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(3697)
大本神諭 神諭一覧 大正6年旧10月16日 大正六年旧十月十六日 二度目の世の立替の艮めを刺すのが近う成りて来たぞよ。何も経綸通りに致すぞよ。西と東とに初発の御宮を建て戴いて、元の昔へ世を戻す時節が参りて来たから、大神が揃ふて元の神宮へ立帰りて神代に立替るから、何事に付けても大望斗りで在るぞよ。世の終の艮めと世の始りとの境の筆先であるぞよ。余り大望な御用で在るから、三体の大神が西と東の新宮に降り昇りを成されて、天からの御手伝を成さる実地が歴々と出口直の眼には見えるぞよ。火の元も天からで在るぞよ。水は天の根本の世の元の御先祖様が、斯世の元に拵らえ成れて、鉄の棒が針に成る所までの御苦労を遊ばし、斯世には夫婦と云ふ事を拵えねば世が立て行かんから、泥海の中に御居でまして、何彼の経綸を成されて、初発に地の世界を創造なさるに力に成る御夫婦の霊魂から、何も彼もミロク様の御骨折であるぞよ。外に身魂は湧して在りても、御力に成らん筋の違ふ身魂で在るから、是だけ永らくの御苦労なされたので在るぞよ。ミロク様でも地で御出生なされた御先祖様であるぞよ。力に成さる天地を創造る御血筋を、夫婦揃えて置いて天へ御上り遊ばすぞよ。天に御すまいの出来る如うに致して置いて、地の泥海を固め締るには、龍宮の音姫殿一輪の御手伝で、天地を修理固成た国常立尊と、ミロク様との、元からの動かぬ仕組であるから、何事も経綸通りに致すぞよ。余り世界の事が惨いことに成りて居るので、手も足も差出す事が出来ん如うに、真暗りの世になりて居るから、立替を急激に致しても、後の立直しが中々大望であるが、立直しに就ては御三体の大神様をモ一つ上へ御上りを願はねば成らぬ。夫れに就ては何彼の仕組は為て在るから、天地の先祖の経綸通りに致すぞよ。今度の事は智慧や学では出来ん事で在るから、何事も素直に致して御用を聞いて下さりたら、斯世を自由に致す元の活神が、直々に致さな成らん時節が廻りて来たので在るから、是迄の行り方が一寸でも混りたら跡戻りを致して、仕組が違ふたら、初発から仕直しを致さな成らん大本で在るぞよ。何彼の時節が迫りて来たから、日本の人民も今迄の如うに自己の経営斗り致して、慾に迷ふて居ると、俄に手の掌が覆りて、往きも還りも出来ぬ如うに成り、世界へ顔出しが出来ぬ事が出来するぞよ。夫れで永らくの間筆先で改心改心と一点張りに気を附けたなれど、今の人民は足元へ火が焼えて来て、身体が焦げる所まで判らんから神も助けやうが無いぞよ。 金龍界の神島に御宮を建て下さりて、三体の大神様に御鎮りに成りて貰ふて、結構で在るなれど、モ一段上へ上りて守護を致して、本宮山に御宮を建て、三体の大神さまが御鎮りに御成なされたら、地の先祖が神嶋の(一名大八洲)御宮へ鎮りて、天のミロク様と地の先祖とが、末代の世を持ちて、治めて行かねば、外の神魂では末代の世は続いては行かん斯世で在るぞよ。時節と云ふものは結構なものの恐いもので在るぞよ。何事も時節には叶はんから、改心致して従ふ所へは従ふて行けば、何事も心配無しに安全に行け出すぞよ。是迄の行り方は体主霊従の世で在りたから、悪の霊は全部平げて了ふて、善一筋、誠一筋の世に致して、世界を一つに丸めて、神国の世に致すぞよ。今迄に悪神の頭目が外国へ上りて居りたのを、日本の元の先祖が立分けて、日本の国は霊主体従で在るから、泥海の中に住居を為て居る折からの、悪神の目的はドエライ奸計を致して居るなれど、悪では末代の世が続きは致さんぞよ。今が善と悪との代り目の辛い所で在るぞよ。悪の経綸で此先をモ一とつ悪を強くして、此先の仕組を成就させる量見であれども、天地の先祖はドンナ事も能く知りて居るから、日本の国には水も漏さん経綸が為て在るから、悪の身魂が発根の改心を致さなならん事に成るぞよ。世に出て居れる守護神も、日本の国を外国の四ツ足に、自由自在に好き寸法に、好い弄物に為られて、天地の御先祖様へドウ申訳が立つか、何うして御詫を致すぞよ。外国の悪神の頭目が日本の、○○先祖よりも一段上へ上りて、茲まで世界を自由に乱らした事が、我と我手に露見て了ふて居るが、日本の国は洋○では世は立ちては行かんぞよ。今の日本の○○○○○○○○沓○○○日○○大将が、何処と無く飛び歩行ては、未だ世が治まる処へは行んぞよ。根本の大神を日本の人民の○○○も一段下たに致して居りて、○○十○○○○斯世を拵えた天地の先祖を、○○○○○〇一段下に落して、天地の大神を日本の地面に置いて与るのじゃと申て、大きな誤解を致して居るから、世の初発の事から、茲まで為て来た事から、悪い企みをして居る事から、茲まで四ツ足が為て来た事から、日本の国の神はドウでも宜いものと申て、天の御先祖様をドウでも宜いものと申して、皆の神が目論見て、押込めて、天地の神の元を無い同様に致して居りたのを、何彼の時節が参りて来て、我と我身に正体を露はせて了ふて居る事から、何事も世の一切の事から、末代の事から、行末の事まで、世界の始りのいろはから、変性男子と変性女子とに、人民では出来ん事を為せて在るから、明けては云はれず、言ふては行かず、変性男子の手で大国常立尊が、昔の根本の事からを書きをくから、是を説いて聞せるのが変性女子の身魂の役であるぞよ。変性男子は昔から言い置にも書き置にも、形も影も無い事を言はして在るから、人民は実地が出て来ねば誠に致さんのは無理は無けれども、余り疑念が甚いので、十年余り立替が遅くなりて、世界中の人民が皆、上から下まで苦しむのが永いから、神は埒能くいたすから、今の間に早く改心いたして下されよ。此先で永う立替にかかりて居りたら、向ふの国は申して在る如うな惨い事に成るし、日本の国も是だけに、明治二十五年から引続いて、何彼の事、一切の事を口と手とで知らして、今に気を附けて居るなれど、今に判らん守護神、何彼の時節が廻りて来て、キリキリ舞を致すぞよ。茲まで落度の無い様に知らして在るから、我の強い解らん守護神よ、後で不足を申さんやうに致されよ。不足ありたら自分を恨めるより仕様は無いぞよ。斯う成りて来るから、永らく筆先で気が付けて在るのに、我の身体に火が附て燃え上りて来んと、今の守護神は聞きは致さんから、悪い方へ引落されて、悪い鏡に成る守護神ばかりで気の毒なれど、何程に気を付けて知らしても、在って了はねば聞く身魂が無いから、茲までに天の先祖様と地の先祖が、ドウゾと思ふて、自己の血筋に厭な事を皆させて、見せて在るぞよ。誠善一とつの御道は他にキヅは附けられんから、我血統に厭な事はさして在りたぞよ。今だに出口直の血族にさせて有るから、何事も能く出口直の血筋の所作柄を見て置いて改心を致さんと、我れ好しの行り方では…………是迄は好な如うに為て行けたなれど、二度目の世の立替を致したら、全部行り方を代えて了ふから、今が境の性念場であるから、是までの行り方はチットも用ゐられんやうに、世が代りて了ふて、昔のいろはからの勉強を致さねば、学力ではモウ一寸も先へ行く事も、後へ戻る事も出来んやうに成るから、何事も一度で聞く守護神に使はれて居らんと、使はれる肉体が気の毒が出来るから、此先は何彼の事が神の方は厳しく成るぞよ。人民は穏和に成りて、是迄に思ふて居りた事が、大きな間違でありた事が判りて来るぞよ。是迄は学力が在りたなら上へ登れた成れど、学力は九分九厘で霊の利んやうに仕組てあるから、時節には勝れんから、いろはからの勉強を致さんと、今の学では誠の事が判らんので、世が渡れんぞよ。物質と学との世の終りと成りたぞよ。
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(3698)
大本神諭 神諭一覧 大正6年旧11月23日 大正六年旧十一月二十三日 至仁至愛大神の御出現に成る時節が参りて、明治廿五年から変性男子の身魂に、手と口とで知らさしてありた事が、実地に出て来るぞよ。今迄良き事を致して来た身魂は良き事が出来て来るなり、悪い事を致した身魂は悪い報が出て来るなり、何も彼も一度に現はれるぞよ。モー世の立替の事は知らせる事が無いから、今迄知らして在りた事の実地が世界にあるぞよ。何も彼も世界中の事は帳面に附留てある同様に、天地の先祖は何一つ知らんと云ふ事は無いから、底の判らぬ経綸が致してあるぞよ。底の深いイロハからの仕組で在るから、チットは言はれぬ事も在るし、六ケ敷経綸であるぞよ。言ふてはならず、言はいでは邪魔の這入る事もあるなり、変性男子の役は是程辛いことは無いぞよ。貧乏動ぎも出来んと云ふのは男子の役であるぞよ。一寸でも気を緩めたら真似を為られるなり、真似を仕られたら何遍でも跡戻り斗り致さんならんなり、コンナ叶はん御用は世界に有りは致さんぞよ。御魂は世界に沢山ありても、代理を為せる身魂は一つも無いので在るぞよ。変生男子の身魂の御用は、イロハ四十八文字で世界を治める経綸の御用であるが、向ふの国の体主霊従の頭と其次席の身魂が、中々一通りの身魂の手に合はんと云ふ事が、初発から見抜いてありて、今に変性男子の身魂に憂い目を為して居るから、是から、日本の元の経綸を顕はして、今に悪い目的を立て居る守護神は、日本と外国との施政方針を混ぜ交ぜて行ろうと思ふて居るが、モー悪の世の終りと成りたから、悪の霊はチットも利かぬ如うに致すから、今までの格合ひには行かんぞよ。悪の世は九分九厘でモー済みたから、此先きは天のミロク様の、昔の始りの元の良き世へ世を戻して、何彼の事、末代の事を規定るのであるから、何に附けても大望な事ばかりであるから、人民では見当の取れん事であるぞよ。今までは悪神の支配の世でありたから、何事も見て見ぬ振を為て居りたなれど。全然時節が廻りて来て、延っ引きの成らん事になりて来たから、何時船が覆るやら解らんぞよ。天地の先祖はモー此上守護神人民には充分気が附けてあるから、何事が世界から出て来ても、モー神に不足は在るまい。一度に披いてバタバタと致さねば、何時までも同じ事に永う掛りて居りたら、世界中が泥海に成りて、人胤も無く成りて了ふから、神は日本の元の経綸どほりを始めるから、一旦は世界中の大混雑と成るぞよ。さう成りて来る迄に、神の申す事を信実に聞いて、身魂を研く如うに、筆先で日々知らして在りたが、今の上の守護神も人民も一つも判らんから、今の世界の困難であるが、今でさえ何うする事も能う致さずに、途方に呉れて居るが、マダマダ斯んな容易い事では無いが、其時は吃驚いたして腰を抜かして、頭を下にして走行やうに成るぞよ。そこに成りたら、四ツ足の守護神の正体が自づと現はれて来るが誠に気の毒なもので在るぞよ。茲へ成る迄に改心を致すやうと永らく知らしたなれど、盲目と聾の守護神人民は、実地が来る迄真実に致さんから、ヂリヂリ舞の狼狽舞を致す事が来ても仕様は無いぞよ。鬼とも蛇とも悪魔とも譬へ方の無い、イヤらしい外国の性来を、日本の守護神が見習ふて、外国の行方は良いと申して、上も下も真似斗り致して、今の日本の国の心配、外国の今の態、アレ丈け畜生の性来が現はれて来て居りても、未だ眼が覚めぬか。大将までが下タに成りたり、上に成って見たり、全然日本の神国を畜生の玩弄物に為られて了ふて、天地の先祖も堪忍袋が切れ掛けたぞよ。神の堪忍袋が切れたら、万古末代モー取返しが出来んから、奥山の紅葉の照る内に早く改心いたして、神の申す如うに致さんと、末代の世を持ちて行く事は到底六ケ敷から、どうしても改心が出来ねば、陣を引いて下たに降りて扣えて下され、一人と世界中とには代えられんから、一向気楽にさして神が構ふてやるから、ドウシテも神の国の行いが出来ねば、城明け渡しを為さるが良かろう。神も可成は昔の儘で続かして行かしたいのが、胸に一溢であれど、余り外国人に惚けて居りて、何時までも神の教が聞けぬなら、一つの道へ行くより仕様は在るまい。神は気を附けた上にも気を附けて在るぞよ。一の番頭からして日本魂が全然消えて了ふて居るから、畜生の国の尻に附いて頭から湯気を立て、頭を三角に成る所まで捻ぢ鉢巻で気張って居れど、肝腎の腸が抜けて、腰がフナフナで在るから、斯んな約らん事に成りて来たのを、天地の御先祖様へ何んと申して申訳が出来るか。日本は日本で立て、外国を助けて遣らねば成らぬ、誠一つを貫く神国の一の番頭が、何も解らんから、畜生の尻馬に乗りて、外国の守護神の真似斗り致して、終には外国の自由に為られると言ふ事が判らぬか。モー神は依然して居れん事になりたから、是から表に成りて働くから、構ひ立てには来て下さるなよ。時節が来たぞよ。時節と云ふものは結構なものの、恐いもので在るぞよ。何事も此方から顕はさいでも、我身の方から全然正体を顕はして、何処となく飛び歩行て、見るのも厭で在るなれど、全部顕はせに、我が我の姿を田舎まで見せに歩行のが、顕はれるので在るから、時節ほど結構な恐いものは無いと申すので在るぞよ。時節には何ものも叶はんから、茲へ成る迄に世に出て居れる方の守護神、皆に筆先で細々と能く解るやうに書いて知らせ、口で言はして在るぞよ。筆先に出した事は皆世界に在るが、慢神と誤解とがありたら、真実の御蔭は取れんぞよ。露国ヘ昔から上りて居りた悪神の頭が、露国の国を六茶九茶に乱らして了ふて、モ一つ向ふの国へ渡りて、外国の隅々までもワヤに致して、金の費るのは底知れず、人の命を取るのも底知れず、行きも戻りも出来んやうに致して、食物も無い所まで致して、終には日本の神国へ攻めて来て、世界を我の儘に致すドエライ悪い奸計を致して居るが、モー九分まで悪の目的は成就いたした成れど、日本の国の先祖の一厘の経綸で、手の掌を返して、天下泰平に世を治めて、跡は七福神の楽遊びと致して、世界の人民を助ける日本の元からの経綸であれども、今の世界の守護神人民の心では、三分も助ける身魂が無いぞよ。誠一つの天地の先祖は、違ふた事はチットも申さんぞよ。違ふた事を致したら、茲まで忍耐て来た事が水の泡に成るから、皆が揃ふて今度の二度目の世の立直しの御用を勤めて下されよ。今度の御用は何に附けても辛い事ばかりであるから、確りと胴を据えて居らねば約らんぞよ。大本の中も日の出の守護と成りて来ると、何彼の事が辛くなるぞよ。善し悪しが厳重に判りて来て、是迄の心を全然変えて了はんと、辛うて辛抱が出来んぞよ。口を閉えて、男も女も腹帯を緩まんやうに確りと締て居らんと、此先は是迄のやうな事には行かんぞよ。斯世の上へ上りて居る悪の守護神が、皆揃ふて体主霊従では行かんと云ふ事が、発根と判りて来て、霊主体従の道へ立復らんと、世が治まると云ふ事は致さんぞよ。向ふの国はチットも急きは致さんぞよ。我の代に奪れな児の代に奪る、児の代に奪れな孫の代に奪ると云ふ、気の永い経綸であるから、何時に成りても奪りさえしたら良いと申して、チットも急ぎも動きも致さんぞよ。日本の国はソンナ事を致して居りたら、国家が潰れて了ふから、日本の国には天地の元の生神が、一寸の秘密が致してあるぞよ。外の身魂では出来ん、能う為ん経綸が致して在るが、実地の仕組は今の今まで言いも為られも致さん、大事の一厘の秘密で在るから……………、今の世界の守護神人民が、外国の性来に成りて了ふて、日本の神国と申しても、外国魂に成り切りた中に、生れ育ちて居る子供までが、国家の害を致すハイカラの真似ばかりを為て歓こびて居る中へ、大事の経綸を知らしたら、良い金設けが出来ると申して、実地の世の立直しの大邪魔を致すから、日本の国の仕組は、智慧や学力では何程考えても判りはせんぞよ。チト深い仕組が致して在るぞよ。外国の仕組は浅いから、直ぐに人の眼に判るなれど、日本の経綸は外国魂では判らんぞよ。何彼の時節が参りて来たから、始りたら何も一度に開けて来るから、余程しっかりと覚悟を致させねば成らんから、今に続いて知らして居るぞよ。疑ひと我情と取違いとが第一恐いぞよ。口を閉へて素直に致すが何よりも結構であるぞよ。何事も一度にバタバタと埒良く致さぬと、永う掛りたら日本も叶はん事が出来るぞよ。外国の悪神の頭が日本へ攻て来る仕組を、昔から致して居りたが、モー攻て来るのが近寄りたなれど、日本は日本で元の生神が深い経綸を致して居るから、日本の人民がサッパリ日本魂に成りて居らんと、肝腎の時に狼狽て胴を失ふぞよ。口先では日本魂と申しても、腹の中に誠が無いものは大化物であるから、今度の立替には化け物は皆神が平げて了ふぞよ。今度の大戦いは人種同志の戦争で無いぞよ。神と神と、国と国との、末代に一度より無い大戦いであるぞよ。今度の日本と外国との戦いには、男も女も小供も一つの心に成りて、日本の国を奪られては成らんから、年寄り迄も日本魂に立復りて、神国を守らねば、日本の先祖の大神へ申訳が立んぞよ。今の如うな我れさえ良かりたら、人はドウでも構はんと云ふ如うな精神でありたら、日本の国もエライ事に成るぞよ。日本の霊主体従の結構な神国を、悪神の頭と四ツ足に茲まで自由にしられて、是が悔しく無いやうな腰抜けが沢山あるが、今に日本の頭の上にかぶさって来て居る大難を、何んと致して打ち払ふ心算であるか。先の見えん守護神人民には、神も往生致して居るぞよ。三千年余りての経綸を顕はして、昔の元の神の御血筋に速に代えて了ふて……………。二度目の世の立替は、現世が出来てから未だ無い大望な事であるぞよ。分けては言はれず、言はな判らず、言はれはせず、元の悪から速に改心を致して、上へ上りて居る血筋も改心致して、茲までに元の根本の天と地との先祖を世に落した事の、御詫を致さな成らん時節に近よりたぞよ。モウ此先は霊主体従の経綸通りに致して、早く立替を致して、後の立直しに掛らんと、何んでも無い事に国を潰して、脛腰の立つ、間に合ふ人民を、大根の葉房を切る如うな惨い事を致しても、向ふの国の何一つも効能の有る事は無いが、是も皆悪神の玩弄に成りて居るのであれど、世界に気の附いた人民は一人も無いとは、惨い事に成りたもので在るぞよ。初発からの筆先に、今度は世界が三分になると毎度申して知らしてあるが、世界は三分になるぞよ。何んと申した所で、日本の間に合ふ身魂が無いやうに成りて居るから、今迄に人民の思ふて居りた事が、大間違いになりて来るぞよ。外国の思いも大間違いで、大きな取違いを致して居るぞよ。中々一寸やそっとの取違いでは無いぞよ。日本の人民も外国の性霊に成り切て了ふて居るから、心の持ち方が天地に代りて居るので、茲までは向ふの国の……………。天と地との根本の大神の御血統だけに、誠と云ふ元の日本魂の性来は一厘ほか無いから、一輪の日本魂で元の昔へ世を捻直して、ミロク様の世に致す経綸であるから、何につけても大望な事ばかりであるぞよ。向ふの国の性来が皆体主霊従であるから、薩張り立分けてありたのが、世の末と成りて、斯んな見苦しき、混ぜ交ぜの世になりたのであるぞよ。初発の世界の泥海の折から、末代の巧みを為て居りた極悪神の身上は、日本の元の大神が良く知りて居られるから、日本にも初発から深い経綸が為てありての、今度の神と神との大戦であるぞよ。外国の悪の頭は、何うしてなりと日本へ上る巧みを為て居るなれど、日本の国へは上げられんから、露国の先祖と為てありたなれど、悪の強い奸賢い性来であるから、何の様に為てでも目的を立てねば、途中で邪魔を致すと云ふ邪神であるから、天地の根本の大神は茲まで悔しい残念を堪り詰て、悪神の仕組の九分九厘と成るまでの、永い間の堪忍を致して、悪神の頭の目的を立さしてをいたが、モー一つ目的を立て居るのを、日本の元の大神が能く知りて居るから、日本の神国には、外国の御魂の能う為ん事が仕組みてあるから、九分九厘迄はトントン拍子に出て来たなれど、モウ悪の経綸の輪止まりが来たから、フクロ鳥の宵企みと成りて、此の先では夜食に外れて、難しき顔を致さな成らん如うに、時節が参りたぞよ。 明治二十五年から知らして在ることが、皆その通り出て来るぞよ。寒さ暑さの容赦は無いと申して在ろうがな。是だけの寒じでも、斯の大望な事がはじまりたら、水の中でも火の中でも、熱い寒いは言ふて居れん、大望な大戦いであるぞよ。斯の世が出来てから未だ無い、末代に一度ほか為られん二度目の世の立替であるのに、何も判らぬ悪神の仕組は、我良しの強い者勝ちの行り方であるから、我の血筋と親族と眷属とさえが良かりたら、何時迄掛かりて居りても、奪れた折に奪りたら良いと云う悪神の仕組は、ラクな行り方であるぞよ。そんな仕組を致して居る方のいう如うに、相手になりて居りたら、此の世が泥海と成る事が見え透いて居るから、昔の元から日本の国には、悪神の方からは見えも判りも致さず、学力でも智慧でも、外の身魂では出来ん経綸が為てあるから、何うしても悪の身魂に改心が出来んなれば、国とは代えられんから、一輪の仕組通りに致して、爰迄は堪りたなれど、爰に成りておりても判らんやうな悪の頭なら、仕組みてある如うに致して、バタバタと処置を付けて、後の立直しの用意を致さんと、斯の世を茲迄に自由自在に致されて、天地の先祖の威光が解らんから、斯の世を創造て、末代の世を建てて行かねば成らん天と地との先祖が、今迄は堪忍て来たなれど、余りの事で、日本の霊主体従の一と申して二の無い国を、天竺や外国と同じ如うに致して、自由に為られるとは、時節とはいい乍ら、爰で改心を致せば又仕様も在るなれど、余りの事で、モウ堪忍袋が切れるぞよ。悪神に自由自在にして了われて、天の御三体様に何う申し訳が出来るか。