| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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41 (2209) |
霊界物語 | 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 | 05 三人組 | 第五章三人組〔一〇四二〕 喜楽、幸吉の二人は、道々神話に耽り乍ら、虎口を逃れた様な心持で北へ北へと進み行く。 穴を出て穴に入るまで穴の世話 穴恐ろしい穴の世の中 一休禅師の歌や、 故郷は穴太の少し上小口 只茫々と生えし叢 等と観音の化身が詠んだと云ふ狂歌を謡ひ乍ら、足に任せて十余里の道程を、漸くにして上谷の修行場へ安着した。帰つて修行場を調べて見ると、第一懸念して居た黒田きよ、四方春三、塩見せいの三人の姿が見えぬので、留守中を依頼したる四方氏に尋ねて見ると、 四方『一昨日の夕方教祖が態々御出でになつて……神様の御命令だ……と仰有つて、私の留めるのを諾かずに、三人を連れて帰られました』 との答である。 『あゝ頼み甲斐のない人ぢやなア…』と思ひ乍ら、四方甚之丞と云ふ修行者を綾部へ遣はして、三人の修行者を今夜の中に是非とも上谷へ帰つて来る様にと厳しく申付たら、側に居た四方平蔵氏が口を出し、 四方『上田先生が何と云はれても、教祖様の御言葉ですから、御三体の大神様のお憑り遊ばしたお三人様を今夜の中に呼び寄するなんて、そんな途方もない事は出来ませぬ』 と首を振つてゐる。自分は重ねて、 喜楽『三人の者を明日の朝迄綾部へおく事は出来ぬ。邪神が憑つて又々狂態を演じ、其筋のお手数に預らねばならぬ様な事が出来するから、是非とも今夜の中に、三人を此処へ連れて帰つて貰ひ度い』 と厳しく云ひ張つても、四方平蔵氏始め一同腹を合して聞き入れぬのみか、 四方『先生に今帰つて貰ふと、神さまの肝賢のお仕組の邪魔になるから、お迎へに来る迄綾部へは決して帰つて下さるな。貴方は緯役で、大神様のお仕組の反対をなさるお役ぢやさうなから……』 と妖魅の言葉を信じきつて居る。 四方平蔵氏は自分に隠れて、ソツと綾部の金明会へ馳せ帰り、幸吉と云ふ弟と共に上谷迄帰つた事を急告した。 サアさうすると、福島寅之助を始め三人が慌出し、 『何、上田が上谷迄帰つて来たか。そりや大変ぢや、早う上田の帰らぬ中に、仕組をせねばならぬぞ』 と四人は襖を閉めきつて、奇妙奇天烈の神懸[※校定版では「神憑(かむがかり)」]を続行してゐた。 自分は仕方なしに幸吉と共に、上谷に残つてる修行者を鎮魂して居た。其翌日の十時頃になると、四方祐助爺サンが顔色を変へて出て来て、震うてゐるので自分は、 喜楽『祐助サン、碌な事で来たのぢやなからうな』 と問ひかくれば、爺サンは直に大地へ手をついて、 祐助『ハイハイ恐れ入りました。外の事では御座りませぬが、綾部は大変で御座います。お三体の大神様がお三人サンへお憑り遊ばして、口々に……三人世の元、結構々々……と百遍ほども仰有つて、終ひには新宮の安藤金助サン処の庭に、大地の金神金勝要の神さまが埋もつて居るから、之を掘り出して鄭重にお祀りせんならんと云つて、三人がおいでになり金助サンとこの大黒柱の根元を三四尺ばかり、一生懸命になつて掘り出しなさつたけれども、石一つ碌に出て来ぬので未だ掘り様が足らぬのだ。もつともつとと云つて、三人サンは水をかぶり白衣を着け、緋の袴を穿いて掘つて居られた処へ、警察の署長サンが前を通つて、此有様を見つけ、……一体お前等はそんな風をして何をしてゐるのか、尋ね度い事があるから一寸来い……と云つて、三人共警察へ連れて去なはりましたので、私も吃驚して早速其由を教祖様に申ましたら、教祖さまは平然として……何事も皆神様の御都合ぢや、チツとも心配は要りませぬ、又土の中から形のある御神体が出るのではない、大地の金神様の霊気が、地の上へおでましになる事ぢや……と仰有つて居られますが、此爺には根つから合点が参りませぬ。四方春三サンや外二人は、警察へひかれたきりで未だ帰つて来られず、如何しやうと思案に暮れて、皆サンに隠れて爺の心で先生にお伺ひに出ました』 とオドオドし乍ら、半泣きになつて居る。然し此事件は何ともなしに治まり、自分は依然として幸吉と共に上谷で審神をつとめて居た。 二三日経つと、今度は足立正信氏の代理として、新宮の四方源之助、西原の西村文右衛門の両氏が、上谷へ態々やつて来てニコニコし乍ら、 『上田先生、喜んで下さいませ。今日から教祖様は、出口お直さまと申さずに、信者一同から出口の神と崇敬致す様になりました。神さまと申す訳は、二三日以前に綾部の警察から、署長サンが二人も巡査をつれて来て、何か怪しいものを祀つて沢山の人を騙し金儲けをして居るのぢやないかと疑ふて、大広前を隅から隅迄調べて見ましたが、別に胡乱の事がないので、何とも云はれずに帰られましたが、其時教祖さまが署長サンに向ひ、大きな声で……明治廿五年から出口直は神の因縁ありて、表向き狂人の様に致して、警察の側において、世界の事を言はして気を付けてありたぞよ。それに此神の誠が分らぬか……と呶鳴られましたが、相手にもならず帰られましたが、これ全く神の御神徳で御座います。万一私等が警察の署長サンに向つて、そんな事でも云はうものなら、官史侮辱だとか云つてやられて了ひます。何と教祖様の御神徳といふものは偉いもので御座います。も一つ恐れ入つた御神徳は外でもありませぬが、出口の神の総領娘のお米サンが、西町の大槻鹿造の嫁になつて居られまして、明治廿五年から今年迄足掛け九年振り、神様の罰が当つて丸狂人になつて居られた所、一昨日其お米サンが、金明会の大広前へおいでになると、出口の神の仰せには……大槻鹿造は大江山の酒天童子の霊魂であるぞよ。其女房となつて居るお米は出口直の子であれど、大蛇の霊魂で此世を乱して、世界の人間を苦しめた極悪神であるから、世界の見せしめの為めに、今日迄狂人に致して懺悔を曝さして、九年振り懲戒致したなれど、今日限り改心したらば許してやらう……と仰有つたら、あら有難や、あら不思議や、其場でお米サンが打倒れ、サツパリ正念がない様になつて了ひ、体がダンダンと冷たくなつて来ました。死人同様に息一つ出ませぬので、私達役員は……サア水ぢや、お神酒ぢや、おひねりさまぢや……と云つて騒ぎ出しましたら、出口の神さまは平気な者で……何も皆サン、御心配には及びませぬ。神様の御都合ぢやから後で分ります……と仰有つて、奥の間へ這入つて、知らぬ顔でお筆先をお書きになつて居られましたが、教祖様の仰せの通り、一時間ばかり経つとお米サンが息を吹き返し、元の体となり、其れきりさしも猛烈な狂乱も俄に平癒しまして、其言行が普通の人間とチツとも変はらぬ様になつたので、皆の信者が感心して、思はず知らず出口の神様と口で一斉に唱へたので御座ります。九分九厘迄死んで生きかへると云ふ様な事は到底普通の神力では出来ませぬ。人間業では無い。正しく神様のお力である、誠の艮の金神様に間違ひはないと合点して、今迄疑ふて居た無礼を一同がお詫致しました。それだから先生も一時も早う我を折つて、出口の神さまにお詫をして下さる様にお知らせに来ました』 と熱心面に現はしての永い物語であつた。自分は、 『はあはあ』 と云ひ乍ら二人の話を聞了り、茶等を進めて一寸一服して居ると、二人は又ソロソロ綾部の話をし出し始めた。 (大正一一・一〇・一四旧八・二四北村隆光録) |
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42 (2210) |
霊界物語 | 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 | 06 曲の猛 | 第六章曲の猛〔一〇四三〕 四方源之助、西村文右衛門の両氏は、喜楽のすすむる茶を飲み乍ら、又話を続けられた。 『金明会の御広間では、先日から世に落ちて御座つた、沢山の金神様や竜神様が、今度勿体なくも艮の金神さまが、此世へおでましなさるに就て、今度の際に、今迄おちてゐた神を此世へ上げて、其霊魂を救ふてやらねば、モウ此先万劫末代あがることが出来ぬから、今上田の審神者が綾部へ帰つて来たら、邪神界の神ぢやといふて封じ込めたり、追つ払つたり、霊縛をかけたり、いろいろと神界の邪魔許り致すに依つて、気の毒乍ら、暫くの間上田を綾部へ帰らぬ様にしてやると仰有つた。教祖様の御言葉の通り、俄に大雨が降つて来て、和知川は一升二合の水が出て、綾部の大橋が流れて了ひました故、上田サンが綾部へ帰れぬやうになつたのも、これも全く出口の神の広大無辺の御神徳だと思ひます。神さまは大変に先生を嫌うて居られますから、今度綾部へお帰りになつても、今までみたやうに我を出さぬ様にして、何事に依らず、出口の神様と神懸りサンの言に従うて下さらぬと、いつもゴテゴテ致しまして、先生には綾部に居つて貰ふことが出来ぬやうになりますから、私たちは先生を大事に思ふ余り、ソツと御意見に来たのであります。兎角出る杭は打たれると云ひますから、何神さまにでも敵対なさらぬが天下泰平ぢや、先生の御身の得ぢや』 と忠告をする。喜楽は相当教育あり、村でも町村会議員まで勤めてゐる様な人が、こんな事を云ふと思へば余りのことで呆れて答へる言も知らなんだ。二人はいろいろと喜楽に意見をした後帰つて行く。 それと行違に、喜楽が上谷まで帰つたと聞いて、出口澄子が密かに走つて来て、 澄子『先生、あなたの御不在中に、四方春三サンやら村上サン、黒田サン、塩見サン等が御広間へ帰つて来て、無茶苦茶な神懸をしたり、他愛もないこというたり、飛んだり、跳たり、しまひには裸になつた儘屋外を走つたり、上田は神界の大敵役だから、今度帰つて来ても金明会へ入れることはならぬ、皆の者がよつてたかつて放り出して了へ、三人世の元、これ丈居つたら結構々々、上田は悪神の守護神ぢや、鬼の霊だから、鬼退治をすると云つて、春三サンが先生の顔に角の生えた絵を書いて、釘を打つたり叩いたり、唾を吐きかけたりして、大変に煙たがつて、悪い口許り言ひますので、皆の信者がそれを真に受け、そんな先生なら帰んで貰へと、口々に言ふので仕方がないので、教祖さまにチツと云うて聞かして貰はうと思うて申し上げますと、教祖ハンは平気な顔で、何事も神界へ任すがよいと云うて黙つて居られますなり、一体何が何やら訳が分りませぬ故、一時も早う帰つて貰うて、皆の人等の目を醒ましたいと思ひ、役員信者に隠れて、知らせに一人で走つて来ました』 と気色ばんで報告するのであつた。そこで喜楽は、後の修業者を四方藤太郎氏に任しておき、一先づ綾部へ立帰らうとしてゐる所へ、又々例の祐助爺サンが走つて来て、大地へ手をついて泣声を出し乍ら、 祐助『一寸先生に申上げます。昨日の夕方からお昼までが余り騒がしいので、町中の人が芝居でも見るやうに面白がつて集まり来り、門口も道も山の如うに、大勢が冷笑に来ますので、大変に困りましたけれ共、何にも知らぬ盲人間だと思うて、相手にせずに役員も信者も、一生懸命に幽斎を修行して居ました所、夕方に西八田の小万といふ俥ひきが、横の細路を空車をひき乍ら……金神々々阿呆金神、気違金神、夢金神、乞食金神、根つからましな人間が来ん神ぢや……と大きい声でいろいろ悪いことを並べ立て、沢山の見物人を笑はして通りつつ、俥を泥田の中へ転覆さしました所が、丁度そこを通りかかつた人が、それを見て……お前は余り金神さまの悪口を言うたので、神罰が当つたのぢやと言ひましたら、人力曳の小万が怒つて、其人を殴りかけましたので、ビツクリして西の方へ一目散に逃出しました。サアさうすると小万が……金神の信者たるものが、人が泥まぶれになつて困つて居るに罰とは何ぢや、そんなことを吐した奴を、今ここへ引ずり出せ……と呶鳴つて広間へあばれ込み、西原の善太郎サンが参つて居りましたら、白い浴衣を着てゐた餓鬼ぢや、此奴に違ひないと云つて、土足のままで御神前へあがり、あばれ狂ひ、神さまの御道具を片つ端からメチヤメチヤに叩き壊して了ひ、沢山の町の人が面白がつて、……ヤレ金神征伐ぢや、ヤレヤレ……とケシをかけたり嘲笑つたりして、一人も仲裁する者はなし、散々に神さまの悪口を言うた揚句ヤツとのことで其晩の十二時頃に帰つて行きました。皆の信者はチクチクと怖がつてゐますなり、警察は側にあつても、常から足立サンの行状が悪いとか云つて、保護もして下さらぬなり、此爺イも誠に残念で残念で堪りませぬ』 とソロソロ声を放つて泣き出した。 凩や犬の吠えつく壁の蓑 涙をふいて又祐助爺サンがソロソロと悔み出した。 祐助『モシ先生さま、よう聞いて下さいませ。出口の神さまが、日清戦争で台湾で亡くなられた清吉サンの恩給とか年金とかを、これは生命と釣換の金ぢやからと云うて、一文も使はずに貯ておかれたお金を、銀行からひつぱり出して、勿体ない白米を二石も買うて下さりましたが、毎日日日皆の者が出て来て食ふので、最早一升もないやうになりましたから、又出口の神様が銀行から金を出して来て、白米や油を買うて下さいましたが、種油丈でも五六升も一日に此頃は要ります。それでもまだ邪神界が暗いから、マツと灯明をつけてくれと、お三人サンの神懸の口をかつて仰有るので、百目蝋燭を二三十本づつ立てますので、大変な物要りで御座いますが、金の一銭も上げやうとせず、どれもこれも皆よいことにして、出口の神さまの手足許りかぢつて、心配り気配りする誠の信者は一人もなし、誠にお気の毒千万で、此爺イも神さまに申し訳がない、四方平蔵サンは天眼通とかが上手だというて、お三人サンと一つになつて、望遠鏡でも覗くやうに妙な格好して、……平蔵どのあれを見やいのう……と三人サンが仰有ると、平蔵サンが目をふさいでハイハイ拝めました拝めました、大きな竜神さまが現はれましたとか云つて、一心不乱になつて御座るもんだから、会計のことは一寸も構うて下さらず、中村の竹サンは、お筆先を一心不乱に朝から晩まで、晩から夜中まで、阿呆のやうになつて、節を附けては、浮かれ節の様に、読んで読んでよみ倒して、アハヽヽヽ、オホヽヽヽと笑うて許り、何にも役には立たず、出口の神さまはお筆先の御用計りして、こんな大騒ぎをして居るのに、そしらぬ顔をして居られますなり、私もコラ何うなることかと、余り心配致しますので、元から沢山ない禿頭が一入禿て、其上竈の煙で黒光になつて了ひまして、皆の役員サンが……御苦労の黒うの祐助とひやかします、アタ阿呆らしい、神さまの事でなかつたら、隠居の身分で安楽に暮せるものを、誰がこんなことを致しませうか』 と涙交りの黒い顔を黒い手で撫で廻し、歯糞の溜つた口から一口々々唾を飛ばして、喜楽の顔へ吹きかけ乍ら、一生懸命になつて喋り立ててゐる。そこで喜楽は側にあつた半紙に筆を走らせ、 禿頭鳥居もかみもなきままに クロウクロウと愚痴を祐助 と書いて与へたら、 祐助『アハヽヽヽ此奴ア有難い』 と喜んで押頂き、懐に捻込んで一目散に又もや綾部へ帰つて行く。 それから三日目に又此爺イさんがスタスタとやつて来て、何か大切相に風呂敷包から手紙の様な物を出し、 祐助『先生、これは畏くも、牛人の金神様から、上田先生に対しお気付けのお筆先で御座いますから、叮重にして御覧下さいませ』 と差し出す。喜楽は直に披いて見ると、不規律な乱雑な書方で、 『牛人の金神が上田に一寸気をつけるぞよ。神の都合があるから、修業者一統引つれて帰るべし、此神の命令を叛いたら怖いぞよ云々……』 と記してある。喜楽は祐助爺イサンの迷ひを醒ます為に、其手紙を目の前でバリバリと引さいて見せた。爺サン吃驚して、 祐助『アヽ先生勿体ない、そんな事をなさると神罰が忽ち当りますぞ』 と躍気となる。喜楽は祐助サンに向つて、 喜楽『ナアに心配が要るものか、お前が牛人の金神に貰うたとかいふ其扇子を一つ引裂いてみるがよい。決して罰など当るものでない』 と励ましてみると、どつちやへでも人の言ふことにつく、阿呆正直者の祐助サンは、其場でベリベリと破つて了ひ、別に手も足も歪み相にないので、祐助さんはソロソロ地団駄を踏み出し、 祐助『此頭の禿げた爺イが、まだ十八やそこらの村上に騙されたか、エヽ残念至極口惜しやなア』 と其扇子を大地に投げつけ、踏むやら蹴るやら、其様子の可笑しさ、気の毒さ、何とも云ひやうがなかつた。 それから祐助サンと同行して、金明会の広間へ帰つてみると、御広前には信者が溢れて居り、屋外には見物人が山をなして、邪神の面白い神懸り[※初版・愛世版では「神懸り」、校定版では「神憑り」。]をひやかして居る。喜楽はすぐに内へ這入ると、村上房之助に何者かが憑依して、沢山の信者をたぶらかし、あつちやへ行け、こつちやへ行けと嬲り者にし乍ら荒れまはつてゐる。何にも訳を知らぬ信者が、神様だと思うて怖がり、ヘイヘイハイハイと言ふが儘になつてゐた。村上は自分の顔を見るなり、 村上『オヽ上田か、よく帰つた。此方は小松林命だ。その方は牛人の金神の命令をよく聞いた、偉い奴だ、其褒美として之を其方に使はす間、大切に保存するがよからうぞよ』 と大きな骨の扇に、何かクシヤクシヤと書いて勿体振つて差出すのを、手に取るより早く、数多の役員信者の目をさますにはよい機会だと思つて、其大扇で村上の頭を三つ四つ叩いてみせた。信者は各自不思議な顔をして、喜楽の顔許りながめて居る。奥の間の方から例の三人程の声として、 『上田殿が今帰りよつた。大神さま早く神罰を当てて下さいよ』 と細い声で、叫んで居た。 心なき世人の誹何かせむ 神に任かせし吾身なりせば (大正一一・一〇・一四旧八・二四松村真澄録) |
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43 (2211) |
霊界物語 | 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 | 07 火事蚊 | 第七章火事蚊〔一〇四四〕 人盛なれば天に勝ち、天定まつて人を制すとかや、喜楽は一身一家を抛つて、審神者の奉仕に全力を尽すと雖も、何を云つても廿余名の、元より常識の欠けた人物の修行者が発動したこととて、どうにも斯うにも鎮定の方法がつかない。正邪理非の分別もなく、金光教会の旧信者計りで、迷信と盲信との凝結であるから、到底審神者の云ふ事は聞入れないのである。又神懸といふ者は妙なもので、金光教の信者が修行すれば金光教の神が憑つて来る。どれもこれも皆金神と称へる。天理教の信者が修行すれば、十柱の神の名を名告つて現はれる。妙霊教会の信者が修行すれば、又妙霊教会の奉斎神の名を名告つて現はれて来る。其外宗旨々々で奉斎主神の神や仏の名を名告つて、いろいろの霊が現はれ来るものである。上谷の修行場では金光教の信者計りであつたから、牛人の金神だとか、巽の金神、天地の金神、土戸の金神、射析の金神などと、何れも金神の名を名告るのであつた。又竜宮の乙姫だとか、其他の竜神の名を以て現はれる副守護神も沢山なものであつた。 今日の大本へ修行に来る人間は、大部分中等や高等の教育を受けた人が多いから、此時のやうな余り脱線的低級な霊は憑つて来ない。が大本の最初、即ち明治卅二年頃の神懸といつたら、実に乱雑極まつたもので、丸で癲狂院其儘の状態であつた。其上邪神の奸計で、審神者たる者は屡危険の地位に陥る事があつて、到底筆や口で尽せるやうな事ではなかつた。幽界の事情を少しも知らない人々が此物語を読んでも、到底信じられない様な事許りであるが、それでも事実は事実として現はして置かねば、今後の斯道研究者の参考にならぬから、有りし儘を包まず隠さず、何人にも遠慮会釈なく、口述する事にしました。 頃は明治卅二年、秋色漸く濃やかな時、金明会の広間では、例の福島、村上、四方春三、塩見、黒田を先頭に、日夜間断なき邪神界の襲来で、教祖のいろいろの御諭しも、喜楽の審神者も少しも聞き入れぬのみか、却て教祖や喜楽を忌避して、福島氏の如きは別派となり、広前の奥の間を占領し、四方、塩見、黒田三人の修行者と共に、奇妙な神懸を続行して居る。 『お父サン、久しぶりでお目にかかりました』 『ヤア吾子であつたか、会いたかつた……見たかつた……ヤア其方は吾妻か……』 『吾夫で御座んすか、艮の金神さまが世にお落ち遊ばした時に、私も一所に落されて、親子兄弟がチリヂリバラバラ、時節参りて、艮の金神さまのおかげで、久し振りで夫婦親子兄弟の対面を許して貰ひました。あゝ有難い勿体ない、オーイオーイオーイアンアンアン』 と愁歎場を演出してゐる。余りの狂態に、平素から忍耐の強い教祖も、已むを得ず箒を以て、福島の神懸を掃出し、 教祖『お前は金光教を守護する霊であらう。此大本をかき紊す為に、福島の肉体を借つて居る事は、初発から能う知つて居る。モウ斯うなつては許す事は出来ぬから、一時も早く退散せい』 と厳しく叱りつけられ、半分肉体の交つた神懸の福島は、大いに立腹し、 福島『此誠の艮の大金神さまのお憑り遊ばした福島寅之助を、能う見分けぬやうな教祖が何になる。勿体なくも艮の金神の生宮を、箒で掃出したぞよ。又上田も小松林のやうなガラクタ神が憑つてゐるから、此結構な大神を能う見分けぬとは困つたものであるぞよ。何の為の審神者ぢや、分らぬといふても程があるぞよ。サアサア皆の神懸共、これから丑の年に生れた寅之助の、艮大金神が神力が強いか、出口と上田の神力が強いか、白い黒いを分けて見せてやるぞよ。此方の御伴致して上谷へ来いよ。もし寅之助が負たら従うてやるが、此方が勝ちたら出口直も上田も、誠の艮の金神に従はして、家来に使うてやるぞよ。今日が天晴れ勝負の瀬戸際であるぞよ。皆の神懸よ、一時も早く上谷へ行けよ。出口と上田の改心が出来ぬから、今目をさまし改心の為に、神が出口の家を灰にして了うぞよ。それから町中も其通りぢやぞよ。噫誠に気の毒なものぢやぞよ。人民が家一軒建てるのにも、中々並大抵の事ではないが、神も気の毒でたまらぬぞよ。これも出口直が我が強うて、上田の改心が出来ぬからぢやぞよ』 と四辺に響く大音声にて呶鳴り散らす。喜楽は何程福島に神懸の正邪を説明しても、聞かばこそ……、自分は誠の艮の金神ぢや、上田の審神者が何を知るものか……と、肩を怒らし、肘をはり、威丈高になつて、神懸や役員一統を引連れ、韋駄天走りに一里余りの道を、上谷の修行場さして行つて了つた。 出口教祖と喜楽と澄子の三人を広前に残して、役員も神懸も悉皆、福島にうつつた邪神の妄言を固く信じて、上谷へ行つて了つた。喜楽は教祖の命に依りて、二三時間程経つてから、中村竹造[※霊界物語における中村竹造の名前に「竹造」と表記している場合と「竹蔵」と表記している場合があるが、霊界物語ネットでは「竹造」に統一した。詳しくはオニペディアの「霊界物語第38巻の諸本相違点」を見よ]の妻の中村菊子と只二人で、上谷の四方伊左衛門といふ人の家の修行場へ出張して見ると、役員も神懸も村の人達も、老若男女の分ちなく、悉皆福島について、高い不動山の上へ上つて了ひ、あとには黒田清子と野崎篤三郎とが修行場の留守をしてゐた。そして黒田には悪狐の霊が憑つて、喜楽の行つたのも知らずに、何事か一人でベラベラと喋り立てつつあつた。野崎は其傍に両手をついて、おとなしく高麗狗然として畏まつてゐた。喜楽の顔を見るなり、野崎は驚いて、黒田清子に耳打をすると、黒田は忽ちに仰向けになつて、 黒田『上田来たか、よく聞けよ。此方は勿体なくも素盞嗚尊であるぞよ。お前が改心出来ぬ為めに、気の毒乍ら綾部の金明会は灰にして了うぞよ。お前は何しに来たのぢや、一時も早う綾部へ帰つて、火事の消防にかからぬか。グヅグヅして居る時ではないぞよ、千騎一騎の此場合でないか』 とベラベラと際限もなく喋り立てる。喜楽はいきなり、 喜楽『コラ野狐、何を吐すか。そんな事があつてたまらうか。コリヤ野狐、正体をあらはせ!』 と後から手を組んで『ウン』と霊をかけると、清子は忽ち四つ這になつて、 『コーンコン』 と鳴き乍ら、家の裏山へ一目散に駆け出した。野崎はビツクリして、後追つかけ、漸く三町許りの谷間で引捉へ連れて帰つて見ると、清子は正気になつたやうに見せて、 黒田『あゝ上田先生、誠にすまぬ事を致しました。モウこれからは、福島大先生の事は聞きませぬ。私は余り慢心をしてゐましたので、不動山の狐がついてゐました。あゝ恥かしい残念な』 と顔を袂で押しかくす。喜楽は、 喜楽『そんな事にたばかられるものか、詐りを云ふな、其場逃れの言ひ訳だ。審神者の眼で睨んだら間違ひはあるまい。四つ堂の古狐奴!』 とにらみつくれば、又もや、 『コンコン』 と鳴き乍ら、一目散に不動山を指して逃げて行く。暫くすると、例の祐助爺イサンが、喜楽の前に走せ来り、 祐助『上田先生、あんたは又しても神懸サンを叱りなさつたさうだ。今黒田サンに素盞嗚尊さまがおうつりになつて、山へ登つて来て大変に怒つてゐやはりますで。大広前が御神罰で焼けるのも、つまり先生の我が強いからで御座います。爺イも一生懸命になつて、大難を小難にまつり代へて下さいと、お詫を致して、艮の金神さまや神懸さまに御願申して居りますのに、先生とした事が、お三体の大神さまのお懸り遊ばした結構な神懸サンを、野狐だなんて仰有るから、大神さまが以ての外の御立腹、どうしても今度は許しは致さぬと仰有ります。先生、爺イが一生の頼みで御座りますから、黒田サンの神さまにお詫を、今直にして下さりませ。綾部の御広前や町中の大難になつてはたまりませぬから……』 とブルブル震ひ乍ら、泣き声で拝んで居る。喜楽は、 喜楽『祐助サン、心配するな、決してそんな馬鹿な事があるものか。誠の神さまなら、そんな無茶な事はなさる筈がない。皆曲津神が出鱈目を言ふて居るのだ。万一綾部にそんな大変事があるものなら、自分が上谷へ来る筈がないぢやないか。ジツクリと物を考へて見よ』 と諭せば、爺イサンは少しは安心したと見え、始めて笑顔を見せた。喜楽は直に不動山へ登り、数多の神懸の狂態を演じて居るのを鎮定せむと、修行場を立出でた。爺イサン驚いて、喜楽の袖を控え、 祐助『先生、どうぞ山へ行くのはやめにして、これから直綾部へ帰つて下さい、案じられてなりませぬ。今先生が山へ登られたら、又々福島の神さまが、御立腹なさると大変で厶ります』 と無理に引止めようとする。喜楽は懇々と祐助をさとし、漸くの事で納得させ、中村菊子と同道にて、綾部へ立帰らしめ、喜楽は只一人雑木茂る叢をかきわけて不動山に登り、松の木蔭に隠れて、神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑り」。]連中の様子を覗つてゐた。 福島寅之助、四方平蔵、足立正信、其外一統の連中は、喜楽の間近に来てゐる事は夢にも知らず、一心不乱になつて、 『福島大先生さま、艮の大金神さま、一時も早く教祖さまの我が折れまして、上田が往生致しまして……綾部の戒めをお許し下さいませ、仮令私の命はなくなりましても、教祖さまが助かりなさりますように』 と一同が涙交りに頼んでゐる。四方春三の声で、 春三『皆の者よ、よく聞け。出口直は金光大神の反対役であるぞよ。上田のやうな悪い奴を引張り込んで、金光教会を潰したぞよ。あの御広間は元は金光の広間ぢやぞよ。それに出口と上田とがワヤに致したぞよ。誠の艮の金神が、今度は勘忍袋の緒が切れたから、上田の審神者を放り出さねば、何遍でも大広間は焼いて了ふぞよ。四方平蔵も又同類ぢや、出口直と相談を致して、上田をかくれて迎へに行きよつたぞよ。出口と上田と平蔵と三人が心を合して、金光の広間をつぶしたぞよ。今度は改心して、上田を穴太へ追ひかへせばよし、何時までも其儘に致してをるやうな事なら、此神が許さぬぞよ』 などと、もと金光教の信者計りが集まつて、神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑」。]の口で攻撃をやる。黒田きよ子が又口を切つて、 黒田『足立正信どの、其方は何と心得て居るのぞえ。金光教会の取次ではないか、今まで出口の神の側に二三年もついて居り乍ら、上田のやうなガラクタ審神者に、広間を占領しられて、金光どのへ何と申訳致すのか。上田の行状を見たかい。彼奴は、毎日々々朝寝は致す、昼前に起て来て、手水もつかはぬ、猫より劣つた奴ぢやぞよ。寝所の中から首丈出して飯を食つたり、茶を呑んだり、風呂へ這入つても顔一つ洗ふ事も知らず、あんな道楽な奴を、因縁の身魂ぢやから大切にしてやれ、と教祖が申すのは、チツと物が分らぬぞよ。教祖の目をさますのは、一番に上田を放り出すに限るぞよ。あとは金光教で足立正信殿が御用致せば立派に教が立つぞよ。あれあれ見やれよ、今綾部の金明会が焼けるぞよ。皆の者よ、あれを見やいのう』 と邪神が憑つて妄言を吐いてゐる。一同は目を遠く見はつて、綾部の方を覗く可笑しさ。折ふし綾部の上野に瓦屋があつて、窯に火を入れて居るのが、夕ぐれの暗を照して、チヨロチヨロと見え出した。さうすると、 黒田『サア大変ぢや大変ぢや、出口の神さまは誠に以てお気の毒ぢやぞよ。