| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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21 (1467) |
霊界物語 | 10_酉_黄泉比良坂の戦い | 序歌 | 序歌 神体詩 (一) 我日の本は神の国天地の神の守護厚く 国運隆々天津日の御空に昇ります如く 開国茲に五十年宇内列強の班に伍し 日清日露の大戦に遭遇したるも日の御子の 神勇不撓の御英断天地神明の御稜威に 敵を排除し帰順はせ国家の進運日に月に 皇威国勢弥振ふ聖の御代の尊さよ。 (二) 斯の神国の民草は無限の神助皇恩を 感謝しまつり責任の重大なるを覚悟して 兵力平和の戦ひに優勝ならむ事を期し 猶又思想新旧の霊的戦争に打勝ちて 天壌無窮の神国を赤誠籠めて守るべし 皇祖皇宗の御神勅大本神の御神諭を 遵守し奉り人格を高めて更に神格も 進め神威を顕彰し神洲国土を平安に 守りて子孫に至るまで常世の暗の世界をば 修理固成る天職と神の御子たる使命をば 直霊の御魂に反省し赤誠籠めて祈るべし。 (三) 豊栄昇る旭日影東の空に輝きて 万邦光りを仰ぐなる日出づる国の日の本は 神の初めて造らしし珍の神国美し国 神代よりして青雲の棚引く極み白雲の 墜居向伏し塩沫の致り留まる其の限り 狭けき国は弥広く嶮しき国は平けく 遠けき国は八十綱を打懸け結び引寄せて 我皇室の御稜威を仰ぎ敬まひ大君の 仁慈に靡き服ひて赤子の慈母を慕ふ如 八十島国の果までも漏れ遺つるなく安国と 知食します御天職発揮し給ふ尊さよ 東洋文明を代表し西洋文明を調和して 更に世界の文明を醇化し美化し人類の 真の平和を促進し人道完美の瑞祥を 図るは神国の神民の天職使命と覚悟して 神の教を克く守り国の光を輝かせ。 |
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22 (1521) |
霊界物語 | 11_戌_コーカス山の大気津姫退治 | 08 明志丸 | 第八章明志丸〔四七五〕 山川どよみ国土揺り曲神猛ぶ常暗の 雲を晴して美しき神代を建てて黄金の 世界を造り固めむと黄金山に現れませる 三五教の宣伝使東雲別や青雲の 別の命はやうやうに百の悩みを忍びつつ 神の仕組もクス野原男女六人の神司 荒野ケ原にめぐり会ひ西へ西へと北の森 一夜の露を凌ぎつつ神の教を畏みて 道も明志の湖のこなたの郷に各自に 袖を別ちて進み行く錦の木の葉散り果てて 北風寒き冬の空地は一面の銀世界 行きつ倒れつ雪の路春をも待たぬ梅ケ香の 薫ゆかしき宣伝使明志の湖の岸の辺に 独りとぼとぼ着きにける。 明志丸は数十の船客を乗せ、今や出帆せむとする時であつた。梅ケ香姫は急ぎ船中の客となつた。骨を裂く様な寒風はヒユーヒユーと笛を吹きて海面を掃き立てる。浪に揉まれて船の動揺は刻々に激しくなつて来た。大抵の船客は寒さと怖さに慄ひあがつて、船底に小さくなりてかぢりつく様にして居る。中に四五人の男は腰の飄の栓を抜いてソロソロ酒を飲み始めたり。 甲(勝公)『空は何ンだか、ドンヨリとして日天様も碌に見えず、白い雲が一面に天井を張つて居る。地は見渡す限り真白けだ、青いものといつたら、此明志の湖と貴様の顔丈だ。一つ一杯グツとやつて元気をつけたらどうだい』 乙(八公)『イヤ俺は下戸で………貴様一人飲ンだら宜からう』 甲(勝公)『オイ八公、貴様は飲ける口だから、お相手にして遣らう』 と杓を突出す。八公は杓を受取りて、瓢より注いでは飲み注いでは呑む。だんだんと酔が廻り、 八公『オイ勝公、貴様は何時にない悄気た顔しやがつて、チツト元気を出さぬかい。北の森で宣伝使に縛られやがつて、それからと云ふものは大変に顔色が悪いぞ』 勝公『喧しい云ふない。今作戦計画をやつて居る所だ。アーメニヤのウラル彦の神さまから、北の森へ宣伝使がやつて来るに違ないから、彼奴を縛つて連れて来いと云ふ命令を受けて毎日日日夜昼なしに張つて居つた処、大袈裟にも一度に六人もやつて来やがつたものだから、如何に強力な俺も、一寸面喰つたのだ。村の奴は何奴も此奴も腰抜計りでビクビクと震ひあがつて、みんな逃げて了ふなり、俺一人が何程固くなつて気張つたところで、どうにも斯うにも仕方がない、是からお断り旁村の奴の腑甲斐ない事を、ウラルの神に注進に行くのだ。オイ貴様等も弱虫の中だ』 八公『えらさうに言ふな、霊縛とかいふものをかけられやがつて、寒空に一日一夜も化石の様になつて、目ばつかりギヨロつかせて、見つともない涙をボロボロ垂して居たぢやないか、村の奴が居らぬと思つて偉さうに云つても、此処に証拠人が居るぞ、貴様が村の者の悪い事をウラル彦に言ふのなら勝手に言へ、俺は村中の総代で、斯うやつて四人が行くのだ。貴様の欠点を全部申上げるのだから、無事に帰れると思ふな』 勝公『馬鹿を云ふな、なにほど強力無双の勝ちやまでも、雑兵がガチガチ慄して居るやうな事でどうして戦闘が出来るか。オイ鴨公、貴様何だ、慌て一番先に宣伝使の前へ行きやがつて逃腰をした時の態つたら、本当に絵にもない様な姿だ。マア喧ましう言はずと厭でも応でも酒でも喰つて元気を附けて、ここで一つ和合をしたらどうだ。見直し聞直し詔直しだ』 八公『コラ勝公、貴様そンな事云ふとやられるぞ。知らぬ間に三五教に魂を取られやがつて、宣伝歌の様な事を吐くぢやないか。三五教と云ふ奴は、月が照るとか走るとか、雪が積むとか積まぬとか、海が覆るとか潮もない事をほざく教だ。伝染り易い奴だな、全然虱の子孫みた様な奴だ』 勝公『ナニ虱の子孫だ、馬鹿にするな、虱の本家本元は勝ちやまだ。一寸見い俺の頭を、一寸掴んでも一合位は養うてあるぞ。虱と云ふ奴は生れ故郷がないと云うて悔むと云ふ事だが、其生れ故郷と云ふのは勝ちやんの頭だ。何奴も此奴も虱をわかしやがつて、俺の頭にわいたと吐かさずに、うつつたうつつたと吐かすものだから、虱の奴生れ故郷がないと云つて泣きやがるのだ。虚偽の世の中と云ふのは是でも能く分る』 鴨、小さい声で、 鴨公『オイ、今あの隅くらに蓑笠を着て乗つて居る奴、どうやら宣伝使らしいぞ』 八公『さうだ水を呉れと吐かす奴だ』 鴨公『水を呉れと云つたつて、こんな塩水は飲まれたものぢやない。米の水でも一杯飲ましてやつて、どうだ退屈ざましに踊らしたら面白からう』 勝公は『ヨー』と言ひ乍ら、酔眼朦朧と女の方を見詰め、 勝公『ヤア占めた、ハア是で北の森の失敗も償へると云ふものだ。船の中だ、彼奴が上陸る時に我々が前後左右から、手を執り足を取り、後手にふん縛つて、アーメニヤへ連れて行く事にしようか。兎も角酒を呑まして酔はすが一等だ』 鴨公『そいつは駄目だぞ。三五教といふ奴は、酒は飲むな喰ふなと吐す奴だ』 八公『ソリヤ表面丈だ、酒喰はん奴が何処にあろかい、御神酒あがらぬ神はないと云つて神さまでさへも酒を飲まれるんだ。其神のお使が酒を嫌ひなんてぬかすのは、そりや偽善だ。彼奴の前で美味さうな香をさして、飲んで飲んで呑みさがしてやらう。さうすると、宣伝使が舌をチヨイチヨイ出しよつて唇を甜り出す、そこで、オイ姐さま一杯と突出すんだ』 鴨公『俺は下戸だから酒の様子は知らぬが、そんなものかいなア』 女宣伝使はムツクと立つて、宣伝歌を歌ひ始めた。 梅ケ香姫『神が表に現はれて常夜の暗を明志丸 救ひの船に乗せられて憂瀬に沈む民草を 救はむ為の此首途千尋の海の底よりも 深き恵の神の恩教へ導き北の森 堅き巌に腰かけて茲に六人の宣伝使 息を休らふ折柄にウラルの神の間者 二つの眼を光らせて窺ひ来る可笑しさよ 何れの方と眺むれば心許りの勝さまや 蛸の様なる八さまの足もヒヨロヒヨロ鴨々と おどして見たら腰抜かしかもて呉れなと減らず口 高彦さんの鎮魂に化石の様に固まつて 一夜一日を立暮し妾一同の後追うて 三五教の宣伝使取逃がしたる事由を 明志の湖の荒浪に揉まれて進む気の毒さ 酒の機嫌にまぎらして互に泡を吹く風に』 勝公『コラコラ何を吐しやがるのだ。女の癖に勝さまだの、蛸だの、鴨だのと、猪口才な三五教の教は善言美詞と吐して居るぢやないか、風引くも引かぬも抛つときやがれ、弱味に附込む風の神さまと云つたら俺の事だぞ。此間は六人も居やがつたので、見逃しておいたのだ。今日は幸ひ貴様一人だ、焚いて喰はうと、煮て喰はうと、引裂かうと俺の勝手だ。サア、モ一つほざいて見い、ほざいたが最後貴様の笠の台は鱶の餌食だ』 梅ケ香姫『ホヽヽヽヽ、勝さんとやら、末まで聞いて下さいな』 勝公『エツ、聞かぬ。此大勢の中で、勝さまが勝つたの負けたのと、恥を振舞ひやがつて男前が下がるワイ。斯うなれば意地だ、貴様に勝つたか負けたか、此処で一つ、此湖ぢやないが明志をして、俺のあかりを立てねばならぬのだ。どちらが善か悪か、明志暗しは今に分るのだ』 と言ひ乍ら、鉄拳を振上げて、梅ケ香姫に打つて掛らうとする。此時襟髪をグツト握つて二三尺ばかり猫をつまむだ様に提げた男がある。 男(時公)『アハヽヽヽ、サア勝か負か明志の湖だ。此手を離したが最後、勝は鰹の餌食だ』 勝公『マアマア、待て待て、待てと言つたら、待つたが宜からうぞ。一つよりない生命だ大切にせぬかい。俺でも神様の分霊だぞ。俺は貴様に殺されたつてビクともせぬ男だが、貴様が神のお宮の此方を損つたら、貴様に罰が当るから、殺すなら殺せ、地獄で仇討をしてやるから………』 男(時公)『減らず口を叩くない、一つ、貴様は酒を喰ひ酔つて大分に逆上て居るから、調和の取れる様に、水の中へ一遍ドブ漬茄子とやつてやらうかい』 勝公『マアマア待つて下さい、同じ天の下のおほみたからだ。四海同胞だ』 男(時公)『ここは魔海死海と言うて、ここは人の死ぬ海だ。此死海へ御註文通り死海ドボンとやつてやらう』 勝公『オイ八、鴨、何故愚図々々としてやがるのだ、此奴の足を攫へぬかい。此奴を死海ドボンだ』 鴨公『態ア見やがれ、強い方へ附くのが当世だ、貴様が強いと思うて、俺等は何時も、表向はヘイヘイハイハイ言うて居るものの、後向に舌を出してゐるのも知りやがらずに、よい気になつて村中で暴れ廻した其報いだ。天道さまは正直だ、貴様がドブンとやられたら、北の村は餅搗いて祝ふぞい』 勝公『人の難儀を見て、見殺しにするのか』 八公『見殺しも糞もあつたものかい、………もしもし、何処の何方か知りませぬが、さう何時までも提げては、お手が倦いでせうから、今の死海ドボンとやらをやつて下さい』 勝公『コラ貴様までが相槌打ちやがつて、友達甲斐のない奴だ』 男(時公)『アハヽヽヽ、弱い奴だ、そんなら一寸また後の慰みに見合しておかうかい』 勝公『あとは後、今は今、一寸先や暗の夜、暗の後には月が出る』 八公『月は月だが運のつきだ、俺も貴様に愛想がつきた』 一人の男は勝公をソロリと船の中に下してやつた。 勝公『ヤ、有難う御座いました、お蔭で生命が助かりました』 男(時公)『ヤア、暫くお預けだ』 八公『まるで狆みたいに言はれてけつかる』 男(時公)『ヤア、これはこれは梅ケ香姫様、不思議な所でお目にかかりました。皆の方はどうなさいました』 梅ケ香姫『ヤ、あなたは時さまであつたか』 (大正一一・三・一旧二・三松村真澄録) |
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23 (1555) |
霊界物語 | 12_亥_天の岩戸開き | 09 正夢 | 第九章正夢〔五〇五〕 常夜ゆく暗を晴らして皇神の珍の御子たち助けむと 稜威も高き高光彦や神より受けし伊都能売の 玉光彦の玉も照り大海原に漂ひて 海月なす国光彦のみづの身魂の三柱は イホの都の町はづれ老樹茂れる森の下 露を厭ひて仮枕国魂神を祀りたる 祠の後に身を隠しまどろむ折しも何処よりか 集まり来る人の影神灯神酒を奉り 常夜の様を歎きたるイホの都の酋長が 世人助くる手段さへ夏山彦の神司 神の御前に太祝詞唱ふる声もいと清く 心の闇も春公の倉あけ渡し食物を 神に誓ひて夫れぞれに配り与へ饑渇き 救ふはいとど易けれど霊の餌と充つるべき 教の餌に苦みつ神の御前に諸人を 集めて諭す神の教食物着物住む家と 酒より外に心なき醜の身魂を如何にして 神を敬ひ長上に尊び仕へ真心の 本霊にことごとく立直さしめ天地の 神の御子たる務をば各も各もに尽させて 神の怒も淡雪の溶けて嬉しき春の日の 花咲き匂ひ百鳥の歌ふ嬉しき神の代の 日月空に輝きて鬼も探女もナイル河 滝に洗ひしその如く清めむものと酋長が 心筑紫の白瀬川世人を思ふ真心の 涙は滝の如くなり夢か現蚊取別けて 言霊清き宣伝歌暗を透して鳴り渡る 時しもあれや初公が醜の雄健び踏たけび 狂ふ折しも宣伝使双手を組みし言霊の 其一声に肝打たれ魂研かれて各が 恵みも深き皇神の心を悟り服従ひし その嬉しさに胸躍り心勇みて四柱の 神の命の宣伝使初めて会ひし初公を 伴ひ進む闇の路四方に塞がる村雲の 空も愈春公や青葉も茂る夏山彦の 館を指して出て行く途中睡気を催して ここに五人の一行は露をも置かぬ草の上 腰打掛けて憩ふうち何時か睡魔に襲はれて 脆くも此処に横はり夜の更け行くも白瀬川 ナイルの滝の森林に黎明を待ちて秋月の 滝の魔神を一々に六つの滝まで清めむと 暗の木下に憩ふ折一つ火忽ち現はれて 一行五人が心をば照させ給ふ夢の跡 大蛇の背より飛下りて腰を抜かせし束の間に つかつか来る夏山彦が率ゆる人数の足音は いと高々と聞え来る。 蚊取別『ヤア、エライ恐ろしい夢を見たものだナア。余り知らず識らずの間に慢心して、大蛇の背中に乗せられ、雲の上まで引張り上げられて了つて居た。盲蛇に怖ぢずと云ふ事があるが、本当に目明の積りで、我こそは天下の宣伝使、世界の盲聾の目をあけてやらうナンテ偉さうに言つて歩いて居つたが、エライ怖い夢を見たものだ。コリヤきつと霊夢であらう、アーア慢心はし易いものだナア。慢心は大怪我の本だと、何時も口癖の様に云ひながら、箕売り笠でひると云うたとへは自分等の事だ。人が悪いとか馬鹿だとか思うてゐると皆自分のことだ、これから一つ魂の焼直しをして掛らねばならぬワイ。吁神様有難う御座います。能く気をつけて下さいました』 高光彦『蚊取別さま、どんな夢を御覧になりました。我々も恐ろしい夢を見ました。四方八方真暗がりで、秋月の滝の前だと思へば、大蛇の背に乗せられて、エライ所へ鰻上りではなうて蛇上りに上つてきつい戒めに遭ひ、中天から飛びおりて、腰をぬかし本当に妙な夢を見ましたよ』 蚊取別『ハア、我々の夢と同一ですワ』 と声をかすませ、首を捻る。玉光彦、国光彦、初公も異口同音に、 玉光彦、国光彦、初公『私も其通りそのとおり』 と胸を轟かせ乍ら、小声になつて首を頻りに傾けて居る。折柄の物音に前方を見れば、提灯の光瞬き、数十人の人声此方に向つて進み来る。 初公『あの提灯の印は丸に十、たしかに夏山彦の酋長が手下の者共、愈初公さまを召捕に来よつたな。ヨーシ、今迄の初公さまと思つて居るか、あまり我は、偉い偉いと思うて居るとスコタン喰うぞよ。足許は真暗がり、闇に烏のまつ黒々助、夏山彦の家来の奴共、片つ端から「ウウーン、ウーン」と阿吽の言霊、開くや否や四方八方に、蜘蛛の子を散らすが如く、チリチリバツト、花に嵐の其如く、皆散り散りに逃げて行く………』 蚊取別『コラコラ、何寝呆けてるのだ。あまりウーンに慢心をすると、今の様な怖い夢を見せられて、お警告を受けるのだぞ。ウーンも好い加減に使つて………乱用するとまた夢を見せられるぞ』 初公『モシ蚊取別さま、あれは夢だが、今そこへ来るのは現実ですよ』 蚊取別『幻術でも、妖術でも、神術でも無暗に使ふものぢやないよ』 初公『それでも、短兵急に押しよせて来た、この敵にムザムザと虜にしられようものなら、それこそ最早ウーンの尽だ。運の尽きる迄一つ、ウンウンを行つて行つて行り倒し、運を一時に決せむだ。サア来い勝負………』 高光彦『アハヽヽヽ』 初公『笑う所か大変ですぜ。あの提灯を御覧、丸に十だ』 高光彦『丸に十なら結構ぢやありませぬか、三五教の裏紋だからな』 初公『裏紋教でも、表教でも、大本でも、かうなつては最早百年目、自由行動と出ますから、あなた方四人の御方はジツトして、この初公のハツ人芸を御覧なさい。一人でハツ人ぢや、初夢の初功名、神力ハツ展の初舞台だ』 蚊取別『コラコラ、さうハツやぐものぢや無い、ハツかしい事が後になりて出て来るぞよ。神の申す間に聞かぬと、我で致したら失敗るぞよ』 斯かる所へ早くも夏山彦の一隊は徐々と現はれ来たる。 初公『ヤア、寄せたり寄せやがつたりな。我れこそはイホの都に隠れなき初公さまだ。召捕るなら美事召捕つて見よ。小癪に構ふ汝等が振舞、儘になるなら、麦飯、稗飯、粟飯、五もく飯、米の飯、サア勝手にメシ取つて見よ』 蚊取別『アハヽヽヽ』 三人『ワツハヽヽヽ』 群衆中より立派な姿をした二人の男、蚊取別の前に悠々と現はれ、 夏山彦、春彦『ヤ、あなたは蚊取別の宣伝使様、………御一同様、私等は夏山彦、春彦でございます。どうか此駕籠に御召し下さいまして我々が矮屋に一夜御逗留を御願申したく、態々御迎へに参りました』 初公『ヤア、ナーンだ、天が地となり、地が天となる、変れば変る世の中だ。オイオイ其駕籠は大蛇の背中とは違ふか』 夏山彦『ヤア、お前は初公か、我々は蚊取別その他三人の宣伝使様に御挨拶申上げて居るのだ。横間から喧しう申さずに、暫く待つて居て呉れ』 初公『ヨーシ承知した。併し駕籠は四台よりないぢやないか、初公さまの駕籠は後から来るのかい』 春彦『生憎四台よりありませぬので一台………』 初公『オイオイ、四台よりない?………何と情なきシダイなりけりだ。一だいのテレ臭い恥曝しだワイウフヽヽヽ』 蚊取別『折角の思召無にするも何となく心許なく思ひますが、我々はさ様な贅沢な駕籠などに乗ることは出来ませぬ』 初公『ヤア今あまり調子に乗つて、ウンウン気張ると云つて、ウンが増長して高い高いコクウンの中までおつぽり上げられ、スツテンドウと地上に真逆様に墜ちて、腰を折つた夢を見よつたものだから………そんな俄に殊勝らしい事を仰せられるのだ。恰度それならそれで都合が良いわ。三人の宣伝使様と此初公さまと四人乗せて貰はう』 玉光彦『私は駕籠は平に御免蒙ります』 国光彦『我々もその通り』 初公『拙者も同様、駕籠は平にお断り申す』 群衆の中より、 群衆の一人『コラ初公、貴様がお断り所か、頼んだつてコチラからお断りだよ』 夏山彦『折角の志、どうぞお召し下さいませ』 蚊取別『イヤ又尾の先から振落ちねばならぬと困るから、乗物は平にお断り申します』 初公『モシモシ蚊取別さま、どうやら此処も大蛇の背ぢやあるまいか、足許がツルツルするぢやないか。夏山彦の宅で御馳走を戴いたと思へば、牛糞か馬糞か、訳の分らぬ物を食はされて、舌鼓を打つた夢を見た連中だから、この夏山彦も夢の中ぢやあるまいかナア』 蚊取別『夢でも何でもよいぢやないか。天は暗く月の光は無く、何れ悪魔の跋扈跳梁する世の中だ。斯う暗黒になつて来ると、誠の物は一つもないと思つたら落度はない。マア夢でも化物でも何でも構はぬ。刹那心だ、行く所迄行かうかい』 と一行五人は夏山彦以下群衆に迎へられて、今度は愈夢でもない、幻でもない、曲神の館でもない、正真正銘の夏山彦の館へ着いたのである。 正門は左右に開放され、門内は薄暗けれど、塵一本なき迄に清く箒目正しく、掃除が行届いて居る様子である。表門の入口より一間巾程の麗しき真砂は敷詰められ、一行を歓迎した酋長の真心は此砂路にも現はれ居たりける。 初公『ヤア是は一遍通つた。門と云ひ門番の貫公、徹公[※第5章では「鉄公」]の朧ながらも顔と言ひ、玄関の様子、一分一厘間違ひのない仕組だ。コラ又夢だらう、………オイオイ蚊取別さま、一寸私の頬べた捻つて見て呉れぬか、自分がひねつたのでは、夢か夢ぢやないか明瞭せない………アイタヽヽヽあまり酷い事すな、鼻を捻上げよつて………』 蚊取別『捻つて呉れと云ふから、註文通り捻つてやつたのだ。貴様の鼻はあまり低いのと横つチヨに着いとるものだから、頬辺だと思つて捻つたのだ。はなはなもつて見当の取れぬ面付だなア』 初公『本当にさうだ、ケントウがとれぬワイ。提灯は取れても、軒灯は高い所に吊つてあるから、俺の様な背の低い者では、一寸取り難いなア』 蚊取別『今度は夢ぢやない、本当だ』 初公『本当か嘘か、蚊取別さまのお言葉もあまり当にはなりませぬワイ。一つ此処で一か八かぢや、真偽を確めて見よう』 と言ひ乍ら、初公は腕を振り、ドシドシと奥の間に進み入り、 初公『ヤア、拙者は今日迄イホ村の侠客権太郎の初公と云つたは世を忍ぶ仮の名、元を糺せば聖地エルサレムに於て、行成彦の従神たりし行平別命、汝夏山彦八岐の大蛇の片腕となり、白瀬川の大蛇となり、此イホの都に尻尾を現はし、我々に立派な館と見せかけ、牛糞馬糞を馳走と見せかけて食はさうと致す其計略は、前以て承知の拙者、サア尋常に白状致せばよし、白状致さぬに於ては、十握の宝剣を以て寸断にするぞ』 と大音声に呼はつて居る。夏山彦は此声に驚きて此場に走り来り、 夏山彦『ヤア、誰かと思へば初公ぢやないか、何だ大きな声を出して………』 初公『大きな声は俺の地声だ。大蛇の化物ツ』 夏山彦『モシモシ宣伝使様、この男はどうかして居るのでせうな』 蚊取別『イヤどうもして居りませぬ。一寸副守護神が乗り憑つて、訳もない事を吐ざくのですよ』 初公『ナニ、副守護神だ!馬鹿にするない。フクはフクだが世界の福を守護する七福守護神だぞ』 蚊取別『雑巾持たしたらそこらをフク守護神、雪隠へ行つても、碌に尻丈は拭かぬ守護神、法螺ばつかり吹く守護神だ。蟹の様に泡を吹く守護神、熱も吹く守護神だ。アハヽヽ』 夏山彦『御一同様、お疲労で御座いませう。どうぞ緩り、日の出の頃まで未だ夜が御座います。此頃は日の出と言つても、日輪様のお姿は雲に包まれて拝めませぬが、ここに一つ灯を点して置きますから、ゆつくり御飯でも召上つて、今晩はお休み下さいませ。明日ゆつくりお目にかかりませう』 初公『それ見よ蚊取別さま、初公の目は黒いものだ、やつぱり大蛇の背だ。日の出神だとか日の出だとか、一つ火とか言うたぢやないか』 蚊取別『此奴まだ夢見てゐる、困つた奴だナア』 とまた鼻を力限りに捻ぢ上げる。 初公『イヽヽヽイツタイ、蚊取別、フニヤフニヤフニヤ、ヘタイヘタイヘタイヘタイ、ハヤセハヤセハヤセハヤセ』 蚊取別『アハヽヽヽ』 初公『あまり人を馬鹿にすな。此好い男つ振を鼻を引延ばしよつて……天狗の様になつたぢやないか』 蚊取別『ヤ、是でへつこむだ鼻が延びて調和が取れた。ハナの都の初花姫の様な、立派な顔になつたよ』 この時奥の間より、嚠喨たる一絃琴の音幽かに聞え、女神の歌ふ声、蚊取別の耳に特に浸み込む様であつた。蚊取別は首を傾け乍ら手を組み、 蚊取別『ハテなア』 (大正一一・三・九旧二・一一松村真澄録) |
