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霊界物語 05_辰_顕恩郷/天の浮橋/言触神 04 奇縁万状 第四章奇縁万状〔二〇四〕 盤古大神の信書の趣きは、 『わが長子塩光彦は貴下の娘玉春姫の愛に溺れ、もはや膠漆不離の間となり、いかに理義を説き諭すといへども、恋に上下の隔てなしとかや、吾々としては之をいかんともすること能はず、願はくは貴下の娘玉春姫をつかはされたし』 と云ふのであつた。 常世彦は外ならぬ盤古大神の要求といひ、かつ娘の立身なりとして常世姫と謀り、これを承諾することとなつた。その代償として、 『わが長子常治彦に、貴下の御娘塩治姫を妻として与へ給はむことを』 と懇請した。 盤古大神は妻の塩長姫と謀り、塩治姫を一間に招いて、 『八王大神の長子常治彦の妻たるべし』 と厳命した。塩治姫は卒倒せむばかりに驚き呆れ、ただ目をギロつかせて父母両親の顔を視守るのみ。口はひきつけて一言も発すること能はず、両眼よりは滝のごとき涙が滴るのであつた。盤古大神夫妻は、最愛なる娘のこの様子を見て、胸に釘、鎹を打たるる思ひであつた。 八王大神の請求は、日に日に急を加へた。 『万一貴下にして塩治姫を下し給はずば、わが最愛の娘玉春姫を一時も早く、聖地に帰させたまへ』 と進退ならぬ強談判である。塩治姫は七日七夜泣き叫んで、つひには声も得上げなくなつた。一方常治彦は、深き大なる冠を被りて角を覆ひ、エデンの大河を渡り、四五の侍者を随へ、盤古大神の返事の煮え切らぬのに業を煮やし、自ら直接談判せむと進み入つた。 このとき塩治姫は、父母両親の強要に堪まりかね、門内より脱出し、いづこにか身を匿さむとして河辺に馳せ着いた。このとき常治彦は、塩治姫に河辺にて都合よく出会した。されど窶れはてたる姫の姿に誤られ、他の者と思つてエデン城に進み入つた。 常治彦はただちに盤古大神夫妻に面会を求め、塩治姫をわが妻に下したまはむことを懇請した。この時エデンの宮殿内は、姫の姿の見えざるに驚き、数多の侍者は右往左往に広き園内隈なく捜索の真最中である。常治彦はこの光景を見て、 『われ自ら鬼のごとく、角の生じたる身を隠し来りたるを以て、姫はわれを嫌ひ、姿をかくし、あまたの侍者は、われを打ち殺さむとして、かくのごとく騒げるならむ。永居は恐れあり、一先づ聖地に立ち帰り、あまたの神軍を率ゐてエデンの宮殿を攻め滅さむ』 と心中深く意を決し、勃然として踵をかへし、宮殿を後にエデンの河辺に帰つて来た。 河辺に来てみれば、あまたの神人は河の両岸に立騒いでゐる。 『何事なりや』 と訊ねて見た。神人は口を揃へて、 『ただいま盤古大神の姫御子塩治姫、河中に投身したまひ、その御姿さへも見えざれば、吾らは如何にもして救ひまゐらせむと騒いでゐるのだ』 と答へる。 急報によつて盤古大神は、あまたの神人を随へ河辺に走り着き、河をながめて号泣した。塩光彦、玉春姫も後を追つて、その場に現はれた。そこには兄神の常治彦が、河をながめて茫然と立つてゐる。玉春姫は、 『兄上』 と声をかけた。常治彦は妹の声に驚き振返つて、 『おう、玉春姫か、われと共に聖地に帰れ』 と言ふより早く、姫を小脇に拘へ、河中へザンブと飛び込んだまま、その姿は見えなくなつた。 アヽこの三柱の神はどうなつたであらうか。 塩光彦は最愛の妻を失ひ、茫然自失、天を仰いで、その不遇を歎くをりしも、忽然として白雲その前に来るよと見るまに、入水せし玉春姫は、莞爾として立ち現はれ、固く命の手を握り、宮殿に勇ましげに導き帰つた。 盤古大神夫婦も、この光景をみて大いに喜び、宮殿に立帰り、天地の神明に感謝したのである。アヽ今現はれたる玉春姫は、はたして何者であらうか。 聖地ヱルサレムの宮殿においては、八王大神常世彦は、常治彦の帰りの遅きに欠伸しながら、大門の前に出た。前方よりは数多の神人に送られ、常治彦は塩治姫の手を携へて、さも睦じ気に、莞爾として帰つて来た。アヽこの二神は、何神の化身であらうか。 (大正一一・一・四旧大正一〇・一二・七外山豊二録) (序文~第四章昭和一〇・三・二九於吉野丸船室王仁校正)
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霊界物語 05_辰_顕恩郷/天の浮橋/言触神 05 盲亀の浮木 第五章盲亀の浮木〔二〇五〕 エデンの河中に投身したる塩治姫は水中をくぐり、下流の浅瀬に着いた。ここに一つの巨大なる木の株が横たはつてゐた。姫は天の祐けとその大木の株に取りつき、息を休めつつあつた。今まで木の株と思ひしに、見るみる馬のごとき首が現はれ、つぎに手足が現はれた。株はすつかり大きな亀に化してしまつた。 姫はその亀の背に乗り、上流を眺めると、飄箪を括つたやうに二人の神がぶくぶくと頭を上げて流れて来た。よくよく見れば、玉春姫および常治彦である。思はず大声をあげて二人に声をかけた。二人は喜んでその亀に取りついた。ここに三柱は大亀の背にまたがり、亀の行くままにまかせて、エデンの大河を昼夜の区別もなく下る。 河の両岸は壁のごとく岩石屹立して、寄り着くことが出来ぬ。やや下方に白き洲が見えた。三柱は亀の行くままに任しておくと、亀はその洲に向つてのたのたと這ひ上つた。ここに数多の神人は祭とみえて、河辺に出で酒を飲み、歌ひ舞ひ、種々の木石を打ち叩き、拍子をとつて、面白さうに騒いでゐた。 亀は容赦なく、あまたの神人の群がるなかを三柱を載せたまま進んで行つた。三柱の着物は日に晒されていつの間にか乾ききつてゐた。酒に酔潰れたる数多の神人は、この光景を見て一斉に手を打ちたたき、ウロー、ウローと叫ぶのである。ここを突破して北へ北へと進んで行くと、またそこにも稍上級の神らしき群がしきりに酒に酔ひ、手を打つて騒いでゐる。亀はその中を遠慮会釈もなくのたのたと進んで行つた。このとき宴席の上座の方より金冠を着けたる身体骨格衆に優れたる大将らしき神が現はれて来た。そして亀の前に立塞がつた。亀は何事かこの神に向つて囁くやうに見えた。 北には巍峨たる青山を繞らし、東西に鶴の両翼を拡げたるごとく山脈が延長し、あたかも蹄鉄形になつた地勢である。そして南に大河を控へ、種々の麗しき花は咲きみだれ、珍らしき果物は木々の梢に実つてゐた。ちやうどエデンの園にすこしも違はないやうな楽郷である。ここの統一者は南天王と称へ、数多の神人らより国祖のごとく尊敬されてゐた。いづれの神々も木の実を喰ひ、清泉を飲み、天然に発生する山芋などを嗜食し、衣食住の苦痛をすこしも感じないあたかも天国浄土のやうであつた。南天王は実は大道別であつた。この地を顕恩郷と称へられてある。南天王はあまたの神人を集めて、亀上の珍客を天下泰平の瑞祥として歓待せしめた。三柱は思ひがけなき神人らの優遇に感謝し、つひには果実にて造りたる珍しき酒に酔ひ、面白き歌を謡ひはじめた。この地の神人らはいづれも頭の比較的横に長く丈短く、ちやうど蟹のやうな顔をした者ばかりである。そこへ三柱神の現はれたのはあたかも塵芥場に鶴の下りたやうな光景であつた。 これらの神人は南天王に対し、天上より降りきたれる神人として畏敬尊信服従を第一の義務としてゐる。しかるに南天王の神品骨格その他の衆に秀でたるに引き換へ、この地の神々は比較的背低く、身体矮小にして容貌醜悪なるため、南天王の妃とすべき神なきに、神人は挙つて心痛してゐた際である。そこへ天女のごとき二柱の女神と一柱の男神の現はれたるを見て、又もや天津御空より降りきたれる優秀の神と残らず信じてしまつた。そこで神人は相談の上、南天王に奏上して彼の二神を王の妃となし、一柱の男神は頭部に大なる角発生しあれば、まつたく誠の神と信じてゐたり。それゆゑ二柱の女神に対して、この神の妻または妃たることを少しでも顧慮する者がなかつた。 常治彦、塩治姫、玉春姫の三柱は、この郷の神人らの言霊に通じないのを幸ひにして、種々と自由自在に話することができた。そこへ数多の神人は集まつて涕泣拝跪し、輿を舁ぎきたり、無理に常治彦に搭乗を手真似をもつて勧めた。常治彦は吾を非常に歓待するものと思ひ、心中喜悦の情をあらはし、二つ三つ頷づきながら機嫌よく輿の中に入つた。神人らはその輿を寄つて集つて舁きあげた。この顕恩郷は昔から角の生えたる神が降臨して、天変地妖を防ぎ、万年の寿命を守るといふ伝説が伝はつてゐた。そこへ南天王の誕生の祝日にあたつて、万年の齢を保つてふ亀に乗り、河上より下りきたれるは、あたかも天上より降りきたれる神人に相違なしと心より喜び勇んだ。 神輿はダンダンと舁がれて東北の山の谷を越え、立岩の上に神輿もろとも安置された。この岩は円柱を立てたるごとき長円形の棒岩である。そして神人らは遠く退き拍手を打つて、ウロー、ウローと一斉に讃美しかつ喜び、涙を流して拝礼した。 常治彦は輿の中より様子怪しと少しく扉を開け見れば、吾が乗れる輿は天をも貫ぬくばかり長き棒岩の上に据ゑられてある。出るにも出られず、下りるにも下りられず、途方にくれ声をかぎりに『オーイ、オーイ』と叫んだ。あまたの神人はその声を聞きつけ『オーイ、オーイ』と、呼ばはりながら喜び、初めて天の神の声を聞きたりと、勇み狂ひ踊り廻つた。常治彦は、 『輿を下せ』 と大声に呼ばはつた。岩の下遠くこの光景を見て立ち騒いでゐた神人らは、一斉に芝生の上に腰をおろし、棒岩の神輿をうち眺めた。常治彦はこれを見てもどかしがり、 『違ふ違ふ』 といふた。違ふという言葉は、顕恩郷にては臀部をまくり握拳で尻を打つと云ふことである。神人らは棒岩の方へ向つて一斉に赤黒い尻をまくり、一二三つと、拳を固めて自分の尻を打ちたたいた。それがために、臀部は青く変色したものさへあつた。命はこれを見て、 『コラコラ』 といつた。コラコラと云ふことは、この郷にては尻をまくつたまま左右に廻ることである。棒岩の上にある命は業を煮やし、 『コラコラ違ふ』 といつた。コラコラと二つ重ねていふ時は、頭を下にし足を上にして手で歩き廻ることである。神人らは天の尊き神の御命令を固く尊信し、先を争うて倒さまになり、前後左右に這ひ廻り、廻り損なつて谷に落ち傷つく者も出来た。中には、 『こいつは真の神でない、吾々を苦しむる悪神である』 とつぶやく者もあつた。何処よりともなく傍の山の中腹に塩治姫、玉春姫の女神の姿が忽然として現はれた。白き尾のやうな領巾を前後左右に振つてゐた。この郷の神人らはその白き領巾を振るとともに、雪崩をうつてもとの平地に帰つてしまつた。常治彦は横槌の柄に乗せられた亀のやうに手足をもがき、 『塩治姫ヤーイ 玉春姫ヤーイ』 と声をかぎりに叫び、つひにはその声さへ出なくなつてしまつた。 (大正一一・一・五旧大正一〇・一二・八加藤明子録)