御心配をして御座るぞよ。今頃は上田の審神者が一生懸命になつて火傷をし乍ら火を消しにかかつて居るぞよ。大分にエライ火傷を致して居るから、今度こそは神罰で命を取られるぞよ。今出口の神が一生懸命に祈つてゐるぞよ、ぢやと申して此火は中々消えは致さぬぞよ。綾部の大火事となるぞよ。神の申す事は一分一厘違は致さぬぞよ。これが違うたら神は此世に居らぬぞよ。慢心は大怪我の元だぞよ。慢心致すと足許へ火がもえて来て……熱うなるまで気がつかぬぞよ。行けば行く程茨むろ、行きも戻りもならぬよになるぞよ。それそれあの火を見やいのう』 と三人の神懸[※校定版では「神がかり」]が口を切る。数多の村人も神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑」。]も泣き声になり、 『福島大先生様、中村大先生様、四方大先生さま、足立大先生さま、どうぞお詫をして下さいませ』 と手を合して拝んでゐる。時正に一の暗み、瓦屋の火も見えなくなつた。 四方平蔵『火事にしては火が小さ過る。余り消えるのが早かつた。これは福島大先生さま、どういふ訳で御座いませうか……』 と尋ねて居るのは四方平蔵氏であつた。福島は横柄にかまへ乍ら、 福島『ウン、神の御仕組で広前を一軒丈犠牲に焼いたぞよ。皆の者よ綾部へ帰つて、出口の我を折らして、上田を放り出して了へよ。其後へ誠生粋の艮の金神が、福島寅之助大明神と現はれて、三千世界の立替を致すから、天下太平に世が治まりて、大難を小難にまつり代へて許してやるぞよ。何程人民がエライと申しても神には勝てぬぞよ。疑を晴らせよ。誠の丑寅の金神の申す事は、毛筋の横巾程も間違ひはないぞよ。改心致さぬと足許から鳥が立ちて、ビツクリ致して目まひがくるぞよ。改心するのは今ぢやぞよ』 と呶鳴り散らしてゐる。暗の帳はますます深く下りて来た。鼻をつままれても分らぬやうに暗い。提灯もなければ、上谷まで帰る事も出来ぬ真の暗になつた。村中の者が家を空にして、残らず此処へ登つて了つて居つたが、山を下りるにも下りられず、途方に暮れて『惟神霊幸倍坐世』と合掌してゐる。其処へ暗がりの中から、喜楽の声として、 喜楽『汝等一統の者、余り慢心強き故に邪神にたぶらかされ、上田の審神者の言も用ひず、極力反対せし結果は、今汝等の云ふ如く、足許から鳥が立つても分るまい。喜楽は数時間以前から、此松の木蔭に休息して、汝等の暴言暴動を残らず目撃してゐた。汝等に憑つた邪神は、現在此処に居る喜楽を見とめる事も出来ない盲神だ。又綾部の広前は決して焼けてはゐないぞ。最前見えた火の光は、稍大にして火事の卵に似たれども、あれは火事ではない、上野の瓦屋が窯に火を入れたのだ。汝等は今此処で目を醒まし、悔ゐ改めねば、神罰忽ち下るであらう。現に此山上にさまようて、帰路暗黒、一寸も進む能はざるは神の懲戒である。汝等一同の者、よく冷静に考へ見よ。万一広前が焼けるものと思へば、何故大神の御霊の鎮座ある、広前につめきつて保護せないのか。なぜ面白さうに火事見物をし、村中が弁当や茶などを携帯して、安閑と見下ろそうとしてゐるその有様は何の事か、これでも誠の神の行ひか、チツとは胸に手を当て考へてみよ』 と呶鳴りつけた。サアさうすると……上田は綾部に居ると固く信じてゐた一同の者は、藪から棒をつき出したやうに、喜楽が現はれたのと、其説諭に面食つて、泣く者、詫びる者、頼む者が出来て来た。暗き山路を下りつつ、躓き倒れてカスリ傷をするやら、茨に引つかかつて泣き叫ぶやら、ヤツとの事で不動山から、命カラガラ上谷の伊左衛門方の修行場へ帰つたのはその夜の十二時前であつた。 何れの人を見ても、顔や手足に茨がきの負傷せぬ者は一人もなかつた。四方平蔵は、喜楽に手を引かれて下山したので、目の悪いにも拘はらず、かき傷一つして居なかつた。喜楽は一同の者が邪神の神告の全然虚言であつたので、各自に迷ふてゐた事を悟つたであらうと思ひ、急ぎ綾部へ只一人帰つて来た。其あとで又々相変らず邪神の神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑」。]を続行し、其結果一同鳩首会議を開き、其全権大使として足立氏と四方春三、中村竹造の三人が選まれた訳である。要するに甘く喜楽を追放するといふが大問題であつた。 審神者の役といふものは仲々骨の折れるもので、正神界の神は大変に審神者を愛されるが、之に反して邪神界の神は恐れて非常に忌み嫌ひ、陰に陽に審神者を排斥するものである。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・一〇・一五旧八・二五松村真澄録) |
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霊界物語 | 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 | 08 三ツ巴 | 第八章三ツ巴〔一〇四五〕 明治三十二年十月十五日の事であつた。足立、四方、中村の三人は、上谷の修行場にて、神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑り」。]一統鳩首謀議の結果、喜楽に対し、綾部退却の勧告をなさむと、全権公使格で何喰はぬ顔して、金明会へ帰り来り、言巧みに本宮山上に誘ひ出し、第一番に四方春三は口を開いて云ふ。 四方『上田先生に申上げますが、夜前上谷の私の宅で、金明会の役員一同が集会いたし、相談の結果、先生に一日も早う綾部を立のいて貰ふ事になりました。私等三人に対し、皆の役員サンから、先生に対し談判をしてくれと頼まれ、止むを得ず三人が出て来ましたのですから、どうぞシツカリ聞いて下され。永らく霊学を教へて貰うた先生に対して、すげなう帰つて下さいと云ふ事は、弟子の私としては誠に心苦くて気の毒でたまりませぬけれど、先生が綾部に厶ると、第一教祖さまの教の邪魔になり、お仕組が成就しませぬので、役員信者の心がハダハダになつて、如何しても一致しませぬから、どうぞ一年程穴太へ帰つて下され。其上で又御縁がありましたら、皆が相談の上、こちらの方からお迎へに参ります。実際の事を言へば、先生が綾部へお出でるのが一二年許り早すぎました』 と立退き勧告を臆面もなくやつて居る。喜楽は黙然として何の答もなく、春三の顔を穴のあく程見つめて少しく笑うてゐると、春三は気味悪相に真青な顔をして俯むいて首を頻りに振つてゐる。さうすると足立正信が全権委員顔をして曰ふ。 足立『足立が今日先生にお話に参つたのは、一個人の考へではありませぬ。先づ第一に艮の金神さまを始め、役員信者一同の代表者として、参つたのですから、あなたも其お考へで聞いて頂かねばなりませぬぞ。抑も綾部には、天地金の神さまのお道を開く、結構な金光教会所があつたのを、出口お直さまが気をいらつて、四方平蔵サンとひそかに相談して、吾々始め役員信者には一言の相談もなく、派の違ふ霊学の先生を呼よせて、とうとう金光教会を丸潰しにしられたのは、お前サンも御存じの通りですが、金光教は立派な公認の神道本局の直轄教会で、天下に憚らず布教伝道に従事してゐるお道です。かう申すと済みませぬが、上田サンの立てた金明霊学会は、其筋の認可もうけずに、偉相に布教してゐられても、到底、駄目です。出口お直さまや四方平蔵サン、お前サンの三人位が何程骨を折つても、瞬く内に其筋から叩き潰されて了ひますよ。さうなつてはお前サンも皆サンに合はす顔がないから、足許の明かい内に一時も早くお帰りなされ。今こそ教祖だとか、会長だとか云うてゐられますが元を糺せば紙屑買の無学の婆アサンや、牛乳屋位が、どれ丈気張つて見ても、到底お話にならぬから、花のある内にここを引上げなされ。又お直さまの方は金光教会の方で大切に世話をしますから、今の内に決心をきめて確かな御返答を願ひます。お前サン、これ丈皆の者に嫌はれて居つても綾部を帰るのがおいやですか。よくよくお前サンも行く所のない困つた人足と見えますな。腹が立ちますかなア。腹が立つならこれ見たかで、一つこんな田舎ではなく、立派な大都会の中央で、一奮発して教会でも立てて御覧。イヤ併し人間と云ふ者は末を見な分らぬから何ぼ訳の分らぬお前サンでも、又犬も歩けや棒に当ると云ふ事があるよつて、どんな偉い者に、此先に於てなれぬとも限りませぬワイ』 と嘲弄的に責かける。喜楽は余りの侮辱と暴言に何の答もなく、黙然として俯いてゐた。足立は心地よげに微笑をうかべ、喜楽を尻目にかけて腕をふり乍ら、コツコツと細い坂路を降つて行く。中村竹造はニタニタ笑ひ乍ら、 中村『上田サン、お前サンは元を糺せば百姓の蛙切り、少し出世して牛乳屋になつてゐたのぢやありませぬか。それに何ぞや、霊学だとか審神者ぢやとか云つて、草深い田舎へ人をだましに来ても、何時迄も尻尾が見えずには居りませぬぞ。なんぼ綾部が山家だと云うても、中には目のあいた者が居りますでな。百姓の伜が大それた神道家になるなんて、そんな謀反を起してもだめですよ。ヤツパリ蚯蚓切りの蛙飛ばしは、どこともなく土臭い所がある。なんぼ綾部の小都会でも、お前サン位に自由自在にしられて、喜んでゐるやうな馬鹿者はありませぬぞや。そんな性に合はぬ事するより、一日も早く穴太へ帰つて元のお百姓をしなさい。蛙の子のお玉杓子は、何程鯰の子によく似て居つても、チツと大きうなりかけると、手が生えたり、足がはえたり、いつのまにやら尻尾が切れて、ヤツパリ先祖譲りの糞蛙によりなれませぬぞや。どうしても鯰になれぬのは天地の道理ぢや。私も今年で九年振、天地金の大神さまのお道を学び、八年の間は艮の金神さまのお筆先を朝から晩まで拝読いて居つても、まだ満足に人に布教することが出来ぬ位むつかしいものだのに、お前サンは去年の春まで、蛙飛ばしや牛乳搾りをして居り乍ら、今から審神者になるの、神懸り[※初版・愛世版では「神懸り」、校定版では「神がかり」。]を人に教へるといふのはチツと時節が早すぎます。一日も早うどつかへ行つて、モツトモツト神さまのお道の勉強をして来なさい。お前サンの修行が出来て、立派な人になりなさつたら、又お世話になるかも知れませぬ。綾部には四方春三サンのやうな日本一の神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神がかり」。]が出来てゐる上に、福島大先生のやうな生神さまが、時節参りて現はれました。お前サンも御存じだらうが、二三日前にも穴太のお母アさまから、一日も早う帰つて百姓の手伝ひをしてくれ、いつまでもウロウロしてをる年ぢやないというて、手紙が来たぢやありませぬか。今お前サンが快う帰つて下されば、天地の大神さまへもお詫が叶ひませうし、大勢の役員や神懸り[※初版・愛世版では「神懸り」、校定版では「神がかり」。]サンも大喜び、第一穴太のお母アさまに孝行ぢや。何程教祖さまが引ぱりなさつても、大勢の者にこれ程厭がられても、ヤツパリ綾部に居りたいのですか。見かけにもよらぬ卑怯未練な御方ぢやなア。よつ程よい腰抜だと皆が蔭で云うて居りますで』 と口を極めて嘲罵をきわめ、立腹させて喜楽を追ひ帰すべく手段をめぐらしてゐる。喜楽の胸はわき返る計りになつた。最早勘忍袋の緒が切れやうとする一刹那、出口澄子がエチエチと本宮山へ登つて来て、 澄子『先生、最前から教祖さまが、先生のお姿が見えぬと云うて、大変に心配をして居られますので、平蔵サンや祐助サンがそこら中を捜して居られます。私は本宮山へ上られたに違ないと思うて、お迎へに来ました。サア早う帰つて、教祖さまがお待兼ですから、一所に御飯をおあがりなされ』 と促すのをよい機会に、喜楽は四方、中村を後に残して本宮山を下つて行く。二人は後姿を見送つて、手を切に打叩き、 『ワハイワハイ、能う似合ますで、御夫婦万歳!』 などと冷かしてゐる。まだ澄子とは其時は夫婦でも何でもない、無関係の仲であつた。然るに両人は妙な所へ気をまはして笑うて居る。一時間程経つてから、以前の三人は落つかぬ顔して広間へ帰つて来た。 喜楽は一室に端坐し、首を傾けて一先づここを退去せむか、と思案にくれてゐた。が直日の霊に省みて……イヤイヤ目下の金明会の役員や、神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑」。]の状態を見捨てて帰る訳にも行かぬ、自分が今帰つたならば、何も彼もメチヤメチヤになつて了うだらう、どこ迄も忍耐に忍耐を重ね、今一度無念を怺へて、彼等の精神を鎮定した上、進退を決しやうかと思うてゐる折しも、教祖は平蔵氏と共に、静かに襖を押あけ入り来り、自分の前に座を占めて、教祖は先づ第一に言をかけ、 教祖『先生、あなたは穴太へ帰る積で思案をしてゐられるやうだが、それはなりませぬ。神さまの御都合で引よせられたお方ぢやから、どんなことがあつても綾部を立退くことは出来ませぬぞや。御苦労さまで厶いますけれど、神さまの為にどこまでも辛抱して貰はねば、肝腎の御仕組が成就しませぬから、役員や信者が反対して、一人も寄りつかぬやうになつても、出口直と先生と二人さへ此広間に居れば、神さまのお仕組は立派に成就すると、艮の金神が仰有いますから、どんな難儀なことが出て来ても、何ほど反対があつても此処を離れてはいけませぬ。平蔵サン、チとしつかりして下され。今先生に申した通り、神さまは如何しても御放しなさらぬから、平蔵サン、チとシヤンとして先生の教を聞き、外の神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑」。]や役員の言ふ事に迷うては可けませぬ。金光さまの教が開きたい人は勝手に開いたが宜しい。私等三人はどこまでも動かぬ決心をせねばなりませぬから、其お積でゐて下され。先生くれぐれも頼みますぜ』 と云ひ棄てて自分の居間へ引取られた。それから四方平蔵の態度が一変して、陰に陽に上田を庇護する事となり、漸く大本の基礎が固まりかけたのである。 元金光教会の教師であつた土田雄弘は、喜楽の霊学の力に感じ京都に上り、旧友などを集めて金明会の支部を、塩小路七条下ル谷口房次郎の宅で開設し、一同協議の上に谷口熊吉なる者を、綾部へ修行の為に差向けた。喜楽の熱心なる教に、二三週間の後は、一通り霊術を覚え、第一に天眼通が利くやうになつて来た。そこで当人は非常に慢心を起し、自分位霊術に到達したものはない、四方春三位は物の数でもない、過去現在未来に通ずるやうになつたのは、自分の天賦の霊能が然らしむる所であらうと、得々として教祖の前に出で、厚顔にも、 谷口『此谷口が神から選まれた因縁の身魂で、将来大本の教主になるべきものでせう。然らざれば、僅二三週間の修行でこんなに上達する事は出来ますまい。必ず昔からの因縁と神助の然らしむる所に違有りますまい。今日以後は及ばず乍ら、私が御用をつとめ、天晴れ艮の金神さまを表へあらはし、教主のつとめを致す考へでありますから、上田サンには今まで御世話になつた御礼に、相当の金を与へて、穴太へ御帰しなさつた方がよろしからう』 と教祖の前で恐気もなく述べ立てた。教祖は余りの事に呆れて言もなく、谷口の顔をジツと見つめてゐられた。谷口はモドかし相に、言せわしく、 谷口『教祖様、どちらになされますか。私にも御返答次第で一つ考へがあります。谷口熊吉が金明会をかまへば、艮の金神さまの御教は一年たたぬ内に日本国中に拡まり、金光教会の全部はキツと綾部の艮の金神さまに帰順いたさせます。かう申すと慢心のやうで厶いますが、上田サンの様に、役員信者一般に受けが悪いやうな人が居つては大本が潰れるより外はありませぬ。とかく斯ういふ事は人気が肝腎であります。役員も信者も神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑」。]も、上田サンが何時までも綾部に居すわつてるやうなら一人もよりつかぬと云つて、昨夜も上谷の四方春三サンとこで相談がきまりました。私は大本の大事を思ひ、教祖さまのお身の上を思ふ余り、何も彼も隠さず申上げます。一体教祖さまは、上田サンを買被つてゐられますと皆の者が云うてゐます』 と野心を包蔵する谷口は、教祖がどういはれるかと、其御返答を待かね顔であつた。 教祖は直に答へて、 教祖『谷口サン、それは誠に結構な思召しで厶いますな、皆さまの御志は神さまもさぞ御喜びで厶いませう。乍併誠といふ者はそんなものぢやありませぬ。お前サンも上田サンに、仮令三日でも教へて貰うたら先生に違なからう。其先生を追出して自分が後にすわるといふやうな御精神の御方は私は嫌です。誠といふものはそんな易いものとは違ひますで、私はどこ迄も上田サンと手を曳いて、神さまの御用をする覚悟であります。そんな事を言ふお方は、どうぞ一日も早う帰つて下され』 とあべこべに退却を請求され、目算がガラリと外れた谷口は青い顔して、首尾悪相に教祖の前を下り、すぐさま上谷へかけつけ、第二の作戦計画について大運動を始めて居た。 教祖の筆先に、 『御用継は末子の澄子と定まりたぞよ』 と繰返し繰返し現はれてゐるので、第一に出口の養子たらむとの野心を起してゐたのは、金光教会の足立正信氏であつた。彼は艮の金神さまの教が将来発達するに違ない、さうすれば第一出口の娘の婿となつておけば、将来の権利を握る事が出来るといふので、陰に陽に教祖に近付きつつあつたのである。此男は元は淀の藩士で、小学校の教員を勤めてゐたが、そこに金光教会所が設けられてあつた、其教会へ暇ある毎に通うて受持教師に理屈をふきかけ、いろいろと妨害をなし、とうとう其教会をメチヤメチヤに叩きつぶして了うた男である。それを上級教会の、京都島原支所長杉田政次郎が甘く自分の手元へ引入れ、相当の俸給をやつて事務員に使うてゐた。 出口教祖が始めて神懸になられた時、四方平蔵氏が妻君と共に、南桑田の土田村といふ所へ行つて居つた。其時亀岡の金光教会の大橋亀次郎といふ教師について、金光教の教を聞いてゐた関係上から、教祖の事を亀岡の大橋に話をしてみた。さうすると大橋は、艮の金神というて信者が沢山によつて来る相だから、何とかして、其出口お直サンを金光教会の教師となし、亀岡の教会の部下として、綾部に一つ教会を立てたいものだといふのが手蔓となり西原の西村文右衛門といふ男が教祖に難病を助けて貰うた関係上、亀岡の教会へ行つて大橋亀次郎から、金光教の剣先を下げて頂き、西村文右衛門氏が背中に負うて、大島景僕といふ人の離れの六畳を借つて、始めて金光サンを祭つたのである。其六畳のはなれは今大本に保存されてある。大橋亀次郎は、自分の弟子の奥村定次郎といふ男を遣はし、教師として道を開かせ、出口直子をお給仕役の様にして道を開いて居つた。乍併出口教祖はそんな事で満足しては居られず、 教祖『自分は金光教をひらくのではない、艮の金神さまを世に出さねばならぬ役だから……』 と云つて、奥村定次郎に、幾度となくお筆先を出して警告されたけれど、上級教会を憚つて、如何しても艮の金神さまを表にせうとはせず、とうとういろいろと官へ手続きをして、福知山金光教会支所長青木松之助の出張所といふ名で、東四辻の古い家を借つて、そこに道場を開き、奥村定次郎が受持教師となつて、金光教を開いて居つた。 出口教祖は神さまの命令によつて、奥村に別れ、裏町の土蔵を借つて、そこで神さまを祀つて、筆先をかいてゐられた。金光教会はだんだん淋しくなり、火が消えたやうになつて了ひ奥村氏は止むを得ず夜逃げをして了うた。これも出口教祖が……艮の金神の言ふ事をきかねば、夜の間に泣きもつて逃げて帰らねばならぬぞよ……と注意しておかれた通りになつたのである。其後へ島原の杉田氏から、足立正信を受持教師として綾部の教会へよこしたのであつた。 次に中村竹造といふ男は、本町の播磨屋というて、古物商をやつてゐたが、始めから教祖さまに従ひ、難病を助けて貰ふてから熱心な信者となり、筆先の大熱心者であつた。これも何時の間にか慢心が出て来て、自分の女房を離縁し、出口の娘を嫁に貰はうと考へてゐたのである。 次に四方春三は、上谷で相当な財産家の総領息子で、邪神が憑つた結果、弟に後をゆづり、相当の財産を持つて出口家へ養子に入り込まうと、幾度となく申込んで居たのである。斯くの如く三人の養子候補者が、手をかへ品を替へ暗中飛躍を試みて居た有様は、恰も古事記にある八十神が八上姫を娶らむとして争奪に余日なきと同じことであつた。足立正信は塩見、四方の二女を参謀として、教祖に取入り、それとはなしに二ケ年間も根気よく運動してゐたといふ事である。又中村氏は四方源之助、村上清次郎を参謀として、これも二三年間不断の活動をつづけてゐた。四方春三は自ら少々の財富力を楯に単独運動をやつて、自分は十中の九まで最早成功したものと信じ、互に三人が三巴となつて隙を伺うてゐる。そこへ突然喜楽を神さまから、大本の御用つぎと致すぞよと示されたので三人の不平は言はず語らず一時に爆発して、喜楽に対しいろいろの圧迫を加へ、悪罵を試み、百方妨害に着手する事となつたのである。 又もや谷口熊吉が出て来て、野心を抱きいろいろの運動を開始する。喜楽も澄子もそんな事は夢にも知らず、何事も頓着なく、一意専心に霊学の発達と筆先の研究とに、心意を傾注してゐたのである。 (大正一一・一〇・一六旧八・二六松村真澄録) |
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霊界物語 | 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 | 09 稍安定 | 第九章稍安定〔一〇四六〕 福島氏は依然として数多の役員や修行者と共に、 福島『丑の年に生れた寅之助の艮の金神は此方だ』 と威張り散らして猛り狂うて居る。そこへ喜楽に大反対の足立、中村、四方春三等が、益々反対の気勢を煽るので、自称艮の金神の狂態は愈激烈を加へるばかり、遂には教祖を退隠せしめ喜楽を放逐し、福島を以て綾部の艮の金神の教祖となし、足立を以て教主となすべく熟議を凝らし、着々実行の歩を進めてゐた。谷口熊吉も無論共謀者であつた。勝に乗じて心驕るは凡夫の常、福島は日に日に狂的行動を加へて来るが、足立、谷口、四方、中村等は深い計略の各自にある事とて少しも之を制止せず、却て煽動するばかりで始末におへなくなつて来た。要するに穴太から喜楽がやつて来て神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神がかり」。]を始めたから、こんな狂乱が出来たのだと云つて喜楽を失敗せしめ、且霊学の弊害を一般に認めさせ、喜楽の立退きを余儀なくせしめんとの策略であるから堪つたものでない。たまたま修業者の一人なる村上房之助が少しく覚醒して福島の乱暴を改めしめやうと自分が審神者に着手したが、一つ二つ問答の末、福島虎之助は答弁に苦しみ、直ちに立ち上つて、 福島『こりや村上の奴、生意気な事を申すな。此方は理屈は嫌ひだ。それよりも実地の神力を見せてやらう』 と云ふより早く、村上の首筋をつかんで蛙を投げる様に、二三間先へ投げつけて了ふた。村上も真蒼の顔になつて低頭平身只管に謝つてばかり居る。福島は荒れに荒れ、狂ひに狂つて、今度は中村や四方の手にもあはなくなつて了つた。淵垣の駐在所から巡査が出張して来て、愚図々々と小言を云ふので、例の何方へもつく愚直爺の祐助が綾部へ飛んで来て神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神がかり」。]の鎮定を歎願する。見るに見かねて喜楽は鎮圧の為め出張せむとするや、教祖はこれを聞いて、 教祖『先生一人では邪神の群へ行く事はなりませぬ。澄子を連れて行つて下さい』 との言葉に従ひ、自分は澄子と祐助と三人づれにて上谷の修行場へと駆つけた。行つて見れば、福島を始め一同は家中を暴れ狂ひ、 福島『艮の金神の神力は此通りだ』 と云つて始末がつかぬ。足立も谷口も四方も手品の薬が利きすぎて、案外猛烈な狂乱的憑霊に畏縮して了ひ、家の隅に小さくなつて震ふて居る。福島は村中に響く様な大きな声で、 福島『三千世界一度に開く梅の花、艮の金神の世になりたぞよ。須弥仙山に腰をかけ鬼門の金神此世の守護を致すぞよ。大の字逆様の世になりたぞよ。此福島寅之助は世の変り目に神の御用に立てるために三千年の昔から世に落してかくしてありた結構な身魂でありたぞよ。けれども神が世に落して化かしてありたから今の人民は侮りて居るぞよ。結構な身魂ほど世に落してありたぞよ。牛の糞が天下をとると申すのは今度の譬えであるぞよ。神が表に現はれて善悪の立替を致すぞよ』 と筆先の真似をして、朝から晩まで連続的に叫び乍ら荒れ狂ふてゐる。足立を始め其他の役員神懸り[※初版・愛世版では「神懸り」、校定版では「神憑(かむがかり)」。]は、平生から筆先の聞きかじりを覚えて居るから、今の福島の憑霊の言葉を聞いて、真似をして居るものとは思はず、誠の艮金神に相違ないと固く信じて居るから堪らぬ。福島は喜楽の顔を見るなり、 福島『サア又上田が来たぞよ。皆の眷族共、上田を調伏致して改心させねばならぬぞよ。今に神が懲戒を致してアフンとさして見せるぞよ。おちぶれ者を侮る事はならぬぞよ。結構な方を世に落して結構の御用をさしてありたぞよ。其御方と申すのは出口直ではなかりたぞよ。福島寅之助でありたぞよ。サア一同の者よ、上田を早く叩き出して了へよ。神界の仕組の邪魔になるぞよ』 と命令をする。一同は一生懸命に喜楽の前に立ち塞がり、両手を組んでウンウンと力一杯息をつめ鎮魂で縛らうとしてゐる、其可笑しさ。何程ウンウンと気張つても喜楽の体はビクともせない。一同は一生懸命になつて益々ウンウンを続けて居る。そこへ澄子が現はれてウンと一息呼吸を込めて睨むと、二十余人が一時にバタバタと将棋倒しになり、身体強直して動けぬ様になつて了つた。足立、中村、四方春三の三人は顔色を蒼白に変じ、許しを乞ふ事頻りであつた。澄子は只一言、 澄子『改心すれば許す』 と言つた言霊の妙用忽ち現はれ、一同は元の体に帰つた。これに驚いて村上房之助、野崎篤三郎は何処ともなく姿を隠し、三日も四日も帰つて来ない。そこで二人の行衛が知れぬと云つて大騒動が持ち上つた。上谷の修行者一同は残らず綾部の広間へ帰つて来た。村上と野崎の両親が非常に立腹してつめかけ、 『一体私方の掛替のない大切の息子を全気狂にして了ふた挙句、行衛も知れぬ様になつたのは足立サンや中村サンが行き届かぬとは云へ、もとは上田サンが出てきて神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神がかり」。]だ等と申して、狐や狸を大切の息子に憑けたからぢや。さあ今此処へ息子を出して返して呉れ。万々一池河へでも身を投げて死んで居つたら如何して下さる。さあ早く返答を聞かせ。もう了見ならぬ』 と大の男が目を剥いて睨みつける。喜楽は黙然として暫し考へ、 喜楽『御心配は入りませぬ。只今お目にかけて安心さして上げます』 と言葉の終るや否や、村上房之助は生田村の旧神官福林安之助氏を伴なひ、意気揚々として帰つて来た。福林が大本の忠実な役員となつたのはこれが動機である。次に野崎は志賀郷村字西方の竹原房太郎を伴ひ帰つて来た。竹原はもとから綾部金光教会の古い世話方であつたが、金明会へ入会した動機もこれが始めであつた。さうして福島は一先づ八木へ立ち帰る事となり、後は喜楽、澄子の二人が審神者となり何れの神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神がかり」。]もよく鎮まりそれぞれの神徳を受け、金明会は一先づ治まり、反対者も我を折つて教祖や喜楽の指図に服する事となつた。 (大正一一・一〇・一六旧八・二六北村隆光録) |
