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霊界物語 06_巳_大洪水/国生み神生み/三五教の誕生 17 極仁極徳 第一七章極仁極徳〔二六七〕 見渡す限り地は一面の泥の海、彼方此方の高山は僅かにその頂を水上に現はすのみなりき。地教山に漂ひきたる方舟は幾百千とも限り無く、山の八合目あたりに打つけたる太き杭に舟を繋ぎ、やうやく難を避け、山上の神殿めがけて、隙間もあらず駆け登るあり。浪のまにまに漂ふ数多の材木に、生命大事と縋りつきし神人は互ひに先を争ひ、或ひは水に陥り、或ひはかぢりつき、丸き柱のクルクルと、廻る因果の恐ろしさ。 琴平別は、あまたの眷族を随へ、最も巨大なる亀と化し、地上の神人をその背に乗せ、浪のまにまに漂ひつつ高山めがけて運びきたる。金銀橋の上よりは最早救ふべき神人も絶えたりと見え、天橋は合一して、一つの橋となりぬ。未だ銅橋よりは、盛ンに銅線の鉤を垂下して、浪に漂ふ神人を救ひ上げつつありき。これも漸くにしてその影を没し、東天より、西天にただ一筋の黄金の長橋と変りをはりぬ。 阿鼻叫喚の声は、四方八方に起り、吹き荒ぶ風の音、波の響きは実に名状すべからざる惨澹たる光景なり。 地教の山に坐します野立姫命は、廻りくる黄金の橋にヒラリと飛び乗り給ふや、金橋はたちまち回転を始めて、天教山に触れ届きける。野立姫命は、直ちに天教山に下り給ひぬ。このとき金橋は早くも東南に廻りゐたりける。 野立彦命、野立姫命は、地上の惨状を見て悲歎に堪へず、忽ち宇宙の大原因神たる大国治立命に向つて祈願し、且つ日の神、月の神の精霊にたいして、 『地上の森羅万象を一種も残さず、この大難より救はせ給へ。我らは地上の神人を始め、一切万有の贖ひとして、根底の国に落ち行き、無限の苦しみを受けむ。願はくは地上万類の罪を赦させ給へ。地上のかくまで溷濁して、かかる大難の出来したるは吾らの一大責任なれば、身を以て天下万象に代らむ』 と言ふより早く、天教山の猛烈なる噴火口に身を投じて神避りましける。 神の仁慈は、実に無限絶対にして、吾々人間の想像も及ばざる極仁極愛の御精神なるを窺ひ奉りて感謝すべきなり。 アヽ『惟神霊幸倍坐世。』 (大正一一・一・一八旧大正一〇・一二・二一外山豊二録)
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(1289)
霊界物語 06_巳_大洪水/国生み神生み/三五教の誕生 18 天の瓊矛 第一八章天の瓊矛〔二六八〕 この大変乱に天柱砕け、地軸裂け、宇宙大地の位置は、激動の為やや西南に傾斜し、随つて天上の星の位置も変更するの已むを得ざるに致りける。 さて大地の西南に傾斜したるため、北極星および北斗星は、地上より見て、その位置を変ずるに至り、地球の北端なる我が国土の真上に、北極星あり、北斗星またその真上に在りしもの、この変動に依りて稍我が国より見て、東北に偏位するに致りける。 また太陽の位置も、我が国土より見て稍北方に傾き、それ以後気候に寒暑の相違を来したるなり。 ここに大国治立命は、この海月成す漂へる国を修理固成せしめむとし、日月界の主宰神たる伊邪那岐尊および伊邪那美尊に命じ、天の瓊矛を賜ひて天の浮橋に立たしめ、地上の海原を瓊矛を以つて掻きなさしめ給ひぬ。 この瓊矛と云ふは、今の北斗星なり。北極星は宇宙の中空に位置を占め、月の呼吸を助け、地上の水を盛ンに吸引せしめたまふ。北斗星の尖端にあたる天教山は、次第に水量を減じ、漸次世界の山々は、日を追うて其の頂点を現はしにける。 数年を経て洪水減じ、地上は復び元の陸地となり、矛の先より滴る雫凝りて、一つの島を成すといふは、この北斗星の切尖の真下に当る国土より、修理固成せられたるの謂なり。 太陽は復び晃々として天に輝き、月は純白の光を地上に投げ、一切の草木は残らず蘇生し、而て地上総ての蒼生は、殆ど全滅せしと思ひきや、野立彦、野立姫二神の犠牲的仁慈の徳によりて、草の片葉に至るまで、残らず救はれ居たりける。 神諭に、 『神は餓鬼、虫族に至る迄、つつぼには落さぬぞよ』 と示し給ふは、この理由である。 アヽ有難きかな、大神の仁慈よ。唯善神は安全にこの世界の大難たる大峠を越え、邪神は大峠を越ゆるに非常の困苦あるのみなりき。 而て仁慈の神は、吾御身を犠牲となし禽獣魚介に至る迄、これを救はせ給ひけり。世の立替へ立直しを怖るる人よ。神の大御心を省み、よく悔い改め、よく覚り、神恩を畏み、罪悪を恥ぢ、柔順に唯神に奉仕し、その天賦の天職を盡すを以て心とせよ。 惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・一・一八旧大正一〇・一二・二一外山豊二録)
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霊界物語 06_巳_大洪水/国生み神生み/三五教の誕生 20 善悪不測 第二〇章善悪不測〔二七〇〕 国祖国治立命、豊国姫命の二柱は、千座の置戸を負ひて、根の国、底の国に御退隠遊ばす事となり、大慈大悲の御心は、神界、現界の当に来らむとする大惨害を座視するに忍びず、暫らく天教山および地教山に身を隠び、野立彦神、野立姫神と改名し、神、現二界の前途を見定め、 『ここに撞の御柱の神、天の御柱の神、国の御柱の神の降臨ありて、修理固成の神業も稍その緒に就きたれば、われは是より進みて幽界を修理固成し、万の身魂を天国に救はむ』 と、夫婦二神相携へて、さしも烈しき天教山の噴火口に身を投じ、大地中心の火球界なる根底の国に落行き給ひ、野立姫命は、これより別れて、その西南隅なる地汐の世界に入らせ給ひける。 至仁至愛至誠至実の身魂は、いかなる烈火の中も、その身魂を害ふこと無く、いかなる濁流に漂ふも、その身魂は汚れ溺るること無きは、全く『誠の力は世を救ふ』の宣伝歌の実証なり。その身魂の偉大にして無限の力あるときは、心中一切の混濁溟濛なる貪瞋痴の悪毒なければ、悪心ここに消滅して、烈火も亦清涼の風となるなり。 野立彦神、野立姫神は、さしも烈しき噴火口を、初秋の涼風に吹かるるがごとき心地して、悠々として根底の国に赴かせ給ひぬ。たとへば蚤や、蚊や、虱のごとき小虫は、『敷島』の煙草の吸殻にも、その全身を焼かれて、苦悶すと雖も、野良男は其の同じ煙草の吸殻を掌に載せて継ぎ替へながら、手の甲の熱さを少しも感ぜざるが如し。三歳の童子に五貫目の荷物を負はしむれば、非常に苦しむと雖も、壮年の男子は之を指先にて何の苦もなく取扱ふがごとく、すべての辛苦艱難なるものは、自己の身魂の強弱に因るものなり。罪深き人間の火中に投ずるや、限りなき苦しみに悶えながら、その身を毀り遂には焼かれて灰となるに至る。されど巨大なる動物ありて人を焼く可き其の火も片足の爪の端にて踏み消し、何の感じも無きがごとく、神格偉大にして、神徳無辺なる淤能碁呂島の御本体ともいふべき野立彦神、野立姫神においては、我が身の一端ともいふべき天教山の烈火の中に投じ給ふは、易々たるの業なるべし。 智慧暗く、力弱き人間は、どうしても偉大なる神の救ひを求めねば、到底自力を以て吾が身の犯せる身魂の罪を償ふことは不可能なり。故に人は唯、神を信じ、神に随ひ成可く善を行ひ、悪を退け以て天地経綸の司宰者たるべき本分を尽すべきなり。西哲の言にいふ、 『神は自ら助くるものを助く』 と。然り。されど蓋は有限的にして、人間たるもの到底絶対的に身魂の永遠的幸福を生み出すことは不可能なり。人は一つの善事を為さむとすれば、必ずやそれに倍するの悪事を不知不識為しつつあるなり。故に人生には絶対的の善も無ければ、また絶対的の悪も無し。善中悪あり、悪中善あり、水中火あり、火中水あり、陰中陽あり、陽中陰あり、陰陽善悪相混じ、美醜明暗相交はりて、宇宙の一切は完成するものなり。故に或一派の宗派の唱ふる如き善悪の真の区別は、人間は愚、神と雖も之を正確に判別し給ふことは出来ざるべし。 如何とならば神は万物を造り給ふに際し、霊力体の三大元を以て之を創造し給ふ。霊とは善にして、体とは悪なり。而して霊体より発生する力は、これ善悪混淆なり。之を宇宙の力といひ、又は神力と称し、神の威徳と云ふ。故に善悪不二にして、美醜一如たるは、宇宙の真相なり。 重く濁れるものは地となり、軽く清きものは天となる。然るに大空のみにては、一切の万物発育するの場所なく、また大地のみにては、正神の空気を吸収すること能はず、天地合体、陰陽相和して、宇宙一切は永遠に保持さるるなり。また善悪は時、所、位によりて善も悪となり、悪もまた善となることあり。実に善悪の標準は複雑にして、容易に人心小智の判知すべき限りにあらず。故に善悪の審判は、宇宙の大元霊たる大神のみ、其の権限を有し給ひ、吾人はすべての善悪を審判するの資格は絶対無きものなり。 妄に人を審判は、大神の職権を侵すものにして、僣越の限りと言ふべし。 唯々人は吾が身の悪を改め、善に遷ることのみを考へ、決して他人の審判を為す可き資格の無きものなることを考ふべきなり。 吾を愛するもの必ずしも善人に非ず、吾を苦しむるもの必ずしも悪人ならずとせば、唯々吾人は、善悪愛憎の外に超然として、惟神の道を遵奉するより外無しと知るべし。 アヽ惟神霊幸倍坐世。 録者いはく、『虚偽と虚飾の生活に囚はれたる現代人士は、此の一節に躓くの虞あれば特に熟読玩味することを要す』 (大正一一・一・二〇旧大正一〇・一二・二三外山豊二録) (第一三章~第二〇章昭和一〇・二・九於那智丸船中王仁校正)
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(1295)
霊界物語 06_巳_大洪水/国生み神生み/三五教の誕生 24 富士鳴戸 第二四章富士鳴戸〔二七四〕 二柱は茲に撞の御柱を廻り合ひ、八尋殿を見立て玉ひ、美斗能麻具波比の神業を開かせ玉ひぬ。美斗能麻具波比とは、火と水との息を調節して、宇宙万有一切に対し、活生命を賦与し玉ふ尊き神業なり。撞の御柱の根に清き水を湛へたまひぬ。これを天の真奈井と云ひまた後世琵琶湖と云ふ。撞の御柱のまたの御名を伊吹の御山と云ふ。天の御柱の神は九山八海の山を御柱とし、国の御柱の神は塩の八百路の八塩路の泡立つ海の鳴戸灘をもつて胞衣となし玉ひ、地の世界の守護を営ませ玉ふ。また鳴り鳴りて鳴りあまれる、九山八海の火燃輝のアオウエイの緒所と云はれて居るは不二山にして、また鳴り鳴りて鳴り合はざるは、阿波の鳴戸なり。『富士と鳴戸の経綸』と神諭に示し玉ふは、陰陽合致、採長補短の天地経綸の微妙なる御神業の現はれをいふなり。鳴戸は地球上面の海洋の水を地中に間断なく吸入しかつ撒布して地中の洞穴、天の岩戸の神業を輔佐し、九山八海の山は地球の火熱を地球の表面に噴出して、地中寒暑の調節を保ち水火交々相和して、大地全体の呼吸を永遠に営み居たまふなり。九山八海の山と云ふは蓮華台上の意味にして、九山八海のアオウエイと云ふは、高く九天に突出せる山の意味なり。而て富士の山と云ふは、火を噴く山と云ふ意義なり、フジの霊反しはヒなればなり。 茲に当山の神霊たりし木花姫は、神、顕、幽の三界に出没して、三十三相に身を現じ、貴賤貧富、老幼男女、禽獣虫魚とも変化し、三界の衆生を救済し、天国を地上に建設するため、天地人、和合の神と現はれたまひ、智仁勇の三徳を兼備し、国祖国治立命の再出現を待たせ玉ひける。木花姫は顕、幽、神における三千世界を守護し玉ひしその神徳の、一時に顕彰したまふ時節到来したるなり。これを神諭には、 『三千世界一度に開く梅の花』 と示されあり。木花とは梅の花の意なり。梅の花は花の兄と云ひ、兄をこのかみと云ふ。現代人は木の花と云へば、桜の花と思ひゐるなり。節分の夜を期して隠れたまひし、国祖国治立の大神以下の神人は、再び時節到来し、煎豆の花の咲くてふ節分の夜に、地獄の釜の蓋を開けて、再び茲に神国の長閑な御世を建てさせ玉ふ。故に梅の花は節分をもつて花の唇を開くなり。桜の花は一月後れに弥生の空にはじめて花の唇を開くを見ても、木の花とは桜の花に非ざる事を窺ひ知らるるなり。 智仁勇の三徳を兼備して、顕幽神の三界を守らせたまふ木花姫の事を、仏者は称して観世音菩薩といひ、最勝妙如来ともいひ、観自在天ともいふ。また観世音菩薩を、西国三十三箇所に配し祭りたるも、三十三相に顕現したまふ神徳の惟神的に表示されしものにして、決して偶然にあらず。霊山高熊山の所在地たる穴太の里に、聖観世音を祭られたるも、神界に於る何彼の深き因縁なるべし。瑞月は幼少の時より、この観世音を信じ、かつ産土の小幡神社を無意識的に信仰したるも、何彼の神の御引き合はせであつたことと思ふ。惟神霊幸倍坐世。 附記 三十三魂は瑞霊の意なり。また天地人、智仁勇、霊力体、顕神幽とも云ひ、西王母が三千年の園の桃の開き初めたるも三月三日であり、三十三は女の中の女といふ意味ともなるを知るべし。 (大正一一・一・二〇旧大正一〇・一二・二三加藤明子録)
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霊界物語 06_巳_大洪水/国生み神生み/三五教の誕生 35 北光開眼 第三五章北光開眼〔二八五〕 霊鷲山の宣伝神北光天使は泰然自若として、一心不乱に神教を説き進めつつあつた。一同の中より、 乙『宣伝使にお尋ねします。私は御存じのとほり、片目を抉られました。幸ひに片目は助かつたので、どうなりかうなり、この世の明りは見えますが、時々癪に触ります。貴下の御話を承り、かつ御忍耐の強きに感動しまして、私も貴下のやうに美しき心になつて、直日とやらに見直し聞き直さうと、覚悟は定めましたが、どうしたものか、腹の底に悪い蟲が潜んで居まして承知をして呉れませぬ。これでも神様の御意に叶ひませうか。どうやらすると、仇を討て、仇を討て、何をぐづぐづしてゐる。肝腎の眼球を刳られよつて、卑怯未練にもその敵を赦しておくやうな、弱い心を持つなと囁きます。どうしたら之が消えるでせうか。どうしたら之を思はぬやうに、綺麗に忘れる事ができませうか』 北光彦『御尤です、それが人間の浅ましさです。しかし、そこを忍耐せなくてはならないのです。何事も惟神に任せなさい。吾々がかうして一口話をする間も、死の悪魔は吾々の身辺を狙つて居るのです。また吾々の心の中には、常に鬼や悪魔が出入をします。それで人間は生れ付の直日の霊といふ立派な守護神と相談して、よく省みなくてはなりませぬ。笑つて暮すも泣いて暮すも、怒つて暮すも勇んで暮すも同じ一生です。兎にかく忘れるが宜しい。仇を討つべき理由があり、先方が悪ければ神様はきつと仇を討つて下さるでせう。人間は何よりも忍耐といふことが第一であります。人を呪はず、人を審判ず、ただ人間は神の御心に任して行けばこの世は安全です。何事も神様の御心であつて、人間は自分の運命を左右する事も、どうする事も出来ないものです。生くるも死するも、みな神様の御手の中に握られて居るのである。ただ人は己を正しうして人に善を施せば、それが神様の御心に叶ひ、幸福の身となるのです。人間としてこの世にある限り、どうしても神様のお目に止まるやうな善事をなすことはできませぬ。日に夜に罪悪を重ねてその罪の重みによつて種々と因縁が結ばれて来るのです。あなたが眼球を刳られたのも決して偶然ではありますまい。本守護神たる直日に見直し聞き直し、省みて御覧なさい。悪人だと思つても悪人でなく神様に使はれてをる人間もあり、善人だと見えてもまた悪魔に使はれてをる人間もあります。善悪正邪は到底人間として判断は出来ませぬ。ただ惟神に任せて、神の他力に頼つて安養浄土に救うて貰ふのが人生の本意であります。惟神霊幸倍坐世』 と合掌する。折しも甲は、 甲『ヤイ皆の奴、こんな恍けた教示を聞く馬鹿があるか。それこそ強い者勝の教だ。此奴はきつとウラル彦の間諜だぞ。俺のやうな弱い者を、舌の先で、ちよろまかしよるのだ。オイ金州、貴様は片目を刳られて、今朝まで仇を討つと吐かして力んでけつかつたが、今の態つたらどうだい。さつぱり宣伝使に盲にせられよつて、今に片方の目も取られてしまふのを知らぬか。オイ片目、所存の臍をかんち、否、固めてかからぬと馬鹿な目玉に遇はされるぞ。コラヤイ、何処から北光彦の宣伝使、貴様もえらい目に遇はしたらうか』 といふより早く、削竹を持つて宣伝使の右の眼をぐさと突いた。宣伝使は泰然としてその竹槍を抜き取り、片手に目を押さへながら、右の手に竹槍を持ち、押戴き天に祈り始めた。 甲『ヤイ腹が立つか。天道様に早く罰を与へて下さいなんて、竹槍を頭の上に戴きやがつてるのだらう。滅多に此方さまに罰が当つてたまるかい。悲しいか、痛いか、苦しいか、涙を雫しよつて。今まで太平楽の法螺ばかり垂れてその吠面は何だ。今迄の広言に似ず、何をメソメソ呟いてゐるのだイ』 と言を極めて嘲弄した。宣伝使は竹槍を頭に戴き、右手にて目を押さへながら、[※校定版・八幡版では「右手(めて)」ではなく「左手(ゆんで)」になっている。これは、前の方で「右の手に竹槍を持ち」と書いてあり、その竹槍を右手で持ったまま、同時に目を押さえるのではおかしいため、「左手」に変更したものと思われる] 北光天使『アヽ天地の大神様、私は貴神の深き広きその御恵と、尊き御稜威を世の中の迷へる人々に宣伝して神の国の福音を実現することを歓びと致します。殊に今日は広大無辺の御恩寵を頂きました。二つの眼を失つた人間さへあるに、私は如何なる幸か一つの眼を与へて下さいました。さうして一つのお取り上げになつた眼は、物質界は見ることは出来なくなりましたが、その代りに、心の眼は豁然として蓮の花の開くが如く明になり、三千世界に通達するの霊力を与へて下さいました。今日は如何なる有難い尊き日柄でありませう。天地の大神様に感謝を捧げます』 と鄭重に祈願を捧げ、天津祝詞を声朗かに奏上した。一同の人々は感涙に咽んでその場に平伏しうれし涙に袖絞る。甲は冷静にこの光景を見遣りながら、 甲『オイ腰抜け、弱虫、洟垂れ、小便垂れ、減らず口を叩くな。三文の獅子舞口ばかりぢや。それほど眼を突かれて嬉しけりやお慈悲に、も一つ突いてやらうか』 と又もや竹槍を持つて左の目を突かうとした。このとき東彦命はその竹槍を右手にグツと握つたとたんに右方へ押した。甲はよろよろとして倒れ、傍のエデン河の岸より真逆さまに顛落した。北光天使は驚いて真裸体となり河中に飛び入り、甲の足を掴み浅瀬に引いて之を救うた。 これよりさしも猛悪なりし乱暴者の甲も衷心よりその慈心に感じ、悔い改めて弟子となり宣伝に従事することとはなりぬ。宣伝使は之に清河彦と名を与へたり。因みに北光天使は天岩戸開きに就て偉勲を建てたる天の目一箇神の前身なりける。 (大正一一・一・二二旧大正一〇・一二・二五加藤明子録)
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霊界物語 07_午_日の出神のアフリカ物語 26 アオウエイ 第二六章アオウエイ〔三二六〕 小島別は尚も進むで宣伝歌を歌ふ。数多の人々は息を凝し一言一句その歌に胸を刺さるる如く、苦しみ呻き冷汗淋漓として雨の如く、滝の如くに流し、焦暑さと宣伝歌に責められて、頭はますますガンガンと痛み出したり。小島別は大喝一声、 小島別『赦す』 と声をかくれば、諸人はその声を聞くと共に頭痛はぴたりと止まり、忽ち各自は大地に両手を突き、犬突這となりて謝罪の意を表したりける。 小島別は眼を擦りながら、諄々として三五教の教理を説きければ、いづれの人々も感に打たれて恐れ入り、宣伝使の顔を穴のあくほど眺め入りぬ。このとき巌窟の奥より何とも云へぬ呻き声聞こえきたる。人々は耳を聳立て眼を見張り、期せずして巌窟の方に向き直れば、奥深き暗き巌窟の中より茫然として白き怪しき影が、蚊帳を透して見るが如くぼんやりと現はれ、不思議な声にて、 声『アハヽヽハー。オホヽヽホー。ウフヽヽフー。エヘヽヽヘー。イヒヽヽヒー。腰ぬけ野郎、屁古垂野郎、ばばたれ野郎、ひよつとこ野郎、弱虫、糞虫、雪隠虫、吃驚虫ども、とつくりと聞け。ここは何と心得てゐるか。勿体なくも常世国に現はれ玉へる、国の御柱大御神伊弉冊命のその家来、常世神王の隠れ場所と造られし、一大秘密の天仙郷、この八つの巌窟は、八頭八尾の大蛇の隠れ場所ぞ。その眷属の貴様たちは、たつた一人の宣伝使小島別の盲どもの舌の先にちよろまかされ、木の葉に風の当りしごとく、びりびり致す腰抜け野郎、馬鹿ツ、馬鹿々々々々ツ』 と呶鳴り立てたれば、数多の黒坊はこの声に二度吃驚、 一同『ヒヤツ!こいつは耐らぬ』 と亦もや大地にべたりと倒れる。小島別は巌窟に向ひ両手を組み「惟神霊幸倍坐世」と唱へながら、 小島別『我々は、畏れ多くも天教山に現はれ給へる撞御柱大御神、天御柱大御神、木花姫の神教を開かせたまふ黄金山下の三五教の守神、埴安彦神の宣伝使小島別なるぞ。何者ならば断りもなく筑紫の島に打ち渡り、この巌窟に巣を構へ、悪逆無道の限りを尽し、天命つひに免れ難く、この巌窟に忍び入るこそ汝悪神の運の尽き。早く汝が素性を名乗り、悪を悔ひ善に立ちかへり、撞御柱大神に心の底より謝罪せよ。否むに於ては我に天授の宝剣あり。サア如何ぢや。抜いて見せうか抜かずに置かうか。醜の曲津見返答致せ』 巌窟の中より亦もや、 声『アハヽヽハー阿呆につける薬はないワイ、オホヽヽホー臆病者の空威張り奴、ウフヽヽフー迂濶者の世迷ひ言、エヘヽヽヘー得体の知れぬ宣伝使、イヒヽヽヒー行きつきばつたりの流浪人、吾は熊襲の大曲津神、曲つた事は大の好物、汝が頭のど天辺から塩でもつけて噛ぶつて喰はうか、股から引き裂いて炙つて喰はうか、八岐の大蛇の大棟梁、蛇々雲彦とは吾事なるぞ。返答聴かう、小島別の宣伝使』 と四辺に響く大音声に呶鳴りつけたれども、小島別は莞爾として、 小島別『アハヽヽアー熊襲の国の枉津神、味をやり居るワイ。正義に刃向ふ刃は無いぞ。善と悪とを立別る神の使の宣伝使だ。真澄の鏡に照されて、赤耻掻き頭を掻いて吠面かわくな。かく申す某は、天教山に名も高き神伊弉諾大神の遣はせ玉へる、心も膽も天下無雙の太柱、太い奴とは俺の事、喰ふなら見事喰つて見よ。古手な事をして泡を喰ふな』 巌窟の中より、 声『アハヽハー仇阿呆らしいワイ。オホヽホー脅喝文句のお目出度さ。ウフヽフー迂濶者の迂濶事、熱に浮かされてうさ事を吐くな。エヘヽヘー豪い元気だのう、閻魔も裸足で逃げやうかい。イヒヽヒー勢ばかり強うても心の弱味は見え透いた。イヒヽー憐愍いものだ。いま俺の手にかかつて寂滅為楽頓生菩提、一寸先の見えぬ盲ども、これを思へば憐愍うて涙が溢れる。アハヽハー悪の身魂の年の明きとは貴様の事、悪の栄える例はないぞ。イヒヽヒーいつまで身魂が磨けぬか。オホヽホー己の事は棚に上げ、人を悪い悪いと慢心いたして其権幕は何の事だい。ウフヽフー動きの取れぬ今日の首尾、迂濶出て来た偽宣伝使。エヘヽヘー枝の、末の、貧乏神、腰抜け野郎の分際で、常世の国に使ひして、言霊別に騙されて、竜宮城に帰つて何の態。イヒヽヒー何時まで経ても改心せぬか、心の岩戸は何時開く、一度に開く梅の花、善に見えても悪がある。悪に見えても善がある。善と慈悲との仮面を被り、吾物顔に天下を横行濶歩する小島別の偽宣伝使。この世の中の穀潰し、生て益なき娑婆塞ぎ、地獄の釜のどン底に落してやらうか小島別、常世姫に玉抜かれ、言霊別に力の限り根限り、邪魔をひろいだ盲者の張本、何の面提げて臆面もなく三五教の宣伝使。アハヽハー、ほンに世界は広いものだなあ、オホヽホー、ウフヽフー、エヘヽヘー、イヒヽヒー、』 と又も笑ひ出したり。 小島別は胸に鎹打たるる心地、ハツと胸を衝いて思案に暮れゐたりける。 (大正一一・二・一旧一・五加藤明子録) (第一九章~第二六章昭和一〇・二・二三於徳山市松政旅館王仁校正)
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霊界物語 07_午_日の出神のアフリカ物語 50 三五〇 第五〇章三五○〔三五〇〕 如何した機みか竜宮城の海面に指しかかつた船は、ヱルサレムには着かずして方向違ひの此方の岸に着きゐたり。 此処は不思議にも月照彦神、足真彦、少名彦、祝部、弘子彦の五柱が、ズラリと立ちゐたり。さうして北光神、祝姫、蚊取別を麾いた。五柱の神司はものをも云はず、ドンドンと崎嶇たる岩山を目がけて登り行く。三人は何心なく汗を流してその後に跟いて行く。先に立つたる五柱は恰も雲を走るが如き速力で岩山を登つて行く。さうして五柱は時々後を振向きて三人を手招きする。三人は吾劣らじと汗塗になつて岩山を駆け登りける。 登りて見れば大小四十八箇の宝座が設けられてあり。さうして其処には種々の立派な男神、女神が鎮座して、苦、集、滅、道を説き、道法、礼節を開示して居る。五柱の神司は三人に向ひ、一々その宝座に案内をなし、さうして現、神、幽三界の実況を鏡のごとく写して見せたりける。蚊取別は余りの嬉しさに額をやたらに叩き、 蚊取別『あゝ今日は何と云ふ結構な日柄であらう。好きな好きな世界で一番好きな、惚れた惚れきつた、可愛い可愛い一番可愛い、美しい美しい世界に無いやうな美しい祝姫の宣伝使と夫婦の約束を結ンだ。あゝ嬉しい嬉しいほンとに嬉しい。これほど嬉しいその上に結構な結構な五柱、立派な立派なほンとに立派な、結構な神司に導かれて、高い高い天程高いこの山に導かれ、広い広い限りも無いほど広い、三千世界の有様を綺麗な鏡に写して見せて貰つて、阿呆な私も賢うなつた。真実に誠に賢うなつた。女房喜べ、おつとどつこい祝姫よ。私はお前の夫ぢや程に、堅い堅いほンとに堅い、この岩の上で堅い堅いほンとに堅い、夫婦の約束結ぼぢやないか、あゝ嬉しい嬉しい、どつこいしよどつこいしよ。たとへ天地が動いても、私とお前は先の世かけて、ミロクの世までも変りはしよまい、北光彦の宣伝使、がんちイヤ片目の神の固めた仲ぢや。千代の礎万代の固め、固い約束、金輪奈落、心の底まで打ち解けて、天と地とに一人の男、天と地とに一人の女、こンな目出度夫婦があろか、俺の頭は南瓜であろが、瓢箪面であらうとも、そンな事にはかぼちや居られない。祝へよ祝へ岩の上、祝へよ祝へ岩の上、踊つた踊つた祝姫よ。どつこいしよう、どつこいしよ。俺が踊るに何故踊らぬか、オツト分つた神様の前ぢや、耻かしがるのも無理はない、祝へよ祝へよ岩の上、どつこいしよどつこいしよ』 と踊り狂うて、千丈の岩の上からグワラグワラと岩と一緒に谷底へ引繰返つた。その物音に驚いて目を開いて見れば豈に図らむや十三夜の瑞月は天空に輝き、口述著者の瑞月の身は高熊山の蟇岩の麓の松に脊をあてて坐り居たりける。惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・二・二旧一・六加藤明子録) (第三九章~第五〇章昭和一〇・二・二五於天恩郷王仁校正)