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霊界物語 | 12_亥_天の岩戸開き | 10 深夜の琴 | 第一〇章深夜の琴〔五〇六〕 夏山彦は一同に向ひ、 夏山彦『最早夜も深更に及びましたれば、緩りと御寝み下さいませ。また明朝、緩々と御話を承はりませう』 と一同に会釈し一間に姿を隠した。 初公『蚊取別さま、この度は夢ぢやなからうなア。アイタヽヽヽ』 蚊取別『アハヽヽヽ、矢張り痛いか、痛けりや本当だ。安心して寝むだら宜からう』 初公『あの一絃琴の音はどうだ。小督の局が居るのぢやなからうかな。 「峰の嵐か松風か、恋しき人の琴の音か、駒を留めて聞くからに、爪音しるき想夫憐」 と云つた奴だナア』 蚊取別『馬鹿云ふな。夫れは何十万年未来の世の出来事だ。今は天の岩戸隠れの神代だぞ』 初公『過去現在未来を一貫し、時間空間を超越するのが神界の経綸ぢやないか。己が斯うして夏山彦の館に一絃琴を聞いて彼是噂して居た事を何十万年の未来の世の狂人が、霊界物語だと云つて喋べる様になるのだ。是も神界の仕組だよ。さうだから、ちつとでも今の間に善い事をして未来の人間に持て囃される様にならねば困る。天の岩戸開きの神業に奉仕するのは、末代名の残る事だ。それを思うと一分間でも無駄に光陰を費やすと云ふ事は出来ないワ』 蚊取別『喧しう云はずに寝る時分には寝るものだ。最早子の刻だ。三人の宣伝使が御疲れだから、貴様一人寝るのが厭なら、門へ出て其辺を迂路付いて来い』 初公『子の刻だから寝ると云ふのか、妙なコヂツケだな』 蚊取別『コヂ付けでも何でもない。開闢の初めから定まり切つた言霊の規則だよ。戌の刻限は、人間のいぬる時だ。ぬるの言霊は寝るのだ。亥の刻限にはゐと云うて休む時なのだ。ゐも又寝るのだ。子の刻にはねるものだ。戌亥子の三時は人間が一日の疲れをすつかり休めて華胥の国に遊楽する刻限だ、即ち寝る時だよ。十分体が休まつて、ウーシとなると明日の働く元気が身体一面に、ウーと張り切りシーと緊り、トーと尖つて芽をふき、ラーと左旋運動を起す。それが寅の刻だ。丑寅の刻に元気を付けて、ウーと太陽が卯の方に上る時に人間も起き出で、日天様を拝し顔を洗ひ嗽ひをし、身魂を清めてそれから飯を食ひ、辰の刻が来れば立つて働く。巳の刻が来れば、霊魂にも体にも、みが入つて一日中の大活動時機となる。午の刻になれば日天様は中天に上られ、人間の体も完全に霊と体との活用がウマク行はれるのだ。未になれば火の辻と云うて、火と水との境目だ。それから段々下ると申の刻、そこら一面に水気が下つて来る。酉の刻になれば一日の仕事を取り纏べて、其辺中を取片付け、御飯をとり込んでまた神様にお礼を申し、皆揃うて戌の刻になるといぬるのだよ』 初公『お前は割とは難かしい事を知つて居る宣伝使だねえ』 蚊取別『根ツから葉ツから蕪から菜種迄、宇宙一切万事万端解決が着かねば、宣伝使にはなれないのだよ。牛の尻ぢやないが、牛の尻にならぬと世界を助け廻る事は出来ぬ。兎も角宣伝使が尤も慎むべき寅の刻、オツトドツコイ、虎の巻は何事も省ると云ふ事が一等だ、卯の刻ではない、己惚心を出してはならぬぞ。自分は足らはぬ者ぢや、力の弱い者だ、心の汚れた者だ、罪の塊だと、始終心に恥ぢ、悔い、畏れ、覚り、省みる様にならなくては神様の御用は出来ない。辰と緯との機の仕組、神の因縁を良く諒解し、一方に偏らず、其真ん中の道を歩み、巳の刻ではない、身魂を磨き身を慎み、身贔屓身勝手は捨て改め、猥りに人を審判かず、心は穏かに春の如く、午の刻、否うまく調和を取つて神に等しき言霊を使ふのが本当の神の使だよ』 初公『蚊取別さまの御話で大体甲子(昨日)から随いて歩いて、漸く十二分の干支九(会得)が出来た。然し一絃琴の音が益々冴えて来たぢやないか。寝よと云つたつて、琴の音に耳を澄まされ子る事は出来はしない。ことの外真夜中過ての一絃琴だ。一言禁止する訳には行こうまいかな』 蚊取別『ハテナ、あの琴の音はどうやら、秘密が潜むで居るワイ。此処に来たのも何か神様の一つの絃に操られて来たのだらう』 一絃琴の音はピタリと止むだ。高光彦を始め初公は漸く眠りに就いた。蚊取別は一絃琴の耳に入りしより何となく胸騒ぎ、心落着かず眠り兼ね寝床の上に双手を組むで思案に暮れて居た。又もや微に聞ゆる琴の音、微かに歌ふ声、蚊取別は眠られぬ儘に、琴の爪音を探りさぐり近付いて襖の外に息を殺し静かに聞き入つた。一室に女の歌ふ声、 祝姫『世は烏羽玉の暗くして黒白もわかぬ人心 此世の曲を天地の神の伊吹きに祝姫 山の尾の上や川の瀬に威猛り狂ふ曲神を 言向け和し宣り和め神の恵みを四方の国 百人千人に白瀬川言の葉車の滝津瀬と 逸れど曇る世の中は何の効果もナイル河 滝の涙も涸れ果てて緑の色も褪せにけり 夏山彦の神館百日百夜のもてなしも 早秋月の滝の水乾くよしなき今の身は 生きて甲斐なき宣伝使北光彦の媒介に 蚊取の別の妻となり比翼連理の片袖も 今は湿りて濡衣の乾くよしなき浅猿しさ シナイ山より落ちかかる秋月滝に身を打たれ 醜の魔神にさやられて神に受けたる玉の緒の 息も絶えなむ時もあれ情も深き夏山彦の 貴の命に助けられ病き悩む現身を これの館に横たへて朝な夕なの慈み 身も健かになりぬれば愈此家を立ち出でて 天が下をば駆巡り三五教の御教に 常夜の暗の戸をあけて荒振る神や醜神の 魂照さむと思ふ間思ひがけなき夏山彦の 貴の命の横恋慕夫ある身も白瀬川 流す浮名の恐ろしく操破らぬ祝姫 アヽさりながらさりながら世人の口の怖ろしく 戸もたてられぬ我思ひ義理と情にほだされて 操の松も萎れ行く嗚呼如何にせむ蚊取別 夫の命が此噂聞し召しなば如何にせむ 夏山彦は名にし負ふ心目出度き貴の司 神ならぬ身の祝姫夫持つ吾と知らずして 恋の小田巻繰返し返し重ねて朝夕に 心の丈を割りなくも口説き給ふぞ悲しけれ 此の世を造りし神直日心も広き大直日 只何事も人の世は直日に見直し聞き直し 世の過ちを宣り直す三五教の守り神 百の神たち我胸の暗き帳を引きあけて 心を晴らせ八重雲を伊吹き祓ひて日月の 光照らさせ給へかし蚊取別てふ背の君は 今は何処に荒野原独り苦しき漂浪の 旅を続かせ給ふらむ逢ひたさ見たさ身の詰り 只一言の言霊の夫の命に通へよや 峰の嵐や松風に寄せて妾が琴の音を 夫の命に送れかし夫の命に送れかし』 と静かに歌つて居る。蚊取別は思はず、ウンウンと溜息つきながら足音高く我居間に立帰り、四人と共に床の上にコロリと伏し、夜の明くるを今や遅しと待ち居たりける。 (大正一一・三・九旧二・一一藤津久子録) |
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霊界物語 | 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 | 霊の礎(四) | 霊の礎(四) 一、真神又は厳瑞なる主神に認められ愛せられ信ぜられ又主神を認め深く信じ厚く愛する所には必ず天国が開かれるものである。諸多の団体に於ける善徳の不同よりして、主神を礼拝するその方法も亦同一でない、故に天国にも差等あり人の往生すべき天国に相違が出来るのである。併し乍ら天国の円満なるは此の如く不同あるが故である。同一の花の咲く樹にも種々の枝振りもあり花にも満開のもの半開のもの莟の儘のものがあつて、一つの花樹の本分を完全に尽して居るやうなものである。 一、天国は各種各様の分体より形成したる単元であつて、その分体は最も円満なる形式の中に排列せられて居る。凡て円満具足の相なるものは諸分体の調節より来るものといふことは吾人の諸々の感覚や外心を動かす所の一切の美なるもの楽しきもの心ゆくものの性質を見れば分明である。数多の相和し相協うた分体があつて或は同時に或は連続して節奏および調和を生ずるより起り来るもので決して単独の事物より発せないものである。故に種々の変化は快感を生ずるに到ることは吾人の日夜目撃実証する所である。そして此快感の性相を定むるは変化の性質如何にあるのである。天国に於ける円満具足の実相は種々の変態に帰因することを明め得らるるのである。 一、天国の全体は一の巨人に譬ふ可きものである。故に甲の天国団体はその頭部に又は頭部の或る局所に在る様なものである。乙天国の団体は胸部に又胸部の或る局所にある。丙天国の団体は腰部又は腰部の或る局所に在る如きものである。故に最上天国即ち第一天国は頭部より頸に至るまでを占め、中間即ち第二天国は胸部より腰及び膝の間を占め、最下即ち第三天国は脚部より脚底と臂より指頭の間を占めて居る様なものである。 一、天国は決して上の方而已に在るもので無い。上方にも中間にも下方にも存在するものである。人間の肉体に上下の区別なく頭部より脚底に至るまでそれぞれ意志の儘に活動する資質ある如きものである。故に天国の下面に住む精霊もあり、天人もある、又天国の上面に住むのも中間に住むのもある。天の高天原もあり地の高天原も在つて各自その善徳の相違に由つて住所を異にするのである。 一、宇宙間に於ては一物と雖も決して失はるる事も無く、又一物も静止して居るものでは無い。故に輪廻転生即ち再生と云ふことは有り得べきものである。然るに生前の記憶や意志が滅亡した後に矢張個人と云ふものが再生して行くとすれば、約り自分が自分であると云ふ事を知らずに再生するものならば再生せないも同じことであると云ふ人がある。実に尤もな言ひ分である。凡て人間の意志や情動なるものは、何処までも朽ないものである以上は、霊魂不滅の上から見ても記憶や意志を有て天国へ行くものである。然し現界へ再生する時は一旦その肉体が弱少となるを以て容易に記憶を喚起することは出来ないのである。又記憶して居ても何の益する所なき而已ならず、種々の人生上弊害が伴ふからである。之に反して天国へ往く時はその記憶も意念も益々明瞭に成つて来るものである。故に天国にては再生と云はず、復活と云ふのである。 一、科学的の交霊論者は人霊の憑依せし情況や死後の世界に就いて種々と論弁を試みて居るのは全然無用の業でもない。然し乍ら彼等の徒は最初と最後の此の二つの謎の間に板挟みの姿で、其言ふ所を知らない有様である。彼等はホンの少時間、時間と云ふものを最早数へることの出来ぬ世界へホンの一足許り死者の跡をつけて行くだけであつて、闇黒の中で其儘茫然としてその行衛を失つて了つて居る。彼等に対して宇宙の秘密や真相を闡明せよと言つた所で、到底ダメである。 一、宇宙の秘密や真相は到底二言や三言で現代人の脳裡に入るものでは無い。又本当にこれを物語つた所で到底人間の頭脳に這入り切れるものでは無い。人間の分際としては如何なる聖人も賢哲も決して天国や霊界の秘密や真相を握る事は不可能だと信じて居る。何となれば此秘密や真相は宇宙それ自身の如く無限で絶対で不可測で窮極する所の無いものだからである。 一、死者が矢張り霊界に生て居るならば、彼等は何等かの方法を用ゐてなりと吾々に教へて呉れさうなものだと云ふ人がある。然しながら死者が吾々に話をすることが出来る時分には死者の方に於て何も吾々に報告すべき材料を持つて居ないし、又何か話すべき程の事柄を知り得た時分には、死者は最早吾々と交通の出来ない天国へ上つて、永久に吾々人間と懸け離れて了つて居るからである。 大正十一年十二月 (昭和一〇・六・三王仁校正) |
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霊界物語 | 34_酉_黒姫のアフリカ物語1 | 10 空縁 | 第一〇章空縁〔九五一〕 建野ケ原の神館は、風景よき小丘の上に小薩張として新しく建てられて居る。千年の老樹、鬱蒼として境内を包み、実に神々しき地点である。前は激潭飛沫を飛ばす深谷川が横ぎつて居る。朝から晩迄信徒の参集する者踵を接し、神の神徳は四方に輝き渡つて居た。 館の奥の間には建国別の宣伝使脇息に凭れ乍ら深き吐息をついて居る。襖をそつと引き開け、湯を盆にもつて淑やかに入つて来た絶世の美人は建能姫であつた。 建能姫『吾夫様、お早う御座います。お湯が沸きました、どうぞ一つ召し上り下さいませ』 と差出す。建能姫の声にも気がつかぬと見え、目を塞ぎ黙念として何か冥想に耽つて居る。建能姫は少しく声を高め、 建能姫『モシモシ吾夫様、お湯が沸きました、召し上り下さいませ』 此声にハツと気が付いたやうな面持にて、 建国別『ヤア其方は建能姫、お湯が沸きましたかな、有難う頂戴致しませう』 建能姫『吾夫様、貴方は妾の家にお越し下さいましてから、恰度今日で満一年になります。然るに唯の一度も妾に対し御機嫌のよいお顔を見せて下さつた事は御座いませぬ。妾も初の間は不束なもの故お気に召さぬかと存じ色々と気を揉みましたが、貴方様はいつも妾を可愛がつて下さいますので合点が行かず、何か深い秘密がお有りなさるのであらうと、常々に済まぬ事ながら御様子を伺つて居りました。然る処或夜のお寝言に……父上母上に一目遇ひ度い……と仰有つた事が妾の耳に今に残つて居ります。何卒女房の妾に何の遠慮もいりませぬから、ハツキリと仰有つて下さいませ』 と恐る恐る問ひかけたるに、建国別は、 建国別『女房の其方に隠して居つて誠に済まなかつた。水臭い夫と恨んで下さいますな。貴女は由緒ある建日別命様の御息女、此建国別は父母両親の所在も分らず、況して素性は如何なるものか些とも見当が取れませぬ。今は建日別命様の後をつぎ、建国別と云ふ立派な名を頂き、尊き神様にお仕へをして居りますが、私の幼時は金太郎と云つて姓も知れず、人に拾はれ他人の情によつて、漸く三十五の今日迄成人して来ました。私の父母はもう今頃は此世に生て居られるか、或は彼世の人になつて居られるか、何だか知らぬが、両親に遇ひ度い遇ひ度いと云ふ執着心がムクムクと腹の底より起つて来て、いつも知らず識らず顔がふくれ、不機嫌な顔をお前に見せました。何卒気を悪くして下さるな』 建能姫『勿体ない何を仰せられます。今日は夫の吾家に入らせられてより満一年の吉日、何卒機嫌をお直し下さつて、夫婦揃うて神様にお礼を申上げ、心祝ひに皆の役員信者に御神酒でも饗応申しませうか。神様のお蔭で貴方も御両親にキツトお遇ひなさる事が何れは御座いませう。何卒その様に落胆せずに、潔く暮して下さいませ』 建国別『ハイ有難う、そんなら今日は機嫌よう神様にお礼を致しませう。さうして役員信者に御神酒を頂かしませう』 建能姫は嬉し気に、いそいそとして酒宴の用意を役員の建彦に命ずべく此場を下つて仕舞つた。 後に建国別は双手を組み、両親の身の上及び建能姫の親切なる言葉に感謝の涙止め難く、教服の袖に時ならぬ夕立の雨を降らして居る。建能姫は襖を静に開き丁寧に両手をつき、言葉静に、 建能姫『吾夫様、建彦に今日の祝宴は一切命じて置きました。サア、妾と二人これから神前へお礼に上りませう』 建国別は建能姫のやさしき言葉に満足の面を照しながら神殿深く進み入り、感謝祈願の祝詞を奏上するのであつた。玉を転す如き建能姫の声、音吐朗々たる建国別の祝詞の声と琴瑟相調和して、得も云はれぬ風韻が境内に隈なく響き渡り、神々しき光景が溢れてゐる。 建彦以下の幹部役員を初め、数多の老若男女は早朝より詰めかけ、今日の祝宴に列すべく和気靄々として、境内の各所に三々五々群をなし、建国別夫婦の高徳を口々に讃歎して居る。上下一致相和楽して恰も天国浄土の趣が館の内外に十二分に溢れて居る。かかる処へ表門を叩いて入り来る男女二人の道者があつた。 女『モシモシ、一寸此門を開けて下さいませぬか。妾は自転倒島より参りました黒姫と申す者で御座います。火の国の高山彦の宣伝使が女房だと仰有つて下されば、建国別様はキツとお会ひ下さるでせうから……』 門番の幾公は高山彦の女房と云ふ声に驚き慌てて表門をサツと開いた。数多の参詣者の出入する門は横の方にある。此門は唯建国別個人としての住宅の門であつた。黒姫は、 黒姫『御苦労さま』 と云ひ乍ら此門内に慌しく進み入る。幾公は一人の男の顔を見て、 幾公『アヽお前は玉さまぢやないか。どうして又このお方の御案内をして来たのだ』 玉公『チツと合点の行かぬ事があるのだ。ひよつとしたら建国別様の此方はお母アさまかも知れないよ。夫で兎も角も御案内申したのだ』 と、耳の辺に口を寄せ他聞を憚るやうな面持にて囁いて居る。 幾公『それや大変だ。今日は建国別様のおこし遊ばしてから満一年の祝宴が開かれてゐる処だ。こんな芽出度い場所へお母さまがお越になるとは益々もつて芽出度い事だ。オイ玉公お前何卒暫く俺に代つて門番をして居て呉れ。俺はこれから建国別様にこの吉報を注進して来るから……』 と云ひ捨て黒姫に追ひつき行く。 幾公『モシモシ建国別のお母さま、ボツボツ来て下さい。私が先に御主人に御注進申上げ、お迎へに参ります。何卒この中門の傍に御苦労乍ら暫く立つて待つて居て下さいませ』 と早くも慌者の幾公は、建国別の母親と固く信じて仕舞ひ、不遠慮に奥の間さして慌ただしくかけ込んだ。 奥の一間には建国別夫婦、向ひ合ひとなつて祝の酒を汲み交はして居る。 建能姫『吾夫様、今日位気の何となく嬉しい時は御座いませぬなア。それについても貴方の御両親様が此席にお出になり、親子夫婦が斯うして睦じう直会のお神酒を頂くのならば、何程嬉しい事で御座いませう』 建国別『あゝさうですなア。併し私は今神前に御祈願の最中、フツと妙な考へが起りました。私の両親はキツト此世に生きて居て神様の為に立派な宣伝使となり、活動して居られるやうな感が致しました。そうして今日は何となしに両親に会ふ手蔓が出来るやうな気分が浮いて来て、酒の味も一層よくなりました』 建能姫『夫は夫は何よりも嬉しい事で御座います。キツト神様のお引き合せで誠さへ積んで居れば、御両親様に御対面が出来ませう。妾も一昨年両親に別れ力と頼むは唯吾背の命ばかり、そこへ御両親様がお見えにならうものなら、どれ程嬉しい事で御座いませう。妾はキツト生の父母と思ひ、力限り孝養を尽しますから何卒御安心下さいませ』 と涙ぐむ。建国別は、 建国別『ハイ有難う』 と云つたきり感謝の涙に咽び、無言の儘俯向いて居る。 その処へ足音高く慌ただしく入り来るは門番の幾公であつた。ガラリと襖を無造作に引きあけ、片膝を立てたまま手をついて、ハアハアと息をはづませ、 幾公『もしもし御主人様、大変な事が出来ました。天が地となり、地が天になるやうな突発事件で御座いますよ』 建国別は稍気色ばみ、忽ち立膝となり、 建国別『お前は門番の幾公、大変事が突発したとは何事だ。早く云つて呉れないか』 幾公『ハイ、大変も大変地異天変、手の舞ひ足の踏む所を知らずと云ふ喜びが降つて来ました。お目出度う御座います。御夫婦様お喜びなさいませ。あゝ嬉しい嬉しい目出度い目出度いおめでたい』 と手を拍つて立ち上り、キリキリと舞うて見せた。夫婦は合点ゆかず、ヂツと幾公の乱舞を見詰めて居る。 幾公『これはこれは御主人様、余り嬉しうて肝腎の申上げる事を忘れました。目出度い時には目出度事が重なるものですなア、貴方のお母さまが、建国別の館は此処か、一度会ひたいと仰有つて、今、村の玉公の案内でお見えになりました。中門の口に待つて居られますから、何卒御夫婦様機嫌よくお出迎へ下さいませ。嘸お母さまもお喜びで御座いませう』 建国別は、 建国別『ハテナア』 と云つたきり双手を組み又もや思案に沈む。幾公は焦慮さうに、 幾公『これはしたり御主人様、ハテナも何もあつたものですか。愚図々々して居られますと、お母さまが怒つて帰られたら、それこそつまりませぬ。喜びも一緒に帰つて仕舞ひます。何卒早くお出迎ひなさつて下さいませ。中門の口に立つて居られますから……』 建能姫『御主人様、兎も角も貴方は此処に居て下さいませ。妾が実否を検べて参ります』 建国別『御苦労だが貴方往つて来て下さい、仮令真偽は分らなくとも御丁寧に奥へお通し申しゆつくりと話を承はりませう。可成人の耳に入らないやうにして下さい』 建能姫『ハイ承知致しました。それなら妾がお迎ひに参ります……これ幾公や、お前此事は真偽の分る迄誰人にも云つてはなりませぬよ』 幾公は頭を掻きながら、 幾公『ハイ併し乍ら、あまり嬉しいので四五人の連中に喋つて了ひました。もう今頃は建彦の幹部にも耳に入り、やがてお祝にテクテク詰めかけるでせう。今更口留する訳にもゆきませず、どうしませうかなア』 建能姫『何とまア気の早い男だなア、万一人違ひで、真実のお母さまで無かつた時はお前どうなさる積りかえ』 幾公『真実でも嘘でもお母さまはお母さまですよ。此幾公だつてお母さまが無いのだもの、烏がカアカア云ふ声を聞いても懐かしくなるのだから、嘘でも真実でも構ひませぬ。お母さまと聞いてこれがどうしてヂツとして居れませうか』 建国別『ハヽヽ困つた男だなア。これ幾公、お湯を一つ汲んでおくれ』 幾公『お湯を汲んでお母さまに上げるのですか。余り門口では失礼ぢやありませぬか。折角探ねてお出になつたお母さまに、乞食か何ぞのやうに門口でお湯を上げるなんて些と失礼ぢや御座いませぬか』 建国別『分らぬ男だなア。お湯を私に汲んでくれと云ふのだよ』 幾公『一寸お待ちなさいませ。親より先へお湯を頂くと云ふ、そんな不道理な事がありますか。今までは御両親の行方が分らないものだから、此家の大将で貴方が一番先にお湯なり御飯なりお食り遊ばしたのだが、もう今日となつては長上をさし置いて貴方が先へお茶を飲むと云ふ道理はありますまい。そんな事で三五教の宣伝使が勤まりますか』 建国別『ヤア、長々とお前のお説教で私も感心した。そんならお湯を頂く事だけは暫く見合して置かう』 幾公『遉は三五教の宣伝使建国別命様、物の道理がよく分ります哩。さうだから此幾公も貴方の抱擁力の偉大なるに平素から感服して、門番を甘んじて勤めて居るのです。これから御免蒙りまして、お母さまをお迎ひに参つて来ます……サア建能姫様、早くお出でなさいませ。お母様が門の外で痺を切らして待つて被居いますよ』 建能姫『左様ならば吾夫様、一寸お迎へに行つて来ます。幾公、あまり喋らないやうにして下さいや』 幾公『ハイハイ委細承知致しました。サア参りませう』 と建能姫をつき出すやうに捉しながら中門のそば迄やつて来た。幾公は中門を無造作にパツと開き、 幾公『お母さま、長らくお待たせ致しました。サア何卒お入り下さいませ。これは建能姫と云ふ女房で御座います。何卒実の吾子のやうに可愛がつてやつて下さいませ。建能姫も一寸聞いて居ましたら、建国別様の御両親が見えたら、生の父母のやうに思うて孝養を尽くすと云うてくれました。何卒気兼は入らぬから吾子の家へ帰つたと思うて、気楽にお入り下さいませ』 建能姫『これこれ幾公、お前それは何を云ふのですか』 幾公『ハイ、私は御主人の代りに参つたのですから、一寸代弁を致しました。これ建能姫殿、早くお母さまに御挨拶をしやいのう』 建能姫『ホヽヽヽヽ、仕方のない男だなア……もしもし旅のお方様、よう此破家をお訪ね下さいました。内密にお伺ひしたい事が御座いますから、何卒お入り下さいませ』 黒姫『ハイ有難う御座います。私も筑紫ケ岳の高山峠の頂きで、一寸此方の御主人の事を承はり、些し許り心に当る事が御座いまして、火の国の都に参ります途中、此村の玉公と云ふお方に案内されてお邪魔を致しました。左様なら遠慮なう通らして頂きませう』 と建能姫に従つて奥に姿をかくす。 幾公『まア何と上流社会の挨拶と云ふものは七面倒臭いものだなア。俺だつたら出遇ひ頭に……ヤアお前は、ヤア、貴方は吾夫建国別さまのお母さまであつたか、ヤアお前は嫁御であつたか、思はぬ所で遇ひました。お母さま、嫁女などと手つ取り早く名乗つて了ふのだがなア。まだこれから奥へいつて徳利に詰めた味噌を剔りだすやうな辛気臭い掛合が初まるのであらう、繁文縟礼を忌み簡明を尊ぶ世の中に、サテモサテモ上流の家庭と云ふものはどこ迄も旧套を脱し得ないものと見える哩』 (大正一一・九・一三旧七・二二加藤明子録) |
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霊界物語 | 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 | 16 禁猟区 | 第一六章禁猟区〔一〇五三〕 梅雨朦朧として昼尚暗く、湿潤家に満ちて万物黴花を生じ、山色空朦烟光霏々たる六月の二十一日、狭田も長田も手肱に水泡かき足り、向股に泥かきよせて早乙女の三々伍々隊を成し、蓑笠の甲冑を取よろひ、手覆脚絆の小手脛当、声勇ましく田歌を歌ひつつ、国の富貴を植ゑて行く、狗の手も人の手てふ農家の激戦場裡、安閑坊喜楽、梅田柳月、大槻伝吉の三人の土倒し者は、今しも本院を立出でて、本町西町とふみ抜く道は狭くも広小路、駆け出す馬場や六つの足、綾部停車場にと走せ付けた。往くは何処ぞ和知の川、音無瀬鉄橋音高く、梅雨を犯して梅迫駅、停車間もなく、真倉の洞穴、小暗き中を吾物顔に轟々と脱け出づれば、山媛の青き御袖を振はえて、炭団の如き三人の顔を暫し掩はせ玉ふも、時に取つての風情である。車中乍ら心も勇み胆躍り、欣喜の余り手も足も舞鶴駅に舞下り、新橋詰の船問屋西川方へと流れ込んだ。 折柄切りに降り注ぐ大粒の雨に胆を打たれたか、予約の水夫は刻限来るも俤だに見せぬ。天道殿は罪重き三人の参島の企てをおぢやんにせむず御心にや、意地悪く間断なく、無遠慮に天水分神を遣はせ玉ふ。何時迄待つても空が晴れさうにも無いが、雨は元より覚悟の前だ。併し肝腎の舟の神が御出にならぬのには大閉口、さりとて中途に帰るのは死んでも厭な三人、畳の上に居ても死ぬ時には死ぬる、生死は天なり、惟神なり、是非水夫を呼びにやつて下さいと促す。西川の後家サンも止むを得ず、田中、橋本二人を、人を以て呼寄せた。出口教祖が始めて沓島開きをなされた時に御供をした水夫である。数千の漁夫の中にて最も剛胆な、熟練な聞えある選抜きの漁夫、これなら大丈夫、何時でも二つ返辞で往つて呉れるだらうと喜び勇んだ甲斐もなく、案に相違した弱音を吹くのである。 『何ぼ信神で参拝るにしても、神様の御守護があるにしても、此気色では鬼で無くて行けんでの、マア二三日ゆるりと遊んで待つてお呉れ。天候が定まつたら、お伴をさして貰はうかいの、明日は又冠島様の一年一度の御祭典で、今晩は冠島の明神が神船に乗つて、対岸の新井崎神社に御渡海になるので恐ろしい夜さだ。中々舟は出せぬでの、若し神の御心にでも障つたら大変だ。桑名の亀造で無けら、今晩舟を出す者は無いわいの』 と臆病風に魅せられたか、一向色よい返事をしてくれぬ。三人は況して今夜の様な行けぬと云ふ日に行つて見たいのが希望だ。是非々々賃金は厭はぬ、やつてくれい……と泣く様に頼む。水夫は益々恐怖心に駆られ、ソロソロ卑怯にも逃げ帰らむとする。逃げられては堪らぬので、口々に宥めつ賺しつ、直往勇進断々乎として行へば鬼神も之を避くとの教祖の神諭を楯に取りて動かぬ。互に押問答の果しもなく、遂には水夫も口をとぢて呆然として、只々謝絶一点張り、波に取られた沖の舟で、取付く島がない、吾等平時に於てこそ温柔なること綿羊の如くなれ、目的遂行に対しては猛虎の如く、一向直進眼中風雨なく海洋なし、満腔の勇気は烈火の如く挺身突撃死を見る帰するが如き覚悟ありと雖も、如何せむ舟を操ることを知らない三人は、肝腎の機関士に見放されたが最後、神ならぬ石仏同様の身、海上一寸も進航することが出来ぬのである。外の水夫も雇入れむにも、生憎一人も応ずる者がない。とうとう根負して、 『そんなら明朝一時まで自分等は待つ事にせう、キツと雨も止み、快晴になるは請合の西瓜だ、吾々の出修には必ず天祐があるから安心して行つてお呉れ』 と口から出任せ、覚束なき予言を二人は嘲笑ひ、自分等を馬鹿にした様な面付でシブシブ帰つて行く。 三人問屋の部屋でガツト虫の様に小さく縮かんで寝に就いた。大方白川夜船でも漕いで居たであらう。一眠したと思ふ時分に、大丹生屋の門口を打叩き、 『お客さん昼の船頭が来た』 と叫んでゐる。