艮の金神を無い神と致してから、恐いものが無いやうに成りたから、日本の神国を好きな如うに、我の一力で仕放題、好き寸法の悪力がありたら、上へ上がりて出世が出来て、ラクな行り方、我の一力で悪い事を為る守護神でありたら出世が出来たのが、頭が極悪でありたから、悪の登るのは早かりたので在るぞよ。上へ登りて、後も前も構わずに、頭と尾とで前後へ手が廻らずに、上さえ上がれたら良いと云ふ行方、九分九厘までは跡が何うなろうと先が何う成ろうと、行ける処まで胴体が無いから、八ツ頭八ツ尾で、肝腎の大事の真中が無いと、頭と尾とでは肝心の事が成就いたさんぞよ。日本は世界の中心で在るから、肝腎の要めの所に大事の経綸が為てあるから、モウ微躯とも致さねども、人民の方は何事も改心次第であるぞよ。日本の人民も大きな取違いを致して居ると、毎度筆先で書して知らして在るが、其大間違いの判る時節が参りて来たぞよ。余り一度に何彼の事が判りて来て、逆立ちに成ってヌタクラナ成らん如うになりて来たぞよ。神が一度申した事は何事に由らず皆世界から出て来るから、一日も早く改心を致すやうに、日々に続いて知らして遣りたなれど、今に誠に致さん故に、何彼の時節が九分九厘となりて来て、善悪の立分けを致さな成らんから、彼方にも此方にも足本にも、何から初まるやら人民には見当が取れん事になるぞよ。四ツ足の覇張りた事を天晴れと露はして、末代の記録に残すから、爰へ成る迄に身魂を磨いて置けと申して知らしたなれど、誠に致して聞く身魂が無いから、是からは罪穢の在る処には、罪過だけの借銭済を致さすので在るぞよ。何処も恨める所は無いぞよ。自分の身魂を恨めるより仕様は無いぞよ。今度の二度目の立替は国々処々、都会田舎村々家々に、身魂の借銭だけの事は天地の神から済さして了ふから、何処も恨む事は無いと申して、明治廿五年から今に続いて知らして在るぞよ。知らして在る事が良い事も厭な事も、みな一度に何も出て来るぞよ。そうなりた折には世界の人民は、矢張艮能金神は悪神であると未だ申すぞよと申して在るが、神から申して在る事は一分も違はずに皆出て来るから、艮の金神が悪い騒動をいたす如うに思ふで在らうなれど、天からの時節で何も出て来るのであるから、艮の金神も何う致す事も出来んので在るから、夫れ迄に一人なりとも改心さして助けたいと思ふて、今まで苦労艱難いたして知らしたので在るぞよ。新つの洗替の世になるのであるから、外国には厳しき事が在るぞよ。此事は明治廿七年の七月の差入りの筆先に書してあるぞよ。良い事も厭な事も一度出して在る事は、遅し速しは在るなれど、皆出て来るぞよ。悪の頭からトコトン発根の改心を致さんと、思ふて居る事に大間違が、我に皆出て来るぞよ。余り我好しの行方で大間違が顕はれて来て、腰が抜けて了ふて、腮が外れて言も云へず、足が上になりて頭が下たに成りて、手で其処ら傍りをヌタクラナ成らん様な事が出て来るぞよと、今年で二十七年目であるが、其間昼夜に知らして在るぞよ。天地の生神の先祖を要らんものじゃ、神は無くても良いものじゃと申して居りたが…………、悪と四ツ足とで此の世の政治が行れるかと云ふ事を、覚るやうに、充分に思わくを為して、大神が蔭から見て居れば、未だモ一つ悪を強くして、斯世を此儘で行りて行うとの精神であらうがな。日本の国を外国の悪と四ツ足とがモ一つ上へ上りて、王の王に成りて行うとの度豪い経綸を致して居らうがな。日本は神の国、神が守らな治まらぬ国であるのに、肝腎の一の番頭二の番頭から、薩張り外国魂に成切りて了ふて居るから、何時までも世はゴテゴテ致して、治りは致さんぞよ。人民力で斯結構な神国の政治が出来るなら、モチト立派に世が立ちては行けさうなものでないか。今の世の持方は丸切り畜生の行方で、強いものが弱いものの汗油を絞りて、其の汗と油で高い処へ上って、舌をペロリと出して見下ろして居るが、夫れが悪魔の世と申すぞよ。是だけ世界に上下懸隔が在りては、何時になりても斯世に口舌の絶ると云ふ事は無いぞよ。外国の真似斗り致して、是が開けた世の行方と申して居るが、何処が開けたのか。肝心の開くべき所は二重三重に閉いで了ふて、開いてはならぬ神国の宝を破乱かして了ふて、二進も三進も行かんやうになりて、途中の豪い鼻高が毎年一と処へ国々から集って来て、結構な御相談や争論を致して御座るが、下たの何も知らん人民は良い面の皮じゃぞよ。昔からの暦を潰したり、神の鎮まる先祖代々からの御宮を、金が無いからと申して潰したり、神を相借家へ投り込みて置いて、人民は昔の王も叶はんやうな家を建て、別荘を立て、金斗りを重宝がり、金さえ在りたら神も糞も要るものかと、エライ慢神と取違いを致して居るが、斯んな六茶な、天地を畏れぬ外国魂の畜生の行方は、神は何時までも許す事は出来んから、皆夫れ夫れに覚悟を為さるが良かろう。外国の四ツ足の真似を致して、結構な家の内で、牛や馬の肉を煮いて喰たり、首に畜生の皮を捲いたり、畜生の毛で織った物を肌に着たり、それが薩張り四ツ足の性来が顕はれて居るのであるぞよ。四ツ足の守護神が何程骨を折ても、万古末代の世を自由に致すと云ふ事は、到底出来は致さんから、素直に致して改心をして、神の申すやうの世の持方に致せば、此儘で神が構うて続かして、尾を隠くしてでも許して遣るなれど、余りしぶたう頑張りて居ると、三千世界の赤耻を掻く事が出来て来るぞよ。日本の国だけでも是だけ持て余して居りて、他の国の事ども構ひ立する暇は有りもせむのに、肝腎の足元は良い加減な事に致してをいて、終には共倒れに成ると云ふ事に、気の附かむ如うな明盲目であるから、○○の国は一日増しに押つまりて来て、食物は段々と欠乏になるなり、菜の葉一枚でも大切な事に今に成りて来るぞよ。何程金を貯て歓こんで居りても、正可の時には金銀では生命が継げんぞよ。百万円の金よりも一握りのお米[*ルビの「よね」は底本通り]の方が大切な世が廻りて来て、明治二十五年から毎度筆先で知らして在るやうに、田地に植込みて喜こびて居りた、桑迄も掘起さな成らん事に成りて来るが、人民と申す者は近慾で、近眼で、誠の神の申す事は判らんぞよ。誠に気の毒なもので在れども、人民の精神が薩張り曇り切りて居るから、何を為て見せても、何を聞かして遣りても、神の申す事を汲み取る人民が無いが、能うも茲まで曇りたものじゃ。無間の鐘まで掘上げて、今じゃ早じゃと知らせども、盲目と聾の今の世界の人民は、慾斗りに迷ふて一寸先きも見えず、是だけ天地に昼夜に鳴り渡る大神の声も聞えず、鳥獣にも劣りたもの斗り、世の立直しを致そうにも掛りかけが出来んぞよ。けれども、綾部の大本には神が綱を懸けて、昔の其儘の日本魂を引寄せる経綸が致して在るから大丈夫ではあれど、心はチットも許されん大望な所であるぞよ。外国の悪神が今に仲直りを致したら、今度は腹を合して一つになりて攻めて来るから、日本神国の人民は判りたものから用意を致して下されよ。末代に一度の世の立替立直しであるぞよ。 明治二十五年から出口直の手を借り、口を借りて知らしてありた事の、実地が出て来る世になりたぞよ。露国から始りて、日本と外国との大戦が在ると申したが時節が来たぞよ。外国は終には一腹になりて来ると申して知らして在ろうがな。この神一度申したら何時に成りても、毛筋の横巾ほども違いは致さんぞよ。これが違ふたら神は斯世に居らんぞよ。外国の悪神の頭が、露国を無茶苦茶に致して置いて、モ一つ向ふの国へ渡りて、人民の王を自由に使ふて、世界中の困難をも構はずに、自国さえ良けら他はドウデも良い、人は倒しても我さえ立ちたら満足じゃと申して、悪の頭が今に日本の神国へ攻めて来るぞよと申して知らしてあるぞよ。日本の人民にチットでも誠がありて、一の番頭、二の番頭の守護神に誠一つの日本魂さえ在りたら、何程外国の学力でも、人民が沢山在りても、金が何程ありてもビクとも致さねども、今の日本の持方は、守護神が薩張り外国よりもマダ一段身魂が劣悪て了ふて居るから、今にキリキリ舞を致さなならぬ事が出来てきて、往きも還りも出来ぬ様に成るのは、眼の前にチラ付て居るから、一日も早く改心致せよ身魂を研けよと、腹が立つ程クドウ申して気が付けてありたぞよ。この大本へ立寄る誠の人は、明治二十五年から昼夜に出口直に書してある筆先を調べて下されよ。一分一厘間違いは無いと申す事が、何程疑ひの強ひ人民でも判りて来るぞよ。それで改心の出来ぬやうな人民は、気の毒でも今度の二度目の世の立替には間曳かれて、万古末代根の国、底の国へ霊魂を落して了ふと云ふ、神界の規則であるぞよ。神は人民を助けたさの永い間の此苦労であるぞよ。兵隊を一旦日本へ引寄して、外国を地震、雷、火の雨降して絶滅さねば、世界は神国にならんから、余り何時迄も神の申す事を聞かねば、三千年の経綸通りに致すから、世界に何事ありても神と出口を恨めて呉れなよ。我身魂を恨めるより仕様は無いぞよと申してあろうがな。気の毒なものでもモウ神は一切りに致さねば、天の御先祖様へ艮の金神の申訳が立たんぞよ。明治二十五年から天の御先祖様の御命令を戴きて、世界の人民に何彼の事を知らせども、今の人民慾に惚けて、我身の用意斗り、国の事共おもふ人民は、上に立て居る守護神には薬にする程も無いから、世は段々と押詰りて来る斗り、今に皆の人民がキリキリ舞を致して、アフンと致す事が到来するぞよ。人民は神に次での霊であるから、チットは解りさうなものなれど、薩張り肝腎の霊魂が外国の悪神に自由自在にしられて、眉毛を読まれて尻の毛が一本も無い所までワヤに為られて居りても、マダ気が付かずに悪神の頭にだまされて、我と我手に苦しみ居るぞよ。吾妻の国は一時れの実の致さぬ薄野尾、実り致さな国は栄えぬ。吾妻の国へ遙々と都に致す心悲しき。唐土の鳥の渡らん先きに、神は還りて経綸を致せども、聴く人民無き故に、残念なれど唐土の鳥が今に日本へ渡りて来るぞよ。毒を空から降らして、日本の人民を絶やす経綸を、昔から致して居る事が、能く神には判りて居るから、永らく知らしたので在りたぞよ。早く改心致さぬと改心の間が無いぞよ。神は気を附けた上にも気が附けてあるぞよ。モウ何彼の事が一度に実現て来るから、斯んな事ならモ一つ気を附けて呉さうなものでありたと、未だ不足を申す守護神人民があるぞよ。何程不足を申しても、神が茲まで出口に苦労さして気を付けてあるからは、神にも宣教者にもヨモヤ落度はあろまい。不足があるなら我身の心を良く考えて見て不足申さんと、スコタンを喰ふぞよ。茲へ成る事が良く判りて居るから、今年で知らしかけてから二十七年目であるぞよ。今の人民も守護神も大きな誤解を致して居りて、今に成てから他へ問ひに行く所は無し、何う為様も無い事が近う成りて来たぞよ。是だけククメルやうに知らしてあるのに、未だ判らんとは惨い事に曇りたものであるぞよ。神はそれが出て来た折に何う為様も無い事が出来んやうに、噛みて口へ入れて、飲込みたら良いやうに致して、筆先で知らせ、言葉で知らせてあるが、モウ此上に知らせやうが無いぞよ。この悪の世を天と地との先祖の一つの誠の世へ立帰らすので在るから、茲までに申して聞したら、何程悪魔でもチットは合点が行かねば、神と名の付いて居る悪神も是からは気の毒な事になるぞよ。茲まで誠一つの天地の大神を、茲までに能うも苦しめたなア。ここ迄に致したら是に不足は有りは致すまい。極悪と申してもエライゑぐい身魂であるぞよ。モウ堪忍袋の緒が断れたぞよ。天地の先祖も茲までの辛抱を、水の泡には致しとも無いなれど…………茲迄は国を潰さぬ様にして、向うの国にモチトらしい身魂が在りたら、国と国とを立分けて、国の奪合と云ふやうな事を致さずに、皆手を引合ふて行きたいは神の一心なれど、余り向ふの国の身魂の性来では、国が治まると云ふ事の出来ぬ、悪い性来であるから、バタバタと埒を附けねば、世界は何時までも治まらぬぞよ。向ふの国へ上りて居りた外国の悪神の霊魂が、日本の国へ上りて来て、四ツ足や豆狸、蛆虫同様の悪るシブトウて、日本の国には使いやうが無いから、一旦は世界中を洗い替と致さねば、日本の国が外国の性来ばかりで、是ぞと曰ふ身魂が無いから、茲まではドウゾドウゾと思ひ過ごして気を揉みたなれど、到底助ける方法は今に無い所まで曇りて来て居るぞよ。モチットらしい身魂がありたら、セメテ二国程は残して遣りたいと思ふたなれど、余りエグイ身魂斗りであるから、昔からの天地の神の経綸どほりに致して、埒良く致さんと、悪が何時迄も絶えんぞよ。チット可成な身魂がありたらと思ふて延ばす程、向ふの国の極悪が猶ほ悪くなる斗りで、モ一とつ日本の国を下たに為どころか、日本の国を欺し討に致して奪取て了ふ、悪い巧みを致して居るから、霊主体従の経綸に神が致してやらんと、未だ未だ悪い事を仕組て居るぞよ。日本の人民は薩張皆揃ふて大和魂に成りて、胴を据えて、腹帯を占て掛らんと、是迄のやうな心で居りたら国が全然無いやうに成りて了ふぞよ。茲までに天地の御先祖様が御艱難を遊ばされた御苦労を、水の泡と成るやうな事は致さんぞよ。日本の人民が皆揃ふて御手伝いを致さんと、世界の立替の大峠となりて来たから、茲へ成りた折には、身体も霊魂も清やかになりて居らんと、日本の国の人民が、コンナ見苦しき国害を致す外国の身魂が、良いと申すやうな事になるのが、世の元から能く判りて居るから、天地の先祖は茲まで是だけに気張て、御血筋には充分の苦労、艱難、悔しき事を堪り詰て来て見て居れば、向ふの国の今の困難、あれ程の惨事がありても、何も気の付く守護神がチットも無いのが、人はドウデも構はぬと云ふ悪神の精神であるから、何も気が附かんのであるぞよ。向ふの身魂が日本へ皆渡りて来て居るから、日本も外国の身魂に化りて、日本の身魂が薬に致す程より無いのであるから、利己主義の行り方で、モ一とつ悪を強くして、日本の国を平げて、世界中を外国の世界に致して、王の王になりて、末代続かせる仕組をして居るのであるから、日本の国は男も女も誠一とつの日本魂の性来に成りて了ふて、女の一心巌でも突貫く精神で無いと、今度の二度目の世の立替の間には合はんぞよ。日本の国の人民も外国の人民も、今まで思ふて居りた事とは、エライ大きな間違いが出来るが、同じ如うな事に細々と、抜目の無い様に、取違いの無いやうに、変性男子の手で大国常立尊が、言葉と手とで知らしてある事は、一つも違はず皆実現来るぞよ。末代に一度より為られん大望な世の立替であるから、中々骨の折る事であれども、神が蔭から経綸致してありての事で在るから、モウ大丈夫であるぞよ。永らく知らした事を、今に成って居りても誠に致さず、疑ふて取違いを為て置て、悪い鏡に成ても、何処を恨める所は無いぞよ。外では判らん事の、誰も出来ん事で在るから、是だけ執念申して知らして居るのであるが、今の学で出来る機械が動く悪の力で、九分九厘までは行れるなれど、モ一厘と云ふ処になりたら手の掌が覆るぞよ。何うにも斯うにも仕様の無い、悪しぶとい悪力なら何程でも出すなれど、日本の国の昔からの秘密の神力を現はして、天地の先祖の経綸どほりに致して了はねば、外の身魂の手には合はむから、今度は神力で薩張り平げて了ふぞよ。そうなりた折には艮の金神は善の神じゃと申して居れど、矢張り悪神であると未だ人民は申すで在ろうなれど、誠の善といふ道は表面から見ては未だ悪に見えるから、取違いを致さぬ様に、身魂を一時も早く研くが結構であるぞよ。人民の眼に判らん誠の善でないと、是だけに曇りた世界を、善一つの道に立替る事は悪では能う致さんぞよ。誠の善は一旦は悪に見えるぞよと、筆先で毎度知らして在るから、一度知らした事は皆出て来るぞよ。一通りや二通の事では無いぞよ。今の日本の人民は男も女も外国の教の方が良いと申して、外国魂になりて居るから、一番に取損いを致して今の体裁、取返しの成らん事が出来て、日本の今の国会、何う仕様にも今の処では取戻しの成らん事であるぞよ。日本の霊主体従の身魂と、外国の体主霊従の身魂との、性来と云ふものが能く見えるのが、是が時節で在るなれど、大きな取違いを致したもので在るぞよ。小さい間違いで無いと云ふ事が、毎度申して在ろうがな。モウ取返しの出来ん事であるぞよ。向ふの国の身魂は、悪い事ならドンナ事でも致すエライもので在るぞよ。向ふの国と和合いたしたら、末代嬉しいと云ふやうな事は一日も無しに、乱世斗りが続くぞよ。悪の精神斗りで善と云ふ性来がチットも無いから、向ふの国の仕組ではヤレうれしいと申して、人民の気の休まると云ふ事の無い、何時になりても利己主義の、人は倒けやうが仆れやうが、起してやると云ふ様な優しい身魂は、何時になりても在りはせむから、全部と極悪の身魂の性来を直すのには、言い聞した位に聞くやうな、素直な身魂は有りはせんから、帰幽をさして充分の行を命せて、新つに致さん事には、エグイ性来の悪のカンカンであるから、そう致すより道は無いぞよ。今度の世を立直したら途中で又た変るといふ様な、ヤニコイ経綸で無いから、今助けるだけは助て遣らねば成らぬから、シカリたりタラシたり、何時まで掛りて居りたとて、到底今の人民の耳へは這入らんから、気の毒でも神も助け様が無いぞよ。日本の身魂が上から下まで、外国の悪の身魂に、団子廻はす如くに為られて了ふて、一寸も先の見えん所まで曇らせられて居るが、ヨウも爰までに為られたものじゃ。が、無理は無い。艮の金神を艮へ押籠る下地を拵らえた、悪賢い守護神であるから、体主霊従の道ならドンナ事でも致すなれど、至仁至愛神と地の先祖とが天晴れ表面に顕はれたら、ドンナ極悪でも、火に水を掛ける如く、蛭に塩を振りた如くであるから、爰までは自由自在に、我ほどのエライものは無いやうに思ふて、世の本を創造た天地の先祖を下たへ見降して、王は十善、神は九善と致して、日本の○○○○一段下に見て、大神を斯世において遣ると申して、人民の○より一段下へおろして、外国人を上へ上げて敬まうて、外国ほど結構な国は無いやうに思ふて、大きな取違いを致して居りたが今の様、この先は日本の霊主体従国を、斯んな見苦しき事に致して、天地の大神をドウ致すのか、ドウ云ふ事に仕組て居るか。日本の国は何国へも与る事はならむぞよ。日本の国は一と申て二の無い大事の神国であるから、外国へ与る事は致さんぞよ。今の日本の人民は、男子も女子も皆外国の方が良く見えるから、外国の真似ばかりを致して、開けた人間の様に有頂天になって迷ふて居るが、外国の仕組て居る悪い巧みは解ろまい。薩張畜生の国の性来に移りて了ふて、此先はドウ致す積りである乎。四ツ足に自由自在に、好き寸法に為れて居る事が気が附いて居るか。また斯世の本はドウして出来たと云ふ思遣のある守護神は在るまいがな。ドウ云ふ事で斯世が爰まで立ちて来たと云ふ事の解るものは、守護神にも人民にも有は致すまいがな。四ツ足の身魂を上に致して、実地の斯世の本の神を下たに致して居りて、ドウして斯世が立って行くと思ふか。大間違も程があるぞよ。外国の悪の頭の身魂が、此の乱れた悪の行り方で、モ一段上へ上る仕組をして居るが、日本の○に解りて居るか、中々に解りは致すまい。○と成ると眼で見ずとも、心で何彼の事が見え透いて居らぬと、是迄のやうな事では、○○立つ人が番頭に自由に仕られるやうな事では、何時までも治まらんから、此先は薩張り今迄のやり方を替えて了ふぞよ。○○が今迄のやうな嬢や坊では行かんから、行り方、法律を全然変えて了ふぞよ。○○が嬢や坊では、斯う云ふ世になりたら、ドウ仕様にも方法が無い事に成りて来るのは、世の元から見え透いて居るから、日本の霊主国には誰にも出来ぬ一寸の神秘が致して在るから、神界の秘密通りに致して埒良くいたさんと、斯んな約らん事は無いぞよ。向ふの国の仕組は能く解りて居るなれど、解るべき所へ解らんので、神も助けやうが無いぞよ。向ふの国の守護神にザラザラと、永う引張りて良い玩弄物に為られた上に、モ一とつエライ仕組をいたして居るぞよ。是迄の世は肝腎の大地の上の先祖を無い神として居りて、四ツ足の憑り切った日本の人民は、今では向ふの国の悪神の自由に、ドナイでもなるから、モ一つ十分にお玩弄にいたして置いて、モ一つ上へ上りて王の王になる経綸を致して居るぞよ。人は何うでも我さえ良けりゃ良いと云ふやうな、極悪の経綸は厭らしい仕組をして居るぞよ。向ふの国の性来は、言い聞かして開くやうな優しい身魂は無いから、○○○○茲へ成りて来る事は、世の本から能く解りて居るから、日本の国には昔から、天地の先祖が深い経綸を致して在るから、何事も今度は実現て来るぞよ。今に成りてから経綸を変えると云ふ事はならん、大本の経綸通りに、何事も一度に出て来るぞよ。今度の洗い替へは三千世界の大洗濯であるから、何程かいてありても書いて在るだけの事は致して了はねば、天地から何事も無しに済すと云ふことは、今度は借銭済をせずに堪忍事は出来んから、明治二十五年から同じ如うな事を、能く人民守護神に解るやうに書いて気が附けてあるぞよ。一度申した事は違はん筆先であるから、途中に変りは致さんぞよ。何事も昔から霊魂の所作柄を、一々帳面に付け留てある同様であるから、借銭を済して了はんと、赦して遣ると云ふ事は出来んので在るから、此世のエンマと申す活神であるから、血筋引方は尚ほ酷いぞよ。厭な事は引方にさせて在るぞよ。何事も大本の変性男子の筆先で、天地の大神が時節時節の事を先きに書して置きなさると、其通りが来るのであるから、善き事も悪き事も皆出て来るから、其覚悟を致さねば成らぬぞよ。支那から昔攻めて来た折には、夫れでも見せしめの為に三人だけは還してやりたなれど、今度外国が同腹になりて攻めて来た折には、只の一人も還してはやらんぞよ。日本へ外国の兵隊を一旦皆引寄して、其後で地震、雷、火の雨降らして、外国を往生いたさす経綸であるぞよ。日本も霊魂の悪い人気の良くない所には、何が在るとも判らんから、神の申す中に一時も早く改心を致さんと、取返しのならん事が出来いたして、ヂリヂリ舞を致さな成らんと申して、二十七年の間知らして在りたが、其知らした実地が出て来るのが近寄りて来たぞよ。
