云ふ剽軽な生れ付き、此奴は天下一品の与太だから与太彦と云ふ名がついてゐます。モー一匹の奴はあまり碌な奴ぢやないから六と云ひますよ。アハヽヽヽ』 勝『アヽよい所へ来て下さつた。御かげで密室監禁の憂目を免れました。お前サンは何処かで見たことのあるやうな顔だな』 弥、与『有るとも有るとも、彼の出刃の災難に遭はうとした時、目で知らして呉れたのはお前だつたよ。敵の中にも味方があると云つて非常に感謝して居つたのだ。その時の恩人はお前だつたか、妙なものだな。お前に助けられて又此処で助けられた俺達が、お前を助けるとは不思議なことだ。これだから人間は善いことをして人を助けねばならない。神様の実地教育を受けたのだ。あゝ有難い有難い、四人一同揃つて神言を奏上しませうか』 と巌窟前の細道を向方へ渡りやや広き道に出で、四人はコーカス山の方に向つて、恭しく祝詞を奏上した。 弥『此処はウラル教の奴等の勢力範囲ともいふべき区域だから、一つ元気を出し宣伝歌でも謳つて行きませうかい。音頭取りは私が致しませう』 一同『神が表に現はれて善と悪とを立別ける この世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直せ聞直せ 身の過ちは詔り直せ三五教の神の道 音に名高き音彦の神の司と諸共に 猿山峠を右に見て荒野ケ原を駆めぐり 見ても危き丸木橋やつと渡つて川岸に 憩む折しも傍の草のしげみを掻き分けて 現はれ出でし黒頭巾三五教の宣伝使 その他の奴輩一々に何の容赦も荒縄の 縛つてくれむと雄健びのその見幕に怖け立ち 力限りに遁げ出せば豈図らむや突き当る 途の真中に醜が住む関所の中に迷ひ込み 如何はせむと思ふ折花も実も有る勝彦が 深き情に救はれて虎口をのがれ息急きと 駆出す途端に道の辺の泥田の中に辷り込み 二人諸共泥まぶれ後より敵は襲ひ来る 何の容赦も荒肝を取られて泥田を這ひ上り 一行三人一筋の田圃の道を遁げ出せば 怪しき奴が唯一人目をばぎよろぎよろ睨み居る 此奴的切りウラル教目付の奴と全身の 力をこめて傍の泥田の中へ突き落し 後をも見ずにトントンと小鹿峠に来て見れば 思ひもかけぬ三人の鬼をも欺く荒男 前と後に数百のウラルの彦の捕手共 雲霞の如く攻め来る進退茲に谷まりて 忽ち谷間へ三人は空中滑走の曲芸を 演じて河中に着陸しウンと一声気絶して 十万億土の幽界の三途の川の渡場で 怪体な婆アに出会して何ぢや彼ぢやとかけ合ひの 其の最中に珍らしやウラルの彦の目付役 源五郎奴がやつて来て要らざる繰言吐きつつ ここにいよいよ真裸川と見えたる荒野原 トントントンと進み行く行けば程なく禿山の 麓にぴたりと行き当り行手を塞がれ是非も無く 天津祝詞を声清く奏上するや忽ちに 地から湧き出た銅木像からくり人形の曲芸を 一寸演じたご愛嬌煤を吐くやらミヅバナを 頻りに浴びせかけるやら茶色のやうな小便の 虹の雨やら針の雨こりや堪らぬと思ふ折 日の出の別の宣伝使数多の弟子をば引連れて やつて来たかと思ひきや冥土の旅は嘘の皮 流れも清き小鹿川川の真砂に横臥して 夢の中にも夢を見る怪体な幕を切り上げて 木株を力に元の道登つて見れば数百の 馬が出て来る牛が来る馬と牛との夢を見る やつと此処まで来て見れば思ひも寄らぬ巌窟に 三五教の宣伝使負ても名だけは勝サンが 三十男の楽隠居神の恵みに巡り合ひ 互に見合はす顔と顔善と善との引合せ コンナ嬉しいことあろか善と悪とを立別ける 神の教のわれわれは前途益々有望だ 進めよ進めいざ進め四魂揃つて堂々と 曲の砦に立向ひウラルの彦の目付等を 片つ端から打ちのめし勝鬨挙げて高架索山の 神の御前に復り言申すも左まで遠からじ 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも たとへ大地は沈むとも三五教には離れなよ ウラルの教に迷ふなよ進めよ進めいざ進め 悪魔の軍勢の滅ぶまで曲津の神の失するまで』 と倒け徳利の様に口から出放題の宣伝歌を謳ひ乍ら、小鹿峠を勢ひよく脚踏み鳴らして進み行く。 (大正一一・三・二三旧二・二五外山豊二録)
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霊界物語 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) 11 河童の屁 第一一章河童の屁〔五六一〕 勝公の宣伝使を始め弥次彦、与太彦は六公の後を追跡して漸く二十峠の麓に着いた。 与『サア又之からが危険区域だ、敵の防禦網を突破して善戦善闘、秘術を尽し神軍の威力を示すべき時は迫つた』 勝『アヽさうだ、各自に腹帯をしつかりと締めて、四辺に気をつけ登阪する事としよう。それにしても六公は何処へ磨滅して仕舞つたのだらうか、三人では如何も話し相手のバランスがとれない、仲々の慌て者だからなア』 弥『何でも彼奴、お竹の顔を見るより猫のつるんだ後の様に両方へパツと逃げ散つた。その時の可笑しさ、之は何か込み入つたローマンスが伏在して居るのかも知れないぞ』 与『何、ローマンスなんて、アンナ男にあつて堪るものかい』 弥『さう見絞つたものじや無い、縁は異なもの乙なものだ。今に六公がお竹を連れて「ヤア六サンか、お前は如何して居つたのだ、その袴は何事ぞ、此お召物は」と取り付いて涙片手に掻き口説く、そこで六公の奴「ヤアお竹、如何成り行くも因縁づくぢやと諦めて呉れよ、昨日に変る今日の空、定めなき世の習ひに洩れぬ二人が切ない恋路、アーア、天道様も聞えませぬ」等と何処か途中で悲劇の幕を演じ、ヤツト機嫌をとり直し手に手を把つて二十峠を目蒐けて現はれ来り「天下の色男はマアこの通り、比翼連理を契つた仲、切つても切れぬ二人が恋路」なんて惚けよつて首を其場へヌツと現はすかも知れないぞ、アハヽヽヽ』 与『ウツフヽヽヽ、アーア、馬鹿な事を言ふて呉れない、臍が弛くなつて、足がガブリガブリするワ』 弥『勝彦サン、コンナ足が笑ふ様な奴に構はずに二人仲良く進みませうかい。三人の道中と言ふものは何だか一人空手が出来て、話しもつて歩くのに如何も都合が悪い』 与『ヘン俺を放つといて二人先に行つたら面白からう、丁度四足の旅行だから早く先へ行つて路瑞の草でも噬ぶるか、石地蔵に小便でもかけたが良い哩』 弥『コラ、馬鹿にするない、牛馬か犬の様に草を喰への、小便をひつかけろのと余り馬鹿にするない』 与『ヤア割とは気の小さい奴だナ、コンナ事に腹の立つ様な事で宣伝使のお伴が出来るかい、娑婆幽霊奴い、ツベコベ囀ると又、松の梢から踏み外して腰を抜かさなならないぞ。此処は小鹿峠だが後になれば弥次彦のこしぬかし峠と名がつくだらう。オイ腰抜け先生、御勝手にお越しなさい、もう貴様とは只今限り国交断絶だ、旅券を交付して与るから蒸汽に乗つて早く帰国致せ』 弥『アハヽヽヽ、与太の奴、真面目になりよつて其面ア何だ、まるで夜鷹の様な団栗眼を剥きよつて嘴を鋭らして、あまり見つとも良くないぞ。之から与太を改名して夜鷹と言つたが宜からう、夜鷹と言ふ奴はござをひつかけて暗い辻に立てつて居よる奴だ』 与『アヽそうか(惣嫁)とけつかる哩』 弥『お前と俺との仲は何うやら形勢不穏になつて来かけた、サア勝公の宣伝使の御目の前で平和克復の条約を結ばうかい』 と言ひ乍ら、尻を捲つて、 弥『サアサ屁いはこく吹くだ』 与『アハヽヽヽ、屁と言ふ奴は笑顔の好い奴だな、然し乍ら貴様の屁は、あまり牡丹餅を沢山格納したので瓦斯が猛烈に発生して、異様の臭気紛々として鼻を向くべからずと言ふ臭の臭の醜たるものだ、アハヽヽヽ、臭い臭い、貴様の尻から行くと年が年中雪隠の中で年期奉公をしてる様なものだよ、真実に吾輩も不平満々だ』 弥『俺の屁は臭の臭の秀逸だらう、臭気紛々として恰も麝香の如しだ。臭いのが屁の生命だ、臭うない屁は既に已に屁たるの資格を失つたものだ。河童の屁の様に匂ひのせぬ奴は屁の腐つたのだよ。屁をこくなら生きた屁をこけ、死屁は縁起が悪いぞ』 与『貴様の屁は伊勢参宮の道中屁だ、堅い堅い屁を放るから石部だ、音は大津で後は草津だ、真実に威勢(伊勢)の良い事だ、アハヽヽヽ』 弥『軍学の名人、兵法の達人とは弥次彦の事だよ。今に砲兵工廠でも建設して大砲を製造し盛に砲列を敷いて戦闘準備に着手する考へだよ、アハヽヽヽヽ』 与『オイ弥次屁衛、貴様はこれから兵助、文助、久助と、尊名を奉らう。有難く頂載せい』 弥『ヘイヘイ有難う、確に頂戴仕りませう、マア斯うなれば二人の仲もへな戸の風にへ解き放ち艫解き放ちて大海の原に、大津べに居る大船を押し放つ事の如くへい和の風はソヨソヨと春の海面を撫でて天下泰へい最後屁和こく土成就だ。愈へい和克復の曙光を認めた、へこく(四国)へち十へつか所(八十八ケ所)何んぼ(南無)放いても大師遍照金剛だ、アハヽヽヽ』 与『モシモシ勝彦サン、貴方はよつぽど真面目な人ですな、コンナ可笑しい事が貴方は何ともありませぬか』 勝『お前達は屁でもない様な事が可笑しいのか、水中に放屁した様な下らぬ喧嘩をオツ始めて平和克復もあつたものか、人を屁煙に捲いて、吾等は聊か閉口頓首の至りだ』 弥『この与太公は屁放り腰の屁古垂男だから、もちつと向ふへ行つたら屹度屁古垂れますぜ、アハヽヽヽ』 与『お前は膝栗毛の弥次郎兵衛と云ふ屁こき爺だ。あまり調子に乗ると社会の弊害になるから良い加減に筒口を閉門した方が宜からうぞ、アハヽヽヽ』 勝『まるで鼬や馬や屁こぎぶんぶと道連れの様だワイ、オツホヽヽヽ』 弥『ヨーヨー何時の間にか話につられて頂上へやつて来ました。矢つ張り此処にも平坦な道が開平されてあるですな。遠く彼方を見渡せば目も届かぬ許りの之も大平原、矢つ張り天下太平の世の中だワイ、アハヽヽヽ』 勝、与『ウツホヽヽヽ』 弥『何だか、チツと腹が変になつて来ました、一寸そこ迄失礼いたします、ここらに屁太張つて待つてゐて下さいませ、ヘイ御免なさいませよ』 とチヨコチヨコ走り、樹の繁みに姿を隠した。 与『ハツハヽヽヽ、何処かに芋を植ゑに行きよつたな、太い奴を、アハヽヽヽ。アーア胸が悪くなつた、折角喰つた牡丹餅もどうやら嘔吐り相になつて来た哩』 一方の森林の中よりウンウンと言ふ呻り声、弥次彦の隠れた方にも亦もやウンウンといふ呻り声が聞えて居る。 与『ヤア此奴は堪まらぬ、右と左より、敵に挟撃されてる様なものだ、オイオイ、ウンウン吐かす奴は何処の糞奴だい』 忽ちガサガサと現はれて来た一人の男がある、見れば何だか見覚えのある顔だ。 与『ヤア六公の奴、何をしてゐたのだい』 六『何…………、一寸…………ホンノ…………僅かなものだよ…………、俄に陣痛が来たので産婆は居らぬけれど一人でトツクリお産をやつてゐたのだ』 与『フンさうかい、彼方にも此方にも子を生みよつて吾々は糞攻めに遭ふて、実に糞慨の至りだ。オイ弥次兵衛、よい加減に出て来ないか、汽笛が鳴つたぞ、発車時間に乗り遅れても知らぬぞよ』 弥『八釜しう言ふな、今発射の最中だ。貴様も其処でお山の大将俺一人と言ふ調子でハシヤイで居れ、糞八釜しい』 与『オイ六公、貴様ア一体、お竹の顔を見て、血相を変へて逃げ出したのは、あらア何だ』 六『ヤア何卒それ丈けは聞いて呉れな、後生だから』 与『ご生でも六升でも構はぬ、吾等一同(一斗)の者に一石(一刻)も早く事情逐一申し上げぬかい』 六『ヤアお竹の事思へば一石どころか万斛の涙が零れる哩、それはそれは歯の浮く様なローマンスがあるのだ、アーア』 与『アーアとは何だい』 六『アーアは矢つ張りアーアだ』 弥次彦はガサリガサリと笹原を踏み分けて現はれ来り、 弥『御一同様、お待たせ申しました。ヨウ六公、其処に居るのか、能うマア鼠にも引かれずに無事で此処まで来て呉れた、偉い偉い、ヤレヤレ二十峠の頂上で愈四魂が揃ふた、サア之からは原(腹)の下り阪ぢや、鵯の谷渡りぢや、ピーピーだ、全隊進め、オ一、二、三、四』 四人は急阪を飛ぶが如くに自然的に足に任せて速度を加へ雪崩の如く下つて行き、漸く麓に着いた。 弥『サア、上る身魂と下る身魂で世界は一旦騒がしくなるぞよ、後は結構な神世となるぞよ、松のミロ九の世が参るぞよ、改心致して下されよ、改心ほど結構は無いぞよ、改心すればその日から屁をこいた様に腹の中までスツと致して気楽に暮らされる様になるぞよ、この世の鬼を往生さして世界の人民に安心をさせるぞよ』 与『そら、何を言ふのだい、勿体無いぞ』 弥『三五教のお筆先だ、貴様等のホヤホヤ信者に分つて堪まらうかい』 与『屁をこいた様に腹が空いて楽になるぞよなぞと、ソンナ事を神様が仰有るものかい、大方貴様の入れ事だらう』 勝、六『アハヽヽヽヽヽ』 傍の丈なす雑草の中より覆面の男十七八人、ムクムクと現はれ手槍を扱き乍ら、 男『ヨー其方は三五教の宣伝使の一行、吾こそはウラル教の大目付役、鷲掴源五郎の身内に於て三羽烏と聞えたる烏勘三郎だ。サア斯うなる上はジタバタ藻がいてもモウ駄目だ、神妙に手を廻せ』 弥『ハヽヽヽ、吐くな吐くな、抑も天教山に現はれ給ふ野立彦の大神、木花姫命、まつた黄金山に現はれ給ふ埴安彦、埴安姫、コーカス山に時めき給ふ須佐之男命の御名代日の出別命の御家来の弥次彦とは俺の事だ、吾名を聞いて胆を潰すなウフヽヽヽ』 勘『ワツハツハヽヽヽ、この場に及んで切端つまり、コケ嚇しの豪傑笑ひ、今に吼え面かわかして見せう、ヤア者共、彼奴等四人に一度にかかれ』 勝『ワツハヽヽヽ、洒落な洒落な、今に三五教の宣伝使が、目に物見せて呉れむ』 と言ふより早く両手を組み食指の先より五色の霊光を発射し、勘三郎初め一同の捕手に対つて速射砲的に霊弾をさし向けたれば、勘三郎始め一同は俄に頭痛み、胸裂くる許りウンウンと苦悶を始め柄物を大地に投げ捨て七転八倒、息も絶えむ許りの光景となりぬ。 勝『アハヽヽヽ、脆いものだワイ、一つ宣伝歌を歌つて一同の奴等を帰順させ、コーカス山に伴ひ行きて吾手柄を表はし呉れむ。ヤアヤア、弥次彦、与太彦、六公、宣伝歌を吾と共に声高々と歌ふのだぞ』 勝彦外一同声を揃へて 一同『神が表に現はれて善と悪とを立別ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 只何事も人の世は直日に見直せ聞き直せ 身の過ちは詔り直せ身の過ちは詔り直せ』 と歌ひ終つた。勘三郎始め一同はこの言霊の神徳に救はれて、さしも厳しき霊縛は解かれ涙声を絞り乍ら茲に一同帰順の意を表し神恩を感謝するに至りたり。 (大正一一・三・二四旧二・二六北村隆光録)
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霊界物語 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) 13 山上幽斎 第一三章山上幽斎〔五六三〕 醜の魔風や様々の、世の誘惑に勝彦の、神の使の宣伝使は、弥次彦、与太彦、六公の三人を伴なひ、小山の郷を打過ぎて、二十の坂を三つ越えし、峠の頂きに漸く登り着いた。 この峠の頂きは今迄過来し各峠の頂上に引換へて大変に広い高原になつて居る。小鹿川の流れは眼下の山麓を、白布を晒した如く、岩と岩とにせかれて飛沫を飛ばして居る。山腹は殆んど岩を以て蔽はれ、灌木の其処彼処に青々として、岩と岩の配合を、優美に高尚に色彩つて居る。 弥『小鹿峠も漸く二十三坂を跋渉したが、この頂上くらゐ広い所は無かつた。東西南北の遠近の山、茫漠たる原野は一望の下に横たはり、風は清く、何となく春の気分が漂ふて来た。此処で吾々はゆつくりと休養して参る事に致しませうか』 勝『アヽそれは宜からう、この頂上より四方を眺めた時の気分は、実に雄渾快濶にして、宇宙を我手に握つたやうな按配式だ。ゆるゆると神界の話でもさして頂かうか、斯う云ふ清い所では、何程神界の秘密を話した所で、滅多に曲津神の襲来する虞もなからう』 と言ひ乍ら、青芝の上に腰を下した。三人も同じく、芝生の上に横たはつた。 与『アヽ良い気分だ。何時見ても、頂上を極めた時の心持はまた格別だが、今日は殊更に気分が良い。斯う云ふ時に一つ幽斎の修業を始めたら、キツト善い神様が感合して下さるでせう、………もし宣伝使様、一同此処で三五教の鎮魂帰神の神法を施して下さいませぬか』 勝『それは結構だが、生憎高地の事とて、水も無し、手を洗ひ口をすすぎ、水を被ると云ふ事が出来ないから……第一此れには閉口だ』 弥『神様の教にも、「身の垢は風呂の湯槽に洗へ共、洗ひ切れぬは魂の垢なり」と示されてある、たとへ水が無くとも、神様に一つ御免を蒙つて、身魂の洗濯をして貰ふ訳にはゆきますまいか。水は肉体の垢を洗ひ落す丈のもの、鎮魂は精神の垢を落すものですから、今日は肉体は已を得ずとして、霊丈の洗濯をして貰ひませうか……ナア与太彦、六公』 与『それも一つの真理だ……もしもし勝彦の宣伝使、あなたは古参者だ、吾々は新参者、どうぞ一つ鎮魂を願つて下さいな』 勝『霊肉一致、現幽一本だから、理屈を云へば、別に水行をせなくつても、霊さへ洗へば良いと云ふ様なものだが、矢張汚い肉体には美しい霊の神が憑る事は、到底不可能だらう。コンナ所で漫然と幽斎でもやらうものなら、ウラル教の守護を致して居る悪神が、何時憑依するかも知れたものでない。此頃は霊界に於て、往昔国治立の大神、その他の神々に対し、極力反抗を試み、遂には大神をして退隠の已むなきに至らしめたと云ふ大逆無道の常世姫や木常姫、口子姫、八十枉彦の邪霊連中が、少しでも名望のある肉体に憑依し、再び神界混乱の陰謀を企てて居るのだから、愚図々々して居ると、何時憑依されるか分つたものでない。宇宙一切は大国治立尊の御支配だから、到る所として正しき神の神霊は、充満し給ふとは云ふものの、また盤古系統、自在天系統の邪神も天地に充満して居るから、此方の霊をよほど清浄潔白にして掛らねば、神聖の神の降臨を受けるといふ事は、到底不可能なが原則だ。水が一滴もないのだから、肉体を清める訳にも行かないから、また滝壷の在る所か、清き流れの水に禊をするとかして、その上で幽斎の修業にかかつたが宜しからう』 弥『アヽ融通の利かぬものだな、全智全能の根本の神様でも、ソンナ窮屈な意見を以て居られるのだらうか。善悪相混じ、美醜互に交はつて、天地一切の万物は、茲に初めて力を生じ、各自の活動を開始するのでは有りませぬか。世の中には絶対の善もなければ、また絶対の悪もない。如何に水晶の身魂だと云つても、大半腐敗せる臭気に包まれた人間の体に宿らねばならぬのだから、何程表面を水位で洗つた所で、五臓六腑まで洗濯しきれるものでない、物を深く考へれば、手も足も出せなくなつて了ふ。何事も神直日大直日に見直し聞直し詔直して、ここで一つ神聖なる幽斎の修業を、是非々々開始して下さい。ナンダカ神経が興奮して、神懸の修業がしたくつて、仕方がなくなつて来た』 勝『幽斎の修業は心身を清浄にする為、第一の要件として、清潔なる衣服を纏ひ、身体を湯水に清めて掛らねばならぬのだが、さう言へば仕方がない、神様に御免を蒙つて幽斎の修業をさして頂く事にしやうかなア』 弥『イヤー有難いありがたい……ナア与太彦、六公、貴様は今迄まだ神懸の経験がないのだから、この弥次彦サンの神懸を、能つく拝め、心を清め、肝を錬れ、……サア勝彦の宣伝使様、早く審神をして下さい。ナンダカ気がイソイソとして堪まらなくなつて来ました、……ウンウンウンウン、ウーウー』 と忽ち惟神的に両手は組まれ、身体忽ち前後左右に動揺し始めた。 与『ヨー弥次彦の奴、独り芝居を始め出したナ、ナンダ、妙な恰好だな、目を塞ぎよつて両手を組み、坐つたなりに飛上がり、宙にまいまいの芸当を始め出した。大方松の大木から滑走しよつた時の亡霊が、まだ体のどつかに残留して居つたと見える……オイ六公、面白いぢやないか、……コレコレ勝彦サン、今日はモウ口上丈はやめて下さい、頼みますぜ』 勝『アハヽヽヽ』 弥次彦は夢中になつて、汗をブルブル垂らし乍ら、蚋が空中に餅搗した様に、地上一尺以上を離れ、五六尺の間を昇降運動を開始して居る。神懸に関しては素人の与太彦、六公の二人は、口アングリとして大地に倒れた儘、 与、六『アーアー、ヤルヤル、妙だ妙だ、オイ弥次彦、貴様はそれ丈の隠し芸を持つて居つたのか、重宝な奴だ、宙吊りの芸当は珍らしい。ワハヽヽヽ、モシモシ宣伝使さま、どうとかして、御神力で弥次彦の体を、猿廻しの様に使つて見せて下さいな』 勝彦は両手を組み、天津祝詞を声も緩やかに奏上し終り、一二三四五六七八九十百千万と、天の数歌を歌ひ終り、右の食指の指頭より五色の霊光を発射し、弥次彦の身体に向つて、空中に円を描いた。弥次彦の身体は勝彦の指の廻転に伴れて、空中に円を描き、指の向ふ方向に、彼が身体は回転する。