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霊界物語 | 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 | 15 怒濤 | 第一五章怒濤〔一〇五二〕 教祖や会長に反対の連中がヒソビソと首を集めて、冠島丈けは幸ひに教祖の一行五人が無事に参つて来よつたが、到底沓島へは教祖のやうな婆アさまが行けるものでない、キツと神の怒にふれて、舟が転覆し、海の藻屑になつて了ふか、但は不成功に了つて中途から引返して帰るに相違ないとタカをくくつて嘲笑を逞しうしてゐた所が、見事今回又もや沓島開きが出来たといふ成功談を聞き、負ぬ気になり、『ナニ教祖のやうな婆アさまや娘が行く所へ行けないといふ事があるものか』と、二十人の頑固連中が沓島参拝を企て、大暴風雨に遭ふて命カラガラ、冠島に辛うじて避難し、一命を拾うた物語を述べておく。 対岸の清国では団匪の騒乱で、各国の政府が居留民保護の為に聯合軍を組織して北京城へ進軍中であつた。茲に出口の教祖は東洋の前途を気づかひ、神命のまにまに、二度までも無人島へ渡り、冒険的の企図をこらして、艱難辛苦を嘗め玉ふにも拘はらず、足立其他の役員に誑惑された信徒等は、利己一片に傾き、おのれが卑劣心より口々に、今回の教祖一行の冒険的渡海を非難し、好奇心にかられたり、一方には信者集めの手段を講じたものだなどと、盛に熱罵を逞しうしてゐる者のみである。判事ハリバートンの言に曰く『権威のある所には自然に不従順の傾向あり』と。宜なる哉、近来教祖及上田の名声の漸く大ならむとするを嫉妬し、いろいろと排斥防害運動に余念なき連中が二度までも孤島に参拝の成功に益々嫉視反抗の気勢を高め、今度は是非共会長を案内者として沓島へつれ行き、鐘岩の断岩へ登り、いろいろとよからぬ望みを遂げむと、某々等数名は鳩首謀議の結果、今一度勝手を知つた会長に同行参拝せむ事を強請して止まなかつた。万一にも否まうものなら、卑怯者と誹るであらう、今まで、屡彼等が奸計に乗せられ、九死一生の難に遭遇したる記憶の新なる一身上に取つては、恰も狼虎の道づれも同様である。何時間隙があつたら、咬殺されるやら計り知られぬ危険極まる島詣でであつた。然し乍ら敵を恐れて旗を捲くのも、神の道を宣伝する者の本意でないと、確く決心し、日夜沐浴斎戒心身を清め、神の加護と教祖の御神徳に倚信して、彼等と共に出舟参拝する事を承諾した。 万一を慮つて平素熱心なる信者、竹原房太郎、木下慶太郎、森津由松、福林安之助、時田、四方安蔵、甚之丞等の面々を引つれ、心の合はない敵味方合せて廿一名は明治三十三年七月二十日を卜し、いよいよ決行することとなつた。 二十一日の未明、四隻の漁舟は罪重き一行を乗せて、舞鶴港を漕ぎ出し、海上七里許り、冠島は手に取るやうに近く見えて来た。モウ一息といふ所で俄に東の空が変な色になつて来た。四人の船人はあわてふためき、口を揃へて、 『サア皆サン、覚悟をなされ大変なことになつて来た。あの雲の様子では大颶風だ』 と叫んでゐる。見る間に東北の空に真黒の妖雲がムラムラと湧きだした。追々風が荒くなつたと思ふ間もなく、颶風襲来、潮を蹴り飛ばし、波濤怒り狂ひ、勃乎たる海風の声は轟々と、南に北に東に西に猛び廻る。騒然たる声裡、山岳のやうな波、堅乎たる巌のやうな波浪が来る、其物凄きこと筆舌の尽す限りではなかつた。小舟を木の葉の如くに中天にまき上げるかと見れば、直に千仭の波の谷間につき落し、無遠慮に舟玉の神の目も恐れず、勝手気儘に奔弄し出した。波と波との間にかくれた一行の舟は、どうなつて了つたか、其影さへも見ることが出来ぬので、互に胸を轟かしつつあつた。恰も地獄の旅行をしてゐるやうで、何れも青息吐息の為体、蛭に塩、猫に出合ふた鼠の如く、舟底にかぢりついて縮かんでゐる。誰もかれもウンともスンとも得言はぬ弱り方、中にも松井元利といふ京都の信者は、因果を定めたか、生死の外に超然として動ぜざること岩石の如く、頭から潮を浴び乍ら、泰然自若として只天の一方のみを眺めて居る。時田金太郎が小便のタンクが破裂し相なと云つて、激浪目がけてコワゴワ乍ら放尿する。舟人が……そんな大男が立つては危険だ……と喧しく叱りつけるやうに叫ぶ。それに引替へ、臆病風に襲はれた中村は震ひ戦き、始めて口を開き、 中村『会長さん、一体どうなりますぢやいなア、今あんたの頭の上の所に大きな海坊主がいやらしい顔で、長い舌を出して、私をつかんで海へ投込むやうな手つきをし乍ら……それ今其処に睨んで居りますわいな、どうぞ坊主をいなして下され、あゝ小便がしたくて堪らぬ、どうしたらよからうか』 と周章狼狽のさま実に見るも気の毒であつた。小便がこらへきれなくなつたので、とうとう自分の飯碗の中へ放尿して、それを海へコワゴワ投げ込んでゐる。中村は驚愕の余り弱腰が抜けたと見えて、チツとも身動きが出来なくなつてゐたのである。 烈然たる颶風はよく千里の境域に達し、猛然たる旋風は万里の高きに依つて廻るかと怪しまれ、竜ならずして竜吟じ、虎ならずして虎嘯く如き光景である。一波忽ち来りて漁舟に咬つく、其度毎に潮水を沢山において行く、又次の一波のお見舞迄にと、一同が力限り命が惜さに、平常にはこけた箒もロクに起さぬやうな不精男が桶や茶碗や杓などで、一生懸命に潮水をかへ出してゐる、又一波来つて、潮水を頭といはず、背中といはず、無遠慮に浴びせて通る、忙しさ恐ろしさ、到底口で言ふやうな事ではない。 会長は一生懸命に天津祝詞を奏上し始めた。天の助けか地の救ひか、少し許り風がやわらいで来た。従つて波も稍低くなつた。此一刹那に、舟人は手早く四隻の舟を二ケ所へ漕ぎ寄せて、二隻づつからくんでみた、かうすれば舟の覆没を免れるからである。……サア是で一安心だと思ふ間もなく、今度は一層激烈な大颶風の襲来となつた。 雨は沛然として盆を覆すが如く、車軸を流すが如く、手きびしく頭の上から叩きつけるやうに降つて来る。漂渺として際限なき海原も今は咫尺弁ぜざる迄に暗黒に包まれた。怒れる浪は揉つもまれつ、荒磯の岩をも粉砕せずんばやまぬ猛勢である。白き鬣を振ふて立てる浪は真一文字に舟に組みつく、其度毎に小舟がグラつき転覆せむとする危さ、かくある以上は、平素から教祖を非難してゐた連中も、会長を嫉視してゐた小人もチウの声一つ得上げず、震ひ戦き、今は只神に依り、教祖に従ひ、会長に依頼して、命の安全を計るより外途なきに至つたのである。 人間といふものは斯うなつては実に弱い者である。神のおいましめを蒙つたと各自が思ふたのか、腹の中に企んでゐたごもくたを悉皆吐き出して前非を悔悟する、誰も彼も叶はぬ時の神頼みといふ調子で、一心頂礼口々に神文を唱へ、神にお詫を申してゐる。村上清次郎といふ男は天から四十三本の御幣が吾舟にお下りになつて、吾等を保護して下さるのが拝めますから、私は有難い事だと思ふて安心してゐます……と嬉し相に感謝してゐる。これは信仰の力に依つて、目ざめ、神のお守りあることを天眼通で見せて貰ふたものである。森津歌吉は何ともかとも得言はず、目をむき口を閉ぢて、波許り恐ろし相にながめ、時々扇子を以て波を片方へ押のけるやうな気取で、妙な手附をして拝んでゐる。舟に酔ひ、泡をば福林安之助が八百屋店をたぐり上げ苦しんでゐる。会長は聖地を出立の際、教祖より、 教祖『今度は余程神さまを頼んで気をつけて参らぬと、先日の参拝のやうに楽には行きませぬぞや、罪の塊計りだから、万々一危急の場合、命に関するやうなことのあつた時には、之を開いて見るがよい……』 と密封した筆先をお授けになつたのを、大切に肌の守りとしてつけてゐたが、披見するは今此時だと、懐中より取出し、押しいただいて披いて見れば、中には平仮名計りで、何事かが記されてある。其筆先の大要は、 『艮の金神が出口の手をかつて気をつけるぞよ、慢心は大怪我の元ぢやぞよと毎度筆先で知らしてあるが、今の人民は知恵と学計りにこり固まり、途中の鼻高になりて、神の教を聞く精神の者がなきやうになりて、天地の御恩といふことを知らぬ故、世の中に悪魔がはびこり、世が紊れる計りで、此地の上がむさ苦くて、神の住居いたす所がないやうになりたので、誠の元の活神は此沓島冠島に集まりて御座るぞよ、それ故に余程身魂の研けた者でないと、此島へは寄せつけぬぞよ、此曇りた世を水晶にすまして、元の神国に立直さねばならぬ大望がある故に明治廿五年から、神は出口の手をかり、口をかりて、いろいろと苦労をさして、世間へ知らせてゐるなれど、余り世におちぶれて居る出口直に御用をさす事であるから、今の人民は誠に致す者がないぞよ、人民は此結構なお土の上に家倉を建て青畳の上で、安心に月日を送らして貰ひ乍ら、天地の御恩を知らぬ計りか、神は此世になきものぢやと思ふて居るものがちであるから、神の守護がうすかりたなれど、人間は神がかまはねば、一息の間も生て居る事は出けぬぞよ、人間の此世を渡るのは、丁度今此小舟に乗り、荒い海を、風と波にもまれて渡るよなものである、誠に人の身の上ほど危いはかないものはない、もし此舟に一人の舟人と艪櫂がなかりたならば、直に行きも戻りもならぬよになり、舟を砕くか、ひつくり返るか、人も舟も海の藻屑とならねばなるまい、人民も神の御守護なき時は少時も此世に居ることは出来ぬ、此世の中は、人を渡す舟のようなもので、神の教は艪櫂である、出口直は此舟を操る舟人のよな者である。今の困難を腹わたにしみ込ませて、いつ迄も忘るる事なく、神さまの恵を悟つて信心を怠るなよ、何事も皆信心の力によつて、成就するのであるから、神の御子と生れ出でたる人民は、チツとの間も神を離れるな、道をかへるな、欲に惑うな、誠一つで神の教に従へ、災多き暗がりの世は誠の活神より外にたよりとなり力となる者はないぞよ云々』 といふ懇切なる神示であつた。あゝ神は吾等一行の我慢を戒め、邪念を払ひて、誠の道に導き至幸至福ならしめむが為に、此荒き海原へ連れ出し、かくも懇切なる教訓を垂れさせ玉ひしかと、悪鬼邪神の如き連中も、ここに始めて神の厚恩を悟り、教祖の非凡なる神人たるに舌をまくのみであつた。 又其筆先の終りの所に一段と細い字を以て、 『上田の持ちて居る巻物は、此際披き見よ』 と示されてあつた。此巻物は本田親徳先生より、長沢豊子の手を通じて授けられたる無二の宝典である。片時も肌を離さず、危急存亡の場合、神のお許しあるまで、決して開くなとの教を確守し、今迄大切に肌の守りにしてゐたのであるが、今や一行の精霊を救はねばならぬ場合に当り、始めて開く玉手箱、何が記してあるかと、恐る恐る押頂き伏し拝み、披き見れば…… 尊きかも、畏きかも、救世の神法、霊学の大本と数十百に亘る神業、其大要は喜楽が高熊山の霊山にて見聞したる事実と符合し、神秘に属し、他言を許されぬもののみであつた。会長は此一巻に納めたる、神法を実行する時機正に到来したりと、天にも昇るが如く勇み立ち、心鏡正に玲瓏たり、百折撓まず屈せず、暴風強雨何者ぞ、水火何者ぞ、満腔の精神は益々颶風と戦ひ、言霊の神力を以て、どこまでも之に打克たむとの勢頓に加はり来る、欲を離れ、利をはなれ、家を離れ、自己を離れ、社会を離れて只神あるのみ、全く神の御懐に抱かれゐる身は、如何なる事も恐るるに及ばず、大丈夫大安心なり、怒れよ狂瀾、躍れよ波濤、吹けよ強風、荒べよ暴風、汝の怒りは雄大なり、壮烈なり、我は今汝の怒りに依つて生ける誠の神の教を受けたり、今の会長は以前の会長に非ず、今は全く神の生宮となれり。暴風強雨来れと、十曜の紋の記されし、神官扇を差上げて、天の御柱の神、国の御柱の神、天の水分神、国の水分神、大和田津見神静まり玉へ……と宣る言霊に、不思議や風やみ雨やみ波従つて静まりぬ。舟人はおどろいて、 『先生は神さまで御座いませう』 と舌をまいて感嘆してゐる。抑も我国は神の御国なれば、惟神の道と称し、幽玄微妙の神教あり、神力無限の言霊あり、実に尊き天国浄土である。舟は漸くにして冠島へ避難する事を得た。第一着に老人島神社に供物を献じ救命謝恩の祝詞を奏上し、次いで綾部本宮を遥拝し、一行の罪重き者の沓島参拝は到底神慮に叶はざるべしと再び帰路の安全を祈りつつ厚き神の守りの下に漸く舞鶴に帰着し一同茲に一泊することとなつた。 大丹生屋の二階の一間に横臥して所労を休めてゐる、会長の枕許へ杉浦万吉といふ男出で来り、手をつかへ、面に改悛の色を現はし、涙をハラハラと流し乍ら、 杉浦『先生にお詫を致さねばならぬ事があります。申上ぐるのも畏きことなれど、実の所は吾々数名は相談の上、先生の懐にある巻物を預り、其上○○せむと○○をなし、本会の為に雲霧を払ひ清め、其後釜には四方春三サンを据ゑて、吾々が思惑を貫徹せむと欲し、其手段として先生に対し、沓島参拝を無理に御願したので御座います、乍併神様の厳しきおさばきにより、命辛々の目に会ふたのは、全く神さまより吾々に改心せよとの御戒めで御座いませう、何うぞ自分等の罪を赦して下さいませ』 と平身低頭して聞くも恐ろしい物語をするのであつた。会長は前日より略探知してゐたので、今更余り驚きもなさず、笑うてこれを許した。暫くあつて綾部の本部より教祖の命令によつて四方平蔵が四方春三を伴ひ、沓島行きの一行を迎ひに来り、一同の無事を祝し、冥土の旅から帰つたやうに小をどりして喜んだ。四方春三も杉浦の改悟を聞いて包むに包みきれず、陰謀を逐一自白し、 四方『あゝ私の心には悪神が潜んでゐたのでせう、これからキツと改心致します』 と真心から涙を流して有体に謝罪するのを見ると、却つて可哀相になつて来た。雨降つて地固まるとやら、今度の遭難にて誰も彼れも一時に悔ゐ改め、道の曙光を認めるやうになつたのも、全く神の深遠なる思召によることと、会長は益々其信念を鞏固ならしめた。 二十二日の夕方無事に館に帰り、神前に一同拝礼し各々家に帰つた。 (大正一一・一〇・一七旧八・二七松村真澄録) |
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霊界物語 | 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 | 17 旅装 | 第一七章旅装〔一〇五四〕 明治三十三年八月一日、喜楽は郷里なる穴太より義弟危篤の電報に接し、急ぎ故郷へ帰つた。案の如く大病で義弟なる西田元吉は重態である。早速神界へ祈願の上、全快すべきことを告げ、其翌々三日綾部へ帰つた。大本の布教者西田元教は此時始めて神の尊き事を知つて信仰に入つた。其動機には実に面白い次第あれど稿を改めて口述することとする。 さて綾部へ帰つて見ると、門口に喜楽の荷物一切が荒縄や古新聞で包んで、放り出してある。不思議に思つて四方春三を呼んで、誰が斯んな事をしたのかと尋ねると、彼は顔色を変へて奥の間に逃げ込んだ。益々不思議だと思つて四方祐助を呼んで委細を聞くと斯うである。 祐助『先生の御不在中に役員会議がありました。其時に四方春三サンが発起人で、あんな上田サンの様な訳の分らぬ先生は、一日も早く追ひ返すがよい。天眼通も天耳通も何もかも、皆上田サンの知つて居る事は、四方春三が皆覚えたから、今故郷へ帰つて居られるのを幸ひ、一時も早く荷物を穴太へ送つて、断りに四方平蔵サンが役員総代で行かれる処でありました。あなたの御帰りが一日遅かつたら、皆の役員サンの思惑が立つのに惜い事ぢや』 と頭を掻いて苦笑ひをして居る。そこで、 喜楽『此事は教祖さまは御承知か』 と尋ねると、 祐助『イエイエあんたを先へ送つて了ふた上で教祖様に申上げるのです。前に教祖様に申上げたら、キツと止められるは必定ぢや。あんな権太郎先生に永らく居つて貰つては、皆の役員が困るから、善は急げといふ事があると昨日から皆の者が位田の村上新之助サンの家で集会してます』 との事である。誠に油断も隙もあつたものでない。又一方の四方春三は陰謀露顕に及んだので、何とか善後策を講ぜねばなるまいと、位田の村上宅へ自ら走つて報告した。反対者は驚愕の余り施すべき手段がないので、とうとう山家村鷹栖の四方平蔵方へ、謝罪して貰ひたいと歎願に出かけた。平蔵氏の取持で双方共に一先づ無事に治まるは治まつたが、機会さへあらば、上田を追出してやらうといふ考へは少しも放れなかつたのである。何れも皆金光教会の教師や役員や信者になつて居つた人々計りだから、金光教の守護神が憑つて、上田を排斥せむとするので其肉体は実に気の毒なものである。 喜楽が斯道の為に満腔の熱誠をこめ、寝食を忘れて活動せる結果は大に功を奏し、日に月に隆盛に赴き、教祖も是非神勅なれば上田をして事務を総理せしめむとされたので、例の足立氏は憤怨措く所を知らず、身は京都に在り乍ら、従来の部下を使嗾して百方排斥を試み、野心満々たりし四方春三を旗頭となし、今回の横暴を繰返したるなるに、斯る重大事件を傍観し居られし教祖の心事面白からずと、稍捨鉢気分に成り居れる際、四方祐助の使を以て、教祖は上田を招かれたれば、心中に積み重なれる疑団を晴らすには好機逸す可からずと、直に広前に参じ教祖に故郷の様子などをお話し、互に義弟の病気の快方に向へることを喜び合つて居たが、中村竹造は奥の一間より御神諭を奉じて出で来り、さもおごそかに喜楽に向ひ、 中村『今回教祖殿は此寒空に、何国へか神命を奉じて御修行に御出ましになり、御老体の身として御苦労遊ばすこと、吾々は何とも申様がありませぬ。是も全く上田サンの改心が出来ぬからであります。謹んでお筆先を拝読きなされ。神様や御国の為に尽さなならぬ人が、病人位で郷里へ帰るなんて、実に神様を軽しめて居られるのぢや。人の一人や半分死んだつて、大切の御用に代へられますか、此筆先は今度教祖さまが御修行に御出ましなさる御神勅でありますぞ、改心の出来ぬ者は教祖の御伴叶ひませぬ。上田を伴れて行くとありますが、あなたのやうなお方のお出でになるべき所ぢやない。何程神勅でも、役員として御道の為に、拙者が今回の御供は、生命に代へてもさせませぬ。其代りに拙者が及ばず乍ら御供仕る。上田サン如何で御座る。只今教祖の前で御返答なされ。トコトン改心するから、御供をさして下さいと契約書を御書きなさい』 云々と中村氏は胸に一物ある事とて、口角泡を飛ばして上田に毒付いて居る。喜楽は聞かぬ顔して、横を向いて庭の面を眺めて居ると、教祖は中村氏に向ひ、 教祖『御神諭は上田さまの事ぢやと思ふたら違ひますぜ、中村サンチと胸に手をおいて、先日からの皆サンの行ひを考へて、取違ひを成さらぬやうに……』 と一言柔かな針を入れられて、中村は首尾悪さうに教祖の前を下がり、御神諭を元の所へ納めて了つた限、物も言はず面ふくらしつつ、足音高く畳ざわり荒々しく、自分の居間へ下つて了つた。 教祖は自ら座を立ち、神前の三宝の上に置かれたお筆先を手づから喜楽に渡された。恭しく押戴いて直に其場で拝読すると、御神文の中に、 『今度は普通の人間では行かれぬ処ぢや。実地の神の住居いたして居る、結構な所の怖い処である。皆の改心の為に上田海潮、出口澄子、四方春三を連れ参るぞよ』 と記されてあるので、早速教祖に向つて厳しく談判を吹きかけた。其理由は四方春三の御供に加はつて居ることである。彼は当年の夏頃より上田排斥の主謀者とも云ふべき人物で、西原と上谷の間の峻坂にて上田を○○せむとなしたる如き侫人である。それでも寛仁大度の吾々は、神直日大直日に見直し聞直し宣直して赦して置いたにも係はらず、又々今回吾帰郷中に大排斥運動の原動力となつて駆廻つて居る。然るに世界の善悪正邪を透見し玉ふ艮の金神様が彼をお供に加へられるとは如何しても合点が出来ぬ、艮金神さまは良い加減な神さまだ。彼の如き者と同行するは恰も送り狼と道づれになるやうなものだ。それを知つて同行させると神から言はれるのは、要するに上田を排斥されたのであらう。表面は体裁を良くし、裏面には上田を同行させない御神意であらうから、今度の御伴は御免蒙りたい……と稍憤怒の情を以て教祖に肉迫した。さうすると教祖は、 教祖『イエイエ決して其様な主意ではありませぬ。最早此通り旅立の用意も出来て居りますから、今度は是非同行して貰はねばなりませぬ』 と蓑笠に杖草履など準備の出来上つたのを、見せられたので、漸く得心して御供することにした。其日は八月の七日であつた。教祖は尚も上田に向ひ、 教祖『海潮さん、一寸裏口を開けて御覧なさい、恐ろしい事がありますからよく見ておいて下されや。皆戒めの為ぢやと神様が仰有りますぜ』 との言である。何となく気味が悪いので側に居た四方祐助と四方春三とを誘うて、裏口の障子を開放して見たが、教祖の言はれたやうな恐ろしいものは一つも見当らぬ。何の事か合点が行かぬので、三人がそこらをキヨロキヨロ見廻して居ると、裏口の柿の木の下に蚯蚓が一筋這うて居る斗り、暫時経つと一疋の殿蛙が勢よく飛んで来たかと思ふと、矢庭に其蚯蚓を呑んで了うた。其後へ又黒い可なり太い蛇が出て来て、其蛙を一呑みにして了うた。併し別に是位の事が何恐ろしいものかと思つて三人が熟視してゐると、平素上田が寵愛して居るお長といふ雌猫が走つて来て其蛇を噛み殺して了うたと見る間に、何処から来たか、黒色の大猫がお長を噛殺さむとする。お長は驚いて直に柿の木へ逃げ登つた。黒猫も亦続いてお長の跡を追うて柿の木へ登つた。上田はお長を助けたさに柿の木へ続いて攀登つたが、一の枝まで上つた頃、お長は黒猫に噛まれて、悲しい声を出して、高い枝の上から地上に墜落しふンのびて鳴いてゐる。上田はお長の仇敵と一生懸命になつて黒猫をゆり落さうとしたが、何うしても落ちぬので、止むを得ず下へおりて見ると、上田の新しい浴衣の白いのが、猫の糞まぶれになつて居た。三人は始めて……あゝ上に上のあるものぢや、如何にも恐ろしい事ぢや……と肌に粟粒を生ずる程に驚いた。其時教祖はニコニコし乍ら三人の前に現はれ、 教祖『これで何事も分りませう』 と言はれたが、其時には余り深く教祖の御言葉も心にとめなかつたけれど、後に至つて其理由が判明したのである。 (大正一一・一〇・一八旧八・二八松村真澄録) |
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霊界物語 | 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 | 19 鞍馬山(二) | 第一九章鞍馬山(二)〔一〇五六〕 折節当夜は八木会合所の祭神及び会場移転式挙行日にて数多の会員参集し居たるに、不意に教祖一行の御立寄りと聞きて驚喜し俄に色めき立ちて上を下への大騒動、見るに見かねて教祖は之を制し慇懃に挨拶あり。畏くも大神の奉斎所を遷座する大切な御式を軽率に執行して神霊に非礼の罪を重ね、前以て詳細の報告も出願にも及ばざりし会員一同の不注意は今眼前に報うて来て気の毒であつた。幸ひにも教祖に祭主を懇願して移転式を完了し、次に教祖及び海潮の講話あり、午後十一時には各十二分の神徳を忝なみ会員一同退散した。印度坊主は経が大切、自分等は明日が大事、夜更しは身の障りと狭い座敷に雑魚寝をなし、翌九日、旭日東山の端に円顔を現はし給ふの頃、霧の流るる小川に手水を使ひ口嗽ぎ、恭しく神前に祈願を凝らし、行途の如何を占なひ奉る。時に皇神海潮の手を通じて教へ諭し給ふ様、 『世の中の人の心のくらま山 神の霊火に開くこの道』 と、此神詠によりて行途の城州鞍馬山なる事を窺ひ知り得たれば、心は五条橋の牛若丸の如く飛び立つばかり勇み立ち、午後一時福島氏に送られて八木停車場へと歩を運ぶ。折柄園部の上り列車、幸宜しと飛乗れば二分停車の忙しく渡る鉄橋寅天の、音轟々と大堰川、八木の城山跡に見て、二条の軌道を疾駆して、早くも亀岡に接近す。海潮が故郷なる曽我部の連山は殊の外眼に立ち、高熊山の霊峰は彼方ならむと思へば不知不識に拍手せられる。愛宕の神峰は群山重畳の其中央に巍然として聳え、教祖一行の出修を眺めて山霊行途の安全成功を暗祈黙祷せらるるの思ひがある。車中偶曽我部の里人某を見る。言葉を掛けむとすれば態と素知らぬ振りに背面し、時々横目に此方の身辺を覗ふ様、あまり心地良きものに非ず。彼は曾て海潮が故郷にありて国家の大勢に鑑み、憂国の至情を以て一身一家を抛ち、惟神の大道たる皇道霊学の教旗を翻したる時、陰に陽に極力妨害を加へたる枉津神なれば、今更面目なくて其鉄面皮も稍良心に呵責され、思はず背面せしならむかと思ひしに、豈図らむや、然は無くて彼は余等一行の旅装を注視し、乞食巡礼に零落せしものと誤認し、帰郷するや嗤笑して告げて曰く。 『上田は怪しき教に沈溺せし為め終に乞食に堕落したり。神道に熱中するもの宜しくこれを以て殷鑑とし、決して祖先伝来遵奉し来りし仏道を捨て神道に迷ふが如き愚挙を演ずる勿れ。彼れ上田は親族には絶交せられ、朋友には疎まれ、弟妹には見離され、吾住み馴れし恋しき故郷を捨てて是非もなくなく他所へ流浪し、今又養家の老母や妻を携へ、浮雲流水の身となり居れり』 などと、御苦労にも悪言醜語を遠近に触れまはし、余が郷里の一族も少からぬ迷惑を感じたと云ふことである。 日本神国に生を享け、神国の粟を喰み、神恩に浴し乍ら、報本反始の本義を忘れて、邪教に魅せられたる印度霊の小人の言葉程、迂愚頑迷にして斯道に害毒を流すものはない。 汽車は容赦なく山本、請田と進み行き、第一隧道を潜り抜け第二、三、四と貫く程に、流れも清き保津川の激潭、急流に散在する奇石怪岩面白く、読み尽されぬ書物岩、数へ尽せぬ算盤岩、激潭飛瀑の中に立ち並ぶ屏風岩、仏者の随喜渇仰する蓮華岩を川底に見降しつつ、渓間の鉄橋矢を射る如く、早くも嵐峡館の温泉場、感賞間もなく君が代を万代祝ふ亀山隧道、脱け出れば花より団子の嵯峨の駅、五分停車の其内に、右手の方を眺むれば、月雪花と楓の嵐山、秋季に花は無けれども、松の木の間を彩る錦、神の随々萠出でて、月照り渡る渡月橋、筏流るる桂川、お半長右衛門浮名を流す涙川、流れも清き天竜の巨刹は松年画伯の筆になる天竜と共に高く甍を雲表に現はし、峨山の禅風薫るあり。十三詣りの虚空蔵の祠、千歳栄ゆる松尾大社、神徳薫る梅の宮の森、千葉の葛野を眺むれば、百千足屋庭も見え、国の秀見ゆる勇ましさ。左手は撰歌に名高き定家卿の小倉山、花と紅葉の二尊院、仏祖を祀つた釈迦の堂、北は御室の仁和寺、五重の塔は雲を突く、此処に昇降する客の大半はこれに詣づる信徒なるべし。汽笛の声に動き出す。汽車は間もなく花園駅、車掌が明くる戸を待ち兼ねて一行は飛降り、禅宗の本山妙心寺を横手に眺めつつ、教祖は老の御足に似もやらず一行の先に立ちて進まれ、徒歩にて北野の鳥居前にと衝立つ梅松竹の杖。今日は陽暦廿五日当社の祭典にて神輿渡御の真最中、騎馬の神職は冠装束厳めしく劉喨たる音楽に連れて、神輿の前後を練り出る有様、最殊勝に見ゆる。数万の賽者は一時に容を改め襟を正して拍手するあり。社頭には千年の老松梅林、楓雑木も苔蒸して神さび立てる神々しさ。教祖は此処に歩を停め拍手再拝の後、余等一行に向ひ、 教祖『抑も当社の祭神は今より一千余年の昔、左大臣藤原時平が讒言に由つて時の帝王の逆鱗に触れ、無実の罪に問はせられ親子共に四方へ流謫の身となり、御無念やる方なく、 天の下乾ける程のなければや 着てし濡衣ひる由もなき と歎き給ひし菅原道真公の真心終に天地に貫徹し、鳴神とまで化けて神異霊徳を顕はし一陽来復の時至つて北野天神と祭られ後世までも斯くも手厚き官祭に与り給ふは、実に聖明の世の賜と云ふべし。然し乍らここに思ひ出されて忍び難きは吾等の奉仕する艮の大神国常立尊の御上である。大神は天地開闢の太初にあたり、海月なす漂へる国土を修理固成して豊葦原の瑞穂の国を建設し、以て神人安住の基礎を立て厳格なる神政を励行し給ふや、剛直峻正にして柔弱なる万神の忌憚する所となり、衆議の結果悪鬼邪神と貶せられ、千座の置戸を負ひて神域の外に神退ひに退はれて其尊身を隠し、千万の御無念、克く忍び克く堪へ天地の諸霊を守護し給へども、盲千人目明一人の現社会に誰ありて神名を称へ奉る者なく、神饌一回献ずる人無く、暗黒裡に血涙を呑み落武者の悲境に在せ給ひしに、時節到来、大神の至誠は天地に通じ、煎豆に花の咲き出でしが如く月日並びて治まれる、二十五年の正月元朝寅の刻、天津神の任しのまにまに、 「三千世界一度に開く梅の花、艮の金神の世になりたぞよ。須弥仙山に腰を掛け丑寅の金神守るぞよ」 と大歓喜と大抱負とを以て目出度く産声を挙げ、再び現在の主宰とならせ給へり。あゝ斯くも至尊至貴至仁至愛なる大神の御心を察し奉りて一日も早く片時も速に、大神の仮宮なりとも造営し奉り我神洲神民として敬神愛民の至誠を養ひ神恩の忝けなきを覚悟せしめ、日本魂を錬磨修養せしめねば、邦家の前途は実に寒心に堪へず。瞬時も速かに大慈大悲の大神の御洪徳を宣伝し、悪鬼邪神との冤罪を雪ぎ奉るは吾等の大責任にして又畢生必ず決行せざるべからざる大願なり。今や北野の神の官祭を拝して大神の御上を追懐し、悲歎遣る瀬なし』 とて冴えたる御声は愈曇り光眼瞬く事切りと見受られ……草枕旅には厭ふ村時雨はらはらかかるを袖にうけつつ語り出でらるる其真情に絆されて、海潮も澄子も声をのみ、貰ひ泣きせし其顔を、菅の小笠に隠して同行五人杖を曳いて鞍馬を指して急ぎ行く。 鞍馬へ愈到着してより其夜は御宮の前にて御通夜する事とした。四方春三は寺前に備へありし御籤を頂きしに余程悪かりしと見え、思はず、 春三『オウ失敗つた』 などと口外する。其夜福林は旅の疲労にて前後不覚の体に寝入りしが、不図夜中の一時頃目を覚まし見れば、傍にありし四方春三の姿の見えざるに驚き、探し見るに外の方に当つて『起きて下さい』と頻りに呼はる声の聞ゆるままに耳をすませば確に四方の声である。福林は急ぎ外へ出て見れば、大いなる火の玉、お宮の前を行きつ戻りつ駆けめぐり、而も其火の玉の尾には正しく尋ねる四方春三の姿あるを認め、今の声の所在も始めてわかつた。薄気味悪く見守る内、火の玉は次第に先方へ行きし故恐る恐るも其方角へ行きて見れば四方は大きな焚火をして居た。福林は近づいて、 福林『一体如何したのか』 と聞けば四方は青い顔して震へ乍ら、 四方『オヽ恐い恐い、こんなに恐い事はない、今のを見て呉れたら何も云ふ事は無い』 と云ふのみにて打ち明けもせず泣いて居る。それから連れ立ちて御宮へ戻り再び寝に就き、夜明けてから更めて四方に夜半の出来事を尋ねたけれど、四方は何も知らぬと云ふ。念の為め昨夜焚火せる処へ行つて見たが其跡さへ無き不思議に福林は只驚くばかりであつた。海潮は教祖に向ひ今度鞍馬参りの神慮を伺ひしに、教祖は只、 教祖『先に行つたら分りませう』 と云はれしのみであつた。 帰途は京都より亀岡へ出で八木にて一泊せしが四方は終日蒼白な顔して悄気込み居たりし様見るも憐れであつた。同人は其夜園部まで二里の行程を走つて友人に会ひ、 四方『今度は死ぬやも知れぬ』 とて暇乞ひを成して帰れる由、教祖は此事を聞きて叱つてゐられた。 翌日綾部の役員信者は途中迄出迎ひに出て無事大広前に帰り着く。四方春三は始終太息を洩らし居たが上谷の宅より迎ひに来り、帰宅して後一ケ月ほど煩ひて帰幽して了つた。其より前、 四方『生前是非先生に一度来て貰はねば死ぬにも死なれぬ』 とて使ひが来たから海潮は見舞に行き、 海潮『許してやる』 と言へば安心して帰幽した。春三時に十八才、実に霊学に達したる男であつたが慢心取違ひの末、神罰を蒙りて一命を終はつたのは遺憾の事であつた。 或夜俄に大風吹きて広前の杉の樹、ゴウゴウと唸りし事がある。後教祖に伺ひしに、鞍馬山の大僧正来りて本宮山へ鎮まり又其眷族は馬場の大杉へ行つたが其後大杉には蜂の如く沢山の眷族が見えたと教祖は物語られた。 (大正一一・一〇・一八旧八・二八北村隆光録) |