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大本神諭 神諭一覧 大正7年旧1月12日 大正七年旧正月十二日 至仁至愛神の御出ましに成る時節が参りたぞよ。天ではミロク様なり、地の世界は大国常立尊が守護ねば、立ちては行かぬ斯世であるぞよ。根本の天の御先祖様を、口で崇めて心の中では、斯世に無ても良いと云ふやうに成りて了ふて居りた故に、地の先祖を押込ねばならぬやうに成りたのであるぞよ。地の先祖の大国常立尊は、神力が有り過ぎて邪神の手には合んから、邪神の精神が皆一致して瑞霊大神への御願を致して、此方を艮へ押込みて、サア是で安心じゃと申して、皆の悪神が喜こびて、斯世を自由に致して茲までに乱したのであるぞよ。筆先に書いては速いやうなれど、永い間の事実であるぞよ。概略の事は初発に書して在るなれど、一度には書けんから、間々に細々の事を書かせると申して知らし在りたぞよ。ドノ筆先も同じことじゃと申して、可い加減な見様をして居ると、実地の筆先通りが来た折には、余りに思ふて居りた事が大きな取違いで、ヂリヂリ舞を致さな成らん事が出て来るから、念に念を押して執念深く知らして在るのじゃぞよ。未だ筆先の読み様が足らん人勝ちであるぞよ。思ふて居るとは大間違いであるから、夫れで筆先を充分に繰返して、読て下されと申して気が附けてあるのじゃぞよ。悪の頭が余り大きな取違いを致して居りたから、世界中の大きな難渋であるぞよ。今からの改心は出来もせず、間にも合はんぞよ。筆先の実地が出て来だしたら、続いて世界が一度に破乱けて、余りの事で鬼でも蛇でも極悪神でも叶はん、往生いたさな成らん事に成るぞよ。悪神に今の中に此の次第が判りて来て、善道へ立帰りたら豪いなれど、向ふの国の守護神の仕組は、ダラダラと何時まで掛りても頓着は致さん、気の永い仕組を致して居るから、今度は大分慮見の違ふ守護神が出来るなれど、日本の経綸は迅速な経綸が致して在るから、何程向ふの極悪神でも、日本の世の元からの仕組を始めたら兎ても叶はんぞよ。余り見損いが大きなから、大間違いが出来てきて見当が取れず、何うしたら良かろうかと途方に暮て、降参も出来ず、茲に成りてからドレ丈の御詫を申して来ても、世界の大峠となりたら、そんな事には掛りては居れんから、今の内に聞いて改心を致して、身魂を研いて居らんと、今度は彼我の国も国が無くなるか、一つ二つの大峠であるぞよ。是からは国が無くなる乎、泥海になる乎の境目であるから、○○の身魂が水晶になりたら、末代の世が立ちて行くなり、今の儘で今の心で在りたなら、向ふの国の悪神の頭が、モ一つ悪を強く致して、日本の国を奪略のは最容易ことに思ふて居るぞよ。日本の国は小さいから、人民も尠いのは当然であれども、霊主体従国には誰も能う為ん秘密の経綸が、神界から致してあるから、往生を致させて、万古末代刃向ひは出来んやうに致すぞよ。今向ふの国の悪の頭は、日本の国を下たに見降して居るから、九分九厘と一厘とで斯世が泥海に成る所を、一厘の秘密で跡は水晶の身魂斗りに致して、末代の世を続かす経綸が致してあるから、悪の方の身魂では、日本の神国の経綸は見当は取れんぞよ。悪の開けるのは速いなれど、善と云ふ御道を開くのは、中々一通りの事を為て居りては開けんぞよ。ドンナ行も斯世一切の事は何を問はれても、是一色知らんといふ事は無いやうに行を致さねば、これだけは知らんと云ふ様な事では善の御道は開けんぞよ。善の道を開くのは陽気心が一寸でも有るやうな事をして居りたら、坂に車を廻す如くであるぞよ。是までに苦労を致した事が、直ぐに後へ戻りて仕直し斗りで、誠の事は出来は致さんぞよ。善と悪との行り方は天地の大違いであるから、夜の眼も気楽に寝る事もならん、辛い行り方であるぞよ。善と悪との立分けで世界が動くぞよと申して、筆先で毎度知らしてあるなれど、人民と申すものは何事も実地をして見せんと、ソレソレと申して知らしても、人民では神の心が汲取れんから、思ふ事が逆様ばかりで、六ケ敷いのであるぞよ。今の守護神が余り粗末な身魂であるから、実地の生神の気に入りさうな事が無いのは当然、解りさうな事が無いから、素直に致すが一等であるぞよ。 この曇り切りた世の中へ、実地の世の本の大神が其儘の姿を顕はして、言ひ聞かしたとて、恐いばかりで、傍へも寄付く事が出来んから、何れは矢張り天地の大神と申して居りても、悪神に相違ないと未だ申すのは当り前であるぞよ。人民にそんな事が判る筈が無いのが道理、一旦帰幽にさして、霊魂斗りに致して、新つの世に致さねば、言い聞して聞くやうな身魂は、向ふの国にはチットも有りはせんから、初発から違ふた事は今に一つも無いぞよ。違いは致さんぞよ。其霊魂に日本の国の霊魂が憑りて、向ふの国を良いと思ふて居るのが、何に付けても大間違いであるぞよ。何から何まで向ふの国の為る事が、良いと思ふて居る事が、真の元の大神から見ると、眼を明けて見る事の出来んほど、見苦しき有様であるぞよ。 天地の違いと云ふ事は譬に申すなれど、譬よりは一層ヒドイ大間違の行り方で、たとゑにも成らん如うな取違いを致して居るから、世界には斯様な難渋な事が出来て来るのであるぞよ。実地の大本を無いものに致して居るのが、何うしても今度は言訳は出来よまい。この先は一日ましに何事も、世の本からの事柄や所作柄が、別に此方から顕はせずに堪忍て遣ろうと思ふ程、我の為る事を我の口からざんげを晒して各自に、神からは何も問はいでも、我の口から吐き出して了ふて、斯世で大きな取違いをして居りたと云ふ事が、発根と天地から判りて来て、抜き差しの出来ん事になるぞよ。是迄の世は真暗黒の世でありたから、何も分らん向ふの守護神が、コンナ良い世が有るものかと申して、何も知らずに慢心を致して、日本へ来られなんだ悪の守護神やら、四ツ足の守護神ばかりが、好き寸法の行り方を致して、日本の国を畜生の国にして了ふた、その暗がりの中に出来た盲目や、聾ばかりの世に成りて、世界中が何う仕様も無い事に成るから……………。爰へ成りて来た折には、天地から斯んな身魂では斯世に居れん事が出来てくるから、是までの心を持替て身魂を研いて居らんと、世界一度に難渋な事になるから、二十七年の間引続いて知らして居るなれど、まだそんな事があるものかと、足元へ火が燃えて来て居るのに、悪度胸を据えて、世界が潰れたら皆な並であると申して、平気で今に居る如うな守護神に使はれて居る人民が、ドウ仕様も無い事が何れは出て来るから、素直に申す事を聞いて居る守護神に使はれて居る肉体は、ドエライ難渋は致すまいなれど、余り良い気で居る肉体は、思ひが違ふ事になりて来るぞよ。 是からは霊魂の善悪が全部別るから、明治二十五年から申してある事の時節が参りて来たから、何所から何事が始まるやら知れんぞよと申してあるやうに、何彼のことが世界中の大困難で、昔から末代に一度ほか無い、大望な二度目の世の立替であるから、人民の思ふよりも大望であるから、始まると何う仕様も無い事が出来て、何処へ迯げて行うにも行く処の無い様になるから……………。日本の人民が向ふの国の性来になりて居るから、平気で、今に成っても判らん守護神に使はれて居るやうな肉体は、日本に事がありたら外国へ迯げて行く位に思ふて、国の事ども何んとも思はずに、気楽に思ふて居るで在ろうがな。外国は夫れまでにまだまだ激い事があるから、何処へも迯げて行く所は無いぞよ。我では行けん時節が廻りて来たから、素直に致さうより仕方はないぞよ。此先は頑張るほど微躯りとも成らんやうになるぞよ。我を出して縮尻た地の先祖が、爰までに善一つを立貫きて、今度の二度目の世の立替を首尾能く致した其上では、世界中の生あるものは皆良くして遣りたいと思ふて、永らくの間悔し残念を堪忍たなれど、外国は余り非道い悪の頭と眷属とが、善といふ事の道の判らん極悪であるから、埒良く致さねば成らんから、一旦は未だ天地の大神は矢張り悪神であると、皆の者が申すなれど、実地の善の身魂は、斯世の変り目には極悪のやうに見えるぞよ。細工は流々、仕上げた所を見て貰はんと、人民からは出来もせず、解る事でも無い。一厘の秘密で三千世界を水晶に立替、立直すのであるぞよ。用意を成されよ。足元から鳥が立つぞよ。時節が近よりたぞよ。 三千世界一度に開く梅の花、艮の根神の守護の世になりたぞよと、明治二十五年から出口直の手を借り、口を借りて知らした事の、実地が現はれる時節が近寄りて来たぞよ。今迄の世は悪神の覇張る世で、何事も好き寸法、利己主義の行り方で、此世を乱して来たが、モウ是からは昔の元の生神が世に現はれて、三千世界を守護やうに時節が参りたから、思ひの違ふ守護神、人民が大多数に出来て来るぞよ。今度の二度目の世の立替へ、天の磐戸開きは、悪の身魂が毛筋の横巾でも混りてありたら成就いたさぬ大望な、末代に一度より為られん神界の経綸であるから、茲まで悪神の覇張た暗黒の世を、生粋の水晶の如うな明らかな、何時までも変らぬ神世に致さねば成らぬから、神も中々骨の折れる事で在るぞよ。 昔のミロク様の純粋の、何時になりても変らぬ其儘の秘密の経綸の凝結で、末代動かん巌に松の仕組、何神にも解らぬ様に為てある善一つの誠の道であるから、途中に精神の変るやうな身魂では出来も致さず、判りも為ぬぞよ。此の世の元を創造て、世界中の一切の事、何一つ知らんといふ事の無い身魂でないと、今度の二度目の世の立替は、世界を創建るよりも何程骨が折れるか知れんぞよ。限り無しの潰ぶされぬ末代の経綸、世の立替、立直しといふことは、爰まで悪神が覇張りて、モ一とつ日本の国を奸賢しこう人民をいたして、未だ未だ悪神の力を強して、善の神の道は立てさせぬ如うに、悪神の体主霊従主義で貫く仕組を致して居るから、日本の人民は余程魂を研いて、日本魂を元へ戻して光を出して置かねば、万古末代日本は外国の自由に為られて了ふぞよ。 昔から露国へ上りて居りた悪神の頭目が、モ一つ向うの国(独逸)へ渡りて、人民の頭を自由自在に、我れの思惑どほりに悪を働き、世界中の大困難を構はず、何処までも暴れて暴れて暴れまわして世界を苦しめ、又た露国を自由に致して我れの手下たに附けて、今に日本へ攻めて来る経綸を致して居るが、そんな事に微躯つく如うな日本の守護神、人民でありたら日本は到底続きは致さんぞよ。是から神が蔭から手伝ふて、日本の軍隊に神力を附て与るから、今度は大丈夫であれども、向ふの国同士が戦争は到底叶はんと申して、可い加減な事で仲直りを致して、一腹に成って今度は日本へ押詰て来るから、日本の守護神も人民も腹帯を占て掛らな、万古末代取返しの出来ん事になるぞよと申して、明治二十五年から出口直の手を籍り口を籍りて知らして置いた事の実地が迫りて来たぞよ。外国は悪が強いから、ドコ迄も執念深う目的の立つ迄行り通うすなれど、九分九厘と云ふ処まで来た折に、三千年の神が経綸の[*「三千年の神が経綸の」は底本通り]奥の手を出して、外国を往生いたさすので在るから、日本は大丈夫であれども、罪穢の深い処には罪穢の借銭済しが在るから今の中に改心をいたさんと、日本にも酷しき徴罸が天地から在るぞよ。 霊主体従主義の行り方で末代の世が立つか、体主霊従の施政方針で世が末代続く乎、今度は善と悪との力量比べであるから、勝ちた方へ末代従ふて来ねばならんぞよ。それで神界は茲まで煉りに煉りたので在るぞよ。 この先は善一つの誠の道を立貫かねば、斯世に安住て貰えんやうに酷しく成るから、爰まで永らく言ひ聞かしたので在るぞよ。善と悪との境界の大峠であるから、爰まで十分に煉らねば悪の性来には聞けんから、今の今まで煉りたのであるが、チットは腹へ浸み切りて居る身魂が在るであらう。爰までに言い聞かしても判らん如うな身魂は体能く覚悟をいたさんと、是迄のやうな心で居りたなら又た天地を汚して了ふから、善へ心底から従ふ身魂で無いと、今迄の如うな心の人民が在りたら総損害になりて、モ一つ遅れるから、艮の金神も助けて遣る事も出来ず、天の御三体の大神様へ申訳の無いやうな事に成りて来るから、止を得ず気の毒でもモウ経綸どほりに致すぞよ。世の立替が段々と近寄りたから、是までの如うな事には行かんから、一か八と云ふ事を向ふの国の悪の頭に書いて見せて置くが良いぞよ。今の日本の番頭のフナフナ腰では兎ても恐がりて、コンナ事を書いて見せて遣るだけの度胸は在りは致すまいなれど、神の申すやうに致したら間違いは無いぞよ。一の番頭の守護神が改心が出来たら肉体に胴が据はるなれど、到底六ケ敷いから、今に番頭を取り替て了ふぞよ。モウ悪の頭の年の明きであるから、悪い頭から取払ひに致すぞよ。何事も時節が一度に参りて来て、世界中の困難が到来すると云ふ事が毎度申して知らした事が実地になりて、一度に開く梅の花、追々分らなんだ事が明白に判りて来て、キリキリ舞をいたさな成らん、夜の目も眠られん如うな事に成ると申して置いたが、一度筆先に出した事は皆出て来るぞよ。能く念を押して置くぞよ。念に念を押して、クドイと云はれても復た念を押して在るから、モウ是からは神界の事情も能く解る様に一度に成りて来るから、誠で無いと此先は誠一つの善の道が拵えて在るから、一日も早く善の道へ立復りて日本魂に捻ぢ直して下されよ。悪の世は齢が短いから、体主霊従の身魂が大変困しむ事が出来るから、明治二十五年から怒られる程申して在りたぞよ。日本の人民は男も女も腹帯を確り〆て掛らんと、一旦は堪れん如うな混雑になるぞよ。 明治二十五年から九度いと申して怒られもって、今に立替の神諭を書して居るぞよ。何時までも同じ事に間々に細々能く判る様に抜目の無い様、落度の無い様に知らしたなれど、ソンナ事が在るものかと申して、今に疑ふて居る人民斗り、実地が出て来て青白い顔をして腰が抜けて足も立たず、腮が外れて足が上に成り頭が下たに成りて、ソコラ中をヌタクラナ成らん事が出て来るぞよと知らして在るが、モウ近うなりて来たぞよ。悪の昇るのは迅いなれど降るのも又速いぞよ。善の分るのは手間が要るなれど、善の道の開けたのは万古末代の栄えであるから、爰まで悪る開けに開けた世界を根本から革正いたして、今後は体主霊従主義と云ふ様な醜るしき世は無い如うに致すので在るから、是ほど大望な事は末代に一度ほか為られんのであるから、神も中々骨が折れるぞよ。是ほど世界中が曇り切りて居る世の中を、世界中を水晶に致すのであるから、骨が折れるのも当然であるぞよ。斯の極悪の世を立替て了ふて、末代口舌の無い如うに大神様の御血筋一つの世に立直しをいたさねば世界の苦舌が絶えんから、人民の心が悪るなる斗り、何時になりても国の奪り合ひ斗りで治まりは致さんぞよ。 日本の国は本が霊主体従であるから、外国の霊魂は来る事の成らん様に立別けて在りたので、誠に穏かに在りたなれど、世が逆様に覆りて今日本の状態であるぞよ。薩張り上下たへ世が覆りて了ふて、日本の神国を四ツ足が渡りて来て、上から下までの醜るしさと云ふものは、天地の誠の神からは眼を明けて見る事が出来んぞよ。斯世を結構と申して大きな取違いを為て居りて、良いと云ふ事も悪いと云ふ事も、可非の判らん見苦しき四ツ足が上へ上りて大将なぞとは凄まじき事なれど、斯う言ふ世が一旦は出て来ると申す事は、地球を創造る折から良く判りて居るので、日本の国には外の身魂では能う為もせず、解りも致さんぞよ。一輪の火水(言霊)の経綸がいたして在りて先が見え透いて居るから、爰までに辛い事も堪り詰て来られたので在るぞよ。今度の二度目の世の建替は、智恵でも学でも機械でも、世界中の大戦いには手柄は出来んぞよ。何程悪の頭でも到底是からの世は今迄の行方では行かぬと云ふ事に気が附いて、綾部の大元へ今の内に願いに来る守護神でありたら、善一つの道へ乗替へさして末代の世を構はして、毛筋の横巾も悪の性来の混りの無い結構な神代に助けて遣るから、早く改心なされよ。何程我を張りて見ても時節には叶はんぞよ。 善一筋の純粋の元の御血筋で、末代の世を立て行く結構な仕組の解る世が参りて来たから、爰までに知らしても、未だ今に成って凝ふて居る守護神や人民斗りで、可憐なものなれど、モウ神からは人民に知らせ様が無いから、何時までも邪魔を致す極悪の頭から平げると云ふ事を、永らく筆先で知らして在る通りに時節が迫りて来るぞよ。余り何時までも高上りを為て居ると、時分の過ぎた色花の萎れる如く、今日の間にも手の掌が覆るぞよ。今の中に発根からの改心が一等であるぞよ。疑ふて居りて何事が出来しても神はモウ知らんぞよ。 悪の霊を曳抜いて元の日本魂の霊と入替て遣ると申して、爰までに知らして在るなれど、余り向ふの霊魂が悪る渋とうて手に合はんから○○○○○。日本の霊魂が向ふの悪るシブトイ性来に成切りて居るから、言ひ聞かした位に聞く如うな優しい身魂は在りはせんぞよ。今の日本の人民は外国の行り方が良く見えるのであるから、何程言い聞しても聞きはせぬぞよ。困ったものであるぞよ。外国ほど良い国は無いと心に錠を降して了ふて居るから、何程実地の事を言ひ聞しても逆様斗りに取るから、助けて遣り様が無いぞよ。是でもモチト先に成りたら大きな取違いを致して居りたと云ふ事が、上へ上がりて覇の利いて居りた人民に自然的に判りて来るぞよ。今迄の様に、自分好しの目的はトントン拍子には行かぬ如うになるぞよ。 日本の人民確り致さんと今に大変な事になりて来るから、吾妻の国も危ないと申して彼方此方へと狼狽まはして、行く処に迷ふぞよ。○○を守護いたす安全な処は綾部の大本より外には無いぞよ。綾部は三千年余りて昔からの神の経綸の致して在る結構な所であるから、大本の教を聞いて居る人民は余程シッカリいたして居らんと、油断が在りたら肝腎の経綸を他国から取りに来るぞよ。何程奪ろうと致しても神が奪しは致さんなれど、物事が遅れるだけ世界の困難が永びくから、十分に覚悟をいたして正勝の時の御用を勤めて下されよ。三千世界の鏡の出る大本であるぞよ。『○○の鎮まる○○は大和にしようか、尾張にしようか、一層信州が良かろうか、但しは備前か常陸かと、上の番頭も守護神も人民も、トチメンボウを振るぞよ。何程あせりても艮を刺すのは綾部であるぞよ』今の人民は神がいつまで言ふて聞かしても、人を威す位にほか能う取らんから、一度にバタツイても間に合はんぞよ。俄かの信心は役に立たぬから、常から神信いたせと申して知らして在るぞよ。世界に恐い事が出て来だしたと申して迯げ込で来ても、大峠の真最中に成りたなら、何程力量の在る神でもソンナ事には掛りては居れんやうに忙しく成るから、常に信心を致せと申して爰までに気が付けてあるぞよ。善の行り方と悪の行り方とを、末代書いて遺す綾部の大本であるから、変性男子の身魂の出口直が書いた筆先を、坤の金神が変性女子と現はれて説いて聞して、守護神、人民に改心を致さす御役であるから、世界の人民よ、筆先の事が聞たくば綾部の大本へ参りて来て細々と聞かして貰ふたら、世界の事が心相応に解りて来て、世界に何事ありても驚きは致さん如うになるぞよ。 向ふの国の極悪神の頭が、日本の人民を一人も無いやうに致す仕組を為て居るなれど、日本にも根本から動かぬ経綸が致して在るから、国も小さいし人民も尠いなれど、初発から一厘と九分九厘との大戦いで在ると申して、何時までも同じやうな事を書して在る通り、口で言はして在る事がドチラの国にもあるから、神力と学力との力比べの大戦いであるから、負けた方が従がはねば成らんと申して筆先に出して在る通り、実地に出現て来るから、此先で神から不許と申す事を致したり、我の一力で行ろうと思ふても、世が薩張り変りて了ふから、是までの事はチットも用ゐられんぞよと度々気を付けて在るのに、聞かずに吾の我で行りたら、彼方へ外れ此方へ外れて、一つも思ふ様には行かんぞよ。素直にさえ致せば何事も思ふやうに箱差した様に行くのが神代の政治であるぞよ。今の人民は余り我が強いから、是迄は神の申す事も聞かずに、守護神の自由に一力で思惑に行けたのは、地の上に誠の大将と申すものが無りたから、世に出て居る方の守護神が、向ふの国の大将に気に入る様な悪る力が在りたなら何処までも上げて貰える邪神等の世と成りて居りたから、悪い事の仕放題、悪神の自由で在りたなれど、モウ時節が廻りて来たから、其時節の事を致さな世は立ちては行かんぞよ。今迄は物質の世でありたから、学が茲まで蔓りて学力でドンナ事でも九分九厘までは成就いたしたなれど、モウ往生いたさな成らん如うに成りて来たぞよ。茲に成るまでに悪の守護神を改心さして助けて遣りたいと思ふて、明治二十五年から深い因縁のある出口直の身魂に知らさしたのであるなれど、我ほど豪いものは無きやうに思ふて、チットモ改心の出来ん罪人ばかり、神も是には往生いたさな仕様が無いぞよ。現世の鬼を平らげて、世界のものに安心を致さすぞよと云ふ事が、初発に筆先にかかして在るが、世界の大洗濯をいたして、元の水晶の身魂やら天地の大神の直系の御血筋の世に致して、天に坐ます御三体の大神様に御眼に懸ねば成らぬ御役であるぞよ。来いで来いでと松の世を待ちて居りたら、松の世の初まりの時節が参りて来たなれど、肝腎の悪の性来の改心をいたして貰はんと、何時までも頑張るやうな事では、斯世は水晶にならんから、ドウシテも聞ねば聞くやうに致すより仕様は無いぞよ。国には代えられんから、此先の規則通りに制配を致さねば御三体の大神様へ申訳が無いから、二度目の世の立替をいたしたら、悪の性霊は微塵も無い如うに洗い替をして、巌に松の動かぬ世にいたす、綾部の大本は世界の大本と成る尊い所であるから、余り何時までも疑ふて居ると、天地の大神様へ大きな御無礼になるから、今一度気を附けておくから、素直に致すが徳であるぞよ。本宮村、綾部の町の人。