勝彦は、今度は思ひ切つて腕を延べ、中天に向つてブンマワシの如くに円を描き、弥次彦の体は勝彦の指さす中空に向つて舞上り舞ひ下り、また舞ひ上り舞下り、空中遊行の大活劇を演ずる面白さ。 与『オイ六公、あれを見い、弥次彦の奴、漸々熱練しよつて、体が小さくなつて、見えぬやうな高い所まで、空中を滑走し、上つたり下りたり、上になつたり下になつたり、大変な大技能を発揮しよるぢやないか、……モシモシ宣伝使さま、あなたの指の動く通りに、弥次彦の奴、動きますなア。あれなら軽業師になつても大丈夫食へますナ』 勝『アハヽヽヽ、あれは霊線の力に操られて、体を自由に使はれて居るのだ。俺の指の通りになるであらうがな』 与『ハハア、さうすると弥次彦が偉いのじやなくて、あなたの指が偉い神力を具備して居るのだなア……あなたはヤツパリ魔法使だ、恐ろしい油断のならぬ宣伝使ぢや、私丈はアンナ曲芸は、どうぞ遣らさぬ様に願ひますで、喃六公、アンナ事をやられたら、息も何も切れて了うワ』 六『アヽ恐ろしい事だのう』 斯く云ふ中、弥次彦の身はスーと空気を分ける音と共に、三人の前に下つて来た。勝彦は又もや両手を組んで、『許す』と一声、弥次彦は常態に復し、目をギロつかせ乍ら、 弥『アヽやつぱり二十三峠の頂上だつた、ヤア怖い夢を見たよ、天へ上がるかと思へば地へ下つて、地へ下つたと思へば又天へ引上げられる、目はまわる、何ともかとも知れぬほど苦しかつた、アヽやつぱり夢だ夢だ』 与、六『エ、なアに、夢所か実地誠の正味正真だ。現に俺達は今ここで貴様の大発明の軽業を、無料観覧した所だ。貴様もよつぽど妙な病気があると見える、親のある間に治療をして置かないと、親が無くなつたら、到底一生病だ。不治の難症と筍医者に宣告されるが最後、芝を被つて来ない限り、迚も此世では駄目だぞ、……モシモシ勝彦さま、コラ一体何の業ですか』 勝『弥次彦には、悪逆無道の木常姫と云ふ奴が、タツタ今油断を見すまして、くつつきよつたのだ。そこで私が鎮魂の力を以て木常姫の悪霊を縛つたのだ。悪霊は私の指の指揮に従つて、あの通り容器と一所に、宙を舞ひ狂うたのだよ、モウ今の所では、木常姫の邪霊も往生致して逃げよつたから、弥次彦も旧の通り、常態になつたのだ、ウツカリして居ると、貴様等も亦何時邪霊の一派に襲はれるか知れやしないぞ。夫れだから、至貴至重至厳なる幽斎の修業は、肉体を浄めもせず、汗だらけの、垢の付いた衣服を纏ふて奉仕する事は出来ないと、私が説諭したのだ。それにも拘はらず、私の言葉を無にして聞かないものだから、修業も始めない中から、邪霊に誑惑され、忽ち木常姫の容器となりよつたのだ、……オイ弥次彦、しつかりせないと、又もや邪神が襲来するぞ』 弥『智覚精神を殆んど忘却して居ましたから、何が何だか私としては、明瞭を欠きますが、仮令邪神にもせよ、宙を駆けるナンテ、偉い力のあるものですなア』 勝『馬鹿を言ふな、胴体なしの凧といふ事がある。悪魔と云ふ者は、大体が表面ばかりで、実地の身がないから、恰度、言へば風の様なものだ。その邪霊が人間の肉体へ這入つたが最後、人間の体は風船玉が人間を宙にひつぱり上げる様な具合になつて、体が飛び上がるのだ。人間は大地を歩む者、鳥かなんぞの様に、宙を翔つ奴は、最早人間としての資格はゼロだ、貴様たちも中空が翔つて見たいのか』 与、六『ヘイヘイ邪神だらうが、何だらうが、人間として天空を翔ると云ふ様な事が出来るのなら、私は一寸一遍、ソンナ目に会ふて見たいですな。世界の人間は驚いて……「ヤア与太彦、六公の奴、偉い神力を貰ひよつた、生神さまになりよつた」と云つて、尊敬して呉れるでせう。そうなると、「ヤア彼奴は三五教の信者だ、三五教は神力の強い神だ、俺も三五教に帰依する」と云ふて、世界中の人間が一遍に改心するのは請合です。神様も吾々にアンナ神力を与へて、世界の奴をアツと言はして下さつたら一遍にお道が開けて、世界の有象無象が改心するのだけれどなア』 勝『正法に不思議なし、奇蹟を以て人を導かむとする者は、いはゆる悪魔の好んで執る所の手段だ。吾々は神様の貴重な生宮だ、充分に自重して、肉の宮に重みを付け、少々の風にまで飛あがり、宙をかける様な事になつては、最早天地経綸の司宰者たる資格はゼロになつたのだ。何処までも吾々はお土の上に足をピツタリと付け居るのが法則だ』 与『それでも、鷹彦の宣伝使は宙を翔つぢやありませぬか』 勝『鷹彦は半鳥半人の境遇に居るエンゼルだ。彼は時あつて空中を飛行し、神業に参加すべき使命を持つて居るのだから、羽翼が与へられてあるのだよ。羽翼は空中を飛翔するための道具だ。羽もない人間が、今弥次彦の様な事を行るのは変則だ、悪魔の翫弄物にせられて居るのだよ』 六『さうすると、悪魔の方がよつぽど偉い様ですな。誠の神様は土に親しみ、悪魔は天空を翔るとは、実に天地転倒の世の中とは言ひ乍ら、コラ又あまり矛盾ぢやありませぬか。仮令邪神でも何でも構はぬ、一遍アンナ離れ業を演じて見たいワ』 勝『コラコラ六公、言霊の幸はふ国だ、ソンナ事を言ふと、貴様には、竜宮城から鬼城山に使ひした、一旦大神に叛いた口子姫の霊が、貴様の身辺を狙つて居るぞ、シツカリ致せ』 六『ヤアそいつは一寸乙でげすな、何時も憑り通しにされては困るが、一遍位は憑つて呉れても御愛嬌だ、……ヤイ口子姫とやら、俺の肉体を貸して与るから、一遍アツサリと憑つて呉れぬかい』 弥次彦口をきつて 弥次彦『クヽヽヽチヽヽヽコヽヽヽヒヽヽヽメヽヽヽ口子…口子…ヒヒメメメメ口子姫命只今より六公の肉体を守護致すぞよ』 六『有難う御座います』 と云ふや否や、身体を上下左右に動揺し始めた。地上より四五尺許りの所を、上りつ下りつ、石搗の曲芸を演じ始めた。遂には足は地上を離れ、最低地上を距ること一尺余、最高二三丈の空中を上下し、廻転し始めた。 弥『ヤア六公の奴、偉い神力を貰ひよつたぞ、羨りい事だ、俺も一遍アンナ事が有つて見たい。俺にアヽ言ふ実地が現はれたら、それこそ一も二もなく神の存在を、心底から承認するのだが、どうしても俺には、霊が曇つて居ると見えて、神が憑つて呉れぬワイ』 与『オイ弥次公、貴様ア、アンナ事所かい、殆ど日天様の所へ行きよつたかと思ふほど高う、空中をクルクルクルと廻転しよつて、まるで鳥位小さく見える所まで……貴様は現に大曲芸を演じよつたのだよ、それを貴様は記憶して居らぬか』 弥『アヽさうか、ナンダかソンナ夢を見たやうな記憶が朧げに残つて居る様だ。ヤアヤア六公の奴、追々と熟練しよつて、ハア上るワ上るワ……殆ど体が小さく見える所まで上りよつたナ、……モシモシ勝彦さま、アラ一体全体どうなるのですか』 勝『あまり慢心をすると、体の重量がスツカリ無くなつて、邪神の容器となり、風船玉のやうに吹き散らされるのだ、幸に今は無風だから好いが、一昨日の様な風でも吹いた位なら、夫れこそ、どこへ散つて仕舞ふか分りやしないぞ。それだから俺が此処では幽斎の修業は行られぬと云ふたのだ、……吁、困つた病人が二人も出来よつた、愚図々々して居ると、与太公、貴様にも伝染の兆候が見えて居る、病菌の潜伏期だ。何とかして、免疫法を講じたいものだが、此附近には避病院もなし、消毒薬も無し、困つた事だワイ』 与『消毒薬とは何ですか』 勝『生粋の清浄なお水だ、お水で体を清めて、神様の霊光の火で、黴菌を焼き亡ぼすのだ。吁、困つた事だ、……オイ与太公、しつかりせぬか、貴様には八十枉彦が附け狙ふて居るぞ、……何だ其態度は……またガタガタと震ひ出したぢやないか』 与『強度の帰神状態で、……イヤもう神人感合の妙境に達するのも、余り遠くはありますまい、……南無八十枉彦大明神、何卒々々この与太彦が肉体にどこどこまでもお見捨てなく、神懸り下さいませ、惟神霊幸倍坐世』 勝『また伝染しよつた、病毒の伝播と云ふものは、実に迅速なものだ、アヽ仕方がない、此奴等は皆奇蹟を好んで神を認めやうとする偽信者だから、谷底へ落ちて目を覚ますまで打遣つて置かうかなア。大火事の中へ、一本や二本のポンプを向けた所で仕方がないワ。エ、ままよ、これ丈熱くなつて燃え来つた火柱の様な、周章魂は、最早救ふの余地はない、……吁、国治立の大神様、木花姫の神様、日の出神様、モウ此上は貴神の御心の儘になさつて下さいませ、惟神霊幸倍坐世、惟神霊幸倍坐世』 勝彦の祈り終るや、六公は上下動を休止し、芝生の上にキチンと双手を組んだ儘端坐し、真赤な顔をし乍ら、汗をタラタラと垂らして居る。与太公は又もや唸り出した。法外れの大声で、 与太彦『ヤヤヤヤヤア、ヤソ、ヤソヤソヤソ、ママママ、ガヽヽヽ、マガマガマガ、ヒヒ、ココ、ヒコヒコ、八十枉彦だア……腐り切つたる魂で、三五教の宣伝使とは能くも言ふたり、勝彦の奴、……俺の審神が出来るなら、サア、サアサアサア、美事行つて見よ……』 勝『ナニツ、此世を乱す悪神、退却致せ』 と双手を組んで霊線を発射した。 八『アハヽヽヽヽ、ワツハヽヽヽヽ、可笑しいワイ、イヤ面白いワイ、小鹿峠の二十三坂の上に於て、審神者面を致した其酬い、数多の魔神を引きつれて、貴様の肉体を八裂に致してやらう、覚悟を致せ、……ヤツ…ヤツ…』 と矢声を出し乍ら、勝彦が端坐せる頭上を、前後左右に飛びまわり出した。勝彦は全身の力と霊を籠めて、右の食指より霊光を、八十枉彦の憑れる与太彦の前額部目掛けて発射した。 八『ワツハヽヽヽ、オツホヽヽヽ、猪口才な腰抜審神者、吾々を審判するとは片腹痛い。サアこれよりは其方の素つ首を引き抜いてやらう、覚悟を致せ』 と猿臂を延ばして掴みかかる。勝彦は『ウン』と一声言霊の発射に、与太彦の身体は翻筋斗うつてクルクルと七八廻転し乍ら、傍の木の茂みに転げ込んだ。又もや弥次彦は容色変じ、目を怒らせ、歯をキリキリと轢る音、……暫くあつて大口を開き、 弥次彦『コヽヽヽツヽヽヽネヽヽヽヒヽヽヽヒメ、コツコツコツ、ネヽヽヽヒヒヒ、メメメメ、コツコツ、コツネヒメのミコト、……其方は三五教の宣伝使と申し、変性男子埴安彦の神、変性女子埴安姫の神の神政を楯に取り、吾々の天下を騒がす腰抜野郎、この二十三峠は、吾々が屈強の関所だ。二十三坂、二十四坂の間は、ウラル彦の神に守護いたす、八岐の大蛇や、金狐、悪鬼の縄張地点、此処へ来たは汝が運の尽き、これから其方の霊肉共に木葉微塵にうち亡ぼし呉れむ、カカ覚悟をせよ』 と弥次彦の肉体は、拳骨を固めて、勝彦目がけて迫つて来る。勝彦は又もや『ウン』と一声言霊の水火を発射した。弥次彦の肉体は二三間後に飛び下がり、大口を開けて、 弥次彦『オホヽヽヽヽ、汝盲宣伝使の分際と致して、この木常姫を言向和さむとは片腹痛し、思ひ知れよ。汝が身魂の生命は、最早風前の灯火だ。この谷底に蹶り落し、絶命させてやらうか、ホヽヽホウ、愉快千万な事が出来たワイ。貴様を首途の血祭りに、祭りあげ、夫れよりは尚も進んでコーカス山を蹂躙し、ウラルの神に刄向ふ変性女子の身魂を片つ端から喰ひ殺し、平げ呉れむは瞬く間、オツホヽヽホウ、嬉し嬉し喜ばし、大願成就の時節到来だ、………ヤアヤア部下の者共、一時も早く勝彦が身辺に群がり来つて、息の根を止めよ、ホーイホーイホーイ』 と云ふかと見れば、ゾツと身に沁む怪しの風、縦横無尽に吹き来り、四辺陰鬱の気に閉され、数十万の厭らしき泣き声、笑ひ声、叫び声、得も言はれぬ惨澹たる光景となつて来た。勝彦は最早これ迄と、一生懸命、両眼を閉ぢ、天津祝詞を奏上し、天の数歌を歌ひ始めた。与太彦の身体は前後左右に脱兎の如く、駆け廻り始めた。続いて弥次彦の身体は四つ這となつて猛虎の荒れ狂ふが如く、口より猛火を吐きつつ、勝彦の居所を中心に猛り狂ひ飛廻る。六公は忽ち頭上の中空に跳上がり、勝彦が頭上を前後左右に駆けめぐり、何とも譬難き悪臭を放ち始めた。四辺は刻々に暗黒の度を増した。最早勝彦の身辺は烏羽玉の闇に包まれて了つた。 (弥次彦)『八十枉彦、木常姫、口子姫の神の神力には恐れ入つたか、イヤ恐れ入らずに居られうまい、ワツハヽヽヽ、オツホヽヽヽ、ホツホヽヽヽ』 と暗がりより、怪体な声切りに響き渡る。虎嘯くか、獅子吼ゆるか、竜吟ずるか、但しは暴風怒濤の声か、響か、四辺暗澹、荒涼、魔神の諸声は五月蝿の如く響き渡る。怪また怪に包まれたる勝彦は、一生懸命、滝の如き汗を絞り乍ら、神言を生命の綱に、声の続く限り奏上しかけた。この時闇を照して、中空より、馬に跨り下り来る四五の生神があつた。見る見る此場に現はれ、金幣を打振り打振り、前後左右に馬を躍らせ、駆け巡れば、流石の邪神も度を失ひ、先を争ふて二十四坂の方面指して、ドツと許り動揺めき渡り、怪しき声と共に煙の如く逃げ散つた。与太彦、弥次彦、六公は忽ち元の覚醒状態に復帰した。 勝『アヽ有難し有難し、悪魔の襲来を払ひ清め給ひし、大神の御神徳有難く感謝仕ります』 と大地に頭をすりつけて、嬉し涙に咽ぶ。弥次彦、与太彦、六公の三人も、同じく芝生に頭を着け、何となく驚異の念に駆られ、一生懸命に神言を奏上して居る。四人の身体は虹の如き鮮麗なる霊衣に包まれた。芳香馥郁として四辺に薫り、嚠喨たる音楽の響は、四人の身魂に沁み込むが如く聞ゆるのであつた。四人は漸く首を挙げて眺むれば、こはそも如何に、日の出別の宣伝使は、鷹彦、岩彦、梅彦、亀彦、駒彦、音彦と共に、馬上豊に此場に立つて居る。 勝『ヤア是れは是れは日の出別の神様、能くも御加勢下さいました。思はぬ不調法を致しまして、重々の罪御宥し下さいませ。此上は決して決して、斯かる不規律なる幽斎の修業は断じて行ひませぬ。何事も、我々が不覚無智の致す所、知らず識らずに慢心仕り、お詫の申様も御座いませぬ』 日の出別の神は一言も発せず、首を二三回肯かせ乍ら、一行の宣伝使を引連れ、再び天馬空を駆つて、雲上高く姿を隠した。無数の光輝に冴えたる霊線は、虹の如く彗星の如く、一行の後に稍暫く姿を存しける。 峰の尾の上を吹き亘る春風の声は、淑やかに聞えて来た。百鳥の春を唄ふ声は長閑に四人が耳に音楽の如く聞え始めた。 弥『モシ勝彦の宣伝使さま、大変な大騒動がおつぱじまつて、天の岩戸隠れの幕が下りましたな、あの時の私の苦しさと云つたら、沢山な青面、赤面、黒面の兎や、虎や、狼、大蛇が一時に遣つて来て、足にかぶり付く、髪の毛を引つぱる、耳を引く、腕をひく、擲る、それはそれは随分苦しい目に逢はされました。イヤもう神懸は懲り懲りでした。咫尺暗澹として昼夜を弁ぜず、苦しいと云つても譬様のない、えぐい、痛い、辛い、臭いイヤもう惨々なきつい目に会ひました。その時に…アヽ宣伝使様がウンと一つ行つて下さると好いのだけれど、あなたは霊眼が疎いと見えて、敵の居ない方ばつかり、一生懸命に鎮魂をやるものだから、鼻糞で的貼つた程も効能は無く、聾ほども言霊の神力は利かず、イヤモウ迷惑千万な事でしたよ』 勝『アヽさうだつたか、そらさうだらう、何分曇り切つた肉体で、俄審神者を強ひられて無理に行つたものだから、審神者の肉体に神様が完全に宿つて下さらぬものだから失敗をやつたのだ。然しチツトは鎮魂も効能が現はれただらう』 弥『千遍に一度位まぐれ当りに、私を責めて居る悪霊の方に霊光が発射したのは確かです。イヤモウ脱線だらけで、必要な所へはチツトも霊の光線が発射せないものだから、悪魔の奴益々付け込んで、武者振りつき、えらい苦みをしました。アーア斯うなると立派な大将が欲しくなつて来たワイ』 勝『惟神霊幸倍坐世』 与『私もえらい目に遭はされた、人の首を真黒けの縄で、悪魔の奴、幾筋ともなく縛りよつて、古池の水を両方から、釣瓶の綱をつけて替揚げる様に、空中を自由自在に振り廻しよつた時の苦さと言つたら、何遍息が絶えたと思つたか分りませぬ、アヽコンナ苦い責苦に会ふのなら、一層の事、一思ひに殺して欲しいと思ひましたよ。熱いと思へば又冷たい谷底へ体を吊り下ろされ、今度は又焦つく様な熱い所へ吊り上げられ、夏と冬とが瞬間に交代をするのだから、体の健康は台なしになるなり、手足は散り散りバラバラになつて了つた様な苦みを感じた。その時に審神者の勝彦サンは、どうして御座るか、ここらでこそ助けて呉れさうなものだと思つて、あなたの方を眺めて見れば、あなたの背後には、常世姫の悪霊が、貧乏団扇をふつて、悪霊の指揮命令をやつて居る、お前さまは、その常世姫の手の動く通りに、操り人形の様に活動し………否蠢動して居るものだから、却てそれが此方の助け所か、邪魔になつて、益々苦しさを加へ、イヤモウ言語に絶する煩悶苦悩、目の球が一丁ほど先へ飛出すやうな悲惨な目に遇はされました』 勝『それだから、コンナ所で幽斎の修業は廃せと言ふのに、貴様が勝手に悪魔の方へ行きよつたのだ。仮令邪神でも、あの弥次彦の様に、空中滑走がしたいの曲芸が演じたいのと、熱望的気焔を吐くものだから、魔神の奴得たり賢し、御註文通り何でも御用を承はります、私の好物、手具脛引いて待つて居ました、何のこれしきの芸当に手間もへツチヤクレも要るものか、遠慮会釈にや及ばぬ、悪神の容器には持つて来いして来いぢや、ヤツトコドツコイして来いナ、権兵衛も来れ、太郎兵衝も来れ、黒も来い、赤も来い、大蛇も来い、序に狐も、狸も、野天狗も、幽霊も、あらゆる四つ足霊もやつて来いと、八十枉彦の号令の下に集まり来つた数万の魔軍、千変万化の魔術を尽して攻め来る仰々しさ、目ざましかりける次第なりけりだ。アツハヽヽヽ』 与『モシモシ勝彦の宣伝使さま、あまり法螺を吹いて貰ひますまいか、………イヤ法螺ぢやない業託を並べて嘲弄して貰ひますまいかい。この天地は言霊の幸はふ国ぢやありませぬか、ソンナ事を言つて居ると、又もや私の様に、軽業の標本に、魔神の奴から使役されますぜ。労銀値上の八釜しい今の世の中に、破天荒の………否廻転動天の軽業を生命からがら、無報酬で強制され、汗や脂を搾られて、墓原の骨左衛門か骨皮の痩右衝門の様な、我利々々亡者の痩餓鬼にならねばなりますまい、チツト改心なされ』 勝『惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 六『コレコレ立派な審神者の勝彦さま、あなたの御神力には往生致しましたよ、イヒヽヽヽ』 勝『みなが寄つて、さう俺を包囲攻撃しても困るぢやないか。俺だつて誠心誠意、有らむ限りのベストを尽したのだ。これ以上吾々に望むのは、予算超過と云ふものだ。国庫支弁の方法に差支へて了ふ。又復増税なんて、人の嫌がる事を言はねばならぬ。お前等はさう言つて、吾々当局の審神者を攻撃するが、当局者の身にもチツトはなりて見るが宜い。国家多事多難のこの際ぢや、金の要るのは底知れず、増税、徴募あらゆる手段を尽して膏血を絞り、有らむ限りの智慧味噌の臨時支出までして、ヤツトこの場を切抜けたのだ。さう八釜しく責め立ると、勝彦内閣も瓦解の已むを得ざる悲運に立到らねばならなくなる。さうなれば、貴様等も一蓮托生、連袂辞職と出かけねばなるまい。今度の責任を俺一人に負担させやうと云ふのは、あまり虫が好過ぎるワイ。共通的の責任を持つのが、いはゆる一蓮托生主義だよ、アハヽヽヽ』 弥『イヤ仰る通りだ、御尤もだ、モチだ。スツテの事で勝彦内閣も崩解するとこだつた。併し乍ら、人間は老少不定、何時冥土の鬼に迎へられて、欠員が出来るか知れたものぢやない、その時には、弥次彦が後釜に坐つて、この弥次喜多内閣でも組織し、お前サンの政綱を維持して行く、つまり連鎖内閣でも成立させて、居すわる積りだから、後に心を残さず、白紙の三角帽を頭に戴いて、未練残さず旅立なされ。何れ新顔の一人や二人は入れても構はぬ、居坐り内閣をやつて居る方が、党勢維持上都合が好いから、アハヽヽヽ。併しコンナ所に長居は恐れだ、グズグズしとると、冥土から角の生えた鬼族院がやつて来られちや、一寸閉口だ。これや一つ、研究会でも開いて、熟議をこらすが道だけれど、余り同じ処にくつついて居るのも気が利かない。二十四番峠も踏破し、二十五番の峠の上で、善後策をゆつくり講究致しませうか、アハヽヽヽ』 一同『ワハヽヽヽ』 勝『まだ笑ふ所へは行かないぞ、何時瓦解の虞があるかも知れやしない。常世姫命が、遠く海の彼方に逃げ去つて、盛に空中無線電信で合図をして居るから、一寸の隙も有つたものぢやない、気を付けツ、進めツおいち二三四ツ』 と道なき路をアルコールに酔ふた猩々の如く、無闇矢鱈に二十五番峠の上まで、漸く辿り着いた。 勝『アーア、ヤレヤレ危ない事だつた、中空に高き一本の丸木橋を渡つて来るやうな心持だつた』 弥『地獄の釜の一足飛といふ曲芸も、首尾能く成功致しました。皆様、お気に入りましたら、一同揃ふて拍手喝采を希望いたします』 勝『ヤア賛成者は少いなア、……、ヤア一つも拍手する奴がない、全然反対だと見えるワイ』 与『それでも勝彦さま、あなたの身の内に簇生して居る寄生虫は、ソツと拍手して居ましたよ。その声が……ブン……と云つて、裏門から放出しました。イヤもう鼻持のならぬ臭い事だつた、ワハヽヽヽ』 この時忽然として、東北の天より黒雲起り、暴風忽ち吹き来つて、峠の上に立てる四人の体は中空に舞ひ上り、底ひも知れぬ谷間目がけて天上より、岩をぶつつけた如く、一瀉千里の勢を以て、青み立つたる淵に向つて、真逆様にザンブと落込んだ。 その途端に夢は破られ附近を見れば瑞月が近隣の三四人の男、藪医者を招いて脈を執らせて居る。 藪医者は、一寸首を捻つて、 医者『アー此奴ア、強度の催眠状態に陥つて居る、自然に覚醒状態になるまで、放任して置くより途はなからう……非常な麻痺だ、痙攣だ……』 と宣告を下し居たりける。 (大正一一・三・二五旧二・二七松村真澄録)