……サア占た……と一度にはね起き、又も御意の変らぬ内と、直に支度に取かかつた。 『船頭さん、天気はゼロだらう』 とからかへば、 『イヤ気色は大変よい様だが、往ける丈行つて見な判らぬ』 とまだ煮え切らぬ返事である。 時節到来港口を出たのは廿二日の正に午前二時であつた。ヤハリ空は曇り切つて星一つ青雲一片見当らぬが、米価のあがる糠雨が、ピリピリと怖相に一行の顔を嘗める位。例の南泊辺まで乗り出すと、火光海面を照らして疾走せる一隻の大汽船に行違うた。其動波の為に吾小舟を自由自在に翻弄されたのは、実に癪にさわつて堪らぬ。暫くすると天は所々雨雲の衣を脱いで、蒼い雲の肌を現はし、点々明滅、天書現はるるも、連日の降雨で内海の部分は水が濁つて居るせいか、今夜は清き星が波に宿を借りて居らぬ。博奕ケ崎も後に見て漕ぎ行く程に、東天紅を潮して遥の山頂より隆々朝瞰を吐出し、冠島沓島は眼前に横はり、胸中濶然欣扑歓呼覚えず拍手神島を遥拝し、各自に感謝祈願の祝詞を奏上し奉る。海上は至極平穏で、縮緬の様な波が奇麗に流れて居る。水夫は汗水になつて力限り艫と舳とから漕ぎ付ける。小舟は矢を射る如く、鳥の翔つ如く冠島へ着いたのは恰度六時に五分前であつた。 何時でも片道に十時間以上十二時間はかかるものを、今回に限つて僅に四時間足らずとは実に意外であつた。喜楽は得意満面に溢れて、 喜楽『罪の軽い安閑坊が参拝すると此通りだ、神様は公平無私で在らせられる』 と一人で調子に乗つて居る。冠装束いかめしく徐々神前に進み、供物を献じ、祝詞を奏し、拝礼了つて、恭しく社殿を罷りさがつた。記念の為に自分は神前の丸石を一個頂戴した。勿論交換の石を持参して居るのであるから、只頂戴したのではない、今日は明神の祭日とて、前日から数名の氏子が社務所に出入りして、境内の掃除を行つて居る。 『早うから参詣でしたなア、マア一服なさい』 と座を譲る親切を厚く感謝しつつ、再海浜の船繋場に引返した。名木の冠島桑は去年の夏、或者の為に盗伐されて了つて影も止めず、僅に三尺許り周つた桑樹が波打際に根こじに古自て横たへられてある。実に憤慨に堪へぬ次第である。 『一昨年あたりから、横浜や神戸あたりから六七十人の団体がやつて来て、五六十万羽の鯖鳥を密猟したので、近頃は大変に鳥が減つて、漁猟に差支て皆の者が困つとるわいの』 と水夫二人が悲しさうに物語りつつ、早くも沓島に向つて漕出した。 冠島沓島の中津神岩には数十羽の沖つ鳥、胸見る姿羽たたきも此れ宜しと流し目に、一行の舟を見送つて居る。浅久里、棚の下の巌壁を面白く左手に眺めて、諸鳥の囀る声は鐘の岩の真下に漕ぎつけた。奇絶壮絶胸為に清涼を覚ゆ。 去る明治三十四年、見渡せば山野は靉靆として花の香に匂ひ、淡糊を解いて流したやうな春霞はパノラマの如き景色の配合を調和して、鳥は新緑の梢に謳ひ、蝶は黄金の菜の花に舞うてゐる好時節、舞鶴の海は白波のゆるやかに転び来つて、遠きは黄に近きは白く、それが日光に反射して、水蒸気の多い春の海を縁取つて、得も言はれぬ絶景天下泰平の真最中、出口教祖は三十五名の教弟を引連れられて、此鐘岩の絶頂に登り立ち、丹後国宮川の上流、天岩戸の産水と竜宮館の真清水を汲み来られ、眼下の海原見かけて、恭しく撒布し玉ひ、祝して仰せらるるやう、 教祖『向後三年の後には必ず日露の開戦がある。其時は巨人の如き強大国と小児の如き小国とが、世界列国環視の下で、所謂晴れの場所、檜舞台の上での腕比べの大戦争であるから、万々一不幸にして、我国が不利の戦争に終るやうな事になつたら、それこそ大変、万劫末代日本帝国の頭が上らぬ。そこで国祖の神霊大に之を憂慮し玉ひ、今此老躯をここに遣はし、世界平和の為、日東帝国の国威宣揚の為祈願せさせ玉ふなり、あゝ艮の大金神国常立尊よ、仰ぎ願はくは太平洋の如く広く、日本海の如く深き御庇護を我神国日本の上に降し玉ひて、此清けき産水と美はしき真清水の海洋を一周し、雲となり、雨となり、或は雪となり霰となつて、普く五大洲を潤はし、天下の曲霊を掃蕩し、汚穢を洗滌し、天国を地上に建設し、豊葦原瑞穂国をして、真の楽境となさしめ、黄金世界を現出せしめ玉へ』 と満腔の熱誠と信仰をこめ、天地も崩るる許りの大音声を振り上げて祈願されし断岩は即ち此れであると、喜楽の談を聞いた一行は、是非一度登岩して見たき一念期せずしてムラムラと湧起し、矢も楯も堪らぬやうになつた。 水夫に頼んでカツカツにも舟を着けて貰ひ、かき登つて見ると、手足がワナワナするやうな心地がして教祖の勇気に充たせられて居られることを、今更のやうに感歎せずには居られぬやうになつた。音に名高き弥勒菩薩は自然岩に厳然として其英姿を顕はし、恰も巨人が豆の如き人間を眼下に睥睨して居るやうで、どこともなく神聖不可犯の趣が拝まれる。遠く目を東北に放てば日本海の波浪は銀屏を連ねたるが如く、黄金の大塊東天に輝き、足下の海は翠絹の褥の如く、美絶壮絶快感譬ふるに物なし。歎賞久うして再舟に上り、鰐の巣突当岩を巡見するに、奇又奇、怪又怪、妙と手を拍ち、絶と叫び、精神恍惚として羽化登仙したるの思ひであつた。 舟は容赦もなく鬼岩の眼下を脱け出で、辛うじて戸隠岩に漕付いた。到着早々癪にさわつたのは、不届き至極にも斯かる神聖なる神島にまで、密猟者が入込み、少し許りの平地を卜して藁小屋を結び、雨露を凌ぎつつ、日夜鳥網を張りまはし、棍棒を携帯し、垢面八字髭を貯へた見ても恐ろしい様子、腹でも空いたら人間でも容赦なく餌食にし兼間じき五十男が、張本人と見えて、数多の壮丁を使役して頻りに信天翁を捕獲して居た真最中であつたが、彼等は教服姿の吾等一行を遥見して、何故か右往左往にあわてふためき、山上見かけて駆け登るあり、断岩を無暗に疾走するあり、何事の起りたるかと怪しまるる程であつた。稍落付顔の一人を近く招いて、 喜楽『あなた等は何を以てか俄にあわて迷ふぞ。自分等は信仰上より梅雨を冒して今此神島に参詣した者だが、見ればあんた等は海鳥の密猟者と見えるが、併し商売とは云ひ乍ら、かかる危険な殺伐な所業を止めて、他の正業に就き玉へ』 と三人は熱誠を籠めて説き諭せ共、固より虎狼の如き人物、一言も耳に入り相な気配だにない。「自由の権構てなやホツチツチ」と言はぬ許りの面構へ、要らぬ奴が来やがつて、人をビツクリさしやがつたが、マア裁判官でなくて大安心……と口走つたのは滑稽の極みであつた。抑も昨年来出口教祖は冠島沓島の密猟を非常に惜まれ、且つ罪もなき鳥族の徒に生命を奪はるるを憐み玉ひ、鳥族保護の祈願まで、朝夕神前にて御執行あつたが、本日は満願の日なれば、神明へ謝礼の為に種々の供物を持たせ、自分等を特に御差遣になつたのである。それが又偶然か神の摂理か、不可思議にも今日即ち明治四十二年六月廿二日、京都府告示第三百十九号を以て、加佐郡西大浦村大字三浜小橋及此両島の区域を禁猟区域となし、今後十年間は年内を通じて該区域内に棲息する鳥類及び雛の捕獲又は採卵を禁止せられた当日であつた。 十年以前に出口教祖の建設せられた神祠は積年の風雨に曝されて、半朽廃に帰し、見るからに畏れ多く、一日も早く改築し奉りたく、是非来春までに造営せむことを神前に祈誓した。畏み慎み祠前に進み、各自に供物を献じ灯火を奉点し、例の祝詞を奏上し奉る。捕り残された数万の信天翁は不遠慮に自分等斎員の頭上を飛びまはり、神聖なる教服の袖に糞汁の雨を降らせ、一帳羅を台無しにする。まだ其上に業のわいた、気楽相に怪しい声を絞り出して、八釜しく、自分等を嘲笑して居る様に、心の勢か、感じられるのである。それから肝を投出して、お籠り岩に辛うじて歩を進めた。 見れば上は絶壁に隔てられ、眼下は深き谷底に海水が青く漂うて物凄い。足の裏がウヂウヂするやうな難所に、教祖の真筆を以て歴然と神の御名が記されてある。教祖の豪胆と熱誠に感じて、思はず拍手九拝感歎の声口をついて出て来た。始終沈黙を守つて居た大槻は此時思ひ出した様に語る。 大槻『日露戦役の真最中、教祖のお供をして、十三ケ日間此岩窟に静坐し、敵艦全滅、我軍全勝の祈願をこらした時は、ズイ分困窮を極めた。清水は一滴も無し、三人の中へ僅か三升の煎米がある丈、これを生命の親として、幾十日も食はねばならぬ、昼夜にドンドンドンと怪しい、何とも譬えやうの無い音がして寂しいやら、凄じい様で、人心地はせず、陸上との交通は無論断絶なり、雨は毎日毎夜勤務の様に降り続ける、喉はかはく、腹はすく、手足はワナワナする、目はマクマクする、腹はガクガクして、死んでるのか生きてるのか、吾乍ら終には判別が付きかねる。そこへ雨育ちの体を俄の暑熱に当てられる。思ひ出してもゾツとする。教祖は平素の修行の結果にや、神色自若として容顔麗しく、ますます元気が増許り、二十日や三十日の辛抱が出来ぬ様では、日本男児の本領はどこに在るか、チと勇気を出したが宜からうと御叱りになる、自分等はモウ此上一片の勇気も精力も出すことが出来ぬのである。然るに天の与へか向ふの岸に滴りおつる水に塩気がないと云ふ事を、フト発見した。恰も地下の世界から脱出た様な心持で、色々と工夫をこらし、携へ持てる竹筒を受けて水を取り、漸く渇を医したといふ始末で、万一此水が無かつたなら、自分等は生命を全うすることが出来なかつたかも知れぬのであつた。併し一時は水で息をしたが何時迄も水許りでは堪らない。煎米はモウ三日前に終りを告げた。斯んな無人島に居て死ぬよりも、陸上にあつて幾らでも国家の為に尽すことが出来るであらうから、一日も早く帰らせて貰ひたいと教祖に泣きついた所が、教祖も可愛相に思召したか、……そんなら明日は迎への舟の来る様に神界へ祈願してやらう……と仰せられ、早速御願になると、天祐か偶然か、但は島神聴許ましましたか、翌朝旭の豊栄昇る頃、遥の海上より七隻の漁舟が沓島を目がけて漕ぎ寄せて来る。其時の嬉しさは死んでも忘れられないと思ひました。数名の漁夫は自分等三人の顔を熟視して、てつきり露探と誤認し、俄に顔色を変へて震ひ出し、……露人が一人に日本人が二人だ。恐ろしい迂濶に相手に成れないぞ……と互に目曳き、袖曳き、逸足早く逃げ帰らむとする。逃げ帰られては堪らないから、自分は手を合さぬ許りにして、事情を逐一説明して頼み込んだ。彼等も漸くの事に納得し、兎も角も舞鶴まで送つてくれることになつた。所が其甲斐もなく、漁夫は体よく口実を設けて、自分等を安心させ、油断させて置いて、一人も残らず逃げ帰つて了つたのである。大方村役場へでも報告する為であつたのでせう。そこで止むを得ず後野氏が断岩を辷りおりて、鰐の巣まで危難を冒し、海水を泳ぎなどして、鐘岩の真下迄行つて見ると、一人の漁夫がそこに波浪を避けて糸を垂れ鯛を釣つて居る最中で、裸体の儘に立つて居る後野氏の姿を見てビツクリし……生命知らずの馬鹿者奴、お前は鰐の巣窟を通つて来たなアと叫びつつ、直に船に乗せて戸隠岩の真下に漕ぎ寄せた。教祖は漁夫に向ひ、厚く感謝せられ……さてバルチツク艦隊も近日の中に対馬沖にて全滅するから安心ぢや、お前さまも村へ帰つて村の人に知らしてやつて安心させるがよいと……仰せられたが、果して其お言葉通り、七日程経つた所で、日本海の大海戦で、あの通りの大勝利、自分も其時は余りの事で呆れました』 と懐旧談を切りにやつて居る。二人の水夫も話の尾に付いて、 『私等も二人で此島へ御伴して参りましたが、教祖さまが……モウお前サン等は帰つてくれ、そして四十日目に船を持つて迎ひに来てくれ、万一居なかつたら、又四十日経つた所で来てくれ……と仰せられたが、こんな無人島に荒行なさるかと思へば、俄に悲しくなつて、二人共泣きました』 と朴訥な口から話して居る。帰路冠島の覗岩に舟を泛べて和布を刈り、貝や蟹を捕獲しつつ、五丈岩三丈岩等の勝景を感賞しつつ、順風に真帆をあげ、帰路に就く。正に午時であつた。 船中にて昼飯を喫し、舞鶴湾口の蕪、久里、博奕ケ崎、白黒岩も何時しか後に見て、横波、南泊と進む程に、早松原にと差かかれば、水夫は潔く、 『田辺見たさに松原越せば、田辺がくしの霧が込む』 と唄ひ乍ら、廿二日の午後四時、大丹生屋へ安着した。 (大正一一・一〇・一七旧八・二七松村真澄録) |
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霊界物語 | 46_酉_小北山の宗教改革2 | 02 慰労会 | 第二章慰労会〔一二一二〕 松彦、松姫はお寅婆アさま、魔我彦、蠑螈別などの早く帰り来れかしと、大広間に於て祈願をこらし、教主館の玄関口まで帰つて来たところへ、ガヤガヤと囁きながら一行七人が帰つて来た。 松彦『あゝ五三公さま、蠑螈別さまは如何なつたかなア』 五三『大広木正宗の生宮は取逃しましたが、其代り奥さまの鈴野姫の肉宮を奉迎して来ました。将を射むと欲する者は先づ其馬を射よですから、女偏の馬を引張つて帰つておけば大丈夫です、鯨でも牝を取るとキツト牡がとれますからな、それにモ一つの副産物は義理天上日の出神の生宮を拾うて参りました、ハツハツハツハ』 松彦『それは御骨折でした。サア兎も角内へお這入りなさいませ』 松姫『皆さま、御苦労でしたねえ、蠑螈別さまとお民さまは、たうとう取り逃がしましたかな、残念な事で厶いますね』 万公側から、 万公『逃げた魚は大きいと云ひましてな、ヤツパリ呑舟の魚は網を破つて逃げましたよ。海老が一疋と帆立貝が一つ、ゴク貧弱な獲物で厶いますが、これでも今晩のお酒の肴には可なり間に合ふかも知れませぬ、エヘヽヽ』 松彦『ハア、兎も角結構だ、之から松姫館へ帰つて神様にトツクリと願つて来るから、先づ発見祝にお神酒でもあがつて下さい』 お寅『どうぞ蠑螈別が貴方の鎮魂で、今夜の中にでも此処へ引着けられて帰りますやうに御祈願して下さいな、松姫様も宜しく御願ひ致します』 松姫『ハイ、力限り願つて見ませう』 魔我『私もお民さまが引着けられて帰るやうに祈つて下さい』 松姫『ハイ、祈りませう』 万公『何と云つても、末代日の王天の大神様と上義姫様とのお祈りだから大丈夫だよ、なア海老に帆立貝、マア安心したがよからうぞ』 松彦『アハヽヽ、左様なら皆さま、御緩りと慰労会でも開いて、賑かうして下さいませ』 松姫『どうぞ十分にお神酒を召し上りませ、何程酩酊しても、鼻を捻ぢることだけはなりませぬぞや、ホヽヽヽ』 と云ひながら、松彦、松姫は二百の階段を足で刻んで行く。万公は下から二人の姿を打仰ぎ、 万公『御夫婦万歳、よく似合ひまつせ。お浦山吹さま、アツハヽヽヽ』 松彦、松姫は後振り向きもせず、別館さして帰り行く。 一同は大広間に参拝し、終つて教祖館に於て慰労の祝宴を開いた。ソロソロ酔がまはり出し、すべての障壁を取つてくだらぬことを喋り始めた。お寅も魔我彦も迷信家の事とて、ユラリ彦、上義姫夫婦の生宮が、早ければ夜明け前、遅くても明日の昼頃には、キツト両人の恋人を此処へ引戻してくれるものと思ひ、大船に乗つたやうな心持でニコニコしながら、無性矢鱈に土手を切らして酒を飲んだ。 万公『アヽア、エライ労働をやつたものだ。余程報酬を請求しなくちや、バランスが取れない。御苦労さまだつた位な報酬では、根つから有難くないからな、夜業までさされて、幾分かの割増を貰つたて、やり切れないワ』 五三『オイ万公、労働は神聖だ。俺だつて労働は貴様と同様にやつたのだ。労働の量に相当しただけの報酬を、権利として要求するのは道徳的には根拠のないものだよ。労働の報酬のみを以て当然の権利とみるならば、それこそ社会に弊害百出して世を混乱に導くより仕方がない、老者、病者、小児などは労働をせないからパンを与へないと云つたら何うするのだ。労働させて貰ふのもヤツパリ神様のおかげだよ。現代八釜しく持上つて来た労働問題は、人類の集団若しくは階級間の問題でなくして、神様と人間との問題だ。吾々三五教の宣伝使又は信者たるものは、如何なる場合にも、永遠の真理の上に立ち、時代を超越して居なければならない。神聖な神の道でありながら、労働問題を云々するやうな事は、チツと謹まねばなるまいぞ』 万公『それだとて、労働は天の恵を開拓するのだ、宣伝使だつてヤツパリ労働者でもあり、又報酬を要求する権利がなくてはヤリ切れないぢやないか』 五三公『宣伝使、信者の神より賜はる報酬といふものは、信と愛と正しき理解との歓喜の報酬を即時に神から賜はつて居るぢやないか。仮令世の中の物貨生産の労働に従事し、相当の報酬を得るのを、今の人間は自分が儲けるのだと云つてゐるが、決して儲けるのではない、神から与へられるのだ。おかげを頂くのだ。自分が儲けるなンて思つたら大変な間違だ。人間と云ふものは自分から生きるこたア出来ない、許されて生きてゐるのだ。それだから人はパンのみにて生くるものに非ずと神が仰有るのだよ。パン問題のみで人間の生活の解決が付くのならば、世の中は殺風景な荒野のやうなものだ』 万公『吾々は、つまり言へば筋肉労働者だ。ヂツとしてゐて、口の先やペンを使つてゐるやうな屋内労働者とは、苦痛の点に於て天地霄壌の差があるのだからなア』 五三公『そりや実に浅見だ。筋肉労働者は人体自然の道理に従つて活動するのだから、仮令汗を搾つても愉快なものだ、苦しいと云つても宵の口だよ。ペンを持つて著述をしたり、椅子に掛つて調査などをやつたりしてゐる者の労働の苦しみと云つたら、筋肉労働者の夢想だも及ばざる所だ。凡て人間と云ふものは人のやつてゐる事が善く見えるものでなア、誰だつて其局に当つてみよ、随分苦しいものだよ。上になる程責任も重く、単純な筋肉労働者の比ではない。俺も一度は青表紙と首つぴきをして、沢山の参考書をあさり、著述に従事したこともある。又土工にもなり、百姓にもなり、車力にもなつたが、ヤツパリ筆を持つ御用が一番楽さうに見えて一番苦しかつたよ。霊界物語の口述者だつて筆記者だつて苦しいものだ。お寅婆アさまの後を追つかけ、息切れするやうな苦しい目に会つたと云つても、体を休め酒の一杯も飲めば、それで済んで了ふものだ。著述家なンかになつてみよ、一分間だつて心のゆるむ隙はない、夢にだつて忘れることが出来ない程、心身を疲労させるのだ。マアそんな小六かしい話は打切りにして、今日は気楽にお神酒を頂き、又明朝の新しいお日様を拝むことにしようぢやないか。なアお寅さま、魔我さま、一つやりませうか、どうぞ一杯注いで下さいな』 お寅『婆アでお気に入りますまいが、御免を蒙りませう』 とニコニコしながら五三公に盃を渡し、燗徳利からドブドブと注いだ。かくして盃はクルクルまはり、宴ますます酣となつて来た。 万公は思ひの外酔ひつぶれ、独舞台の様になつて言霊を発射し出した。 万公『随分何だなア、雀百までとか云つて、年がよつても恋愛といふものは下火にならないものと見えるな、エヽン、現にお寅婆アさまだつてさうぢやないか、俺やどうも此問題の解決にや、実の所が迷つてゐるのだ』 五三『恋愛は神聖だ、宗教的信仰と正しき恋愛とは、人間の霊魂を優美に向上させるものだよ。正しき信仰と完全な恋愛は人間の心霊を発育せしめ、永遠無窮の生命を与ふるものだ。併し現代科学者のいふやうな浅薄な恋愛観では駄目だ。凡て恋愛といふものは性欲から分科したものだ。そして性欲の中に可能性の形に於て始めて含蓄されてるのが恋愛だ。此世を造り給うた誠の神様が、人間の生命に性欲を与へ給うた時から、恋愛といふものを含蓄させておかれたのだ。信仰と恋愛は歓喜の源泉だ。歓喜といふものは心霊を永遠に保存し、且心霊の優美完全なる活躍を起さしむるものだ』 万公『成程、それだから今晩の大活躍も、ハアそこから起つたのだな。さう聞けば、お寅婆アさまの鈴野姫様が御活躍遊ばしたのも、義理天上さまが、舎身的活動の理由も解決がついて来た。五三公さまのやうに、さう綿密に云つてくれると、俺も恋愛に対しての煩悶を綺麗サツパリ排除することが出来たやうだ』 タク『ハヽヽヽヽ、恋愛の煩悶だなンて、そんな面でよくいへたものだ。チツとお前の顔と相談してみよ、エヽン』 アク『お菊さまの様なナイスと結婚させてもよい様な口吻を、お寅さまが洩らしたものだから、俄に色気づきよつて、変な気になつたのだから、正しからざる恋愛の煩悶に襲はれよつたのだ、アハヽヽヽ』 五三『こんな七六ケしい問答はやめて、今晩は盛にやらうぢやないか』 お寅『サ皆さま、今日は十分に酔うて下さい、メツタに鼻はつまみませぬからなア』 とお寅も今日は何と思うてか、主人気取になつて一生懸命に酒をあふり出した。だんだんと酔がまはつて来た。 万公『オイお菊さま、恋愛は先づ打切りとして、一つ御馳走に歌をうたひ、舞うて見せて貰へまいかいな』 お菊『万公さまのために歌ふのは一寸考へさして下さい、皆さまの御馳走ならば歌つても宜しい』 お菊は立上り、扇を拡げて自ら歌ひ自ら舞ふ。一同は手を拍つて囃す。 お菊『小北の山の神床で花のお菊が酌をする 酒より肴よりお菊さまが万公さまの目についた ホヽヽヽヽ』 万公『コリヤお菊、馬鹿にするない、目についたのは俺ばかりでない。すぐに俺を向ふにまはし挑戦的態度を取るのだな』 タク『ヤツパリ万公さまが気にかかると見えて、乙姫さまが挑戦遊ばすのだよ、何事も善意に解するのだな』 万公『アハヽヽヽ』 お菊は又歌ふ。 お菊『目につかば、つれて厶れよ海の底、竜宮の海の底までも』 アク『妙々、面白い面白い、お菊さまに限る。モ一つ願ひます』 お菊『エヽヽー今日の日もエヽヽー くれーたアれどくれーたアれど エヽヤのサ、エヽーエヽー わがア殿はア ヤーレ、マーだ見えぬ ハーレヤーレエーヤのサアヽヽ オホヽヽヽ、大きに不調法、これで御免蒙りませう』 万公『万万万、モ一つ所望だ。こんな所でやめられてたまるかい』 お菊『万さま、お前さまも男ぢやないか、返報がへしといふ事をようせないやうな者は、男ぢやありませぬよ。何でもいいから一つ歌つて御覧、さうすりや又私も取つときを放り出しますから……』 万公『エヽ仕方がない、女王さまの御託宣だ』 と云ひながら立上り、 万公『あそばむ為とて生れけむいたづらせむとて生れけむ あそ……ぶ子供の声聞けば吾身さへこーそゆるがるれ あゝ惟神々々…………だ、アハヽヽヽ』 一同『ウツフツフヽヽ』 万公『花の盛り……が再びあらうか 枯木に花は咲きはせぬ ドツコイシヨドツコイシヨ……だ 竜宮は近いな近いな 乙姫さまが鼓うつ 声が聞えて来るぢやないか 其又鼓を何とうつ とどろとどろと六つにうつ…… サアこれで満期免除を願ひたい、サア乙姫さまの番だ』 お菊『一枚、二枚』 万公『コリヤコリヤ、一枚二枚はモウこりこりだ、もつと気の利いた事を言はぬかい』 お菊『ホツホヽヽヽ 岩屋の中で蛸踊り 珊瑚の島では亀歌ふ 竜宮の波のはざまにて お菊乙女が黄金まく 其又黄金を何とまく 万公さまにやろと言うてまく ホツホヽヽ』 アク『オイ中下先生、得意の程、お察し申します。モシ涎がこぼれますよ、オホヽヽ』 一同『ワハツハヽヽ』 万公『エヘヽヽ、皆よつてかかつて、此万更でもない万さまを馬鹿にしよる、併し随分持てたものだなア、オツホヽヽヽ、ウツフヽヽヽ』 タク『お菊乙姫さま、モ一つ願ひます、余り万公に揶揄つて貰ふと、後の始末に困りますからな、そこはよく取捨按配して歌つて下さい、何なら私の事も一つ、歌つて貰ひたいものだな』 お菊『これこれもうしタクさまえ 私に会ひたくば河鹿の流れ おやなぎ小柳蛇籠のあひの 小砂利交りの荒砂つかみ 背戸の小窓にバラバラと 投げておくれよ小雨ふると 思うて私は出て会はう もしも万さまであつたなら 雨戸をピツシヤリ閉め立てて 長持の底にてふるうてゐる 好きと嫌ひはこんなもの ヨイトサアヨイトサア エヽエエー、はれやーれエイヤのサ……… モウこれで品切となりました。又製造が出来ましたら、皆さまの前に陳列致します、ホヽヽヽ』 五三『ヤア有難い』 お菊『先生、貴方も一つ願ひます。貰ひずては不道徳ですよ、ねえ皆さま』 五三『わたしは生れつきの無粋漢だ。面白い歌はうたへない、宣伝使としての相当な歌を歌つてみませう、折角の酒の興がさめるかも知れませぬが、やはらかい所へ堅いのが這入るのも、調和が取れてよいかも知れませぬ』 万公『何と乙姫様の前ぢやと思つて、シカツウ仰有るワイ、イヒヽヽヽ、サ早く所望だ所望だ』 五三『天地を造り給ひたる神は常住にましませど お姿見えぬぞ果敢なけれ人のおとせぬ暁に 仄かに夢にみえ給ふあゝ惟神々々 神の姿ぞ尊けれ ○ 祝詞の力は春の水罪障氷と解けぬれば 万法空寂の波立ちて真如の岸にぞ打寄する あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 万公『何と時と場所を考へない結構のやうな、結構でないやうな歌だなア』 お寅『何だか先生の歌を聞きますと、髪の毛がシーンとして来ました。ヤツパリ万さまの歌とは大変に品格が違ひますなア、心の色が言葉に出るとか云つて、大したものですワ。何とはなしに爽快の気分が漂ひました』 万公『モシ先生、お目出度う。お寅さまは余程思召があると見えますよ。オホヽヽヽ、色男といふものは変つたものだな。何と云つても昔の別嬪だからなア、イヒヽヽヽ』 魔我『コレ万さま、そんな事云つては失礼ぢやありませぬか』 万公『そら失恋です。何と云つてもお菊さまにエツパツパをやられた立派な御人格者と、お民さまに肱鉄を喰つた、どこやらの哥兄さまと、蠑螈別さまにエツパツパのパアで置去りにされた、昔の別嬪さまと、三組揃うた失恋会議だから、チツとは失恋な事も仰有りませうかい。思へば思へば同情致します。同病相憐れむ同情ヨシノリさまだ。柔道行成次第に打つちやつておく訳にも行きますまい。あゝ不義理の天上日の出神に対し、軽業師玉乗姫が、あらう事かあるまい事か、大広木正宗さまをくはへて走るといふのだから、困つたものだい。イヒヽヽヽ』 魔我『大広木正宗さまに玉則姫 かつさらはれて玉なしの魔我。 鈴野姫ガチヤガチヤガチヤと鳴り渡り 後追つかけて行くぞ可笑しき。 打倒れ鼻打ち砕く鈴野姫 われて飛出す玉は何処ぞ。 地上姫恋の願お菊と思へば 固い約束たがやし大神。 面白い其面付は何の事 万さま寅さま思ひやります』 万公『コラ魔我よ此万さまを何と思ふ 恋にかけたら世界一人』 魔我『万人を口説いて一人出来ぬ奴 広い世界に只の一人。 ウフヽヽヽうろたへ騒ぎ暗の夜の お菊幽霊に肝つぶす哉』 万公『自分のみ二世の妻よと思ひしに 玉乗りそこね落つる魔我彦。 大広木正宗さまに金とられ 後追つかけて鼻をとられつ。 お寅さま何れおとらぬ恋衣 破れて今日は縫ふすべもなし』 お寅『喧しい腰の曲つた魔我彦が 恋を語らふ資格あるべき。 片思ひ固く思うてゐたものを 玉乗りそこねヒメ(悲鳴)をあげつつ』 万公『万これで失恋党の酒もりも 一寸済みけり後は無礼講』 アク『見渡せば女男の好きこのむ 面した奴は一人だもなし。 其中でアクのぬけたるアクさまは 中立地帯で安全なもの』 タク『タクさんにお宮に神はありながら 此騒ぎをば他所に見るかな。 此神は夫婦喧嘩の災を 守り給へる不義理天上』 テク『魔我彦の顔は青森白木上 蠑螈の別に横領姫されて』 魔我『花依の姫ではなくて鼻打の 婆姫さまとなりにける哉。 花依姫身魂変化て猿彦姫 赤恥柿のみのる姫かな』 お寅『金竜姫取られて難儀に大足姫 正宗さまは常世姫へ逃げたか』 魔我『ユラリ彦、上義の姫は今頃は さぞ睦じくおはしますらむ』 かく互に脱線歌を歌ひつつ、何時の間にやら、カラリと夜を明かして了つた。数多の参詣者はゾロゾロと大広前指して参拝する、下駄の足音が乱雑的に聞えて来る。 (大正一一・一二・一五旧一〇・二七松村真澄録) |
