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21

(1812)
霊界物語 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 17 生田の森 第一七章生田の森〔七〇九〕 三千世界の梅の花薫りゆかしく実を結び 四方の春野を飾りたる桜も散りてむらむらと 咲き乱れたる卯の花の白きを神の心にて 生田の森の片ほとり花を欺く玉能姫 初稚姫の二人連初夏の景色を眺めつつ 再度山の山頂に神の御告を蒙りて 登り行くこそ床しけれ。 杢助は唯一人神前に祝詞を奏上する折しも、門戸を叩き、 国依別『頼まう頼まう』 と訪るる一人の宣伝使があつた。杢助は神前の礼拝を終り、門の戸を開き、 杢助『ヤア、其方は国依別の宣伝使、何用あつて杢助が館を御訪ねなさつたか』 国依別はツと門の敷居を跨げ、杢助と共に座敷に通り、煙草盆を前に置きながら二人向ひ合せ、 国依別『今日参つたのは余の儀では御座らぬ。あなたは折角三五教に入りながら此頃の御様子怪しからぬ事を承はる。事の実否を探らむ為、国依別宣伝の途中、紀の国より取る物も取り敢へず引返し、ここに参りました。あなたは太元教とかを立てて居られるさうだ。神様に対し御無礼では御座いませぬか』 杢助大口を開けて高笑ひ、 杢助『何事ならむかと思へば、左様な御尋ねで御座るか。杢助が折角の信仰を翻し、太元教を新に開いたのは余の儀では御座らぬ。其理由と致す所は、此杢助三五教の信者を標榜し居ると、腰抜の宣伝使や信者が、言依別様の御命令だとか何だとか言つて、旅費を貸せとか、履物を出せとか、いろいろ雑多の厄介をかけ、小便や糞をひりかけ後は知らぬ顔の半兵衛さん。それも一人二人なれば辛抱致すが、絡繹として蟻の甘きに集ふが如く、イナもう煩雑くて堪り申さぬ。杢助の家でさへも此通りだから、其他の信徒の迷惑は思ひやらるる。それ故心の内にて三五教を信ずれども、表面は太元教と、見らるる如く大看板を掲げたので御座る。国依別殿、其方も其亜流では御座らぬか』 国依別『そんな奴は三五教には一人もない筈です。大方バラモン教の奴が、三五教の仮面を被つて居るのでせう』 杢助『バラモン教もチヨコチヨコやつて来る。併し乍ら教の建て方が違ふものだから、先方も遠慮を致して居ると見えて、唯杢助が忙しきタイムを奪つて帰る位なものだ。金銭物品まで借用しようとは申さぬ。宣伝使たる者は未だ教の及ばざる地方又は人に対してこそ宣伝の必要あれ、一旦入信したる者の宅に何時となく訪問致し、厄介を掛け、安を求むる如きは、宣伝使の薄志弱行を自ら表白するものだ。そなたも杢助館に訪問する時間があらば、なぜ其光陰を善用して、未信者の宅を訪問なさらぬか。半時の間も粗末に空費する事は、宣伝使として慎むべき事でせう。サア一時も早く帰つて下され。お茶を進ぜたいが、茶を飲ませては、信者の吾々忽ち貧乏神に襲はれねばならない。仮令番茶の一杯でも小判の端だ。それを進ぜた所で……何だ杢助は、折角訪問してやつたのに番茶を飲まして追ひ返した……と云はれては一向算盤が合ひ申さぬ。愚図々々して御座ると、第一タイムの損害、畳が汚れる。さすれば又もや表替をそれ丈早く致さねばならぬ道理だ。最早杢助は三五教に食はれ、飲まれ、借り倒され、逆様になつても血も出ない様な貧乏になつて了つた。斯んな貧乏神の館へ出て来るよりも、巨万の富を積みながら、此世の行末を案じ、吾身の無常を託ちつつある憐れな精神上の極貧者は、世界に幾らあるか分らない。物質に富み、無形の宝に飢ゑたる人を求めて神の教を説き諭し、錆びず朽ちず、火に焼けず、水に流れぬ尊き宝を与へて、物質上の宝を自由自在に気楽に使用したが宜からう。精神上の宝に充たされ、物質上の宝に欠乏を告げたる此杢助の館に、宣伝使の必要は少しも御座らぬ』 国依別『あなたは此春頃から心機一転、余程吝臭くなられましたなア』 杢助『何だかお前さまの声を聞くと直に、此通り吝臭くなつたのだ。心貧しき力弱き其方の守護神が、杢助の体内に飛び込んで、斯様な事を吐ざいて居るのだ。此杢助は何にも知らぬ、早く国依別さま、心の貧乏神、柔弱神を追ひ出して、連れて帰つて下さい。杢助真に迷惑千万で御座る。アハヽヽヽヽ』 と腹を抱へ、体を大きく揺つて、ゴロンと笑ひ転けて了つた。 国依別『さうして初稚姫様、玉能姫様はどこへお出でになりましたか』 杢助仰向になつた儘、足をニユーと天井の方に直立させ、 杢助『初稚姫、玉能姫は「国」とか云ふ貧乏神がやつて来るから、憑依されてはならないと云つて一時許り前に逃げ出しました。折角結構な神様が杢助の館にお鎮まり遊ばすのに、腰抜神の貧乏神がやつて来るものだから、肝腎の玉能姫……オツトドツコイ魂までが脱け出して了つた。オイ魂抜けの国依別、どうぞ早く帰つて呉れ。此杢助もそなたの霊が憑つて、此通り四つ足になつて了つた。其四つ足もまだ俯向いて居れば歩く事も出来るが、この通り腹と背中を換へて了つては、何程藻掻いて見ても空を掻くばかり、畳に平張付いて動きが取れない。アヽ国依別、たまたま訪ねて来て、四つ足のお土産は真平御免だ。三五教の宣伝使がやつて来ると、手足を藻掻いても、如何しても、動きの取れないことになつて了ふ。馬に灸で貧窮だ。狐に灸で困窮だ。其方は牛に灸で何ぞモウギウな事がないかと思つて来たのであらうが、最早灸も茲まで据ゑられては、艾もあるまい。モグサモグサ致さずトツトと帰つたがよからう』 国依別『杢助さま、火の付いた様な火急なお言葉、あなたは杢助さまではなくて、ヤイトをすゑる艾助さまになつて了ひましたなア。これはこれは真にアツイ御志……否御教訓、どつさり此四つ足の守護神もヤイトを据ゑられました。それなら四つ足は唯今限り帰ります。あなたもどうぞ元の杢阿弥……オツトドツコイ杢助さまに帰つて下さい』 杢助『ハイ有難う。それなら改めて国依別の宣伝使様、三五教の杢助改めて対面仕らう、今迄は四つ足同志の掛合で御座つた。アツハヽヽヽヽ』 と笑ひながら起き直り、庭の泉に手を洗ひ、口を漱ぎ、礼装を着し、 杢助『サア、国依別様、神前に拝礼致しませう』 と促しながら、拍手再拝、天津祝詞を奏上し始めた。国依別も杢助の背後に端坐し、恭しく祝詞を奏上し終つた。 杢助『国依別様、あなたは是れから何処へお出でになる心組ですか』 国依別『ハイ私の今迄の教[※「教」では意味が通じないためか、校定版・八幡版では「心」に直している。]は、実を申せば貴方の御宅に参り、一つお尋ねをせなくてはならない事があつたものですから、ワザワザやつて来たのですが、モウ申しますまい。これで貴方の深き御精神も了解致しましたから……』 杢助『アツハヽヽヽ、若彦一件でお出になつたのですな。若彦は今紀州に居りますか』 国依別『ハイ、紀州の熊野の滝で大変に荒行を致して居る事を聞きました。それで私は熊野の滝へ参つた所、若彦は唯一言も申さず、無言の行を致して居る。手真似で尋ねても文字を地に書いて糺して見ても、何の答も致さず、石仏同様、取り付く島もなく、鷹鳥山に於て何か感じた事があるのだらう、其峰続きに御住ひ遊ばす貴方にお尋ねすれば、様子は分らうかと存じまして参りました。併し唯一言……杢助さま有難う………と若彦の言つた言葉幽に聞えたので、何もかも様子を御存じだらう。あの喧しやの若彦が、あの通り神妙になつて了つたのは、貴方の感化に依るのだと信じます。過去を繰返すは御神慮に反するでせうが、御差支なくば少しなりと御漏らし下さらば安心致します』 杢助『若彦は鷹鳥山に立籠り、悪魔に憑依され、四つ足となつて門口まで参りました。私は「モウ一つ修業をして来い、四つ足に用はない………」と云つて、杓に水を汲んで犬の様にぶつかけてやつたら、尾を掉つて駆け出したきりですよ。ヤツパリ若彦は人間らしう立つて歩いて居ましたかなア。イヤもう四つ足の容物ばかりで困つて了ひますワイ。アツハヽヽヽヽ』 国依別『さうすると私もチヨボチヨボですな』 杢助『チヨボチヨボなら結構だが、愚図々々すると、コンマ以下のチヨボチヨボに落ちて了ふから、気を付けねばなりますまい。お前さまも折角今、宣伝使に始めてなつたのだから、どうぞチヨボチヨボにならぬ様に願ひますよ。貴方がさうなると、私までも感染しては、最前のやうに二進も三進も行かぬ苦境に陥り、キウ窮言はねばなりませぬからな、アツハヽヽヽヽ』 国依別『アツハヽヽヽヽ』 と笑ひ合ふ。門口へ又もや婆の声、 鷹鳥姫(高姫)『生田の森の杢助さまのお宅は此処で御座いますか。チヨツト開けて下され』 杢助『国さま、又もやチヨボチヨボがやつて来たやうです。お前さま一つ私に代つて応対をして下さい。私は奥へ行つて少しく神さまに承はらねばならぬ事が御座いますから』 と云ひ棄て、慌しく姿を隠した。国依別はツと立ち、門口の戸をガラリと引開け、 国依別『此処は太元教の御本山だ。何処の四つ足か知らぬが、トツトと帰つて呉れ』 鷹鳥姫『何ツ、杢助が太元教を樹てたとは、噂に聞いたが、ヤハリ事実だなア。なぜ左様な二心をお出しなさるか』 国依別は黄昏を幸ひ、ワザと杢助の声色を使つて居る。 鷹鳥姫『わしは鷹鳥姫だが、お前さまに一つ御礼を申さねばならぬ事もあり、御意見をせなくてはならぬ事があるからお訪ねしたのだ』 国依別『何とか彼とか口実を設けて、三五教の宣伝使や信者が、金を貸せの、履物を貸せ、飯を食はせ、茶を飲ませ、小遣銭を渡せと、まるで雲助の様な事を吐し、小便、糞を垂れながして帰る奴ばかりだから、此杢助も愛想をつかし、心は三五教でも表は太元教と標榜して居るのだ。最早神の恵に浴し、神徳充実した杢助には意見は御無用だ。掛り合つて居れば大切なタイムまでも盗まれて了ふ。番茶一杯飲まれてもそれ丈欠損がゆく。身代限り、家資分散の憂目に遭はねばならぬから、一足なりとも這入つて呉れな。お前に礼を言はれる道理はない。トツトと早く帰つたが宜からう』 鷹鳥姫『何と云つても、そんな事を聞く以上は、ますます動く事は出来ぬ。コレ杢助さま、心機一転もあまりぢやないか』 国依別『オイ、其心機一転だ。暫くの間現はれて消える蜃気楼、名あつて実なき鷹鳥姫の宣伝使、それなら這入る丈は許してやらう。其代り番茶一杯飲ます事もせぬ。何程無料で湧いた水でも、飲ましちやそれ丈減るのだから、其覚悟で這入つたが宜からう』 鷹鳥姫『大変貴方は吝坊になつたものだなア。執着心の大変に甚い方だ。御免なさい』 と蓑笠を脱ぎ棄て、ツカツカと座敷にあがる。国依別は又もや煙草盆を前に据ゑ、杢助気取りになつて坐り込んだ。 鷹鳥姫『コレ杢助さま、お前さまは俄に小さい事を仰有ると思へば、体まで小さくなつたぢやないか』 国依別はゴロンと仰向けになり、尻を鷹鳥姫の方に向け、手足をヌツと天井の方に伸ばして見せ、 国依別『金剛不壊の如意宝珠の玉や紫の玉が喉から出て了つたものだから、此通り瘠せて人間が小さくなり、元の杢助ではなうて杢阿弥。神徳も何もなくなつて了ひ、鷹鳥山で已むを得ず若彦、玉能姫を召し連れ、バラモン教の蜈蚣姫がてつきり隠して居るのに相違ないから、何とかして取返さねば聖地の役員信徒に対し合はす顔がないと、執着心に駆られ言依別の教主の篤き心を無にして行つて居つた所、俄に山の頂に黄金の像現はれ、身の丈五丈六尺七寸、てつきり弥勒様の御出現、鷹鳥姫の信心の力に依りて愈五六七神政の太柱を握つた。誠の霊地は四尾山麓ではない、鷹鳥山にきはまつたりと、鼻の鷹鳥姫が得意顔に雀躍りしながら、チヨツと薄気味悪さうに近付き見れば、黄金像は高姫の素首をグツと鷲掴み、猫でも放る様にプリンプリンと、鷹鳥山の教の庭にドスンと落下し、人事不省となり、ピリピリピリと蛙をぶつつけた様になつて了ひ、其処へ此杢助がやつて往つて、生命丈は助けてやつた。其為に此杢助は……コレ此通り足が上を向き背中が下を向いて、サツパリ自由の利かぬ四つ足になつて了つたのだ。併し乍ら此杢助は信神堅固の勇士……斯んな事になる筈はない。鷹鳥姫の副守護神が憑依したのだから、どうぞ早う、こんな……土産はスツ込めて下さい。なア鷹鳥姫さま、お前も却々執着心が酷いと見える。同じ四つ足でも下向いて歩けるものならまだしもだが、斯うなつては天地顛倒、背中に腹を換へられて、どうして此世が渡られうか。……アツハヽヽヽヽ……。オイ笑ふ所か、高姫の守護神此国……オツトドツコイ神の国に出て来て、神の教を建てるなんて、あんまり精神が顛倒して居るではないか。元の杢阿弥の杢助の真心に立返り、早く副守護神を連れて帰つて呉れ。杢助誠に迷惑だ。国、クニ、苦になつて仕方がない。依りにヨツて、別のわからぬ副守護神を連れて来るものだから、玉能姫さまも初稚姫さまも、チヤンと御存じ、どつかへ蒙塵遊ばしたぞ。杢助の本守護神も愛想を尽かして隠れて了つたぞ。ウンウンウン』 鷹鳥姫『コレコレ杢助さま、お前さまは何とした情ない事になつたのだい。結構な三五教を見限つて太元教なんて、そんな謀叛を起すものだから、天罰で四つ足になつて了ひ、肩身が狭う小さくなつたのだよ。それだから油断は大敵、改心なされと云ふのだ。何程大持てにモテる積りでも、大モテン教だ。早く改心なされ、神様は人間が子を思ふと同じ事、片輪の子や悪人程可愛がらつしやるのだから、わしも斯んな悲惨な態を見て、此儘帰る訳にも行かぬ。サアこれから鎮魂をして誠の教を聞かしてあげよう。エーエー困つた事が出来た。此高姫の守護神が憑つたのだなどと、よう言へたものだ。悪神と云ふ者は、どこどこまでも抜目のない奴だ。到頭守護神の悪の性来を現はしよつたか。アーア杢助さまの肉体が可哀相だ。オイ四つ足、杢助さまの肉体を残してトツトと魔谷ケ岳へ帰つてお呉れ。愚図々々吐すと、日の出神の生宮が承知を致さぬぞや』 国依別『此杢助は最早お前さまの副守になつて了つた。お前さまは何時も口からものを言はず、ものを尻で聞いたり人の言葉尻を取り、尻でもの言ふから、屁理屈ばつかりだ。鼻持ならぬ匂がする。何程三五教でも尻の締りがなければヤツパリ穴有り教ぢや。終局には気張り糞を放つて、此通り四つ足に還元して了ふ。早く杢助の肉体から退かぬかいなア。杢助は大変な御迷惑様だ。アツハヽヽヽヽ』 と自ら可笑しさを耐へ、忍び笑ひに笑ひ、体中に波を打たせて居る。 鷹鳥姫『なんだ。低い所から声が出ると思へば、暗がりで分らなかつたが、お前さま失礼な寝て話をすると云ふ事があるものか、チト失敬ぢやないか』 国依別『霊界物語でさへも、寝て足を上げたり、下したりして言ふぢやないか。お前さま位な四つ足に話すのは寝とつて結構だよ』 鷹鳥姫『到頭変性女子の四つ足の守護神が現はれましたなア。早く改心をなさらぬと、頭を下にし足を上にして、ノタクラねばならぬ事が出来致すぞよと、大神様のお筆にチヤンと誡めてあります。鼻を撮まれても分らぬ程身魂が曇つて居るものだから、お前さまは天と地と間違へて居るのではなからうか。どうやら足が天井の方を向いて居るぢやないか』 国依別は、 国依別『アーア、悪性な守護神を連れて来て私に憑すものだから、段々足が上へあがり頭が下になつて了ひ、手で歩かねばならぬ様になつて来たぞよ』 と云ひながら逆立になり、両の手で座敷を歩いて見せた。七手許り歩いた途端に、体の中心を失つて、高姫の頭の上へドスンと倒れた。 鷹鳥姫『コレコレ杢助さま、妾にはそんな守護神は居りませぬぞえ。日の出神様に、何時までもそんな巫山戯た態をなさると承知なさらぬぞ。あゝモウ駄目だな。初稚姫さまも玉能姫さまも逃げて行かつしやる筈だワイ。わしも鷹鳥山を断念し、此処迄来るは来たものの、こんな悲惨な幕を目撃しては、帰りもならず、居る事も出来ず、困つた事だ。ドレこれから神様に御願して助けてやつて貰はう。仕方がない』 国依別は、 国依別『不言実行だよ。高姫さま』 とからかふ所へ、手燭を左の手に持ち、ノソリノソリとやつて来た真正の杢助、 杢助『ヤアお前は鷹鳥姫に能く似た化物だなア。此処にも一人、お前の分霊が倒れて居る。ヤアもう此頃は沢山の狐が人間の皮を被つて、杢助を誤魔化しに出て来よるので油断も隙もあつたものでない』 鷹鳥姫『ヤアお前さまは本当の杢助さま。どうして御座つた』 杢助『何うしても御座らぬ。最前から闇に紛れて、四つ足同志の珍妙な芸当を拝見致して居つたのだ。何でもタカとか鳶とか、クモとか国とか云ふ怪体な代物が、断りもなく杢助の身魂や住家を蹂躙し、エライ曲芸を演じて居つた。まるで此化物は鷹鳥山の鷹鳥姫に似た様な脱線振りを、遺憾なく発揮しよるワイ。アツハヽヽヽヽ』 国依別は、 国依別『ワツハヽヽヽ、オツホヽヽヽ』 と笑ひながらムツクと起き、ワザとカンテラの前に顔を突き出し、鷹鳥姫に俺の首実験せよと言はぬ許りにさらけ出した。 鷹鳥姫『何ぢや。お前は国依別の理屈言ひの宣伝使ぢやないか。みつともない、四つ足の真似をしたり………チツト慎みなさい。モシモシ杢助さま、これでも分りませうがなア。サツパリ正体が現はれて、御覧の通り本当に悲惨なもので御座いますワイ。こんな精神病者を、お前さまもお預りなさつて、大抵のこつちや御座いますまい』 杢助『今の今迄何ともなかつたのですが、お前さまが持つて来た……否お前さまの執着とか名のついた副守護神が憑つたのですよ。アヽ、どうやら、私も変になつて来た。体中にウザウザと毛が生える様な気分が致しますワイ』 国依別『杢助さま、国もどうやら茶色の毛が生え出して来ました。風邪を引いたのか、俄に腹の中でコンコンと咳をして居ます。今晩と云ふ今晩は実に不思議な宵ですな』 鷹鳥姫『なんとお前さま達は、これ程神界が御多忙なのに、気楽な洒落をなさつて日を送りなさるのは、チツト了簡が違やしませぬか。利己主義の守護神が極端に発動して居りますなア、妾の守護神が憑依したなんて、ヘンよう仰有りますワイ。これから日の出神様が御神力を現はして見せませうか。そこらが眩うて目もあけて居られぬ様になりますぜ』 杢助は笑ひながら、 杢助『「何を言つても、私は折角呑み込んだ二つの玉を、杢助の娘のお初に叩き出されて了つたものだから、サツパリ腰は抜け、鷹鳥山もサツパリ駄目になり、これから何処へ迂路ついて行かうか。若彦は姿を隠すなり、せめて杢助さま宅へでも往つて……此間はエライ御世話になりました……と御礼をきつかけに、何とかよい智慧を借りたいものぢやと、ノコノコやつて来て見れば杢助さまは御座らつしやらず、理屈言ひの捏廻し上手の国依別が人を嘲弄しやがる。エー此上は如何したら宜からうかなア。アンアンアン」……斯う云ふ声は杢助の言葉では御座らぬ。鷹鳥姫の薄志弱行と名の付いた守護神が、私にこんな事を囁かすのだ。早く此守護神を放り出し、自分も此館を放り出て、どこかへお道の為に行つて貰ひたいものだ。杢助も大変に迷惑だ。アツハヽヽヽ』 高姫は暫く腕を組み、首を頻りに振り、思案に沈む。国依別は、 国依別『あの高姫さまの心配さうな顔、どうしたら元の通りになるだらう。………オウ分つた、あの玉の在処を知らしてやりさへすれば、元の日の出神の生宮で威張れるだらう、さうすりやキツト全快するに定つて居る。ヤツパリ言ふまいかなア。又呑まれ、今迄の様に噪がれると困る、当る可からざる万丈の気焔を吐かれると、側へも寄りつけないやうになるから……』 高姫『何、宝珠の行方を、お前知つて居るのかい』 国依別『知つて居らいでかい、国さまだもの』 高姫『そんならお前が妾を困らさうと思つて隠したのだなア。油断のならぬ男だ。サア杢助さま、蛙は口からわれと吾手に白状しました。締木に懸けても言はしめて、玉の在処を探して見ませうかい』 杢助『サア如何だかなア。大方蒟蒻玉か何ぞと間違つて居るのだらう。それが違うたら瓢六玉か、狸の睾玉位なものだ。アツハヽヽヽ』 国依別『ナアニ杢助さま、本当に玉の在処を発見したのですよ。これから私がコツソリと其玉を拾ひあげ、高姫さまぢやないが、腹へ呑み込んで、一つ大日の出神となる心算だ………オツト失敗つた。高姫さまの居る所で言ふぢやなかつたに………秘密が暴露したワイ、アハヽヽヽ』 高姫『神政成就の御宝、一日も早く現はして御用に立てねばなりますまい。三五教は日に日に衰へて行くぢやありませぬか』 国依別『ヤツパリ国の夢やつたかいな………イヤイヤ夢ではない、現実だ。併し高姫さまの前では夢にしとかうかい。鷹鳥姫が忽ち玉取姫に早変りすると、折角発見した私の功績が無になる。言依別の神様に御褒めの言葉を戴き、それから三五教の総務になつて、日の出神の生宮を腮で使ふと云ふ段取だ。高姫さま、お気の毒ながら時世時節と諦めて下さい。あゝこんな愉快な事があらうか』 高姫『本当にあるのなら、二つの玉を、一つお前に上げるから、一つは妾に手柄を譲つて下さい。別に呑み込んで了ふのぢやないから………』 国依別『何でも呑み込みのよいお前さまだから剣呑なものだ。それなら一つ相談をしよう。紫の玉はお前さまが預るとして、私は金剛不壊の如意宝珠を預かる事にしよう。それさへ決定れば、何時でも知らしてあげる』 高姫『そりやチツト虫がよすぎる。金剛不壊の如意宝珠は、永らく妾の腹の中に鎮座ましました宝玉だ。謂はば妾の生御魂も同然だ。お前さまは紫の玉で辛抱しなさい』 国依別『滅相な、鷹鳥姫がアルプス教の御本尊として居た位な紫の玉は、如意宝珠に比べては余程劣つて居る。身魂相応だから、お前さまが紫の玉だ。私は何と云つても如意宝珠を取るのだから、さう覚悟しなさい』 高姫『エー訳の分からぬ男だなア。モウ斯うなる以上は何と云つても承知せぬ。奴盗人奴が、サア引摺つて往つてでも在処を白状させる』 国依別『世界見え透く日の出神さまの生宮が、私の様な人間を連れて行かねば、玉の在処が知れぬとは、実に気の毒なものだなア』 高姫『妾の悪口を言ふのなら辛抱もするが、畏れ多い、日の出神様の悪口まで言ひよつたなア、サアもう了簡ならぬ』 といきなり胸倉をグツと取つて締めつける。国依別は、 国依別『何ツ、猪口才な高姫の奴』 と又胸倉を取り、両方から睨み合つて、真赤な顔を膨らして居る。杢助は、 杢助『コレ高姫さま、国依別さま、お鎮まりなさい。同じ三五教の宝、誰が手に入れても同じ事ぢやないか』 高姫『イエ、斯んな奴に如意宝珠の玉を弄らさうものなら、それこそ穢れて了ひます。如何しても斯うしても、一歩譲つて紫の玉だけは発見した褒美としてなぶらしてやるが、仮令天が地になり地が天となつても、如意宝珠ばかりは、こんな奴に持たして堪らうか……』 国依別『ナアニ発見主は俺だ。先取権があるのだから、グヅグヅ云ふと、二つながら俺が預るのだ』 高姫『何ツ、玉盗人の分際として広言を吐くか』 と高姫は組んづ組まれつ、座敷中をのたうち廻り、終局には金切声を張上げて、汗みどろになつて大活動を始めて居る。杢助は、 杢助『コラコラ国依別さま、お前、本当に其玉の在処を知つて居るのか』 国依別『ナアニ発見したら……と云ふ話です。夢にでも見たら俺が見つけたのぢやから、如意宝珠の玉を俺が預ると云つたばかりです。まだ皆目在処は分らぬのです、アツハヽヽヽ、あまり一生懸命で嘘が真実になつて了つた。アツハヽヽヽ』 高姫『何ツ、お前嘘を云つたのか。なアんの事だいな。あーア、要らぬ苦労をやらされて了つた。そこらが茨掻だらけだがな』 杢助『アツハヽヽヽ、又執着と云ふ魔が憑いて、面白い演芸を無料観覧させて呉れたものだな、アツハヽヽヽヽ』 と腹を抱へて笑ふ。 (大正一一・五・二八旧五・二松村真澄録)
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(1846)
霊界物語 24_亥_豪州物語1(高姫と蜈蚣姫) 06 アンボイナ島 第六章アンボイナ島〔七三六〕 高姫、蜈蚣姫を乗せたる船は、波のまにまに大小無数の嶋嶼を右に左に潜りつつ進み行く。俄に包む濃霧に咫尺を弁ぜず、此儘航海を続けむか、何時船を岩石に衝き当て破壊沈没の厄に会ふも知れざる破目になつて来た。流石の両婆アも船中の一同もはたと当惑し、何となく寂寥の気に充たされ、臍の辺りより喉元さして舞ひ上る熱き凝固は、螺旋状を為して体内を掻き乱すが如く、頭部は警鐘乱打の声聞え、天変地妖身の置き処も知らぬ思ひに悩まされた。何ともなく嫌らしき物音、鬼哭啾々として肌に粟を生じ心胆糸の如く細り、此上少しの風にも、玉の緒の糸の断絶せむ許りになり来たり。何処ともなく嫌らしき声、頭上に響き渡りぬ。 声『アヽヽ飽迄我を立て徹す高姫、蜈蚣姫の両人、天の八衢彦命の言葉を耳を浚へてよつく聞け。汝は悪がまだ足らぬ。悪ならば悪でよいから徹底的の大悪になれ。大悪は即ち大善だ。汝の如き善悪混淆、反覆表裏常なき改慢心の大化物、是こそ真の悪であるぞよ。悪と云ふ事は万事万端、神界の為めに埒があく働きを言ふのだ。 イヽヽ嫌らしい声を聞かされて慄ひ上り、意気銷沈の意気地無し。今此処で慣用手段の日の出神を何故現さぬか。大黒主命は如何したのだ。因循姑息、悪魔の我言に唯々諾々として畏服致すイカサマ宣伝使。てもいげち無い可憐らしい者だなア』 高姫は直ちに、 高姫『何れの神様か存じませぬが、 アヽヽ悪をやるなら大悪をせいとはチツトと聞えませぬ。善一筋の日本魂の生粋を立て貫く此高姫。 イヽヽいつかないつかな、変性女子的貴女の言葉には賛成出来ませぬ。なア蜈蚣姫さま、お前さまもチツト、アフンとしていぢけて居らずに、アヽヽイヽヽアイ共に力を協せ、相槌を打つたら如何だい。斯んな時こそ誠の神の御神力を現はさいで何時現はすのだ、アヽヽ、イヽヽ意気地のない人だなア』 空中より怪しき声、 声『ウヽヽ、煩さい代物だ。何処までも粘着性の強い高姫の執着、有為転変の世の中、今に逆とんぼりを打たねばならぬぞよ。言依別の教主に反抗致した酬い、眼は眩み波にとられた沖の船、何処にとりつく島もなく、九死一生の此場合に立ち到つて、まだ改心が出来ぬか。 エヽヽ偉相に我程の者なき様に申して世界中を股にかけ法螺を吹き捲り、誠の人間を迷はす曲津神の張本人、鼻ばかりの高姫が今日は断末魔、扨ても扨ても可憐想な者だ。浮世に望みはないと口癖の様に申し乍ら、其実、浮世に執着心最も深く、偉相に肩臂怒らし大声で嚇す夏の雷鳴婆ア……。 オヽヽ鬼とも蛇とも悪魔とも知れぬ性来に成りきりて居りても未だ気がつかぬか。恐ろしい執着心の鬼が角を生やして其方の後を追つ掛け来り、今此処で往生させる大神の御経綸、尾を捲いて改心するのは今であらう。返答は如何だ』 高姫は負けず、又もや、 高姫『ウヽヽ煩さい事を仰有るな。 エヽヽえたいの知れぬ声を出して、 オヽヽ嚇さうと思つても日の出神の生宮はいつかないつかな、ソンナチヨツコイ事に往生は致しませぬぞ。一つ島の女王と聞えたる黄竜姫を、お産み遊ばした蜈蚣姫の姉妹分とも言はれたる此高姫、何れの神か曲津か知らねども、チツトは物の分別を弁へたが宜からうぞ』 空中より、 声『カヽヽ重ねて言ふな、聞く耳持たぬ。蛙の行列向ふ見ず、此先には山岳の如き巨大な蛙が現はれて、奸智に長けたる汝が身も魂も、只一口に噛み砕き亡ぼして呉れる仕組がしてあるぞ。叶はん時の神頼みと言つても、モウ斯うなつては駄目だ。神は聞きは致さぬから左様心得たが宜からう。 キヽヽ危機一髪、機略縦横の高姫も最早手の下し様もあるまい。気違ひじみた気焔を吐いた其酬い、気の毒なものだ。聞かねば聞く様にして聞かすと申すのは此事であるぞよ。 クヽヽ黒姫と腹を合せ、変性男子の系統を真向に振り翳し、神界の経綸を無茶苦茶に致した曲者、苦労の凝りの花が咲くと何時も申して居るが、神の道を砕く苦労の凝りの花は今愈咲きかけたぞよ。 ケヽヽ見当のとれぬ仕組だと申して遁辞を設け、誤魔化して来た其酬い。 コヽヽ堪へ袋の緒がきれかけたぞよ。聖地の神々を困らしぬいた狡猾至極の汝高姫、我と我心に問うて見よ。心一つの持ち様で善にも悪にもなるぞよ。 サヽヽ探女醜女の両人、よくも揃うたものだ。サア是からは蜈蚣姫の番だ。逆様事ばかりふれ廻り天下万民を苦しめた蜈蚣姫の一派。 シヽヽ思案をして見よ。神の申す言葉に少しの無理もないぞよ。皺苦茶婆アになつてから、娑婆に執着心を発揮し、死後の安住所を忘れ、獅子奮迅の勢を以て種々雑多の悪計を廻らし乍ら、至善至美至真の行動と誤解する痴者。 スヽヽ少しは胸に手を当てて見よ。素盞嗚大神の御精神を諒解せぬ間は、何程汝が焦慮るとも九分九厘で物事成就は致さぬぞよ。 セヽヽ背中に腹が代へられぬ様な此場の仕儀、それでも未だ改心が出来ぬか。雪隠虫の高上り、世間知らずの大馬鹿者。 ソヽヽ其方達二人が改心致さぬと、総ての者が総損ひになつて、まだまだ大騒動が起るぞよ。早々改心の実を示せ。そうでなければ今此処でソグり立ててやらうか』 蜈蚣姫『ソヽヽそれは、マア一寸待つて下さい。それ程妾の考へが違つて居ますか。此蜈蚣姫は明けても暮れても、神様の為め、世界の為め、人民を助ける為めに、苦労艱難を致して居る善の鑑と堅く信じて居ります。それが妾の生命だ。何れの神か悪魔か知らねども、我々の心が分らぬとは実に残念至極だ。粗忽しい、観察をせずに、もうチツト真面目に妾の腹の底を調べて下さい』 空中より、 声『タヽヽ叩くな叩くな、腹の中をタヽヽ断ち割つて調べてやらうか。高姫も同様だぞ、汝の腹の中は千里奥山古狸の棲処となつて居る。日の出神と名乗る奴は銀毛八尾の古狐の眷族だ。大黒主と名乗る奴は三千年の劫を経たる白毛の古狸だ。又蜈蚣姫の腹中に潜む魔神はアダム、エバの悪霊の裔なる大蛇の守護神だ。 チヽヽ違ふと思ふなら、今此処で正体を現はさうか。地の高天原を蹂躙せむと、汝等両人の体内を借つて仕組んで居るのだ。