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(1634)
霊界物語 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 02 途上の変 第二章途上の変〔五六九〕 太玉命、安彦、国彦、道彦は河向ふの騒々しき物音に頭を傾け暫らく思案に暮れけるが、 太玉命『田加彦、百舌彦、その方は顕恩郷の様子を熟知するものならむ、彼の騒々しき物音は何物なるか、逐一陳弁せよ』 百舌彦『あの物音は察する処、顕恩郷の大将鬼雲彦の部下の軍勢、此方に向つて攻め来り、貴下等を召捕らむとの計画なるべし。一時も早く吾等を助け、此場を立ち退き給へ。三五教の神司ともあるべき御身が名もなき邪神に亡ぼされむは心許なし、早く此場を』 と頻りに促す。 道彦『ナニ、敵を看て矛を収め、旗を捲いておめおめと遁走するは男子の本分に非ず。吾等には退却の二字なし、只進の一字あるのみ。如何なる強敵現はれ来るとも吾等は神の愛護により怯めず臆せず、ステツプを進めて敵の牙城に進撃せむ。生死勝敗は問ふ処に非ず』 と勇みの顔色物凄し。 安彦『ヤア敵の先鋒隊は蟻の如く黒山を築き向ふ岸に現はれたり。サア之からは吾々が神力を試す時節の到来、田加彦、百舌彦、船の用意をせよ』 百舌彦『船の用意は何時でも出来て居ますが御覧の通りの大敵、仮令鬼神を挫ぐ神勇ありとも多勢に無勢、殊更味方は身に寸鉄を帯びず、敵は凡有精鋭の武器を持つて押し寄せ来る、勝敗の数戦はずして明かなり。時を移さば彼等は此濁流を渡り吾等を生捕にせむは火を睹るよりも瞭なり。退いて徐に策を講じ、捲土重来の期を待たせ給へ』 太玉命は大口を開けて高笑ひ、 太玉命『アハヽヽヽ、運は天にあり、吾は善言美詞の言霊の力を以て、寄せ来る敵を片つ端から言向和し、昔の顕恩郷に回復せむ。先んずれば人を制するとかや、此期に及んで躊躇逡巡するは御神慮に反す』 と言ふより早く身を躍らして船に跳び込んだ。五人は止むを得ず太玉命に従いて船中の人となつた。さしもに広きエデンの河の殆ど中流に進みし時、向岸より雨と降り来る急箭に百舌彦は胸を射抜かれ忽ち水中に顛落した。田加彦は此態を見て大に驚き、ザンブと許り水中に身を躍らして飛び込んだ。残り四人の宣伝使は此河の水心を知らず、船は忽ち流れのまにまに下方に向つて濁流に押されて矢を射る如く流れ行く。敵の矢は雨の如く注ぎ来る。忽ち船は河中の岩石に衝突し木葉微塵に粉砕された。 太玉命は辛うじて向岸に着いた。安彦、国彦、道彦は濁流に呑まれた儘行衛不明となつて仕舞つた。嗚呼三人の運命は如何に? 太玉命は濡れたる衣を絞り日に乾かし、悠々として宣伝歌を歌ひ顕恩郷の敵の巣窟に向つて単騎進入するのであつた。日は西山に傾いて黄昏の空暗く一点の星さへ見えぬ闇夜は刻々と身辺を包んで来た。宣伝歌の声は暗を縫うて遠近に響き渡る。此時天地も割るる許りの音響聞ゆると見る間に眼前に落下した大火光がある。不図見れば眉目清秀容貌端麗なる一柱の神人、身体より電光の如き火気を放出し乍ら太玉命に向ひ、 神人『吾は天照大神の第四の御子、活津彦根神なり。汝大胆にも唯一人悪逆無道の婆羅門が根拠に進入し来る事、無謀の極みなり。岩石を抱いて海中に投ずるよりも危し。一時も早く、もと来し道へ引返せよ』 太玉命『汝は活津彦根神とは全くの詐りならむ。鬼雲彦に憑依する八岐大蛇の変化か金毛九尾の変身か、悪鬼の変化ならむ。吾は苟くも大神の神使、この顕恩郷をして昔の天国楽土に復帰せしむるは吾大神より委託されたる一大使命なり。不幸にして神軍利有らずとも、そは天命なり、要らざる構ひ立て聞く耳持たぬ』 と暗の道を一目散に前進する。活津彦根神は、 活津彦根神『然らば汝の勝手にせよ』 と云ふかと見れば姿は忽ち消えて、山の尾上を渡る嵐の音のザワザワと聞ゆるのみなり。太玉命は漸く暗に慣れ、朧気乍らも探り探り進む事を得た。 この時雲の扉を開いて十三夜の月は輝き初めた。太玉命は敵の城砦を指して又もや宣伝歌を歌ひつつ進み行く。向ふの方より数十の黒き影現はれ来り、前後左右より一柱の太玉命を取り囲み、 鳶彦『ヤア我こそは大国別の命の従者にして、鳶彦と言ふ顕恩郷きつてのヒーロー豪傑、汝無謀にも唯一柱顕恩郷に進み来るとは生命知らずの大馬鹿者、サア尋常に手を廻せ』 と言ふより早く槍の切突を月光に閃かし乍ら四方よりつめ掛来る。進退維谷りし太玉命は懐中より柄の短き太玉串を取り出し、左右左と打ち振れば豈図らむや鳶彦以下の黒影は拭ふが如く消え失せて塵だにも留めざりける。 太玉命『アハヽヽヽ、何事も悪神の計画は斯くの如く脆きものだ、吾が所持する太玉串の神力に依つて斯くも消え失せたるか。アヽ有難い有難い、三五教の大神!』 と大地に平伏してその神恩を感謝するのであつた。太玉命は不図頭を上ぐれば此はそも如何に、コーカス山に残し置きたる妻、松代姫を始めエデンの園を守る最愛の一人娘、照妙姫は高手小手に縛しめられ猿轡を箝まされ、鬼の如き番卒数多に引き立てられ命の前を萎々と稍伏し目勝ちに通り過ぎむとす。太玉命はハツと驚き、二人の顔を息を凝らし目を見張り眺めて居た。松代姫、照妙姫は猿轡を箝められたる為めにや、此方に向つて目を瞬き、何事か訴ふるものの如くであつた。この時黒頭巾を被りたる大の男、田蠑の如き目を剥き出し、 男『ヤア其方は三五教の神司太玉命に非ずや、汝速に此河を渡り再び顕恩郷を窺はざるに於ては汝の妻子を赦し遣はさむ。之にも屈せず益々顕恩郷に向つて進入するに於ては、汝が最愛の妻子を今此場に於て嬲殺しにして呉れむ、返答如何に』 太玉命『サアそれは……』 男『サア、サア如何じや、返答聞かせ』 太玉命『サア、それは……』 男『サア、サアサア』 と掛合ふ。この時如何しけむ、松代姫の猿轡はサラリと解けた。 松代姫『ヤア貴方は吾夫太玉命に在さずや、妾は今やバラモン教の兇徒に捕へられ、無限の苦を受け今又斯くの如き憂目に会ふ。如何に夫にして勇猛絶倫に在せばとて、顕恩郷には鬼雲彦を始め、無数の強神綺羅星の如く固く守り居れば到底衆寡敵せず一時も早く自我心を折り、当郷を退却し妾母子の命を救はせ給へ』 とワツと許りに泣き伏しにける。照妙姫の猿轡も如何しけむバラバラと解けたりける。 照妙姫『アヽ恋しき父上様、妾は敵の為めに無限の苦を嘗め、譬へ方なき侮辱を受け悲哀に沈む今の境遇、何卒妻子をお救ひ下さいませ』 と又もや其場に泣き倒るるにぞ、太玉命は合点行かずと双手を組み稍少時思案に暮れて居た。松代姫、照妙姫は頻りに両手を合せ、 松代姫、照妙姫『吾夫よ、吾父よ、一時も早く貴方は我を折り、バラモン教の命に従ひ妾を助けて此顕恩郷を退かせ給へ』 と前後より命に取り縋り泣き叫びける。 男『サア、太玉命、汝が所持する太玉串を吾等に渡し降参致せば、汝が妻子の生命を助けて遣はす。如何じや、妻子は殺され吾身を捨てても神の道を進まむとするか、返答聞かせ』 と詰め掛る。太玉命は心に思ふ様、 太玉命『焼野の雉子、夜の鶴、子を憐まざるはなしと聞く、况して最愛の妻諸共に非業の最後を遂ぐるをみすみす見捨てて敵城に進むは如何に神命なればとて忍び難し。さりながら松代姫は斯くの如き悪魔にオメオメと捕縛せらるるが如き卑怯者に非ず。又吾が娘の照妙姫はかかる女々しき言を吐く娘に非ず、まさしく之妖怪変化の所為ならむ』 と又もや神言を奏上し、太玉串を懐中より取り出して左右左と打ち振つた。忽ち雷鳴轟き電光石火、四辺眩き以前の神人此場に下り来るよと見る間に松代姫、照妙姫を始め数多の敵の影は煙の如く消え失せ、野路を吹き渡る風の音のみザワザワと聞ゆるのであつた。 太玉命『アハヽヽヽ、又欺しやがつたな』 (大正一一・四・一旧三・五北村隆光録)
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霊界物語 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 03 十六花 第三章十六花〔五七〇〕 太玉命は路傍の岩に腰打掛け、天津祝詞を声低に奏上しつつあつた。百鳥の声は遠近の林に聞え始めた。東の空はほんのりとして暁の色刻々さえて来た。数多の魔神の声は森の彼方にザワザワと聞え来る。油断ならじとキツト身構する折しもあれ、馬の蹄の音いと高く、岩彦、梅彦、音彦、亀彦、駒彦、鷹彦は矢を射る如く此場に馳来り、太玉命に向つて、 岩彦『ヤア貴下は太玉命の宣伝使、私等はフサの都に於て、日の出別神の命に依り、貴下と共に顕恩郷を言向和さむと、エデン河の濁流を渡り、漸く此処に走せ参じたり、一行の人々は如何なりしか』 太玉命『ヤア思ひも寄らぬ貴下等の御入来、いよいよこれより敵の牙城に唯一人進撃せむとする場合で御座る。斯の如き曲神の砦を言向け和すは吾一人にて充分なり。折角の御出馬なれど、貴下は速かにフサの都に引返し、夫々の神業に就かせられたし』 岩彦『それはあまり無謀の極と申すもの、吾々は折角山川を渡り漸く此処に立向ひ、目前に敵を見ながら空しく駒の頭を立て直すは、男子の本分にあらず。願はくは吾等を此神戦に参加させ給へ』 梅彦以下五人の宣伝使は、口を揃へて従軍せむことを強要した。 太玉命『然らば是非に及ばぬ、御苦労乍ら御加勢を願ふ』 岩彦一行六人『早速の御承知、有難し辱なし』 と一行六人は、太玉命の後に従いて、山深く進み入る。この場の光景は絵巻物を見る如くであつた。 進むこと一里半許り、此処には深き谷川が横たはつて居る。その幅殆ど十間許り、ピタツと行詰つた。七人の宣伝使は暫く此処に駒を繋ぎ、少憩し、如何にして此渓谷を対岸に渡らむかと協議を凝らしつつありき。谷の向側には、オベリスクの如うな帽子を被つた半鐘泥棒的ジヤイアントが七八人、巨眼を開き、大口開けてカラカラと打笑ひ、 巨人『ワハヽヽヽハア、どうぢや、何程肝の太玉の命でも、この谷川を渡ることは出来まい此川底を熟視せよ』 と指す。見れば川底には、空地なき程、二尺許りの鋭利なる鎗の穂先が、幾百千ともなく、土筆の生えてる様に直立して居る。此川に落ちるが最後、如何なる肉体も芋刺となつて亡びねばならぬシーンを現はして居る。太玉命はカラカラとうち笑ひ、 太玉命『これしきの谷川を恐れて、三五教の宣伝が出来ようか、美事渡つて見せうぞ』 と云ふより早く一同に目配せした。一同は心得たりと馬に跨り、太玉命は岩彦の背後に飛乗り、忽ち四五丁許り元来りし道に引返し、又もや馬首を転じ鞭をうちつつ、幅三間許りの谷合を勢に任せて一足飛に飛び越えた。巨大の男は驚き慌て、雲を霞と逃帰る。又もや続いて梅彦、鷹彦、亀彦、その他一同矢庭に駒に鞭つて、難なく此谷川を打渡り、後振返り見れば豈図らむや、谷川らしきものは一つもなく、草茫々と生え茂る平野であつた。 太玉命『アハヽヽヽ、又瞞しをつた、各方能く気を付けねばなりませぬぞ、此前途は仮令如何なる渓谷ありとも平気で渉ることに致しませうかい。神変不可思議の妖術を使ふ悪魔の巣窟ですから、最前も吾妻の松代姫、及び娘照妙姫と変じ、吾精神を鈍らさむと致せし魔神の計略、飽く迄も誑かられない様に気を付けて参りませう』 と先に立つて進み行く。一同は馬を傍の樹木に繋ぎ、山と山との渓道を、宣伝歌を歌ひ乍ら山深く進むのであつた。行く事数里にして、荘厳なる城壁の前にピタリと突当つた。朱欄碧瓦の宏壮なる大門は建てられ、方尖塔の如き冠を被りたる四五のジヤイアント門を堅く守つて居る。太玉命一行は忽ち門前に立現はれ、 太玉命一行『吾れこそは三五教の宣伝使、当国には八岐大蛇、金狐、悪鬼の邪霊に憑依されたる鬼雲彦夫妻立籠り、不公平極まる神政を布き、この顕恩郷をして殆ど地獄の境地と変ぜしめたるは、天恵を無視する大罪なれば、吾は是より鬼雲彦を善道に帰順せしめむため、大神の命を奉じて宣伝に向うたり。速かに此門扉を開けよ』 と言葉厳しく詰り寄る。門番は面喰ひながら、 門番『暫くお待ち下さいませ、あなた方のエデン河を御渡りありしより城内は上を下への大混雑、如何にして貴下等を満足せしめむやと、鬼雲彦の大将に於かせられても千辛万苦の御有様、やがて開門のシグナルの鐘が響き亘りますれば、それ迄ゆるゆる此処に御休息願ひたし。必ず必ず敵対申す者は一柱も居りませぬ。御安心下さいませ』 音彦『ヤア其方は何ぢや彼ぢやと暇取らせ、其間に戦闘の準備を整へ、吾々を鏖殺せむとするの計略ならむ。ソンナヨタリスクは聞く耳持たぬ、速に此門開けよ』 門番『これ程申上げてもお疑晴れずば、御自由に御這入り下さいませ』 と云ふより早く、潜り門を開いて、門内に姿を隠して了つた。 鷹彦『一つ吾々が還元の芸当をやつて、城内隈なく偵察をやつて見ませう』 と忽ち霊鷹と変じ、中空に舞上り、顕恩城の内外を隈なく偵察し、もとの大門に現はれ来り、中より閂を外し、門扉を左右に開いた。 鷹彦『サアサア是から吾々一同が活動のステージだ。轡を並べて七人がスパークを散らして、奮戦するの時や迫つた、ヤア面白し面白し、太玉命続かせ給へ』 と先に立つて進み行く。数多の敵は左右に、蟻の集ふが如く整列して、七人が通行を敵対もせず、歓迎もせぬと云ふ態度にて見まもつて居る。 岩彦『ヤア各方、あれ丈沢山の敵が吾々に抵抗も致さず、各自手槍を携へ乍ら目送しつつあるは、合点の行かぬ次第で御座る。余り軽々しく進み過ぎて、四方八方より取囲まれなば、如何とも出来ない様な破目に陥るかも知れませぬぞ、これは一つ考へねばなりますまい』 太玉命『ナニ躊躇逡巡は三五教の大禁物、生死も、勝敗も、皆神の手に握られあれば、運を天に任せ、行く所迄行つて見ませう』 と太玉命は先に立つて進み行く。鬼雲彦の御殿の前に近付く折しも、瀟洒たる白木の門をサラリと開いて悠々現はれ来る十数人の窈窕嬋研たる美人、スノーの如き繊手を揉み乍ら、 美人『これはこれは三五教の宣伝使様の御一行様、能うマア遥々お越し下さいました。鬼雲彦の御大将の御命令に依りて、妾一同はお迎へに参りました。訳の分らぬ者共が種々と御無礼を働きましたでせう、何事も足らはぬスレーブの為す業と、広き厚き大御心に見直し聞直し下さいまして、ゆるゆると奥殿にて御休息の上、尊き御話をお聞かせ下さいませ、御大将も定めて御満足の事と存じます』 と言葉スガスガしく、満面に笑を湛へて慇懃に挨拶する。太玉命以下の宣伝使は、張合抜けたる如き心地し乍ら、美人一行の後に伴いて、奥殿に悠々と進み入るのであつた。 宣伝使の一行は、顕恩城の奥殿に深く進み入つた。山海の珍味は整然として並べられてあつた。美人の中の最年長者と見ゆる、眼涼しく、背の高き愛子姫は溢るる許りの愛嬌を湛へ、 愛子姫『これはこれは宣伝使様、能うこそ遠路の所入らせられました。顕恩郷の名産、桃の果実を始め、種々の珍らしき物を以て馳走を拵へました、お腹が空いたで御座いませう、どうぞ御遠慮なくお召あがり下さいませ。果実の酒も沢山御座いますれば御遠慮なく……サアお酌をさして頂きませう』 と云ふより早く、杯を太玉命に献した。 太玉命『ヤア思ひがけなき山野河海の珍味、御芳志の段恐れ入りました。それに就いても当城の御大将鬼雲彦に面会の上、戴きませう』 愛子姫『御大将は只今御出席になります、それまでに御寛りと御酒を飲つてお待ち下さいませ』 岩彦、大口を開けて、 岩彦『アハヽヽヽ、どこ迄も脱かりのない悪神の計略、太玉命の御大将、迂濶り酒でも口に入れるものなら、それこそ大変だ。七転八倒、苦悶の結果、敢なき最期を遂げにけりだ。ナア梅彦サン、あなたはどう思ひますか』 梅彦『吾々は五里霧中に彷徨の為体だ、夢に牡丹餅、食つた牡丹餅はダイナマイトの御馳走か、何が何んだか、サツパリ不得要領だ。ナア鷹彦サン、あなたはどう思ふか』 鷹彦『先づ十六人の別嬪さまから、毒味をして頂きませう。其上でなくば到底安心が出来ない、ナア愛子姫さまとやら、さう願ひませうか』 愛子姫『オホヽヽヽ、御心配下さいますな、然らば妾がお先へ失礼致します』 と盃に酒を注いで、グツト飲んだ。 岩彦『妙々、これや心配は要らぬらしいぞ、ナア音サン、駒サン………百味の飲食を心持よく頂きませうか』 音彦、駒彦は頭を左右に打振り、黙然として俯むくのみであつた。奥の襖を引開けて悠々として現はれ来る鬼雲彦夫婦、目鼻が無かつたら、万金丹計量か、砂つ原の夕立か、山葵卸の様な不景気な面付に、所々色の変つたアドラスの様な、膨れ面をニユツと出しドス声になつて、 鬼雲彦夫婦『これはこれは三五教の宣伝使様、当城は御聞及の通、霊主体従を本義と致すバラモン教の教を立つる屈強の場所、三五教は予て聞く霊主体従の正教にして、ウラル教の如き体主霊従の邪教にあらず、バラモン教は茲に鑑る所あり、ウラル教を改造して、真正の霊主体従教を樹立せしもの、是れ全く天の時節の到来せるもの、謂はば三五教とバラモン教は切つても断れぬ、教理に於て、真のシスター教であります。どうぞ以後は互に胸襟を開いて、相提携されむ事を懇願致します』 と御面相にも似合はぬ、御叮嚀な挨拶をするのであつた。太玉命はこれに答へて、 太玉命『何分宜しく、今後はシスター教として提携致したい。夫れに就いては互に長を採り短を補ひ、正を取り偽を削り、神聖なる大神の御心に叶ふべき教理を立てたきもので御座います。吾々一行、当城に参る途中に於て、妖怪変化の数多出没するは何故ぞ。バラモン教は斯の如き妖術を以て世人を誑惑し、信仰の道に引き入れむとするや、其意の在る所承はりたし』 と稍語気を強めて詰問的に出た。鬼雲彦、事もなげに打笑ひ、 鬼雲彦『アハヽヽヽ、左様で御座いましたか、諺にも云ふ、正法に不思議無し、不思議有るは正法にあらず。此メソポタミヤは世界の天国楽土と聞えたれば、甘味多き果物に悪虫の簇生するが如く、天下の悪神此地に蝟集して、妖邪を行ふならむ、決して決して霊主体従のバラモン教の主意にあらず。正邪を混淆し、善悪を一視されては、聊か迷惑の至りで御座います。又中には教理を能く体得せざる者多く、或パートに依りては羊頭を掲げて狗肉を鬻る宣伝使の絶無を保証し難し。何教と雖も、創立の際は総て、ハーモニーを欠くもの、何卒時節の力を待つてバラモン教の真価を御覧下さい。創立間もなき吾教、到底ノーマルに適つた教理は、容易に完成し難いのは三五教の創立当初に於けると同様でありませう、アハヽヽヽ』 と腮をしやくり、稍空を向いて嘲笑的に笑ふのであつた。鬼雲姫は言葉優しく、 鬼雲姫『これはこれは三五教の宣伝使様、能くこそ御訪問下さいました。教の話になりますと自然堅苦しくなつて、お座が白けます、お話はゆつくりと後に承はることに致しませう。心許りの馳走、何卒御遠慮なくお食り下さいませ、決して毒などは入つては居りませぬから…………』 岩彦『これはこれは思ひがけなき御饗応、吾々の如き乞食宣伝使は、見た事も御座らぬ山野河海の珍味、有難く頂戴致しませう』 鬼雲彦は、愛子姫、幾代姫に向ひ、 鬼雲彦『ヤア愛子姫、幾代姫の両人、遠来の珍客を犒う為、汝等二人はアルマの役を勤め、舞曲を演じて御目に掛けよ』 愛子姫、幾代姫『アイ』 と答へて、両女は白扇を開き、春野の花に蝶の狂ふが如く、身も軽々しく長袖を翻して、前後左右に踊り狂ふた。顕恩城の上役、数十人は此場に現はれ、酒に酔ひて、或は舞ひ、或は歌ひ、遂には無礼講と変じ、赤裸になつて踊り狂ふ。七人の宣伝使は心許さず、表面酒に酔ひ潰れたる態を装ひ、他愛もなく腮の紐を解いて、或は笑ひ、或は歌ひ、余念なき体を装うて居た。不思議や数十人の顕恩城の上役の面々は、忽ち黒血を吐き、目を剥き、鼻水を垂らし、さしもに広き殿内を、呻吟の声と諸共に、のたうち廻り、顔色或は青く、或は黒く、赤く、苦悶の息を嵐の如く吹き立てた。十六人の美人は、てんでに襷を十文字にあやどりて、人々の介抱に従事した。七人の宣伝使もお附合に、苦悶の体を装ひ、縦横無尽に、 七人の宣伝使『苦しい苦しい』 と言ひ乍ら、跳廻るのであつた。