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霊界物語 08_未_日の出神の弟子たちの南米物語 08 改心祈願 第八章改心祈願〔三五八〕 漁夫は猿世彦の言霊に依つて、蛸の意外なる収獲を得、今迄軽侮の念を以て遇して居た猿世彦に対し、尊信畏敬の態度を以て望むことになり、アリナの滝に草庵を結び猿世彦の住家となし、尊敬の念を払ひ三五教の教理に悦服したり。されど俄宣伝使の猿世彦は未だ三五教の教理には徹底してをらず、只神を祈ることのみは一生懸命なりき。夫故平然として彼が説く所の教理は矛盾脱線に満ち居たれども、誠の神は彼が熱心に感じて神徳を授けられたるなり。 この村は無智朴訥なる漁夫のみなれば、余り高遠なる教理を説くの必要も無く、また漁夫どもは神を祈りて豊な漁を与へて貰ふ事のみを信仰の基礎として居たり。然し掃溜にも金玉あり、雀原にも鶴の降りて遊ぶが如く、此村の酋長に照彦と云ふ立派な男ありけり。彼は猿世彦の熱誠なる祈祷の効力に感じ、歌を作つて之を讃美したりける。 朝日眩ゆき智利の国御空の月も智利の国 猿世の頭も照の国昼は日照の神となり 夜は月照彦となり吾らを照らす宣伝使 かかる尊き救ひ宣使又とアリナの滝の如 其名は四方に響くなり其名は四方に響くなり。 と村人に歌はせたり。猿世彦は得意満面に溢れ、天晴れ宣伝使となりすまし、法外れの教理を説きゐたり。然れど朴訥なる村人は誠の神の尊き教と堅く信じ、涙を流して悦び、信仰を怠らざりける。 アリナの滝より数町奥に不思議なる巌窟あり。巌窟の中には直径一丈ばかりの円き池あり、清鮮の水を湛へ、村人は之を鏡の池と命名け居たり。猿世彦は村人をあまた随へ、この鏡の池に禊を成さむと進み行きぬ。まづ酋長の照彦に鏡の池の水を掬つて洗礼を施し、次々に之を手に掬ひ、老若男女に向ひ一々洗礼を施し、この巌窟の鏡の池に向つて祈願を籠めにける。 『嗚呼天地を御造り遊ばした国治立の大神様、太陽の如く月の如く鏡の如く、円く清らかなる此鏡の池の水晶の御水の如く、酋長を始めその他の老若男女の身魂を清く研かせ玉うて、此水の千代に万代に涸ざる如く、清き信仰を何処までも繋がせ玉ひて、神様の御膝下に救はれます様に、又この尊き、清き御水を鏡として、吾々はじめ各自のものが何時までも心を濁しませぬやうに、御守り下さいますやう御願ひ致します。私は今日まで鬼城山に立籠り、木常姫と共々に大神様の御神業を力限り、根限り妨害致しました其罪は、天よりも高く、千尋の海よりもまだ深いもので御座います。然るに貴方様は大慈大悲の大御心を以て、吾々の如き大罪人に対し満腔の涙を御注ぎ下さいまして、畏れ多くも天教山の猛火の中に御身を投じ玉うたことを承はりました。其事を聞きましてから私は、昔の悪事を思ひだし、起つても坐ても居れぬやうな心持になりました。嗚呼一日も早く改心したいと思ひますと、私の腹の中から悪魔が「馬鹿々々、何をソンナ弱い事を思ふか」と叱りますので、ついウロウロと魂が迷ひ、心ならぬ月日を送つて居りました。偶私は常世の国を逃出して、筑紫の島を彼方此方と彷徨ふ内、日の出神と云ふ立派な宣伝使が、智利の都へ御出で遊ばしたと聞いて、朝日丸に乗つて此処へ渡ります其船の中に、有難くも日の出神様が乗つて居られ、いろいろ結構な御話を聞かして下さいました。之も全く貴方様の御引合せと有難く感謝を致します。此の清き鏡の池の水は、円満なる大神様の大御心でありませう。この滾々として湧き出づる清き水は、大神様の吾らを憐れみ玉ふ涙の集まりでありませう。此水の清きは、大神様の血潮でありませう。願はくば永遠に吾らの魂を、此鏡の池の円満なるが如く、清麗なるが如く守らせ玉はむ事を、村人と共に御願ひ致します。惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 と真心を籠めて祈願したり。数多の人々も異口同音に、惟神霊幸倍坐世を唱へて神徳を讃美したりけり。 (大正一一・二・六旧一・一〇森良仁録)
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霊界物語 09_申_松竹梅の宣伝使の南米・中米の旅 06 刹那信心 第六章刹那信心〔三九九〕 暴風は百千の虎狼の一度に嘯き呻るが如く、猛き声を響かせ、遠慮会釈もなく吹き捲る。何の容赦もあら浪の、立ち来る態、実に凄じき光景なりけり。 三笠丸は怪しき物音、ガラガラバチバチ、今や海底に沈まむとす。 数多の船客は、色を失ひ、起ちつ坐りつ、限りある船中を狂ひ廻る。 松、竹、梅のあだ娘、照彦の四人は、磐石の如く少しも騒がず、天に向つて合掌し、何事か頻りに奏上せり。 窈窕花の如く、新月の眉濃やかに描かれ、容姿端麗なる自然の天色、桃の花の如き竹野姫はスツクと起つて吹き来る風に打ち向ひ、声も淑やかに歌ひ始むる。 竹野姫『黒白もわかぬ暗の世の汚れを払ふ天津風 今や吹き来る時津風吹けよ吹けふけ科戸の風よ 常世の暗を吹き払ひ此の世の塵を清めかし 浪よ立て立て高砂の尾の上の松のかくるまで 隠れてまします高砂の父の御側へ連れて行け 常世の浪のしき浪の寄せ来る音は松風か 山の嵐かわが恋ふる恋しき父の御声か 心のたけのありたけを一度に開く白梅の 花の顔月の眉竜の都に鎮まりし 乙米姫の御姿木の花姫の顔は 天津御空を昇ります日の出神の如くなり 大空伝ふ月の影はやく晴らして月照彦の 神の守りを与へかし俄の暴風に大足彦の 神の命の足真彦倒けても起きよ沈みても 直様浮けよ惟神神の救ひの此船は 深き恵みを三笠丸空打ち仰ぎ眺むれば 春日の山や三笠山峰より昇る月影の はるる思ひも今しばし暫し止めよ時津風 風の便りにわが父のウヅの都に坐ますと 探ねて来る姫神の心の露を汲み取れよ 仮令御船はくつがへり海の藻屑となるとても 神より享けし此身体如何でか死なむや科戸彦 科戸の姫よおだやかに鎮まり給へ逸早く この世を渡すのりの船三五教を守る身の わが乗る船に穴はないあな有難や三笠丸 あな尊しの三笠丸神の恵を笠に着て 清き教を杖となしみろくの船に乗せられて 高砂島に進み行く吾らを守る大足彦の 神の命の御恵み木の花姫や乙米姫の 神の命や琴平別の貴の命よ朝日子の 日の出神よ村肝の吾らが心を照らせよや 心の空はてるの国秘露の都も近づきて 春は過ぐれど巴留の国進む妾を救ひませ 進む妾を救ひませ又此船の諸人も 千尋の海のいや深く底ひも知れぬ御恵みに 救ひ助けよ天津神国津御神や綿津神 今吹く風は世の人の心の塵を払ふ風 降り来る雨は世の人の汚れを洗ふ清の雨 今立つ浪は世の人の怪しき行ひ断つの浪 風よ吹けふけ雨も降れ浪よ立て立て勇み立て 心のたけの姫が胸一度に開く梅ケ香姫の 妹の命や神の世の来るをまつよの鶴の首 亀の齢の永遠に浪をさまれよ四つの海 天津御空は日の神の日の出神と照彦の 清き心を憐れみて船諸共に救ひませ 船諸共に救ひませ』 と花の唇を開いて歌ふ。 この言霊に、雨も風も浪もピタリと止んで、再び太平の大海原となり、煌々たる夏の太陽は、海面を照らして輝き渡りぬ。 暗礁に乗り上げ、殆ど海中に没せむとせし三笠丸は、不思議なるかな、何の故障もなく、凪ぎ渡る海面を、静かに滑めて西へ西へと進行してゐる。 船中には又四五人の囁き声一隅に聞ゆ。 甲『エライ事だつたなア。この船には三人の弁財天が乗つて御座つたお蔭で生命が救かつたのだよ。マアマア吾々もお蔭で地獄行きを助かつた。一寸下は水地獄だ、カウして一枚板の上は安楽な極楽だが、一寸違へば地獄でないか、これを思へば吾々はよく考へねばなるまい。日々に行つて居る事は恰度此船のやうなものだ。一寸間違うたら地獄だから、うかうかしては此世は渡れない、なんぼ陸ぢやと言つて、沈まぬとも言へぬ。陸に居ても悪い事をすれば、心も沈み身も沈み、一家親類中が皆沈んで、浮かぶ瀬がなくなつて了ふのだ。うかうかしては暮されぬわい』 乙『さうだネ、何は兎もあれ有難い事だつたネ。あの三人の女神さまは、アリヤ屹度吾々のやうな人間ぢやないぜ。あまり吾々は慢心が強いからナ、此世は人間の力で渡れるものなら渡つて見よ。力のない智慧の暗い、一寸先の分らぬ愚な人間が、豪さうに自然を征服するとか、神秘の扉を開いたとか、造化の妙用を奪ふとか、くだらぬ屁理屈を言つて威張つて居つた所で、今日のやうな浪に遭うたら、毎日日日船を操縦ることを商売にして居る船頭さまだつて、どうする事も出来やしない。人間は神様を離れて、何一つ此世に出来るものはないのだ。かう言つて吾々が物を言つてるのも、皆神様の尊い水火がこもつて居るからだ。ウラル教の宣伝使のやうに、呑めよ騒げよ一寸先は闇よ、暗のあとには月が出るなぞと、勝手な熱を吹いて、ドレだけ威張つて見た所で、人間たる以上はダメだ、ドウしても、神様の広き厚き御恵みに頼らねばならないのだ。アヽ惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 丙『オイお前は中々よい心得だ。ソンナ結構な事、何処の誰に聞いたのだい』 乙『吾は黄金山に現はれ給ひし埴安彦命さまのお始めになつた、三五教の教を聞いて、それからと言ふものは、あれ程好きな酒が自然に飲めなくなつて、此頃は少しの御神酒を頂いても、直に酔うて心持ちがよくなつたよ。今までは酒を飲めば飲むほど、梯子酒で飲みたくなり、腹は立つて来る。一寸したことにもムカついて、女房を殴る、徳利を投げる、盃は破れる、丼鉢は踊る、近所の人達に悪酒ぢや、酒狂ぢやと言はれて持て余された者だが、どうしたものか、三五教の飯依彦と言ふ竜宮島の宣伝使が熊襲の国へ出て来て、皆のものを集めて、鎮魂の洗礼を施してくれたが最後、気分はスツカリして酒は嫌ひになり、何とはなしに世の中が面白くなつて来たのだ。ホントによい教だよ。お前も一つ三五教に入信したらどうだい。大にしては治国平天下の教、小にしては修身斉家の基本たるべき結構な教の道だよ』 丙丁戊『成程結構だなア。吾々も無事安全な時には、ナーニ神が此世に在るものか、人間は神だ、人は万物の長だ、天地経綸の司宰者だと威張つて居たが、今日のやうな目に遇うては、吾輩のやうな無神論者でも、何だか腹の中の悪いコロコロが、喉から飛び出しよつて、本当に叶はぬ時の神頼み、手を合して縋る気になつて来るワ。アヽ人間と言ふものは弱いものだなア』 諸人の囁き声を満載した神の守護の三笠丸は、万里の浪を渡つて、其日の黄昏時、智利の港に近づきたり。 (大正一一・二・一二旧一・一六森良仁録)
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霊界物語 12_亥_天の岩戸開き 04 初蚊斧 第四章初蚊斧〔五〇〇〕 三柱の宣伝使は蚊取別の立てる前に現れ、 高光彦『ヤ、これはこれは三五教の宣伝使蚊取別様とやら、初めてお目にかかります。御高名は父から承はりました。神様の御引合せ、思はぬ所でお目にかかりました』 蚊取別『ヤア、貴神等が万寿山の磐樟彦命の御子達ですか。神国の為に御苦労で御座います。あなた方は是から何れの方面にお越しのお考へですか』 高光彦『ハイ我々はイホの都を越えて、筑紫島、豊の国の白瀬川の滝に魔神が潜むで災害をなすと聞き、言向和す為に参る途中で御座います』 蚊取別『それは結構ですナ。白瀬川には六箇の大瀑布があつて、そこには悪竜悪蛇が棲処を構へ、八頭八尾の大蛇と気脈を通じて、此通り天を曇らせ、地を汚して居るといふ事、私も一旦黄金山に帰り、附近の地を宣伝して居ましたが、今度は長駆して白瀬川の魔神を退治る積りで、此処迄やつて来た途中、見れば、前方に炬火の光、人の叫び声、合点行かずと宣伝歌を歌ひながら走つて来て見れば、豈図らむや、御覧の通り立派な人形の陳列会、何処の技師が作つたものか知りませぬが、よくも出来たものです。おまけに此人形は別に仕掛はない様ですが、目の玉を動かし、涙をこぼし、つひ最前までは、酒を喰ふ法螺をふく、歌を唄ふといふ妙な人形です』 三人『アハヽヽヽ』 蚊取別『皆さまどうでせう。一々この人形に魂を入れて、ものを言はせ、立派に立働く様にやつて見ませうか。きつと三五教の教に帰順する様になるでせう』 高光彦『我々は万寿山を立出てより、まだ一回も宣伝を試みた事はありませぬ。何分にも沙漠や野原ばかりを渡つて来たものですから………』 蚊取別『私が一寸手本を出しますから手伝つて下さい』 といひ乍ら、化石の様になつた人々の前に坐り込み、 蚊取別『サアサア人形さま、お前は目ばかり動かして居るが、今口を動く様にしてやる。私の言ふ通りに云ふのだよ……ウンよしよし、承知か、頷いて居るナ……神が表に現はれて』 初、口をモジヤモジヤさせ乍ら、 初公『カメカオモテテニアラワワレテ』 蚊取別『モツト確乎言はぬか。サアも一遍言うた』 初公『カ……カ……敵わぬ、カニして下さい。必ず必ず心を直します』 蚊取別『ヨシ、それは分つたが、神が表に現はれてを歌へ』 初は、 初公『神が表に現はれて善と悪とを立別る 此世を造りし神直日心も広き大直日 ただ何事も人の世は直日に見直せ聞直せ 身の過ちは宣り直せ蚊取の別の神さまよ 聞けばお前も其昔良くもない事沢山して 悪神さまと歌はれて今は偉そに其処ら中 牛から馬に乗り替へて善ぢや悪ぢやと言ひ歩く ホンに世界は広いものわしも昔は自在天 神に仕へた悪神ぢや其時お前は猩々の 様にガブガブ酒喰ひ人を泣かした奴なれど どうした風の吹き廻し今は立派な宣伝使 心の色は変れどもやつぱり変らぬ其姿 茹蛸みた様な姿して人を教へて歩くとは それやマア何とした事かホンに世界は広いもの』 蚊取別『コラコラ何を言ふのだ。昔は昔、改心すれば其日から善の神だ。口だけ自由にして遣れば、直にそれだから………貴様も容易に改心は出来相にもない。マア改心の出来るまで、百年でも千年でも固くなつて鯱こばつて居るが宜いワイ』 初公『お前も昔馴染だ。つひ心安いものだから言つたのだ。そんな意地の悪い事言はずに、身体を旧の通りにせむかい蚊取別』 蚊取別『アハヽ、どこまでも負惜みの強い奴だナア』 初公『弱くて此世が渡れるか。負惜みなつと強くなければ、優勝劣敗弱肉強食の此世の中が渡れるものか。善ぢや善ぢや世の為だ、国の為ぢや、人の為には身命を賭してナンて吐かす奴は、みんな偽善者だ。俺は斯う見えても、悪にも強ければ善にも強いのだ。併し乍らどうしたものか、悪は行りたくない。町の奴が可愛相だから、厭でも応でも悪の仮面を被つて憎まれ者になつて、酋長や物持の春公に掛合つて見たのだ。世間の奴は善に見せて悪を行る、俺は悪に見せて善を行ふのだ。蚊取別、お前も取分けて抜目のない男だつた。常世会議では一寸失敗りよつたが、しかし宣伝使の仮面を被つて相変らず悪い事を行つとるのだらう。顔も知らぬ宣伝使なら、叮寧に頼みもし、謝罪もするが、何分お前の素性を百も承知、万も合点して居る俺としては、チヤンチヤラ可笑しいて、真面目に改心するなぞと言はれたものかい。そんな悪戯をせずに早く霊縛を解け』 蚊取別『解いてやるが、解いたらモウ喋らぬか。三人の若い宣伝使の前で、昔の棚卸しをやられると面目玉を潰して了ふ。どうだ、何も言はぬと誓ふか』 初公『チガフかチガハヌか、そら知らぬが、記憶にある事は、俺が言ふまいと思つても、腹の中から言うて来るのだから仕方がないワ。一寸先の事は分らぬから、堅い約束は出来ぬワイ。俺の身体が自由になつたら、虫の居所に依つては、お前の薬鑵頭をブン擲るかも知れぬ、其時は其時の事だ』 蚊取別『イヤア面白い。貴様見かけに寄らぬ正直な奴だ。中々よく身魂が研けて居るワイ』 初公『ハヽヽヽヽ、さうだらう。大勢の代りになつて、名誉も、生命も、何も投出して、此イホの都でも威勢の高い酋長や、物持の春公に掛合うて居る位だから、何れ明日位には酋長の奴、沢山な家来を連れて俺を召捕りに来るのは、印判で押した様なものだよ』 蚊取別は、 蚊取別『サア、これから霊縛を解いてやる』 といひ乍ら、 蚊取別『ウン』 と一声。初公は旧の身体に復し、 初公『ヤア、有難う。蚊取別大明神、よつぽどお前は御神徳を貰うたなア。私もこれ丈の神力があれば、酋長の三人や五人位ウーンと霊をかけて、対方をウンと堅に首を振らしてやるのだけれどナア』 蚊取別『そンな事は何でもないワ、俺がするのぢやない。神様のお力だ。俺の背後には結構な神様が守護して御座るのだ』 初公『アヽさうか、偉いものだナア。併し俺だけ自由になつたが、他の者は気の毒だ。一つ皆にそのウンを行つて呉れぬか』 蚊取別『お前が俺の行つた様に手を組んで、皆の者にウンと一声かけて見よ。忽ち旧の通りになるのは請合だ。併し神力が現はれても、お前の力だと思つたら違ふぞ。九分九厘まで神様のお力だから、さう心得ろ』 初公『行つても可からうかな。私の様な素人がウンを行つても利くだらうか』 蚊取別『それが悪いのだ。自分が行ると思ふから間違ふのだ。お前は唯神様の機械になる丈だ。サア手を組むで一同に向かつてウンと行つて試い』 初公は不安の念に駆られ乍ら、惟神霊幸倍坐世を二回心細げに唱へて、大勢に向ひ、ウンと鎮魂術を行ふ。不思議にも一同は旧の姿に立復り四人の宣伝使の前に走り来り、跪いて涙を流し合掌し居たりけり。 初公『ヤア皆さま、安心なされ、この初公が御神力を頂いたらこんなものだ。モウモウ明日の事は心配するに及ばぬ。今日の事は今日一生懸命に働いて、取越苦労をせぬ様にするのだ。マアマア揃うて神様にお礼を申上げようかい。酋長や春公は逃げて了つたが、何れ捕手が来るだろう。来たつて構はぬ。この初公が一寸手を組んでただ一声、ウンとやれば、何の事はない。ウンもスンも言はずに往生するのだ。ナンと神様は偉いものだらう』 高光彦『ヤア何事も神様のお蔭です。どうだ初さま、是から酋長や春さまを言向和はしておいて、白瀬川の悪魔退治と出かけたらどうだ。お前のウンの試し時だ』 初公『イヤ有難う、私は神力はないが神様の神力で天晴れ悪神を言向けて見ませう』 群集の中より現はれたる斧公は顔をあげて、 斧公『ヤア初さまよ、お前は本当に偉い奴だ、よう変つたものだナ。昔は悪い男だつたが、義侠心に富んだ人だと町中の評判だよ。どうぞ俺にも其ウンを教へて貰うて呉れぬか。お前が宣伝使のお伴をして此町を立退くとなると、後が寂しいからのう』 初公『それもそうだ…………モシモシ、蚊取別の宣伝使様、此斧公にも許してやつて下さいナ』 蚊取別『私が許すのぢやない。三五教の教が有難いといふ事が分れば、神様が直接に御神徳を授けて下さるのだ。モシモシ斧さまとやら、神様はおのぞみ次第、おのおの身魂相応の御用を仰付けられるのだから、十分に魂を研きなさい。初さまが此町に居るとお前達は気を許してもたれる気になるから可かない。初さまが此町を立去つたが最後、皆の心が引締り、人を杖に突くといふ依頼心がなくなつて了ふ。さうすれば力と頼むのは神様ばかりだ。そこにならぬと御神力は与へて下さらぬ。マア安心して大神様を信仰しなさい。天下の宣伝使は決して嘘や掛値は言はぬ。お前さまは初公さまの代りになつて、町の者等を守つてやつて下さい』 斧公『有難う御座います。何分宜しく……』 と頭を地に着け涕泣し居る。いよいよ四人の宣伝使は初公を伴ひ、酋長の館を指して進み行く。 (大正一一・三・六旧二・八松村真澄録)
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霊界物語 12_亥_天の岩戸開き 07 覚醒 第七章覚醒〔五〇三〕 四人の宣伝使は初公を従へ、イホの都を後にして七十五声の言霊の、スエズの地峡を打渡り、神の教を四方の国、青人草に白瀬川、一の瀑布の間近き山に着きにけり。只さへ暗き春の日は愈暮れて咫尺を弁ぜぬ真の暗なり。虎、狼、獅子の咆哮する声は谿の木魂を響かして次第々々に近づき来る。 蚊取別『サア、かうなつては足許も真暗がりだ。明日は大決戦をやらねばならぬから、此木蔭で、ゆつくりと休息をして元気を養ふ事としようかな』 一同は首肯きながら暗の木蔭に腰を下し、蓑を敷きて横はつた。四人の宣伝使は昼の歩行に労疲れて、何れも雷の如き鼾をかいて寝て居る。猛獣の声はますます激しくなつた。初公は耐らず蚊取別を揺つて、 初公『モシ蚊取別さま、起きて下さらぬか。だんだん変な声が聞えて来るから』 蚊取別『アーア、やかましい、貴様恐いのだらう。強さうなことを云つても実地に臨むと正体が現はれるナア。斯ういふ時に大声で宣伝歌を歌へば好いのだよ。しかし大きな声だと俺達の安眠の妨害になるから、貴様一人口の中で宣伝歌を歌つて居れ。足下に何が来ても噛みはしない。八釜敷う言ふな、もう戌の刻だから』 初公『偉いお邪魔をしますなア。マアゆつくり休んで下さい。アーこれからこの初さまが宣伝歌で猛獣の千匹万匹は、ウンと吹き飛ばすのだ。しかし大きな声を出すなと云つても、猛獣の奴短兵急に襲撃した時には、力いつぱい大声を出すからそれ丈け承知して居つてもらひます』 蚊取別『ヨシヨシ、承知した。貴様もいい加減に寝まぬか』 初公『やすめと云つたつて、目がさえて寝まれはしない』 蚊取別『此の日の長い夜の短いのに、ぐづぐづして居ると夜が明ける。マア寝まして貰はうかい』 と又もやゴロンと横になり、雷の如き鼾をかく。猛獣の声は山岳も揺ぐ許りに猛烈になつて来た。初公は独言。 初公『アヽ何んと、宣伝使と云ふものは肝玉の太いものだなア。向ふの瀑には大蛇の悪魔が居る、猛獣が唸り立ててやつて来る。それにも拘らず、安閑として高鼾をかいて居るとは呆れたものだ。ヤー俺も一つ肝を放り出してやらう、恐いと思ふから恐いのだ。なーにチツト荒い風が吹いて居ると思へばいい。獅子でも虎でも、狼でもいくらなつと唸れ。サヽ俺も寝よう』 と肱を枕に横はる。又もや初公は起き上り、 初公『ヤー、どうしても寝られぬ。何んでも此奴は大蛇の奴が、魅入れて居やがるのかも知れぬぞ。決心した以上は恐くも何んともないから寝られぬ道理がないのだ。目もいい加減に疲労れて居る。アヽ惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世。どうぞ私に命が惜いと云ふ執着心から放さして下さいませ。惟神霊幸倍坐世』 蚊取別『アヽ折角寝たと思へば耳のそばで八釜敷う云ふものだから又目が開いた。早く寝ぬかい』 と又もやグレンと横になりて高鼾をかく。 初公『なんと妙な男だ、もう寝て了つた。エーこの闇の夜にアタ淋しい。チヨツ、ジツとして居れるかい。何ぞ其処らに落ちて居らぬかなア』 と言ひながら四つ這ひになりてそこらを掻き捜す。忽ち手に触れたのは、麻の縄である。 初公『ヤアこいつは麻の縄だ。誰がこんな所に落して置きよつたのか。而も新しい奴だ。オーこれで蚊取別の髪毛を縛り、八方に別けて木に繋いで置いてやらう。余り叱りよるから業腹だ』 とそつと蚊取別の鬢髪をさぐり、 初公『ヤーしまつた。ハアこいつは禿蛸土瓶天窓だ。 「禿頭前にとりゐはなけれども奥にしよんぼり髪がまします」 か、アヽこいつを繋いでやれ。しかしこんなに薄い毛は抜けると困るから、腰のまはりをグツトしめて、四方八方の木の株に繋いで置いてやらう。さうしてワイワイと云つて目を覚ましてやると面白からう。さうなとして夜を明かさな辛抱も出来たものぢやないワ』 と云ひながら蚊取別の腰の廻りに縄を持つて行く。 初公『イヨー、よう寝て居やがる。偉さうにほざいても寝た時は、仕様もないものだなア。科人か何ぞの様に縄付にせられよつて、白河夜船を漕いで居る。アヽさうだ夜船の綱だ』 と腰を今や縛らむとする時、蚊取別は 蚊取別『ウーン』 と寝返りを打つ。 初公『ヤア、びつくりした。起きたかと思つたら、なんだ寝返りを打ちよつたのだナつ』 又もや括らうとする。蚊取別は、見当さだめて横つ面を、ビシヤビシヤとなぐる。初公は驚いて、 初公『ナヽ何をするのだイ』 蚊取別『悪い事は出来ぬものだな』 初公『コイツは失敗つた。蚊取別さま、起きて居つたのか』 蚊取別『きまつた事だよ。一目も寝はしないよ、貴様の独語は皆聞いて居る。馬鹿な奴ぢやなア』 初公『アハヽヽヽヽ』 蚊取別『ワハヽヽヽヽ』 高光彦は目を覚まし、 高光彦『この真夜中に大きな声で何が可笑しいのですか』 蚊取別『イヤもう初公の奴つたら、吾々の寝とる間に何処からか縄を探して来よつて、四人の体躯を一々縛つて木の株に括りよつたのですよ。貴方がたも何処か括られて居ませう』 高光彦『たとへ体躯の二箇所三箇所括られても、自由の精神は括られて居ないから大丈夫ですよ。アハヽヽヽ』 と笑ふ折しも、頭上俄に赤く紅の如くに深林を照らすものがある。この光に対岸の白瀬川の一の瀑布は、白竜の幾十ともなく体を揃へて天に昇り行く如くに見えて来た。 蚊取別『ヤア瀑が見える、大変猛烈な光だ。妖怪変化の怪光であらうか、イヤイヤさうではなからう。日の出神の一つ火かも知れぬ』 と云うて居る其前に忽然と現はれた一柱の立派な神がある。蚊取別は一目見るより大地に平伏し、 蚊取別『ヤア、これは日の出神様、よくもお出下さいました。サアもうこれで大丈夫だ』 日の出神『お前達は此処を何処だと思うて居るか』 蚊取別『ハイ、白瀬川のほとり、一の瀑布の前だと思つて居ります』 日の出神『それは大間違ひだ。高山の如く見せて居るのは、世界第一の大蛇の背だ、大地を放れて中空に舞ひ上つて雲の中に這入つて居るのだぞ』 蚊取別『それでも、イホの都からトントンと歩いて此処までやつて来たのです。確に山だと思ひますが』 日の出神『サアそれが誑されて居るのだ。余り鎮魂が好くきくと思つて、知らず知らずの間に慢心するものだから、こんな目に逢ふのだ。お前が昨日訪問した夏山彦の家を何んと思つて居る、あれは大蛇の尾であつた。その尾の上に気楽に乗せられて歌を歌つたり色々のものを喰はされて御馳走だと思つて居たのだ』 蚊取別は頭を掻きながら、 蚊取別『ハテ、合点が行かぬ。何の事だ。確かに夏山彦の館だつたになア』 日の出神『それが違ふのだ。一寸袖を目にあてて覗いて見よ』 蚊取別その他の四人は袖を目に当て、四辺を見ればコハソモ如何に、幾十里とも知れぬ、大蛇の背に乗せられ遥かに高き空中に舞上り、其尾は今や地上を放れむとする時である。 蚊取別『ヤア、コリヤ大変だ。余り慢心して天まで上り詰めて、真つ逆様に落ちて木葉微塵になる所だつた。モシモシ日の出神様、我々は此大蛇の山を否背を伝うて地上に降ります。これより上に昇らない様に守つて下さい』 日の出神は黙つて俯むく。一同は一生懸命に大蛇の背を走りながら地上目がけて降つて行く。漸く尾の端に着いた。尾は既に地上を離れる事七八間、 蚊取別『ヤア皆さま大変だ。地上までは七八間も距離がある。どうしよう、もう少し尾を下げてくれぬものかいなア。ヤアヤア、滅茶矢鱈に尾を振り居る。ヤアヤア大蛇に振落されるわ振落されるわ』 高光彦『だんだん高くなる一方です。また天に上げられ、中途から放られては大変です。サアみな手をつないで飛下りませう。ヤア、もう十間です十間です。これぢや天にもつかず、地にもつかず、サアサア五人は手をつないだ手をつないだ』 と云つた儘、命からがら山の頂上目がけて飛び降りた。 途端に驚き霊より覚めて見れば、十四日の月は高熊山の中天に輝き、王仁の身は巌窟の前に仰向けに倒れ居たりける。 (大正一一・三・六旧二・八谷村真友録)
