| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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161 (1961) |
霊界物語 | 29_辰_南米物語1 鷹依姫と高姫の旅 | 06 玉の行衛 | 第六章玉の行衛〔八二八〕 高姫は言葉を軟らげ、 高姫『コレコレ常彦さま、ヤツパリお前は私が三五教の宣伝使の中でも、一番気の利いた立派な方だと思うて連れて来たが、……ヤツパリ此高姫の目は違ひませぬワイ。ようマア目敏くも、言依別や、国依別の船に乗つてるのが気がつきましたなア』 常彦『蛇の道は蛇ですからなア。どうも言依別や国依別の臭が船に乗つた時から、鼻について仕方がないものですから、一寸考へてゐましたが、いよいよ此奴ア変だと思うてかぎつけました』 春彦『まるで犬の様な鼻の利く男だなア。蛇の道は蛇でなくて、猪の道は犬ぢやないか。さうして本当に言依別さまや国依別が立派な玉を持つて御座つたのか』 常彦『貴様が海へ踊つて落込んだ時に、綱を投げて呉れた船客が国依別だつたのだ。つまりお前は国依別さまに生命を助けて貰うたのだよ』 春彦『アヽさうか、それは有難い。一つ御礼を言うぢやつたに、お前が云つて呉れぬものだから、つい御無礼をした。ヤツパリ国依別さまは親切だなア。二つ目には足手纏ひになるの、エヽ加減にまいて了はぬと、あんなヒヨツトコは邪魔になるとか仰有る生神もあるなり、世は種々だ。そして立派な玉をお前は拝見したのか』 常彦『天機洩らす可からずだ。大きな声で云ふない。そこに高姫さまが聞いて御座るぢやないか。高姫さまの御座らぬ所で、トツクリとお前丈に一厘の秘密を知らしてやるワ。オツと了うた、余り大きな声でウツカリ喋つて了つた。……モシ高姫さま、今私が何を言うたか聞えましたか。余りハツキリとは聞えては居やせぬだらうな。聞えたら大変ぢやからなア。アヽ桑原々々、慎むべきは言葉なりけりぢや、アハヽヽヽ』 高姫『コレ常彦さま、お前、そんなにイチヤつかすものぢやありませぬぞえ。トツトと有体に仰有い。そしたら此高姫は云ふに及ばず、錦の宮の教主となり、お前を総務にして立派な神業に使つて上げます。五六七の世でも出て来て見なさい。それはそれはあんな者がこんな者になつたと云ふ御仕組ですから、それで神には叶はぬと仰有るのぢやぞえ』 常彦『ハヽア、さうすると最前アンナ、カナンに化けたのも、強ち徒労ではありませぬな。私がアンナ、春彦はカナン、私はアンナ者がコンナ者になり、春彦は立派な人間になつて、高姫さまでも何人でも、到底カナンと云ふ立派な人間になると云ふ前兆ですか、ハツハヽヽヽ。これと云ふのも国依別さまが御親切に、玉の所在を決して他言はならぬと固く戒めて仰有つて下さつたのは、本当に有難い。よく私の魂を悟つて下さつた。士は己を知る者の為に死すとか云つて、自分の真心を見ぬいてくれた人位、有難く思ふものはない。私も男と見込まれて、大事の秘密の玉の所在を知らされ、実物迄拝見さして頂いたのだから、此首が仮令千切れても、国依別さまが云つてもよいと仰有る迄申されませぬワイ。アヽ云はな分らず、云うてはならず、六かしい仕組であるぞよ……とお筆先に神様が仰有つてゐるのは、大方こんな事だらう。お筆先の文句がキタリキタリと出て来て、身に滲みわたる様で御座いますワイ』 高姫『お前は言はねばならぬ人には隠して云はぬなり、言うて悪い人には言はうとするから、国依別さまが厳しく口止めをしたのだよ。よう考へて御覧なさい。私の供になつて来て居るお前に秘密を明かすと云ふ事は、つまり高姫に知らせよと云ふ謎ですよ。此事を詳しう高姫に伝へてくれと云つたら、却て心易う思ひ、忘れて了ふだらうから、言ふな……と云つておけば、大事な事と思ひ、お前が念頭にかけ、コッソリとお前が私に云うだらうと、先の先まで気をまはし、お前に言うたのだよ。国依別も中々偉いワイ。よう理窟を云ふ男だが、どこともなく香ばしい所のある男だと思うた。……コレコレ常彦、言ひなさい、キット後は私が引受けますから……』 常彦『メッサウな、そんな事言うてなりますかいな。お前さまは私を、甘くたらして云はさうと思ひ、巧言令色の限りを尽して、うまく誘導訊問をなさるが、マア止めておきませうかい。こんな所でお前さまに言はうものなら、あとは尻喰ひ観音、そこに居るかとも仰有らせないだらう。マア言はずにおけば常彦の御機嫌を損はぬ様に親切に目をかけてくれるに違ひない。言ひさへせなきや、桜花爛漫と常彦の身辺に咲き匂ふといふものだ。言うたが最後、明日ありと思ふ心の仇桜、夜半に嵐の吹かぬものかは……と忽ち高姫颪に吹きおろされ、ザックバランな目に遇はされるに定つてる。花は半開にして、長く梢に咲き匂ふ位な所で止めておきませうかい。イッヒヽヽヽ。アヽこんな愉快な事が又と再び三千世界にあらうかいな。三千世界一度に開く梅の花、開く時節が来たら秘密の倉を開けて見せて上げませう。それも一寸でも私の御機嫌を損ねたが最後駄目ですよ』 高姫『コレ常彦、情ない事を云うておくれな。なんぼ私だつてさう現金な女ぢやありませぬぞえ。今の人間は思惑さへ立ちや、後は見向きもせぬのが多いが、苟くも、善一筋の誠生粋の大和魂の根本の性来の、而も日の出神の生宮、変性男子の系統、これ丈何もかも資格の揃うた高姫がそんな人間臭い心を持ち、行ひを致さうものなら、第一神様のお道が潰れるぢやありませぬか。変性男子の身魂に対しても、お顔に泥を塗るやうなものなり、日の出神さまに対しても申訳がありませぬ。さうだから大丈夫ですよ。先で云ふも今云ふも同じことだ。さう出し惜みをせずと、お前の腹の痛む事ぢやなし、一口、かうだとお前の口に出して呉れたら良いぢやないか。サア常彦、ホンにお前は気の良い人だ。そんなにピンとすねずにチヤツと仰有つて下さいナ』 常彦『猫があれ程好な鼠を生捕にしても中々さうムシヤムシヤと食ひはしますまい。くはへては放り上げ、くはへては放り上げ、追ひかけたり押へたり、何遍も何遍もイチヤつかして、終局には嬲殺にして、楽んで食ふように、此話もさう直々に申上げると、大事件だから値打がなくなる。マア楽しんで私に従いて来なさい。其代りに或時期が来たら知らして上げますから、一つ約束をしておかねばなりませぬ。高姫さま、物を教へて貰ふ者が弟子で、教へる者が先生ですなア』 高姫『きまつた事だよ。教へる者が先生だ。さうだからお前達は私の弟子になつて居るぢやないか』 常彦『あゝそれで分りました。其御考へなれば、行く行くは玉の所在を教へて上げませう。其代り今日から私が先生でお前さまは弟子だよ。サア荷物を持つて従いて来なさい』 高姫『コレ常彦、おまへは何と云ふ事を云ふのだい。天地顛倒も甚しいぢやないか。誰がお前の弟子になる者があるものか。苟も日の出神の生宮ですよ。余り馬鹿にしなさるな』 常彦『これはこれは失礼な事を申し上げました。そんならどうぞ何もかも教へて下さいませ。私は教へる資格がありませぬから、モウ此れ限り何も申上げませぬ。教へて上げやうと云へばお目玉を頂戴するなり、其方が宜しい。モウ此れ限り、夜前あなたの仰有つた様に此国の人を弟子にして、半鐘泥棒や蜥蜴面の吾々に離れて活動して下さい。……なア春彦、半鐘泥棒や蜥蜴面が従いて居ると高姫さまのお邪魔になるから、これでお別れせうかい』 春彦『何が何だか、俺やモウサツパリ訳が分らぬ様になつて来たワイ。……オイ常彦、そんな意地の悪い事言はずに、男らしう薩張と高姫さまに申し上げたら如何だ』 高姫『コレコレ春彦、流石はお前は見上げたものだ。さうなくては宣伝使とは言へませぬワイ。……コレ常彦、言はな言はぬで宜しい。お前の行く所へ従いて行きさへすればキット分るのだから……』 常彦『ソラ分りませう。併し乍ら私は出直してくる共、お前さまの従いて厶る限りは、玉の在る方面へは決して足は向けませぬワ。そしたら如何なさる。オホヽヽヽ』 高姫『エヽ気色の悪い、しぶとい奴だなア。ヨシヨシ今に神界に奏上して、口も何も利けぬ様に金縛りをかけてやるから、それでも宜しいか』 常彦『どうぞ早うかけて下さい。お前さまに玉の所在を言へ言へと云うて迫られるのが、辛うてたまらぬから、物が言へぬようにして下されば、それで私の責任が逃れると云ふものだ。どうぞ早うかけて下さいな。不動の金縛りを……』 と云ひ乍ら、舌を一寸上下の唇の間に挟んで高姫の前に頤をしやくり、突き出して見せる。 高姫『エヽどうもかうも仕方のない、上げも下ろしもならぬ動物ぢやなア』 常彦『オイ春彦、駆足々々。高姫さまをまくのだよ』 と尻引まくり、一生懸命に地響きさせ乍ら、降り坂を駆出した。高姫は後より一生懸命に二人の姿を見失はじと追つかけて行く。 高姫は高い石に躓きパタリと大地に倒れ、額をしたたか打ち、血をタラタラ流し、且つ膝頭を打つて、頭を撫で足を撫で、身を藻掻いてゐる。二人は高姫が必ず追つかけ来るものと信じて、一生懸命に南へ南へと走り行く。 ここを通りかかつた四五人の男、高姫の疵を見て気の毒がり、傍の交り気のない土を水に溶かし、額と足とに塗りつける。高姫は、 高姫『何方か知りませぬが、ようマア助けて下さいました。これも全く日の出神さまのお神徳で厶います。貴方方も結構なお神徳を頂きなさつたな。高姫と云ふお方は、誠に結構な身魂であるから、此身魂に水一杯でも、茶一滴でも供養した者は、大神様のお喜びによつて、家は代々富貴繁昌、子孫長久、五穀豊饒、病気平癒、千客万来の瑞祥が出て参ります。皆さま、結構な御用をさして貰ひなさつた。サア、是から、三五教の神様に御礼をなさい。私も一緒に御礼をしてあげます』 甲『何と妙な事を言ふ婆アぢやのう。人に世話になつておいて、反対にお礼をせい、御礼をして上げるのと、訳が分らぬぢやないか。大方これはキ印かも知れぬぞ。うつかり相手にならうものなら大変だ。イヽ加減にして行かうぢやないか』 高姫『コレコレ若い衆、キ印ですよ。三千世界の大狂者の大化物の変性男子の系統の生神様ぢや』 乙『それ程エライ生神さまが、何で又道に倒れて怪我をなさるのだらう。此点が一寸合点が行かぬぢやないか』 高姫『そこが神様の御仕組だ。縁なき衆生は度し難しと云ふ事がある。日の出神様が、一寸此肉体を道に倒してみせて、ワザとお前等に世話をさせて、手柄をさして、因縁の綱を掛け、結構にして助けてやらうと遊ばすのだ。分りましたかなア』 乙『根つから分りませぬワイ。……オイ皆の連中、早く玉を御供へに往かうぢやないか。結構の玉を供へたら、結構にしてやらうと云ふ神があるから、早く何々迄急がうぢやないか』 丙『随分沢山にお参りだから、ヤツと玉もいろいろと寄つて居るだらうなア』 乙『ソリヤお前、一遍俺も参つて来たが、それはそれは立派な玉が山の如くに神さまの前に積んであつたよ。金剛不壊の如意宝珠に黄金の玉、竜宮の麻邇宝珠の玉とか云つて、紫、青、白、赤、黄、立派な玉が目醒しい程供へてあつたよ』 高姫『コレコレお前、其玉はどこに供へてあるのだ。一寸云つて下さらぬか』 乙『其玉の所在ですかいな。ソリヤ一寸何々して貰はぬと、何々に何々が納まつて居ると云ふ事は云はれませぬなア』 高姫『そんならお金を上げるから仰有つて下さい』 乙『私も実は貧乏で困つてをるのだ。金儲けになる事なら云つてあげようかな。ここに五人も居るけれど、玉の場所を知つた者は俺丈だから儲け放題だ。一口にナンボ金を出しますか』 高姫『一口に一両づつ上げよう。成る可く二口位に詳しう云つて下さいや』 乙『中々一口や二口には云ひませぬで、一口云うたら一両づつ引替に致しませう。それも先銭ですよ』 高姫『サア一両』 と突き出す。 乙『ア……』 高姫『後を言はぬかいな』 乙『モウ一両だけ、一口がとこ云つたぢやないか。モ一両下さい。其次を云うて上げよう』 高姫『あゝ仕方がない、……それ一両』 と又突き出す。 乙『リ……』 と云ひ乍ら、又一両を呉れと手を突き出す。 高姫『何と高い案内料ぢやなア。モチト長く言うてお呉れぬかいな』 乙『元からの約束だ、ア……と云へば一口かかる。リ……といへば又一口ぢやないか』 高姫『エヽ欲な男ぢや。……それ一両、今度はチト長く言うて呉れ』 乙は又一両懐にねぢ込み、 乙『今度は長く言ひますよ。……ナーー……』 かう云ふ調子に『アリナの滝の水上、鏡の池の前に沢山の宝玉が供へてある』と云ふ事を教へられ、高姫は勢込んでテルの国のアリナの滝を指して、一生懸命に駆けり行く。 道傍の木蔭に休んで居た常彦、春彦は、高姫の血相変へて行く姿を眺め、 常彦、春彦『オイオイ高姫さま、一寸待つて下さいなア』 と呼びかけた。高姫は後を一寸振向き、上下の歯を密着させ、ニユツと口から現はし、頤を二三遍しやくつて、 高姫『イヽヽ、大きに憚りさま。玉の所在は日の出神さまから知らして貰ひました。必ず従いて来て下さるなや』 と一生懸命に走り行く。常彦は、 常彦『本当に玉が此国に隠してあるのかな。こりや一つ高姫さまの後から従いて行つて、白玉でも黄玉でも、一つ拾はぬと、はるばる出て来た甲斐がないワ。……オイ春彦、急げ』 と尻ひつからげ大股にドンドン、髪振り乱し砂煙を立て乍ら、高姫の通つた後を一目散に走り行く。 (大正一一・八・一一旧六・一九松村真澄録) |
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162 (1964) |
霊界物語 | 29_辰_南米物語1 鷹依姫と高姫の旅 | 09 俄狂言 | 第九章俄狂言〔八三一〕 神が表に現はれて善と悪とを立別ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直し聞直し 過ちあれば宣り直す三五教の神の道 神の恵の大八洲彦命の又の御名 月照彦の神霊は随時随所に現はれて 三五教の神司信徒等は云ふも更 四方の民草悉く恵の露にうるほひつ 心の雲を吹き払ひ晴れ渡りたる大空に 天の御柱つき固め掃き浄めたる村肝の 心の土に惟神国の御柱つき固め 千代に八千代に神人の身魂を永遠に助けむと 現はれますぞ尊けれ。皇大神の御恵みも アリナの滝の上流に誠を映す鏡池 堅磐常磐の岩窟に神の御言を蒙りて 夜なきヒルの神の国テーナの里の酋長の 誠アールやアルナ姫桃上彦の昔より 三五教の御教を今に伝へて奉じたる 尊き血筋の酋長は家の宝と大切に 親の代より守り居る黄金の玉を取出し 鏡の池に納めむと数多の里人引率し 遠き山坂打渉り心も清き白旗に 玉献上と書き記し珍の御輿を新造し 黄金の玉を納めつつ縦笛横笛吹き鳴らし 天然自然の石の鉦磬盤法螺貝鳴らし立て 谷を飛び越え川渡り山鳥の尾のしだり尾の 長々しくもヒルの国テルの国をば跋渉し 漸く此処に安着し鷹依姫や竜国別の 神の司の目の前に恭しくも捧げつつ 誠か嘘か知らね共鷹依姫の神懸り 仰せの儘を畏みて正直一途の酋長は 国玉依別、玉竜姫の神の命と夫婦連 御名を賜はり千丈の滝の麓に御禊して 一日一夜を明かしつつアリナの滝を後にして 鏡の池に往て見れば豈図らむや鷹依姫の 神の命を始めとし三人の司は雲と消え 行方も白木の玉筥に種々様々神の旨 書きしるしたる嬉しさにアール、アルナの両人は 草の庵を永久の住家と定め池の辺に 朝な夕なに神言を声高らかに宣りつつも 四方の国より詣で来る善男善女を三五の 誠の道に導きつ神の御稜威も日に月に 輝き渡り身を容るる所なき迄諸人の 姿埋まる谷の底是非なく茲に信徒は 大峡小峡の木を伐りて山と山とに架け渡し 八尋の殿を築きあげ黄金の玉を奉斎し 国玉依別、玉竜姫の神の司は勇み立ち 懸橋御殿に現はれて教を開く折柄に 玉に心を奪られたる三五教の高姫が 自転倒嶋を後にして太平洋を打渡り テルの湊に安着し常彦、春彦伴ひて 金剛不壊の如意宝珠其他の玉の所在をば アリナの滝を目当とし現はれ来り村肝の 心の善悪映すてふ鏡の池の前に立ち 相も変らぬ減らず口傍若無人に罵れば 数千年の沈黙を破つて鳴りだす池の面 ブクブクブクと泡だしてウンウンウンと唸り声 月照彦の神霊と名乗らせ玉ひて五十韻 珍の言霊並べつつ高姫一同を訓戒し 身魂を救ひ助けむと計り玉ひし尊さよ 自負心強き高姫は持つて生れた能弁に 負ず劣らず五十韻アオウエイよりワヲウヱヰ 只一言も洩らさずに一々神に口答へ 月照彦とは詐りぞドン亀、鼈、蟹神と 頭ごなしにけなしつつ言葉の鉾を常彦や 春彦の上に相転じ生宮気取りで諄々と 脱線だらけの託宣をまくし立つれば池中の 声は益々高くなり大地の震動恐ろしく 流石頑固の高姫も色青ざめて慴伏し 歯をかみしめて黒血をば吐きつつ爰に平伏し 次第々々に息の根は細りて遂に玉の緒の 生命の糸も細り行く。あゝ惟神々々 善悪邪正を明かに心に映す鏡池 底ひも知れぬ神界の深き心ぞ尊とけれ あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ。 懸橋御殿の神前に朝な夕なに奉仕する三五教の神司、テーナの里の酋長アール、アルナの夫婦は、月照彦神より、国玉依別命、玉竜姫命と名を賜ひ、朝な夕なに真心を籠めて、教を伝へつつありしが、茲に三五教の高姫が鏡の池に現はれて、堆く供へ奉れる諸々の玉を持帰らむとするを、鏡の池及び狭依彦の宮に仕へたる国と玉との神主は驚いて、懸橋御殿に急報し、教主夫婦と諸共に此場に現はれ、高姫一行に向ひ、来意を尋ぬる折しも、傲慢不遜の高姫は、鏡の池の神霊が威力に打たれて打倒れ、殆ど人事不省となりければ、国、玉、竜、別などの神司と共に、常彦、春彦を伴ひ、懸橋御殿に担ぎ入れ、水よ薬よと介抱をなし、天津祝詞を奏上し、一二三四五六七八九十の神示の反魂歌を奏上し、漸くにして高姫は正気に復り、稍安心の胸を撫で下ろしたり。 因に云ふ。アール、アルナの夫婦は其実、鷹依姫、竜国別の故意を以て、月照彦の神示と偽り、国玉依別、玉竜姫の名を与へたれ共、やはり惟神の摂理に依つて神より斯の如く行はしめられたるものにして、決して鷹依姫、竜国別の悪戯にあらず、全く神意に依りて、両人は夫婦に神命[※校定版・八幡版では「神名」に直している。]を与へた事と、神界より見れば確かになつて居るのである。 高姫はキヨロキヨロと四辺を見まはし、木の香かをれる新しき殿内に吾身のある事を訝かり、首を切りに振り乍ら、元来の負惜み強き性質とて……ここは何処ぞ……と問ひ尋ぬる事を恥の様に思ひ、荐りに考へ込んで居る。常彦、春彦は高姫の左右に寄り添ひ、 常彦、春彦『モシ高姫さま、お気が付きましたか。余り貴女は自我を立通しなさるものだから、とうとう池の神様に戒められ、人事不省に陥り、殆ど息の根も絶えむとする所、御親切にも、此御殿の主人、国玉依別様、玉竜姫様の御介抱と御祈念に依り、生命を助けてお貰ひなされたのですから、サア早く神様と、お二人に御礼を申しなさいませ』 高姫『妾がいつ……人事不省などと、汚らはしい、死にかけました。そんな屁泥い高姫ぢや御座いませぬぞえ。お前は神界の事が分らぬから、日の出神の生宮が、池の底の神の正体を審神する為、肉の宮を一寸立出で、幽界探険に往て居つたのですよ。それだから、心の盲と云ふのですよ。ヘン……阿呆らしい。神の生宮は万劫末代生き通し、アタ汚らはしい、人事不省に陥つたなどと、お前等と同じように人間扱ひをして貰ふと、チツと困りますぞえ。コレコレお前は国依別、玉治別、竜国別と云つたぢやないか。何時の間にやらこんな所へ魁してやつて来て、世間をごまかさうと思つて、国と玉とが一つになつて国玉依別だとか、玉竜姫だのと、そんなカラクリをしたつて駄目です。キツとそんな名前がついてる以上は、此館に国、玉、竜の宣伝使が潜んでるに違ない。又言依別も隠れて居るだらう。モウ斯うなつたら百年目だ。サア女の一心岩でも通す。金剛不壊の如意宝珠其他の神宝を撿めて、自転倒嶋の聖地へ持つて帰らねばおきませぬぞえ。コレコレ国玉依別とやら、お前は国や玉や竜の、蔭から糸を引く操り人形だらう。そんなこたア、チヤンと、此高姫の黒い眼で睨んだら一分一厘間違ひはありませぬぞや。ここに三五教の神館を、お前さま等が寄つて集つて建てたやうに思つて居るが、国治立命の御指図で、日の出神が片腕となり、竜宮さまの御手伝ひで出来上つたのですよ。日の出神の生宮だからチヤンと分つてる。ここの神司はそれが分つて居ますかな』 常彦『ナント徹底的にどしぶとい婆だなア、これ丈お世話になつておき乍らヨーモヨーモ、こんな憎たれ口が叩けたものだ。喃春彦、穴でもあつたらモグリ込みたいやうな気がするぢやないか』 春彦『開いた口がすぼまりませぬワイ』 と云つた限り、余りの事に呆れ果ててポカンとしてゐる。 常彦『イヤもうし、国玉依別御夫婦様、かくの通りの没分暁漢で御座いますから、自転倒嶋の聖地に於ても、皆の者が腫物にさはるやうに取扱つて居るので御座います。吾々だつてこんな腫物に従いて来たい事は御座いませぬが、気違を一人おつ放しておきますと、どんな事を致すやら分りませぬ。虎を野に放つやうな危険で御座いますから、吾々両人は世界の為に犠牲となつて、精神病者看護人の積りで、はるばるとやつて参りました。何れ癲狂院代物ですから、必ず必ず御心にさえて下さいますな。何卒神直日大直日に見直し聞直し下さいまして、高姫の無礼をお赦し下さいませ』 と気の毒さうに述べ立てる。国玉依別は、 国玉依別『実にお気の毒ですなア。決して決して気にはかけて居りませぬ。あなた方こそ、本当に御苦労お察し申します』 高姫『コレ常、天教山より現れませる日の出神の生宮を、天教山代物とは何だい。余り無礼ぢやないか。宣り直しなさい』 常彦『癲狂院に現れませる、鼻高姫命か、天教山に現はれませる木の花姫神のお使、日の出神の生宮様か、但は二世か三代か、男か女か、凡夫の吾々にはテンと判断が付きませぬワイ。アハヽヽヽ』 高姫『アヽさうだらうさうだらう。テンと判断がつかぬと云ふのは道理ぢや。偽らざるお前の告白だ。此日の出神の正体が、お前達に分るやうな事なら、此高姫も万里の波を越えて、こんな所迄来は致しませぬわいな。お前のやうな没分暁漢が世界にウヨウヨして居るから、実地の行ひを見せて改心させる為に神の御用で来て居るのだぞえ。サアこれから肝腎要の言依別の盗み出した宝玉を受取つて帰りませう。お前もここ迄従いて来たのだから、玉のお供位はさしてあげるぞえ。有難く思ひなさい。……コレコレ茲の宮番夫婦、早く玉を渡す手続を一刻も早くしなされや。グヅグヅしてゐなさると、神界の規則に照し、根の国底の国の制敗に会はさねばなりませぬぞえ』 国玉依別は藪から棒の高姫の言葉に何が何やら合点行かず、 国玉依別『ヘー』 と云つたきり、穴のあく程、高姫の顔を打守つて居る。国、玉、竜、別、依の幹部を始め、常彦、春彦迄が高姫の顔をジツと打眺め舌を巻き居たりける。 (大正一一・八・一二旧六・二〇松村真澄録) (昭和一〇・六・八王仁校正) |
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163 (1965) |
