| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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霊界物語 | 55_午_ビクの国の物語3(玉木の里) | 20 万面 | 第二〇章万面〔一四二八〕 ビクトリヤ城の評議室にはタルマンを初め左守司のキユービツト、ハルナ、右守司のエクスが首を鳩めて秘々相談会を始めてゐる。 左守『タルマン殿、寸善尺魔の世の中と申してバラモン軍が退却致し、やれ一安心と思ふ間もなく再び右守司のベルツ、シエールが叛逆軍に取囲まれ、国家已に危き所、尊き三五教の宣伝使一行に助けられ、これにてビクの国家も刹帝利家も大磐石と思ふ折、六人の王子女が帰られて益々万代不易と喜んで居つた所、此度の刹帝利様の俄の御病気、その上ダイヤ姫様が又もやお行衛が分らなくなり再び城内は黒雲に包まれたも同然、貴方は日夜玉の宮に専仕される以上は、此御病気の原因や姫様の御行衛がお分りで厶いませう。一つ御意見を聞かして頂き度いものですな』 タルマン『何分にも神徳の足らぬ拙者の事なれば、ハツキリした事は申上げ兼ねますが、刹帝利様の御病気は生霊の祟りと存じます』 左守『何、生霊とは何者の怨霊で厶るかな』 タルマン『察する所、前右守司のベルツ、シエールが怨霊と察します。拙者が神殿に於て祈願の最中、煙の如く両人が現はれ鬼の様な顔をして刹帝利様を睨めつけて居りました。屹度彼奴の生霊に間違厶いますまい』 左守『して、その両人の所在は分つて居りますかな』 タルマン『ハイ、何処だかハツキリは分りませぬが、拙者の霊眼に映じた所によれば、沢山な魔神に誑惑され、深山の谿谷に分け入り大瀑布にうたれて刹帝利様を呪詛の荒行を致して居る様で厶います』 左守『その地名は分りませぬか。地名が分らねば、せめて此城内から何方に当ると云ふ方角位は分るでせうな。さうして姫様の行衛はまだ見当がつきませぬか』 タルマン『ハイ、何でも姫様もその滝へソツと刹帝利様の御病気を癒さむため荒行においでになつた所、ベルツ、シエールの両人が左右より姫様を打殺さむと大刀を揮つて攻めかけてゐる。姫様は大木の幹を楯にとり飛鳥の如く防ぎ戦うてゐなさる場面が霊眼に映じました。併し乍ら地名と方角はまだ分りませぬ。ああ斯ふ云ふ時に治国別様か、お弟子の一人でも居て下さつたらハツキリ分るであらうに、……ああ惟神霊幸倍坐世。心の曇りたるタルマンに、何卒々々霊眼を開かせ下さいまして、ハツキリした事をお知らせ下さいます様、三五の大神様、慎み畏みお願ひ申します』 と両手を合せて祈願して居る。然し如何しても地名や方角はタルマンの霊力では感知する事が出来なかつた。 左守『はて、困つた事だ。如何したら王様の御病気が全快致し、姫様が無事にお帰り下さるであらう』 ハルナ『皆様、これから吾々一同が玉の宮へ参拝致し、兎も角無事で姫様がお帰りになる様、刹帝利様の御全快遊ばす様、一生懸命願はうぢやありませぬか』 左守『ヤ、それは誠に結構で厶る。第一左守、右守が命を神様に捧げて、刹帝利様の御病気の平癒を祈らねばなるまい。之が臣たるものの道だ。さア右守殿、貴方も用意なされ』 右守『ハイ、承知致しました。私の考へでは、王様の御病気も日ならず御全快遊ばし、姫様も近日無事にお帰り遊ばす様な気分が致します。併し乍ら左守様は御老体、ハルナ様が御名代としてお詣りになれば宜しからう。貴方はビクトリヤ家の柱石、王様のお側をお離れになつてはいけませぬ。吾々三人が参拝致し御祈願を凝らす事に致しませう』 左守『然らば拙者は王様のお側を守つて居りませう。御苦労乍ら早く玉の宮へ御参詣を願ひます』 タルマンは『畏まりました』とハルナ、右守と共に急ぎ玉の宮へ参拝と出掛けた。 後に左守は只一人双手を組んで思案にくれてゐる。 そこへ慌ただしく受付のトマスは、襖をソツと開き両手をつき乍ら、 トマス『左守様に申上げます。只今三五教の宣伝使のお伴をして来られた万公さまが、六人連れで玉の宮へ御参拝になり、左守様に一度お目にかかり度いと云つてお越しになりました。如何致したら宜しう厶りませうかな』 左守『ウン、三五教の万公さまが見えたか。ヤ、それは有難い。併し乍ら治国別様は御出でにはなつてゐないか。治国別様や松彦、竜彦様ならば斯ふ云ふ場合に助けて下さるであらうが万公さまでは心許ない。そして其お連れと申すのは何んなお方かな』 トマス『ハイ、男が三人、女が三人、どうも三夫婦らしう厶います。 島田潰して丸髷結うて 主と二人で宮詣り と云ふ様な陽気な様子で厶いますよ』 左守『その三人の男と云ふのは治国別さまか、竜彦さまの中であらう。モシ、さうであつたならば万公さまはどうも八釜しくて困るから……治国別さまか竜彦さまに、一寸お目にかかりたいと申して呉れ。そして外のお方は応接間にお茶でも出して大切に待たして置くのだ』 トマス『ハイ、承知致しました。直様治国別様を呼んで参りませう』 と急ぎ此場を立つて玄関口に現はれ、 トマス『さア、皆さま、お待ち遠う厶いました。何卒応接間の方へお通り下さい。暫らくして左守がお目にかかります。時に治国別様か、竜彦の宣伝使は此処に交つて居られますかな。根ツから万公さまでは八釜しくて……一寸取込んでゐるから都合が悪い……と左守様が云つて居られました。何卒万公さまは此処に御婦人の方と一緒に待つてゐて下さい。さアお二人の中何方でも宜しい、お一人さま、左守の居間へ行つて下さいませ』 シーナ『拙者は玉置村の者でシーナと申すもの、実は治国別様の媒酌によつて里庄の娘スミエル姫と結婚式を挙げ、今日は玉の宮様へ礼詣りを致したので厶います』 トマス『ヘー、それは、マアマアお目出度う厶います。一寸新婚旅行とお洒落遊ばした所ですな。アハ……も一人のお方、貴方は宣伝使ぢや厶いませぬか』 アーシス『ハイ、拙者は矢張り玉置の村の者でアーシスと申します。一度左守様にお目にかかり度いと存じ、今度女房を持つたお礼に玉の宮様へ参拝を致し、一寸御面倒を致しました』 トマス『ハハア、それはお目出度う、新夫新婦が二組もお揃ひになつたのですな。ヤ、万公さま、お前さまは到頭治国別様に暇を出され、どつかの家で奉公でもしてゐると見えますな』 万公『エエ八釜しく云ふな。之でも三五教の宣伝使万公別だ。治国別様から此度新に万公別の宣伝使と名を頂いたのだ。神徳無限の神司だ。取り込んでゐる事があるとは一体何事か知らぬが、此宣伝使に御相談あれば直様解決をつけて上げると、左守様にさう仰有るがよからう』 トマス『ヘー相変らず大変な馬力ですな。左守様が何と仰有るか知りませぬが、一寸奥へ伝へて来ます。暫時待つて下さいませ』 と早くも此場を立つて左守の居間へ引返した。 トマス『左守様、一寸調べて参りましたが、玉置村の若夫婦が新婚旅行を兼ね、玉の宮様へ参拝を致し帰り道、万公さまに連れられて、お訪ねをしたのだと云つて居ます。そして万公さまは治国別様から新に宣伝使号を頂き万公別となり、無限の神力を与へられたと云つて居られますが、此方へお通し申しませうか』 左守『今日の場合、誰彼の容赦はない。万公別なんて法螺を吹いて居るのだらう。併し乍ら万公のチヨカさまも三五教の宣伝使の伴に歩いて居つたのだから、何処かに見込があるだらう。兎も角「膝とも談合」と云ふ事がある。早く此方へお越し下さいと云つて御案内して来い。さうして他のお客さまは珈琲でも出して鄭重に用の済むまで待つて頂くのだ。失策のない様にして置くのだぞ』 トマス『ハイ、そんな事に抜目が厶いませうか。直様呼んで参ります。エーエ』 と云ひ乍ら襖をピシヤリと締め、 トマス『エーエ、忙しい事だ。彼ツ方へ行つたり、此ツ方へ行つたり、キリキリ舞ひだ。之だから、すまじきものは宮仕へと云ふのだ。ぢやと云うて外に何もこれと云ふ芸能はなし、先づ玄関番で辛抱するより仕方がないな』 と一人呟き乍ら応接室に慌ただしく入り来り、 トマス『イヤ、皆さま、お待たせ申しました。何卒珈琲なつとドサリ召つて、……五人の方は此処に待つて居て下さい。……万公別なんて、宜い加減法螺を吹いてゐるのだらう。あの万公は鈴の様に八釜しくて、おまけにデレ助で仕方の無い奴だけど、治国別様の丁稚役をしてゐたのだから少しは霊術も利いて居るだらう。膝とも談合だ。空腹い時には不味ものなし、万公でも宜いから呼んで来い……と仰有いました。さア万公別さま、このトマスに跟いて左守の居間迄お越しを願ひます』 万公『何だ、川獺の様な顔しやがつて失敬ぢやないか。今日の万公さまは玉置の村の里庄テームス家の若旦那だぞ。これ見い、此様なナイスを女房に持つて新婚旅行を兼ね、玉の宮へ参拝をしたのだ。チツと羨るい事はないか。エー、ダイヤ姫と何方が美しいと見えるか、ヒヒヒヒヒ』 トマス『エヘヘヘヘヘ犬も歩けば棒に当るとか云つて、到頭治国別さまに暇を出され玉置の村の里庄の宅の門掃男となり、お嬢さまのお伴をして詣つて来たのだな。お前のスタイルでそんなナイスが女房に持てるものかい。遠い所で分らぬと云つて、此トマスが一目チヤンと見たら決して、はづれツこは無いワイ。ウツフフフフ』 万公『エー、馬鹿にすない。左守の奴、ダイヤ姫と俺との縁談をチヤチヤ入れやがつたものだから此爺、仕方の無い奴だ……と実の所怨んでゐたのだ。そした所、此通り古今無双のナイスが……ヘヘヘ此万公さまに首ツたけラバーしたものだから、嫌でもない縁談を……俺もチツとはスヰートハートして居たものだから両方からピツタリと意思投合の結果お粗末乍ら……ヘン……合衾の式を挙げ新婚旅行と洒落てゐるのだよ。万公別の腕前には如何だ、獺のトマス、感服しただらう』 スガール『もし、万公別さま、そんな事云つて下さいますな。妾恥しう厶いますわ』 万公『何が恥しい。天下晴れての夫婦ぢやないか。エヘヘヘヘヘ、これから左守司にアフンとさしてやるのだ。ああ愉快々々』 トマス『此様子では、も一度左守様に伺つて来なくちや直様お会せ申す訳には行きませぬワイ。ま一遍伺つて来るまで一寸此処に待つてゐて下さいや。そして御主人のお嬢さまを大切に守つてゐて下さいや。うかうかすると「此下男は気が利かぬ」と云つて又放り出されますよ』 と云ひ乍ら、又もや左守司の居間に踵を返し急ぎ行く。 万公『ハハハハハ、スガールの美貌に肝を潰し魂を有頂天にして居やがるワイ。さア此れからが三段目だ。オイ、スガール、今日は俺の男を左守の前で売つて見せるのだから、お前も辛からうがチツと意茶ついて見せて呉れぬと困るよ。夫が妻に対する一生の願だからな』 スガール『ホホホホホ、 キツと引締め三筋の糸で 主のお好きに紫檀竿。 焚いて喰はうと焼いて喰はうと万公さまのお勝手ですわ』 万公『ヘヘヘヘヘそれでこそ三国一の花嫁だ。万公別、万歳』 (大正一二・三・五旧一・一八於竜宮館北村隆光録) |
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霊界物語 | 55_午_ビクの国の物語3(玉木の里) | 21 嬉涙 | 第二一章嬉涙〔一四二九〕 トマスは再び応接の間に現はれ来り、 トマス『ヤア、万公別さまを初め御一同様お揃ひの上どうか左守の室迄お越しを願ひます。左守様も大変な御心配が起つて居る所ですからどうか貴方方の御経歴話でも聞かして頂けば幾分かお気が紛れるでせう。さア案内致しませう。どうかお越し下さいませ』 万公『よし、左守の爺、万公別を安く買ひやがつたな。皆一緒に来いなんて、よし、行つてやらう。サア案内せい、皆さま拙者に続いてお出なさいませ。三夫婦揃うてビクトリヤ城の奥の間迄、玉置の村の里庄の息子が通ると云ふ事は異数で厶いますよ。是と云ふのも矢張万公別の余光ですからな』 と云ひ乍ら、トマスの後に跟いて長い廊下を潜り、左守司の居間に進み入つた。万公は左守に向ひ、 万公『これはこれは左守のキユービツト殿、暫くお目にかかりませぬ。吾々は三夫婦揃うて新婚旅行と出掛け、玉の宮への参拝の帰り途、一度御挨拶に上らないでは済まないと思ひ、門番がゴテつくのをやつと潜つて此処迄参りました。随分貴方も年が寄りましたねえ。白髪がどつさり生えたぢやありませぬか』 左守『ハハハハハ、皆さま好くお出なさいませ。時に万公さま、拙者の白髪は二十年前から生えて居るのぢや、お前さま今気がついたか。そして何処に奉公して居るか知らないが、綺麗な娘さまのお伴して居るが、身分相応と云ふ事を考へて今迄のやうな野心を出さないやうにしなさい』 万公はスガールの肩に手をかけ、 万公『ヘヘヘヘヘ。もし左守様。ダイヤ姫様とはどうで厶いますな。私の女房は、マアザツト此通りで厶います』 左守『これこれ万公さま、又してもお前さまは心得の悪い。主人のお嬢様を捉まへて女房扱ひをすると云ふ事がありますか。些と心得なさい。』 万公『ヘン、済みまへんなア、おいスガール、左守様に疑の晴れるやうにお前から言つて呉れ。本当に誰も彼も俺を安く買つて馬鹿にして居るからな』 スガール『左守様、初めてお目に懸ります。私は玉置の村のテームスが妹娘スガールと申すもので厶います。バラモン軍に捉へられ猪倉山の岩窟で苦しんで居ました所を、治国別様一行がお出なさつてお助け下さつたのです。中にもこの万公さまは実は万公別様と申まして治国別様のお師匠さまですが、ワザとに部下と化けて剽軽の事許り云つてお出なさるので厶います。私は治国別様の御媒酌によつて万公別の宣伝使と夫婦になり、玉の宮へお礼に参りましたその帰りがけ、夫と共にお伺ひしました。何卒お見捨てなく今後はお心易く願ひます。そして此方はシーナさまと申し、スミエルと云ふ此姉の夫で厶います。も一組はアーシスさま、お民さまと申しましてこれも新夫婦で厶います』 左守『イヤ、どうも見違ひを致して居りました。万公別の宣伝使さま、よくマアお尋ね下さいました。併し折入つてお願ひ申度い事で厶いますが、聞いては下さいますまいか』 万公『刹帝利様の御病気とダイヤ様の行衛が分らないので御心配なさつて居るのでせうがな』 左守は驚いて、 左守『ハイ、お察しの通りで厶います。どうしてマアそんな事がお分りになりましたか』 万公『何と云つても三五教切つての大宣伝使万公別で厶います。千里先方の事でも斯うして居つてチヤンと分つて居るのですからなア。併し乍ら此事は城下で一寸聞いて来たのですよ。アハハハハ、本当の事云へば薄紙を顔に当てて物を見る位より分りませぬわい』 左守『冗談はさておいて、万公別さま刹帝利様の御病気はどうお考へですか』 万公『ヤア実の所は玉の宮様に参拝致し祈願の最中隆靖彦、隆光彦と云ふ二人のエンゼルが拙者の前に下らせ給ひ、「刹帝利様はベルツ、シエールの怨霊が悩めて居るから早く汝はホーフスに入り、お助け申せ。さうしてダイヤ姫様は両人の為に苦しめられお命も危い所、四人の修験者に助けられ、やがてお帰りになるから御心配なさらぬやう、お知らせ申せ……」との事で厶います。夫故失礼をも顧みず六人連れでお邪魔を致したので厶います』 左守『成程タルマンの伺ひにも左様の事を申て居りました。夫に間違ひは厶いますまい。ああ有難う厶いました。何卒直様、御苦労様ながら、刹帝利様の御病気平癒のため御鎮魂をお願ひ申す訳には参りますまいか』 万公『拙者が別に刹帝利様のお居間に参らずとも万公別此城に入るや否や神徳に恐れ二人の怨霊は雲を霞と逃げ失せました。やがてニコニコとして此処にお出になるでせう。又ダイヤ姫様も修験者に送られて此処へお帰りなさりませうから、先づ悠り落付きなさいませ』 左守『ハイ有難う厶います。それで一寸安心を致しました。時にアーシスさまとやら貴方はどこともなしに伜のハルナに似て居るやうだが、貴方の生ひ立を聞かして貰う事は出来ますまいかな』 アーシス『ハイ』 と云つたきり、早くも涙をハラハラと流して居る。 万公『エエアーシスさま気の弱い、何を泣いて居るのだ。何故堂々とお名乗りなさらぬか』 アーシス『ハイ、それでも何だか云ひかねます』 万公『モシ左守さま、貴方のお子さまと云ふのはハルナさま只お一人ですか』 左守『ハイ、まアまア一人で厶います』 万公『まアまア一人とは、チツと瞹昧ぢやありませぬか。奥様の目を盗んで、下女の部屋へ○○して腹を膨らせた事はありませぬか』 左守『ハイ何分若き時にはいろいろの不仕鱈の事も厶いました。余り恥かしうてお話が出来ませぬ』 万公『もし貴方の落胤が今無事で生きて居られたら貴方は喜んで面会しますか。イヤ親子の名乗りをしますか。先決問題として聞いて置きたいものです』 左守『女房には死別れ、此通り年は寄り、一人の伜のハルナに女房をもたせ、今では一寸一安心したものの、ハルナの兄に当る、モンテスと云ふ伜があつた筈で厶います。世間の手前、或田舎へ金をつけて子にやつた所、不幸な伜で両親は無くなり、何処へ行つたか分らぬと云ふ噂を聞いて居りますが、今となつて思へば実に残念な事をしました。斯う年が寄つて何時天国参りをするか分らぬ身の上、せめて生前に一度其伜に遇ひ度いと神様を念じて居ります。どうか貴方の御神力で伜の所在を見て頂く訳には参りますまいかなア』 と鼻汁を啜りながらグタリと萎れる。 万公『もし左守さま、貴方の御賢息モンテス様は立派な奥さまを持つて、立派に暮して居られますよ。その又奥さまが一通りの人ではありませぬ。「提灯に釣鐘」と云ふやうな、身分から云へば懸隔のある御夫婦で厶います』 左守『何、伜が立派に暮して居りますか、それは有難い事で厶います。さうして何処に居りますかな』 万公『ハイ只今の所在はビクの国、ビクトリヤ城内、左守の室内に、お民の方と云ふ奥様と万公別に従ひお出になつて居ります。それ、このお方ですよ』 とアーシスを指ざす。左守はアーシスの顔を熟視し乍ら、 左守『アーお前は伜であつたか。どこともなしにハルナに似て居ると思うて最前から不審を抱いて居たのだ。まア無事で居てくれたか。さうしてお前の嫁と云ふのはどのお方か』 アーシス『アアお父さまで厶いましたか。何卒一度お目に懸り度いと、寝ても醒めても忘れる暇は厶いませなんだ。されど賤しき首陀に落ちて居る身の上、到底尊い左守様に御面会は叶ふまいと諦めて居りました』 と男泣に泣く。左守も両眼に袖を当て、夕立の如き涙を拭ひながら嬉しさ余つて一言も発し得ず、アーシスの身体に抱きつき嘘唏泣きして居る。 お民は両人の背を両手で撫でながら、 お民『お父さま、旦那様、何卒潔ようして下さいませ。私迄が悲しくなりますからな』 左守『アーお前が伜の嫁であつたか、好う来て呉れた。まアまア綺麗な女だな。伜も嘸喜んで居るだらう。私も嬉しい……』 と又もや両眼に涙を湛へて泣きじやくる。 万公『エー見つともない、チツと確りなさいませ。万公迄が悲しくなつて来ました。もしもし左守さま、此お民さまは誰人の娘だと考へて居なさるか。勿体なくも刹帝利様の落胤玉手姫様で厶いますぞ。チヌの村の卓助の家へお下しになつた王女様で、今はお民と名乗つて居られます』 左守はこれを聞くより驚いて五足六足退き、両手をつかへ畳に頭を下げ、 左守『ハハア貴女様が王女様で厶いましたか。存ぜぬ事とて御無礼を致しました。ああ勿体ない。賤しき吾々が伜の女房とおなり下され、冥加に尽きはせぬかと心配で厶います。何卒お許し下さいませ』 お民『お父さま、何を仰有います。そんな事を云うて下さると私は苦しう厶います。何卒、「お民お民」と呼び付けにして下さいませ』 万公『サアサア親子の名乗が済んだ上は涙は禁物だ、些つと歌でも歌ひませう』 斯く云ふ所へ、カルナ姫は襖をそつと押し開き叮嚀に辞儀をしながら、 カルナ姫『お客様、よくお出下さいました。何卒御悠りと御休息を願ひます。時にお父上様、刹帝利様が俄に御気分がよくなり、御元気におなりなさいました。「左守が心配して居るだらうから、早く知らせて来い」との君の仰せ、何卒お喜び下さいませ』 左守『何、刹帝利様の御病気が御快癒なされたとな。ああ有難い有難い、これと云ふのも全く三五教の神様の御守護、ああ惟神霊幸倍坐世、惟神霊幸倍坐世』 と嬉し涙に又掻き曇る、カルナは早々に此場を立ち去り刹帝利の居間に急ぎ[※愛善世界社版では「ぐ」になっているが御校正本では「ぎ」]行く。 (大正一二・三・五旧一・一八於竜宮館加藤明子録) |
