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霊界物語 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 23 狐狸狐狸 第二三章狐狸々々〔一〇六〇〕 明治卅八年の八月、西田元教は種々と艱難辛苦して山城の宇治で数十人の信徒をこしらへ、茨木清次郎と云ふ人の座敷を借つて盛んに布教をやつて居たが、あまりの多忙に一度応援に来て呉れと云ふ端書を寄越したので、自分はソツと綾部を未明に飛び出し、鞄をさげて須知山峠を登つた頃、太陽が昇られた。それから一生懸命に榎木峠、観音峠を越え、園部の支部へ一寸立ち寄り才幸太郎と云ふ信者を荷持ちとし、徒歩にて亀岡、王子を越え沓掛から道を右にとつて伏見に着いた時は、已に太陽は西の山の上一二間ばかりの処にあつた。伏見の安田庄太郎と云ふ信者の家に立寄つて見た処、瓦屋で今竈へ火を入れて居る最中、ユツクリ話も出来ずして居ると、中村の股肱となつてゐる男の事とて、 安田『海潮ハン、何で綾部に居りなさらぬ。又しても病気が起りましたか。海潮のする事は何も彼も後戻りばかりぢやと教祖さまは仰有るのに又行くのですか。さあ帰りなされ、それとも今竈へ火を入れて居る最中ですから話しも出来ませぬ、今夜泊つて下さい。又後で話をしますから………』 と云ふ。 『これはまだ目が醒めぬのか、愚図々々しては大変………』 と幸太郎を促して早々に立別れ、伏見の豊後橋を渡つて宇治川の長い土手を遡り、綾部から二十四五里の道を漸く夜の八時頃茨木の宅へついた。行つて見れば人が一杯詰つて居る。南郷国松、茨木清次郎、岡田熊次郎、長谷川仙吉、其外七八人の世話方が出来て大変な勢で月例祭をやつてる処だつた。家の内にも外にも参詣者が一杯詰つてゐる。海潮が見えたと云ふので沢山の信者が涙を流して喜んでゐた。それから自分は綾部の者には少しも知らさず、清次郎の家で布教宣伝をやつて居ると、毎日五六十人から百人位の参詣者が出て来て、いろいろの病人がお神徳を頂いて帰るので宇治の町は坊主と医者を除く外、全部信者になつて了つた。そして近村からも三四里の処から日々参拝する非常な盛況である。宇津の小西松元の広間が気にかかつて居るので、一生小西の処へ行かぬと云ふた西田元教を無理に勧めて、視察の為めに才幸太郎と共に使にやつた。さうすると松元は自分の宅が狭いので産土の八幡神社の広い社務所を借つて、そこで神様を祭り大変な勢で布教宣伝をやつて居つた。さうして西田が来たのを見て小西は、 小西『よう珍しい、能う忘れずに来られましたな』 と横柄に云ふて居る。さうした処が小西の神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神がかり」。]の様子が大変に怪しいので一寸影から審神者をして見ると、何でも狸が憑依してる様なので押戸を開けて見ると、手のとれた古い仏さまが五つ六つ無雑作に突つ込んである。そこで西田が、 西田『小西サン、こんな虫の喰た仏像は川へ流したら如何だ。此奴あ屹度狸が守護してゐるから、其奴がお前に憑つて居るのでお前の神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神がかり」。]が可笑しうなつて、一寸もあはぬ様になつたのだ』 と云ふと、小西が大変に怒つて、 小西『馬鹿の事云ふな。お前は海潮の狐の尾先に使はれて来たのだらう』 と悪口をつき、大勢の信者の前で散々に罵倒するので西田は立腹し、そこを立出で宮村へまはり、芹生峠を越えて貴船神社を右に見乍ら、京都を横断して漸く宇治へ帰つて来てブツブツ小言を云つて居た。さうすると翌日になると、西田が真青な顔になりブルブル慄ひ出した。よくよく調べて見ると瘧を起して居るのである。そこで海潮が審神すると、西田が口を切つて、 『俺は宇津の八幡様の社務所に居る仏像を守護して居る狸だ。俺の大切な御本尊を川へ流せと吐しやがつたから、此奴の生命を取らにやおかぬ』 と意地張つて益々身体を苦めるので、摺鉢を西田の頭に着せ、其上に艾を一掴み乗せて灸を据えると『熱い、苦い』と云ひ出し到頭落ちて了つた。それから其翌日は何ともなかつたが、三日目の同じ時刻になると西田が、 西田『又来やがつた。何糞ツ』 と気張つてゐる。されど狸の憑霊は猛烈な勢で襲ひ来り、又瘧を慄はせて苦めて居る。自分は今度は西田の頭に濡れた手拭を着せ其上に摺鉢を乗せて、百匁ばかりの艾をつけて扇で煽ぎ乍ら鎮魂して居ると、ヤツとの事で落ちた。それから二三遍チヨコチヨコやつて来たが到頭退散して了ひ、西田は元の通り元気になつて布教に従事して居た。 話は後へ戻るが、西田の手紙を見て綾部を立つて園部の支部へ立寄り、それから小山の田井儀兵の宅に一寸一服してゐると、東から園部へ這入つて来た汽車の汽笛の声が、何とはなしに驚きと悲しみとを含んでをるので、海潮は田井儀兵に向つて、 海潮『あの汽笛の声は誰か轢死したに違ない』 といふと、 田井『如何にも何時もとは違ふ、烈しい声ですな』 と外を覗くと野良に居た沢山の人が一生懸命に鉄道へ駆けつける。自分も宇治へ行く道だから、此処でユツクリして居れぬと鉄道の側へ行つて見ると、小さい青い顔した男が胴から二つになつて五六間ばかり引きずられて真青な顔して死んで居る。西田が自分を迎へに来て轢かれて死んだのではないかと思ふ位、其顔がよく似て居たので側へ寄り、よくよく見れば、さうではなかつた。其間に巡査が来たりいろいろして調べて居た。轢かれた処の砂の上に新庄村の何某と木の先で土に書いてあつた。後にて聞けば此男は僅た一円五十銭の主人の金を使ひ過ごし、それを園部の親類へ借りに来て拒絶せられ轢死したと云ふ事を新聞で知つた。さて才幸太郎の顔が俄に其轢死した男に見え出し気分が悪くて仕方がないのを無理に宇治迄荷を持たして居たのである。才幸太郎は時々瘧を又慄ひ出し、審神して見ると、 才『俺は小山の軋道の上で轢死した男だ。一番先にお前が俺の顔を見たので憑いたのだ』 と云ふ。それから又摺鉢の灸で、やつとの事で全快させ園部へ帰した。さうこうして居ると、伏見の安田から聞いたと見えて三牧次三郎と云ふ中村の乾児が宇治へやつて来て、南郷国松や長谷川仙吉其外の役員に種々雑多の海潮や西田の悪い事を云ひ、 三牧『艮の金神様に敵とうて来た奴だから相手になるな』 と云ひ出し、到頭卅九年の一月元日の朝大勢寄つて自分を放り出して了つた。自分は一文も旅費なしに小山の田井氏の宅迄帰つて来ると沢山の信者がよつて来て泣いて喜び四五円ばかりの小遣ひを呉れた。それを以て久し振りに綾部へ帰つて来た。それから西田は其月の十五日に三牧次三郎や南郷其の他の者の計略にかかつて荷物一切を取られた上、放り出されてお雪と夫婦連れ伏見へ行き、お雪は或撚糸の工場へ女工になつて這入り、西田は按摩を稽古して、商売片手に伏見地方に布教して居たが、四十二年に自分が綾部へ帰つて大広前を建てたりお宮を建てる様になつてから、ソロソロ綾部へ帰つて来て、頻りに宣伝する事となつたのである。 これより先、西田と三牧は宇治の橋熊と云ふ顔役に頼まれて其乾児等の家の祖霊祭を夜になると頻りにやつてゐた。さうした処が其祖霊箱が時々躍り出し、お供物をすると魚のお供の方へカタツと音をさしては向き直つたり、階段を下りたりするので、霊と云ふものは偉いものだ。本当に西田サンや三牧サンは偉いと云ふ評判になり、何処もかも競ふて祖霊祭を頼んでゐた。橋熊は親分の事とて自分の宅だけは海潮にして貰ひ度いと云つて特別に頼みに来たので、自分が行つて祖霊祭をすませ、一服をして居ると橋熊が妙な顔をして、 橋熊『もし先生、宅の祖霊さまはまだ納まらぬのですか、他家の祖霊さまは皆動くのに、何故宅丈は動きませぬ。貴方は先生であり乍ら霊が利かぬのですか』 と不足相に云ふので、狸が這入つて動くのだと明かす訳にも行かず、 喜楽『私は祖霊祭は今日が初めてだから勝手を知りませぬ、三牧さんが上手ですからして貰ひなさい』 と体よく云ふた。さうすると今度は、三牧を頼んで祖霊祭を改めてやつた所が、大変に箱が動き出したので、三牧の信用が高まり、西田がやつても自分がやつてもチツとも動かぬので到頭迷信家の信用を失ひ、自分は真先に放り出され、西田も次で追ひ払はれて了ふたのである。綴喜郡の郷の口の浅田安治といふ酒造屋の妹に、お鶴と云ふ癲疳病者があつた。其女の病気を癒して呉れと云つて頼みに来たので、遥々と郷の口へ行つて鎮魂した処、一月ばかり癲疳は止まつて居た。さうした処酒倉の中で又もや癲疳が起つたのでソロソロ海潮の信用が薄くなつた処へ、其村で廿才位の娘で永らく足の起たぬ病人があつた。自分は再び宇治へ帰つて南郷の宅に居て布教してゐると、又頼みに来たので今度は三牧と小竹が鎮魂に行つた。さうすると其娘が、 『俺は三年前に死んだ此処の婆アぢやが村中の誰彼に内所で金を何程何程貸した』 と誠しやかに喋り立てるので、合して見ると千円ばかりの金だから、病人の兄が、 『家の婆アサンの霊がお前の処へ金を貸したと云ふが返して呉れ』 と其処ら中へ歩いたので、村中の大騒動となり、 『一体誰がそんな事云ふたか』 と調べて見ると、三牧が鎮魂して其娘が喋り出し、小竹と云ふ男と二人がついて居ると云ふので、巡査がやつて来たり色々と悶錯が初まつた。そこで郷の口から自分を呼びに来たので行つて見ると、其娘は頻りに婆アサンの声色を使ふて、『如何しても金を貸した』と意地張つてゐる。それから三牧と小竹を宇治へ帰し、自分が一晩泊つて様子を考へた処が、非常に怪しいので刀を一本主人から貸して貰ふて祝詞をあげ乍ら空を切つて見ると箪笥の横から昼の真中に七匹の豆狸が飛び出した。それと共に其娘は病気が癒つて了つた。さうすると海潮にお礼を云ふ所か、 『お前サンは三牧の様な弟子を使ふて宅の娘に狸を憑けて、こんな村中の騒動をさしたのだらう』 と反対に理屈を云ひ、 『ど狸奴が、早うかへれ』 と呶鳴りつけられるので到頭狸憑けにしられて了ひ怨みを呑んで宇治まで帰つて来た。さうすると、南郷や長谷川が三牧と一つになつて、三十九年の正月元日に朝つぱらから自分を放り出す事となつたのである。霊界の事の分らぬ連中になると困つたもので、訳を云へば云ふ程益々疑ふて始末におへぬものである。それから自分も病人の鎮魂がサツパリ嫌になり、神懸の修行も断念して了ふた。が大正五年に横須賀の浅野サンの宅へ行つた時、参考のために又もや幽斎の修行をして見せたのが元となつて浅野サンが霊学を熱心に研究し始める事となつたのである。 (大正一一・一〇・一八旧八・二八北村隆光録)
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霊界物語 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 25 雑草 第二五章雑草〔一〇六二〕 建勲神社に奉仕中、喜楽は休日を利用して宇津の小西の布教してゐる八幡宮の社務所へ出張して見た。さうすると沢山な信者が集つて、祈祷して貰うてゐる。湯浅仁斎氏の、妻君も満艦飾をこらして参拝して居た。さうすると小西が大勢の前で、 小西『あゝ会長サン、来なさつたか、狐はモウ去にましたかなア』 とおチヨくる様に無礼な事を言ふ。喜楽はムツとしたが、いやいや待て待てと胸をなでおろし、喜楽は永らく綾部で大勢に圧迫や妨害を加へられ、隠れ忍んでやうやう西田と二人してここにお広間を拵へ、ここを根拠として大本の教を開かねばならぬのだから、今怒つては大事の前の小事だと、ワザと平気な顔をして笑うて居ると、小西は尚もつけ上り、 小西『皆サン此人は綾部の海潮と云ふ人で、瑞の御霊の大神様が御守護して御座つたのぢやが、官幣社の神主になつたりするもんだから、神様が愛想を尽かして、此松元に移り替へなさつたのだから、瑞の御霊の御神徳は皆此松元におさまり、海潮サンは蝉のぬけがらになつた後へ、稲荷山のケツネがついて居ますから、モウ駄目です。こんな人に鎮魂をうけてはいけませぬ』 と人の前で臆面もなく喋り立てる。喜楽は、 喜楽『あゝさうだ、私は脱殻だ、どうぞ松元サンに、一時も早く綾部へ来て御用をして貰はねばなりませぬ』 といつたら、松元は得意になつて、 小西『綾部の教祖様が変性男子の御身魂で、此松元が松の大本で、変性女子の御用をするんだが、モチと海潮の改心が出来ぬと、中々行けませぬワイ』 と云ひ乍ら、折角開いて置いた北桑田の信者を小口から、第二の中村のやうに悪口を言うてふれまはして了うた。其時湯浅夫婦も松元の教会へ病気の為に参拝して居たが、湯浅はどうしても松元の行方が気にくはぬので、自分は船岡の妙霊教会へ月参りをし、妻君のみが隠れて信仰をして居つた。それから明治四十一年の二月の事であつた。会長は建勲神社を辞職して、御嶽教の仮本庁が伏見の稲荷山に宏大な館を立てて設置されてあつたので、神宮官庁から頼まれて、副管長格の主事といふ役をつとめて居た。喜楽が御嶽教へ這入つたのは、御祭神が国常立命であるのと、将来神の道を布教するに付いて見学の為に、無報酬でつとめて居たのである。そこへ湯浅斎次郎氏が小西に頼まれたと云つて使に来た。其時海潮は大阪の生玉に設置されてある、御嶽教大教会へ教会長なので二三日出張して居た。其不在中に湯浅は御嶽教の本庁で泊めて貰ひ、喜楽の書いた沢山の書物を半分計り読んで了ひ、非常に信仰を固めて居た。そこへ喜楽が帰つて来て湯浅に会ひ来意を尋ねると、 湯浅『小西松元サンの息子の嫁に妹のお君さまを貰ひたい』 との事であつた。海潮は小西松元の為には非常に侮辱されて、余り面白くなかつたけれど、お道が大事だと思うて隠忍して居た所である。一層の事妹をやつたならば小西も反対をせず、自分の云ふことを聞くやうになるだらうと思ひ、早速穴太へ帰つて母と相談の上、僅に十五才の妹を無理にたらかして、湯浅氏の媒介で、一先づ湯浅の宅へ落着き、結婚式を挙げさしたのであつた。それから小西は改心するかと思ひの外、益々増長してどうにも斯うにもならぬやうになり、遂には各信者の小西に対する不信任が加はつて来て、一人も来ぬやうになつて了つた。さうすると小西が独断で綾部の大本へ、明治四十三年にやつて来て、お広間に先生顔をして坐り込み、薬の指図をしたり、鎮魂を始め出した。教祖さまは鎮魂や薬の指図が大の嫌ひなり、二人の中に立つて大変に気をもんだ。さうかうして居る内に御嶽教の機関雑誌『経世軍』といふ小さい発刊物の記者をして居た千葉埴麿が御嶽教を放り出され、食ふことが出来ぬから、麦飯でもよいから綾部に置いてくれぬか……と手紙をよこしたので、承諾の旨を答へてやると、すぐに夫婦二人で綾部へやつて来て、それから宮沢円竜といふ法華坊主上りの神道家を呼びよせ、栃木県の吉田村に二億万円の金がいけてあるから、掘り出して国家の為に尽さうかといひ出し、千円許りも工面して大本から金を引出し、そして其実は半分以上自分の借金なしをしたりして了ひ、大本から小西の息子の増吉と田中善吉とが吉田へ金掘に行つた事があつた。モツと金をよこせ、キツと出ると云つて来たけれど、モウそれぎりで金を送らず田中と増吉とを綾部へ呼び返した。サアさうすると千葉が教祖さまに甘く取入り、ソロソロ会長の排斥運動に着手し、教祖の命をうけてはそこら中を訪問して、自分勝手なことをやつて居つた。 小西は綾部に居れなくなつて、再び宇津へ帰り、神様を拝んで居たが、二三十人の信者が代る代る参拝して居た。増吉は千葉と宮沢にスツカリ抱込まれ、大本へ反旗を翻して両人を吾家へ連れ帰り、園部の片山源之助や浅井はな等と諜し合はして大本乗取りの策を講じてゐた。そこで湯浅がワザとに小西の味方となつて陰謀を残らず探り大本へ報告したので、彼等も策の施すべき所なく、とうとう東京へ宮沢は逃げ帰り、千葉は片山源之助と園部の新町で報公義会といふ会を拵へて、片山を大将とし、浅井はなをしまひには放り出して、勝手な熱を吹き、盛に大本に反対をつづけてゐた。小西はとうとう御嶽教の教導職となつて、京都の大本の信者の宅へ入り込み、盛に病気直しをやつて、流行らしてゐたが、其家の妻君と妙な関係が出来、主人に見つけられ、女房は直に裏の井戸へ投身して死んで了つた。それから大変な悶着が起り、法律問題が持上らうとした。さうすると小西増吉が自分の姉と一緒にやつて来て、反対に喜楽に熱を吹き、此事件を甘く事ずみさせるためのあやまり金を喜楽の貧弱な懐から無理に出さして帰つた事がある。 それから小西は京都にも居れなくなり、再び宇津へ帰り中風の気になつて弱つてゐたが、大正六年頃とうとう帰幽して了つた。小西の弟子に小沢惣祐といふ男があつて、これが又江州の貝津へ支部を開きに行き、そこの娘と妙な関係が出来て放り出され、綾部へもやつて来て役員と始終喧嘩許りしてゐたが、遂には綾部を飛出し茨木や肝川などにお広間を建て、暫くすると其土地の役員と衝突して飛び出し、遂には亀岡の旅籠町で京都の大内といふ後家をチヨロまかし、又失敗して大正六年頃綾部へ帰つて来て、元の祖霊社で腹を十文字にかき切り、喉をきつて自殺して了つた。それから杉井新之助といふ男が出て来て、大本を交ぜ返し、自分が全権を握らうとして、二代澄子に看破され、叱りつけられて、柏原の大本の支部へまはされ、そこで大本の反対運動を起し、大社教の教会を建て、今に宣伝してゐるさうである。 (大正一一・一〇・一八旧八・二八松村真澄録)
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霊界物語 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 26 日の出 第二六章日の出〔一〇六三〕 明治三十二年の夏、上谷の修行場にて幽斎修行の最中審神者の喜楽に小松林命神懸せられ、 『如何なる迫害や圧迫があつても綾部を去つてはならぬ。兎も角明治卅五年の正月十五日までは綾部で辛抱をせよ』 とのお諭しであつた。それで喜楽はあらゆる迫害と侮辱を隠忍して卅五年を待ちつつ、神妙に神様の道を修行して居た。愈卅五年正月十五日が来たので、 喜楽『今後如何しませうか』 と伺つて見た所、 『明日の朝からソツと園部の方面を指して行け』 との神示が降つたので軽装を整へ、只一人澄子に其意を告げ布教伝道の途に上つた。澄子は初めての妊娠で已に臨月であつた。何時出産するかも知れない場合である。自分も大変に初めての子の出産であるから気にかかつて仕方がない。けれども一旦神様に任した身の上、妻の為に神務を半時でも悤にする事は出来ぬと決心し、夫婦相談の上出立したのである。 先づ園部本町の奥村と云ふ雑貨店へ落ちつき、主人夫婦の懇篤なる世話によつて其家の別宅を無料で貸して貰ひ、且つ衣食万端を奥村から支給され日夜宣伝に従事しつつあつた。奥村氏は園部に於て相当の地位名望もあり財産もあつた。さうして清廉潔白の聞えの高い紳士である。其奥村氏が先頭に立つて商業の傍、熱心に宣伝したので、地方の紳士連中は先を争うて入信した。園部へ落ちついてから十二日目の夜に、綾部に残してある澄子が出産した様な夢を見たので、神様に聞いて見ると出産をしたから一先づ帰つてやれと云ふ事であつた。そこで奥村氏に其旨を告げ留守中を頼みおき、浅井はなと云ふ婆サンに神前の御給仕を命じて只一人スタスタと檜山の坂原巳之助と云ふ熱心な信者の宅へ立寄り昼飯を供せられ一服して居ると、其処へ慌ただしく綾部から四方祐助と云ふ爺サンが尋ねて来り門口から、 祐助『海潮サンはお内に居られますか』 と尋ねてゐる。坂原巳之助は綾部の中村一派のやり方に愛想をつかし、喜楽の教のみを信従してゐたのだから、屹度喜楽は此処に居るだらうと思つて尋ねて来たのである。奥の間で祝詞を奏上して居た喜楽は此声を聞いて静かに表へ出て、 喜楽『あゝ祐助さん、能う来て呉れた、まあ一服しなさい』 と云ふと爺サンは庭に立ちはだかつた儘、 祐助『これ海潮、何をグヅグヅして居るのだ。綾部は大変な事が出来て居りますぜ』 とゴツゴツした声で睨めつける様に云ふ。喜楽も何か澄子の身の上に就て変事でも出来たのではないかと、少しく不安の念に駆られて、 喜楽『祐助サン、澄子は機嫌よく出産しましたかな』 と尋ねると、祐助は首をブリブリと振つて、 祐助『えー、出産も糞もあるものか。自分の女房が臨月になつてゐるのに教祖様に隠れて其処ら中をうろつき廻り、悠々閑々と何の事ぢやい。綾部には大変の事が出来ましたぞ。それだから教祖様が何処へも行くでないと仰有るのだ。教祖様の命令を背くと何時でもこの通りなりますのぢや』 と息を喘ませて諒解し難い事を呶鳴りたてる。喜楽は益々不安の雲に包まれて、 喜楽『澄子は安産しただらうなア。そして男か女か何方が出来た、早く知らして呉れ』 と云はせも果てず、祐助は又もや首を頻りに振つて、 祐助『え、凡夫の俺がそんな事分つて堪るものか。海潮サンは天眼通が利くぢやないか、小松林に尋ねたら、それ位の事は分りさうなものぢやないか。それが分らない様な事で偉さうに神懸ぢやの、先生ぢやのとは云ふて貰ひますまい。綾部は何どころの騒ぎぢやないわ。改心をせぬと、こんな事が出来ると何時も教祖さまが仰有つたのを尻に聞かして居るものだから、こんな不都合な事が出来たのぢや。初産の事とて教祖さまも大変な心配、此祐助も何れ丈心配したかしれませぬぞや。お前サンも綾部へヌケヌケと帰つて来る顔がありますまい。帰るのが嫌なら帰らいでも宜しい左様なら』 と云ひ乍らスタスタと阪原の家を出て行かうとする。喜楽は益す気になつて、 喜楽『これ祐助サン、吉か凶か、どちらか、それだけ聞かして呉れ』 と小さい声で尋ねて見ると祐助は、 祐助『そんな事の分らぬ様な天眼通が何になるものかい』 とブツブツ囁き乍ら委細構はず駆け出し、 祐助『よう思案するがよい』 と捨台詞を残して早くも綾部へ帰つて行く。喜楽は慌て阪原氏に送られ一目散に祐助の後を追ひ駆けた。さうすると祐助は三の宮のある茶店で腰をかけ、 祐助『あゝ云つておけば屹度帰つて来るに相違ない』 と高を括つて居る。 『兎に角安産した。そして女の子が出来た』と云つたら、『あゝさうか』と云つたきり喜楽は帰らぬから心配さしたら帰つて来るだらうと、綾部で役員信者相談の結果祐助が代表者になつて選まれて来たのだと云ふことが後になつて分つた。丁度自分が園部で夢を見た其日に直霊が生れたのである。其日は新三月七日旧正月二十八日であつた。祐助と三人連れで綾部の宅に帰つて見ると、盛に赤児の泣き声が聞えて居る。初めて自分の子の声を聞いた時は何とも云はれぬ感じがした。然しあの声で子は達者であるが、澄子の身体は如何だらうと案じ乍ら門口を跨げて見ると母子とも至極壮健であつた。それから教祖さまに、 『自分の女房が臨月で何時子が出来るか分らぬのに、神様の命令も聞かずに、そこら中に飛び出すのは余り水臭いぢやないか』 と散々叱言を云はれ、謝り入つて三十日の間、宮詣りのすむ迄綾部に蟄居して居た。さうすると園部の奥村から『沢山の信者が待つて居るから早く来て呉れ』と云ふ手紙が毎日の様に出て来るので、四月の三日再び綾部を飛び出し園部で布教をつづけて居た。其留守中に自分が明治三十一年、穴太に居つた時から三十四年一杯かかつて執筆しておいた五百冊の書物を、四方平蔵、中村竹造の発起で立替の御用ぢやと云つて悉皆焼いて了つたのである。それから園部を根拠として大阪へ教線を開き、陸軍砲兵中佐の溝口清俊と云ふ休職軍人と心を協せて大阪市の宣伝に従事して居た。此中佐の宅へ心安く遊びに来る、背のスラツとした、人品のよい少し頭の光つた男が溝口中佐に説きつけられて熱心な信者となり、追々中流以上の信者が出来て天王寺の附近に一万坪の地面を買ひ、霊学会の本部を設置する段取とまでなつてきた。さうして其溝口の宅へ出入りして居た男と云ふのは、大阪の難波分所長の内藤正照氏であつた。内藤正照氏と溝口中佐と喜楽の三人は大阪市中の稲荷下げの教会を巡歴して種々と霊術比べをやり、それを唯一の楽しみとして布教は、そつちのけに三百六十軒ばかり市中の神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神がかり」。]を探し廻つて霊縛をしたり、色々と自分等の霊術を誇り得意になつて居た。今から思へば実に馬鹿らしい事を得意になつてしたと思ふ。然し此間に神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神がかり」。]に対する非常な経験を得た事を思へば、これも矢張御神慮であつたかも知れぬ。それから北海道の銀行の頭取をやつて居た山田文辰と云ふ男や内藤や、京都牧場の松原栄太郎等と人造精乳会社を、京都、大阪、園部に設置し、数千円の金を醵出して一つの事業を起し宣伝の費用に当てやうと目論見、已に着手して居る所へ、京都の高松某が中村竹造の指図によつて会社の工場修繕の大工に雇はれ散々に喜楽の悪口をなし、それが基となつて松原栄太郎、若林某、山田文辰等が変心し出し、折角組み立てた発頭人の喜楽や内藤を放逐せむとした。中村は何とかして喜楽が京阪地方で活動するのを妨害し、失敗の結果綾部へ逃げ帰り一間へ押し込めて活動の出来ないやうにしてやらねば此儘にして置いては虎を野に放つやうなもので、大本の教をとつて了ふに違ひないと役員一同が相談の結果、かう云ふ手段をとつたのであつた。そこで喜楽は已を得ず精乳会社を脱退し、内藤正照と愛善坂の麓で神様を祀り、布教宣伝に着手して居た。難波新地の婦人科の医者で杉村牧太郎と云ふ金光教の熱心な信者があり、又杉本恵と云ふ御嶽教の教導職や大阪大林区署に勤めて居た高屋利太郎、並びに錻力職の池田大造らと図り大宣伝をやつて居た。大阪の侠客の団熊や山田嘉平等も信者となつて大活動を始め、漸く曙光を認め、高屋利太郎は一同の代表者として一度綾部へ参拝して来やうと云つて詣つて来た所、中村が一生懸命に喜楽の悪口をついて且脱線的の言葉を並べ『洋服を着た様な連中は此処には来る事ならぬ』と高屋氏を箒で掃き出したので、高屋氏が大阪へ帰つて来て憤慨し折角組み立てた霊学会へひびが這入り、ゴタゴタして居る所へ中村竹造の内命で三牧次三郎が尋ねて来て、此男が口を極めて喜楽を罵倒したので止むを得ず大阪を立ち綾部へ帰つて来たのは明治三十六年の十一月頃であつた。さうすると役員が寄つて集つて自分の洋服を剥ぎとり、帽も靴も服も引裂いて雪隠へ突つ込んで了ひ、 『さあ、これで四ツ足の皮を剥いでやつた。これで海潮も改心をして、おとなしくなるだらう。神に背いて致した事は何事も九分九厘でグレンと覆るとお筆に出て居りますが、これで海潮サンも気がつくだらう』 と自分等が極力妨害しておき乍ら、神さまの業の様にすまし込んで居る。それから自分も再び離れの六畳に蟄居して又もや隠れ忍んで古典学を研究したり、筆の雫や道の大本等の執筆にとりかかり、明治三十八年の八月まで綾部に尻を据えて時を待つ事としたのであつた。 (大正一一・一〇・一九旧八・二九北村隆光録)