霊界物語 | 29_辰_南米物語1 鷹依姫と高姫の旅 | 10 国治の国 | 第一〇章国治の国〔八三二〕 高姫は一同の不思議さうな顔をして高姫を見つめ居るに、何となく気分面白からず、又もやソロソロ憎まれ口を叩き出した。 高姫『あのマア折角言依別や国依別と腹を合せ、ウマウマとこんな御殿を造りて、三千世界のお宝を隠し、よもや高姫はこんな所迄、後追ひかけて来る筈はないと安心をして厶つたのに、梟鳥が夜食に外れたやうな、皆さまのあのむつかしい顔ワイの。ホヽヽヽヽ、……悪は一旦は思惑が立つやうなけれど、九分九厘まで行つた所でクレンと返してやるぞよと、変性男子のお筆先に出てゐませうがな。善は苦労が永くて分るのが遅いけれど、分りて来たら、万劫末代しほれぬ花が咲くぞよと、変性男子のお筆先に出て居りますぞえ。チツト四股を入れてお筆先をいただきなさい。何程われ程偉い者はない、甘く高姫を瞞してやつた、ここに納めておけば、堅城鉄壁と思うて居つても、神様は遠近、明暗、広狭の区別なく、一目に見すかして御座るから、到底悪の企みは長続きは致しませぬぞえ。素直に改心するのが、お主のお得策だ。サア、早く玉番さま、素直にお出しなされ。素直にさへすれば、どう云ふ深い罪科でも、大慈大悲の神様がお赦し下さいますぞや』 国玉依別『これはこれは存じもよらぬ迷惑で御座る。私はヒルの国テーナの里の酋長アール、アルナと云ふ夫婦者で御座いまして、祖先代々三五教の教を信じ、朝夕に神様のお給仕を致して居る者で御座いました。所が鏡の池に月照彦神さまが再び現はれ玉うて、玉を献じたき者は、一日も早く持来れよと御宣示あらせられると聞き、先祖代々より大切に保護致して居つた黄金の玉を献上せむと、鏡の池へ来て見れば、竜国別と云ふ審神者様や、テーリスタン、カーリンスと云ふお側付、それに又月照彦神様は勿体ない、お婆アさまの姿となり、現はれ玉うて、吾々夫婦に尊き名を賜はり、それより朝夕神のお道を宣伝致し、遂には信者の真心に依つて、かような立派な御殿迄出来上り、吾々は朝夕に真心をこめて神前にお仕へいたしてをる者で御座います。玉と申せば鏡の池の傍に積み重ねてあるもの許り、そして吾々の献つた黄金の玉は竜国別様がお持帰りになり、其代りに瑪瑙の玉を御神体とし、此御神殿に祀つて御座います。金剛不壊の如意宝珠とか麻邇の玉とかは、此処に祭つてをりませぬ。又私共は拝んだこともありませぬ。もし其玉をお捜しならば、外をお捜し下さい。ここには決して決して左様な玉は一個もありませぬ』 高姫『何、竜国別が黄金の玉を持つて帰つたとは、ソラ何時のこつて御座いますか。そして、テー、カー、の両人が従いて来て居りましたかなア。お前の目に婆アの生神と見えたのは、そりやキツと竜国別の母親で鷹依姫と云ふ身魂の大変に悪い婆ですよ。ヨウお前も騙されたものだなア。オツホヽヽヽ』 国玉依別『鰯の頭も信心からと申しまして、何程だまされても、神徳さへ立てば結構で御座います。私の様な者は一通や二通で神界へ入れて貰ふことは出来ませぬから、いろいろと神様が人の手をかり、口をかつて導いて下さつたのだと、朝夕神様に感謝いたしてをります。併し乍ら鷹依姫さまは悪人かは知りませぬが、こう申してはすみませぬが、お前さまに比ぶれば、幾層倍と知れぬ人格の高いお婆アさまでした。あの人ならば、私は月照彦神だと仰有つても誰一人疑ふ者はありませぬ。お前さまは何程日の出神の生宮だと自家広告をなさつても、私のやうな素人の目より見れば、如何しても金毛九尾の容物とより見えませぬ。すべて縁は合縁奇縁と申しまして、虫の好く方と虫の好かぬものと御座います。アハヽヽヽ』 と円滑な辞令を以て、高姫を罵倒して居る。 高姫『ヘン、あなたのお目は偉いものですな。悪魔は光明を忌み、悪人は善人を嫌ふとやら、世の中はようしたものだ。……お前嫌でも又好く人が、なけりや私の身が立たぬ、捨てる神があれば、拾ふ神もある。お気に入らねばモウ日の出神は居つてやりませぬぞえ』 国玉『ハイどうぞお願ひで御座います。一時も早く居つてやらぬ様になさつて下さいませ。御願致します』 高姫『ナニ、お前は変性男子の系統の此高姫を追ひ出さうと云ふのかい。此懸橋御殿は三五教の神様の物、三五教の大神様は国治立命様、変性男子と現はれて、世界の御守護を遊ばす、其系統の高姫を追ひ出さうとは、ソリヤ又、何と云ふ心得違だ。左様な量見では三五教の取次は許すことは出来ませぬ。今日限り系統の生宮が免職を言ひつけます。サアトツトと早く、三五教の神の館を、夫婦共立退いて下さい。これから高姫がここに居すわり、そして、立派に立派に日の出神の神力を現はし、三千世界の大立替大立直しを致しますぞ。訳の分らぬガラクタ役員が沢山居ると、足手纏ひになつて御神業がはかどりませぬ。誠の分りた者が、三人ありたら、神の仕組は立派に成就致すもので御座いますぞや』 国玉『誠の分つた方は、モウ三人揃ひましたか』 高姫『確に揃ひました』 国玉『其お方の御名は何と申しますか』 高姫『変性男子の系統が一人、日の出神の生宮が一人、三五教の神司高姫が一人、三位一体の世の元の大神の御用を致す、三人世の元、結構な結構な神柱さへあれば、ガラクタ神は一人も居なくても、宜しいわいな。ホヽヽヽヽ……余り盲聾の世の中で、神も骨が折れますワイ』 国玉依別は高姫の勝手気儘な議論に愛想をつかし、こんな連中に掛り合つてゐては、却て馬鹿を見なくてはならない、又国、玉、竜、別、依などの幹部に対しても、信用を落す訳だと、玉竜姫を伴ひ、 国玉『高姫様、暫く失礼を致します。どうぞユルリと遊ばしませ。御思案が付きましたら、一時も早く御退場を御願致します。……常彦さま、春彦さま、あなたも大抵ぢや御座いますまいが、どうぞそこは宜しき様に御取計らひを願ひます』 と云ひ捨て、逃げる様にして、玉竜姫の手を取り、睦じげに別館に立つて行く。高姫は少しく目の上の瘤の様に迷惑がつてゐた夫婦が別館に姿をかくしたのに、ヤツと胸を撫でおろし、ソロソロ言霊の連発を始めかけた。 高姫『コレコレ懸橋御殿に御奉公致す皆さま達、是れから誠生粋の大和魂の因縁を説いて聞かしますから、私の云ふ事が分つたら、此館に隠してある金剛不壊の如意宝珠を始め、麻邇の宝の所在を綺麗サツパリと、素直に白状しなされや。……アレ御覧なさい、宮番夫婦は日の出神の御威勢に恐れて、別館へコソコソと逃げてゐたぢやありませぬか』 常彦『モシ高姫さま、自惚するにも程がありますよ。御夫婦の方々は貴女の御威勢に恐れて逃げられたのぢやありませぬ。余り脱線だらけの事を、ベラベラと際限もなく、お前さまがまくし立てるので、うるさがつて逃げて行かしやつたのですよ。慢心すると嫌はれて居つても、恐れて逃げられた様に見えますかいな。いかに善意に解する教だと云つても、高姫さまの善意は一寸趣が違ふ。……コレコレ皆様方、必ず気にさへて下さいますな、御存じの通の代物ですから……』 高姫『コレ常、ソラ何を言ふのだ。人民のゴテゴテ云ふ幕ぢやありませぬぞや。世界のことは隅から隅まで、イロハ四十八文字で解決のつく三五教の教ですよ。此高姫は、人民共の作つた学は知りませぬが、正真正銘の神直々の知慧が、無尽蔵に湧いてくるのだから、皆さま、心を清め身を謹んでお聞きなさい。 いゝゝ一番此世の中で尊い宝は誠と云ふ一つの大和魂ですよ。それさへあれば三千世界の物事はキタリキタリと何の躊躇もなく、成就致しますぞや』 国『いゝゝ一番尊いお宝が大和魂なら、なぜお前さまは無形の魂を尊重せずに、高砂島三界まで金剛不壊の如意宝珠を捜しに来たのだい。ヤツパリ形ある宝の方がお前さまにはお気に入ると見えますな』 高姫『ろゝゝ碌でもない理窟を云ふものでない。金剛不壊の如意宝珠は、神様の御宝、大和魂は人間の宝だよ。神と人とを一緒にしてはなりませぬぞえ』 国『ろゝゝ論より証拠、お前さまは何時も神人合一と云ふことを称へてゐるぢやありませぬか。神人合一は神さまと人と一緒になつた事ぢやありませぬか』 高姫『はゝゝはしたない人間の知慧を以て、神の申す事をゴテゴテと云ふものぢやありませぬワイ。花は桜木人は武士と云つて、潔うするものだ。女の腐つた様に何をツベコベと小理窟を云ひなさる。何とか、彼とか云つて、如意の宝珠を渡そまいとしても駄目ですよ』 国『はゝゝゝゝ腹がよれるワイ。これ丈脱線されては、安心して汽車に乗る事も出来ませぬワイ』 高姫『にゝゝ日本の神の道さへ歩いてをれば脱線する気遣ひはありませぬ。……走り行く汽車の足許眺むれば、ヤハリにほんの道を行くなり。……日本の道を大切に守り、外国の教をほかしさへすれば脱線所か一瀉千里の勢で希望の都へ達しますぞや。外国とは外れた国と書きませうがな。脱線は即ち外れるのだ。分つたかなア』 国『にゝゝ二本の道か四本の道か知らぬが、お前さまの仰有る事は、どうも四本足が云うとる様に聞えますぞや。四本足は所謂四つ足だ。ゴテゴテと六でない事を七むつかしく、八かましう、九ちから出任せにこきちらし、十りとめもなく、百千万遍喋り立てる、百舌鳥か雲雀の親方が此頃一匹高砂島へ飛んで来たと云ふ事だ。百舌鳥かと思へば小鳥を取つて食ふ目玉の鋭い鷹ぢやさうな。ワツハヽヽヽ』 高姫『ほゝゝ吐くな吐くな、深遠無量の神の御経綸がお前たちに分るものか。不言実行だ、ゴテゴテ云はずに、ホヽヽ宝玉を早く渡して、素直に改心なさるが第一の得策ぢやぞえ。お前はここの総取締ぢやないか。お前から改心せねば皆の者が助かりませぬぞや。一人さへ改心いたしたら外の者は皆一度に改心致す仕組だから、人間界の理窟はやめて、神の生宮の言ふ事に絶対服従しなさい。ゴテゴテと理窟の云ひたい間は、まだ御神徳が充実してゐないのだよ』 国『ほゝゝ放つといて下され、私には立派な国玉依別様と云ふお師匠さまが御座います。別にお前さまに下らぬ事を教へて貰ふ必要もなければ、仮令宝玉が有つたとしても、お前さまに渡す義務がありませぬ。オツホヽヽヽ』 高姫『へゝゝ屁理窟許り、能く垂れる男ぢやな。流石は国依別の仕込み丈あつて、偉いものだワイ』 国『へゝゝ臍が茶を沸かしますワイ。如何に私の名が国ぢやと云つて、見た事もない国依別さまとやらの仕込みぢやなどとは、能くも当推量したものだ。私の国は国依別さまの国ぢやありませぬぞ。此世の御先祖の国治立命様の国で御座いますワイナ。ヘン……ちつと済みませぬが、秀妻国と常世国と程国が違うのだから、余り人の事までクニ病んで下さいますな。余りクニクニ思うと寿命がちぢまりますぞえ。早くクニ替へをせにやならぬ事がないようにクニクニも気をつけておきますぞよ』 高姫『とゝゝとへうもない事を言ひなさるな。国治立命様の国ぢやなんて、慢心するにも程がある。慢心は大怪我の元ぢやぞえ』 国『とゝゝ途方途徹もない駄法螺を吹く、唐変木、トチ呆けの尻切蜻蛉の捉へ所のない、団子理窟を囀る、常世姫の身魂の性来を受けた罪人の身魂の宿つた肉の宮を日の出神の生宮ぢやなんて、とつけもない法螺を吹いてをると、今に化が現はれて、栃麺棒を振り、途方に暮て吠面かわかねばならぬことが出来致しますぞや。 ちゝゝちつと胸を手を当て考へて御覧。 りゝゝ理窟許り並べたつて、神徳のない者に誰が往生するものか。 ぬゝゝ糠に釘、豆腐に鎹だ。 るゝゝるるとして千万言を連らねても誰も聞き手がありませぬぞや。 をゝゝをどし文句を並べ立てて、我意を立通し、玉を吐き出さそうとしても、お前さま等の口車に乗る馬鹿はありませぬワイ』 高『わゝゝ吾よしの守護神奴、人の言霊を横取して、先言うと云ふ事があるものか。今言うたチリヌルヲ如何して呉れるのだ。訳が分らぬと云うても程があるぢやないか、此高姫が言うた後で力一杯、辻褄の合はぬ言訳を致すのならまだしもだが、人より先へ先へ行かうと致す、其我慢心が所謂四つ足根性ぢやぞえ。本当に性来の悪い男だなア』 国『わゝゝ悪かろが善かろが自由の権、放つといて下され。 かゝゝ構立にはして下さるなや。 よヽヽ善からうが悪かろが、誠の神様が裁いて下さるぞや。 たゝゝ高姫の干渉する問題ぢやありませぬぞ。 れゝゝ礼儀も作法も知らずに そゝゝそそつかしい、人の館へ這入つて来て、挨拶も碌に致さず つゝゝ月照彦神様に戒めをくひ乍ら ねゝゝねぢけ曲つた魂は何時までも直らず なゝゝ何も分らぬ癖に、三千世界の事はどんな事でも知つてをるとか、知つて居らぬとか、駄法螺を吹き、 らゝゝ乱脈振と云つたら、到底御話しのしかけが出来ませぬ。 むゝゝ六かしい面をして、人が聞いても うゝゝウンザリする様な、身勝手な事許り並べ立て ゐゝゝ意地の悪い事許りまくし立て のゝゝ野天狗、野狐、野狸の囀る様な脱線理窟を喋々と弁じ おゝゝ恐ろしい執着心を極端に発揮し くゝゝ国さまに向つて玉の所在を知らせと何程云つても、駄目ですよ。そんな馬鹿な事は やゝゝ止めておきませうかい。八岐の大蛇の金毛九尾の狐の霊の憑つた、どこやらのお方には、仮令天地がかへる共、此玉許りは渡す事は罷りなりませぬワイ。 まゝゝ誠一つの心の持様で、手に入らぬ玉も手に入る事があり、罷り誠をふみ外せば、目の前にある玉でも握れぬやうな事が出てくるし、 けゝゝ毛筋の横巾でも、此国さまの御機嫌を損ねたら、立派な玉を上げたいと思うても、中途でひつこめて了ひますぞ。 ふゝゝふくれ面して威張つてをる間は、高姫さまも駄目ですよ。 こゝゝ是丈道理を解き聞かしても分らぬやうな御方なら、トツトと帰つて下され。 えゝゝ枝の神や末の神の分際として、此御殿に納まつてをる御神宝を、持帰らうとは身の程知らずと云ふものだ。 てゝゝテンから物にならぬ企みをするより あゝゝアツサリと思ひ切つて さゝゝサツサと帰つて下さい。 きゝゝ気分が悪なつて来た。アハヽヽヽ、イヒヽヽヽ、ウフヽヽヽ、エヘヽヽヽ、オホヽヽヽ』 と体を面白くゆすつて、キヨくつて見せる。 高姫『ゆゝゝ言はしておけばベラベラと際限もなく、こけ徳利のよに、口から出任せに、泥水を吐く醜魂だな。 めゝゝ盲の垣覗きと云ふ事はお前の事だ。盲万人目明一人の世の中だから、日の出神の様な目明は又と二人、三千世界にないのだから、無理はないけれど、盲なら盲らしうして居なさい。盲蛇におぢずと云うて、恐い事知らぬ奴になつたら、仕方のないものだ。お前さまの様な盲に、手引せられる盲信者こそ気の毒なものだ。今の取次盲聾許り、其又盲が暗雲で、世界の盲の手を引いて、盲めつぽに地獄の暗へおちて行く……と神様のお筆に出てをりますぞえ。チツとしつかり目を醒ましなさい。 みゝゝ見えもせぬ節穴の様な団栗目をキヨロつかしても、足許の溝が分りますまいがな。 しゝゝしぶといどうくづの身魂程、改心さしてやりたいと思うて大慈大悲の神様が御心配をなさる、其お心根がおいとしいわいの、勿体ないわいの。オンオンオン』 国『ゑゝゝゑらう御心配遊ばして下さいますな。併し乍ら、泣くの丈は止めて下さいませ。 ひゝゝ日の出神の生宮ともあらうものが、余り見つともよくありませぬぞ。 もゝゝ諸々の邪念を去つて、今日限り此館に納めてある、結構な御神宝に対する執着心を綺麗サツパリと脱却なさいませ。 せゝゝ雪隠で饅頭食うたよな顔をして、人の苦労で得をとり、自分が発見したやうな顔して聖地へ帰り、威張りちらさうと思うても駄目ですよ。 すゝゝ澄み渡る月照彦神の申す事、能く耳へ入れて、高砂島を一日も早く立去り、自転倒島の中心地、冠島沓島に麻邇の宝玉隠しあれば、其方は、鷹依姫、竜国別等と共に其玉を掘出し、錦の宮に持帰り、言依別命の留守番を神妙に致すがよからう。ウンウンウン』 ドスンと飛び上り…… 国『あゝ何だか随分、喧しう囀つた様ですなア。皆さま、私はどんな事を云ひましたな。覚えて居つて下さいますやらうねエ』 高姫『コレ、国さまとやら、人を盲にしなさるのか。本当の神様か神様でないか、世界一の此審神者が見届けたら間違ひありませぬぞえ。そんな嘘の神懸をして、国依別が生田の森で私を騙さうとしたやうな、古い手は食ひませぬぞえ。ホヽヽヽヽ、若し誰が何と云つても是から家探しして、玉の所在を捜すのだ。……サア常、春、ここが千騎一騎の性念場だ』 と云ひ乍ら、つかつかと神殿目がけて走せ上りけり。 (大正一一・八・一二旧六・二〇松村真澄録) |
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霊界物語 | 29_辰_南米物語1 鷹依姫と高姫の旅 | 14 カーリン丸 | 第一四章カーリン丸〔八三六〕 三人は湖水の傍なる椰子樹の森に一夜を明かした。其夜は比較的風強く、湖水の波の音は雷の如く時々ドンドンと響いて来た。此湖水の名を玉の湖と云ふ。東西五十里、南北三十五里位の大湖水であつた。そして此湖水の形は瓢箪を縦に割つて半分を仰向けにしたやうな形をしてゐる。地平線上より新に生れ出で玉ふ真紅の太陽はニコニコとして舞ひ狂ひ乍ら、刻々に昇天し給ふ。一同は湖水に顔を洗ひ、口を滌ぎ手を清め、拍手感謝の詞を奏上し、蔓苺を掌に一杯むしり取つて朝飯に代へた。能く能く見れば傍に神の姿した石が立つて居る。扨て不思議と裏面を見れば、軟かき石像の裏に、『鷹依姫、竜国別、テーリスタン、カーリンスの一行四人、改心記念の為に此石像を刻み置く……』と刻り附けてあつた。常彦は此文面を読み上げて高姫に聞かした。高姫は驚いて、 高姫『あゝ矢張鷹依姫さまも竜国別さまも、テー、カーも、つまり此荒原を彷徨うて御座つたと見える。ホンにお気の毒な、あるにあられぬ苦労をなさつたであらう。此高姫が無慈悲にも、黒姫さまが黄金の玉を紛失したと云つて、鷹依姫さまや、外三人の方にまで難題を云ひつのり、聖地を追ひ出したのは、何と云ふ気強いことをしたのであらう。今になつて過去を顧みれば、私の犯した罪、人さまの恨みが実に恐ろしくなつて来た。せめては鷹依姫さま一同の苦労なさつて通られた跡を、斯うして修業に歩かして貰ふのも、私の罪亡ぼし、又因果の循り循りて同じ処を迂路つき廻るやうになつたのだらう。諺にも……人を呪はば穴二つ……とやら、情は人の為ならずとやら、善にもあれ、悪にもあれ、何事も皆吾身に報うて来るものだ……と口にはいつも立派に人様に向つて、諭しては居たものの、斯うして自分が実地に当つて見ると、尚更神様の教が身に沁々と沁み亘つて、有難いやら恐ろしいやら、何とも申上げやうが御座いませぬ。……あゝ鷹依姫様、竜国別様、テー、カーの両人さま、高姫のあなた方に加へた残虐無道の罪、どうぞ許して下さいませ。あなたがこんな遠国へ来て種々雑多と苦労をなさるのも、皆此高姫に憑依してゐた、金毛九尾の悪狐の為せし業、どうぞ赦して下さいませ。此石像は、鷹依姫様、竜国別様の心を籠められた記念物、之を見るにつけても、おいとしいやら、お気の毒やら、お懐かしいような気が致します。何程重たくても罪亡ぼしの為に此石像を、鷹依姫様、外御一同と思ひ自転倒島まで負うて帰り、お宮を建てて、朝夕にお給仕を致し、私の重い罪を赦して戴かねばなりませぬ』 と念じ乍ら、四辺の蔓草を綯つて縄を作り、背中に括りつけ、其上から蓑を被り、持重りのする石像を背中に負うて、たうとうアマゾン河の森林迄帰つて了つたのである。これが家々に、小さき地蔵を造り、屋敷の隅に、石を畳み、其上に祀ることとなつた濫觴である。 さて高姫は石像を背に負ひ、エチエチし乍ら草野を分けて湖畔を東へ東へと二人の同行と共に進み行く。 高姫は玉の湖畔を進み乍ら、湖中に溌溂として泳げる、何とも云へぬ美しき五色の、縦筋や横筋の通つた魚を眺め、 高姫『コレコレ、一寸御覧なさい、常彦、不思議な魚が居ります。これが噂に聞いた、玉の湖の錦魚といふのでせう。一名金魚とか云ふさうですが、本当に綺麗なものぢや御座いませぬか』 常彦『成程、天火水地結と青赤紫白黄、順序能く縦筋がはいつて居りますな。之が所謂縦魚で御座いませう。あゝ此処にも横に又同じ如うな五色の斑の附いた魚が泳いでゐます。どちらが雄で、どちらが雌でせうかなア』 春彦『定まつた事よ。縦筋の方が雄で、横筋のはいつた方が雌だ。経と緯と夫婦揃うて錦の機を織ると云ふのだから、錦魚と云ふのだ。此鰭を見よ、随分立派な鰭ぢやないか』 常彦『併し此魚には目が無いぢやないか。此奴アどうも不思議ぢやないか』 春彦『此縦筋のはいつた盲魚は一名高姫魚と云ひ、横筋のはいつたのは春彦魚と云ふのだ。どちらも盲だから、マタイものだ。それ此通り逃げも何もせぬぢやないか。併し手に取ると、やつぱりピンピン撥ねよるワ。ヤア其処へ本当の錦魚がやつて来たぞ。此奴ア縦横十文字、素的滅法界、綺麗な筋がはいつて、ピカピカ光つてゐる。目も大きな目があいてゐる。……なア高姫さま、これを見ても経と緯と揃はねば、変性男子の系統ばかりでも見えず、女子の行方ばかりでも後先が見えぬと云ふ神様の御教訓ですな』 高姫頻りに首を振り、 高姫『ウーン、なんとまア神様の御経綸と云ふものは恐れ入つたもので御座います。これを見て改心せねばなりませぬワイ。今迄の三五教の様に、経緯の盲同士が盲縞を織つて居つては、何時迄も錦の機は織り上がりませぬ。夫に就いては私が第一悪かつた。経糸はヂツとさへして居れば良いのに、緯糸以上に藻掻くものだから、薩張ワヤになつて了うたのぢや。あゝ何を見ても神様の教訓許り、何故今迄こんな見易い道理が分らなんだのだらう。ヤツパリ金毛九尾に眼を眩まされてゐたのだ』 と長大嘆息をしてゐる。是れより一行は夜を日に継ぎ、漸くにしてアルの海岸に着いた。幸ひ船はゼムの港に向つて出帆せむとする間際であつた。高姫は慌しく『オーイオーイ』と呼止めた。船頭は今纜を解いて港を少しばかり離れた船を引返し、三人を乗らしめ、折からの南風に帆を孕ませ、ゼムの港を指して波上ゆるやかに辷り行く。 長き海上の退屈紛れに船客の間にあちらこちらと雑談が始まつた。高姫一行は船の片隅に小さくなつて控へてゐる。 甲『去年の事だつたか、此船に乗つてゼムの港へ渡る時の船客の話しに、テルの国のアリナの滝とやらに大変な玉取神さまが現はれ、彼方からも此方からも、種々雑多の玉をお供へに行つて、いろいろの願事を叶へて貰はうと、欲な連中が引も切らず参拝してゐたさうぢや。さうすると何でもヒルとか夜とか云ふ国の偉いお方が黄金の玉をお供へになつた。玉取神さまはその黄金の玉が気に入つたと見えて、夜さりの間に玉を引つ担ぎ、何処へ逃げ出し、ウヅの国の櫟ケ原とかで、折角持出した玉を、天狗に取上げられ、這々の体でウヅの国(アルゼンチン)の大原野を横断し、アルの港から船に乗つて、アマゾン川の河上まで行つたと云ふ事だ。併し神さまの中にもいろいろあつて、欲な神さまもあればあるものぢやなア。其玉取神さまの大将は、何でも自転倒島の鷹とか鳶とか烏の様な名のつく、矢釜しい女神があつて、大切に守つて居つた玉を玉取神が失うたので怒つて叩き出し、其玉を手に入れる迄、帰つて来な……と此広い世の中に玉の一つ位、何程捜したつて、分りさうなことがないのに、無茶を言うて、いぢり倒したと云ふ話を聞いたが、随分悪い神もあればあるものだなア。屹度其奴には八岐の大蛇やら、金毛九尾の狐が憑いてをつて、そんな無茶なことを言はしたり、さしたりすると云ふ話しだ。本当に神さまだと云つても、無茶苦茶に信神出来ぬものだ。鷹鳶姫とか玉取姫とか云ふケチな神もある世の中だからなア』 乙『玉取姫位なら屁どろいこつちやが、世間には沢山、嬶取彦や爺取姫が現はれて、随分社会の秩序を紊し、此世の中に悪の種を蒔く神も、此頃は大分に出来て来たぞよ。アハヽヽヽ』 と他愛なく笑ふ。高姫は真赤な顔して小さくなつて、甲乙の談を聞いて居た。 常彦は高姫の耳に口を寄せ、 常彦『高姫さま、どうも世間は広いやうで狭いものですな。海洋万里の斯んな所まで、自転倒島の出来事が、仮令間違ひにもせよ、大体が行渡つて居るとは実に驚きましたねえ。玉野原の玉の湖の椰子樹の下に、竜国別さまが刻んでおいた四人の石像、仮令何万年経つたつて、貴女や私達の目にとまる筈がないのに、何百里とも際限のない野の中に、こんな小つぽけな物が只の一つ、それが斯うして貴女の背に負はれる様になると云ふも、不思議ぢやありませぬか。之を思うと人間も余程心得なくてはなりませぬなア』 高姫『サアそれについて、私は胸も何も引裂けるやうになつて来ました。私が変性男子様の系統々々と云つて、それを鼻にかけ、金毛九尾に誑惑されて、今迄は一生懸命に厳の御霊の御徳を落とすこと許りやつて来たかと思へば、如何して此罪が贖へやうかと、誠に恐ろしく、悲しくなつて来ました』 と涙ぐむ。船客は又もや盛んに喋り出した。 丙(ヨブ)『オイお前の云うて居つた鷹鳶姫と云ふのは、ソリヤ高姫の間違ひだらう。そして玉取姫と云ふのは鷹依姫の間違ひだらう。高姫と云ふ奴はなア、徹底的我慢の強い奴で、変性男子とか云ふ立派なお方の腹から生れて、それはそれは意地の悪い頑固者の、利己主義の口達者の、論にも杭にも掛らぬ化物ださうな。