| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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261 (1621) |
霊界物語 | 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) | 11 河童の屁 | 第一一章河童の屁〔五六一〕 勝公の宣伝使を始め弥次彦、与太彦は六公の後を追跡して漸く二十峠の麓に着いた。 与『サア又之からが危険区域だ、敵の防禦網を突破して善戦善闘、秘術を尽し神軍の威力を示すべき時は迫つた』 勝『アヽさうだ、各自に腹帯をしつかりと締めて、四辺に気をつけ登阪する事としよう。それにしても六公は何処へ磨滅して仕舞つたのだらうか、三人では如何も話し相手のバランスがとれない、仲々の慌て者だからなア』 弥『何でも彼奴、お竹の顔を見るより猫のつるんだ後の様に両方へパツと逃げ散つた。その時の可笑しさ、之は何か込み入つたローマンスが伏在して居るのかも知れないぞ』 与『何、ローマンスなんて、アンナ男にあつて堪るものかい』 弥『さう見絞つたものじや無い、縁は異なもの乙なものだ。今に六公がお竹を連れて「ヤア六サンか、お前は如何して居つたのだ、その袴は何事ぞ、此お召物は」と取り付いて涙片手に掻き口説く、そこで六公の奴「ヤアお竹、如何成り行くも因縁づくぢやと諦めて呉れよ、昨日に変る今日の空、定めなき世の習ひに洩れぬ二人が切ない恋路、アーア、天道様も聞えませぬ」等と何処か途中で悲劇の幕を演じ、ヤツト機嫌をとり直し手に手を把つて二十峠を目蒐けて現はれ来り「天下の色男はマアこの通り、比翼連理を契つた仲、切つても切れぬ二人が恋路」なんて惚けよつて首を其場へヌツと現はすかも知れないぞ、アハヽヽヽ』 与『ウツフヽヽヽ、アーア、馬鹿な事を言ふて呉れない、臍が弛くなつて、足がガブリガブリするワ』 弥『勝彦サン、コンナ足が笑ふ様な奴に構はずに二人仲良く進みませうかい。三人の道中と言ふものは何だか一人空手が出来て、話しもつて歩くのに如何も都合が悪い』 与『ヘン俺を放つといて二人先に行つたら面白からう、丁度四足の旅行だから早く先へ行つて路瑞の草でも噬ぶるか、石地蔵に小便でもかけたが良い哩』 弥『コラ、馬鹿にするない、牛馬か犬の様に草を喰への、小便をひつかけろのと余り馬鹿にするない』 与『ヤア割とは気の小さい奴だナ、コンナ事に腹の立つ様な事で宣伝使のお伴が出来るかい、娑婆幽霊奴い、ツベコベ囀ると又、松の梢から踏み外して腰を抜かさなならないぞ。此処は小鹿峠だが後になれば弥次彦のこしぬかし峠と名がつくだらう。オイ腰抜け先生、御勝手にお越しなさい、もう貴様とは只今限り国交断絶だ、旅券を交付して与るから蒸汽に乗つて早く帰国致せ』 弥『アハヽヽヽ、与太の奴、真面目になりよつて其面ア何だ、まるで夜鷹の様な団栗眼を剥きよつて嘴を鋭らして、あまり見つとも良くないぞ。之から与太を改名して夜鷹と言つたが宜からう、夜鷹と言ふ奴はござをひつかけて暗い辻に立てつて居よる奴だ』 与『アヽそうか(惣嫁)とけつかる哩』 弥『お前と俺との仲は何うやら形勢不穏になつて来かけた、サア勝公の宣伝使の御目の前で平和克復の条約を結ばうかい』 と言ひ乍ら、尻を捲つて、 弥『サアサ屁いはこく吹くだ』 与『アハヽヽヽ、屁と言ふ奴は笑顔の好い奴だな、然し乍ら貴様の屁は、あまり牡丹餅を沢山格納したので瓦斯が猛烈に発生して、異様の臭気紛々として鼻を向くべからずと言ふ臭の臭の醜たるものだ、アハヽヽヽ、臭い臭い、貴様の尻から行くと年が年中雪隠の中で年期奉公をしてる様なものだよ、真実に吾輩も不平満々だ』 弥『俺の屁は臭の臭の秀逸だらう、臭気紛々として恰も麝香の如しだ。臭いのが屁の生命だ、臭うない屁は既に已に屁たるの資格を失つたものだ。河童の屁の様に匂ひのせぬ奴は屁の腐つたのだよ。屁をこくなら生きた屁をこけ、死屁は縁起が悪いぞ』 与『貴様の屁は伊勢参宮の道中屁だ、堅い堅い屁を放るから石部だ、音は大津で後は草津だ、真実に威勢(伊勢)の良い事だ、アハヽヽヽ』 弥『軍学の名人、兵法の達人とは弥次彦の事だよ。今に砲兵工廠でも建設して大砲を製造し盛に砲列を敷いて戦闘準備に着手する考へだよ、アハヽヽヽヽ』 与『オイ弥次屁衛、貴様はこれから兵助、文助、久助と、尊名を奉らう。有難く頂載せい』 弥『ヘイヘイ有難う、確に頂戴仕りませう、マア斯うなれば二人の仲もへな戸の風にへ解き放ち艫解き放ちて大海の原に、大津べに居る大船を押し放つ事の如くへい和の風はソヨソヨと春の海面を撫でて天下泰へい最後屁和こく土成就だ。愈へい和克復の曙光を認めた、へこく(四国)へち十へつか所(八十八ケ所)何んぼ(南無)放いても大師遍照金剛だ、アハヽヽヽ』 与『モシモシ勝彦サン、貴方はよつぽど真面目な人ですな、コンナ可笑しい事が貴方は何ともありませぬか』 勝『お前達は屁でもない様な事が可笑しいのか、水中に放屁した様な下らぬ喧嘩をオツ始めて平和克復もあつたものか、人を屁煙に捲いて、吾等は聊か閉口頓首の至りだ』 弥『この与太公は屁放り腰の屁古垂男だから、もちつと向ふへ行つたら屹度屁古垂れますぜ、アハヽヽヽ』 与『お前は膝栗毛の弥次郎兵衛と云ふ屁こき爺だ。あまり調子に乗ると社会の弊害になるから良い加減に筒口を閉門した方が宜からうぞ、アハヽヽヽ』 勝『まるで鼬や馬や屁こぎぶんぶと道連れの様だワイ、オツホヽヽヽ』 弥『ヨーヨー何時の間にか話につられて頂上へやつて来ました。矢つ張り此処にも平坦な道が開平されてあるですな。遠く彼方を見渡せば目も届かぬ許りの之も大平原、矢つ張り天下太平の世の中だワイ、アハヽヽヽ』 勝、与『ウツホヽヽヽ』 弥『何だか、チツと腹が変になつて来ました、一寸そこ迄失礼いたします、ここらに屁太張つて待つてゐて下さいませ、ヘイ御免なさいませよ』 とチヨコチヨコ走り、樹の繁みに姿を隠した。 与『ハツハヽヽヽ、何処かに芋を植ゑに行きよつたな、太い奴を、アハヽヽヽ。アーア胸が悪くなつた、折角喰つた牡丹餅もどうやら嘔吐り相になつて来た哩』 一方の森林の中よりウンウンと言ふ呻り声、弥次彦の隠れた方にも亦もやウンウンといふ呻り声が聞えて居る。 与『ヤア此奴は堪まらぬ、右と左より、敵に挟撃されてる様なものだ、オイオイ、ウンウン吐かす奴は何処の糞奴だい』 忽ちガサガサと現はれて来た一人の男がある、見れば何だか見覚えのある顔だ。 与『ヤア六公の奴、何をしてゐたのだい』 六『何…………、一寸…………ホンノ…………僅かなものだよ…………、俄に陣痛が来たので産婆は居らぬけれど一人でトツクリお産をやつてゐたのだ』 与『フンさうかい、彼方にも此方にも子を生みよつて吾々は糞攻めに遭ふて、実に糞慨の至りだ。オイ弥次兵衛、よい加減に出て来ないか、汽笛が鳴つたぞ、発車時間に乗り遅れても知らぬぞよ』 弥『八釜しう言ふな、今発射の最中だ。貴様も其処でお山の大将俺一人と言ふ調子でハシヤイで居れ、糞八釜しい』 与『オイ六公、貴様ア一体、お竹の顔を見て、血相を変へて逃げ出したのは、あらア何だ』 六『ヤア何卒それ丈けは聞いて呉れな、後生だから』 与『ご生でも六升でも構はぬ、吾等一同(一斗)の者に一石(一刻)も早く事情逐一申し上げぬかい』 六『ヤアお竹の事思へば一石どころか万斛の涙が零れる哩、それはそれは歯の浮く様なローマンスがあるのだ、アーア』 与『アーアとは何だい』 六『アーアは矢つ張りアーアだ』 弥次彦はガサリガサリと笹原を踏み分けて現はれ来り、 弥『御一同様、お待たせ申しました。ヨウ六公、其処に居るのか、能うマア鼠にも引かれずに無事で此処まで来て呉れた、偉い偉い、ヤレヤレ二十峠の頂上で愈四魂が揃ふた、サア之からは原(腹)の下り阪ぢや、鵯の谷渡りぢや、ピーピーだ、全隊進め、オ一、二、三、四』 四人は急阪を飛ぶが如くに自然的に足に任せて速度を加へ雪崩の如く下つて行き、漸く麓に着いた。 弥『サア、上る身魂と下る身魂で世界は一旦騒がしくなるぞよ、後は結構な神世となるぞよ、松のミロ九の世が参るぞよ、改心致して下されよ、改心ほど結構は無いぞよ、改心すればその日から屁をこいた様に腹の中までスツと致して気楽に暮らされる様になるぞよ、この世の鬼を往生さして世界の人民に安心をさせるぞよ』 与『そら、何を言ふのだい、勿体無いぞ』 弥『三五教のお筆先だ、貴様等のホヤホヤ信者に分つて堪まらうかい』 与『屁をこいた様に腹が空いて楽になるぞよなぞと、ソンナ事を神様が仰有るものかい、大方貴様の入れ事だらう』 勝、六『アハヽヽヽヽヽ』 傍の丈なす雑草の中より覆面の男十七八人、ムクムクと現はれ手槍を扱き乍ら、 男『ヨー其方は三五教の宣伝使の一行、吾こそはウラル教の大目付役、鷲掴源五郎の身内に於て三羽烏と聞えたる烏勘三郎だ。サア斯うなる上はジタバタ藻がいてもモウ駄目だ、神妙に手を廻せ』 弥『ハヽヽヽ、吐くな吐くな、抑も天教山に現はれ給ふ野立彦の大神、木花姫命、まつた黄金山に現はれ給ふ埴安彦、埴安姫、コーカス山に時めき給ふ須佐之男命の御名代日の出別命の御家来の弥次彦とは俺の事だ、吾名を聞いて胆を潰すなウフヽヽヽ』 勘『ワツハツハヽヽヽ、この場に及んで切端つまり、コケ嚇しの豪傑笑ひ、今に吼え面かわかして見せう、ヤア者共、彼奴等四人に一度にかかれ』 勝『ワツハヽヽヽ、洒落な洒落な、今に三五教の宣伝使が、目に物見せて呉れむ』 と言ふより早く両手を組み食指の先より五色の霊光を発射し、勘三郎初め一同の捕手に対つて速射砲的に霊弾をさし向けたれば、勘三郎始め一同は俄に頭痛み、胸裂くる許りウンウンと苦悶を始め柄物を大地に投げ捨て七転八倒、息も絶えむ許りの光景となりぬ。 勝『アハヽヽヽ、脆いものだワイ、一つ宣伝歌を歌つて一同の奴等を帰順させ、コーカス山に伴ひ行きて吾手柄を表はし呉れむ。ヤアヤア、弥次彦、与太彦、六公、宣伝歌を吾と共に声高々と歌ふのだぞ』 勝彦外一同声を揃へて 一同『神が表に現はれて善と悪とを立別ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 只何事も人の世は直日に見直せ聞き直せ 身の過ちは詔り直せ身の過ちは詔り直せ』 と歌ひ終つた。勘三郎始め一同はこの言霊の神徳に救はれて、さしも厳しき霊縛は解かれ涙声を絞り乍ら茲に一同帰順の意を表し神恩を感謝するに至りたり。 (大正一一・三・二四旧二・二六北村隆光録) |
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262 (1622) |
霊界物語 | 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) | 12 復縁談 | 第一二章復縁談〔五六二〕 勝彦の宣伝使を始め、弥次彦、与太彦、六公の一行は、烏勘三郎の一軍を言向和し、意気揚々として峠の幾つかを越えて、又もや一つの部落に着いた。 此処は二三十軒斗り彼方此方に家の散在せる小部落で小山村と云ふ。 弥『ヤーまた此処にも一小天地が形造られてあるワイ。どこにか都合の好い家を探して休息をさして貰はうかい』 と先に立つてキヨロキヨロと適当の家を探してゐる。小さき草葺の家の門口に一人の婆アが立つてゐる。 弥『モシモシお婆アサン、どうぞ一服さして下さるまいか』 婆『わしは盲目だから、どなただかお顔が分らない。お前サンは一体何処へ行く旅人だい、伴の衆は有るのかい』 弥『ハイハイ、伴の者は一行四人、山坂をいくつも跋つて来たのだから、脚が棒のやうになつて知覚精神は何処やらへ転宅したと見え、チツトも吾々の命令に足の奴服従せないやうになつて来ました。どうぞ此縁側を一寸貸して下さらぬか。儂はこれからコーカス山へ参拝するものですから』 婆『アーさうかな。それは能う御信心が出来ます。私もコーカス山の神様を信心して居る信者の一人だ。ウラル教なら平に御断りだが、コーカス参りをする方なら、きつと三五教だらう。マア悠くりと休んでゐて下さい』 弥『三五教も三五教、チヤキチヤキだ』 勝『モシモシお婆アサン、私は三五教の勝彦と云ふ宣伝使でございます』 与『私は与太彦と云ふ信者でございます。どうぞ宜しう御願ひ致します』 婆『今お前サン等四人と云はつしやつたが、お声は三人ぢやないか。モウ一人の方は何処へ行かれたのだい』 六は作り声して、 六『わたくしはロークと申す吝な野郎でごんす程に、どうぞよろしう御見知り置かれまするやうに』 婆『見知り置けと云つても私は盲目だ。お声を聞知り置くより仕方がないワ。アハヽヽヽヽ』 弥『比較的広い家にお婆アサン、たつた一人かい』 婆『ナニ老爺ドンは中風に罹つて、裏の離棟で今年で三年振り、床に就いたきり困つて居ります』 弥『お婆アサン、お子サンは無いのかい』 婆『子は二人あるが、兄は此間から女房を伴れて私の眼が癒るやうにと、コーカス詣りをしたのだ。モウ二三日したら帰つて来ませう。それに一人の妹があるのだが彼奴は運が悪うて、一旦嫁いた亭主が俄にウラル教の捕手の役人になり、酒を喰ふ賭博を打つ、女にはづぼる、どうにも斯うにも仕方が無い男だ。そこで私の娘のお竹と云ふのを嫁にやつてあつたけれども、お竹は三五教の信者なり、何時も家内がゴテゴテして到頭夜中に逃出して帰つて来よつたのだ。何程勤めてもアンナ極道亭主の所へは仮令死んでも帰らぬと云ふて頑張るものだから、仕方無しに十九番坂の麓の山田村の松屋といふ家へ奉公にやつたのだ。年が寄つてから彼奴の為に偉い苦労をしとるのだ。お前サンも三五教の宣伝使サンなら、一つ神様に祈つて下さらぬか』 弥『ハイハイ承知致しました。御祈念さして貰ひませう。さうしてその娘は年でも切つたのか、ホンの当座奉公か、何方だい』 婆『縁談があれば何処か嫁けねばならぬから、年は切つては居らぬのだ。お前サンもさうして世界を歩きなさるのなら適当な所があつたら世話してやつて下さい。親の口から褒めるぢやないが、お竹と云ふ奴は、夫は信心の強い正直な気の優しい女だ。私もお竹の婿がきまる迄は爺サンも共に死んでも死なれぬと云ふて居るのだ。どうぞ良い縁の有るやうに神様に、とつくりと祈念して下さい』 与『お竹サンの今迄の婿サンと云ふのは、何と云ふ人だな』 婆『それはそれは意地の悪さうな顔をした根性の曲つた六と云ふ男だ。碌でも無い奴だと見える。どうした因縁か、アンナ心の良いお竹が、げぢげぢのやうに嫌はれて居る碌でなしの六助に縁付くとは、神サンもチト胴欲ぢやと、毎日日日爺と婆とが悔んで居るのだ。アーア今頃はお竹はどうして居るか知らぬが、可愛想に、アーンアーン、アンアン』 弥次彦は六の顔を一寸見て、顋をしやくり、 弥『オイ、ロークサン、どうだい。チツトお前も御祈念して上げぬかい』 六『ハーイ、ゴーキネンシテ、アゲマシヨカイ』 弥『アハヽヽヽ、妙な声だ』 婆『お竹の奴は亭主マンが悪うて、其の六公の前にも一度嫁いだのぢやが、其奴がまた酒喰ひで、しかも大泥坊で村ばねに会ふたものだから、泣きの涙で帰つて来て悲しい月日を送つて居つた。其処へ仲人が出て来て、盲目の私にツベコベと、木に餅がなるやうなことを云つて六公の家へ嫁にやつたのだが、その六公が最前も言つた通り、棒にも箸にもかからぬ仕方の無い奴だから、娘も可愛想なものだ。三五教の教には二度迄は縁付きは止むを得ぬから神は大目に見るが、三度になれば天の御規則に戻るとかと云つて、それは八釜敷い教だから可愛想に娘も若後家を立てると云ふて決心はして居るものの、親の心として仮令天の御規則は破れても、モー一遍私の生命を捨ててでも好い夫を持たしてやり度いと思ふのが一心ぢや。お前サンも三五教のお方ぢやさうながどうだらうなア。一遍神様に伺つて下さいますまいか』 弥『ヤアこれは難題だ。吾々には到底解決が付かない。モシモシ勝彦の宣伝使様、何とか解決を与へて下さいな』 勝『三五教の教に親子は一世、夫婦は二世と教へてある。此事に就て随分信者の中にも迷ふ人があるが、之を明瞭と解釈すれば、夫婦といふものは、夫でも女房でも二度より替へられないのが不文律だ』 婆『さうすると先の夫なり、女房なりの片一方が死ぬ。止むを得ないから又後の夫なり、女房を迎へる。さうなると死んでからは夫が二人あつたり、女房が二人あつたりするやうなことが出来るぢやないか。それでは何うも神界へ行つて何方の女房と一所に暮したら本当だか判らぬと云ふて、皆のものがいろいろと評議をして居るのだが、お前サンは如何思ひますか』 勝『夫婦と云ふものは無論身魂の因縁で結ばれるものではあるが、身魂と云ふものは、いくらにも分れて此世へ生れて来て居るものだ。併し余程神力の有る神の身魂なれば四魂と云つて四つにも分れて此世に生れて来るものだが、一通りの人間は先づ荒魂とか和魂とか二魂が現はれて来るのが普通だ。それだから二度迄は同じ身魂の因縁の夫婦が神の引合はせで、不知不識に縁を結ぶ事となる。それだから三人目の夫や、女房は身魂が合はぬから、どうしても御神業が勤まらないのみならず、神界の秩序を紊し身魂の混乱を来す事になるから厳禁されて居るのだ。また霊界に行つた夫婦は肉体欲がチツトも無い、心と心の夫婦だから幽体はあつても此世の人間のやうな行ひは、チツトもする必要も無く、欲望も起らぬから綺麗なものだ。中には執着心の強い身魂は此世に息ある動物を使ふて、ナントか、かとか云ふてわざをする奴がある。けれどもコンナのは例外だ。恰度幽界へ行つてからの夫婦と云ふものは、仲の好い兄弟のやうなものだ。肉体の夫婦は肉体の系統を繋ぐための御用なり、神界の身魂の夫婦は神界に於ける経と緯との御用をするのが夫婦の身魂の神業だ』 婆『コレハコレハ御親切によく教へて下さいました。アヽさうすればあのお竹は最早縁付くことは出来ませぬか。アヽ可愛想に可愛想に、オンオンオン』 勝『ヤアお婆アサン、御心配なされますな。その六とやらの精神を、全然焼き直して、三五教の信者にさせ、酒も、賭博も、道楽も全然止めさして元の通りの夫婦に請合つてして上げやうか。改心すればお前サンも娘の婿にするのは不服ではあるまいな』 婆『アンナ真極道は芝を被らな到底治りつこはないと、お竹が云ふて居りました。それでも神様の御諭しで立派な人間になりませうか。煎豆に花咲く時節も来ると云ふことだから、何とも知れぬけれど迚も迚もあきますまい』 勝『悪に強いものは善にも強いものだ。生れ赤子の真人間に、其の六公サンがなつたらお前どうする考へぢや』 婆『ソンナ結構なことがあれば、爺も婆も兄も喜んで大賛成を致します』 勝『お婆アサン、その六公サンは此頃は三五教の信者となつて、それはそれは立派な人間になつて居ますよ。どうです、私に仲人をさして元の鞘に収めさして下さらぬか。さうすれば三世の夫に嫁いで天則を破る必要も無いのだから』 婆『エーそれは本当ですか』 勝『苟くも神の教を伝ふる宣伝使、なにしに嘘偽りを曰ひませうか』 婆『どうぞさうして下さい、頼みます』 勝『実はその六サンを改心させて、此処へ伴れて来たのだ』 婆『ヤーナンダか聞き覚えのある声だと思ふたが、六、お前来て居るのか。ソンナら夫れで何故早く名乗つて呉れないのだ』 六『お母サン、誠に心配をかけて済みませぬ。今は全然改心を致しまして三五教の宣伝使のお伴を致し、コーカス詣りの途中でございます。山田村の松屋で一寸一服した時に、お竹に思はず一寸出会ひましたが、お竹は私の面を見るなり、裏口ヘ遁げ出しました』 婆『アヽさうであつたか、併し六、心配して呉れな。お竹もお前の改心したことが分つたら、どれ位喜ぶことか知れたものぢやない。善は急げだ、早く誰か使を立てお竹を呼んで来て、まア一度改めて祝言の杯をさし度いものだ』 六『有り難うございます。誠に合す顔もございませぬ。偉い悪魔にとつつかれて居りました。モウ此後はチツトモ御心配はかけませぬから安心して下さい』 婆『アヽ六、よう言ふて呉れた。その一言を聞いたら私はモウ何時国替へしても、この世に残ることは無い、安心して高天原へ行きます』 勝『早速の和談まとまつて重畳々々、併し乍ら此処の息子サンもコーカス詣りの留守中なり、お竹サンも奉公の身の上、吾々も六サンもコーカス詣りの道中、一度参拝を終つてから悠くりと婚礼をしたらどうでせうか』 婆『ハイハイ有り難う。一日や二日に何うといふことは有りませぬ。六サンの精神さへきまれば、それでモウ何も彼も落着だ。どうぞ早く機嫌よく参詣を了つて一日も早く帰つて下さい』 一同『めでたいめでたい、ウローウロー』 (大正一一・三・二四旧二・二六外山豊二録) (昭和一〇・三・一六於台南高雄港口官舎王仁校正) |
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263 (1623) |
霊界物語 | 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) | 13 山上幽斎 | 第一三章山上幽斎〔五六三〕 醜の魔風や様々の、世の誘惑に勝彦の、神の使の宣伝使は、弥次彦、与太彦、六公の三人を伴なひ、小山の郷を打過ぎて、二十の坂を三つ越えし、峠の頂きに漸く登り着いた。 この峠の頂きは今迄過来し各峠の頂上に引換へて大変に広い高原になつて居る。小鹿川の流れは眼下の山麓を、白布を晒した如く、岩と岩とにせかれて飛沫を飛ばして居る。山腹は殆んど岩を以て蔽はれ、灌木の其処彼処に青々として、岩と岩の配合を、優美に高尚に色彩つて居る。 弥『小鹿峠も漸く二十三坂を跋渉したが、この頂上くらゐ広い所は無かつた。東西南北の遠近の山、茫漠たる原野は一望の下に横たはり、風は清く、何となく春の気分が漂ふて来た。此処で吾々はゆつくりと休養して参る事に致しませうか』 勝『アヽそれは宜からう、この頂上より四方を眺めた時の気分は、実に雄渾快濶にして、宇宙を我手に握つたやうな按配式だ。ゆるゆると神界の話でもさして頂かうか、斯う云ふ清い所では、何程神界の秘密を話した所で、滅多に曲津神の襲来する虞もなからう』 と言ひ乍ら、青芝の上に腰を下した。三人も同じく、芝生の上に横たはつた。 与『アヽ良い気分だ。何時見ても、頂上を極めた時の心持はまた格別だが、今日は殊更に気分が良い。斯う云ふ時に一つ幽斎の修業を始めたら、キツト善い神様が感合して下さるでせう、………もし宣伝使様、一同此処で三五教の鎮魂帰神の神法を施して下さいませぬか』 勝『それは結構だが、生憎高地の事とて、水も無し、手を洗ひ口をすすぎ、水を被ると云ふ事が出来ないから……第一此れには閉口だ』 弥『神様の教にも、「身の垢は風呂の湯槽に洗へ共、洗ひ切れぬは魂の垢なり」と示されてある、たとへ水が無くとも、神様に一つ御免を蒙つて、身魂の洗濯をして貰ふ訳にはゆきますまいか。水は肉体の垢を洗ひ落す丈のもの、鎮魂は精神の垢を落すものですから、今日は肉体は已を得ずとして、霊丈の洗濯をして貰ひませうか……ナア与太彦、六公』 与『それも一つの真理だ……もしもし勝彦の宣伝使、あなたは古参者だ、吾々は新参者、どうぞ一つ鎮魂を願つて下さいな』 勝『霊肉一致、現幽一本だから、理屈を云へば、別に水行をせなくつても、霊さへ洗へば良いと云ふ様なものだが、矢張汚い肉体には美しい霊の神が憑る事は、到底不可能だらう。コンナ所で漫然と幽斎でもやらうものなら、ウラル教の守護を致して居る悪神が、何時憑依するかも知れたものでない。此頃は霊界に於て、往昔国治立の大神、その他の神々に対し、極力反抗を試み、遂には大神をして退隠の已むなきに至らしめたと云ふ大逆無道の常世姫や木常姫、口子姫、八十枉彦の邪霊連中が、少しでも名望のある肉体に憑依し、再び神界混乱の陰謀を企てて居るのだから、愚図々々して居ると、何時憑依されるか分つたものでない。宇宙一切は大国治立尊の御支配だから、到る所として正しき神の神霊は、充満し給ふとは云ふものの、また盤古系統、自在天系統の邪神も天地に充満して居るから、此方の霊をよほど清浄潔白にして掛らねば、神聖の神の降臨を受けるといふ事は、到底不可能なが原則だ。水が一滴もないのだから、肉体を清める訳にも行かないから、また滝壷の在る所か、清き流れの水に禊をするとかして、その上で幽斎の修業にかかつたが宜しからう』 弥『アヽ融通の利かぬものだな、全智全能の根本の神様でも、ソンナ窮屈な意見を以て居られるのだらうか。善悪相混じ、美醜互に交はつて、天地一切の万物は、茲に初めて力を生じ、各自の活動を開始するのでは有りませぬか。世の中には絶対の善もなければ、また絶対の悪もない。如何に水晶の身魂だと云つても、大半腐敗せる臭気に包まれた人間の体に宿らねばならぬのだから、何程表面を水位で洗つた所で、五臓六腑まで洗濯しきれるものでない、物を深く考へれば、手も足も出せなくなつて了ふ。何事も神直日大直日に見直し聞直し詔直して、ここで一つ神聖なる幽斎の修業を、是非々々開始して下さい。ナンダカ神経が興奮して、神懸の修業がしたくつて、仕方がなくなつて来た』 勝『幽斎の修業は心身を清浄にする為、第一の要件として、清潔なる衣服を纏ひ、身体を湯水に清めて掛らねばならぬのだが、さう言へば仕方がない、神様に御免を蒙つて幽斎の修業をさして頂く事にしやうかなア』 弥『イヤー有難いありがたい……ナア与太彦、六公、貴様は今迄まだ神懸の経験がないのだから、この弥次彦サンの神懸を、能つく拝め、心を清め、肝を錬れ、……サア勝彦の宣伝使様、早く審神をして下さい。ナンダカ気がイソイソとして堪まらなくなつて来ました、……ウンウンウンウン、ウーウー』 と忽ち惟神的に両手は組まれ、身体忽ち前後左右に動揺し始めた。 与『ヨー弥次彦の奴、独り芝居を始め出したナ、ナンダ、妙な恰好だな、目を塞ぎよつて両手を組み、坐つたなりに飛上がり、宙にまいまいの芸当を始め出した。大方松の大木から滑走しよつた時の亡霊が、まだ体のどつかに残留して居つたと見える……オイ六公、面白いぢやないか、……コレコレ勝彦サン、今日はモウ口上丈はやめて下さい、頼みますぜ』 勝『アハヽヽヽ』 弥次彦は夢中になつて、汗をブルブル垂らし乍ら、蚋が空中に餅搗した様に、地上一尺以上を離れ、五六尺の間を昇降運動を開始して居る。神懸に関しては素人の与太彦、六公の二人は、口アングリとして大地に倒れた儘、 与、六『アーアー、ヤルヤル、妙だ妙だ、オイ弥次彦、貴様はそれ丈の隠し芸を持つて居つたのか、重宝な奴だ、宙吊りの芸当は珍らしい。ワハヽヽヽ、モシモシ宣伝使さま、どうとかして、御神力で弥次彦の体を、猿廻しの様に使つて見せて下さいな』 勝彦は両手を組み、天津祝詞を声も緩やかに奏上し終り、一二三四五六七八九十百千万と、天の数歌を歌ひ終り、右の食指の指頭より五色の霊光を発射し、弥次彦の身体に向つて、空中に円を描いた。弥次彦の身体は勝彦の指の廻転に伴れて、空中に円を描き、指の向ふ方向に、彼が身体は回転する。勝彦は、今度は思ひ切つて腕を延べ、中天に向つてブンマワシの如くに円を描き、弥次彦の体は勝彦の指さす中空に向つて舞上り舞ひ下り、また舞ひ上り舞下り、空中遊行の大活劇を演ずる面白さ。 与『オイ六公、あれを見い、弥次彦の奴、漸々熱練しよつて、体が小さくなつて、見えぬやうな高い所まで、空中を滑走し、上つたり下りたり、上になつたり下になつたり、大変な大技能を発揮しよるぢやないか、……モシモシ宣伝使さま、あなたの指の動く通りに、弥次彦の奴、動きますなア。あれなら軽業師になつても大丈夫食へますナ』 勝『アハヽヽヽ、あれは霊線の力に操られて、体を自由に使はれて居るのだ。俺の指の通りになるであらうがな』 与『ハハア、さうすると弥次彦が偉いのじやなくて、あなたの指が偉い神力を具備して居るのだなア……あなたはヤツパリ魔法使だ、恐ろしい油断のならぬ宣伝使ぢや、私丈はアンナ曲芸は、どうぞ遣らさぬ様に願ひますで、喃六公、アンナ事をやられたら、息も何も切れて了うワ』 六『アヽ恐ろしい事だのう』 斯く云ふ中、弥次彦の身はスーと空気を分ける音と共に、三人の前に下つて来た。勝彦は又もや両手を組んで、『許す』と一声、弥次彦は常態に復し、目をギロつかせ乍ら、 弥『アヽやつぱり二十三峠の頂上だつた、ヤア怖い夢を見たよ、天へ上がるかと思へば地へ下つて、地へ下つたと思へば又天へ引上げられる、目はまわる、何ともかとも知れぬほど苦しかつた、アヽやつぱり夢だ夢だ』 与、六『エ、なアに、夢所か実地誠の正味正真だ。現に俺達は今ここで貴様の大発明の軽業を、無料観覧した所だ。貴様もよつぽど妙な病気があると見える、親のある間に治療をして置かないと、親が無くなつたら、到底一生病だ。不治の難症と筍医者に宣告されるが最後、芝を被つて来ない限り、迚も此世では駄目だぞ、……モシモシ勝彦さま、コラ一体何の業ですか』 勝『弥次彦には、悪逆無道の木常姫と云ふ奴が、タツタ今油断を見すまして、くつつきよつたのだ。そこで私が鎮魂の力を以て木常姫の悪霊を縛つたのだ。悪霊は私の指の指揮に従つて、あの通り容器と一所に、宙を舞ひ狂うたのだよ、モウ今の所では、木常姫の邪霊も往生致して逃げよつたから、弥次彦も旧の通り、常態になつたのだ、ウツカリして居ると、貴様等も亦何時邪霊の一派に襲はれるか知れやしないぞ。