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霊界物語 13_子_フサの国・半ダース宣伝使 20 宣替 第二〇章宣替〔五四六〕 音彦、亀彦、駒彦の三人は、臥竜姫の館を後に見て、又もや巌窟内の探険に出かけた。九十九折の或は広く、或は狭く、或は天井高く、或は低き石径を宣伝歌を歌ひ乍ら、勇ましく進み行く。 音、亀、駒『神が表に現はれて善と悪とを立別ける この世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直せ聞直せ 身の過ちは詔り直せ醜の窟の曲神を 吾等三人の宣伝使言向和し神の世を 堅磐常磐に立てむとて進み来りし其の間に 何時か誇りの雲覆ひ心は暗き闇の道 誠の道を踏み迷ひ夢に夢見る心地して 心たかぶる其の儘に磐樟船に乗せられて 九天高く昇りつめやつと安心する間なく 喜び消えて夢の間の荒野ケ原に踏み迷ひ 得体の知れぬ野呂サンに寂しき野辺に廻り合ひ 荒き言葉のその中に神の恵みの玉の声 含みあるとは知らずして肩臂怒らし進み行く わが身の程も恥しき夢か現か幻か 心の暗きわれわれは黒白もわかぬ闇黒の 再び窟の人となり醜の身魂の数多く 前後左右に飛び廻る中を切り抜けやうやうに 光を三叉の道の角思ひがけなく衝当る 痛さは痛し胸の闇得体の知れぬ弥次彦や 酒も飲まぬに与太彦の二人の男に出会して 開き兼たる石の門天津祝詞の言霊に さつと開いて眺むれば果しも知らぬ長廊下 一目散に進み行く行けども行けど果しなく 心の駒の逸る間に行き詰りたる岩壁に はつと気がつき眺むればこは抑も如何に大空に きらめく星の数多く怪しみゐたる折柄に 玉をあざむく優姿いづくの方か出雲姫 フサの都に進まむと先に立ちてぞ出て行く 吾等三人の宣伝使コシの峠の麓まで 到りて見ればこは如何に日の出の別の宣伝使 鷹彦岩彦梅彦の四人千引の岩の上に 白河夜船の夢結ぶあゝ嬉しやと思ふ間も あらしの音に目を醒しよくよく見ればこは如何に 臥竜の姫の住ひたる奥の一間に端坐して 蜥蜴蚯蚓や蛇蛙見るも穢きなめくぢり 蚯蚓の馳走を与へむと貴の女神にすすめられ 遠慮会釈の折柄に三人の身体は鉄縛り 手足も自由にならぬ身のいよいよ生命を捨鉢の 決心したる折柄に臥竜の姫は忽ちに 優しき笑顔を現はしつ水も漏さぬ善言美詞 宣り聞されし嬉しさに衿の夢も何処へやら 直日の身魂輝きてここに館をいづのめの 神の身魂となりそめし三五教の宣伝使 そしり言の葉吹き払ひみやび言葉の神嘉言 詔り直し行く勇ましさ朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるともたとへ大地は沈むとも 窟の曲津多くとも神の賜ひし言霊に 言向和し三五の神の教を縦横の 錦の機の此の仕組仕へまつらむ宣伝使 あゝ面白し面白し心は勇む岩の道 岩より堅き鋭心の大和心を振り起し 伊都の雄健び踏健び進みて行かむ神の道 進みて行かむ神の道』 と歌ひながら、岩窟内の十字路に着いた。この時前方より現はれたる三人の男、 岩彦『オー貴様は音公に亀公、駒公、何処にまごついて居よつたのだい。馬鹿野郎だな。俺たち三人は貴様の行方を探して、幾度この八衢の隧道を廻つたことか知れやしない。一体何をぐづついとつたのだい』 音彦『ハイ、コレハコレハ岩彦サンでございますか。誠に誠に御心配をかけまして済みませぬ。私は日の出別命様の磐船に、あなた方と一同に乗せられて雲の上に上げられ、ヤレ嬉しやと思つて居りましたが、豈図らむや何時の間にか草茫々と生え茂る荒野ケ原に、吾々三人は振り落されてゐました。あなた様三人は何うして居られますかと、今の今まで心配をして居りましたが、マアマア御無事な御一行の御顔を拝しまして、これ位嬉しいことはございませぬ。これも三五教の神様の全くの御引合せ有り難うございます』 岩彦『ナアンダ。俄に御丁寧な言葉を使ひよつて馬鹿にするない。礼に過ぐれば却て無礼だといふことを知らぬか。打つて変つた貴様の態度、気が狂つたのか、但は化物か、合点の行かぬ奴だ。ナア梅公、此奴はチト変痴奇珍だぞ』 梅彦『アーさうだ。三人の奴の面を見い。営養不良、色蒼白め、身体骨立餓鬼の如しだ。巌窟内の瓦斯に酔はされよつて精神に異状を来したのだらう』 音彦『コレハコレハ岩サン、梅サン、決して御心配下さいますな。精神に異状を来したでも、何でもございませぬ。私は三五教の宣伝使でございますから、ナー亀サン、駒サン、些も気が狂つてはゐませぬなア』 亀彦『左様々々、岩サン梅サンは大変心配をして下さるさうですが、決して異状はありませぬ、御安心して下さいませ』 岩彦『オイ梅公、鷹公、ますます変だ。女郎の腐つたやうに俄に糞丁寧になりよつたぢやないか。オイ音公、亀公、駒公、貴様等は人を嘲弄するのか。あまり馬鹿にするない』 亀彦『イエイエ滅相なこと仰有いませ。決して勿体ない三五教の宣伝使様を嘲弄ナンカしてどうして神様に申訳が立ちませう。私たちは三五教を天下に宣伝する神の僕でございます』 岩彦『ますます可笑しい奴だ。なぜ貴様はさう俄に女性的になつたのだ。モ少し勇壮活溌な男性的の精神を発揮して、ベランメー口調でも使つて勇ましく噪がぬかい。勇気がなくては大事は遂行することは出来ないぞ。お正月言葉を使ひよつて、ナンダ。俄に気分が悪いやうな御丁寧な言霊を使ひよるのか』 音彦『ハイ、吾々三人は仔細あつて改心を致しました』 岩彦『改心をすれば、さう女々しくなるものぢやない。何事も神様の御保護の下に、活機臨々として天下に雄飛活躍せなくてはならないのだ。貴様は惟神中毒をしよつて、雨が降つたというては胸を躍らせ、風が吹くというては胆を潰し、灯心の幽霊のやうな細い細い精神になりよつて、ナンダ、その女々しい言霊は。ちつと確りせぬか。元気がつくやうに二つ三つ拳骨をお見舞ひしてやらうか。これも貴様等を鞭撻するための情の鞭だ』 と云ひながら、蠑螺の如き拳骨を固め三人の頭をボカボカと急速度をもつて擲りつけた。 音彦『ご親切によう思つて下さいました。何卒これからは、幾度もご注意をして下さいませ』 岩彦『アハーやつぱり此奴どうかして居よる。オイ音公、確りせぬかい。貴様は魔に犯されたのだらう。ナンダその態度は』 亀彦『岩サンのご意見は御尤もでございます。決して無理とは申しませぬ。併し乍ら私等三人は以前に数十倍の力と強味が出来ました。如何なる難事に際会しても、少しも驚かぬやうになりました。如何なる敵に向つても怯めず臆せず、善戦善闘するだけの神力を与へられました』 岩彦『オイ鷹公、梅公、一体合点が行かぬぢやないか。此奴の態度と云つたら丸で処女の如しだ。辛気臭くて、長い長い口上を列べ立てよつて、干瓢でもたぐるやうに、あた辛気臭い。骨無しの力も無い、女々しい言霊、エーゲン糞の悪い』 鷹彦『ヤア感心です。音サン、亀サン、駒サン、よう其処まで魂を研き、強うなつて下さいました。今までの三人サンとは違つて勇気も百倍いたしました。嗚呼それでこそ如何なる敵にも打克つことが出来ませう。よい修業をなさいましたなア』 音彦『ご親切に能く言つて下さいました。貴方こそ本当の宣伝使様でございます。以後は何卒お見捨なくお世話下さいますやう御願ひ致します』 鷹彦『何う致しまして、お三人様お芽出度うございます。お互様に宜しく手を曳き合うて神の道に参りませう。貴方の方からもお見捨てなく』 岩彦『ナンダ。鷹公洒落ない。人が一生懸命に力を付けてやらうと思つて居るのに、貴様は横車を押しよつて人を嘲弄するのか。愈もつて怪しからぬ醜の巌窟式だ。ナア梅公、一体合点が行かぬぢやないか』 梅彦『岩サン、それは貴方のお考へ違ひでございませう』 岩彦『オツト待つた待つた。梅の奴、貴様までが逆上して何うするのだ。これだから精神の弱い奴は間に合はぬのだ。醜の窟の半分くらゐ探険してこれだから、全部探検する迄にはすつかり軟化して章魚のやうに、骨も何も無くなつて了ふかも知れやせぬぞ。オイ皆の奴、しつかりせぬか。腰抜け野郎奴が。あゝコンナ腰抜け野郎を五疋も伴れて、この岩サン一人が奮戦苦闘強敵に当らねばならぬかと思へば、心細くなつて来るワイ。エー何奴も此奴も好い腰抜けの揃つたものだな』 鷹彦『岩サン、貴方モー少し強くなつて下されや。外ばつかり強く見えても、肝腎の魂が落ついて居らねば、まさかの時の御間には合ひませぬからナア』 岩彦『エー腰抜け奴が、自分の目にある柱は見えぬでも人の目の埃はよう分るとは、貴様等のことだ。弱味噌奴が。何を吐かしよるのだい。天が地となり地が天となる。変れば変つたものだ。弱い者を称して強者といひ、強い者を称して弱者といふ。如何に逆様の世の中だと云つても、見直し、聞き直し、詔り直しを宣伝する神の使が、さう道理を逆転させては何うして此のお道がひらけると思ふか。しつかりせぬかい。何を呆けてゐるのだ。アヽ情無いわ。エライ厄介ものを背負はされたものだワイ』 音彦『アヽ私も岩サンのやうに空威張りの上手な心の弱い御方を、神様もナント思召してか知りませぬが、背負はして下さつたものだ。これも吾々の身魂研きの為に、弱い方の標本をお示し下さつたのだらうか』 岩彦『骨無しの腰抜け、何を吐しよるのだ。女郎の腐つたやうな弱音を吹きよつて情なくなつて来たワイ。オイ鷹公、梅公、貴様も一つ、ポカンと目醒しをくれてやらうか』 鷹、梅『ハイハイ何卒よろしうお願ひ申します。どつさりと気のつくまで叩いて下さいませ』 岩彦『ハテ合点の行かぬ五人の男、此奴ア狐にいかれよつたな。コンナ弱虫を引率して悪魔との戦闘は、たうてい継続されるものぢやない。ヤーヤー困つた事になつて来た。俺も一つ思案をせなくちやなるまい。オーさうだ。解つた。今まで俺は強い強いと思つてゐたが、人を杖について助太刀を頼むと云ふ心が悪かつたのだ。その点が俺の欠点であつた。これは神様が貴様一人で活動せエ。大勢の奴を力にしても駄目だ。まさかの時になつたら此の通りだ。何奴も此奴も腰抜け野郎だ。力と頼むは自分の守護神ばつかりだ。イヤイヤ吾身を守護し給ふ元の大神様ばかりだ。人に頼るな、師匠を杖につくなといふ教があつたワイ。サア俺はモ一つ強うなつて神業に参加せなくてはなるまい。それにつけても今まで寝食を共にして来た五人連れ、俺でさへも神様から弱いと云つて戒められて居るのだから、コンナ弱味噌を吾々として見棄てて置く訳にも行かない。アヽどうかして強くしてやりたいものだ。コンナ腰抜人足を世の中へ出したならば、これほど悪魔の蔓る荒野ケ原であるから、自分一身を保護することも出来やしない。アヽ情無いことだ。大国治立の大神様、どうぞ此の五人のものを憐れみ下さいまして、貴方のお力を分配してやつて下さいませ。九分九厘といふ所で、十中の八九まで大抵の宣伝使は腰を抜かして、屁古垂れるものだが、今ここに陳列してある五人の蛸宣伝使は、目的の半途にも達せずして殆ど崩壊して了ひさうだ。せめて九分九厘といふ所までなりと、活動さしてやつて下さいませ。国治立の大神憐れみ玉へ、助け玉へ。臆病神を払はせ玉へ、清め玉へ、岩彦が真心を籠めての一生の願ひでございます。惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 音彦『アヽ岩サンのご親切、何時の世にかは忘れませう。流石は三五教の宣伝使様、よくも吾々をそこまで思つて下さいます』 亀彦『ご親切に有り難う。骨身に応へます、嬉しうございます』 駒彦『性は善なり、人には添うて見よ、馬には乗つて見よとは、よく云つたことだ。岩サンの真心が現はれて大神様の直接の慈言のやうに、嬉しう辱なう存じます』 岩彦『アヽさつぱり駄目だ。モウ何ほど祈つたつて零点だ。アヽ止みぬる哉止みぬる哉。アヽ何とせむ方泣く涙、余りのことで涙さへ出ぬワイヤイ』 鷹彦『岩サンのお心遺ひ、われわれ一統満足を致しました』 梅彦『本当に心の色が現はれて、コンナ嬉しいことは無い。やつぱり神様に選ばれた宣伝使様だけあつて、ご親切に報ゆるために吾々も、彼の弱い岩サンをモ一つ強くして上げねばなりませぬ』 岩彦『コラ梅公、貴様そら何を云ふのだ。貴様より弱くなつて堪らうかい。今では俺が一番気が確だ。ここは醜の窟だ。気を張りつめて元気を出さぬか。何がやつて来るか知れやしないぞ。せめて自分だけの保護だけ位はやつて呉れぬと、俺も十分に奮闘が出来はしないワイ』 斯る所へ何処ともなく百雷の一時に落下する如き大音響と共に、巨大なる大火光は一同の前に落下した途端、爆発して四方八方に火矢を飛ばした。 岩公はアツと言うて、その場に昏倒した。五人は依然として両手を合せ、神言を奏上しつつありける。 (大正一一・三・二一旧二・二三外山豊二録) (第一五章~第二〇章昭和一〇・三・二九於吉野丸船室王仁校正)
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霊界物語 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) 07 難風 第七章難風〔五五七〕 小鹿峠の急阪を、弥次彦、与太彦、勝彦、六公の一行は、岩根に躓き、木の根に足を掻き、右に倒れ左に転けどつくりの口から出任せ、野趣満々たる俄作りの宣伝歌を謳ひ乍ら、爪先上りの雨に曝され掘れたる路を、千鳥の足の覚束なくも、喘ぎに喘ぎ上り行く。塵も積れば山となる、一尺一尺跨げた足も、始終休まぬ四十八坂を、心ばかりの勝彦が、自慢お箱の十八番の阪の上に、やつと上つて、鼈に蓼を噛ました様な荒息を継ぎ乍ら親も居らぬにハア(母)ハアと息をはづませ辿り行く。 勝『皆サン、此見晴らしの佳い所で、暫くコンパスの停車をして、浩然の気を養つたらどうですか』 弥『サア誰に遠慮会釈もありませぬワ、公然と休養致しませう、天洪然を空しうする勿れだ。しかし休養序に一つ石炭の積込をやりませうかい、斯う云ふ適当な港口は、この先には滅多に有りますまい、どうやら機関の油が涸れさうになつて来ました』 勝『何分アンナ堅い所へ格納されて居たものだから、サツパリ倉庫は空虚になつて了つた、何をパクついて可いか、肝腎の原料はないのだから仕方がありませぬワ、腹の虫が咽喉部まで突喊して来て、切りに汽笛を吹きます、せめて給水なりとやつて、芥を濁したいが、生憎谷は深し、起臥進退維谷まると云ふ腹具合ですワイ、何とか良い腹案はありますまいかな』 弥『オー此処にお粗末な、火にも掛けぬのに焦げた様な色のした握飯が、〆て二個ありますワイ、三途川の鬼婆アサンから記念の為に貰つて来た、形而上の弁当だ、噛む世話も要らねば、五臓六腑にお世話になる面倒も無い。これなつと食つて、唾液でも呑み込んで、食つた気分になりませうかい』 与『オイオイ弥次彦、あた汚い、貴様はまだ娑婆の妄執………オツトドツコイ幽界の妄執が除れぬと見えて、婆アだの、ハナ飯だのと、不潔い事を囀る奴だ、可い加減に思ひ切つたらどうだい』 弥『山に伐る木は沢山あれど、思ひ切るきは更にない………あの婆アサンの、厭らしい顔をして、歯糞だらけのくすぼつた歯を、ニユーツと突出し「親譲りの着物をこつちやへ渡せ」と吐しよつた時の面付を、どうして思ひ切る事が出来るか、飯食ふたびに握り飯のことを思ひ出して、ムカムカして来るワイ』 与『どこまでも弥次式だな、夫れほど恐ろしい婆アに、なぜ貴様は一蓮托生だとか、半座を分けて待つて居るとか、ハンナリとせぬ、変則的なローマンスをやりよつたのだ、得体の知れぬ唐変木だなア』 弥『そこは、外交的手腕を揮つたのだよ。燕雀何ぞ大鵬の志を知らむやだ、至聖大賢の心事が、朦昧無智の人獣に分つてたまるものかい』 与『人獣とは何だ、俺が人獣なら貴様は人鬼だ』 弥『定つた事だよ、天下一品の人気男だもの、それだから、閻魔サンでさへも跣足で逃げる様な、あの鬼婆アが、俺にかけたら、蛸か、豆腐のやうに骨無しになつて仕舞ひよつて目まで細くして、ミヅバナの混つた涎を垂れよつた位だもの………貴様は俺の人気男を実地目撃した正確な保証人だ、勝彦や、六公にも吹聴せぬかい、俺の戦功を報告するのは貴様の使命だ、縁の下の舞と埋没されては、吾々が苦心惨憺の神妙鬼策も何時の日か天下に現はれむやだ』 与『アハヽヽヽ、貴様どこまでも弥次式だな』 弥『定つた事だ、シキだよ、天下一品の色魔だよ。老若男女、貴賎貧富の区別なく、猫も杓子も、鼬も鼈も、蝸牛もなめくぢりも、牛も馬も、この弥次サンに向つては皆駄目だ。アヽ人気男と言ふものは随分気の揉めるものだ。冥土へ行けば行くで、優しうもない脱衣婆アまでが、強烈なる電波を向けるのだから、人気男の色男といふ者は変つたものだよ、古今にその類例を絶つと云ふチーチヤーだ、チーチヤー貴様もこの弥次彦にあやかつたらどうだ』 勝『アハヽヽヽ、ナント面白い人足………オツトドツコイ人気男に出会したものだナア』 弥『ヤア勝サン、お前は私の知己だ、英雄の心事を知る者は、君たつた一人だよ。人気応変、活殺自在、神変不思議の、赤門出のチヤキチヤキのチーチヤアだからネ』 与『アハヽヽヽ、開いた口が塞がらぬワイ』 弥『開いた口が塞がるまい、牛糞が天下を取るぞよ、コンナお粗末な弥次の弥次馬でも、馬糞の天下を取る時節が来るのだから、あまり軽蔑して貰ふまいかい、アンナものがコンナものになつたと云ふ仕組であるぞよ』 与『イヤー吹いたりな吹いたりな、三百十日の大風のやうだのう』 弥『三百十日と云ふ事があるかい、二百十日だらう』 与『馬鹿言へ、貴様は三百代言をやつておつた男だ、十人十日口だと吐して、その日暮しの貧苦の生活に苦しみ、三つ違の兄サン………と云ふて暮して居るうちに』 弥『何を吐しよるのだ、そりや貴様の事だよ、俺ん所は人も知る如く、高取村の豪農だ、下女の一人も使ひ、僕の半人も使つた門閥家だぞ』 与『アハヽヽヽ、半人の僕とは、そらナンダイ』 弥『きまつたことよ、允請ポリスを置いた事だよ』 与『ポリスでも判任官か……判任官の目下ぢやないか』 弥『その点はしつかりと判任せぬワイ、マアどうでも好いワ、貴様も一人前の人間になるのだ。一人一党主義で、快活に誰憚る所もなく、無限の天地に活躍するのが人間の本分だ』 与『エーソンナ雑談は中止解散を命じます』 弥『聴衆一時に立ち、喧々囂々収拾す可らずと云ふ幕だな、アハヽヽヽ』 勝『何と云つても、吾々は米喰ふ虫だ、腹が減つては戦が出来ない、何とか兵糧を工面せなくてはなりますまい』 六『御心配なされますな、今日の兵站部は私が担任致しませう、お粗末な物であなた方等のお口には合ひますまいが、大事なければ、召あがつて下さいませ』 と背中の風呂敷から固パンを出した。 勝『アー有難い、腹がカツカツして殆ど渇命にも及ばむとする所だつたよ』 弥『コラコラ六でもない事を言ふない、六公、人様に物を上げるのに、粗末だとか、お口に合ひますまいとか、そら何んだ、チツト言霊を慎まないか。これは美味しいから献げませう、うまいから食つて見て下さいと言ふのが礼儀ぢやないか……、ナンダ失敬な、食はれぬ様な物や、粗末なものを人に進上するといふ事があるかい。神様に物を献げるのにも、蜜柑の五つ位のピラミツドを拵へて、蕪や大根人参位をあしらひ、千切や昆布、和布、果実、小鮎、ジヤコ位をチヨンビリ奉つて、海河山野種々の美味物を、八足の机代に横山の如く置足らはして奉る状を、平けく安らけく聞し召せ、ポンポン………とやるぢやないか』 六『ハイハイ、あなたの御趣意は徹底しました。併し乍ら私の本心は、この麺包は美味しい結構なものだと思つて居るのだが、一寸遠慮をして、お粗末だとか、お口に合ふまいと言つたのですワ』 弥『口と心の違ふ横道者だナア、虚偽虚飾パノラマ式の生活を続けて、得々然として居るとは、何と云ふ心得ちがひだ。ソンナ事を言ふ奴は、五十万年未来の十九世紀から二十世紀の初期にかけて生れた、人三化七の吐く巧妙な辞令だ、チツト確乎せぬかい』 六『益々以て不可解千万、合点の虫がどうしても検定済みにして呉れませぬワイ』 弥『まだ貴様は分らないのか』 六『日本や支那の道徳を混乱して言つたつて和漢乱は当然ぢやないか、神様は正直と誠実の行ひをお喜びなさるのに、ナンダ、お粗末の物を、ホンの後家婆アの世帯ほど八百万の神様に奉つて、相嘗めに聞し召せとか、海河山野の種々の美味物だとか、横山の如く置足らはしてとか、現幽一致に御透見遊ばす神様の前に、虚偽を垂れて、商売繁昌、家運長久、子孫繁栄、無病息災、願望成就、天下泰平、国土成就、五穀豊穣なぞと、斎官共が吐すぢやないか、一体全体この点が腑に落ちないのだよ』 弥『分らぬ奴だなア、この天地は言霊の幸はふ国だ、悪い物でも善く詔直すのだ。少い物でも沢山なやうに宣り直すのだ、貴様の様に、善い物を悪いと言ひ、美味い物をまづいと云ふのは、言霊の法則を破壊すると云ふものだ。世は禁厭と言つて、勇んで暮せば勇む事が、とつかけ引つかけ現はれて来る、悔めば悔むほど悔み事が続発するものだ、それだから人間は、言霊を清くせなくてはならないのだよ』 六『モシモシ弥次彦サン、チツトの物を沢山だと言ひ、味無い物を美味い物と云ふのは、いはゆる羊頭を掲げて狗肉を売るといふものぢやないか。ソンナ事をすると、現行刑法第何条に依つて詐欺取財の告発を為られますよ。訳の分らぬ盲ばつかりの人間が集つてたかつて拵へた法律でさへも、是丈に条理整然として居るのだ、况して尊厳無比なる神様の御前に、詐欺をやつて良い気で済まして居れると思ふのか、無感覚にも程が有るぢやないか』 弥『定つた事だい、人間は神様の水火から生れた神の子だ、少しでも間隔があつて堪らうかい、無かんかくが当然だよ』 六『ヤア妙な所へ脱線しよつたな、本当に脱線もない………』 弥『脱線は流行ものだい、工事請負人と○○と結托して○○をやるものだから、広軌鉄道であらうが、電鉄だらうが、直に脱線転覆する世の中だ、善人は悪人と見做され、悪人は脱線して善人になると云ふ暗がりの世の中だ、吁脱線なる哉脱線なる哉だ、アハヽヽ』 勝『広軌鉄道とか電鉄とか云ふものは、それや何処に敷設されてるものですか』 弥『ヤア此れから数十万年後の、餓鬼道の世の中の、文明の利器と云ふ名の付く化物のことだよ。アハヽヽヽ』 六『随分あなたの滑車は能く運転しますな、万丈の気焔を吐いて、我々を煙に巻き、雲煙糢糊として四辺を包む態の鼻息、イヤモウ恐縮軍縮の至りですよ』 与『随分巨大なクルツプ砲が装置されて有ると見えますワイ、ホー砲、砲、砲、ホー』 弥『定つた事だよ、与太公や六公の様な、与太六とはチツト原料が違ふのだ、特別大極上等の、豊富なる原料を以て、鍛錬に鍛錬を加へ、製造したる至貴至重なる身魂の持主だ、古今に類例を絶つと云ふ逸物だから、何と言つたつて、弥次彦の足型をも踏めさうな事はないのだ』 勝『モシモシ弥次彦サン、あなたは余程自尊心の旺盛強烈なる御人格者ですネー、自分を称して弥次彦サンと敬語を使ひ、友人に対しては、与太公だの、六公だのと、恰も君王が僕に対する様な傲慢不遜の御態度、三五教の信者にも似合はぬお振舞、どこで勘定が違つたのでせう。これもやつぱり脱線の世の中の感化をお受けになつたのぢやありますまいかな』 弥『ソンナラ是から与太彦サン、六公サンと詔り直しますが、しかしよく考へて見なさい、神を敬する如く人を敬し、我身を敬すべしと云ふ信条が三五教の何処に有つたやうに思ひます。我々は無限絶対力の至貴至尊の大神様の水火を以て生れ出で、天地経綸の司宰者たる特権を賦与されて居る者ではありませぬか、人は神なり、神は人なり、神人合一して茲に無限の権力を発揮するのでせう。吾々の霊肉共に決して私有物ではありませぬ、みな神様の預り物です、さうだから、弥次彦サンと云つたつて別に少しの矛盾も撞着もないぢやありませぬか。神素盞嗚尊様は、大蛇を退治て、串稲田姫と芽出度く偕老同穴の契を結び給ふた時に、自分の胸を抑へて「あが御心すがすがし」と、自分が自分の心を敬はせ給ひ、天照大神様は「われは天照大神なり」と自ら敬語をお使ひになつた。昔の帝様は葛城山に狩猟をなされた時にも、その御腕に虻が食ひ付いた、その時に「あが御腕虻かきつき」と詔らせ給ふたぢやありませぬか、これを見ても敬語と云ふものは、どこまでも使用せなくてはなりませぬよ、決して等閑に附すべき問題ではなからうと拝察するのです。今の奴は、君主でもない友人に対して、君とか、賢兄とか言ひ、僕でもないのに僕だとか拙者だとか云つて、虚偽の生活を送り得意がつて居る逆様の世の中だ、自分の父ほど賢い者は無い、母ほど偉い者は無いと心の中で褒めて居乍ら、愚父だとか、愚母だとか言ひ、自分の息子は悧巧だ、他家の息子は馬鹿だ、天保銭だと心に思ひ乍ら、自分の子を称して、愚息だとか、拙息だとか豚児だとか吐き、他人の馬鹿息子や、鼻垂小僧を御賢息だとか、御令息だとか言つて、嘘で固めてゐる世の中だ。本当に冠履転倒とはこの事だ。女郎の言ひ分ぢやないが、「口で悪う言ふて心で褒めて、蔭ののろけが聞かしたい」と云ふ様な、娼婦的奴根性の人間許りだから、世の中は逆様ばつかり出来るのだ。一日も早く三五教の教理を天下に宣明して、第一着手として、この言霊の詔直しを始めなくては、何時までも五六七の神政は樹立さるるものではありませぬワイ』 勝『イヤア是は是は結構な御託宣を承はりました、斯う云ふお話は度々教へて下さいませ。私も宣伝使となつて、この通り変幻出没、自由自在の活動を続けて来ましたが未だその点に気が付いて居なかつたのです…………吁、何処にドンナ人が隠れて居るやら、何時神様が口を藉つて、戒めて下さるやら、分つたものぢやない。アヽ有難い有難い、惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 与『コレコレ弥次彦サン、お前は又、日頃の言行にも似ず、今日に限つて何故ソンナ深遠な教理を説いたのだい』 弥『ナニ、ナンダカ口が辷つて、中から何者かが言ひよつたのだい、弥次彦の知つた事かい、アハヽヽヽ』 勝『ヤア六サン、結構なお弁当を沢山頂戴いたしました、これで元気も快復しました。サア徐々御一同様、テクル事に致しませうかな』 弥『コレコレ勝彦サン、表は表、裏は裏だ、この道中にソンナ几帳面な挨拶は免除して下さいな、互に無駄口の叩き合で、われ、俺で行きませうかい、何だか肩が凝つて疲労の度を増す様だから…………のう勝公、与太六』 与『与太六とはあまり酷いちやないか』 弥『面倒臭いから、与太公と六公とを併合したのだ、会社でもチツト左前になると併合するものだよ』 与『今俺はパンを鱈腹食つたのだ、空腹前所か、これ見い、この通りの太つ腹だ』 弥『ホンにホンに、全然鰒の横飛見たやうな土手つ腹だな、蟇の行列か、鰒の陳列会か、イヤモウ何んともかとも形容の出来ないお姿だ、コンナ所を三面記者にでも見つけられた位なら、直に新聞の材料だよ。アハヽヽヽ』 折から小鹿山の山颪、木も倒れ岩も飛べよと許りに吹き来る。 弥『ヨー風の神、一寸洒落てゐよるなア。