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霊界物語 | 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 | 20 元伊勢 | 第二〇章元伊勢〔一〇五七〕 明治三十四年旧三月八日、元伊勢の御水の御用があつた。世界広しと云へども、生粋の水晶の御水と云ふのは、実に元伊勢の天の岩戸の産盥産釜の御水より外には無いので、其水晶の御水を汲んで来ねばならぬと云ふ御筆先が旧三月一日に出たのである。 『艮の金神の指図でないと此水は滅多に汲みには行けぬのであるぞよ。此神が許しを出したら何処からも指一本さへるものもないぞよ』 と云ふ意味の御筆先である。極めて大切な御用であるから、六日前に木下慶太郎が調べに行つて来た。此水は昔から汲取禁制の御水で万一禁を犯した場合は必ず大風大洪水が起ると伝へられ、何人も触れる事の出来ぬ様に特に神官が見張をして居るのみならず、上の方から見下した処では小さい流れがあつて、二間ばかりの板を渡さねば行かれないと云ふ事まで確めて帰つて来たのである。愈当日になつて、教祖の外海潮、澄子を初め一行四十二名、菅笠、茣蓙蓑の扮装、御水を汲み取る為に後野市太郎が拵へし青竹の一節の筒二本を携帯して出発した。丹後の内宮の松代屋に着いて一行は打ち寛ろぎ、前に木下が調べし通り神官が見張つて居つては汲む事が出来ないから、先づ森津由松に命じて様子を見届けにやつた。日が暮れかけたので、見張の神官が内へ引上げるのを見届けて森津は早速報告に引返した。草鞋もとかずに森津の報告を待ち兼て居た、木下慶太郎は例の用意して置いた青竹の筒二本を携へて大急ぎで岩戸へ駆けつけた。六日前に調べた時に見て置いた小さな流には大きな朽木が流れ寄つて横はつて居つたので、これ幸ひと渡つて行つた。そして産盥と産釜の水を青竹の筒の中へ杓子で汲取るのであるが筒の穴が小い為、仲々手早く済まず、愚図々々して邪魔が這入つては今度の大切の御用が勤まらぬと心得た木下は、二本の筒を両手に持つて矢庭にヅブヅブと突込んで、漸く水が一杯になつたので、安心して松代屋へ引揚げた。一行は風呂から上つて夕食の最中であつたが首尾よく御用を勤めた事を申し上げると、教祖は非常に喜ばれた。そして木下は大きな朽木の橋の事を申上げると教祖はそれは正しく竜神様であると云はれた。翌日は御礼参りに行つて夕方五時出立、夜徹し歩いて帰つたが、綾部へ帰るまで何の御用をして来たか知らぬ者さへ多かつた。 汲んで来た生粋の水晶の御水は神様に御供へして其御下りを皆で少しづつ戴き、大本の井戸と元屋敷の角蔵氏方の井戸と四方源之助氏宅の井戸とへ五勺ほどを残りは丹後の沓島冠島の真中即ち竜宮海へさせとの教祖の吩咐であつた。第一着に大本の井戸に入れたが、教祖は、 教祖『今に京都大阪あたりから此お水を頂きに来る様になる』 と云はれたが今日では已に実現して居るのである。 元屋敷の井戸と云ふのは、西の石の宮の処の井戸で出口の元屋敷であるが、角蔵に売つたのであるから勝手にさす訳には行かぬので木下慶太郎の計らひで釣瓶縄が切れたから水を貰ひに来たのだと云つてさし込んで来たのである。元屋敷は後に角蔵から買ひ戻して大本の所有になり、今日では石のお宮が立ててある。四方源之助の内の井戸にも木下が同一筆法でさし込んで来た。これは今統務閣の側の井戸で現今では三つとも大本の有となつて居る。 此御水の御用が出来た頃、大本で三つの火の不思議があつた。お広前のランプが落ちて大事になる所を漸く消し止めたが、それからまだ二三分間も経たぬ内に風呂場から火が出て、これ亦大事になる所を海潮が見付けて大騒ぎとなり漸く消し止めた。すると又役員の背中へランプが落ちて危い所を無事に消しとめた。僅二三分の間に三つも火事沙汰が起つたので何か神慮のある事だらうと思つて居ると海潮は神懸りとなつて深い神慮を洩らされたのである。御水は後になつて教祖様が役員信者の大勢と共に竜宮海へさしに行かれた。此水が三年経てば世界中へ廻るから、そしたら世界が動き出すと云ふ事であつたが果して三年後には日露戦争が始まつたのである。 (大正一一・一〇・一八旧八・二八北村隆光録) |
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霊界物語 | 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 | 23 狐狸狐狸 | 第二三章狐狸々々〔一〇六〇〕 明治卅八年の八月、西田元教は種々と艱難辛苦して山城の宇治で数十人の信徒をこしらへ、茨木清次郎と云ふ人の座敷を借つて盛んに布教をやつて居たが、あまりの多忙に一度応援に来て呉れと云ふ端書を寄越したので、自分はソツと綾部を未明に飛び出し、鞄をさげて須知山峠を登つた頃、太陽が昇られた。それから一生懸命に榎木峠、観音峠を越え、園部の支部へ一寸立ち寄り才幸太郎と云ふ信者を荷持ちとし、徒歩にて亀岡、王子を越え沓掛から道を右にとつて伏見に着いた時は、已に太陽は西の山の上一二間ばかりの処にあつた。伏見の安田庄太郎と云ふ信者の家に立寄つて見た処、瓦屋で今竈へ火を入れて居る最中、ユツクリ話も出来ずして居ると、中村の股肱となつてゐる男の事とて、 安田『海潮ハン、何で綾部に居りなさらぬ。又しても病気が起りましたか。海潮のする事は何も彼も後戻りばかりぢやと教祖さまは仰有るのに又行くのですか。さあ帰りなされ、それとも今竈へ火を入れて居る最中ですから話しも出来ませぬ、今夜泊つて下さい。又後で話をしますから………』 と云ふ。 『これはまだ目が醒めぬのか、愚図々々しては大変………』 と幸太郎を促して早々に立別れ、伏見の豊後橋を渡つて宇治川の長い土手を遡り、綾部から二十四五里の道を漸く夜の八時頃茨木の宅へついた。行つて見れば人が一杯詰つて居る。南郷国松、茨木清次郎、岡田熊次郎、長谷川仙吉、其外七八人の世話方が出来て大変な勢で月例祭をやつてる処だつた。家の内にも外にも参詣者が一杯詰つてゐる。海潮が見えたと云ふので沢山の信者が涙を流して喜んでゐた。それから自分は綾部の者には少しも知らさず、清次郎の家で布教宣伝をやつて居ると、毎日五六十人から百人位の参詣者が出て来て、いろいろの病人がお神徳を頂いて帰るので宇治の町は坊主と医者を除く外、全部信者になつて了つた。そして近村からも三四里の処から日々参拝する非常な盛況である。宇津の小西松元の広間が気にかかつて居るので、一生小西の処へ行かぬと云ふた西田元教を無理に勧めて、視察の為めに才幸太郎と共に使にやつた。さうすると松元は自分の宅が狭いので産土の八幡神社の広い社務所を借つて、そこで神様を祭り大変な勢で布教宣伝をやつて居つた。さうして西田が来たのを見て小西は、 小西『よう珍しい、能う忘れずに来られましたな』 と横柄に云ふて居る。さうした処が小西の神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神がかり」。]の様子が大変に怪しいので一寸影から審神者をして見ると、何でも狸が憑依してる様なので押戸を開けて見ると、手のとれた古い仏さまが五つ六つ無雑作に突つ込んである。そこで西田が、 西田『小西サン、こんな虫の喰た仏像は川へ流したら如何だ。此奴あ屹度狸が守護してゐるから、其奴がお前に憑つて居るのでお前の神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神がかり」。]が可笑しうなつて、一寸もあはぬ様になつたのだ』 と云ふと、小西が大変に怒つて、 小西『馬鹿の事云ふな。お前は海潮の狐の尾先に使はれて来たのだらう』 と悪口をつき、大勢の信者の前で散々に罵倒するので西田は立腹し、そこを立出で宮村へまはり、芹生峠を越えて貴船神社を右に見乍ら、京都を横断して漸く宇治へ帰つて来てブツブツ小言を云つて居た。さうすると翌日になると、西田が真青な顔になりブルブル慄ひ出した。よくよく調べて見ると瘧を起して居るのである。そこで海潮が審神すると、西田が口を切つて、 『俺は宇津の八幡様の社務所に居る仏像を守護して居る狸だ。俺の大切な御本尊を川へ流せと吐しやがつたから、此奴の生命を取らにやおかぬ』 と意地張つて益々身体を苦めるので、摺鉢を西田の頭に着せ、其上に艾を一掴み乗せて灸を据えると『熱い、苦い』と云ひ出し到頭落ちて了つた。それから其翌日は何ともなかつたが、三日目の同じ時刻になると西田が、 西田『又来やがつた。何糞ツ』 と気張つてゐる。されど狸の憑霊は猛烈な勢で襲ひ来り、又瘧を慄はせて苦めて居る。自分は今度は西田の頭に濡れた手拭を着せ其上に摺鉢を乗せて、百匁ばかりの艾をつけて扇で煽ぎ乍ら鎮魂して居ると、ヤツとの事で落ちた。それから二三遍チヨコチヨコやつて来たが到頭退散して了ひ、西田は元の通り元気になつて布教に従事して居た。 話は後へ戻るが、西田の手紙を見て綾部を立つて園部の支部へ立寄り、それから小山の田井儀兵の宅に一寸一服してゐると、東から園部へ這入つて来た汽車の汽笛の声が、何とはなしに驚きと悲しみとを含んでをるので、海潮は田井儀兵に向つて、 海潮『あの汽笛の声は誰か轢死したに違ない』 といふと、 田井『如何にも何時もとは違ふ、烈しい声ですな』 と外を覗くと野良に居た沢山の人が一生懸命に鉄道へ駆けつける。自分も宇治へ行く道だから、此処でユツクリして居れぬと鉄道の側へ行つて見ると、小さい青い顔した男が胴から二つになつて五六間ばかり引きずられて真青な顔して死んで居る。西田が自分を迎へに来て轢かれて死んだのではないかと思ふ位、其顔がよく似て居たので側へ寄り、よくよく見れば、さうではなかつた。其間に巡査が来たりいろいろして調べて居た。轢かれた処の砂の上に新庄村の何某と木の先で土に書いてあつた。後にて聞けば此男は僅た一円五十銭の主人の金を使ひ過ごし、それを園部の親類へ借りに来て拒絶せられ轢死したと云ふ事を新聞で知つた。さて才幸太郎の顔が俄に其轢死した男に見え出し気分が悪くて仕方がないのを無理に宇治迄荷を持たして居たのである。才幸太郎は時々瘧を又慄ひ出し、審神して見ると、 才『俺は小山の軋道の上で轢死した男だ。一番先にお前が俺の顔を見たので憑いたのだ』 と云ふ。それから又摺鉢の灸で、やつとの事で全快させ園部へ帰した。さうこうして居ると、伏見の安田から聞いたと見えて三牧次三郎と云ふ中村の乾児が宇治へやつて来て、南郷国松や長谷川仙吉其外の役員に種々雑多の海潮や西田の悪い事を云ひ、 三牧『艮の金神様に敵とうて来た奴だから相手になるな』 と云ひ出し、到頭卅九年の一月元日の朝大勢寄つて自分を放り出して了つた。自分は一文も旅費なしに小山の田井氏の宅迄帰つて来ると沢山の信者がよつて来て泣いて喜び四五円ばかりの小遣ひを呉れた。それを以て久し振りに綾部へ帰つて来た。それから西田は其月の十五日に三牧次三郎や南郷其の他の者の計略にかかつて荷物一切を取られた上、放り出されてお雪と夫婦連れ伏見へ行き、お雪は或撚糸の工場へ女工になつて這入り、西田は按摩を稽古して、商売片手に伏見地方に布教して居たが、四十二年に自分が綾部へ帰つて大広前を建てたりお宮を建てる様になつてから、ソロソロ綾部へ帰つて来て、頻りに宣伝する事となつたのである。 これより先、西田と三牧は宇治の橋熊と云ふ顔役に頼まれて其乾児等の家の祖霊祭を夜になると頻りにやつてゐた。さうした処が其祖霊箱が時々躍り出し、お供物をすると魚のお供の方へカタツと音をさしては向き直つたり、階段を下りたりするので、霊と云ふものは偉いものだ。本当に西田サンや三牧サンは偉いと云ふ評判になり、何処もかも競ふて祖霊祭を頼んでゐた。橋熊は親分の事とて自分の宅だけは海潮にして貰ひ度いと云つて特別に頼みに来たので、自分が行つて祖霊祭をすませ、一服をして居ると橋熊が妙な顔をして、 橋熊『もし先生、宅の祖霊さまはまだ納まらぬのですか、他家の祖霊さまは皆動くのに、何故宅丈は動きませぬ。貴方は先生であり乍ら霊が利かぬのですか』 と不足相に云ふので、狸が這入つて動くのだと明かす訳にも行かず、 喜楽『私は祖霊祭は今日が初めてだから勝手を知りませぬ、三牧さんが上手ですからして貰ひなさい』 と体よく云ふた。さうすると今度は、三牧を頼んで祖霊祭を改めてやつた所が、大変に箱が動き出したので、三牧の信用が高まり、西田がやつても自分がやつてもチツとも動かぬので到頭迷信家の信用を失ひ、自分は真先に放り出され、西田も次で追ひ払はれて了ふたのである。綴喜郡の郷の口の浅田安治といふ酒造屋の妹に、お鶴と云ふ癲疳病者があつた。其女の病気を癒して呉れと云つて頼みに来たので、遥々と郷の口へ行つて鎮魂した処、一月ばかり癲疳は止まつて居た。さうした処酒倉の中で又もや癲疳が起つたのでソロソロ海潮の信用が薄くなつた処へ、其村で廿才位の娘で永らく足の起たぬ病人があつた。自分は再び宇治へ帰つて南郷の宅に居て布教してゐると、又頼みに来たので今度は三牧と小竹が鎮魂に行つた。さうすると其娘が、 『俺は三年前に死んだ此処の婆アぢやが村中の誰彼に内所で金を何程何程貸した』 と誠しやかに喋り立てるので、合して見ると千円ばかりの金だから、病人の兄が、 『家の婆アサンの霊がお前の処へ金を貸したと云ふが返して呉れ』 と其処ら中へ歩いたので、村中の大騒動となり、 『一体誰がそんな事云ふたか』 と調べて見ると、三牧が鎮魂して其娘が喋り出し、小竹と云ふ男と二人がついて居ると云ふので、巡査がやつて来たり色々と悶錯が初まつた。そこで郷の口から自分を呼びに来たので行つて見ると、其娘は頻りに婆アサンの声色を使ふて、『如何しても金を貸した』と意地張つてゐる。それから三牧と小竹を宇治へ帰し、自分が一晩泊つて様子を考へた処が、非常に怪しいので刀を一本主人から貸して貰ふて祝詞をあげ乍ら空を切つて見ると箪笥の横から昼の真中に七匹の豆狸が飛び出した。それと共に其娘は病気が癒つて了つた。さうすると海潮にお礼を云ふ所か、 『お前サンは三牧の様な弟子を使ふて宅の娘に狸を憑けて、こんな村中の騒動をさしたのだらう』 と反対に理屈を云ひ、 『ど狸奴が、早うかへれ』 と呶鳴りつけられるので到頭狸憑けにしられて了ひ怨みを呑んで宇治まで帰つて来た。さうすると、南郷や長谷川が三牧と一つになつて、三十九年の正月元日に朝つぱらから自分を放り出す事となつたのである。霊界の事の分らぬ連中になると困つたもので、訳を云へば云ふ程益々疑ふて始末におへぬものである。それから自分も病人の鎮魂がサツパリ嫌になり、神懸の修行も断念して了ふた。が大正五年に横須賀の浅野サンの宅へ行つた時、参考のために又もや幽斎の修行をして見せたのが元となつて浅野サンが霊学を熱心に研究し始める事となつたのである。 (大正一一・一〇・一八旧八・二八北村隆光録) |
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霊界物語 | 44_未_玉国別と治国別2 | 21 小北山 | 第二一章小北山〔一一九〇〕 松彦一行は暫く休憩の後、一町計り峻坂を登り、細い階段を二百計り刻み乍ら漸く小北山神館の門口に着きける。そこには白髪の老人が机を前に据ゑ、白衣に白袴で置物の様にキチンと坐つてゐる。奥の方にはザワザワと祈念の声が聞えて居る。松彦は、 松彦『お爺イさま、私は旅の者ですが、結構な神様がお祀りになつてあると承はり参拝をさして頂きました、ここの教は何と申しますか』 老人(文助)『お前さまはどこの方か知らぬが、ようマア、御参詣になりました。私は目が見えぬので、かうして受付けをやつてゐるのだが、それでも有難いもので、人の声を聞けば、男か女か年寄か若い者か心のよい人か悪い人か、よく分るのだから有難いものだ。そしてチヨコチヨコ人に頼まれて、此通り絵を書いてるのだ』 松彦『何と妙ですなア、一寸見せて御覧』 老人『ハイハイ見て下さい、これでも信者の人が喜ンで額にしたり、掛地にしたりするのだから……』 松彦『なる程、目の見えぬ人の書いた絵にしては感心なものだ。ヤア松に竜神さまが巻きついたり、蕪に大根、円山応挙でも跣で逃げ相だ。オイ万公さま、お前蕪に大根は好物だないか、一つ頂いたら何うだ』 万公『松彦さま、あなたも余程身魂が悪いと見えて、此絵を御覧なさい、お前さまの名の松に一本の角の生えた黒蛇が巻いてるぢやありませぬか』 老人『何処の方か知らぬが、これは竜宮の乙姫さまの御神体だ。黒蛇なぞと勿体ない事をいひなさるな』 万公『それでも大きな口があつて黒い縄が引ついとるぢやないか。それで私は黒い口縄だといつたのだ』 老人『アハヽヽヽ、お前さまは絵を見る目が無いから困つたものだナア』 万公『此方に目の無いのは当然だ。目の無いお爺イさまの書いたのだもの、こら大方冥土の竜神さまかも知れぬぞ』 老人『お前さまは此お館へ冷かしに来たのだな、そンな人は帰ンで下さい、アタ万の悪い』 松彦『お爺イさま、此奴ア、チと気が触れてますから、何卒了見してやつて下さい。実の所は此気違ひを直して頂かうと思つて連れて来ましたのぢや、田圃の中へ這入つて、大根や蕪の生を噛つたり、薩摩芋を土のついたなり、ほほばるのですから、困つた癲狂院代物ですわい。何とか直して頂く工夫はありますまいかな』 老人『成る程さう聞けばチツと此方は気が触れてると見えますわい、どうも私の霊に其様に始めから感じました。気の毒で厶いますなア。この気違ひは容易に直りますまいから、暫く気の鎮まる迄、石の牢がして厶いますから、お預かり申して三週間計り暗い所へ突つ込ンでおきませうよ』 万公『イヤもうお爺イさま結構です。貴方のお顔を拝ンでから、次第々々に気分がよくなり何うやらモウ正気になりました。モウ結構で厶います』 老人『それでも再発したりすると困るから、二三日入れて見ませうかな。松彦さまとやらお考へは何うですか』 万公は松彦の袖を頻りに引ぱつてゐる。 松彦『ヤア之位なら大した事はありますまい。マア暫く容子を見た上でお願する事に致しませう』 老人『そンなら貴方の御意見に任しませう。何時でも御預かり致しますから』 松彦『ハイ有難う厶います。何卒宜しう頼みます』 五三公は小声で万公の袖をチヨイチヨイと引ぱり、 五三公『オーイ松に黒蛇、大根に蕪計り書いてるぢやないか、丸で二十世紀の三五教の五六七殿に居る四方文蔵さまの様なお爺イさまだねえ』 万公『ウフヽヽオイあこに髭の生えた人が居るぢやないか。あの人こそ本当の神さまみた様だなア。あの先生に拝ンで貰うたら、有難いに違ひないぞ』 五三公『ナアにあれは謡の先生だ。大分に酒が好きだと見えて、あの顔の色みい、ホテつてるぢやないか』 万公『コリヤ大きな声で言ふな。聞えるぞ』 松彦は、 松彦『此教会の縁起が聞たいものですなア』 と云へば、老爺は心よく、 老人『ハイ此小北山のお広間は元はフサの国の北山村にあつたのだ。高姫黒姫といふ立派な宣伝使があり、高姫さまが教祖で、黒姫さまが副教祖であつた。たうとうあの人も惜い事になつたものだ。アブナイ教とかへ首を突込ンで了ひ、今はどうならしやつたか、便りもなし、実にアブナイ事をしたものだ。そこで総務をして厶つた蠑螈別さまが魔我彦といふ弟子を連れてここへお出になり、小北山の神殿というて、高姫の遺鉢を受け、ここで教を開かれたのだ。随分沢山の神様が集まつて厶る地の高天原ぢやぞえ。お前さまも神様の因縁があればこそ引寄せられなさつたのだよ』 松彦は、 松彦『有難う厶います。其蠑螈別さまはゐられますかなア』 老人『ハイ大奥にゐられますが、余りいろいろの神様が御出入り遊ばすので、お忙しうてお酒の接待計りしてゐられます』 松彦『蠑螈別様の一つの体にさう大勢お集まりになるのですかなア。ソリヤ大抵ぢやありませぬなア』 老人『今はかむづまり彦命と仰有いましてな、ウラナイ教の教祖で厶いますぞ。それだから随分沢山の神様が御出入り遊ばし、お神酒をあがるので、朝から晩まで本性はチツとも厶いませぬ、本当に妙ですワ。今仰有つた事と、少し後で仰有つた事とは、クレリツと違ふのですから、そこが所謂八百万の神様のお集まりなさる証拠です。何と偉いお方もあつたものですワイ』 松彦『さうするとお憑りになる神様は何と申しますかな』 老人『余り沢山で早速には数へる事も出来ませぬが、何を言つても、八百万の神さまですからな。先づ第一神集ひ彦の神、神議姫命様、葦原の瑞穂彦命様、八洲国平姫命様、言依さしまつりの命様、荒ぶる神様、言問し姫命様、神払彦命様、岩根木根立彦命様、片葉言止め姫命様、天の岩座放ちの命様、天の八重雲姫命様、厳の千別彦命様、四方の国中彦命様、下つ岩根彦命様、宮柱太しき立ての命様、天の御影彦、日のみかげ姫、益人姫、過ち犯し彦、くさぐさの罪の姫、畔放ち彦、みぞうめ姫、ひ放ちしきまき姫、串さし様……といふ様な立派な神様が沢山に祀つて厶います』 万公はあきれ顔で、 万公『丸で三五教の祝詞そつくりぢやないか。妙な名のついた神さまもあつたものぢやなア』 爺イは真面目な顔して、 老人『神様は其お働きに依つてお名が現はれて居るのだから、お名さへ聞けば何を御守護下さるといふ事がよく分るやうに、蠑螈別の教祖がおつけ遊ばしたのだ。元より神様に御名はない、人間が皆お名を差上げて称へまつるのだからなア』 松彦『成る程、如何にも御尤も。流石は蠑螈別の教祖様ですなア、お爺さま、一つ松彦に神様の因縁を聞かして下さいな、今仰有つた神様はどこに祀られて厶いますか』 老人『其神様は神言殿といふ御殿を立てて祀らねばならぬのだが、まだ準備中だ。かうして山のどてつ辺まで沢山の宮が建つてゐるが、一番下の大きな御殿が大門神社と云つて、世界根本の生えぬきの神様が祀つてあるのだ』 松彦『そして其神様の名は御存じですか』 老人『アハヽヽヽ、肝腎の御仕へしてる神様の名が分らいで何うなりますか、お前さまも余程分らずやだなア』 松彦『分らないからお尋ねしとるのぢやありませぬか』 老人『一番此世の御先祖さまが、国治立命様、それから左のお脇立がゆらり彦命、右のお脇立が、上義姫命様だ。そしてゆらり彦命様の又の御名末代日の王天の大神様と申しますのだ。それから日照す大神さまといふのが祀つてある、其神様の御分霊が羊姫様、羊姫の妹様が常世姫命様だよ。そして稚姫君命様は艮の金神様坤の金神様の御娘子だ』 松彦『一寸待つて下さい。ソリヤ少し配列が違はしませぬか』 老人『お黙りなさい。神様の戸籍調べをしてゐるのに、勿体ない何をグヅグヅ云ひなさる。気にいらな聞いて下さるな。モウいひませぬぞや』 松彦『イヤこれはこれは不調法申しました。どうぞ御教訓を願ひます』 老人『それなら聞かして上げやう。確り聞きなされ。此大門神社にはそれ丈の神様と、まだ外に沢山の神様がお祀りしてあるのだ。稚姫君命様が天地から御預かり遊ばした八人の結構な神様がある。第一に義理天上日出神様、第二に青森白木上の命様、次に天地尋常様、これ丈が男の神様、次に常世姫様、次が金竜姫様、次が大足姫様、次が琴上姫様、其次が金山姫様此三男五女が変性男子の系統で厶いますぞや。それから又常世姫様が天地の神様から始めてお預かりになり育て上げられた神様が八柱、これは五男三女だ、第一に地上大臣様、次がたがやし大臣様、次が地上丸様、次がきつく姫様、次が旭子姫様、次が花依姫様、此神様の霊が猿彦姫と変化、又変化遊ばしてみのり姫とやがてお成り遊ばすさうだ。それから早里姫、地上姫、以上十六柱が魂の根本の元の誠の生粋の大和魂の因縁の神様で厶います。これを合して四々十六の菊の神様と申します。それから又、義理天上さまが預つて育てた神様が七人厶る。第一に天照彦、天若彦、次が八王大神、大野大臣、それから道城よしのり、大広木正宗、柔道行成、都合二十三柱の神様が天地根本、生粋の霊の元の神様だ。これ位結構な神様の教を聞き乍ら、第一の教祖の高姫さまはアブナイ教へ沈没して了つたのだから惜いものですわい』 万公『もし松彦さま、サツパリ支離滅裂ぢやありませぬか。親かと思へば子になつたり、子かと思へば親になつたり、なンと訳の分らぬ神さまですな。マンマンマンマー』 老人『コレ、支離滅裂とは何を云ふのだ。ヤツパリお前は気違ひだな、黙つて聞かつしやらぬかいな』 万公『ハイ万々聞かして貰ひませぬワイ』 松彦『此奴あキ印ですから、どうぞ気にさえずに居つて下さい。松彦はお詫します』 老人『ヨシヨシ、今言うた二十三柱の神様が天地をお造り遊ばし、人間の姿を現はして、現界の政治を遊ばしたが大将軍様、常世姫様の夫婦で厶います。それが又、大将軍御夫婦が余り我が強いので、折角の神政が破れ、御退隠なされ、第二の政治をなされたのが、地上大臣様、耕し大臣様、そこへ地上丸様が御手伝遊ばして、三人世の元結構な世が開きかけてをつたが、又もや慢心が出て現界の政治が潰れ、止むを得ず又大将軍様が変化てサダ彦王となり、常世姫様が変化てサダ子姫となり、きつく姫、旭子姫、花依姫といふ三人の子をお生み遊ばしたが、又其政治が潰れ高天原は大騒動が始まりました。それから今度は四代目の天下の政治を遊ばしたのが、八王大神様と王竜姫様、王竜姫は後に大鶴姫とおなり遊ばした。又其政治がつぶれ、五代目の政治をなさつたのが大野大臣様、大野姫のお二方、此時は非常に盛であつて、世界中が一つに治まり、後にも先にもないやうな世の中の政治が行はれた。そして青森行成さまや、義理天上さま、天地尋常さまがお手伝ひをなさつたので、非常な勢になつて来た。そした所が余り世が上りつめて又大野大臣さまの政治がメチヤメチヤに破れ、第六番目には道場美成様と事足姫の御夫婦が御政治を遊ばし、大広木正宗、柔道行成といふ二人のお子さまが出来、いよいよ神政成就が成上がつたと思へば少しの間に又もや、慢心を遊ばし、八岐大蛇や金毛九尾曲鬼の悪霊に蹂躙されて、世の中がサーパリわやになつて了ひ、そこへ変性女子の素盞嗚尊が現はれて、悪の鏡を出したものだから、今日のやうな強い者勝の世界が出来たのだ。此ウラナイ教は御覧の通り天下太平上下一致だが三五教にバラモン教、ウラル教などは戦ばかりしてゐるぢやないか。神様が喧嘩なさるといふ事はある可からざる事だ、お前さまもそンな喧嘩好の神様を信仰せずにウラナイ教の神様を信仰をなされ、昔の昔のさる昔の因縁から、根本の根本から、大先祖の因縁、霊魂の性来、手に取る如くに分りますぞや。あゝ惟神霊幸倍坐世』 万公『アハヽヽヽ万公は満口が閉さがらぬワ、イヒヽヽヽ』 松彦『又気が違ひ出した、困つた奴だなア、ウツフヽヽ、松彦も困りますよ』 老人『これで此大門神社の神様の因縁はあらまし分つたでせう』 松彦『ハイ、よく分りました。有難う厶いました。貴方は随分詳しいお爺さまだが、お名は何と申しますかな』 老人『私はおちたきつ彦と申しますよ』 松彦『ヘー、長いお名ですな』 老人『蠑螈別様に頂いた神名だから、長くても仕方がありませぬ。名が長い者は長生をするとかいひますから、モ少し長くてもいいのですが、まだ修行が足らぬので、ここらで止められて居るので厶います。私の修行が積みた上は、おちたきつ速川の瀬にます彦命といふ名をやらうと仰有いました』 一同『ウツフヽヽ、エツヘヽヽ』 と一同は笑ふ。 老人『サア是から、種物神社へ案内致しませう』 松彦『老爺さま、目のお悪いのにすみませぬなア』 老人『目が悪いと云つても、神様の御用ならば何でも出来るのだ。サアついて来なさい。きつい山だぞえ、辷りこけて向脛を打つたり、腰をぬかさぬやうになさいませや』 と云ひ乍ら、種物神社の前へエチエチと登りつめた。 