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霊界物語 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 27 仇箒 第二七章仇箒〔一〇六四〕 明治卅八年二月の事であつた。大本の四方平蔵、中村竹造其外十人の幹部は本年中に世の立替立直しが完成し、五六七の世が出現すると、脱線だらけの法螺を吹き廻り、日露戦争の最中なので、お筆先の神示が実現すると、大変なメートルをあげて逆上せあがり、中村竹造の如きは筆先の文句の中に、道の正中をまつすぐに歩けといふ語句のあるのを楯にとり、暗やみの世の中といふ文句を読み覚えて、昼の真最中に十曜の紋のついた提灯に蝋燭をとぼし、大道の正中をすました顔して、牛車が出て来うが、何が来うが、少しもよけず、左の手に提灯を持ち、右の手に扇子をすぼめて握り、肱を振つて歩くので、牛車の方からよけると、神さまの御威勢といふものはエライものだ、誠の道の正中さへ歩いて居れば、どんな者でも此通よける……とますます図に乗つて、往来の迷惑も構はず、筆先の文句を高らかに読み上げ乍ら、大道を濶歩するといふ逆上方であつた。或時農具を車に満載して売りに歩き乍ら、元伊勢の方面まで宣伝に往つて居つたが、陰暦二日の月が見えたといふので、サア大変だ、三日月さまは昔から拝んだ事があるが、二日のお月さまが拝めたのは全く世の変るのが近よつた印だ、グヅグヅしては居れぬと、金の財布も荷物も車も、由良川へ放り込み、一生懸命に綾部へ走せ帰り、大変大変と連呼し乍ら、二階に斎つた神壇の前へ行つて、一生懸命に祈願を込め、フツと顔をあげると、そこに大きな水鉢に清水が汲んで供へてあつた。二階の窓があけてあつたので、雀が飛込み、水鉢の上に糞を一片たれたのが面白く水に浮いてるのを、フト眺めて、……ヤア愈立替が始まつた。水の中に優曇華の花が咲いてゐる……とさわぎまはるので、四方平蔵始め幹部連中が、神前へ進んで之を眺め、ますます有難がつて、涙声になり、祝詞を幾回となく奏上し、六畳の離に居つた喜楽の前へ出て来て、中村竹造は肱を張り、さも鷹揚に、 中村『コレ会長サン、よい加減に改心をして、小松林サンに去んで貰ひ、早く坤の金神さまになつて、女房役をつとめて貰はぬと、時機が切迫致しましたぞ、昨日も昨日とて、元伊勢から帰つて来る際二日月が拝めるなり、今日は又お供への水の中に優曇華の花が咲きました、グヅグヅしては居られますまい、早く改心なされ』 と声高に叱り附けるやうに云ふ。そこで喜楽は、 喜楽『二日月さまを拝めたのは別に珍し事はない、自分達は穴太に居つて、チヨコチヨコ拝んだ事がある、お前達はこんな山に包まれた狭い所に暮らしてるから、二日月さまが拝めたというて騒ぐのだらうが、そんな馬鹿な事を人に言うと気違にしられるから、どうぞそれ丈は言はぬやうにしてくれ』 といはせも果てず、中村は口を尖らし、 中村『コラ小松林、昔から三日月といふ事はあるが、二日月といふ事があるかい、穴太で二日月をみたなんて、そんな出放題な事をいうて、水晶の霊を曇らさうとかかつてもだめだ。世の立替が近よつたといふ事を、艮金神変性男子の御霊が大出口神とあらはれて、日出神と竜宮さまの御手伝で立替立直をなさる時節が来たのだ。早く小松林が改心を致して、会長の肉体を去り、園部の内藤へ鎮まりて、坤の金神さまの肉のお宮とならぬ事には、世界の神仏事人民が何ほど苦むかしれぬぞよ、コラ小松林、それが嘘言と思ふなら、一寸二階の御神前へ来てみい、水晶のお水に優曇華の花が咲いてる、それを見たら如何な小松林でも往生せずには居られまい』 と得意になつて喋り立てるので、不思議な事をいふワイ、又ロクな事ではあらうまいと、早速二階へ上つて見ると、雀の糞がパツと水にういて、白く垂れ下り、丁度優曇華の花のやうに見えて居る。喜楽は一寸木の箸の先で其れをすくうて、中村の鼻のそばへつきつけて、 喜楽『オイ之は優曇華ぢやない、雀の糞だ』 といつた所、中村は妙な顔をしてだまり込んで了うた。さうすると外の役員が約らぬ顔をして、 『どうぞ会長サン、こんな事を人にいはぬやうにして下され、笑はれますから』 と頼み込む可笑しさ。 これより先中村の女房であつた菊子といふのは、中村が毎日日日商売もせず、脱線だらけの事をいひ歩くので、幾度となく意見をしたが、とうとう中村は怒つて、『お菊に小松林の悪霊がついた』……といひ出し、放り出して了つた。そして教祖の身内から女房を貰はうと考へてゐたが、福島久子を八木から引戻して自分の女房にしやうと企んでゐたのを、喜楽に妨げられて目的を達せず、それより中村と久子とは大変に喜楽のする事成す事に一々妨害を一層猛烈に加へるやうになつて来た。 四五年たつた明治卅八年の頃には愈中村に教祖から妻帯をせよと、命令されたので、役員がよつてかかつて、いろいろ信者の娘を中村に紹介したが、如何しても首をふつて応ぜなかつた。中村は澄子の姉の竜子を女房に貰はうと、暗中飛躍を絶えずやつてゐたからである。竜子も心の中にて中村の女房になり、改心をさして、会長の云ふ事を聞かすやうにせうかと迄考へてゐた。併し中村は竜子を自分の妻となし、喜楽や澄子を退隠さして威張つてみやうという野心があつたのである。教祖から竜子の夫は中村竹造、竹原房太郎、木下慶太郎の三人の内から選めとの命令が下つたので四方平蔵其他の幹部連が、とうとう中村の妻にすることにきめて了つた。今でさへ喜楽や澄子はこれ丈圧迫や妨害をうけてゐるのに、中村が姉の婿となつて、噪やぎ出しては堪らぬと思ひ、教祖に向つて、 喜楽『どうぞ今日限り澄子と離縁して下さい、帰ります』 といつた所、教祖も大変に当惑し、四方平蔵を呼んで、 教祖『どうぞ会長サンの、此事は、意見に任してくれ』 といはれたので、幹部の中でも少しく喜楽の言ふ事を耳に入れる木下慶太郎を養子にしたがよいと言つたので、竜子を別家させ木下を養子に入れる事とした。そして八木の福島久子の股肱となつて喜楽の布教先を古物屋に化け込んで、軒別に邪魔しに歩かしてゐた中村小松といふ女を中村の女房にした。それから中村はスツカリ失望落胆の結果、発狂気味になり、遂には自分の昔からの陰謀を、あたりかまはず自白する様になつて来た。 余り中村は神さまに反対するので、神罰を受けて糞壺へはまつて死んで了ふといふ事を明治卅七年の四月三日の夜、神さまから夢に見せられ、道の栞に書きとめておいたが、とうとう明治卅九年に其夢の如くになつて狂ひ死にをして了つたのである。 中村と八木の久子とは始終往復し、内外相応じて、会長の排斥運動を続行してゐた。久子は最近に至るまで、ヤハリ喜楽を敵視して廿四年間不断の反対運動を継続してゐたのである。 かういふ具合で、如何しても迷信家連が会長の説く所を一つも用ひず、そんな書物や学にあるやうな教は悪の教だからと云つて、一人も聞いてくれぬので、澄子と相談の結果、再宣伝に飛出し、村上房之助が漸く目が醒めかけたので、村上を従へ、八木まで行つて見ると、角文字は一切使ふ事はならぬ、外国の行り方ぢやと、盛んに攻撃、喜楽の書いた神号迄も焼きすてさしたくせに、八木の神前には角文字で、艮金神国常立尊と太く記した提灯が一対ブラ下り、其外の神具にも残らず、角文字が記してあつた。そこで喜楽は、 喜楽『福島サン、此字は外国の文字で、神さまにお気障りにはなりませぬか』 と尋ねてみると、福島はビリビリと眉毛を上げ下げし、 福島『此角文字はお前に懸つた小松林が書いたのとは違うから差支はない。信者が真心であげたのだから、喧しくいふな、仮令外国の字でも日本人の手で書いたのだ』 と勝手な理屈をまくし立てる。そこで喜楽は村上と二人、八木を立出で、北桑田方面へ布教に行つた。それから二三ケ月経つて八木へ立よつて見ると、福島は痩衰へ、骨と皮とになり、夫婦が涙ぐんで控えて居る。様子を聞いてみると、艮金神さまの命令で、三十日の間一日に一食の修行をなし、あと三十日は生の芋をかぢり、あと三十日は水許りを飲み、あと十日は水一滴も飲まずに修行をした。今日が丁度百日の上りで、福島寅之助は、これから天へ昇つて、紊れた世の中を水晶に致すお役になつたから、今女房と別れの水盃をした所だ、何だか体がフイフイとして、独りで空へあがりそになつて来たといつてゐる。喜楽はそれとはなしに丸山教会の或教師が名古屋で屋上三丈三尺の高台を作り、これから天上するというて、二百人許りの信者は三丈三尺の高台の下から、天明海天天明海天と祈つてゐた。教師はいつ迄たつても黒雲が迎ひに来ぬので、気をいらつて宙に向つて飛上つた途端に、高台から転落し、大腿骨をうつて負傷をしたといふ事が其頃の新聞に出てゐたので、それを話して聞かし注意をすると、妙な顔して次の間へ入つて了ひ、力のない声で、 福島『今日の十二時に天上をさす所であつたけれど、小松林の悪神が来たによつて、一時間仕組をのばしたぞよ。早く家内の久どの小松林を去なせよ』 と呶鳴つてゐる。喜楽は福島久子に余り気の毒でたまらぬので、曲津がだましてるのだといふ事も出来ず、大方霊が天へ上るのだらうから、肉体に気をつけて、松の木へでも登りそうだつたら止めなされ……と忠告をして帰つたものの心配でたまらぬので、八木の或茶店に休んで、福島の様子を遠くから考へて居た。もし松の木へでも上りそうになつたら止めに行かうと思うたからである。 そしたら福島の守護神は……都合に依つて仕組を延ばした、明日の朝まで延ばした、明後日まで延ばした、と一週間程延ばした。出鱈目な託宣をしたので、福島も気がつき、久子を八木の町へ買物にやつた不在の間に、四五年もかかつて昼夜せつせと書いた自分のお筆先を一所によせ、石油をかけて一冊も残らず焼いて了ひ、 福島『コラおれを騙しやがつた悪神奴が』 といきなり御神前をひつくりかへし、神さまの祠を残らず外へ叩き出して了うたといふ面白い物語もあつた。 それから又綾部より役員が出張して、神さまを斎り直し、盛んに会長の攻撃を続行してゐた。会長は澄子と相談の上、嵯峨京都伏見の支部などへ気をつけてやらうと浦上を伴れて、綾部を立出で、園部に一泊してそれから八木へ立寄ると、福島寅之助が矢庭に奥から飛んで来て、 福島『ヤア四足が来よつたシーツシーツ』 と追ひまくり、ピユーピユーと痰を吐きかけ、 福島『サア早う去ね去ね、汚らはしい』 と箒ではき立てる。モウ斯うなつては、何程事を解けて諭してもダメだと思ひ、匆々にここを出立して、嵯峨の信者の友川弥一郎といふ家に出張した。ここには支部が拵へてあつて、喜楽の教を遵奉してゐた熱心な信者である。然るに友川の態度がいつとはなしに、極めて冷淡になつて居るので妻君に聞いて見ると……、今朝大本から畑中伝吉サンが出て来て、今上田の貧乏神がお前の所へ来るだらうから、敷居一つまたげさしても汚れる、キツと貧乏するか、大病になるによつて、艮金神様や教祖の御命令で気をつけに来たのだといつて、帰らはりました、そしてこれから京都や伏見の方へ知らしに行くといつて出られました……と包まず隠さず述べ立てた。そこで海潮は浦上と共に京都の三ケ所の支部を尋ねて見たが、どこもかしこも箒で掃き出したり、敷居を跨げさしてくれぬ、仕方がないので、明治座の少し東の横町に畑中の親類で、高町といふ信者があるので、そこを訪問して見ると家内中二階へ上つて了ひ、首のゆがんだ、少し間のぬけたやうな女が一人、坐つて居る。それは畑中の妹でお鯛といふ女であつた。喜楽は、 喜楽『お鯛サン、高町サンは何処へ行つたかな』 と尋ねると、 お鯛『何処へ行つたか知りませぬ、ここ三日や十日は帰らぬというて、他所へ行かはりました』 と云ふ。 喜楽『そんならお藤サンは何処へ行つたか』 と聞いて見ると、 お鯛『一寸よそへ行かはりました』 といふ。 喜楽『晩には帰つて来るだらうな』 と聞いて見ると、 お鯛『イエ晩になつても帰らはりしまへん、高町サンもお藤サンも晩にも帰らはりしまへん』 と垣をする。晩に帰ると云へば又夕方に来られては困ると、予防線をはつて居たのである。それから外の人の宿所を尋ねて見たけれど、何を言うても、知らぬ知らぬの一点張で仕方がないので『女が夜さり内に居らぬ様な事では、どうで碌な事をして居るのではなからう……』と腹立紛れに二階へワザと聞える様に言ひ放つてそこを立ち、七条通まで下つて来ると、浦上は三牧次三郎や西村栄次郎といふ信者の家を訪問すると云うて別れ、西田が伏見方面からやつて来たのに出会し、一所に伏見や宇治の方面へ宣伝に行く事とした。 高瀬川に添うて勧進橋の傍まで下り乍ら、 西田『畑中の奴、どこからどこ迄も自分等の邪魔をしやがる、大方伏見の方へも行つてるに違ない。彼奴がもしもここへやつて来やがつた位なら、此高瀬川へ放り込んでやるのだけれど』 などと西田が憤慨し乍らフト顔をあげて見ると、畑中伝吉が風呂敷包を負うて真赤な顔をして出て来るのにベツタリ出会した。京都伏見間の電鉄がそこへ来て停車した。呶鳴る訳に行かず、 喜楽『オイ畑中又邪魔しにまはつたな』 といふと畑中は『ホイホイホイ』といつて走り出し二三丁許り行つて振り返り、ヤレまあ安心だといふ様な風をして居る。会長は大声で……『馬鹿ツ』と二口三口呶鳴ると西田が、 西田『こんな所で大声で呶鳴る者が馬鹿です』 と気をつけたので、 喜楽『ホンに呶鳴る方が馬鹿だなア』 と言ひ乍ら、伏見の信者を二三尋ねて見ると、又箒で掃き出し、閾を跨がさぬ。 『貧乏神サン、小松林サン去んで下され』 と連呼し冷遇するので這入る訳にも行かずはるばる宇治まで行つて、御室の支部を訪問すると、ここも又畑中の注進によつて冷淡至極な態度を示して居る。 そこで西田と別れ、喜楽は只一人京都まで帰り、三牧の宅で浦上と会し、たつた一銭五厘より二人の中に金子がないので、徒歩で愛宕山を越え、保津へ出で、八木へ立寄り、又もや放り出され、雨のビシヨビシヨ降る中を震ひ震ひ園部の浅井まで帰つて、麦飯でも喰はして貰はうと思ひ、立寄つて見ると、ここも又冷淡な態度で茶も呑まさず去んでくれと云ふ。仕方なしに又もや檜山まで帰り、坂原へ立寄ると坂原は折ふし不在で、妻君が一人残つて居り、 『今綾部から畑中サンが出て来て、茶一杯呑ましてはならぬ、艮金神さまのお気障りになると言ははりましたから、どうぞこれぎり、あんたにはすみませぬけれど、小松林サンが改心しやはるまでよつて下さるな』 といふ。二人は破草鞋を拾つて足につけ、坂路を上り下り、漸く須知山の峠まで出て来た。そこに蒟蒻を売つてるので、蒟蒻を一銭五厘で三枚買ひ、宇治から二十四里の道を空腹を抱えて帰つて来たこととて何とも知れぬ甘さであつた。それから綾部へ帰り、浦上はこりごりして餅屋を始め出し、喜楽が神様を祭つてやつて非常に繁昌をし出した。さうするとソロソロ浦上が慢心し出し、神様の悪口や喜楽の行方までも非難し、頻りに反対を始めて居たが、とうとう養鶏場を開設して大損失を招き、折角儲けた金も一文も残らずなくした上、沢山の借金を拵へ、親族や其外の人々に損害をかけて綾部にも居られず位田へ逃げ帰り、細々と豆腐屋を営んで居る。 (大正一一・一〇・一九旧八・二九松村真澄録)
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霊界物語 39_寅_大黒主調伏相談会/言霊隊の出発 09 九死一生 第九章九死一生〔一〇七四〕 鬼熊別の部下に仕へたるガランダ国の刹帝利、親重代のハムの位を大黒主の部下にとり剥がれ、僅かに鬼熊別の部下となり、卑しき目付役に成り下り居たれども、彼の部下は数十人密かに彼の頤使に甘んじて忠実に仕へ、昔のハムの果てとして、相当に尊敬を国民より払はれて居た。 今しも鬼熊別が命によつて蜈蚣姫、小糸姫の所在を索ねる一方、三五教の宣伝使を一人にても多く捕縛し帰らば、もとのガランダ国の王に復しやらむとの契約の下に四人の小頭株を引き率れ、此河鹿峠に待ちつつあつたのである。然し乍ら四人の男は此ハムの素姓を知らず、何となく横柄な奴、虫の好かない奴と猜疑の眼を怒らし、何か失敗ある時は、これを嗅出し一々鬼熊別に内報し、目の上の瘤なるハムを失墜せしめむと心密かに諜し合せつつあつた。 かかる処へ母娘の巡礼、進み来るに出会し、何の容赦も荒縄に、縛つてハルナの都まで、立ち帰らむと四人に下知を下した。四人は吾劣らじと母娘に向つて武者振りつき、苦もなく谷間に投げ捨てられ、ハムも亦脆くも谷底に捨てられて了つた。流石刹帝利の直系とて何処となく身魂堅固なりしかば、イール、ヨセフの如く容易に失神せず谷底の真砂に埋められて痛さを堪へて自然の恢復を待つ折しも、レーブ、タールの両人は谷を渡つて近寄り来り、散々にハムの悪口を並べ立て、此際二人を助けハムを谷川へ投げ捨てやらむとの密談を聞くより憤怒のあまり病の苦痛を忘れて、 ハム『おのれ憎くき両人』 と立ち上ればレーブ、タールはイール、ヨセフを捨て、谷川伝ひに生命辛々逃げて行く。ハムは無念の歯を喰ひしばり、イール、ヨセフを介抱し居る折しも、頭上に聞ゆる宣伝歌『こりや堪らぬ』と韋駄天走りに岩を飛び越え浅瀬を渉り、漸く山道に攀上り片方の森を眺むれば、此処に一つの古き祠がある。一先づ此処に息休め、レーブ、タール両人が所在を探ね、懲らしめ呉れむと息まきつつ、社前の石に腰うち掛け息を休めむとする時しも、張り詰めたる勇気は茲にガタリと弛み、再び腰痛み足うづき、身動きならぬ苦しさに、レーブ、タールの両人が仕打ちを憤慨し怨み涙に暮れてゐる。忽ち祠の後より二人の巡礼の声、ハムは又もや二度吃驚、 ハム『アヽ彼は普通の巡礼ではなく、人を取り喰ふ鬼婆鬼娘であつたか』 と濃霧に包まれて怨みの的なるレーブ、タールの両人が作り声とは知らなかつた。レーブ、タールはハムの独言を聞き足腰立たぬにつけ込んで侮りきつて揶揄つて居たが、忽ち吹き来る山風に濃霧は晴れ其真相が暴露すると共に、怒り心頭に徹し、怒髪天を衝いて立ち上り苦しき病の身を忘れ、逃げゆく二人の後追うて、 ハム『逃しはせじ、思ひ知れや』 と言ひ乍ら握り拳を固めつつ、さしも嶮しき坂道をトントントンと地響きさせ阿修羅王の荒れし如く進み行くこそすさまじき。 ハムは痛さを忘れ、一足々々拍子をとり乍ら歌ひ出した。 ハム『時世時節と云ひ乍らガランダ国の刹帝利 親代々のハムの俺鬼熊別の部下となり 時待つ尊き身と知らず卑しきレーブやタール奴が 侮りきつたる其態度小癪に触る俺の胸 一度は懲らしめやらむずと思ひは胸に満ちぬれど 吾目的を遂ぐるまで怒つちや損だと辛抱して 知らぬ顔にて過ぎて来た河鹿峠の山道で テツキリ会うた母娘連此奴あテツキリ蜈蚣姫 小糸の姫と知つたれどさう言つたなら彼奴め等は 腐つた肉を犬の子が争ふ如くに啀み合ひ 互に手柄の取りやりをおつ始めるに違ひない 一つも取らず二も取らずチヤツチヤムチヤクになるだろと 思案を定めて空惚け婆と娘であつたなら ハルナの都へ連れ帰り鬼熊別の御前に 奉らうかとあやつりて彼等四人を誑かし 首尾よう目的達しなば途中に彼を追ひ散らし 愈此処で名乗り合ひ忠臣義士となりすまし 一人甘い事してやらうと思うた事も水の泡 ウントコドツコイアイタタツタ あんまり吾身の欲ばかり企んだおかげで罰当り 蜈蚣の姫や小糸姫二人の司に谷底へ 不敵の力で投げ込まれくたばりきつた果敢なさよ 後悔胸に迫り来て涙に暮るる折からに 悪運強い両人が虎口を逃れて谷底へ 尋ね来りて囁くを死んだ真似して聞き居れば 口を極めて罵りつイールヨセフは助けても ハムは助けちや堪らない人事不省を幸ひに 此谷川に水葬と無礼な事を吐かす故 あまりの事に立腹し痛さを忘れて立ち上り 拳を固めて睨まへば卑怯未練な両人は 親しき友の危難をば後に見捨てて逃げて行く 後に残りしハム公は二人の生命を助けむと 人工呼吸の真最中三五教の宣伝歌 雷の如くに聞え来る頭は痛み胸塞ぎ 身の苦しさは限りなく二人の奴を見殺しに レーブタールの後追うて祠の前に来て見れば グタリと弛んだ心持再び腰は痛み出し 足は痺れて動けない二人の奴が床下に 忍び居るとは知らずして愚痴の繰言並べたて 悔む折しも婆の声続いて娘の声聞ゆ 俺は鬼婆鬼娘喰つてやらうとの御挨拶 蜈蚣の姫や小糸姫二人と見たのは目のひがみ 人をとり喰ふ鬼母娘しまつた事になつたわい 何程強いハムさまも神変不思議の魔力ある 鬼に向つちや堪らない何とか云つて此場合 逃れにやならぬと色々の言葉を構へて宣りつれば 鬼婆益々図に乗つて無体の事を喋り出す 俺も今こそ身を落し捕手目付となりつれど 其源を尋ぬればガランダ国の刹帝利 国人達にハムさまと尊敬せられた身の上ぢや 心弱くちや堪らない仮令脛腰立たずとも 卑怯な最後を遂げむより玉と砕けて死なうかと 覚悟を極むる時も時俄に吹き来る山嵐 四辺を包みし雲霧も茲に漸く晴れ渡り よくよく見れば此は如何にレーブタールの両人奴 身体の不自由をつけ込んで刹帝利族のハムさまを 侮りきつて馬鹿にして居やがる態度の面憎さ 忽ち怒髪天を衝き腰の痛みも打忘れ 此処まで追つかけ来りしが又もや腰が痛み出し 足が怪しくなつて来たあゝ惟神々々 神の恵みを蒙りて何卒ハムが足腰を いと速かに健やかに治し給はれ惟神 お願申し奉るアイタヽタツタアイタツタ もう一歩も行かれない天地の神もバラモンの 百の神々一柱聞いて下さる神なきか 愚痴を云ふのぢやなけれどもこんな時こそ神様に 助けて欲しさに朝夕にバラモン教の御為に 尽して居るのぢや厶らぬか思へば思へば残念や もう一寸も進めない大方俺は野たれ死 不運な者は何処までも不運で終はらにやならないか 虎狼や獅子熊の餌食となつてしまふのか ガランダ国のハムの身も斯うなり行くとは白雲の 遠き異国の山の道空行く雲も心あらば 吾消息をガランダの妻の御許におとづれよ 頼みの綱もつきはてし悲惨至極の今日の身は 悪の鑑と天地の神の心に出でますか 遠津御祖の尽してし百の罪科身にうけて 此処で死なねばならないか思へば思へば残念ぢや これほど神に祈れどもしるしなければ是非もない 最早決心した上は死をも恐れぬ吾体 神の御手に任します屍は野辺に曝すとも 不老不死なる霊魂は高天原の都率天 尊き神の御前に救はせ給へ惟神 バラモン教の大御神御前に祈り奉る』 と涙の声を絞り山道にドツと倒れ、観念の目を瞬いて知死期を待つ事となつた。 此時何処ともなく微妙の音楽聞え来り、翩翻として白蓮華の花片、天より降り来ると見る間に、ハムの体は俄に清涼水を嚥下したるが如き気分に漂ひ瞬く間にもとの健全体となり変つた。ハムは喜びのあまり、天地に感謝し、今までの言心行の一致せざりし罪を謝し、悠々として坂道を下り行く。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・一〇・二七旧九・八北村隆光録)
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霊界物語 39_寅_大黒主調伏相談会/言霊隊の出発 12 種明志 第一二章種明志〔一〇七七〕 国公、ハム、タールの三人は夜明けと共に朝の空気を吸ひ乍ら、不思議な事より情意投合して兄弟の如くになり、道々無駄話をし乍ら、河鹿峠を下り行く。照国別の待つてゐるといふ岩窟に到り見れば、照国別一行の姿は見えず、只二人の男が岩窟の小隅に小さくなつて震うて居た。ハムは無雑作に余り広からぬ岩窟に飛込み、よくよく調べ見ればイール、ヨセフの両人であつた。 ハム『オイ、イール、ヨセフの亡者ぢやないか。何時の間にこんな所へふん迷うて来たのだ』 イール『ヤア、ハムさまか、ようマア無事で助かつてくれたなア。俺達二人も何が何だか、サツパリ合点がゆかぬのだ。実際現界か幽界か、如何考へてもハツキリせぬ。お前は何と思ふか』 ハム『確りせぬかい。ここは河鹿山麓の南口の岩窟の中だよ』 ヨセフ『さうするとヤツパリ生復つたのだなア。夜前ここ迄逃げて来て、スツ込んで居ると、頭のわれるやうなキツい声で宣伝歌を歌つて、此岩窟の中へ這入らうとする三人の宣伝使があつた。こんな奴に這入られたら大変だと、二人が中から岩の戸に突張りをかい、力限りに押して居つたら、とうとう根負をして通り過ぎて了つた。それから今まで二人が岩戸を力限り押してゐたのだが、どうやら宣伝使が遠く行つたやうな塩梅だから、余り息がこむるので、新しい空気を注入してゐた所だよ』 ハム『オイお前の救主が此処に二人も来てゐる、早く御礼を申さぬか、タールさまに国公さまだ』 ヨセフ『何、俺を助けてくれた救主は三五教の宣伝使一行四人だよ。タールの奴、男甲斐もない、母娘の巡礼に俺達がさいなまれてゐるのを見捨て、逃げ出すといふ卑怯千万な不親切漢だから、そんな事を言つても駄目だ。ヘン、大きに憚りさま、なあイール、貴様も知つてゐるだらう、三五教の照国別とか云ふ宣伝使に違ない。お前も其の記憶は確にあるだらう』 イール『確にさうだ。ここを通つた宣伝使もヤツパリ照国別さまに違ないが、余り神力が強いので、却て俺の方がこはくなり、近よりさへせねばよいと思うて此処迄助けて貰うた宣伝使にスツパ抜きをくはして、潜んで居つたのだ。オイ、ハム、お前如何して助かつたのだい』 ハム『俺は元から死んでは居なかつたのだ。きさま等二人が真砂の中に半身を埋めて目をまはしてゐたのを俺はよく側に見てゐた。併し如何したものか足腰が立たないので、三人一緒に頭を並べて、時を待つてゐた所、レーブ、タールの両人がうしやがつて、俺の悪口を散々吐いた上、此ハムさまを谷川へ水葬しようなどと善からぬ事を吐きやがるものだから、おのれツと云ひさま、立上ると、ここに居るタールを初めレーブの奴、雲を霞と逃げ失せ、谷路にふん伸びてゐやがつた。天罰は恐ろしいものだ。踏殺してやらうと、思うたら又もや俺の腰が変になり、谷路に一蓮托生的にふん伸びてゐた所へ、照国別の宣伝使が通りかかり、此国公さまに介抱を命じて、此岩窟迄行くと云つて、スタスタと下られたが、貴様が中から邪魔をするものだから、とうとう行かれて了つたのだよ。其中の一人は此国公さまだ。早く御礼を申さぬか』 イール、ヨセフの両人は嬉しさうな怖さうな態度で、無暗に腰を屈め、頭を五六遍ペコペコ上げ下げし乍ら、 イール、ヨセフ『モウ何にも申しませぬ、有難う厶います、どうぞ堪忍して下され』 国公『お前は妙な事を言ふ奴だ、命を助けてやつた宣伝使の玉子が如何してお前を苦めるものか、マア安心したがよからう』 イール『そんなら三五教の巡礼に御無礼した事を許してくれますか』 国公『三五教の巡礼とはどんな風をして居つたか、一寸耳よりだ。詳しく聞かしてくれ』 イール『婆アさまと娘と二人の巡礼だ。中々強い奴で、とうとうハムの大将迄谷底へとつて放られた位だから、手にも足にも合ふものぢやない』 国公はワザと口を尖らし、 国公『それは怪しからぬ、おれの母と女房とが一足先に、巡礼姿になつて此々を通つた筈だ。そんなら吾母と女房に対し、無礼を加へた奴だなア、さう聞く上は、モウ了見はならぬぞよ』 イール『モシ国さま、私ばかりぢや厶いませぬ。現に此処に居るハムの命令で、抵抗しました。ヨセフもタールもまだ外にレーブといふ奴、私は例外として都合〆て五人、反対的行動を執つたのだから、どうぞハムから戒めてやつて下さい、私は何も彼も白状した褒美に命丈は助けて下さい。其代り国様が鼻をかめと仰有つたら、鼻でも拭いて上げます。尻をふけと仰有つたら尻でも拭きます。アーンアーンアーン』 ハム『アハヽヽヽ悪の張本人は此ハムさまだ。コレ国さま、私から先へ成敗して下さい、部下の罪悪を一身に引受けるのは衆に将たるものの正に行ふべき道だ。サア早くお望み次第……』 とニユツと首をつき出し、早く首をとれと云はぬばかりにして居る。 国公『ヨシヨシ首を取れなら、取つてもやらう。併し乍ら今はの際に貴様等の素性を一々白状せよ。其上にて事と品によつたら許してやらぬ事もない』 ハムは悪びれたる色もなく、さも落着き払つた態度で物語る。 ハム『天津御空を照りわたる光も強き月の国 生れはデカタン高原の南の端に青山を 四方にめぐらすガランダのテームス王の子と生れ 親の名をつぎ民草を安く治むる折もあれ バラモン教の神司大黒主の手下なる 釘彦片彦両人が何時の間にやら国内に ひそみて国人悉くバラモン教に帰順させ 徒党を組んで王城へ夜陰に乗じて迫りくる 其勢のすさまじさ妻子を初め家来共 雲を霞と逃げ散りて影も形も泣き寝入り 取残されたハム一人刃向ふ術もなきままに 命惜しさに降服し大黒主の御前に 引出されて已むを得ず先祖代々伝はりし 王の位を打棄ててフサの国へと追ひ出され 彼方此方をトボトボとさまよひ巡り妻や子の 所在を尋ぬる折もあれバラモン教の副棟梁 鬼熊別の神司タルの都の手前にて 思はず知らず巡り会ひ厳しく素性を尋ねられ 大黒主の手下等にさいなまれたる物語 申上ぐれば鬼熊別の神の司は涙ぐみ 妻子を尋ねてさまよふかお前は不憫な奴だのう われも妻子の行方をば尋ねて暮す身の上ぞ お前の心は察し入る大黒主の大将が 如何に言ふとも鬼熊別が甘く取りなし助けむと 云はれし時の嬉しさよ喜び勇み此ハムは 鬼熊別に従ひてハルナの都に立向ひ 抜擢されて部下となり蜈蚣の姫や小糸姫 続いてハムが妻子をば尋ねむものと遠近を 朝な夕なにさまよひてここまで来りし折もあれ 蜈蚣の姫によく似たる母娘の巡礼にめぐり会ひ 実を聞かむと声高に母娘の巡礼に立向ひ つめかけ見れば吾胸にグツとこたへた蜈蚣姫 小糸の姫に違ない秘密の洩れむ恐ろしさ 四人の奴等を追ひ散らし後に残りしハム一人 鬼熊別の命令を母娘の方に伝へむと 思うた事も水の泡取つて放られた谷の底 折角会うた母と娘に別れし事の残念さ 推量あれよ国さまよ私は悪い者でない 素性をあかせば此通り何卒お許し願ひます 神が表に現はれて心の善悪立別ける 此世を造りし大神の御霊幸はふ国さまは ハムの誠の心根を詳しく悟り玉ふらむ あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と悠々と歌を以て答へた。 国公『さうするとハムさま、お前は鬼熊別さまの命令で、蜈蚣姫、小糸姫様の所在を尋ねがてら、妻子の行方を探つてゐるのだな。ソリヤ感心だ。併し蜈蚣姫、小糸姫は決して三五教の信者でも宣伝使でもない、併し母娘共に健全にゐらせられること丈は大丈夫だ。そして先にお前達を投げた母娘の巡礼は、あれは黄金姫、清照姫といふ立派な宣伝使で、決してお前の言ふやうな方ではないぞ』 と意味ありげに三人の前でワザとに言葉を濁してゐる。ハムは早くも国公の腹中を悟り、ワザと空呆けて、 ハム『アヽさうでしたか、さう承はれば人相書に合はない所が沢山あります。……オイ、タール外二人、お前は如何思ふか』 タール『俺は余りの恐ろしさで、婆アさまと娘位の事は承知してゐるが、人相を検めるなんてそんな余裕があるものかい』 ハム『イール、ヨセフの両人、貴様は如何思ふか』 ヨセフ『俺は言ふとすまぬが、鬼熊別さまの女房子に、あんな立派な方があらう筈がないと思うてゐるのだ。あのお方の身魂は、すでにすでに都率天の月照彦の神さまのお側で御用をして厶る結構な神様の肉の宮だから………』 イール『俺もさう思ふ。何程蜈蚣姫様、小糸姫様が豪傑だと云つても、あんな力が出る筈がない。又そんな力のある方なら、母娘の武勇は天下に鳴轟いてゐる筈だからなア』 国公『そらさうだらう、あの母娘を蜈蚣姫小糸姫などと思ふのが、大変な的外れだ。それさへ分れば、最早あの母娘を追跡するのも無駄骨折だ。それよりもハムさまの様に一つ素性を明かしたら如何だい』 イール『そんなら何も彼も棚卸しをしてお目にかけませう。私はデカタン高原のサワラといふ小さい国の首陀の家に生れた者ですが、大黒主の部下なるテーグスといふ宣伝使がやつて来て、片つ端から国人をバラモン教に引入れるので、ムカついてたまらず、ウラル教の教理を真向にふりかざし防ぎ戦うたけれど、遂に衆寡敵せず、サワラの牢獄に投込まれ、百日百夜の責苦に会ひ、とうとう初心を翻してバラモン教に心の空から帰順して助けて貰つたのだ』 ハム『オイオイ、心の空からぢやなからう、底からぢやないか』 イール『ソラ底が底ぢや』 ハム『大方貴様は嘘使つてゐやがるのだろ』 イール『ソラそこに底もあり蓋もある、何と云つても長い者には巻かれ、強い者には従はねばならぬ現状だから、俺の肉体はバラモン教だ』 ハム『肉体はバラモン教で、精神はウラル教だな。何と都合の好い宣伝使だなア』 イール『ハムさま、お前だつてチヨボチヨボぢやないか』 ハム『人間の分際として人の心の奥底が如何して忖度出来るものか、如何なる法の力も武力も、圧制も思想上の強圧は到底出来ない。目に見えぬ世界の事だから、まして今の盲共の窺知すべき限りにあらずだ。そんな野暮な事を言ふものではないよ』 ヨセフ『つまり時の天下に従へといふ筆法だな』 イール『コリヤ、ヨセフ、貴様は信仰の土台はどこにあるか』 ヨセフ『俺の本当の信仰は三五教だ。三五教は世界第一の優秀教だからなア』 イール『アハヽヽヽ現金な奴だなア、三五教の国公さまの前だと思つて、甘く胡麻をすりやがつたな。此胡麻摺坊主奴』 とピシヤリと横面を平手でなぐつた。 ヨセフ『コリヤ、三五教の信者に対して何と云ふ無礼な事を致すのだ。俺はモウ斯うなつては包むに由なし、本当の事を教へてやらう。実の所は顕恩郷にまします太玉命の御家来に、其人ありと聞えたる三五教の宣伝使依彦さまとは俺の事だぞ。バラモン教の内情を探るべく鬼熊別の部下となり、貴様等と一緒に交はつて猫を被つてゐたのだ。本当に盲ばかりの寄合だと思つて、密にホクソ笑をして居たのだ。ウフヽヽヽ』 イール『コラ、ヨセフ、そんな嘘を云つても、辻つまが合はないぞ。三五教の宣伝使が三五教の黄金姫に取つて放られるといふ、そんな矛盾がどこにあるか』 ヨセフ『そこは貴様等を詐る為に、八百長で一寸放られて見たのだ』 イール『何と高価な八百長だのう。一つ違へば命がなくなる様な八百長は昔から聞いた事がない』 ヨセフ『さうだから三五教の宣伝使照国別さまがやつて来て命を助けてくれたぢやないか。要するに惟神的の八百長だといふ事が今分つたのだ。アハヽヽヽ』 イール『負惜みの強い事を吐すない。そんなら何故照国別さま一行を恐れてブルブル震ひ乍ら暗に紛れて逃げたり、岩戸を力一杯あけさせじと骨を折つたのだ』 ヨセフ『マアあつて過ぎた事を、さう細かく詮議するものぢやない。掃溜をほぜくるとしまひにや蚯蚓が出るぞ。アヽ今日はマアよい天気だな、一寸宣伝使様、外へ出て御覧、連山黄金色に彩られ、まるで錦絵を見るやうですワ』 イール『コリヤ、ヨセフ、そんな所へ脱線しやがつて、急場をつくらはうと思うても駄目だぞ、ナア国公さま、本当に油断のならぬ代物ばかりですな』 国公『どれもこれも打揃うて油断のならぬ人物ばかりだ。併し今の世の中は世界中皆此通りだ。お前達は現世界の縮図だから何れも立派な悪神の代表者だよ。アハヽヽヽ』 ハム『オイ、タールの奴、貴様も素性をここで明かさぬか、何だか物臭い代物だぞ』 タール『俺はお前達の様な人種とは元来からして、種が違ふのだ。勿体なくも盤古神王様を尊敬遊ばすウラル彦ウラル姫様の御娘子、高宮姫様といふ別嬪さまの情夫だ』 ヨセフ『ヘン、甘い事を吐すない。ウラル教だと云へば、俺達が勝手を知らぬかと思つて、貴様のやうなしやつ面に、仮令悪神の娘でも、あの有名だつた美人の高宮姫が惚れる道理があるかい。第一年が違ふぢやないか、高宮姫の十七八の花盛りには貴様はまだ此世へ生れて来て居らぬ筈だ』 タール『それは俺の親爺のことだ。俺の父は随分色男だつたよ。アーメニヤの都から、ウラル姫命の最愛の娘、高宮姫と手に手を取つて逐電し、或事情の為に身をかくし、それから再びアーメニヤへ帰つて立派な女房を持つた其女房の名は香具耶姫と云つて、つまり俺の母親だ。父の名は香具耶彦といふ男[※33巻22章の高姫の回顧歌に「御伴の神を引つれて高天原のエルサレム」云々と出てくるが、この「御伴の神」が香具耶彦か?]だよ。コーカス山から北光神がやつて来て、言霊戦を開いたので、父子兄弟チリチリバラバラに逃げ失せ、今では親も分らな、兄弟も知れないのだ。これが俺の詐らざる素性だよ』 国公はタールの言葉を聞いて、双手を組み思案にくれてゐたが、ツツと立つてタールの首筋を打眺め、思はず知らずアツと叫んだ。タールは此叫び声に不審を起し、 タール『モシ国公さま、何ぞ私に憑依して居りますかな』 国公『お前は若い時に春公とは言はなんだか』 タール『ハイ、私の名は春公です。そして私の兄はお前さまと同じ名のついた国公といひました。モウ生きて居るか死んで居るか、今にテンと分りませぬ。何分エライ騒ぎで、親子が四方に逃げ散つて了つたものだから……』 国公『兎も角これからお前と兄弟の様になつて仲よくしよう。オイ皆の連中、これから貴様達は一切の障壁を去つて、俺と一緒に三五教の為に活動しようぢやないか。キツと俺が照国別様にお目にかかつて、よき様に取持つてやるから』 一同『ハイ有難う、そんなら国公さま、宜しく頼みます』 国公『サア早く行かう、照国別様が途中で待ちあぐんで厶るだらう』 と言ひ乍ら、岩窟を後に四人を伴ひ、宣伝歌を歌ひ乍ら、崎嶇たる山路を足早に下り行く。 (大正一一・一〇・二八旧九・九松村真澄録)