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霊界物語 | 50_丑_祠の森の物語2 | 09 真理方便 | 第九章真理方便〔一三〇三〕 高姫は初稚姫の帰り来る足音を聞き付け、待ち遠しげに、 高姫『初稚さま……ではないかな』 初稚姫は、 初稚姫『ハイ』 と答へ、スツと障子をあけ、見れば高姫は顔面全部、干瓢の様にふくれ上り、どこが目だか鼻だか判別し難き迄に相好変じ、丸つきり妖怪の如くであつた。而して腫れた目は額の方に転宅し、鼻は無遠慮に霊衣の外に突出し、恰も雲を帯にした山容の正しからざる高山のやうに見えてゐる。唇は夜着の裾のやうに厚くふくれ上り、半ば爛熟した熟柿の様に薄つぺらい皮膚が厭らしう、赤く且紫を帯びて幽かに光つてゐる。初稚姫はハツと驚き、早速に言葉も出なかつた。而して心に思ふ様……ああ何とした恐ろしい顔だらう、丸で地獄に棲んでゐる怪物の様だ。高姫さまの内的生涯の発露かも分らない。否々これが事実だ、ホンに不愍なものだなア。何とかして早く助けて上げねばならないが、何と云つても罪業の深い方だから……と心に囁きながら、キチンと足駄を上り口に向ふむけに揃へて、ハンケチにてポンポンと塵うち払ひ、静に高姫の側に寄り添ひながら、さも同情ある声にて、 初稚姫『お母さま、大変なお怪我をなさいましたね。私が力一杯介抱をさして頂きますから、何卒御安心して下さいませ』 と云ひつつ、何時の間に来たのかと訝かりながら、スマートの頭を撫でてゐる。スマートは嬉しげに、尾を打振り、座敷をキリキリと廻り始めた。 高姫は歪んだ口の横の方から、半ば破損した鞴のやうな鼻声交りの声で、 高姫『ハイ御親切に有難う厶います。そして杢助さまはまだ帰つて厶らぬかな。御病気の具合はチツと宜しいかな。折も折とて二人の親が、一時に此通り大怪我をしたのだから、お前もさぞ心配だらう。偉いお骨を折らします』 初稚姫は、杢助が居なかつたと言へば、高姫が大変に失望落胆するだらう、目が見えないのを幸ひ、ここは何とか気休めを言つておかねばなるまいと決心し、 初稚姫『ハイ、お父さまは谷川の側に休んでゐられましたが、私がそこへ参りまして……お父さまお父さま……と声をかけようとすれば、ムツクと起上り、さも愉快相な顔をして、……ああお前は初稚姫か、ようマア来てくれた。わしは思はぬ怪我をして、こんな不細工な顔をお前に見らるるのは、親として本当に恥かしい。顔は瓢のやうにふくれ上り、目鼻口の位置も、俄の地異転変で生れてから行つた事もない地方へ転宅し、口も鼻も殆ど塞がつてかやうな鼻声より出はせぬが、併しながらようマア来て下さつた……と親が子に手を合して拝むのですよ』 高姫『ああさうだつたかな、それは何よりも結構なことだ。杢助さまも余り我が強いので、見せしめの為に神界から怪我をさせなさつたのだろ。これでチツとは優しうお成りなさるだらうから、夫婦が病気全快の上は層一層御神業に、家内和合して尽すことが出来るでせう、ああ惟神霊幸倍坐世』 初稚姫『お母さま、お塩梅はどうで厶いますか、御気分に障るでせうな』 高姫『ナアニこれしきの怪我に気分が悪いの、何うのと云ふやうなことではないが、チツと許り目が見えにくいので、不便を感ずること一通りで厶いませぬ。併しながら神様のお蔭でホンノリとそこらが見えるやうだ。此塩梅なれば、やがて全快するでせう』 初稚姫『どうぞ、何でも早く癒つて頂きたいもので厶いますな、何といふ私は運の悪いものでせう。お父さまといひ、折角仁慈深きお母さまが出来て、ヤレ嬉しやと喜ぶ間もなく、かやうなキツイお怪我を遊ばし、これが何うして忍ばれませうか。身も世もあられぬ思ひが致します』 高姫『どうもお前さまの御親切、仮令死んでも忘れませぬぞや。併しながら私はかうして結構な畳の上に坐り、暖かい火鉢の前に手をあぶりもつて養生をさして戴いてゐるが、杢助さまは草の上に横たはつて厶るのだから、何うしても私の心が治まりませぬ。何卒初稚さま、珍彦さまに言ひつけて杢助さまをここへ担いで来て下さいな』 初稚姫『左様で厶いますな。私が何程お勧め致しましても、中々容易に帰らうとは致しませぬ。ヤツパリ、スマートが怖いとみえます』 高姫『杢助さまは決して犬が怖いのではない、犬がお嫌ひなのだよ』 初稚姫『怖いものは、つひ嫌ひになるものですからなア、併しお母さまの仰せに従ひ、これから珍彦さまに頼んで来ませう』 高姫『ああ何卒さうして下さい。夫婦枕を並べて養生をさして頂けば、こんな結構な事はありませぬわ』 初稚姫『それなら、頑固な父で厶いますけれど、娘の私が行つても聞きませぬから、珍彦さまに御願申して、此処へ帰つて来るやうにして貰ひませう。さうすれば私が御両親の真中にすわつて、御介抱を申上げますわねえ。夜分に寝る時は、お二人さまの中に挟まつて川と云ふ字に寝ませうね。併しお母アさま、私が此処を出て行きますとお一人になりますが、どう致しませうか』 高姫『さうだなア、誰か呼んで貰ひたいものだ』 イル『ヘー、何ぞ御用で厶いますか』 とイルは初稚姫の顔がみたさに、呼びもせぬ先に、慌てて襖をスツと開き、次の間からニユツと首をつき出した。 初稚姫『アレまア、イルさま、私、余り突然なので、ビツクリしたのよ』 イル『ハイ、別にビツクリ遊ばすには及ばぬぢや厶いませぬか。目元涼しく鼻筋通り、口元の締つた軍人上りの此イルですもの。高姫さまのやうな、そんなボテ南瓜みたやうな、化物じみたお顔を御覧になるよりも、イルの顔を御覧になつた方が余程御愉快でせう、エヘヘヘヘヘ』 初稚姫『陀羅尼助を嘗めた後で三盆白をなめると、いいかげんに調和の取れるものですからね』 高姫『コレ、お前はイルぢやないか。わしの顔を化物と言うたな、そして大事の大事の娘に、此親の許しも受けずに、若い者が言葉をかはすといふ事があるものかいなア。未来の聖人が言はしやつただろ……男女七歳にして席を同じうせず……とかや、然るに何ぞや、呼びもせないのに、ヌツケリと若い者の居間へやつて来るとは、何か之には訳がなくてはならぬ。お前は大方初稚にスヰートハートしてゐるのだろ。杢助さまや私が病気だと思つて、娘に無体な事でも言はうものなら、承知しませぬぞや』 イル『メツソーな、誰が左様な事考へて居りますものか。そんな下劣な人格者だと思つて貰ひましては、エヘヘヘヘ聊か此イルも迷惑千万で厶いますよ。実の所は、イク、サール、ハル、テルの奴、余り剛情な婆アさまだから構うてやるな、放つとけ放つとけと云つて、廊下を走つて表へ行つて了ひました。それにも拘らず、拙者は貴女のお目が不自由なと存じ次の間に控へて、御用があらば早速の間に合ふやうと、此処に行儀よく控へて居つたのです。お目が見えぬのでお疑ひも無理とは申しませぬが、さう安い人間と見られちや、イルの男前が下りますからなア』 高姫『どないでも理屈はつくものだ。口といふものは調法なものだから、鷺を烏と、烏を鷺と言ひくるめるのは現代人の特色だ。お前さまのいふ事を強ち否定するのではないけれど、マア十分の一位認めておきませうかな』 イル『認めると仰有つても、そんな目で分りますかな』 初稚姫『イルさま、お母アさまは御病気なのだから、何卒揶揄つて、お気を揉ませないやうにして下さいねえ』 イル『ハイ、承知致しました。外ならぬ貴女のお言葉でございますから、一も二もなく服従致します。併しながら初稚姫様、貴女本当に此高姫さまを、お母アさまと思つて厶るのですか』 初稚姫『さうですとも、父の世話をして下さる高姫さまだもの、お母アさまに間違ひありませぬワ』 イル『ヘーエツ、何とマア気のよいお方ですな。ヤツパリ、姿のいい人は心まで美しいかな。ヤもう実に感心致しました。私もこれから貴女の真心に倣ひまして、どつかで親を捜して、孝行してみたいものでございます。そして天下一の孝行者と名を揚げたいものでございます』 初稚姫『貴方は孝行を世間に知られたいと思ひますか、それでは真の孝ぢやありますまい。自己を広告するための手段でせう。要するに自己愛で、偽善者の好んで行ふべき手段で厶いますよ。真の孝行は決して人に知らるる事を望むものぢやありませぬ。本当に心の底からこもつた情愛でなければ、到底行へるものぢや厶いませぬ』 イル『成程、イヤもうズンと合点が参りました。併し初稚姫様、貴女は杢助様に対する場合と、高姫様に対する場合とは、愛の情動に於て幾分かの相違があるでせうなア』 初稚姫『さうで厶います。何程高姫様を本当のお母ア様だと思つても、ヤツパリ肉身の父に対する時の方が、何とはなしに愛情が深い様な心持が致します』 イル『成程、貴女は正直なお方だ。世間の奴は自分の親より義理の親が大切だと、心にもない詐りをいひ、又世間の継母は、義理の子だから吾子よりも大切にしなくてはならぬ、何だか知らぬが此子は自分の生んだ子よりも可愛て仕方がないなどと、人前で言ひながら、蔭へまはつて、抓つたり叩いたり虐待するものですが、貴女は実に天真爛漫虚偽もなく一点の陰影もなき水晶玉の大聖人で厶います。私も今日まで随分沢山の人につき合つて来ましたが、貴女のやうな方は、未だ一度も会つたことは厶いませぬ。本当に神様で厶いますなア』 と切りに感歎の声を漏らしてゐる。 初稚姫『イルさま、お母さまが大変お急きになつてゐるのだから、御心の休まるやうに、早くお父さまを呼んで来て下さいませ。珍彦さまにお頼み申せば、キツと其様に取計らつて下さるでせう』 イルは、 イル『ハイ、承知致しました』 と表へ駆け出した。 高姫『コレ初稚さまや、何だかガサガサと騒がしい音がするぢやありませぬか、誰か又貴女の美貌に心をとろかし、悪性男がガサガサと、昼這にでも来てゐるのぢやあるまいかな。偉う不思議な音が致しますぞや』 初稚姫『別に何も居りませぬが、大方お母さまのお頭が痛むので、さうお感じ遊ばすのでせう』 高姫『ああさう聞けばさうかも知れませぬ。何分頭を金槌でこつかれる程痛く感ずるのだからなア』 初稚姫『お母さま、少し按摩をさして戴きませうか』 高姫『イヤどうぞお構ひ下さいますな。何と云つても、血肉を分けた親の方が、愛情の程度が違ふさうですからなア』 と意地悪いことを姑流にほざき出した。 初稚姫『余り正直な事を申しまして、お気を揉ませましたねえ。併し此初稚は、決して薄情な女で厶いませぬから、さう仰有らずに按摩をさして下さいませな』 高姫は一寸すねたやうな口吻で、体の自由も利かぬ癖に、ろくに舌もまはらない口から、 高姫『ハイ、有難う、何れ又お頼み申します。まだお前さまに撫でて貰ふ所まで耄碌はしてゐないのだから、御縁があつたら頼みますワ。イ、ヒ、ヒ、ヒ』 初稚姫『お母アさま、どうぞ立腹して下さいますなや。何分年が行かないものですから、お気にさはる事を申しまして……どうぞ神直日大直日に見直し聞直し下さいませ』 高姫『かくしても隠されぬのは心の色、言霊にチヤンと現はれて居りますぞや。ああああ、ヤツパリ自分の腹を痛めた子でなうては気が術無うて、お世話になる訳には行かないワ、虚偽と阿諛諂侫の流行する世の中だから、何程キレイなシヤツ面をして居つても、心は豺狼に等しき人物ばかりだ』 と妙に当てこすり、焼糞になり、悪垂口を叩き始めた。初稚姫は真心より高姫の境遇を憐れみ、何とかして霊肉共に完全に助けてやりたいものと思ふより外に何もなかつたのである。そして病気中は成るべく気を揉ませないやう、腹を立てさせないやう、能ふ限りの慰安を与へたいものと真心に念じてゐたのである。されど根性のひがみ切つた高姫は、初稚姫の親切を汲み取る事は出来なかつた。初稚姫はイルに質問された時、高姫の喜ぶ様に言葉を飾つて、一時なりとも、安心させたいと、瞬間に心に閃いたけれども、見えすいた嘘を云ふことは到底初稚姫には出来なかつた。苟くも宣伝使たるものが、心にもなき飾り言葉を用ふる事は出来ない。それ故正直に愛の程度に関し、少しばかり差等のある事を言つて聞かしたのが、無理解な高姫に恨まるる種となつたのは是非もない事である。それだと云つて、初稚姫も高姫を改心させる為には其時相応の方便を使つて居たことは前記の物語によつても散見する所である。併し教義を説く時に於ては、初稚姫は儼然として一歩も仮借せないのである。すべて真理といふものは磐石の如く鉄棒の如く、屈曲自在ならしむるを得ざるが故である。もし宣伝使にして真理迄も曲げて方便を乱用せむか、忽ち霊界及び現界の秩序は茲に紊乱し、神の神格を破壊する事を恐るるが故である。ああ惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・一・二一旧一一・一二・五松村真澄録) |
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霊界物語 | 50_丑_祠の森の物語2 | 10 据置貯金 | 第一〇章据置貯金〔一三〇四〕 祠の森には誰云ふとなく獅子、虎両性の怪物が現はれ、人間に化けてゐる。その人間が祠の森の主管者だから、ウツカリ詣らうものなら喰はれて了ふと云ふ評判がパツと立つた。それ故気の弱い連中は忽ち恐怖心にかられて、ここ二三日は誰も寄りつかなかつた。受付も事務室も極めて閑散である。只相変らず忙しいのは珍彦の神司のみである。珍彦は至誠神に仕へ、参拝者の有無に拘はらず、朝と晩とのお給仕を忠実に行つてゐる。イル、イク、サール、ハル、テルの五人は、受付も事務室もほつたらかしにして、瓢と鯣などを携へ、祠の森の最も風景佳き日当りのよい場所を選んで、頻りに酒を飲み始めた。 イク『オイ、御連中、何とまア祠の森も淋しくなつたぢやないか。エー、杢助さまが怪我をしたとか云つて踪跡をくらまし、あの悪たれ婆さまの義理天上さまは杉の木へ天上して顛倒し、腰骨をしたたか打ち、梟鳥の奴に両眼をこつかれて顔面膨れ上り、丸でお化の様になつて了つたぢやないか。あんまり嫌らしくなつて此神聖なお館も妖怪窟の様な心持になつて来て、ジツクリとして居られないぢやないか。酒でも飲んで元気をつけなくちやアやりきれないからな。おいイル、貴様は義理天上さまのお世話をして居たぢやないか。随分気分が悪かつただらうな』 イル『何、そんな事に屁古垂れるイルさまぢやないわ。世の中は善悪相混じ美醜互に相交はると云ふからな。一方には醜の醜、悪の悪なる義理天上さまの生宮の顔を見ながら、又一方には善の善、美の美なる天女のやうな初稚姫様の紅顔麗容を拝してゐるのだから、相当に調和がとれるよ。美しいものばかり見てゐると、何時の間にか瞳孔の奴、増長しやがつて美しいものも美しうない様になるものだが、何と云つても極端な妖怪的醜面と又極端な芙蓉の顔月の眉、雪の肌、日月の眼、花の姿の初稚姫様を見返つた時には其反動力とでも云はうか、其美は益々美に見え善は益々善と映ずるのだ。それだから辛抱が出来たものだよ。いや結句、辛抱どころか、得も云はれぬ歓喜悦楽の気分が漂ふのだ。イツヒヒヒヒヒ』 サール『おい、イル、それ程高姫さまの側が結構なら、何故朝から晩までくつついてゐないのだ。俺等の様な醜面の処へ来て、口賤しい酒を喰はなくても、初稚姫様の顔を見て恍惚として心魂を蕩かし、酔うてゐたら宜いぢやないか』 イル『それもさうぢやが、初稚姫様が「あたえ、一人でお世話を致しますから、イルさまは何卒休んで頂戴ね、又御用が厶りましたらお願ひ致しますから」と、それはそれは同情のこもつた此イルさまに……ヘヘヘヘヘ、一寸細い目を向けて優しい声で仰有るのだもの、なんぼ頑固の俺だとて、君命もだし難く退却仕ると云ふことになつて、暫く差控へてゐるのだ』 テル『ハハハハハ、馬鹿だな。本当に貴様はお目出度い奴だよ。態よい辞令で肱鉄をかまされよつたのだ。貴様の面を水鏡で一寸見て見よ、薩張顔の詰がぬけて了つてるぢやないか』 イル『ナーニ吐しやがるのだい。唐変木の貴様等に分つて堪るものかい。初稚姫様と俺との関係を貴様知つてるのか。以心伝心、不言不語の間に於て万世不易の愛的連鎖が結ばれてあるのだ。誠に済みませぬな、エツヘヘヘヘヘ。エー、涎の奴、イルさまの許可も無くして勝手気儘に出ると云ふ事があるかい。何程俺がデレルと云うても、貴様までが勝手にデレルとはチツト越権だぞ。ウツフフフフフ』 と云ひながら牛の様な粘液性に富んだ細い涎を手繰つてゐる。 テル『ハハハハハ、夢でも見てゐやがつたな。貴様と姫様との関係と云ふのは、只主と僕との関係だ。到底夫婦なんぞと、そんな事は柄にないわ』 イル『実の所は、初稚姫様の美貌を幻になつて眺めてゐたものだから、義理天上さまの命令も耳に這入らず、ポカンとして居つた所を、高姫の奴目も見えない癖に、ポカンとやりやがつたのだ』 テル『愈三段目になつて来たな。さア一杯グツと飲んで、正念場を聞かして貰はうかい』 イル『酒の一杯や二杯では、神秘の鍵は渡す事は出来ないわ。此上話して聞かした処で、下根のお前等、所謂八衢人間には到底解し得ないから、まア云はぬが花として筐底深く秘めて置かう。開けて口惜しき玉手箱でなくて、ぶちあけて嬉しい玉手箱、折角握つた運命の鍵を貴様等に占領されちやア、折角の苦心が水泡に帰するからな』 テル『おい、そんな出し惜しみをするものぢやない。其先の一寸小意気な所を窺かしてくれないかい。刀の鑑定人は、チツト許り砥石でといで窓をあけ、柄元の匂ひを見れば、直に其名刀たり或は鈍刀たる事を知る如く、此テルさまは名の如く、心の底までよくテルさまだからな』 イル『実の所は、其先は余りで云ふに忍びないのだ』 テル『忍びないとは何だ、ヤツパリやり損ねたのだな。玉茸を採り損なつて梟の宵企みに目玉をこつかれた口だらう。ウフフフフフ』 イル『秘密にして呉れたら言つてやるが、お前等四人は一生涯他言はせぬと云ふ誓ひをするか。さうすれば一部分位はお祝に表示してやらぬ事もない』 四人声を揃へて、 (イク、サール、ハル、テルの四人)『よし誓つた。誓つた以上は大丈夫だからね』 イル『それなら云つてやらう。初稚姫さまが、それはそれは何とも知れぬ情緒のこもつたお声で、柔かい細いお手々を出して、「これイルさまえ、お前もお母さまのお世話をして下さるので、さぞお疲れでせう。何卒コーヒーなつと一杯お飲り下さいませ」……ヘヘヘヘヘなーんて仰有つて、それはそれは情のこもつた笑を湛へて注いで下さるのだ。それから頭脳鋭敏の某、チヤーンと相手方の心の底まで見てとり、例の軍隊式で身体をキチンと整理し、コーヒーを左手に一寸持ち、貴様等が酒を飲む様なしだらない事はなさらないな。第一姿勢を正しうし、気を付け「一、二、三」と、斯う空中に角度を描いて、わが口中へ徐に注入した。さア、さうすると流石の初稚姫さまも堪へきれない様な笑を洩して、「ホホホホホ」と鶯のさね渡りの様な美声妙音を放つて笑ひ遊ばしたのだ。さうすると一方に控へて居る義理天上の怪物奴、目が見えないものだから初稚姫様に喰つてかかり「これ初稚、お前は之程親が苦しんでゐるのに、何面白さうに笑ふのだい。小気味がよいのかい」等と意地苦根の悪い、あの優しいお姫さまに毒ついてゐるのだ。憎いの何のと、此時こそは愛人の為に敵を討つてお目にかけむと奮然として立上り、高姫の横つ面目がけて骨も挫けよと許り「ウーン」と叩いたと思へば火鉢の角だつた、アハハハハ。よくよく見れば指から血が滲んでゐる。そこで「痛い」と云はむとせしが待て暫しだ。それはそれ、初稚姫様が監視して厶るだらう。千軍万馬の中を命を的に勇往邁進し、砲煙弾雨を物ともしない軍人の某、マサカ弱音を吹く訳にも行かず、痛さうな顔も出来ないのだから随分我慢したね。さうすると、又もや初稚姫様が梅花の唇を開いて、鶯でも囀つてゐるやうに「ホホホホホ」と笑ひ声をお洩し遊ばしたのだ。そこで此イルさまが「これはしたり、初稚姫殿」とやつたね』 テル『うーん面白いね。談益々佳境に入りけりだ。謹聴々々』 イル『さうすると初稚姫様が仰有るのに「あのまあイルさまの勇壮なお顔、口をへの字に結び眉間に迄皺を寄せて厶るお姿は、ビリケンの化相した山門の仁王さま見た様だわ」と仰有るのだ、エヘヘヘヘヘ。ここに初めて某のヒーロー豪傑たる真相を認められたと思つた時の嬉しさ、勇ましさ、イヤ早形容すべき言語もない位だつた』 サール『馬鹿、貴様、馬鹿にしられ居つてそれが嬉しいのか。恋に恍けた奴の目には、何でもかんでも愛に映ずるのだから堪らぬのだ。本当に此奴は睾玉を落して来よつたのだよ』 イル『こりや、サール、黙つて聞かう。聴講者の妨害となるのを知らぬか。あまり騒擾致すと会堂外へ退去を命ずるぞ』 サール『ヘヘヘヘヘ、あーあ、あーあ、化物屋敷ぢやないが、アークビが出るわい』 テル『おい、イル公、サールなどに構はずドシドシと長口舌を運転さしてくれ。機関の油がきれたら又このアルコールをグツと注してやるからな』 イル『竹林の七賢人でなくて、森林の四賢一愚人がここに集まつて林間酒を暖めながら、田原峠の実戦の状況を実地に臨んだ其勇士から聞くのだから、随分勇壮なものだぞ。謹んで聞かないと、再び斯様な面白き趣味津々たるローマンスは一生涯聞く事は出来ないぞ』 テル『うん、さうだろさうだろ。之からが正念場だ』 と捻鉢巻をしながら肱を張り、自分がやつた様な気で二足三足前へニジリ寄り、咬み犬の様な顔をしてイルの顔をグツと見上げてゐる。イルは演説口調になつて、四辺の木の幹に片手を支へ、右の手を腰の辺りに置き、稍反身になつて喋々と虚実交々取りまぜて、講談師気分で喋り始めた。 イル『扨て、前席に引続きまして御静聴を煩はしまする。愈祠の森、高姫の段、三五教に其人ありと聞えたるイルの勇将に、一方は古今無双のナイス、初稚姫との面白き物語で厶ります。そこへ勇猛なる義犬スマートをあしらつた物語で厶りますれば、益々佳境に入り、お臍の宿替は申すに及ばず、睾玉の洋行致さない様、十二分の御注意を払はれむ事を希望する次第であります』 ハル『おい、そんな長口上は如何でもいいわ。早く本問題に移らないか』 イル『お客様の仰せ、御尤もには候へど、今申したのは今夕の添物と致しまして、愈本問題に差しかかりまする』 テル『おい、最前の様に坐つて酒を飲みながらやつてくれないか。何だか学術講演会へ出席してる様な気がして、酒を飲んでる気分がせないわ』 イル『御註文とあれば仰せに従ひ、それでは一寸天降りを致し、光を和らげ塵に同はつて、下賤の人物と共に兄弟の如く、朋友の如く、打解けて御相談を致しませう。ハハハハハ』 と云ひながらドスンと腰を卸した拍子に、細い木の角杭の削ぎ口が槍の様に劣つて居る其上に尻を下ろしたのだから堪らない。忽ちブスツと肛門に突入し、恰も粉ひき臼の上臼の様になつて了つた。 イル『アイタタタ、然し丸いものと云ふものは誰でも狙ふものと見えるわい。木の株迄が俺の尻を狙つて居やがる。何程株が流行る世の中でも、此株ばつかりは御免だ。然し節季になつて尻拭ひが出来ぬと困るから、今の内に倹約して此処にチヤンと据置貯金だ。イヒヒヒヒヒ』 と少し許り肛門を破り血をたらしながら、ズブ六に酔うて居るので、そんな事に頓着なく滔々として弁じ始めた。 イル『さて、初稚姫様のお顔が目にちらつき、日が暮れても、寝ても起きても、雪隠の中にでも俺の目の前に現はれるのだ。何とまアよく初稚姫さまも惚れたものだな。何処に行つてもついて来てゐる。据膳喰はぬは男でないと思ひ、轟く胸をグツと抑へ、勇気を鼓してその優しい手をグツと握つた途端に、「ウー、ワンワン」と云つて俺の耳たぼに噛振りつき、これ、此通り傷をさせよつたのだ』 テル『何と顔にも似合はぬ恐ろしい女だな』 イル『何、姫様だと思つたら猛犬の手を力一杯握つたものだから、畜生吃驚して喰ひつきよつたのだ、アハハハハハ』 サール『何だ。大方、そこらが落ちだと思つてゐたのだ。貴様は一霊四魂の活動が不完全だから、そんな頓馬な事ばかりやりよるのだ。チツと霊学の研究でもしたら如何だい、男爵様が気をつけるぞや』 イル『ヘン、男爵、馬鹿にするない。貴様は首陀の生れぢやないか』 サール『男が酌をして飲むのが男爵だ。私が勝手に酌をして飲むのが私爵だ。小酌な事を申すと承知致さぬぞ』 イル『俺は酒を飲んで口から嘔吐と一緒に吐いたから吐く酌様だ。吐く酌として余裕ある一丈七尺の男子だからな』 サール『ヘン、一丈七尺なんて七尺にも足らぬ小男奴、偉さうに云ふない』 イル『八尺と九尺とよせて八九尺だ。一丈七尺と云つたのが何処が算盤が違ふのだ。何と粗雑な頭脳の持主だな。一霊四魂が如何だのかうだのと、偉さうに云ふない。それ程偉さうに云ふのなら、一つ解釈して見よ』 サール『貴様の様な木耳耳には聞かしてやるのは惜しけれど、俺が無学者と思はれちや片腹痛い。云ひがかり上、男子として説明の労を与へないのも、学者の估券を傷付くる事になるから、一つはりこんで教訓してやらう。エヘン、抑々一霊四魂と云ふのは、直霊、荒魂、奇魂、幸魂、和魂を云ふのだ。さうして荒魂は勇なり、幸魂は愛なり、奇魂は智なり、和魂は親なり、分つたか、随分よく学理に明るいものだらう』 イル『勇とは何だ。勇の説明をせぬかい』 サール『マ男を即ち勇者と云ふのだ。どうだ、分つたか。それから親の講釈だ。親と云ふ事は親と云ふ字だ。辛い目を八度見せるのを親と云ふのだ。それから愛だ。どんな事でも有利なものであつたならば喉を鳴らして受ける心、之を愛と云ふ。ヘン、又日々貴様のやうに口で失策する奴を智と云ふのだ。十目一様に見るのを直霊の直といふのだ。何といつてもサールさまだらう。俺の知識には、誰一人天下に手をサールものがないのだから、サールさまと申すのだ、エヘン』 テル『成程、妙々、如何にもよく徹底した。文字と云ふものは感心な意味を含んだものだね』 斯く話す折しも楓は森の彼方より、 楓『イルさま、皆さま、早う帰つて下さい』 とありきりの声を出して呼ばはつた。 五人は取る物も取り敢へず、バタバタと事務所をさして帰り行く。 (大正一二・一・二一旧一一・一二・五北村隆光録) |