汝はそれも知らずに誠一つと思ひつめ、自分の身魂に自惚し、最善と感じつつ最悪の行動を敢へてする、天下の曲津神となつて居るのに気がつかぬか。 ツヽヽつまらぬ妨げを致すより、月の大神の心になり、心の底より悔悟して。 テヽヽ天地の神にお詫を致せ。 トヽヽトンボ返りを打たぬうち、トツクリと思案を致し、トコトン身魂の洗濯を励むが肝腎だぞよ。 ナヽヽ何と申しても其方等は曲津の容器。弥勒神政の太柱は地の高天原に、神世の昔より定められた身魂が儼然として現はれ給ふ。何程其の方が焦慮つても、もう駄目だ。 ニヽヽ二階から目薬をさす様な頼りのない法螺を吹き廻るより、生れ赤子の心になつて言依別の教主の仰せを守れ。 ヌヽヽヌーボー式の言依別だと何時も悪口を申すが、其方こそは言依別の神徳を横奪せむとする、ヌースー式の張本人だ。 ネヽヽ熱心な信者を誤魔化し、蛇が蛙を狙ふ様に熱烈なる破壊運動を致す侫人輩。 ノヽヽ野天狗、野狐、野狸の様な野太い代物。喉から血を吐きもつて、折角作り上げた誠の魂を攪乱致す野太い代物。下らぬ望みを起すよりも良い加減に往生致したら如何だ』 高姫は、 高姫『もうもう十分です。 ハヽヽハラハラします。腹が立つて歯がガチガチしだした。早くしようも無い事は、もうきりあげて下さい。 ヒヽヽ日の出神の生宮が堪忍袋の緒を切らしたら、何程偉い神でも堪りませぬぞ。 フヽヽ不都合千万な、此方の行動を非難するとは何れの神だ。 ヘヽヽ屁でもない理屈を並べて閉口さそうと思うても……ン……此高姫さまは一寸お手には合ひませぬワイ。 ホヽヽほんに訳の分らぬ廻しものだ。斯んな海の中へ我々を引張り出し、一寸先も見えぬ様な濃霧に包んで置いて、暗がりに鶏の頸を捻ぢる様な卑怯な計略、其手は喰はぬぞ。 マヽヽ曲津の張本。 ミヽヽ身の程知らずの盲目神。 ムヽヽ蜈蚣姫と高姫が。 メヽヽ各自に神力のあらむ限りを発揮して。 モヽヽ耄碌神の其方を脆くも退治して見せよう。 ヤヽヽ八岐大蛇だの、狐だの、狸だのとは何たる暴言ぞ。 イヽヽ意地気根の悪い。 ユヽヽ油断のならぬ胡散な痴呆もの。 エヽヽえー邪魔臭い。 ヨヽヽよくも、ヨタリスクを並べよつたな、ようも悪魔の変化奴。 ラヽヽ乱臣賊子、サア正体を現はせ、勇気凛々たる日の出神の生宮、大自在天の太柱、グヅグヅ吐すと貴様の素首を引き抜いてラリルレロとトンボリ返しを打たしてやらうか』 空中より一層大きな声で、 声『ワヽヽ笑はせやがるワイ。我身知らずの馬鹿者共、手のつけ様のない困つた代物だ。 ヰヽヽ何程言うても合点の往かぬ歪み根性の高姫、蜈蚣姫。 ウヽヽ煩さくなつて来たワイ。艮の金神国治立尊の御前に我は是より奏上せむ。 ヱヽヽ襟を正して謹聴して待つて居らう。やがて御沙汰が下るであらう。 ヲヽヽ臆病風に誘はれてヲドヲドし乍ら、まだ。 ガヽヽ我の強い。 ギヽヽぎりぎりになる迄。 グヽヽ愚図々々致して居ると。 ゲヽヽ現界は愚か。 ゴヽヽ後生の為めに成らないぞ。 ザヽヽ態さらされて。 ジヽヽジタバタするよりも。 ズヽヽ図々しい態度を改め。 ゼヽヽ前非を悔い改心致して。 ゾヽヽ造次にも顛沛にもお詫を致せ。 ダヽヽ騙し歩いた。 ヂヽヽ自身の罪を。 ヅヽヽ津々浦々まで白状致して廻り、玉に対する執着心を只今限り綺麗薩張此海に流して仕舞へ。さうして仕舞へば又神の道に使つてやるまいものでもない。 デヽヽデンデン虫の角突き合ひの様な小さな喧嘩を致し。 ドヽヽ如何してそんな事で神界の御用が勤まると思ふか。 バヽヽ婆の癖に馬鹿な真似を致すと終には糞垂れるぞよ。 ビヽヽ貧乏揺ぎもならぬ様になりてから。 ブヽヽブツブツと水の中に屁を放いた様な小言を申しても。 ベヽヽ弁舌を何程巧に致しても。 ボヽヽ木瓜の花だ、誰も相手になる者はないぞよ。 パヽヽパチクリと目を白黒致して。 ピヽヽピンピン跳ねても、キリキリ舞ひを致しても。 プヽヽプンと放いた屁ほどの効力も無いぞよ。 ペヽヽペンペン跳ねても。 ポヽヽポンポン言つても、もう日の出神も通用致さぬから覚悟をしたが宜からう。汝果たして日の出神ならば、此濃霧を霽らし、天日の光を自ら浴びて船の方向を定め、アンボイナの聖地に渡れ。其時又結構な教訓を授けてやらう』 高姫、蜈蚣姫は返す言葉も無く、船の中に両手を合せ、負けぬ気の鬼に妨げられて謝罪り言葉も出さず、俯向いて謝罪と片意地との中間的態度を執つて居た。何時しか濃霧は霽れた。よくよく見れば船は何時の間にやら南洋一の聖地、竜宮島と聞えたるアンボイナの港に横着けになり居たりける。 (大正一一・七・二旧閏五・八北村隆光録)
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(1899)
霊界物語 26_丑_麻邇宝珠が錦の宮に奉納 14 大変歌 第一四章大変歌〔七七九〕 折から吹き来る夜嵐に湖水の面は波高く 島の老木の根本より吹きも倒さむ勢に 神さび建てる神社風にゆられてギクギクと 怪しき音を立て初めぬこれ幸ひと亀彦は 社の扉を打開きそろそろ階段下り来て 玉に魂をばぬかれたる三つ巴の玉奴 身辺近く進み寄り白衣の着物を頭より フワリと被り吹く風に長き袖をばなぶらせつ 声も女神の淑かに宣り出せるぞ面白き 天教山に現はれしわれは木花姫神 その御心を汲みとりて汝等三人の迷人に 玉の在処を説き示すあゝ惟神々々 御霊幸はへましまして三五教やバラモンの どちらか知らぬが宣伝使三人ここに現はれて 憑依もせない天狗の宣示を誠と思ひつめ 長途の旅をエチエチと暗かき分けて波の上 三つの御霊の鎮まれる竹生の島に漕ぎつけて 隠してもない神宝を下らぬ意地に絡まれて 探しに来る愚さよ鼻高姫や村肝の 心の暗の黒姫や頭の光る福禄寿面 揃ひも揃うた大馬鹿の社殿の下の玉探し たとへ百丈掘つたとて金輪奈落その玉は 出て来る気づかひあるまいぞ日の出神や竜宮の 乙姫さまの生宮と威張つて居たが何の態 女神の癖に荒い事吐くと思ふか知らねども 決して女神が云ふでない三人の心に憑りたる 副守の鬼が吐くのだ要らぬ苦労をするよりも 吾身の行ひ省みて玉の詮索思ひ切り 一日も早く大神の誠の道を世の中に 懺悔さらして仕へ行け先に来たのは高姫ぢや 次に出て来た黒姫が言依別の遣はせし 玉掘神と誤解して吾劣らじと暗雲で 指の先まですりむきつオチヨボのやうに砂を掘り いよいよ味噌を摺鉢の糠喜びの砂煙 何時迄お前が掘つたとて隠してないもな出ては来ぬ 高山彦のハズバンド婆さまのお尻をつけ狙ひ 六十面を下げながらようも天狗に欺された あゝ惟神々々訳の解らぬ奴ばかり こんなお方が三五の教の幹部に坐るなら それこそ勿ち聖場は地異天変の大騒動 亀彦ドツコイ亀の背に乗つて波間に浮び来る 木花姫の御心を承はりて現れた 玉の在処を守り居るわしは誠の女神ぞや 三つの玉は神界の御経綸なれば高姫が 何程日の出神ぢやとて現はれ来る筈はない そんな謀反は諦めて一時も早く三五の 綾の聖地に立帰り神に御詫をするがよい 九月八日の秋の空黄金花咲く竜宮の 一つ島なる諏訪の湖玉依姫の御宝 天火水地と結びたる麻邇の宝珠は由良港 秋山彦の庭先に鳩の如くに下りまし 言依別を始めとし梅子の姫や五十子姫 お前の嫌ひな玉能姫初稚姫も諸共に 神輿に乗せて悠々と由良の川瀬を遡り 嬉しき便りを菊の月今日は九日四尾の 山の麓の八尋殿たしかに納まる日なるぞや お前もグヅグヅして居ると後の祭の十日菊 恥の上塗りせにやならぬ生田の森の館から 直様聖地に帰りなば前代未聞の盛典に 首尾よく列して五色の麻邇の宝珠を拝観し 尊き神業の末端に奉仕出来たであらうのに 執着心に煽られて憑依もせない天狗に だまされぬいて遥々と探ねて来る盲神 気の毒なりける次第なりあゝ惟神々々 それが叶はぬと思ふなら一時も早く立帰れ 玉守姫が親切で一寸誠を明し置く そろそろ風も強なつた嵐に吹かれて何時迄も ここに居つては堪らないウントコドツコイ高姫さま ヤツトコドツコイ黒姫さま高山彦の福禄寿さま そんならお暇申しますドツコイシヨのドツコイシヨ ウントコドツコイドツコイシヨヤツトコセーのヨーイヤナ アレはのせーコレはのせーヤツトコドツコイ玉探せ。 と歌ひ了り、暗に紛れてクツクツ噴出しながら英子姫の館を指して帰り行く。 ○ ここに三人の玉探し汗をタラタラ流しつつ 無言のままで一心に側目もふらず土掘りの 真最中に亀彦が俄に女神の作り声 高姫、黒姫、高山彦の福禄寿頭の三人と 図星を指されて高姫はハツと驚き立上り よくよく見れば黒姫や高山彦の二人連れ アヽ残念や口惜しや国依別の極道奴 日の出神や高姫や竜宮さまの生宮を マンマとよくも騙したな馬鹿にするのも程がある 十里二十里三十里痛い足をば引ずつて いよいよ今度は如意宝珠その外二つの宝をも うまく手に入れ年来の願望成就と思ひきや 又だまされて玉探しわしより若い奴輩に 馬鹿にしられて口惜しい黒姫さまもこれからは チツとしつかりするがよい高山彦も余りぢや 朝から晩までニヤニヤと黒姫さまの面計り 眺めて居るからこんな事流石に尊い竜宮の 乙姫さまも腹を立て遠くの昔に魂ぬけの あとは盲の守護神今までお前を生宮と 思うて居たのが情無い思へば思へば腹が立つ それぢやに依つて初から神の誠の御道は 夫婦あつては勤まらぬわしがあれ程言うたのに 馬耳東風と聞き流し肝腎要の竜宮の 乙姫さまにぬけられてその面付は何の事 暗夜でお面は分らねど定めて夜食に外れたる 梟のやうな面付でアフンとしてるに違ひない 私も愛想がつきました何程日の出神ぢやとて こんな分らぬ守護神憑いた御身を伴にして どうして神業が勤まらうチツとは改心なされませ 性懲もなく又しても油揚鳶にさらはれた 高山彦の親爺さま六日の菖蒲十日菊 きくさへ胸が悪くなる再度山の大天狗 身魂の曇つた国公にサツと憑つて世迷言 吐いた言葉を真にうけてここ迄来たのは情無や あゝ惟神々々神の御都合と諦めて これから大きな面をして正々堂々陣を張り 言依別のハイカラに恨みを晴らす逆理屈 御二人しつかりしなされよ神の教を次にして 親爺の事や女房の身の上計り気にかけて 現を吐すと此通りこれこそ神の御戒め これで改心なさつたか思へば思へば馬鹿らしい お前のやうな没分暁漢黄金の玉を盗まれて 在処探ねてはるばると竜宮島に二三年 留まりながら何の態お前の帰つたその後で 初稚姫や玉能姫玉治別や友彦に 又もや麻邇の如意宝珠尊い御用を占領され 天地の神の御前に何うして顔が立ちますか 胸に手を当てつくづくと考へなさるがよからうぞ 何程泣いて悔んでももう斯うなれば是非は無い サアサア皆さま帰りませう一度に開く梅の花 開いて散りて実を結ぶ平助お楢の両人が 腹から生れたお節等に馬鹿にしられて堪らうか 高姫ぢやとて骨があるお前のやうなグニヤグニヤの 蒟蒻腰では無い程に見違ひなさるな高姫が 岩より堅い大和魂日の出神の生宮に お前のやうな盲神何うしてついて来たであろ うまい果実にや虫がつく賢い人には魔が来る お前の忠告真に受けて今迄出て来た高姫も 余り偉そにや言はれねど大将は素より看板ぢや 側に付添ふ副柱こいつに力の無い時は 何程偉い生宮も策を施す余地がない 持つべきものは家来ぢやが持つて困るは馬鹿家来 こんな事なら初からお前を使ふぢや無かつたに 悔みて返らぬ今日の首尾諦めようより仕様が無い あゝ惟神々々御霊幸はへましませよ。 と、流石の高姫も焼糞になつて、黒姫、高山彦に八当りの歌をうたひ、胸の焔を消さむとして居る。 ○ 星の明りに黒姫は高慢強き高姫の 歌を聞くより腹を立て暗をすかして眺むれば 前歯のぬけた膨れ面汗をブルブルかきながら 蟹の様なる泡を吹き眼を怒らして睨み居る 黒姫見るより腹を立てこちらも劣らぬムツと顔 声の色まで尖らして日の出神の生宮と 当てすつぽうな名をとなへ世界が見え透く見え透くと 何時も仰有るその癖にたかの知れたる再度の 山に隠れた野天狗にうまく騙され泡を吹き 何程腹が立つたとて私に当るといふ事は お前さまそれはチト無理ぢや口に税金要らぬとて 業託言ふにも程がある私も女の端くれぢや 日の出神の生宮が高姫さまなら黒姫は 矢張竜宮の乙姫ぢや日の出神と引添うて 竜宮さまの御手伝これで無ければ神界の 経綸は成就せぬぢや無いかあなたは何時も言うただろ その言霊を夢の如ケロリと忘れて黒姫に 熱を吹くとは余りぢや私もチツトは腹が立つ 私丈なら何うなりと悔しい残念堪らうが 二世を契つたハズバンド高山さままで引出して 悪口言ふとは虫がよい神のお道を世の中に 伝へて歩く高姫の仰有る事とは受取れぬ 真の日の出神さまは余り偉い慢神に 愛想をつかして御帰りのあとに曲津が巣をくみて お前の御口を自由にしそんな悪口吐くのだろ 油断も隙も無い御道一寸慢神するや否 八岐の大蛇の醜魂にのり憑られて眼はくらみ 魂は捻けて此の通り国依別や秋彦の 身体に憑つた野天狗にチヨロマカされてはるばると 夜を日についで三十里琵琶の湖までやつて来て 寄辺渚の離れ島隠してもない玉探し お腹が立つのは尤もぢやさはさりながらお前さま 胸に手をあてトツクリと考へなさるが宜しかろ 真の日の出神ならば玉の在処は居ながらに 判然分らにやなるまいに海洋万里の島々を うろつき廻る玉探しそれから可笑しと思て居た 何うしても斯うしても腑に落ちぬ口先ばかり偉さうに 頬桁叩くやくざ神早く帰すがよいわいな これから心改めて三五教の神司 言依別の命令にハイハイハイと箱根山 痩馬追うて登る様に神妙に御用を聞きなされ 私はこれで三五の神の御道は止めまする 聖地へ帰つて人々に何うして面が合はされよう 鉄面皮なる黒姫も今度計りは何うしても 面向け致す術が無い変性男子の筆先に 慢神致すと面の皮引きめくられて家の外 歩けぬやうに成り果てて頭抱へて奥の間に 潜みて居らねばならないと御示しなさつてあるものを 日の出神の生宮を無性矢鱈に振り廻し せつぱつまつた今日の空思へば思へば御気の毒 私は同情いたしますこれから聖地へ立帰り 心の底から改めて今迄とつたる横柄な 態度をすつかり止めにして小猫のやうになりなされ 仁慈無限の神様の尊き試練に遇ひました あゝ惟神々々御霊幸はへましませよ 叶はぬから帰りませう。 ○ 高山彦はムツとして薬鑵頭に湯気を立て ドス声頻りに張りあげて高姫さまよ黒姫よ 日の出神や竜宮の乙姫さまを楯にとり 一丈二尺の褌を締めた男を馬鹿にした 俺は元からお前等の言うとる事が怪しいと 思うて居たがまさかにもこんな馬鹿とは知らなんだ 男の顔に泥を塗り返しのつかぬ恥かかせ 日の出神もあるものか尻が呆れて屁も出でぬ お前の様な年寄を女房に持つのは厭なれど 尊い竜宮の乙姫が肉の宮ぢやと聞いた故 高姫さまの媒介で波斯の国から遥々と 天の鳥船空高く乗つて来たのは馬鹿らしい 白い頭に黒い汁コテコテ塗つて誤魔化して 枯木に花の咲きほこりこんな事だと知つたなら お前と添ふのぢや無かつたに日の出神も竜宮の 乙姫さまも此頃はねつから当にはならないぞ 執着心にそそられて国々島々かけめぐり 玉の在処を探し行く二人の婆の馬鹿加減 俺は愛想が尽きたぞよ国依別や秋彦の 若い男の憑霊に眉毛をよまれてこんな態 どうして聖地へ帰られうか女子供に到る迄 俺の顔見りや馬鹿にするかうなり行くも高姫や 黒姫二人の為す業ぞあゝ惟神々々 玉の詮議は今日限りすつぱり思ひ諦めて 誠心に立帰り三五教の神司 玉照彦や玉照姫の貴の命の神人が 御言畏みよく仕へ必ず自我を出すでない 高山彦が両人に真心こめて気を付ける あゝ惟神々々神のまします此島に 何時迄居つても仕様がない恥をばしのび面被り 兎も角聖地へ立帰り心の底から今迄の 誤解慢神悉く神の御前に御詫して 赤恥さらせばせめてもの罪滅しとなるであろ それが嫌なら高姫も女房の黒姫今日限り 三行半の離縁状すつぱり書いて渡さうか 今迄男を馬鹿にした天罰忽ち報い来て こんな憂目に遇うたのだ改心するのは結構だ 高天原の門開き慢心すると此通り 世間の人に顔向けのならない様な事が来る 今日からサツパり心をば洗ひ直して惟神 うぶの心になるがよいサアサア帰のうサア帰のう 吹き来る風は強くとも高波如何に猛ぶとも 仁慈無限の大神の大御守を力とし 杖と頼みて帰らうぞあゝ惟神々々 御霊幸はへましませよ。 (大正一一・七・一九旧閏五・二五外山豊二録)
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霊界物語 27_寅_麻邇宝珠の紛失/琉球物語 05 玉調べ 第五章玉調べ〔七八七〕 仰げば高し久方の高天原の若宮を 地上に写し奉り大宮柱太知りて 高天原に千木高く仕へ奉りし珍館 錦の宮に連なりし稜威も広き八尋殿 英子の姫を始めとし梅子の姫や五十子姫 初稚姫や玉能姫音彦亀彦始めとし 杢助総務其外の役員信者は粛々と 八尋の殿に寄り来り早くも殿の内外に 溢るるばかりなりにけり。 かたの如く祭りも無事に終了した。上段の間には杢助の総務を始めとし、英子姫、五十子姫、梅子姫、初稚姫、玉能姫、お玉の方、最高座には玉照彦、玉照姫扣へられ、亀彦、音彦、国依別の幹部連、秋彦、夏彦、常彦を始め、英子姫と相並んで黄竜姫、蜈蚣姫、テールス姫末端に扣へ、友彦は幹部の上席に顔を並べて居た。群集を分けて意気揚々と登り来る高姫、黒姫、高山彦の三人は、今日玉調べの神務奉仕の役として、盛装を凝らし、英子姫よりも一段と上座に着いた。 杢助『私は素より鈍魂劣器至愚至痴なる身魂の持主で御座いまして、総務なぞをお勤め申す柄ではありませぬが、神命黙し難く心ならずも拝命致し、皆様のお助けに依つて御用の一端を勤めさして頂いて居りますは、是れも全く皆様の御同情のお蔭と厚く感謝致します。就ては私も少しく思ふ所あつて、神界の為めに、もう一働き致したう御座いまするので、後任者を推薦致して置きました。教主様は今日は急病でお引籠もりで御座いますから、御意見を伺ふ事は出来ませぬが、私の後任者として淡路島の東助様を、御苦労に預りたいと思うて、内々伺ひは出して御座います。就きましては、今日は実にお目出度い日柄で御座いまして、竜宮島より、お聞及びの通り、五色の麻邇宝珠納まり、言依別命様が兎も角御主管なされて居られましたが、今日、高姫、黒姫のお取調を願ひ、信者一同に拝観をさせよと、教主のお言葉で御座いますから、其お心算で、ゆつくりと御拝観を願ひます。再び拝観する事は出来ぬので御座いますから、此際充分御神徳を戴かれる様に、一寸一言申上げて置きます』 一同は雨霰のごとく拍手する。杢助は初稚姫、玉能姫、五十子姫、梅子姫を伴ひ、社殿の奥深く進み、黄金の鍵をもつて傍の宝座を開き、各一個の柳筥を、頭上高く差し上げながら、静々と八尋殿の高座に現はれ、五個の柳筥は、段上に行儀好く据ゑられた。 高姫は段上にスツクと立ち、一同を見廻し乍ら、 高姫『皆さま、今日は誠に結構なお日柄で御座います。今迄は瑞の御霊の三種の神宝此処に納まり、今日又厳の御霊の五色の神宝無事に納まり、皆様が拝観の光栄に浴さるる空前絶後の第一吉祥日で御座います。神様は引掛け戻しのお経綸をなさいますから、肝腎の厳の御霊の経を後に出し、瑞の緯を先に出したり、変幻出没究極す可らざる事を遊ばすのは、皆様御承知の事で御座いませう。今日迄三つの御玉を私共南洋あたりまで、捜索に行つたと申すのは、決して左様な緯役の玉を求めに行つたのではありませぬ。玉には随分モンスターの憑依するものでありますから、此高姫等は三つのお宝を探す様に見せて、其方に総ての精神を転じさせ、其時に日の出神、竜宮の乙姫の礎になるお方様が、一つ島に人のよう往かない如うな秘密郷の諏訪の湖に深く秘し、さうして仕組を遊ばして御座る事は、最初から我々両人の熟知する所、否仕組んで居る所で御座います。今日初稚姫、玉能姫、黄竜姫、梅子姫、蜈蚣姫其他五人の神司に、此御用をさせたのも日の出神の仁慈無限のお取計らひと、竜宮の乙姫様の御慈悲ですよ。それが分らぬ様では、三五教の五六七神政の仕組は到底、分るものではありませぬ。幸ひに賢明なる英子姫、稍改心の出来た言依別命の神務奉仕の至誠が現はれて、竜宮の麻邇の宝珠が聖地へ納まる事が出来る様になり、夫を受取り且つ調べるお役は特に此高姫、黒姫両人が致すべきもので御座います。依つて只今より御玉の改めを致しますから、皆さま、謹んで拝観なさるが宜しい。三つの御玉はどうならうとも私は知りませぬ。今度の五つの御玉こそ肝腎要な大望な御神業大事のお宝、就ては玉治別や其他の半研けの身魂が取扱つたのですから、少しは穢れて居ないかと心配を致して居るので御座います。身魂相応に玉の光が現はれるのですから、実に恐いもので御座いますよ。サアサ是れから、お民が預つてテールス姫に手渡した、黄色の玉を函から出して調べる事と致しませう。……黒姫さま、御苦労ながら一寸これへお越し下さい。さうしてお民さま、テールス姫さま、貴女は直接の関係者、此処にお扣へなされ』 『ハイ』と答へて両人は高姫の傍に立寄る。高姫は口をへの字に結び、柳筥の桂馬結びの紐を解き、恭しく玉函を捧げ、八雲琴の調子に合して体躯を揺り、手拍子を取りながら、機械人形の如うに柳筥の蓋を、シヤツチンシヤツチンと取つて見た。黄色の玉が出るかと思ひきや、中より団子石がゴロリと出た。よくよく見れば何か文字が記してある。高姫は眉を顰め光線にすかし見て「高姫、黒姫の身魂は此通り、改心致さねば元の黄金色の玉にはならないぞ」と記されてあつた。高姫は顔色烈火の如く、声を震はせ、 高姫『コレお民さま、テールス姫さま、お前さま達は偉さうな面をして、海洋万里の一つ島まで何しに往つて居つたのだ。アタ阿呆らしい。コンナ玉なら小雲川には邪魔になるほどあるぢやありませぬか』 お民『ハイ、何んな玉で御座います』 高姫『何んな玉もこんな玉もありますかい。お前の身魂の感化に依つて、折角の玉もこんな事になつて仕舞つた。……コレ、ジヤンナの土人の阿婆摺女テールス姫とやら、何の態だ、これは……阿呆らしい、早く改心なされ』 テールス姫『ハイハイ改心を致します。どうしてマアこんな玉になつちやつたのだらう、いやな事』 黒姫『それだから瑞の御霊は憑り易いと言ふのだ』 玉治別『瑞の御霊は憑り易いと仰有つたが、これは五の御玉ぢやありませぬか』 黒姫『何れも憑り易い身魂だ』 玉治別『そんなら貴女の身魂が憑つたのでせう。どれどれ、私が調べて見ませう』 高姫『お構ひなさんな。お前さまの如うな瓢六玉が見ようものなら、ただの玉になつて終ひます』 群集はワイワイと騒ぎ出した。 国依別は段上に立つて、 国依別『皆さま、お騒ぎなさるな。今日の玉調べは高姫さま、黒姫さまの身魂調べも同様ですから、決してテールス姫やお民さまの身魂が黒いのではありませぬ。最前も高姫さまが仰有つた通り、何と云うても御両人が、自分でお仕組なさつたのですから心配は要りませぬ。皆見る人の心々に写りますから……如意宝珠、又見る人の随意々々替はるから麻邇の宝珠といふのです。之が本物に違ひありませぬ。どうぞお騒ぎなさらない様に願ひます。一度高姫さまのメンタルテストをやる必要がありますからなア』 高姫『コレ国さま、お前さま、ゴテゴテ言ふ資格がありますか』 国依別『ありますとも、そんなら何故私に生田の森で、玉の所在を知らせ知らせと云つたのですか』 高姫『お前さまの言ふ事は、チツトより信用が出来ぬ。ブラツクリストに登録されて居る注意人物だ。お黙りなさい』 国依別『高姫署のブラツクリストに記されて居る私でも、チツト位信用が出来るのですか。私は又大いに信用が出来ぬと仰有ると思つたに……それはさうとして次の白色の玉を早く調べて見せて下さい』 高姫『八釜しう云ひなさるな。お前さまがツベコベ嘴を容れると、又玉が変化するかも知れませぬぞ。エヽ穢はしい。其方に往つて下さい。……サア今度は久助さま、友彦さま、お前さま達の責任だ。早く此処へお入来なさい』 両人は「ハイ」と云ひながら高姫の左右に寄り添うた。高姫は又もや以前の如く、恭しく柳筥を開いて見た。中には前同様の団子石に同様な事が書いてある。高姫はへの字に結んだ口をポカンと開けて暫し見詰めて居た。群集は又もやワイワイ騒ぎ出した。国依別は又もや段上に押し上り、 国依別『皆さま、お騒ぎなさいますな。コリヤこれも屹度以前の通り団子石ですよ。丸で狐につままれた如うですが、これも心の随意々々変化する玉ですから、驚くに及びませぬ。小人玉を抱いて罪ありと云うて、どんな立派な玉でも小人物が扱うと、其罪が直に憑つて団子石になるのですから、団子石だと言うて力を落してはなりませぬぞ。これでも身魂の磨けたお方が見れば本真物になります』 黒姫『コレコレ国さま、いらぬ事を仰有るお前こそ小人だ。お前の様な小人が居るものだから、此通り玉が変化する。私が竜宮で久助に渡した時は、こんなものぢや無かつた。久助と友彦の慢心の身魂が憑つてこんなに変化したのですよ。大勢の前に、此様身魂ですと曝されて、誠に誠にお気の毒様ですけれどもお諦めなされ』 友彦は大いに怒り目をつり上げながら、黒姫の頸筋をグツと握り締め、 友彦『コラ黒姫、失敬な事を言ふか、大勢の前で人の身魂の悪口を云うと言う事があるものか』 爪の延びた手で頸筋をグツと喰ひ入る程掴み押へつける。黒姫は「キーキー」と言ひ乍ら其場に蹲踞む。側に居た高山彦は友彦の襟髪をグツと取り、段上から突き落さうとした途端に、友彦は体をパツとかはした。高山彦は二つ三つ空中廻転をして、群集の中に唸りを立てて落ちて来た。「サア大変」と大勢は寄つて掛つて介抱をし乍ら、痛さに唸く高山彦を担いで、黒姫館にドヤドヤと送つて行く。 国依別『黒姫さま、誠にお気の毒な事で御座いました。貴女も嘸お腹が立ちませう。又高山彦も思はぬ御災難で誠に御心配でせう。然し乍ら此処は神様の前、滅多な事は御座いませぬから御安心なさいませ』 黒姫『何から何まで、何時もお構い下さいまして、……ヘン……お有難う御座いますワイなア』 と肩と首をカタカタと揺つて居る、其容態の憎らしさ。 杢助『友彦殿、今日は職権を以て退場を命じます』 友彦『仕方がありませぬ。御命令に従ひ自宅へ控へ命を待ちまする。立腹の余り、ツイツイ粗怱を致しました』 と帰り行く。後見送りて黒姫は肩の中に首を耳の辺りまで石亀の如に突込んで仕舞ひ、頤を出したり引込めたり、舌を唇でチヨツと噛んで、何とは無しに嘲弄気分を表はして居た。 高姫『杢助さま、どうも怪しからぬぢやありませぬか。折角の如意宝珠の玉をこんな事にして仕舞うとは、一体全体訳が分らぬぢやありませぬかい。此責任は誰にありますか。……久助さま、お民さま、テールス姫さま、こんな不調法をして置いて、よう安閑として居れますな。此高姫が三人に対し退場を命じます。よもや杢助さま、是に向つて違背は有りますまいな』 杢助『何事も責任は私に有りますから、三人のお方はどうぞ此処に動かずに居て下さい』 三人一度に「ハイ」と俯向く。 高姫『エヽそんなら時の天下に従へだ、もう何も言ひますまい。是から青玉だ。……サア玉治別、黄竜姫様、此処にお出でなさい。さうして久助さま、元の座にお帰りめされツ』 と稍甲声を張り上げながら、又もや例の如く調査し、恭しく玉筥の蓋を取つて見た。高姫の顔は又もや口が尖り出した。舌を中凹に巻いて二三分ばかり唇の外に出し、首を右の方に傾げて目を白黒させ、両手を開いて乳の辺りで行儀好く、扇を拡げた様にパツとさせ、腰を二つ三つ振つて居る。玉治別は是れを眺めて、 玉治別『これ高姫、黒姫、矢張お前さまお二人は改心が足らぬ。海洋万里の竜宮の一つ島の、秘密郷の諏訪の湖水から聖地高天原迄、万里の天空を八咫烏に乗せられ捧持して帰つた結構な玉を、黒鷹の身魂が憑つて斯んなに変化さしよつたのだ。玉治別承知致しませぬぞツ』 と今度は反対に高姫に喰つて掛る。 高姫『へー甘い事を仰有いますワイ。肝腎要の水晶玉の高姫が覗いて、玉が変化する道理が何処に有りますか。お前さまがあんまり慢心して御用した御用したと、法螺を吹くものだから斯んな事になつたのだ。……コレ小糸どん、此醜態は何だいな。これで立派に御用が勤まつたのですかい。本当に呆れてものが言へませぬワイ。これ小糸どん、どうして下さる。結構な玉に悪身魂を憑して、お前さまは神界のお邪魔を致す曲者だよ。童女の癖に大の男をアフンとさせる様な悪党者だから、玉の御用が出来さうな道理がない。妾は初めから、お前が玉の御用をしたと聞いた時、フフーと惟神的に鼻から息が出ました。日の出神が腹の中から笑うて御座つたのだ』 黄竜姫は屹となり、『高姫さま』と声に力を入れ、 黄竜姫『ソレは余りの御言葉ではありませぬか。貴女の御身魂さへ本当にお研けになれば、本当の玉がお手に入るのですよ。屹度、神様がお隠しになつたのだが、御自分の心から御立替遊ばせ。さうすれば、本当の麻邇の宝珠がお手にお入り遊ばすのでせう』 高姫『何と云つても立派な御弁舌、高姫も二の句が次げませぬ。オホヽヽヽ』 と肩を揺り又も腮をしやくる。 玉治別『モシモシ黄竜姫さま、斯様な没分暁漢のお婆アさま連に相手になつて居つても詰りませぬから、もう止めて置きませう』 黄竜姫はニタリと笑ひながら、 黄竜姫『ハイ、さう致しませう』 と元の座に帰る。 高姫『アノマアお仲の好い事ワイの。ホヽヽヽヽ、若い男と女には監視を付けて置かにや険難だワイ』 杢助は苦虫を噛み潰した如うな顔をして、厳然として無言の儘扣へて居る。 高姫『コレ杢助さま、お前も偉さうに総務面をして御座つたが、今日は目算ガラリと外れただらう。アノマア恐い顔ワイなア』 杢助『アハヽヽヽ、何だか知らぬが面白い事で御座るワイ。アハヽヽヽ』 高姫『コレ黒姫さま、確りなさらぬかいな。