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霊界物語 39_寅_大黒主調伏相談会/言霊隊の出発 16 親子対面 第一六章親子対面〔一〇八一〕 セーム、シヤムの二人は三五教の宣伝使の尋ね来りしと聞くより、ポーロの命に依つて岩窟の入口に揉手し乍ら米つきバツタのやうに頭や腰をピヨコピヨコ屈め、 セーム『エーこれはこれは宣伝使様、よくこそ御入来下さいました。折角遠路の所、お越し下さつて、何とも早御礼の申上げやうも厶いませぬ。生憎主人は御不在で、大教主様の御命令を奉じ、デカタン高原まで出陣なさいました。其不在中は何人たり共、ここへ入れてはならぬとの厳しき命令、折角乍ら、どうぞお帰り下さいませ。なあシヤム、俺の言ふ事は決して嘘ぢやあろまい。セームが佝僂になる所まで頭をピヨコピヨコ、腰をペコペコさせて御願してゐるのだから、そこはどうぞ宣伝使の雅量を以てお帰り下さらば誠に有難う厶います。ヘヽヽヽ決して決して悪意で申すのでは厶いませぬ、又三五教の老夫婦は決して此岩窟の中に閉ぢ込めては厶いませぬから、折角お査べ下さいましても徒労で厶います。トツトと御退却を、偏に願ひ奉ります』 照国別『イヤ今日はどうしても此儘では帰る事は出来ないのだ。アーメニヤから樫谷彦樫谷姫といふ二人の夫婦が捉へられて来てゐる筈だ』 セーム『滅相もないことを仰有いませ。こんな山奥にアーメニヤなんぞからお出でる物好がどこに厶いませう、ソリヤ何かのお間違でせう』 菖蒲『何と言はれても、私は両親に会はねばならぬ。お邪魔なさると却てお為になりませぬぞえ』 セーム『ヤア此奴ア手ごはい談判だ、到底俺の一力では行きかねる。オイ、シヤム、奥へ行つて此由をポーロさまに早く注進せぬかい。そして今の何々を何々しておくのだぞ』 照国別『一刻の間も猶予はならぬ、罷り通るから案内を致せ』 セーム『一寸待つて下さいませ。不在師団長のポーロの御意見を伺つた上にして貰はねば岩窟侵入罪になりますから』 照国別『ハヽヽヽヽ大変なうろたへ方だな。此様子ではキツと碌な事ではあるまい。両親の身の上が案じられる。サア早く菖蒲殿、奥へ進みませう』 セーム『あゝモシモシ一寸待つて下さい、御夫婦は至極御健全に御安泰に御座遊ばします。決して虐待なんかしてはをりませぬ』 照国別『アハヽヽヽ、さうだらう。蚋一疋通はないやうな要心堅固な岩窟内へ御保護を申上げてゐると見えるワイ。イヤ御好意は後から御礼申す』 話変つて奥の一間では今迄酔ひつぶれてゐた酒も俄にさめ、蒼白な顔をして岩窟の戸をあけ、夫婦を引張り出すやら丼鉢を抱へて逃げ廻るやら、大乱痴気騒ぎの真最中である。そこへシヤムが飛んで来て、息を喘ませながら、 シャム『タヽヽヽ大変々々、これこれポーロの大将、レールさま、どうしたら宜からうか、思案を貸して下さい』 と頻りに地を両手でパタパタと叩きもがく。 ポーロ『何だ、あわただしい其騒ぎ方、どうしたといふのだ』 シヤム『何うも斯うもあつたものですか、息子が来たのですよ。ソレあの娘が、何うしても斯うしても、強つて入らうと致します』 ポーロ『立つて入らうと這うて入らうと、そんな事は頓着ないが、息子娘とは何の事だ』 シヤム『あの奥に隠してあつた老夫婦の伜と娘がやつて来たのですよ。カヽ敵討だと云つて、数十万の軍勢を引連れ、先頭に立つて立向ひました』 ポーロ『此の細谷路を数十万の軍勢がどうして来られるものか』 シヤム『何だか知りませぬが、随分沢山な白衣の軍卒が中空からやつて来ました。モシモシ大将、グヅグヅしてゐると岩窟退治が始まります。何とか用意をなされませ』 ポーロ『エヽ仕方がない、俺が一先づ表口に立向ひ、掛合つて見よう』 と言ひ乍ら、レールに何か囁きつつ、表口に駆け出し、叮嚀に腰を屈めて、 ポーロ『私は此岩窟を預つて居りまするポーロと申すはした者、何卒お見知りおかれまして今後御贔屓にお願いたします。サアどうぞ、お見かけ通の茅屋なれど、御遠慮なく、トツトとお入り下さいませ』 照国別『当岩窟内に樫谷彦樫谷姫の夫婦の方はお見えになつてをるか』 ポーロ『ハイお見えになつて居ります。それはそれは御機嫌麗しく、あなた方のお出でを、欣喜雀躍の体でお待ちかねで厶います。サア早くお通りあつて、御対面の程をお願致します』 照国別『何を言つても不案内なる岩窟、如何なる計略の罠に陥らむも計り難い、御苦労ながら、其夫婦の方をここ迄案内して来てくれ。吾々は此処にて御対面申上ぐるから』 ポーロ『それも御尤も乍ら、此頃は御大将の大足別様が、ハルナの都より、大教主のお召しにより、数万の軍卒を引率して、デカタン高原へ出陣された御不在中故、残りの人間は僅かに二十有余人、朝から晩まで留守事に酒を呑み、他愛なく酔ひ潰れて居りますから、決して計略などは致して御座いませぬ。どうぞお入り下さいませ』 菖蒲『モシ兄上様、ウツカリ進んではなりませぬぞ。コレコレここの番人とやら、早く妾が父母をここへお伴れ申して来るがよい。グヅグヅ致すと、お前さまたちの御為にはなりますまいぞや』 ポーロは頭をかき乍ら、 ポーロ『エー御説御尤もながら御夫婦は持病が起り、脚気が起つて、足に頭痛がすると仰有り、チヨツとも動けませぬ。又奥さまの方は産後の血の道とか、尾の道とかが目を出して、ウンウンキヤツキヤツ唸つてばかり、身動きもならぬ御不自由さ、どうぞあなたの方から進んで御面会を願ひたう存じます』 照国別『そんなら仕方がない、案内を致せ』 ポーロ『サア斯うお出でなさいませ』 と言ひ乍ら先に立つ。一行四人は後に従ひ、あたりに心を配りつつ、奥へ奥へと進み行く。忽ちカラクリ仕掛の板の間はクレンと引繰返り、四人はドツと一度に暗き陥穽に落ち込んで了つた。ポーロはしすましたりと、返し戸に錠を卸し、重き石を二つ三つのせて、ホツと一息胸撫でおろし、 ポーロ『オイ皆の奴、モウ安心だ。気をおちつけよ。彼奴は大足別様の恋慕して厶つた菖蒲といふナイスだ。そして一人は兄の照国別といふ三五教の有名な豪傑宣伝使だ。彼奴の言霊にかかつたが最後、手足も何もビリビリとしびれて了ふ無双の神力がある。併し乍らかうやつて奈落の底へおとして置けば、最早此岩窟内は無事安穏だ。モ一つ祝に二次会を開かうぢやないか』 とニコニコとして喚き立てる。レール、シヤム、ハールは嬉々として集まり来り、 レール『流石はポーロさま、留守師団長丈の資格は十分に具備してゐる。ヤア天晴れ天晴れかくなる上は何をか恐れむ、飲んで飲んで、飲み倒し、蛇の子になるか、虎になる所まで、お神酒をあがらうかい』 と、又もや酒徳利を穴倉より運び出し、一生懸命に歌を唄つて、悪事災難を逃れたる祝宴を張り出した。 一旦驚きの余り、さめかけてゐた酒は再まはり出した。其上に又もやガブガブとやつたものだから堪らない。何奴も此奴もグタグタになつて無我夢中に下らぬ事を喋舌り出した。 レール『コレコレポーロさま、随分ポーロい事が出来たぢやないか、酒は鱈腹呑めるなり、爺イ婆アの仇を討ちに来たと思うた息子娘は奈落の底へ落し込んだなり、最早天が下に恐るべき者は一人もなくなつて了つた。サアこれから爺イ婆アをここへ連れ出して来てお酌をさそうかい。オイ皆の奴、婆アでも女だぞ、男ばかりの此岩窟、滅多に不足はあろまいがな、アーン』 シヤム『何ぼ女だつて、婆アでははづまぬぢやないか。俺は今来た菖蒲とかさつきとかいふナイスを引張り出して、酌をさしたら如何だらうかと思つてるのだ』 レール『馬鹿を言ふな、あんな奴を引張り出して来ようものなら、丸で爆裂弾を投げたやうなものだ。恐ろしい代物だぞ。オイ、ヤツコス、何をグヅグヅしてるのだ。爺イ婆アをここへ引張つて来ぬかい』 ヤツコス『喧し言ふない、あんな目汁水ばなを垂れてる汚い爺婆をこんな所へ連れて来ちや、酒の御座がさめて了うぞ。それよりも俺が一つ品よう踊つて見せてやるからそれで辛抱せい』 と、早くも手拭を姐さんかぶりにして、一寸裾をからげ、手や尻をふりピシヤピシヤと時々手を叩き、 ヤッコス『私が在所はコーカス山の 麓の麓のその麓 ヤツトコセードツコイシヨ 樫谷の彦や樫谷姫 ウラルの神の御取次 こんな牢屋へ突つ込まれ ヨーイトサーヨーイトサー 朝から晩まで娘をくれいと責められる どうして娘がやられようか 鬼雲彦の眷族に ドツコイシヨードツコイシヨー』 レール『オイ貴様、人の代理をするのか、しやうもない、モツと気の利いた事を唄はぬかい』 ヤツコス『老人夫婦の守護神が憑つて唄つてゐるのだ。サアこれから、又一つ憑られてやらうかな。今度は大足別ぢや、ウツフヽヽヽ、 鬼雲彦の大将がイホの都を追ひまくられて ヤツトコサーヤツトコサーメソポタミヤの顕恩郷に ヤツとお尻をすゑた時ヤートサーヤートサー 三五教の宣伝使肝太玉の神司 家来をつれてやつて来て大きな目玉をむきよつた ドツコイシヨードツコイシヨー鬼雲彦の大将は 大蛇の姿を現はして一目散に自転倒の 大江の山へとつ走り又もやここを追ひまくられて 命カラガラフサの国逃げ帰りたる弱虫が 時世時節の力にて再び大黒主となり 羽ぶりを利かしてゐた所へ尾をふり頭を下げ乍ら 追従タラダラお髯の塵を払つてのけた利巧者 ヨーイトサーヨーイトサーそれが誰やと尋ねたら 清春山の岩窟に時めき玉ふ御大将 大足別の醜神だオツトドツコイコラしまうた 大足別の神司大樽あけて燗をして 何奴も此奴も呑むがよい呑めよ呑め呑め山も田も 家倉屋敷に至るまで呑んで並べたフラスコの 徳利トンのトントコトン面白うなつておいでたな 俺は酒は呑まないがけたいな匂ひで酔うて来た レールポーロの両人が尋ねてうせた神司 照国別といふ奴に肝を潰して陥穽 卑怯未練と知り乍ら甘くやつたる御手柄 天地の神も御照覧梵天王の自在天 大国彦の神様もさぞやさぞさぞ喜んで 泣いて厶るに違ない泣いたり笑うたり怒つたり お前ら一体酒食うて何が不足で怒るのか 泣いて明石の浜千鳥泣いた序に可哀相な さぞ今頃は菖蒲子が奈落の底でベソベソと 泣いて厶るに違ないそれを思へば俺だとて チツとは泣かずにや居られないウントコドツコイドツコイシヨ 呑めよ呑め呑め騒げよ騒げ一寸先は真の暗 後から月が出るけれど其月こそは運のつき うろつき間誤つきウソつきのヤクザばかりが寄り合うて バラモン教を開くとは呆れて物が言はれない ウントコドツコイドツコイシヨー照国別や菖蒲子を 甘くおとして喜んで酒にくらひ酔て居る内に 剛力無双の宣伝使又もや現はれ来たならば 何奴も此奴もうろたへて一泡吹くに違ない あゝ面白い面白い俺は高見で見物だ 大足別の腰抜がさぞ今頃は馬に乗り デカタン高原トボトボと数多の軍勢を引つれて 冥途の旅とは知らずして歩いて居るか情ない とは云ふものの俺達はチツとも苦しうない程に 其れの乾児と選まれたレールポーロやシヤムハール 其外百のガラクタがやりをる事が面にくい ホンに呆れた奴ばかり神の布教を楯となし 其内実は泥坊を本職とする奴ばかり 此岩窟は神様の聖場どころか狼や 獅子熊大蛇の跳梁場早く尊い神が来て 此奴ら一同悉く平げくれればよいものに あゝ叶はむからたまらないかんかんチキチンカンチキチン ドツコイドツコイドツコイシヨーホンに困つた奴ばかり 顔見てさへも腹が立つ』 レール『コラコラ怪しからぬ事を吐く奴だ。貴様は三五教の間者だらう、コーカス山のヤツコスの子孫だなんて吐してけつかつたが、貴様はウラル教をすてて、とうとう三五教に沈没してケツカルのに違ない。サア有体に白状せい、蛙は口からだ、大黒主様や大足別の大将の悪口ばかり吐きやがつたぢやないか』 ヤツコス『馬鹿だなア、俺の素性を今迄知らなかつたのか。俺は三五教の岩彦といふ宣伝使だ。神様の内命に依つて貴様等の行動を調査してゐるのを知らぬのかい。サア何ぼなつともがけ、アタいやらしい、ドツサリ盗み酒に喰ひ酔うて、脛腰も立たぬ態して、如何して俺に手向ふ事が出来ようか。丸で躄の病院へ来たやうなものだ。サアこれから此岩彦さまが、此出刃庖丁で、親ゆづりの裘を一人も残らず剥いでやらう、覚悟を致せ。アハヽヽヽ』 と出刃庖丁をグツと握つてレールの前に突き出した。レールは逃げようとすれ共、余りの泥酔に口ばかり達者で、手足の自由を失つてゐた。 レール『オイ、ポーロ、シヤム、ハール、何してゐるのだ。此ヤツコスを貴様等寄つて叩き殺して了へ』 ポーロ、ヘベレケになつて、 ポーロ『オイ、レール、貴様のいふこた、一体、一寸も分らぬぢやないか。殺すとか殺さぬとかぬかして居るが、あゝしておけば四人の奴ア、そんなに骨を折らなくても、ひとり木乃伊になつて了ふワ。マア酒でもゆつくり呑め、俺やモウ一足も立つ事も出来やしないワ、アーア苦しい、酒と云ふ奴ア、呑まれる時にや甘い味をしてゐやがるが、腹中に這入つてから盛に活動しやがるとみえて、何うにも斯うにも苦くて仕方がない。ゲー、ガラガラガラガラ、ウツプー』 レール『エヽ何奴も此奴も、酔どればかりぢやなア。さうぢやから酒を身知らずに食ふなというて聞かしてあるのだ』 シヤム『オイ、レール、偉相に言ふない、お前だつて、脛腰が立たぬとこまで酔うてゐるぢやないか』 レール『俺は俺で特別だ。俺の真似をすると云ふ事があるものかい。アーン、コレコレお化けのヤツコスさま、そんな出刃のやうな危いものをふりまはさずに早く陥穽の戸をあけ、早く四人の宣伝使を助けぬかい。そして俺達の代表者となつて、御無礼をお詫びしてくれないか。ナア、イワイワ岩彦の宣伝使、お前も中々ぬかりのない男だ。俺もカンチンした、流石は三五教の宣伝使だワイ。アーン』 ヤツコス『オヽ貴様のいふ通り、早く宣伝使様をお助け致さねばならぬ。シツカリ顔を見なかつたが、何でも梅彦によく似て居つたやうだ。ドレこれから四人を救ひあげて、貴様等一同を其後へほり込んでやらうか。此奴ア面白い』 と立上らうとするのを、レールは矢庭にヤツコスの足にくらひつき、 レール『俺はレール酔うたのだから、寝鳥の首を締めるやうな事をやられちや浮む瀬がないワ。マアマア一つ鍋を食た仲だから、其誼みで俺丈は免除してくれ。其代りにポーロ、シヤム、ハール、エルマ、エム等は一寸も遠慮いらぬから、ドシドシと放り込んでくれ。モウ斯うなると吾身が大事ぢや、人が死なうが倒れやうが、吾さへ良けらよい時節だ。コレ丈道理を解けて頼むのにお前は聞いてくれぬのか。アーン』 斯かる所へキルクは慌しくやつて来た。 キルク『オイオイポーロ、三五教の宣伝使がタール、ハム、イール、ヨセフを供としてやつて来ました。如何致しませうかな』 ポーロ『ナニ、又宣伝使がやつて来た?そしてハムの兄哥が居るといふのか、ソラ洒落てる、流石はハムだ。甘く引張り込んで来やがつたな』 キルク『イエイエ滅相もない。ハム、タール、イール、ヨセフはスツカリ三五教の味方をして、ここへやつて来よつたのだ』 ポーロ『ハハー彼奴ア鬼熊別さまの子分だけれど、同じ教だと思つて、俺達に手柄をさそうと連れて来たのだらう。本当に気の利いた奴だ』 ヤツコス『ナニ、三五教の宣伝使が来たか、其奴ア面白い、何奴も此奴も一人も残らず酔ひつぶれて居やがる、決して老人夫婦に対し後顧の憂ひがないから、俺が一つ出迎へに行て来う』 と、岩戸の入口に走り出で、 ヤッコス『これはこれは三五教の宣伝使様、お名は存じませぬが、マア奥へお入り下さい。照国別一行が今陥穽へおとされて困つてゐる所です。サア早く飛込んで岩窟征伐をして下さい。吾々もお手伝ひを致しませう』 国公『ハテ、合点のいかぬ事を云ふぢやないか、お前はバラモン教の眷族だらう』 ヤツコス『実の所は三五教の宣伝使岩彦命だ。大神様の内命に依つて、此岩窟へ信者と化けこみ、今迄時を待つてゐたのだ。お前もまだ新米と見えるが、ナーニ案じる事はない。トツトと這入つてくれ、随分面白い事が始まつてゐるから』 と鷹揚に言ひ放ち、ニコニコとして奥に入る。国公は合点行かず、四人を従へ奥深く進み入り、酔ひどれの姿を見て、顔をしかめ、 国公『アヽいやな匂がするぢやないか、何だムサ苦しい、そこら中に店出しをしよつて、オイ何か芳香水がないか、イヤ防臭液でもいい、チトふりかけてくれ』 岩彦『それは兎も角、照国別外三人を救ひ上げねばならぬ。そんな末梢的問題はどうでもいい、中々戸が重たくて俺一人では如何ともする事が出来ない。ヤイ、一同の連中さま、俺に力を貸してくれ、ここだ此丸い穴へ一人づつ指を突込んでグイと引上げてくれ』 国公は『ヨシ来た』と言ひながら六人力を併せて、非常に重たい板の戸を引きあけた。中には四人の男女が一生懸命に天津祝詞を奏上してゐた。国公は穴を覗いて、 国公『ヤア照国別の宣伝使様、危い所でありました。黄金姫様、清照姫様の命令に依つて、あなた方をお助けに参りました』 照国別『ヤアそれは御苦労だつた、曲津神奴、とうとうこんな所へおとしよつて流石の俺も如何なる事かと、聊か心配してゐた。持つべき者は家来なりけりだ。早く縄梯子でもおろしてくれないか』 岩彦は何処よりか縄梯子を持来り、バラリとかけ下ろした。照国別を初め、菖蒲、照公、梅公は猿の如く縄梯子を伝うてかけ上り、国公の前に首を一寸下げ、 『ヤア有難う』 と挨拶する。岩彦は照国別の背を二つ三つポンポンと叩き、 岩彦『ヤア梅彦、久し振だつたねい、こんな所で会はうとは夢にも思はなかつたよ』 照国別『ヨーお前は岩彦だつたか、何と不思議な所で会うたものだ。併し老人夫婦はどうしてゐるか、聞かしてくれ』 岩彦『心配すな、俺がいつもかくれ忍んで十分の御馳走を与へ、大切に守つてゐたから、お二人共至極健全だ。聞けばお前の両親だつたさうだねい』 照国別『両親はどこにゐられるか、案内してくれないか』 岩彦『ヨシ俺に従いて来い、陥穽はモウこれ丈だ』 と言ひつつ、牢屋の前に導いた。見れば牢獄の戸はパツと開いてある。照国別がここへ来た時にシヤムの奴、驚いて戸を開けておいたからである。されど老人夫婦は仮令此牢獄を出た所で、ヤツパリ岩窟の中だ、どんな目に会はされるか知れないと、小隅に夫婦は抱合つて、震うてゐた。 照国別は声をくもらせ、 照国別『モシお父さま、お母アさま、私は梅彦で御座います、妹の菖蒲もここに参つて居ります。どうぞ御安心下さいませ』 此声を聞くより老人夫婦は牢獄を飛び出で、樫谷彦は菖蒲に樫谷姫は照国別に抱つき、嬉し涙にかきくれ、暫しは無言の幕をつづけて、熱き涙を滝の如くに流すのみなり。 これよりポーロ、レールを初め一同の罪を赦し、照国別は両親を初め、妹菖蒲を国公に守らせ、タール、イール、ハム、ヨセフも前後を守つて、アーメニヤの故郷へ帰らしめ、自分は大神の使命を果すべく、照公、梅公及岩彦を伴ひ、岩窟を後にフサの国をさして、宣伝歌を歌ひつつ、勇み進んで出でて行く。惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・一〇・二八旧九・九松村真澄録)
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霊界物語 40_卯_照国別と黄金姫&清照姫母子 09 雁使 第九章雁使〔一〇九三〕 フサと月との国境アフガニスタンの北方に 雲を圧してそそり立つ清春山はバラモンの 教に取つて第一の要害堅固の関所ぞと 名も遠近に轟きぬ大黒主の命に依り 清春山の神柱大足別は軍卒を 数多率ゐてカルマタの国の都に蟠まる ウラルの彦の魂の末常暗彦の集団を 只一戦に相屠りバラモン教の安泰を 守らむ為に出でゆきし後は藻ぬけの殻となり 難攻不落の絶所をば力となしてポーロをば 臨時岩窟の司とし出でゆきし後の岩窟は 制度も秩序も紊れはて夜を日に次いで十数の 番卒共は腸を腐らす牛飲馬食会 盛んに行ひ居たりしが三五教の神司 照国別の一行に言霊線を放射され 右往左往に逃げ惑ふ其惨状を見のがして 先を急ぎし宣伝使両親妹を守りつつ 帰りし後は又元の牛飲馬食の会となり 飲めよ騒げよ歌へよ舞へよ一寸先は暗の夜ぢや 暗の後には月が出る月は月ぢやが運の尽 キヨロつき、マゴつき、ウソつきのバラモン教の神柱 戦に勝たうが負けようが国家の興亡は吾々の 敢て関するとこでない朝から晩まで酒を呑み 甘い物食て楽々と暮して其日を送るのが 文明人種の行方とウラル教もどきに悪化して ポーロ、レールを初めとしハール、エルマやシヤム、キルク 其外残りの信徒は飲まな損ぢやと争うて ヘベレケ腰になりながら岩窟の中を這ひまわり 大蛇の正体現はして騒ぎ狂ふぞ可笑しけれ。 ポーロはもつれ舌を無理に動かせながら、 ポーロ『オイ、レール、とうとう爺イと婆アを取返され、折角陥穽へ落した三五教の宣伝使一行も亦、ヤツコスの裏返りに依つて、サツパリ掠奪され、最早俺達の使命はこれで尽きたと言ふものだ。こんな淋しい岩窟に頑張つて居つたのも、あの夫婦を押込め、彼奴の口から菖蒲を口説き落させ、大足別さまの女房にする為に勤めてゐたのだが、モウ斯うなつちやア仕方がない。本館へ立帰らうぢやないか。大足別さまは不在でも、小足別の神司がまだ沢山の部下を伴れて守つてゐるから、そこまで一つ退却しようかい。グヅグヅしてゐるとあの宣伝使奴がむし返しにやつて来よつたら、それこそ今度はポーロもボロクソにやられて了はねばならぬかも知れない。さうだから今の間にポーロい汁を吸うて、後に未練のないやうにしておかうと思つて、特別破格を以て、貴様たちに勉強さして牛飲馬食を勤めさしてゐるのだ。此頃は貴様も一向不勉強ぢやないか。初めの間は僅かに十六人を以て四斗も五斗も飲んでくれたが、何だ、此頃は十七八人も寄つて僅かに一斗五六升の酒にヘベレケになりよつて、そんな事で此岩窟の酒が何時なくなるか分つたものぢやないぞ。レール、ちつと皆の奴を鞭撻して、モ少し活動させたら如何だい』 レール『俺だつて何時もレールから脱線する所まで奨励してるのだから、モウこの上勉強せいと云つても仕方がないワ。ウラル教の奴でもゐよると、五六人新手を加へて、呑ましてやつたなら、それはそれは随分はかがゆくのだけれどなア。酒を呑むなら薬鑵で呑めよ、薬鑵がいやなら壺口で呑めよ。壺口がいやなら飛込んで呑めよ、猩々の奴めが胆つぶし、呆れ返つて逃げるよに呑めよ、呑めよ呑めよドツサリ呑めよ、呑めば呑む程身の徳利だ。デカタンシヨウデカタンシヨウ……とやつたら、随分面白からうがな。アーン』 ポーロ『オイ、シヤム、貴様は此頃は一向酒に勉強をせぬぢやないか。何だか口汚ないシヤムシヤムと飯ばかり食ひやがつて、そんなことで牛飲党の幹部になれるか。グヅグヅしてゐると酒のなくならぬ間に三五教がやつてくるかも知れぬぞ。さうなつたら俺達は三五教ぢやないが、無抵抗主義だから、甘い酒が残つてると、後に執着心が残つて潔う逃げられぬからなア。敵に酒を呑ますも余り気が利かぬぢやないか』 シヤム『ナアニ、三五教だつてヤツパリ人間だ。彼奴が呑んでもヤツパリ甘い酒は甘いのだ。ウラル教の奴に手伝はすより、余程ハカが行くかも知れぬぞ。何ぼ呑んでも三五教だから、腹にたまる気遣もなし、俺達のやうに、直にづぶ六メンタルになる虞はなからうぞ。なあ、ハール、三五教がやつて来たら………これはこれはようこそ御入来下さいました。何分悪の御大将が不在で厶いますから、結構な毒酒をあげる訳にもゆかず、とつときのよい酒で済みませぬが、一献どうでげせう……とかますのだ。さうすると、酒見て笑はぬ奴アないから、何程三五教だつて、すぐに相好をくずし、喉をグルグル言はして……ヤアこれはこれは思ひがけなき御馳走を頂戴致しました……といつて、目を細うしてグツと一杯やつたらモウ大丈夫だ。一杯のんでも甘い、二杯のんでも亦甘い、三杯のんでもまだ甘い、四杯五杯、百杯千杯と、しまひの果にや土手を切らし、三五教も何も忘れて了ひ、キツと牛飲馬食会の会員になるにきまつとる。さうなると、余り俺達は酒を呑まぬやうにするのだ。向方が十分酔うた潮合を計つて、来る奴来る奴をあの陥穽へ埋葬さへすれば、三五教の百匹や二百匹来たつて、さまで驚くには及ばぬよ。何と妙案奇策ぢやないか』 かく話す時しも、エルマ、キルクの両人は今迄酔ひ倒れてゐたが、何に感じたかムクムクと起上り、 エルマ、キルク『コーリヤ、どいつも此奴も、計略を以ておれ等両人を殺そうとしたなア。俺も死物狂ひだ』 と夢を誠と思ひ僻め、矢庭に奥の間に駆け入り、両人は長刀をスラリと引抜いて、ポーロ、レール、シヤム、ハール其他十二三人の群に向つて、無性矢鱈に切込んだ。頬の肉をけづられた奴、鼻の先を切られた奴、耳を落された奴、腕を切られ、指を飛ばされ、 『コラコラ何をする』 といひながら徳利や鉢や盃や膳を以て防ぎ戦ふ。徳利や鉢の破れる音パチパチガチヤガチヤ、ウン、キヤア、アイタと咆吼怒号の声一時に起り来り、岩窟の外迄聞えて来た。ケーリス、タークスの両人は何事の変事突発せしやと、足許に注意しながら奥深く進み入れば、岩窟の中は阿鼻叫喚、修羅の巷と激変してゐる。ケーリスは矢庭に雷の如き声を張り上げ、 ケーリス『コラツ』 と一喝した。どこともなく其言霊に三五教の威力備はつてゐたと見え、エルマ、キルクは其声と共に刀をバタリと落して尻餅をつき、仰向けに倒れる。ポーロ以下の連中も手に持つた得物を悉く其声と共にパタリと落し、同じく仰向けに、残らず倒れて了つた。何れもケーリスの言霊の威力に打たれて身体強直し、首から上のみをクルクルと廻転させ、蒼白な顔して呻いてゐる。 タークスは声も涼しく宣伝歌を歌ひ出した。 タークス『大黒主の命を受けイソの館へ立向ふ 鬼春別の将軍が先鋒隊と仕へたる 片彦さまに従うてライオン河を打渡り 駒に跨り堂々とクルスの森に来る折 三五教の宣伝使照国別の一行に 思はぬ所で出会し互に挑み戦ひつ 味方は脆くも敗北し吾等二人は言霊に 打たれて馬より転落し命危くなりけるが 仁慈無限の三五の神に仕へし神司 照国別は照、梅の二人の供と諸共に 吾等を助け労はりて尊き教を宣り給ひ 三五教の信徒と許され給ひし身の上ぞ あゝ惟神々々神の御霊の幸はひて 吾等二人は勇み立ち栗毛の駒に跨りて 清春山の麓まで風に髪をば梳り 進み来りし者なるぞここに駒をば乗捨てて 汝ポーロに会はむ為照国別の信書をば 齎し来る吾が一行岩窟の外にて窺へば 阿鼻叫喚の惨状は手にとる如く聞えたり 只事ならじと吾々は進み来りて眺むれば 落花狼藉ここかしこ血潮の雨は降りしきり 丼鉢は舞ひ狂ひ徳利は宙に飛上がり さながら戦場の如くなりポーロ、レールよシヤム、ハール エルマやキルク其外の神の司よ、よつく聞け 人は神の子神の宮一つの神の造らしし 同胞なれば村肝の心を合せ睦じく 天地の神の御使となりて仕ふる身なるぞや 汝等一同神柱大足別の出でましし 不在を幸ひ甘酒に酔ひくづれつつ此様は 神の司と任けられし人のなすべき事ならず 一日も早く心をば改め直せ惟神 神に誓ひてタークスが汝を戒め諭すなり あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ 一二三四五つ六つ七八九つ十百千 万の神の御恵にポーロを始め一同の 心の園に花開き正しき教の御柱と 救はせ給へ惟神神の御前にねぎまつる』 と歌ひ了るや、ポーロを始めレール其他一同はムクムクと漸くにして起上り、二人の前に恐る恐る手をつかへ、あやまり入るのであつた。 ポーロ、レールは同じバラモン教にて顔を見知つたるケーリス、タークスの両人が俄に不可思議の神力を身にそなへ、且つ三五教式の宣伝歌を歌ひたるに胆を潰し、其霊徳に打たれて一言も発せず又反抗的態度もとらず、唯々諾々として両人のなすが儘に服従せむと、期せずして互の心は一致してゐた。 ケーリス『コレ、ポーロさま、大将の不在中だと思つて、随分活躍したものですな、少しタガがゆるんでゐるやうですよ。かかる忠臣に留守を守らせておけば、大足別様も御安心でせう、アハヽヽヽ』 タークス『きまつた事よ。鬼の居ぬ間に心の洗濯を遊ばしたのだ。誰だつて今の人間は面従腹背とかいつて、本人の前ではペコペコと頭を下げ………お前さまのことなら命でも差上げますと、二つ目には巧妙な辞令を使つてゐるが、其前を離れると、すぐに打つて変つて悪口を言つたり反対的の行動を執るものだ。それが所謂現代思潮だ。いはば時勢に忠実な行方と言はば云へぬことはない。何事も神直日、大直日に見直し聞直し、善意に此場は解釈しておく方が穏かであらうよ。俺だつて、昨日までならキツトさうだ。ポーロさまに決して負けるものぢやない。吾々だつて片彦将軍に何といつた………仮令三五教の宣伝使幾万騎押寄せ来るとも、命の限り奮闘を続け、不幸にして命がなくなれば、七度生れ変つて、バラモン教の為に三五教の司を殲滅致さねばおきませぬ………と誓つた間もなく直に此通り三五教へ帰順して了つたのだから、人間のやる事は如何しても矛盾は免がれない。オイポーロさま、実は俺達は最早三五教の信徒だ。これからイソの館へ修行に参る所だ。其途中に於て三五教の宣伝使………つまり俺達の親分、照国別命から信書をことづかつて来たから、何が書いてあるか知らぬが、よく検めて読んでくれ』 ポーロは照国別と聞いて、胸をビクつかせながら信書を受取り、封おし切つてソロソロと読み下した。信書を持つ手は頻りに慄へてゐる。其文面は左の通りである。 『一、三五教の宣伝使照国別より清春山の岩窟の留守職ポーロに一書を送る。吾両親は、永らく汝の手厚きお世話になり、安楽に月日を送り、あらゆる世の艱難を嘗めた為、漸くにして尊き神の恩恵を悟り、又吾妹も同じく神徳の広大無辺なるを悟り、正しき三五の信徒となりしも、要するに汝等が迫害的同情の賜物たることを深く信じ深く感謝する。又岩彦の宣伝使はヤツコスと名を変じ、汝が岩窟の館に忍び込み、種々雑多のバラモン教の教理を探り得たるは、向後に於ける彼が活動上、最も便宜を得たるものと確信し、これ又謹んで感謝する次第である。 次に吾々始め一行の者、暗黒なる陥穽に放りこまれ、否陥落したるより、不注意の最も恐るべきを悟りたるは、今後の吾々が活動上に於ける良き戒めにして、全く汝等の恩恵に依るものと、これ又謹んで感謝する。人は凡て尊き造物主の分霊分体なれば、狭隘なる教の名を設けて、互に信仰を争ひ、主義を戦はすは、大慈大悲の元つ御祖の神に対し、不孝の罪、これより大なるはなかるべし。 ケーリス、タークスの両人は直ちに三五の教理を悟り、速かに入信したれば、今よりウブスナ山のイソ館に遣はし、天晴れ誠の神柱となさむ為に差遣はす途中、此手紙を汝に謹んで呈する。万一汝等にして照国別の言を肯定するならば、此二人と共にイソの館に参り、日の出別の神始め其他の神司より教を受けられよ。恐惶頓首』 と記してあつた。ポーロは涙を流して感歎し、再び此神文を読み上げ、一同に聞かせた。レール、シヤム其他一同は異口同音に照国別の宣伝使を称讃し、且三五教の教理の十方無礙、光明赫灼たるに打驚き、心を改め、二人に従つてイソ館へ参進することとなつた。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・一一・二旧九・一四松村真澄録)