そして金剛不壊の如意宝珠とか云ふお宝物を腹に呑んだり、出したり、丸で手品師のやうなことをやる、悪神の容物だと云ふ事だ。噂を聞いて憎らしうなつて来る。どうで遠い自転倒島の話しだから、到底吾々には一代に会ふことは出来まいが、若しも出会うたが最後、世界の為に俺は素首引抜いてやらうと思つてゐるのだ。何だか高姫の話しが出ると、腹の底からむかついて来て堪らないワ。去年の今頃だつた。高姫に仕へて居つた鷹依姫、其息子の鼻の素的滅法界に高い竜国別、それに一寸人種の変つた、鼻の高い細長い、色の少し白いテーリスタンとかカーリンスとか云ふ四人連れが、アリナの滝の……何でも近所に鏡の池とか云ふ不思議な池があつて、そこに長らく居つた所、俄にどんな事情か知らぬが、居れなくなつて、たうとうアリナ山脈を越えて、ウヅの国の櫟ケ原を横断し、アルの港からヒルへ行く途中、誤つて婆アはデツキの上から海中へ陥没し、皆目姿がなくなつて了つた。そこで息子の竜国別が、婆アさまを助けようとドブンと計り飛込んだが、これも亦波に捲かれて行き方知れず、テ、カの二人も続いてドブンとやつたが、此奴もテンで行方が知れなくなつて了つた。彼奴は悪人か何か知らぬが随分親孝行者だ。母親が陥つたのを助けようと思うて、伜の竜国別が飛込んで殉死し、又弟子の二人が助けようと思つたか、殉死の覚悟だつたか知らぬが、共に水泡と消えて了つた。随分此航路では有名な話しだ。お前まだ耳にして居らぬのか』 乙『成程、親子主従の心中とか云つて、随分有名な話だが、其……何だなア、宣伝使の一行のことか、俺や又どつかの親子主従の心中かと思つてゐた。ホンに可哀相なこつたナア』 丙(ヨブ)『それと云ふのも元を糺せば、ヤツパリ高姫と云ふ奴が悪いからだ。彼奴が無理難題を云ひかけて、自転倒島から高砂島(南米)三界迄追ひ出したものだから、たうとうあんなことになつて了つたのだ。四人の宣伝使は可哀相でたまらぬ。俺やモウ其話しを聞いてから、空を翔つてる鷹を見ても癪に障つて堪らぬのだ。人間にでも鷹と云ふ名の附いてる奴に会うと、其奴が憎らしくなつて来て、擲りつけたいやうな気がするのだよ。赤の他人の俺が、何故鷹依姫や竜国別の、それ丈贔屓をせにやならぬかと思うと、不思議でたまらないワ。大方あの陥る時に、アヽ可哀相だと思うて見てゐたものだから、其亡魂でも憑依したのか……。今日は何だか其タカと云ふ名のついた奴が乗つて居やせぬかなア。何だかむかついてむかついて仕方がないのだ』 と目を真赤にし、歯噛みし、拳を握り、形相凄じく息を喘ませてゐる。 甲『ハヽヽヽヽ、他人の疝気を頭痛に病むと云ふのはお前のことだ。そんなことはイヽ加減にしておけ。何程力んでみた所で、肝腎の本人は海洋万里の自転倒島に居るのだから駄目だよ』 丙(ヨブ)『何だか俄に体が震ひ出した。何でも此船に高姫と云ふ奴、乗つてゐるのぢやあるまいかな。オイ一寸女客の名を、御苦労だが、一々尋ねて来て呉れぬか』 甲『馬鹿を言ふない、おれが尋ねなくても、船長さまに聞けば、チヤンと帳面に附けてあるワ』 丙(ヨブ)『それもさうだ、そんなら尋ねて見やうかな』 と立上がらうとする。高姫は、丙の袖を控へて、 高姫『モシモシ何処の方かは知りませぬが、鷹依姫、竜国別一行の為に、能うそこ迄一心に思うてやつて下さいます。定めて四人の者も冥土から喜んで居ることで御座いませう。あなたは最前から承はれば、四人の海へ落ちたのを見て居なさつたさうですが、後に何か残つてゐませなんだか。私があなたの憎いと思召す自転倒島から来た高姫で御座いますよ。罪の深い私、サアどうぞ貴方の存分にして下さいませ。さうすれば、四人の者も定めし浮かぶことで御座いませう。今私の負うて居ります石には、右四人の姿が刻り込んで御座います。かやうなことがあらうとて虫が知らしたのか、チヤンと自分から石碑を拵へて残しておいたと見えます。あゝ因縁と云ふものは恐ろしいものだ。天網恢々疎にして漏らさず、こんなことと知つたら、あんな酷いことを云ふのぢやなかつたに』 と云ひ乍ら、背中の石像を前に据ゑ、手を合せ、 高姫『コレコレ四人の御方、どうぞ怺へて下さい。三千世界の御神業に参加せなくてはならぬ大切な体なれど、私は今此御方に生首を引抜かれて国替を致し、お前さまの側へ行つて、更めてお詫を致します。あゝ惟神霊幸倍坐世。鷹依姫、竜国別、テーリスタンにカーリンス、頓生菩提、あゝ惟神霊幸倍坐世』 と一生懸命に念じてゐる。丙は高姫の真心より悔悟した其言葉と挙動とに、今迄張り切つた勢もどこへか抜け、今は却て、高姫崇拝者と心の中で知らず知らずの間になつてしまつてゐた。 (大正一一・八・一二旧六・二〇松村真澄録) |
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165 (1985) |
霊界物語 | 30_巳_南米物語2 末子姫と言依別命の旅 | 06 樹下の一宿 | 第六章樹下の一宿〔八四八〕 四人は天然椅子の岩の上に端座し、稍少時息を休めた。捨子姫は、 捨子姫『カールさま、随分偉いメートルを上げましたねえ。おかげで面白く急坂を知らぬ間にここまで下つて来ました。歌と云ふものは本当に旅には欠く可からざるものだと感じました。面白く節をつけて歌つて下さつたおかげで、重たい足も体も躍動致しまして大変に愉快でしたワ』 カール『ハイ私のカールい口で出鱈目を喋りました。其御神徳で貴女の御足がカール動きましただらう、アハヽヽヽ。併し石熊がゴロゴロして居るので、邪魔になつて、随分目を使はれたでせう』 石熊『何だか知らぬが、此急坂に団子石かカール石のやうな物がゴロゴロしてをつて、カールはづみには足も運べず、あまり可笑しい歌で、膝坊主まで笑つて居ましたよ、石原に薬鑵を引摺る様な声で、ズイ分有難迷惑を感じました。アハヽヽヽ』 カール『有難迷惑とはチツと口が悪いぢやありませぬか。お前さまはヤツパリ意地苦根が……オツトドツコイ石熊が善くないと見えますなア』 石熊『サア皆さま、又ボツボツとテクリませうか』 末子『ハイそろそろと参りませう。……カールさま、どうぞ又頼みますよ』 カール『オイ石熊さま、如何だい、能く持てたものだろ。お前の歌はどうだつたい、見つともない、二人のナイスに一寸ホの字とレの字だつたなどと、亡国的の哀音を駄句つたぢやないか。チツとしつかりして貰ひませうかい』 石熊『やかましう云ふな、佯らざる情の執着だ』 カール『兎も角石熊さまの改心帰順で、此カール大宣伝使も心の底より祝着に存ずるワイ、アツハヽヽヽ。サア又言霊車を運転しますから、……一二三、全体進めツ』 石熊『アハヽヽヽ、仕方のない男だなア……サア姫様、御立ち遊ばせ、お伴を致しませう』 カール『アハヽヽヽ、変ればカール世の中だなア。今迄は石の様な無情漢で女を見れば苦虫をかみ潰したやうな面構へをして御座つた、バラモン教の教主様が鰐口を俄におチヨボ口にしたり、団栗目を細うしたり遊ばして……サア姫様お立ち遊ばせ、お伴を致しませう……ナンノカンノつて、抱腹絶倒の至りだ。余り姫様のスタイル許りに気を取られてゐると、それこそ坂路で転覆絶倒せなくてはならなくなるよ。困つた唐変木が道伴れになつたものだ。併し枯木も山の賑ひだ、ないよりましかい』 末子『あのマア、カールさまのお口の悪いこと』 石熊『いゝえ、此カールは口が善過ぎて、よく囀るのですよ。百舌といふ鳥の様な男ですから、何れ地獄へ往つたら、釘抜の御厄介になる代物ですよ。アハヽヽヽ』 捨子『オホヽヽヽ、サアいよいよ発足致しませう。今度は妾が猿田彦となつて、お先へ参ります』 と先に立ち、急坂を下り行く。調子に乗つてカールは又もや一歩々々拍子を取り、ヤツコス神が六方を踏むやうなスタイルで唄ひ出した。 カール『ウントコドツコイ、ドツコイシヨ石熊だらけの山路を 末子の姫や捨子姫二人のお方の御伴して 崎嶇たる坂路下り行く日輪様はカンカンと 頭の上にテルの国テル山峠の急坂を オツトドツコイ危いぞ又石熊に乗りました ゴウゴウ云ふのは谷川かジヤンジヤン吐すな油蝉 ドツコイシヨウドツコイシヨウ汗も脂も一絞り うちのお嬶がドツコイシヨ夜の目もねずに親切に 縫うてくれたる単衣ドツコイドツコイびしよ濡れに なつて了うたドツコイシヨ二人のナイスが此通り お先に立つてドシドシとお下り遊ばすスタイルは 天の八重雲かき分けて棚機姫の天降り 遊ばす様ないさぎよさ鼻息荒くフウフウと 弱り切つたる石熊の其足並は何のザマ 一丈二尺の褌をかいた手前もあらうぞよ 昔の神代にウヅの国桃上彦の御娘 松竹梅のドツコイシヨオツト危い躓いた 花を欺く宣伝使淤縢山津見や駒山彦の ドツコイドツコイすさび男のお先に立つて蚊々虎の 神の化身と諸共に此急坂をドシドシと 登つてハラの港までお出でなさつた事思や きついと云つても下り坂何の苦い事あろか ウントコドツコイ、ドツコイシヨ意地くね悪い石熊が そこらにゴロゴロ転げてる皆さま気をつけなされませ 若し過つて仰向けに玉の御舟を坂道に ドツコイドツコイドツコイシヨオツト失礼コリヤ失敗うた 調子に乗つて舟のこと車の梶を取り外し 知らず知らずにドツコイシヨ脱線振を発揮した それに付けてもネロの奴何処に如何して居るだろか シーナ、チールやイサクをば甘くドツコイ、チヨロまかし 二人のナイスを助けむと従いて行たのは気の毒ぢや 石熊さまが三五の神のお道に帰順して 当の仇敵と狙ひたる二人のナイスの従者となり ウヅの都へドツコイシヨお伴をしたと聞いたなら イサク、シーナ、チールの奴どれ丈ビツクリするであらう あゝ面白い面白い昨日に変る今日の空 晴天忽ち雨となり蒼海変じて土となる 天候忽ち激変し敵の陣地に降参し 鉾を戢めて旗を巻きドツコイドツコイ痩犬が 甘い顔した旅人に尻尾をふつてドツコイシヨ 従いて来るよなスタイルでバラモン教の神司 お伴をしたと聞いたならさぞやビツクリ仰天し 肝玉天に飛びあがりドツコイドツコイ睾丸は 忽ち洋行するであろドツコイ、辷つたアイタヽヽ 円転滑脱遅滞なく甘く転んだ口車 序にモ一つ石車油断のならぬ下り坂 皆さま確り頼みますウントコドツコイ、危ないぞ これから少し下つたら八岐の大蛇の乾児等が 潜んで居ると聞えたる巽の池が青々と 鏡の様に光つてる噂にきけばドツコイシヨ 乾の池の大蛇奴が片割れなりと云ふ事だ モウシ末子のお姫様一層序に立寄りて 大蛇の霊を言霊の威力に征服遊ばして ドツコイドツコイ行掛の功名手柄を遊ばせよ 私が案内致します臆病風に襲はれた 石熊さまは何うか知ら私はどしても行て見たい あなたの清き言霊は邪神悪鬼も忽ちに ドツコイドツコイ危ないぞ危ないきつい道だなア キツと帰順をするであろ又と得られぬ此機会 平に御願申しますアルゼンチンの国人が 日夜に悩む悪神の災除かせ玉ひなば 貴女はウヅの神柱国民一同悦服し 宏大無辺の神徳を仰ぎまつつて三五の 神の御徳になづくだろあゝ惟神々々 神の心を発揮して必ず断行願ひます これぞカールが一生の生命かけての御願ひ 謹み畏み御二方珍の御前に願ぎまつる あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と歌ひ了り、三人の後から蚤取眼で、一歩々々、気を附け乍ら、馬の背を立てた様な、細き険しき石原路を、右に左に体をかはし、千鳥が坂を下る様なスタイルで跟いて行く。元来此男は少しく両足に、生れ乍ら長短があるので、下り坂には非常に困難を感じ、一歩々々拍子を取らねば容易に歩めないのであつた。 漸くにして下り八里の急坂を黄昏るる頃、麓に下り、樟の森に、夜露を凌ぎ、一行四人息を休めて、又もや話に耽る。 末子『おかげ様で楽に難関を越えて参りました。言霊の徳と云ふものは、本当に結構なものですなア』 カール『御尤も千万です。特に私の言霊はハーモニーがよく取れますから、天地神明も感動遊ばし、焼きつく様な日輪様もとうとう、吾々を可愛がつて、地平線下にお隠れになつたでせう』 石熊『アハヽヽヽ何を吐すのだ。暮れる時が来れば、貴様の言霊がなく共、日輪様は勝手にお入り遊ばすのだ。余り調子に乗つて自惚をすな』 カール『コリヤ一寸景物だ。余つ程融通の利かぬ馬鹿正直な男だなア。長短宜しきを得て社会に処するのが人生の最も貴ぶべき手段だ。これではバラモン教の教主も駄目だなア』 石熊『お前の如うに、片つ方の足が短く出来て居る人間は、それや又採長補短がないのだから、到底お前の真似は出来ないよ』 カール『馬鹿言うな。片足が短いのだない、片足がお前達よりは長いのだ、アハヽヽヽ』 石熊『負ん気の強い、跛理窟を云ふ男だなア。コーカス山だないが、ビツコス神がヤツコスの六方を踏むと云ふスタイルで、急坂を下るのだから、ズイ分見てゐると滑稽だつた』 捨子『ホヽヽヽヽ、あなた方と旅行して居ると、随分愉快ですなア』 カール『そら其筈ですよ。ゆかいも現界も神界も一目に見すかしたチーチヤーだから、当然の帰結ですワ。アハヽヽヽ』 石熊『帰結も転けつもあつたものかい。コレつぱかしの急坂に、こけつ輾びつと云ふ豪傑だからなア』 カール『ケツはケツだが、ジヤンヂヤヒエールの英傑だ。人民の分際として、ケツケツ云ふない』 末子『オホヽヽヽ、顕恩郷を出発以来、今日位愉快な思ひをした事はありませぬ。……併しカールさま、あなた最前巽の池とかに、乾の池の大蛇の片割れが潜んでゐて、国民に害を与へるとか仰有いましたねえ』 カール『ハイ、是から三里許り南へ参りますと、大変な深い広い池が御座います。そこに大蛇の魔神が何時の程にか棲処を致し、通りかかりの若い男を見ると、直に妙齢の美人と変化し、甘く偽つて池の中へ連れ込み呑んで了ふのです。大蛇の為に生命を取られた者は幾百人あるか分りませぬ。それで貴女に一つ御願したいと思ふので御座います』 末子『それは面白う御座いませう。今晩はここで雨宿りを致しまして、明朝早々巽の池へ立寄り、言霊戦を始めて見ませう。……捨子姫さま、あなた如何思ひますか?』 捨子『至極賛成です。明日の日を楽しんで、今宵は此処で待つことに致しませう』 カール『早速の御承知、有難う御座います。……オイ石熊さま、お前は又強直状態になつて了うと、気の毒だから、免除する事にしてやらう』 石熊『モシ、お二方様……どうぞ私も見学の為、随行さして下さいませぬか』 末子『どうぞ跟いて来て下さい』 石熊『有難う御座います。私も明日は千騎一騎の活動を致しまして、カールさまに一つビツクリさしてやらねばなりませぬからなア』 捨子『さうなさいませ』 茲に四人は楠の空を封じたる密林に雨露を凌ぎ夜を明かすこととなりける。 (大正一一・八・一四旧六・二二松村真澄録) |
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霊界物語 | 30_巳_南米物語2 末子姫と言依別命の旅 | 07 提燈の光 | 第七章提燈の光〔八四九〕 楠の森のこかげに蓑を布き、木の間をもるる九日の月の光を浴び乍ら、早速眠りもならず、今日一日に起りし不思議の運命を物語りつつ、夜を更かした。はしやぎ切つたカールは末子姫、捨子姫の渡来に何となく心欣々として勇み立ち、又バラモン教の石熊教主が苦もなく、三五教に帰順した嬉しさに心気興奮して眠られぬ儘に、日頃の饒舌車を運転し始めた。 カール『空に飛ぶ天狗の鼻の高照山の谷底に、教の館を構へつつ、バラモン教を遠近に、開いて人を導きし、心も固き石熊が、館に仕へし神司、中にも分けて男振り、人に優れたカールさま、あまたの女にチヤホヤと、持囃されて朝夕に、姿をうつす水鏡、心の波も静まりて、教の庭に穿ちたる、鏡の池に立向ひ、イヽヽヽ、吾れと吾手にすかし見て、呆れ果てたる色男、田舎娘がガヤガヤとカールさまよと取り巻いて、騒ぐは強ち無理でない、げにも五月蠅き人の世や。何の因果で此様に、玉子に目鼻を付けたような、お色の白い好い男、惚られる男は見目よしと、立派に生れた身の因果、宅の女房が気を揉んで、悋気するのも無理でない。うるさの娑婆に永らへて、惚れた女の顔を見る、私の心のうるささよ。思へば思へば先の世に、如何なる善事を尽せしか、今更云ふも野暮乍ら、なぜにモ少しヒヨツトコに、生れて来なんだであらう、朝な夕なに神の前、どうぞ煩雑いナイス奴が私の事を思ひ切り、後足で砂でもかけて唾吐いて、肱鉄砲の数々を喰はして呉れる醜男に、造り直して下さんせ、シーナの様なヒヨツトコが、去年の秋の末つ頃、見目容よき二人の女、高照山の麓まで、漸う漸う進み来るのを、目敏く眺めて涎くり、目を細くしてにじり寄り、コレコレモウシ旅の人、どこの何方か知らね共、私はシーナと申す者、仮令姿は此様に、蜥蜴の様な顔なれど、心の中のドン底に、誠の花は咲き乱れ、実に芳ばしき男ぞや、馬には乗つて見よ、人には添うて見よ、世の諺もあるなれば、バラモン教の神司、中にも分けて神徳の、備はりゐます此わしに、秋波を送り一時も、早く私の側に寄り、麝香の様な男の匂、一度は嗅いで見やしやんせ、男ひでりもない世の中に、お前の様な鯱面男、いかに男にかつえたとて、どうしてこれが忍ばれよう、なんぞと野暮な撥ね言葉、言はしやんすかは知らね共、人は見かけに寄らぬ者、仮令南瓜と言はれても、色好い茄子に比ぶれば、天地隔つる味がある。いがで包んだ柴栗も、恐いようには見ゆれ共、開いて見れば芳ばしき、三つの御霊が御座るぞえ。渋皮一つ剥いだなら、女の好きな薩摩芋、芝居蒟蒻南瓜より、百倍千倍いやまさる、云ふに言はれぬ味がある。私の願を一通り、聞いてお呉れとすり寄つて、口説けば二人は立止まり、どこの何方か知らね共、砂原夕立か土手南瓜、薬鑵頭に瓢箪面、万金丹を計るよな、デコボコだらけの其顔に、何程醜い女ぢやとて、どうして、どうして秋波が送られう。是ばつかりはシーナさま、お許しなされて下さりませと、態能く打出す肱鉄砲、此方は中々屈せばこそ、情火の光炎々と、天に冲する凄まじさ、一旦男の言ひ出した、言葉をお前に反古にされ、如何して男が立つ者か、破れかぶれの此私、ウンと言はさにやおきませぬと、又も執拗う摺寄つて、恋の涙の一雫、落せば二人はあざ笑ひ、コレコレシーナの爺さまへ、お前の顔と御相談、遊ばしませよ余りぢや、私の好なはカールさま、あんなお方と末永う、添はれる事はさて措いて、仮令一夜の仮枕、それも叶はぬ事なれば、せめてお側にさぶらうて、水仕事門掃きや、褌の洗濯喜んで、致しませうと朝夕に、頼む神様仏様、妙見様もチヨロ臭い、ガラクタ国の法螺貝山に、止まり給ふ天狗様に、お願を朝夕かけ巻も、畏き神の御利益で、どうぞ会はして会はしてと、思ふ女の真心を、仇になされたカールさま、恨めしいわいなと、目を拭ひイヽヽ、悔み歎けばシーナさま、ハツと計りに腹を立て、男の意地は此通り百里二百里三百里、筑紫の国の果までもお前の後を付け狙ひ、思ひ通さでおくものか、厭なら厭でシーナにも、覚悟があると云ひ乍ら、無残や二人を谷川に、力限りに突落し、人の花と眺めむよりは一層殺して了うたら、恋の亡執は晴れるだろと、無法を尽した其酬い、二人の女の怨霊は、夜な夜な青い火玉となり、或は髪を振乱し、あゝ恨めしや恨めしや、お前は気強いシーナさま、私は深い谷底に、突落されて死にました。恨みを晴らさでおくものかと、夜な夜な出づる幽霊姿、さすがのシーナも弱り果て、カールの館に尋ね来て、コレコレモウシ、カールさま、お前に済まぬ事乍ら、テルとハルとの亡霊を、どうぞ鎮めて下さんせ、お前の様な好い男、テルとハルとの亡霊に、たつた一言鎮まれと、云うて呉れたら俺達が、千言万語を費して、言訳するより効がある。バラモン教のお経をば、千僧万僧寄り合うて、唱へるよりも喜んで、一度に成仏するであろ、一人の男のあつたら生命、助けてやらうと思ふなら、慈悲ぢや情ぢや聞いてたべ、などと五月蠅い矢の使、お門の広い此男、どうして死んだ女にまで、応対してやる暇があらう。あちら此方の女奴に、袖を引かれて何時とても、女房の小言を聞く計り、こんな詰らぬ事あろか、どうぞ此苦が逃れたさ、珍の都に現れませる、松若彦の神司に、一伍一什を打あけて、神の司に助けられ、やうやう此処まで安楽に、女難に逃れて来た男、思へば思へば夢ぢやつた……アハヽヽヽ』 石熊『アハヽヽヽ、喧しい奴だなア。丸で蜂の巣を側においた様なものだ。モウいい加減に沈黙せぬか』 カール『ハーイ、ハイ、沈黙致すで御座いませう。時は早子の正刻何れも様も、早くお休みなされませい。某は少し用事も御座らば、後程寝所に参りませう』 石熊『馬鹿ツ』 と大喝する。 末子姫『カールさま能く滑車が運転しましたねい』 カール『是が所謂カール口と申します。アハツハヽヽ』 末子姫を始め三人は漸く寝に就いた。カールはどうしても眠られぬが儘に森を立出で、路傍に涼み乍ら、小声に鼻唄を唄つて涼んで居る。向うの方より十曜の紋の印の入つた丸提灯をブラつかせ乍ら、二三人の話声刻々と近寄つて来る。カールは透かし見て、 カール『ハハー、来よつたなア。ウヅの都から松若彦のお使として末子姫、捨子姫様を御迎への為、出張したのらしい。一つ此木蔭に潜んで、からかつて見てやらう。余り暑くつて寝る訳にも行かず、三人の連中さまは寝て了ふなり、俺一人斯うしてブラついてをつても仕方ない。狐でも狸でも来やがつたら、一つ相手になつて見ようと思つて居つた所だ。どうやら向うも三人と見える、ヤア面白い面白い』 と独言を云ひ乍ら、三人の通りかかるを待つて居た。三人はカールがこんな所に潜んで居るとは夢にも知らず、行過ぎむとする。カールは俄に女の作り声、 カール『モシモシ旅のお方さま、あなたの提灯には十曜のお印が入つて居ります。もしや三五教のお方では御座いませぬか?妾ははるばると海原を渡り参つた者で御座います。余りの急坂で思ひの外、暇取りまして、此処で一夜を明かさむと主従二人が心安き雨宿り、珍の都へはまだ余程里程が御座いますかなア?』 提灯持つた男『ハイ、お察しの通り、私は珍の都の松若彦様の身内の者で御座います。そう仰有る貴女様は失礼乍ら、素盞嗚大神様の御娘子、末子姫様では御座いませぬか?』 カール『御察しの通妾は末子姫で御座んす。さう云ふあなたは何方へお越し遊ばすので御座いますか?』 甲『ハイ、良い所でお目にかかりました。実は御神勅に依つて貴女様主従、ウヅの都へお越し下さる事を教主様がお伺ひ遊ばされ、吾々三人に……サア是からお迎ひに参れキツとテル山峠の近辺でお出会ひ申すであらう……と仰せられましたので、実は足の達者な者ばかりお迎へに参りました。……サア是からお伴を致しませう』 カール『それはそれは御親切に有難う御座います。併し乍ら妾は生れ付き一方の足が長過ぎますので、あなた方の御伴は到底叶ひませぬ。何程カールでも草臥果てて、お足が重くなりまして、森蔭に休息……否安眠致して居りまする。どうぞ明日にして下さいませ』 乙『それは又妙な事を仰せられます。安眠して御座るお方が立つてものを仰有るとは、少しく合点が参りませぬ』 カール『所変れば品変る、お家変れば風変る、嬶が変れば顔変ると申しまして、妾の国では立つた儘安眠を致し、寝乍らものを申すのが国の習慣で御座います』 乙『何と妙で御座いますなア。さうするとあなたは女でゐらつしやいますけ共、厳の御霊の御守護で御座いますか?瑞の御霊の守護神とか申して、霊界物語を作る男は、横にねたまま、鼾をかき乍ら話をするとか云ふ事を聞きましたが、ヤツパリそんな、国に依つて風俗があるので御座いますかなア』 カール『それはいろいろと国に依つてカール……オツトドツコイ、アールさうで御座いますワイ。何分三人の連中が白河夜船で森の中にお休みになつたものですから、仕方なしに一寸此処まで、末子姫様の守護神が出張店を開いてゐられる所で御座います。アハヽヽヽ』 甲『ヤア其声はカールさまぢやないか』 カール『カールだから、声もカール、末子姫様に一寸カール(代る)と云ふ言霊だ、オツホヽヽヽ』 甲『何だチツト可怪しいと思つて居つた。一方の足が長すぎると云つた時から、チと臭いと考へて居つたが、まさか貴様がそんな洒落をするとは思はなかつた』 カール『足引のチンバのカールが、したり顔、中々甘く人をたばかる……アハヽヽヽ。これが新派の百人一首だ……否悪人一首だ。アハヽヽヽ』 甲『さうして、姫様はどこに休んで御座るのだ。案内して呉れないか』 カール『馬鹿云ふな。とうに暮れて了つて、最早子の刻だ。くれない……なんて、何を言ふのだ』 乙『相変らず馬鹿口を叩く男だなア。早く御所在を知らして呉れぬか』 カール『御知らせ申したいは山々なれど、何分御存知の通り、暗夜の事とて御行方を見失ひ、どこにどうして御座るかと、暗にさまよふ、いぢらしさ、せめて提灯一つあつたなら、そこらブラブラブラついて、見付け出したいとは思へ共、何を云うても、畜生ならぬ人の身は、悲しや夜は目が見えぬ、推量あれや旅の人』 甲『何を吐かすのだ。真面目に云はないか』 カール『折角お草臥になつて、お休みの最中だ。お前達がガサガサとお側へ寄らうものなら、お目をさましては済まないから、俺が斯うして一息でも御安眠遊ばす様に、喰ひ止めてゐるのだ。マア茲でゆつくりしたらどうだ。お前は春に、幾に鷹の三人ぢやないか』 甲『オウさうだ。併し乍ら折角此処まで来たのだから、一寸御挨拶をしたいものだなア』 カール『分らぬ奴だなア。明日になつたら、いやと云ふ程御挨拶をさしてやる。今頃にお目をさまして安眠妨害をすると、警察犯処罰令でやられるぞ。夫れ共御挨拶がしたけら、お前達提灯を持つてるのだから、勝手に捜索隊を組織して捜したがよからう』 四人が路傍に立つて喧ましく掛合うて居る話声が、夜敏い末子姫の耳に響いた。末子姫はやをら身を起し、向うを見れば十曜の紋の記された丸提灯が一張、二三人の影が、森の中の木間をすかして見えてゐる。末子姫は折角能く寝入つてゐる捨子姫、石熊の両人に眼をさまさしては気の毒と思ひ煩ひ乍ら、明りを目当に探り足にて、街道に漸く姿を現はした。 末子姫『あなたはカールさまぢや御座いませぬか。其お提灯のお光は何れのお方で御座いますかなア』 此声に四人は驚き、 四人『ハイ只今松若彦様の命令に依つて、あなた様御一行をお迎へに参つた使の者で御座います』 末子姫『それはそれは御親切に、遠方の所、能くマア来て下さいました。どうぞ此方へお越し下さいませ』 カール『誠に御一同様、見るもいぶせき茅屋なれど、カールの住宅、サア御遠慮なうトツトと奥へ御通り遊ばせや』 末子姫『ホヽヽヽ』 三人『アハヽヽヽ』 と笑ひ乍ら、末子姫の後に従ひ、二人の眠れる森蔭に探り行く。 (大正一一・八・一四旧六・二二松村真澄録) |