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大本神諭 神諭一覧 大正7年旧1月23日 大正七年旧正月廿三日 艮の金神国常立尊が、変性男子の身魂の出口直の手を籍り口を籍りて、明治の廿五年から今に引続いて知らして置いた事が、何も彼も一度に破裂いたす時節が近よりて来たから、何時までも我を張り慾に迷ふて、利己主義の行り方斗り致して居る守護神よ人民よ、茲までに神が気を附けて与りて居るのを、何時も啼く烏の如うに思ふて油断を致して居ると思ひ掛無い事が出来いたして、ビックリ虫が出るぞよ。小さい取違いでは無い、余り大きな取違いで、腰が抜けて腮が外づれて、物も碌々に言はれず、アフンと致して四ツ這に成りて苦しむ如うな事が出来いたすぞよと、毎度申して知らして在る事の実地が現はれて来るに近うなりて来たぞよ。今迄の人民は神が良い可減な嘘を申して、人民を恐喝やうに思ふて誠に信て居らんから、今に神が知らして気を附けるのであるぞよ。嘘の事なら是だけ何時までも執念強は申しは為んぞよ。実地が一度に突発て来たら、何うにも斯うにも仕様の無い事が日本の国にも実顕るから、万古末代モウ取返しの出来ん事であるから、是だけに気を附けるので在るぞよ。 外国には何う云ふ事が在ろうとも仕様は無いなれど、日本の霊主体従国に余りの災過が出現ては成らんから、初発から日本の守護神と人民が皆揃ふて大和魂に復んと、此の結構な神国に産霊して貰ふて、是ほど結構な教を口に含める如うに言ひ聞して貰ふても、余り悪心が強ふて利己主義で、チットモ神の申す事が耳へ這入らんとは、誠に天地の神へ恐れの程が勿体無うて冥加に尽るぞよ。日本の国は世界中に亦と無い結構な神国であれども、今の人民は冥加が尽て居るから、外国の方が何も彼も日本よりは良いと申して、是までに外国人に精神から従ふて了ふて、今の日本の上下の体裁、往きも還りも出来よまいがな。茲へ成る事が神は能く分りて居るから、昔から因縁の深い変性男子の身魂に永らくの苦労、艱難を命して、この大望が在る故に、神の世一代の御魂の致した苦労と申すものは、口や筆では尽されぬ如うなエライ目に逢ふて来て、其上で現世ヘ一寸出して貰ふたと思へば、一層辛い目に逢ふて来た御魂であるが、今度は出口直に生れ代りて来て、結構な神政成就天下統一の御用を奉仕すので在るなれど、一と通りの事を致して居りては成就いたさぬから、中々に骨の折れた事であるぞよ。天地の先祖の誠の御用はチット優秀た身魂でないと成就は致さんぞよ。是までの行り方は、日本の国民が外国風に化りて了ふて、世に出て居れる守護神が皆体主霊従であるから、日本魂の生粋が只の一厘より無いぞよ。九分九厘が皆向う方であるから、実地を神が始めると中々の大望であるから、何に付けても骨の折れる大事業であるぞよ。日本人の身魂が薩張り外国人の身魂に成り切りて居るから、是ほど世界の苦しみが多く成りて来るのであるぞよ。それで神界から日本の人民に早く精神を入れ直せと申して、是ほど直々の取次に永い間の苦しみを命せて居るぞよ。今の世の中は体主霊従の身魂に皆の人民が化りて了ふて居るから、尻へ手の廻る守護神は在るまいがな。テンと行き当りた折には何うする積りじや。前後を構はずに行き放題の仕放題の行方、トンと約りた折には何うする事も出来は致さんが、斯んな行り方で何時までも続くと思ふて居るのか、明き盲目にも程度があるぞよ。是から先きに何事が出来いたしても騒がず、狼狽えずに、斯う成りたら彼する、彼なりたら斯うすると言ふ、確固不抜な経綸が判りて居らずに、行き放第の行りカンボウでは、トンと行き詰りた折には、人民が皆飢餓に及ぶ事が出て来るぞよ。畜生国の如うに終には人民を餌食に為んならん如うな事が出来やうも知れんが、何程約りて来ても日本の国は友喰いと云ふ如うな事は出来んぞよ。本は神国の霊主体従であるから、土壌を大切に致して、一鍬でも草を生やして荒らす事は成らんと云ふ事が、筆先で初発から知らして在るぞよ。お土から出来た物であれば、ドンナ物を喰ても辛抱が出来るから、大根の株でも尻尾でも赤葉でも、常から粗末にするで無いぞよと申して、毎度気を附けてあるぞよ。平生から心得の良いものは最后の時に能く判るぞよ。お土を大切に思ふ人は、神が天地から何時も見届けて在るぞよ。天地の神から誠の神力を頂いて居る人は、正勝の時には余り困りは致さぬぞよ。天地の大神を真実誠一とつの心で信心致す身魂で在りたら、何程難渋な中でも神が握み上げて与るなれど、他人は何うなろうが我さえ信心いたして、良く為て貰いたいと云ふやうな未熟な精神では十分な守護は無いから、万度参りを致したとて、実地が出て来てからの改心は間に合はんなれども、改心さえ出来たなら、今日の間にでも、善の方へ代えて遣るから、一日も早く天地へ御詫を申して許して貰ふより外に仕様は無いから、発根と心を持直すより仕様はないぞよ。 悪い事の為放題を致して置いて、モウ兎ても叶はんやうに成りて来たと申して、天地の大神へ御詫を致すのはチト遅いなれど、外に良い方法はモウ無いぞよ。 外国の守護神が何時までも、体主霊従の世が続くやうに思ふて、向ふの国の今の経綸で、日本へ攻て来て一戦下に奪略て、世界中を我の物に致す仕組を為て居るなれど、今度は何方の国も叶はん処まで行くなれど、向ふの国の悪神の目的はトコトンまで戦って行り了ふせて、向ふの国の大将の遊園地に致して、世界中を悪神の頭の領有と致して、モウ一段上へ上りて王の王に成りて、末代の世を此儘で続かして行ろうとの大きな計略を致して居るぞよ。今度の二度目の世の立替は、末代に一度より為られん大望な事であるから、向ふの国の仕組は、普通の霊魂では能うせん深い経綸を仕て居るから、日本の人民の今の精神では、日本の昔の本の生神の経綸がして無りたら、何うも斯うも無しに一転倒に奪取れて了ふぞよ。けれども日本は神国であるから、外国の霊魂では出来も解りも致さん経綸が為てあるから、日本の元の一輪の霊魂には到底叶はんぞよ。日本身魂の生神が御一方御出坐に成って御守護在り出しても、外国の身魂は往生いたさな成らん経綸が致してあるから、筆先の初発に書してある事を又た繰返して書して知らして置くから、立替も立直しの経綸もチットも変りは致さんぞよ。何時になりても同じ仕組で在るから、途中に変るやうな浅い経綸は日本の国には為てないぞよ。一度筆先に出したら其通りが初まりて来るから、○○の改心さえ出来たら早く良く成るなり、頑固を張りて居りたら約らん事が出来るなり、一度言ひ聞したら違ふた事は無いから、可成は改心をさして善へ立復らして、日本の国に産霊した身魂は、ドウゾして成とも日本の国に置いて遣りたいと思ふて、是まで永らく知らして在れど、向ふの国の性来に化り切て居るので、誠と云ふ事が薬にする程も無く、他人は何うなろう共チットも頓着せずに、利己主義の悪の性来であるから、悪い事ならドンナ奸計もいたすなり、人の困る事なら何程でも平気で致す四ツ足で在るから、善し悪しを天晴立別けて身魂を薩張り露はして、実地の神界の仕組を為て見せて、正体を露はして遣らん事には、何時までも神の威勢は判らんぞよ。斯の結構な日本の神国を、斯の如うな醜悪き有様に致して、悪の頭の皮を脱いで、全部化を現はして了ふぞよ。日本の国は二度目の天の岩戸開きを致して、日本は日本の誠の御血筋と、元の天照大御神様の世へ神政を捻ぢ直して、世の大本からの御血筋で、万古末代世を建て行く世が参りて来たから、体主霊従霊魂の世の末であるから、可い加減に往生いたすが徳であるぞよ。如何な悪神の頭が強ふても、此先は天地の元の御血筋には到底叶はんから、此経綸の邪魔を致すやうな守護神は、二度目の世の立替の規則通りに制配を致さな成らんから、今度の神界の規則は酷しいから、是迄の心をみな持代えるやうに、明治廿五年から昼夜に気永う知らしてあるぞよ。此さきは一度で素直に聞いて改心いたす身魂で無いと、是からは今までの神界とは大変りが致すぞよ。それで取返しが成らんから、是ほど厳しく申して何時までも気を附けるので在るぞよ。是迄の体主霊従と利己主義の行り方を薩張り立替て了はんと、是からは向うを向ひて歩行んやうに酷しく為るぞよ。今までは地の上に誠の大将が無い如うに為て在りたから、ドンナ無茶な事をして居りても恐いもの無しの世で、暗夜で四ツ足の身魂が威張りて、今の世界の此の有様、惨い事に世が乱れたものであるぞよ。 斯世を昔の天照大御神様の神政に復古して、日本の国を霊主体従で建て行かねば、天地の直接の御系統で、万世一系天壌無窮チットも混血無しの世に致す経綸であるから、爰までに来るのには普通一般の身魂では能う辛抱を致さんぞよ。爰までに日本の国を四ツ足の自由に為られて、実地の大本を無いも同様にいたして置いて、末代の世を末だ此儘で行りて往かうとの悪知恵を搾り出して、前後構はず一生懸命に気張て居るが、到底成就は九分九厘の処で致さん気の毒なもので在るぞよ。 二度目の世の立替を致すには、日本の国を大本から薩張り改革めて、世の元の根本の御血筋で、善一筋で立て行かねば、一寸でも、微塵ほどでも悪神の血筋が混合たならば、又たチット世が経れて行くと、其悪の血筋が段々と栄えて来て目的が出来るから、悪い方へは誰も付き良いから、悪の胤は今度は残らず平げて了ふて、二度目の世の規則通りに、善一とつの道に為て了ふぞよ。そうして置て外国へ善の模範を見せて、悪の頭を改心さして助けて与らねば、日本の神と人民の天職が済んのであるぞよ。モウ是からは悪の性来の醜るしき身魂は、日本の国は申すに及ばず、斯の世界の御地の上には一寸の場所にも置かれん事に末代の規則が制定るから、チットでも混りがありたら、撰り出して厳重に戒めを致すぞよ。斯世は天地の大神の世であるから、外の身魂では立ちては行かんから、是から先の世は何の身魂でもと云ふ事には行かんぞよ。茲へ成りて来る事は初めから能く判りて居るから、外の身魂に永らくの間気が附けて、口で含めるやうに、言葉と筆先で知らしてある通りに、世界の事が実現て来るから、守護神も人民も大きな間違いが出来て来るぞよ。世界のビックリ箱が明くと申して毎度知らしてあるが、何彼の時節が参りて世界中の大騒動と成るぞよ。向ふの国にも日本の身魂にも大部困しむ事があるぞよ。日本の国が外国の身魂と同じ事になりて居るから、天地のビックリ箱を明けて、一度に眼を覚ましてやらねば、余り悪シブトウて改心の出来かけが致さんぞよ。茲まで色々と致して気を附けて知らしたからは、是に落度はヨモヤ有ろまい。天地の元の生神、昔から其儘で肉体のある、末代変らぬ誠の神が斯世を治めてやらんと、又た途中で国家が無いやうになるから、今度の世界の立替は根本から行り変えて了ふて、万古末代の政治を定るので在るから、何に付けても大望ばかりであるぞよ。天地の岩戸が開ける時節に廻りて来たから、世に出て居れる方の守護神や、上の人民には解らぬ事で在るから、誰にも解らん大望な、言ふに言はれず、説くに説かれん火水の経綸であるから、途中の鼻高が何程シャチに成りて考えても、解りかけが致さんのが当り前であるぞよ。此大本の変性男子と女子とに書す筆先は、何程智恵や学のある人民でも、神徳が無かりたら皆逆様に取れるから、夫れで慢心は大怪我の本と申して何時も気が附けてありたぞよ。細工は流々仕上げた所を見て貰はむと、今から何も解りは致さんぞよ。それで素直に神の申す様に致せと申してあるぞよ。斯んな経綸が全部今の鼻高に解りたら、途中から邪魔が這入りて、三千年の経綸が百日の説法屁一発にも成らん事になるから、滅多な事は致して無いぞよ。世界に出来て来る日々の事を考えて見て、明治二十五年からの筆先を、赤心で調べたら大抵の事は解りかけるなれど、それも一寸でも慢神が出たら何も解らぬやうに成る仕組であるぞよ。 二度目の世の立替、立直を致して了ふたら、守護神にも人民にも、何彼の事が能く解るやうに致して在れど、今の人民は皆霊魂が曇り切りて、外国の物質の学に沈溺込んで居るから、何一とつ解らん明盲目も同様であるぞよ。斯ふ言ふ盲目や聾に直ぐに解るやうな浅い教でありたら、到底万古末代続く経綸とは申されんぞよ。今の人民の心を薩張り入れ替て、新つの心に持ち替て居らんと、是迄の心では今に土地面貌を振るぞよ。天地の吃驚箱が開くのはドンナ事かと云ふ事は、今の守護神、人民が何程賢こうても解らん事であるから、今に大きな取違いがあるから、筆先に細々と能く解るやうに書してあるなれど、一柱も知りた神も人民も無いので、今度の二度目の世の立替は、一通りや二通りや百通りの骨折では無いぞよ。余り古い事の深い事ばかりが書してあるから、今の守護神や人民の霊体では百年かかりても解りさうな事はないぞよ。是を解けたら天地に無い智者、学者であれど、暗黒の世の中で出来た人民には、肝腎の霊魂が曇りて居るから無理は無いぞよ。夫れで我を出したら失策と申して気が付けて在るのに、学でドンナ事でも解ると思ふて、エライ慢心を致して居るが、いろはの本を知りて居る守護神が無いから、人民には尚ほ解らず、六ケ敷世の中であるから、素直に致して神の申す事を致すと、其日から心配なしに暮せるなり、何事も物が速やかに埒が着いて気楽に御用が勤まるぞよ。いろは四十八文字の経綸の判る身魂は変性男子と変性女子の外には、世界中を鉦や太鼓で探がしても今では無いのであるから、斯の二たつの身魂が無りたら、日本も世界も是から先きは潰れるより仕様の無い事になるから、斯二人の身魂は天地の先祖の霊体の取次ぎであるぞよ。この変性男子と女子との身魂の、昔からの誠の因縁さえ解りて来たら、外の事は何も解らいでも、今度の御用は勤め上るので在るから、約らん理窟を申して何時迄も頑張りて居ると、段々解らんやうに成りて来るぞよ。体主霊従の心を持替て了はんと、神の申す事は皆逆様に得れるぞよ。モウ神は人民の訳の判らん、途中の鼻高に相手に成りて居るやうな暇が無いから、訳の解らん人民は後へ廻してをいて、三千年の仕組通りに早く埒能く致さんと、是迄のやうな優柔不断な事はモウ為て居れんから、バタバタと致して、厳重に埒を附けるから、改心の間が無いから、一時も早く覚悟を為されよ。上の守護神も人民もチットの取違いでない、根本からの大間違いを致して居るが、モウ神も知らせやうが無いぞよ。今の守護神も人民も、天地の先祖の思ひがテンで判らんから、出来上りたらアフンと致さなならんぞよ。余り何時までも体主霊従の精神で居ると、後の悟悔間に合はん事に成るぞよ。人民が何程熱心に神界の事を研究しても容易に判りはせんぞよ。神の事は人民で判るもので無いと云ふ事が判る人民でありたら、夫れこそまことの神界の判りた人民であるぞよ。判りたと申す人民は何も判りては居らんので在るぞよ。
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伊都能売神諭 神諭一覧 大正7年12月22日 大正七年一二月二二日 艮の金神国常立の尊の御魂が、竜宮館の高天原に現はれて、世の立替立直しの筆先を書きおくぞよ。三千世界の立替の御用致さす為に、変性男子の身魂大出口直に永らく苦労をさしてあるぞよ。天保七年十二月十六日、天照皇太神宮殿の御誕生日に斯世へ出してから二十七年の間、直は結構に気楽に暮さしてあるぞよ。さう申しても世間並の気楽さでは無いぞよ。中々いろいろと肉体に就て人に変りた事がさしてありたぞよ。二十八歳の冬から五十七歳まで三十年の間、人民界では誰も能う堪らん艱難苦労をさして、現世の衣を脱がして御用に立てたぞよ。五十七歳の正月元日から、艮の金神が体内へ這入りて、今年で二十七年の間神界の経綸で筆先を書かせ、口で世の立替を知らしたぞよ。何時も三十年で世の立替と致すと申して知らした事が、モウ一分になりて、跡三年残りたなれど、水も漏らさぬ仕組であるから、三年の間は変性女子の手を借りて立替立直しの御用を致すから、是からは一日ましに世界から判りて来るから、何程の鼻高でも成程と往生をいたすやうになりて了ふぞよ。変性女子は神界の経綸で明治四年の七月の十二日に斯世へ出して、二十七年の間は是も普通の人民では出来ぬ苦労を致させ、二十八歳の二月九日から、神が高熊山へ連れ参りて、身魂を研かして、世の立直しの御用の経綸が致してあるぞよ。二十八の歳から此の大本へ引寄して、有るにあられん気苦労を致さして、いよいよ身魂が研きかけたから、三十九歳からボツボツと大本の経綸にかからしてあるが、此の先まだ十年の気苦労を致さすから、其積りで居りて下されよ。三年さきになりたら余程気を付けて下さらぬと、ドエライ悪魔が魅を入れるぞよ。辛の酉の年は、変性女子に取りては、後にも前にも無いやうな変りた事が出来て来るから、前に気を付けて置くぞよ。外国から今に六ケ敷難題が持かけて来るが、今の番頭の弱腰では到底能う貫ぬかんぞよ。是も時節であるから、何程智慧学がありても今度は一文の価値も無いから、日本の人民が揃ふて改心いたせば良し、到底改心が出来ぬなら止むを得ず気の毒が出来いたすぞよ。世界の九分九厘が近よりて来たぞよ。一厘の仕組で三千世界を立直すのは、綾部の大本より外には無いぞよ。今この仕組が日本の人民に判りたら、三千年の神界の仕組が成就いたさんから、今の今までは誠の元の一厘の所は申さんから、疑ふ人民は未だ未だ有るぞよ。 富士と鳴戸の昔からの経綸が判りて来たら、世界は激しく成りて、外国が薩張り帰順いたして日本へ末代従ふやうに成るぞよ。東京の経綸はミノヲハリ、尾張の経綸は世の終り、伊勢は丹波に丹波は神都、みやこの経綸は万古末代つづくぞよ。続く血筋は世の本の天と地との直系の日の大神と地の神、天地揃ふて水晶の誠一とつの末永き結構な神代に致すぞよ。神代に成りたら人民の身魂にも御光が刺すぞよ。暑さ凌いで秋吹く風を待てど、世界は淋しくなるぞよと、今迄出口直の筆先に知らして置いたが、今が其時節であるぞよ。未だ未だ世界は安心な所へは行かぬぞよ。是からが彦火々出見の初りであるぞよ。目無堅間の神船はこれから出て来るぞよ。水火地の大名は何処に現れて居るか、これを知りた人民今に一人も無いが、燈台元暗の誓えの通りの世であるぞよ。 艮の金神が明治二十五年に、竜宮館に出口の守と現はれた折の初発に、竜宮の乙姫殿が御越なされて、今日の御祝儀お目出度存じますると仰しやつて、今まで海の底に溜めて置かれた御宝を、陸の竜宮館の高天原へ持運びて、艮の金神様にお渡し申すと仰せになりたが、海の中には金は幾何程でもあるから、竜宮様の御改心で今度はいよいよ受取りて、新つの金を吹く時節が参りたぞよ。斯世一切の事は皆神の自由であるから、何程人民が智慧や学で考えても、神の許し無き事には、肝腎の艮めを差すといふ事は、何時になりても出来は致さんぞよ。竜宮の乙姫殿は誠に欲の深い御神様で在りたなれど、今度の二度目の世の立替のある事を、世の初発から能く御存知であるから、第一番に御改心が出来て、艮の金神の片腕となりて御働き遊ばすから、是からはこの大本の内部も、世界を日増に大変りを致すぞよ。三千世界の宝は皆国常立尊の拵らえたもの斗りで在るから、世が元へ戻りて、何も彼も艮の金神が自由に致す時節が参りたから、今迄の事を思ふて頑張りて居るとスコタンを喰ふ事になりたぞよ。人民の力で行れるなら我を出して何なりと行りて見よれ、初めはチト良きやうに在るが、先へ行く程つまりて途が無くなりて、行きも帰りも成らぬやうに致されるぞよ。是が今迄の世とは違ふと申すのであるぞよ。珍らしき事を致して、三千世界の善の鏡と悪の鏡とを出す世界の大本は、何彼の事が厳しくなるぞよと申してあろうがな。キカねばキクやうにして改心さすと申してあるが、今が大事の性念場であるから、心に当る人民は一日も早く我の欲を捨て、神界の御用第一に致すか結構であるぞよ。神は困まらねど其人が可愛さうなから、神がクドウ気を付けておくぞよ。今の人民は永らく体主霊従の中に染り切りて居りたから、容易一寸には改心が出来にくいなれど、モウ時節が来たから、改心さす間が無いから、今までの学や智慧を横へ遣りておいて、只一心に神の申すやうに致されよ。考へたり研究いたしたりするやうな気楽な時では無いぞよ。モウ二進も三進も成らぬ所まで世が差迫りて来て居るぞよ。何程道の為じや御国の為じやと申しても、誠生粋の道思ひ国思ひの人民は尠ないから、人民の申す事は嘘が多いから、神も中々油断が出来ぬやうに成りて来たぞよ。今の人民の盲目聾の欲に抜目の無いのには、神も閉口いたして居るぞよ。利己主義の行り方ばかり致して居ると、夫れが世が代りて居るから、自滅自亡の種になる二度目の世の立替であるぞよ。此の大本の行り方と世界とを比べて見たら善と悪との鏡が出して在るから、改心せずには居れぬ事に仕てあるぞよ。世の立替が初りたら、世界は上り下りで騒がしくなると申してありたが、外国の王の今の有様、まだまだ斯んなチヨロコイ事ではないぞよ。何処へ飛火が致さうも知れんぞよ。夫れで永らくの間艮の金神が出口直の身魂を使ふて、脚下へ火が燃えるぞよ。