一向元気が無いぢやないか。お前の竜宮の乙姫が玉の持主ぢやないか。此奴等に三つまで此様な事にしられて、それを平気でようまア、居られますな』 黒姫『ハイ何分心配が御座いますので』 高姫『ウン、さうだともさうだとも、高山彦さまがエライお怪我をなさつたから、御心配になるのも御無理と申しませぬが、もう暫らくだ、辛抱して下さい。さうしたら無事解放して上げます。……コレコレお節、お前の持つて帰つた赤玉を是から調べるのだから、蜈蚣姫さまも此処へ御出でなさい。お前さまも随分魔谷ケ岳で私に対して弓を引いたり、国城山で悪口を言ひました。先へ申して置きますよ。若し此赤玉が団子石になつて居つたら、どうなさいますか』 蜈蚣姫『何事も惟神に委した私、どうすると云ふ訳に行きませぬ。神様の御処置を願う迄です。乍併高姫さまの指図は断じて受けませぬ。左様御心得を願ひます』 と一つ釘を刺す。高姫は又も口をへの字に結び桂馬結びの紐を解き、 高姫『サアお節、地獄の釜の一足飛だ。お前が長らくの苦労も花が咲くか、水の泡になつて了うか、禍福吉凶幸禍の瀬戸の海ぢやぞい。瀬戸の海で思ひ出したが、ようも馬鹿にして下さつた。助けてやつたなぞと決して思つては居ますまいな。エー何をメソメソと吠えて居るのだ。善い後は悪い、悪い後は善いと云う事があるから、何月も月夜計りは有りませぬぞ。チツとばかし都合が悪いと言つて顔を顰める様では、どうして立派に玉能姫と言はれますか』 と口汚く罵り乍ら、柳筥の蓋をパツと開けた。 高姫『黒姫さま、一寸御覧、何だか此玉は黒いぢやありませぬか』 黒姫は一寸覗き込む。 黒姫『ホンニホンニ、蜈蚣姫さまの如うに黒い玉だなア。コリヤ大方蜈蚣の身魂が憑つて、赤い筈の玉が黒くなつたのだらう』 玉能姫『黒姫さまも随分お白くありませぬから、どちらのがお憑り遊ばしたか分りますまい。オホヽヽヽ』 高姫『又しても又しても碌でもない、コリヤ消炭玉だ。道理で、ちと軽いと思つて居つた。アカ阿呆らしい。モウ玉調べは御免蒙りませうかい』 とプリンプリン怒つて居る。 杢助『御苦労ですがモウ一つ紫の玉をお調べを願ひます』 高姫『エー杢助さま、又かいなア』 と煩さ相に言ひ乍ら、万一の望みを最後の紫の玉に嘱して居た。国依別は一同に向ひ、 国依別『モシモシ皆さま、モウ一つになりました。何を言つても手品上手の高姫さまで御座いますから、水を火にしたり火を水にしたり、石を玉にして呑んだり吐いたり、終ひには天を地にしたりなさいます。天一の手品よりはお上手ですから、其お心算で確りとお目にとめられます様に願ひまアす。東西々々』 高姫はクワツと怒り、 高姫『神聖なる八尋殿に於て何と言ふ事を言ふのか。此処は寄席では有りませぬぞい。尊き尊き神様のお鎮まり遊ばす錦の宮の八尋殿では有りませぬか』 国依別『八尋殿だからといつて、手品が悪い道理が有りますか。現にお前さま手品をして居る途中です。そんな事を言うと自縄自縛に落ちますぞ。二十世紀頃の三五教の五六七殿でさへも劇場を拵へてやつて居るぢやありませぬか。訳の分らぬ事を言ふものぢや有りませぬ』 高姫『それだから瑞の御霊の遣り方は、乱れた遣り方だと神様が仰有るのだよ。アアモウ此玉は調べるのが嫌になつた。又初稚姫や梅子姫さまに恥をかかすのが気の毒だから、こりやもう開けない事にして置かう』 杢助『此玉は是非調べて頂きたい。神様は我子、他人の子の隔ては無いと仰有るのだから、神素盞嗚尊の御娘御の梅子姫様と、杢助の娘の初稚姫、依估贔屓したと言はれてはなりませぬから、どうぞ此場でお調べを願ひませう』 高姫『エーエー仕方がないなア。本当にイヤになつちまつた。そんなら、マアマも一苦労致しませう。……梅子姫さま、お初さま、サア早く此処へ来るのだよ』 と稍自棄気味になり言葉せはしく呼び立てる。言下に梅子姫、初稚姫は莞爾として高姫の側に寄り添うた。高姫は又もや柳筥の蓋をチヤツと開いた。忽ち四方に輝くダイヤモンドの如き紫の光り、流石の高姫もアツと驚いて二足三足後に寄つた。黒姫は飛び上つて喜び、思はず手をうつた。一同の拍手する声、雨霰の如く場の外遠く響いた。 高姫『お初、イヤ初稚姫さま、梅子姫さま、お手柄お手柄。矢張りお前等は身魂が綺麗だと見えますワイ。……杢助さま、お前さま中々好い子を持つたものぢや。ヤレヤレ是で一つ安心、後の四つは四足魂に汚されて了うた。瑞の御魂のやうに憑る麻邇の珠だから、田吾作、久助、お民、友彦、黄竜姫、蜈蚣姫、テールス姫、お節も是から、百日百夜小雲川で水行をなさい。さうすれば元の玉に還元するだらう。嫌といつても此高姫が行をさせて元の光りを出さねば措くものかい』 七人はアフンとして頭を掻いて居る。其処へ走つて来たのは佐田彦、波留彦両人であつた。 佐田彦『杢助さまに申上げます。今朝より言依別命様は御病気と仰有つて、御引籠りになつておいでなさいましたが、余りお静かですから、ソツと障子を開けて中へ這入つて見れば、萩の机の上に斯様な書き置きがして御座いました』 と手に渡す。杢助開いてこれを見れば、 『此度青、赤、黄、白の四個の宝玉を始め三個の玉、三つ四つ併せて都合七個、言依別命都合あつて、或地点に隠し置いたり、必ず必ず玉能姫、玉治別、黄竜姫其他此玉に関係者の与り知る所に非ず。然し乍ら杢助は願ひの如く総務の職を免じて、淡路の東助を以て総務となす。言依別は何時聖地に帰るか、其時期は未定なり。必ず我後を追ひ来る勿れ』 と書いてあつた。杢助は黙然として涙をハラハラと流し、千万無量の感に打たるるものの如くであつた。 (大正一一・七・二三旧閏五・二九谷村真友録)
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(1963)
霊界物語 29_辰_南米物語1 鷹依姫と高姫の旅 08 高姫慴伏 第八章高姫慴伏〔八三〇〕 高姫一行は漸くにしてアリナの滝に着いた。四五人の信者らしき者滝壺の前に赤裸のまま跪いて何事か一生懸命に祈願してゐる。されど轟々たる瀑布の音に聞き取ることは出来なかつた。高姫一行は身を浄め、それより、瀑布の右側を攀登り、漸くにして鏡の池に着いたのは恰度夜明けであつた。群鴉は前後左右に飛交ひ、『カアカア』と潔く鳴いてゐる。 因に云ふ、朝なく烏は最も冴えたる声にて、『カアカア』と鳴く、之を鵲と云ふ、少しく普通の烏よりは矮小である。夕べに鳴くのを之を真の烏と云ふ。夕べの烏は鵲に比べては余程体格も大きく、どこともなしに下品な所があり、鳴声は『ガアガア』と濁つて居る。又百人一首の歌に……鵲の渡せる橋におく霜の白きを見れば夜ぞ更けにける……とある鵲の橋は大極殿の階段を指したものである。カと云ふ言霊は輝き照る意、ササギは幸ひと云ふ意義である。天津日継天皇様の御昇降遊ばす、行幸橋と云ふ意味である。又帝陵をみささぎと云ふのは、水幸はふと云ふ意味であつて、神霊の脱出し給ひたる肉体は即ち水である。それ故、崩御して行幸遊ばす所を御陵と云ふのである。鵲のカは火の意義であり御陵のミは水の意義である。今鳴いた烏は即ち鵲の声であつた。 鏡の池の傍には狭依彦命の神霊が新しき宮を立てて斎られてあつた。さうして、岩窟の前方左側の方に鏡の池に向つて、竜国別等の住まつてゐた庵が残つてゐる。そこには国、玉の両人が鏡の池の番を兼ね、狭依彦神社の奉仕にかかつて居た。諸方より献上したる種々の玉石や瑪瑙などの玉は山の如くに積み重ねられてある。少しく上の方には例の懸橋の御殿が新造され、木の香香ばしく、あたりに漂ひゐたり。 高姫は鏡の池に向ひ、拍手し乍ら、うづ高くつまれたる種々の玉に早くも目をつけ、如意宝珠、麻邇の宝玉などはなきかと、隼の如き眼を光らせ乍ら眺め入つた。鏡の池は俄に永年の沈黙を破つて、 声『ブクブクブク、ウンウンウン』 と唸り出した。国、玉の神司は顔色を変へて、懸橋御殿へ国玉依別の神司の前に報告の為に走つて行く。池の中より、 声『アヽヽ、綾の聖地をあとにして、玉の所在を尋ねむと、執着心の魔につかれ、ここまで出て来たうろたへ宣伝使。 イヽヽ、意久地なしの常彦、春彦を力と致し、海原を渡り、漸うここまでやつて来た意地悪同志の三人連のイカサマ宣伝使。 ウヽヽ、うろたへ騒いで南洋諸島はまだ愚、高砂島まで、小さき意地と欲とに絡まれて、ド迷ひ来る高姫のデモ宣伝使。 エヽヽ、遠慮会釈もなく人の門戸を叩き、沓島の鍵を盗み出し、如意宝珠の玉を呑み込み、ウラナイ教を立てて三五教の瑞の御霊に刃向ひたる没分暁漢の宣伝使。 オヽヽ、大江山の山麓魔窟ケ原に土窟を作り、又庵を結び、庵の火事を起してうろたへ騒いだ肝の小さい、口許り立派なデモ宣伝使。 カヽヽ、烏の鳴かぬ日があつても、玉に執着心の離れた日のない執念深き、高、黒、二人の宣伝使。 キヽヽ、鬼城山の木常姫の再来、金毛九尾の悪狐に憑依された外面如菩薩、内心如夜叉のイカサマ宣伝使。 クヽヽ、国依別の偽天狗に誑かされ、三人連にて竹生島迄玉捜しに参り、よい恥を曬して、スゴスゴ聖地へ帰つて来た高、黒、宣伝使。 ケヽヽ、見当の取れぬ仕組ぢやと申して、行つまる度に逃げを張るズルイ宣伝使。 コヽヽ、小面憎い程自我心の強い、困り者の宣伝使。今日限り直日の身魂に立帰り、我を折らねば、其方の思惑は何時になつても成就致さぬのみか、万劫末代の恥を曬さねばならぬぞよ』 高姫『あゝゝ、何れの水神さまか知りませぬが、こう見えても私は日の出神の生宮、水神さま位に御意見を受けるやうな高姫とは一寸違ひますワイ。 いゝゝ、意見がましい事を云つて威張らうと思つても、いつかないつかな其様なイカサマ宣示はいつになつても、聞きませぬぞや。 うゝゝ、うさんな声を出して、ウヨウヨと水の中から泡を吹くよりも、天晴れと正体を現はして言ひなされ。日の出神が審神をして、善か悪かを調べて改心さして上げませうぞや。 えゝゝ、得体の知れぬ神の云ふ事は、高姫の耳には這入りませぬぞや。 おゝゝ、鬼でも蛇でも悪魔でも、誠一つの生粋の大和魂で改心させる此高姫で厶いますぞ。余り見違をして下さるなや。 かゝゝ、かけ構へのないことを、傍から干渉して貰ふと癇癪玉が破裂致しますぞ。 きゝゝ、鬼城山だの、金毛九尾だのと何を証拠に、そんな悪口雑言を仰有るのです。 くゝゝ、苦労なしのヤクザ神では誠のお仕組は分りませぬぞや。 けゝゝ、気もない間から世界の事を神、仏事、人民に説いてきかす変性男子の系統の生宮で御座いますぞ。見当違ひをして下さるな。 こゝゝ、ここまで言うたら、お前も曲津か何か知らねど、チツとは合点がいつたでせう。今後はこんな馬鹿な真似はなさらぬが宜しいぞや』 池の中より、 声『サヽヽ、逆理窟計りこねまはす、探女醜女の宣伝使、サアサア今日よりサツパリと了見を直し、月照彦神の命令を奉ずるか、さなくば其方の職名を剥奪せうか』 高姫『さゝゝ、何ぼなつと、勝手に喋つておきなされ。審神の随一と聞えたる此高姫、指一本さへる者は、神々にも人民にも御座いませぬぞえ』 池の中より、 声『シヽヽ、渋とい執着心のどこ迄も取れぬ、負けぬ気の強い女だのう。何程言うても、其方の耳は死人も同様だ。叱つてもたらしても、どうにも斯うにも仕様のない厄介者だ』 高姫『しゝゝ、知りませぬワイナ。お前こそしぶといぢやないか。これ丈誠一筋の神の生宮が分らぬやうなことで、エラソウに知つた顔をなさるな。百八十一通りの神様の階級の中でも、第三番目の日の出神の生宮で御座いますぞ。お前さまは百八十段以下の神様だから、こんな池の底に何時までもひつ込んで……ヘン月照彦なんて、愛想が尽きますワイ。大方運がつきてる彦だろ。オホヽヽヽ』 池の中より、 声『スヽヽ、すつたもんだと理窟計りこねまはし、そこら中を飛まはり、法螺をふきまはし、玉に現を抜かす、玉抜宣伝使。チツと胸に手を当てて考へたらどうだ』 高姫『すゝゝ、好かんたらしい。いい加減に水の中で庇こいたやうな事を云うておきなさい。こつちの方から愛想が月照彦だ。何程月がエロウても日の出神の日に叶ふまい。日は表、月は裏ぢやぞえ。そんな事を云ふのなら、モツト外の没分暁漢の人民に言つたが宜しい。酸いも甘いも透きとほつた程知りぬいた高姫に向つて言ふのは、チツと天地が逆さまになつて居る様なものですよ』 常彦『コレコレ高姫さま、余りぢやありませぬか。神様に向つて何と云ふ御無礼な事を仰有るのです。チツと心得なさい』 高姫『エーお前は常か、こんな所へ口嘴を出すとこぢやない。すつ込んで居なさい』 池の中より、 声『セヽヽ、先生顔を致して、何時もエラソウに申して居るが、牛童丸の牛に乗つて、常彦、春彦がアリナの滝へ先へ参ると申した時には、随分せつなかつたであらうのう。せんぐりせんぐり屁理窟を並べて、ようマア良心に恥しいとは思はぬか。雪隠虫の高上がり奴』 高姫『せゝゝ、精出して、何なつと仰有れ。そんな事聞いて居る様な暇人ぢや御座いませぬワイ。三千世界の立替立直しの御神業に対し、千騎一騎の此場合、チツト改心して、お前さまも池の底にカブリ付いて居らずに、私の尻へついて、世界の為に活動なさつたらどうだ。神、仏事、人民、餓鬼、虫ケラまで助ける神だぞえ』 池の中より、 声『ソヽヽ、そんな事は其方に聞かいでも、よく分つて居る。どこ迄も改心を致さねば神は止むを得ず、そぐり立ててツツボへ落してやらうか』 高姫『そゝゝ、ソリヤ何を吐すのだ。うるささを怺へて相手になつて居れば、どこ迄も伸し上つて、粗相な事を申す厄雑神、大方池の中に居る神だから、ドン亀か、スツポンがめ、ズ蟹の劫経た奴だろ。其奴が神の真似して、昔の月照彦さまの芝居をしてをるのだろ。グヅグヅ申すと此団子石を池の中へ放り込んでやらうか』 池の中より、 声『タヽヽ、玉盗みの高姫、又玉を隠されて、玉騒ぎを致す魂抜女、其方の尋ねる玉は自転倒島の中心地に隠してあるぞえ。其方が改心さへ致せば麻邇の玉の所在が知らして貰へるのだが、まだ中々其方へ教へてやる所へは行かぬワイ。早く魂を研いて改心を致せよ』 高姫『たゝゝ、叩くな叩くな頬桁を、高天原の神司、誰が何と云つても、日の出神の生宮に楯つかうと思うても駄目だから、お前こそ改心を致し、高姫の申す事を神妙に聞きなされ。玉の所在は自転倒島の中心にあるなんて、……ヘン知らぬ者の半分も知らぬ癖に、何を云ふのだ。此んな池の中にすつ込んでゐるスツポンのお化に、そんな事が分つて堪るものかい』 池の中より、 声『チヽヽ、血筋だ系統だと申して、それを鼻にかけ、威張りちらすものだから、お山の大将おれ一人式だ。誰一人として其方の力になる者は一人もあるまいがな。 ツヽヽ、月照彦神が申す事、心の波を静めてよつく承はれ。其方の心の海の波さへ静まらば、真如の月は皎々として、心の空に照りわたり、玉の所在位は一目に見え透き、天晴れ神界の御用が出来るやうになるのだ。 テヽヽ、天狗の様に鼻許り高くして、天狗の鼻の高姫と皆の者が譏つてゐるが、気がつかぬか。天地の道理をチツとは弁へて見よ。 トヽヽ、トボケ面して遠い国迄玉捜しにウロツキ廻り、何時も失敗計り致して居るではないか』 高姫『ちちち、近くの者より遠くから分りてくる仕組だ。燈台下暗がりと云ふことを、お前さまは井中の蛙……ではない…スツポンだから、世間が分らぬので、そんな時代遅れのことを云ふのだよ。 つゝゝ、月並式のそんな屁理窟を並べたつて、聞くやうな者は広い世界に一人もありませぬぞえ。 てゝゝ、テンで物にならぬ天地顛倒のお前の世迷言。 とゝゝ、トンボリ返りを打たねばならぬことが出て来ますぞや。チト日の出神の御託宣を聞きなさい。途方もない訳の分らぬ、トツボケ神だな』 池の中より、 声『ナヽヽ、男子の系統を楯に取り、何でもかでも無理を押し通し、人に難題を吹つかけ、何遍も何遍も人に生命を助けられて、反対に不足を申す難錯者。 ニヽヽ、西東北南と駆まはり、憎まれ口の限りを尽し、二進も三進もゆかぬ様になつては改心を標榜し、又しても執着心の悪魔に縛られて、悪に逆転し、 ヌヽヽ、糠喜びばかり致して、一度も満足に思惑の立つた事はあるまいがな。 ネヽヽ、年が年中、日の出神の生宮を楯に取り、ねぢけ曲つた小理窟を云うて、人を困らす奸佞邪智の其方の行方。 ノヽヽ、野天狗に脅かされ、安眠も能うせず、テル街道をスタスタと痛い足を引ずつてここまで出て来た口の大きい、肝の小さいデモ宣伝使。 ハヽヽ、早く改心致さぬと、誰も相手がなくなるぞよ。 ヒヽヽ、日の出神の生宮も、世界の人民がウンザリして居るぞよ。モウそんな黴の生えたコケおどしは使はぬが能からう。 フヽヽ、古臭つた文句を百万ダラ並べて新しがつてゐる其方の心根が愛しいワイ。 ヘヽヽ、下手に魔誤付くと命がなくなるぞよ。 ホヽヽ、時鳥喉から血を吐きもつて、国治立命は其方の慢心を朝夕直したいと思つて御苦労を遊ばして御座るぞよ。 マヽヽ、曲津の容物となつて居乍ら、誠の日の出神ぢやと思うて見たり、時には疑つて見たりし乍ら、どこ迄も日の出神でつつぱらうと致す横着者。 ミヽヽ、蚯蚓の這うた様な文字を列ねて、長たらしい日の出神の筆先だと申して、紙食ひ虫の墨泥棒をいたし、世界の経済界を紊す身の程知らず奴。 ムヽヽ、昔の昔の去る昔、まだも昔のその昔、ま一つ昔のまだ昔、大先祖の根本の、誠一つの生粋の大和魂の御種、変性男子の系統、日の出神の生宮とは、能うも云へたものぢやぞよ。 メヽヽ、冥土の鬼迄が愛想をつかし、腹を抱へて、其方の脱線振りを笑つてゐるぞよ。 モヽヽ、百千万の身魂の借銭を、日日毎日つみ重ね、地獄行きの用意許り致してをる其方、今の間に神の申すことを聞いて、心を洗ひ替へ立直さぬと、未来が恐ろしいぞよ。 ヤヽヽ、ヤツサモツサと朝から晩迄、騒ぎまはり、 イヽヽ、意久地を立通し、威張り散らし、己一了見で教主の意見も聞かず、可愛相に黒姫や鷹依姫、竜国別、テーリスタン、カーリンスに対し、国外に放逐致した横暴極まる其方の行方。 ユヽヽ、雪と墨と程違つてゐる瑞の御霊を、酢につけ味噌につけ悪く申し、自分の勢力を植付けようと致す横着者。 エヽヽ、エライ慢心を致したものぢやのう。 ヨヽヽ、世の中に吾程エライ者はない様に申して独り燥いでも、世の中は割とは広いぞよ。お前の云ふやうな事は二十世紀の豆人間の没分暁漢の中には、一人や二人は一度や二度は聞いて呉れるであらうが、四五遍聞くと、誰も彼れも内兜をみすかし、愛想をつかして逃げて了うぞよ。 ラヽヽ、楽な道へ行きよると道がテンと行き当つて、後戻りを致さねばならぬ変性女子の行方を見よれ、人の苦労で徳を取らうと致し、楽な方を行きよるから、あの通りだと、自分が後から潰しに廻つておいては、愉快相にふれ歩く、悪垂れ婆の宣伝使。 リヽヽ、悧巧相な事ばかり申して居るが、テンで理窟にも何にも、お前の云ふ事はなつて居らぬぢやないか。 ルヽヽ、留守の家へ剛情ばつて押入らうとし、生田の森に玉能姫に剣突をくわされて往生致したヘボ宣伝使。 レヽヽ、連木で腹を切れと云ふやうな、脅し文句を並べて信者を引込まうと致しても、そんな事を食ふやうな馬鹿者は此広い世界に只の一人もありはせぬぞよ。 ロヽヽ、碌でもない真似をするよりも、一時も早く聖地へ立帰り、改心致して神妙に神の御用を致すがよからう。 ワヽヽ、分り切つたる団子理窟を並べて、人を煙に巻く ヰヽヽ、イカサマ宣伝使。そこら中を ウヽヽ、ウロつき廻つて、いつも糞をたれ ヱヽヽ、枝の神と知らずに、根本の日の出神ぢやと誤解を致し ヲヽヽ、おめも恐れも致さず、世界を股にかけて、法螺吹きまはる、ガラクタ宣伝使、口の悪い神ぢやと申すであらうが、昔からスツポンに尻を抜かれた様だと云ふ事があらうがな。其方が池の底のスツポンと認めた此方が、其方が悪事の一切をスツポ抜いてやりたぞよ。ウヽヽ、ブルブルブルブル』 高姫『なゝゝ、何でも碌な奴ぢやないと思うて居つたら、とうとう鼈ぢやと白状致しよつた。 にゝゝ、二人の家来共、此高姫の眼力を見て感心したであらうなア。 ぬゝゝ、抜かつた面付では到底こんな時に出会したら、到底審神は出来ませぬぞえ。 ねゝゝ、熱心にお筆先を研究なさいと云ふのは、斯う云ふ時に間に合す為ぢやぞえ。常公、春公、どうだえ、分つたかなア。 のゝゝ、野天狗の生宮に仕られておつてはサツパリ駄目ですよ。 はゝゝ、早く改心致して、高姫の云ふ通りにしなさいや。 ひゝゝ、日の出神の生宮に間違ひないぞえ。 ふゝゝ、不足があるなら、何ぼなつと仰有れ、どんな事でも説き聞かして、得心さして上げる。 へゝゝ、返答は如何だえ、常公、春公。 ほゝゝ、呆け面して何うつそりして居るのだ。池の底のスツポン神がそれ程恐ろしいのかい。 まゝゝ、まさかの時の杖となり、力となるのは誠信仰の力ぢやぞえ。 みゝゝ、身欲信心計り致して居ると、肝腎の時になりて、アフンと致さねばならぬぞえ。 むゝゝ、昔からの根本の因縁を知つた者は、此広い世界に高姫丈よりないのだから、今日からスツパリと心を立直して、絶対に服従するのだよ。 めゝゝ、めつたに神は嘘は申さぬぞえ。これが違うたら、神は此世に居らぬぞえ。世の変り目、世界の事を人民に説いてきかさねばならぬから、此高姫は昔からの尊い因縁があつて筆先を書かせ、口で言はせ、人民を改心さす役に、神がお使ひ遊ばして御座るのだ。しつかり聞いておきなされや。 メヽヽ、目から鼻迄つきぬけるやうな、先の見えすく神の生宮、メツタに間違はありませぬぞえ。 もゝゝ、盲碌神を誠の神と信じて盲従して居ると、取返しのならぬ事が出来ますぞえ。 やゝゝ、大和魂の生粋の身魂の申す事に一事でも横槍を入れて見よれ、其場で見せしめを致すとお筆に現はれて居るぞえ。 ゐゝゝ、幾ら云ひ聞かしても、生れ付の魂が悪いのだから、云ひごたへがないけれど、云ふは云はぬにいやまさる。お前が可愛相だから、チツト計り改心の為に言うておくぞえ。 ゆゝゝ、幽霊のやうにあちらへブラブラ、此方へブラブラと能う気の変る、落つかぬ身魂では到底三千世界の御神業の一端に加へて貰ふ事は六かしいから、余程腹帯をしつかりしめなされ。 ゑゝゝ、えぐたらしい、高姫の言葉と思はずに、大慈大悲の大神様の救ひの言葉だと有難く思つて戴きなさい。 よゝゝ、余程お前は身魂が曇つて居るから、一寸やソツとに研きかけが致さぬので、此高姫も骨が折れるぞえ。 らゝゝ、楽の方へ行かうとお前はするから、牛童丸とやらに気を引かれて、牛に乗せられたのだよ。 りゝゝ、理窟云ふのは今日限り止めなされや。これ丈、神力を受けた能弁家の高姫に対しては、何と云うても駄目だからなア。 るゝゝ、累卵の如く危くなつた此暗雲の世の中を、万劫末代潰れぬ松の世に立直さねばならぬ神界の御用だから、並や大抵の艱難や苦労では勤め上りませぬぞえ。 れゝゝ、蓮華の花はあの汚い泥の中から、パツと一度に開いて、香ばしい香を現はすぢやないか。それに能く似た身魂は誰ぢやと思うて居なさる。 ろゝゝ、論より証拠、池の中のスツポン神でもへこました、此高姫さまの事ぢやぞえ。 わゝゝ、吾身良かれの信心許り致して居ると、神の御きかんに叶はぬ事が出来て、ジリジリ舞を致して逆トンボリを打たねばならぬ事が出来るから、早く改心なされよ。 ゐゝゝ、威張りちらして、意地くね悪く、国依別から玉の所在をきかして貰ひ乍ら、いつ迄もイチヤイチヤと申して、日の出神に報告せぬ様ないけ好かない、奴根性は綺麗サツパリと立直して、これから素直に白状するのだぞえ。 うゝゝ、売言葉に買言葉と云ふ様に、此高姫が一口お気に入らぬ事を申せば、すぐに何だかんだと小理窟を申すが、これから其態度をスツクリと改めなされや。 ゑゝゝ、偉相に云ふぢやなけれど、誰が何と云つても、ヤツパリ日の出神の生宮に楯つく者は、此広い世界に一人もなからうがな。 をゝゝ、お前も、今日が善になるか、悪になるかの境目だ。善になりたければ、国依別から聞かして貰つた玉の所在をチヤツと言ひなされ。渋とう致すと万劫末代帳面につけておきますぞえ。常彦はこれこれの事を致し、神に叛いた悪人だと、日の出神の筆先に末代書残しますぞや』 常彦『アハヽヽヽ、黙つて聞いて居れば、随分あなたも池の中の神の真似が上手ですな。とうとう五十音を並べなさつた。それ程の頬桁を持つて居れば、世界中に阿呆らしうて、一人も楯突く者はありませぬワ。ウツフヽヽヽ、……のう春彦、お前も感心しただらうのう』 春彦『イヤもう、ズツトズツト感心しました。ホンに能うまはる口車だなア。……時に高姫さま、これ丈沢山のお玉がつみ上げてあるのに、目的の御宝はないやうですな』 高姫『ここはホンの露店だから、どうで良い物はこんな所に雨曬しにしてあるものか。キツと懸橋御殿の中に隠してあるにきまつてゐる。これから高姫が懸橋御殿へ行つて取調べて来るのだ』 池の中より、 『ブクブクブクブク』 と泡立ち上り、大きな声で、 声『アツハヽヽ、阿呆らしい、そんな物があつてたまるかい。 イヒヽヽ、何時までも何時までも執念深い婆アだなア。 ウフヽヽ、うるさい婆アだ。モウいゝ加減に此処を立退かぬか』 高姫『エー、やかましいワイナ。スツポンはスツポンらしくスツ込んでゐなさい。オヽヽお前達の嘴を容れる所ぢやありませぬぞえ』 常彦『モシモシ高姫さま、いゝ加減にしておきなさらぬかいな。神様に怒られたら仕方がありませぬで』 高姫『怒る勿れと云ふ神界の律法がチヤンとありますワイナ。ここで怒る様な神なら、それこそ悪神ですよ』 常彦『さうすると、貴女はヤツパリ、悪神ですか』 高姫は目を釣り上げ面をふくらし、 高姫『コレ、常彦、何と云ふ事を仰有る。私がどこが悪神だ。モウ了見しませぬぞえ』 と胸倉をグツと掴む。 常彦『それだから悪神ぢやと云ふのですよ。直に怒るぢやありませぬか』 高姫『私がどこに怒りました。チート体を急に動かしたり、声を高うした丈の事ぢやありませぬか。これでもお前の目から見ると怒つたやうに見えますかな』 春彦『アハヽヽヽ』 高姫『コレ春彦、何が可笑しいのだ。チト心得なされ』 春彦『アハヽヽヽ、イヒヽヽヽ、ウフヽヽヽ、エヘヽヽヽ、オホヽヽヽ、怒つた怒つた。面白い面白い。恐ろしい御立腹だ』 高姫『コレ春彦、シツカリしなさらぬかいな。池の底のスツポン神の世迷言が伝染しかけましたよ』 春彦『タヽヽヽヽ、高姫さまの世迷言が、チヽヽチツと計り伝染致しました、ウフヽヽヽ』 斯かる所へ、国、玉の両人は国玉依別の神司を守りつつ、此場に現はれた。 国玉依別『お前さまは何処の方か知りませぬが、此鏡の池へお参りになるのならば、一応懸橋御殿に伺つた上の事にして下さらぬと、池の底の神様が、大変に御立腹遊ばしては困りますから、チト心得て下されや』 高姫『お前は懸橋御殿とやらの神司だと、今仰有つたが、此池の底の神が、それ程恐ろしいのかい。此奴アお前、偉相に月照彦神だなんて言つて居るが、池の底の劫を経たスツポンのお化けだよ。いゝ加減に迷信しておきなさい。これから懸橋御殿へ行つて、天地の道理を、昔の根本から説いて聞かして上げませうぞ。コレ御覧なさい。今此石を一つ池の底へぶち込んで見ませうか。キツとスツポンが浮上つて来ますよ』 国玉依『何んと云ふ乱暴なことを、お前さまは宣伝使であり乍ら言ふのですか。チツと御無礼ではありませぬか』 高姫『マア論より証拠だ。御覧なさい』 と言ひ乍ら、堆く積みあげたる玉の形したる石を右手に握り、ドブンと計り投げ込んだ。忽ち池の底より烈しき唸り声、大地は大地震の如く震ひ出し、高姫は真青な顔になり、ビリビリと慄ひ乍ら、叶はぬ時の神頼みと云つた様に、一生懸命に両手を合せ、其場に平太張つて了つた。国玉依別を始め、国、玉の従者並に常彦、春彦は平気の平左で、此音響を音楽を聞く様な心持で、愉快気に両手を合し感謝し居たり。高姫は益々慄ひ出し、歯を喰ひ締め、歯の間から赤い血をにじり出し、慄ひ戦き居たりける。 (大正一一・八・一一旧六・一九松村真澄録) (昭和一〇・六・八王仁校正)