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霊界物語 05_辰_顕恩郷/天の浮橋/言触神 07 三拍子 第七章三拍子〔二〇七〕 南天王の招きに応じ、 『おう』 と答へて現はれ出でたる眉目清秀の美男は、南高山の従者なりし玉純彦であつた。玉純彦は南天王に一礼し、その右側に座を占めた。南天王は八島姫にむかひ、 『貴下にいま珍しきものを御目にかけむ。顔を上げられよ』 と言葉せはしく言つた。 八島姫は、その声に励まされ、ふと顔を上ぐるとたんに美はしき男神の、わが前に端坐せるを見た。どこやら見覚えありと思ひながら、つらつらその顔を見つめてゐた。玉純彦はただちに下座に直り、 『姫君様』 と慇懃に低頭していつた。 八島姫はあわてたるごとき声色にて、 『いや、汝は玉純彦に非ずや、如何にして此所に来りしや』 などと再会の嬉しさにたたみかけて、いろいろと問ひかけたのである。南天王は満面笑を含みながら、 『われは今日ただ今、姫の心中を承はりたる上は、今となつて否みたまふまじ。われ唯今月下氷人となつて、玉純彦とともに夫婦となり、幾久しく同棲して、神業に参加せられよ』 と言ひ渡した。玉純彦の顔にも、八島姫の顔にも、さつと紅葉が散つた。 このとき次の間より鷹住別、春日姫は銚子を携へ、悠々として二人の前に現はれ、夫婦の盃を取らしめむとした。八島姫は何思ひけむ、 『暫く待たせたまへ』 と言つて、また涙に打沈んだ。 南天王は、 『姫の心中たしかに御察し申す。されど御父大島別はおひおひ年老いたまひ、姫の所在を探し求めてわれに送れよ、との度々の依頼なれど、われは時未だ到らずとして、今日までこれを貴下に告げざりしが、この信書を披見されよ』 と側の器より封書を取出し、八島姫に渡した。八島姫は不審の面色にて、その信書を手に取り、つくづく眺むれば、擬ふ方なき父の手蹟であつた。姫の胸はあたかも早鐘を撞くごとくであつた。轟く胸を押鎮め、静かに封押切つて眺むれば、左のごとき信文が墨黒々と書き記されてあつた。その文面に言ふ、 『吾は南高山の八王として、国祖大神の信任を辱なうし来りしに、盤古大神の治しめす神政となりたれども、仁慈に厚き盤古大神は、われを元のごとく八王に任じたまふ。されど宰相神なる八王大神常世彦の、何時変心して吾職を奪ひ、かつ吾らを滅ぼさむも計りがたし。汝八島姫、一日も早く本城に立帰り、忠良にしてかつ勇猛なる侍者玉純彦と夫婦になり、わが後を継げよ。アヽされど玉純彦は、常世城の会議以後汝の後を追ひ、世界各地を探ね廻り、今にその行方を知らず。幸ひに国祖大神の保護によつて、玉純彦と再会せば、その時こそは、日の出神の媒介にて夫婦となり、すみやかに南高山に帰城し、父の心を慰めよ』 との信文であつた。八島姫はこれを見るより顔をますます紅らめながら、感謝の涙とともに、その信書を南天王の手に恭しく奉還した。 ここに二神は結婚の式を挙げた。八島姫は心のうちに、万一かかる目出度き嬉しき結婚の席に、ただ一柱の老ひたる父の望み給ふことあらば、如何に喜びたまはむと、またもや俯むいて思案に暮るるもののやうであつた。 ここに南天王は玉純彦にむかひ、 『汝は今ここに父坐さざれば、われは媒酌兼父となつて、この式に列すべし』 といつた。そして、 『八島姫は父在せば、今ここにて対面せしむべし』 と言ひ放つた。八島姫は一円合点がゆかず、はるばる遠き南高山に在すわが父に、神変不思議の神力あればとて、今この場にすみやかに現はれまさむ理由なし。訝かしや、と俯きたる頭を上ぐる其のとたん、不思議や、わが父の大島別、南天王よりも上座に控へてゐた。ここに顕恩郷は、親子夫婦の対面の時ならぬ喜悦の花に満ち、一同声をそろへて神恩を感謝し、その天恩の厚きに感激した。 今まではこの郷を川北郷といひしを、この度の事ありてより顕恩郷と名づけられた。さうして玉純彦は、父と共に南高山に夜ひそかに遁れて帰り、南高山の八王となつた。そして顕恩郷の宮殿には、白狐旭が依然として八島姫に変じて、南天王の側近く仕へた。南天王はこの郷の数多の神人らを殿内に召集し、大王の位をわが子鷹住別に譲ることを宣示した。神人は一も二もなく手を拍つて慶賀し、鷹住別を大王と仰いだ。 そして前の南天王たる日の出神は夜陰に紛れて、何処ともなく神界経綸の神業に出でてしまつた。神人らは夜中に前南天王の天に復らせ給ひしものと信じて少しも疑はなかつた。神人らは前大王の天上に復りたまひしを惜しみ、山野河海の珍物を岩上に列べ、これを奉斎し、感謝の声を放ち、果物の酒に酔ひ、またもや手を拍ち、歌ひ舞ひ騒ぎ立た。鷹住別はここに王冠を戴き、春日姫とともに棒岩の傍にいたり祝宴を張つた。神人らは二神に向つて代るがはる盃を奉つた。 棒岩の上に安置されたる常治彦は、扉をひらき下を見下せば、わがもつとも愛する塩治姫が、鷹住別と睦まじさうに夫婦となつて、神人らの祝盃を受けてゐるやうに見えたので、常治彦は歯噛みをなして口惜しがり、輿のなかを前後左右に暴れ廻つた。すこしの風にもぐらつくこの棒岩は、常治彦の雄叫びによつて非常に動揺せるとたん、輿もろとも谷間に真逆様に顛落してしまつた。 この結果は、如何なるであらうか。 (大正一一・一・五旧大正一〇・一二・八外山豊二録)
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霊界物語 05_辰_顕恩郷/天の浮橋/言触神 18 宣伝使 第一八章宣伝使〔二一八〕 ここに天教山(一名須弥仙山ともいふ)に鎮まり坐す木花姫命の招きにより、集つた神人は、 大八洲彦命(一名月照彦神)、大足彦(一名足真彦)、言霊別命(一名少彦名神)、神国別命(一名弘子彦神)、国直姫命(一名国照姫神)、大道別(一名日の出神)、磐樟彦(一名磐戸別神)、斎代彦(一名祝部神)、大島別(一名太田神)、鬼武彦(一名大江神)、高倉、旭の二神合体して月日明神 その他の神人なりける。 それらの神人は、天教山の中腹青木ケ原の聖場に会し、野立彦命の神勅を奉じ、天下の神人を覚醒すべく、予言者となりて世界の各地に派遣せられた。その予言の言葉にいふ。 『三千世界一度に開く梅の花、月日と土の恩を知れ、心一つの救ひの神ぞ、天教山に現はれる』 以上の諸神人はこの神言を唱へつつ、あるひは童謡に、あるひは演芸に、あるひは音楽にことよせ、千辛万苦して窃に国祖の予言警告を宣伝した。 されど、大蛇や金狐の邪霊に心底より誑惑され切つたる神人らは、ほとんどこの予言を軽視し、酒宴の席における流行歌とのみ聞きながし、事に触れ物に接してただちに口吟みながら、その警告の真意を研究し、日月の神恩を感謝し、身魂を錬磨せむとする者は、ほとんど千中の一にも当らぬくらゐであつた。 常世神王は、門前に節面白く「三千世界一度に開く梅の花云々」と歌ひくる月日明神の童謡を聞いて首をかたむけ、大鷹別をして月日明神をともなひ殿中に招き、諸神満座の中にてこの歌を謡はしめた。 月日明神は、面白く手拍子足拍子を揃へ、かつ優美に歌ひ舞ひはじめた。いづれもその妙技に感嘆して見とれゐたり。 神人らは、嬉々として天女の音楽を聴くごとく勇みたち、中には自ら起ちてその歌をうたひ、月日明神と相並んで品よく踊り狂ふものあり。殿内は神人らの歓喜の声に充されて春のやうであつた。独り常世神王は、神人らの喜び勇み踊り狂うて他愛なきに引きかへ、両手に頭を抑へながら苦悶に堪へざる面持にて、始終俯きがちにその両眼よりは涙を垂らし、かつ恐怖戦慄の色をあらはし、何となく落着かぬ様子であつた。 この様子を窺ひ知つたる大鷹別は、常世神王の御前に恭しく拝礼し、かついふ、 『神王は、何故かかる面白き歌舞をみそなはしながら、憂鬱煩慮の体にましますや、一応合点ゆかず、御真意を承はりたし、小子の力に及ぶことならば、いかなる難事といへども、神王のためには一身を惜しまず仕へまつらむ』 と至誠面にあらはれて進言した。 されど、常世神王はただ俯向いて一言も発せず、溜息吐息を吐くばかりであつた。大鷹別は重ねてその真意を言葉しづかに伺つた。常世神王はただ一言、 『月日明神を大切に饗応し、本城の主賓として優待せよ』 といひ残し、奥殿に逸早く姿をかくした。 月日明神は衆神にむかひ、 『世の終りは近づけり、天地の神明に身魂の罪を心底より謝罪せよ』 といひつつ、姿は烟のごとく消えてしまつた。 しばらくあつて常世神王は大鷹別にむかひ、 『旭明神とやらの唱ふる童謡は、普通一般の神人の作りし歌にあらず、天上にまします尊き神の予言警告なれば、吾らは一時も早く前非を悔い、月日と土の大恩を感謝し、天地の神霊を奉斎せざるべからず。是については吾々も一大決心を要す。すみやかに盤古神王の娘塩治姫およびウラル彦の娘玉春姫をアーメニヤの神都に礼を厚くしてこれを送還し、時を移さずロッキー山上に仮殿を建て、すみやかに転居の準備に着手せよ』 と厳命した。大鷹別は神王の真意を解しかね、心中に馬鹿らしく感じつつも、命のごとく数多の神人をして二女性をアーメニヤに送還せしめ、ロッキー山の頂上に土引き均し、形ばかりの仮殿を建設することとなつた。 アーメニヤの神都にては、盤古神王をはじめウラル彦は、常世神王の俄に前非を悔い、心底より帰順したる表徴として安堵し、かつ軽侮の念を高めつつ意気衝天の勢ひであつた。 頃しも仮宮殿の傍近く、 『三千世界一度に開く梅の花』 と謡うて通る言触神(宣伝使)があつた。盤古神王はこの声に耳をそばだて胸を抑へてその場に平伏した。この声の耳に入るとともに頭は割るるがごとく、胸は引き裂くるごとくに感じたからである。 ウラル彦夫妻は、神王のこの様子を見て不審に堪へず、あわただしく駆けよつて介抱せむとした。神王は右の手を挙げて左右に振り、苦しき息を吐きながら、 『ただ今の言触神の声を聴け』 といつた。二神は答へて、 『彼は神人らに食を求めて天下を遍歴する流浪人なり、かくのごとき神人の言を信じて心身を悩ませたまふは、平素英邁にして豪胆なる神王の御言葉とも覚えず、貴下は神経を悩ましたまふにあらざるか』 とやや冷笑を浮べて問ひかけた。 神王は二人の言葉の耳にも入らざるごとき様子にて、両手を合せ、或は天を拝し或は地を拝し、 『月日と土の恩を知れ、月日と土の恩を知れ、世界の神人の罪を赦し、吾ら一族をこの大難より救はせたまへ』 と流汗淋漓、無我夢中に祈願をこらす。 ウラル彦夫妻は、この体を見て可笑しさに堪へかね噴出さむばかりになつたが、神王の御前をはばかつて、両眼より可笑し涙を垂らしてこの場を退きさがつてしまつた。そしてこの場に現はれた言触神は日の出神であつた。 (大正一一・一・九旧大正一〇・一二・一二井上留五郎録)
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霊界物語 05_辰_顕恩郷/天の浮橋/言触神 19 旭日出暗 第一九章旭日出暗〔二一九〕 ウラル彦は賢明叡知にして、天地の神意に出でたるこの警告を心底より諒得したる盤古神王の心を解せず、大蛇の悪霊と金狐の邪霊に憑依され、驕慢ますます甚だしく、神王の宣示を空ふく風と聞きながし、かつ神人らを四方に派して言触神を探し求めしめ、つひにこれをウラル山の牢獄に投じてしまつた。さうして、神人らの迷ひを解くためにとて歌を作り、盛んにこれを四方に宣伝せしめた。その歌は、 『呑めよ騒げよ一寸先や暗よ 暗の後には月が出る 時鳥声は聞けども姿は見えぬ 見えぬ姿は魔か鬼か』 折角の日の出神の「三千世界……梅の花」の宣伝も、この歌のためにほとんど抹殺されてしまつた。 盤古神王は殿外の騒がしき声を聞き、何事ならむと殿中より表門口に立出づれば、ウラル彦を中央に、あまたの神人らは酒に酔ひつぶれ、 『呑めよ騒げよ』 の歌を謡つて踊り狂ふ落花狼藉に驚き、宴席の中央に現はれ、 『三千世界云々』 の童謡を声張りあげて謡ひはじめた。 この声を聞くとともに過半数の神人は、にはかに酒の酔も醒めはて、顔色蒼白めてぶるぶる慄ひだす者さへ現はれた。盤古神王はなほも引続きこの歌を唱へた。神人の過半数は、ますます畏縮して大地に仆れ、踏ん伸びる者さへ現はれてきた。 ウラル彦は、ここぞとまたもや、 『呑めよ騒げよ一寸先や暗よ、暗の後には月が出る』 と高声に謡ひかけた。神人はその声に応じてまたもや立上り、元気回復して踊り狂うた。盤古神王は又もや、 『三千世界の……梅の花』 を謡ひはじめた。せつかく元気回復したる神人らは、ふたたび大地にバツタリ仆れた。 ウラル彦夫妻は、場の両方より声をかぎりに、手を拍ち踊り舞ひながら、 『呑めよ騒げよ一寸先や暗よ』 の歌をうたひ始めた。またもや神人らは頭をもたげて踊り狂ふ。このとき場の一方より何ともいへぬ美しき且つ荘厳なる声が聞えた。その声に神人らは、またもや胸を刺さるるごとく苦悶して、大地に仆れた。盤古神王はその声を頼りに進んで行つた。その声は不思議にも、牢獄の中から聞えてをる。 『不審』 と神王は、四五の従者を伴ひながら牢獄の前に進んだ。 『三千世界一度に開く梅の花』 とまたもや聞えだした。盤古神王は頭を鉄槌にて打ち砕かるるごとく、胸を焼鉄にて刺さるるごとき苦しさを感じ、思はずその場に平伏した。四五の従者も一時にバタバタと将棋倒しにたふれた。 神人らはやうやく頭をもたげて眺むれば、それは彼の言触神であつた。