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霊界物語 44_未_玉国別と治国別2 19 婆口露 第一九章婆口露〔一一八八〕 松彦は山道の傍に屹立せる大岩の傍に、五人の従者を集め息を休めて話に耽つてゐる。 松彦『アクさま、随分危ない事だつたな。マア結構だつたよ』 アク『婆におどかされて走る途端に足をふみ外し、随分冷つこい目に逢ひました。併し乍ら水泳に得意な私ですから助かつたのですよ。タク、テクの両人だつたら、サツパリ駄目ですわ』 松彦『そらさうぢや。マアよかつた。万公さま、お前は偉う親子の女にやられて居つたぢやないか。随分弱い男だなア』 万公『ヘーヘ、悪に弱い、善に強い万公ですもの、無抵抗主義の三五教でなかつたら、婆を河へほりこンで了ふとこでしたけれども、成る可く直日に見直し聞直して、無抵抗主義を固く守つてをつたのですよ。さうしたところ婆と娘とが按摩をしてくれました。肩をうつやら腰をもむやら、足を引ぱるやら、おかげで体が楽になりましたよ』 五三公はふき出し、 五三公『アハヽヽヽ負惜みのつよい男だな。キヤアキヤア云つて泣いて居つたぢやないか』 万公『ナーニあれはこそばいとこを揉むものだから笑つてゐたのだよ。貴様には泣いた様に聞えるか』 五三公『それでも人殺、助けてくれと云つたぢやないか』 万公『ウン一寸テンゴに言つて見たのだ。その証拠には婆さまと娘とが泣いてをつたぢやろ。俺は一寸も泣きはせぬよ、大丈夫たるもの女位に泣かされてたまるかい』 五三公は、 五三公『モシモシ松彦さま、此奴の秘密を探つて来ました。仕方のない奴ですでー』 松彦『ナニツ、秘密をさぐつたと、そりや面白い。どンな事だ、差支なくば聞かしてくれ』 万公『コリヤコリヤ五三公、他人の秘密をあばくやうな不道徳はないぞ、慎まぬかい』 五三公『それなら仕方がない、五三公も沈黙しようかな、お里がわかると気の毒だからなア』 万公『コリヤお里の事は云はぬやうにしてくれ。さう親友の事を公衆の前にさらけ出すものぢやないわ』 五三公『松彦さま、あー云つて頼みますから、五三公も友情を以て、或時期まで保留しておきませう。その代りに、万公が私の命令を奉じない時には、さらけ出します。なア万公、その条件附で暫く沈黙を守ることにしようかい』 万公『どうぞ頼む、万公末代云はぬやうに』 五三公『ヨシヨシその代りに俺の尻を拭けといつても拭くのだぞ。滅多に違背はあるまいなア』 万公『ヘン馬鹿らしい。誰が貴様の尻をアタ汚い拭く奴があるかい。体ばかりか心迄汚い代物だからなア。吝ン坊で悪口言ひで穴さがしで、奸黠で、狡猾で、不道徳で、権謀術数家で、強欲で丸で旃陀羅のけつに醤油の実をつけて甜つてるやうな奴だ。こンな奴に秘密を握られて居ると一生頭が上らぬから、イツソの事俺の方から松彦さまの前で公開をするから構うて呉れな。オイ五三公さま、えらい御心配をかけました。別に人のものをチヨロマカシたのでも無し、聞いたら涎の出るよなボロイ面白い話だから、別に恥にもなるまい。誰だつて多少のローマンスはあるのだからなア。女なンか胸が悪いと云ふやうな顔をしてゐ乍ら、人の見ぬところでは、女に湯巻の紐でしばかれて涎を繰つて居る奴が多いのだから、多少の恋物語があるのは寧ろ誇りだ。貴様の様な唐変木では、春が来ても花は咲きはせぬぞ』 五三公『何うなと勝手にほざいたが好いわい。俺やもう干渉せぬわ。その代り貴様が失敗しても五三公は高見から見物するから、さう思つたがよからう』 アク『なンだか様子ありげな口振だな。そのローマンスとやらをアクも聞たいものだよ』 万公は肱を張り、 万公『きかしてやらう、謹聴せい』 と今や話の糸口を解かむとしてゐる所へ、以前のお寅、お菊はスタスタとやつて来た。 お寅『モシモシ、万は其処に居りますかなア、あの悪たれ男は』 五三公『そーれ、やつて来たぞ。万公、喜べ、モ一遍按摩をして貰つたら何うだイ』 万公『お婆さま、モウ沢山で厶います、イヤもうズンと万公も改心いたしました。何卒帰つて下さいませ』 お寅『イヤイヤ未だ改心が出来て居らぬ。娘と二人よつて折檻をしてやるのに結構な按摩で肩の凝が下つたと捨台詞を残して逃げて行くよな男だからな。死なねば治らぬカク病だ、エーエ、骨の折れた事だが思ひ切つて荒療治をしてやらう。オイ万、此方やへ来い』 万公は小さくなつて慄ひ戦いてゐる。 お寅『アハヽヽヽ、やつぱり何処か心に光明があると見えて、恥を知つて顔を隠しよる。マア頼もしいものだ。コレコレお前さまは万の親方と見えるが、こンな厄介物を連れて旅をなさるのは、嘸お骨が折れる事でせう。此婆が物語をするのを聞いて下さいませ。此奴の欠点をよく呑み込ンでおいて貰ひませぬと、貴方の御迷惑になるといけませぬから、後へ引返して参りました』 松彦『何事か存じませぬが承はりませう。此男には一つの秘密があるさうですなア』 万公『お寅さま、殺生な、コレお菊、どうぞお前仲裁して止めてくれぬか。あンな事を云はれちや顔が赤くなつて、ついて行く事が出来ぬからなア』 お菊『お母さま、一つか二つ程にして、みんな云はないやうにして上げて下さい。押かけ婿に入つて来た事やら、私を手込にしかけた事は云はないやうにしてねー』 万公『コラお菊、そンな秘密が何処にあるか。肝腎の事を皆云つて了つたぢやないか、万公さまを馬鹿にするない』 お菊『私は子供上りだから何云ふかしれないよ。気にかけずに許して頂戴ね』 五三公『アハヽヽヽ、ウフヽヽヽ到頭面の皮をむかれよるのか。イヒヽヽヽ』 と五三公、アク、タク、テクの四人は手を拍ち踊り上つて喜ぶ。 お寅『松彦の先生様、此の婆の云ふ事一通り聞いて下さい。此の万と云ふ男は酢でも菎蒻でも行かぬ動物で厶いますよ。一昨年の冬だつたか、凩のピユーピユーと吹く夕間ぐれ、家の門前に見すぼらしい乞食がふるうてゐると、僕の者が奥へ知しに来たものですから、私も小北山の神様を信心して居るのだから、人を助けるのは神様の御奉公だと思ひ握り飯を一つ持つて門口迄出て見れば、若布の行列か、シメシの親分と云ふよなツヅレの錦を着て、蓆をかぶつて慄うて居る奴乞食があるぢやありませぬか。そこでアー可愛相に同じ様に神様の息から生れた人間だ、助けてやるのが神様への孝行だと思ひ、握り飯を一つお盆にのせて、アタ汚い乞食に御叮嚀に、さア嘸おひもじう厶いませう。さあ、これでも食べて帰つて下さいと云ふと、その乞食は黒い黒い顔から、眼をむき出し、吐すことには「アー世界に鬼はない、誠に有難う厶います。此御恩は忘れませぬ」と米搗バツタの様に腰をペコペコ百遍計りも曲げて拝むぢやありませぬか、私も不愍が重なつて何とかして湯巻の古手でも探して被せてやりたいと思つて居りました。お盆に握り飯をのせて突出して居るのに取らうともせず、腰ばつかりペコペコさして居る。辛気くさくて仕方がないから、お前、此の握り飯が気に入らぬのかいと聞くと、その乞食の云ふには今近所で葬式の残りの御馳走を鱈腹頂いて来たところだから、握り飯は欲しくはありませぬ、暖かいお茶が一杯頂きたいと云ふので、私も浮木の村のお寅と云つて仇名を取つた女侠客だから人を助けてやらぬ訳にも行かず、苔だらけの手を握つて奥へつれて行き、たぎつて居つた茶を出して、サア之をお上りなさいと茶椀を添へて出しておきました。而して奥の間へ入つて障子の破れから考へてゐると生れついての乞食だと見えて、アタ行儀がわるい。土瓶の口から煮え切つた茶をグツと呑み込み、喉に焼傷をして目をクルクルとむき、泡を吹き七転八倒してゐるぢやありませぬか。エー怪体のわるい、ド乞食を引張込ンだものだと思ひ、慌て行つて見れば、大切にしておいた青土瓶はポカツと二つに破れ、折角沸かした茶は畳にこぼれ、畳が御馳走とも何とも言はずにけろりとなめて、細い目を沢山ならべて睨ンでゐるぢやありませぬか。ホヽヽヽヽ、そのド乞食が仰向に倒れてゐるとこを見れば、煤で煮〆たような褌を垂らし、吊柿のよな真黒気のものを出して倒れてゐる。サア大変だと家内中がよつてたかつて水をのませ、いろいろと介抱した結果、ようよう息を吹きかへした。併し乍ら舌をやけどしたものだから、舌も口も腫れ上り、国所を尋ねようにも名を聞こうにも物が言へないので、聞く訳にも行かず、筆紙を持つて来て名を書けと云つても、此奴は明きめくらと見えて一字もよう書かず、仕方なしに藪医者を頼ンで来て裏門から灌腸して到頭物を云ふ様にしてやりました。それから虱だらけの衣物を油をかけて、焼いて了ひ、亡くなつた爺さまの一番古い衣物を着せてやつて、行く処もない代物だと云ふから下僕につかつて野良仕事に使つて居りました』 五三公は首をかたむけ乍ら、 五三公『そら誰の事ですか、よもや万公さまでは有りますまいナ』 お寅『云はいでも知れたこつちや、此の万のことだよ』 五三公『何とマンのわるいとこに出会したものだなア、万公さま』 アク『アハヽヽヽ面白い面白い、お婆さま、しつかり頼みますデ。千両々々アクアクするワ』 万公『コリヤ、アクの奴馬鹿にすない、俺は瑞のみたまだ。アクの鏡が映つとるのだから、俺の事ぢやない、世間の奴の悪い事が奇麗なみたまの俺にうつつたのだ。其のつもりでお婆さまの云ふ事を聞けよ。取違ひと慢心は大怪我の基だから、お婆さまの云ふ事をよく味はうて聞くがよいぞよ。人の事だと思へば皆吾身の事であるぞよ。世界中がかうなつて居ると云ふ事を変性女子の身魂にさして見せてあるぞよ。…………と云ふ教をきいて居るだろ、それが俺の事だからのう』 松彦『フヽヽヽヽお婆さま、その次を松彦にお聞かせ願ひます』 お寅『一寸此処で中入といたしまして、又後はゆるゆると御清聴を煩はします。オホヽヽ、万公さま随分耳が痛からうなア』 万公『チヨツ、万公も万がわるいワイ』 お寅『アーア、こンな事は云ひたい事ないけれど、これも万公の将来の為だから、モウ一息先生のお耳をわづらはしませうかなア。コレ万公さま、お前が決して憎うて云ふのぢやない、たとへ三日でも因縁があればこそだ。お前の為に云ふのだから、聞いて下さい。どうせチツトは耳が痛いのは請合だが、罪亡ぼしだと思つて辛抱しなさい』 五三公『ナント御親切なお婆さまだなア、五三公もこンな親切に云うて呉れるお婆さまに逢ひたいわ。それからお婆さま、後は何うなつたのだい』 お寅『それからお前さま、此の万を野良仕事にやつて置いたところが、鼠かなンぞのよに大根を作つておけば噛ぢつて食ふ。蕪をひいて食ふ、サツマ芋は根からひいて食つて了ふ。まるで土竜を飼うてをるよなものだ。こンなものを飼うてゐちや百姓をせぬがましだと思つて、仕方なしに娘の見守り役にしてやつた。それがサツパリ災の種となつたのだ。此の婆が熱病をわづらつて今日か明日か分らぬといふやうになつたので、孝行な娘のお里が此万をつれて氏神の社へ参拝をしたのだ。ソーすると何時の間にかお里の腹がポテレンと太つて来た。婿も貰はぬのに腹がふくれるといふのは、コリヤ屹度脹満に違ひないと藪医先生を頼ンで見て貰つたら、娘の氏神参りの御かげで私の病気は直つて了うたが娘が脹満になつて了つた。医者も医者だ。脹満だ脹満だといつて矢鱈に苦いものを飲ます、ソレでも十月目にターンクの口が開いてホギヤアと一声、娘はビツクリして其場に気絶して了つたわいのー、アンアン。それから上を下へと大騒動を始め、朝鮮人蔘を飲ましたおかげで、ヤツトの事で気がつき、おかげで娘の生命はとりとめたが、肝腎の乳が出ぬものだから、生れた子は骨と皮とになり、到頭死ンで了つた。アーンアーン』 五三公『ソリヤどうも気の毒な事だなア。そしてその子は一体誰の子だい』 婆はところまだらに残つた歯をかみしめ、イーンイーンと頤をつき出し、妙な手つきで万公の肩をこづくやうな手振りをして、 お寅『此奴だ此奴だ、此のガキだよ。アーンアーン』 アク『オイ万公さま、まンざらでもないのー。エー、アクにも一杯おごつて貰はうかい』 万公『ウン』 お寅『それからいろいろと詮議の結果、お里が言ふには万さまの子だ。こうなるのも前生の因縁づくぢやから、何卒乞食上りの万さまでも私の夫に違ひない。此人と添はしてくれなければ死にます死にますと駄々をこねるのだ。此道ばかりは親が何うする訳にも行かず気に入らぬ男だと思つたが、何を言うても肝腎の娘がゾツコン惚こンでゐるのだから、此婆も我を折つて泣き寝入りにしたのだ。所が運の悪いお里は産後の肥立ちが悪うて、帰らぬ旅に行きました。アーンアーン』 と涙を拭ふ。 五三公はホツと息をつぎ乍ら、 五三公『ナント万公といふ奴は罪な事をしたものだなア。刃物持たずに二人も人を殺しやがつたなア。道理で野中の森で暗うなるとビリビリふるひよると思つた。やつぱり斯う云ふ原因があるのだから、怖ろしがるのだワイ』 万公は、 万公『コリヤ五三公、批評はやめてシツカリきけ。これからが性念場だぞ』 と焼糞になつて怒鳴り立ててゐる。 お寅は言を次いで、 お寅『それから此万の恩知らず奴、増長しよつて、まだ蕾の花のお菊を手込めにし、二代目の女房にしようと企みをつたのだ。流石に偉い女だからお菊はポンと肱鉄をくはした。すると万公奴、妹に肱鉄をくはされて逢はす顔がないと遺書を書いて吾家を出た切り、膿んだ鼻が、つぶれたとも、河童の屁がくさくないとも云つて来ず、本当に困つたガラクタ男だ。妾は今日小北山の神様に、浮木の森の村に一時も早く軍人が居らぬ様になります様と祈つて居る所へ、娘に神憑があり「今早く行けば万公に出逢ふ」との御指図で、実の処は万公に意見をしてやらうと思つて出て来たのだ。此上の神様には沢山な人がこもつて居るが、まだ三人や五人寝られぬ筈はないが、万公の様子を探らうと思つてあンな事を云つて居つたのだ。……松彦の先生さま、私の家では斯ういふ事をやつて居ましたから、嘸世間でも悪い事をして歩くでせう。何卒気をつけて真人間にして下さい。因縁あればこそ娘の腹をふくらしたのですから、娘の惚て居つた男を憎いとは思つて居ませぬ、何卒一人前の人間にして貰ひたいと思つて再び引返して来ました』 と涙乍らに語り終る。 松彦『何もかもわかりました。何卒御安心なさいませ。私ばかりか治国別様といふ立派な先生がついて居られますから、万公の事は御案じ下さいますな』 お寅『ハイ有難う厶います、何卒よろしう御願ひいたします。サアお菊、失礼して一足お先へ行きませう。お竜さまが待つてゐられますから』 お菊『皆さま御面倒いたしました。菊はお先へ失礼いたします』 松彦『左様ならば御機嫌よう』 五三『アハヽヽヽ』 アク『オツホヽヽヽ』 タク、テクは飛び上つて、 タク、テク『ワツハヽヽヽ面白い面白いオツホヽヽヽ』 万公『アーア、悪い夢を見たものだ。薩張り俺の顔は台なしだ。ドーレこれから一つ花々しい功名をして万公末代世界に名を残し、お里の霊を慰めてやらうかなア』 五三公『アハヽヽヽ、五三公にまで、万公、到頭お里が解つたぢやないか。イヒヽヽヽ』 (大正一一・一二・九旧一〇・二一外山豊二録)
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霊界物語 45_申_小北山の宗教改革1 08 小蝶 第八章小蝶〔一一九八〕 松彦松姫両人はいとし盛りの吾娘 千代子と共に歌垣にたちて心の誠をば 語らひ居たる折もあれ突然起る笑ひ声 瓦をぶちあけた其如くガラガラガラといやらしく 聞え来れる其音色嫉妬嘲笑交り来て いとも不穏に聞えけり娘のお千代は門口を 引開け外を眺むれば豈図らむや魔我彦が 両手で耳を抑へつつ腰をくの字に曲げ乍ら 差足抜足逃げて行くお千代は後を顧みて やさしき声をふり絞り紅葉の様な手をふつて ホヽヽヽヽと笑ひ出すお千代の声に驚いて 後振返る魔我彦は真赤な顔に団栗の はぢけた様な目を剥いて舌を噛み出し腮しやくり イヒヽヽヽヽ、イヒヽヽヽ勝手な熱を吹きよつて しつぽり泣いたがよからうぞ之から俺は蠑螈別 お寅婆さまの前に出て一伍一什を物語り 二人の恋を何処までも妨害せなくちやおかないぞ 覚えてゐよと云ひ乍らお千代を睨めつけスタスタと 館をさして帰り行くお千代は又もや打笑ひ お千代『ホヽヽヽヽ魔我彦が曲つた心の恋衣 今は敢なく破れけり破れかぶれの負惜み 立派な夫のある人を神の教にあり乍ら 女房にしようとは何の事横恋慕も程がある 枉の憑つた魔我彦は恋に眼を晦ませて 善悪邪正の大道を踏み外したる浅間しさ 父と母とは昔から天下晴れての夫婦仲 誰に憚る事あろか笑へば笑へ誹るなら 何程なりとも誹れかし私と云ふものある上は 仮令蠑螈別さまが何と云はうとも構やせぬ ウラナイ教のお道から云うても父はユラリ彦 末代日の王天の神母の命は上義姫 誠の道から云うたなら戯けた話であるけれど ウラナイ教の道として何とか彼とか神の名を つけて喜んで居る上は仮令松彦父上が ユラリの彦となりすまし母の命は上義姫 神と神との夫婦ぢやと云つた処で何悪い 蠑螈別もお寅さまもとつくに承知の上ぢやないか 何程魔我さまがゴテゴテと曲つて来やうが矢も楯も 二人の仲にたつものかホヽヽヽヽあた可笑しい 父と母との久方の睦言葉を外面から 立聞きなして妬け起し悋気の焔に包まれて 外聞の悪い門口でカヽヽヽカツと笑ひ出す 一丈二尺の褌をば締めた男のすることか 恥を知らぬも程があるこんなお方が副教主 蠑螈別の片腕となつて厶ると思うたら 仏壇の底めげぢやないけれど阿弥陀が零れて来るぢやないか オホヽヽヽヽオホヽヽヽ魔我彦さまのスタイルは 何と仮令て宜からうか溝に落ちたる痩鼠 雪隠に落ちた鶏が尾羽打枯らし腰曲げて 犬の遠吠え卑怯にも笑つて逃げ行く浅間しさ オツトドツコイ惟神神のお道にあり乍ら 腹立ち紛れに魔我彦の知らず知らずに悪口を 子供の身として述べ立てた此世を造りし神直日 心も広き大直日道理を知らぬ年若の 娘の云つた世迷言直日に見直し聞直し 悪言暴語の罪科を何卒お許し下さんせ 父と母との身の上を思ひにあまつて思はざる 脱線振りを発揮した乙女心を憐れみて 許させ給へ三五の皇大神の御前に 慎み敬ひ詫奉る』 松彦『千代子は外へ出たきり、何だか謡つてゐる様だな。うつかりした事を云つて魔我彦さまの機嫌を損つてはならないがな』 松姫『お千代は何分有名な侠客に育てられ、小さい時からスレツからしに育て上げられたものだから、肝玉も太く、年に似合はぬ早熟くさりで随分偉い事を云ひますよ。時々脱線振りをやつて蠑螈別さまや魔我彦さまをアフンとさせ、ヤンチヤ娘の名を擅にして居ります。それ故私も名乗つてやり度かつたなれど、故意とに隠して居りました』 松彦『お千代には如何云ふ機でお前は会うたのだ』 松姫『あのお寅さまが連れて来たのですよ。同じ侠客同志で心安かつたと見えて、親も兄弟もない娘だから、ここで立派に育て上げ度いと云つて親切に連れて来たのです。それから私が様子を考へて居れば全く私の娘と云ふ事が分り、矢も楯も堪らず嬉しうなつて来ましたが、今名乗つては、あの子の為めによくないと思ひ、今日が日までも隠して居りました。本当に子供と云ふものは教育が大切ですな。親のない子が泥棒になつたり、大悪人になるのは世間に沢山ある習ひですから、これから十分に気をつけて教育をしてやらねばなりますまい。十二や三で婆の云ふ様な事云ふのですから困つて了ひますわ』 松彦『さうだな。子供は教育が肝腎だ。子供と云ふものは模倣性を持つてゐるから見聞した事を自分が直に実行したがるものだ。子供は親の真似をして遊びたがるものなり、大人は亦白い石や黒い石を並べて子供の真似をしたがるものだ。これもヤツパリ因碁だらうよ。アハヽヽヽヽ』 松姫『私だつて、貴郎だつて今こそ神様のお道に仕へて人に崇められて先生顔をして居りますが、あの子の出来た時分は随分なつて居ませぬでしたな。あの時の魂で宿つた子だもの、碌な子が生れさうな事がありませぬわ。まだまア不具に生れて来なんだのが、神様のお恵みですよ』 松彦『然しお千代は何時迄も外に立つて魔我彦だとか、何とか謡つてるぢやないか。困つたものだな。どれお千代を呼んで来う』 と云ひ乍ら松彦は立つて門口の戸を開き外を覗き込んだ。お千代はイーンイーンをしたり、目を剥いたり拳骨を固めて何だか人の頭でも殴る様な真似して、空中を殴つてゐる。 松彦『これこれお千代、お前、そりや何をして居るのだい』 千代『はい、これはこれは末代日の王天の大神様、上義姫との御再会を祝するためきつく姫が岩戸の外で神楽を奏げて居りますのよ。何ぼ娘だつて御夫婦の久し振りの御対面に御邪魔になつては、ならないと気を利かして居りますのよ。今の中にお母アさまと、とつくり泣いたり笑うたり、力一杯お芝居を成さいませ。お父さまやお母さまのお楽しみのお邪魔になつてはなりませぬからな』 松彦『何と呆れたお転婆だなア。これ、千代サン、そんな斟酌は要らない、とつとと入つておいで』 千代『もう暫くここで遊ばして下さいな』 松彦『遊ぶのはいいが魔我彦が何うだの斯うだのと憎まれ口を叩いちやいけないよ』 千代『だつてお父さま魔我彦さまは仕方のない男だもの。チツと位恥をかかしてやらねば後の為めになりませぬわ。男の癖に間がな隙がな、お母アさまの居間へやつて来て、味噌ばつかり摺るのですもの、好かぬたらしい。あたい腹が立つて堪らぬのよ。今日まで辛抱して居つたのだけれど、お父さまとお母さまが分つたからは、もう大丈夫。魔我彦位が何ぼ束でやつて来ても大丈夫ですわ。親の光は七里光ると云ふぢやありませぬか。永い間親なしぢや親なしぢやと云つて軽蔑され、悔し残念を今まで耐つて居つたのですよ。其中でも魔我が一番私を軽蔑したの。さうだから日頃の鬱憤が破裂して一人口から悪罵が破裂するのですもの。チツとは云はして下さいな。まだこれ位云つた処で三番叟ですわ』 松彦『お前の心になれば無理も無からうが、そこを辛抱するのが神様の道だ。さうズケズケと云ひたい事を云つて人に憎まれるものではない。子供は子供の様にして居ればいいのだよ』 千代『魔我彦に憎まれたつて構はぬぢやありませぬか。お父さまとお母さまに可愛がつて貰ひさへすれば宜しいわ、ねえ』 松彦『兎も角お母さまが待つてゐるからお這入りなさい』 お千代はニコニコとして松彦の後に従ひ這入つて来た。 松彦『お千代は随分スレツからしになつたものだ。困つた事だな』 松姫『本当に困りますよ。これが私の娘だと大きな声では云はれないのですもの。本当に困つちまいます。こんな子が成人したら又博奕打ちの親方にでもなりやせまいかと思へば末が恐ろしう厶いますわ』 千代『お母さま、私侠客になるつもりなのよ。弱きを助け、強きを挫き、大きな荒男を頤で使ひ女王気取りになり、姐貴姐貴と称へられて名を遠近に轟かすのが人生第一の望ですわ。お寅婆アさまを見なさい。侠客だつたお蔭で蠑螈別さまのお気に入りになつて居らつしやるぢやありませぬか』 松姫『これお千代、お前はお寅婆アさまの様になりたいのかい』 千代『あたい、お寅婆アさまの様な中途半の女侠客は嫌ひよ。波斯の国、月の国きつての大親分にならうと思つてゐるの』 松彦『困つたな、偉いものを生んだものだ。やつぱり種子は争はれぬものかいな』 千代『ホヽヽヽヽ茄子の種子は茄子、瓜の種を蒔けば瓜の苗が生えます。私はお父さま、お母さまのヤンチヤ身魂から此世に生れ、其上侠客の手に育てられたものだもの、斯んな心になるのは当然ですわ』 松彦『お前は神様の宣伝使になるのが宜いか、侠客になるのが宜いか』 千代『神様の宣伝使なんて気が利かぬじやありませぬか。訳の分らぬ婆嬶や時代遅れの老爺さまや、剛欲の人間や、盲や唖に、不具に病身者、一人だつて満足のものが神様の処へ寄つて来ますか。たまたま体の丈夫な男女が来たと思へば精神上に欠陥のある人間ばつかり、そんな人に崇められたとて何が面白う厶りませう。理解の上に崇められたのなら愉快ですが、無理解者から持て囃されたつて何が光栄ですか。本当に馬鹿らしく消え度くなつて了ひますわ。それよりも侠客になつて御覧なさい。裸百貫の荒男、霊肉ともに欠陥のない、男の中の男が集まつて来て義に勇み、誠を立て、悪人を懲し、まるで神様の様な欲のない、宵越しの銭を使はぬ綺麗薩張りした人間ばかりに姐貴々々とたてられて、此世を送るほど愉快な事がありますか。あたいは何処迄も女侠客になるのが望みです』 松彦『ハヽヽヽヽ困つたな。親は宣伝使、子は女侠客、どうも反が合はぬ様だ』 千代『お父さま、大工の子は大工を営み、医者の子は何処迄も医者をやらねばならぬと云ふ規則はありますまい。各自に人間には、それ相応の天才があつて凡ての事業に適不適があるものです。自分の天才を十二分に発揮するのが教育の精神でせう。圧迫教育を施して児童の本能を傷つけ、桝できり揃へた様な団栗の背競べの様な人間ばかり作り上げる様な現在の教育では大人物は出来ませぬぜ。植物だつて、枝を曲げたり、切つたり、針金で括つたり、いろいろと干渉教育を施すと、床の間の置物よりなりますまい。山の谷で自由自在に成育した樹木は成人して立派な柱になりませう。さうだから人間は如何しても天才を完全に発揮させる様に教育させなくては駄目ですわ』 松彦『松姫、お前の云つた通り、何とまアこましやくれた娘だな。随分社会教育を受けたと見えるな』 松姫『到底私の手には合はない娘ですよ』 松彦『さうだな。いや却て干渉せない方がよいかも知れない。一六ものだ。大変な善人になるか、悪人になるか、先を見て居らねば分るまい。到底親の力では駄目だ。神様にお任せするが一等だ』 千代『それが所謂惟神教育ですよ。貴方だつて、いつも惟神々々と仰有るのですもの』 松彦『アハヽヽヽヽ』 松姫『オホヽヽヽヽ』 千代『惟神神に任せば自ら 松の緑は千代に栄ゑむ 相生の松の下露日を受けて 生え出でにけり味良き茸は』 (大正一一・一二・一二旧一〇・二四北村隆光録)