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霊界物語 32_未_南米物語4 アマゾンの兎の都 11 人の裘 第一一章人の裘〔九〇二〕 アマゾン河の南岸に展開せる大森林は、猛獣毒蛇の公然として暴威を逞しうするのみなれば、却て之が征服には余り骨を折らなくてもよかつた。只表面的神力を発揮さへすれば獅子、狼其他の猛獣をも悦服させ得たのである。 鷹依姫、竜国別は兎の都の王となり、暫く此処に止つてゐた。然るに屡々、獅子、熊、虎、狼、大蛇、禿鷲、豺其他の獣、群をなして兎の都を包囲攻撃し、大いにそれが防禦に艱みつつありし処に、帽子ケ岳の山頂より危急存亡の場合は、不思議の霊光、猛獣の頭を射照らし、遂に流石の猛獣大蛇も我を折り、鷹依姫、竜国別の許に鷲の使を派遣し帰順を乞ひ、時雨の森の南森林は、全く鷹依姫女王の管掌する所となりぬ。 之に反し北の森林はすべての獣類、奸佞にして妖怪変化をなし、容易に其行動、端倪すべからざるものあり。そこへ動もすれば執着心を盛返し、心動き易き高姫を主として一行四人、鷹依姫を助けむと出で来りたるが、到底北の森林は、一通や二通で通過する事さへ出来ない事を大江山の鬼武彦が推知し、茲に白狐の高倉、月日、旭の眷族を遣はし、先づ第一に高姫の執着心を根底より除き、我を折らしめ、完全無欠なる神の司として、森林の探険を了へしめむと企画されたるが、果して高姫は玉と聞くや、執着心の雲忽ち心天を蔽ひ、斯の如き神の試みに遇ひたるぞ浅ましき。 ○ 高姫は泥田圃の葦の中にアフンとして、夢から醒めたやうな面をさらしてゐる。常彦、ヨブの両人は、鼈に尻をぬかれた様な、ド拍子の抜けた面をさげて、高姫の体を不思議さうに、頭の先から足の先まで、まんじりともせず眺めながら黙然として立つて居る。春彦は何時の間にやら、身体自由になつて居た。 春彦『高姫さま、私の云つた事は如何でした。違ひましたかなア』 高姫『違はぬ事もない、違ふと云つたら、マア違ふやうなものだ。チツトお前さま改心なさらぬと、私迄がこんな目に遇はなくちやなりませぬよ』 春彦『アハヽヽヽ、何とマア徹底的に強いこと、世間へ顔出しがならぬ様になりて来るぞよ、われ程の者はなき様に申して、慢心致して居ると、眉毛をよまれ、尻の毛が一本もない所迄抜かれて了うて、アフンといたし、そこになりてから、何程神を頼みたとて、聞済はないぞよ……と三五教の御教にスツカリ現はしてあるぢや御座いませぬか……スゴスゴと姿隠して逃げていぬぞよと』 高姫『コレコレ春彦、お前そりや誰に云つてるのだえ。そんなこた、チヤンと知つてゐる者計りだ。高姫はそんな事は百も千も承知の上の事だから、モウ何にも云うて下さるな。エヽこんな男の側に居つて、ひやかされて居るよりも、どつかの木の下で一つ沈思黙考と出掛けようか』 と云ひながら、一生懸命に尻ひきまくり、森林の奥深く駆入る。 常彦は高姫の姿を見失はじと、是亦尻ひつからげ、後を慕うて従いて行く。 春彦、ヨブの二人は、二人の姿を見失ひ、 春彦『又何れどつかで会ふ事があるだらう。吾々は鷹依姫一行を早く捜し求めて救ひ出し、自転倒島へ早く帰らねばならぬ』 と春彦は先に立つて高姫が走つて行つた反対の方向へワザとに歩を進めた。半時許り森林の中をかきわけて、西北を指して進み行くと、そこに真黒けの苔の生えた、目鼻口の輪廓も碌に分らぬ様な三尺許りの石地蔵が、耳が欠けたり、手が欠けたり、頭半分わられたりしたまま、淋しげに横一の字に立つてゐる。 ヨブ『春彦さま、一寸御覧、此石地蔵を……耳の欠けたのや、頭の欠けたの、手の欠けたのや、而も三体、能くも不具がこれ丈揃うたものですな。一寸此辺で一服致しませうか』 春彦『サアもう一休みしてもよい時分だ。併し此石地蔵は決して正真ぢやありますまいで。気をつけないと、又高姫さまの二の舞をやらされるか知れませぬワイ。神さまに吾々は始終気を引かれて修業をさせられますからな』 ヨブ『春彦さま、私はモウ三五教が厭になりましたよ。高姫さまの正直な態度に、船中に於て感歎し、本当に好い教だと思うて入信し、一切の欲に離れて財産迄人に呉れてやり、ここ迄発起してワザワザついて来ましたが、どうも高姫さまの執着心の深い事、あの豹変振り、ホトホト愛想がつきて、三五教がサツパリ厭になつて了つたのですよ』 春彦『あなたは神様を信ずるのですか、高姫さまを信じてるのですか……人を信じて居ると、大変な間違ひが起りますよ。肝腎要の大神様の御精神さへ体得すれば、高姫さまが悪であらうが、取違ひをしようが、別に信仰に影響する筈はないぢやありませぬか』 ヨブ『さう聞けばさうですなア。併し高姫さまの行ひに惚込んで入信した私ですから、何だか高姫さまがあんな事を言つたり、したりなさるのを実地目撃しては、坊主憎けら袈裟迄憎いとか云つて、神様迄が信用出来なくなつて来ましたよ』 春彦『そらそんなものです。大抵の人が百人が九十九人迄導いて呉れた人の言行を標準として信仰に入るのですから、盲が杖を取られたやうに淋しみを感ずるのは当然です。どうでせう、是から吾々両人が高姫さまに層一層立派な神柱になつて貰ふやうに努めようぢやありませぬか。神様から吾々に対する試験問題として提供されたのに違ひありませぬよ』 ヨブ『兎も角入信間もなき私ですから、先輩のあなたの御意見に従ひませう。私もあなたには感心しました。高姫さま以上の神通力をお持ちになり、吾々三人が今の今迄神様の試みに会ひ、泡を吹いて苦しむ事を、先へ御存じの春彦さま、高姫さま以上ですワ』 春彦『イエイエ、決して高姫さまの側へも寄れませぬ。併しながら如何したものか、私の体が余程霊感気分になり、あんな事を言つたのです。つまり神様から言はされたのです』 と話して居る。後の石地蔵はソロソロ歩き出し、二人の前に胡坐をかき始めた。ヨブはビツクリして、 ヨブ『アヽ春彦さま、大変ですよ。石地蔵奴、そろそろ動き出して、此処に胡坐をかいて笑つてるぢやありませぬか』 春彦『アハヽヽヽ是ですかいな。コリヤオホカミ様ですよ。獣としては優良品ですよ。一つの奴はアークマ大明神と云ふ奴、一つの奴はシシトラ大明神と云ふ化神さまだから、用心なさいませや』 ヨブ『何と能う化州の現はれる所ですなア』 春彦『元より妖怪の巣窟だから、いろいろの御客さまが現はれて、面白い芸当を見せてくれますワイ……オイ熊公、獅子、虎、狼、なんぢや猪口才な、石地蔵や人間の姿に化けやがつて、四ツ足は四ツ足らしうしたがよからうぞ。勿体ない、人間様の姿に化けると云ふ事があるかい、僣越至極にも程があるワ』 石地蔵『ホツホヽヽ、俺達が人間の姿や仏の姿をするのが、夫程可笑しいのかい。又夫程罪になるのか。よう考へて見よ、今の人間に四足の容器になつて居らぬ奴が一人でもあると思ふか。虎や狼、獅子、熊、狐、狸、鷲、鳶、大蛇、鬼は云ふも更なり、下級な器になると、豆狸や蛙までが人間の皮を被つて、白昼に大都市のまん中を横行濶歩して居る世の中だよ。 これはしも人にやあるとよく見れば あらぬ獣が人の皮着る と云ふ様な今日の世界だ。そんな野暮な分らぬ事を云ふものでないよ。今の人間は神様の真似をしたり、志士仁人、聖人君子、学者、宗教家、教育家などと、洒落てゐやがるが、大抵皆四足のサツクだ。どうだ、チツト合点がいつたか』 春彦『お前がさう云ふとチツト考へねばならぬやうな気分がするワイ。全くの悪口でもないやうだ。併し、お前の目から俺の肉体を見ると、神さまのサツクの様に見えはせぬかな』 石地蔵『見えるとも見えるとも、スツカリ神様だ』 春彦『四足の容器のやうにはないかなア』 石地蔵『四足所かモツトモツト○○だ。神は神ぢやが渋紙の様な面をし、心の中は貧乏神、弱味につけ込む風邪の神、疱瘡の神に痳疹の神、おまけに顔はシガミ面、人情うすき紙の如き破れ神……と云ふ様な神様のサツクだなア』 春彦『そら、余り酷評ぢやないか』 石地蔵『どうでも良いワ。お前の心と協議して考へたが一番だ。お前は高姫を見棄てる精神だらうがな』 春彦『イヤア決して決して見すてる考へぢやない。一日も早く改心をして貰つて、立派な神司になつて欲しいのだから、それでワザとに高姫さまが苦労をする様に、二人こちらへ別れて来たのだ。此春彦が従いてゐると、高姫さまがツイ慢心をして、折角の改心が後戻りをすると約らないからなア』 石地蔵『アツハヽヽヽ、腰抜神の分際として、高姫さまに改心をして貰ひたいなどとは、よう言へたものだ。お前の心の曇りが、みんな高姫さまを包んで了ふんだから、折角改心した高姫が、最前の様な試みに遇うたのだぞよ。今高姫はモールバンドに取囲まれ、大木の幹を目がけて、常彦と共に難を避けてゐるが、上には沢山な猅々猿が居つて、高姫に襲撃して来る。下からはモールバンドが目を怒らして、只一打ちと狙つてゐる最中だ。オイ春彦、ヨブの両人、是から高姫を救ひに行くと云ふ真心はないのか』 春彦『そりやない事はないが、此春彦、ヨブの両人が往つた所で、モールバンドのやうな、強い奴が目を怒らして待ち構へとる以上は、吾々二人が救ひに行つた所で、駄目だ。否駄目のみならず、吾々の命迄、あの尻尾で一つやられようものなら、台なしになつて了ふ。人間の体は神様の大切なる御道具だから、さう易々と使ふ訳には行きますまい。何分にも、お前の云ふ通り、人情うすき紙の様な神や、腰抜神の容器だからなア』 石地蔵『アツハヽヽヽ、口計り立派な事を云つて居つても、まさかの時になつたら尻込みを致す、誠のない代物計りだなア。それでは三五教も駄目だよ』 春彦『喧しう云ふな。春彦の精神が石地蔵のお化けに分つて堪らうかい。俺は高姫さまの様に有言不実行ではないのだ。不言実行だ。どんな事をやるか見て居つて呉れい。モールバンドであらうがエルバンドであらうが、誠と云ふ一つの武器で言向け和し、見ン事二人の生命を助けて見ようぞ。サア、ヨブさま、春彦に従いてお出でなさい』 とあわてて、高姫の走つた方へ行かうとする。石地蔵は、 石地蔵『アツハヽヽヽ、たうとう俺の言に励まされて、直日の霊に省みよつたなア。人に言うて貰うてからの改心は駄目だよ。心の底から発根と改心した誠でないと役には立たぬぞよ。今にアフンと致して腮が外れるやうな事がない様に気をつけたがよいぞよ。石地蔵が気を付けておくぞよ。此方はアキグヒの艮の神、それに、良き獣の使はし女を沢山抱へて居る狼又アークマ大明神と云ふ立派な御方だ。ドレ、是から石地蔵に化けて居つても本当の活動は出来ない。うしろから、お前の腕前を、実地見分と出かけよう。口と心と行ひの揃ふやうな誠を見せて貰はうかい』 春彦『エヽ喧しい、化州、俺の御手際を見てから、何なと吐け。サア、ヨブさま行かう』 と尻ひつからげ、以前の谷川を兎の如くポイポイポイと身軽く打渡り、転けつ輾びつ、 春彦『オーイオイ、高姫さまはどこぢやアどこぢやア、モールバンドのお宿はどこぢや、春彦さまの御見舞だ、俺がこれ程ヨブのに、何故春彦ともヨブさまとも返答をせぬのか。高姫、お前は聾になつたのか。オーイ、オイ』 と声を限りに叫び乍ら、ドンドンドンと地響きさせつつ、草原を無性矢鱈に大木の茂みを指して走り行く。 (大正一一・八・二三旧七・一松村真澄録)
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霊界物語 32_未_南米物語4 アマゾンの兎の都 24 冷氷 第二四章冷氷〔九一五〕 高姫は国依別の室を立出で、応援を求めて此目的を達せむと、鷹依姫、竜国別の一室を訪問した。 高姫『御免なさいませ……鷹依姫さま、竜国別さま、何とマア親子仲のよいこと、あなたも孝行な息子を持つて幸福ですなア。私の様な独身者は親子睦まじう、さうして御座る所を拝見致しますと、実に羨ましうなつて来ました。本当に親子の円満なのは見よいものですワイ……時にお二人さまに至急御相談したい事があつて参りました。どうぞ暫くの間御邪魔をさして下さいませ』 鷹依姫『それはマア能う来て下さいました。伜の竜国別が孝行にして呉れますので、私も全く神様のお蔭だと思ひ、朝な夕なに感謝を致して居ります。若い時には随分極道で、何べんも親を泣かせたもので御座いますが、年の薬で此様な孝行な息子になつてくれました。子が無うて泣く親は無いが、子がある為に泣く親は、世界に沢山御座いますでなア。私は神様のおかげで、子がある為に日々勇んで暮して居ります』 高姫『それは何より結構で御座います。併しお二人さま、一つ聞いて貰はねばならぬことが突発して来ました』 竜国『高姫さま、ソリヤ大方国依別さまのお目出度い話でせう。本当に結構ですなア。不断から一寸変つた偉い男だと感服してゐましたが、ヤツパリ栴檀は二葉より馨し、蛇は寸にして人を呑むとやら、ヤツパリ身魂の性来は争はれぬものですワイ。私は今迄心易い友だちとして、ワレかオレかでつき合つて来ましたが、モウ是からは態度を改めねばならなくなつて来ました。本当に人の出世は分らぬものですな……高姫さま、あなたは国依別さまの結婚について御祝をしたいから、どんな物を送つたらよからうと云ふ同情ある御相談でせう……なアお母アさま』 鷹依姫『何から何まで、耳から鼻まで、目から口までつきぬけるやうな高姫さまが御座るのだから、メツタに仰有る事に抜目はありませぬ。高姫さまの御意見に御任せしなさい』 竜国別『ハイ』 高姫『コレ竜国別さま、お前さまのお母アさまの仰有つた通り、何事も私の意見に従ふのだよ』 竜国別『ハイ、従ひますよ。何を祝うたら宜しいでせうなア』 高姫『エヽ辛気臭い、お祝ひ所の騒ぎですか。国家の興亡危機一髪の間に在り、地異天変の大騒動、何を気楽な、悠然として控へて御座るのだい。マア能う考へて御覧、女たらしの御家倒し、家潰しの国依別のやうなガラクタ身魂と、誠水晶の生粋の大和魂の末子姫様と夫婦にでもしようものなら、それこそ白米の中へ砂を混ぜたやうなものだ。どうにもかうにもママになりませぬぞや。何とかして此縁談を冷す工夫をせなくては、国家の一大事だから御相談に来ましたのぢや』 竜国別『冷す相談ですか?此暑いのに俄に方法もありませぬワ。何しろ百度以上に逆上せ上つてゐるのですからなア。併し冷さぬと腐敗の虞がありませう。あなた御苦労だが、一つ竜紋氷室へ走つて行つて、百貫目程氷を買つて来て下さいな』 高姫『コレ竜どの、氷の話ぢやありませぬぞや。お前さまは此暑さで氷の事計り思つてゐるものだから、何を云つても皆氷に聞えるのだよ』 竜国別『チツとカチワリにして、細かう云つて下さらぬと、氷解することが出来ませぬワイ』 高姫『コレコレお前さまは私がこれ程熱心に話をしよるのに、頭から冷かすのかいなア』 竜国別『高姫さま、今冷さうと云つて来たぢやないか。さうだからお前さまの意見に従つて、冷かしにかかつて居るのだよ。冷笑冷罵の言霊を一つ進上致しませうか。今朝から井戸の中へ吊り下しておいたのだから……』 高姫『エヽ訳の分らぬ男だなア。西瓜の事を誰が云つていますか!』 鷹依姫『コレコレ竜国別……勿体ない、高姫さまに向つて、さうツベコベと口答するものぢやありませぬぞえ……なア高姫さま、若い者と云ふものは、実に側に聞いて居つても、氷の側に居るやうに、ヒヤヒヤするやうな事計り申します。どうぞ冷静にお聞き下さいませ』 竜国別『高姫さま、お前さまは善言美詞の言霊を忘れましたか?国依別さまがモウ一息で成功すると云ふ間際になつて、昔のアラをさらけ出したり、反対運動をすると云ふ様な非人道的な事が御座いますか。私は左様な相談には真平御免ですよ』 高姫『私だとて国依別のアラをさらけ出すのは実に辛い、熱鉄を呑むやうな心持がするけれど、多勢の人民と一人とには替へられませぬから、止むを得ずイヤな事を云はねばならぬ因果な身の上……コレ鷹依姫さま、高姫の心の中を推量して下さいませなア』 鷹依姫『御尤もで御座います。併し乍ら神素盞嗚大神様の御所望に依り、言依別神さま、松若彦の神司のおきめ遊ばしたこと、吾々がどうかう申す権利もなければ場合でも御座いませぬ。どうなるのも皆神様の御仕組で御座いませうから、吾々としては只お目出度いと御祝ひ申すより外に道はなからうかと存じます』 高姫『エーエ、親子共、揃ひも揃うて分らぬ人だなア。是では何程変性男子の系統……オツトドツコイ、是は云ふのぢやなかつた……高姫が、シヤチになつてきばつても、此濁流はせきとめる事は出来ないかなア……アヽ惟神霊幸倍坐世。どうぞ神様、早く善と悪とを立別け下さいまして、神素盞嗚大神様の貴の御子の結構な身魂を、国依別の泥身魂が汚しませぬ様に、夜の守り日の守りに守り幸はひ下さいませ。偏に御願申上げ奉ります』 竜国別『高姫さま、今となつて、何程ジリジリ悶えをしたつて駄目ですよ。私も余り国依別さまの悪口をきかされて、腹が竜国別となつて了つた。サアサア一時も早く此処を竜国別として下さい。是から国依別さまの所へ御祝ひに行かねばなりませぬ……お母アさま、高姫さまに失礼して、親子揃うて、このお目出度い結婚の前祝に行つて来ようぢやありませぬか』 高姫『どうなつと、御勝手になさりませ。後で後悔せぬ様に一寸気を付けて置きますぞえ』 竜国別『後で後悔どころか、最早此結婚の話は前以て公開された筈だ。アハヽヽヽ』 斯かる所へカールは勢ひよく走り来り、 カール『今言依別様の御居間へ招かれて行つて来ました所、タカとか鳶とかの雌鳥がやつて来て、畏れ多い大神様の思召に依つて成立つた結構な結婚問題を冷かさうとして、百万陀羅泡を吹いて帰つたと云ふことで御座いましたよ。何れ鷹依姫様や竜国別様の御宅へもタカがケチをつけに行くだらうから、お前一つタカや鳶が出て来ても相手にならず、ぼつ返せと仰有いましたからお使に出て参りました。グヅグヅしてると、タカや鳶に油揚をさらはれ、アフンとしても後の祭りだから、一寸言依別様の御命令に依つて御知らせに参りました……オツトドツコイ、此処にタカとか高姫さまとか云ふ御本尊が御座つたのかなア……大神様、何卒神直日大直日に見直し聞直し下さいませ。アヽ惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 (大正一一・八・二四旧七・二松村真澄録)
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霊界物語 33_申_玉の御用の完了/高姫と黒姫の過去 08 春駒 第八章春駒〔九二三〕 春彦も立上り、祝意を表し、歌ひ始めたり。 春彦『高姫さまのお伴して秋津の島を春彦が いとなつかしき故里を御霊のふゆをかかぶりて 教を四方にしき島の大和男子の益良夫が 常彦さまと只二人瀬戸の海をば船出して 艪櫂を漕ぎつつ渡り来る浪高姫の御剣幕 荒き汐路を打ち渡り船を暗礁に乗り上げて 高島丸の船長のタルチルさまに助けられ 波高砂の島の端テルの港に安着し 金剛不壊の如意宝珠其他の玉の所在をば 尋ねむものと言依別の瑞の命の跡逐うて 鏡の池に立向ひいろいろ雑多と身をこがし アマゾン河を初めとし時雨の森のまん中で モールバンドに出会し震ひ戦く折柄に 言依別の神さまが遣はし玉ひし神司 四人のお方と諸共に大森林をくぐりぬけ 鰐の架橋打ちわたり兎の都に立向ひ 鷹依姫の一行と帽子ケ岳の霊光を 合図に漸く登りつめ目出度く此処につきにけり 国依別の神司末子の姫の夫となり 偕老同穴永久に妹背の道を結びます 其事きまりて高姫は身魂が濁つた濁らぬと 自ら心を濁しつつあちら此方とかけ廻り 遂には深き川に落ち命を助けて貰ひつつ 突き落したと逆理屈呆れ果てたる計りなり 又もや館にかつがれて帰つて息を吹返し 相も変らぬ毒々しい憎まれ口を叩きつつ カール春彦腹を立て目を釣り合うてゐたりしが 私は腹がたちまちに有合ふ火鉢を手にささげ 高姫目がけて投げつける覚悟した時カールさま 待て待て暫し待て暫しそんな乱暴はやめておけ 何ぢや彼ぢやと引止める火鉢は忽ち墜落し そこらあたりが灰まぶれ高姫さまは知らぬ間に 灰猫婆さまとなりました灰にまみれた三人が ヤツサモツサの最中に言依別の神さまが 表戸あけて入り来りいろいろ雑多と言わけて 諭し玉へど高姫は俄に唖の真似をして プリンプリンと身をまはす芋葉に止つた芋虫か 蚕の蛹の虫のよに頭をふつたり尻をふり 御機嫌悪いお顔付忽ち捨子の姫さまの 館をさして駆出すこりやたまらぬと春彦は カールの司と諸共に後追つかけて往て見れば フルナの弁の高姫も言依別や捨子姫 二人の御方の言霊に何時の間にやら降伏し いやいや乍ら承諾しホンに目出たいお目出たい 今宵は私も参りませう何かお祝しませうと 立派に立派に言はしやつた何をお祝なさるかと 固唾を呑んで見て居れば言はいでもよい事ばかり 国依別のアラ捜しこんな目出たい宴席で ケチをつけるも程がある意地くね悪い婆さまぢやと 私は腹が立ちました外の時なら此儘に 私は放かしちやおきませぬさは然り乍ら今日の日は 誠に芽出たいお日柄ぢや喧嘩をしては済まないと 今迄きばつて居たけれど腹の虫奴が承知せぬ 実に呆れたお婆アさま皆さま定めて高姫の あの歌聞いたら腹が立たう何程腹が立つとても 今宵ばかりは許しやんせ朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも あれ丈ねぢれた魂がどうして元へ帰らうか 曲つた剣は如何しても元の鞘には納まらぬ 一ぺんあつい火にかけてきつい重たい向ふ鎚 ドツサリ加へて打ち直し焼刃を入れねば仕方ない 曲り切つたる魂が如何して元へ返るやら 何程真直な杖でさへ水にひたして眺むれば 必ず曲つて見えまする瑞の御霊の御前で 曲つた心の魂を浸した所で如何してか これが真直に見えませうかこれ程分らぬ御方に はるばる従いて此処までも来た春彦と思はれちや 誠に誠に恥かしいこんな人とは知らなんだ 呆れて物が言へませぬあゝ惟神々々 直日に見直し聞直し高姫さまは此頃は 神経過敏のヒステリにかかつて御座ると宣り直し 今迄加へた御無礼を皆さま許して下さんせ お伴についてやつて来た此の春彦が高姫に 代つてお詫を致しますあゝ惟神々々 こんな事をば此席で申上げるは済まないが 私の体に憑つたる副守護神が承知せぬ 止むを得ずして悪口をベラベラ喋つた此の私 天津神達国津神国魂神さま春彦の 此過ちを平けく見直しまして今日だけは どうぞお赦しなさりませ国依別の神さまよ 末子の姫と睦まじう生き存らへていつ迄も 神の御為世の為にどうぞ尽して下さんせ 春彦ここに真心をこめて御願ひ致します あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 テーリスタンは立上り、歌ひ始めたり。其歌、 テーリスタン『自転倒島の中心地高春山に現はれし 鷹依姫に従うてテーリスタンやカーリンス 左守右守の神となり羽振りを利かしてゐる所 高姫黒姫両人が天の森までやつて来て 茲に二人が同志打其機を伺ひいろいろと 手段を以て両人を岩窟の中へ押込めて 金剛不壊の如意宝珠喉から吐かそと思ふ間 国依別の一行がここに現はれましまして 不思議の縁で吾々は三五教に入信し 錦の宮の側近き黒姫館に身を托し 仕へ居るをり黄金の玉の紛失事件より 高姫さまに追ひ出されカーリンスと諸共に 大海原を漂ひつ鷹依姫や竜国別の 神の司に巡り合ひ四人揃うて高砂の 島にやうやう安着しいろいろ雑多と気を配り 玉の所在を尋ねつつ時雨の森の森林に 兎の王の神となり月日を送る折柄に 高姫一行八人はのそのそそこへやつて来た 無事でおまめでお達者で目出たい事で御座います こんな挨拶そこそこにかはす間もなく一行は 天津祝詞を宣り乍ら帽子ケ岳に立向ひ 今日の花形役者なる国依別の神さまに ベツタリ出会うて勇み立ち言依別の教主等と 十八人の一行はウヅの都へ帰りけり 思ひがけなき末子姫神素盞嗚尊まで 此処に現はれゐますとは私は夢にも知らなんだ あゝ惟神々々神の御稜威の現はれて 国依別の神司末子の姫と合衾の 目出たき式をあげ玉ふ此宴席に侍りて 神酒神饌御水は云ふも更海河山野種々の 珍物をばあてがはれ謡ひつ舞ひつ勇ましく 千歳寿ぐ嬉しさよあゝ惟神々々 御霊幸はひましまして放り出されたる高姫さまに 又もや此処でいろいろの妙なお歌を聞かされて 私は感心々々と頭をかたげて居りました 感心したと申すのは意地くね悪い高姫の 負けず嫌ひの魂に本当に呆れた事ですよ あゝ惟神々々こんな目出たい席上で 高姫さまとの争ひをしたくはなけれど後の為 高姫さまの戒めに一寸意見を述べました 思へば畏き神の前末子の姫の御前も 憚りませぬ無作法を何卒許して下さんせ テーリスタンが真心をこめて御願致します 言依別の神司其他一同の方々よ 互に心をあはせつつ打寛ろいで酒肴 ドツサリよばれて舞ひ踊り千秋万歳万々歳 世は高砂の何時までも栄え栄えて後の世の 礎固くつきかためこれの目出たい宴席を 仇に流さずいつ迄も心に刻みて喜びませう あゝ惟神々々神の御前に寿ぎまつる 神の御前に祝ぎまつる』 (大正一一・八・二六旧七・四松村真澄録)
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霊界物語 33_申_玉の御用の完了/高姫と黒姫の過去 22 高宮姫 第二二章高宮姫〔九三七〕 高姫は、心の底より悔悟の色を現はし、一切の秘密を自ら暴露すべく、立つて歌を歌ひ始めたり。 高姫『三五教の宣伝使厳の御霊の系統で 日の出神の生宮と今まで固執して来たが 思へば思へば恐ろしい誠の素性を明すれば コーカス山に現れませるウラルの彦やウラル姫 二人の中に生れたる吾は高宮姫命 神素盞嗚大神の使ひ玉へる宣伝使 松竹梅を初めとし石凝姥の東彦 高彦などが現はれて言霊戦を開きてゆ 母と現れます大気津の姫命は逸早く アーメニヤへと帰りまし其時妾は小娘の 詮術もなく暮す折御伴の神を引つれて 高天原のエルサレム三五教の本城を 探らむ為と往て見れば眉目秀れし青年が 花の顔色麗しく向ふの方より進み来る 茲に妾は何となく其青年を慕はしく 後を追はむとしたりしが御伴の神が邪魔になり 甘く之をばまかむとて千思万慮の其結果 事を構へて追ひ散らし木かげに見ゆる恋人を 慕ひて進む山の路男は足もいと早く いつの間にやら山蔭に姿をかくし玉ひけり かよわき女の足を以て追つく術も泣き倒れ 助けてくれと呼ばはれば恋しき人は驚いて わが傍へスタスタと帰り来ませる恥かしさ これこれ旅の女中さま只今助けを叫んだは お前の声ではなかつたか訝かしさよと尋ねられ 答ふる由もないじやくり「ハイハイ誠に有難う あなたのお蔭で悪者は雲を霞と逃げました」 「何卒用心なされませ女の危い一人旅」 「あなたも若い身を以て此山路を只一人 お行きなさるは如何しても危険が体に迫りませう なる事ならば妾を何卒連れて此坂を 向ふへ越えて下さい」と二つの睫毛に唾をつけ 泣き真似すれば恋人は稍同情の念に暮れ 「ホンに危ない山路よ私も貴女も一人旅 願うてもなき道づれだそんなら一緒に行きませう」と 答へてくれた嬉しさよ人も通らぬ山路を 若き血汐に燃え立つる二人の男女が手を引いて 嬉しく楽しく話しつつ貴の聖地へ行く途中 いつとはなしに四つの目がピタリと合うた恋鏡 燃ゆる思ひが如何にして互の心に映らめや 忽ち妥協は成立し水も洩らさぬ仲となり 黄金山下に身を忍び庵を結びて暮す中 日に夜に吾身が重くなり月を重ねて腹太り 生れおとした男の子名も金太郎と与へつつ 二月三月暮す中三五教の宣伝使 北照神が現はれて信仰調べを始めかけ 恋しき人は筑紫国都に居ます神人の 尊き御子と見破られ親の恥をば曝すのは 辛いと云つてあわて出しコリヤ高姫よ高姫よ 聞けばお前はウラル教大気津姫の御腹より 生れ出でたる御子なれば如何して永く添はれうぞ 神の咎めも恐ろしい二人の縁はこれ迄と 諦めここで別れよかと藪から棒の言の葉に 妾は心も転倒し泣いつくどいつ頼め共 袖ふり切つてスタスタと暗に紛れて逃げましぬ 後に残つた一振の守り刀に「東」の字 「高」の印を刻みたる剣を記念と残しおき 雲を霞と消え失せし男の無情を歎ちつつ 幼児抱へし女の身いかに詮術なき儘に 守刀に綾錦守袋に金太郎と 名をば書き添へ四辻に不憫乍らも捨子して なくなく此処を立別れメソポタミヤの顕恩郷 バラモン教を探らむと尋ね詣でて暫くは 神の教を聞きつるが夫の君の守りたる 三五教を守りなば神の恵の幸はひて 恋しき夫に何時の日か巡り合ふ世もあるならむ 三五教に若くなしと系統の身魂と詐りて フサの御国に居を構へ教を開く折柄に 変性女子の行方が心に合はぬ所より ウラルの教と三五の教を合はしてウラナイ教と 大看板を掲げつつ北山村に立籠り 教を開き居たりけるそれより進んで自凝の 神の島なる中心地由良の港に程近き 魔窟ケ原に黒姫を遣はし教の司とし バラモン教の大棟梁鬼雲彦や三五の 教の道を根底より改良せむといら立ちて 心を千々に砕きしが神素盞嗚大神の 仁慈無限の御心が身に浸みわたり三五の 誠の道に入信し教司に任けられて 茲まで仕へ来りけり思へば思へば罪深き われは此世の曲津神今まで積み来し塵芥 清むる由もないじやくり心に恥づる折柄に 黒姫さまの物語筑紫の島の熊襲国 建日の館の神司建国別の身の上を 思ひ廻せば紛れなき吾子に相違あらざらむ あゝ惟神々々神の恵の深くして 錦の宮の聖場でいとしき吾子の所在をば 探り得たりし嬉しさよさはさり乍ら其時の 夫の命は今何処此世に生きていますなら 定めて吾子の行先を行く年波と諸共に 思ひ出して朝夕に心を痛めますならむ あゝ惟神々々国治立大御神 神素盞嗚大御神金勝要大御神 一日も早く親と子の憂き瀬にさまよふ憐れさを 救はせ玉へ惟神神の御前に高姫が 慎み敬ひ願ぎまつるあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 と力なげに歌ひ、恥かしげに其場に俯く。 黒姫は少しく笑を含み、いそいそとして、 黒姫『高姫さま、あなたの素性を承はりました。何とマア、時節といふものは恐ろしいもので御座いますなア。私は今まで稚姫君尊様の孫さま位に信じて居りましたが、マア恐ろしいウラル彦、ウラル姫の腹から生れなさつた貴女とは、夢のやうで御座いますワ。さうしてマア随分と私と同じ様に、若い時は勝手気儘を遊ばしたと見えますなア。互に人が悪いと思へば皆吾が悪いのだと、神様が仰有いますが、ようマア屑人間ばかり是れだけ引よせて、大切な御用をさして下さつたものです。之を思へば本当に大慈大悲の神様の大御心が有難くて堪りませぬ。神素盞嗚大神様、国武彦命様は申すに及ばず、言依別の教主様も確に御存じであつた筈、何時やら言依別神さまが私に向ひ、高姫さまは決して厳の身魂の系統ではない、あれは大気津姫の腹から生れた女だと仰有つた事が御座いました。その時に私はドハイカラの教主が訳も知らずに、何を言ふのだ、人の悪口を云ふにも程があると思ひ、腹が立ち、それから一層あなたを思ふやうになり、言依別命が癪に障つてなりませなんだ。誹る勿れと云ふ律法を守らねばならぬ、併も教主とあるものが、何といふ情ないことを仰有るのか、ヤツパリ悪の霊の守護に相違あるまいと、心の中に蔑んで居りましたが、今思へばホンに言依別命様も偉いお方だ。どんな悪の霊でも、魂を研いて改心さして結構な御用に使うてやらうとの思召、私は有難うて、今更の如く涙が止まりませぬワイナ、オンオンオン』 と声を放つて泣き立てる。一同は黒姫の話を聞いて、今更の如く大神を初め、言依別命の広き心に感歎するのみであつた。 高姫『そんな事が御座いましたか。私も此れでスツパリと改心を致します。生れ赤子になつて、今後は何事も英子姫様、東助様の指図に従ひ、御用の端に使つて頂きませう。かやうな身魂の悪い素性の人間と知り乍ら、麻邇宝珠の御神業迄さして下さつた、其御高恩は何時になつても忘れませぬ。ホンに今まで言依別命の美はしき優しき御心を知らなんだか、エヽ残念な、定めて高姫ははしたない女だと、心の奥で笑うてゐられたであらう。実に情ない事で御座います。斯様な母親があつたかと、伜が聞いたら、どれだけ悔むでせう。又私の若い時の掛合の男が此世に居つて、私の脱線振りを聞いたなら、さぞやさぞ愛想をつかして、折角廻り会うても、逃げて了はれるでせう。ホンに私には矢張悪霊が守護してゐたに違ありませぬ……あゝ神様、どうぞ赦して下さいませ。誠に今日迄は済まぬ事を致しました。今度こそ本当に改心を致します。今までは改心々々と申して、掛値を申上げて居りました』 秋彦は思はず吹き出し、 秋彦『ウツフヽヽヽ高姫さま、改心の掛値といふのはどんな事ですか、私には分りませぬがなア』 高姫『秋彦、どうぞ堪忍して下さい。恥かしうて何にも言へませぬから、恋しい吾子にさへも会ふのが恥かしうなつて来たのだから……』 秋彦『さうすると、今日のあなたの改心は生中も掛値のない、ネツトプライス[※ネットプライスとは英語で net price 原価(製造原価や仕入原価)のこと。]の正札付の改心ですか、オツホヽヽヽ』 東助『コレ秋彦、お黙りなさい。此愁歎場が俄に晴やかになつては、薩張興がさめて了ふぢやないか。サア是からこの東助が罪亡ぼしに、一つ愁歎場をお聞きに達しようアツハヽヽヽヽ』 (大正一一・九・一九旧七・二八松村真澄録)