此態を見て鬼雲彦夫妻は高笑ひ、 鬼雲彦夫婦『アハヽヽヽ、汝太玉命、吾計略にかかり、能くも斃ばつたな、口汚き宣伝使、毒と知らずに調子に乗つて、命を棄つる愚さよ。吁、さり乍ら味方の強者を数多殺すは残念なれど、斯の如き豪傑を倒すには、多少の犠牲は免れざる所、……ヤアヤア数多の家来共、汝等は毒酒に酔ひ今生命を棄つると雖も、バラモン教の神力に依つて、栄光と歓喜とに充てる天国に救はれ、永遠にバラモンの守り神となるべきステーヂなれば心残さず帰幽致せ、……ヤア三五教の宣伝使、予が身変不思議の神術には恐れ入つたか、最早叶はぬ全身に廻つた毒酒の勢、ワツハヽヽヽヽ苛しい者だなア』 此時愛子姫、幾代姫、五十子姫、梅子姫は、鬼雲彦に向ひ、柳眉を逆立て、懐剣を抜き放ち、四方より詰めかけながら、 愛子姫たち四人『ヤア汝こそは悪逆無道の鬼雲彦、前生に於ては竜宮城に仕へ、神国別の部下とならむとして、花森彦命に妨げられ、是非なく鬼城山の棒振彦が砦に参加し、神罰を蒙つて帰幽したる悪魔の再来、復び鬼雲彦と現はれて、この顕恩郷に城砦を構へ、天下を紊さむとする悪魔の帳本、思ひ知つたか、妾十六人の手弱女は、神素盞嗚の大神の密使として、汝が身辺に仕へ、時機を待ちつつありしを悟らざりしか、城内の豪の者は残らず、汝の計略の毒酒に酔ひて、最早命旦夕に迫る。七人の宣伝使には、清酒を与へ、元気益々旺盛となり、一騎当千のヒーロー豪傑、最早斯くなる上は遁るるに由なし、汝速に前非を悔いて三五教に従へよ……返答如何に』 と前後左右より、鬼雲彦夫婦に向つて詰めかけた。残り十二人の美人は、又もや手に手に懐剣スラリと引抜き、 十二人『サアサアサア鬼雲彦夫婦、返答如何に』 と詰めかくる。鬼雲彦は此は叶はじと、夫婦手に手を執り、高殿より眼下の掘を目がけて、ザンブと許り飛込んだ。パツと立ち上る水煙、見るも恐ろしき二匹の大蛇となつて雲を起し、雨を呼び、風に乗じ、東方波斯の天を目がけて、蜒々として空中を泳ぐが如く姿を隠した。 太玉命一行は、十六人の女神に向ひ、 一行『ハテ心得ぬ貴下等の振舞、これには深き様子のある事ならむ、逐一物語られたし』 と叮嚀に頭を下げ、両手をついて挨拶するを、愛子姫は言葉淑やかに、 愛子姫『妾はコーカス山に現れませる、神素盞嗚尊の娘、愛子姫、幾代姫、五十子姫、梅子姫、英子姫、菊子姫、君子姫、末子姫の八人姉妹にて侯、これなる八人の乙女は妾の侍女にして、浅子姫、岩子姫、今子姫、宇豆姫、悦子姫、岸子姫、清子姫、捨子姫と申す者、バラモン教の勢力旺盛にして、天下の人民を苦しめ、邪教を開き生成化育の惟神の大道を毀損する事、日に月に甚しきを以て、吾父素盞嗚大神は、妾八人の姉妹に命じ、各身を窶し、或は彼が部下に捕へられ、或は顕恩郷に踏迷ひたる如き装ひをなして此城内に運び入れられ、悪魔退治の時機を待ちつつありしに、天の時到りて太玉命は、父の命を奉じ当城に現はれ給ひしも、全く吾父の水も漏らさぬ御経綸、又八人の侍女は、今迄鬼雲彦の側近く仕へたるバラモン教の信徒なりしが、妾達が昼夜の感化に依りて、衷心より三五教の教を奉ずるに至りし者、最早変心するの虞なし。太玉命の宣伝使よ、彼等八人の侍女を妾の如く愛し給ひて、神業に参加せしめられよ』 と淀みなく述べ立つる。太玉命は首を傾け、感歎の声をもらし、 太玉命『吁、宏遠なるかな、大神の御経綸、吾等人心小智の窺知すべき所にあらず。大神は最愛の御娘子を顕恩郷に乗込ましめ置き乍ら、吾れに向つて一言も漏らし給はず、顕恩郷に進めと云ふ御託宣、今に及んで大神の御神慮は釈然として解けたり。吁、何事も人智を棄て、神の命のまにまに従ふべしとは此事なるか、アヽ有難し、辱なし』 とコーカス山の方に向つて、落涙し乍ら手を合せ神言を奏上しける。六人の宣伝使を始め、十六人の女性は、コーカス山に向つて両手を合し、太玉命と共に天津祝詞を奏上した。忽ち何処ともなく、馥郁たる芳香四辺を包み、百千の音楽嚠喨として響き渡り、紫の雲天空より此場に下り来り、容色端麗なる女神の姿、中空に忽然として現はれ、 女神『われは妙音菩薩なり、汝が行手を守らむ、益々勇気を励まし神業に参加せよ。また、安彦、国彦、道彦を始め、田加彦、百舌彦の五人は、一旦エデン河の濁流に溺れて帰幽せりと雖も、未だ宿世の因縁尽きず、イヅの河辺に於て、汝等に邂逅せば彼も亦再び神業に参加するを得む。一時も早く、太玉命は本城に留まり、愛子姫浅子姫は太玉命の身辺を保護し、其他の宣伝使と女人はエデン河を渡りて、イヅ河に向へ、ゆめゆめ疑ふ事勿れ』 と云ふかと見れば、姿は掻き消す如く、百千の音楽は天に向つて追々と消えて行く。一同は声する方に向つて恭敬礼拝し、感謝の意を表したりける。 (大正一一・四・一旧三・五松村真澄録)
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霊界物語 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 04 神の栄光 第四章神の栄光〔五七一〕 鬼雲彦夫妻は、美酒に強か酔ひ潰れ、苦悶の体にて堀に飛び込み、八頭八尾の大蛇の正体を現はし、風雲を捲き起し雲に乗つてフサの国の天空を指して姿を隠した。後に残りし勇将猛卒は、知らず識らず毒酒に酔ひ瀕死の状態に陥り、呻吟苦悶の声目も当てられぬ惨状なりければ、太玉命は之を憐み、直に天に向つて解毒恢復の祈願を籠め、懐中より太玉串を取出して、左右左に打ち振れば、不思議や神徳忽ち現はれ、残らず元気恢復して命を始め七人の前に集まり来り、感謝の涙に咽びながら、助命の大恩に、心の底より悔改め、合掌恭敬到らざるなく、欣喜雀躍手を拍ち足をあげ、面白き歌を謡ひ、躍り狂うて、宣伝使の一行を犒ひける。 愛子姫は立ち上り、感謝の歌を謡ふ。 愛子姫『恵も深き顕恩の里に現れます珍の御子 三五教の宣伝使心も広き太玉の 神の命の現はれて元の神代に造らむと 岩より固き誠心の御稜威は開く梅の花 音に名高き麻柱の教の花は万代の 亀の齢と諸共に栄え栄えて春駒の 勇むが如き神の国教の花も鷹彦の 神の恵の愛子姫千代に栄えよ幾代姫 心いそいそ五十子姫香り床しき梅子姫 闇夜を照す英子姫救ひの道を菊子姫 民を治むる君子姫ミロクの御代の末子姫 神の恵も浅からぬ心涼しき浅子姫 岩より固き岩子姫救ひの神は今子姫 教へ尊き宇豆姫の栄え嬉しき悦子姫 彼方に渡す岸子姫心の色も清子姫 百の罪咎捨子姫十まり六の瑞霊 神素盞嗚の大神の勅畏み顕恩の 園に巣くへる曲津見を言向け和はし神国を 常磐堅磐に立てむとて心を尽し身を尽し 晨夕と送るうち神の恵の隈もなく 輝き渡り今此処に救ひの道の宣伝使 太玉命の現れましてメソポタミヤの秀妻国 いと平けく安らけく知ろし召す世は来りけり あな有難や尊やな朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも大地は沈む事あるも 顕恩郷は永久に南天王の古に 返りて御代は末永く花も開けよ実も結べ 稲麦豆粟黍稗も豊に穣れ神の国 羊も山羊も牛馬も浜の真砂の数多く 殖えよ栄えよ永久に常磐の松のいつまでも 色は褪せざれ変らざれ神が表に現はれて 善と悪とを立て分ける此世を造りし神直日 心も広き大直日直霊の御魂現はれて 顕恩郷に塞がれる怪しき雲を吹き払ひ 月日は空に澄み渡り夜毎閃く星の影 常磐堅磐に健くあれあゝ惟神惟神 御霊幸倍在しませよ神の御霊の幸倍て ためしも夏の木草まで色麗しく賑しく 栄ゆる御代に愛子姫幾代変らぬ五十鈴の 川の流れは永久に濁らであれよ五十子姫 三千世界の梅の花開き匂へる梅子姫 栄え久しき英子姫十六弁の花匂ふ 菊子の姫や君子姫末子の姫に至るまで 神の生みます宇豆姫の御稜威喜ぶ悦子姫 尊き御代も岸子姫エデンの河に身の罪を 洗ひ清めて清子姫安彦国彦道彦の 果敢なく命を捨子姫助くるすべも荒波の 底に潜りて今此処に現はれ来る今子姫 深き流れも忽ちに神の恵に浅子姫 心も固き誠心の千代も動かぬ岩子姫 巌の上に松さへも生ふるためしもある御代は エデンの河に沈みたる三五教の宣伝使 嬉しき顔を三柱の時こそあらめ片時も いと速むやけく皇神の恵の光に照されて 百舌彦田加彦諸共に救はせ給へ天津神 国津神達八百万万の願をかけまくも 畏き神の引き合せ遇うて嬉しき五柱 いづの霊や瑞霊三五の月の照るまでに 救はせたまへ顕恩郷遍く渡る峰の上 谷底までも尋ねつつ神の教に麻柱の 誠の御子を救へかし誠の御子を救へかし 畏き神の御前に遥に拝み奉る 遥に祈り奉る』 と、祈願を籠めて声も涼しく歌ひ舞ひ納めけり。太玉神はツト立つて感謝の歌を歌ひ初めたり。 太玉命『コーカス山に現れませる瑞霊の大神の 勅畏み琵琶の海渡りて四方を宣伝し 稜威の言霊遠近に響き渡らせ進み来る 吾言霊の勢に四方の草木も靡き伏し エデンの園に蟠まる八岐大蛇や醜神の 醜の砦を言向けて松代の姫が生みませる 光愛たき照妙姫の貴の命を花園の 主宰の神と任けつつも吾は進んでエデン河 河の傍をつたひ来る安彦国彦道彦の 三の御魂の宣伝使引き連れ急ぐ渡場に 漸々此処に月の空濁流漲るエデン河 如何はせむと思ふうち川の関所を守り居る 田加彦鳶彦百舌彦が砦を兼ねし川館 先づ道彦を遣はして事の実否を窺へば 鋭利な槍を扱きつつ道彦目蒐けて突きかかる 神の恵を身に浴びし珍の御子なる道彦は 攻め来る槍の切尖を右や左に引きはづし 挑み戦ふ上段下段火花を散らして戦へば 耐り兼ねてか一人は忽ち川へ鳶彦の 猫に追はれた小鼠の跡を掻き消す水の中 漸々岸に泳ぎつき数多の手下を引き連れて 岸辺をさして迫り来る吾等一行は勇み立ち 用意の船に身を任せ棹を横たへ中流に 進む折しも流れ来る征矢に当りて百舌彦は 忽ち河中に転倒し後白浪と消えて行く 泡立つ浪の田加彦もまたもやザンブと河中に 身を躍らして消え失せぬ棹を取られし渡し船 操るよしも浪の上嗚呼如何にせむ船体は 忽ち岩に衝突し木葉微塵に成り果てて 御伴に仕へし宣伝使姿も三つの魂は 河の藻屑となり果てぬ吾はやうやう川縁に 神に守られ這ひ上り群がる敵の諸声を 目当に独りとぼとぼと進む折しも前方に 怪しの男の此処彼処現はれ来り槍の穂を 揃へて一度に攻め来る何の容赦も荒男 太玉串の神力に恐れやしけむ雲霞 煙となつて消え失せぬ忽ち月は大空の 雲の帳を押し分けて四辺を照す嬉しさに 勇気を鼓して進み行く山河幾つ打ち渡り 進む折しも忽ちに電光石火雷の 轟き渡る折からに現はれ出でし神人は 厳霊の大神の第四の御子と現れませる 活津彦根の大御神吾は魔神と怪しみて 争ふ折しも大神は吾等が不明を笑ひつつ 天空目蒐けて帰ります又もや怪しき物蔭に 眼をみはりつつ窺へば松代の姫や照妙姫の 貴の命は可憐らしく高手や小手に縛られて 口には堅き猿轡合点行かずと玉串を 取るより早く打ち振れば魔神は神威に恐れけむ 又もや泡と消え失せぬ路傍の厳に腰を掛け 息を安らふ折柄に駒の蹄の戞々と 音勇ましく進み来る又もや曲津の奸計と 心を配る折からに思ひがけなき梅彦や 音彦駒彦六人の三五教の宣伝使 心も勇み栄えつつ轡を並べて山奥に 進む折しも八千尋のつと行き当る谷の川 川幅広く橋もなく行き悩みたる折柄に 運命天に任せつつ一鞭あてて飛び越ゆる 此処に佇む荒男此勢に辟易し 山奥指して逃げ帰る後振り返り眺むれば 谷と見えしは薄原又もや魔神の計略に かかりて心痛めしか嗚呼恥かしも恥かしも 眼暗みし宣伝使確と腹帯締め直し 心の駒に鞭打ちて息せき切つて二里三里 要心堅固の大門にピタリと当つた七人は 暫し思案に暮れけるが茲に鷹彦宣伝使 早速の早業霊鷹と変じて中空翔廻り 敵状残らず視察して再び此処に舞ひ下り さしもに固き大門を苦もなく左右に押し開く 吾等一行七人は勇気を起して前進し 城砦目蒐けて近よれば魔神の軍勢は進み行く 道の左右に堵列して袖手傍観その様は 心得難きシーンなり又もや来る十六の 天女に擬ふ姫神は吾等の一行を慇懃に 奥殿指して誘ひ行く怪しみながら来て見れば 山野河海の珍肴は処狭きまで並べられ 木実の酒も沢々に供へ足らはす此場面 鬼雲彦の大統領忽ち此場に現はれて 表裏の合ぬ神の宣りいと賢しげに述べ立つる 如何はしけむ城内の勇将猛卒忽ちに 顔色変じ黒血吐き悶え苦しむ訝かしさ 吾も毒酒に酔ひしれて苦しきさまを装ひつ 七転八倒するうちに鬼雲彦の統領は 仕済ましたりと出で来る神の賜ひし玉串を そつと取り出し左右左と魔神に向つて打振れば 鬼雲彦や妻神は黒雲起し風に乗り 雨に紛れて逃げて行く四四十六の花の春 未ださきやらぬ乙女子の蕾の唇開きつつ 一伍一什の物語聞いて胸をば撫で下し 神の恵を嬉しみて善言美辞の神嘉言 唱ふる折しも大空に微妙の音楽鳴り渡り 芳香四辺を包むよと思ふ間もなく現はれし 妙音菩薩の御姿天地に響く言霊の その勲功ぞ尊けれその勲功ぞ畏けれ』 と歌ひ終つて元の座につきぬ。 茲に太玉命は愛子姫、浅子姫を留めて侍女となし、顕恩郷の無事平穏に復するまで蹕を留むるる事となつた。城内の勇将猛卒も太玉命の神力に服し、忠実に三五教を奉じ茲にメソポタミヤの楽土は、エデンの花園と相俟つて、再び元の天国を形成る事となりにける。 バラモン教を守護する邪神を始め、其の宣伝使は遠くペルシヤに渡り、印度に向つて教線を拡充する事となり、岩彦、梅彦、音彦、駒彦、鷹彦の宣伝使を始め、幾代姫、五十子姫、梅子姫、英子姫、菊子姫その他一同の女性は、顕恩郷を去つて四方に、三五教の宣伝使となつて出発する事となりにける。 (大正一一・四・一旧三・五加藤明子録)
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霊界物語 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 07 釣瓶攻 第七章釣瓶攻〔五七四〕 百舌公、田加公は、汗をタラタラ流し乍ら、蛙の行列向う見ずと云ふ大速力を以て、細き田圃路をマラソン競走的に進行して行く。 行く事十数丁、忽ち前途に突当つた石像の姿、百舌公は此石像に現を抜かして見惚れて居る。後より追付いた田加彦は、矢庭に拳骨を固めてポカポカポカと擲り付ける。石地蔵は一尺有余の長き舌をノロノロと吐き出し、目を白黒と剥いたまま、一尺許りも前に突き出し、鼻をムケムケさせて居る。田加彦は又もや現をぬかして、異様の石像を見詰めて居た。百舌彦は又もや拳骨を固めて、田加彦の横面をポカポカとやる。 田加彦『アイタタ、もう是れで借金済しが済んで居る筈だのに、又二つも擲りよつて仕方のない奴だ。待て待て今に返報がやしをしてやらう』 と捻鉢巻となり、拳を握つて打つてかかるを、百舌彦はヒラリと体をかはし、 百舌彦『ヤア田加彦、モウ返金は仕て要らない。利息も免除して遣る』 と逃げ廻る。田加彦は、 田加彦『ナニ、貴様に借金して返さずに男が立つかい。ドツサリ利子を附けて、返してやらう』 と追ひかける。百舌公は石像の周囲を逃まはる、田加彦は追ひかけまはる。殆ど石像を中心に巡る事数十回、遂には両人とも目をまわし、山も野も一時にモーターの如くに廻転し始めた。二人は大地にしがみ付き、 百舌彦、田加彦『ア、地震だ地震だ、天変だ』 とわめいて居る。此場に現はれた四五人の荒男、手早く二人を後手に縛り上げ、肩に綱をひつかけ、ドンドンドンドンと、草生え茂る畔路を林の中に駆けて行く。二人は引きずられ乍ら、 百舌彦、田加彦『ア、天変だ、地妖だ。天が地となり、地が天となる』 と言ひ乍ら、縛られたる事に気付かず、わめきつつ、数百丈の滝の下に引きずられて行つた。四五人の荒くれ男は、忽ち滝水を汲み来つて、二人を仰向けに寝させ、目鼻口の区別なく滝の如くに注ぎかけた。二人は苦しさに眩暈も止まり、 百舌彦、田加彦『ヤア助けて助けて』 と泣き出すを大の男は声を荒らげ、両人に向ひ、 男『其方はエデンの河の関守を致せし百舌彦、田加彦の両人であらう。此方は鬼雲彦の家来、鳶彦であるぞ、吾面をトツクリ見よ』 と、ズズ黒い顔をヌツと突出し、目を剥いて見せる。 百舌彦『ヤア貴様は鳶彦だな、何時の間にコンナ所へ来よつたのだ。俺の縛を解いて呉れぬかい、石地蔵の奴、失敬千万な、吾々両人を後手に縛りよつて、コンナ所へ吹飛ばしよつたのだ。友達の好誼だ、グヅグヅ致さずに早く吾々の縄を解かぬかい』 鳶彦『ナニ愚図々々言うのだ、貴様は三五教に寝返りを打ち、遂には神罰の為、エデン河の藻屑となつた其方ではないか。憎まれ子世に覇張るとかや、又もノソノソ娑婆に甦つて来よつて、再び三五教を開かうと致すのか、……待て待て此方にも一つの考へがある。……サア是からバラモン教の最も厳しき修行を為して遣らう。霊主体従の極致を尽し、貴様の肉体を、散り散りバラバラに致して、霊丈は天国に救うてやらう、有難く思へ』 と縛めを解き、滝壷へ押込まうとした。百舌彦は作り声をし乍ら、 百舌彦『アー恨めしやな、吾れこそはバラモン教の信者となり、エデンの河の関守を勤めて居たが、思ひの外に神力の強い肝の太玉命が三人の勇士を伴れて、ニユーと其場に現はれた。俺は計略を以て四人の宣伝使を河の中に葬つてやらうと思うたが、ハーテ恨めしやなア、ウ恨めしやなア、事志と違ひ鶍の嘴の、船は忽ち木葉微塵、俺はエデンの河の藻屑となつて此世へ迷うて来たワイ、ヤイ鳶彦の奴、貴様も霊主体従の教を奉ずる代物、汝が生首をひつこ抜き、冥途へ伴れて往つてやらうか、ホーホーホーホーホー、恨めしやなア』 田加彦は、手を前にニユツと下げ、舌をペロリと出し、右の手を前に突出し、 田加彦『ヒユードロドロドロドロ、恨めしやなア………』 鳶彦『ヤイヤイ貴様達何だ、生きて居る間から結構なバラモン教を棄てて、三五教に迷う娑婆の幽霊だと思つて居たが、ヤツパリ死んでも又迷うのか、此処はバラモン教の修行場だ、亡者の来る所でない。一時も早く姿を隠せ、消えて了へ、アタ厭らしい、シーツシーツシーツ』 百舌彦『恨めしやなア、鳶彦の生首が欲しいワイ』 田加彦『冥途の土産に鳶彦の御首頂戴仕らむ。ホーイホーイホー』 と蟷螂の様な手附をして、稍後方に体を反り乍ら空中を掻く。 鳶彦『ヤア此奴は半死半生の化物だ、幽霊にしては立派な足がある。此奴ア偽幽霊かも知れないぞ、オイ家来共、此奴を縛れ』 百、田『ヤア待つた待つた、幽霊を縛る奴が何処にあるか。チツト量見が違ひはせぬかのう、ホーホーホーホーイ』 鳶彦『エー量見違も糞もあつたものかい、モウ斯うなつては、どこ迄も了見ならぬのだ』 と言ひ乍ら、二人の帯に太き綱をシツカと結び付けた。 鳶彦『サアもう大丈夫だ、ハンドルを廻せ』 四五人の家来は『ハツ』と答へて、修行用のハンドルをクルクルと繰り始めた。井戸の釣瓶の如うに、一人は頭上に高く舞上る。一人は滝壷にドブンと落ち込む。今度は反対に、上の奴が下の滝壷に落ち、交る交る数十回、上げては下ろし上げては下ろし、井戸の釣瓶の如く、上り下りの道中最も雑踏を極め、お蔭参りの伊勢道中の光景其儘である。二人は息も殆ど絶え、真青になつて九死一生の憂目に会うて居る。此時涼しき宣伝歌が聞えて来た。鳶彦は四五人の家来と共に一目散に、山奥指して姿を隠したり。安彦、国彦、道彦は何気なく滝の音を知辺に此場に現れ来り、百舌彦が滝壷の中空にひつかかり居るを見て打驚き、 安彦、国彦、道彦『ヤア此奴は大変だ、一時も早く助けてやらねばなるまい』 と矢庭に両刃の剣を抜いて綱をブチ切つた。忽ち百舌彦は滝壷にドブンと落ち込んだ。安彦は赤裸となり、滝壷に飛込んで、百舌彦の足を握り、ひつ張り上げた。又も一人の田加彦の頭髪は水面に現はれて居る。再び滝壷に飛込みさま、頭髪を握つて救ひあげた。二人共多量の水を呑み、息も絶え絶えになつて居る。 安彦『アヽ能う水に縁のある男だナア、何とかして水を吐かしてやらうかい。まだビコビコと動いて居るから、今の間なら助かるだらう』 国彦『大変に沢山に水の御馳走を頂きよつたと見えて、腹は太鼓の様だ。一つ此双刃の剣で、腹袋を破つて水を出してやらうか』 道彦『馬鹿を言うな、ソンナ事したら、それこそ縡切れて了うよ』 国彦『縡切れるか、縡切れぬか、ソンナ事は吾々の関する所にあらずだ。生きるも死ぬるも神の御心だ。神が生かさうと思へば生かして下さる。吾々はどうなつとして水さへ出せば良いのじやないか、アハヽヽヽ』 安彦『洒落所かい、九死一生の場合だ。此両人を見殺にする訳にも行くまい。吾々宣伝使は敵でも助けねばならぬ職掌柄だ。どうしたら宜からうかな』 道彦『どうも斯うも仕方があるものか、吾々は天津祝詞の言霊を奏上して、神助を仰ぐより外に道はない』 安、国『ア、さうだつたナア。余りの事に周章狼狽、肝腎の言霊の奏上を忘れて居たワイ』 と言ひ乍ら、滝水に口を漱ぎ、手を洗ひ、拍手再拝、天津祝詞を奏上し、天の数歌を声もスガスガしく歌ひ了つた。二人は忽ち水を吐き出し、ムクムクと起きあがり、附近キヨロキヨロ見廻し乍ら、三人の此場に在るに驚き、 百舌彦、田加彦『ヤア宣伝使様、能う来て下されました。バラモン教の鳶彦の奴にスツテの事で代用の無い生命を奪られる所でした。アヽ有難い有難い、生命の親の安彦サン、国彦、道彦の生神様……』 と両人は大地に鰭伏して、涙を滝の如くに流し感謝する。此時何処ともなく美妙の音楽響き渡り、妙音菩薩の冥護有り有りと伺はれける。五人は又もや手を拍ち、妙音菩薩の恩恵を感謝した。 是より五人は又もや道を転じて広野を渉り、東南指して足を速めた。行く事数百丁にして、十数軒の小さき家の建ち並ぶ村落に出た。この村落の中に巍然として聳えたる大厦高楼がある。五人の宣伝使は此館を目標に足を速め門前に佇めば、琴の音幽かに聞え、何処となく覚えのある女の笑ひ声、門外に千切れ千切れに漏れ来たる。安彦、道彦は首を傾け、 安彦、道彦『ハテナア』 (大正一一・四・一旧三・五松村真澄録)