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霊界物語 | 55_午_ビクの国の物語3(玉木の里) | 22 比丘 | 第二二章比丘〔一四三〇〕 左守司のキユービツトは六人の客をトマスに命じ叮嚀に応接させ置き乍ら、欣々として刹帝利の居間に伺候した。刹帝利はソォファの上に横たはりヒルナ姫に介抱され乍ら、稍快方に向つたので顔色も俄によくなり、ニコニコとして居る。左守は両手を仕へ、 左守『刹帝利様、お気分がよくなられましたさうで厶いますなア、左守も尊顔を拝し何となく気分が浮々と致して来ました。何卒此後の御養生が肝腎で厶いますから御注意下さいませ』 刹帝利『窓外は庭園の樹木が風に揺られて自然のダンスをやつてゐる。涼しい夏の風は自然の音楽を奏で、予が心を慰めてくれる。実に病の身は苦しいもので、此天然の恩恵も左まで愉快に思はなかつたが、此通り気分がよくなると又格別にすべての物が面白くなつて来たやうだ』 左守『左様で厶います。庭木に風が当つて自然の音楽を奏する様は、丸でクラブィコードの音色の様で厶います。オルレグレットな気分が漂ひますなア』 刹帝利『左守、何か珍らしき話を聞かして呉れないか』 左守『ハイ、別に珍らしい御話も厶いませぬが、姫様の事は御心配なさいますな。屹度神様の御蔭で日ならず御帰り遊ばすさうで厶います。貴方の御病気がオルレグレットに赴いたのも全く三五教の宣伝使万公別さまの御骨折で厶います。万公別様がわざわざ吾君の御悩みを御案じ遊ばしてエンゼルさまの命令だと云つて来て下さいました。其時刻から御病気が軽快に向つたので厶います』 刹帝『何、三五教の万公別様が来て下さつたと云ふのか。而して姫は日ならず無事に帰ると申されたか』 左守『ハイ、あの宣伝使の御言葉には少しも間違ひは厶いませぬから、御安心下さいませ。今私の居間で御休息を願つて居ります。而して刹帝利様に珍らしい御話を申上げたいのは、外では厶いませぬ。恥かし乍ら今より二十五年以前下女を孕ませ、男の子を産み落しモンテスと名をつけて首陀の家へやつて置きました。其伜が立派な奥方を伴れて只今万公別の宣伝使と共に城内に参り、親子の対面を致し、力一杯嬉し泣きに泣いて来た所で厶います。イヤもう埒もない事を致しまして御恥かしう厶ります』 刹帝『それは結構だつた。定めてモンテスも喜んだであらうなア。御前も嘸嬉しかつただらう。アアそれに就いても思ひ出すのは、チヌの里へ里子にやつた姫は何うなつたであらう。未だ無事で此世に生きて居るであらうか。年が寄るにつけて気が弱つたと見え、民間に与へて縁を切つた子供の事までが思ひ出され、せめて息ある内に一度何とかして会ひたいものだが、仄に聞けば養家の両親は早くも世を去り、娘の行方は知れぬといふ事だ。定めて難儀をして居るであらう』 と憮然として首垂れる。左守も涙を流し乍ら、 左守『吾君様、姫様がモシヤ此世に御無事で居られましたならば、貴方は快く御会ひなさいますか』 刹帝『久離切つても親子だ。どうかして一度娘に会ひたいものだ。会うて娘に詫をせねばなるまい。アア可哀相な事をしたものだ』 ヒルナ『左守殿、万公別の宣伝使様に御尋ね致したら姫様の所在が分りはせよまいかな。一つ願つて貰ひたいものだな。吾君様も大変に姫様に憬がれてゐられますから、どうか一つ願つて見て下さいなア』 左守『実の所は恐れ多い事で厶りまするが、私の伜モンテスの妻となり、立派な服装をして夫婦仲よく玉の宮へ御参拝になり、宣伝使と共に今私の居間に休んでゐられます』 刹帝『ナニ、姫が城内へ来て居るといふのか。そして御前の伜と夫婦になつて居るのか。夫れは結構々々、これも何かの因縁だ。一時も早く姫に会ひたいものだ』 左守『御差支さへなくば直様御供をして参りませう』 ヒルナ『吾君様、妾が御迎へして来ますから、寸時御待ち下さいませ。サー左守殿参りませう』 とヒルナ姫は欣々として刹帝利の許しを受け、六人の客室に進み行く。万公別は一生懸命に刹帝利の病気平癒とダイヤ姫の無事帰城せむ事を五人の男女と共に祈つてゐる真最中であつた。ヒルナ姫は襖の外に立つて左守と共に祈願の済む迄待つて居た。ヒルナは折を見計らひ、サツと襖を引き開け、叮嚀に両手をついて、 ヒルナ『三五教の宣伝使様、よくまあ吾君の御病気を御助け下さいました。有難う厶います。就てはお民の方に刹帝利様が一度面会がしたいと仰せられますから、何卒皆さま御一緒に御居間まで来て下さいませぬか』 万公『ア、貴方はヒルナ姫様、先づ先づ御無事で御目出度う存じます。イヤもう大い御世話に預つて居ります。サ、皆さま、姫様の御後から参りませう』 と一同を促しぞろぞろと六人は左守、ヒルナの後に従つて、王の居間に進み行つた。 万公『刹帝利様、今春は師の君と共に永らく御世話に預りました。私は玉置村の里庄の養子となり、女房を引き連れて玉の宮へ参拝をいたしました処、隆靖彦、隆光彦のエンゼルが忽ち御降臨遊ばし、刹帝利の御病気の原因や姫様のお行衛を御知らせ下さいましたので、一寸御訪問致しました』 刹帝利『エライ御厄介に預りまして有難う厶ります』 万公『此方は王様の御落胤チヌの村のお民さまで厶います。新婚旅行を兼ね玉の宮へ御参拝になつたので厶います』 刹帝『アー其方が姫であつたか。ようまあ無事でゐてくれた。折角城内に生れ乍ら首陀の家へ落したのは、私が悪かつた。何卒許してくれ。お前は玉手姫と云うたであらうがな』 お民『ハイ、玉手姫で厶います。お父さま、御無事で御目出度う厶います。会ひ度う厶いました』 と両眼よりハラハラと落涙してゐる。刹帝利も身を起し、玉手姫の手を握つて嬉し涙に暮れ、暫し無言の儘、互に抱ついて啜り泣いてゐた。斯かる処へ慌ただしく玉の宮の拝礼を了へて帰つて来たタルマン、エクス、ハルナの三人は出で来り、両手をつき乍ら、 タルマン『刹帝利様に申上げます。ダイヤ姫様が修験者に送られて、只今無事に御帰りになりました。御目出度う厶います』 刹帝『アー嬉しい事が重なれば重なるものだ。サ早くダイヤと修験者を此処へ御案内申しや』 タルマンは只一人『ハイ』と答へて此場を立去り、暫くあつてダイヤ姫、修験者四人を伴ひ、欣々として入り来り、 タルマン『吾君様、ダイヤ姫様が御帰りで厶います』 刹帝『ヤ、其方はダイヤ姫、ようまあ無事に帰つてくれた。お前は一体何処に行つて居たのだ』 ダイヤ『ハイ、父上の御病気御全快を祈願せむと、住み馴し照国山の清滝に水垢離をとり居りまする処へ、前の右守司のベルツ及びシエールの両人現はれ来り無体な事を申し、終には双方より妾を殺さうといたしましたので、樫の根を楯にとつて防ぎ戦ふ折しも、山彦を驚かして聞え来る法螺の声追々近づくと見ると共に四人の修験者が現はれて、妾の危難を御救ひ下され、此処迄送つて来て下さいました。何卒御礼を申して下さいませ』 刹帝『何れの修験者か存じませぬが、よくまあ娘を救けて下さいました。サア、何卒御緩りと御休息下さいませ』 治道『拙者は御見忘れになつたか知りませぬが、元はバラモン教のゼネラル鬼春別で厶います。此三人は久米彦、スパール、エミシで厶いますが、治国別様の御教を承り、菩提心を起し修験者となり、私は治道居士、久米彦は道貫居士、スパールは素道居士、エミシは求道居士と名を改め、照国山の清めの滝に修業に参らむと法螺貝を吹き鳴らし、上りて見れば姫様の御遭難、直様悪者を追散らし、此処迄送つて参りました』 と一伍一什の物語に、刹帝利を始め一同はアツと許りに驚き、互に顔を見合せて少時言葉も出なかつた。刹帝利は殆ど会見絶望と諦め居たりし二人の姫に廻り会ひ、嬉し涙を浮べ乍ら、両手を合せて、三五教の大神に感謝の祈願を奏上し始めた。左守の司も吾子に会ひし嬉しさに、同じく合掌し感謝の辞を奉つてゐる。ハルナは思ひも寄らぬ兄のモンテスに会つて兄弟の名乗りを上げ悦び勇む。玉手姫は父に逢ひ、又妹のダイヤ姫に思はず面会して歓喜の涙に咽んでゐる。 偖治道、道貫、素道、求道の四人の修験者は刹帝利の依頼に依つて玉の宮の守護役となり、頭を丸めて三五の教を四方に宣伝し、代る代る各地に巡錫して衆生済度に一生を捧たり。頭髪を剃り落し教を宣伝に廻つたのは、此四人が嚆矢である。而してビクの国の玉の宮から始まつたのだから、後世頭を丸め衣を着て宣伝する聖者を比丘と名づくる事となつたのである。ああ惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・三・五旧一・一八於竜宮館外山豊二録) (昭和一〇・六・一三王仁校正) |
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霊界物語 | 56_未_テルモン山の神館1 | 序文 | 序文 瑞月王仁が横臥したまま、この物語を神示に従ひ口述せるを見て、大本人の中に色々の批評を下して居る方々があります。役員も信者も又長屋の主人までも、口を揃へて……神様とも在らうものが、謹厳なるべき霊界の有様を発表するに際し行儀の悪い寝そべつてどうして真実の事が伝へられるものか。斯の如き手続に由つて成りし著書は一読すべき価値の無いものだ……と謂つて一口に毀つて居る人もあります。勿論神様としては口述者の肉体を行儀よく端坐させておいて御伝へ遊ばされ度きは最もで在りませう。然し乍ら瑞月は一昨年以来非常に健康を害し、日夜病気に苦み悩み到底一時間と坐つて居ることの出来ない状態でありました。この肉体の健康に復するを待つて居やうものなれば何時になるか判らない。夫れでは数多の信者や世界の人々に対して神様の御仁慈の御思召を宣伝する事は出来ませぬ。思想の悪潮流は天下に氾濫し殆ど泥海と化せむとするこの際一日も猶予する訳には行かない。仁慈深き大神は世界万民を救ひ至治太平の神代を一日も早く築き上げ、万有一切を天国の楽園に遊ばしめ、地獄の惨状より救はむとの御考へより、止むを得ずして、変則的方法を一時お採りになつたのであります。神の仁慈は到底人間の計り知るべき限りではない。中には……瑞月は神に仕ふる身なれば二六時中極めて壮健にして病気などに犯さるべき道理が無い、それに日夜病気に苦しんで居るのは何か御神慮に叶はない事が有るのに違ひない。そんな神慮に叶はない人の口から喋つた寝言を聞いて何にするか……と言つて居る人もチヨコチヨコあるやうに聞いて居りますが、王仁は二六時中沢山の信者の病気平癒を各地に於て祈る声が耳に聞え来ると共に、その苦痛の幾分かを助けて居るのだから、大本信者に病人の絶滅せない限りは、瑞月王仁の肉体は断じて健康体に復する事はありませぬ。瑞月王仁が病気病魔と戦いながら、孜子として神業の一端に奉仕するその苦衷を察せない人々は右様の批難や攻撃をさるるのは寧ろ当然でありませう。昨年未信者併も基督教信者の某氏が瑞月に向つて……霊界物語を寝ながら口述するのは不都合ではないか……と詰問された事がありました。瑞月はその時左記のやうな事を答へて置きました。 ……現代の立派な人間様は何れも大道を直立して歩行活動して居ながら、蟹のやうに神意に反せる横道ばかりを行つて居るぢやありませぬか。社会の潮流は滔々として横流して居る、河の水も潮水も皆横に流れて居る。夫れ故、俗界の人々に交つて共に活動せむと思へば神意に反したる行動を取らなければならぬ。かう謂へば余り消極的だと又言はるるかは知らぬが、横臥して静に宇宙の真理を考へ神意に背かざる誠の解釈をなし、神教宣伝使としての公平なる判断を為し、社会の活動者を大神の愛護の下に立派に能く立ち働かしめむとする為である。又横に寝て王仁が働くと云つたのは、眼を塞ぎ眠ると云ふの謎である。体主霊従の現代人の行動は正しき人間としては真面目に眼を開けて見ては居られない。一切の自我心を捨て安静安眠の境地に立つて些しも偏せず、宇宙精神の真髄を探つて之を世人に伝へむ為に、霊界物語を著はして居るのである。地上を横流する河水は滔々として些しも淹滞せない。併し士農工商に従事する活人は、無論立つて働かねばならないのは当然であることを心得て貰ひたい…… と云つた事がある。要するに之は一種の詭弁でもありませうが、実際のことを言へば今日の世態を見て吾々は傍観する事が出来ない。止むを得ず、病躯を駆つて世の為道の為に犠牲的に立ち働いて居るのであります。何程寝物語だと謂つても其内容は決して眠つては居ないことを茲に告白しておきます。惟神霊幸倍坐世。 蟹が行く横さの道を歩むより 横に立ちつつ道をたて行く 大正十二年三月十四日 於竜宮館 |
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霊界物語 | 56_未_テルモン山の神館1 | 07 高鳴 | 第七章高鳴〔一四三七〕 七重八重言葉の花は咲きぬれど実の一つさへなき山吹の 花にも擬ふ教へ草インフエルノのどん底に 霊魂の籍をおきながら底津岩根の大神の 誠一つの太柱此世を救ふ義理天上 日の出神の生宮と信じ切つたる高姫は 如何なる尊き御教も吾魂に添はざれば 一々これを排斥し変性男子の生御霊 書かせ給へる御教を所まんだら撰り出し 自が曇りし心より勝手次第に解釈し 其身に憑る曲霊に身も魂も曇らされ 唯一心に神の為め世人のためと村肝の 心を尽すぞ果敢けれ妖幻坊の杢助に 魂を抜かれて中空より印度の国のカルマタの 草茫々と生え茂る原野に危く墜落し 其精霊は身体を首尾よく脱離しブルガリオ 八衢関所に到着し赤白二人の門番が 情によりて解放され天の八衢遠近と 彷徨ひ廻りて岩山の麓に庵を結びつつ 冥土へ来る精霊を三途の川の脱衣婆の 気取になつて点検し一々館へ連れ帰り 支離滅裂の教理をば口角泡を飛ばせつつ 一心不乱に説き立てる其熱心は天を焼き 地を焦がさむず勢に遉慈愛の大神も 救はむよしもなきままに三年の間高姫が 心のままに放任し眼を閉ぢて自ら 眼醒むる時を待ち給ふかくも畏き大神の 大御心を覚り得ず吾身に憑る精霊は 至粋至純の神霊日の出神の義理天上 底津岩根の大神と曲の霊に騙られ 信じ居るこそ憐れなり八衢街道の真中で ふと出会した四人連れ言葉巧に誘ひて 己が館へ連れ帰り心をこめて天国へ 救ひやらむと気を焦ち力を尽す高姫が 心を無にしてバラモンのヘルやケリナが反抗し 互に顔を睨み鯛小さき部屋に燻つて 白黒眼をつり居たる時しもあれや表戸を 叩くは水鶏か泥坊か但は嵐の行く音か 何は兎もあれ門口に現はれ実否を探らむと 四人の男女を睨みつつ庭に下り立ち表戸を ガラリと開ればこは如何に髯茫々と生え茂る バラモン教の落武者が泥坊仲間の親分と 聞くより高姫目を瞠り神の教の言霊に 誠をさとし助けむと心を定めて誘ひ入れ 四人の前に引き来るああ惟神々々 神の御霊の幸倍ひて一時も早く高姫や 其外五人の精霊を一日も早く大神の 誠の教に服はせ救はせ給へと願ぎまつる 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも誠の力は世を救ふ 誠の道を誤りし虚偽に満ちたる高姫が 教を如何に布くとても正しき神の在す限り 如何でか目的達すべきさはさりながら善人は 愛と善との徳に居り真と信との光明に 浴し仕ふるものなれば善悪正邪は忽ちに 心の空の日月に映ろひ行けど曲津見に 心を曇らす精霊は却て悪を善となし 虚偽をば真理と誤解して益々狂ふ憐れさよ 三五教のピユリタンと救はれきつた精霊は 如何でか曲の醜言に尊き耳を傾けむや 眼は眩み耳ふさぎ霊の汚れし精霊は 霊と霊との相似より蟻の甘きに集ふごと 喜び勇み集まりて虚偽と不善の教をば こよなきものと確信し随喜渇仰するものぞ ああ惟神々々神の大悲の御心を 量りまつりて万斛の涙は河と流れゆく 此河下は三途川脱衣婆々と現はれて 現幽二界の精霊が心を洗ふヨルダンの 流れを渡るぞ憐れなる此惨状を逸早く 救はせ給へと瑞月王仁が謹み敬ひ三五の 神の御前に赤心を捧げて祈り奉る。 高姫は今来た男に向ひ、穴のあく程其顔を打ち見守りながら、 高姫『ヤアお前の面体には殺気が溢れて居る。大方泥坊でもやつて居るのぢやないかな』 男(ベル)『是はしたり、此処へ這入るや否や泥坊とは恐れ入ります。成程貴女の仰有る通り、吾々は元からの泥坊では厶いませぬ。月の国ハルナの都に現はれたまふ大黒主の御家来、鬼春別のゼネラルのお伴を致し、斎苑の館へ進軍の真最中、将軍の部下片彦、久米彦が三五教の宣伝使治国別の言霊に脆くも打ち破られ、浮木の森に引き返し来りたれば、此処に軍隊を二つに分ち、一方は鬼春別、一方はランチ、各三千騎を引き率れ、ビクの国を蹂躙し、次で猪倉山に陣営を構へ、武威を八方に輝かす折しも、又もや治国別の神軍に踏み破られ、鬼春別、久米彦の両将軍は三五教に帰順致され、吾々は解散の厄に遇ひ、心にも無き剥ぎ取り泥坊を彼方此方でやつて居るもので厶る。併し私が泥坊だと云つてお前さまに咎めらるる道理はありますまい。泥坊は泥坊としての最善を尽し、其商売の繁昌を計つて居るのだから泥坊呼ばはりはやめて貰ひませうかい。此方が泥坊なら此処に居る四人も泥坊だ。其外世界の奴は直接間接の違ひこそあれ泥坊根性の無いものはない。いや泥坊根性の無いものは無いのみならず、藁すべ一本なりと泥坊せないものは何奴も此奴もありますまい』 高姫『オホホホホ。泥坊にも三分の理窟があるとか云つて、どうでも理窟の付くものだなア、併し乍らお前のやうに泥坊を自慢らしく云ふものは聞いたことがない。些と恥を知りなさい。それだから神様が「今の人間は天の賊だ、泥坊の世の中だ」と仰有るのだ。遠慮してコソコソやつて居るのなら可愛らしい所もあるが、大きな声で泥坊だと威張り散らすやうになつてはもう世も末だぞへ。そこで底津岩根の大神様が今度立替を遊ばし、鬼も大蛇も賊もないやうになさるのだよ。お前も好い加減に改心なさらぬと未来の程が怖ろしいぞへ』 ベル『アハハハハ。諺にも「猿の尻笑ひ」と云ふ事がありますぞや、吾々は泥坊といつても、唯金銭物品を泥坊する許りだ。それよりも大泥坊、否天の賊が此処に一人あるやうだ。鬼の念仏はこのベル、根つから聞きたうは厶いませぬわい』 高姫『天の賊が此処に一人居るとはそれや誰の事だい。お前は私の顔を睨めつけながら天の賊と云ふた以上は、誠生粋のこの生宮を取り違ひして天の賊と云つたのだらうがな』 ベル『勿論お前の事だよ、よく考へて御覧なさい。変性男子厳の御霊の生宮が、大国常立尊の伝達遊ばした神示を、そつと腹に締め込み、それを自分の物として横領して居るぢやないか。そして自分は義理天上だとか、底津岩根の大神の生宮だとか云つて得意になつて居るのは実に天地容れざる大罪悪、大虚偽もこれに越したるものはあるまい。それだからこのベルが大泥坊天の賊と云つたのが、どこに間違ひが厶るかな、不服とあらばベルの前で説明をして貰ひませう』 と胡床をかき言葉鋭く詰よつた。 高姫『ホホホホホ。ても扨ても分らぬ男だな、善一つの誠生粋の日本魂の、根本の根本の此世の御先祖様の憑らせたまふ生宮に対し泥坊呼ばはりをするとは無智にも程がある、お前のやうな盲聾が娑婆を塞いで居る以上は何時になつても神政成就は出来ませぬわい。何と云ふても霊が地獄に堕ちて居るのだから、人の眼についている塵は目についても己の眼にある梁は目に入らぬと見える、これシャル、六造、この二人の男を見て改心なされや。今が肝腎の時で厶いますぞえ。人民の分際として善ぢやの悪ぢやのとそれや何を云ふのぢや。三五教の教にも「神が表に現はれて、善と悪とを立て分ける」とお示しになつて居るぢやないか。神様の外に善と悪とを立て分けるものは無い。それも根本の弥勒様より外に立分ける者は無い、枝の神では出来ない、それだから根本の神様の御用をする此高姫の言ふことは大神様の御心だから、お前の心に合はなくてもこの高姫の云ふ通り素直になして行ひを改めさへすれば、現界、神界、幽界、ともに結構な御用が出来ますぞや』 六造『高姫さま、何と仰有つても私にはテンと信用が出来ませぬがな、お前の御面相を最前から考へて居るが、ちつとも神様らしい所が現はれて居りませぬ。表向にはニコニコとして厶るが、その底の方に何とも云へぬ険悪な相や、憎悪の相が現はれて居りますぞや。「人間の面貌は心の索引」とか云ひまして、何うしても内分は包む事は出来ませぬ、きつと外分に現はれて来るものですからなア』 高姫『アーアー、何れもこれも分る霊は一人も無いわい。神様も仰有つた筈だ「誠の人が三人あつたら三千世界の立替立直が出来る」との事、今更其お言葉を思ひ出せば実に感歎の外はない。私も長らくこれ程一生懸命に神様の為め、世人の為め、粉骨砕身の活動をして来たが未だ一人の知己を得る事が出来ないのか、情なや情なやほんに浮世が嫌になつて来たわい』 シャル『もし高姫様、私はどこ迄も貴女のお言葉を信じます。貴女は本当の根本の大神様の生宮様に間違ひはありませぬ。何卒私を貴女のお弟子にして下さいますまいか』 高姫『オホホホホ。成程お前は何処ともなしに気の利いた男だと初から見込んで置いた。矢張り日の出の神の目は違はぬわい。これ皆の泥坊共、高姫の申す事でも誠さへ心にありたら、このシャルの通り一遍に腹へ入りますぞや。分らぬのはお前の心が曇つて居るからであるぞや。ちと御改心なされ、足許から鳥が立つぞや』 斯る所へ何処ともなく、ブーウブーウと山彦を轟かす法螺貝の声近づき来る、ああ惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・三・一四旧一・二七於竜宮館二階加藤明子録) |
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霊界物語 | 56_未_テルモン山の神館1 | 10 十字 | 第一〇章十字〔一四四〇〕 エルシナ川の堤に引上げられ、ビクトル山の修験者求道居士に救はれたベル、ヘル、ケリナの三人はエルシナ川の谷川を遡りパインの木蔭を縫ひ乍ら、やや広き青野ケ原に出た。ここには色々の美しき花が咲き充ちてゐる。一同は路傍の平岩に腰打掛け息を休めてゐる。求道居士は数珠を爪繰り乍ら、 求道『天竜虎、王命、勝㍻、大水日。天竜虎、王命、勝㍻、大水日』 と繰返し繰返し呪文を唱へた。 ヘル『モシ、修験者様、吾々は貴方のお蔭で命のない所を助けて頂きましたが、今のお経は何だか知りませぬが、頭に浸み渡つて有難い様な気分が致します。何卒その呪文の御解釈をして頂けますまいか』 求道『あ、よしよし、この呪文はバラモン教の神秘となつてゐるのだ。お前等が水に溺れて絶命れて居つたのを呼び戻したのも此十字の秘法のお蔭だよ。何時もこれさへ唱へて居つたならば、あの様な災難に罹る様な事はチツともない。起死回生諸災除攘の神秘的呪文だ。一つ解釈をするから聞きなさい。 天竜虎、王命、勝㍻、大水日。天竜虎、王命、勝㍻、大水日 この十字の秘伝は神変不可思議の神徳が顕れ、如何なる願望も成就し、又如何なる災禍も除却することが出来るのだ』 ヘル『どうか其の字の功徳に就て御教示を願ひたいものですなア』 求道『ヨシヨシ由縁を聞けば有難い。重ねて言へば猶有難いと云ふ神伝秘法の呪文だから、能く胸に畳み込んでおくが好い。 抑々、 天は高貴大官の前に出る時之を書くのだ。又航海渡船の時に之を書いても可い、さすれば高官には自分の意志が完全に通じ且つ難破船の災ひを免れる。 竜は海河又は船橋を渡る時に書いて持つものだ。又大風雨に向つて出達する時に之を書けば凡ての海河風雨の難を免れる。 虎は広野原野深山に行かむと欲する時に書くのだ。又山猟の時とか賊に出遭つた時に書けばその難を免れる。 王は悪人等に対する時之を書きて持つものだ。又不時に応ずる時、裁判の時に之を書くのも可い。屹度神の御守護がある。 命は人の家にて怪しき茶、酒、飲食を与へられた時に之を書くのも可い、又敵に向つた時之を書いて持つも可い。屹度災難を免れる。 勝は軍陣並に万の勝負の時に書く、又売買の時に書くのもよい。 ㍻は疾病のある家に行かむとする時、又は諸々の悪人の集まつて居る所に行かむとする時に書くのだ。屹度神徳が顕はれる。 大は怪しと思ふ場所や又淋しき所に出行く時とか、悪病、伝染病の人を見舞ふ時に之を書くものだ。 水は案内を知らぬ家に行く時又は酒席に出る時、身構へ、清浄の時、又水論のある時に之を書くと可い。 日は万の祝言や慶事喜悦に関する時、又は病人を訪れる時に書いて持つて居れば相方共に御神徳を頂く事が出来るのだ。是は婆羅門教の秘事中の秘術だから、妄りに人に伝へると濫用する恐れがあるから、固く人に伝ふることを厳禁されてあるのだ。以上の十字を以て婆羅門十字の大法と称えるのだ。之を行ふには男は左の手、女は右の手にて刀印にて空書するのだ。又刀印を硯に施して白紙に書して懐中して居るのも結構だ。然し、これより尚尊い事があるのだ。併し乍ら、余り勿体なくて口にすることが出来ないから、身魂相応に十字の呪文を空書したり、唱へたりして修行に歩いてゐるのだ』 ヘル『これよりも有難い尊い事とはどんな事で厶いますか。何卒序に聞かして下さいませな。私も貴方に助けられて此御恩を返すためには、世界の人間も助けさして貰ひ度う厶いますから』 求道『お前が御神徳を私せず、世界の人間を助けさして貰ひ度いと云ふ誠心があるならば伝授してやらう。一番尊い事と云ふのは天の数歌といつて「一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、百千万」と唱へるのだ。之は天地開闢の初から今日に至る迄、無限絶対力の神様が此天地を創造し、神徳を世界に充たし愛善の徳と信真の光明を吾々人間にお授け下さる神文だ。そして「惟神霊幸倍坐世」と後で唱へるのだ。之に越したる尊い言葉は三千世界にないのだから、よく聞いておきなさい』 ヘル『いや、如何も有難う厶りました。お蔭で結構な御神徳を頂戴しました。サンキューサンキュー』 求道『無駄口を云ふ間があつたら此神文をお唱へするのだ。さうすればどんな事でも忍耐びがついて、天晴神様の御用に使ふて貰ふ事が出来るのだ。併し乍ら歌を歌ふ様な気持になつて唱へては駄目だから、よく慎んで唱へたが宜しいぞ』 ヘル『サンキューサンキュー』 ベル『アハハハハナーンだ。