吹くなら吹け、大砲の弥次彦がご通行だ、反対に吹飛ばしてやらうか』 与『アハヽヽヽ、偉い元気だのう、しかし何ほど弥次サンが黄糞をこいて、金の目を剥いて気張つた所で、的サンは洒々落々、風馬牛といふ御態度だから、如何ともする事は出来まいかい』 弥『ヨーヨーこれや意外の強風だぞ、二人づつ肩と肩とをから組んで進まうかい…………与太六、貴様は一組だ、弥次彦は勝公と手を組んで、単梯陣を張つて、驀地に進軍だ。小舟に乗つて大海を渡る時にも、暴風怒濤に出会つた時には、舟と舟と二艘一所に合はして連結んで置くと、容易に顛覆せないものだ。舟じやないけれど、吾々は風に対する風船玉の難を避ける為に、連結んで風の波を漕ぎ渡る事とせうかい。グヅグヅして居ると小鹿峠の渓谷へ顛覆沈没の厄に遭ふかも知れない。サアサア早く早く、連結んだ連結んだ』 四人は二人づつ肩と肩とを組み合せ、風に向つて強圧的に、前方三十五度の傾斜体で坂路を跋渉する。 与『イヨー此奴ア猛烈だ、今日に限つて風の神の奴、どう予算を狂はせよつたのか、勿体なくも、天地経綸の司宰者たる人間様が御通行遊ばすのに、恐れ気もなく前途を抗塞するとは、不都合千万だ。ヤア六公、しつかりせぬかい、吹き飛ばされるぞ』 六『これ位な風に吹飛ばされる気遣はないが、弥次彦サンの気焔には随分吹飛ばされさうだ。アハヽヽヽ』 弥『コラコラ、貴様何をグヅグヅ言つて居よるのだい、この烈風に確乎勇気を出して進まないと、内閣の乗取は不可能だぞ、グヅグヅしてると、九分九厘行つた所で流産内閣になつて了ふかも知れないぞ』 与『エー八釜しう言ふない、如何に神出鬼没の勇将でも、ハヤこの風に向つて、どうして突喊が出来るものかい、千引の岩でさへも中空に巻きあげると云ふ様な風の神の鼻息だ、チツト風の神も、聞直して呉れさうなものだな、この谷間へでも落ちて見よれ、又候幽界の旅行をやらねばならぬぞ』 弥『そら何を幽界、悲観するな、モツト愉快になつて、風を突いて突進するのだ』 与『何と云つても貴様のやうな無茶な事は、俺には到底不可能だ。如何に人間が賢いと云つてもコンナ記録破りの暴風に出会しては、人間としては到底不可抗力だ、………オイ一寸そこらで一服したらどうだい』 弥『三五教に退却の二字はないぞ、どこ迄も唯進むの一事あるのみだ。一度に開く梅の花、何時までも風の神だつて、さう資本が続くものぢやない。グヅグヅ吐かすと足手纏ひになるから、貴様と俺とは最早国交断絶だ、旅券を交附してやるから、サツサと本国へ引返したが宜からうぞ』 与『アーア仕方のない頓馬助だナア……オイ六公、マア見とれ、向意気ばつかり強いが、タツタ今風に煽られて、再幽冥界の探険と出かけるのが落だぞ』 この時山岳も崩れ、蒼天墜落するかと思はるる許りの音響と共に、最大強烈なる暴風吹き来るよと見る間に、弥次彦の羽織袴の袂に風を含んで、勝彦と手を組んだまま、中空に吹あげられ、空中飛行の曲芸を演じつつ、風に追はれて谷間の彼方に、悠々として姿を隠した。不思議や烈風は、嘘をついた様にケロリと歇んだ。 与『ヤア大変だ、意地の悪い風だないか、弥次彦を吹飛ばして置きよつて、それを合図にピタリと休戦の喇叭をふきよつた様なものだ』 六『あまり弥次公は大法螺をふくものだから、風の神の奴、一つ懲しめてやらうと思つて、何でも早うから作戦計画をやつて居つたのに違ないぞ、何だか夜前から雲行が悪いと思つて居つた。ヤア夫れにしても吾々はこの儘に放任して置く訳には行かず、滅多に天上した気遣はなからうから、吾々両人は此処で一つ捜索をせなければなるまいぞ』 与『ナアニ、彼奴ア風に乗つて、コーカス山へお先へ失礼とも何とも言はずに、参詣しよつたのだらうよ。アハヽヽヽ』 六『ソンナ気楽な事を言ふて居る場合じやあるまい、是から両人協心戮力して、両人が在処を探さうじやないか』 与『探すもよいが、拙劣に間誤つくと、冥土の道伴にならねばならないかも知れないぞ、俺はモウ冥土の旅は一度経験を積んだのだから、余り苦しいとも思はぬが、貴様は初旅だから勝手も分らず、随分困るだらうよ』 六『エーろくでもない事を言ふものじやないワ、言霊の幸はふ世の中だのに』 与『風玉の災する世の中だ、アハヽヽヽ』 二人は弥次彦、勝彦の散りて行つた方面を指して、顔の色を変へ乍ら、急いで元来し道に引返し、二人の所在を捜索することとなつた。吁、二人の行衛はどうなつたであらう。 (大正一一・三・二四旧二・二六松村真澄録)
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霊界物語 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) 09 空中滑走 第九章空中滑走〔五五九〕 さしも烈しき山颪嵐の後の静けさと 天地は茲に治まれどまだ治まらぬ胸の中 与太彦、六公の両人は小鹿峠の谷々を 木の葉を分けて探せども梢は暗く下柴の 茂り茂りて道もなく遂にその日も暮れにけり 時しもあれや東天に雲押し分けて昇り来る 月の光に照らされて四辺明るくなりければ 二人は声を限りに 与太彦、六公『オーイ、オーイ、弥次公ヤーイ、勝公ヤーイ』 と叫ぶ声も遂に嗄れ果てて、今は心も皺がれの、声も無ければ音もなき、 二人の友が消息を右往左往に踏み迷ひ 尋ね行くこそ哀れなれ。 与太公、六公の二人は老樹鬱蒼として昼なほ暗き谷間に辿り着いた。 与『オイ六公、是丈け尋ねても見当らないのだから、もう断念するより仕方があるまいなア』 六『是ほど広い山の中を、人間の一人や二人が一日二日探して見た処が駄目だなア。然し乍らみすみす友の災難を見捨てて帰る訳にも行かず、吾々は息の続く限り、所在をつき留めて、せめては死骸なりと厚く葬つてやり度いものだ』 与『これ丈け尋ねて、生きて居つて呉れれば結構だが、不幸にして、弥次、勝の両人、敢なき最後の幕を降し、死骸となつて横はつて居るとすれば、本当にそれこそ世話のしがひが無いワ』 六『与太サン、ソンナ与太を云つてる処か、本真剣になつて下さいな』 与『真剣とも真剣とも本真剣だが、余り疲れたので足がヨタヨタ、与太サンだよ』 六『あれ丈け呼んでも、ウンともスンとも答が無いのだから困つたものだ。余り偉い風に吹き付けられて、弥次、勝の両人は、鼓膜を破られて、吾々のこの友情の籠つた悲哀的声調が耳に徹しないのだらうか』 与『何、あれ位の風に、耳の鼓膜が破れるものか、縡の糸が切れたのだよ。綽切れたに間違ひない、困つた事だワイ。ことに草深い山中の事といひ、捜索するのも、殊の外、骨の折れる事だ。是ほど呼んでも叫んでも、コトツとも云はぬのは、どうしたものだイ。この谷のあらむ限り悉く、言霊の発射をやつて見やうと思へど、どうした事か、声は嗄れ、貴重な言霊は忽ち停電と来たものだから、仕様事はない、道中で二人の友達を紛失致しましたと云つて、日の出別の神様にどう断りが立つものか。アヽ困つた事だ、コンナ事と知つたなら随いて来るのぢや無かつたにと云つて、慰藉晴らし愚痴の繰言繰り返し、呼べど叫べど死んだ人は、開闢以来帰つたと云ふ事はまだ一度も聞いた事がないワイ』 六『与太公、アヽお前はようことことと云ふ男だナア、生死不明の両人を捉へて、お前は最早死んだ者と覚悟を決めて居るのか』 与『耳も聞えず、物も言へない奴は死んだ者だ。アヽ六日の菖蒲、十日の菊だ、悔んで返らぬ事乍ら、恋しい弥次サン勝サンは、何処にどうして御座るやら、お前は情ない情ない、都合四人の道連れが、半死半生の目に合ふて、どうして之が泣かずに居られうか。アヽ私も一所に殺して下さんせ、死に度いわいなと許りにて、命惜まぬ武家育ち、シヤンシヤンシヤンか』 六『エヽ与太公、ヨタを云ふにも程がある哩、もつと真面目にならないか』 与『真面目になつても、ならいでも同じ事だよ、死んだ者は、どうしたつて帰つて来る例は無い、俺も余り心淋しく悲しくなつて来たので、気まぐれに、莫迦口を叩いて居るのだ。何処に友達の災難を見て喜ぶ者があらうかい。三五教の教には、取越苦労と過越苦労はいたすなよ、勇んで暮せ、刹那心が大切だ、刹那のその刹那こそ吾々の意志のまま、自由行動の勢力範囲だ。一分間前は最早過去の夢となつて、どうしても逆転させる訳には行かず、一分間後の事は人間の自由になるものではない、何事も神様の自由意志の儘だ。斯う云つて居る間も、無情の風とやらの悪魔は吾々の身辺を絶えず附け狙ふて居るのだ。弥次、勝の二人の友達は実に無情至極の烈風に誘はれて之も生死の程は明かならず、吾々はこうして両人に邂り逅ひ、ヤア居つたか居つたか、結構々々、豆で御無事でお達者で、美はしき御尊顔を拝し吾々身に取つて、恐悦至極に存じ奉ります。やア之は之は与太公か六公か、余が所在を尋ね、よくも難路を踏み越え、探しに来て呉れた、大儀々々、余は満足に思ふぞよ。褒美には、これを遣はすと云つて、鼻糞の万金丹でも、ヱンリンのアンカン丹でも御下賜あるに定つて居ると予算を立てて行つて見た処が、算用合ふて銭足らず、予算外の支出超過で、さつぱり二人の友達は破産申請、身代限りの処分を受けて、可愛い妻子をふり捨て、十万億土の冥途とやらいふ国へ移住でもして居つたら、その時こそ、折角張り詰めし心の綱も、頼みの糸も切れ果てて、泣いても悔んでも返らぬ悲惨な幕に打付かるかも知れやしない。その時なにほど失望落胆したつて駄目だよ。アヽコンナことを思ふよりも、日頃の信仰の力によつて強圧的に刹那心を発揮し、われと吾心の駒に慰藉を与へて居るのだよ。陽気浮気で無駄口が云へるかい。啼く蝉よりも啼かぬ螢が身を焦す。嗚呼それにしても、あの元気な弥次彦の顔がもう一度拝みたい。勝公も勝公ぢや、折角、窟の中から助けられ、僅か半日経ぬ内に、無情の風に誘はれて、木の葉の如く吹き散らされ、煙となつて消ゆるとは、何たる因果な生れ附だらう。想へば想へば矢張悲しいワイ。刹那心の奴、どうやら屁古垂れさうになつて来たワイ。アーンアーンアーンアーンアーン、ウーンウンウンウン』 六『日天様はニコニコと御機嫌好く、山の端をお昇りなさつて吾々の頭を照らして下さるが、心の中は雲に包まれ、涙の雨は夕立と降りしきり、何共云へぬ淋しい事だ。人間といふ者は、あかぬものだな。昨日まで、鬼でも挫ぐ様な元気で、機嫌良うはしやいで居つた二人の友達は、今は生死も分らず九分九厘までは彼の世へ行つたものと諦めねばならぬ破目になつて来た、俺も昨日まで、ウラル教の宣伝使であつたが、漸く三五教に帰順したと思へば、弥次彦、勝公に別れて了ふし、何だか知らぬが昨日から交際ふた人とは何うしても思はれない、十年も二十年も昔から交際ふた様な気がする。知り合ひになつてから、三日も経たぬ俺でさへも之丈け悲しいのだもの、与太公は、長い間の馴染、お前の心も察するよ』 与『アヽ仕方がない。此処で屁古垂れずに、もう一遍、大捜索をやつて見やうか、因縁があれば、神様が両人に逢はして下さるだらう、たとへ死骸なり共、もう一目逢ふて、二人の先途を見届けて置かねばならない。エヽ怪体の悪い烏の鳴き声だ、益々気に懸るワイ』 六『オーほんにほんに向ふの谷間の大木の枝に沢山の烏が止まつて鳴いてゐるなア。ハテ、こいつは怪しいぞ、何だか人間の着物らしい物が、梢に見えるぢやないか、見てみよ』 与太公は両手の親指と人差指にて輪を拵へ乍ら眼鏡の如くに、左右の目にピタリと当がひ、烏の群がり居る樹木の枝に目を注いだ。 与『ヤアあれは的切、弥次公、勝公の着物だぞ。天狗の奴、股から引裂きよつて、着物を木に掛けて置きよつたな、エヽ忌々しい、しかしながら着物でも構はぬ、友達の形見だと思へば宜い、一つ彼の木の根元へ行つて調べて見やう、あの下辺りに、死骸となつて横はつて居まいものでもないワ、彼れが第一、生きて居るのだつたら、烏の声が聞えるだらうから、俺達の言霊も聞える道理だ。一つ力限り叫んで見やうか』 六『叫ばうと云つたつて声の原料が根絶したのだから仕方がない。向ふが烏よりもこちらが声をからすだ、二人で此様な処で、とり留めもない、とりどりの噂をして居るよりも、とり敢ず、手取早く、彼の木の元にとり付いて調べて見やうかい。万一あの木の元に、死骸が一人でも二人でもあつたならば、俺は彼の女房の代り役者となつて、これこれ弥次サン勝サンヘ、逢ひたかつた、見たかつた、と顔や手足に取付いて、前後不覚に嘆きつつ、取乱したるその哀れさ、ヂヤンヂヤンヂヤンヂヤン』 与『俺の真似許りするない。ソンナ処かい、さア駆足だ』 樹木茂れる中を、茨に引掛り、蜘蛛の巣にまとはれ乍ら、漸くにして谷川の縁に着いた。 与『ヤア、折悪しく、川向ふの松の大木だ、この急潭をどうして渡らうかな、アヽ昨日や今日の飛鳥川、変る浮世といひ乍ら、有為転変も、ここまで往つたら、徹底して居る哩、この川の淵瀬がどうして渡られやうぞ。オイ六公、何とか好い考へは出ないかいのう』 六『俺の考へは只刹那心あるのみだ。この谷川へ飛び込んで、土左衛門になつたら、その時はもう仕方が無い。弥次公、勝公の後を追ふて一所に仲宜く、死出三途同行四人だ』 と云ふより早く、六公は着物を着た儘、ザンブと許り谷川へ飛び込んだ。 与『アツ六公め、気の早い奴だ、エヽ俺も破れかぶれだ』 と又もや、ザンブと身を躍らして、青淵目蒐けて飛び込んだ。折よく流れ渡りに向岸に無事に這ひ上る事を得た。 六『アヽお蔭で川渡りは成功した。与太公もやつたのか、偉いなア』 与『偉いの偉くないのつて、鼻から口から、水を充満飲んだものだから、息が止まりさうにあつたよ、然ながら、斯うぬれねずみでは、着物が足に巻り付いて歩く事も出来はしない、一つ大圧搾をやつて、荒水を取つて着替へて行かうか。ヤア六公の奴、早何処かへ行きよつたナ』 六公は一丁許り向ふの樹の茂みから、 六『オーイ、与太公、此処だ此処だ、オーイ、弥次公、勝公、俺は此処だヨウ』 与『何だ幽霊の名まで呼んでゐよる。冥土へ行つた弥次、勝と交ぜて俺の名を呼ばれて堪るものかい。顕幽混交だ、縁起の悪い。併しながら、俺は三途の川へ飛び込んで、最早や娑婆の人ではないのかな。何は兎もあれ、六公は頻りに呼び居るから、ともかく行つて見やう』 と独り言ちつつ声を目当てに上つて来る。 与『ヤア六公、どうだ、目的の主は御健全かな』 六『どうやら、姿だけは残つてゐるらしいぞ。何ぼ呼んでも、返事はせないから、生死の程は確かにそれとは計り兼ねる。上つて見やうと思つた処で、コンナ大木で、どうする事も、斯うする事も出来やしない、末期の水もよう汲んで貰はずに死んだかと思へば今更の様に思はれて、俺はもう悲しいわいやい、アーンアーンアーンアーン』 与『何メソメソ吠面かわくのだい、末期の水はなく共、松ケ枝で死んだのだもの松の露位は飲んで死んだらう、死んで了つてから何を云つたつて仕方がない。これからは、二人で弥次、勝の弔ひ合戦をやるのだ、二人寄つて四人前の働きをすれば、二人の亡者も、冥するであらう。もう斯うなれば、追善の為めに、各自が二人前の働きをするより、二人の霊を慰めてやる方法は無いワ』 松の上より幽かな声で、 弥『オーイ与太公か、六公か、与太六』 与『ヤア、お前は弥次彦か、勝公か、死んだらもう仕方がない、後は俺が引受けて女房までも都合宜う世話してやるワ。迷ふな迷ふな。娑婆の執着心をサラリと去つて極楽参りをしてくれ』 弥『(小声で)オイ勝公、お蔭でこの松の大木に助けられて気が付いたと思へば、与太、六の奴、俺たちを亡者と間違へよつて、アンナ事を云つて居よる。一つ此処まで、軽業の芸当をやつたのだから、このまま下りるのも何だか、変哲がない、一つ亡者の真似でもして、一芝居やつて見やうかな』 勝『お前、よつぽど腹の悪い奴だナ、可愛想に二人の友達が、泣声を出して探しに来て居るのに罪な事をするものぢやないワ』 弥『それでも勝公、既に既に、俺たちを亡者扱ひにして居るのだもの、このまま済しちや、折角の芝居のハネ口が悪いぢやないか。ハネ太鼓が鳴るまで一寸演劇気分になつたらどうだ、オイ勝公、お前芝居が下手なら口上言ひにならぬか、拍子木の代りに、両手を叩いて、お客様に口上を申上げるのだ』 勝『さうだ、一寸口上を云つて見様かな。東西々々、今晩御覧に入れまする狂言芸題の儀は、小鹿峠大風の段より三途の川、死出の山、脱衣婆に弥次彦が談判を試みる一条より後に残つた、与太、六といふ二人の腰抜け野郎が、泣面かはいてその後を尋ね、三途の川の向岸で松の大木の根元において嘆き狂ふ愁歎場を、大切と致しまして御高覧に供しまする。何分遽芝居の事にございますれば、神直日大直日に見直し聞き直し、あれは彼れ位の者、之は之れ位の者とお許し下さいまして、お爺サンもお媼サンもお子供衆も、近所隣誘ひ合せ賑々しく、御来場御観覧下さらむ事を、偏に希ひ上げ奉ります、チヤンチヤン』 与『オイ六公、世の中が変れば変るものだな、芝居といふものは娑婆丈けのことかと思へば、幽界に来ても、やつぱり芝居があると見える哩、なにほど幽界は淋しいと云つても、芝居さへ見せて呉れれば、ちつとは気保養も出来るといふものだ、変性男子の閻魔サンが御代りになつてからと云ふものは、地獄の中も、余程寛大になつたといふ事を、神憑の口を通じて聞いて居たが、如何にも変つたものだ、民権発達といふものは、地獄の底まで影響を及ぼし、今度の閻魔サンは、民主主義になられたと見えるな』 六『与太公、何を云ふてゐるのだい、ここは三途の川じやないぞ、小鹿峠の谷間ぢやないかい、勝の奴、好い気になつて、アンナ亡者芝居の真似をさらしよるのだよ。莫迦莫迦しい哩』 与『否々そう早合点をするものぢやない、俺も一旦、谷底へ飛び込んだ時に沢山な水を飲んで、気が遠くなり、大きな川を泳いだ様な気がする、婆の姿は見えなかつたが何でも深い大きな川だつたよ』 六『惚けない、今この川を渡つたとこぢやないか、俺は決して亡者ではないぞ。貴様も俺と一所に渡つたのだから、矢張り娑婆の人間だ。オイ、松葉天狗の弥次公、勝公、早く下りて来ないかい、ソンナ処で目を剥き、鼻を剥き、芝居をやつて居ると、真逆様に顛倒して、それこそ今度は、真正の亡者にならねばならぬぞ。好い加減に下りて来ないかい。貴様が仕様もない事を吐すものだから、与太公の奴、亡者気分になりよつて困つて了ふワ』 弥『(作り声して)ウラメシヤー、無情の風に誘はれて、小鹿峠の十八坂の上まで来た処が、無惨やナー、花は半開にして散り、月は半円にして雲に包まる、有為転変の世の中とは謂ひ乍ら、思ひもよらぬ冥土の旅、ま一度女房の顔が見たい哩のー。それに就いても恨めしいのは、なぜ与太公や六公を冥土の旅に連れて来なかつただらう。三途川の鬼婆奴の吐す事には、貴様は友達甲斐のない奴ぢや、なぜ与太公、六公を見捨てて来たか、水臭い奴ぢや、も一度帰つて誘ふて来いと吐しよつた。アヽ仕方がない………後に残つた与太公や六公の奴、弥次彦勝彦は情ない奴ぢや、何故に俺達を残して冥途の旅をしたのかー、この恨みは死んでも忘れは致さぬと、小鹿山の森林で娑婆の亡者となつて迷ふてゐるぞよ。早く貴様は娑婆の入口まで引返し、松の木の枝から、招いて来いと云ひ居つた。アンナ頑固な腰抜け野郎と、冥土の旅をしたなれば、嘸や嘸厄介のかかる事であらう程に、エヽ三途の川の鬼婆も聞えぬわいのー、ホーイホーイ』 六『コラ弥次公、何を誣戯けた真似をしよるのだい、死に損ひ奴が、早く下りぬかい』 与『オーイ弥次公、三途の川の婆が何と云ふたのか知らないけれど、与太公は娑婆で大病に罹つて足が立たぬから暫らく猶予をしてやつて下さいと頼んで呉れえやい。俺はその代りに、貴様の冥福を祈つて、朝晩に鄭重な弔ひをしてやる程に、何卒お婆アサンにその処は宜しう取做しを願ふぞやー、ホーイホイホイ』 六『ヤア此奴また怪しうなつて来たぞ、与太公は丸で六道の辻見た様なものだ、エヽ糞ツ、面白くもない、娑婆の幽霊の奴が。オイ弥次公、勝公よい加減に下りぬかい』 勝『ポンポン、東西々々ただ今御高覧に入れましたる一条は、冥土より娑婆の亡者迎への段、首尾よくお目に止まりますれば、次なる一幕を御覧に入れ奉りまーす』 六『エヽ、陰気臭い。下りな下りいで宜いワ、此処に都合の好い竹竿がある、之で貴様の尻をグサと芋ざしに刺してやるから左様思へ。オイ与太公、貴様も手伝はぬかい、たとへ亡者にした処で余りな事を吐す奴だ、突いてやるのだ、恰度竿も二本ある、誂へ向に二本置いてあるワ、オイあの尻を目蒐けてグサツと突くのだぞ』 弥『アナオソロシヤナー、アナオカシヤナー、突かれたらアナ痛やナー、あな畏あなかしこ。ヒユードロドロドロドロドロ』 手を腰の辺りにブラリと下げ、調子に乗つて松の小枝をスルスルと歩いた途端に踏み外してズルズルズルズルズルドターン。 弥『イヽヽイツターイ』 六『流石は弥次彦だ、空中滑走をやつて、御無事御着陸、今度はお次の番だよ。勝公も滑走だ滑走だ』 勝『東西々々、只今は弥次彦が幽霊となつて中空を浮遊し松の根元に着陸いたしました。滑走の芸当、お目に止まりましたなれば、皆サンお手を拍つて御喝采を願ひまーす』 六『コラ勝公、弥次彦が腰を抜いて冥土旅行をしかけて居るのに何をグズグズやつて居るのだ。好い加減に下りて来ぬかい』 勝『東西々々、これから第三段目も御覧に入れまーす。飛行機に乗つて勝彦の無事着陸、お目に止まりますれば今晩は之れにて、千秋楽と致しまする』 と云ふより早く、コンモリとした松の小枝より傍の竹の心を目蒐けて飛び付いた。竹は満月の如く弓となつてフウワリと大地に勝公を下ろした。 勝『お蔭で命だけは、どうやら、此方の者になつたらしいと思ひます。藪竹サン、左様なら』 と掴んだ竹を離せば、竹は唸りを立てて立ち直る。 弥『オイ与太公、貴様こそ本真物か』 与『何だか生死不明の境涯だ』 六『エヽ困つた奴と道連れをしたものだワイ』 弥『アヽどうやら腰が抜けたのでは無かつたさうだ、アハヽヽヽヽヽ』 勝『吾々は不都合な芸当を御覧に入れましたにも抱はらず、神妙に御覧下さいまして、勧進元は申すに及ばず役者一同有難く御礼申上げます、また御暇がございましたら、来年の春、また一座を引きつれて皆サンにお目に掛らうやも知れませぬから、永当々々、倍旧の御贔屓を偏に二重に七重の膝を八重に折り、かしこみかしこみ願ひ上げ奉ると申す、惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 一同『アハヽヽヽヽ、お目出度いお目出度い、甦つた甦つた、千秋万歳万々歳』 (大正一一・三・二四旧二・二六藤津久子録)
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(1623)
霊界物語 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) 13 山上幽斎 第一三章山上幽斎〔五六三〕 醜の魔風や様々の、世の誘惑に勝彦の、神の使の宣伝使は、弥次彦、与太彦、六公の三人を伴なひ、小山の郷を打過ぎて、二十の坂を三つ越えし、峠の頂きに漸く登り着いた。 この峠の頂きは今迄過来し各峠の頂上に引換へて大変に広い高原になつて居る。小鹿川の流れは眼下の山麓を、白布を晒した如く、岩と岩とにせかれて飛沫を飛ばして居る。山腹は殆んど岩を以て蔽はれ、灌木の其処彼処に青々として、岩と岩の配合を、優美に高尚に色彩つて居る。 弥『小鹿峠も漸く二十三坂を跋渉したが、この頂上くらゐ広い所は無かつた。東西南北の遠近の山、茫漠たる原野は一望の下に横たはり、風は清く、何となく春の気分が漂ふて来た。此処で吾々はゆつくりと休養して参る事に致しませうか』 勝『アヽそれは宜からう、この頂上より四方を眺めた時の気分は、実に雄渾快濶にして、宇宙を我手に握つたやうな按配式だ。ゆるゆると神界の話でもさして頂かうか、斯う云ふ清い所では、何程神界の秘密を話した所で、滅多に曲津神の襲来する虞もなからう』 と言ひ乍ら、青芝の上に腰を下した。三人も同じく、芝生の上に横たはつた。 与『アヽ良い気分だ。何時見ても、頂上を極めた時の心持はまた格別だが、今日は殊更に気分が良い。斯う云ふ時に一つ幽斎の修業を始めたら、キツト善い神様が感合して下さるでせう、………もし宣伝使様、一同此処で三五教の鎮魂帰神の神法を施して下さいませぬか』 勝『それは結構だが、生憎高地の事とて、水も無し、手を洗ひ口をすすぎ、水を被ると云ふ事が出来ないから……第一此れには閉口だ』 弥『神様の教にも、「身の垢は風呂の湯槽に洗へ共、洗ひ切れぬは魂の垢なり」と示されてある、たとへ水が無くとも、神様に一つ御免を蒙つて、身魂の洗濯をして貰ふ訳にはゆきますまいか。水は肉体の垢を洗ひ落す丈のもの、鎮魂は精神の垢を落すものですから、今日は肉体は已を得ずとして、霊丈の洗濯をして貰ひませうか……ナア与太彦、六公』 与『それも一つの真理だ……もしもし勝彦の宣伝使、あなたは古参者だ、吾々は新参者、どうぞ一つ鎮魂を願つて下さいな』 勝『霊肉一致、現幽一本だから、理屈を云へば、別に水行をせなくつても、霊さへ洗へば良いと云ふ様なものだが、矢張汚い肉体には美しい霊の神が憑る事は、到底不可能だらう。コンナ所で漫然と幽斎でもやらうものなら、ウラル教の守護を致して居る悪神が、何時憑依するかも知れたものでない。此頃は霊界に於て、往昔国治立の大神、その他の神々に対し、極力反抗を試み、遂には大神をして退隠の已むなきに至らしめたと云ふ大逆無道の常世姫や木常姫、口子姫、八十枉彦の邪霊連中が、少しでも名望のある肉体に憑依し、再び神界混乱の陰謀を企てて居るのだから、愚図々々して居ると、何時憑依されるか分つたものでない。宇宙一切は大国治立尊の御支配だから、到る所として正しき神の神霊は、充満し給ふとは云ふものの、また盤古系統、自在天系統の邪神も天地に充満して居るから、此方の霊をよほど清浄潔白にして掛らねば、神聖の神の降臨を受けるといふ事は、到底不可能なが原則だ。水が一滴もないのだから、肉体を清める訳にも行かないから、また滝壷の在る所か、清き流れの水に禊をするとかして、その上で幽斎の修業にかかつたが宜しからう』 弥『アヽ融通の利かぬものだな、全智全能の根本の神様でも、ソンナ窮屈な意見を以て居られるのだらうか。善悪相混じ、美醜互に交はつて、天地一切の万物は、茲に初めて力を生じ、各自の活動を開始するのでは有りませぬか。世の中には絶対の善もなければ、また絶対の悪もない。如何に水晶の身魂だと云つても、大半腐敗せる臭気に包まれた人間の体に宿らねばならぬのだから、何程表面を水位で洗つた所で、五臓六腑まで洗濯しきれるものでない、物を深く考へれば、手も足も出せなくなつて了ふ。何事も神直日大直日に見直し聞直し詔直して、ここで一つ神聖なる幽斎の修業を、是非々々開始して下さい。ナンダカ神経が興奮して、神懸の修業がしたくつて、仕方がなくなつて来た』 勝『幽斎の修業は心身を清浄にする為、第一の要件として、清潔なる衣服を纏ひ、身体を湯水に清めて掛らねばならぬのだが、さう言へば仕方がない、神様に御免を蒙つて幽斎の修業をさして頂く事にしやうかなア』 弥『イヤー有難いありがたい……ナア与太彦、六公、貴様は今迄まだ神懸の経験がないのだから、この弥次彦サンの神懸を、能つく拝め、心を清め、肝を錬れ、……サア勝彦の宣伝使様、早く審神をして下さい。ナンダカ気がイソイソとして堪まらなくなつて来ました、……ウンウンウンウン、ウーウー』 と忽ち惟神的に両手は組まれ、身体忽ち前後左右に動揺し始めた。 