鳥がたつぞよ気を付けよと申して知らしたが、日本の人民は上から下まで欲斗りで目が眩みて了ふて居るから、今に判りて居る人民が何程も無いが、今に成りてからバタ付ても、モウ守護神人民の力では到底叶はんから、艮の金神の申すやうに、今迄のやうな利己主義の精神を立直して、水晶の生れ赤子の心に成つて、今度の肝腎の御用を勤めたなら、末代名の残る結構な事が出来るなり、今までの心で行りて行くなら、十人並のお出直し誠に気の毒な事が出来いたすぞよ。神の申す事毛筋も間違は無ぞよ。 東京で経綸をするが身の終りと申して知らしてありたが、キモがアノ通りの失敗をいたし、次にイヤが真似してアノ通り、カカが金を掘り出すと申して失敗り、マサがまた思はく立たず、是だけ鏡を出して見せても未だキカねばキクやうに為て改心させるなれど、其処へ成りての改心はモウ遅いから、一日も早く今の内に行方を薩張り替えて下され、取返しのならん事が出来いたして、世間へ顔出しのならん事に成るぞよ。今大本の教えを拡め行くと申して、ソハのそはそはしひ遣り方、斯んな弱ひ誠の無い精神で、三千世界の大神の御用が勤まると思ふて居るか。大慢神も大間違いも程があるぞよ。トモもモウ少し筆先を調べて下さらぬと、抜きも差しも出来ぬやうな事になるぞよ。大本の役員信者一同に気を付けるが、今が何より肝腎要めの性念場であるぞよ。早く眼を覚して下されよ。外国の体主霊従金銀為本之政策で、何時までも世が続くやうに思ふて、一生懸命に四脚の守護神が操掻いで御座るが、モウ世が済みたから、何程骨を折りて見た所で、百日の説法屁一つにも成らぬぞよ。猿も狐も狗も蛙も皆奥山に隠れて了ふて、今の体主霊従の経綸の真最中であるが、気の毒ながら日本の神国の行方は四脚の手には合はぬから、要らぬ御心配は止めて下されよ。武蔵野に今は狸の腹鼓たたいて鳴らして、八畳敷まで拡げた○○の跡の始末は何ふする積りか。人民では斯終局は就くまいぞよ。日本の神国を茲まで四脚が曇らして置いて、未だ飽き足らひで今日の世の持方、神はモウ肝忍袋の緒が切れたぞよ。日本の上に立ちて外国の下を働らく四足の守護神よ、気の毒ながら、神の申す間に聞かぬと、昔からの経綸通りに気の毒でも致さねば、神界の永らくの大神業の邪魔に成るから、其仕組の蓋を開けるから、跡から神に不足は申して下さるなよ。神は気を付けた上にも気を注けて在るぞよ。 斯大本の役員も余程確り致さぬと、未だ肝腎の仕組が解りて居らんから、俄にバタ付かねば成らん事になるが、夫れで大本の役員と申しても世界へ申訳の無い事が出来いたすぞよ。出口直が上天いたしてからは、斯大本は一段に厳しく成るから、其覚悟で居らぬと、トチメンボウを振らねばならぬ事になるぞよ。筆先を充分腹へ入れて能く消化して居らぬと、筆先が間に合はぬから、モ一度念を押して置くぞよ。 艮の金神は是から暫時の間は、大出口直の代りに変性女子の身魂を籍りて、色々と化かして御用致さすから、余程気を付けて居らぬと大きな取違いを致して、跡で愧かしき事が出来いたすぞよ。三千世界の大化物じやと申して、是までの大出口直の筆先に毎度出さして在ろうがな。此の大化物が全部世界へ現はれる時節が近ふなりて来たぞよ。神が一度筆先に出したら何時になりても違ひは致さぬぞよ。斯の大化物は三千世界の晒し物であるから、今の普通の人民では見当が取れんやうに致して在るが、今に何も彼も皆判りて来て、日本の人民がアフンと致して、眼舞いが来る者が沢山に現はれて来るぞよ。珍らしき事の判る世界の大本で在るぞよ。世は持切りには致させんと申すのは、今度明白に判りて来るぞよ。外国の八尾八頭の守護神が、渡りて来られん筈の日本の神国へ渡りて来て、日本の女を自由に致して、今では機械同様、神は誠に残念なぞよ。是でも見て居ざれよ、今に善悪の身魂の審判が始まるぞよ。天王台の神庭会議が始りたら、何如な守護神でも薩張尾を出して、化けの皮を表はすやうに成るぞよ。そうなりては可愛想なから、其所に成るまでに改心をさして、化けを表はさずに此儘で続いて行らしたいと思へども、余りの事で改心の為せやうが無いぞよ。思ひの違ふ人民斗りが現はれて、世界は開いた口が塞がらぬ事斗り出来するぞよ、是の判りた人民今に無いぞよ。 艮の金神国常立之尊が三千年の経綸いたして、待ちに待ち兼た松の代五六七の神代が廻りて来たから、今年からは何彼の経綸の蓋が開いて、何も知らぬ世界の人民がアフンと致すやうな大事業が完成て来るぞよ。一番に斯大本へ世界の宝を竜宮殿の御手伝で世に上げて、三千世界を鳴らすぞよ。松の老木に鶴が巣を組む時節が来たぞよ。鶴と亀とが此の大本へ舞ひ下るぞよ。人民には今では判らねども、跡に成りたら判りて来るぞよ。十二の卵を産み並べ、名も高砂の尉と姥、夫婦揃ふて大地の掃除を致したら、跡は結構な云ふに言はれぬ楽もしき世となるぞよ。アとスとの御用は誠に結構であるぞよ。夫れに就けてはキの御用御苦労であるぞよ。神の経綸の開く初発の肝腎の五六七の御用であるぞよ。この大本は因縁の身魂でないと、何事も肝腎の御用は致させんぞよ。二十七年も此の大本へ立寄りて居るテハの身魂は、昔から悪に強い身魂の性来で、元の生神を艮へ押込めた身魂であるから、元からの性来は一寸やソツトには直らぬから、今に成りても陰になり陽になり、大本へ這入りて邪魔斗り致す事を考へて居るが、是も神から鏡に出してあるのであるから、改心いたせば助けて遣るなれど、何時までも改心出来ねば、天地の規則通りに致して了ふぞよ。気の毒でも身魂に改心が出来ねば、天地の規則はナンボ神でも変えると云ふ事は出来んから、助け様が無いから、神が気苦労致せども、守護神と其人の心とは世の元の神の心と正反対であるから、何う致す事も出来ぬぞよ。 暑さ凌いで秋吹く風を待てど、世界は淋しく成るぞよと申して、毎度警告して置いたが、世界の大戦争が一寸片付いて、是から世界の人民は安神に暮せると思ふて居れど、是から先きは段々と約りて来て世界は淋しく、一旦は火の消えたやうになるとの神言でありたぞよ。戦争は是で済みたのでは無いぞよ。戦争と申しても殺合ひの喧嘩斗りでないぞよ。何に就けても大戦争であるぞよ。少しでも食物の用意を致さねば、後で地団太蹈んでも追付かぬ事になるぞよ。四足の餌の奪り合ひが始まりて来るぞよ。未と申とが腹を減らして惨たらしい酉やいが初まるぞよ。今迄世界の人民の苦しむ大戦争を喜こんで、結構な事に成りて金銀を積んで高振つて居りた人民は気の毒ながら、真逆様に地獄のドン底に落ちて苦しむぞよ。我欲本意の行方では永うは続かんと知らして在りた事の実地を神から為て見せてやるぞよ。是を見て世界の人民は一時も早く改心を致されよ。我の所有は天地の間に木の葉一枚も無いぞよ。頭の毛一筋でも下駄の裏に付いた砂一つでも、神が造りたもので在るぞよ。今の人民は余り結構すぎて冥加と云ふ事を知らぬから、世の立替の折には、天地からの戒めに逢ふて驚愕いたして、頭を下に致して歩行かねば成らぬやうに今に成りて来るから、艮の金神は夫れを見る眼が辛いから、明治廿五年から大出口直の体内を借りて色々と苦労をさして、世界の守護神と人民とに気を付けたので在りたぞよ、今この大本へ色々と世界の心になりて居りた体主霊従の守護神を、神から引寄せて居るから、大本の役員は御苦労であれども昔の事から後の世の事まで説き聞かして改心さして、神世の柱を研かねばならぬから、第一に役員から水晶に成りて下さらんと、一寸でも濁りが在りたら、世界から出て来る守護神人民を改心さして、神の柱に用ふ事が出来んから、片時の間も早く誠を覚りて下されよ。判りたと思ふても未だ未だ中々誠の事は解りては居らんぞよ。茲で役員が誤解を致すと、三千年の永らくの経綸が遅れて来て、世界は遅れた丈けは永らく苦しまねばならぬぞよ。斯大本は世界へも移り世界からも移りて来るから、大本の中からキチンと立替立直しを致して、アレでならこそ世界の立直の大本じやと、世間の人民が申すやうに成る所まで、各自に身魂を研ひて下されよ。モウ時節が迫りて来て、改心の間がないぞよ。大地の上は邪神の眷属やら四ツ足の守護神に脚一本置く所も無いまで汚されて了ふて、昔の天地の元の生神の居る所も無いやうになりたから、綾部の大本は昔から神の経綸で隠して在りた結構な所であるから天地の神が昇降を致して今度の二度目の天の岩戸を開く地場であるから、塵一本でも無いやうに清らかに致して下され。今までは誠の元の生神は、丹后の男島女島と播磨の神島とに隠れて、三千世界の守護いたして居りたぞよ。時節参りて天の大神様の御命令を頂きて、竜宮館の高天原に現はれて、水晶の世の御用を致すのであるから、人民は猶更この大本へ引寄せて貰ふた人民は、余程心を清らかに持ちて、善の道へ立帰らぬとウカウカ大本へ参りて致して居りたら、御神徳いただく所で無い恐い事が出来て来るぞよ。是からは神は日増に烈敷くなるぞよ。人民も改心せずには居られんやうに成るぞよ。この大本は誠に結構な所の恐ろしい所であるぞよ。大化物が隠くして在るぞよ。この化け物は普通の化け物でないから、現はれたら心の悪るき守護神人民は腰が抜けて了ふて、四ツ這ひに成つて苦しむぞよ。 この大本には三千世界の大気違いやら大化物が表はれて、世の立替立直しの神界の御用を致して居るから、普通の人民の眼からは見当は一寸取れ難いなれど、世界の大本に現はれた気違いが申した事は、一分一厘間違いのない、チト実のある気違いであるぞよ。神から見れば今の日本の人民は真正の狂人斗りで、言ふ事も為る事も皆間違ひだらけであるぞょ。それで今の人民の致す事はチツトも尻が結べて居らぬから、何時も縮尻るので在るぞよ。毎日毎夜嘘つく事ばかり勉強いたして、是が文明開化世の行方と申して居るが、今の人民の致した事は、政治に因らず教育に由らず、何一つも碌な事は出来ては居ろまいがな。夫れで日本神国の人民と申されやうか、判らぬと申しても盲目と申しても余りであるぞよ。外国人に自由自在に致され、眉毛の数まで読まれて居りても、未だ気が付かず、ケツのケまでも抜かれて了ふて居り乍ら、未だ眼尻を下げて歓こんで居ると云ふ、今の日本の○○○○の体裁、開いた口が塞がらぬと申すのは、此所の事であるぞよ。今に脚下から唐土の烏がたつが判ろまいがな。○○の○○と申しても余りで無いか。一日も早く○○いたして下されよ。梅で開いて松で治める、竹は外国の守護と致して、万古末代世界中を泰平に治める経綸の致してある、神国の○○と人民が何も判らむとは、惨い事に曇り切りたものであるぞよ。是から三千年の経綸、竜宮館の玉手箱を明けのカラスと致して、日の出の守護に掛るから、日本の守護神の内にも大分慮見の違ふ御方が出来るぞよ。明治二十五年から艮の金神が無間の鐘を掘り出して、地の高天原で変性男子と女子の身魂が力限り根かぎり打ち鳴らして、世界の守護神人民に警告せ共、聾か生倉か一人も誠の者が無りたなれど、大正五年の五月に、五六七の大神様が大本へ御降臨あそばしてから、余程判る人民が大本へボツボツ参りて来るやうになりて、今では世界の大本と申しても、余り耻かしう無い様なれど、神から見れば未だ未だいろはのいの片方までも判りては居らんぞよ。この節分を堺といたして、ソロソロと経綸の玉手箱を開けるから、浦島太郎の日本男子よ、腹帯を確りと〆て御座れよ。今迄一生懸命に成りて善と思ふて歓こんで致して来た事が、薩張煙と成つて消えて了ふから、了見の違ふ守護神人民が大多数出現ぞよ。今の人民の精神の持方では、余程改心致さんと、日本男子の桃太郎殿も、何程かしこい猿智慧でも、何程強い犬を使ふても、雉子長泣女の先導でも、鬼が島の征伐が六ケ敷いぞよ。正反対に鬼に征服れるやうな事になるぞよ。変性男子と変性女子の尉と姥の申す事が、耳へ這入らぬやうな事では、日本の神国は到底も立ちては行かぬから、神は昔から斯世が来るのが能く判りて居りての、三千年の永い経綸であるから、攻めては大本の教を一口なりと聞いた守護神は、其覚悟を致して、神界の御助けを致して下され。神は取りもぎには致さんぞよ。今度日本が潰れたら世界中が暗黒となりて、悪神の自由になるから、斯の暗き世を、天照す皇大御神の神の子が、日本の国の光を現はして世界を照さねば、天地の祖神様へ申訳が立たぬ事になるぞよ。日本の人民は天の大神様の分霊なり。肉体は国常立之尊の守護であるから、人民は神と同じ事であるぞよ。この結構な神の御宮の玉を追出して、薩張り悪神やら四足の住宅に致されて居るのであるから、今の人民の所作柄と申す者は、サツパリ鬼か蛇か畜生にも劣りて居るぞよ。夫れで今の人民の致す事は、逆様斗りより出来は致さんので在るぞよ。それで今度は天と地とを拵らえた元の生神が、綾部本宮の世の本の地場に現はれて、今度の世界を構ふて遣らねば、何時までも天下泰平には成らんから、経と緯との機織の仕組が世の元から致してありたのじやぞよ。 機の初り丹波の綾部、あやの神戸にあるわいなと、昔から歌が遺してありたのは今度の世界の立替立直しに就ての譬であるぞよ。経糸はモウ出来上りて天へ上りたから、是から先は変性女子が御苦労なれど、緯糸をかけて棚機姫殿の御用を致さすのであるぞよ。珍らしき機の仕組であるぞよ。 二十七年に渡りて、艮の金神が出口直の手と口とで知らして置いた事の実地が今年から判りて来るから、此の大本は何彼の事が忙はしく成りて、目の廻る如くに成るから、モチト役員しつかり致して、神界の忙がしいやうに、人間界も急いで御用いたして下されよ。一日が愚かでないぞよ。片時も早く人間界で出来る丈けの仕組にかかりて下されよ。今の大本の立廻りの人民余り気楽過ぎるぞよ。斯んな事で神界の御用には成らんぞよ。我一と骨を折りて勤め上げねば今の立廻り心が緩みて居るぞよ。怠惰な人民が一人でも居ると何彼の一切の邪魔になるから、可愛相でも暫らく成就する迄控えさして下されよ。大本の上の枝に頼むぞよ。今の大本には外国の御魂は寄せられんぞよ。十日も大本に居りて、未だ神の事が解らいで疑ふやうな人民は帰らすがよいぞよ。却て神界の仕組の邪魔に成るぞよ。一寸でも邪魔が這入りた丈は、神界の経綸世の立直しが遅れるから、一日でも遅れただけは世界が苦しまねば成らぬから、大本の上の枝になりた役員は遠慮は要らぬから、ビシビシと筆先通りに致して下され。今が一大事の時であるぞよ。出口直の神影は金銀取りては下げられんぞよ。神界に伺ふて許可を請けてからで無いと、売物に致したら厳しき戒があるから、一寸気を付けて置くぞよ。出口直の神影には人民の名を出す事は相成らんぞよ。是は変性女子の御用であるから、神影は神が憑りて書すなれど、女子の身魂は日増に忙がしう成るから、因縁の在る身魂に御手伝いを許すぞよ。神の姿は何程大事の役員でも妄りに筆を執られんぞよ。能く心得て居りて下され。教監役員に気を付けて置くぞよ。 大正七年十二月二十二日、旧十一月の二十日、竜宮館に女子の体内を借りて国常立尊が書きおくぞよ。
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伊都能売神諭 神諭一覧 大正7年12月24日 大正七年一二月二四日 三千世界の大本、地の高天原は大正七年午の年、教祖の神は神馬にまたがり、天地を駆け廻りての世界の御守護遊ばすを、待ちに松なる鶴の首、馬で納めて綾部と神戸の機の仕組も出来上り、目出度坤の姫神が豊国主と現はれて、世界の守護に掛るぞよ。未年には未の生れ、百千万の敵も恐れぬ変性女子と現はれて、弥々晴れの舞台に登るぞよ。丹波の国の山奥に、角無き鬼が現はれて、摺針峠の鉄棒で、世界の亡者を片端から打ち懲らして改心を為せるなり、又和知の流に引添ふて一つの鰐が首を上げ、世界の学者を喰い殺し呑み込んで、世界の害を除かせる仕組の実地が出て来るぞよ。三十年の世の立替の御用も、最早後三年に約りてきたから、是からは段々と激しく物事が成りて来るから、改心する身魂も追々と出て来るぞよ。時節が来たぞよ迅いぞよ。大本の経綸の一の土台は、天王平の一の瀬の奥津城、是から段々開けて来るぞよ。二番の土台はアとクの名の付いた守護神の御用であるぞよ。体主霊従の行り方を薩張り改心いたして、神界の御用いたさす為に、地の高天原へ引寄せるぞよ。今では斯んな事書いて出しても人民には見当は採れんなれど、後から判る仕組であるぞよ。アサの仕組の御用も判りて来て、コミの御世話で永らく秘してありた、陸の竜宮の宝が十二揃ふて大本へ治まるぞよ。斯宝が大本へ納まらぬと、世界の立直しの経綸は成就いたさんのであるぞよ。人民の目からは何んでも無いやうに見えるなれど、神界では結構な経綸の御宝であるぞよ。天地の間にモウ一つと無い結構な御宝であるから、この御用いたした守護神は、復旅の政蔵と申す御魂であるぞよ。明治二十五年から筆先に出して在りた通り、此の人の身魂が御宮仕の御役を致すぞよ。是も御魂の因縁で、神から命すので在るなれど、慢神が出たら途中で変るから、何んぼ神から命令の下りた身魂でも油断は一寸も出来んぞよ。明治三十一年の旧の二月に、変性女子を高熊山へ連れ参りて、伊都の御魂から瑞の御魂に渡して置いた三千世界の神宝であるぞよ。この宝が大本へ這入りて来るから、坤の金神が受取りて、夫れ夫れの経綸を致すのであるから、何事もビシビシと埓が明いて行くぞよ。それに就ては此の大本の中は是までとは厳しくなるぞよ。大本の仕組の世の元の根本の天地の生神が、肉体その儘でいたして居るのであるから、今迄の宗教の行り方とは天地の相違であるから、間違ふた行り方いたして居る大本の中は是までとは厳しくなるぞよ。大本の仕組は世の元の根本の天地の生神が肉体その儘でいたして居るのであるから、今迄の宗教の行り方とは天地の相違であるから、間違ふた行り方いたして居る大本の分社は今度は皆取払ひに致すぞよ。役員も信者も皆その通りであるから、早く改心いたして下され神から重ねて警告しておくぞよ。神が一度筆先に出したら夫れが天地の規則で在るから、万古末代かはらぬので在るから、何程可愛相でも神の自由に天地の規則は柾げられんぞよ。 ◎ 艮の金神国常立尊変性男子の宿りて居る大出口の守が神界の御用地の上の守護が一段片付いたから、後の御用は変性女子坤之金神の身魂に地の上の御用一切を渡して天へ上りて惟神真道弥広大出口国直霊主之命と現はれて、天地をモ一度調査いたして見れば、思ふたよりも一層甚い世の乱れ方で在るから、チヨロコイ戒しめ位ゐでは今の守護神、人民は到底改心は出来んから、矢張り昔からの経綸通りに致さな容赦の出来ん事に成りて了ふて居るぞよ。それでも世界の守護神人民は天地の直々の神の子であるから、一日なりと立替の大峠を延ばして、改心さして助けたいと思ふて汗を掻いて神は居れども、人民には一寸も神の精神が了解りて居らぬから、誠に困つたもので在るぞよ。万物の霊長と申して居る人民であり乍ら、何を言ふて聞かしても天地から見せ示を致して気を付けても馬の耳に風同様、モウ神も堪忍袋が断れるぞよ。 大出口の神と現はれて天から斯世を見渡せば、何処も同じ秋の夕暮、霜先の烈しき状態、口で言ふやうな事では無いぞよ。○○○今の○○○の行状を見れば、奥山の谷の奥深き人民の能ふ行かぬ所で、四ツ足と一つに成りてジヤレて居りて、国が立うが立つまいが、チツトも念頭に無いと云ふ様な事で、ドウして此の神国は治まりて行くと思ふか、神は残念なぞよ。今の中に守護神肉体が改心して、神国の一の行ひ致して下されば結構なれど、何時までも四ツ足の自由に致されて居れる様な事なら、神は是非なく一限りに致して、新つの松の世に致さうより仕様は無いぞよ。千里万里の奥山に住む山の神の精神が悪いから、雌鶏の時を告げる世であるから、世界に誠の事は一つも出来いたさんぞよ。何程守護神に気を付けても改心いたして呉れねば、神界から止むを得ず処置を付ける事に致さな成らんから、何うなりても神を恨めて下さるなよ。日本の一の守護神に呉々も気を付けるぞよ。立替が初まりても可成は今の姿の儘で立替をいたして遣りたいのが神の胸一杯であれども、余り曇り様が惨いから艮めは矢張り昔からの経綸どほりに尉と姥とが現はれて松の根本の大掃除を致して、天に届いた高砂の古き松樹の植え直し、末代続く神代に代えて了ふぞよ。開いた口が塞がらぬ、午の糞が天下を取ると申すのは、今度のたとへでありたぞよ。 大正七年十二月二十四日陰歴十一月二十二日