竜だの、虎だの、貂だの、鼬だのと勿体らしく仰有いまして、その又後に商人か大工の様に数字を並べたり、鉋だとか、鑿だとか、笑はしやがるわい。アハハハハ、これ丈け人文の発達した世の中に、そんな寝言の余り言の様な事を云つて廻る修験者の気が知れないわ。ウフフフフ』 ヘル『こりやベル、修験者求道居士様は、もとは吾々のカーネル、エミシ様だが、結構な呪文を唱へて俺等を助けて下さつたのに、何と云ふ畏れ多い事を云ふのだ。勿体ないぢやないか』 ベル『ハハハハ貴様も亦軟化しやがつたな。何と云つても寿命のある者は死ぬものかい。八衢で「まだお前は生命があるから帰れ」と云つたぢやないか。別に修験者の力でも何でも無い。此世にまだ生存の力を持つてゐるから生還つたのだよ。そんな馬鹿な事云ふものぢやない。それよりも商売に勉強した方が何程利益だか分らないわ。これからワールドを股にかけワールドウ(悪胴)を据ゑて泥坊商売を勉強した方が忽ちお蔭がある。何程十字の秘法を唱へても、一、二、三、四と云つて数へて居つても、一文の金も降つて来はせぬぢやないか。そんな事ア世捨人のする仕事だ。俺等は日々の生活難を凌いで行かんならぬから、そんな陽気な事は云つて居れないわ。肉体のある限り食物も摂らねばならず、人間の体は実在物だからヤツパリ実在的物質が何よりも肝腎だ。空々漠々たる無形の呪文が何になるか。馬鹿だなア』 求道『ハハハハ、ベルはどうしても分らぬと見えるな。そしてお前はゼネラル様から、あれ丈けのお金を頂いた時に、正業に就きますと云つたぢやないか。それにも拘はらずまだ泥坊をこれからやらうと云ふのか』 ベル『何分人間はパンが肝腎ですから、私のやうな無資産者は、泥坊なつとやらなくちや仕方がありませぬわい。何程神を祈つて居つても一片のパンも湧いては来ませぬからな。神様だつて有るとも無いとも、そんな事アあてになりませぬわい』 求道『お前は、さうすると何処迄もアーセーズムを主張するのかな。困つたものだな。人間の力で木の葉一枚だつて出来るものでないと云ふ事を知つてるだらう。さうすれば山川草木を拵へた原動力がなければならぬ筈だ。人間以外の物がなければ此天地は造れるものでない。よく考へて見るが宜からうぞ』 ベル『それは人間が出来ない事は分つてゐます。自然の力で一切万物が出来て居るのです。その自然を貴方等は神と云ふのですか。貴方等はフテキズムだ。もしも違うたらナチュラル・ワーシップだ。私は神なぞが決して此世に存在するとは思はれませぬわい』 求道『どうも仕方のない男だなア。まアまア緩りと胸に手を当てて考へて見るが宜からう』 ヘル『オイ、ベル、人間は神を離れて一日も此世の中に生きて居る事は出来ないぞ。皆神様のお蔭だ。そんな勿体ない事を云はずに神様を礼拝する気はないか。お前もこれから天国に救はれるか、地獄に堕するかと云ふ境目だから、トツクリ求道様のお話を聞いて考へて見たら如何だ』 ベル『ウン、そんなら一つ求道さまにお尋ねしますが、一体神様は此天地の間にどれ丈け厶るのですか』 求道『天津神八百万、国津神八百万と云つて億兆無数の神様が厶るのだ。それぞれお役目を分掌遊ばして此世の中を守つて下さるのだから、人間は神様を信仰せなくてはなりませぬぞ』 ベル『それ丈け沢山の神様があつたら却つて世界が治まらぬぢやありませぬか。貴方のお説はどうも私の腑に落ちない。その筆法で云へば一切神ばかりで此世の中は埋もつて了ひ、人間の住居する場所はないぢやありませぬか。そんなボリセズムは新教育を受けた吾々の耳には、余り古臭くて這入りませぬがな』 求道『神様は元は只お一柱だ。その神様は大国治立尊と云つて宇宙一切をお構ひ遊ばす太元神様だから此神の水火から生れた色々の天人が、八百万の神となつて御守護遊ばして厶るのだ。それだから之を巻けば一神となり、之を開けば多神となる。所謂神様は一神にして多神、多神にして一神だ。吾々と雖もヤツパリ神様の御神体の一部分だ』 ベル『益々分らなくなつて来た。お前さまの言ふ事はモノゼーズムかと思へばボリセーズムになつて了ふ。ボリセーズムかと思へば一転してバンエンテーリズムになるぢやないか。そんな拠りない神様を礼拝するのは真平御免だ。エーエーこんな話を聞いて居ると気分が悪くなる。それよりも現実的にお蔭を頂く事をやり度いものだ。さア之から俺の幕だ』 と云ひ乍ら捻鉢巻をグツと締め、瘤だらけの腕をニユツと前につき出し、 ベル『おい、修験者、ここを何処と心得てる。勿体なくも天下の大泥坊ベルさまの縄張り区域だぞ。さアさア、キリキリチヤツと持物一切投げ出して行かつせい。猪倉山で随分分配金を貰つただらうから、まだ持つて居るだらう。それを此方へスツパリ渡して行け。お慈悲に着物丈は助けてやるから』 求道『アハハハハ、困つた奴だな。金は此処にまだ一万両ばかり持つて居るが、之は世界の困つた人間を助けるための物質的の宝だ。お前の様な泥坊にやる金は一文も持たない。将軍様から大金を頂いて改心するかと思へば益々悪党になるやうな代物だから、お前を助けようと思へば一厘だつて渡す事は出来ぬ。それよりも無形の宝を頂いて誠の人間になつたら如何だ』 ベル『アハハハハ、何と仰有つてもパンを与へられねば信仰は出来ない。俺を信仰の道に入れ度いと思ふなら先づパンを与へよだ。早くその金を此方へ……皆迄とは云はぬから、五千両ばかり渡して呉んねえ。さすれば此金のある間は信者になつても可い』 ヘル『到頭本音を吹きやがつたな。もし先生、こんな奴に与る金があつたら乞食におやりなさい。ますます此奴を地獄の底へ堕す様なものですからな』 求道『如何にもお前の云ふ通りだ。こんな者に金を持たしたら狂人に松明を持たすも同然だ。まア止めて置かうかい』 ベル『こりやヘル、貴様の懐がヘルのでもないのに横合から何をしやベルのだ。人の商売の妨害をさらしやがつて、もう量見ならぬ。これから貴様と命の奪合ひをして、勝つた方がケリナを女房にするのだ。さア来い、勝負だ』 と手に唾をつけ挑戦する。 ヘル『ハハハハハ、そりや何さらしてるのだ。そんな目を剥いて芝居をしたつて恐がる奴は一人もありやせないぞ。なあケリナ、本当に下劣な男ぢやないか。下劣ばかりならまだしもだが、無智暗愚極悪無道、所在罪悪を具備して居るモンスターだから困つた者ですわい。併しケリナ、お怪我があつてはならぬから、先生のお側を離れないやうにして下さい。之から此悪人と奮闘して懲しめてやるから』 ケリナ『ホホホホホ何程ベルが凄い文句を並べて威張つた所で誰も驚くものはないわ。そして妾の夫鎌彦さまを殺したのも此奴だから、謂はば夫の敵、見逃しは致さぬ。お前、そこに待つて居なさい。妾が美事ベルを平げてお目にかけませう。そしてお前も矢張り夫を殺した仲間だから此次ぎはヘルだから楽しんで待つて居なさい』 ヘル『いや、此奴あチツと都合が悪いわい』 ベル『ワツハハハハ、態ア見ろ。ケリナに現を抜かしやがつて既に亭主になつた気取りで居つたが、今の態は何だい。大馬鹿者奴、先見の明が無いと云つても余りぢやないか、ウツフフフフ』 ヘルは捻鉢巻をし乍ら、 ヘル『何、猪口才な、俺も今迄悪人だつたが最早神様の光に照らされた善人だ。貴様のやうな悪事はせない。一つ目に物見せてやるから覚悟をせい』 と矢庭にベルに跳びついて行く。 ベルは『何、猪口才な』 と側に落ちて居た棒片を手に取るより早く真向に振り翳し、木端微塵になれよとばかり打下ろした途端に、ヘルの肩を強か打つた。ヘルは怒り心頭に達し、矢庭にベルの髻を引掴み引摺り初めた。ベルは痛さに堪へ兼ね、悲鳴をあげて泣き出した。ヘルは此声に憐れさを催し、手を放した。求道居士は一生懸命に呪文を唱へて居る。隙を狙つてベルは一生懸命に草野ケ原に四這となり、飛び込んだまま姿を見せなかつた。 ヘル『アハハハハ、口程にも無い奴だ。到頭遁走しやがつたな。併し乍ら陰険な奴だから何処に隠れて何をしよるか分つたものではない。ケリナさまには大変な怨みを受けて居るけれども、私の罪亡ぼしのために先生と前後になつて、ケリナさまを親許まで届けさして貰ひませう。なア先生、許して下さるでせうな』 求道『お前の改心は確だから成るべくは親許まで届けて、両親にお詫をしたが宜からう。然し乍らケリナさまの御意見は何と仰有るか分らない。ケリナさま、如何しますか』 ケリナ『ハイ、実の所を申せば妾の兄を殺した鎌彦を殺して呉れた方だから、別に怨んでは居りませぬ。送つて下さらば結構で厶います』 ヘル『サンキューサンキュー、何処までも送らして頂きます。もし、思召に叶ひましたら、どんな御用でも致しますから』 求道『アハハハハ、要らぬ事は云はないでも宜い。それよりも十字の秘法を唱へて、さア行かう。テルモン山迄はまだ十里位もあるからグヅグヅして居れば日が暮れる。途中で日が暮れると又悪者が飛び出すと面倒だからな』 ヘル『先生、その時には一、二、三、四……と唱へるのですな。それでいかなければ惟神霊幸倍坐世ですわい』 求道『うん、さうださうだ。それさへ覚えて居れば大丈夫だ。おい、ヘル、お前は先に行くのだ。そしてケリナさまを真中にして俺が殿を勤めてやる』 ヘル『はい、先へ行かぬ事あ厶いませぬが、そこが何だか一寸……で厶いますな。先生が先へお出になるが順当でせう。お伴が先へ行くと云ふ道理が厶いませぬから』 求道『ハハハハハ矢張り恐いのだな。よしそんなら思召に従ひ先陣を勤めやう。さあケリナさま、続いておいでなさい』 と云ひ乍ら声も涼しく宣伝歌を歌ひ、夏草茂る青野ケ原をスタスタと進み行く。 (大正一二・三・一六旧一・二九於竜宮館二階北村隆光録) |
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霊界物語 | 56_未_テルモン山の神館1 | 11 惚泥 | 第一一章惚泥〔一四四一〕 求道居士はヘル、ケリナ姫と共に、テルモン山の小国別が館をさして、草茫々たる原野を進み行く。人通りも少く、一面の原野には身を没する許りの雑草生え茂り、所々に荊蕀の叢点在し、思つたやうに道が捗らない。種々の花は原野一面に咲き匂うて居る、時々足許に蚖蛇現はれ行歩甚だ危険である。 日はずつぽりと暮れて来た。月は東方の叢の中から覗き初めた。北にはテルモン山の高峰が巍然として控へて居る。夕の風に送られて晩鐘の声いと淋しげに諸行無常と響き来る。白赤斑の鴉は空を封じてテルモン山の方面さしてガアガアと鳴き乍ら帰り路を急いで居る。三人は月の光を便りに進んで行つた。併し乍ら足許に匍匐してゐる蚖蛇の危険を免るる事は到底出来ない。何程月は登りかけても長細き雑草に隔てられ、且つ昼の如くハツキリしない、若し誤つて蚖蛇の尾でも踏まうものなら、忽ち噛みつかれ、即座に命を落さねばならぬ危険がある。求道居士は惟神霊幸倍坐世を唱へ又、天の数歌を奏上し乍ら進んで行く、ヘル及びケリナ姫は未だ神徳足らずとして数歌を唱ふる事を遠慮し、ヘルはバラモンの経を称へ乍ら二人の後に跟いて行く。 或遇悪羅刹毒竜諸鬼等 念彼観音力時悉不敢害 若悪獣囲繞利牙爪可怖 念彼観音力疾走無辺方 蚖蛇及蝮蠍気毒焔火然 念彼観音力尋声自回去 雲雷鼓掣電降雹澍大雨 念彼観音力応時得消散[※観音経の一節] と唱へながら進んで行く。幸に経文の力でもあらうか、毒蛇も現はれず稍広き草の短き所へ出た。まだこれからはテルモン山の麓へは我国の里程に換算して二里以上もある。さうして山は一里許り上らねばならぬ。そこが小国別の館であつた。三人はやつと危険区域を脱れ、白楊樹の麓に、折からさし登る月を眺めながら、腰を卸して休息した。此時覆面頭巾の黒装束をした男、ノソリノソリと遥向ふの松林を通るのが見えた。ヘルは目敏く之を見て、 ヘル『もし先生、今彼方へ怪しの影が通りましたが、あれは一体何でせうかな』 求道『ウン、あれは泥坊と見える。何か悪い目的を以て旅人を掠めようとやつて来たのだらうが、先方は一人、此方は三人だから到底駄目だと思うて、道を外れたのであらう。アア可愛さうな男だなア。此世の中に為すべき事業は沢山あるに、どうして泥坊なんかするのか、どうかして助けてやりたいものだが、もはや何処かへ行つて了つた』 ヘル『もし先生、もう泥坊を助けるのはお止めなさい。あのベルだつてあの通りですもの。ゼネラルさまから沢山のお金を頂き、もう是切り泥坊はやらないと云うて置き乍ら、まだ精神が直らないのですから、駄目ですよ』 求道『それでもお前は改心したぢやないか。ベルのやうな男のみはあるまい。あれでも時節が来たならば、きつと改心するだらう』 ヘル『そりやさうです。私も実はゼネラル様からお金を頂き、これつきり泥坊を止めて正業に就かうと思ふて居ましたに、つい悪友の為に折角の決心が鈍り、益々悪事が増長して終には人を殺し、其天罰であの世の関所迄やられて来たやうな悪人が、今漸く改心して貴方のお伴するやうになつたのですから、泥坊だつて改心せないには限つて居りませぬ。併し乍ら今日はケリナさまを送つて行かねばなりませぬから、途中で泥坊に出会つても相手にならないやうにして下さいませや』 求道『ウン、承知した。併し乍らベツタリ出会つた時にや、先方が改心せうと、しまいと、一応の訓戒は与へねばならぬ。魔道に堕ちたる人間を、修験者として見捨る訳には行かぬからなア』 ヘル『それもさうですなア。成る可くそんなものに出会はないやうに、神様に願つて参りませうか』 ケリナ『もしお二人様、あの怪しい影は何うも私はベルのやうに思ひますが、違ひませうかな』 求道『ケリナさまのお察しの通りだ。間違ひはありますまい』 ヘル『エ、あの影がベルぢやと仰有るのですか、そいつは怪しからぬ。吾々が疲労れて野宿でもせうものなら、寝込を考へて先生のお金を取らうと云ふ考へで来よつたのでせう。仕方の無い奴ですなア』 求道『ウン仕方の無い奴だ。何程改心して居ても金の顔を見ると、直に又悪に還るのが小人の常だ。お前は俺の懐に持つて居る一万両の金は欲しい事は無いか』 ヘル『別に……たつて欲しいとは申しませぬ。併し貴方が与らうと仰有れば頂きます。これから修験者になつて世界を歩かうと思へば旅費も要りますからなア』 求道『さうすると矢張りお前も油断のならない男だ。トコトンの改心は中々出来ぬものと見えるのう』 ヘル『人間は如何に神様の御子ぢやと云つても、天国と地獄との間に介在して居る以上は、善許りでは到底世に立つていく事は出来ませぬ。内的生活は如何やうにも出来ませうが、衣食住の為に苦しまねばならぬ肉体は、多少の自愛心も必要で厶いますからなア』 求道『刹帝利や毘舎や、首陀なれば、多少自愛の心も生存中は必要だらうが、最早修験者となると定つた以上は金などは必要はない。神のまにまに野山に伏し、食あれば食を取り、食なければ水を飲み、水も無ければ草でも噛んで行くのが修験者の務めだ。一切の物欲を捨てねば神の使となる事は出来ないからのう』 ヘル『成程、仰せ御尤もで厶います。併し乍ら貴方は修験者の身分であり乍ら、一万両の金を持つて居ると仰有つたぢやありませぬか、どうも仰有る事が矛盾して居るやうに思はれてなりませぬがなア』 求道『ハハハハハ、私は実際は無一物だ。併し乍ら心の中に一万両持つて居るのだ。どうかして是を投げ出したいと思ふて居るが、まだ罪業が充たないと見えて除去する事が出来ないのだ。俺の一万両と云ふのは、我慢、高慢、自慢、忿慢、慢心と云ふ悪竜が一匹残つて居ると云ふ事なのだ。此一万竜を何とかして放り出さなくては、比丘になつても天地へ恥かしくて仕方がないから、宣伝使でもなければ俗人でも無い、半聖半俗の境遇に彷徨ひ、修験者となつて居るのだ。どうぞして御神徳を頂き、宣伝使の候補者にでもなりたいものだが、仲々容易の事ではない、それがために実は困つて居るのだ』 ヘル『私は又本当のお金を一万両懐中に持つて厶るのかと、固く信じて居りました。先生は口でこそ恬淡無欲らしう見せて厶るが、矢張り内心は、マンモニストだと思つて居たに、形の上の宝は些も持つて居られないのですか。それで私の疑団も晴れました。ベルの奴本当に貴方が現金を所持して居ると思ひ、こんな所迄跟いて来たかと思へば可憐さうぢやありませぬか』 ケリナ『ホホホホホ、ヘルも可憐さうぢやありませぬか。貴方だつてベルと八百長喧嘩をして、旨く修験者を誑かし、一万両の金を取らうと思つて来たのでせう。そんな事はチヤンと、私も先生も看破してゐたのですよ。この辺で諜合はし、ボツタクル考へであつたのでせう』 求道『アハハハハ、オイ、ヘル、もう駄目だ。俺達の前にはどんな悪も施すの余地がないぞ。本当に改心するか、どうだ』 ヘル『ヘン馬鹿らしい、素寒貧の文なしに跟いて来たかと思へば業腹だ。オーイ、ベル一寸来い、此奴はあんな事を云やがつて一万両持つてけつかるに違ひない、早う来い、ヤーイ』 と呶鳴り出した。忽ち駆けて来たベルは威猛高になり、 ベル『アハハハハ、今迄はバラモン軍の上官で、カーネルカーネルと尊敬して来たが、もうそんな態になつて零落て来た以上は一個の修験者だ。サア綺麗薩張りと懐の金を渡せばよし、グヅグヅ吐すと肝腎要の命が危ないぞ。サアどうだ、返答聞かう』 求道『ハハハハハ、分らん奴だなア、俺の体を何処なりと調べて見よ、一文も持つて居やしないわ』 ベル『そんなら早く裸体になつて見せろ』 求道はムクムクと真裸体になり、薄い着物をはたき乍ら、二人の前に放り出した。 ヘル『ハハア、矢張り駄目だな。併し乍らこのナイスをどうしても自分の物にせなくては嘘だ。それについては此修験者が居ると何彼の邪魔になる。サア序にバラさうぢやないか』 求道は頻りに天の数歌を奏上し始めた。ヘル、ベルの両人は些しも頓着せず、ベルの持つて来た二本の棒千切を持つて双方より打つてかかる。ケリナは白楊樹に抱きついて慄うて居る。求道居士は真裸体のまま一生懸命防ぎ戦うた。されど一本の木切も持つて居ない真裸体の求道は、二人の為に打ちのめされ其場に絶命となつて了つた。両人は冷やかに笑ひ乍ら、 ベル、ヘル『アハハハハ、どうやらこれで俺達にもハツピネスが見舞うて来たらしい。サア是からがナイスの番だ。何と云つても斯うなれば此方の自由だ。オイ、ケリナとやら、俺達二人の意志に従ふかどうだ』 ケリナ『肝腎の修験者迄が、此通りなられたので厶いますから、女の細腕で抵抗して見た所で仕様が厶いませぬ。御意見に従ひませう、併しラマ教のやうに多夫一妻主義はどうも面白う厶いませぬ。何方かお一人に願ひ度いもので厶いますなア』 ベル『成程お前の云ふのも尤もだ。まだお前はバージン姿だから到底誰が好だの嫌ひだのと云ふ事はよう云ふまいから、一つ茲で俺達二人が抽籤をやつて、一の出た方がお前を女房にすると云ふ事に定めようかなア』 ケリナ『物品か何かのやうに抽籤とは余りぢや厶いませぬか、どうか私に選まして頂く訳には行きますまいかなア』 ベル『ウン、それも一方法だ。善悪美醜をトランセンドして、お前の本守護神の得心した方に向いたが好からう。スタイルは醜うても心の綺麗な男らしい男もあり、何程スタイルは好くても、心の汚い卑劣の男もあるからなア、そこはそれ選択を誤らない様にしたがよろしからうぞ』 ケリナ『そりやさうで厶いますな。何と云つても男らしい男で、何処ともなしに同情心のある柔し味のある方が好きですわ、人を叩き殺して埋けてもやらないやうな方は絶対に嫌ひです』 ベル『成程俺も最前からヘルの棒が当つて死んだ修験者に同情の涙を濺いで、どうか死骸でも隠して上げ度いと思うて居た所だ。余り妻の選択に就いて気を取られて居つたものだからウツかりして居た。是もお前を愛する心が深いのだから、決して悪くは思うて下さるな』 ケリナ『女の美貌に現を抜かして仮令ヘルが殺したにもせよ、死屍の横たはつて居るのを見て隠してやらうともせぬ男は嫌ひですわ、お前の棒が当つて死ななくても同じ事ですよ。矢張り二人して殺すといふ考へだつたのでせう。同じ悪人に身を任す程なら、スタイルの美しいヘルさまに身を任しますわ』 ヘル『エヘヘヘヘ、オイ、ベルどうだ、恋の凱旋将軍様だ。畏れ入つたか』 ベル『ヘン馬鹿にするない、「色は年増が艮め刺す」と云つて最後の勝利は俺の手に握つて居るのだ』 ヘル『馬鹿云へ、御本人が承諾しない恋が何になるか、お生憎様だ、イヒヒヒヒ』 ケリナ『ホホホホホ、揃ひも揃ふたデレ泥だ事、誰がお前のやうな馬鹿者に身を任すものがありますか、よい加減に自惚をして置きなさい』 ベル『オイ、何程美人だと云つてもこれだけ侮辱せられては、女房にする訳にも馬鹿らしくて出来ぬぢやないか、序に此奴も一緒にバラしてやらうかい』 ヘル『ウンさうだ。かう愛想尽かしを云はれては仕やうがない。女は世界に幾人でもある。此女を生かして置いては修験者を殺したのは俺達だと云つて貰うと、些許り剣呑だから、やつつけて仕舞はうよ』 ベルは、 ベル『よし合点だ』 と矢庭に棒千切をもつて打つてかかる。ケリナは白楊樹を盾に取つて身を脱れようとする。ヘルは又もや棒千切をもつて脳天目蒐けて打ち卸した。憐やケリナはキヤツと悲鳴を上げ其場に打ち倒れた。此の時天を焦して下り来る一大火光があつた、二人は驚いて雲を霞と森林の中を逃げて行く。火団は忽ち二人の倒れて居る前に降下した。是は第一霊国より月照彦命が、二人の危難を救ふべく神の命を帯びて下られたのである。二人は漸く火団の落下した音に気が付き、四辺を見れば、桃色の薄絹を着した麗しきエンゼルが立つて居る。求道居士は拍手再拝して救命の恩を感謝した。ケリナも亦エンゼルを拝み一言も発せず、嬉し涙にかき暮れて居る。エンゼルは言葉静に両人に向ひ、 エンゼル『汝等両人、神の大道を誤らず、身をもつて道の為に殉じたる其志は見上げたものだ。其方の志に免じ、霊国より汝等を救ふべく下つて来た。吾は月照彦神なり。随分気をつけてテルモン山に帰つたがよからう。それ迄に、も一度試みに遇ふ事があるだらう。屹度自分の命を惜むやうな事では世を救ふ事は出来ないから、何事も神に任して救ひの道を拓いたらよからう。さらば』 と一言を残し、紫の雲に乗つて東の空を指して帰らせたまふた。二人は後姿を伏拝み、感謝の涙に暮れつつ、天の数歌を称へながらテルモン山を指して帰り行く。 赤心を貫き通す桑の弓 届かざらめや神の御国へ。 (大正一二・三・一六旧一・二九於竜宮館加藤明子録) |