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霊界物語 45_申_小北山の宗教改革1 10 棚卸志 第一〇章棚卸志〔一二〇〇〕 恋に破れし魔我彦は曲つた腰をピヨコピヨコと 前後左右に振り乍ら右手にて額を打叩き 左手の手のひら上に向け乞食が物を貰うよな 其腰付も面白く腹立たしさと阿呆らしさ お千代の小女郎に笑はれて己クソとは思へ共 子供上りの女をば相手にするのも気が利かぬ 大人気ないと笑はれちや魔我彦司の男ぶり 箔がサツパリ剥るだろ勘忍するのは無事長久 怒るは自滅を招くぞと蠑螈別さまが仰有つた 俺も男ぢや腹帯を確り締めてきばらうか イヤ待て暫しまて暫し善と悪との境目だ 腹の虫奴がムクムクとおこれおこれと教唆する 此仲裁は中々にお寅婆アさまの侠客も 一寸容易に治まらぬあゝ是非もない是非もない 善と悪とのまん中を進んで行かうかオヽさうぢや それなら虫がチと計り得心致すに違ない なぞと小声に囁きつ畳けちらし棕櫚箒 足に引かけエヽ邪魔な俺の進路を妨げる 恋ふき払ふ此箒頼みもせぬに横たはり 箒に箒に憚りさま俺には俺の覚悟ある 松姫計りが世の中に決して女ぢやあらうまい 此神殿に集まつた老若男女の其中に 俺の眼に叶ひたるナイスが居るかも分らない 首実検と囁きつ演壇めがけてスタスタと 息をはづませ駆上りエヘンとすました咳払ひ コツプの湯をばグツと呑み片手に白扇ひン握り 卓を二三度叩きつつ一統の信者を打ながめ 眼を光らす折もあれ後の方に扣えたる 二八余りの優姿一寸美はしう見えてゐる 女に視線を集注し首をかたげて打まもる 其スタイルは夏の蛇蛙を狙ふ如くなり 異様の姿に一同は合点行かずと打仰ぎ 思はず視線は魔我彦に一度にドツと集注し 面をてらし迫れ共以前のナイスは何故か 顔をかくしてうづくまり根つから視線を魔我彦に 向けよとせないもどかしさ又もやエヘンと咳払 コツプの湯をばグツと呑み講談師気取で扇にて パチパチ卓を打ち乍ら皆さま能うこそ御参詣 ウラナイ教の神様の血縁深き方々よ 此魔我彦が説教を謹みお聞き遊ばせよ 同じ一堂に集まつて尊き神の御教を 説かして頂く魔我彦も又聞きなさる皆さまも 仁慈の神の引合せ深い御縁があらばこそ 同じ時代に生れ来て同じ地上に住み乍ら 血縁なくば一言も尊き神の御教が 聞かれず一生送るもの何程あるか知れませぬ 之を思へば皆さまは私と共に神様の 御霊の因縁性来で集まり来たのに違ない 一樹の蔭の雨やどり一河の流れを汲むさへも 深いえにしと聞きまする大慈大悲の神様の 集まり玉ふ聖場でげに暖き御恵み ピヨピヨピヨと雛鳥が親の羽がひにつつまれて 一蓮托生勇み立ち生育するよな有難き 皆さま御恩を忘れずに信と愛との正道を お尽しなされ神様は必ず吾等の霊をば 愛して救ひ玉ふべし夫婦の道も其通り 因縁なくては何うしても神の生宮造り出す 尊き神業出来ませぬ此魔我彦も独身者 未だ女房はなけれ共いよいよ時節が到来し 妹となるべき御信者がここにも一人現はれた 好きでも厭でも神様がお定めなさつた縁ならば 決して反きは出来ませぬ皆さまそこを合点して 今魔我彦が引はなす白羽の征矢が立つた人 否応なしに神様の其御心に服従し 信と愛とを完全にお守りなされ惟神 神の命令を畏みて一同の方に気を付ける 私の妻となる人はどうやら此場に現はれて 恥かし相に顔そむけ思案にくれて居られます これこれモウシそこの人神の道をば守るなら 何の遠慮がいるものか決して恥しことはない ウラナイ教の副教主魔我彦司の奥さまと なつて数多の信者をば天国浄土に誘ひ上げ 救ひ助くる正業に夫婦並びて仕ふるは 天下に此上なき光栄ぞ人は決心が第一だ 世間の人に胡魔かされ神の結んだ縁をば むげにするよな事あらば其御方は一生の間 鰥寡孤独の境遇に泣かねばならぬ神の罰 ここの道理を汲み分けて魔我彦司の云ふ事を どなたに限らず喜んでお受けなさるが神様に 対して孝行といふものだあゝ惟神々々 神に誓ひて魔我彦が誠の道を伝へおく 私は之から降壇し次のお先生はお寅さま 尊き話をトツクリと聞いてドツサリ神徳を 頂きなされや皆の人なぞと口から出放題 恋の野望を達せむと神を松魚節に引出して 説きまくるこそづうづうしけれ。 ○ 蠑螈別と奥の間で犬さへ喰はぬ痴話喧嘩 心ゆくまで意茶ついて腕を抓る鼻ねぢる ドスンと倒れて目をまはす前代未聞の大珍事 乱痴気騒ぎをやり乍らそ知らぬ顔をよそほひつ 衣服を着飾り襟正し神官扇を右手に持ち 紫袴をバサバサと音させ乍ら広前を 臭い顔して悠々と進み来るのはウラナイの 第一番の熱心者内事の司と選まれし 艮婆サンの御登壇お寅は悠々壇上に つつ立ち眼下の群集を隅から隅迄見まはして オホンと一声咳払錫の瓶から水をつぎ 左手にコツプをひつつかみグツと一口呑みほして 今度はエヘンと咳払お寅は口をあけて云ふ 皆さま能うこそ御参詣さぞ神様もお喜び 遊ばしまして御神徳ドツサリ渡してくれませう 蠑螈別の教祖さま登壇遊ばすとこなれど 神界御用が御多忙で数多の神の御入来 お酒の接待忙しくあつちや向いてこつちや向くひまもない さうだと申して神様の定めおかれた説教日 欠席するのも如何なりお寅よお前は御苦労だが 私に代つて一席の尊き神のお話を 一同様にねもごろに聞かしてくれよと御託宣 否むに由なく此婆も無調法者とは知り乍ら 何を言うても神柱蠑螈別の御命令 お受け申して今ここに登壇したよな次第です 抑も神の御道を信仰するのは人間の 僅百年二百年三百年の生命を 安全無事に暮さうとするよな小さいことでない 万劫末代生き通し夜なく冬なき天界の 神のまします霊の国天人共が永久に 不老と不死を楽しんで栄えて暮す天国へ 此世を去つた其後は直に救はれ導かれ 五風十雨の序よく風は自然の音楽を 無限に奏で山や野の草木は自然の舞踏をば 楽しみくらすパラダイス其天国に救はれて 千代に八千代に永久に時間空間超越し 限りも知らぬ楽みを受くるが為の信仰ぞや 蠑螈別の教祖は高天原の霊国の 神の遣はせしエンゼルよ此エンゼルの言の葉は 此世を造り玉ひたる誠の神のぢきぢきの 其お言葉も同じこと必ず疑ひ遊ばすな 智慧なき人の身を以て尊き神の言の葉を 審判するこた出来ませぬ仮令蠑螈別さまが 山逆さまに登れよと無理なことをば云はれても 決して反いちやなりませぬ只何事も信仰が 最第一の助け船此世の泥に漂へる 賤しき吾々人間は何と云つても神様の 救ひの御手に助けられ一寸先の見えわかぬ 夢のうき世を安々と渡り行くのがウラナイの 神の信徒の務めですどうぞ皆さま此婆の 今云ふことを疑はず神の教を喜んで 此世に生きて御子を生み又天国に昇りては 常世の春の栄えをば楽しむやうに信仰を 強くお励みなされませ不束者が現はれて 訳の分つた皆さまに脱線だらけの説教を 申上げたはすまないが心をひそめ胸に手を あてて考へなさるならどこか取るべき所がある 老婆の話と卻けず直日に見直し聞直し 大神徳を身と魂に十分お受けなされませ 国治立の大御神五六七成就の大御神 旭の豊栄昇姫左の脇立ユラリ彦 其妻神の上義姫それに続いて義理天上 日出神は云ふも更リントウビテン大御神 木曽義姫の大御神生羽神社の大御神 岩照姫の大御神日の丸姫の大御神 大将軍や常世姫ヘグレ神社の大御神 種物神社御夫婦の御前に謹み艮が 尊き教を皆さまに無事に伝へた御礼を 畏み畏み申します御一同様左様ならと 一寸会釈を施して神官扇を斜にかまへ 口をへの字に結びつつツンとすまして衣摺の 音サワサワと帰りゆく。斯かる所へスタスタと やつて来たのはお千代さま蕾の花の優姿 白装束に緋の袴ふり分け髪を背にたらし 小さき扇を右手に持ちおめずおくせず演壇に 悠々登りテーブルの下から顔を突出して 紅葉のやうな手を合せ神に祈願をこめ終り 一同の信者に打向ひコマしやくれたる口元で 神の教を説き始む其有様の愛らしさ 老若男女は肝つぶし目を見はりつつ乙女子の 口の開くを待ちゐたり満座の信者一同様 私は神の神徳を力に一口お話を 覚束乍ら皆様に言ときさして貰ひます 此世の中で一番に尊い者は神の愛 それに続いて親の愛愛がなければ世の中は 殺風景の修羅場裡地獄畜生餓鬼道が 忽ち出現致します私は不運な生れつき 父と母との行方をも知らずに十二の今日迄も 人の情に助けられ此世を送つて参りました 山より高き父の恩海より深き母の恩 育ての親の高恩はこれにもましていや高く ますます深きものですよウラナイ教の神様に お参りなさるお寅さまいと親切に私を これの聖場に導いて尊き神の御教を 心に刻んで下さつた其お恵みは吾身をば 生み玉ひたる父母に百倍まして有難い 御恩と仰いで居りまする茲に並んだ皆様も 父と母との御恩をばいと有難く思ふなら それにもましていや高くますます深き神の恩 お悟りなさるに違ないさは去り乍ら神様に 如何なる愛がゐます共如何なる力がおはす共 其神徳を吾々に取次ぎ遊ばす神司 なけねば縁は結ばれぬ之を思へばウラナイの 蠑螈別の教祖さまは吾等を神に導いた 御恩の深き神柱如何なることをなさつても 親と主人は無理をいふものだと諦めをればよい とは云ふものの教祖様を大事と思ふ人あらば 面を冒して教祖さまを一つ改心なさるよに にがい言霊打出し御恩を返して下さんせ それが誠の信者さまの神にささぐる務めぞや 私がこんなこといへば至仁至愛の教祖さまを 悪口申すと思召せど決してさうではありませぬ 天地の神が沢山に肉のお宮に出入りを なさると甘い理屈つけ朝から晩までドブ酒を 呑んで胃腸を損害し顔の色まであせはてて 青白うなつて居りまするお酒を呑めば顔色が 赤くなるのが当前蠑螈別の神さまは 呑めば呑む程青くなるこれは全くアル中の 証兆なりと見なすより外に判断つきませぬ 酒ほど悪いものはない徳利は踊る膳はとぶ ふすまはこける盃は木端みぢんにふみ砕く らんちき騒ぎが起るのも酒と悋気のいたづらだ 蠑螈別は云ふも更魔我彦さまやお寅さま 口の先ではエラ相に立派なことを云うたとて 言行一致でない上はどうして権威がありませう 知らぬお方のお耳には殊勝らしくも聞えませうが 其内幕を知悉した私の耳に層一層 滑稽至極に聞えますあゝ惟神々々 神が表に現はれて善を表に標榜し ひそかに悪を敢行し此世を欺く曲人を 大鉄槌を下されていましめ玉へ天地の 恵の神の御前に謹み敬ひねぎまつる 朝日は照る共曇る共月は盈つ共虧くる共 星は天より墜つる共神の教は皆さまよ 決して捨てちやなりませぬ仮令教祖の行ひが 神の心に反く共曲津の器であらう共 此世の元の神様に決して変りはありませぬ 此世に形を現はした人をたよりになさらずに 肉眼にては見えざれど確にゐます主の神を 敬ひ愛し且つ信じたゆまず屈せず信仰を 励ませ玉へと乙女子のをさなき身をも省みず 一同に伝へまゐらせるあゝ惟神々々 御霊幸倍ましませよ。 とお千代は両親に会つた嬉しさに勇気百倍し、小ざかしくも思ひ切つて、大胆に無遠慮に日頃の所感を残らずさらけ出して了ひ、悠々として壇を降り、一同に軽き目礼を施し乍ら、松姫の館を指して徐々帰り行く。 お千代の乙女の口から遺憾なく曝露された蠑螈別教祖の醜体を始めて耳にした信者も少くなかつた。何れも案に相違な面持で、ガヤガヤとぞよめき渡り、蠑螈別、お寅婆アさま、魔我彦、お千代などの人物比較論に花を咲かした。群集の中より赤ら顔の四十男ムツクと立上り、 (熊公)『皆さま、私は酔どれの熊公といはれ、ウラル教の信者で厶いました。そした所、ウラル教は御存じか知りませぬが、呑めや騒げよ一寸先や暗よ……といふおつな教でげす。随分朝から晩までデツカンシヨデツカンシヨで山を呑み、先祖ゆづりの田畑を呑み、家を呑み、倉を呑み、何もかもスツカリコンと未練の残らぬ様に、胃の腑のタンクに格納して了つたのです。余り酒を呑むので、女房は子供をつれて、親の里へ帰り、酔どれの熊公も独身の淋しさ、フトしたことから、人に誘はれてウラナイ教に入信致しました。ウラナイ教は誠に行ひのよい教で、天下太平上下一致、争ひもなく恨もなく、又教祖様はお酒が好きださうだが、少しも辛抱しておあがり遊ばさず、自分の口へ入れても皆神様がおあがりになり、自分は一滴もおあがりにならぬものと聞いてゐました。そした所が豈図らむや、今のお千代さまのお話に承はれば、朝から晩迄神様を出汁にズブ六に酔うて厶るといふ事です。子供は正直だから、滅多に間違はありますまい、エヽ馬鹿らしい今までだまされて居つたと思へば腹が立ちますわ、私は別に人間を信仰してるのでないから、神様を信じて居れば能いといふ様なものの、神の御取次たる教祖其他の幹部の役員が、朝から晩迄、人の膏血を絞つて、酒にくらひ酔つてゐるとは誠に怪しからぬでは厶らぬか、これでもあなた方は此教を信仰致しますか。口で何程立派なことを云つても、行ひの出来ぬ先生を手本とすれば、ヤツパリ品行が悪うなります。お前さま達も大切な息子や娘をお持ちでせうが、こんなこと教へられうものなら、其害の及ぶ所、一家は申すに及ばず、天下の害毒になりますよ』 と奥の間に聞えよがしに大声に呶鳴り立ててゐる。お寅は此声を聞つけ慌ただしく走り来り、 お寅『モシモシ熊さま、お腹立は御尤もだが、何を云つても子供の申したこと、取上げるといふことがありますかいな。あんたハンも立派な男でゐ乍ら、あんな小娘の云ふことを真に受けて怒るなんて、ヘヽヽヽヽ、本当にやさしい方だなア、こんな優しい男だつたら、私もチと若ければ一苦労するのだけれどなア、本当に憎らしい程可愛いワ』 と平手でピシヤピシヤと頬辺をなぐりつける。 熊公『コリヤ、ナヽ何をさらす、失礼だないか、俺の頬辺を叩きやがつたな』 お寅『ホヽヽヽヽ、余り意気な男だから、可愛さ余つて憎さが百倍、知らぬ間に手が出たのよ、サアそんなことを言はずに、蠑螈別様の所へ来て下さい。そすりや神様がお上り遊ばすのか、教祖がおあがり遊ばすか、分りませう。其上で皆様に証明して上げて下さい。お前さまも酒に苦労したお方だから、一寸御覧になつたら、忽ち真偽がお分りでせう』 熊公『ウン、さう言へば分つてる、よし、そンなら調べて来う。ヤア皆の信者さま、どうぞゆつくりとおかげを頂きなさいませ。今熊公が申上げたこと、間違つてゐるかゐないかといふことを、今お寅さまに従いて教祖の居間へ進み、検査をした其上で、もしも私の云つたことが間違つてゐたら取消しますし、間違つて居らなかつたら、信仰をおやめなさつたが宜しからう、併し乍ら信仰は、貴方方の自由だから、強要は致しませぬ』 お寅『コレ熊さま、野暮なことをいふものだない。サアゆきませう』 と怪しき視線を熊公に注ぎ、手首を一そ力入れてきつと握り、引たくるよにして、サツサと此場を立つて行く。あとには数多の老若男女、口々にザワザワとぞよめきつてゐる。 (大正一一・一二・一二旧一〇・二四松村真澄録) (昭和一〇・六・一一王仁校正)
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霊界物語 45_申_小北山の宗教改革1 15 曲角狸止 第一五章曲角狸止〔一二〇五〕 五三公は観物三昧経説明のおかげで、四人の連中からたうとう先生といふ仇名をつけられて了つた。五三公も先生と言はれてよい気になり、ウンウンと返詞をすることになつて了つた。そしてアク公を中上先生と仇名し、万公を中下先生と称へ、タクは番外先生、テクはチヨボチヨボ先生と互に呼びなす様になつた。 タク『モシ先生、小北山の神の因縁に付いては最前お寅婆アさまの前でお歌ひになりましたが、如何して又こんなバカなことが出来たものでせうかな』 五三『之に就ては随分面白い秘密があるのだ。所謂一輪の秘密だ。常世の国から渡つて来た大変古い斑狐が白い狐を二匹、古狸を三疋、それから野狐を幾疋ともなく引率して、波斯の国北山村の本山に現はれ、バラモン教に一寸首を突出してゐた精神上に欠陥のあるヒポコンデル患者高姫といふ女に憑依して、此世を紊し、国治立の大神様を看板にして、自分の世界にせうと考へたのが起りだ。そした所、此高姫も若い時は随分情交が好きで、其斑狐サンが思ふ様に肉体を使ふことが出来なかつたものだから、やむを得ず、ネタ熊といふ若い男の体をかり、上谷といふ所で、謀反を企みかけたのだ。そした所、変性男子の御霊と、変性女子の御霊が現はれて審神を遊ばしたものだから、斑狐サンたまりかね、部下の狐狸共を引つれ、小北の山へ一目散に逃帰つて了つたのだ。さうすると、ネタ熊の肉体は小北山へ来なくなり、二三日逗留する内に、神罰を蒙つて国替をして了つた。それから今度は斑狐サン、又もや坂熊といふ男の肉体に巣ぐひ、金勝要神の肉宮を手に入れ、変性女子を却け、一芝居やらうと思うた所、又もや女子の御霊に看破され、ゐたたまらなくなつて、アーメニヤへ逃出し、ウラル教に沈没して了つた。そこで今度執念深い斑狐サンは、石高といふ男の肉体に巣をくみ、変性女子の向うを張り、日出神と名乗つて、三五教を蹂躙せむとした所、今度は変性男子、女子に看破され、これ又キツイ神罰で肉体が国替したので、今度はミソ久といふ山子男の肉体をかつた、そして又女子に大反対をやつてみたが、目的達せず、此奴もアーメニヤの方面へ逃失せて了つた。それから又種熊の肉体を使ひ、大奮闘をやつて女子を手古づらせ、たうとう此奴も神罰で国替をして了つた。それから今度憑つたのが蠑螈別さまだ、蠑螈別には斑狐サンが籠城遊ばし、左右のお脇立の白狐サンは、伴鬼世、角鬼世、味噌勘、石黒彦、坂虫、などに眷族をうつして、四方八方から三五教を打こわさむと、今や計画の真最中なのだ、併し乍ら悪神のすることはいつも尻が結べないから賽の河原で子供が石をつむ話の様なものだよ』 万公『さうすると此小北山は容易ならない所だ。根本的に改革して世界の災をたたねばダメだなア、先生』 五三『さうだから、松彦様がお出でになつたのだ。神様は偉いものだ、チヤンと松姫を先へ派遣しておかれたのだからなア、悪神といふ者は、自分より上の方は見る事が出来ないので、松姫さまの肚の中を知らず、本当に唯一の神柱が出来たと喜んで奉つてゐるのだよ』 万公『アハヽヽヽ、其奴ア面白い、さうすると、松姫さまを真から上義姫だと思つてゐるのだなア』 五三『松姫様は、上義姫様の誠生粋の肉の宮様と確信してるから面白いのだ、そして松彦さまをユラリ彦命だと確く信じてゐる所がこちらの附目だ、最早落城したも同様だよ』 万公『益々愉快でたまらなくなつた、なア中上先生、番外先生、チヨボチヨボ先生、怪体ぢやないか、エヽー』 アク『アク迄アクの根を断ち切り、万公末代五三々々せぬ様に誠の道を開拓し、テクテク歩を進めるとするのだなア、ハツハヽヽヽ』 五人はこんな話に現をぬかし、蠑螈別の居室の窓外に自分の立つてゐる事を忘れ大声で喋つて了つた。蠑螈別はお経をすませ、又もやグイグイと酒を呑み始めたらしい。ケチン、ケンケラケンと燗徳利や盃のかち合ふ音が聞えてゐる。お寅は五人の立話を一伍一什聞いて了つた。 お寅は蠑螈別に酒の用意をなし、何くはぬ顔で、 お寅『サア蠑螈別さま、ドツサリおあがりなさいませ。一寸私はお広前まで御礼にいつて参ります、コレお菊、教祖様のお酒の相手をするのだよ』 お菊『あたえ、厭だワ、お酒のお給仕はお母アさまの役だよ。あたえはお広間へ参つて来ますから、お母アさまは教祖さまのお給仕をして上げて下さいな、そして抓つたり鼻をねぢたりせぬ様にして下さい、あたえ心配でならないワ』 お寅『私がお給仕をしてゐると又あんなランチキ騒ぎが起つちや大変だから、それでお前にお給仕をしてくれと云つたのだよ』 お菊『さうだつて、あたえ、嫌なのよ。教祖さまは腋臭だから、お母アさまにねぢられなくても、私の鼻が独りでねぢ曲るのよ』 お寅『エヽ口の悪い娘だな、そんな失礼なことを云つちやすまないよ、蠑螈別さま、どうぞ子供の云ふことだから気にかけない様にして下さいよ』 蠑螈別は細い目をつり上げ、口を尖らして鼻と背比べさせ乍ら、 蠑螈『ウフヽヽヽ、これお菊、マア良いぢやないか、おれの腋臭でも喜ぶ人があるのだもの、そうムゲにこきおろすものだない』 お菊『さうよ、教祖さまの腋臭の好きな人は高姫さまかお母アさまだよ、オホヽヽヽ』 お寅『コレコレ何を言ふのだ。併し乍らお前の云ふ通り、蠑螈別さまは高姫さまの腋臭が好きなのだからねえ、私もどうかして腋臭になりたいのだけれど、不器用な生れつきだから、チツとも持合せがないのよ。ホツホヽヽヽ』 蠑螈『お寅さまは腋臭の代りにトベラだから、マアそれでバランスが取れるといふものだ』 お菊『ホヽヽヽヽ、腋臭にトベラ、何とマアいいコントラストだこと、神さまも随分皮肉だね、イヒヽヽヽ』 お寅『蠑螈別さま、一寸之から御神前へ参つて来ます、ぢきに帰りますから』 蠑螈『ウン、独酌の方が却て興味がある、トベラの匂ひが酒に混合すると余りうまくないからなア』 お寅『わいがの匂ひが混合するといいんだけれど、ヘン』 と云ひ乍ら、ツンとして立上り、畳を踵でポンと一つ威喝させ乍ら表へ飛出した。蠑螈別はお菊を相手にグヅグヅと口の奥で分らぬことを喋りつつお菊につがせては八百万の神にお供へしてゐる。 お菊『ホツホヽヽヽ、何とマア青白い顔だこと、丸で文助さまの何時も書いてゐらつしやる蕪に目鼻つけたよな顔だワ。それでも大根の様な形した白い燗徳利がお好きだからねえ。ホヽヽヽヽ、そして此朝顔型の盃は高姫さまの口元に似とるんだから面白いワ、教祖さま、サア、此盃で一つキツスなさいませ。随分よい味が致しますよ』 蠑螈『ヤア朝顔型の盃は、危険視されるから止めておこう』 お菊『さうですねえ、よう祟る盃ですなア。あたえも此盃みるとゾツとするワ、又つねられたり、鼻を捻られたり、息の根をとめられたりするよなことを突発させるのだから、本当に憎らしい猪口才な猪口ですねえ、此猪口のおかげでチヨコチヨコと腋臭とトベラの直接行動が始まるのだから、本当に此盃こそ過激思想を包蔵してゐるのだワ』 蠑螈『お前もお寅の娘丈あつて、随分口の良い女だ、困つた者だのう』 お菊『何も貴方が困る筈はないワ、犬もくはない喧嘩の煽動するのは此猪口だから、困るのは側に見てゐる此お菊だワ』 蠑螈『そんなら此処にある菊型の盃で一杯やつたら安全だろ、なアお菊』 お菊『イヤですよ、私の名に似た盃を口に当てて貰うこた、真平御免だ』 と云ひ乍ら、薄い平たい陶器の盃をグツとひん握り矢庭に袂へかくして了つた。 蠑螈別はソロソロ酔がまはり出した。 蠑螈別『高姫山から谷底見ればお寅の奴めがウロウロと お菊の小虎を引つれて犬も喰はない餅を焼く ホンに浮世はこしたものか思へば思へば自烈たい。 世界に女は沢山あれどトベラの女に比ぶれば 腋臭の強い高チヤンは蠑螈別の命の親だ。 好きは出て来ず厭は来るホンに浮世は儘ならぬ。 わしと高ちやんはお倉の米よいつか世に出てママとなる。 ままになるならトベラの婆さまどつかへ嫁入りさして見たい。 八木と云ふ字は米国の米よ日の出といふ字は日本の日の字 蠑螈別さまは日出神の光を身に受けママとなる。 デツカンシヨウデツカンシヨウ……だ。オイお菊、お前は随分口八釜しい女だから、お寅に直様密告するだらうなア』 お菊『今の内に十分悪口をついておきなさい。私や決して言ひませぬ。併し貴方がお酒に酔ふと後先見ずに、お母アさまの前でそんなこと仰有るからホンにオロオロするワ、末代日の王天の大神様がおこし遊ばしてるに、みつともない、イチヤ付喧嘩をおつぱじめるなんて、見くびつた人ですねえ』 蠑螈『お前さへ言はなきやそれで良い、俺も成るべく言はぬ積りだ。併しあのお寅といふ奴ア、お前のお母アだから、エヽこんなこといつたら悪からうが、顔にも似合はぬ助平だよ、おりやモウ、スーツカリと厭になつちやつたのだ。 いやで幸ひ好かれてなろか愛想づかしをまつわいな。 いやぢやいやぢやと口では言へど縁を切るとなりや又いやだ』 お菊『ホヽヽヽヽ、いいかげんに若後家をつかまへて、てらしておきなさい』 蠑螈『ハヽヽヽヽ、ちつと妬いてゐやがるなア、若後家だといの、男も持つた覚えもないのに、若後家とはふるつてる、さうするとお菊お前は純粋な処女ではないなア、誰にハナヅルを入れて貰つたのだ』 お菊『牛か何ぞの様に鼻づるなんて、バカにして下さいますな、油断のならぬは娘ですよ。かげ裏の豆もハヂける時が来れば、自然にハヂけますわ。ホツホヽヽヽ』 斯の如くお菊を相手に水色のうす汚れた昼夜着替なしの木綿着物を着たまま、クビリクビリと時の移るも知らず、盃の数を重ねて居る。一方お寅は門口に立つてゐる五人の男を認め、 お寅『コレ皆さま、そんな所に何してゐらつしやるの、何か立聞でもしてゐなさつたのだありませぬかい』 五三『ハイ立聞をさして頂きました。あの教祖様がお上げになつて居つたのは観物三昧経でしたね。声音といひ節まはしと言ひ、本当に調子がよく合つて、知らず知らず吾々の身体が躍動し、其言霊の徳に吸引されて、何時の間にやら窓の外まで引よせられて了つたのですよ、何とマア偉い先生ですね』 とうまく五三公はさばいた。お寅は怪訝の目を見はつて、聊か不機嫌の態であつたが、蠑螈別の声がよいとか、節が上手だとか言つて褒めた詞に嬉しさの余り、何もかも打忘れ、ニコニコし乍ら、 お寅『さう聞えましたかなア、本当によい声でせうがな、サアお広間へ参りませう』 万公『ハイ、有難う、お伴致しませう』 お寅は得意の鼻うごめかし乍ら、機嫌よげに先に立つ。アクは小声で、 アク『成程あの濁つた言霊でああやられちや、誠の神は嫌つて寄り付き玉はず、せうもないガラクタ神が密集するのは当然だ、言霊といふものは謹まねばならぬものだなア』 とウツカリ後の方を大きく云つて了つた。お寅は目を丸くし、後ふり返り、 お寅『エヽ何と仰有ります、蠑螈別さまの言霊が濁つてゐるのですか』 アク『イエイエ濁つた所もあり澄切つた所もあります、それだから偉いお方と云つたのですよ。大海は濁川を入れて其色を変ぜずとかいひましてなア、清濁合せ呑む蠑螈別様の度量には随分感服致しましたよ』 お寅は又機嫌を直して、 お寅『本当にさうですね』 テク『オイ、アク、否中上先生、清濁併せ呑むといふのは何か、清酒と濁酒と一所に蠑螈別さまはおあがりなさるかい』 アク『バカツ、スツ込んで居れ』 テク『へン、偉相に仰有るワイ、イヒヽヽヽだア』 お寅『サア、皆さま、一同揃うて御礼を致しませう』 と神殿の前に仔細らしくすわる。お寅は四拍手し乍ら声高らかに曲津祝詞を、 お寅『かかまの腹に餓鬼つまります。かん徳利燗ざましのみこともちて、雀の親方、かんたか姫の命、嘘をつくしの日の出の、高姫のおいどのクサギが原に、味噌すり払ひ玉ふ時に、泣きませる、金払戸の狼達、モサクサの間男、罪汚れを払ひ玉へ清め玉へと魔の申すことの由を、曲津神、クダケ神、山子万の狼虎共に、馬鹿の耳ふるひ立てて、おみききこしめせと、カチコメカチコメ申す。ウラナイの雀大御神、曲り玉へ逆らへ玉へ、ポンポン』 万公『アハヽヽヽ』 お寅『コレ何方か知らぬが、曲津祝詞を上げてる時に笑ふとは何事ですか、チツと謹んで下さい、ここは狼の前ですよ、狼さまにお寅が祝詞を上げて居るのだ』 万公『寅に狼、何とよい対照だなア、ここがウラナイ教のウラナイ教たる所以だ』 お寅は一生懸命に祈り出した。 お寅『嘘つきの狼様、ヤク日の狼様、曲津日の玉、イタチ天の狼様、落滝津速川の狼様、てん手古舞の狼さま、リントウ鉢巻ビテングの狼様、木曽義仲姫の狼様、上杉謙信姫の狼様、生羽ぬかれ彦神社の狼様、岩テコ姫の狼様、五六七成就お邪魔の狼様、夕日の豊栄下りの狼様、不義理天上内から火の出の狼様、軽業師玉のり姫の狼様、バカの大将軍様、蠑螈別のおね間を守り玉ふお床代姫の狼様、種物神社御夫婦様、悪魔の根本地の十六柱の狼様、堺の神政松の御神木様、何卒々々朝な夕なの御神徳を蒙りまして、蠑螈別がヨクの熊高姫を思ひ切りますやうに、そして此丑寅婆サン姫命を此上なきものとめでいつくしみくれます様に、其次にはお菊姫命、万公と因縁が厶りまするならば、どうぞ一時も早く添はしておやり下さいませ、ハン狐さんの、どこ迄も正体が現はれませぬ様、御注意下さいますやう、これが第一の御願で厶います。そして末代火の王天の大神様の肉宮、不情誼姫様の肉宮が、どこ迄も此小北山に鎮まり遊ばして、吾々の心性不浄自由の目的が達します様に、再び素盞嗚尊があばれ出しませぬ様に、天の岩戸が開けます様に、色の黒き尉殿と白き尉殿が、天の屋敷にお直り候ふやうに、誤醜護御願申上げます、ポンポンポンポン。 皆さま、御苦労で厶いました。サア之で今晩は御自由にお休み下さいませ。御広間に夜具を並べさせますから』 万公『イヤどうぞ心配して下さいますな、自分のことは自分にせなくてはなりませぬ。夜具の在処さへ聞かして貰へば、自分で床をのべて休まして貰ひます』 お寅『あゝそんなら此押入の襖をあけると、チツと痛いけれど、木の枕もある也、蒲団も沢山にあるから、万公、お前が皆さまに床を布いて寝て貰う様に世話をやいて下さい』 万公『ハイ何もかも呑み込みました。どうぞ早くお帰り下さいませ。教祖様が淋しがつてゐられますからなア』 お寅『ホヽヽヽヽ、何から何迄、よう気のつく男だこと。ヤア五三公さま、其外の御一同さま、どうぞ御ゆるりと明日の朝迄お休み下さいませ』 と云ひ乍ら、慌ただしく蠑螈別の居間を指して帰り行く。 (大正一一・一二・一三旧一〇・二五松村真澄録)