驚いてただちに戸を開き救ひだし、奥殿にともなひ帰り、鄭重に接待し、礼をつくして教を乞うた。日の出神は、慇懃に野立彦命の真意を伝へ、かつ改心帰順を迫り、天地日月の殊恩を説示した。神王はあたかも生ける神のごとく、この宣伝者を尊敬し、敬神の態度を怠らなかつた。ただちに宣伝者の命により、ウラルの山上に改めて立派なる宮殿を造り、日の神、月の神、大地の神を、さも荘厳に鎮祭し、敬拝怠らなかつた。 それに引換へ、体主霊従の大蛇と金狐に魅せられたるウラル彦、ウラル姫は、この神王の行為にたいし不快を感じ、さかんに神人らに対して自暴自棄となり、日夜酒宴を張り、豊熟なる果実を飽食せしめ、無神説を唱へ、 『呑めよ騒げよ一寸先や暗よ、暗の後には月が出る。よいとさ、よいやさつさ、よいやさつさ』 と意地づくになつて踊りくるひ、連日連夜の遊楽にのみ耽つて、神政を忘却するに致つた。 このとき轟然たる音響天に聞ゆると見るまに、さも強烈なる光は地上を放射した。神人らは一せいに期せずして空を仰いだ。眼も眩むばかりの強烈なる光である。その光はまたもや、天の浮橋の東西南北に悠々として探海燈を照したごとく、中空を東西南北に転回してゐる。さうしてこの強き光のために盲目となる者も現はれた。浮橋の尖端よりは金色の星幾十となく放出して、ウラル山上の盤古神王の宮殿に落下した。 盤古神王は大神の恵みと深く感謝し、一々その玉を拾ひあつめて神殿に恭しく安置し、日夜供物を献じ祭祀を荘厳におこなひ、敬神の至誠をつくしてゐた。それよりウラル山上は、紫雲たなびき、天男天女はときどき降りきて中空に舞ひ、微妙の音楽を奏し、風暖かく花は香しく、木々の果実は味はひ美はしく豊熟するにいたつた。 神王は、日の出神を宮司として、これに奉仕せしめた。これよりウラル山上の盤古神王とウラル彦夫妻との間には、もつとも深き溝渠が穿たれた。 (大正一一・一・九旧大正一〇・一二・一二外山豊二録)
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霊界物語 05_辰_顕恩郷/天の浮橋/言触神 21 小天国 第二一章小天国〔二二一〕 橙園王以下の住民の襲撃により、一敗地にまみれ、神人の信望を失墜したる南天王夫妻は、夜陰に乗じモスコーに帰つた。ここに顕恩郷は再び主宰者を失ひ、日夜不安の感に打たれてゐた。 されど最も信頼するは、棒岩の上に安置せる鬼武彦の石神像である。神人らは南天王の失踪せしより、一意専心にこの石神像にむかつて祈願を籠め、日夜礼拝を怠らなかつた。さうして南天王の後任として蟹若といふこの郷のもつとも強き神人をおし立て、南天王の後を継がしめた。されど郷神人はどことなく不安の念にかられ、真正の天津神の降臨されむことを、石神像にむかつて昼夜祈願しつつあつた。 頃しも一天俄に掻き曇り、地上の一切を天空に捲きあげむばかりの猛烈なる旋風が起つた。神人らはいづれも九死一生の思ひをなして、石神像の岩下に集まり、天地に拝跪して救助を祈りつつあつた。 雲はおひおひ低下して石神像のもとに降りきたり、雲中より剣光閃くよと見るまに、石神像に寸分違はぬ容貌の生神が忽然として現はれた。この神はたちまち光芒陸離たる両刃の剣をもつて中空にむかひ左右左に打振つた。さしもの強雨烈風もパタリとやんで紺碧の空と化し、日光燦然として輝きわたりはじめた。 神人らは蘇生の思ひをなし、思わずウローウローと叫びつつ、その生神の周囲に集まり、合掌礼拝感謝の涙をながした。これは大江山の鬼武彦にして、今は天教山の野立彦命の命を奉じ、この郷に大江神と改名して、予言警告を与ふるために出現したるなり。神人らは石神像に寸毫の差なきを見て、石神の霊化して生神と現はれたまひしものと固く信じ、ただちに輿に乗せて顕恩郷の宮殿に奉迎し、祝杯をあげて勇みたつた。 大江神はおもむろに口を開き、 『三千世界一度にふさがる泥の海、月日と地の恩を忘れな、心次第の救け神』 と声高らかに唱へだした。神人らは一向合点ゆかず、 『かかる平和にして且つ天恵の充分なる顕恩郷の、いかでか泥の海とならむや』 と怪しみて、口々に反問した。 大江神は、大神の神意を詳細に語り伝へ、 『この際心を悔い改め、月日と大地の四恩を感謝し、博く神人を愛し、公平無私なる行動をもつて天地の神明に奉仕し、神人たるの天職をつくせよ。すべて神の神人をこの土に下したまふや、神の広大無辺なる至仁至愛の理想を実現し、天国を地上に建設し、天下の蒼生をして禽獣虫魚に至るまで各その安住の所を得せしめ、神とともに至治太平の聖代を楽まむがためなり。しかるにこの顕恩郷は、神の深き四恩によつて風暖かく、風雨は時を違へず、花は香ばしく、果実は豊にしてその味はひ美はし。しかるにエデンの大河を限りとし、南岸の橙園郷は、南方に山高くして日光を遮り、かつ北風強く果実常に実らず、住民は飢餓に迫り、精神自ら荒涼と化し、ほとんど人民たるの資格を保持せざるに至れり。これぞ全く、衣食住の豊ならざるに基因するものなり。しかるにこの顕恩郷は、衣食足り余り、美はしき果実は地に落ち、腐蝕するに任せ、天恩を無視すること甚し。かくのごとくして歳月を経過せば、つひには天誅たちどころに至つて、南天王のごとく郷神に襲はれ、つひには橙園王に討伐され、天授の恩恵を捨てざるべからざるの悲境に沈淪し、あたかも餓鬼畜生の境遇に堕するに至らむ。汝ら神人らは天地の大神の至仁至愛の大御心を察知し奉り、地広く果実多きこの顕恩郷をして汝ら神人らの独占することなく、橙園郷の住民の移住を許し、相ともに天恵の深きを感謝せよ』 と言葉おごそかに説示した。 神人らはこの教示を聞いて、初めて天地の神意を悟り、何事も大江神の指揮に従ふこととなつた。大江神は、神人らの一言にしてわが言に心服せしことをよろこび、深く歎賞しつつ蟹若その他の神人らを引率し、エデンの大河を渡つて、みづから橙園郷に致り、橙園王に面会を求め、その神意を伝へた。 橙園王は、初めのうちは大江神の神威に恐れて戦慄し、近づき来らず、かつ部下の住民は、先を争うて山深く姿をかくした。されど、大江神の仁慈の言葉に漸く安堵して、その命に従ひ郷民を全部引率して、顕恩郷に移住することとなつた。 顕恩郷の神の数は、以前に三倍することとなつた。されど無限の天恵は、衣食住に余裕を存し、住むに十分の余地をなしてゐたのである。彼我の神人は、仁慈無限の大江神の教示を遵奉し、今まで犬猿ただならざりし両郷の種族も、今は親子兄弟のごとく、相親しみ相愛して、ここに小天国は建設されたるなり。 (大正一一・一・九旧大正一〇・一二・一二外山豊二録) (第五章~第二一章昭和一〇・三・二九於吉野丸船室王仁校正)
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霊界物語 05_辰_顕恩郷/天の浮橋/言触神 22 神示の方舟 第二二章神示の方舟〔二二二〕 大江神は、小天国の神王として神人らより畏敬尊信され、その命令は遺憾なく実行された。 ここに蟹若を擢んでて左守となし、橙園王を抜擢し、右守に任じ、この一小区劃は実に天国楽土の出現したるがごとくであつた。 大江神は橙園山に登り、部下の神人を使役して真金を掘り出し、鋸、斧その他の金道具を製作した。そして橙園郷の果実の実らざる杉、檜、樟等の大木を伐採し、数多の方舟を造ることを教へた。 神人らは何の意たるかを知らず、ただ命のまにまに汗水を垂らして方舟の製作や金道具の製作に嬉々として従事した。神人の中には方舟の何用に充つべきかを左守に向つて尋ねた。されど左守は、 『果して何の用を為すものか、吾は神王に一言半句も伺ひたることなし。ただ吾々は神王の命に服従すれば可なり。吾らの安全を計りたまうて天上より降りきたれる神王なれば、無益のことを命じたまふべき謂れなし。汝らもただ命のまにまに服従して一意専心に方舟の製作に従事せば可なり』 といひ渡した。 凡て神のなす業は人間の窺知し得べき所にあらず。 『神は今の今までは何事も申さぬぞよ、人民はただ神の申すやうにいたせば、ちつとも落度はないぞよ』 と神諭に示されたるごとく、ただ吾々は下らぬ屁理屈をやめて、ただただ神命のまにまに活動すべきものである。 然るに人々の中には、根から葉まで、蕪から菜種まで詮索しなくては、神は信ぜられないとか、御用は出来ないとかいつて、利巧ぶるものが沢山にある。いかに才能ありとて、学力ありとて、洪大無辺の神の意思経綸の判るべきものではない。また神よりこれを詳しく人間に伝へむとしたまふとも、貪瞋痴の三毒に中てられたる体主霊従の人間の、到底首肯し得べきものでない。ただただ神の言葉を信じて身魂を研き、命ぜらるるままに神業に従事せばよい。 顕恩郷の神人らは衣食住の憂ひなく、心魂ともに質朴にして少しの猜疑心もなく、天真爛漫にして現代人のごとく小賢しき智慧も持つてゐなかつた。そのために従順に神の命に服従することを得たのである。聖書にも、 『神は強き者、賢き者に現はさずして、弱き者、愚なる者に誠を現はし給ふを感謝す』 とあるごとく、小なる人間の不徹底なる知識才学ほど禍なるはない。 かくして神人らの昼夜の丹精によつて、三百三十三艘の立派なる方舟は造りあがつた。さうしてこの舟には残らず果物を積み、または家畜や草木の種を満載された。 今まで平穏なりし顕恩郷の東北隅の山間に立てる棒岩は、俄に唸りを立てて前後左右に廻転し初めた。さうして鬼武彦の石像は、漸次天に向つて延長しだした。之を天の逆鉾と称へる。 猿のごとき容貌を具へたる種族と、蟹面の種族は互に手を携へて相親しみ、この逆鉾の下にいたつて果物の酒を供へ、祝詞を奏し、かつ顕恩郷の永遠無窮に安全ならむことを祈願した。このとき天の逆鉾に声あり云ふ。 『月に叢雲花には嵐天には風雨雷霆の変あり 地には地震洪水火災の難あり神人にはまた病魔の変あり 朝の紅顔夕の白骨有為転変は世の習ひ 淵瀬と変る世の中の神人心を弛めなよ 常磐堅磐に逆鉾の堅き心を立て徹し 天地の艱みきたるとも神にまかして驚くな 昨日にかはる今日の空定めなき世と覚悟して 月日と土と神の恩夢にも忘るることなかれ 惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 と鳴りわたつたまま、逆鉾は遂に沈黙してしまつた。 神人らは異口同音に覚束なき言葉にて、 『かんたま、かんたま』 と唱へた。 天地は震動して、ここに地上の世界は大洪水となりし時、この郷の神人らは一柱も残らず、この舟に搭乗してヒマラヤ山に難を避け、二度目の人間の祖となつた。ゆゑにある人種はこの郷の神人の血統を受け、その容貌を今に髣髴として存してをる人種がある。 現代の生物学者や人類学者が、人間は猿の進化したものなりと称ふるも無理なき次第である。また蟹面の神人の子孫もいまに世界の各所に残存し、頭部短く面部平たきいはゆる土蜘蛛人種にその血統を留めてゐる。 (大正一一・一・九旧大正一〇・一二・一二井上留五郎録)