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167 (1993) |
霊界物語 | 30_巳_南米物語2 末子姫と言依別命の旅 | 14 霊とパン | 第一四章霊とパン〔八五六〕 テルの港に安着した高島丸を乗すてて、言依別神、国依別は北へ北へと進み行く。此処には御倉山と云ふ高山があり、国人の信仰に依りて、竜世姫命を奉斎したる可なり立派な社が建つてゐる。之を御倉の社と云ふ。テルとヒルとの国境に秀立せる大山脈の最もすぐれて高き峰である。祠は御倉山の麓にあつた。さうして清き広き谷川が飛沫を飛ばして唸りを立てて居る。言依別命は国依別と共に、先づ第一に此処に参詣した。 此谷川に限つて、御倉魚と称する、長さ五六尺のいろいろ雑多の斑紋ある美しき魚が沢山に棲んで居る。されど国人はこれ全く御倉の社の御使と信じて、之を捕獲せむとする者は一人もなかつた。もしも此魚を取り食ふ者ある時は、忽ち口歪み、唖となり、顔面全部に青赤白黄紫萌黄などの斑紋が現はれるので、誰も之を捕獲する者なきのみならず、此魚を見れば神の如くに尊敬し、手を合せて吾願望を祈願するを常としてゐた。 此頃ヒルとテルとの国境に於ける殆んど五十里四方の地域は連日雨降らず、草木は殆んど枯葉の如く、果物は実入らず、五穀も亦一粒も取れなかつた。夫れが為路傍に餓孚充ち、其惨状目も当てられない計りであつた。数多の国人は御倉山の山麓に集まり、此御倉魚に向つて、饑饉を免れむことを祈願する者引きも切らず、此谷間は殆ど人を以て埋もれてゐた。 言依別命は国依別と共に此有様を眺め憐愍の情に堪へかね、如何にもして彼等が飢を救ひ、大切なる生命を保たしめむと、首を傾けて思案に暮て居る。谷底深く見渡せば、白衣を着たるウラル教の宣伝使四五人現はれて、切りに天国の福音を説き諭して居る。人々は宣伝使の前に蝟集し、空腹を抱へて、いろいろと質問を試みてゐた。 甲、細き声にて、 甲『宣伝使様、どうして此様な饑饉が参つたので御座いませう?吾々等は最早生命は旦夕に迫り、死を待つより途なき者、両親は四五日前に餓死し妻は乳児を抱いたまま、之れ亦餓死し、後に私一人取残されましたが、最早三日の寿命もむづかしくなつて来ました。此世を救ひ給ふ神様、真におはしますならば、なぜ斯様な罪のない子供までが、饑餓の苦みを受けて居るのに、どうもして下さらないのでせうか?私等は今日に至つて、神様の存在を疑はねばならなくなりました。私の村は最早七八分まで、ウラル教を信じて居乍ら、餓死して了ひました。斯うやつて此処に参つて居る人々は、御存じの通り痩せ衰へ、何程達者な者でも、ここ十日の間には一人も残らず餓死をせなくてはならぬ運命におかれてる者計りです。どうか此苦みをお助け下さる訳には参らぬものでせうか?』 宣伝使『迷へる者よ!汝等ウラル教の神の福音を聞け!人の斯世に生れ来るや、幽窮無限の天地に比ぶれば、旦の露の短き命のみ。現世は仮の浮世なるぞ、苦みの家なるぞ、火宅なるぞ。何を苦んで現世にあこがれ、苦みを求めむとするか。時は近づきたり、審判の時は……汝等、わが前に悔い改め、盤古大神の前に今迄の重き罪を謝せよ。然らば汝が生命は仮令飢ゑ死にする共、其霊魂は永遠の花咲きみのる天国に救はれ、無限の栄楽を受け、常世の春を楽む事を得む。悔い改むるは今なるぞ。あゝ愚なる者よ、汝等は神の国の尊きことを知らず、物質上の欲に囚はれて、焦熱地獄の消えぬ火に焼かれて、身を苦まむとするか。天国は近づけり、悔い改めて、救世の福音をきけ!神は汝と倶にあり、汝は清き神の僕として、日夜に神をほめ称へよ!』 と諄々として説いてゐる。 乙『宣伝使様、あなたの御話は誠に結構で御座いますが、吾々五人は今や瀕死の境に陥り現に地獄の苦みを受けてをります。現在目の前に恋しき父は飢に倒れ、妻亦倒れ、兄弟姉妹幼児に至る迄、飢饉の為に斃れ亡び行く此有様、天国に救ひ給ふは有難しとは思へ共、パンを与へ給はずば、吾等は生くるを得ず、如何なれば此惨状を神は救ひ給はざるか!』 宣伝使『吾れは天国の福音を汝等に伝ふる聖職なり。汚れ、濁り切つたる此現世に執着せず、神の御召しの手に曳かれて、現世を後に天国に至るこそ、最上至極の楽みならむ。汝等神の国の真相を悟らば、現世を厭ひて、直に死を見ること、眠るが如く且つ甘露を嘗むるが如き法悦の喜びに充たされむ。信仰浅き者よ!汝等神に来りて神を称へよ、神は汝と倶にましますぞ、神の御手にひかれて天国浄土に至るはこれ人生の最大目的の遂行であるぞよ』 乙『何卒一塊の食物を与へて下さることは出来ますまいか?あなたは神の福音を伝へ給ふ宣伝使ならば、現在の吾等を救ひ、吾等をして生き乍ら天国の福音を悟り、神業に参加せしめ給はずや。今吾々は如何に有難き福音なればとて、飢に迫りし苦しき身の上、現世に於て救はれず斯の如き悲惨の境遇にある者、いかでか天国の春を楽むことを得む、……宣伝使様!斯の如く此谷間には御倉魚が沢山に居りますが、之を頂いて食物となし、飢を凌ぐことは許されぬでせうか?』 宣伝使『生ある者を殺す勿れ、汝も亦殺されむ!』 丙『あーあ、サツパリモウ駄目だ、何程有難い事を聞かして貰うても、吾々を救ふ者は、食物より外にはないと思ふ。此通り沢山の魚が泳ぎ居るを見乍ら、捉へて食ふことを許されず、もし食はば忽ち神罰にふれ、眼は眩み、口は曲り、顔には斑紋を生じ、忽ち吾身が吾姿に恐るる如き形相になつて了ふ……あゝ、如何したらよからうかなア』 と数多の飢人は吐息をもらし、溌溂たる谷川の魚を眺めつつあつた。 言依別命は国依別と共に、宣伝歌を歌ひ乍ら、国魂の神を祭りたる御倉の社に参拝し、声も涼しく天津祝詞を奏上し天の数歌を唄ひ了り、ウラル教の宣伝使が数多の信徒に向ひ、天国の福音を宣べ伝へ居たる前に宣伝歌を歌ひ乍ら進み行く。 言依別『神が表に現はれて善と悪とを立わける 此世を造りし神直日心も広き大直日 只何事も人の世は直日に見直せ聞直せ 過ちあれば宣り直す仁慈無限の三五の 教を守らす百の神此国人の惨状を 完美に委曲に見そなはし飢に悩める民草の 生命を助け給へかし其生魂は天国の 恵を如何に受くる共今目のあたり身体の 悩みを救ひ与へずば心は拗け魂くもり 神の御国に昇るべき珍の身魂も忽ちに 根底の国に陥らむ此谷川を見わたせば 所狭き迄泳ぎ居るげに美はしき御倉魚 彼等に与へ給へかし神は霊界のみならず 此世に住める人々を一人も残さず御恵の 露にうるはせ永久の命を守らせ給ふなり 三五教の神司言依別や国依別の 教司は今ここに国魂神に詣で来て これの谷間に寄り来る飢になやめる人々を 視るに忍びず天地の神の御前に請ひまつる 神の使の魚ならば世人の命を保つ為 神よ!吾等に賜へかし吾れはこれより諸人に 谷間の魚を生捕らせ命を助け与へなむ あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と歌ひ乍ら進み来る。此宣伝歌を聞いて、ウラル教の宣伝使は眼を釣りあげ、言依別の前にツカツカと進み寄り、 宣伝使『私はウラル教の宣伝使ブールと申す者、只今あなたの宣伝歌を承はらば、実に怪しからぬことを仰せらるる様で御座る。神は一切の生物を殺す勿れと諭させ給ふ。然るに神の使はせ給ふ谷間の魚を生捕り、数多の人々に食はしめ、命を助けやらむとの御言葉……天則違反も実に甚しと申さねばなりますまい。それだから三五教の教はいつ迄も世を暗黒に導くもので御座る。速に神に向つて宣り直しをなさるが良からう。吾々は其言葉を聞いては聞捨なりませぬ。サア返答を承りませう』 言依別『成程神は至仁至愛にましませば、其御心より生物の命を取ることを嫌はせ給ふは、当然の理で御座る。さり乍ら人の生命が大切か、魚の命が大切で御座るか?能く御考へになれば分るでせう』 ブール『人間は罪の塊なれば、生き乍ら、地獄の苦みを受くるは当然で御座る。夫れ故に無限絶対力のおはします世界の造り主盤古神王の御徳を賛美し、苦しみ、悩み災多き現し世を捨てて、一時も早く天国に上るを以て、人生の本領と致すでは御座らぬか?罪もなき神の御使の御倉魚を取り食ひ、汚れたる人間の腹に葬らむか、神罰立所に至り、永遠に地獄の苦みを受くるは、神教のきめさせ給ふ所で御座る。あなたは天が下の人民を真に愛し給ふにあらず、神の心に背かせ、永遠に地獄の苦しみを受けさせむとし給ふ無慈悲の御仕打、吾々は天下万民の為、飽く迄もあなたと主義の為に戦はねばなりませぬ。論より証拠、此谷川の魚を取食ふ者たまたまある時は、神の怒りにふれて、天罰立所に至るは国人の既に既に知悉する所、あなたは此国の風習をも知らず、又神の掟をも弁へず、左様な乱暴な事を仰せらるるは、甚以て悪虐無道の御精神と申さねばなりますまい』 言依別『今日は人民将に餓死せむとする危急存亡の場合なれば、如何に神の御使なればとて、仁慈無限の神の之を許させ給はざる道理がありませうか?モシ左様な神ありとせば、取りも直さず八岐大蛇の醜神か、或は金毛九尾の悪狐か、又は曲鬼の所為で厶らう。吾々はあなたの御言葉こそ、神の御子たる人間を魔道に導き苦むる、悪虐無道の行方と思はねばならなくなりました。決して決して此魚を取り食へばとて、神罰の当るべき理由は毛頭ありませぬ。私は断言致しますよ』 ブール『三五教の教は実に無道極まる無慈悲の教では御座らぬか。然らばあなた試みに、斯の如く沢山な魚の中、仮令小魚の一匹でも吾目の前にて捉へ食つて御覧なさい。忽ち神罰至ることは火を睹るよりも明らかな事実で御座る。何程理窟は立派に立つても、事実其物には勝つことは出来ますまい……サアこれでもお食りになる勇気がありますか?』 国依別『ウラル教のブールさまとやら、何とあなたは、訳のわからぬことを云ひますなア。ウラル教はそんな狭義な教で御座いますか?それでは誠の神様とは申されますまい。論より証拠、私が今、目の前にて、神の使と称する御倉魚を捉へ、茲にて作り身と致し、食つてお目にかけませう。其代り万々一、私の身の上に対し、此場に於て神罰至ることあらば三五教全部を挙げてウラル教の軍門に兜を脱ぎませう。之れに反して、私が此魚を取り食ひ何の反応もなしとせば、あなたは如何して下さる考へですか?先づこれから第一にお約束をして置かねばなりますまい。御返答は如何で御座いますか?』 ブール『それは面白う御座らう。サア美事、神の使の御倉魚、私の目の前で捕獲して取り食つて御覧なさい。何の反応もなければ、吾々はウラル教全部を引率して、貴教の軍門に兜を脱ぎませう』 国依別『確かですか?キツト間違はありますまいなア』 ブール『苟くも宣伝使の言葉に二言があつて堪らうか。サア早く御決行なされよ』 国依別『ヤア有難い!同じ事なら一つ、一番大きさうな奴から取つて、舌鼓を打たうかなア。ズイ分甘さうな魚だ。何を食つてゐるのか知らぬが能くマア肥太つてゐよるワイ。……モシモシ教主様、面白い事になつて来ました。あなた能くブール宣伝使の言葉を腹へ入れておいて下さいませや。あゝ面白い面白い!』 と云ひ乍ら国依別は、谷川に下り立ち、水と魚と殆ど等分になつて居る数多の魚の群に飛んで入り、三尺計りの溌溂たる斑紋の美はしき御倉魚を一尾抱えて、ブールの前に現はれ来り、 国依別『どうも此奴は最も尤物と見えます。同じ神のお使でも、一寸師団長格と云ふ代物ですから、同じ殺して食つて神罰が当るのなら、大きな甘さうな奴を平げる方が利益ですからなア。何程霊主体従だと云つても、肉体のある限り、胃の腑の虫が食物を請求する。ジツとして怺へ切れるものではない。……サア、ブールさま始めそこに居並ぶ数多の人々、今三五教の宣伝使国依別が、神さまの禁じ給うたと云ふ此魚を叩き殺して作りとなし、皆さまの目前に於て、ムシヤムシヤムシヤとやつて見ませう。私が食つて神罰が当らなければ、皆さまにもキツと神罰の当るものでない。人はパンのみにて活くる者に非ずとか言つて威張つて居るどこやらの宣伝使の様に、私はそんな気楽なことは出来ませぬよ。人は霊のみにて活くる者に非ずと、反対に云ひたくなつて来るのです。……パンなくて何のおのれが人間かな……だ』 と云ひ乍ら、短刀を取出し、溌溂たる此大魚を、喉のあたりをグサと刺し、一思ひに殺し、手早く肉片を取つては頬張り頬張り、 国依別『アハヽヽヽ、何とも云へぬ甘い味が致すワイ。これ丈魚が無尽蔵に居る以上は、五十万や百万の人間を養ふのは易いことだ。あゝ早く口が歪まぬかいなア、物が云へぬようにならぬかいなア、眼がつぶれさうなものだ、顔一面に斑紋がなぜ出来てくれぬのだ。出来ぬ筈だよ、神様が人間に与へて生命をつながさうと思召し、此国に限つて此魚をお造り遊ばしたのだ。斯う云ふ饑饉が来た時の用意に、神様が食つてはならないと云つて、平素はワザとお差止めになり、蓄へておいて下さつたのだ。……モシ、ブールさま、どうで御座います。気の毒乍ら、ウラル教は三五教の軍門に降服をなさらにやなりますまい……ヤアヤア皆の方々、決して決して驚くには及びませぬ。此通り私がお手本を示しました。神様の与へて下さつた、此餌さを頂きもせずに、餓ゑて死ぬとは何の事でせう。サア早くお食りなさい』 此声に数多の人々はヤツと安心したものの如く、矢庭に川に飛び込み、手頃の魚を抱き上げ、其場で嬉しさうに舌鼓をうつて食つてゐる。ウラル教のブール始め四五の宣伝使は何時の間にか、コソコソと此場より姿を隠して了つた。 これより、此国人はウラル教に愛想を尽かし、国魂の神の社を日夜に崇敬し、且つ三五教の固き信者となつて了つた。 言依別命は国依別に向ひ、 言依別『私は是からテルの国を越え、直ちにウヅの都に直行致しますから、あなたは此処に暫く止つて、国人に教を宣べ伝へ、それよりヒルの都に渡りハルの国を一巡りしてウヅへ廻つて下さい。其上でゆつくり、改めて御相談を致しませう』 国依別『委細承知仕りました。左様ならば、是非に及びませぬ。ここでお別れ致します。どうぞ御健勝にて御神務に御奉仕遊ばします様祈ります』 言依別『ハイ有難う』 と宣伝歌を谷の谺に響かせつつ、ウヅの国を目当てに進み行く。 国依別は御倉の社に暫く足を止め、詣り来る国人に教を伝へ洗礼を施した。是より三五教の教は旭日昇天の勢ひとなりける。 (大正一一・八・一五旧六・二三松村真澄録) |
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霊界物語 | 30_巳_南米物語2 末子姫と言依別命の旅 | 15 花に嵐 | 第一五章花に嵐〔八五七〕 言依別命、国依別の宣伝使の理解に依りて、此地方一帯の住民は殆ど全滅せむとしたるを、御倉魚を食することを許されてより、忽ち元気恢復し、且つ言依別命を始め国依別の宣伝使を神の如く尊敬し、直に救世済民の教は三五教に若くものなしと、数十万人の人々はウラル教を脱退して悉く三五教に入信して了つた。併し乍ら言依別命は早くも此地を去りたれば、跡に国依別只一人、御倉の社を中心として教勢忽ちに振ひ、猫も杓子も、三五教にあらざれば救はれ難し、又正しき人間には非ざるべしとまで崇拝するに到りける。 国依別は三五教の教理を諄々として説きさとし、且つ天津祝詞や神言を教へ、御倉の社に国治立命、豊国姫命其他の諸神霊を合祀し、崇敬の的と定めた。国依別は、又一種の宣伝歌を作り、国人に平素高唱すべく教へ導きける。 国依別『高天原に現れませる国の御祖の大御神 国治立大神は普く世人を救はむと 天の御柱つき固め国の御柱つきこらし 瑞の御霊と現れませる豊国姫大神と 力を合せ玉ひつつ神世を開かせ玉ひけり 天足彦や胞場姫の醜の霊に現れませる 八岐大蛇や醜狐曲鬼共がはびこりて 世は常暗となり果てぬ皇大神は是非もなく 千座の置戸を負ひ玉ひ天教山の火坑より 根底の国に落ち玉ひ豊国姫と諸共に 深く其身を忍ばせつ此世を守り玉ひけり。 ウラルの彦やウラル姫大国彦や大国の 姫の命の枝神は天地四方の国々を 醜の煙に包まむと曲の教を開きつつ 世を曇らせし忌々しさよ天津御空に現れませる 神伊弉諾大神は妹伊弉冊の大神と 大空高く渡したる天浮橋に立ち玉ひ 泥に沈みし海原をコオロコオロに掻き鳴らし 神生み国生み人を生み天教山にましませる 日の出神や木の花姫の貴の命に神業を 授け玉ひて葦原の瑞穂の国を開きけり あゝ惟神々々神の御稜威のいや高く 教の道のいや広く埴安彦や埴安姫の 神の命と身を変へて黄金山下に出現し 三五の月の御教を完美に委曲に説き玉ふ これぞ誠の三五の錦の機の御教ぞ あゝ諸人よ諸人よ尊き神の御光りに 一日も早く目を覚ませ朝日は照る共曇る共 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 三五教の御教を夢にも忘るること勿れ 神を忘れし其時は身に苦しみの来る時 心の悩みの来る時ぞ如何なる事のありとても 神を忘れな三五の道の誠に離れなよ 神は汝と倶にあり神の御水火を受つぎし 人は神の子神の宮神に次での第一に 尊き者ぞ人の身は決して賤しき者ならず 曇り汚れし人の身と教へて諭す御教が ありと知るなら逸早く互に心を注ぎ合ひ 邪道に陥ること勿れ国魂神を斎りたる 御倉の山の竜世姫大地の主と現れませる 金勝要大神の珍の御霊の分霊 高砂島に永久に鎮まりゐまして国人の 幸を守らせ玉ふなり如何なる教の来る共 国魂神を余所にして心を曇らす事勿れ 竜世の姫を祀りたる御倉の山の社こそ 国治立大神に次で尊き神なるぞ あゝ惟神々々神の心に立返り すべての物を慈み互に争ふこと勿れ 神を尊び国の君敬ひまつり世の人に 神の恵を隈もなく輝き渡すは神の子と 生れ出でたる人草の朝な夕なに守るべき 誠一つの務めなり三五教の神司 国依別が此地をば去るに臨んで国人に 記念の歌を作りおくアヽ国人よ国人よ 暇ある毎に読み慣ひ歌に踊りに音楽に 合して心を慰めつ此世を守り玉ひます 皇大神の御心を和めまつれよ此歌に 歌は天地の神霊を感動さする神秘ぞや 世間話や無駄話云ふ暇あらば一時も 夢にも忘れず此歌を神の御前は云ふも更 山の上行くも又河へ浸る時しも村肝の 心長閑に歌へかしあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ此世を造りし神直日 心も広き大直日只何事も人の世は 直日に見直せ聞直せ過ちあれば宣り直す 三五教を呉々も忘れざらまし何時迄も 世人の為に残しおく』 斯く歌を作りて、最も熱心なる信者の中にて気の利いたるパークスと云ふ男に、足彦と云ふ名を与へ、宣伝使の列に加へ御倉の社を守りつつ、国人に三五の教理を説き諭すべく命じおき、国依別は又もやここを立出でて、ヒルの国の都を指して進み行く。 チルの里の荒しの森に差かかる時しもあれや、黄昏の暗に紛れて現はれ出でたる四五人の男、国依別の前に大手を拡げ、 甲『其方は三五教の宣伝使、よくも吾々に恥を見せよつたなア。かく申さば別に名乗らずとも、此方の名は分つて居る筈、サアどうぢや。如何に其方、弁舌巧なりとて、実行力には叶ふまい。尋常に手をまはすか、但はチルの渓谷に、吾々監視の下に身を投げて自滅いたすか、それも不服とあらば、吾々一同気の毒乍ら、剣の錆となし呉れむ。いかに汝勇猛なればとて、数百人の味方を以て、十重二十重に取巻あらば、いつかないつかな、身を逃るるの余地なかるべし。吾れは云はずと知れたウラル教の宣伝使、ブール、ユーズ、アナンの面々だ。御倉の谷間に於て神の禁じた神魚を食ひ、剰つさへ国人に残らず食はしめたる憎くき天則違反の張本人!ウラル教が数百年の努力を一朝にして水泡に帰せしめたる悪人輩、サア覚悟を致せ!』 と呼ばはる声に、自然に集まる数十人の人影、『ワーイワーイ』とどよめき来る騒々しさ。国依別大口あけて高笑ひ、 国依別『アツハヽヽ、卑怯未練な汝等が振舞、御倉山の谷あひに於て、猫に追はれし鼠の如くチウの声さへ得あげず、コソコソと逃げ帰りたる卑怯者、かかる為体にて、いかで神の御子たる人草を教化せむ事、思ひもよらず。汝等卑怯にも衆を恃んで、只一人の宣伝使を苦めむとする腰抜共、見事、相手になるならなつて見よ。吾言霊の神力に依つて一人も残さず誠の道に言向け和し、汝が奉ずるウラル教を根底より改革しくれむ。あゝ面白し面白し』 と又もやカラカラと打笑ふ。ブール、ユーズ、アナンの大将連は寄り来れる数十人の味方に何事か合図をなすや、一斉にバラバラと国依別に向つて武者ぶり付かむとする其可笑しさ。国依別は『ウン』と一声息をこめ、右手の示指を以て、彼等一同に速射砲的に左から右へ振りまはせば、球の玉の神力を身に納めたる国依別の霊光は一しほ光強く、何れも眼眩み這う這うの体にて逃げ去るもあり、其場に打倒れて苦悶するもあり、恰も嵐に花の散る如く、ムラムラパツと逃げ散る可笑しさ。国依別は此浅ましき敵の姿を見て、又もや大声に、 国依別『アツハヽヽ、面白い面白い』 (大正一一・八・一五旧六・二三松村真澄録) |
