| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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21 (1717) |
霊界物語 | 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 | 06 真か偽か | 第六章真か偽か〔六三四〕 紫姫は紫の姿を装ふ弥仙山 四尾の山や桶伏の珍の聖地を伏し拝み 西坂峠を後に見て若葉もそよぐ若彦や 心の馬公鹿公を伴ひ進む春の道 山追々と迫り来る心も細き谷道を 伝ひ伝ひて河守の里を左手に打ち眺め 船岡山を右に見て日もやうやうに酉の刻 暗の帳はおろされて一行ゆくてに迷ひつつ 道のかたへの小やけき神の祠に立寄りて 息を休むる折柄に俄に女の叫び声 紫姫は立ち上り耳を傾け聞き終り 若彦、馬、鹿三人を声する方に遣はして 様子探らせ調ぶれば思ひがけなき愛娘 闇の林に縛られて息絶え絶えと苦しみの 中を助けて三人が忽ち登る月影に 心照らして帰り来る何処の方と訪へば 若き女の物語驚く若彦一同は 互に労りかばいつつ月の光を力とし 四辺に注意を為し乍ら剣尖山の麓なる 珍の聖地に立向ふ。 三男二女の一隊は、月もる山道を漸くにして皇大神を斎き祀れる大宮の前に無事参向する事を得たり。水も子の刻丑の刻と夜は段々と更け渡り、淙々たる谷川の水の音を圧して聞え来る祈りの声、凄味を帯びて許々多久の、鬼や大蛇や曲津見の、霊寄り来む言霊の濁り、清き流れの谷川にふさはしからぬ配合なり。 紫姫『皆様、妾は神様のお告により、半日許り此お宮の中で御神勅を承はらねばなりませぬ、何卒其間、産釜、産盥の河原の谷水に御禊をなし、神言を奏上して待つて居て下さいませ』 若彦『委細承知仕りました。サアサア馬公、鹿公、お節殿、参りませう』 と神前の礼拝を終り天の岩戸の下方、紫姫が指定の場所に進み往く。夜はほのぼのと明けかかる。谷の向岸を見れば一人の女、二人の従者らしき者と共に産釜、産盥の水を杓にて汲み上げ、頭上より浴び、一生懸命皺枯れた声を絞つてウラナイ教の宣伝歌を唱へ居る。四人はつかつかと進み寄るを、婆アは頻りに四人の来たのも知らずに水垢離を取り居たり。 馬公『モシモシ何処の婆アさまか知らぬが、この聖地へやつて来て、勿体ない神様の御手洗を無雑作に頭から被り、怪体な歌を謡うて何をして居るのだ、些と心得なさい』 婆、水を被りながら、 婆(黒姫)『何処の方か知らぬが、神様のため世界のために誠一心を立てぬく、日本魂の生粋の真正の水晶魂の守護神さまの命令によつて、この結構なお水で身魂を清め、結構な歌を宇宙の神々に宣べて居るのに、お前は何を云ふのだい、結構な言霊がお前には聞えぬのかい』 馬公『一向トンと聞えませぬ哩、何だか其言霊を聞くと悪魔が寄つて来るやうだ』 鹿公『オイ馬公、野暮の事を云ふない、牛の爪ぢやないが先から分つて居るぢやないか。悪魔の大将が、悪魔の乾児を集めやうと思つて全力を尽し、車輪の活動をやつて御座るのだ、人の商売を妨害するものでないぞ』 馬公『別に妨害はしようとは思はぬが、アンナ声出しやがると何だか癪に触つて、反吐が出さうになつて来た。オイ婆アさま、もう好い加減にやめたらどうだい。この産盥はお前一人の専有物ぢやないぞ、好い加減に退却したらどうだ』 婆(黒姫)『何処の若い衆か知らぬが老人が世界のため道のため、命がけで修業をして居るのだ。私の言霊が偉いお気に触ると見えるが、それは無理もない、お前に憑いて居る悪魔が恐れて居るのだ、其処を辛抱して暫く私の言霊を謹聴しなされ、さうして修業の仕方も私のやり方を手本として頭の先から足の裏まで、一分一厘の垢もない処まで落しなされ、さうしたら結構な結構なウラナイ教の神様のお道へ入信を許して上げる。今時の若い者は何でも彼でも新しがつて昔の元の根本の神様の因縁や性来を知らず、誠の事を云うてやれば馬鹿にしてホクソ笑ひをする者許りぢや、十万億土の根の国、底の国へと落されて、万劫末代上られぬやうな目に遇ふもの許りぢやから、それが可憐相で目を開けて見て居れぬから、世界の人民の身魂を立替立直し、大先祖の因縁から身魂の罪障の事から、何も彼も説いて聞かして助けてやる結構のお道ぢやぞよ。お前も縁があればこそ、コンナ結構な私の行を見せて貰うたのぢや。ちと気分が悪うても辛抱して聞きなされ』 馬公『それは大きに御親切に有難う、私も元は都で生れたものだが、御主人の娘さまと比沼の真名井山へ参拝しようと思うて行く途中で、大江山の鬼の乾児に欺され、岩窟の中に放り込まれ、エライ目に遇うた。そこへ偉い人が出て来て私を助けて下さつたので、何でも此辺に結構な神様が御座ると聞いてお礼詣りに来たのだよ』 婆は、一生懸命に水を被りながら此方も向かず声を当に、 婆(黒姫)『さうだらう、さうだらう、真名井山に詣つてお蔭どころか、鬼の岩窟へ釣り込まれたのだな。真名井山と云ふのは、それや云ひ損ひぢや、あれは魔が井さまと云うて神様の擬ひぢや、変性女子の三つの御霊と云うて、どてらい悪神が変性男子の日本魂の根本の生粋の神様の真似をしよつて、善に見せて悪を働いとるのぢや、暫く待ちなさい、私が結構の事を教へて上げる、三五教とやら云ふ教は三五の月ぢやと云うて居るが、三五の月なら満月ぢや、片割れ月の変性女子だけの教が何になるものか、雲に隠れて此処に半分、誠の経綸が聞きたければ私について御座れ、三千年の長い苦労艱難の一厘の経綸を、信仰次第に依つて聞かして上げぬ事もない、マア其辺にヘタつて此方の修業がすむまで待つて居なさい』 と又もや婆は頻りに水を被る。二人の男も影の形に従ふやうに、水を汲み上げてはザブザブと黒い体に浴びせて居る。婆は漸く水行を終り、頭の先から足の裏迄すつくり水気を拭ひ取り、念入りにチヤンと風を整へ、紋付羽織を着用に及び、二人の男を伴ひ、谷川の足のかかる石を、蛇が蛙を狙ふやうな眼つきで、ポイポイポイと兎渡りに渡りつき。 腰を折り両手をもみながら、 お節『黒姫の先生様、久しうお目に掛りませぬ、お健康でお目出度う』 黒姫『ヤアお前はオヽお節ぢやつたか、何と云つてもかと云うても、ひつ括つてでも捉へてでも、聞かさにや置かぬは女の一心、大慈大悲の心をもつて助けてやらうと、滝、板の二人に跡を追はせたが、何処をお前は迂路ついとつたのだエ、サアサア私について御座れ。ヤアお前は青彦ぢやないか、三五教に呆けてまだ目が醒めぬか』 若彦『ハイ有難う、お蔭ではつきり目が醒めました』 黒姫『さうだらう、若い者は能う気の変るもので、彼方へ迂路々々、此方へ迂路々々して仕方の無いものぢや、お前を助けてやり度いと思うて、どれだけ骨を折つたか知れたものぢやない。サア悠くりと私の所までお節と一緒に出て来なされ、三五教も、一寸尤もらしい事を云ひよるが、終には箔が剥げて何程金太郎のお前でも愛想が尽きたらう、肝腎要の厳の霊の本家を蔑にして、新米の出来損ひのやうな三五教に呆けて見た処で、飯に骨があつて喉に通りやせまいがな。一杯や二杯は珍らしいので喉にも触らないで鵜呑みにするが、三杯目位からは、ニチヤづいて舌の先にザラザラ触り、それを無理に呑み込めば腹の具合が悪くなつて下痢を催し、終の果にはソレ般若波羅蜜多と云うて腹を撫でたり、尻の具合迄悪くして雪隠へお千度を踏み、オンアボキヤ、ビルシヤナブツ、マカモダラニブツ、ヂンラバ、ハラバリタヤ[※密教の真言「光明真言」だと思われるが、語句は少々異なる。]と、陀羅尼を尻が称へるやうになつて仕舞ふ、さうぢやから食つてみにや分らぬのだ。加減の好いウラナイ教の御飯を長らく食べて居つて、栄耀に剰つて餅の皮を剥ぎ、まだ甘い事があるかと思うて、三五教に珍しい食物があるかと這入つて見たところ、味もしやしやりも有りやせまいがな、三五教ぢやなく、味無い教ぢや、アヽよい修業をして御座つた。よもや後戻りはしやしまいなア』 若彦『ヘイ、何うして何うして三五教ナンか信じますものか、これから貴方の頤使に従つて、犬馬の労をも惜しまぬ覚悟でございます』 黒姫『それは結構ぢや、お節、あの頑固な爺や婆アが、国替したので悲しいやら嬉しいやら、好な青彦と気楽に添はれるやうになつたのも、全くウラナイ教のお蔭ぢやぞエ、あのマア何と好う揃うた若夫婦ぢやなア』 と打つて変つて機嫌を直し、青彦の背中をポンと叩いて笑ふ。 馬公『お安くない所を拝見さして貰ひましてイヤもう羨望万望の次第で御座います哩』 鹿公『何と妙ぢやないか、此処には産釜、産盥と云うて眼鏡のやうに夫婦の水溜りが綺麗に湧いて居る、河を隔ててお節サンに若彦、オツトドツコイ青彦さま、何と好い配合だ、俺等も早く誰人かの媒妁で配偶したいものだ、ナア馬公………』 黒姫『お前は初めて見た方ぢやが、青彦の弟子ぢやな、さうして名は何と云ふのぢや、最前から聞いて居れば四足のやうな名を呼びて御座るが、本当の名で聞かして下さい、大方副守護神の名だらう、一寸見たところでは馬鹿らしいお顔ぢや、何程立派な女房が欲しいと云うても、そのスタイルでは駄目ぢやなア、四足の守護神をこれからウラナイ教で追つ放り出して、結構な竜宮の乙姫様の御眷属を守護神に入れ替て上げよう、何うぢや嬉しいか、恥かしさうに男だてら俯むいて、気の弱い事だ。併し其処が良い所ぢや、優しいものぢや、人間も恥かしい事を忘れては駄目ぢや、サアサア四人とも私の処へお出なさい。此二人の男も一人は弥仙山の、ではない弥仙山の木花咲耶姫の神様が好きと云つて大変に信仰をして居つたが、モウ一つ偉い日の出神様、竜宮の乙姫様のある事を悟つて、かうして一生懸命に信神をして居るのぢや』 青彦『アヽさうですか、それは熱心な事ですなア』 馬公『お婆アさま、一寸待つて下さい、私には一人連が御座います』 黒姫『極つたこつちや、お前の連は鹿ぢやないか』 馬公『イヤイヤま一人、元は私の御主人であつた紫姫と云ふ結構なお方が居られます』 黒姫『その方は何処に居られるのだ、早う呼びて来なさい』 馬公『三五教の宣伝使に、つい此間からなられまして、今日初めて大神様へ御参拝なされました。今お宮で御祈念をして居られます』 黒姫『アーさうかな、コレコレ青彦、お前は改心をしてウラナイ教に戻つた土産に、其紫姫とやらを帰順させて来なさい、三五教へも暫く這入つて居つたから、長所もあるけれど、短所も沢山知つて居るだらう、其お前が三五教に愛想を尽かした経歴でも説いて聞かして、その紫姫を早く連れて来なさい』 青彦『確に請合つて帰順さして来ます、どうぞ私達を元の如くお使ひ下さいませぬか』 黒姫『使うて上げるとも、ヤア私が使ふのではない、竜宮の乙姫様がお使ひ遊ばすのだ』 斯かる所へ静々とやつて来たのは紫姫なり。 紫姫『若彦さま、馬公、鹿公、エローお待たせ致しました。サアサア下向致しませう』 一同は、 一同『ハイ』 と、どことも無く躊躇気味の生返事をして居る。 黒姫『ヤアお前が紫姫と云ふのか、三五教の宣伝使と云ふ事ぢやが、神界のために御苦労様で御座います、どうぞ精々、世界のために活動して下さい』 紫姫、嬉しさうな顔つきで、 紫姫『ハア貴方は竜宮の乙姫様の生宮、好い所でお目にかかりました。妾は三五教の宣伝使になりましてから、まだ日も浅う御座いますので、何も存じませぬ、何卒老練な貴女様、宜しく御教授を願ひます』 黒姫『アヽ宜しい宜しい、三五教でも結構だ、何れ私の話を聞いたらきつと兜を脱いでウラナイ教にならねばならぬ。発根の合点のゆく迄、お前は矢張三五教の宣伝使の肩書をもつて居なさるが宜敷からう、無理にウラナイ教に入つて下さいとは申しませぬ、神が開かにや開けぬぞよ、無理に引張には行つて下さるなと大神様が仰有つてござる、心から発根の改心でなければお蔭はないから』 紫姫『一寸お見受け申しても、立派な貴女の神格、一目見れば貴女の奉じたまふお道は優れて居ることは愚かな妾にも観測が出来ます。何卒宜敷く御指導を願ひます』 黒姫『ヤア何と賢明な淑女ぢやなア、コンナ物の好う分る方が何うして三五教のやうな教に入つたのだらう、世の中にはコンナ人がちよいちよい隠れて居るから、何処迄も探し求めて、誠の人を集めねばならぬ。誠の者許り引き寄せて大望な経綸を成就致させるぞよとは、大神様のお言葉、アヽ恐れ入りました。変性男子の霊様、真実の根本の変性女子の霊様、サアサア皆様、神様にお礼を申しませう』 と黒姫は意気揚々として祝詞を奏上し、得意の色を満面に浮べ、鼻をぴこつかせ、肩を揺り、歩み振も常とは変つて、いそいそと崎嶇たる山道を先に立ち、魔窟ケ原の隠家さして一行八人[※黒姫と従者2人、紫姫・若彦・馬公・鹿公・お節の、計8人。従者のうち1人は綾彦だということが第10章に記されている(もう1人は名前不明)。]進み行く。 (大正一一・四・二五旧三・二九加藤明子録) |
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22 (1719) |
霊界物語 | 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 | 08 蛙の口 | 第八章蛙の口〔六三六〕 黄金の峰と聞えたる弥仙の山の麓辺に 此世を忍ぶ豊彦が娘お玉の訝かしや 去年の秋よりブクブクと息も苦しく日に月に むかつき出した布袋腹豊彦夫婦は日に夜に 心を痛め木の花の神に願を掛巻くも 畏き神の夢の告げ真名井ケ原に現れませる 豊国姫の大神の御許に綾彦お民をば 一日も早く参らせよ天地かぬる大神の 貴の御霊の御心と諭し給ふと見るうちに 忽ち夢は破られて雨戸を叩く雨の音 秋の木の葉の凩に吹かれて落つる騒がしさ 夜も漸くに明けぬれば兄の綾彦妻お民 二人に命じて逸早く時を移さず豊国姫の 珍の命の御前に参向せよと命ずれば 正直一途の孝行者親の言葉を大地より 重しと仰ぎ夫婦連れ草蛙脚絆の扮装に 若草山を乗り越えて空も真倉の谷径を 進み進みて一本木田辺、丸八江、由良の川 息も切戸の文珠堂天の橋立右に見て 親の言葉に一言も小言は互に岩淵や 広野を過ぎて五箇の庄比治山峠の峰続き 比沼の真名井の神霊地瑞の宝座に参拝し 草の枕も数重ね普甲峠の麓まで すたすた帰る二人連れ忽ち暮るる秋の空 黒雲低う塞がりて心は暗に怖々と 帰り来れる道の上思はず躓く人の影 忽ち五人の荒男前後左右に立ち上り 殺して呉れむと呶鳴りつつ打つやら蹴るやら殴るやら 綾彦お民は声限り助けて呉れえと叫ぶ声 聞くより忽ち暗がりに現はれ出でた大男 ウラナイ教の言霊に悪者共を追ひ散らし 綾彦お民を伴ひて魔窟ケ原の岩窟に 意気揚々と帰り行く道に出会うた五人連れ 手柄話の花咲かし土産沢山黒姫が 隠家指して帰り行く。 浅、幾の両人は例の岩蓋を剥つて一行十人と共に滑り入る。 浅公『高山彦様、黒姫様、只今帰りました』 黒姫『ヤア、お前は浅公か、ヤ、幾公、梅公、えらう遅いぢやないか、何をして居つたのだい、何時までも日が暮れてから其処らをブラブラ歩いて居ると、大江山の鬼の眷族と間違へられるから、日が暮れたら直に帰つて来るのだよ、今日は又えらい遅い事ぢやないか、ヤ、今日は見馴ぬ方がお二人、これや又如何ぢや、えらう頭の髪も乱れて居る、何かこれには様子でもあるのかな』 幾公『これに就いて色々の苦心話が御座います、それが為に今日は吾々一同の者が遅くなりました、三五教の宣伝使数多の人民を迷はすに依つて、吾々は三五教の宣伝使を見つけ出し、天地の道理を説き聞かせ帰順させむものと普甲峠を降つて来ました。暗さは暗し、風はピユーピユーと吹いて来る、浪立ち騒ぐ海原は太鼓の様な音をたててイヤもう凄じい光景、忽ち騒がしい物音、何事ならむと吾々一同は耳をすまして聞き居れば「人殺し人殺し、助けて呉れえ」との嫌らしい声が聞えて来る、ア、これや大変だ、人を助けるのがウラナイ教の神の教、吾身は如何なつても構はぬ、仮令大江山の鬼の餌食にならうとも神に仕ふる吾々、此悲鳴を聞いて如何して捨てて帰れようか、人を助くるは宣伝使の役と、生命を的に声する方に窺ひ寄り見れば、案に違はぬ百人近くの鬼雲彦が眷族の者共、覆面頭巾の扮装、槍、薙刀に棍棒、刺股氷の刃、暗に閃かし十重二十重に取り囲み、中で二人の男女を捕へて四五人の男、打つ蹴る殴るの乱暴狼藉、大江山の砦に連れ帰りバラモン教の神の贄にせむとの企み、と覚つた吾々は矢も楯も堪らず、一生懸命熱湯の汗を絞り、ウラナイ教の大神様、何卒々々この旅人が生命を救はせ玉へ、吾々の生命はたとへ無くなつても、と幸魂を極端に発揮し暗祈黙祷すれば、アーラ不思議や吾身体に忽ち降り給ふ天津神国津神八百万の神等、日の出神を先頭に竜宮の乙姫、吾々三人が肉体に懸らせ給ひ、天地に轟く言霊の声、一二三四と皆まで言はずに、さしも強力無双の鬼雲彦が手下共、朝日に露の消ゆるが如く、魂奪はれ骨は砕けて生命惜しさに涙と共に頼み入る。思へば憎つくき奴なれど、彼等と雖も元は神の分霊、善を助け悪を許すは大神の慈悲、と心の裡に見直し宣り直せば、百に余る豪傑どもは、チウの声も能う立てず足音を忍ばせ乍ら、風の如く魔の如く水泡と消えてやみの中、そこで吾々八人は予ての計略、オツト、ドツコイ……計略を以て旅人を苦しめむと致す鬼共に、言霊の鉄鎚を加へ今後を戒め置き二人のこれなる夫婦を救ひ花々しく立ち帰つて候』 黒姫『ヤア、それは御苦労であつた、人間と云ふものは目前の時になれば神様がお使ひ下さるもの「腐り縄にも取りえ」と云ふ事がある、私もお前の様な穀潰しを沢山に養つて置いてつまらぬ者ぢや、棄かすにも棄かされず、大根の葉にねちが着いた様なものぢやと思つて居つたが、目前の時にそれ丈の神力が出れば万更捨てたものぢや無い。ヤ、御苦労だつた、サアサア一服して下され、然し乍ら丑、寅、辰外二人の男は今迄何をして居つたのだ、浅、幾の様にお前もチツと活動をせなくては神様に済むまいぞや』 寅公『吾々は御神前に於て……否無形の神殿に向つて祈願する折しも、忽ち吾々の天眼通に映じた普甲峠の突発事件。やれ可憐相な二人の旅人、神力を以て助けてやらむと心は千々に焦慮れども、何を云つても遠隔の地、アヽ仕方が無い、遠隔神霊注射法を実行せむかと思ふ折、又もや吾々が天眼に映じたのは浅、幾、梅の三人、これや良い霊代だと五人一度に三人の身体に神懸りし、群がる魔軍に向つて、言霊の神力は申すに及ばず、あらゆる霊力を尽して戦へば、敵は蜘蛛の子を散らすが如く、散り散りパツと花に嵐の当りし如く、霞となつて消え失せたりツ』 浅公『アハヽヽヽ』 黒姫『何は兎もあれ、藪医者が手柄をした様なものだ、篦で鬼の首とつたも同然、今日は離れの室で御神酒でも沢山頂いてグツスリと寝たが良い、コレコレ旅の方、神様の尊い事が分りましたかな』 綾、民『ハイ、何とも有難うて申し様が御座いませぬ、只もう此通り……』 と夫婦は両手を合せ黒姫の顔を伏し拝み、熱い涙をボロボロと零すのみである。 黒姫『お前は真に幸福な御夫婦ぢや、結構な御神徳を頂きなさつた、袖振り合ふも多生の縁、躓く石も縁の端と云うて、コンナ結構な神様の教の取次に助けて貰うとはよくよく深い昔からの果報が現はれたのぢやぞえ、私も何ぢやか始めて会うた人の様な気がせぬ、之からは総ての娑婆心を捨てて神界の為に千騎一騎の活動をしなされや、就いては夫婦ありては御用の出来ぬ神のお道ぢやから、お前は明日から夫婦別れて御用をするのだ、死ンで別るるのは辛いけれど、此世に生きて居れば矢張り同じウラナイの道に御用するのだから会ふ機会は幾らもある、お前は何と云ふ名だ』 綾彦、お民『ハイ、綾彦と申します。妾はお民と申します』 黒姫『アヽさうか、綾彦は俺の側で御用をするなり、お民は矢張りウラナイ教の支所で高城山と云う処、そこには意地くねの………悪くない松姫が控へて居る、お民は松姫の側へ行つて御用をなさるのだ、御承知がゆけば明日から、幾公に送らしてあげよう』 お民『ハイ、如何なる事でも神様の御為めなれば否とは申しませぬ、然し何卒三四日許り一緒に置いて下さいますまいか、とつくり夫婦の者が相談を致し度う御座いますから……』 黒姫『アヽ其相談がいかぬのだ、人間心で取越苦労をしたつて何になるものか、何事も神様に絶対にお任せするのだ、夫婦別るるのが辛いかな、それはお若い身の上だから無理も無い、年寄りの私でさへも夫婦は無ければならぬ者ぢやと思うて居る位ぢや、然し年寄りは又例外ぢや、末が短いから……、若い者は何程でも会う機会が、長い月日には有るものぢや。あの木貂と云ふ奴は、夫婦仲の良いものぢやが決して夫婦は一緒に棲まひはせぬ、雄の方が東の山の木の洞に棲みて居れば、雌の方は屹度谷を隔てて、西の山の木の洞に棲居をし、西からと東からと互に見張をして居るさうぢや、若し雌の棲みて居る大木の麓へ猟師でも出て来たら、灯台元暗がり、近くに居る雌に気がつかいでも遠くから見て居る雄がチヤンと之を悟つて、電波を送つて雌に知らせ、雄に危険が迫つた時は又遠くから見て居る雌が電波を以て雄に知らせると云う事だ。その通りお前も両方に分かれて互に妻は夫を思ひ、夫は妻を思ひ、偶々会うた時のその嬉しさは何とも云へぬ味が出るぞえ、之だけ若い者ばかり沢山居るのだからお前の様な若夫婦を一緒において置くと、いろいろと若い者が修羅を燃やしてごてつき、お前も亦辛いであらうから、明日は直にお民は高城山へ行つて御用をして下さい』 綾彦、お民『何事も神様にお任せした以上は、何卒貴女の思召の通りお使ひ下さいませ』 黒姫『ア、さうかさうか、結構結構、本当に聞訳の良い人ぢや、サアサ今晩は奥へ行つて寝みなされ、俺も大変草臥れたから今晩は之で寝みませう、然しこれこれお若いの、神様に手を合せお礼を申して寝みなされや、必ず必ず神様の祀つてある方に尻を向けたり足を向けてはなりませぬぞえ』 夫婦『ハイ有難う御座います、然らば寝まして頂きます』 と奥を目蒐けて両人は徐々進み行く。 黒姫『アーア、世の中は思ふ様にいかぬものだなア、今斯う云うて若夫婦に生木を裂く様な命令をしたが、思へば思へば可憐相な者だ。俺とても其通り、高山彦さまが二三日他所へ行つてお顔が見ええでも淋しくて仕方が無いのに、鴛鴦の様な仲の良い若夫婦が別れて御用するのは、私に比ぶれば幾層倍辛いだらう。ウラナイ教の双壁といはれた竜宮の乙姫の此生宮でさへも、高山彦さまを夫に持つたのが露見れてより、夏彦や常彦は直に飛び出し、それから後は毎日日日何とか、かとか云つて、岡餅を焼いて法界悋気の続出、コンナ事では折角築き上げたウラナイ教も崩解するかも知れない、何ほど一旦綱かけたらホーカイはやらぬと、色の黒き尉殿が鈴を振る様に矢釜しく云つても駄目だ、アヽいやいやいやオンハと、三番叟もどきに逃げて去ぬ奴が踵を接するのだから、法界悋気の深い連中の中へ、何ほど可憐相でも若夫婦を交へて置く事は出来ぬ。アーア若夫婦、必ず必ず黒姫は邪慳な奴ぢやと思うて呉れな、口先では強う云うては居るものの、涙もあれば血もある、アヽ可憐相だ、青春の血に燃ゆる二人の心、察しのない様な黒姫ぢや御座いませぬ』 と独語ちつつ同情の涙に暮れて居る。 かかる所へ高山彦現はれ来り、 高山彦『ヤア黒姫か、夜も大分更けた様だ、もうお寝みになつたら如何です』 黒姫『ハイ、只今寝みます』 高山彦『お前に一つ相談がある、聞いて呉れまいか』 黒姫『之は又改まつたお言葉、相談とは何事で御座いますか』 高山彦『外でも無い、俺は一つ大に期する処があるのだ、之からフサの国へ一先づ立ち帰り、大に高姫さまの後援をして大々的活動を仕様と思ふ、お前は此処に居つて自転倒島を征服して下さい、明日からすぐ出立しようと思ふから…』 黒姫『エ、何と仰しやいます、夫婦は車の両輪、唇歯輔車の関係を保たねばなりませぬ、例へば男は左の手足、女は右の手足も同様、片手片足では大切な神業に奉仕する事は出来ますまい、ちつとお考へ直しを願ひます』 高山彦『黄貂[※一般的には「木貂」と書く。]、一名雷獣と云ふ獣は随分仲の良いものだが、夫婦は決して一緒に居ないものだ』 黒姫『エヽ措いて下され、妾の模像ばつかりやるのですな、ソンナ玩弄物の九寸五分を突きつけた様な同情ある恐喝手段にのる様な黒姫とは違ひますわいな、ヘン……いい加減に揶揄つて置きなさいよ、ホヽヽヽ』 高山彦『ヤア真剣だ、強つてお暇を願ひ度い』 黒姫『まつたくですか、ハヽア、宜しい、御勝手になさいませ、外に増花が出来たと見えます、もの云ふ花は此黒姫一人だと妾が心で自惚して居つたのは妾の不覚、薊の花に接吻をして来なさいよ』 高山彦『そう怒つて貰つては困るぢやないか、二つ目には妙な処へ論鋒を向けるのだな、昼演壇に立つて滔々と苦集滅道を説くお前の態度と今の態度とは丸で別人の様な、声の色まで変つて居るぢやないか』 黒姫『ヘンきまつた事ですよ』 と肩を高山彦の方へニユツと突き出し、首を斜にし目を細うし、 黒姫『野暮な事仰しやるな、こゑは思案の外ぢやないか、ホヽヽヽ』 と鰐口を無理におちよぼ口に仕様とつとめる。巾着を引き締めた様に縦の皺が一所に集中し、牛蒡の切り口の様に口の辺りが見えて居る。 高山彦は、 高山彦『アヽもう寝まうか』 と黒姫の背中をポンと叩く。 黒姫『勝手に一人寝やしやンせいな』 と黒姫は、故意とピーンとした顔を見せ、向返つて背中を向ける。 高山彦『ハヽヽヽ、非常な逆鱗だ、どれどれ今晩は山の神さまに巨弾を撃たれて、只一人赤十字病院に収容されるのかな、アハヽヽヽ』 と寝室に帰り行く。黒姫は水鏡を灯火に照し顔の修繕をなし、羽ばたきし乍ら四辺を見まはし目を細うし、 黒姫『どれ夫の負傷を、女房としてお見舞申さねばなるまい』 と又もや一室にいそいそ走り行く。 ○ 黒姫が許可を得て浅公、幾公、梅公、その他十数名の老壮連は御神酒頂戴の名の下に、「会うた時に笠脱げ」式にガブリガブリと酌いでは飲み酌いでは飲み、酔が廻るにつれ徳利の口から「火吹き竹飲み」を初め出しける。 甲『オイ、梅の大将、随分よく飲むぢやないか』 梅公『きまつた事だ、大蛇の子孫だもの、飲む事にかけたら天下一品だ、親譲りの山を呑み田を呑み家まで呑みて、酒の肴に親の脛を噛り、此奴手に負へぬ奴ぢや、七生(升)までの勘(燗)当ぢやと云つて放り出されたと云ふ阿哥兄さまだ。親爺が七升の燗をせいと云つた時は流石の俺も一寸弱つたね、朝九一合、昼九一合、晩九一合、夜中に九一合、夜明け前に九一合、マア一寸ゴシヨゴシヨ(五升)とやつた処で、それ以上は腹の虫が「梅公、あまりぢや、もう此上は六升だ、七升(七生)迄怨み升」と副守の奴でさへも弱音を吹いたのだからな』 甲『随分酒豪だな』 梅公『酒豪な守護神だ、然し之だけ、酒飲みの梅公も此頃はずつと改心して、滅多に飲みた事はあるまいがな、偉い者だらう』 浅公『アハヽヽヽ、飲み度いと云つたつて飲ます者がないものだから気の毒なものだ』 梅公『酒の酔い本性違はずだ、何程酔つた処で足がひよろつくの、頭が痛いの、眩暈が来るの、八百屋店を開業するのと云ふ様な不始末な事は、ちつとも、無いのだからな、それで今日の様な妙案奇策を捻り出すのだ、今晩斯うして貴様達が甘い酒に舌鼓を打つ様にしてやつたのは俺のお蔭ぢやないか、随分うまくいつたぢやないか』 寅公『あの暗がりに飲まぬ酒に酔うた気になつて、冷い土の上に横はり、向うから一歩々々近づいて来る足音、何処を踏まれるか分つたものぢやない、其時の心のせつなさ、腰をトウトウ土足で踏まれ、睾丸を踏まれた時の痛いの痛くないのつて一生懸命の放れ業だ、随分俺も骨を折つた、何ほど梅公が賢うても俺達が実行せなくては今夜の芝居は打てやしない、あまり威張つて貰うまいかい』 辰公『俺だつて臍の上をギユツと踏まれた時の苦しさ、早速ベランメー口調で業託を云はうと思つても満足に声も出やがらぬのだ、皆の奴、気が利かぬ者だから暗がり紛れに旅人だと思つて俺の頭と云はず背中と云はず、幾ら叩きよつたか分つたものぢやない、コオこれを見い、背中が青くなつて居るワ』 梅公『アハヽヽヽ、何ぬかしよるのだ、蛙ぢやあるまいし背中の青くなつたのが如何して分るかい、兎角芝居は幕開きはしたものの馬の脚や猪になる大根役者が、うまくやつて呉れるかと思つて随分気を揉みたよ、マアマア木戸銭取らずの奉納芝居だから、あれ位で観客も何とも云はぬが、下足賃でも徴つて見よ、それこそ一人も這入る者はありやせないぞ、然し寅公、辰公、鳶公、貴様等五人は如何しやがつたかと思つて心配して居つたら、何時の間にか先に行きよつて天眼通だの、何のと甘い事を云ひよつたね』 寅公『当意即妙、神謀奇略の智勇兼備の大将だ、知識の源泉たる吾々、何処に抜け目があるものかい、サアサ良い加減に寝まうぢやないか』 浅公『オヽ、寝みても宜からう、膝坊主でも抱いて寝エ、アーア、今晩の女は随分素敵な奴ぢやないか、アンナ良い女房を持つたハズバンドは随分に幸福だらうな、エー怪体の悪い、あれ程堅苦しい事云つて居た黒姫の大将は婿を持つ、やもめばつかりの俺達は指を啣へて、見て居るより仕方が無い、そこへ又うら若い綺麗な夫婦がやつて来やがつて、随分貴様達も気が揉める事だらう、アハヽヽヽ』 と酔ひに乗じて四辺構はず罵つて居る。綾彦、お民は黒姫の命に依り、一室に行つて寝に就かむと廊下を通る折、思はぬ酒の酔ひの笑ひ声、立ち聞きは不道徳とは知り乍らも、つひ気にかかりフツと耳を傾け聞いて居れば、どうやら自分の事らしい、二人は顔見合せ何事かひそひそ囁き乍ら一睡もせず其夜を明かしける。 (大正一一・四・二六旧三・三〇北村隆光録) (昭和一〇・六・一王仁校正) |
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霊界物語 | 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 | 10 赤面黒面 | 第一〇章赤面黒面〔六三八〕 谷川に禊を済まして、梅公一行は再び地底の館に帰り来たり、 梅公『高山彦様、黒姫様、お蔭で大江山の悪霊も、スツカリ退散致しました。そこら中が何ともなしに軽くなつた様で、明晰な頭脳が益々明晰になり、モウ是れで大宇宙の根本が、現界、神界、幽界の、万事万端手に取る如く明瞭に、梅が心鏡に映ずる様になつて来ました。随分御禊と云ふものは結構なものですなア』 黒姫『さうだろさうだろ、何時もそれぢやから、朝と晩と昼と、間さへあれば、お水を頂きなさいと云うとるのぢや。火と水とお土の御恩が第一ぢや。何時も水を被るのは、蛙の行ぢやと言つてブツブツ叱言を云つてらつしやるが、今日は合点がいつただらう』 梅公『ヤアもう徹底的に分りました。有難い事には、日の出神様と竜宮の乙姫さまが私の肉体にお懸り下さいまして、結構で御座いました』 黒姫『これこれ梅公、何と云ふ傲慢不遜な事を言ひなさる。日の出神様は、誠水晶の生粋の根本の元の身魂でなければお憑りなさらず、又竜宮の乙姫さまは、因縁の身魂でなければ、誰にも、彼れにもお憑りなさる筈がない。「昔から神はものを言はなンだぞよ。世の変り目に神が憑りて、世界の人に何かの事を知らせねばならぬから、因縁の身魂に神が憑りて、世界の初まりの事から、行末の事、身魂の因縁性来を細かう説いて聞かして、世界の人民を改心さすぞよ。稲荷位は誰にも憑るが、誠の大神は禰宜や巫子には憑らぬぞよ」と変性男子の身魂が仰有つて御座る。それに何ぞや、下司の身魂にソンナ結構な神様が憑りなさる筈があるものか。日の出神の生宮が、さう二つもあつたり、竜宮の乙姫さまの生宮が、さう彼方にも此方にも出来て堪るものか。お前は一寸良いと直によい気になつて、慢心をするなり、一寸叱られると、直に青くなつてビシヨビシヨとして了ふ。それと云ふのも、モ一つ腹帯が締つて居らぬからぢや。身魂相応の御用をさされるのぢやから、慢心をし、高上りをしてブチヤダレヌ様にしなされや、灯台下はまつ暗がり、自分の顔の墨は分るまい。空向いて世の中を歩かうと思へば、高い石に躓いて、逆トンボリを打たねばならぬぞよ。開いた口がすぼまらぬ様なことのない様に、各自に心得たが宜いぞ』 梅公『ヤア承知致しました。併し乍ら、臨時御降臨遊ばしたのだから仕方がありませぬ』 黒姫『そら何を云ひなさる。神憑には公憑、私憑と二つの種類がある。其中でも私憑と云ふのは、因縁の身魂丈によりお憑りなさらぬと云う事ぢや。国治立命は変性男子の肉体、日の出神は系統の肉体、竜宮の乙姫は又その系統の肉体と、チヤンと定つて居るのぢや。公憑と云うて、上の方の身魂にも、中の身魂にも、下の身魂にも臨機応変に憑ると云ふ様な、ソンナ自堕落な神さまとは違ひまつせ。竜宮の乙姫さまを、何と思うて居りなさる。チツトお筆先でも拝読きなさい。お筆さへ腹へ締め込みておきたら、目前の時に、ドンナ神力でも与へて下さる。兎角お前達は、字が悪いとか、読み難いとか、クドイとか、首尾一貫せぬとか、肉体が混つとるとか、ここは神諭ぢや、此点は人諭ぢやと、屁理屈ばつかり仰有るから、サツパリ訳が分らぬ様になつて了うのだ。日の出神の生宮のお書き遊ばしたお筆先を審神したり、しやうとするから間違ふのだ。是れから、絶対に有難いと思うていただきなさい』 梅公『私はお道を開く因縁の身魂ぢやありませぬか』 黒姫『きまつた事ぢや。因縁なくて、此結構なウラナイ教へ来られるものか』 梅公『因縁の身魂の中でも、私は最も因縁の深いものでせう。高姫さまは高天原に因縁のある名ぢやし、黒姫さまは、くろうの固まりの花が咲くとお筆先に因縁があるなり、私は三千世界一度に開く梅の花と云ふ、変性男子の初発のお筆先に出て居る因縁の名ぢやありませぬか。何と云つても梅は梅、一度に開く役は梅公の守護神のお役でせう』 黒姫『此広い世界に、梅の名のつくのは、お前ばつかりぢやないわいな』 梅公『それでも、今あなた、因縁の身魂ばつかり引き寄せて有ると仰有つたぢやありませぬか。ウラナイ教へ引寄せられた人間の中に、梅の名の付いた者が、一人でもありますか。松で治めると云ふ、松に因縁のある松姫さまは、高城山であの通り羽振りを利かし、なぜ此梅公は、さうあなたから軽蔑されるのでせう』 黒姫『もうチツと修業しなされ。さうしたら又、松姫と肩を並べる様にならうも知れぬ。併し今日は初めて綾彦、お民に、宣伝を、竜宮の乙姫の肉体が、直接にしてあげるから、お前もシツカリ聴きなされ。そして此肉体の宣伝振をよく腹へ締め込みて、世界を誠で開くのぢやぞえ』 梅公『それは有難う御座います。吾々も傍聴の栄を得まして……』 黒姫『コレコレあまり喋るものぢやない……男だてら……口は禍の門ぢや。黙つて謹聴しなさい』 と押へつけ乍ら、少し曲つた腰付をして底太い声を張上げ歌ひ始めたり。 