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霊界物語 05_辰_顕恩郷/天の浮橋/言触神 23 神の御綱 第二三章神の御綱〔二二三〕 聖地ヱルサレムは常世彦、常世姫らの暴政の結果、天地の神明を怒らしめ、怪異続出して変災しきりにいたり、終にアーメニヤに、八王大神は部下の神々とともに逐電し、エデン城もまた焼尽し、竜宮城もまた祝融子に見舞はれ烏有に帰し、橄欖山の神殿は鳴動し、三重の金殿は際限もなく中空にむかつて延長し、上端において東西に一直線に延長して丁字形の金橋をなし、黄金橋もまた地底より動揺して虹のごとく上空に昇り、漸次稀薄となり、大空に於て遂にその影を没して了つた。 丁字形の金橋は、東より南、西、北と緩やかに廻転し始めた。さうして金橋の各部よりは、美はしき細き金色の霊線を所々に発生し、地球の上面に垂下すること恰も糸柳の枝のごとくであつた。さうして其の金色の霊線の終点には、金銀銅鉄鉛等の鈎が一々附着されてある。これを『神の御綱』ともいひ、または『救いの鈎』ともいふ。 言触神は遠近の区別なく山野都鄙を跋渉し、櫛風沐雨、心身を惜しまず天教山の神示を諸方に宣伝しはじめた。さうしてその宣伝に随喜渇仰して、日月の殊恩を感謝し、正道に帰順する神人には、おのおのその頭に『神』の字の記号を附けておいた。されど附けられた者も、附けられない反抗者も、これに気付くものは一柱もなかつた。 中空に金橋廻転し、金色の霊線の各所より放射するを見て、地上の神人は最初は之を怪しみ、天地大変動の神の警告として、心中不安恐怖の念に駆られて、天に向ひ、何者かの救ひを求むるごとく、合掌跪拝しつつあつた。しかるに日を重ね、月を越ゆるにつれて、これを少しも異しむものなく、あたかも日々太陽の東より出でて西に入るもののごとく、ただ普通の現象として之を蔑視し漸く心魂弛み、復び神を無視するの傾向を生じてきた。 このとき天道別命、天真道彦神、月照彦神、磐戸別神、足真彦神、祝部神、太田神その他の諸神は、昼夜間断なく予言警告を天下に宣布しつつあつた。 されどウラル彦の体主霊従的宣伝歌に、あまたの神人らは誑惑され、かつ大にこの歌を歓迎し、致る所の神人は山野都鄙の区別なく、 『呑めよ騒げよ一寸先や暗よ 暗の後には月が出る 時鳥声は聞けども姿は見せぬ 姿見せぬは魔か鬼か』 と盛んに謡ひ、酒色と色情の欲に駆られ、暴飲暴食、淫靡の風は四方を吹捲つた。 言触神の苦心惨憺して教化の結果、得たる神人の頭部に『神』の字の記号を附着されたる神人は、大空の金橋より落下する金色の霊線の末端なる『救ひの鈎』にかけられ、中空に舞上るもの、引揚らるるもの、日の数十となく現はれてきた。八百万の神人の中において、日に幾十柱の神人の救はれしは、あたかも九牛の一毛に如かざる数である。 この鈎にかかりたる神人は、上中下の身魂の中において、最も純粋にして、神より選ばれたものである。同じ引揚げらるる神人のなかにも、直立して『上げ面』をなし、傲然として頭を擡げ、鼻高々と大地を歩み、又は肩にて風をきる神人は、耳、鼻、顎、首、腕などを其の鈎に掛けられ、引揚げらるる途中に非常の苦しみを感じつつあるのが見えた。また俯向いて事業に勉励し、一意専心に神を信じ、下に目のつく神は、腰の帯にその鈎が掛つて少しの苦しみもなく、金橋の上に捲き上げられるのであつた。その他身体の各所を、地上の神人の行動に依つて掛けられ金橋の上に救ひ上げらるるその有様は、千差万別である。中には苦しみに堪へかねて、折角もう一息といふところにて顎がはづれ、耳ちぎれ、眼眩み、腕をれ、鼻まがりなどして、ふたたび地上に落下し、神徳に外れる者も沢山に現はれた。その中にも頭を低くし、下を憐れみ、俯向きて他の神人の下座に就き、せつせと神業をはげむものは、完全に天上の金橋に救ひ上げられた。 このとき天橋には、第二の銀色の橋、金橋とおなじく左右に延長し、また其の各所よりは銀色の霊線を地上に垂下し、末端の鈎にて『中の身魂』の神人を、漸次前のごとくにして救ひ上げるのを見た。 次には同じく銅色の橋左右に発生して、前のごとく東西に延長し、銅橋の各所より又もや銅色の霊線を地上に垂下し、その末端の鉤にて選まれたる地上の神人を、天橋の上に引揚ぐること以前のごとく、完全に上り得るもあり、中途に落下するもあり、せつかく掛けられし其の綱、其の鉤をはづして地上より遁去するもあつた。 [#図救ひの鈎] 図をもつて示せば、前図のとほりである。 (大正一一・一・一〇旧大正一〇・一二・一三外山豊二録)
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霊界物語 05_辰_顕恩郷/天の浮橋/言触神 33 暗夜の光明 第三三章暗夜の光明〔二三三〕 一行は先を争うて暗中摸索、島に駈上つた。山頂には一道の光明暗を縫うてサーチライトのごとく、細く長く海面を照らしてゐる。この島は地中海の一孤島にして牛島といひ、また神島、炮烙島と称へられた。現今にてはサルヂニア島と云ふ。またこの海を一名瀬戸の海と云ふ。 かつて黄金水の霊より現はれ出でたる十二個の玉のうち、十個までは邪神竹熊一派のために、反間苦肉の策に乗ぜられ、竜宮城の神人が、その持玉を各自争奪されたる時、注意深き高杉別は、従者の杉高に命じ、その一個たる瑠璃光色の玉を、窃にこの島の頂上なる岩石を打ち破り、深くこれを秘蔵せしめ、その上に標示の松を植ゑ、杉高をして固くこれを守らしめつつあつた。 しかるに天教山の爆発に際し、天空より光を放つて十一個の美はしき光輝を発せる宝玉、この瀬戸の海に落下し、あまたの海神は海底深くこれを探り求めて杉高に奉り、今やこの一つ島には十二個の宝玉が揃うたのである。かかる不思議の現象は、全く杉高がこの孤島に苦節を守り、天地の神命を遵守し、雨の朝、雪の夕にも目を離さず、心を弛めず、厳格に保護せしその誠敬の心に、国祖大神は感じ給ひて、ここに十一個の玉を下し、都合十二個の宝玉を揃へさせ、もつて高杉別および杉高の至誠を憫れませ給うたからである。これより杉高は高杉別と共に、この玉を捧持して天地改造の大神業に奉仕し、芳名を万代に伝へた。この事実は後日詳しく述ぶることにする。 咫尺を弁ぜざる暗黒の夜に、辛うじてこの島に打上げられたる神人らは、あたかも地獄にて仏に会ひしごとく、盲亀の浮木に取着きしがごとく、死者の冥府より甦りたるがごとく、枯木に花の開きしがごとく、三千年の西王母が園の桃花の咲きしごとき嬉しさと感謝の念に駆られ、祝部神が暗中に立ちて、 『三千世界云々』 の歌を謡ふ声を蛇蝎のごとく忌み嫌ひし神人も、ここに本守護神の霊威発動して、天女の音楽とも聞え、慈母の愛の声とも響いた。神人らは一斉に声を揃へて、祝部神の後をつけ、 『三千世界一度に開く梅の花云々』 と唱へ出した。 祝部神は、これに力を得て、又もや面白き歌を謡ひ始めた。 『世は烏羽玉の暗深く罪さへ深き現世の 神の不覚をとりどりに深くも思ひめぐらせば 海底深く棲む鱶の餌食となすも食ひ足らず 邪曲を助くる神心深く悟りて感謝せよ 海より深き神の恩恩になれては又もとの 深き泥溝にと投げ込まれ奈落の底の底深く 不覚をとるな百の神神の恵は目の当り 辺り輝く瑠璃光の光は神の姿ぞや 光は神の姿ぞや牛雲別も角を折り 心の雲を吹き払ひ心の岩戸を押別けて 神の光を称へかし牛雲別を始めとし 百の神人諸共に心の暗を照らせよや 心の暗の戸開けなば朝日眩ゆき日の光 汝が頭上を照らすべし朝日の直刺す一つ島 夕日の輝く一つ松常磐の松のその根本 千代も動かぬ巌の根に秘め置かれたる瑠璃光の 玉の光にあやかりて心の玉を磨くべし 三千世界の珍宝この神島に集まりて 十二の卵を産み並べ松も千歳の色深く 枝葉は繁り幹太り空に伸び行く杉高の 功績をひらく目のあたり高杉別の誠忠も 共に現はれ北の島蓬莱山も啻ならず この神島は昔より神の隠せし宝島 宝の島に救はれて跣裸で帰るなよ 神より朽ちぬ御宝を腕もたわわに賜はりて 叢雲繁き現世の万のものを救ふべし われと思はむ神等はわれに続けよ、いざ続け 言触神の楽しさは体主霊従の小欲に 比べて見れば眼の埃埃の欲に囚はれて 眼も眩み村肝の心曇らせ暗の夜に 暗路を迷ふ海の上心の波をなぎ立てて この世を造り始めたる神の御息の風を吸ひ 酸いも甘いも弁へてこの世を救ふ神となれ 神の力は目のあたり辺り輝く瑠璃光の 光は神の姿ぞや光は神の姿ぞや 東雲近き暗の空やがて開くる常磐樹の 松の根本に神集ひ千代万代も動ぎなき 堅磐常磐の松心この松心神心 神の心に皆復れ神の心に皆復れ かへれよ復れ村肝の心に潜む曲津神 大蛇や金狐悪鬼共国治立の大神の 御息の気吹に吹払ひ払ひ清めて神の世を 待つぞ目出度き一つ松心一つの一つ島 心一つの一つ島一二三四五六七八九十 百千万の神人よ百千万の神人よ それ今昇る東の空見よ空には真円き 鏡のやうな日が昇る心の鏡明かに 照らして耻づること勿れああ惟神々々 みたま幸はひましませよ三千世界の梅の花 一度に開く松の世の松に千歳の鶴巣喰ひ 緑の亀は此島に泳ぎ集ひて神の代を 祝ふも目出度き今日の空千秋万歳万々歳 千秋万歳万々歳 ヨイトサ、ヨーイトサ、ヨイヨイヨイトサツサツサ』 と祝部神の歌終ると共に、東天紅を潮して天の岩戸の開けし如く、日の大神は東の山の上に温顔を現はし、一つ島の神人らをして莞爾として覗かせ給うた。 ここに牛雲別は、危機一髪の神の試練に逢ひ、翻然としてその非を悟り、断然酒を廃し、かつ三千世界の宣伝歌を親のごとくに欣仰し、寸時も口を絶たなかつた。牛雲別は祝部神に帰順し、祝彦と名を賜はり、杉高はまた杉高彦と改名し、ここに三柱は相携へて、大神の宣伝使となつた。 しかして、この十二個の宝玉は、天の磐船に乗せ、玉若彦の神司をしてこれを守らしめ、地教山の高照姫命の御許に送り届けられた。惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・一・一一旧大正一〇・一二・一四外山豊二録)
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霊界物語 05_辰_顕恩郷/天の浮橋/言触神 44 夜光の頭 第四四章夜光の頭〔二四四〕 ロッキー山の山颪、世を艮と吹く風に、スペリオル湖の水面は、忽ち怒濤を捲き起し、小船を前後左右に翻弄した。ここに少彦名神は数多の神人とともに漂うた。風は刻々に唸りを立てて激しくなつた。空は一面の暗雲に鎖され、船の前後に数限りもなく出没する海坊主の姿は実に凄じき光景である。少彦名神は忽ち祝詞を奏上し、声爽かに、 『朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも スペリオル湖の浪高く吾らの船は覆るとも 変らぬものは神心神の心を胸にもち 寄せくる怒濤を言霊の息吹の狭霧に吹き払ひ 払ひ清むる神の道浪も鎮まれ風も凪げ されどもされど常暗の心の暗き魔神は 慄ひ戦き顔の色土と鳴門の渦巻や 嗚呼凪げよ凪げなげ科戸彦科戸の風の永久に 吹くなら吹けよ吾々がこの湖水を安全に 渡つた後にどつと吹け今は吹くなよふくの神 今は吹くなよふくの神』 と暴風に向つて謡へば、不思議にもこの声の止まると共に、さしもの暴風もぴたりと止まり、浪は俄に凪ぎ、海面は恰も畳を敷き詰めたるが如き平穏に帰してしまつた。 青瓢箪が寒さに怖ぢけた時のやうな面構へをした常世国の人々も、にはかに蘇生の思ひをなし、少彦名神に向つて、異口同音に嬉し涙と共に感謝する。 少彦名神は節面白く、例の宣伝歌を唱へた。神人の中に秀でて逞しき、色浅黒き背の高き男は口を尖らせながら、少彦名神に向ひ、 『貴下は何れの宣伝使なるぞ、貴下の言霊の威力に風も海も皆従ひたり、願はくは御名を吾らに聞かせたまへ』 と云ふ。少彦名神は、 『吾こそは、この世の宝その物にたいして、凡夫の如き無限の欲望は少彦名神なり』 と枕言葉を沢山に並べて名乗り、而してそろそろ大神の御徳を説き始めたりける。 『総てこの広大無辺の宇宙間は、無限絶対無始無終の全智全能力を有し給ふ、一柱の大国治立の大神御座しまして万有を創造したまひ、その至粋至純の神霊を伊都の千別きに千別きたまうて、海河山野などの神人を生みたまうたのである。故にこの世界は神の御座さぬ処は一寸の間もない。神を讃美し、かつ神に頼らねば、吾々は片時の間もこの世に生存へることは出来ない。いま吾々が呼吸する息も皆神の御息であつて、決して自己のものでなく、昆虫の端に至るまで、皆神の慈をうけざるはない。ゆゑに天地間において最も敬すべく親しむべく信ずべく愛すべきは、第一に世界の造り主なるただ一柱の真の神なる大国治立尊の尊さを措いて外にはないのである。この大神の聖霊によつて分派出生したる海河山野の神人もまた尊敬しなくてはならない、何事も皆このごとき弱き凡夫は、神の力を借るより外にはないのだ』 と説示した。船中の神人らは各自に口を開いて、 『果して宣伝使の言はるる如くならば、今このスペリオル湖の水中にも神はいますか』 と尋ねける。少彦名神は、 『海には海の神、河には河の神、また船には船の神がある。決して吾々は神を汚してはならないのだ』 船はだんだんと進んで西岸に近づいた。湖辺に明滅する漁火の光は、あたかも夏の夜の暗に螢の飛び交ふごとく、得も云はれぬ光景なり。船中は暗の帳に包まれて真黒である。 このとき頭のピカピカと光つた神は頓狂な声をふりあげ、 『ヤア殺生な、オレを馬鹿にするない』 といふ。船の片蔭にはクスリ、クスリと笑ふ声さへ聞えてゐる。 廿日の月は東の山の端を出でて皎々として輝き始めた。第一番に禿頭は鏡のごとく照り出した。よくよく見れば、ズクタンボー[※但馬地方の方言で「ずぶ濡れ」を意味する「ずくたんぼ」のことだと思われる。]である。禿頭は声を尖らし、 『暗の中で知らぬかと思つて、吾々の頭に尿をした奴がある。暗がりでも神の目は光つてをるぞ、承知がならぬ』 と目の玉まで光らして怒りたてる。傍にゐた屋根葺の手伝ひか、炭焼のやうな顔した黒い男は立ち上り、 『海には海の神があり、船には船の神が御座すと聞いたから、神(髪)なき頭に尿ひつかけたのが何が悪い』 と逆捻を喰らはす。禿頭の男はぶつぶつ呟きながら、湖水の水に光つた頭を洗ひはじめた。船は漸くにして西岸についた。少彦名神は又もや宣伝歌を謡ひながら、西へ西へとあてどもなく進み行く。 (大正一一・一・一三旧大正一〇・一二・一六加藤明子録)