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霊界物語 | 50_丑_祠の森の物語2 | 15 妖幻坊 | 第一五章妖幻坊〔一三〇九〕 春雨の降りしきるシンミリとした窓の中、四辺の空気も和らいで、物に熱し易い高姫の頭はどことはなしにポカポカと助炭の上に坐つた様な心持がする。高姫は腹中に潜める沢山のお客さまと、徒然の余り、斎苑の館を占領すべき空想を描いて、独り笑壺に入つてゐる。腹の中から義理天上と称する兇霊は、何とはなしに此頃は元気がよい。それは初稚姫が高姫の命令によつて、珍彦館に籠居し、暫く神殿又は大広前に姿を現はす事を禁じられ、且スマートを追ひ返したと云ふ喜びからである。併しながらスマートは変現出没自由自在の霊獣なれば、決して何処へも行つては居ない。只初稚姫の身辺近く侍し、人の足音が聞えた時は、早くも悟つて床下に身を隠すことを努めてゐたのである。高姫は一絃琴を取出して歌ひ始めた。無論高姫は琴などを弾く様な芸は持つてゐない。憑依してゐる蟇先生が肉体を自由自在に使つて、琴を弾ずるのであつた。 (高姫)『チンチンシヤン、シヤツチンシヤツチン、シヤツチン、チンチン 春雨にしつぽり濡るる露の袖 こつちが恋ふれば杢助さまも 同じ思ひの恋心 チンチンチン、シヤン……シヤンシヤン、シヤツチン、チンチリチン、チンーチンー すれつ、もつれつ、袖と袖 会うて嬉しき此館 玉国別の身魂をば 此高姫を守護する 義理天上日出神 深い仕組に操られ やうやう此処に宮柱 太しき建てて神々を 斎きまつりて珍彦や 静子の方を後におき 宮の司と相定め 後白浪と道晴別 其他の家来を引連れて 何処をあてとも永の旅 出で行く後に入り来る 神力無双の杢助さま 身魂の合うた高姫が 昔の昔の大昔 神の結びし縁にて やうやう此処に巡り会ひ 其神徳を世の人に 鼻高姫とホコラの森 二世も三世も先の世かけて 自由自在の麻邇宝珠 厳の身魂の玉椿 八千代の春を楽しみに 二人の仲は岩と岩 堅き契を結び昆布 神楽舞をば鯣の夫婦 実にも楽しき吾身の上 杢助さまも嘸や嘸 嬉しい事で……あらう程に 思へば思へば惟神 日出神の引合せ 厳の御霊の御守り 瑞の御霊の悪神が 千々に心を配りつつ 妨げなせど神力の 充ちたらひたる夫婦が企み とても破れぬ悲しさに 今は火となり蛇となりて 心をいらち胸こがし 騒ぎまはるぞ……いぢらしき。 シヤツチンシヤツチン、シヤツチンチンシヤツチンチン、チーンリンチン、チンリンチンリンチンツ、シヤーンシヤーン』 と弾き終り、一絃琴を傍に直し、膝の上に両手をキチンとついて、床の間の自筆の掛軸を眺めながら、 高姫『ホホホホ』 と嬉しげに笑ひ興ずる。妖幻坊は廁から廊下をドシンドシンと、きつい足音させながら襖をあけて入り来り、 妖幻坊の杢助『高姫、お前は不思議な隠し芸を持つてゐるのだな。俺は又そんな陽気な事はチツとも知らない、信仰一途の熱狂女だと思うてゐたよ。イヤもう感心した』 高姫『ホホホホ、能ある鷹は爪かくすと云ひましてな。今迄此高ちやまも、爪をかくして居つたのだが、今日は此通り春雨で、何とはなしに心が淋しいやうでもあり、花やかなやうでもあり、お琴をひくには大変に天地と調和が取れるやうな気分になつたものですから、久し振で一寸爪弾きをやつてみましたのよ』 妖幻坊の杢助『情趣こまやかに四辺の空気を動揺させ、次いで此杢助の心臓迄が非常に動揺したよ。俺も今迄永らくの間、斎苑の館に御用をして居つたが、二絃琴の音はいつも聞いて居るけれど、一絃琴はまだ聞き始めだ。一筋の糸の方が余程雅味があるねえ。一筋縄ではいかぬお前だと思つてゐたが、到頭正体が現はれよつたなア。アツハハハハ』 高姫『コレ杢助さま、余り揶揄つて下さるなや』 妖幻坊の杢助『カラが勝たうが日本が勝たうが、そんなこたチツとも頓着ないのだ。兎角浮世は色と酒だからなア。オイ高ちやま、一杯注いでくれないか』 高姫『杢助さま、貴郎は酒ばかり呑んで居つて、一度も神様に拝礼をなさつた事はないぢやありませぬか。神様にお仕へする者が、それ程無性では、皆の者の信仰をつなぐ事が出来ぬぢやありませぬか。貴郎が模範を示さなくちや、役員や信者迄が神様の御拝礼をおろそかにして困るぢやありませぬか』 妖幻坊の杢助『俺は斎苑の館に居つても総務をやつて居つたのだ。総務といふものは一切の事務を総理するものだ。祭典や拝礼などは、又それ相当の役員にさせばいいのだ。ここには珍彦といふ神司が置いてあるのだから、俺はマア遠慮しておこかい。何だか神様の前へ行くと恐ろしい……イヤイヤ恐ろしく霊がかかるので、又大きな声でも出しちや皆の者がビツクリするからなア。それで実は拝みたくつて仕方がないのだが、辛抱して御遠慮して居るのだ。吾々の身魂は霊国の天人だから、神教宣伝の天職が備はつてをるのだ。祭典や拝礼は天国天人の身魂の御用だ。神界には、お前も知つてゐるだらうが、互に其範囲を犯す事は出来ない厳しい規則が惟神的に定められてあるからな』 高姫『成程、それでお前さまは拝礼をなさらぬのだな。さうすると私は霊国天人ですか、天国天人ですか、何方だと思ひますか』 妖幻坊の杢助『勿論お前だつて、ヤツパリ霊国の天人だよ。それならばこそ義理天上さまが、毎日守護神人民に教ふる為に、神諭をお書きなさるぢやないか。其生宮たるお前はヤツパリ相応の理によつて、肉体的霊国天人だからなア』 高姫『流石は杢助さま、偉いものだなア。何だか私も此間から拝礼が厭になつて仕方がないのよ。又曲津が腹の中へ這入つて来やがつて、大神様を恐れるので、こんな気になつたのかと心配して居りました。併し、貴郎の説明に依つて何も彼も身魂の因縁がハツキリと分りました。ヤツパリさうすると、此高姫は偉いものだなア』 妖幻坊の杢助『そりやさうとも、杢助さまの女房になる位な神格者だからなア、お前も亦これでチツと筆先の材料が出来ただらう』 高姫『ヘン、馬鹿にして下さいますなや。人に教へて貰うて、筆先なんか書きますものか』 妖幻坊の杢助『それでも見てゐよ。キツとお前の筆先に現はれて来るよ。俺がこれだけお前に聞かしておくと、義理天上さまが成程と合点して、キツと明日あたりから、霊国の天人といふお筆先を御書きなさるに違ないワ。何せよ、模倣するのに長じてゐる肉宮だからなア』 高姫『お前さまが今言つた言葉は、決してお前さまの力ぢやありませぬぞや。義理天上さまがお前さまの身魂を使うて此高姫に気をつけなさつたのだよ。これ位な道理が分らぬ様な杢助さまぢやありますまい。お前さまが、こんな事を仰有るやうになつたのもヤツパリ時節だ。高姫に筆先を書かす為に、義理天上様が、お前さまの口を借つて一寸言はせなさつたのだから、これからの筆先はよつぽど奇抜なものが現はれますで、マア見てゐなさい。お前さまだけにはソツと見せて上げますワ』 妖幻坊の杢助『ハツハハハ、また出来上りましたら拝読を願ひませうかい』 高姫『杢助さま、一寸俄に神界の御用が忙がしうなつたから、貴郎はお居間へ行つて、お酒でもあがつて休んでゐて下さい。お前さまが側にゐられると、思はし筆先が書けませぬからなア』 妖幻坊の杢助『ハツハハハ、お筆先の偽作を遊ばすのに、私が居るとお邪魔になりますかな。それなら謹んで罷りさがりませう。御用が厶いましたら、御遠慮なくお召し出し下さいますれば、鶴の一声、宙を飛んで御前に伺候致しまする。ハハハハ、高ちやま、アバヨ』 と腮をしやくり腰を振り、ピシヤツと襖を締めて、吾居間へ帰りゆく。そして中から突張りをかへ、怪物の正体を現はしてグウグウと鼾をかいて寝て了つた。 高姫は俄に墨をすり、先のちびれた筆をキシヤキシヤとしがみ、墨をダブツとつけて一生懸命に書き始めた。一時ばかりかかつて書き終り、キチンと机の上に載せ独言、 高姫『義理天上さまも追々御出世を遊ばし、お書きなさる事が大変に変つて来た。こんな結構な教は人に見せるのも惜しいやうだ。併し之をイル、イク、サール、ハル、テルの幹部に読ましておかぬと、高姫の肉宮を安く思つて仕方がない。又肝腎の事が分らいではお仕組の成就が遅くなつて、どもならぬから、惜しいけれど、一つ此処へ呼んで来て拝読させてやらうかな。初稚姫にも聞かしてやれば改心するであらうか……イヤイヤ待て待てモウ暫く隠しておかう、発根と改心が出来たら読むやうになるだらう。何だか初稚姫は、私の筆先を心の底から信用してゐない様な心持がするから、読めと云つたら読むではあらうが、身魂の性来が悪いから、充分に腹へは這入るまい。杢助さまの教だと云へば、聞くかも知れぬが、さうすると日出神の神力がないやうにあつて、都合が悪いなり……困つた事だなア。待て待て、一つこれは考へねばなろまい。ウーン成程々々、イルに大きな声で拝読さしてやらう。そして珍彦の館へ、あの受付からならば突き抜けるやうに聞えるのだから、此結構なお筆を耳に入れたならば、イツカな分らぬ初稚姫も、成程と耳をすませ改心するに違ひない、此筆先で押へつけるに限る』 とニコニコしながら、書いた筆先二十枚綴を三冊ばかり、三宝に載せ、目八分に捧げ、襖をスツと開け、ソロリソロリと勿体らしく受付指して進み行く。受付では担当者のイルを始め、ハル、テル、其他の連中が胡坐をかいて自慢話に耽つてゐる。 ハル『オイ、イルさま、お前一体此受付で偉さうにシヤチ張つて居るが、月給は幾ら貰つて居るのだい』 イル『まだ珍彦さまが、定めて下さらぬのだ。ナアニ別に神様の御用するのだから、何なつとヒダルないやうにして貰へさへすりや、月給なんかいらないよ。結構な神様の御用をするならば、献労の積で、無報酬で御用さして頂きたい。併しながら高姫なんかの指図を受けねばならぬとすれば、相当の給料を貰はないと厭だなア』 ハル『それなら幾ら欲しいと云ふのだい』 イル『マア一ケ月十円位で結構だ』 ハル『貴様、バラモン教ではモチと沢山に貰うてゐたぢやないか』 イル『さうだ、五十円に一円足らずで、四十九円の月給だ。アハハハハ、ハル……併しお前は幾ら頂戴して居つた』 ハル『俺かい、俺はザツと十八円だ』 イル『成程、それでは毎日九円々々の泣暮しだな、エヘヘヘヘ』 と他愛もなく話に耽つてゐる。そこへ高姫は三宝に今書いたばかりの、まだ墨も乾いてゐないボトボトした筆先を目八分に捧げて入り来り、 高姫『コレ、皆さま、何を云つて居るのだい。お前さま達は、神様の御精神がチツとも分らぬ八衢人間だから困つて了ふ。受付といふものは、一番大切なお役ぢやぞえ。奥に居る大将は仮令少々位天保銭でも、受付さへシツカリしてさへ居れば、立派な御神徳が現はれるのだ。ここへ立寄る人民が、受付の立派なのを見て……あああ、受付でさへもこんな立派な人間が居るのだから、ここの教主は偉い者だらう……と直覚する様になるのだ。をかしげな、訳の分らぬ人間が受付に居らうものなら、何程教主が立派な神徳があつてもサツパリ駄目だからな。今義理天上様から、結構な結構なお筆先が出たによつて、ここで之を拝読いて、ギユツと腹に締め込みておきなされ。そして立寄る人民に此お筆先を読んで聞かすのだよ。併しお直筆は勿体ないから、お前さまがここで写して控をとり、お直筆をすぐ返して下され。結構な事が書いてあるぞや』 イル『ハイ、それは何より有難う厶ります。早速写さして頂きまして、拝読さして貰ひます』 高姫『ヨシヨシ、併しながら読む時には、珍彦さまの館へ透き通るやうな声で、読んで下されや』 イル『此お筆先はまだズクズクに濡れて居りますな、只今お書きになつたのですか』 高姫『ああさうだよ。今書いたとこだ。結構なお蔭を、ぢきぢきにお前に授けるのだから、神様に御礼を申しなさいや』 イル『エエ一寸高姫さまにお伺ひしておきますが、此お筆先は今書いたと仰有いましたね。それに日附は去年の八月ぢやありませぬか。貴女は八月頃には此処に居られたやうに思ひませぬがなア』 高姫『そこは神界のお仕組があつて、日日が去年にしてあるのだよ』 イル『さうすると、貴女は杢助さまに教へて貰つたのですな。それを教へて貰うてから書いたと云はれちや、義理天上様の御神徳が落ちると思うて、杢助さまに聞くより先に知つて居つたといふお仕組ですな。成程流石は抜目のない高姫さまだワイ』 高姫『コレ、訳も知らずに何を言ふのだい。義理天上様が、去年からチヤンと神界で書いて置かれたのだ。肉体が忙しいものだから、肉体の方が遅れて居つたのだよ。お前達は霊界の事が分らぬからそんな理窟を言ふのだよ。何事も素直にいたすが結構だぞえ。それが改心と申すのだからな』 イル『エツヘヘヘヘ、さうでがすかなア、イヤもう恐れ入りました、感心致しました、驚きました、呆れました、愛想が……尽きませぬでした。有難う厶いました』 高姫『コレ、イルさま、ましたましたと、そら何を云つてるのだい』 イル『エーン、あの、何で厶います、ましだ……と云うたのです。つまり要するに、日出神様のお筆先は、厳の御霊のお筆先よりも幾層倍マシだと思ひまして、ヘヘヘヘ一寸口が辷りまして厶ります。余り立派な事が書いてあるので、呆れたので厶います』 高姫『コレ、まだ読みもせない癖に、どんな事が書いてある……分るかなア』 イル『ヘ、エ、そこがそれ、天眼通が利くものですから、眼光紙背に徹すと申しまして、チヤンと分つて居ります』 高姫『さう慢心するものぢやありませぬぞや。サ、早く写していただきなさい』 と少しく顔面に誇りを見せて、反身になつてゾロリゾロリと天下を握つた様な態度で、おのが居間へと帰り行くのであつた。 (大正一二・一・二三旧一一・一二・七松村真澄録) |
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霊界物語 | 52_卯_小北山の文助の改心物語 | 01 真と偽 | 第一章真と偽〔一三三七〕 人間の内底に潜在せる霊魂を、本守護神又は正副守護神と云ふ。そして本守護神とは、神の神格の内流を直接に受けたる精霊の謂であり、正守護神とは一方は内底神の善に向ひ、真に対し、外部は自愛及び世間愛に対し、之をよく按配調和して広く人類愛に及ぶ所の精霊である。又副守護神とは其内底神に反き、只物質的躯殻即ち肉体に関する欲望のみに向つて蠢動する精霊である。優勝劣敗、弱肉強食を以て最大の真理となし、人生の避く可からざる径路とし、生存競争を以て唯一の真理と看做す精霊である。而して人間の霊魂には、我神典の示す所に依れば荒魂、和魂、奇魂、幸魂の四性に区分されてゐる。四魂の解説は已に既に述べたれば茲には省略する。荒魂は勇、奇魂は智、幸魂は愛、和魂は親であり、而して此勇智愛親を完全に活躍せしむるものは神の真愛と真智とである。今述べた幸魂の愛なるものは人類愛にして、自愛及び世間愛等に住する普通愛である。神の愛は万物発生の根源力であつて、又人生に於ける最大深刻の活気力となるものである。此神愛は大神と天人とを和合せしめ、又天人各自の間をも親和せしむる神力である。斯の如き最高なる神愛は、如何なる人間も其真の生命をなせる所の実在である。此神愛あるが故に、天人も人間も皆能く其生命を保持する事を得るのである。又大神より出で来る所の御神格そのものを神真と云ふ。此神真は大神の神愛に依つて、高天原へ流れ入る所の神機である。神の愛と之より来る神真とは、現実世界に於ける太陽の熱と其熱より出づる所の光とに譬ふべきものである。而して神愛なるものは太陽の熱に相似し、神真は太陽の光に相似してゐる。又火は神愛そのものを表し、光は神愛より来る神真を表はしてゐる。大神の神愛より出で来る神真とは、其実性に於て神善の神真と相和合したものである。斯の如き和合あるが故に、高天原に於ける一切の万物を通じて生命あらしむるのである。 愛には二種の区別があつて、其一は神に対する愛であり、一は隣人に対する愛である。又最高第一の天国には大神に対する愛あり、第二即ち中間天国には隣人に対する愛がある。隣人に対する愛とは仁そのものである。此愛と仁とは、何れも大神の神格より出で来つて天国の全体を成就するものである。高天原に在つて大神を愛し奉るといふ事は、人格の上から見て大神を愛するの謂ではない、大神より来る所の善そのものを愛するの意義である。又善を愛するといふ事は、其善に志し、其善を行ふや、皆愛に依つてなすの意味である。故に愛を離れたる善は、決して如何なる美事と雖も、善行と雖も、皆地獄の善にして所謂悪である。地獄界に於て善となす所のものは、高天原に於ては大抵悪となる。高天原に於て悪となす所のものは、すべて地獄界には之を善とさるるのである。それ故に神の直接内流によつて、天国の福音を現界の人類に伝達するとも、地獄界に籍をおける人間の心には、最も悪しく映じ且感ずるものである。故に何れの世にも、至善至愛の教を伝へ、至真至智の道を唱ふる者は、必ず之を異端邪説となし、或は敵視され、所在迫害を蒙るものである。併し斯の如き神人にして、地獄界の如何なる迫害を受け、或は身肉を亡ぼさるる事ありとも、其人格は依然として死後の生涯に入りし時、最も聖きもの、尊きものとして、天国に尊敬され且愛さるるものである。次に隣人を愛する仁そのものは、人格より見て其朋友知己等を愛するの謂ではない。要するに大神の聖言即ち神諭より来る所の神真を愛するの意義である。又神真を愛するといふ事は、其真に志し、真を行ふの意義である。以上両種の愛は善と真との如くに分立し、善と真との如くに和合する。 此物語の主人公なる初稚姫は、即ち二種の愛、善と真との完全に具足したる天人にして、言はば大神の化身でもあり又分身でもあり、或時は代表者として其神格を肉体を通して発揮し給ふが故に、能く善に処し、真に居り、如何なる妖魅に出会するとも、少しも汚されず犯されずして、己が天職を自由自在に発揮し得らるるのである。之に反して高姫は総て愛善と信真とを口にすれども、其内底は神に向つて閉塞され、地獄に向つて開放されてゐるが故に、其称ふる所の善は残らず偽善である。偽善とは表面より見て、即ち神を知らざる人の目に至善至徳のものと見ゆる事がある。又至真至誠の言語と見ゆるも、それは総て地獄界に向つてゐる精霊の迷ひより来るものなるが故に、一切虚偽であり狂妄である。例へば雪隠の虫は糞尿の中を至上の天国となし、楽園となし、吾肉体の安住所とし、且此上なき清きもの美はしきものとなすが如く、地獄界に向つて内底の開けたる者は、至醜至穢なる泥濘塵芥及び屍の累々たる所、臭気紛々たる所を以て、此上なき結構な所と看做すものである。併しながら高姫の肉体としては、矢張肉の目を以て善悪美醜を判別する能力は欠いでゐない。それ故に或時は殆ど善に近き行ひをなし、又真に相似せる言語を用ふることがある。けれども肝心の内底が地獄界に向つてゐるのと、外部より来る自愛心と肉体的兇霊界の襲来とによつて、常に其良心を誑惑さるるを以て一定の善と真とに居る事は出来ない。又純然たる悪に居る事も出来得ないのである。併し高姫の善と信ずる所、真と思ふ所は、以上述べた如く、皆偽善なる事は言ふまでもない。 初稚姫は、愛より来る所の大神の神格より帰来する天人の薫陶を、其至粋至純なる霊性に摂受してゐたのである。総て高天原を成就する者は、何れも愛と仁とによらぬ者はない。故に初稚姫の人格そのものは所謂高天原の移写であり、大神の縮図である。故に其美はしき事は到底言語に絶し、形容す可からざる底のものである。其面貌言語乃至一挙手一投足の中にも、悉く愛善の徳を表はし、信真の光を現じ給ふのである。故に初稚姫の如き地上の天人より溢れ出づる円満具足の相は、愛そのものによつて充されてあるが故に、何人と雖も、姫の前に来り、姫の教を受け、其善言美詞に接し、席を交へ交際する時は、衷心よりして自然に動かさるるに至るのである。されども悲しいかな、高姫は普通の人間と異なり、天国、地獄の両界の中に介在する所の中有界に身をおきながら、尚も肉体的精霊即ち兇党界、妖魅界に和合せるが為に、初稚姫の前に出づる時は、忽ち癲狂となり痴呆となり、其美貌を見る時は、何処ともなく直に恐怖心を起し、且嫉妬し、善言美詞に接すれば、忽ち頭痛み、胸つかへ、嫌忌の情を起すに至るを以て、如何に初稚姫が神力を尽し、愛と善と真を以て是に対し、あく迄も和合せむとすれども、之を畏れて受入れないのみならず、陰に陽に排斥し、且滅尽せしめむことを望むのである。而して或時は初稚姫を非常に尊敬する時もあるのである。実に名状す可からざる不可思議なる状態に身を置いてゐるものといふべきである。 斯くの如く時々刻々に其思想感情の、姫に対してのみならず、一般の人に対して変転するは、彼れが自ら称ふるヘグレのヘグレのヘグレ武者たる珍思怪想を遺憾なく暴露してゐるのである。而して高姫はヘグレのヘグレのヘグレ武者を以て唯一の善となし、徳となし、愛の極致となし、信の真と確信してゐるのである。高姫の思想は神出鬼没、動揺常なく、機に臨み変に応じて神業に参加する事を以て、最第一の良法と確信してゐるのだから、如何なる愛を以てするも、信を以て説くも、之を感化する事が出来ない、精神的の不治の難病者である。 総て人間各自の生命に属する所の霊的円相なるものがあつて、此円相は一切の天人や一切の精霊より発し来り、人間各自の身体を囲繞してゐるものである。各人の情動的生涯、従つて思索的生涯の中より溢れ出づるものである。情動的生涯とは愛的生涯の事であり、思索的生涯とは信仰的生涯の事である。総て天人なるものは愛によつて其生命を保つが故に、愛そのものは天人の全体であり、且天人は善徳の全部であると云つても可いのである。愛の善と信の真との権化たるべき初稚姫は、其霊的円相は益々円満具足して、智慧証覚の目より見る時は、其全身の周囲より五色の霊光が常住不断に放射しつつあるのである。之に反して、高姫はすべて虚偽と世間愛的悪に居るを以て、霊的円相即ち霊衣は殆ど絶滅し、灰色の雲の如き三角形の霊衣が僅かに其肉身を囲繞してゐるに過ぎない。之を神界にては霊的死者と名付けてゐる。霊的円相の具足せる神人には、如何なる兇霊も罪悪も近寄ることは出来ない。若し強ひて接近せむとすれば、其光に打たれ眼眩み、四肢五体戦慄し、殆ど瀕死の状態に陥るものである。之に反して円相の欠除せる高姫の身辺には、一切の兇霊が臭きものに蠅が群がる如く、容易に且喜んで集合するものである。現界の愚眛なる人間は、斯の如き悪霊の旅宿否駐屯所たる人間を見て、信仰強き真人と看做し、或は其妖言に誑惑されて、虚偽を真となし、悪を善と認め、随喜渇仰しておかざるものである。実にかかる人間は、神の目より見ては精神上の不具者であり、且地獄の門戸を競うて開かむとする妖怪変化と見得るものである。 人間は其愛の善悪の如何によつて、其面を向ける所を各異にしてゐる。初稚姫の如き天人は、大神及隣人に対して、真の愛を持つてゐるが故に常に其面は大神に向つてゐる。