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霊界物語 | 30_巳_南米物語2 末子姫と言依別命の旅 | 21 神王の祠 | 第二一章神王の祠〔八六三〕 国依別一行は足に任せて、旭を浴び乍ら、東南に向ひ前方に突当つたアラシカ山の大峠をソロソロと登り始めた。此地点は最早今年の旱魃にも遭ず、極めて安全にして、山々の草木は色美はしく、旭に照り輝き、活々として居る。一行は心も勇み、何となく愉快げに此急坂を知らず知らずの間に半日を費やして、峠の頂上に達した。 東北を眺むれば、ヒルの都は細く長く帯の如く人家が並んで居る。戸数に於て殆ど二三千計りの、此時代に取つては大都会である。又西南を瞰下すれば、ウラル教のブールが立籠りたる日暮シ山は手に取る如く、青々と緑の衣を被り、八合目以上は雲に包まれてゐる。 キジは国依別に向ひ、 キジ『モシ、宣伝使様、あの未申の方向に当つて白雲の帽子を着てゐる高山が、例の日暮シ山で御座いますよ。随分景勝の地点を選んだものですなア。三方山に囲まれ、一方に日暮シ河の清流を控え、四神相応の地点だと云つて、ウラル教の連中が非常に誇つて居る所で御座いますよ。ヒルの都はあの通り、茫々たる原野の中に築かれてありますから、大変に便利は宜しいが、要害の点に於ては、日暮シ山に比ぶれば、非常に劣つて居る様ですなア』 国依『成程ウラル教も恰好な地点を見付け出したものだなア。併し此頃の様に肝心の日暮シ河があの通り涸切つて了つては、交通の点に於て最も不便であらう。何事も一利あれば一害ある世の中だから、吾々なれば矢張ヒルの都の方が余程気に入るよ』 マチ『気に入ると云つたら、此涼風、暑い坂を汗タラダラと流して登り詰め、山上に息を休めて四方の景色を見晴らし、浩然の気を養ふ吾々は、実に天国へ登りつめた様な心持になつて来ました。何と云つても人は高山に登り下界を見下すに限りますなア。コセコセと狭い谷間に潜んで、日々何とかかとか云つて騒いで居るよりも、時々は山登りも又愉快なものです』 国依別は、 国依別『サア皆さま、参りませうか』 とスタスタと坂路を降り行く。二人は『モウ少し休みたいなア……』と小声に囁き乍ら、已むを得ず後に従ひ、急坂を下りて行く。 見れば坂路の傍に一つの祠が建つて居る。樟の大木は二三本天を封じ此祠に対し、雨傘の役を勤めて居る。ふと見れば、面やつれのした妙齢の女、社前に跪き何事か切りに祈願をこめてゐる。マチ、キジの両人は早くも之を認め、 マチ、キジ『ヤア宣伝使様、アレ御覧なさいませ。あすこには常世神王を祀つた祠が御座います。さうして何だか一人の女が荐りに祈願して居るやうですが、一つ立寄つて様子を聞いて見ませう。此淋しい山路、若い女の身として、此祠へ参つて来るのは何か深い曰く因縁が無けねばなりますまい』 国依『アヽ成程、古い社が立つてゐるなア。実に立派な楠が栄えて居る。これ位な大木にならうと思へば数千年の星霜を経て居るであらう。吾々の様に二百歳や三百歳で死んで了う弱い人間と違つて、数千年の寿命を保ち、尚青々として枝葉を繁茂させ、所在暴風雨に対し依然として少しも騒がず、此高山に生活を続けて居る楠は、実に偉いものだ。これを思へば植物位偉いものはない様な気がするネ。樟の木に霊あり、且言語を発するならば、遠き神代の有様を聞かして貰ふのだけれど、併しそれも仕方がない』 マチ『モシモシそれはさうと、あの女を御覧なさい。随分痩衰へて居るぢやありませぬか?兎に角祠の前へ立寄つて調べて見たら如何でせう』 国依『兎も角神様に参詣した序に尋ねて見るもよからうよ』 と云ひ乍らツカツカと祠の前に進みよる。三人は祠の前に跪き拍手再拝、天津祝詞を清く涼しく奏上し終り、傍の長き石に腰打掛息を休めた。 キジは祠前に跪き何事か切りに、落涙と共に祈つて居る女の側近く寄り、いたいたしげに脊を撫でさすり乍ら、 キジ『モシモシ、何処の御方か知りませぬが、大変な御信仰で御座いますな。此お社は、常世神王様の御神霊が御祀り申してあると云ふことで御座いますれば、貴女がここへ御参りになつてることを思へば、大方ウラル教の御方でせうネ。かよわき女の只一人、此高山の祠に詣でて御祈りをなさるのは、何か深き御様子のある事と御察し申します。吾々の力に及ぶ事なれば、何とかして御相談に乗つてあげたいと思ひますが、どうか御差支なくば、大略丈なりとお話下さいませ。及ばず乍ら御力になりませう』 此同情のこもつたキジの言葉に、女は漸く顔をあげ、 女(エリナ)『ハイ、私はアラシカ山の山麓に住居いたすエリナと申す者で御座います。私の父は、ウラル教の宣伝使でエスと申しますが、一ケ月以前に三五教の宣伝使様が御立寄りになり、いろいろと尊きお話を父と共に、夜中遊ばした結果、父も非常に喜びまして、四五日の間其宣伝使を吾家に止めおき、ウラル教の信者にも三五教の美点を説き聞かせ、神様の御神徳を受けて、大変に喜び勇んで居りました。所が此事忽ち日暮シ山の岩窟に聖場を立ててウラル教をお開き遊ばす、云はばヒルの国に於けるウラル教の総大将、ブールの教主の耳に入り、至急吾父のエスに参れとの御使、父は喜び勇んで、其霊地へ参りましたが、其後は何の音沙汰もなく非常に母と共に心配を致して居りましたが、四五日前にウラル教の宣伝使が尋ねて来られ、エスさまは三五教の宣伝使を自宅に宿泊させ其上ウラル教の信者に対して三五教を説き勧めたと云つて、日暮シ山の岩窟内の暗き水牢に投げ込まれ、大変な苦しみを受けて居られる、お前達も妻子たる廉を以て、何時召捕りに来るかも知れないから、気を付けよと、秘密に知らして呉れた親切な方がありました。母はそれを聞くより忽ち癪気を起し、重き病の床に臥し、日に日に体は弱り果て、見る影もなく痩衰へ、一滴の水も食物も喉を越さず、此まま死を待つより外に途なき悲運に陥つて居ります。それ故私はウラル教の教祖常世神王様の祠に日々詣でまして、父の危難を救ひ、母の病気を助け玉へと、祈つて居るので御座います』 と涙片手に包まずかくさず事情を物語る。 キジ『それはそれは、承はれば実にお気の毒です。私も今迄ウラル教の信者で日暮シ山の霊場へは、二度計り参拝した事もある位で御座いますが、実にウラル教は、今となつて考へて見れば残虐な教ですよ。人の死ぬ事を何とも思はず、天国へ救はれるのだから、無上の光栄だなんて、訳の分らぬ事を教へるのですからたまりませぬワ。併し乍らあなたの御父上が三五教の宣伝使を四五日も御泊めになつたと云ふのは、ウラル教に愛想をつかし、三五教の美しい所をお悟りになつた結果でせう。コリヤ、キツと因縁があるに違ひない。こんな所でこんな御話を聞くのも、神様のお引合せに違ない。必ず必ず御心配なさいますな。キツと吾々が御父上や御母アさまを助けて上げませう』 エリナ『どこの御方か知りませぬが、初て会うた此私に、御親切によく云つて下さいます。何分にも憐な私の今日の境遇、どうぞ御助け下さいませ』 と手を合せて、涙乍らに頼む憐れさ。 国依『モシ、エリナさまとやら、必ず御心配なさいますな。吾々一同がキツとお父さまを、如何な水牢の中からでも、日ならずお助け申して、あなたの宅へ送り届けませう』 エリナ『ハイハイ、有難う御座います。何分宜しう御願致します。……あなたは、さうしてウラル教の宣伝使様で御座いますか』 国依『イエイエ、吾々は三五教の宣伝使国依別と申す者、今此処に居る両人は、チルの国の方で、キジ、マチと云ふ非常な豪傑ですよ。キツと助けて上げますから、機嫌を直して早く家路に帰り、お母アさまにも安心させて上げなさい』 エリナ『ハイ、有難う御座います』 と嬉し涙にくれ、地に伏して泣いて居る。 国依『キジ、マチの両人、御苦労だが、モ一度ウラル教の霊場へ引返し、モウ一戦を始め、エスさまを救ひ出して来ようぢやないか?』 キジ『ハイ、それは大変に面白いでせう。併し乍ら、たかの知れたブールやユーズにアナンの如き木端武者が大将株をして居る様なウラル教へ、宣伝使にワザワザ往つて貰ふのは実に畏れ多いぢやありませぬか。あんな者は吾々一人にて余つて居ります。どうぞ私一人を日暮シ山に差向けて下さい。さうしてマチはエリナさまに従いて行き、お母アさまの病気を鎮魂して直して上げる役となり、宣伝使様は之よりヒルの都へお越しになり、吾々が芽出たく凱旋して帰る迄、待つてゐて下さいませぬか?』 国依『随分偉い元気だが、必ず油断は出来ないぞ。夜前大勝利を得たからと云つて、何時迄も勝つ計りにきまつたものぢやない。随分気を付けて、両人共一時も早くエスさまを救ひ出す様に御苦労にならうかな。エリナさまは私がヒルの都へ行く途中だから、お宅迄送り届け、お母アさまの大病を治しておいて、ヒルの都へ行くことと致しませう』 キジはニタリと笑ひ乍ら、 キジ『宣伝使様、中々抜目がありませぬなア』 と心ありげに笑ふ。 マチ『きまつた事だ。神様のお道に一分一厘、毛筋の横巾も抜目があつて堪るかい。お前こそ今度は抜目なく、気を付けて行かないと、思はぬ失敗を演ずるぞよ』 国依『マチさまも是非同道を願ひますよ。どうもキジさま一人では心許ないからなア』 キジ『宣伝使様、余りひどいですな。高が知れたウラル教の霊場、私一人にて喰ひ足らぬ様な気分が致して居ります。マチの様な男、連れて行くのは何だか足手纏ひの様な気が致しますけれど、あなたの御命令とあらば伴れて行きます。……コレ、マチ、貴様は余程果報者だ。征夷大将軍キジ公の副将となつて行くのだから、さぞ光栄に思つてゐるだらうなア』 マチ『アハヽヽヽ何を吐かすのだ。余り調子に乗つて失敗をせぬ様にせよ。……そんなら宣伝使様、キジ公の後に従ひ、これより日暮シ山に立向ひ、ウラル教の大将ブール其他の奴原を片つ端から言向け和し、エスの宣伝使を救ひ出し、日ならず凱旋の上、ヒルの都の楓別命が御館に於て御面会申しませう。……サア、キジ公の大将、早く出立遊ばせよ』 と、からかひ乍ら、早くも此場を後に、先に立つて元来し坂路を帰り行く。 キジ『オイオイ大将を後にして、先へ行くと云ふ事があるものか。待つた待つた』 と呼はり乍ら、 キジ『宣伝使様、エリナ様、左様なら、後日お目にかかりませう』 と言葉を残し、マチの後を追つかけ行く。 これより国依別はエリナと共にアラシカ山の山麓エスの宅に至り、エリナの母テールの病を癒やさむと祈願し、数日逗留の後ヒルの都を指して進み行く。 (大正一一・八・一六旧六・二四松村真澄録) |
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霊界物語 | 30_巳_南米物語2 末子姫と言依別命の旅 | 24 陥穽 | 第二四章陥穽〔八六六〕 アナン、ユーズの領袖連はヘベレケに酔ひ、足も碌に立たず、舌もまはらぬ連中を数多引率し、石門のふちに現はれ、 アナン『其方は昨夜、丸木橋の畔に於て吾々に抵抗至した三五教の奴だらう。サア、良い所へ来やがつた。今貴様と戦争したおかげで凱旋祝の酒宴を催うし、俺達は酔が廻つて気分が好い最中だ。何用があつて来たのか知らぬが、そんなむづかしい顔をしないで、酒でもくらつてゆつくりと談判をせうぢやないか?固苦しいこと許り言つてると命が縮まるワ。たまには命の洗濯や睾玉の皺伸ばしをやらないと、人間の様な気持がせぬワイ。そんな野暮な顔しないで、トツトと中へ這入つて機嫌よく一杯やらぬかい』 キジ『昨夜は脆くも泡を食つて逃げ失せ、到底正面の戦ひにては、われわれを如何ともすることが出来ないと思ひ、毒酒を呑まして俺達をよわらせる猾き考へだらう。そんな策に乗る此方ぢやないぞ。ゴテゴテ吐かさずに、其方等が押込めて居る宣伝使のエスを牢獄から出して、俺たちに渡せ!グヅグヅ吐かすと、岩屋退治を始めようか』 マチ『サア、アナン、ユーズ其他の奴原、早くエスを此処へ連れて来い!』 アナン『ヤイヤイ喧かましう言ふない。そんなことどこかい。今日は貴様に負たおかげで、結構な酒を鱈腹のんで、精神恍惚とし、何にもかも忘れて了つて、極愉快になつてる所だ。天が下に酒さへあれば、別に敵だの味方だのと、せせこましいことは要らない。酒程親密なものはない。マア一杯這入つてやらぬかい。どんなエライ喧嘩でも和睦には酒だい。人と交際するのに小むつかしい牆壁を設けるものぢやない。世界同胞主義を盛に称へられる今日だ。マア、エスはエスでエスとしておいて、奥へトツトと通つて呉れ』 キジ『貴様はどこまでもヅーヅーしい奴だなア。余程俺達二人が恐ろしいと見えるな』 アナン『そりやヅイ分恐ろしいよ。閻魔が亡者の帳面を繰るよな面付をして、やつて来るのだからなア。オイ、キジ公とやら、何と云ふ七六つかしいシヤツ面をして居るのだ。今の内に美顔術でも施しておかぬと、年が老つて皮が固くなり、皺が深くなつてからは駄目だぞ』 キジ『エヽ、要らぬことを云ふな。これから俺が岩窟内へふみ込んで直接にエスの所在を調べてやらう。邪魔いたすと為にならぬぞ。サア来い、マチ公!』 と云ひ乍ら、アナン、ユーズを始め、其他の者共を押分け、突倒し、窟内深く進み入り、遂には教主ブールの居間に侵入し、ブルブル慄ひて居るブールの素首をグツと握り、 キジ『サア、モウ斯うなつては駄目だ。何をブールブール慄うてゐるのだ。早く宣伝使のエスをここへ出さぬか』 マチ『ウラル教の親方、グヅグヅして居ると生首を引抜かれて了うぞ。お前は何時も此娑婆を穢土だと云ひ、霊の国を天国浄土と云つて、憧憬してゐるのだから、今首を引抜かれて霊になり、天国へ行くのは満足だらうが、何程天国でも、首がなくては駄目だ。サア早くエスの所在を白状せぬか』 ブールは慄ひ乍ら、 ブール『ハイ今出させますから、一寸待つて下さい』 マチ『早く出せ、出し次第天国へ褒美として、昇れる様にしてやらう。どうだ首を持つたなり、天国へ死んで行くのは嬉しかろ、アハヽヽヽ。何と妙な教だなア。人には死んでからの世界が結構だと云ひ乍ら、サア自分が死ぬと云ふ段取りになると、ヤツパリ厭だと見えて、ビリビリ慄うて厶るワイ。さうすりやヤツパリ、口と心と裏表のことを言つてゐるんだなア。俺達も今迄はウラル教の熱心な信者であり、二度もここへ参り、お前をこんな腰抜とは知らずに、活神さまだと思つて跪き拝んで居つたかと思へば、馬鹿らしうなつて来た。サア俺達の案内をしてエスの所在を知らせ。隠し立てをすると最早了見はならぬぞ。俺達二人に夜前の様に数百人もやつて来て泡を吹き逃げ散る様な弱虫計り、幾万人連れて居つたつて、何なるか。どれもこれも酒にヘベレケに酔ひ、今のザマは何だ。肝腎のアナンやユーズ迄が碌に舌も廻らず、腰はフラフラになつて、ひよろついてるぢやないか。こんな事で、三五教の吾々に対し、挑戦するとは片腹痛い』 ブール『仕方がありませぬ。吾々の命さへ助けて下さらば、エスを渡しませう』 と先に立つて行く。二人はブールを見失はじと飛耳張目十二分の注意を払つて岩窟内を進んで行く。向うよりアナン、ユーズの両人はヒヨロヒヨロし乍ら巻舌になり、アナンはキジ公に、ユーズはマチ公にワザとにぶつかつた。其途端に、二足三足ヒヨロヒヨロとひよろつき、深き企みの陥穽に脆くも落込んで了つた。 『サア失敗つた!』とキジ、マチの二人は陥穽の中で無念の歯がみをなし、一生懸命に神言を唱へて居る。ブールは陥穽を覗き込み、さも愉快げに、 ブール『アハヽヽヽ、気の毒乍ら、万劫末代、穴の底で木乃伊になる所まで辛抱したがよからう』 アナン、ユーズの両人は二人の落ちた穴を互に覗き込み、 アナン、ユーズ『ワハヽヽヽ、ても心地よいことだなア』 と罵詈嘲笑を逞しくして居る。エスを始めキジ、マチの三人の運命は果して如何なり行くならむか。 (大正一一・八・一六旧六・二四松村真澄録) |
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霊界物語 | 31_午_南米物語3 国依別の旅 | 04 不知恋 | 第四章不知恋〔八七〇〕 国依別は楓別命の懇望に依つて、暫時此処に止まることとなりぬ。併し乍ら日暮シ山の岩窟に遣はしたるキジ、マチ両人を始め、エスの消息を案じ煩ひ、如何にもして此館を立出で、一刻も早く彼の消息を探り、救ひ出さむと焦慮すれども、数多の人々は神の如くに尊敬して集まり来り、此度の大地震に依りて、負傷をなしたる人々を、或は輿に舁ぎ、或は戸板に乗せ、救ひを求めに来る者、日々幾百人ともなくありければ、国依別も此惨状を見棄てて立去る訳にも行かず、悩める人々に向つて鎮魂を修し、之を救ひつつ、思はず知らず時日を過ご志たりける。 扨て又、九死一生の難関を助けられたる紅井姫は、これより国依別に対して、一種異様の愛慕の念慮、刻々に雲の如くに起り来り、最早情火にもやされて胸は苦しく、ハートは鼓の波を打ち、熱き息をハアハアと吐き乍ら、まだ初恋の口に云ひ出しかねて、肩で息をなし、遂には思ひに迫つて、身は痩衰へ、色青ざめ、病床に呻吟するに至りける。 楓別命は紅井姫の病気を眺めて、大に憂慮し、如何にもして快癒せしめむかと、朝な夕な神前に祈願をこらし居たり。アリー、サールの侍女も、一刻も紅井姫の傍を離れず、昼夜心をこめて看護に尽すと雖も、姫の病は、日に重り行くのみにして施こす手だては無かりける。 国依別は姫の重病と聞き、鎮魂を以て病を救ひやらむと、ワザワザ病床に姫を訪ひけるに、姫は国依別の訪問と聞きて、重き頭を擡げ、顔を赤らめ乍ら、少しく俯伏目になり、盗むが如く、国依別の顔を眺め、微笑をもらし、愉快げに、両手を合せて感謝の意を表しけり。 国依別は紅井姫の枕頭に端座し、天津祝詞を奏上し、天の数歌を謡ひ上げ、姫に向つて慰安の言葉を与へ乍ら、しづしづと此場を立出で、与へられたる吾居間に帰りて、再び神に祈願をこらし居るこそ殊勝なれ。 楓別命に仕へて信任最も厚く、数多の信者の人望を集めたる秋山別は、紅井姫の色香妙なるに心を寄せ、日に日に募る恋慕の心に胸をこがし、機会ある毎に、姫の歓心を買はむと、心を配りつつありき。 又内事の司たるモリスは紅井姫に接見の機会多きに連れて、いつしか姫の美容に心を蕩ろかし、将来紅井姫の愛を一身に集中する者は、吾れならむと、深くも心中に期待し居たり。故に、此度の姫の重病につき真心の限りを尽し、其歓心を買はむものと、モリスは内事の勤めをおろそかにし、暇ある毎に、病気見舞や看護を口実に、姫の寝室を訪ふを以て、唯一の神策として居たり。 一方秋山別も同じ思ひの恋慕の情火消し難く、見すぼらしく痩衰へたる紅井姫の寝室を、朝夕何時となく尋ね来りて、真心のあらむ限りを尽し、姫が全快の後は一日も早く、合衾の式を挙げむものと、心中深く期待しつつありける。 然るに国依別の此館に来りしより、紅井姫が秋山別に対し、又モリスに対する態度は、どこともなく冷やかになりしが如く思はるるより、二人は煩悶の淵に沈み、如何にもして姫の信用を恢復せむかと、心の中の曲者に駆使されて、巧言令色追従の限りを尽すこそ可笑しけれ。 紅井姫は最初より、秋山別、モリスに対し、只普通の教の道の役人、又は内事の用を勤むる取締として、優しく交際してゐたるのみにして、別に此二人に対し、夢にも恋愛の心は持たざりける。されど二人の男は、紅井姫の優しき言葉を聞く度に、吾れを愛するものと思ひひがめ、三国一の花婿は秋山別を措いて、他に適当の候補者はなしと、自ら自惚鏡に打向ひ、鼻を蠢かし、当てなき事を頼みとして日を暮しつつありき。亦た内事司のモリスも同様に、将来の紅井姫の夫はモリスならめと、自ら心に定めて、吉日良辰の一日も早く来らむ事を期待しつつあり志なり。 秋山別は此頃モリスの姫に対する態度の何となく怪しげなるに、心を痛め、法界悋気の角を生やしかけゐたるが、モリスも又秋山別の姫に対する態度の目立ちて親切なるに心を苛ち、恋の仇敵として、油断なく秋山別の行動を監視しつつありき。而して秋山別は侍女のアリーを取入れ、薬籠中の者となし、モリスは侍女のサールを取入れ、吾薬籠中のものとなし、互に其輸贏を争ひつつ、秘かに愛の競争を続けゐたるぞ面白き。 斯かる所へ、天下の神人活神と尊敬せられたる国依別命、紅井姫の九死一生の危難を救ひてより、姫の信任日を逐うて厚くなりければ、二人の心中は常に悶々の情に堪へかね、国依別の欠点を探り出し、楓別命の教主を始め、紅井姫の前に曝露して、其信任を傷つけ破らむと、二つ巴の両人は恋の炎を燃やしつつ、卍巴の如く相互に暗々裡に弾劾運動の準備に着手しつつありき。されど国依別は素より女に対し、少しも執着心なく、又紅井姫に対しても、怪しき心は毫末も持ち居らず、それ故に国依別は、何の憚る所もなく、只姫の大病を救はむ為に心の底より案じ過ごして、神に祈り、屡病の経過を探るべく、姫の寝室を、昼となく夜となく訪れたるなり。 されど国依別の此行動は、恋に囚はれたる痩犬の秋山別、モリスの目には、非常なる苦痛を感じ、遂には仇敵の如く見做すに至りたりける。 折柄玄関に訪るる一人の女あり。モリスは忽ち吾居間に招いて、其来意を尋ぬれば、女はやや愧らひながら言志とやかに、 女(エリナ)『三五教の宣伝使国依別様は、御館に御出でで御座いますか?アラシカ峠の麓からエリナと云ふ女が訪ねて参りましたと、若しお出ならばお伝へを願ひます』 モリス心の内にて、 モリス『ハヽー、此奴は国依別のレコだなア。良い所へ来て呉れた。モウ斯う秘密が分つた以上は、何程紅井姫様が国依別に御熱心でも、女があると聞けば、千年の恋も一度に醒めるだらう。一つ甘く調子に乗せて、腹の底を探つてやらう……』 と決心し愛想よく、 モリス『それはそれは能う訪ねて来て下さいました。大変な大地震で御座いましたが、御宅は大した事は御座いませぬかな』 エリナ『ハイ有難う御座います。あの大地震で小さい乍ら住家は倒され焼かれ、一人の母は地震と火事の為に無くなつて了ひました。実に不運な女で御座います』 と早涙含む。 モリス『それは気の毒な事でしたなア。御察し申しますよ。併し乍ら、老人と云ふ者は何れ先へ死ぬものです。一番芽出たい事と言へば、ぢい死に、婆死に、爺死に、嬶死に、子死に孫死と申しまして、こんな芽出たい事はないのですよ。先に死ぬべき者が先に死ぬのは当然、老人が後に残り、若い者が先に死にて御覧なさい。年が老つて脛腰が立たぬやうになり、尿糞のたれ流しと云ふやうな惨酷な目に会うても、若い者が先に亡くなつて了へば、誰も親身になつて世話して呉れる者もありますまい。それにお前さまは、国依別さまと二人若夫婦が残つたのだから、斯んな目出たい事は有りませぬよ。人はすべて思ひようですからな。親の代りにドシドシとお正月の餅搗をして、子餅を沢山に、天の星の数程拵へなさい。それが一番神様へ対しても御奉公だ、アハヽヽヽ』 エリナ『私は決して国依別様の女房でも何でも御座いませぬ。只私の母が急病で困つて居りますので、常世神王の御社へ参拝して居りますと、そこへ国依別の宣伝使が二人の家来を連れて現はれ、御親切に私の宅へ来て……お前の母の病気平癒の祈願をしてやらう……と仰有つたので、五六日泊つて頂いた丈のもので御座います』 モリス『さうして二人の家来は如何なつたのです?』 エリナ『二人の御家来は私の父の或処に囚へられてゐるのを助けると云つて出て行かれました限り、今に何の便りも御座いませぬ。大変に案じて居りまする』 モリス『ハヽー、さうすると、二人の家来をどつかへまいておいて、国依別さまが、人も通らぬ山道を、国さまとエリナさまと手を引いて通らうかいな、二人の仲はよいけれど、二人の奴が邪魔になり、用を拵へ、まいてやつた……と云ふ様な……そこは要領宜しくやつたのでせう。私は斯う見えても、そンな事に粋の利かぬ男ぢやありませぬ。どんな御取持でも致しますから、ハツキリと貴女の御嬉しい芝居の顛末を話して下さいな。其都合に依つて国依別さまへ御取次を致しますから……』 エリナ『決して左様な関係は御座いませぬが、あの宣伝使様の仰有つた御言葉を思ひ出し、御神徳を慕つて遥々此処まで参りましたので御座ります』 モリス『ハヽヽヽヽ、一口仰有つた御言葉を思ひ出して慕うて来たと云はれましたなア。蜜のような甘い言葉でしたらう……コレ、エリナ、私は是れからヒルの都へ往て来る程に、お前と私と斯うなつた上は、旭は照る共、曇る共、月は盈つ共虧くる共、仮令大地は沈むとも、お前の事は忘れやせぬ、二世も三世も先の世かけて、切つても切れぬ誠の夫婦、仮令身は東西に別れて居つても、魂は尊いお前の側……ヘン、なンて甘つたるい事を言つたのでせう。