黒姫『昔の昔その昔遠き神代の初めより 国治立の大神は千座の置戸を負ひ給ひ 世を艮に隠れまし三千年の其間 苦労艱難遊ばして此世を永久に開かむと 種々雑多と身をやつし蔭の守護を遊ばされ ミロクの御代を待ち給ふ時節参りて煎豆に 花咲く御代となりかはり変性男子の御身魂 道具に使ふて昔から末の末まで見通され 尊きお筆を出しまし世に落ちぶれた神々を 今度一緒に世にあげてそれぞれお名を賜ひつつ 神の御用に立て給ふ時節来たのを竜宮の 乙姫様は活溌な御察しの良い神故に 今まで生命と蓄へた金銀、珠玉、珊瑚珠も 残らず宝投げ出して大神様へ献つり 穢ない心をスツパリと海へ流して因縁の 身魂と現れし黒姫を神政成就の機関とし 現はれ給うた尊さよ今まで竜宮の乙姫の 醜しかつた御霊丈系統の身魂に憑られて 懺悔遊ばし一番に改心なされた利巧者 三千世界の世に落ちた神々さまは竜宮の 乙姫さまを手本とし力一杯身魂をば 磨いて今度の御大謨にお役に立つた其上で それぞれお名を頂いて結構な神と祀られる 三千世界の梅の花一度に開くと云ふ事は 永らく海の底の底お住居なされた竜宮さま 肉のお宮にをさまりて広い世界の民草に 誠一つのお仕組を現はしなさるお働き 日の出の神と引つ添うて今度の御用の地となり 神の大望成就させ天にまします三体の 大神様へ地の世界斯うなりましたとお目にかけ お手柄遊ばす仕組ぞや此お仕組は三五の 神の教を厳御霊変性男子の筆先に くまめる様に書いてある其筆先の読み様が 足らぬ盲のミヅ御霊変性女子が混ぜ返し 蛙の行列向ふミヅ瑞の御霊と偉相に 日の出神の筆先を何ぢや彼ンぢやとケチをつけ 黒姫までも馬鹿にするされ共此方はどこまでも 耐り耐りて出て来たが余り何時まで分らねば 是非に及ばず帳を切り悪の鑑と現はして 万劫末代書き残す変性男子は唯一人 変性女子も亦一人それに何ぞや三つ御霊 三つもあつてたまるかい此事からが間違ひぢや 変性男子は経の役変性女子は緯の役 経と緯とを和合させ錦の機を織る仕組 日の出神が地となりて竜宮様のお手伝ひ 今度一番御出世を遊ばす事を知らないか 必ず必ず三五の緯の教に迷ふなよ 経が七分に緯三分これでなければ立派なる 誠の機は織れないに三五教の大本は 次第々々に紊れ来て経が三分に緯七分 変性男子は先走り変性女子は弥勒さま 何ぢや彼ンぢやと身勝手な理屈を並べて煙に巻く 此儘棄てて置いたなら変性男子の永年の 艱難苦労も水の泡水の泡にはさせまいと 系統の身魂を選り抜いて日の出神が現はれて 誠の筆先書きしるし一度読めよと勧むれど 変性女子の頑固者どうして此れが読まれよかと 声を荒立て投げつけるそれ程厭なら読までよい 後で吠面かわくなと言うて聞かしてやつたれど 訳の分らぬ頑固者神の恵を仇に取り 何ほど親切尽してもモウこの上は助けやうが 無いと悔みて高姫が何時も涙をポロポロと 零して御座るお慈悲心それに続いて分らぬは 金勝要の大御神この肉体もド渋とい まだまだ渋とい奴がある仮令大地は沈むとも 生命の綱が切れるとも日の出神の筆先は 当にならぬと撥ねつける木の花姫の生宮と 嘘か本真か知らねども現はれ出でた男女郎 火が蛇になろがどうしようが改心させねば置くものか 縦から横から八方から探女醜女を遣はして いろいろ骨を折るけれど固より愚鈍な生れつき 石の地蔵に打向ひ説教するよな塩梅で どしても聞かうと致さない木の花姫の肉体を 改心させねば何時までも神の仕組は成就せぬ ウラナイ教も栄やせぬサア是れからは黒姫の 指図に従ひ身をやつし千変万化に活動し 一日も早く因縁の身魂を改心さす様に 祈つて呉れよ黒姫もこれから百日百夜は 剣尖山の谷川の産のお水で身を清め 一心不乱に祈念するアヽ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 と汗をブルブルに掻き、身体一面ポーツポーツと湯気を立て、 黒姫『アーア苦しいこと。……世界の人民を助けようと思へば、並大抵ぢやない、変性男子や高姫さまの御苦労が身に浸みて、おいとしう御座るわいの、オンオンオン』 と泣き崩れる。 これより黒姫は、百日百夜、宮川の滝に水行をなし、高山彦の懇望もだし難く、一旦数多の信徒を宣伝使に仕立てて、自転倒島の東西南北に間配り置き、手に手を把つて、フサの国へ渡り、高姫の身許に着きける。高姫は三五教の勢力侮り難きを黒姫より聞き、黒姫を北山村の本山に残し置き、自らは二三の弟子と共に、自転倒島に渡り、再び魔窟ケ原に現はれ、衣懸松の下にて庵を結び、三五教覆滅の根拠地を作らむとして居たのである。又もやそれより由良の湊の人子の司、秋山彦が館に於て、冠島、沓島の宝庫の鍵を盗り、遂には如意宝珠の玉を呑み、空中に白煙となりて再び逃げ帰りしが、それと行違に黒姫は、又もや魔窟ケ原に現はれ、草庵の焼跡に新に庵を結び、前年高姫と共に築き置きたる地底の大岩窟に居を定め、極力宣伝に従事して居たりしなり。然るに黒姫の部下に仕ふる夏彦、常彦、其他の弟子共は、フサの国より扈従し来り乍ら、少しも黒姫に夫ある事を知らざりける。黒姫は独身主義を高唱し、盛ンに宣伝をして居た手前、今更夫ありとは打明け兼ね、私に高姫に通じて、神界の都合と称し、始めて夫を持つた如く装ひける。高山彦の表面入婿として来るや、以前の事情を知らざりし弟子達は、黒姫の此行動に慊らず、遂にウラナイ教を脱退するに至りたるなり。夏彦、常彦以下の主なる者は、此時高城山に立籠り、東南地方を宣伝し居たれば、梅、浅、幾などの計らひに依りて、新に入信したる綾彦の事は少しも知らざりける。また高城山の松姫が侍女として仕へ居るお民の素性も、気が付かず、唯普通の信者とのみ思ひて取扱ひ居たりしなり。黒姫は又もや剣尖山の麓を流るる宮川に、綾彦外一人を伴ひ、禊の最中、紫姫、青彦の一行に出会し、青彦が再びウラナイ教に復帰せしと聞き、喜び勇みて、この岩窟に意気揚々として帰り来たりしなり。 ○ 黒姫『サアサアこれが妾の仮の出張所だ。大江山の悪魔防ぎに地下室を拵へて有るのだから、這入つて下さいませ。……青彦、お前は勝手をよく知つてる筈ぢや。どうぞ皆さまを叮嚀に案内をしてあげて下さいな』 鹿公『ヤアこれは又奇妙なお住居ですな、三五教の反対で、穴有教だなア、ヤア結構結構、穴有難や穴たふとやだ』 と一人々々、ゾロゾロと辷り込む。 黒姫『モシモシ高山彦さま、極道息子が帰つて来ました。どうぞ勘当を赦してやつて下さい』 高山彦『ヤアお前の常々喧しう言つて居つた……これが青彦だらう』 青彦『ハイ始めてお目にかかります。どうぞ宜しう御願ひ致します』 高山彦『ハイハイ、もう是れからは、あまりグラつかぬ様にして下さい』 青彦『決して決して、御心配下さいますな』 高山彦『ヤアなンと綺麗な娘さまがお出になつたぢやないか』 青彦『此お方は由緒ある都の方で御座いますが、お伊勢様へ御参拝の折、黒姫様の言霊を聞いて、大変感心遊ばし、「どうぞ妾も入信が致したう御座いますから、青彦さま、頼みて下さいな」ナンテ、それはそれはお優しい口許でお頼みになりました。私もコンナ綺麗な方が、男ばつかりの所へお出になつては、嘸御迷惑だらうと思ひましたけれども、折角のお頼み、無下に断る訳にもゆかず、黒姫様に御取次致しました。黒姫さまは二つ返辞で承知して下さいました』 紫姫『ホヽヽヽヽ』 と袖に顔を隠す。 黒姫『コレ青彦、チツと違つては居らぬかな』 青彦『アーさうでしたかなア。あまり嬉しかつたので、精神錯乱致しました。どうぞ見直し聞直しを願ひます』 黒姫『青彦お前は久振で親の家へ帰つたのだから、気を許して奥でゆつくりと寝なされ、今は新顔ばつかりで、お前の知つて居る者は、みなフサの国の本山へ往つたり、高城山へ行つて居る、馴染がなくて寂しいだらうが、気の良い者ばつかりだから、気兼なしにユツクリと休まつしやい。馬公鹿公も、トツトとお休み、又明日になつたら結構な話を聞かしてあげる。……サテ紫姫さまとやら、あなたは三五教の宣伝使におなりになつたのは、何を感じてですかなア。何か一つの動機がなければ、あなたの様な賢明な淑女が、あの様な瑞の御霊の混ぜ返し教に入信なさる道理がない。みな奥へ行つて睡眼みて了つたから、誰も聞く者もないから、遠慮なしに話して下さいな』 紫姫『ハイ有難う御座います、別に是れと云ふ動機も御座いませぬ。国家の為社会の為に舎身的の活動をなさる瑞の御霊の大神さまに同情を表しまして、つい何とはなしに宣伝使になりました』 黒姫『それはそれは結構な事だ。身魂の因縁がなくては、到底尊い宣伝使にはなれませぬ。三五教もウラナイ教も、みな変性男子、変性女子と、経と緯との身魂が現はれて錦の機の仕組をなさるのぢやが、併し乍ら、素盞嗚尊は天の岩戸を閉めるお役で、大神様が、此世の乱れた行方がさしてあると仰有る。ナンボ神様の仰有る事でも……これ丈乱れた世の中を、治める事を措いて、乱れた方の御守護をしられて堪りますか。そこで吾々は元は三五教の熱心な取次だが、今では変性女子の行方に愛想をつかし、已むを得ず、ウラナイ教と名をつけて、神様の御用をして居りますのぢや。同じ事なら三五教の名が附けたいけれど、高姫や黒姫は、支部ぢやとか、隠居ぢやとか言はれるのが癪に障るので、已むを得ず結構な結構なウラル教の「ウラ」の二字を取り、アナナイ教の「ナイ」の二字をとつて、表ばつかり、裏鬼門金神の変性女子の教は一寸も無いと云ふ、生粋の日本魂のウラナイ教ぢや。お前も、同じ宣伝使になるのなら、喰はせものの三五教を廃めてウラナイ教になりなされ。あなたのお得ぢや。否々天下の為ぢや』 紫姫『素盞嗚尊さまは、それ程悪いお方で御座いますか。世界万民の為に千座の置戸を負うて、世界の悪を一身に引受け、人民の悪い事は、みな吾が悪いのぢやと言つて、犠牲になつて下さる神さまぢや有りませぬか』 黒姫『それはさうぢやけれども、モ一つ我が強うて改心が出来ぬものぢやから、神界のお仕組が成就しませぬ。何と言うても、高天原から、手足の爪まで抜かれて、おつ放り出される様な神ぢやから、大抵云はいでも分つとる。お前も能う胸に手を当てて御思案なさいませ』 紫姫『ウラナイ教には、ちツとも……仰有る通り裏がないので御座いますか』 黒姫『勿論の事、見えた向きの、正真正銘、併し乍ら、神様のお仕組は奥が深いからなア、一寸やそつとに、人間の理屈位では分りませぬ。マアマア暫く絶対服従で信神して見なさい。御神徳が段々分つて来るから』 斯く話す折しも、慌ただしく走り帰つた二人の男。 黒姫『ヤアお前は滝と板とぢやないか』 滝公、板公『ハイ左様で御座います』 黒姫『昨日から此処を飛び出した限り、どこをウロウロ迂路ついとつたのだい』 滝公『ハイ昨日遅がけに、一人の女が通りましただらう。それをあなたが捉まへて来いと仰有つたものだから、此奴ア又、梅公の故智に倣つて、一つ大手柄を現はし、あの女を入信させてやるか、あまり諾かねば、何れ三五教の奴だから、叩き潰してやらうかと思うて、あなたの御命令で追ひかけて行きました』 黒姫『誰が叩き潰せと言つたのか。丹波村のお節に違ひないから、捉まへて来いと言つたのだ、そして其お節を如何したのぢやい』 滝公『板公と二人、尻引き捲つて……お節は走る、二人は追ひかける、船岡山の手前までやつて来ると、日は暮れかける。お節は石に躓きパタリと倒れたので、其間に追ひつき、無理無体に手足を括り、暗の林に連れ往つて、グツと縛りつけ、猿轡を箝ませ、再び姿を改ため、……コレコレどこのお女中か知らぬが、コンナ所に悪者に括られて可愛想に……と云つて助けてやる。さうすれば如何なお節もウラナイ教の親切に感じて、三五教を思ひ切るだらう……と思ひまして、一寸智慧を出しました。さうした所が、お前さまがやつて来て、種々と仰有るものだから、暗がり乍ら御案内しました。……あなた覚えが御座いませう……忽ちお節は息が切れ、厭らしい声を出して、化けて出よつた、其途端に私は尻餅を搗いて、暗さは暗し、傍の谷川へサクナダリに落ち滝つ、腰イタツ磐根に打据ゑて、それはそれは酷い目に遭ひました。暫くは気を取り失うて、半死になつて了ひ、苦みて居るのに、あなたは側へ来て居り乍ら私を見殺しにして帰りなさつたぢやないか。何時も人を助ける助けると仰有るが、アンナ時に助けて貰はねば、常に御大将と仰いで居る甲斐がありませぬワ』 黒姫『そら何を云うのだ、妾が何故ソンナ所へ行く必要があるか、又何とした乱暴な事をするのだい。ソンナ事がウラナイ教の教にありますか。モウ今日限り、破門するツ、サア出て行け出て行け』 滝公『悪人は悪人とせず、鬼でも、蛇でも、餓鬼虫けらでも助けるのが、ウラナイ教ぢや有りませぬか。出て行けとはチツと聞えませぬワ』 黒姫『モシ紫姫さま、斯う云ふ取違する者がチヨコチヨコ出来ますので、誠に困ります。併し乍ら、コンナ者ばつかりぢや御座いませぬ。これは大勢の中でも、選りに選つて一番悪い奴で御座います。そして又入信してから、幾らもならぬものですから、つい脱線をしましてナ』 板公『モシモシ黒姫さま、余り甚いぢやありませぬか、私が悪人なら、モツとモツと大悪人が沢山居りますで……綾彦だつて、お民だつて、改心さしたのは、あなた知らぬか知らぬが、それはそれは大変な酷い事をやつて入信させたのだ。私も兄弟子の兵法を倣つて巧くやらうと思つたのが当が外れた丈のものですよ、あれ程喧しう下の者が噂をして居るのに、あなたの耳へ這入らぬ筈はない、一年からになるのに、世界が見え透くと云ふあなたが、知つとらぬとは言はれませぬ。腹の底を叩けば、「権謀術数的手段は用ゐるな。併し俺の知らぬ所では都合よく行れ、勝手たるべし」と云ふ、あなたの御精神でせう』 滝公『ソンナこたア、言はなくても定まつて居るワイ。あれ程、神の取次する者は、独身でなければ可かぬと仰有つた黒姫さまでさへも、ヤツパリ言うた事をケロリと忘れて因縁だとか、御都合だとか理屈を附けて、ハズバンドを持たつしやるのだもの、言ふ丈野暮だよ』 黒姫『何を言ふのだ。早う出て下さい』 滝公『都合が悪うおますかなア……初めての入信者の前ですから、成るべくは、コンナ内幕話は言ひたくはありませぬが、お前さまが今日から除名すると仰有つた以上は、今迄の師匠でもなければ、弟子でもない。力一杯奮戦して、どこまでも素破抜きませうか』 黒姫は唇を震はし、目を逆立て、クウクウ歯を喰ひしばつて、怒つて居る。 滝公『モシ黒姫さま、怒る勿れ……と云ふ事がありますなア。怒つて居るのぢやありませぬか。チツと笑ひなされ』 黒姫『ウームウーム』 と歯を喰ひしばり、目を剥いて居る。 紫姫『これはこれは滝さまとやら、板さまとやら、良い加減にお静まりなさいませ。夜前あなたがお節さまを悩めて御座る所を、妾外三人の者がよく見て居りました。黒姫さまは決してお出でぢやありませぬ。妾の連の鹿と云ふ男が黒姫さまの……暗を幸ひ……声色を使つたのですよ。それに黒姫さまがお出でになつたなぞと仰有つてはお気の毒ですワ、お節さまはこの奥へ来て、スヤスヤ寝みてゐらつしやいますよ』 滝公、板公『エー何と仰有る、お節さまが……そいちやア大変だ』 紫姫『さう御心配なされますな、青彦さまも見えて居ります』 滝公『ヤアうつかりして居ると、ドンナ目に合ふか分らぬぞ。仇討に……岩窟退治に来よつたのだなア。……オイ板公、黒姫さまはどうでも良い。生命あつての物種だ、見付からぬ間に、一刻も早く此場を退却だ』 と滝は駆出す。板も続いて、 板公『オイ合点だ』 と後を追ふ。黒姫は、 黒姫『オイこれこれ、滝公、板公、待つた待つた、言ひたい事がある』 滝板の両人は、岩穴の外から内を覗いて、 滝公、板公『黒姫さま、左様なら、ゆつくりと、青彦やお節に、脂を搾られなさつたが宜からう、アバヨ、アハヽヽヽ、ウフヽヽヽ』 と云つた限り、何処ともなく……それ限りウラナイ教には姿を見せなくなりにけり。 紫姫は気の毒がり、 紫姫『モシモシ黒姫さま、お腹が立ちませうが、若い人の仰有る事、どうぞ宥して上げて下さいませ、……イヤもう人を使へば苦を使ふと申しまして、御苦心の程、お察し申します』 黒姫『これはこれは、ご親切によう言うて下さいました。無茶ばつかり申しまして困ります。これと言ふのも、決して決して、滝や板が申すのぢや御座いませぬ。又さう云ふ様な悪い事をする男ぢや有りませぬが、素盞嗚尊の悪神の眷属が憑つて、吾々を苦めやうと思うて、アンナ事を言つたり、したりするのです。チツとも油断はなりませぬ。悪神に使はれた、滝公板公こそ不憫な者で御座います、オンオンオン』 と泣き真似をする。 紫姫『黒姫さま、モウお休みなさいましたらどうでせう。大分夜も更けた様です』 黒姫『ハイ有難う、ソンナラお先へ御免蒙りませう。明日又ゆつくりと、根本のお話を聴いて貰ひませう』 紫姫『ハイ有難う』 と互に寝に就きにける。 (大正一一・四・二六旧三・三〇松村真澄録) |
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24 (1724) |
霊界物語 | 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 | 13 救の神 | 第一三章救の神〔六四一〕 寅若、富彦、菊若の三人は金峰山の頂上、弥仙神社の前に一心不乱に願望成就の祈願を凝らし、遂に夜を明かした。 寅若『アヽ大分沢山に神言を奏上し、最早声の倉庫は窮乏を告げたと見え、そろそろかすつて来だした』 と瘡かきの様な声で云ふ。二人も同じくかすり声、 寅若『もう仕方がない、ありだけの言霊を献納したのだから、声としては殆んど無一物だ、声の裸になつた様なものだ、これだけ生れ赤子になれば、如何な願も聞いて下さるだらう』 と枯れ草の上を竹箒で撫でる様な貧弱な言霊をやつと発射してゐる。寅若、懐中の短刀をヒラリと抜いて傍の木を削り、それへ向けて矢立から、竹片を叩いた、笹葉の様な、長三角の筆を取り出し、何かクシヤクシヤ書き初めた。書き終つて唖の様にウンウンと木の文字を見よと指さし得意顔、二人は立ち寄つて読み下ろすと、 『木花姫の命の筆先、今日は七十五日の忌明で必ず参拝致す筈のお玉に神が気をつける、汝に授けた玉照姫は普通の人間の子で無いぞよ、神が御用に立てる為めに汝の肉体に、そつと這入つて生れ変つたのであるから、今此処で改心を致してウラナイ教に献り、神のお役に立てて下されよ、これが神の仕組であるぞよ、若し承知を致したなれば其しるしに日蔭葛を頭にのせて、其方の家まで帰つて下されよ、若し不承知なれば其儘で帰るがよい、又後から神がみせしめを致すぞよ』 と書いてある。菊若、かすり声で、 菊若『アハヽヽヽ、うまいうまい、ナア富彦、やつぱり哥兄貴だなア』 寅若『哥兄貴だらう』 と、かすり声で云つて居る。三人は軈てお玉が朝参詣して登つて来る時刻と裏山より、ずり下り、そつと廻つて中腹の灌木の繁茂に姿を隠し、お玉の下向を待つて居た。お玉は只一人桜の杖をつき乍ら漸く頂上に達し、神前に向つて感謝の辞を奉り、フツと社側の大木を見れば何か文字が現はれて居る。『ハテ不思議』と近寄つて見れば以前の文面、暫く其木と睨めくらし、腕を組んで思案に暮れて居た。暫時あつて、 お玉『エー、馬鹿らしい、神様が斯んな事をお書き遊ばすものか、何者かの悪戯であらう。日蔭葛を被つて帰る所を眺めて、近在村の若い衆が手を拍いて笑つてやらうとの悪戯だらう、ホヽヽヽ、阿呆らしい』 と独語ちつつ又もや神前に軽く会釈をし、もと来し急坂を下り行く。半分あまり下つたと思ふ時、 寅若『ヤア、駄目だ、日蔭葛を被つて居やがらぬぞ、不承諾だと見える、もう斯うなる上は直接行動だ、サア、一、二、三つで一度にかからうかい』 菊若『オイオイ、あまり慌るな、彼奴の身体を見よ、一歩々々些とも隙がない、うつかりかからうものなら、谷底へ取つて放られるかも知れないから、余程ここは慎重の態度をとらねばなるまいぞ』 富彦『愚図々々云つてる間に、さつさと帰つて仕舞うちや仕方がないぢやないか、もう斯うなつては何の猶予もない、サア一、二、三つだ』 とお玉の前に身体一面、日蔭葛で取り巻いた化物の様な姿で三人は現はれた。 お玉『シイツ、オイ畜生、何と心得て居る、此処は神様のお宮だ、昼中に四つ足が出ると云ふ事があるものか、昼は人間の世界、夜はお前達の世界だ、早く姿を隠せ、一二三四五六七八九十百千万……』 寅若、作り声をして、 寅若『オイ、お玉、其方は生神様に向つて獣と云つたな、もう量見がならぬ、覚悟致せ』 お玉『オホヽヽヽヽ、お前は昨日妾の家へやつて来て、お爺さまに審神をせられた狐や狸の生宮だらう、やつぱり争はれぬもの、宅のお爺さまは目が高い、今日は正真になつて姿を現はし遊ばしたな、ホヽヽヽヽ』 寅若『何を吐すのだ、もう斯う成つた上は此方も死物狂ひだ、幸ひ外に人は無し、何程貴様に神力があるか、手が利いて居るか、荒くれ男の三人と女一人、愚図々々吐さず後へ手を廻せ』 お玉『オホヽヽヽ、お前こそ、ちつと尻へ手を廻さぬと大変な失敗が出来ますよ、後へ手を廻す様な人間はお前の様な悪人ばつかりだ、やがて捕手が出て来て……括つて去なれぬ様に御注意なさいませや』 菊若『エー自暴糞だ、やつて仕舞へ、サア一、二、三つ』 お玉『オホヽヽヽ、随分偉い馬力ですこと、お宮の前に綺麗な楽書がして御座いましたな、妾拝見致しまして、見事なる御手跡だと感心しましたのよ』 寅若『エー、ベラベラと怖くなつたものだから追従ならべやがつて、此場をちよろまかして逃げ様と思つたつて、仏の碗ぢや、もうかなわんぞ、神妙に手を廻さぬかい』 お玉『大きに憚りさま、廻さうと、廻すまいと妾の手、自由の権利だ、お構ひ下さいますな、それよりも貴方の身の上を御注意なさいませ、玩具のピストルを突きつける様な脅喝手段にのる様なお玉ぢや御座いませぬワ』 富彦『何程口は達者でも力には叶うまい、オイ寅若菊若、もう斯うなれば容赦はならぬ、愚図々々して居ると、人に見付かつちや大変だ、早う事業に着手しようぢやないか』 寅若、菊若『オツト合点だ』 と三人は武者振り付く。お玉は右に隙かし左に隙かし、飛鳥の如く揉み合ひへし合ひ戦つて居る。寅若はお玉の足に喰ひついた途端にお玉は仰向態に、ひつくりかへり二三間谷を目蒐けて、寅若と上になり下になりクレリクレリと三四回軽業を演じた。菊若、富彦は予て用意の藤綱を以て後手に縛り、猿轡を箝め様とする。此時下の方から白い笠が揺らついて登つて来る。 寅若『ヤア、何だか怪しげな奴が一匹やつて来やがつたぞ、大方豊彦爺だらう』 菊若『親爺にしては随分足並が早い様だ、早く縛りあげて其処辺へ隠し、彼奴の通るのをば待とうぢやないか』 と慌て括つたお玉の肉体を灌木の繁茂に隠して仕舞つた。そこへ上つて来た一人の男、 男(丹州)『ヤアお前はウラナイ教の方ぢやなア、一寸物をお尋ね致します、此処へ於与岐の豊彦の娘お玉と云ふ綺麗な女は通らなかつたかな、見れば貴方等は身体一面、狐の襷を身に纒うて居るが、何ぞ面白い事でもありましたか』 寅若『イヤ、別に何もありませぬ、お玉さまはねつからお目にかかりませぬがな』 と故意とお玉を隠した反対の方へ目を注ぐ。 男(丹州)『もう此処へ来て居らねばならぬ時刻ですが……彼方から一寸窺つて居ましたが人の影が四ばかり動いて居つた様だ』 寅若『ハイ、そう見えましたかな。それは大方昼の事でもあり影法師がさしたのでせう』 男(丹州)『天を封じた此密林、影が映すとは妙ですな、私も此処で一つ煙草でも……さして貰ひませう、何だか女の息が聞える様だ、ハツハツハヽヽヽ、お前、隠して居るのぢやあるまいな』 寅若『滅相な、此昼中に隠すと云つたつて……何を隠す必要がありますものか、かくすれば斯くなるものと知り乍ら止むにやまれぬ日本魂と云ひまして、ホンの一寸……』 男(丹州)『何が一寸……だ、其一寸が聞かして欲しい』 寅若『そう四角張つて仰有るに及びませぬワ、サアサアお伴致しませう、貴方お空へお詣りでせう、私お伴致します。オイ菊若、富彦、宜いか、合点か、お前は足弱だから、先へ何を何々せい、私は此お方のお伴をしてお空へ詣つて来るから……』 菊若『昨晩詣つただないか』 寅若、グツと目を剥き、 寅若『シイツ、何を云ふのだい、夢を見やがつて……此処までやつて来て「アヽお山はきついから……神様は何処からも同じことだ、ここで勘へて貰はう」と平太つて仕舞つたぢやないか、アハヽヽヽ。昨晩のうちに詣りよつた夢を見たのぢやな、旅人、こんな弱虫を連れて居ますと閉口致しますワイ、サアお伴致しませう』 男(丹州)『御親切は有難いが、私はお空には一寸も用はない、私の許嫁のお玉と云ふものに会ひさへすればよいのだ、何だか此処へ来ると足がピツタリ止まつて、お玉臭い匂ひがして来た』 三人は徐々目と目とを見合して逃げかけ様とする。 男(丹州)『オイオイ、三人の奴共、貴様に談判がある、一寸待て』 寅若『ヘイ、なゝゝゝ何と仰しやいます』 男(丹州)『一寸待てと云うのだ』 寅若『ぢやと申して……鬼と申して……寅と申して……』 男(丹州)『アハヽヽヽ、随分よく動くぢやないか、その態は何ぢやい』 寅若『ハイ………地震の霊が憑依しまして……いやもう慄つて居ますワイ』 男(丹州)『真に三人共慄つてるな、まてまて今一つ退屈覚しに悪霊注射でもやつて霊縛してやらう』 菊若『めゝゝゝ滅相な、もう之で沢山で御座います』 男(丹州)『ウン』 と一声、霊縛を施した。三人は腰から下は鞍掛の足の様に踏ん張つたまま地から生えた木の様にビクツとも動かず、腰から上は貧乏ぶるひをやり乍ら目許りぎろつかせて居る可笑しさ。 男(丹州)『アーア、お玉さまを之から助けて上げねばなるまい』 と傍の灌木の中に倒れて居るお玉の綱を解き猿轡を取り外し、 男(丹州)『旅のお女中、否お玉さま、えらい目に会ひましたね、サ、しつかりなさいませ、もう大丈夫ですよ、あの通り霊縛を施して置きました』 お玉はキヨロキヨロ男の顔を見廻し、 お玉『ヤア、其方は同類であらう、そんな八百長をしたつて欺される様なお玉ではありませぬよ』 男(丹州)『これは迷惑千万、私は丹州と云ふ男、豊彦さまの知己ですよ』 お玉は男の顔を熟視し、 お玉『ヤア貴方は先日お越し下さいました丹州さまで御座いますか、これはこれはよい処へ来て下さいました、サア帰りませう』 丹州『マア、ゆつくり成さいませ、足は歩かねども天の下の事悉く知る神なりと云ふ案山子彦又の御名は曽富斗の神が御三体現はれました、アハヽヽヽ』 お玉『ほんに、マア見事な案山子彦の神さまですこと』 丹州『何でも世界の事は御存じのお方だから、一つ伺つて見ませうか』 お玉『それは面白からう、いやいや面白いでせう』 丹州『神様に伺ふのに面白いなんて、……そんな失敬な事がありますか、ちつと言霊をお慎みなさい』 お玉『ホヽヽヽ、屹度慎みませう』 と寅若の前に徐々と現はれ、 お玉『ハヽア、此神様は目ばかり剥いて居らつしやる、何かお供へしたいが何もありませぬ、丹州さま、如何でせう、大きな口を開けて居らつしやいますが………』 丹州『お土かお石の団子でも腹一杯捻込んであげたら如何でせう、アハヽヽヽ』 お玉『それは経済で宜しいね、お三方とも勝負のない様にお供へしませうか』 丹州『ヤア手が汚れますから措きませうかい、こらこら六本足、霊縛を解いてやる、一時も早く立帰り此由を高姫、黒姫、高山彦の御前に包まず隠さず注進致して、御褒美に預つたが宜からう』 『ウン』と一声霊縛を解くや否や三人は一生懸命ガラガラガラと坂道に石礫を打ちあけた様に転んで逃げて行く。 丹州はお玉と共に於与岐の豊彦の家に黄昏ごろ帰つて来た。豊彦夫婦はお玉の遭難の顛末より丹州が助けて呉れた一条を涙と共に聞き非常に感謝し、丹州は生命の親として鄭重に待遇され、それよりお玉の宅に暫時同棲する事となつた。されど丹州とお玉との両人の仲は一点の怪しき関係も無く極めて純潔であつた。 (大正一一・四・二八旧四・二北村隆光録) |
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25 (1725) |
霊界物語 | 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 | 14 蛸の揚壺 | 第一四章蛸の揚壺〔六四二〕 魔窟ケ原の地下室に、ウラナイ教の双壁と己も許し人も許した、素人離れのした黒姫が、高山彦と睦じさうに晩酌をグビリグビリとやつて居る。 黒姫『コレ高山さま、時節は待たねばならぬものだなア。お前と偕老同穴の契を結び乍ら、枯木寒巌に依つて、三冬暖気無しと云ふやうな、没分暁漢の部下の宣伝使や信者の動揺を恐れて気兼ねをして、貴方をフサの国の本山に、私はこの自転倒島へ渡つて、神様の為にお道の為に、所在最善の努力を尽し、一生懸命に宣伝して来たが、何を云つても追ひ追ひと年は寄る、無常迅速の感に打たれて、何処とも無く心淋しく、どうぞ晴れて夫婦と名乗つて暮したいと思つて居たが、これ迄独身主義を高張して来た手前、今更掌を覆したやうな所作もならず、本当に空行く雲を眺めて雁がねの便りもがなと、明け暮れ涙に暮れた事は幾度あつたでせう、然し乍ら何程お国の為お道の為だといつても、自分に取つて一生の快楽を犠牲にしてまで、痩せ我慢をはつて居つても、こいつは駄目だ。初めの内は、黒姫は偉いものだ、言行一致だといつて褒めて呉れよつたが、終ひには神様の御取次ぎする者は、女だつて独身生活するのは当然だ。何感心する事があるものか。あれや大方、どつか身体の一部に欠陥があるので、負惜みを出して独身生活をやつて居るのだ……何ぞと云ふ者が出来て来た。エヽ、アタ阿呆らしい。これだけ辛抱して居つても悪く言はれるのなら、持ちたい夫を持つて、公然とやつた方が、何程ましか知れないと、いよいよ決行して見たが、初めの内は夏彦、常彦をはじめ、頑固連が追々脱退し、聊か面喰つたが、案じるより生むが易いといつて、何時の間にやら、私と貴方の結婚問題も信者の話頭に上らなくなり、この頃はソロソロと、青彦やお節、おまけに紫姫といふ様な、賢明な淑女迄が帰順したり、入信したり、実に結構な機運に向つて来たものだ。これからは高山さま、もう一寸も遠慮はいらないから、私ばかりに命令をささずに、あなたは天晴れ黒姫の夫として、権利を振うて下さいねエ』 高山彦『アヽさうだなア、待てば海路の風が吹くとやら、時の力位、結構なものの恐ろしいものは無いなア』 黒姫『時に寅若、富彦、菊若の三人は、ここを出てから四五日にもなるに、まだ帰つて来ない。何か道で変つた事でも出来たのではあるまいか。何だか気にかかつて仕方が無いワ』 高山彦『そう心配するものでも無い。何事も時節の力だ』 かく言ふ折しも、ソツと岩の戸を開けて辷り込んだ三人の男、 黒姫『アヽ、噂をすれば影とやら、寅若エロウ遅かつたぢやないか。首尾はどうだつたなナ』 寅若『ハイ、委細の様子は悠くりと、明日の朝でも申上げませう。ナア菊若、富彦、エライ目に遇うたぢやないか』 黒姫『お前達は、あまり遠い道でも無いのに、どうして御座つた。今日で七日目ぢやないか。何時も都合が良い時は、大きな声で門口から呶鳴つて帰つて来るが、今日はコソコソと細うなつて這入つて来たのは、余り結構な話しぢや有るまい、明日の朝申し上げるとは、そら何の事だ。此間から、日日毎日指折り数へて待つて居たのだ。サア早く実地の事を、包まず隠さず云ひなさいや』 寅若、頭をガシガシ掻き乍ら、言ひ難さうに、 寅若『あの、何で御座います。それはそれは、大変な事で、何とも彼とも、注進の仕方が有りませぬワイ。併し乍ら、物質的獲物は一寸時期尚早で、暫時機の熟するまで保留して置きましたが、霊的には大変な収獲がありました』 黒姫『又しても又しても、霊的の収獲と仰有るが、それはお前の慣用的辞令だ。もう霊的の収獲には、この黒姫もウンザリしました。ハツキリと成功だつたとか、不成功だつたとか、女王の前に陳述するのだよ』 と声を尖らせ、目を丸うして睨みつける。 三人は縮み上り、 三人『イヤもう、斯うなれば委細残らず言上いたします。紫雲棚引く東北の天、如何なる神の出現したまふやと、心を清め身を清め、途々宣伝歌を唱へながら、弥仙の山麓までやつて行つた。時しもあれ、噂に高き玉照姫の生母お玉の方は、吾々三人の威風に恐れてか、一生懸命に嬰児を背に、弥仙山に向つて雲を起し、雨を呼び、為に地は震ひ雷鳴轟き、山岳は一度に崩るる許りの大音響を発し、面を向く可からざる景色となつて来た。流石の寅若、富彦、菊若の三勇将も、暫し躊躇ふ折柄に、忽ちあなたの御霊や、高山彦の御霊が、吾々三人に憑依遊ばされ、勇気百倍して弥仙山目蒐けて驀地にかけ登り行く。時しもあれや、山の中腹より、現はれ出たる三五教の奴輩、各自に柄物を携へ、僅か三人の吾々の一隊に向つて攻めよせ来るその勢の凄じさ、されども黒姫さま、高山彦様の御霊の憑つた吾々三人、何条怯むべき。群がる敵に向つて電光石火、突撃攻撃、言霊の火花を散らして戦うたり。さはさり乍ら、此方は形許りの九寸五分、只一本あるのみ。群がる敵は数百千万の同勢、全山人を以て埋まり、如何に防ぎ戦うとも、遉黒姫様の御神力も是れには敵し兼ねたりと見え、吾々三人の肉体を自由自在にお使ひ遊ばされ、血路を開いてターターターと、滝水の落ちるが如く、一潟千里の勢にて、こなたに向つて予定の退却、鬼神も欺くその早業、勇ましかりける次第なり』 黒姫『コレ、富彦、寅若の今言つた通り、間違は無からうなア』 富彦『ヘーヘー、間違つて堪りますものか。あなたは常に吾々の身の上に、仁慈のお心をお注ぎ下さいまする、其一念が幸はひ給ひて、御分霊忽ち降下し給ひ、さしもの強敵に向つて、獅々奮迅の応戦をやつたのも、全くあなた様御両人の神徳の然らしむる処、万々一お両方の御霊の御守護無き時は、如何に吾々勇なりと雖も、忽ち木端微塵に粉砕されしは勿論のこと、然るに僅三人を以て、かく迄よく奮闘し、敵の胆を寒からしめたるは、形体上に於ては兎も角も、精神上に於て、敵を威嚇せしこと、幾何なるか計り知られませぬ。マアマア御喜び下さいませ』 黒姫『それは先づ結構であつた。併し、お玉に玉照姫は何うなつたのか』 富彦『オイ菊若、これからは貴様の番だ。確りと申し上げるのだぞ』 菊若『ハイハイ、申上げます。いやもう何のかのと云うた処で、向うはたつた女の一人』 黒姫『ナニ、女一人』 菊若『女一人と思ひきや、四辺の物蔭より来るワ来るワ、恰も蟻の宿替への如く、ゾロゾロゾロと此方へ向つて馳せ来る。三人は丹州の霊縛にかけられ、身体忽ち強直し』 黒姫『何、お前達三人が』 菊若『イエイエ、滅相な、丹州と云ふ奴、吾々三人を目蒐けて、霊縛を加へ強直させようとかかつた処、流石黒姫様、高山彦様の御威霊憑らせ給ふ吾々三人を如何ともするに由なく、敵は一生懸命死力を尽して押しよせ来る。吾々三人は、アヽ面白い面白いと、勇気百倍して、挑み戦はむとする折しも、吾々三人に憑り給うた御魂の命令、汝は一先づ引返し、時機を待つて捲土重来の準備をなすが得策なりと、流石神謀鬼略に富ませ給う黒姫様、高山彦様の御霊の命令もだし難く、みすみす敵を見捨て一目散に立帰つて候』 と言ひをはつて冷汗を拭く。 黒姫『コレコレ、私が馬鹿になつて聞いて居ればお前、それや何という法螺を吹くのだい。みな嘘だらう。一人か二人の木端武者に怖れて一目散に逃げ帰つたのだらう。そんなお前さん達の下司身魂に私の霊魂が憑つて堪るものか。馬鹿にしなさるな』 寅若『そんなら、あなたの名を騙つて、四足か何かが憑いたのでせうか』 富彦『そうかも知れぬよ。豊彦の爺が言つて居ただ無いか』 黒姫『それ見なさい。お前らは豊彦の家へ行つて尻を喰はされて、謝罪つて逃げて帰つたのだらう。エヽ仕方のない男だ。はるばる高山さまがフサの国から、選りに選つて連れて御座つたお前は大将株ぢやないか。そらまた何とした腰抜けだ』 寅若『何を云つてもフサの国なれば、地理をよく存じて居りますが、この自転倒島は地理不案内で、思うやうに戦闘も出来ず、さうして陽気が眠たいですから、思うやうな活動も、実際の事は出来なかつたのです。併し一遍失敗したつて、さう気なげをしたものぢやありませぬ。失敗毎に経験を重ね、遂には成功するものですから、マア今度の失敗は結局成功の門口ですなア』 黒姫『エヽ、おきなされ。敗軍の将は兵を語らずという事が有るぢやないか。余り大きな声で減らず口を叩くものぢや無い。奥へ這入つて麦飯なと、ドツサリ食つて休みなさい。折角機嫌よう飲んで居つた酒までさめて了つた。エヽ早く寝なさらぬか』 と長煙管が折れる程火鉢を叩く。三人は頭を抱へ、こそこそと奥に影を隠した。 黒姫『高山さま、もうお休みなさいませ。私は一寸綾彦に詮議をしたい事がありますからお前が側に居られると、ツイ臆めてよう言はないと困るから、私は女の事であり、やあはりと尋ねて見ますから、早く寝んで下さい』 高山彦『ハイハイ、お邪魔になりませう。さやうなればお先き御免を蒙りませう』 黒姫『記憶えて居らつしやい。貴方こそお邪魔になりませう。紫姫のお側へでも往つて、ゆつくりと夜明かしをなさいませ』 と、ツンとした顔をする。 高山彦『ハヽヽヽ、形勢頗る不隠と成つて来た。どれどれ雷の落ちぬ間に退却しよう、アヽ桑原桑原』 と捨台詞を残し、ノソリノソリと奥へ行く。 黒姫『高山さまはあゝ見えても、やつぱり可愛相な程正直な人だ。何処ともなしに、身魂にいいとこが有るワイ』 と肩を揺り、又もや長煙管に煙草をつぎ乍ら、 黒姫『綾彦綾彦』 と呼ぶ声に綾彦はこの場に現れ、両手をつき、 綾彦『今お呼びになりましたのは私で御座いましたか』 黒姫『アヽ左様ぢや左様ぢや、お前に折入つて尋ねたいと此間から思うて居たのぢやが、ここへ来てから大分になりますが、一体お前のお国許は何処ぢやな、色々と誰に尋ねさしても言ひなさらぬが、大方何処かで悪い事をして逃げて来たのだらう。