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霊界物語 05_辰_顕恩郷/天の浮橋/言触神 50 磐樟船 第五〇章磐樟船〔二五〇〕 生者必滅、会者定離、栄古盛衰は世の習ひとは云ひながら、一時は聖地ヱルサレムの神都において、大八洲彦命と共に天使の職の就きたりし機略縦横の神人も、今は配所の月を見る、苦しき憂きに大足彦の、神の命の成れの果、この世を忍ぶ足真彦、神と現はれ荒れ狂ふ、魔神の荒びを鎮めむと、神国を思ふ真心の、心の駒に鞭打ちて、山野河海を駆け廻り、天教山の神示をば、四方に伝ふる常磐木の、松の心ぞ勇ましき。足真彦は、 『三千世界一度に開く梅の花、開いて散りて実を結ぶ。時鳥声は聞けども姿は見えぬ』 と世を忍ぶ幽かな声に四方を逍遙ひながら、漸うここに歩みくる。 淵瀬と変る仮の世の、昨日や今日の飛鳥川、彼岸に渡す弥勒の世、弥勒神政の成就を、深く心に掛巻くも、畏き神の宣伝使。 ここは常世の国の紅の郷である。紅の館には蓑彦[※この第5巻第50章に「蓑彦」が8回出るが、他の章(第2巻第22章、同第27章、第29巻第4章)ではすべて「美濃彦」になっている。]といふこの地方を治むる正しき神人があつた。 足真彦は門前に立ち現はれ、この宣伝歌を小声に謡ひつつ、淋しげに通り過ぎた。 少し前方に当つて、頻に木を伐る音が聞えた。足真彦は不知不識その音のする方に歩みを運びつつあつた。 数十柱の神々は一生懸命に汗みどろになつて、この山林の樟の樹の伐採に余念がなかつた。棟梁神と覚しき図体の長大なる色の黒き神は、神々に向つて、 『オーイ皆の神たち、モウ休息してもよいぢやないか』 と呶鳴る。数多の神々は鶴の一声に、得物をその場に捨て、一所に集まり、倒した木に腰を掛けながら、四方山の話に花が咲いた。 甲『オイ皆の者、昔から紅の郷の名物といはれたこの樟樹山を、毎日々々伐採するなんて、一体、こりや何のためだらうな。蓑彦神さまも、ちつとこの頃はどうかして居りはせぬかな』 と辺りを憚る様な手付きをして、そこらをきよろきよろ見廻しながら口を切つた。 乙『ナンダとー。くすくす云ふに及ばぬ、凡夫の分際として、蓑彦様の御精神が判つてたまるかい。只お前たちや黙つて仰のまにまに俯向いて働いて居りやよいのだ。大神さまの為さることをくすくす批評するのは、みの彦、おつと、どつこい、身の上知らずといふのだよ』 丙は澄ました顔をしながら起ち上り、 『そもそもこの山は遠き神代の昔より』 丁『おいおいそらなに吐すのだい、遠きも糞もあつたかい。とぼけ人足に昔からの事が判つてたまるかい。俺が真正の事あ知つてらー。この頃それ、蟻が行列する様にドンドンと海を越えて東の国へ渡る奴があるだろう。彼奴はな、宣伝使とやらの言つたことに胆を潰しやがつて、蟻のやうな小さい神どもが、ユルサレルとか、ユルサレムとか、何だか妙な名の付いた都へ助けて貰ひに行きよるのだと云う事だよ。蟻の行列の様に沢山に並んで、有難いも糞もあつたものぢやない。それよりも船を沢山に持つてをる神人こそ、沢山な船賃を取りよつて、それをホントに有難がつてをるから、蓑彦さまも酢でも、蒟蒻でも、おつとどつこい誠に立派な、お賢い、知慧の深い、利益に敏い、気の利いた、賢明な、敏捷な……』 甲『そりや何を吐かすのだい。同じことばかり並べよつて、早く次ぎへ切り上げて先きを言はぬかい』 丁『切り上げて言へつたつて、コンナ大樹がさう早速に伐り上げられるかい』 甲『馬鹿、その次ぎを早く申せと言ふのだ』 丁『その次ぎはその次ぎかい。それでな、蓑彦さまは身の得を考へて、沢山に立派な船を造つて、蟻のやうな凡夫を沢山に乗せて駄賃を吸ひあげる積りだよ。吾々は汗水垂らして毎日日日木を伐らされて、ホントに気が利かないよ』 戊『馬鹿いへ、蓑彦はソンナ欲な神さまぢやない。よくも無い神人さまだよ』 丁『欲ないから悪いのだ。ソンナこと言つてゐると、今にそれ勝彦のやうに、またどえらい目玉を剥かれて、縮み上つて吠面かわいて謝まらねばならぬ事が出来てくるワ』 乙『真正の事は、お前たちも確乎せぬと大洪水が出るのだよ。蓑彦さまは吾々を助けるために、昔から秘蔵のこの山を伐つて、立派に樟の船を造つて、サア世界の大洪水といふ時に、お前たちも助けてやらうといふ御精神ぢや。そりやもう、ちつとも間違ひはないよ。吾々は堅くかたく信じてゐるのだ。堅いといつたら石に証文、岩に判を押したやうなものだよ』 丁『ソンナ大洪水が実際あるものだらうかな。俺もこの間から、何だか気に掛るのだ。毎日日日、今日で四五十日も雨はざあざあと降りつづくなり、大河小川の堤が切れるなり、低いとこの家はみな流されて了ふなり、この調子で二年も三年も降り続くものなら、それこそ事だ。きつと山も何にも沈んでしまふに違ひない。マア、マア、一生懸命に蓑彦さまの仰せに従つて働かうかい』 一同『それが宜からう、それが宜からう』 といつてまた起ち上り、樟の伐採に着手せむとする時、低い声にて宣伝歌を謡ひながら出て来る神人があつた。 『朝日は照るとも曇るとも 常世の暗は晴れぬとも 大地は泥に浸るとも 誠の力は世を救ふ』 と謡ひつつ此方に向つて進み来る。神人らはこの宣伝使の歌に耳を傾けた。後より又もや、 『おーい、おーい』 と呼ばはりながら、宣伝使の後を追つかけて来る威厳ある男ありき。即ちこれは蓑彦なりける。一同は大地に拝跪した。 蓑彦は宣伝使にたいし、鄭重に挨拶をなし、かつ地上神人の為に千辛万苦を排し、世界を遍歴し警告を与へ給ふその至誠を感謝しつつ、紅の館に伴ひ帰つた。 足真彦は蓑彦に導かれ、館に立ち入り、奥殿深く進み入りぬ。 そこには幾丈とも知れぬ大岩石があつて、数多の神人の姿が天然に現はれて居た。 よくよく見れば王仁の身は、高熊山の岩窟の前に、何時の間にか霊より覚めて、両眼をぱつちり開いてその岩窟を眺めいたりけり。 (大正一一・一・一四旧大正一〇・一二・一七井上留五郎録) (昭和一〇・三・二〇於瀬戸内海航海中王仁校正)
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霊界物語 06_巳_大洪水/国生み神生み/三五教の誕生 総説 総説 太古の神霊界における政治の大要を述べて見ようと思ふ。固より数百万年以前の事であつて、吾々人間としては、その真偽を的確に判別する事は到底不可能であります。然し王仁の述ぶるところは、臆説や想像ではない。また創作物でもない。高熊山における霊学修行中に、見聞したる有りのままを、覚束なき記憶より呼び出して、僅かにその片鱗を吐露したばかりであります。 現代文明の空気に触れたる、天文地文学者や国学者および宗教家、哲学者などの、深遠なる知識から、この物語を見るならば、実に欠点だらけで、中には抱腹絶倒、批判の価値なきものと、断定さるるでありませう。しかし王仁の物語は、寓意的の教訓でもなければ、また虚構でもない、有りのままの見聞談である。 総て霊界の話は現界とは異つて、率直で簡明であり、濃厚複雑等の説話は、神の最も忌み玉ふところ、女にも子供にも、どんな無知識階級にも、なるべく解り易く、平易簡単にして、明瞭なるを主眼とするが故である。 本巻は、いよいよ天津神の命により諾冊の二尊が、天照大御神の御魂の大御柱を中心に、天より降り、天の浮橋に立ちて、海月なす漂へる国を修理固成し玉ひ、現代の我日本国即ち豊葦原の瑞穂の中津国を胞衣となし、かつ神実として、地上のあらゆる世界を修理固成し玉うた神界経綸の大略を述べたものであります。それゆゑ舞台は、地球上一般の神人界に渉つた出来事であつて、区々たる極東我神国のみの神話を写したものでない事は勿論である。 ○ 総て太古の御神政は神祭を第一とし、次に神政を行ひ、国々に国魂神があり、国魂神は、その国々の神王、又は八王などと云つて八尋殿を建てられ、殿内の至聖処に祭壇を設け、造化三神を鎮祭し、神王および八王は、同殿同床にて神明に奉仕された。さうして神政は左守神又は右守神(或は八頭神とも云ふ)に神示を伝へ神政を司掌らしめ玉うたのであります。さうして国治立命御神政の時代は、[※御校正本・愛世版では「国治立命御隠退の時代」だが、天使長という聖職があったのは国祖隠退後ではなく、国祖神政中であり、意味がおかしくなる。そのため霊界物語ネットでは校定版・八幡版に準じて「隠退」を「神政」に直した]天使長と云ふ聖職があつて、国祖の神慮を奉じ、各地の国魂たる八王神を統轄せしめつつあつたのが、諾冊二尊の、淤能碁呂嶋へ御降臨ありし後は、伊弉諾の大神、八尋殿を造りて、これに造化の三神を祭り玉ひ、同殿同床の制を布き、伊弉冊尊を、国の御柱神として、地上神政の主管者たらしめ玉うたのであります。しかるに地上の世界は、日に月に、体主霊従の邪気漲り、物質的文明の進歩と共に、地上神人の精神は、その反比例に悪化し、大蛇、鬼、悪狐の邪霊は天地に充満して有らゆる災害をなし、収拾すべからざるに立ち致つた。そこで神界の神人の最も下層社会より、所謂糞に成り坐すてふ埴安彦神が現はれて、大神の神政を輔佐し奉るべく、天地の洪徳を汎く世界に説示するために教を立て、宣伝使を天下に派遣さるる事となつたのである。 また国祖国治立命は天教山に隠れ、世界の大峠を免るることを汎く地上の神人に告げ諭し、大難を免れしめむとして、宣伝使神を任命し、地上の世界に派遣せしめ玉うた。これが神代における、治教的宣伝の濫觴であつたのである。さうして宣伝使神の任にあたる神は多芸多能にして、礼、楽、射、御、書、数の六芸に通達してゐた神人ばかりである。さうして一身を神に捧げ、衆生救済の天職に喜びて従事されたのである。 それより後、埴安彦、埴安姫の二神司が地上に顕現して麻柱教を説き、宣伝使を任じて世界を覚醒し、神人の御魂の救済に尽さしめた。その宣伝使もまた、士、農、工、商の道に通達し、天則を守り忍耐を唯一の武器として労苦を惜まず、有らゆる迫害を甘受してその任務を尽したのである。現今の各教各宗の宣教師の、安逸遊惰なる生活に比すれば、実に天地霄壤の差があるのである。 総て神の福音を述べ伝ふる宣伝使の聖職に在るものは、神代の宣伝使神の心を以て心とし、克く堪え忍び以て神格を保持し、世人の模範とならねばならぬのである。 ○ 太古の人民の生活状態は、今日のごとく安全なる生活は到底望まれ得なかつた。家屋と云つても、木と木とを組み合せ、杭を地上に打ち、藤蔓の蔓を以てこれを縛り、茅や笹の葉や木の葉を以て屋根を覆ひ、纔に雨露を凌ぐものもあり、岩窟の中に住むもの、山腹に穴を穿ち、草を敷きて住むもの、巨岩を畳み、洞穴を造つてこれに住むものなどで、衣服のごときも、一般の人民は獣皮を身に纏ひ、或は木の葉を編み、草を編み、麻の衣を着るものは人民の中でも最も上等の部である。また絹布を纏へるは最も高貴なる神人のみであつた。 夫れでも古代の人間は天地の大恩を感謝し、生活を楽しみ、和気靄々として楽しくその日を暮して居つたのである。さうして村々には酋長の如きものがあつて、これを各自に統一してゐた。遂には地上に人間の数の殖えるに従つて、争奪をはじめ、生存競争の悪社会を馴致し、弱肉強食の修羅場と化するに至つた。その人心を善導すべく、神の大御心に依つて教なるものが興り、宣伝使の必要を招来するに至つたのであります。 大正十一年一月二十五日旧十年十二月二十八日 出口王仁三郎