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霊界物語 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 08 ウラナイ教 第八章ウラナイ教〔五七五〕 安彦、国彦、道彦の宣伝使を始め、田加彦、百舌彦の五人は、此広き館の門前に佇み内部の様子を耳を澄ませて聞き居たり。 フト表門を眺むれば、風雨に曝された標札に幽に『ウラナイ教の本部』と神代文字にて記されてある。安彦は覚束なげに半剥げたる文字を読み、 安彦『ヤア此奴は、ウラル教と三五教を合併した変則的神教の本山と見える哩、それにしても最前の女の声、何となく聞き覚えのある感じがする。ハテなア、オー百舌彦、田加彦、汝はそつと此塀を乗り越え、中の様子を探り吾等の前に報告して呉れ』 百舌彦、田加彦は嬉し気に打ち諾き、木伝ふ猿か、小蟹の蜘蛛の振舞逸早く、ヒラリと塀を飛越えて、庭先の木の茂みに姿を隠し、様子を窺ひつつありき。 ウラナイ教の教主と見えて、ぼつてり肥た婆一人、雑水桶に氷のはつたやうな眼をキヨロつかせながら中央に控へて居る。七八人の宣伝使らしき男女は、孰れも白内障か、黒内障を病んだ盲人の如く、表面眼はキロキロと光りながら、何も見えぬと見えて手探りして巨大なる丼鉢に麦飯薯蕷汁を多量に盛り、ツルリツルリと吸うて居る。二人の薬鑵頭の禿爺は、頻りに摺鉢に山の薯を摺つて居る。これも何うやら盲人らしく手探りしつつ働いて居る。二人は此光景を見やり、 田加彦『オイ百舌公、此処の奴は何奴も此奴も皆盲人ばかりだと見える。大きな丼鉢に麦飯薯蕷汁をズルズルと啜つて居るぢやないか、俺達も之を見ると俄に胃の腑の格納庫が空虚を訴へ出したよ。どうだ、盲を幸ひにそつと一杯頂戴して来ようぢやないか』 百舌彦は、 百舌彦『ソイツは面白からう』 と言ひながら、のそりのそりと足音を忍ばせ一同の前に現はれ、素知らぬ顔して控へて居る。禿爺は丼鉢に麦飯薯蕷汁を盛り、 爺『サアサアお代りが出来ました、高姫サン』 とニウツと突き出す。高姫と云ふ中年増のお多福婆は機械人形のやうに両手を前にさし出した。折も折百舌彦の面前に突き出した丼鉢を百舌彦は作り声をしながら、 百舌彦『ハイ、これは御馳走様、もう一杯下さいな』 爺は丼鉢を百舌彦に渡し、 爺『よう上る高姫サンぢや』 と小声に呟きながら又探り探り台所の方に帰り往き、一生懸命に薯を摺つて居る。 高姫『コレ松助、何処に置いたのだえ、早く此方へ渡して呉れないか』 松助は耳遠く盲と来て居るから、何の容赦もなく一生懸命に鼻を啜りつつ薯を摺つて居る。彼方にも此方にもミヅバナを啜るやうな声が、ずうずうと聞えて居る。 百舌彦、田加彦は、丼鉢の両方より噛みつくやうに腹が減つたまま、ツルツルと非常な吸引力で、蟇蛙が鼬を引くやうに大口開けて呑み込んだ。此時松助は又探り探り麦飯に薯蕷汁を掛た大丼鉢を、足許覚束なげに、川水の中を歩くやうな体裁で、 松助『サアサア高姫サン、お代りが出来ました』 田加彦は又もや作り声をして、 田加彦『アア松助、御苦労であつた。もう一杯お代りを頼むよ』 松助『ハイハイ、もう薯のへたばかりじやが、それでも宜しければお上りなさいませ』 と面膨らし、部屋に引返す。高姫は、 高姫『コラコラ松助、未だ持つて来ぬか、何処へ置いたのだい』 田加彦、百舌彦は矢庭に一杯を平げた。傍に十数人の盲人は、丼鉢を前に据ゑ、一口食つては下に置き楽しんで居る。 百舌彦は甲の丼鉢をソツと乙の前に置き、乙の丼鉢を丙の前に置き、丙の丼鉢を高姫の前にソツと据ゑた。 甲『まだ半分余りはあつた積りだに何時の間に此様に減つて仕舞つたらう、オイ貴様俺のを一緒に平げて仕舞つたな』 乙『馬鹿を云ふな、俺の丼鉢を何処かへやりよつたのだ。自分は一人前平げて置いて未だ他人のまで取つて食うとは、余りぢやないか』 と互に盲人同志の喧嘩が始まつた。十数人の盲人は、取られては一大事と丼鉢を堅く握り、下にも置かず、ツルツルズルズルと吸うて居る。田加彦は、火鉢の灰を掴んで、盲人の丼鉢に一摘みづつソツと配つて廻つた。 甲乙丙丁『ヤア何んだ、この丼鉢の………俄に薯蕷汁の味が変つたやうだ。他人が盲人だと思つて馬鹿にしよるナ、誰か灰を入れよつたわい』 百舌彦『ハイハイ、左様々々』 高姫『ヤヽ、誰か声の違ふ奴が来て居るらしい、オイ皆の者気をつけよ、何だか最前から怪しいと思つて居た。俺は最前から盲人の真似をして居れば、何処の奴か知らぬが、二人のヒヨツトコ野郎奴、要らぬ悪戯をしよつた。サアもう了見ならぬ、家の爺が酷い肺病で、此処に薯蕷汁によう似た痰が一杯蓄へてある。之を食つてサツサと出て失せ』 百舌と田加は頭を掻きながら、 百舌彦、田加彦『ヤア、そいつは御免だ』 高姫『御免も糞もあつたものか、ヤアヤア長助、伴助、二人の者を縛つて了へ』 長助、伴助『畏まつた』 と次の間より、現はれ出でたる大の男、出刃庖丁を振り翳し、二人に向つて迫り来る。高姫も眉を逆立て、出刃庖丁を逆手に持ち、三方より二人に向つて斬つてかかる。百舌彦、田加彦は丼鉢を頭に被りトントントンと表を指して逃出す。百舌彦の被つた丼鉢には爺の吐いた痰が一杯盛つてあつた。頭から痰を一ぱい浴びたまま、スタスタと表を指して駆け出す。二人の荒男は大股に踏ん張りながら二人の後を追ひかけ来り、澪れた痰につるりと辷つて、スツテンドウと仰向けに倒れた。 高姫は出刃を振り翳しながら表に駆け出で、二人の荒男に躓き、バタリと転けた機に長助の腹の上に出刃を突き立て、長助はウンと一声七転八倒、のた打ち廻る。忽ち館の中は大騒動がおつ始まりける。 田加彦、百舌彦は一生懸命に駆け出し、道端の溜り池にザンブと飛込み、痰を洗ひ落さうとした。此水溜は数多の魚が囲うてある。鼬や川獺の襲来を防ぐために柚の木の針だらけの枝が一面に投げ込んであつた。二人はそれとも知らず真裸となつて飛込み柚の木の針に刺されて身体一面に穴だらけとなり辛うじて這ひ上りメソメソ泣き出してゐる。 婆は眉を逆立て二本の角を一寸許り髪の間より現はしながら此場に現はれた。二人が姿を見て心地よげに打ち笑ひ、蹌跟く機に又もや池の中にザンブと斗り落ち込み、 婆『アイタタアイタタ』 と婆々が悶え苦しむ可笑しさ、二人は真裸のまま、 百舌彦、田加彦『態ア見やがれ』 と云ひつつ足をちがちがさせ田圃道を走つて往く。安彦、国彦、道彦の三人は素知らぬ顔して宣伝歌を歌ひつつこの池の傍を通り過ぎむとするや、池の中より高姫は掌を合し、頻りに助けを呼んで居る。三人の宣伝使は気の毒さに耐へ兼ね、漸くにして高姫を救ひあげた。高姫は大に喜び三人に向つて救命の大恩を感謝したりける。 此時逃げ去つた百舌、田加二人の男は真裸の儘慄ひ慄ひ此場に現はれ来り、 百舌彦、田加彦『モシモシ宣伝使様、寒くつて耐りませぬワ、何うぞウラナイ教の婆アサンに適当な着物を貰つて下さいな。ナア婆アサン、お前も宣伝使のお蔭で命拾ひをしたのだから着物位進上なさつても安いものだらう』 安彦『ヤア吾々は着物の如きものは必要が御座らぬ。平にお断り申します』 国、道『吾々も同様、衣服なんか必要が御座らぬ』 百舌彦『エヽ気の利かぬ宣伝使だな、此処に二人も着物の要る御方が御座るのが目につきませぬかい』 道彦『吾々はウラナイ教の信者になつたと見え、薩張明盲人になつて仕舞つたよ。アハヽヽヽヽ』 高姫『お前等は、ノソノソと吾が座敷に這ひ込み、薯蕷汁を二三杯もソツと横領して喰ひ、其上大勢の盲人を附け込み、薯蕷汁の中に灰を掴んで入れた不届きの奴ぢや、着物をやる処ぢやないが、併し生命を救けてもらつた其お礼として、長公、伴公の死人の着物を呉れてやらうか』 道彦『これやこれや、貴様等二人は薯蕷汁を盗み食つたのか』 百舌彦『ハイ、トロロウをやりました。其代り酷い目に遭つたんぢや、汚い物を頭に被つたんぢや。盲人を瞞して薯蕷汁を多量食つたんじや、それから長公伴公に追ひかけられてタンタンタンと一生懸命逃げたんじや。門口で長公伴公が転倒つたんぢや、其処へ婆が飛んで来て転けたんぢや、倒けた拍子に長公のどん腹を突いたんぢや、二人は一生懸命、痰の体を清めんと溜池に矢庭に飛込んたんぢや、柚の針に身体を突かれて痛かつたんぢや、たんたんと立派な着物を頂戴致し度いもんぢや、なア田加たん』 道彦は吹き出し、 道彦『アハヽヽヽ、身魂の汚い奴ぢやなア、貴様は之から改心を致してウラナイ教の盲人仲間に入れて貰うと都合がよからう。モシモシお婆アサン此等二人は三五教の教理は到底高遠にして体得する事は出来ませぬ、善とも悪とも愚とも訳の分らぬ半ドロ的の人間ですから、ウラナイ教の宣伝使にでもお使ひ下さらば最も適任でせう』 婆『それはそれは誠に有難い御仰せ、ウラナイ教の宣伝使には至極適当の人物、幾何で売つて下さいますか』 道彦『サア、ほんの残り者の未成品もので御座いますから、無料にまけて置きます。米や麦を食べさして貰うと胃を損ねますから、身魂相当に鰌や蛙で飼うてやつて下さい、アハヽヽヽ』 婆『オホヽヽヽ』 (大正一一・四・一旧三・五加藤明子録)
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霊界物語 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 09 薯蕷汁 第九章薯蕷汁〔五七六〕 千早振る遠き神代のその始め、神の教に背きたる、天足彦や胞場姫の、醜の身魂の凝結し、八岐大蛇や、金毛九尾白面の悪狐となつて、天地の水火を曇らせつ、常世の国に現はれし、常世彦や常世姫、盤古大神の体に宿りて世を乱し、一度は神の御教に、服ひ奉り真心に、立帰りしも束の間の、いや次々に伝はりて、ウラル彦やウラル姫の、又もや体に宿りつつ、天地を乱す曲業の、力も失せて常世国、島の八十島八十国の深山の奥に立籠り、人の身魂を宿として、バラモン教やウラナイの、教を樹てて北山の、鳥も通はぬ山奥に、数多の魔神を呼び集へ、ウラナイ教と銘打つて、又もや国を乱し行く、其の曲業ぞ由々しけれ。 館の主高姫は、安彦、国彦、道彦の宣伝使に危難を救はれ、感謝の意を表はし館に迎へ入れて、鄭重に饗応せむと強て一行を迎へ入れた。 一行五人は美はしき一室に招ぜられ、手足を伸ばし悠々として寛いでゐる。高姫は此の場に現はれ、 高姫『コレハコレハ三人の宣伝使様、能うマア危き所を御救け下さいました。これと云ふも全く妾が日頃信仰するウラナイ教の御本尊大自在天様の御引合せでございませう。神様は三五教の宣伝使に憑依つて、妾の危難を御救ひ下さつたのです。謂はば貴方等は神の御道具に御使はれなさつただけのもの、貴方の奥には大自在天様が御鎮まりでございます。誠に以て御道具御苦労でございました。何もございませぬが悠々と御あがり下さいませ』 と言ひ棄てて徐々と次の間に姿を隠した。 国彦『ナンダ、怪体な挨拶じやないか。われわれは三五教の教理に依つて、敵を敵と致さず生命を的に危険を冒して救つてやつたのだ。それに何ぞや、大自在天の御道具に使はれなさつたなぞと、減ず口を叩きよつて何うも宗旨根性と云ふものは、何処迄も抜けぬものとみえるワイ』 道彦『マアマア何うでも好いぢやないか。彼奴を片端から三五教に兜を脱がしさへすれば好いのだ。何でも好いから言はすだけ言はして置けば、腹の底が自然に解つて来る。さう言葉尻を捉へて、ゴテゴテ言ふものでは無い。洋々たる海の如き寛容心を以て衆生済度に掛らねば、彼れ位なことに目に角を立てて鼻息を喘ますやうなことでは、到底宣伝使どころか、信者たるの価値さへもないと云つても然りだよ』 斯く話す折しも以前の高姫は、縁の欠けたる丼鉢に麦飯を盛り、粘々したものをドロリとかけ、三人の小間使に持たせて入り来り、 高姫『コレハコレハ皆サン、ご苦労でございました。山家のこととて何か御構ひを致さねばなりませぬが、麦飯に薯蕷汁が出来ました。これなりとドツサリ御あがり下さい。俄の客来で沢山の鉢の中から探しましたが、縁の欠けたのは漸く三つよりございませぬ。二人の御供は最前ソツとあがれとも音はぬのに、喜三郎をなさいましたから、どうぞ辛抱して下さいませ。貴方等に出すやうな器は漸う三つ見つかりました。後は立派な完全無欠の器ばつかりでございます。この様に見えても痰なぞは滅多に混入してゐる気遣ひはございませぬ。どうぞタントタント御あがり下さいませ。オホヽヽヽヽ』 と厭らしき笑ひと共に、白い出歯をニユツと出し、のそりのそりと又もや元の居室に姿を隠しける。 国彦『われわれを飽く迄侮辱しよる怪しからぬ奴だ。恰で一途の川の二人婆のやうな面をしよつて、モー堪忍袋の緒が切れた』 と云ひ乍ら、丼鉢の麦飯とろろを座敷一面に投げつける。座敷はヌルヌルととろろの泥田のやうになつて了つた。 又もや二人分の丼鉢を次の室に投げ付け、次の室も亦とろろの泥田となつた。 国彦『さアこれで溜飲が下つた。婆の奴滑り倒けよると一層御愛嬌だがナア』 安彦『オイ国彦、貴様は乱暴な奴だナア。三五教の宣伝使が喧嘩を買うと云ふことがあるものか、如何なる強敵に向つても飽く迄無抵抗主義で、誠で勝つのだよ。ナント云ふ情無いことをして呉れるのだ。今日限り破門を致すから、さう心得ろ』 国彦『それだから三五教は腰抜け教だと云ふのだよ。貴様の方から破門する迄に、こちらの方から国交断絶だ』 と自暴糞になり、捻鉢巻となつてドンドンと四股を踏み鳴らし、荒れ狂ふ此の物音に驚いて、高姫を始め数人の男女此場に現はれ、 高姫『コレハコレハ三五教の宣伝使様、誠に御立派な御教理には感心致しました。口では立派なことを仰有るが、其の行ひは一層見上げたもの、人の座敷に泊り乍ら、吾々一同が心を籠めた御馳走を座敷一面に撒き散らし襖を蹴倒し、障子の骨を折り、イヤもう乱暴狼藉、実に立派な御教理には、ウラナイ教の吾々も、あまり感心の度が過ぎてアフンと致します。開いた口が閉まりませぬ。三五教の御教通り手も足も踏込む所がございませぬ。オホヽヽヽヽ。コレコレ皆の者ども、この宣伝使様の立派な御教をお前達は、能く腹へ入れて置くがよいぞや』 もう一人の婆は口を尖らし、 婆『コリヤお前達は三五教の宣伝使だと云つて偉さうに天下を股にかけて歩く代物だらう。大方三五教は斯んな行ひの悪い宗教だと思つて居つた。やつぱり人の風評は疑はれぬワイ。屹度変性女子の世の乱れたやり方を見倣うて、其処中をとろろドツコイ泥だらけに穢して歩く悪の御用だらう。素盞嗚命は天の岩戸を閉める役だと云ふことだが、悪も其処まで徹底すれば反つて面白い。このウラナイ教は斯う見えても立派なものだぞ。変性男子の生粋の教を守つとるのだぞ。三五教も初めは変性男子の教で立派なものだつたが、素盞嗚命の身魂の憑つた肉体が出て来て、人の苦労で徳を取らうとしよつて、変性男子を押込めて世の乱れた行り方の、女子の教が覇張るものだから三五教もコンナ悪の教になつて了つたのだ。三五教の奴は二つ目には、ウラル教が何うだのバラモン教が悪だのと、お題目のやうに仰有るけれど、今の宣伝使の行ひは何うぢやな。これでも善の立派な教と云ふのかい。この高姫も元は変性男子の御血筋の肉体だ、日の出神の生宮ぢや。竜宮の乙姫さまもチヨコチヨコ御出でになつて、体主霊従国の悪神の仕組を、すつかりと握つてござるのぢや。変性女子と云ふ奴は胴体無しの烏賊上り、三文の大神楽のやうに頤太ばつかり発達しよつて、鰐のやうな口を開けて、其方此方の有象無象を噛んだり、吐いたりする大化物だ。お前達は其の大化物を神様だと思つて戴いて居る小化物ならよいが、小馬鹿者の薄馬鹿者だよ。これからちつとウラナイ教の教を聴きなさい。身の行ひを換へて誠水晶のやり方に立替へねば何時まで経つても五六七の世は来はせぬぞえ』 国彦『エーエ、ツベコベと能う八釜敷く吐す婆だな。貴様は偉さうにツベコベと小理窟を並べよるが、人を招待するに欠けた穢い鉢を選んで出すと云ふことがあるかい。これが抑も貴様の方から俺を焚きつけにかかつてゐよるのだ。三五教だつて、いらはぬ蜂はささぬぞ、釣鐘も叩くものが無ければ音なしいものだ、春秋の筆法で言へば、貴様が丼鉢を投げたのだ。イヤ大自在天がやつたのだ。俺は大自在天の道具に使はれたのだ。此処の大将が最前さう云つたぢやないか。ナント大自在天と云ふ神は乱暴な神だなア。ウラナイ教はコンナ悪魔の乱暴な神を御本尊にして居るのか苟くも三五教の宣伝使は、至粋至純の身魂の持主だぞ』 高姫『オホヽヽヽ、至粋至純の身魂の持主の為さること哩のー。自分のした責任を、勿体無い、大自在天様に塗りつけて、それで自分は知らぬ顔の半兵衛をきめこんでゐるのか。都合の好い教理だなア』 国彦『われわれの魂は水晶魂だ。真澄の鏡も同様だ。それだからウラナイ教の悪がすつかり此方の鏡に映つて居るのだ。アーア水晶の身魂も辛いものだワイ。アハヽヽヽ』 黒姫『団子理窟をこねる日には際限が無い。兎も角行ひが一等だ。立派な御座敷の真ん中に主人の好意で出した麦飯とろろを打ち開けるとは沙汰の限り、やつぱり悪の性来は何うしても現はれるものぢや。ソンナ馬鹿な教の宣伝使になるよりも、一つ改心してウラナイ教になつたら如何だい。誠の変性男子の教は此の高姫さまと、黒姫がチヤント要を握つてゐるのだよ。昔の神代の根本の身魂の因縁から、人民の大先祖のことから又万劫末代のこと、根の国、底の国、なにも彼も知つて知つて知り抜いた世界で、たつた一人の日の出神の生宮ぢや。この黒姫は竜宮の乙姫の守護だぞ。艮の金神様も元は此処から現はれたのだ。本が大事ぢや。「本断れて末続くとは思ふなよ。本ありての枝もあれば、末もあるぞよ」と三五教は教へて居るぢやないか。その根本の本の本の大本は、此日の出神がグツト握つて居るのぢや。神の奥には奥があるぞ。三五教の宣伝使のやうに理窟ばかり言つてこの頃流行る学の力を以て、神の因縁を説かうと思つても、それは駄目ぢや。千年万年経つたとて誠の神の因縁が判つて堪るものか。誠の神の御用が致し度くば、ウラナイ教に改心して随うがよかろう』 国彦『婆アサン、大きに御心配かけました。この国彦は三五教でも無ければ、ウラル教でもない、ウラナイ教では尚更ないのだ。あまり三五教の悪いことばつかり仰有ると、ウラナイ教の化けの皮が現はれるぞえ。左様なら、モシモシ三五教の二人の宣伝使サン御悠くりと下らぬ説教でも聴かして貰つて、眉毛を読まれ、尻の毛が一本も無いとこ迄抜かれなさるがよろしからう。コラ二人の皺苦茶婆、用心せーよ。何処に何が破裂致さうやら判らぬぞよ』 と尻をクリツと捲つて裏門から、一発破裂させ乍ら何処とも無く姿を隠して了つた。 道彦『アハヽヽヽ』 安彦『アーア道彦サン、彼様乞食を伴れて来るものだから、薩張り三五教と混同されて偉い迷惑をした。これから迂濶と何でも無い者を連れて歩くものぢやない』 道彦『アヽ左様ですな、モシモシ高姫サン、黒姫サン、三五教には彼の様な宣伝使は、一人も居りませぬよ。彼の男は途中から道案内に伴れて来たのですから、好い気になつて宣伝使気取りでアンナことを言つたのですよ。アハヽヽヽ』 黒姫『神様の宣伝使は嘘は言はぬもの、誠一つの教を樹てるのは、此のウラナイ教。三五教は矢張り嘘をつきますなア。彼の男は元は与太彦と云うて、貴方等と一緒に宣伝に歩いて居つた人でせう。違ひますかな』 安彦、道彦『サア』 黒姫『サア返答は』 安彦、道彦『サアそれはマアマアマア彼奴は俄に気が違つたのですよ。それだからアンナ脱線した行ひをやるのですワ。アハヽヽヽ』 黒姫『能う嘘をつく人だナ。今お前サンは道案内に途中から雇うて来たと云つたぢやないか。それだから三五教は駄目、ウラナイ教が誠の教と云ふのだ』 安彦『一体此処の館には盲人ばつかり居りますな』 と話を態と横へ転じた。 黒姫『誠の教を聴かうと思へば、目が開いて居つては小理窟が多くつて仕様がないから、みな盲目や聾ばかり寄せてあるのだ。見ざる、聞かざると言うて、盲目聾程よいものは無い。此処へ来る奴は、みな此高姫サンと黒姫が耳の鼓膜を破り、眼の球を抜いて、世間の事がなにも解らぬやうに、神一筋になるやうにしてあるのだ。お前も怪体な目をウラナイ教に、すつくり御供へしなさい。さうしたら本当の安心が出来るぢやらう。昔竜宮城に仕へて居つた小島別は、盲目であつたお蔭で、結構な国魂の神となつて神の教を筑紫の島でやつて居るといふことだ。目の明いた奴に碌な奴が居るものかい。盲目千人に目明き一人の世の中に、十目の視る所十指の指さす所、大勢の盲目の方に附くのが誠だ。サア、これからウラナイ教に帰順さしてやらう』 と高姫、黒姫の二人は、出刃庖丁をひらめかし、安彦、道彦の眼球目蒐けて突いてかかる。二人は、 安彦、道彦『コリヤ大変』 と逃げ出す途端に、座敷一面のとろろ汁に足を、辷らして、スツテンドウと仰向けになつた。 二人の婆も、とろろに足を滑らし、仰向けにドツと倒れた。婆の持つた出刃庖丁は道彦の眼の四五寸側に光つてゐる。 道彦、安彦は一生懸命逃げ出さうとすれど、ヌルヌルと足が滑つて同じ所にジタバタやつてゐる。百舌彦、田加彦は一室から飛んで出て、 百舌彦、田加彦『コラコラ婆の癖に手荒いことを致すな。その出刃渡せ』 と矢庭に引捉へむとして、又もやズルリと滑り、二人は尻餅搗いた途端に、道彦の顔の上に臀をドツカと下ろした。その痛さに気が付けば王仁は、宮垣内の茅屋に法華坊主の数珠に頭をしばかれ居たりける。 (大正一一・四・二旧三・六外山豊二録) (昭和一〇・三・二〇於彰化支部王仁校正)