それを体よう真名井さまへ詣つたなぞと、誤魔化しとるのだらう』 綾彦『イエイエ滅相もない、生れてから悪い事は、塵程もやつた覚えは有りませぬ』 黒姫『そんならお前の処は何処ぢや。虱でさへも生れ所は有るのに、滅多に天から降つたのでもあるまい。地の底から湧いて出たのでも有るまい。お父さまや、お母さまが有るだらう。処と親の名と聞かして下さい』 綾彦『これ許りはどうぞ赦して下さいませ』 黒姫『それ見たかな。矢張怪しい人ぢや。私は何処までも、言うて悪い事は秘密を守る、私丈に言ひなさらぬかいな』 綾彦『貴方様はいつも仰有る通り、世界中隅から隅まで見え透く、竜宮の乙姫の生宮ぢやありませぬか。そんな事お尋ねなさらないでも、遠の昔に何も彼も御存じの筈、煽動て下さいますな』 黒姫『ソラさうぢや。霊の方ではお前の身魂は何の身魂ぢや、昔の根本は何んな事をして居つた。また行く先は何う成ると云ふ事は、能く分つて居るが、肉体上の事は畑が違うから、聞いた方が便利がよい。こんな事を神さまに勿体なうて、御苦労かけずともお前に聞いた方が早いぢやないか。又お前も、これ丈長らく世話に成つて居ながら、何故生れた処を言はれぬのか』 と言葉に角を立て、長煙管で畳を二つ三つ叩いた。 綾彦『何と仰有つても、これ丈は申上げられませぬ。どうぞあなた、天眼通でお調べ下さいませ、私の口が一旦いかなる事があつても国処、親の名は言うで無いと、両親にいましめられ、決して生命にかかる様な事が有つても申しませぬと約束をして出た以上は、何処迄も申上げる事は出来ませぬ』 黒姫『ハヽヽヽ、お前は親に孝行な人ぢや。親の言葉をよく守つて、どうしてもいけぬと仰有るのは、実に感心ぢや。人間はさう無くては成らぬ。併し乍ら、お前はモ一つ大事の親を知つて居ますか。大方忘れたのだらう』 綾彦『私は親と云つたら、お父さまと、お母さまと二人より御座いませぬ。其上にま一つ大事の親とは、それや何の事で御座いますか』 黒姫『アーアー、お前も見た割とは愚鈍な人ぢやな。あれ程毎日日日、竜宮の乙姫さまのお筆先を読んで居つて、まだ判らぬのかいなア。自分の肉体を生んで呉れた親は仮の親ぢやぞい。吾々の霊魂、肉体の根本をお授け下さつた、天地の誠の親が有る事を、お前聞いて居るぢや無いか』 綾彦『ハイ、それはお筆先でお蔭をいただいて居ります』 黒姫『お前は、誠の親が大切か、肉体の親が大切か、どちらが大切か考へてみなされ』 綾彦『それは何方も大切で御座います』 黒姫『何方も大切な事は決つてゐるが、併し其中でも、重い軽いが有るだらう。僅か百年や二百年の肉体を生んで呉れた親が大切か、幾億万年と知れぬ身魂の生命を与へて万劫末代守つて下さる、慈悲深い神様が大切か、それが聞きたい』 綾彦『ハイ………』 黒姫『天地の根本の神様の生宮の私は、つまり大神様の代りぢや。何故親の云ふ事を聞いて私の云ふ事が聞けぬのかい。一寸信心の仕方が間違うて居やせぬか』 かかる処へ紫姫現はれ来り、 紫姫『今承はりますれば、大変に綾彦さまに、何かお尋ねのやうですが、何うぞ私に任して下さいませ。私が機を見て、綾彦さまに篤りと尋ねまして、お返事を致します』 黒姫『さよかさよか、どうぞ貴女、やあはりと問うて見て下さい。何分婆の言ふことは、気に入らぬと見えますワイ、綺麗な貴女のお尋ねなら、綾彦も惜気なく言ひませう』 紫姫『ホヽヽヽ、サア、綾彦さま、もうお寝みなさいませ。黒姫さま、夜も更けました、何卒御休息を』 黒姫『ハイハイ、早く寝て下さい』 紫姫『さやうなら』 紫姫は綾彦の手を引き、廊下伝ひに奥に入る。 黒姫は又もや疳声を出して、 黒姫『青彦青彦』 と呼び立ててゐる。 青彦は周章てて此の場に走り来り、 青彦『ハイ、何の御用で御座いましたか』 黒姫『青彦、お前もお節を高城山へやつて、さぞ淋しからう。心の裡は私もよく察して居る。本当にお気の毒ぢや。同情の涙は、いつも外へ零さずに、内へ流して居る』 と追従らしく言ふ。 青彦『何御用かと思へば、そんな事で御座いますか。イヤそんな事なら、御心配下さいますな、却て私は気楽で宜しう御座います』 黒姫『お前に折入つて尋ねたい事がある。外でも無いが、あの綾彦と云ふ男は、弥仙山の麓の、於与岐の村の豊彦と云ふ男の息子ぢやないか』 青彦『あなた、それが何うして分りましたか』 黒姫はしたり顔にて、 黒姫『そんな事が判らないで、竜宮の乙姫さまの生宮ぢやと言はれますかいな。蛇の道は矢張蛇だ。間違ひは有らうまいがな』 青彦『ヤア、あなたの御明察には恐縮致しました。それに間違ひは有りますまい』 黒姫『さうだらうさうだらう、流石はお前はよう改心が出来て居る。正直な男だ。時にお前に折入つて相談があるが、乗つて下さるまいかな』 青彦『これは又、改まつての御言葉、何なりと御遠慮なく仰有つて下さいませ』 黒姫『ヤア、有難い有難い。お前も噂に聞いて居る通り於与岐の里に、お玉といふ綺麗な娘が有つて玉照姫とかいふ、不思議な子が出来たといふ事ぢや。それは何うしても斯うしても、ウラナイ教へ引き入れねば、神界のお仕組が成就しないから、此の間も、寅若や、富彦、菊若の三人を遣はして交渉に遣つたが、何うやら失敗して帰つたらしい、併し乍ら、よう考へて見れば、向うの老爺が孫を呉れんのも、一つの理由がある。何故といつたら、あの綾彦夫婦は行衛不明となり、只一人の娘お玉とやらが、年寄の世話をして居るさうだ。そのお玉に、男も無いのに子が胎り、其子が又妙な神力を持つて居るので、エライ評判ぢやげな。そこで其子を貰うには、綾彦夫婦を元へ還してやらねば成るまい。若しも三五教の連中が、綾彦とお民が、爺さまの子ぢやと云ふ事を探知うものなら、何んな手段を運らしてでも、引張り込んで交換に玉照姫を貰つて了ふに違ひ無い。さうなれば、此方は薩張、蛸の揚壺を喰つた様な羽目に成らねばならぬ。どうぢや、青彦、何とかお前の智慧で、玉照姫を此方の者にする工夫は有るまいかな』 青彦『それは重大事件ですなア。よくよく考へませう。どうぞ此処限り他に漏れないやうに、絶対秘密を守つて下さいませ』 黒姫『よしよし、お前と私と二人限りだ。高山彦さまにだつて、此の事成就する迄は、言はぬと言つたら言はないから、安心して下さい』 青彦『左様ならば充分熟考した上、又コツソリと御相談致しませう。今晩はこれでお寝みなされませ』 青彦は一間に姿を隠した。後に黒姫はニタリと笑ひ、 黒姫『アーアー、何と言つても青彦だ。今ウラナイ教で誰がエライと言つても、彼に越した奴は有りはしない、三五教が欲しがつた筈だ。持つ可きものは家来なりけりだ、アヽどれどれ、高山さまが淋しがつて御座るであらう、一寸話相手になつて上げませう』 と、独言ちつつ一間に入る。 (大正一一・四・二八旧四・二東尾吉雄録) (昭和一〇・六・二王仁校正) |
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26 (1726) |
霊界物語 | 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 | 15 遠来の客 | 第一五章遠来の客〔六四三〕 米価の騰貴る糠雨が、赤い蛇腹を空に見せて居る。八岐大蛇に憑依されしウラナイ教の頭株、鼻高々と高姫が、天空高く天の磐船轟かしつつフサの国をば後にして、大海原を乗越えて、由良の港に着陸し、二人の伴を引き連れて、大江の山の程近き、魔窟ケ原に黒姫が、教の射場を立てて居る、要心堅固の岩窟に勢込んでかけ来る。 梅公は目敏く高姫の姿を見て、叮嚀に会釈しながら、 梅公『ヤア、これはこれは高姫様、お達者でしたか、遠方の所ようこそ御飛来下さいました。黒姫様がお喜びで御座いませう、サアずつと奥へお通り下さいませ』 高姫は四辺きよろきよろ見廻しながら、 高姫『嗚呼大変に其辺あたりが変りましたね、これと云うのもお前さま達の日頃の丹精が現はれて、何処も彼もよく掃除が行届き、清潔な事』 梅公『エヽ、滅相な、さう褒めて頂いては実に汗顔の至りで御座います、サア奥へ御案内致しませう』 高姫『黒姫さまは在宅ですかな』 梅公『ハイ高山さまも、御両人とも朝から晩迄それはそれは羨ましい程お睦まじうお暮しで御座います』 斯る処へ黒姫はヌツと現はれ、 黒姫『マア高姫様、ようこそお出下さいました。何卒悠くりお休み下さいませ』 高姫『黒姫さま、久し振りでしたねえ、高山彦さまも御機嫌宜敷いさうでお目出度う御座います』 黒姫『ハイ、有難う御座います、頑固なお方で困つて居ります』 高姫『ヤア、人間は頑固でなければいけませぬ、兎角正直者は頑固なものですよ、変性男子式の身霊でなくては到底神業は成就致しませぬからな。時に黒姫さま、貴女は日々この自転倒島の大江山の近くに、紫の雲が立ち昇り、神聖なる偉人の出現して居る事は御存じでせうね』 黒姫『ハイハイ委細承知して居ります』 高姫『承知はして居ても又抜かりなく、其玉照姫とやらをウラナイ教に引き入れる手筈は調うて居ますか』 黒姫『仰しやる迄もなく、一切万事羽織の紐で、黒姫の胸にチヤンと置いて御座います。オホヽヽヽ』 高姫『ヤアそれで安心しました、愚図々々して居ると、また素盞嗚尊の方へ取られ仕舞つては耐りませぬからなア、私は夫れ許りが気にかかつて、忙しい中を飛行機を飛ばして態々やつて来ました。そうして肝腎の目的物はもう手に入りましたか』 黒姫『イヤ、今着々と歩を進めて居る最中なんです。それについては斯様斯様こうこうの手段で』 と耳に口寄せて、綾彦夫婦の人質に使用する事も打ち明けて、得意の顔を輝かす。 高姫『善は急げだ。如才はあるまいが一日も早くやらねばなりませぬぞえ、私もそれが成功する迄は気が気ぢやありませぬ、私も此処で待つて居ませう、玉照姫が手に入るや否や、飛行機に乗せてフサの国に帰りませう』 黒姫『高姫さま、お喜び下さいませ、一旦三五教に堕落して居た青彦が、神様の御神力に往生して帰つて来ました』 高姫『何と仰有る、あの青彦が帰りましたか、それはマアマアよい事をなさいました。遉は千軍万馬の功を経た貴女、いやもうお骨が折れたでせう、貴女の敏腕家には日の出神も感服致しました。時に夏彦、常彦は何うなりましたか、なんだか居ないやうですな』 黒姫『ヘイ、彼奴はたうとう三五教に眈溺して仕舞ひました。併し乍ら之も時間の問題です、きつと呼び帰して見せます。何か神界のお仕組でせう、ああして三五教に這入り、帰りには青彦のやうに沢山の従者を連れて帰るかも知れませぬ』 高姫『さう楽観も出来ますまいが、艮の金神様は何から何迄抜け目のない神様だから屹度深い深いお仕組があるのでせう』 黒姫『貴女にお目にかけ度い方が一人あります、それはそれは行儀と云ひ、器量と云ひ、知識と云ひ、言葉遣ひと云ひ、何から何まで穴のない三十三相揃うた観自在天のやうな淑女が信者になられまして、今は宣伝使の仕込み中で御座います、何うか立派な宣伝使に仕立てあげて、貴女様に喜んで頂かうと思つて日々骨を折つて居ります、まア一遍会うて見て下さい、幸ひ其方も青彦も、青彦の連れて来た鹿公も、馬公と云ふそれはそれは実に男らしい人物も来て居ります、真実に掘出しものです、きつとウラナイ教の柱石になる人物ですなア』 高姫『それは何より結構です』 と話す折しも高山彦は、羽織袴の扮装、此場に現はれて、 高山彦『ヤア高姫さま、久し振りで御座いました、ようマア遥々と御入来、御疲労で御座いませう、サアどうぞ悠くりして下さいませ』 高姫『ヤア高山彦さま、貴方は幾歳でしたいなア、大変にお若く見えますよ、奥さまの待遇が好いので自然にお若くなられますなア、私は此通り年が寄り、歯が抜けてもうしやつちもない婆アですが、貴方とした事わいなア、フサの国に居らした時よりも余程お元気な、お顔の色が若々として、私でも知らず識らずに電波を送るやうになりましたワ。オホヽヽヽ』 高山彦『高姫さま、何うぞ冷やかさずに置いて下さい、若い者ぢやあるまいし、いやもう斯う見えても年と云ふものは嘘を吐かぬ者で、気許り達者で体が何となしに無精になります』 高姫『余り奥さまの御待遇が好いので、いつも家に許り居らつしやるものだから、自然に体が重くなるのでせう、私も貴方のやうな気楽な身になつて見度う御座いますワ、オホヽヽヽ』 黒姫『今日は遠方からの高姫さまのお越し、それについては青彦、紫姫、其他一同の者を集めて貴女の歓迎会やら祝を兼ねて、お神酒一盃頂く事にしませうか』 高姫『何うぞお構ひ下さいますな、併し私の参つた印に皆さまにお神酒を上げて貰へば尚更結構です』 黒姫はツト立つて「梅梅」と呼んだ。 此声に梅公は慌ただしく走り来り、 梅公『何御用で御座いますか』 黒姫『今日は高姫様の久し振のお越しですから、皆々お神酒を頂くのだから、其用意をして下さい』 梅公『ハイ畏まりました、嘸皆の者が喜ぶことでせう』 といそいそとして納戸の方に姿を隠した。紫姫は青彦と共に此場に現はれ、叮嚀に手をつかへ、 紫姫『これはこれは高姫様で御座いますか、貴い御身をもつて能くも遠方の所入来られました。私は都の者、元伊勢様へ二人の下僕を連れて参拝致します折、黒姫さまの熱心なる御信仰の状態を目撃しまして、それから俄に有難うなり、三五教の信仰を止め、お世話になつて居ます。何うぞ今後は御見捨てなく宜敷く御指導をお願ひ致します』 青彦『私は御存じの青彦で御座います、誠に不調法許り致しまして、大恩ある貴女のお言葉を忘れ、三五教に眈溺致し、大神様へ重々の罪を重ね、何となく神界が恐ろしくなりましたので、再び黒姫様にお詫を申し、帰参を叶へさして頂きました、何うぞ宜敷くお願ひ致します』 高姫『ヤア紫姫さまに青彦さま、皆因縁づくぢやから、もう此上は精神をかへては不可ませぬぞえ、貴女は黒姫さまに聞けば、立派な淑女ぢやと仰有いましたが、如何にも聞きしに勝る立派な人格、日の出神の生宮も、全く感服致しました』 紫姫『さうお褒め下さいましては不束かな妾、お恥かしうて穴でもあれば這入り度くなりますワ』 高姫『滅相な、何を仰有います、貴女は身魂がよいから、もう此上御修業なさるには及びますまい、貴女は此支社に置いておくのは勿体ない、私と一緒に北山村の本山へ来て貰つて、本山の牛耳を執つて貰はねばなりませぬ。これこれ青彦、お前も確りして今度は私について来なさい、此処に長らく置いておくと剣呑だ、大江山の悪霊が何時憑依して又もや身魂を濁らすかも知れないから、今度は或一つの目的が成就したら、高姫と一緒にフサの国の本山に行くのだよ』 青彦『アヽそれは何より有難う御座います、私の変心したのをお咎めもなく、本山迄連れて帰つてやらうとは、何とした御仁慈のお言葉、もう此上は貴女の御高恩に報ゆるため、粉骨砕身犬馬の労を厭ひませぬ』 高姫『アヽ人間はさうなくては叶はぬ、空に輝く日月でさへも、時あつて黒雲に包まれる事がある。つまり貴方の心の月に三五教の変性女子の黒雲が懸つて居たのだ。迷ひの雲が晴るれば真如の日月が出るのぢや、アヽ目出度い目出度い、これと云ふのも黒姫さまのお骨折り』 と高姫は一生懸命に褒めそやして居る。かかる処へ、 梅公『モシモシ、準備が出来ました。皆の者が待つて居ます、何うぞ皆さま奥の広間へお越し下さいませ』 黒姫『ヤア、それは御苦労であつた。サア高姫さま、紫姫さま、高山さま、青彦さま参りませう』 と先に立つ。高姫は鷹の羽ばたきしたやうな恰好しながら、いそいそと奥に入る。一同は高姫導師の下に神殿に向ひ天津祝詞を奏上し、続いて日の出神の筆先の朗読を終り弥々直会の宴に移つた、高姫は歌を謡つた。 高姫『フサの御国の空高く鳥の磐樟船に乗り 雲井の空を轟かせ一瀉千里の勢ひで 西より東へ電の閃めく如くかけ来り 世人の胸を冷しつつ高山、低山乗り越えて 天の真名井も打ち渡り安の河原を下に見て 瞬くひまに皇神の日の出の守護の著く 由良の港に着陸し鶴亀二人を伴ひて 千秋万歳ウラナイの教の基礎を固めむと 東に輝く明星を求めて此処に来て見れば 神の経綸の奥深く凡夫の眼には弥仙山 山の彼方に現はれし玉照姫の厳霊 弥々此処に出現し三千年の御経綸 開く常磐の松の代を待つ甲斐あつて高姫が 日頃の思ひも晴れ渡る時は漸く近づきぬ アヽ惟神々々御霊幸倍坐し在して 誠の道にさやり来る頑固一つの瑞霊 変性女子が改心をする世とこそはなりにけり 月は盈つとも虧くるとも旭は照るとも曇るとも 仮令大地は沈むともウラナイ教の神の道 唯一厘の秘密をばグツと握つた高姫が 仕組の奥の蓋あけて腹に呑んだる如意宝珠 玉の光を鮮かに三千世界に輝かし 鬼や大蛇や曲津神三五教も立直し 金勝要の大神や木花姫の生宮を 徹底、改心さして置きグツと弱つた、しほどきに 此高姫が乗り込んでサアサア何うぢや、サアどうぢや 奥をつかんだ太柱弥改悟をすればよし 未だ分らねば帳切らうか変性男子の御血統 神の柱となりながらこんな事では、どうなるか 誠の事が分らねば早く陣引きするがよい 後は高姫、乗り込んで唯一厘の御仕組 天晴成就させて見せう斯うして女子を懲らすまで 一つ無くてはならぬもの弥仙の山に現はれた 玉照姫を手に入れて是をば種に攻寄れば 如何に頑固な緯役の変性女子も往生して 兜を脱ぐに違ひない一分一厘、毛筋程 間違ひ無いのが神の道三五教やウラナイ教 神の教と表面は二つに分れて居るけれど 元を糺せば一株ぢや雨や霰や雪氷 形変れど徹底の落ち行く先は同じ水 同じ谷をば流れ往く変性女子の御霊さへ グヅと往生させたなら後は金勝要の神 木花咲耶姫の神彦火々出見の神霊 帰順なさるは易い事邪魔になるのは緯役の 此世の乱れた守護神此奴ばかりが気にかかる アヽさりながらさりながら時は来にけり、来りけり 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直し、宣り直す 三五教やウラナイの神の教の神勅 高天原に高姫が天晴れ表に現はれて 誠の道を説き明かしミロクの神の末長う 経のお役と立直し緯の守護を亡ぼして 常世の姫の生魂や世界の秘密を探り出し 日の出神や竜宮の乙姫さまの神力で 堅磐常磐の松の世を建つる時こそ来りけり アヽ惟神々々御霊幸倍坐ませよ』 黒姫も稍、微酔機嫌になつて低太い声を張り上げて謡ひ始めたり。 黒姫『遠き海山河野越え遥々此処に帰ります ウラナイ教の根本の要、掴んだ高姫さま よくもお出まし下されて昔の昔のさる昔 国治立の大神の仕組み給ひし大謨を 一日も早く成就させ世に落ちたまふ神々を 残らず此世に、あげまして三千世界の民草を 上下運否の無いやうに桝かけひいて相ならし 神政成就の大業をいよいよ進めたまはむと 出ます今日の尊さよ朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令、天地を探しても こんな結構なお肉体日の出神の生宮が 又と世界にあるものかまた竜宮の乙姫が 憑りたまひて艮の金神様のお経綸で 骨身、惜まぬお手伝いこんな誠の神様が 又と世界にあるものかアヽ惟神々々 今迄、種々態々に神のお道を彼是と 要らぬ心配して見たが時節参りて煎豆に 花咲き実る嬉しさよ』 と謡ふ折しも表の岩戸の方に当つて、消魂しい物音聞え来たる。 嗚呼鼻の高姫さまよ、お色の黒い黒姫さまの長たらしい腰曲り歌や、青彦の舌鼓、紫姫の淑やかな声、馬公、鹿公、梅、浅、幾、丑、寅、辰、鳶、鶴、亀その他沢山の酒に酔うた場面を霊眼に見せられて、余り霊肉両眼を虐使した天罰、俄に眠くなつて来た。一寸これで切つて置きます。 (大正一一・四・二八旧四・二加藤明子録) |
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霊界物語 | 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 | 16 返り討 | 第一六章返り討〔六四四〕 微酔機嫌の梅公は表のけたたましい物音に、鹿公、馬公を伴ひ走り出で見れば、常彦を始め滝公、板公の三人、息を喘ませ大声を張り上げ乍ら、 三人『青彦、紫姫をこれへ出せエ』 と呶鳴りつけてゐる。梅、ベランメー口調で、 梅公『なゝゝゝ何を吐しやがるのでエ、此処を何処だと心得て居やがるのでエ、畏くも勿体なくも日の出神の生宮と竜宮の乙姫様の生宮の鎮坐まします珍の宝座だぞ、貴様達のやうな反逆者の出て来る処ぢやない、トツトと去にやがれ。コラ常彦、貴様は何だ、恩知らず奴、ドン畜生奴が、永らく黒姫さまの御厄介になつて居やがつて、後足で砂をかけて出やがつた奴ぢやないか、ようのめのめとしやつ面を下げて来られたものだ。エー、之から一寸たりとも入れる事は罷りならぬ、トツトと帰れ帰れ』 常彦『貴様は梅ぢやないか、兄弟子に向つて何と云ふ事を云ふのだ、ごてごて云はずに奥に行つて、青彦や紫姫に、常彦さまがお越しだから一寸此処まで出て来いと云つて呉れ』 梅公『何馬鹿を云うのだ、又紫姫や青彦をかひ出しに来たのだらう』 常彦『勿論の事だ、こんな邪教に友人が眈溺して居るのに、黙つて見て居れるか。ごでごで吐さず、貴様は俺の云つた通り取次げばよいのだ』 梅公『ヤア常彦、貴様は今俺に向つて兄弟子と云ひやがつたな、何が兄弟子だ、ウラナイ教に居つてこそ俺の先輩だが……不人情な……勝手に逃げて行きやがつて、三五教の土持ちをする様な奴に兄弟子も糞もあつたものかい、これや、此梅公を何時迄も鼻垂小僧と思つて居やがるか、今日では押しも押されもせぬ黒姫さまの参謀長だ。折角今日は高姫さまが遥々お越しになつて目出度く祝をして居るのに……けちをつけに来やがつたのだな』 常彦『何、高姫が来て居るとな、其奴は恰度都合が良い、これから俺が直接談判だ、邪魔ひろぐな、そこ除けツ』 と行かむとする。鹿公、馬公は常彦の左右より両手をグツと握り、 鹿公、馬公『これや、常彦、此処を何と心得て居る』 常彦『ヤア貴様は紫姫の従僕であつた馬、鹿の両人、馬鹿な真似さらすと為めにならぬぞ』 馬公、鹿公『今日は目出度い日だ、馬と鹿の俺に免じて何卒帰つて呉れ、折角の酒が醒めて仕舞う』 梅公『ヤア貴様は滝に板、又のめのめと何しに帰つて来たのだ、貴様は高城山へ行つて松姫に叩き出され、乞食となつて迷うて居つたぢやないか。又しても舞ひ戻つて来やがつて、口の先でちよろまかさうと思つても……その手は喰はないぞ、サアサア不人情者、三匹の奴、サア帰れ……こんな奴は俺一人で大丈夫だ、オイ、馬公、鹿公、奥へ行つて此由を注進せい』 馬公、鹿公『よし、合点ぢや』 と二人は奥へ飛んで行く。梅公は三人を相手に論戦をやつて居たが、常彦は構はず強硬的に、 常彦『サア板公、滝公、続けツ』 と一同が酒宴の場に現はれたるを見て高姫は、 高姫『ヤアお前は常彦ぢやないか』 黒姫『お前は滝公、板公、何処をうろついて居つたのだ、よう気の変る男だな、然し今迄の事は見直し聞直す、サア酒でも一杯飲んで高姫さまがお越しだから、とつくりと誠の話を聞かして貰ひなさい』 常彦『もうウラナイ教の話は何もかも、みんな聞いて居る、今更改めて聞く必要はない、又何程頼んでも一旦決心した以上、ウラナイ教に滅多に帰つてやらぬぞ』 青彦『これやこれや、常彦、滝公、板公、何ぢや、貴様は三五教に現を抜かしよつて……良い加減に改心したら如何だ』 常彦『青彦、貴様こそ良い腰抜けだ、あれ程鬼ケ城で奮戦をして置き乍ら、又もやウラナイ教に尾を掉つて帰つて来るとは……腰抜野郎だ。然し一つ思案をして見よ、如何しても三五教の方が奥が深いぢやないか、さうして不言実行の教だ、それは貴様もよく知つて居る筈、何故又こんな処へ帰つてきよつたのだ』 青彦『ほつときやがれ、俺は俺の自由の権でウラナイ教に這入つたのだよ、三五教の奴は吾々の如何しても虫が好かない哩、誰が何と云つても三五教なぞへ這入る馬鹿があるか、貴様も良い加減に見切りを付けたら如何だ』 常彦『紫姫と云ひ、馬公、鹿公まで惚けやがつて何の醜態だ。サア俺に跟いて来い。俺は貴様が可憐相だから友人の情を以て迎へに来たのだ。こんな処に愚図々々致して居ると、如何な目に会はされるか知れたものぢやない、悪い事は云はぬ、サア俺に跟いて帰つて呉れ』 紫姫『ホヽヽヽ、あの常彦さまの仰しやる事、妾は何と云つて下さつても三五教は何だか虫が好きませぬ、もうすつかりウラナイ教に身も魂も入れて仕舞ひました。何卒おついでの節、悦子姫さまに宜しく云つて居たと仰しやつて下さいませ』 常彦『流石は魔窟ケ原だ、此処まで来て、何れも之も皆籠絡せられて仕舞ひよつたか、アヽ残念な事をした哩』 と双手を組み乍ら涙を零し思案に暮れて居る。 青彦『これほど黒姫さまが、貴様の反対を少しもお怒りなく、旧の古巣へ帰つて来いと仰しやるのは普通の人間には出来ない事だ』 常彦『何と云つても金輪奈落、仮令大地が沈まうがウラナイ教に帰つて来て堪るものかい。これや青彦、貴様も目を覚ましたら如何だい』 青彦『何云つてるのだい』 と棍棒を把るより早く常彦目蒐けて三つ四つ喰はした。常彦は身に数ケ所の傷を負ひ悲鳴をあげて表へ駆出した。滝、板の二人も後に跟いて駆け出す。馬公、鹿公は一生懸命に青彦の棒を引つたくる。一方常彦外二人は戸口を這ひ上り、魔窟ケ原を何処ともなく駆けて行く。後には高姫外一同大口開けて高笑ひ、 黒姫『オホヽヽヽ、到頭帰つて来よつたが、やつぱり心が責めると見えてよう居りませぬ哩。然し乍ら青彦、お前もこれからあんな乱暴をしちやいかぬよ』 青彦『つひ酒の機嫌で……余りむかついたものだから、やつてやりました』 高姫『然し乍ら青彦はあれで……すつかり吾々の疑がとけた、畢竟或意味から云へば、結構な御神徳を頂きなさつたのだ』 青彦『御神徳か何か知りませぬが真実に乱暴な奴で困つて仕舞う、三五教に這入ると直あんなヤンチヤになると見える、アヽ思へば思へば益々三五教が嫌になつて来た哩』 高姫『ヤア皆さま、此処が大切な処ぢや、悪魔奴が色々と手を換へ品を替へ、引き落しに来るから用心しなされ』 黒姫『ヤア青彦、紫姫さま、御苦労だが貴方はこれから玉照姫の宅へ行つて下さるまいか、貴方でなければ到底他の奴をやつても要領を得まい、其代りに首尾よく玉照姫を渡せば、綾彦、お民の両人を帰してやるから……』 青彦『承知致しました、然し乍ら先方の豊彦と云う爺さまは仲々頑固な奴と見えますから到底口先位では聞くものぢやありませぬ。力にして居つた綾彦、お民の行衛が分らぬものだから、今ではお玉と玉照姫が老夫婦の生命の綱の様なものであります、私が談判に行つても駄目でせう、綾彦、お民の両人を引連れて爺さまにお目通りをしたならば、御礼返しに渡して呉れるかも知れませぬ』 黒姫『そうかも知れぬ、一切青彦に任しますから何卒往つて来て下さい』 青彦は紫姫と共に綾彦を伴ひ、馬、鹿の一行五人は、 五人『然らば高姫様、高山彦様、黒姫様、その他の御一同様、何とぞ待つて居て下さいませ』 斯く云う所へ俄に帰つて来たお節にお民、 お節、お民『ヤア、これはこれは黒姫様』 黒姫『ヤア、お節にお民好い処へ帰つて来て呉れた、松姫には機嫌ようして居られるかな』 お節『松姫さまを初め皆さま御無事で、御神務に鞅掌されて居られます』 黒姫『アヽそれは重畳々々、幸ひウラナイ教の御大将高姫さまがおいでになつて居る、サア御挨拶を申しあげなされ』 二人は、 『ハイ』 と答へて高姫に向ひ、 お節、お民『これは予て承はる高姫様で御座いましたか、ようマアお越し下さいました。妾はお節……お民と申すもの、黒姫様のいかい御世話になつて居ります、何卒今後とても可愛がつて下さいませ』 高姫『お前達は若い年にも似合はず感心なお方ぢや、就いてはこれから青彦や綾彦に行つて貰ひ度い処があるので……お二人とも恰度都合の好い所だ、貴方も一緒に跟いて行つて下さいな』 お節『ハイハイ有難う御座います、何処までもお道の為めなら参りますから……』 茲に紫姫、青彦、馬、鹿の四人は、綾彦、お民、お節を伴ひ高姫その他に挨拶を述べ、悠々として此場を立ち去りぬ。アヽ紫姫、青彦その他の一行は再びウラナイ教に帰り来るならむか。 (大正一一・四・二八旧四・二北村隆光録) (昭和一〇・六・三王仁校正) |
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霊界物語 | 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 | 総説三十三魂 | 総説三十三魂 内外の山に塞がる醜雲を 豊な空二晴らすこの物語(○外山豊二) 皇神の教の花も桜井の 瑞を重ねて雄々しきこの物語(桜井重雄) 谷波なる出口の神の言霊に 正しく治まる神国の空(△谷口正治) 曇る加藤見えし綾部の大元も 晴れ明しけりこの物語(○加藤明子) 松ぶさに四方の村雲吹き散らし 真澄の空に鳴るはこの物語(○松村真澄) 谷波なる神住む村に真誠の 友を集めて物語するも(○谷村真友) 近き世も藤き神代も隔てなく 貞か二明かす霊界物語(○近藤貞二) 藤かづら津留を手繰りて久方の 遠き昔の物語せむ(藤津久子) いと高木神の教を金鉄の 魂男力に明かし行くかも(高木鉄男) 井す細し上つ代の事悉に 聞き洩らさじと留五郎の筆(井上留五郎) 上つ代の道西あれば洩らさじと 心真澄の筆に写しつ(△上西真澄) よしや吉高天原は曇るとも 晴らして亨るこの霊界物語(吉原亨) いと清き奇き霊界物語 一筆記すと湯浅仁斎(湯浅仁斎) 石の上神代の戸張破られて 四方の国々馨るこの物語(○石破馨) 藤原の家の流れの瑞月が 勇みて造る霊界物語(藤原勇造) 藤栄え松茂るなる神の教 良く寛かに伝ふこの物語(○藤松良寛) 嵯峨根ぢにかへりし民蔵よろこびて 心を直す霊界物語(嵯峨根民蔵) いや広き河瀬の波の音も義 邦人さます霊界物語(広瀬義邦) 奥深く包む村雲かきわけて 神代の芳夫あかす霊界物語(奥村芳夫) 谷川の流れの常に清き如 湧きて出口のこの物語(○谷川常清) 東の空尾照して世を救ふ 教の吉雄示すこの物語(東尾吉雄) 皇神の深き真森に心地良く 至仁至愛の教明かすこの物語(森良仁) 空高き黄金橋や常立の 祥たき道を渡るこの物語(高橋常祥) 和知河のその中津瀬に下り立ちて 霊魂の垢雄流すこの物語(河津雄) 久土井とていやがる霊界物語 浦靖都の杖と知らずに(土井靖都) 有田けの夢打ち明けて九皐の 空かがやかすこの物語(有田九皐) 語るべき時は漸く北村の 隆く光るらむこの物語(北村隆光) 大神の神賀言つばらに万代の 亀のよはひの物が太郎なり(○大賀亀太郎) 吉凶を見極め述ぶるこの物語に 心清めよ神の生宮(△吉見清子) 今迄は深く包みて岩田帯 久か太ぶりに解き初めにけり(岩田久太郎) 池沢に浮べる月の影清く 原二納めし光り出でけり(△池沢原二郎) 丹波栗原を開いて打明かす 五六七の教蔵この霊界物語(栗原七蔵) 千早振神の出口の物語 王仁口開けて能くも三郎(出口王仁三郎) 天地の神の出口の大本は 宇知と外とを麿め行くな里(出口宇知麿) ○ 神界出口の瑞月が苦集滅道の真諦を 雲の間に間に出没し三十三相の木花の 咲耶の姫の三十四相具足し玉ふ妙音菩薩 言依別の後援に夢物語としるしおく。 大正十一年旧四月十四日於松雲閣 著者を除き筆録者三十三名、其中○印九名は上天者にして△印四名は脱退者なり。 昭和十年五月二十八日現在 |