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霊界物語 | 56_未_テルモン山の神館1 | 14 方岩 | 第一四章方岩〔一四四四〕 ヘルは月影にベルの姿をよくよく見れば、目を眩してゐる。幸ひ傍に小さい水だまりがあつてそれに月が光つてるのを認め、口に水を含み来り、ベルの面や口などに幾回となく含ませた。漸くにして息を吹返し、四辺をキヨロキヨロ見廻し乍ら、 ベル『あーー、一体此処はどこだ。エライ所へ行つて来た』 と不思議相にヘルの面を覗き込んでゐる。ヘルは声を励まして、 ヘル『オイ、ベル、確りせぬか、汝今、ナイスに喉を締められ、目を眩してゐやがつたのだ。俺が今いろいろと介抱して助けてやつたのだ。サア、早く立たぬか、何時追手が来るか知れないぞ。此処は夜とはいへど通道だ、サア、確りした確りした』 と背中をポンポン叩いてゐる。 ベル『ああ矢張り夢だつたか、エライ所へ俺は行つて居つた。沢山な赤や青の鬼が鉄棒持つて四方八方より俺を追かけて来る其苦しさ、まア夢でよかつた。併しあのナイスは何うなつたか、取逃しただらうな』 ヘル『ナニ、汝が喉を締められヂタバタやつてるのを見るに見かねて、後から棒千切れでポンとやつた所、脆くも倒れよつたのだ。それみよ、そこに倒れてるだないか』 ベルはダイヤモンドの光を見るより早く、 ベル『ヤツ』 と云つたきり、猿臂を伸ばして頭の飾をむしり取り、矢庭に懐に捻込むだ。ヘルは、 ヘル『エー、毒をくはば皿までだ。人殺の大罪を犯したのだから宝石を盗んでも矢張り同じ事だ。同じ罪になるのなら、之でも奪つて太く短く暮さうかい』 と悪胴をすゑ、デビスのコルプス[※英語で死体のこと。corpse]を探つて、光つた物は残らず剥ぎ取つて了つた。 ベル『アハハハハ、脆いものだな、併し之丈沢山な宝石を体につけやがつて、実に贅沢な者ぢやないか、今日の貴族生活をしてる奴は皆是だからのう、下の人間が苦むのも無理はないワイ。俺達は此宝石をどつかの町へ持つて行つて売とばし、罪亡ぼしに天下の貧民を与ふ限り助けてやらうぢやないか。そすりや人の一人位殺したつて万民を助けるのだから、大罪所か却て天から御褒美を頂くかも知れないぞ』 ヘル『天から御褒美を頂くことは到底望まれないとしても、せめて罪を軽うしてもらふ事は出来るだらう。兎も角汝の持つてゐる宝石を皆俺に渡せ、汝に持たしておくと又愛我心を起しよつて、貧民救済に用ゐないかも知れない。俺に持たしておけば此宝を善用して、汝の罪も軽くなり俺の罪も軽くなるやうにしてやるからなア』 ベル『馬鹿云ふな、汝のやうな風が吹いても慄うてるやうな人間に持たしておくのは険呑だ、剛胆不敵の俺のやうな人間の懐に持つてをれば、如何なる悪魔も狙ふこた出来ない、サア、スツパリこちらへ渡せ』 ヘル『馬鹿云ふない、俺が助けてやらなかつたら汝は此世に生きてるこた出来ぬのだ。そんな執着心はやめて、皆俺に渡すのだ』 ベル『汝はそんな態のよい事をいつて、俺から宝石を奪ひ取り、一人で猫婆をきめこむ積りだらう。今日の奴は慈善会だとか、或は孤児院だとかぬかして金を集め、皆自分の懐中を肥す奴許りだ。一旦泥坊に成り下つた人足が、慈善なんか夢にもあり相な事はないワイ。そんな偽善者に宝を持たしておくと、天下の宝を悪用するから、スツパリ俺に渡せ』 ヘル『何を吐しやがるのだい、汝も泥坊ぢやないか、俺に渡すのが険呑なら、汝に渡すのも険呑だ。サア、早く出さぬかい』 ベル『ヘン、一旦懐へ捻ぢ込んだ以上はメツタに渡さないぞ。第一黄金や宝石は此ベルのテースト物だから、仮令命が亡くなつても渡す気遣ひがないワ。グヅグヅぬかすと、汝の命も取つてやらうか、さすれば全部俺の懐へ這入るのだからなア』 ヘル『何猪口才な、美事取るなら取つてみよ、俺も汝の命を取つて、此宝石を全部私有物となし、ハルナの都へ帰つて、天晴れ紳士となる積だ。そして多額納税議員にでもなつて巾を利かす積だ。台泥でさへも衆議院議員に当選した例があるぢやないか。渇しても盗泉の水を呑まずとは、昔の奴のほざく言葉だ。俺は之から逐鹿場裡に立つて、此金を撒き散らし、社会の優者となる考へだから、其第一着手として、汝の所持品をスツカリ取つてやるのだ。汝の物を奪つた所で別に罪にもなるまい。又命を取つた所で元々だ。汝の死んでる所を助けたのだから……』 ベル『コラ、汝は宝をみると俄に噪ぎやがるのだ。汝は已に改心したと云つたぢやないか』 ヘル『きまつた事だい、つまらぬ時には誰だつて改心するが、宝を見て改心する奴があるかい。サア腕づくで之から奪り合だ』 ベル『ヨーシ、面白い、見事取つてみせう』 と両方から四股を踏み、手に唾し乍ら、辻相撲を取るやうな調子で、四つにからみ、組んづ組まれつ転げ廻る。互に固い爪で目をひつかく、鼻を削る、手も足も面も血達磨の様になつて格闘を始め双方共、グニヤグニヤになり半死半生の態で、其場にドツカと倒れて了つた。 宣伝歌の声は夜嵐につれて、千切れ千切れに遠く聞えて来る、之は求道居士、ケリナ姫が夜道を急ぎ此方に向つて行進しつつ歌ふ声であつた。 求道『神が表に現はれて善神邪神を立分ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 只何事も人の世は直日に見直せ聞直せ 世の過は宣り直せここは名に負ふフサの国 御空は高く月照彦の神の命はキラキラと 輝き玉ひ吾々が淋しき野路を帰りゆく 行手を照らさせ玉ふなりああ惟神々々 三五教を守ります高天原の霊国の 珍の司と現れませる稜威も殊に大八洲彦 神の命の御神徳忽ち下り来りまし 吾等二人の危難をば救はせ玉ひ久方の 天つ御空に輝きつ帰り玉ひし尊さよ バラモン教のカーネルと選ばれハルナを立出でて 鬼春別や久米彦の両将軍に従ひつ 山野を渡り河を越え雨には浴し荒風に 髪梳ずりやうやくに河鹿峠の麓まで 旗鼓堂々と進み行く至善至愛の大神は 善をば助け悪神を懲め玉ふか吾々の 率ゆる軍は悉く治国別の言霊に 打亡ぼされ這々の態にて脆くも敗走し 浮木の森やビクトリヤ猪倉山にチクチクと 予定の退却始め出し三千余騎を従へて 堅磐常磐の岩窟に千代の固めと立籠もる 又もや来る宣伝使治国別の一行に 誠の道を諭されて曇りし胸も漸くに 黎明告ぐる鶏の声旭の豊栄昇る如 霊もあかくなりにけり鬼春別を初とし 久米彦スパール両司手もなく神の正道に 帰順されたる不思議さに吾も心を翻し バラモン教の御教はげに美はしき道なれど 不言実行と知りしよりすまぬ事とは知り乍ら 掌の裏返す藤堂式忽ち味方の軍隊に 鉾を向けたる果敢なさよさはさり乍ら天地の 誠に敵する事を得ず大黒主の神様に 言ひ訳立たずと意を決し三五教の宣伝使 たるを憚り中間の法螺吹立てる修験者 墨の衣に身を纒ひ頭を円く剃りこぼち 百の罪をば消滅し天地の神に三五の 誠を尽し奉らむと照国山の谷間に 百日百夜の荒行を勤めて遂にビクトルの 山にまします大神に朝な夕なに仕へつつ ゼネラル様の許しをば蒙り茲に宣伝の 漸く旅路につきにけりエルシナ川の畔迄 スタスタ来り谷底を見下す途端に訝かしや 渦まく淵に浮びゐる四人のコルプス見るよりも 見逃しならぬ修験者神に祈りて助けむと 危き路を谷底に降りてやうやう三人が 命を助け喜びて荒野ケ原を打わたり ここ迄進み来りけり道の行手に諸々の 悩みに会ひて玉の緒の命も危き所をば 月の光に助けられケリナの姫と諸共に 心勇みてテルモンの山に現れます大神の 宮居をさして進みゆく吾身の上ぞたのもしき ああ惟神々々神の恵みのいや深く 教の露の何処までも青人草の身の上に 降らさせ玉へ月照の皇大神の御前に 赤心籠めて願ぎまつるああ惟神々々 御霊幸ひましませよ』 ケリナ姫は優しき声を張上げて又もや歌ひつつ進み来る。 ケリナ『天津日かげは西山に傾き玉ひ東の 草野を分けて昇ります月照彦の御光は 草葉の露に悉く宿らせ玉ひて吾々が 行手の道を守ります野山の猛き獣や いと恐ろしき毒虫も神の恵に抱かれし 吾身を害ふ事ならず先を争ひ逃げ出し 吾等は無事にテルモンの父の館に久々に 帰りゆく身となりにけり吾足乳根の父母は 変らせ玉ふ事もなく神の御前に朝夕に いと忠実に仕へますか恋しき姉のデビス姫 いかに此世を果敢みて暮させ玉ふことならむ 妾が今宵帰りなば父と母とはいふも更 恋しき姉の君迄も必ず喜び迎へ入れ 吾生命を救ひたるエミシの君を尊みて 厚く待遇し玉ふべし思へば思へば有難や 恋の迷ひの夢も醒め心を月に照らしつつ 夏の夜路を帰りゆく吾身の上ぞ楽しけれ ああ惟神々々御霊幸ひましませよ 旭は照るとも曇るとも月は盈つ共虧くる共 仮令大地は沈む共星は空より墜つる共 吾身を救ひ玉ひたる三五教の大御神 求道居士が師の君の恵はいかで忘るまじ 命の親の師の君と手を携へて行く野路は 如何なる曲の現はれて行手にさやる事あるも いかでか恐れむ惟神尊き神の御守りに いと安々と帰りゆくああ惟神々々 御霊幸ひ玉へかし』 と歌ひつつ、方岩の間近に帰つて来た。 求道居士はケリナ姫と共に漸く方岩の傍に着いた。草の中にウンウンと怪しい声が聞えて来るのでツと立止まり、よくよく見れば何者か半死半生の態で呻吟いてゐる。 求道『ハテナ、二三人の人間が斯様な所で倒れてゐるやうだ。大方最前のベル、ヘル如き悪人に金を奪はれた上、切られて苦んでゐるのだらう、何は兎もあれ、此儘見逃して通る訳には行かぬ。ケリナさま、貴女は此岩に腰かけて待つてゐて下さい、一寸査べてみますから……』 ケリナ『ハイ、妾何だか、気にかかつてなりませぬワ、私の姉さまぢや厶いますまいかな。先づ第一女の方から査べて下さいませ。此衣類から考へますれば女らしう厶います』 求道は月にピカピカ光つてゐる衣装を目当に近よつて見れば、耳から多量の血糊を出し、妙齢の女が倒れてゐた。 求道『ああこれはどこかの貴婦人だ。一通の家の娘ではないやうだ。コレ、ケリナさま、一寸来て御覧、此衣装と云ひ、どうも浄行の嬢さまらしう厶いますよ』 ケリナはハツと胸を轟かし乍ら、側近く寄添ひ、よくよく顔をみれば、擬ふ方なき姉のデビスであつた。ケリナは見るよりアツと許りに仰天し、其場に倒れて了つた。求道居士は驚いて、四辺に光る水を掬ひ、先づ第一にケリナの面部に注ぎ漸くにして呼生け、ヘタヘタになつてゐる姫を方岩の上に運びおき、自分の蓑を布いて、其上に寝させ、デビスの介抱にかかつた。デビスはウンと息吹返し、四辺を見まはし乍ら修験者の姿を、不思議相に凝視てゐる。求道はヤツと安心して、 求道『モシモシ、貴女はテルモン山の神館に坐します小国別様のお嬢さまぢや厶いませぬか。拙者は三五教の修験者エミシで厶います。決して悪い者ぢや厶いませぬから、御安心なさいませ』 デビスは此言葉を聞いて安心し、頭部の痛みを抑へ乍ら、 デビス『どうも危い所をお助け下さいまして、此御恩は海山にも譬へ難う存じます。悪者に出会し、頭部を擲りつけられ、気が遠くなつて居りました。貴方様がお通り下さらなかつたら、妾は最早千秋の恨を呑んで此世を去つたに違ひありませぬ、どうも有難う厶いました。ああバラモン大神様、よくマア助けて下さいました。惟神霊幸はひませ』 と合掌してゐる。ケリナ姫は姉のデビスと聞いて嬉しさに堪へず、方岩から下り来つて、デビスの手を執り、涙の声を絞り乍ら、 ケリナ『姉上様、お懐しう存じます、私は妹のケリナで厶います。御両親様や姉上様に御心配をかけまして誠に申訳が厶いませぬ。何卒お許し下さいませ。そして御両親は御無事でゐられますかな』 と畳みかけて問ひかけた。デビス姫は頭がフラフラとしてややもすれば気が遠くなり行くのをキツと気を張りつめて、妹の手を握り、 デビス『ああ恋しき妹であつたか、不思議な所で会ひました。ようマア無事でゐて下さいました。モウ之で私は命が亡くなつても、あなたの顔さへ見れば得心で厶います』 ケリナ『お姉様、気を確に持つて下さいませ。そんな心細い事を云はない様に頼みます。さぞエライお怪我でお苦しう厶いませうが之から私が館へ帰り、心限りの御介抱を申上げますから御安心なさいませ。キツと神様の御神徳で御全快なさいますからな。貴方は今此修験者に助けられたのですよ。私も此お方に命を助けられ、今送つて戴いて、御両親の館へ帰る途中で厶います。どうしてマアこんな惨酷しい目にお会ひなさつたので厶いますか』 デビス『実の所は大黒主様のお宝、如意宝珠の神宝が紛失致しまして、それが為に父上は大変な御心配を遊ばし、病気に取りつかれ、御老体の事とて、日に日に病は重る許り、そこへあなたの行方が分らなくなつたものですから、益々御心配を遊ばし……私はとても命は長持てはせないが、せめて生前にケリナに一目会うて死にたいものだ……とお歎き遊ばすので、私は立つてもゐてもをれなくなり、今日で三七廿一日の間、国人が恐れて昼さへも、よう近づかない、魔の山と称へられてるスガの山の森林に通ひ、アン・ブラツクの滝にかかつて、荒行をすませ、今日は行のあがりで、此処迄やつと帰り、方岩の上で満願の御礼や祈願を籠めてゐる最中、二人の悪者が現はれて、こんな目にあはしたので厶いますよ。ああ修験者様のお蔭、妹が助けられ、私迄が助けられたとは、何たる深い因縁で厶いませう。修験者様誠に有難う厶います。茅屋なれど、吾館へお越し下さいまして、緩り御逗留下さいませ。定めて両親は申すに及ばず、数多の役員や信者も喜ぶことで厶いませう』 求道『ハイ有難う厶います、申上げたい事は海山厶いますが、貴女は大変な御負傷をしてゐられますから、お気を揉ませ、種々の事を聞かせては、却つてお障になりますから御全快の後緩りと申上げます。何卒気を緩りと落着けて下さいませ』 デビス『ハイ有難う厶います、何分宜しうお願申します』 ケリナ『お姉さま、あなたを苦めた奴は此処に倒れてゐる両人では厶いませぬか』 此言葉にデビス姫は後振返りみれば、以前の悪者が二人大の字になつて唸つてゐる。 デビス『ああ此賊で厶います。鬼春別将軍だと法螺を吹いて居りましたが、どうで碌な奴ぢや厶いますまい』 此言葉に求道居士はハツと胸を躍らせ、真青な顔をし乍ら、 求道『ハテさて浅ましい事だ、ゼネラル様は又もや邪道に逆転遊ばしたのかなア。何した悪魔が魅入れたのだらう。何は兎もあれ、実否を査べてみよう』 と心に囁き乍ら、よくよく見れば、以前のベル、ヘルの両人であつた。 求道『ああ此奴は、ケリナさま、最前吾々を殺さうとしたベル、ヘルの両人です。テもさても困つた奴ですなア』 ケリナ『何と呆れた者ですなア。併し何程悪人だとて、此儘放つておけば死んで了ひますから、助けておやりなさいますでせうなア』 求道『尤もです、何程悪人でも見捨てて行く訳には行きませぬ。吾々が悪人か、此男が悪人か、到底人間では分りませぬ。仁慈の神様は吾々の心を矯直さむと、此等両人をお使ひ遊ばし、お前の心は此やうなものだとお示しになつてるのかも知れませぬ。此等両人を使つて、吾々に苦集滅道の真諦をお示しになつたのかも知れませぬ。さうすれば此両人は吾々の絶好唯一のお師匠様と思はねばなりませぬ。ああ惟神霊幸倍坐世』 と水をくくんで、両人の介抱を懇切にやつてゐる。漸くにして二人は気がついて起き上り、血みどろの体を曝して、求道の前に両手を突き自分の不都合を涙と共に謝罪した。求道は二人の心を憐れみ、力限りに祈願を籠め、懐より、照国山の渓間にて採取したる石綿[※この石綿はアスベストのことではなくオニフスベというキノコだと思われる。止血作用がある]を取出し、血糊を拭ひ取り天の数歌を二三回繰返した。ヘルは涙を流し乍ら、 ヘル『貴方は求道様で厶いましたか。命を助けて頂き乍ら、自我心の欲にからまれ、こんな不心得な事を致しました。之は姫様の衣装からぼつたくつた宝玉で厶います。スツパリお返し申します。何卒之をお受取り下さいませ』 と懐から差出すを、ベルは目敏く眺め、横合からグツと奪ひ取り懐に捻ぢ込み、足をチガチガさせ、丈余も伸びた草の中に身を隠し、何処ともなく消えて了つた。求道居士はヘルの背中にデビス姫を負はせ、神言を奏上し乍らケリナと共に後先になつて、月夜の露路を踏み分け、テルモン山の神館を指して帰り行く事となつた。 (大正一二・三・一七旧二・一於竜宮館松村真澄録) |
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霊界物語 | 57_申_テルモン山の神館2 | 01 大山 | 第一章大山〔一四五一〕 金輪奈落の地底から風輪、水輪、地輪をば 貫き出でたる大高峰伯耆の国の大山は 日本大地の要なり白扇空に逆様に 懸りて沈む日本海八岐大蛇の憑依せる 大黒主の曲津見が簸の川上に割拠して 風雨を起し洪水おこし狭田や長田に生ひ立ちし 稲田の姫を年々に悩ませ人の命をば 取らむとせしぞ歎てけれ大正十二癸の 亥年の春や如月の日光輝く夜見ケ浜 小松林の中央に堅磐常磐に築きたる 神の恵みの温泉場浜屋旅館の二階の間 いつもの通り横に臥し真善美愛第九巻 波斯と月の国境朝日もきらきらテルモンの 山の館に住まひたる小国別が物語 三千年の末迄もその功を残したる 三五教の三千彦が難行苦行の経緯を いよいよカータルブラバーサマハーダルマ・タダアガタ 唯一言も漏らさじと東の窓に向ひつつ 万年筆を走らせる夜見の浜風颯々と 吹き来る度にカーテンがバタリバタリと拍子取り 言霊車押し来るアヽ惟神々々 御霊幸倍ましまして五十と七つの物語 完全に委曲に述べ終へて綾の聖地の家苞に なさしめ給へと大神の御前に謹み願ぎまつる 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも誠一つの三五の 教の主意を一通り写さにやならぬ神の法 湯にあてられて瑞月が腹をガラガラ下らせつ 下らぬ理窟を交ぜて浜辺で取れた法螺貝の 止度もなしに吹き立てる ○ 三五教は大神の直接内流を受け、愛の善と、信の真をもつて唯一の教理となし、智愛勇親の四魂を活用させ、善の為に善を行ひ、用の為に用を勤め、真の為に真を励む。故に其言行心は常に神に向ひ、神と共にあり、所謂神の生宮にして天地経綸の主宰者たるの実を挙げ、生き乍ら天国に籍を置き、恰も黄金時代の天人の如く、神の意志其儘を地上の蒼生に宣伝し実行し、以て衆生一切を済度するをもつて唯一の務めとして居たのである。故にバラモン教ウラル教其他数多の教派の如く、自愛又は世間愛に堕して知らず識らずに神に背き、虚偽を真理と信じ、悪を善と誤解するが如き行動は取らなかつたのである。神より来れる愛及び善並に信真の光に浴し、惟神の儘に其実を示すが故に、麻柱の教と神から称へられたのである。自愛及び世間愛に堕落せる教は所謂外道である。外道とは天地惟神の大道に外れたる教を云ふ。これ皆邪神界に精霊を蹂躙され、知らず知らずに地獄界及び兇党界に堕落したものである。外道には九十五の種類があつて、其重なるものは、カビラ・マハールシといふ。このカビラ・マハールシは、即ち大黒主の事であり、三五教の真善美の言霊に追ひ捲られて自転倒島の要と湧出したる伯耆の国のマハールシ(大山)に八岐大蛇の霊と共に割拠し、六師外道と云つて外道の中にても最も勝れたる悪魔を引き率れ天下を攪乱し、遂に素盞嗚尊のために言向け和されたのである。六師外道とは、ブランナーカーシャバ、マスカリー・ガーシャリーブトラ、サンジャイーヴィ・ラチャーブトラ、アザタケー・シャカムバラ、カクダカー・トヤーヤナ、ニルケラントー・ヂニヤー・ヂブトラの六大外道である。此外道は古今東西の区別なく今日と雖も尚天下を横行濶歩し、暴威を逞しうして居るのである。 ブランナーカーシャバとは君臣、父子、夫婦、兄弟、朋友等の道を軽んじ、現界の一切を無視し、生存競争、優勝劣敗をもつて人生の本義となし、軽死重生の主義を盛に主張し、宇宙一切は総て空なり、無なり、人間の肉体は死滅するや否や煙の如く消え果て、死後の霊魂等は決して残るものでない。果して死後に霊魂ありとすれば、例へば唐辛子を焼いて灰となし、尚ほ其後にも唐辛子の辛味存するや、決して存在せざるべし。是を思へば人間死後の生活を論ずるは迂愚の骨頂なり、迷妄の極みなりと断案を下す唯物論者の如きものである。次に、 マスカリー・ガーシャリーブトラは、一切衆生の苦悩も歓楽も決して人間の行因に依るものではない。何れも自然に苦楽が来るものである。例へば茲に一つの種子を蒔くに、其種子は肥えた土の日当りよき所に蒔かれたのは、他に勝れて発達し、枚葉繁茂し、麗しき花を咲かせ、麗しき実を結び、人に愛せらるるに引き替へ、同じ種子でありながら、痩せた土地に蒔かれ、或は陰裏に蒔かれた時は十分の光線を受くる事能はず其発育も悪しく花も小さく、満足な実も結ばないやうなものである。然るに其種子に善悪は決してない。同じ木から取つた同じ種である。又其種には決して善の行ひも悪の行ひもない。唯蒔かれた所の場所即ち境遇によつて、或は歓喜に浴し、或は苦悩に浸るのである。故に人間は、蒔かれた所が悪ければ、何程気張つてもよき場所に蒔かれた種に勝つ事は出来ない。故に人間の苦楽には決して行因はないものだ、と主張する無因外道である。又是を自然外道とも云ふ。次に、 サンジャイーヴィ・ラチャーブトラと云ふのは、人間は決して修業なんかする必要がない。天地の草木を見ても春が来れば自然に花が咲き、秋が来れば自然に実が生り、冬が来れば自然に葉が散る如く、八万劫が来れば自然に人間の苦は尽きて道を得るとなすものである。要するに自暴自棄、惟神中毒の外道であつて、是を無因外道の一種となすのである。二十世紀の三五教には此の種の人が随分混入して居るやうである。次に、 アザタケー・シャカムバラ、此外道は現世に於て、何でも構はぬ、苦しみさへして置けば、きつと他生に於て、天国に生れ、無限の歓楽に浴し、百味の飲食を与へられ、栄耀栄華に平和の生活を永遠無限に送られるものとなし、人間として営むべき事業も為さず深山幽谷に身を潜め、火物断をしたり、穀食を避け、松葉を噛み、芋などを掘り、空気を吸ひ、寒中真裸、真裸足となりて寒さを耐へ、夏は蚊に刺されて所有苦しみをなし、其苦の報いを来世に得むとする所謂苦行外道である。此外道も亦今日は随分彼方此方に現はれて居る。さうして真理に暗き現在の人間はかかる苦行外道を指して真人となし、聖人と尊び神仏の如く尊敬するものである。斯かる苦行外道を尊敬する人間も亦、同気相求むるの理によつて知らず識らずに地獄道に籍を置いて居る小外道である。次に、 カクダカー・トヤーヤナ、この外道はバンロギズム(汎理論)、スピリチュアリスチック・バンセイズム(唯心的汎神論)だとか、バンフシギズム(汎心論)だとか、アーセイズム(無神論)だとか、ブルラリズム(多元論)だとか、モニズム(一元論)だとか或はソシアリズム(社会主義)アナーキズム(無政府主義)だとか、ニヒリズム(虚無主義)だとか、コンミュニズム(共産主義)だとか、種々雑多の利己的、形体的、自然的、世界的愛に対して意見を盛に主張し、無形の霊界に対して一瞥も呉れず、且霊界や神仏を無視しながらも、現界に於ても徹底する能はず、霊界に於ては等閑ながらも、或時は些しく霊界の存在を認めて見たり、或時は現界計りに執着したり、精神の帰着点を失ふたり、二途不摂の異見外道である。次に、 ニルケラントー・ヂニヤー・ヂブトラ、此外道は、人間の苦楽と云ふものは素から因縁が定つて居るものだ。例へば三碧の星はどうだとか、九紫の星はどうだとか、子の年に生れたからどうの、丑の年に生れたからどうだとか、身魂の因縁が好いとか悪いとか、宿命説に堕落した宿命外道である。斯る宿命外道は如何程神仏を信仰するとも、自分の定まつた運命を転換する事は出来ない。何事も運命と諦めて其道に殉ずるより外はない。オタマ杓子は鯰に似てゐるが、少し大きくなると手足が生へて蛙になつて了ふ。どうしても鯰になる事は出来ない。それ故因縁の悪いものが神を信じた所で誠を尽した所で決して立派なものになれさうな事はない。何も前世の因縁性来だと断定をくだす無明暗黒なる常見外道であるが、斯の如き外道は、何れも神或は仏以外の所見にして、各一派の学説を立て、科学に立脚したる霊魂研究でなければ駄目だとか、或は神仏の名を標榜する事を忌み嫌ひ、太霊道だとか、二灯園だとか、或は何々会だとか、勝手な名を附して霊界を研究せむとする所謂常見外道である。現代は此外道最も蔓延し神仏の名を称ふるよりも霊智学とか、神霊研究だとか、霊学研究会だとか云ふ科学的名称に隠るるを以て文明人の態度らしく装ひ、蟻の甘きに集ふが如く集まり来つて、雲の彼方の星を探らふとする如き外道である。斯の如きニルケラントー・ヂニヤー・ヂブトラは三五教の中からも折々発生したものである。何れも自尊主義の慢心から、斯る外道に知らず識らず堕落するのである。 序に十二因縁を略解して置く、人間には、 一、無明、アヸドヤー 二、行、サンスカーラ 三、識、ボヂニヤーナ 四、名色、ナーマルーバ 五、六入、サダーヤタナ 六、触、スバルシャ 七、愛、エータナー 八、愛、ツルシューナー 九、取、ウバーダーナ 十、有、バヷ 十一、生、ヂャーチ 十二、老死、ヂャラー・マラナ の十二因縁がある。 無明とは、過去一切の煩悩を云ひ、行とは過去煩悩の造作を云ひ、識とは現世母の体中に托する陰妄の意識を云ふ。名色の名とは心の四蘊であり、色とは形質の一蘊である。六入とは、母の体中にある中に於て六根を成ずるを云ふ。触とは三四才迄に外的の塵埃の根元に触るるを覚ゆる状態を云ふ。愛とは生れて五六才より十二三才迄の間に強く外部の塵埃を受けて、好悪の識別を起すを云ふ。愛とは十四五才より十八九才までの間に外塵を貪り愛する念慮を起すを云ふ。取とは二十才以後一層強く、外塵に執着の念を生ずるを云ふ。有とは、未来三有の果を招くべき種々の業因を造作し、積集するを云ふ。生とは未来六道又は八衢の中に生ずるを云ふ。老死とは未来愛生の身体、又遂に朽壊するを云ふ。この十二因縁はどうしても人間として避くべからざる事である。併し乍ら、此十二因縁の関門を通過して初めて人間は神の生涯に入り、永遠無窮の真の生命に入つて、天人的生活を送るべきものである。然るに総ての多くの人間は九十五種外道のために身心を曇らされ忽ち地獄道に進み入り、宇宙の大元霊たる神に背き、無限の苦を嘗むるに至るものが多い。故に神は、厳瑞二霊を地上に下し天国の福音を普く宣伝せしめ、一人も残らず天国の住民たらしめむと、聖霊を充して予言者に来らせ給ふたのである。如何に現世に於て聖人賢人、有徳者と称へらるる共、霊界の消息に通ぜず、神の恩恵を無みするものは、其心既に神に背けるが故に、到底天国の生涯を送る事は出来難いものである。約束なき救ひは決して求められないものである。故に神は前にシャキャームニ・タダーガタを下して霊界の消息を世人に示し給ひ、又ハリストスやマホメット其他の真人を予言者として地上に下し、万民を天国に救ふ約束を垂れさせられた。されど九十五種外道の跋扈甚だしく、神の約束を信ずるもの殆ど無きに至つた。それ故世は益々暗黒となり、餓鬼、畜生、修羅の巷となつて仕舞つた。茲に至仁至愛なる皇大神は、この惨状を救はむが為に、厳瑞二霊を地上に下し、万民に神約を垂れ給ふたのである。ああされど無明暗黒の中に沈める一切の衆生は救世の慈音に耳を傾くる者は少い。実に思うて見れば悲惨の極みである。ああ惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・三・二四旧二・八於伯耆国皆生温泉浜屋加藤明子録) |