与『ヨー弥次彦の奴、独り芝居を始め出したナ、ナンダ、妙な恰好だな、目を塞ぎよつて両手を組み、坐つたなりに飛上がり、宙にまいまいの芸当を始め出した。大方松の大木から滑走しよつた時の亡霊が、まだ体のどつかに残留して居つたと見える……オイ六公、面白いぢやないか、……コレコレ勝彦サン、今日はモウ口上丈はやめて下さい、頼みますぜ』 勝『アハヽヽヽ』 弥次彦は夢中になつて、汗をブルブル垂らし乍ら、蚋が空中に餅搗した様に、地上一尺以上を離れ、五六尺の間を昇降運動を開始して居る。神懸に関しては素人の与太彦、六公の二人は、口アングリとして大地に倒れた儘、 与、六『アーアー、ヤルヤル、妙だ妙だ、オイ弥次彦、貴様はそれ丈の隠し芸を持つて居つたのか、重宝な奴だ、宙吊りの芸当は珍らしい。ワハヽヽヽ、モシモシ宣伝使さま、どうとかして、御神力で弥次彦の体を、猿廻しの様に使つて見せて下さいな』 勝彦は両手を組み、天津祝詞を声も緩やかに奏上し終り、一二三四五六七八九十百千万と、天の数歌を歌ひ終り、右の食指の指頭より五色の霊光を発射し、弥次彦の身体に向つて、空中に円を描いた。弥次彦の身体は勝彦の指の廻転に伴れて、空中に円を描き、指の向ふ方向に、彼が身体は回転する。勝彦は、今度は思ひ切つて腕を延べ、中天に向つてブンマワシの如くに円を描き、弥次彦の体は勝彦の指さす中空に向つて舞上り舞ひ下り、また舞ひ上り舞下り、空中遊行の大活劇を演ずる面白さ。 与『オイ六公、あれを見い、弥次彦の奴、漸々熱練しよつて、体が小さくなつて、見えぬやうな高い所まで、空中を滑走し、上つたり下りたり、上になつたり下になつたり、大変な大技能を発揮しよるぢやないか、……モシモシ宣伝使さま、あなたの指の動く通りに、弥次彦の奴、動きますなア。あれなら軽業師になつても大丈夫食へますナ』 勝『アハヽヽヽ、あれは霊線の力に操られて、体を自由に使はれて居るのだ。俺の指の通りになるであらうがな』 与『ハハア、さうすると弥次彦が偉いのじやなくて、あなたの指が偉い神力を具備して居るのだなア……あなたはヤツパリ魔法使だ、恐ろしい油断のならぬ宣伝使ぢや、私丈はアンナ曲芸は、どうぞ遣らさぬ様に願ひますで、喃六公、アンナ事をやられたら、息も何も切れて了うワ』 六『アヽ恐ろしい事だのう』 斯く云ふ中、弥次彦の身はスーと空気を分ける音と共に、三人の前に下つて来た。勝彦は又もや両手を組んで、『許す』と一声、弥次彦は常態に復し、目をギロつかせ乍ら、 弥『アヽやつぱり二十三峠の頂上だつた、ヤア怖い夢を見たよ、天へ上がるかと思へば地へ下つて、地へ下つたと思へば又天へ引上げられる、目はまわる、何ともかとも知れぬほど苦しかつた、アヽやつぱり夢だ夢だ』 与、六『エ、なアに、夢所か実地誠の正味正真だ。現に俺達は今ここで貴様の大発明の軽業を、無料観覧した所だ。貴様もよつぽど妙な病気があると見える、親のある間に治療をして置かないと、親が無くなつたら、到底一生病だ。不治の難症と筍医者に宣告されるが最後、芝を被つて来ない限り、迚も此世では駄目だぞ、……モシモシ勝彦さま、コラ一体何の業ですか』 勝『弥次彦には、悪逆無道の木常姫と云ふ奴が、タツタ今油断を見すまして、くつつきよつたのだ。そこで私が鎮魂の力を以て木常姫の悪霊を縛つたのだ。悪霊は私の指の指揮に従つて、あの通り容器と一所に、宙を舞ひ狂うたのだよ、モウ今の所では、木常姫の邪霊も往生致して逃げよつたから、弥次彦も旧の通り、常態になつたのだ、ウツカリして居ると、貴様等も亦何時邪霊の一派に襲はれるか知れやしないぞ。夫れだから、至貴至重至厳なる幽斎の修業は、肉体を浄めもせず、汗だらけの、垢の付いた衣服を纏ふて奉仕する事は出来ないと、私が説諭したのだ。それにも拘はらず、私の言葉を無にして聞かないものだから、修業も始めない中から、邪霊に誑惑され、忽ち木常姫の容器となりよつたのだ、……オイ弥次彦、しつかりせないと、又もや邪神が襲来するぞ』 弥『智覚精神を殆んど忘却して居ましたから、何が何だか私としては、明瞭を欠きますが、仮令邪神にもせよ、宙を駆けるナンテ、偉い力のあるものですなア』 勝『馬鹿を言ふな、胴体なしの凧といふ事がある。悪魔と云ふ者は、大体が表面ばかりで、実地の身がないから、恰度、言へば風の様なものだ。その邪霊が人間の肉体へ這入つたが最後、人間の体は風船玉が人間を宙にひつぱり上げる様な具合になつて、体が飛び上がるのだ。人間は大地を歩む者、鳥かなんぞの様に、宙を翔つ奴は、最早人間としての資格はゼロだ、貴様たちも中空が翔つて見たいのか』 与、六『ヘイヘイ邪神だらうが、何だらうが、人間として天空を翔ると云ふ様な事が出来るのなら、私は一寸一遍、ソンナ目に会ふて見たいですな。世界の人間は驚いて……「ヤア与太彦、六公の奴、偉い神力を貰ひよつた、生神さまになりよつた」と云つて、尊敬して呉れるでせう。そうなると、「ヤア彼奴は三五教の信者だ、三五教は神力の強い神だ、俺も三五教に帰依する」と云ふて、世界中の人間が一遍に改心するのは請合です。神様も吾々にアンナ神力を与へて、世界の奴をアツと言はして下さつたら一遍にお道が開けて、世界の有象無象が改心するのだけれどなア』 勝『正法に不思議なし、奇蹟を以て人を導かむとする者は、いはゆる悪魔の好んで執る所の手段だ。吾々は神様の貴重な生宮だ、充分に自重して、肉の宮に重みを付け、少々の風にまで飛あがり、宙をかける様な事になつては、最早天地経綸の司宰者たる資格はゼロになつたのだ。何処までも吾々はお土の上に足をピツタリと付け居るのが法則だ』 与『それでも、鷹彦の宣伝使は宙を翔つぢやありませぬか』 勝『鷹彦は半鳥半人の境遇に居るエンゼルだ。彼は時あつて空中を飛行し、神業に参加すべき使命を持つて居るのだから、羽翼が与へられてあるのだよ。羽翼は空中を飛翔するための道具だ。羽もない人間が、今弥次彦の様な事を行るのは変則だ、悪魔の翫弄物にせられて居るのだよ』 六『さうすると、悪魔の方がよつぽど偉い様ですな。誠の神様は土に親しみ、悪魔は天空を翔るとは、実に天地転倒の世の中とは言ひ乍ら、コラ又あまり矛盾ぢやありませぬか。仮令邪神でも何でも構はぬ、一遍アンナ離れ業を演じて見たいワ』 勝『コラコラ六公、言霊の幸はふ国だ、ソンナ事を言ふと、貴様には、竜宮城から鬼城山に使ひした、一旦大神に叛いた口子姫の霊が、貴様の身辺を狙つて居るぞ、シツカリ致せ』 六『ヤアそいつは一寸乙でげすな、何時も憑り通しにされては困るが、一遍位は憑つて呉れても御愛嬌だ、……ヤイ口子姫とやら、俺の肉体を貸して与るから、一遍アツサリと憑つて呉れぬかい』 弥次彦口をきつて 弥次彦『クヽヽヽチヽヽヽコヽヽヽヒヽヽヽメヽヽヽ口子…口子…ヒヒメメメメ口子姫命只今より六公の肉体を守護致すぞよ』 六『有難う御座います』 と云ふや否や、身体を上下左右に動揺し始めた。地上より四五尺許りの所を、上りつ下りつ、石搗の曲芸を演じ始めた。遂には足は地上を離れ、最低地上を距ること一尺余、最高二三丈の空中を上下し、廻転し始めた。 弥『ヤア六公の奴、偉い神力を貰ひよつたぞ、羨りい事だ、俺も一遍アンナ事が有つて見たい。俺にアヽ言ふ実地が現はれたら、それこそ一も二もなく神の存在を、心底から承認するのだが、どうしても俺には、霊が曇つて居ると見えて、神が憑つて呉れぬワイ』 与『オイ弥次公、貴様ア、アンナ事所かい、殆ど日天様の所へ行きよつたかと思ふほど高う、空中をクルクルクルと廻転しよつて、まるで鳥位小さく見える所まで……貴様は現に大曲芸を演じよつたのだよ、それを貴様は記憶して居らぬか』 弥『アヽさうか、ナンダかソンナ夢を見たやうな記憶が朧げに残つて居る様だ。ヤアヤア六公の奴、追々と熟練しよつて、ハア上るワ上るワ……殆ど体が小さく見える所まで上りよつたナ、……モシモシ勝彦さま、アラ一体全体どうなるのですか』 勝『あまり慢心をすると、体の重量がスツカリ無くなつて、邪神の容器となり、風船玉のやうに吹き散らされるのだ、幸に今は無風だから好いが、一昨日の様な風でも吹いた位なら、夫れこそ、どこへ散つて仕舞ふか分りやしないぞ。それだから俺が此処では幽斎の修業は行られぬと云ふたのだ、……吁、困つた病人が二人も出来よつた、愚図々々して居ると、与太公、貴様にも伝染の兆候が見えて居る、病菌の潜伏期だ。何とかして、免疫法を講じたいものだが、此附近には避病院もなし、消毒薬も無し、困つた事だワイ』 与『消毒薬とは何ですか』 勝『生粋の清浄なお水だ、お水で体を清めて、神様の霊光の火で、黴菌を焼き亡ぼすのだ。吁、困つた事だ、……オイ与太公、しつかりせぬか、貴様には八十枉彦が附け狙ふて居るぞ、……何だ其態度は……またガタガタと震ひ出したぢやないか』 与『強度の帰神状態で、……イヤもう神人感合の妙境に達するのも、余り遠くはありますまい、……南無八十枉彦大明神、何卒々々この与太彦が肉体にどこどこまでもお見捨てなく、神懸り下さいませ、惟神霊幸倍坐世』 勝『また伝染しよつた、病毒の伝播と云ふものは、実に迅速なものだ、アヽ仕方がない、此奴等は皆奇蹟を好んで神を認めやうとする偽信者だから、谷底へ落ちて目を覚ますまで打遣つて置かうかなア。大火事の中へ、一本や二本のポンプを向けた所で仕方がないワ。エ、ままよ、これ丈熱くなつて燃え来つた火柱の様な、周章魂は、最早救ふの余地はない、……吁、国治立の大神様、木花姫の神様、日の出神様、モウ此上は貴神の御心の儘になさつて下さいませ、惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 勝彦の祈り終るや、六公は上下動を休止し、芝生の上にキチンと双手を組んだ儘端坐し、真赤な顔をし乍ら、汗をタラタラと垂らして居る。与太公は又もや唸り出した。法外れの大声で、 与太彦『ヤヤヤヤヤア、ヤソ、ヤソヤソヤソ、ママママ、ガヽヽヽ、マガマガマガ、ヒヒ、ココ、ヒコヒコ、八十枉彦だア……腐り切つたる魂で、三五教の宣伝使とは能くも言ふたり、勝彦の奴、……俺の審神が出来るなら、サア、サアサアサア、美事行つて見よ……』 勝『ナニツ、此世を乱す悪神、退却致せ』 と双手を組んで霊線を発射した。 八『アハヽヽヽヽ、ワツハヽヽヽヽ、可笑しいワイ、イヤ面白いワイ、小鹿峠の二十三坂の上に於て、審神者面を致した其酬い、数多の魔神を引きつれて、貴様の肉体を八裂に致してやらう、覚悟を致せ、……ヤツ…ヤツ…』 と矢声を出し乍ら、勝彦が端坐せる頭上を、前後左右に飛びまわり出した。勝彦は全身の力と霊を籠めて、右の食指より霊光を、八十枉彦の憑れる与太彦の前額部目掛けて発射した。 八『ワツハヽヽヽ、オツホヽヽヽ、猪口才な腰抜審神者、吾々を審判するとは片腹痛い。サアこれよりは其方の素つ首を引き抜いてやらう、覚悟を致せ』 と猿臂を延ばして掴みかかる。勝彦は『ウン』と一声言霊の発射に、与太彦の身体は翻筋斗うつてクルクルと七八廻転し乍ら、傍の木の茂みに転げ込んだ。又もや弥次彦は容色変じ、目を怒らせ、歯をキリキリと轢る音、……暫くあつて大口を開き、 弥次彦『コヽヽヽツヽヽヽネヽヽヽヒヽヽヽヒメ、コツコツコツ、ネヽヽヽヒヒヒ、メメメメ、コツコツ、コツネヒメのミコト、……其方は三五教の宣伝使と申し、変性男子埴安彦の神、変性女子埴安姫の神の神政を楯に取り、吾々の天下を騒がす腰抜野郎、この二十三峠は、吾々が屈強の関所だ。二十三坂、二十四坂の間は、ウラル彦の神に守護いたす、八岐の大蛇や、金狐、悪鬼の縄張地点、此処へ来たは汝が運の尽き、これから其方の霊肉共に木葉微塵にうち亡ぼし呉れむ、カカ覚悟をせよ』 と弥次彦の肉体は、拳骨を固めて、勝彦目がけて迫つて来る。勝彦は又もや『ウン』と一声言霊の水火を発射した。弥次彦の肉体は二三間後に飛び下がり、大口を開けて、 弥次彦『オホヽヽヽヽ、汝盲宣伝使の分際と致して、この木常姫を言向和さむとは片腹痛し、思ひ知れよ。汝が身魂の生命は、最早風前の灯火だ。この谷底に蹶り落し、絶命させてやらうか、ホヽヽホウ、愉快千万な事が出来たワイ。貴様を首途の血祭りに、祭りあげ、夫れよりは尚も進んでコーカス山を蹂躙し、ウラルの神に刄向ふ変性女子の身魂を片つ端から喰ひ殺し、平げ呉れむは瞬く間、オツホヽヽホウ、嬉し嬉し喜ばし、大願成就の時節到来だ、………ヤアヤア部下の者共、一時も早く勝彦が身辺に群がり来つて、息の根を止めよ、ホーイホーイホーイ』 と云ふかと見れば、ゾツと身に沁む怪しの風、縦横無尽に吹き来り、四辺陰鬱の気に閉され、数十万の厭らしき泣き声、笑ひ声、叫び声、得も言はれぬ惨澹たる光景となつて来た。勝彦は最早これ迄と、一生懸命、両眼を閉ぢ、天津祝詞を奏上し、天の数歌を歌ひ始めた。与太彦の身体は前後左右に脱兎の如く、駆け廻り始めた。続いて弥次彦の身体は四つ這となつて猛虎の荒れ狂ふが如く、口より猛火を吐きつつ、勝彦の居所を中心に猛り狂ひ飛廻る。六公は忽ち頭上の中空に跳上がり、勝彦が頭上を前後左右に駆けめぐり、何とも譬難き悪臭を放ち始めた。四辺は刻々に暗黒の度を増した。最早勝彦の身辺は烏羽玉の闇に包まれて了つた。 (弥次彦)『八十枉彦、木常姫、口子姫の神の神力には恐れ入つたか、イヤ恐れ入らずに居られうまい、ワツハヽヽヽ、オツホヽヽヽ、ホツホヽヽヽ』 と暗がりより、怪体な声切りに響き渡る。虎嘯くか、獅子吼ゆるか、竜吟ずるか、但しは暴風怒濤の声か、響か、四辺暗澹、荒涼、魔神の諸声は五月蝿の如く響き渡る。怪また怪に包まれたる勝彦は、一生懸命、滝の如き汗を絞り乍ら、神言を生命の綱に、声の続く限り奏上しかけた。この時闇を照して、中空より、馬に跨り下り来る四五の生神があつた。見る見る此場に現はれ、金幣を打振り打振り、前後左右に馬を躍らせ、駆け巡れば、流石の邪神も度を失ひ、先を争ふて二十四坂の方面指して、ドツと許り動揺めき渡り、怪しき声と共に煙の如く逃げ散つた。与太彦、弥次彦、六公は忽ち元の覚醒状態に復帰した。 勝『アヽ有難し有難し、悪魔の襲来を払ひ清め給ひし、大神の御神徳有難く感謝仕ります』 と大地に頭をすりつけて、嬉し涙に咽ぶ。弥次彦、与太彦、六公の三人も、同じく芝生に頭を着け、何となく驚異の念に駆られ、一生懸命に神言を奏上して居る。四人の身体は虹の如き鮮麗なる霊衣に包まれた。芳香馥郁として四辺に薫り、嚠喨たる音楽の響は、四人の身魂に沁み込むが如く聞ゆるのであつた。四人は漸く首を挙げて眺むれば、こはそも如何に、日の出別の宣伝使は、鷹彦、岩彦、梅彦、亀彦、駒彦、音彦と共に、馬上豊に此場に立つて居る。 勝『ヤア是れは是れは日の出別の神様、能くも御加勢下さいました。思はぬ不調法を致しまして、重々の罪御宥し下さいませ。此上は決して決して、斯かる不規律なる幽斎の修業は断じて行ひませぬ。何事も、我々が不覚無智の致す所、知らず識らずに慢心仕り、お詫の申様も御座いませぬ』 日の出別の神は一言も発せず、首を二三回肯かせ乍ら、一行の宣伝使を引連れ、再び天馬空を駆つて、雲上高く姿を隠した。無数の光輝に冴えたる霊線は、虹の如く彗星の如く、一行の後に稍暫く姿を存しける。 峰の尾の上を吹き亘る春風の声は、淑やかに聞えて来た。百鳥の春を唄ふ声は長閑に四人が耳に音楽の如く聞え始めた。 弥『モシ勝彦の宣伝使さま、大変な大騒動がおつぱじまつて、天の岩戸隠れの幕が下りましたな、あの時の私の苦しさと云つたら、沢山な青面、赤面、黒面の兎や、虎や、狼、大蛇が一時に遣つて来て、足にかぶり付く、髪の毛を引つぱる、耳を引く、腕をひく、擲る、それはそれは随分苦しい目に逢はされました。イヤもう神懸は懲り懲りでした。咫尺暗澹として昼夜を弁ぜず、苦しいと云つても譬様のない、えぐい、痛い、辛い、臭いイヤもう惨々なきつい目に会ひました。その時に…アヽ宣伝使様がウンと一つ行つて下さると好いのだけれど、あなたは霊眼が疎いと見えて、敵の居ない方ばつかり、一生懸命に鎮魂をやるものだから、鼻糞で的貼つた程も効能は無く、聾ほども言霊の神力は利かず、イヤモウ迷惑千万な事でしたよ』 勝『アヽさうだつたか、そらさうだらう、何分曇り切つた肉体で、俄審神者を強ひられて無理に行つたものだから、審神者の肉体に神様が完全に宿つて下さらぬものだから失敗をやつたのだ。然しチツトは鎮魂も効能が現はれただらう』 弥『千遍に一度位まぐれ当りに、私を責めて居る悪霊の方に霊光が発射したのは確かです。イヤモウ脱線だらけで、必要な所へはチツトも霊の光線が発射せないものだから、悪魔の奴益々付け込んで、武者振りつき、えらい苦みをしました。アーア斯うなると立派な大将が欲しくなつて来たワイ』 勝『惟神霊幸倍坐世』 与『私もえらい目に遭はされた、人の首を真黒けの縄で、悪魔の奴、幾筋ともなく縛りよつて、古池の水を両方から、釣瓶の綱をつけて替揚げる様に、空中を自由自在に振り廻しよつた時の苦さと言つたら、何遍息が絶えたと思つたか分りませぬ、アヽコンナ苦い責苦に会ふのなら、一層の事、一思ひに殺して欲しいと思ひましたよ。熱いと思へば又冷たい谷底へ体を吊り下ろされ、今度は又焦つく様な熱い所へ吊り上げられ、夏と冬とが瞬間に交代をするのだから、体の健康は台なしになるなり、手足は散り散りバラバラになつて了つた様な苦みを感じた。その時に審神者の勝彦サンは、どうして御座るか、ここらでこそ助けて呉れさうなものだと思つて、あなたの方を眺めて見れば、あなたの背後には、常世姫の悪霊が、貧乏団扇をふつて、悪霊の指揮命令をやつて居る、お前さまは、その常世姫の手の動く通りに、操り人形の様に活動し………否蠢動して居るものだから、却てそれが此方の助け所か、邪魔になつて、益々苦しさを加へ、イヤモウ言語に絶する煩悶苦悩、目の球が一丁ほど先へ飛出すやうな悲惨な目に遇はされました』 勝『それだから、コンナ所で幽斎の修業は廃せと言ふのに、貴様が勝手に悪魔の方へ行きよつたのだ。仮令邪神でも、あの弥次彦の様に、空中滑走がしたいの曲芸が演じたいのと、熱望的気焔を吐くものだから、魔神の奴得たり賢し、御註文通り何でも御用を承はります、私の好物、手具脛引いて待つて居ました、何のこれしきの芸当に手間もへツチヤクレも要るものか、遠慮会釈にや及ばぬ、悪神の容器には持つて来いして来いぢや、ヤツトコドツコイして来いナ、権兵衛も来れ、太郎兵衝も来れ、黒も来い、赤も来い、大蛇も来い、序に狐も、狸も、野天狗も、幽霊も、あらゆる四つ足霊もやつて来いと、八十枉彦の号令の下に集まり来つた数万の魔軍、千変万化の魔術を尽して攻め来る仰々しさ、目ざましかりける次第なりけりだ。アツハヽヽヽ』 与『モシモシ勝彦の宣伝使さま、あまり法螺を吹いて貰ひますまいか、………イヤ法螺ぢやない業託を並べて嘲弄して貰ひますまいかい。この天地は言霊の幸はふ国ぢやありませぬか、ソンナ事を言つて居ると、又もや私の様に、軽業の標本に、魔神の奴から使役されますぜ。労銀値上の八釜しい今の世の中に、破天荒の………否廻転動天の軽業を生命からがら、無報酬で強制され、汗や脂を搾られて、墓原の骨左衛門か骨皮の痩右衝門の様な、我利々々亡者の痩餓鬼にならねばなりますまい、チツト改心なされ』 勝『惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 六『コレコレ立派な審神者の勝彦さま、あなたの御神力には往生致しましたよ、イヒヽヽヽ』 勝『みなが寄つて、さう俺を包囲攻撃しても困るぢやないか。俺だつて誠心誠意、有らむ限りのベストを尽したのだ。これ以上吾々に望むのは、予算超過と云ふものだ。国庫支弁の方法に差支へて了ふ。又復増税なんて、人の嫌がる事を言はねばならぬ。お前等はさう言つて、吾々当局の審神者を攻撃するが、当局者の身にもチツトはなりて見るが宜い。国家多事多難のこの際ぢや、金の要るのは底知れず、増税、徴募あらゆる手段を尽して膏血を絞り、有らむ限りの智慧味噌の臨時支出までして、ヤツトこの場を切抜けたのだ。さう八釜しく責め立ると、勝彦内閣も瓦解の已むを得ざる悲運に立到らねばならなくなる。さうなれば、貴様等も一蓮托生、連袂辞職と出かけねばなるまい。今度の責任を俺一人に負担させやうと云ふのは、あまり虫が好過ぎるワイ。共通的の責任を持つのが、いはゆる一蓮托生主義だよ、アハヽヽヽ』 弥『イヤ仰る通りだ、御尤もだ、モチだ。スツテの事で勝彦内閣も崩解するとこだつた。併し乍ら、人間は老少不定、何時冥土の鬼に迎へられて、欠員が出来るか知れたものぢやない、その時には、弥次彦が後釜に坐つて、この弥次喜多内閣でも組織し、お前サンの政綱を維持して行く、つまり連鎖内閣でも成立させて、居すわる積りだから、後に心を残さず、白紙の三角帽を頭に戴いて、未練残さず旅立なされ。何れ新顔の一人や二人は入れても構はぬ、居坐り内閣をやつて居る方が、党勢維持上都合が好いから、アハヽヽヽ。併しコンナ所に長居は恐れだ、グズグズしとると、冥土から角の生えた鬼族院がやつて来られちや、一寸閉口だ。これや一つ、研究会でも開いて、熟議をこらすが道だけれど、余り同じ処にくつついて居るのも気が利かない。二十四番峠も踏破し、二十五番の峠の上で、善後策をゆつくり講究致しませうか、アハヽヽヽ』 一同『ワハヽヽヽ』 勝『まだ笑ふ所へは行かないぞ、何時瓦解の虞があるかも知れやしない。常世姫命が、遠く海の彼方に逃げ去つて、盛に空中無線電信で合図をして居るから、一寸の隙も有つたものぢやない、気を付けツ、進めツおいち二三四ツ』 と道なき路をアルコールに酔ふた猩々の如く、無闇矢鱈に二十五番峠の上まで、漸く辿り着いた。 勝『アーア、ヤレヤレ危ない事だつた、中空に高き一本の丸木橋を渡つて来るやうな心持だつた』 弥『地獄の釜の一足飛といふ曲芸も、首尾能く成功致しました。皆様、お気に入りましたら、一同揃ふて拍手喝采を希望いたします』 勝『ヤア賛成者は少いなア、……、ヤア一つも拍手する奴がない、全然反対だと見えるワイ』 与『それでも勝彦さま、あなたの身の内に簇生して居る寄生虫は、ソツと拍手して居ましたよ。その声が……ブン……と云つて、裏門から放出しました。イヤもう鼻持のならぬ臭い事だつた、ワハヽヽヽ』 この時忽然として、東北の天より黒雲起り、暴風忽ち吹き来つて、峠の上に立てる四人の体は中空に舞ひ上り、底ひも知れぬ谷間目がけて天上より、岩をぶつつけた如く、一瀉千里の勢を以て、青み立つたる淵に向つて、真逆様にザンブと落込んだ。 その途端に夢は破られ附近を見れば瑞月が近隣の三四人の男、藪医者を招いて脈を執らせて居る。 藪医者は、一寸首を捻つて、 医者『アー此奴ア、強度の催眠状態に陥つて居る、自然に覚醒状態になるまで、放任して置くより途はなからう……非常な麻痺だ、痙攣だ……』 と宣告を下し居たりける。 (大正一一・三・二五旧二・二七松村真澄録)
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霊界物語 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) 15 丸木橋 第一五章丸木橋〔五六五〕 二十五番峠の頂上より強烈なる烈風に吹き払はれ、谷間に陥りし勝公一行は、息吹き返し起き上り、互に顔を見合せて、 勝『ヤア、此処はコシカ峠の谷底だ。一途の川とやら云ふ並木の松の茂つた一つ家に於て、常世姫や木常姫の悪霊と格闘をやつて居た積りだに、これは矢張り夢だつたかいなア』 弥『アヽ宣伝使様、貴方もソンナ夢を見たのですか、私も見ましたよ、エグイ顔をした婆アだつたねー。目の周囲から鼻の辺りと云ふものは紫色に腫上つて、随分見つともよくない常世姫の寝姿、一目見るよりゾツとした。それに又、星の紋のついた水色の羽織を着た中婆の嫌らしい顔つたら、今思つても身体中がゾクゾクするやうですワ。それに与太公の奴、一つ家の窓を覗いて、芝居がかりに手踊をやるをかしさ、可笑しいやら、恐ろしいやら、気分が悪いやら、腹が立つやら、疳が立つやら、イヤもう三五教の精神も何処かへ行つて仕舞うて、見直し聞き直し、宣り直しと云ふ余裕がなかつた。オイ与太公、六公、貴様は如何だつた。夢の中の一人だつたぞ』 与『俺もチヨボチヨボだ、一途の川だとか、欲しい一図だとか、婆が吐いて居たよ。余程よい血迷ひ婆アだワイ』 六『鬼婆が出刄をもつて、突つかかつて来よつた時にや、この方は無手だ、先方は獲物を持つて居るのだから一寸ハラハラした途端、目が醒めたのだ。アヽ嫌らしい夢を見たものだ。夢の浮世と云ふからには、何処かにかう云ふ事実があるかも知れないよ』 弥『夢と云ふものは神聖なものだ。吾々が社会的の総ての羈絆を脱して、他愛もなく本守護神の発動に一任した時だから、夢の中の事実はきつと過去か、現在か、未来のうちには実現するものだよ』 六『さうだらうかなア、過去の事だらうか、未来の事だらうかな』 勝『それは、この夢の実現は数十万年未来の事だ。二十世紀と云ふ悪魔横行の時代が来た時、八尾八頭や金毛九尾の悪霊が再び発動しよつて、常世姫や木常姫の霊魂の憑り易い肉体を使つて、行りよる事だよ。天眼通力によつて調べて見ると、何でもこれから艮の方に当つて、神さまの公園地に、夢の中の男子とか女子とかが現はれて、ミロクの世の活動を開始されるのを、何でも変性男子の系統の肉体に懸り、善の仮面を被つて教への子を食ひ殺し、玉取りをやる事の知らせであらう。アヽ二十世紀と云ふ世の中の人間は実に可憐さうだ。それにつけても、厳霊、瑞霊や金勝要の神、木花姫の呑剣断腸の御苦しみが思ひやられる哩。嗚呼惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 与『吾々は過去現在未来の衆生済度のため、この清らかな川辺に落ち込んだのを幸ひに、御禊を修し、神言を奏上してミロク神政の建設の太柱、男子女子をはじめ、金勝要の神、木花姫の霊の鎮まりたまふ肉の宮の為に、祈りませうか。この世の中が万劫末代維持していけるやうに、善ばかりの花の咲くやうに』 勝『大賛成です、皆サン与太彦サンの提案に従つて即時決行致しませう』 弥、六『吾々も賛成です』 と云ひ乍ら、着衣を川辺に脱ぎ捨て、谷川にザンブとばかり飛込んだ。四人は一度に水に浸り身体を清めて居る際、ブルブルブルと音を立てて、六公は水底に姿を隠して仕舞つた。勝公を初め三人は一生懸命に両手を合せ川上に向つて天津祝詞を奏上し終つてフト傍を見れば六公の姿が見えぬ。 勝『ヤア六サンは何処へ行つた。オーイ六サン何処だ』 と呼べど叫べど何の応へもなく、激潭飛沫の音轟々と聞ゆるのみ。弥次彦は、 弥次彦『ヤア大変だ、六公が何処かへ沈没しよつたな、これや斯うしては居られぬ哩、何とかして捜索をせなくてはならぬ、愚図々々して居ると沢山の水を呑んで縡れては取返しがつかぬ。オイ与太公どうせうかなア』 与『どうせうたつて仕方がないサ、大方六公の奴、潜水艇気取りで何処かの水底に暫時伏艇して居るのだらう。彼奴は水練に妙を得た奴だから、決して溺れるやうな気遣ひはないよ。