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霊界物語 | 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 | 05 零敗の苦 | 第五章零敗の苦〔六五〇〕 炎熱火房に坐するが如く、釜中に在るが如き酷暑の空、雲路を別けて降り来る一隻の飛行船は、フサの国北山村のウラナイ教が本山の広庭に無事着陸したり。魔我彦、蠑螈別の二人は此音に驚き、高姫の御帰館なりと、取るものも取敢ず、表に駆け出し見れば、高姫は眼釣り、得も謂はれぬ凄じき形相し乍ら、鶴、亀の両人を伴ひ、船より出で来り、 高姫『アヽ蠑螈別さま、留守中大儀で御座いました。別に変つた事は有りませなンだかな』 蠑螈別『ハイ、たいした変りは有りませぬが、二三日以前より、何とも知れぬ太白星の様な光を発した光玉、夜半の頃になると、大音響を立て、庭前に落下する事屡で有ります』 高姫『それは大変な吉祥だ。併し其玉はどうなさつたか』 魔我彦は丁重に首を下げ、 魔我彦『毎朝早くより、綿密に調べて見ましたが、別に此れと云ふものも落て居らず、又何の形跡も残つて居ませぬ』 高姫『それは不思議な事だ。いづれ何か結構な事が有るでせう』 蠑螈別『紫の雲の出所は分りましたか。定めて良結果を得られたでせう。万事抜目も無いあなたの事ですから、大成功疑なしと、館内一同の者は貴方の御帰りを今か今かと首を長くして待つて居ました。どうぞ早く奥へお這入り下さいまして、結構な御土産話を、一同に聞かして下さいませ』 高姫『………』 魔我彦『コレコレ蠑螈別さま、大切な神界の御経綸、玄関口で尋ねると云ふ事があるものか、高姫様が沈黙なさるも当然だ』 蠑螈別『ア、それもさうでした。高姫さま、サア奥へ御案内致しませう』 高姫は奥に入る。一同は俄に上を下へと、バタバタ歓迎の準備に多忙を極め居る。 高姫『今日は無事に墜落もせず、遥々と帰つて来たのだから、御神前にお神酒を沢山に献上し、種々の御馳走をお供へ申し、ゆつくり直会の宴でも張つて下さい。あまり急速力で帰つて来ましたので、妾は少し許り頭痛気味だから、奥へ往つて二三日ユツクリ休息を致します』 蠑螈別『ア、それはさうでせう。併し乍ら御休みになれば、お尋ね申す訳にもゆかず、一寸端緒なりと、一口仰有つて下さいませいナ』 高姫『神界の御経綸、秘密は何処までも秘密ぢや。今は御神命に依りて言ふ事が出来ませぬ……コレ鶴に、亀、お前も休みなさい。種々の事を言ふではないよ』 鶴公『私はチツトも疲労して居りませぬ。別に休む必要も御座いませぬから、ゆつくりと貴方に代つて、亀と二人が交る交る、一切の大失敗……ウン……オツトドツコイ顛末を演説致しませうか』 高姫『コレコレ鶴、亀、鶴は千年、亀は万年と云ふ事が有るぢやないか。鶴には千年の間箝口令を布く。亀には一万年が間箝口令を布く…』 鶴公『モシ高姫さま、千年も箝口令を布かれては、唖も同様ですから、そればつかりは取消を願ひます』 高姫『イヤ、今度の事に関してのみ箝口令を布くのだよ。其外の事はお前の勝手だ。紫の雲に関した秘密の件だけは言うてはならない。時節が来たならば、高姫が皆に披露するから、サア鶴、亀、お前も永らくお供をして呉れて、辛かつただらう。二三日、誰も居らぬ所へ往つてユツクリと遊びて来なさい、又いろいろの事を喋舌ると煩雑いからな。……蠑螈別さま、魔我彦さま、それなら失礼致します。どうぞユツクリ酒でも飲み、皆さまと仲よく、神恩を感謝して下さい。妾は何だか頭痛がして、モウこれつきり暫く言ひませぬから』 と襖を引開け奥の間に力無げに進み入り、中より固く鍵をかけて了ひけり。 蠑螈別『サア皆さま、これから祭典を執行し、終つて直会の宴だ。今日は酒の飲み満足だ。併し酒を飲むのはいいが、酒に呑まれない様にして下さいよ』 甲『蠑螈別の大将、あなたこそ何時も酒に呑まれるでせう。今日はあなたから十分の御警戒を願ひますで。何分高姫様が頭痛を起してお休みになつて居るのだから、あまり大きな声を出しては、お体に障つちやなりませぬからなア』 蠑螈別『きまつた事だ。ソンナ事に抜かりの有る私だと思つて居るか』 祭典は型の如く厳粛に行ひ了り、一同は別殿に進み入り、直会の宴に現を抜かし、そろそろ酒の酔が廻るにつれて、喧騒を極め出したり。 甲『オイ鶴、随分愉快だつたらうなア。お羨ましい。吾々もアヽ云ふお供がして見たいワ』 鶴公『何を云うても、大飛行船に乗つて、地上の森羅万象を眼下に見くだし、空中征服の勇者になつて、自転倒島へ渡るのだもの、実に愉々快々、筆紙の尽すべき限りでは無かつたよ』 甲『立派に目的は達しただらうな』 鶴公『勿論の事、途中に墜落もなく、立派に目的地に到達したのだ』 甲『それは定まつて居るが、モ一つの肝腎要の紫の雲だ。それはどうなつたのだい』 鶴公『紫の雲に関する事は千年間の箝口令が布かれてあるから、紫だけは言つて呉れな。其代りに玉照姫の一件は、事に依つたら報告してやらう。併し乍らモウ少し酒が廻らぬと、巧く言霊が運転しないワイ。一つ滑車に油を注ぐのだな』 亀公『コラコラ鶴公、紫の雲に関する事と云へば、玉照姫の事だつて言はれぬぢやないか、箝口令を厳守せぬかい』 鶴公『ナーニ、紫の雲の事さへ言はなかつたら良いぢやないか。皆の御連中が証人ぢや、ナア蠑螈別さま、高姫さまはそう仰有つただらう』 蠑螈別『兎も角、成功話を言つて下さい。皆の者が待ちに待つて居つたのだ』 亀公『コラコラ鶴、滅多の事を言うではないぞ』 鶴公『貴様は酒を喰はぬから、生真面目で仕方がない。融通の利かぬ奴だ。高姫様のお口からは、アンナ事がどうしても言はれぬものだから、俺達に代つて、言うではないぞと仰有つたのは、要するに言へと云ふ事だよ。別に俺の口で俺が喋べるのに、資本金が要るのでもなし、国税を納める心配も要らぬのだから……俺は俺の自由の権を発揮するのだ』 亀公『ソンナラお前の勝手にしたがよいワイ。俺だけは何処までも沈黙を守るから…』 鶴は酒にグタグタに酔ひ、傲然として肱を張り、 鶴公『今日の鶴公は、要するに高姫様の代言者ぢや。さう心得て謹聴しなさい、エヘン、 フサの国をば後にして雲井の空を高姫が 翼ひろげて鶴亀の二人の勇士を伴ひつ 高山短山下に見て大海原を打渡り 自転倒島にゆらゆらと降り着いたは由良湊 魔窟ケ原へテクテクと三人駒を並べつつ 黒姫館に立入りて委細の様子を尋ぬれば 弥仙の山の裾野原賤が伏家に世を忍ぶ 豊彦夫婦の館より色も芽出度き訝かしの 雲立ち昇り玉照姫の神の命の神人が 現はれました事の由聞いたる時の嬉しさよ 黒姫司は逸早く千変万化の手を尽し 紫姫や青彦の二人の勇士に一任し 玉照姫をウラナイの教の道の本山に 迎へむものと気を配り心を尽す妙案奇策 どうした拍子の瓢箪かガラリと外れて三五の 神の教の間諜紫姫や青彦は 手の掌返す情無さ高姫司は青筋を 立ててカツカと怒り出す高山彦や黒姫は ソロソロ喧嘩を始め出す此有様を見る俺は 立つても坐ても居られない気の毒さまと申さうか 愛想が尽きたと申さうか言ふに謂はれぬ為体 これから奥は有るけれど此れより先は神界の 秘密ぢや程にどうしても紫姫や青彦の 誠の様子は話せないアヽ惟神々々 高山彦や黒姫はさぞ今頃はブクブクと 面を膨らし燻つて互に顔を睨み鯛 目を釣り腮釣り蛸釣つて一悶錯の最中だらう モウモウコンナ物語飲みし酒迄冷えて来る 三五教は日に月に旭の豊栄昇るごと 玉照姫の神力で宇内へ輝き渡るだらう それに引換へウラナイの神の教はゴテゴテと 貧乏世帯の夕日影段々影が薄くなり 終局に闇となるで有らうアヽ惟神々々 叶はぬ時の神頼み鶴公司の報告は 先づ先づザツと此通り』 蠑螈別『オイ鶴公、真面目に報告をせないか。ソンナ馬鹿な事が有つて堪るものかい』 鶴公『堪つても堪らいでも、事実は事実だ』 蠑螈別『仕方がないなア』 鶴公『エーもう此鶴公は、千年の箝口令を布かれて居るが、俺の副守護神に対しては言論自由だ。……オイ副守の奴、チツと酒ばつかり喰うて居らずに発動せぬかい。責任は副守が負ふのだよ。……副守護神が現はれて何から何迄包まず隠さず知らすのであるから、鶴公司は何にも知らず、高姫殿、必ず必ず鶴公を恨めて下さるなよだ、ヒヽン』 魔我彦『サア副守先生、細かく仰有つて下さいませ』 鶴公『ウーン、ウンウン、此方は鶴公の肉体を守護致す副守護神のズル公であるぞよ。併し乍ら大体の要領は、鶴公の肉体が申した通り、今回の事件は全部高姫さん一派の零敗だ。大当違の大失策だ。それだから頭痛もせないのに頭痛がすると言つて、此不利益極まる報告を避けたのだ。何れ早晩分る事実だから、隠したつて仕方がない。モウ、ウラナイ教は駄目だ。バラモン教は間近まで教線を張り、猛烈な勢でやつて来る。ウラル教は又もや蘇生した様に、此フサの国を中心として押寄せて来て居る。三五教も其通り。三方から敵を受けて、どうして此教が、拡張所か現状維持も難かしい。日向に氷だ。風前の灯火だ。アツハヽヽヽ、良い気味だ。世界一の黍団子、何程キビキビした高姫の智嚢でも、最早底叩きだ。底抜けの大失策だ。底抜け序に自棄酒でも飲み、底抜け騒ぎをやつたがよからうぞよ。ウーン、ウン、もうズル公はこれで引取るぞよ。蠑螈別、魔我彦、好な酒でもズルズルベツタリに飲みたが宜からうぞよ』 とグレンと体をかわし、汗をブルブルかいて正気に返つた様な姿を装ひ、 鶴公『何だか副守護神が仰有つたやうですな。何と言はれました。自分の口で言つて自分の耳へ聞えぬのだから、大変に不便利だ。知覚精神を忘却し、大死一番の境に立ち、感覚を蕩尽し、意念を断滅して、仮死状態になつて居たものだから、言うた事がトンと分らない。…鶴公は何も知らぬぞよ。高姫の先生殿、屹度鶴公を叱つて下さるなよ。守護神が口を借つた許りであるぞよ』 甲『アハヽヽヽ、何は兎もあれ、貴様は知らな知らぬでよいワ。副守護神の奴、鶴公が全部言つた通りだと証明したよ。ヤツパリ鶴公の肉体に責任があるのだ。…モシモシ蠑螈別さま、一寸先や暗の夜だ。飲めよ騒げよと、ウラル教もどきに乱痴気騒ぎでもやりませうかい。チツト位乱暴したつて、劫腹癒やしだ。今日に限つて、高姫さまだつて、失敗して帰つて来て、吾々に荘重な口調を以て、戒告を与へる事は出来ますまい』 亀公『今鶴公の肉体の言つた事も、ズル公の副守の言つた事も、全然反対だ。お前達を驚かさうと思つて、アンナ芝居をやりよつたのだ。鶴位の知つた事かい。本当の事は此亀公が脳裡に秘め隠してあるのだ。鶴と云ふ奴ア、ツルツルと口が辷るから本当の事は知らしてないのだよ。屹度一道の光明がウラナイ教の上に輝いて居るのだから、さう気投げをするものぢやない。千秋万歳楽の鶴亀の齢と共に、天の岩戸は立派に開けて日の出神様の御守護の世となるのだ。闇の後には月が出る。夜が過ぐれば日の出となるのは、天地の真理だ。暗中明あり、明中暗あり、明暗交々代り行くは、所謂神の摂理だ。人は得意の時に屹度失望落胆の種を蒔き、不遇の境遇に有る時、屹度光明幸福の因を培ひ養ふものだ。何時も昼ばつかり有るものぢやない、又暗黒な夜ばかりでもない。善悪不二、吉凶同根、明暗一如、禍福一途、大楽観の中に大苦観あり、大苦観の中に大楽観あり、天国に地獄交はり、地獄に天国現はる。有耶無耶の世の中だ。マアマア心配するな。コンナ結構な事は無いのだよ。人は心の持様一つだ。ドンナ苦しい事でも、観念一つで大歓楽と忽ち一変する世の中だ。吁惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 と拍手し、祈願を凝らして居る。高姫は此場に手拭にて鉢巻し乍ら、ノコノコと現はれ来り、 高姫『ヤア皆さま、お元気な事、親の心は子知らず、神の心は人間知らず。あなた方は実に羨ましいお身分だ。妾も半時なりとあなた方の様な気分になつて見たいワ』 魔我彦『何分に重大なる責任を負担して御座る貴女の事ですから、御心中を御察し申します。今回の遠路の御旅行、さぞさぞお疲れで御座いませう。それに就いても言ふに謂はれぬ御苦心が有つた様です。玉照姫は到頭三五教に取られて了つた様ですなア』 高姫『エー、それは誰れが言つたのかなア』 魔我彦『ズル公が詳細に報告を致しました。併し乍ら失敗は成功の基、失敗が無くては経験が積みませぬ。即ち万世に残る大偉業は七転び八起きと云うて、幾度も失敗を重ね、鍛へ上げねば駄目ですよ。イヤもう御心中お察し申します』 高姫『ヤアこれだけ沢山な宣伝使や信者がある中に、妾の苦衷を察して呉れる者はお前だけだ、アヽ妾もこれで死ンでも得心だ。千歳の後に一人の知己を得れば満足だと覚悟して居たが、現在此処に一人の知己を得たか、アヽ有難や、これと云ふのもウラナイ教の神様のお蔭…』 鶴公『知己を得ましたか。千歳の後で無くて今チキに妙チキチンのチンチキチン、心の曲つた魔我彦が共鳴しましたのは、実に上下一致天地合体の象徴でせう。併しこれは鶴公の肉体に守護致すズル公の託宣ですから、決して鶴公に怒つては下さるなよ。…神は物は言はなンだが、時節参りて鶴公の口を藉りて委細の事を説いて聞かすぞよ。ウンウンウン、ドスン……アーア又何だか憑依しよつたな。イヤ副守の奴発動したと見える。飛行機に乗つて空中を征服し乍ら、意気揚々とやつて居つたと思へば、俄の暴風に翼を煽られ、地上目蒐けて真つ逆様に顛落せしと思ひきや、ウラナイ教の本山、八咫の大広間の酒宴の場席、アーア助かつた助かつた』 高姫『コレコレ鶴公、ソンナ偽神術をやつたつて、此高姫はチヤンと審神をして居ますよ。お前は余程卑怯者だ。残らず責任を副守護神に転嫁せうとするのだナ』 鶴公『イエイエ決して決して、臍下丹田に割拠する副守の発動です。どうぞ此副守を何とかして追ひ出して下さいな』 高姫『蠑螈別さま、魔我彦さま、鶴公の臍下丹田に割拠する副守の奴、此短刀を貸してあげるから、剔り出してやつて下さい。鶴公の願ひだから……ナア鶴公、チツトは痛くつても辛抱するのだよ。苦の後には楽がある。死ぬのは生れるのだ。生れるのは墓場へ近寄るのだ。仮令死ンだ所で、やがて新しくなるのだからナア、ヒヽヽヽ』 鶴公『モシモシ高姫さま、そンなことせなくつても、副守は飛ンで出ますよ。ウンウンウン……ソレ、もう飛ンで出ました。ア、もう此ズル公は鶴公の肉体には居らぬぞよ』 魔我彦『馬鹿にするない。飛ンで出たと言つてからまだ……此肉体には居らぬぞよ……とは誰が言つたのだ。ヤツパリ副守が居つて貴様の口を使つたのだらう。肉体を離れた奴が貴様の肉体を使つて腹の中から声を出すと云ふ理由が有るか』 鶴公『これは副守護神の言霊の惰力だ。どうぞ半時ばかり待つて居て下さい』 斯かる所へ又もや一隻の飛行船天を轟かし、庭前に下り来る。 鶴公『あの物音は敵か、味方か。紫姫、青彦、玉照姫を捧持してウラナイ教に献納に来たのか。但は高山彦、黒姫、悄然として泣き面かわき帰つて来たのか。……ヤアヤア者共、一刻も早く表へ駆け出し、実否を調べて参れ。世界見え透く日の出神が、鶴公の肉体を借りて申付けるぞよ』 亀公『何を言うのだ。日の出神様は世界中見え透き遊ばすのだが、門口へ出て来た者が敵か味方か分らぬと云ふ様な、日の出神が有るものかい』 鶴公『ウラナイ教に憑依する日の出神は、先づ此位な程度だよ、イヒヽヽヽ』 亀公『誠の日の出神の生宮の高姫さまの御前だぞ。チツトは遠慮を致さぬかい』 鶴公『モシモシ本当の日の出神の生宮、高姫さま、貴女はジツとして、世界中の事が見え透く御身霊、表へ下つて来た飛行船の主は敵で御座いますか、味方で御座いますか、どうぞお知らせ下さいませ。これがよい審神のし時ぢや。これが分らぬよな事では、日の出神さまも良い加減なものですよ。貴女の信用を回復し……否御威徳を顕彰するのは、今を措いて他にありませぬ。サア此一瞬間が貴女に対し、ウラナイ教に対し、国家興亡の分るる所、明かに命中させて、一同の胆玉を取り挫ぎ、疑惑を晴らしてやつて下さい』 高姫『コレコレ鶴公、一歩出れば分る事ぢやないか。お前は大それた、神を審神せうとするのかい。ソンナ逆様事が何処に有るものか。恰度学校の生徒が校長の学力を試験するよなものだ。ソンナ天地の転倒つた事が何処に有りますか。心得なされツ』 鶴公『これは誠に済みませぬ。併し乍ら、私も実は今回の貴女の大失敗を回復させ、帰依心を増さしめむが為の、血涙を呑みての忠告ですから、悪く思つて下さつてはなりませぬ』 高姫、心の中に、 高姫『今来た人は何して居るのかなア、早く此処へ来て呉れれば良いのに……』 鶴公『高姫さま、スツタ揉ンだと掛合つとる間に、やがて誰か這入つて来ませう。さうすればヤツと胸撫でおろし、虎口を遁れたと、一安心する人が、どつかに一人現はれさうですよ』 高姫チツトでも暇をいれようと考へて居る。外には高山彦、黒姫、寅若、菊若、富彦の五人連れ、傷持つ足の何となく屋内に進みかね、モヂモヂとして入りがてに居る。 黒姫『アヽ誰か来て呉れさうなものだなア。何時もの様に堂々と……何だか今日は閾が高くて這入れない様な気がする……オイ寅若、お前這入つて下さいな』 寅若『此奴ア一つ低気圧が襲来しますよ。ウツカリ這入らうものなら、暴風雨の為に何処へ吹き散らされるか分つたものぢや有りませぬ。私の様に横平たい図体の者は、風が能く当つて散り易いから、斯う云ふ時にはお誂ひ向の細長い、風を啣まぬ、帆柱竹の様な高山彦さまが適任でせう』 黒姫『エー一寸も自由にならぬ人だな。なぜお前はそれ程師匠の言ふ事を用ひぬのだい』 寅若『ヘン、師匠なぞと、殊勝らしい事を仰有いますワイ。失笑せざるを得ませぬワ。今までは乞食の虱の様に口で殺して御座つたが、今度の失敗はどうです。吾々の顔までが、何ともなしに痩せた様な気が致しますワイ。これと云ふも全く、お前さまが出しやばるからだ。それだから牝鶏の唄ふ家は碌な事が出来ぬと言ひませうがな。此役目は大責任の地位に立たせられる黒姫さまの直接任務だ。外の事なら二つ返辞で承はりませうが、こればつかりは真つ平御免だ。お生憎様……』 と白い歯を喰ひ締め、腮をしやくつて見せたり。 黒姫『エー剛情な男だナア。一旦師匠と仰いだら、何でも彼でも盲従するのが弟子の道だ。師匠や親は無理を云ふものだと思ひなされと、常々云うて聞かして有るぢやないか。何事に依らず、絶対服従を誓つたお前ぢやないか。モウお前は今日限り、師弟の縁を切るから、さう思ひなさい』 寅若『トラ、ワカらぬ事を仰有いますな。宇治の橋姫ぢやないが、二つ目には縁を切るの、封を切るのと、口癖の様に……馬鹿々々しい。実の所は此方から切りたい位だ。アツハヽヽヽ』 菊若『モシモシ黒姫さま、私は何時も申す通り、善悪邪正の外に超越し、絶対信仰を以て貴女の仰せは、徹頭徹尾キク若だ。オイ富彦、俺と一緒に出て来い。何時まで閾が高いと言つて、物貰ひの様に門口に立つて居たところで、解決がつかない。常よりも大股に跨げて這入らうぢやないか、黒姫さまばつかりの失敗ぢやない。総監督の任に当る高姫さまも、其責を負ふべきものだ。先んずれば人を制すだ。ナニ構ふものか、堂々と這入つてやらうかい』 と菊若はワザと大きな咳払をなし、富彦を従へ、大手を揮つて、人声のする八咫の大広間へ向つて進み行く。 菊若『これはこれは高姫様、御無事で御帰館遊ばされまして、お芽出たう存じます』 高姫『此日の出神が霊眼で見た通り、お前は黒姫のお使で、飛行船に乗つて遠方ご苦労だつたなア。あア見えても高山彦、黒姫さまも大抵ぢやない。非常な御苦心だ。何事も時節には敵はぬから、お前が帰つたら、どうぞ慰めて上げて下さいよ。妾もつい腹が立つて、怒つて帰るは帰つたものの、何だか黒姫さまの事が気になつて、後ろ髪曳かるる様な気がしてならなかつた。アヽ可哀相に……魔窟ケ原の陰気な岩窟で、黒姫さまも第二の作戦計画をして御座るであらう』 菊若『イエ、黒姫さま始め、高山彦、寅若も、今門前へ飛来致しまして、余り貴方に会はす顔がないので、門口にモガモガと手持無沙汰で、這入るにも這入られず、帰るにも帰られぬと言つて、煩悶苦悩の自由権利を極端に発揮して居られます』 高姫『アヽさうだらうさうだらう、妾の見たのは黒姫さまの本守護神だつた。本守護神は依然として岩窟に止まつて居られる。副守の先生肉体をひつぱつて来たのだな。何分顕幽を超越して居る天眼通だから、ツイ軽率に見誤つたのだ。霊眼と云ふものは余程注意をせなならぬものだ、ホツホヽヽヽ』 鶴公『高姫さま、貴方の霊眼は実に重宝ですなア。活殺自在、実に一分一厘の隙も有りませぬワ。さうなくては一方の将として、多数を率ゐる事は出来ませぬワイ。イヤもう貴方の神智神識には……否邪智頑識には、実に感服の外なしで御座います』 高姫『エーつべこべ何理屈を仰有る。神界の事が物質かぶれのお前に分つて堪るものか。斯うして幾十年も神界の為に尽して居る妾でさへも、あまり奥が深うてまだ其蘊奥を究めて居ない位だのに、僅か十年足らずの入信者が分つてたまるものか……誠が分りたら、口をつまへて黙りて居つて、改心致さなならぬ様になるぞよ。ゴテゴテと喋舌りたい間は、誠の改心が出来て居らぬのであるぞよ。一時も早く改心致して、うぶの心になりて、誠の御用を致して下されよ……と変性男子のお筆先にチヤンと書いて有るぢやないか。筆先の読みよが足らぬと、そンな屁理屈を言はねばならぬ。神の道は理屈では可けませぬぞエ。絶対服従、帰依心、帰依道、帰依師でなければ信仰の鍵は握れませぬぞエ』 鶴公『二つ目にはよい避難所を見つけられますなア。鍵が握れぬなぞと、うまく仰有いますワイ。鶴公の名論卓説を握り潰すと云ふ心算でせう』 高姫『きまつた事だ。古参者の吾々に、新参のお前たちが、太刀打しようと思つたつてそりや駄目だ。駄目の事は言はぬが宜しい。あつたら口に風引かすよなものだ。何時までもツルツルと理屈を仰有るなら、モウ神のツルを切らうか』 鶴公『ツルなつと、カメなつと、縁なつとお切りなさい。三五教もウラナイ教も奉斎主神は同じ事だもの。私は神さまと直接交渉致します。人を力にするな、師匠を杖につくなと、三五教もどきに貴女も始終仰有つたぢやありませぬか。嘘を吐く師匠を杖に突くと云ふ事は、熟々考へて見ればみる程厭になつて来ましたワイ。何れ私が脱退すれば、千匹猿の様に、喧し屋の革新派が従いて来るでせう。さうすればウラナイ教もシーンとして、世間から見て、大きな館で沢山人が居る様だがナンした静かな所ぢやと、世間から申す様になるぞよ。さうでなければ誠が開けぬぞよと日の出神のお筆先にも出て居る通り、貴方も御本望でせう。筆先の実地証明が出来て、日の出神の生宮の御威勢は益々揚り、旭日昇天のウラナイ教となりませう』 高姫『コレ鶴公、よう物を考へて見なさいや、ソンナ浅薄な仕組ぢや有りませぬぞエ。お前はチツトばかり青表紙や、蟹文字を噛つて居るから、仕末にをへぬ。マアマア時節を待ちなさい。枯木にも花咲く時が来る。後になつて、アーアあの時に短気を起さなかつたらよかつたにと、地団駄踏みてジリジリ悶えをしてもあきませぬぞエ。よう胸に手を当て心と相談をして見なさい』 鶴公『ヤツパリ、私の様なプロテスタントにも未練がかかりますかなア』 高姫『プロテスタント派だから余計可愛のだ。敵を愛せよと神様は仰有る。改心の出来ぬ悪人程、妾は可愛いのだ。不具な子程親は余計憐れみを加へたがる様に、神様の御慈愛と云ふものは、親が子を思ふと同じ事だ』 鶴公『アヽ仕方がない。流石は高姫さまだ。チツトも攻撃の出来ない様に、何時の間にか鉄条網を張つて了つた』 高姫『早く黒姫さまを此方へお迎へして来ないか。コレコレ亀公、黒姫さま一同にどうぞお這入りなさいませと言つて、御案内を申してお出で……』 亀公『承知致しました』 鶴公『オイ亀公、鶴と亀とは配合物だ。俺も従いて往かう』 亀公『ヤアお前が来ると又難問題が突発すると仲裁に困るから、マア控へとつて呉れ』 鶴公『ナーニ、鶴と亀と揃うてゆけば、鶴亀凛々だ。活機臨々として高姫の御威勢は、天より高く輝き亘り、大空に塞がる黒姫……オツトドツコイ黒雲は、高山彦のイホリを掻き分けて、天津日の出神の御守護となるに定つて居る。それは此鶴公が鶴証するよ。アハヽヽヽ』 高姫『コレコレ鶴公、お前は此処に待つて居なさい。亀公一人で結構だ』 鶴公『これは高姫さまのお言葉とも覚えませぬ。折角遠方からお出でになつたのに、亀公一人を出しては、チツト不待遇ぢや有りませぬか。鶴亀の揃はぬのは、あまりお芽出たうは有りますまいぞ。併し乍ら高姫様は芽出たい様にと、鶴亀の両人を連れてお出でになつたが、ヤツパリ……ヤツパリだから、御案じ遊ばすのも無理は御座いますまい。……エー仕方が有りませぬ。大譲歩を致しまして、鶴公は本陣に扣へて居りませう。……オイ亀公、一人御苦労だが、鶴公は奥にハシヤいで居ます……と黒姫さま一行に伝言をするのだよ』 亀公『勝手に、何なと吐けツ』 と足を早めて表へ駆け出したり。黒姫の一行は亀公に案内され、喪家の犬の様に悄気返つて、コソコソと足音までソツと、薄氷を踏む様な体裁で此場に現はれたり。 高姫『アヽ黒姫さま、高山彦さま、ようマア帰つて下さつた。今も今とて霊眼で貴方の御心労を拝観して居ました。お前さまは副守護神の容器だらう。黒姫さまや、高山彦さまの本守護神は屹度アンナ利巧な事はなさいますまい』 黒姫『ハイ誠に申訳の有り……もせぬ事を致しまして、何分副守護神が此頃は権幕が強いものですから、黒姫の本守護神も持て余して居られますワイ。高山彦さまの本守護神も第二の作戦計画をやつて居られます。此処に参上たのはヤツパリお察しの通り副守護神の容器で御座います』 高姫『それはそれは副守護神どの、遠路の所御苦労で御座いました。サアサアどうぞ妾の居間へお出で下さいませ。副守護神同志、何かの相談を致しませう』 ハイと答へて、黒姫、高山彦は、高姫の後に従ひ、ホツと一息つき乍ら、奥の間指してシホシホと進み行く。後には魔我彦、蠑螈別、鶴公、亀公、寅若、菊若、富彦、甲乙丙丁戊己其他数十人の者、酒に酔ひ潰れ、喧々囂々、遂には打つ、蹴る、擲る、泣く、笑ふ、怒るの一大修羅場が現出されウラナイ教の本山は鼎の沸くが如く大乱脈の幕に包まれにける。 (大正一一・五・七旧四・一一松村真澄録) |
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霊界物語 | 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 | 06 和合と謝罪 | 第六章和合と謝罪〔六五一〕 一葉落ちて天下の秋を知るとかや。神の教も不相応ぬフサの国、北山村の本山ウラナイ教の頭株、心も驕る高姫が、執着心の胸の闇、鼻高山彦や黒姫は、奥の一間に差し籠もり、ウラナイ教の前途に就いて、コソコソ協議を凝らし居る。 高姫『栄枯盛衰、会者定離は人生の常とは云ひ乍ら、よくも是だけウラナイ教は、庭先の紅葉の風に散る如く凋落したものだ。彼れ程熱心に活動して居つた蠑螈別は煙の如く此本山から消えて了ひ、数多の部下や信徒は四方に散乱し、全で蟹の手足をもがれた様な敗残のウラナイ教、何とか回復の道を講ぜねばなりますまいよ』 黒姫『日の出神さまも此際、ちつとどうかして居らつしやるのではありますまいかなア』 高姫『日の出神様は外国での御守護、世界の隅々迄も調べに往つて御座るのだから今はお留守だ。何れお帰りになれば、日の出の守護になるのは定つて居りますが、さうだと云つて此儘放任して置けば此本山は、孤城落日、土崩瓦解の憂目に会ねばなりませぬワ。それよりも黒姫さま、竜宮の乙姫様は此頃はどうして御座るのでせう。随分気の利かぬ神様ですねエ。コンナ時に御活動下されば宜しいのに』 黒姫『竜宮の乙姫様は貴方もお筆先で御存じの通り、日の出神様に引添うて一所に外国で御守護して居られるに定つて居るぢやありませぬか。高姫様は、玉照姫の一件から何処ともなしに、ボーとなさいましたなア』 高姫『黒姫さまも御同様ぢやありませぬか。貴女は、高山彦さまが、あちらにお出でになつてから、日増に、ボンヤリなされましたさうですよ。御自分の事は御自分には分りますまいが、寅若がそう云つてましたぞえ』 黒姫『何を仰有います。そう人を見損なつて貰つては困ります。高山さまがお出でになつて以来といふものは、層一層活動しました。それよりも高姫さま、斯う云うとお気に障るか知れませぬが、蠑螈別さまが此本山から姿を隠されてより、層一層気抜けがなさつた様な、燗ざましの酒を十日も放つて置いて飲みた様な塩梅式ですよ。お互に気を取直して確りと仕様ではありませぬか。あの三五教を御覧なさい。旭日昇天の勢、まるでウラナイ教なぞとは比較物になりませぬワ』 高姫『憎まれ子世に覇張る、と云つて、悪が栄える世の中だ、その悪の世に栄ゆる教だから大概分つて居りますよ。併し九分九厘迄悪の身魂は世に覇張る、善の身魂は落ちて居ても一厘でグレンと覆ると日の出神様が仰有る。三五教は何程沢山集まつて居ても烏合の衆ですよ。何れ内裏から内閣瓦解の運命が萌しかけて居ります。ウラナイ教は少数でも、善一筋の誠生粋の大和魂の堅実な信仰の団体だ。万卒は得易く一将は得難しと云つてな、少数なのは結構ですよ。余り瓦落多人足がガラガラ寄つて居ると、遂に虫がわきまして水晶の水が臭くなり、孑孑がわいて鼻持ちならぬ臭がし出し、終局には此孑孑に羽が生えて飛散し、遂には人の頭に留まつて生血を絞る様になります哩。必ず必ず御心配なさいますな。日の出の守護になれば一度にグレンと覆るお仕組がして御座います』 黒姫『さうすると善許り選り抜いて、身魂の曇つた者は一人も寄せないと云ふ神様の御方針ですかな』 高姫『其処は惟神ですよ。無理に引張に行つた処で寄らなきや仕方がありませぬワ。又何程引留めたつて綱を付けて縛つて置く訳にもゆかず、脱退する者は是も惟神に任して、自由行動を取らして置くのですな。来る者は拒まず、去る者は追はずと云ふのが神様の思召だ。無理に引張りに行つて下さるなよ、時節参りたら神が誠の者を引寄せて誠の御用をさすぞよ。と仰有るのだから、そうヤキモキ心配するには及びませぬ哩』 黒姫『それでも玉照姫さまを無理に引張て来いと御命令をなさつたぢやありませぬか』 高姫『それはあなたの量見違だ。無理に引つぱらうとするから、取り逃したのだ。向うの方から何卒玉照姫様をお預り下さいと云つて来る様に、上手に仕向けぬから、そンな事にかけては抜目のない素盞嗚尊は甘い事をやつたぢやないか。お前さまも随分賢いお方ぢやが、千慮の一失とか云つて、此度あの件に限つては黒姫さまの失敗でしたよ』 黒姫『そうだと云つて、愚図々々して居れば三五教に八九分取られて了ふ様になつて居たのだから、ソンナ廻り遠い事をして居つては、六菖十菊の悔いを残さねばならぬと思つたから非常手段をやつただけの事です。勝敗は時の運、今になつて死ンだ児の年を数へたつて仕方がありませぬワ。貴方も余程愚痴つぽくなつて、取返しのつかぬ愚痴な事を言ひなさいますな』 高姫は眉をキリリとつり上げ、ドシンと四股を踏み、畳を鳴らしプリンと尻を向け、次の間に姿を隠したり。 高山彦『コレコレ黒姫さま、お前は何と云ふ御無礼な事を仰有るのだい。大将や師匠は無理を云ふものだと思へと何時も部下の者に云つて聞かせて居乍ら、何故一つ一つ口答へをしたり、言ひ込めたりなさるのだ。仲に立つた柱の私は何とも挨拶の仕様が無いではないか』 黒姫は目に角立てて、 黒姫『コレお前さま、以前由良の川を渡つた時に、何でも彼でも絶対服従すると云つたぢやないか、草履取にでもして呉れと云つたではないか。今良い亭主面をして竜宮の乙姫様の生宮の云ふ事に一々干渉なさるのか。黙つて引込みて居なさい、お前さまが首を突き出して出しやばる幕ぢやないのだ。余り差出口をしなさると箝口令を励行しますぞ』 高山彦『ハイハイ竜宮様の御逆鱗、もう是れからは沈黙を守りますワイ』 黒姫『何程黒姫が砲弾を発射しても、高山砲台は沈黙を守つて決して応戦してはなりませぬぞや。二〇三高地の性念場になつて居るのに傍から敵の援軍が来て堪るものか』 高山彦『ハイハイ仕方がありませぬ。どつか、渤海湾の海底にでも伏艇して形勢観望と出かけませう。併し乍ら黒船が敵弾を受けて苦戦の最中を見て居る私は、どうしても中立的態度は取れませぬワ。何とか応援を致し度い様な気が致します』 黒姫は稍機嫌を直し、 黒姫『アヽさうかいなア、それが真心の現はれと云ふものだ。矢張り気になるかいなア、夫婦となれば気にかかると見える。矢張黒姫のハズバンドとして相当の資格を保有して御座る。元は赤の他人でも夫婦の愛情と云ふものは又格別なものだ』 と又ニコニコ笑ひ出すおかしさよ。 一天黒雲漲り暴風吹き起り雷鳴轟くかと思ひきや、高山彦の円滑なる言霊の伊吹によつて黒雲忽ち四方に飛散し、明皎々たる満月の光、中天に綺羅星の現はれたる如き天候と一変したりける。 黒姫『コレコレ高山彦さま、お前さまは見掛けに依らぬ親切な人だつた。其親切を吐露して高姫さまの御機嫌を直して来て下さい。併し親切を尽くすと云つても程度がありますよ』 高山彦『随分難かしい御註文ですなア。其程度が一寸分りませぬ、何処迄と云ふ制限を与へて下さいな』 黒姫『エヽ不粋な人だなア。そこはそれ、不離不即の間に立つて円満解決を計るのだ。電波を送るなぞは絶対に禁物ですからな』 高山彦『誰がアンナ婆アさまに電波を送つて堪るものか、安心なさい』 黒姫『婆アさまに電波を送らぬと仰有つたが、高姫さまが婆アさまなら、私はもう一つ婆アさまだ、そうするとお前は余程険呑な人だナア。これだから折角出て来たお民を、巧い事を云つて高城山迄放り出したのだ。コレ高山さま、ソンナ事に抜け目のある様な、素人とは違ひますよ。此道にかけたら、世界一の経験者だから、お前の様な雛子とは違ひますよ、確りとやつて来なさい。これからは婆アと云ふ事は云つて貰ひますまい。年は取つても心は二八の花盛り、霊主体従の仕組と云つて心に重きを置くのだよ』 高山彦『同じ、婆アどつこい、昔の娘でも貴方は又格別ぢや、どことは無しに、良い処があります哩』 黒姫『それはそうだらう、七尺の男子を手鞠の様に飜弄すると云ふ黒姫の腕前だから、何程高山さまが、地団太踏んだつて、足許へも寄り付けるものか。然し乍ら、良く気を付けて、昔の娘の高姫さまに旨く取り入つて御機嫌を回復して来るのだ。呉れ呉れも送つてはなりませぬぞや』 高山彦は迷惑相な顔付で高姫の居間を訪れた。高姫は、夜着を頭迄グツスリ被つて、捨鉢気味になつて横たはつて居る。 高山彦『モシモシ高姫さま、高山で御座います』 高姫『コレお前さま、戸惑ひをして居るのかな、私は黒姫さまぢやありませぬよ。貴方のお出でになる処は方角違ですよ。サアサアトツトとあつちへ往つて下さい、黒姫さまに痛くも無い腹を探られちやお互の迷惑だからなア』 高山彦『イエイエ決して決して御心配下さいますな。山の神様の公然認可を得て参りました。実の処、黒姫がお詫に参りますので御座いますが、どうも余り失礼な事を物の機で申上げ、貴方に合す顔がないところから、私に代つて旨く御機嫌をドツコイ、十分に御得心の往く様にお詫をして来いと仰有いました。何卒黒姫さまの脱線振りは、神直日大直日に見直し聞直し不調法は宣り直して上げて下さいませ』 高姫『コレコレお前さまは、何時の間にやら下鶏になつて了つた。何故それ程主人のクセに奥様に敬語を使ふのだい』 高山彦『ハイハイこれには、曰く因縁が御座います』 高姫『因縁があるか何だか知らぬが、貴方がさう御丁寧な言霊を使ひなさると、自然に夫婦仲が良くなつてお目出度い。それだから嬶大明神で、高山彦さまはお目出度いと人が云ひますよ。ホヽヽヽヽ』 高山彦『何でも結構です。何卒貴方も御機嫌を直して下さい。さうすれば此お目出度い男が尚お目出度くなりますから、和合して下さい』 高姫『和合して下さいとはそれは何を云ひなさる。一方の大将と大将の争ひを平和にするのは和合だが、何と云つても、私と黒姫さまとは師弟の間柄ぢやないか。師匠の私に和合して呉れなぞとチツと僣越ぢやありませぬか。今迄のお気に障つた処は何卒お許し下さいませと謝罪するのが当然だ、それをソンナ傲慢不遜の態度では、高姫の腹の虫が容易にチヤキチヤキと承諾致しませぬよ』 高山彦『御説御尤も、夫婦の仲と師弟の間を混同して居ました。これは黒姫と私との間に用ゆる言葉で御座います。高姫のチヤチヤ様、何卒黒姫の御無礼、寛大な大御心に見直し聞直し許してやつて下さいませ』 高姫『アヽさうかいな、さう物が分かれば、元より根のない喧嘩だ。どちらも神を思ひお道を思うての争ひなのだから、私人としての恨みはチツとも無いのだ。どうぞ黒姫さまに早く此処に来て貰つて下さい』 高山彦『承知致しました。黒姫さまも嘸お喜びになる事で御座いませう』 高姫『ソレ又々、貴方は奥さまに対して敬語を使ひなさる。余り見つともよくない、慎みなさいや』 高山彦『ハイハイ以後は慎みます』 と此場を立ち、 高山彦『アヽ敬語を使はねば、黒姫さまには叱られるなり、困つた事だ』 と呟きつつ黒姫の居間に帰り来り、高山彦は怖さうに、襖をスーツと開き、半分逃げ腰になつて、顔許り突出し、形勢観望の態度を取つて居る。黒姫は目敏くこれを眺めて、 黒姫『コレコレお前は高山さまぢやないか。其態度は一体どうしたのだい』 と震ひ声で呶鳴り付けた。 高山彦『ハイ、ドドドーモ致しませぬ』 と云ひつつびつくりして閾の外にドスンと尻餅を搗きアイタヽヽヽ、 黒姫『コレ高山さま、何をしとるのだい。這入つて来て早く注進なさらぬかい』 高山彦はもぢもぢし乍ら、云ひ難さうに、 高山彦『高姫さまがそれはそれは御機嫌麗はしく、和合は和合、謝罪は謝罪、そこで和謝何も彼も中立と合罪』 黒姫『何だか歯切れのせぬ返事だな。何は兎もあれ、高姫さまのお居間にお伺ひしよう、何時迄兄弟牆に鬩ぐ様な内輪喧嘩を継続して居ても、お互の不利益だ。どれ、これから和合して来ませう』 高山彦『モシモシ黒姫さま、和合はいけませぬよ』 黒姫『何、和合が不可と、喧嘩をせいと云ひなさるのか』 高山彦は周章気味で、 高山彦『イエ高姫さまが、喧嘩株式会社を創立なさつて、株券を募集したり、社債(謝罪)を起したりするとか何とか云つてましたよ。何でも些細な間違ひで、いつ迄も蝸牛角上の争闘を続けて居るのは、国家の内乱も同様だから可成く平和の解決を致します』 黒姫は委細かまはず、ドスンドスンと床を響かせ乍ら、高姫の居間をさして進み入り、 黒姫『高姫様、御機嫌は如何で御座います。御無礼の段は平にお詫を致します』 高姫『イヤ御無礼はお互様で、何卒これからは感情の衝突は一掃し車の両輪となつて、神国成就の為めに活動致さうぢやありませぬか』 黒姫『有難う御座います。何分宜しく御願ひ致します』 高姫『時に黒姫さま、自転倒島の魔窟ケ原に残してある梅公、其他の宣伝使の方々は、愚図々々して居ると、又もや三五教に、青彦や常彦、夏彦の様に沈没すると困りますから、今の内に本山に迎へ取つたらどうでせうか』 黒姫『ハア御意見通り、黒姫も賛成致します。飛行船を二艘許り、鶴、亀の両人に操縦さして迎へて帰つてはどうでせうか』 高姫『それは至極適任でせう。コレコレ鶴公、亀公』 と高姫は金切声を出して呼び立て居る。軈て鶴、亀の二人は、二艘の飛行船を操縦して四五の随員と共に天空を轟かして進み行く。 (大正一一・五・七旧四・一一藤津久子録) |