お羨ましう御座いますワイ。あなたも中々おとなしさうな顔して、随分やりますな。陰裏の豆でも時節が来ると花が咲き初めますからなア、アハヽヽヽ』 エリナ『さう、ぢらさずと御頼みですから、早く取次いで下さいませ』 モリス『取次がぬ事はないが、併しお前さまに取つては、此間の地震よりも、大火事よりもビツクリなさる事が出来て居りますよ。命迄はめこんだ国依別さまには、此お館の名高い紅井姫さまが、ゾツコン惚込ンで恋病を煩ひ、国依別さまに朝晩目尻を下げて涎をくり、それはそれは見られた態ぢやありませぬよ。そして、姫様も姫様ぢや、……お前さまのやうな、一寸立派な奥さまがあるにも拘はらず、人の男に惚て、恋病を煩ふなンて、本当に怪しからぬぢやありませぬか。……コレ、エリナさま、お前さまも一人前の女ぢやないか。のめのめと大事の夫を世間見ずのお嬢さまに占領せられて、如何して女子の意地が立ちますか。サア私が案内して上げるから、姫さまのお部屋に立入り、国依別さまの胸倉をグツと取り思ふ存分不足を言ひなさい。若しも外の奴が寄つて来て、乱暴者だとか何ンとか云つて取押へようとしよつたら、内事の司をして居る私がグツと抑へて、何事も言はさぬよつて、一つ大騒ぎをやりなさい。さうすれば如何に惚たお姫さまでも愛想をつかし、国依別さまを思ひ切つて返して呉れるに違ない。是が六韜三略の兵法だ。サア何よりも決心が第一だ。直接行動に限りますぞえ。……何ぢやお前さま、肝腎の夫を取られ乍ら、気楽相な顔して笑うてゐると云ふ事があるものかい。さういふ薄野呂だから、大事の男を取られて了うのだよ。犬でもケシをかけねば猪に飛びつかぬものだ。まだ私のケシ掛けようが足らぬのかいな』 エリナ『ホヽヽヽヽ、あなたの仰有る事は大変に混線致して居りますよ』 モリス『何分自転車や自動車の交通頻繁の為、電話線に響くと見えて、少々混線して居りますワイ。併し混線と云つたら、国依別さまの事だ。お前に対してもまだ幾分未練はあらうし、お姫さまに対しては命を投出しても苦しうもないと云ふ惚け方、そこへ向けて、秋山別と云ふ恋の強敵が現はれて居る。まだ外に二人……競争者がある。随分混線したものだ。其混線序に、お前さまが口から火を吹き、角を生やし、鬼か蛇になつて、お姫様の部屋へ飛び込みさへすれば、私の望みもオツトドツコイ、お前の望みも成功すると云ふものだ、サア早く決心の次第を聞かして下さい』 エリナ『そんな事仰有らずに、どうぞ会はして下さいなア』 モリス『会はして上げたいは山々なれど、自分の男を人に取られて、平気で居るやうな腰抜には能う会はしませぬワイ。どうぞ帰つて下さい、左様なら……』 と一間に隠れようとする。エリナはコリヤ一通りでは取次いで呉れぬと心に思うたか、俄に声を変へ、 エリナ『エー残念やな、残念やな、残念やな、残念やな、大事の大事の可愛い男を、人にムザムザ盗まれて、私も女の意地、コレが黙つて居られうか。これから奥へふみ込ンで、国依別さまのたぶさをつかみ引ずり廻し、恨みの数々述べ立てて、姫さまにもキツイ御礼を申さなおかぬ』 と地団駄をふみ出した。モリスはシテやつたりと引返し、 モリス『ヤア天晴れ天晴れ、あなたの武者振り誠に勇ましう御座る。サア是よりモリスが先陣を仕る。天晴れ、紅井山の戦闘に功名手柄を現はし、国依別を奪ひ返し、一時も早く凱歌をあげて、ヒルの館を立出でなされ。然らば御伴仕りませう』 と大手を振り乍ら、 モリス『サア古今無双の女豪傑エリナさま、モリスが後に従つて十分決心を定め、鉢巻の用意をして、ドシドシと足音高くお進みあれ』 と先に立つて、姫が病室へと進み行く。 (大正一一・八・一八旧六・二六松村真澄録) (昭和九・一二・一七王仁校正) |
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霊界物語 | 31_午_南米物語3 国依別の旅 | 05 秋鹿の叫 | 第五章秋鹿の叫〔八七一〕 紅井姫は命にも代へて恋ひ慕つて居た初恋の国依別に介抱され、其嬉しさに病気は段々と軽くなり、殆ど全快に近付いた。紅井姫はまだ十九才の花盛り、国依別は早くも四十の坂を三つ四つ越してゐた。されど球の玉の神徳にてらされて、元気益々加はり、血色よく、一見して三十前後の若者とより見えなかつた。紅井姫は侍女を遠ざけ只一人、心淋しげに一絃琴を弾じ、心の丈を歌ひ居る。 紅井姫『天と地との水火をもて生れ出でたる人の身は 如何でか神の御恵み蒙らずしてあるべきや 秋野にすだく虫の音も木々に囀る百鳥の 長閑な声もをし並べて恋を語らぬものぞなき 恋路に迷はぬ者あらむ心の底の奥山に 清く照りはふ紅井の紅葉の色に憧がれて 妻恋ふ鹿もある世の中に国依別の神さまは どうして斯くも情ないぞ此方が思へば先方の方で 思ひ返さぬ恋の暗迷ふ吾らの苦しみを 折りある毎に打明けて語らむものと思へ共 女心の恥かしく汝が御身を思ふとは 思ふ人には思はれじと思ふは誰を思ふなるらむ あゝ惟神々々結ぶの神の幸はひに 紅井姫が真心を国依別の御前に 夢になり共知らせたい目ひき袖ひきいろいろと 遠くまはして知らせ共野山の諸木か川の石か 巌の如く頑として歯節も立たぬ国依別の 犯しがたなき其心益々募るは恋の意地 汝が身の為には吾命仮令野の末山の奥 屍を曝す世あり共などか厭はむ一ことの 汝が命の御口より優しき言葉の花の色 うつさせ玉へ紅井姫がこのいじらしき真心を 知らぬ顔なる恨めしさそれに引替へ朝夕に 執念深くも附け狙ふ厭な男の秋山別や 内事司のモリスまで言葉巧に言ひ寄りて 秋波を送る厭らしさ恋しき人は知らぬ顔 生命かけての紅井の吾言霊も木耳の 少しも響かぬつれなさよ金勝要大神の 御霊幸はひましまして添ひたく思ふ国依別の 縁を結ばせ玉へかしうるさき二人の恋心 一日も早く皇神の尊き御稜威を現はして 思ひ切らせて玉へかしあゝ惟神々々 男と生れ女子と生れ来るも神の世の 深きえにしのあるものぞ今に妻なき国依別の 神の司よ紅井姫が清き心の初恋を 叶へて汝と吾と二人国魂神の御前に 手に手を取つて潔く鴛鴦の契の礼参り 一日も早く片時も思ひを叶へ玉へかし あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と歌ひ終り、一絃琴を横に置き、木茄子の皮を剥き、一口喉をうるほし乍ら、又もや恋に悩みつつ、双手を組みて溜息をつき居たり。斯る所へ、国依別は数多の人々に鎮魂を施し、稍手すきになつたのを幸ひ、紅井姫の居間に休息がてら入り来り、 国依別『紅井姫様、確に一絃琴の音が聞えて居りましたが、随分お上手で御座いますなア。どうぞ私にも聞かして下さいませぬか?』 此言葉に紅井姫は、最前の歌を聞かれたのではあるまいかと胸を轟かせ、忽ち面部をパツと紅の色に染乍ら、 紅井姫『ハイ妾の手慰びを残らずお聞きになりましたか?』 と恥かしげに俯むく。国依別は何げなう、無雑作に、 国依別『イヽエ承はりませぬ。少しく手すきになりましたので、御機嫌を伺はふと思つて、長廊下を参りますと、あなたの御居間に琴の音が聞えて居ますので、どうぞ一つ聞かして頂きたいと思ひ、そこ迄参りますと、早くもお琴の音は止まりました。残念な事を致しましたよ。モ一息早く伺へば、妙音菩薩の音楽が聞かれる所で御座いましたに』 紅井姫は、 紅井姫『ホヽヽヽヽ』 と袖に顔を当て、恥かしげに笑ふ。 国依別『姫さま、永らく御厄介に預りましたが、明日は、お暇を頂戴して帰らうと存じます。就ては明朝早くなりますから、あなたの御休眠中にお目をさましてもなりませぬから、是きりで暫くお目にかからないとも分りませぬ。ここで明日の御別れの御挨拶を致しておかうと存じます』 紅井姫は俄に顔色を変へ、 紅井姫『エヽ何と仰せられます。明日御帰りとは、そりや又余りぢや御座りませぬか。妾がこれ丈……』 国依別『永らく御親切に預りましたが、是から、ハルの国を渡りウヅの国へ参り、言依別命様に会はなくてはなりませぬ。それ迄に二三人の男を助けねばならぬ事が御座いますので、非常に心が急ぎますから、是非々々明日は出立を致さねばなりませぬ。永らく懇意に預りましたが、生者必滅会者定離、会ふは別れの始めとやら、どうぞ是迄の御縁と思召して下さいませ、貴女の御健全な様に日に日に御祈りを致しますから、御病気の事なぞ、必ず御心配なさらない様に頼みます』 紅井姫は『エヽ』と云つた限り、其場に驚いて倒れむとし、忽ち目は眩み、耳は早鐘をつき心臓の鼓動烈しく、不安の状態現はれ来たる。国依別は……ハテ困つた事が出来たわい……と稍心配して居る。紅井姫は怺へ切れなくなつたと見え『ウン……』と一声其場に悶絶して了つた。国依別は驚いて、直に、姫の手を取り、指先より息を吹きこみ、いろいろと介抱の結果、漸く姫は正気づきぬ。 国依別『お姫様、お気が付きましたか。マア結構で御座いました。私も大変に心配致しましたよ。何事の御心配がお有りなさるか知りませぬが、世の中は如何しても、人間の思ふ様には行くものではありませぬ。何事も神様の御心の儘によりならないものです。例へば夫婦の道だつて、添ひたひ添ひたひと思うてゐる女があつても、神の御許しがなければ添う事は出来ず、嫌いでならない女房を持つて、一生を不愉快に暮す者もあり、又好きな者同志が夫婦になり、一時は非常に楽しく暮して居た者が中途に邪魔が這入り、障害が出来などして、破鏡の歎きを味はふ者も御座います。それだから人間は到底自分の思ふ様にならないものだと思つて居れば、何事も諦めが付くもので御座います』 紅井姫は恨めしげに国依別の顔を見つめ、何か云はむとして口籠るものの如く、上下の唇をビリビリと震はせゐる。 国依別は紅井姫の背を撫でさすり、いろいろと慰めゐる折しも、俄に足音高く、隔ての襖を静に荒く引あけて、ヌツと首を出した秋山別は、 秋山別『ヤアお楽みの所へ、行儀も知らぬ不作法者がやつて参りまして、何とも早面目次第も御座いませぬ。併し乍ら国依別さま、お前さまは誰に断つて姫様の御居間へお越しになつたのですか。御病気なれば兎も角も、此頃は最早全快遊ばし、お前さまの御祈念を御願する必要もなくなつた今日、何の為、姫様一人の居間へ御出でになり、其上お手を握り、背を撫で、何と云ふ不作法な事をなさいますか。不義は御家の御禁制、サアサア、此秋山別が現場を見着けた上は、如何に御弁解をなさらうとも、承知仕らぬ。今日限り此館をトツトと退去なされ。ヒルの館の総取締秋山別が、職名に依つて申付けまするぞ』 国依別『これは心得ぬあなたの御言葉。国依別があなたの目からは不義者と見えますかナ』 秋山別『見えるも見えぬもない、現に今姫様の御体に手をさへたぢやないか』 紅井姫『コレ秋山別、人様に向つて、さうズケズケと御無礼な事を申す者でない。妾が今急病を発し、苦みて居た所を通りかかつて苦悶の声を聞き、助けに来て下さつたのだよ。どうぞお前も疑を晴らして御礼を云うて下さい』 秋山別『何とお姫様、あなたも此頃は随分旅の方[※「旅の方」「足袋の型」いずれも意味不明。]になられましたねえ。国依別さまのお仕込で、イヤもう秋山別もあなたの言霊には、ヘヽ閉口致しますワイ』 紅井姫『コレ秋山別、お前は妾を足袋の型と今言つたが、そりや又如何いふ訳だい。知らしてお呉れ』 秋山別『中々此頃はお姫様もお口が上手にお成り遊ばし、御弁解が甘くて足袋の型で中々手に合はぬと言つたのですよ。アハヽヽヽ』 国依別『秋山別さま、必ず御心配下さいますな。国依別もいよいよ明日より出立致しますから、何分姫様もお弱い体、どうぞ気を付けて上げて下さいませ』 秋山別『仰せ迄もなく、昼夜の区別なく、姫様の御体を大切に保護を致す此秋山別、御注意は御無用で御座います』 と憎々しげに言ふ。 紅井姫『いよいよ明日は国依別様、お立ちで御座いますか。余り意地くねの悪い秋山別が、いつもあなたの御心を損ねまして、実にお気の毒で申訳が御座いませぬ。是もヤツパリ妾の罪で御座いますから、どうぞ秋山別が悪いとは思召さず、妾をお叱り下さいませ』 秋山別『これはしたり、お姫さま、これ程親切に、身命を賭して貴女様の事計り思つて居る秋山別を、意地苦根悪い男とは、チと聞えぬぢやありませぬか。大方国依別さまに入れ智慧をして貰ひなさつたのでせう』 紅井姫『其様な御無礼な事を云つてはなりませぬ。何と云つても、妾は国依別さまが命がけの好きなお方、お前はゲヂよりも嫌ひだよ。総取締の役であり乍ら、お道の方はそつち除けにして、妾の側計り、間がな隙がな、厭らしい目附をしてお出でだから、妾も穴でもあれば、お前が来る度に、這入りたい様な心持がして、病気が段々重くなる計りだよ。それで兄さまに一伍一什を申上げたら、今に秋山別を放り出して、外の者と入れ替へするから、暫く辛抱せよと仰有つたよ。モウ斯うなつては仕方がないから、包まず隠さず、露骨に言つて上げるからお前も良い加減に諦めたが良からう。女の部屋へ男の来るものではない。サア早く彼方へお行き、御用が支て居るぢやないか』 秋山別『チヨツ、エヽ仕方がない、何程親切を尽しても、私の心は汲み取つて紅井姫かなア。ナニ此処を追出されるのなら、モウ破れかぶれだ、恋の叶はぬ意趣返しに、一つ国依別のドタマをかちわつて、恨を晴らしてやらう』 と云ひ乍ら、傍の火鉢を取るより早く、国依別目がけて打つける。国依別はヒラリと体をかはし、 国依別『アハヽヽヽ、危ない危ない、秋山別さま、姫さまのお言葉を真に受けては可けないよ。口で悪言うて心でほめて、蔭の惚気がきかしたい……と云ふ筆法だから、安心なされませ。何と云つても国依別は明早朝ここをお暇せなくてはならないのだからなア』 秋山別は嬉しさうに、 秋山別『国依別様、失礼を致しました。是も一時の狂言で御座いますから、必ず悪く取つて下さいますな。どうぞウーンとやられちや大変ですから、お腹が立ちませうが、どうぞそこは神直日大直日に見直し聞直し、宣り直して下さいませ』 国依別『左様な事で腹の立つ様な国依別では御座いませぬ』 紅井姫『どうしても、あなたは可憐な私を捨て、明日お立ちで御座いますか?』 国依別『ハイ、折角お馴染になつて、実に残り多う御座いますが、神界の御用が急ぎますから、今晩は楓別命様にトツクリと事情を申上げ、お暇を頂戴致す考へで御座います』 紅井姫は『アツ』と叫んで又もや其場に打倒れ、前後不覚に陥りにける。 (大正一一・八・一八旧六・二六松村真澄録) |
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霊界物語 | 31_午_南米物語3 国依別の旅 | 07 妻の選挙 | 第七章妻の選挙〔八七三〕 ヒルの館にゆくりなく現はれ来りて諸人を 救ひ助けし国依別は楓別の懇篤なる 特別待遇に思はずもあらぬ月日を送りつつ 醜の魔風に襲はれて紅井姫の執拗なる 恋の情の手に囚へられ進退ここに谷まりて 苦み悶ゆる折柄にアラシカ山の麓なる エリナの尋ね来りしゆヤツサモツサの騒動も 漸く幕を切上げて紅井姫やエリナをば 教の道の弟子となし館の主に慇懃に 暇を告げて宣伝歌歌ひて此処を立出づる 一男二女の一行はヒルの都の人々に 行手を塞がれ一々に病めるを癒やし助けつつ 知らず知らずに日を重ねヒルの都を後にして アラシカ峠の山麓に心欣々着きにける。 国依別『サア姫様、あなたは始めての御旅行と云ひ、是から先は大変な急坂で御座いますから、ボツボツとお登り下さいませ。国依別もお附合にゆるゆる登りませう。男の足が先へ行くと、知らず知らずに早くなるものですから、ここは最も足の弱い貴女が先へお登り下さいませ』 紅井姫『足弱を御連れ下さいまして、さぞ御迷惑で御座いませう。あなたの御言葉に甘え、駄々を捏ねる女と御さげすみで御座いませうが、私も斯うなつた以上は、決して妙な考へは起しませぬから、御安心下さいませ』 国依別『此坂をズツと登りつめると、樟の大木の森があつて、そこには常世神王の古ぼけた祠が建つてゐます。どうかそこ迄登つて休息をする事に致しませう』 エリナは言葉やさしく、 エリナ『姫様、随分険しい坂道で御座いますが、私は何時もここを通り慣れて居りますから、左程苦痛には存じませぬ。坂でさぞ御困りでせう。後からお腰を押してあげますから、後へもたれる様にして御登りなされませ』 紅井姫『ハイ、御親切に有難う御座います。今の処ではどうなり登れ相に御座いますから、到底叶はない様になりましたら、どうぞ御世話をお願ひ申します』 エリナは気軽相に、 エリナ『ハイ、何時でも押して上げます。キツと御心配なさいますなや』 と路々いたはり乍ら登り行く。 話変つて、常世神王の祠の建つた樟の大木の根に、ヒソヒソ話に耽つてゐる二人の男あり。 甲(秋山別)『オイ、モリス、馬鹿にしよつたぢやないか。今となればお前も俺も、同病相憐れむ連中だから、別に内訌の起る筈もなし、暗中飛躍を試みる必要もなくなつたのだから、どうかして無念晴らしに、二人の奴を此方の者にしてやらうぢやないか。アタ阿呆らしい、国依別の奴が来よつた計りで、俺達二人は免の字を頂戴し、今は殆ど野良犬の境遇だ。犬も歩けば棒に当るといふ事がある。一つ雪隠の火事ぢやないが焼糞で、ウラル教の本山へでも、甘く這入り込み使つて貰はふぢやないか』 モリス『さうだ、貴様も恋の仇敵の国依別に肝腎の目的物をぼつたくられ、国依別の奴、二人の女を両手に花と云ふやうな調子で、大きな面をして連れ出しよつた時のムカついた事、是が何うして睾丸をさげとる男子として、看過する事が出来ようかい。彼奴等三人は道々宣伝し乍らやつて来るのだから、何れ暇が要るに違ない。併し此処へやつて来よつた位なら、此谷底へ国依別を矢庭につき落し、二人の女を自由自在に此方の要求に応じさせ、天下の色男は此通りだと云つて、あンな絶世のナイスやシヤンと手を引いて、天下の大道を濶歩したら、どうだ。さうなりとせなくては、腹の虫が得心せぬぢやないか。併し後の喧嘩を先にせいと云ふ事がある、甘く目的を達した上で、自分の女房に選定する段になつてから、選挙競争でも起ると大変だから、今の中に予選でもやつて置かうぢやないか』 秋山別『予選なンか俺はヨセンわい、俺は紅井姫を女房にする特権が先天的に具備してるのだ。貴様はエリナを女房にすれば良いよ。彼奴だつて満更捨てたものぢやないからなア。チツとばかし日に焼けとると云ふが、欠点位なものだ。中々スタイルには甲乙はないからのう、モリス』 モリス『そんならお前がエリナのレコになつたら良いぢやないか。俺はどこ迄も初心を貫徹せなくてはならないのだ。紅井姫を女房にせうと思つて、どれ丈今迄骨を折つたか知れやしない。永らくの苦心を水泡に帰するのは、男子として忍ぶ可らざる恥辱だからなア、秋公』 秋山別『俺だつて貴様以上に骨を折つたのだよ。そんなお添物のエリナを鼻塞ぎか何ンぞの様に差向けられてたまるものかい。貴様のスタイルにエリナの方が能く合つてゐるワ。烏の夫に孔雀の女房とは、チツと無理だよ。孔雀は孔雀同志夫婦になり、烏は烏同志夫婦になれば、それこそ家庭円満福徳成就疑ひなしだ。孔雀の俺は孔雀の女房を持つて、孔雀(不惜)身命的神界の為活動をするなり、お前はモリスだから、森に巣を作るのは烏にきまつてゐる。烏の女房を持つて、オイオイカカア嬶村屋、腰もめ肩打て、カアカアと気楽相に簡易生活をやるのも一寸乙だぜ。 楽さは夕顔棚の下涼み とか云つて、平民生活が最も理想的だ。提灯に釣鐘、釣合はぬやうな女房を持つたつて、苦しい計りだよ。第一教育の程度と云ひ、智識と云ひ、家柄と云ひ、雲泥の懸隔ある女房を持たうとするのが第一謬つた了見だ。さうでなくても、男女同権だとか、女権拡張だとか、新しい女の騒ぐ世の中だから、釣合うた女を持つが貴様の将来の為だよ。俺は親密な友人として、貴様の将来の為に、熱涙を呑むで忠告するのだよ、モリ公』 モリス『ヘン、甘い事仰有りますワイ。其手は桑名の焼蛤だ。蛤からでも蜃気楼が立上りますよ。お前こそ蜃気楼的空想を画いて、あンな高尚な御姫さまを自分の女房にせうなンて、余り懸隔が取れなさ過ぎるぢやないか。チツとお前のサツクと相談して見い』 秋山別『コリヤ俺を何と心得てゐる。俺は秋山別と云つて天孫人種だぞ。貴様は土人ぢやないか。チツと身分を考へて見い』 モリス『人種無差別論の高潮した今日、時代遅れな事を言ふない。そンなことで、世界同胞主義が何時迄も成就すると思ふか。是だけ社会は人種無差別論の盛なのを貴様は知らぬのか。どこ迄も昔の家閥を振りまはし、貴族面をしやがつて威張つたつて、昔なら通用するか知らぬが、文明開化の今日は、そンな古い頭は買手がないぞ。文化生活と云ふ事を貴様は何と心得とるかい、秋公』 秋山別『ヘン、文化生活が聞いて呆れるワイ。今の奴の吐す文化生活と云ふのは、人の女房と手を取り、キツスをして妙なダンスをやつたり、仕舞の果にや役者の部屋へ女房がへたり込ンだり、お転婆主義を発揮したり、爺はおやぢで良い気になり、うちの女王さまは余程新しいと云つて喜ンでる風俗壊乱生活を云ふのだらう。そンな事で如何して社会の秩序が保たれるか。モリス、貴様の思想は余程怪しいものだなア』 モリス『そんなこたア、如何でもよいワ。サアサア、女房の選挙だ。早くやらうぢやないか。貴重な一票を何卒入れて下さいと云つて、戸別訪問をする訳にも行かず、被選挙人が二人選挙人が二人だから、自由選挙にしたらどうだ』 秋山別『そンなら俺は紅井姫を秋山別の妻に選挙する』 モリス『俺は紅井姫をモリスの奥さまに選挙する、又俺の副守護神も同様、モリスの妻に紅井姫を選挙する、モウ一票は本守護神も同様だ。サア三票と一票だ。お気の毒乍ら、当選の栄を得まして有難う御座います。あなたは運動が足らないから、とうとう次点者になりましたねい。どうで秋山別だから、先方がアキが来ました、イヤマア、別れて下さい秋山別さま……なンとか云つて、秋波を送つて紅井姫だ。アハヽヽヽ』 秋山別は腹を立て『ナアニ』と言ひ乍ら、モリスの横つ面を鬼の蕨をふり上げて、首も飛べよと計り擲りつくれば、モリスは、 モリス『ナアに喧嘩か、喧嘩なら俺も負はせぬぞ』 と鉄拳をふつて飛びかかり、遂には組ンづ組まれつ、一生懸命格闘を始め、夕暮れの帳のさがる迄力一杯血みどろになつて掴み合ひ居る。その所へ悠々として一男二女は登り来たり、 国依別『アヽ、此処が印象の深い常世神王の祀られた楠の森の祠だ。大分に皆さま足も疲労たでせう。一つ立寄つて休息せうぢやありませぬか。都合に依れば、此森で一夜を明かし、新しい日輪様の光りを浴びて日暮シ山に立向ふことに致しませうよ』 と言ひ乍ら国依別は先に立つて、森蔭に進む。二人の女も、同じく森蔭に静かに身を横へて、疲労た足をさすつてゐる。何だか暗がりでシツカリとは分らぬが、二つの黒い影が『フーフー』と息を喘ませ、上になり下になり転げて居る。国依別は、 国依別『ハテ不思議な者が居るワイ。山犬の子でもざれよつて居るのではあるまいか』 と足音を忍ばせ、側近く寄つて暗にすかし見れば、どうやら二人の男が喧嘩をして居るらしい。国依別は……此奴一つおどかして、此喧嘩を止めさしてやらう……と心の中でうち諾づき、俄に作り声、落雷の様な大声で、 国依別『此方は、常世神王の祠に守護致す大天狗であるぞよ!汝不届き千万にも此霊場に来り、喧嘩を致すとは怪しからぬ奴……待て、今此大天狗が其方等二人共、股から引裂いて、楠木の枝にかけ、烏にこつかしてやらうぞ!』 と呶なりつくれば、二人は思はぬ天狗と聞いてパツと左右に離れ、大地に傷だらけの手を仕へ、血だらけの顔を俯むけ乍ら、 秋山別『ハイ、私は秋山別と申す者で御座いますが、一方の男はモリスと申す悪戯者で御座います。女房の選挙に付きまして、激烈なる運動を開始致しまして、遂には血を見る所まで参りました。今後は心得ますから、どうぞ股から引裂くの丈は御勘弁を願ひます』 モリス『大天狗様、どうか、秋山別を能く御戒め下さいまして、紅井姫を思ひ切り、此モリスの女房に首尾よく渡します様にして下さいませ、これが一生の御願で御座います。