夫れだから、至貴至重至厳なる幽斎の修業は、肉体を浄めもせず、汗だらけの、垢の付いた衣服を纏ふて奉仕する事は出来ないと、私が説諭したのだ。それにも拘はらず、私の言葉を無にして聞かないものだから、修業も始めない中から、邪霊に誑惑され、忽ち木常姫の容器となりよつたのだ、……オイ弥次彦、しつかりせないと、又もや邪神が襲来するぞ』 弥『智覚精神を殆んど忘却して居ましたから、何が何だか私としては、明瞭を欠きますが、仮令邪神にもせよ、宙を駆けるナンテ、偉い力のあるものですなア』 勝『馬鹿を言ふな、胴体なしの凧といふ事がある。悪魔と云ふ者は、大体が表面ばかりで、実地の身がないから、恰度、言へば風の様なものだ。その邪霊が人間の肉体へ這入つたが最後、人間の体は風船玉が人間を宙にひつぱり上げる様な具合になつて、体が飛び上がるのだ。人間は大地を歩む者、鳥かなんぞの様に、宙を翔つ奴は、最早人間としての資格はゼロだ、貴様たちも中空が翔つて見たいのか』 与、六『ヘイヘイ邪神だらうが、何だらうが、人間として天空を翔ると云ふ様な事が出来るのなら、私は一寸一遍、ソンナ目に会ふて見たいですな。世界の人間は驚いて……「ヤア与太彦、六公の奴、偉い神力を貰ひよつた、生神さまになりよつた」と云つて、尊敬して呉れるでせう。そうなると、「ヤア彼奴は三五教の信者だ、三五教は神力の強い神だ、俺も三五教に帰依する」と云ふて、世界中の人間が一遍に改心するのは請合です。神様も吾々にアンナ神力を与へて、世界の奴をアツと言はして下さつたら一遍にお道が開けて、世界の有象無象が改心するのだけれどなア』 勝『正法に不思議なし、奇蹟を以て人を導かむとする者は、いはゆる悪魔の好んで執る所の手段だ。吾々は神様の貴重な生宮だ、充分に自重して、肉の宮に重みを付け、少々の風にまで飛あがり、宙をかける様な事になつては、最早天地経綸の司宰者たる資格はゼロになつたのだ。何処までも吾々はお土の上に足をピツタリと付け居るのが法則だ』 与『それでも、鷹彦の宣伝使は宙を翔つぢやありませぬか』 勝『鷹彦は半鳥半人の境遇に居るエンゼルだ。彼は時あつて空中を飛行し、神業に参加すべき使命を持つて居るのだから、羽翼が与へられてあるのだよ。羽翼は空中を飛翔するための道具だ。羽もない人間が、今弥次彦の様な事を行るのは変則だ、悪魔の翫弄物にせられて居るのだよ』 六『さうすると、悪魔の方がよつぽど偉い様ですな。誠の神様は土に親しみ、悪魔は天空を翔るとは、実に天地転倒の世の中とは言ひ乍ら、コラ又あまり矛盾ぢやありませぬか。仮令邪神でも何でも構はぬ、一遍アンナ離れ業を演じて見たいワ』 勝『コラコラ六公、言霊の幸はふ国だ、ソンナ事を言ふと、貴様には、竜宮城から鬼城山に使ひした、一旦大神に叛いた口子姫の霊が、貴様の身辺を狙つて居るぞ、シツカリ致せ』 六『ヤアそいつは一寸乙でげすな、何時も憑り通しにされては困るが、一遍位は憑つて呉れても御愛嬌だ、……ヤイ口子姫とやら、俺の肉体を貸して与るから、一遍アツサリと憑つて呉れぬかい』 弥次彦口をきつて 弥次彦『クヽヽヽチヽヽヽコヽヽヽヒヽヽヽメヽヽヽ口子…口子…ヒヒメメメメ口子姫命只今より六公の肉体を守護致すぞよ』 六『有難う御座います』 と云ふや否や、身体を上下左右に動揺し始めた。地上より四五尺許りの所を、上りつ下りつ、石搗の曲芸を演じ始めた。遂には足は地上を離れ、最低地上を距ること一尺余、最高二三丈の空中を上下し、廻転し始めた。 弥『ヤア六公の奴、偉い神力を貰ひよつたぞ、羨りい事だ、俺も一遍アンナ事が有つて見たい。俺にアヽ言ふ実地が現はれたら、それこそ一も二もなく神の存在を、心底から承認するのだが、どうしても俺には、霊が曇つて居ると見えて、神が憑つて呉れぬワイ』 与『オイ弥次公、貴様ア、アンナ事所かい、殆ど日天様の所へ行きよつたかと思ふほど高う、空中をクルクルクルと廻転しよつて、まるで鳥位小さく見える所まで……貴様は現に大曲芸を演じよつたのだよ、それを貴様は記憶して居らぬか』 弥『アヽさうか、ナンダかソンナ夢を見たやうな記憶が朧げに残つて居る様だ。ヤアヤア六公の奴、追々と熟練しよつて、ハア上るワ上るワ……殆ど体が小さく見える所まで上りよつたナ、……モシモシ勝彦さま、アラ一体全体どうなるのですか』 勝『あまり慢心をすると、体の重量がスツカリ無くなつて、邪神の容器となり、風船玉のやうに吹き散らされるのだ、幸に今は無風だから好いが、一昨日の様な風でも吹いた位なら、夫れこそ、どこへ散つて仕舞ふか分りやしないぞ。それだから俺が此処では幽斎の修業は行られぬと云ふたのだ、……吁、困つた病人が二人も出来よつた、愚図々々して居ると、与太公、貴様にも伝染の兆候が見えて居る、病菌の潜伏期だ。何とかして、免疫法を講じたいものだが、此附近には避病院もなし、消毒薬も無し、困つた事だワイ』 与『消毒薬とは何ですか』 勝『生粋の清浄なお水だ、お水で体を清めて、神様の霊光の火で、黴菌を焼き亡ぼすのだ。吁、困つた事だ、……オイ与太公、しつかりせぬか、貴様には八十枉彦が附け狙ふて居るぞ、……何だ其態度は……またガタガタと震ひ出したぢやないか』 与『強度の帰神状態で、……イヤもう神人感合の妙境に達するのも、余り遠くはありますまい、……南無八十枉彦大明神、何卒々々この与太彦が肉体にどこどこまでもお見捨てなく、神懸り下さいませ、惟神霊幸倍坐世』 勝『また伝染しよつた、病毒の伝播と云ふものは、実に迅速なものだ、アヽ仕方がない、此奴等は皆奇蹟を好んで神を認めやうとする偽信者だから、谷底へ落ちて目を覚ますまで打遣つて置かうかなア。大火事の中へ、一本や二本のポンプを向けた所で仕方がないワ。エ、ままよ、これ丈熱くなつて燃え来つた火柱の様な、周章魂は、最早救ふの余地はない、……吁、国治立の大神様、木花姫の神様、日の出神様、モウ此上は貴神の御心の儘になさつて下さいませ、惟神霊幸倍坐世、惟神霊幸倍坐世』 勝彦の祈り終るや、六公は上下動を休止し、芝生の上にキチンと双手を組んだ儘端坐し、真赤な顔をし乍ら、汗をタラタラと垂らして居る。与太公は又もや唸り出した。法外れの大声で、 与太彦『ヤヤヤヤヤア、ヤソ、ヤソヤソヤソ、ママママ、ガヽヽヽ、マガマガマガ、ヒヒ、ココ、ヒコヒコ、八十枉彦だア……腐り切つたる魂で、三五教の宣伝使とは能くも言ふたり、勝彦の奴、……俺の審神が出来るなら、サア、サアサアサア、美事行つて見よ……』 勝『ナニツ、此世を乱す悪神、退却致せ』 と双手を組んで霊線を発射した。 八『アハヽヽヽヽ、ワツハヽヽヽヽ、可笑しいワイ、イヤ面白いワイ、小鹿峠の二十三坂の上に於て、審神者面を致した其酬い、数多の魔神を引きつれて、貴様の肉体を八裂に致してやらう、覚悟を致せ、……ヤツ…ヤツ…』 と矢声を出し乍ら、勝彦が端坐せる頭上を、前後左右に飛びまわり出した。勝彦は全身の力と霊を籠めて、右の食指より霊光を、八十枉彦の憑れる与太彦の前額部目掛けて発射した。 八『ワツハヽヽヽ、オツホヽヽヽ、猪口才な腰抜審神者、吾々を審判するとは片腹痛い。サアこれよりは其方の素つ首を引き抜いてやらう、覚悟を致せ』 と猿臂を延ばして掴みかかる。勝彦は『ウン』と一声言霊の発射に、与太彦の身体は翻筋斗うつてクルクルと七八廻転し乍ら、傍の木の茂みに転げ込んだ。又もや弥次彦は容色変じ、目を怒らせ、歯をキリキリと轢る音、……暫くあつて大口を開き、 弥次彦『コヽヽヽツヽヽヽネヽヽヽヒヽヽヽヒメ、コツコツコツ、ネヽヽヽヒヒヒ、メメメメ、コツコツ、コツネヒメのミコト、……其方は三五教の宣伝使と申し、変性男子埴安彦の神、変性女子埴安姫の神の神政を楯に取り、吾々の天下を騒がす腰抜野郎、この二十三峠は、吾々が屈強の関所だ。二十三坂、二十四坂の間は、ウラル彦の神に守護いたす、八岐の大蛇や、金狐、悪鬼の縄張地点、此処へ来たは汝が運の尽き、これから其方の霊肉共に木葉微塵にうち亡ぼし呉れむ、カカ覚悟をせよ』 と弥次彦の肉体は、拳骨を固めて、勝彦目がけて迫つて来る。勝彦は又もや『ウン』と一声言霊の水火を発射した。弥次彦の肉体は二三間後に飛び下がり、大口を開けて、 弥次彦『オホヽヽヽヽ、汝盲宣伝使の分際と致して、この木常姫を言向和さむとは片腹痛し、思ひ知れよ。汝が身魂の生命は、最早風前の灯火だ。この谷底に蹶り落し、絶命させてやらうか、ホヽヽホウ、愉快千万な事が出来たワイ。貴様を首途の血祭りに、祭りあげ、夫れよりは尚も進んでコーカス山を蹂躙し、ウラルの神に刄向ふ変性女子の身魂を片つ端から喰ひ殺し、平げ呉れむは瞬く間、オツホヽヽホウ、嬉し嬉し喜ばし、大願成就の時節到来だ、………ヤアヤア部下の者共、一時も早く勝彦が身辺に群がり来つて、息の根を止めよ、ホーイホーイホーイ』 と云ふかと見れば、ゾツと身に沁む怪しの風、縦横無尽に吹き来り、四辺陰鬱の気に閉され、数十万の厭らしき泣き声、笑ひ声、叫び声、得も言はれぬ惨澹たる光景となつて来た。勝彦は最早これ迄と、一生懸命、両眼を閉ぢ、天津祝詞を奏上し、天の数歌を歌ひ始めた。与太彦の身体は前後左右に脱兎の如く、駆け廻り始めた。続いて弥次彦の身体は四つ這となつて猛虎の荒れ狂ふが如く、口より猛火を吐きつつ、勝彦の居所を中心に猛り狂ひ飛廻る。六公は忽ち頭上の中空に跳上がり、勝彦が頭上を前後左右に駆けめぐり、何とも譬難き悪臭を放ち始めた。四辺は刻々に暗黒の度を増した。最早勝彦の身辺は烏羽玉の闇に包まれて了つた。 (弥次彦)『八十枉彦、木常姫、口子姫の神の神力には恐れ入つたか、イヤ恐れ入らずに居られうまい、ワツハヽヽヽ、オツホヽヽヽ、ホツホヽヽヽ』 と暗がりより、怪体な声切りに響き渡る。虎嘯くか、獅子吼ゆるか、竜吟ずるか、但しは暴風怒濤の声か、響か、四辺暗澹、荒涼、魔神の諸声は五月蝿の如く響き渡る。怪また怪に包まれたる勝彦は、一生懸命、滝の如き汗を絞り乍ら、神言を生命の綱に、声の続く限り奏上しかけた。この時闇を照して、中空より、馬に跨り下り来る四五の生神があつた。見る見る此場に現はれ、金幣を打振り打振り、前後左右に馬を躍らせ、駆け巡れば、流石の邪神も度を失ひ、先を争ふて二十四坂の方面指して、ドツと許り動揺めき渡り、怪しき声と共に煙の如く逃げ散つた。与太彦、弥次彦、六公は忽ち元の覚醒状態に復帰した。 勝『アヽ有難し有難し、悪魔の襲来を払ひ清め給ひし、大神の御神徳有難く感謝仕ります』 と大地に頭をすりつけて、嬉し涙に咽ぶ。弥次彦、与太彦、六公の三人も、同じく芝生に頭を着け、何となく驚異の念に駆られ、一生懸命に神言を奏上して居る。四人の身体は虹の如き鮮麗なる霊衣に包まれた。芳香馥郁として四辺に薫り、嚠喨たる音楽の響は、四人の身魂に沁み込むが如く聞ゆるのであつた。四人は漸く首を挙げて眺むれば、こはそも如何に、日の出別の宣伝使は、鷹彦、岩彦、梅彦、亀彦、駒彦、音彦と共に、馬上豊に此場に立つて居る。 勝『ヤア是れは是れは日の出別の神様、能くも御加勢下さいました。思はぬ不調法を致しまして、重々の罪御宥し下さいませ。此上は決して決して、斯かる不規律なる幽斎の修業は断じて行ひませぬ。何事も、我々が不覚無智の致す所、知らず識らずに慢心仕り、お詫の申様も御座いませぬ』 日の出別の神は一言も発せず、首を二三回肯かせ乍ら、一行の宣伝使を引連れ、再び天馬空を駆つて、雲上高く姿を隠した。無数の光輝に冴えたる霊線は、虹の如く彗星の如く、一行の後に稍暫く姿を存しける。 峰の尾の上を吹き亘る春風の声は、淑やかに聞えて来た。百鳥の春を唄ふ声は長閑に四人が耳に音楽の如く聞え始めた。 弥『モシ勝彦の宣伝使さま、大変な大騒動がおつぱじまつて、天の岩戸隠れの幕が下りましたな、あの時の私の苦しさと云つたら、沢山な青面、赤面、黒面の兎や、虎や、狼、大蛇が一時に遣つて来て、足にかぶり付く、髪の毛を引つぱる、耳を引く、腕をひく、擲る、それはそれは随分苦しい目に逢はされました。イヤもう神懸は懲り懲りでした。咫尺暗澹として昼夜を弁ぜず、苦しいと云つても譬様のない、えぐい、痛い、辛い、臭いイヤもう惨々なきつい目に会ひました。その時に…アヽ宣伝使様がウンと一つ行つて下さると好いのだけれど、あなたは霊眼が疎いと見えて、敵の居ない方ばつかり、一生懸命に鎮魂をやるものだから、鼻糞で的貼つた程も効能は無く、聾ほども言霊の神力は利かず、イヤモウ迷惑千万な事でしたよ』 勝『アヽさうだつたか、そらさうだらう、何分曇り切つた肉体で、俄審神者を強ひられて無理に行つたものだから、審神者の肉体に神様が完全に宿つて下さらぬものだから失敗をやつたのだ。然しチツトは鎮魂も効能が現はれただらう』 弥『千遍に一度位まぐれ当りに、私を責めて居る悪霊の方に霊光が発射したのは確かです。イヤモウ脱線だらけで、必要な所へはチツトも霊の光線が発射せないものだから、悪魔の奴益々付け込んで、武者振りつき、えらい苦みをしました。アーア斯うなると立派な大将が欲しくなつて来たワイ』 勝『惟神霊幸倍坐世』 与『私もえらい目に遭はされた、人の首を真黒けの縄で、悪魔の奴、幾筋ともなく縛りよつて、古池の水を両方から、釣瓶の綱をつけて替揚げる様に、空中を自由自在に振り廻しよつた時の苦さと言つたら、何遍息が絶えたと思つたか分りませぬ、アヽコンナ苦い責苦に会ふのなら、一層の事、一思ひに殺して欲しいと思ひましたよ。熱いと思へば又冷たい谷底へ体を吊り下ろされ、今度は又焦つく様な熱い所へ吊り上げられ、夏と冬とが瞬間に交代をするのだから、体の健康は台なしになるなり、手足は散り散りバラバラになつて了つた様な苦みを感じた。その時に審神者の勝彦サンは、どうして御座るか、ここらでこそ助けて呉れさうなものだと思つて、あなたの方を眺めて見れば、あなたの背後には、常世姫の悪霊が、貧乏団扇をふつて、悪霊の指揮命令をやつて居る、お前さまは、その常世姫の手の動く通りに、操り人形の様に活動し………否蠢動して居るものだから、却てそれが此方の助け所か、邪魔になつて、益々苦しさを加へ、イヤモウ言語に絶する煩悶苦悩、目の球が一丁ほど先へ飛出すやうな悲惨な目に遇はされました』 勝『それだから、コンナ所で幽斎の修業は廃せと言ふのに、貴様が勝手に悪魔の方へ行きよつたのだ。仮令邪神でも、あの弥次彦の様に、空中滑走がしたいの曲芸が演じたいのと、熱望的気焔を吐くものだから、魔神の奴得たり賢し、御註文通り何でも御用を承はります、私の好物、手具脛引いて待つて居ました、何のこれしきの芸当に手間もへツチヤクレも要るものか、遠慮会釈にや及ばぬ、悪神の容器には持つて来いして来いぢや、ヤツトコドツコイして来いナ、権兵衛も来れ、太郎兵衝も来れ、黒も来い、赤も来い、大蛇も来い、序に狐も、狸も、野天狗も、幽霊も、あらゆる四つ足霊もやつて来いと、八十枉彦の号令の下に集まり来つた数万の魔軍、千変万化の魔術を尽して攻め来る仰々しさ、目ざましかりける次第なりけりだ。アツハヽヽヽ』 与『モシモシ勝彦の宣伝使さま、あまり法螺を吹いて貰ひますまいか、………イヤ法螺ぢやない業託を並べて嘲弄して貰ひますまいかい。この天地は言霊の幸はふ国ぢやありませぬか、ソンナ事を言つて居ると、又もや私の様に、軽業の標本に、魔神の奴から使役されますぜ。労銀値上の八釜しい今の世の中に、破天荒の………否廻転動天の軽業を生命からがら、無報酬で強制され、汗や脂を搾られて、墓原の骨左衛門か骨皮の痩右衝門の様な、我利々々亡者の痩餓鬼にならねばなりますまい、チツト改心なされ』 勝『惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 六『コレコレ立派な審神者の勝彦さま、あなたの御神力には往生致しましたよ、イヒヽヽヽ』 勝『みなが寄つて、さう俺を包囲攻撃しても困るぢやないか。俺だつて誠心誠意、有らむ限りのベストを尽したのだ。これ以上吾々に望むのは、予算超過と云ふものだ。国庫支弁の方法に差支へて了ふ。又復増税なんて、人の嫌がる事を言はねばならぬ。お前等はさう言つて、吾々当局の審神者を攻撃するが、当局者の身にもチツトはなりて見るが宜い。国家多事多難のこの際ぢや、金の要るのは底知れず、増税、徴募あらゆる手段を尽して膏血を絞り、有らむ限りの智慧味噌の臨時支出までして、ヤツトこの場を切抜けたのだ。さう八釜しく責め立ると、勝彦内閣も瓦解の已むを得ざる悲運に立到らねばならなくなる。さうなれば、貴様等も一蓮托生、連袂辞職と出かけねばなるまい。今度の責任を俺一人に負担させやうと云ふのは、あまり虫が好過ぎるワイ。共通的の責任を持つのが、いはゆる一蓮托生主義だよ、アハヽヽヽ』 弥『イヤ仰る通りだ、御尤もだ、モチだ。スツテの事で勝彦内閣も崩解するとこだつた。併し乍ら、人間は老少不定、何時冥土の鬼に迎へられて、欠員が出来るか知れたものぢやない、その時には、弥次彦が後釜に坐つて、この弥次喜多内閣でも組織し、お前サンの政綱を維持して行く、つまり連鎖内閣でも成立させて、居すわる積りだから、後に心を残さず、白紙の三角帽を頭に戴いて、未練残さず旅立なされ。何れ新顔の一人や二人は入れても構はぬ、居坐り内閣をやつて居る方が、党勢維持上都合が好いから、アハヽヽヽ。併しコンナ所に長居は恐れだ、グズグズしとると、冥土から角の生えた鬼族院がやつて来られちや、一寸閉口だ。これや一つ、研究会でも開いて、熟議をこらすが道だけれど、余り同じ処にくつついて居るのも気が利かない。二十四番峠も踏破し、二十五番の峠の上で、善後策をゆつくり講究致しませうか、アハヽヽヽ』 一同『ワハヽヽヽ』 勝『まだ笑ふ所へは行かないぞ、何時瓦解の虞があるかも知れやしない。常世姫命が、遠く海の彼方に逃げ去つて、盛に空中無線電信で合図をして居るから、一寸の隙も有つたものぢやない、気を付けツ、進めツおいち二三四ツ』 と道なき路をアルコールに酔ふた猩々の如く、無闇矢鱈に二十五番峠の上まで、漸く辿り着いた。 勝『アーア、ヤレヤレ危ない事だつた、中空に高き一本の丸木橋を渡つて来るやうな心持だつた』 弥『地獄の釜の一足飛といふ曲芸も、首尾能く成功致しました。皆様、お気に入りましたら、一同揃ふて拍手喝采を希望いたします』 勝『ヤア賛成者は少いなア、……、ヤア一つも拍手する奴がない、全然反対だと見えるワイ』 与『それでも勝彦さま、あなたの身の内に簇生して居る寄生虫は、ソツと拍手して居ましたよ。その声が……ブン……と云つて、裏門から放出しました。イヤもう鼻持のならぬ臭い事だつた、ワハヽヽヽ』 この時忽然として、東北の天より黒雲起り、暴風忽ち吹き来つて、峠の上に立てる四人の体は中空に舞ひ上り、底ひも知れぬ谷間目がけて天上より、岩をぶつつけた如く、一瀉千里の勢を以て、青み立つたる淵に向つて、真逆様にザンブと落込んだ。 その途端に夢は破られ附近を見れば瑞月が近隣の三四人の男、藪医者を招いて脈を執らせて居る。 藪医者は、一寸首を捻つて、 医者『アー此奴ア、強度の催眠状態に陥つて居る、自然に覚醒状態になるまで、放任して置くより途はなからう……非常な麻痺だ、痙攣だ……』 と宣告を下し居たりける。 (大正一一・三・二五旧二・二七松村真澄録) |
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霊界物語 | 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) | 14 一途川 | 第一四章一途川〔五六四〕 小鹿峠の四十八坂をば、一行四人はやつと打越え、見渡す限り茫々たる雑草茂る広野原、足にまかせて進み行く。ピタリと行当つた、水勢轟々として飛沫を飛ばし、渦まき流るる谷川の傍に辿り着いた。 弥『アヽ吾々はやうやうにして、小鹿峠の四十八坂を越え、此処の広野原を一行四人連れ、てくついて来たが、此処にピタリと行詰まつた、偉い川が横はつて居るワイ。これからフサの都へ渡り、コーカス山に行く迄は、随分長い道程だが、それまでには沢山の難所が在るだらう。それにしても絡繹として続く日々の老若男女の参詣者は、一体何処を通つて行くのだらう。この頃街道は雑沓だと云ふ事だのに、吾々の通過する処は人の子一匹居らぬぢやないか。ナンデも之れは小鹿峠の下り終ひから行手に踏み迷ひ、反対の方向に進んで来たのではあるまいかなア』 与『何だか、ご気分の冴えぬ天候と云ひ四辺の状況と云ひ、まるで幽界旅行の様だ。いつやら谷底に落ちて魂が宙に迷ひ、とうとう六道の辻まで行つて銅木像に逢つた時の様な按配式だぞ。どうやら此川も三途の川の兄弟分ぢやあるまいか、何だか変な風が吹いて来るぞ。アヽ此奴は不思議だ、今の今まで泰然自若乙に構へこみて居た山岳の奴、知らぬ間に何処かへ消えて仕舞ひよつた、まるで三途の川のやうな按配式だ、ナア弥次彦、貴様はどう思ふか』 弥『吾々の言霊の御神力に恐縮しよつて、山の奴雲を霞と逃げ散りよつたなア。随分三五教の吾々は豪勢なものだワイ』 勝『オイ此処は冥土を流るる三途の川ぢやなからうかな。何だか娑婆の川に比べて調子が違ふやうだ』 弥『調子が違つたつて御心配なさいますな、この弥次サンはドンドンながらポンポンながら、カンカンながら、前後〆めて弐回までも、幽界探険の実地経験を持つて居るお兄サン。最初与太公と遣つて来た時には、三途の川は実に綺麗な水だつた、それが第二回目に来た時には何とも知れぬ、臭気紛々たる川風が鼻を突くやう、小便大便黒血鼻啖の混合したやうな、汚くるしい物が流水代用の芸当を静かにやつて居た。その時三途の川の渡守兼脱衣婆奴が、世の中の奴が汚れた事をしをるから、この清い川がコンナに汚くなつたと云ひよつた。どうせコンナ汚い娑婆が、さう俄に清潔になるものぢやないから矢張冥土にある三途の川なら、依然として汚濁の水が永久に満ち流れて居る筈だ。之はまた素敵滅法界な清流だ、これを思へば三途の川とは、どうしても受取れないワ』 六『モシモシ皆サン、彼処の枝振の洒落た松の根許に小さい家が現はれて居るぢやありませぬか、あれやきつと三途の川の鬼婆の本宅かも知れませぬぜ』 弥『ナーニ、あれや瓦葺だ。婆の御館と云ふものは、それはそれは立派なものだ。どうしても比較にはならない黄金蔵の様だよ』 与『黄金蔵つて何だい、この前に貴様と旅行した時には見すぼらしい雪隠小屋の様な庵じやなかつたかい』 弥『アハヽヽヽ、頭の悪い奴だナ、雪隠小屋の様だから、当世流に黄金蔵と言霊を詔り直したのだよ』 与『何を吐しよるのだ、然しどうも臭いぞ。一つドンナ奴が居るか訪ふて見やうかい』 弥『マア待て一つ考へものだ。熟思黙考の余地は十二分に存する』 与『ヤア構はぬ当つて砕けだ。一つ善か悪か虚か実か爺か媼か、絶世の美人かおかめか、検非違使の別当与太衛門尉無手勝公が首実検に及ばうかい』 弥『アハヽヽ、又そろそろはつしやぎ出したなア、それほどはつしやぐと、日輪様が御出ましになつたら、貴様の細腕が燻ぼつてしもうぞ』 与『何を言ふのだ、燻つて来たら、この川にザンブと浸れば好いのだ。採長補短、水欠水補だ、ソンナ事に心配するな。自由自在の天地を跋渉する、三五教の宣伝使の候補者だ』 と云ひながら小屋の傍にツツと立寄り妙な腰付きをして、両手を蟷螂の様に構へたまま膝をくの字に曲げ、尻を振りながら、一軒屋の無双窓を覗き、 与太彦『モウシモウシお媼サン一夜の宿を願ひます それはお易い事ながらこれなる部屋を開けまいぞ それは誠に有難う今宵は此処にゆつくりと 足を伸ばして寝るであらうお婆は口を尖らして これなる居間を開けまいぞ言ひつつお婆は谷川に 手桶をさげて水汲みに後に与太彦只一人 今なるお婆の云ふたにはこれなる部屋を開けなとは てつきりおむすの添伏しか何は兎もあれ開けて見よ 左手に襖カラリ開けつらつら見ればこは如何に あちらの隅には手があるこちらの隅には足がある 今宵この家にとまりなば手足も骨もグダグダに 出刄で料理つて塩つけておほかたお婆が喰ふであろ これやたまらぬと泡を吹き裏口指して尻からげ スタコラヨイサノ、ドツコイシヨドツコイサノエツサツサノ、エンサノサ エツササノエササ、エササノサツサイ アハヽヽヽ』 弥『コラこの大馬鹿、何を洒落るのだ、此処はどうやら三途の川だぞ。まごまごして居ると本当に三途の川の鬼婆が、又着物をすつくり取り上げて、親譲りの洋服まで渡せと吐しよるぞ、君子危きに近づかずだ、早くこちらへ逃げてこぬかい』 与『エヽ今回も前回もあつたものかい、カイツクカイのカイカイカイだ。オーイ三途の川の鬼婆、先達来た与太公が又来たぞ。モウ何時ぢやと思ふて居るのだ、好い加減に起きぬかい』 家の中より、中婆の声として、 婆『誰れぢや誰れぢや、折角夜中の夢を見て居るのに、門口であた八釜しい吐す奴は何奴ぢやい』 与『誰でもないワイ、俺様ぢや』 婆『俺様と言つたつて名を言はな分るかい、貴様も智慧の足らぬ奴ぢやなア、目に見えぬ肝腎なものを落として来よつたと見えるワイ』 与『コラコラ三途の川の鬼婆奴、何を愚図々々と言つて居るのだい。早く手水をつかつて与太サンの一行に、渋茶でも汲まないかい』 婆『八釜しい言ふな、病人があるのに病気に障るワイ、ゲンの悪いことを言ふて呉れな、冥土か何ぞの様に三途の川ぢやのと、此処は一途の川ぢやぞ』 与『ヤア時節柄物価下落の影響を受けて、ドツと踏張りよつて二途を引き下げたな、サヽ投げ売り投げ売り、只より安い買ふたり買ふたり。このカリカリ糖は食べれやおいしい、食や美味い、ボロリボロリと歯脆うて歯につかぬ、湿る例しもなし、雨が降つてもカーリカリだ、アハヽヽヽ』 婆『エヽー、アタ八釜しい、お前は何処の奴乞食じや。ソンナ芸位いしたつて一文もやらせぬぞよ』 与『一門残らず討死と、聞く悲しさは嵯峨の奥、泣いてばつかり暮せしに、一途の川の乞食小屋とやらに、鬼婆がお坐しますと、一行四人は手に手を取つて、此処まで来たのがおみの仇、思へば思へばこの与太は、去年の秋の病気に、一層死んでしもうたら、斯うした歎きは在るまいもの、娑婆塞ぎになるとは知りながら、半時なりと生き長らへたいと思ふて来たのが吾身の仇、今の思ひに較ぶれば、なぜに三年も先にこの川へ、エーマ身を投げて死ななんだであらう、アヽヽヽチヤチヤチヤンチヤンチヤンチヤンチヤぢや』 弥『また演劇気分になつて居よるナ、門附芸者の様な、見つともない。洒落は止めたがよからうぞ』 婆『何処の奴乞食か知らぬが、表の戸をプリンと押して這入つて来なさい。田子の宿で飲んだ様な小便茶なと汲んで上げやうかい』 与『オイオイ弥次公、何を怕々して居るのだ、婆アサンが結構な茶をヨンデやらうと云ふて居るぞ。早う来て一杯グツと頂戴せぬかい』 弥『モシ宣伝使様、どうしませうかな』 勝『兎も角這入つて見ませうか』 三人は与太彦の後に随いて門口を跨げた。這入つて見れば外から見たよりは、比較的広き二間造りの座敷に、この家の主人と見え中年増の婆が横はつて居る。その傍に少し若さうな一人の婆が、何かと病人の世話をして居る。 勝『ヤア見れば当家には御病人が、おありなさると見える。是れは是れは御取込みの中に大勢のものが御邪魔を致しました』 婆『ハイハイ、ようマア立寄つて下さつた。此処は一途の川と云つて、お前サン等の身魂の洗濯をする処だ。二人の婆がかたみ代りに、往来の人の身魂の皮を脱がして洗濯をする処だ。サア此処へ来たが幸ひ、真裸にして親譲りの皮を脱がして上げやう。お前の顔は蕪の千枚漬ぢやないか、随分厚い皮だ。サア一枚々々隙がいつても仕様がない、年寄に苦労を掛けて困つた人だな、これもウラル彦の神様の御命令ぢやから仕方がないワ。お前等は三五教の宣伝使や信者であらう、アヽ三五教と云ふやつは、男子ぢやとか女子ぢやとか吐して、俺達の世の中を奪うとする奴ぢや。お前もその乾児だからエーイ出刄でも持つて来て、その厚い皮を剥いて遣らうかい。男子の方はまだしもだが女子と云ふ奴は瑞の御魂で、カメリオンの様な代物だ。アンナ奴の立てた教に呆けて、まだそこら中に開きに往くとは不都合千万、エーイ腰の痛い事だワイ』 と右手に出刄を持ち左手を握り、腰の辺を三つ四つポンポン打ちながら、 婆『アーエーイ、腰の痛いこつちや』 弥『オイ貴様はウラル教の悪神の乾児だな。道理で星の紋の付いた布団を着たり、羽織まで星の紋を着けてゐよるワイ、コラ婆アサン貴様こそ改心したらどうだい』 婆『エーイ八釜しいワイ、常世姫命様のお台サンが病気で寝て御座るのに、何をガアガアと騒ぐのだ。神妙にせぬと十万億土と云ふ処へ、送り届けて万劫末代この世へ上がれぬ様にして遣らうか』 与『何だ出刄を提げよつて、強圧的に矢張りウラル教はウラル式だ、奥州安達ケ原の鬼婆見た様な奴だなア。貴様はかうして此川辺に巣を構へよつて、三五教の宣伝使や信者の身魂を引抜く奴ぢやな。コレヤ、その手は喰はぬぞ、貴様の身魂をこなサンが引抜いてやらうか』 婆『何ほど八釜しく、じたばたしても恟とも動くものかい。俺は善の仮面を被つてヱルサレムの宮に、出入をして居つた常世姫命の一の家来の、木常姫の生れ替りだぞ、酢でも蒟蒻でも往く婆でないぞ』 弥『貴様は木常姫の生れ替りだな、木常姫と云ふ奴は仕方のない奴だ』 婆『仕方がなからう、小鹿峠の二十三峠の上で、この婆が貴様を苦しめた事を覚えて居るだらう、恐かつたか恐れ入つたか』 弥『エー何だか俺の背に虻がとまつたかと思つたら、貴様だつたなア。