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霊界物語 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 11 大蛇退治の段 第一一章大蛇退治の段〔五七八〕 『故、退はれて、出雲の国の肥河上なる鳥髪の地に降りましき』(古事記の大蛇退治の段) 出雲国は何処諸の国と云ふ意義で、地球上一切の国土である。肥河上は、万世一系の皇統を保ちて、幽顕一致、神徳無窮にして皇朝の光り晴れ渡り、弘り、極まり、気形透明にして天体地体を霊的に保有し、支障なく神人充満し、以て協心戮力し、完全無欠の神政を樹立する至聖至厳至美至清の日本国といふ事なり。 鳥髪の地とは、十の神の顕現地と云ふ事にして、厳の御魂、瑞の御魂が経と緯との神業に従事し、天地を修斎し玉ふ神聖の経綸地といふことなり。要するに世界を大改良せむ為めに素盞嗚尊は普く天下を経歴し、終に地質学上の中心なる日本国の地の高天原なる至聖地に降臨し玉ひたるなり。明治三十一年の秋八月に、瑞の御魂の神代として高座山より神退ひに退はれて綾部の聖地に降りたるは、即ち素盞嗚尊が、一人の選まれたる神主に憑依し給ひて、神世開祖の出現地に参上りて神の経綸地たることを感知されたるも同様の意味なり。古事記の予言は古今一貫、毫末も変異なく、且つ謬りなき事を実証し得るなり。 『此時しも箸其の河より流れ下りき』 ハシの霊返しはヒなり。ヒは大慈大悲の極みなり。ハシの霊返しのヒなるもの、ヒノカハカミより流れ来たると云ふ明文は実に深遠なる意義の包含されあるものなり。又箸は凡てを一方に渡す活用あるものにして、川に架する橋も、食物を口内へ渡す箸もハシの意味に於ては同一なり。悪を去り善に遷らしむる神の教のハシなり。暗黒社会をして光明社会に改善せしむる神教もハシなり。故に御神諭にも、綾部の大本は世界の大橋であるから、此大橋を渡らねば、何も分りは致さむぞよ云々とあるも、改過遷善、立替立直しの神教の意味なり。その箸は肥の河より流れ下りきとは、斯る立派な蒼生救済の神教も、邪神の為に情無くも流し捨てられ、日に日に神威を降しゆく事の意味なり。是を大本の出来事に徴して見るに、去る明治三十一年に瑞の御魂の神代として十神の聖地に降りたる神柱を、某教会や信者が中を遮り、以て厳の御魂、瑞の御魂の合致的神業を妨害し、瑞霊の神代を追返し、彼等の徒党が教祖を看板として至厳至重なる神教を潜め隠し、某教会を開設したる如き状態を指して『ハシ其の河より流れ下りき』といふなり。 『於是須佐之男命其の河上に人有りけりとおもほして尋ね上りて往まししかば老夫と老女と二人在りて童女を中に置きて泣くなり』 茲に顕幽両界の救世主たる須佐之男命は、肥の河上なる日本国の中心、地の高天原に神人現はれ、世界経綸の本源地有りと御考へになり尋ねて御上りありしが、変性男子の身魂現はれて、国家の騒乱状態を治めむと血涙を吐き乍ら昼夜の区別なく、世人を教戒しつつありしなり。二人といふ事は、艮の金神様の男子の御魂と、教祖出口直子刀自の女子の身魂とが一つに合体して神業に従事し玉へると同じ意義なり。ヒトとは霊の帰宿する意義で人の肉体に宇宙の神霊憑宿して天地の経綸を遂行し玉ふ、神の生宮の意なり。老夫と老女と二人とあるは女姿男霊の神人、出口教祖の如き神人を意味するなり。 『童女を中に置きて泣なり』とはオトメは男と女の意味にして、世界中の老若男女を云ふ。又老と若ともなり、現在の世界の人民を称して老若男女と云ふ。霊界にては国常立大神、顕界にては神世開祖出口直子刀自の老夫と老女とが、世界の人民の身魂の、日に月に邪神の為に汚され亡ぼされむとするを見るに忍びず、手を尽して足を運びて救助せむと艱難辛苦を嘗めさせられ、天地の中に立ちて号泣し給ふことを、童女を中に置きて泣くなりと云ふなり。 亦神の御眼より御覧ある時は世界の凡ての人間は、神の童子なり女子なり。故に世界の人民は皆神の童女なる故、人民の親がその生みし子を思ふ如くに、神は人民の為に昼夜血を吐く思ひを致して心配を致して居るぞよ、と御神諭に示させ給へる所以なり。亦オトメの言霊を略解する時は、 オは親の位であり、親子一如にして、大地球を包む活用であり。 トは十全治平にして、終始一貫の活用であり。 メは世を透見し、内に勢力を蓄へて外面に露はさざる意義なり。 之を約むる時は、日本固有の日本魂の本能にして、花も実もある神人の意なり。 『汝等は誰ぞと問ひ賜へば、其の老夫僕は国津神大山津見神の子なり、僕が名は足名椎、妻が名は手名椎、女が名は櫛名田比売と謂すと答す』 明治三十一年の秋瑞の御魂の神代に須佐之男神神懸したまひて綾部の地の高天原に降りまし、老夫と老女の合体神なる出口教祖に対面して汝等は誰ぞと問ひたまひし時に、厳の御魂の神代なる教祖の口を藉りて僕は国津神の中心神にして大山住の神也。神の中の神にして天津神の足名椎となり手名椎となりて、天の下のオトメを平かに安らかに守り助けむとして、七年の昔より肥の河上に御禊の神事を仕へ奉れり。又この肉体の女の名は櫛名田姫と申し、本守護神は禁闕要の大神なりと謂し玉ひしは、以上の御本文の実現なり。クシナダの クシは神智赫々として万事に抜目なく一切の盤根錯節を料理し、快刀乱麻を断つの意義なり。 ナは、万物を兼ね統べ、能く行届きたる思ひ兼の神の活用なり。 ダは、麻柱の極府にして大造化の器であり、対偶力であり、主従師弟夫妻等の縁を結ぶ神なり。 要するに、櫛名田姫の守護厚き天壌無窮の神国、大日本国土の国魂神にして、神諭の所謂大地の金神なり。 『亦、汝の哭由は何ぞと問ひたまへば、吾が女は八稚女在りき。是に高志の八岐遠呂智なも、年毎に来て喫ふなる。今その来ぬべき時なるが故に泣くと答白す』 以上の御本文を言霊学の上より解約すると、吾が守護する大地球上に生息する、息女即ち男子や女子は、八男と女と云つて、種々の沢山な神の御子たる人種民族が有るが、年と共に人民の霊性は、鬼蛇の精神に悪化し来り至粋至醇の神の分霊を喫ひ破られて了つた。高志の八岐の遠呂智と云ふ悪神の口や舌の剣に懸つて歳月と共に天を畏れず地の恩恵を忘れ、不正無業の行動を為すものばかり、人民の八分迄は、皆悪神の容器に為れて、身体も霊魂も、酔生夢死体主霊従に落下し、猶も変じて八岐の遠呂智の尾となり盲従を続けて、天下の騒乱、国家の滅亡を来しつつ、最後に残る神国の人民の身魂までも、喫ひ破り亡ぼさむとする時機が迫つて来たので如何にしてか此の世界の惨状を救ひ助け、天津大神に申上げむと、心を千々に砕き天下国家の前途を思ひはかりて、泣き悲しむなりと答へ玉うたと曰ふことなり。 高志といふ意義は、遠き海を越した遠方の国であつて、日本からいへば支那や欧米各国のことなり。海外より種々雑多の悪思想が渡来する。手を替へ品を替へて、宗教なり、政治なり、教育なりが盛んに各時代を通じて、侵入して来り敬神尊皇報国の至誠を惟神的に具有する、日本魂を混乱し、滅絶せしめつつある状態を称して、高志の八岐の遠呂智の喫ふなると云ふなり。亦外国の天地は、数千年来此悪神の計画に誑らかされて、上下無限の混乱を来し、国家を亡ぼし来たりしが、彼今猶其計画を盛んに続行しつつ、遂に日本神国の土地まで侵入し、天津神の直裔なる日本オトメの身魂まで、全部喫ひ殺さむとする、それが最近に迫つて居る、只一つ神国固有の日本魂なるオトメが後に遺つた許りである。之を悪神の大邪霊に滅ぼされては、折角天祖国祖の開き玉へる大地球を救ふ事は出来ない。どうかして之を助けたいと思つて艱難辛苦を嘗めて居るのである。実に泣くにも泣かれぬ、天下の状態であると云つて、之を根本的に救ふ事は出来ない。どうして良いかと途方に暮れ、天地に向つて号泣して居りますとの、変性男子の身魂の御答へなりしなり。 『其の形は如何さまにかと問ひたまへば、彼が目は赤加賀知なして、身一つに頭八つ尾八つあり。亦其の身に苔、及び桧、すぎ生ひ、其の長さ渓八谷、峡八尾を渡りて、其の腹を見れば、悉に常血爛れたりと答白す。(此に赤加賀知といへるは、今のほほづきなり)』 そこで其形は如何さまにかと、問ひたまへばと云ふ意義は、八岐の遠呂智なす悪思想の影響は如何なる状態に形はれ居るやとの須佐之男命の御尋ねなり。 そこで変性男子の身魂なる老夫と老女は、彼悪神の経綸の事実上に顕現したる大眼目は、赤加賀知なして身一つに、頭八つ尾八つありと云つて、悪神の本体は一つであるが、その真意を汲んで、世界覆滅の陰謀に参加して居るものは、八人の頭株であつて、此の八つの頭株は、全地球の何処にも大々的に計画を進めてをるのである。政治に、経済に、教育に、宗教に、実業に、思想上に、其他の社会的事業に対して陰密の間に、一切の破壊を企てて居るのである。就ては、尾の位地にある、悪神の無数の配下等が、各方面に盲動して知らず識らずに、一人の頭目と、八つの頭の世界的大陰謀に参加し、終には既往五年に亘つた世界の大戦争などを惹起せしめ、清露其他の主権者を亡ぼし、労働者を煽動して、所在世界の各方面に、大惑乱を起しつつあるのである。赤加賀知とは砲煙弾雨、血河死山の惨状や、赤化運動の実現である。実に現代は八岐の大蛇が、いよいよ赤加賀知の大眼玉をムキ出した所であり、既に世界中の七オトメを喫ひ殺し、今や最後に肥の河なる、日本までも現界幽界一時に喫はむとしつつある処である。要するに八つ頭とは、英とか、米とか、露とか、仏とか、独とか、伊とかの強国に潜伏せる、現代的大勢力の有る、巨魁の意味であり、八つ尾とは、頭に盲従せる数多の部下の意である。頭も尾も寸断せなくては成らぬ時機となりつつあるなり。 『亦其身に苔及び桧すぎ生ひ、其長さ、渓八谷、峡八尾を渡りて其の腹を見れば、悉に常も血爛れりと答白す』といふ意味は地球上の各国は皆この悪神蛇神の為に、山の奥も水の末も暴され、不穏の状態に陥り、終には尼港事件の如く、暉春事件の如く、染血虐殺の憂目に人類が遇つて、苦悶して居ることの形容である。また苔と云ふ事は、世界各国の下層民の事であり桧と云ふ事は上流社会の人民であり、すぎと云ふ事は国家の中堅たる中流社会である。要するに上中下の三流の人民が常に不安の念に駆られて居る事であつて、実に六親眷属相争ひ、郷閭相鬩ぎ戦ふ、悲惨なる世界の現状を明答されたといふ事である。御神諭に、『今の人民は外国の、悪神の頭と眷属とに、神から貰うた結構な肉体と御魂を自由自在に汚されて了うて、畜生餓鬼の性来になりて居るから、欲に掛けたら、親とでも兄弟とでも、公事を致すやうな悪魔の世になりて居るが、是では世は続いては行かぬから、天からは御三体の大神様がお降り遊ばすなり、地からは、国常立尊が変性男子と現はれて、新つの世に立替立直して、松の五六七の世に致して、世界の人民を歓ばし、万劫末代勇んで暮す神国の世に替へて了はねばならぬから、艮の金神は、三千年の間長い経綸を致して、時節を待ちて居りたぞよ。八つ尾八つ頭の守護神を、今度はさつぱり往生いたさすぞよ』云々と明示されてあるのも、要はこの御本文の大精神に合致して居る一大事実である。 『爾、速須佐之男命、其の老夫に是汝の女ならば、吾に奉らむやと詔たまふに、恐けれど御名を覚らずと答白せば、吾は天照大御神の同母男なり。故今天より降り坐つと答へたまひき。爾に足名椎、手名椎、然坐さば恐し立奉らむと白しき』 右御本文の老夫にとあるは艮の金神国常立尊神霊に対しての御言である。また足名椎手名椎神と並び称せるは、肉体は出口直子であつて手名椎の神であり霊魂は国常立尊の足名椎の意である。 茲に天より降り給へる須佐之男命は、老夫なる国常立尊の神霊に対し玉ひて、是は汝の守護し愛育する所の、至粋至醇の神の御子たる優しき人民であるなれば、吾に是の女の如き可憐なる万民の救済を一任せずやと、御尋ねになつた事である。そこで国常立尊は実に恐縮の至りではありますが、貴方は如何なる地位と、御職掌の在す神で居らせらるるや。御地位と御職名とを覚らない以上は御一任する事は出来ませぬと白し給ひければ、大神は至極尤もなる御尋ねである。然らば吾が名を申し上げむ、吾は天津高御座に鎮まり坐ます、掛巻も畏き天照大御神の同母弟であつて、大海原を知食すべき職掌である。されば今世界の目下の惨状を黙視するに忍びず、万類救護の為に、地上に降り来たのである。故に国津神たる汝の治むる万類万民を救はむが為に、吾に其の職掌を一任されよ然らば汝と共に八岐の大蛇の害を除いて天下を安国と平けく進め開かむと仰せになつたのである。茲に変性男子の身魂は、大変に畏み歓び玉うて、左様に至尊の神様に坐ますならば吾女なる可憐なる人民を貴神に御預け申すと、仰せられたのである。是は去る明治三十一年の秋に変性男子と変性女子との身魂が二柱揃うて神懸りがあつた時の御言であつて、実に重大なる意義が含まれて在るのである。然し乍ら是は神と神との問答でありまして、人間の肉体上に関する問題ではないから、読者に誤解の無いやうに御注意願つておく次第である。 『爾速須佐之男命、乃ち、其の童女を湯津爪櫛に取成して、御角髪に刺して、其の足名椎、手名椎神に告りたまはく、汝等、八塩折の酒を醸み、且、垣を造り迴し、その垣に八つの門を造り、門毎に八つの棧敷を結ひ、その棧敷毎に酒船を置きて船毎にその八塩折の酒を盛りて、待ちてよと、のりたまひき』 湯津爪櫛の言霊を略解すれば、 ユは、天地、神人、顕幽、上下一切を真釣合せ、国家を安寧に、民心を正直に立直す大努力の意であり、 ツは、日の大神の御稜威を信じ、大金剛の至誠心を振り起し、言心行一致の貫徹を期し、以て神霊の極力を発揮するの意である。 ツは、生成化育の大本合致し、大決断力を発揮し、実相真如の神民たりとの意である。 マは、人種中の第一位たる資格を保ち、胸中常に明かにして無為円満なる意である。 グは、暗愚を去つて賢明に帰し、万事神助を得て意の如く物事成功するの意である。 シは、信仰堅く、敬神尊皇報国の忠良なる臣民の基台なりとの意である。 以上の六言霊を総合する時は、霊主体従の真の日本魂を発揮せる神の御子と立直し玉ふ、神の経綸を進むると謂ふことである。 御角髪の言霊を略解すれば、 ミは、形体具足成就して、日本神国の神民たる位を各自に顕はし定めて真実を極め、以て瑞の御魂に合一する意である。 ミは、⦿の御威徳を明かに覚知し、惟神の大道を遵奉し実行し、以て玲瓏たる玉の如き身魂と成るの意である。 ツは、神の分身分霊として天壌無窮に真の生命を保全し、肉体としては君国を守り、霊体としては神と人民とを助け守るの意である。 ラは、言心行の三事完全に実現し、本末一貫、霊主体従の臣民と成りて、自由自在に本能を発揮するの意である。 以上の四言霊を総合する時は、愈日本魂の実言実行者となりて、其の霊魂は神の御列に加はるべき真の御子と成りたる意である。 要するに、瑞の霊魂なる速須佐之男命は、二霊一体なる神政開祖の神人より、男と女の守護と化育とを一任され一大金剛力を発揮して、本来の日本魂に立替へ立直し、更に進んで其の実行者とし賜ふた事を『其のオトメをユツツマグシに取成して御角髪に刺して』と言ふのである。 斯の如く、天下の万民の身魂の改良を遊ばして、足名椎、手名椎の御魂に御渡しになるに就ては、相当の歳月を要したのである。或は神徳を以てし、或は物質力を以てし、或は自然力を以てし、或は教戒を以てし、慈愛を以てし、種々の御苦辛を嘗めさせ玉ふ其神恩を忘れては成らぬのである。そこで速須佐之男命は、足名椎手名椎なる変性男子の霊魂に対つて告り給ふた御言葉は左の通りである。幸ひ残れるオトメは斯の如く、湯津爪櫛に取成し、御角髪に刺て立派に日本魂を造り上げたと云ふ事は、全く天津神の御霊徳と、吾御魂の活動と、汝命の至誠の賜であるから、第一に天地八百万の神に、精選した立派な美味なる、所謂八塩折の神酒を醸造し、且つ汚穢を防ぐ為に清らかな瑞垣を四方に作り廻して、其の垣毎に祭壇を設け(八つ門)て、祭壇毎に祝詞座を拵へ、酒を甕の戸高知り甕の腹満て並べて神々に報恩謝徳の本義を尽すべく、詔りたまふたのである。凡て酒と云ふものは、大神に献る時は、第一に御神慮を和げ勇ませ歓ばせ奉る結構な供へ物であるが、体主霊従的の人間が之を飲むと決して碌な事は出来ないのである。同じ種類の酒でも、人間は御魂相応に、種々の反応を来すものであつて、悪霊の憑つた人間が呑めば直ちに言語や、動作や精神が悪の性来を現はし、且つ酔ひ且つ狂ひ乱れ暴れるものである。或は泣くもの、笑ふもの、怒るもの、妙な処へ行きたくなるものなぞ、種々雑多に変化して、身魂の本性は現はし、吐たり倒れたり苦しみ悶えたりするものである。常に至誠至実の人にして、心魂の下津岩根に安定したものは、仮令酒を常に得呑まぬ人でも、少々位時に臨んで戴いた所が、決して前後不覚になつたり、倒れたり苦しんだり、動作や言舌や精神の変乱するもので無く、心中益々壮快を覚え、笑み栄え勇気を増し、神智を発揮するものである。故に酒は神様に献る所の清浄なる美酒と雖も、心の醜悪なるものが呑む時は、忽ち身魂を毒し弱らしむるものである。同じ酒を甲は一合呑んで酔ひ潰れて了ふかと思へば、乙は一升呑んでも酔はず、丙は三升位呑まなくては少しも酔うた如うな心持がしないと、云ふ区別の附くのは、乃ち身魂の性質に依りて反応に差異ある事の証である。甲は呑んで笑ひ、乙は怒り、丙は泣くと云ふ如うに、同じ味のある同じ種類の酒でも、区別の附くと云ふのは、実に不思議なもので、是はどうしても身と魂との性来関係に依るものである。 『故、告りたまへる随にして、如此設け備へて待つ時に、其の八岐大蛇、信に言ひしが如来つ。乃ち、船毎に、己々頭を垂入て、その酒を飲みき、於是、飲み酔ひてみな伏寝たり。爾ち速須佐之男命、その御佩せる十拳剣を抜きて、その大蛇を切散りたまひしかば肥の河、血に変りて流れき』 そこで変性男子の身魂は命の随々芳醇なる神酒を造りて、天地の神明を招待し、以て歓喜を表し賜ひ、神恩を感謝し給うたのである。八岐の大蛇の霊に憑依された数多の悪神の頭目や眷族共が大神酒を飲んで了つた。丁度今日の世の中の人間は、酒の為に腸までも腐らせ、血液の循環を悪くし、頭は重くなり、フラフラとして行歩も自由ならぬ、地上に転倒して前後も弁知せず、醜婦に戯れ家を破り、知識を曇らせ、不治の病を起して悶え苦しんで居るのは、所謂「飲み酔ひて皆伏寝たり」と云ふことである。爾に於て瑞の御霊の大神は、世界人民の不行跡を見るに忍びず、神軍を起して、此の悪鬼蛇神の憑依せる、身魂を切り散らし、亡ぼし給うたのである。十拳剣を抜きてと云ふ事は遠津神の勅定を奉戴して破邪顕正の本能を発揮し給うたと云ふことである。そこで肥の河なる世界の祖国日の本の上下一般の人民は、心から改心をして、血の如き赤き真心となり、同じ血族の如く世界と共に、永遠無窮に平和に安穏に天下が治まつたと云ふ事を「肥の河血に変りて流れき」と云ふのである。流れると云ふ意義は幾万世に伝はる事である。古事記の序文に、後葉に流へんと欲すとあるも、同義である。 『故其の中の尾を切りたまふ時、御刀の刄毀けき。怪しと思ほして、御刀の端もて刺割きて見そなはししかば、都牟刈之太刀あり。故此太刀を取らして、怪異しき物ぞと思ほして天照大御神に白し上げたまひき。是は草薙太刀なり』 中の尾と云ふ事は、葦原の中津国の下層社会の臣民の事である。其臣民を裁断して、身魂を精細に解剖点検し玉ふ時に、実に立派な金剛力の神人を認められた状態を称して、御刀の刄毀けきと云ふのである。アヽ実に予想外の立派な救世主の身魂が、大蛇の中の尾なる社会の下層に隠れ居るわい。是は一つの掘り出しものだと謂つて、感激されたことを、怪しと思ほしてと云ふのである。御刀の端もてと云ふ事は、天祖の御遺訓の光に照し見てと云ふ事である。 『刺割きて見そなはししかば都牟刈之太刀あり』と云ふことは今迄の点検調査の方針を一変し、側面より仔細に御審査になると、四魂五情の活用全き大真人が、中の尾なる下層社会の一隅に、潜みつつあつたのを初めて発見されたと云ふことである。都牟刈之太刀とは言霊学上より解すれば三千世界の大救世主にして、伊都能売の身魂と云ふ事である。故、此太刀なる大救世主の霊魂を取り立て、異数の真人なりと驚歎され、直ちに天照大御神様、及びその表現神に大切なる御神器として、奉献されたのである。凡ての青人草を神風の吹きて靡かす如く、徳を以て万民を悦服せしむる一大真人、日本国の柱石にして世界治平の基たるべき、神器的真人を称して、草薙剣と云ふのである。八岐大蛇の暴狂ひて万民の身魂を絶滅せしめつつある今日、一日も早く草薙神剣の活用ある、真徳の大真人の出現せむことを、希望する次第である。 また草薙剣とは、我日本全国の別名である。この神国を背負つて立つ処の真人は、即ち草薙神剣の霊魂の活用者である。 (大正九・一・一六講演筆録谷村真友)