松彦『ここには石造りの宮と木造の拝殿が建つて居りますなア。何とマア偉い断岩絶壁を開いて建てられたものですなア』 老人『ハイ之は大将軍様の生宮と地上丸さまの生宮が鶴嘴の先が擂粉木になる所迄岩をこついてお造り遊ばしたのだ。何と感心なもので厶いませうがなア。此神様に地の世界の大神様と日の丸姫の大神様が祀つてある。そして右の方に義理天上さまと玉乗姫様と祀る事になつて居ります。左の方には大将軍様と常世姫様のお宮が建つのです。これは世界の万物の種物をお始め遊ばした結構な結構な根本の神様ですから、よく拝みておきなさい。お前さまも若いからどうせ種まきをせにやならぬのだろ。神の生宮をポイポイと拵へるのが神の役目だから、今こそ男と女が暗がりで、かが安う生宮を拵へるやうになつたが、昔は人間一人仲々並や大抵で作れたものでありませぬぞや。其お徳にあやかる為に種物神社に祭つてあるのだ』 松彦『ハイ有難う』 と松彦はうつむく。 老人『サア之から、おちたきつ彦がモ一つの上のお宮様を御案内致しませう』 万公は、 万公『モシモシお爺イさま、そンなきつい岩石を目の悪いのに登つて、何卒谷底へ落ちたきつ彦にならぬ様に願ひますで。サア五三公、アク、タク、テク、お爺イさまのお伴だ。何とマアきつい坂だなア』 老人『あゝあ、人に改心さそうと思へば仲々の苦労だ。ソレ御覧なさい、ここに木造りの宮が三社建つてをるだろ。中央が生場神社の大神様、岩照姫の大神様、此御夫婦が祀つてある。右のお社はりんとう美天大臣様、木曽義姫の大神様の御夫婦が祀つてあるのだ。そして左の方の宮には五六七上十の大神様、旭の豊栄昇りの大神様御夫婦が祀つてあるのだ。モ一つ上に三社あるけれど、これから上は道がないから、ここからお話しておかう。石の宮が三社あつて、正中が月の大神様、日の大神様御夫婦が祀つてある。右の石の宮は末代日の王天の大神様上義姫大神様御夫婦がお祀りになつてゐる。左の方が日照らす大神様、大照皇大神宮様御夫婦が御祀りだ。何と結構な地の高天原が開けたものでせうがな』 松彦『モウ此外に神様の祀つてある所はありませぬかナ』 老人『まだない事はないが、さう一遍にお話しすると、話の種が切れるから、又今度にのけておきませうかい。お前さまも一遍に食滞しては困るからなア』 万公『アツハヽヽヽお爺イさま、御苦労でした。実の所は私は三五教の宣伝使、治国別命の片腕の万公さまだ。気違でも何でもないのだから、さう思うて下さい。随分怪体な神さまばかり、能う拝まして下さつた。これも話の種になりますわい。『霊界物語』にのせたら、キツと大喝采を得ませう。お前さまの方では種物神社だが、此万公さまは種取り神社だ。義理かき天上の神様となつて、これからウラナイ教を一生懸命に信神しませぬワ。オツホヽヽ』 老人『この年寄を此処迄連れて来て、何と云ふ愛想づかしを云ふのだい。それだから三五教は悪の教といふのだよ。大方お前も変性女子の廻し者だろ、油断のならぬ代物だなア』 松彦『此奴ア、お爺イさま気が違うてるのですから、どうぞ気に触へて下さいますな』 老人『あゝさうださうだ、気の触れた方だつたなア。何ぼ気違でも余りな事云ふと気の宜うないものだ。併し気違ひとあれば咎める訳にもゆかぬ、見直し聞直しておかう』 松彦『ハイ有難う厶いました。お年寄に高い所迄御苦労になりまして申訳が厶いませぬ』 老人『お前さま達、下の大広間で今晩はお泊りなされ、女ばかり百人あまりも鮨詰になつて寝て居ります』 五三公はにやりとしながら、 五三公『オイ、アク、タク、テク、泊めて貰はうかなア』 アク『なンだ、女ばかり鮨詰になつてると、爺さまが言つたら、顔の紐迄解きよつて、アタ見つともない、女の側は険呑だ。サア松彦さま、遅れちやなりませぬ、折角のお爺さまの御親切だが、今日はマア御免被つて、又改めてお世話になりませうか』 松彦『あゝそれがよからう、お爺イさま、どうぞ蠑螈別さまに宜しう言つて下さい。今日は急ぎますから、これで御免を蒙ります』 老人『万さまとやらを気を付けて上げて下さいや、危ない一本橋がありますから、川の中へでも、気の触れた人は飛込むかも知れませぬからな』 松彦『ハイ御親切に有難う厶います。サア一同の者、お暇乞ひして急がう。発車時間に遅れちや今夜中に万寿山へ帰れぬからなア。お爺さま左様なら』 万公『おちたきつ速川の瀬にます彦の神さま、万々々公有難う厶いました』 老人『アハヽヽヽ、気を付けてお帰りなさい、万公さまとやら』 (大正一一・一二・九旧一〇・二一松村真澄録) (昭和九・一二・二九於湯ケ嶋王仁校正) |
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霊界物語 | 48_亥_治国別の天国巡覧2 | 10 天国の富 | 第一〇章天国の富〔一二六四〕 現界即ち自然界の万物と霊界の万物との間には、惟神の順序によりて相応なるものがある。又人間の万事と天界の万物との間に動かすべからざる理法があり、又其連結によつて相応なるものがある。そして人間は又天人の有する所を総て有すると共に、其有せざる所をも亦有するものである。人間はその内分より見て霊界に居るものであるが、それと同時に、外分より見て、人間は自然界に居るのである。人の自然的即ち外的記憶に属するものを外分と称し、想念と、これよりする想像とに関する一切の事物を云ふのである。約言すれば、人間の知識や学問等より来る悦楽及び快感の総て世間的趣味を帯ぶるもの、又肉体の感官に属する諸々の快感及び感覚、言語、動作を合せて之を人間の外分となすのである。是等の外分は何れも大神より来る神的即ち霊的内流が止まる所の終極点に於ける事物である。何故なれば、神的内流なるものは決して中途に止まるものでなく、必ずや其窮極の所まで進行するからである。この神的順序の窮極する所は所謂万物の霊長、神の生宮、天地経綸の主宰者、天人の養成所たるべき人間なのである。故に人間は総て神様の根底となり、基礎となるべき事を知るべきである。又神格の内流が通過する中間は高天原にして、其窮極する所は即ち人間に存する。故に、又この連結中に入らないものは何物も存在する事を得ないのである。故に天界と人類と和合し連結するや、両々相倚りて継続存在するものなる事を明め得るのである。故に天界を離れたる人間は鍵のなき鎖の如く、又人類を離れたる天界は基礎なき家の如くにして、双方相和合せなくてはならないものである。 斯の如き尊き人間が、其内分を神に背けて、高天原との連絡を断絶し、却て之を自然界と自己とに向けて、自己を愛し、世間を愛し、其外分のみに向ひたるにより、従つて人間は其身を退けて再び高天原の根底となり、基礎となるを得ざらしめたるによつて、大神は是非なく、茲に予言者なる媒介天人を設けて之を地上に下し、其神人をもつて天界の根底及び基礎となし、又之によつて天界と人間とを和合せしめ、地上をして天国同様の国土となさしめ給ふべく、甚深なる経綸を行はせたまうたのである。この御経綸が完成した暁を称して、松の代、ミロクの世、又は天国の世と云ふのである。そして厳の御霊、瑞の御霊の経緯の予言者の手を通じ口を通じて聖言を伝達し、完全なる天地合体の国土を完成せしめむとしたまうたのである。大本開祖の神諭に『天も地も一つに丸めて、神国の世に致すぞよ。三千世界一度に開く梅の花、須弥仙山に腰を掛け艮の金神守るぞよ。この大本は天地の大橋、世界の人民は此橋を渡りて来ねば、誠のお蔭は分らぬぞよ』と平易簡明に示されて居るのである。されど現代の人間は却てかかる平易簡明なる聖言には耳を藉さず、不可解なる難書を漁り、是を半可通的に誤解して其知識を誇らむとするのは実に浅ましいものである。 治国別は竜公と共に言霊別命の化相身なる五三公に案内され、珍彦の館を後にして中間天国の各団体を訪問する事となつた。五三公は得も云はれぬ麗しき樹木の秩序よく間隔を隔てて点綴せる、金砂銀砂の布きつめたる如き平坦路をいそいそとして進んで往く。道の両方には、天国の狭田、長田、高田、窪田が展開し、得も云はれぬ涼風にそよぐ稲葉の音はサヤサヤと心地よく耳に響いて来る。天人の男女は得も云はれぬ麗しき面貌をしながら、瑪瑙の如く透き通つた脛を現はし、水田に入つて草取をしながら勇ましき声に草取歌を歌つて居る。太陽は余り高からず頭上に輝きたれども、自然界の如く焦げつくやうな暑さもなく、実に入り心地のよい温泉に入つたやうな陽気である。さうして此天国には決して冬がない、永久に草木繁茂し、落葉樹の如きは少しも見当らない。田面は金銀色の水にて満たされ、稲葉は青く風に翻る度毎に金銀の波を打たせ、何とも筆舌の尽し難き光景である。五三公は途中に立ち止まり、二人を顧みて微笑みながら、得も云はれぬ喜びの色を湛へて、 五三公『治国別様、御覧なさいませ、天国にも矢張り農工商の事業が営まれて居ます。さうしてあの通り各人は一団となつて其業を楽しみ、歓喜の生活を送つて居ります。実に見るも愉快な光景ぢやありませぬか』 治国別『成程、実に各人己を忘れ一斉に業を楽しむ光景は、到底現界に於て夢想だも出来ない有様で厶いますな。さうして矢張彼の天人共は各自に土地を所有して居るので厶いますか』 五三公『イエイエ、土地は全部団体の公有です。地上の世界の如く大地主、自作農又は小作農などの忌はしき制度は厶いませぬ、皆一切平等に何事も御神業と喜んで額に汗をし、神様のために活動して居るのです。さうして事業に趣味が出来て、誰一人不服を称ふる者もなく、甲の心は乙の心、乙の心は甲の心、各人皆心を合せ、何事も皆御神業と信じ、あの通り愉快に立ち働いて居るのです』 治国別『さうすれば天国に於ては貧富の区別はなく、所謂社会主義的制度が行はれて居るのですか』 五三公『天国にも貧富の区別があります。同じ団体の中にも富者も貧者もあります。併しながら、貧富と事業とは別個のものです』 治国別『働きによつて其報酬を得るに非ざれば、貧富の区別がつく筈がないぢやありませぬか。同じやうに働き、同じ物を分配して生活を続ける天人に、どうして又貧富の区別がつくのでせうか』 五三公『現界に於ては、総て体主霊従が法則のやうになつて居ます。それ故優れたもの、よく働くものが多く報酬を得るのは自然界のやり方です。天国に於ては総てが神様のものであり、総ての事業は神様にさして頂くと云ふ考へを何れの天人も持つて居ります。それ故天国に於ては貧富の区別があつても、貧者は決して富者を恨みませぬ。何人も神様のお蔭によつて働かして頂くのだ、神様の御神格によつて生かして頂くのだと、日々感謝の生活を送らして頂くのですから、貧富などを天人は念頭に置きませぬ。そして、貧富は皆神様の賜ふ所で、天人が各自の努力によつて獲得したものではありませぬ。何れも現実界にある時に尽した善徳の如何によりて、天国へ来ても矢張り貧富が惟神的につくのです。貧者は富者を見て之を模範とし、善徳を積む事のみを考へて居ります。天国に於ける貧富は一厘一毛の錯誤もなく、不公平もありませぬ。其徳相応に神から授けらるるものです』 治国別『天国の富者とは、現界に於て如何なる事を致したもので厶いませうか』 五三公『天国団体の最も富めるものは、現界にある中によく神を理解し、愛のために愛をなし、善のために善をなし、真の為に真を行ひ、自利心を捨て、さうして神の国の建設の為に心を尽し身を尽し、忠実なる神の下僕となり、且又現界に於て充分に活動をし、其余財を教会の為に捧げ、神の栄と道の拡張にのみ心身を傾注したる善徳者が所謂天国の富者であります。約り現界に於て宝を天国の庫に積んで置いた人達であります。さうして中位の富者は、自分の知己や朋友の危難を救ひ、又社会公共の救済の為に財を散じ、隠徳を積んだ人間が、天国に来つて大神様より相応の財産を賜はり安楽に生活を続けて居るのです。そして天国で頂いた財産は総て神様から賜はつたものですから、地上の世界の如く自由に之を他の天人に施す事は出来ませぬ。ただ其財産を以て神様の祭典の費用に当てたり、公休日に天人の団体を吾家に招き、自費を投じて馳走を拵へ大勢と共に楽しむので厶います、それ故に天国の富者は衆人尊敬の的となつて居ります』 治国別『成程、実に平和なものですな、本当に理想的に社会が造られてありますなア』 竜公はしやしやり出で、 竜公『モシ五三公さま、もしも私が天国へ霊肉脱離の後、上る事を得ましたならば、定めて貧乏人でせうな』 五三公『アヽさうでせう、唯今直に天国の住民となられるやうな事があれば、貴方はやはり第三天国の極貧者でせう。併し再び現界に帰り、無形の宝と云ふ善の宝を十分お積みになれば、天国の宝となり、名誉と光栄の生涯を永遠に送る事が出来ませう』 竜公『それでは聖言に、貧しきものは幸なるかな、富めるものの天国に到るは針の穴を駱駝の通ふよりも難し、と云ふぢやありませぬか』 五三公『貧しきものは常に心驕らず、神の教に頼り、神の救ひを求め、尊き聖言が比較的耳に入り易う厶いますが、地上に於て何不自由なく財産のあるものは、知らず知らずに神の恩寵を忘れ、自己愛に流れ易いものですから、其財産が汚穢となり暗黒となり或は鬼となつて地獄へ落し行くものです。若しも富者にして神の為に尽し、又社会のために隠徳を積むならば、天国に上り得るの便利は貧者よりも多いかも知れませぬが、世の中はようしたもので富者の天国に来るものは、聖言に示されたる如く稀なものです。其財産を悪用して人の利益を壟断し、或は邪悪を遂行し、淫欲に耽り、身心を汚し損ひ、遂に霊的不具者となつて大抵地獄に落つるものです。仮令天国に上り得るにしても、天国に於ける極貧者です』 竜公『治国別さまが、今天国の住民となられましたら何んなものでせう、相当の富者になられませうかなア』 五三『ハヽヽヽヽ』 と笑つて答へず。 竜公『ヤア先生も怪しいぞ、矢張これから天国の宝をお積にならねばなりますまい』 五三『サア是から霊陽山の名所に御案内致しませう』 と早くも歩を起した。二人は後に従ひ、麗しき原野を縫うて、樹木点綴せる天国街道を歓喜に満たされながら進んで往く。五三公は霊陽山の麓に辿りついた。 五三公『此処が第二天国の有名なる公園地で厶います。今日は公休日で厶いませぬから、余り天人の姿も見えませぬが、これ御覧なさいませ、あの山の景色と云ひ、岩石の配置、樹木の色、花の香、到底地上の世界では見られない景色で厶いませう』 治国『ハイ、何だかぼんやりとして、私の目には入りませぬ』 五三公『被面布をお被りなさい、さうすればハツキリと分るでせう』 治国別『ハイ』 と答へて治国別は直に被面布を被つた。竜公も同じく被面布に面を包んだ。 治国『何故、吾々の目には被面布がなくては、此麗しき景色が目に入らないのでせうか』 五三公『失礼ながら、天国の智慧に疎きものは此樹木花卉が目に入らないのです。総て神の智慧に居るものの前には、各種各様の樹木花卉にて満ちたる楽園の現はれるものです。是等の樹木は最も麗しき配列をなし、枝々交叉して得も云はれぬ装ひをなし、薫香を送るものです。総て天国は想念の国土でありますから、貴方に神的智慧が満つれば、直ちに天国の花園が眼前に展開致します。園亭あり、行門あり、行径あり、行く道の美麗なる事、言語の尽す所ではありませぬ。故に神の智慧に居るものは、斯の如き楽園の中を漫歩しながら、思ひ思ひに花を摘み花鬘を作りなどして、楽しく嬉しく暮し得るものです』 治国別『成程、此楽園には被面布を透して眺めますれば、種々雑多の樹木、花卉の吾々地上に嘗て見ざるものが沢山ございますな』 五三公『是等の麗しき樹木は正しき神の知識に居るものの愛の徳如何によりて花を開き実を結ぶものです。厳の御霊の神諭にも「一度に開く梅の花、開いて散りて実を結び、スの種を養ふ」とあるでせう。開く梅の花とは、智慧と証覚とに相応する情態の謂であります。斯くなる時は、天国の園亭や楽園に実を結ぶ樹木及び花卉は神の供へ物として、又天人各自の歓喜の種として各自の徳によつて現前するものです。高天原には斯の如き楽園のある事は聞いては居りますが、唯是を実際に知る者は、唯神よりする愛善の徳に居る者及び自然界の光と其偽りとによつて自己の胸中にある所の天界の光を亡ぼさなかつた者に限つて居ります。故に高天原に対して目未だ見えざるもの、耳未だ聞えざるものは、現に其場に近づき居ると雖も、此光景を見る事も亦斯の如き麗しき音楽の声を聞く事も出来ませぬ』 治国別『種々の御教諭、いや有難う厶いました。これで吾々も大変に神様の御恵を頂き、どうやら被面布を取つてもこの花園の光景が見えるやうになつて参りました。嗚呼神様、言霊別命様の御化身なる五三公様の口を通して、天国の福音をお示し下さつた其御恵を有難く感謝致します。アヽ惟神霊幸倍坐世』 (大正一二・一・一三旧一一・一一・二七加藤明子録) |
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霊界物語 | 50_丑_祠の森の物語2 | 02 照魔燈 | 第二章照魔灯〔一二九六〕 高天原の最奥に於ける霊国及び天国の天人は、すべて愛の善徳を完備し、信の真善を成就し、智慧証覚に充ち居るを以て、中間天国以下の天人の如く、決して信を説かず、又信の何たるかも知らないのである。又神の真に就いて論究せないのである。何故ならば、斯かる霊的及び天的最高天人は、大神の神格に充たされ、愛善信真これ天人の本体なるが故である。故に他界の天人の如く、これは果して善なりや、悪なりや、などと言つて真理を争はない。只争ふものは中間及び下層天界の天人の内分の度の低いものの所為である。又最奥の天人は視覚によらず、必ず其聴覚によつて、即ち宇宙に瀰漫せるアオウエイの五大父音の音響如何によつて、其証覚をして益々円満ならしむるものである。大本神諭に『生れ赤子の心にならねば、神の真は分りは致さぬぞよ……』とお示しになつてゐるが、すべて赤子の心は清浄無垢にして水晶の如きものであるから、仮令智慧証覚は劣ると雖も、直ちに其清浄と無垢とは、最奥天界に和合し得るからである。又社会的覊絆を脱し、すべての物欲を棄て、悠々として老後を楽しみ、罪悪に遠ざかり、天命を楽しむ所の老人を以て、証覚ありて無垢なる者たることを現はし給ふのである。大本開祖が世間的生涯を終り、夫を見送り、無垢の生涯に入り給うた時、始めて神は予言者として、これに神格の充されたる精霊を降し給ひ、天国の福音を普く地上に宣伝し給うたのは、実に清浄無垢の身魂に復活し、精霊をして天国の籍におかせ給うたからである。故に開祖の如きは、生前に於て已に霊的復活をせられたのである。此復活を称して霊的人格の再生といふのである。大神は人間をして其齢進むに従ひ、之に対して善と真とを流入し給ふものである。先づ人間を導いて善と真との知識に入らしめ、これより進んで不動不滅の智慧に入り、最後に其智慧より仏者の所謂阿羅耶識(八識)即ち証覚に進ませ給ふものである。之を仏教にては、阿耨多羅、三藐三菩提心(無上証覚)といふのである。併しながら現代の人間は、其齢進むに従つて、益々奸智に長け、表面は楽隠居の如く世捨人の如く、或は聖人君子の如く装ふと雖も、その実益々不良老年の域に進むものが大多数である。優勝劣敗、弱肉強食を以て社会の真理と看做してゐる現代に立ち、多数の党与を率ゐて政治界又は実業界に跋扈跳梁し、益々権謀術数を逞しうし、僅に其地位を保ち、世間的権勢を掌握して無上の功名と看做してゐる人物の如きは、実に霊界より之を見る時は憐れむべき盲者である。斯の如き現界に於ける権力者よりも、無智にして其日の労働に勤しみ、現代人の無道の権力に圧倒され、孜々として之に盲従し、不遇の生活を生涯送りし人間が、霊界に至つて神の恩寵に浴し、其霊魂は智慧相応の光を放ち、善と真との徳に包まれて、生前の位地を転倒してゐる者が沢山にあるのである。故に霊的観察よりすれば、権勢ある者、富める者、智者学者といはるる者よりも、貧しき者、卑しき者、力弱き者、現界に於ていと小さき者として、世人の脚下に踏み躙られたる人間が、却つて愛善の徳に住し、信真の光に輝いて、天国の団体に円満なる生涯を送るものである。故に神には一片の依怙もなく偏頗もない事を信じ、只管神を愛し神に従ひ、正しき予言者の教に信従せば、生前に於ても、仮令物質上の満足は得られずとも、其内分に受くる歓喜と悦楽とは、到底現界の富者や権力者や智者学者の窺知し得る所ではないのである。此物語の主人公たる初稚姫は再び天の命を受け、地上に降誕して大本開祖となり、世間的務めを完成し、八人の子女を生み夫々神界の内的事業に奉仕せしむべく、知らず知らずの間に其任を果し、微賤に下りて、溢るる許りの仁愛と透徹したる信の智を発揮して、暗黒無道の地獄界を照破する神業に奉仕し、其任務を了へて、後事を瑞霊に充されたる予言者に托し、茲に目出度く昇天復活されたのである。故に開祖は生前より其容貌恰も少女の如く、其声音は優雅美妙にして、又少女の如く、玲瓏玉の如き顔容を抱持し給ひ、開祖に接近する者は、何時とはなしに其円満なる霊容に感化され、霊光に照され、善人は之を信従し尊敬し、悪人は之を嫌忌し恐怖したのである。開祖の前身たる初稚姫も亦神代に於ける神格者にして、大予言者であつた。その容貌及び全身より金色の光明を放射し、悪魔をして容易に近づき得ざらしめたのである。されど初稚姫は、其霊徳と霊光を深く秘し給ひ、和光同塵の態度を以て普く万民を教化し天国に救はむため、ワザと其神相を隠し給ひて、霊的及び自然的活動を続け給うたのである。開祖は常に云はれた……出口直が正体を現はしたなれば、人民は眼くらみ、到底側へは寄りつくことは出来ない、故にワザとに世におちぶらし、今まで衆生済度の為に化してあつたのだ……と物語られた事は屡々である。此時側に親しく侍してゐた役員共は、開祖の平素の人格には敬服してゐたが、併し其お言葉の余りに高調的なるに対し、開祖が慢心をされたものとのみ思うてゐた者も沢山にあつたのである。神は必ず順序を守らせ給ひ、相応の理に依りて和合の徳を表はし給ふが故に、其対者に向つて余り懸隔なき様に現はれ給ふのである。故に対者の徳と智慧の如何によつて、神又は開祖を見る所の目に非常の差等があるのは、已むを得ないのである。神は瑞月を呼んで大化物と予言者を通じて宣らせ給うた。現代人は大化物の名を聞いて、大悪人の代名詞の如く或は権謀術数家の別称の如く、又巧言令色、表に善を飾り虚偽を行ひ、世人を誑惑する悪人と認むる者も少くないのである。併し神格に充されたる者を、頑迷不霊の地獄界に籍を於ける人間の目より見るときは、忽ち眼眩み頭痛み、息苦しくなり、癲狂痴呆と忽ち変じて、恐怖心に駆られ、その真相を看取することは出来ないものである。故にかかる人間の地位に立ちて予言者を仰ぎ見る時は、大怪物とより見ることが出来ないのである。吁斯の如き頑迷の徒をして、神の光明に浴せしめ、愛善の徳に住せしめて、永遠無窮の天国の生涯を生きながらに送らしめむとするは、実に最大難事である。大正五年の事であつた。口述者は役員室に在つて神諭を繙く折しも、慌しく入り来りしは開祖の娘なる高島久子であつた。彼は前節に述べたる如き肉体的兇霊に心身を占領されて、吾居間に走り入りて、恭敬礼拝し言ふ。『瑞の御霊様、一大事が突発致しました。一厘の秘密をお知らせ申します』と言ふより早く、吾耳の側に口をよせ、歯のぬけた口から、臭い息と唾を、吾顔面にふきかけながら、下らぬ不合理に充ちたことを喋々と弁じ立てた。そこで瑞月は儼然として、『誠の道に秘密のあるべき道理なし、秘密の秘は必ず示すといふことである。決して隠蔽すべきものでない。耳もとに囁く如きは神人のなすべき所でない。これは体主霊従的人獣の敢へてする行為である』と云ふや否や、高島久子の精霊は大いに怒つて、わが耳たぶを左の手にて引張り、右の手を以てわが頬をピシヤピシヤと叩きつけ『義理天上日出神の秘密の忠告を聞かねば、地の高天原は大騒動が起りますぞ。何うなつても日出神は知らぬぞよ』とわめき立て、狂ひまはつた。そこで瑞月は兇霊の憑依せるものなることを本人に懇々と諭してみたが、もはや兇霊に霊肉全く占領された彼女には何の効能もなかつた、のみならず大いに怒つて、吾喉元に飛びかかり、咬みつかむとした。そこで瑞月は已むを得ず、右の人指を前に向けて『ウン』と一声、神に祈つて、其面体を霊光に照すや否や、忽ちパタリと倒れて了つた。そこで瑞月は直に神に彼が為に謝罪をなし、お許しを請うた。彼女はムクムクと立上り、口を極めて『変性女子の糞奴、糞先生の奴先生、小松林の悪魔奴』と喚き立てながら、長い廊下を韋駄天走りに開祖の居間に侵入した。 忽ち久子に憑依せる兇霊は、開祖の容貌を拝するや、アツと仰向けに倒れ、キヤアキヤアと喚きながら、長廊下を毬の如くころげて、再びわが居間に逃げ帰り来り『奴開祖の糞開祖奴、これから俺が誠の艮の金神ぢや、変性男子も女子も此処を出て行け、これから地の高天原は、高島久子が艮の金神変性男子と現はれて、日出神を地に致し、大広木正宗殿の霊を御用に使うて、神政成就の神業に奉仕するから、此方の申す事が耳に入らぬ奴は、一人も残らず出てゆけ。金勝要神の身魂は我が強いぞよ。木花咲耶姫の生宮も訳が分らぬぞよ。これから此高島久子の体を借つて、誠の事を知らすぞよ』などと狂態を演じ、身体を頻りに震動させて、猛悪の相を現はし、座敷の中央に仁王立ちとなつて睨めつけてゐた。そこへ開祖は梅の杖をつきながら、障子をあけて一寸覗かれると、又もやキヤツと叫んで其場に顛倒し、毬のやうになつて表へ駆け出して了つた。後に至つて高島久子に聞けば、彼は云ふ……開祖の居間の障子を開くや否や、開祖の全肉体は金色燦爛たる光明にみち、そのお姿を熟視する能はず、忽ち恐ろしくなつて、妾の守護神が一生懸命に駆け出しました……と答へたのである。又彼女が自筆の筆先にも此事を明記してゐる。それから久子は表へまはり、金竜殿に侵入した。そこには数多の役員や修業者が幽斎の最中であつた。久子は矢庭に暴れ出していふ……汝等盲役員、幽斎の修業などとは以ての外だ、この生宮の申す事を聞け……と呶鳴りながら、修業に来てゐた河井芳男といふ青年を引捉へ、殿中に於て馬乗となり、其青年の首にジヤウジヤウジヤウとぬくい小便をたれかけ……汝の如き者は之にて結構だ……と喚き立て、狂態を演じてゐた。この事も高島久子の精霊が書いた筆先に自慢さうに記してある。すべて兇党界の悪霊は順序を弁へず又善悪美醜の区別がつかないから、神聖なる金竜殿内に於て、人の首に小便をかけ、得意となつてゐるのである。而して彼女はいふ……わが守護神は実に偉大なものだ、あの様な聖き御殿に於て、外の者が小便をこかうものなら、忽ち守護神も肉体も神罰が当るのであるが、何をいつても神格が高いから、あの通りチツとも罰が当らなかつたのだ……と誇つてゐるのは実に済度し難き難物である。丁度猫や鼠が大神の鎮座まします神聖なる扉の中に巣をくみ、或は糞尿をたれても、神は畜生として看過し給ひ、之を懲め給はざると同様の理である事を知らない癲狂痴呆者である。自愛心強く世間愛のみを以て唯一の善事と思惟しゐたる人間は、却つて斯かる奇矯なる行為を以て、神秘の行為となし、之を随喜渇仰していふ……全くあの行ひは人間ではない、人間心で、何うして殿内に於て、而も人間の首に跨がり、小便がかけられようか、全く神様の証拠である……と、斯う云つて感心するのである。彼等の云ふ如く決して人間ではない。併しながら神だと思つたら大変な間違である。スツカリ肉体的兇霊、悪魔が彼女の全身を支配して行うた所の狂態であるのである。 其後かれ悪霊は久子の肉体に対し、いろいろと幻覚を示し、益々誑惑の淵に陥れ、或は一ケ月間の断食を与へ、地獄の有様を眼前に髣髴せしめ……汝わが言を用ゐざる時は、斯の如き無間地獄に陥落すべし。又わが言を信従し、わが頤使に従つて活動する時は、汝をして将来斯の如き結構なる位地につかしむべし……と、或はたらし或は威し、漸くにして開祖の身内たる肉体を、わが自由に駆使する事を得たのである。彼等が悪業を遂行せむとすれば、現界人の浅薄なる識見より見て、開祖の血統と生れし人間なれば、大丈夫、決して悪神の憑依すべきものでないと信用させ得るの便宜があるからである。かれ兇霊は無智なる久子の霊肉を完全に占領した上、地の高天原の霊光にゐたたまらず、二三の迷へる信者を引連れ、一目散に八木へさして逃げ帰り、ここに久子の記憶と信仰を基礎として、其想念中に深く入り込み、兇党界の団体をして益々大ならしめ、大神の神業を極力妨害せむと企みつつあるのである。さりながら久子其人は元来開祖を思ふ事最も深く且無智にして比較的其心も清ければ、遉の兇霊も開祖の神諭を非難することを得ず、且又厳の御霊、瑞の御霊を極力排斥し、誹謗しては其目的を完成し得ざるを知るが故に、表面に厳瑞二霊を尊敬し信従する如く装ひ、先づ久子を誑惑し其口と手を以て世人を魔道に引入れむと企みつつあるのである。之は決して瑞月が卑しき心より述ぶるのではない。大神の御子たる可憐なる精霊や人間をして、一人なりとも邪道に陥らざらしめむが為の慈愛心に外ならぬのである。かれ精霊は久子の肉体を綾部の停車場に仰向けに倒し、陰部を曝して大呼して云ふ……われは地の高天原の変性男子出口直の肉体をかりて生れた日出神の生宮であるぞよ。皆の者、これを見て、大本の教を悟れよ……と呶鳴り立てた。精霊が久子に斯かる衆人環視の前にて狂態を演ぜしめた其底意は、要するに神の名を冒涜し、世人をして大本を信用せしめざらむが為の悪計であつた。されど暗愚なる信者は、そんな所に少しも注意せずしていふ……ああ吾々が改心が足らぬ故に神様が変性男子の系統の肉宮をかつて、お戒め下さつたのであらう、お前達の心は此通り醜いのだ、お前達が神界より罰せられ、地獄の釜のドン底へ落されるのだが、高島久子に千座の置戸を負はして助けてやつて居るぞよ、との深き思召であらう……などと妙な所へ曲解して益々随喜渇仰し、精霊の誑惑に乗せられて、遠近の神社を調査するといつて、或は其費用を献じ、或は随伴してゐる者も沢山現はれて来たのは、実に神界の為悲しむべきことである。されど神は決して斯の如き兇霊に汚され給ふものでもなく、又如何に妨害せむとするも聊かの痛痒も感じ給はないのである。只々可憐なる神の御子が彼等兇霊に心身を誑惑され邪神界に引入れられ、無間地獄に陥落しゆくを悲しみ給ふのみである。かかる仁慈無限の大神の御心も知らず、男子が何うだとか、女子の言行がなんだとか云つて、その光明に反き、醜穢極まる地獄に転移するは、実に仁慈の目より見て忍び難き所である。かれ精霊は久子を又もや八木の停車場に連れ行き、大声叱呼して云ふ……此女は元を糺せば、丹波国何鹿の郡綾部町、本宮新宮坪の内、変性男子の身魂出口直の体をかり、出口政五郎といふ父を持ち、若い時から男女と呼ばれたる、ヤンチヤ娘の出口久子、今は神の因縁に依つて、八木の高島寅之助が妻となり、あの山の、山のほでらのあばらや住居、今はおちぶれて居れども、結構な身魂が世におとしてあるぞよ。侮りて居りたものは、アフンと致してあいた口がすぼまらぬぞよ。今に天地がかへるぞよ。欲を致して沢山の金をためて居りても、其宝は持切には出来ぬ宝であるぞよ。此神の申した事には一分一厘間違ひはないぞよ。先をみてゐて下されよ、と前をまくつて大音声……と自ら呼ばはり、停車場に集まる人々を驚かせ、之を鎮定せむと入り来りし長左といふ男の腕にかぶりつき、狂態を演じ、大本の教を破壊せむと企んだ事もあつたのである。兇霊は此筆法を以て、或時は変性男子を極力賞讃し、また対者の心の中に男子女子を否むと認むる時は、声を秘そめて切りに誹謗し、吾薬籠中のものとなさむと企むものである。 さて、初稚姫と高姫との今後の活動は之に類するもの多ければ、巻頭に引証することとしたのである。 追伸=霊界物語の読者の中には凡て、斯様であります……とか、斯う考へます……とかいふ謙譲の言葉がなく、かうである……どうである……などと断定的に、且高圧的に口述してあるのは、所謂口述者が慢心した結果、かかる不遜の言辞を弄するのだと非難する人が間々あるさうです。併しながら『あります』と云へば活字を四字用ひなくてはなりませぬ。『ある』といへば二字で事がすみます。それ故にかかる洪瀚な物語には一字なりとも冗言を省き、可成数多の意味を読者に知らさむが為の忠実なる意思より出でたのであります。而して口述者自身は只神格にみたされたる聖霊に霊と体を任せきつてゐるのでありますから、口述者が之を改めようと致しましても、肝腎の局に当る聖霊が聞かなければ是非ない事であります。一寸茲に一言断つておく次第であります。 (大正一二・一・二〇旧一一・一二・四松村真澄録) |