何をへらず口叩きよるのだ、愚図々々吐すと言霊の発射だぞ』 木『オホヽヽ、仰有るワイ仰有るワイ、あの時に日の出別と云ふ我楽多神が出て来よつて、いらぬチヨツカイを出しよるものだから、戦ひ利あらず、時非なりと断念して、茲に第二の作戦計画を立て、手具脛引いて待つて居たのだ。モウ斯うなつては此方のものだ、袋の鼠も同様、これや此出歯の言霊で霊なしにしてやらうか』 弥『アハヽヽヽヽ、婆の癖に剛情な奴だなア。貴様のやうな奴は屹度死んだら、三途の川の脱衣婆の後任者となつて、終身官に任ぜられる代物だナ』 婆『オホヽヽヽ、脱衣婆の役は俺の姉さまの役だよ、わしは其妹だ、酢でも蒟蒻でも梃でも棒でも、いつかないつかな恟ともせぬ、我の強い岩より堅いカンカンの鬼婆だ。如何に三五教の宣伝使でも此婆には敵ふまい。一遍に行かねば、二度でも三度でも、仮令十年百年千年かかつても、貴様の身魂を抜き取らな置くものかい』 弥『何と執念深い婆ぢやないか、早く修羅の妄執を晴らしよらぬかい。天国に往くのが好いか、地獄に行くのが好いか、此処は一つ思案の仕処ちやぞ』 婆『俺は天国は大嫌ひぢや。天国へ往かうとする奴を片つ端から、霊を抜いて地の底へ送るのが、俺の役だ。偽の変性男子だぞ。此処に寝て居る常世姫の懸る肉体は、偽の日の出神ぢや、竜宮の乙姫もタンマには憑つて来るぞ。三五教の奴は、日の出神を地に致して竜宮の乙姫殿のお活動で、この世を水晶に致すとぬかしよつて威張つてをるが、この世が水晶になつて耐るかい。日の出の世になつたら、俺達の居る処は無くなつてしまうワ、それだから貴様等のやうな馬鹿正直な頓痴気野郎や、腰抜け女を鼠が餅を引くやうに、チヨビリチヨビリと引張り込んで、日の出の神は此処ぢや、竜宮の乙姫も此処に現はれて居ると、三五教の奴を誑かして、女子の霊魂を困らしてやるのだ。アハヽヽヽ、気分の好い事ぢや、心地が好いワイ、イヒヽヽヽ』 勝『ヨウ貴様等は不届至極な婆達ぢや、最早貴様の口から自白致した以上は、弁解の辞はあるまい。曲津と云ふ奴は賢い様でも馬鹿だなア、蛙は口から吾と吾手に白状致し居つた。アハヽヽヽ』 婆『ドウセ貴様は只で帰す奴ぢやないから、俺達の企みを隠す必要もなし、因果腰を定めて、貴様の霊を一々手渡しせい。愚図々々吐すと俺が手づから、貴様の土手腹へ此奴をグサリと突つ込み、一抉りに抉つて取つてやるぞ』 弥『何を吐すのだ。顋太許り叩きよつて、脅したりすかしたり貴様の奥の手は好く分つて居るぞ』 婆『貴様達は三五の月の御教だと吐して居るが、その月は運の尽ぢや、片割月ぢや、ソンナ月が間に合ふか。 十五夜に片割月はなきものを 雲に隠れて此処に半分 と云ふ事を貴様は知つて居るか、本当の真如の月は、此処に半分どころか、丸で隠れて居るのだ、切れてばらばら扇の要だ。三五教は自在天と盤古大神の系統の神に、ばらばらに骨を抜かれよつたぢやないか、肝腎の要は此処に握つて居るのぢや。神の奥には奥があり、その又奥には奥がある、その又奥に奥がある、昔々去る昔、ま一つ昔の其昔、その又昔の大昔から、この世を自由に致さうと思うて、八頭八尾の大神様や、金毛九毛のお稲荷様、酒呑童子のお身魂様が、この一途の川の片傍に、仕組を致して居るのを知らぬか。好い加減に目を醒まして、魂をこちらへ潔く渡して、生れ赤子になつて悪神の眷族にならぬかい』 弥『アハヽヽ、コラ二人の婆、何を劫託ほざきよるのだ。勿体なくも五六七大神様が地の高天原に顕現なされた以上は、何程貴様等が火になり蛇になり猿になり狼になり狸になり、或は大蛇、狐、鬼になつて、黄糞をこいて藻掻いたつて駄目だぞ。一日も早く改心を致したがよからう』 婆『イヤイヤ、誰が何と言うても、仮令百遍や二百遍、生命がなくなつても、誠の道は嫌ひだ。誠の道と見せ掛けて悪を働くのが俺達の身魂の性来だ。金は何処までも金ぢや、瓦は何処迄も瓦ぢや。俺達は善の仮面を被つて、高い処へとまつて、熱さ寒さも知らず顔に、世界の奴を睨み下ろして居る鬼瓦ぢやぞ』 与『こりや鬼婆、イヤ鬼瓦、道理で冷酷な奴ぢやと思うて居つた』 婆『定つた事だ、俺達の眷属や系統のものが世界の奴の霊をスツクリ引抜いて、鬼瓦の霊と入替へをして置いたから、世の中の奴は皆冷酷無残な動物霊になつて、餓鬼修羅畜生の境遇になり、優勝劣敗、弱肉強食の体主霊従的非行を盛んに続けて居るのだ。最早三千世界は九分九厘まで、俺の心の儘に曇つて来居つたが、困るのはモウ一輪の所だ。変性男子の身魂はどうなつとして、チヨロマカして来たが、歯切れのせぬのは金勝要の神魂だ。そこへ我の強い変性女子の御魂や、木の花咲耶姫の御魂が出しやばりよつて、俺達の仕組の邪魔をさらすものだから、多勢の者の難儀と云ふたら、口で言ふやうなものでないワイ。貴様等も変性女子やら木の花姫の、霊主体従の教を開きに廻つて、俺等の邪魔をする奴ぢや。何と云つても貴様の霊を引抜かねば、常世姫命に対して申訳が立たず、第一盤古大神や自在天様に申訳がないワイ。婆アの一心岩をも突貫く、いい加減に因果腰を据ゑたが好からうぞ。イヒヽヽヽヽ』 勝『ヤアこの婆、貴様はよつぽど因縁の悪い奴だ。本当にこの世界がほしいか、執着心のきつい奴だ』 婆『ほしいワほしいワ、欲しい印に星の紋が附けてあるのも知らぬかい。星の紋は米の紋ぢやぞ。それが欲しいばつかりに夜昼なしにやきやきして居るのぢや、オーンオーンアーンアーン、何でもかでも欲しいワイ欲しいワイ。三五教はどうしてもやめてほしい、此方の方へ魂を渡して欲しい、是丈け梅干婆にほしいほしいが重なつて、目にまで星が這入つたワイ。蛙の干乾の様な痩た身体になつても、それでもまだ欲しいワイ。欲に呆けた為に俺の着物も梅雨が来て、アチラコチラに星が入つて来た、早う土用が来てほしいワイ、土用干でもせな星がとれぬワイ』 弥『コラ婆アサン、その星を取つたが好いのか、とらぬが好いか、どつちやか返答が一寸きかしてほしいワイ』 婆『着物の星は取つてほしいが、俺のほしいは取つてはならぬワイ』 与『イヤア此婆、五右衛門風呂の蓋のやうな事を吐きよるな、入るときに要らぬ、入らぬときに要る風呂の蓋だ。オイ風呂蓋婆、梅干婆、貴様も棺桶に片足突込んで居つて、好い加減に我を折つたらどうだい。ほしい、おしい、可愛い、憎い、欲に高慢、恨めしい、苦しい八つの埃と吐かす十九世紀の転理数のやうな奴だな』 婆『エーエー言はして置けば止め度なく、痢病患者のやうにビリビリとよう垂れる奴ぢや。くだらぬ理屈を管々しく垂れ流してエヽ汚苦しいワイ。何も彼も綺麗さつぱり御塵払ひをして、この婆に根こそげ奉納しよらぬかい。愚図々々して居ると、俺の方から行動を開始するぞ。コレコレ常世姫の神、もう起きてもよかろう、サア早く起きて下さい、二人寄つて此奴等四人を真裸にして、ソツと猫糞をキメやうかいな』 伏婆むくむくと起き上り、 婆(常世姫)『ヤア最前から病人と詐はり、様子を考へて居れば、ようマア理屈を垂れる娑婆亡者、此処は三五教の女子の系統の魂がほしさに、寝ても起きても一途の川の脱衣婆アサンぢや、車の両輪、飯食ふ箸、人間の二本のコンパス、両方からばばとばばが狹み打ちをしてやる、サアどうぢや』 四人一度に身構へをなし、 四人『ヤア何と吐いた、サア来い勝負』 と手に唾し、グツと睨み付けた。婆は手に手に出刄をひらめかし、突いて掛るを四人は汗みどろになつて、前後左右に身を躱し、奮戦格闘すること殆ど半時ばかり、勝彦は常世姫の出刄に、腰骨をグサリと突かれた途端に目を覚ませば、豈図らむや一行四人は二十五峠の麓の谷底に風に吹かれて落ちこみ居たりける。 (大正一一・三・二五旧二・二七谷村真友録) |
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霊界物語 | 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) | 16 返り咲 | 第一六章返り咲〔五六六〕 三五教の宣伝使凡ての枉に勝彦は 三枚羽織に身をかため異様の姿トボトボと 十八坂を乗り越えて十九や二十の山坂を 気も若々と登り行く弥次彦、与太彦両人は 掴まへ所の無い様な屁理屈放りつつ痩馬の 足もワナワナブウブウブウ屁放り腰の怪しくも 口に法螺吹き尻からは太き喇叭の吹きつづけ 雷サンも驚いて跣足で逃げる二十山 峠に登つて一休息又も、のり出す膝栗毛 声も烏の勘三郎数多の手下引き連れて 三五教の勝公が四人連れの行く先に 怪しき姿の大声にドツコイやらじと手を拡げ 得物を執つて立ち対ふこちらは蛙の向ふ見ず 瑞の御霊の幸はひに稜威の言霊さやさやと 天地に向つて詔りつれば流石に猛き荒び男も 胆を潰して降参しこれや堪らぬと大道に 犬つく這ひの可笑しさよ負けても名だけは勝彦の 負けて堪ろか勝つづけ一同続けと先に立ち 峠の数も五つ越えしこけき小家に立寄つて 盲目の婆アサンに邂逅ひ椽に腰かけ一休息 爺サン婆サンの悲劇の幕を聞いて悟りし六公の 昔に負ふた古傷を曝け出されて六サンは 碌々答辞も泣く涙焼け木杭に又しても 火が付く様な縁談に爺サン婆サンは扨措いて 六公サンの喜びは天の岩戸の開けたる 思ひに一同勇み立ちコーカス山の参拝を 終つて再び元の鞘をさまる縁の目出度やと ここに暇を告げ乍ら登つて来たのが名にし負ふ 眺望絶佳の二十三番峠の上吹き来る風に煽られて 息もせきせき進みゆく二五番峠の頂に 佇む折しも忽ちにヘボ鎮魂の神憑り 乱痴気騒ぎの幕を開け谷間に陥り四人は 暫時気絶し幽界の一途の川の渡まで 急いで来て見れやこは如何に松の並樹の蒼々と 茂る根下の一軒家の怪しき窓を覗き込み 生れついたる与太助の与太公と婆の押問答 ブリンと押して中に入りすつたモンダの諍に 大口あけて出刄(出歯)を見せ三五教の身魂をば 抜いてやらうと力み立つ可笑しい面の二人婆 三途川原の鬼婆の俺は妹の木常姫 サア来い勝負と常世姫此奴も出刄を振り上げて 四人に対つて切りかかる茲に四人の宣伝使 飛鳥の如く翔け廻り丁々発止、丁発止 蝶の春野に狂ふ如汗を流して戦へば 流石の婆も立ち遅れアフンとしたと思ひきや 夢か、現か、幻かサツと聞ゆる水音に 眼を覚せば川の底底の分らぬ此不思議 泳ぎ自慢の六公が如何はしけむブルブルと 溺れて忽ち土左衛門後に残つた三人は 兎やせむ斯くや線香の煙手向ける術もなく 夜の帳は下ろされて黒白も分かぬ真の闇 是非なく此処に夜を明かし涙を押へシホシホと 大野ケ原を打渡り水音高き川の辺に 辿り着くなり与太彦が鼻息荒く身慄ひし ロヽヽクヽヽと口をきり六の生霊が出て来たと 吐いて一同の胆をとり寝言を吐く折柄に 現はれ出でたる大男能く能く見ればこは如何に 声も烏の勘三郎六の死骸を背に負うて 送つて来たのは不思議なる縁の糸の次々に 切れぬ証か言霊の力に忽ち息を吹き 四辺キヨロキヨロ見渡して勝彦サンか与太サンか お前は弥次彦屁放き虫此処は冥土か現界か 合点が往かぬと思案顔初めて気がつきまだ俺は 生きて居たかと勇み立ち勝彦サンに従うて 茲に四人は急坂を辿り辿りてフサの国 都を無事に打ち過ぎて名さへ目出度きコーカスの 神のお宮に参拝し喜び勇み小山村 お竹の家に引き返し勝彦サンの媒酌で 比翼連理の蒸し返し老爺も婆も六サンも 兄の松公夫婦の者もお竹と共に勇み立ち ここに愈合衾の式を行ふ物語 聞くも目出度き次第なり。 小山村のお竹の生家は春の屋と謂ふ。爺サンの名は鶴助、婆サンはお亀、息子の名は松公、女房はお梅と謂ふ。鶴亀松竹梅の一家族に婿を加へて六人暮し、名も六サンの婿入り祝ひ、媒酌の役は勝彦の宣伝使。弥次彦、与太彦二人は六サンの友人としてこの目出度き結婚の席に加はつた。三五教の誠一つの教を加へて此処に十曜の珍の身魂、目出度き酒宴一度に開く白梅の、薫り床しきお竹の姿、常磐の松の何処やらに、気品も高き松サン夫婦、鶴の千歳の末永く、亀の齢の万代も、五六七の世までも変らじと、結びの神の御前に、天津祝詞の太祝詞、言挙げ終つて酒杯の、数も芽出度き三々九度、此処に九人は勇み立ち、千代を寿ぐ酒宴の、真最中に勝彦は、千代を祝する結婚の、歌を涼しく歌ひける。 勝彦『世は久方の末長く常磐の松の千代八千代 治まる御代を鶴の首まつの神代の廻り来て 名さへ目出度きお亀サン九十九の坂を幾度も 上りつ下りつ安々と今より越えむ老の坂 春の野の如若やいで二組揃ふた若夫婦 常磐の松の色深くいつも変らぬ松サンや 花咲き匂ふお梅サン園のなよ竹末長く 睦みて暮せ六の名のついた男の六サンを 一、二、三四の五迄も六び親しみ七草の 千代に八千代に九重の御空の色に擬ふ如 清く涼しく青々と十つぎの道を何時迄も 百歳、千歳、万歳幾億万年の末までも 互に変るな変らじと親しみ暮せ神の道 直く正しくふみしめて天津御空の星の如 浜の真砂の数の如御子を生め生め餅を搗け 子餅をタント搗き並べ夫婦仲良く世帯もち 清きその名も大名持疳癪持ちは止めにして 婿持ち嫁持ち金を持ち宝を持ちて望の夜の 月の鏡の照ら照らと輝き渡れ若夫婦 千年万年暮れるとも今の姿で若々と 神の恵を味へよ恵の露に潤へよ アヽ惟神々々霊幸倍坐しませよ アヽ惟神々々霊幸倍坐しませよ』 と歌つて酒杯を六公にさした。六公は恭しく押し頂いてお竹に渡した。茲に親子夫婦の杯は無事に済みける。 弥『ヤアお目出度いお目出度い、サア之から六サンの番だ、一つ歌つて下さい』 六公『思ひ廻せば三年の昔恋に焦れたお竹サン 天と地とのその中にコンナ綺麗な娘子は 又とあるまいあるまいと慕うて通ふ坂道の 数重なりて漸うにヤツと願を掛巻くも 畏き神の引合せ比翼連理の楽みを 寝物語に喜びし日数もあらしの風強く 心の駒の狂ひ出し魂は荒びてウラル彦 神の教の道に入り飲めよ騒げよ一寸先は 闇の世界ぢやクヨクヨするな太う短う暮してやろと 悪胴据ゑて夜昼の区別も知らず深酒に 酔うて可愛いい女房を打つやら蹴るやら殴るやら 夜昼喧嘩の絶え間なくお竹の顔は生疵の 絶えた間もなき憐れさを屁とも思はず暮して来たが お竹は怒つて知らぬ間に吾家を出でて親里に 逃げて帰つて知らぬ顔ここに私も目が醒めて ま一度お竹に添ひ度いと心焦れど手も口も かかる由なく冷やかな肱鉄砲の続け打ち 男と生れた六公も女房の方から見捨てられ 何の顔あら男仕様事なさにウラル教 捕手の群に加はつて三五教の宣伝使 信者と見れば容赦なく片つ端から引捉へ ウラルの神の立て籠るウラルの山へ連れ行きて 褒美の金に腸も腐る許りに酒を飲み 調子にのつて此処彼処尋ねて廻る目付役 小鹿峠に来て見れば三五教の宣伝使 夢に牡丹餅食た様に心の裡に雀躍し 当つて見ればこは如何に神徳強き三五の 神の司の言霊にガラリと心を立直し 前非を悔いて神の道教司に伴はれ 此処に誠の教を知り二十峠を乗り越えて 山田の村の松の屋に牡丹餅食はうと立寄れば 思ひ掛けなきお竹奴にパツと出会はす顔と顔 お前はお竹と一言葉聞くより早く驚いて お竹は忽ち雲霞裏口さして逃げて行く アヽ残念や残念や又もお竹に嫌はれて 如何して男の顔が立つ勝彦サンや弥次与太の 二人の手前も恥しく一目散にトントンと 峠を指して立ち向ひ林の中に身を潜め 息をこらして待つ程に放つ屁問答の臭い仲 また三人に廻り会ひ鎮魂帰神の神術に 魂の洗濯サラサラと地獄の川まで進み出で 九死一生の目に会うて人の情に助けられ フサの都を乗り越えてコーカス山の参詣で 両手を合せて神前に額き祝詞の奏上し 何卒お竹と末永う親子夫婦は睦じう 暮させ給へと願をかけ目出度此処に立帰り 千代の契を結び昆布苦労するめや酒杯の 数を重ねて勇み立ち尉と姥との契をば 結ぶ今宵ぞ楽しけれアヽ惟神々々 霊幸倍ましませよ朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 親子夫婦のこの契千代も八千代も変らざれ この世を救ふ三五の神の教を畏みて 家門長久子孫の繁栄魂の生命の末永く 鶴と亀との勇ましく松、竹、梅の何処迄も 栄えに栄えよ神の国千秋万歳万々歳 千秋万歳万々歳』 と歌ひ終つて酒杯をとり勝彦に恭しく献した。お竹は起つて歌ひ始めた。 お竹『三五教の宣伝使醜の魔神を言向けて 誠の道も勝彦の神の恵も三つ栗の 仲とり役に救はれて今日は芽出度き望月の 虧けては盈つる吾思ひ思ひきつたる夫婦仲 枯木に花の咲き出でて又もや交す夢枕 夢ではないか現ではあるまいかなと思ふ程 喜び胸に迫り来て常世の闇も晴れ渡り 天の岩戸の忽ちに開けし如き今日の首尾 アヽ嬉しやな嬉しやな世は垂乳根の父母の 名さへ目出度き鶴と亀松と梅との兄夫婦 千代の睦びの六サンと心の丈けを語りつつ 強き悪魔に勝彦の神の恵に助けられ 会うて嬉しき相生の松の木蔭の尉と姥 幾久しくも末長く愛しき妻よ夫よと 勇む心の玉椿八千代の春に会ふ心地 花と匂へよ永久に色は褪せざれ何時迄も 心の色も紅の露の唇、月の眉 花咲き匂ふ花の山月日に擬ふ二つの目 手足もまめに健かに日々の生業励しみて 家富み栄え三五の神の教を四方の国 海の内外に輝かし天の岩戸の神業に 仕へまつらむ夫婦連れ神が表に現れまして 善と悪とを立別けるこの世を造りし神直日 心も広き大直日只何事も今迄の 悪戯事は宣り直し善きに見直し聞直し 神の教に服従ひて幾千代までも真心を 神の御前に捧ぐべし朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 千代に動かぬ夫婦仲何時も変らぬ常磐木の 松の操の青々と五六七の御代の来る迄 父と母との御生命男子女子の睦み合ひ 守らせ給へ三五の教を立つる大御神 百千万の神々の御前に頸根突抜きて 拝み仕へ奉るアヽ惟神々々 霊幸倍坐しませよアヽ惟神々々 霊幸倍坐しませよ』 と歌ひ終つた。ここに鶴亀の両親を始め、松、梅の兄夫婦および弥次彦、与太彦の祝の歌節面白く歌ひ終つて目出度く合衾の式も相済み、千代も八千代も変らじと神の御前にことほぎまつりぬ。 (大正一一・三・二五旧二・二七北村隆光録) (昭和一〇・三・一七於嘉義ホテル王仁校正) |
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霊界物語 | 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) | 17 一寸一服 | 第一七章一寸一服〔五六七〕 神が表に現はれて善と悪とを立別ける 奇しき神代の物語去りぬる辛酉の年 聖き教を菊月の神の恵は世の人を 救け給ひて二九からぬ十八日の真昼頃 松の神代に因みたる松雲閣の離れの間 流れも清き小雲川緑滴る並木の松を 吹く凩に送られて轟き渡る言霊の 功も広く大橋や綾の都も大神の 深き恵みにヨルダンの川の流れの其の如く 清く響きし物語善と悪との神界の 身魂の素性を説き明し前人未聞の三界の 経緯を探る道の奥青垣山を繞らせる 高天原や竜宮の館に仕ふる教へ子の 外山豊二、桜井重雄出口の入口谷の口 名も清治の三人の男朝日の加げのい藤長き 筆のすさびの新しく五百と六十七節の 五六七の神に因みたるこの物語詳細に 説き明さむと村肝の心に加藤誓ひたる 明き教の大本を述べ伝へむと久方の 空に輝く瑞月が経と緯との神の教 千代に八千代に樹てむとて褥の上に横たはり 転ばし初めし口車通ふ大道も恙なく 歩みつめたる今日の宵梅咲き匂ふ如月の 二十五六七日に恙なく五六七の巻の物語 松雲閣の奥の間に明りの下に説き明す 筆執る人は外山氏五六七の御代を松村や 深山の奥の谷村氏経綸もここに恙なく 語り了せて北村氏加藤結びし神界の 扉を開く王仁の口世人の為に明らけく 治まる御代の御恵みを千代に八千代に言祝ぎて ここに芽出度く霊界の夢物語拾余り 四の大巻作り了へぬ五六七神政万々歳 五六七神政万々歳。 (附言)本巻は大正十一年旧如月二十五日、二十六日、二十七日の三日間にて完成したり。 (大正一一・三・二五旧二・二七外山豊二録) |
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霊界物語 | 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) | 跋文 | 跋文 神の御諭を蒙りて述べ始めたる霊界の 奇しき神代の物語神代許りか幽界も また現界も押並べて神の随に随に口車 現幽神の三界の峠に立ちて三ツ瀬川 三ツ尾峠や四ツ尾の峰の麓にそそり立つ 黄金閣の蔭清き教主館に横臥して 三途の流滔々と瑞の御魂の走り書き 十四の巻のいや終にその真相を示すべし 三途の河は神界と現界又は幽界へ 諸人等の霊魂の行衛の定まる裁断所 八洲の河原とヨルダンの河とも唱ふ神聖場 悪の霊魂が行く時はその川守は鬼婆と 忽ち変じ着衣剥ぎ裸体となりて根の国や 底つ幽世へ落し捨て善の御魂の来る時は 川守忽ち美女となり優しき言葉を使ひつつ 旧き衣服を脱却し錦の衣服と着替へさせ 高天原の楽園へ行くべき印綬を渡す也 善悪未定の霊魂が来たれば川守また婆と 忽ち変り竹箒振り上げ娑婆へ追返し 朝と夕の区別なく川の流れの変る如 千変万化の活動をいや永遠に開き行く 善悪正邪を立別ける是ぞ霊魂の分水河 千代に流れて果もなし抑もこれの川水は 清く流るることもあり濁り汚るることもあり 清濁不定の有様は集まり来たる人々の 霊魂々々に映り行く奇しき尊とき珍らしき 宇宙唯一の流れなり激しき上つ瀬渉るのは 現実界へ生れ行く霊魂や蘇生する人許り 弱き下津瀬渉り行く霊魂は根の国底の国 暗黒無明の世界へと落ち行く悲しき魂のみぞ 緩けく強く清らけく且つ温かく美はしき 中津瀬渉り行くものは至喜と至楽の花開く 天国浄土に登る魂それぞれ霊魂の因縁の 綱に曳かれて進み行く神の律法ぞ尊とけれ 三途の川の物語外に一途の川もあり 抑も一途の因縁は現世に一旦生れ来て 至善至真の神仏の教を守り道を行き 神の御子たる天職を尽し了はせし神魂 大聖美人の天国へ進みて登る八洲の川 清めし御魂も今一度浄めて進み渉り行く 善一途の生命川渡る人こそ稀らしき 一旦現世へ生れ来て体主霊従の悪業を 山と積みたる邪霊の裁断も受けず一筋に 渉りて根底の暗界へ堕ち行く亡者の濁水に 溺れ苦しみ渡り行く善と悪との一途川 実にも忌々しき流れ也アヽ惟神々々 御霊幸へましまして三途の川や一途川 滑稽交りに述べ立てしこの物語意を留めて 読み行く人の霊魂に反省改悟の信念を 発させ給ひて人生の行路を清く楽もしく 歩ませ玉へと天地の神の御前に澄み渡る 大空輝く瑞月が天照し坐す大神の 遍ねく照す光明に照され乍ら人々の 身魂の行衛を明かに説き示し行く嬉しさよ 朝日は照るとも曇る共月は盈つとも虧くるとも たとへ大地は沈む共誠の神の御諭しは 万劫末代いつ迄も天地の続くその限り 変りて朽ちて亡び行くためしは永遠にあらざらめ アヽ惟神々々御魂幸はへましませよ。 ○ 神諭に『松の代弥勒の代神世に致すぞよ云々』とあり、弥勒は至仁至愛の意にして、宇宙万有一切の親也師也主也と説きたまへり。読者の中には、仏教の教典に由りて釈迦の説と引き合せ、ミロクは七仏出生説の中にある一仏にして、大本の神諭にある如き尊き位置にある仏又は神にあらずと云ふ人あり。仏書のみを読みたる人の意見としては、最も至極なる見解と謂ふべしである。王仁は、序を以て本巻の末尾に於て仏典に現はれたる弥勒の位置を茲に掲載して、読者の参考に供して見ようと思ふ。 法華経の序品第一に 前略 菩薩摩訶薩八万人あり。皆阿耨多羅三藐三菩提に於て退転せず、皆陀羅尼を得、楽説弁才あつて不退転の法輪を転じ、無量百千の諸仏を供養し、諸仏の所に於て衆の徳本を植ゑ、常に諸仏に称嘆せらるることを為、慈を以て身を修め、善く仏慧に入り、大智に通達し、彼岸に到り名称普く無量の世界に聞えて、能く無数百千の衆生を度す。その名を、 一文珠師利菩薩 二観世音菩薩 三得大勢菩薩 四常精進菩薩 五不休息菩薩 六宝掌菩薩 七薬王菩薩 八勇施菩薩 九宝月菩薩 十月光菩薩 十一満月菩薩 十二大力菩薩 十三無量力菩薩 十四越三界菩薩 十五跋陀婆羅菩薩 十六弥勒菩薩 十七宝積菩薩 十八導師菩薩 右の如き菩薩摩訶薩八万人と倶也 と記してある。この菩薩も霊界物語を全部通読されなば、何菩薩は何神何命に当たるやといふことは自ら判明することと思ひます。 釈提桓因その眷属二万の天子と与に倶なり。復 一名月天子 二普香天子 三宝光天子四大天王あり、其眷属万の天子と与に倶なり。 四自在天子 五大自在天子 その眷属三万の天子と与に倶なり。 娑婆世界の主 六梵天王 七尸棄大梵 八光明大梵 等その眷属万二千の天子と与に倶なり。 八の竜王あり、 一難陀竜王 二跋難陀竜王 三娑伽羅竜王 四和修吉竜王 五徳叉迦竜王 六阿那婆達多竜王 七摩那斯竜王 八優鉢羅竜王なり。 各若干百千の眷属と与に倶なり。 四の緊那羅王あり 一法緊那羅王 二妙法緊那羅王 三大法緊那羅王 四持法緊那羅王なり。 各若干百千の眷属と与に倶なり。 四の乾闥婆王あり。 一楽乾闥婆王 二楽音乾闥婆王 三美乾闥婆王 四美音乾闥婆王なり。 各若干百千の眷属と与に倶なり。 四の阿修羅王あり 一婆稚阿修羅王 二佉羅騫駄阿修羅王 三毘摩質多羅阿修羅王 四羅睺阿修羅王なり。 各若干百千の眷属と与に倶なり。 四の迦楼羅王あり、 一大威徳迦楼羅王 二大身迦楼羅王 三大満迦楼羅王 四如意迦楼羅王なり。 各若干百千の眷属と与に倶なり。 韋提希の子阿闍世王若干百千の眷属と与に倶なり云々。 と、示されてある。之を以て之を見る時は、大本教祖の筆先なるものは神の道とは云ひながら、最初より仏神一体の神理により、現代人の耳に入り易きやうに仏教の用語をも用ゐられてあることを覚り得らるるのである。明治二十五年正月元日に初めて艮の金神様が出口教祖に神懸された時の大獅子吼は、 三千世界一度に開く梅の花艮の金神の世になりたぞよ。須弥仙山に腰を懸け艮の金神世界を守るぞよ云々。 三千世界も仏教中の用語であり、艮の金神も神道の語ではない。須弥仙山は仏教家の最も大切にして居る霊山である。またミロク菩薩とか竜宮とか竜神とか、天子とか、王とか現はれて居るのは、悉く仏教の語を籍りて説かれたものであります。故に筆先にある王とは、八大竜王及諸仏王の略称であり、天子と云へば明月天子、普香天子、宝光天子、四大天王その他諸天子、諸天王の略称であることは勿論であります。自在天子、大自在天子、梵天王、その他王の名の付いた仏は沢山にあり、仏も神も同一体、元は一株と説いてある。また大自在天子のその眷属三万の天子と与に倶なりとあるを見れば天子とは即ち神道にて云ふ神子又は神使であります。要するに、神の道、仏の道に優れたる信者の意味になるのであります。天子は、また天使エンゼルとキリスト教では謂つて居ます。大本の筆先は教祖入道の最初より仏教の用語で現はせられたのであるから凡て仏教の縁に由つて説明せなくては、大変な間違ひの起るものであります。王仁は弥勒菩薩に因める五百六十七節を口述し了るに際し、仏教に現はれたるミロク菩薩の位置を示すと同時に筆先は一切仏の用語が主となりて現はれて居ることを茲に説明しておきました。 アヽ惟神霊幸倍ませ。 大正十一年十一月四日 (昭和一〇・三・一七於嘉義公会堂王仁校正) |