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霊界物語 06_巳_大洪水/国生み神生み/三五教の誕生 06 暗雲消散 第六章暗雲消散〔二五六〕 ここに月照彦、足真彦、春日姫、春姫は、悠々と温泉に入りて心身を清め、いづれも携へ来れる包みより立派なる衣服を取出し、心も身をも新しく着換へながら、天地に向つて恭しく天津祝詞を奏上し、かつ感謝し終つて美山彦の居間に立現はれ、細紐を以て手足を縛り、長柄の杓に水を汲みて、その顔面および全身に注ぎ酔を醒させけるに、美山彦は驚いて俄に酒の酔を醒し見れば、四人の男女は枕頭に儼然として控へゐる。夢か、現か、幻か、美山彦は辺をきよろきよろ見廻すをりから、春日姫は声をはげまし、 春日姫『汝悪党の張本美山彦、妾が宣伝歌を耳を澄して聴けよ』 といふより早く、 春日姫『三千世界一度に開く梅の花 開いて散りて実を結ぶ 時鳥声は聞けども姿は見せぬ』 と謡ひ始めけるに、美山彦は頭上を鉄槌にて打ち叩かるるごとく、胸を引裂かるるごとき心地して、苦しみ悶えだしたり。春日姫は声もさわやかに、又もや流暢なる声調にて頻りに謡ふ。美山彦は七転八倒目をむき、泡を吹き、洟を垂らし、冷汗を滝のごとく流して苦しみもだえける。春日姫は言葉を重ねて、 春日姫『妾かつて汝を帰順せしめむとして、この山河を過ぐる折しも、汝の部下の鬼熊彦らの悪人現はれ来り、妾は女の身の遂に衆寡敵せず、侍女春姫と共にこの館に捕虜はれ、日夜の侮辱をうけ、悲しみの月日をおくり、大切なる宣伝を妨げられたるは、千載の恨事なり。されど至仁至愛の大神は、決して悪を悪とし、敵を敵としてきため給ふことなく、飽くまで慈愛の乳房を哺せ、改心を迫らせ給ふなり。妾は今汝を殺さむとせば、あたかも嚢中の鼠のごとし。されど五六七神政の宣伝使たる妾らは、汝らごとき小人を苦しむるに及ばず、慈愛を以て汝が生命を救はむ。汝今より翻然として前非を悔い、真心に立帰らば、汝が縛めの縄を解き、自由の身となさむ』 と宣示すれば、美山彦は無念の歯噛みを為し、 美山彦『殺さば殺せ。か弱き女性の分際として、われに向つてさも横柄なるその言葉つき、目に物見せむ』 と縛めの縄を引切らむとして藻掻きはじめたり。されど縄は強くして切れず、眼をいからし、恨めし気に春日姫を睨めつけ居たる。このとき月照彦、足真彦は、 月照彦、足真彦『アヽ美山彦、汝は吾が顔に見覚えあるか』 と被面布をめくれば、美山彦は大に驚き、歯をガチガチ震はせながら、たちまち色蒼白め、唇は紫色に変化したりける。 折しも大広間に当つて叫喚の声聞え来たる。即ちこの場は春姫に監視せしめ、三人は大広間に現はれ見れば、いづれの奴原も、足真彦、春日姫の二人に手足を縛られたることを覚り、おのおの声を放つて泣き叫ぶなりける。三人は又もや宣伝歌を高唱したるに、いづれも激しき頭痛胸痛を感じ、縛られたるまま前後左右にコロコロと回転し始めたり。尚も三人は宣伝歌を頻に唱へ続くる。酔ひつぶれたる奴原は、一時に酔を醒し、 『救けて、救けて』 と口々に叫ぶ。春日姫は禿頭の鬼熊彦に向ひ、 春日姫『汝は常世城において腕を折りし蚊取別ならずや』 と尋ぬれば蚊取別は手足を縛られながら、 蚊取別(鬼熊彦)『カトリワケ』 とわづかに答へける。 ここに三人は、いよいよ天地の大道を説き宣伝歌を謡ひ、遂に彼らに憑依せる邪神を退去せしめ、各自の縛を解きやりければ、一斉に両手を合はせて跪き、その神恩に感謝し声を揃へて天津祝詞を、足真彦の導師の言葉につれて、恭しく奏上したり。 その勇ましき声は九天に轟きわたり、今まで暗澹たりし黒雲の空は、その衣を脱ぎて処々に青雲の破れを現はし、遂には全くの蒼空と化し去りにける。 美山彦は、遂に我を折り帰順の意を表したるにぞ、ここに四人は、美山彦以下に天教山の教示を諭し、向後を戒め、悠々として鬼城山を下り、ナイヤガラの瀑布に一同身を浄め、ふたたび宣伝使として諸方を遍歴したりける。 (大正一一・一・一六旧大正一〇・一二・一九外山豊二録)
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霊界物語 06_巳_大洪水/国生み神生み/三五教の誕生 17 極仁極徳 第一七章極仁極徳〔二六七〕 見渡す限り地は一面の泥の海、彼方此方の高山は僅かにその頂を水上に現はすのみなりき。地教山に漂ひきたる方舟は幾百千とも限り無く、山の八合目あたりに打つけたる太き杭に舟を繋ぎ、やうやく難を避け、山上の神殿めがけて、隙間もあらず駆け登るあり。浪のまにまに漂ふ数多の材木に、生命大事と縋りつきし神人は互ひに先を争ひ、或ひは水に陥り、或ひはかぢりつき、丸き柱のクルクルと、廻る因果の恐ろしさ。 琴平別は、あまたの眷族を随へ、最も巨大なる亀と化し、地上の神人をその背に乗せ、浪のまにまに漂ひつつ高山めがけて運びきたる。金銀橋の上よりは最早救ふべき神人も絶えたりと見え、天橋は合一して、一つの橋となりぬ。未だ銅橋よりは、盛ンに銅線の鉤を垂下して、浪に漂ふ神人を救ひ上げつつありき。これも漸くにしてその影を没し、東天より、西天にただ一筋の黄金の長橋と変りをはりぬ。 阿鼻叫喚の声は、四方八方に起り、吹き荒ぶ風の音、波の響きは実に名状すべからざる惨澹たる光景なり。 地教の山に坐します野立姫命は、廻りくる黄金の橋にヒラリと飛び乗り給ふや、金橋はたちまち回転を始めて、天教山に触れ届きける。野立姫命は、直ちに天教山に下り給ひぬ。このとき金橋は早くも東南に廻りゐたりける。 野立彦命、野立姫命は、地上の惨状を見て悲歎に堪へず、忽ち宇宙の大原因神たる大国治立命に向つて祈願し、且つ日の神、月の神の精霊にたいして、 『地上の森羅万象を一種も残さず、この大難より救はせ給へ。我らは地上の神人を始め、一切万有の贖ひとして、根底の国に落ち行き、無限の苦しみを受けむ。願はくは地上万類の罪を赦させ給へ。地上のかくまで溷濁して、かかる大難の出来したるは吾らの一大責任なれば、身を以て天下万象に代らむ』 と言ふより早く、天教山の猛烈なる噴火口に身を投じて神避りましける。 神の仁慈は、実に無限絶対にして、吾々人間の想像も及ばざる極仁極愛の御精神なるを窺ひ奉りて感謝すべきなり。 アヽ『惟神霊幸倍坐世。』 (大正一一・一・一八旧大正一〇・一二・二一外山豊二録)
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霊界物語 06_巳_大洪水/国生み神生み/三五教の誕生 35 北光開眼 第三五章北光開眼〔二八五〕 霊鷲山の宣伝神北光天使は泰然自若として、一心不乱に神教を説き進めつつあつた。一同の中より、 乙『宣伝使にお尋ねします。私は御存じのとほり、片目を抉られました。幸ひに片目は助かつたので、どうなりかうなり、この世の明りは見えますが、時々癪に触ります。貴下の御話を承り、かつ御忍耐の強きに感動しまして、私も貴下のやうに美しき心になつて、直日とやらに見直し聞き直さうと、覚悟は定めましたが、どうしたものか、腹の底に悪い蟲が潜んで居まして承知をして呉れませぬ。これでも神様の御意に叶ひませうか。どうやらすると、仇を討て、仇を討て、何をぐづぐづしてゐる。肝腎の眼球を刳られよつて、卑怯未練にもその敵を赦しておくやうな、弱い心を持つなと囁きます。どうしたら之が消えるでせうか。どうしたら之を思はぬやうに、綺麗に忘れる事ができませうか』 北光彦『御尤です、それが人間の浅ましさです。しかし、そこを忍耐せなくてはならないのです。何事も惟神に任せなさい。吾々がかうして一口話をする間も、死の悪魔は吾々の身辺を狙つて居るのです。また吾々の心の中には、常に鬼や悪魔が出入をします。それで人間は生れ付の直日の霊といふ立派な守護神と相談して、よく省みなくてはなりませぬ。笑つて暮すも泣いて暮すも、怒つて暮すも勇んで暮すも同じ一生です。兎にかく忘れるが宜しい。仇を討つべき理由があり、先方が悪ければ神様はきつと仇を討つて下さるでせう。人間は何よりも忍耐といふことが第一であります。人を呪はず、人を審判ず、ただ人間は神の御心に任して行けばこの世は安全です。何事も神様の御心であつて、人間は自分の運命を左右する事も、どうする事も出来ないものです。生くるも死するも、みな神様の御手の中に握られて居るのである。ただ人は己を正しうして人に善を施せば、それが神様の御心に叶ひ、幸福の身となるのです。人間としてこの世にある限り、どうしても神様のお目に止まるやうな善事をなすことはできませぬ。日に夜に罪悪を重ねてその罪の重みによつて種々と因縁が結ばれて来るのです。あなたが眼球を刳られたのも決して偶然ではありますまい。本守護神たる直日に見直し聞き直し、省みて御覧なさい。悪人だと思つても悪人でなく神様に使はれてをる人間もあり、善人だと見えてもまた悪魔に使はれてをる人間もあります。善悪正邪は到底人間として判断は出来ませぬ。ただ惟神に任せて、神の他力に頼つて安養浄土に救うて貰ふのが人生の本意であります。惟神霊幸倍坐世』 と合掌する。折しも甲は、 甲『ヤイ皆の奴、こんな恍けた教示を聞く馬鹿があるか。それこそ強い者勝の教だ。此奴はきつとウラル彦の間諜だぞ。俺のやうな弱い者を、舌の先で、ちよろまかしよるのだ。オイ金州、貴様は片目を刳られて、今朝まで仇を討つと吐かして力んでけつかつたが、今の態つたらどうだい。さつぱり宣伝使に盲にせられよつて、今に片方の目も取られてしまふのを知らぬか。オイ片目、所存の臍をかんち、否、固めてかからぬと馬鹿な目玉に遇はされるぞ。コラヤイ、何処から北光彦の宣伝使、貴様もえらい目に遇はしたらうか』 といふより早く、削竹を持つて宣伝使の右の眼をぐさと突いた。宣伝使は泰然としてその竹槍を抜き取り、片手に目を押さへながら、右の手に竹槍を持ち、押戴き天に祈り始めた。 甲『ヤイ腹が立つか。天道様に早く罰を与へて下さいなんて、竹槍を頭の上に戴きやがつてるのだらう。滅多に此方さまに罰が当つてたまるかい。悲しいか、痛いか、苦しいか、涙を雫しよつて。今まで太平楽の法螺ばかり垂れてその吠面は何だ。今迄の広言に似ず、何をメソメソ呟いてゐるのだイ』 と言を極めて嘲弄した。宣伝使は竹槍を頭に戴き、右手にて目を押さへながら、[※校定版・八幡版では「右手(めて)」ではなく「左手(ゆんで)」になっている。これは、前の方で「右の手に竹槍を持ち」と書いてあり、その竹槍を右手で持ったまま、同時に目を押さえるのではおかしいため、「左手」に変更したものと思われる] 北光天使『アヽ天地の大神様、私は貴神の深き広きその御恵と、尊き御稜威を世の中の迷へる人々に宣伝して神の国の福音を実現することを歓びと致します。殊に今日は広大無辺の御恩寵を頂きました。二つの眼を失つた人間さへあるに、私は如何なる幸か一つの眼を与へて下さいました。さうして一つのお取り上げになつた眼は、物質界は見ることは出来なくなりましたが、その代りに、心の眼は豁然として蓮の花の開くが如く明になり、三千世界に通達するの霊力を与へて下さいました。今日は如何なる有難い尊き日柄でありませう。天地の大神様に感謝を捧げます』 と鄭重に祈願を捧げ、天津祝詞を声朗かに奏上した。一同の人々は感涙に咽んでその場に平伏しうれし涙に袖絞る。甲は冷静にこの光景を見遣りながら、 甲『オイ腰抜け、弱虫、洟垂れ、小便垂れ、減らず口を叩くな。三文の獅子舞口ばかりぢや。それほど眼を突かれて嬉しけりやお慈悲に、も一つ突いてやらうか』 と又もや竹槍を持つて左の目を突かうとした。このとき東彦命はその竹槍を右手にグツと握つたとたんに右方へ押した。甲はよろよろとして倒れ、傍のエデン河の岸より真逆さまに顛落した。北光天使は驚いて真裸体となり河中に飛び入り、甲の足を掴み浅瀬に引いて之を救うた。 これよりさしも猛悪なりし乱暴者の甲も衷心よりその慈心に感じ、悔い改めて弟子となり宣伝に従事することとはなりぬ。宣伝使は之に清河彦と名を与へたり。因みに北光天使は天岩戸開きに就て偉勲を建てたる天の目一箇神の前身なりける。 (大正一一・一・二二旧大正一〇・一二・二五加藤明子録)