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霊界物語 34_酉_黒姫のアフリカ物語1 02 孫甦 第二章孫甦〔九四三〕 孫公は、笑ひ転けた途端に腰骨を岩角に強か打ち『ウン』と云つたきり人事不省になつて了つた。房公、芳公の両人は周章狼狽き、谷水を汲み来つて顔にぶつかけたり、口を無理にあけて水を飲ませなどして種々と介抱を余念なく続けて居る。されど孫公は、だんだん身体が冷却する計り、呼べど叫べど何の応答も無くなつて了つた。黒姫は冷然として孫公の倒れた体を斜眼に見て居る。 房公『これ黒姫さま、孫公がこんな目に遇つて居るのです。なぜ神様に願つて下さらぬのか。早く数歌を歌ひ上げて魂返しをして下さい。愚図々々して居ると、此方の者にはなりませぬぞや』 黒姫はニヤリと笑ひ、 黒姫『神様の戒めは、恐ろしいものですな。皆様是を見て改心なさい。長上を敬へと云ふ……お前は天の御規則を何と心得て御座る。太平洋を渡る時から、此孫公は黒姫の云ふ事を一つ一つ口答へを致し、長上を侮辱した天則違反の罪が自然に報うて来たのだから、何程頼んだとて祈つたとて、もはや駄目だよ。……これ房公、芳公、お前も随分孫公のやうに此黒姫に口答へをしたり、又悪口を云つたであらう。第二の候補者はどちらになるか知らぬでなア、オホヽヽヽ……エヽ気味のよい事だ。こんな事が無ければ阿呆らしくて神様の信仰は出来はしない。神が表に現はれて、善と悪とを立て別けると云ふ三五教の宣伝歌は、決して嘘ぢやありますまいがな。神は善を賞し悪を亡ぼしたまふと云ふ事は、いつも此黒姫の口が酢つぱくなるまで教へてあるぢやないか。それだから神様は怖いと云ふのだ。あゝ惟神霊幸倍坐世』 房公『それでも黒姫さま、あまり冷酷ぢやありませぬか。神様は神様として、若し此孫公が高山彦さまであつたら、黒姫さま、お前さまはそんなに平気な顔がして居られますか』 黒姫『高山彦さまに限つて、こんな分らぬ天則違反の行ひはなさりませぬ哩。滅多に気遣ひないから御心配下さいますな、ウフヽヽヽ』 芳公『オイ房公、黒姫には曲津神が憑依したと見える。さうでなくては肝腎の弟子が縡切れて居るのに、如何に無情冷酷な人間でもこんな態度を装ふ訳には行くまい。これから両人が両方から鎮魂責にして、黒姫の悪霊を放り出さうぢやないか』 房公『俺は孫公の介抱をする。まだ少し温みがあるから蘇生るかも知れない。お前は黒姫の曲津退治にかかつて呉れ』 と云ひながら、房公は孫公の倒れた体に向つて一生懸命に鎮魂をなし、天の数歌を謡ひ出した。芳公は両手を組み黒姫に向つて『ウンウン』と霊を送つて居る。 黒姫『オホヽヽヽ、敵は本能寺にあり、吾敵は吾心に潜むと云つて、此黒姫が悪に見えるのは所謂お前の心に悪魔が棲んで居るのだよ。そんな馬鹿な芸当をするよりも早く神様にお詫をしなさい。此黒姫の腹立の直らぬかぎりは、房公だつてお前だつて孫公の通りだよ。さてもさても憐れなものだなア。心から発根の改心でないと、何程神様を祈つたとてあきませぬぞえ。これから何事も神第一、黒姫第二とするのだよ』 芳公『高山彦さまと元の通り御夫婦になられた時はどうなります。高山彦第三ですか、或は第二ですか、それを聞かして置いて頂かむと都合が悪いですからなア』 黒姫『今からそんな事を云ふ時ぢやありませぬ。孫公があの通り冷たくなつて居るのに、お前は何とも無いのかい』 芳公『さうですなア、黒姫さまが高山彦さまを思ふ位なものでせうかい。高山彦さまが第二ですか、第三ですか、但は機会均等主義ですか』 黒姫はニヤリと笑ひ、 黒姫『極つた事よ。私のハズバンドだもの、オホヽヽヽ』 と顔を隠す。五十の坂を越えた皺苦茶婆も、ハズバンドの事を云はれると少しく恥かしくなつたと見える。 今迄打倒れて居た孫公は、房公の看病が利いたのか、但は御神力で息を吹き返したのか、俄に雷のやうな唸り声を立て出した。黒姫は真蒼な顔になつて其場にしやがんで了ふ。房公、芳公の両人は且つ驚き且つ喜び、雑草の茂る道端を右に左に周章へ廻る。孫公は益々唸り出した。さうしてツト自ら起き上り、道端の青草の上に胡坐をかき真赤な顔をしながら、への字に結んだ口を片つ方から少しづつ通草がはじけかかつたやうに上下の唇を開き初め、白い歯を一枚二枚三枚と露はし初めた。三人は目も放たず驚異の念にかられて孫公の口辺ばかりを見詰めて居ると、孫公の口は三十二枚の歯迄露出して了つて、暫くすると蟇蛙が蚊を吸ふ調子で、上下の唇をパクパクと動かした機みに上下の歯がカツンカツンと打あふ音が聞えて来た。黒姫はツト傍に寄つて、 黒姫『コレ孫公、喜びなさい、黒姫の鎮魂のお蔭で、死んで居たお前が甦つたのだよ。これからは黒姫に対しては、今迄のやうな傲慢の態度をあらためなさいや』 房公『これ黒姫さま、鎮魂したのは私ですよ。お前さまは孫公が死ぬのは天罰だ、神が表に現はれて善と悪とを立別けなさつたのだと、さんざん理屈を云つたぢやありませぬか』 黒姫『お前が鎮魂しても、此黒姫の神力がお前に憑つたのだから、孫公が神徳を頂いたのだよ。きつと此黒姫が神力によつて甦らせるだけの確信を持つて居たから、泰然自若として冷静に構へて居たのだ。覚え無くして宣伝使が勤まりますか、何事も知らず識らずに神様にさされて居るのだ。房公、お前の鎮魂で直つたと思つたら了見が違ひますぞえ。皆黒姫の余徳だから、皆慢心をしたり、黒姫より私は偉い、鎮魂がよく利くなどと思ふ事はなりませぬぞえ』 房公『まるで高姫のやうな事を云ふ婆アさまだなア。高姫と云ふ奴は人に命を助けて貰つて置き乍ら、いつも日の出神様がお前を使うて助けさしてやつたのだ、お礼を申しなさい……なんて、瀬戸の海の難船の時にも救うて呉れた玉能姫にお礼を云はせたと云ふ筆法だな。矢張り高姫仕込だけあつて、負惜みの強い事は天下一品だ、アハヽヽヽ。年が寄つて雄鳥に離れると矢張り根性が拗けると見える。高姫だつて適当なハズバンドさへあれば、あんなに拗けるのぢや無からうに、人間と云ふ者は、どうしても異性が付いて居ないと妙な心になるものだ。黒姫さまを改心させるには、どうしても高山彦さまの顔を見せてあげなければなりますまい。俺だつてお鉄の顔を見る迄は、どうしたつて心がをさまらぬからなア、アハヽヽヽ』 黒姫『あまり口が過ぎると又孫公のやうな目に遇ひますぞや』 芳公『孫公のやうな目に遇つたつて構はぬぢやないか。お前さま達がヤツサモツサ騒いで居る間に平気の平左で幽冥界の探険をなし、平気の平左で甦つたぢやないか。俺だつてあんな死にやうなら何度もして見たいわ』 黒姫『罰が当りますぞや。好い加減に心を直しなさい。改心が一等だと神様が仰有りますぞえ』 芳公『改心しきつたものが改心せよと云つたつて、改心の余地が無いぢやないか、オホヽヽヽ』 黒姫『これ芳公、お前は又私の真似をして嘲弄ふのだな』 芳公『あまり好う流行る豆腐屋で、豆腐が切れたから仕方なしにカラ買ふのだよ。オホヽヽヽ』 孫公は両手を組みそろそろ喋り出した。 孫公『アヽヽヽヽ』 黒姫『これこれ孫公、筑紫の岩窟は此処ぢや御座りませぬぞえ。小島別の昔を思ひ出し、そんな……アヽヽヽヽなぞと云うと、悪の性来が現はれてアフンとする事が出来ますぞえ、ちつと確りなさらぬかえ』 孫公『アハヽヽヽヽ、オホヽヽヽヽ、ウフヽヽヽヽ、エヘヽヽヽヽ、イヒヽヽヽヽ』 黒姫『又しても、曲津がつきよつたかな。どれどれ此黒姫が神力によつて退散さして見ませう』 と云ひつつ青草の上に端坐し、両手を組み皺枯れた声で天津祝詞を奏上し始めた。孫公は大口を開いて歌ひ出した。 孫公『アハヽヽハツハ阿呆らしい頭の光つたハズバンド 高山彦の後追うて烏のやうな黒姫が 綾の聖地を後にして荒浪猛る海原を 荒肝放り出し三人の伴を引き連れあら悲し 仮令悪魔と云はれやうが遇ひたい見たいハズバンド 亜弗利加国の果までも所在を探して尋ねあて ありし昔の物語アラサホイサを云ひ出し 飽迄初心を貫徹し愛別離苦の悲しみを 相身互に語らふて愛想尽しを云うて見たり 悋気喧嘩をして見よと悪魔の霊にあやつられ 泡を吹くとは知らずしてやつて来たのは憐なり あゝ惟神々々あかん恋路に迷ふより 諦めなされよ黒姫さま亜細亜亜弗利加欧羅巴 亜米利加国の果迄も後を慕うて見たところ 所在の知れぬハズバンドあかん目的立てるより 足の爪先明かるいうちにあきらめなさつて逸早く 蜻蛉の島に帰れかし阿呆々々と烏迄 あすこの杉で鳴いて居る相見ての後の心に比ぶれば 遇はぬ昔がましだつたあゝあゝこんな事なれば 綺麗薩張り諦めて綾の聖地におとなしく 朝な夕なに神の前仕へて居つたがよかつたに あゝあゝ何と詮方も泣く泣く帰る呆れ顔 あこがれ慕ふハズバンド頭の長い福禄寿さま 蜻蛉の島に御座るぞや蟹のやうなる泡吹いて あらぬ夫を探すより早く諦め帰ぬがよい アハヽヽハツハアハヽヽハー呆れはてたる次第なり あゝ惟神々々御霊幸倍ましませよ』 黒姫はツト傍により、 黒姫『いづれの神様のお憑りか知りませぬが、今承はれば高山彦は蜻蛉島に居る、此亜弗利加には居ないと仰有いましたが、それは本当で御座いますか。孫公に憑つた神様、どうぞ黒姫の一身上にかかつた大問題で御座いますから、好い加減の事を云はずとハツキリと云つて下さい。聞いて居ればアヽヽヽアとアア尽しで仰有つたが、そんな事云うて此黒姫をちよろまかし、アフンとさせむとする悪い企みぢやあるまいかな。飽きも飽かれもせぬ高山彦さまの行方、どうぞ明かに知らして下さい』 孫公『イヒヽヽヒツヒイヒヽヽヽいつ迄尋ねて見たとこが 命に替へたハズバンド居所分る筈はない 色々雑多とイチヤついた往とし昔を思ひ出し 色に迷ふた黒姫さまいかに心配遊ばして 色迄青うなつて来た異国の果てを探しても 居ない男は居はせぬぞ意外も意外も大意外 命に替へた高山彦さまは伊勢屋の娘の虎さまと 意茶つき廻つて酒を呑み意気揚々と今頃は 石の肴を前に据ゑ固い約束岩の判 石に証文書き並べいよいよ真の夫婦ぞと 朝から晩迄楽んで意茶つき暮す面白さ 伊勢の鮑の片思ひ何程お前が探すとも 高山彦は黒姫に唯の一度も遇うてはくれぬ あゝ惟神々々叶はぬならば逸早く 綾の聖地に立ち帰り意茶つき暮らす両人の 生首ぬいてやらしやんせウフヽヽフツフウフヽヽヽ』 黒姫『これ孫公、私を馬鹿にするのかい。本当の事を云うて下さい。これ程黒姫が一生懸命になつて尋ねて居るのに、ウフヽヽヽとは何の事だい。大方お前は此の二人の代物と腹を合せ、死真似をしたのであらう。ほんにほんに油断のならぬ代物だなア』 (大正一一・九・一二旧七・二一加藤明子録)
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霊界物語 34_酉_黒姫のアフリカ物語1 17 向日峠 第一七章向日峠〔九五八〕 向日峠の山麓、樟樹鬱蒼として空を封じた森の下に数十人の荒男、二人の女を荒縄にて縛り上げ、何事か声高に罵つてゐる。其中の大将と覚しき男は大蛇の三公と云つて、此界隈での無頼漢である。さうして兼公、与三公の二人は三公の股肱と頼む手下の悪者である。三公は森の下の巨大なる岩の上に跨つて冷やかに二人の女を見おろしてゐる。 兼公『オイ女、モウ斯うなつては、何程藻掻いても叶ふまい。サア茲でウンと首を縦に振るか。すつた揉んだと何時迄も屁理屈を吐しや、モウ了見はならぬ。此兼公が親分に成り代り、叩き殺して了ふが、それでも良いか』 女『えゝ汚らはしい、仮令三公に叩き殺されても、女の操は何処迄も外しませぬ。一層のこと、早く一思ひに殺しなさいよ』 与三『コレコレお愛さま、よく考へて見なさい。命あつての物種だ。そんな事言はずに、ウンと色好い返事をしなさつた方が、お前の将来の為だ。火の国に驍名隠れなき大蛇の三公さまと云つたら、名を聞いても獅子狼虎までが、尾を巻いて細くなつて逃げると云ふ威勢の高い、白浪男だ。何程お前さまが、虎公さまに操立てをした所で、あんな気の弱い三五教にトチ呆けて居る様な腰抜男が何になるものか。チツと胸に手を当て、利害得失を考へて見なさい。三公の奥さまになれば、それこそ立派な者だ。俺達も姉貴々々と敬つて、どんなことでも御用を聞きます。ここが思案の決め所だ。お前は今逆上して居るから、是非善悪の判断が付こまいが、能く胸に手を当てて考へなさい』 お愛『イエイエ何と言つて下さつても、一旦虎公さまと約束を結んだ以上は、そんな事が如何して出来ませうか。仮令殺されても操を破つたと云はれては、先祖の名折れ、子孫代々に至るまで、恥を晒さねばなりませぬ。世間の人には不貞くされ女だと罵られ、恥をかかねばなりませぬ。最早今日となつては、私の決心は如何なる権威も金力も動かすことは出来ませぬ。どうぞそんな事を云はずに、私を殺して下さい』 与三『ハテさて悪い御了見だ。お前の大切に思ふ虎公は、建日の村の玉公とやらに連れられて、無花果を取りに行くとか、水晶玉が曇つて黒姫が如何だとか、訳の分らぬことを吐ざきやがつて、高山峠の絶頂へ行きよつた。それを嗅ぎつけ、三公親分の手下が五六十人、後追つかけて、虎公の生命を取ると云つて往つたのだから、モウ今頃は気の毒乍ら、冥途の旅をしてゐる時分だ。何程お愛さま、〇〇が肝腎だと云つても、生命のない男を夫に持つた所が、仕方がねえぢやないか。人は諦めが大切だ。男は決して虎公計りぢやない。お前の身の出世になることだから、私が斯うして忠告をするのだ』 お愛『エヽ何と、三公の乾児共があの虎公さまを殺しに行つたとは、ソラ本当で御座いますか。エヽ残念や、口惜い、仮令女の細腕なりとて、仇をうたいでおくものか、コレ三公、女の一念思ひ知つたがよからう』 と身を藻がけ共、がんじがらみに縛られた其体、何うすることも出来ないのに、無念の歯を喰ひしばり、恨み涙をタラタラと落し乍ら、三公の顔を睨めつけてゐる。 三公は冷やかに笑ひ乍ら、 三公『アハヽヽヽ、テもいぢらしいものだなア、オイお愛、よつく聞け。貴様は何時ぞやの夕べ、俺が貴様に出会つて、此方の女房になる気はないかと云つた時、何と云ひよつた……不束かな此私、それ程までに思うて下さいますか、女冥加につきまする。乍併、私には両親が御座いますから、トツクリと相談を致しまして御返辞をする迄待つて下さい……と吐したぢやないか。其とき厭応言はさず手ごめにするのは、いと易い事だつたが、お前の人格を重んじて、俺も一旦言ひ出した男の顔を下げるとは知り乍ら、辛抱して待つてゐたのだ。さうした所が、一年経つても二年経つても何とか彼とか云つて、此方をチヨロまかし、到頭虎公の野郎が所へ嫁入をしやがつた。憎き代物だ。モウ斯うならば俺も男だ。貴様が虎公の奴へ行つてから、最早三年にもなるだらう。俺が貴様に懸想してから、今年で早五年、未だ独身生活をしてをるのも、何の為だと思ふ。チツとは俺の心も推量したら如何だ、片意地張る計りが女の能ではあるまいぞ』 お愛『エー、アタ厭らしい。大蛇の如うな無頼漢の三公に、誰が、女が相手になる者がありますか。至る所でゲヂゲヂのやうに嫌はれ、女房になる者がないので、止むを得ず独身生活をしてゐる癖に、ようマアそんな事が、白々しい、言はれたものだ。仮令此身は殺されて、此肉体を烏にコツかしても、三公の様な嫌ひな男に、指一本触へさしてなるものか。いい加減に諦めて、舌でも咬んで死んだが宜からう。エヽお前の方から出て来る風迄、気分の悪い香がする』 と捨鉢気味の生命知らずに、思ひ切つて喋り立てる。三公は怒髪天をつき、岩を下り来り、お愛の前に立ちはだかり、蠑螺の様な拳骨をグツと固めて目の前に突出し、三つ四つクルリクルリと上下に廻転させ乍ら、 三公『オイお愛、是は何だと思つてゐるか、中まで骨だぞ。鉄よりも固い此鬼の蕨が貴様の脳天へ、一つ御見舞申すが最後、脆くも寂滅為楽、死出の旅だ。いい加減に覚悟を定めて、好い返辞をしたら如何だ。俺だとて万更木石でもない、暖い血もあれば涙もある。そちらの出やうに依つちや、何とも知れない親切な男だ。そんな我を出さずに、暫く試みに俺の言ひ状について見よ。忽ち貴様は相好を崩し、……世の諺にも曰ふ通り、人は見かけによらぬものだ、あれ程恐ろしい嫌いな男と思ひ込んでゐた此の三公は何とした親切な男だらう、虎公に比ぶれば、どこともなしに男振も好いなり、親切も深い、気甲斐性もある。こんな立派な男を何故あの様に、痩馬が荷を覆す様に、嫌うたのだらう三公さま誠に済みませなんだ、どうぞ末永う、幾久しく可愛がつて下さい……と云つて、嬉し涙にかきくれ、俺が一足外へ出るのも、気に病んで放さない様になつて来るのは、火を睹る様な明かな事実だ。なアお愛、ここは一つ胸に手を当てて考へて見たら如何だ』 とソロソロ怖い顔を、何時の間にやら柔げて了つてゐる。 お愛『ホツホヽヽ何とマア腰抜男だらう。団栗眼を柳の葉のやうに細くして、涎まで垂らして、見つともない、そんな屁古垂男に猫だつて、鼬だつて、心中立をする者があつて堪りませうか。サア早う殺して下さい。冥途に御座る虎公と、手に手を取つて死出の山路三途の川、お前のデレ加減を嘲り乍ら、極楽参りをする程に、サア早く殺しやいのう』 三公『ハテさて能くも惚けたものだなア。虎公の様なしみつたれ男の、どこが気に容つたのか、合点のゆかぬ事もあればあるものだなア』 お愛『ホツホヽヽ何とマア偉い惚け方だこと、何程お前が惚けしやんしても、合縁奇縁、私は如何しても虫が好きませぬわいな。乍併此広い世の中、蓼喰ふ虫も好き好きとやら、苦い煙草にも喜んで喰ひつく虫があるのだから、お前も嫌はれた女に、何時迄も未練たらしい、秋波を送るよりも、沢山の乾児を持つて御座るのだから、目つかちなつと、跛なつと、鼻曲りなつと探し出して、女房に持たしやんせ、オホヽヽヽ、お気の毒様……』 三公『コリヤお愛、黙つて聞いて居れば、余りの過言でないか。貴様は善言美詞の言霊を使へと教ふる、無抵抗主義の三五教の信者ぢやないか。そんな暴言を吐いても、天則違反にはならないのか』 お愛『ヘン天則違反が聞いて呆れますワイ。大蛇の三公と云ふ蛆虫こそ、天則違反の張本人だ。あゝあ、気味が悪い、どうぞ、そつちへよつて下さい。吐げさうになつて来ました』 兼公『コリヤ女ツちよ、柔かく出ればつけ上がり、何と云ふ劫託を吐ざくのだ。それ程殺して欲しければ、殺してやらぬことはない。乍併、かやうなナイスを無残々々殺すのも勿体ねえ。ここは一つ思案を仕直して、犠牲になる積りでウンと云つたら如何だ。冥途へ行つて虎公に会ふなんて、そんな雲を掴む様な望みを起すな』 お愛『コレ兼、お前の出る幕ぢやない、スツ込んで居なさい。すつ込んでゐるのが気に入らねば、目なと噛んで死んだが宜からう。お前達が此世に居るものだから、米が高うなる計りだ』 兼公『あゝあ、サツパリ駄目だ。乍併、こんなシヤンに、仮令悪口でも詞をかけて貰うたと思へば、俺も光栄だ、アハヽヽヽ』 お愛『オホヽヽヽお前はヤツパリ私の生命を取るのが惜しいと見える。甲斐性のない男だなア。何程おどしても慊しても、痩てもこけても、侠客の妻、こんな事で屁古たれて、如何して夫の顔が立つものか。これでも内へ帰れば、沢山の乾児に、かしづかれ、姉貴々々と敬はれる姐御さまだ。お前の様な痩犬に吠えつかれて、ビクつくやうな事で、侠客の女房にはなれませぬぞや、オホヽヽヽ。あの兼公の青い顔わいのう』 兼公『何と剛情な姐貴だなア。これ丈身動きもならぬ様に縛められ、活殺自在の権を握られた敵の前で、これ丈の劫託を並べるとは、太え度胸だ。姐貴、俺も感心した。虎公が惚れたのも無理ではあるまい。俺も今日から姐貴の乾児になるワ』 与三『オイ兼公、ソリヤ貴様、何を云ふのだ。親分の前ぢやないか。そんなこと吐すと、貴様も一緒に殺んでやらうか』 兼公『ヘン、何を吐すのだい、早く殺んで欲しいワイ。こんな美しいシヤンと一緒に心中するのなら、大光栄だ。早う俺達を叩き殺して了へ、其代りに一つ頼んでおくことがある。同じ穴に向ひ合せにして埋けてくれ。それ丈が俺の頼みだ』 お愛『ホツホヽヽ、好かんたらしい。誰がお前等と一緒に埋けられて堪りますかい。冥途へ往つて迄、つきまとはれては、夫の虎公にどんなに怒られるか知れませぬわいな。お前は勝手に殺されなされ。私にチツとも関係はありませぬから……』 兼公『エヽ口の悪い女だなア。人には添うて見い、馬には乗つて見いだ。今お前が此兼公をゲヂゲヂの様に嫌つてゐるが、冥途へ行つて死出の道伴れをするやうになつてから思ひ当るだらう。人は見かけによらぬものだ、こんな男と冥途の旅をするのなら、仮令地獄の釜のドン底まで……と云つて、くつついて離れない様になりますぞや』 お愛『オツホヽヽ、三公の受売をしても、流行りませぬぞや。エヽ汚らはしい、其方へ行つて下さい。気持の悪い匂のする男だなア』 三公『オイ与三、モウ斯うなつちや仕方がない。お愛も一人で冥途の旅は淋しからうから、妹のお梅も一緒にバラしてやれ。序に兼公の裏返り者も、以後の見せしめに血祭りにして了へ。そうなくちや三公の顔が立たねえ。可哀相なものだが、こうなつちや、引くに引かれぬ場合だ、アヽ惜い者だなア』 与三公は矢庭に懐から細紐を取出し、兼公の背後より首に引つかけ、二三間引摺つた。兼公は顋をかけられたまま、手足をもがきつつ苦んでゐる。寄つてかかつて大勢の乾児は、兼公の体をがんじ搦みに巻いて了つた。 今年十五才になつた、お愛の義妹のお梅は最前から目を塞ぎ、素知らぬ顔をして、大勢の目を盗み乍ら、自分の綱をスツカリほどき、依然として縛られた様な風を装うてゐた。三公始め一同の奴は、お愛の方に気を取られて、お梅が何時とはなしに斯んなことをしてゐるのに気がつかなかつたのである。 日は漸く暮れかけた。三公は以前の岩の上に腰打かけ、三人を冷やかに見下し乍ら、 三公『ソラ討て、やつつけろ!』 と下知してゐる。与三公始め大勢の乾児は三人を目がけてバタバタと駆より、打つ、蹴る、擲る、忽ち修羅場が現出した。斯かる処へ森の谺を響かして、宣伝歌が聞えて来た。 (大正一一・九・一四旧七・二三松村真澄録)
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霊界物語 35_戌_黒姫のアフリカ物語2 10 夢の誡 第一〇章夢の誡〔九七四〕 屋方の村の三公と綽名をとつた男達 蚊竜天に登るよな其勢の荒男 武野の村の男達誉を四方に虎公が お愛の方と諸共に孫公伴ひ鼈の 湖水に潜む曲神を神の教の言霊に 言向和し世の人の百の禍除かむと 侠客気性の両人が足もいそいそ山道を 右に左に辿りつつカンカン照り込む夏の陽を 頭にうけて進み行くあゝ惟神々々 御霊幸ひましませよ。 一行四人は漸く白山峠の山麓にさしかかつた。登りが三里、下りが三里と云ふ可なり大きい峠である。早くも夏の陽は西天に没し、生暑い風が一行の顔を撫でて四辺の木々の梢を揺りながら、おとなしく通つて行く。 孫公『随分コンパスが疲労したやうです。幸に日が暮れたのですから、此辺で一つ一宿を願つて行く事に致しませうか』 虎公『どうでこんな急坂だから夜の途は危ない。此坂下で今夜は野宿をする事にしようぢやないか、なア三公……』 三公は「好からう」と唯一言、嬉しさうに諾いて居る。四人は木の葉を沢山にむしつて敷き、俄作りの青葉の畳の上に、長途の疲れと他愛もなく寝込んで仕舞つた。 孫公は三人の雷の如き鼾が耳に入り、どうしても寝られないので、四五間許り隔てた草の中に胡坐をかき、空を仰いでオリオン星座を見つめ、何事か口の中にて祈願して居る。 其処へザワザワと茅を揺つて現はれて来た一つの白い影がある。孫公は此影をまんぢりともせず怪しき者の出現かなと見詰めて居た。怪しの影は孫公の前に恐る恐る現はれ来り、優しき女の声にて、 女『もしもし旅のお方様、お願ひが御座います』 孫公『ヤアお前は女ではないか。こんな草の原に唯一人やつて来るとは肝玉の太い者だなア。俺に頼み度いと云ふのはどんな事か、云つてみさつしやい。事によればお前の力にならない事もないから……』 女『ハイ有難う御座います。詳い事は後で申上げます。何卒私に跟いて来て下さいませ』 孫公『近い所ならいいが、余り遠くは御免蒙り度いものだ。ソレ、あすこに俺達の道連が三人寝て居るのだから、どうしても離れる事は出来ない、俺は此処で三人の夜警をやつて居るのだからなア』 女『さうするとお前さまは、あの三人の方の奴さまですか。何と気の利かねエ方ですなア。何程大きくても牛の尻にはなるな、小さくても鶏の頭になれと云ふぢや御座いませぬか、それにお前さまはそんな大きな図体をして、あんな侠客や、ハイカラ女のお尻に従いて行くとは本当に甲斐性のない方ですねエ』 孫公『こりや女、馬鹿にするない。俺や決してあの三人の奴ぢやないぞ。押しも押されもしない男の中の男一匹、三五教の宣伝使の孫公と云つたら俺の事だ。あんまり見違ひをして貰ふまいかい。又お前も、こんな俺を腑甲斐ない男と見込んで頼むとは何の事だ。余程腑甲斐ない女だなア』 女『ホヽヽヽヽ、知らぬかと思うて、三五教の宣伝使だなぞと、ようそんな嘘が云へたものだわ。黒姫と云ふ宣伝使のお供をして来た自転倒島の孫公ぢやないか。まだ宣伝使になるは早い、資格が具備して居ないから、そんな法螺を吹かぬやうにして下さい。この熊襲の国は悪人もあるが、併しどんな悪人だつて嘘だけは云ひませぬよ。自転倒島の人間は、嘘が上手だから、夫で他の国の人間が剣呑な人種だと云つて、到る所排日思想を嗾りたてるのだよ、チト心得なさい』 孫公『これは又づけづけと怯めず臆せず他の悪口を云ふ女だ。ちつと言霊を慎まないか。俺が宣伝使だと云つたのをお前は嘘ぢやと云ふが、決して嘘ぢやないよ。未来の宣伝使だ、神の目から見れば現在も未来も一つだよ』 女『ホヽヽヽヽ、本当に偉い未来の宣伝使様だこと、高山峠の中腹では腰を抜かし、連れの男女にほつときぼりを喰はされ、涙ながらに見つともない、トボトボと淋しさうな顔をして、向日峠の山麓に迷ひ込み、大それた嘘を云ひ、今ここへ来て居る三公の乾児にとつちめられ雁字搦みにせられ、生きながら穴に葬られた腰抜男ですからなア。イヤもう其御神徳の強いのには感心しましたよホヽヽヽヽ。私も女と生れた以上は、お前のやうな腰抜男とどうかして一度夫婦になつて見たくも何ともありませぬよ。あた汚らはしい、嫌な臭のする男だねエ、オヽ臭やのう、これこれ孫公どの、一間許り間隔を保つて来て下さい。余り近よると臭い匂ひがするから……』 孫公『勝手にしやがれ。誰が貴様のやうな化女の尻について行く馬鹿男があるものか。馬鹿にするな、孫公の腕には骨があるぞ』 女『ホヽヽヽヽ、骨があるといなア。八丁笠のやうな骨をして、余り大きな口を叩くものぢや御座いませぬぞエ。些と修業をなさらないと、鼈の池の大蛇退治は駄目ですよ。お前が大蛇に呑まれに往くかと思へば、不憫で耐らないから気をつけてあげるのだ。一度あつた事はきつと三度あるものだ。一度は高山峠の岩に腰を打ち気絶して命危く、二度目は三公の乾児の者に生埋めにしられた。災難のよくつきまとふ男だから、三度目蛇の子と云つて、今度こそ大蛇の腹へ呑まれに行くのだから、思へば思へば気の毒なものだなア。あのまア孫公の狼狽へ加減、矢張り孫公だと見えてよう魔胡つく男だ。真心が足らぬと何遍でも命を取られるやうなお誡めに遇ひまするぞえホヽヽヽ。あれまア時々刻々に孫公の顔が青くなつて来た。まるで八寒地獄にウヨウヨして居る亡者のやうだワ』 孫公『ヤイ女、六尺の男をつかまへて嬲者にしようと思つても、此孫公は些と種が違ふのだ。貴様の様な妖怪変化に誑かされるやうな兄イぢやないから、もうよい加減に諦めてすつこんだら何うだ。