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霊界物語 | 57_申_テルモン山の神館2 | 06 強印 | 第六章強印〔一四五六〕 テルモン山の館より十七八丁奥の谷間に大蛇の岩窟と云ふ深い穴がある。そこには三千彦を無理無体に押し込め、二人の門番が厳重にワックスの命令によつて守つて居た。 甲『オイ、何でも此中に突込んである魔法使は大それた事をしやがつたさうだな。如意宝珠の玉を盗み出し、そしてワックス様が匿して居つた等と讒言をし、デビス姫様の夫となり、此館を占領しようとしたドテライ悪人だと云ふ事だが魔法使だから何時此鉄の門を破つて出るか分らぬ。出たが最後、どんな目に会はすか知れないぞ。何程日当を沢山貰つても斯んな剣呑な商売は御免被りたいものだな』 乙『何、心配するな。魔法使と云ふものは或程度迄は法が利くだらうが、もう種が無くなつて皆に捉まへられ、斯んな処へ突込まれよつたのだから、もう大丈夫だ。滅多に出る気遣ひはないわ。斯うして十日も二十日も番して居れば饑ゑて死んで了ふ、さうすりや大丈夫だよ。俺等は日給さへ貰へば宜いのだからな』 甲『然し、此奴が死んで化けて出やがつたら、それこそ大変だぞ。何とかして断り云ふ訳には行くまいかな』 乙『そんな事、いくものかい。何時もワックスの旦那に難儀な時に無心を云つて助けて貰つてるのだから、斯んな時に御恩報じをするのだ。宮町中の難儀になる処を、ワックスさまのお蔭で此奴の盗んで居つた如意宝珠の玉も分り、俺等の生命まで助けて貰つたのだから、此奴が斃る所迄俺等は根比べをやらねばならぬのだ。余り心配するな。心配すると頭の毛が白うなるぞ』 斯く話して居る処へ遥か上の方の森林から頭の割れるやうな宣伝歌が聞えて来た。 三千彦『神が表に現はれて善と悪とを立別ける 三五教の宣伝使三千彦司が現はれて 三九坊に魅せられし家令の悴ワックスが 神の館の重宝を密かに匿し置き乍ら 三千彦司に看破され吾身危くなりしより 正反対に如意宝珠匿せしものは三千彦と 宮町一般触れ歩き何にも知らぬ人々を 誑りおほせし憎らしさ如何にワックス奸智をば 振ひて一時は世の中を欺き渡る事あるも 天地を造り玉ひたる此世の主と現ませる 誠の神は何時迄も曲の猛びを許さむや 吾は三千彦神司岩窟の中に押込まれ 暫し思案に暮るる折月照彦の大神の 遣はし玉ふエンゼルが現はれ玉ひ忽ちに 真鋼の鎚を打揮ひ此岩窟に穴穿ち 容易く救ひ玉ひけり初稚姫の遣はせし 神の変化のスマートが今や吾身に附添ひて 守らせ給ふ上からは仮令ワックス幾万の 軍を率ゐ攻め来とも如何でか恐れむ惟神 神の息吹の言霊に一人残さず吹き散らし 愛と善との聖徳を此土の上に輝かし 信と真との光明を天地の間に照らしつつ これの館の禍を払はにやおかぬ神の道 アア面白や面白や神の力は目のあたり 現はれ来る神館汝等二人の番卒よ 悔い改めて吾前に来りて罪を謝すならば 根底の国の苦みを神に祈りて救ひやり 永遠無窮の楽みを味はひ暮す天国へ 導きやらむ惟神神に誓ひて宣り伝ふ』 と歌ひ乍ら猛犬を引連れ悠々と岩窟の上面を下り来る。二人の番卒は此姿を見るより大地に頭をすりつけ、尻をつつ立てて一言も発し得ず、謝罪の意を表し乍ら慄うてゐる。太陽は漸く西山に没し、四辺はおひおひと暗くなつて来た。三千彦は二人に案内させ密かに抜け道より館を指して帰り行く。 ワックス、オークス、ビルマ、エルの四人は体を水にて洗ひ、会議室に入つてコソコソと、昼の間から日の暮れるのも知らず野心会の打合せをやつて居た。スマートは室内の怪しき臭に鼻をぴこつかせ、小声で『ウーウー』と唸り乍ら、三千彦に四人の悪者が密談に耽つてゐる事を知らした。三千彦は二人の番卒を霊縛したまま裏口よりソツと小国姫の居間に進み入つた。小国姫は悲痛の涙にくれ、今後如何になり行くならむと青息吐息をつきゐたり。 小国姫『如何にせむ今日の悩みを切り抜けむ 三千彦司の偲ばるるかな。 三千彦の道の司は三五の 誠の神の使なるらむ。 下男僕は数多あり乍ら 心汚きものばかりなり。 吾身のみ愛する輩集まりて 主人を思ふ人ぞなきかな。 泣き干して涙の種もつきにけり 救はせ玉へ三五の神。 如何ならむ悩みに会ふも神館 守らむ為めには吾身を惜しまじ。 如意宝珠貴の宝は帰りぬれど 吾子宝は如何になりしぞ。 背の君の病益々重なりて 早縡糸の断れむとぞする。 世の中に憂に悩める人々は ありとし聞けど吾に如かめや。 如何ならむ昔の罪の廻り来て かかる苦しき日を送るらむ。 待て暫し神の恵みの深ければ やがて三千彦帰り玉はむ。 三五の教司と仕へます 誠一つの君は益良夫』 と悲しげに述懐を宣べて居る。そこへ三千彦は忍び足にて帰り来たり。 『奥様奥様』 と小声に呼ぶ。小国姫は此声を微に聞いて夢かと許り打驚き乍ら、微暗き行燈の光に透かして見れば擬ふ方なき三千彦司であつた。 小国姫『ア、貴方は三千彦様、よう、マア帰つて来て下さいました。何処へお出でになつて居りましたか』 三千彦『ハイ、これには長いお話が厶います。然しこれ等両人が聞いて居りますれば、暫く霊縛を加へて置きます』 と云ひ乍ら耳と口とに霊縛を加へ、次の間に忍ばせ置きスマートをして警護せしめた。スマートは二人の番卒の一挙一動にも眼を配り、二人が一寸でも動かうとすれば目を怒らし、噛みつかむとする勢に恐れをなして、慄ひ慄ひ次の間に控へて居た。 三千彦『サアもう、これで大丈夫、然し乍ら旦那様は如何で厶いますか』 小国姫『ハイ、お蔭様で、まだ続いて居ります。一時も早く娘に会うて死にたいと申して居りますが、まだ娘の行衛は分りませぬので、今も今とて貴方の事を思ひ出し、泣いて居つた処で厶います』 三千彦『どうしてもお嬢さま二人とも、修験者に送られ、已に此館へお帰りになつて居らねばならぬ筈で厶います。之には何か悪人輩の企みがあるので厶いませう。今あの会議室でワックス以下四人の連中が密々と相談を致して居りますれば、私が此館へ帰つた事を覚れば彼等は如何なる事を致すか分りませぬ。何卒誰も来る事の出来ない居間へ案内して頂き度いもので厶います。そこでトツクリとお話を申上げませう』 小国姫『チツト窮屈で厶いますが吾夫の病室の上に暗い居間が厶います。そこは誰も上る事は出来ませぬから、そこへお越しを願うて、何かの事を承はり度う厶います』 三千彦『それは好都合です。サア早く参りませう。何時悪者がやつて来るか知れませぬから』 と云ひ乍ら小国姫に導かれて二階の暗き一間に微な火を点じ、身を隠し密々話に耽つた。 三千彦『実の所は二人のお嬢様は私の察する所、テルモン山の岩窟に隠して居るやうに考へます。ワックスと云ふ奴、デビス姫様に恋着し、肱鉄砲を喰はされたのを、性懲りもなく、飽迄恋の欲望を遂げむとし、如意宝珠を隠してお館を困らせた上、往生づくめで押掛け婿にならうと企んで居た所へ、拙者が参つたものですから陰謀露顕を恐れ、反対に拙者を魔法使と触れ廻り、如意宝珠を隠したのも拙者だと主張致し何も知らぬ町民は彼が言葉を真に受け、又修験者が送つて来た御両人様を化物だと吹聴し、岩窟に匿しおき、往生づくめに姫様に得心させた上、御主人の御死去後正々堂々と乗り込まうと云ふ悪い企みで厶いませう。併し乍らお嬢様は確りした女丈夫ですから、決して彼が毒手におかかり遊ばす案じは要りませぬ。又決して彼等に身を任せ、操を破らるる事はありませぬから御安心下さいませ。併し乍ら今直に如何すると云ふ事も出来ませぬ。町内の人の心が鎮まつた上、徐にワックスの陰謀が現はれた処へ拙者が首を出し、姫様をお助けする事に致しませう。ここ二三日は落着いて居らねばなりませぬ。又御主人の御病気に、さしひきがあつても此四五日は何ともありませぬから御安心下さいませ』 小国姫『それを承はりまして一寸安心致しました。娘は無事で居りませうかな。主人が聞きましたら何程喜ぶ事でせう。これを冥土の土産として潔く帰幽する事で厶いませう。アア惟神霊幸倍坐世。然しワックスと云ふ奴は親にも似ぬ悪党で厶いますな。さうしてマンの悪い時には悪い事が重なるもので、家令のオールスチンは大怪我を致し吾主人よりも先に死ぬかも知れぬ様な重態で厶います。あれを助けてやる訳には行きますまいかな』 三千彦『とても助かりますまい。肋骨を二本迄折つて居ますから』 小国姫『さても困つた事で厶います。これも何かの因縁で厶いませう。あまり悴が悪党を致しますので子の罪が親に酬うたのでは厶いますまいか』 三千彦『決して決して、子の罪が親に酬ふ等といふ道理が厶いませぬ。神様は公平無私にゐらつしやいますから決して人を罰め、苦める様な事をなさる筈が厶いませぬ。况して罪なき本人に子の罪迄おきせ遊ばす不合理な事がありませうか。只此上はオールスチン様の冥福を祈つてやるより外に道はありますまい。そして一時も早く国替をなさつて病気のお苦みをお助かり遊ばす様、祈るより外に道は厶いませぬ』 斯く密々話をして居る処へ、ワックス、オークス、ビルマ、エルの四人は酒を矢鱈にあふり乍ら、ドヤドヤと病室に入り来り、 ワックス『これはこれは、小国別の御主人様、御病気は如何で厶います。お訪ね致さねば済まないのですが、何分私の父が大怪我を致しましたので、一人よりない親、見逃す訳にもゆかず、夜の目も寝ず、孝行第一に看病致して居りました。だと申して大切な御主人様お訪ね致さぬも不忠の至りと、気が気でならず、宅に居つても心は御主人様の身の上に通つて居ります。アア忠ならむと欲すれば孝ならず、孝ならむと欲すれば忠ならず、どうも世の中は思ふやうには行きませぬ。どつちや……いえ、どつち道、私の爺は肋骨を折られて居ますから、死なねばならぬ運命で厶います。それで早く死んで呉れますれば、御主人様のお世話が出来ます事と、心は焦りますれど、病気計りは人間がどうする事も出来ませぬので、ツヒ失礼を致して居りました。何卒御無礼の罪お赦し下さいませ。モシ御主人様、家令の父が亡くなりましても此ワックスがビチビチして後に控へて居りますれば、決して御心配下さいますな。そしてデビス姫様とケリナ姫様とは間近い内にお帰りになりませうから、及ばず乍ら私がお世話をさして頂きます。これも御安心下さいませ。予めワックスに娘二人を宜しく頼むと只一言仰有つて下さいますれば、獅子奮迅の活動を致し、姫様を御目にかけるで厶いませう。ここに貴方の遺言状を代書して来ましたから、一寸拇印を捺して下さいますまいか。何もワックス一人の為では厶いませぬ。お館、町内一同の為は申す迄もなく、テルモン国一国の為で厶いますから』 小国別はソファーの上にヤツと起き上り凹んだ目をクワツと瞠き、力なき声にて、 『お前はワックスだつたか、何とか云つてる様だが病気のせいか、耳がワンワンして何も聞えない。女房が其処辺に居るだらうから話があるならトツクリと女房として呉れ。私はもう体が弱つて耳さえ聞えなくなつたから』 と故意と小国別は煩さを排除せむと耳に事寄せて取り合はぬ。 ワックス『モシ、御主人様、チト確りして下さいませ。此館には三千彦と云ふ魔法使が来ましてから怪事百出、貴方の御病気も彼奴の魔法の為で厶いますよ。その三千彦をテルモン山の牢獄へ押込め、お館の禍を除いたのは此ワックスで厶いますから、御安心下さいませ』 小国別『何、あの三千彦様を岩窟へ打ち込んだとは、そりや大変な事をして呉れた。あのお方は生神様だ。左様な事を致したらお前等に神罰が当るぞ。早くお助け申して吾前に送つて参れ。怪しからぬ事を致すでないか』 と怒気を帯びて力無き声に呶鳴りつけた。 ワックス『ハハハハハ、貴方の聾は嘘で厶いましたか。何と都合の好い耳で厶いますな。御主人様、よく考へて御覧なさいませ。今日か明日か知れぬ身を以て、さう頑張るものぢやありませぬ。此お館は此ワックスが居らねば駄目で厶います。バラモン教の聖場へ三五教の宣伝使を引張込む等とは重大なる罪で厶いませう。こんな事が大黒主の耳に這入つたら如何致します。お道の為には此ワックスは御主人様でも、何でも厶いませぬ』 と呶鳴り立てた。 小国姫、三千彦は頭の上の二階にワックスの声を聞いて居たが下りる訳にもゆかず、……マンの悪い処へ悪い奴が出て来たものだ……と顔を顰め、一時も早く帰りますやうにと、一生懸命に三千彦は大神に祈願を凝らして居た。 ワックスは益々大きな声で主人より拇印をとらむと迫つて居る。看護婦のセールは見るに見かねて、 セール『もし、ワックス様、旦那様は御大病のお身の上、お体に障りますから何卒お控へ下さいませ。奥様がお帰りになつた上、とつくりと御相談遊ばしたが宜しからう』 ワックス『エー、看護婦の分際として、家令の悴ワックスに向ひ、無礼の申し様、すつ込んで居れ。汝等如き卑女の容喙する処でない。モシ御主人様、是非ともこれに拇印を願ひます』 とつきつける。小国別は止むを得ず、 『アア私は目も眩み、耳も遠くなつて何にも分らないが、どんな事が書いてあるのか大きな声で読んで呉れ。そしてワックスが読んだのでは当にならぬ。セール、私に代つて、その遺言状を読んで呉れ』 セール『ハイ、承知致しました。ワックス様、サア此方へお渡し下さい。妾が旦那様の代りに読まして貰ひますから』 ワックス『モシ、御主人様、読んだ以上は拇印を捺して下さいますか。捺して貰はなくては読んで貰つても何にもなりませぬからな。それから前に定めて置かねば読む訳には行きませぬ』 小国別『読んだ上で拇印を捺してやらう』 ワックス『イヤ有難い。おい、セール、そこは……それ……腹で読むのだ。妙な読みやうを致すと家令の悴ワックスが承知致さぬぞ』 と睨みつける。セールは委細頓着なく病人の耳許に口を寄せて声高らかに読み初めた。 遺言状の事 一、吾れ帰幽せし後はテルモン山の館の事務一切を家令の悴ワックスに一任すること。 一、小国姫は別に館を建て、比丘尼として一生を安楽に送らすこと。 一、デビス姫、ケリナ姫はワックスに一切身を任すこと。 一、ワックスを当館の養子となし、デビス姫を女房とすること。 一、ケリナ姫はワックスの意志により第二夫人となすもよし、都合によれば他家へ縁づかすもワックスの自由たるべきこと。 右の遺言状は小国別重病のため筆写する事能はざるを以て、ワックスに代筆せしめ後日のため拇印押捺するもの也。 年月日小国別神司 セール『ホホホホホ何とマア虫のよい遺言状で厶いますこと、モシ、旦那様、こんな事御承知遊ばしますか』 小国別『以ての外の事だ。左様な遺言状には拇印は決して捺さない。引裂いて了へ』 と怒りの声諸共にワックスを睨めつけた。ワックスは手早くセールの手より遺言状を奪ひ取り、主人の指に印肉をつけ、無理に捺させ様とした。老衰の小国別は抵抗する力もなく進退維谷まつた処へ、宙を飛んで馳来る一頭の猛犬、ウーウーウー、ワツワツと叫び乍らワックスに跳びかかり腰の帯をグツと銜へて、猫が鼠を銜へた様な調子で館の外へ運び行く。オークス、ビルマ、エルの三人は顔色をサツと変へ、スゴスゴと受付の間に走り込み、青い顔して慄うて居る。小国姫はヤツと胸撫で下し四辺を窺ひ乍ら病床に下つて来た。 (大正一二・三・二四旧二・八於伯耆皆生温泉浜屋北村隆光録) |
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霊界物語 | 57_申_テルモン山の神館2 | 24 空縛 | 第二四章空縛〔一四七四〕 小国別の神館には家令のオールスチンが帰幽せし事を、トンクの報告によりて知り、直に大神殿に進んで山野河海の供物を献じ、三千彦を祭主となし求道居士、小国姫、デビス姫、ケリナ姫、ヘルその他の下男、下女、参列して、オールスチンの帰幽報告祭を行ひ、且つ其冥福を祈るべく、盛大なる祭典を行うて居た。斯かる所へハルナの都の大黒主が使者として、ニコラス宣伝使はポリト、バット、リーベナ、ハンナ、マリス、ルイキンの六人の従者に数十人の兵卒を引き率れ、此の館に慌しく入り来り、応接室に陣取つて祭典の済むのを待つて居た。三千彦その他の一同は、ニコラスが数十人の兵を引き率れ此館に来りし事を夢にも知らず、一心不乱に祈願を凝らし悠々として奥の間に引き返し休息せむとする時しも、ニコラスは長剣を腰に吊つたまま入り来り、 ニコラス『拙者はハルナの都の大黒主の神様より、重大なる使命を帯びて出張致した者で厶る。長途の旅にて引率せる兵卒も疲れ居りますれば相当の休養所をお与へ下さい。して、小国別殿は如何致されたか、速に此処にお出ましを願ひ度い』 小国姫『これはこれは遥々と御上使のお出、夫小国別お出迎へ仕るが本意で厶いますれど、生命に関る位の大病を煩ひ、今漸く命を取り留めたる所で厶いますれば、不本意ながら失礼致して居ります。何卒々々お赦し下さいませ』 ニコラス『小国姫殿、それは嘸御心配で厶らう。御病気とあればたつてお目にかからうとは申さぬ。併し乍ら、当館には外道の宣伝使三千彦とやら申す魔法使が囲ひあるよし聞き及ぶが、如何で厶るか。其方も大切なるバラモン教の霊場、殊に大黒主様発祥の館を預らるる身の上なれば、よもや左様な取違ひはあるまいな。速に御返答承はりませう』 小国姫『ハイ、此期に及んで何を隠しませう。お察しの通り三五教の宣伝使三千彦様初め求道様と云ふ真人が参つて居られます』 ニコラス『かかる尊き聖場へ、誰人の許しを受けてお入なされたか、其理由を承はらう』 小国姫はハツと胸をつきながら、叶はぬ処と覚悟を定め、涙を片手に拭ひ、 『誠に申訳のない次第で厶いますが、是には深い仔細が厶います。何卒一応お聞き取を願ひます。此お館には悪人蔓り、大黒主様より吾々が預りし御神宝を盗み取られ途方に呉れ、吾々二人は腹かつさばいて申訳をせむかと思ふ所へ、飄然として三五教の三千彦宣伝使がお越しになり、玉の所在を教へて下さいました。又妾が娘二人迄悪漢に誘拐され、憂愁の涙に暮て居る所をお救ひ下さつて漸く親子の対面致した所で厶います。それ故この二人のお方は此館の救ひ主と思ひまして、早く帰り度いと仰有るのを無理に引き留めて居ります。決して三千彦様や求道様に罪は厶いませぬ。皆妾が引き入れたのですから、如何やうとも御成敗を願ひます』 ニコラス『其方の成敗は一先づ大黒主様の御意見を聞かねば処置する事が出来ぬ。夫迄神妙に控へて居られたがよからう。併し乍ら、外道の宣伝使は一刻も猶予はならぬ、サ一刻も早く此方の前に引き出しめされ』 小国姫『ハイ』 と云ひ乍ら顔色を変へてモジモジして居る。 三千彦『拙者がお尋ねの三千彦で厶る。今日は三五教の宣伝使とは云ひ乍ら此館の養子デビス姫の夫で厶れば貴方の自由にはなりますまい。御意見あらば承はりませう』 求道居士『拙者は三五教の修験者求道居士と申すもの、当家の娘ケリナ姫の夫で厶る。不都合が厶れば如何やうともなさつたがよからう』 デビス姫『お上使様、妾は三五教の宣伝使の妻で厶います。どうか夫の代りに妾を御処刑下さるやうにお願ひ致します』 ケリナ姫『妾も夫の身替りに御処刑を受けまする』 三千彦『アハハハハ、ニコラス殿、サア早く吾々をお縛りなされ』 ニコラスは謝るかと思ひの外、度胸の据つた四人の勢に辟易しながらも、六人の従者に目くばせした。六人は懐より捕縄を取り出し、四人に縄をかけた。四人は従容として縛されたまま表門に引かれ行く。ニコラスは天下の懲戒と門前の広場に杭を打ち、四人を雁字搦みに繋ぎ置き、数十人の兵卒に固く守らせ置き、六人を従へ、肱を張り再び奥の間に帰り来る。 小国姫は唯一人脇息に凭れ憂ひに沈んで居る。 ニコラス『アイヤ、小国姫殿、斯の如き弱虫を何と思つて御館へお入れなさつたか、貴女にも似合ぬやり方、二人の娘迄咎人となさるとは早まつたやり方だ。気の毒ながらもはや助ける訳にはゆきませぬ。覚悟をなされたがよろしからう』 小国姫『何処迄も付け狙ふ禍の神、もはや覚悟は致して居ります。