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霊界物語 | 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 | 01 破羅門 | 第一章破羅門〔五六八〕 千早振る遠き神代の物語常夜の暗を晴らさむと ノアの子孫のハム族が中にも強き婆羅門の 神の御言は常世国大国彦の末の御子 大国別を神の王と迎へまつりて埃及の イホの都に宮柱太しく建てて宣伝ふ その言霊はかすかにもこの世の瀬戸の海越えて 希臘伊太利仏蘭西や遂に進みて小亜細亜 メソポタミヤの顕恩郷此処に根拠を築固め 次第々々に道を布き更に波斯を横断りて 印度を指して進み来るエデンの河を打渡り ハムの一族悉く顕恩郷を中心に 婆羅門教を開きけるセムの流裔と聞えたる コーカス山の神人は婆羅門教を言向けて 誠の道を開かむと広道別の宣伝使 太玉の命を遣はして顕恩郷に攻めて行く 奇しき神代の物語十五の巻の入口に 述べ始むるぞ面白き。 此メソポタミヤは一名秀穂国と称へ、地球上に於て最も豊饒なる安住地帯なり。羊は能く育ち、牛馬は蕃殖し、五穀果実は無類の豊作年々変る事無き地上の天国楽園なり。世界は暗雲に包まれ、日月の光も定かならざる時に於ても、この国土のみは相当に総ての物生育する事を得たりと云ふ。西にエデンの河長く流れ、東にイヅの河南流して、国の南端にて相合しフサの海に入る。八頭八尾の大蛇、悪狐の邪霊は、コーカス山の都を奪はれ、随つてウラル山、アーメニヤ危険に瀕したれば、ウラル彦、ウラル姫は、遠く常世国に逃れ、茲に大自在天大国彦の末裔大国別、醜国姫の夫婦をして、埃及のイホの都に現はれ、第二のウラル教たる婆羅門教を開設し、大国別を大自在天と奉称し、茲に極端なる難行苦行を以て、神の御心に叶うとなせる教理を樹立し、進んでメソポタミヤの秀穂の国に来り、エデンの園及び顕恩郷を根拠としたりける。それが為に聖地エルサレムの旧都に於ける黄金山の三五教は忽ち蚕食せられ、埴安彦、埴安姫の教理は殆ど破壊さるる悲境に陥りたるなり。 茲にコーカス山に坐ます素盞嗚神は、日の出神、日の出別神をして、ハム族の樹立せる婆羅門教の邪神を帰順せしめむとし給ひ、霊鷲山より現はれたる三葉彦命の又の御名広道別の宣伝使太玉命は、松代姫をコーカス山に残し、夜を日に継いでエデンの河上に現はれ、エデンの花園を回復して根拠とし、ハム族の侵入を防がしめむとし給ひ、太玉命は安彦、国彦、道彦の三柱と共に、エデンの園に宮殿を造り、ハム族の侵入に備へ居たり。されど河下の顕恩郷は遂に婆羅門教の占領する所となり了りぬ。ここに太玉命は、その娘照妙姫をエデンの花園に残し置き、安彦、国彦、道彦を引連れて、顕恩郷の宣伝に向ひたり。この安彦と云ふは弥次彦の改名、国彦は与太彦の改名、道彦は勝彦の改名せし者なり。 婆羅門の教は、一旦日の出神と偽称したる大国彦の子にして、大国別自ら大自在天と称し、難行苦行を以て神の心に叶ふものとなし、霊主体従の本義を誤解し、肉体を軽視し、霊魂を尊重する事最も甚しき教なり。此教を信ずる者は、茨の群に真裸となりて飛び込み、或は火を渡り、水中を潜り、寒中に真裸となり、崎嶇たる山路を跣足のまま往来し、修行の初門としては、足駄の表に釘を一面に打ち、之を足にかけて歩ましむるなり。故に此教を信ずる者は、身体一面に血爛れ、目も当てられぬ血達磨の如くなり、斯くして修行の苦業を誇る教なり。八頭八尾、及び金毛九尾、邪鬼の霊は、人の血を視ることを好む者なれば、霊主体従の美名の下に、斯の如き暴虐なる行為を、人々の身魂に憑りて慣用するを以て唯一の手段となし居るが故に、此教に魅せられたる信徒は、生を軽んじ、死を重んじ、無限絶対なる無始無終の歓楽を受くる天国に救はれむ事を、唯一の楽みとなし居るなり。如何に霊を重んじ体を軽んずればとて、霊肉一致の天則を忘れ、神の生宮たる肉体を塵埃の如く、鴻毛の如くに軽蔑するは、生成化育の神の大道に違反する事最も甚だしきものなれば、この教にして天下に拡充せられむか、地上の生物は残らず邪神の為に滅亡するの已むを得ざるに至るべく、また婆羅門教には上中下の三段の身魂の区別を厳格に立てられ、大自在天の大祖先たる大国彦の頭より生れたる者は、如何なる愚昧なる者と雖も庶民の上位に立ち、治者の地位に就き、又神の腹より生れたる者は、上下生民の中心に立ち、準治者の位地を受得して、少しの労苦もなさず、神の足より生れたりと云ふ多数の人民の膏血を絞り、安逸に生活をなさむとするの教理なり。多数の人民は種々の難行苦行を強ひられ、体は窶れ或は亡び、怨声私かに国内に漲り、流石の天国浄土に住み乍ら、多数の人民は地獄の如き生活を続くるの已むを得ざる次第となりける。邪神の勢は益々激しく、遂にはフサの国を渡り、印度の国迄もその勢力範囲を拡張しつつありしなり。 太玉命は、安彦、国彦、道彦を伴ひ、顕恩郷の東南を流るる渡場に着きぬ。此処には鳶彦、田加彦、百舌彦の三柱の魔神、捻鉢巻をし乍ら、他国人の侵入を防ぐため、河縁に関所を設けて堅く守り居る。 太玉命『ヤア三人の伴人よ、昔此河を渡つた時は、何とも言へぬ清らかな流れであつたが、ウラル山、アーメニヤの悪神は一旦常世の国に逃げ去り、再び顕恩郷に潜かに現はれ来つて、婆羅門教の邪教を開き始めてより、吹き来る風も腥く、山河草木色を変じ、河の流れも亦血泥の如くなつて了つた。吾々は素盞嗚尊の御神慮を奉じ、メソポタミヤの野をして再び秀穂国の楽園に復帰せしめねばならぬ重大なる使命を帯びて来れる以上は、仮令如何なる魔神の襲ひ来る共、一歩も退くことは出来ない、汝等もその覚悟を以て当られたし。彼の河縁に建てる宏大なる館は、正しく魔神の関所ならむ、汝等三人の内、偵察のため一足先に至つて関所の悪神と交渉を開始し、事急なるときは、合図の笛を吹け、それまで吾等は此森林に身を潜めて事の成行を窺はむ』 と、太玉命の言葉に、道彦は勇み立ち、 道彦『憚り乍ら、道彦に此御用を仰付けられたし』 と願ひければ太玉命は、 太玉命『御苦労だが、一足先に探険して呉れよ』 道彦『承知致しました』 と道彦は宣伝歌を歌ひつつ、河縁の関所を指して悠々と進み行く。ピタリと行当つた関所の大門、道彦は大音声、 道彦『ヤア、この顕恩郷は昔、日の出神が南天王と称して支配され、その後鬼武彦その他の神々南天王となつて永久に大神の命を受け守護せられたる聖地なり。然るに何者の邪神ぞ、顕恩郷を占領し且又この河縁に関所を造るか、一時も早く此門開け、吾は三五教の宣伝使道彦であるぞ』 と門戸を破れむばかりに打叩く。此時門の外の樹の茂みより現はれ出でたる三人の男、鋭利なる手槍をしごき、三方より道彦を取りかこみ、眼を怒らせ、身体をブルブルと震動させつつ、 三人『ヤア、汝は三五教の宣伝使なるか、飛んで火に入る夏の虫、吾槍の切尖を喰へよ』 と三人一度に突いてかかるを、道彦は、或は右に、或は左に、前後左右に、槍の切尖を避け、一人の槍をバタリと叩き落した。一人は驚いて矢庭に河に飛びこみ、対岸に遁れ去つた。ここに道彦は其槍を手早く拾ひあげ、 道彦『サア来い、蝿虫奴等』 と身構へするや、其勢に辟易してか、二人の男は槍をバタリと大地に投げ棄て、犬突這となつて、 甲、乙『ヤア、どうも恐れ入りました。重々の御無礼お許し下さいませ』 と泣声になつて謝罪る。 道彦『其方は婆羅門の眷属と見ゆるが、何故に斯かる邪神に信従するか、委細包まず白状せよ』 百舌彦『実の所、吾々は常世の国より大国別の部下なる玉取別に従ひて、荒海を渡り、埃及の地に現はれ、追々進んで此顕恩郷の門番となり、少しの過失より罰せられて遂には河の関所守となりました。決して旧よりの悪徒ではありませぬ』 道彦『然らば汝等は顕恩郷の様子を悉皆存じ居るであらう。これより三五教の吾々を顕恩郷の城砦に案内致せ』 百舌彦『そ、それは到底吾々の力には及びませぬ、グズグズして居れば吾々は申すに及ばず、あなた方の御生命も危からむ、此儀ばかりは御容赦下されたし』 道彦『ナニ心配をするな、神変不可思議の三五教の神力を以て如何なる曲津の敵も言向和し、この顕恩郷をして再び古の天国楽土となさしめむ、必ず必ず煩慮するに及ばぬぞ』 田加彦『オイ百舌彦、コンナ方を顕恩郷へでも連れて行つた位なら、それこそ大変だ、鬼雲彦の大神様に、「汝は顕恩郷の厳しき規則を蹂躙する大罪人だ」と云つて、又もや真裸にされて、針の雨の御制敗に逢はねばならぬ、ウカウカと物を言ふものではない。もうしもうし三五教の宣伝使様、ここは一つ御思案下さいまして、双方好い様に何とか良い解決を付けて戴きたいものです。今河に飛込んで対岸に渡つた男は、鬼雲彦の真のスパイを勤めて居る悪人ですから、数多の眷属や、スレーブを引きつれ、今に如何なる事をし出かすかも分りませぬ、さうして大変に力の強い奴、顕恩郷でも名代の豪の者です。今あなたに槍を持つて攻めかかり、ワザと敗けた振をして、槍を打棄てたのも、深き計略のあること、あなた方を顕恩郷に引き入れて、嬲り殺にしやうと云ふステージに外ならぬのです。私も彼奴の目玉の光つて居る間は逃げる事も、どうする事も出来なかつた。あなたがお出で下さつたのを幸ひ、顕恩郷を脱出して、どうぞフサの都へ連れて行つて下さい。常世の国にも三五教は沢山に弘まつて居りますが、今日の所はみな隠れての信仰、表面はウラル教の信者と見せかけ、吾々も無理やりに此処へ引き寄せられ、河番を致しては居りますが、その実は三五教の信者で御座います。ウラル教は極端な体主霊従主義で、常世神王や、その他の神々が、黄泉比良坂の戦ひに全部帰順し、夫々御守護に就かれてから後は、大国彦の子孫たる大国別が、何故か又もやバラモン教と云ふ怪体な宗教を開き、表面は三五教の信条の如く霊主体従を標榜し、数多の人民の肉体を傷つけ血を出させて、それが信仰の本義と、すべての者に強ひるのですから堪つたものではありませぬ。けれども何にも知らぬ人民は後の世が恐ろしいと云つて、肉体が如何なる惨虐な目に遭はされても辛抱して喜んで居ると云ふ有様、私等は一向トント合点が往きませぬ、鬼か大蛇か悪魔の様な神様じやないかと、何時も胸に手をあて考へては居るものの、一口これを口ヘ出さうものなら、それこそ大変な事になりますので腹の中に包み秘して、已むを得ずこの河番を致して居ります。幸ひ鳶彦が帰りました、この間に吾々二人を伴れて、どつかへ御逃げ下さい。大変なことがオツ始まりますから………』 道彦『ナアニ、吾々は神の御守護がある、又三人の神徳強き宣伝使を同行し居れば、大丈夫だ、心配致すな』 百舌彦『三人のお方は何処に居られますか、どうぞ一時も早くこれへお越しを願ひたう御座います。グズグズ致して居ると鳶彦の奴、今にドンナ事を為向けて来るか分りませぬから………』 道彦は合図の笛を吹いた。太玉命外二人は合図の笛にスワ一大事の突発と、急いで此場に現はれた。河の彼方には騒々しい人声次第々々に高まり来る。 (大正一一・三・三一旧三・四松村真澄録) 此日大先生御吹込の蓄音器円板到着、夕礼拝後五六七殿に於て参拝者一同に拝聴せしむ。 (昭和一〇・三・一八於台中市高橋邸王仁校正) |
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霊界物語 | 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 | 05 五天狗 | 第五章五天狗〔五七二〕 天津御空はドンヨリと薄墨を流せし如き光景に引換へ、青葉茂れる大野原を三五教の宣伝使、治まる御世も安彦や、栄え久しき松の五六七の国彦や、聖き教の道彦は、口から先に生れたる百舌彦、田加彦伴ひて、とある川辺に着きにけり。 安彦『ヨー又此処は一途の川だ。此前に来た時は、大変に清潔な水が淙々として流れてゐたが、夕立もせないのに今日は又如何した拍子の瓢箪やら、素敵滅法界な泥水だ。此の川を少しく上れば松並木があつて、其の根下に二間造りの瓦葺きの立派な婆の館がある筈だ。のう道彦、貴様も未だ記憶に残つて居るだらう』 道彦『夢だつたか幻だつたか判然せないが、二人の婆が、鋭ぎすましたる出刃庖丁を振上げて、前後左右より斬つてかかりよつた時のシーンは、今思ひ出しても慄とするよ。移り替はるは浮世の習ひ、此の清潔な一途の川でさへも、泥川と変化した今日だから彼の鬼婆だつて、さう何時迄も同じ所に固着してゐる筈はなからう。遠の昔に磨滅して了つて影も止めず、訪ふ者は川風の音、波の響位なものだらうよ。さう心配するには及ばぬさア』 安彦『誰が心配をして居るものか。今度は彼の婆が居つたら、一つ掛合つて見ようと思うのだ。なア国彦、お前は未だ経験が無いから、非常に恐ろしい鬼婆だと思うであらうが、それはそれは素敵滅法界な美人だよ。花の顔色、月の眉、スノーの膚、言ふに言はれぬ逸物だ。年は寄つたと言つても未だ残りの色香も失せない姥桜、手折る可き価は確にアリソの海だ。深い契を結び昆布、俺とお前と二人の仲は、二世も三世も先の世かけて、一途の川の涸れる迄、たとへ大地は沈むとも……とノロケテ、現を脱かすやうな別嬪だ。安彦、道彦の両人が仲人をして一つ合衾の式を挙げさしてやりたいものだよ』 国彦『莫迦にするない、モウ忘れたか。俺も貴様と一所に探険したではないか。俺だつて未だ三十男の花の盛りだ。散りかかつた姥桜を女房にせよとは、あまり男を軽蔑するにも程がある。男が四十で女が三十ならば、些とはハーモニーも取れるであらうが、十余りも老うとると云ふ様な女房は御免だよ。女旱りも無い世の中に、あまり冷笑して呉れるない。アヽ何となく身体中がぞうぞうして来た。何うやら娑婆の空気とは見当が違ふやうだ。一体此処は何国の何と云ふ所だらう』 安彦『エデンの河の渡場で船を濁流に流して、河中に衝立つた岩石に船を打当て、木葉微塵に砕いた結果、濁流漲る水底に暫時蟄居したと思つたら、何時の間にかコンナ大野ケ原を横断し、又もや一途の川の岸辺に着いたのだ。吾々一同は一旦土左衛門となつて、冥途の旅を今やつてゐるのだ。四辺の状況が違ふのも当然だよ』 国彦『困つたことだなア。併し好い死時だ。可愛い女房も無ければ子もなし、別に娑婆に執着心も無いのだから、何うだ一つ奮発して幽冥界を跋渉し、宣伝歌でも歌つて三途の川の鬼婆や、数多の鬼共を片端から言向和し、聴かぬ奴は笠の台を縦横無尽にチヨン斬つて、地獄開設以来のクーデターを開始してやらうではないか。エーンアーン』 安彦『猛烈な勢だなア、併し乍ら今から喇叭を吹くと、先へ往つてから原料が欠乏して了うよ』 国彦『ナーニ旧は与太彦と云つた此方だ。俺の言つたことは決してノンセンスでは無い。深遠微妙の意味が含んでゐるのだ。マア細工は粒々仕上げを見て下されよ。開いた口が閉まらぬ、牛糞が天下をとるのは今度のことであるぞよ。世界の人民改心致されよだ』 安彦『又汽笛を吹き出しよつた。コンナ奴と道連れになると騒がしくて烏も燕も雀も百舌鳥も、みな逃げて了ひよるから、幽界旅行も面白く無いワイ。好い加減に沈黙せぬかい』 国彦『乃木将軍の猛烈なる攻撃に会ひ、南山の砲台は漸く沈黙したが、二百三高地の与太彦砲台は仲々以て容易に沈黙せない。一度生命をステツセルの吾々、旅順口の片顋がむしられようとも、さうやすやすと休戦の喇叭は吹かないから、其の積りで貴様達も吾輩に従軍するのだ。一途の川の二人婆の館まで突貫々々。全隊進め、一二三四五』 と自分一人、人員を数へ乍らコムパスに油をかけて、急足滑車を走らせた。安彦、道彦、田加彦、百舌彦は一斉に手を揚げ、声を限りに、 四人『オーイオーイ』 と呼び止める。国彦は耳にもかけず尻ひつからげて、トントンと驀地に婆の館を指して走り行く。勢余つて半丁ばかり通り越して了ひ 国彦『ヨー国彦サンの御威光に恐れてか、一途の川の二人婆も共に何処とも無く煙散霧消の大惨事とけつかるワイ。それにつけても安彦、道彦その他の足弱共、何を愚図愚図してゐるのだらうか。大方此風に吹き飛ばされて、夏の蚊が夕立に逢うたやうに木の葉の裏に、しがみついてゐよるのだらう。アヽ弱虫だなア』 と得意になつて、モノログを囀つてゐる。此声を聞いてか、松の根下の小屋の中より渋紙のやうな手を出し、皺枯れ声を出して、 婆『オーイオーイ』 と招く婆の声、 国彦『ヤーあまり馬力をかけ過ぎたので、婆の家を見落したと見えるワイ。ナアンダ、安彦の言つたのとは余程年の寄つた穢い婆だ。大方彼奴の娘の中婆のことだらう。ナンデモ二人の婆だと云ふから一人の方は若い奴に違ひない。どうれ、首実検と出掛けてやらうかい』 と又もやテクテクと松の下の川縁の小屋を指して引返し来たり、門口を三つ四つ打叩き乍ら、 国彦『吾こそは音に名高き与太彦ドツコイ国彦の宣伝使、眼涼しく眉秀で、鼻筋通り口元凛として苦味を帯び、英気に充ちたる古今無双のヒーロー豪傑、一途の川の渡守を致す鬼婆の娘の中婆、天下の人民を救け、幽界の身魂を救ふ三五教の宣伝使だ。何時迄も斯様な所に燻つて霜枯れ近き無味乾燥なる生活を致すより、国彦サンと手に手を握つて死出三途は申すにおよばす、地獄の釜のドン底迄探険と出掛けたら如何だ。併し乍ら中婆の四十女に限るぞ。皺くちや婆は真平御免だ』 と妙な手振り、足つきし乍ら戸の外に踊つて居る。中より十七八歳の優しき女の声、 女『何れの方かは存じませぬが、能くマアこの茅屋を御訪ね下さいました。御供の衆がございませう、何卒一度に御這入り下さいませ』 国彦『イヤーナンダ。この茅屋を能う御訪ね下さいましたナンテ、四十女どころか、十七八歳の優しい鈴虫のやうな、味はひのある玉の御声、これだから旅はよいもの、辛いもの、辛いと思へばコンナ好いことがある。それに就て迷惑千万なのは、安彦、道彦其他の道連れだ。声の色から考へても、古今無双の逸物と見える。美人か、お多福か、婆か、娘かと云ふことは声の色に現はれてゐるものだ』 と呟き乍ら、武者窓からソツと窃むやうに覗いて見た。娘は濡れ烏のやうな髪を結ひ窓の方を背にしてゐるから、その容貌はしかとは分らぬが、其の姿勢の何処となく優美なるに肝を潰し、 国彦『アーア成るは嫌なり、思ふは成らずだ。冥途へ来てもコンナ奴が居るのならば、娑婆よりも幾何か楽みだ。娑婆に居つた時には、お多福の奴に肘鉄の乱射に会ひ男を下げて自暴腹になり、終には宣伝使にまでなつたが、冥途と云ふ所は、ナントしたマア好い所だらう。夢ではあるまいか……アー矢張り夢でも現でも無い、擬ふ方なき美人の姿、コンナ女をスウヰートハートとするのは、男として別に恥づることは無い。先方の奴屹度俺の顔を見て目を細くしよつて、此の国彦サンにラブするは請合ひの西瓜だ。皆の奴が出て来るまでに一つ交渉をやつて見ようかナア』 安彦、道彦外二人は、国彦の後を追うて走り来たりしが、其辺は何となく俄に暗くなり、ナンダか途の真中に横はる影がある。 安彦『オイオイ三人の連中、ナンダか此処に妙な者が横はつてゐる。どうだ一つ貴様の金剛杖を貸して呉れ。こづいて見るから』 と言ひ乍ら、俄造りの節だらけの杖を百舌彦の手より引奪り、力を籠めて乱打する。 国彦『アイタヽヽアイタヽヽ痛いワイ痛いワイ、貴様は可愛らしい娘に似合はぬ酷い奴だ。ソンナ節だらけの杖を以て此色男を打擲するとは何事だ。コリヤ婆、貴様も一つ挨拶をせぬかい。娘に斯様な乱暴を働かして置いて、親の役が済むか。これでも一途の川の渡守か』 安彦『オイオイ国公、ナンダ、此闇黒に横になりよつて、ナニ寝言を言つて居るのだ、しつかりせぬかい』 国彦『ヤー貴様は安彦ぢやないか、娘の癖に俺を打擲しよつた。貴様一つ仇を討つてくれないか』 安彦『莫迦、恍けない』 と云ひ乍ら二つ三つ背中をウンと言ふほど叩きつける。国彦は漸く起き上り、 国彦『アーア妙だ、冥途へ来てからでも夢を見るものかなア』 安彦『定つたことだ。世の諺にも幽冥に夢見る心地と云ふことがある。ワハヽヽヽ』 小屋の中より婆の声、 婆『コラコラ此前に出てうせた二人の耄碌、出刄の合戦が未だ残つて居るぞ、サア此処で引返して尋常に勝負を致せ』 安彦『オー貴様はホシホシ婆だな。蛙の日干のやうな面をしよつて、何時迄も何時迄も此の茅屋に腐り鰯が網に附いたやうに平太張りついてゐよるのか、粘着性の強い婆だな』 婆『定つたことだい、粘着性が強い婆だよ。貴様もモー此処へ黐桶に足を突込んだやうなものだ。黐に蝿がとまつたも同然、一寸でも動けるなら、サア動いて見よ。今貴様等の身体に電気をかけてやるから』 と云ひ乍ら、柱に装置せる握手をグイグイと押した。五人は適度に間隔を置いて円形を画き、クルクルと舞ひ乍ら、陸地を離れて次第々々に中空に昇り行く。 国彦『ヤー文明の利器と云ふ悪戯者がコンナ所まで跋扈しよつて、亡者の身体を中天に捲き揚げるとは面白い。ヤイ婆の奴、モツトモツトハンドルを押して、俺を此儘天国まで上げるのだよ。無形の空中エレベーター式だ。面白い面白い、天国へ往つたら貴様の功に免じ、蓮の台に半座を分けて待つてゐてやらう。併し乍ら皺くちや婆は此限りに非ずだ。若い奴若い奴』 と呶鳴り乍ら、次第々々に中空に捲き揚げられた。天上に捲き揚げられたる五人の男は上空の烈風に煽られ空気稀薄のため、殆ど息も絶えなむ許りの苦痛を感じた。五人は一時に声を振り絞り、 五人『オーイオーイ、一途の川の婆アサン、ヤーイ、マア一度元の場所に降して呉れ。オーイオーイ』 と叫んで居る。婆の声は蚯蚓の泣くやうに幽かに聞えて来た。 婆『三五教の宣伝使及び二人の馬鹿者共、胴体無しの烏賊上り、宣伝使たるの貫目は全然ゼロだ。元の所にをり度くばモー少し汝が身魂に重味を附けよ。さすれば自然に元の所に下り来るだらう。塵芥の如き軽々しき薄片な魂を以て大地を闊歩するとは分に過ぎたる汝の振舞、蚊、蜻蛉にも均しき蝿虫奴等、今レコード破りの大風が吹くぞ、風のまにまに太平洋か印度洋のごもくとなつて鱶の餌食になつたがよからう。アハヽヽヽ、オホヽヽヽ』 と千切れ千切れに半ば毀損した遠距離電話のやうに聞えて来た。五人は風の波に漂ひ乍ら互に堅く手を握り、右に左に上に下に縦になり横になり、頭が下になり上になりしつつ、ふわりふわりと何処ともなく風のまにまに散り行く。 忽ち空中に電光閃き雷鳴轟き渡ると見るまに、電気に打たれた如く五人は手を繋いだ儘、鳥も通はぬ山中に矢を射る如く一直線に落下するのであつた。フツト気が附けば高山と高山の谷間を流るる細谷川の細砂の上に、五人は枕を列べて横はつてゐたのである。 これは妙音菩薩がエデンの河の河下にて漁夫と変じ、五人の男を網を以て救ひ上げ、息を吹きかけコーカス山の大天狗をして空中に引掴み、メソポタミヤの北野山中に誘ひ来り、谷川の砂の上にどつかと下ろして自らは密にコーカス山に立帰つたのである。 嗚呼奇びなる哉、神のはたらき、 嗚呼有難き哉、大神の救ひよ。 (大正一一・四・一旧三・五外山豊二録) |
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霊界物語 | 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 | 08 ウラナイ教 | 第八章ウラナイ教〔五七五〕 安彦、国彦、道彦の宣伝使を始め、田加彦、百舌彦の五人は、此広き館の門前に佇み内部の様子を耳を澄ませて聞き居たり。 フト表門を眺むれば、風雨に曝された標札に幽に『ウラナイ教の本部』と神代文字にて記されてある。安彦は覚束なげに半剥げたる文字を読み、 安彦『ヤア此奴は、ウラル教と三五教を合併した変則的神教の本山と見える哩、それにしても最前の女の声、何となく聞き覚えのある感じがする。ハテなア、オー百舌彦、田加彦、汝はそつと此塀を乗り越え、中の様子を探り吾等の前に報告して呉れ』 百舌彦、田加彦は嬉し気に打ち諾き、木伝ふ猿か、小蟹の蜘蛛の振舞逸早く、ヒラリと塀を飛越えて、庭先の木の茂みに姿を隠し、様子を窺ひつつありき。 ウラナイ教の教主と見えて、ぼつてり肥た婆一人、雑水桶に氷のはつたやうな眼をキヨロつかせながら中央に控へて居る。七八人の宣伝使らしき男女は、孰れも白内障か、黒内障を病んだ盲人の如く、表面眼はキロキロと光りながら、何も見えぬと見えて手探りして巨大なる丼鉢に麦飯薯蕷汁を多量に盛り、ツルリツルリと吸うて居る。二人の薬鑵頭の禿爺は、頻りに摺鉢に山の薯を摺つて居る。これも何うやら盲人らしく手探りしつつ働いて居る。二人は此光景を見やり、 田加彦『オイ百舌公、此処の奴は何奴も此奴も皆盲人ばかりだと見える。大きな丼鉢に麦飯薯蕷汁をズルズルと啜つて居るぢやないか、俺達も之を見ると俄に胃の腑の格納庫が空虚を訴へ出したよ。どうだ、盲を幸ひにそつと一杯頂戴して来ようぢやないか』 百舌彦は、 百舌彦『ソイツは面白からう』 と言ひながら、のそりのそりと足音を忍ばせ一同の前に現はれ、素知らぬ顔して控へて居る。禿爺は丼鉢に麦飯薯蕷汁を盛り、 爺『サアサアお代りが出来ました、高姫サン』 とニウツと突き出す。高姫と云ふ中年増のお多福婆は機械人形のやうに両手を前にさし出した。折も折百舌彦の面前に突き出した丼鉢を百舌彦は作り声をしながら、 百舌彦『ハイ、これは御馳走様、もう一杯下さいな』 爺は丼鉢を百舌彦に渡し、 爺『よう上る高姫サンぢや』 と小声に呟きながら又探り探り台所の方に帰り往き、一生懸命に薯を摺つて居る。 高姫『コレ松助、何処に置いたのだえ、早く此方へ渡して呉れないか』 松助は耳遠く盲と来て居るから、何の容赦もなく一生懸命に鼻を啜りつつ薯を摺つて居る。彼方にも此方にもミヅバナを啜るやうな声が、ずうずうと聞えて居る。 百舌彦、田加彦は、丼鉢の両方より噛みつくやうに腹が減つたまま、ツルツルと非常な吸引力で、蟇蛙が鼬を引くやうに大口開けて呑み込んだ。此時松助は又探り探り麦飯に薯蕷汁を掛た大丼鉢を、足許覚束なげに、川水の中を歩くやうな体裁で、 松助『サアサア高姫サン、お代りが出来ました』 田加彦は又もや作り声をして、 田加彦『アア松助、御苦労であつた。もう一杯お代りを頼むよ』 松助『ハイハイ、もう薯のへたばかりじやが、それでも宜しければお上りなさいませ』 と面膨らし、部屋に引返す。高姫は、 高姫『コラコラ松助、未だ持つて来ぬか、何処へ置いたのだい』 田加彦、百舌彦は矢庭に一杯を平げた。傍に十数人の盲人は、丼鉢を前に据ゑ、一口食つては下に置き楽しんで居る。 百舌彦は甲の丼鉢をソツと乙の前に置き、乙の丼鉢を丙の前に置き、丙の丼鉢を高姫の前にソツと据ゑた。 甲『まだ半分余りはあつた積りだに何時の間に此様に減つて仕舞つたらう、オイ貴様俺のを一緒に平げて仕舞つたな』 乙『馬鹿を云ふな、俺の丼鉢を何処かへやりよつたのだ。自分は一人前平げて置いて未だ他人のまで取つて食うとは、余りぢやないか』 と互に盲人同志の喧嘩が始まつた。十数人の盲人は、取られては一大事と丼鉢を堅く握り、下にも置かず、ツルツルズルズルと吸うて居る。田加彦は、火鉢の灰を掴んで、盲人の丼鉢に一摘みづつソツと配つて廻つた。 甲乙丙丁『ヤア何んだ、この丼鉢の………俄に薯蕷汁の味が変つたやうだ。他人が盲人だと思つて馬鹿にしよるナ、誰か灰を入れよつたわい』 百舌彦『ハイハイ、左様々々』 高姫『ヤヽ、誰か声の違ふ奴が来て居るらしい、オイ皆の者気をつけよ、何だか最前から怪しいと思つて居た。俺は最前から盲人の真似をして居れば、何処の奴か知らぬが、二人のヒヨツトコ野郎奴、要らぬ悪戯をしよつた。サアもう了見ならぬ、家の爺が酷い肺病で、此処に薯蕷汁によう似た痰が一杯蓄へてある。之を食つてサツサと出て失せ』 百舌と田加は頭を掻きながら、 百舌彦、田加彦『ヤア、そいつは御免だ』 高姫『御免も糞もあつたものか、ヤアヤア長助、伴助、二人の者を縛つて了へ』 長助、伴助『畏まつた』 と次の間より、現はれ出でたる大の男、出刃庖丁を振り翳し、二人に向つて迫り来る。高姫も眉を逆立て、出刃庖丁を逆手に持ち、三方より二人に向つて斬つてかかる。百舌彦、田加彦は丼鉢を頭に被りトントントンと表を指して逃出す。百舌彦の被つた丼鉢には爺の吐いた痰が一杯盛つてあつた。頭から痰を一ぱい浴びたまま、スタスタと表を指して駆け出す。二人の荒男は大股に踏ん張りながら二人の後を追ひかけ来り、澪れた痰につるりと辷つて、スツテンドウと仰向けに倒れた。 高姫は出刃を振り翳しながら表に駆け出で、二人の荒男に躓き、バタリと転けた機に長助の腹の上に出刃を突き立て、長助はウンと一声七転八倒、のた打ち廻る。忽ち館の中は大騒動がおつ始まりける。 田加彦、百舌彦は一生懸命に駆け出し、道端の溜り池にザンブと飛込み、痰を洗ひ落さうとした。此水溜は数多の魚が囲うてある。鼬や川獺の襲来を防ぐために柚の木の針だらけの枝が一面に投げ込んであつた。二人はそれとも知らず真裸となつて飛込み柚の木の針に刺されて身体一面に穴だらけとなり辛うじて這ひ上りメソメソ泣き出してゐる。 婆は眉を逆立て二本の角を一寸許り髪の間より現はしながら此場に現はれた。二人が姿を見て心地よげに打ち笑ひ、蹌跟く機に又もや池の中にザンブと斗り落ち込み、 婆『アイタタアイタタ』 と婆々が悶え苦しむ可笑しさ、二人は真裸のまま、 百舌彦、田加彦『態ア見やがれ』 と云ひつつ足をちがちがさせ田圃道を走つて往く。安彦、国彦、道彦の三人は素知らぬ顔して宣伝歌を歌ひつつこの池の傍を通り過ぎむとするや、池の中より高姫は掌を合し、頻りに助けを呼んで居る。三人の宣伝使は気の毒さに耐へ兼ね、漸くにして高姫を救ひあげた。高姫は大に喜び三人に向つて救命の大恩を感謝したりける。 此時逃げ去つた百舌、田加二人の男は真裸の儘慄ひ慄ひ此場に現はれ来り、 百舌彦、田加彦『モシモシ宣伝使様、寒くつて耐りませぬワ、何うぞウラナイ教の婆アサンに適当な着物を貰つて下さいな。ナア婆アサン、お前も宣伝使のお蔭で命拾ひをしたのだから着物位進上なさつても安いものだらう』 安彦『ヤア吾々は着物の如きものは必要が御座らぬ。平にお断り申します』 国、道『吾々も同様、衣服なんか必要が御座らぬ』 百舌彦『エヽ気の利かぬ宣伝使だな、此処に二人も着物の要る御方が御座るのが目につきませぬかい』 道彦『吾々はウラナイ教の信者になつたと見え、薩張明盲人になつて仕舞つたよ。アハヽヽヽヽ』 高姫『お前等は、ノソノソと吾が座敷に這ひ込み、薯蕷汁を二三杯もソツと横領して喰ひ、其上大勢の盲人を附け込み、薯蕷汁の中に灰を掴んで入れた不届きの奴ぢや、着物をやる処ぢやないが、併し生命を救けてもらつた其お礼として、長公、伴公の死人の着物を呉れてやらうか』 道彦『これやこれや、貴様等二人は薯蕷汁を盗み食つたのか』 百舌彦『ハイ、トロロウをやりました。其代り酷い目に遭つたんぢや、汚い物を頭に被つたんぢや。盲人を瞞して薯蕷汁を多量食つたんじや、それから長公伴公に追ひかけられてタンタンタンと一生懸命逃げたんじや。門口で長公伴公が転倒つたんぢや、其処へ婆が飛んで来て転けたんぢや、倒けた拍子に長公のどん腹を突いたんぢや、二人は一生懸命、痰の体を清めんと溜池に矢庭に飛込んたんぢや、柚の針に身体を突かれて痛かつたんぢや、たんたんと立派な着物を頂戴致し度いもんぢや、なア田加たん』 道彦は吹き出し、 道彦『アハヽヽヽ、身魂の汚い奴ぢやなア、貴様は之から改心を致してウラナイ教の盲人仲間に入れて貰うと都合がよからう。モシモシお婆アサン此等二人は三五教の教理は到底高遠にして体得する事は出来ませぬ、善とも悪とも愚とも訳の分らぬ半ドロ的の人間ですから、ウラナイ教の宣伝使にでもお使ひ下さらば最も適任でせう』 婆『それはそれは誠に有難い御仰せ、ウラナイ教の宣伝使には至極適当の人物、幾何で売つて下さいますか』 道彦『サア、ほんの残り者の未成品もので御座いますから、無料にまけて置きます。米や麦を食べさして貰うと胃を損ねますから、身魂相当に鰌や蛙で飼うてやつて下さい、アハヽヽヽ』 婆『オホヽヽヽ』 (大正一一・四・一旧三・五加藤明子録) |