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伊都能売神諭 神諭一覧 大正8年1月1日 大正八年一月二日 艮の金神変性男子の御霊が、丹波国は南桑田郡曽我部村大字穴太の延喜式内小幡神社の御主神、開化天皇の御引合はせに由り、氏子の中の変性女子の御魂を申受けて、明治三十一年の二月の八日に、何彼の因縁を打ち明けて、弥々氏神様の御承知が出来たから、翌る日の九日の夜から女子の身魂を高熊山に連れ参りて、帰神の修行を致させてあるのも、昔の神代からの経綸の時節が参りたので在るぞよ。其折には不二の山の芙蓉坊と、男山八幡様の松岡殿とに守護が命せて在りたので在るぞよ。高熊山で女子に神界から授けた、不思議な物は今度東京から大本へ納まりた十二の鶴石でありたぞよ。弥々時節が参りて来たから、実物を今日変性女子の身魂に授けて守護いたさすから、世界の国々の様子が是からは今迄の世とは一日増して変りて来るから、此の大本の中と世界とを気を付けて見て居ると、何彼の神界の仕組が身魂の研けた人民でありたら大方の見当が付くやうに成るぞよ。今はモチト筆先にも口にも肝心の事は出されんから、自己の心を研いて悟りた上、神界の生きた御用を致して下され。神界からは誰に何役彼に此の役と申す事は言はんから、其人の心次第の御用を致さすぞよ。今度の大戦争は世の立替の三番叟が済みたので在るから、モウ是で天下泰平に世界が治まるであらうと申して歓こびて居ると大変な大間違いが出来致すぞよ。是から後になると露国の悪神さえ能う掘り出さなんだ竜宮の御宝を、今度は英米西大国が自由に致す仕組を致して居るが、此の宝は今度の二度目の世の立替の神の宝で、昔から隠して有りたので在るから、体主霊従の国魂には自由には致させんぞよ。金銀銅鉄水鉛石炭木材食物は、何程でも竜宮の乙姫が守護致して日出の神に渡してあるから、肝腎の時には掘上げて、三千世界の立直しに使ふて、五六七の神代を建るぞよ。寒い国では在れど、今まで人民の自由に致さぬ様に、態とに寒い国の広い所に創造て蓄へてありたので有るぞよ。日本の人民も外国の人民も大変な目的を立て、我の自由に致さうと思ふて一生懸命に骨を折りて居るなれど、神の宝に人民が勝手に手を掛けたら大騒動が起るぞよ。是も時節であるから、外国の身魂がモウ手を出し掛けて居るなれど、九分九厘まで行つた所で手の掌を覆して、欲の皮を脱いて見せてやるぞよ。海は一つ隔てて居りても日本の神の宝であるから、外国の自由には神界から致させんぞよ。神が一度申した事は何時になりても間違いは無いぞよ。 日本の人民は皆天地の神の殊愛の御子と拵らへて、誠一つを貫きて世界の人民を愛撫るやうに、斯の結構な神国に生れさして在る神の容器の身魂であるから、一日半時でも泣いたり悔みたり、不足を申して暮すやうな事では日本に生れた甲斐が無いぞよ。誠の日本魂が授けてある日本の人民は、何んな難渋が出来て来ても苦しみが在りても微躯付く様な事では、神国の神民とは申されんぞよ。日本の国は天地を日夜に讃美して神の活動を致し、悪い国を善に進開き導びき、勇んで神の行為を致し、世界万国を統一守り、一家を修め身を修めて、天地に代りての大事業を身魂に享けて居る、神の御宮の神民であるから、御土も家も身も霊魂も日々清らかに致して、天国極楽の花を咲かし、実を結ぶ天職のある尊といものであるのに、薩張り外国の宗教に身魂を自由自在に汚され曇らされて、今の日本の神民の腰抜様と申すものは、ドーして天地の祖神様に顔が合はされようか。外国人の身魂よりも劣りた人民が八分までも出来て居るが、是も時節とは申し乍ら、余りの事で、腰の立たせやうが無いぞよ。夏咲く花の紫陽花の色ほど変る魂線で、此の後の世をドウして立て行かうとするのか。一つも日本魂の活動が有りはせんぞよ。今の中に一人なり共多く日本魂に立帰りて居らむと、日本の国は此儘でウツカリ致して居ると、今に外国の四ツ足の餌食に致されて了ふぞよ。夫れで綾部の大本は神界の因縁の在る結構な地場であるから、二度目の天之岩戸を開いて、日本の霊主体従の光を天晴れ世界へ輝かして、天下万民を神国に助けたさに、明治二十五年から、大出口直に艮の金神が憑りて、間に合ふ人民を引寄して経綸を致して居るので有るぞよ。それで此大本へ引寄せられた人民は、男女に関はらず、皆神界の経綸の綱が掛けて在るのであるから、充分に心を落付けて御神徳を落さぬやう、神の結構な御用に離れんやうに、能く明治二十五年からの筆先を腹へ入れて下され、筆先が少しでも腹へ這入りたら、這入りた丈の誠を尽して、日本の為世界の救助のために、力を尽して下され、尽した丈けの事は神が万倍に致して御礼申すぞよ。今が世の境の大峠であるから、国を助け人民を助ける真心のある誠の役員信者は、今の間は家や妻子に心を曳かれるやうな事では物事成就いたさんぞよ。大正の忠臣蔵は綾部の大本高天原の神境に仕組が致してあるぞよ。万古末代死なず亡びず生通しの日本義士、数は四八の瑞秀の身魂、三千世界を照らす生魂斗りを集めて、弥々敵討の段になりたら世界中の神、守護神、人民に歓こばれて、千歳の松の緑り益々青く、弥々清く、鶴は空より舞下り、地に這ふたる万代の亀は御空に舞上り、天地揃ふて穏かに松の神代と相成るから、夫れ迄に教監役員信者は用意を致しておいて下され。肝腎の性念場に成りてから何程あせりても役には立たぬから、今の世界の一寸静まりて居る間に、我一と身魂を研いて神の経綸の御用を悟りて其様の施設[*ママ]を致して下され。世の元の昔の初りから未だ一度も無い大望な世の立替立直しで在るから、今の世界の人民と変りて居らねば、今度の神界の御用は到底勤め上らんぞよ。中々今の役員の思ふて居るやうな立替立直しの経綸で無いぞよ。九分九厘まで行た所で一厘の経綸は人民には解らず、神は今の今まで肝心の一厘の仕組はドンナ結構な身魂にも明かして知らすと云ふ訳には行かんから、余程胴を据えて居らん事には、一厘の所に成りてから神徳を落す者が出来るぞよ。夫れで此の大本の経綸の御用致す人民は、気宥しはチツトも出来んと申して毎度知らして在るのぢやぞよ。抜刀の中に据りて居るやうの覚悟を致して居れと申して気を付けてあるぞよ。一寸でも慢神と油断が在りたら直ぐに変る恐い所の結構な所であるぞよ。来年は余程世界には国難が出て来るなれど、誠の日本魂さえ研けて居りたら別に心配は要らぬから、大本の役員信者は申すに及ばず、日本の人民も確かり致して、利己主義の行り方を変へて了はんと凌げん事が出来いたすぞよ。日本も金が殖えたと申して安心致して居るなれど、此の金は滅多に日本の役には立んから、向ふの国に預けてある金は当にならぬぞよ。早速の間に逢いは致さんぞよ。外国人に自由自在に致されて居りても、未だ気が付かぬ人民が八分あるから可愛相なものであるぞよ。日本の上の守護神に結構な日本神国の因縁が解りて居らんから、斯んな損害が出来るので有るぞよ。中の守護神も下の守護神も、薩張り盲目同様で一寸先きが見えぬから、日本も段々苦しく成るので在るぞよ。何程人民が骨を折りても天下泰平に治まると云ふ事は無いから、今度は天の御三体の大神様の御許しを戴きて、尉と姥との生神が世界の始末を就けるのであるぞよ。夫れに就ては日本の人民を道具に使ふて、二度目の岩戸開きを致すので在るから、因縁の深い身魂から地の高天原へ綱かけて引よして霊魂を研かすので在るから、今大本に御用致して居る人民は、一人も粗末に来る人を扱ふ事は成らぬぞよ。結構な神様が世に落ちて御座るから、何人に憑りて御出なさるやら、人民では解らぬから、其人の姿を見て取扱ひを替る様な事は致されんから、皆心得て下されよ。明治に成りてからの人民は追々と日本魂が外国へ移りて了ふて、人民の格といふものが低うなりたから、名よりも格よりも金銀斗りに心を奪られて、昔の剣より今の菜刀と申して、国の位も人の格も忘れて、体主霊従の行り方斗りに成りて居りたなれど、今度二度目の岩戸を開いて夜が明けたら、昔の剣を世に出して、日本魂の光を出して、天下を泰平に末永き神国の政治に立直すぞよ。綾部の大本、地の高天原へ、天目一之命を引寄して、日本魂の篭りた剣を鍛えさすぞよ。モウ時節が来たから何時から始めるやら知れんぞよ。天の斑駒も引寄して神界の経綸を開き初めるぞよ。鶴と亀とが竜宮館へ舞下がる時節が近寄りて来たぞよ。吃驚いたす事があるぞよ。珍らしき経綸の蓋を開けて見せるぞよ。 艮の金神国常立之尊変性男子の御魂が、竜宮館の高天原を守護致さす変性女子の御魂の手を借りて、世の立直しの筆先を書きおくぞよ。今の日本の人民は外国の体主霊従の行り方に心酔て了ふて居るから、家や倉庫を立派に建並べ、要りもせぬ別荘なぞに金を惜まず、人夫を惜まず、神の大宮でも叶はんやうな贅沢な生活方をいたし、家の柱は桧作り、何も彼も桧づくめで、屋根迄も桧皮茸に致して、肝腎の氏神の社は粗末な事に打捨て、雨が漏りても柱が朽ちても、産土神や氏神の社を修繕と申す事は、金を惜みてゴテゴテ申して出さず、要らぬ事には金を湯水の様に使ふて、ヱライ人間の様に鼻斗り高ふ致して居る野天狗や、四ツ足の守護神斗りで有るから、世界に幸福き事は一つも出来は致さうまいがな。村々に仏の堂は見晴しの良い高い場所へ持つて行きて、無暗に立派なものを拵らへ乍ら、肝心の天地の祖神と氏神を地に落し、村下の低い所に小さい粗末な御宮を建て、年に一度の祭典も形斗りで、食たり飲んだり空騒ぎ斗り致して、食ふと呑むと寝る事より知らん四ツ足御魂斗りで在ろうがな。日本の人民の中に心の底から神を大切に思ふものも、丁重に御給仕をいたして、神の大恩、先祖の御恩に報いる精神の人民は、僅に一分が六ケ敷き、今の日本の神国の現状であるぞよ。今の間に一時も早く守護神が改心致さんと、肉体に気の毒な事が出来いたして、外国へ行かねば成らぬ様に成るぞよ。折角に結構な日本の国へ上げて貰ふた守護神も肉体も、神から外国行きに致されては、今迄の御魂の苦労が水の泡に成りては、モウ此の先は末代取返しの成らん約らん事とは思はぬか。我身知らずの我魂知らずと申しても余りであるぞよ。今の日本の神国は外国魂斗りが蜘蛛の巣を張りた様に、天地を搦みて居るから、天の日輪様の御威光も恐れぬ様に成りて了ふて、神国と申すのは名斗りで、暗黒の世の中であるから、上の守護神も下の人民も脚下に在る深溝が眼に付かぬ、誠に一寸先きの見えぬ盲目ばかりの世であるから、綾部の大本、地の高天原から光りを出して、身魂を照らしてやろうと思へぼ、まばゆがりて迯げて去ぬもの斗りで在るから、未だ未だ誠の事は申して与れんぞよ。誠の守護神人民は我と我身魂を研ひて、斯の大本の教を腹へ入れて下されたら、神界から何も申して与らいでも、自づと判りて来るから、結構な御用が出来て、日々勇みて嬉し嬉しで暮せる様になりて来るぞよ。三千世界に大本の神の御用ほど結構な尊とい楽もしひ御用は、何国にも在りは致さんぞよ。 大正八年一月二日旧同七年十二月一日
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伊都能売神諭 神諭一覧 大正8年1月2日 大正八年一月五日 大正八年一月五日旧七年十二月四日 艮の金神国常立尊が、三千世界を五六七の神代に立直すに就て、変性男子の御魂が世界の一切を調査いたして見れば、余り大きな間違いと誤解で、神も呆れるより外は無いぞよ。今の政治と云ひ、教育と云ひ、宗教と云ひ、実業と云ひ、軍事と云ひ、何から何まで日本の精神が皆抜けて居るから、逆様ばかりで神も手の付け様が無いから、矢張り元の神世からの経綸どほりに、埒能く致して立替て了はねば、到底この間々にして立直すと云ふ訳には行かぬから、世界に何事が出来いたしてもモウ神に不足は申されまいぞよ。今に国の大難が突発て来たら今の外国魂の守護神は、皆我の故郷の外国の行り方に着いて了ふもの斗りで、誠のものは千人に一人より有りは致さん、惨い事に成りて居るぞよ。 世の立替に就ては昔の元の生神の神力つくしの世の限りしまい、火の手上りて天地は一度に震り動くぞよ。一度に開く梅の莟みも桜しま。何時破裂いたすやら人民には判るまいが、モウ時節が迫りて来たから、チツトの油断も出来ぬぞよ。人民の改心が一日遅れても、天地は大変な違ひであるぞよ。夫れで一日も早く此の大本の中から早く立直さぬと、世界から先に成りて、綾部の大本は永らくの間阿房が何を為て居りたのじやと、世界から笑はれて面目ない事が出来るから、神がクドウ申すので在れども、今の人民は何程神が言い聞かしても、シブトウて一つも耳へ這入らず、行状も直らず、神も助けかけが出来んなり、助けて与らねば又た神に不足を申すなり、誠に困り果てたもので在るぞよ。何時初まるか知れんが、初まりたら何彼の事が引き続いて湧起てくるから其覚悟をなされよ。日本は神国と申して昔から至精至浄を専一と致して神に仕へ、政治を行ふた国であるから、血に穢れたり死穢に踏合ふたり、身体の不具なもの、肉食をしたものは神の御前に出仕事は許さぬ国であるから、日本人は何処までも五穀野菜と鮮魚より外のものは口に入れる事は許して無いので在れども、今の日本の人民は皆外国人の真似を致して、牛馬の肉を喰い、猪鹿犬猫何でも構はず、四ツ足と見たら共喰い致すやうになり、たまたま謹みて四足獣を喰はぬ人民があれば、時勢後れの馬鹿と申して嘲笑ふやうに成りて了ふて、此の神州清潔の国土も、神聖至浄の神民も皆汚れて了ふて、今日の国家の状態、神の住居を致すべき場所が、地の上には錐一本立つ場も無き所まで曇りて了ふて居るぞよ。夫れで元の神代の神政に致すに付ては、一旦世界の大掃除大洗濯が初まるから、日本の人民なら一日も早く大洗濯のあるまでに身魂を清めて置かぬと、ツツボに落されて苦しま[※一頁分が落丁(p19がp15になっている)のため文が欠落している] 社の空たかく飛回りては、墜落いたして生命を失ふのは誠に可愛相であれども、今の人民は智慧と学とで編み出した機械より、大丈夫なものは無きやうに迷信て居るから、鳥船の首に神霊を鎮め祭り、身を清浄に致して空を飛ぶ事を致さぬが、何程堅固な機械でも、神の上を通りたら、日本の人民は大抵生命が無くなろうがな。外国人は日本の空を飛び回りても、元来の身魂が畜生に近い体主霊従の性来であるから、余り神界の御咎め無いのであるぞよ。鳥や猫や鼠は何程尊とき神社の上へ昇りて糞や尿を放りかけても、神罰がチツトも当らぬではないか。畜生の霊魂は初めからそれだけの身魂に致してあるからで在るが、日本の人民は神の直々の分霊、礼儀も知らねばならず、敬神尊皇の至誠をも発揮すべく、天から選まれた神の大御宝であるから、神社の多い日本の空を飛ぶ事は出来ぬ人民であるぞよ。然れど御国の為に止むを得ぬと申すなれば、第一に其鳥船に天照皇大神宮の御尊霊を奉斎申し上げ、身魂を水晶に清めてから、神の御許を受けて飛行致せば大丈夫なれど、夫れが判らぬやうな事でありたら、何程立派な飛行機でも終に墜落いたす道理であるぞよ。斯んな見安い道理が日本の守護神に判らぬやうに成りたのは、薩張外国魂に肝心の日本魂を曇らされて了ふて居るからであるぞよ。大本では出口教祖の奥津城を築づく折には、役員信者を御用に使ふて御苦労になりたなれど、皆神霊の頭上で働くのであるから一々烏と化りて土や石を運ばして在るぞよ。神が本宮山と申して在るのも都合のある事、肝心の経綸は今の人民欲に眼が眩みて了ふて居るから、出来上るまでは申さんから、大分思いが違ふて、ヂリヂリ舞を致す人民が綾部にも沢山出来るから、出口直に御苦労になりて、永らくの間知らして気を付けてあれど、今に隣知らずで、身欲斗り申して、神の仕組の邪魔斗り致して居るが、今に脚下から鳥がたちて、止むを得ずの事になるぞよ。神に不足は後で申して下さるなよ。神は充分に気を付けてあるぞよ。
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伊都能売神諭 神諭一覧 大正8年1月5日 大正八年一月一一日 大正八年一月十一日旧同七年十二月十日 艮の金神大国常立尊が、時節参りて天晴れ世界へ現はれて、三千世界の立替立直しを致すに就て、先づ地の高天原から立替立直しを初めるから、大本の役員は腹帯を確り〆て居らぬと吃驚仰天、あいた口が閉がらぬ様な事が出来いたすぞよ。何も彼も神界では経綸が成就いたして、何時でも物事は始められるやうに、結構な事になりて居るなれど、肝心の大本の内部のものに誠の事が一つも解らん人民が混りて居るから、言ひ聞かして早速判る身魂なら、供々に手を引き合ふて、神界の御用を致させるなり、判らねば気の毒でも可愛相でも、神の経綸の成就いたす迄、各自に何なりと致して、時節を待つが神国の為であるぞよ。何も解らぬ身魂が浅い考えで種々の事を申すと、神界の大変な邪魔になるから、邪魔いたして神慮に叶はん事が出来いたすと、神は困らねど其人が気の毒であるから、神は排斥は致すのでは無い、助けてやりて可成は御用に立たいので在れど、止むを得ずの事であるぞよ。神の心もチツトは推量いたして下され。後で取返しが出来んから、今が一大事の場合であるから、何辺でも腹の立つほどクドウ気を注けておくぞよ。此の大本は至誠一つの神の教と行り方で在るから、世界から何物が出て参りて反対を致しても、微躯ともせぬ世界の大本であれども、何時も筆先に出して知らしてある通りに、外からは指一本さす事も出来ぬなれど、内部の役員信者の言葉と行状が神慮に叶はんやうな事が在りたら、中から破裂するやうな事になるから、折角今まで神が苦労いたした事が水の泡には出来んから、大本の中から一番に心の立替、役員の立直しを致して了ふから、それまでに身魂を清らかに致して、神の眼に付く行為を致されよ。モウ天からの時節が巡りて来て、一日も猶予の出来ぬ事に差迫りて居るぞよ。グヅグヅ致して居ると、後の烏が先になると申して、毎度知らして置いたが、モハヤ今の大本は後の烏が先になりて居るから、今迄の役員は爰で確かり腹帯を〆て覚悟を致さんと、此の上追越されるやうな事では、早うから大本へ参りて苦労いたした甲斐が無くなるぞよ。能ふ胸に手を宛て考へて下さりたら、神のクドウ申すこの至仁至愛の神の精神が明白に判りて来て、有難い勿体ないと申して涙が止まらぬ様に成るので在れど、肝心の精神が間違ふて居るから、日々不足を申さな成らぬ事になるので在るぞよ。心一つの大本と申すのは爰の事であるぞよ。 ◎ 今の世界の人民は、真正の神から賦与りた智慧や神徳を曇らして了ふて、体主霊従の行り方を歓こび、色々と身欲ばかりを考へて、小さい欲に迷ひ、此の広い天地を狭まく縮めて、身魂の安心と云ふ肝心の天賦の宝を捨て省みぬ、誠に神から見れば欲を知らぬ可愛相な人民斗りであるから、一日片時も今の人民は心の底から安楽と云ふ味を知らんのであるぞよ。神界からは何一とつ人民の不自由なきやうに致して与りてあれど、肝心の身魂が曇りて居るから、そこら一面に落ちて在る結構な神徳を足で踏んで居つても能う拾はんので思ふやうに行かんと申して、天地の神にまで不足を申すのであるぞよ。霊主体従の行為さえ致したら、三千世界は広く美くしく楽しく見えるのであれども、外国の八尾八頭大蛇の霊と金毛九尾白面悪狐の霊とに自由自在に弄物に為られて、守護神と肉体が体主霊従になり切りて了ふて居るから、斯の結構な天地が思ふやうに行かぬので在るぞよ。天地の元の生神の神慮に叶ふ守護神肉体でありたら、今の如うな暗黒の世の中に居りても、霊主体従の行り方いたすから、斯んな結構な良き世は無いと讃美をいたして、何時もニコニコとして勇んで暮せるのであるぞよ。三千世界の立直しは出来て居らぬ前でも、神の心に叶ふた人民はモハヤ身魂が立直りて居るので在るから、世界に何事が出来いたしても、我身は塵ほども苦しいとは思はぬやうの神徳を戴きて、高見から見物するやうな心になりて、天地が震動いたしても如何大変突発いたしても驚かぬ神徳が備はるので在るから今の世界の人民が苦しみて居るのは、我と我手に苦みの種を蒔いて、又た自身が苦みの実を苅り取りて居るので在るぞよ。心さへ研けて誠が覚りて来たら、斯んな楽もしき広き結構な神世は無いので在れども、一寸でも心の持方が間違ふたら、此の広い天地が狭くなりて苦しく成るぞよ。今の世界の人民は、苦しまいでも楽しみて暮せる事を、我から求めて苦しみて居るのであるから、神は可愛相で見て居るに忍びんから、永らくの間出口直に御苦労になりて、神世の教がさしてあるなれど、盲目聾ばかりで、今に何も解らん守護神人民斗り、気の毒なもの斗りであるぞよ。是といふのも外国の大蛇と四ツ足の悪邪乃御魂が這入り込て居るのであるから、神力を戴いて、身魂の中に住居いたす悪魔を追出して了はねば、何程結構な神界の教を聞かして貰ふても耳へも這入らず、誠の安心も出来ぬのであるぞよ。可愛相でもモウ神も手の付けようが無い所まで人民がくもりて了ふて、神の光りが見えんから仕方はないぞよ。 ○ 大本の修行は今迄の体主霊従の行り方を立替さすので在れども、神の教を聞いて、チツト宛腹の中へ浸み込み出すと、人民と申すものは勝手なもので在るから、今まで致して来た事業が嫌に成りたり、阿房らしく思へたり、苦しく感ずるやうに成つて来るもので在るが、夫れが忍耐んやうな事では、事業を更へても神界の御用は、人間界の事業とは段が違ふから、中々勤め上げられんぞよ。大本の教を聞いて、チツトでも神徳を戴いたら、其神徳を以て今までの事業を大本の教の行り方に、少々づつなりと改良て行く精神にならぬと、何彼無しに綾部の大本へ行きて、近くに居りさえすれば神徳が戴ける様に思ふと、大間違いが出来いたして、後で神に不服を申さな成らぬやうに成るから、神が前つ前つに気を付けておくぞよ。大本の近くに居りたら神徳が戴けるものなら、此の綾部の人民が神徳を戴いて御用が出来る筈であれども、今に誠の神徳を戴いたものは何程も無いではないか。大本の中に這入りて、二十五六年も神の教えを日夜に見たり、聞いたり致して居る役員でさえ、今に神徳が貰へんものが在るぞよ。心の持方一つで何程遠方に居りても神徳は戴けて、立派に神界の御用が勤まるので在るから、綾部綾部と申して、家まで持つて来ても、神の誠の教が判らぬ人民は、何時まで近くに居りて、日々大本へ詰め切りたとて何一つ判りもせず、眼も見えず耳も利かず、手も足も出し様が判らぬぞよ。神の神徳と申すものは、遠い近いの差別もないぞよ。明い暗いの区別も無い、何一とつとして行渡らんといふ事は無いから、何処に居りても身魂さへ研けたら、ドンナ大きい神徳でも渡してやるぞよ。大本へ永らく這入りて居りて、今に神の御用一つ命す事の出来ぬ人民が沢山にウジヤリて居るが、皆身魂の曇りが激しうて罪障が深いから、折角この結構な地の高天原へ引寄して貰ふて、日々に神の誠の行状を変性男子の鏡で見せて戴いて居り乍ら、今に一つも改心が出来ず、段々慢神いたして、何んでも無い用を申付けても、神の御用を為てやると云ふやうな精神で、神に恩を被せるやうな訳の分らぬ精神であるから、昔からの深い罪穢を除りて助けて与りた其上で、神界の御用に使ふて、手柄を為して歓こばしたいと思へども、元来の思ひが間違ふて居るから、神もドウ致す事も出来ぬから、今の間に早く心の立替立直しを致さんと、後で残念でヂリヂリ舞を致さな成らん事が今に出来いたすから、神はどうぞどうぞと思ふて、破れ物を抱へるやうに心を使ふて居るから、チツトは推量いたすが宜かろうぞよ。 ○ 世界の人民を助けたさに、艮の金神が因縁の御魂出口直殿の体内を借りて、永らくの間変性男子に苦労を致さした、神政開祖の奥津城は、変性女子や役員の赤心で立派に致して下されて、神は満足であるぞよ。是からは神界の肝心の御用の時は、天王台へ変性女子を引寄して、何彼の相談を致さねば成らぬから、一日も早く経綸を完成して貰はんと、今の彼の有様、沢山に役員信者は参拝いたして下さるは結構なれど、我の眼の前に彼んな事をして捨てあるのに、気の付く人民は今に一人も無いとは惨いものであるぞよ。此の大本の御用いたす人民は、一を聞いて十を悟る位で無いと、誠の間には合はぬのじやと申して、毎度筆先で知らして在るが、眼の前に誰にも見える不始末が何んとも無いやうな事であるから、神も中々骨の折れる事であるぞよ。是でも今の世界の曇りた人民よりも何段も上の身魂の選り抜きが集せて在るのでさえも此の通りで在るから、三千世界の立直しは大事業と申すので在るぞよ。何も彼もキチンと秩序を立て行くのが神の行り方、人民は神の道具に拵らえてある、神の分身魂であるぞよ。今の天王台のアノずんだらな行り方と申すものは、普通の人民の眼にも付く事であるのに、大本の教を日々聞いて居れる御方に気が付かんとは、不思議と申すより外は無いぞよ。中には気の付いた役員信者も在るでは在ろうなれど、モ一とつ誠と云ふ事が足らぬから、ツイ忘れて了ふのであろう。肝心の国の教の祖の奥津城、日参致したり通夜いたす斗りが誠ではないぞよ。是からの筆先段々酷しく成るから、女子が厭がれども世界とは代えられんから、一寸も神の方は遠慮はいたさぬから、何彼の事に是からは心配り気配りを致して下されよ。此の神の道は実意と丁寧と誠と正直と心配りが無いやうな事では、神界の御役には立たんぞよ。