故に何となく威厳備はり、且形容し難き美貌を保つ事を得たのである。又高姫は自愛の心即ち愛の悪強きが故に、其面を常に神に背け、暗黒の中に呻吟しながら思ふやう……かくの如き暗黒無明の世界を、吾々は看過するに忍びない。故に自分は此暗黒時代に処し、天下万民救済の為に、いろいろ雑多に身を変じ、ヘグレ武者となつて、天の岩戸を開き、真の光明に世界を照らし、万民を助けねばならない。天国も浄土もなく、すべて三界は暗黒界と化し去れり。故に吾は神の命を受けて、常暗の世を日の出の御代に捻ぢ戻さねばおかないと、兇霊の言に誤られて蠢動してゐるのである。それ故常に心中に安心する事なく、如何にして自己の向上をなさむか、三界の万霊を救はむかと、狂熱的に蠢動するのである。何ぞ知らむ、開闢の始めより天界の光明は赫灼として輝き給ひ、数多の天人は各団体に住して、其光輝ある生涯を送りつつある事を。併し茲に一言注意すべき事は、大本開祖の神諭に……此世は暗雲になつてゐるから、日の出の守護に致すが為に因縁の身魂が表はれて、五六七成就の御用に尽す……とあるのは、これは決して高姫の言ふ如く三界皆暗しといふ意義ではない。大神より地獄道に陥れる此現界をして、天国浄土の楽土となし、一人も地獄界に堕さざらしめむが為である。要するに霊界現界を問はず、地獄なるものを一切亡ぼし、その痕跡をも留めざらしめむと計らせ給ふ仁慈の大御心より出でさせ給うたのである。然らば人或は云はむ、三千世界一度に開く梅の花、艮の金神の世になりたぞよ……とあるではないか、三千世界とは天界、現界、地獄界のことである。天界は已に光明赫々として無限に開け居るにも拘らず、何をもつて三千世界と言はるるか、果してこの言を信ずるならば、天界もまた暗黒界と堕落せるものなりと断定せざるを得ないではないかといはねばならぬ……と。かくの如きは其一を知つて其二を知らざる迂愚者の論旨である。三千世界一度に開くといふは、現界も地獄界も天界も一度に……即ち同様に光明赫々たる至喜至楽の楽園となし、中有界だの、地獄界だの、天界だの、或は兇霊界だのいふ、いまはしき区別を取除き、打つて一丸となし、一個の人体に於けるが如く、単元として統治し給はむが為の御神策を示されたるものたることを悟るべきである。一度に開く梅の花とか、須弥仙山に腰をかけとか云ふ聖言は、要するに神に向はしむるといふ意義である。如何なる無風流な人間でも、梅の花の咲きみち、馥郁たる香気を放つを見れば、喜んで之に接吻せむとするは、人間に特有の情である。また須弥仙山とは宇宙唯一の至聖至美にして崇高雄大なる山の意味である。何人と雖も、雲表に屹立せる富士の姿を見る時は、其雄姿にうたれ、荘厳に憧がれ、之を仰がないものはない。又俯いては決して富士を見る事は出来ない。故に神は所在人間及精霊をして其雄大崇高なる姿を仰がしめ、以て神格に向上せしめ、神の善に向はしめむが為である。併し神に向ひ、或は須弥仙山を仰ぐといふは、現界に於ける富士山そのものを望む時の如く、身体の動作によつて向背をなすものでない。何となれば空間の位地は其人間の内分の情態如何によつて定まるが故に、方位の如きも現界とは相違してゐるのは勿論である。人間の内底の現はれなる面貌の如何によつて其方位が定まるのである。故に霊界にては吾面の向ふ所即ち太陽の現はるる所である。現界にては太陽は東に昇りつつある時と雖も、西を向けば其太陽は背に負うてゐるが、霊界にては総て想念の世界なるが故に、身体の動作如何に関せず、神に向つて内底の開けた者は、いつも太陽に向つてゐるのである。併しながら斯くの如き天人の境遇にある人格者は霊界に在つて、自分より大神即ち太陽と現じ給ふ光熱に向ふにあらず、大神より来る所の一切の事物を喜んで実践躬行するが故に、神より自ら向はしめ給ふ事となるのである。平和と智慧と証覚と幸福とを容るるものは高天原の器である。之を称して神宮壺の内といふ。此壺は愛であつて、大小となく神と相和する所のものを容るる器である。現界に於て、智慧証覚の劣りし者、又は愛善の徳薄く、信真の光暗かりし者が、天界の天人又は地上の天人やエンゼルと相伍して遂に聖き信仰に入り、愛善の徳を養ひ、信真の光を現はし、遂に智慧証覚を得、高天原の景福を得るに至らしむべく、ここに神は精霊に其神格を充して予言者に来らしめ、地上の高天原即ちエルサレムの宮屋敷に於て、天国の福音を宣べ伝へさせ給うたのは、実に至仁至愛の大御心に出でさせ給うたからである。善の為に善を愛し、真の為に真を愛し、之を一生涯深く心に植ゑ付け、実践躬行したるにより、終に罪悪に充ちたる人間も天国に救はれて、其不可説なる微妙の想を悉く摂受し得べき聖場を開かせ給うた。之を神界にては地の高天原と称へられたのである。 かくも尊き神界の御経綸をも弁へず、且つ信ずること能はずして、自己と世間とのみを愛する者は、仮令膝元に居つても之を摂受することは到底出来ない。自己を愛し、世間のみを愛する者は、却て此等の御経綸地を否定し、或は之を避け、之を拒み、甚しきは神界の経綸場を破壊せむとするに至るものである。されども神は飽く迄も天人の養成器たる人間を愛し給ふが故に、可成く彼等に接近し、彼等の心の中に流入せむとし給へども、彼等は却て之を恐れ、雲霞と逃去つて、忽ち地獄界に飛び入り、又彼等と相似たる自愛を有する者と相交はらむとするものである。……灯台下暗し、足許から鳥が立つても分らぬ盲聾ばかりであるぞよ。神は一人なりとも助けたさに、いろいろと諭せども、こはがりて皆逃げて帰ぬ者ばかりで、助けやうはないぞよ。神は可哀相なれども、余り人民が欲に呆けて、霊を悪神に曇らされてゐるから、真の事が耳へ入らぬぞよ。神も助けやうがないぞよ……と歎声をもらされてあるは、かかる人間に対して愛憐の涙を注ぎ給うた聖言である。 初稚姫の御再誕なる大本開祖は、神命を奉じて地の高天原に降り、万民を救はむと焦慮し給ふに引替へ、其肉身より生れ出でたる肉体に正反対のものあるは、実に不可説の深遠微妙なる御神策のおはします事であつて、大本神諭に……吾児に約まらぬ御用がさして善悪の鏡が見せてあるぞよ云々と。信者たる者は此善悪両方面の実地を観察して、其信仰を誤らない様にせなくてはならぬのである。ああ惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・一・二九旧一一・一二・一三松村真澄録) |
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霊界物語 | 52_卯_小北山の文助の改心物語 | 03 楽屋内 | 第三章楽屋内〔一三三九〕 イク、サールの両人は、裏口より森の中に道をとり、二三町ばかり水浅き谷底を潜つて本街道に出で、それより山口の森に駆けつけ、初稚姫に、如何なる手段を以てしても随行を許されむ事をと一生懸命に歌を歌ひながら急坂を下り行く。 イク『バラモン軍に従ひて清春山の岩窟に 留守居を勤めゐたる折松彦、竜公現はれて 伊太公司を迎へとり三五教に帰順した 其赤誠にほだされて吾等も全く大神の 教に帰順し奉り祠の森に奉仕して 今迄勤め来りしが天の八重雲かき分けて 降り給ひし宣伝使初稚姫の神徳に 心も魂も奪はれて今は全く三五教の 正しき信者となりにけりさはさりながら斎苑館 神の司は綺羅星の如くに数多ましませど 愛と善との権化とも云ふべき司は稀ならむ 初稚姫の神人をおいて吾等を救ふべき 誠の神はあらざらめ吾等は之より御後をば 何処々々までも慕ひ行き其神徳に照らされて 誠の道の御使と選まれ生きては地の世界 死しては霊国、天国の教司と任けられて 人生最後の目的を完全に委曲に遂行し 天地に代る功績を立てねばおかぬ二人連れ 進めよ進め、いざ進め山口さして逸早く 岩石起伏の谷道も何のものかは高姫や 妖幻坊が途中にてあらゆる魔法を使ひつつ 吾等を艱め攻むるとも何かは恐れむ敷島の 大和男の子の益良夫が神の光に照らされて 悪魔の猛る山道を最急行で突破する 此首途ぞ勇ましき「ウントコドツコイドツコイシヨ」 そろそろ坂がきつなつたサールの司、気をつけよ 即ち此処が妖幻坊や醜の司の高姫が 出現したる場所ぞかし「ウントコドツコイ」やつて来い 今度は俺は大丈夫百万人の力をば 一つにかためた宣伝使初稚姫を始めとし スマートさまが出て厶る妖幻坊の百匹や 高姫万匹来るとももう斯うなれば磐石よ ああ面白し面白し神に任せし此身体 神の御為め世の為めに一心不乱に走り行く 「ウントコドツコイ、ヤツトコシヨ」サールの司何してる 何程お前のコンパスが俺に比べて短いと 云つても之又あんまりだ滅相足の遅い奴 愚図々々してると姫様が後姿を御覧じて こらこら待てよ両人と呼止められたら何とする 折角智慧を搾り出しここまで企んだ狂言が 水泡に帰して了ふぞやああ惟神々々 御霊幸はへましまして初稚姫の神司が 吾等二人を快く長途の旅の御供を 許させ給ふ計らひを廻らせ吾等が一念を 遂げさせ給へ大御神珍の御前に願ぎ奉る 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 大地は泥に浸るとも思ひ立つたる此首途 ひきて帰らぬ桑の弓何処々々までも従ひて 初稚姫の神格に照らされ吾等が本分を 尽さにやおかぬ大和魂ああ勇ましし勇ましし 之につけてもハル、テルやイルの奴等は馬鹿者だ 気転を利かして何故早くお先へ失敬せなんだか ヤツパリ智慧のない奴のする事ア何処かに間がぬけて まさかの時には空気ぬけ思へば思へば面白い 守らせ給へ惟神神の御前に願ぎまつる』 サールは又歌ふ。 サール『「ウントコドツコイドツコイシヨ」何時来て見ても此坂は 行歩に苦しむ難所だなこれ待て暫しイクの奴 それ程慌てて何にする初稚姫の御司は 後から厶るに違ひないまアボツボツと行くがよい もし過つて転けたなら弱味を見すまし高姫や 妖幻坊が現はれて先度の様にえらい目に 遇はしよつたら何とするさきにはスマートに助けられ 又も今度はスマートに九死一生の所をば 助けて貰ふ目算かそれはあんまり虫がよい 柳の下に二度三度鰌は居らぬと云ふ事を お前は合点してゐるか前車の顛覆するを見て 後車の必ず戒めとなせとの教を忘れたか 猪武者にも程がある三五教の御教に 退却なしと云つたとて猪突猛進することは チツとは考へ物ぢやぞよあああ足の早い奴 姿が見えなくなりよつた此坂道を矢の様に 走つて行つたが目がくらみ又もや石に躓いて スツテンドウと顛覆し向脛打つてウンウンと 苦しみながら笑ひ泣き屹度してるに違ひない 急げば廻れと云ふ事だ一足々々気をつけて 俺はボツボツ進みませう「オツト、ドツコイ」きつい坂 足を踏み込む所はないもし過つて辷つたら それこそ命の捨て所何程下賤の身なりとも ヤツパリ神の生身魂かからせ給ふ生宮だ 人は持身の責任を忘れて此世にたてよまい 何程身魂が偉くとも現実界に働くは 如何しても体が必要だ霊肉ともに完全に 保全しまつり大神の大神業に仕ふるは 人の人たる務めなりああ惟神々々 神の恵の幸はひて吾等二人は恙なく 此急坂を駆け下り初稚姫のおでましを 行手の森で待ち迎へ千言万語を費して 御供に供へまつるべくあらゆるベストを尽すべし それでも聞き入れ給はずば皇大神の御守護で 初稚姫の体をかり其言霊を使用して 御供を許させ給ふべし朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも此目的を達せねば 吾等二人は死すとても祠の森へは帰らない 吾誠心を憐れみて許させ給へ大御神 珍の御前に願ぎまつる「ウントコドツコイドツコイシヨ」 そろそろ道が緩うなつた大方此処等でイク公が 息を休めて居るだらう大難関も恙なく 突破したるに違ひない之も全く神様の 清き尊き御守護嬉しく感謝し奉る』 と歌ひながら、細い谷道をトントントンとイクと二三町の間隔を保つて、木の間に見えつ隠れつ、漸くにして山口の樫の大木の麓に着いた。 イク『おいサール、何うだ。随分足が遅いぢやないか。鉄の草鞋を穿いても、もちと早く来れさうなものだ。俺が此処に着いて冷たうなつてるのに、まだ貴様の姿が見えぬので、又も途中で妖幻坊に出会し、やられてゐるのぢやなからうか、もしさうだつたら貴様の骨なつと拾つてやらうと、聊か御心配をして厶つた所だ。まアまア無事に此処迄やつて来たのは聊か褒めてやる。併しながら貴様の顔は何だ。真黒気ぢやないか』 サール『俺は館の裏から抜け出す時に、見つかつては大変だと思ひ、貴様の後から炭俵を被つて跟いて来たものだから、ヒヨツとしたら炭の粉が着いたのかも知れぬわ。何だか其処辺中が鬱陶しくなつて来た様な気がするわい』 イク『ハハハハ、炭俵を被つて汗をかいたものだから、うまく炭汁の調和が出来て、貴様の顔は草紙のやうだ。然し其炭俵は何うしたのだ』 サール『何処で落したか、捨てたか、そんな事を考へてる余裕があるかい。貴様が俺を捨てて一生懸命駆けだすものだから、先も見にやならず、足許も気をつけにやならず、本当に辛い目をして、神様を念じつつ漸く此処に着いたのだ。幸ひ此処に谷川が流れてゐるから、顔や手を洗つて来るから貴様待つて居て呉れ。まだ姫様がおいでになるのは余程間があるだらうからな』 イク『待て待て、其黒いのが大変都合のよい事がある。貴様の顔はどつち向いてゐるか分らぬ位黒いぞ。之で一つ狂言をやつて姫様の心を動かし、うまく御供をさして頂くのだな。俺も一つ何か顔に塗りたいものだが、何ぞ都合の好いものはあるまいかな』 サール『実は楓さまが使つてゐる白粉を、何気なしに懐へ捻込んでやつて来た。之を貴様にやるから、貴様は顔一面に塗つて、色の白き尉殿となり、俺は幸ひ此黒い顔で黒い尉殿となり、元の屋敷へお直り候……とかますのだ。さうすると初稚姫様が、もとの祠の森へ帰つて下さるかも知れぬ。もし帰つて下さらなかつたら、直様帯を解いて此樫の木にフイと引懸つて、腮を吊つてプリンプリンとやるのだな』 イク『やあ、それは面白い』 とサールの懐にあつた白粉をとり、顔にベタベタと塗りつけると、顔の頬一面に生えてゐる髯に白い粉がひつついて、まるで白狐の様になつて了つた。二人は恰好な木の枝を折り、片手に扇を持ち、片手に其梢を鈴と看做して、樫の元に初稚姫の進み来るを待ち構へ、姿が見えたら一斉に三番叟の舞を初めむものと、いろいろと工夫を凝らして待つてゐる。 (大正一二・一・二九旧一一・一二・一三北村隆光録) |
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霊界物語 | 54_巳_ビクの国の物語2(後継者問題) | 05 万違 | 第五章万違〔一三九一〕 左守は青い面をし乍ら、切りに首を傾け、治国別の館を訪れた。治国別は竜彦、松彦を伴ひ、ビクトル山の神殿建築の模様を見むとて、監督がてら出て行つた後である。万公は入口の間に只一人机に凭れて居眠つてゐると、『御免なされませ』と入つて来たのは左守のキユービツトであつた。万公は此声に驚いて、 万公『あ、左守殿、よくお越し下さいました。何の御用で厶いますか、大方縁談でお越しになつたのでせう、エヘヘヘヘ』 左守『お察しの通り、縁談に付いて治国別様に御相談に上りました。治国別様は御宅で厶いますか』 万公『ハイ、今一寸ビクトル山の御普請監督がてら、お越しになりました、やがてお帰りになりませうから、待つてゐて下さい。併し乍ら御不在中は此万公が全権を行使することになつて居りますから、つまり拙者の意見は先生の意見で厶います。何卒仰有つて下さいませ、随分青いお顔ですな』 左守『イヤもう地異天変、話にも杭にもかからない結婚沙汰が持上りまして、私には判断がつき兼ね、治国別様の御判断を願はうと思ひ、御邪魔を致しました』 万公は早くも……ダイヤ姫と自分は炊事や膳部係をやつた時、チヨイチヨイ視線を通はしておいたから、姫さまが駄々をこね出し、頑固な左守が其事でもて余し、治国別様に御相談に来よつたのだな、ヨシヨシ、不在を幸ひ、此際に頑固爺の頭脳を改造しておかねば、折角の姫様の思召しも画餅になつて了ふ……と自分の事に取り、ワザとすました顔で、 万公『地異天変的縁談とは、ソレヤ又何で厶いますか、相思の男女が結婚をするについては、別に地位も門閥もヘツタクレもあつたものぢやありますまい』 左守『イヤ、理窟を云へばさうかも知れませぬが、何を云つても一方は刹帝利家の事で厶いますから、余程考へなくてはなりますまい。未だ王様にも申上げず、先づ治国別様の御意見を伺つた上と、忍んで参りました』 万公『成程、夫れは御苦労さまで厶います。刹帝利家に関する事とあれば、ハア、殆ど分りました。男女の地位に付いて非常な懸隔があるから、それで御心配をして厶るのでせう。抑も恋愛と云ふものは古い頭の昔人間が考へた如き、決して劣情なものではありませぬよ』 左守『ソレヤよく知つて居りまする。恋愛なくては結婚問題は持上らぬ位は、左守だつて心得てゐます。併し乍ら恋愛は結婚の要素だと言つても、さう無暗に地位も考へず、決行することは出来ませぬ。恋愛がなかつても結婚は立派に成立するものです。毘舎首陀の身分なれば、恋愛至聖論を振廻しても通りませうが、何を云つても一国の城主の体面に拘はる一大事ですから、下々のやうな平易な簡単な訳には参りませぬからなア』 万公『ソレヤ、チと、僻論だありませぬか、よく考へて御覧なさい。貴方は結婚問題と恋愛問題と放してゐられるやうですが、左様な無理解な事は、今日の教育を受けた人間には思考する事は出来ませぬ。例へば頭脳はなくても人間は人間でせう。頭脳以外の要素が備はつておれば、いかにも人間に相違ありますまい。併し乍らそれを何うしても立派な人間らしい人間だとは言はれますまい。それと同様に恋愛がなくても法律上の婚姻は、形式として立派に成立することはするでせう。併しそれは真に男子たり、女子たる者の人格と自由を尊重した精神的意義ある完全な結婚だとは、吾々は断じて信ずる事は出来ませぬからな』 左守『さう承はれば、さうに違ひありませぬが、世の中は思ふ様にいかぬもので、理論と実地とは違ふものですからなア』 万公『今は旧道徳廃れ、新道徳起らずと云ふ混沌時代ですから、非常に青年男女が頭を悩ましてをりますが、時勢に目の醒めた女ならば、キツと恋愛結婚を以て最上の方法とするでせう。私は現代の婦人に同情致します。特にダイヤ姫様などは、時代に目の醒めた方ですよ。私とホン少時で厶いましたが、炊事場の立話に、かやうな事を仰有いましたよ。……』 左守『エ、姫様が、どんな事を仰有いましたか、参考の為に一つ聞かして貰ひたいものですなア』 万公『サア、聞かして上げない事もありませぬが、イ……此話が落着する迄暫く保留しておきたいものです。互の迷惑になると困ります』 と早くも左守が自分とダイヤ姫の結婚問題に就いて来たものと信じてゐる。 左守『どうか、私も左守として御教育申上げる関係上、一つ聞きたいものですな。何と云つてゐられましたか』 万公『私と姫様との談話の中に、かふいふお言葉がありました。実に賢明なお姫さまですよ。今時の婦人はああなくては叶ひませぬワイ。姫様のお言葉に依れば、人間と生活とを先づ本質的に、根本的に、第一義的に考へてみなくてはならぬ。何等の偏見もなく、捉はるる所もなしに、人生の真味を正しく悟つてみなくてはならぬ。互に理解なき結婚といふものは実に人生に於ける罪悪の源泉となるものだ……との結論で厶いました。本当に、左守さま、姫様のお言葉の通りだありませぬか、私は非常に其お説に共鳴したのですよ』 と姫の一口も云はない言葉を甘く、左守に、聞いた様な顔して話してゐる其狡猾さ。左守は……ダイヤ姫さまの事なら、定めてすれつからしだから、年はゆかいでも、其位な事は仰有るだらう……と少しも疑はず、膝を乗り出し、首を前へ突出して、『ハイハイ』と熱心に聞きかけた。万公はここぞと言はぬ許りに、 万公『そこでダイヤ姫様が仰有るには、……人間としての婦人ならば、すべての欠陥と不備とを見て、避け得らるる丈の害悪は之を排除しようと努めねばならない。此努力を惜むやうな婦人は卑怯者だ。卑怯者でなければ怠惰者だ、怠惰者でなければ馬鹿者だ……と云つてゐられましたよ。……かふ云ふ卑怯者や馬鹿者、怠惰者の絶えない内は世間は一歩たり共進む事は出来ない、何事も改造されて行く時機だから、吾々は何事も率先して上下階級の差別を撤廃したい……と、年にも似合ず、それはそれは舌端火を吹いてまくしたてられましたよ。私も其お説と弁舌にスツカリ共鳴致しました、実に姫様のお言葉には千釣の重みがあるだありませぬか。改造のない所には向上も進歩もあるものではない。そんな事では何時まで経つても、天国の門戸はエターナルに開けるものだありませぬ。そして真善美の光明は遂に地上に輝く事は出来ないでせう』 左守『成程、一応御尤もですが、貴方は何程姫様の説を共鳴なさつたと云つても、宗教家だから、心底からそんな事に耳を傾けらるる方でないと、私は信じますが、どうですかな』 万公『宗教家だと云つて、どうして宇宙の真理を曲げる事が出来ませうか。抑も愛は人間生活の根本要件であり、そして一切宗教の源泉も亦愛から出てゐるのです。さうだから人心を支配して正しく之を導き得る所のものは勿論禁欲主義のバラモン教や、ウラナイ教の様なものではありませぬ。三五教は其様な古い事は云ひませぬぞ。三五教は自己否定的な古い道徳でもなく形式でもなく、本当に時代に適応した明かな教で厶います。人間らしき欲求を否定し去る事に仍つて、地上に天国楽園を建設し得るとは、どうしても考へる事は出来ませぬからな。寧ろ人間の欲求を肯定し強調して、而もそれが又同時に自己否定、自己犠牲の精神と全然合一して、吾と非我との間に不調和なきものであらしめねばならぬものだと思ひます。かくの如き心境はどうしても之を愛の世界に見出すより外ないだありませぬか、愛には上下の隔てもなければ、階級だの、形式だの、財産だの、法律などの仮定的なものの容喙を許さない神聖不可犯なものですからな。貴方は、私と姫様との恋愛観を、要するに先生に願つて、不調ならしめむとする御考へでせう。何程本人以外の者が垣をしたつて、堰けば溢るる堰の水、どつかへ破裂致しますから、そこはよく御考へなさるが宜しいでせう』 左守『アハハハハ、イヤ、それや話が違ひますよ。ダイヤ姫様と貴方の事に就いては、まだ一回も話頭に上つた事はありませぬ。随分貴方も自惚心がお強いお方ですな、アハハハハ』 万公は拍子の抜けたやうな顔をして頭を掻き、 万公『ヘーン、そんな筈はないのだがなア。あれ程固う約束をしておいたのだもの、ハハア大方恥しいので隠してゐらつしやるのだな。治国別さまにラブしたやうな顔をして、お前さまに談判に来さしたのかな、治国別さまは立派な奥さまがありますよ、松彦だつて其通り、竜彦だつてどつかにありませう、さうすれば拙者にきまつて居りませうがな』 左守『アハハハハ、ヤアもう万公さまの自惚には感心致しました。それ丈の馬力がなくては到底宣伝使に伴いて歩く訳には行きますまい。問題がスツカリ間違つてるのですからな』 万公『問題が間違うと云つても、ここへお出でになつた以上は吾々四人の中でせう。あの荊だらけの山阪を越えて、六人の御兄妹をお伴れ申して帰つたのだから、人情の上から云つても、メツタに外へ嫁入をなさる筈がありますまい』 左守『とても見当が取れませぬから、先づ治国別様が御帰りまで、ここで一服さして貰ひませう。お茶を一つ頂戴致したいものですな』 万公『常なればお茶を差上げますが、結構な縁談に茶々が入つては約りませぬから、今日は白湯でこらへて貰ひませう、折角の良縁がフイになつては、互の不利益ですからなア』 左守『ヤア、どうも恐れ入りました。何でも結構で厶います』 万公は白湯を汲んで手を震はせ乍ら、左守の前に恭しくつき出した。 左守『ヤ、有難う厶います、えらうお手が震うてるぢやありませぬか』 万公『イヤもう震うといふ訳ではありませぬが、ダイヤ姫様が私の手をグツと握つて細い目をし乍ら、お歌ひ遊ばした事を今思ひ出し、ハートに波が打つて、少し許り全身に動揺を感じたのですよ、エヘヘヘヘ』 左守『あんな若い娘がどんな歌を歌はれました、一寸聞かして貰ひたいものです』 万公『天機洩らす可らず、どこ迄も「之れは万公さま、内証だよ」と仰有つた言葉を無にする訳には行きませぬから、発表するのは先づやめておきませう。併し姫様と私との間柄を汲み取つて下さるならば、申上げない事もありませぬ』 左守『お歌の様子に仍つては、左守にも考へがありますから、兎も角聞かして貰ひたいものです』 万公『エー、キツと笑ひませぬか、……否立腹しちやなりませぬよ。何と云つても情のこもつた歌ですからな。貴方のやうなお年よりにはチツと解しにくいかも知れませぬが、此万公の鋭敏な頭脳には電気に打たれやうに感じましたよ。マア沢山の歌の中で一二を申しますれば、ザツと左の通りです』 とダイヤ姫が歌つた事もない歌を急造して歌ひ始めた。 万公『恋着の南風に いとかむばしき帆を上げて 漂渺たる大海原を 遠く遠く 恋しき君を乗せ行く ヘヘヘヘヘ 果てしも知らぬ恋の海 愛の船路のいや永く いと遠く うら紫の 潮の歌のゆらぎにとけてゆく 恋に縺れし吾思ひ 花爛漫と咲匂ふ 恋の泉のそのほとり うつす姿は万公さま 花を争ふダイヤ姫 晴れて添ふ日を松の下。 ヘヘヘヘヘ、てな事を仰有りましたよ。どうです、これでも両人の心が汲取られませぬかな』 左守『ハハハハハ、大分に陽気がポカポカするので春情があふれて来たとみえますな……ヘン馬鹿にして下さるな。黙つて聞いてをれば、ようマア、モンクの身として左様なウソが言はれますな、姫様に何もかも聞いてありますよ。姫様の夫に持ちたいと仰有るのは竜彦さまです。併しこれも治国別様に先日お尋ねした所が、お許しにならなかつたので、これは駄目でした。お前さまはてんで問題になつて居りませぬがな。性欲を抑制する為に臭ボツでもお呑みになつたらどうですか、それで足らねばルタ・グレベオレンスク草か、但は芥子か唐辛をおあがりなさい。春駒があばれ出しては、治国別さまも大変御迷惑だらうから、それが厭なら、淡泊な食物か、多量なアルコールでも飲めばキツと抑制出来ますよ。アハハハハ』 万公はクワツと怒り、 万公『コレヤ爺、何程左守だとて偉相に言ふな、ドタマの古い男だなア、お前達が今日斯うして安全に暮してるのは、皆俺の先生のお蔭だぞ。先生の御恩を覚えてるのなら、なぜ最愛の弟子を嘲弄するのだ。男の鼻を折らうと致しても、いつかないつかな折られるやうな万公ぢやないぞ』 左守『イヤ実に失礼な事を申しました。何分老耄れて居りますので、お気に障ることが厶いませうなれど、何卒御許し下さいませ』 万公『お前達の様な老耄は恋愛や情欲の如何なるものかと云ふ事は分るまい。それだからそんな残酷な無味乾燥的な挨拶をするのだ。チとお前も性欲を増進させて、恋愛の真味を味はひなさい。玉葱に薤、牛蒡に人参、オランダ三つ葉に魚肉、牡蠣に牛肉、アヒルの焼肉を精だして食つて御覧、そすれば青春の血に燃ゆる青年男女の心裡状態もチト分るだらう。それ丈食つても効能がなければ、カンタリヂンを呑むかストリキニーネか、或はセンソ、ヨヒンビン、或は臭化金か鉛製の白粉の匂ひを嗅ぐとキツと性欲が増進して来る。そして少量のアルコールを興奮剤として呑むのだ』 としつぺ返しに性欲増進剤を並べ立て、揶揄つてみた。 左守『ハハハハハそれではチツと鉛製の白粉の臭でもかいで若やがうかなア』 と話してゐる所へ治国別は松彦、竜彦を伴い、門口から突然這入つて来た。 治国『ヤア、左守殿、よく来て下さいました。不在でさぞ不都合で厶いましたらう』 左守『イエイエ決して決して、エライ御厄介に預かつて居ります』 治国『どうも万公が失礼な事を申上げましてすみませぬ。此男は一寸発情期に向つて居りますから、あの通り目が血走つて居ります。どうかお気にさへられないやうに願ひます。アハハハハ』 万公『先生、御帰りイ、大変お早う厶いましたな』 治国『ウン、せうもないことを言つてはなりませぬぞ』 万公『妾もない所か、至つて微妻に渡り婦人論を妾妻にまくし立てて居つた所です。此爺さまは丸で枯木寒巌的の方ですから、どうしても若い者とはバツが合ひませぬ』 竜彦『ハハハハ万公、又自惚をしよつたな、いいかげんに夢をさまさぬか』 万公『ヘン、自分のラブを先生に茶々入れられただないか、チヤンとそんなこた、此万公がダイヤ姫さまから聞いてるのだ。ヘン、済みませぬな』 竜彦『ハハハハ、サ、松彦さま、ここは万公に任しておいて、左守の司の御接待に奥へ参りませう』 松彦は『ハイ』と答へて治国別の居間に進み行く。 (大正一二・二・二一旧一・六於竜宮館松村真澄録) |