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霊界物語 46_酉_小北山の宗教改革2 08 黒狐 第八章黒狐〔一二一八〕 お寅は昼過になつても蠑螈別が帰つて来ないので、ソロソロ神の神力を疑ひ出し、松姫館に駆け込んだ。 お寅『ご免なさいませ、お邪魔にはなりませぬかな、下の御広間は随分乱痴気騒ぎが起つてゐましたが、余り御夫婦仲がいいので、お耳に達せなかつたと見えますな。ソリヤ無理も厶いませぬワ』 松姫『あゝお寅さま、よう来て下さいました、何か急用でも出来ましたのですか』 お寅『コレ、贋の上義姫様、ようそんな事をヌツケリコと言うてゐられますな。蠑螈別さまはどうして下さつたのです。早うて夜明、遅くて昼時分には引寄せてやらうと仰有つたぢやありませぬか。モウ殆ど八つ時、蠑螈別さまの影もささぬぢやありませぬか』 松姫『あゝさうでしたねえ、お気のもめた事でせう。もし松彦さま、蠑螈別さまはどうなつたのでせうかな』 松彦『さうだなア、お寅さまの改心次第だ。二つ目にはつねられたり、鼻をねぢられたりしられちや、誰だつてコリコリするからな』 お寅『コレ、贋の末代様、お前さまは私に何と仰有つた。そんなウソを言つて、神様の御用する人が、よいのですか。他の人の守護神はウソにした所で、松姫さまは上義姫様、あなたは末代様に違ないと、今の今まで深く信じて居りましたが、そんなこと仰有ると、末代様も上義姫様も、疑はずには居られませぬぞや』 松姫『ホヽヽヽヽ、あのお寅さまの六かしいお顔わいの。私は松姫だと云つてるのに、お前さま等が勝手に松と云ふ字がついとる以上は、末代様の奥様の霊に違ひない。さうすると上義姫の生宮だと、お前さま等がよつてかかつて祭り上げたのぢやないか。決して私の方から上義姫だと名告つたのぢやありませぬよ。今更贋だの本物だと云つて貰つても、私に関係も責任もないぢやありませぬか』 お寅『そんなこた、あとで承はりませう。一体全体、蠑螈別さまは何うなさつたのですか。今日帰るとか明日帰るとか、ハツキリと白状しなさい』 松姫『ホヽヽヽヽ、私がかくしたものか何ぞのやうに、白状しなさいとは痛み入ります。あんな酒飲男が二日や三日居らなくてもいいぢやありませぬか。何一つ世間の間にも合はず、酒ばかり飲んでゐられちや、どんな物好な人だつて、愛想をつかして放り出して了ひますよ。さうすりや止むなく此処へ帰つて来な仕方がないぢやありませぬか』 お寅『お金なしに出て居るのなら帰つて来るかも知れませぬが、何と云つても九千両の金を持つてゐたのですから、其金を持つて、そこら中をお民の奴とウロつきますわいな』 松姫『何程ウロついたつて、遊んで食へば山もなくなるとか言ひますから、金さへなくなれば帰つて来られますワイ。何程沢山に使つても、九千両あれば、お民さまと夫婦が二十年や三十年は大丈夫ですからなア、マアそれ迄お待ちやしたら何うです』 松彦『ウツフヽヽヽ』 お寅『コレ、末代さま、何が可笑しい、私がこれだけ気をもんでるのに、お笑ひ遊ばすのか。人の悲しみがあなたは可笑しいのですか』 と喰つてかからうとする。 松姫『事情を聞けばお気の毒ですが、併しこれも自分から出た錆だから仕方がないぢやありませぬか。チイと金のありさうな信者に、リントウビテン大臣とか、五六七成就の神様だとか、旭の豊栄昇り姫、岩照姫、木曽義姫などと、ありもせぬ名をお附け遊ばして、随喜の涙をこぼさせて集めたお金が、なぜあなたの身につきますか。蠑螈別さまは、お前さまの罪を取つて上げようと思つて、其金を持つてお逃げ遊ばしたのですよ。つまり蠑螈別さまとお民さまはお前さまの罪取主、助け舟、命の御恩人だから御喜びなさい。正しき信仰上の目から見れば、お寅さま、あなたは随分よい御かげを頂きましたね』 お寅『馬鹿らしい、こんな御かげが何処にありますか。私もこれから、蠑螈別の後を追つかけて、金を取返し、恨みを言はねば承知しませぬ』 松姫『オホヽヽヽ、貴女の恨はよう利きませうよ。清浄潔白の貴女のお言葉なら釘も利きませうが、弱点を知り合うた仲、犬も食はぬ夫婦喧嘩になつて了ひますよ。それにお民さまは娘盛りのキレイなお方、お前さまは五十の尻を作つた、言ふとすまぬが古手婆アさま、誰だつて浮気者だつたらお民さまの方へ肩をもつのは当然ですわ。お前さまもいい年して蠑螈別様の愛を独占しようなぞとは余り虫がよ過ぎるぢやありませぬか。貴女、其鼻何うなさいました。ハヂケてゐるぢやありませぬか。大方夜前追つかけていた時に転けて打ちなさつたのでせう。神様の教にも、改心致さぬと鼻を打たねばならぬ事が出来るぞよと示されてあるぢやありませぬか。貴方は実地教育をうけ、結構な御かげを頂きやしたねえ、本当にお羨ましう厶いますワ』 お寅『ヘン、馬鹿にしなさるな、よい加減に人を嘲斎坊にしておきなさい。此お寅だつて石地蔵や人形ぢやありませぬから、チツとは性念がありますよ。お前さまは松彦さまといふ夫に会ひ、吾子が分つたのだからソラ嬉しいでせう、又勢も強いでせう。それだからそんな気強い事がいへるのだ。私の身になつて御覧なさい』 松彦『モシお寅さま、モウいい加減に蠑螈別さまのこたア思ひ切られたら何うです。又何うしても夫がなくちやならぬのならば、適当な男をお世話致しますワ』 お寅『ヘン、余り馬鹿にして下さるな、私は男が欲しいので騒いでるのぢやありませぬ。只神様の為、世人の為になくてはならぬ蠑螈別さまだから、天下の為に気をいらつてゐるのですよ。五十の尻を作つて男なんか要つてたまりますか。そんな柔弱な魂だと思つて貰ひますと、ヘン、チツト片腹痛い』 松彦『あゝさうですか。それで時々徳利が舞うたり、盃が砕けたり、鼻をねぢつたり、気絶したり、いろいろな珍妙な活劇をおやりなさるのですな』 お寅『エヽなになつと勝手に言つておかつしやい。御夫婦仲よう、しつぽりとお楽しみ、左様なら、永らく殺風景な婆アが久しぶりの御対面、嬉し泣きの場面を汚しましてはすみませぬ。エライお邪魔を致しました。気の利かぬ婆アで厶いますから、どうぞお許し下さいませ』 かく毒ついてる所へ、スタスタと上つて来たのはお菊であつた。 お菊『ご免なさいませ、お寅さま、否お母アさまは来てゐられますかな』 お寅『コレお菊、お前は何しに、こんな所へ来るのだい、サアお帰りお帰り、年も行かぬくせに小マしやくれた、ぢきに私の内証話を聞きに来るのぢやな』 お菊『別に聞きに来たいこたないのだけれど、何時も蠑螈別さまと酒に酔うて、大きな声で悋気喧嘩をなさるものだから、又ここへ岡焼にでもしに厶つたのかと案じて来て見たのよ。お母アさまは法界悋気が上手だからねえ』 お寅『早く帰りなさい』 お菊『五六七成就の生宮さまと、旭の豊栄昇り姫の生宮さまとが大広間を飛出し、春さままでが後について、悪口タラダラ坂を降り、神政松の下へ行つて、十六本の松を引抜き、岩を砕かうとして居るさうぢやから、一寸知らしに来たのよ』 お寅『松位引いたつて、また植ゑ替へたらいいのだ。何程お福さまや竹さまが力が強うても、あの石はビクツともならないから、放つときなさい。それよりも早くお帰り』 お菊『それなら帰りますワ。万公さまが首を伸ばして待つてゐますからねえ』 松姫『オホヽヽヽ』 お寅『親を弄るといふ事があるものかいな、お前はそれ程万公さまに惚れてゐるのかい』 お菊『惚れてますとも……ほれたほれた、何がほれた、馬が小便して地がほれた……といふ程惚れてますのよ。ホツホヽヽヽ、併しお母アさま、あなたの喜ぶ事が出来たのだけれど、余り憎らしい事をいふから、もう言はないワ、ねえ松姫さま、こんな憎い口を叩くお母アさまには、何ぼ娘だつて、バカらしうて言つてやれませぬわねえ』 松姫『結構な方がみえましたね、定めてお喜びでせう、お母アさまは……』 お寅『ナアニ、結構な事とは、コレお菊何ぢやいなア、早く言つておくれ、私も都合があるから』 お菊『そらさうでせう。言はうかなア、ヤツパリ言はうまいかなア、こんな事さうヅケヅケといつて了ふと、互に楽みが薄くなるから、これは夢にしておきませうかい』 お寅『エヽ焦心たい、早く言はぬのかいなア』 お菊『イのつく人が、神様のおかげで、スタスタと帰つて来ましたよ』 お寅『ナアニ、蠑螈別さまがな、さうだろさうだろ、ヤア松彦さま、松姫さま、誠にすみませなんだ。貴方の御神力は偉いものですな。御教とは一時半程遅れましたけれど、帰つてさへくれたら、これで神政成就の太柱がつかめます。神様もさぞお喜びで厶いませう』 お菊『神様はお喜びなさるか、なさらぬか知りませぬが、お母アさまは嘸お喜びでせうね。私だつて余りイヤな事は、ない事はありませぬわねえ、ホツホヽヽヽ』 夢寐にも忘れぬ恋男待ちあぐみたる其時に 蠑螈別が帰つたと聞いてお寅は飛び上り 閻魔のやうなきつい顔忽ち変る地蔵さま 松彦夫婦に打向ひ失礼な事をベラベラと お喋り申してすみませぬコレコレお菊、お前さま ここで暫く御世話になつてゐなされ又しても 内証話をきかれてはみつともないと言ひながら 狐のお化と知らずして誠の恋しき男だと 細き階段トントンと二つ三つもふみまたげ 眼くらんでガラガラところがる拍子に頭打ち アイタヽタツタと言ひながら男に心を取られてや 頭や腰の痛みをもさのみ心にかけずして 転げるやうに下りゆく何は兎もあれ教祖殿 帰つて蠑螈別さまに不足のありだけ言ひ並べ お金をこちらへボツたくり動きの取れぬやうにして 男の愛を独占し此喜びはここよりは 外にやらじと酒でつりチツとも外へは出さぬよに 守らにやならぬと囁きつ帰つて見れば蠑螈別 火鉢の前に丹前をかぶつたままに泰然と すわつてゐるぞ嬉しけれ。 お寅『マアマアマア、よう家を覚えて帰つて来なさつたな。私は又、どこのどなたか知らぬと思ひましたよ。あのマアすましたお顔わいの』 蠑螈『帰つてくる積ではなかつたのだが、どうしても思ひ切れないものが一つあつたので引返して来たのだ。マア酒でも出してくれ』 お寅『思ひ切れないものとは、此燗徳利と猪口でせう。サアサアこんな所で飲んで貰ふと、又御機嫌をそこねるとすみませぬから、早く狐の森へでもいつて、お民とシツポリやつて来なさい』 蠑螈別『さう悪気をまはして貰つちや困るぢやないか。お民の奴、一本橋を渡る時、あわてて川へおち込み、それきりになつて了つたのだ』 お寅『何、お民……が……川へはまつて死にましたとな。エヽ気味のよい………イヤイヤ気の毒な事だなア。さぞお前さまも悲しかつただらうな。なぜ飛込んで一緒に心中なさらぬのだい、随分水臭いぢやありませぬか』 とツンとして他人行儀になつてゐる。 蠑螈『何ともはや、魔我彦は惜い事をしたものだ。魔我彦が聞いたらさぞ悔むだろ、不憫な者だ』 お寅『悔む人が違ひませう、ヘン、仰有いますワイ。そんな事に化かされる、海千山千ぢやありませぬぞえ。モツトモツトすぐれた劫を経た狸婆アを騙さうと思つても、ダメですよ。時に蠑螈別さま、お金はどうなさつたの』 蠑螈別『お金か、ありやお前、余りあわてたものだから、一本橋の上からパラパラと落して了つたのだ。拾つてみようと思つたけれど、何分夜叉のやうな勢で、どこの婆アさまか知らぬが、追つかけて来るものだから、つい恐ろしくなつて野中の森までに逃げていつたのだよ』 お寅『そんなウソを云つたつて駄目ですよ。お前さまの懐にチヤンとあるぢやないか』 蠑螈別『ソリアある、併しこれは拾うた金だ、お前の金は一旦落したのだ、落したものを拾はうと云つたつてダメだらう。それを改めて蠑螈別が拾うて来たのだから、所有権は俺にうつつてるのだ。最早指一本さへる事はさせないから、此金に未練はかけてくれるなよ。其時の用意の金だからなア』 お寅『盗人たけだけしいとはお前さまの事だ。どうあつても斯うあつても、此方へひつたくらねばおきませぬ』 蠑螈別『アハヽヽヽ、お前の力で取れるものなら取つてみろよ。此蠑螈別は今までとはチツト様子が違ふのだから、ウツカリ指一本でもさへようものなら、大変な目に会ふぞ』 お寅『ナアニ、グヅグヅ言ふと又鼻をねぢようか。そんな事を言はずに素直に出しなさいよ。又要る時にや私にこたへてさへ下さつたら、惜気もなく出して上げますから、今日はお酒を上つて宵からグツスリとお休みなさい。お前さまが飛んで出たものだから、此神館は大騒動が起つてゐるのよ。信者の信仰がグラつき始めて、此城が持てるか持てぬか分らないといふ九死一生の場合だから、せめて此お金なつと持つてゐなくちや心細くて仕方がない。千両だけお前に持たしておくから、八千両こちやへお返しなさい』 蠑螈別『それならモウ邪魔臭いから、十分の一だけお前にやらう。サア検めて受取つてくれ』 とポンと前へつき出したのは、三万両の大判であつた。お寅婆アはビツクリして、 お寅『コレ蠑螈別さま、コリヤ、サヽ三万両ぢやないかい』 蠑螈『ウン三万両だ、まだ二十七万両懐にあるのだ。これだけあれば、一代遊んで暮しても大丈夫だ』 お寅『其お金、こちらへ預つて上げませう』 蠑螈別『お前の金は九千両、二万一千両も利をつけてやつたぢやないか。お前もそれだけあれば得心だろ、二十七万両は俺の使用権利があるのだから決して渡さない。もしも之を無理にも取らうものなら、それこそ泥棒だ』 お寅『決して取らうといふのぢやない、預つておかうといふのだ。お前さまに此金持たしておいては険難だから、預らうといふのだよ』 蠑螈別『此金を以て、実の所はお民を或所へ預けて来たのだ。お民にも二十万両の金がもたしてあるのだ。サア之から御免蒙らう、お寅婆アさま、随分まめで暮して下さい、左様なら』 と立ち上らうとする。お寅はビツクリして立上り、大手をひろげ、 お寅『エヽそれ聞くからは、何と云つても行かしはせぬ。命にかけてもお前をお民に渡してなるものか』 と武者ぶりつく途端に、蠑螈別の体は長い毛だらけであつた。ハツと驚き手をはなす途端に、蠑螈別の姿はどこへやら、黒い牛の子のやうな大狐がのそりのそりと後ふり返りながら向ふの森林さして逃げて行く。これはお寅婆アの副守護神で、小北山の発頭人ともいふべき親玉であつた。松彦、松姫、五三公の神威に恐れて姿を現はし、お寅の肉体からスツカリと放れて了つたのであつた。 (大正一一・一二・一五旧一〇・二七松村真澄録)
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霊界物語 46_酉_小北山の宗教改革2 11 変化神 第一一章変化神〔一二二一〕 万公『アク公さまが演台に登るや否や小北山 変化神社の種あかし怯めず臆せず滔々と 数多の信者の目の前で喋り立てたが仇となり 上を下へと大騒動乱痴気騒ぎが始まりて 五六七成就の生宮と自ら信じ人も亦 許して居たる竹公が獅子奮迅の勢で 攻めかけ来るをアク公が[※「攻めかけ来るをアク公が」の「を」は、初版には有るが、三版以降は無い。「を」が有った方が意味的には正しくなる。オニペディアの「第46巻の諸本相違点」を参照。]タクを犠牲に立てながら 敏くも其場を立ち出づる此時万公は只一人 ヘグレ神社を一々に調べて廻り頂上の 月の大神日の御神社の前に突つ立つて 蠑螈別が奴狐につままれよつてこんな神 勿体らしくも祀りこみ馬鹿を尽すも程がある 狐狸に騙されて出て来る信者の顔見れば 一人も碌な奴はない目玉の一つ無い奴や 聾に躄、肺病やみ横根、疳瘡、骨うづき 陰睾、田虫で苦しんだガラクタ人間蜘蛛の子が 孵化つたやうにウヨウヨと此世で役に立たぬ奴 固まり居るこそ可笑しけれそれ故こんなガラクタの お宮を立てて古狐八畳敷の古狸 厳めしさうな名をつけて末代日の王天の神 上義の姫や常世姫大将軍と斎ひこめ 祀つて居やがる馬鹿らしさ闇の世界と云ひながら これ程阿呆が世の中に沢山居るとは知らなんだ さアこれからはこれからは松彦さまや松姫が 被つて居つた猫の皮すつぱり脱いで曲神の 素性を露はし諸人の眼をさましやるならば 如何に驚く事だらうこの万公は精神が 確りして居る其お蔭狐狸の曲神に 騙されないのが不思議だよ世界の奴は尊きも 富めるも卑きも賤しきも欲に心を眩ませて 知らず知らずに迷ひ込み曲神どもの玩弄に されて居るのが気の毒ぢやこれを思へば一日も 早く三五教をして暗き此世の光とし 暗夜を照らして救はねば三千世界は忽ちに 荒野ケ原と変るだらうあゝ惟神々々 御霊幸倍坐しませよ』 かかる所へお菊はスタスタ登つて来た。 お菊『もし万公さま、私最前からどれだけ探したか知れないのよ。こんな寒い所に一人何してゐらしたの』 万公『お前には肱鉄をかまされ竹公さまには怒られ、身を置く所がないので、ユラリ彦さまのお宮の前まで避難のためにやつて来たのだ。お前は又、こんな強い山をどうして一人登つて来たのだ』 お菊『私だつて足がありますわ。況してスヰートハートした万公さまがゐらつしやるのだもの、思ひの外足が軽くて知らぬ間に此処に登つて来たのよ』 万公『馬鹿にするない、年端も行かないのに男に調戯ふと云ふ事があるものか。随分酷い目に会はしたねえ』 お菊『そりや極つた事ですわ。親の前や人さまの前で、何程好きだとて好きな顔が出来ますか、恥かしいから嫌ひだと云つたのよ』 万公『それでも昨夜大変俺に恥をかかしたぢやないか。あの時こそ誰も居なかつたのに、ありや余り念が入り過ぎるぢやないか』 お菊『何を言つてゐらつしやるの、あの時も暗がりに、アク、テク、タクさまが隠れて、私と貴方との立ち話を聞いて居たぢやありませぬか。それだから私あんな事を云つたのよ』 万公『成程さうだつたな、お前は随分細かいとこへ気がつくな』 お菊『そらさうですとも、前後に気をつけにや人に発見されては大変ですもの』 万公『発見されてもよいぢやないか、何れ夫婦になるのぢやもの』 お菊『それだつて、野合夫婦なんか云はれては末代の恥だわ』 万公『それなら、何故こんな処へ来たのだ。夜分なら兎も角も、誰が見とるか分らぬぢやないか』 お菊『夜分なら疑はれても仕方がないが、昼の最中だもの、誰が怪しみませう。却つて物事は秘密にすると人に感づかれるものですよ。此処なら何しとつたて大丈夫だわ』 万公『エヘヽヽヽ、オイお菊、お前は小さい時から可愛い奴だと思うて居たが、ほんとに可愛いものぢやな、それ程私を思うて呉れてるのか』 お菊『極つた事ですよ。あれ程目許で知らして居るのに、万さまは一寸も気がつかないのだもの、ポンポン怒つて居らつしやるのだから本当に焦つたかつたわ』 万公『なんと本当に分らぬものだな。恐れ入つたよ。そこまで念が入らなくては恋愛の趣味がない、併しお寅さまが承知せなかつたらどうする心算だ』 お菊『何れ容易に承知しては呉れますまいよ。それだから私も一つ考へがあるのよ。万さまはこんな所へ来て、神様の悪口ばかり云つて居ましたでせう』 万公『ウン、余り業腹だから、小口から狐の神に引導を渡してやつたのだ』 お菊『そんな悪戯せいでもよいに、狐が怒つて魅んだらどうします』 万公『ハヽヽヽヽ、そんな心配して呉れるな、狐に騙されるやうな精神ぢやない。狐の奴、俺の顔を見ると尾を巻いて忽ち十里位逃げ出すのだから大したものだよ』 お菊『時に万さま、喜んで下さい。二十七万両の金を手に入れました』 万公『そんな金を何うして手に入れたのだ』 お菊は耳に口をあて、 お菊『今蠑螈別が三十万両の金をもつて野中の森から帰つてきたのよ。そして三万両をお母アさまに与へ、二十七万両の金をグヅと懐に入れて酒を飲みだしたから、私が酒を飲まして酔ひ潰し、二十七万両の金を引つたくつて、そつと此処まで逃げて来たのよ』 万公『女に似合はぬ豪胆者だな、そんな金何にするのだ』 お菊『ホヽヽヽヽ、この金もつて山越しにお前と私と駆落をする積りで逃げて来たのよ。サア足のつかない間にこの山を南に渡つて月の国へ逃げようではありませぬか』 万公『ヤアまア待つて呉れ、私は神様の御命令で月の国へ往く者だが、今は治国別さまのお供してアーメニヤにゆくのだから、其間はお前と一緒に居る訳にはいかない』 お菊『これ万さま、好い加減に呆けて置きなさい。それならお前はこのお菊は本当に可愛いのぢやないのだな』 万公『可愛くなうてかい』 お菊『それなら私の云ふ事聞いて下さいな』 万公『ウン、聞くの段ぢやないが、御用の済むまで待つて呉れ』 お菊『エヽ好かぬたらしい、神様の御用なんかどうでもよいぢやないか。サアこれから私と行きませう、二十七万両の金さへあれば、どんな立派な家も建つし、そんな危ないバラモン教を征伐するため、宣伝使のお供して野宿したり、乞食のやうな真似するよりも、茲は一つ考へ所だ。サア往つて下さい、頼みぢやから』 万公『困つたなア、エヽ仕方がない、自暴だ、それならお前と手に手を取つて此山越しに行かう』 お菊『そりやまア有難う厶います、よう云つて下さいました。私もあんなやんちや親にひつついて居るのは嫌だし、こんな神様の所へ居るのは猶ほ嫌だし、兄様と知らぬ他国で苦労するのなら、こんな嬉しい事はないわ』 万公『そんな事言つて又中途で俺を放かすやうな事はすまいなア』 お菊『滅相な、変り易いは男の心だから、万さまこそ心を変へないやうにして下さい。ねえ貴方、私好きで好きで仕方がないわ』 万公『エヘヽヽヽ』 と涎を繰りながら、 万公『サア、それなら松彦さまや五三公に済まないけれど、二十七万両の金を有つて弥高飛びぢや』 お菊は山の尾の上を伝ひながら、万公の先に立ち歌ひつつ進んで行く。 お菊『此世の中に生れ来て何楽しみに人は生く 浮世の中の楽みは酒と博奕と色ばかり これに越したる楽みは人間界にはあらうまい それに治国別さまは窮屈至極の三五の 教のお道に耽溺し乞食のやうにブラブラと 可愛い女房を家におきお道のためとは云ひながら そこらあたりをウロウロとうろつき歩くをかしさよ 万公さまも神様の教に些つと陥りこみ 河鹿峠の峻坂を越えて漸く小北山 ウラナイ教の広間までやつて来たのは面白い 私がいつも恋ひ慕ふ大事の大事の殿御ぞや 何とか工夫を廻らして万公さまを銜へ込み 日頃の思ひを達成し知らぬ他国で水入らず 一つ苦労をして見よと思うて居たらアラ不思議 一本橋の袂にて結びの神の引き合せ お目にかかつた嬉しさよさはさりながら何うかして 母の蓄へおかれたる一万両のそのお金 盗み出して万さまと駆落するまで親の前 嫌な男と云ひはつて油断をさして目的を 達せむものと思ふ中降つて湧いたる儲けもの 蠑螈別が沢山のお金をもつてニコニコと 帰り来るを見るにつけ心の中に雀躍りし 頻りに酒を勧めつつ思ふ存分酔ひ潰し 内懐にしめ込んだ二十七万両の金 旨く手に入れ小北山頂上の宮の御前に 登りて見れば万さまがたつた一人で待つて居る こんな結構な事あろか早速情約締結し 山の尾の上を渡りつつ吹く凩も何のその 温いポツポに勢を得たる嬉しさ恋人と 手に手を取つて何処となく逃げ往く身こそ嬉しけれ あゝ惟神々々御霊幸倍坐しませよ』 (大正一一・一二・一五旧一〇・二七加藤明子録)
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霊界物語 46_酉_小北山の宗教改革2 12 怪段 第一二章怪段〔一二二二〕 万公は後髪引かるる心地しながら、肝腎要の神務を打ち忘れ、お菊の愛に溺れて、金と色との二道かけ、木枯荒ぶ高山の尾の上の薄雪を踏みしめながら、お菊のやさしき後姿を打ち眺め、顔の紐まで解いて道々歌ひ出した。 万公『神が表に現はれて善と悪とを立てわける 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直し聞き直し 身の過ちを宣り直す三五教の神様は この万公が恋の暗迷うて脱線した事を 心安らに平らかに必ず許させたまふべし 河鹿峠をのり越えて治国別と諸共に 野中の森迄やつて来た時しもあれや亀彦は 弟子の万公を振り捨てて雲を霞とかくれけり これを思へば万公ももはや御用が済んだのか 一本橋の袂にて恋しきお菊に廻り会ひ お寅婆さまにいろいろと苦い意見を聞かされて 大分心も改まり松彦さまと諸共に 悪魔の征途に上るべく喜び勇んで居たものを どうした身魂の因縁か結ぶの神の引き合せ いとし可愛の愛娘お菊に深く思はれて 引くに引かれぬ羽目となり心ならずも神の道 暫く捨てて往きまする国治立大御神 豊国主大御神三五教の太柱 神素盞嗚大御神誠に済まぬ事ながら 暫くお暇を下しやんせ是から二人は山の尾を 伝ひ伝ひて月の国何処の果にか身を潜め 二人仲よく世を送りさうした上で神様の きつと御用を致します今暫くは是非なしと 何卒見直し下さつて恋を許させたまへかし まだ十七の愛娘肩揚さへも取れぬよな あれ程可愛い女をば何程神の道ぢやとて これが見捨ててやれませうか夫婦となるも前世の 深い縁でありませうお菊の姉も中々に 人に勝れた器量ものほんとに惜しい事をした そのお里にも弥勝り鈴のやうなる丸い目に 花のやうなる唇でニツと笑うた其時は 知らず知らずに魂が中空に飛んで往くやうだ エヘヽヽヘツヘ何とまア面工のよい事出来たのか 矢張り身魂がよい故に心の花が咲き初めて 福の神めが降つて来て二人の仲をば円満に 神聖な恋を完全にお守りなさるに違ひない 思へば思へば俺のよな幸福者が世にあろか これこれお菊ちよつと待てお前は子供に似合はない 随分早い足だなア道もないよな山の尾を さう安々と歩くのは矢張り結ぶの神様が お前の体を委曲にお守りなさるに違ひない 暫く待つて呉れぬかい俺等は呼吸が切れさうだ』 待てよ待てよと呼ばはればお菊は後を振り向いて お菊『これ万さま焦つたい今暫くは身の限り 足の続かむ其限り走つて往かねばなりませぬ もしも追手に見つけられ捕はれようものならば それこそ甚い事になる大泥棒の駆落奴 此儘許しは致さぬと蠑螈別が腹を立て どんな事をなさるやら分つたものぢやありませぬ それが私は気にかかるもう一息ぢや万さまよ サアサア早う往きませう』 言葉を後に残しつつ小松茂れる山の尾を 見えつかくれつ走り往く万公は息を喘まして 万公『おいおい待つたお菊さまそれ程早く走るなよ 姿が見えずなつたならこの深山で何とする お前と俺と唯二人外に力になるものは 猫の子一匹居らぬぞやまアまア待つて下しやんせ アイタヽタツタ躓いた途なき処をスタスタと ようまアそれだけ走られる遉の万公も舌を巻き 尾を巻き降参せにやならぬそりや其筈ぢや誰だとて 大胆至極な事をして何うしてゆつくり歩かれよか これから肝玉放り出してもう一気張りお菊さまの 後を慕うて往つて見よう何とはなしに呼吸めが 苦しくなつて来たわいな此処で一服しよぢやないか これだけ逃げて来た上はよもや追手もかかるまい アイタヽタツタ目をついた松葉の奴めが出しやばつて 大事な大事な眼をば遠慮もなしに突きよつた こりやこりやお菊どこへ往つた子供の癖にとんとんと はぐれて仕舞つたら何とする向ふ見ずにも程がある 待て待て暫し待て暫し』 と云ひながら、呆けたやうな面をして細い階段を登つては下り、下つては登り、何か口をもがもがと動かして幾度となく上下して居る。 お菊とお千代は手を引きながら石段の所まで下りて来た。見れば万公が何かブツブツ分らぬ事を呟きながら、石段をトントントンと下つたり上つたりして居る。 お菊『お千代さま、あの万公さまを御覧、間抜けた顔して、お千度をして居るぢやありませぬか、何で又あんな妙な事をするのでせうなア』 千代『万公さまが、狐に撮まれて居るのでせうよ。随分小北山には古狐の穴が沢山ありますからなア』 お菊『一つ背中でも叩いて気をつけてやりませうか』 お千代『兎も角「オイ」と云つて見なさい。そしたら気が付くかも知れませぬぜ』 お菊は登つて来る階段の上に立ち一間程前から、 お菊『オイ万公さま、確りせぬかいな』 と声をかけた。万公は矢庭に口重たげに、 万公『オーイお菊、さう走つては追付かれない。二十七万両の金を落しては大変だぞ。まアちつと待つてはどうだ。もう此処まで逃げて来たら大丈夫ぢや』 お菊『ホヽヽヽ好かぬたらしい。万公さまは私と駆落をして居る夢でも見て居るのだらうか、なアお千代さま』 お千代『きつとさうですよ、あの顔を御覧なさい。あれは狐に撮まれて居るのですよ。さうして夢を見て居るのですよ。困つた気の利かない男ですなア』 万公は又下を向いてトントントンと汗をタラタラ流しながら下つて往く。魔我彦が散々狐に膏を取られ、松彦館を訪ねむと階段を上り往くと、万公が気のぬけたやうな顔して下りて来るのにベツタリと出会つた。魔我彦は、 魔我彦『ハヽ此奴も悪い狐にやられよつたのぢやな。俺ばかりかと思へば、伴侶もあるワイ。こいつは大方、お菊と駆落でもして居る積りで撮まれて居るのだらう、オイ万公、何をグヅグヅして居るのだ、何を喋つて居るのだ』 と云ひながら、力をこめて背を三つ四つ打ち叩く途端に万公は気がつき、 万公『アヽ一体此処は何処だ、お菊は何処へ往つたのだ、オーイ、お菊ヤーイ、オーイ』 魔我『アハヽヽヽ、これ万、確りして呉れい、最前から随分ここを上つたり下つたりして居たさうだが、大方狐に撮まれたのだらう。余りお菊を思つて居るから、こんな目に遇ふのだよ』 万公『ここは一体何処だと云ふのだ』 魔我彦『分らぬ奴だなア、小北山の階段だ。目を閉いどつては分らぬぢやないか。何だい、大きな口を開けやがつて』 万公『エヽ馬鹿にしやがつた。余りド狐の悪口を言つたものだから、奴さん仕返しをしやがつたな』 魔我彦『アハヽヽヽ、俺の二代目が出来たわい、ウフヽヽヽ』 お菊は傍に走り来り、 お菊『これ万さま、お前最前からここに何して居るの』 万公はお菊の首筋グツと握り、 万公『これド狐、何で人を馬鹿にしやがるのだ。サアもう了簡せぬぞ、覚悟せい』 お菊『万さま恐い、魔我さま助けてえ』 魔我『こりやこりや万公、狐の化けたお菊と、本物のお菊とごつちやにしては困るぢやないか、ちつと確りさらさぬかい』 万公『ウンさうだつたか、そりや済まぬ事をした。神さまは恐いものぢや、もう斯うなつては白状するが、実はお菊と駆落をした積りだつた。矢張り神様に気を引かれたのかなア』 斯く云ふ所へ、五三公、アク、タク、テク四人は松彦館を訪ねむと階段の下までやつて来た。魔我彦は直に、 魔我彦『小北山醜の狐にだまされて この階段を上りつ下りつ。 お菊さまと手を引きあうて駆落を してる覚悟で同じとこゆく』 五三『お寅さま魔我彦さまをたばかりし 醜の狐の仕業なるらむ』 万公『二十あまり七万両の金もつて 駆落せしと思ひけるかな』 アク『馬鹿だなアお菊にうつつ抜かしよつて 狐にまでも騙されてけり』 万公『木石にあらぬ身なれば俺だとて 女に心動かざらめや』 タク『女なら是非はなけれどド狐に まゆ毛よまれて馬鹿を見るかな』 万公『俺だとて狐位にやだまされぬ つもりぢやけれどまんが悪うて』 タク『慢心が頂上までも登りつめ この浅猿しき態となりぬる』 万公『狐まで化けて惚れよる俺の顔は どこかに柔和しいとこあるだらう』 テク『テクテクと二百の階段下り上り 騙されきつた馬鹿者あはれ』 万公『ここは又高天に登る階段だ 何も知らずにゴテゴテ云ふな。 狐にもせめて一度は撮まれて 見ねば社会の事は分らぬ』 五三『村肝の心に迷ひある時は 醜の曲津の誘ふものなり。 万公さま心の駒を立て直せ 狐のやつにもてあそばれて。 如何にして神の御業がつとまろか ほうけ男を伴ひし身は』 万公『恥かしや恋の狐にたばかられ 思はぬ醜態現はれにけり。 大神の道おろそかにした罪は 今目のあたり現はれてけり』 (大正一一・一二・一五旧一〇・二七加藤明子録)