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霊界物語 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 16 水上の影 第一六章水上の影〔五八三〕 三男三女は神歌を謡ひ乍ら、潔く前進する。又もやトンと行当つた岩壁、 高国別『ヤア又しても岸壁だ、如何に一切万事行詰りの世の中だと云つても、此処まで行詰りの風が吹いて来て居るのか。吾々は誠の神力を以て此岩戸を開き、行詰りの世を開かねばなるまい。先づ先づ休息の上、ゆつくりと相談致しませう』 亀彦『臨時議会の開会はどうでせう』 梅彦『アハヽヽヽ、議会と聞けば、醜の岩窟を連想せずには居られない。歴史は繰返すとかや、一つゆるりと秘密会でも開催しませう』 と頃合の岩の上に腰打掛けた。三人の女性も同じく腰打かけ、 三女『アーア、有難い有難い、マア此処でゆつくりと休まして戴きませう』 高国別『エー、あなた方御一同はどうして此岩窟にお這入りになりましたか』 亀彦『吾々は神素盞嗚の大神が地教山を越え此西蔵の秘密郷にお出で遊ばしたと聞き、取る物も取り敢ず、お後を慕つて進み来る折しも、小さき雑草の丘の前に突当り、五人は息を休むる折しもあれ、何処よりともなく一人の女神現はれ来り、「此地底の岩窟には、活津彦根命御探険あれば、汝等は急ぎお跡を慕へ」との一言を残し、その儘姿は消えさせ給うた。傍を見れば暗き穴、ハテ訝かしやと覗き居る際、地盤はガタリと陥落し、七八間も地中に落込んだと思へば、此岩窟、……それより吾々一同はこの岩窟内を神歌を謡ひつつ、探り来る折しも、道に当つた古井戸、フト見れば何か怪しの物影、合点行かぬと思ふ折、井戸の底より貴下の声、……と云ふ様な来歴で御座いましたよ』 高国別『アヽそれは結構でございました。実は吾々が彼の井戸に陥りし刹那、失心致したと見え、広大なる原野を通過し、高山の頂きに登りつめ、五人の男女に巡り会ひしと思へば、ハツト気が付き、空を仰ぐ途端に、貴下ら一行のお姿………イヤもう実に不思議千万な事で御座います』 梅彦『吾々は昨夜の夢に、貴下にお目にかかりましたが、本日只今この岩窟内に斯うして休息して居る有様が、ありありと目に附きました。実に現幽一致、此世と云ふ所は不思議な所ですな』 俄に何処ともなく、阿鼻叫喚の声、響きわたる。高国別はツト立ち上り、 高国別『ヤア皆さま、何か此岩窟内には変事が起つて居ますよ。サアサア早く早く探険と出かけませうかい』 と云ひつつ、岩壁を力に任せてグツと押した。岩の戸はパツと開いた。見れば数十人の老若男女、何れも高手小手に縛しめられ、中央に朱の如き赤き面した鬼神四五人、鉄棒を提げ、足の先にてポンポンと男女を蹴り苦しめて居る。 高国別『ヤア各方、此処は冥土の地獄の様だ。ヤア何れも方、飛込んで救うてやりませう』 と身を躍らして先に立つた。五人はあとに引つ添ひ、声を揃へて言霊を奏上する。鬼の姿は追々に影うすく、遂には煙の如くなつて消え失せたり。数多の老若男女の姿を見れば、高手小手に縛められ居たりと見えしは、幻なりしか、各自に双手を合せ、岩窟の前に端坐して、 一同『神素盞嗚の大神、一時も早く地上に現はれ給ひて、吾等を救ひ給へ』 と一生懸命、側目もふらず拝んで居るのであつた。六人の姿を見るより、一同の老若男女は、此方に向き直り、合掌し乍ら、 一同『ヤア有難し有難し、勿体なし、あなた様は神素盞嗚の大神の御眷属様ならむ』 と嬉し涙に咽ぶ。 高国別『ヤア最前より様子を聞けば、汝等一同の者、神素盞嗚の大神の御出現を祈り居る有様、汝の至誠は天に通じ、只今カナンの家に尊は御逗留遊ばすぞ。一時も早く此岩窟を立出で、仁慈の大神の尊顔を拝せよ』 と宣示したれば、一同は此言葉を聞いて大に喜び、 一同『ヤア大神の御再臨、有難し辱なし』 と嬉し腰を脱かし、のたくり廻り、歓ぎ喜ぶ。高国別は一同に向ひ、天の数歌を称ふれば、今迄痩衰へたる数十人の老若男女は、俄に肉付き、顔色麗しく、元気恢復し、忽ちムクムクと立ち上り、手を拍つて、前後左右に踊り狂ひ、大神の再臨を心の底より感謝する。而て一同はイソイソとして、大麻を持てる男を先頭にゾロゾロと帰り行く。後見送つて高国別は、 高国別『アヽ可愛らしい者だ。これ丈の善男善女が心を一つにして、信仰を励むのを見れば、何とも彼とも知れぬ良い心持ちがする。尊に於かせられても、嘸御満足に思召すであらう。嗚呼、惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 高国別一行は、奥へ奥へと進み行く。日は西山に没せしと見え、岩窟の中は俄に暗くなつて来た。六人は探り探り進み行くにぞ、傍に怪しき呻声が聞えゐる。耳ざとくも、愛子姫は其声を聞き、 愛子姫『もしもし皆さま、何だか怪しき声が聞えるではありませぬか』 亀彦『ヤアそれは、あなたの神経でせう。岩窟の中は音響のこもるものですから、大方最前の祝詞の声が内耳深く潜伏し、反響運動を開始して居るのでせう』 愛子姫『イエイエ祝詞の声ではありませぬ、苦悶を訴ふる、しかも女の声、悪神の巣窟たる此岩窟、如何なる惨事の行はれ居るやも図られませぬ。皆さま一同に立止まり、耳を澄ませて聞いて下さい。世界を救ふ神の使の吾々、苦悶の声を聞き逃し、ムザムザと通過も出来かねます』 亀彦『ヤア如何にも苦しさうな声だ。もしもし高国別様、暗さは暗し、余り軽々しく進むよりも、一つ此声を探り当てませうか』 高国別『ホンに如何にも妙な声が致しますな』 と言ひつつ、傍の岩壁をグツと押した途端に、不思議や、岩の戸は案外に軽くパツと開いた。能く能く見れば、白き影、岩窟内に横たはり苦しさうに唸つて居る。 亀彦『ヤア怪しいぞ怪しいぞ、此暗がりに、何だか削りたての材木の様な者が唸つて居る。これは大方、白蛇であらう』 梅彦『白蛇にしては、太さの割に余りに丈が短いではありませぬか』 亀彦『白蛇の奴、どつかで半身切られて来て、九死一生苦悶の態と云ふ場面だらう。……オイオイ白蛇の先生、どうしたどうした』 白き影『アーア恨めしやなア、妾は姫君様の御後を慕ひ、此処まで来るは来たものの、ウラナイ教の曲津神、蠑螈別が計略にかかり、手足を縛られ、岩窟の中へ押込まれ、逃れ出づる方策もなし、アヽ何とせう、恨めしやなア』 亀彦『ヨウ大蛇だと思へば、何だか分らぬ事をほざいて居るワ。もしもし高国別様、一寸調べて下さいな』 高国別『イヤあなた御苦労乍ら一寸探つて見て下さい、どうやら人間らしう御座いますよ』 亀彦『滅相な、あた嫌らしい、此暗がりに、コンナ白い者が、どうしてなぶられませうか……オイ梅サン、お前は平素より大胆な男だ。一つ此処らで侠気を出して、幾代姫様に英雄振をお目にかけたらどうだ』 梅彦『イヤ吾々も吾々だが、亀彦サンも亀彦サンだ。菊子姫様に英雄振をお見せになつたらどうでせう、余り厚かましう致すのも御無礼で御座る。あなたには先取権が御座る、どうぞ御遠慮なく、とつくりと、頭から足の先までお調べなさいませ。菊子姫様の手前も御座いまするぞ』 亀彦『アーア、偉い所へ尻平を持つて来られたものだ。ナニ、材木が動いて居るのだと思へば良い、……コラコラ材木、その方は何者だ』 白き影『アヽ恨めしや』 亀彦『ナヽ何だ、ウラナイ教か、幽霊か、何だか知らぬが、材木の幽霊は昔から聞いた事はないワイ。素盞嗚の大神が御退隠遊ばしてより、山川草木に至る迄、言問うと云ふ事だが、やつぱりこの材木も其選に漏れないと見えて、何だか言問ひをやつてゐる、……コラ材木、起きぬか起きぬか』 梅彦は、白き影を目当に、スウツと撫でまわし、 梅彦『ヤアこれは人間だ、しかも肌の柔かき美人と見える、高手小手に縛められて居る。おほかた悪神の奴に虐げられて、此岩窟に幽閉されたのであらう』 と言ひ乍ら、スラスラと縛を解いた。白き影はスツクと立ちあがり、懐剣逆手に持つより早く、 白き影『ヤア、ウラナイ教の悪神、蠑螈別の手下の者共、モウ斯うなる上は、妾が死物狂ひ覚悟を致せ』 と六人のほのかな影を目当に短刀をピカつかせ乍ら、前後左右に暴れ狂ふ。 亀彦『ヤア待つた待つた、吾々は三五教の宣伝使だよ』 白き影『ナニツ、三五教の宣伝使とは、まつかな偽り、浅子姫が死物狂ひの車輪の働き、思ひ知れよ』 と飛鳥の如くに飛び廻る。 高国別『ヤア汝浅子姫とは、顕恩郷に現はれたる愛子姫の腰元ならずや。吾は愛子姫の夫高国別なるぞ』 浅子姫『執念深き悪魔の計略、其手に乗つて堪らうか、浅子姫が手練の早業、思ひ知れよ』 と又もや短刀を暗に閃かし暴狂ふ。愛子姫は、 愛子姫『そなたは浅子姫に非ずや、先づ先づ静まりなさい、愛子姫に間違御座らぬ』 浅子姫『ヤアさう仰有るお声は、正しく愛子姫様』 愛子姫『そなたは擬ふ方なき浅子姫の声、夜目にもそれと知らるる其方の姿、嬉しや嬉しや、思はぬ所で会ひました』 浅子姫は稍落着きたる声にてハアハアと息をはづませ乍ら、 浅子姫『そ、そ、そう仰有るあなたは擬ふ方なき愛子姫様、お懐しう御座います』 とワツと許りに其場に泣き伏しぬ。此時何処よりともなく、一道の光明サツと輝き渡り、一同の顔は昼の如く明かになり来たりぬ。 浅子姫『これはこれは何れも様、不思議な所でお目にかかりました、能うマア危き所をお助け下さいました。是れと云ふも、全く木花姫の御守護の厚き所』 と合掌し、後は一言も得言はず、嬉し涙に掻き曇るのみ。勇みを附けんと高国別は、浅子姫の背中を、平手に三つ四つ打ち乍ら、 高国別『浅子姫殿、しつかりなさいませ。是には深き様子有らむ。吾々も此先に於て、大に覚悟せなくてはなりませぬ。あなたを斯くの如く岩窟に押込めし以上は、当岩窟には数多の悪神の巣窟あらむ、此処に立到られし仔細を詳さに物語られよ』 と声を励まして問ひかくれば、浅子姫はハツと心を取直し、 浅子姫『是れには深き仔細が御座いまする、一先づ妾が物語お聞き下さいませ。天の太玉命、顕恩郷に現はれ給ひ、バラモン教の大棟梁鬼雲彦を神退ひにやらひ給ひ、妾は愛子姫様と共に、顕恩城を守護しまつる折しも、天照大神様、天の岩戸に隠れ給ひしより、太玉命は急遽、天教山に登らせ給ひ、その不在中、愛子姫様と妾は城内を守る折しも咫尺暗澹として昼夜を弁ぜず、荒振神は五月蝿の如く群がり起り、鬼雲彦は又もや現はれ来りて、暗に紛れて暴威を逞しうし、妾主従は生命も危き所、闇に紛れて城内を逃れ出で、エデンの河を生命からがら打渡り、何の目的も時の途、進み行く折しも、暗を照して現はれ来たる日の出神にめぐり会ひ、愛子姫様、菊子姫様、幾代姫様は、神素盞嗚尊の御後を慕ひ、西蔵に難を遁れさせ給ひしと聞くより、妾は岸子姫、岩子姫と共に、夜を日に継いで、山野を渉り、大河を越え、漸くラサフの都に来て見れば、姫君様に奇の岩窟にて面会を得させむと、木花姫の夢のお告げ、妾三人は勇み進んで、小高き丘の入口より、岩窟に進み来る折しも、ウラナイ教の曲神蠑螈別、幾十ともなく数多の邪神を引き連れ、妾三人を前後左右に取囲み、後手に縛り上げ、此岩窟に押込めたり。嗚呼、岸子姫、岩子姫は、如何なりしぞ、心許なや』 と又もや涙の袖を絞る。 高国別『これにて略様子は判然致しました。……ヤア一同の方々、岸子姫、岩子姫の身の上心許なく御座れば、急ぎ在処を尋ね、救ひ出さねばなりますまい』 一同『然らば進みませう』 と、一同は四辺に耳を欹て、目を配り乍ら、急ぎもせず、遅れもせずと云ふ足許にて、奥深く進み行く。隧道は俄に前方低く、板を立てたる如き急坂になつて来た。一行七人は、一足一足力を入れ乍ら、アブト式然と、坂路の隧道を下つて行く。行く事七八丁と覚しき所に、比較的広き水溜りがある。薄暗がりに透かし見れば、何だか水面に人の首の様なものが漂うて居る。亀彦は目ざとくもこれに目を注ぎ、 亀彦『ヤア此奴ア又、変挺だ。岩窟の中に池があると思へば、円い顔の様な物が浮いて居る、鴛鴦にしては少しく大きいやうだ。ヤア目鼻が付いて居る。悪神の奴、酒に喰ひ酔つて、瓢箪に目鼻をつけ、此池に放り込みよつたのではあるまいか。瓢箪ばかりが浮物か、俺の心も浮いて来た。サアサア浮いたり浮いたりだ、アハヽヽヽヽ』 梅彦『亀サン、あれを能く御覧なさい、女の首ですよ。ナンダか、つぶやいて居るぢやありませぬか』 幾代姫『ヤア彼の顔は、岩子姫、岸子姫ではなからうか』 亀彦『エー何を仰有います、鴨かナンゾの様に、女が首ばつかりになつて、池の中に浮いて居ると云ふ事がありませうか。あなたは視神経の作用が、どうか変調を来して居るのでせう。腐り縄を見て蛇と思つて驚いたり、木の欠杭を見て化物と思ふ事が往々有るものです。マアマア気を附けてください、変視、幻視、妄視の精神作用でせう、コンナ所に棲息する者は、キツト河童か、鰐か、まかり間違へば人魚ですよ。人魚と云ふ奴は、能く人間に似て居るものだ、それで、人の形をした翫弄具を人形サンと云ふのだ。アハヽヽヽヽ』 池の中より女の首、苦しき声を絞り乍ら、 岩子姫、岸子姫『ヤア、あなたは幾代姫様、菊子姫様、愛子姫様では御座いませぬか。夜目にはしかと分りませぬが、お姿が能く似て居ります。妾は悪神に捉へられ、手足を縛られ、重き石錨をつけられて苦んで居ります、岩子姫、岸子姫の両人で御座います。どうぞお助けくださいませ』 亀彦『ヤア金毛九尾の同類奴、馬鹿にするない、何程化たつて、モウ駄目だ。手を替へ品を換へ、結局の果には池の中に姿を現はし、吾等を水中に引込まむとの水も洩らさぬ………否水責めの汝の計略、其手に乗つて堪らうかい』 岩子姫『イエイエ、決して決して妖怪変化では御座いませぬ、どうぞお助け下さいませ』 亀彦『もしもし高国別様、どうでせう、彼奴は本物でせうか。偽物の能く流行する時節ですから、ウツカリと油断はなりませぬぜ、………コラコラ化の奴、新意匠をこらし、レツテルを替へて、厄雑物を突付けても其手には乗らぬぞ、意匠登録法違反で告発をしてやらうか』 高国別『アハヽヽヽ、何は兎もあれ、亀彦サン、高国別の厳命だ、あなた真裸となつて救うて来て下さい。高国別が神に代つて命令を致します』 亀彦『滅相な、どうしてどうして、是ばつかりは真つ平御免、アーメン素麺、トコロテン、ステテコテンのテンテコテン、テンデ話になりませぬワイ、テンと合点がゆきませぬ、是ればつかりは平に御断り申す。斯く申すは決して亀彦の肉体では御座らぬ。亀彦が守護神の申す事で御座る』 梅彦『アハヽヽヽ、巧い事を言ひよるワイ、融通の利く副守護神だ、斯うなると副守先生も重宝なものだなア』 亀彦『亀彦の守護神が、神素盞嗚の大神の命に依つて、梅彦に厳命する………梅彦、速かに真裸となり、水中にザンブと許り飛込んで、二人の妖怪を救ひ来れ。万々一、彼にして大蛇の変化なれば、汝は一呑みに蛇腹に葬られむ。然る時は、汝が霊を引抜き、至美至楽の天国に救ひ、百味の飲食を与へ遣はす、ゆめゆめ疑ふ事勿れ』 梅彦『ウンウンウン』 亀彦『コラコラ、偽神懸は厳禁するぞ、亀サンの審神を暗まさうと思つても、天眼通、天耳通、宿命通、自他心通、感通、漏尽通の六大神通力を具備せる、古今無双の審神者のティーチヤーに向つて、誤魔化しは利かぬぞ、速かに飛込め』 池中に浮かべる二つの首は、苦痛を忘れて、思はず、『ホヽヽヽヽ』と笑ひ出せば、 亀彦『それ見たか、俺の天眼通はコンナものだ。此寒いのに池の中に投り込まれ、人間なら、何気楽さうに笑ふものか、とうとう化物の正体を現はしよつた。アツハヽヽヽ』 幾代姫『亀彦様、梅彦様、あなたは分らぬお方ですな、………アーアコンナ方を二世の夫に持つたと思へば恥かしいワ』 亀彦『コレコレ嬶左衛門殿、何と御意召さる。親子は一世、夫婦は二世で御座るぞ』 二女『夫婦二世と云ふ掟を幸ひ、あなたの様な、臆病神との契を解き、第二の夫を持ちませう。ネー愛子姫様、決して天則違反では御座いますまい』 亀彦、梅彦、両手を拡げて、 亀彦、梅彦『アヽ待つた待つた、如何に女権拡張の世の中ぢやとて、姫御前の有られもない其暴言、これだから、新しい女を女房に持つのは困ると言ふのだ。エー仕方がない、俺も男だ………サア梅サン………ヤア亀サン………一イ二ウ三ツだ』 と云ふより早く、真裸となり、ザンブと飛込んだ。 亀彦、梅彦『ヤア比較的浅い池だワイ………オイオイ二つの生首、かぶりついちや不可よ、俺一人ではない、俺には彼の通り立派な奥方がお二人も随いて御座るのだ。一度死んだから二度とは死なないから、吾々は生命位は何ともないが、後に残つた菊子姫、幾代姫の悲歎の程が思い遣られる……コラコラ助けてやるから生命の恩人だと思つて、かぶり付いてはならぬぞ』 と言ひつつ、コワゴワ頭髪をグツと握り締めた。 岩子姫『アイタタ、痛う御座んす、どうぞ、妾の腰の辺を探つて見て下さい』 亀彦『女の分際としてあられもない事を言ふな、立派な奥様が大きな目を剥いて監督をして御座るぞ、腰のあたりを触つて堪るものかい』 岸子姫『イエイエ、腰の辺りに、可なり大きい紐で大きい石が縛りつけて御座います。三つも四つも、重い石に繋がれて居ます、どうぞ其綱を切つて助けて下さい』 亀彦『アーア、偉い事になつて来たワイ、神が綱を掛たら放さぬぞよ、アハヽヽヽ』 岩子姫『冗談仰有らずに、どうぞ真面目にほどいて下さい』 二人は水中に手を下し、腰のあたりを探つて見て、 亀彦、梅彦『ヤア甚い事を行つて居る……やつぱり鱗でもなければ、羽でもない、人間の肌だ』 と云ひ乍ら、ほどかむとすれど、綱は膨れてどうする事も出来ぬ。 亀彦、梅彦『アーア仕方がない』 と再び岸に這ひ上り、双刃の剣を口に啣へ、バサバサと飛込み、プツツと綱を切り、二人を肩にひつ担ぎ乍ら上つて来た。高国別および三人の女性は、 四人『アーア結構結構、好い所で助かつたものだ』 浅子姫『岩子さま、岸子さま、あなたは酷い目に会ひましたな、妾も御主人様に救はれました……アヽ結構結構、これと云ふも、大神様の全く御守護で御座いませう』 と浅子姫は、今更の如く嬉し涙に暮れて水面に向つて合掌しゐたりける。 (大正一一・四・三旧三・七松村真澄録) (昭和一〇・三・二三於花蓮港支部王仁校正)