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伊都能売神諭 神諭一覧 大正8年1月27日 大正八年一月二五日 大正八年一月二十五日 今の人民は我身の神聖なる天職を忘れて、薩張り四ツ足の容器に化り切りて了ふて居るから、猛獣の餌にするやうな汚ない腐肉を食ふて美味美食と驕り、鳥獣の毛や皮を身に纏ふては美衣とか礼服とか申して歓こび、罪悪の凝結た金銀で立派な形斗りの住家を造りて、美家とか玉堂とか名を付け、体欲[*ママ]に耽つて己の寿命を削りながら、千年も万年も生きる心算で、何時も月夜と春斗り在るやうに思ふて、一寸先きは真の暗み、是が人間の中の結構な紳士と申すもの。紳士か獅子か猛虎か名の付けやうも無い人三化七、盲目千人目開き一人の譬の世の中、訳の分らぬ人民斗りが、折角無垢な人間に生れながら、紳士とか虎とかの行り方を羨んで、金銀さへ蓄へたら斯世が自由に成るやうに思い違いを致して、又も四ツ足の中間入りを致さうとするから、世は段々と体主霊従が盛へる斗りであるぞよ。何程神が可愛想なと思ふて、言ふて聞かして与りても、腹の底に誠が無いから、折角方丈まで成上りて居りた髪長が、傘一本で寺を飛び出し、俗人となりて商業家に逆戻りした大徳寺の門弟さえ出来るやうな時節であるが、一旦神界から神の綱を掛けられた人民は、一時は思はくは立てさして与るが、又た後で縋りて来ねば成らぬ事が見え透いて居るから、明治二十五年から出口直の手と口とで、大本の大橋越へて未だ先へ、行方分らず後戻り、慢神すると其の通りと申して気が付けて在りたが、今までに斯大本には沢山に鏡が出してあるぞよ。親の精神が違ふて来ると子の心が変りて来るぞよ。神の試験に逢ふて直ぐに取違い致すやうな浅い信心はマサカの時の役に立たんから、是から神は素直な人民を使はな成らんから、未だ未だ神は気を曳くぞよ。其人の心相応の事を致して、誠の御用に使ふものと使はれんものとを選り立るぞよ。大正忠臣蔵の御用に立つのは我が妻や子に気を曳れて信仰を落すやうな人民は、肝心の正念場の舞台は踏さんぞよ。誰に由らずこの大本の信心は外の宗教のやうに思ふて居ると大間違いが出来て来て、中途に迯げ出すぞよと申して在りたが、コンナ大気違いやら大化物の致す神界の御用は、三年や五年の信仰では、何程智者でも学者でも判りは致さぬぞよ。利己主義の人民は少し金でも儲[*底本では「設」]けると、もう是で沢山と申して後へ退くが、此の大本はソンナ小さい経綸でないぞよ。この大本の経綸は稲荷山の白狐や古寺の古狸や、蛇の身魂の守護が除かぬと、少とも見当が判らんぞよ。鼻高では又判らず、少し神徳を貰ふて布教でもする様になると、直ぐに鼻を隆くいたすなり、○○には鞍馬山が在るから、鼻高が多いのは無理はないぞよ。守護神が鼻高であると、肉体が知らぬ間に鼻高に成りて居るから、其高い鼻が両眼の邪魔をいたして、向ふも見へず、上は猶更見えず、足元は天で分らぬから、歩行くのも全然暗雲で、危ふて見て居れんから、因縁のある身魂は夫れでも使ふて与らねば成らぬから、神が鼻をへシ折つて了ふぞよ。神から折られん先に鼻を低ふいたして、真心になる人民を待兼て居るぞよ。是から神界は正念場と成るから、段々と通常の人民には判らんやうに一旦は致さすから、誠無き欲信心いたして居る人民は、御蔭を落して立寄れんやうに成るから心得て居りて下され。引掛戻しの仕組、月の象の御簾の中、日に日に変る大本の中の様子、付け留て置いて下されよと申して在ろうがな。みす商売は夏の最中、背中を割つて出る瀬虫の、後の脱殻ト子川の、和知の流れに身を落したことが在ろうがな。善と悪との鏡の出る世界の大本ぞよ。
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伊都能売神諭 神諭一覧 大正8年2月6日 大正八年一月二七日 大正八年一月二十七日旧十二月二十六日 艮の金神変性男子の御魂が、地の高天原の竜宮館に現はれて、世界の事を誌しおくぞよ。五六七の神が御出ましに成りたから、世が押釣りて天の鳥船や鳥の磐樟船の神が、空中を自由自在に荒れ廻はし、世界中に火の雨を降らして地の世界を苦しめ、神国を外国に致す悪神の企みが、九分九厘に成りて来たなれど、日本の国は神国であるから、四ツ足が何程上空へ昇りて、悪を働かうと致しても、四ツ足身魂の眼に付かぬ金神の鳥船が、中界を守護いたして居るから大丈夫であるぞよ。火の神も羽張り出すぞよ。火の輝日子や迦倶槌や、火の焼速男の神はエライ勢いで、明治三十年代から荒れ廻りて来たが、今度はモ一とつ烈しき活動をいたすから、人民も油断はいたされんぞよ。青山は枯山となり、海川は残らず泣き干す時節が近よりたぞよ。金山彦や金山姫を多具理上げる時節が参りて、今の成金の体主霊従の身魂が、頭を土に着けて苦しむ時節が今に来るぞよ。クハラの跡は草原となり、ススキの跡は薄原、イハサキの跡は茨咲き、フジタの末は不事多となるぞよ。三ツの泉の水も涸れ、ツルの池水は濁りに濁りて、鮒や鯰が泥に困しみ悶える時節が来るぞよ。鶴の宝は雀が拾ひ、亀の宝は小魚が喰ふ。山は変りて淵と成り、海の中にも山が湧く、是が体主霊従の身魂の年の空であるぞよ。秋風待てど罪悪の、日に夜にフユの霜先に葉も実も散りて丸裸、夜寒の凌ぎも何んと詮方なつ虫の、飛んで火に入る憐れさを、見せまいものと朝夕に、神の出口の手を借りて、助け与らんと艮の、神の心は五月暗み、泣く郭公血も涸れて、救ひの術も泣く斗り、神の心配酌み取りて、早く改心頼むぞよ。 艮の金神変性男子の身魂が、天地の間を守護致して、三千世界の大掃除を致すに付ては、ミロクの大神様は金竜に跨がり、大直日主命は銀竜に、若日女君の命は金剛に打乗り、天と中界と地の上を守護致して居るから、是からは経綸が一日増に良く解りて来るから、大本の内と外との誠の役員信者は、確りと胴を据へて下さらぬと今迄のやうな気楽な事では、肝心の御用が後れて了ふぞよ。宇宙の塵埃曇り汚れを掃き祓ふ、神の経綸の箒星、不意に出現する時は、天津大空澄み渡り、神の威勢の強くして、空に懸れる群星は、天の河原に集りて、言問ひ議り議り問ひ、終には思案も手術も泣き暗し、地上一つの神光を、尋ねて各自に降り来る、大木の蔭や神館、綾に畏き地上の高天原、神の助けを請ひ奉り、身魂清めて苅こもの、乱れ果てたる世の中を、元の神代に立直す善と悪との戦いに、大本直日大神を、総大将と戴きて、曲つ軍を打罰ため、言向和はす空前絶後の大神業は、いろはの産の神御魂、誉れを千代に遺す経綸の、奥の手の只一輪の白梅の、花咲き実のる常磐木の、松の神代こそ尊とけれ。金竜銀竜金剛剱破四ツの神馬のいななきは、天地に響く言霊の、神の力と神人の日本魂の活動に四方の国々依り来り、天津日嗣も永遠に、治まる神代の瑞相は、七堂伽ランの神界の、世界鎮めの基礎と成り渡るぞよ。
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伊都能売神諭 神諭一覧 大正8年2月21日 大正八年二月二一日 大正八年二月二十一日旧正月二十一日 艮の金神国常立之尊が竜宮館の地の高天原の神屋敷に現はれて、天照彦之尊の御魂の宿りた言霊幸彦命の体内を借りて世界改造の筆先を誌しおくぞよ。明治二十五年から大出口直の手を借りて世界に出現事変一切を日本の守護神人民に警告てをいた事の実地が近よりて来たぞよ。日本の神国に生れて来た身魂は皆日本魂の性来が授けて在りて上中下の三段の身魂が天から降して世界を経綸させるやうに天国の政治が地上に写して、君と臣と民とに立別けて在れども、今は世が逆様に成りて居るから、民の身魂が大臣小臣となり、大臣小臣の身魂が民の位置に落ち、其上に八頭八尾の邪神が守護いたして、斯世を体主霊従の行り方に乱して了ふて今の世界の此の惨害、是を何んとも思はぬやうに成りたのは、日本及び世界の人民が皆な四ツ足に欺され切つて居るからであるぞよ。世界を経綸する天職の備はりた日本の人民は日本魂が薩張り抜けて了ふて、九分まで獣蓄の身魂に成つて居るぞよ。天地開闢の初の世からの約束の時節が参りたから、愚図々々致して居れんから、今の静まりて在る間に一日も早く身魂を研いて居らんと、東の大空から西の谷底へ天の火が降る事が出来いたしたら俄に、栃面貌を振つてアフンと致さな成らぬやうになるぞよ。それで一日も早く日本魂を研けと申すので在るぞよ。日本魂と申すものは天地の先祖の神の精神と合一した心で在るぞよ。至仁至愛の大精神にして、何事にも心を配り行届き、凶事に逢ふとも、大山の如く微躯とも致さず、物質欲を断ちて精神は最も安静な心であるぞよ。天を相手とし凡人と争はず、天地万有山野海川を我の所有となし、春夏秋冬も昼も夜も暗も雨も風も雷も霜も雪も皆我言霊の自由に為し得る魂であるぞよ。如何なる災禍に逢ふも艱苦を甞るも意に介せず、幸運に向ふも油断せず、生死一如にして昼夜の往来する如く、世事一切を惟神の大道に任かせ、好みも無く憎みも為さず、義を重んじて心裏常に安静なる魂が日本魂であるぞよ。常に心中長閑にして、川水の流るる如く、末に至る程深くなりつつ自然に四海に達し、我意を起さず、才智を頼らず、天の時に応じて神意に随つて天下公共の為に活動し、万難を撓まず屈せず、無事にして善を行ふを日本魂と申すぞよ。奇魂能く活動する時は大人の行ひ備はり、真の智者となり、物を以て物を見極め、自己に等しからん事を欲せずして身魂共に平静なり。小人なるものは自己を本として物を見、自已に等しからん事を欲するが故に、常に心中静かならず、之を体主霊従の精神と申すぞよ。今の世の中一般の心は皆この心で在るぞよ。誠の日本魂のある人民は其意志平素に内にのみ向ひ、自己の独り知る所を慎み、自已の力量才覚を人に知られん事を求めず、天地神明の道に従ひ交はり、神の代表となりて善言美辞を用ひ、光風霽月の如き人格を具へて自然に世に光輝を放つ身魂であるぞよ。心神常に空虚にして一点の私心無ければ、常永に胸中に神国あり、何事も優れ勝りたる行動を好み、善者を喜こびて友となし、劣り汚れたるを憐み且つ恵む、富貴を欲せず羨まず、貧賤を厭はず侮らず、只々天下の為に至善を尽す事のみに焦心す、是の至心至情は日本魂の発動であるぞよ。我身富貴に処しては君国の為に心魂を捧げ、貧に処しては簡易の生活に甘んじ、欲望を制し暇にも他を害せず、自暴自棄せず、天命を楽みて自己応分の天職を守る、是が日本魂の発動であるぞよ。天下修齋の大神業に参加する共決して周章ず騷がず、身魂常に洋々として大海の如く、天の空うして鳥の飛ぶに任すが如く、海の広くして魚の踊るに従ふが如き不動の精神を常に養ふ、是が神政成就の神業に奉仕する身魂の行動でなけねば成らぬのであるぞよ。凡人の見て善事と為す事にても神の法に照して悪しき事は是を為さず、凡人の見て悪と為す事にても神の誠の道に照して善き事は勇みて之を遂行すべし。天意に従がひ大業を為さんとするものは一疋の虫と雖も妄に之を傷害せず、至仁至愛にして万有を保護し、世の乱に乗じて望を興さぬ至粋至純の精神を保つ、是が誠の日本魂の発動であるぞよ。今度の二度目の天之岩戸開きの御用に立つ身魂は是丈の身魂の覚悟が無ければ到底終りまで勤めると云ふ事は出来んから、毎度筆先で日本魂を研いて下されと申して知らして在るぞよ。今の日本の人民は九分九厘まで日本魂が曇り切りて了ふて居るから、今の人民の所作柄と申すものは薩張り精神を利害のために左右せられて、一寸先きは暗黒であるから、何時も心が急ろしうて、一寸の事変にも狼狽え騷いで顏の色まで変えて了ふ人民計りで在るぞよ。是では到底日本の神国の人民とは申されんぞよ。今の人民の精神と申すものは体主霊従であるから心は平素外面ばかりに走り、人前だけは殊勝らしく慎しみて居れど、内心と申すものは頑空妄慮であるから、少しの事にも微躯付いて外国の四ツ足に喰えて振るやうな難に逢されて居りても未だ気が付かぬ厄介な人民であるぞよ。今の人民は霊界の事実が頭から少とも解りて居らんから、万古末代生き通しの真理を弁まへず、現世でさえ立派に暮したら死後は堂でも搆はぬと云ふ一般の馬鹿な身魂で在るから、天地神明の御威光も畏れず、現世の富貴安逸快楽のみに心を奪られて貧を蛇蠍の如くに忌み嫌い、精神が腐ろうが天則を外そうが其んな事には毛程も心配いたさず、黄金万能主義の信者に落ち込み、国家の為に身命を捧げんとする真人を馬鹿ものの如うに詈り嘲り、死ぬ事を厭ひ下らぬ体欲に耽りて、肝心の天の使命の降つた神の生き宮の身魂である事を忘れて居るから、世界は日に増しに悪事災害が発生いたすので在るぞよ。少し順境に向えば千年も万年も生き度いと申し、少し逆境に落つれば直に斯の結構な神国を畏れ果敢なみ、名聞に恥るが故に誠を忘れ利欲に眼眩みて義を弁へず天命を覚らず、自己よりも富貴の人を羨やみ且つソネミ、自己よりも貧賤なる人を侮り軽蔑み凌ぎ苦しめ、才智芸能の自己より勝れたる人に従ひ学ぶ事を為さず、却て之を譏り、自己の足らざるを補ふ精神毫もなく、善かれ悪かれ自己を賞め、且つ自己に追従するものを親しみて害毒を招き、遂に又た之を悪み、智者賢者に問ふ事を愧ぢて一生無知愚鈍の生活を送る憐れな今の世界の人民の度根性で在るから、何時までも世の中が暗黒界で、我と我手に要らん困難を致す人民計りで、神の眼からは可愛想で見て居れんから、今度は神が表に現はれて世界の人民の目を醒して改心さして結構な神代に立直すので在るぞよ。余り世界の曇りやうが激しいから、神界も中々骨が折れるぞよ。世界の人民の中の悪の身魂を平げて了ふて、世の立直し致すのなれば容易なれど神は世界の人民を一人もツツボに致し度もないから、色々と申して永らく出口直の手で警告たので在れども、余り何時までも守護神人民が聞いて下さらぬと止むを得ずの事に致さねば成らぬから、神も中々辛い思ひを致して居るから、日本の人民ならチツトは神の心も推量いたして早く身魂を研いて神国の行動を為て下され。何時までも神は人民に説き諭して居る暇がないから、改心いたすなら今の間であるぞよ。今の人民の心に合ふやうな行為は誠の神の心に叶はず、神の心に叶ふ行為いたす人民は俗悪世界の鼻の高い人民の心に叶はぬから、腰の弱い日本魂の腐りた人民は残らず今の世界の人民に従いて了ふて、譬え天道に叶はぬ事でも世界の人民の善いと申す事は靡くなり、天道に叶ふた結構な事業でも世界から悪く言はれたら直ぐに止めて了ふなり、只眼の前の名利を求め、形の欲に迷ふて天津誠を知らず、故に斯の結構な地の高天原の誠の教を迷信教とか、怪宗とか、危険集団とか申して、新聞にまで書いて悪く申すので在るが、今の俗悪世界の新聞などに良く言はれる様な世間向きのする教で在りたら却て斯の大本の教は悪の教であるぞよ。悪く言はれて良く成る経綸であると明治二十五年から知らして置いた事の実地が出て参りたので在るから、世間から悪く言はれる程此の大本の教は結構になるので在るぞよ。今の人民は人から褒められると過ぎた事でも大変に歓こび且つ人にほこり高振りたがり、又自己を譏るのを聞いては実際なれば驚き周章て顏の色まで蒼くし、無い事を譏られると大変に立腹いたして名譽恢復の訴訟を起し、自己の過失を飾り、又は隠し、非を遂げて改心する事を知らず、自己の心の邪悪なるを知りつつ人が賞めて呉れると自己の邪悪は誰も知らぬと気を赦し、自己の欲する事は譬え少々罪悪なりと承知しながら善人の諫言を耳に入れず、却て其誠の人を悪人扱ひに致すやうに成りた今の世の中であるから、况して誠の神の申す事は聞きさうな筈はなけれども、天から貰ふた直霊の御魂にチツトは尋ねて見たら神の申す事は解らねば成らぬ筈で在るぞよ。結構な直霊を我身に抱え乍ら、小人罪を作りて知らぬとは余りで在るぞよ。間がな隙がな人の非事を探したり、人の名与を毀けて自己の眼識が高く成つたやうに考がへ且つ又たそれを偉いやうに思ふて自慢を致したり、天道に背いて俗悪世界の名与を求めたり、義に背いて利己主義を立貫き高貴に媚びへつらい、以て我身の栄達を計り人の目を眩まして利を企み、浮雲の如き富貴を希望して一生懸命に心身を労し、終には子孫断絶の因と成るを覚らず、我霊魂の永苦を省みず、只現在に於てのみ自己在る事を知つて人在る事を知らず、自己に利益あれば公道を破り、人を害ふをも顧みずして近きは其身を亡ぼし、遠きは其家を亡ぼす事を知らず、我程の立派な利発ものはなしと慢心して獣族境界に安んじ、親子兄弟他人の区別もなく、利害の為には互に敵視する今の世の中の有様。此様な沒義道な汚らはしき世が何時までも続きそうな事はないぞよ。此世が何時までも此調子で行く如うな事で在りたら天地の間は神は一柱もないので在るぞよ。今度は地の高天原の竜宮館から天地に神が在るかないかを明白に解けて見せて、世界の人民に改心さして松の世ミロクの神代と致して、世界一列勇んで暮すやうに世を替へて了ふのであるぞよ。夫れに成る迄に世界の黄泉津比良坂が在るから、今の世の中の精神を根本から立替て了ふて誠の日本魂に立帰り、神国成就の御用を勤めて、末代神国の名を残して下され、神が誠のものにはドンナ神力も蔭から渡して与るぞよ。一日も早い改心が結構であるぞよ。 明治二十五年からの筆先は充分に腹へ入れて見て貰はぬと、大変な取違いを致すものが出来るぞよ。この綾部へ出て来ねば神徳が貰えんやうに思ふて、一家を挙げて移住したり、今迄の結構な職業まで捨てたり、学校を退学したりして迄大本へ出て来るやうな事は神慮に叶はぬぞよ。大本の祝詞の中にも学びの術に戦の法に益々も開け添はりて玉垣の内津御国は細矛千足国心安国と云々と出てあらうがな。学びの術を捨てまで信心いたせとは申さんぞよ。それとも事情止むを得ぬ事があれば仕方はなけれども、悔しい残念を忍耐ることの出来んやうな身魂でありたら到底神の御用どころか我身一つさえも修まらんぞよ。是から大本の中も充分気を付け合ふて落度のなき様に心得て下さらんと斯の結構な神国の教の名を汚す事に成りて却て世界から悪るく申されても弁解の出来ぬ事が出来するぞよ。此の大本の名を汚すものは大本の中から出現するぞよ。外部からは指一本さわる事は出来ぬ完全で在と毎度筆先に出て知したが余程是からは何彼の事を気配いたして神の教に背かぬ様に善一筋の行ひを致して神の善き名を出やうに致して下されよ。何も分らずに人民の心の騒ぐ様な事を申で無ぞよ気を付るぞよ。