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霊界物語 47_戌_治国別の天国巡覧1 10 震士震商 第一〇章震士震商〔一二四三〕 治国別、竜公両人は伊吹戸主の神の関所に於て優待され茶果を饗応せられ、少時休息してゐると、其前をスタスタと勢よく通りかかつたデツプリ肥えた六十男がある。 赤顔の守衛はあわてて、其男を引きとめ、 赤顔の守衛『コラ待てツ』 と一喝した。男は後振返り、不機嫌な顔をして、 男(欲野深蔵)『何だ天下の大道を往来するのに、待てと云つて妨げる不道理な事があるか、エー、俺をどなたと心得て居る。傷死位窘死等死爵鬼族婬偽員欲野深蔵といふ紳士だ。邪魔を致すと、交番へ引渡さうか』 赤顔の守衛『オイ、其方はここをどこと心得て居る』 欲野深蔵『言はいでもきまつた事だ。野蛮未開の北海道ぢやないか』 赤顔の守衛『其方は何うして此処へ来たのだ』 欲野深蔵『空中視察の為、飛行機に乗つて居つた所、プロペラの加減が悪くて、風波でこんな方へやつて来たのだ。何うだ俺を本国へ案内してくれないか、さうすりや腐つた酒の一杯も呑ましてやらぬこともないワイ』 赤顔の守衛『コリヤコリヤ欲野深蔵、ここは冥途だぞ、天の八衢を知らぬか』 欲野深蔵『鳴動も爆発もあつたものかい、そんなメードウな事を云ふない、俺こそはフサの国に於て遠近に名を知られた紳士だ……否紳士兼紳商だ。男のボーイに酒をつがす時には男酌閣下で、自分一人ついで呑む時には私酌閣下だ。エヽーン、そんなおどし文句を並べて、鳴動だの、破裂だのと云はずに、俺の案内でもしたらどうだ、貴様もこんな所で二銭銅貨の様な顔をして、しやちこ張つて居つても、気が利かぬぢやないか。銅銭ロクな奴ぢやあろまいが、俺も大度量をオツ放り出して、椀給で門番にでも救うてやらう』 赤顔の守衛『コリヤ深蔵、貴様はチツとばかり酒に喰ひ酔うてゐるな、今紳士紳商だと吐したが欲にかけたら親子の間でも公事を致したり、又人の悪口を針小棒大に吹聴致し、自己の名利栄達を計り、身上を拵へた真極道だらう、チヤンとここな帳面についてゐるのだ、何程娑婆で羽振がよくても霊界へ来ては最早駄目だ。サ、ここの衡にかかれ、貴様の罪を測量してやらう』 欲野深蔵『さうすると、此処はヤツパリ冥途でげすかなア』 赤顔の守衛『気がついたか、貴様は積悪の酬に仍りて、地震の為に震死した震死代物だらう』 欲野深蔵『成程、さう承はれば朧げに記憶に浮かむで来ますワイ。飛行機に乗つたと思つたのは……さうすると魂が宙に飛んだのかな』 赤面の守衛は帳面をくりながら、 赤顔の守衛『其方は欲野深蔵と云つたな、幼名は渋柿泥右衛門と申さうがな』 欲野深蔵『ハイ、ヨク、深い所まで御存じで厶いますなア、それに間違ひは厶いませぬ』 赤顔の守衛『其方は娑婆に於て、殺人鉄道嵐脈会社の社長兼取締役を致して居つたであらう』 欲野深蔵『ハイ其通りで厶います』 赤顔の守衛『優先株だとか、幽霊株だとか申して、沢山な蕪や大根を、金も出さずに吾物に致しただらう』 欲野深蔵『ハイそんな事もあつたでせう、併しそれを致さねば現界に於ては、鬼族院偽員になる事も出来ず、紳士紳商といはれる事も出来ませぬから、娑婆の規則に依つて止むを得ず優勝劣敗的行動を致しました、コリヤ決して私の罪ではありませぬ、社会の罪で厶います、何分社会の組織制度が、さうせなくちやならない様になつてゐるのですからなア』 赤顔の守衛『馬鹿申せ、そんな法律が何時発布されたか』 欲野深蔵『表面から見れば、左様な事はありませぬが、其内容及精神から考へれば、法文の裏をくぐるべく仕組まれてあるものですから、之をうまく切抜ける者が、娑婆の有力者と云ふ者です、総理大臣や或は小爵や柄杓や疳癪などの高位に昇らうと思へば、真面目臭く、法文などを守つて居つちや、娑婆では犬に小便をかけられ猫にふみつぶされて了ひますワ。郷に入つては郷に従へですから、娑婆ではこれでも立派な公民、紳士中でも錚々たる人物で厶います、ここへ来れば、凡ての行方が違ふでせうが、娑婆は娑婆の法律、霊界は霊界の法律があるでせう、まだ霊界へ来てから善もやつた事がない代りに、悪をやる暇もありませぬ、娑婆の事迄、死んだ子の年をくる様に、こんな所でゴテゴテ云はれちや、やり切れませぬからなア。エヽ、何だか気がせく、斯様な所でヒマ取つては、第一タイムの損害だ、娑婆で金貸しをして居つた時にや、寝とつても起きとつても、時計の針がケチケチと鳴る内に、金の利息が、十円札で一枚づつ、輪転機で新聞を印刷する様に、ポイポイと生れて来たものだが、最早ここへ来ては無一物だ、之から一つ冥途を開拓して、娑婆に居つた時よりもモ一つ勉強家となり、大地主となつて、冥途の一生を送りたい。どうぞ邪魔をして下さるな』 と云ひながら、大股にふん張つて、関所を突破せむとする。 此騒ぎに伊吹戸主の神は関所の窓をあけて、一寸覗かせ給うた。欲野深蔵は判神の霊光に打たれて、アツと其場に悶絶し、蟹の様な泡を吹いて苦み出した。忽ち館の一方より数人の番卒現はれ来り、欲野深蔵の体を荷車に乗せ、ガラガラガラガラと厭らしき音をさせながら、何処ともなく運び去つた。之は地獄道の大門口内へ放り込みに行つたのである。深蔵は暗き門内へ放り込まれ、ハツと気がつき、ブツブツ小言を小声で囁きながら、トボトボと欲界地獄を指して進み行くのであつた。 抑も此八衢の関所は天国へ上り行く人間と地獄へ落ちる人間とを査べる二つの役人があつて、天国へ行くべき人間に対しては、色の白き優しき守衛が之を査べ、地獄へ行くべき人間に対しては形相凄じい赤い顔した守衛が之を査べる事になつてゐる。 竜公は此光景を見て、何とも云へぬ怖れを抱き治国別の袂を固く握り、不安の顔付にて少しばかり慄へながら、息をこらして数多の精霊の取査べらるるのを冷々しながら眺めて居る。暫くすると錫杖をガチヤンガチヤンと言はせながらやつて来たのは、バラモン教の宣伝使であつた。宣伝使が此赤門をくぐらうとするや白、赤二人の守衛は門口に立塞がり、 二人の守衛『暫らくお待ちなさい、取調ぶる事がある』 と呼びかけた。宣伝使は後振返り怪訝な顔をして、 宣伝使(ハリス)『拙者は大自在天大国彦命の御仁慈と御神徳を天下に紹介致すバラモン教の宣伝使で厶る。拙者をお呼止めになつたのは何用で厶るかな』 赤『ここは霊界の八衢だ。其方が生前に於ける善悪の行為を査べた上でなくては、此門を通行させることはなりませぬ。ここに御待ちなされ』 宣伝使(ハリス)『ハテ心得ぬ、吾々は大黒主の命を奉じ、月の国を巡回致し、デカタン高原に向ふハリスと申す者、決して吾々は死んだ覚えは厶らぬ。いい加減に戯談を云つておきなさるがよからう。大黒主の御命令、片時も猶予してゐる訳には参らぬ』 と又もや行かむとする。赤は目を怒らし、大喝一声、 赤顔の守衛『偽宣伝使、暫く待てツ』 と呶鳴りつけた。ハリスは此声にハツと気が付き、あたりをキヨロキヨロ見廻しながら、 ハリス『ヤアどうやらこれは霊界の様で厶る、いつの間に斯様な所へ来たのかなア』 赤顔の守衛『其方は世界の人民に神の福音を宣べ伝へ天国へ案内すると申しながら、其実際に於て霊界の存在を信ぜず、神を認めず、半信半疑の状態に在つて、数多の人間を中有界又は地獄へ幾人落したか知れない偽善者だ。今ここで浄玻璃の鏡にかけて、其方が霊肉共に犯したる罪悪を査べてやらう』 ハリス『イヤもう恐れ入りました。仰せの通り社会の人民に対し、勧善懲悪の道を説き又は天国地獄の存在を朝から晩迄説き諭して参りましたが、実際に於て左様な所があるものか、人間は此肉体を去らば、後は煙の如く消え失せるものだ、コーランに示されたる天国地獄の状態は、要するに、社会の人心を調節する方便に過ぎないものだと信じて居りました。それ故何うしてもハツキリとした事は申されず、自分も半信半疑ながら天国地獄の消息を説諭して来たので厶います。今となつて考へてみれば、死後の世界が斯くも儼然として存在するとは、実に驚愕の至りで厶います』 赤顔の守衛『其方は宣伝使のレツテルをつけて世人を迷はした罪は大なりと雖も、又一方に於て朧げながら、神の存在を無信仰者に伝へた徳に依つて、地獄行丈は許して遣はす、少時此中有界にあつて心を研き神の善と真は何如なるものなるかを了解し得る迄、修業を致したがよからう。ここ三十日の間、中有界に止まることを許してやるから、其間に智慧と証覚を得、愛の善と信の真を了得し得るならば、霊相応の天国へ昇り得るであらう。此期限内に万々一改過遷善の実をあげ得ざるに於ては、気の毒ながら地獄へ落さねばならない、サア早く東を指して進んだがよからう』 ハリス『ハイ、特別の御憐愍を以て地獄落の猶予期間をお与へ下さいまして有難う厶います。左様なればこれから中有界を遍歴し、力一杯善の為に善を行ひ、迷ひ来る精霊に対し、十分の努力を以て、私の悟り得たる所を伝へるで厶いませう』 赤顔の守衛『コリヤコリヤ、ハリス、其方が覚り得たと思つたら大変な間違であるぞ、皆神さまの御神格の内流に依つて、知覚し、意識し、証覚を得るものだ。決して汝一力のものと思つたら、忽ち天の賊となつて地獄へ落ちねばならないぞ、ええか、分つたか』 ハリス『ハイ、分りまして厶います、然らば之より東を指して修業に参ります』 赤顔の守衛『期限内に必ずここへ帰つて来るのだぞ、其時改めて汝の改過遷善の度合を査べ、汝が所住を決定するであらう』 ハリス『どうも御手数をかけまして、真にすみませぬ、左様なれば御免下さいませ』 と云ひながら、始めの勢どこへやら、悄然として次第々々に其影はうすれつつ、靄の中に消えて了つた。 竜公は治国別の袖をひき、小声になつて、 竜公『モシ先生、宣伝使も霊界へ来ては、カラキーシ駄目ですなア、現界では丸で救の神様の様に言はれて居つても、茲へ来ると本当に見る影もないぢやありませぬか』 治国別『ウン、さうぢや、俺達もまだ天国へは行けず、中有界に迷うて居るのだからなア、それだから吾々は八衢人足と、信者以外の連中から云はれても仕方がないのだ』 竜公『何うしたら天国へ行けるでせうかな』 治国別『さうだ、心のドン底より、神さまの神格を理解し、神の真愛を会得し、愛の為に愛を行ひ、善の為に善を行ひ、真の為に真を行ふ真人間とならなくちや到底駄目だ。俺達も少しばかり言霊が利くやうになつて、自分が修行した結果神力が備はつたと思うて居つたが、大変な間違ひだつた、何れも皆瑞の御霊神素盞嗚尊様の御神格が吾精霊を充たし、吾肉体をお使ひになつて居つたのだつた。之を思へば人間はチツとも我を出すことは出来ない、何事も自分の智慧だ力だ器量だと思ふのは、所謂大神の御神徳を横領致す天の賊だ。斯様な考へで居つたならば、到底何時迄も中有界に迷ふか、遂には地獄道へ落ちねばならぬ、有難や尊や、神様の御恵に依つて、ハツキリと霊界の様子を見せて頂き、実に感謝の至りである。之から吾々は、今迄の心を入れ替へて、何事も神様に御任せするのだなア、自分の力だと思へば、そこに慢心の雲が湧いて来る。謹んだ上にも謹むべきは心の持方である。あゝ惟神霊幸倍坐世』 と合掌し感涙に咽ぶのであつた。竜公も亦無言のまま手を合せ、感謝の涙にくれてゐる。伊吹戸主神は二人に会釈し、スーツと座を立つて、館の奥深く入らせ給うた。二人は後を眺むれば、伊吹戸主神の姿は丸き玉の如く光り輝き、其神姿は判然と見えず、月の如き光が七つ八つ或は九つ円球の周囲を取巻き、次第々々に奥の間に隠れ給ふのであつた。 凡て智慧と証覚のすぐれたる神人を、それより劣りし証覚者が拝する時は、光の如く見えて、目も眩くなるものである。神の神格は神善と神真であり、それより発する智慧証覚は即ち光なるが故である。二人は愕然としてものをも言はず、再び八衢の関所に目を放ちここに集まり来る精霊の様子を瞬きもせず窺つてゐた。 (大正一二・一・九旧一一・一一・二三松村真澄録)
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霊界物語 49_子_祠の森の物語1(高姫と妖幻坊) 04 人情 第四章人情〔一二七八〕 石搗は漸く無事に済んで地鎮祭も終り、直会の宴に移つた。今日は玉国別の許しを得てさしも酒豪のイル、イク、サール、テル、ハル、ヨルのバラモン組は天にも昇るやうな心地で歌を唄ひ、石などをケンケンと叩きならし、堤を切らして踊り狂ふた。何人も酒に酔ひ潰れた時は小供のやうになるものである。又平素から心にもつて居た不平は残らず喋るものである。 イル『おい、イク、サール何うだ。清春山に居つた時は、朝から晩迄甘い酒を鱈腹呑んで、新来のお客さま伊太公さま迄敵味方の障壁をとつて優遇したぢやないか。それに馬鹿らしい三五教に帰順してから今日迄一滴も呑ましちや貰筈、本当に淋しくて、矢張元のバラモン教の方が余程よいと思つたよ。貴様等が何時迄もこんな所に引いてけつかるものだから、俺も仕方なしにひつ付いて居たのだ。本当にここの大将はケチン坊だからな。なんだい道公なンて偉さうに監督面を提げやがつて、俺はあのしやつ面を見てもむかつくのだ。エーン』 と副守が発動して本音を吐き出した。 イクはイルが大きな声で不平を云ふて管をまくので道公の監督に聞かれては大変と、一生懸命に左右の手で自分の耳を押へて居る。そしてイルの耳許に口を寄せ、 イク『オイ兄弟、そんな大きな声で不平を云ふものぢやない。勿体ないぞ。道公の耳へ入つたらどうするのぢや』 イル『ナヽ何だ、何が勿体ないのだい。道公の耳へ入るのが、それ程われや恐ろしいのか。何だその手は耳を押へやがつて』 イク『それだつて、余り貴様が大きな声で悪口を吐すものだから、監督の耳に入らないやうにつめをして居るのだ』 イル『何さらしやがるのだ。馬鹿だな、耳を押へて鈴を盗むやうな事をしたつて何になる。このイルの仰有る事は、何程金挺聾でも直ぐ耳にイルやうに云つて居るのだ。骨と皮との痩馬を河鹿峠を引いて通るやうに、ヘエヘエハイハイと盲従する奴は、それこそ気骨のない章魚人間だ。このイルはそんな卑怯な事はなさらぬぞ。も少し大きな声で不平を云ふのぢや。否大に怨言非辞を連発するのだ。のうサール、貴様もサール者だから、きつと俺と同感だらう』 サール『馬鹿云ふな、この目出度い地鎮祭に結構な酒を頂きやがつて何をグヅグヅ云ふのだ。ちと心得ぬかい』 イル『ナヽ何が目出度いのだ。何がそれ程結構なのだ。よく考へて見い、清春山は破壊され、浮木の森の陣営はメチヤ、クチヤにされ、何うして吾々バラモン勇士の顔が立つか、それに何ぞや三五教の神を祭るお宮のお手伝ひをさして貰ひ、嬉しさうに嫌でもない酒を強られて何が有難いのだ。勿体ないのだ。フゲタが悪いぢやないか、敵に兜をぬいで敵の馳走を頂き、感謝の涙をこぼすやうな者は人間ぢやないぞ。俺もかうして表面帰順して居るものの、心の底から貴様のやうに帰順して居るのぢやない。かうして大勢の中に紛れ込み、様子を探つた上、大に手柄をせうと思ふて居たのだ。白夷、叔斉は首陽の蕨を食つて周の粟を喰はず生きて居たぢやないか。夫れだけの気骨が無くてバラモンの武士と云はれるか。エーン』 サール『アハヽヽヽ、それ程三五教の飲食が気に入らぬのなら、なぜ前後も分らぬ所迄酒に喰ひ酔ふたのだ。貴様はいつも悪酒だから困つたものだ。ちと躾まぬと、俺達迄が痛くない腹をさぐられては詰らない。俺達は、貴様のやうな二股武士ぢやない、帰順したと云ふたら心の底から帰順して居るのだ』 イル『俺だつて、松彦や治国別には心の底から帰順したのだ。玉国別や道公て、あんな宣伝使に帰順したのぢやない。第一それが俺は気に喰はないのだ。よく考えて見よ、天下の宣伝使ともあらうものが、四つ手に目玉を引つかかれるやうで何処に神徳があるか、俺はあの玉国別の面を見るとムツとするのだ。治国別さまのやうな宣伝使なら何程バラモン教の俺だつて帰順するのだけれどな』 道公は、三人が隅の方に片寄り大きな声で囀つて居るので、喧嘩ぢやないか、もし喧嘩なら仲裁して目出度う納めねばならぬ、肝腎の地鎮祭にケチを付けられては耐らないと、三人の前にホロ酔機嫌でヒヨロヒヨロと進み寄り、 道公『おいイル、イク、サール、何を夫程喧しう云つて居るのだ。何ぞ面白い話でもあるのか』 イク『ハイ、面白い事があるのですよ。このイルの奴たうとう本音を吹きやがつて仕様もない事を云ふのです』 イル『コレヤコレヤイク、幾何酒に酔ふても大事の事を云ふてはいけないよ。俺が玉国別が嫌になつた事や、この普請の気に入らぬ事や、矢張バラモン教の方が結構だと云つた事を決して道公の監督に云つてはならないぞ。そこが友達の交誼だからな』 道公『アハヽヽヽ、やイルさま、たつて聞かうとは云ひませぬよ。併し皆分りましたからな』 イク『それ見ろ、イルの奴矢張りお神酒の神徳により、腹の中のゴモクを薩張り吐き出されよつたな。もし道公さま、どうぞイルが何を云つても、あいつは副守が云つて居るのですから聞き流してやつて下さいませ』 サール『道公の監督さま、イルはこんな奴です。併し比較的正直者ですから、玉国別様にはどうぞ仰有らないやうにして許してやつて下さいませ。本当に仕方のない奴で厶います。ウンウンガー、アヽ酔ふた酔ふた、ほんとに結構なお神酒を頂戴致しまして本守護神は申すに及ばず、正、副守護神迄恐悦至極に存じます』 道公『ヤア三人共心配するな。酒酔の云ふ事を取りあげるやうな俺も馬鹿ぢやないからな』 イル『成程、それ聞いて俺も道公さまが好きになつた。こんな気の利いた家来をもつて居る玉国別さまも好きになつた。其盃を一つ僕にさして下さい。今日はお神酒に酔つてすつかり腹の中のごもくを吐き出しました。決してイルの肉体であんな事を云つたのぢやありませぬ。腹の中に居つた大黒主の眷族が囁いたのですから、私は本当に迷惑ですよ』 道公『それやさうだらう。まあ心配したまふな。サア一杯いかう』 と道公は心よく、イル、イク、サールに盃を与へ、自らついでやり、自分も其処に安坐をかいて歌を歌ひながら面白をかしく酒を引つかけて居る。 イルは『兄貴まア一杯』と道公に盃をさし唄ひ出した。 イル『三五教の道公さまが朝から晩迄ポンポンと 拍手うつのはよけれどもヨイトサヽヨイトサヽ このイルさまを捉まへてポンポン云ふのにや困ります ヨイトサヨイトサぢや アハヽヽヽ、まア一杯僕についでくれたまへ、なア道公さま、酒酔本性違はずと云つて、よく覚えて居るだらう』 道公は歌ふ、 道公『道公司がポンポンとお前に云ふたのは訳がある 朝から晩迄酒をのむお前を瓢箪と思た故 そして又お前は面の皮太鼓のやうに厚うして サツパリ腹が空故に太鼓と思うてポンポンと 叩いて見たのだイルさまよ俺に怒つちや見当違ひ 俺は役目でポンポンと石搗しなくちやならないで 合図をしたのだと思ふて呉れヨイトセヨイトセ ヤツトコセ、ヨウイヤナアレワイセ、コレワイセ サアサ、ヨーイトセ』 イク、サールは手を拍ち、 イク『ヤアポンポンだ、甘い甘い、ポンポンながらカンカン乍ら、このイクさまが一つ唄つて見ませう。エヘン、オイ、イルちつと手を拍つて囃して呉れ、囃がまづいと歌が全くいかぬからな』 イル『ヨシ囃してやらう、サア云ふたり云ふたり』 イク『祠の森の神さまは梵天帝釈自在天 大国彦と思ふたらサツパリ当が外れよつて 大国治立神様だ今迄俺はバラモンの 神程偉い奴は無いと思ふて居たのにこれや何だ アテが外れて三五教のいやな神様を喜んで 拝まにやならない羽目となり不性無精に朝夕に 信者らしく見せかけて今迄来たのが偽善者の 其行ひと知つた故胸に手を当て考へた 揚句の果は三五教の教は誠と知つた故 心の悩みも晴れ渡り今は全く三五の 神を信ずる身となつたほんとに心の持ちやうで どうでもなるのが人の身だ人は神の子神の宮 天地経綸の主宰者と教へられたる其時は 何だか怪体の事を云ふ慢心じみた教だと 心に蔑み居つたれど矢張神は嘘つかぬ バラモン教では吾々を塵や芥の固りの より損ひのよに云ふけれど矢張人は神の子だ これを思へば飲む酒も一入味がよいやうだ 今日の石搗お祝にどつさりお酒を頂戴し 魂は浮れて天国の御園に遊ぶ思ひなり あゝ惟神々々御霊の恩頼を慎みて 茲に感謝し奉るサア一盃いきませう』 斯く四人は一団となりて酒汲み交して居る。一方には又バラモン組のヨル、ハル、テルの三人三巴となつて趺坐をかき、管を捲いて居る。 ヨル『オイ、あのイルを見よ、彼奴は最前から結構な酒に喰ひ酔、しようもない腹の中のごもくたをさらけ出したぢやないか、彼奴はいつも酒くらひやがると何も彼もさらけ出しやがるのだ。何か怪体なものが憑いて居るのだよ』 テル『さうだな、可哀さうなものだ。彼は村でも怠惰者で仕事が嫌ひなのだから仕方がない。いつも襤褸を下げやがつて、人の門口に立ち酒でも呑んで居やうものなら、汚い風をして坐り込むのだから誰しも迷惑して、酒を呑ましてやり、少しばかり金をやつて帰してやるのだ。其が今度の戦争で安い金で雇はれた雇兵だ。元来がノラクラ者の成上りだから、一度憐れみをかけると云ふと好い気になり、メダレを見て仕方が無いものだ。道公さまがよい気であんな奴と盃の取り交しをするなんて余りぢやないか、俺にだつて盃の一杯位さして呉れたつて損はあるまいに、あんな奴より下に見られちや約まらないぢやないか』 ハル『オイ、テル、貴様は気をつけないと額際に曇りがかかつてゐるぞ。そこが曇つて居るのは貴様の未来に取り不祥なる事が来るのを教へて居るのだ。つまり死ぬと云ふ事を教へて居るのだ。深酒を呑まぬやうにせぬと危ないものだ。たとへ身体がピンピンして居ても人の悪口ばかり云ふて居ると、憎まれてどんな災難を買ふやら分らないぞ。些と慎むがよい』 テル『そんな事を聞くと折角の酔がさめて仕舞ふぢやないか。俺は平常から顔色が悪いのだ、気にかけて呉れるな。そんな事を聞くと何だか俺迄気分が悪くなるからな』 斯く話す所へ片手に燗徳利を下げ、片手に盃を持ち進んで来たのは晴公であつた。 晴公『ヨルさま、ハルさま、テルさま、石搗は大分大層でしたが、先づ貴方方のおかげで無事終了し、斯んな目出度い事はありませぬね。お祝ひに一杯つがして下さい』 と盃をさし出した。ヨルはさも嬉し気に晴公につがせながら、一口のんで額をポンと叩き、 ヨル『遉は晴公さまだ。治国別さまのお仕込みだけあつて道公さまとは大分気が利いてゐるわい。晴公さま、宜敷く頼みますよ。吾々はバラモン教から帰化した所謂異邦人だから何かにつけて疎外せられるやうに思はれてなりませぬワ。これも心のひがみでせうか。人間といふものは妙なもので貴方のやうにして下さると本当に心の底から打ち解けたやうで、働くのも何だか勢が出るやうですわ。ナア、ハル、テルさうぢやないか』 テル『さうだなア、人の上に立つ人は余程気をつけて下さらぬと下の者はやり切れないからなア』 ハル『同じハルのついた晴公さまだから、同名異人と云ふだけで、やつぱり身魂が合ふて居るのだよ。それだから晴公さまが俺達の所へ来て下さつたのだ。ヨル、テル、晴公様に感謝すると共にこのハルさまにも感謝するのだぞ』 ヨル、テル『ヘーン、何を吐しやがるのだえ、鼻を捻折るぞ』 晴公『常暗のヨルははれけり大空に 月は照るなり星は輝く。 空晴る月テルヨルの星影は いとも疎に見え渡るかな』 ヨル『オイ、テル、ハル両人喜べ、俺はヨルさま、お前はテル、ハルの両人、それに晴公さまだから、あのやうに目出度い歌を詠んで下さつた。親切と慈愛の徳は曇つた空も晴るるなり、曇つた心の月も照るものだなア』 晴公は両手を合せ、惟神霊幸倍坐世と何を思ふてか、感謝の声に涙を帯びながら神文を奏上した。三人も手を打つて『惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』と連呼した。斯くして直会の宴は全く閉ぢ、一同は十二分に歓を尽して寝についた。 (大正一二・一・一六旧一一・一一・三〇加藤明子録)
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霊界物語 50_丑_祠の森の物語2 03 高魔腹 第三章高魔腹〔一二九七〕 初稚姫は祠の森の神殿に参拝し、長途の遠征を守らせ給へと祈願をこらし、再び高姫の居間へ引返した。高姫は遠く従うて神殿近く進み、初稚姫の後姿を打眺め、何処ともなしに其神格の完備せるに打驚き舌をまいた。そして高姫は其神格に感じ、心の底より初稚姫を神の如く尊敬した。併し乍ら何処ともなく恐怖心に駆られ、且其神格の偉大なるに稍嫉妬の念を兆したのである。今まで初稚姫の大神格に圧倒され、暫し高姫の身体内に潜みて沈黙を守つて居た金毛九尾の悪狐は、高姫が少しく嫉妬心の兆したのを幸ひ、其虚に入り忽ち囁いて云ふ。 悪狐『吾は汝の略知る如く、神代に於て常世姫命に憑依し罪悪の限りを尽した金毛九尾白面の悪狐である。併しながら時節来りてミロクの大神、地上に降臨し給ひし上は、吾等は何時迄も悪を続ける訳には行かぬ。吾は悪の張本人なれば世の中一切の悪神の企みは皆知つてゐる。悪に強ければ善にも強い。吾は金毛九尾白面の悪狐だ。そして汝は常世姫命の身魂の再来だ。もう斯うなる上は一切万事を打ち明けて、悪の企みを瑞の御霊の大神にお知らせ申さねばならぬ。就いてはあの初稚姫は稚桜姫命の再来なれば、到底汝等の匹敵すべき神人ではない。寧ろ吾よりトコトン改心を致すべければ、汝も彼の初稚姫を師と仰ぎ、共に神業に参加すべし』 と甘く高姫を誑惑してしまつた。高姫は兇霊の言を深く信じて初稚姫に対する態度を一変した。初稚姫は神殿の拝礼を終り、階段を下りながら心私かに思ふやう、 初稚姫『彼高姫には金毛九尾の悪狐の霊憑依せり。而して彼悪霊は形体を有するものなれば、吾真相を現はさば忽ち彼が肉体を亡ぼすか、但は遁走して又もや相応の肉体に住居を構へ世を惑乱するに至らむ。如かず吾は和光同塵の態度を極力維持し、彼の悪霊を高姫の肉体に長く残留せしめ、彼が根本より改心すれば重畳なれども、万一改心せずとも高姫の肉体中に秘め置かば、彼精霊は外に出づる虞なし。要するに高姫の肉体は天下を乱す悪霊をつなぐ処の牢獄と見ればいい。もとより徹底的兇霊なれば、神の光明に照されなば、兇霊は忽ち自暴自棄となり、益々神業の妨害をなすべし。如かず、神慮に背くかは知らざれども、暫く吾は猫を被つて彼と交際し、何時とはなしに高姫と精霊とを天国に救ひやらむ』 と決心し、大神に念じながら素知らぬ顔にて高姫の居間に帰つて来た。精霊は高姫の口舌を使用して、いとやさしげに言葉を飾つて云ふやう、 高姫(悪狐)『変性男子の御身魂初稚姫様、よくも御降臨下さいました。私は三五教の宣伝使、御存じの高姫で厶ります。大神様の御都合により悪神の張本金毛九尾の悪狐が私の肉体に潜み入り、私の真心に感化されて漸く改心を致しまして、今迄の悪をスツクリ白状致しました。就いては凡ての悪神の企みは何も彼も存じて居ると申して居りますから、私が守護神と共に此祠の森に大門を造り、凡ての人民の因縁をよく調べ改心をさせた上、斎苑の館へ送る考へで厶ります。何卒此事をお許し下さいます様に、変性男子の御霊様、お願ひ申します。そして一方には変性男子の系統なる義理天上日出神が、厳の御霊の御命令によりまして世界中を調べに歩き、世の初まりの根本の根本の成り立ちから、人民の大先祖の因縁、大黒主の身魂は如何なる因縁があるか、竜宮の乙姫のお働きは如何なるものかと云ふ事を知らしたいので厶ります。今の三五教には宣伝使は沢山厶りますが、皆智慧、学で神界の事を考へようと致すので厶りますから何も分りませぬ。貴女は変性男子の生粋の大和魂の善の神様で厶りますから、何も彼も三千世界の事は御存じで厶りますが、外の守護神や宣伝使や信者はサツパリ駄目で厶ります。それ故此処に大門を拵へ、私が一々因縁をあらため、斎苑の館へ参拝さす御役にして下さいませぬか』 と兇霊はうまく高姫に化けて虫のよい事を頼みかけた。初稚姫は彼が奸計を残らず看破した。されど前述の如く初稚姫は此悪霊を審判する事を避けられたのである。 初稚姫『貴女は信心堅固にして霊界によくお通じ遊ばした方と見えますな。妾は賤しき杢助の娘と生れ、まだ年も若く、社会的の経験さへも積んでゐない愚者で厶りますから、到底霊界の消息等は分りませぬ。就いては貴女に対し左様の事をお許し申すなどとは以ての外の事で厶ります。何れ神様が貴女の御神力をお認め遊ばしたならば、屹度瑞の御霊の大神様からお許しが厶りませう。妾には左様な権限は少しも厶りませぬから、左様な事を仰有らない様にお願ひ致します。何卒至らぬ妾、神徳高き貴女様より御教授を御願ひ致したいもので厶ります』 と一切の光明を包み、普通人の如くなつて了つた。高姫はニタリと打笑ひ、 高姫『アー、さうだらうさうだらう、それが正直の処だ。まだ年も若い癖に宣伝使に歩かすとは、瑞の御霊様も余程物好きな珍らし物喰ひだな。どれどれ此高姫がここで根本の根本の因縁を説いて聞かしますから十分修行をなさいませ。それでなければ、訳も分らずに宣伝に歩いたり、大黒主を言向和すなどとは、以ての外の無謀のやり方で厶りますからな』 初稚姫『何分、至らぬ妾、老練な貴女様の御薫陶をお願ひしたいもので厶ります』 高姫『ハイ、よしよし、お前は水晶魂だ。本当に素直な可愛い娘だな。これから此小母さまの云ふ事を聞くのだよ。否小母さまではない、絶つてもきれぬ母子だから、そのつもりでつき合つて下さいねー』 初稚姫は心に打笑ひながら故意と空惚けて、 初稚姫『小母様、今貴女は妾ときつてもきれぬ母子だと仰有いましたが、それは身魂の母子で厶りますか。チツとも愚鈍の妾には合点が参りませぬワ』 高姫『身魂の母子は申すに及ばぬ、お前さまは杢助さまの大切の娘だらう。其杢助さまは此度神様の因縁によつて常世姫命の改心した善の折の生粋の肉宮の此高姫の夫とおなり遊ばしたのだよ。杢助様だつて、此高姫だつて、よい年をしてから若いものか何ぞの様に夫婦になつたり、そんな見つともない事はしたくはない。胸に焼鉄をあてる様に思うてゐるのだが、これも神様のため、万民を救ふため、千座の置戸を負うて御神業に参加してるのだよ。訳の分らぬ人民がいろいろと申すであらうなれど、人民の申す事に心を悩まして居りたらミロク神政の御用が勤まりませぬ。訳知らぬ人民は、杢助、高姫の結婚を何となつと申して笑へば笑へ、誹らば誹れ、神のお仕組一厘の秘密が如何して一寸先も見えない人民に分るものか、と云ふ磐石の如き決心を以てここに夫婦の約束を結んだのだから、初稚さま、貴女もそのお積りで、私を母と思つて下さいや。私も貴女を大切の大切の御子と致して敬ひますから、母となり子となるのも昔の昔のさる昔、も一つ昔のまだ昔の天地開闢の初めから大神様より定められた因縁ぢやによつて、何卒その覚悟でゐて下され。何事にも素直なお賢いお前さまだから、此高姫の生宮の申す事、よく呑込めたでせうなア』 初稚姫は杢助の本物でなく、獅子と虎との中間動物なる兇霊に騙されてゐる事はよく看破して居た。されど故意と空惚けて、 初稚姫『高姫さま、私の父が何時そんな事を貴女と約束致しましたのですか、私今が初耳ですわ。まアまアまア不思議な御縁で厶りますこと。さうしてお父さまは何処へ行かれましたの』 高姫『一寸此森の中へ散歩にお出でになつたと見えます。杢助様は森の散歩が大変にお好きだと見えましてね。お前さまが此処へ訪ねて来られた事をお聞きになつたら、嘸喜ばれるでせう』 初稚姫『はて、妙な事だわ。妾のお父さまは斎苑の館の総務を勤めて居らつしやるのだから、ここへお越し遊ばす道理はありませぬがな』 高姫『これ初ちやま、お前の、さう疑ふのも尤もだ。実の処は杢助さまは、あの我の強い東野別の東助さまと云ふ副教主との間に事務上の衝突が起り、それがために斎苑の館を追ひ出されなさつたのですよ。東助の野郎、正直一途の英雄豪傑、三羽烏の御一人なる杢助さまを追ひ出すとは以ての外の悪人ぢやありませぬか。あの東助はやがて今迄目の上の瘤の様に困つてゐた杢助さまを首尾よく追ひ出し、斎苑の館の全権を掌握し、終には八島主の教主さまをおつ放り出し、自分が其後釜にすわると云ふ野心を抱いてをるのですよ。それでお前と私が此処で一肌脱いで、斎苑の館へ参る信者を小口から虱殺しに調べ、斎苑の館へやらぬ様にせねばなりませぬ。私がここで杢助さまと大門開きをしたのは、杢助さまや八島主の教主がお困りになつた時、お助け申すやうにチヤンと仕組をしてゐるのだから、お前さまも何処へも行かず、此処に居つて親子三人御用を致さうぢやありませぬか』 初稚姫『それは又不思議な事を承はります。東助様はそんなお方ぢやない様に思ひますがな』 高姫『それが善の仮面を被つてゐる悪魔ですよ。屹度悪人は悪相を以て現はれるものぢやありませぬ。所在虚偽と偽善を以て人民を詐り、虚栄的権威に甘んじてゐるものですよ。これ初稚さま、油断してはなりませぬぞや。此高姫は海千川千山千の修業をした善にも強い、悪にも強い、そして悪の企みは何も彼も看破してゐるのだから、一分一厘間違ひはありませぬよ』 初稚姫『あの東助さまは小母さまの若い時のお馴染だつたさうですな。そんなに悪口を云ふものぢやありませぬよ。父の杢助に比ぶれば、幾層倍人格が上だか知れぬぢやありませぬか』 高姫『ヤツパリ子供だな。然し子供は正直ぢや。何と云つても水晶魂だから心に罪がないので、表面から良く見える人を信用なさるのだ。そこが本当に尊い処だよ。然し高姫の云ふ事はチツとも違ひませぬぞや』 初稚姫『さうで厶りますかな。一遍父に会つてみたいものですがな。もし小母さま、長上をお使ひ申して真に済みませぬが、一度お父さまに会ひたう厶りますから、探して来て下さいませ』 高姫『アアさうだろさうだろ、無理もない。親子の情と云ふものは本当に尊いものだな。吾身を捨てる藪はあつても吾子を捨てる藪はないと云ふ事だが、杢助さまも何も彼も天眼通で知つて居りながら、こんな可愛い娘が来て居るのに、そしらぬ顔して森に散歩してゐなさるとは本当に水臭い方だな。子の心、親知らずだ。然し初稚さま、此高姫は斯う見えても本当にやさしいものですよ。杢助さまに比べて幾百倍も可愛がつてやりますから、何卒私を本当の母だと思つて下さいや』 初稚姫『ハイ、御親切有難う厶ります』 と俯向いて見せた。 高姫『これ初稚さま、一寸待つてゐて下さい。お父さまのあとを探して今直に屹度連れて参りますから』 と云ひながら羽ばたきしつつ欣々として森林の方に行く。高姫は森の茂みに隠れて後ふり返り舌をニユツと出し、いやらしい笑みを漏しながら独言、 高姫『何と云つてもヤツパリ子供だな。然しながらあの娘は何処ともなしに気高い処もあり、中々シヤンとした事を云ふ。あれをうまくチヨロまかし自分の子として置けば、三五教は吾手に握つた様なものだ。何と都合のいい事になつたものだな。これから一つでも、うまい物があつたら、あの娘に呉れてやり、そして十分懐かして置かねばならぬ。然し都合のいい事には杢助さまが私の夫だから、切つても切れぬ仲だ。ああ有難う厶ります、八岐の大蛇様、金毛九尾の大神様』 と口の中から囁いた。高姫は此声に驚いて目を怒らし、臍の辺を握り拳でトントンと打ちながら、 高姫『こりや、金毛九尾の悪狐奴、何と云ふ事を申すのだ。左様な事を申すと、もう此高姫は肉体を借さぬぞや。杢助さまや初稚姫の傍で、そんな事でも云うて見よれ。此高姫は立場がないぢやないか。改心致したと云うたぢやないか』 腹の中から、 (高姫に憑依している悪狐)『ここは誰も居ないから一寸云つて見たのだから、さう怒るものぢやない。メツタに人の居る処で正体は現はさぬから安心しておくれ』 高姫『よし、屹度守るか、うつかりした事を申すと常世姫の生宮が承知しませぬぞや。これから八岐大蛇や金毛九尾はスツカリ改心致して、あとへ日出神の義理天上が這入つてゐると何処までも主張するのだよ。よいか、分つたか。馬鹿な守護神だな』 腹の中から、 (高姫に憑依している悪狐)『何とまア、我の強い、向ふ息のきつい肉体だな、アハハハハ』 (大正一二・一・二〇旧一一・一二・四北村隆光録)