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霊界物語 | 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 | 10 馬鹿正直 | 第一〇章馬鹿正直〔六五五〕 雲を抜き出てそそり立つ高城山の峰伝ひ 松樹茂れる神の山木の間に閃く十曜の神紋 国治立の大神や埴安神や木の花の 姫の命の御教を四方に伝ふるウラナイの 神の教の出社と鳴り響きたる神館 五六七の御世を松姫が朝な夕なに真心を こめて祈りの言霊に百の神たち寄り集ひ 醜の教と云ひ乍ら御国を思ひ世を思ふ 其御心を諾なひて守らせ給ふぞ尊けれ。 松姫館の表門には、受付兼門番の溜り所が設けられてある。竜若、熊彦、虎彦の三人は、あどけなき話に冬の短き日を潰して居る。 竜若『此春頃は陽気も良し、日々木の芽を萌く様に、求道者が踵を接し、随分吾々も受付や門の開閉に繁忙を極めたものだが、春逝き、夏過ぎ、秋去り、冬来る今日此頃、雪は散らつく、凩は吹く、梢は真裸となり白い白い花が咲く様になつた様に、ウラナイ教の此館も、一葉落ちて天下の秋を知る処か、全葉落ちて寂寥極まる天下の冬となつて来たぢやないか。如何に栄枯盛衰は世の習ひだと云つても、ウラナイ教の凋落と云つたら、実に哀れ儚なき有様だ。我々は斯うチヨコナンとして用も無いのに、借つて来た狆の様にして居るのも、何だか気が利かない。松姫様に対しても気の毒な様な気がしてならないワ。嗚呼ウラナイ教にも、冷酷無残の冬が来たのかなア』 熊彦『それが身魂の恩頼だ。冬が有りやこそ春が来るのだ。神様は引懸け戻しの仕組ぢやと仰有るぢやないか。海の波だつて風だつて其通りだ。七五三と風が吹き、波は立つ、ウラナイ教も此春頃は七の風が吹き、七の波が立つて居た。夏になると五の風や五の波、秋の末から冬のかかりにかけて、三の風が吹き、三の波が打つて居る様なものだ。又世の中の歴史は繰返すものだから、花咲く春は屹度ウラナイ教に見舞うて来るよ。天下の春にウラナイ教計り何時迄も、冬の冷酷を眺めて居る様な事はあるまい、さう悲観したものぢやないよ』 虎彦『熊公、随分お前は楽観者だなア。蜘蛛が巣をかけて、虫が引つかかるのを待ち受ける様なやり方では何時迄経つても、ウラナイ教に春は見舞うて呉れない。矢張能ふ限り最善の努力を費やさねば駄目だ。運と云ふものは手を束ねて待つて居たつて、来るものではない。矢張こちらから、活動を開始せねばならないぢやないか。それに此頃は館の松姫様も、宣伝使の布教をお止めなさつたぢやないか。一体吾々は諒解に苦まざるを得ないのだ』 竜若『吾々一同の宣伝使が御神慮に叶つて居ないのだから、十分に此静かな間に、身魂を研き上げ、御神慮を悟り、本当の神様の大御心を体得して、神様から是れなら宣伝をしにやつても差支へ無いと御認めになる迄、吾々は修行をさされて居るのだ。月日の駒は再び帰り来らず、一日再び晨成り難し、此機会に、吾々は充分の魂磨きをやつて置くのだ。今迄の様な脱線だらけの宣伝をしたつて、世の中を益々混乱誑惑させるだけだ。一かど立派な神様の御用を勉めた積りで、お邪魔許りして居たのだから、神様が戒めの為に、此頃の様に宣伝もお止めなさつたり、求道者もお寄せにならないのだらうよ。吾々一同の者が、本当の誠の神心が解つたならば、宣伝にもやつて下さらうし、因縁の身魂も寄せて下さるだらう。神様は何処から何処迄抜け目が無いからなア』 熊彦『それに就いても三五教は比較的隆盛ぢやないか。高姫さまや、黒姫さまの大頭株が得意の神算鬼智を発輝して、玉照姫様をウラナイ教に奉迎せむとなさつたが、薩張三五教の紫姫や、青彦の奴に裏をかかれて馬鹿を見たと云ふのだから、油断も隙もあつたものぢやない。それに又合点のゆかぬは松姫さまぢや。青彦の裏返り者の女房お節が、此間から猫撫で声を出しよつて、旨く松姫さまに取り入り、今では奥の間の御用を務めて居るぢやないか。又黒姫の二の舞を演じてアフンとなさる様な事はあるまいかなア。何程、清濁併せ呑む大海の様な松姫さまの御心でも、お節の様な危険人物を奥に住み込ませて置くのは、爆裂弾を抱へて寝る様なものだ。此位な分り切つた道理がどうして松姫さまは気が付かぬのだらうか』 虎彦『何は兎もあれ、権謀術数至らざるなき、素盞嗚尊の悪神の一派だから千変万化に身を窶し、大胆不敵にも、女の分際としてこんな所へ、恐れ気もなくやつて来居つた危険性を帯びた化物だから、一つでもお節の欠点を発見したら、それを機会に松姫の大将が何と仰有つても、吾々は職を賭してお諫め申し、お節をおつ放り出さねばなるまいぞ』 竜若『それもそうだ。女でさへも三五教へ這入つた奴は、あれだけの胆力が据わつて居るのだから、男は尚更手に合はぬ奴計りだ。又何時三五教の奴がやつて来居つて、魔窟ケ原の岩窟の二の舞ひをやらうと掛るかも知れないから良く気を付けて、三五教の連中だつたら、此門内へ一足でも入れさす事は出来ないぞ。箒で掃出すか、それも聞かねば六尺棒で袋叩きにしても懲らしめてやらねば、ウラナイ教は何時根底から顛覆さされるやら分つたものぢやない。松姫さまは狼であらうが、虎であらうが、老若男女の区別なく、物食ひがよいから困つて了ふ。腹の中へ毒薬を呑み込んで平気で居るのだから実に剣呑千万だ。もうこれからは、一々出て来る奴を誰何して、身魂を調べた上でなければ、通行させる事は出来ないぞ。此門の出入を許否するは吾々一同の権限でもあり大責任だから、今後吾々は三角同盟を形造り、結束を固うして、毛色の変つた怪しき人物は、断乎として通過させない事にして締盟仕様ぢやないか、日の出神の生宮でも竜宮の乙姫さまの生宮でも、月夜に釜を抜かれた様な馬鹿らしい、悲惨な目に遭はされ給ふのだから、余程警戒を厳重にせなくては国家の一大事だ。此門一つが危急存亡の分るる所だからなア』 斯かる処へ馬、鹿の両人、潜り戸をガラガラと開けて這入り来たり。 熊彦『ヤア、門番の吾々に何の応答もなく、潜り戸を開けて這入つて来るとは、怪しからぬぢやないか、サア出て下さい』 馬公『ヤアこれは誠に失礼を致しました。余り森閑として居たものですから、貴方等が厳しい御装束をして門を守つて御座るとは露知らず、心急く儘ついお応答もせず御無礼致しました。何卒此不都合は、神直日大直日に見直し聞直し下さいまして通過させて下さいませ』 熊彦『成らぬと云つたら絶対にならぬのだ。事と品によつたら通してやらぬ事もないが、貴様に限つて通す事出来ぬ哩。其理由とする処は今貴様が、神直日大直日に見直し聞き直して呉れと云つたぢやないか。そんな文句を称へる者は、此広い世界にウラナイ教と三五教の二派あるのみだ。併し乍ら貴様はウラナイ教の人間ぢやない。てつきり三五教の瓦落多だらう。貴様の様な奴を此館へ侵入させ様ものなら、それこそ館の中は忽ちぢや、さうならば、我々も何々に何々しられては矢張忽ちぢや。忽ち変る秋の空、冬の来るのにブルブルと、面の皮剥ぎオツポリ出されて、七尺の男子も矢張忽ちぢや』 馬公『ヤアヤアそれは誠に御親切有難う。我々三五教の馬、鹿の二人が此処へ参る事を、流石明智の松姫様が御存じ遊ばして、門番に命じ吾々を歓迎の為め立待ちさせて置かしやつたのだな。たちまち開く心の門、是れから愈日の出の守護になるであらう、サア鹿公、御免を蒙つて奥へ参りませうかい』 熊彦『何だ、怪つ体な、馬だとか鹿だとか、道理で馬鹿な面付をして居やがる哩。コラコラ此門は善一筋、誠一つの神様や人間の通行門だ。四足の通るべき処ぢやない。トツトと帰らぬか』 馬公『如何にも吾々の名は馬、鹿、四足に間違ひありませぬが、此御門を御覧なさい、これも矢張四足ぢやないか。それにお前の名も、竜とか熊とか、虎とか云うぢやないか。矢張四足だらう。四足門を、四足が守るとは、余程よいコントラストだ、アハヽヽヽ』 虎彦『トラ何を吐しやがるのだ。それ程コントラストが望みなら、貴様の薬鑵を此棍棒でコントラストと叩き付けてやらうか』 と云ふより早く傍の六尺棒を以て、馬、鹿の前頭部を二つ三つ撲り付けた。 鹿公『随分ウラナイ教は、手荒い事をなされますなア』 虎彦『何、ウラナイ教が手荒い事をするのだ無い、貴様の悪心が此虎彦をして、貴様を打たしめるのだ。心の虎が身を責めると云ふのは此事だ。名詮自性、馬鹿な事を云つて通過を懇望するものだからそれで御註文通り、棍棒を頂かしてやつたのだ。今後は謹んで、斯様な乱暴な事を致すでないぞよ。馬、鹿の守護神、勿体なくも、虎彦さんの肉体を使つて馬鹿にしてけつかる、アハヽヽヽ』 馬公『重々私が悪う御座いました。何卒御勘弁下さいませ』 熊彦『悪いと云ふ事が分つたか。悪かつたら勘弁せい、と云つて、それで勘弁が出来ると思ふか。結構な御神門を、四足門だの、吾々三人を四足だのと失敬千万な、劫託を吐きやがつて、何だ、三五教はそんな無茶な身勝手な理屈は通るか知らぬが、誠一途のウラナイ教ではそんな屁理屈は通らぬぞ』 鹿公『イヤもう、通つても通らひでも結構です、吾々の目的は此門を通りさへすれば宜いのだ。黙つて門を開けたのは誠に済まないけれど、諺にも「桃李物云はず」と云ふ事がある。それだから、物静かに敬虔の態度を以て通行したのです』 虎彦『エヽツベコベと、よう囀る奴だ。愚図々々吐すと、鬼の蕨がお見舞ひ申すぞ』 と骨だらけの握拳を固めて、鹿の顔を二つ三つガツンとやつた。 鹿公『アイタヽヽ、随分気張り応があります哩』 虎彦『定つた事だ、斯う見えても、朝から晩迄、剣術に柔術で鍛え上げた百段の免状取りだ。全身鉄を以て固めた、虎彦さまの鉄身、鉄腸、槍でも鉄砲でも持つて来て、撃つなと、突くなとやつて見よ。鋼鉄艦にブトが襲撃する様なものだ、アハヽヽヽ』 と得意の鼻を蠢かし、四角な肩を不恰好に腰迄揺つて嘲笑する。馬公、鹿公は堪忍袋の緒が今やプツリと切かけた。エヽ残念だ、もう此上は善も悪もあつたものかい、三人の奴を片ツ端から打のめし、三五教の腕力を見せてやらうか。イヤイヤ、なる勘忍は誰もする、ならぬ堪忍するが堪忍だ。訳の分らぬ下劣な奴を相手にしての争ひは自ら好んで人格を失墜するのみならず、延いては、大神様の御心に背き、三五教の名誉を毀損する生死の境だ。仮令叩き殺されても柔和と誠を以て、彼等悪人を心の底より、改心させるのが吾々信者の第一の務めだ。国治立の大神様や素盞嗚大神様の御事を思へば、これ位の口惜残念は宵の口だ。怒りに乗じ手向ひすれば、一時の胸は治まるだらうが、叩かれた者は、安楽に夜分も寝られる、叩いた者は夜分に寝られぬといふ事だ。嗚呼、何事も大慈大悲の大神様の深遠なる恵の鞭だ。吾々は大神様の試錬を受けて居るのだ。紫姫様のお身の上に関する様な失敗を演じては済まない。と、馬、鹿両人は一度に、心中の光明に照されて、嬉し涙をタラタラと流し大地にカヂリ付いて神恩を感謝して居る。 虎彦『オイ馬、鹿、どうだ、往生致したか。初めの高言に似ずメソメソと泣面掻きやがつてチヨロ臭い。女郎の腐つた様な奴だなア。貴様は何時の間にか、睾丸を落して来やがつたのだらう。オイ熊彦、貴様は馬の睾丸を検査するのだ。俺は鹿の睾丸を実地検分してやらう』 と目と目を見合せ両人の尻を引捲り、三つ四つ臀部を叩き、 虎彦『ヤア腰抜けだと思つたら、矢張此奴の体は女に出来て居やがる。骨盤が非常に大いぞ。ヤア長い睾丸を垂らして居やがる』 とギユツと握り、無理無体に後向けに引張つた。 馬、鹿両人は睾丸を引張られ痛さに堪らず、後向けにノタノタと這ひ乍ら、門の外へ引摺り出された。 熊彦、虎彦両人は、手早く門内に駆入り、潜り戸の錠前を下ろし、 熊、虎『アハヽヽヽ、態ア見やがれ、ノソノソとやつて来ると又こんなものだぞ。早く帰つて三五教の奴に、酷い目に遭はされましたと報告しやがれ』 馬公『モシモシ、それは余りで御座います。開けて下さいと無理に申しませぬ、何卒、馬、鹿の両人が、門の外迄参りました、と松姫さまに報告して下さいませ』 虎彦『報告すると、せぬとは、吾々の自由の権利だ。犬の遠吠の様に、見つともない、門の外で、ワンワン吐すな』 鹿公『左様で御座いませうが、どうぞ、何かのお話の序に、一言でも宜しいから、仰有つて下さいませ』 虎彦(大きな声で)『喧しう云ふない。貴様が言つて呉れなと云つたつて、此手柄話を黙つて居る馬鹿が何処にあるかい。ウラナイ教の邪魔計り致す、三五教の馬、鹿の両人の睾丸を掴んで、門外におつ放り出してやつたと云ふ、古今独歩、珍無類の功名手柄を包み隠す必要があるか、縁の下の舞は、我々の取らざる所だ、一時も早く帰らぬか、愚図々々致して居ると、薬鑵に熱湯を浴びせてやらうか。シーツ、シー、こん畜生ツ、アハヽヽヽ。是れで俺も日頃の鬱憤が晴れ、溜飲が下つた。サアこれから、松姫様に申上げて喜んで頂かう、さうすれば又、御褒美に御神酒の一升もお下げ下さるかも知れぬぞ、オホヽヽヽ』 馬公『オイ鹿公、随分結構な神様の試錬に遭つたぢやないか。ようお前も辛抱して呉れた。俺は、お前が短気を起しはせぬかと思つて、どれだけ胸を怯々さして心配したか知れなかつたよ。それでこそ俺の親友だ、有難い、此通りだ、手を合して拝むワ』 と涙を滝の如くに流し男泣きに泣き沈む。 鹿公『そうだな、本当に結構な御神徳を頂いた。これで俺達も、余程、身魂に力が出来て胴が据わつた。身魂に千人力の御神徳を与へて下さつた。アヽ神様、あなたの深き広き御恵み、身に浸み渡つて有難う感謝致します』 と嬉し涙に掻きくれる。 馬公『オー鹿公、よう云うて呉れた。嬉しい』 と、しがみ付く。鹿公も亦、馬公の体にしがみ付き、互に抱き合ひ、忍び泣きに泣いて居る。 秋の名残りの柿の実、只二つ、冬枯れの梢に淋しげにブラ下つて居る。 凩に煽られて、烏の雌雄連れは忽ち此柿の木に羽を休め、悲しさうに可愛い可愛いと啼き立てる。 嗚呼此結果は、如何なるならむか。 (大正一一・五・八旧四・一二藤津久子録) |
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霊界物語 | 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 | 12 言照姫 | 第一二章言照姫〔六五七〕 松姫館の表門の司を兼ねたる受付役の竜若は、両手を組み深き思案に沈む折柄、潜り門を潜つてノタノタ入り込む四人の姿を眺めて打ち驚いた。女神姿の二人の宣伝使は門外に煙の如く姿を消した。 竜若は怪しき四人の姿を見て、 竜若『オイ其処へ往くのは、熊に虎ぢやないか。ヤー馬公に鹿公、この冷たい地上を四這ひになつて通るとは、こりや又何うした理由だ』 熊彦『熊、虎の本守護神の顕現だよ』 竜若『貴様は馬公、鹿公を威喝殴打致した罪人だから、当然の成り行きだが、馬公に鹿公は又何うしたものだ』 馬公『ハイ私も本守護神が現はれました。どうぞ尻でも叩いて追ひ込んで下さい』 竜若『ハテな』 と暫時思案の後自分も又四這ひになつて従いて行く、五人の姿は館の奥深く這ひ込んだ。奥には松姫、お節の両人、桐の丸火鉢を挟んで頻りに御蔭話に現を抜かしてゐる。苔蒸す庭前にノコノコ現はれた五人の四這ひ姿、二人は話に実が入り、少しも此の珍姿怪体に気が付かなかつた。獣になつた五人は人語を発すること能はず、二人が自然に目を注ぐのをもどかしげに待てゐる。待あぐんでか、熊公は熊の様に、 熊彦『ウンウーン』 と一声唸る。続いて虎公は、 虎公『ウワーウワアー』 と一生懸命に唸り立てる。馬公は、 馬公『ヒンヒンヒン』 と叫ぶ。鹿公は、 鹿公『カイローカイロー』 と鳴く。竜若は沈黙を守つてゐる。此の声に驚いて二人は庭前を見やれば四這ひになつた五人の男、松姫は、 松姫『アーいやらしいこと、何でせうなア、お節さま』 と座を立つて遁げようとする。 お節『モシモシ松姫さま、さう驚くには及びませぬ。なんでもありませぬ、竜若さまに熊彦、虎彦の両人さま、それに三五教の馬公に鹿公さまですよ。ホヽヽヽヽ、あのマアよう似合ひますこと』 松姫はやつと安心の面色にて、 松姫『コレコレ竜若、熊彦、虎彦、冗談もよい加減にしなさい。女主人だと思つて人を嘲弄するのかい。なんだ見つともない。神様の御用をする身であり乍ら、汚らはしい獣の真似をしたり、何の態だ。ちと嗜みなさらぬか』 虎彦『ウワーウワー』 熊彦『ウーウー』 松姫『アーア困つたことになつて来た。誰も彼も気が違つたのだらうか。これお節さま、如何しませう』 お節『サア困つたことですな、何うしようと云つたところで仕方が無いぢやありませぬか。コレコレ馬公、鹿公、お節ですよ。あまり御無礼ぢやありませぬか』 馬公『ヒンヒンヒン』 鹿公『カイローカイロー』 お節『アヽ互恨みの無いやうに、両方共怪体なことになりましたな』 松姫『斯う云ふ時には神様より外に解決をつけて下さる方はない、アーア可憐想に生き乍ら畜生道へ落ちたのかいな。人面獣心と云ふことは聞いて居るが、此奴は又獣体獣心になつた様だ。やつぱり此世にも地獄もあれば、餓鬼道、畜生道もあると見える。アヽ怖ろしい怖ろしい。コレコレ皆さま、立つて見なさい。どうしても立つことが出来ないのか。最早人間の位が無くなつたのかいな。位と云ふ字は、立つ人と書くが、此奴は又完全な四足ぢや、アヽ可憐想に、これと云ふのも松姫の我が強いからだ。ドレドレ一つ神様にお詫を致しませう。お節さま、貴女はこの五人の男の看守りをして居て下さい。私はこれからお水でも頂いて一生懸命御祈念を致します』 と真青な顔をして、神前の間さして進み入る。五人は声限りに『ウーウー』『ウワー』『ヒンヒン』『カイロカイロ』と負ず劣らず呶鳴り立ててゐる。 暫くあつて松姫は此場に現はれ、 松姫『アヽお節さま、一生懸命に願つて来ましたが、まだ皆の衆は治りませぬかな』 お節『ハイ依然として最前の通り、庭の木のしげみへかたまつて這ひつくばうて居られます。漸く唸り声だけは止まつた様です』 松姫『どう致しませう。私も仕方が無い、罪滅しに四這ひになつて這うて見ませうか』 お節『滅相な、何を仰有います。結構な立つて歩ける人間に生れ乍ら、神様の生宮を軽蔑し、四足の真似を為さると今の五人さまのやうに、神罰が当つて本当の四足になつて了ひますよ』 松姫『それだと言つて私の責任が済まぬぢやありませぬか。私は畜生道へ落ちても構ひませぬ、苦楽を共にするのが本当です』 お節『結構な神の生宮と生れて其様な汚らはしい事を為さると、本守護神を侮辱した事になり、本守護神は愛想をつかして貴方の肉体を脱出し、副守護神ばかりになつて了ひます。さうすればあのやうな浅猿しいさまにならねばなりますまい。人間は神様に対し持身の責任があります。我身を軽んずると云ふことは、所謂大神様を軽んずるも同様、これ位深い慢神の罪はありませぬ。どうぞそれ丈は思ひ止まつて下さいませ』 松姫『そうだと言つて此の惨状を私として傍観する事が出来ませうか』 お節『成り行きなれば仕方がありませぬ。前車の覆へるは後車の戒め、必ず必ずそんな真似をなさつてはなりませぬぞ』 と声に力を籠め、常に変つて稍気色ばみ叱りつけるやうに言つた。松姫は黙念として首を垂れ、悲歎の涙に暮れてゐる。 お節『人間と云ふものは行ひが大切です。吃りの真似をすれば自然に吃りとなり、唖の真似をすれば自然に唖となり、聾の真似をすれば忽ち聾となり、躄の真似をすれば天罰覿面躄になつて了ふのは、争はれぬ天地の真理です。それに人間に生を亨け乍ら如何なる事情があるにもせよ、勿体ない、結構な肉体を四足の真似をしたりすると云ふことがありますものか。アレ見なさい五人の方は段々身体の様子が獣らしくなるぢやありませぬか。それに又人間と生れ乍ら汚らはしい、馬ぢやの、鹿ぢやの、熊、虎、竜なぞの獣の名をつけるものだから、忽ち其名の如く堕落して了ふ。言霊の幸はふ国と申しますが、言霊計りではありませぬ、行ひの幸はひ災する世の中、どうしても人間は名を清くし、心を清め、行ひを正しくせなくてはなりませぬ。アヽ可憐想に私が及ばず乍ら、言霊を以て宣り直して見ませう。さすれば大慈大悲の大神様が一度は御許し下さるでせう』 松姫『本当に驚きました。どうぞ貴女、神様にお詫して下さいませ』 お節『畏まりました』 とお節は立上り、神前に進み入り天津祝詞を奏上し、終つて再び此場に現はれた。 お節『モシモシ竜若さま、熊彦さま、虎彦さま、神様が御許し下さいました。サアお立ちなさいませ。一二三四五六七八九十百千万』 竜若は忽ちムツクと立上り、 竜若『アヽ有難うございました』 次で熊彦、虎彦、馬、鹿の四人、又もやスツクと立上り、 熊虎馬鹿の四人『コレハコレハお節さま、よう助けて下さいました。エライ心得違ひを致しました。モウ今後は決して斯んな馬鹿なことは致しませぬ』 松姫『コレ竜、熊、虎の三人さま、お前は彼んな馬鹿な態をして私を困らしたのぢやないかいな』 竜若『イエイエ滅相な、私が門番を致して居りますと、潜り門をノタノタ這うて来る熊彦、虎彦の姿、こりや不思議だとよくよく見れば、馬公、鹿公四人揃うてノタノタと四這ひになつて奥へ向つて進んで往く。ヤア此奴は熊、虎、最前の無礼を謝する為、謙遜の余り這うてゆくのだな。それに就ても馬公、鹿公は立つて歩くにしのびず、御付合ひに這うてゆかつしやるのだ。アヽ何方も誠と誠の寄り合ひ、義理の立て合ひと感服の余り、大責任を持つた私一人、人間らしう立つて歩く訳にも行かず、余り心の恥かしさに四這ひになつて随いて来ました。さうした所二三間歩く内に本当の四足になつて了ひ、立つことも出来ず、もの言ふ事も出来なくなつたのです。実に恐ろしいものです。ナア熊彦、虎彦、お前はどうだつた』 熊、虎一度に、 熊彦、虎彦『何だか本当の獣になつたやうな心持がし、再び立つて歩く事が出来ないかと心配してゐました。お節さまの御かげで畜生道の苦みを助けて頂きました。有難うございます』 と心底から嬉し涙を零して居る。 お節『アヽそれは大変な事になるとこでした。今後は何卒慎んで下さいませ。鹿公、馬公、お前迄が何とした馬鹿な真似をなさるのぢや。私は大神様に恥かしい』 馬公、鹿公『イヤどうも申訳がありませぬ。以後は屹度心得ます』 お節『馬公、鹿公、貴方は途中で立派な女神さまにお会ひぢやなかつたか』 馬公『ハイ会ひました』 鹿公『門前まで送つて頂きました。併しそれ限り御姿がなくなつて了つたのです』 お節『さうでせう。貴方が自ら人格を落して馬鹿な真似を為さるものだから、流石に慈愛深き女神様もおあきれ遊ばして、お帰りになつたのだ。お詫をなさいませ』 馬公『有難うございます』 鹿公『今度といふ今度は種々と神様から実地教育を授かりました』 熊彦『私は、馬公、鹿公に対し、実に有るに有られぬ侮辱を与へ、打擲を加へました。然るに忍耐強きお二人さまは、チツトも抵抗もなさらず、却て私達に感謝をされました。智慧浅き私共は、馬鹿か、気違ひかと思うて益々虐待を致しましたので、心の底より恥入つて、アヽ私の精神は四足だつた、人間らしく、どうしてお地の上を立つて歩けようかと、懺悔の余り一つは謝罪のため四足の真似を致しました』 と涙ぐむ。 松姫『アーアさうだつたか、其処迄改心が出来れば、斯んな結構なことはありませぬ。併し神様の御教に、神を敬ひ、人を敬ひ、我身を敬へと云ふことがあります。何卒人間の身体は神様の結構なお宮だと思つて、仮令自分の身体でも粗末にしてはなりませぬ。私もお節さまがお止め下さらなかつたならば、お前さま等のやうに畜生道に落ちるとこでございました。サア皆さま、打揃つて神様にお礼を申しませう。実の所はフサの国の本山より、高姫様、黒姫様の御命令が降り、心は既に三五教へ帰順致して居つたのですが、部下の皆さま達が俄にそんな事を云つたところで聞いて下さる道理もなし、どうしたらよからうかと思ひ煩つて居りました。然るに神様は何から何まで抜け目なく、誠の手本を示して皆さまの改心を促して下さいました。此間からお節さまがお出でになり、いろいろと言葉を尽して三五教に帰るようとお示し下さつたけれども、余り易々と帰順すればお節さまの夫を思ふ真心の誠が現はれ難いと思つて、わざと心にも無い事を云うて頑張つて居りました。さうして紫姫様の御身の上を案じて助けたいと思ふ馬公、鹿公のお二方に花を持たしたいばつかりで、今迄頑張つて居たのです。私が心の底から改心を致しましたのは、大神様のお慈悲は申すに及ばずお節さまのお力と、馬公鹿公の主人を思ふ真心のお力でございます。私のみかウラナイ教一同の者が帰順するやうになりますのも、夫を思ふお節さまの至誠と、主人を思ふ馬公、鹿公の忠義心とのお力でございます。誠ほど結構なものは此世の中にございませぬ。私は今日限り此の館をあけて暫く修業に参り、身魂を研くつもりでございます。どうぞお節さま、馬公、鹿公と共に此館をお守り下さつて、数多の信者に誠の道を説いてやつて下さいませ。貴方等が夫や主人を大切に思はるるのと同様に、私も師匠の高姫様や、黒姫様のために尽さねばなりませぬ。どうぞ宜敷くお願ひ致します。竜、熊、虎其他一同の方々、お節さまを私の代理否、私の御師匠さまと崇め、鹿公、馬公を高弟と仰いで、仲好くお道のために尽して下さい』 と言ひ棄て庭先の草履を穿くや否や、夕の闇に紛れて何処ともなく姿を隠しけり。 熊彦は驚きあわて、 熊彦『ヤア竜若さま、松姫さまは到頭蒙塵されました。コラ斯うして居られまい。何処までも追ひ駆けてお姿を見つけ出し、帰つて貰はねばなりますまい。オイ虎彦、サア足装束をせい』 竜若『オイ熊彦、虎彦、待て待て、去るものは追はず、来るものは拒まずぢや。何事も惟神に任して置けばよいのだ』 熊彦『オイ竜若、貴様は人情を知らぬ不徳漢だ。今迄師匠と仰いだ松姫さまが、吾々の醜態を御覧になつて恥しさに堪へかね、結構な館を捨てて何一つ持たず、飛び出されたぢやないか。春秋の筆法を以て言ふならば、竜若、松姫を追放すと云ふことになるぞ。今迄は上役を笠に着居つて偉さうに、熊だの、虎だのと頤で俺を使ひ居つたが、何ぢや、斯んな時に平然として構へて居る奴が何処にあるか。モウ今日限り上官でも兄弟子でも、何でも無いワ。不徳を懲すために、コラ柔道百段の鉄拳をお見舞ひ申さうか、返答は如何だ』 竜若『アハヽヽヽ、又鍍金が剥げかけたぞ。今のことを忘れたか。また四足に還元したら如何するのだ』 熊彦『エー四足になつたつて構ふものか。国家の興亡旦夕に迫る此の一刹那、愚図々々して居る場合でないぞ。間髪を入れずとは此の事だ。オイ竜若、貴様も今迄松姫様の殊恩に浴した代物だ、斯う云ふ場合に赤誠を表はし、師弟の道を尽すと云ふ義侠心はないか』 虎彦『コラ竜若の野郎、何を怖ぢ怖ぢとしてゐるのだ。松姫様を見殺しにする量見か』 竜若『喧しい云ふない。貴様のやうな慌者が居るから、ウラナイ教は発達せないのだ。 君ならで誰かは知らむ我心 と松姫様は俺の千万無量の心中をよくお察し遊ばしてござるのだぞ。貴様のやうにうろたへ騒いで何になるか。それだから平素から臍下丹田に心魂を鎮めよと云うてあるぢやないか』 熊彦『アカンアカン、そんな逃げ口上を云つたつて、誰が承諾するものかい。卑怯者奴が、不徳漢奴が』 竜若『オイ、それ程松姫様の神業の邪魔がしたければ、俺に構はずトツトと往け。間誤々々して居るとお姿を紛失して了ふぞ』 熊彦『エー忌々しい、禄盗人奴、サア虎彦、首途の血祭に、仮令熊や虎に還元したつて構ふものか。此奴を一つ打撲つて潔く出発しようぢやないか』 虎彦『ヨシヨシ合点だ』 と早くも拳骨を固め前後より打かからむとする。馬公、鹿公は両人の利腕をグツと握り、 馬公、鹿公『ヤア待つた待つた』 熊彦、虎彦『待てと云つたつて是が何うして待たれるものか。エー邪魔して呉れな、放せ放せ』 馬公『お前さまの焦るのは尤もだ。併し乍ら松姫様をそれだけ思ふ真心は、実に感心だが、贔屓の引倒しとなつては、反つて済まないぞ。一生懸命に松姫様のお為だと思つてやつたことが、却て師匠を泥溝へ落すことになるのだ。マア冷静に考へて見よ。余り熱した時は公平な判断は出来ぬものだ。此処が鎮魂の必要な所だ。マアマア俺達に免じて思ひ止まつて呉れ。屹度松姫様は神様に助けられ、立派な手柄を遊ばすのだから』 熊彦『馬公、そんな気休めを云うて呉れな』 馬公『ナニ決して気休めぢやない。正真正銘の偽らざる俺の忠告だ。屹度お前のためにならぬやうなことはせないよ』 熊彦『俺はどうなつても構はぬ。松姫様を見捨てる訳にはいかない。どうぞ頼みだから放して呉れ』 虎彦『オイ鹿公、どうぞ今度許りは見遁して呉れ。二人のものに自由行動を採らして下さい。これが一生の頼みだ』 竜若『馬公、鹿公、構うて下さるな。これだけ貴方が親切に云つて下さつても、私が何と云つても通じないやうな没分暁漢だから、二人の自由に任して置きませう。併し乍ら二人とも実に美はしい紅い血が全身に漲つて居る。ヤア熊、虎、ようそこ迄師匠を思うて呉れる。俺は何も云はぬ、唯もうこの通りだ』 と手を合す。 お節『コレコレ熊公、虎公、どうぞ思ひ止まつて下さい。お節がこの通りお願ひ致します』 と跣足の儘庭先に飛び下り、大地にペタリと平伏し、両手を合して涙と共に頼みいる。 どこともなく嚠喨たる音楽の響、一同はハツと驚き空を見上ぐる途端に現はれた一人のエンゼル、声も涼しく、 エンゼル『われこそは神素盞嗚大神の御使言照姫命なり。松姫の改心に依り、ウラナイ教の教主高姫、副教主黒姫の罪は赦された。又松姫は神が守護を致し、神界のために抜群の功名を顕はし、日ならず当館へ帰り来るべし。此上はお節に対し、玉能姫と云ふ神名を賜ふ。竜若は今より竜国別、馬公は駒彦、鹿公には秋彦、熊彦には千代彦、虎彦には春彦と神名を賜ふ。汝等玉能姫を師と仰ぎ協心戮力神界のために全力を尽せ。神は汝の心魂を守護し天地に代る大業を万世に建てさせむ。ゆめゆめ疑ふこと勿れ』 と詔り終り、崇高なるエンゼルの姿は烟の如く消え失せたまひぬ。 一塊の紫雲は室内より戸外に向つて流れ出で、中空高く舞ひ上る。星は満天に燦然として輝き渡り、東の山の端に三五の明月皎々として輝き始め、芳ばしき風颯々として吹き来り、一同の心胆を洗ふ。 アヽ惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・五・八旧四・一二外山豊二録) (昭和一〇・六・三王仁校正) |
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霊界物語 | 20_未_丹波物語5 錦の宮の発足 | 03 山河不尽 | 第三章山河不尽〔六六五〕 留公はドンドンと地響きさせ乍ら性凝りもなく芋畑の赤子を御丁寧に再び蹂躙り、 留公『エイ、此芋の野郎、俺に影響を及ぼしやがつた、芋だつて油断のならぬものだ、エヽもう斯うなる上は善いも、悪いも、恐いも、可愛いも、難かしいも、嬉しいも、悲しいもあつたものかい、三度芋の野郎、何処までも六本の指で蹂躙してやらう。アタいもいもしい』 と足に力を入れて心ゆく許り踏み砕いて居る。そこへ走つて来たのは真浦の宣伝使、此態を見て、 真浦『留さん、何をして居なさる』 留公『之はしたり、大変な所を発見されました。然し何卒もう宣伝歌丈けは許して下さい、頭の数が幾つにも分家する様な心持がしますから……』 真浦『よしよし嫌とあれば沈黙しませう、然し今お前の踏んで居るのは芋ではないか』 留公『ハイ、物価騰貴の今日、斯う沢山に赤子が殖えては、第一国民が食糧に困ります。三度芋と云つて年に三度も子を生む奴ぢや、産児制限の為めにサンガー夫人がやつて来て、今此処に大活動を開始した所ですよ。何卒大目に見て上陸を拒否せない様に願ひます、アハヽヽヽ』 真浦『そんな事しては困るぢやないか、天津御空の星の数程人を殖やし、浜の真砂の数程赤子を生まねばならぬ神様のお道ぢや、生成化育の大道を無視してその様な乱暴な事をして良いものか』 留公『私は之が国家の経済上から見ても、人類共存上の学理から考へても最も神の意志に適した良法だと確信して居ます。何卒私の演説を一つ聞いて見なさい、能く徹底して居ますよ』 真浦『演説は中止、否絶対に解散を命じます』 斯る処へ以前の男、鍬を担げ乍ら怒髪天を衝いて走り来り、 男(田吾作)『こらこら又しても大切の大切の赤子を殺すのか』 留公『オヽ、バラモン教と取換へこして迄、赤子を征伐する覚悟をきめたのだから、何と云つても中止はせない。マア之も前世の因縁だと諦めて鄭重に弔ひでもしてやるが良からう』 男は怒り心頭に達し鍬を真向に翳し留公の頭を目蒐けて打ち下ろした。留公はヒラリと体を躱した機に、鍬は外れて真浦の足の小指を斬り落した。真浦は顔を顰め落ちた指を手早く拾つて傷口にあてた。指は其儘に密着した。余り慌てたと見えて小指の先は裏表に付けて仕舞つた。之迄は真浦に対し守彦と云ふ名が付いて居たが茲に初めて真浦と云ふ名が出来たのである。 男(田吾作)『之は之は失礼な事を致しました、何卒赦して下さいませ。勿体ない、宣伝使の指を斬るなんて……私は如何して此罪を贖うたら宜しいでせう、神界に対して取返しのならん不調法を致しました』 と泣き沈む。 留公『世界を救ける生神の宣伝使様だ。指の一本や手の半本位取れたとて、そんな事で弱へる様では宣伝使ぢやない。それよりも貴様の所の赤子の生命、随分無残な事になつたものだのう』 男(田吾作)『之だけ丹精を凝らして作つた芋種を台なしにして置き乍ら、まだ業託を吐きやがるか。エーもう堪忍袋の緒がきれた、覚悟をせよ』 と又もや鍬を振り翳し留公に迫る。宣伝使は此鍬の柄を確と受止め、 真浦『マアマアお待ちなさい、短気は損気だ。芋も大切だが人の生命も大切だ』 男(田吾作)『朝から晩まで自分の産んだ子も同然に肥料を掛けたり、草を引いたり、色々と世話をして来た可愛い芋の子、それをムザムザ踏み潰されて……育ての親が如何して黙つて居れませう。芋は芋だけの精霊が宿つて居る。屹度苦しんで居るでせう。可哀相に……此赤子は誰に此無念を訴へる事が出来ませう、私が怒つてやらねば此赤子は能う浮びますまい……アヽ芋の子よ、可憐相な者だが、もう斯うなつては仕方が無い、俺が之からお前の冥福を祈つてやるから心残さずに幽冥界に旅立して安楽に暮してくれ、アンアン』 と態と男泣きに泣き立てる。 留公『アハヽヽヽ、それだから田吾作、貴様は馬鹿だと云ふのだよ、それ程可愛い芋なら大きうなつた奴を何故釜煎にしたり庖丁にかけて喰ふのだ。そんな矛盾な事を云ふからキ印だと云はれるのだ。モシ宣伝使さま、ちつと理屈が合はぬぢやありませぬか』 としたり顔に云ふ。 田吾作『それはそうだけれど……何だか可憐相で仕方が無い哩、西も東も知らぬ弱い赤子を無残にも斯んなに虐殺すると云ふ事があるものか、芋は芋としての寿命がある筈だ。秋が来て蔓が枯れた時は寿命の尽きた時だ、そこで喰ふのなら芋も得心するであらう、折角お前も生れて来て不運な奴だのう』 と又も涙含む。 留公『オイ田吾作、貴様は人の命が大切か、芋の子が大切か、何方を主とするのだ』 田吾作『きまつた事よ、貴様は芋で譬たら良い喰ひ頃だ。此世に最早用の無い代物だから別に惜しくも無ければ、国家の損失でも無い。却つて社会の塵埃掃除が出来た様なものだい』 真浦『アハヽヽヽ、随分面白い芋論を聞かして貰ひました、併し乍ら万物一切皆神様の霊が宿つてゐるのだから、貴賤老幼草木器具の区別なくそれ相当の霊魂がある。万有一切は総て神様の大切なる御霊が宿つてるから、木の葉一枚だつて粗末にしてはなりませぬぞや』 田吾作『そら見たか、留州、キ印の阿呆の云つた事でも矢張天地の真理に適つて居るのが、ちと妙ではないか』 留公は首を傾け手を組んで青芝の上に端坐し何事か頻りに考へて居る。漸くにして顔を上げ、 留公『ヤ、何事も氷解しました。田吾作どの、どうぞ怺へて呉れ、之からは決してもう斯んな事はせないから……』 田吾作『何と云つても斯うなつた以上は仕方は無い、今後は気をつけて呉れ。芋ばつかりぢやないよ、豆だつて麦だつて皆其通りだからなア』 留公『ハイ承知致しました、ちつと心得ます』 と以前に変つて丁寧に挨拶する。 真浦『アヽ之で凡ての解決がついた、芋の死骸で最早平和克復だ。サア之からバラモン教の友彦さんにお目に掛つてお話を承はりませうか』 と行かむとするを留公は引き留め、 留公『モシ、宣伝使様、一寸待つて下さい、貴方只一人でお出でになつては大変です、私等は勝手を能く覚えて居ますが、私の離座敷に宣伝使が置いてある、そこに神様も祀つてあります。然し乍ら家の周囲に広い深い溝が掘つてあつて迂濶跨げようものなら……それこそ大変……生命が無くなりますぜ』 真浦『それは本当の話か』 留公『本当ですとも、現在私の家ですもの、何間違つた事を云ひませう。軒下を貸して母屋を取られると云ふ譬の通り、初め乞食の様な態をしてやつて来た友彦の宣伝使が、今では大変な勢で私の座敷や本宅を我物顔に振舞ひ、私は丁稚役、主客顛倒も之位甚しい事はありませぬ。私は初めの頃は実に立派な宣伝使だと思つて現を抜かし、云ふが儘にして居りましたが、此頃の宣伝使の言行の一致せない事、実にお話になりませぬ。けれども私が率先して村中の者に勧め廻つたと云ふ廉があるので、今更責任上此宣伝使は喰はせ者だつたと云つて告白する訳にもゆかず、本当に困り抜いて居つた所ですが、最前松鷹彦の宅へ使に行つた時、奥の間に何百人とも知れぬ人声で宣伝歌が聞えて来た。その声の恐ろしさ、実に無限の威力が備はつて居ました。