皆様、オサラバ』 と云ふより早く懐の懐剣を取り出し突き立てんとする一刹那、スマートは宙を飛んで駆け来り、ワンと一声懐剣に咬り付き、もぎ取り表をさして韋駄天走りに走り行く。隣室より三千彦の声として、 『千早ふる神の恵に抱かれし 吾体を縛るよしなし。 三五の神の教の宣伝使 今此処にありニコラスの君』 ニコラスは、此声を聞いて不審晴れやらず、 『イヤ小国姫殿、其方は三五教の魔法を習つたと見える。ますますもつて怪しからぬ代物だ。もうかうなる上は大黒主様の御命令を待つ迄もなく、ふん縛つて成敗を致すで厶らう。ハンナ、マリス、其外の四人速に此女を縛せ』 『ハイ』と答へて六人は小国姫を無雑作に縛り上げむとす。此時隣の室より涼しき声にて、 『一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、百、千、万』 と天の数歌が聞えて来た。小国姫の肉体より、忽ち金色の光放射し、ニコラス初め六人の者は忽ち眼眩み、タヂタヂと後しざりしながらバタリと座敷の真中に倒れける。 三千彦、求道、デビス、ケリナの四人は莞爾しながら、次の間から悠々として現はれ来り、小国姫の前に座を占めた。小国姫は見るより二度吃驚、 『ア、貴方は宣伝使様、ヤ、娘、どうしてあの縛を解いて帰られたか』 三千彦『誠一つの肉体には、刄は立ちませぬ。縛つても縛る事は出来ませぬ。御安心なさいませ』 小国姫『有難う厶います。三五教の大神様、ようお助け下さいました。只今限りバラモンは思ひ切り神殿は取り除けますれば、何卒お許し下さいませ。アア惟神霊幸倍坐世』 と合掌して居る。 ニコラス以下六人は又もやムクムクと起き上り、 ニコラス『ヤア其方はどうして縛を解き帰つてうせたか、不届者奴。サア早く手を廻せ』 四人は一度に、 『アハハハハ、ホホホホホ』 と哄笑し乍ら手を廻した。六人は念入りに四人を縛り上げ、今度は最早大丈夫と、細き針金をもつて其上を縛り乍ら、又もや門前に引いて行く。数十人の兵士は何れも長途の旅に労れグタリとなつて他愛もなく眠つて居る。ニコラスは大音声にて、 ニコラス『汝等兵士の奴輩、大切なる咎人を取り逃し眠つて居ると云ふ事があるか。左様な事で大切な御用が勤まるか』 と呶鳴りつけた。此声に兵士は一同驚き立ち上り、「気をつけ」の姿勢で直立し、行儀よく並んだ。ニコラスは又もや四人を同じく縛りつけて置き、兵士に厳重に監督警護すべく命じ、オホンと呟払ひしながら大手を振つて六人を従へ、奥の間に進み入る。奥の間には小国姫、ヘルが心配さうに火鉢を中に置いて何事か囁いて居る。ニコラスは威猛高になり、 ニコラス『如何に小国姫、千変万化の妖術を使ふとも、斯の如く針金をもつて縛りつけ数多の兵士に守らせたれば最早逃れる道はない。サア是から其方の番だ。速に手を廻せ』 小国姫『ホホホホホ、どうせ命を捨てようと決心した妾で厶います。そんな難い顔をせずに縛り上げて、突きなと、斬るなと御勝手になさいませ』 ヘル『オイ、ニコラス、貴様は俺の顔を知つて居るか、俺は軍曹のヘルさまだぞ。今日は押しも押されもせぬ天下の泥坊様だ。サア縛つて行け。貴様の今縛つて行つた求道居士は、鬼春別将軍の秘書官エミシのカーネルさまだ。下級の者が上官を縛り上げると云ふ事があるか、反対に俺の方からハルナの都へ注進しようか』 ニコラス『エエ、カーネルでもヘルでも容赦があらうか。大黒主様に反抗致した大罪人、サア早くハンナ、マリス、容赦は要らぬ、直ちに縛り上げよ』 『ハイ』と答へて六人は又もや二人を厳しく縛り上げ、門前の広場へ引きつれ行く。 (大正一二・三・二六旧二・一〇於皆生温泉浜屋加藤明子録) |
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霊界物語 | 58_酉_イヅミの国1(猩々島) | 03 怪散 | 第三章怪散〔一四七八〕 清き心の玉国別は夏の御空の真純彦 足を傷づく伊太彦の二人の弟子を伴ひて 天津日影もテルモンの珍の館の表門 神の使のスマートに守られながら進み入る 老若男女の叫び声矢叫びの音に驚いて 立ち現はれし三千彦は表の門の入口に 焦れ慕ふた師の君や二人の友に廻り会ひ 嬉しさ余り胸迫り何の応答も泣く許り 漸く心取り直し奥の一間に静々と 三人を伴ひ進み入る小国姫を初めとし デビスの姫やケリナ姫バラモン教の神司 ニコラスキャプテン初めとし求道居士やヘル司 マリス、リーベナ、ルイキン、ポリトバットを初め四五人の 僕と共に控へ居る小国姫は三人の 姿を見るより喜びて其坐を下り手を支へ よくこそお出下さつた貴方は三千彦宣伝使 救ひの神の師匠様まあまあこれへと請ずれば 玉国別は目礼し其言の葉に従ひて 設けの席につきにける。 小国姫『此処はバラモン教の神館、大黒主様の発祥の地、其お館を守る吾々夫婦、いろいろと禍の神に見舞はれ、煩悶苦悩の最中へ貴方のお弟子三千彦様がお出下さいまして、吾々一同の難儀をお救け下さいました。其胆力と義侠心に対し、感謝の涙を零して居ります。何卒今後はお見捨てなく宜敷くお願ひ致します。又、この求道居士は元は、バラモン教のカーネルさま、治国別様のお言葉に感じ比丘となり三五教のお道をお開きなさる道すがら、私の娘二人の危難をお救ひ下さつた御恩人で厶います、何ともお礼の申やうが厶いませぬ』 玉国『それはそれは、結構なお神徳を頂かれました。お目出度う存じます。そして貴方は求道居士様ですか、よくまア入信なさいました』 求道『ハイ、私はバラモン軍のカーネル、エミシと申すもの、鬼春別、久米彦将軍に従ひ浮木の森迄進軍致し、河鹿峠の味方の敗戦によりビクの国迄退陣致し、此処を又立ち出て、猪倉山の岩窟に要塞を構へ、難攻不落と誇つて居る所へ治国別様がお越になり、神様の道をお諭し下さいましてから、翻然として悟り、今は三五教の信者となり、御神業に奉仕さして頂いて居ます。足はぬ某、何卒厚き御指導をお願ひ申ます』 玉国『お互に手を引き合うて、御用に立てさせて頂きませう』 求道『此処に見えて居る七人の方は、バラモン軍の、ニコラスと云ふ、キャプテンで厶います、其他の六人は何れも下士官で厶いますが、鬼春別将軍の変心及び其後の模様を調査すべく、先刻この館に御出張になり、吾々の話を聞いて、漸く賛成下さつた所です。何卒宜敷く御指導を願ひ上げます』 玉国『何分お互に宜敷く願ひませう。ああ、貴方がニコラス様で厶いますか。や、御一同様初めてお目にかかります。世の中には敵もなければ味方も厶いませぬ、同じ神様に育まれて居る吾々人間は互に仲よくせねばなりませぬからなア』 ニコラス以下六人はハツと頭を下げ、 『何分宜敷くお願ひ申ます』 と心の底より挨拶をする。斯る所に門前俄に騒がしく擦鉦の音、大声に歌ふ声聞え来る。三千彦はツと立つて何事ならむと表門に出た。スマートは厳然として門を守つて居る。悪酔怪長タンクは先に立ちて進み来り、三千彦に向ひ揉手をしながら、米搗バツタのやうにピヨコピヨコと腰を折り頭を下げ、媚を呈し乍ら、 タンク『エエ、これはこれは、三五教の大宣伝使、神力無双の三千彦様で厶いますか。まアよく遥々と神館にお出下さいまして、館の危難をお救ひ下さり、これの館の黒雲を除き、天下泰平にお治め下さいました段、宮町一同は申すに及ばず、国民一同の感謝措かざる所です。私は天下の無頼漢、イヤ、オツトドツコイ無頼漢を懲す、悪酔怪の怪長タンクと云ふケチナ野郎で厶います。怪員一同に代り、貴方の御高徳を感謝する為に罷りつん出ました。スマート様にもそれはそれは何とも云へぬ御尽力に預りまして有難う存じます。ワックス、ヘルマン、エキス、エルの悪人輩が集まりまして、如意宝珠の玉を盗むやら、家々の宝を盗むやら騒動をおつ始め、どうとも斯うともならない難儀で厶いましたが、貴方様のお出以来、風塵治まり、天下泰平の端緒を得ましたのは、私等の抃舞措く能はざる所です。何卒吾々の至誠をお認め下さいまして、今後御贔屓下さるやうお願ひ致します。此の通り数多の町民が参りましたのも皆、貴方の御高徳を感謝せむ為に参上致しましたので厶いますから、何卒宜敷く可愛がつて頂き度う厶います』 三千『ヤア夫は結構だ。吾々に対する誤解が解けましたかな。今後は互に手を引きやうて、お館のため、お国のため協力一致、誠を捧げられむ事を祈ります。然し乍ら、かう大勢館へ入り込まれましては小国別様も御病中なり、御迷惑をせられませうから、門前の馬場にてお目にかかりませう』 とスマートを引き連れ門を出で、階段を下り草青き馬場に出立ち見れば、五十の兵士は列を正し、ワックス外四人を縛したまま警護して居る。軍人側と、悪酔怪側とはいつしか和睦が出来たと見えて互にニコニコ笑つて居る。タンクは再び驢馬に跨り、ワックス外三人の前に馬を留め大音声にて演説を初めかけた。三千彦は麗しき赤、白、黄、紫のデリケートの花の咲き満ちた青芝の上に腰を下ろし、スマートの頭を撫で乍ら、ニコニコとして控へて居る。 タンク『そもそも此処に繋がれしテルモン山の神館 荒し廻りしワックスや其外三人の悪漢は 大黒主の御宝如意の宝珠を横奪し 館の主を苦しめてギウギウ云はせ吾恋の 野望を甘く達せむと所在手段を廻らして 悪の限りを尽したる極悪無道の痴漢ぞ 三五教の神使三千彦さまの威に打たれ 如何ともする術もなく首も廻らぬ苦しさに 魔法使と布令廻し吾々一同町民を 甘く偽り暴動を起させたるぞ憎らしき 此宮町の町民はテルモン山の霊地をば 堅磐常磐によく守り天地の神の御恵に 報ひむ為に赤誠を力限りに尽すのみ 知らぬが仏の町民は家令の悴ワックスが 企みの罠におとされて神力無双の神人に 刄向かひ奉りし愚さよ悪に長けたるワックスは 吾身の罪を蔽はむと茲に一計案出し 悪酔怪を組織して弱きを挫き強きをば 助けむものと主張しつ数百余人の団体を 造りて誠の神人を悩まし奉り神館 占領せむと企みたる其悪計ぞ怖ろしき 天罰忽ち報ひ来て己が率ゆる怪員に 手もなく体を縛られてこれの馬場に万世の 恥を晒すぞ可笑しけれああ惟神々々 誠の神はいつ迄も悪の企みを許さむや 吾等はタンクと云ふ男六百人の町民に やつと選まれ長となり今又茲に悪酔怪の 頭とおされ町民を代表なして三五の 神の司の御前に誠の心を顕彰し 御国の為に尽さむと衆を率きつれ来りたり 赦させたまへ惟神神かけ念じ奉る 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直せ聞き直せ 身の過は宣り直せ三五教の宣伝使 三千彦司の前なれどこれに繋ぎし四人連れ これの聖地を朝夕に掻き乱し行く曲者ぞ 必ず許し給ふ無く厳しき笞を加へつつ これの聖地を追ひ出し懲しめたまへ惟神 六百人になり代り更め願ひ奉る ああ惟神々々御霊幸倍ましませよ かかる悪魔の聖場に姿を見する其内は 如何なる神の御恵も如何なる誠の御教も 如何で開けむ常闇の世は追ひ追ひと曇るのみ ああ願はくば三千彦の誠の教の宣伝使 吾等の願ひを逸早く聞き取りたまひ片時も 早く聖地を追ひ出しこれの霊地の禍を 除かせ給へと願ぎまつるああ惟神々々 御霊幸倍ましませよ』 と歌をもつて演説に代へ、且つ三千彦に向ひ、是等四人の悪党を一時も早く此聖場より追放されむ事を祈つた。悪酔怪員一同は、一斉に手を打つてタンクの説に賛成の意を表した。三千彦は歌をもつて之に答ふ。 三千彦『世は常闇となり果てて悪魔は天下を横行し 吹き来る風は腥く絶ゆる間のなき人馬の音 払はむよしもなきままに難み苦しむ宮町の 老若男女の心根は今更思ひ知られけり テルモン山の峰清く蓮華の花の四方八方に 芳香薫じ夏風に揺られて御代の泰平を 謳へど神の御館日毎夜毎に憂愁に 包まれたまひ神柱小国別や姫命 其外二人の乙女達其身の不覚を歎きつつ 家令の悴ワックスが醜の猛びに敵し得ず 持ち倦みます時もあれ神の御言を蒙りて 救ひの神と現はれし三千彦司は身を砕き 心を痛め種々の難みに会いて漸うに 神の館を包みたる醜の雲霧吹き払ひ 旭の豊阪登るごと漸く生れ代りけり ああ惟神々々神の御稜威の著く 恵の露の深きをば喜び祝ひ奉り 玉の所在も漸くに現はれまして神館 上を下へと歓ぎつつ元の姿となりにけり さはさりながら団体の長とあれますタンクさま 悪酔怪の綱領は弱きを挫き強きをば 助くるよしに聞き及ぶ悪魔に等しき団体は 天地の神の御心に背反したる暴挙ぞや いと速に改めて此団体を解散し 誠一つの三五の教の道に帰順せば 吾等も共に手を引いてこれの聖地を守るべし 顧りみたまへ惟神神の御前に赤心を 捧げて茲に願ぎまつる旭は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 誠の力は世を救ふ誠の道に皆来れ 悪酔怪の目的は決して世の為め人の為め 利益となるべきものでなし否々却て世を汚し 大混乱の種ぞかし顧み給へタンクさま 其外会員御一同三五教の三千彦が 心を籠めて宣りまつるああ惟神々々 御霊幸倍ましませよ』 タンク『いざさらば君の教に従ひて これの集団を解き放ちなむ。 この集団吾等一同の心より 出でしに非ずワックスの胸。 ワックスの百の企みの現はれし 上は尚更何の要なき。 弱きをば挫き強きを助くるは 曲津の神の仕業なるらむ』 三千彦『健気なるタンクの君の言の葉は 誠の神の御声とぞ思ふ。 いざ早く曲の集団を解きほどき 神の御前に赤心ささげよ』 かく歌を取り交し、和気靄々として茲に悪酔怪の解散をなし、町民一同打ち揃ひ、神館に恭しく詣でて感謝祈願の言葉を奏上した。中空には微妙の音楽聞え、天津乙女の姿二つ三つ嬉しげに舞ひ狂ひ、優曇華の花弁風に翻り、各人の頭にパラリパラリと落ち来る。ああ惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・三・二八旧二・一二於皆生温泉浜屋加藤明子録) |
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霊界物語 | 58_酉_イヅミの国1(猩々島) | 05 潔別 | 第五章潔別〔一四八〇〕 テルモン山の神館青葉の茂る庭園に 咲き誇りたる花菖蒲青紫や白黄色 所狭まで燕子花咲き匂ひたる床しさよ パインの枝は涼風に吹かれて自然の音楽を 奏でて舞踏を演じつつ至治泰平の瑞祥を 現はし居るこそ目出度けれ常磐の松の青々と 緑ものびて玉の露風吹く毎にバタバタと 金砂銀砂の上に落つ三五教の宣伝使 恵の露を浴びながら進んで来りし玉国の 別の命を初めとし比丘の姿の求道居士 バラモン教のキャプテンが伴ひ来る下士官と 膝を交へて奥の間に涼しき風を入れながら 天地の恵を嬉しみて心の隔て相はづし 語り出づるも神ながら誠の道の教より 外に言葉は荒風の青野を渡る有様に 天国浄土の真相を今目の当り見る如し ああ惟神々々神の恵の幸はひて 三五教やバラモンの教の区別を取り払ひ 旭も清くテルモンの山の麓に楽園を 築き初めしぞ尊けれ茲に三千彦宣伝使 神の館に仇なせるワックス、エキス、ヘルマンや エルの司を追放しタンク、トンクを伴ひて 悠々帰り坐につけば玉国別は声をかけ 汝三千彦神司館の前の馬場にて 老若男女の叫び声御空を焦す篝火の その顛末を詳細に宣らせたまへと促せば 三千彦両手をつき乍ら恭しくも答へける。 ○ 『月の都に現ませる大黒主の神柱 古此処に在しましてバラモン教の御教を 開き給ひし霊場の記念となして如意宝珠 珍の宝を奉斎し館の主人二柱 教司に相命じ固く守らせ給ひしが オールスチンの悴なる頑迷愚鈍のワックスが 野心を充す其為にエキス、ヘルマン両人を 使嗾なしつつ奥殿に忍ばせ玉を窃取して 深く吾家の床下に土をば被ひ隠し居る 其心根の醜さよ館の主人は村肝の 心を痛め給ひつつ重き病の身となりて 命旦夕に迫る折神の命を畏みて これの館に入り来り小国姫に頼まれて 玉の所在を探索し館の難儀を救ひつつ 少時留まる折もあれ色と欲とに迷ひたる ワックス司初めとし其外百の悪漢が 教の道の三千彦を魔法使と云ひ触らし 此霊場に永久に住める男女を嗾かし 悪酔怪を組織して館を目宛に攻め来る 其勢の凄じさ吾は僅かに身をもつて 寄せくる曲に打ち向ひ力限りに戦へど 味方は一人敵軍は雲霞の如き勢に やみやみ敵に捉へられアンブラック河に投げ込まれ 生死不明の境涯に陥りたるぞ腑甲斐なき 斯る所へスマートが現はれ来り懇に 厳の言霊のり出し清水を口に含みつつ 吾が生魂を呼び生けて再び元の身となしぬ 勇気日頃に百倍し神の館の災を 取り除かむと勇み立ち種々雑多と身を焦し 心を配り漸くに悪漢共を捕縛して 定めの儘に鞭を当てタンク、トンクの両人が 笞の下に悪漢は雲を霞と逃げ去りぬ ああ惟神々々貴き神の御恵 危き命を助けられ館の主人の重病も 日に夜に快方に相向ひデビスの姫やケリナ姫 目出度茲に帰りまし親子対面恙なく 済まして喜ぶ折もあれ玉国別の師の君が 真純の彦や伊太彦を伴ひ来り嬉しくも 師弟の対面なし遂げぬああ惟神々々 神の御前に赤心を捧げて感謝し奉る 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 空おち星は失するとも千尋の海は涸るるとも 神の依さしの熱誠に尽さにやおかぬ三千彦が 心を察し師の君がこれの館を立ち出でて 吾等と共に月の国ハルナの都にスクスクと 進ませ給へ惟神猶予もならぬ今日の空 昨日に変り四方八方に霞棚引き風荒く 雨さへ交る夏の日の行方定めぬ人の身は 片時さへも空費せず神の御為世の為に 進ませ給へと願ぎ奉るデビスの姫は吾前に 百の言霊宣り給ひ妹背の道を契らむと 心せつなき談判に吾は言葉も返しかね 躊ひ居たる時ぞかし吾師の君の出ましを これ幸と逸早く館を出でて月の国 一日も早く進むべし真純の彦よ伊太彦よ 神の教の三千彦が生言霊を諾ひて 吾師の君と諸共に膝の栗毛に鞭ちて 青野が原を打ち渡り暑熱と戦ひ雨を浴び 風に髪をば梳ずり進みて行かむいざ早く 早く早く』とせき立てる ○ 真純の彦は立上り大神前に打ち向ひ 恭しくも拍手して玉国別に打ち向ひ 言葉も低う腰屈め『吾師の君と仕へたる 玉国別の宣伝使三千彦司の言の葉を 諾ひまして片時も早く此場を立ち出でて 悪魔の征途に上りませ如何なる曲の攻め来とも 如何でか怖れむ神の道千里の山川打ち越えて 浪風猛る湖や濁水漲る大川を 神の恵に打ち渡り嶮しき坂を攀登り 道々悪魔を言向けて進み行かなむ惟神 許させたまへと願ぎ奉る』 ○ 玉国別『テルモンの山の嵐もをさまりぬ いざ立ち行かむ月の御国へ』 三千彦『師の君の宣りのまにまに出でて行く 行手の道は安けからまし』 デビス姫『三千彦の神の司よ若草の 妻を伴ひ進ませ給へ』 三千彦『大神の宣りのまにまに出でて行く 三千彦司如何に苦しき。 師の君の許させ給ふ事あらば 伴ひ行かむ月の御国へ』 デビス姫『玉国別神の命に物申す 妾を印度につれて行きませ』 玉国別『垂乳根の許しありせば連れ行かむ 唯何事も神のまにまに』 小国姫『デビス姫三千彦司の妻として 連れさせ給へ神の司よ』 玉国別『垂乳根の母の許しのある上は 如何で拒まむ旅の伴連れ』 真純彦『永久の花開くなる春秋の 喜び胸に三千彦の君』 伊太彦『いたいけのデビスの姫を妻となし 旅に出でます君ぞかしこき』 三千彦『さりとても心に染まぬ道連れよ 神の使命を相果すまで』 真純彦『言の葉の綾をかざりて若草の 妻忌みがてにのるぞ可笑しき』 求道居士『三千彦の神の司の心根は 三五の月の如くなりけり。 いざさらば吾は此家に止まりて 二人の親に厚く仕へむ』 ニコラス『玉国の別の命に物申す これの館を如何に治めむ』 玉国別『バラモンや、三五教の隔てなく 斎たまはれ大本の神。 さりながらこれの館はバラモンの 神をば捨つる訳にはゆかず。 三五の神を斎きてバラモンの 皇大神に厚く仕へよ』 ニコラス『隔てなき君の言葉に従ひて 斎き奉らむ百の神達。 バラモンの軍の君を今日よりは 離れて厚く神に仕へむ』 玉国別『いざさらば百の司よ心安く いとまめやかに世を過ごしませ』 小国姫『懐しき教の君に遇ひ乍ら いま別れむとする胸の苦しさ』 ケリナ姫『皇神の教の道を伝へ行く 玉国別よやすく出でませ』 玉国別『時の間は早くも移りケリナ姫 親に仕へて清くましませ』 と、互に離別の歌を歌ひ和気靄々として盃を取りかはし玉国別、真純彦、伊太彦、三千彦、デビス姫の一行は、後事を求道居士に一任し置き、宣伝歌を歌ひながら、欣々としてテルモン山を南に下り、青葉の影に隠れ行く。ああ惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・三・二八旧二・一二於皆生温泉浜屋加藤明子録) |