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伊都能売神諭 神諭一覧 大正8年3月10日 大正八年三月一一日 大正八年三月十一日旧二月十日 艮の金神大国常立尊変性男子の身魂が、竜宮館の地の高天原に現はれて、五六七の神政の御用を致さす、天照彦之命の憑りて居る、変性女子の身魂の言霊幸彦命の手を借りて、何彼の神示を書きおくぞよ。日本は豊葦原の中津国と申して、世の本の誠の天地の先祖が、初発に創造いたした結構な元の神国であるから、此の神国に生れた人民は、外国の人民よりは一層勝れた身魂が授けてあるなれど、世界が段々と降るに連れて、肝心の元の因縁を忘れて了ふて、今では外国人と同じやうな身魂に化り切て、後も前も解らぬ惨い状態に世が曇りて居るなれど、日本の人民に我天職が判る者が無いから、物質上の発明は皆外国人の専有物の如うに思ひ、外国ほど文明な国は無いと、大変に崇敬致して居るが、其れが八尾八頭の身魂に誑かされて居るので在るから、日本の人民も良い加減に眼を覚すが宜かろうぞよ。日本には外国人の末代かかりて考へても、何れ程骨を折りても真似の出来ぬ立派な教があるから、日本人の身魂が研けて水晶に立復りたら、ドンナ事でも神力で発明が出来るのであるぞよ。延喜式の祝詞にも天放ち水素利用、電気火力応用全土開拓云々と申して、天地を自由自在に開拓経綸いたす神業が現はして在るなれど、日本の人民の心が汚れ、言霊が曇りて了ふて居るから、枝の国の真似も出来ぬやうになりて了ふたので在るぞよ。世の初りは今の世界の如うに、日本と外国の区別は無く、極めて平和に世が治まりて居りたなれど、体主霊従の身魂が段々と増長いたして、国々が互に分離し、自己主義の人民斗りで、年中国の取り合い斗りを致すやうに成りて、世界の人民が皆な大蛇と鬼と四ツ足の容器に成り果て了ふて、今の世界の此の有様であるぞよ。何程人民が苦心いたしても、国際聯盟を叫んでも、九分九厘で手の掌が反へりて了ふて、劫て世が段々乱れる斗りであるから、日本の人民は今茲で腹帯を確り占めて、日の大神の御威光を背に負ふて、皇祖皇宗の御遺訓を遵奉いたして、日本神国の使命を全ふ致さねば、日本の人民と生れさして頂いた功能が一つも無いから、今の日本の人民の危急存亡の一大事の秋で在るぞよ。日本は世界の総宗国であるから、外国からも昔は東海の君子国と申し、万世一系の大君と、天壌無窮の皇道隆々たる神国で在るから、日本は世界中の国々の人民を愛護し、開発すべき天来の責任ある国で在るぞよ。今の外国の様に、侵略や征伐や併呑などは絶対に成らぬ、誠の神国であるから、日本の上下の人民は、至仁至愛至真至善至美の精神と行状を致して、天下に模範を垂れ、世界各国が日本の徳に悦服し、我大君に欣仰して仕え奉る可く、国民各自が努力いたさねば、斯世を此儘に致して置いたなれば、世界は益々畜生原に成りて了ふて、終には人間同士が肉を喰ひ合ふやうに成つて了ふから、誠の日本魂の光る人民を一人なりとも余計に育て上げて、世界平和の大神業に使ひ度いと思ふて、国常立之尊が明治廿五年から、出口の守の体内を借りて苦労艱難をいたし、変性女子の身魂を現はして、世界の人民に誠を説いて聞かして居るなれど、今の日本の人民は盲目が多いから、九分九厘の所まで判らぬので、何か悪い事でも致して居るやうに、種々と致して此の大本の誠の経綸の邪魔を致せども、大本には誠斗りで固めてあるから、人民が何程反対いたしても微躯とも致さんぞよ。世間から反対いたせば致す程、却てこの大本は開けて来て、神力が増す斗りであるぞよ。斯大本は外部からは如何なる悪魔が出て参りて、反対致しても、微躯とも致さぬ所で在れども、内部から慢神誤解いたす守護神が現はれて、大きな邪魔を致したり、斯の大本に因縁の深い身魂が慢神いたして居るから、其肉体へ金毛九尾白面の白狐の霊が憑りて、○○の直筆を持つて其所等中を迂路付いたり、大本の経綸を占領いたして、外で目的を立やうと致して、大本より外に出ぬ筈の筆先を書いて、我の守護神で無ければ天地の根本が判らぬと申して居るが、是が油断の成らぬ神で在るから、此の大本の外から出た筆先は、一つも信用いたす事は出来ぬぞよ。二代三代の眼を眩まさうと為て、一生懸命に骨折りて居るなれど、瑞の身魂の在る限りは厳重な審神者を致すから、到底思惑は立ちは致さんぞよ。二代の○○は誑しても○○○命の身魂は欺す事は出来ぬぞよ。○○○○○○○は日の出の守の守護では在れど、今の処では少しく慢神が出て居るから、守護を代えて天照彦命の御魂に日の出の神の御用を致さすぞよ。大正八年の旧二月十日から、日の出の守は肉体を代えて守護が致さして在るぞよ。変性男子と女子との筆先より他の筆先は信じては成らぬぞよ。外から出るのは皆受売りや入れ言斗りで、真偽相半ばして居るから、初めから目を通さぬが能いぞよ。大本の中にも参考の為じやと申して、隠れ忍んで写したり読んだり致して居るものが在れど、其んな事に骨を折るより、一枚なりと表と裏の筆先を腹へ入れるが結構で在るぞよ。悪魔と申す者は皆教祖の系統の中でも少しでも信用の在る熱心な肉体を利用いたして、目的を立てやうと致すから、充分に注意を致さんと、脚下から鳥が立つやうな事が出来いたすぞよ。
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伊都能売神諭 神諭一覧 大正8年3月12日 大正八年三月一〇日 大正八年三月十日旧二月九日 国常立尊の筆先であるぞよ。変性男子の御魂稚日女之命[*ママ]は世の初りに、天若彦命と素盞嗚尊の為に押込まれて、八重九重に咲く芳ばしき花の苔みを、半開にして散り亡せ給ひ、地に落ちて神代一代の永い艱難苦労を遊ばしたが、天若彦命の天の規則破りの罪を我身に引受け、今まで善一とつを貫いて御出なされた日本魂の誠の大神様であるぞよ。大本の役員から此の次第を了解いたして下さらぬと、今度の仕組は根本が判らんのであるぞよ。稚日女命[*ママ]の肉体は上天いたして、天地の間を守護いたして居れるから、是からは世界の物事は速く成るから、一日の猶予も出来ぬぞよ。世の初りから、誠の日本魂を天地に貫いて来られた御徳が、今度斯世に表はれて、天も地も一度に明らかに稜威が輝く様に成りたのは、誠と苦労の結果であるから、斯神の昔からの行状は世界の善の亀鑑であるぞよ。亦た天若彦命は非常な狡猾な陰険な邪神であるから、誠の神様の御苦労の徳を横奪いたして、神の世を自由自在に持荒らした神であるぞよ。天若彦命は若姫君命の養育された黄金竜姫命に恋慕して、天の規則を破り、貞操を汚さしめ、傍若無人の挙動を致し、終に他の神々も夫の行動に感染して残らず天の罪を犯し、総損ないと成りて了ふて、皆の神が世に落ちねばならぬ始末となつたのであるぞよ。夫れで今日までは元の誠の神は世に現はれず、根底国の刑罰を受けて苦しみて居りたなれど、今度の二度目の天岩戸開きに就て、艮の金神の元の誠が現はれて来て、九ツ花が咲く時節が参りたから、善一と筋を貫きて御出遊ばした、若姫君命の養育なされた八柱の神を世に上げて、十葉の花を咲かす神代と成りたから、今度の世の改造に昔からの神々の因縁を説分けて、万古末代の世を治めて、神も仏も人民も、餓鬼虫けら迄も助けて、松の代ミロクの代と立直して了ふので在るから、中々骨の折れる事であるぞよ。大本の信者の中には、世の立替と申す事を大変な誤解を致して居るものが在るが、世の立替は神界幽界現界の邪悪分子を全部改革いたすと云ふ意味であるぞよ。世の立直しと申すのは昔の神代に皇祖の神々が御定め成された通りの、完全無欠の神政を開いて、三千世界を天津日嗣の御威徳で言向和はし、天の下四方の国を平けく安らけく知食し給ふ御神業の完成いたす事で在るぞよ。余り大きな間違いで、アフンと致す事が来るから、充分に神の慈悲心に成りて、筆先を眼を通して下されよと永らくの間気が付けてあるのに、自己の心が汚ないから、色々と疑ふたり、取違い致したり、中には途方も無い事を申して世界の人民を驚かす事になるから、神の深き慈悲心に照り合して、我身魂の善悪を省みるが良いぞよ。神からは世界の人民は皆な我子で在るから、しかりたりたらしたり、色々と致して改心を促がして居るので在るから、大本の肝腎の役員から充分に神心を考へて、出て来る人に違はぬ教を致して下されよ。善になるのも悪に代るのも、皆役員の舌一枚の使い様に由るぞよ。人民の舌ほど結構なものの恐ろしいものは無いぞよ。明治二十五年からの筆先を心を鎮めて覗いて居りたら、神の誠の精神が判りて来るぞよ。八釜しう申さいでも神の知らした事は世界から順に出て来るから、黙りて居りて改心も出来るなり、神徳も与へられるぞよ。 ◎ 斯大本には昔の神代から罪を作りて来た体主霊従の身魂の人民ほど、先へ引き寄せて、御魂の借金済しの為に大望な神界の御用を命して在るので在るから、其の覚悟を致して、我れ一と神国の為に尽して下さらぬと、我に神力学力が在るから引き寄せられた如うに思ふて油断いたしたら、大変な間違いが出来てくるぞよ。斯の大本は盛んになる程敵が多く出て来るから、其敵対ふて来た人民を、大切に致して親切に取扱ひ、神界の真理を懇切に説き諭して、歓こばして改心さして、皇道大本の神の誠の教に帰順いたさす経綸であるから、敵が殖える程段々と良く成るぞよ。今度の神界の経綸は強い敵ほど良き味方に成りて御用を助ける仕組であるから、敵が殖えて来る程この教は立派に開けるぞよ。三千世界を開くと云ふ事は、今までの如うな筆法で古事記を説いても、肝腎の奥の奥が明らかにならぬから、誠の神政復古は成就いたさんぞよ。今度は二度目の天の岩戸開きで在るから、肉体その儘で天地の在らん限り、幽界現界に出入往来いたして、今の人民の智慧や学力で判らぬ神理を調べて置いて三人世の元の経綸が致して在るから、是が判りて来たら三千世界が一度に鳴るぞよ。三人世の本の因縁も、日の出神の御苦労も鏡の如くに判りて来るぞよ。そこへ成りたら如何な鼻高でも悪神でも成程と改心いたすなれど、斯大本の経綸は世界中に仕組てあるから、今に吃驚箱の蓋が開いたら、我も私もと申して世界中から綾部の大本へ詰かけるから、今の内に充分の用意が出来て居らぬと、俄にトチ面貌[*「面貌」は底本通り]を振るやうに成るぞよ。節分から世界の様子が大変に替るに就て、先づ斯の大本の内部から立替改造を致すと申して知らした事の実地が参りたぞよ。各自に腹帯を確かり占て居らぬと、一つの峠が在りても直ぐに後戻りをいたすと申したが、筆先の十分腹へ這入た人民は大磐石で、押しても突いても微躯りとも致さねど、浅い筆先の見様をいたして居る人民は、ヒヨロ付いて後餅を搗いて、神力は落ちるなり世界からは良い笑はれものと成るから、何時も日本魂を研いて居れと申して、細こう書いて知らして在りたぞよ。艮の金神が綾の高天原の神屋敷に現はれて、八百万の神を集めて、天の大神様から思兼の神と御命令を戴きて万物の種を編み出し、苦労いたして立派な神の世が造れたと思へば、天の若彦命が色々と勝手な事の行り放題で、天地の教を根本から覆がへしてから、世は段々と曇る斗り、上げも下ろしも成らぬ様に、此神の眷属の羽張り様と申すものは、人の苦労を横奪ばかりで在りたから、高天原から乱れて来て、今の世までも悪の種が伝はりて来て居るから、今の世界の所作柄は、万物の霊長どころか、四ツ足にも劣りた精神になり切りて了ふて居るぞよ。一寸先きも見えぬ所まで霊魂が曇り切つて居るから、今度は天の時節が参りて、人民の霊魂に燈明を付けて、元の日本魂に生れ返やして与らねば、斯世の泥海を此ままに致して置いては、モウ此の后は一寸の間も、行きも還りも出来ん事になりて、何から破裂いたすやら分らんから、神は人民を助けたいのが一心で在るから、一日も早く人民の首の位にある日本の人民から改心いたして、世界へ善一と筋の良き鏡を出して下され、今に世界は激しく成るから、変性女子の身魂から水晶に研いて下されよ。女子の身魂の改心さえ出来たら、世界の人民の改心が早く成るなり、改心が一日遅れたら遅れた丈けは、世界が永く苦しむので在るから、斯の大本の肝心の御方から日本魂に立帰りて、神国成就の御用を勤めて下されよ。大本の教は智慧や学では何程考へても、人民力では見当の取れん、奥の深い経綸であるから、是からソロソロと変性女子の手で、順に時節に応じて知らすぞよ。大本の筆先は其人々の御魂相応に感得る様に書してあるから、余程御魂を研かんと、真理の神意が判らんから、取違いが出来るから、筆先を説く役員も聞く人民も、第一に神の心に成りて考へて下さらんと困る事が出来いたすぞよ。筆先の御用いたして、錦の旗の経綸の御用を致して居る変性女子の御魂でさへも、今までは神界の機の仕組は判りて居らなんだ位であるから、普通の人民には判らんのも無理は無いぞよ。夫れで今迄は夜ルの守護であると申して知らして在りたなれど、大正八年からは弥々日出の守護となりて、変性男子と女子との身魂が世界へ天晴れ現はれるから、一日も早く此の大本の中から改心いたして、世間から見てアレデならこそ三千世界の大本、地の高天原で在ると申すやうに成りて来たら、一度に開く梅の花と申すのであるぞよ。開いて散りて実を結び、隅々までも澄極りて、世界に輝やく世の本の神の教を、四方の国から尋ねて来る八ツの年、新畳でさえも打てば、埃の出る者なれど、何程たたいても埃一つ出て来ん所まで研き上げて、天地え御眼に掛る艮の金神の経綸であるから、其覚悟を致して、斯の大本へ出て来る人民は、世界並の改心ぐらいでは可んから、研いた上にも研いて下されと毎時も申して知らして在るぞよ。世の諺にも、大きな器物には大きい影が刺すと申すなれど、大本の教は大きな器でも小さい器でも、水晶に澄極る処まで研く教で在るから、影と日向の区別無く、却つて影には強い光りが差す教であるぞよ。毛筋の横巾も間違いの無い教であるから、大本の信者は日本魂に立帰りて、毛筋ほどの虚言や詐りは致されず、悪いと申す事は露ほども出来ぬ世の立直の教であるから、明治二十五年から艮の金神の教は、他の教会の行り方とは天地の相違で在ると申すので在るぞよ。我の心が写りて心相応に感得る神諭であるから、我の身魂の磨けん内から知つた顔して筆先を説いても、大間違い大取違い斗りに成るから、口と心と行いの揃ふ誠の人民でないと、神諭の奥の精神はとうてい分らんぞよ。
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伊都能売神諭 神諭一覧 大正8年4月13日 大正八年四月一三日 大正八年四月十三日 艮の金神大国常立尊が竜宮館の地の高天原に現はれて、世界の事を書きおくぞよ。変性男子の御魂の宿りて居る出口直の手を借り口を借りて明治二十五年から大正七年まで二十七年かかりて知らして置いた言葉の実地が出て来たぞよ。由良川の水上の渭水の辺りに流れも清き和知川十二の支流を寄せ集め、三千世界の隅々へ。澄める教を伝えむと探き思は神の胸。広しと雖三千歳の。経綸も茲にアオウエイ。五大父音の音無瀬や、科戸の風の福知山。空吹く東風や北風の。塵も埃も外の国。皆舞鶴の入海に、流し清めて惟神。火水の稜威も荒磯の、砕くる日影月の影月日も仲良く治まりて、神教の奥は大正の、一二御代に厳々し。伊都の御魂の表はれて、燃の斯世を開きつつ、地成の春夏秋の空。峰の頂き四ツ尾の、木々のそよぎて畏こくも、高天原に登ります。最も尊とき惟神、真道弥広大出口、国地王霊主の神魂、国稚姫の久良芸如す、漂ふ神国を、造り初め。経と緯とに織る機は、綾の錦の棚機や、千々に心を配らせつ、鬼も大蛇も瑞の霊、光りさやけく美はしく、天の岩戸を開かむと、二代三代澄直霊、三千世界の梅の花、開く常盤の松みどり、竹の園生の弥栄に、栄えを松の神代かな。弥々ひらく大正の、八ツの御年の春よりぞ。花の香清く実を結び、世界の花と鳴り渡り、東も西も南北も、神の都と称へつつ、凝り固まれる九年、十年の春や秋の空、高く清けき神の国、世の大本と美はしき、名を酉年の芽出度けれ。 ◎ 今の世界の人民は余り学や智慧が有り過ぎて神徳は言ふに及ばず、人徳と云ふものが、一つも無いから、今の世界の此の有様を何とも思はずに、我身さえ好けりや他人は死のうが倒れうがチツトも構はぬ自己本位の人民が九分九厘まで湧いて居るから、何時までも神国成就の経綸が出来上らむから、今度は昔の元の天地の先祖が現はれて三千世界の改造を致すために天の大神様の御命令を戴きて、地の先祖の国常立尊が神代一代世に落ちて仕組いたした誠の道の玉手箱、開けても暮れても一筋の天津日継の弥高く四方に輝やき渡す時節が参りたぞよ。綾部の大本は神界の経綸で、変性男子の大気違いを現はして天地の神々や守護神人民に警告て在りたなれど、斯の大気違は最早天に帰りて天からの守護となりたから、是からは弥々変性女子の大化物を現はして、三千年の経綸の艮めを差して世界を水晶の神世に造り代えて了ふぞよ。それに就ては大本の金竜殿の説教や演説の行り方から立直さぬと天地の先祖の神慮に叶はんぞよ。今は世の堺の金輪際の千騎一騎の性念場であるから、因縁の御魂を日々遠近から引寄して明治二十五年からの筆先と此の大本の中に在りた実地の談さえ致して、天地の先祖の苦労やら変性男子が鏡に出した其の行状の有様やら、女子の心の底にある炬火を世に現はして充分に立寄る人民の腹の底へ浸み込むやうに平たう説いて聞かせる世界の大本で在るのに学者が聞いても容易に判りかけの致さん言霊学やら哲学の如な話を仕て居りては物事が段々遅れる斗りで、神界は却つて迷惑を致して居るぞよ。此の大本は改心改心と一点張りに申す所で在るが、其改心は堂したら良いかと申せば、生れ赤子の何も知らぬ天真爛漫の心に立帰りて大馬鹿に成ると云ふ事であるぞよ。今の金竜殿の先生は智者学者の集り合ひで在るから、知ず知ずに自分の腹の中の智利や誤目が飛んで出て神と人とを酔はして土を耳や目や鼻に入れるから溜つたもので無いぞよ。今の鼻高さんには神も感心致して居るぞよ。神が一度申したら其通りに致さねば斯の大本は神が因縁の身魂を引寄して致す神策地であるから、賢こい御方の結構な考えとは薩張大反対であるぞよ。世界の日々の説法を見て改心いたして今迄の行り方を根本から立替て下さらぬと神界の邪魔に成るぞよ。神の為君の為国の為に一身一家を捧げて居乍ら知らず知らずに神慮に背く如うな事で在りたら折角の役員の苦心が水の泡と成つては其人も気の毒なり神が第一に迷惑いたすなり、引寄せられた因縁の御魂も苦しむから、一日も早く何彼の行方を改正て下されよ。一時後れても神界では大変であるぞよ。筆先一方で開くと迄申して在る位の大本であるから、入れ言やら混りの教は神は大変にいやで在るぞよ。斯の大本は世界中の人民を阿房に致す神の大本で在るから、変性女子の大化物の大馬鹿が申す事と行動行り方を気を付けて居りて下されたら何も判るので在るぞよ。 是までに変性男子が一度極めて置た役目は例之変性女子の教主と雖ども猥りに立替る事は成らぬ神の深い経綸であるから、大本の役員の勝手に致す事は成らぬぞよ。我を出して行るなら一寸やつて見よ直に手の掌が覆りて後戻り斗りに成りて苦しむだけの事じやぞよ。神界の仕組はまだ外にも色々と致して在るから、変性女子の胸の内は誠に辛いぞよ。神界の誠の一方の助けに成りて呉れる役員が大本に在りたら女子も御用が致し良いなれど、肝心の女子の心は解らぬから無理は無いぞよ。今の大本の役員は赤誠一図で一生懸命の御用を致して居れる国家の大忠臣斯世の加賀美で在れども、余り正直すぎて融通の利かぬ人民も在るから、神の目放しが一つも出来んぞよ。今の役員信者は結構な立派な御方ばかりで人間界では申分は無けれども、水晶の世に致す神の眼から見ると丁度狭い山路を自転車に乗つて馳りて行くやうに在りて神が横目を振る間も無い馬車馬式の御方斗りで仕末に困るぞよ。けれ共斯の始末に了えぬ人民で無いと今度の御用には間に合はず、六ケ敷神界の経綸であるぞよ。 ◎ 変性男子の御魂若姫君の命は天に上りて五六七大神様の差添を遊ばすなり、坤の金神豊雲野命は地へ降りて大国常立尊の女房役となりて働くなり、天にも地にも夫婦揃ふて守護いたす時節が参りたから、是からは世界の物事は急転直下の勢いで天地の岩戸が開けるぞよ。天では撞の大神様が一の主なり、五六七の神と若姫君命の夫婦が御側役の御用なり、地では禁闕要乃大神様が一の主なり、国常立尊と豊国主尊が夫婦揃ふて御側役をいたすなり、木花咲耶姫命の御魂は日出乃神と現はれて立派な神代を建る御役なり、彦火々出見命は木花咲耶姫命に引添ふて日出の神の御手伝を成さるので在るぞよ。出口直は(イ)の御役を地の上で済して天へ上り、出口の王仁は(ロ)の役を地で致すなり、(ハ)の御役は二代澄子の御役であるから、是から后は一番御苦労であるぞよ。次に日出乃神の御用は(ニ)の御用を致すのであるぞよ。今の大本は(イ)の御用だけ片付きて、(ロ)の御用の初発であるから、混沌時代で四方八方からイロイロと噂さを致すなれど、是がロの守護であるから神界の経綸通りで在るから、皆安心して御用を勤めて下されよ。是から二代の御用は筆先を読んで修行に参る人民に説き聞かす御役であるぞよ。遠国から参りた人民は是非一回に一度や二度は面会いたさせねば因縁が明白に解らんから、大本の役員は是が一番の大事であるから、取違いの無きやうに致して下されよ。 ◎ 三千世界一度に開く梅の花開ひて散りて若日女の再び天に高く咲く、地は豊国主の良き果実を結ぶ、夫れ迄に世界は未だ未だ大きい稲荷の御礼が湧いて来るぞよ。大きな馬の四ツ足と蚤とが動き出すぞよ。木に日が懸り小里の者がさはき出し日月雲に掩はれて常夜の暗やサルの年、トリ越苦労致すより早く身魂を研くが一等ぞよ。 ◎ 銀貨銅貨が凝まりて大きな一箇の丸となり、金貨の山へ攻め寄せて来るなれど、元から貴き光りの在る金は容積少なくも終には一の宝と勝ちほこるぞよ。 ◎ 若日女君命は昔の神代に天の規則が破れた折、イとロの機の経綸の最中に素盞嗚命の天斑駒の為に御国替遊ばして地の底へ埋もりて居られたなれど、二度目の天の岩戸が開く時節が参りて来て、我子の禁闕要の大神に地の主宰権を譲りて今度は天へ還りて五六七大神様と力を協せ心を一にして天の御守護を遊ばすなり、地の神界は国常立尊豊雲野尊が左右の御脇立となりて地の上に高天原を建て三千世界を守護遊ばして天津日継の御尾前を幸へ助け心安の元の神代に捻ぢ直し給ふぞ尊とき金勝要の大神の純きり坐ます梅と松との世界の神の大本ぞ。