私はバラモン教は愛想がつき三五教へ入信したいので御座いますが、あの様な頭の割れる宣伝歌を謡はれては困るなり、如何したら良いでせうかなア』 真浦『宣伝歌は聞けば聞く程気分が良くなつて来るものだ。お前に憑依して居る副守護神が嫌ふのだ、それさへ体内より放逐して仕舞へば何でも無いのだ。さうしてあの小さい家に百人も居る筈がない、其実は私一人より居らなかつたのだ』 留公『イエイエそれでも沢山なお声でした。年寄の声、若い者の声、鈴の様な綺麗な女の声も聞えましたがなア』 真浦『そら、そうだらう、沢山な神様が集まつて宣伝歌を合唱遊ばす事が始終あるからだ。そりやお前の神徳の頂け口だ、天耳通の開けかけだから安心して吾々の唱ふるお道へ這入るが宜からう』 留公『そんなら私を入信させて下さいますか』 真浦『アヽ宜しい宜しい、何卒入信して下さい』 留公『之は有難い、もう斯うなる上は百人力だ。オイ田吾作、お前も仲直りをした以上は、俺と同様に此方に従つて三五教を信仰しようぢやないか』 田吾作『ウンそうだ、さうなれば此村も天下泰平だ。毎日日にち血を見る残酷な行を強圧的にさせられる心配も要らず、定めて女子供が喜ぶ事だらう』 真浦『然し私がお前の宅へ出張すれば、友彦の宣伝使が随分妙な顔をするだらうなア』 留公『そりや致しませうとも、今迄は無鳥郷の蝙蝠気取りで随分威張つて居ましたが、上には上があるから何時迄も世は持ちきりにはなりますまい、之が良い切り替へ時でせう。サアサア世の立替立直しは之からだ、天の岩戸の開け口だ』 と雀躍し乍ら先に立ち二人を伴ひ吾家を指して帰り行く。 留公は矢庭に友彦の割拠せる離座敷に躍り入り、 留公『サア友彦、今日から一寸都合があるので此家を開けて貰ひ度いのだ。俺も今迄はバラモン教のお世話係をやつて来たが、お前さんから除名されてからは何時迄も此家を貸す訳にはゆかない。之から三五教の宣伝をしようとするのだから、未練残さずトツトと帰つてお呉れ』 友彦は怪訝な顔して、 友彦『オイ留公、そりや何を云ふのだ。貴様、初めに何と云つた、……私の家はお粗末乍ら一切神様にお供へします。……と大勢の前に立派に誓つたぢやないか』 留公『そりや誓ひました、否違ひました。然し神様に上げるも上げぬもない、世界中皆神様のものだ。仮令上げると云つた所でお前に上げたのぢやない、天地の元の大神様に奉つたものだから、何卒出て呉れやがれ』 友彦『左様な不都合な事を申すと神罰は立所に当るぞ、それでも宜いか、此友彦だつて天地の大神様、殊に大国別の神様の生宮だ、神様の生宮が神様の家に居るのだ、貴様の様な四足の容器とは違ふぞ、エヽ穢らはしい、トツト出てゆけ。左様な無体な事を申すと神様は兎も角として村中の信者が承知致すまいぞ』 と信者をバツクに落日の孤城を固守せむとする。 留公『何といつても、もう駄目だよ。零落ぶれて袖に涙のかかる時、人の心の奥ぞ知らるると云つてな、除名された俺は村中の除外者になり、何処へ頼る所もなし、自暴自棄となつて田吾作の芋畑に駆込み、事の起りは此奴ぢやと芋の赤子を片端から踏み殺す最中に、一人で百人の声を出すと云ふ立派な三五教の宣伝使が其処に忽然として現はれ給ひ、此留公の頭を、膝に上つた猫でも撫でる様な調子で可愛がり、一の乾児にして下さつたのだ。サアサア早く出立致さぬと表に三五教の御大将が見張つて御座るぞ』 友彦『何、三五教の宣伝使が見張つて居るとな、大方武志の宮の神主の宅に去年の冬から潜伏して居た守彦と云ふ弱腰宣伝使だらう。バラモン教の友彦が威勢に恐れて今まで蟄伏して居た蛙の様な代物だ、そんな者が仮令千匹万匹やつて来たとて驚くものかい。万々一此場へ進んで来ようものなら、それこそ神界の御仕組の陥穽に真逆様に顛倒し生命を捨つるは目の当りだ。心配致すな、貴様も今日限り除名処分を取消すから安心せい』 留公『何を吐きやがるのだ、取消も何もあつたものかい、三五教の宣伝使は俺の詳細なる報告に依つて陥穽の箇所は全部承知して御座るのだ。さうして俺は案内役だから滅多に別条は無い、吾身の一大事が迫つて来て居るのにお前、人の疝気を頭痛に病む様な馬鹿な真似はなさいますなや。大きに御心配……有難う』 と長い舌を出し、両手を鳶が羽翼を拡げた様な風にして二三遍虚空を掻き、尻をニユツと突出して舞うて見せる。 友彦は祭壇の前に額き祈願の詞を奏上し、言霊戦を以て真浦の宣伝を撃退せむと、声張り上げて謡ひ初めたり。 友彦『常世の国を守ります大国彦の大神の 珍の御裔と現れませる大国別の大神は 仁慈無限の救世主常世の国より遥々と イホの国迄渡りまし霊主体従の御教を 開かむ為に霊幸ふ神に等しき鬼雲の 彦の命や鬼熊別や其他数多の神々を 豊葦原の中津国メソポタミヤの顕恩郷 果実豊な楽園に本拠を定めフサの国 ツキの国まで教線を拡め給ひて自転倒の 島に又もや下りまし大江の山を中心に 神の光を三岳山鬼をも拉ぐ鬼ケ城 伊吹の山まで開きまし世人を救ひ助けむと 心を尽し魂を錬り此世を乱す悪神の 神素盞嗚の枉津見が下に仕ふる悦子姫 鬼武彦や高倉や旭、月日の白狐等が 悪逆無道の振舞に時を得ずして本国へ 一先づ退却し給へど必ず捲土重来の 時こそ今に近づきてコーカス山やウブスナの 山に建つたる斎苑館黄金山はまだ愚 自転倒島の中心地世継王の山の辺傍 錦の宮を忽ちに手の掌翻す其如く 土崩瓦解は目の当り先の見えたる三五の 神の教は風前の灯火の如く日に月に 危険益々迫り行く実に憐れな其教義 それをも知らぬ守彦が天の使と名乗りつつ 図々しくもバラモンの神の使の友彦が 館を指して来るとは飛んで火に入る夏の虫 それに従ふ留公や田吾作野郎の蚯蚓きり 蛙もきれぬ分際で神徳高き友彦に 刃向ひ来るとは何事ぞ身の程知らぬも程がある 天が地となり地が天と変る此の世が来るとても 三五教に迷ふなよ霊主体従の此教義 誠一つの神界の深き経綸は三五の 浅き教ぢや分らない飯守彦の宣伝使 留公田吾作諸共に今から心を立直し バラモン教の神徳を受けて身魂を研き上げ 神世を来す神業に心を尽し身を尽し 天地に代る功績を千代万代に樹てよかし これ友彦が詐らぬ誠一つの言葉ぞや 言霊幸はふ世の中に善ぢや悪ぢやと何の事 朝日が照るとか曇るとか月が盈つとか虧くるとか 大地が泥に沈むとか世人欺くコケ嚇し そんな馬鹿げた言霊を之だけ開けた世の中の 人が如何して聞くものか馬鹿を尽すも程がある 一時も早く目を覚せ神の心は皆一つ 世界の氏子を助けむと大国別の御言もて 憂瀬に沈む民草を救はせ給ふ有難さ 一度は喰つて味はへよ喰はず嫌ひは仕様がない 苦けりや吐き出せ甘ければ遠慮は要らぬドシドシと 心ゆく迄喰ふがよい善の中にも悪がある 悪の中にも善がある三五教は表向 善と雖も内実は悪鬼悪魔の囈言ぞ バラモン教は表から眺めて見ても善である 裏から見ても亦善ぢや其内実は殊更に 善一筋で固めたる昔の元の神の道 斯んな結構な御教を調べもせずに一口に 悪の雅号で葬りて此世を潰さうと企む奴 憎さも憎い三五教一時も早く留公よ 飯守彦と云ふ奴の甘い言葉にのせられて お尻の毛迄抜かれなよ憐れみ深い友彦が 真心籠めて気をつける大国別の神様よ 彼等が心に生命を与えて再びバラモンの 神の教に救ひませあゝ惟神々々 御霊幸はひ坐ませよあゝ惟神々々 御霊幸はひ坐ませよ』 と口から出任せに汗をブルブル流し乍ら呶鳴り立てて居る。留公は此歌を聞いて躍起となり、 留公『オイ、バラモン教の御大将、随分立派な言霊だのう。雲烟模糊として捕捉すべからず、支離滅裂、聞くに堪へざる亡国の悲歌、そんな事を囀ると天地が暗くなつて仕舞ふ哩。サア之から此留公が十一七番の宣伝歌を謡つてやらう、耳を浚へて謹聴せい』 と長々と前置してエヘンと一つ咳払ひ、鷹が翼を拡げた様な手付で腰を屈め足を踏ん張り、右や左へ身体を揺ぶり乍ら奇声怪音を放つて揺ひ出した。 留公『此処は名に負ふ秘密郷四面深山に包まれて 中を流るる宇都の川流れも清く澄み渡る 武志の宮の御住家大江の山を破壊されて 逃げて出て来たバラモンの言霊濁るども彦が 鳥なき里の蝙蝠か蛇なき里の青蛙 威張散らして村人を何ぢやかんぢやとチヨロまかし 霊主体従を標榜し利己一片の強欲心 最極端に発揮して宇都山村の婆、嬶を 有難涙に咽ばせつ遂に進んで吾々も 慣用手段の口の先一寸うまうま乗つて見た さはさり乍らつくづくと胸に手を当て真夜中に 臥せりもやらず窺へば表面を包む金鍍金 愈色は剥げかけた時しもあれや三五の 誠一つの宣伝使天の使の守彦が 雲路を分けて下りまし武志の宮の御前に 現はれました雪の道雪より清い神心 松鷹彦の住む家に去年の冬から出でまして 世界の立替立直し天地百の神等を 宇都の川辺に呼び集め神徳茲に備はつて バラモン教の枉神を言向け和し如何しても 往生致さな是非はない神の定めの根の国や も一つ違うたら底の国万劫末代上れない 根底の底のまだ底の真黒暗のドン底へ 落してやらうかこりや如何ぢや此世でさへも限りがある 早く心をきり替へて瓦落多教に暇呉れて 誠の神の開きたる三五教に帰順せよ 俺も長らく友彦を師匠と仰いで来た誼 別れに際して親切に誠心で気をつける 気をつけられた其中に聞かねば後は知らぬぞよ 神の心を取り違へ留公さまの真心を 無にするならばするがよい皆お前の身の上に かかつて来ること許り俺はもう早や三五の 神の教に帰順したバラモン教に用は無い とは言ふものの人は皆同じ御神の分霊 世界同胞の誼もて一度は忠告仕る 早く改心して呉れよ決して俺に損得の 一つも関はる事ぢやないみんなお前が可愛から お前が改心するなれば宇都山村の神村も 天下泰平無事安穏五穀成就目のあたり 改心せなけりや是非も無い留の腕には骨がある 天地の神になり代り貴様の雁首引き抜こか 眼玉を抜こか舌抜こか地獄の鬼ぢやなけれども 止むに止まれぬ大和魂とめてとまらぬ留公が 思ひ詰めたる善の道道に迷うた里人を 助けにやならぬ此場合先づ第一に友彦が 改心すれば三五の神の司と手を引いて 元は一つの神の道腹を合して仲好くし お道を開く気はないか早く薫しい返事せよ 返事がなければ是非が無い芋の赤子を潰す様に 片つ端から踏みにじり鬼の餌食にしてやろか サアサア早うサア早うお返事なされよ三五の 誠一つの宣伝使言霊戦を開いたら とても敵はぬ尻に帆を掛けて走らにやなるまいぞ そんな見つとも無い事をするより早く我を折つて 改心なされ改心をすれば忽ち其日から 喜び勇んで神界の御用が屹度出来ますぞ 三五教が善なるか又悪なるか俺や知らぬ 俺の感じた動機こそ不言実行の誠のみ バラモン教は善の道善ぢや善ぢやと謡へども 言心行が一致せぬ一致を欠いだ御教は 半善半悪雑種教斯んな教が世の中に 若しも拡まるものならば世界の人は悉く みんな不具者になつて仕舞ふ生血に飢ゑたる枉神の 醜の企みと知らないかお前も天地の御徳にて 生れ出でたる神の宮悪魔の巣ふ破れ屋と なつて天地の神々に如何して言訳立つものか 早く改心してお呉れ留公さまが一生の 誠尽しのお願ぢや之程誠で頼むのに 首を左右に振るならばもう是非なしと諦めて 直接行動にとりかかる返答聞かせ友彦よ 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むともお前一人は如何しても 改心させねば措かないぞあゝ惟神々々 御霊幸はひ坐しまして頑固一途の友彦が 心を照させ給へかし身魂を光らせ給へかし』 と敵やら味方やら訳の分らぬ歌を謡ひ首をすくめ、糞垂れ腰になつて、左右の手を胸の四辺にかまきりがすくんだ様な手付し、ピリピリ慄ひ乍ら左右の足を一所にキチンと合せ待つて居る。その可笑しさに友彦も、跟いて来た田吾作も、思はず声を上げて笑ひ転けたり。 (大正一一・五・一二旧四・一六北村隆光録) |
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霊界物語 | 21_申_高春山のアルプス教 | 01 高春山 | 第一章高春山〔六七五〕 雲を圧して聳り立つ高春山の山頂に バラモン教を開きたる大国別に憑依せる 八岐大蛇の分霊醜の曲霊が割拠して 山野河海を睥睨し大江の山と三国岳 六甲山と相俟つて冷たき魔風を吹き送り 蜈蚣の姫の手下なる鷹依姫が朝夕に 心を砕く鳩胸や仕組の奥は割れ岩の 胆を煎るこそ恐ろしき。 南に瀬戸の海を控へ、東南に浪速の里を見下ろし、西北東に重畳たる連山を瞰下する高春山の絶頂に岩窟を作り、バラモン教の一派を建て、アルプス教と称し、自転倒島を飽く迄も、八岐大蛇の勢力圏内に握らむと、昼夜心を悩まして居た。山麓には細長き津田の湖が横たはつてゐる。此湖水には大蛇の分身たる数多の蛇神潜伏して、日夜邪気を吐き出し、地上の空気を腐爛せしめつつあつた。高姫、黒姫は波斯の国北山村の本山を捨て蠑螈別、魔我彦をして後を守らしめおき、三五教に帰順したる改心の証拠として、アルプス教の鷹依姫を言向け和さむと、波斯の国より乗り来れる飛行船に乗じ、高春山の山麓に着いた。これより二人は巡礼姿に身を変じ、高春山の鷹依姫が岩窟に進まむと、壁を立てたる如き高山を登り行く。 高春山の五合目許りの処に、天の森と云ふ巨岩が立並び、中央の樹木鬱蒼たる間に、小さき祠がある。之を竜神の宮と云ふ。此竜神は雨風を自由になす神と称へられ、鷹依姫が唯一の守護神として尊敬して居た。それが為に何人も、此境域に近づく事を厳禁して居た。テーリスタン、カーリンスと云ふ二人の荒男は、此竜神の宮を固く警護して居た。二人は巌の上に高鼾をかいて寝んで居る。高姫、黒姫は漸く此処に登り来り、 高姫『なんと立派な岩が並んで居るぢやありませぬか。一つ此景色の佳い所で休息して行きませう。まだ頂上までは余程道程がありますから……』 黒姫『宜しう御座いませう』 と碁盤形の門の戸を押し開け奥に進み入る。 高姫『アヽ此処には妙な祠がある。是れが噂に名高い鷹依姫の、雨を降らせ風を起す唯一の武器でせう。一つ改心さしてやりませうか。将を射むとする者は先づ其馬を射よと云ふ事だから、此雨風を起す悪神の眷属を改心させる方が、近路かも知れませぬなア』 黒姫『マア一寸お待ちなさいませ。拙劣に間誤付くと、大風大雨で攻められては困りますから、充分に様子を探つた上、ゆつくりとやらうぢやありませぬか』 高姫『そりや黒姫さま、何を仰有る。冠島の金剛不壊の玉を腹に呑み込んだ此高姫、言はば妾の体は如意宝珠も同然、多寡の知れた雨や風を起す竜神位に、何躊躇する事がありますかい。お前さまは三五教に帰順してから、チツと変になつたぢやありませぬか……イヤ三五教に帰順する以前から高山彦さまに対し、余程御親切が過ぎたやうですよ。神第一主義をどつかへ遺失し、高山第一、神第二と云ふ様なあなたの態度だから、そんな弱音を吐く様になるのだ。モウ此処へ来たら生命を的に、悪神を改心させて大神様にお目にかけ、我々の今迄の御無礼、お気障りの謝罪をせなくてはならぬ。謂はば千騎一騎の性念場だ。チツとしつかりしなさらぬかい』 黒姫『ハイハイ、そんな事に呆けて居る様な黒姫と見えますかな。チト残酷ぢやありませぬか。それ程妾に信用がないのなれば、却て貴女の御邪魔になつては可けませぬから、あなたユツクリ如意宝珠の力を発揮して手柄をなさいませ。妾は飛行船を借用して、自分の性の合うた所へ活動に参ります』 高姫『益々変な事を仰有るぢやないか。すべて戦ひは結束を固くせねば勝利は得らるるものでない。味方の方から裏切りをする様な弱音を吹いて何うなりますか。飛行船は既に既に鷹依姫の部下が占領して了つて居ますよ。飛行船なんかモウ必要はない。是れから頂上の割れ岩の醜の岩窟を言向け和し、進んで六甲山へ行かねばならぬ。チト確りしなさい。あまり高山さまに精神を取られて居れるものだから、曲津が憑依したのだらう。サア妾が鎮魂をして審べてあげよう。婆アの癖に髪を染めたり、薄化粧をしたり、まるで化物見たやうなそんな柔弱な事でどうして神界の御用が出来ますか。お前さまは二つ目に、言依別命様を柔弱だとか、ハイカラだとか非難をしなさるが、それはお前さまの心が映つて見えるのだよ』 黒姫『何と仰有つても、鎮魂は御無用です。さうしてお暇を頂きませう』 高姫『御勝手になさいませ。モウ今日限り師弟の縁を絶りますから』 黒姫『其お言葉を待つて居ました。サアサアどうぞ絶つて貰ひませう』 高姫『アヽ絶つてあげよう。黒姫の肉体を此処に置いて、サツサと帰りなさい。黒姫はソンナ馬鹿な事を云ふ身霊ぢやなからう』 黒姫『決して決して守護神(精霊)が言ふのぢやありませぬよ。黒姫の本人が申すのです。何程神直日大直日に見直し聞直して、妾の肉体に瑕瑾をつけぬ様に宣り直して下さつても、それは気休めです。どうしてもお暇を頂戴致します。本当に好かんたらしい、驕慢な高姫さま。どうぞ此れ限り、何と云つても御暇を頂き、醜の岩窟の鷹依姫様の御家来となつて活動致します。ウラナイ教の時には大変に重く用ひて下さつたが、三五教になつてからは、あなたを始め、誰も彼も妾を馬鹿にして……態ア見たか、偉相に威張つて居つたが、今の態は何ぢや。白米に籾が混つた様な顔して、隈くたに小さくなつて居らねばならぬぞよ……と神様が仰有つたぢやないか、その実地が来たのだ……なんて言依別命の左右に侍る幹部連が、妙な顔をして妾を冷笑して居る。それが第一気に喰はないのだ。モウ妾は三五教は駄目だと思ふ。しかし神様は結構だ。取次が間違つて居るのだから、三五教に離れても、あなたに暇を貰つても、一寸も痛痒は感じない。神様だけは妾の真心を知つて居て下さる。お前さまも将来になつたら……ア黒姫はそんな心であつたか、流石玄人だけあつて偉い者だつたと、アフンとしなさる事が出来て来ませうぞい』 高姫『随分猛烈な気焔ですなア。どうなつと勝手になされ。人を杖に突くなと云ふ事がある。妾もこれから独舞台で活動するのだ』 黒姫『師匠を依頼にするなと神様が仰有つた。こんな猫の目の様に心のクレクレ変る高姫のお師匠さまは、真平御免だ。好い腐れ縁の絶り時だ。お前さまは今日限り妾の宗旨敵だからさう思ひなさい。天晴戦場で、堂々とお目にかかりませうかい』 岩の上に寝て居つた、最前の二人の男、ムツクリ立ちあがり、 男(テーリスタン)『コリヤ女、此処を何と心得て居る、天の森の竜神様の御守護遊ばす聖地だ。汚らはしい女の分際として、断りもなく、此聖地を蹂躙しやがつた。サアもう量見がならぬ。当山の規則に照らして制敗してやらう。……オイ、カーリンス、綱を持つて来い。フン縛つて鷹依姫様の御前に引ずり据ゑてやるのだから……』 黒姫『モシモシお二人のお方、此処へ参りましたのは、決して蹂躙したのではありませぬ、竜宮の乙姫様の肉の宮、黒姫に用があるから、一寸来て呉れいと、天の森の竜神様が仰有つたので、飛行船に乗つて遥々参つたのですよ』 男(テーリスタン)『ナニ、お前さんが、竜宮の乙姫さまの御命令で来たと云ふのか』 黒姫『ハイハイ、妾は乙姫様の肉の宮ですもの』 男(テーリスタン)『妙な事を言ひますな。我々の御大将鷹依姫さまも、此頃は大変に、竜宮の乙姫さまがお出でになると云つて、一生懸命祈念を凝らして居られますよ』 黒姫『それ見なさい、高姫さま』 高姫『竜宮の乙姫さまは、遠の昔にお前さまの肉体を出て、後には曲津神が巣を組んで居るのですよ』 男(テーリスタン)『最前から我々が寝真似をして、二人の話を聞いて居れば、三五教の宣伝使と見えるが、なんだか愚図々々と喧嘩をしてゐたぢやないか』 黒姫『没分暁漢の高姫が、如意宝珠の玉を腹に呑み込んで居ると言つて、あんまり威張るものですから、今妾の方から絶縁を申込んだ所です』 男(テーリスタン)『そりや結構だ。お前さまは全く我々の同志だ。よしよし鷹依姫様に申上げて、都合好くとりなしを致しませう』 黒姫『どうぞ宜しうお頼み申します。………コラ高姫、態を見い、何程如意宝珠でも、大勢と一人では叶ふまいぞや』 と捨台詞を残し、テーリスタンと云ふ大の男に手を曳かれ乍ら急坂を登り行く。 高姫『アヽ仕方がない。到頭悪魔の容器になつて了つた。黒姫も今迄長らくの苦労を、一朝にして水の泡にして了つたか。アヽ可哀相なものだなア。コレコレそこのカーリンスと云ふお方、お前さまは何処から来たのだ、生れは何処だえ』 カーリンス『自分の国や生れが分る様な者が、斯んな所へ来て、宮番をするものかい。馬鹿な事を言ふない』 高姫『お前さまは如意宝珠の玉の肉体を知つて居るか。日の出神の生宮は誰だと云ふ事が分つて居るかい』 カーリンス『知つて居らいでか。お前の事ぢやないか。真偽の程は確でないが、最前から二人の話を聞いて居た。お前が所謂日の出神の生宮だらう』 高姫『敵の中にも味方あり、味方の中にも敵があるとは、よう言つたものだ。お前は妾の知己だ。中々身魂がよく磨けて居る。三五教へでも入信つたら、こんな小つぽけな宮番をせなくとも、立派な宣伝使になれるがなア』 カーリンス『私は宣伝使は嫌ひだ。朝から晩まで酒を飲んでグウグウと寝るのが好だ。彼方や此方へ乞食の様な真似をして、戸別訪問をして、犬の様に杓で水をかけられたり、箒で掃出されたり、引合はぬからなア。爺の痰を飲まされ、薯汁と痰の混汁に辷り転けて、揚句の果てには真裸で茨の池に落ち込み、着物を敵から貰ふ様な事[※第15巻第9章「薯蕷汁」のエピソード。]が出来するから止めとかうかい』 高姫『お前は妙なことを言ふ。薯汁や痰に辷り転けたのは何時の事だ。そして又誰の事だいなア』 カーリンス『そりやあお前さまよく御存じの筈だ』 高姫『ハテなア。海洋万里の波斯の国の出来事の譏り走りを聞いて居るとは、世間は広いやうなものの狭いものだ。これだから人間は慎まねばならぬ。悪事千里と云つて何処迄もよく行きわたるものだなア』 カーリンス『お前さまビツクリしただらう』 高姫『そりやまた、誰に聞いたのだい』 カーリンス『今頃そんな事を知らぬ者が一人でもあるものか。随分名高い話だぜ。鷹依姫さまは……おつつけ、心の明き盲、高姫と云ふ者が此山に出て来るから、一つ泡を吹かして改心させてやらねばならぬ。彼奴を改心させたならば、アルプス教の為には大変に間に合ふ……と云つて居られました。お前は高姫さまだらうがな』 高姫『ヘン、見違ひをして下さるな。黒姫の様な猫の目とは、チツと違ひますよ。サアこれから高姫が獅子奮迅の勢を以て、鷹依姫其他の部下を悉く言向け和すのだ。万々一、高姫の失敗になる様な事であれば、再び三五教へは帰らぬ積りだ。喉でも突いて死んで了うのだから、何と云つても、バラモン教の焼直しのアルプス教に対し、徹頭徹尾、頭を下げぬから、其積りで居なさい』 カーリンス『大変な固い決心だなア』 高姫『定つた事だよ』 高姫は谷間から滲み出る清水を手に掬んで、渇いた喉を潤して居る。其隙を窺ひ、カーリンスは高姫の首に細紐を手早くひつ掛け、グツと首を締め、 カーリンス『サアもう大丈夫だ。これで一つ、私の出世が出来る』 と高姫を背に負ひ乍ら、急坂をエチエチ登つて行く。 岩窟の中には、アルプス教の開山鷹依姫と云ふ中婆ア、木の株で作つた天然の火鉢を前に、長煙管を喞へ、二三の部下を前に据ゑて、 鷹依姫『今日は高姫、黒姫と云ふ二人の婆アが、此処へ出て来る筈だ。キツと神の魔力に依りて、天の森の竜神の宮に立ち寄る筈だから、テーリスタン、カーリンスの二人に、待伏せをさせて置いたのだが、やがてやつて来る時刻だらう』 甲『そんな事は、どうして分るのですか』 鷹依姫『そんな事に抜目のある妾かいな。チヤンと三五教の聖地へ指して密偵が這入り込ましてあるから、それが知らして来たのだよ。モウつい二人共、此処へやつて来る筈だから、お前達も充分に気を付けて、妾が此煙管で「クワン」と此磬盤を叩いたが最後飛んで出るのだ。それまでは次の間で、横になり考へて居るのだよ。併し寝て了つては可かぬから、目を開けて居るのだぜ』 三人は『ハイ』と答へて、次の間に身を隠した。そこへテーリスタンに伴なはれて黒姫が這入つて来た。 テーリスタン『只今帰りました。あなたの眼識には、実に敬服致しました。此通り黒姫を巧く引張り込みましたから、御安心下さいませ』 鷹依姫『これこれテーリスタン、何と云ふ失礼な事を言ふのだい。鬼の岩窟か何ぞの様に、引つぱり込みましたなんて、チツト言霊を慎みなさい。結構なお方を御迎へして帰りましたと、何故言はないのだい。……これはこれは黒姫様、遥々とよう来て下さいました。空中は余程風が烈しうてお困りでしたらう。後程ユルユルとお話を承はりますから、少時奥で御休息を願ひます』 黒姫『初めてお目にかかります。御神徳の高い御山と見えまして、雲までが皆謙遜り、谷底へ遠慮を致してゐますなア』 鷹依姫『雲に突き出た高春山、誠の御神徳は俗塵を離れて中空に聳えた聖地でなければ本当の神力は現はれませぬ。炮烙を伏せた様な低い山を背景にして神業を開始するなぞと、てんで物に成りませぬワ。四尾山と高春山とは気分が違ひませうがなア』 黒姫『大きに違ひます。妾も此処へ登つてから何だか気分が面白くなつて来ました。三五教のアの字を聞いても厭になりましたよ。それに言依別命と云ふハイカラな教主になつて居るのだから、内幕の腐爛状態と云つたら御話になりませぬ。又高姫と云ふ……もとは妾のお師匠で御座いますが、カンカラカンのカン太郎が、頑固一途を立て通すものですから、妾も此処までやつて来て、天の森の竜神さまの前で、暇を呉れてやりました』 鷹依姫『それは何より結構です。此世でさへも切り替へがあるのだから、良い加減に思ひ切つて、新しい世界へ出た方が貴女の身の為ですよ』 黒姫『ハイ有難う御座います。黒姫の思うて居ることをスツカリ仰有つて下さいまして、唯一の共鳴者を得た様な心持が致します。生れてからこれ位愉快な事はありませぬワ』 鷹依姫『サアどうぞ奥へ行つて御休息下さいませ』 とテーリスタンに目配せした。 テーリスタン『サア黒姫さま、奥へ御案内致しませう』 と手を取つて岩室の中に案内した。そして外よりガタリと蝦錠をおろし、 テーリスタン『モウ斯うなつては、何程藻掻いても駄目ですから、充分に御考へ置きを願ひます。左様ならば』 と云ひ捨て、鷹依姫の側に立帰り、 テーリスタン『首尾よう岩室の中に籠城を命じて置きました。併し乍ら、あの黒姫に限つて、決して御心配は要りませぬ。平岩の上に於てスツカリ、高姫と黒姫の心中を探りました。モウ大丈夫ですよ』 鷹依姫『さう軽々しく楽観は出来ない。油断は大敵だ。罷り違へば爆裂弾を抱いて寝るやうなものだからなア』 テーリスタン『竜神の祠の前へ来るまでは、両人はどうしても、貴女を三五教へ帰順させると云ふ目算らしう御座いましたが、竜神の祠の中から神様の御神霊が現はれ、黒姫にのり憑られたと見えて、俄に……妾は竜宮の乙姫の生宮だと威張り出し、二人が喧嘩をおつ始め、到頭黒姫は貴女の部下になると云つて、ここを目蒐けて走り出しました。それで私もコレコソ渡りに船だと心勇み、手を曳いて此処まで連れて帰つたのです。モウ大丈夫ですから御安心下さいませ』 鷹依姫『それは結構だが、モウ一人の高姫はどうなつたのだえ』 テーリスタン『高姫ですか。あれは何事にも抜目のないカーリンスに一任して来ました。屹度フン縛つて、やがて登つて来るでせう』 鷹依姫『あの高姫は腹に如意宝珠の玉を呑んで居るのだから、どうしても腹断ち割つて抉り出さねばならないのだ。併しうまくカーリンスが連れて帰つて来るだらうかなア。黒姫は玉無しだから、どうでも良い様なものの、肝腎要なは高姫だ。カーリンスが大変に困つて居るだらう。お前御苦労だが、モウ一度加勢に行つて呉れまいか』 テーリスタン『行けと仰有れば、行かぬ事はありませぬが、大変に、彼奴の顔を見ると目がマクマクするのですよ』 鷹依姫『何、目がマクマクするか、正しく如意宝珠の玉を呑んで居る証拠だ。目を塞いで、早くどうでもいいからフン縛つてなつと、二人して連れてお出で』 テーリスタン『承知致しました』 とテーリスタンは、山を一散走りに駆下る。後に鷹依姫は独言、 鷹依姫『アヽ時節は待たねばならぬものだなア。鬼雲彦や鬼熊別の大将株は、三五教の言霊とやらに討たれて、見つともない、男の癖に雲を霞と本国へ逃帰り、いい恥曝しをなされたが、女の一心岩でも徹すと云つて、夫に似ぬ健気な女房蜈蚣姫は三国ケ岳に立籠り、到頭黄金の玉を手に入れた。ヤレ嬉しやと思ふ間もなく、又しても其玉を三五教にウマウマと取返され、喜んだのは束の間、サツパリ糠喜びとなつて了つた。併し何程蜈蚣姫が智慧があつても、神徳が備はつて居ると云つても、此鷹依姫には足元へも寄れない。チツと爪の垢でも煎じて呑まして上げたいものだ。如意宝珠の玉の容器は、声なくして呼びつける。黒姫は玉無しだが彼奴は黄金の玉の在処を一番よく知つて居ると云ふ事だ。此間帰つて来た虎公の報告では黒姫さへ手に入れてうまく白状させたならば、黄金の玉も手に入ると云ふ事だから、云はば玉を手に入れたも同然だ。アヽなんとした結構な事が出来て来たものだらう』 とカンカン磬盤を長煙管で打つた。ウツウツと眠つて居た三人の耳には、早鐘の様に強く響いた。三人はビツクリ仰天起あがり、周章狼狽き、鷹依姫の居間に走り行き、 三人『火事だ火事だ』 と擂鉢を抱へて走る奴、火鉢を抱へて飛び出さうとする者、座敷の真中でキリキリ舞をする奴、右往左往に狼狽へ廻る。鷹依姫は長煙管の先で三人の頭をピシヤピシヤと叩き、元の座に悠然として腰をおろし、 鷹依姫『コラコラ貴様達は、何を狼狽へて居るのだい』 と大きな尖つた声で喚き立てる。 甲『ハイハイ何で御座いますか』 鷹依姫『何でもない。気を落ち着けなさい。今タカが一羽此家へ来るのだから、料理をせにやならぬ。其用意に出刃でも磨いで置きなされ』 乙『誰か鷹の様なものを捕つたのですか。彼奴は肉食鳥だから味が悪うて、臭くつて喰べられませぬ。大きな図体の割りとは羽根ばつかりで、食ふ所はチヨビンとよりないものですよ』 鷹依姫『エーそんな講釈は後にしなさい。羽根の無いタカが来たのだ』 斯く話す折しも、カーリンス、テーリスタンの両人は、高姫の首を締めた儘、担いで這入つて来た。 鷹依姫『アヽ御苦労々々々、マア庭の隅へでも片付けておいて、ユツクリ休んでお呉れ。随分骨が折れただらうなア』 テーリスタン『イエ骨は折りませぬが、首だけ締めて置きました』 鷹依姫『早く解いてやらないと息が絶れるぢやないか。息が絶れて了へば、折角の玉が死んで了ふ。生きた間に取らねば間に合はぬのだ。早う早う…』 と急き立てる。カーリンス、テーリスタンの両人は『ハイ』と答へて、徳利結びにした首の紐を解いた。最早高姫は縡切れたか、ビクとも動かぬ。 テーリスタン『ヤア此奴ア、到頭寂滅しやがつたなア。どうしたら宜からうか』 カーリンス『人工呼吸法だ』 と両人は一生懸命に高姫の体を捉へ、手や足を無暗矢鱈に動かして居る。暫くあつて、高姫は「ウーン」と息を吹き返す。 テーリスタン『アヽもう此方のものだ。鷹依姫さま、此先はどうするのですか』 鷹依姫『マア茶でも飲んでユツクリするのだ。其間に妾から命令を下すから……』 暫くあつて鷹依姫は、 鷹依姫『黒姫さまを招んで来なさい』 テーリスタン『ハイ』 と答へてテーリスタンは、黒姫を押込めた岩窟の前に走り行く。黒姫は忍び忍びに何か歌つて居る。 黒姫『高天原を立出でて三五教の宣伝使 高姫さまと諸共に御空を翔ける磐船に 乗りてやうやう高春の山の麓に着陸し 黄金の草をより分けて霧の海原探りつつ 一歩々々急坂を登つて来たのが天の森 巨岩怪石立並び風光絶佳の霊地ぞと 二人は此処に息休め竜神さまの祠をば 眺めて休らふ折柄に何んとは無しにビリビリと 震ひ出したる我身体高姫さまは知らねども 確かに尊き神懸りさはさり乍ら黒姫が 夢にも思はぬ囈語をベラベラ喋つて高姫に 力の限り毒ついた吾師の君よ高姫よ 猫の目玉のくれくれと心の変る黒姫と 必ず思うて下さるな此れには何か神界の 深い仕組のあるならむ曲津の軍いと多く アルプス教を開きたる鷹依姫が右左 司と仕へしカーリンステーリスタンの両人が 巌の上に横臥して狐狸の空寝入り 様子を窺ひ居ることに黒姫早くも気が付いて ワザと師匠の高姫に心に在らぬ事ばかり 申上げたは済まないがこれも何かの御経綸 妾の心はさうぢやないどうぞ赦して下さんせ 生命捧げた宣伝使悪魔のはびこる此岩窟 如何なる憂を見るとても言向和さで置くべきか 暫く待てよ高姫の吾師の君の宣伝使 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも黒姫如何になるとても 三五教の神教を天下に拡げにや置くものか 巌をも射貫く黒姫が固き心の梓弓 矢竹心は高姫の心の的に命中し やがては疑雲隅も無く天津日の如晴れるだろ アヽ惟神々々御霊の幸を賜へかし』 と歌つて居る。カーリンスは外より岩の戸を、鍵を以て押開け、 カーリンス『黒姫さま、教主様がお召びになりました。大変な所へお入れ申して、さぞ御腹が立つたでせうが、ここはどんな立派なお方でも、初めて這入つて来た方は、早くて三日、遅いのは十日二十日と、此岩窟で修行をさすのが規則ですから、決して押籠めたなどと思つては可けませぬぞや。三五教でさへも、岩窟の修行場が拵へてあるでせう』 黒姫『イエイエ決して悪くは思うて居ませぬ。斯様な結構な所で修行をさして頂くなら仮令一月が二月、三年五年要つた所で、別に苦痛とは思ひませぬよ』 カーリンス『それはまた大変な馬力ですな』 黒姫は微笑み乍ら、イソイソとして鷹依姫の前に現はれ、 黒姫『これはこれは教主様、結構な修行をさして頂きまして有難う御座います。成程あの岩窟は心が静まつて、結構で御座いますな』 鷹依姫『結構でせうがな。あなたは身魂の洗錬が出来て居りますから、僅一時位で卒業が出来たのですよ。開教以来あなたの様に早く出た方は御座いませぬ。お芽出度う御座います』 黒姫は、 黒姫『イヤ有難う御座いました』 と振り向く途端に、高姫の横たはる姿を見て打驚き、 黒姫『ヤア高姫さまが縡切れて居らつしやる』 と顔の色をサツと変へた。鷹依姫は、 鷹依姫『オツホツホツホヽ、あんまりカーリンスと格闘をなさつたものだから、御疲労なさつたものと見えます。お前さまは今見て居れば蒼白の顔をしてビツクリなさつたが、矢張り未練がありますかい。斃つた人を座敷へも上げず、土間に寝かして置いたのは無残の様に貴女は思つたでせうが、これは一つの医療法ですよ。お土のお蔭で血液の循環が旧へ復り、息吹き返す様にしてあるのだ。やがて蘇生されるでせう』 黒姫『ナニ妾は高姫なんかに未練がありますものか。こんな傲慢不遜な頑固者、今天の森で弟子の方から暇を与れてやつた所です。それを証拠に、妾は貴女の弟子になりたいのですが、使つて下さいますか』 鷹依姫『お前さまの云ふ事に間違ひなくば、喜んで手を引合うて行きませう』 黒姫『有難う御座います』 と云ひつつ黒姫は庭に下り、高姫の尻を力限りに握り拳を固めて、七つ八つ打ち、 黒姫『コリヤ高姫、思ひ知つたか』 高姫は『ウーン』と息を吹く。 黒姫『オホヽヽヽ、能う斃つたものだ。この儘棄てておけば死んで了ふのだが、併し此奴は貴方の御存じの通り如意宝珠の玉を呑んで居りますから、吐出さしてアルプス教の神宝にせなくてはなりますまい。何とかして大事に……イヤイヤ大事にせなくてもよい。生き返らして生玉を取らねばなりませぬから、暫く助けてやつたらどうです』 鷹依姫『黒姫さまの仰有る通り、一先づ生かして、玉を吐き出させねば、折角苦労した効能が無い。玉さへ取れば後は煮て食はうと、焼いて食はうと、若い奴に呉れてやる。併し生き返らうかな』 黒姫『これは容易に恢復しますまい。何卒黒姫に任して下さるまいか。さうすればキツト体を旧の通りにして、さうして折を考へ、生玉を引抜いて見せませう』 鷹依姫『アヽそんならお前様にお任せするから、宜しく頼みます』 黒姫『何と云つても玉を呑んで居るのだから、玉の納めてある室へ高姫の死骸を寝さし妾が介抱をしてやりますから、極秘密に、誰にも分らぬ様にして下さい。黒姫がキツト取つてお目に掛けます』 鷹依姫『アヽそんなら御頼み申します。誰も這入つた事のない玉の居間、彼処には紫の夜光の玉が納まつて居る。是れはアルプス教の生玉だから、誰にも見せないのだが、お前さまの精神を見届けたから、其居間を一任しませう』 黒姫『それはそれは実に望外の仕合せ、此上は粉骨砕身、アルプス教の為に、犬馬の労を惜みませぬ』 鷹依姫『妾も実は相談しようにも相手がなくて困つて居つたのだ。御前さまが此処へ来て呉れたは天の与へ、肉身の妹が来たも同然だから、互にこれから諒解し合うて秘密の相談を致しませう。サア妾が案内をしますから……』 と先に立つ。 黒姫『高姫の死骸を持つて行かねばなりますまい』 鷹依姫『アヽさうでしたな。併し乍ら秘密室に誰も入れる事が出来ないのだから……』 黒姫『妾が担いで参りませう。………ヤイ高姫、お前は幸福者だ。一旦縁を絶つた妾に又世話になるのかいやい』 と口汚く罵り乍ら、脇にエチエチ引抱へ、足を引摺りもつて、鷹依姫の後に従つて秘密室に這入つて行く。 鷹依姫『ここが大切な所だから、お前さま、高姫の息吹き返す様に、鎮魂をしてやつて下さい。さうして時節を待つて生玉を抜いて下さいや』 黒姫『何事も呑み込んで居ます。其代りに十日許り、二人前の食料を入れて下さい』 鷹依姫はニコニコし乍ら、我居間に帰り、珍味佳肴を、ソツト秘密室へ持運び、素知らぬ顔をして居る。 高姫はムクムクと起上り、四辺をキヨロキヨロ見廻して、 高姫『アヽ妾は夢を見て居たのかいな。アヽ黒姫さま、お前さまと天の森の竜神の祠で従来に無い大喧嘩をして、それより悪い奴に喉を締められたと思つて居たが……ヤツパリ夢だつたかなア』 黒姫、あたりを憚る小声にて、 黒姫『高姫さま、決して夢ぢやありませぬ。ここは高春山の割れ岩の岩窟……』 と耳に口を当て、何事かヒソヒソと囁いて居る。高姫は紫の玉を眺め、 高姫『マア立派な玉がありますな』 黒姫『これがアルプス教の性念玉です。此れさへ手に入れば、アルプス教は最早寂滅、何とかして帰順させる方法はありますまいかなア』 高姫『ナニ、ありますとも、この高姫が呑んで持つて帰れば好いのだ』 黒姫『何でもあなたは呑み込みが良いから便利ですなア』 高姫『練つて練つて練つて練り倒し、仕組の奥の生玉を呑み込んだ此妾、此玉の一つや二つ呑むのに何の手間暇が要りますものか』 と云ふより早く、玉を手に取り、クネクネクネと撫で廻し、餅の様に軟かくして、グツと呑み込んで了つた。此時秘密室の外に、慌ただしく駆出す足音が聞えた。此れはテーリスタン、カーリンスの二人であつた。嗚呼、高姫、黒姫の運命は如何なるであらうか。 (大正一一・五・一六旧四・二〇松村真澄録) |