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霊界物語 | 58_酉_イヅミの国1(猩々島) | 07 神船 | 第七章神船〔一四八二〕 玉国別の一行はテルモン湖の辺に着いた。万波洋々たる紫の水面を或は高く或は低く、アンボイナが翼を逆八の字に拡げて「大鳥は羽を急がぬ」と云ふやうな、鷹揚ぶりを見せ滑走して居る。信天翁、鵜の群は東西南北に或は百羽、或は二百羽密集して羽を忙しさうに一直線に飛んで居る。水面は凪だとは云へ、名に負ふ大湖水、幽かに吹く北風に煽られて七五三の浪が磯辺に鼓をうつて居る。遠く目を放てば、白砂青松の浜、左の方や右の方に輪廓正しく線を揃へて断りたてたやうに並んで居る壮絶快絶、心胆を洗ふが如く、一つ島の諏訪の湖もかくやと思ふ許りであつた。玉国別は万波洋々たる湖面を眺めて、 玉国別『打ちよする波の鼓の音も清く 響き渡れり玉国別の耳に。 湖面を右や左に飛びかひつ 魚を漁るか鵜の鳥幾群』 三千彦『湖の岸辺に匂ふ燕子花 打つ白浪に擬ふべらなり』 真純彦『大空も湖の面も澄みわたる 潮三千彦の合せ鏡か』 伊太彦『見渡せば雲か霞か白浪の 彼方に見ゆる珍の松原』 デビス姫『水の面に浮びて遊ぶ鴛鴦の 姿眺めて心轟く』 真純彦『千代迄と契る言葉も口籠る 鴛鴦の番の若夫婦かな』 玉国別『斎苑館立ち出でしより山野原 のみ渉りたる目には珍し。 この湖の広く深くて清らけき 姿は瑞の御霊なるらむ。 素盞嗚の神の尊に今一度 これの景色をお目にかけたし。 村肝の心のままになるならば この湖を家苞にせむ。 皇神の恵は深し八千尋の 底ひも知れぬこれの湖』 デビス姫『如何にして此湖水を渡らむか 頼る船なき今日の旅立』 真純彦『唯一人玉の御船を抱へつつ 現れます女神のデビス姫あはれ』 デビス姫『此船は世人を乗する船ならず 吾背の君の専有物ぞや。 湖の辺を漁り烏貝 拾ひて船にかへむとぞ思ふ』 三千彦『アンボイナ翼に乗りて易々と 神のまにまに過り行かまし』 伊太彦『いつ迄か心を苦しめ悩むとも 渡る術なし遠き浪路を』 かく一行五人は湖畔に立つて下らぬ歌を詠み乍ら、如何にしてこの湖水を渡らむかと稍当惑の体であつた。かかる処へ一艘の漁船、矢を射る如く走り来る。一行は救ひの船の到来と、望みを抱いて船の此方に到着するを待つて居た。船頭は、拍子の抜けた声で、 船頭『オイ、お前達は三五教の宣伝使と見えるが、此湖を渡る積りか。ハルナの都の大黒主の神様から、吾々は沢山のお手当を頂いて……三五教の宣伝使が此処へ来たならば決して渡してはならない……と厳しき命令を受けて居るのだ。渡し度うても渡してやる事は出来ない。ぢやと云ふて一枚の紙にも裏表があるものだ。海には船、水には空気、男には女だ、鑿には槌、硯には墨と昔からちやんと定つて居る。お前の出やうによつては渡してやらぬ事もない事もない。どうする積もりだ。いつ迄も溺死よけの石地蔵のやうに湖水を眺めて永久に立つて居る積か。返答が無ければこの船を又彼方に持つて行くから、何とか考へたがよからうぞ』 伊太彦『オイ船頭、そんな事云つても要領が分らぬぢやないか。表向渡す事は出来ないが、沢山の金を呉れたら、渡さうと云ふのだらう、そんなら分つて居る。幾何でもやるから向岸迄早く渡して呉れ』 船頭『何と云つてもこの湖水は南北二百里もあるのだから、ちよつくら一寸渡る訳には行かぬ。お前達を乗せた以上は、飯も食はしてやらねばならず、何程急いでも十日はかかるのだから、余程沢山貰はなければ引き合はないのだ。後の喧嘩を前にして置かなくつては、向ふへ着いてから、高いの安いのと云はれては詮らぬからのう[※「詮」は底本通り。「詰」の誤字か?]』 玉国別『幾何でもやるから、早く船を出して呉れ』 船頭『そんなら百両呉れますか、五人さまと犬一匹だから平均二十両にもなりませぬ。安いものでせう』 玉国『一両出せばお米が一石あるぢやないか、百両とはちと高いぢやないか』 船頭『高けりや止めとこかい、左様なら』 と早くも櫓を漕いで立ち去る勢を見せる。デビス姫は逃げられては大変と気を焦ち、 デビス『船頭さま、望み通り百両上げます。何卒早く向へ渡して下さい』 船頭『ヤ有難い、お前は神館のお姫さまだな。こんな好い男と、どこかへ駆落をするのだらう。百両は安いものだ。もう百両出しなさい。さうすれば、お前さまがこの湖を渡つて駆落をしたと云ふ事を隠して上げる。口止料として百両は安いものだらう』 デビス『エエ仕方が厶いませぬ、望み通り上げるから早く乗せて下さい』 船頭はニコニコし乍ら船を横付にした。五人はスマートと共に早くも飛びのつた。 折しもそよそよと吹く北風に白帆をあげ、少時湖面をスルスルと辷つて行く。船頭は艫に立ち櫓を手に握りながら、風に破つた太い喉から、透通るやうな声を出して欵乃を唄ひ出した。 『此処はアーエー 天竺のーテルモン湖水 渡るもー嬉しいーやあ、夫婦連れエー 月のオーエー 国にはア、名所がアー厶るウー ハルナーアのーエー 都のオーー、蓮の池 浪はアー、うつうつー、鼓のオー音か 但し竜宮のオー、乙姫かアー』 と唄ひ乍ら、追々岸を離れて、南へ南へと一直線に進んで行く。次第々々に乗り場の老松は姿小さくなり、テルモン山の頂きは却て高く見えて来た。此時船の底より現はれ出でた四人の荒男、体一面網襦袢や網ズボンを着し、大刀を提げて五人の前に進み来り、嫌らしき笑を浮べ睨めつけて居る。これはワックス、エキス、ヘルマン、エルの四人がこの湖上にて恨を晴らさむと、故意とに船頭に沢山の金を与へ湖水の中央にて五人の男女を斬り殺さむと企んだ仕事である。 ワックス『ヤア珍らしや三千彦、其外三五教の魔法使、並に吾々に恥を掻かしたデビス姫の阿魔つ女。よくまア吾々の計略に釣られよつたな。最早此処迄釣り出した以上は、如何に神変不思議の魔法を使ふとも逃るる事は出来まい。サア是から吾々四人が汝等を青竜刀の錆となし呉れむ。又この犬畜生も湖の上では如何ともする事が出来まい。何れも観念を致したがよからう。此船底には数十人の荒男が隠してあれば、ヂタバタ致してももう駄目だ。デビス姫を潔く此方に渡して、其方はこの湖水に身を投げて往生いたすか。左もなければ気の毒ながら吾々が刀の錆にして呉れる。ても、さても鈍馬野郎だなア』 玉国別は平然として些も騒がず、天の数歌を奏上し始めた。如何はしけむ、俄に暴風吹き来り、山岳のやうな浪猛り狂ひ、船は木の葉を散らすが如く、前後左右に動揺し初めた。遉のワックス以下の悪人も身の置所なき船の動揺につれて右にコロコロ、左にコロコロ、きねぐそを糠にまぶしたやうにごろつき初めた。遉の玉国別も余り激しき船の動揺に眼眩みむかづきさうになつて来た。敵味方の区別なく一生懸命に叶はぬ時の神頼み、口の奥にて祈つて居る。船頭は船の動揺した機に櫓のつかに撥られ、もんどり打つて荒狂ふ荒浪の中にドンブと許り投げつけられ、石の地蔵を投り込んだやうに、ブルブルとも何とも云はずに湖底深く沈んで仕舞つた。斯る所へ一艘の船、七八人の若者一生懸命に櫂を漕ぎながら、此方を目蒐けて馳来る。見れば三五教の宣伝使初稚姫が、斯くあらむ事を予期し、島陰に隠れて待つて居たのである。初稚姫は舷頭に立ち現はれ、 初稚『玉国別さま、御一同さま、サア早く此船にお乗り下さい、此船なれば如何なる荒浪も大丈夫です』 一同は、救ひの船と拍手感謝し乍ら手早く乗り移つた。八人の水夫は荒浪を乗り切り、驀地にすうすうと進み行く。スマートはザンブと許り飛び込んだ。初稚姫も亦ザンブと許り飛び込み、スマートに跨り湖面を泳ぎ出した。忽ち荒波は鎮まり、油を流したる如き鏡の湖と化して仕舞つた。初稚姫は矢を射る如くスマートに跨り、見る見る其姿は一行の視線を離れて仕舞つた。ワックスの乗つて居た大船は肝腎の船頭を失ひ、櫓を操る事を知らず、歯がみをしながら水面にキリキリ舞をひをやつて居る。三千彦、伊太彦は舷を叩き愉快げに歌ひ乍ら舳を南に向け微風に帆を孕ませ走り行く。 三千彦『此処は名に負ふテルモン湖東西百里南北は 二百里ありと聞き及ぶ神の使の宣伝使 テルモン館を後にして足許辷る坂道を 漸う下り来て見れば金波銀波の漂へる 大海原の右左パインの林は立ち並び 金砂銀砂は日光に輝きわたる麗しさ 静かな浪は舷に押し寄せ来り鼓打つ ああ天国か楽園か譬がたなき風景ぞ 待つ間程なく一艘の老朽船が現はれて 吾等一行を乗せながら南へ南へと進む折 忽ちワックス船底より現はれ来り大刀を 引き抜き吾等一行を力限りに脅迫し 暴逆無道の手を下し恋の恨を晴らさむと 湖の如き巻舌を並べてゴロつく折もあれ 俄に吹き来る湖嵐前後左右に吹きまくり 小山のやうな浪を立て瞬く中に船体は 風に木の葉の散る如く危さ刻々増来り 櫓を操りし船頭は撥ね飛ばされて無慙にも 湖の藻屑となり果てぬ遉無道のワックスや 其他三人の悪漢も激しき颶風に敵しかね 右や左にヨロヨロと転げ廻りしおかしさよ 吾師の君を初とし吾等一行も船体を 揺られて苦しむ時もあれ左手に浮ぶ島の陰 現はれ来る一艘の船は此方に竜の如く 進み来るぞ不思議なれ吾等は愁眉を開きつつ こは何人の船なると瞳を据ゑてよく見れば 豈計らむや三五の教の道に名も高き 初稚姫の御姿吾等が危難を救はむと 目無堅間の御船をば用意遊ばし玉ひしと 聞くより嬉しさ限りなく感謝の涙止めあへず ヒラリと船に飛び乗れば今迄吾等を助けたる 神の司のスマートはザンブと許り浪の上 身を躍らして飛び込みぬあはやと思ふ暇もなく 初稚姫は忽ちに其身を湖面に投げながら スマートの背に跨りて矢を射る如く出でたまふ ああ惟神々々神の変化か神人か 唯しは誠の三五の初稚姫のお姿か 合点の行かぬ御救ひ嬉しく感謝し奉る 後振り返り眺むれば今迄乗り来しぼろ船は 肝腎要の船頭を浪に呑まれて操縦の 機関を失ひ浪の上クルクルクルと回転し 進みなやむぞ可笑しけれ旭は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 如何なる嵐が吹くとても誠一つの三五の 神に任せし吾々はまさかの時の救け舟 天より下し玉ふなりああ尊しや有難や 神は汝と共にあり人は神の子神の宮 恐るるためしは要らないと諭し給ひし三五の 教を今更目の当り知るぞ嬉しき湖の上 千尋の深き御恵必ず忘れまつらむや 弘誓の船に帆を上げて涼しき風に吹かれつつ 夏の央と云ひ乍らハルナの都に進み行く ああ惟神々々御霊幸倍ましませよ』 と歌ひ乍ら意気揚々として際限もなき湖水を進み行く。ああ惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・三・二八旧二・一二於皆生温泉浜屋加藤明子録) |
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霊界物語 | 58_酉_イヅミの国1(猩々島) | 20 酒談 | 第二〇章酒談〔一四九五〕 初稚丸は白帆を畳んだまま、漸くにして磯辺に着いた。アキス、カールの両人は雀躍りし乍ら、尻を巻つて遠浅の海をバサバサバサと待ち兼て走り行き、船に食ひつき、中を覗き見れば髯蓬々と生た男が二人、外に眉目清秀の宣伝使や美人が乗つて居るに打ち驚き、思はず大声を上げて、 アキス『ア、旦那様、ヤ、番頭様』 と云つた切り、早くも嬉し涙に暮れ、後は一言も発し得ず、船の後へ廻り遠浅を幸力限りに押して行く。漸く一同は玉国別を先頭に、順々に上陸した。 玉国『ヤ、イールさま、其外御一同、御苦労で厶いました。サア是は私の心だけだ。お酒なと食つて下さい』 と懐より若干の金を取り出し渡さうとする。 イール『旦那様、決して決して御心配下さいますな。初稚姫様から沢山の賃を頂いて居りますから、此上頂いては冥加につきます、お志は有難く頂きます。何卒お納め下さいませ』 玉国『宣伝使が一たん突き出したもの、何と云つても元に戻す事は出来ぬ。何卒受取つて貰ひたい』 イール『左様なれば御辞退申すも却て失礼、有難く頂戴致します』 と押し頂き、直ちに海面に向ひ、 イール『竜神様、お蔭で無事に送らして頂きました。何卒これから帰り道も長う厶いますれば、キタの港に帰れますやう御守護を願ひます。これは幣帛料として差上げます』 と云ふより早く、湖中に向つてバラバラと投げ込んで仕舞ひ、一同に別れを告げ潔く櫓櫂を操り、欵乃を唄ひ乍ら帰り行く。 玉国『アア船頭と云ふものは信心の強いものだなア。本当に正直なものだ。寡欲恬淡にして少しも貪る心のないのは感じ入つたものだ。あの船頭の純潔な心を見るにつけ、自分達の心が恥かしくなつて来た。いや吾々はまだまだ修養が足りない。ああ神様、有難き教訓を頂きました。惟神霊幸倍坐世』 と感謝の涙に暮れながら無事の着港を祝した。 バーチルは、アキス、カールの二人の手を取り、 バーチル『お前は下僕であつたか、よう迎ひに来て呉れた。奥はどうして居るか』 アキス『ハイ御壮健でゐらつしやいます。坊様も極めてお元気で厶います』 カール『何だか二三日前から神懸のやうになられまして、時々妙な事を仰有いますが、実に感心致しました。旦那様がお帰りになるからスマの浜まで行つて来いと、それはそれは喧しう仰有いますので、私が此処に三日立ち待ちをして居ました。ようまア帰つて下さいました。嬉しう厶います』 バーチル『ああさうであつたか、それは不思議の事だ。兎も角もこの先生のお伴して一時も早く吾家に帰り、悠くりと休息をして戴かう。サア早く御案内を申せ』 両人は一時に、 『ハイ、然らば皆様御案内致しませう』 と早くも先に立つて歩みかけた。向ふの方より一人の男、大手を拡げて走り来り、 男『オイ待つた待つた、此奴等は三五教の宣伝使だ。神変不思議の魔法使だ。貴様の主人はバラモン教でありながら、三五教の魔法使を連れて帰ると云ふ叛教者だ。バラモン教に対しての、プロテスタントだ。イヤ、バーチルスだ。オイ、バーチル一寸調べる事がある。キヨの港の関所迄一寸来い』 アキス『貴様は泥酔漢のテクぢやないか。グヅグヅ吐すと此鉄拳がお見舞申すぞ』 テク『ヘン此方の体は三葉葵の紋が体一面について居るのだ。指一本でもさへるならさへて見よ』 玉国別は携へもつた瓢箪の口をあけて、テクの鼻の先につきつけ、微笑しながら、 玉国『お役目御苦労で厶いますな。暑気払ひに一寸召し上つたらどうですか』 テク『エヘヘヘヘ。三五教の宣伝使でも一寸話せるわい、ヤ大に気に入つた。世の中は斯うなくては、人間は渡れないものだ、「酒なくて、何の己が宣伝使かな」だ。まづまづ一杯頂戴仕らう』 とホクホクしながら瓢の口から息もつかず、喉をゴロゴロ鳴らせながら胃の腑のタンクに臨時灌漑し、瓢を逆さにして掌の上に二つ三つ舞踏させながら、滴る二滴ばかりの酒を御叮嚀にゲソゲソと舐て俄に態度をかへ、 テク『ヤどうも、飛び切り上等の醍醐味を頂戴致しまして、テク実に乾盃の至りで厶います。瓢ぶりに、どうした拍子の瓢箪やら、スコタンやら、コンタンやら、邯鄲夢の枕のやうな、嬉しい心持が致しますわい。私是からずつと改心をして貴方のお弟子にして頂き、ドツサリドツサリ瓢箪酒を、この甘い甘い、瓢箪酒を、チヨコチヨコ、サイサイ呑まして頂く儀にはゆきますまいかな、訳にはゆきますまいか。本当に気の利いた先生だ、イヤ気に入つた先生だ。専制主義のバラモンよりも四民平等主義の、四民平等人類愛の三五教が余程、余程、余程甘味が厶いますわい。ウマ味がたつぷり厶います。甘味と云つたら今飲んだ酒も些と許り、チヨツクラチヨツト、些し許り、少しでも沢山、ドツサリと頂き度いもので厶います。酒さへ呑ましておけば、酒の気さへあれば、このテクも、猫のやうな柔しい、温順な、柔和な、柔順な、結構な、お目出度い人間ですよ。それはそれはお目出度い人間です。エヘヘヘヘ』 玉国『アハハハハ』 バーチル『これ、テクさま私が三年振で目出度吾家へ帰つたのだから、茲一週間許り、家の財産が無くなつても構はぬ、大祝宴を開くのだから、お前さま一つ酒の方の世話をして貰へまいかな。そして飛び切り上等の酒を何十石でもよい取寄せて、献立をして貰ひ度いものだ』 テク『もつとももつとも、御尤も千万、渡りに船、追手に帆、女に男、テクに甘酒、お酒にテク、テクにお酒、酒がテクか、テクが酒か、酒の中から生れたテクぢや、いやはや承知致しました。確に承諾仕りました。ああああ何だか甘酒と聞くと喉の奴、喉の猫奴がゴロゴロと唸り出しやがつた。唾の奴酒の顔を見ぬ先から門口迄お出迎へに出て来る。イヤ唾、酒のつばものも少し辛抱せ。今直ちに供給してやる。否灌漑してやる。蒸気ポンプ装置が、いや据付けが出来る間だけ辛抱したらよからう。いや、とは云ふものの俺も辛抱仕悪くなつた。オイ先生、この外に臨時御携帯のお持ち合はせの瓢箪、瓢、ひようひようは厶いませぬかな』 三千『アハハハハ。随分タンクと見えますな、そんなら拙者の分も進上致さう。又何れバーチルさまのお宅へ行つて新しいのと詰替ますから………大分浪の上を渡つて来たから此酒はくたびれて居りますれど御辛抱下さい』 テク『ヤ、そいつは有難い、瓢箪酒は古くなる程味がよいのだ。風味があるのだ。三日も四日も揺つた酒はねんばりとして、むつくりとして口当りがよいものだ。ヤ有難い有難い』 と云ひ乍らグイと三千彦の手より引手繰るやうにして受取り、瓢を額の辺りまで突き上げ尻を見て、 テク『エヘヘヘヘこの瓢助の奴、随分酒を喰ひよつたと見えて、イヤ吸ふたと見えて赤い顔をして居やがる。いや赤い尻をして居やがる。恰でお猿を見たやうだ。お猿の尻は赤い。やア面白うなつて来おつた。いや尻赤い、尾も白狸の腹鼓、切れる程頂きませう。ヤ、頂戴致しませう』 と口をポンと取り餓鬼のやうに喇叭呑みを初め出した。瓢酒の音トブトブトブトブ、喉の音ゴロゴロ、キユウキユウキユウ、チユウー。 テク『アア、よう利く般若湯だ。醍醐味だ。命の水だ。百薬の長だ。何とまア、調法なものだなア。結構毛だらけ猫灰だらけ。余り甘くて美味しうて、味がようて、開いた口がすぼまりませぬよ。開いた口に牡丹餅。兎口にしんこ、四角口に羊羹、○○に踵、テクの口に般若湯、渡りに船、順風に帆、鑿に槌、女房に夫、老爺に初孫、どうした拍子の瓢箪やら、甘い甘しい、呑や甘い、甘い事づくめが重なつたものだ。目出度い目出度い、お目出度い。目出度、目出度が三つ重なりて鶴が御門に巣をかける、奥さま館にお待ちかね。吾等もスパイをすつかりやめて、人の嫌がる探偵やめて、バーチルさまの御厄介になり、お世話によつてお酒の御用を確り勤めませう。エヘヘヘ』 アキス『アハハハハ、此奴は面白い。酒の味のよい御愛嬌だ、さア旦那様、早く帰りませう』 と先に立ち、道々元気よく歌を歌ひ、ヤッコス踊を踊りながら、夏の草野の炎天を帰り行く。アヅモス山の南麓に老樹生え茂つた一つの森が見える。それがバーチルの広大な邸宅であつた。 (大正一二・三・三〇旧二・一四於皆生温泉浜屋加藤明子録) |
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霊界物語 | 58_酉_イヅミの国1(猩々島) | 24 礼祭 | 第二四章礼祭〔一四九九〕 愈祭典の準備にとりかかるべく三千彦、デビス姫、バーチル、サーベルの二夫婦は下男にも下女にも構はさず、せつせと神饌物の調理に熱中して居る。 三千『もし、バーチルさま、私はお察しの通り三五教のヘボ宣伝使ですが、バラモンの大神様の神饌を拵へるのは今が初めてで厶いますよ。何だか奥歯に物が、こまつた[※「つまつた」の誤字か?]様な気分が致しますわ。ハハハハハ』 バーチル『うつかりして居ましたが如何にも吾々は三五教の宣伝使に助けられ、又三五教の大神様の御神徳を感謝してる者で厶いますから、どうしても三五の神様の祭典を第一に致さねばなりませぬ。如何でせうか』 三千『さうですな。神様はもとは一株ですから、どちらにしても同じ様なものの神代からの歴史を考へて見ますと、三五教は国治立の大神様、其外諸々の神様から押籠められた方の神様で、大自在天様とは、人間同士なら敵同志の様な者ですが、然し神様のお心は人間の心と違つて寛大なもので、少しも左様な事に御頓着なく、大自在天様をお助け遊ばさうと思つて、バラモン教を言向和す為に吾々をお遣はしになるのですからね。然し私では到底決断がつきませぬから、一寸之からお師匠様に伺つて参ります』 バーチル『はい、それは有難う厶います。序に先祖様の霊も三五教で祭つて頂き度う厶いますが、之も差支がないか伺つて来て下さいませぬか』 三千彦は『承知致しました』と此場を立つて玉国別の居間に打通り、バーチルがバラモン教を脱退し、三五教に入信し、三五の大神を祭つて貰ひ度い事、並に祖霊祭を三五教にて営み度い事等の願を告げ、玉国別に対し先づ第一に祖霊祭に就いて教示を乞ふた。 三千『先生、人間は現世を去つて霊界へ行つた時は、極善者の霊身は直ちに天国に上りて天人と相伍し天国の生活を営み、現界との連絡が切れるとすれば、現界にある子孫は父祖の霊祭などをする必要は無いものの様に思はれますが、それでも祖霊祭を為なくてはならないのでせうか。吾々の考へでは真に無益な無意義なことの様に感じられますがなア』 玉国『何程天国へ往つて地上現人との連絡が断たれたと言つても、愛の善と信の真とは天地に貫通して少しも遅滞せないものである。子孫が孝のためにする愛善と信真の籠もつた正しき清き祭典が届かないと云ふ道理は決して無い。天国にあつても矢張り衣食住の必要がある。子孫の真心よりする供物や祭典は、霊界にあるものをして歓喜せしめ、且つその子孫の幸福を守らしむるものである』 三千『中有界にある精霊は何程遅くても三十年以上居ないといふ教を聞きましたが、その精霊が現世に再生して人間と生れた以上は、祖霊祭の必要は無いやうですが、斯ういふ場合でも矢張り祖霊祭の必要があるのですか』 玉国『顕幽一致の神律に由つて、例へその精霊が現界に再生して人間となり霊界に居らなくても、矢張り祭典は立派に執行するのが祖先に対する子孫の勤めである。祭祀を厚くされた人の霊は霊界現界の区別なく、その供物を歓喜して受けるものである。現世に生れて居ながら猶且つ依然として霊祭を厳重に行ふて貰ふて居る現人は日々の生活上においても、大変な幸福を味はふことになるのである。故に祖霊の祭祀は三十年どころか、相成るべくは千年も万年の祖霊も、子孫たるものは厳粛に勤むべきものである。地獄に落ちた祖霊などは子孫の祭祀の善徳に由つて、忽ち中有界に昇り進んで天国に上ることを得るものである。又子孫が祭祀を厚くして呉れる天人は、天国に於ても極めて安逸な生涯を送り得られ、その天人が歓喜の余波は必ず子孫に自然に伝はり子孫の繁栄を守るものである。何んとなれば愛の善と信の真は天人の神格と現人(子孫)の人格とに内流して何処迄も断絶せないからである』 三千『ウラル教や波羅門教の儀式に由つて祖霊を祭つたものは、各自その所主の天国へ行つて居るでせう。夫れを三五教に改式した時はその祖霊は何うなるものでせうか』 玉国『人の精霊や又は天人なるものは、霊界に在つて絶えず智慧と証覚と善真を了得して向上せむことをのみ望んで居るものです。故に現界に在る子孫が最も善と真とに透徹した宗教を信じて、その教に準拠して祭祀を行つて呉れることを非常に歓喜するものである。天人と雖も元は人間から向上したものだから人間の祖先たる以上は、仮令天国に安住するとも愛と真との情動は内流的に連絡して居るものだから、子孫が証覚の最も優れた宗教に入り、その宗の儀式に由つて、自分等の霊を祭り慰めて呉れることは、天人及び精霊又は地獄に落ちた霊身に取つても、最善の救ひと成り、歓喜となるものである。天国の天人にも善と真との向上を望んで居るのだから、現在地上人が最善と思惟する宗教を信じ、且つ又祖先の奉じて居た宗教を止めて三五教に入信した所で、別に祖霊に対して迷惑をかけるものでない。又祖霊が光明に向つて進むのだから決して迷ふやうな事は無いのだ。否却て祖霊は之を歓喜し、天国に在つて其地位を高め得るものである。故に吾々現身人は祖先に対して孝養のために最善と認めた宗教に信仰を進め、その教に由つて祖先の霊に満足を与へ、子孫たるの勤めを大切に遵守せなくてはならぬのである。アア惟神霊幸倍坐世』 三千『はい、有難う厶いました。当家の主人も、それで安心致しませう。それから、も一つお尋ねが厶いますが、バラモンの神様を如何いたしたら宜しいでせう』 玉国『祠の森の聖場でさへも御三体の大神様を初め大自在天様を祀つてあるのだから、別に排斥するに及ばぬぢやないか。今迄此家もバラモン神の神徳を享けて来たのだから、そんな薄情な事も出来まい』 三千『アヅモス山の聖地にはバラモン大自在天様のお宮が建つて居るさうですが、此際主人に吩咐けて祠の森の様にお宮を建てさせ、あの式に大自在天様を脇に祀つたら如何で厶いませうか』 玉国『一度主人を呼んで来て呉れ。宮を建てるとなると、さう軽々しくは行かぬから一応意見を聞いて見る積りだ』 三千『はい、承知致しました。直様呼んで参ります』 と、もとの神饌調理室に引返し、祖霊祭に関する玉国別の教示を伝へ、且……神霊奉斎に就いて師匠様がお尋ねし度いと仰有るから一寸来て下さい……とバーチルを誘ひ、玉国別等の居間に帰つて来た。 玉国『あ、バーチルさま、貴方はアヅモスの森の天王様のお宮を、如何なさるお考へで厶いますか』 バーチル『はい、先祖代々お祀りして来たお宮様なり、又私の精霊が眷族として仕へて居つたのですから、今俄に三五教に這入つたと云つて直に祀り変へる事は如何かと考へます。これに就いては貴方様にゆるゆるお尋ね致し度いと思つてゐました。先生のお考へは如何で厶いませうか』 玉国『私の考へとしてはアヅモス山の森林に新にお宮を二棟建造し、一方は三五の大神様、一方は今の天王様を奉斎し、さうして猩々ケ島に残つて居る小猿を、数十艘の船を用意して迎へ来り、序にバラモン組の三人も助けて帰る様にし度いもので厶います。それが神様に対しても、貴方の守護神に対しても最善の方法だと考へます』 バーチル『有難う厶います。実の所は最前から何卒さう願ひ度いものだと、家内とひそびそ話をして居りました。あの小猿共は皆猩々姫の子で厶いますから、如何しても自分の手近に引寄せ度いのは当然で厶います。私も何だか猩々の親になつた様な、妙な気分が致します。何卒さうして下さらば、これに越したる喜びは厶いませぬ』 玉国『貴方の決心が定れば直様、その準備にかかる事に致しませう。併し乍ら今日は只大神様へ感謝の祭典をする許りですから、三五の大神とバラモンの大神を並べて祭り、下男下女の端に至る迄参拝させておやりなさるが宜しう厶いませう』 バーチル『はい、何から何迄御親切なお気付け、有難う厶います。 人の親は猿より出でしと聞きつるに 猿の親とぞなりにけるかな。 さる昔遠き神代の古より きれぬ縁につながれし吾』 玉国別『天王の森に長らく仕へたる その神徳で人の宿かる。 肉体はよし猩々と生るとも 霊魂は清し神の御使』 バーチル『有難し宣り直したる師の君の 言葉に妻も嘸勇むらむ。 人猿と仮令世人は笑ふとも 罪をとりさる神となりなむ』 かく歌ひ慌ただしく神饌所に引返し、用意万端整へて茲に芽出度く感謝祭を執行する事となつた。玉国別は主人の乞に依つて祭主となり、天津祝詞を奏上し、終つて感謝の歌を奉つた。 玉国別『朝日刺す夕日の照らすアヅモスの、常磐堅磐の森の辺に、弥永久に鎮まり玉ふ、大国彦の大神の、珍の使と仕へたる、猩々彦の精霊の、懸り玉へる館の主人、バーチル司に代り玉国別の神司、三五教の大御神、バラモン教の大神の、珍の御前に慎みて、吾々一行は云ふも更、バーチル初めアンチーが、三年の憂きを凌ぎつつ、漸くここに帰りけるは、皇大神のお計らひと、喜び敬ひ大御恵みの、千重の一重にも報い奉らむとして、山海河野種々の珍味を、八足の机代に、所狭き迄置き並べ、神酒は甕の瓶甕の腹充て並べて、御水堅塩大御饌奉る事の由を、完全に委曲に聞召し、これの館の人々を初め、三五教の神司、スマの里の人々を、厚く守らせ玉へかしと、大御前に摺伏して、畏み畏み仕へ奉る惟神霊幸倍坐世』 と歌ひ終り、感謝祭も無事に終了した。玉国別一行は美はしき閑静な離れ座敷を与へられ、海上の疲労を癒やすべく、師弟五人は足を伸ばして休養する事となつた。 (大正一二・三・三〇旧二・一四於皆生温泉浜屋北村隆光録) |