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霊界物語 | 54_巳_ビクの国の物語2(後継者問題) | 15 愚恋 | 第一五章愚恋〔一四〇一〕 晴曇常なき晩秋の空、冷たき風に裳裾をあふられて、トボトボとやつて来た一人の男がある。ここはブルガリオの八衢の関所である。例の如く白赤二人の守衛が厳然と門に立つてゐた。一人の男は何気なく此門を潜らむとした。赤の守衛は、 赤『旅人暫く待てツ』 と呼びとめた。男は立止まつて、 男(六助)『ハイ、何ぞ用で厶いますか』 赤『其方は何者だ。そして姓名を名乗れ』 男(六助)『ハイ、私は自動車の運転手で六助と申します』 赤『あの有名なカウンテスの悪川鎌子の情夫だな』 六助『左様で厶います、それが又何と致しましたか、別に貴方方にお咎を蒙る理由は毛頭厶いませぬがな』 赤『其方はここを何処と心得て居る』 六助『現界でもなければ、霊界でもなし、死んだやうにも思ひますし、死んでゐないやうだし、つまり五里霧中に逍よつて居ります。併し乍ら此途中で妙な歌を聞きましたので、ヤツパリ死んだのではあるまいかと考へます』 赤『どんな歌を聞いたのだ、ここで一つ言つて見よ』 六助『ハイ、何卒お笑ひ下さいませぬやうに、判然は覚えてゐませぬが、あの歌によると何うやら死んだやうで厶います。そして愛人の鎌子は後に残つてるやうな気が致します』 赤『愛人の事を尋ねて居るのでない、歌を聞かせといふのだ』 六助『ハイ、先づザツと左の次第で厶います。 命からるる鎌子ぞと 知らぬが仏の六助を 犬死にさせたは誰が罪 親馬鹿子馬鹿に亭主馬鹿 といふ様な歌で厶いました』 赤『親馬鹿、子馬鹿に六助馬鹿といふのだらう、本当にあつたら命を棄てて、六でもない事をする奴だなア』 六助『どうせ六助ですから、六な事は致しますまいて、併しモ一つふるつた奴が厶います。 死なず共よいお前は死んで 死なにやならない私や死ねぬ ホンに浮世は侭ならぬ どしたら此苦が逃れようか 六助さまは嘸やさぞ 蓮華の花の台にて 半座をわけて吾行くを 待つて厶るであろ程に いやな亭主が介抱する といふ様な歌が道々聞えて居りましたよ。六助鎌子と云つたら、大抵私の事だらうと考へて居ります』 赤『汝は主人の娘を左様な事致して何とも責任を感じないのか』 六助『決して私は悪い事だとは思ひませぬ。双方納得の上、而も女の方から熱烈なる情波を送られ、ラブの雨を誕生の釈迦さま程浴びせかけられ、止むを得ず……でもなく、ヘヘヘヘヘ、つい嬉しい仲になりました。併し乍ら現代は比較的愚物が多いので、……カウンテスに自動車の運転手などがラブ関係を結ぶとは怪しからぬ……などと、法界悋気を致すので、一層の事第二の世界を求めて、両人仲能く理想生活を営まむが為、情死を致した所、どうやら鎌子は後に残つた様な塩梅で厶います。イー、何時頃鎌子が此処へ来るでせうか。お手数をかけますが、一寸生死簿をくつて下さいますまいか』 赤『汝は世間を恥づかしいとは思はぬか』 六助『決して恥づかしとは思ひませぬ、男として是れ位名誉はないと心得てゐます。よく考へて御覧なさい。貴族だとか、門閥だとか、富豪だとか、人為的の階級を楯に取り威張り散らしてる、一方には没分暁漢があり、驕慢不遜の奴があり、一方には泥坊にも等しき上流社会を、一生懸命に尊敬し、一文の御厄介にもならぬ貴族に対して、米搗バツタ宜しく、頭を下げ腰を曲げ尾をふり、追従タラダラ至らざるなき愚痴妄眛の人間に対し、一種の刺激剤ともなり、覚醒剤ともなり、興奮剤ともなりませう。決して男女の関係は権門や門閥や財産や地位や古き道徳に仍つて、左右し得べきものでないと云ふ標本を示した犠牲者で厶いますから、世間の人間は、……此六助を男の中の男だ。大丈夫の典型だ。ラブ・イズ・ベストの擁護者だ。貴族に対する警戒だ……と云つて賞讃してくれてるでせう。今回の六助の行動に依つて、キツと社会の亡者連も稍目を醒ました事でせう。貴族だつて、平民だつて、運転手だつて、同じ人間です。思想観念に決して変りはありますまい。それ故私は暗黒なる社会の光明となつた考へで厶います』 赤『何とマア偉い権幕だなア。余程娑婆の教育も、デモクラチツク化したと見えるワイ』 六助『私は恋愛に悩む世間の男女の為に犠牲になつたのです。平民階級の娘ならば少し許り自由が利きますが、上流階級の娘と来ると、夫れは夫れは悲惨な者で厶います。上流の娘の為に今迄閉ざされたる天国の道を開鑿した大慈善者で厶います』 赤『兎も角理窟は抜きにして、主人の娘と心中せむと致した其行動は許す事が出来ぬ。先づ気の毒乍ら色欲道の地獄へ行かねばなるまいぞ』 六助『止むに止まれぬ破目に陥つて、情死沙汰迄引起したのは、所謂社会の強迫と暴虐なる圧制に堪へかねて決行したのですから、そこはチツと御推量を願ひたいものですな』 赤『兎も角伊吹戸主様の審判廷で事情を申述べたがよからう。サ、奥へ通れ、社会道徳の攪乱者奴』 と云ひ乍ら、ポンと尻を叩いて門内へつつ込んだ。六助は門内にツと立止まり、目をギヨロつかせ乍ら、小声になつて、 六助『何とマア、何処へ行つても没分暁漢の多い事だなア。八衢の守衛迄が俺達のローマンスを羨望嫉妬の余り、ゴテつきやがる。エエ、これから審判廷で滔々と公平な議論をまくし立て、審判廷の空気を一洗してやらうかい』 と云ひ乍ら、一方の肩を高くし、一方の肩をさげ、懐手し乍ら、のそりのそりと進み行く。 面に白粉をペツタリとつけ、背の高い一寸渋皮の剥けた二十四五才と見ゆる女が、シヨナシヨナとやつて来た。赤は、 赤『ハハア此奴ア、今行つた六助のアモリヨーズだなア。まだ肉体は現界にある精霊らしい、どこ共なしに元気がないワ』 と独言云ひ乍ら、近付くのを待つてゐた。女は開け放れた門の閾を跨げようとした途端に白の守衛は大手を拡げ、 白『モシモシお女中、暫くお待ちなさい。貴方は此処へ来る所ぢやありませぬ』 女(鎌子)『私はアマンの後を慕うて参りました者で厶います。何卒そんな意地の悪い事を仰有らずに、此処を通して下さい』 赤『コレヤ女、其方のネームは何と申すか』 女(鎌子)『ハイ、鎌子と申します』 赤『ウーン、さうすると、カウント悪川不顕正の娘だな』 女(鎌子)『ハイ、お察しの通り、カウンテスで厶います』 赤『其方は貴族の家に生れ乍ら、世間の義理も考へず、祖先の家名をも省みず、雇人の六助と情交を通じ、道徳を紊したあばずれ女だな』 鎌子『ホホホホ、何とマアこれ丈開けた世の中に、古い頭を持つてゐられますなア。チツと頭のキルクを抜いて、新しい空気を注入なさいませ』 赤『コレヤ怪しからぬ、豪胆不敵の曲者奴。其方は夫のある身を以て不義の快楽に耽り、家庭を紊し、上流社会の名誉を傷けた大罪人だ』 鎌子『ヘーエ、私が六さまと密通したのが、それ程罪になりますか。今日の世の中を御覧なさい。すべて貴婦人といふ者は役者を買ひ、或は情夫を拵へる為に夜会といふものが出来て居るのです。女は交際界の花ですから、花にはキツと蝶がとまつて来るものです。今日の世の中に情夫の一人も能う持たない様な女だつたら、決して貴婦人とは云へませぬよ。活眼を開いて社会の裏面を能く観察して御覧なさい。私の如きは恒河の砂の僅な其一粒が現はれた位なものです。こんな事が罪になるのならば、今日の社会は全部罪の社会ですよ。男本位の圧制的社会の制度を根本改革し、痛ましい虐げられた女の社会を造る為の犠牲に、私は現れて来たものです。日々の新聞紙を御覧なさい。大抵三件か五件、多い時には十件許りも密通沙汰や情死沙汰を報道してゐるぢやありませぬか。新聞紙上に現はれる世の中の出来事と云ふものはホンの其中の一小部分に限られてるのです。それから考へてみましても、新聞紙上に現れてゐない悲哀なる姦通事件や情死沙汰は幾ら行はれつつあるか知れますまい。なぜ斯うした痛ましい事件が頻々と起るのであらうか。此問題に対して何人が責任を負はねばならぬか、もし責任を負はねばならぬとすれば、それは男でせうか女でせうか。言ふ迄もなく、社会全般が責任者でなければなりますまい』 赤『さうすると、お前の今度の不始末事件も、社会が負はねばならぬといふのか。チツと勝手な理窟ぢやないか』 鎌子『さうですとも、よく考へて御覧なさいませ。現在の社会組織といふものは、すべてが貴族本位、資産家本位は申すに及ばず、男子本位で強い者勝で厶いませう。特に男女の関係に付いては、今日の制度は何もかも男に取つては有利な事柄計りです。そして女に対しては何等の特権も与へられて居りませぬ。実に不公平至極な社会制度で、女に取つて之程不利益な悲惨な事はありませぬ。なぜ斯うした不公平を、男と女の間に設けておかねばならないのか、其理由を知るに私達は苦む者です。ですから一度夫婦間に或事情から離婚問題が持上つたが最後、何時も男は有利の位地に立ち、女は其反対の立場におかれて、泣寝入の体ですよ。女は自分に正当の理があつても、男の立場になつて、而も男にのみ有利に定められた現代の法律では、少しも女の正当な申し出でを聞入れてくれませぬ。どこ迄も女は男に従属したものだといふ観念の下に、かうした問題に対しても、男の方を上にして断定を下す事になつてますが、果して之が正しいと云はれませうか。道徳でも法律でも、男女平等に行はなければならないと、吾々女性は絶叫してゐるのです。女の立場からすれば、どうしてもさう叫ばずには居られないでせう。併し元々男と女の間に、さうした差別が勝手に設けられたのですから、云はば無理非道な公平を欠いだものと言はねばなりませぬ。だから女は女としての権利があります。其権利を女の方から、そんなに遠慮したり、自分自らを卑下したりするには当らないと思ひます。どこ迄も一個の人間として、男と同等の考へで押し進んでゆけば、それで可い事ぢやありませぬか。そこに女としての生命があり、自由があり、幸福があるので、それこそ女としての本来の持つ可きものなのです。男女関係計りでなく、今日の制度は弱肉強食、優勝劣敗の悪制度が行はれて居りますから、吾々はカウントの家に生れたのを幸ひ、誤れる古き道徳や形式を打破して、新しい社会の光明となる考へで、女一人としての本能を発揮した計りです』 赤『どうも挨拶の仕方がない、併し乍ら左様な考へでは社会の秩序が紊れるから、ヤツパリ男尊女卑の法則を守らねばなりませぬぞ。何程男女同権だと云つても、夫婦となつて家庭を作る上は、夫唱婦従の法則に従ひ、茲に始めて男尊女卑、所謂夫婦不同権の域に入るのだ。不都合千万な夫の目を盗み、雇人と姦通をしておき乍ら、社会の目を醒ますの、新社会の光明となるとは怪しからぬ言ひ解けだ。お前の云ふ通りに、世の中がなるのなれば、第一家庭が紊れ、姦通は白昼公然と行はれ、嫉妬紛争の絶え間がなくなるではないか』 鎌子『相愛の男女が夫婦となつたのならば、決して何程解放的にしておかうが、法律がなからうが大丈夫ですが、今日の如き圧迫結婚、財産結婚、門閥結婚、本人以外の者の定めた結婚には、真に夫婦としての互の貞操を保持する事が出来ぬぢやありませぬか。愛のない結婚を強るが為に、遂に抑へ切れなくなつて、かやうな問題が起るのですよ。それだから此責任を社会が負はねばならないと、私は主張致します』 赤『併しお前はまだ、生命が現界に残つてるから、今日は余り追及する事は避けておかう。併し現界へ帰つたら、能く胸に手を当てて、自分の誤れる思想を考索し、今の夫に貞節を尽さねばなりませぬぞ。妻の方から真心を以て向へば、夫は必ず妻を親愛する者だ』 鎌子『私の夫はどれ丈辛く当つても、気の好いノロ作だから、うるさい程親愛しようとします、それが私は厭なんですよ。よう考へて御覧なさい、恋人と心中をせむとして死そこねた其女房を、一言も立腹せず、世間の恥も考へず、下僕の如き態度を以て病院で介抱するのですもの、其ノロさ加減と云つたら、私は益々愛想が尽きました。どうしてもチツと許りは苦味の走つたヒリリとした所がなければ、女は決して男に愛を注ぐ者ぢやありませぬ。甘酒だつて、ヤツパリ椒をすつて入れたり、或は山葵などの辛味を調和せなくちや、本当の甘酒の味がありますまい。甘い計りで辛味の入つてゐない甘酒は一口は宜しいが、三口四口呑みますと、ヘドになつて出ますからね。エエエエ、あの難しい顔わいの、丁度私の父のやうなお方ですなア。仰有る事も能う似てゐますワ。其癖蔭では六助さま以上の事をやつてるでせう。私の父だつてさうですもの、ホホホホホ』 赤は采配を以て、赤の守衛『馬鹿ツ』と一喝、鎌子の頭部を目がけて打下ろす途端に、鎌子の精霊はパツと消えて元の肉体へ復つた。 (大正一二・二・二三旧一・八於竜宮館松村真澄録) |
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霊界物語 | 64_上_卯エルサレム物語1 | 03 聖地夜 | 第三章聖地夜〔一六三二〕 ブラバーサはエルサレムの停車場でバハーウラーに袂別し、プラツトホームを出で、稍広き街道を散歩し初めた。既に黄昏近くなつた近辺の山々の背景を、美しい夕日が五色の雲の線を曳いて色彩つて居る。併し何となく寂し気な印象が刻まれて来る。シオンの城を正面に控へながら、路の両側の畑丘に映えて居る落付いた緑色の葉が、痛々しげに塵埃のために灰白色に化つて居る橄欖の木を懐かしみながら、車馬の往来繁き大通をエルサレムの市街へと進む。 後の方から『モシモシ』と呼ぶ婦人の声が聞える。ブラバーサは後振り返り、立止まつてその婦人の近づくのを待つとはなしに待つて居た。見れば曼陀羅模様のある厚いブエールで顔全部を覆ふて居るユダヤの婦人で、死の国からでも逃げて来た様な気味の悪い姿であつた。ブラバーサは月光の下に、初めて此市中に於て声を掛られたユダヤの婦人の姿を見て、ギヨツとしながら例の丸い眼を嫌らしく光らした。 マリヤ『見ず知らずの賤しき婦女の身として、尊き聖師様を御呼び止め致しまして済まないことで御座いますが、妾はアメリカンコロニーの婦女で、マグダラのマリヤと申す基督信者で御座います。神様の御摂理に由つて貴師の爰に御降り遊ばす事を前知し、急いで聖地の御案内を兼ね、尊き御教を承はり度く罷出でました者で御座います。決して決して怪しき婦女では御座いませぬから、何うぞ妾に聖地の案内を命せて下さいませぬか』 と真心を面に現はして頼む様に云ふ。 ブラバーサは土地不案内のこの市中で、思はぬ親切な婦人の言葉を聞いて打喜びながら、 ブラバーサ『ハイ有難う御座います。私は高砂島より遥々と神命に由つて、聖地へ参向のために来たものですが、何分初めての事ですから土地も一向不案内の処へ、貴婦が案内をして遣らふと仰有るのは、全く神様の御引合はせで御座いませう。併し最早今日は夜分になりましたから、何処かのホテルへ一泊致し、明朝緩くりと橄欖登山致し度きもので御座いますが、適当なホテルを御示し下さいますまいか』 マリヤ『貴師も定めて御疲労で御座いませうから、今晩はホテルに御一泊なさるが宜しいでせう。聖地巡礼者のために設けられた大仕掛なホスビース・ノートルダム・ド・フランスと云ふ加持力の僧院が御座いまして、其設備は一切ホテルと少しも変りなく、且つ大変親切で宿料も一宿が一ポンド内外ですから、それへ御案内致しませうか』 ブラバーサ『カトリックの僧院ですか。夫れは願ふても無き結構な所、どうか其処へ案内を願ひませう』 マリヤ『ハア左様なさいませ。妾も貴師と今晩は同宿して、種々の珍らしい高砂島の御話を承はりたう御座います』 と先導に立ち、カトリックの僧院ホテルへと案内され、今宵は爰に一宿する事となつた。両人は二階の一室に案内され、夕餉を済ませ、窓外を遠く見やると、折しも十六夜の満月が皎々として下界を隈なく照らして居る。大きな僧院にも似ず宿泊者は僅かに四五人で、何れも各宗の僧侶であつた。マリヤはブラバーサに向かひ、 マリヤ『聖師様、今晩の月は亦格別美はしき空に澄み切つて聖師の御来着を祝して居るやうですなア。斯様な良い月の夜を室内に明かす事は、少し計り勿体ないぢや有りませぬか。何うでせう、一つ月明かりに散歩でもして御寝みになりましたら、妾もこの月を見ては室内計りに蟄居する気になりませぬわ』 ブラバーサ『成る程良い月です。高砂島で見た月も今この聖地で見る月も、余り変りはありませぬが、何だか月が懐かしくなつて参りました。無為に一夜を明かすのも神界へ対して済まない様な心地がします。何うか案内を願ひませうかなア』 マリヤ『ハイ宜しう御座います』 と早くもマリヤは二階の階段を下りかけた。ブラバーサもマリヤの後からホテルを忍ぶ様にして門外に出た。両人は市街の外側を西の城壁に添ふてダマスカスの門を目当に歩を運ぶ。上部が凹凸になつた厳めしいこの城壁や門は、皆中世に造られたものだが、何となく古い市街には応はしい感覚を与へる。この門からダマスカスへの道路が通じて居る。両人は月光を浴びながら、門を潜つて市街の北部を横断し、聖ステフアンの門へと出た。荒い敷石の道路は、所々に低いトンネル様のアルカードで覆はれて居て、月光の輝く下では内部の深い深い暗黒面が殊更寂しく物すごく感じられた。道路の両側の所々に、赤いトルコ帽を被つたアラブが小さい茶碗で濃いコーヒーを呑んだり、フラスコ様の大仕掛な装置で水を通過させて長いゴム管で吸入する強い煙草をのん気さうに呑み乍ら、両人の方へ迂散な奴が来よつたなアと云つた様な顔付きで睨んで居た。 ブラバーサ『彼の男は吾々の姿を見て、異様の眼を光らして居ましたが、何かの信仰を以て来て居るのですか』 マリヤ『彼の人等は極端なアセイズムを主唱する人々で、妾が聖地を巡拝するのを見て、ボリセイズムだと云つて嘲つて居るのですよ。物質文明にかぶれてアセイズム者と成つて居るのですから、容易に信仰に導くことは出来難い人達ですわ』 ブラバーサ『斯る聖地にも依然アセイズム者が入込んで居るのですか』 マリヤ『アセイズム者は愚か、ソシアリストもコンミユニストもアナーキストもニヒリストも沢山に入込んで来て居ります。そして此聖地に詣で来る信徒に対して種々の嘲罵を浴びせます。妾も何とかして神様の尊き御道に救ひたいと思つて、毎日毎夜エルサレムの市街に立つて、声をからして演説をいたしましたが、彼等は神の力の声を聞いても立腹いたします。そして大変な強迫的態度に出で、遂には鉄拳の雨を降らすのです。印度の釈尊も縁なき衆生は度し難しと仰有つた相ですが、現界から既に已に身魂の籍を地獄に置いて居る人達には、如何なる神の福音も到底耳には入りませぬ。夫れ故妾の団体アメリカンコロニーの人々は、迷信者扱ひを受け、人間らしく附合つて呉れないのです。モウ此上は聖メシヤの再臨を待つより仕方がありませぬわ』 ブラバーサ『高砂島でも、依然今の貴女の御話と同様に、吾々の信奉するルートバハーの教やその信者を迷信者扱ひをなし、あらゆる圧迫と妨害を加へ、大聖主までも邪神扱ひに致して、上下の民衆が挙つて反抗的態度に出ると云ふ有様です。然し是も時節の力で解決が付くものと私は堅く信じて居ります。メシヤが聖地へ雲に乗つて御降りになる暁は、如何なる智者学者も悪人も太陽の前の星の如く影を隠し、屹度メシヤの膝下に跪付くやうになるでせう。今暫らくの辛抱ですよ』 マリヤ『一時も早くメシヤの降臨を仰ぎ度きもので御座います。真正のメシヤは何時の頃になつたら出現されるでせうか』 ブラバーサ『既に已にメシヤは、或る聖地に降誕されて諸種の準備を整へて居られますから余り長い間でもありますまい。併しメシヤは只今の処では十字架の責苦に逢つて、万民の為めに苦しみて居られますが、軈て電の東天より西天に閃く如く現はれたまふでせう。私はメシヤ再臨の先駆として参つたものです』 マリヤ『それは何より耳寄りの御話し緩りと橄欖山上に於て承り度いものですなア』 ブラバーサ『是非聞いて戴かねばなりませぬ』 マリヤ『聖師様、是が有名な聖ステフアンの門で御座いますよ』 ブラバーサ『聖者が曳き出され石で打ち殺されたといふ、伝説のある聖ステフアンの門ですか。ヘエー』 と首を傾けて少時憂愁に沈む。 マリヤ『妾は此門を通過する毎に、聖者の熱烈なる信仰力を追想して、益々信仰の熱度を加へたので御座います』 と稍傾首て涙ぐむ。 ブラバーサ『アヽ惟神霊幸倍坐世。信仰力弱きこのブラバーサをして、無限の力を御与へ下さいませ。一イ二ウ三イ四、五ツ六ユ七八九十百千万』 と天の数歌を奏上し、暫し感歎止まなかつた。 ○ 聖ステフアンの門を潜ると、少しく下り坂になつて居る。マリヤの後に従いてゲツセマネの有名な園に近づいた。橄欖山は呼べば答ふる様に近くなつて来た。分の厚い丈けの高い、石造の垣で厳重に囲まれて居るのがゲツセマネの園である。処々にサイブレスの木が頭を出して居るのが見えるばかりで、一見して外側からは墓地のやうな感じを与へる。夜の事とて門扉が固く鎖され、内部は見ることが出来ない。そこから団子石のゴロ付いて居る峻しい坂路を攀て、目的の橄欖山へ登るのである。反対側の山の頂に王座して居る月光に由つて装れたエルサレムの市街、美しい気高いシオンの娘の姿は眼前に横たはつて居る。その美しさは現実に存在して居るのか、夫れともキリストに伴ふ聯想が幻影を造り出したのかと、ブラバーサの想像は瞬間に世界歴史の全体を通つて走る。丁度、高砂島の聖地桶伏山の蓮華台上の廃墟の前に立つた時と同様に、然しその二つの感想は、ブラバーサに取つては名状しがたきコントラストであつた。キリスト教とヘレニズムの葛藤、夫れは過去二千年間の人類の歴史を解くための悲哀なる鍵となるのであつた。 そして此マリア婦人を始め、コロニーの人達や、純真なる数多の奉道者が今に至るまで神を求め、真善を極め美に焦がるる純な心を痛めて来た事を思ひ浮かべては、そぞろに涙の溢るるのも覚えなくなつて了つた。アヽこの悲哀なる不調和は一時も早く取り除きたいものだ。キリスト教は何処までも現世界を灰色に染なければ止まないであらうか。アクロポリスに踵を向ける事なしにエルサレムに巡礼する事には成らぬのであらうか。何故神様は、此の世をモウ少し調和的に造り玉はなかつたのであらうかと、今更の如く愚痴と歎息を漏らさざるを得なかつた。 ブラバーサは黙然として追懐久うして居る。 マリヤ『聖師様、何か頻りに考へ込んで居らつしやる様ですが、妾の行動に就いて御気に召さない事が御座いますか。遠慮なく仰有つて下さいませ。如何様にも悪き点は改めますから』 ブラバーサ『イエイエ、決して決して貴女に対して気に合はない道理が御座いませうか。只々私はこの聖地の状況を見るに付け、古の歴史が胸に浮かびて参りまして、感慨無量の涙に暮れて居たのです』 マリヤは軽く、 マリヤ『そりやさうでせう共、妾だつて幾度聖地に来てから、古の歴史を追懐して泣いたか分りませぬわ。然し今晩は夜も更けましたから、ホテルへ一先づ引返し、又明日はゆるゆる案内さして頂きませう』 と先に立つていそいそと歩み出した。爰にブラバーサ、マリヤの二人は月光の下をキドロンの谷をエルサレムの側へ渡り、市街の東南隅の城壁に添ふて、ダング・ゲート(汚物の門)へ進んで来た。 ダング・ゲートは昔此門から汚物を運び去つた所と伝へられて居る。シロアムの村が眼下に展開して居る。その門を這入つてユダヤ人街とマホメツト教徒街との間を通過し、ジヤツフアの門へと出た。 現今のエルサレムの市街はアラブ、ユダヤ人、アルメニヤ人の住みて居る三ツの区域によつて仕切られて居る。 神殿の跡に近い暗いアルカードの傍に、二三人のアラブが立つて居て、手真似で訳の分らない言葉で両人を呼び止めた。両人は気味悪る相に聞かぬ風を装ひスタスタと足を早めた。 ダマスカス、聖ステフアン、ゲツセマネと斯う云ふ名は熱烈な信仰者の胸に深刻な感動を与へるものである。ブラバーサは傾首きながら一足一足指の尖に力を入れ、ウンウンと独り心に囁きながら、マリヤの後について行く。 然し現代の多数の基督教徒、それ等に対して宗教は無意味な形式、死し去つた伝統に過ぎない。呑気な基督教徒中に真にダマスカスの道にある使徒パウロの心を自身に体験し、キリストのゲツセマネの園における救世主の御悩みの一端だに汲み得る信徒が幾人あるであらうか、と慨歎の涙に暮れて知らず識らずにマリヤに半町ばかりも遅れてしまつた。 (大正一二・七・一〇旧五・二七北村隆光録) |