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霊界物語 50_丑_祠の森の物語2 08 常世闇 第八章常世闇〔一三〇二〕 大抵の人間は、高天原に向つて其内分が完全に開けてゐない。それ故に大神は精霊を経て人間を統制し給ふのが普通である。何となれば、人間は自然愛と地獄愛とより生み出す所の地獄界の諸々の罪悪の間に生れ出でて、惟神即ち神的順序に背反せる情態に居るが故である。されど一旦人間と生れた者は、何うしても惟神の順序の内に復活帰正すべき必要がある。而して此復活帰正の道は、間接に精霊を通さなくては到底成就し難いものである。併しながら此物語の主人公たる初稚姫の如き神人ならば、最初より高天原の神的順序に依る所の諸々の善徳の中に生れ出でたるが故に、決して精霊を経て復活帰正するの必要はない。神人和合の妙境に達したる場合の人間は、精霊なるものを経て大神の統制し給ふ所とならず、順序即ち惟神の摂理により、大神の直接内流に統制さるるのである。 大神より来る直接内流は、神の神的人格より発して人間の意性中に入り、之より其智性に入り、斯くて其善に入り又其善を経て真に入る。真に入るとは要するに愛に入るといふ事である。此愛を経て後聖き信に入る。故にこの内流の愛なき信に入り、又善のなき真に入り、又意思よりせざる所の智性に入ることはないものである。故に初稚姫の如きは清浄無垢の神的人格者とも云ふべき者なれば、その思ふ所、云ふ所、行ふ所は、一として神の大御心に合一せないものはないのである。斯かる神人を称して真の生神と云ふのである。 天人及び精霊は何故に人間と和合する事斯の如く密接にして、人間に所属せる一切のものを、彼等自身の物の如く思ふ理由は、人間なるものは霊界と現界との和合機関にして頗る密着の間に居り、殆ど両者を一つの物と看做し得べきが故である。されど現代の人間は高天原より物欲の為に自然に其内分を閉し、大神のまします高天原と遠く離るるに至つたが故に、大神は茲に一つの経綸を行はせ給ひ、天人と精霊とをして各個の人間と共に居らしめ給ひ、天人即ち本守護神及び精霊正守護神を経て人間を統制する方法を執らせ給ふ事となつたのである。 高姫の身体に侵入したる精霊、中にも最も兇悪なる彼兇霊は、常に高姫と言語を交換してゐるものの、その実高姫が人間なる事を実際に信じてゐないのである。高姫の身体は即ち自分の肉体と固く信じてゐるのである。故に高姫が精霊に対して色々と談判をすると雖も、其実精霊の意思では他に目には見えないけれども、高姫なる精霊があつて、外部より自分に向つて談話の交換をしてゐる様に思つて居るのである。又精霊の方に於ては、高姫の肉体は決して何も知つて居ない、知つてゐるのは只精霊自身の知識によるものと思ひ、従つて高姫が知つてゐる所の一切の事物は、皆自分の所為と信じ居るものである。併しながら高姫が余りに……俺の肉体にお前は巣喰つて居るのだ……と、精霊に向つて屡告ぐるによつて、彼に憑依せる精霊即ち兇霊は、うすうすながら自分以外に高姫といふ一種異様の動物の肉体に這入つて居るのではあるまいか……位に感じだしたのである。高姫は又精霊の言ふ所、知る所を、自分の言ふ所、知る所と思惟し、而して精霊が、自分の肉体は神界経綸の因縁のある機関として特別に造られたのだから、正守護神や副守護神が宿を借りに来て居るものと信じて居るのである。而して面白い事には、高姫の体内に居る精霊は、高姫の記憶と想念を基としていろいろと支離滅裂な予言をしたり、筆先を書いたりしながら、其不合理にして虚偽に充てる事を自覚せず、凡てを善と信じ、真理と固く信じてゐるのだから、自分が悪神だと云つたり、或は悪を企まうなどと言つてゐながらも、決して真の悪ではない、実は自分が或自己以外の何物かと揶揄つて居るやうな気でゐるのだから不思議である。又高姫自身も、少し許り悪の行り方ではあるまいかと思うて見たり、或時は……イヤイヤ決して自分の思ふ事、行ふ所は微塵も悪がない、只訳の分らぬ人間の目から、神格に充されたる吾々の言行を観察するのだから悪に見えるだらう。真の神は必ず自分が神の為道の為に千騎一騎の活動してゐる事をキツトお褒め遊ばすだらう。神に叶へるものとして、神柱とお使ひ遊ばしてゐられるのであらう。訳の分らぬ現界の人間が、仮令悪魔と言はうとも、そんな事は構つてゐられない、吾がなす業は神のみぞ知り給ふ……といふ様な冷静な態度を構へ、如何なる真の教示も、真理も、自己以外に説くものはない、又行ふ真の人間もないのだから、至善至愛の標本を天下に示し、千座の置戸を負うて万民の罪悪を救うてやらねばならぬ。自分は神の遣はし給ふ犠牲者、救世主だと信じて居るのだから始末に了へぬのである。高姫のみならず、世の中に雨後の筍の如く、ムクムクと簇生する自称予言者、自称救世主なども、すべては高姫に類したものなることは言ふ迄もない事である。 又動物は、精霊界よりする所の一般の内流の統制する所となるものである、蓋し彼等動物の生涯は宇宙本来の順序中に住する者なるが故に、動物はすべて理性を有せないものである。理性なきが故に神的順序に背戻し、又之を破壊することをなし得ないのである。人間と動物の異なる処は此処にあるのである。併しスマートの如き鋭敏なる霊獣は其精霊が殆ど人間の如く、且本来の純朴なる精神に人間と同様に理性をも有するが故に、よく神人の意思を洞察し、忠僕の如くに仕ふる事を得たのである。動物はすべて人間の有する精霊の内流を受けて活動することがある。されども普通の動物は其霊魂に理性を欠くが故に、初稚姫の如き地上の天人の内流を受くることは出来得ないものである。併し此スマートは肉体は動物なれども、神より特別の方法に依つて、即ち化相の法によつて、初稚姫の身辺を守るに必要なるべく現じ給うたからである。初稚姫も此消息をよく感知してゐるから、決して普通の犬として遇せないのである。只神が化相に仍つて、其神格の一部を現はし給ひしものなることを知るが故に、姉妹の如く下僕の如く、或時は朋友の如くに和睦親愛し得るのである。普通の人間が動物と和合した時は、全く畜生道に堕落した場合である。又人間が霊肉脱離の後、地獄界及び精霊界に在る時、現世に在る吾敵人に対し、危害を加へむとするの念慮強き時は、動物の精霊に和合して其怨恨を晴さむとするものである。故に生霊又は死霊に憑依された人間には、必ず動物の霊が相伴うてゐるものである。是は或大病に苦しんでゐる人間を鎮魂し、又は神言を奏上して之を調べる時、必ず人間の生霊又は死霊の姓名を名乗るものである。而して熟練したる審神者が之を厳しく責立つる時は、遂に人霊と動物霊と和合して其人霊の先駆者となつたことを自白するものである。狐狸や蛇、蟇、犬、猫其他の動物の霊が人間に来る時は、人間の記憶及び想念中に入つて其肉体の口舌を使用し、或は自分が駆使され合一されてゐる人霊の想念をかつて、人間の如く言語を発するに至るものである。霊界の消息に暗き学者は、狐狸其他の動物が人間に憑つて、人語を用ふるなどはあり得べからざる事である、斯の如き事を信ずる者は太古未開の野蛮人である、斯の如く人文の発達したる現代に於て尚動物が人間に憑依して人語を発するなどの不合理を信ずるは実に癲狂痴呆の極みであると嘲笑するは、現代の半可通的学者の言説である。何ぞ知らむ、彼等こそ霊界より見て実に憐れむべき頑愚者にして、且癲狂者となつてゐるのである。自分の眼が自分で見られ又自分の頭部や頸部、背部などが自身に於て見ることを得ない人間が、何うして霊界の幽玄微妙なる真理真相が分るべき道理があらう。須らく人間は神の前に拝跪し、其迂愚と不明と驕慢とを鳴謝すべきものである。 ○ 動物例へば犬、猫、鹿、牛、馬などは、惟神即ち神的順序に従つて交尾期なども一定し、決して人間の如く、何時なしに発情をするなどの自堕落な事はないものである。又植物なども霊界と自然界の順序に順応して、惟神的に時を定めて花開き実を結び、嫩芽を生じ落葉するものであつて、実に其順序を誤らない事は吾々人間の到底足許へもよれない程、秩序整然たるものである。而して犬は犬、猫は猫、馬は馬と各天稟の特性を発揮し、よく其境遇に適応せる本性を発揮するものである。又植物などは各其特性を備へ、自己特有の甘さ、辛さ、酸さ、苦さ等の本能を発揮し、幾万年の昔より其味を変へないのである。要するに芋は茄子の味に代る事を得ない、又唐辛は蜜柑の味に決してなるものでない。又同じ畑に植付けられ、同じ地味を吸収しながらも、依然として西瓜は西瓜の味、唐辛は唐辛の味、栗は栗、柿は柿の特有の形体及び味を有つて居るものである。而して、此特有性はすべて霊的より来り、其成長繁茂の度合は自然界の光熱や土地の肥痩等に依るものである。然るに人間は理性なるものを有するが故に少々土地が変つた時又は気候の激変したる土地に移住する時は、忽ち其意思を変移し、十年も外国へ行つて来た者は、其思想全く外人と同様になつて了ふものである。これが人間と動物又は植物と異なる点である。斯の如く人間は理性によつて自由に思想並に身体の色迄も多少変ずる便宜あると共に、又悪に移り易く堕落し易きものである。故に動物植物に対しては大神は決して教を垂れ給ふ面倒もなく、極めて安心遊ばし給へども、人間は到底動植物の如く神的順序を守らない悪の性を帯びてゐるが故に、特に予言者を下し、天的順序に従ふ事を教へ給うたのである。併しながら人間に善悪両方面の世界が開かれてあるが故に、又一方から言へば神の機関たる事を得るのである。願はくは吾々人間は神を愛し神を信じ、而して神に愛せられ、神の生宮として大神の天地創造の御用に立ちたいものである。 却説高姫が玉茸を採らむとしてソツと大杉の枝に登り、梟にクワンクワンと鋭き嘴にて両眼をコツかれ、アツと叫んで地上に盲猿の如く顛落し、腰骨を打つて堪へ難き苦痛に呻吟しながら、イル、イク、サールなどに介抱され、漸くにして其居間に運ばれた。されど高姫は元来剛の者なれば少々腰骨の歪んだ位は苦にする様な女ではなかつた。そして容易に痛いとか苦しいとか云ふ様な事は、其性質上絶対に口外せない。併しながら両眼をこつかれ、眼瞼忽ち充血して腫れ塞がり、光明を見る事を得ざるに至りしには、流石の高姫も余程迷惑をしたのである。 イルは、 イル『サア、高姫さま、此処が貴女のお居間ですよ。マアゆつくり本復するまでお休みなさいませ。イル、イク、サール、ハル、テルのやうな屈強な男も居りますから、どこ迄もお世話を致します、どうぞ安心して使つて下さいや』 高姫『お前はイルかな、イヤ御親切に有難う。モウ斯うなつては目が腫上つて、一寸も見えないのだから、お前達のお世話になるより仕方がない。やがて此腫が引いたら目も見えるだらうから、どうぞすまないが二三日介抱して下さい。あああ何とした不仕合せな事だらうなア。折も折とて杢助さまは躓いて倒れ、眉間を破つて苦しむで厶るなり、其痛みを直したさに、玉茸を採りに上つて、又もや私は大杉に棲んで居つた天狗の奴に両眼をコツかれ、木からおちた猿のやうなみじめな目に遇ふとは……ああ神様も何うして厶つたのだらうかな、義理天上さまも余りだ……』 と慨然として悲痛の涙をこぼしてゐる。 サール『高姫さま、本当に不思議な事ですな。玉国別さまも此河鹿峠で猿の奴に両眼を破られて、永らく御難儀を遊ばしましたが、到頭御神徳を頂いて全快遊ばし、機嫌よく宣伝の旅に出られた後へ貴女がお出でになり、又もや天狗に目をこつかれて同じ眼病に悩むとは、何といふ不思議な事で厶いませう。何か神様にお気障でもあるのぢや厶いますまいかな』 高姫『ああさうだなア。玉国別さまと云ひ、高姫と云ひ、頭にタの字のつく者は能く目に祟られるとみえる。これから神様にお詫を申して、一日も早く此目を直して頂かぬ事には、かう世の中が真暗闇では仕方がない。一時も早く天の岩戸開きをして、元の如く明るい光明世界に捻ぢ直したいものだなア、ああ惟神霊幸はへませ』 イクは、 イク『高姫さま、あなた今、暗い世界と云ひましたね、ソラ貴女の目が塞がつてるからですよ。日天様が嚇々として輝いてゐらつしやるのですから、決して御心配にや及びませぬ。のうハルよ、さうぢやないか』 高姫『ホホホホ、お前も分らぬ男だなア。此世の中が暗がりだと言つたのは人間の心が真暗がりだと云つたのだよ。決して肉体で見る世界が暗くなつたと云ふのぢやない』 イク『それでも、何ですよ、肉体で見る世界でも、時々真暗になりますからなア』 高姫『きまつた事だよ。夜になれば真暗になるのは当前だ、お前も割とは馬鹿だなア』 イク『何とマア目も見えぬ態をして居つて、剛情な婆アさまだな。まだ悪口をついてゐる。コレ高姫さま、私は夜もある代り、又新しい日天様を毎日拝んで光明世界もありますよ。お前さまはモウ斯うなつちや、常夜行く暗の世界に彷徨うてゐるやうなものだ。夜ばかりだなア』 サールはしたり顔に、 サール『ソラさうだとも、ヨルの受付を邪魔物扱ひにして厶つたのぢやもの、其報いが忽ち到来して、自分が、ヨルの世界へお這入りなさつたのだ。どうも自業自得だから仕方がないワ。何程お気の毒でも、吾々が如何ともする訳には行かないワ』 テルは、 テル『高姫さま、貴女は日出神の義理天上さまが御守護して厶るのだから、夜でも決して暗いこたアありますまい。何と云つても義理天上日出神様の生宮だ、つまりいへば日出神御自身だから、見えるでせうなア。今日は殊更に、トコギリ、天上の日出神さまは御機嫌よく嚇々の光明を輝かしてゐられますからなア』 高姫『ソラさうだとも、肉の目が何程塞がつて居つたとて、日出神の生宮だもの……なん……にもかもよく見えすいてゐるのだ。本当に神様の御神力といふものは偉いものだらう』 テルは、 テル『高姫さま、そんなら吾々は心配する必要はありませぬな。私は又お目が見えないと思つて、何くれとお世話をして上げねばなるまいと思うてゐたが、お目が見えるとあらば殊更に気をつけて、お世話をして上げる心要も厶いますまい。おい、イク、イル、ハル、サール、お前等も安心せい。流石は高姫さまだ、目をふさいで居つても、よく見えるといのう、イツヒヒヒヒヒ』 と小さく笑ひ、腮をしやくり、肩をゆすつて見せる。四人は一度にふき出し、 (イク、イル、ハル、サール)『プツプツプツクワツハハハハハ』 高姫『これ、お前等は私がこれ程負傷をして困つてゐるのに、それ程面白いのかなア。不人情者奴が。待つてゐなさい、今に初稚姫が帰つて来たら、告げて上げるから……』 テル『オイ、形勢不穏になつて来たぞ。地震雷火の雨の勃発せない間に退却々々、全体進め、一二三』 と云ひながら、ドヤドヤと長廊下を伝ひ、受付の方面を指して走り行く。 イルは只一人次の間に身をかくし、高姫の容子を考へて居た。これは決して悪意ではない。もしも高姫が一人で困つた時には助けてやらうといふ親切な考へからであつた。忽ちウーといふ唸り声が聞えて来た。イルは何物ならむとソツと襖を開けて高姫の居間を覗き込んだ。どこから来たか締め切つてある座敷へ、スマートがヌツと現はれ、高姫の前三尺許り隔てて、チヨコナンと坐つてゐる。カラコロと下駄の足音が近づいて来る。これは云ふ迄もなく初稚姫が森林内を暫く逍遥して帰つて来たのである。初稚姫は元より杢助の妖幻坊なることを知つてゐたから、高姫の依頼によつて、正直に杢助を探しに行くやうな馬鹿ではない。されど高姫の気休めの為に暫くの間、森林内を逍遥して帰つて来たのである。 (大正一二・一・二一旧一一・一二・五松村真澄録)
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霊界物語 50_丑_祠の森の物語2 13 盲嫌 第一三章盲嫌〔一三〇七〕 初稚姫の居間には初稚姫、楓姫の二人が丸火鉢を中に置いて、やさしい声で談話が始まつてゐる。 初稚姫『楓さま、お腹が立つでせうけど、そこを忍ぶのが勇者と云ふものですよ。なる勘忍は誰もする、ならぬ勘忍するが勘忍と申しまして、忍耐位善徳はありませぬ。世の中の一切の事は忍耐によつて平和に治まり、又忍耐せざるによつて騒動が起るのです。忍ぶと云ふ字は刃の下に心と云ふ字を書きませうがな。胸に刃を呑む様な苦しさ残念さも、之に耐へ得るのが之が忍ぶです。国祖大神様は此広大な世界をお造り遊ばし数多の神人を安住させ、サアこれで一息と云ふ処で、金毛九尾其他の悪神の為に、反対に国治立尊は悪神だ、祟り神だと八百万の神様にまで罵られ、又千座の置戸を負はされて、あるにあられぬ苦労を遊ばし、口惜し残念を耐りつめて只の一言も御不足らしい事は仰有らなかつたのですよ。斎苑の館の生神様、素盞嗚尊様も、あるにあられぬ無実の罪をきせられ、頭の毛を一本一本抜きとられ、手足の爪を剥がれ、髭を切り、其上に尊き御身を漂浪人として高天原より放逐され給ひながら、少しもお恨み遊ばさず、天下万民の罪を一身に引受けて、瑞の御霊と顕現し給ひ、今や不心得千万な人間を善道に導き、天国の生涯をいや永久に嬉しく楽しく、一人もツツボに落さず助けてやらうとの思召で、三五教を天下にお開き遊ばし、妾も其手足となつて天下に其宣伝をしてゐるので厶ります。貴女も亦此尊き大神様にお仕へ遊ばす珍彦様のお娘子、そして貴女は三五教の清き尊き信者なれば、何程高姫さまが無理難題を仰有つても、一言も怨んではなりませぬぞえ。人間はチツとでも腹を立てたり致しますと、悪魔が其虚に乗じて其霊を亡ぼし、遂には肉体迄も亡ぼしますから、腹を立てる位恐ろしいものの、損なものは厶りませぬよ』 楓『ハイ、有難う厶ります。妾も父から忍耐の最も必要なること及び忍耐は万事成功の基であり、人格の基礎であると云ふ事を聞かされて居りますが、何分はしたない女ですから、つひ心の海に荒波が立ちまして、柔順なるべき女の身として高姫様に対し暴言を吐きました。今になつて思へば本当に恥かしう厶ります。神様は妾の我情我慢をさぞお憎しみ遊ばすで厶んせうな』 初稚姫『いえいえ、決してお案じなさいますな。貴女に其お気がついて今後忍耐の徳をお養ひなさいますれば、決して神様はお咎め遊ばす所か、大変にお喜び遊ばし、貴女の霊にも肉にも愛の光明を投げ与へ給ひ、此世に於て最も清き美はしき大いなるものと成さしめ給ふもので厶ります』 楓『いろいろの御教訓、身に沁み渡つて嬉し涙が思はず零れて参ります。扨て初稚姫様、高姫様は今の悪心を改良して下さいますでせうか。さうでなくては吾々は父母両親の身の上案じられてなりませぬがな』 初稚姫『御尤もで厶ります。貴女が子として御両親をそこ迄お思ひ遊ばすのは実に感じ入つた御心掛けで厶ります。然しながら高姫様には御気の毒ながら、いろいろの悪霊が体内に群居して居りますから、到底吾々の力では及びませぬ。それだと申して高姫様を魔道へ落したくはありませぬ。飽まで仁慈と忍耐とを以て立派なお方にして上げなくては、吾々三五教に仕ふるものの神様に対する役が勤まりませぬからな』 楓『如何致しましたら、高姫様を救ふ事が出来ませうかな』 初稚姫『この上は神様の御神力を借るより外に道は厶りませぬ。そして何と仰有つても、此方は誠と親切と実意と忍耐とを以て相対する時は、神様のお恵によりまして屹度よいお方になつて下さるでせう。吾々は神様から試験問題を与へられた様なものですからな。高姫様を改心させる事が出来ない様だつたら、妾は宣伝使等と云つて歩く事は出来ませぬ』 楓『本当に御苦労様で厶りますな。妾もこれから忍耐を第一とし、高姫様をわが父母同様に敬ひ愛する事に致しませう』 初稚姫『ああよう云うて下さいました。有難う厶ります。サア楓さま、お父さまやお母さまがお待ち兼ねで厶りませうから、追ひ立てた様で済みませぬが一先づお帰り下さつて、又改めて遊びにおいで下さいませ。高姫さまが今スマートに引きずられ、大変に逆上して居られますから、貴女のお顔を見られたら、何時もの病気が又再発するかも知れませぬからな』 楓『左様なれば御免を蒙ります。貴女と妾と心を合せて高姫様を、ねー、……』 と言葉終らぬに、高姫は襖を蹴破り夜叉の如き勢にて、闖入し来り、怒りの面色物凄く、二人をハツタと睨めつけ、声を震はせながら、 高姫『隠れたるより現はるるはなしとかや。お前等両人は何を相談して厶つた。貴女と妾と心を協して高姫を、ねー……とか狙ふとか現に今云つて居ただらう。其様な悪い企みを致して居ると、天罰で忽ち現はれませうがな。誰知らぬかと思うても天知る、地知る、人も知る、吾も知る、サア二人の方、もう、了簡がなりませぬ。何を企んで厶つた、サア、キツパリと白状なさいませ。これ楓、お前は大それた義理天上の生宮を騙討に致して、後から小股を攫へ、私を前栽へおつ放り出し、これ此通り向脛を擦り剥かせ、膝頭から血を出さしたぢやないか。サア如何して下さる。もう了簡はしませぬぞや』 楓『真に済まない事を致しました。何卒御了簡して下さいませ。妾が悪う厶りました』 高姫『ヘン、よう仰有いますわい。「妾が悪う厶いました」とは、それは何の事だい。悪いと云つて謝つて事が済むのなら世の中は悪の仕放題だ。売言葉に買言葉、貰つたものは必ず返礼せなくちやならない。お前さまも、蟻一匹とまつてもならぬと云ふ大切な向脛を擦り剥かして下さつたのだから、私も此儘で措いちや真に義理が済みませぬ。之から返礼に思ふ存分こついて上げるから向脛を出しなさい。世の中は義理が大切だ。此義理天上が充分にお礼を申しますぞや』 と震ひ声に怒りを帯び、涙交りに喚き立てる。 初稚姫『もし、お母様、何卒許してあげて下さいませ。まだお年も行かぬなり、何卒神直日、大直日に見直し聞直し、以後お慎みなさるやうに妾からも御注意を申上げますから』 高姫『ヘン、これ初稚、ようまあツベコベとそんな白々しい事が云はれますな。お前さまは今楓と二人で、現に此高姫を二人が心を協して狙うてやらうと云つて居つたぢやありませぬか。そんな事に誤魔化される義理天上ぢやありませぬぞや。お前は杢助さまの命令を聞くと云つて、あの悪い犬を追ひ返したと云うたのぢやないか。それに何処かへ隠して置いて、私をあんな非道い目に遇はし、森の奥まで引張つてやらしたのも、お前さまの企みだらう。イル、イク、サールやハル、テルが来て呉れなかつたら私は殺されて居る所だ。大悪人奴が、美しい顔して、心に針を包んでをるお前は悪魔だ。もう今日から暇をやります。アタ穢らはしい、お母さま等と仰有つて下さいますな。人殺の張本人奴が、鬼娘奴が、此義理天上はもう承知しませぬぞや』 初稚姫『お母さま、さう無息に怒つて下さいますな。何卒一通り聞いて下さいませ』 高姫はニユツと舌を出し、赤ベイをしながら腮を三つ四つシヤくつて見せ、冷笑を浮べて、嘲るやうな口吻で、 高姫『ヘン、仰有りますわい。中々劫経た狸だな。ここへ来た時から只の狸ぢやないと思うてゐたのだ。けれど、恋しい恋しい杢助さまの娘だと思つて、今まで可愛がつてやれば増長しよつて、大それた事を企むとは、言語道断な大悪党ではないか。それ程お前さまが親切さうに云ふのなら、何故私があの犬畜生に引張られてゐた時に助けに来なかつたのだ。お前は仮令名義上から云つても私の娘ぢやないか。チツと位誠があれば義理人情も弁へて居る筈だ。イル、イク、サールのやうな訳の分らぬヤンチヤでさへも、マサカの時は私を助けに来たぢやないか。それに何事ぢやい。ヌツケリコと、現在母の私を大怪我さした楓の阿魔を自分の部屋に引張り込み、気楽さうに私を○○しよう等と、大それた陰謀を企てて居つたぢやないか。エー、グヅグヅしておればお前達にしてやられるかも知れぬ、先んずれば人を制すだ。覚悟なされ』 と言ひながら棍棒を打振り、初稚姫を打伸めさうとする一刹那、俄に駆け込んで来たスマートは「ワン」と一声、高姫の裾を喰はへて又もや後へ引倒した。初稚姫はスマートに向ひ、 初稚姫『これ、お前、何と云ふ乱暴の事をなさるのだい。早くお放しなさらぬか』 とたしなめた。スマートはビリビリと腹立たしさうに震うてゐた。けれども主人の命令には背き難く、素直にパツと裾を放した。高姫はツと立上り、棕櫚箒を以てスマートの頭をガンと殴つた。スマートは怒つて飛びつかうとするのを初稚姫は「これ」と一声かくれば、スマートは残念さうにして俯向いて了つた。 初稚姫『これ、スマートや、決してお母さまに対し、嚇かしちやなりませぬよ。然しお前は賢い犬だから、お母さまを引きずつて行つても、何処も咬まなかつた事だけは偉かつたね』 と頭や首を撫でスマートの心を和めて居る。高姫は声荒らげて、 高姫『エー、汚らわしい初、楓の阿魔、ド畜生をつれて、其方行つてくれ。グヅグヅしてゐると義理天上は死物狂だ。どんな事を致すか知りませぬぞや』 と殆ど発狂の態である。初稚姫は余り怒らしては却つて気の毒と思ひ言葉優しく両手をついて、 初稚姫『お母さま、えらい済まない事で厶りました。左様なれば仰せに従ひ、彼方に控へてゐますから、御用が厶りますれば何卒お手をお打ち下さいませ』 高姫『ヘン、そんな、諂ひ言葉を喰ふやうな私ぢや厶りませぬわいの。さアさア早く珍彦さまの処へでも行つて、シツポリと高姫征伐の相談会でも開いたがよいわいのう。シーツシーツシーツこん畜生』 と云ひながら歯の脱けた口から啖唾を吐きかけ、箒を振り廻し、掃出さうとした。 初稚姫、楓はスマートと共に、 初稚姫、楓『御免なさいませ』 と云ひ捨て、匆々に此場を辞し珍彦の館をさして出でて行く。 後に高姫は無念の歯をかみしめ、虎狼の如き蛮声を張上げて、 高姫『エー、ザ残念や、口惜しやな。悪神共の計略にかかり、肝腎の杢助様は怪我を遊ばし何処かへお出でになり、此義理天上は神の生宮と云ひながら、珍彦の魔法使のために目をこつかれ、腰を挫かれ、其上あんな楓の様な阿魔ツチヨに投げつけられ、ドン畜生には引きずられ、実に之が黙つて辛抱が出来ようか』 と云ひながら火鉢を投げつけ、戸棚の膳椀鉢等を引つ張り出しては戸外へ投げつけ、「ガタンビシヤン、ガチヤガチヤ」と神楽舞を遺憾なく演じ終り、再び座敷の中央にドツカと坐り、首を上下左右に振り、泣きしやくつてゐる。忽ち高姫の腹中より、 (高姫の腹中より)『ワツハハハハハ、俺は初稚姫の守護神だ。初稚姫に頼まれて此肉体を亡ぼすべく入り込んだのだぞよ。もう一人は楓の守護神だ。何と小気味のよいことだわいのう、ウフフフフフ』 とひとりでに笑ひ出した。然し此声は決して初稚姫に頼まれて這入つた守護神でもない、又楓の守護神でもなかつた。依然として高姫の体内に潜居してゐる悪狐の声である。されど高姫は全く両人が高姫の肉体を亡ぼすべく、吾肉体に隙を窺うて侵入して来たものと思うてゐるから堪らない。これから両人を憎む事蛇蝎の如く、隙さへあれば両人を懲してやらねばおかぬと決心したのである。凡て悪霊が人を傷つけ又人を苦しましめむとする時は、右の如き手段を採るものである。例へば大本教を破壊せむとする悪霊は、或社会的勢力を有する人間の体内にソツと入り、内部より大本教に対する悪口を囁き、之等の手によつて破壊せむとするものも魔の中には沢山あるのである。又稍小なる魔に至つては病人の体に入り込み「此方は大本から頼まれて其方の命を取りに来たものだ」等と口走り、名を悪くせむと企むものである。斯の如き悪魔は何時の世にも頻々として現はれ来るものである。故に役員たり信者たりするものは、充分に霊界の消息に通じ、彼等の詐言に迷はされてはならぬのである。 扨て高姫は自分の腹を例の如く握り拳で三つ四つ打叩きながら、狂乱の如く怒りの声を張り上げて、 高姫『こりや、悪神の張本、初稚姫、楓姫の生霊奴、何と心得てる。そんな事に往生致す常世姫の身魂、義理天上日出神の生宮ではないぞよ。サア其方は企みの次第を逐一白状致せばよし、致さぬに於ては此方にも了簡があるぞよ。どうだ、返答致せ』 と喚き立てる。腹中より、 (高姫の腹中より)『はい、真に済まない事を致しました。私は初稚姫の生霊で厶ります。そしても一人は楓姫の生霊で厶ります。どうかして吾々二人が力を協せ、日出神の生宮を亡ぼしてやらうと企んで這入りました。併しながら貴女の御神徳があまり強いので、如何する事も出来ませぬ。ああ苦しい苦しい許して下さいませな許して下さいませな』 と初稚姫、楓姫の声色を使つて腹の中から詫び出した。然し其実は依然として、もとの兇霊の言葉であり、其兇霊が初稚姫の威光に畏れ、何とかして高姫の肉体と喧嘩をさせ、ここを両人とも追ひ出し、悠々閑々として高姫の体内に棲み、わが目的を達せむと企んだのである。高姫は之を聞くより、 高姫『うん、よし、悪逆無道の四足身魂、了簡ならぬ』 と喚きながら棍棒を小脇に掻い込み、珍彦の館をさして阿修羅王の荒れたる如き勢凄じく、火焔の熱を吐きながら頭髪を逆立て進み行く。初稚姫、楓の二人はヒソビソと話をしてゐた。そこへ高姫は現はれ来り、 高姫『悪逆無道の四足、思ひ知れ』 と樫の棍棒を真向にふり翳し、今や打下さむとする一刹那、何処ともなくスマートは宙を駆りて飛んで来り、強力に任せて高姫をトンと其場に押倒した。高姫はこの猛犬を見て怖気づき、細くなつて再びわが居間に逃げ帰り、中から戸障子に突張りをして、夜具をひつ被つて震へてゐた。スマートは高姫の後を追つ駆け来り、戸の外に足掻きをしながら、 スマート『ウーウウーウ、ワウワウワウ』 と頻りに呻り立ててゐる。高姫も体内の悪霊も此声に縮み上り、小さくなつて梢に残つた柴栗の様に固まつて震うてゐる。 (大正一二・一・二一旧一一・一二・五北村隆光録)