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霊界物語 | 50_丑_祠の森の物語2 | 19 逆語 | 第一九章逆語〔一三一三〕 高姫の居間には妖幻坊の杢助、高姫両人、六ケしい顔をして上座に坐り、ハルをつかまへて油をとつてゐる。 妖幻(妖幻坊の杢助)『オイ、ハル、今表口に参つて何かゴテゴテ申して居つたのは何者だなア』 ハル『ハイ、何でも厶いませぬ。只道通が一寸受付へ立寄つたので厶います』 妖幻坊の杢助『馬鹿を申せ。其方は吾々に隠し立てをするのだなア。斎苑の館から直使が来たのであらうがな』 ハル『ハイ、エエ、それは、みえました。併しながら決して吾々に対して、御用もなければ何とも仰せられませぬ』 妖幻坊の杢助『珍彦館へ其方は案内をしたであらうがなア。様子は大抵知つて居るだらう』 ハル『ヘーエ、イルに……イン、承はりますれば、此館の総取締にイルを致す………とか云ふお使ださうで厶います』 妖幻坊の杢助『高姫や此杢助を放逐すると申して居らうがな』 ハル『エー、そんなこた、一寸も存じませぬ。併しながら朝晩の御給仕もせず、酒ばかり呑んでる人物に対しては、どういう御沙汰が下つたやら分りませぬな。直接私は何にも聞かないものですから、かう申したと云つて、決して之が事実だか事実でないか、保証の限りで厶いませぬ。併し何だか妙な空気が漂うてゐますで。何と云つても杢助さまともあらうものが、スマート如きが怖いと仰有るものだから、ヘヘヘヘヘ、皆の連中がチヨコチヨコと噂を致して居ります。それより外は何も厶いませぬ。これは一文生中の掛値もない、ハルの真心を吐露したので厶いますから、此上の秘密は何も存じませぬ』 妖幻坊の杢助『馬鹿を申せ。まだ外に何か秘密があるだらう。今の言葉から考へてみれば、貴様等は申合せ、此方や高姫の悪口を申して、斎苑の館へ手紙をやつたのであらうがなア。それでなければ直使が出て来る筈がないぢやないか。なに頭を掻いて居るのだ、ヤツパリ都合が悪いとみえるな。コリヤ白状致さぬか』 とハルの襟首をグツと取り、剛力に任せて、座敷の中央に突き倒し、一方の手でグツと押へ、一方の荒い毛だらけの手に拳骨を固めて振上げながら、 妖幻坊の杢助『コリヤ、白状致せばよし、隠し立てを致すと、此鉄拳が其方の眉間へ触るや否や、其方の脳天は木端微塵になるが、それでも白状致さぬか』 ハル『イイ痛い痛い、アア誰か来てくれぬかいな、お直使様、早く、来て下さるといいにな、イイ痛い痛い』 妖幻坊の杢助『サ、痛くば早く申せ。白状さへすれば許してやらう』 ハル『ハハ白状せと云つたつて、種のない事が白状出来ますか』 高姫『コレ、ハルさま、お前は五人の中でも一番利巧な男だ。それだから私がお前をイルの野郎の代りに受付頭にして上げたぢやないか。これ程私がお前をヒイキにして居るのに、なぜ隠し立てをなさるのだい。サ、早く言つてみなさい。決してお前さまの為に悪いやうにはせないからな』 ハル『高姫さま、そんな無茶な事、あなた迄が言つて貰つちや、此ハルが何うして立ちますか。よい加減に疑を晴らして下さいな』 妖幻(妖幻坊の杢助)『此奴は何処までもドシぶとい、まてツ、今に思ひ知らしてやらう、サどうぢや』 と又もや拳骨を固めて、力限りに打下さうとする一刹那『ウーウー、ワツウワツウワツウ』とスマートの声、妖幻坊は体がすくみ、色青ざめ、其儘ツイと立つて自分の居間に逃げ帰り、蒲団を被つて慄うてゐる。スマートの声は益々烈しくなつて来た。 高姫は少々慄ひながら、 高姫『コレ、ハルさま、お前はいい子だ。本当に様子を知つて居るだらう。サ、チヤツと言うてくれ、其代り、お前をここの神司にして上げるからなア』 ハル『ハイ、お前さま、用心しなされ。どうやら立退き命令が来たやうな按配ですよ』 高姫『ナアニ、立退き命令が、そりや誰に、大方珍彦にだらう』 ハル『冗談云つちやいけませぬよ。珍彦さまはここの御主人です。お前さまは勝手に義理天上だとか云つて坐り込み、自分免許で日出神の生宮と威張つてゐるのでせう。それだからお前さまに立退き命令が来るのは当然ですワ』 高姫『エーエ、まさかの時になつて、杢助さまも杢助さまだ。スマート位な畜生が、何程厭だと云つても、こんな正念場になつてから、自分の居間へ這入つて寝て了ふといふ事があるものかいなア』 ハル『ヘン、誠にお気の毒様、すんまへんな。何れ、悪は永うは続きませぬぞや』 高姫『エーエ、お前迄が、しようもない事を云ふぢやないか。サ、とつとと出ていつて下さい。この館は仮令直使が来うが何が来うが、日出神の生宮が守護して居れば、誰一人居らいでもよいのだから、何奴も此奴も放イ出してこまそ。グヅグヅしてると先方の方から立退き命令なんて吐しやがるから、先んずれば人を制すだから此方の方から立退かしてくれるツ』 と珍彦館をさして行かむと立ち上る。そこへ安彦、国彦はイル、サールに案内され、襖をサツと開いて這入つて来た。 イル『エ、もし直使様、ここが所謂義理天上の居間で厶います。何卒早く立退き命令を申し渡して下さい。コリヤ高姫、ザマア見やがれ、イヒヒヒヒ、誠に以てお気の毒千万なれど、今日限りだと思うて、諦めて帰んだがよいぞや。油揚の一枚も餞別にやりたいけれど、生憎今日は油揚も小豆もないワ。サツパリ、コーンと諦めて、ササ、帰つたり帰つたり』 高姫『エー喧しい、スツ込んでゐなさい。ここは義理天上日出神の神界から命令を受けて守護致す大門ぢやぞえ。そして直使といふのは誰だなア』 安彦『ヤア高姫殿、久しう厶る』 国彦『拙者は国彦で厶る。此度、斎苑の館より一寸様子あつて参拝致した者で厶る。境内の様子を見む為、此処まで調査に来たのですよ。そして直使の趣は珍彦に申渡しあれば、やがて其方に対し、何とか沙汰があるであらう』 高姫『ヘン、阿呆らしい、人民の命令位、聞くやうな生神ぢやありませぬぞや。勿体なくも高天原の霊国の天人、義理天上日出神の生宮ぢやぞえ。此肉体は常世姫命の再来で、変性男子の御系統だ。何と心得てござる。……ヤアお前は北山村の本山へやつて来て、トロロの丼鉢を座敷中にブツつけた、国公ぢやないか。そしてお前は安だらう。ヘン、阿呆らしい、直使なんて、笑はせやがるワイ、イツヒヒヒヒ、大きに憚りさま。これなつと、お喰へ』 と焼糞になつて、大きなだん尻を引きまくり、ポンポンと二つ三つ叩き、体を三つ四つゆすり、腮をしやくり、舌をニユツと出し、両手を鳶が羽ばたきしたやうにしてみせた。 安彦『仮令、拙者は神力足らぬ者にもせよ、天晴三五教の宣伝使、今日は又八島主命様より直使として参つた者で厶る。粗略な扱をなさると、斎苑の館へ一伍一什を申し上げますぞ』 高姫『ヘン、仰有いますわい。八島主の教主が何だ。青い青い痩せた顔しやがつて、まるで肺病の親方みたやうな面をして、此方に立退き命令、ヘン、尻が呆れて雪隠が躍りますワイ。お茶の一杯も上げたいは山々なれど、左様な分らぬ事を云ふ奴さまには、番茶一つ汲む訳には行きませぬワ。サア、トツトとお帰りなさい。高姫は斯う見えても、斎苑館の総務杢助の妻で厶るぞや。何程安や国が立派な宣伝使だと云つても、吾夫杢助の家来ぢやないか。今こそ杢助様は様子あつて役を引いて厶るが、ヤツパリ御神徳は三五教切つての偉者だ。どうだ両人、義理天上の申す事を聞いて改心を致し、此方の部下となつて、此処で御用を致す気はないかな』 国彦『安彦殿、困つた者で厶るな。論にも杭にもかからぬでは厶らぬか』 高姫『コリヤ与太、ソリヤ何を云ふのだ。勿体なくも日出神の生宮を目下に見下し、直使面をさげて、馬鹿らしい、何を云ふのだい。弥次彦、与太彦の両人奴、又一途の川の出刃庖丁を、土手つ腹へつつ込んでやらうかな。あの時は黒姫と二人だつたが、モウ、今日は神力無双の勇士、杢助さまの女房ぢやぞ。何だ、糊つけもののやうに、しやちこ張つて、其面は、マアそこに坐つたが宜からう』 隣の間にウンウンと唸る妖幻坊の声、耳をさす如くに聞えて来る。 イル『モシお直使様、こんな気違ひは後まはしと致しまして、杢助の居間を取調べませう、何だか唸つて居るやうですよ』 安彦『ヤ、国彦殿、エー、サール殿とハル殿と三人、此発狂者を監督してゐて下さい。拙者は杢助と称する人物の正体を見届けて参りますから』 と行かうとする。高姫は両手を拡げて、 高姫『コリヤコリヤ安、イヤ弥次彦、イル、メツタに義理天上さまの許しもなしに、行くことはならぬぞや。さやうな事を致すと、忽ち手足も動かぬやうに致すから、それでもよけら、行つたが宜からう』 イル『モシ直使様、行きませう。此婆は何時もあんなこと言つて嚇しが上手ですからなア』 安彦『なる程、参りませう』 と次の間の杢助の居間をパツとあけた。杢助は樫の棒を頭上高くふりかざし、力をこめてウンと一打、今や安彦の頭は二つに割れたと思ふ一刹那、床下より響き来るスマートの声、 スマート『ウーツ、ワアウワアウワアウ』 杢助は忽ち手痺れ、棍棒をふり上げた儘、一目散に裏の森林指して、雲を霞と逃げて行く。高姫は矢庭に杢助の居間に入つて見れば藻抜けの殻。 高姫『コレ杢助さま、何処へ行つたのだい。卑怯未練にも程があるぢやないか、サ早く帰つて下さいな。エーエ、何と云ふ気の弱い人だらう、本当に優しい人は、こんな時になると仕方がないワ。併し無抵抗主義の三五教だから、相手になつてはならない。こんな奴に掛り合うて居つたら、カツタイと棒打ちするやうなものだと思つて、逃げなさつたのかな。兵法三十六計の奥の手は、逃げるが一番ぢやといふ事だ。ヤツパリ杢助さまは、どこともなしに賢明な方だなア。到底ここらに居るガラクタには比べものにはなりませぬワイ。日出神も杢助さまには感心致したぞや。コレ弥次彦、与太彦、どうだい。感心したかい。チツトお筆先を頂いたらどうだい。結構なお筆先が出てるぞや。此イルも知つて居る通り、一字々々文字が動くのだから、そして正体を現はして竜となり、天上をするといふ生きたお筆先ぢやぞえ。どうだ、折角此処まで来たのだから、頂いて帰る気はないか。頂くというても筆先は直筆でも写しでもやりませぬぞや。お前の耳の中へ容れて帰ればいいのだから……』 安彦『ああ困つたものだなア、上げも下しもならぬ奴だ。阿呆と気違ひにかかつたら、どうも手のつけやうのないものだ』 高姫『ヘン、お前もお筆先をチツとは頂いてをるだらう。変性男子様が……阿呆になりてをりて下されよ。此方は三千世界の大気違ひであるぞよ。気違ひになりて居らねば此大望は成就致さぬぞよ。此方は誰の手にも合はぬ身魂であるぞよ。鬼門の金神でさへも往生致すぞよ。中にも義理天上日出神の神力は艮の金神も側へもよれぬぞよ。結構の身魂が世におとしてありたぞよ。余り神を侮りて居りたら、赤恥をかいて、大きな声で物も言へぬぞよ。日出神を地に致して三千世界の御用をさしてあるぞよ。何も知らぬ人民が、ゴテゴテ申せど、何も心配致さいでもよいぞよ。訳の分らぬ人民からいろいろと申されるぞよ。それを構うて居つたら御用が勤まらぬぞよ。神はいろいろと気をひくぞよ。トコトン気を引いて、これなら動かぬ身魂と知りぬいた上、誠の御用に使ふぞよ……といふ事をお前達は知つて居るかい。知らな言うてやろ、そこに坐りなさい。あああ一人の霊を改心ささうと思へば、随分骨の折れた事だわい。誠を聞かしてやれば面をふくらすなり、ぢやと申してお気に合ふやうなことを申せば、すぐに慢心を致すなり、今の人民は手のつけやうがないぞよ。神も誠に声をあげて苦しみて居るぞよ。中にも与太彦、弥次彦のやうな八衢人間が、善の面をかぶりて、宣伝使などと申して歩く世の中だから、困つたものであるぞよ。八島主命も言依別命も、学で智慧の出来た途中の鼻高であるから、霊国の天人の霊の申すことはチツとも耳へ入らず、誠に神も迷惑致すぞよ。これから義理天上の肉宮が、斎苑の館へ参りて、何も彼も根本から立替を致してやるぞよ。そこになりたら、今まで偉さうに申してをりた御方、首尾悪き事が出来るぞよ。神の申す中に聞かねば、後になりて何程苦しみ悶えたとて神は聞き済みはないぞよ。改心が一等ぞよ。神は人民が助けたさに夜の目もロクによう寝ずに、苦労艱難を致して居るぞよ。神の事は人民等の分ることでないぞよ。早く帰つて下されよ。四つ足霊がウロウロ致すと、神の気障が出来るぞよ。早く帰つて下されよ』 とのべつ幕なしに大声で呶鳴り立て、安彦、国彦の直使を烟にまいて了つた。 (大正一二・一・二三旧一一・一二・七松村真澄録) |
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霊界物語 | 52_卯_小北山の文助の改心物語 | 01 真と偽 | 第一章真と偽〔一三三七〕 人間の内底に潜在せる霊魂を、本守護神又は正副守護神と云ふ。そして本守護神とは、神の神格の内流を直接に受けたる精霊の謂であり、正守護神とは一方は内底神の善に向ひ、真に対し、外部は自愛及び世間愛に対し、之をよく按配調和して広く人類愛に及ぶ所の精霊である。又副守護神とは其内底神に反き、只物質的躯殻即ち肉体に関する欲望のみに向つて蠢動する精霊である。優勝劣敗、弱肉強食を以て最大の真理となし、人生の避く可からざる径路とし、生存競争を以て唯一の真理と看做す精霊である。而して人間の霊魂には、我神典の示す所に依れば荒魂、和魂、奇魂、幸魂の四性に区分されてゐる。四魂の解説は已に既に述べたれば茲には省略する。荒魂は勇、奇魂は智、幸魂は愛、和魂は親であり、而して此勇智愛親を完全に活躍せしむるものは神の真愛と真智とである。今述べた幸魂の愛なるものは人類愛にして、自愛及び世間愛等に住する普通愛である。神の愛は万物発生の根源力であつて、又人生に於ける最大深刻の活気力となるものである。此神愛は大神と天人とを和合せしめ、又天人各自の間をも親和せしむる神力である。斯の如き最高なる神愛は、如何なる人間も其真の生命をなせる所の実在である。此神愛あるが故に、天人も人間も皆能く其生命を保持する事を得るのである。又大神より出で来る所の御神格そのものを神真と云ふ。此神真は大神の神愛に依つて、高天原へ流れ入る所の神機である。神の愛と之より来る神真とは、現実世界に於ける太陽の熱と其熱より出づる所の光とに譬ふべきものである。而して神愛なるものは太陽の熱に相似し、神真は太陽の光に相似してゐる。又火は神愛そのものを表し、光は神愛より来る神真を表はしてゐる。大神の神愛より出で来る神真とは、其実性に於て神善の神真と相和合したものである。斯の如き和合あるが故に、高天原に於ける一切の万物を通じて生命あらしむるのである。 愛には二種の区別があつて、其一は神に対する愛であり、一は隣人に対する愛である。又最高第一の天国には大神に対する愛あり、第二即ち中間天国には隣人に対する愛がある。隣人に対する愛とは仁そのものである。此愛と仁とは、何れも大神の神格より出で来つて天国の全体を成就するものである。高天原に在つて大神を愛し奉るといふ事は、人格の上から見て大神を愛するの謂ではない、大神より来る所の善そのものを愛するの意義である。又善を愛するといふ事は、其善に志し、其善を行ふや、皆愛に依つてなすの意味である。故に愛を離れたる善は、決して如何なる美事と雖も、善行と雖も、皆地獄の善にして所謂悪である。地獄界に於て善となす所のものは、高天原に於ては大抵悪となる。高天原に於て悪となす所のものは、すべて地獄界には之を善とさるるのである。それ故に神の直接内流によつて、天国の福音を現界の人類に伝達するとも、地獄界に籍をおける人間の心には、最も悪しく映じ且感ずるものである。故に何れの世にも、至善至愛の教を伝へ、至真至智の道を唱ふる者は、必ず之を異端邪説となし、或は敵視され、所在迫害を蒙るものである。併し斯の如き神人にして、地獄界の如何なる迫害を受け、或は身肉を亡ぼさるる事ありとも、其人格は依然として死後の生涯に入りし時、最も聖きもの、尊きものとして、天国に尊敬され且愛さるるものである。次に隣人を愛する仁そのものは、人格より見て其朋友知己等を愛するの謂ではない。要するに大神の聖言即ち神諭より来る所の神真を愛するの意義である。又神真を愛するといふ事は、其真に志し、真を行ふの意義である。以上両種の愛は善と真との如くに分立し、善と真との如くに和合する。 此物語の主人公なる初稚姫は、即ち二種の愛、善と真との完全に具足したる天人にして、言はば大神の化身でもあり又分身でもあり、或時は代表者として其神格を肉体を通して発揮し給ふが故に、能く善に処し、真に居り、如何なる妖魅に出会するとも、少しも汚されず犯されずして、己が天職を自由自在に発揮し得らるるのである。之に反して高姫は総て愛善と信真とを口にすれども、其内底は神に向つて閉塞され、地獄に向つて開放されてゐるが故に、其称ふる所の善は残らず偽善である。偽善とは表面より見て、即ち神を知らざる人の目に至善至徳のものと見ゆる事がある。又至真至誠の言語と見ゆるも、それは総て地獄界に向つてゐる精霊の迷ひより来るものなるが故に、一切虚偽であり狂妄である。例へば雪隠の虫は糞尿の中を至上の天国となし、楽園となし、吾肉体の安住所とし、且此上なき清きもの美はしきものとなすが如く、地獄界に向つて内底の開けたる者は、至醜至穢なる泥濘塵芥及び屍の累々たる所、臭気紛々たる所を以て、此上なき結構な所と看做すものである。併しながら高姫の肉体としては、矢張肉の目を以て善悪美醜を判別する能力は欠いでゐない。それ故に或時は殆ど善に近き行ひをなし、又真に相似せる言語を用ふることがある。けれども肝心の内底が地獄界に向つてゐるのと、外部より来る自愛心と肉体的兇霊界の襲来とによつて、常に其良心を誑惑さるるを以て一定の善と真とに居る事は出来ない。又純然たる悪に居る事も出来得ないのである。併し高姫の善と信ずる所、真と思ふ所は、以上述べた如く、皆偽善なる事は言ふまでもない。 初稚姫は、愛より来る所の大神の神格より帰来する天人の薫陶を、其至粋至純なる霊性に摂受してゐたのである。総て高天原を成就する者は、何れも愛と仁とによらぬ者はない。故に初稚姫の人格そのものは所謂高天原の移写であり、大神の縮図である。故に其美はしき事は到底言語に絶し、形容す可からざる底のものである。其面貌言語乃至一挙手一投足の中にも、悉く愛善の徳を表はし、信真の光を現じ給ふのである。故に初稚姫の如き地上の天人より溢れ出づる円満具足の相は、愛そのものによつて充されてあるが故に、何人と雖も、姫の前に来り、姫の教を受け、其善言美詞に接し、席を交へ交際する時は、衷心よりして自然に動かさるるに至るのである。されども悲しいかな、高姫は普通の人間と異なり、天国、地獄の両界の中に介在する所の中有界に身をおきながら、尚も肉体的精霊即ち兇党界、妖魅界に和合せるが為に、初稚姫の前に出づる時は、忽ち癲狂となり痴呆となり、其美貌を見る時は、何処ともなく直に恐怖心を起し、且嫉妬し、善言美詞に接すれば、忽ち頭痛み、胸つかへ、嫌忌の情を起すに至るを以て、如何に初稚姫が神力を尽し、愛と善と真を以て是に対し、あく迄も和合せむとすれども、之を畏れて受入れないのみならず、陰に陽に排斥し、且滅尽せしめむことを望むのである。而して或時は初稚姫を非常に尊敬する時もあるのである。実に名状す可からざる不可思議なる状態に身を置いてゐるものといふべきである。 斯くの如く時々刻々に其思想感情の、姫に対してのみならず、一般の人に対して変転するは、彼れが自ら称ふるヘグレのヘグレのヘグレ武者たる珍思怪想を遺憾なく暴露してゐるのである。而して高姫はヘグレのヘグレのヘグレ武者を以て唯一の善となし、徳となし、愛の極致となし、信の真と確信してゐるのである。高姫の思想は神出鬼没、動揺常なく、機に臨み変に応じて神業に参加する事を以て、最第一の良法と確信してゐるのだから、如何なる愛を以てするも、信を以て説くも、之を感化する事が出来ない、精神的の不治の難病者である。 総て人間各自の生命に属する所の霊的円相なるものがあつて、此円相は一切の天人や一切の精霊より発し来り、人間各自の身体を囲繞してゐるものである。各人の情動的生涯、従つて思索的生涯の中より溢れ出づるものである。情動的生涯とは愛的生涯の事であり、思索的生涯とは信仰的生涯の事である。総て天人なるものは愛によつて其生命を保つが故に、愛そのものは天人の全体であり、且天人は善徳の全部であると云つても可いのである。愛の善と信の真との権化たるべき初稚姫は、其霊的円相は益々円満具足して、智慧証覚の目より見る時は、其全身の周囲より五色の霊光が常住不断に放射しつつあるのである。之に反して、高姫はすべて虚偽と世間愛的悪に居るを以て、霊的円相即ち霊衣は殆ど絶滅し、灰色の雲の如き三角形の霊衣が僅かに其肉身を囲繞してゐるに過ぎない。之を神界にては霊的死者と名付けてゐる。霊的円相の具足せる神人には、如何なる兇霊も罪悪も近寄ることは出来ない。若し強ひて接近せむとすれば、其光に打たれ眼眩み、四肢五体戦慄し、殆ど瀕死の状態に陥るものである。之に反して円相の欠除せる高姫の身辺には、一切の兇霊が臭きものに蠅が群がる如く、容易に且喜んで集合するものである。現界の愚眛なる人間は、斯の如き悪霊の旅宿否駐屯所たる人間を見て、信仰強き真人と看做し、或は其妖言に誑惑されて、虚偽を真となし、悪を善と認め、随喜渇仰しておかざるものである。実にかかる人間は、神の目より見ては精神上の不具者であり、且地獄の門戸を競うて開かむとする妖怪変化と見得るものである。 人間は其愛の善悪の如何によつて、其面を向ける所を各異にしてゐる。初稚姫の如き天人は、大神及隣人に対して、真の愛を持つてゐるが故に常に其面は大神に向つてゐる。故に何となく威厳備はり、且形容し難き美貌を保つ事を得たのである。又高姫は自愛の心即ち愛の悪強きが故に、其面を常に神に背け、暗黒の中に呻吟しながら思ふやう……かくの如き暗黒無明の世界を、吾々は看過するに忍びない。故に自分は此暗黒時代に処し、天下万民救済の為に、いろいろ雑多に身を変じ、ヘグレ武者となつて、天の岩戸を開き、真の光明に世界を照らし、万民を助けねばならない。天国も浄土もなく、すべて三界は暗黒界と化し去れり。故に吾は神の命を受けて、常暗の世を日の出の御代に捻ぢ戻さねばおかないと、兇霊の言に誤られて蠢動してゐるのである。それ故常に心中に安心する事なく、如何にして自己の向上をなさむか、三界の万霊を救はむかと、狂熱的に蠢動するのである。何ぞ知らむ、開闢の始めより天界の光明は赫灼として輝き給ひ、数多の天人は各団体に住して、其光輝ある生涯を送りつつある事を。併し茲に一言注意すべき事は、大本開祖の神諭に……此世は暗雲になつてゐるから、日の出の守護に致すが為に因縁の身魂が表はれて、五六七成就の御用に尽す……とあるのは、これは決して高姫の言ふ如く三界皆暗しといふ意義ではない。大神より地獄道に陥れる此現界をして、天国浄土の楽土となし、一人も地獄界に堕さざらしめむが為である。要するに霊界現界を問はず、地獄なるものを一切亡ぼし、その痕跡をも留めざらしめむと計らせ給ふ仁慈の大御心より出でさせ給うたのである。然らば人或は云はむ、三千世界一度に開く梅の花、艮の金神の世になりたぞよ……とあるではないか、三千世界とは天界、現界、地獄界のことである。天界は已に光明赫々として無限に開け居るにも拘らず、何をもつて三千世界と言はるるか、果してこの言を信ずるならば、天界もまた暗黒界と堕落せるものなりと断定せざるを得ないではないかといはねばならぬ……と。かくの如きは其一を知つて其二を知らざる迂愚者の論旨である。三千世界一度に開くといふは、現界も地獄界も天界も一度に……即ち同様に光明赫々たる至喜至楽の楽園となし、中有界だの、地獄界だの、天界だの、或は兇霊界だのいふ、いまはしき区別を取除き、打つて一丸となし、一個の人体に於けるが如く、単元として統治し給はむが為の御神策を示されたるものたることを悟るべきである。一度に開く梅の花とか、須弥仙山に腰をかけとか云ふ聖言は、要するに神に向はしむるといふ意義である。如何なる無風流な人間でも、梅の花の咲きみち、馥郁たる香気を放つを見れば、喜んで之に接吻せむとするは、人間に特有の情である。また須弥仙山とは宇宙唯一の至聖至美にして崇高雄大なる山の意味である。何人と雖も、雲表に屹立せる富士の姿を見る時は、其雄姿にうたれ、荘厳に憧がれ、之を仰がないものはない。又俯いては決して富士を見る事は出来ない。故に神は所在人間及精霊をして其雄大崇高なる姿を仰がしめ、以て神格に向上せしめ、神の善に向はしめむが為である。併し神に向ひ、或は須弥仙山を仰ぐといふは、現界に於ける富士山そのものを望む時の如く、身体の動作によつて向背をなすものでない。何となれば空間の位地は其人間の内分の情態如何によつて定まるが故に、方位の如きも現界とは相違してゐるのは勿論である。人間の内底の現はれなる面貌の如何によつて其方位が定まるのである。故に霊界にては吾面の向ふ所即ち太陽の現はるる所である。現界にては太陽は東に昇りつつある時と雖も、西を向けば其太陽は背に負うてゐるが、霊界にては総て想念の世界なるが故に、身体の動作如何に関せず、神に向つて内底の開けた者は、いつも太陽に向つてゐるのである。併しながら斯くの如き天人の境遇にある人格者は霊界に在つて、自分より大神即ち太陽と現じ給ふ光熱に向ふにあらず、大神より来る所の一切の事物を喜んで実践躬行するが故に、神より自ら向はしめ給ふ事となるのである。平和と智慧と証覚と幸福とを容るるものは高天原の器である。之を称して神宮壺の内といふ。此壺は愛であつて、大小となく神と相和する所のものを容るる器である。現界に於て、智慧証覚の劣りし者、又は愛善の徳薄く、信真の光暗かりし者が、天界の天人又は地上の天人やエンゼルと相伍して遂に聖き信仰に入り、愛善の徳を養ひ、信真の光を現はし、遂に智慧証覚を得、高天原の景福を得るに至らしむべく、ここに神は精霊に其神格を充して予言者に来らしめ、地上の高天原即ちエルサレムの宮屋敷に於て、天国の福音を宣べ伝へさせ給うたのは、実に至仁至愛の大御心に出でさせ給うたからである。善の為に善を愛し、真の為に真を愛し、之を一生涯深く心に植ゑ付け、実践躬行したるにより、終に罪悪に充ちたる人間も天国に救はれて、其不可説なる微妙の想を悉く摂受し得べき聖場を開かせ給うた。之を神界にては地の高天原と称へられたのである。 かくも尊き神界の御経綸をも弁へず、且つ信ずること能はずして、自己と世間とのみを愛する者は、仮令膝元に居つても之を摂受することは到底出来ない。自己を愛し、世間のみを愛する者は、却て此等の御経綸地を否定し、或は之を避け、之を拒み、甚しきは神界の経綸場を破壊せむとするに至るものである。されども神は飽く迄も天人の養成器たる人間を愛し給ふが故に、可成く彼等に接近し、彼等の心の中に流入せむとし給へども、彼等は却て之を恐れ、雲霞と逃去つて、忽ち地獄界に飛び入り、又彼等と相似たる自愛を有する者と相交はらむとするものである。……灯台下暗し、足許から鳥が立つても分らぬ盲聾ばかりであるぞよ。神は一人なりとも助けたさに、いろいろと諭せども、こはがりて皆逃げて帰ぬ者ばかりで、助けやうはないぞよ。神は可哀相なれども、余り人民が欲に呆けて、霊を悪神に曇らされてゐるから、真の事が耳へ入らぬぞよ。神も助けやうがないぞよ……と歎声をもらされてあるは、かかる人間に対して愛憐の涙を注ぎ給うた聖言である。 初稚姫の御再誕なる大本開祖は、神命を奉じて地の高天原に降り、万民を救はむと焦慮し給ふに引替へ、其肉身より生れ出でたる肉体に正反対のものあるは、実に不可説の深遠微妙なる御神策のおはします事であつて、大本神諭に……吾児に約まらぬ御用がさして善悪の鏡が見せてあるぞよ云々と。信者たる者は此善悪両方面の実地を観察して、其信仰を誤らない様にせなくてはならぬのである。ああ惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・一・二九旧一一・一二・一三松村真澄録) |