貴様が松の枝に引つ懸つて居た時も、あの着物のまま谷川を泳ぎ渡つて平気で居る奴だから大丈夫だ。吾々を一寸驚かしてやらうと思うて洒落て居るのだよ』 弥『なにほど水泳の達人だと云つても油断は出来ない、さう楽観する訳にもいかない、諺にも、好く泳ぐものは好く溺る、と云ふ事がある。此奴はどうしても俺の考へでは名替をしよつたに相違ない』 与『名替つて何だい、流れの間違ひだらう』 弥『馬鹿云ふな、川底土左衛門と改名したらうと云ふのだ』 与『土左衛門とは怪しからぬ、真に大変だ。それだから道中に四人連はいかないと云ふのだ。オイ六公、生きて居るのか死んで居るか、ハツキリ返事をせぬかい』 弥『死んで居るものが返事をするかい、気を落着けないか』 与『一息を争ふ水の中だ、愚図々々して居る間に息が切れたらどうするのだ。コンナ時に落着き払つて居る奴は非人道的の骨頂だ。これがどうして周章狼狽せずに居られうかい。オーイオーイ、六公、六道の辻を通るのは未だ早いぞ、コーカス参りの途中ぢやないか、早く浮かばぬか浮かばぬか、何処に踏み迷ふとるのだ。オーイオーイ』 勝『エヽ仕方がない、滅多にこの激流を潜つて上る筈もなし、大方渦に巻込まれて流れたのかも知れませぬよ、谷川伝ひに此処を下つて探して見ませうか』 弥『探さうと云つたつて、アレあの通り碧潭激流、何うする事も出来ぬぢやありませぬか。コンナ時に鷹彦サンが居て呉れば捜索隊になつて貰ふのに大変都合が好いけれどなア、追々日も暮れて来る、困つた事だ。愚図々々して居ると吾々迄がドンナ災難に遇ふかも知れぬ、マア六公は六公で仕方がないとして、吾々三人は神様の大事なお使ひ道具だ。あまり足許の暗くならない間に頂上まで、駆けつけませう』 と先に立つて谷辺を駆け登る。二人も後に従ひ辛うじて黄昏頃、二十五番峠の頂上の山道に辿り着いた。 弥『サア宣伝使様、漸く吾々三人は無事に元の地点に凱旋しましたが、六公の奴困つたものですなア。小山村のお婆アサンが聞いたら、嘸歎く事でせう、老爺サンも中風なり、あれ程喜んで居たものを、アヽ世の中と云ふものは残酷なものだ。本当に煩悶苦悩の娑婆世界だ。何とかして万有一切どこ迄も不老不死で悪魔の襲来や不時の過ちの無い完全なる世界を作りたいものですなア』 与『アヽ人間を老少不定とはよく云つたものだ。無常迅速の感益々深しだワイ』 勝『泣いても悔んでもモウ仕方がない、暮れる時が来れば日は暮れる、人間も死ぬ時節が来たら死なねばならない、桜の花は永久に梢に止まらず、頭の髪は何時迄も黒い艶を保つ事が出来ないのは世の中の習はせだ。アーアもう過ぎ越し苦労はサラリと谷川へ流して刹那心を楽しまうかい』 与『実に切ない刹那心だナア。過越し苦労をせまいと思つても、今の今迄ピンピンと噪いで居つた六公の事がどうして忘れる事が出来やうぞ。一昨日も六公と、お前サン等二人の行方を捜した時には六公の美しい心が現はれて居た。見かけによらぬ親切な男だつた。それはそれは宣伝使様、貴方達のお姿が見えなかつた時には、あの男はどれだけ心配をしよつたか知れませぬぜ。二人の友達がもし国替をして居るのなら、私も一緒に川へ身を投げてお伴をしたいと迄云つた位だ。アヽ可憐さうな事をした。僅一日道連になつても十年の知己のやうに親切を尽す六公の心の麗しさ、これを思へば吾々も六公の道連になつてやりたいやうだ。アヽもう此世では彼奴の顔を見る事が出来ぬのか、情ない可憐さうだ』 と涙含み、身の置処なきさまに大地に身を投げた。 弥『コラコラ与太公、しつかりせぬか、失望落胆するのは貴様ばかりぢやない、俺だつて同じ事だよ』 と、又もや涙をハラハラと澪し顔に袖をあて、道の上にべたりと倒れ、身を揺つて遂には両人声をあげて泣き叫ぶ。勝公も涙の目を瞬たたきながら、 勝『コレコレ弥次彦サン、与太彦サン、さう気投げをするものぢやない、チト確りせぬか。男と云ふものは仮りにも涙を澪すものぢやない、あまり女々しいぢやないか』 と自分も亦落つる涙を袖にて拭ふ。 愁歎の幕は漸く神直日大直日に見直し聞き直し幽かに巻上げられた。短き夜は既に明け離れ足許は仄と明かくなつて来た。一同は六公の身の上が矢張り気に懸ると見え東天に向つて合掌し、天津祝詞を奏上し、次で六公の無事生存せむ事を祈り、終つて又もや急坂を西北さして下り往く。 足並早き下り坂にもいつしか暇を告げて、又もや茫々たる原野を走り行くこと数百丁、丸木橋のかけられた辺に辿りついた。 弥『宣伝使様。大分足も草臥れました。此処に腰をおろして一休み致しませうか』 勝『オヽこの川だつた、六公はこの水上で見失ひ、残念な事をしたが、今頃はどうなつて居るだらう』 与太彦は忽ちウンウンと唸り出し、両手を組んで身体を動揺し始めた。 弥『ヤア又しても神憑りになりよつた。モウ悪魔の襲来は懲り懲りだ。オイ与太公の体に憑依つて居る悪霊共、速に退散致さぬか』 与『ロヽヽヽヽクヽヽヽヽ六ぢや六ぢや』 弥『エヽ碌でもない六の奴、貴様土左衛門になりよつて幽世の人間となりながら未だ娑婆が恋しうて迷うて来たか。好い加減に執着心を去つて、一時も早く霊神になれ。貴様はお竹を残して死んだのだから残り惜からう。残念なのは尤もだが、モウ斯うなつては仕方がない、早く神界へとつとと往つてお竹の場所を拵へて待つて居るがよからう。俺だとて三百年か千年の後かは知らぬが、何れ一度は行くのだから、景色のよい場所を取つて置いて呉れ。閻魔さまと相談して俺の場所だけには、契約済の札を立てて置くのだぞ。その代り俺は娑婆に居て、朝晩貴様のため冥福を祈つてやる。三途の川の鬼婆に出遇つたら、俺の云ふ事は何でも聞くのだから、何なら紹介状を書いてやらうか』 与『オヽヽヽレヽヽヽワヽヽシヽヽ、死んで居らぬ』 弥『定つた事よ、死んだものは娑婆に居らぬのは当然だ。居らぬ筈の貴様が何故コンナ処へ踏み迷ふて来るのだ』 与『オヽレヽヽワヽヽマヽダヽイヽ生て居る、決して決して死んで居らぬぞ、今に肉体を引つ張つて来て見せてやらう』 弥『ハア死んで居らぬと云つたのか、よく分つた、さうすると六の生霊だな、今何処に魔胡ついとるのか』 与『イヽ今に判る、此処で半時ばかり三人とも待つて居て呉れ。烏勘三郎に助けられて命は完全に助かつた。安心してくれ』 弥『ヤアそれや本当か、本当なら俺も嬉しい哩。これこれ宣伝使さま、余り甘い話だが、此奴は邪神が誑かして居るのではあるまいか、貴方一つ審神をして見て下さいな』 勝『神に間違ひはありますまい、軈て六サンの肉体に遇はれませう。暫く此処に坐つて神言を奏上し、神様にお礼を申しませう。モシモシ、六サンとやら、モウ判りました、お引き取りを願ひます。一二三四五六七八九十百千万、惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 六公の生霊は忽ち肉体を離れた。与太彦は元の如くケロリとしながら、 与『アヽ、矢張り六公は生て居ますなア、とうとう憑依つて来よつて、アンナ事を云ひよつた。余り六公々々と思ひ詰めて居たものだから、此方の一心が届いて六の生霊に感応したと見える、私の口を借つて云つた事が本当なら嬉しいがなア』 三人が橋の袂に端坐して稍沈黙に耽る折しも一人の男を背負うて川から上り、ノソリノソリと上つて来る大男がある。後よりガヤガヤと囁きながら十数人の荒くれ男がついて来る。三人は怪訝な顔をして此男を凝視て居る。 男『ヤア貴方は三五教の宣伝使様』 三人『ヤアお前は烏勘三郎だないか』 烏『ハイ左様で御座います、六サンを連れて参りました』 弥『夫は夫は有難い、御苦労だつた。六サンは物言ひますかな、イヤ未だ生て居りますか』 烏『物も言はず動きもしませぬが、身体の一部に温味がありますので、火でも焚いてあたらしたら、此方のものにならうも知れぬと考へて、ブカブカと流れて来るのを吾々一同が命を的に川へ飛び込み拾つて来ました』 勝『それは有難い、唯今の先、六公が此処にやつて来てタツタ今、お目に懸ると云つて居ました』 烏『妙ですなア、先程此処へ来たとは合点が往かぬ。さうすると此奴は六サンぢやないのかなア、大方化物だらう。エヽ偉い苦労をさせよつて、呶狸奴が、打ちつけて蹂躙つてやらうか』 弥『マアマア待つた待つた、ソンナ手荒い事をしてどうなるものか、夫こそ本当に死んで仕舞はア。そつと其辺におろして呉れ、これから霊よびの神業だ』 烏『アヽ何だかテント、訳が分らぬやうになつて来たワイ。マア仕方がない、下さうかい』 と芝生の上にそつと下した。 弥『オヽ六公、貴様は仕合せものだ、待て待て今に魂返しをやつてやらう。サア宣伝使様、天の数歌を始めませうか』 勝彦は無言つて、首肯きながら拍手を打ち声も細く静に落着き払つて、一二三四五六七八九十百千万と二回繰かへした。六公の体はムクムクと動き出し、直に起上り三人の顔をキヨロキヨロと眺め、 六『アヽお前は弥次公、与太公か、ヤア宣伝使様妙な処で遇ひました。三途の川を渡り損ねてスツテの事で二度目の国替をするところだつたが、烏勘三郎と云ふ男、十数人の弟子と共に身を躍らして川に飛び込み私を救ひ上げ、背に負ふて何処ともなしにトントン走り出したと思つたら丸木橋の袂、お前サンはやはり幽界の旅をして居なさるのか、今度は自分一人だと思つて居たのに何処までも交際のよい御親切なお方だ。持つべきものは朋友なりけりだ。アヽ、惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 弥次彦は六公の背を平手で三つ四つ、力を籠めて擲りつけた。 六『アイタヽヽヽ貴様は何をするのだい。驚いたな、娑婆に居る時から乱暴な奴だと思うて居たが、貴様未だ冥途に来ても改心出来ぬか』 弥『此処は冥途ぢやないぞ、二十五番峠を下つて数百丁来たところだ。お前は谷川に溺れて一旦縡れて居つたのだ。それを神様のお引き合せで勘三郎サンの親内の者に助けられ、此処に来たのだ。確りして呉れ』 六公は目を擦りながら今更のやうな顔をして四辺を念入りに見廻し、 六公『ヤア、矢張どうやら娑婆らしい、ヤ、皆サン、偉い御心配をかけました、有難う。これはこれは烏勘三郎サン、その他親内の御一同、よう助けて下さいました。命の親だと思ふてこの御恩は生涯忘れませぬ』 烏『ヤア気がついて何より結構でした。神様にお礼を申しませう』 茲に一同は神言を奏上し、宣伝歌を歌ひ、又もや四人の一行は勘三郎その他に厚く礼を述べ、丸木橋を渡つて二十六番峠を指して進み行く。 (大正一一・三・二五旧二・二七加藤明子録) (昭和一〇・三・一六於嘉義市嘉義ホテル王仁校正)
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霊界物語 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 16 水上の影 第一六章水上の影〔五八三〕 三男三女は神歌を謡ひ乍ら、潔く前進する。又もやトンと行当つた岩壁、 高国別『ヤア又しても岸壁だ、如何に一切万事行詰りの世の中だと云つても、此処まで行詰りの風が吹いて来て居るのか。吾々は誠の神力を以て此岩戸を開き、行詰りの世を開かねばなるまい。先づ先づ休息の上、ゆつくりと相談致しませう』 亀彦『臨時議会の開会はどうでせう』 梅彦『アハヽヽヽ、議会と聞けば、醜の岩窟を連想せずには居られない。歴史は繰返すとかや、一つゆるりと秘密会でも開催しませう』 と頃合の岩の上に腰打掛けた。三人の女性も同じく腰打かけ、 三女『アーア、有難い有難い、マア此処でゆつくりと休まして戴きませう』 高国別『エー、あなた方御一同はどうして此岩窟にお這入りになりましたか』 亀彦『吾々は神素盞嗚の大神が地教山を越え此西蔵の秘密郷にお出で遊ばしたと聞き、取る物も取り敢ず、お後を慕つて進み来る折しも、小さき雑草の丘の前に突当り、五人は息を休むる折しもあれ、何処よりともなく一人の女神現はれ来り、「此地底の岩窟には、活津彦根命御探険あれば、汝等は急ぎお跡を慕へ」との一言を残し、その儘姿は消えさせ給うた。傍を見れば暗き穴、ハテ訝かしやと覗き居る際、地盤はガタリと陥落し、七八間も地中に落込んだと思へば、此岩窟、……それより吾々一同はこの岩窟内を神歌を謡ひつつ、探り来る折しも、道に当つた古井戸、フト見れば何か怪しの物影、合点行かぬと思ふ折、井戸の底より貴下の声、……と云ふ様な来歴で御座いましたよ』 高国別『アヽそれは結構でございました。実は吾々が彼の井戸に陥りし刹那、失心致したと見え、広大なる原野を通過し、高山の頂きに登りつめ、五人の男女に巡り会ひしと思へば、ハツト気が付き、空を仰ぐ途端に、貴下ら一行のお姿………イヤもう実に不思議千万な事で御座います』 梅彦『吾々は昨夜の夢に、貴下にお目にかかりましたが、本日只今この岩窟内に斯うして休息して居る有様が、ありありと目に附きました。実に現幽一致、此世と云ふ所は不思議な所ですな』 俄に何処ともなく、阿鼻叫喚の声、響きわたる。高国別はツト立ち上り、 高国別『ヤア皆さま、何か此岩窟内には変事が起つて居ますよ。サアサア早く早く探険と出かけませうかい』 と云ひつつ、岩壁を力に任せてグツと押した。岩の戸はパツと開いた。見れば数十人の老若男女、何れも高手小手に縛しめられ、中央に朱の如き赤き面した鬼神四五人、鉄棒を提げ、足の先にてポンポンと男女を蹴り苦しめて居る。 高国別『ヤア各方、此処は冥土の地獄の様だ。ヤア何れも方、飛込んで救うてやりませう』 と身を躍らして先に立つた。五人はあとに引つ添ひ、声を揃へて言霊を奏上する。鬼の姿は追々に影うすく、遂には煙の如くなつて消え失せたり。数多の老若男女の姿を見れば、高手小手に縛められ居たりと見えしは、幻なりしか、各自に双手を合せ、岩窟の前に端坐して、 一同『神素盞嗚の大神、一時も早く地上に現はれ給ひて、吾等を救ひ給へ』 と一生懸命、側目もふらず拝んで居るのであつた。六人の姿を見るより、一同の老若男女は、此方に向き直り、合掌し乍ら、 一同『ヤア有難し有難し、勿体なし、あなた様は神素盞嗚の大神の御眷属様ならむ』 と嬉し涙に咽ぶ。 高国別『ヤア最前より様子を聞けば、汝等一同の者、神素盞嗚の大神の御出現を祈り居る有様、汝の至誠は天に通じ、只今カナンの家に尊は御逗留遊ばすぞ。一時も早く此岩窟を立出で、仁慈の大神の尊顔を拝せよ』 と宣示したれば、一同は此言葉を聞いて大に喜び、 一同『ヤア大神の御再臨、有難し辱なし』 と嬉し腰を脱かし、のたくり廻り、歓ぎ喜ぶ。高国別は一同に向ひ、天の数歌を称ふれば、今迄痩衰へたる数十人の老若男女は、俄に肉付き、顔色麗しく、元気恢復し、忽ちムクムクと立ち上り、手を拍つて、前後左右に踊り狂ひ、大神の再臨を心の底より感謝する。而て一同はイソイソとして、大麻を持てる男を先頭にゾロゾロと帰り行く。後見送つて高国別は、 高国別『アヽ可愛らしい者だ。これ丈の善男善女が心を一つにして、信仰を励むのを見れば、何とも彼とも知れぬ良い心持ちがする。尊に於かせられても、嘸御満足に思召すであらう。嗚呼、惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 高国別一行は、奥へ奥へと進み行く。日は西山に没せしと見え、岩窟の中は俄に暗くなつて来た。六人は探り探り進み行くにぞ、傍に怪しき呻声が聞えゐる。耳ざとくも、愛子姫は其声を聞き、 愛子姫『もしもし皆さま、何だか怪しき声が聞えるではありませぬか』 亀彦『ヤアそれは、あなたの神経でせう。岩窟の中は音響のこもるものですから、大方最前の祝詞の声が内耳深く潜伏し、反響運動を開始して居るのでせう』 愛子姫『イエイエ祝詞の声ではありませぬ、苦悶を訴ふる、しかも女の声、悪神の巣窟たる此岩窟、如何なる惨事の行はれ居るやも図られませぬ。皆さま一同に立止まり、耳を澄ませて聞いて下さい。世界を救ふ神の使の吾々、苦悶の声を聞き逃し、ムザムザと通過も出来かねます』 亀彦『ヤア如何にも苦しさうな声だ。もしもし高国別様、暗さは暗し、余り軽々しく進むよりも、一つ此声を探り当てませうか』 高国別『ホンに如何にも妙な声が致しますな』 と言ひつつ、傍の岩壁をグツと押した途端に、不思議や、岩の戸は案外に軽くパツと開いた。能く能く見れば、白き影、岩窟内に横たはり苦しさうに唸つて居る。 亀彦『ヤア怪しいぞ怪しいぞ、此暗がりに、何だか削りたての材木の様な者が唸つて居る。これは大方、白蛇であらう』 梅彦『白蛇にしては、太さの割に余りに丈が短いではありませぬか』 亀彦『白蛇の奴、どつかで半身切られて来て、九死一生苦悶の態と云ふ場面だらう。……オイオイ白蛇の先生、どうしたどうした』 白き影『アーア恨めしやなア、妾は姫君様の御後を慕ひ、此処まで来るは来たものの、ウラナイ教の曲津神、蠑螈別が計略にかかり、手足を縛られ、岩窟の中へ押込まれ、逃れ出づる方策もなし、アヽ何とせう、恨めしやなア』 亀彦『ヨウ大蛇だと思へば、何だか分らぬ事をほざいて居るワ。もしもし高国別様、一寸調べて下さいな』 高国別『イヤあなた御苦労乍ら一寸探つて見て下さい、どうやら人間らしう御座いますよ』 亀彦『滅相な、あた嫌らしい、此暗がりに、コンナ白い者が、どうしてなぶられませうか……オイ梅サン、お前は平素より大胆な男だ。一つ此処らで侠気を出して、幾代姫様に英雄振をお目にかけたらどうだ』 梅彦『イヤ吾々も吾々だが、亀彦サンも亀彦サンだ。菊子姫様に英雄振をお見せになつたらどうでせう、余り厚かましう致すのも御無礼で御座る。あなたには先取権が御座る、どうぞ御遠慮なく、とつくりと、頭から足の先までお調べなさいませ。菊子姫様の手前も御座いまするぞ』 亀彦『アーア、偉い所へ尻平を持つて来られたものだ。ナニ、材木が動いて居るのだと思へば良い、……コラコラ材木、その方は何者だ』 白き影『アヽ恨めしや』 亀彦『ナヽ何だ、ウラナイ教か、幽霊か、何だか知らぬが、材木の幽霊は昔から聞いた事はないワイ。素盞嗚の大神が御退隠遊ばしてより、山川草木に至る迄、言問うと云ふ事だが、やつぱりこの材木も其選に漏れないと見えて、何だか言問ひをやつてゐる、……コラ材木、起きぬか起きぬか』 梅彦は、白き影を目当に、スウツと撫でまわし、 梅彦『ヤアこれは人間だ、しかも肌の柔かき美人と見える、高手小手に縛められて居る。おほかた悪神の奴に虐げられて、此岩窟に幽閉されたのであらう』 と言ひ乍ら、スラスラと縛を解いた。白き影はスツクと立ちあがり、懐剣逆手に持つより早く、 白き影『ヤア、ウラナイ教の悪神、蠑螈別の手下の者共、モウ斯うなる上は、妾が死物狂ひ覚悟を致せ』 と六人のほのかな影を目当に短刀をピカつかせ乍ら、前後左右に暴れ狂ふ。 亀彦『ヤア待つた待つた、吾々は三五教の宣伝使だよ』 白き影『ナニツ、三五教の宣伝使とは、まつかな偽り、浅子姫が死物狂ひの車輪の働き、思ひ知れよ』 と飛鳥の如くに飛び廻る。 高国別『ヤア汝浅子姫とは、顕恩郷に現はれたる愛子姫の腰元ならずや。吾は愛子姫の夫高国別なるぞ』 浅子姫『執念深き悪魔の計略、其手に乗つて堪らうか、浅子姫が手練の早業、思ひ知れよ』 と又もや短刀を暗に閃かし暴狂ふ。愛子姫は、 愛子姫『そなたは浅子姫に非ずや、先づ先づ静まりなさい、愛子姫に間違御座らぬ』 浅子姫『ヤアさう仰有るお声は、正しく愛子姫様』 愛子姫『そなたは擬ふ方なき浅子姫の声、夜目にもそれと知らるる其方の姿、嬉しや嬉しや、思はぬ所で会ひました』 浅子姫は稍落着きたる声にてハアハアと息をはづませ乍ら、 浅子姫『そ、そ、そう仰有るあなたは擬ふ方なき愛子姫様、お懐しう御座います』 とワツと許りに其場に泣き伏しぬ。此時何処よりともなく、一道の光明サツと輝き渡り、一同の顔は昼の如く明かになり来たりぬ。 浅子姫『これはこれは何れも様、不思議な所でお目にかかりました、能うマア危き所をお助け下さいました。是れと云ふも、全く木花姫の御守護の厚き所』 と合掌し、後は一言も得言はず、嬉し涙に掻き曇るのみ。勇みを附けんと高国別は、浅子姫の背中を、平手に三つ四つ打ち乍ら、 高国別『浅子姫殿、しつかりなさいませ。是には深き様子有らむ。吾々も此先に於て、大に覚悟せなくてはなりませぬ。あなたを斯くの如く岩窟に押込めし以上は、当岩窟には数多の悪神の巣窟あらむ、此処に立到られし仔細を詳さに物語られよ』 と声を励まして問ひかくれば、浅子姫はハツと心を取直し、 浅子姫『是れには深き仔細が御座いまする、一先づ妾が物語お聞き下さいませ。天の太玉命、顕恩郷に現はれ給ひ、バラモン教の大棟梁鬼雲彦を神退ひにやらひ給ひ、妾は愛子姫様と共に、顕恩城を守護しまつる折しも、天照大神様、天の岩戸に隠れ給ひしより、太玉命は急遽、天教山に登らせ給ひ、その不在中、愛子姫様と妾は城内を守る折しも咫尺暗澹として昼夜を弁ぜず、荒振神は五月蝿の如く群がり起り、鬼雲彦は又もや現はれ来りて、暗に紛れて暴威を逞しうし、妾主従は生命も危き所、闇に紛れて城内を逃れ出で、エデンの河を生命からがら打渡り、何の目的も時の途、進み行く折しも、暗を照して現はれ来たる日の出神にめぐり会ひ、愛子姫様、菊子姫様、幾代姫様は、神素盞嗚尊の御後を慕ひ、西蔵に難を遁れさせ給ひしと聞くより、妾は岸子姫、岩子姫と共に、夜を日に継いで、山野を渉り、大河を越え、漸くラサフの都に来て見れば、姫君様に奇の岩窟にて面会を得させむと、木花姫の夢のお告げ、妾三人は勇み進んで、小高き丘の入口より、岩窟に進み来る折しも、ウラナイ教の曲神蠑螈別、幾十ともなく数多の邪神を引き連れ、妾三人を前後左右に取囲み、後手に縛り上げ、此岩窟に押込めたり。嗚呼、岸子姫、岩子姫は、如何なりしぞ、心許なや』 と又もや涙の袖を絞る。 高国別『これにて略様子は判然致しました。……ヤア一同の方々、岸子姫、岩子姫の身の上心許なく御座れば、急ぎ在処を尋ね、救ひ出さねばなりますまい』 一同『然らば進みませう』 と、一同は四辺に耳を欹て、目を配り乍ら、急ぎもせず、遅れもせずと云ふ足許にて、奥深く進み行く。隧道は俄に前方低く、板を立てたる如き急坂になつて来た。一行七人は、一足一足力を入れ乍ら、アブト式然と、坂路の隧道を下つて行く。行く事七八丁と覚しき所に、比較的広き水溜りがある。薄暗がりに透かし見れば、何だか水面に人の首の様なものが漂うて居る。亀彦は目ざとくもこれに目を注ぎ、 亀彦『ヤア此奴ア又、変挺だ。岩窟の中に池があると思へば、円い顔の様な物が浮いて居る、鴛鴦にしては少しく大きいやうだ。ヤア目鼻が付いて居る。悪神の奴、酒に喰ひ酔つて、瓢箪に目鼻をつけ、此池に放り込みよつたのではあるまいか。瓢箪ばかりが浮物か、俺の心も浮いて来た。サアサア浮いたり浮いたりだ、アハヽヽヽヽ』 梅彦『亀サン、あれを能く御覧なさい、女の首ですよ。ナンダか、つぶやいて居るぢやありませぬか』 幾代姫『ヤア彼の顔は、岩子姫、岸子姫ではなからうか』 亀彦『エー何を仰有います、鴨かナンゾの様に、女が首ばつかりになつて、池の中に浮いて居ると云ふ事がありませうか。あなたは視神経の作用が、どうか変調を来して居るのでせう。腐り縄を見て蛇と思つて驚いたり、木の欠杭を見て化物と思ふ事が往々有るものです。マアマア気を附けてください、変視、幻視、妄視の精神作用でせう、コンナ所に棲息する者は、キツト河童か、鰐か、まかり間違へば人魚ですよ。人魚と云ふ奴は、能く人間に似て居るものだ、それで、人の形をした翫弄具を人形サンと云ふのだ。アハヽヽヽヽ』 池の中より女の首、苦しき声を絞り乍ら、 岩子姫、岸子姫『ヤア、あなたは幾代姫様、菊子姫様、愛子姫様では御座いませぬか。夜目にはしかと分りませぬが、お姿が能く似て居ります。妾は悪神に捉へられ、手足を縛られ、重き石錨をつけられて苦んで居ります、岩子姫、岸子姫の両人で御座います。どうぞお助けくださいませ』 亀彦『ヤア金毛九尾の同類奴、馬鹿にするない、何程化たつて、モウ駄目だ。手を替へ品を換へ、結局の果には池の中に姿を現はし、吾等を水中に引込まむとの水も洩らさぬ………否水責めの汝の計略、其手に乗つて堪らうかい』 岩子姫『イエイエ、決して決して妖怪変化では御座いませぬ、どうぞお助け下さいませ』 亀彦『もしもし高国別様、どうでせう、彼奴は本物でせうか。偽物の能く流行する時節ですから、ウツカリと油断はなりませぬぜ、………コラコラ化の奴、新意匠をこらし、レツテルを替へて、厄雑物を突付けても其手には乗らぬぞ、意匠登録法違反で告発をしてやらうか』 高国別『アハヽヽヽ、何は兎もあれ、亀彦サン、高国別の厳命だ、あなた真裸となつて救うて来て下さい。高国別が神に代つて命令を致します』 亀彦『滅相な、どうしてどうして、是ばつかりは真つ平御免、アーメン素麺、トコロテン、ステテコテンのテンテコテン、テンデ話になりませぬワイ、テンと合点がゆきませぬ、是ればつかりは平に御断り申す。斯く申すは決して亀彦の肉体では御座らぬ。亀彦が守護神の申す事で御座る』 梅彦『アハヽヽヽ、巧い事を言ひよるワイ、融通の利く副守護神だ、斯うなると副守先生も重宝なものだなア』 亀彦『亀彦の守護神が、神素盞嗚の大神の命に依つて、梅彦に厳命する………梅彦、速かに真裸となり、水中にザンブと許り飛込んで、二人の妖怪を救ひ来れ。万々一、彼にして大蛇の変化なれば、汝は一呑みに蛇腹に葬られむ。然る時は、汝が霊を引抜き、至美至楽の天国に救ひ、百味の飲食を与へ遣はす、ゆめゆめ疑ふ事勿れ』 梅彦『ウンウンウン』 亀彦『コラコラ、偽神懸は厳禁するぞ、亀サンの審神を暗まさうと思つても、天眼通、天耳通、宿命通、自他心通、感通、漏尽通の六大神通力を具備せる、古今無双の審神者のティーチヤーに向つて、誤魔化しは利かぬぞ、速かに飛込め』 池中に浮かべる二つの首は、苦痛を忘れて、思はず、『ホヽヽヽヽ』と笑ひ出せば、 亀彦『それ見たか、俺の天眼通はコンナものだ。此寒いのに池の中に投り込まれ、人間なら、何気楽さうに笑ふものか、とうとう化物の正体を現はしよつた。アツハヽヽヽ』 幾代姫『亀彦様、梅彦様、あなたは分らぬお方ですな、………アーアコンナ方を二世の夫に持つたと思へば恥かしいワ』 亀彦『コレコレ嬶左衛門殿、何と御意召さる。親子は一世、夫婦は二世で御座るぞ』 二女『夫婦二世と云ふ掟を幸ひ、あなたの様な、臆病神との契を解き、第二の夫を持ちませう。ネー愛子姫様、決して天則違反では御座いますまい』 亀彦、梅彦、両手を拡げて、 亀彦、梅彦『アヽ待つた待つた、如何に女権拡張の世の中ぢやとて、姫御前の有られもない其暴言、これだから、新しい女を女房に持つのは困ると言ふのだ。エー仕方がない、俺も男だ………サア梅サン………ヤア亀サン………一イ二ウ三ツだ』 と云ふより早く、真裸となり、ザンブと飛込んだ。 亀彦、梅彦『ヤア比較的浅い池だワイ………オイオイ二つの生首、かぶりついちや不可よ、俺一人ではない、俺には彼の通り立派な奥方がお二人も随いて御座るのだ。一度死んだから二度とは死なないから、吾々は生命位は何ともないが、後に残つた菊子姫、幾代姫の悲歎の程が思い遣られる……コラコラ助けてやるから生命の恩人だと思つて、かぶり付いてはならぬぞ』 と言ひつつ、コワゴワ頭髪をグツと握り締めた。 岩子姫『アイタタ、痛う御座んす、どうぞ、妾の腰の辺を探つて見て下さい』 亀彦『女の分際としてあられもない事を言ふな、立派な奥様が大きな目を剥いて監督をして御座るぞ、腰のあたりを触つて堪るものかい』 岸子姫『イエイエ、腰の辺りに、可なり大きい紐で大きい石が縛りつけて御座います。三つも四つも、重い石に繋がれて居ます、どうぞ其綱を切つて助けて下さい』 亀彦『アーア、偉い事になつて来たワイ、神が綱を掛たら放さぬぞよ、アハヽヽヽ』 岩子姫『冗談仰有らずに、どうぞ真面目にほどいて下さい』 二人は水中に手を下し、腰のあたりを探つて見て、 亀彦、梅彦『ヤア甚い事を行つて居る……やつぱり鱗でもなければ、羽でもない、人間の肌だ』 と云ひ乍ら、ほどかむとすれど、綱は膨れてどうする事も出来ぬ。 亀彦、梅彦『アーア仕方がない』 と再び岸に這ひ上り、双刃の剣を口に啣へ、バサバサと飛込み、プツツと綱を切り、二人を肩にひつ担ぎ乍ら上つて来た。高国別および三人の女性は、 四人『アーア結構結構、好い所で助かつたものだ』 浅子姫『岩子さま、岸子さま、あなたは酷い目に会ひましたな、妾も御主人様に救はれました……アヽ結構結構、これと云ふも、大神様の全く御守護で御座いませう』 と浅子姫は、今更の如く嬉し涙に暮れて水面に向つて合掌しゐたりける。 (大正一一・四・三旧三・七松村真澄録) (昭和一〇・三・二三於花蓮港支部王仁校正)