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霊界物語 06_巳_大洪水/国生み神生み/三五教の誕生 36 三五教 第三六章三五教〔二八六〕 五大教の宣伝使東彦天使は、北光天使の無限の慈悲心と、その忍耐力に感服し、口を極めてその徳を讃嘆し、かつ天地に向つて、 東彦天使『吾々は宣伝使の聖き職にありながら、かくまで仁慈深く、忍耐強く世に処する事はできなかつた。実に神に対しても恥かしく、且つ申訳もなき次第であつた。今日まで、意気揚々として自分は最も聖き者、正しき者、かつ博愛に富み忍耐強き者と自惚れてゐた。然るに三大教宣伝使の心と、その行ひの立派さ尊さ、吾々宣伝使はその足下にも寄りつけない。嗚呼今日は慈愛深き大神様の御恵みによつて、活たる教訓をうけました。嗚呼今日極めて尊き神様の大御心を覚らして頂きました。過去を顧みれば、私はヨウも大きな面をして、宣伝歌を謡ひながら、天下を遍歴したことでせう。かくのごとく不純にして愛の欠げたる吾々が、天下の人々に向つていかに口を酸くして説き諭すも、何ほど骨を折るも、その効果の挙がらないのは当然であります。嗚呼神様よ、自惚強き、力弱き、心の暗き盲目同様の吾々を、今日までよくも赦して下さいました。私のごとき盲目が、世の中の盲目の手を曳いて、暗の地獄へ導いたことは何ほどか判りませぬ。一生懸命に心を尽し、身を尽し、神様の誠の御用を努めさして頂いた積りで、神様の御邪魔ばかり致して居りましたことを、今更の如く悔悟いたします。ドウカ吾々の心に一ツの灯火を照らさせ給うて、三大教の宣伝使北光天使様のやうな、聖き美はしき、仁慈に富める、耐へ忍びの強き天使とならしめ給へ。吾々に天津神より下し給うたる、直日の御霊の本守護神をして、天地に輝き渡る美はしき、伊都能売の霊魂として、御用の一端に御抱へ下さらむことを願ひ奉ります』 と感謝の涙に咽びつつ、祈願を凝らしける。 北光天使を始め一同は感謝の涙に打たれて、ここに一同宣伝歌を合唱し、声朗かに天津祝詞や神言を奏上したり。 今まで雨雲に包まれたる大空は東西にサツと開けて、中天には明光赫々たる日の大御神が一同の頭上を照らし給ひぬ。 ここに北光天使は南へ、東彦天使は西へと、再会を約し惜き別れを告げにけり。 而して一同は、二人の宣伝使の弟子となつて、天下に神の福音を述べ伝ふこととなりける。 清河彦『エデンの河の水清く心も聖き宣伝使 西と南に別れ行く黄金の山は天空に 天津日の如輝きて烏羽玉の世を照らしつつ 神の御国に救はむと埴安彦命もて 東の国や西の国海川山野打ち渡り 霜の朝や雪の宵踏み分け進む神の道 霊鷲山に現れ坐せる三葉天使の命もて 玉の井村に現はれし心も聖き宣伝使 暗きこの世を照さむと巡り巡りて北光の 天使の命の宣伝歌清く流れてエデン河 岩より堅き真心を打ち破り諭す岩の上 巌に松の生ふるてふ常磐堅磐の神の世に 造り固めて天に坐す天津御神の御許べに 功績を建てむと勇ましく足に任して葦原の 千草百草押し分けつ四方の民草救ひ行く 嗚呼勇ましき宣伝使実にも尊き宣伝使』 と清河彦は、二人の宣伝使を讃美する歌を謡ひながら、霊鷲山に北光天使と共に到着したりける。 ここに東彦は、一たん黄金山の山麓の埴安彦神の御許に帰り、三大教の宣伝使たる北光彦の言心行一致の神業を讃嘆しながら奏上し、かつ三大教の教義を詳細に語つた。埴安彦神は之を聞いて大に感じ、直に使を霊鷲山に遣はし、三葉彦神を迎へ帰らしめたり。 三葉彦神は三大教の教主である。このとき北光天使より、五大教の教義を詳細に聞きて大に歓びつつあつた際のこととて、直に承諾の意を表し、北光天使と共に黄金山に参ゐ上り、埴安彦神に面会して、種々教理を問答し、互に諒解を得て此処に両教を統一し、三五教と改称することとなりぬ。 而して埴安彦神は女神にして、三葉彦神は男神なり。ここに両教一致の結果、三葉彦神は名を改めて、埴安姫神となりて女房役を勤め、救ひの道を天下に宣伝することとなりぬ。この東彦は、天岩戸の前に偉功を建てたる石凝姥天使の前身なり。 (大正一一・一・二二旧大正一〇・一二・二五石破馨録) (第三〇章~第三六章昭和一〇・二・一六於阿万支部王仁校正)
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霊界物語 06_巳_大洪水/国生み神生み/三五教の誕生 44 俄百姓 第四四章俄百姓〔二九四〕 狭田長田、高田窪田に三々五々隊伍を整へ、鋤の後均しする男、声面白く唄ひながら苗を挿す早乙女の姿の勇ましさ。 二人の宣伝使はこの光景を見てゐたりしが、広道別は開口一番、 広道別『嗚呼立派なものだ。この光景を見ると、まるで天国のやうな思ひがするね。世界中の人間が、かうやつて一生懸命に働かうものなら、世の中に一つも苦情は起りはしない。吾々は宣伝使が辛いと思つてをるが、この百姓の働きを見れば、別にどんな苦労艱難しても足りないやうな心持がする。粒々みな辛苦になつた米を吾々は頂いて、神様や社会の恩に浴し、手厚い保護を受けながら、御道の為だの、国の為だのと云つて、宣伝使面を提げて歩いて居るのは、実にお百姓に対しても、天の神様に対しても、恥かしいやうな気がする。一つ吾々は冥加だ、百姓に頼んで手伝はして貰ひたいものだナア』 雲路別天使も、 雲路別『なるほどそれは結構だ。一つ掛け合つてみようかな』 と覚束なげに首を傾けたりける。 田男甲(田子作)『アーア、お百姓さまも随分苦しいね。オヽ、吾輩はモヽモウ倦がきた。アー嫌いや』 と溜息をつく。 乙(虎公)『なンだい。烏の案山子のやうに田の中に立てつて、大きい口開けよつて、欠伸ばかり為よつて、倦がきたなンて、何とぼけてゐるのだい。立てつて夢みる奴があるかい。秋が来りやお米が穫れて結構だが、まだ夏の最中だぞ。泥水なと掬つて、手水でも使へ。貴様のやうに立てつてをると、空の鳶奴が糞引つかけるぞ。案山子野郎奴』 甲(田子作)『猫の手も人の手なンて、なンぼ忙しいといつて、人間の手を猫の手にしよつて……』 乙(虎公)『さうだから手水を使へといふのだ。昨日も雨が降るといつて、俺ンとこの三毛が唾をつけては自分の顔をなでて手水使うてをつた。貴様の手は猫で結構だ』 甲は怒つて、携へ持つた鍬を振り揚げ、泥田を力かぎりびしやつと打ち叩いた。その途端に泥水は乙の顔にどさりとかかつた。乙は怒つて、 虎公『貴様なにをする』 といひながら、又もや鍬を振り揚げて、甲の方めがけてぴしやつと泥田を打つた。泥水は甲の顔に、嫌といふほど飛びかかれば、 甲(田子作)『オイ、喧嘩か。喧嘩なら俺ら飯より好きだ』 と泥田の中に立つて、両手に唾しながら四股踏み鳴らし、 田子作『サア来い』 と大手を拡げる。乙は負けぬ気になり、 虎公『己れ田吾作見違ひするな。虎も目をふさぎ爪を隠してをれば、猫だと思ひよつて、コラ、この虎はんの腕力を見せてやらう』 といふより早く、節くれだつたり、気張つたり、仁王の様な瘤だらけの腕を捲つて、泥田の中にて角力をはじめた。数多の百姓は、一時に仕事を止めて、 百姓『オイ、田吾待て待て、喧嘩なら山でせい』 と四方八方より走り寄る。田吾作は一生懸命に逃げ出す。虎は追ひかける。丙は虎の蓑を引つつかみ、 丙(杢兵衛)『逃げる奴を追ひかけるに及ばぬ、降参した奴は許せゆるせ』 虎公『杢兵衛の知つたことかい。貴様俯向いて蛙飛ばしが性に合ふてゐらア。俺をなんと心得てをる。丑の年に生れた虎さまだぞ。丑寅の金神さまぢや。相手になつたら祟るぞ』 と眼玉を剥いて呶鳴りつけた。二人の宣伝使は思はず知らず、田の中へ飛び込み、 二人の宣伝使(広道別、雲路別)『マアマア、丑寅の金神さま、どうぞ穏かにお鎮まりを願ひます。私が貴方に代つて御手伝をさして頂きますから、どうぞ貴方はお疲れでせうから暫くお休みください』 虎公『どこの何者か。百姓のやうなえらい仕事は、どうしてもよう宣伝使、貴様たちは気楽相に「飲めよ騒げよ一寸先ア暗だ」なんぞと吐かして、気楽相に歩く風来者だらう。一遍百姓の辛い味も知つたがよからう。サア、この鍬を貸してやらう、これで泥を均すのだ、判つたか。アヽ俺も休みたいと思つてをつたとこへ、妙な奴が降つてきよつたものだ。オイここに田吾の鍬もあるわ。丁度合うたり、叶うたり、神妙にやつてくれ。御褒美には麦飯の握飯でも、一つや半分は振れ舞つてやるからな』 二人の宣伝使は何事もただ「ハイハイ」といつて、田植の手伝ひを、汗みどろになつて行つて居た。さうしてその翌日も、その翌々日も田植の済むまで、彼方此方を手伝ひ廻つた。 この事が百姓仲間に感謝されて、たうとう早苗饗祭まで水田の中の生活を続けたりける。 早苗饗祭には、田植の無事終了を祝するため村中の老若男女が集まり、団子や餅を搗きて祝ふ。 この時に二人の宣伝使も招かれて此席に列し、三五教の教理を説き諭したれば、これがためこの一村は、全部神の恵に浴する事となりける。 (大正一一・一・二四旧大正一〇・一二・二七井上留五郎録)
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霊界物語 07_午_日の出神のアフリカ物語 05 日出ケ嶽 第五章日出ケ嶽〔三〇五〕 日の出神、石巣比売、その他二神の前に、息せき切つて現はれきたり、石土毘古の危急を報じたる男は、旧と竜宮城の従属なりし豆寅なりける。 豆寅はその名のごとく、豆々しく何れの神人にも、よく仕ふる男なり。善悪正邪の区別なく、その旗色の善し悪しを見て、波のごとく漂ふ軽卒なるハシタ者なり。常に神業の妨害のみ不知不識の間に為しつつありしが、彼の本心は極めて正直なりける。 大国治立の大神の御代より、この男の行動を看過し給ひしも、彼が心中には一片の悪意なかりし故なり。諺にも『腐り縄にも取り得あり、棒杭も三年経てば肥料となる』との筆法にて、至仁至愛の神は之を寛恕し給ひたるなりき。 この時、豆寅は八岐の大蛇のあまりの暴虐に驚き、石土毘古を虐ぐるを見るに忍びず、驚いて本心に立ちかへり、その妻神の石巣比売に、この危急を報告したるなり。四柱神は豆寅を先頭に、巌窟の奥深く進みいりけるに、隔ての岩戸は堅く閉され一歩も進むこと能はざりしかば、四柱は止むを得ず、岩戸に耳をすりつけて様子を聞き入るに、邪神の囁く声、大蛇の呶鳴る声、石土毘古の怒り声、手にとる如く聞えけり。 されど、岩戸は堅く閉されて開くこと容易ならざりしが、この時、康代彦は祝詞を奏上し、拳骨を固めて門戸を打ちたたけば、門は意外に脆く左右にサツと開きぬ。日の出神はその勇気を賞し、我が神名の一字を与へて大戸日別と称へしめたまひぬ。 日の出神を先頭に四柱は、なほも奥深く進み入りぬ。流石に弱き豆寅も、四柱神の勇神猛将の力を藉り、虎の威を藉る狐のごとく、禿げた頭に捻ぢ鉢巻きをしながら、瓢箪を逆様にしたやうな面をヌツと突き出し、真先に進み劫託を並べ、 『こらやいこらやい八岐大蛇今日は命の正念場 この方を何と心得る酒酌め豆寅汗拭け豆寅 肩もめ豆寅腰うて豆寅豆な俺ぢやと思ひやがつて 今まで俺を酷使ひ大事の大事の秘密まで サツパリ明したうつけ者俺を何ぢやと心得る 日の出神の一の乾児その乾児モ一つ乾児また乾児 そのまた乾児の豆狸オツトどつこい豆寅の 俺の頭を知らないか目玉も光るがよく光る 俺の頭にや日の出神が宿つて御座るが知らないか 八岐の大蛇の偉さうに岩戸の中へと逃げ込ンで 鳥なき里の蝙蝠か弱い者虐めの曲津神 豆寅さまのこの腕で曲津の神も一掴み 掴み潰して食てやろかサアサアサア返答返答』 と、シヤチコ張りゐる。 大蛇は噴き出し、 『塵に等しきヤクザ共、劫託ひろぐな』 と言ふより早く、鉄拳を堅めてポカリと打てば、豆寅は三つ四つ中空を水車の如く、くるくると廻つて、傍の巌窟に腰を打ちつけ、 『イヽヽヽイツタイ』 と泣き出す。曲津共は此方を目がけて一斉に詰め寄り来たる。 真鉄彦は真先に進み出で、臍下丹田より息を吹きかくれば、忽ち巌窟の中は狭霧に包まれ、四辺を弁ぜざるに致りぬ。天地も破るるばかりの音聞ゆると共に、巌窟の屋根は落ちて、たちまち天上の青雲あらはれ来り、大蛇は数多の部下を伴ひ、黒雲を捲き起し、西方の天を目がけウラルの山指して一目散に逃げ帰りけり。 日の出神は真鉄彦に天吹男神といふ名を与へたまひ、自分は東方の山巓に登り、天津日の神に感謝の祝詞を奏上したまひけり。この山を今に日の出ケ嶽とぞいふ。 大事忍男神は大台ケ原の守護神となり、石土毘古、石巣比売は、この巌窟を住家とし、国土を永遠に守護し玉ふ事となりける。日の出神は大戸日別、天吹男を伴ひ、悠々として大台ケ原山を下り行く。 (大正一一・一・三〇旧一・三桜井重雄録)