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35 (1776) |
霊界物語 | 21_申_高春山のアルプス教 | 03 月休殿 | 第三章月休殿〔六七七〕 竜国別、玉治別、国依別の三人は珍の館の奥の室に打通り、梅照姫が調理せし晩餐に舌鼓を打ち、主客打ち解けて四方八方の話に耽る。 梅照彦『最前の玉治別様のお歌に依つて、津の国の高春山へお出でになる事を承知致しました。然し乍ら此方から御出でになるのは、少し迂回ではありませぬか』 玉治別『少しは迂回ですが是には理由があるのです。実は福知山の方面から柏原を通り鬼の懸橋を渡つて参る積りでしたが、出発の前夜に大変な夢を見まして……それで此方へ途を変へたのです。さうして玉照彦様のお出ましになつた高熊山の岩窟を拝して行くのが順当だと気がついたのです。悪魔に対し言霊戦を開始するのですから、余程修業をして参らねばなりませぬ。高姫、黒姫の宣伝使は、不覚にも飛行船に乗つて只一息に苦労も無しに高い所から敵を威喝しようと思つて出たものですから、三ケ月有余も経つた今日何の消息も無し、それが為めに言依別命が我々を密かにお遣はしになるのです。聖地の人々は我々三人以外、誰一人知つて居ないのです。バラモン教やアルプス教の間者が沢山に信者となつて化込んで居りますから、うつかりした事は言はれないのです。又仮令異教の間者が居らないにしても幹部の連中や信者に知らせますと、直に如何な大切の事でも喋つて仕舞ひますから困つたものですよ。何故あれだけ秘密が守れないのかと不思議な位です。三人の外に誰にも言ふなと仰有つたのですから、秘密は何処迄も守らねばなりませぬからなア』 国依別『オイ、玉治別、お前は幹部が喋舌ると今言つたが、我々両人が何も言はないのに、お前は斯んな秘密を門前で大きな声で歌つたぢやないか。猿の尻笑ひと言ふのはお前の事だよ』 竜国別『ハヽヽヽヽ、到頭秘密が曝れて仕舞つたぢやないか。「これは秘密だからお前さまより外には言はないから、誰にも言つて下さるな」と口止めする。聞いた人は「諾々決して言はぬ」と言ひ乍ら、又次の人に「此奴ア秘密だから誰にも言はれぬ。お前だけに言つたのだから、屹度他言はして呉れるな」と口止めする。又次から次へと其通り繰返されるものだ。そして一人より言はないと言つた者が、会ふ人毎に尋ねもせぬのに「お前一人だけだ」と言つて、終には秘密の方が拡がるものだ。表向広告的に言つたのは誰も耳に止めないから却て拡まらないものだよ。「お前一人と定めて置いて、浮気や其日の出来心」式だから困つたものだ。なア国依別』 国依別『そうだなア、此筆法を宣伝に応用したら如何でせう。不言講とか言つて「お前丈けに結構な事を聞かしてやるのだから、主人にでも……仮令我子にでも女房にでも言ふ事はならぬ」と口止めをして置くと、其男は「俺は身魂が立派だから、誰も知らぬ事を神様から彼の口を通して言つて下さつたのだ」「俺の身魂は立派だから、神慮に叶つて居るから、斯う言ふ大切な事を知らして貰へるのだ」と思つて自慢相に人々に秘密々々と言つては喋り散らす、それが却て能く拡まる様なものだ。三五教の宣伝使も、その筆法を応用したら、却て良いかも知れないぞ、アハヽヽヽ』 玉治別『然しそれは……さうとして、梅照彦さまはそんな軽薄な御方ぢや無いから、屹度秘密を守られるでせう』 梅照彦『私は守る積りですが、女房や下男が……余り大きな声で仰有つたものだから……全部聞いて居りませう。そいつア何うも請負ふ事は出来ませぬなア』 玉治別『困つた事だ。何卒成就するまで他へ洩れない様に……喋舌られては困るから……どうか暫時奥さまと下男とは座敷牢にでも入れて、人に会はさない様にして下さいますまいかなア』 梅照姫『オホヽヽヽ、妾は滅多に言ひませぬが、貴方言はぬ様になされませ。屹度道々秘密を開け放しにして、何も彼もみんな仰有るでせう』 玉治別『イヤイヤ決して決して、余りむかついたものですから、つい門口で脱線したのですよ』 梅照姫『余程言霊鉄道の敷設工事が請負と見えて、粗末な事がしてあると見えてますなア、ホヽヽヽヽ』 竜国別『何分宇都山村の田吾作時代には、随分狼狽者の大将だといふ評判でしたから、矢張三才児の癖は百歳迄とか言つて、仕方の無いものですワイ』 玉治別『そんな昔の事をさらけ出して、人の前で言ふものぢやない。竜国別、私が出立の際に「何卒誰にも玉治別は宇都山村の田吾作だと云つて下さるな、秘密にして下さい」と頼んだ時「俺も男だ、ヨシ、言はぬと云つたら首が千切れても言はない」と言明し乍ら、三日も経たぬ間に秘密を明すとは何の事だい。余り人の事を云ふものぢやありませぬぞ。自分の過失は分らぬものと見えますわい』 竜国別『ヤア此奴ア縮尻つた。然し乍らお前が田吾作だつたと言つた所で、今回の作戦計画に齟齬を来す様な大問題ぢや無いから……マア大目に見るのだなア』 玉治別『小さい事だと云つて秘密を洩らしても良いのですか。小さい事を洩らすやうな人は、矢張大事を洩らすものですよ。蟻穴堤防を崩すとか言つて、極微細な事から大失敗を演ずるものだ。如何ですか』 竜国別『ヤア大変な速射砲を向けられて……イヤもう恐れ入りました。只今限り屹度慎みませう』 梅照彦『皆さま、お疲労でせうから、もうお寝みなさいませ』 玉治別『何時迄も攻撃計り受けて居つても詮らない。ア、お迎ひが出て来た様だ。アーアツ』 と口の引裂ける様な欠伸をなし、目を擦つて居る。 梅照姫『サア、お寝みなさいませ。奥の室に寝床が敷いて御座いますから』 玉治別は、 玉治別『皆さま、お先へ』 と奥の室に入るや否や、雷の如き鼾をかいて他愛もなく寝入つて了ふ。二人は続いて、 竜国別、国依別『左様なれば寝ませて頂きませう』 と奥の室に入る。玉治別の粥を煮る大きな鼾が耳に這入つて二人とも寝つかれず、そつと裏口を開けて、月を賞め乍ら庭園を逍遥してゐる。 竜国別『アヽ佳い月だな。秋の月も佳いが、冬の月も又格別綺麗な様だ。あの月の中に猿と兎が餅を搗いて居ると云ふ事だが、一つ我々に搗落して呉れさうなものだなア』 国依別『アハヽヽヽ、八日日が来たら落して呉れますワイ』 竜国別『卯月八日、花より団子と言つて、あれや餅ぢやない、団子ぢや』 国依別『団子でも餅でも、矢張搗かねばならぬよ』 竜国別『団子は月が落すのぢや無い。此方から搗いて上げるのだよ。竹の先に躑躅の花と一緒に括つてな……』 国依別『その上げた団子を揺すつて落して喰つて呉れるのだ。十五の月は望月(餅搗)と云ふから、屹度十五日になれば餅搗するに違ひない』 竜国別『良い加減に洒落て置かぬか。お月さまに恥かしいぞよ』 国依別『三五の月の御教を開く我々宣伝使は、何……月に遠慮する事があらうかい。子がお母アさまになんぞお呉れと言つて、駄々と団子をこねるやうな心餅で居るのだよ、アハヽヽヽ』 竜国別『あのお月さまの顔には痘痕が出来て居るぢやないか。円満清朗、月の如しと言ふけれど、余りあの痘痕面では立派でも無い様だ。月は玉兎と云ふからには、ドコか玉治別の円い御面相に似た所がある様ぢや無いか』 国依別『玉治別の面の様に見えてるのは、矢張あれは地球の影が映つて居るのだ。白い所は水、黒い所は陸地だ。天体学の事なら、何でも俺に尋ねたら聞かしてやらう、オホン』 竜国別『アハヽヽヽ、瑞月霊界物語の第四巻を読んだのだらう』 国依別『そんな本が何処にあるのだ』 竜国別『三十五万年の未来に活版刷で天声社から発行せられた単行本だ。それに出て居るぢやないか。貴様はまだ見た事が無いのだなア。あれだけ名高い名著を知らないとは余程時代遅れだ。それでも宣伝使だからなア』 国依別『未来の著述は見ても見ぬ顔をして居るものだ。世の中が開けて来ると種々の学者とやら、役者とやらが出て来て、屁理屈を言つて飯食ふ種にする奴があるから、……それを思うと俺も愛想が月さまだよ。まア現在の事でさへも分らないのに、未来の事までも研究は廃めて置かうかい。三五教の其時代の宣伝使でさへも、読んで居ないものがある位だからなア』 竜国別『未来の宣伝使は無謀なものだなア。しかし大分に夜露を浴びた様だが、もう徐々帰つて寝床に横はらうぢやないか』 国依別『俺はもう少時散歩する。却て一人の方が都合が好いから……お前は先へ寝たが宜からう。又肝腎の時になつて眠むたがると困るからなア』 竜国別『そんならお先へ御免を蒙る。お前は、ゆつくりお月さまとオツキ合ひ話でもするが良いわい。近い所に御座るからよく聞えるだらう』 国依別『きまつた事だ。お月様の分霊が……これ見い、此通り……草の上にも玉の如く輝いて御座る。貴様の鬚にも沢山に天降つて御座るぢやないか。神様の御威徳は斯んなものだ。貴様はお月様は只御一体で大空ばつかりに居られると思つて居るやうだが、仁慈無限の弥勒様だから、草の片葉に至る迄此通り恵みの露を降して、輝き給ふではないか』 竜国別『成る程、さう言へば……そうだ。是だけは国さまの嘘月でも間誤月でもない、併し雨露月だなア』 国依別『分つたか、「月二つ担うて帰る水貰ひ」と云つて、一荷の桶水の中にも御丁寧に一ツづつお月様は御守護して下さるのだ』 竜国別『よく分りました。モウ之位で御中止を願ひます』 国依別『馬鹿云ふな。此処は月の名所、月宮殿の御境内だ。これ丈け結構な月の光を拝んで此儘寝ると云ふ事があるものか。サア今の間に月宮殿へ参拝して、その上で寝まうぢやないか』 竜国別『ウン、それもそうだ。そんなら一つ是からお参詣して来うか。天には寒月、地には迂露月の影ふるふだ、アハヽヽヽ』 両人『サア行かう』 と両人は鬱蒼とした森影に建てられたお宮の前にすたすたと進み行く。 二人は月の森の月宮殿の階段を登りながら、 竜国別『結構な月だが、斯う鬱蒼と樹木が茂つて居ると、肝腎の月宮殿は、暗も同様ぢやないか。此月宮殿は暗宮殿だ。これ程綺麗なお月様が祀つてあるのに、何故此森が明くないのだらう』 国依別『馬鹿言ふな。之は晦の月宮殿といつて、お月様のお休み遊ばす御殿だ。宮と云ふ字は休と云ふ字に改めさへすれば、名実相適ふのだ、イヤ明月相反すと言ふのだ。アハヽヽヽ』 神殿の何処ともなく、 『ガサガサグヽヽヽ』 と怪しき物音が聞えて来る。 竜国別『ヤア此宮は余程古いと思へば、貂か鼬が巣をしてると見えて、大変に暴れて居るぢやないか。「月は天に澄み渡る」と詩人が言つて居るが、貂は月の宮に棲み渡り頭から糞、小便を垂れ流すぢやないか。之を思へば月宮殿も薩張愛想が月の宮ぢや。此宮も貂や鼬の棲処となつては最早運の月だなア』 国依別『人間の運命にも栄枯盛衰がある。潮にも満干がある。此宮さまは今は干潮時ぢや。それだからかう見窄らしく荒廃して居るのだ。之でも五六七の世に成れば、此お宮は金光燦然として闇を照し、高天原の霊国にある月宮殿の様になるのだが、何程結構な弥勒さまのお宮でも時を得ざればこんなものだ。信真の徳の失せたる世の中の姿が遺憾なく此お宮に写されてあるのだ。嗚呼如何にせんやだ』 竜国別『そうだなア、社会の時代的反映かも知れないなア。神様が頭から四足に糞や小便をかけられ、四足と同居して御座る様では御神徳も何もあつたものぢやない。御神徳さへあれば、こんな失敬な……神様の頭の上へ上つて糞や小便を垂れる奴に、罰を当てて動けない様に霊縛なさりさうなものぢやないか』 社の中より、 (玉治別)『此方は月の大神であるぞよ。汝三五教の宣伝使、竜国別、国依別の盲目ども、否魔誤月、嘘月、キヨロ月人足、神の申すことを耳を浚へてよつく聞け。神は人間の信真の頭に宿る、決して畜生等には神の聖霊は宿らないぞ。畜生には人間の副霊が宿つて居るのだ。それだから神殿に鼬や貂等が小便を垂れ様が、糞を垂れ様が、放任してあるのだ。元来が畜生の因縁を以て生れて来て居るからだ。神は人間らしき人間が無礼を致した時は即座に神罰を与ふるぞ。只今の世の中は獣が人間の皮を被り白日天下を横行濶歩する暗の世だ。今、此処へ人一化九の妖怪が二匹も現はれて来よつたが、之も人間で無いから神罰は当てないで差赦してやらう。サア如何ぢや、人間なれば人間と判然申せ。四足の容器なれば容器で御座いますと白状致せ。神の方にも考へがあるぞよ』 国依別は小声で竜国別に向ひ、 国依別『オイ、何だらうな。えらい事を言ふぢやないか』 竜国別『あんまり神様の悪いことを言つたものだから、神さまが怒つて御座るのかも知れないよ』 国依別『罰が当る様なことは出来はしまいかな』 竜国別『サア、其処ぢやて。俺も一つ如何言はうか知らんと思つて心配をして居るのだ。結構な神の生宮たる万物の霊長、大和魂の人間で御座いますと言へば、直に神罰を当てられて如何な目に逢はされるか知れないし、四足の容器と言へば、お咎めは無いけれど本守護神に対して申訳が立たぬなり、自分も何だか阿呆らしくて、卑怯未練にもそんな事は断然、アヽもう良う言はんワ』 宮の御殿より、 (玉治別)『人間か、四足か、早く返答致せ。四足と有体に白状すれば今日は断然赦して遣はす。人間と申せば此儘汝の生命を取つて、根の国、底の国へ追ひやつてやらう。サア早く返答を致さぬか』 竜国別『ハイ、一寸待つて下さいませ。今鳩首謀議の最中で御座います。相談が纏まつた上御返事を申上げます』 宮の中より、 (玉治別)『エー、これしきの問題に凝議も何もあつたものか、一目瞭然だ、早く返答致せ。四足に間違ひあるまいがな』 両人『へ……そ……それは……あんまり……殺生で御座います……』 宮の中より、 (玉治別)『それなら誠の人間と申すのか』 国依別『ハイ……まア人間が半分……畜生が半分で人獣合一の身魂で御座います』 宮の中より、 (玉治別)『然らば獣の分だけは赦して遣はす。半分の人間を之から成敗致す。耳一つ、眼玉一つ、鼻一つ、下腮を取り、手一本、足一本引き抜いてやらう。有難う思へ』 竜国別『ヤア、もう何卒今度に限り大目に見て下さいませ』 宮の中より、 (玉治別)『何、大目に見て呉れと申すか、蛇の目の唐傘の様な大きな目で睨んでやらうか』 国依別『イエイエ滅相な、そんな目で睨まれては此方も……めゝゝゝゝ迷惑を致します』 宮の中より、 (玉治別)『此方も時節の力で斯の如く屋根は雨漏り、鼬、貂の棲処となり、些か迷惑をいたして居る。どうか此方の片腕が欲しいと思つて居た矢先だ。いやでも応でも其方達の片腕を取つてやらう』 竜国別『滅相もない、片腕どころか、弥勒様の為なら、両腕を差上げて粉骨砕身して尽しますから、お頼み申します』 と泣き入る。宮の中より、 (玉治別)『よしよし、粉骨砕身は註文通り赦してやらう。サア脇立、眷族共、両人の骨を粉にし身を砕いて参れ。粉骨砕身して尽さして呉れえと願ひよつたぞよ』 竜国別『モシモシ、その粉骨砕身の意味が断然違ひます。さう早取りをしてもらつては困ります』 宮の中より、 (玉治別)『粉骨砕身とは読んで字の如しだ。神は正直だから誤魔化しは、些も聞かぬぞよ』 国依別『オイ竜、此奴アちつと怪しいぞ』 竜国別『そうだなア、田吾作の声に似ては居やせぬかなア』 宮の中より、 (玉治別)『コラコラ両人、其方はまだ疑ふのか。此方は空に輝く月の玉治別命、又の御名は田吾作彦の大神であつたぞよ。ワツハヽヽヽ』 竜国別『あんまり馬鹿にすない。俺の胆玉を大方潰して仕舞ひやがつた』 国依別『こら、悪戯けた真似をしやがると承知をせぬぞ』 玉治別『胆玉ばかりぢや無からう。睾丸が潰れかけただらう、アハヽヽヽ』 と笑ひ乍ら、ドシンドシンと朽ちはてた階段を降つて来る。三人は笑ひ乍ら梅照彦の館を指して、月を仰ぎつつ門前に着いた。梅照彦、梅照姫は、 梅照彦、梅照姫『モシ貴方等、何処へ行つて居られました。俄に三人様のお姿が見えぬので、何かお気に障つてお帰りになつたかと思ひ、大変に胆を潰しましたよ』 玉治別『睾丸は大丈夫ですかな、アハヽヽヽ』 竜国別『実は我々両人はあんまり月が佳いので、つい浮かれて散歩をし……月宮殿に参拝して……』 玉治別『胆玉を潰しました』 竜国別『お前、黙つて居れ。人の話の尻を取るものぢやない』 玉治別『何、尻は取りたくないが睾丸が取り度いのだ、アハヽヽヽ』 国依別『月宮殿と云ふ所は妙な処ですな。貂がものを言ひましたよ。而も神さまの声色を使つて……てんと合点のゆかぬ事ですわい』 梅照彦『エ、貂がものを言ひましたか、それや聞き始めだ。何と云ふ貂でせう』 国依別『何でも田吾作とか言ふ貂で、鼬の成上りださうです。随分気転の利かぬ馬鹿貂の水転でしたよ、アハヽヽヽ』 一同腹を抱へて『アハヽヽヽ』と笑ひ転ける。 (大正一一・五・一六旧四・二〇北村隆光録) |
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霊界物語 | 21_申_高春山のアルプス教 | 08 津田の湖 | 第八章津田の湖〔六八二〕 津田の湖辺に現はれたる三人の宣伝使を始め、遠、駿、武、三、甲、雲の六人は高春山を遥に眺めて、今や三方より進撃せんとする計画を定むる折しも、六人の泥棒は内輪喧嘩を始め出し、武州、駿州、遠州は向脛を打たれて其場に倒れたるを見すまし、三、甲、雲の三人は此場を見捨てて、元来し道に逃げ去つた。 茲に竜国別は道を北に採り、迂回して大谷山より攻め上る事とした。又国依別は鼓の滝を越え六甲山に登り、魔神を言向けつつ高春山に向ふ計画を定めた。玉治別は湖辺に繋ぎある舟に身を托し、津田の湖を渡つて驀地に高春山に押寄すべく、足を痛めた三人を舟に乗せて自ら艪を操り乍ら、寒風荒む月の夜を西方の山麓目蒐けて漕ぎ出だす。湖水の殆ど中央まで進みし時、三人は俄に立上り、 遠州『オイ貴様は三五教の宣伝使、誠の道を立て通す神聖な役目であり乍ら、秘密書類を手に入れたを幸に、敵の備へを覚り、三方より攻め寄せむとするは実に見下げ果てたるやり方だ。何故誠一つで進まぬのかい』 駿州『実の処はその手帳は吾々の仲間に取つて大切な品物だ。それを貴様に奪られて堪るものか。杢助の宅に於いて、この大切な書類を貴様が手に入れたのを覚つた故、吾々六人は道々符牒を以て諜し合はせ、態と喧嘩をして見せ、脚が痛いと詐つてこの舟に乗込んだのだぞ』 武州『サア、最早ジタバタしても叶はぬぞ。綺麗薩張と俺達に返納致せ。愚図々々吐すと、此の湖中へ投り込んで了ふぞ』 玉治別『アハヽヽヽ、貴様達何を吐すのだ。三五教の神力無双の宣伝使に向つて、刃向うとは、生命知らずも程がある。蟷螂の斧を揮つて竜車に向ふも同然、速かに改心致せば赦してやるが、何処までも悪心を立て通すなら、最早是非に及ばぬ、言霊を以て汝が身体を縛り上げ、此の湖水へ投げ込んでやらうか』 遠州『貴様に言霊の武器があれば、此方にも言霊の武器がある。おまけにこの鉄腕が唸りを立てて待つて居るぞよ。サア早く此方に渡さないか』 玉治別『渡せと云つても俺一人の物では無い。竜国別や、国依別に協議をした上、渡してもよければ渡してやらう』 遠州『馬鹿を云ふな。竜国別や、国依別は吾々の同類が途中に待伏せて、平らげて了ふ手筈がチヤンと整うて居るのだ。この湖を向方へ渡るが最後、味方のものが待ちうけて、貴様を嬲殺しにする手筈が定つて居る。驚いたか、何と吾々の計略は偉いものだらう』 玉治別『たとへ小童どもの三人や五人、百人攻め来るとも、恟とも致すやうな玉治別では無い、あんまり見損ひを致すな。鷹依姫は表面にアルプス教を標榜しながら、山賊の大親分になつて居るのだな』 駿州『馬鹿を云ふない。アルプス教には泥棒は一人も居ない。唯俺達は駄賃を貰つて此仕事をするだけだ。実は俺達はアルプス教ではない。盗人の団体だからトツクリ見て見よ。その手帳に俺達の名は記してない筈だ。聖地へ忍び込んだ奴の名前が沢山あるといふことだが、最早貴様にそれが判つたところで、アルプス教は痛痒を感じない。其代り貴様等三人の宣伝使を亡き者に致せばよいのだ。……オイ何うだい、此奴を真裸体にして秘密書類をフン奪り、高春山へ持参せば結構な御褒美が頂戴出来る。サアぬかるな』 と三方より櫂を以て打つてかかる。 無抵抗主義の三五教の宣伝使も、已むを得ず正当防禦の積りで、両手を組み天の数歌を謳つた。されど神慮に反きし敵の秘密書類を懐中したる穢れのためか、今日に限つて天の数歌も、鎮魂も、何の効果も現はれなかつた。三人は三方より滅多打ちに打ちかかる。 玉治別は已むを得ず、又もや櫂を握るより早く三人の中に交つて飛鳥の如く防ぎ戦うた。如何がはしけむ、遠州はバサリと湖中に落ちた。二人に追ひ詰められて玉治別は又もやザンブとばかり湖中に真逆様に落込んだ。舟に掻き着き上らうとすれば、二人は上より櫂を以て頭を撲りつけやうとする。遠州は其間に舟に駆上り、 遠州『サア玉の奴、神妙に渡せばよし、渡さねば貴様の生命はモーないぞ』 玉治別は一生懸命抜き手を切つて逃出す。三人は櫂を操り乍ら玉治別を追ひかける。玉治別は浮きつ沈みつ逃げ廻る。秘密書類は懐中より脱出して水面に浮き上つた。三人は手早く之を拾ひ上げて、大切に濡れた儘そつと舟の中に匿し、尚も玉治別の浮きつ沈みつ逃ぐるを追ひかけ、頭を目蒐けて撲りつけようとする。撲られては一大事と、苦しき息を凝らし乍ら水底を潜り、一方に頭を上げて息をつぎ見れば、又もや三人は舟にて追ひかけて来る。 玉治別は進退谷まり、九死一生のところへ矢を射る如く、一人の子供を乗せて漕ぎつけた一隻の舟。玉治別は盲亀の浮木と喜び勇んで舟に取ついた。舟人は玉治別を助けて舟に乗せた。玉治別は息も絶え絶えになつてゐる。此の時三人の盗人は、 三人『エー邪魔ひろぐな』 と此の舟目蒐けて攻めかけ来る。 船人『貴様は遠州、駿州、武州の小盗人だらう。サア、モウ俺が此処に来た上は、汝も最早観念せねばなるまい。片つ端から叩き潰してやらう』 此声に三人は驚いて一生懸命に櫂を操り、矢を射る如くに西へ西へと逃げ出した。湖中に突出せる大岩石に舟の先端を衝突させ、船体は木つ端微塵になつて、ゴブゴブゴブと沈没した。三人は思ひ思ひに抜き手を切つて逃げようとする。 船頭は三人の浮いた頭を目当に舟を差向けた。玉治別は漸く気がついた。見れば杢助親子が舟に乗つて、三人の泥棒の影を目当に走つてゐる。 玉治別『アー貴方は杢助さま。危い所をよう助けに来て下さいました』 杢助『話は後でゆつくり聞きませう。愚図々々して居れば三人の泥棒の生命が失くなつて了ふ。サア貴方も此櫂を漕いで下さい』 玉治別は直ちに櫂を漕ぎ始めた。漸くにして三人の泥棒を救ひ上げた。さうして以前の湖中の岩の上に三人を送り、舟を此方に引返し、十数間許り距離を保つて、三人に向ひ宣伝歌を聞かさむと、声も涼しく歌ひ始めた。 玉治別『朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも誠の力は世を救ふ 誠一つの世の中に誠の道を踏み外し 天地に罪を重ねつつ終には根の国底の国 地獄の底のどん底の焦熱地獄に落されて 苦しみ悶える幽界の掟を知らずに智慧浅き 体主霊従の人々が小さき欲に目が眩み 結構な身魂を持ち乍ら他の宝を奪ひ取り 飲めよ騒げの大騒ぎ遊んで暮す悪企み 地獄の釜の道作りそれも知らずに曲道を 通る身魂ぞいぢらしき仮令大地は沈むとも 誠の道に叶ひなば大慈大悲の大神は 必ず救け給ふべし遠州武州駿州よ 汝も元は神の御子聖き身魂を受継ぎし 貴き神の生宮ぞ小さき欲にからまれて 此世からなる地獄道餓鬼畜生や修羅道の 責苦に自ら遭ひ乍ら未だ覚らずに日に夜に 道に背いた事ばかりわれは此世を平けく 治め鎮むる大神の教を宣ぶる宣伝使 決して憎しと思はない汝に潜む曲神を 一日も早く取り除けて誠の道に救はむと 願ふばかりの我心さはさり乍ら三五の 道を教ふる神司其の身を忘れてアルプスの 神の教に立て籠る鷹依姫が計略を 事も細かに記したる秘密の鍵を懐に 収めて曲を倒さむと思うたことは玉治別の これ一生の誤りぞ汝等は之を携へて 高春山に持参り鷹依姫に手渡して 手柄を現はし御褒美の金を沢山貰て来い さすれば汝が懐はふとつて親子が安々と 楽しき月日を送るだらうさは云ふものの三人よ 此世は仮の世の中ぞ万劫末代生き通す 霊魂の生命は限りなしなることならば三五の 神の教に身を任せ天晴れ世界の塩となり 花ともなりて香ばしき実のりを残せ後の世に あゝ惟神々々御霊幸はひましまして 悪魔の為に魂を曇らされたる三人を 直日に見直し聞直し其の過ちを宣り直し 神の大道にすくすくと歩ませ給へ大御神 珍の御前に玉治別が畏み畏み願ぎ奉る』 と歌ひ終つた。 三人は此歌に感じてか、但は離れ島に捨てられた悲しさに此場を免れむとしてか、一度に玉治別に向つて両手を合せ、涙を流して改心の意を表する。杢助は舟を岩の前に近づけ乍ら、 杢助『オイ三人の男、汝の片割れ三州、甲州、雲州の三人は俺の館に乗り込んで金銀の小玉を全部貰つて帰りよつた。汝は玉治別の懐中せるアルプス教の書類を狙つてゐるさうだ。併しそれを鷹依姫に届けてやつたところで、余り大した礼物もくれはしよまい。生命を的にそんな欲の無い小さいことを致すな。改心するなら今だ。何と云つても此の離れ島に捨てられては汝も浮ぶ瀬はあるまい。サア改心を誓ふか何うだ、改心致せば此舟に乗せて助けてやるが』 三人は口を揃へて、 三人『改心します。何うぞ赦して下さいませ』 杢助『玉治別さま、貴方のお考へは何うでせうか』 玉治別『改心さへしてくれたならば四海兄弟だ、何処までも助けたいものですな』 杢助『そんなら助けてやらうか』 お初は首を左右に振り、 お初『お父さん、斯んな人を助けたつて直に又悪いことを致しますよ。暫くこの離れ島に預けて置いたがよろしいでせう』 遠州『モシモシ小さいお方、お前さまは年にも似合はぬ、きつい人だな。そんな事を云はずに何うぞ助けて下さいな。屹度改心しますから』 お初『イエイエ貴方は未だ未だ改心が出来ませぬよ。サア、お父さま、早く艪を操つて下さい。小父さま、櫂を漕いで下さい。私も手伝ひませう』 玉治別『アヽさうだ。子供は正直だ。此奴等可愛いと思へば、暫らく岩の上に預けて置いた方が将来のためだらう。サア、杢助さま、彼方へ進みませう』 と湖中の岩島を後に、高春山の東麓を指して矢を射る如く進み行く。 不思議や湖水の水は見る見る水量増り、さしもに高き湖中の巌も次第々々に水中に没し、早くも足許まで波が押寄せて来た。刻々に増る水量に三人は、最早首の辺りまで浸つて了つた。 (大正一一・五・一九旧四・二三外山豊二録) |
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霊界物語 | 21_申_高春山のアルプス教 | 10 女権拡張 | 第一〇章女権拡張〔六八四〕 吹雪烈しき山の奥竜国別の宣伝使は 高春山に向はむと猿の声に耳打たれ 心イソイソ進み行く人煙稀なる谷の道 雪に埋もれゆき暮れて路傍に立てる岩蔭に 少時息をば休めける。 谷の片方の突出た岩の蔭に身を寄せ、一夜を明かす事となりぬ。竜国別はウツラウツラと眠りに就きけるが、フト耳に入りしはなまめかしき女の声、驚いて目を醒ませば妙齢の美人、鬢のほつれ毛を頬の辺に七八本垂れ乍ら、稍憂ひを含み、一人の赤児を抱き前方に立てり。 竜国別『此真夜中の雪路に女の一人、而も乳呑児を抱いて、何処へ御出でなされますか』 女『ハイ妾は浪速の者で御座います。高春山の鬼婆に拐かされ、日夜責苦に遇ひ難渋を致して居りましたが、情あるカーリンスと云ふ婆アの部下に想ひをかけられ、ソツと救はれて此処迄逃げ帰りました。併し乍ら何時追手がかからうやら知れませぬ。どうぞ助けて下さいませ。妾としても此寒さに凍え、身体強直して一歩も進む事が出来ないので御座います。どうぞ火が御座りますれば暖取らして下さいませぬか』 竜国別『それは御難儀な事でせう。此処へ木の葉を集めて焚く訳にもゆかず、困つたものですなア』 女『どうぞ貴方の暖かいお体の温みを分けて頂くことは出来ますまいか。最早斯うなつては、恥も何も構うて居れませぬ。全身の血液が凝固しさうに御座いますワ』 竜国別『アー困つた事だなア。今高春山の魔神の征服に向ふ途中、女の肉体に触れると云ふ事は絶対に出来ない。何か良い考へは出ぬものかなア』 と四辺を見廻せば、雪明りに目に付いたのは一束の枯柴、突出た岩に蔽はれて乾いた儘に残つて居る。 竜国別『アー此処に結構な薪がある。何人が刈つて置いたか知らないが、これも神様の御蔭だ、これを焚いて暖を取つたら如何でせう』 女『それは好都合で御座います。どうぞ燃やして下さいませ。しかし余り大きな火を焚くと追手の目標になつては困りますから……』 竜国別『宜しい宜しい、小さく燃やしませう。しかし雪の足形を索ねて追手が来るかも知れますまい』 女『お蔭で足跡は降る雪が次々に埋めてくれましたから、大丈夫で御座います』 竜国別は燧を打ち火を出し、薪に点けて暖をとり、女も嬉しげに手を炙つて居る。 竜国別『いまのあなたの御話に依れば、高春山へ囚はれて居られたとの事、然らばアルプス教の内幕はよく御存じでせうな』 女『ハイよく承知致して居ります。到底あなた方が三人や五人お出でになつた所で、飛んで火に入る夏の虫ですよ、お止めになつた方が却てお身の為だと思ひます』 竜国別は不機嫌な顔で、 竜国別『仮令幾万の強敵があらうとも、一旦我々は言依別の教主より任命された以上は、一つの生命が無くなつても、此使命を果さねばならないのだから、行く所迄行く積りです』 女『それは大変な御決心で結構で御座います。妾もあなたの様な気の強い御方と手を曳いて、今迄鬼婆が妾に加へた惨虐の恨みを晴らしたいのですから、どうぞ伴れて行つて下さいませぬか』 竜国別『イヤ滅相も無い。女の方と道伴れなんか出来ますものか。又あなたに助けられて、魔神の征服に行つたと云はれては、末代の恥辱ですから、それだけは平に御断り致します』 女『随分お堅い方ですなア。さう云ふ堅固な精神の夫が、妾も持つて見たう御座いますワ』 竜国別『コレコレ女中、戯談も良い加減になさいませ。貴女は赤ん坊を懐に抱いて居るぢやないか。立派な夫があるに相違はありますまい』 女『イエイエ、夫はまだ持つた事は御座いませぬ』 竜国別『夫が無いのに児があるとは、一つの不思議ではありませぬか』 女『ホヽヽヽヽ、三五教の宣伝使にも似合はない事を仰有いますこと。玉照姫様の御生母のお玉さまは、夫なしに妊娠なさつたぢやありませぬか』 竜国別『それはさうだが、ああ云ふことはまた例外だ。普通の女にさう云ふことがある道理がない』 女『妾を普通一般の女と御覧になりましたか』 竜国別『サア別に斯う見た所では、何の変つた点もなし、判別がつきませぬワイ』 女『妾の素性が分らない様な事では審神者も駄目ですよ。どうして高春山の魔神を帰順させる事が出来ませうか』 竜国別『これは又妙な女に会つたものだ。お前は要するに化物だらう』 女『何れ化物には違ひありませぬ。併し化物にも善と悪とがあります。其審神者をして下さいな』 竜国別『此雪の降るのに、一人で山路を赤児を抱へて歩くところを見れば、先づ立派な者だなかりそうだ。鷹依姫の悪神に苦しめられて逃げて帰つたところを見れば、どうせ碌なものぢやなからうて』 女『鷹依姫に苦しめられた様な女だから、碌な者で無いと仰有りますが、現在玉照姫様をお生み遊ばしたお玉の方は、三国ケ岳で蜈蚣姫に苦しめられたぢやありませぬか。あなたの判断は正鵠を欠いで居ますよ。お玉さまは立派だが、妾は雪路を夜中に歩いて居るから怪しいと云ふ事が先入主になつて、お目が眩んだのぢやありますまいかなア』 竜国別は両手を胸のあたりに組んで太い息をつき考へ込む。女は薪を先繰り燻べる。二人の顔は益々明かになつて来た。竜国別はフト女の顔を見ると、二つの耳が馬の様にビリビリと動いて居るに気が付いた。 竜国別『あなたの耳はどうしましたか。人間なれば耳は動かないのが通例だ。お前さまの耳は不随意筋が発達して居ると見えて、畜生の様に自由自在に動く。コレヤ屹度魔性の女に相違あるまい』 女『オホヽヽヽ、耳が動くのがそれ丈気になりますか。あなたは耳所か肝腎の霊魂まで頻りに動揺し、ハートには激浪怒濤が立ち騒いで居るぢやありませぬか。それの方がよつ程可笑しいワ、ホヽヽヽヽ』 竜国別『ハーテナ。ますます分らなくなつて来たワイ』 女『本当に妾だつて、あなたの様な分らぬ宣伝使に出会うた事はありませぬワ。神様はイロイロ姿をお変じ遊ばすぢやありませぬか。木の花姫様を御覧なさい。竜体にもなれば、獣にもなり、立派な神の姿にも現じ、乞食にまで身を窶して衆生済度を遊ばすのに、妾の耳が動いたと云つて軽率にも獣扱ひなさるのは、チツト聞えないぢやありませぬか』 竜国別は、 竜国別『ハーテナー』 と云つた限り、又俯向く。 女『ハテナハテナと何程仰有つても、あなたの身魂が磨けねば、此談判は何時までも果てませぬ。ハテ悟りの悪い宣伝使だこと、ホヽヽヽヽ』 竜国別『兎も角今日は本守護神が不在だから、番頭の副守護神が発動して居るので、根つからお前さまの審神も出来ない。本守護神が帰つてから、ユツクリと御答を致しませう』 女『ホヽヽヽヽ、うまい事仰有いますこと。一時遁れの言ひ訳でせう。そんな痩我慢を出して我を張らずに、男らしくスツパリと、身魂が曇つて居るので分らないから……と仰有つたらどうです。妾の素性を明かす為に、今此処で羽衣の舞を舞うて見せますから、どうぞ此赤ん坊を一寸抱いて下さらぬか』 竜国別『何は兎もあれ、旅の慰めだ。