夜分の女と云ふものはあんまり気分のよいものぢやない。用があるなら夜が明けてから出て来い。何なりと聞いてやるわ』 女『私は夜鷹だから夜出るのが商売だよ』 孫公『気の利かねえ夜鷹だなア。都の中央の細い路次に出るのが貴様の商売だ。それに人家もなければ商売も尠いこんな荒野ケ原へ、仮令百晩千晩立つた所で旨い鳥はかかりやせないぞ。こんな所で鼻の下の長い男をちよろまかさうとするのは、恰度山へ魚を捕りに行き、海の底へ猪をとりに行くやうな話だ。お前は余程どうかして居るねエ。癲狂院代物ぢやあるまいかなア』 女『癲狂院でも、天教山でも放といて下さい。それよりもお前の足許に気を付けなくては駄目ですよ。明日はお前の冥日だから……』 孫公『エヽ縁起の悪い事を云うて呉れない。亡者か何ぞのやうに、冥日があつて耐まらうか』 女『ホヽヽヽヽ、お前それでも生て居ると思ふのかい。お前の魂はとつくの昔に死んで了ひ、胴体計り残つて居るのだよ。云はば娑婆亡者だ。冥日があるのはあたりまへだよ』 孫公『エヽ気分の悪い夜さだなア。オイ女、俺やもう此処から御免蒙るわ、お前勝手にどこへでも行つたらよい。余り俺の悪口計りつきよつて業腹だから止めて置かうかい』 女『サア行けるのなら何処なと勝手に行つて御覧、お前の知らぬ間にちやんと体に綱をつけて縛つてあるから一つ歩いて見なさい』 孫公『何歩かいでか、アイタヽヽこりや本当に縛りよつたな。些つとも動きやしないわ、下らぬ悪戯をする女だなア。サツパリ雁字搦みに知らぬ間に縛つて仕舞ひよつた、こんな無茶な女に出遇つたのは今日が初めてだ』 女『ホヽヽヽヽ、お前計りか今の人間に、一人として女に縛られて居ない人間がありますか。何奴も此奴も、執着だとか恋だとか云ふ怪しい代物に、蜘蛛に蝉がかかつたやうに捲きつけられて、雁字り捲きにされて居る人間計りがウヨウヨとして居る娑婆ぢやないか』 孫公『さうすると女に縛られたものは俺計りぢやないなア。お前はさうすると些と計り俺にラブして居やがるのだな。好いた同志は毎日日日、擲つたり、噛りついたり、抓つたりするのを此上なき愉快のやうに感ずるものだが、俺もお前から雁字搦みに縛られて些とはむかついたが、よく気を落付けて神直日に見直し善意に解して見れば、余り腹も立てられまい。却つて有り難いやうになつて来たワイ』 女『エヽまア好かんたらしい男だこと。お前と云ふ男は、お愛の方の寝顔をちよいと覗き込んで恋の執着をたつた今起しただらう。其執着心が、此私を生んだのだよ。つまり云へば孫公の反映だ。何と云つても内裏だから腹を立てないやうにして下さいネ孫公』 孫公『益々訳が分らなくなつて来た。此奴は本当に化物だなア』 女『そりやさうとも、化物に違ひありませぬワ。化物の腹から生れた私だもの。烏は烏を生み獅子は獅子を生むのは当然ですよ』 かかる所へ闇を通して幽に宣伝歌の声が聞え来る。 (玉治別)『神が表に現はれて恋になやみし執着の 心の雲霧吹き払ふ我は玉治別司 湖の魔神を三五の神の教に言向けて 世の禍を悉く払はむとして出でて行く 三五教の孫公は心の中の曲者に とり挫がれて今正に闇路に迷ふ憐れさよ 心の中に恐ろしい大蛇を宿す身をもつて どうして魔神を速かに服へ和す道あろか あゝ惟神々々憐れな孫公よ孫公よ 一日も早く真心に立ち帰りつつ三五の 誠の教を諾ひて夢をば醒せ目を醒せ 唯今其処に現はれし怪しの女は何者ぞ 汝が心に潜みたる横恋慕と名のついた 八十の曲津の化身ぞや一日も早く宣り直せ 汝が姿も見直して虎公三公両侠の 清き御魂に神習ひお愛の方を思ひ切り 心にさやる白山の峠を早く踏みしめて 誠一つに進み行け朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 大蛇の曲は荒ぶとも三五教の神の道 誠一つは世を救ふあゝ惟神々々 神の御言を諾ひて玉治別の神司 神に代つて説き諭す進めよ進めいざ進め 誠の道に逸早く進めや進め湖の傍 大蛇の御魂の亡ぶまで心の曲津の失する迄 あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と聞ゆるかと見れば、以前の女の影はいつの間にか煙の如く消えて仕舞ひ、夜嵐冷やかに孫公の顔を撫でて通る。ふと気がつけば孫公は三人の寝て居る四五間許りの傍の芝生に横たはつて居た。 孫公『アヽ何だ夢だつたか、しようもない。併しながら夢だとて油断は出来ない。神様が玉治別の名をかりて御注意して下さつたのだらう。俺もこれで大分に悟る事を得た。あゝ惟神々々御霊幸倍ましませよ』 と云ひながら、拍手を打ち、声高らかに天津祝詞を奏上する。 (大正一一・九・一六旧七・二五加藤明子録)
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霊界物語 36_亥_シロの島の物語 01 二教対立 第一章二教対立〔九八九〕 亜細亜大陸の西南端に突出したる熱帯の月の国は、後世これを天竺と称へ、今は印度と云ふ。此国の東南端の海中に浮び出でたる大孤島はシロの島といふ。現代にては錫蘭島と称へられて、仏教の始祖釈迦如来が誕生したる由緒深き島である。 釈迦は此島より仏教を[※初版・三版・愛世版では「仏教を西蔵」だが、校定版・八幡版では「印度」を付け加え「仏教を、印度、西蔵」に直している。]西蔵、安南、シヤム、支那、朝鮮と、其教勢東漸して、遂に自転倒島の我日本国にまで、其勢力を及ぼしたのである。仏教は概して、有色人種の宗教となつてゐる。之に反してキリスト教は、大部分白色人種の宗教となつてゐる。土耳古、希臘の如きコーカス人種も亦、仏教の感化を受けたこと最も大なるものがあつた。 シロの島といふ意義はシは磯輪垣の約りである。シワ垣とは四方水を以て天然の要害となし、垣を作られてゐるといふ意味である。ロといふ言霊の意義は、国主あり人民あり、そして独立的土地を有し、城廓を構へて王者の治むるといふ事である。神代の昔より此島は非常に人文が発達してゐた。エルサレムに次いでの神代に於ける文明国であつた。故に之をシロの島といふ。又シロといふ別の意味はシロは知るの転訛にて、天下をしろしめす王者の居ます島といふことである。 序に島といふのはシは水であり、マは廻る言霊である。故に古は島には人の家もなく、又人類の棲息せざりしものの称へであつた。然乍此物語にも高砂島、筑紫島、自転倒島などと島の名義を以て呼んでゐるのは、此言霊の意義より言へば実に矛盾せし如く聞ゆるであらう。さり乍ら、今日の称呼上分り易きを尊んで、現代的に島と称へた迄である。其実はシロといつた方が適当なのである。 我国の武家が頭を上げてから、各地に群雄割拠し、各自に居城を作り、其武威を誇つた其城廓及び境域を総称して城といつたのも、館の周囲に堀を穿ち、水をめぐらしたから城というたのである。偶には山の上に館を建てて城と呼んでゐる変則的のものもあつた。故に之を特に山城といつて、山の字を冠してゐたのである。又島といふ字は漢字で山扁に鳥を書き、又山冠に鳥を書いてシマと読ましてあるのは、海島に数多の鳥族が棲息してゐたからである。筑紫の島とか、オーストラリア島とかいふのは、三水扁に州と書いて、現代用ゐて居る。之は字義の上からは最も適当な称呼である。此シロの島は後世、釈迦が現はれて、仏教を起す迄は、殆どバラモン教の勢力の中心となつて居たのである。後世のバラモン教は、すべての人間は大自在天の頭より生れた種族と、胴から生れた種族と、足から生れた種族と三種あるといふ教理が、深く国人の脳髄に浸み込み、頭より生れたりと称する種族は所謂此国の貴族にして、人民の頭に立ち、遊逸徒食にのみ耽り乍ら、之を惟神の真理と誤信してゐたのである。又大自在天の胴から生れた階級人は、すべて人民の上に立ち、政治を行ふ治者の地位にあつた。又足から生れたと称せらるる階級に属する民族は、営々兀々として朝暮勤労に服し、上級民族の殆ど衣食住の生産機関たるの観をなして居た。 釈迦は此国の或一孤島の浄飯王といふ王者の子と生れ、悉達太子といつた。彼は此バラモン教の不公平、不道理なる習慣を打破して、万民を平等に、天の恵に浴せしめむと思ひ立ち、自他平等の教理を樹立し、生老病死の四苦を救はむとして、彼の仏教なるものを創立したのであつた。そして此釈迦は、神素盞嗚大神の和魂、大八洲彦命、後には月照彦神の再生せし者たることは、霊界物語第六巻に示したる通りである。 地球の大傾斜せしより以前は、今の如く余りの熱帯ではなかつた。気候中和を得、極めて暮しよき温帯に位置を占めて居たのである。併し釈迦の生れたる時代は、すでに赤道直下に間近き島国となつて居たのである。印度は言ふに及ばず、此錫蘭島の住民は何れも色黒く、少しく黄味を帯びたやうな膚をして居た。 神素盞嗚大神の八人乙女の第七の娘、君子姫は侍女の清子姫と共にバラモン教の本山メソポタミヤの顕恩城を後にして、フサの国にて三五教の宣伝に従事せむとする折しも、バラモン教の釘彦の一派に捉へられ、姉妹五人は何れも半破れし舟に乗せられて波のまにまに放逐されたのである。君子姫は侍女と共に激浪怒濤を渡り、漸くにしてシロの島のドンドラ岬に漂着し、それより夜を日についで、先年友彦が小糸姫と共に隠れゐたる、神館を尋ねて進み行くこととなつた。 此神館より数里を隔てて神地の都といふがあつた。此処にはサガレン王、ケールス姫の二人が館を構へ、此島国の殆ど七分許りを統轄して居た。そしてサガレン王はバラモン教を奉じ、其妃のケールス姫はウラル教を奉じて居た。 此国の人々の言葉は残らずサンスクリツトを用ふるは言ふまでもない。されど口述者は一般の読者に諒解し易からしむる為、成る可く日本語を以て、述べることとしておく。 神地の都の少しく南方に、娑羅双樹の密生したる小高き風景よき丘陵がある。そこに二三の中流階級と覚しき黒い面の男が、展開したる原野の中に点々として咲き乱れて居る白蓮華を眺めて、酒汲みかはし、雑談に耽つて居る。一人はシルレングといひ、一人はユーズと云ひ、も一人の男はベールといふ。何れもサガレン王に仕へて居る一部の役人であつた。今日は休暇を賜はつて、ここに蓮の花見をすべく、一日の清遊を試みて居たのである。 シルレング『オイ、サガレン王様も本当にお気の毒ではないか。あれ丈好きなバラモン教を公然と祀ることも出来ず、ケールス姫様がウラル教だから、姫の方の勢力が旺盛になり、館の内は何時とはなしに、信仰争ひで、何ともいへぬ殺伐で冷たい空気が漂うて居るやうだ。王様もさぞ不愉快な事であらう。何とかして吾々の奉ずるバラモン教に立替へたいものだなア。王様計りか、吾々共も本当に不愉快で、政務も碌に執る気にならないぢやないか』 ユーズ『何を言つても、ケールス姫様がウラル教の神司竜雲を殊の外寵愛し、今ではサガレン王様よりも尊敬して居られるといふ体裁だから、何うにも斯うにも仕方がないぢやないか、又あの竜雲といふ怪物は、いろいろと神変不思議の妖術を使ひ、ケールス姫を甘く籠絡し、権勢並ぶものなき今日の有様だから、ウツカリ斯んな話しでも竜雲の耳へ這入らうものなら、それこそ大変だ。モウ此話しは打切りにしたら如何だ』 ベール『ナニ、どこの牛骨か馬骨か知れもせぬ風来者の竜雲如きに、尻尾を巻いてたまるものかい。おれは何とかして、あの怪物を征伐し、ケールス姫様の御目をさましサガレン王さまの御安心を得たいと思うて居る。これが吾々臣下たる者の、君に尽すべき最善の道だからなア』 シルレング『時にあの竜雲の奴、左守の神のタールチン殿の奥様、キングス姫と○○関係があるといふことだが、お前聞いて居るか』 ベール『聞いて居るとも、第一夫れが癪に障るのだ。それだから、タールチンさまに、此間も面会し、いろいろと忠告をしたのだが、何といつても、嬶天下だから、タールチンさまの言はれるには……今日飛ぶ鳥も落す様な竜雲さまのなさる事に、吾々が嘴を容れる場合でない、モウそんな事は今後言つてくれな……と箝口令を布きよるのだ。本当に良い腰抜だなア。閨閥関係を以て自分の地位を保たうとする、其卑怯さ、実に吾々の風上におくべき代物でないのだ。何とかして竜雲の面の皮を剥いてやる妙案はあろまいかな』 ユーズ『そりや方法は幾らでもある。併しながら大事を遂行せむとする者は、軽々に事を執つてはならない。先づ沈思黙考して敵の虚を窺ひ、時節を待つて決行するのだナア』 ベール『其決行は如何するといふのだ』 ユーズ『オイ、ベール、お前はそんなこと云つて、竜雲の間者になつて来て居るのではないか。どうも目付が怪しいぞ。自分の方から竜雲の悪口を言つて、俺達の腹を探つて居るのだらう。そんなことの分らぬユーズさまぢやないぞ』 ベール『コレは怪しからぬ。誰があんな怪物のお先に使はれてなるものかい。何程ベールの様に鳴る男でも、そんな秘密は言ふことは出来ないからなア』 ユーズ『ヤツパリ貴様は自白しよつたなア。秘密をいふ事が出来ないとは何だ。竜雲に頼まれて俺達の腹を探らうと、蓮見物に事よせ、ここまでつれ出して来よつたに違あるまい。サア斯うなる上は、モウ見のがすことは出来ぬ……オイ、シルレング、今の中にベール奴を片付けて了はうぢやないか』 シルレング『ヨシ、合点だ』 といひ乍ら、ベールに向つて武者振ついた。ユーズは後からベールに縄をかけむと組付く。さすがのベールも一生懸命になつて、二人を相手に格闘を始め、三人は組んづ組まれつ、小丘の上から麓の蓮池の中へ一塊になつて、ゴロゴロゴロと落ち込んで了つた。 此時すでに月は半円の姿を現はして頭上に輝き始めた。銀河はエルサレムの方面から印度洋の彼方に清く流れて居る。颯々たる風は蓮の池の面を撫で、葉のふれて鳴る音パタパタと聞えて居る。三人は泥池の中で、バサリ、ドブンと音を立てて泥水まぶれになつて、力限りに互角の勢で掴み合うて居る。 娑羅双樹のこもつた枝から、梟が『ホウスケホウホウ、ドロツクドロンボ、ゴロツトカヤセ、ボーボー』と鳴き立てて居る。 (大正一一・九・二一旧八・一松村真澄録)
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霊界物語 37_子_出口王仁三郎自叙伝1 03 破軍星 第三章破軍星〔一〇一五〕 大阪から田舎下しの舞の師匠に、お玉といふ四十位の年増があつた。村の若者は端唄や舞や踊を毎晩稽古に往つて居つた。何時の間にかは此お玉は侠客の勘吉の内縁の妻となつてゐた。そして勘吉は其お玉に村の若い者をくつつけ、そこを押へては物言ひを付け、金銭を絞り取つて居たのである。此女は少し浄瑠璃も知つてゐて、若者にチヨコチヨコ札で教へて居た。 次郎松といふ男、五十の坂を越えて居乍ら鰥の淋しさに、若い者の舞や踊や浄瑠璃の稽古を毎夜欠かさず見聞に行き、遂にはお玉と勘吉の美人局に陥り寝込みを押へられ、頭や背中をしたたか殴られ、真青になつて吾家に逃げ帰り、ブルブル慄へて居た。そこへ上田長吉といふ、次郎松の近所の二十五歳の男がやつて来て、いふやう、 長吉『わしが勘吉とお玉との中へ這入つて話をうまくつけて来たから、二百円出しなさい。そしたら、勘吉も怒りはすまい』 と言つた。次郎松は生れついての吝嗇坊、惜相に工面して、清水の舞台から飛んだやうな心持で、五十円の金を拵へ、長吉の手に渡した。長吉はお玉に向つて、 長吉『次郎松サンが二十五円出して呉れたから、これで勘弁しなさい。此廿五円はわしの金ぢやが、お前に上げる』 と甘くチヨロまかして、又お玉に妙な関係をつけて了つた。 肝腎の勘吉はそんなこととは知らず、五六人の乾児を伴れ、暗夜に次郎松の家に押掛け行き、強談判を始め出した。平素から憂ひ喜びの悪口言ひと、村中から憎まれてゐた次郎松が、今夜は河内屋にやられるのだ、よい罰だ、面白い、見て来うか……と次から次へ言ひ合はし、門には一杯の人だかりになつてゐる。次郎松の老母は裏口から飛び出し、吾家に来り、 次郎松の母(おこの)『コレコレ喜楽サン、大変なことが起つて来た。お前も親類のことであり、内の松が今二百両の金を出さねば、地獄川へ俵につめて放り込まれるとこだから、早う来て勘吉に談判しておくれ……』 と慄ひ慄ひ泣いてゐる。自分は『ヨシ来た!』……と言つたものの、近所にワアワアと大勢の声が聞えてゐる、勘吉の呶鳴り声も手に取る如く耳にひびく。幾分か、コリヤ険呑だ、ウツカリ行く訳には行こまい……と、稍卑怯心の虫が腹の底の方で囁き出した。そして八十四歳になつた老祖母や母が、不安な顔色をして、自分の返事を如何いふかと待つてゐるやうである。 おこの婆アサンは吾子の一大事だと、一生懸命に、 おこの(次郎松の母)『喜楽サン、早う来ておくれ、松がやられて了ふ……』 と泣き立てる。 喜楽『そんなら行きませう』 と自分は立上らうとする。老祖母は行くなと目で知らす。おこの婆アサンは、 おこの『コレ喜楽サン、親類で居つて、こんな時に助けに来てくれんのなら、お前の所へ二十円貸した金を未返しておくれ。河内屋にやる足しにせんならんから、そしてこんな時に来てくれな、モウこれから何を頼まれても聞きませんぞえ』 と少しの借金を恩にきせて無理に引出さうとする。自分は一寸むかついたが、……併し世間の者は、そんな事情で怒つて行かなんだとは思はずに、勘吉に辟易して、とうとう喜楽も能う来なんだと誹るであらう。折角侠客の玉子になりかけた所を、なきがらだと言はれては、今までの事が水泡に帰する、ナアニ多田亀の教へた通り、命を的にかけて行きさへすれば大丈夫だ、一つ度胸を放り出してやらう、名を売るのは今ぢや……と俄に強くなつて、老母や母の不安な顔色を見ぬ振りして、吾家を飛び出し、裏の藪の垣を蜘蛛の巣に引つかかり乍ら、二つもくぐりぬけて、背戸口から次郎松の奥の間へ入りこみ、何くはぬ顔して、奥からヌツと火鉢の側へ現はれて、井筒型の模様のあるドテラをフワリと羽織り、鷹揚に坐り込んだ。そして破軍星の剣先を敵に向けてやらう、自分は剣先の柄に座を占めたれば、キツと勝つに違ひないと、稍迷信に囚はれ乍ら、 喜楽『オイ河内屋、こんなヒヨロヒヨロ爺に、屈強盛りの侠客が五人も六人も乾児を伴れて、押よせて来るとは何の事だ。侠客の侠の字は何といふ事か知つてゐるかい。遊廓へでも行つて男を売るのが侠客の本分ぢやないか。こんな小つぽけな田舎で、ヘボ爺を苦めた所で、お前の名はあがる所か、却てダダ下がりだぞ』 と頭から咬みつけて見た。河内屋は何と思ふたか、物も言はず門口へ出て、乾児の五人を中へ入れ、 河内屋(勘吉)『オイ喜楽を叩きのばせ!次郎松を引ずり出せ!』 と号令をかけてゐる。おこの婆アサンは自分の宅へ来たなり、怖がつて震うて帰つて来ない。次郎松は長火鉢の前に坐つたまま、真青な顔して、 次郎松『破軍星はどつちを向いてる、なア喜楽サン……』 などと調子外れな声で尋ねてゐる。乾児の中の両腕と聞えたる、留公、与三公は親分にケシを掛けられ、震ひ震ひ、 留公、与三公『コレ喜楽サン、一寸出て下され。次郎松サン、親分があない言うてますから出て下さい』 などと怖々ニユツと手をつき出して、半分ふるうてゐる。河内屋は犬の遠吠に似ず、門口から号令をきびしくかける計りである。自分は懐手をした儘、ドスンとすわり、揚げ面をしてワザと豪傑らしく空威張りをしてゐた。併し乍ら脇の下や腰のあたりは秋の夜寒にも似ず、汗がビツシヨリと着物をぬらしてゐた。門口には村の若い者や女が先ぐり先ぐりやつて来て、ワイワイとぞめいてゐる。不断から憎まれてゐるので、誰一人仲裁に入らうとする者がない。 暫くすると嘘勝と言ふ男が弟の長吉を引張つて来た。此男は次郎松から常に世話になつて居る所から、近所の事でもあり、且つ自分の弟に関した事でもあるので、裏口から長吉を伴れて這入つて来たのである。自分は長吉に向ひ、ワザと大きな声で、 喜楽『此間松サンからお玉サンに渡してくれといつて、ことづけた五十円の金は如何したのか?』 と呶なりつけて見た。長吉は震ひ乍ら、 長吉『其五十円は確にお玉サンに渡しました』 と云ふ。そこで喜楽は皆に聞える様に、 喜楽『お玉といふ女は聞けば、河内屋の囲女ぢやないか。侠客の内縁にもせよ、女房になる女が、男から金の五十円も取るとは怪しからん奴だ。これは要するに河内屋が差図ではあるまい。こんな女を持つて居ると、侠客の名が汚れるのみならず、此村の恥だ。男達を以て任ずる当時売出しの河内屋が、女を玉に使うて金を取るといふ、卑怯なことは決してする筈がない。大方貴様がチヨロまかしたのだろ』 と呶鳴つて見せた。嘘勝は妙な顔をして、 嘘勝『とも角、弟の長吉が悪いのだから、此事は私に任して貰ひたい。河内屋だつて、男の顔に泥をぬられて黙つておろまい。侠客といふ者は、女を玉に使つて金を取るといふやうなことはしそうな筈がない。こんな事がカンテラの親分にでも聞えたら、それこそ大変だぞ』 と呶鳴りかけた。河内屋はお玉を次郎松が犯し、侠客の顔に泥を塗つたから、承知しない、二百円の金を出さねば地獄川へ放り込むとねだつて居たのが、少し恥しくなつたと見え、門口から再び上り口の火鉢の前迄やつて来て、 勘吉『此勘吉は、女を玉に金をねだつたなどと言はれちや、男が立ちません。何かの間違だらう……コラ与三公、留公、貴様、そんな馬鹿なことを次郎松サンに言うたのか、不都合な奴だ』 と呶鳴りつけた。与三公と留公は……親分が命令ぢやないか……と言ひたいけれど、言ふ訳にもいかぬといふやうな顔付で、頭をガシガシかき乍ら、 与三公、留公『へー、別にそんなこたア、言うた覚えは厶いまへん』 と巻舌が何時の間にか、田舎の詞の生地に返つて了つてゐる。河内屋は顔色を和らげ、 河内屋『ヤア喜楽サン、心配かけて済みません。災は下からと言ひまして、子分の奴がこちらの知らんことを吐すもんだから、こんな騒動になつたのです。併し私も御存じの通り、今売出しの侠客だ。素人の喜楽サンにコミ割られたと人に言はれては、男の顔が立ちませぬ。これは一つ仲直りをして、綺麗サツパリと埒をつけませう』 と砕けてかかる。喜楽は、 喜楽『そう事が分れば結構だ。そんなら次郎松から十五円出すから、君の方から十五円出して、それで一つ宴会でも開いて仲直りをせうぢやないか』 と問うて見た。河内屋はヤレ肩の荷が下りたというやうな体裁で、抜いた刀の納めどこに困つて居たのを、ヤツと幸ひ二つ返事で、 河内屋『何分喜楽サンに任しませう。そんなら明晩、亀岡の呉服町の正月屋で仲直りをすることにせう。午後六時から……』 と言つた。次郎松はヤツと安心したものの如く、二百円が十五円になつたので、これも異議なく出金することを承諾した。そしてウソ勝は、河内屋が一所に明晩宴会に行かうかと勧めるのを、俄に明日は大阪の親類へ急用が出来たから……と云つて体よく断つて了つた。 これで其晩の悶錯は一寸ケリがつき、翌日、瑞月と次郎松と長吉との三人は亀岡呉服町の正月屋といふ二階造りの小さい料理屋へ行くこととなつた。 (大正一一・一〇・八旧八・一八松村真澄録)
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霊界物語 37_子_出口王仁三郎自叙伝1 05 松の下 第五章松の下〔一〇一七〕 九月廿五日の月は東の山の端を掠めて昇つて居る。されど満天雲に包まれて居る事とて、只東の山の端が薄明かくなつて、丁度月の出る時刻だから、彼れが月の光だらうと頷かれる位であつた。若し宵の口に東が薄明かるいならば、決して月と思ふ事は出来ない位なものであつた。星の影もなく咫尺暗澹として、六尺幅の道を泥酔者二人の千鳥を伴ひ、松と桜との古木が抱合ふて立つて居る『松の下』と云ふ、淋しい処にやつて来た。 そこには豚小屋の様な一軒屋があつて、嘘勝の親戚なる嘘鶴といふのが、四五人暮しで住んで居た。現今では道路が拡張されて、家のあつた処は坦々たる街道になつて居る。嘘勝は河内屋の挙動に不審を起し、いろいろと探索をして見た結果、河内屋の一類が、此嘘鶴の家の半丁程東の、樹木茂れる暗い場所で、三人を叩きのめさうと企んで居る事を悟り、密かに山へ登り、手頃の石や割木を積んで待つて居た。それとも知らず河内屋の一行六人は、道傍の森林に先廻りして、喜楽一行の帰つて来るのを道に要撃せむと、待ち構へて居たのである。 かかる計略のありとは、神ならぬ身の知る由もなき三人は、暗の路前後に心を配り乍ら、ヒヨロリヒヨロリトボトボと、三間山の麓にさしかかる。忽ち現はれた四五の黒い影、矢庭に次郎松の頭を、棒千切れを持つてカーンと音がする程殴りつけた。次郎松は驚いて高岸から滑りおち、稲葉の茂みへ身をかくし、睾丸を泥田に浸して震ふて居る。長吉は『アイタタタ』と倒れた。喜楽は直に山を目蒐けて二三間ばかり駆登る。四五の黒い影は長吉に群がり集まつて、踏んだり蹴つたり、やつてる最中に、山の十間ばかり上から割木の雨、栗石の礫の霰が降つて来る。此黒い影は勿論勘公の一隊である。流石の勘公も石にうたれ、割木にあてられ、這う這うの体にて一目散に闇の路を駆け出した。 長吉は悲しさうな声で、 長吉『オーイオーイ、喜楽サン、次郎松サン……』 と叫んで居る。喜楽は其声を聞いて、 喜楽『長吉はやられたと思ふたが、あんな声が出る以上はまだ生きて居るのか』 と稍安心して山を下りかけた。暗がりから、 (嘘勝)『アハヽヽヽ』 と笑ふ男の声、訝かり乍ら近寄つて見れば、長吉の兄の嘘勝であつた。喜楽は、 喜楽『オイ、其声は嘘勝ぢやないか』 と聞いて見ると、 嘘勝『サウぢや、嘘勝ぢや、アハヽヽヽ』 と又もや笑つて居る。 此男は嘘が上手で、人から嘘勝と仇名をつけられ、それが遂には通用語になつて了ひ、嘘勝と云はれるのを却て名誉に思つて居る位な男である。其叔父も亦ウソ鶴といつて、嘘をいふのを得意がつて自慢してる男である。何事を掛合ふのにも、自分から嘘つきと云ふ事を承認し、人も亦認めて居ると思つてか、一つ話をする度に『今度は嘘ぢや無いぞ』と前置をする癖がある。それでも八九分は嘘だから堪らない。松の下に住んで居る嘘鶴と云ふ奴、五斗俵に籾の殻を充実し、それを叮嚀に締めて、何時も狭い家の庭に二十俵も積んで『米が十石、此通りあるんだが、もちと値が出ぬので売れぬのだ。之を抵当にチツと金を貸て呉れぬか』と云つて金の融通を妙にする男であつた。人が一寸俵に触らうとすると『オイコラ、之に触つてはならぬぞ、触り三百円の罰金だ』といひ、鼠が喰ふといつて柊を一面に刺して居る狡い男である。其血統を受けた勝公も長吉も、相当に嘘は上手であつた。然し乍ら不思議な事には、比較的に村人の信用を受けて居る、天下御免の嘘つき男である。 却説、長吉は嘘勝の出現に力を得、暗がりに裾をパタパタと払ひ乍ら、 長吉『喜楽サン、如何も俺は欲にも徳にも代へられぬワ』 と三才児の様な言葉で嘆声を洩らし、頻りに袂や裾を泥がついたと思うて、かいばたきして居る。長吉の疵は別に血も出でず、団瘤が三ツ四ツ出来た位ですんだ。次郎松は三人の囁き声を聞いて、やつと安心したと見え、水田の稲の中から白い頬冠をパツと現はし、 次郎松『ホーイホーイ』 と力の無い声で呼んで居る。 喜楽『次郎松サン、嘘勝が出て助けて呉れたのだから、安心しなさい。河内屋の一隊は、とうに逃げて了ひよつた。早く上つておいで……』 と叫んで居る。次郎松は田の中から、 次郎松『モウ、事ア無からうかな』 と云ひ乍ら、ズクズクの身体で高岸を這ふて、街路まで登つて来た。 何時の間にか東半天は青雲の生地をむき出し、下弦の月は細い光を地上に投げた。嘘勝は本街通を左にとり、河内屋の様子を探るべく帰り行く。三人は道を右にとり、細い野道を渡つて松原に出て、暗い藪小路を潜つて、淋しい妖怪の出ると云はれて居る坊主池の辺りに辿りつき、又もや野道を渡つて漸く家路に帰つた。 斯う云ふ事が何回も重なり、河内屋や若錦の身内から敵視されて、八九回も大喧嘩が始まり、何時も喜楽は袋叩きにやられ勝であつた。何時も叩かれもつて、心に思ひ浮かんだのは斯うである。 『何だか自分は、社会に対して大なる使命を持つて居る様な気がする。万一人に怪我でもさせて法律問題でも惹起したならば、将来のためにそれが障害になりはせないか?』 と云ふのが第一に念頭に浮かんで来た。其次には、 『人に傷つけたならば、屹度夜分には寝られまい。自分は何時も真裸になつて、石だらけの道で相撲をとるが、力一杯張りきつた時は、如何な処へ真裸で打ち投げられても少しも傷もせぬ、痛みもせぬ、之を思へば、全身に力を込めてさへ居れば、何程叩かれても痛みも感じまい』 との念が起り、指の先から頭の先迄力を入れて、身体を硬くして敵の叩くに任して居た。……もう叶はぬ、謝まろか……と思つてる間際になると、何時も誰かが出て来て、敵を追ひ散らし、或は仲裁に入つて、危難を妙に助けて呉れた。それで、 『人間と云ふものは、凡て運命に左右されるものだ。運が悪ければ畳の上でも死ぬ。運がよければ、砲煙弾雨の中でも決して死ぬものでは無い』 と云ふ一種の信念が起つて居た。それ故人に頼まれたり、頼まれなくても喧嘩の仲裁がし度くなつたり、或時は、 『思ふ存分大喧嘩をやつて……偉い奴だ!強い奴だ!と云はれ度い。そうして強い名を売つて、仮令丹波一国の侠客にでもよいからなつて見たい』 と云ふ精神が日に日に募つて来た。其為めに二月八日の晩にも、若錦一派の襲来を受くる様な事を自ら招来したのである。 ○ 若錦一派に打擲され、頭を痛めて喜楽亭に潜んで居る処へ、母がやつて来て非常に悔まれる。暫らくすると八十五才になつた祖母が、杖もつかずに出て来られた。