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霊界物語 | 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 | 09 薯蕷汁 | 第九章薯蕷汁〔五七六〕 千早振る遠き神代のその始め、神の教に背きたる、天足彦や胞場姫の、醜の身魂の凝結し、八岐大蛇や、金毛九尾白面の悪狐となつて、天地の水火を曇らせつ、常世の国に現はれし、常世彦や常世姫、盤古大神の体に宿りて世を乱し、一度は神の御教に、服ひ奉り真心に、立帰りしも束の間の、いや次々に伝はりて、ウラル彦やウラル姫の、又もや体に宿りつつ、天地を乱す曲業の、力も失せて常世国、島の八十島八十国の深山の奥に立籠り、人の身魂を宿として、バラモン教やウラナイの、教を樹てて北山の、鳥も通はぬ山奥に、数多の魔神を呼び集へ、ウラナイ教と銘打つて、又もや国を乱し行く、其の曲業ぞ由々しけれ。 館の主高姫は、安彦、国彦、道彦の宣伝使に危難を救はれ、感謝の意を表はし館に迎へ入れて、鄭重に饗応せむと強て一行を迎へ入れた。 一行五人は美はしき一室に招ぜられ、手足を伸ばし悠々として寛いでゐる。高姫は此の場に現はれ、 高姫『コレハコレハ三人の宣伝使様、能うマア危き所を御救け下さいました。これと云ふも全く妾が日頃信仰するウラナイ教の御本尊大自在天様の御引合せでございませう。神様は三五教の宣伝使に憑依つて、妾の危難を御救ひ下さつたのです。謂はば貴方等は神の御道具に御使はれなさつただけのもの、貴方の奥には大自在天様が御鎮まりでございます。誠に以て御道具御苦労でございました。何もございませぬが悠々と御あがり下さいませ』 と言ひ棄てて徐々と次の間に姿を隠した。 国彦『ナンダ、怪体な挨拶じやないか。われわれは三五教の教理に依つて、敵を敵と致さず生命を的に危険を冒して救つてやつたのだ。それに何ぞや、大自在天の御道具に使はれなさつたなぞと、減ず口を叩きよつて何うも宗旨根性と云ふものは、何処迄も抜けぬものとみえるワイ』 道彦『マアマア何うでも好いぢやないか。彼奴を片端から三五教に兜を脱がしさへすれば好いのだ。何でも好いから言はすだけ言はして置けば、腹の底が自然に解つて来る。さう言葉尻を捉へて、ゴテゴテ言ふものでは無い。洋々たる海の如き寛容心を以て衆生済度に掛らねば、彼れ位なことに目に角を立てて鼻息を喘ますやうなことでは、到底宣伝使どころか、信者たるの価値さへもないと云つても然りだよ』 斯く話す折しも以前の高姫は、縁の欠けたる丼鉢に麦飯を盛り、粘々したものをドロリとかけ、三人の小間使に持たせて入り来り、 高姫『コレハコレハ皆サン、ご苦労でございました。山家のこととて何か御構ひを致さねばなりませぬが、麦飯に薯蕷汁が出来ました。これなりとドツサリ御あがり下さい。俄の客来で沢山の鉢の中から探しましたが、縁の欠けたのは漸く三つよりございませぬ。二人の御供は最前ソツとあがれとも音はぬのに、喜三郎をなさいましたから、どうぞ辛抱して下さいませ。貴方等に出すやうな器は漸う三つ見つかりました。後は立派な完全無欠の器ばつかりでございます。この様に見えても痰なぞは滅多に混入してゐる気遣ひはございませぬ。どうぞタントタント御あがり下さいませ。オホヽヽヽヽ』 と厭らしき笑ひと共に、白い出歯をニユツと出し、のそりのそりと又もや元の居室に姿を隠しける。 国彦『われわれを飽く迄侮辱しよる怪しからぬ奴だ。恰で一途の川の二人婆のやうな面をしよつて、モー堪忍袋の緒が切れた』 と云ひ乍ら、丼鉢の麦飯とろろを座敷一面に投げつける。座敷はヌルヌルととろろの泥田のやうになつて了つた。 又もや二人分の丼鉢を次の室に投げ付け、次の室も亦とろろの泥田となつた。 国彦『さアこれで溜飲が下つた。婆の奴滑り倒けよると一層御愛嬌だがナア』 安彦『オイ国彦、貴様は乱暴な奴だナア。三五教の宣伝使が喧嘩を買うと云ふことがあるものか、如何なる強敵に向つても飽く迄無抵抗主義で、誠で勝つのだよ。ナント云ふ情無いことをして呉れるのだ。今日限り破門を致すから、さう心得ろ』 国彦『それだから三五教は腰抜け教だと云ふのだよ。貴様の方から破門する迄に、こちらの方から国交断絶だ』 と自暴糞になり、捻鉢巻となつてドンドンと四股を踏み鳴らし、荒れ狂ふ此の物音に驚いて、高姫を始め数人の男女此場に現はれ、 高姫『コレハコレハ三五教の宣伝使様、誠に御立派な御教理には感心致しました。口では立派なことを仰有るが、其の行ひは一層見上げたもの、人の座敷に泊り乍ら、吾々一同が心を籠めた御馳走を座敷一面に撒き散らし襖を蹴倒し、障子の骨を折り、イヤもう乱暴狼藉、実に立派な御教理には、ウラナイ教の吾々も、あまり感心の度が過ぎてアフンと致します。開いた口が閉まりませぬ。三五教の御教通り手も足も踏込む所がございませぬ。オホヽヽヽヽ。コレコレ皆の者ども、この宣伝使様の立派な御教をお前達は、能く腹へ入れて置くがよいぞや』 もう一人の婆は口を尖らし、 婆『コリヤお前達は三五教の宣伝使だと云つて偉さうに天下を股にかけて歩く代物だらう。大方三五教は斯んな行ひの悪い宗教だと思つて居つた。やつぱり人の風評は疑はれぬワイ。屹度変性女子の世の乱れたやり方を見倣うて、其処中をとろろドツコイ泥だらけに穢して歩く悪の御用だらう。素盞嗚命は天の岩戸を閉める役だと云ふことだが、悪も其処まで徹底すれば反つて面白い。このウラナイ教は斯う見えても立派なものだぞ。変性男子の生粋の教を守つとるのだぞ。三五教も初めは変性男子の教で立派なものだつたが、素盞嗚命の身魂の憑つた肉体が出て来て、人の苦労で徳を取らうとしよつて、変性男子を押込めて世の乱れた行り方の、女子の教が覇張るものだから三五教もコンナ悪の教になつて了つたのだ。三五教の奴は二つ目には、ウラル教が何うだのバラモン教が悪だのと、お題目のやうに仰有るけれど、今の宣伝使の行ひは何うぢやな。これでも善の立派な教と云ふのかい。この高姫も元は変性男子の御血筋の肉体だ、日の出神の生宮ぢや。竜宮の乙姫さまもチヨコチヨコ御出でになつて、体主霊従国の悪神の仕組を、すつかりと握つてござるのぢや。変性女子と云ふ奴は胴体無しの烏賊上り、三文の大神楽のやうに頤太ばつかり発達しよつて、鰐のやうな口を開けて、其方此方の有象無象を噛んだり、吐いたりする大化物だ。お前達は其の大化物を神様だと思つて戴いて居る小化物ならよいが、小馬鹿者の薄馬鹿者だよ。これからちつとウラナイ教の教を聴きなさい。身の行ひを換へて誠水晶のやり方に立替へねば何時まで経つても五六七の世は来はせぬぞえ』 国彦『エーエ、ツベコベと能う八釜敷く吐す婆だな。貴様は偉さうにツベコベと小理窟を並べよるが、人を招待するに欠けた穢い鉢を選んで出すと云ふことがあるかい。これが抑も貴様の方から俺を焚きつけにかかつてゐよるのだ。三五教だつて、いらはぬ蜂はささぬぞ、釣鐘も叩くものが無ければ音なしいものだ、春秋の筆法で言へば、貴様が丼鉢を投げたのだ。イヤ大自在天がやつたのだ。俺は大自在天の道具に使はれたのだ。此処の大将が最前さう云つたぢやないか。ナント大自在天と云ふ神は乱暴な神だなア。ウラナイ教はコンナ悪魔の乱暴な神を御本尊にして居るのか苟くも三五教の宣伝使は、至粋至純の身魂の持主だぞ』 高姫『オホヽヽヽ、至粋至純の身魂の持主の為さること哩のー。自分のした責任を、勿体無い、大自在天様に塗りつけて、それで自分は知らぬ顔の半兵衛をきめこんでゐるのか。都合の好い教理だなア』 国彦『われわれの魂は水晶魂だ。真澄の鏡も同様だ。それだからウラナイ教の悪がすつかり此方の鏡に映つて居るのだ。アーア水晶の身魂も辛いものだワイ。アハヽヽヽ』 黒姫『団子理窟をこねる日には際限が無い。兎も角行ひが一等だ。立派な御座敷の真ん中に主人の好意で出した麦飯とろろを打ち開けるとは沙汰の限り、やつぱり悪の性来は何うしても現はれるものぢや。ソンナ馬鹿な教の宣伝使になるよりも、一つ改心してウラナイ教になつたら如何だい。誠の変性男子の教は此の高姫さまと、黒姫がチヤント要を握つてゐるのだよ。昔の神代の根本の身魂の因縁から、人民の大先祖のことから又万劫末代のこと、根の国、底の国、なにも彼も知つて知つて知り抜いた世界で、たつた一人の日の出神の生宮ぢや。この黒姫は竜宮の乙姫の守護だぞ。艮の金神様も元は此処から現はれたのだ。本が大事ぢや。「本断れて末続くとは思ふなよ。本ありての枝もあれば、末もあるぞよ」と三五教は教へて居るぢやないか。その根本の本の本の大本は、此日の出神がグツト握つて居るのぢや。神の奥には奥があるぞ。三五教の宣伝使のやうに理窟ばかり言つてこの頃流行る学の力を以て、神の因縁を説かうと思つても、それは駄目ぢや。千年万年経つたとて誠の神の因縁が判つて堪るものか。誠の神の御用が致し度くば、ウラナイ教に改心して随うがよかろう』 国彦『婆アサン、大きに御心配かけました。この国彦は三五教でも無ければ、ウラル教でもない、ウラナイ教では尚更ないのだ。あまり三五教の悪いことばつかり仰有ると、ウラナイ教の化けの皮が現はれるぞえ。左様なら、モシモシ三五教の二人の宣伝使サン御悠くりと下らぬ説教でも聴かして貰つて、眉毛を読まれ、尻の毛が一本も無いとこ迄抜かれなさるがよろしからう。コラ二人の皺苦茶婆、用心せーよ。何処に何が破裂致さうやら判らぬぞよ』 と尻をクリツと捲つて裏門から、一発破裂させ乍ら何処とも無く姿を隠して了つた。 道彦『アハヽヽヽ』 安彦『アーア道彦サン、彼様乞食を伴れて来るものだから、薩張り三五教と混同されて偉い迷惑をした。これから迂濶と何でも無い者を連れて歩くものぢやない』 道彦『アヽ左様ですな、モシモシ高姫サン、黒姫サン、三五教には彼の様な宣伝使は、一人も居りませぬよ。彼の男は途中から道案内に伴れて来たのですから、好い気になつて宣伝使気取りでアンナことを言つたのですよ。アハヽヽヽ』 黒姫『神様の宣伝使は嘘は言はぬもの、誠一つの教を樹てるのは、此のウラナイ教。三五教は矢張り嘘をつきますなア。彼の男は元は与太彦と云うて、貴方等と一緒に宣伝に歩いて居つた人でせう。違ひますかな』 安彦、道彦『サア』 黒姫『サア返答は』 安彦、道彦『サアそれはマアマアマア彼奴は俄に気が違つたのですよ。それだからアンナ脱線した行ひをやるのですワ。アハヽヽヽ』 黒姫『能う嘘をつく人だナ。今お前サンは道案内に途中から雇うて来たと云つたぢやないか。それだから三五教は駄目、ウラナイ教が誠の教と云ふのだ』 安彦『一体此処の館には盲人ばつかり居りますな』 と話を態と横へ転じた。 黒姫『誠の教を聴かうと思へば、目が開いて居つては小理窟が多くつて仕様がないから、みな盲目や聾ばかり寄せてあるのだ。見ざる、聞かざると言うて、盲目聾程よいものは無い。此処へ来る奴は、みな此高姫サンと黒姫が耳の鼓膜を破り、眼の球を抜いて、世間の事がなにも解らぬやうに、神一筋になるやうにしてあるのだ。お前も怪体な目をウラナイ教に、すつくり御供へしなさい。さうしたら本当の安心が出来るぢやらう。昔竜宮城に仕へて居つた小島別は、盲目であつたお蔭で、結構な国魂の神となつて神の教を筑紫の島でやつて居るといふことだ。目の明いた奴に碌な奴が居るものかい。盲目千人に目明き一人の世の中に、十目の視る所十指の指さす所、大勢の盲目の方に附くのが誠だ。サア、これからウラナイ教に帰順さしてやらう』 と高姫、黒姫の二人は、出刃庖丁をひらめかし、安彦、道彦の眼球目蒐けて突いてかかる。二人は、 安彦、道彦『コリヤ大変』 と逃げ出す途端に、座敷一面のとろろ汁に足を、辷らして、スツテンドウと仰向けになつた。 二人の婆も、とろろに足を滑らし、仰向けにドツと倒れた。婆の持つた出刃庖丁は道彦の眼の四五寸側に光つてゐる。 道彦、安彦は一生懸命逃げ出さうとすれど、ヌルヌルと足が滑つて同じ所にジタバタやつてゐる。百舌彦、田加彦は一室から飛んで出て、 百舌彦、田加彦『コラコラ婆の癖に手荒いことを致すな。その出刃渡せ』 と矢庭に引捉へむとして、又もやズルリと滑り、二人は尻餅搗いた途端に、道彦の顔の上に臀をドツカと下ろした。その痛さに気が付けば王仁は、宮垣内の茅屋に法華坊主の数珠に頭をしばかれ居たりける。 (大正一一・四・二旧三・六外山豊二録) (昭和一〇・三・二〇於彰化支部王仁校正) |
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霊界物語 | 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 | 11 大蛇退治の段 | 第一一章大蛇退治の段〔五七八〕 『故、退はれて、出雲の国の肥河上なる鳥髪の地に降りましき』(古事記の大蛇退治の段) 出雲国は何処諸の国と云ふ意義で、地球上一切の国土である。肥河上は、万世一系の皇統を保ちて、幽顕一致、神徳無窮にして皇朝の光り晴れ渡り、弘り、極まり、気形透明にして天体地体を霊的に保有し、支障なく神人充満し、以て協心戮力し、完全無欠の神政を樹立する至聖至厳至美至清の日本国といふ事なり。 鳥髪の地とは、十の神の顕現地と云ふ事にして、厳の御魂、瑞の御魂が経と緯との神業に従事し、天地を修斎し玉ふ神聖の経綸地といふことなり。要するに世界を大改良せむ為めに素盞嗚尊は普く天下を経歴し、終に地質学上の中心なる日本国の地の高天原なる至聖地に降臨し玉ひたるなり。明治三十一年の秋八月に、瑞の御魂の神代として高座山より神退ひに退はれて綾部の聖地に降りたるは、即ち素盞嗚尊が、一人の選まれたる神主に憑依し給ひて、神世開祖の出現地に参上りて神の経綸地たることを感知されたるも同様の意味なり。古事記の予言は古今一貫、毫末も変異なく、且つ謬りなき事を実証し得るなり。 『此時しも箸其の河より流れ下りき』 ハシの霊返しはヒなり。ヒは大慈大悲の極みなり。ハシの霊返しのヒなるもの、ヒノカハカミより流れ来たると云ふ明文は実に深遠なる意義の包含されあるものなり。又箸は凡てを一方に渡す活用あるものにして、川に架する橋も、食物を口内へ渡す箸もハシの意味に於ては同一なり。悪を去り善に遷らしむる神の教のハシなり。暗黒社会をして光明社会に改善せしむる神教もハシなり。故に御神諭にも、綾部の大本は世界の大橋であるから、此大橋を渡らねば、何も分りは致さむぞよ云々とあるも、改過遷善、立替立直しの神教の意味なり。その箸は肥の河より流れ下りきとは、斯る立派な蒼生救済の神教も、邪神の為に情無くも流し捨てられ、日に日に神威を降しゆく事の意味なり。是を大本の出来事に徴して見るに、去る明治三十一年に瑞の御魂の神代として十神の聖地に降りたる神柱を、某教会や信者が中を遮り、以て厳の御魂、瑞の御魂の合致的神業を妨害し、瑞霊の神代を追返し、彼等の徒党が教祖を看板として至厳至重なる神教を潜め隠し、某教会を開設したる如き状態を指して『ハシ其の河より流れ下りき』といふなり。 『於是須佐之男命其の河上に人有りけりとおもほして尋ね上りて往まししかば老夫と老女と二人在りて童女を中に置きて泣くなり』 茲に顕幽両界の救世主たる須佐之男命は、肥の河上なる日本国の中心、地の高天原に神人現はれ、世界経綸の本源地有りと御考へになり尋ねて御上りありしが、変性男子の身魂現はれて、国家の騒乱状態を治めむと血涙を吐き乍ら昼夜の区別なく、世人を教戒しつつありしなり。二人といふ事は、艮の金神様の男子の御魂と、教祖出口直子刀自の女子の身魂とが一つに合体して神業に従事し玉へると同じ意義なり。ヒトとは霊の帰宿する意義で人の肉体に宇宙の神霊憑宿して天地の経綸を遂行し玉ふ、神の生宮の意なり。老夫と老女と二人とあるは女姿男霊の神人、出口教祖の如き神人を意味するなり。 『童女を中に置きて泣なり』とはオトメは男と女の意味にして、世界中の老若男女を云ふ。又老と若ともなり、現在の世界の人民を称して老若男女と云ふ。霊界にては国常立大神、顕界にては神世開祖出口直子刀自の老夫と老女とが、世界の人民の身魂の、日に月に邪神の為に汚され亡ぼされむとするを見るに忍びず、手を尽して足を運びて救助せむと艱難辛苦を嘗めさせられ、天地の中に立ちて号泣し給ふことを、童女を中に置きて泣くなりと云ふなり。 亦神の御眼より御覧ある時は世界の凡ての人間は、神の童子なり女子なり。故に世界の人民は皆神の童女なる故、人民の親がその生みし子を思ふ如くに、神は人民の為に昼夜血を吐く思ひを致して心配を致して居るぞよ、と御神諭に示させ給へる所以なり。亦オトメの言霊を略解する時は、 オは親の位であり、親子一如にして、大地球を包む活用であり。 トは十全治平にして、終始一貫の活用であり。 メは世を透見し、内に勢力を蓄へて外面に露はさざる意義なり。 之を約むる時は、日本固有の日本魂の本能にして、花も実もある神人の意なり。 『汝等は誰ぞと問ひ賜へば、其の老夫僕は国津神大山津見神の子なり、僕が名は足名椎、妻が名は手名椎、女が名は櫛名田比売と謂すと答す』 明治三十一年の秋瑞の御魂の神代に須佐之男神神懸したまひて綾部の地の高天原に降りまし、老夫と老女の合体神なる出口教祖に対面して汝等は誰ぞと問ひたまひし時に、厳の御魂の神代なる教祖の口を藉りて僕は国津神の中心神にして大山住の神也。神の中の神にして天津神の足名椎となり手名椎となりて、天の下のオトメを平かに安らかに守り助けむとして、七年の昔より肥の河上に御禊の神事を仕へ奉れり。又この肉体の女の名は櫛名田姫と申し、本守護神は禁闕要の大神なりと謂し玉ひしは、以上の御本文の実現なり。クシナダの クシは神智赫々として万事に抜目なく一切の盤根錯節を料理し、快刀乱麻を断つの意義なり。 ナは、万物を兼ね統べ、能く行届きたる思ひ兼の神の活用なり。 ダは、麻柱の極府にして大造化の器であり、対偶力であり、主従師弟夫妻等の縁を結ぶ神なり。 要するに、櫛名田姫の守護厚き天壌無窮の神国、大日本国土の国魂神にして、神諭の所謂大地の金神なり。 『亦、汝の哭由は何ぞと問ひたまへば、吾が女は八稚女在りき。是に高志の八岐遠呂智なも、年毎に来て喫ふなる。今その来ぬべき時なるが故に泣くと答白す』 以上の御本文を言霊学の上より解約すると、吾が守護する大地球上に生息する、息女即ち男子や女子は、八男と女と云つて、種々の沢山な神の御子たる人種民族が有るが、年と共に人民の霊性は、鬼蛇の精神に悪化し来り至粋至醇の神の分霊を喫ひ破られて了つた。高志の八岐の遠呂智と云ふ悪神の口や舌の剣に懸つて歳月と共に天を畏れず地の恩恵を忘れ、不正無業の行動を為すものばかり、人民の八分迄は、皆悪神の容器に為れて、身体も霊魂も、酔生夢死体主霊従に落下し、猶も変じて八岐の遠呂智の尾となり盲従を続けて、天下の騒乱、国家の滅亡を来しつつ、最後に残る神国の人民の身魂までも、喫ひ破り亡ぼさむとする時機が迫つて来たので如何にしてか此の世界の惨状を救ひ助け、天津大神に申上げむと、心を千々に砕き天下国家の前途を思ひはかりて、泣き悲しむなりと答へ玉うたと曰ふことなり。 高志といふ意義は、遠き海を越した遠方の国であつて、日本からいへば支那や欧米各国のことなり。海外より種々雑多の悪思想が渡来する。手を替へ品を替へて、宗教なり、政治なり、教育なりが盛んに各時代を通じて、侵入して来り敬神尊皇報国の至誠を惟神的に具有する、日本魂を混乱し、滅絶せしめつつある状態を称して、高志の八岐の遠呂智の喫ふなると云ふなり。亦外国の天地は、数千年来此悪神の計画に誑らかされて、上下無限の混乱を来し、国家を亡ぼし来たりしが、彼今猶其計画を盛んに続行しつつ、遂に日本神国の土地まで侵入し、天津神の直裔なる日本オトメの身魂まで、全部喫ひ殺さむとする、それが最近に迫つて居る、只一つ神国固有の日本魂なるオトメが後に遺つた許りである。之を悪神の大邪霊に滅ぼされては、折角天祖国祖の開き玉へる大地球を救ふ事は出来ない。どうかして之を助けたいと思つて艱難辛苦を嘗めて居るのである。実に泣くにも泣かれぬ、天下の状態であると云つて、之を根本的に救ふ事は出来ない。どうして良いかと途方に暮れ、天地に向つて号泣して居りますとの、変性男子の身魂の御答へなりしなり。 『其の形は如何さまにかと問ひたまへば、彼が目は赤加賀知なして、身一つに頭八つ尾八つあり。亦其の身に苔、及び桧、すぎ生ひ、其の長さ渓八谷、峡八尾を渡りて、其の腹を見れば、悉に常血爛れたりと答白す。(此に赤加賀知といへるは、今のほほづきなり)』 そこで其形は如何さまにかと、問ひたまへばと云ふ意義は、八岐の遠呂智なす悪思想の影響は如何なる状態に形はれ居るやとの須佐之男命の御尋ねなり。 そこで変性男子の身魂なる老夫と老女は、彼悪神の経綸の事実上に顕現したる大眼目は、赤加賀知なして身一つに、頭八つ尾八つありと云つて、悪神の本体は一つであるが、その真意を汲んで、世界覆滅の陰謀に参加して居るものは、八人の頭株であつて、此の八つの頭株は、全地球の何処にも大々的に計画を進めてをるのである。政治に、経済に、教育に、宗教に、実業に、思想上に、其他の社会的事業に対して陰密の間に、一切の破壊を企てて居るのである。就ては、尾の位地にある、悪神の無数の配下等が、各方面に盲動して知らず識らずに、一人の頭目と、八つの頭の世界的大陰謀に参加し、終には既往五年に亘つた世界の大戦争などを惹起せしめ、清露其他の主権者を亡ぼし、労働者を煽動して、所在世界の各方面に、大惑乱を起しつつあるのである。赤加賀知とは砲煙弾雨、血河死山の惨状や、赤化運動の実現である。実に現代は八岐の大蛇が、いよいよ赤加賀知の大眼玉をムキ出した所であり、既に世界中の七オトメを喫ひ殺し、今や最後に肥の河なる、日本までも現界幽界一時に喫はむとしつつある処である。要するに八つ頭とは、英とか、米とか、露とか、仏とか、独とか、伊とかの強国に潜伏せる、現代的大勢力の有る、巨魁の意味であり、八つ尾とは、頭に盲従せる数多の部下の意である。頭も尾も寸断せなくては成らぬ時機となりつつあるなり。 『亦其身に苔及び桧すぎ生ひ、其長さ、渓八谷、峡八尾を渡りて其の腹を見れば、悉に常も血爛れりと答白す』といふ意味は地球上の各国は皆この悪神蛇神の為に、山の奥も水の末も暴され、不穏の状態に陥り、終には尼港事件の如く、暉春事件の如く、染血虐殺の憂目に人類が遇つて、苦悶して居ることの形容である。また苔と云ふ事は、世界各国の下層民の事であり桧と云ふ事は上流社会の人民であり、すぎと云ふ事は国家の中堅たる中流社会である。要するに上中下の三流の人民が常に不安の念に駆られて居る事であつて、実に六親眷属相争ひ、郷閭相鬩ぎ戦ふ、悲惨なる世界の現状を明答されたといふ事である。御神諭に、『今の人民は外国の、悪神の頭と眷属とに、神から貰うた結構な肉体と御魂を自由自在に汚されて了うて、畜生餓鬼の性来になりて居るから、欲に掛けたら、親とでも兄弟とでも、公事を致すやうな悪魔の世になりて居るが、是では世は続いては行かぬから、天からは御三体の大神様がお降り遊ばすなり、地からは、国常立尊が変性男子と現はれて、新つの世に立替立直して、松の五六七の世に致して、世界の人民を歓ばし、万劫末代勇んで暮す神国の世に替へて了はねばならぬから、艮の金神は、三千年の間長い経綸を致して、時節を待ちて居りたぞよ。八つ尾八つ頭の守護神を、今度はさつぱり往生いたさすぞよ』云々と明示されてあるのも、要はこの御本文の大精神に合致して居る一大事実である。 『爾、速須佐之男命、其の老夫に是汝の女ならば、吾に奉らむやと詔たまふに、恐けれど御名を覚らずと答白せば、吾は天照大御神の同母男なり。故今天より降り坐つと答へたまひき。爾に足名椎、手名椎、然坐さば恐し立奉らむと白しき』 右御本文の老夫にとあるは艮の金神国常立尊神霊に対しての御言である。また足名椎手名椎神と並び称せるは、肉体は出口直子であつて手名椎の神であり霊魂は国常立尊の足名椎の意である。 茲に天より降り給へる須佐之男命は、老夫なる国常立尊の神霊に対し玉ひて、是は汝の守護し愛育する所の、至粋至醇の神の御子たる優しき人民であるなれば、吾に是の女の如き可憐なる万民の救済を一任せずやと、御尋ねになつた事である。そこで国常立尊は実に恐縮の至りではありますが、貴方は如何なる地位と、御職掌の在す神で居らせらるるや。御地位と御職名とを覚らない以上は御一任する事は出来ませぬと白し給ひければ、大神は至極尤もなる御尋ねである。然らば吾が名を申し上げむ、吾は天津高御座に鎮まり坐ます、掛巻も畏き天照大御神の同母弟であつて、大海原を知食すべき職掌である。されば今世界の目下の惨状を黙視するに忍びず、万類救護の為に、地上に降り来たのである。故に国津神たる汝の治むる万類万民を救はむが為に、吾に其の職掌を一任されよ然らば汝と共に八岐の大蛇の害を除いて天下を安国と平けく進め開かむと仰せになつたのである。茲に変性男子の身魂は、大変に畏み歓び玉うて、左様に至尊の神様に坐ますならば吾女なる可憐なる人民を貴神に御預け申すと、仰せられたのである。是は去る明治三十一年の秋に変性男子と変性女子との身魂が二柱揃うて神懸りがあつた時の御言であつて、実に重大なる意義が含まれて在るのである。然し乍ら是は神と神との問答でありまして、人間の肉体上に関する問題ではないから、読者に誤解の無いやうに御注意願つておく次第である。 『爾速須佐之男命、乃ち、其の童女を湯津爪櫛に取成して、御角髪に刺して、其の足名椎、手名椎神に告りたまはく、汝等、八塩折の酒を醸み、且、垣を造り迴し、その垣に八つの門を造り、門毎に八つの棧敷を結ひ、その棧敷毎に酒船を置きて船毎にその八塩折の酒を盛りて、待ちてよと、のりたまひき』 湯津爪櫛の言霊を略解すれば、 ユは、天地、神人、顕幽、上下一切を真釣合せ、国家を安寧に、民心を正直に立直す大努力の意であり、 ツは、日の大神の御稜威を信じ、大金剛の至誠心を振り起し、言心行一致の貫徹を期し、以て神霊の極力を発揮するの意である。 ツは、生成化育の大本合致し、大決断力を発揮し、実相真如の神民たりとの意である。 マは、人種中の第一位たる資格を保ち、胸中常に明かにして無為円満なる意である。 グは、暗愚を去つて賢明に帰し、万事神助を得て意の如く物事成功するの意である。 シは、信仰堅く、敬神尊皇報国の忠良なる臣民の基台なりとの意である。 以上の六言霊を総合する時は、霊主体従の真の日本魂を発揮せる神の御子と立直し玉ふ、神の経綸を進むると謂ふことである。 御角髪の言霊を略解すれば、 ミは、形体具足成就して、日本神国の神民たる位を各自に顕はし定めて真実を極め、以て瑞の御魂に合一する意である。 ミは、⦿の御威徳を明かに覚知し、惟神の大道を遵奉し実行し、以て玲瓏たる玉の如き身魂と成るの意である。 ツは、神の分身分霊として天壌無窮に真の生命を保全し、肉体としては君国を守り、霊体としては神と人民とを助け守るの意である。 ラは、言心行の三事完全に実現し、本末一貫、霊主体従の臣民と成りて、自由自在に本能を発揮するの意である。 以上の四言霊を総合する時は、愈日本魂の実言実行者となりて、其の霊魂は神の御列に加はるべき真の御子と成りたる意である。 要するに、瑞の霊魂なる速須佐之男命は、二霊一体なる神政開祖の神人より、男と女の守護と化育とを一任され一大金剛力を発揮して、本来の日本魂に立替へ立直し、更に進んで其の実行者とし賜ふた事を『其のオトメをユツツマグシに取成して御角髪に刺して』と言ふのである。 斯の如く、天下の万民の身魂の改良を遊ばして、足名椎、手名椎の御魂に御渡しになるに就ては、相当の歳月を要したのである。或は神徳を以てし、或は物質力を以てし、或は自然力を以てし、或は教戒を以てし、慈愛を以てし、種々の御苦辛を嘗めさせ玉ふ其神恩を忘れては成らぬのである。そこで速須佐之男命は、足名椎手名椎なる変性男子の霊魂に対つて告り給ふた御言葉は左の通りである。幸ひ残れるオトメは斯の如く、湯津爪櫛に取成し、御角髪に刺て立派に日本魂を造り上げたと云ふ事は、全く天津神の御霊徳と、吾御魂の活動と、汝命の至誠の賜であるから、第一に天地八百万の神に、精選した立派な美味なる、所謂八塩折の神酒を醸造し、且つ汚穢を防ぐ為に清らかな瑞垣を四方に作り廻して、其の垣毎に祭壇を設け(八つ門)て、祭壇毎に祝詞座を拵へ、酒を甕の戸高知り甕の腹満て並べて神々に報恩謝徳の本義を尽すべく、詔りたまふたのである。凡て酒と云ふものは、大神に献る時は、第一に御神慮を和げ勇ませ歓ばせ奉る結構な供へ物であるが、体主霊従的の人間が之を飲むと決して碌な事は出来ないのである。