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霊界物語 | 58_酉_イヅミの国1(猩々島) | 25 万歳楽 | 第二五章万歳楽〔一五〇〇〕 テクは、アキス、カールと共に番頭頭になつたやうな気持で、捻鉢巻をしながら褌一つになり倉から酒を担ぎ出し、樽の詰を抜いて、柄杓の口からグイと一口呑んでは他愛もなく喋りつづけて居る。数百人の里人は貴賤老若の隔てなく、 『バーチルさまが帰られた。旦那様の無事お帰りだ』 と目やにを溜めた婆アさま、鼻を垂らしたお爺さま、鼻曲り、聾、盲迄が押し寄せ来り、広き邸内に酒樽の鏡を抜いて一生懸命に唄ひ舞ひなどして底ぬけ騒ぎをして居る。テクは得意の頂上に達し、 テク『オイ、アキス、カール確りせないか、よくお客さまの様子を調べ、落ち度のないやうに一人もお神酒を頂かぬ落伍者のないやう気をつけるのだよ。何を云ふても俺のやうな清浄潔白の霊でないものは隅々迄気が付かないからな。走り元、雪隠の中、物置の隅々迄も気の付く奴でないと誠の御用は務まらぬぞよ。ああ甘い酒だ。俺は此家の部下だ、猩々位呑み倒したつて、何と云つたつてイヅミの国切つての豪家だから大したものだ。「立寄れば大樹の蔭だ。箸と親方は大きなのがよい」と云ふから、俺も今日からスパイを廃めて、バーチルさまの一の番頭に自分から定めて成つたのだから、今後は俺の命令に従ふのだよ。よいか、アキス、カール、のうアキス、カール、それでよいだらう。ヨイトサのヨイトサ、好い酒、好い酒、酔うて酔うておいしうてようて、酔が廻つて、酔うて、甘うて酔うて、ヨイヨイのテクテクだ。猩々彦の四つ手のテクさまと云へば俺の事だぞ。なんぼテクさまと云ふても手癖は悪くないから、其積で居つて呉れ』 アキス『ヘン、俄に番頭顔をしよつて偉さうに云ふない。併し乍ら今日はお目出度い日だから、喧嘩はやめて置かう。今日一日の番頭だから、何なりと勝手の熱を吹いたがよいわ。のうカール』 カール『ウンさうだ。テクが云つて居るのぢやない、振舞ひ酒が云つて居るのだ。酒と云ふものは狂水と云ふが、ほんとに面白いものだなア。俺達の下戸でも一口呑めば気持がハキハキして来るやうだ』 アキス『オイ、たつた一口と云ふたが、最前から随分沢山引つかけたぢやないか。まるで牛か象かが、雑水を呑むやうだつたよ』 カール『定まつた事だよ。五升徳利に一口ぢやほんの少々ながら、ごしよごしよとやつて見たら、俺の頬べたにほんのりと紅の花が咲きかけたのだ、エヘヘヘヘ』 アキス『オイ貴様は奥様から、余り円い顔をして居るので望月とか餅が好きだとか云はれたぢやないか。餅の好きな奴は酒を呑まぬものだが、貴様は山川道楽だな。俺は酒は一滴も呑まないと云ふて赤い顔をしたり、熟柿臭い息をしたりしたのは内証で呑んで居たのだな、たうとう化を現はしやがつたな、化虎め』 カール『定つた事だい。いつも酒倉の番許りやらされて居るのだもの、樽に錐穴をあけ、麦藁を突つ込んで、チウチウと鼠鳴きをして居たのだ。そして其後へ釘を突つ込んで置くのだ。貴様は長らく俺と一緒の奉公しておきながらノロ作だなア』 アキス『併し此方の旦那様は、昔から酒許り沢山作つて売るでもなく、二十戸前の倉に酒を蓄へて居るのは不思議と思つて居たら、矢張斯う云ふ時の間に合さうと思つて準備して居たのだな。ほんとに偉い人ぢやないか』 カール『併しアキス、旦那様と奥さまに天王の森の猩々が憑て居ると云ふ事ぢやないか。俺は一寸次の間から聞いて居たが、ほんとに不思議の事だ。貴様どう思ふか』 アキス『ウンそれが、しやうじやうむく(清浄無垢)の霊と云ふのだらうかい。何と云つても旦那様も奥様も人民を憐みなさるから里人の人望はよし、あんな慈悲深い人が、なぜ三年も離島へ行つて苦労をなさつたかと思へば、神も仏も此世に無い事かと思ふは。併しまアまア帰つて下さつて奥様は云ふに及ばず、スマの里人がどれ丈け喜ぶ事か知れないのう。何ぢや門の方が大変賑かうなつて来た。一つ調べて見ようか』 と表口へ駆け出して来た。 見ればテクは大柄杓を肩にかつぎ乍ら大勢の中央に立つて、自ら踊り狂うて居る。大勢は囃し立てて居る。 テク『エーーーさても目出たや此方の館、ヨイヨイ 三年振に御主人が目出度お帰り遊ばした 第一奥さまのお喜び其次坊ちやま番頭さま アキス、カールを初めとしヨイヨイ イヅミの国のスマの里老若男女がより集ひ 二十戸前の酒倉をヨイヨイ 開放遊ばし皆さまに呑んで呉れよと放り出した その肝玉の太い事ヨイヨイ 此テクさまは今日よりはバーチル館の番頭さま バラモン教のスパイをばさつぱりこんと辞職して お酒の倉の監督だ皆さま勇んで下さんせ ヨイヨイこれからテクが居る上は これの館の米麦やお酒をどつさり皆さまに 望み通りに与へませうなに程宝があつたとて 命がなければ仕様がないヨイヨイ 死んだと思ふた主さま目出度家に帰られて 祝の印に皆さまにお酒を振舞なさるのだ 固く結んだ握り飯お腹が膨れて瓢箪に なる所までも食はしやんせヨイヨイ ほんに目出度いお目出度い天王の森の神さまが 御守護を遊ばし御夫婦を目出度茲に顔合せ 嬉し涙をドツサリと流させ給ふた有難さ ヨイヨイ其神様のお蔭にて 生れて此方一度も味はふた事のない甘酒を 鱈腹呑んで勇ましく舞へよ狂へよ踊れよと 神直々の御命令こんな嬉しい事あろか ヨイヨイアキスやカールの番頭さま 元来肝玉小さくて是程沢山ある酒を 番頭の職にありながら己も飲まず人さまに 振舞ひもせず捨て置いた冥加知らずの罰当り ヨイヨイテクが是から此家の 一の番頭となるからはケチなやり方致さない 村中上下隔てなく睦び親しみ神様の 恵の露を感謝してお神酒を沢山頂けよ こんな目出度い事あろかヨイヨイ 猩々の彦や猩々姫不思議の縁で廻り会ひ お夫婦様の体を借りこれの館のお夫婦は 足が二つに手が六ツつ夫婦合して四つの足 十二のお手々を打ち鳴らしアヅモス山の神様の 御前に感謝の太祝詞宣らせたまへる崇高さよ ヨイヨイ三五教の宣伝使 目の玉国別宣伝使心まつ黒真純彦 頭たたかれ伊太彦やお酒は樽に三千彦の 綺麗なお嬶のデビス姫デビスかエビスか知らねども 大黒さまの福の神降つて湧いたる此家と 酒のイヅミの国人は嘸や喜ぶ事だらう 皆さま揃ふて手を拍てよヨイヨイ 酔が廻つたテクさまは息が苦しうなつて来た 皆さまこれから隠し芸を包まず隠さず放り出して 今日の目出度いお祝に花を咲かして下されよ ヨイヨイ』 と一生懸命に音頭を取り、数百人の老若男女が手を取り踊り狂うて居る。斯かる所へキヨの港の関所を固めて居るバラモン軍のチルテルは数十人の部下を引率れ馬に跨り、シトシトと門内さして進み入り、馬上に立ちて大音声、 チルテル『ヤアヤア某はバラモン教の関所を守る、キャプテンのチルテルだ。当館に三五教の宣伝使、玉国別以下の潜みゐると、スパイの注進により召捕に向ふたり。ヤアヤア村人ども宣伝使の所在へ案内致せ』 と呶鳴りつけて居る。これを聞くより、柄杓にテク、アキス、カールは酒をなみなみと汲みチルテルの鼻先に突き出した。チルテルは酒と聞くより矢も楯も耐らず馬をヒラリと飛び降り、餓鬼が水を呑むやうな勢で、ガブリガブリと呑み初めた。従ひ来れる数多の部下も群衆に交つて、吾劣らずガブ飲みを初め、肝腎の使命を忘れ、各捻鉢巻をして、尻ふりながら、ステテコ踊を夢中になつてやつて居る。中空には迦陵頻伽、鳳凰、孔雀の瑞鳥、翼寛かに舞ひ狂うて居る。ああ惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・三・三〇旧二・一四於皆生温泉浜屋加藤明子録) (昭和一〇・六・一五王仁校正) |
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霊界物語 | 59_戌_イヅミの国2(キヨの港) | 15 和歌意 | 第一五章和歌意〔一五一五〕 三千彦伊太彦デビス姫三人は館の広庭を 暗に紛れて駆け出す途端に地底の岩窟に スツテンコロリと辷り落ち此処に一夜を明かしつつ 無聊を慰む其為に伊太彦司は口の間に 出でて胡床をかきながら思案に暮るる折もあれ ツルツルツルと落来る一人の男を見るよりも 驚き乍ら胸を据ゑ新規開業の旅人宿 気転を利かす面白さ恋を争い陥穽に 投げ落されたヘール司一目見るより仰天し お前はいづくの何者か訝かしさよと訊ぬれば 伊太彦頭をかき乍ら私は伊太屋の番頭です 何卒一夜を吾宅でお泊りなされて下さんせ 一等二等三等と区別がついて居りますが 貴方の人格調ぶれば金も持たない真裸体 一等旅館に限ります開業早々で何事も 準備が整ひおりませぬ鬼の蕨か鉄拳か 捻り餅など沢山にお食りなさつて下されや お茶は熱うなし微温うなし魔法瓶から天然に ちつと臭いが幾何でもついで上げますサア早う 足を洗つて奥の間へお通りなされサア早う 今日は目出度き開業日ようまア泊つて下さつた 何ぢやかんぢやと揶揄へば遉のヘールも呆れはて そんならお世話になりませう何分宜敷く頼むぞや 始終食円の宿料を約束し乍ら奥の間へ 通れば下女のデビスさま料理人擬ひの三千彦が 一間許り相隔て行儀正しく坐り居る ヘールは二人に声をかけ一等客が参りました 早くお茶でも汲みなされ料理人と下女が奥の間で 昼の最中にぬつけりと内証話をすると云ふ 不都合な事があるものかアハヽヽハツハ、アハヽヽヽ 三人一度に声を上げ笑ひ興ずる時もあれ 又もや入り来る荒男よくよく見ればチルテルの 此家の主キャプテンが眼怒らし睨み入る その面貌の凄じさ。 ヘール『ヤア、チルテルさま、私の後を追つかけて、よう来て下さいました。これが女だと、誠に都合がよからうになア、エヘヽヽヽ』 チルテル『そこに居る女はデビスぢやないか、あれ程厳しく縛り上げて、土蔵の中に繋いでおいたに、どうして此処へ出て来たのか』 デビス『オホヽヽヽヽ。貴方は関守のキャプテンさまぢやありませぬか。此間は甚いお世話になりましたなア。妾の寝床にわざわざお出下さいまして神輿か何かのやうにワツシヨワツシヨと舁つぎ御丁寧にお倉の中にお入れ下さいまして有難う厶います。併しリュウチナントのカンナ様がお出下さいまして、「どうか此倉は私が住宅にしたいから早く退いて下さい」と家主から追つ立てを喰ひましたので止むを得ず、此岩窟ホテルに移転し、やつと開業した所です』 チルテル『ナニ、カンナと入れ替はつた。ハテ合点の行かぬ事を云ふものぢやなア。イヤ三千彦もそこに居るぢやないか、此方の家敷へ夜中に忍び込み、何か好からぬ事を企み其天罰でこの陥穽へ辷り落ちたのだらうがな』 三千彦『アハヽヽヽ、オイ、チルテルさま、女房が甚いお世話になりました。有難う厶います。併し貴方はどうして此処へお出になりました』 チルテル『これは拙者の管轄内だから、一寸巡検に来たのだ。それが何と致した』 ヘール『ハヽヽヽヽ。甘い事仰有いますわい、これ三千彦さま、実は初稚姫さまの色香に迷ひ、鼻の下を長うして吾々両人が口説き立てた所、初稚姫さまは、角力をとつて勝た人の女房にならうと云つたのです。さうした所、運悪くも足踏み外し真先に私が落ち込むで仕舞つたのです。後ではテクとこの大将が勝負する事になつて居ましたが矢張負たと見えてこの岩窟に落ちて来たのです。このキヨの関所守はこの岩窟に一度でもおち込むで来たら免職になるのですから今日のチルテルは最早、キャプテンではありませぬ。ユゥンケル位なら棒に振つても宜敷いが、折角茲迄捏ね上げたキャプテンの職名を棒に振るのは聊かお気の毒ですわい、ウフヽヽヽ。もし三千彦さま、もう斯うなれば、吾々はバラモンの軍人でも何でもありませぬ、何卒四海同胞の精神をもつて可愛がつて下さい。貴方の奥さまを担ぎ出したのは吾々ぢやありませぬ。皆このチルテルが兵士を連れて行つて盗み出したのですよ。さうして初稚姫様を自分の妻となし、リュウチナントのカンナさまに口ふさぎのため、デビスさまを宛がうためにあんな事をやつたのですよ。御迷惑はお察し致します』 デビス姫『吾身をば担ぎ出したる其人と 今打ち解て向い合ふかな。 何事も皆神様のお仕組と 悟れる身には恨だになし』 チルテル『恋と云ふ醜の魔神に眩まされ 思はぬ罪を重ねけるかな。 此上は心の罪を委細に 君の御前にさらけて詫む』 デビス姫『赤心の未だ失せざる君こそは 神の救ひの門口に入るなり』 チルテル『有難し汝が言葉は皇神の 深き情と涙ぐまるる。 仇人を憎みたまはず懇に いたはりたまふ君は神なり』 ヘール『キャプテンの口の車に乗せられな 苦しさ故の吟みなりせば。 又しても十八番の奥の手を 出した男の憎らしきかな。 チルテルはいとしき妻を追ひ出し 仇し女を娶らむとせり。 吾は未だ妻を持たざるセリバシー 憐れみたまへ無垢の体を』 チルテル『横町の床屋の嬶に眦さげ はぢかれたりし時のをかしさ。 お多福に肱鉄砲を食はされて めそめそ泣きしヘールぞ可笑しき』 ヘール『人の非を大勢の前に素破抜く 汝は曲神の器なるらむ』 チルテル『曲神か誠の神か知らねども ありし誠を吾は云ふなり』 三千彦『面白し人の情は唐日本 いづくの果も変らざりけり。 伊太彦は如何になしけむ姿をも 今だにみせず心もとなや』 ヘール『口の間に伊太屋の番頭と納まりて 帳面片手に算盤持たせり。 面白い男もあればあるものよ 岩窟におちて宿屋気取れる』 三千彦『此上は心の垣を取り払ひ 助け合ひつつ神の道行かむ』 チルテル『有難し誠の道を宣り伝ふ 君の心の分けへだてなき』 ヘール『バラモンのこれが司であつたなら こんな訳にはとても行くまい』 デビス姫『古ゆ縁の糸に繋がれて 睦び合ふたる今日ぞ床しき』 チルテル『此上は心清めて三五の 神の大道に進み行くべし』 三千彦『バラモンの神の教を捨てずして 我三五の道を守れよ』 斯く四人は打ち解け、互に意見を交換して兄弟の如く、睦び合ふ事となつた。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・四・二旧二・一七於皆生温泉浜屋加藤明子録) (昭和九・一一・三〇王仁校正) |
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霊界物語 | 60_亥_イヅミの国3/三美歌/祝詞/神諭 | 序文 | 序文 凡て教法には大乗小乗の区別がある。一般民衆に理解し易く説示するを小乗[※「小乗」と「大乗」と間違えている可能性がある。一般的には民衆にわかりやすく説示することが大乗である。]と曰つて、卑近な例を引いたり、何人にも解し易き言語を以て示すの類をいふ。多数一般の人々に対して神の教を説く時はどうしても小乗でなければ駄目である。哲学的思索に耽つて居るやうな所謂知識階級に対しては、又小乗では馬鹿にして耳を傾けないものである。何事も難解的の経典を以て、唯一成道の大法と心得て居る自称先覚者には、霊界の事情は容易には解されない。自然界と全く相反する所の神霊界の消息に対して、科学を基礎とせなくては駄目だと思惟して居る知識階級の人々は、何れも九十五種外道の全部を完備して居ると云つても良い位なものである。大乗を究めむとして不知不識の間に外道に陥落し一も取らず二も取らず、終には昏迷と愚痴とのみを取得するに至る。 凡て天国に昇るものは小乗を聞いて、直ちに神霊界の消息を感知し得る神的知識者である。現界にあつて学者と謂はるる人々も神的知識なるものを欠く時は、決して神霊界を窺ふ事は出来ない。凡て大乗教義なるものは、上根者、宣伝使等の所業の教理であつて、一般学者の到底感得し能はざる神秘である。大乗とは一に法大、二に心大、三に解大、四に浄大、五に荘厳大、六に時大、七に具足大、以上の七大乗は神に選まれたる神知識の所有者でなければ、到底今日勃興しつつある学者間の科学的研究態度にては、仮令数百年を経るとも其真相を究むる事は不可能事である。神を信ぜず、その存在を認めず、神を愛せざるものは決してその関門さへも窺ふことは許されない。而して大乗は歯に合はず、小乗は馬鹿にして耳を傾けず、暗中摸索の境涯に迷ふものは、科学本能主義の学者の通常辿る処の経路である。之を神諭には途中の鼻高と称へられてゐる。神を外にして霊界を知らむと如何に焦慮するとも、決してそのアナンタニルデーシャ・ブラテスターナ(無量義処)に達することは出来ない。カルバシャーヤ(劫濁)クレーシャガシャーヤ(煩悩濁)サッドワカシャーヤ(衆生濁)ドルスチカシャーヤ(見濁)アーユシカシャーヤ(命濁)の五濁を清め去り、清浄無垢赤子の心境に立ちて初めて神霊界の真義に歩を向くることが出来るものである。この物語も亦神示の所作なれば五濁を除去し、以て之に向ふ時は、神命垂示のマハービジニヤーナーヒアー(大通智勝)を感受し、マハービューバ(大荘厳)の神理を味はひ、神霊のラトナーヷ・バーサ(宝音)に接し、無等々正覚を得て人生の本分を全ふし、不老不死天国の生涯を生き乍ら楽しむ事が出来る案内書となるのであります。 アヽ惟神霊幸倍坐世。 大正十二年四月 |
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霊界物語 | 60_亥_イヅミの国3/三美歌/祝詞/神諭 | 総説 | 総説 古人曰ふ、『善願あれば天必ず之を輔く』と。瑞月は神明の随々病躯を駆つて漸く神示の物語原稿用紙七万五千枚約八百五十万言、頁数二万四千、約九箇月の着手日数を要して、茲にいよいよ六十巻を口述編著しました。斯かる阿房多羅に長い物語を書いて識者より冗長粗漫の文章だと失笑さるる恐れ無きには非ざれども、今日の大多数の人々は古人に比して頭悩の活動力最も劣り、容易に深遠なる教義を真解すること能はず、且つ何事も上走りにて誤解し易く、為に三五教の真相や大精神を曲解し終には忌はしき大本事件を喚起するに到つたのは、返す返すも遺憾の至りであります。 上根の人は一言聞いて其真相を了解し、至仁至愛の神の大精神や大経綸を正覚すと雖も、中根下根の人々に対しては到底高遠微妙なる文章や言語にては解し得ない而己ならず、却て神意を誤解し、大道を汚濁する虞がある。故に瑞月は現代多数の人々の為に多大の努力と日子を費したのであります。 現代は古と異つて何事も大仕掛になつて居り更に益々大きく成らむとしつつあるが故に、非常に其間口が広くて、奥行が浅い人間が多く現はれるのは止むを得ない。故に今後の人々に対して徹底せしめむとするには不断の根気が何よりも大切である。たとへ百年掛らうが神の大御心を万人に徹底させなくては措かない決心である。 現代の人々が只の一人も自分が口述した物語を用ゐて呉れず、又了解して呉れなくても構はない、自分だけ只一人之を信じて大神の大精神を幾分なりとも実行し、正しき信仰の下に人間として生きて行く考へである。現代人の中には斯の如く世間の行事が悪化し獣化するのを見ては、……自分一人が心身を正しくし神の示教を信じる事が出来ようか……と思つたり云つたりして居る人々の考へは余りの狼狽である。今日の社会にコウ言ふ狼狽へた人々の多いことは如何にしても慨はしいことである。国の滅亡する時は「一人の義人あるなし。又識者なるもの一人もある無し」といふ極端まで行くものだが、国に一人にても、義人や真の識者のある限り、決して其国は亡ぶるものでは無い。神諭にも「誠の義人が三人あれば弥勒神政必ず成就すべし」と示してある。今日はお互に最後の一人を以て任じ、せめて自分だけでも正しき信仰に生き、清き人間として世の為め道の為めに尽さむとする同じ心の人々と共に、この聖なる団体を擁護し開展し以て斯の世界をして真善美愛の楽土と化せしめ、国祖の神慮に叶ひ奉らむことを希望し、あらゆる迫害に耐へ、克く忍び以て斯の千載一遇の神業に奉仕せむと欲し、最後の一人となるも決して絶望せず、狼狽せず、平静に生命ある聖き希望を抱いて天下の為に竭さむとするものである。故に吾人は世俗の所在非難攻撃にも屈せず、山鳥の尾のしだり尾の長々しくも撓まず屈せず、口述を続けて後世の軌範とせむことを希求しつつあるのである。 この世を造りし神直日、心も広き大直日、唯何事も人の世は、直日に見直せ聞き直せ身の過ちは宣り直せ。と吾人は日夜この神示を楯としてヒシヒシと押寄せ来たる激浪怒濤を浴びながら、善言美詞の言霊の武器を以て凡ての外道を言向和す覚悟である。何程多勢の敵と雖も驚くには及ばない。只一言の善辞、即ち言霊の善用に依りて強敵は忽ち化して強き味方となり、又多数の味方と雖も、唯一つの悪言暴語に依つて直ちに怨敵となる。言霊の尤も慎むべきを明示したのは本書霊界物語を通じての大眼目であります。読者幸に本書に依つて言霊の活用を味ひたまふことあらば瑞月の微衷も酬はれたりといふべきであります。アヽ惟神霊幸倍坐世。 大正十二年四月 |