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霊界物語 07_午_日の出神のアフリカ物語 16 釣魚の悲 第一六章釣魚の悲〔三一六〕 再び暴たる光景に船の諸人はまたも不安の念に駆られ、猫に逐はれし鼠の如く頭を垂れ呼吸を凝し、戦慄き伏してチウの声も挙げ得ざりける。 この四辺は大小無数の岩石水面に起伏して危険極まる区域なり。一つ違へば船は忽ち破壊覆没の厄に遭ふ地点にして、地獄の釜の一足飛び、人々の生命は恰も轍迹の魚か石上の累卵か、危険刻々に迫り来たりける。このとき船の一方に声あり。 (日の出神)『禍多き人の世は飯食ふ暇も附け狙ふ 情嵐の吹き荒び何の容赦も荒浪の 涙の淵に沈みたる世の諸人を天津日の 神の恵に救はむと黄金山に現はれし 三五教の宣伝使日の出神と現はれて 波風猛る荒海を渡りてここに太平の 神世を修理固成めむと常世の国に進み行く 心も広き海原や神の恵の弥や深く 大御稜威は久方の天津御空にそそり立つ 天教山も啻ならず神徳高き照妙の 衣を捨てて簑笠の服装も軽き宣伝使 重き罪人救はむと教の船に棹さして 闇の海原進み行く黒白も分かぬ暗の夜に 苦しみ迷ふ人々の心の波は騒ぐとも 魂の月は曇るとも天津日の出の宣伝使 光り輝く言霊に眠を醒せ眼を開け 眠を醒せ眼を開け神が表に現はれて 善と悪とを立て別るこの世を修理固成りし神直日 心も広き大直日ただ何事も人の世は 直霊に見直し聞き直せ身の過は宣り直せ 神の御子なる人草は恵も深き神の前 祈りて効験あらざらめ祈れよ祈れ諸人よ 神は汝と倶にあり神は汝と倶に在り 心の岩戸を押開き鬼や大蛇を逐ひ出し 三五教の神の教心の倉に隙間なく 充たせ足らはせ諸人よ充たせ足らはせ諸人よ 世は紫陽花の七変り月日は落つる世ありとも 海の底ひは乾くとも千代も八千代も変りなき 神の恵を力とし大神光を目標に 波風高き荒海の潮踏み分けて世を渡れ 神は汝と倶にあり光り輝く言霊の 天津祝詞の太祝詞声も涼しく宣れよ人 声も涼しく宣れよ人この世を救ふ埴安彦の 神の命や埴安姫の神の命の開きたる 三五教の教理をば耳の戸開けて菊の秋 四方の山々紅に錦織りなす真心は 神に通へる心ぞや神に通へる心ぞや 吾は日の出神なるぞわが言霊は常世行く 暗を照らして世の中の百の曲事祝姫 長閑な海面面那芸の厳の息吹に凪ぎて行く 実にも尊き神の恩実にも尊き神の徳』 と歌ひ終ると共に、またも海面は風凪ぎ、波静まり、月は中天に皎々として輝き始め、さしも頑強なる船の人々も思はず手を拍つて天地の神の洪徳を感謝したりける。 船客の中より色浅黒き、口元の締りたる中肉中背の男、日の出神の前に現はれ、恭しく手を突きながら、 男『一度ならず二度までも、この遭難を救ひ、吾らに清き美はしき教を垂れさせ玉ひしことを有り難く感謝いたします』 と云ひつつ涙を拭ひ、 男『さて、宣伝使にお尋ね申したきことがあります。お聴き届け下されますや』 と耻かし気にいう。日の出神は、 日の出神『吾は世界を導く宣伝使、何事なりとも問はせ給へ』 と快く答へたまへば、彼の男は、 男『私は実は白雪郷の者であります。ふとしたことより郷の女と恋に落ち、白雪郷を追ひ出され常世の国に遁げ行かむと致しました。然るに唯一足違ひにて、船は常世の国へ出帆いたし、次の船を待つて、今や常世の国に渡らうと致して居ります。然るに吾が恋しき女はわが後を追ひ、同じ船に如何なる因縁か乗ることとなりました。しかし彼の女は私の此の船に乗つて居ることは夢にも知りませぬ。私も亦その女の船に乗つて居ることは毫も気が付かなかつたのです。時しも船の一方に当つて、歌を唄ひ始めた女あり、よくよく視れば、私の日頃恋ひ慕ふ彼なれば、噫、彼は一旦約したる言葉を守り、遥々遠き波の上、我を捜ねて来りしか、嗚呼、愛しの者よ、と自ら名乗りを挙げ、相擁して泣きたく思ひました。傍を見れば豈計らむや、我が父の儼然として船中に控へて居るに気が付きました。思ひは同じ一蓮托生の身の上、とつおいつ、吐息を漏らす折からに、彼の女は遂に何思ひけむ、深き千尋の海に身を投げて、泡と消えゆく哀れさ。亦もや我が父の後を追ひて海の藻屑となりしを見る我身の苦しさ。私もその時彼と父との後を追ひ、この海原へ身を投げむやと決心はいたしたものの、何となく腹の底より「マア待て、マア待て。愛する彼の女と恩深き父の弔ひは誰人がなす。天にも地にも親一人子一人の汝、身投げは思ひ止まれよ」と頻りに私語きます。我身の不覚より、彼の女を殺し、大恩ある我父の生命まで水の泡となせしは私の罪咎、千尋の海よりも深きを思へば立つてもゐても居られませぬ、何卒わが心の迷ひを照らさせ給へ、日の出神の宣伝使さま』 と涙と共に物語るを、日の出神は莞爾として、事も無げに、 日の出神『世の中は老少不定、会者定離だ。一切万事人の運命は神の御手に握られて居る。生くるも神の御慮、死するも神の御慮ぞ。唯何事も人の世は、直日に見直せ聞き直せ、身の過は宣り直せ。また来る春に相生の、松も芽出度き親子夫婦の再会を、必ず得させ玉はむ。汝はこれより本心に立ち帰り、三五教の教を守り、天地の神を真心より讃美し奉れ』 と教へ玉へば、彼は熱き涙を湛へながら、日の出神に感謝し、直に宣伝歌を声高らかに歌ひはじめたり。日の出神は手を拍つて彼の男に向ひ、 日の出神『彼方を見られよ』 と指さしたまふ。波の彼方に、浮きつ沈みつ、何かにのせられたる男女の影見えたり。この男女は果して何人ならむか。 (大正一一・一・三一旧一・四広瀬義邦録)
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霊界物語 07_午_日の出神のアフリカ物語 17 亀の背 第一七章亀の背〔三一七〕 夜は漸くに明け離れ、東海の浪を割つて昇る朝暾の光は、さしもに広き海原を忽ち金色の浪に彩り、向ふに見ゆる島影は、ニウジーランドの一つ島、大海原彦の鎮まりゐます、真澄の玉の納まりし、国治立大神の穿たせ玉ひし沓嶋。浪の間に間に浮きつ沈みつする様は、荘厳身に迫るの思ひあり。 怪しき船に跨がりて、浪に漂ふ男女の影は、船を目掛けて近より来る。よくよく見れば豈図らむや、猛り狂ふ浪間に身を投げ捨てたる白雪郷の若き女と、白髪交りの長髪の男の二人なりき。日の出神は麾き「来れ、来れ」と呼ばはれば、男女を乗せたる怪しき影は、やうやう船に近寄りきたるを見れば巨大なる亀なりき。二人は直ちに船に飛び乗りぬ。巨大の亀は日の出神に打ち向ひ、熟々顔を見交はしつつ又も姿を海深く没したりける。嗚呼この亀は何神の化身ならむか。 二人は此処に再生の思ひをなして再び船中の客となり、日の出神に打ち向ひ、涙を湛へながら各自の経歴を物語り、且つ、 二人『海中に身を投ずる折しも、何処よりともなく一道の光明が現はれて来ました。妾はその光を眼当に浪に漂ひ、浮きつ沈みつ参りました。私の後より一人の男又も追つかけ来り、そうかうするうち、光は消えて真の暗、身は何物かの上に二人とも乗せられて居ました。さうして日の出神様の宣伝歌は、猛り狂ふ風の音、浪の響きを透して手に取る如く聞えました。私はその歌について共に合唱いたしました。不思議や天津御空は晴れ渡り、風凪ぎ浪静まり、長閑な春の浪の上に比類稀なる大亀の背に救はれ御船に助けられたる嬉しさを、いつの世にかは忘れませう。実に有難き大神の深き恵みや』 と、嬉し涙に暮れて二人は交る交る感謝する。 一人の名は国彦と云ひ、この女は奇姫と云ふ。国彦は傍らに黙然として俯き居る男の顔を横目に見て、 国彦『ヤアお前は高彦か』 と叫べば、若き男は、 高彦『アヽ、父上様か、若気の致り、尊き親の恩を忘れ、えらい苦労をかけました。お赦し下さいませ。ただ何事も今までの罪は見直し聞き直し、宣り直しを願ひます』 と涙と共に語る。国彦は両眼に涙を浮べ、 国彦『アヽ高彦、天にも地にも親一人子一人、如何してお前を憎もうぞ。老先短い我が命一人の我子に生き別れ、この世に生きて詮もなし、たとへ汝の行方が一生知れぬとも、汝の渡りし常世の国のせめて土になりたいと思ひ定めて、此処まで来た親の心、どうしてお前が憎からう、心配するな。お前が里の規則を破り白雪郷を追放せられたその後は、後に残りし老の身の明暮涙の袖を絞るばかりであつたが、如何なる神の御引き合せか渡る世間に鬼は無い。それにも一つ嬉しいは、お前の慕うた彼女はいま此処に来てをる。俺がこれから仲媒して、天晴親子夫婦の契を結ばせやう。オイ高彦、可憐の女に、よう来たと柔しい言葉をかけてやれ。広い世の中に親となり、子となり、女房となるも昔の神代から神の結びし深い因縁、同じ船の一蓮托生』 と嬉し涙にかき曇る。此処に親子夫婦の契を結び、三人手に手を取つて宣伝歌を歌ひ神に感謝を捧ぐる殊勝さよ。船の一方には、 甲(熊公)『オイ、馬鹿にするじやないか。お安くないところを見せつけよつて、俺もかうはして居るものの、国に帰れば、皺だらけの父母もあれば、頗る別嬪の女房もあるのだ。それで近所の奴等あ、俺の事を歌に唄ひよつて「よい嬶持つたが一生の徳だよ、近所も喜ぶ、爺も喜ぶ、お婆も喜ぶ、第一熊さま喜ぶ、熊さまどころか、伜も喜ぶ」とこんな歌を唄ひよるのだよ』 乙『オイ、涎を拭かぬか、見つともない』 熊『あまり嫉妬ない、あまりやくと色が黒くなるぞ』 乙『貴様とこの嬶は、あれでも別嬪だと思うて居るのか、笑はしやがる。鼻は獅子舞、眼玉は猫で、菊石だらけで、おまけに跛者と来て居るのだから、悪い事にかけたら完全無欠だ。ウンその尻で思ひ出した、貴様の嬶は村中にない大きなだん尻をぶりぶりさしよつて、歩く態つたらありやしないよ。それでも貴様はみつちやも笑靨、獅子鼻も却つて優らしい、歩く姿は品がよい位に思つて居るだらう。ほんとにお目出度い奴だよ』 熊『オイ、小さい声で云はぬかい、人の前だぞ。此処に居る奴は俺の嬶のことを知りやしない、それだから別嬪らしう俺が云つて居るのに貴様が大きな声で素破抜きよつて、あまり気が利かぬぢやないか。些と心得て呉れぬと困るよ』 乙『困るたつて、事実は事実ぢやないか。貴様とこの嬶はどて南瓜の七お多福で、おまけに菊石面で、ど跛者で大きなだん尻をぶりぶりさして歩いて居る姿たら見られた態ぢやないぞ。それで俺のところの村の名物だ』 と態と大きな声で呶鳴るを、熊公は『シツ』と低い声で制してゐる。 乙『貴様「シツ」なンて俺を牛でも追ふやうな扱ひをしよるのか、俺が牛なら貴様は熊だ。黒熊、嬶大明神ばかり拝むで居る赤熊穴熊さまだよ』 と自暴自棄気味になつて喋りたてて居る。かく話す中に船は沓嶋の港に無事に着きけり。 高彦は天久比奢母智司の前身にして、奇姫は国久比奢母智司の前身なりける。 (大正一一・一・三一旧一・四加藤明子録)