同じ種類の酒でも、人間は御魂相応に、種々の反応を来すものであつて、悪霊の憑つた人間が呑めば直ちに言語や、動作や精神が悪の性来を現はし、且つ酔ひ且つ狂ひ乱れ暴れるものである。或は泣くもの、笑ふもの、怒るもの、妙な処へ行きたくなるものなぞ、種々雑多に変化して、身魂の本性は現はし、吐たり倒れたり苦しみ悶えたりするものである。常に至誠至実の人にして、心魂の下津岩根に安定したものは、仮令酒を常に得呑まぬ人でも、少々位時に臨んで戴いた所が、決して前後不覚になつたり、倒れたり苦しんだり、動作や言舌や精神の変乱するもので無く、心中益々壮快を覚え、笑み栄え勇気を増し、神智を発揮するものである。故に酒は神様に献る所の清浄なる美酒と雖も、心の醜悪なるものが呑む時は、忽ち身魂を毒し弱らしむるものである。同じ酒を甲は一合呑んで酔ひ潰れて了ふかと思へば、乙は一升呑んでも酔はず、丙は三升位呑まなくては少しも酔うた如うな心持がしないと、云ふ区別の附くのは、乃ち身魂の性質に依りて反応に差異ある事の証である。甲は呑んで笑ひ、乙は怒り、丙は泣くと云ふ如うに、同じ味のある同じ種類の酒でも、区別の附くと云ふのは、実に不思議なもので、是はどうしても身と魂との性来関係に依るものである。 『故、告りたまへる随にして、如此設け備へて待つ時に、其の八岐大蛇、信に言ひしが如来つ。乃ち、船毎に、己々頭を垂入て、その酒を飲みき、於是、飲み酔ひてみな伏寝たり。爾ち速須佐之男命、その御佩せる十拳剣を抜きて、その大蛇を切散りたまひしかば肥の河、血に変りて流れき』 そこで変性男子の身魂は命の随々芳醇なる神酒を造りて、天地の神明を招待し、以て歓喜を表し賜ひ、神恩を感謝し給うたのである。八岐の大蛇の霊に憑依された数多の悪神の頭目や眷族共が大神酒を飲んで了つた。丁度今日の世の中の人間は、酒の為に腸までも腐らせ、血液の循環を悪くし、頭は重くなり、フラフラとして行歩も自由ならぬ、地上に転倒して前後も弁知せず、醜婦に戯れ家を破り、知識を曇らせ、不治の病を起して悶え苦しんで居るのは、所謂「飲み酔ひて皆伏寝たり」と云ふことである。爾に於て瑞の御霊の大神は、世界人民の不行跡を見るに忍びず、神軍を起して、此の悪鬼蛇神の憑依せる、身魂を切り散らし、亡ぼし給うたのである。十拳剣を抜きてと云ふ事は遠津神の勅定を奉戴して破邪顕正の本能を発揮し給うたと云ふことである。そこで肥の河なる世界の祖国日の本の上下一般の人民は、心から改心をして、血の如き赤き真心となり、同じ血族の如く世界と共に、永遠無窮に平和に安穏に天下が治まつたと云ふ事を「肥の河血に変りて流れき」と云ふのである。流れると云ふ意義は幾万世に伝はる事である。古事記の序文に、後葉に流へんと欲すとあるも、同義である。 『故其の中の尾を切りたまふ時、御刀の刄毀けき。怪しと思ほして、御刀の端もて刺割きて見そなはししかば、都牟刈之太刀あり。故此太刀を取らして、怪異しき物ぞと思ほして天照大御神に白し上げたまひき。是は草薙太刀なり』 中の尾と云ふ事は、葦原の中津国の下層社会の臣民の事である。其臣民を裁断して、身魂を精細に解剖点検し玉ふ時に、実に立派な金剛力の神人を認められた状態を称して、御刀の刄毀けきと云ふのである。アヽ実に予想外の立派な救世主の身魂が、大蛇の中の尾なる社会の下層に隠れ居るわい。是は一つの掘り出しものだと謂つて、感激されたことを、怪しと思ほしてと云ふのである。御刀の端もてと云ふ事は、天祖の御遺訓の光に照し見てと云ふ事である。 『刺割きて見そなはししかば都牟刈之太刀あり』と云ふことは今迄の点検調査の方針を一変し、側面より仔細に御審査になると、四魂五情の活用全き大真人が、中の尾なる下層社会の一隅に、潜みつつあつたのを初めて発見されたと云ふことである。都牟刈之太刀とは言霊学上より解すれば三千世界の大救世主にして、伊都能売の身魂と云ふ事である。故、此太刀なる大救世主の霊魂を取り立て、異数の真人なりと驚歎され、直ちに天照大御神様、及びその表現神に大切なる御神器として、奉献されたのである。凡ての青人草を神風の吹きて靡かす如く、徳を以て万民を悦服せしむる一大真人、日本国の柱石にして世界治平の基たるべき、神器的真人を称して、草薙剣と云ふのである。八岐大蛇の暴狂ひて万民の身魂を絶滅せしめつつある今日、一日も早く草薙神剣の活用ある、真徳の大真人の出現せむことを、希望する次第である。 また草薙剣とは、我日本全国の別名である。この神国を背負つて立つ処の真人は、即ち草薙神剣の霊魂の活用者である。 (大正九・一・一六講演筆録谷村真友) |
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霊界物語 | 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 | 13 神女出現 | 第一三章神女出現〔五八〇〕 神素盞嗚の大神は天の岩戸の変に依り 百千万の罪咎を其身一つに引受けて 千座置戸の艱難辛苦神の御運も葦原の 瑞穂の国を此処彼処漂ひの旅に出立ち給ひしより 今まで影を潜めたる八岐大蛇や金毛九尾 醜の曲鬼遠近に又もや頭を擡げつつ 此世を紊すウラル教バラモン教やウラナイの 教の道の人々の肉の宮居を宿となし 以前に勝る悪逆無道世人の心は悉く ねぢけ曲りて一柱誠を守る者も無く 世は日に月に曇り行く遠近の山の伊保理や川の瀬に 伊猛り狂ふ曲神の声は嵐か雷か 譬ふる由も地震の一時に轟く騒がしさ 山川どよみ草木枯れ非時雨は降り頻り 風荒らぎて家を倒し木々の梢は裂き折られ 木の葉は破れて鋸の歯を見る如くなりにけり。 神素盞嗚の大神は、神代に於ける武勇絶倫の英勇にして、仁慈の権化とも称ふべき、瑞霊の雄々しき姿、漆の如き黒髪を長く背後に垂れ給ひ、秩序整然たる鼻下の八字鬚、下頤の御鬚は、瑠璃光の如く麗しく、長く胸先に垂れ給ひ、雨に浴し風に梳り、山と山とに囲まれし、西蔵国に出で給ふ。 地教山に現はれて、一度は尊の登山を塞ぎ奉りし鬼掴は、昔ペテロの都に在りて、道貴彦の弟と生れたる高国別の後身、幾度か顕幽二界に出没し、又も身魂は神界の、高天原に現はれて、天の岩戸の大変に差加はりし剛の者、神素盞嗚の大神の、清き御心推しはかり、義侠に富める逸男の、いかで此儘過ごすべき、天教山に坐しませる、皇大神の御言もて、地教の山に立ち向ひ、一度は神命もだし難く、瑞の霊の大神に、刃向ひまつり、尊の登山を悩まさむとしたりしが、心の奥は裏表、神素盞嗚の大神を、心の限り身の限り、助け奉らむものをとて、地教の山に夫れとなく、尊の登り来ませるを、今か今かと待ち居たる、其御心ぞ尊けれ。 神素盞嗚の大神は、高国別を伴なひて、地教の山を後にして、青垣山を繞らせる、豊葦原の秘密国、凩荒び雪深き、ラサフの都に差掛る、斯かる例は昔より、まだ荒風のすさぶ野を、神を力に誠を杖に、心の駒の嘶きに、勇み進んで出でて行く。一天俄に掻き曇り、灰色の空ドンヨリと、包む折しも降り来る、激しき雪に二柱、とある藁屋に駆け込みて、一夜の宿を請ひ給ふ。 素盞嗚尊は門口に立ち、声も静に、 素盞嗚尊『吾々は漂ひの旅を致す二人連、雪に閉され日は暮果て、行手に困り、困難を致す者何卒お慈悲に一夜の宿を許せかし』 と訪ひ給へば、 娘『アイ』 と答へて一人の浦若き娘、門口に立ち現はれ、 娘『これはこれは旅のお方様、さぞ雪にお困りで御座いましたでせう。みすぼらしい茅屋なれど、奥には相当の広き居室も御座いますれば、どうぞ御寛りと御休息を願ひます』 尊は、 素盞嗚尊『アヽ世界に鬼はないもの……夫れは千万忝ない、御言葉にあまえ、今晩はお世話になりませう』 娘『どうぞ、そうなさつて下さいませ、奥へ御案内致しませう』 と娘は淑やかに、足許優しく奥の一室に二人を導き行く。二人は娘の案内に連れ、奥の一室の囲炉裡の前に安坐して、手をあぶりつつ、ヒソヒソと話に耽り給ふ。此時主人らしき男揉手をし乍ら此場に現はれ、二人に向つて叮嚀に会釈し、 主人『これはこれは旅の御方様、能くも此茅屋に御逗留下さいました。何分焚物の不自由な所にて、嘸お困りで御座いませう』 と云ひ乍ら、黎牛の糞の乾きたるを籠に盛りて、囲炉裡に焚べ、室を暖めるのであつた。此地方は四面高山に包まれたる、世界の秘密国にして、交通不便の土地なれば、他国人の入国を許さざる所である。されど高天原の大事変より、人心大に軟化し、稍世界同胞主義に傾きたる折柄なれば、他国人の入り来るを、今は反対に歓迎し、物珍らしがりて、部落の老若男女先を争ひ訪ね来り、面白き話を聴聞せむとするのである。平素の燃料は麦藁又は黎牛の糞を乾かせて用ゐ、麦を炒りて粉末とし、食料として居る。一時晴るれば、一時雪霰降り来り、天候常に定まらざる土地である。世界に於ける大高地なれば、穀物も余り豊熟ならず、豊作の年と雖も、例へば五升の麦種を蒔いて、一斗の収穫を得れば、是を以て豊作となす位な所である。この家の主人の名はカナンと云ふ。カナンは炒麦の粉を木の椀に盛り、茶を沸かせ持ち来り両手をつき、 カナン『お二人のお方、御存じの通り不便の土地、他国の方に差上ぐる様な物は御座いませぬが、此れが吾々の国にては、最良の馳走で御座いますれば、ゆるゆる召しあがり下さいませ』 と言ひ棄てて一室に姿を隠したり。二人は麦の炒粉に茶を注ぎ、匙もて捏ね乍ら食事せる最中に、五人の美しき娘この場に立現はれ、叮嚀に両手をついて辞儀をなし、一度に立つて歌を歌ひ且舞ひ、二人の旅の疲れを慰めむと努むる様子なり。 素盞嗚尊『ヤア各方、遅がけに参り、御邪魔を致した上、結構な馳走に預り、実に満足の至りである。汝等は此家の娘なりや』 と言葉も終らざるに、年長の娘、 娘『ハイ妾は此家の主人カナンの妻で御座います。此処に居りまする女は、皆妾の姉妹何れもカナンの妻となつて楽しき月日を送る者、併し乍ら高天原より神素盞嗚の大神様、千座の置戸を負はせ給ひ、何処ともなく落ち行き給ひしより、今迄平穏無事なりし此秘密郷に、ウラナイ教の魔神侵入し来り、古来の風俗を攪乱し、人心恟々として安き心無き折柄、又もやバラモン教の邪神、潮の如く押寄せ来り、今や国内は恰も修羅の巷の惨状で御座います。神素盞嗚の大神が此大地の御主宰と現はれましたる世は、此秘密郷も実に天国楽土の様なもので御座いましたが、大神様がお隠れ以来と云ふものは、俄に国外より諸々の悪神入り来つて、種々の変異をなし、此儘に放任せば、忽ち地獄道を現出するやも計り難しと、国人の心ある者は、再び大神の出現を希ひ、茶断ち塩断ち火の物断ちを致し、天に祈願を籠めて居ります。夫故ここ一月許りは、吾々は総ての飲食を断ち、日夜祈願を凝らし、善根を励み居りまする様の次第、御相手も仕らず、御無礼の段は、右様の次第なれば、何とぞ悪からず御見直して下さいませ、一同の姉妹に代りて御願ひ致します』 素盞嗚尊は双手を組み、両眼より涙をホロホロと落し、黙然として吐息をつき給ふ。 高国別『アヽ実に感心だ、有難い有難い。汝等国人が憧憬する、神素盞嗚の大神様は、即ち此処に……否……やがて此国に御降臨遊ばして、汝等が望みを叶へさして下さるであらう、必ず心配されなよ』 カエン『妾はカナンの妻カエンと申す者、どうぞ宜しくお願ひ致します。十日も二十日も、百日も、永く御逗留を願ひます。何分此国は食物の穫れない国で御座いまするから、家を増加す事は出来ませぬので、此通り一戸の内に家内が沢山居るので御座います。吾夫は妾が兄で御座います』 高国別『さうすると、此国は一夫多妻主義だな』 カエン『ハイハイ、已むを得ず、妾の家庭は一夫多妻、家に依りては多夫一妻の所も御座います』 高国別『ハテナア、モルモン宗の様だワイ』 カエン『ホヽヽヽヽ……夜も早深更に及びました、どうぞ御寛りと御就寝み下さいませ』 と五人は一度に挨拶をし乍ら、次の室に姿を隠したり。 尊『高国別殿、今晩はゆるりと寝まして貰はうかい』 高国別『有難う御座います』 と傍の物入より獣の皮を取り出し、之れを敷き、幾枚も幾枚も重ねて、二人は安々と寝に就き玉ひける。 此国の風俗は、戸数を増加す事を互に戒めて居る。例へば六人の兄弟があつて、其中の一人が男であれば、此男を夫とし、決して他家へ縁付はせないのである。又一戸の家に五人の男があり、一人の娘の出来た時は、五人の夫に一人の妻といふ不文律が行はれて居る。夫れ故男子許り生れたる時、或は女子許り生れたる時は、此家の血統は絶えて了ふといふ不便があるのである。茲に素盞嗚尊は、此惨状を見るに忍びず、他家と縁組をすることを許された。是れより素盞嗚神を縁結びの神と賞讃へ、此国にてはイドムの神として、国人が尊敬する様になつた。 素盞嗚尊は、男女の囁き声にフト目を醒まし、耳を澄して聞き給へば、何事か祈りの声である。尊は高国別の肩をゆすり乍ら、 尊『ヤア高国別、目を醒されよ。何だか怪しき人の祈り声』 と言葉終らぬに、高国別はパツと跳起き、 高国別『如何にも大勢の声で御座います。最前も此家の女房カエンとやらの話に、茶断ち、塩断ちを致し、素盞嗚尊の再出現を祈つて居るとか聞きましたが、大方ソンナ事ではありますまいか』 尊『吾は此室に於て休息致し居れば、汝はこれより事の実否を調べ来れよ』 高国別『承知致しました』 と此場を立つて、忍び足に声する方に進み行く。見れば数十の男女、真裸の儘、庭前の野原に両手を合せ蹲踞み乍ら、力なき声を振絞り、何事か一心不乱に祈願をこめ、やがて一人の男、大麻を打振り乍ら神懸状態となつて、驀地に西北指して駆け出したり。数多の男女はわれ遅れじと一生懸命に追跡する。されど永らくの断食に身体弱り、転けつ輾びつ其後を追ひ行く。高国別はその状況を瞬きもせず打眺めて居たが、知らず識らず自分も歩み出し、引きずらるる如き心地して、大勢の後に忍び忍び従ひ行く。遥前方に当りて枯芝の盛りたる如き小さき饅頭形の丘が見えて居る。麻振りつつ先に進んだ男は小丘の上に突つ立ち、何事か叫び乍ら、麻を前後左右に打振り打振り狂気の如く踊り廻り、飛びあがり跳まはり、キヤツキヤツと怪しき声を立てて居る。数十人の老若男女は同じく小丘の上に駆けあがり、これ亦先の男と同様踊りまはり跳廻る。高国別は原野の草に身を隠し、其怪しき祈祷を息を殺して見つめて居た。暫くあつて麻持つた男は、小丘の彼方に忽ち姿を隠した。続いて数多の男女は一人減り二人減り、三人、五人と数を減じ、終には唯一人の麗しき女を残して、残らず姿を没して了つた。 高国別『ハテ、不思議な事があればあるものだ。あれ丈け大勢の老若男女が、何処へ往つたか、見渡す限り目を遮る物なき此広原に、煙の如く消え失せるとは合点の行かぬことだ。まさか大地に吸収されて粉末になつたのでもあるまい』 と独ごち乍ら、前後左右に心を配り、一足々々進み行く。一人の娘は小丘の上に双手を組み、稍伏目勝に無言の儘俯むいて居る。高国別はつかつかと進み、 高国別『何れの女中か知りませぬが、先程物蔭にて窺へば、幣束を持てる男の後より数十人の男女、此小丘を目がけて駆け上り、前後左右に踊り狂ふよと見る間に、忽ち姿は消え失せて了つた。あなたは其中の一人らしく思はるるが如何なる次第なるか、詳細に………お構ひなくば物語られたし。吾は天下を救ふ神の使………』 と問ひかけたるに、女は其声に驚いて高国別の顔を打見守り、首を左右に振つて何の応答もせざりける。高国別は已むを得ず、自ら小丘に駆け上り、附近を一々点検すれ共、別に穴らしきものもなければ、人の倒れたる姿も見えぬ。虫の声さへ聞えない。高国別は、 高国別『ハテ訝かしや』 と丘上にどつかと坐し、双手を組んで思案に暮れ居たり。此時、以前の女は、突然高国別の首に細紐をひつかけ、背中合せに負ひ乍ら、トントントンと元来し路へ走り出す。高国別は喉を締められ、息も絶え絶えに、手足を藻掻きつつ負はれて行く。大の男が命懸の大藻掻きに屁古垂れたと見え、女は一二丁来たと思ふ時、石に躓き、脆くも其場に倒れた。途端に女は細紐を放す、高国別はヒラリと身返りし起上り、女の素首をグツと握つて、 高国別『コラ汝は大胆不敵の曲者、容赦はならぬぞ』 と蠑螺の如き拳骨を固めて、骨も砕けよと許り、打下ろさむとする形勢を示す。併し高国別の心の中は、決して此孱弱き女を打擲する心は、毫末もなかつた。唯勢を示して事実を白状せしめむ策略であつた。 女は、 女『ホヽヽヽヽ、あのマア恐ろしいお顔わいなア。ソンナ怖い顔をなされますと、此西蔵の国は女房になる者が御座いませぬよ。あのマアおむつかしい顔……ホヽヽヽ』 高国別『アハヽヽヽ、ナント大胆至極な女もあればあるものだなア』 女『オホヽヽヽヽ、何程怖い顔をなさつて、拳を固め、妾を打つ様な形勢をお示しになつても、あなたの腹の中はさうではありますまい。何を言うても、一方は孱弱き女一方は鬼をも挫ぐ荒男の英雄豪傑、どうして繊弱き女が、………馬鹿らしくも打擲が出来ませう』 とニタリと、高国別の顔を打まもる。 高国別『ナント妙な女だ。………コラ女、此方はソンナ優しい女の腐つた様な男でないぞ、鬼雲彦の一の家来の鬼掴とは俺の事だ。頭からかぶつて喰てやらうか……』 女『ホヽヽヽヽ、夫れ程偉い鬼掴なら、何故妾に油断をして、細紐に喉を締められたのか。それや全く偽り、お前は高天原から下り来たれる高国別であらうがなア』 高国別『イヤ拙者は決して左様な者では御座らぬ。悪逆無道のバラモン教の悪神だ。この方が此国に現はれた以上は、何奴も此奴も、片つ端から雁首を引抜いて、御大将鬼雲彦や、八岐大蛇の神に御馳走を献上するのだ』 女『ホヽヽヽヽ、置かんせいなア、これ高サン』 と肩をポンと叩く。 高国別『オイ馬鹿にするな。金毛九尾のお化奴が色で迷はす浅漬茄子、何程巧言令色の限りを尽し、吾を誑惑せむとするも、女にかけては無関係、没交渉の拙者だ。女色に迷うて、どうして此悪の道が弘まらうかい。グズグズ吐すと股から引裂いてやらうか』 女『サアサア股からなつと、首からなりと、あなたに任せた此体、一寸刻か五分試し、焚いて喰はうと、焼いて喰はうと、あなたの御勝手、妾は夫れが満足で御座んす。ホヽヽヽヽ』 高国別『益々分らぬ奴だ。エー、怪つ体の悪い、此広野ケ原で幸ひ人が居ないから好いものの、天知る地知る吾も知るだ。七尺八寸の荒男が、六尺足らずの繊弱き女に口説かれて、グズグズ致して居るのは、実に何とも慚愧汗顔の至りだ………オイ女其方は一体全体何者だ。早く化の皮を現はさぬか』 女『ホヽヽヽヽ、妾はあの天教………否々やつぱり化物の女で御座います』 高国別『アハア、さうか、貴様はやつぱり、癲狂院代物だな。コンナキ印に暇を潰して居つては尊様に対して申訳がない………オイ女、貴様ゆつくりと、夢でも見て、独言を言つて居るが宜からう』 と踵を返し、小丘を指して進み行かむとす。以前の女又もや細紐をパツとふりかけた途端に、足をさらへられて、大の男はドスンと大地に倒れた。 高国別『アイタヽ、エーエーまた引つかけよつた。馬鹿にするない、モウ了見ならぬぞ』 女『ホヽヽヽヽ、高国別の弱い事わいのう、アイタタとは、そら何とした又弱音を吹きやしやんす。ひつかけ戻しの仕組ぢやぞい。神が綱を掛けたら、逃げやうと言つても逃しはせぬ、アイタタとは誰に会ひたいのだエ、神素盞嗚の大神にか………』 高国別『エーやつぱり此奴ア金毛九尾の化狐だ。何もかも皆知つてゐよる、サアもう勘忍袋の緒が切れた、………ヤア女、此高サンが首途の血祭だ、覚悟を致せ……』 女『ホヽヽヽヽ、あの言霊でなア』 高国別『エー言霊もあつたものかい、高サンの腕力で荒料理だ、覚悟を致せ』 女『ホヽヽヽヽ、妾は数万年の昔より、磐石の如き覚悟を定めて居りますよ。あのソワソワしい高サンの振舞、わしや可笑しい、ホヽヽヽヽ』 高国別『エー邪魔臭い、コンナ奴に相手になつて居つたら、日が暮れるワイ。兎に角怪しき彼の小丘、一伍一什を取調べて尊様へ報告を致さねばなるまい、尊におかせられても、さぞやお待兼であらう。エー此綱を此奴に持たして置けば、又もやひつかけ戻しに遭はしよるかも知れない』 と云ひ乍ら、細紐をクルクルと手繰つて、懐に捩ぢ込まうとする。 女『ホヽヽヽヽ、広野ケ原で七尺八寸の泥棒が現はれた、ナントまあ甲斐性のない泥棒だこと、女の腰紐を奪つて帰る様な泥棒にロクな奴はない』 高国別『エー面倒臭い、今度は真剣だ、股から引裂いてやらう………ヤイ女、俺が怒つたら、本真剣だ』 女『オホヽヽヽヽ、其本真剣も怪しいものだ、細紐一本で貴重な女の生命を取らうとする腰抜泥棒………美事取るなら取つて見よ。妾もサル者、此細腕の続く限り、力の限り、お相手になりませう』 高国別『アハヽヽヽ、一寸やりよるな、…………アーア、女子と小人は養ひ難しだ。ヤア何処のお女中か知らぬが、観客の無い芝居は根つからはづまない。モウ此処らで幕切れと致して二人手に手を取つて、二世や三世はまだ愚、五六七の世までも、生死を共に、死出も三途も、駱駝の道伴れ、鴛鴦の衾の睦み合ひと云ふ段取だ。サアサア最早平和克復だ。あなにやしエー乙女、チヤツとおじや』 と目を細くし、舌をペロリと出して、腰付怪しく手を差し延ばせば、女は三十珊の榴弾を撃つたる如く、 女『マア好かんたらしいお方』 と云ひ乍ら、肱鉄砲を二三発乱射したり。 高国別『アイタヽ、益々合点の行かぬ剛の女、古今無双のヒーロー豪傑、高国別も半分許り感服仕つた』 女『ホヽヽ、自我心の強い高国別、半分感服とはそりや何の囈語』 高国別『イヤもう全部感服仕つた。金毛九尾白面の悪狐と云ふ奴は実に巧なものだ。それ位の力量がなくては、到底此秘密郷を蹂躙する事は出来ないワイ。何は兎も有れ是から貴様の気に入らぬ彼の土饅頭の探険だ』 と大股にノソリノソリと駆出したり。 女は(義太夫調) 女『マアマア、待つて下さいませ。折角顔見た甲斐も無う、モウ別るるとは曲がない。お前に会ひたさ、顔見たさ、死なば諸共死出三途、神々様に願をかけ、先へ廻つてお前の行衛、お前の来るのを待つて居た妾が思ひ、物の憐れを知らぬ男は、人間ではあるまい、妾が切なき思ひを推量して下さんせ』 高国別『アーア馬鹿にしよる、斯うして何時までも暇取らせ、其間に数十人の老若男女を計略を以て虐殺するの計画であらう。………エー邪魔ひろぐな』 と女を蹴飛ばし、踏み散らし、韋駄天走りに進み行く。 女『オーイオーイ、高サン待つた』 高国別『エー待つも、待つたもあるものか、貴様、勝手に何なとほざけ』 と一足々々小丘の周囲を四股踏み乍ら歩み出した。忽ちバサリと大地は凹んで四五間地の底ヘズルズルズルと落ち込んだ。以前の女は落込んだ穴の口より、下を覗いて、 女『ヤア高サンか感心々々ホヽヽヽヽ』 と笑つて居る、高国別の身の上は果して如何なるであらうか。 (大正一一・四・三旧三・七松村真澄録) |
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霊界物語 | 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 | 15 山の神 | 第一五章山の神〔五八二〕 此世を澄す素盞嗚の神の命に従ひて 御稜威も高き高国別は奇の岩窟に陥りし 老若男女の生命を一人も残さず助けむと 地底の洞に飛び込みて神に願をかけまくも 雄々しき姿すたすたと声する方を辿りつつ 往き当りたる岩の戸に又もや両手を組みながら 進退茲に谷まりて暫し思案に暮れ居たる。 時しもあれや何処よりか、閃光輝き高国別が前に火玉となりて進み来るものあり。 高国別は剣の把に手をかけて、寄らば斬らむと身構へす。巨大なる火の玉は、高国別が四五間前に万雷の一時に落つるが如き音響と共に落下し、白煙となつて四辺を包み咫尺を弁ぜざる靄の中、高国別はきつと腹を据ゑ臍下丹田に息を詰め、天津祝詞を奏上しければ、今迄咫尺を弁ぜざりし猛煙は拭ふがごとく消え失せて、優美なる一人の女神、莞爾として佇立して居たまふ。 高国別は、 高国別『ヤア汝は何者なるぞ、察する所此岩窟に蟠まる金毛九尾の悪狐の眷属ならむ、吾が両刃の長剣に斬り捨てむ』 と云ふより早く剣光閃く電の早業、斬つてかかれば女神は中空に舞ひ上り、飛鳥の如く右に左に上に下に体を躱し、遂には又もや以前の火弾と化し、唸りを立てて岩窟の内を矢を射る如く逃げ去りにける。 油断はならじと高国別は附近キヨロキヨロ見廻す折しも、身の丈一丈五六尺もあらむと思はる大男、異様の獣を引きつれながら此場に現はれ、高国別に一寸会釈したり。高国別は又もや魔神の襲来ならむと眼を配り身構へする。大の男は大口開けて高笑ひ、 男『アハヽヽヽヽ、汝は高天原より下り来れる俄造りの似非審神者、吾正体を見届けよ』 と鏡の如き眼を見開き、かつと睨めつけたり。高国別は両手を組み、鎮魂の姿勢を取り、ウンと一声言霊を発射したるに、大の男は忽ち体を変じ優美なる女神となりぬ。 高国別は、 高国別『千変万化の悪神の悪戯、今に正体を現はして呉れむ』 と両刃の長剣を閃かし、女神に向つて骨も通れとばかり突きかかる。女神は手早く体をヒラリと躱した途端、勢余つて高国別は岩窟の中の隧道を、トントントン、と七八間許り行き過し、底ひも知れぬ陥穽に真逆さまに転落し、高国別は其儘息絶え、最早此世の人にはあらざりけり。 高国別は唯一人、天青く山清く百花爛漫たる原野を神言を奏上しながら何処を当ともなく、足の動くままに身を任せ進み行く。 前方に屹立する雲の衣を半被りたる高山が見えて来た。高国別は山に引つけらるる如き心地して、足に任せて進み行く。パタリと行き当つた峻坂、仰ぎ見れば鮮花色の男女の群四五人、何事か面白可笑しく囁きながら、此方に向つて悠々と進み来る。高国別は両手を組んで独言、 高国別『アヽ吾は素盞嗚尊の大神の御伴仕へまつり、カナンが一家に休息し給ふ尊の命によつて諸人の後を追ひ、不思議の岩窟に忍び入りしと思ひきや、天空快濶一点の雲霧風塵もなき大原野を渡り、今又此山口に来るこそ合点がゆかぬことである哩』 と後振返り四方の光景を眺めて思案に暮れて居る。五人の男女は此処に現はれて一斉に恭しく目礼しながら、 五人『貴下は高国別の宣伝使、活津彦根神に在さずや、吾等は神伊邪諾大神の使者として貴下を迎への為に罷越たり、イザイザ御案内申さむ』 と先に立つて進み行く。高国別は何心なく、いそいそと五人の後に従ひ急坂を登り行く。漸う坂の絶頂に達した。二男三女の神人は口を揃へて、 五人『これはこれは高国別様、お疲れで御座いませう。此処は珍の峠の絶頂、先づ御休息下さいませ』 高国別は、 高国別『アヽ思ひも寄らぬ一人旅、何となく此麗しき山野を跋渉するにも話相手もなく稍寂寥を感じて居ました。然るに此坂の下より麗しき貴方等の御迎へ、一円合点が参り申さず、珍の峠とは何国の山で御座るか』 五人は、 五人『ハイ』 と云つたまま、ニコニコと笑つて答へぬ。折しも得も云はれぬ涼しき風徐に吹き来り、高国別の顔を撫で颯々たる声を立て、幅広の木葉を翻しながら過ぎて行く。 高国別『オー恰で天国浄土のやうな心持が致す、百鳥は空に謡ひ百花爛漫として咲き乱れ、風は清く香ばしく、幽かに聞ゆる微妙の音楽、曇り果てたる葦原の国にもかかる麗しき郷土のあるか、アヽ心持よや』 と芝生の上にどつかと坐し、言葉涼しく一同に向ひ、 高国別『合点の行かぬ今日の旅行、貴方等は何れの神に坐し在すか、名乗らせたまへ』 一人の男は恭しく、 男『私は三五教の宣伝使たりし亀彦で御座います。これなる女は菊子姫と申し、神素盞嗚の大神の第六の御娘、今は大神の御心により千代も変らぬ宿の妻、此処は地底の国の天国、珍の峠で御座います』 高国別『アヽ、貴方は音に名高い亀彦の宣伝使、貴方は大神の御娘菊子姫様か、思はぬ処でお目に懸りました。してして父素盞嗚の大神は今何処くに在すか、聞かま欲しう存じます』 菊子姫は涙をはらはらと払ひながら、 菊子姫『申すも詮なき事ながら、父大神は天地諸神人のために、千座の置戸を負はせたまひ今は味気なき漂泊の一人旅、何処の果に在すらむ、せめては其御消息なりとも聞かま欲し』 と涙ぐみ芝生の上に泣き伏しにけり。 梅彦は、 梅彦『これはこれは菊子姫殿、此処は地底の天国で御座る。天国に涙は禁物、歓喜の花の開くパラダイスで御座るぞ。いや高国別様、吾々は三五教の宣伝使たりし梅彦と申す者、これなる妻は菊子姫の姉幾代姫で御座います。大神の内命に依つて夫婦の約を結びました。此後宜敷くお願ひ致します』 高国別『アヽ左様で御座つたか、思ひも寄らぬ不思議の対面、全く大神様のお引き合せ、アヽ有難し。斯くも麗しき山上にて大神の姫御子に御目に掛る事望外の仕合せで御座る』 梅彦『貴神はペテロの都に於て驍名隠れなき御神様、幾度か生死を往来遊ばされ、此処に活津彦根神と現はれ給ひし天下無双の忠勇義烈の神様と承はる。天の太玉命の仲介により、素盞嗚の大神の御許しを得て第一の御子たる、此愛子姫様を貴下の妻と神定めさせ給へば、今より愛子姫様を妻となし、神国のためにお尽し下されば有難う存じます。貴方にお渡し申す迄吾等は日夜の気懸り、之にて吾願望も成就致しました』 と梅彦は心落ち付きし様子なり。 愛子姫『これはこれは、音に名高き高国別様、夫となり妻となるも神の結びたまひし身魂の因縁、千代も八千代も妾と共に、手を携へて神業に尽させたまへ』 と顔に紅葉を散らしつつ優しき手を膝にあて語り出るは愛子姫なり。