それが叶はぬ様な事なれば仮令引裂かれても構ひませぬ。此世に生てる甲斐が御座いませぬ。秋山別にはエリナを女房にしてやつて下さいますれば、三つ口に新粉、四つ口に羊羹で、本当に都合の良い縁で御座います』 秋山別『どうぞ、私に紅井姫を御授け下さいませ。モリスはエリナで結構で御座います。さうして下さいますれば、天下は太平、無事長久疑なしで御座います』 国依別は可笑しさを怺へて、 国依別『其方の申す紅井姫、エリナの両人はどこに居るか』 秋山別は声を震はせ乍ら、 秋山別『ハイ、三五教の馬鹿宣伝使の女殺しの後家倒し、家破りの国依別と云ふ、それはそれは酢でも蒟蒻でもいかぬ悪い奴で御座いますが、其奴が二人の女を、アタ欲どしい、ひつさらへて、ヒルの都の神館を出立いたし、天下の色男はこンなものだい、両手に花とは此事だ、二人の妻に手を引かれ黄金の橋を渡るとは、俺の事だと言はぬ計りに、そこらうろつき乍ら、やがてここへ登つて来るでせう。どうぞ天狗さま、国依別をグツとさらへて楠の上へ連れて上り、股から引裂いてやつて下されませ、これが一生の御願ひで御座います』 国依別『其紅井姫と云ふのは、其方に対して恋慕の心を持つて居る女であるか』 秋山別『ハイ、何分おボコ娘の事とて、ハツキリとは申しませぬが、大抵意思を忖度する事は出来ます。キツと私に恋着して居るに相違ありませぬ、一寸触つてもピンとはねたり、三番叟の様に、あゝイヤイヤイヤと肱を振りますが、私も若い時に覚えが御座います。好な人に袖でも引つぱられると、恥かしくなつて、一旦は厭相に見せて撥まはし、後からあゝあンな事をせなかつたら良かつたに……と惜がつたことも御座いますれば、秋山別には十分に脈は御座います』 モリス『モシ天狗様、秋山別の言ふ事は、アリヤ違ひます。自分一人きめてゐるので御座いますから堪りませぬワ。鮑の貝の片思ひ、長持の蓋で此方があいても向方が根つからあきませぬワイ。併しエリナなれば、どうにか斯うにか、天狗様が御紹介下さいましたなれば、女房に厭々なるでせう。どうぞ神聖な一票を、天狗様、此モリスにお与へ下さいませ』 国依別『さうして国依別を亡き者に致して呉れいと申すのか』 モリス『ハイ、天則違反の男で御座います。鶏か何かの様に三羽番ひで天下をうろつきますると、第一神様の教の名を汚します。教の為にも、秩序維持の上にも、最も必要な事だとモリスは信じます』 国依別『それなら、此天狗が許して遣はすによつて、早く此坂を下つて行け。一足でも先に掴まへた者の女房にしてやらう。大天狗が是から守護を致して、掴まへた者の女房に喜びてなるやうに守つてやらうぞ。今三人連れにて此坂の三合目あたり迄登つて来て居る程に、サア早く行け、早い者勝ちだ。マラソン競争を致して決勝点を取つた者に紅井姫をくれない事ないくれてやる。次点者にはエリナ姫を与へてやる、一二三、ソラ行け……』 モリス、秋山別『ハイ有難う』 と二人は真暗がりの中を、石ころをころがした様にガラガラと音をさせて坂道を韋駄天走りに降り行く。 国依別『アハヽヽヽ何と面白い余興を、神様から見せて頂いたものだ。……モシ御二人さま、どうでしたなア』 紅井姫はおづおづし乍ら、 紅井姫『ハイどうも恐ろしうて、胸騒ぎが致しましたワ。マアマア天狗様が現はれて、甘く追ひ帰して下さいまして、こんな有難い事は御座いませぬ、国依別さま、あなたはどうおなりやしたかと思うて心配でしたワ。どうも御座りませぬでしたか』 エリナ『ホヽヽヽヽ、姫様、アリヤ天狗ぢや御座いませぬよ。国依別さまがあンな声をお使ひになつて、甘く二人をまかれたのですよ。私は余り可笑しうて臍がお茶を沸かしかけましたワ』 紅井姫不思議相な声で、 紅井姫『あゝさう、して又エリナさま、お腹に土瓶でも乗せてゐらしたの……』 国依別『アハヽヽヽ、流石はヤツパリ深窓に育つたお姫さまだワイ。紅井姫様、皆うそですよ、余り可笑しいから、一つ大天狗の声色を使つておどし、まいてやつたのですよ、アハヽヽヽ』 紅井姫『どうもあなたはお人が悪いですな。そんな嘘を言つても神様の御咎めは御座いませぬか』 国依別『人は見かけによらぬ者、今迄正直な国依別と思つてゐられた貴女は、さぞお驚きになつたでせう。酢でも蒟蒻でも、挺でも棒でも喰へぬ、スレツカラシの国依別ですからなア、アハヽヽヽ』 紅井姫『あなた、蒟蒻やお酢、デコ芋、棒芋などは御嫌ひで御座いますか。私は蒟蒻にお芋は大の好物で御座います』 国依別『アハヽヽヽ、どこまでも可愛らしい御姫さまだなア』 エリナ『ホヽヽヽヽ、お優しいお方、私も姫さまの様な産な心になつて見とう御座いますワ』 国依別『もしも二人の奴が後戻りをして来ると、又天狗が一骨折らねばならぬし、うるさいですから、ここを立去つて、モ少し往つた所で、適当な場所を考へて休息することに致しませう。エリナさま、姫様に気をつけて、足許の辷らない様に手を曳いて上げて下さいナ』 エリナ『サアお姫さま参りませう』 と三人は雲の綻びより、所々に星の見えてゐる暗の空をスタスタと頂上目がけて登り行く。流石の高山、夜嵐ザワザワとあたりの木の枝をゆすり、何とはなしに、そこら中が物凄く感じられける。 (大正一一・八・一八旧六・二六松村真澄録) (昭和九・一二・一七王仁校正) |
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174 (2020) |
霊界物語 | 31_午_南米物語3 国依別の旅 | 11 売言買辞 | 第一一章売言買辞〔八七七〕 アナンはハル、ナイルの両人を先に立て、岩窟の入口に悠然として腰打掛けて待つて居る国依別外二人の前に来り、忽ち地ベタに手をつき乍ら、 アナン『これはこれは、国依別の宣伝使様、能くこそ斯様な所迄御入来下さいまして、岩窟内一同恐悦至極に存じ奉ります。就いては今迄御無礼の御咎めも厶りませうなれど、三五教の御教通り、只何事も神直日大直日に見直し聞直し、吾々の身の過ちは宣り直し下さいまして、仁慈無限の大御心を発揮し下さいまして、何事もあなた様の大御心によりて寛大なる御処置を取られむ事を神かけて念じ奉ります。あゝ惟神霊幸倍坐世』 と国依別を無暗矢鱈に拝み倒し、一口も不足を言はせない様に、大手搦手より鉄条網を張つて了つたのは、実に狡猾至極の曲者である。 国依別『これはこれはアナンさまとやら、何時ぞやらは丸木橋の畔に於て、花々しく御奮闘遊ばされ、実にあなたの神謀鬼策には国依別感嘆の舌を巻いて厶る。兵法の奥の手は三十六計の中、逃ぐるを以て第一とすとかや、世の中は勝たう勝たうと思ふに依つて治まらない、あなた方の様に、少数の敵に勝を譲り、恥かしげもなく算を乱して御遁走遊ばす其御勇気には、吾々も倣はなくてはなりませぬ。負て勝取るとやら、ネツトプライスの掛値なしの店よりも、ドツサリと負値を吹き立て、客に対しドツサリ負てやる店の方が能く繁昌致しますから、定めてウラル教もよくお負遊ばしたのでせう。それ故得意は億客兆来の御繁昌で厶いませう。イヤもう国依別、側へも寄れませぬ。どうぞ相変らず御店の繁昌する様に、今度もキレーサツパリと御負下さいませ。あなたの方に於て、算盤が合はないから負ないと仰有れば仕方がありませぬ。私は漆彦命となつて負かしてあげませう。チツとはうるし、否うるさくても、そこが何事も神直日大直日に見直し聞直し宣り直すので厶いますからなア、ハヽヽヽヽ』 アナン『ハイハイ、まだ御取引の御用命を蒙らぬ中から、負て負てとこ切り御便利を計つて居りまするから、何卒永当々々御贔屓の程を御願ひ申します』 国依別『時に吾々の参りましたのは、一つ売つて貰ひたい品物が厶いまして、ワザワザ当商店へ罷り越した、新得意で厶います。どうぞ安く負て御譲り下さいませぬか』 アナン『御註文の品物とは一体何物で御座いますか。動物か、植物か、器具か或は魚類か、貝類か、何なつと御註文次第、有さへすれば只でも進ぜませう。併し乍ら無いものは御免を蒙つておかねばなりませぬ』 国依別『吾々の買ひ求めに来た者は動物や植物ではありませぬ。摺出しと、キギスと住家とで御座いますよ』 アナン『へー、これは又妙な御註文ですな。キギスなどは此館には居りませぬ。摺火もなければ売る様な家も生憎仕入れて居ませぬので、どうぞ外さまを御尋ねなさつて下さいませ。へー毎度有難う、御贔屓に預りまして……』 国依別『毎度御贔屓と云ふが、今日始めて註文に来たのぢやないか』 アナンは切りに腰を屈め、揉手をし乍ら、 アナン『へー、これは商ひの習慣で御座いまして、始めての御客さまでも、毎度御ひいきに……と云ふ事になつて居りまする。どうぞマア奥へお這入り下さいまして、京の御茶漬けでもドツサリ食つて下さつて、御帰り下さいませ』 国依別『最前の吾々が註文致した、キギスと云ふのは、三五教のキジ公の事だ。又摺出しと云ふたのはマチ公の事だよ。住家と云ふたのはエスと云ふ事だ。何時までも穴倉の中へ仕舞ひ込みておいても、余り利益にもなりますまい。新規流行の此時節、寝息物になれば売れ行きが悪くなるから、買手のある中にお売りになる方がお店のお得だと考へますがなア』 アナン『コレ計りは親方の意見を聞かねば、番頭の自由にはなりませぬから、一寸待つてゐて下さい。マア奥に旦那様がお茶でも立ててお待受で御座いますから、どうぞ何なら御這入りになつては如何で御座います。たつて厭なお方に這入つて貰ひたい事も御座いませぬ……では御座いませぬが』 国依別『何は兎もあれ、奥へふみ込み、ブールの大将に直接面談を遂げ、三人の男を受取つて帰りませう。……サア姫様、エリナさま、私に従いて御出でなさりませ』 と無理に行かうとするを、アナンは大手を拡げて、 アナン『モシモシそれは余り理不尽と申すもの、暫くお待ち下されば、教主の御許しが出ますから、それ迄余り永くとは申しませぬ。暫くお待を願ひます』 国依別は、 国依別『イヤ、少しも猶予はならぬ。邪魔めさるな』 と進み入るを、又もやアナンは大手を拡げて、『待つた待つた』と後退りし乍ら、行手に塞がり、過つてキジ、マチの落込める落し穴へ真逆様に自分も落ち込みにける。 国依別『ヤア自分の作つた陥穽へ自分がはまるとは、実に天罰と云ふものは恐ろしいものだナ。併しチツとも油断は出来ない。……紅井姫様、エリナ様、国依別の歩いた足跡より外を歩いちや可けませぬよ。大変な危険区域ですから……』 と云ひ乍ら、陥穽を上から覗き込めば、穴の底にキジ、マチの両人が今おち込みしアナンを引捉へ、 キジ『サア、アナン、貴様も此処へ落込みし以上は、最早叶ふまい。一時も早く俺達を救ひ上げる様に、大将に歎願致せばよし、グヅグヅ致すと、生首を引抜いて了うぞ。モウ大丈夫だ、上から何を落としよつても、貴様の体で受ければ好いなり、良いものが降つて来たものだ。万一腹が減れば貴様の肉を食つてやるなり、何と云つてもモウ此方のものだ。アツハヽヽヽ』 と笑ひ乍ら、空を仰ぐ途端にふと目に付いたのは国依別の宣伝使であつた。キジ公は思はず、 キジ『ヤア宣伝使様、能う来て下さいましたナア』 マチ『今日か今日かとマチ公はマチかね山の時鳥、マチに待つたる今日の吉日、アナ有難やアナ尊や、アナ嬉しやなア。穴の中へアナンが又降つて来ました。モシ宣伝使様、あなたさへ御越し下さらば最早千人力です。どうか、梯子をかけて下さいませ。梯子が無ければ、太い綱を吊りおろして下さらば、それに縋つて上ります』 国依別『永らくの御隠居、さぞ精神修養が出来たでせう。実に国依別はお羨ましう存じますワイ』 キジ『何事も善意に解釈すれば、陥穽だつて、別に苦しいとは思ひませぬ。本当に神様の御蔭で、キジ公も結構な魂研きをさして頂きました』 国依別『それ程結構ならば、モウ暫く御両人共、そこで徹底的の修業を遊ばしては如何ですか』 マチ『イヤもう是れで一寸一服さして貰ひまして、又更めて荒行にかかりますから、どうぞ一刻も早く吊り上げて下さいませ。併し、此アナン殿は今這入つたばかしですから、上げては気の毒です。せめて四五年も、実地修行の出来る迄、此井の底で断食修業をさしてやりませう。……なア、アナン、それが結構だらう、吾身を抓つて人の痛さを知れ……と云ふ事がある、吾々も永らく結構な深い、冷たい陥穽の御世話に預つて、此御恩は忘れられませぬワイ。己の欲する所は之を人に施せ、欲せざる所は人に施す勿れ……と云つて、吾々は大変に此陥穽の底が気に入つたから、アナンさまにも御神徳の丸取りをせずに、分配してあげませうかい』 アナン『誠に済まぬ事を致しました。どうぞ今迄の事は一条の夢とお忘れ下さいまして、此アナンをあなたと一所に引上げて貰ふやうに国依別さまに、お願ひ下さいな』 キジ『ヤアそれは願つてあげませう。併し何時上げて下さるかはキジ公が保証する事は出来ませぬよ。人間は刹那心が大切だ。マアゆつくりと気を落着けて居られたがよからう。泰然自若として山岳の動かざるが如し底の大度量がなくては、ウラル教の幹部は勤まりますまい、アハヽヽヽ』 斯く云ふ中、国依別は縄梯子を捜し出し、パラリと吊り下ろせば、一番にキジ公は、猿の如く縄梯子を伝ひあがる。次で、マチ公が上がつて来た。今度はアナンが一生懸命に縄梯子に手をかけ、二段三段上がつた所を、キジ公縄梯子の結び手をプツツと切つた。アナンは再び井戸の底にドスンと音を立てて尻餅をつき、 アナン『助けて呉れい、助けて呉れい』 と叫んで居る。キジ公は上から、 キジ『助けてやらぬ事はないが、それには一つ註文がある。其註文に応ずるかどうだ』 アナン『ハイハイ、何事も御註文に応じます。最前も国依別様に無類飛切り、めちやめちやの投売を致しますと、約束しておきました。ドツと負ておきますから、精々御註文を願ひます。其代り、私を井戸から上げて下さるでせうなア』 キジ『負る品物を上げるといふ事があるかい。就いては註文の次第は、エスの所在はどこだ。それをキツパリと白状するのだ。さうせなくてはキジ公も助けてやる事は出来ぬワイ』 アナン『エスさまですか、そりや私では分りませぬ。ブールの大将に聞いて下さい。大将が秘密にして居りますから、吾々の窺知を許しませぬ』 国依別は言も急がしげに、 国依別『キジさま、マチさま、サア是れから気をつけもつて奥へ参らう。……アナンさま、暫くそこで修業をなさいませ。キツと救ひ上げますから、併し乍らエスの所在が分り次第助けますから、それ迄そこで御辛抱をなさいませや。何か御入用の物が厶いますれば、何なりと遠慮なく仰有つて下さいませ。石の団子でも、砂の握り飯でも、蛔蟲虫の素麺でも、御註文次第、勉強して御安く差上げますワ、アハヽヽヽ』 と笑ひ乍ら、教主の居間を指して、三男二女の一行は足許に気をつけ乍ら、進み行く。 (大正一一・八・一九旧六・二七松村真澄録) (昭和九・一二・一七於七尾市王仁校正) |
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霊界物語 | 31_午_南米物語3 国依別の旅 | 12 冷い親切 | 第一二章冷い親切〔八七八〕 ユーズは国依別、外二女の茲に現はれしと聞き、驚いてアナンを入口の方に向はしめ、何とか彼とか言つて、其間にブール教主を納得させ、エスを水牢より救ひ出し、何喰はぬ顔をして、甘く国依別の歓心を買ひ、鋭鋒をさけむと苦慮し乍ら、ブールの居間に慌ただしくかけ入り、 ユーズ『モシ、教主様、タヽ大変な事が突発致しました』 ブール『大変とは何事だ』 ユーズ『ヘエ一寸申上げて能いやら、上げぬがよいやら、私には見当が付きませぬが、兎も角も申上げて見ませうかな。大変にあなたが御喜びの話と、お驚きの話とが、ごつちや苦茶になつて居りますので、実はどうも、お目出たいやら、お気の毒やらで、実は申上かねてゐます』 ブール『構はないから早く言つて呉れ』 ユーズ『あなたの数年前から御執心遊ばすヒルの都の紅井姫様が、ブール様に直接お目にかかつて、お願申したい事が御座いまして、ワザワザ御伺ひ致しました……と仰有つたかどうか、其点迄はハツキリと存じませぬが、マアマア美人と云ふものは人気のよいもので御座いますワイ』 ブール『ナニ、ヒルの館の紅井姫が訪ねて来たとは、そりや本当か』 ユーズ『本当も本当、一文生中の掛値も御座いませぬワイ。付いては喜びあれば悲しみあり……とか申しまして、あなたがお聞きになつたならば、さぞやさぞや、ブールブールと慄ひ上つて、顔の色まで青くなり、家の隅くたに、人に顔をも能う見せず、縮み上りて居らねばならぬぞよと、三五教の御神諭の様な事になるかも知れませぬ。それだから第一に国依別の遣はしたキジ、マチの両人を救ひ出し、彼奴にドツサリ酒でも呑まして口塞ぎをし、又エリナの父のエスをば、今の中に牢獄から引張出し、此奴も十分大切にして御馳走責めに会はし、何も言はない様にするのが上分別だと考へますが、どう取計らひませうかなア』 ブール『そりや大変だ。表口はアナンが、さうして暇取らせて居る間に、早くこちらは準備をせなくてはならぬ。お前御苦労だが、エスを早く引つ張出して来て呉れ』 ユーズ『これはこれは誠に以て、吾々如きはした者の進言をお聞届け下さいまして、御仁慈深き教主殿の御心、イヤもう吾々が助けて貰つたように有難く存じまする。エスも本当に気の毒なものですワイ。ウラル教の宣伝使であり乍ら、三五教の神司を泊めたとか云つて、世間狭い事を主張し、無理難題をかけて、あの様な所へ放り込みおくと云ふ無慈悲な事で、如何して御道が拡まりませうか、神様の大御心に叶ひませうか、オツト待てよ、エスを放り込みた張本人は矢張ユーズだつた。ヤア是は取消します。教主さま、もし国依別が誰がエスを放り込みたかと尋ねたらあなたは此ブールだと、部下の責任を引受けて言つて下さいや、頼みますから』 ブール『何をグヅグヅ云つてゐるのだ。間髪を入れざる此場合、早く行かないか。ユーズの利かぬ奴だなア』 ユーズ『教主様のユーズが利かないから、それで先へ御相談をして居るのぢやありませぬか。折角引つ張出して来て、私が一人悪者にせられちや、やり切れませぬからなア』 ブール『どうでもよい、俺が引受けてやるから、早く出して来い』 ユーズ『ハイ畏まりました。ウントコドツコイ、シテコイナ』 と尻ひつからげ牢獄指して、タツタツタツと暗がり道を走り行き、漸く水牢の外面に走り寄り、 ユーズ『コレコレエス様、さぞさぞ御難儀で御座りましただらう。何分ここの大将がブールブール言うて怒り散らし、此ユーズが融通を利かして、幾度も救ひ出してあげたいと思ひ、骨を折りましたけれど、何と云つてもお前さまは、一生涯出す事は出来ぬと頑張つて居りましたよ。本当にひどいものですなア。併し乍ら昼も夜も私が、教主の側に附添うて千言万語を尽し、漸くあなたを救ひ出す段取りになりました。サア早く出て下さい』 と云ひ乍ら、錠をガタリと外した。エスは暗い牢の中から、 エス『何と言つても、吾々は此処を結構な御宮殿だと考へ、天然に湧き出る岩の水を掬つて呑み、始めは少し暗かつたが、目が馴て来て、そこらが少し明かるくなつた。滾々として流れ出づる清泉を眺め、瑞の御霊の大神様の御恵みは此通りと、私は結構な修業をさして貰つた。誰が何と云つてもここを出る事は出来ぬ。酒が呑みたいと思へば此清水は酒と変り、葡萄酒と変り、厚き神の御恵を結構に身に浴びて居るのだから、そンな殺生な事を云はず、そこを締めておいて下さい。何と云つても、吾々はここを出る事は不賛成ですワイ』 ユーズ『コリヤ又妙な事を仰有りますなア。こンなせせつこましい所へ閉ぢ込められて、苦ンでゐるよりも、広い世界へ飛び出して、自由自在に、ちつと外を眺めて見たらどうですか。天は青くすみ渡り、山川は清くさやけく、田の面には黄金の波が打ち、鳥は歌ひ蝶は舞ひ、果物は稔り、花は咲き、こンな所に蟄居してるのとは比較になりませぬよ。サア早く出て貰はぬと、此館に詰らぬ事が出来るのだ。サア頼みだから、どうぞ出て下さいな、サア早う早う』 エス『吾々は誰が何と云つても、此処を出る事は出来ない。お前たちは狭い牢獄だと思つてゐるだらうが、神の恵を受けた俺達の目から見れば、此狭い一室も宇宙大に見えるのだから、仕方がないワ。小鳥を籠に永らく飼うておき、戸をあけて広い世界へ放り出してやつても、其鳥は又元の籠が恋しうて帰つて来るものだ。おれも斯うなつては挺子でも棒でも動きませぬぞや。汚らはしい事を言はずに早く立去るが良い』 ユーズ心の中にて、普通では此奴は動きよらぬと考へ……エリナが此処へ来て腹痛を起してゐると云へば、何程頑固なエスでも、吾子を見たさに、出ると云ふだらう、オウそれがよい……と心にうなづき乍ら、 ユーズ『実の所はお前さまの独娘、エリナさまが、ここへお迎へにお出で遊ばし、今ブールさまの御居間で腹痛を起し、お父うさまに会ひたい会ひたいと仰有るのだから、お前さまも子の可愛い味は知つてるだらう。 白銀も黄金も玉も何かせむ子にます宝世にあらめやも と云ふ歌があるでせう。其大切な子が来てゐるのぢや。サアサア早く出て、エリナさまに目出たく対面してあげて下さいナ。親が子に対する愛情は、到底門外漢の伺ひ知る所ではないさうだ。 早乙女や子の泣く方にうゑて行き 拾はるる親は蔭から手を合せ と云つて、子位可愛いものはないぢやないか、なあエスさま』 エス『アハヽヽヽ、国依別の宣伝使が御出になり、ヒルの館の紅井姫様と、吾娘のエリナの三人がやつて来て、キジ公、マチ公両人を救ひ上げ、今ブールの居間に乗込まうとする最中であらうがナ。ブールの大将橡麺棒を喰つて、甘く其場をつくらはうと思ひ、今更俺を大事相にして見せたつて駄目だよ』 ユーズ『ヤア、何時の間にそれ丈何も彼も能く分る様になつたのかな。大方金毛九尾でも憑きよつたのだな。どうも怪しい。こンな所に居つて何も彼も皆知つて居るぢやないか』 エス『俺をどなたと心得て居るか。永らく此泉の湧き出づる牢獄内に於て御霊を清め、大悟徹底した御蔭で勿体なくも木の花姫様の御分霊を戴き、何もかも世界中の事が見えすく様になつたのだ。俺の女房もあの地震で亡くなつたであらうがな。あの様な分らぬ奴が残つて居ると、大切な神業の邪魔を致すに依つて、神界から御引上になつたのだ。決して俺は女房位には目をくれてをらぬ。又何程吾子が可愛いと云つても、神様には変へられないから、もしもエリナが親に会ひたいと思ふならば、ここ迄面会に来たがよからう。何と云つても、出ぬと申したら、金輪際、五六七の世迄も此処を出ないのだから、早くブールに向つて、さう云つておくがよからうぞ。あゝ折角気分よく眠つてゐた所を醒まされて、気が利かない。マアゆつくりと此処で一寝入りして、岩屋の中の活劇を透視する事にせうかい』 と云ひ乍ら、ゴロンと横になり、早くも蒲鉾の様に、板を背中に負うて、グウグウと鼾を掻き、[※御校正本・愛世版では「早くも板を背中に負うて、蒲鉾の様に、グウグウと鼾を掻き」だが、カマボコのようにグウグウと鼾をかくとはどういう意味なのか不明である。校定版・八幡版では「早くも蒲鉾のやうに、板を背中に負うて、グウグウと鼾をかき」に直している。霊界物語ネットでも読者の混乱を避けるため、校定版と同じように「蒲鉾の様に」の位置を直した。]寝入らむとする。落つき払つたエスの態度に、ユーズは呆れ果て、すごすごとブールの居間に帰り行く。 国依別は二男二女を伴ひブールの居間に通れば、ブールは俄に態度を変へ、庭に下り、揉手し乍ら、 ブール『これはこれは、国依別様其外御一同様、よくマア斯様な所へ御来訪下さいました。先達ては三倉山の谷川に於て、失礼を致しました。実にあの時のあなたの理義明白なる御言葉には感じ入りまして、私かに御高徳を慕つて居りましたが、何分にも沢山の部下の手前、其場であなた様の御弟子になる訳にも行かず、今日迄どうぞしてあの宣伝使にお目にかかり、立派な御教を聞かして頂きたいと、朝な夕なに念じて居りました。其功空しからず、今日は又何たる吉日でせう。