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(1675)
霊界物語 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 15 谷間の祈 第一五章谷間の祈〔六〇五〕 亀彦、英子姫、悦子姫の三人は、由良の流れを遡り河守駅に辿り着き、路傍の石に腰打掛け息を休めゐる。右も左も鬱蒼たる老樹繁茂し、昼尚ほ暗き谷の底、蟻の甘きにつくが如く絡繹として数多の老若男女は山奥目蒐けて進み往く。 亀彦はその中の一人を捉へ、 亀彦『斯う沢山に人が北へ北へと行列を組みて往くのは、何か変はつたことがあるのか。様子を聞き度いものだナア』 男『ハイハイ何だか知りませぬが、二三日以前から大江山の麓の剣尖山の谷間に結構な神様が現はれたと云ふことで、何れも病気平癒や、商売繁昌などの御願で参拝を致すものでございます。私も別に願とては無いけれども、余り沢山の人が詣るなり、偉い評判だから、ドンナ者か一つ見がてらに参る所です』 亀彦『それは一体何と云ふ神様だ』 男『ナンデも裏とか、表とか云ふ名の附いた畳屋の様な神さまぢや相です。さうして青彦とか、青蛙とか、青畳とか、ナンデも青の附く名の御取次が居つて、樹の枝を以て参拝者を一々しばくと、それで病気が立所に癒つたり、願望が成就したりするとか云つて、それはそれは偉い人気でございます。流行神さまは、何でも早う参らねば御神徳が無いと、皆剣尖山の麓へ指して弁当持で参拝するのです。マアお前さまも妙な風をしてござるが、大方神さまの取次ではありますまいか』 亀彦『さうぢや、吾々も神の道の取次ぢや』 男『ヤア貴方は取次と云つても、生臭取次ぢやろ。此の奥の谷川に現はれた青い名の附く御取次は、精進潔斎、女などは傍にも寄せつけぬと云ふ、それはそれは偉い行者ぢやさうな。それにお前は鶏か何ぞの様に三羽番で、誰がお前の言ふことを聞くものか、笑ふに定つとるワ。アハヽヽヽ』 亀彦『決して決して女房でも何でもござらぬ。各自一個独立の教の道の宣伝使だ。お前達は男と女と歩いて居れば、直にそれだから困る。凡夫と云ふ者は浅猿しいものだ』 男『ヘエ、うまいこと仰有いますワイ。凡夫の中にも聖人があり、聖人らしう見せても凡夫がある世の中ぢや。余りボンボン言つて貰ふまいかい。ボンくら凡夫のボンボン宣伝使奴が。マア悠乎と路傍で三羽番、羽巻でもして狎戯いたがよからう。アーア、コンナ偽宣伝使に掛り合つて、伴の奴はモー何処か先へ往つて了ひやがつた』 と一目散に駆け出し、奥へ奥へと進み行く。 亀彦『英子姫さま、今の男の話に依つて考へて見ると、何うやらウラナイ教の青彦のことらしい様に思はれます。又もやウラナイ教を弘めて世人を迷はし、害毒を流す様なことがあつては神界へ対し、吾々宣伝使の役が済みませぬから、是から一つ実地調査に参りませうか』 英子姫『さうですなア、別に急ぐ旅でも無し、調べて見ませうか。これも何かの神様の御仕組かも知れませぬ』 悦子姫『それは面白うございませう。先日より余り沈黙を守つて居ましたので、口に虫が湧く様で不快で堪りませぬ。何卒今度は一つ妾に交渉をさせて下さい。言霊の有らむ限り奮闘してお目にかけます』 英子姫『アーそれも面白からう』 亀彦『サアサア参りませう。悦子姫さまの雄弁振り、奮戦振りを拝見さして貰ひませう』 と三人は群集に紛れて昼尚ほ暗き山道を、北へ北へと進み行く。 一行は群集に紛れ漸く剣尖山の麓を流るる谷川の畔に着きぬ。此の谷川の岩壁には産釜、産盥と云ふ美はしき水を湛へた天然の水壺あり。ウラナイ教の宣伝使青彦は厳き白装束の儘、此の滝壺の側に立ち、谷川の水を杓で汲み上げ柴の枝に吹きかけ、数多の老若男女に向つて病を癒し、或はいろいろの神占を為し、数多の男女を誑惑しつつありける。悦子姫は亀彦、英子姫に向ひ、 悦子姫『サア御約束の通り、是から妾が一人舞台、貴方等は日の暮れたを幸ひ、木蔭に潜み妾の活動振りを御覧下さい』 と云ひ棄て何処ともなく深林の中に姿を隠したり。青彦は儼然として水壺の側に立ち、数多の人々に対して教訓を施し居る。 甲は拍手し乍ら、恐る恐る青彦の前に蹲踞み、 甲『生神様に一つ御願ひがございます。私は疝の病に、年が年中苦しみてゐます。ナントか御神徳を以て御助け下さいませ。薬で治ることなら何薬がよいか。これも御指図願ひ度うございます』 青彦『疝でも何でも治らぬことは無い。それはお前の改心次第ぢや。一時も早く此頃流行る三五教を放して、ウラナイ教の神様の信者になれ。其日から疝の病気は嘘を吐いた様に全快間違ひなしぢや』 甲『ハイハイ有り難うございます。疝の治ることなら、何時でもウラナイ教になります』 後の方より疳高き女の声、 女(悦子姫)『ウラナイ教を見切つて三五教に誠に尽くせ、疝気の虫は三五教の神力に怖れて滅びて了ふぞ。此奴は金毛九尾の狐に使はれて居る曲津の容器だ。ホヽヽヽ』 甲『モシモシ生神様、男の声を出したり、女の声を出したりなさいまして、先に仰有つた事と後から仰有つた事とは全然裏表ぢやありませぬか』 青彦『此方は誠の道の宣伝使だ。決して決して二言は申さぬ』 甲『それでも今妙な声を出してござつたぢやありませぬか』 又もや暗黒より女の声、 女(悦子姫)『妾こそは天上より降り来れる天照大神の御使、瑞の御魂の教へ給へる三五教の生神なるぞ。青彦の如き体主霊従の教を耳に入れるな』 青彦『ヤアこれは怪しからぬ。何者とも知れず空中に声を出して、某が宣伝を妨害致す魔神現はれたりと覚ゆ。コラコラ悪神の奴、この青彦が言霊の威力を以て、汝が正体を現はし呉れむ』 と拍手し、言霊濁れる神言を奏上し始めたり。又もや暗黒の中より女の声、 女(悦子姫)『ホヽヽヽ、面白い面白い、彼の青彦の青い顔わいな』 青彦『エー又しても又しても曲津神が出て来よつて。コラコラ今に往生さしてやるぞ』 と汗みどろになり、一生懸命に天津祝詞を何回となく奏上する。後方の山の小高き暗中より、又もや女の声、 女(悦子姫)『オホヽヽヽ、青彦、汝は秋山彦の館に於て三五教の宣伝使亀彦に悩まされ、生命辛々此処まで遁げ延び、又もや悪逆無道の継続事業を開始してゐるのか。好い加減に改心致さぬと汝が霊魂を引抜き、根の国、底の国に落してやらうか』 青彦『ナンダ、誠の道の妨害致す悪魔ども、容赦は致さぬ。今青彦が神徳無限のウラナイ教の言霊を以て、汝が身魂を破滅せしめむ。速かに退散致さばよし、愚図々々致さば容赦はならぬぞ』 とぶるぶる慄ひ乍ら空元気を附けて呶鳴りゐる。暗中より、又もや女の声、 女(悦子姫)『オホヽヽヽ、可笑しい哩。汝が力と思ふ高姫は今フサの国に遁げ帰り、黒姫は行方不明となりし今日、何程汝、力味返るとも斯の如き誠の神の使現はれし上は最早汝が運の尽き、一刻も早く此の場を退却致せよ』 青彦『エーナント云つても一旦思ひ立つた拙者が宣伝、たとへ此の身は八裂に遭はうとも、いつかないつかな心を飜すやうな腰抜けではないぞ。何れの魔神か知らねども、人を見損ふにも程がある。サア正体を此処に現はせ。誠の道を説いて聞かして改心させてやらう程に』 暗中より『オホヽヽヽ』 乙は拍手を打ち、 乙『モシモシ生神様、ナンダか貴方が仰有いますと、後の中空の方に妙な声が聞えます、ナンデも貴方様に反対の神様らしうございます。此の暗いのに神様が喧嘩遊ばして吾々なにも知らぬものが側杖を喰ひまして誠に迷惑。何卒此の声を止めて下さいませぬか』 又もや女の声、 女(悦子姫)『オホヽヽヽ、止めて止まらぬ声の道、道は二筋善と悪、善に服らふか、悪に従ふか、何れも今ここでハツキリと返答を致せよ』 青彦『何れの神かは知らねども、拙者が宣伝を妨害致す曲者、了見致さぬぞ』 暗中より、又もや、 女(悦子姫)『オホヽヽヽ、彼のマア青彦の空威張り』 青彦『ヤア何とはなしに聞き覚えのある声だ。其方は三五教の女宣伝使であらう。後の山に潜み、拙者が宣伝を妨害致すと覚えたり。今に正体現はし呉れむ』 と火打を取出しカチカチと火を打ち四辺の枯柴を集めて盛ンに火を焚きつけたり。 一同の顔は昼の如く照らされたれど、木の茂みに隠れたる悦子姫の姿は見えざりける。悦子姫は尚も屈せず、 悦子姫『オホヽヽヽ、ウラナイ教の阿呆彦の宣伝使、畏れ多くも昔天照大御神様の御生まれ遊ばした時に、産湯を取らせ給うた産釜、産盥の側に立ち宣伝を致すとは、僣越至極の汝が振舞、今に数多の蜂現はれ来つて汝が眼を潰すであらう。オホヽヽヽ』 焚火の光に驚いて傍に巣を喰つてゐた雀蜂の群、火焔の舌に巣を嘗められ堪り兼ね、青彦の底光りのする目玉を目がけて、一生懸命幾百千ともなく襲撃し始めたるにぞ、青彦は、 青彦『アイター』 と其の場に倒れける。蜂の群は青彦の身体一面に空地もなく噛み付きける。 数多の参詣人は蜂に光つた目を刺され、苦しむもの彼方此方に現はれ、泣くもの、喚くもの、忽ち阿鼻叫喚の巷となりぬ。又もや暗中より、 悦子姫『ヤアヤア此処に集まる老若男女、穢らはしき肉体を持ち乍ら、此の聖場を汚すこと不届千万な、一時も早く神界に謝罪をせよ。三五教の宣伝歌を唱へ奉り、蜂の災禍を払ひ与へむ。惟神霊幸倍坐世』 と唱ふる声につれ、一同は一生懸命になりて、 一同『惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 と唱へ始めける。 此の声は四辺の山岳をも揺がす許りなり。暗中より、 悦子姫『ヤアヤ、汝等蜂に刺された目は、これで全快したであらう。聖場を汚してはならないから、一刻も早く此の場を立去り、綾の高天へ御礼のために時を移さず参詣致せよ。夢々疑ふな。惟神霊幸倍坐世』 一同は此の声に驚き、且つ歓び、声する方に向つて拍手し乍ら、長居は恐れと一目散に河伝ひに帰り往く。アヽ青彦の運命は如何。 (大正一一・四・一五旧三・一九外山豊二録)
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(1678)
霊界物語 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 18 遷宅婆 第一八章遷宅婆〔六〇八〕 百日百夜の一同が苦辛惨憺の結果、漸く建ち上りし白木の宮殿、鎮祭式も無事に済み一同直会の宴にうつる。今日は正月十五日、雪は鵞毛と降りしきり、見渡す限り一面の銀世界、天津日の影は地上に光を投げ、玲瓏として乾坤一点の塵埃も留めず、実に美はしき天国の御園も斯くやと思はるる許りなり。 英子姫は神霊鎮祭の斎主を奉仕し悠々として階段を降り来るや、忽ち神霊に感じ神々しき姿は弥が上に威厳備はり徐に口を開いて宣り給ふやう、 英子姫に懸かった天照御神『我は天照大神の和魂なり、抑も当所は綾の聖地に次げる神聖の霊場にして天神地祇の集まり給ふ神界火水の経綸場なり、神界に於ける天の霊の川の源泉にして宇宙の邪気を洗ひ清め百の身魂を神国に救ふ至厳至聖の神域なり。又この東北に当つて大江山あり、此処は神界の芥川と称し邪霊の集合湧出する源泉なれば霊の川の霊泉を以て世界に氾濫せむとする濁悪汚穢の泥水を清むべき使命の地なり。此濁流の彼方に天の真名井ケ岳あり、此処は清濁併せ呑む天地の経綸を司る瑞の御霊の神々の集まる源泉なり。豊国姫の分霊、真名井ケ岳に天降りミロク神政の経綸に任じ給ひつつあり、されども曲神の勢力旺盛にして千変万化の妖術を以て豊国姫が経綸を妨碍せむとしつつあり。汝悦子姫、之より大江山の濁流を渡り真名井ケ岳に打向ひ百の曲霊を言向和し追ひ払ひ吹き清めよ。又亀彦、英子姫には神界に於て特別の使命あれば之より聖地に向へ、其上改めて汝に特別使命を与ふべし』 と言葉厳かに言挙げし給ひ忽ち聞ゆる微妙の音楽と共に引きとらせ給ひぬ。アヽ尊き哉皇大神の御神勅よ。 茲に亀彦、英子姫は神勅を奉じ、熊鷹、石熊両人を始め数十人の供人と共に、聖地に向ふ事となりぬ。又悦子姫、青彦は、鬼彦、鬼虎の二人に、四五の従者を伴ひ谷川に禊を修し宣伝歌を唱へ乍ら大江山の魔窟ケ原を打越え真名井ケ岳に向つて進む事になりける。 悦子姫は宮川の渓流を溯り、険しき谷間を右に跳び、左に渉り漸くにして魔窟ケ原の中央に進み入り、衣懸松の傍に立ち止まり見れば、百日前に焼け失せたる高姫の隠家は又もや蔦葛を結び、新しく同じ場所に仮小屋が建てられありたり。 悦子姫『此間妾が高姫に招かれて此松の下へ来ると、間もなく火煙濛々と立昇り、小屋の四方八方より猛烈に紅蓮の舌を吐いて瞬く内に舐尽し、高姫さま始め此青彦さまも火鼠の様に、彼の丸木橋から青淵へ目蒐けて飛び込まれた時の光景は実にお気の毒なりし。その時妾は高姫さまの水に溺れて苦しみ藻掻き居られるのを、真裸になりて救ひ上げた時、高姫さまに非常に怒られた事あり、「妾が勝手に心地よく水泳をやつて居るのに、真裸で飛ンで来て妾の手を引ン握り、ひつ張り上げるとは怪しからぬ」と反対に生命を助けて怒られた事あり、あの一本橋を見ると其時の光景が今見る様な』 と述懐を漏したり。 青彦『さうでしたな、あの時に私も亀彦さまが居なかつたら土左衛門になる処でした。真実に生命の親だと思つて心の底から感謝して居ました。それに高姫さまは私がお礼を申さうとすれば目を縦にして睨むものですから、つひお礼を申し上げず心の裡に済まぬ事ぢやと思つて居ました、真実に負惜みの強い方ですな』 鬼彦『ウラナイ教の奴は皆アンナ者だよ、向ふ意気の強い、負ず嫌ひばかりが寄つて居るから負た事や弱つた事は知らぬ奴だ、悪と云ふ事も知らず本当に片意地な教だ、負た事を知らぬものに勝負も無ければ、恥を知らぬものに恥はない、人間もああなれば強いものだ、否気楽なものだ、自分のする事は何事も皆善ときめてかかつて居るのだから身魂の立て直し様がありませぬ哩』 青彦『ヤア私も高姫の強情なには呆れて物が言はれませぬ、沓島で岩蓋をせられた時にも私は消え入る様な思ひがして、泣くにも泣かれず慄うて居ましたが、高姫は豪気なものです、反対に窮鼠却て猫を咬む様な談判をやるのですから呆れざるを得ぬぢやありませぬか、漸く田辺に着いたと思へば暗に紛れてドロンと消え失せ、間もなく月の光に発見されて鬼武彦に素首を掴まれ、提げられて長い道中を秋山彦の館まで連れ行かれ、苦しいの、苦しうないのつて、息が切れさうでしたよ、それでも減らず口を叩いて太平楽を並べると云ふ意地の悪い女だから、何処迄押し尻が強いか分つたものぢやない。如意宝珠の玉を大勢の目の前で平気の平左で自分の腹の中に呑み込みて仕舞ひ、終には煙の様に天井窓から逃出すと云ふ放れ業をやるのだから、化物だか、神様だか、魔だか、素性の知れぬ痴者だ、そして随分口先の達者な事と言つたら燕か雀の親方の様だ、人には交際つてみねば分らぬが、あの剛腹の態度と弁ちやらとに掛つたら、大抵の男女は十人が九人迄やられて仕舞ふ、本当に巧な者だ、其処へ又、も一つ弁舌の上手な黒姫と言ふのが始終後について居つて応援をするものだから、口八丁手八丁悪八丁と言ふ豪の者に作りあげて仕舞つたのだ。然しチヤンと此焼け跡に又もや新しい小屋が建つて居る、大方黒姫の奴、後追つかけて来よつて焼け跡に小屋を建てて隠れて居るのではあるまいか、何処までも執念深いのはウラナイ教の宣伝使だからな』 鬼虎『一つ調べてやりませうかい』 鬼彦『若し黒姫が居つたら貴様何うする、又舌の先でチヨロチヨロと舐られてグニヤグニヤとなりやせぬかな』 鬼虎『何、大丈夫だよ、鬼虎には鬼虎の虎の巻がある、俺の十一七番を御目に懸けてやるから悠りと見物をせい』 一同は路傍の恰好の石に腰掛けて休息し乍ら雑談に耽つて居る。鬼虎は七八間許り稍傾斜の道を下り衣懸の松の麓の藁小屋を外からソツと覗き、 鬼虎『ヤア、居るぞ居るぞ、婆が一匹、男が二匹だ、オイ婆ア、貴様は何だ、バラモン教か、ウラナイ教か、ウラル教か、返答致せ』 小屋の中より、 婆(黒姫)『エー、八釜しい哩、何処の穀潰しか知らぬが新宅の成功祝で、グツスリ酒を飲みて暖い夢を見て居た処だ、大きな声で目を覚まさしよつてチツト人情を知らぬかい。安眠妨害で告発するぞ』 鬼虎『ヤア、一寸洒落て居やがる、よう牛の様にツベコベと寝乍らねちねちと口を動かす奴だ、丸で高姫か黒姫みたいな餓鬼だ、改心せぬと又それ紅蓮の舌に舐められて、藁小屋は祝融子に見舞はれ全部烏有に帰し、頭の毛や着衣に火が延焼して一本橋から身を投げて寂滅為楽、十万億土の旅立をせにやならぬ様になるぞ』 小屋の中より、 婆(黒姫)『何処の奴か知らぬが俺は貴様の今言うた黒姫だよ、名は黒姫でも顔の色はそれ今其処らに降つてる雪の様に白い雪ン婆の様な心の綺麗なウラナイ教の宣伝使ぢや、此沢山な雫を掻き別けて寒い寒い山道をうろつく奴は余程ゆきつまつたしろ物と見える哩。今日らの日に彷徨ふ奴は家の無いもののする事ぢや、田螺でも蝸牛虫でも一つは家を持つて居る、家無しのド乞食奴が、何とか、彼とか言ひよつて人の処の家へ泊めて貰はうと思つても……さうは往かぬぞ、然し魚心あれば水心ありぢや、俺の言ふ事を聞くのなら泊めてやらぬ事は無いわ、それ程寒相に歯の根も合はぬ程、カツカツ慄ふよりも如何ぢや、俺の結構な話を聞いて暖い火にあたつて、味の良い濁酒でも鱈腹飲みた方がましだらう、世の中は馬鹿者が多いので此雪の降つてピユウピユウと顔の皮が剥ける様な風が吹くのに、下らぬ宣伝歌を涙交りに謡ひよつても誰が集まつて聞くものかい、後から後から此雪の様に冷かされる一方だ、一つ冷静に酒の燗ドツコイ考へて見たが宜からうぞ』 鬼虎『アハヽヽヽ、オイ鬼彦、一寸来い、大分に能うツベコベ吐す奴ぢや、高姫の二代目が居りよる哩。白姫とか赤姫とか吐す中年増の婆ぢや、一つ此奴を、真名井ケ岳に行く途中の先登として言向け和したら面白からうぞ』 鬼彦『ヤ、さうか、何でも婆の潜みて居さうな藁小屋ぢやと思つた。ドレドレ之から鬼彦が応援に出掛け様かい』 雪の中をザクザクと音させ乍ら小屋の側に寄り添ひソツと中を覗き、 鬼彦『ヤア、居る居る、此奴は何時やら見た事のある奴ぢや。随分八釜しい婆ぢやぞ、鈴の化物見た様な奴ぢや』 鬼虎『鈴か煤か知らぬが何でも黒い名のつくババイババイ婆宣伝使だ。オイ、婆ア、一つ貴様の得意の雄弁を振つて天下分け目の舌鋒戦でも開始したら如何だ、面白いぞ』 婆(黒姫)『オイ、音、勘、酒に喰ひ酔うて何時迄寝て居るのだ、外には貴様に合うたり叶うたりの荷担うたら棒が折れる様なヒヨツトコ男が来よつて、百舌鳥の様に囀つて居る、貴様一つ出て舌戦をやらぬかいナ』 音、勘『ムヽヽヽ、ムニヤムニヤムニヤ、アヽア、アー』(寝惚け声で) 婆(黒姫)『エー、じれつたい、欠伸許りして夜中の夢でも見てるのかい、もう午時ぢや、早く起きぬか』 音公『午時か猫時か知らぬが二人がグツスリと猫を釣つて、甘い物をドツサリ喰つた夢を見てる時に、アヽ偉い損をした、十七八の頗るのナイスが現はれて、細い白い柔かい手で目を細うして「音さま、一杯」と盃をさして呉れた最中に起されて、エーエ怪つ体の悪い、一生取り返しのならぬ大損害だ、生れてから見た事もない様なナイスにお給仕をして貰ふ時の心持と言つたら天国浄土に行つても、夢でなくては有りさうもない、アヽア、嬉しかつた嬉しかつた』 婆(黒姫)『オイ、音、何をお前は惚けて居るのだい、チツト確りしなさらぬか、戸を開けて外を見なさい、沢山の耄碌がやつて来て今此黒姫の舌鋒に刺されて、ウラナイ教に帰順せむとする準備の最中だ、サアサア勘公も起きたり起きたり』 婆はノソリノソリと小屋を立ち出で、 婆(黒姫)『ヤア誰かと思へば青彦も其処に居るのか、コレヤ、マア如何したのだ、何時の間に三五教に這入りよつたのだ、宣伝使の服が変つて居るぢやないか、サア早く脱ぎ捨ててウラナイ教の教服と更へるのだよ』 青彦『これはこれは黒姫先生、憚り乍ら今日の青彦は最早百日前の青彦とは趣が違つて居ますから、その積りで物を言つて貰ひませぬと、某聊か迷惑の至りだよ』 婆(黒姫)『オホヽヽヽ、猫の眼の玉の様に、能う変る灰猫野郎だな、そこに居る女宣伝使は此間来た悦子姫と言ふ破れ宣伝使だらう、ソンナ者に従いて歩いて何になるか、チツトお前も物の道理を考へて利害得失を弁へたが宜からうぞ、オホヽヽヽ』 勘公『皆さま、ソンナ処へ腰掛けて居らずに、トツトとお這入りなさいませ、内はホラホラ外はスウスウぢや、随分広い間がありますよ』 婆(黒姫)『コレヤ、勘公よ、能う勘考してものを言はぬかい、主人の黒姫にも応へずに僕の分際として勝手にお這入り下さいとはソレヤ何を言ふのか、アンナ者を一緒に入れたら丸で爆弾を詰めた様なものぢや、何処から破裂致すやら分つたものぢやないぞ』 勘公『爆弾でも何でも宜いぢやありませぬか、先方の爆弾をソツと此方へ占領して使ふのが妙案奇策、敵の糧を以て敵を制する六韜三略の兵法で御座る、アハヽヽヽ』 婆(黒姫)『お前の兵法は矢張屁の様な物だ、匂ひも無ければ音もこたへず、音公と同じ様な掴まへ所の無い人三化七ぢや』 音公『これこれ、黒姫のチヤアチヤアさま、音公の様な者とは、ソレヤ何を証拠に言ふのだ、チヤアチヤア吐すと量見せぬぞ、世界一目に見え透く竜宮の乙姫ぢやぞと、明けても暮れても口癖の様に自慢して居るが、現在足許に居る此音さまを誰だと思つて居るのか、明き盲目だな、三五教の宣伝使音彦司とは此方の事だぞ』 婆(黒姫)『音に名高い音彦の宣伝使と言ふのはお前の事か、オツト、ドツコイ、音に聞いた程も無い見劣りした腰抜け野郎だ、水の中でおとした屁の様な男(音公)だな、斯ンなガラクタ男が三五教の宣伝使だなぞと本当におとましい哩、生るる時に母親の腹の中で肝腎な、目に見えぬものをおとして来た様な間抜けた顔付をしよつて、宣伝使の何のつて、雪隠虫が聞いて呆れますぞえ、宣伝使ぢや無うて雪隠虫ぢやらう、オホヽヽヽ』 音彦『エー、仕方のない剛情な婆ばかりウラナイ教には寄つて居やがるな』 婆(黒姫)『きまつた事ぢや、お前も余つ程の馬鹿人足だな、今頃に瘧が落ちた様な顔しよつて、「剛情な奴ばかりウラナイ教は寄つて居やがるな」なぞとソンナ迂い気の利かぬ事でウラナイ教の間者に這入つたつて何が成功するものか、此黒姫は此奴一癖ある間抜けだと思つて、知らぬ顔で居れば良い気になりよつて何を言ふのだ、貴様の面を見い、世界一の大馬鹿者、三五教の腰抜け野郎と貴様の寝てる間に此黒姫司が墨黒々と書いて置いた、それも知らずに偉相に言ふな、鍋の尻の様な面になりよつて、お前も余つ程くろう好きぢやと見える、「心からとて吾郷離れ、知らぬ他国で苦労する」とはお前の様な馬鹿者の境遇を剔抉して余蘊なしだ、ホヽヽヽ、それに付けても青彦の奴、何の態ぢや、日蔭に育つた瓢箪の様な面をして結構なウラナイ教の神様に屁をかがしたか、かかさぬか、…………ド拍子の抜けたシヤツ面を此寒空に曝し、瑞の霊と言ふ冷たい名の付いた奴の教を有難相に聞きよつて、蒟蒻の化物の様にビリビリ慄ひ歩く地震の化物奴、チツと胸に手を当てて自身の心を考へて見よ』 青彦『大きに憚り様、何うせ青彦と黒姫は名からして色彩が違ふから反が合ませぬ哩。黒い黒い顔に石灰釜の鼬見たように、ドツサリと白粉をコテコテ塗りたて、丸で此処にある焼杭木に雪が積つた様なものだ。五十の尻を作りよつて白髪を染めたり、顔を塗つたりしたつて皺は隠れはせぬぞ、若い者の真似をして若相に見せ様と思つても雪隠の洪水で糞浮きぢや、汚いばかりぢや、良い加減に改心せぬかい』 婆(黒姫)『俺が顔に白粉をつけて居るのが何が可笑しい、何事も隅から隅まで前にも気をつけおしろいにも手を廻して抜目の無い教と言ふ印に白粉をつけて居るのだ、貴様は尾白い狐に魅まれよつてウロウロとうろついてるのだな、娑婆幽霊の死損なひ奴が』 青彦『娑婆幽霊の死損なひとは貴様の事だよ、人生は僅か五十年、五十の坂を越えよつて白粉をつけて俏した処で地獄の鬼は惚れては呉れはせぬぞ、三途川の鬼婆の姉妹と取り違へられて、冥土に行つても又大々的排斥をせらるるのは判を捺した様なものだ、本当に困つた婆だな、執着心の強い粘着の深い、着いたら離れぬと言ふ牛蝨の様な代物だ、如何ぞして結構な三五教に救うてやり度いと思つて居るのだが、もう斯うなりては駄目かな、耳は蛸になり目は木の節穴の様に硬化して仕舞ひ、口ばつかり無病健全と言ふ代物だから、如何しても見込みがつかぬ哩』 婆(黒姫)『エー、ツベコベと世迷ひ言を能う囀る男だ、初めには三五教が結構だと言つて涙を零し、洟まで垂らして有難がり、次には三五教は薩張り駄目だ、瑞の霊の不可解な行動が腑に落ちぬ、もうもう愛想がつきた、三五教のあの字を聞いても胸が悪いと言ひよつて、此黒姫の紹介でウラナイ教にヤツと拾ひ上げ、もう何うなり斯うなり一人歩きが出来る様になつたと思へば又もや変心病を出しよつて、「矢張りウラナイ教は駄目だ、先の嬶は嘘はつかぬ哩、三五教の御神力が強い」と、萍の様な心になつて、風が東から吹けば西に漂ひ、西から吹けば東の岸に漂着すると言ふ漂着者だ、ソンナ事で神様の御蔭が貰へるか、終始一貫、不変不動、岩をも射抜く梓弓、行きて帰らぬ強き信仰を以て神に仕ふるのが万物の霊長たる人間の意気だよ、能うフラフラと変る瓢六玉だ、アヽ可憐相な者だ、ヤア哀なものだなア、オホヽヽヽ』 青彦『何を言ひよるのだ、コラ黒姫、貴様だつて三五教は結構だ、広い世界にコンナ誠の教があらうかと言ひよつて、今迄信じて居たバラモン教を弊履を捨つるが如く念頭より放棄し、今又ウラナイ教の高姫の参謀になりよつたと思つて、偉相な事を言ふない。お猿の尻笑ひと言ふのは貴様の事ぢや、オヽそれそれ猿で思ひ出した、猿と言ふ奴はかく事の上手な奴ぢや、貴様は高姫の筆先だとか、何とか折れ釘の行列の様な、柿のへたの様なものを毎日、日にち写しよつて、それを唯一の武器と恃み、鬼の首を篦でかき切つた様な心持になつて、世界中の誠の信者の信仰をかき廻すと言ふ、さるとはさるとは困つた代物だよ、猿が餅搗くお亀がまぜると言ふ事がある、コラ猿婆貴様の舌端に火を吐いて言向け和した信者の持ち場を、青彦の宣伝使が之からかき廻すのだから、マアマア精出して活動するが良い哩、貴様は三五教の先走りだ、イヤ、もう御苦労のお役だ、霊魂の因縁に依つて悪の御用に廻されたと思へば寧ろお気の毒に堪へぬワイ、アヽ惟神霊幸倍坐世、叶はぬから霊幸倍坐世、アハヽヽヽ』 (大正一一・四・一六旧三・二〇北村隆光録)