高国別は、夢か現か幻か合点行かぬと、暫し茫然として大空打ち仰ぎ思案に暮れ居たり。 梅彦はモドかしがり、 梅彦『高国別様、何を御思案なさいます、何事も結びの神の御定め、直に御承諾なさいませ』 高国別『アヽ、有難し有難し、思ひも寄らぬ山上の見合ひ、山の神様の御仲介、草の筵に雲の天井、風の音楽に木々の木の葉の舞ひ踊り、イヤもう有難う承知仕りました』 と高国別は笑顔をもつて迎へゐる。これより世俗は妻を山の神と云ふのである。愛子姫は立ち上り、高国別に向つて、南方の諸山を圧してそそり立てる高山を指さし、 愛子姫『雲の彼方の黄金の山は我等が永久の故郷、いざいざ御一同進みませう』 と先に立つて急坂を南に下る。一同は一歩一歩力を入れながらアブト式流に坂を下り行く。雲表に屹立せる彼方の遠き高山の山頂に何時の間にやら達してゐた。三夫婦は山頂に衝立ち天津祝詞を奏上するや、山を包みし五色の雲は扉を開きし如く、颯と左右に開けた。目の届かぬ許りの青野原、白き、赤き、青き、黄色き、紫色の三重五重十重二十重の塔は、眼下の青野が原の部落の中に幾百ともなく屹立し、其絶景譬ふるに物なく、遠く目を放てば紺碧の波を湛へたる大海原、浪静に純白の真帆片帆、右往左往に走り行くさま、画伯の手に成れる一幅の大画帳の如く、時の移るも忘れて一同は絶景を見守つて居た。此時山頂の麗しき祠の中より、黄金の扉を開き現はれ出でたる一柱の女神、二人の侍女を伴ひ悠々と六人が前に現はれて、 女神『妾は木花姫なり、汝等は忠勇義烈至仁至愛の神人なれば、汝が永久に住むべき国は此聖域なり。併しながら未だ現界に於て勤むべき事あれば、再び現界に引き返されよ。今後は心を緩ませ玉ふな。体主霊従の魔風に誘はれなば、再び此処に来る事能はざるべし、今より速かに現界に帰り給へ』 と優美にして荘重なる言葉を残し、黄金の扉を閉ぢて、侍女と共に又もや祠の中に姿を隠したまうた。 忽ち四辺暗黒となり、身体に寒冷を覚ゆると見る間に甦り見れば、高国別は岩窟内の深き井戸の底に倒れ居たるなり。 高国別『アヽ夢であつたか、併し乍ら吾を活津彦根と仰せられしは不審の一つ、吾身の守護神を知らずして憖に審神を行ひしため、大神の御仁慈によつて教へたまひしか、アヽ有難し有難し』 と、合掌し声も涼しく天津祝詞を奏上したりける。フト空を仰ぎ見れば窟の周囲に麗しき二男三女の夢に見し神人が立ち現はれ、井底を覗きて何事か囁き居るあり。高国別は夢に夢見る心地して、又もや両手を組み心の縺れを手繰り居る。稍ありて高国別は井底より空を仰ぎながら、 高国別『もしもし亀彦様、梅彦様、その他三人の女性様、私は高国別で御座います。人の命を救はむために、地中の岩窟に忍び入り、過つてかかる古井戸の底に陥ちました。何とかして私をお救ひ下さいますまいか』 亀彦『ヤア噂に聞き及ぶ高国別様か、それは嘸お困りでせう、何とか一つ工夫をしてお救ひ申さねばなりませぬ。併し乍ら斯る岩窟の中にある古井戸には階段があるものです。この亀彦も一度フサの国の醜の岩窟の古井戸に陥ち込んだ時、如何はせむかと心を痛めましたが、フト傍を見れば階段が刻まれてありました。よくよく調べなさいませ』 高国別『有難う御座います、少しの手がかりも足がかりも御座いませぬ。恰度竹筒の中に落ちたやうなものです』 梅彦は、 梅彦『アヽ、困つたな、吾々も一度古井戸に陥ちた経験があるが、階段がないとは意外だ、何とか工夫をせねばなりますまい。亀彦サン、貴方の褌と帯を外して下さい、吾々も帯と褌とを解きます。これを繋いで井底に釣り下しませう』 と云ひつつ、くるくると帯を解き、褌を外し手早く繋いだ。亀彦も同じく帯と褌を取り外し、手早く繋ぎ合せ井戸に下げ降して見た。 梅彦は、 梅彦『モシモシ、高国別様、この帯にお掴まり下さい』 高国別『イヤ、有難う、折角の思召ながらどうも届きませぬ。加ふるに怪しき臭気が致します』 梅彦は、 梅彦『アヽ、何と云ふまわしの悪い事だらう。エヽ仕方がない、三人のお女中、貴女方の帯を解いて下さいませ』 愛子姫『ハイ、如何致しませう。菊子さま、幾代さま』 二女『さうですなア、吾裸体になるのは恥かしいワ』 梅彦『恥かしいの何のと云つてゐる所か、人命に係はる大事だ。サアサアコンナ時には恥も糞もあつたものでない、帯をお解きなさい』 愛子姫『それでも余り残酷ですワ』 亀彦『これこれ愛子姫さま、何を仰有るのだ、貴女こそ残酷だ。高国別様が危急存亡の場合、サアサア、キリキリとお解きなさい。もしもし高国別さま、何うも仕方がありませぬ、吾々が帯を解き褌を解き、三人の女神の帯を繋ぎ合して、今垂下致しますからね、少々臭くても御辛抱下さいませ、女の匂ひと云ふものは却つて床しいものですよ、アハヽヽヽ』 高国別『夫計りは御免蒙り度い、ヤア神様の宿り給ふ頭の上で、ソンナ物をべらべらさして貰つては有難迷惑だ。どうぞ早く手繰り上げて下さい』 亀彦『エヽ、無理計り云ふ神様だな、此場に及んでどうも仕方がありませぬワ。些とは鼻を摘んで御辛抱なさいませ。異性の匂ひは却つてよいものですよ』 高国別『アハヽヽヽ、ヤア皆さま、御心配をかけました。何うやら梯子が刻まれてあるやうに思ひます』 亀彦『アハヽヽヽ、矢張り三五教の宣伝使は洒落が上手だなア、此処迄洒落ると、洒落も徹底して面白い。もしもし三人の姫御前、御安心なさいませ、帯を解くのだけは赦して上げませう』 三女『ホヽヽヽ、誰が帯ども解きますものか、帯を解く時間にはも些と早いぢやありませぬか、ホヽヽヽヽ』 亀彦『また貴女方も洒落るのか、モシモシ高国別さま、早くお上りなさらぬか』 高国別『アヽ矢張り間違ひだつた、些とも手係りがありませぬワ。誠に済みませぬが私の一命を助けると思召し、どうぞお慈悲に三人の女性様の帯を解いて、繋ぎ合して助けて下さい、お願ひぢやお願ひぢや』 亀彦『エヽ、何だ矢張り虚言だつたか、これは仕方がない。サアサア三人の女性様、ちつと時間は早いが夫の云ふ事だ、女房が聞かぬと云ふ事があるものか、早く解いたり、解いたり。エヽ何、恥かしいと。何が恥かしい、水も漏らさぬ夫婦仲ぢやないか』 菊子姫『それでも姉さまに恥かしいワ』 亀彦『何、姉さまのお婿さまを助けるのだ。ソンナ遠慮が要るものか』 愛子姫『ホヽヽヽヽ、エヽ仕方がありませぬ、妾が率先して模範を示しませう』 と帯を解きかける。井戸の底より陽気な声で、鼻歌を謡ひながら、トン、トンと上つて来る。 高国別『ヤア皆様、種々と御心配をかけました。お蔭で梯子段が俄に出来ました。兎も角咄嗟の場合急造したものですから、実にやにこいものです。アハヽヽヽ』 梅、亀『何だ、裸体になり損をしたワイ』 高国別『人間は生れ赤子にならねば神様の御神徳は頂けませぬよ、赤子の時には裸体で生れたのだもの、アハヽヽヽ』 高国別は拍手を打ち合掌しながら天津祝詞を奏上し始めた。一同は声を揃へて合唱する、其声音朗々としてさしもに広き岩窟に響き渡り、天地開明の気分漂ふ。 愛子姫『貴方は父の許せし吾夫、活津彦根の神様、ようマア無事で居て下さいました』 高国別『ヤア合点の行かぬ事もあればあるものだなア、お前が珍の峠でお目にかかつた山の神さまだなア。ヤア有難い有難い、三夫婦揃うた瑞霊の夫婦連れ、二三が六人手を携へて睦まじく、此処で結婚の式を挙げませうか』 亀彦『結婚の式を挙げやうと云つた所が、此様な岩窟の中、何うする事も出来ないぢやありませぬか』 高国別『イヤ、御霊と御霊の結婚、心の盃の取り替はし、千代も八千代も末長く、睦びて進む六人連、栄の花を三夫婦が、天地人揃うて岩窟の探険、三つの御霊の父大神の御引合せ、アヽ有難し有難し、目出度し目出度し、一度に開く梅彦さま、万代祝ふ亀彦さま、嬉しき便りを菊子姫、幾代変らぬ幾代姫、神の恵の愛子姫、睦び合うたる三夫婦が、身魂の行末こそは楽しけれ』 といそいそ神歌を謡ひながら、又もや奥へ奥へと進み行く。 (大正一一・四・三旧三・七加藤明子録) (昭和一〇・三・二三於花蓮港分院王仁校正) |
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霊界物語 | 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 | 17 窟の酒宴 | 第一七章窟の酒宴〔五八四〕 四面岩壁を以て包まれたる広き館の内には糸竹管絃の響爽かに、飲めよ、騒げの大乱舞が行はれて居る。ずつと見渡せば中央に黎牛の皮を幾枚とも無く積み重ね、其上に見るも憎さうなる面構への蠑螈別は数多の男女に酌をさせ乍ら、墨の様な黒き酒をグビリグビリと傾けて居る。数十人の男女は何れも一癖あるらしき面構へ、けいを敲く、笛を吹く、弓弦を弾ずる、石と石とを打ち乍ら真裸の儘踊り狂うて居る、恰も百鬼昼行の有様である。 蠑螈別『ヤア大変に酔がまわつた。如何だ、皆の者共、一つ何か面白い芸当をやつて呉れないか』 黒姫『さアさア皆サン、これから須佐之男尊征伐の芝居をやりませう。丁ン助サン、お前が須佐之男尊になるのだよ、黒姫がお前の髭をむしる役、高姫さまは手足の爪を脱く役だよ』 丁ン助『エーエ、滅相な、誰がソンナ役になりませうか、爪を抜かれる様な悪い事は根つからした覚えが御座いませぬ』 黒姫『吐すな吐すな、貴様は爪に火を点して吝な事許り考へ、人を苦しめる奴だ、鷹の様に爪の長い代物だ、喰ひつめ者だ、如何でも斯うでも此婆がつめかけて抜いてやらねば措くものかいヤイ』 丁ン助『爪の長いのは、それやお前サンの事だないか。一途の川辺で往来の旅人を嚇して肝腎の身魂を引きぬく欲婆アサンだ。お前サンから爪を抜きなさい』 黒姫『能うツベコベと理窟を言ふ丁ン助だナア、エーエ憎らしい、頬辺なと抓めつてやらうか』 と鷹の様な鋭利な爪で丁ン助の頬をグツト捻る。 丁ン助『イヽヽヽ痛い哩痛い哩、放サンかい』 黒姫『放さぬ放さぬ、神が爪を掛たら、いつかないつかな放しはせぬぞ。話すのは庚申待ちの晩だ、人の難儀は見ざる、聞かざる、言はざるの苦労人の黒姫だ。尻なつと喰ふとけ、苦労知らずの真黒々助の丁ン助奴が』 丁ン助『ヤアヤア、婆アサン、ヒヽヽヽひどい哩、ソヽヽヽそれや余りぢや、頬辺がチヽヽヽちぎれる哩』 黒姫『チヽヽヽちつとは痛からう、血の出るとこ迄、いや頬がちぎれるとこ迄、いつかないつかな放しやせぬぞや。チンチクリンのチンピラ奴、ちつとは正念が行つたか、貴様は又してもウラナイ教の裏をかく奴ぢや。今にひよつとして三五教の奴が出て来よつたならば、直に黒い黒い燕の様に燕返しの早業をやる代物だ。この黒姫が黒い目でグツと睨んだら違ひはせぬぞや』 丁ン助『もしもし高姫さま、ちつと挨拶して下さいな』 高姫『マアマア十万億土の成敗の事思へば磯の様なものだ。お前の将来のためだよ、もつともつと黒姫さま、首の脱ける処まで捻つてやりなさい、アーア一人の男を悪の道に引き入れ様と思へば骨の折れる事だワイ。もしもし大広木正宗さま、何して御座る、酒ばつかりあふつて居らずに、ちつとお前さまも此丁ン助の成敗をなさつたが宜からうにナア』 丁ン助『もうもうもう、改心致します、之からは善のぜの字も申しませぬ、飽迄も悪を立て通します』 高姫『これこれ丁ン助、何を言ふのだ、善一筋のウラナイ教の教ぢやぞい』 丁ン助『ソヽヽヽそのウラナイ教だから裏を言つて居るのだ。悪と言へば善、善と言へば悪ぢやがなア』 黒姫『はて扨て合点の悪い男ぢや、底には底がある、奥には奥がある、裏には裏がある。エーエ、もうもう手が倦うなつて来た、モウこれで勘へてやらう。いやまだまだ膏をとらねばならぬが、婆の手が続かぬから一寸一服ぢや、エヘヽヽヽ』 丁ン助『何が何だか皆サンの仰有る事は一寸も訳が分りませぬワ。善をすればお気に入るのやら、悪がお気に入るのやら、薩張り訳が分らなくなつて来た。善なら善、悪なら悪と、はつきり言つて下さい、どちらへでも私はつきます』 高姫『善とも悪とも分らぬのが神の教ぢや。人間の分際として、さう善悪がはつきりと分つて堪るものかい。何事も高姫の仰有る通りに、ヘイヘイ、ハイハイと盲目滅法に盲従すれば良いのだよ』 丁ン助『アーア又しても又しても、人の顔を抓つたり殴つたり、爪を抜いたりせねば改心さす事が出来ぬのか、そこになるとアナヽ、アヽヽヽ、何ぢやつた、忘れた忘れた。あないでも、あなでもあつたら隠れ度い様な気がします哩。あな恐ろしや、あな有難や、あな苦しや、あな痛やなア』 黒姫『矢つ張貴様は三五教に未練があるな、よしよしこれから須佐之男尊ぢやないが、頭の毛も髭も爪も一本も無い様に抜いてやらう。これこれ久助、釘抜を持つて来い』 久助『釘抜は此館には一つも御座いませぬ、如何致しませう』 黒姫『アヽそうか、釘抜は無いか、それでは仕方がない。これこれ丁ン助、貴様は余つ程幸福者だ、之と言ふも神様の御慈悲ぢや、ウラナイ教の神様の御恩を夢にも忘れてはならぬぞよ』 蠑螈別はグタグタに酔ひ潰れ、 蠑螈別『オイオイ皆の奴、何か面白い芸当をして見せぬか、折角飲んだ酒が沈んで仕舞ふ、ちつと浮かして呉れ、瓢箪ばかりが浮物ぢやあるまい、偶には人間の心も浮かさねばならぬ、それだから此世を浮世と言ふのだ』 黒姫『アヽ其瓢箪で思ひ出した、水の中に浮かして置いた二人の女、誰か行つて浚へて来い、此処で一つ面白い芸当をさして楽しまう』 蠑螈別『アハヽヽヽ、妙案々々、面白い面白い、サアサ皆の者共、二人の奴を引摺上げて此場へ連れて来い』 黒姫『こら丁ン助、其方は爪抜きの成敗を許してやる、其代りに二人の女を引摺上げて此場へ連れて来い』 丁ン助『はい、畏まつて御座います、然し乍ら私一人では到底手にあひませぬ、誰か助太刀を貸して下さいませ、一人づつ担げて連れて参ります』 黒姫『久助、貴様は丁ン助の後から跟いて、サア早く引き上げて来い』 久助『畏まりました』 と二人は表の石門を開くや否や尻端折つて池の辺を指して一生懸命に走つて来た。見れば池の辺に三男六女の神人が立つてゐる。 丁ン助『オイオイ久公、貴様先へ行かぬかい』 久助『何、俺は貴様の助太刀だ、言はば代理ぢや。貴様が先へ行つて縮尻つたら其控へに俺が出るのだ、先陣は貴様だ、早う行かぬかい』 と、尻をトンと押す拍子に丁ン助はトンと尻餅を搗く、 丁ン助『アイタヽ、ナヽヽヽ何をしやがるのだい、アーア、もう腰が抜けた。貴様が弱腰を無理に突いたものだから、腰の蝶番が折れて仕舞つたよ、貴様が代理するのだ。サアサ行け行け』 久助『触り三百とは貴様の事だ、なまくらな、起んかい。一寸押した位で腰の枢が外れる奴が何処にあるか』 丁ン助『それでも抜けたら仕方が無い、嘘と思ふなら俺を歩かして見い、一寸も歩けやせぬぞ』 久助『エーエ、腰抜け野郎だな』 丁ン助『オヽヽヽ俺は腰抜け野郎だ、それだから貴様行けと言ふのだ』 久助『俺も何だか急に足が抜けた様だ、膝坊主奴が危ない危ないと吐しよる』 丁ン助『何だ、乞食の正月の様に「餅無い餅無い」ナンテ、団子理屈を垂れない、サアサ行け行け、俺は絶対に腰が抜けた。もう一足も歩けぬ、貴様胆玉を放り出してあの池を覗きなつとして来い、帰つて申訳が無いぞ』 亀彦は二人の姿を見てツカツカと間近に進み、 亀彦『ヤア其方は悪神の眷属、能くも三人の女を苦しめよつたナア、サア返報がへしだ。股から引裂き頭から塩をつけて齧つて喰つてやらうか』 と呶鳴りつけた。二人はキアツと声を立て腰の抜けたと言つた丁ン助は真先に韋駄天走りに、雲を霞と逃げ去つた。 話変つて蠑螈別は、 蠑螈別『アーア、何だか今日は心の沈む日だ。皆の奴共、何奴も此奴も芸無し猿の唐変木許りだな、一つ面白い事をやつて見せぬか、アーア頭痛がする』 高姫『これも何かの御都合で御座いませう、さう、おなげき遊ばすには及びませぬ、日の出の神の生宮が一つ踊つてお目に掛けませう』 と高姫はお多福面をニユツと出し、山車尻をプリツプリツと振り乍ら、怪しき腰付で踊り始めた。此時慌しく息せききつて丁ン助、久助は此場に走り来り、 丁ン助、久助『タヽヽヽ大変で御座います』 と言つたきり、丁久二人は息を喘ませて此場にドツと倒れたり。 黒姫『大変とは何事ぞ、二人の女は如何致した』 久助『ドヽヽヽ如何も斯うもありませぬ、タヽヽヽ大変々々、大変と言へば矢つ張り大変で御座います』 黒姫『こら、久助、丁ン助、しつかり致さぬか、何が大変だ』 丁ン助『いやもう、タヽヽヽ大変で御座います、大変と申すより申し上げる言葉も無かりけり、アーン、アンアンアン、オーン、オンオンオン』 黒姫『エー腑甲斐無い奴だ、又歩きもつて夢を見よつたのだらう、臆病な奴だ、しつかり致さぬか』 とキユーと鼻を捻る。 丁ン助『イヽヽヽ痛い、勘忍勘忍』 黒姫『サア、しつかりと申さぬか、様子は如何に』 丁ン助『ヨヽヽヽ様子も何にもあつたものか、ヨヽヽヽ用心なさいませ、酔つぱらつて居るどこの騒ぎぢやありませぬぞ、アヽヽヽ三五教の宣伝使、大きな男が三人とアルマの様な別嬪が而も六人、どうで、ロヽヽヽ碌な事は御座いませぬ哩』 黒姫『貴様の言ふ事は何が何だか、テンと分らぬ、こらこら久助、様子は如何だ。女は何処に居る。』 久助『女どころの騒ぎですかい、たつた今、貴方等の頸は胴を離れますよ、何卒しつかりと用意をして下さい』 高姫『お前達は何を狼狽へ騒ぐのだ、昔の昔のさる昔の根つ本の天地の始まりから、何も彼も調べて調べて調べ上げた此方ぢや、仮令百億万の敵押し寄せ来るとも、此高姫のあらむ限りは大丈夫だ、しつかり致さぬか。してして女は何と致した』 此時門前に勇壮なる宣伝歌の声、四辺を轟かし響き来たりぬ。 高姫、黒姫、蠑螈別を始め、一同は俄に頭痛み胸は引裂く許り苦しくなつて、其場にドツと倒れたり。アヽ此結末は如何なり行くならむか。 (大正一一・四・三旧三・七北村隆光録) (昭和一〇・三・二四於台湾蘇澳駅王仁校正) |
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霊界物語 | 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 | 20 五十世紀 | 第二〇章五十世紀〔五八七〕 松彦の天使に伴はれた一行三人は、鏡の岩にピタリと行当り、如何にして此関所を突破せむかと首を傾けて、胸に問ひ心に掛け、首を上下左右に静かに振り乍ら、やや当惑の体にて幾何かの時間を費やしゐたり。 玉彦『吾々は現界に於ても、心の鏡が曇つてゐる為に、万事に付け往き当り勝ちだ、神界へ来ても矢張往き当る身魂の性来と見える哩。アヽ、どうしたら宜からうな。見す見す引返す訳にも往かず、何とか本守護神も好い智慧を出して呉れさうなものだなア』 松彦『貴方はそれだから不可ないのですよ。自分の垢を本守護神に塗付けるといふ事がありますか』 玉彦『吾々は常に聞いて居ります。本守護神が善であれば、肉体もそれに連れて感化され、霊肉共に清浄潔白になり天国に救はれると云ふ事を固く信じてゐました。斯う九分九厘で最上天国に行けぬと云ふことは吾々の本守護神もどうやら怪しいものだ。コラコラ本守護神、臍下丹田から出て来て、此の肉の宮を何故保護をせないのか、それでは本守護神の職責が尽せぬでは無いか。肉体天国へ行けば本守護神もが行ける道理だ。別に玉彦の徳許りでない、矢張本守護神の徳にもなるのだ。何をグヅグヅして居るのかい』 と握り拳を固めて臍の辺をポンポン叩く。 松彦『アハヽヽヽ、面白い面白い』 玉彦『之は怪しからぬ、千思万慮を尽し、如何にして此鉄壁を通過せむかと思案にくるるのを見て、可笑しさうに吾々を嘲笑なさるのか、貴方も余程吝な守護神が伏在して居ますな』 松彦『天国には恨みも無ければ悲しみも無い。亦嘲りもありませぬ。私の笑つたのは貴方の守護神が私の体を籍つて言はれたのですよ』 玉彦『さう聞けば、さうかも知れませぬな。これこれ厳彦サン、楠彦サン、貴方がたの本守護神は何と仰有いますかな』 楠、厳『アア未だに何とも御宣示がありませぬ。茲暫らく御沈黙の為体と見えます哩。斯うなると実に恥しいものだ。吾々の背後には立派な女神の守護神が鏡に写るのが見える、有難い、吾々は何と云つても矢張身魂が立派だから、守護神もあの通り立派なと思う刹那、パツと消えて了つて後には霊衣さへ見えなくなつて了つた。アヽ心の油断といふものは恐ろしいものだナア』 松彦『貴方がたは何か一つ落して来たものはありませぬか』 三人『最早娑婆の執着心を捨てた以上は、落すも落さぬもありませぬワ。強つて落したと云へば執着心位のものでせうよ』 松彦『イーエ、ソンナものぢやありませぬ。貴方がたに取つて、高天原の関門を通過すれば容易に通過が出来ます』 玉彦『コレコレ楠サン、厳サン、お前たち何か落した物が思ひ出せないか』 厳彦『オー思ひ出した。河鹿峠を下る時に、大切な馬一匹と自分の肉体を一つ落して来た様に記憶が浮んで来る。落したと云つたら、マアソンナ物だらう。もしもし松彦サン、馬の死骸や人間の死骸を拾つて来なくては此処が通過出来ないのですか』 松彦『さうです。馬の死骸と人間の死骸を拾つて来なさい。さうすれば容易に通過が出来ませう』 玉彦『一寸待つて下さい。貴方の仰有る事は少し脱線ぢやありますまいか。斯の如き四面玲瓏たる天国に左様な穢苦しい死骸を持つて来てどうして関門が通過出来ませうか。清きが上にも清き天国に、死んだ馬を引ずつて来た処で乗る訳にも往かず、一足も歩く訳にも往くまいし、ハテ訳の分らぬ事を仰有ります哩』 松彦『サア其落した馬と人間の死骸を生かしさへすれば、立派に通過が出来るのだ。マア一寸本守護神と篤り御相談をなさいませ。私はそれまで此処に待つて居ます』 玉彦『ヤア御忙しいのに済みませぬな』 厳彦(横手を打ち)『ヤア分つた分つた、本守護神の囁きに依つて、一切万事解決が着いた。馬を落したと云ふ事は、心の駒の手綱が緩んで何処かへ逸走して了つたと云ふ事だつた。死骸を落したと云ふ事は吾々の身魂が天国の美はしき光景に憧憬れ魂を宙に飛ばして了つたといふ謎であつた。さうして最も一つ大事なのは、神界旅行に必要なる天津祝詞の奏上や神言の合奏であつた。箕売が笠でひるとは此事だ。現界に居る時は一生懸命に、宣伝歌を称へ、天津祝詞の言霊を朝夕奏上したものだ。其言霊の奏上も、天国に自分も救はれ、数多の人を救はむが為であつた。然るに其の目的たる天国に舞ひ上り乍ら、肝腎の宣伝使の身魂を何時の間にやら遺失して了ひ、心の駒は有頂天となつて空中に飛散して了つて居た。アヽ天国と云ふ処は、油断のならぬ処だな、結構な処の気遣ひの処で怖い処だ。サアサア御一同様、天津祝詞を此鏡岩に向つて奏上致しませう』 と一同は夜の明けたる心地して、勇み立ち、天津祝詞を一心不乱になつて百度計り奏上した。鏡の岩は自然と左右に開かれ、坦々たる花を以て飾られたる、清き大道が現はれて来た。三人は声を揃へて、 三人『ヤア松彦様、有難う御座いました。御蔭様で難関も無事に通過致しました。何分に馴れぬ神界の旅行、勝手も存じませぬから、何とぞ宜しく御世話下さいませ』 松彦『否々、貴方の事は貴方がおやりなさい。現界に於て貴方がたは、常に、人を杖に突くな、師匠を便りにするなと云つて廻つて居られたでせう』 三人は、 三人『アハヽヽヽ、余り好い景色で気分が良くなつて何も彼も忘れて了つた。さうすると矢張り執着心も必要だ』 松彦『それは決して執着心ではありませぬ。貴方がたの身魂を守る生命の綱ですよ。ヤア急いで参りませう』 向ふの方より、身の丈二尺ばかりの男女五人連、手を繋ぎ乍ら、ヒヨロヒヨロと此方に向つて進み来るあり。 玉彦『ヤア小さいお方が御出でたぞ。此処は小人島の様だな。天国にはコンナ小さい人間が住まつて居るのですか。ナア松彦サン』 松彦『何、神界許りか、現界も此通りですよ。一番図抜けて大男と云はれるのが三尺内外一尺八寸もあれば一人前の人間だ。顕幽一致、現界に住まつてゐる人間の霊体が此高天原に遊びに来てゐるのだ。ああやつて手を繋いで歩かないと、鶴が出て来て、高い処へ持つて上るから、其難を防ぐ為、ああやつて手を繋いで歩いて居るのだ』 玉彦『ハテ益々合点が往かなくなつて来た。吾々三人は、常世の国を振出しに、世界各国を股にかけ、現界は大抵跋渉した積りだが、何程小さき人間だと云つても六尺より低い男女は無かつた。赤ん坊だつてあれ位の背丈は、現界の人間なれば持つてゐますよ。貴方、何かの間違ひではありますまいか』 松彦『六尺以上の人間の住まつて居つたのは、今より殆ど三十五万年の昔の事だ。貴方が河鹿峠で帰幽してからは、最早三十五万年を経過して居るのだ。現界は二十世紀といふ、魂の小さい人間が住まつて居た時代を超過し、既に三千年暮れてゐる。現界で云へば、キリストが現はれてから五十世紀の今日だ。世は漸次開けるに伴れて、地上の人間は労苦を厭ひ、歩くのにも電車だとか、自動車、汽車、風車、羽車等に乗つて天地間を往来し、少しも手足を使はないものだから、身体は追ひ追ひと虚弱になつて最早五十世紀の今日では、コンナ弱々しい人間になつて了つたのだ。併し乍ら、十九世紀の終りから二十世紀にかけて芽を吹き出した、三五教の教を信じ不言実行に勉め、労苦を楽しみとしてゐる人間の系統に限つて、夫れと反対に六尺以上の体躯を保ち、現幽神界に於て、神の生宮として活動してゐるミロク人種もありますよ』 三人『吾々は昨夜、河鹿峠で落命したと思つて居るのに、最早三十五万年も暮れたのでせうか。如何に神界に時間が無いと云つても之は又余り早いぢやありませぬか』 松彦『サアお話は聖地に到着の上ゆつくりと致しませう。神様がお待兼ね、ぼつぼつ参りませう』 と先に立つて歩み出した。三人は松彦の後にいそいそと随ひ行く。忽ち眼前に展開せる湖水の岸に着いた。金波銀波洋々として魚鱗の如く日光に映じ、其壮観譬ふるに物なき程である。七宝珠玉を以て飾られたる目無堅間の御船は、幾十艘とも無く浮んでゐる。松彦は、其中最も美はしき、新しき船にヒラリと飛び乗り、三人に同乗を勧め、自ら櫓を操り乍ら、西南を指して波上豊に揺れ行く。湖面は日光七色の波を以て彩どられたる如き波紋を描きつつ、船唄勇ましく聖地の高天原を指して、勇み漕ぎ行く。波の彼方に、霞の上に浮いてゐる黄金の瓦、銀の柱、真珠、瑪瑙、珊瑚、瑠璃、琥珀、硨磲等の七宝を鏤めたる金殿玉楼は太陽の光に瞬きて、六合を照す許りの荘麗を示してゐる。漸くにして船は一つの島に着いた。地上一面に敷かれたる金銀真珠の清庭がある。東の門は巨大なる真珠を以て固められ、西には瑪瑙の神門、南は瑠璃の神門、北には硨磲の神門を以て囲まれ、東北には白金の門、西南には白銀の門、西北には黄金の門、東南には瑪瑙の門を造られ、其他に、八の潜り門は各珍らしき宝玉を鏤められ、其壮観美麗なる事、筆舌の能く尽す処ではない。松彦は先づ東門より三人を伴ひ、静々と進み入る。入口には眉目美はしき男女の天使、満面に笑を湛へて一行を歓迎しつつありき。松彦は是等の美はしき天使に目礼し乍ら、三人と共に奥へ奥へと進み行く。 (大正一一・四・四旧三・八藤津久子録) |