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霊界物語 | 52_卯_小北山の文助の改心物語 | 24 応対盗 | 第二四章応対盗〔一三六〇〕 十五六人の精霊は忽ち高姫の周囲に集まり来つて、ワイワイと喚いてゐる。高姫は漸くにして立上り、道端の方形の石に腰打ち掛け、十数人の人を前におきながら、脱線だらけの宣伝を始めかけた。 高姫『コレコレ皆さま、高姫が大道演説を致しますから、よつくお聞きなされ。此世の中は素盞嗚尊の悪神の為に、天の岩戸はピツタリとしまつて、悪魔は天下に横行し、魑魅魍魎充満する暗黒世界ではありませぬか。此世を此儘にしておいたならば、結構な此お土の上は、忽ち餓鬼道、畜生道、修羅道、地獄道に陥りますぞや。お前さま等は、営々兀々として、私利私欲のために日夜奔走し、欲にからまれ、疲れ切つて顔色憔悴し、殆ど餓鬼のやうで厶いますぞ。此世からなる地獄道の苦しみを致しながら、こんな結構な世はないと申して喜んで厶る其憐れさ。至仁至愛の大神様は此惨状をみるに忍びず、時節参りて、永らく艮の隅に押し込められて厶つた艮の金神大国常立尊様が稚姫君命の霊の憑りた変性男子の肉宮をかつて、三千世界の立替立直しを遊ばすやうになりましたぞや。それに就いては、世に落ちて厶つた八百万の神様を世にあげて、それぞれお名をつけ、祭つて上げねば神国にはなりませぬ。今度のお役にお立ち遊ばすのは、永らく竜宮の海の底にお住ひなされた乙姫殿が第一番に改心を遊ばして、義理天上の日の出神と引添うて、外国での御用を遊ばすなり、金勝要神は大地の金神様で、余り我が強うて、汚い所へ押し込まれ、雪隠の神とまで成り下り、今度世に上げて貰うても、ヤツパリ我が強いので、御大望の邪魔になるばかりで、どうにもかうにも仕方がないので、系統の霊を世に落して義理天上の生宮となし、大将軍様の憑つた肉体を夫と遊ばして、三千世界の御用にお使ひなされたなれど、此大将軍様の肉宮はチツとも間に合はぬによつて、三五教の三羽烏と聞えたる時置師神様を、此肉宮の夫と致し、立替立直しの御用を遊ばす仕組で厶るぞや。それに就いては大広木正宗殿の霊も御用に使うて、結構な五六七の世をお立て遊ばすのだから、此高姫は三千世界の救主、皆さま耳をさらへて、よつく聞きなされ。八岐大蛇も金毛九尾の悪神も、グツと肚へ締め込んで改心をさせるのが、日の出神の生宮だ。世界の人民は皆盲だから、此結構な肉宮の申すことが耳には入らうまいがな。改心するなら、今の中ぢやぞえ。後の改心は間に合はぬぞや。此中で誠の分りた人民があるなれば、手を挙げてごらんなさい。喜んで此方の眷属と致して結構な御用に使ふぞや』 群集の中よりヌツと顔を出したのは、お年であつた。お年は高姫の前に進み寄り、其手をグツと握り、 お年『モシ高姫様、父が生前に御世話になりまして有難う厶ります』 高姫『お前は誰だか知らぬが、これだけ沢山居る中に、此生宮の言ふことが分らぬ盲ばかりだとみえて、手を挙げと言うても、一人も手を挙げる餓鬼やありませぬワイ。それに又お前は奇篤なことだ。一体誰の娘だい』 お年『ハイ、文助の娘で厶います』 高姫『ナニ、文助の娘に……そんな大きな女があるものか、此奴ア不思議だなア……ハハア、分つた、あの爺、素知らぬ顔をして居つて、秘密で女を拵へ、こんな子を生んどきよつたのだな。何とマア油断のならぬ男だわい、オホホホホ』 お年『イエイエ、私は三つの年に現界を離れて、此処へ来た者で厶います。お蔭で此様に立派に成人致しました』 高姫『ハハア、妙な事を云ふ女だな。お前キ印ぢやないかい。どこともなしに文助によく似てゐるやうだが、おとし子なれば、こんな子があるだらうが、三つの時に死んだものが、此世に生きてる筈がない……ハテナア』 お年『高姫様、此処は冥土の八衢で厶いますよ。決して現界ぢや厶いませぬ。かうして沢山の人が此処に集まつてゐるのも、皆現界と幽界の精霊ばかりですワ』 高姫『一寸待つておくれ、一つ考へ直さねばなるまい。さう聞くと何だか、そこらの様子が違ふやうだ。お前が三つの年に霊界へ来て、こんなに成人したとは、テモ偖も不思議なことだ、ウーン』 と舌をかみ、首を傾けて思案にくれてゐる。白い色の守衛は、大勢の者を一々手招きした。先づ第一に招かれて近寄つたのは、八十ばかりの杖をついた老爺である。 白の守衛『其方は何と云ふ名だ』 爺(敬助)『ハイ私は敬助と申します』 白の守衛『どつか具合が悪いか、チツと顔色が悪いぢやないか』 敬助『何だか、停車場のやうな所へ行つて居つたと思へば、私の胸に行当つたものがある。其際に、ハツと思つたと思へば、いつの間にか斯様な所へやつて来ました』 白の守衛『年齢は幾つだ』 敬助『ハイ六十歳で厶います』 白の守衛『余り頭が白いので、八十ばかりに見えた。お前は余程ハラの悪い男だなア、ヱルサレムの宮を部下の奴に命じて叩き潰したのは其方だらう』 敬助『イエ滅相な、決して私ぢやありませぬ。片山君が命令を致しましたので、其命令を聞かねば、到底、泥棒会社の社長が勤まりませぬので、止むを得ず部下に命令を致しました。決して主犯では厶いませぬ』 白の守衛『さうするとお前は従犯だな。ヨシヨシ、此奴ア容易に俺の手には合はぬ。伊吹戸主神様に、厳格なる審判を御願ひするであらう、サ、此門を通れ』 と白の守衛は門内へつき入れて了つた。白髪の爺はヒヨロヒヨロしながら、屠所の羊の様に歩み行く。後には細長い六十位な男が白に審判を受けてゐる。 白の守衛『其方は何者だ、ネームを名乗れ』 爺(片山狂介)『ハイ私は片山狂介と申します』 白の守衛『成程、随分軍閥でバリついたものだな。お前の為に幾万の精霊を幽界へ送つたか分らぬ、幽界にては大変に名高い男だ。これも此処で審判く訳には行かぬ。サア、奥へ行けツ』 と又もや門内へ押込んだ。次にやつて来た爺は鉄の杖をついてゐる。 白の守衛『其方は高田悪次郎ではないか』 高田悪次郎『ハイ、私は表善裏悪の張本人、世界一の富豪にならうと思うて、随分活動致しました。併しながら不慮の災難によつて、かやうな所へ迷ひ込み、誠に面目次第も厶いませぬ』 白の守衛『其杖は鉄ぢやないか、左様な物を、なぜこんな所まで持つて来るか』 高田悪次郎『これは鬼に鉄棒と申しまして、現界に居る時から、鬼の役を勤めて居りました。此鉄棒を以て、凡ての銀行会社を叩き壊し、皆一つに集めて巨万の富を積んだ唯一の武器で厶いますから、こればかりはどこ迄も放すことは出来ませぬ』 白の守衛『此鉄棒はこちらに預かる。サア、キリキリ渡して行け』 高田悪次郎『滅相もない、命より大切な鉄棒、どうしてこれが渡されませうかい』 白の守衛『お前が之を持つてゐると、伊吹戸主の審判に会うた時は、キツと地獄の底へ堕ちるぞよ。それで此処で渡して行けと云ふのだ。さうすると八衢の世界へおいて貰ふやうになるかも知れぬから』 高田悪次郎『滅相もないこと仰有いませ。そんな甘いことを云つて、泥棒しようと思うても其手には乗りませぬぞ。此鉄棒は斯うみえても二億円の価値があるのです。此鉄の棒から生み出した二億円、言はば此棒は二億円の手形のやうなものだ。何時地獄へやられても、これさへあれば大丈夫だ。地獄の沙汰も金次第、如何なる鬼も閻魔も之にて忽ちやつつけて了ひ、地獄界の王者となる重宝な宝だ。何と云つても之ばかりは渡しませぬから諦めて下さい』 かかる所へ、赤面の守衛がやつて来た。 赤の守衛『ヤア、お前は高田悪次郎ぢやな。よい所へ出てうせた。サア、奥へ来い、其鉄棒は門内へ一歩も持込むことは罷りならぬぞ』 高田悪次郎『ハハハハハ、冥土の八衢か何か知らぬが、体のよい泥棒が徘徊するとこだワイ。之は高田が唯一の武器だ。誰が何と申しても放しは致さぬ、放せるなら放してみい。如何なる権力も神力も金の前には屈服致さねばなるまいぞ』 赤の守衛『馬鹿者だなア。霊界に於て、物質上の宝がいるものか。金が覇を利かすのは、暗黒なる現界に於てのみだ』 高田悪次郎『それでも、地獄の沙汰も金次第といふぢやありませぬか』 赤の守衛『金を以て左右致すのは、所謂地獄の行り方だ』 高田悪次郎『それ御覧、何れ私のやうな者は天国へ行ける気遣ひはない。生前より地獄行と覚悟はしてゐたのだ。それだから、地獄へ行けば金の必要がある、何と云つても之は放しませぬワイ』 赤の守衛『さうすると、貴様は天国よりも地獄が可いのだな』 高田悪次郎『さうですとも、地獄の方が人間も沢山居るだらうし、金さへあれば覇が利くのだから、どうか地獄へやつて貰ひたいものです。何程地獄だつて、二億円の金さへあれば何でも出来ますからな』 赤の守衛『さう云ふ不心得な奴に、金を持たして地獄へやる事は罷り成らぬ。ここにおいて行け』 高田悪次郎『何と云つても、此奴ばかりは放しませぬよ』 赤の守衛『然らば、此方の力で放してみせう』 「ウン」と一声霊縛をかけるや否や、高田の手は痺れて、鉄の棒はガラリと地上に落ちた。忽ち高田の手を後へ廻し、 赤の守衛『此応対盗人奴』 と言ひながら、サル括りにし、ポンと尻をけつて門内へ投げ込んだ。高姫は群衆の中から伸び上つて、ニコニコしながら此光景を眺めてゐた。 (大正一二・二・一〇旧一一・一二・二五松村真澄録) |
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霊界物語 | 60_亥_イヅミの国3/三美歌/祝詞/神諭 | 20 三五神諭(その一) | 第二〇章三五神諭その一〔一五四五〕 明治二十五年旧正月…日 三ぜん世界一度に開く梅の花、艮の金神の世に成りたぞよ。梅で開いて松で治める、神国の世になりたぞよ。この世は神が構はな行けぬ世であるぞよ。今日は獣類の世、強いもの勝ちの、悪魔ばかりの世であるぞよ。世界は獣の世になりて居るぞよ。邪神にばかされて、尻の毛まで抜かれて居りても、未だ眼が覚めん暗がりの世になりて居るぞよ。是では、世は立ちては行かんから、神が表に現はれて、三千世界の天之岩戸開きを致すぞよ。用意を成されよ。この世は全然、新つに致して了ふぞよ。三千世界の大洗濯、大掃除を致して、天下泰平に世を治めて、万古末代続く神国の世に致すぞよ。神の申した事は、一分一厘違はんぞよ。毛筋の横巾ほども間違ひは無いぞよ。これが違ふたら、神は此の世に居らんぞよ。 何れの教会も先走り、とどめに艮の金神が現はれて、天の岩戸を開くぞよ。岩戸開きのあるといふ事は、何の神柱にも判りて居れど、何うしたら開明になるといふ事は、判りて居らんぞよ。九分九厘までは知らしてあるが、モウ一厘の肝心の事は、判りて居らんぞよ。三千世界の事は、何一つ判らん事の無い神であるから、淋しく成りたら、綾部の大本へ出て参りて、お話を聞かして頂けば、何も彼も世界一目に見える神徳を授けるぞよ。 神となれば、スミスミまでも、気を附けるが神の役、かみばかり好くても行けぬ、かみしも揃はねば世は治まらんぞよ。不公平では治まらん、かみしも揃へて人民を安心させて、末代潰れぬ神国の世に致すぞよ。用意を為されよ、脚下から鳥がたつぞよ。 天地までも自由に致して、神は残念なぞよ。今の人民、盲者聾者ばかり、神が見て居れば、井戸の端に茶碗を置いた如く、危ふて見て居れんぞよ。サタンよ。今に艮の金神が返報返しを致すぞよ。 根に葉の出るは虎耳草、上も下も花咲かねば、此世は治まらぬ。上ばかり好くても行けぬ世。下ばかり宜くても此世は治まらぬぞよ。 天使は綾部に出現されてあるぞよ。至治太平の世を開いて、元の昔に返すぞよ。神柱会開きは人民が何時までかかりても開けんぞよ。神が開かな、開けんぞよ。開いて見せうぞよ。世界をこの儘おいたなら暗黒に成るぞよ。永久は続かんぞよ。今に気の附く人民ないぞよ。神は急けるぞよ。此世の鬼を往生さして、邪神を慈神神也慈悲の雨降らして、戒めねば、世界は神国にならんから、昔の大本からの神の仕組が、成就致す時節が廻りて来たから、苦労はあれど、バタバタと埒を付けるぞよ。判りた守護神は一柱なりと早く大本へ出て参りて、神界の御用を致して下されよ。さる代りに勤め上りたら、万古末代の大事業完成者であるから、神から結構に御礼申すぞよ。世界中の事で在るから、何程知恵や学がありても、人民では判らん事であるぞよ。此の仕組判りては成らず、判らねば成らず、判らぬので、改信が出来ず、岩戸開きの、末代に一度の仕組であるから、全然、学や知恵を捨てて了ふて、生れ赤児の心に立返らんと、見当が取れん、六ケ敷仕組であるぞよ。今迄の腹の中の、垢塵をさつぱり、放り出して了はんと、今度の実地まことは、分りかけが致さん、大望な仕組であるぞよ。 氏神様の庭の白藤、梅と桜は、出口直の御礼の庭木に、植さしたのであるぞよ。白藤が栄えば、綾部宜くなりて末で都と致すぞよ。福知山舞鶴は外囲ひ、十里四方は宮垣内、綾部はまん中になりて、黄金世界に世が治まるぞよ。綾部は結構な所、昔から神が隠して置いた、真誠の仕組の地場であるぞよ。 世界国々所々に、岩戸開きを知らす神柱は沢山現はれるぞよ。皆艮之金神国常立尊の仕組で、世界へ知らして在るぞよ。大方行き渡りた時分に、高天原へ諸国の神、守護神を集めて、それぞれの御用を申付ける、尊い世の根の世の本の、竜門館の神屋敷地上の高天原であるから、何を致しても大本の教を守らねば、九分九厘で転覆るぞよ。皆神の仕組であるから、吾が吾がと思ふて致して居るが、皆艮の金神が化して使ふて居るのであるぞよ。此の神は、独り手柄をして喜ぶやうな神でないぞよ。仕組の判る守護神でありたら、互に手を曳き合ふて、世の本の御用を致さすから、是までの心を入替へて、大本へ来て肝腎の事を聞いて、御用を勤めて下されよ。三千世界の神々様、守護神殿に気を附けるぞよ。谷々の小川の水も大川へ、末で一つに成る仕組。此処は世の本。誠の神の住ひどころ。 神と悪魔との戦ひがあるぞよ。此いくさは勝ち軍、神が蔭から、仕組が致してあるぞよ。神が表に現はれて、善へ手柄致さすぞよ。邪神の国から始まりて、モウ一と戦があるぞよ。あとは世界の大たたかひで、是から段々判りて来るぞよ。この世は神国、世界を一つに丸めるぞよ。そこへ成る迄には、中々骨が折れるなれど、三千年余りての仕組であるから、うへに立ちて居れる守護神に、チツト判りかけたら、神が力を附けるから、大丈夫であるぞよ。世界の大峠を越すのは、神の申す様に、素直に致して、何んな苦労も致す人民でないと、世界の物事は成就いたさんぞよ。神はくどう気を附けるぞよ。此事判ける身魂は、東から出て来るぞよ。此御方が御出になりたら全然日の出の守護と成るから、世界中に神徳が光り輝く神世になるぞよ。中々大事業であれども、昔からの生神の仕組であるから別条は無いぞよ。 一旦たたかひ治まりても、後の悶着は中々治まらんぞよ。神が表に現はれて、神と学との力競べを致すぞよ。学の世はモウ済みたぞよ。神には勝てんぞよ。 ○ 明治二十六年…月…日 お照しは一体、世界一つに治める経綸が致してあるぞよ。この世は神の国であるから、汚食なぞは成らぬ国を、余り汚して、神は此の世に居れんやうに成りたぞよ。世界の人民よ、改信致されよ。元の昔に戻すぞよ。ビツクリ箱が明くぞよ。神国の世に成りたから、信心強きものは神の御役に立てるぞよ。今迄は内と外とが立別れて在りたが、神が表に現はれて、カラも天竺も一つに丸めて、万古末代続く神国に致すぞよ。艮の金神は此世の閻魔と現はれるぞよ。 世界に大きな事や変りた事が出て来るのは、皆此の金神の渡る橋であるから、世界の出来事を考へたら、神の仕組が判りて来て、誠の改信が出来るぞよ。世界には誠の者を神が借りて居るから、漸々結構が判りて来るぞよ。善き目醒しも有るぞよ。亦悪しき目醒しも有るから、世界の事を見て改信致されよ。新たまりての世になるぞよ。今迄宜かりた所はチト悪くなり、悪かりた所は善くなるぞよ。上へお土が上る所もあるぞよ。お土が下りて海となる所もあるぞよ。是も時節であるから、ドウも致しやうが無いなれど、一人なりと改信を為して、世界を助けたいと思ふて、天地の元の大神様へ、艮の金神が昼夜に御詫を致して居るぞよ。 この神が天晴表面に成りたら、世界を水晶の世に致すのであるから、改信を致したものから早く宜く致すぞよ。水晶の神代に成れば、何事も世の中は思ふ様になるぞよ。水晶の霊魂を調査めて神が御用に使ふぞよ。身魂の審判を致して、神が綱を掛けるぞよ。綱掛けたら神は離さぬぞよ。元は神の直系の分霊が授けてあるぞよ。 是から世界中神国と神民とに致して、世界の神も仏も人民も、勇んで暮さすぞよ。神、仏事、人民なぞの世界中の洗濯致して、此世を直すぞよ。信心強き者は助けるぞよ。信心なきものは気の毒ながら御出直しで御座るぞよ。神は気を附けた上にも気を附けるぞよ。モ一ツ世界の大洗濯を致して、根本から世を立直すから、世界が一度に動くぞよ。世界には何でなり共、見せしめがあるぞよ。天地の神々のお宮を建てて、三千世界を守るぞよ。世界がウナルぞよ。世界は上下に覆るぞよ。此世は神国の世であるから、善き心を持たねば、悪では永うは続かんぞよ。金神の世になれば何んな事でも致すぞよ。珍らしき事が出来るぞよ。 ○ 明治二十七年旧正月三日 燈台下は真暗黒。遠国から判りて来てアフンと致す事が出来るぞよ。綾部は世の本の太古から、神の経綸の致してある結構な所であるから、誠の者には流行病は封じてあるぞよ。此事知りた人民は今に一人も無いぞよ。余り改信を致さんと世が治まりたら、万古末代悪の鏡と致すぞよ。出口を引き裂きに来るものも出来るぞよ。本宮坪の内出口竹造、お直の屋敷には金の茶釜と黄金の玉が埋けてあるぞよ。是を掘出して三千世界の宝と致すぞよ。黄金の璽が光出したら、世界中が日の出の守護となりて、神の神力は何程でも出るぞよ。開いた口が閉まらぬぞよ。牛の糞が天下を取ると申すのは、今度の事の譬であるぞよ。昔から未だ斯世が始まりてから無き珍らしき事であるぞよ。大地の金神様を金勝要の神様と申すぞよ。今度艮の金神が表に成るに就いて、此神様を陸地表面へお上げ申して、結構に御祭り申さな斯世は治まらんぞよ。昔から結構な霊魂の高い神様ほど、世に落ちて御座るぞよ。時節参りて煎豆にも花が咲きて上下にかへりて、万古末代続く世に成りて、神は厳しく人民は穏かになるぞよ。是を誠の神世と申すぞよ。神世になれば人民の寿命も長くなるぞよ。世界中勇んで暮す様に成るぞよ。今の人民は斯んな結構な世は無いと申して居れど、神から見れば、是位悪い世は斯世の元から無いのであるぞよ。人民と申すものは目の前の事より何も判らんから無理も無いぞよ。 ○ 明治二十九年旧十二月二日 昔の初りと申すものは、誠に難渋な世でありたぞよ。木の葉を衣類に致し、草や笹の葉を食物に致して、刃物一つ在るでなし、土に穴を掘りて住居を致したもので有りたが、天地の神々の御恵で段々と住家も立派になり、衣類も食物も結構に授けて戴く様になりたのは、皆此世を創造た、元の活神の守護で人民が結構になりたのであるぞよ。人民は世が開けて余り結構になると、元の昔の活神の苦労を忘れて、勝手気儘に成りて、全然世が頂上へ登りつめて、誠の神の思ひを知りた人民は漸々に無くなりて、利己主義の行方ばかり致して、此世を強い者勝ちの畜生原にして了ふて、神の居る所も無い様に致したから、モウ此儘にして置いては、世界が潰れて、餓鬼と鬼との世に成るから、岩戸を開かな成らん事に、世が迫りて来たのであるぞよ。邪神が覇張りて神の国を汚して了ふて、此世は真暗闇であるぞよ。神が表に現はれて、神力を現はして、三千世界を日の出の守護と致して、世界を守るぞよ。この世は一旦泥海に成る所であれども、金神が天の大神様へ御詫を申して、助けて戴かねば、世界の人民が可哀相であるから、何んでも人民を助けたさに神が永らく艱難苦労を致して居れども、知りた人民は読む程より無いので、神の経綸は延る許りであるから、此大本へ立寄りて神の御話を聞かして貰ふた人民だけなりと、改信[※三五神諭には約70ヶ所で「改信」が使われているが、校定版・愛世版では第20章a343と第22章a311の2ヶ所だけ「改心」になっている。初版では全て「改信」であり「改心」は使われていない。したがって誤字と判断し、霊界物語ネットでは「改信」に修正した。]を致して、元の水晶魂に立復りて下されよ。世が迫りて来たから、モウ何時始まるか知れんから、後でヂリヂリ悶え致しても、モウ仕様が無いから、何時迄も気を附けたが、モウ気の附け様が無いぞよ。解りた人民から改信をして下さらんと、世界の人民三分になるぞよ。 (大正一二・四・二五旧三・一〇北村隆光再録) |
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霊界物語 | 60_亥_イヅミの国3/三美歌/祝詞/神諭 | 21 三五神諭(その二) | 第二一章三五神諭その二〔一五四六〕 明治三十一年旧五月五日 今の世界の人民は、服装ばかりを立派に飾りて、上から見れば結構な人民で、神も叶はん様に見えるなれど、世の元を創造へた、誠の神の眼から見れば、全然悪神の守護と成りて居るから、頭に角が生えたり、尻に尾が出来たり、無暗に鼻ばかり高い化物の覇張る、暗黒の世に成りて居るぞよ。虎や狼は吾の食物さへありたら、誠に温順しいなれど、人民は虎狼よりも悪が強いから、欲に限りが無いから、何んぼ物が有りても、満足といふ事を致さん、惨酷い精神に成りて了ふて、鬼か大蛇の精神になりて、人の国を奪つたり、人の物を無理しても強奪くりたがる、悪道な世に成りて居るぞよ。是も皆悪神の霊の所行であるぞよ。モウ是からは改信を致さんと、艮金神が現はれると、厳しうなるから、今迄の様な悪のやりかたは、何時までもさしては置かんぞよ。善し悪しの懲戒は、覿面に致すぞよ。今迄好きすつ法、仕放題の、利己主義の人民は、辛くなるぞよ。速く改信致さんと、大地の上には置いて貰へん事に、変りて来るから、神が執念気を附けるなれど、知恵と学とで出来た、今の世の人民の耳には、這入かけが致さんぞよ。一度に岩戸開きを致せば、世界に大変が起るから、時日を延ばして、一人なりとも余計に改信さして、助けてやりたいと思へども、何の様に申しても、今の人民は聞入れんから、世界に何事が出来致しても、神はモウ高座から見物いたすから、神を恨めて下さるなよ。世界の神々様守護神殿、人民に気を附けるぞよ。無間の鐘を打鳴して、昔の神が世界の人民に知らせども、盲目と聾者との暗黒の世であるから、神の誠の教は耳へ這入らず、獣の真似を致して、牛馬の肉を喰ひ、一も金銀、二も金銀と申して、金銀で無けら世が治らん、人民は生命が保てん様に取違致したり、人の国であらうが、人の物であらうが、隙間さへありたら略取ことを考へたり、学さへ有りたら、世界は自由自在に成る様に思ふて、物質上の学に深はまり致したり、女と見れば何人でも手に懸け、妾や足懸を沢山に抱へて、開けた人民の行り方と考へたり、恥も畏れも知らぬ許りか、他人は何んな難儀を致して居りても、見て見ん振りをいたして、吾身さへ都合が善ければ宜いと申して、水晶魂を悪神へ引抜かれて了ふたり、徴兵を免れようとして、神や仏事に願をかける人民、多数に出来て、国の事共一つも思はず、国を奪られても、別に何とも思はず、心配も致さぬ人民ばかりで、此先は何うして世が立ちて行くと思ふて居るか、判らんと申しても余りであるぞよ。病神が其辺一面に覇を利かして、人民を残らず苦しめ様と企みて、人民のすきまをねらひ詰て居りても、神に縋りて助かる事も知らずに、毒には成つても薬には成らぬものに、沢山の金を出して、長命の出来る身体を、ワヤに為られて居りても、夢にも悟らん馬鹿な人民許りで、水晶魂の人民は、指で数へる程よりか無いとこまで、世が曇りて来て居りても、何うも此うも、能う致さん様に成りて居るくせに、弱肉強食の世の行り方をいたして、是より外に結構な世の治方は、無いと申して居るぞよ。今の世の上に立ちて居りて、今迄けつこうに暮して居りて、神の御恩といふ事を知らずに、口先ばかり立派に申して居りても、サア今といふ所になりたら、元来利己主義の守護神であるから、チリチリバラバラに、逃げて了ふもの許が出て来るぞよ。今の人民は、サツパリ悪魔の精神に化りて居るから、何程結構な事を申して知らしてやりても、今の今まで改信を能う致さんやうに、曇り切りて了ふたから神もモウ声を揚げて、手を切らな仕様が無いが、是丈神が気を附けるのに聞かずに置いて、後で不足は申して下さるなよ。神はモウ一限に致すぞよ。 今の人民は悪が強いから、心からの誠といふ事が無きやうになりて、人の国まで弱いと見たら、無理に取つて了ふて、取られた国の人民は、在るに在られん目に遭はされても、何も言ふ事は出来ず。同じ神の子で有りながら、余り非道い施政で、畜生よりもモ一つ惨いから、神が今度は出て、世界の苦しむ人民を助けて、世界中を桝掛け曳きならすのであるぞよ。今の人民は段々世が迫りて来て、食物に困る様になりたら人民を餌食に致してでも、徹底的行り抜くといふ深い仕組を致して、神の国を取らうと致して、永らくの仕組をして居るから、余程確りと腹帯を締めて居らんと、末代取戻しの成らん事が出来して、天地の神々様へ、申訳の無き事になるから、艮の金神が三千年余りて、世に落ちて居りて、蔭から世界を潰さんやうに、辛い行をいたして、経綸をいたしたので、モウ水も漏らさんやうに致して有るなれど、神は其儘では何も出来んから、因縁ある身魂を引きよせて、懸りて此世の守護をいたすのであるから、中々大事業であれど、時節参りて、変性男子と変性女子の身魂が、揃ふて守護が有り出したから、いろは四十八文字の霊魂を、世界の大本、綾部の竜宮館にボツボツと引き寄せて、神がそれぞれ御用を申し付けるから、素直に聞いて下さる人民が揃ふたら、三千年余りての仕組が、一度に実現て来て一度に開く梅の花、万古末代萎れぬ花が咲いて、三千世界は勇んで暮す神国になるぞよ。人民の天からの御用は、三千世界を治め、神の手足となりて、吾身を捨てて、神の御用を致さな成らぬのであるから悪には従はれぬ、尊い身魂であるのに、今の世界の人民は、皆大きな取違ひを致して居るぞよ。 ○ 明治三十二年…月…日 艮の金神が出口直の手を借りて、何彼の事を知らすぞよ。今迄は世の本の神を、北の隅へ押籠めておいて、北を悪いと世界の人民が申して居りたが、北は根の国、元の国であるから、北が一番に善くなるぞよ。