少し耳は遠かつたが、悪い事は何でもよく聞ゆる人であつた。何時も祖母は勝手聾をして居られるのかと疑ふたが、実は、本当に聞えないのであつた。聞えぬかと思ふて、ド聾とか何とか一言でも悪口を云はうものなら、本守護神が知つて居るのか、但は神様の罰なのか、直に分かるのは不思議であつた。気丈の祖母は此場の様子を見てとり、諄々として喜楽に向つて意見を始められた。祖母の名は『うの子』といつた。 祖母『お前は最早三十に近い身分だ、物の道理の分らぬ様な年頃でもあるまい。侠客だとか人助けだとか下らぬ事を言つて、偶に人を助け、助けたよりも十倍も二十倍も人に恨まれて、自分の身に災難の罹る様な人助けは、チツと考へて貰はねばなるまい。無頼漢の賭博者を相手に喧嘩をするとは、不心得にも物好きにも程がある。お前は何時も悪人を挫いて弱い善人を助けるのが、男の魂ぢやと云ふて居るが、六面八臂の魔神なれば知らぬ事、そんな病身なやにこい身体で居乍ら、相撲取や侠客と喧嘩するとは余り分らぬぢやないか。今年八十五になる年寄や、夫に別れて間もない一人の母や、東西も弁へ知らぬ様な、頑是なしの小さい妹がある事を忘れてはなるまい。此世に神さまは無いとか、哲学とか云つて空理窟ばかり云つて、勿体ない、神々様を無い物にして、御無礼をした報いが今来たのであらう。能う気を落ちつけて考へて呉れ。昨晩の事は全く神様の御慈悲の鞭をお前に下して、高い鼻を折つて下さつたのだ。必ず必ず、若錦や其外の人を恨めてはなりませぬぞ。一生の御恩人ぢやと思ふて、神様にも御礼を申しなさい。お前の実父は幽界から、其行状の悪いのを見て、行く処へも能う行かず、魂は宙に迷ふて居るであらう程に、之から心を入れ変へて、誠の人間になつて呉れ、侠客の様な者になつて、それが何の手柄になるか』 と涙片手に慈愛の釘をうたれて、流石の喜楽も胸が張り裂ける様に思ふた。森厳なる神庁に引き出されて、大神の審判を受ける様な心持がして、負傷の苦痛も打忘れ、涙に暮れて、両親の前に手を合せ、 『改心します、心配かけて済みませぬ』 と心の中で詫をして居た。 老母や母は吾家を指して帰り行く。あとに喜楽は只一人悔悟の涙に暮れて、思はず両手を合せ、子供の時から神様を信仰して居乍ら、茲二三年神の道を忘れ、哲学にかぶれ、無神論に堕して居た事を悔ゆると共に、立つても居ても居られない様な気分になつて来た。 夜は森々と更け渡る。水さへ眠る丑満の刻限、森羅万象寂として声なき春の夜、喜楽の胸裡の騒々しさ、警鐘乱打の声は上下左右より響き来り、吾身を責むる如くに感じられた。 『あゝ今が善悪正邪の分水嶺上に立つて居るのだ。左道を行かうか、右道を行かうか』 と深き思ひに沈む。折しも忽然として、一塊の光明が身辺を射照らす如く思はれて来た。天授の霊魂中に閑遊する直日の御霊が眠りより醒めたのであらう。深夜つらつら思ふ。 『あゝ吾は誤解して居た。父ばかりが大切の親ではない、母も亦大切な親であつた。そして祖母は又親の親である。天地広しと雖も親は一人よりない。斯かる分りきつた道理を、今迄体主霊従心の狭霧に包まれて、勿体なくも母や祖母を軽んじて居たのは、思はざる失敗であつた。父が亡くなつた以上は、もう如何な荒い事をしても、心配する親はないと、仁侠気取りで屡危難の場所に出入し、親の嘆きを今迄気づかなんだのは何たる馬鹿者ぞ、何たる不孝者ぞ!アヽ諺にも……いらはぬ蜂は刺さぬ……と云ふ事がある。なまじひに無頼漢位を相手に挑み争ひ、且つ挫かうとしたのは、余り立派な行ひではなかつた。勘公が次郎松に二百円の金を出ささうとしたのも之は決して人間業ではない。次郎松はとられねばならぬ因縁があつたのだ。蛇が折角、艱難辛苦して漸くに蛙を口にし、一日の餌にありついて甘く呑まうとして居る際に、人あり、其蛇を打ちたたき、弱い方の蛙を助けてやつたなら、其蛙は大変に喜ぶであらうが、肝腎の餌食をとり逃した蛇は屹度其人を恨むであらう。掛け構へもない人の商売を構ひ立てしたと怒るのは、人間も同じである』 と云ふ様に考へて来た。本居宣長の歌にも、 世の中は善事曲事行きかはる 中よぞ千ぢの事はなりづる 何事も世の中は正邪混交陰陽交代して成立するものである。別に人の商売まで妨げなくとも、自分は自分の本分を尽し、言行心一致の模範を天下に示せば宜いのだ。自分に迷ひがあり罪があり乍ら、人の善悪を審く権利は何処にあらうか…… と思へば思ふ程、自分が今迄やつて来た事が恥かしく、且恐ろしき様な気になつて来た。 ……母は吾子の愛に溺れて喜楽が悪いとはチツとも思はず、只父が亡くなつたから、人々が侮つて、自分の子をいぢめるとのみ思はれて居る様だが、父が亡くなつたのは喜楽ばかりぢやない、広い世の中には幾千万人あるか知れぬ程だ。父が亡くなつた為めに世間の同情をよせた人こそあれ、たとへ自分の様に、一部の侠客社会からにせよ憎まれたものは少い、釣り鐘も撞く人が無ければ決して鳴らない、太鼓も打つ人がなければ決して音はせぬ、之を思へば祖母の今朝の教訓は、真に神のお諭しである。自分の心から親兄弟に迄迷惑をかけたか…… と思へば、懺悔の剣に刺し貫かれて五臓六腑を抉らるる様な苦しさを感じて来た。悔悟の念は一時に起り来り、遂には感覚までも失ひ、ボンヤリとして吾と吾身が分らない様な気分になつて来た。 此時芙蓉山に鎮まり玉ふ木花咲耶姫命の命として、天使松岡の神現はれ来り、喜楽即ち今の瑞月王仁を、高熊山の霊山に導き修行を命ぜられた事は、第一巻に述べた通りであるから、此処には省略して置きます。 (大正一一・一〇・八旧八・一八北村隆光録)
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霊界物語 37_子_出口王仁三郎自叙伝1 11 松の嵐 第一一章松の嵐〔一〇二三〕 一週間の矢田の滝の行を終つてから、宮垣内の自宅に於て、喜楽は愈々神業に奉仕する事となつた。盲目や聾唖、リウマチ、其他いろいろの病人がやつて来て鎮魂を頼む、神占を乞ふ、何れも御神徳が弥顕だと云ふ評判が忽ち遠近に轟いて、穴太の天狗さまとか金神さま、稲荷さまなどといつて、朝から晩まで参詣人の山を築き、食事する間もない位、多忙を極めて居た。 例の次郎松サンがやつて来て、祭壇の前に尻を捲つてドツカと坐り、大勢の参拝者の中をも顧みず、真赤な顔して喜楽を睨みつけ、 次郎松『コリヤ極道息子、貴様は又しても山子商売をやる積りだな。ヨシ、今に化けの皮をヒン剥いて、大勢の前で赤恥かかして見せてやらう。それが貴様の将来のためにもなり、上田家の為めにもなるのだ。株内や近所へよい程心配をかけさらせやがつて、其上まだ狐使ひの真似をするとは何の事だ。何故折角ここ迄築きあげた、見込のある牧畜や乳屋を勉強せぬか。神さまだの、占だの、訳の分らぬ出鱈目を吐しやがつて、世間の人を誤魔かし、甘い事を仕様たつて駄目だぞ、尾の無いド狐とは貴様の事だ。貴様が本当に神様に面会が出来、又神様の教が伺へるのなら、今俺が一つ検査をしてやらう。万が一にも当つたが最後、俺の財産四百円の地価を残らず貴様にやる』 と口汚く罵り乍ら、湯呑みの中へ何か小さい物を入れて、其口を厚紙で貼り糊をコテコテとつけ、音をせぬ様に懐から出して前にソツと置き、 次郎松『サア先生、イヤ極道息子、指一本でも触る事はならぬ。此儘此湯呑みの中に、どんな物がどれ丈け這入つてをるかと云ふ事を、貂眼通とか鼬通とか云ふ先生、見事あてて見よ。これが当つたら、それこそ天が地になり地が天になる。お月さまに向つて放す弓の矢は中つても、こればつかりは滅多にあたる気遣ひはない。如何ですな、先生!』 と軽侮の念を飽迄顔面に現し、喜楽の顔を頤をしやくつて睨めつける。 喜楽『俺は神様の誠の教を伝へたり、人の悩みを助けたりするのが役だ。手品師の様に、そんな物をあてると云ふ様な事は御免蒙り度い。神さまに教へて貰ふた事はないから知りませぬ』 次郎松はシタリ顔で、一寸舌を出し頤を二つ三つしやくつて、 次郎松『態ア見やがれド狸奴、到頭赤い尻尾を出しやがつた。エー、おけおけ、此時節にそんな馬鹿の真似さらすと、此松サンがフンのばして了ふぞ。オイ狸先生、腹が立つのか、何だ、其むつかしい顔は……残念なか、口惜しいか、早く改心せい、ド狸野郎奴』 と益々傍若無人の悪言暴語を連発する。喜楽はあまり次郎松の言葉が煩さくなつて来たので、一層の事、彼の疑心を晴らしてやらうと思ひ、 喜楽『松サン、あんまりお前が疑ふから、今日一遍だけ云ふてやるが……一銭銅貨を十五枚入れてあるだらう』 側に聞いて居つた数多の参詣者は、各自に此実地を見て感嘆して居る。次郎松は妙な顔し乍ら、御叮嚀に喜楽の顔を又もや覗き込み、自分の右の手で自分の膝頭を二つ三つ叩き、首を一寸傾けて、 次郎松『ハア……案の定、狐使ひだ。やつぱり箱根山の道了権現のつかはしの飯綱をつかつてるのだな。一体そんな管狐を何処で買つて来たのだ。何匹ほど居るのか。そんなものでも一匹が一円もとるか、一寸俺にも見せて呉れ、ホンの一寸でよい、大切なお前の商売道具を長う見せてくれとは云はぬ』 と訳の分らぬ質問を連発する。迷信家ほど困つたものはない。 喜楽『神懸りの霊術によつて、透視作用が利くのだ』 と少しばかり霊魂学の説明を簡単に述べたてて見た。されど元来の無学者だけに、何をいつても馬耳東風、耳に入りさうな事はない。又もや次郎松は口を尖らして、 次郎松『透視だか水篩だか、そんな事ア知らぬが、そこらに小さい管狐を放り出さぬ様にして呉れよ。ヒヨツと取り憑かれでもしたら大変だ。皆さま用心しなさい。此奴ア飯綱使ひだから、うつかりしてると憑けられますよ。病人が来ると、管狐を一寸除かして、病気を癒し、又暫くすると管狐をつけて病人にして、何度も礼をとると云ふ虫の良い商売を始めかけよつたのだ。何しろ近寄らぬが何よりだ。別に穴太の村に喜楽が居つて神を祀らうが祀らうまいが、矢張お日さまは東から出て御座る。暗がりになるためしもなし、喜楽が神さまを始めてから、お日さまが、光りが強くなつた訳ぢやなし、お月さまが毎晩出る訳でもないし、斯んな者に騙されるより早う皆さまお帰りなさい。こんな奴に眉毛をよまれ尻毛をぬかれて堪りますか。俺はきつてもきれぬ親類だから、第一上田家のため、又此極道の為め、お前サン達の為め気をつける』 と口を極めて反対の気焔をあげる。然し参詣者は一人も消えぬ。依然として鎮魂を乞ひ、伺ひを願つて喜んで帰つて行く。次郎松サンは翌日の朝早くから穴太の村中一軒も残らず、 次郎松『家の本家の喜楽と云ふ奴は、此頃飯綱を買うて来て妙な事をして居よるから、相手になつてくれるな』 と賃金不要の広告屋を勤めて居る。次郎松は神の教を忌み嫌ふ悪魔の霊に憑依されて知らず識らずに邪神の走狗となつて了つたのである。 其翌日大勢の参拝者を相手に、鎮魂をしたり神話を始めて居ると、侠客俣野の乾児と自称する背の低い牛公がやつて来た。足に繃帯をして居る。 牛公『オイ、喜楽サン、随分お前の商売もよう繁昌するね。俺は夜前一寸足に怪我をしたのだ。何卒お前の鎮魂とかで足の痛みを止めて貰ひ度いものだ』 と横柄に手を拱き、座敷の真中にドスンと坐つて揶揄ひ始めた。元より怪我などはして居ないのだ。みな嘘の皮、万々一喜楽が、 『さうか、それは気の毒だ』 と云つて直に祈願でもしやうものなら、 『天眼通の先生が之が分らぬか、怪我も何もして居ない、嘘だぞ』 と云つて大勢の中で笑つたり、ねだつたり、困らしたりしようとの悪い企みで来て居るのである。若し喜楽が、 『お前は疵も何もして居ない。そんな事をして俺をためしに来て居るのだ』 と云へば、自分の指の下に隠した小刀で繃帯を解き乍ら一寸足を切つて血を出し、 『これや、これ丈け血が出て居るのに怪我して居ないとは何の事だ。ド山子奴!』 と呶鳴り立てあやまらして、酒銭の一円も取つてやらうとの算段をして居るのだと見てとつた喜楽は、牛公の言葉を耳にもかけず放擲つて、素知らぬ顔で数多の参詣者に鎮魂を施して居た。 牛公は喜楽の態度が余程癪に触つたと見え、狂ひ獅子の様に暴れ出した。忽ち先祖代々から家の宝としてる、虫喰だらけの真黒気の障子の桁を滅茶苦茶に叩き破る、戸を蹴破る、火鉢を蹴り倒すと云ふ大乱暴をなし乍ら、再び座敷の真中にドスンと胡坐をかき、 牛公『こりや安閑坊の喜楽!これでも罰をようあてぬか、腰抜け神の鼻垂れ神ぢやな。そんなやくざ神を祀つてる貴様は、日本一の馬鹿野郎だ。今此牛さまが神床に小便をしてやるから、神力あり正念がある神なら、立所に罰をあてるだらう。そんな事して能う罰をあてん様な腰抜神なら、神でも何でもない、溝狸位なものだ。蚯蚓に小便かけてさへ○○が腫れるぞ、此奴ア狸だから正念があるなら、俺の○○を腫らして見い!』 と云ひ乍ら犬の様に片足をピンと上げて、無作法にもジヨウジヨウとやりかけた。数多の参詣者は吃驚して、残らず外に逃げ出して了つた。喜楽は神界修業の時から、三五教の無抵抗主義を聞いて居たから、素知らぬ顔して彼がなす儘放任して居た。牛公は益々図にのつて、終ひには黒い尻をひきまくり、喜楽の鼻の前でプンと一発嗅し『アハヽヽヽ』と笑ひ乍らサツサと帰つて行つた。 それと擦れ違ひに、弟が野良から鍬を担げて慌だしく馳来り、牛公の乱暴した事を聞き口惜がり、地団太を踏み乍ら、 由松『エーツ、此神さまは力の無い神だ。毎日々々物を供へてやるのに何の罰でも能うあてぬのか。ウーンとフンのばして了へばよいのに、そうすれや牛公だつて、次郎松だつて能う侮らぬのだが、此処に祀つてあるは気の利かぬ寝呆け神だから、あんな奴に馬鹿にしられるのだ』 と歯をかみしめて吃り乍ら怒つて居る。喜楽は静に弟に向つて、 喜楽『オイ、由松、そんな分らぬ事を云ふな。よう考へて見い、彼奴ア畜生だ。名からして牛ぢやないか。猫や鼠は尊い御神前の中でも、糞や小便を平気で垂れて居る、烏や雀は神様の棟へ上つて糞小便を垂れかける、それでもチツとも神罰があたらぬのぢやないか。元来畜生だから、神様のおとがめがないのだ。人間も人間の資格を失ふたら畜生同様だ。畜生に神罰があたるものかい』 と云はせも果てず由松は、 由松『ナニ、馬鹿たれるか』 と云ふより早く、祭壇の下へ頭をつつ込み其まま直立した。祭壇も神具もお供物一式ガタガタと転落し、御神酒からお供水、洗米、其他いろいろの供物が座敷一杯になつて了つた。神様の御みと迄畳の上にひつくり返つて居る。由松は拾うては戸外へ投げつける、参詣者はビツクリして顔色を変へチリチリバラバラに逃げ出す。由松は猶も猛り狂ひ、 由松『オイ哥兄、こんなやくざ神を祭つて拝んでも屁の役にもたたぬぢやないか、もう今日限りこんなつまらぬ事はやめてくれ。こんな餓鬼を祀つただけに家内中が心配したり、村中に笑はれたり、戸障子を破られたり、此神は上田家の敵だ。敵を祀ると云ふ事が何処にあるものか』 と分らぬ事を愚痴つて怒つて居る。 喜楽は由松の放かしたおみとを拾ひ塩で清め、再び祀り直し神様にお詫をして、漸く其日は暮れて了つた。 其日の夜中頃、由松の枕許に男女五柱の神様が現はれ玉ふて、頻りに由松に御立腹遊ばした様なお顔が歴々と見え、恐ろしくて一目もよう寝ず、夢中になつて寝たままあやまつて居る。せまい家の事とて横に聞いて居る喜楽の可笑しさ。由松もこれで少しは気がつくだらうと思つて居ると、翌朝早くから御神前をお掃除したり、お供物をしたり、祝詞を奏げるやら、暫くの間は打つて変はつて敬神の行為を励んで居た。然し十日ほどすると、又もや神様の悪口を次郎松と一所になつて始めかけた。 (大正一一・一〇・九旧八・一九北村隆光録)
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霊界物語 37_子_出口王仁三郎自叙伝1 19 逆襲 第一九章逆襲〔一〇三一〕 不図配達して来た日出新聞の広告欄を見ると、壮士俳優募集と云ふ立派な広告が出て居た。自分は一生懸命に其広告を見詰めて居ると、多田琴がポンと飛び上り神憑り[※初版・愛世版では「神憑り」、校定版では「神懸り」。]になつて、 多田『俺は男山の眷族小松林命であるぞ。今其広告にある通り、神界の仕組で正義団と云ふ壮士芝居の団体が募集されて居るのだ。お前はこれから、今迄苦労して覚えた霊術を応用して芝居の役者になれ。神が守護して如何な不思議な事でもさしてやるから、川上音次郎以上の名優にしてやらう。如何ぢや、神の申す事を承諾するか、但は否と申すか、直に返答をして呉れ』 とニコニコ笑ひ乍ら強制的に問ひかける。喜楽は此広告を見て、 『俺も一度壮士役者になつて見たいものだ』 と思ひつめて居た際であるから、一も二もなく喜んで、 喜楽『ハイ、神様さへお許し下されば壮士役者になります』 と速座に答へた。さうすると小松林と名乗る憑霊は、嬉しさうな顔して言葉まで柔しく、 小松林『流石はよく先の見える、先の分つた審神者だ。サア愚図々々してると応募者がつまれば駄目だから、今夜直様立つて行け。さうして金を十五六円ばかり積りをして行け』 と云ひ渡す。 ありもせぬ金を寄せ集めてヤツと十五円拵へ、保津の浜から、舟に乗つて谷間を下り嵯峨に着き、それから竹屋町富小路の宿屋に尋ねて行つた。正義団長と称する男、名は忘れたが直様二階へ案内して呉れ、入会料として十円を請求する。直様十円を放り出し種々と手続きを済まして、それから安い宿を探し、日々柔術の型を稽古したり、科白を覚えたり、十二三人の男がやつて居た。愚図々々して居ると五円の金が無くなつて了ふ。さうして臀部に大きな瘍が出来てビクとも出来ず、うづいて堪らない。 (喜楽)『こんな事では芝居どころの騒ぎぢやない。何とかして吾家へ帰りたいものだが歩いて去ぬ事は出来ず、俥賃はなし、一層の事、枳殻邸の附近に弟の政一が子に行つて居るから、其処迄俥で運んで貰ひ世話にならうかなア』 と考へ込んで居ると腹の中から又もや玉ごろが喉元へつめ上つて来た。さうして、 『アハヽヽヽ』 と可笑しさうに笑ひ出す。 喜楽『足の腫物が痛くて何どこでもないのに、可笑しさうに腹の中から笑ふ奴は何枉津ぢやい』 と呶鳴つて見た。腹の中からさも可笑しさうに小気味良さ相の声で、 『イヒヽヽヽ』 と連続的に十分間程笑ひつづける。さうして、 松岡『俺は松岡ぢや、貴様が新聞の広告を見て、役者になり度相にして居るから、一寸改心の為に嬲つて見たのだ。本当に日本一の大馬鹿だのう、オホヽヽヽ』 と笑ひ出す。進退維谷まつた喜楽は如何する事も出来ず、宿賃を三日分三円六十銭払ひ、丹波へ帰らうとして宿の門口を立つて出た。知らぬ間に臀部の大きな腫物は嘘をついた様に治つて居た。それきり壮士俳優になつて見度いと云ふ心は、スツカリ消え失せ、一心不乱に神界の御用に尽すと云ふ心になつたのである。 同じ穴太の斎藤某と云ふ紋屋の息子が、肺病で苦しみ医薬の効もなく困つて居るから、其処へ助けに行つたら如何だ……とおいよと云ふ婆サンが出て来て、頻りに勧めるので、喜楽も、 『彼処の息子の計サンの病を癒してやつたら、チツと村の者も気がつくだらう。信仰をするだらう』 と思ふたので、朝早くから其家に羽織袴で訪問して、 喜楽『計サンの病気平癒をさしてやりませうか』 と掛合ふて見た。此処の奥サンはお悦と云ひ、随分口の八釜しい女で、村の人から雲雀のお悦サンと仇名をとつて居た。お悦サンは喜楽の姿を見て目を円うし、 お悦『これこれ、飯綱使ひの喜三ヤン、何ぞ用かい、大方お前は、家の計の病気を拝んでやらうと云つて来たのだらう。アヽいやいやいや、神さまのかの字を聞いても腹が立つ、家の親類は天理サンに呆けて家も倉もサツパリとられて了つた。近はんは稲荷下げに呆けて相場して、家も屋敷も田地迄売つて了つた。此時節に神々吐す奴に碌な者はない。お前サンも人の処を一杯かけようと思ふて来たのんだらう。サア何卒帰つて下さい。然し喜楽サン、俺が斯う云ふとお前は腹を立てて、あたんに飯綱をつけて帰るかも知れぬが、憑けるなら憑けなされ。俺ん所は黒住さまを祀つてあるから、飯綱位に仇はしられませぬから大丈夫ぢや。黒住さまは天照皇大神宮さまぢや、天狗サンや四足とはてんからお顔の段が違ひますぞえ。サア早う去んで下され。其処等がウサウサして来た。又計の病気が重うなると困るから……サア去んでと云ふたら去んでおくれ。エー尻太い人ぢやなア、蛙切りの子は蛙切りさへして居れば宜いのに、どてらい山子を起して金も無い癖に、人の金で乳屋をしたり、其乳屋が又面白くない様になつたので、そろそろ商売替へをして飯綱使ひをするなんて、お前にも似合はぬ事をするぢやないか。昨日も次郎松サンが出て来て何も彼も云ふてをりましたぞえ。薩張り化けの皮が剥けて居るぢやないか。亀岡の紙屑屋へは如何でしたな』 と口を極めて罵詈嘲弄する。喜楽はむかついて堪らぬけれど、 『此処が一つ辛抱だ。こんな八釜しい女の誤解をといておかねば将来の為め面白くない』 と思ふたので、色々雑多と神様の道を説いて聞かせたが、てんで耳をふさいで聞かうとせぬ。お悦サンは半泣声を出して、 お悦『エーエー煩さい。何程落語家の喜楽サンが甘い事云つても、論より証拠、現在身内の次郎松サンが証拠人だから……エー穢はしい、早く去んで下さい。これお留、塩もつておいで……』 と下女の名迄呼びたてて人を塩でもかけてぶつ帰さうとして居る。仕方が無いのでトボトボと吾家を指して帰つて来た。 小幡橋の袂まで帰つて来ると、次郎松サンが真青な顔して出て来るのに出会つた。次郎松はついにない優しい顔をして、 次郎松『もしもし上田先生、一寸頼まれて下され。二三日前から家の阿栗(一人娘の名)に狐が憑いて囈言を云ふたり、雪隠へ行つて尻から出るものを手に掬ひ、コロコロ団子を拵へて仏壇に供へたり、妙な手付で躍つたり、跳ねたりした挙句は、布団をグツスリ被つて寝通しぢや。モウこれからお前には敵対はぬから何卒堪忍して呉れ。あんまり俺が反対するのでお前が怒つて、それ……あの……何々を憑けたのぢやらう。もうこれから屹度お前の云ふ通りにするから、何々を連れて行つて下され。ナア喜楽先生、何卒頼みますわ』 と橋の上で大きな声で云ふ。人に聞えては態が悪いと思ふては、キヨロキヨロ其処等を見廻して居ると、松サンは頓着なしに娘の病気の事を喋り立てる。仕方が無いので喜楽は、 喜楽『兎も角行つて見ませう』 と先に立つて次郎松の家へ行つた。おこの婆サンは喜楽の顔を見て、いきなり、 おこの『これ喜楽サン、お腹が立つたぢやらうが何卒怺へてお呉れ。昨夜から阿栗が喜楽サン喜楽サンと八釜しう云ふて仕様がない。あまり宅の松が神さまの悪口を云ふもんだから、お前が怒つて一寸……したのだらう。何と云ふても隠居母家の間柄、宅の難儀はお前の処の難儀だ、又お前の処の難儀は矢張俺の宅の難儀だ。悪い事せずに、早う飯綱を連れて去んでくれ。年寄の頼みぢやから……たつた一人の孫があんな態になつてるのを見て居る俺の心はいぢらしいわいなア、アンアンアン』 と泣き出す。喜楽はムツとして、 喜楽『これ、おこのサン、そんな無茶な事云ひなさんな、殺生ぢやないか。誰がそんな物を使ふものか、自分の宅に置いた奉公人でさへも仲々言ふ事を聞かぬぢやないか。仮令そんな狐があるにした処で人間の云ふ事を聞きさうな筈がない。あんまり見違ひをしておくれな、わしは腹が立つ。村中の者に飯綱使ひぢやと悪く云はれるのも、皆松サンが仕様もない事を触れて歩くから俺が迷惑をしてるのぢや。結構な神さまの名まで悪くして堪らぬぢやないか』 おこの『その腹立ちは尤もぢやが、外ぢやないから何卒機嫌を直して阿栗の病気を助けてやつてくれ。これ松、お前もチツと喜楽サンに頼まぬかいな』 奥の間で阿栗と云ふ娘は、ケラケラケラと他愛いもなく狐が憑いて笑ふて居る。助けてやつても悪く云はれる、助けてやらねば尚悪く云はれる、こんな男にかかつたら如何する事も出来ぬ。エー仕方がないと病人の前へ端坐して天津祝詞を奏上し、神言を静に唱へて一二三四……と天の数歌を四五回繰返した。病人はムクムクムクと立ち上がり、矢庭に跣足のまま庭に下り、門口の戸に頭を打つて『キヤツ』と云つたまま仰向けに倒れた。此時高畑の狐が退いたのである。それから娘の病気はスツカリ癒つて了つた。松サンは口を尖らして、 次郎松『これ、喜楽サン、お前は何と云ふ悪戯をする男だ。人の処の娘へ狐を憑けて長い事苦しめ、知らぬかと思ふて居つたが、宅の母者人[※「母者人」とは母親を親しみを込めていう言葉。]や、此松サンの黒い目でサツパリ看破られ、しやう事なしに憑けた狐をおひ出したのだらう。今度はこれで怺へてやるが、一人娘を又こんな目に遭はすと警察へつき出して了ふぞ。サア飯綱使ひ、早う去ね、何程仇をしようと思ふても、宅には金比羅さまのお札が此通り沢山にあるから、これから金比羅さまを祈つてお前の魔術が利かぬ様にしてやる。お前も、もういい加減に改心をして元の乳屋になり、年寄やお米はんに安心をさしたら如何ぢや。お前処が難儀をすると矢張黙つて見捨てておく訳には行かぬから、親切に気をつけるのだから悪う思ふ事はならぬぞ』 と娘を助けて貰うてお礼を云ふ処か、アベコベに不足のタラダラを並べ罵詈を逞しうし、お為めごかしの御意見を諄々と聞かして呉れた。松サンは其翌日から益々猛烈に反対をしだし、 次郎松『宅の娘に喜楽がド狐を憑けて苦しめよつた。到頭化けが現はれて俺に責め付けられ、仕様事なしに骨折つて憑けた狐をおひ出して連れて去によつた。俺は親類で居つて云ふのだから嘘ぢやない。みな用心しなされや』 と其処等中を触れ歩いた。喜楽こそ宜い面の皮である。 (大正一一・一〇・一〇旧八・二〇北村隆光録)