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霊界物語 | 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 | 21 帰顕 | 第二一章帰顕〔五八八〕 松彦一行は金砂、銀砂、真珠を一面に敷きつめたる清庭を進む折しも、二三の従者を伴なひ、黄錦の制服を着したる顔色美はしく、姿何処となく優美高尚なる神人現はれ来り、莞爾として松彦に向ひ、 神人『松彦殿、御苦労なりしよ。先づ先づ奥にて休息あれ。オー玉彦、厳彦、楠彦殿よくマア御出で下さいました』 三柱は此声の何とも言ひ得ぬ温味あるにフト顔を上ぐれば、河の辺にて別れたる言依別の命なりける。 三人は驚き乍ら、 三人『ヤア貴神は言依別命様』 と言つたきり、嬉し涙をハラハラと流してゐる。言依別命は、 言依別『御一同此方へ御出でなされ』 と先に立ちて歩み、緩やかに美はしき宮殿の階段を上り行く。 一行は恐る恐る後に続く。美はしき桧造りの宮殿の真中央に、四人は据ゑられた。言依別命は数多の美はしき男女の侍神に命じ、玉杯に酒を盛り、珍らしき果物を添へて差出し勧むる。一同は意外の待遇に狂喜し、身の措き所も知らず、何となく心いそいそとして落着きかねし風情なり。 寸時休憩の後、言依別命は三人を伴ひ、木の香薫れる美はしき廊下を伝ひて、奥へ奥へと伴ひ行く。言依別は拍手を終り、神言を奏上するや錦の帳をサツト押開け入り来る白髪の老神、莞爾として一同の前に現はれ給ひ、 老神(国祖)『汝言依別命以下三人の神司、よくも参りしよな。汝は此の高天原の荘厳を胸底深く畳込み、聖地の状況を十分に視察し、数日此処に滞留して聖地の空気を吸ひ身魂を清め、復び現界に現はれ、汝が残りの使命を果し、然して後改めて此処へ帰り来られよ。われこそは国祖国治立命なるぞ』 と儼として犯すべからざる威容に笑を湛へ、軽く一礼して奥殿に入らせ給うた。 言依別以下三人は、嬉しさに胸塞り、何の応答もなくばかり、嬉し涙に時の移るをも知らず俯向きゐる。又もや威厳の中に温情の籠れる声にて、 神素盞嗚大神『汝言依別命並に玉彦命、厳彦命、楠彦命、汝が至誠は地の高天原に通じたり。悠々聖地の状況を観覧し、復び現界に復帰して汝が使命を果せし上、改めて此処に帰り来れ。われこそは豊国姫神の分霊否伊都能売の身魂、神素盞嗚なるぞ』 と声も涼しく宣らせ給へば、一同は思はず、ハツと頭を擡げ御顔を眺むれば、三五の月の御顔色譬ふるに物無き気高さに、又もやハツと頭を下ぐる其の刹那、微妙の言葉につれて徐々と奥殿に入らせ給ふ後姿を遥に拝し奉り、又もや恭敬礼拝感謝の涙に咽びつつ、祝詞の声も嬉し涙に湿る許りなりき。 この時何処よりともなく現はれ来る以前の天使松彦は、 松彦『ヤア皆様、結構でございました。大神様の命に依つて、これから神界の一部を御案内いたしませう。サア御出でなさいませ』 と御殿を下り、スタスタと進み行く。四人は松彦の後に続く。松彦は十重の高楼に四人を導き、四方の風景を指さして一々説明を与ふる。 金銀の波を湛へたる湖は四方を囲み、金銀の帆を張りたる五色の船は、右往左往に往来しつつありき。遥の彼方に浮かべる如く見ゆる松生茂る一つの島を示し、松彦は、 松彦『彼の島は三十八万年の昔、顕恩郷と称へて南天王の守り給ひし楽園でありました。大地の傾斜旧に復してより、今は御覧の如く低地は残らず湖水となり、唯高山の頂きのみ頭を現はし、今は国治立大神の御安息場所となりました。彼のきらきらと輝く光は、十曜の神紋でございます』 言依別『三十八万年とは、それは何時から計算しての年数でございますか』 松彦『素盞嗚大神、天の高天原を神退ひに退はれ給ひし日より計算しての年数でございます』 言依別『アア然らば最早数十万年の年月を経たるか。はて不思議千万、合点の行かぬことであるワイ』 松彦『神界に時間はありませぬ。これも現界より見ての年数です。アレアレ四方を御覧なさいませ。尊御退隠時代は、彼の波の漂ふ辺りは残らず美はしき山でございました。また少しく東に当つて小さき、黒き影の見えまするのは、古のシナイ山の頂でございます。斯くの如く世態は一変し、陸地は大湖水となり、海の各所に新しき島嶼が続出しました』 と話す折しも、美はしき羽翼を列べて十四五の鳥、此の十重の塔に翺け来り、五人が前に羽根を休めける。 見れば鳥と見しは見誤りにて、羽根の生へたる小さき人間なりき。松彦は一同に向ひ、 松彦『彼は天地の間を往来し、神々の御言葉を伝ふる使神であります。地上の世界は炎熱甚しく相成りたれば、今は罪軽き神人は残らず、日の御国に移住をすることになつてゐます。そのために空中郵便が開始され、つまり彼の使は三十世紀の昔に於ける郵便配達夫の役を勤むるものでございますよ。日の御国に御用がございますれば、此処で手紙を御書きなさいませ。この十重の神殿は謂はば天と地との文書の往復を掌る一等郵便局のやうなものです』 言依別『吾々は神代の文字は知つてゐますが、今日の時代は文字も大変異つてゐませうね』 松彦『昔のやうに今日の時代は、毛筆や、鉛筆や、万年筆などの必要はありませぬ。唯指先を以て空中に七十五声の文字を記せば、配達夫は直に配達して呉れますよ。私が一つ手本を見せませう。この交通機関は廿一世紀の初期から開始されたのですよ』 と右の指を以て空中に七十五声の片仮名を綴りて、一つの語を作り、 松彦『サア、これで手紙が書けました。文字が言語を発する時代となつて来ました』 と言つて笑つてゐる。四人は耳を傾けて珍らしき文字の声を聞かむと努めける。文字の声は音楽の如く聞え来たりぬ。其の文面に拠れば、 『唯今地の高天原に誠の神の教を伝ふる言依別命、玉彦、厳彦、楠彦の四柱が御出でになり、国治立の大神様、又神素盞嗚の大神様に御対面遊ばされ、唯今十重の高楼に御上がりになつて、四辺の景色を眺めてゐられます。天の高天原に於て此の方々に対して御用がございますれば、直に御返事を下さいませ。左様なら』 と明瞭と聞えて来た。使の神は空中の文字をクルクルと巻き乍ら、羽根の間にはさみ、天空目蒐けて電光石火の如く飛び去りぬ。 松彦『今に御返事が参りませうよ。暫く四辺の景色を眺めて御待ち下さいませ』 三人は驚きて、 三人『モシ言依別の命さま、妙なものですなア。随分世の中も開けました。二十世紀時代の人間は文明の極致に達したとか、神界の秘密を探つたとか、時代を征服したとか言うて居た時代もありましたが、今日になつて見れば実に幼稚なものですな』 と話しゐる。此時以前の使は、電の如く此場に降り来たりぬ。而して松彦に空中返書を手渡し乍ら、又もや矢を射る如く東天指して翔け去りにける。其の文面に曰ふ。 『天の高天原より返事を致します。唯今御申越しの言依別命外三人は、未だ現界に尽す可き神業の数多あれば、一度現界へ御帰し下され度し。時代は三十五万年の古に復して、河鹿峠の谷底へ帰顕せしめられ度し。右御返事申します。地の高天原の消息の司松彦殿』 と空中文字の返書が声を発して、自然に物語りゐる。 玉彦『アア未来の世は結構だナア。吾々も此儘神界にゐたいものだが、アーア三十五万年の未だ苦労を済まさねば、此処へ来ることは出来ぬのかなア。アヽ仕方がありませぬ、左様なら、松彦様、これから御暇を致します』 松彦は、 松彦『皆様、暫らく御待ち下さいませ。空中交通機を上げませう』 と又もや指先にて空中に、何事か記す其の刹那、金色燦然たる鳥の翼の如きもの四組、何処ともなく此場に降り来たりぬ。 松彦『サア之を御着けなされ』 と云ふより早く自然的に四人の肩の辺りに、金色の翼はピタリとくいつきたり。四人は一度に、 四人『アアこれは立派だナア』 と羽ばたきを試むるや、身は益々高く空中に飛び揚がり、一瀉千里の勢を以て電波よりも早く、西の空を目蒐けて進み行く。眼下に横たはる四人の肉体、ハツと見下す途端に吾に返り四辺を見れば、河鹿河の谷底に倒れ居たるなり。乗り来し駒は如何にと見れば、無心の馬は河辺の青草をグイグイとむしりゐたりける。 言依別『アア暫くの間、気が遠くなつたと思へば、有り難い、高天原の状況やら、数十万年後の世界の状況を見せて貰つた。これも全く国治立尊、神素盞嗚尊の広き、厚き御恵みだ。サア一同此処に禊身を修し、天津祝詞を奏上して、潔く大神の御隠退場に参向致しませう』 と身を浄め、口を嗽ぎ拍手の声勇ましく、天津祝詞を奏上し終つて又もや駒にヒラリと跨り、天馬空を駆ける如く、身も軽々しく坂道指して、道なき小柴の山中を一目散に上り行く。 (大正一一・四・四旧三・八外山豊二録) |
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霊界物語 | 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 | 22 和と戦 | 第二二章和と戦〔五八九〕 言依別命は不思議の事より神界を探険し再び正気に立ち復り給ひて、玉彦、厳彦、楠彦諸共に、駒に鞭ちしとしととウブスナ山脈を神素盞嗚大神の御舎指して進み行く。 山上の御舎は何れも丸木柱を以て造られありぬ。用材は桧、杉、松、樅其他種々の木をあしらひ、余り広からず狭からず何とも言へぬ風流なる草葺の屋根、幾棟となく立ち並び居たり。一行四人は門前に到着し、馬をヒラリと飛び下りて大音声に、 一行『頼まう頼まう』 と訪なへば、 男『応』 と答へて大の男三四人、門を左右にパツと開き、四人の姿を見るより、 国武彦『ヨー、これはこれは、能く入らせられました。只今高天原よりの急報に依り貴使等四人当邸に現はれますと承はりお待ち申して居りました。サアサ御這入り下さいませ、御案内致しませう。私は八十猛の神の長を勤むるもの、国武彦と申すもので御座います』 と言ひつつ先に立つてドスンドスンと地響きさせ乍ら奥へ奥へと案内したり。 本宅と覚しき館の玄関口に佇み、国武彦は、 国武彦『アア八島主様、言依別命御一行がお出でになりました』 と言葉終ると共に玄関の襖はサラリと開かれたり。 国武彦『サアサアこれが命様の御本殿で御座います、御遠慮なく御上り下さいませ』 と案内する。 一同『然らば御免』 と一同は奥へ奥へと進み入る。容色麗しき二人の美人此場に現はれしを能く能く見れば愛子姫、幾代姫なりき。 言依別『アア貴神は顕恩郷に坐ませし尊の御娘子、愛子姫、幾代姫様では御座らぬか』 愛子姫『ハイ、左様で御座います、能くマアお越し下さいました』 幾代姫『妾は仰せの如く幾代姫で御座います、何卒御悠りと御休息下さいませ。妾の父は天下蒼生の為めに、ここ十日許り以前に館を立ち出で、常世の国さして行くと申して出られました。折角のお訪ねで御座いまするが父は生憎の不在なれども、妾が兄八島主父の代理として留守を致して居りますれば、何卒ゆるりとお話し下さいます様に』 言依別『アヽ左様で御座るか、之は惜しい事を致した。イヤ先程御父上に地の高天原に於て拝顔を得ました』 愛子姫、幾代姫一度に、 愛子姫、幾代姫『エ、父にお会ひで御座いましたか、それは何れの地方に於て』 言依別『ハイ、地の高天原に於て三十五万年の未来に麗しき御尊顔を拝しました』 愛子姫、幾代姫『アヽ左様で御座いましたか、それはそれは都合の好い事で御座いましたナア。父は何と申しましたか』 言依別『イヤ吾々には未だ現界に於て尽すべき神務あれば、三十五万年の昔に立ち復り現界的神業を尽せよとの御厳命で御座いましたよ。イヤもう罪の深い吾々、容易に高天原へ参る事は出来ませぬ』 玉彦、厳彦、楠彦、三人一度に、 三人『オー貴女は神様の御娘子で御座いましたか、私共は言依別の命様の御供致すもの常世の国に於て生れましたる、はした者に御座います。何卒以後はお見捨なく御昵懇に御指導を願ひ上げ奉ります』 と慇懃に挨拶する。 愛子姫、幾代姫『御挨拶は却て痛み入ります、妾は、たらはぬ女の身、何卒御見捨なく何時々々迄も御昵懇に願ひ度う御座います』 と頭を下ぐる。此時、眼清く眉秀で鼻筋通り口許しまり桃色の顔、鼻下の八字髭及び下顎の垂髯を揉みつつ徐々と入り来り、一行の前に端坐し、叮嚀に会釈し乍ら、 八島主『私は八島主で御座います。貴使は噂に高き言依別の命様、遠路の処遥々能く御越し下さいました。吾父が在しましたならばどれ程喜ぶ事で御座いませう』 と目を瞬き、そつと涙を拭ふ。一同は何となく八島主の態度につまされて哀れを催し涙の袖を絞り居る。此時菊子姫は二人の侍女を伴ひ、 菊子姫『御一同様、御飯の用意が出来ました、何卒此方へ御越し下さいませ』 と挨拶する。主人側の八島主を始め四人は菊子姫の後に従つて奥の別室に進み入る。別室の入口には亀彦、梅彦、愛子姫、幾代姫の四人が叮嚀に端坐し頭を下げ一行を迎へ居る。ここに一場の晩餐会は催され、果実の酒に心勇み一同は代る代る小声に謡を唄ひ、菊子姫は長袖しとやかに舞曲を演じて興を添へにける。 日は漸く西に没れて夕暮告ぐる諸鳥の声、淋し気に聞え来たる。時しもあれ、慌しく此場に現はれたる八十猛の神は、 八十猛『八島主の命様に申し上げます、只今バラモンの大棟梁鬼雲彦なるもの、鬼掴を先頭に数多の魔軍を引率し、当館を十重二十重に取囲み雨の如くに矢を射かけ、又決死隊と見えて数百の荒武者男、長剣長槍を閃かしドツと許りに攻め寄せました。当館の猛将国武彦は館内の味方を残らず寄せ集め、防戦に力を尽して居りますれど、敵の勢刻々に加はり味方は僅かに二十有余人、敵の大軍は衆を恃んで鬨を作り、一の館、二の館、三の館は最早彼等の占領する処となりました。国武彦は群がる敵に長剣を引き抜き立ち向ひ、縦横無尽に斬りたて薙たて防ぎ戦へども、敵は眼に余る大軍、勝敗の数は歴然たるもの、御主人様、此処に居まし候ては御身の一大事、一時も早く裏門より峰伝ひにビワの湖に逃れ出で、コーカス山に忍ばせ給へ、敵は間近く押し寄せました。サアサ早く御用意あれ』 と注進するを、八島主は少も騒がず、 八島主『ホー、汝八十猛の神、能きに取計らへよ、吾は遠来の客を待遇さねばならぬ。汝は国武彦と共に防戦の用意を致すが宜からうぞ』 八十猛『これは主人様のお言葉では御座いまするが、危機一髪の此場合、左様な呑気な事を申して居られませうか。最早第三の館まで敵に占領され、又国武彦は身に数槍を負ひ苦戦の最中で御座います。味方は大半討死致した様で御座います。何卒一時も早くお客さまと共に此場をお逃れ下さいませ』 八島主『アツハヽヽヽ、面白い事が出来たものだ、御父の留守を窺ひ、弱身につけ込む風の神、高が知れたる鬼雲彦の軍勢、仮令百万騎、千万騎一度に攻め来るとも、八島主が一本の指先の力にて、縦横無尽にかけ悩まし一泡吹かせて呉れむ、汝は表に駆け向ひ、汝としての力限りを尽せよ。ヤアヤア皆様、敵軍の攻め来り騒ぐ有様を酒の肴と致して、ゆるりと飲みませう、時にとつての一興、何もお慰みで御座います。敵の襲来なりと見物して御心を慰め下さいませ』 言依別命は、 言依別『アツハヽヽヽ、ヤア面白い事が出来ました、もう少し近寄つて呉れますれば見物に都合が宜しいが、此処は確か八つ目の御館、まだ四棟も隔てて居りますれば先づ先づ安全地帯、乍然一利あれば一害あり、危険な目に遇はねば面白い事は見られませぬ哩、アハヽヽヽ』 亀彦、梅彦肩を怒らし臂を張り、顔色物凄く呼吸を喘ませ乍ら、 亀彦、梅彦『これはこれは八島主様、言依別様、お二方は狂気召されたか、此場に臨んで何を悠々と、お酒どころの騒ぎぢや御座いますまい。サアサ防戦の用意をなさいませ。吾々は生命を的に奮戦致し、攻め来る奴輩を片端より斬りたて薙散らし、一泡吹かせて呉れむ』 と言ふより早く長押の長刀、梅彦はおつ取り表へ出でむとす。亀彦は長剣を引き抜き、亦もや行かむとす。愛子姫は二人の足にヒラリと綱をかけ後に引いた。行かむとする勢に、力は上半身に満ち下半身は蝉の脱け殻の如くなつた足許を引掛けられ、スツテンドウと座敷の真中にひつくり覆りける。 亀彦『千騎一騎の此場合、何を悪戯遊ばす、猶予に及ばば御身の一大事、サアサ姫様達は一刻も早く裏門より落ちのびなさい。菊子姫殿、幾代姫殿、サアサア早く早く。吾は之より表に駆け出し、細腕の続く限り奮戦せむ』 と又もや起き上り、勢こんで表に行かむとす。 八島主は悠然として、 八島主『アハヽヽヽ、皆様、敵の騒ぎを見ずとも味方の狂言で沢山で御座います哩。ヤアヤア亀彦、梅彦先づ一杯召し上れ』 と盃をつき出す。梅彦はかぶりを振り乍ら、 梅彦『エーエ、又しても気楽な御主人様、ソンナ処で御座いませうか、サアサ早く逃るか進むか、二つに一つの間髪を入れざる場合で御座れば、何れへなりと御覚悟あつて然るべし』 と言ひ捨てて二人は表を指して韋駄天走りに進み行く。最早敵は第五の館を占領し第六に向はむとする時なりき。 八十猛の神は又もや血相を変へて顔面に血を流し乍ら走り来り、 八十猛『申し上げます、最早敵は第六の館に迫りました、勝敗の数は已に決す、一時も早く御落ち延び下さいませ。吾等は生命のつづく限り奮戦し相果つる覚悟で御座います』 八島主は平然として、 八島主『ヤア八十猛か、御苦労であつたのう、先づ、ゆつくり酒でも飲んで働くが宜からうよ』 八十猛は息を喘ませ乍ら、 八十猛『ソヽヽヽそれは何を仰しやります、酒どこの騒ぎですか、国家の興亡此瞬間に迫る、酒も喉が通りませぬ』 言依別『アハヽヽヽ、八島主の命様、随分貴使の御家来には勇将猛卒が居りますね、勇将の下に弱卒なし、イヤもう感心致しました』 八島主『イヤ、さう言はれては返す言葉も御座いませぬ、彼等の周章狼狽の醜態、お目に懸けまして誠に恥入る次第で御座います。吾々は敵の攻撃に任せ無抵抗主義をとるもの、元より勝敗の数は歴然たるものに御座いますれば、何程慌た処で結果は同じ事ですよ、先づは刹那心を楽しみませう。一刻先は分つたものぢやありませぬよ、アヽヽヽ』 又もや酒をグビリグビリと飲んで居る。日頃狼狽者の玉彦、厳彦、楠彦も神界旅行の経験を得てより何となく心落ち着きしと見え、此騒動を殆んど感知せざるものの如く、悠々として箸をとり、贐の酒に舌鼓を打ち私かに鼻唄を謡つて居る。愛子姫は一絃琴をとり出し声も淑やかに謡ひ出した。 愛子姫『菊子姫さま、幾代姫さま、貴女一つ舞うて下さいな。遠来の御客様に余り殺風景な処をお目に懸けて済まないから、一つ花やかな処を御覧に入れて下さい、妾が謡ひませう』 菊子姫、幾代姫は、 菊子姫、幾代姫『あい』 と答へて仕度にとりかかり淑やかに舞ひ始めたり。表は修羅道の戦ひ。奥の一室は悠々たる春の花見の如く、秋の夜の月見の如く静まりかへつて、笑ひの声屋外に洩れ居たり。 鬼雲彦は血糊の着いた槍を扱き乍ら阿修羅王の如く此場に現はれ来り、 鬼雲彦『ヤア斯くなる上は最早敵ふまい、サア尋常に切腹致すか、但は此方が槍の錆にして与らうか、サアサア返答は如何じや』 と息巻いて居る。鬼雲彦に続いて鬼掴は此場に又もや現はれ来り、 鬼掴『さしも豪傑と聞えたる八十猛、国武彦は吾手にかかつて脆くも討死致したれば、最早叶はぬ百年目、サア尋常に切腹致すか、但は此方が手を下さうか、サア返答致せ』 八島主『アツハヽヽヽ』 言依別『オツホヽヽヽ、何と面白い芸当では御座らぬか、千両役者も跣足で逃げ出します哩、ワツハツハヽヽヽ』 玉彦『ヨー、鬼雲彦の御大将、バラモン教は随分強い方が居ますな、吾々は三五教の宣伝使、いや、とてもとても貴方のお相手は余り馬鹿らしうてなりませぬ哩、アツハツハヽヽヽ』 厳彦『ヤア鉛で造つた仁王の様に随分立派なスタイルですな、ワツハヽヽヽ』 楠彦『ホー立派な者だ、節くれ立つたり、気張つたり、閻魔の庁からやつて来たお使の様だ。ヤア酒の肴に面白い事を見せて頂きます哩、ハツハヽヽヽ』 愛子姫『オホヽヽヽ、あの鬼雲彦さまとやらの、立派のお顔わいな、鬼掴サンのあの気張り様』 菊子姫、幾代姫『ホヽヽヽ』 鬼雲彦、座敷の真中に突立ち乍ら団栗眼をグリグリ回転させ、 鬼雲彦『此場に及んで何を吐かす、其方は気が狂うたか、哀れ至極の者だ、ワツハツハヽヽヽ』 と豪傑笑ひをする。鬼雲彦は肩を揺り乍ら又もや、 鬼雲彦『ワツハヽヽヽ、チエツヘヽヽヽ、心地良やな、バラモン教の運の開け口、此館が手に入るからは、最早三五教は寂滅為楽、扨も扨も、憐れな者だワイ、ワツハヽヽヽ』 と無理に肩をしやくり豪傑笑ひを続けて居る。八島主命は右の食指をヌツと前に突出し、 八島主『ヤア鬼雲彦一同の者共、能つく聞け、両刃の長剣の神の生身魂、熊野楠日の神とは吾事なるぞ、八島主とは此世を忍ぶ仮の名、サアサア一時も早く改心致すか、返答は如何ぢや』 鬼雲彦、大口開けて高笑ひ、 鬼雲彦『ワツハヽヽヽ、吐かしたりな吐かしたりな、此期に及んで何の繰言、引かれ者の小唄とは汝の事、エー面倒だ、片つ端から血祭りに致して呉れむ、ヤア者共、之等一座の男女の木つ端武者を討ち滅せよ』 と下知すれば、 『ハツ』 と答えて四方より魔軍の将卒駆け集まり前後左右に詰めかくる。八島主は右手を伸ばし、 『ウン』 と一声、言霊の力に鬼雲彦始め一同は将棋倒しにバタバタと其場に倒れ、身体硬直して石地蔵の如く硬化したり。 八島主『ワツハヽヽヽ』 言依別『ヤア面白い面白い、廃せば良いのに入らぬチヨツカイを出しよつて、此有様は何事だ。サア玉彦、厳彦、楠彦、汝等は彼等に向つて宣伝を致すが良からう』 三人は、 三人『ハア』 と答へて起ち上り、バツタリと倒れて身動きもならず苦しめる鬼雲彦、鬼掴の前に突立ち、 三人『アハヽヽヽ、アヽ愉快な事じや、否気の毒なものだな』 三人は頸から上の霊縛を解いた。鬼雲彦、鬼掴を始め数多の勇将猛卒は頸許り前後左右に振り廻し、何事か頻りに呟いて居る。此時表の方より国武彦、八十猛の両人現はれ来り、 国武彦、八十猛『御主人に申上げます、雲霞の如き大軍に味方は僅二十有余人、暫時は挑み戦ひしが、衆寡敵せず、進退維谷まり味方の敗亡瞬時に迫る折から、天の一方より巨大の火光降り来り、敵の軍中に落下するよと見れば、思ひきや日の出神の宣伝使、数多の神軍を引率して忽然として現はれ、群がる敵に言霊の爆弾を浴びせかけ給へば、敵は獲物を大地に投げ捨て「頭が痛し、胸苦し」と叫び乍ら残らず大地に打倒れ身体硬直した儘、操り人形の如くに首を打振る可笑しさ、いやもう結構な御神徳を戴きました。ホー此処にも大将株が倒れて居りますね、これはしたり、妙な事もあればあるもので御座る哩、アハヽヽヽ』 言依別『吾々は天下無敵主義を標榜するもの、彼等と雖も矢張天地の神の御水火より現はれ出でたる青人草、一人でも悩め苦しむる事は法の許さぬ処、万々一敵軍の中に於て一人たりとも負傷者あらば助けてやらねばなりますまい』 八島主『御尤もで御座る、サア御苦労乍ら玉彦様、貴方一人で結構ですから一度敵味方の負傷者の有無を調べて下さい』 玉彦は、 玉彦『承知致しました』 と早くも起つて表へ駆け出し、彼方此方に負傷して血を流し苦しむ軍卒を片つ端から数歌を謡ひ乍ら、残らず癒やし廻りぬ。而して玉彦は一同の前に声を張り上げて宣伝歌を謡ひ聞かしけるに、何れも歌の耳に入るや、悪の守護神の頭に厳しく応へしと見えて益々苦悶の呻り声高くなり行く。奥の一室には鬼雲彦、鬼掴其他の猛将勇卒に向つて厳彦、楠彦は宣伝歌を宣り聞かしゐる。鬼雲彦は此歌を聞くより益々苦悶し始め流汗淋漓、青息吐息を吹き立て目を剥き藻掻く可笑しさ。 言依別『如何しても身魂の因縁と言ふものは争はれぬものだナア。何程結構な教を聞してやつた処で、身魂があはねば帰順させる事が出来ぬと見える。人には人の食ふ食物があり、牛には牛、獅子には獅子、猫には猫、糞虫には糞虫の食糧が惟神的に定つてる様に、教の餌も其通りだと見える。人間の食ふべき食物を牛馬に与ふるのは却て彼等を苦しめる様なものだ。縁なき衆生は済度し難し、悪神は悪神相当の安心を以て居るでせう、何程彼等を救ふてやり度いと思うてもこれは到底駄目でせうよ、再び敵たはぬ様にして帰して与りませうかい』 八島主『貴使の御説、御尤もで御座る。然らば腰より上は暫らく元の硬直状態にして置いて足のみ自由を許して与りませう』 と言ひ乍ら八島主は立ち上り示指をグツと前に差し出し空中に円を描いて、 八島主『半日の間、腰から上は霊縛を加ふ、腰から以下は自由を許す』 との声の下より今迄氷柱の如くなつて居た手足はくの字に曲りムクムクと起つて、首を据ゑたまま、手を垂直したもの、片手を振り上げたもの、種々様々の珍姿怪態の陳列場を開設し、一目散に門外さして先を争ひ逃げ出す。玉彦は此態を見て吹き出し、 玉彦『ヤア此奴は良い工夫だ。オイ数多の魔軍共、之より一日の間、腰より上は霊縛を加へ置く、腰より下は汝等が勝手たるべし、許す』 と云ふ言葉の下に彼等の足は動き出したり。一同は足の自由となりしを幸ひ腰から上は材木の様にビクともせず、足のみ忙しく門外さしてウンともスンとも得言はず、コソコソと此場を逃げ去りにけり。 (大正一一・四・四旧三・八於錦水亭北村隆光録) |
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霊界物語 | 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 | 跋文 | 跋文 神霊界の状態は肉体人の住居せる 世界と万事相似たり平野山岳丘陵や 岩石渓谷水に火に草木の片葉に至るまで 外形上より見る時は何等変りし処なし されども是等の諸々は起源を一切霊界に 採りたる故に天人や精霊のみの眼に入りて 肉体人の見るを得ず形体的の存在は 自然的起源を保有する現界人のみ之を見る 顕幽区別は明かに神の立てたる法則也 それ故現世の人々は霊界事象を見るを得ず 精霊界に入りし時神の許しを蒙りて 詳しく見聞するものぞ是に反して天人や 精霊界に入りし者はまた現界や自然界 事物を見ること不能なり鎮魂帰神の妙法に よりて人間の体を藉り憑依せし時漸くに 現界の一部を見聞し人に対して物語り 為し遂げらるるものぞかし如何となれば肉体人の目は 形体界の光明を受くるに適し天人や 精霊の眼は天界の光明を受くるに適すべく 造り為されし為ぞかし而も両者の眼目より 外面全く相似たり霊界の性相斯の如く 造られたるを自然界の人の会得し能はざるは 是また止むを得ざるべし外感上の人々は その肉眼に見る所手足の触覚視覚等に 取入れ得らるるその外は容易に信じ得ざるなり 現界人は斯の如き事物に基づき思考する 故に全くその思想物質的に偏よりて 霊的ならず霊界と現実界とのその間に 如上の如き相似あれば人は死したる後の身も かつて生れし故郷や離れ来たりし世の中に 尚も住居する者なりと誰人とても思ふ可し 此の故人は死を呼びて是より彼世の霊界の 相似の国へ往くと謂ふ。 ○ 現実界を後にして精霊界に移る時 その状態を死と称す死し行くものは一切の 身魂に属せし悉を霊界さして持ちて行く 物質的の形骸は腐朽し去れば残すなり 死後の生涯に入れる時現実界にありし如 同じ形の身体を保ちて何等の相違なく 打見る所塵身と霊身に何等の区別なし されど其実身体は既に霊的活動し 物質的の事物より分離し純化し清らけく 霊的事物の相接し相見る状態は現界の 相触れ相見る如くなり精霊界に入りし後も 凡ての人は現界に保ちし時の肉体に あるものの如思ひ詰め我身のかつて死去したる その消息を忘るなり精霊界に入りし後も 人は依然と現界にありて感受せる肉的や 外的感覚保有して見ること聞くこと言ふことも 嗅ぐこと味はひ触るること残らず現世の如くなり 精霊界に身をおくも名位寿富の願ひあり 思索し省み感動し愛し意識し学術を 好みしものは読書もし著述を励む身魂あり 換言すれば死と言ふは此より彼に移るのみ その身に保てる一切の事物を到る先々へ 持ち行き活躍すれば也故に死すると言ふことは 物質的の形体の死滅をいふに過ぎずして 自己本来の生命を決して失ふものならず 再び神の意志に由り現世に生れ来る時は 以前の記憶の一切は忘却さるるものなれど こは刑罰の一種にて如何ともする術はなし 一度霊界へ復活しまたもや娑婆に生るるは 神霊界より見る時は凡て不幸の身魂なり 人は現世に在る間に五倫五常の道を踏み 神を敬ひ世を救ひ神の御子たる天職を 竭しおかねば死して後中有界に踏み迷ひ 或は根底の地獄道種々雑多の苦しみを 受くるものぞと覚悟して真の神を信仰し 善を行ひ美を尽し人の人たる本分を 力限りに努めつつ永遠無窮の天国へ 楽しく上り進み行く用意を怠ること勿れ 顕幽一致生死不二軽生重死も道ならず 重生軽死亦悪し刹那々々に身魂を 研き清めて神界と現実界の万物の 大経綸の神業に尽せよ尽せよ惟神 神のまにまに述べておく 大正十一年十一月十七日 |
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280 (1657) |
霊界物語 | 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 | 余白歌 | 余白歌 歴史にも無き神界の有様をつぶさに語るこれの神書〈第2章(三版)〉 人生における一大問題は死後の世界の有無に関はる〈第4章(三版)〉 精霊は人の本体肉体は人のしばしの仮の宮なる〈第4章(三版)〉 精霊は不老不死なり肉体は栄枯盛衰ある世なりけり〈第4章(三版)〉 永遠に不老不死なる生命をさとりし人は天国の民〈第5章(三版)〉 生前に神を信ぜず科学のみ主とせし人は根の国にゆかむ〈第5章(三版)〉 八衢に迷ふみたまは現世に罪はなけれど神知らぬ人〈第5章(三版)〉 歴史にもなき神の代の正事を四方に宣りゆく大本の道〈第6章(三版)〉 大空にかかる月日を教へとし人の教へに夢な迷ひそ〈第8章〉 から人の唱ふ誠の大方は神国の教へにそぐはざるなり〈第8章〉 暗黒の夜も明け離れ茜刺す朝日の昇る暁近し〈第9章〉 三千歳の暗も漸く晴渡り月日輝く神代待たるる〈第9章〉 世の中の物知り人も霊国に到ればはかなき姿とならむ〈第10章(三版)〉 一文字も知らぬ霊の天国に遊ぶは愛の力なりけり〈第10章(三版)〉 愛善の道に進めば天国に真信さとれば霊国にゆく〈第10章(三版)〉 穢れたる浮世の泥を清めむと世に伊都能売の神のいさほし〈第11章(三版)〉 千万年歴史の末に生まれたる吾現世に教を説くなり〈第11章(三版)〉 天国や霊国ともに地の上に開き給ひぬ伊都能売の神は〈第11章(三版)〉 煎豆に花咲く神代めぐり来て山河草木よみがへり行く〈第12章(三版)〉 浮き沈み七度八度の世の中を安く渡らむ神の恵みに〈第13章(三版)〉 生れ子の心になりて皇神に仕ふる人は天国のたみ〈第13章(三版)〉 曲神の威猛り狂ふ闇の世に安く生くるは神の御恵み〈第15章(三版)〉 天国に昇るは易し根の国に落るは難し神にある身は〈第15章(三版)〉 言の葉を改め直せ許々多久の罪も汚れも消え失するなり〈第18章〉 身に魂に曇り懸るは今までの言葉に汚れありし故なり〈第18章〉 霊幸ふ神の恵みも懲戒もおのが身魂のもちかたによる〈第18章〉 行く先は高天原と知りながら命惜しむは人の常なり〈第21章(三版)〉 遠近をくまなく照らす三五の道をうべなふ人の幸かも〈第22章(三版)〉 岸を打つ波にも力あるものを人の身として成らざるはなし〈跋文(三版)〉 ゆきつまる世を神国に開かむと朝夕道教る宣伝使かも〈跋文(三版)〉[この余白歌は八幡書店版霊界物語収録の余白歌を参考に他の資料と付き合わせて作成しました] |