力の有る世の本の真正の水火神は、今迄は北の極に落されて、神の光を隠して居りたから、此世は全然暗黒でありたから、世界の人民の思ふ事は、一つも成就いたさなんだので在るぞよ。是に気の付く神も、人民も、守護神も無かりたぞよ。人民は北が光ると申して、不思議がりて、種々と学や知識で考へて居りたが、誠の神々が一所に集りて、神力の光りを現はして居ると申す事を知らなんだぞよ。モウ是からは、世に落されて居りた活神の光りが出て、日の出の守護となるから、其処辺中が光り輝いて、眩うて目を明けて居れんやうに、明かな神世になるぞよ。今迄の夜の守護の世界は、明の烏と成りて来て、夜が明るから、それまでに改信を致して、身魂を研いて水晶魂に立帰りて居らんと、ヂリヂリ悶える事が出来致すから、今年で八年の間、神は気を附けたなれど、余り世界の人民の心の曇りがきつき故に、何を言ふて聞かしても、筆先に書いて見せても誠にいたさぬから、出口直は日々咽喉から血を吐くやうな思ひを致して、世界の為に苦労をいたして居るのを、見て居る艮の金神も辛いぞよ。胸に焼鉄あてる如く、一人苦みて居るぞよ。人民は万物の長とも申して、豪さうに致して居るでは無いか。鳥獣でも、三日先の事位は知りて居るのに、人民は一寸先が見えぬ所まで曇りて居るから、脚下へ火が燃えて来て居りても、未だ気が附かぬぞよ。能うも是だけ人民の霊魂も、曇りたものであるぞよ。障子一枚ままならぬ所まで精神を汚して置いて、何も判らぬ癖に神を下に見降して居る、人民の中の鼻高が、上へのぼりて、此世の守護をいたしても、一つも思ふやうに行きはいたさんぞよ。此世は、元の生神の守護が無かりたら、何程知識や学で考へても、何時までも世界は治まらんぞよ。一日も速く往生いたして、神の申す様に致さねば世界の人民が可哀想で、神が黙つて見て居れんから、今度は北から艮の金神が現はれて、世界を水晶の世にいたして、善と悪とを立別けて、善悪の懲戒を明白にいたして、世界の人民を改信させて、万古末代動きの取れん、善一筋の世の持方を致すから、是迄の世とは打つて変りての善き世といたして、神も仏も人民も、勇んで暮す松の世、神世といたして、天の大神様へ御目に掛るのであるぞよ。夫れまでに一つ大峠が在るから、人民は速く改信いたして、神心に立還りて下されよ。神は世界を助けたさの、永い間の苦労であるぞよ。昔の神世に立替へる時節が来たぞよ。今迄は日没が悪いと申したが、世が代ると日没が一番善く成るぞよ。日没に初めた事は、是から先の世は、何事も善き事なれば成就いたすぞよ。夫れも神をそつち除けにいたしたら、物事一つも成就いたさぬ世に変るから、何よりも改信致して、霊魂を研くが一等であるぞよ。時節が来たぞよ。モウ間が無いぞよ。 ○ 明治三十二年旧七月一日 竜門の宝を艮の金神がお預り申すぞよ。竜門には宝は何程でも貯へてあるぞよ。岩戸開きが済みて立直しの段になりたら間に合ふ宝であるぞよ。昔から此乱れた世が来るから、隠してありたのぢやぞよ。御安心なされ。艮金神大国常立尊が、神功皇后殿と出て参る時節が近よりて来たぞよ。此事が天晴表に現はれると、世界一度に動くぞよ。モウ水も漏さぬ経綸が致して有るぞよ。開いた口が塞がらぬ、牛糞が天下を取るぞよ。珍らしい事が出来るぞよ。アンナものがコンナものに成りたと、世界の人民に改信致させる仕組であるから、チト大事業で有れども、成就いたさして、天地の大神へ御目に掛けるから、艮の金神はカラ天竺までも鼻が届くぞよ。この仕組は永らく世に落ちて居りての、艮の金神の経綸であるから、神々にも御存知ない事があるから、人民は実地が出て来る迄はヨウ承知を致さんぞよ。是でも解けて見せてやるぞよ。今度の二度目の天の岩戸開は、因縁の在る身魂でないと、御用には使はんぞよ。神の御役に立るのは水晶魂の選抜ばかり、神が綱を掛けて御用を致さすのであるから、今迄世に出て居れた守護神は、思ひが大分違ふぞよ。是も時節であるぞよ。時節には何も敵はんぞよ。上下に復るぞよ。 艮金神大国常立尊の三千年の経綸は、根本の天の岩戸開で有るから、悪の霊魂を往生さして、万古末代善一つの世に致すのであるから、神の国に只の一輪咲いた誠の梅の花の仕組で、木花咲哉姫の霊魂の御加護で、彦火々出見尊とが、守護を遊ばす時節が参りたから、モウ大丈夫であるぞよ。梅で開いて松で治める、竹は邪神の守護であるぞよ。此経綸を間違はしたら、モウ此の先はどうしても、世が立ちては行かんから、神が執念う気を付けて置くぞよ。明治二十八年から、三体の大神が地へ降りて御守護遊ばすと、世界は一度に夜が明けるから、三人の霊魂を神が使ふて、三人世の元と致して、珍らしき事を致さすぞよ。いろは四十八文字で、世を新つに致すぞよ。此中に居る肝腎の人に、神の経綸が解りて来て改信が出来たら、世界に撒配りてある身魂を、此大本へ引寄せて、神の御用を致さすから、左程骨を折らいでも経綸は成就いたすから、何事も神の申す様にして居りて下されよ。今度の事は知識や学では到底可んから、神の申す事を素直に聞いて下さる身魂でないと、神界の御用には使はんぞよ。此の大本は外の教会のやうに、人を多勢寄せて、それで結構と申す様な所でないから、人を引張りには行つて下さるなよ。因縁ある身魂を神が引寄せて夫れ夫れに御用を申し附けるのであるぞよ。 大本の経綸は病気直しで無いぞよ。神から頂いた結構な身魂を、悪の霊魂に汚されて了ふて、肉体まで病魔の容器になりて、元の大神に大変な不孝を掛けて居る人民が病神に憑かれて居るのであるから素の水晶魂に捻じ直して、チツトでも霊魂が光り出したら、病神は恐がりて逃げて了ふぞよ。此の大本は医者や按摩の真似は為さんぞよ。取次ぎの中には、此の結構な三千世界の経綸を、取違ひ致して、病直しに無茶苦茶に骨を折りて肝腎の神の教を忘れて居る取次が多数在るが、今迄は神は見て見ん振を致して来たが、モウ天から何彼の時節が参りて来たから、今迄の様な事はさしては置かんから、各自に心得て下されよ。是程事解けて申す、神の言葉を反古に致したら、已むを得ず気の毒でも、天の規則に照して懲戒を致すぞよ。今の神の取次は、誠と云ふ事がチツトも無いから、吾の目的計り致して、神を松魚節に致して、却て神の名を汚して居る、天の罪人に成りて居るぞよ。大本の取次する人民は、其覚悟で居らんと世界から出て来だすから、恥かしくなりて、大本へは早速に寄せて貰へん事が出来いたすから、永らく神が出口に気を付けさしたぞよ。モウ改信の間が無いぞよ。神はチツトも困らねど、取次が可愛相なから。 艮金神が表になると、一番に悪所遊びを止めさすぞよ。賭博も打たさんぞよ。家の戸締りも為いでもよき様に致して、人民を穏かに致さして、喧嘩も無き結構な神世に致して、天地の神々様へ御目に掛けて、末代続かす松の世と致すぞよ。 ○ 明治三十四年旧三月七日 元伊勢のうぶだらひと、産釜の水晶の御水は、昔から傍へも行かれん尊い清き産水でありたなれど、今度の天の岩戸開に就いて、因縁のある霊魂に御用をさして、世を立直すには、昔の元の水晶の変らん水を汲りに遣らしてあるぞよ。艮金神の指図でないと、此水は滅多に汲りには行けんのであるぞよ。神が許可を出したら、何処からも指一本触る者もないぞよ。今度の元伊勢の御用は、世界を一つに致す経綸の御用であるぞよ。もう一度出雲へ行て下されたら、出雲の御用を出来さして、天も地も世界を平均すぞよ。此御用を済して下さらんと、今度の御用は分明かけが致さんぞよ。解りかけたらば速いぞよ。天の岩戸開きは水の守護と火の守護とで致すぞよ。岩戸開きを致すと申して居りても如何したら世が変ると云ふ事は、世に出て御出でる神様も御存知はないぞよ。肝腎の仕組は今の今迄申さぬと出口に申してあるぞよ。まだまだ在るぞよ。天の岩戸開と言ふ様な大望な事には、誰にも言はれん事があるのぢやが、其御用は出口でないと出来んぞよ。今度の御用をさす為に、昔から生代り死代り、苦労ばかりが為して在りた、変性男子の身魂であるぞよ。此の変性男子が現はれんと世界の事が出て来んぞよ。神柱会開きは人民が何時まで掛りても開けんと申してあるぞよ。神が開いて見せると申して、先に筆先に出してあらうがな。時節が近寄りたぞよ。 世界一度に開くぞよ。一度に開く梅の花、金神の世に致して早く岩戸開をいたさんと、悪く申すでなけれども、此世は此の先は如何成るかと言ふ事を御存知の無い神ばかりであるぞよ。 (大正一二・四・二五旧三・一〇北村隆光再録) |
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霊界物語 | 64_下_卯エルサレム物語2 | 05 横恋慕 | 第五章横恋慕〔一八一一〕 ヤクの後をおつかけて夜叉の如くにお寅は霊城をとび出して終つた。トンク、テク、ツーロの三人はお寅の後をおひ、捜索がてらに三人三方へ手分けをして市中の大路小路をかけ廻ることとなつた。後にはお花、守宮別の両人が丸い卓を囲んで籐椅子に尻をかけ乍ら、ヤヽ縛し無言の儘、顔を見合して居た。 守宮別は大欠伸をし乍ら、 守宮別『お花さま』 と云ふ。 お花『何ぞ御用ですか』 守宮別『アーアン、お花さま』 お花『何ですか』 守宮別『アーアン、お花さまツたら……』 お花『何ですいな、アタ辛気臭い。御用があるなら云つて下さいな』 守宮別『アーアン、大概分りさうなものだな、ホントニホントニ』 お花『生宮さまが居られないので淋しいのですか、嘸御退屈でせう』 守宮別『アーアン、これお花さま、分りませぬかい』 お花『分りませぬな』 守宮別『ヘー、私がアーアンと云へば大抵きまつてるでせう』 お花『いつも守宮別さまが、アーアンと云つて空むいて欠伸をされたが最後、クレリと気が変つて今迄やつて居た仕事も打ちやり、漂然として何処かへ行つて了ひ、いつもお寅さまの気をもますが、お花では一向気をもみませぬで仕方がありませぬね』 守宮別『アーア、サ……ケ……』 お花『ホヽヽヽヽ酒が欲しいと仰有るのか、お安い御用。然し乍ら、お寅さまの留守中にお酒でも、飲まさうものなら、どれ丈怒られるか知れませぬ。それでなくても、アンナに私に毒ついて行かれたのですからマア暫く辛抱しなさい。やがて帰られるでせうから』 守宮別『イヤ、もうお寅さまの自我心の強いこと、無茶理窟をこねる事、疑惑心の深い事には愛憎が尽きました。もうお寅さまは今日限り見限るつもりです』 お花『ヘヽン、うまい事仰有いますわい。寝ては夢、起きては現、一秒間も忘れた事がない癖に、よう、ソンナ白々しい事が、仰有られますわい。守宮別さまも余程の苦労人だな。○○の道にかけては千軍万馬の劫を経た、このお花も三舎を避けて降服致しますわ』 守宮別『いや、全く、いやになりました。あのアーンの欠伸を境界線として、お寅さまの事はフツツリと思ひ切りました。それよりも純真な、正直な都育ちの婦人が欲しいものですわ。チト位年はとつてゐても第一、膚が違ひますからな』 お花『これ守宮別さま、そんな冗談を云はれますと、お寅さまに又鼻を捻られますよ』 守宮別『もうお寅さまだつて縁をきつた以上は赤の他人だ。鼻でも捻やうものなら、ダマツて居ませぬ。私も男ですもの、直様エルサレム署へ訴へてやりますからね』 お花『本当に守宮別さま、いやになつたのですか、嘘でせう』 守宮別『何、真剣ですよ。乙姫さまの前ですもの、どうして嘘が云へませうか』 お花『貴方の仰有る事が本当なら私の腹も打明けますが、此お花も今日と云ふ今日は、お寅さまにスツカリ愛憎が尽きたのですよ。これから国許に帰らうかと思案してゐますの。が然し、長途の旅、一人帰る訳にも行かず、外国人との話も出来ず困つてゐますの。貴方のやうな英語の出来る方があれば、一緒にお伴さして貰へば結構ですが、世の中は思ふやうにはならぬものでしてな』 守宮別『お花さま、帰らうと云つたつて、旅費が要りますが一体いくら許り持つてゐますか』 お花『ハイ、娘が家を抵当に入れて金を拵へたと云つて、一万両許り送つて来ましたので、当地の郵便局に預けて置きましたから旅費には困りますまい』 守宮別は、お花が一万両持つてゐるのを聞いて、猫のやうに喉をならし、目を細うし…… 守宮別『ヤ、此奴は豪気だ。二千両もあれば旅費には沢山だ。何とかしてその他の金を酒の飲み代にすれば一年や二年は大丈夫だ。先づお花の歓心を得るのが上分別だ、お寅に丁度毒づかれて居る処だから、ここでお寅との師弟関係を絶たせ、自分が世話になつたり世話したりする方が、よつぽどぼろい』 とニタリと笑ひ乍ら、 守宮別『お花さま、一万両の金があれば今かへるのは惜いぢやありませぬか、どうです、その金で一旗上げようぢやありませぬか。何程お寅さまを大将に仰いで、シヤチになつた処であの脱線振と云ひ、かう人気が悪うなつちや、駄目でせう。竜宮の乙姫さまは今迄欲なお方で宝を貯へてゐられたさうだが、時節参りて艮の金神さまが三千世界の太柱とおなり遊ばすについて、第一に宝を投げ出し、改心の標本をお見せになつたお方でせう。お道のため一万両のお金をオツ放り出す考へはありませぬかな。何程お寅さまに肩入れした処で、塩を淵に投入れるやうなものですよ。何程お金を費しても無駄に使つては何にもなりませぬからな』 お花『さうだと云つて確な保証を握つておかねば、此大切なお金を貴方のお間に合わせる訳には行きませぬ。お寅さまとは又特別な御関係がおありなさるのだもの』 守宮別『いや、もう愛憎がつきました。あのアーアの欠伸を境界線としてプツツリ思ひ切つたのですよ。お寅さまがお花さまだつたらなアと、このやうに思つた事は幾度あつたか知れませぬわい』 お花『ホヽヽヽ、あの守宮別さまのお上手なこと、流石の女殺、うまい事仰有いますわい、うつかり、のらうものなら、それこそ谷底へおとされて、身の破滅に会ふかも知れませぬよ。 「きれたきれたは世間の噂 水に浮草根は切れぬ」 「きれて終へば他人ぢやけれど 人が悪う云や腹が立つ」 とか云ふ歌の通り、何程うまい事仰有つても、そんな、あまい口には乗ること、出来ませぬわい、ホヽヽヽヽ』 守宮別『何、お花さま、本真剣ですよ。私は、かうして十年許りもお寅さまに辛抱してついて来ましたが、到底やりきれませぬから、もう思ひ切りました。これが違ひましたら一つよりない首を十でも二十でも上げますわ』 お花『ホヽヽヽヽ、お前さまの首を貰つたつて、首祭する訳にも行かず、莨入の根付には大きすぎるし、枕には堅すぎるし、何にもなりませぬわい。それよりお前さまの誠の魂を頂き度いものですな』 守宮別『いかにも、魂あげませう。サア、どこからなりと、ゑぐつて、とつて下さい』 と胸をつき出す、 お花『嘘ぢや厶いませぬか』 守宮別『嘘と思はれるなら此短刀で私の胸を切り裂いて生肝をとつて下さい。それが第一証拠ですわい。男子の一言は金鉄より堅いですよ』 お花『いや分りました、心底見届けました。いかにも御立派な御精神、ソンナラ……あの……それ……どこ迄も私と○○を締結して下さるでせうね』 守宮別『頭の先から爪の先までお花さまに献げました、焚いて食ふなと焼いて喰ふなと御勝手に御使用下さいませ。この守宮別は唯々諾々として乙姫さまには維命これ従ふ迄です。絶対服従を誓ひます。その代り酒丈は飲まして下さるでせうな』 お花『そらさうですとも、お互さまですわ、私だつて、貴方に要求すべき事があるのですもの』 守宮別『とかく浮世は色と酒……何程雪隠の水つきだ、糞浮きだと世間の人が云はうとも、惚た私の目から見れば十七八のお花さまですわ。私は肉体に惚れたのぢやありませぬ。お花さまの精霊が第一天国の天人として、華やかな姿でゐらつしやるのを、霊眼を通して見て心から惚れたのですもの。アヽお花さまの事を思ふて心臓の鼓動が烈しくなり、息がつまる様になつて来た。何と恋と云ふものは曲物だな。何で、こんな変な気になるのだらう』 お花『恋は神聖だと云ふぢやありませぬか。世の中は凡て理智許りでは行きませぬ、情がなければ此世の中は殺風景なものですよ』 守宮別『貴方、随分恋愛問題には徹底してゐますね、私感服しましたよ』 お花『そら、さうですとも。数十年間、恋の巷に育ち、数多の男女を操つて来た経験がありますから、恋愛問題にかけては本家本元ですわ。親が子を慕ひ、子が親に会ひたいとあこがれるのが恋です。又一切のものを可愛がるのが愛です。恋愛と云ふものは一人対一人の関係で、云はば極めて狭隘な集中的なものですわ。どうか守宮別さま、恋と愛とをかねて私に集中して下さい。さうすれば私も貴方に対し愛と恋とを集中します。ここに於て初めて恋愛の神聖が保たれるのですからな。かりにもお寅さまの事を思つたら、恋愛の集中点が狂ひ恋愛が千里先に遁走しますよ』 守宮別『成程、徹底したものだ、お花さまのお話を聞けば聞く程、益々集中的となつて来ますよ。仮令岩石が流れて空気球が沈んでも貴女の事は忘れませぬわ』 お花『くどいやうですが、お寅さまの事は忘れるでせうな』 守宮別『勿論です。今後は顔会はしても物も云ひませぬから安心して下さい』 お花『間違ひありませぬな。もし違つたら貴方の喉首を喰ひ切りますが御承知ですか』 守宮別『恋愛を味はふと思へば生命がけだな。イヤ心得ました、承知しました』 お花『ここ迄話がまとまつた以上は、善は急げですから一寸心祝に媒介人はないけど、竜宮の乙姫さまと大広木正宗さまを仲介人にし、守宮別さまお花さまの肉体の結婚式を挙げようぢやありませぬか』 守宮別『宜しい、早速準備して下さい』 お花は目を細くし乍ら、 お花『ハイ』 と一言襷をかけ、酒の燗にとりかかつた。日の出の掛軸の前でキチンと坐り祝言の盃をやつてゐると、そこへ足音荒々しくお寅が帰り来たり、 お寅『マアーマアーマアー、お二人さま、お楽しみ、お羨山吹さま。これ、お花さま、その態は何ぢやいな。人の留守中に人の男をとらまへて酒を飲むとはあまりぢやないか。ここには禁酒禁煙の制札がかけてあるのを何と心得てゐますか。内らから規則破りをしてもいいのですか』 お花は平然として落つき払ひ、 お花『お寅さま、お構ひ御無用です。私は竜宮の乙姫でもなければ貴女のお弟子でもありませぬ。貴女の方からキツパリとお暇を下さつたのだから、もはや貴女とは路傍相会ふ人と同じく赤の他人です。それ故お前さまの意見を聞く必要もなければ遠慮する必要も厶いませぬ。ラブ・イズ・ベストを実行して、只今守宮別さまと二世三世は愚、億万歳の後までも夫婦約束の祝言の盃をした所で厶いますよ。チツト許りお気がもめるか知れませぬが御免下さいませ、ホヽヽヽヽ』 お寅は満面朱をそそぎ半狂乱の如くなつて、 お寅『これ守宮別さま、お前は、私との約束を反古になさるのかい、サア約束通り命を貰ひませう』 守宮別『ハツハヽヽヽ、お寅さま以上に愛する女が出来たものだから、愛の深い方へ鞍替したのですよ。それが恋愛の精神ですからな。どうか今迄の悪縁と諦めて下さい。酒を一杯のんでもゴテゴテ云はれるやうな不親切な女房では、やりきれませぬからな』 お寅『こりやお花のド倒しもの、人の男を寝とりよつて思ひ知つたがよからうぞ』 と云ふより早く、そこにあつた角火鉢を頭上高く振り上げ、お花と守宮別との真中を目がけて投げつけた。灰は濛々と立上り咫尺暗澹となつた。お寅はあまりの腹立しさに気も狂乱しドツと尻餅をついたまま、息がつまり口をアングリ、鮒が泥に酔ふたやうに上唇、下唇をパクパクかち合せてゐる、その隙に乗じ守宮別はお花と共に永居は恐れと、細い路地を潜つて橄欖山の方面さして逃げて行く。 (大正一四・八・一九旧六・三〇於由良北村隆光録) |
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霊界物語 | □_特別編-入蒙記 | 02 神示の経綸 | 第二章神示の経綸 明治の末葉大正の初期にかけ、思想混乱の極に達せる現実界に向つて、一大獅子吼をなし、神教を四方に伝達したる結果、恰も洪水の氾濫して大堤防を破壊するが如き勢を以て勃興したる天授の聖教、三五の聖団、其大本所在地と聞えたる綾の聖地──仏徒の所謂霊山会場の蓮華台、キリスト教徒の最も憧憬して已まざるパレスチナの聖場、オレブ山、エルサレムの聖地にも比すべき──神の本宮、桶伏山を中心とし、宏壮なる殿堂、錦の宮を建設し、四百四十四坪の八尋殿に於て、盛に主神の聖教を伝達し、既成宗教の上に卓越して、世界万有愛の教旗を飜へし、自転倒島を初め、地上の世界に無数の崇信者を有する三五教の根源地、八尋殿に於て、恆例の節分祭が執行された。此節分祭はキリスト教の所謂逾越祭の如きものである。此殿堂は五六七神政に因みて五六七殿と称へられてゐる。国照姫は地上に肉体を以て生存すること八十余年、大正七年陰暦十月三日神諭を書き了つて昇天し、其聖霊は稚姫君命と復帰し、天界に於て神政を行ひ、其遺骸は天王平の奥津城に永眠してゐる。国照姫の後継者はすでに二代三代と立並び、神教を伝達することとなつてゐる。 源日出雄は神示によつて、明治三十二年聖地に来り、水洗礼の教務を補佐し、大正十年迄神業を続けてゐた。此間殆ど二十四年、高姫の精霊の宿りたる徳島お福、菖蒲のお花、高村高造、四方与多平、鷹巣文助、其他数多の体主霊従派に極力妨害されつつも、凡ての障壁を蹴破して、十年一日の如く、神教に従事した。 梅村信行、湯浅仁斎、西田元教などの輔けはあつたが、分らずやの妨害最も甚だしく、大いに神業の進展を阻害した。 大正五年の末頃から鼻高学者等が続々と聖地に来り、大正十年に世界全滅の却託を並べ、一夜作りの霊学を称導し、三五の声望をして、一時は天下に失墜せしめた。其結果は大正十年に於て、有名なる大本事件を勃発し、次いで桶伏山、錦の宮の、乱暴至極な取毀ちとなり、源日出雄等は一時獄に投ぜられ、いかめしき閻魔の庁に引出されて、善悪邪正を審判さるることとなつた。此事件に肝をつぶし睾丸の宿換さした学者連は、数十万円の負債を投付け、日出雄以下の純真なる神の子を、千丈の谷間につきおとし、知らぬ顔の半兵衛をきめこみ、第二の計画を立て、迷へる少年をかり集めむとし、心霊会なるものを組織したが、天は斯かる暴虐を許さず、一時其傘下に集まれる猛者連は四方に散逸し、今や孤立無援の境地に立ち心霊と人生なる孤城に隠れて、切りに三五の本城に向つて征矢を放つてゐる。此間日出雄は桶伏山の山下、祥雲閣に於て、万有愛の教旗を飜し、三五の神教を伝ふべく、神示の霊界物語を口述発行し、天下に宣伝せしより、教勢頓に回復し、何れも其教理に歓喜雀躍し、洋の内外を問はず信者は日に月に蝟集し来り、昔日に優る大勢力を醸成した。 源日出雄は節分祭の済んだ後、壇上に立ちて一場の演説を試みた。 源日出雄『天地万有を創造し玉ひし独一真神主の神を斎きまつる今日は、一年一回の最も聖き祭典日であります。殊に大正十三年二月四日の節分祭は、天運循環して、甲子の聖日でありまして、吾々人間としては、十万年に一度より際会することの出来ない、最も意義ある主日であります。大神の愛善の徳と信真の光に充たされたる各国各地の役員信徒諸氏が、神縁相熟して、此八尋殿にお集まりになり、吾等と共に芽出度き大祭典に、奉仕さるることを得られましたのは、至仁至愛の主の神様の御恵みに外ならないことを、皆様と共に感謝せなくてはなりませぬ。御承知の通り、教祖国照姫命に懸らせ玉うた神様は、宇宙の創造者、天地の祖神大国常立尊でありまして、明治廿五年正月元旦、心身共に浄化したる教祖は稚姫君命の精霊を宿され、前後未曾有の聖教を、一切の衆生に向つて伝達されたのは、吾々人類の為には、実に無限絶大の賜物であります。主の神様は厳霊稚姫君命の御精霊に其神格をみたされ、地上の神人たる清浄無垢の霊身三五の教祖の肉体を終局点として来らせ玉ひ、間接内流の形式に仍つて、大地の修理固成の神業を、三界の衆生に対し洽く伝達すべく現はれ玉うたのであります。其初発の神諭には『三千世界一度に開く梅の花、艮の金神の構ふ世になりたぞよ、須弥仙山に腰をかけ、三千世界を守るぞよ』と大獅子吼をされてゐます。此神示を略解すれば、三千世界とは、神界幽界現界の三大境界であり、過去現在未来をも指して居ります。梅の花の梅は言霊学上、エと云ふことになる、エは万物の始、生命の源泉であり、用はスといふことになり、スは一切統一の意味であります。又スは清浄潔白スミキリの意味ともなる。花とは初めて成るの意であり、最初の意味であり、教祖の意味ともなる。主の神が空前絶後の大神業をいよいよ開始し、最初の御理想たる黄金世界を地上に完全に建設し玉ふといふ芽出度き意味であります。艮といへば東北を意味し神典にては日の若宮の方位であり、万物発生の根源であつて太陽の昇り玉ふ方位であります。又艮といふ字義は艮めとなり初となり固めとなり永しとなり、世の終りの世の初まりの意味となります。金神といふ意味は売卜者の云つてゐる方除けをせられたり、祟り神として排斥せられてゐるやうな人間の仮りに造つた神の意味ではなく、尊厳無比金剛不壊の意味を有し、三界をして黄金世界に完成し玉ふ救ひの神といふ、約り言葉であります。 須弥仙山といふのは、仏経にある仮想的の山であつて所謂宇宙の中心を指したものであります。日月星辰が此須弥仙山を中心に進行し、須弥仙山には三十三の天があるといつてゐるのを見ても、無限絶対なる大宇宙の意味であることが明瞭となつて来ます。此須弥仙山に腰をかけ艮の金神が守ると宣示されたのは、実に驚嘆すべき大神業の大完成を予示されたもので、万有一切は此大神の愛善の徳と信真の光に浴し、現幽神三界に亘り、永遠無窮に真生命を保ち、歓喜に浴することを得るのであります。太古に於ける現世界の住民は何れも、清浄無垢にして、智慧証覚にすぐれ、愛の善と信の真をよく体得し、直接天人と交はり、霊界も現界も合せ鏡の如く、実に明かな荘厳な世界であつたのであります。それより追々と世は降つて白銀時代となり、八岐大蛇や醜狐が跋扈し始め、智慧証覚は漸くにしてにぶり出し、降つて赤銅時代黒鉄時代と益々現実化し、妖邪の空気は天地に充満し、三界に紛争絶間なく、今や泥海時代と堕落して了つたのです。仏者は之を末法の世といひ、基督教は地獄といひ、神道家は常暗の世と称へてゐます。地上一切の民は仁慈無限の大神の恩恵を忘却し、自己愛的行動を敢てなし、互に覇を争ひ、権利を獲得せむとし、排他と猜疑と、呪咀と悪口のみを之れ事とし、仏者の所謂地獄餓鬼畜生修羅の惨状を現出することとなりました。此に於て国祖の神霊は此惨状を座視するに忍びず、神より選まれたる清浄無垢なる霊身国照姫命をして神意伝達の機関となし、万有救済の聖業を托されたのであります。故に三五の教は根本の大神の聖慮を奉戴し、神界より此地上に天降し玉へる十二の神柱を集め、霊主体従的国土を建設し、常暗の世をして最初の黄金世界に復帰せしむる御神業に仕へまつるべき大責任をお任せになつたのであります。今や天運循環の神律によつて、世界各地に精神的救世主が現はれてをります。就いては日出雄も主の神の神示に従ひ、到底此小さき教団のみの神柱となつてゐることは出来ない様になりました。今日の人間は口先では実に勇壮活溌な、鬼神も跣足で逃げるような大気焔をはき、メートルを上げてる者もありますが、愈々実地となつた時は竜頭蛇尾に終るのが一般の傾向であります。今日の人間は凡てが卑劣で柔弱で、小心で貪欲で、我利々々亡者で、排他的で、真の勇気がありませぬ。かかる汚穢陀羅昏迷の極度に達した人心に活気を与へ、神の聖霊の宿つた活きた機関として、天晴れ活動せしめむとするには、先づ第一に勇壮活溌なる模範を示し、各人間の心の岩戸を開いてやる必要がありますので、国照姫命は荒波猛る絶海の孤島冠島沓島などに、小舟で渡り、荒行をなし、或は鞍馬山の幽谷其他の霊山霊地へ自ら出修して、信徒の肝を大ならしめ、有為なる信者を作り、社会の為に至誠を尽さしめむと努められたのであります。乍併元来臆病神の巣窟となつてゐる人間は盲聾同様で、国照姫命の聖跡をふんで、其実行を試みた者は一人もなかつたのであります。勿論開祖の行かれた冠島沓島や鞍馬山へ参拝して御神業が勤まつたと思つてゐる分らずやは相当にありました。けれども其精神を汲取つて其道に大活動を続けようとする勇者は一人も出なかつたのであります。此体をみて憤慨した日出雄は三五の信徒を始め自転倒島の人間及世界の人間に模範を示す為に、神示を畏み、蒙古の大原野を先づ第一に開拓すべく、大正六年の春より、秘かに其準備に着手して居りました。古語にも南船北馬といふ語があります。どうしても東北に進むのには馬に乗ることが必要である。故に日出雄は此年より準備の一端として、四頭の馬を飼育し、背の高き馬、低き馬、おとなしき馬、はげしき馬を乗こなし、時の到るを待ちつつあつた。そこへ神示の如く、大正十年辛酉の年に至つて、事件の為再び天下の大誤解をうけ、行動の自由を失つたので、意を決し、此世界の源日出雄として活動せむと思つてゐます。どうか諸子は其の考へを以て神業に奉仕されむことを希望致します。』 と結んで降壇した。源日出雄の心中には既に既に神命を奉戴し、空前絶後の大神業を今や企てむとし、満月の如く絞つた弓の矢は近く放たれむとしてゐたのである。 (大正一四、八、一五、松村真澄筆録) |