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霊界物語 | □_特別編-入蒙記 | 31 強行軍 | 第三一章強行軍 岩窟の附近もホノボノと明け初めた頃[※6月8日?の朝]、馬を飛ばしてやつて来たのは萩原である。 萩原『昨晩真澄さんからのお知らせに依つて早速引返さうかと思ひましたが、どう云ふものか道筋が真暗で馬が一寸も進みませぬので、漸く只今参りました。昨晩は人家が四五軒あつた為、却つて混雑してゴタゴタしてゐましたから、お越しにならなかつた方が好都合でした』 坂本『ヤツパリ神様は前途が見える哩』 萩原『岡崎さんは非常に憤慨して盧占魁に当り散らしてゐましたよ。それから名田彦さんは病気で困つて心細がつて居ましたが、何でもポツポツ歩行いて引返して来るらしかつたですよ』 日出雄『そら可愛相だ。オイ白凌閣馬を曳つて名田彦さんを迎へて来い』 白凌閣は直ちに駒に跨り、守高の乗馬を名田彦の迎馬として引具し駆け出した。それと入れ違ひに、五六頭駒の頭を立て並べて疾駆し来たのは、盧占魁と其副官連とであつた。盧は直ちに日出雄の側に行き叩頭して何事か弁じたが、生憎此場には山西省訛りの彼の支那語を通訳し得る者がなかつたが、要するに『露営に適当の場所を選定する為に急いだので、無断で行つたのは誠に済まなかつた。軍の整理もせねばならず、混雑してゐるから、自分の心裡を察して一緒に進んで貰ひたい』といふ意味であつたらしい。日出雄は唯、 日出雄『御苦労であつた』 との一言を残し、真澄別、守高を伴ひ岩山の頂上に登り、東天に向つて祝詞を合奏し、萩原をして記念の撮影をなさしめ、悠々として朝食を喫した。盧は再び日出雄の側に寄り懇願の意を表すると、日出雄も諾き乍ら馬に跨つた。 真澄別『先生またお進みなさるのですか、巧く話して別行動を取らうではありませぬか』 と引止むれば、 日出雄『折角盧も懇願するから皆の居る所まで行つて其上の事にしよう』 と出発を急ぐ。名田彦は山田と共に轎車に便乗し、司令部駐屯所迄進む事となつた。 真澄別『チエツ盧氏に曳かれて善光寺参りか』 と呟き乍ら、日出雄が盧に促され砂煙りを立てて馬を急がすのを見送つた。途中まで出迎へに来た猪野軍医長と轡を並べ、何事か語り合ひつつボツボツ進み行く。 猪野『二先生、盧占魁を力にして居ては前途心細い事はありますまいか。岡崎さんは、現状では危くて仕方がないから、何とか方法を講じて来ると云つて、包団長の轎車に同乗して先程出発しましたよ』 真澄別『兎に角神様からの第一命令は盧占魁に下つたのだから、安全に入蒙出来たのは盧占魁の活動ぢやないか』 猪野『昨晩から段々兵隊も減る様だ……盧の命令は少しも権威がありませぬ。これ位な部隊の統一が出来ない様では不安で堪りませぬ。ヤハリ最初岡崎さんの計画で奉天へ日出雄先生のお住居まで用意して居つたと云ふ趙倜や趙傑をお利用になつた方が良かつたらうと思ひますが、何うでせう。岡崎さんも切りにさう言つて居られましたよ』 真澄別『神様の思ひと人間の想ひとは大変な相違のある者で、実際人間には善悪正邪を批判する資格もないのだから、要するに盧占魁は盧占魁としての使命があり、劉陞山[※第9章・他では「劉陞三」になっている。]には劉陞山としての使命があつて従軍してゐるのだから、最後迄行かなきや其真相は分るものでないよ。マア行く所まで行くのさ』 猪野『全く劉が却つて盧に命令する様な傾向ですよ。劉の隊は人数も一番多いし武器も揃ふてますからなア。私は何だか危険味を感ずるので、一度洮南へ帰つてみたい様な気が致しますが如何でせう』 真澄別『それは大先生に伺つてお定めなさい。私としては何れとも御勧めする訳には行かない。私は大先生自身を神と信じて居るので、仮令自分の考へと違つた言行が大先生にあつても、何事も其舞台々々の筋書は神様でなくては判らぬから、大先生に対し維れ命維れ従つて行くのだ。何だか最前の岩窟から前進するのは厭で仕方がないけれども、大先生がああして盧と一緒に進まれるのだから神に任せて行くのですよ』 猪野『そんなものですかなア』 と腑に落ちぬ顔色で従ひ行く。此時の司令部の駐屯所は熱河の最北部に在る民家で、輓近大英子児が活動の根拠は、右の岩窟の附近だといふのも何等かの因縁事であらう。さて日出雄一行の到着した司令部は兵員整理の為如何にも混雑中で、岡崎は包金山と共に応援軍組織の為奉天に向つた後であつた。茲で陣容は一新され、乗馬や銃器の調のはざるものは、それぞれ旅費手当を給与して帰還の途に就かしめる事となつた。盧の実弟盧秉徳、名田彦、山田、小林善吉其他支那人二名は、洮南より来れる二台の轎車に分乗し、強行軍に邪魔になる様な携帯品をも積み込み、四百余支里の距離と称せらるる洮南に向つて帰奉の途に就いた。此一行は後に至り突泉にて支那官憲の手に捕へられ盧秉徳は洮南に於て銃殺せられ、日本側三名は領事館渡しとなつたのである。 或る民家の一室には、真澄別が日出雄の意を受けて劉陞山と筆談を交換してゐる。其意味は左の通りである。 真澄別『一体此部隊は之から何方へ行く事になつてゐますか』 劉『物資の豊かな綏遠で冬籠りをするのだと云つてゐますから、先づ察哈爾へ向ふのでせう。それに就てはこれから三百支里程行つた所で、開魯の兵と一戦せねばなりませぬから、此処で可成り手足纏を少なくする様に計つたのです』 真澄別『あなたは何処迄も盧司令と行動を共にするお考へですか』 劉『大体私は何も知らずに参加したのです。奉天第一師長の李景林から、鄭家屯の闞旅長に手紙をやつた結果、闞中将も君等を保護すると云つてるから早く索倫へ行つて盧占魁の軍に参加せよとの事でしたから、実は盧軍の目的も何も聞かず、好きな道だから、早速手兵を率れて参加した次第ですが、私は兎に角大先生を中心にして何処迄も押立てる考へで居ります。おお司令も其処へ見えました』 盧は此時微笑し乍ら入り来り、 盧『これで武器を携帯した騎兵のみ五百騎となりました。こんな所に駐屯して居ても仕方がありませぬから、今少し兵糧の得られる所まで参りませう。大先生は今日から轎車に乗つて戴く事に致します』 とて直ちに出動の用意を整へた。劉陞山の部隊は先鋒に立ち、日出雄は自分の手廻り品と盧の貴重品を積み合はした轎車に乗り、盧占魁自ら馬を馭し、守高並に二三の支那将校は日出雄の轎車に附添ひ護り、真澄別は或は先頭に或は後方に出没して全軍を見守り、萩原は写真機を肩にして自由に飛び廻り、茲に西南に向ふて強行軍が開始せられることとなつた。但し宿営の場合には、日本人一同日出雄の側に集り一団となる事は忘れなかつた。 六月十一日(陰暦五月十日)の朝、熱河区内の喇嘛廟へ到着する迄は時に数戸の民家を中心として休息する外殆ど昼夜兼行の強行軍で、索倫より携帯せし食料は已に尽き、巻煙草一本の喫み廻しも元が切れて了ふ。盧其他阿片の嗜好者は顔色憔悴して勇気頓に衰へ、馬の斃るる者或は落伍する者漸次増加の窮境に陥つた。漸くにして喇嘛廟において炒米の供給を得、附近民家より羊を購めて全員腹を充たす事が出来たのである。蒙古内地の喇嘛廟は概して小高き丘上又は山腹に建立せられ、本堂を最上中心として数多の僧坊が、それぞれ西蔵本山を模して羅列し、之を遠望すれば宛ら一大城廓の観がある。地方に依りて美観壮観に程度はあるが、一般民家の茅屋若しくは羊皮天幕住居に対照して、調和の取れない事夥しい。尤も之れは蒙古民族信仰の結晶として現はれてるのだから批判の限りではあるまい。又炒米は日本の粟を煎つた様なもので、其儘食べても香ばしい味がある。お茶若しくは牛乳をブツかければ猶更喰べ易い蒙古唯一の穀物である。此日より更に方向は一転されて東南指して進む事となつた。局面は展開して、或は小砂漠、或は砂山の僅かに草木の生ひ茂れる所を横断せねばならなかつた。 六月十三日(陰暦五月十二日)又もや喇嘛廟に宿泊する事を得たが、方向は依然東南に向ひ奉天省の勢力範囲に近づく様子なので、真澄別が盧に糺すと、 盧占魁『民家の多い所へ行かねば、兵糧と馬糧が不足して、何うする事も出来ませぬ』 と力なげに答ふる許りであつた。漸くにして十四日の夕暮に近き頃、達頼汗王府の一族と称する管内に入ると、輪奐の美を極めた朱欄碧瓦の形容詞が相当しさうな喇嘛廟と王府が、約十丁許り離れて対立し、外に支那風建築の民家が十数戸建ち並んで居る。盧司令は王府へ使を遣はし面会を申込むと、王は不在なりとて数人の留守居が誠に無愛想な挨拶なのに、盧も不審の思ひをし乍ら、西南方の谷間に民家を捜し当て、一同の宿泊所と定めた。此処の喇嘛廟は全部戸を鎖し、猫の子一匹ゐない静寂さであつたのは、頗る一同の眉をひそめしめた。 此夜薄暗き宿営の一遇に、日出雄は何事かヒソヒソと真澄別に向ひ囁いてゐたが、唯最後に真澄別の声として、 真澄別『洮南の御神勅に、今度の挙に必要な金は十万円だと承つて居ましたから、其れ以上の金額は早く言へば死金だと私は信じてゐます。そして最後に上木局子で大石氏に迫られて、先生が矢野さんへ送金する様依頼状をお書きに成つたなどは、全く一種の脅迫でしたね』 と聞えたのみで、あとは犬のけたたましき鳴き声に夜は森閑と更け行くのであつた。 (大正一四、八、筆録) |
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霊界物語 | 73_子_太元顕津男の神の物語1 | 15 国生みの旅 | 第一五章国生みの旅〔一八四六〕 火は水の力によりて高く燃え立ち上り其熱と光を放ち、水は又火の力によりて横に流れ低きにつく、之を水火自然の活用と言ふ。火も水の力なき時は横に流れて立つ能はず、水は又火の力なき時は高く上りて直立不動となりて、其用をなさず。霧となり、雲となり、雨となりて、四方の国土を湿すも皆水の霊能なり。火を本性として現れ給ふ厳の御霊を天之道立の神と申すも此の原理より出づるなり。次に太元顕津男の神と称ふるも、水気の徳あらゆる万有に浸潤して其徳を顕すの意なり。故に天之道立の神は紫微の宮居に永久に鎮まりて経の教を宣り給ひ、太元顕津男の神は高地秀の宮に鎮まりまして、四方の神々を初めあらゆる国土を湿ほし給ふ御職掌なりける。故に主の大神は太元顕津男の神に対し、国生み神生みの神業を依さし給ひて、八十柱の比女神を御樋代として顕津男の神に降し給ひ、殊に才色勝れたる八柱の神を選りて御側近く仕へしめ給ひしは、天界経綸の基礎とこそ知られけり。 茲に顕津男の神は天理に暗き百神達の囁きに堪へ兼ね給ひて、尊き神業に躊躇し給ひけるが、主の神の大神宣黙し難く、紫微の宮居に参ひ詣で、天之道立の神に我もてる職掌を𪫧怜に委曲に宣り給ひしかども、素より火の本性を有たす神なれば、顕津男の神の神言を諾ひ給はず、紫微の宮居の百神達も言葉を極めて顕津男の神の行動を裁きまつりければ、茲に御神は深く心を定めつつ、高地秀の宮に帰らせ給ひ、一柱の侍神も伴はず、月光る夜半を独りとぼとぼ立出でまし給へば、白梅の香ゆかしく咲き香ふ栄城山横はる。茲に顕津男の神はほつと御息をつかせ給ひ、栄城山の頂に登りて、日月両神を拝し天津祝詞を奏上し、我神業の完成せむ事を𪫧怜に委曲に祈り給ひける。 顕津男の神は尾上に茂る常磐木の松を根こじにこじ、白梅の香る小枝を手折らせ給ひて松の梢にしばりまし、右手に手握り左手の掌に、夜光の玉を静に柔かに捧げ持たし、松梅の幣を左右左に打振り打振り御声爽かに祈り給ふ。其神言霊は忽ち天地に感動し、紫微天界の諸神は時を移さず神集ひに集ひまして、顕津男の神の太祝詞言を謹み畏み聴聞し給ふ。 『掛けまくも綾に畏き久方の、神国の基とあれませる天の峯火夫の神は、澄みきり澄みきり主の言霊の神水火をうけて、空高くあらはれ給ひ、心を浄め身を清め、いよいよ茲に紫微天界を初めとし、外に四層の天界を𪫧怜に委曲に生り出でましぬ。紫微天界の要天極紫微の宮を見たて給ひ、之を天の御柱の宮となづけ給ひて、天之道立の神に霊界のことを𪫧怜に委曲に任け給ひ、神の御代をば開かせ給へと、次ぎ次ぎ曇る天界の此有様を覧はし、我を東につかはして、高地秀山に下らせつ、茲に宮居を造るべく依さし給へば、ひたすらに畏みまつり、天津国の遠き近きに聳えます、山の尾上や谷々の、茂木の良き木を撰み立て、本打切り末打断ちて、貴の御柱削り終へ、高天原に千木高知りて、我は朝夕仕へまつりぬ。百神達は紫微の宮居に対照して東の宮と呼ばはりつ、伊寄り集ひて大前に、朝な夕なの神嘉言宣り上げまつる折もあれ、主の大神は厳かに、東の宮居に下りまし、国の御柱の大宮と名を賜ひたる尊さよ。茲に主の神もろもろの大御経綸と任け給ひ、あらゆる国を治むべく国魂神を生ませよと、八十柱の比女神を我に下して、御空高く元津御座に帰りましましぬ。我はもとより瑞御霊、一所に留まるべきにあらねば、栄城山の上に今立ちて、四方の神々さし招き、職掌を委曲に、百の神々司神に今あらためて宣り告ぐる。百神達は主の神の、神言をうけし我言葉、𪫧怜に委曲に聞召し、厳の御霊は言ふも更、瑞の御霊の宣言も、浜の千鳥と聞きながさず、心の奥に納めおきて、我神業を救へかし。嗚呼惟神々々、天津真言の言霊もて心の丈を告げまつる』 かく謡ひ終り給へば、百神達は何の答へもなく鰭伏して合掌するのみ。時しもあれや主の神の主の言霊は四方に響き渡り、微妙の音楽非時聞えて、其荘厳さ愉快さ譬ふるにものなし。迦陵頻伽は満山の白梅に枝も撓に集り来りて美音を放ち、鳳凰は幾百千ともなく彼方此方の天より集り来り、栄城山の上空を悠々翔けまはる様、実に最奥天国の有様なりける。 ここに大御母の神は、数多の神々を従へ数百頭の麒麟を率ゐて此処に現れ給ひ、山頂の広場に整列して、顕津男の神の門出を祝し給ふ。茲に顕津男の神は大御母の神の奉りし麒麟に跨り山路を下り給へば、大御母の神を初め百神達は各も各もと麒麟の背に跨り、其他は鳳凰の翼に駕して従ひ給ふ。大太陽の光は益々強く、大太陰は慈光を放ち、清涼の気を送りて其炎熱を調和し給ひ、水火和合の祥徴実現して、紫微天界は忽ち浄土の光景を現じける。再拝。 (昭和八・一〇・一二旧八・二三於水明閣加藤明子謹録) |
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霊界物語 | 73_子_太元顕津男の神の物語1 | 27 神秘の扉 | 第二七章神秘の扉〔一八五八〕 主の神より瑞の御霊太元顕津男の神に依さし給へる国生みの神業とは、荒果てたる国土を開拓し、神々の安住すべき土地を開かせ給ふの意にして、神生みの神業とは、国魂神を生み給ふの意なり。先づ国を生みて其国魂たる、正しき清き神魂を生まざれば、神々は優勝劣敗の気分を起して終に収拾すべからざるに至るを憂ひ、茲に国の司たるべき御子を生み給ふの意なり。而して主の神より八十比女神を与へ給ひたるは、現代人の如きヌホコとホトとの接合にあらずして、只両神の真言の言霊の水火と水火とが融合調和し給ふ神業に感じて、ここに神霊胎内に宿りて、終には日を足らし月を満たして呱々の声と共に生まれ出で給ふ神業なり。比女神と比古神の澄み切り澄みきらひたるスの言霊の水火を初めとし、男神のウ声と女神のア声とここに凝りて神示の神業は完成するものなり。故に現代の如くペニスとムツシエリーとの交接の如き醜猥の手続を取るにあらざるを知るべし。 世は次々に変り行きて現代人の如き、御子生みの手段を取るに至りたれども、遠き神代の神々は斯かる手段を取るの要なく、清く正しき真言の生言霊を互に宣り交しつつ、女神は男神に、男神は女神に融合親和して、二神は茲に一神となり、水火と水火とを蒸し蒸して其神業を為し終へ給ふなりき。男神女神が其の豊円なる肌と肌とを抱き合せ給ふ時は、互に舎密電気の発生により温熱次第に加はりて、蒸しつ蒸されつ御子の霊宿るなり。斯くして生れたる男の御子をムス子と言ひ、女の御子をムス女といふは、今に至るまでその称へは同じ。遠き神代に於ける太元顕津男の神が八十比女神に対せる御子生みの神業を聞きて、現代人は一夫多妻の邪道と誤解するの惧れあるものなれば、ここに説示し置くものなり。 故太元顕津男の神は、八十比女神を御樋代として百神の暗き心を照すべく、御子生みの神業に奉仕し給ひしこそ畏けれ。 天界は愛と善との世界なれば、其愛は益々昂じて恋となり又恋愛となるは止むを得ざる自然の理と知るべし。愛は一切万有に対する情動の活用にして、恋は之に反し或一つのものに焦れて魂のこびりつく意なり。故に恋は親子の中にも、君臣の間にも、又朋友男女の間にも起る情動なり。恋愛に至りては然らず、恋ひ恋ひて焦れたる末は終に其肉体をも任せ任され、終には夫婦の道を造り又は破るの結果となる、之を恋愛の情動といふ。 今の世に至るも主の神の神言を蒙りて世に生れ出でたる神人は、凡人の如き形式を取らず、古の天界に於ける夫婦の道の如く、水火と水火とを組み催合ひ、情動と情動の接合によりて御子生みの神業を為し得るものなれば、極めて清浄なる行為なれども、凡人は妬み嫉み心捻け曲りて、醜悪の行為を為せるものと見做すこそ是非なけれ。女男両神は互に顔と顔とを摺り合せ、胸と胸とを抱き合せ、互に手を握りて愛の情動を交接し、其水火の発動によりて貴の御子は生れ出づるものなり。 有徳の神人は現代に生ると雖も、此の方法によりて御子は生れ出づべし。女男互に心に恨みなく、妬みなく、嫉みなく、其の清き赤き言霊を取り交す時は、別に男女の交接の手段を採らずとも貴の御子は生れ出づべし。これ言霊の天照国の幸ひなり。現代にても、想像妊娠といふことあり。ここに或る女ありて遥に恋ひ遠く慕ひつつ、手枕の夢結ばずと雖も、有徳の神人の御名を聞きて朝夕之に敬慕し、愛を籠め恋ふる時は、神人の霊魂忽ち親臨して水火を睦み合ひ、茲に胎児となりて現るるなり。故に賢明にして至粋至純なる女体には、一切の交接なくして御子生るる理由なり。 又妊婦は常に聖賢の像を壁間に懸けて敬慕おかざる時は、容貌美しき賢児生れ、羅漢像の如き醜悪なる容貌を朝夕見る時は、醜悪なる男女の御子生れるものなり。善言美詞の言霊を朝夕拝誦し、神人の面影を心中に描くときは神の御子生れ出で、悪言暴語を常に口にする時は獰猛醜悪なる御子生れ出で、国を乱し家を破り、終に両親を泣かしむるものなり。故に現代人と雖も常に言葉を謹みて、朝な夕なに善言美詞の神言を奏上し、清き赤き真言の心以て神人を恋ひ慕ふ賢女は、真しく国家の柱石となるべき善良の御子を生み得るものなりと知るべし。嗚呼惟神霊幸倍坐世。 (昭和八・一〇・一七旧八・二八於水明閣森良仁謹録) |
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霊界物語 | 75_寅_太元顕津男の神の物語3 | 02 言霊の光 | 第二章言霊の光〔一八九六〕 抑紫微の天界はスの言霊の水火によりて鳴り出でませるが故に、天地万有一切のものいづれも稚々しく、柔く、現在の地球の如く山川草木修理固成の域に達し居らず、神また幽の幽にましまし、意志想念の世界なれば、到底現代人の想像も及ばざる程なり。清軽なるものは高く昇りて天となり、重濁なるものは降りて地となる。これの真理によりて紫微天界は五十六億七千万年の後、修理固成の神業完成すると共に、其重量を増し、次第々々に位置を大空中の低処に変ずるに至りたれば、我地球こそ、紫微天界のやや完成したるものと知るべし。 紫微天界に於ける数万丈の山岳と雖も殆ど気体なれば、柔かく膨れあがり、伸びひろごりたるもの、次第々々に収縮作用を起し、最高二万数千尺の山岳を止むるに至りたるなり。紫微天界に於ける国土生み、神生みの神業も、この柔かき一切の気体界を物質界に修理固成する迄の年処は、五十六億七千万年の久しきを経たるなり。故に紫微天界の神々の御活動は、無始より無終に連続して止む時なし。故に神代に於ける愛の情動も、亦現代人の如く濃厚執拗ならず、時、処、位に応じて愛の情動起り、忽ち消散して後なき極めて淡泊なる情動なりしなり。併しながら世の次ぎ次ぎ下るに従ひて、山川草木其の硬度を増し、人情又濃厚執拗となりて、遂には愛恋の乱れ、争闘を起すに至れるも自然の結果止むを得ざる事と言ふべし。故に主の大神は紫微天界の最初にあたり、天之道立の神をして、世の混乱を防ぐべく、天津真言の道を天地万有に永遠無窮に教へ導き給ひ、乱れゆく世を建正すべく経綸されたるは深き神慮のおはします事なり。 紫微天界に於ける山川大地は、浮脂のごとく漂へるを以て、現代人の如き重濁なる身をもつては、殆んど空中を行く如く、水上を歩むが如く、如何ともすべからざれども、神代の神人は気体にましませば、浮脂のごとき柔かき地上を歩みて何の支障なく、恰も現代人の現界地上を歩むと異なるところなきなり。国土の修理固成なりて硬度を増すに従ひ、神々も亦体重を増加し、遂には人となりて地上に安住するに至りたるなり。我地球の今日の如く確固不動に修理固成さるるまでは、五十六億七千万年の年処を経たるを思へば、神界の経綸の幽遠なるに畏敬の念をはらはざるべからざるなり。 斯くの如く主の大神を初め、種々の神等の努力の結果完成したる地上に人と生れ、安住せしめらるる其広慈大徳は到底筆紙に尽すべき限りに非ず。況んや全地の中心にして四季の順序調和したる中津国に生を享けたる人生に於てをや。我々は主の大神の住はせ給ひし紫微天界の完成期に近づける地球の中心葦原の中津国なる日の本に生れ、万世一系の皇神国の天皇に仕へまつりて、神の宮居となり、神の子となりて仕へまつる幸福は、三千大千世界の宇宙の世界中到底求め得べからざる仁恵に浴せるものと知るべし。故に我皇神国に生れたる大御民は、海外の諸国に比して特に敬神尊皇報国の至誠を披瀝し、其大慈洪徳に報いまつらずむばあるべからず。紫微天界の完成したる神国なるが故に、我国を皇神国と称へ、其の君を天皇と申し奉るなり。 ためしなき此神国に人と生れ 清き身魂を濁すべきかは 久方の天津皇国を生みませし 神の御稜威を夢な忘れそ 言霊の水火は次ぎ次ぎ固まりて この美しき天地は成れり 智者学者数多あれども天界の なり出で初めたる真相を知らずも 主の神の恵思へば地の上に 住むもつつしみの心湧くなり 神々の恵も知らず世の中を はかなみ思ふ愚かなる人よ 愛善の光にみつる神の国を 火宅とをしへし曲津の教かな 現世も亦幽界も主の神の 領有ぎたまふ国土と知らずや 久方の天より降りて中津国を 永久に知召す主の神の御子よ 葦原の国なり出でし遠因を 思ひて敬神尊皇に尽せよ 言霊の生ける活用白雲の 空に迷へる学者あはれ もろもろの学びあれども言霊の 真言の学び悟れるはなし 世の中に学びは数多ありながら 学王学の言霊知らずも 言霊の学びは総ての基なり 其他の学びは末なりにけり 根本を悟らず末の学びのみ 栄ゆる此世は禍なるかな 世の中の一切万事は言霊の 光によりて解決するなり 言霊の真言の道を知らずして 此神国の治まるべきやは 我は今神の依さしの言霊の 学びに真道を説かむとするなり 皇神国の大本を知るは言霊の 生ける学びによるの外なし (昭和八・一一・三旧九・一六於水明閣加藤明子謹録) |