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霊界物語 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 21 帰顕 第二一章帰顕〔五八八〕 松彦一行は金砂、銀砂、真珠を一面に敷きつめたる清庭を進む折しも、二三の従者を伴なひ、黄錦の制服を着したる顔色美はしく、姿何処となく優美高尚なる神人現はれ来り、莞爾として松彦に向ひ、 神人『松彦殿、御苦労なりしよ。先づ先づ奥にて休息あれ。オー玉彦、厳彦、楠彦殿よくマア御出で下さいました』 三柱は此声の何とも言ひ得ぬ温味あるにフト顔を上ぐれば、河の辺にて別れたる言依別の命なりける。 三人は驚き乍ら、 三人『ヤア貴神は言依別命様』 と言つたきり、嬉し涙をハラハラと流してゐる。言依別命は、 言依別『御一同此方へ御出でなされ』 と先に立ちて歩み、緩やかに美はしき宮殿の階段を上り行く。 一行は恐る恐る後に続く。美はしき桧造りの宮殿の真中央に、四人は据ゑられた。言依別命は数多の美はしき男女の侍神に命じ、玉杯に酒を盛り、珍らしき果物を添へて差出し勧むる。一同は意外の待遇に狂喜し、身の措き所も知らず、何となく心いそいそとして落着きかねし風情なり。 寸時休憩の後、言依別命は三人を伴ひ、木の香薫れる美はしき廊下を伝ひて、奥へ奥へと伴ひ行く。言依別は拍手を終り、神言を奏上するや錦の帳をサツト押開け入り来る白髪の老神、莞爾として一同の前に現はれ給ひ、 老神(国祖)『汝言依別命以下三人の神司、よくも参りしよな。汝は此の高天原の荘厳を胸底深く畳込み、聖地の状況を十分に視察し、数日此処に滞留して聖地の空気を吸ひ身魂を清め、復び現界に現はれ、汝が残りの使命を果し、然して後改めて此処へ帰り来られよ。われこそは国祖国治立命なるぞ』 と儼として犯すべからざる威容に笑を湛へ、軽く一礼して奥殿に入らせ給うた。 言依別以下三人は、嬉しさに胸塞り、何の応答もなくばかり、嬉し涙に時の移るをも知らず俯向きゐる。又もや威厳の中に温情の籠れる声にて、 神素盞嗚大神『汝言依別命並に玉彦命、厳彦命、楠彦命、汝が至誠は地の高天原に通じたり。悠々聖地の状況を観覧し、復び現界に復帰して汝が使命を果せし上、改めて此処に帰り来れ。われこそは豊国姫神の分霊否伊都能売の身魂、神素盞嗚なるぞ』 と声も涼しく宣らせ給へば、一同は思はず、ハツと頭を擡げ御顔を眺むれば、三五の月の御顔色譬ふるに物無き気高さに、又もやハツと頭を下ぐる其の刹那、微妙の言葉につれて徐々と奥殿に入らせ給ふ後姿を遥に拝し奉り、又もや恭敬礼拝感謝の涙に咽びつつ、祝詞の声も嬉し涙に湿る許りなりき。 この時何処よりともなく現はれ来る以前の天使松彦は、 松彦『ヤア皆様、結構でございました。大神様の命に依つて、これから神界の一部を御案内いたしませう。サア御出でなさいませ』 と御殿を下り、スタスタと進み行く。四人は松彦の後に続く。松彦は十重の高楼に四人を導き、四方の風景を指さして一々説明を与ふる。 金銀の波を湛へたる湖は四方を囲み、金銀の帆を張りたる五色の船は、右往左往に往来しつつありき。遥の彼方に浮かべる如く見ゆる松生茂る一つの島を示し、松彦は、 松彦『彼の島は三十八万年の昔、顕恩郷と称へて南天王の守り給ひし楽園でありました。大地の傾斜旧に復してより、今は御覧の如く低地は残らず湖水となり、唯高山の頂きのみ頭を現はし、今は国治立大神の御安息場所となりました。彼のきらきらと輝く光は、十曜の神紋でございます』 言依別『三十八万年とは、それは何時から計算しての年数でございますか』 松彦『素盞嗚大神、天の高天原を神退ひに退はれ給ひし日より計算しての年数でございます』 言依別『アア然らば最早数十万年の年月を経たるか。はて不思議千万、合点の行かぬことであるワイ』 松彦『神界に時間はありませぬ。これも現界より見ての年数です。アレアレ四方を御覧なさいませ。尊御退隠時代は、彼の波の漂ふ辺りは残らず美はしき山でございました。また少しく東に当つて小さき、黒き影の見えまするのは、古のシナイ山の頂でございます。斯くの如く世態は一変し、陸地は大湖水となり、海の各所に新しき島嶼が続出しました』 と話す折しも、美はしき羽翼を列べて十四五の鳥、此の十重の塔に翺け来り、五人が前に羽根を休めける。 見れば鳥と見しは見誤りにて、羽根の生へたる小さき人間なりき。松彦は一同に向ひ、 松彦『彼は天地の間を往来し、神々の御言葉を伝ふる使神であります。地上の世界は炎熱甚しく相成りたれば、今は罪軽き神人は残らず、日の御国に移住をすることになつてゐます。そのために空中郵便が開始され、つまり彼の使は三十世紀の昔に於ける郵便配達夫の役を勤むるものでございますよ。日の御国に御用がございますれば、此処で手紙を御書きなさいませ。この十重の神殿は謂はば天と地との文書の往復を掌る一等郵便局のやうなものです』 言依別『吾々は神代の文字は知つてゐますが、今日の時代は文字も大変異つてゐませうね』 松彦『昔のやうに今日の時代は、毛筆や、鉛筆や、万年筆などの必要はありませぬ。唯指先を以て空中に七十五声の文字を記せば、配達夫は直に配達して呉れますよ。私が一つ手本を見せませう。この交通機関は廿一世紀の初期から開始されたのですよ』 と右の指を以て空中に七十五声の片仮名を綴りて、一つの語を作り、 松彦『サア、これで手紙が書けました。文字が言語を発する時代となつて来ました』 と言つて笑つてゐる。四人は耳を傾けて珍らしき文字の声を聞かむと努めける。文字の声は音楽の如く聞え来たりぬ。其の文面に拠れば、 『唯今地の高天原に誠の神の教を伝ふる言依別命、玉彦、厳彦、楠彦の四柱が御出でになり、国治立の大神様、又神素盞嗚の大神様に御対面遊ばされ、唯今十重の高楼に御上がりになつて、四辺の景色を眺めてゐられます。天の高天原に於て此の方々に対して御用がございますれば、直に御返事を下さいませ。左様なら』 と明瞭と聞えて来た。使の神は空中の文字をクルクルと巻き乍ら、羽根の間にはさみ、天空目蒐けて電光石火の如く飛び去りぬ。 松彦『今に御返事が参りませうよ。暫く四辺の景色を眺めて御待ち下さいませ』 三人は驚きて、 三人『モシ言依別の命さま、妙なものですなア。随分世の中も開けました。二十世紀時代の人間は文明の極致に達したとか、神界の秘密を探つたとか、時代を征服したとか言うて居た時代もありましたが、今日になつて見れば実に幼稚なものですな』 と話しゐる。此時以前の使は、電の如く此場に降り来たりぬ。而して松彦に空中返書を手渡し乍ら、又もや矢を射る如く東天指して翔け去りにける。其の文面に曰ふ。 『天の高天原より返事を致します。唯今御申越しの言依別命外三人は、未だ現界に尽す可き神業の数多あれば、一度現界へ御帰し下され度し。時代は三十五万年の古に復して、河鹿峠の谷底へ帰顕せしめられ度し。右御返事申します。地の高天原の消息の司松彦殿』 と空中文字の返書が声を発して、自然に物語りゐる。 玉彦『アア未来の世は結構だナア。吾々も此儘神界にゐたいものだが、アーア三十五万年の未だ苦労を済まさねば、此処へ来ることは出来ぬのかなア。アヽ仕方がありませぬ、左様なら、松彦様、これから御暇を致します』 松彦は、 松彦『皆様、暫らく御待ち下さいませ。空中交通機を上げませう』 と又もや指先にて空中に、何事か記す其の刹那、金色燦然たる鳥の翼の如きもの四組、何処ともなく此場に降り来たりぬ。 松彦『サア之を御着けなされ』 と云ふより早く自然的に四人の肩の辺りに、金色の翼はピタリとくいつきたり。四人は一度に、 四人『アアこれは立派だナア』 と羽ばたきを試むるや、身は益々高く空中に飛び揚がり、一瀉千里の勢を以て電波よりも早く、西の空を目蒐けて進み行く。眼下に横たはる四人の肉体、ハツと見下す途端に吾に返り四辺を見れば、河鹿河の谷底に倒れ居たるなり。乗り来し駒は如何にと見れば、無心の馬は河辺の青草をグイグイとむしりゐたりける。 言依別『アア暫くの間、気が遠くなつたと思へば、有り難い、高天原の状況やら、数十万年後の世界の状況を見せて貰つた。これも全く国治立尊、神素盞嗚尊の広き、厚き御恵みだ。サア一同此処に禊身を修し、天津祝詞を奏上して、潔く大神の御隠退場に参向致しませう』 と身を浄め、口を嗽ぎ拍手の声勇ましく、天津祝詞を奏上し終つて又もや駒にヒラリと跨り、天馬空を駆ける如く、身も軽々しく坂道指して、道なき小柴の山中を一目散に上り行く。 (大正一一・四・四旧三・八外山豊二録)
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(1655)
霊界物語 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 23 八日の月 第二三章八日の月〔五九〇〕 言依別命は、八島主の天使其他の天使と別れを告げ、後日の面会を約したまひぬ。 清き心の玉彦や月日の影は叢雲を 四方に掻き分け厳彦や神の御稜威も弥深く 高く奇しき楠彦の広き恵を三人連れ 神素盞嗚の大神の留守の館を後にして 千里の馬に跨がりつ轡の音も勇ましく 手綱掻い繰りシトシトと瑞の御魂の三つの坂 心の駒も乗る駒もいと勇ましくシヤンシヤンと 声も涼しき琵琶の湖浜辺を指して下り行く 浪も長閑な海原を駒諸共に船の中 浪を分けてぞ進みける折から吹き来る東南の 風に真帆をば掲げつつ船脚早くコウカスの 山の麓へ紀の港此処に御船を横たへて 又もや駒に打ち乗りてさしもに嶮しき嶮道を シヤンコシヤンコと登りつつ君の便りも松代姫 神の御前に平伏して祈る誠も麻柱の 神の教の宣伝使言依別を始めとし 玉彦厳彦楠彦の三つの御魂の神司 此場に漸く現はれて社の前の常磐木に 駒を繋ぎて静々と境内さして進み入り 四人一度に大前に頸根つきぬき畏まり 打つ拍手の音も清く詔る言霊はさやさやと 水の流るる如くなり折しも御前に額づきて 皇大神の身の上を守らせたまへ国治立の 神の命の大前に乞ひのみまつる姫神の 声も涼しき太祝詞清しく言霊宣り終へて 静々御階段を下り来る階下を見ればこは如何に 誠一つの麻柱の神の使の宣伝使 言依別の一行が此場にあるに心づき 慌てて御階段をかけ下り四人の前に平伏して 神素盞嗚の大神の御身の上は如何にぞと 問ふ言の葉も涙声心の闇ぞ哀れなる 言依別の宣伝使神素盞嗚の大神の 其消息を詳細に包まず隠さず宣りつれば 松代の姫は雀躍りし嗚呼有難し有難し 皇大神の御恵と又もや御階段を駆け上り 心静めて皇神の深き恵を嬉しみて 感謝するこそ殊勝なれ神が表に現はれて 善と悪とを立て分ける此世を造りし神直日 心も広き大直日唯何事も現世は 直日に見直せ聞き直せ世の曲事は宣り直す 三五教の神の道四方の国々照り渡る 其功績ぞ尊けれ古き神代の物語 十五の巻を述べ終へし大正壬戌の春 陰暦弥生の上八日新の四月の上四日 神代を明かす言の葉も五百九十の節も今 緯機織なす瑞月が横に臥しつつ呉竹の 節さへ合はぬ七五調岩より加藤村肝の 心定めて千早振古き神代の因縁を 此処に新に説き明かす今日の生日ぞ尊けれ 今日の生日ぞ目出たけれ。 (大正一一・四・四旧三・八加藤明子録) (昭和一〇・三・二五王仁校正)
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(1666)
霊界物語 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 06 石槍の雨 第六章石槍の雨〔五九六〕 大空碧く澄み渡り山河清くさやかにて 静かに流るる和知の川枝も鳴らさぬ音無瀬の 川の流れは緩やかに幾千丈の青絹を 流すが如くゆらゆらと水瀬も深き由良の川 神代も廻り北の風真帆を膨らせ登り来る 深き恵を河守駅や河の中央に立ち岩の 関所を越えて漸うに足許早き長谷の川 水の落合右左左手に向ひ舵をとり 上る河路も長砂や幾多の村の瀬を越えて 此処は聖地と白瀬橋下を潜つて上り来る 臥竜の松の川水に枝を浸して魚躍り 月は梢に澄み渡る向方に見ゆるは稲山か 丹波の富士と聞えたる弥仙の山は雲表に 聳えて立てる雄々しさよ敵も無ければ味方郷 味方平に船留めて四方の国形眺むれば 青垣山を繞らせる下津岩根の竜宮館 此処は名におふ小亜細亜地上の高天と聞えたる 昔の聖地ヱルサレム橄欖山や由良の 景色に勝る聖地なり。 神素盞嗚大神、国武彦命其他三人は、桶伏山の蓮華台上に登らせ給ひ、天神地祇八百万の神を神集へに集へ給へば、命の清き言霊に先を争ひ寄り来る百の神等、処狭きまで集まりて、皇大神の出でましを、祝ひ寿ぐ有様は、蓮花の一時に、開き初めたる如くなり。 神素盞嗚大神は、国武彦命に何事か、密に依さし給ひ、ミロク神政の暁迄三十五万年の其後に再会を約し、忽ち来る丹頂の鶴にヒラリと跨り、中空高く東を指して飛び去り給ふ。国武彦命は亀彦を始め、英子姫、悦子姫に何事か囁き乍ら万司に向ひ厳格なる神示を与へ、茲に別れて只一柱、四王の峰の彼方に雄々しき姿を隠したまひける。 後に残されし一男二女の宣伝使は二神の依さしの神言を心の底に秘め置きて、又もや此処を立ち出でて、大江の山を目蒐けて、いそいそ進み行く。嗟此の山上の五柱は、如何なる神策を提議されしぞ。神界の秘密容易に窺知すべからず、月は盈つとも虧くるとも、仮令大地は沈むとも誠の力は世を救ふ、誠の神が出現し再びミロクの御代となり、世界悉く其堵に安むじて、天地の神の恵みを寿ぎ、喜び、勇む尊き神代の来るまで、云うてはならぬ神の道、言ふに言はれぬ此仕組、坊子頭か、禿頭、頭かくして尻尾の先を些し許り述べて置く。もとより物語する王仁も、筆執る人も聞く人も、何だか拍子の抜けたやうな心いぶせき物語、今は包みてかく言ふになむ。 秋山彦の門前に数多の魔人を引連れて、現はれ出でたる鬼彦は、第一着に秋山彦の口に石を捻込み、猿轡を箝ませ、高手小手に縛め置き、尚も進みて奥殿深く、神素盞嗚の大神を始め、国武彦、紅葉姫、英子姫、亀彦諸共、高手小手に踏ン縛り、勝鬨あげて悠々と大江山の本城を指して勇み帰り行く。 千歳の老松生茂れる山道を、網代の駕籠を舁つぎながら、川を飛び越え岩間を伝ひ、やつと出て来た魔窟ケ原、一同網代の駕籠を下ろし周囲の岩に腰打ち掛け、息を休めながら雑談に耽る。 甲(熊鷹)『オイ鬼虎、貴様は竜灯松の根本に於て、さしも強敵なる二人の女にちやつちや、もちやくにせられ、鬼雲彦の御大将に目から火の出るやうなお目玉を頂戴致して真青になり、縮上つて居よつたが、何うだい、今日は大きな顔をして帰れるだらう、帰つたら一つ奢らにやなるまいぞ』 鬼虎『オヽさうだ、熊鷹、貴様らも同じ事だ、あの時の態つたら見られたものぢやなかつたよ。何分此方様の御命令通り服従せないものだから、ハーモニイ的行動を欠いだ為めに思はぬ失敗を演じたのだ。それにしても慎むべきは酒ではないか、あの時に吾々は酒さへ飲みて居なかつたら、アンナ失敗は演じなかつたのだよ』 熊鷹『ナニ、決して失敗でもない、二人の女を取り逃がした為に却て素盞嗚尊の所在が分り、禍転じて幸となつたやうなものだ。何事も世の中は人間万事塞翁が馬の糞だ、併し今日は鬼彦の指揮宜しきを得たる為に、かういう効果を齎したのだ、何事も戦ひは上下一致ノーマル的の活動でなくては駄目だワイ、何程ジヤンジヤヒエールが沢山揃つて居たところで総ての行動に統一を欠いだならば失敗は目前だ。総て何事も大将の注意周到なる指揮命令と、吾々が大将に対する忠実至誠のベストを尽すにあるのだ、サテ鬼彦の御大将、今日の御成功お祝ひ申す、之で鬼雲彦の御大将も御安心貴方も安心皆の者も安心、共に吾々も御安心だ、アハヽヽヽ』 此時頭上の松の茂みよりポトリポトリと石の団子が雨の如く降り来り、鬼彦始め、鬼虎、熊鷹其他一同の体に向つて叩きつけるやうに落ち来たり。一同はアイタヽ、コイタヽ、イヽイタイと逃げようとすれども、石雨の槍襖に隔てられ、些しも身動きならず頭部面部に団瘤を幾つとなく拵へけり。石熊は頭上を仰ぐ途端に鼻柱にパチツと当つた拳骨大の石に鼻をへしやがれ、血をたらたらと流し、目をしかめ、ウンと其場に倒れたり。網代駕籠の中に囚はれたる神々は、金城鉄壁極めて安全無事、此光景を眺めて思はず一度に高笑ひ、アハヽヽヽ、オヽホヽヽヽ。 石の雨はピタリとやみぬ。神素盞嗚尊を始め、一同七人はヌツと此場に現はれたりと見れば猿轡も縛の縄も何時の間にか解かれ居たりける。 悦子姫『オー皆様気の毒な事が出来ましたナア。此峻嶮の難路を吾々を駕籠に乗せて、命辛々汗水垂らして送つて来て呉れました博愛無限な人足を、頭部面部の嫌ひなく、支店を開業して団子販売営業を盛に奨励致して居ります。何うか皆さま腹も減いたでせう、あの出店の団瘤を一つ宛買つてやつて下さい、アハヽヽヽ』 亀彦『吾々も大変腹が減きました。支店の売品では面白くない、一層の事本店の背から上の目鼻の附いた団瘤を捩ちぎつて頂戴致しませうか。アハヽヽヽ』 一同『ホヽヽヽヽ』 鬼虎は顔を顰めながら、 鬼虎『ヤイヤイ皆の奴確りせぬかい、石の雨が降つたつてさう屁古垂れるものぢやない。俺は除外例だが、貴様達は早く元気をつけて此奴を踏ン縛つて仕舞はねば、ドンナ事が出来致すも分らぬぞ。エイ、何奴も此奴も腰抜けばかりだナア、鬼掴の奴、敵と味方と感違ひを仕よつて、味方の頭上に石弾を降らしよつたのだ。敵の石弾に打たれたと云ふのならまだしもだが、味方の石弾に打たれてこの谷川の露と消えるかと思へば、俺ア死ンでも死なれぬ哩。アヽヽ何うやら息が切れさうだ、オイ貴様達、俺の女房を呼ンで来て呉れ、最後の際に唯一目会うて死にたい顔見たい、そればつかりが黄泉の迷ひだ。アンアンアン』 熊鷹『ヤイヤイ何奴も此奴も確りせぬかい、何ぢや、地獄から火を取りに来たやうな真青な顔をしよつて、ソンナ弱い事でこの役目が勤まらうか、確りせぬかい、アイタヽヽ、矢張り俺も苦しい哩、苦しい時の鬼頼みだ、南無鬼雲彦大明神様、吾等が精忠無比の真心を憐れみ給ひ、一時も早く痛みを止め、其反対に素盞嗚一派の奴の頭の上に鋼鉾の雨でも降らして滅ぼし給へ。それも矢張貴方の為ぢや、一挙両得自分が助かりや家来も助かる、コンナ好い事が何処にあるものか、エヽナンボ頼みても聞き分けのないバラモン教の大神様だワイ』 此時又もや鋭利なる切尖の付いた矢は雨の如く降り来り、鬼彦以下の魔神の身体に遠慮会釈もなく突き立ちにける。 熊鷹(か?)『アヽまたか、大神様は感違をなされたか、敵はあの通り無事、味方には激しき征矢の集注、好く間違へば間違ふものだなア、アイタヽヽヽ耐らぬ真実に此度は息が切れるぞ、仕方が無い死ンだら最後地獄の鬼となつて此奴共の来るのを待ち受け、返報がへしをしてこます、ヤイ素盞嗚尊、其他の奴等覚えて居れ、貴様が死ンだら目が潰れるやうに、口が利けぬやうに、びくとも動けぬやうにしてやるぞや』 亀彦『アハヽヽヽ、吐くな吐くな、目が潰れる口が利けぬ、体が動かぬやうにしてやらうとは好くも言へたものだワイ、天下一品の珍言妙語だ、モシモシ英子姫さま、悦子姫さま、舞でも舞うたらどうでせう、コンナ面白い光景は滅多に、大江山でなくては見られませぬよ』 英子姫、悦子姫『ホヽヽヽヽ』 秋山彦は両手を組み、声も涼しく一二三四と天の数歌を唱ふるや、一同の魔神の創所は忽ち拭ふが如くに癒え来たり、彼方にも此方にも喜びの声、充ち充ちにける。 『アヽ助かつた』 『妙だ』 『不思議だ』 『怪体の事があるものだワイ』 と囁き始めたり。秋山彦は一同に向ひ声も涼しく宣伝歌を謡ふ。 秋山彦『朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 鬼雲彦は強くとも大江の山は深くとも 数多の部下はあるとても虱の如き弱虫の 人の生血を朝夕に漁りて喰ふ奴ばかり 沢山絞つて蓄へた身体の中の生血をば 吐き出すための神の業頭を砕く石の雨 血を絞り出す征矢の先潮の如く流れ出でぬ 吾は此世を救ふてふ人子の司三五の 神の教のまめ人ぞ鬼や悪魔となり果てし 汝が身魂を谷川の清き流れに禊して 天津御神のたまひたるもとの身魂に立て直し 今迄犯せし罪咎を直日に見直し聞き直し 百千万の過ちを直日の御霊に宣り直す 神素盞嗚の大神の恵も深き御教 胆に銘じて忘れなよ石熊、熊鷹、鬼虎よ 心猛しき鬼彦も此処で心を取り直せ 如何なる敵も敵とせず救ひ助くる神の道 誠の力は身を救ふ救ひの神に従ふか 曲津の神に心服ふか善と悪との国境 栄え久しき天国の神の御魂となり変はり 誠一つの三五の教にかへれ百人よ 元は天地の分霊善もなければ悪もない 善悪邪正を超越し生れ赤子の気になりて 天地の法則に従へば鬼や大蛇の荒ぶなる 魔窟ケ原も忽ちにメソポタミヤの顕恩郷 栄えの花は永久に木の実は熟し味もよく 心を砕いて世の人を苦しめ悩め吾身亦 苦しむ事は要らぬものサア諸人よ諸人よ 心の底より改めて真の道に帰るなら 神は救の御手を延べ栄に充てる永久の 高天に救ひ玉ふべし応は如何にサア如何に 心を定めて返り言声も涼しく宣れよかし 神は汝の身に添ひて厚く守らせ給ふらむ あゝ惟神々々霊幸倍坐世よ』 と謡ひ終れば、鬼彦始め一同は大地にはたと身を伏せて、感謝の涙に咽びつつ山岳も揺ぐばかりに声を放つて泣き叫びける。 (大正一一・四・一四旧三・一八加藤明子録)