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霊界物語 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 19 文珠如来 第一九章文珠如来〔六〇九〕 ヤンチヤ婆アの黒姫は、性来の聞かぬ気を極度に発揮し、青彦、音彦其他に向つて舌端黒煙を吐き、一人も残さず紅蓮の焔に焼き尽さむと凄じき勢なり。 黒姫『コレコレ、最前から其処に、男とも、女とも、訳の分らぬ風をして居る三五教の宣伝使、良い加減に此世に暇乞ひをしても悦子姫の阿婆擦れ女、沢山の荒男を引きつれて、女王気取りで、傲然と構へて御座るが、チト此婆アが天地の根本の道理を噛みて啣める様に言ひ聞かしてやるから、ソンナ蓑笠をスツパリと脱いで、此処へ御座れ、滅多にウラナイ教の為に悪い様な事は申さぬ。問ふは当座の恥、知らぬは末代の恥だ、此山の中で結構な神徳を戴いて、又都会へ出たら、自分が発明した様に、宣伝使面を提げて歩かうと儘ぢや。何でも聴いて置けば損は往かぬ。サアサア婆アの渋茶でも呑みて、トツクリと身魂の洗濯をしなされ。チツト此頃はお前も顔色が悪い。此黒姫が脈を執つて上げよう。……どうやら浮中沈、七五三の脈膊が混乱して居る様ぢや、今の間に療養せぬと、丸気違になつて了ふぜ。今でさへも半気違ぢや。神霊注射を行つてあげようか。それが利かなくば、モルヒネ注射でもしてやらうかい。サアサアトツトと前へ来なさい』 悦子姫『それはそれは、何から何まで御心を附けられまして、御親切有難う御座います』 黒姫『有難いか、ウラナイ教は親切なものだらう。頭の先から足の爪先、神経系統から運動機関は申すに及ばず、食道、消化機関から生殖器、何から何迄、チヤンと気をつけて、根本から説き明かし、病の根を断る重宝な教ぢや。お前も神経中枢に多少異状があると見えて、三五教の木花姫の生宮の様に、女だてら、男の風采をして、男を同伴つて、そこら中を歩きまはすのは、普通ではない。此儘放つとくと、巣鴨行をせなければならぬかも知れやしない。………サアサア此黒姫は耆婆扁鵲も跣足で逃げると云ふ義理堅い義婆ぢや。世間の奴は訳も知らずに、黒姫を何の彼のと申すけれども、燕雀何ンぞ大鵬の志を知らむやだ。三千世界の立替立直しの根本を探ると云ふ、大望なウラナイ教を、三五教の宣伝使位に分つて堪るものか。お前が此処へ来たのも、みなウラナイ教を守護し給ふ、尊き大神様の御引合せぢや。躓く石も縁の端と言つて、世界には道を歩いて居ると、沢山な石が転がつて居る。其幾十万とも知れぬ石の中に、躓く石と云つたら、僅に一つか二つ位なものだよ。これも因縁が無ければ蹴躓く事も出来なければ、蹴躓かれる事も出来やしない。同じ時代に生れ、同じお土の上に居つても、コンナ結構なウラナイ教を知らずに、三五教にとぼけて一生を送る様な事は本当に詰らぬぢやないか。何事も神様のお引合せ、惟神の御摂理、縁あればこそ、斯うしてお前は此山の奥に踏み迷ひ……イヤイヤ神様に引つ張られて来たのだ。決して決して黒姫の我で云うと思つたら量見が違ひますデ、竜宮の乙姫さまが仰有るのだ。今迄永らく海の底のお住居で、沢山の宝を海の底に蓄へて居られたのぢやが、今度艮の金神様が世にお上りなさるに就て、物質的の宝よりも、誠の宝が良いと云つて、五六七神政成就の為に、惜しげも無く綺麗サツパリと、艮の金神さまに御渡しなされると云ふ段取りぢや。併し人間は誠の宝も結構ぢやが、肉体の有る限り、家も建てねばならず、着物も着ねばならず、美味いものも食はねばならず、あいさには酒もチヨツピリ飲みたいと云ふ代物だから、形のある宝も必要ぢや。三五教の奴は「この世の宝は、錆、腐り、焼け、溺れ、朽果つる宝だ、無形の宝を神の国に積め」なぞと、水の中で屁を放いた様な屁理屈を言つて、世界の奴を誤魔化して居るが、お前等も大方其部類だらう……イヤ其通り宣伝して歩くのだらう。……能う考へて見なされ。お前だつて食はず飲まずに、内的生活ばかり主張して居つて、堂して神の道の宣伝に歩行けるか。これ程分り切つた現実の道理を無視すると云ふ教はヤツパリ邪教ぢや。瑞霊の吐す事は、概して皆コンナものだ。言ふ可くして行ふ可らざる教が何になるものか。体主霊従と霊主体従の正中を言ふのが当世ぢや。当世に合ぬ様な教をしたつて誰が聴くものか。神の清き御心に合むとすれば、暗黒なる世の人の心に合ず、俗悪世界の人の心に合むとすれば、神の心に叶はず……なぞと訳の分り切つた小理屈を、素盞嗚尊の馬鹿神が囀りよつて、易きを棄て難きに就かむとする、迂遠極まる盲信教だから、根つから、葉つから、羽が生えぬのぢや。ウラナイ教は斯う見えても、今は雌伏時代ぢや。軍備を充実した上で、捲土重来、回天動地の大活動を演じ、それこそ開いた口が塞がらぬ、牛の糞が天下を取る、アンナ者がコンナ者になると云ふ仕組の奥の手を現はして、天の御三体の大神様にお目にかける、艮の金神の仕組ぢや。三五教は艮の金神の教を樹てとる様な顔して居るが、本当は素盞嗚尊の教が九分九厘ぢや。黒姫はそれがズンとモウ気に喰はぬので、変性男子の系統の肉体の、日の出神の生宮を力と頼み、竜宮の乙姫さまの生宮となつて、外国の行方を、隅から隅迄調べあげて、今度の天の岩戸開に、千騎一騎の大活動をするのぢや。お前も、三五教の宣伝使と云ふ事ぢやが、名はどうでもよい、お三体の大神様と艮の金神様の御用を聴きさへすれば宜いのだらう。サアサア今日限り化物の様な奴の吐す事を、弊履の如く打棄てて、最勝最妙、至貴至尊、無限絶対、無始無終の神徳輝く、ウラナイ教に兜を脱いで、迷夢を醒まし、綺麗サツパリと改心して、ウラナイ教を迷信なされ、悪い事は申しませぬ、ギヤツハヽヽヽ』 悦子姫『ホヽヽヽ、アハヽヽヽ、あのマア黒姫さまの黒い口、……妾の様な口の端に乳の附いてる様な者では、到底あなたの舌鋒に向つて太刀打は出来ませぬ。あなたは何時宣伝使にお成りになりましたか、随分円転滑脱、自由自在に布留那の弁、懸河の論説滔々として瀑布の落ちるが如くですナ』 黒姫『定つた事だよ。入信してからまだ十年にはならぬ。夫れでも此通りの雄弁家だ、是れには素養がある。若い時から諸国を遍歴して、言霊を練習し、唄であらうが、浄瑠璃であらうが、浪花節であらうが、音曲と云ふ音曲は残らず上達して鍛へたのぢや。千変万化、自由自在の口車、十万馬力を掛けた輪転機の様に、廻転自由自在ぢや、オホヽヽヽ』 加米彦『モシモシ悦子姫さま、コンナ婆アに、何時までも相手になつとると、日が暮れますで、一時も早く真名井ケ原に向ひませうか』 悦子姫『アヽさうだ、折角の尊いお説教を聞かして貰うて、お名残惜しいが、先が急きますから此処らで御免蒙りませうか』 鬼虎『アーア、最前から黙つて聴いて居れば、随分能く囀つたものだ。一寸謂はれを聞けば、根つから葉つから有難い様だが、執拗う聞けば、向つ腹が立つ……お婆アさま、ゆつくり、膝とも談合、膝坊主でも抱へて、自然に言霊の停電するまで、馬力をかけ、メートルを上げなさい。アリヨース』 黒姫『待つた待つた、大いにアリヨースだ、様子あつて此婆アは、此魔窟ケ原に仮小屋を拵へ、お前達の来るのを待つて居たのだ。往くと云つたつて、一寸だつて、此婆が、是れと睨みたら動かすものか』 鬼虎『まるで蛇の様な奴ぢやナア。執念深い……何時の間にか、俺達に魅入れよつたのぢやナ』 黒姫『さうぢや、魅を入れたのぢや、お前もチツト身入れて聞いたが宜からう、蛇に狙はれた蛙の様なものぢや、此処をかへると云つたつて、帰る事の出来ぬ様に、チヤーンと霊縛が加へてある。悪霊注射も知らず識らずの間に、チヤアンと行つて了うた。サア動くなら動いて見よれ』 鬼虎『アハヽヽ、何を吐すのだ。動けぬと云つたつて、俺の体を動かすのは、俺の自由権利だ。……ソレ……どうだ。これでも動かぬのか』 黒姫『それでも動かぬぞ。お前が今晩真名井ケ原に着いて、草臥れて、前後も知らず、寝ンだ時は、ビクとも体を動かぬ様にしてやるワイ』 鬼虎『アハヽヽヽ、大方ソンナ事ぢやろと思うた。……ヤイヤイ黒姫、三五教は起きとる人間を、目の前で霊縛して動けぬ様にするのぢやぞ。一つやつてやらうか、……一二三四五六七八九十百千万……』 黒姫『一二三四五六七八心地よろづウ……ソラ何を言ふのぢや、それぢやから三五教は体主霊従と云ふのぢや。朝から晩まで、算盤はぢく様に数を数へて、一から十まで千から万まで……取り込む事につけては抜目のない教ぢや。神の道は無形に視、無算に数へ、無声に聞くと云ふのぢやないか、…何ンぢや、小学校の生徒の様に、一つ二つ三つと勿体らしさうに、……ソンナことは、三つ児でも知つてるワイ。……大きな声を出しよつて、アオウエイぢやの、カコクケキぢやのアタ阿呆らしい、何を吐すのぢやい……白髪を蓬々と生やしよつた大の男が見つともない、桶伏山の上へあがつて、イロハからの勉強ぢやと云ひよつてな、……小学校の生徒が笑うて居るのも知らぬのか、…良い腰抜だなア、それよりも天地根本の大先祖の因縁を知らずに神の教が樹つものか、三五教の様な阿呆ばつかりなら宜いが、世の中には三人や五人、目の開いた人間も無いとは謂はれぬ。其時に、昔の昔のサル昔からの因縁を知らずに、どうして教が出来るか、馬鹿も良い加減にしといたが宜からう。鎮魂ぢや、暗魂ぢやとか云ひよつて、糞詰りが雪隠へでも行つた様に、ウンウンと汗をかきよつて、何のザマぢやい、尻の穴が詰つて穴無い教と云ふのか、阿呆らしい、進むばつかりの行方で、尻の締りの出来ぬ素盞嗚尊の紊れた教、何が夫程有難いのぢや、勿体ないのぢや、サア鎮魂とやらをかけるのなら、懸けて見い、……ソンナ糞垂腰で鎮魂が掛つてたまるかイ。グヅグヅすると、妾の方から、暗魂をかけてやらうか』 加米彦『ヤア時刻が移る、婆アさま、又ゆつくりと、後日お目にかかりませう』 黒姫『後日お目にかからうと云つたつて、一寸先は闇の夜ぢや。逢うた時に笠脱げと云ふぢやないか、此笠松の下でスツクリと改心して、宣伝使の笠を脱ぎ、蓑を除り、ウラナイ教に改悪しなさい。一時も早う慢心をせぬと、大峠が出て来た時に助けて貰へぬぞや』 加米彦『アハヽヽヽ、オイ婆アさま、お前さま本気で言つてるのかい、お前の言ふ事は支離滅裂、雲煙模糊、捕捉す可らずだがナア』 黒姫『定つた事だイ、広大無辺の大神の生宮、竜宮の乙姫さまのお宿ぢや、捕捉す可らざるは竜神の本体ぢや、お前達の様な凡夫が、竜宮の乙姫の尻尾でも捉へようと思ふのが誤りぢや、ギヤツハヽヽヽ』 音彦『アヽ是れは是れは、加米彦さま、久し振ぢやつたナア』 加米彦『ヤア聞覚えのある声だが、……その顔はナンダ、真黒けぢやないか、炭焼の爺かと思つて居た、……一体お前は誰だ』 音彦『音彦だよ、北山村より此婆アの後に従いて、ドンナ事をしよるかと思つて、ウラナイ教に化け込み伴いて来たのだ。イヤモウ言語道断、表は立派で、中へ這入ると、シヤツチもないものだ、伏見人形の様に、表ばつかり飾り立てよつて、裏へ這入ればサツパリぢや。腹の中はガラガラぢや。ウラナイ教は侮る可らざる強敵と思つて今日迄細心の注意を怠らなかつたが、噂の様にない微弱なものぢや、何程高姫や、黒姫が車輪になつても、最早前途は見えて居る。吾々もモウ安心だ。到底歯牙に掛くるに足らない教理だから、わしもお前の後に伴いて、今より三五教の宣伝使と公然名乗つて行く事にしよう。此婆アさまは、如何しても駄目だ。改心の望みが付かぬ、縁なき衆生は済度し難し、……エー可憐相乍ら、見殺しかいなア』 黒姫『アーア音彦も可憐相なものだナア。如何ぞして誠の事を聞かしてやらうと思ふのに、魂が痺れ切つて居るから、食塩注射位では効験がない哩、アーア気の毒ぢや、いぢらしい者ぢや……それに付けても青彦の奴、可憐相で堪らぬ。……コラコラ青彦モ一遍、直日に見直し聞直し、胸に手を当てて能う省みて、ウラナイ教に救はれると云ふ気はないか。此婆はお前の行先が案じられてならぬワイ』 青彦『アーア、黒姫婆アさま、お前の御親切は有難い、併し乍ら、個人としては其親切を力一杯感謝する、が、主義主張に於ては、全然反対ぢや、人情を以て真理を曲げる事は出来ぬ、真理は鉄の棒の如きもの、曲げたり、ゆがめたり、折つたりは出来ない、公私の区別は明かにせなくては、信仰の真諦を誤るからナア、……左様なら…御ゆるりと御休みなされませ、私は是れから、悦子姫様のお後を慕ひ、一行花々しく、悪魔の征討に向ひます。ウラナイ教が何程、シヤチになつても、釣鐘に蚊が襲撃する様なものだ。三五教は穴が無いから大丈夫だ。水も洩らさぬ神の教、御縁が有つたら又お目に掛りませう』 黒姫『アーア、縁なき衆生は度し難しか、……エー仕方がないワイ………ウラナイ教大明神、叶はぬから霊幸倍坐世、叶はぬから霊幸倍坐世、……ポンポン』 魔窟ケ原の黒姫が伏屋の軒に暇乞ひ 日は西山に傾いて附近を陰に包めども 四方の景色は悦子姫松吹く風の音彦や 秋山彦の門番と身をやつしたる加米彦が 顔の色さへ青彦を伴なひ進む九十九折 鬼の棲処と聞えたる大江の本城左手に眺め 鬼彦、鬼虎、岩、市、勘公引連れてさしも嶮しき坂路を 喘ぎ喘ぎて登り行く地は一面の銀世界 脛を没する雪路を転けつ転びつ汗水を 垂らして進む岩戸口折柄吹き来る雪しばき 面を向くべき由もなく笠を翳して下り行く 夜の帳はおろされて遠音に響く波の音 松の響も成相の空吹き渡る天の原 天の橋立下に見て雪路渉る一行は 勇気日頃に百倍し気焔万丈止め度なく 文珠の切戸に着きにけり。 青彦『アーア、日も暮れたし、前途遼遠、足も良い程疲労れました。アヽ文珠堂の中へ這入つて一夜を凌ぎ、団子でも噛つて休息致しませうか』 悦子姫『何れもさま方、随分御疲労でせう。青彦さまの仰有る通り、あのお堂の中で、兎も角休息致しませうか』 一同此言葉に『オウ』と答へて、急ぎ文珠堂に向つて駆けり行く。 鬼虎『ヤア此処へ来ると、何時やらの事を連想するワイ、恰度今夜の様な晩ぢやつた。此様に雪は積つて居らぬので、あたりは真暗がり、鬼雲彦の大将の命令に依つて、あの竜灯松の麓へ、悦子姫さま達を召捕に行つた時の事を思へば、全然夢のやうだ。昨日の敵は今日の味方、天が下に敵と云ふ者は無きものぞと、三五教の御教、つくづくと偲ばれます。其時に悦子姫さまに霊縛をかけられた時は、どうせうかと思つた。本当に貴女も随分悪戯好の方でしたなア』 悦子姫『ホヽヽヽヽ』 鬼彦『オイオイ鬼虎、貴様はお二人の中央にドツカリ坐りよつて、良い気になつて居たのだらう』 鬼虎『馬鹿言へ、何が何だか、柔かいものの上に、ぶつ倒れて、気分が悪いの、悪くないのつて、何分正体が分らぬものだから、ホーズの化物が出たかと思つて気が気ぢやなかつたよ、それに就けても、生者必滅会者定離、栄枯盛衰、有為転変の世の中無常迅速の感愈深しだ。飛ぶ鳥も落す勢の鬼雲彦の御大将は、鬼武彦の為に伊吹山に遁走し、吾々は四天王と呼ばれ、随分羽振を利かした者だが、変れば替はる世の中だ。あの時の事を思へば、長者と乞食程の懸隔がある。三五教の宣伝使の卵になつて悦子姫さまのお供と迄、成り下つたのか、成上がつたのか知らぬが、モ一度、あの時の四天王振が発揮したい様な気もせぬ事はない。アーア誠の道は結構なものの、辛いものだ。 あひ見ての後の心に比ぶれば昔は物を思はざりけり だ。善悪正邪の区別も知らず、天下を吾物顔に、利己主義の自由行動を採つた時の方が、何程愉快だつたか知れやしない、吁、併し乍ら人間は天地の神を畏れねばならぬ、今の苦労は末の為だ。アーアコンナ世迷言はヨウマイヨウマイ。神直日大直日に……神様、見直し聞直して下さい。私は今日限り、今迄の繰言を宣り直します。アヽ、惟神霊幸倍坐世』 青彦『因縁と云ふものは妙なものですな、同じ此竜灯の松の下蔭に於て、捉へようとした宣伝使を師匠と仰いで、お伴をなさるのは、反対に悦子姫様の擒となつた様なものだ。アハヽヽヽ、吾々も全く三五教の捕虜になつて了つた。それに就けても、執拗なのは黒姫ぢや、何故あれ程頑固なか知らぬ、どうしても彼奴ア改心が出来ぬと見えますなア』 音彦『到底駄目でせう。私もフサの国の北山のウラナイ教の本山へ、信者となり化け込みて、内の様子を探つて見れば、何れも此れも盲と聾ばつかり、桶屋さまぢやないが、輪変吾善と思つてる奴ばつかり、中にも蠑螈別だの、魔我彦だのと云ふ奴は、素的に頑固な分らぬ屋だ。高姫黒姫と来たら、酢でも蒟蒻でもいく奴ぢやない。どうかして帰順さしたいと思ひ、千辛万苦の結果、黒姫の荷持役とまで漕ぎつけ、遥々と自転倒島まで従いて来て、折に触れ物に接し、チヨイチヨイと注意を与へたが、元来が精神上の盲聾だから、如何ともする事が出来ない。私も加米彦さまに会うたのを限として、此処迄来たのだが、随分ウラナイ教は頑固者の寄合ですよ』 加米彦『フサの国で、あなたが宣伝をして居られた時、酒を飲むな酒を飲むなと厳しい御説教、私はムカついて、お前サンの横面を、七つ八つ擲つた。其時にお前サンは、痛さを堪へて、ニコニコと笑ひ、禁酒の宣伝歌を謡うて御座つた、その熱心に感じ、三五教を信じて、村中に弘めて居つた処、バラモン教の捕手の奴等に嗅付けられ、可愛い妻子を捨てて、夜昼なしに、トントントンと東を指して駆出し、月の国まで来て見れば、此処にもバラモン教の勢力盛ンにして、居る事が出来ず、西蔵を越え、蒙古に渡り、天の真名井を横断つて暴風に遭ひ、船は沈み、底の藻屑となつたと思ひきや、気が附けば由良の湊に真裸の儘横たはり、火を焚いて焙られて居た。「アーア世界に鬼は無い、何処の何方か知りませぬが、生命を御助け下さいまして有難う」と御礼を申し見れば秋山彦の御大将、生命を拾つて貰うた恩返しに、門番となり、馬鹿に成りすまし勤めて来たが、人間の身は変れば替はるものぢや、世界は広い様なものの狭いものぢや。フサの国で、あなたを虐待した私が、又あの様な破れ小屋でお目にかからうとは神ならぬ身の計り知られぬ人の運命だ…………アヽ惟神霊幸倍坐世、三五教の大神様有難う御座います、川の流れと人の行末、何事も皆貴神の御自由で御座います。どうぞ前途幸福に、無事神業に参加出来まする様、特別の御恩寵を垂れさせ給はむ事を偏に希ひ上げ奉ります』 悦子姫『サアサア皆さま、天津祝詞を奏上致しませう』 一同は『オウ』と答へ、声も涼しく奏上し終る。 悦子姫『サア皆さま、坊主は経が大事、吾々は又明日が大切だ。ゆつくりとお休みなされませ。妾は皆さまの安眠を守る為、今晩は不寝番を勤めませう』 鬼虎『ヤア滅相な、あなたは吾々一同の為には御大将だ。不寝番は此鬼虎が仕りませう。どうぞお休み下さいませ』 悦子姫『さうかナ、鬼虎さまに今晩は御苦労にならうか』 と蓑を纒うた儘、静かに横たはる。一同は思ひ思ひに横になり、忽ち鼾声雷の如く四辺の空気を動揺させつつ、華胥の国に入る。鬼虎は不寝番の退屈紛れに雪路をノソノソと歩き出し、何時の間にやら、竜灯の松の根元に着き、ふつと気が付き、 鬼虎『あゝ此処だ此処だ、悦子姫に霊縛をかけられた古戦場だ。折から火光天を焦して竜灯の松を目蒐けて、ブーンブーンと唸りを立てて遣つて来た時の凄じさ、今思つても竦然とするワイ。あれは一体何の火だらう。人の能く言ふ鬼火では有るまいか。鬼虎が居ると思つて、鬼火の奴、握手でもせうと思ひよつたのかナア。霊魂もお肉体もあの時はビリビリのブルブルぢやつた。どうやら空の様子が可笑しいぞ、真黒けの鬼が東北の天に渦巻き始めた。今度こそ遣つて来よつた位なら、一つ奮戦激闘、正体を見届けてやらねばなるまい。是れが宣伝使の肝試しだ。オーイ、オイ、鬼火の奴、鬼虎さまの御出張だ、三五教の俄宣伝使鬼虎の命此処に在り、得体の知れぬ火玉となつて現はれ来る鬼火の命に対面せむ』 とお山の大将俺一人気取になつて、雪の中に呶鳴つて居る。忽ち一道の火光、天の一方に閃き始めた。 鬼虎『ヤア天晴々々、噂をすれば影とやら、呼ぶより譏れとは此事だ。鬼虎の言霊は、マアざつと斯くの通りぢや。一声風雲を捲き起し、一音天火を喚起す。斯うなつては天晴れ一人前のネツトプライス、チヤキチヤキの宣伝使ぢや、イザ来い来れ、天火命、此鬼虎が獅子奮迅の活動振り……イヤサ厳の雄猛び踏み健び御覧に入れむ』 言下に東北の天に現はれたる火光は、巨大なる火団となりて、中空を掠め、四辺を照し、竜灯の松目蒐けて下り来る。 鬼虎『ヨウ大分に張込みよつたな、此間の奴の事思へば、余程ネオ的だとみえる。容積に於て、光沢に於て天下一品だ……否天上一品だ。サア是れから腹帯でもシツカリ締て、捻鉢巻でも致さうかい、腹の帯が緩むとまさかの時に忍耐れぬぞよと、三五教の神様が仰有つた。サアサア鬼虎さまの肝玉が大きいか、天火の命の火の玉が大きいか、大きさ比べぢや』 火団は竜灯の松を中心に、円を描き、地上五六尺の所まで下り来り、ブーンブーンと唸りを立て、ジヤイロコンパスの様に、急速度を以てクルクルと回転し居たり。 鬼虎『ヤイヤイ火の玉、何時までも宙にぶら下がつて居るのは、チツト、ノンセンスだないか、良い加減に正体を現はし、此方さまと握手をしたらどうだい。お前は天の鬼火命、俺は地の鬼虎命だ、天地合体和合一致して、神業に参加せうではないか。是れからは火の出の守護になるのだから、貴様のやうな奴は時代に匹敵した代物だ……イヤ無くて叶はぬ人物だ。サアサア早く、天と地との障壁を打破して、開放的にならぬかい。お前と俺と互にハーモニーすれば、ドンナ事でも天下に成らざるなしだ』 火団は忽ち掻き消す如く、姿を隠しけるが、鬼虎の前に忽然として現はれた白面白衣のうら若き美女、紅の唇を開き、 女『ホヽヽヽヽ、お前は鬼虎さまか、ようマア無事で居て下さつたナア』 鬼虎『何ぢやア、見た事も無い、雪ン婆アの様な真白けの美人に化けよつて、雪に白鷺が下りた様に、白い処へ白い者、一寸見当の取れぬ代物だナア。俺を知つて居るとは一体どうした訳だ、俺は生れてから、お前の様な美人に会つた事は一度も無い、何時見て居つたのだ』 女『ホヽヽヽヽ、モウ忘れなさつたのかいなア、覚えの悪い此方の人、お前は今から五十六億七千万年のツイ昔、妾が文珠菩薩と現はれて、此切戸に些やかな家を作り、一人住居をして居つた所へ、年も二八の優姿、在原の業平朝臣の様な、綺麗な顔をして烏帽子直垂で、此処を御通り遊ばしただらう。其時に妾は物書きをして居つたが、何だか香ばしき匂ひがすると思つて、窓から覗けば、絵にある様な殿御のお姿、ホヽヽヽヽおお恥し……其一刹那に互に見合す顔と顔、お前の涼しい……彼の時の眼、何百年経つても忘られようか、妾が目の電波は直射的にお前の目に送られた。お前も亦「オウ」とも何とも言はずに、電波を返した……。あの時のローマンスをモウお前は忘れたのかいなア。エーエ変はり易きは殿御の心、桜の花ぢやないが、最早お前の心の枝から、花は嵐に打たれて散つたのかい……、アーア残念や、口惜しや、男心と秋の空、妾は神や仏に心願掛けて、やつと思ひの叶うた時は、時ならぬ顔に紅葉を散らした哩なア、オホヽヽヽ、恥しやなア』 鬼虎『さう言へば、ソンナ気もせぬでも無いやうだ。何分色男に生れたものだから、お門が広いので、スツカリ心の中からお前の記憶を磨滅して居たのだ。必ず必ず気強い男と恨めて呉れな。是れでも血も有り、涙も有る。物の哀れは百も承知、千も合点だ。サア是れから互に手に手を取かはし、死なば諸共、三途の川や死出の山、蓮の台に一蓮托生、弥勒の代までも楽みませう』 女『ホヽヽヽ、好かぬたらしいお方、誰がオ前の様な山葵卸の様な剽男野郎に心中立するものかいナ。妾は今其処に、天から下りて御座つた日の出神様にお話をしとるのだよ。良い気になつて、お前が話の横取りをして、色男気取りになつて……可笑しいワ、ホヽヽヽ』 鬼虎『エーツ何の事だ。人を馬鹿にしよるな、まるで夢のやうな話だワイ』 女『ホヽヽヽ、夢になりとも会ひたいと云ふぢやないか。妾の様な女神を掴まへて、スヰートハートせうとは、身分不相応ですよ。馬は馬連れ、牛は牛連れ、烏の女房はヤツパリ烏ぢや。此雪の降つた白い世界に烏の下りたよな黒い男を、誰がラブする物好があるものか。自惚も程々になさいませ。オツホヽヽヽ、おかしいワ……』 鬼虎『エー馬鹿にするな、俺を何と思つて居る。大江山の鬼雲彦が四天王と呼ばれたる、剛力無双のジヤンヂヤチツクのジヤンジヤ馬、鬼虎さまとは俺の事だよ。繊弱き女の分際として、暴言を吐くにも程が有る。サアもう量見ならぬ。この蠑螺の壺焼を喰つて斃ばれ』 と力限りに、ウンと斗り擲り付けたり。 悦子姫『アイタタタ…誰だイ、人が休眠みてるのに、……力一杯頭を擲ぐるとはあまりぢやありませぬか』 鬼虎『ヤア、済みませぬ。悦子姫さまで御座いましたか。ツイ別嬪に翫弄にしられた夢を見まして、力一杯擲つたと思へば、貴女で御座いましたか。ヤア誠に済まぬ事を致しました。真平御免下さいませ。決して決して、悪気でやつたのぢや御座いませぬ』 悦子姫『ホヽヽヽ、三五教に這入つても、ヤツパリ美人の事は忘れられませぬなア』 鬼虎『ヤアもう申訳も御座いませぬ。世の中に女がなくては、人間の種が絶えまする。日の出神も素盞嗚尊も、世界の英雄豪傑は、みな女から生れたのです。 故郷の穴太の少し上小口ただぼうぼうと生えし叢 とか申しまして、女位、夢に見ても気分の良い者は有りませぬワ、アハヽヽヽ』 鬼彦『ナヽ何ンぢや、夜の夜中に大きな声で笑ひよつて、良い加減に寝ぬかイ。明日が大事ぢやぞ。貴様は、……今晩私が不寝番を致します……なぞと、怪体な事をぬかすと思つて居たが、悦子姫さまの綺麗な顔を、穴の開く程覗いて居よつただらう。デレ助だなア』 鬼虎『馬鹿を言ふない。俺は職務忠実に勤める積りで居つたのに、何時の間にか、ウトウト睡魔に襲はれ、竜灯松の下へ行つて別嬪に逢うた夢を見て居つたのぢや。聖人君子でなくてはアンナ愉快な夢は見られないぞ。貴様のやうな身魂の曇つた人間は、到底アンナ夢は末代に一度だつて見られるものかい』 鬼彦『アツハヽヽヽ、その後を聞かして貰はうかい。他人の恋女に岡惚しよつて、色男気取りになつて、肱鉄を喰つた夢を見よつたのだらう。大抵ソンナものだよ、アハヽヽヽ。早く寝ぬかい、夜が明けたら又、テクつかねばならぬぞ』 此の時天の一方より、今度は真正の火団閃くよと見る間に、竜灯松を目蒐けて、唸りを立て矢を射る如く降り来り、一同の前にズドンと大音響を発し、爆発したり。火光はたちまち、花火の如く四方に散乱し、数百千の小さき火球となつて、地上二三丈許りの所を、青、赤、白、紫、各種の色に変じ、蚋の餅搗する如くに浮動飛散し始めたる。其壮観に一同魂を抜かして見惚れ居る。吁、此火光は何神の変化なりしか。 (大正一一・四・一六旧三・二〇松村真澄録)