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霊界物語 37_子_出口王仁三郎自叙伝1 25 妖魅来 第二五章妖魅来〔一〇三七〕 篠村から徒歩となつて、帰途を幸ひ八木の福島寅之助方へ立寄つて見た。所が主人の寅之助氏は綾部へ修業に行つた不在中で、妻君の久子サンと子供が居つたので、四方氏から綾部の様子や福島氏の神懸り[※校定版では「神憑り」]の次第まで逐一話して聞かした。されど久子は金光教の信者である所から、霊学の話などは半信半疑で、何を云ふても鼻の先であしらひ、腑におちぬやうな按配で面白くない。二人はソコソコにして、此家を立出で八木の大橋を渡つて、刑部といふ所に土田雄弘氏の寓居を訪ね、神の道の御話など互に語らふ所へ、京都から一本の急電が届いた。土田氏は何事ならむと早速開いて見れば、京都に居る従弟の南部孫三郎といふ人が、病気危篤であるからすぐ来てくれといふ電信であつた。土田氏は余り豊な生活でないから京都へ行く旅費もない。大に困つて喜楽に向ひ言ふよう、 土田『只今の電報は私の従弟の南部といふ者が、今まで金光教会の布教師をつとめて居ましたが、身の修まらぬ人物で、今迄京都から尾州、遠州、駿州あたり迄十三ケ所も金光教会所を開いては、婦女に関係をつけては失敗し、又土地をかへては教会を開き、同じく婦人に関係しては追出され、遂には金光教会の杉田政次郎氏から破門されて、今の所では妹の家に厄介になつて居りますが、二三年前より肺結核にかかりブラブラ致して居りました。とうとう神罰が当つたのでせうから、到底全快は覚束なからうと信じて居りますけれど、なる事なら今一度神様の御助けに預りたいものです。先生の御祈念で、ま一度助けてやつて下さる事は出来ますまいか』 と心配相に頼み込む。喜楽は気の毒がり、直に神界に伺うて見た。其神占によると、今後一週間目の日が此病人に取つて大峠である、九分九厘までは到底助かるまい……と云つた。そこで土田氏は…… 土田『モシ南部の命をお救ひ下さるなれば、私から彼を説いてあなたの弟子と致し、お道の為に誓つて尽力をさせませう』 と云ふ。喜楽は笑ひ乍ら、 喜楽『又金光教会の布教師時代の行方をくり返されますと困りますなア。併しここ三年の間、神様に願つて命を伸ばして貰ふやうに致します。神様は三年間の行状を見届けた上で、又々寿命をのばして下さりませう。此事を手紙に書いて南部サンへ知らしておやりなさい。さうすれば京都へ旅費を使うて行く必要はありませぬ』 土田氏は喜んでこまごまと手紙を書き京都行きも見合した。果して南部氏は七日目に一旦息が絶え、暫くして再び息を吹き返し、それから日に日に快方に向つた。土田氏は南部全快の砌に京都へ行つて会見した際、 土田『貴兄の今度の大病が全快したのは、全く綾部に現はれた艮の金神さまの御神徳と、上田といふ人の熱誠なる御祈念の賜物である』 と云つて喜楽に約束したこと及綾部に於ける神懸修行の実験談などを詳細に話して聞かせた。されど南部は、 南部『必しも綾部の艮の金神様の御神徳ではない。平素信ずる天地金の神さまと、金光教祖の御守護にて、吾大病を綾部の神や上田といふ男を使役してお助け下さつたのである。故に此御恩の九分九厘はヤツパリ金光さまにある』 と云つて、直に京都の島原の金光教会へ御礼参りをなし、綾部の方へは手もロクに合はさなんだのである。 それから後は『今まで金光教の布教師を拝命し乍らいろいろの醜行を敢てし、神様の御怒りにふれて一命すでに危ふき所を、お慈悲深き天地金の神や金光教祖の御威徳でおかげを被つた』とて、朝晩、母親や妹や自分が代る代る島原の教会所へ参拝して居つた。そした所が、一二ケ月たつと今度は又腹が烈しくいたみ出し、日を追うて重体に陥り、日参所か室内の運動も出来なくなつて了つた。それから母や妹が一生懸命に金光教会へお百度をふんでみたが少しも霊験が現はれぬ。大学病院へかつぎこんで診察して貰うと、非常に重い盲腸炎だから、切開手術を施さねばならぬが、病人の体の衰弱が甚しいから、生命は受合へぬとの医者の言であつた。そこで已むを得ず施術して貰ふのを見合せ、吾家へつれ帰り、成行に任せて、死期の至るを待つ外手段がなかつたのである。 益々重態に陥り、如何ともすることも出来なくなり命旦夕に迫つた。又もや従弟なる土田氏へ……病気危篤すぐ来れ……の電報をうつた。土田氏は例の刑部の寓居にありて、之を披見し「綾部に向つて手を合せ」の返電を打つておいて上京せなかつた。京都の南部氏の母と妹とは其電報を見て、叶はぬ時の神頼み、命さへ助けて下さらば何神様でもよい……と綾部の方に向つて「艮の金神様、今迄の取違と御無礼の段を御赦し下さいませ。孫三郎の一命を今一度お助け下さらば、彼の体も精神も差上げまして、艮の金神さまの御用をさして頂きます」 と一心不乱に祈願をこめた。ふしぎや忽ち感応あつて、南部氏の病床に一寸許りもあらうと思ふ大きな虻が、寒中にも抱はらずブンと音を立ててどこからともなく飛来り、病人の頭の上を三回舞ひ了るや、南部氏の腹部は岩でも砕けるやうな音がして、二三升許りも汚いものが肛門から排出すると共に、それより腹部の激痛も止まり、日を追うて快方に向つた。此れが南部氏が金光教を断念して綾部の大本へ入信した動機であつた。 それから二人は綾部へ帰つて見ると、上谷の修行場に邪神が襲来して、福島寅之助、村上房之助、野崎篤三郎其外一二名の神主は大乱脈となり、あらぬ事許り口走つて騒ぎまはつて居た。村上は近郷近在を昼夜の区別なくかけまはり、いろいろの事をふれまはつて、大本の名を悪くせむと一生懸命に妖魅がついて狂ひまはつて居る。福島寅之助は上谷の村中に響きわたるやうな大音声で、 福島『丑の年に生れた寅之助は、福島只一人であるぞよ。それぢやによつて此方が誠の艮の大金神であるぞよ。上田は未の年の生れ、出口直は申の年生れであるぞよ。漸く二人合はして坤の金神ぢやぞよ。二つ一つぢやぞよ。とても此福島寅之助には叶はぬぞよ。サア皆の者共、これから今までの取違をスツパリ改心致して、此方にお詫致せば今までの罪を許してやるぞよ。出口と上田は裏鬼門の金神ぢや、誠の丑寅の金神は出口直ではなかりたぞよ。これが分らぬ奴はきびしきいましめ致して、谷底へ放るぞよ。これからは福島寅之助を神が使うて、三千世界の立替立直しを致して、神も仏事も人民も餓鬼虫けらに至る迄勇んでくらさすぞよ。これが違うたら神は此世にをらぬぞよ。大の字逆様になりて居るぞよ。今に天地がでんぐり覆るぞよ。用意をなされよ。今に足許から鳥が立つぞよ。艮の金神は今まで悪神祟り神とけなされたが誠に結構な神でありたぞよ。神が表に現はれて善と悪とを立分けて世界の人民を改心さして松の神世にいたすぞよ。神は決してウソは申さぬぞよ。疑へば神の気障りになるぞよ。之から上田が帰つても相手になる事はならぬぞよ。誠の艮金神が気をつけるぞよ』 などと赤裸となり妖魅がうつつて、教祖の筆先の真似計りを、のべつ幕なしに呶鳴りちらして始末に了へない。喜楽は直に神界に祈願をこめ鎮魂を修した。其為一旦邪神の暴動が鎮定したが、又外の神懸にも沢山の妖魅の同類がうつつて福島の神に加勢をする。遂には神懸一同が口を揃へて、 一同『皆の者よ。シツカリ致さぬと、上田の曲津にごまかされて、ヒドイ目にあはされるぞよ。誠の艮の金神は福島大先生に違ひはないぞよ』 と叫ぶのを聞いた福島は、再び邪神におそはれて、黒い濃い眉毛を上げたり下げたり、目を剥いたり、腕をふり上げたり、飛んだりはねたり、尻をまくつてはねまはつたり、畳は穴があき床はおつる、ドンドンドンと響きわれるやうな音をさして、非常に大騒ぎを再演し出したので、田舎人が珍しがつて、四方八方から毎日々々弁当持で見物に来る。喜楽は一生懸命に鎮圧に力を尽しても、二十有余人の神憑の大部分に、不在の間に妖魅が憑つたのであるから、中々容易にしづまらない、こちらを押へばあちらが上る、丁度城の馬場で合羽屋が合羽を干してゐた所へ俄に天狗風が吹き合羽が舞ひ上り、一度に押へることが出来なくなつて、爺があわてて堀へはまつたやうな具合になつて来た。そして日一日と狂態が烈しくなつて来る。つひには修行者の親兄弟が怒つて来て、 『吾家の大事な伜を気違にしたから承知せない、吾妹を狐つきにしよつた……おれの子を巫子に仕立よとしよつた……狸をつけたのだろ、其筋に告訴してやる』 などと一斉にせめかくる。四方藤太郎は其中でも稍常識を持つてゐたから、陰に陽に気を配り、忠実に審神者の手伝ひをしてくれたので、喜楽も非常に力を得、千難万苦を排して一斉の反抗も妨害も頓着なく、あく迄審神者の職権をふりまはして漸く邪神を帰順せしむることを得た。 一方では金光教師たりし足立正信氏等は心機一転して、金明会を破滅せしむるは此好機を措いて他にある可らずとなし、数多の信徒をひそかに、以前の田中新之助といふ信者の内に集めて、鎮魂帰神の霊術の不成績なることを強調し、且つ喜楽を放逐すべく密議をこらしてゐた。折角固まりかけてゐた金明会の信徒は五里霧中に彷徨し、去就に迷ひ、四分五裂の状態になつて来た。えたり賢しと、中村竹造、四方春三の野心家等が、諸方へかけまはつて喜楽の神憑[※初版・愛世版では「神憑」、校定版では「神がかり」。]は有害にして無益だとか、狐使だとか、魔法師だとか力限り根限り下らぬことをふれ歩く。遂には教祖のことまで悪口するやうになつて来た。其時の有様は全く万妖悉く起るてふ古事記の天の岩戸がくれ式であつた。 幸にして四方平蔵、同藤太郎等の熱心と誠実なる調停で、一時は喜楽に対する猛烈な反抗も稍小康を得ることとなつた。そしてイの一番に叛旗をかかげたのは福島寅之助氏であつた。元来福島は正直の評判をとつてゐる、人間としては申分のない心掛のよい人である。妖魅といふ奴は中々食へぬ奴で、世界から…彼は悪人ぢや、不正直だと見なされてゐるやうな人間にはメツタに憑るものでない。たとへ憑つて見た所で其人物に信用がなければ、世人が信用せないことを知つてゐるからである。そこで悪魔は必ず善良なる人間を選んで憑りたがるものであるから、神憑[※初版・愛世版では「神憑」、校定版では「神がかり」。]の修行する者は余程胆力のある智慧の働く人でないと、とんだ失敗を招くものである。良き実を結ぶ木には害虫がわき易いものである。菊一本にても、大きい美しい花の咲くものには虫が却てよけいにわくやうなもので、正直だから善人だから、悪神がつく筈がないと思ふのは、大変な考へ違である。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・一〇・一二旧八・二二松村真澄録) (昭和一〇・六・一〇王仁校正)
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霊界物語 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 06 曲の猛 第六章曲の猛〔一〇四三〕 四方源之助、西村文右衛門の両氏は、喜楽のすすむる茶を飲み乍ら、又話を続けられた。 『金明会の御広間では、先日から世に落ちて御座つた、沢山の金神様や竜神様が、今度勿体なくも艮の金神さまが、此世へおでましなさるに就て、今度の際に、今迄おちてゐた神を此世へ上げて、其霊魂を救ふてやらねば、モウ此先万劫末代あがることが出来ぬから、今上田の審神者が綾部へ帰つて来たら、邪神界の神ぢやといふて封じ込めたり、追つ払つたり、霊縛をかけたり、いろいろと神界の邪魔許り致すに依つて、気の毒乍ら、暫くの間上田を綾部へ帰らぬ様にしてやると仰有つた。教祖様の御言葉の通り、俄に大雨が降つて来て、和知川は一升二合の水が出て、綾部の大橋が流れて了ひました故、上田サンが綾部へ帰れぬやうになつたのも、これも全く出口の神の広大無辺の御神徳だと思ひます。神さまは大変に先生を嫌うて居られますから、今度綾部へお帰りになつても、今までみたやうに我を出さぬ様にして、何事に依らず、出口の神様と神懸りサンの言に従うて下さらぬと、いつもゴテゴテ致しまして、先生には綾部に居つて貰ふことが出来ぬやうになりますから、私たちは先生を大事に思ふ余り、ソツと御意見に来たのであります。兎角出る杭は打たれると云ひますから、何神さまにでも敵対なさらぬが天下泰平ぢや、先生の御身の得ぢや』 と忠告をする。喜楽は相当教育あり、村でも町村会議員まで勤めてゐる様な人が、こんな事を云ふと思へば余りのことで呆れて答へる言も知らなんだ。二人はいろいろと喜楽に意見をした後帰つて行く。 それと行違に、喜楽が上谷まで帰つたと聞いて、出口澄子が密かに走つて来て、 澄子『先生、あなたの御不在中に、四方春三サンやら村上サン、黒田サン、塩見サン等が御広間へ帰つて来て、無茶苦茶な神懸をしたり、他愛もないこというたり、飛んだり、跳たり、しまひには裸になつた儘屋外を走つたり、上田は神界の大敵役だから、今度帰つて来ても金明会へ入れることはならぬ、皆の者がよつてたかつて放り出して了へ、三人世の元、これ丈居つたら結構々々、上田は悪神の守護神ぢや、鬼の霊だから、鬼退治をすると云つて、春三サンが先生の顔に角の生えた絵を書いて、釘を打つたり叩いたり、唾を吐きかけたりして、大変に煙たがつて、悪い口許り言ひますので、皆の信者がそれを真に受け、そんな先生なら帰んで貰へと、口々に言ふので仕方がないので、教祖さまにチツと云うて聞かして貰はうと思うて申し上げますと、教祖ハンは平気な顔で、何事も神界へ任すがよいと云うて黙つて居られますなり、一体何が何やら訳が分りませぬ故、一時も早う帰つて貰うて、皆の人等の目を醒ましたいと思ひ、役員信者に隠れて、知らせに一人で走つて来ました』 と気色ばんで報告するのであつた。そこで喜楽は、後の修業者を四方藤太郎氏に任しておき、一先づ綾部へ立帰らうとしてゐる所へ、又々例の祐助爺サンが走つて来て、大地へ手をついて泣声を出し乍ら、 祐助『一寸先生に申上げます。昨日の夕方からお昼までが余り騒がしいので、町中の人が芝居でも見るやうに面白がつて集まり来り、門口も道も山の如うに、大勢が冷笑に来ますので、大変に困りましたけれ共、何にも知らぬ盲人間だと思うて、相手にせずに役員も信者も、一生懸命に幽斎を修行して居ました所、夕方に西八田の小万といふ俥ひきが、横の細路を空車をひき乍ら……金神々々阿呆金神、気違金神、夢金神、乞食金神、根つからましな人間が来ん神ぢや……と大きい声でいろいろ悪いことを並べ立て、沢山の見物人を笑はして通りつつ、俥を泥田の中へ転覆さしました所が、丁度そこを通りかかつた人が、それを見て……お前は余り金神さまの悪口を言うたので、神罰が当つたのぢやと言ひましたら、人力曳の小万が怒つて、其人を殴りかけましたので、ビツクリして西の方へ一目散に逃出しました。サアさうすると小万が……金神の信者たるものが、人が泥まぶれになつて困つて居るに罰とは何ぢや、そんなことを吐した奴を、今ここへ引ずり出せ……と呶鳴つて広間へあばれ込み、西原の善太郎サンが参つて居りましたら、白い浴衣を着てゐた餓鬼ぢや、此奴に違ひないと云つて、土足のままで御神前へあがり、あばれ狂ひ、神さまの御道具を片つ端からメチヤメチヤに叩き壊して了ひ、沢山の町の人が面白がつて、……ヤレ金神征伐ぢや、ヤレヤレ……とケシをかけたり嘲笑つたりして、一人も仲裁する者はなし、散々に神さまの悪口を言うた揚句ヤツとのことで其晩の十二時頃に帰つて行きました。皆の信者はチクチクと怖がつてゐますなり、警察は側にあつても、常から足立サンの行状が悪いとか云つて、保護もして下さらぬなり、此爺イも誠に残念で残念で堪りませぬ』 とソロソロ声を放つて泣き出した。 凩や犬の吠えつく壁の蓑 涙をふいて又祐助爺サンがソロソロと悔み出した。 祐助『モシ先生さま、よう聞いて下さいませ。出口の神さまが、日清戦争で台湾で亡くなられた清吉サンの恩給とか年金とかを、これは生命と釣換の金ぢやからと云うて、一文も使はずに貯ておかれたお金を、銀行からひつぱり出して、勿体ない白米を二石も買うて下さりましたが、毎日日日皆の者が出て来て食ふので、最早一升もないやうになりましたから、又出口の神様が銀行から金を出して来て、白米や油を買うて下さいましたが、種油丈でも五六升も一日に此頃は要ります。それでもまだ邪神界が暗いから、マツと灯明をつけてくれと、お三人サンの神懸の口をかつて仰有るので、百目蝋燭を二三十本づつ立てますので、大変な物要りで御座いますが、金の一銭も上げやうとせず、どれもこれも皆よいことにして、出口の神さまの手足許りかぢつて、心配り気配りする誠の信者は一人もなし、誠にお気の毒千万で、此爺イも神さまに申し訳がない、四方平蔵サンは天眼通とかが上手だというて、お三人サンと一つになつて、望遠鏡でも覗くやうに妙な格好して、……平蔵どのあれを見やいのう……と三人サンが仰有ると、平蔵サンが目をふさいでハイハイ拝めました拝めました、大きな竜神さまが現はれましたとか云つて、一心不乱になつて御座るもんだから、会計のことは一寸も構うて下さらず、中村の竹サンは、お筆先を一心不乱に朝から晩まで、晩から夜中まで、阿呆のやうになつて、節を附けては、浮かれ節の様に、読んで読んでよみ倒して、アハヽヽヽ、オホヽヽヽと笑うて許り、何にも役には立たず、出口の神さまはお筆先の御用計りして、こんな大騒ぎをして居るのに、そしらぬ顔をして居られますなり、私もコラ何うなることかと、余り心配致しますので、元から沢山ない禿頭が一入禿て、其上竈の煙で黒光になつて了ひまして、皆の役員サンが……御苦労の黒うの祐助とひやかします、アタ阿呆らしい、神さまの事でなかつたら、隠居の身分で安楽に暮せるものを、誰がこんなことを致しませうか』 と涙交りの黒い顔を黒い手で撫で廻し、歯糞の溜つた口から一口々々唾を飛ばして、喜楽の顔へ吹きかけ乍ら、一生懸命になつて喋り立ててゐる。そこで喜楽は側にあつた半紙に筆を走らせ、 禿頭鳥居もかみもなきままに クロウクロウと愚痴を祐助 と書いて与へたら、 祐助『アハヽヽヽ此奴ア有難い』 と喜んで押頂き、懐に捻込んで一目散に又もや綾部へ帰つて行く。 それから三日目に又此爺イさんがスタスタとやつて来て、何か大切相に風呂敷包から手紙の様な物を出し、 祐助『先生、これは畏くも、牛人の金神様から、上田先生に対しお気付けのお筆先で御座いますから、叮重にして御覧下さいませ』 と差し出す。喜楽は直に披いて見ると、不規律な乱雑な書方で、 『牛人の金神が上田に一寸気をつけるぞよ。神の都合があるから、修業者一統引つれて帰るべし、此神の命令を叛いたら怖いぞよ云々……』 と記してある。喜楽は祐助爺イサンの迷ひを醒ます為に、其手紙を目の前でバリバリと引さいて見せた。爺サン吃驚して、 祐助『アヽ先生勿体ない、そんな事をなさると神罰が忽ち当りますぞ』 と躍気となる。喜楽は祐助サンに向つて、 喜楽『ナアに心配が要るものか、お前が牛人の金神に貰うたとかいふ其扇子を一つ引裂いてみるがよい。決して罰など当るものでない』 と励ましてみると、どつちやへでも人の言ふことにつく、阿呆正直者の祐助サンは、其場でベリベリと破つて了ひ、別に手も足も歪み相にないので、祐助さんはソロソロ地団駄を踏み出し、 祐助『此頭の禿げた爺イが、まだ十八やそこらの村上に騙されたか、エヽ残念至極口惜しやなア』 と其扇子を大地に投げつけ、踏むやら蹴るやら、其様子の可笑しさ、気の毒さ、何とも云ひやうがなかつた。 それから祐助サンと同行して、金明会の広間へ帰つてみると、御広前には信者が溢れて居り、屋外には見物人が山をなして、邪神の面白い神懸り[※初版・愛世版では「神懸り」、校定版では「神憑り」。]をひやかして居る。喜楽はすぐに内へ這入ると、村上房之助に何者かが憑依して、沢山の信者をたぶらかし、あつちやへ行け、こつちやへ行けと嬲り者にし乍ら荒れまはつてゐる。何にも訳を知らぬ信者が、神様だと思うて怖がり、ヘイヘイハイハイと言ふが儘になつてゐた。村上は自分の顔を見るなり、 村上『オヽ上田か、よく帰つた。此方は小松林命だ。その方は牛人の金神の命令をよく聞いた、偉い奴だ、其褒美として之を其方に使はす間、大切に保存するがよからうぞよ』 と大きな骨の扇に、何かクシヤクシヤと書いて勿体振つて差出すのを、手に取るより早く、数多の役員信者の目をさますにはよい機会だと思つて、其大扇で村上の頭を三つ四つ叩いてみせた。信者は各自不思議な顔をして、喜楽の顔許りながめて居る。奥の間の方から例の三人程の声として、 『上田殿が今帰りよつた。大神さま早く神罰を当てて下さいよ』 と細い声で、叫んで居た。 心なき世人の誹何かせむ 神に任かせし吾身なりせば (大正一一・一〇・一四旧八・二四松村真澄録)
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霊界物語 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 22 難症 第二二章難症〔一〇五九〕 明治三十七八年頃は日露戦争の勃発で四方平蔵、中村竹造等十二人の所謂幹部役員は愈世の立替で、五六七の世になる、それまでに変性女子を改心をさしておかねばお仕組が遅れると、しやちになつて、信者の家を宣伝にまはり……会長が改心せず、又小松林の居る内は、門口の閾一つ跨げさす事はならぬ、大変な神罰が当ると一生懸命に一軒も残らず触れ歩いてゐる。そしてどんな立派な事を会長が言うても、一つも聞いてはならぬ、小松林が艮金神さまの御仕組を取りに来てるのだから……とふれまはした。信者は一人も残らず、熱心な十二人の活動で、彼等の云ふ事を固く信じて了ひ、且つ園部で狐の真似したのが大変に祟つて、信者一般から四ツ足の守護神と思ひこまれたからたまらぬ。此時喜楽の云ふ事を聞いて布教に従事してゐた者は西田元教と浅井はなといふ五十余りの婆アサン二人のみであつた。 西田と浅井とは代る代る園部を十二時頃に立つて三里計り日をくらして綾部へやつて来て、大槻鹿造の家で、夜中ソツと会長と会見し、教理を研究しては、又夜の間に園部へ帰り、園部を根拠として、細々と宣伝をやつて居た。喜楽は意を決して、園部迄夜の間に浅井に伴れられて、逃げのび、船井郡や北桑田郡の信者未開の地を宣伝して居た。 片山源之助といふ材木屋がふと園部の支部へ参拝して来て、教理を聞き、俄に信者となつて、幽斎の修行を始め、天眼通を修得し、旅順の要塞を透視したり、日露戦争の始末を予言したり、いろいろと不思議な事が実現したので、非常に沢山の信者が集まつて来た。さうすると又もや綾部の連中が嗅つけやつて来て、沢山の信者の前で、 『会長は小松林といふ四ツ足の守護神が憑いとるのだから、相手になつては可けませぬぞや、貧之神ですから』 と吹聴する。片山の天眼通が呼物となつて沢山の信者が集まつて来た。そこへ綾部から来て、会長の悪口雑言を並べ立てるので、訳も知らぬ信者は一も二もなく信じて了ひ、会長を軽蔑し、片山先生片山先生と尊敬して、遂には会長を邪魔者扱ひにするやうになつて了つた。西田は大変に憤慨していろいろと活動したけれ共、綾部の妨害が甚しいので、頽勢を挽回する事が出来なかつた。それから会長は再び綾部へ帰り、仮名計りの教典を作り、西田元教に持たせて宣伝に歩かすこととしてゐた。 再び綾部へ帰り、離れの六畳に蟄居して教典を書いてゐると、又もや四方中村の幹部がやつて来て、 中村『会長サン、行けば行く程茨室、神に反いて何なとして見よれ、一つも思惑は立ちは致さんぞよ、アフンとして青い顔をして、家のすまくらに引つ込んで、人に顔もよう会はせず、悄気てゐるのを見るがいやさに、神がくどう気をつけるぞよ……と現はしなさつた筆先を実地に御覧になつたでせうな。さうだからどつこへも行くでないと仰有るのに、小松林の四ツ足にチヨロまかされて、又しても又しても、綾部を飛出しなさるもんだから、こんなザマに会ふのです、モウこれからはどつこへも行かず、教祖さまの御命令を聞いて役員の言ふ通りになされ、世界の人民が苦みますから』 と中村がそれみたか……といふやうな冷笑を浮かべて喋り出した。会長は、 喜楽『ナニ、私は失敗したんでも何でもないワ、自分の心がお前に分るものか、細工は流々仕上げを見て貰はな分らぬワイ』 と言はせも果てず、中村は大きな声で、 中村『コラ小松林、まだ改心を致さぬか、ツツボにおとしてやろか、慢心は大怪我の元だぞよ』 と呶鳴りつける。四方平蔵は側から、 四方『会長サン、あんたの仰有る事も先になつたら又聞く時節が来ますから、今の所ではお気に入らいでも辛抱して御用聞いて下され、今年来年が世界の大峠、グヅグヅしてる時ぢや厶いませぬぞや、これ程御大望が差迫つて来て居るのに、大本の御用継ともある人が、そこらをウロウロとウロつきまはるとは何の事ですか、教祖さまが、又何時もの病が出て小松林がそこら中へつれて歩くから、役員気をつけよ……と厳しう仰有るのですから、こうして皆の者があなた一人の事に付いて心配して居るのに、お前サンは吾々役員が可哀相なとは思ひませぬか』 と詰りよる。会長は、 喜楽『お前らがトボけてるのが可哀相なから、早く目をさましてやろうと思うて、いろいろと気をつけるけれども、小松林の四ツ足が吐すのだなどといつて一口もきかず、目をさましてくれぬので、綾部に居つても用がないので、今の内に一つでも神界の御用をしておかうと思つて、そこら中を布教に歩くのだ。日露戦争が起つても、それ位で世界の立替が出来るものでない、まだまだ世界の大戦争があり、それから民族問題が起り、いろいろ雑多な事が世界に勃発して、最後にならねば立替は出て来るものぢやない、ここ十年や二十年で、そう着々と埒があくものか、今の内にチツと目をさましておかぬと、此戦争は済んで了ふなり、立替は出て来ぬなりすると、又虚言ぢやつたと言つて信者が一人も寄りつかなくなつて了ふ、つまりお前達は一生懸命になつて神さまのお道を潰さうとかかつてるやうなものだ』 といふのを皆まで聞かず、 『コレ会長サン、お前サン等が何程小賢しい理屈を並べても誰も聞く者はありませぬぞ、一分一厘違はぬお筆先だと仰有る神さまの御言が違うてたまりますか』 などと頑張つて、一言も聞入れぬのみか、益々四ツ足扱ひを始めて始末に了へぬので、澄子と相談の上、何事も沈黙を守り、一時の間も時間を惜んで、教典を書き現はすことに全力を尽して居た。 そうした所が西田が一ぺん北桑田へ来てくれと秘かに頼みに来たので、何とかして又もや綾部を脱け出さうと考へて居た。幸に八木の祭典に出張する事となり、前に述べた如く八木を夜ぬけして、園部へ走り、それから人尾峠を乗越へて、宇気といふ山里へ日の暮頃に落つき、安井清兵衛といふリウマチスで身体の自由を失ひ苦しんでゐる老爺サンの鎮魂をなし、其夜はそこで一泊する事となつた。西田が鎮魂をすると、爺イサンは其場で足が立ち、座敷中を歩いて見て、大変に喜び、それから熱心な信者となつたが元来が村中でも受けの悪い親類の財産を併合して、財産家になつたやうな爺だから、金銭の執着心が甚うてモ一つといふ改心が出来ぬので、僅に室内を歩くよにはして貰うたが、まだ外へ出て働くまでにはならなんだ。そこで爺イサンが西田に対して言ふには、 安井『どうぞ私が山へ行けるよにして下さつたら、内の林の杉や檜の屑をさがして切つて、それで神さまのお祭り場所を建て、教会を開き、私が隠居の代りにお守をさして貰ふ』 と虫のよい事を言ひ出した。そこで元教が大変に腹を立て、 西田『神さまの御祭り場所を建てるのに、屑をよつて建てるといふ様な事を云ふ爺イは嫌だ。一番よい木を上げるのが信神の道ぢやないか、そんな事言うとると、又元の通りいざりになつて、折角拵へた財産迄なくなつて了うぞ』 と云つたきり、サツサと安井の内を飛出し、それきり変屈人の西田は寄りつかぬやうになつて了うた。果して此爺は元の通りの難病になり、欲にためた財産も息子の縫之助が人にだまされて、一獲千金のボロ儲けをせうとして大失敗をなし、財産の九分通まで、三年ほどの間になくして了うた。 さて会長は西田と共に其時分これもリウマチで平太つて居た小西松元といふ男の内へ訪問して、暫く其家を根拠として布教に従事してゐた。此小西は園部の支部へ駕籠に乗つて出て来て、西田の鎮魂で即座に足が立ち、大変に喜んで、材木などを献納し、支部の拡張までやつた位な熱心家であつた。此小西は川漁が大変上手で寒中でも一寸出て来ると、三升や五升の川魚をとつて来る河童と仇名をつけられて居る酒飲み爺である。毎日三升位は平気で平げて、朝から晩まで女を相手に酒を呑んで居つた。西田が小西の病気を直した時今後は決して魚をとつてはいかぬ、そして酒を二三年呑まぬやうにせぬと今度はリウマチ所か中風になつて了ふと注意しておいたのも聞かずに、寒の内に網を持つて宇津の川原へ籠り魚を掬ひに行つて、柳のヌツと川へ出た、幹からふみ外し、川へドンブとおち込み、再び大熱を発し、元の通りにリウマチになり、昼夜間断なくウンウン唸つて苦んでゐた。そこで西田が再び鎮魂をして余程よくなつたが併し、足の痛みが止まつた丈で、行歩の自由が叶はぬ。そこで喜楽を綾部から引出し、小西の鎮魂をして貰ひ、病気を本復させて、神さまの御用に使はうとしたのであつた。喜楽は西田と二人で小西の内へ尋ねてゆくと、小西は宮村の内田官吉といふ弟の家に世話になり、薬風呂をわかして養生をし乍ら、神さまを念じてゐた。そこで会長が始めて小西に面会し、二日計り逗留の間に二三回鎮魂をしてやつた所、漸く全快し六里計りの道を徒歩で宇津へ帰り、一生懸命に神さまを念じてゐた。沢山の信者が諸方から集まつて来て毎日日日二三十円計りのお賽銭の収入があるので、小西がよい気になり、ソロソロ信者の女に手をかけたり、朝から晩まで酒を呑み始めた。其時喜楽は京都へ行つて皇典講究所へ通うてゐるので、西田に任して宇津の小西の広間の方は構う事が出来なんだ。さうすると小西がソロソロ慢心をし出して、西田のいふ事を聞かなくなつて来た。一人息子の増吉といふのが二十聯隊へ入営し、日露戦争に出征してゐた。そして朝から晩まで自分の息子の無事に帰る事計りを祈り乍ら、沢山の信者の鎮魂をやり、日に日に信者はふえて来る許りであつた。さうした所が俄に電報の間違で増吉が戦死したといふ知らせが、北桑田の郡役所から届いたので、松元とお末といふ夫婦が西田を前後より差挟んで、ソロソロ不足を言ひだした。其お末婆アサンの言はザツと左の通りである。 末『コレ元はん余りぢやないか、内の増吉は信心さへして居れば滅多に戦死する気遣ひはない、金鵄勲章を持つて帰らしてやるというたぢやないか、ソレに此電報は何のこつちや、奴狸奴が人をダマしやがつてサア早う出てゆけ、内の爺も爺ぢや、華を第一といふ法華経の信者が、綾部の狸にだまされて、仕様のない神をまつるもんだから、こんな目に会うたのだ。早う神さまを叩きつぶして川へ流しなされ、コラ元公早ういなんか』 と雪が二尺ほど積つてゐるのに無惨にも外へつき出した。西田は日の暮前に二尺程も積つてゐる雪の中へ放り出され、漸くにして半里許りの山路を登り、人尾峠の頂きまで登りつめると、風の吹きよせで雪が五六尺もつもり、身動きも出来ぬやうになり、其夜を泣きもつて明かした事もあつた。然るに小西増吉は幾回となく危険な場合を神さまに助けられ、同じ村から六人召集されて出征してゐた者が、五人まで負傷したり戦死したりしてゐるにも拘はらず、増吉丈は怪我一つせず、二十聯隊の全滅した時に僅か二人残つた其一人であつた。そして金鵄勲章を貰うて聯隊長の従卒となり楽に勤めて帰つて来たのである。それから小西がビツクリして西田に葉書をよこしあやまつて来て、 『どうぞ一ぺん遊びに来てくれ』 というので西田も再び小西の宅へ行き、一所に神の道を開いてゐたが、又もや衝突してそこを飛出して了うた。其時は会長はすでに別格官幣社建勲神社の主典をつとめてゐた。そこへ小西から手紙が来て、 『矢代といふ所に大変キツイ曲津が居るから、私の手にあはぬよつて、先生に助太刀に来て貰いたい』 といふので、公務を繰合はして宇津へはるばる行つて見ると、 『周山村の矢代といふ所に吉田竜次郎といふ人がありますが、其奥サンが此間から二度許り参つて来られますが、主人が如何しても博奕をやめぬから、やめるよに祈祷がして貰ひたいといふのですが、神さまに伺うてみると大変な曲津があこには巣くうてゐるから、お前の力ではどうせだめだから、会長サンに御願ひをせいと云はれましたから、一寸御手紙を上げました』 と云うてゐる。それから小西の信者に案内をして貰うて矢代へ行つた。丁度明治四十年の夏の始めで田植の最中であつた。それから吉田の宅へ行つて見ると、自分が行くのを知つて、曲津は早くも逃げ出し、何にも居らぬやうになつて居た。其家の主人の竜次郎氏はどつかへ行つて居つて不在であつたが、妻君のお鶴サンに面会し小西の言うたやうな事を聞かされ、そして曲津が居りますか……と尋ねるので、何も居りませぬと答へると、たよりない先生ぢやなアと言ふやうな顔をして、お礼だというて金二円包んでくれた。それから吉田家と懇意になり竜次郎氏は建勲神社へ二三回も尋ねて来て、いろいろと神勅を伺うたりし乍ら、妻君の熱心で何時とはなしに大本へ帰依するやうになつたのである。 (大正一一・一〇・一八旧八・二八松村真澄録)