審神を兼ねて其舞を拝見致さうかなア』 女『どこまでも徹底的に、我の強いお方ですこと、ホヽヽヽヽ』 竜国別『我が無ければならず、我があつてはならず、我は腹の中へキユツと締め込みて落ちついて居る身魂でないと、誠の御用は出来ませぬワイ』 女『ホヽヽヽヽ、三五教の御神諭を其儘拝借して、巧妙い事仰有りますこと』 竜国別『日進月歩の世の中、知識を世界に求めると云つて、善い事は直に取つて我物とするのが、豁達自在の文明人としての本領だ。お前さまは浪速の土地に生れたものだと云つたが、文化生活と云ふものはどんなものだか知つて居るかい』 女『ホヽヽヽヽ、文化生活が聞いて呆れますよ。そんなことは疾の昔に御存じの妾、文と云ふのは蚊の活動する羽翼の声……一秒時間に何万回とも知れぬ羽翼の廻転から起る声音ですよ。化と云ふのは人の褌で相撲をとつたり顔を舐めたりして、生血を絞り自分一人うまい汁を吸ふと云ふ生活でせう。体主霊従、我利々々亡者の充満した世の中を矯直す為に、国治立大神が変性男子の生宮を借つて教を垂れさせられ、其御心を世界に宣伝するお前さま達が、悪逆非道の利己主義の文化生活を主張するとは、逆様の世の中とは云ひ乍ら、実に矛盾したものですなア。それだから神様がこれ丈沢山の宣伝使があつても、誠の解つた者は一柱も無いと云つて、御悔み遊ばすのですよ。三五教を破る者は依然三五教にあるとは千古不磨の金言ですワ。妾は此第一言に対し無量の感に打たれて居ます。サア妾がこれから羽衣の舞を舞うて、尊き天の神様を御招待申上げ、貴方の心の岩戸を開いて見せませう。どうぞ此赤ん坊を抱へて下さいませ』 竜国別『随分愛らしいお子だ。併し男ですか、女ですか』 女『三十三相揃うた女です。女の赤ん坊です』 竜国別『ヤアそれならば御免蒙りたい。女を……仮令子供にもせよ、魔神の征討に上る我々、抱く訳には行きますまい』 女『何を仰有いますか。女位世の中に潔白なものはありますまい。あなた方は二つ目には婦人に対し、軽侮の目を以て臨まれるのが怪しからぬ。我々は新しい婦人となつてどこまでも女権拡張をやらねばならない。婦人の代議士さへ選出される世の中に何と云ふ頭脳の古い事を仰有るのでせう』 竜国別『何と云つても、男は陽、女は陰だ。おまけに月に七日の汚れがある。そんな汚れた女に男が触つてどうなるものか。清きが上にも清くせなくては、神業が勤まりますまい』 女『男位不潔苦しい肉体はありますまい。十三元素とか、十五元素にて固め上げた肉体の、半ば腐敗せる燐火の燃える、臭気の激しい醜体を持ち乍ら、月に一週間づつ汚れを排除し、清められた女の肉体が汚れるとは、ソラまア何とした分らぬ事を仰有るのでせう。開闢の初より、女ならでは夜の明けぬ国と云ふぢやありませぬか。太陽界を治しめす大神様は男でしたか。木花咲耶姫様はどうでせう。変性男子の身魂、国治立命様の肉の宮は男ですか、よく考へて御覧なさい』 竜国別『短兵急にさう攻撃されては、二の矢が継げませぬ。併し牝鶏暁を告ぐる時は其家亡ぶ、と云ふ事がある。何と云つても牝鶏は牝鶏だ。何程女が男の真似をしようと思つても、第一体格が劣つて居る。鼻下に髭もなければ、腮髯もない。それから見ても男尊女卑と云ふ事は証明されるぢやないか』 女『よく掃清められた庭には、雑草は一本も生えて居りますまい。鼻の下を長くして女に洟をたらす天罰の酬いとして、雑草がムシヤクシヤと生えて居るのだ。お前さまは髯を大変自慢にして居るが、其髯は男の卑劣な根性を隠す為の道具だ。つまり世間に卑下をせなくてはならぬ所を、神様のお恵で包む様にして貰つて居るのだから、ヒゲと云ふのですよ、オホヽヽヽ』 竜国別『どこまでも男子を馬鹿にするぢやないか。俺は天下の男子に代つて、大いに男尊女卑の至当なる道理を徹底させなくてはならない。お転婆女の跋扈する世の中だから……』 女『ホヽヽヽヽ、男位得手勝手な者がありませうか。女房に口の先でウマい事ばつかり言つて、社交の為だとか、外交手段だとか、甘い辞令を編み出して女房の手前を繕ろひ、狐鼠々々と家を飛び出し、スベタ女に酌をさせ、涎をたらして、間がな隙がなズボリ込み、スゴスゴと家へ帰つては、山の神に如何してウマク弁解しようかと、そんな事ばかりに心を悩ましてゐる、腑甲斐ない男は、世界に九分九厘と云つても差支ありますまい。ヤツパリ女は家庭の女王ですよ。女がそれ程卑しいものなら、なぜ亭主になつた男はそれ丈女房に遠慮をしたり、弁解をするのだらう。何と云つても男は下劣ですよ。天下の事は一切女でなければ解決はつきますまい』 竜国別『お前さまは浪速の土地に生れた丈に、新刊雑誌でも沢山に噛つて居ると見え、随分口先は巧妙いものだなア』 女『日進月歩の世の中、一日新聞紙を見なくても雑誌を繙かなくても、社会に遅れて了ふのですから、女は十分に時勢に遅れない様に注意を払つて居りますよ。男の様にスベタ女の機嫌を取つたり女房の顔色を見て弁解ばかりに心力を費消する野呂作とは、大に趣が違ふのです。グヅグヅして居ると、今に女尊男卑の実が現はれ、亭主は赤ん坊を背にひつ括り、鍋の下から、走り元から、何から何まで、女房の頤使に従つて、御用を承はらねばならぬ様になつて来ますよ。現に今でもチヨコチヨコ、さういふ事が実現して居ます。女は長煙管を銜へながら、腮で指図をして居る例は沢山あるのです。これも時代の趨勢だから、坂に車を押す事は出来ませぬ。男子は須らく沈黙を守り、従順の態度を執るのが、今後の男子の立場として安全第一の良法と考へますワ、オホヽヽヽ』 竜国別『イヤもう是れ位で、女権拡張論の演説は中止を命じませう』 女『そんなら此赤ん坊を抱いて呉れますか』 竜国別『エー仕方がない。そんなら今日に限りて女尊男卑の実を示しませう。併し明日からは捲土重来、男子の為に大気焔を吐いて、現代のハイカラ婦人の心胆を寒からしめる覚悟だから、其積りで応戦準備をなさるが良からう』 斯かる所へ何処ともなく「ブーブー」と法螺貝を吹く声、谺に響き出した。女はあたりをキヨロキヨロ見廻し、心落つかぬ様子である。ザクザクと雪踏み鳴らし、此場に現はれた大の男、此態を見て、 男(鬼武彦)『汝魔性の女、そこを動くなツ』 と大喝した。女は乳呑児を火中に投じ、忽ち金毛九尾白面の悪狐となつて、宙空をかけり姿を隠したり。竜国別はこれを見て肝を潰し、夢心地に入つて了つた。又もや大空に美妙の音楽が聞えて来た。ややあつて又もや降る天女の姿、巨人の前に現はれて、 女神(言依姫)『アヽ其方は鬼武彦様。よく竜国別を助けて下さりました。妾は聖地に於て竜国別が危急を悟り、取る物も取敢へず救援に向うた言依別の本守護神言依姫で御座ります』 鬼武彦『何、これしきの事に御褒めの詞を頂戴致しまして、実に汗顔の至りで御座ります。併し竜国別、玉治別、国依別の三人では、余りに高春山の征服は、荷が重すぎる様ですから、私に加勢を命じて頂けませぬか』 言依姫『彼等三人の、今度は卒業試験も同様ですから、どうぞ構へ立てをしてやつて下さりますな。併し乍ら危急の場合は、御助勢を願ひおきます。サアこれから聖地を指して帰りませう』 と二人は雲に乗り、中空に姿を隠したり。又もや降り来る雪しばき、嵐の音に目を醒せば岩窟の前に火を焚き、其正中に巨岩が放り込まれてあつた。赤児と見えたのは、此の岩石である。竜国別は夢の醒めたる心地して、夜明けに間もなき雪空を、宣伝歌を歌ひ乍ら前進する。 アヽ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・五・二〇旧四・二四松村真澄録) |
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霊界物語 | 21_申_高春山のアルプス教 | 18 解決 | 第一八章解決〔六九二〕 テーリスタンは密室前に現はれて、 テーリスタン『モシモシ私はテーリスタンで御座います。高姫様、黒姫様、御機嫌は如何で御座いますか』 高姫『お前はテーリスタンだな。いつも我々を軽蔑して置きながら、今日に限つて其丁寧な物云ひは何事だい。大方三五教の宣伝使がやつて来たものだから、そんなお追従を云ふのだらう。なア黒姫さま、抜目のない男ぢやありませぬか』 テーリスタン『イエ決してさうぢや御座いませぬが、どうも貴方の御神徳に心の底から感動しました。何卒早く出て下さいませ』 高姫『出いと云つたつて、神様のやうに海老錠をかけて置いたぢやないか。お前は妾等二人を石室に入れた積りか知らぬが、高姫大明神、黒姫大明神の結構な御扉ぢやぞエ、何と心得て居る。大幣でも持つて来て十分に祓ひ清め、お供へ物を沢山と奉つて冠装束で天津祝詞を奏上し、岩戸開きの舞を舞はぬ事には、此女神さまは滅多に出はせぬぞエ』 テーリスタンは鍵を以て、ガタガタ云はせながら石の戸をパツと開き、 テーリスタン『サア何卒お出まし下さいませ』 黒姫『アヽ有り難う、サア、高姫さま出ませうか』 高姫『黒姫さま、何を云ひなさる、お前さまは呆けて居るのか。コレヤコレヤ、テーリスタン、貴様は人の住家の戸を勝手に開けよつて、誰の許可を受けたのだ。家宅侵入罪で訴へてやるがどうだい』 テーリスタン『高姫さま、さういちやつかずに、御頼みぢや、出て下さいな』 高姫『出て呉れいと頼むなら聞いてやらぬ事もない。今日はお供へ物も、祝詞も免除してやらう。実は妾も一刻も早く、こんな暗い所へ居りたい事は無い事は無い事は無いのだ。サアサア黒姫さま、お前さまから先に出なさい。大分此間から出たさうだつたから』 黒姫『先生からお先へ出て下さいませ。あまり失礼ですから』 高姫『そんならお先へ御免蒙りませう。長らく御厄介になりました。サアもう此処まで出た以上は、神変不思議の紫の玉に、如意宝珠の夜光の玉を呑み込んだ此高姫、仮令何万人の豪傑攻め来るとも、フンと一つ鼻息をしたら飛び散つて仕舞ふ位なものだ。これから鷹依姫を一つ言向け和してやらうかなア』 テーリスタン『貴女はお腹は空きませぬか。大分にお瘠せになりましたな。テーは心配ですワ』 高姫『百日や二百日食はいでも瘠るやうな高姫とは些と違います。イヤ瘠たのぢやない。体を細くして置いたのだよ。サアサアテーリスタン、案内をしなさい、婆アの傍へ』 テーリスタン『イヤ、もう最前からカーリンスと二人酔つて管をまいてまいて、まき潰した所です。もはや我々は三五教の信者ですから安心して下さい』 高姫『お前のやうな者が信者になれば、安心所か、益々気をつけねばなるまい。誰に許されて三五教の信者になつたのだい』 テーリスタン『私はお初さまに頼みました』 高姫『お初さまて誰の事だえ』 テーリスタン『五つ六つのちつぽけな娘の子です。貴女を岩窟から救ひ出さねばならぬと云つて唯一人子供だてらやつて来たのですよ』 高姫『さうしてお前達は其子供に降参したのかい』 テーリスタン『ハイハイ何処ともなしに御神力が備はつて居るので、止むを得ず降参をして貴女をお救ひ申したのです』 高姫『何と偉い子供もあればあるものぢやなア。子供に大人が助けられるなんて昔から聞いた事がない。時節と云ふものは結構なものだな』 黒姫『高姫様、それで世が逆さまになつて居ると、神様がお筆にお示しになつて居るぢやありませぬか』 高姫『黒姫さまは暫く沈黙して居なさい。言葉尻を捉まへられちや却て不利益ですよ。女と云ふものは成る可く喋舌らぬ方が高尚に見えて宜敷い、併し妾は例外だ。何うしても率先して云はねばならぬ役廻りだから……これこれアルプス教の教主どの、長らく結構な岩窟ホテルに逗留さして頂きまして、日々御馳走を根つから頂戴致しませず、御親切の段有りがたくお礼申上げませぬワイ』 鷹依姫『別に山中の事とて御馳走も御座りませず、テーリスタンやカーリンスに申付けて、三度々々、相当の食物をお上げ申すやう命令して置きましたが、何うせお気に召すやうなものは上げられませぬでしたらう』 テーリスタン『コレ婆アさん、自分の責任を我々に転嫁するのかい。私がそつと隠して高姫さまや黒姫さまに進上しようと思へば、隼のやうな目でジロジロと私を睨みつけ、さうして水一滴、飯一粒やつてはならない。斯うして置けば、高姫がカンピンタンになるだらう。都合よく干からびた時に、腹に呑んだ紫の玉も如意宝珠も刳り抜いて取ると云つたのでは無かつたのではないか。今となつて、そんな卑怯な二枚舌を使ふものぢや無いワ。なア、カーリンス、俺の云ふ事は間違ひはあるまい』 カーリンス『オヽ、さうともさうとも、俺達にさへけちけち云つて酒も碌に呑まさない事は無い、悪党婆アだから、どうしてあれだけ憎んで居た高姫さまや黒姫さまに、飲食物を差上げる筈があらうかい』 鷹依姫『お前達は何と云ふ嘘を云ふのだ。私を八方攻撃喰はして困らす積りだな』 テーリスタン『定つた事だ。大勢の人を困らせて置くと其罪障が出て来て、自分も又困らねばならぬ事が出来致すぞよ、と三五教の神様が仰有つた。神が表に現はれて善と悪とを立て別けると云ふのは此事だ。現にお初さまはまだ年は六つだが、尊い神様のお生れ代りだ。此神様に聞いて見れば善悪正邪が一遍に分るのだ……私が悪いですか婆が悪いですか判断して下さいな』 お初『お婆アさまもあんまり良い事はない。テーリスタンもカーリンスもあまり善人でもありませぬよ。早う改心をしなさい。改心さへすれば皆元の善人になれますよ』 テー、カーの二人は顔を真赤に頭を掻いて俯むく。斯かる所へ表口より、宣伝歌を歌ひながら、竜国別、玉治別、国依別を先頭に、力強の杢助、其他六人のアルプス教の信者を従へ、どやどやと這入つて来る。 玉治別『ヨー、貴女は高姫さま、黒姫さま、ヨウ、マア無事で居て下さつた。我々は言依別命様の内命を受けて、漸く三方より当山に攻め登り、言霊戦に向つたのです。あゝこれで結構だ。此方は湯谷ケ谷の杢助さまと云つて、実は時置師神様の御変名、大変なお世話になつたのですワ』 高姫『それはそれは皆さま御苦労でした。よう来て下さつた。杢助様とやら、玉治別さまがいかいお世話になられたさうです。私から厚くお礼申上げます』 黒姫『皆様よくこそお越し下さいました。時にこの婆アさまはまだ改心せないのかな』 お初『サアお婆アさま、モウ斯うなつては我を張つても駄目ですよ。何も彼もすつかり懺悔して誠の心に立ち帰り、結構な神様の生宮として、此世を清く麗しくお暮しなさい』 とお初の小さき唇より、何となく底力のある声にて極めつけられ、さしもに頑固な鷹依姫も涙をハラハラと流し、遂には声を放つて其場に泣き伏しにける。 お初『サア、これからは高姫さまだ。お前さまはウラナイ教を樹てて素盞嗚尊様に反対をして居つた時、秋山彦の館に立ち入り、冠島の宝庫の鍵を盗み出し、如意宝珠の玉を奪ひ取つて呑み込んだその罪で、こんな岩窟へ長らく閉じ籠められ、苦しんだのですよ。何程負けぬ気になつて空元気を出しても矢張辛かつたでせう。今妾の前にその玉を吐き出しなさい。さうして又、昔竹熊と云ふ悪神が居つて、八尋殿へ竜宮城の使神を招待し、芳彦の持つて居つた紫の玉を取つたが、竹熊の終焉と共に死海へ落ち込んだ十個の玉の中で、この玉ばかりは汚されず、中空に飛んで自転倒島へ落ちて来た玉ですよ。それをこの鷹依姫が手に入れて、それを御神体としてアルプス教を樹てて居つたのだが、其玉をお前さまは又呑み込んで仕舞つたぢやないか。腹の中に何程玉があると云つても、さう云ふ悪い心で呑み込んだのだから、少しも光が出ない。サア私が此所で出して上げよう。如意宝珠の玉は素盞嗚神様に御返し申し、紫の玉は鷹依姫さまに返してお上げなさいませ』 高姫『ハイ仕方が御座いませぬ、如何したら呑み込んだ玉が出ませうかなア』 お初『心配は要りませぬ。私が今楽に出してあげませう』 と云ひつつ、高姫の腰を一つエヽと声かけ打つた機に、ポイと口から飛んで出たのは紫の玉である。もう一つ左の手で腰を打つた機に飛んで出たのが如意宝珠の玉であつた。高姫はグタリと疲れて其場に倒れる。 お初『高姫さまは斯う見えても心配は要りませぬ、暫く休息なされば元気は元の通りになります。サア竜国別さま、貴方は如意宝珠を大切に預つて聖地へお帰りなさい。鷹依姫さま、紫の玉は貴方の持つて居たものだ、何うか受取つて下さい』 鷹依姫『私も最早改心致しました以上は玉の必要は御座いませぬ。何卒これを聖地へ献上致したう御座います。私も白状を致しまするが、私には唯一人の伜が御座いました。その伜が極道者で近所の人に迷惑をかけたり、喧嘩をする、賭博はうつ、女にずぼる、妾が意見をすれば「何、親顔をしてゴテゴテ云ふな」と撲りつける、終の果には親をふり捨てて、何処ともなく姿を隠して仕舞ひました。極道の子は尚可愛とか申しまして、況して一人の天にも地にもかけ替へのない伜、も一度会ひたい事だと一生懸命に神様にお願ひ致し、とうとうバラモン教に入信し、遂にアルプス教を樹てる事になつたので御座います。妾のやうな不運なものは世界に御座いませぬ』 玉治別『さうしてその伜の名は何と云ふ方でしたか』 と玉治別の問ひに、 鷹依姫『ハイ、今は如何なつたか行方は分りませぬが、顔の特徴と云へば一割人より鼻の高いもので御座いました。そして名は竜若と申します。偉いまあ極道で親に心配をかけよつたが、今頃はどうして居る事か、アーア』 と袖を絞る。玉治別は不審さうに、 玉治別『コレコレ竜国別、お前も竜若と云つたぢやないか。そして一人の母があると話した事があるなア。何処やら此婆アさまに目許、鼻の高い具合がよく似て居るやうだ。もしや此婆アさまぢやあるまいかな』 竜国別は両手を組み、ウンと吐息しながら涙をホロホロと流して居る。 お初『鷹依姫の伜は三五教の宣伝使竜国別に間違ひはない。親子の対面させるために、神が仕組んで当山へ差し向けられたのです。竜国別の改心に免じ、鷹依姫の罪を赦して上げよう。竜国別の宣伝使、昨夜古き社の前にて汝の逢うた女は妾の化身であつたぞや』 竜国別は無言の儘両手を合せ、嬉し涙にかき暮れる。鷹依姫は涙を払ひ、 鷹依姫『アヽ、其方は伜の竜若であつたか。ヨウ、マア改心して下さつた。立派な宣伝使になつたものだ。もう是限り母も改心するから、何卒妾の罪をお詫して下さい』 竜国別『母様で御座いましたか、お懐かしう存じます』 鷹依姫『お前、額の疵は如何なさつた。矢張人に憎まれて怪我をしたのぢやないかな』 竜国別『エヽ』 お初『竜国別は此額の疵によつて、身魂の罪をすつかり取払はれ、水晶の身魂と生れ変れり。其徳に依り親子の対面を許したのである。決して争ひなどを致したのではないから、鷹依姫御安心なさるがよからう。何時まで云うても果しがなければ、サア皆さま、一緒に天津祝詞を奏上し、感謝祈願の詞を捧げて、聖地へ一同うち揃うて参りませう』 との言葉に一同ハツと頭を下げ、口を嗽ぎ、手を洗つて天津祝詞を奏上し、宣伝歌を玉治別の音頭に連れて高唱する。 (大正一一・五・二一旧四・二五加藤明子録) (昭和一〇・六・五王仁校正) |
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霊界物語 | 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 | 総説 | 総説 天の下に生きとし生ける万物の中にありて、最も身魂の勝れたる人間には、天より上中下三段の御霊を授けて、各自の御霊相応に世界経綸の神業を負はしめ給ひ、天国の状態を地上に移してそれぞれ身魂の階級を立別けられてあるけれども、今の世は身魂の位置顛倒して霊肉一致の大道破れ、八頭八尾の邪霊や金毛九尾の悪狐の霊や邪鬼の霊魂なぞ人類の精神を誑惑し、終には地上の世界を体主霊従、弱肉強食の暗黒界と化せしめたるため、今の世界の惨状である。是だけ混乱した社会を何とも思はぬやうに成つたのも、地上の人類が皆邪神の霊魂に感染し切つて居るからである。 天下経綸の神業に奉仕すべき人類の御魂が全然脱退て了ひ、九分九厘まで獣畜の心に堕落して世界は上げも下しも成らぬやうになり、彼方の大空より此方の空へ電火のひらめくが如き急変事の突発せずとも断定しがたい。世界の人類は一日も早く眼を覚し、誠一つの麻柱の道によりて霊魂を研き、神心に立帰らねばならぬ。 真心とは天地の先祖の大神の大精神に合致したる清浄心である。至仁至愛にして万事に心を配り意を注ぎ、善事に遭ふも凶事に遇ふも、大山の泰然として動かざるが如く、微躯つかず、焦慮らず、物質欲に淡白く、心神を安静に保ち、何事も天意を以て本となし、人と争はず能く耐へ忍び、宇宙万有一切を我身魂の所有となし、春夏秋冬、昼夜風雨雷電霜雪、何れも言霊の御稜威に服従するまでに到らば、始めて神心を発揚し得たのである。又小三災の饑病戦、大三災の風水火に攻められ、如何なる艱苦の淵に沈む時ありとも介意せず、幸運に向ふも油断せず、生死一如と心得、生死に対しては昼夜の往来を見るが如く、世事一切を神明の御心に任せ、好みなく憎みなく、義を見ては進み、利を見て心を悩まさず、心魂常に安静にして人事を見る事、流水の如く天地の自然を楽しみ、小我を棄て大我に合し、才智に頼らず、天の時に応じ、神意に随ひ、天下公共の為に舎身の活動を為し、万難に撓まず屈せず、善を思ひ、善を言ひ、善を行ひ、奇魂の真智を照らして大人の行ひを備へ、物を以て物を見極め、他人の自己に等しからむことを欲せず、心中常に蒼空の如く、海洋の如く二六時中意思内にのみ向ひ、自己の独り知る所を慎み、その力量才覚を人に知られむことを望まず、天地の大道に従つて世に処し、善言美辞を用ゐ、光風霽月少しの遅滞なく神明の代表者たる品位を保ち、自然にして世界を輝かし、心神虚しくして一点の私心なき時は、その胸中に永遠無窮の神国あり、至善至美至真の行動を励み、善者又は老者を友とし、之を尊み敬まひ、悪人愚者劣者を憐み、精神上に将又物質上に恵み救ひ、富貴を羨まず貧賤を厭はず侮らず、天分に安んじ社会のために焦慮して最善を竭し、富貴に処しては神国のために心魂を傾け、貧に処しては簡易なる生活に感謝し、我欲貪欲心を戒め、他を害せず傷つけず、失敗来るも自暴自棄せず、天命を楽しみ、人たるの天職を尽し、自己の生業を励み、天下修斎の大神業に参加する時と雖も、頭脳を冷静に治めて周章ず騒がず、心魂洋々として大海の如く、天の空しうして百鳥の飛翔するに任せ、海の広大にして魚族の遊踊するに任すが如く不動にして、寛仁大度の精神を養ひ、神政成就の神業を輔佐し、仮令善事と見るも神界の律法に照合して悪ければ断じて之を為さず、天意に従つて一々最善の行動を採り、昆虫と雖も妄りに傷害せず、至仁至愛の真情を以て万有を守る。又乱世に乗じて野望を起さず、至公至平の精神を持するの人格具はりたる時は、即ち神人にしてその心魂は即ち真心であり神心である。 利害得失のために精神を左右にし、暗黒の淵に沈み良心を傷め、些少の事変に際して狼狽し、忽ち顔色を変へ、体主霊従、利己主義を専らとするものは、小人の魔心より来るのである。内心頑空妄慮にして、小事に心身を傷り乍ら表面を飾り、人の前に剛胆らしく、殊勝らしく見せむとするは、小人の好んで行ふ所である。霊界を無視し万世生き通し生死往来の神理を知らず、現世の外に神界幽界の儼存せる事を弁へず、故に神明を畏れず、祖先を拝せず、単に物質上の欲望に駆られて、天下国家のために身命を捧ぐる真人を罵り嘲り、死を恐れ肉体欲に耽り、肝腎の天より使命を受けたる神の生宮たることを忘却する小人数多現はれ来る時は、世界は日に月に災害と悪事続発し、天下益々混乱し、薄志弱行の徒のみとなり天命を畏れず、誠を忘れ利欲に走り、義を弁へず富貴を羨み嫉み、貧賤を侮り己より勝れたる人を見れば、従つて学び且つ教へらるることを為さず、却つて之を譏り嘲り己れの足らざる点を補ふことを為さず、善にもあれ悪にもあれ、己を賞め己に随従するものを親友となし、遂に一身上の災禍を招き、忽ち怨恨の炎を燃やすもの、是魔心の結実である。執着心強くして解脱し能はず、自ら地獄道を造り出し邪気を生み、自ら苦しむもの天下に充満し、阿鼻叫喚の惨状を露出する社会の惨状を見たまひて至仁至愛の大神は坐視するに耐へず、娑婆即寂光土の真諦を説き、人生をして意義あらしめむとの大慈悲心より、胎蔵せし苦集滅道を説き、道法礼節を開示したまひたるは、此の物語であります。非は理に克たず、理は法に克たず、法は権に克たず、権は天に克たず、天定まつて人を制するてふ真諦を、神のまにまに二十二巻まで口述し了りました。神諭に曰ふ、 『三月三日、五月五日は変性女子に取りて結構な日柄である云々』 と、いよいよ大正十年九月八日に神命降り十日間の斎戒沐浴を了つて、同十八日より口述を始め、大正十一年壬戌の旧三月三日迄に五六七の神に因みたる五百六十七章を述べ了へ、続いて五月五日までに瑞月王仁に因みたる七百十二章を惟神的に述べ了りたるも、又神界の御経綸の毫も違算なきに驚歎する次第であります。本年五十二歳の瑞月が、本書を口述し始むるや、パリサイ人の批難攻撃相当に現はれ、随分編輯者以下筆録者も甚だしく苦しまれたのですが、神助の下に辛ふじて本巻まで口述筆記を終り、神竜の片鱗を爰に開示し得たるを、大教祖の神霊に謹んで感謝し奉り、外山豊二を始め加藤女史、松村真澄、谷村真友、近藤貞二、谷口雅治[※「雅治」は底本通り。正しくは「正治」または「雅春」。]、桜井重雄、北村隆光、山上女史その他本書関係の諸氏が渾身の努力を、茲に謹んで感謝する次第であります。 大正十一年五月二十八日旧五月二日於松雲閣 |
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40 (1797) |
霊界物語 | 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 | 02 探り合ひ | 第二章探り合ひ〔六九四〕 言依別に託されし、黄金の玉の行方をば、見失ひたる黒姫は、テーリスタンやカーリンス、二人の男に疑ひを、抱きながらにトボトボと、己が館に立ち帰り、二人を前に坐らせつ、茶の湯を進め機嫌をとり、威しつ慊しつ訊ぬれば、素より二人は白紙の、疚しき所なく涙、声を絞つて弁解すれど、容易に晴れぬ黒姫の、胸に心を悩ませつ、互に顔を見合せて、如何はせむと腕を組み、差俯向いて黙然たるぞ憐らしき。 黒姫『人間は神様の生宮だから、何処までも正直にせなくてはなりませぬぞや。如何なる罪科があつても、悔い改めたならば大神様は、神直日大直日に見直し、聞直し、宣直して下さるのだ。此の世の中は、隅から隅まで日月の如く明かなる神様の御支配であるから、どんな小さいことでも神の御眼を眩ますことは出来ない。わづかの此の世で目的を達しても、永遠無窮の神界で苦しみを受けるやうなことが出来ては大変な不利益だから、私は神様のため、世人のため、又お前達両人の身魂の幸福のために云ふのだから、綺麗薩張と玉の在処を知らしておくれ。何時まで腕組思案してゐた処で、悪が善に復る筈はない。盗むと云ふ一事は何処迄も万劫末代消えませぬぞえ。サ、あまり世間にパツとせない間、私に一伍一什を白状して下さい。私の落度にもなり、お前さまの罪にもなるのだから、今の間に私に白状しさへすれば、此場限りで何処も彼も天下泰平無事安穏に治まる訳だから。サア、テーリスタン、カーリンス、早く素直に言つておくれ』 テーリスタン『これは又してもお訊ねですが、何と仰有つても知らぬ事は知らぬと答へるより外に途が無いぢやありませぬか』 黒姫『エー又しても白ツぱくれなさるのか。さてもさても分らぬ人だなア。これこれカーリンス、お前は正直者だ。私を助けて呉れただけあつて、何処ともなしに徳のある顔をして居る。神様のお姿みたやうだ。屹度お前は霊肉共に清浄潔白だから、テーリスタンに対し堅い約束を破つてはならないと隠してゐるのだらうが、そんな心遣は要らぬ事だ。事の軽重大小により考へて見なさい。お前が私に全然白状をしたと云つても、決してテーリスタンを苦しめるのでも責めるのでもない。畢竟テーリスタンも、私も、お前も大慶だし、ツイ当座の出来心だから。若い時には誰しもある事だから、屹度神様は見直し聞直し、宣直して下さる。私も何程お前が悪うても、見直し、聞直し、初の心で今までの事は川へサラリと流し、心許して交際をさして貰ふから、さア、チヤツとカーリンス、言はつしやいよ』 カーリンスは頭を掻きながら、 カーリンス『ヘイ貴女の御言葉はよく分つて居ります』 黒姫『さうだらう、分つたぢやらう。矢張りお前はテーリスタンとは、一寸兄貴だけあつて賢い、偉いものだ。正直は此世の宝だ。なア、カーリンス』 カーリンス『モシ黒姫様、知らぬことを知つたやうに云つたら、それでも誠になりますか』 黒姫『知つたことを知らぬと云ふのが悪いのだ。知つたことを「知つて居ります、斯様々々致しました」と言ひさへすれば、途方もない玉盗人をしたお前も、罪が消えて却て素直な奴だと大神様が誉めて下さるぞえ』 カーリンス『オイ、テーリスタン、斯んな婆さまに掛り合つたら、とりもち桶へ脚を突込んだやうなものだなア。何うしたらよからうか』 テーリスタン『それだと云つて第一吾々を日頃から大切にして下さる黒姫様の御難儀になるのだから、あゝして厳しう執拗くお訊ねなさるのも仕方がない。黒姫様のお立場になれば無理もないよ。ぢやと云つて吾々両人は本当に迷惑だなア』 黒姫『お前達其処迄物が分つて居りながら、何故私を焦らすのだい。盗人猛々しいとはお前達のことだよ。他が温順しく出ればつけ上り、歯抜けが蛸を噛むやうにグヂヤグヂヤと歯切れのせぬ返事ばつかりして………エー辛気臭い。困つた泥坊だなア』 と長煙管で丸火鉢をクワンクワンとはたき、眼をキリツと釣り上げ、片膝を立てて斜に構へ息を喘ませて見せた。折柄錦の宮の高楼に夜明と見えて、祝詞奏上の始まる五六七の太鼓が響いて来た。 テーリスタン『オイ、カーリンス、あれは五六七の太鼓の音、モー御礼だ。一先づ御免を蒙つて参拝をして来うかい』 カーリンス『オーそうだ、黒姫様、ゆつくり心を落着けて吾々の無実を御考へ下さいませ。これからお詣りして来ます』 黒姫『オホヽヽ、五六七の太鼓は、お前さまの為には結構な助け舟だ。併し乍ら五六七でも七五三でもお詣りは出来ませぬよ。此の話の解決がつくまで参拝は黒姫が許しませぬ。そんな盗人根性で神様へ詣つて、結構な御宮様を汚すと云ふ事があるものか、罰当り奴が、アルプス教の教とはチツト違ふぞえ』 と又もや声を尖らせ、火鉢を叩く。 テーリスタン『オイ、兄弟、何うしようかな。エライことに取ツつかまつたものだワイ』 黒姫『取ツつかまるも取ツつかまらぬも、お前の自業自得だよ。心の鬼が身を責めるのだ。お前は結構な身魂だが、其の心の鬼が矢張り邪魔をするのだらう。サア早く鬼を突き出して美しい身魂になつて玉の在処を知らすのだよ。大方鷹依姫の指図でお前が隠しとるのぢやないかなア。紫の玉を気好う献上するなんて言ひよつて、麦飯で鯉を釣るやうな企みをしたのだらう。紫の玉が何程立派でも黄金の玉に比ぶれば何でもない。却々アルプス教に居つた奴は油断がならぬ。アヽさうぢや、お前の事ばかり責めて居つても訳が分らぬ。大方陰から操つて居るのであらう。此の聖地へ来てから鷹依姫は、始終使ひ馴れたお前達二人を私の部下にして呉れと云つた点からが抑も疑はしい。私が黄金の玉の監督者と云ふことは、よく分つて居るのだから、屹度鷹依姫の指図であらうがな。ホヽヽヽ、お前達は忠実なものだ。善にも強ければ悪にも強い。一旦主人と仰いだ鷹依姫へ、其処まで尽す親切は見上げたものだ。俄主人の黒姫に云つて下さらぬのも無理はない。アーア私の了簡が間違つて居つた。ドレ是から鷹依姫を呼んで訊問してみよう』 テーリスタン『滅相なこと仰有いますな。鷹依姫さまは、そんなお方ぢやございませぬ。苟くも三五教の宣伝使竜国別さまの母上ではありませぬか。大神様の御神徳で親子の対面が出来たと云つて、それはそれは温順しく誠の信仰に入つてゐられます。あんまり御疑ひなさるのは殺生でございますよ』 黒姫『アヽ無理もない、さうでなければ人間ぢやない、感心感心。私もそんな家来をたとへ半時でも欲しいものだ。併し乍ら、よく考へて見なさい。お前は大神様の誠の道に背いても、一人の鷹依姫が大切か』 テーリスタン『これは聊か迷惑千万。こんなことを鷹依姫様がお聞きにならうものなら、ビツクリして肝を潰されます』 黒姫『ソリヤ当然だよ。余り肝玉の太い事をすると神様に睨まれ、肝が玉なしになつて了ふのは天地の許さぬ道理、オホヽヽヽ、さてもさてもしぶとい代物だなア。ドレドレ五六七の太鼓が鳴つた。朝のお勤めに行つて来るから、お前達は何処にも逃げることはならぬぞえ。鷹依姫にとつくと言ひ聞かし、私が帰る迄にそつと黄金の玉を持つて来て置くのだよ』 テーリスタン、カーリンス『アー何うしたらよからうなア』 と二人は吐息をつく。 黒姫は錦の宮に参拝せむと衣紋をつくろひ、紋付羽織を着し、稍悄気気分になつて道路の石を一つ一つ数へるやうな調子でなめくぢりの旅行式に、力なげに参拝に出掛けた後に二人は黒姫の残して置いた長煙管を握り、テーリスタンは黒姫の座席に坐り、 テーリスタン『これこれカーリンス、お前は余程好い児ぢや、さあチヤツと玉の在処を云ふのだよ。何処へ隠したか、黒姫は申すに及ばず、このテーリスタンまでが側杖を食つて、終に累を鷹依姫様に及ぼさむとして居る大切な危急な場合だよ。黒姫の居る処では云ひ憎からうが、黒姫代理のテーリスタンは今まで兄弟同様に交際つて来たのだから、何一つ心遣ひは要らない。サア、言つて御覧』 カーリンス『オイオイ兄貴、お前までが何を言ふのだい。矢張り俺を疑つて居るのか』 テーリスタン『疑はずに居れぬぢやないか。此間俺が一緒に往かうと言つた時、貴様は親切さうに「テーリスタン、お前は風邪をひいて居るから今日は休め、俺が代りに黒姫様の御保護を見え隠れにして来る」と言つただらう。親切な正直な貴様のことだから、よもやとは思へども前後の事情から考へて見れば、何うしても貴様を疑はねばならぬのだ。お前が盗つたとより考へられないワ』 カーリンス『アーア、情ないことになつて来たワイ。間違へば斯うも間違ふものかなア。なんとした私は因果な生れつきだらう。天地の神様に見放されてゐるのか』 テーリスタン『天地の神様に見放されようと見放されまいと、貴様の心の持ちやう一つだ。愚図々々してゐると黒姫さまが帰つて来るぞ。早く俺に云つて了へ。さうすれば俺も責任を分担して「隠してゐましたが実はこれです」とつき出して、怺へて貰ふのだから』 カーリンス『オイ兄貴、一寸お前下へ降りて呉れ。俺が其処へ行かぬと話が出来ぬ』 テーリスタン『ヨシヨシ言ひさへすれば好いのだ。如何でもしてやらう。サア、煙草でも燻べもつてすつかり言つて了へ。俺は下へ降りて聞き役だから』 と茲に二人は位置を変じ、カーリンスは長煙管で火鉢を叩きながら眼尻を釣り上げ、 カーリンス『コリヤ、テーリスタン、盗人猛々しいとは貴様のことだ。覚えのない俺に自分の悪を塗りつけようとするのは怪しからぬぢやないか。俺が此間貴様の病気を苦にして親切に云つてやつたら、それを逆に取つて俺を盗人と誣るのか。さう云ふ貴様こそ怪しい点がある。此間の晩だつた、昨夜のやうに月は出てない、鼻を撮まれても分らぬやうな時、貴様は倒けたとか、道路が分らぬとか云つて大変に時間をとつた事があるだらう。サア何処へ隠した、有体に白状せ。もう斯うなる以上は兄弟の縁切れだ。併しさうは云ふものの、事実さへ白状すれば、矢張り元の兄弟だ、親友だ。鷹依姫様は既に改心なさつたのだから、玉を欲しがる道理はない。さすれば貴様は其の玉をもつて、三国ケ岳の蜈蚣姫様に献上し、バラモン教で羽振りを利かさうとする野心があるのだらう。サアサ、早く申さぬか、今迄のカーリンスとは訳が違ふぞ。閻魔が浄玻璃の鏡にかけて善悪を今に立別けて見せる。さア、如何ぢや』 と力任せに火鉢を殴つた途端、細い竹の羅宇はポクリと折れて、雁首はテーリスタンの額口に喰ひついた。 テーリスタンはムツと腹を立て、 テーリスタン『なに貴様、他に己の罪を塗りつけようとする大悪人奴』 と両手をひろげて武者振りついた。カーリンスは、 カーリンス『何ツ、猪口才な』 と握り拳を固めて、無性矢鱈に黒姫の留守中に大格闘の幕が下りた。 (大正一一・五・二四旧四・二八外山豊二録) |