あなた様のみならず、皆様も賑々しく御来訪下さいまして、何と御礼申してよいやら御礼の言も分りませぬ。ヤア御遠慮なくズツと御入り下さいませ、今に御酒の用意も出来ませうから』 国依別『仮令心は反対でも、さう御叮嚀な言霊を使つて貰ふのは気分の良いものですよ。左様ならば、遠慮なく国依別も、御免を蒙りませう……サア皆さま、私と一所におあがりなさいませ』 ブール『サアどなた様も、むさくるしい所で御座いますが、ブールの私が居間です。御遠慮なく、ズツと奥へお進み下さいませ』 五人『ハイ有難う』 と五人はブールの居間に半月形に坐り込んだ。ブールは恐る恐る手をつき、国依別の発言を待つて居る。 国依別『どうも永らく、キジ、マチの両人が、深い冷たい御同情に預りまして、おかげで生命丈は取りとめました。是と云ふのも全く尊き神さまの御守り、又あなた様の残酷なる同情に依つて、おかげで両人は魂を研き、立派な人間に仕上りました。更めて国依別、御礼を申します』 ブール『ハイ、誠に行届かぬ事で御座いました。何分災は下からと云つて、私ブールの知らない事を、下の奴等が勝手に致すもので御座いますから、エヽ、キジ、マチ両人さまにも、どんな御扱ひをして居つたか、私はちつとも存じませぬ。定めて御不自由で御座いましたらう。これも前生の因縁だと諦めて、どうぞ御立腹の点は見直し聞直し、お許しあらむ事を御願い致します』 キジはニコニコし乍ら、 キジ『モシ、ブールさまどうも有難う御座いました……とは申されませぬ。併し修業を致しまして、魂を研いたのは私の信仰の力で御座いますから、あなたの感知さるる所ではありませぬから、お礼は申しませぬワ。なア、マチ公さうだらう』 マチ『さうともさうとも、余り人を虐待しておくと、後が何々ぢやからなア。一本のマチくづがあれば、大都会でも、三千世界でも焼きつくせるのだから、此マチ公だつて馬鹿にはなりませぬワイ。罷りマチがへば、どこやらの人が、ブールブールと蒟蒻のお化のやうに震ひ上る様な悲惨事が突発するかも知れませぬワイ。用心なさいませや。マチも湿つて居る間は至極安全ですが、湿つぽい陥穽から這ひあがつて来てこう燥ぎ出すと、随分険呑ですよ。アハヽヽヽ』 ブール『御立腹は御尤もで御座いますが、どうぞ神直日大直日に見直し、聞直して下さいませ。ブールが御詫致します』 マチ『アハヽヽヽ、コリヤ嘘だ、マチがひだ。吾々は三千世界に敵もなければ味方も持たない。只神様を親とし、世界万物を兄弟と思つてゐるのだから、決して祖神様の御心配をなさる様な兄弟喧嘩は致しませぬから、ブールさま御安心下さいませ。ここに雛さまの様にして並ンで御座るナイスは、ヒルの神館の有名な紅井姫様で御座いますよ。そしてモ一人はお前さまが水牢に入れて苦めて居るエスさまの娘エリナさまですよ』 と言尻に力をこめ、大声に思はず呶鳴つて、目を剥き睨みつける。ブールは驚いてブルブルと身を震はし、 ブール『ハイ、左様で御座いますか、能うマア来て下さいました。お父さまも世間からは如何云つて居るか知りませぬが、十分大切にして居つて貰うて居りますから、今に茲へお出でになりませう。どうぞ御安心下さいませ』 キジ『さうでせう、キジの私さへも陥穽に落し、エス様を真黒けの水牢の中へ大切に漬けておくのだから、呆れますワイ。吾々も同じく、陥穽の底で、大切に梨の腐つたのや、林檎の虫喰ひを、あひさに当てがはれ、随分大切にして頂きました。なアエリナさま、ブールさまに能くお礼を申上げなさいや。丸で鬼の様な蛇の様な残虐なブールさま……ではない……事はない事はない事はないのですから、そこはそれ、御礼にもいろいろ種類がありますからなア』 斯く話す折しもユーズは真青な顔をし乍ら、のそりのそりと此場に帰り来たりける。 (大正一一・八・一九旧六・二七松村真澄録) (昭和九・一二・一八王仁校正) |
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176 (2022) |
霊界物語 | 31_午_南米物語3 国依別の旅 | 13 姉妹教 | 第一三章姉妹教〔八七九〕 ブールは国依別一行と共に奥の間に端坐しキジ、マチ、エリナ、などより耳の痛い様なくすぐつたい様な御礼の詞を受け乍ら、どうぞ早くユーズがエスを此処へ連れて来て甘くやつてくれないかなア……と心待ちに待つて居た。 そこへユーズが拍子抜けのした顔をさげてやつて来たので、ブールは早くも其顔色を眺め、エスがもしや牢死でもしてゐたのではなからうか、万々一そンな事があろうものなら、如何して此場を甘く切り抜けようか、数百人の部下はあつても、何れも国依別に対しては、無勢力の腰抜計りだ。進退これ谷まつた……と心の中に独り打案じ乍ら、ブールは余所余所しく、 ブール『オイ、ユーズ、エス様は御機嫌ようゐらせられたかなア』 ユーズ『何時の間にやら御歴々方の御入来、ヤアこれはこれは国依別様、よくマア此茅屋へゐらせられました。何分親指がなつてゐないものですから、甘く滑車が運転致しませぬ。吾々も殆ど機関の油が切れて、声を上げむ計りになつて居ます……あなたは素敵滅法界なナイスさま、どこからお越しになりましたか。天の河原に玉の御舟を泛べ、月の鏡を懐中に入れ、黄金の棹をさして、お下り遊ばした棚機姫様か、但は天教山の木の花咲耶姫さまの御降臨か、松代姫様の御再来か、何とも云へぬ立派なお方で御座いますなア』 と追従たらだら述べ立てる。 ブール『左様の事を尋ねて居るのでない。エス様は御機嫌うるはしくゐらせられたか……と云ふのだ』 ユーズ『ハイ、教主様のあなたが発頭人で水牢へ打込み遊ばした、あのエスさまの事ですかい。斯う申したと云つて、千座の置戸を負ふのは、人に将たる者の当然負ふべき職掌ですから、どうぞ悪く取らない様にして下さいませ。吾々一統はそンな残酷なことをするものでないと御意見申上げましたのに、あなた様は首を左右に傲然とお振り遊ばし、ジヤイロコンパスの様に目玉を急速度を以て回転させ、チツともお聞き遊ばさぬものだから、とうとうあの様な大惨事が突発したので御座いますよ。あなたの仰有る通り、吾々が正直に守つて居るものならば、エスさまは遠の昔、幽界の人になつてゐられるのですが、見えつ隠れつ、此ユーズが甘い物を持運び……オツト、ドツコイ教主さま、そンな六つかしい顔をしちやなりませぬぞ。すべて部下の罪悪を一身に引受け、一言も呟かないのが将たる者の襟度で御座いますよ。マア兎も角、後は云はいでもお察しを願へば、国依別さま、エリナさま、大体判断はつくで御座いませう』 国依別『ブール様、随分エスさまは苛酷的な御同情を蒙られたと見えますねい』 ブール『さう言つて貰ひますと、何とも御返事の仕方が御座いませぬが、実の所はユーズが……』 ユーズ『モシモシ教主さま、さう脱線しちやいけませぬよ。それでは教主たる価値はサツパリ零ですよ。モウ斯うなる上は旗色の好い方へ従くのが利益だ。仮令ブールさまに何々せられても、構ひませぬワイ。国依別様に何々してドツとお気に入り、結構な宣伝使にして貰つて、都合好くば、エー○○を○○に貰ふやうになるかも知れない。それだから、見えつ隠れつ、お父うさまのエスさまを大切にして来たのだ。なア、エリナさま、斯う見えても、表は表、裏には真に美はしい慈愛の涙を湛へて居る苦労人で御座いますよ』 エリナは『ヘエン、左様ですかいナ』と空にうそぶく。 ブール『何を云つてゐるのだ。エス様を早く迎へて来ぬか』 ユーズ『ハイ、何と云つても、流石はエスさまさまですよ。ヤツパリ私の睨ンだ通り、偉いですな、見上げたものですよ。私が何程申上げてもビクとも動かうともなさいませぬワイ。丸で死ンだ馬の様ですワ』 エリナはサツと顔色を変へ、 エリナ『エー、お父うさまが亡くなつたのですか』 ユーズ『イエイエどうしてどうして、海老の様にピンピンシヤンシヤン撥ねまはつてゐられます。実の所を何もかもブチあけて申上げますが、今日迄大変にブールさまの命令に依つて虐待をして居りましたが、あなた方がお出でになつたと云ふので、レコの大将、ブールブールと地震の孫の様にふるひ出し、大に蒟蒻(困惑)致しまして、俄思ひ付の一芝居、エスさまを、あなた方よりも一足先ここへ出て来て貰ひ、酒でもドツサリ呑まして篏口令を布き、ヤツと此場の芥を濁さうと遊ばしたのですが、お前さまの来やうが余り早かつたものだから、すべての計画が喰ひちがひ、たうとう画餅になつて了つたのです。子供か何ぞの様に、酒位呑まして機嫌をとり、今迄の虐待振を隠さうと思つても、駄目なことはきまつてをるのに、あわてた時と言ふものはそれ位の知慧より出ませなンだワイ。本当に余り教主様の知慧が薄つぺらなのには、部下一同こンにやく否困惑の体で御座います。決して決して此ユーズが悪いのぢや御座いませぬ。一番先にエスを入れようと発起したのはユーズぢや御座いませぬから、其お積りで願ひますよ。そしてエスさまは何もかもチヤンと御存じで、あなたのここにお出でになつた事もとうしだとか、すいのうだとかで、よく御承知で御座いましたよ。こンな結構な御みとの中において貰うて、誰が出るものか、千年万年経つたとて、いつかな動きは致さぬと、それはそれはエライ頑張り様で御座います。察する所教主のブールさまが、エスさまのお側へ自らお出でになり、頭を下てお詫をなさらねば到底お出ましになる気遣ひはありませぬワ』 国依別『ブールさま何うでせう。国依別が直接エスさまの居られる所へ参りましたら……さうでなければ、年寄の片意地、中々動きますまいで……』 ブール『あンな所を見られましては、誠に済みませぬ。是から私が参つてお連れ申して来ますから、どうぞ此処に暫く待つてゐて下さいませ。……サア、ユーズお前も出て来い、又せうもない事を喋ると可けないから……』 ユーズ『さうでせう。私がここに居りますのは、定めて御都合が悪い事ぢやと、前以て承知致して居りますワ』 国依別『サア皆さま、行きませう。ユーズさま、案内して下さい、エリナさま、これから恋しいお父うさまに会はして上げませう。御喜びなさいや』 エリナ『ハイ、有難う御座います。何分宜しく御願申します』 茲にユーズを先頭に、ブールを始め、国依別の一行は地底の薄暗き水牢の傍に探り探り立寄り、 国依別『私は三五教の国依別と申す者で御座います。あなたはウラル教の宣伝使であり乍ら、よくもマア三五教の宣伝使を御世話して下さいました。其為あなたは斯様な所へ押込められ、さぞさぞ御難儀な事で御座いましたでせう』 エスは涙を流し乍ら、 エス『ハイ、有難う御座います。よう来て下さいました。実は昨日迄、非常な、そこに居りまするユーズの奴、虐待を加へましたが、俄に態度が一変し、最前も最前とて、追従たらだら、私を引出し、今迄の悪逆無道の帳消しの材料にせうと云ふ様な、ズルイ事を考へて来た事が分りましたので、ワザと頑張つて、千年万年もこんな結構な御みとは出ないと意地張つてやりました。さうした所が、それを真に受けて心配を致し、頼むの頼まないのつて、実に気の毒なやうでした。誰だつて、斯様な所に半時の間も居りたいものが御座いませうか、御推量下さいませ』 と云ふ声さへも、涙に湿つて聞えて居る。エリナは之を聞くよりワツと計りに其場に泣き伏した。ユーズは周章て抱き起し、 ユーズ『もしもしエリナ様、シツカリなさいませ。此親切なユーズが御介抱致しますれば、モウ大丈夫で御座います』 エリナ『エー父の仇敵、物言ふも汚らはしい、私の体に触つてお呉れな』 と言ひ乍らドンと突き放した。途端に牢の入口が折よく開いてあつた為、忽ち牢の中の水溜りへ真逆様にドブンと落込ンで了つた。 エスは其隙に早くも牢内を駆出し、外から入口の戸をピシヤリと締め、錠を卸して了つた。ユーズは水溜りより這ひ上り、 ユーズ『モシモシ開けて下さい、私で御座います』 ブール『お前だから、放り込ンだのだよ。サア今迄エス様をいろいろと讒言致して罪におとした其方の事だから、今日から罪亡ぼしにエス様の代りに水牢住ひを致すのだ。天罰と云ふものは恐ろしいものだ。現在エスさまの娘エリナさまに押込まれたぢやないか。是も決してブールがしたのぢやない。お前の罪が重なつて、お前を水牢へ投込ンだのだよ』 ユーズ『それは余り胴欲ぢや厶いませぬか。一寸外に忘れた物も御座いますなり、アナンに会うて言ひたい事も沢山ありますから、這入れなら這入りますから、一遍丈出して下さいな』 ブール『ならぬならぬ、自分の悪事を残らず、教主は千座の置戸を負ふべきものだなぞと申して、国依別様一統の前でブールの讒言を致したであらう。その様な大悪人を外へ放養するのは、モールバンドを野に放つたやうなものだからのウ』 エス『お前さま、チツと其処で修行をなさいませ。何程弁解したつて駄目ですよ。此エスがお前さまの部下に、門の入口で捉まへられ、教主様の前に引出された時、教主は何と仰有つたか、覚えて居るであらう。あの時の御言葉に……ユーズ、お前はエスをさう悪く言ふけれど、チツとは考へてやらねばなろまい。世の中は相身互だから、仮令三五教の宣伝使の宿をしたと云つて、そンな小さい事を云ふものでない、許してやつたがよかろと仰有つた時には、俺も有難涙が澪れたのだ。それに貴様が駄々をこねて、教主からして、そンな規則をお破りになるのならば、此ユーズは数多の信徒を一人も残らず引率して、バラモン教に入信し、此館を転覆させて了ひますと云つて、脅迫し、遂に已むを得ず、教主も俺をこンな所へ放り込む事を黙許されたのだ。さうだからお前が悪の張本人だ。お前さへ斯うして何時迄も茲に蟄居して居れば、三五教とウラル教は心の底から解け合うて、互に長を採り、短を補ひ、姉妹教となつて、仲よく神業に参加する事が出来るのだ。サア皆さま、何時迄も斯ンな所に居つても仕方がありませぬ。どつかへ参りませうか』 ブールは、 ブール『どうぞ私の居間迄御越し下さいませ。御案内致しませう』 と先に立つて、吾居間へ帰り行く。後にユーズは声をあげ、 ユーズ『オーイオーイ、助けて呉れ助けて呉れ』 と呼ばはつて居る。一同は委細構はず、ブールの居間に帰り来つて、葡萄酒を与へられ、甘さうに、四方山の話に耽り乍ら、飲ンでゐる。少時らくあつて、教主は奥の間よりいかめしき祭服を着し来り、 ブール『サア御一同様、私は是より神殿へ参ります。どうぞあなた方も御参り下さいませ』 国依別以下は打うなづき乍ら神殿に進み、ブール導師の下に神言を奏上し、終つて再び奥の間に引返し、ブールは心の底より改心の意を表し、国依別の裁決に依つて、エスを教主となし、エリナは内事一切の司に任じ、紅井姫は暫く賓客として、日暮シ山の花と謳はれ、遂に三五教を樹て、ブールの妻となり、ヒルの神館と相提携して、ヒル、カル両国に亘り、大勢力を拡充し、万民を救ひ助け芳名を轟かしける。 ユーズは百日の間の苦行をさされた上、許されて、再び神に仕へ、アナンも亦陥穽の底より救ひ出され、悔い改めて神の道に清く仕へ、一生を安く送る事とはなりぬ。 茲に国依別は四五日逗留の上、キジ、マチの両人を従へ、日暮シ山に別れを告げ、山野河沼を渡り、ブラジル峠を指して、宣伝歌を歌ひ乍ら進み行く。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・八・一九旧六・二七松村真澄録) (昭和九・一二・一八王仁校正) |
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霊界物語 | 31_午_南米物語3 国依別の旅 | 16 天狂坊 | 第一六章天狂坊〔八八二〕 国依別一行は山桃の木の頂点に三つ巴となつて息をころし、早く樹下の二人の此処を立去れかしと、心中私かに祈つて居る。三人が樹上に隠れてゐるとは、神ならぬ身の知る由もなく秋、モリ二人は、木の根株に腰を打かけ、 秋山別『オイ、モリス、何と不思議な事があればあるものぢやないか。現に丸木橋を歌を歌つたり、話合つて通つたのも確実だ。又欅の木に書おきがしてあつたのも、又夢でもなければ、幻でもない。さうすれば何うしても此道を来なくてはならぬ筈だ。何程足が早いと云つても、女の足でさう早く行ける道理もなし、大方天狗にでも抓まれたのではなからうかな』 モリス『ナアニ秋山別、そンな気遣ひがあるものかい。キツと此処へ出て来るに違ひないワ。それにしても、小気味のよい事ぢやないか。国依別が後追つかけて来るとうるさいから、秋さま、モリさま、あの一本橋を落して下さい……なんて、小ましやくれた事を書いてあつたぢやないか。俺やモウあの一言でサツパリ得心して了つたよ。併し乍ら大分に諦めかけて居つた俺の恋は、再燃して炎々天を焦し、咫尺暗澹、疾風迅雷目を蔽はれ、耳を聾せられ、精神恍惚として、魔風恋風に包まれて了つたようだ。それにしてもあの橋位落した所で、国依別の奴、二人の後を嗅ぎつけてやつて来るに相違ないワ。一層の事、国依別が茲へ来るのを待ち受けて脅かしてボツ返してやらうか。それに付いては幸ひ、此山桃の木だ。此上へあがつて天狗の声色を使ひ、呶鳴りつけてやつたら、流石の国依別も思ひ切つて、引返すに違ない。なンと妙案だらう。サアやがて来る時分だ。登らう登らう』 と木の幹に手をかけ、一間計り登りかけた。 国依別はコリヤ面白くない。俺の方から一つ天狗になつてやらうと、心の中に決心し、破れ鐘のやうな声を張上げて、 国依別『ウー』 と唸り出し、 国依別『此方はブラジル山の大天狗、天狂坊であるぞよ。数万年来山桃の木を住家と致し居るにも拘はらず、汚れ果てたる人間の身を以て、此木に登れるなれば、登つて見よ。股から引裂いて了うぞよ。ウー』 二人は俄に顔を真青にし、 秋山別『ヤア此天狗は神王の森の天狗とは余程実のある奴だ。グヅグヅして居るとどンな目に合ふか知れぬぞ。オイ、モリ公、お詫をせうぢやないか』 モリスは慄ひ乍ら、 モリス『モシモシ天狗様、秋公が登らうと云つたので御座います。私は決してそンな失礼な事は致す考へは御座いませぬ。どうぞ許して下さいませ』 国依別『其方は三五教の宣伝使国依別が、一本橋を渡る隙を考へ、橋を落さうと致した大悪人、容赦はならぬぞ』 秋山別『ハイハイ、誠に済まぬ事を致しましたが、これもヤツパリ秋公の恋の懸橋をおとした国依別で御座いますから、仕方がなしに落さうと致しました。併しそれが為国依別が怪我をしたのでも、死ンだのでもありませぬ。どうぞ神直日大直日に見直し聞直して下さりますよう御願致します』 国依別『其方は二人の女の行方を知つて居るか』 秋山別『ハイ、確にあの丸木橋を渡り、こちらへ来た筈で御座いますが、どこに沈没致しましたか、未だに行方不明にて捜索の最中で御座います。どうぞ御慈悲を以て彼が所在を御知らせ下さいますれば、誠に以て有難き仕合せと存じ奉ります』 国依別『汝が尋ぬる二人の女と申すのは、紅井姫、エリナの事であらう』 秋山別『ハイ御存じの通り、其女で御座います。今はどの辺に居りますか、どうぞ附け上りました事で御座いますが、一寸お知らせ下さいますれば大変に都合が宜ろしう御座ります』 国依別『其女は日暮シ山の山麓、ウラル教の館に、両人共機嫌よく暮して居るぞよ。何を踏迷うて斯様な所へ出て来たのか。大盲奴』 モリス『オイ、ヤツパリ日暮シ山の岩窟かも知れぬぞ。今天狗さまが、あゝ仰有ると、俺も矢張そンな心持がして来だしたよ』 秋、小声で、 秋山別『馬鹿云ふない、あの通り立派に女の手で書残しもしてあるなり、現に一本橋を渡る時の声を聞いたぢやないか。此天狗さま、何を云ふか分りやしないぞ。野天狗と云ふ者は嘘計りいふものだから、ウツカリ信用は出来ないぞ』 国依別『此方の申す事をまだ疑うて居るか。それ程疑ふのなら、許してやるから、トツトと此木の上へあがつて来い、天狗の正体をあらはし、アフンとさしてやらうぞ』 秋山別『メヽヽ滅相な、決してウヽヽ疑は致しませぬ。天狗さまに間違厶いませぬ』 国依別『其方が神王の森に於て出会うた天狗とは種類が違うぞよ。天狗と云ふ者は千変万化の働きを致すものだ。又其国々の、国魂に依て別られてあるから、チツとは調子も違うぞよ。余り口答へを致すと、一つ目の剥ける様な目に会はしてやらうか。キジキジも鳴かねば安彦とうたれはせうまいぞ。マチマチに其方の心がなつて、統一致さず宗が彦々、宗彦と動いて居るから、チツと気を落つけて考へたがよからう。此山桃のモリスに立寄り、口を秋、山をアフンと致して眺め、別の分らぬ面付で、何程女の後を捜したとて、分りさうな事はないぞよ。サア早く迷ひの夢を醒まし、一時も早くヒルの国へ帰り、楓別命にお詫を致して、帰参を許して貰ひ、神妙に神界の御用を致すがよからうぞ。ウー』 斯かる所へ見目形美はしき二人の女、スタスタと谷を伝ひ来り、森蔭に立寄り、 女・甲(紅井姫)『誰かと思へばお前さまは、秋山別さまであつたか。あゝどれ丈捜した事だか分りやしないワ。マアよう無事で居て下さいました。お懐かしう存じます。妾はヒルの館で別れてより、今頃はどうして御座るかと、寝ても醒めても心配致して居りました。私は秋山別さま、あなたの御嫌ひ遊ばす可憐の女紅井姫と云ふ者です。アンアンアン』 と目に袖をあて、泣き伏して見せる。 女・乙(エリナ)『誰かと思へばモリスさま、私はエリナで御座ります。一度会うた其日から、お前と私は生別れ、何の便りも内証の、話せうにも言づけせうにも、人目の関に隔てられ、会ひたい見たいと明くれに、こがれ慕つて居りました。お前に会うてさまざまの、恨みも言はう、心の丈も聞いて貰はうと、思ひつめては、又もや起る持病の癪、アイタタアイタタ会ひたかつたわいなア。モリスさま、お前と私と暮すなら、仮令アマゾン河の畔でも、ブラジル山の谷あひでも、厭ひはせぬ、どうぞ私を憐れの女と、可愛がつて下さりませ。コレのうモシ、モリスさま』 モリス『ヤアよう来て下さつた。モリスとても御身を思ふ心に変りのあるべきぞ。雨のあした、風の夕べ、そなたは何処の果てにさまよふかと、思ひつめたるモリスの厚き心、必ず恨ンでばし、下さるなや』 と芝居気取りになつて、やつてゐる。秋山別も負ず劣らず、 秋山別『これはしたり御姫様、チトお慎みなされませ。不義は御家の御法度、何程惚れた男ぢやとて、はるばるブラジル山の谷底まで、尋ね来るとは、チと無分別では御座らぬか。某とても木石ならぬ青春の血に燃ゆる男の身、無下に返したくはなけね共、姫様の行末を思へばこそ、情ない事を……申しませぬ。 ホンに可愛い姫ごぜの、はるばる茲に尋ね来て、夫の後を附け狙ひ、来る心根がいとしいわいのオンオンオンオン、コレを思へば前の世に、如何なる事の罪せしか、千里万里の山坂越え、一丈二尺の褌を締めた、此荒男の身も恥ず、姫の行方を尋ねむと、さまよひ巡りて今茲に、お前に会うた嬉しさは、コレが忘れてなるものか、金勝要大神様の御情深い縁結び、あゝ有難や勿体なやと、大地にカツパとひれ伏し手を合し、男泣きにぞ泣きゐたる』 紅井姫『ホヽヽヽヽ』 エリナ『ヒヽヽヽヽ』 モリス『コレコレエリナ殿、ヒヽヽとは何事で御座るか、モツと品よくお笑ひなさらぬか、見つともなう御座るぞや』 エリナ『ホヽヽヽヽ呆けしやますなや』 モリス『呆けたればこそ、女一人の後逐うて恥も外聞も打忘れ、茲まで苦労を致して居るのでないか、コレ、エリナ姫、野暮な事を言やるなや』 国依別は樹上にて、こばり切れず、思はず、口の紐を千切つて、 国依別『ワツハヽヽヽ』 と笑ひ出せば、安彦、宗彦も同じく、笑ひ出す。 秋山別は、 秋山別『ヘン野天狗さま、是でも日暮シ山の岩窟に居りますかい、済みませぬなア。色男と云ふものはマア、ザツとこンな者ですワイ。お前さまもチツとやけるでせう。気の毒乍ら天狗と云へば偉いようだが、ヤツパリ畜生の中だ。早く千年の修業を了へて、人間に生れて来さんせ。こんなローマンスを実地にやらうとママだよ。なア、モリス、何んぼ天狗は女は嫌ひだと申しても、閻魔さまでも女の白い手で肩をもンで貰うて嬉しさうにして居るぢやないか。天の岩戸の始めより、女ならでは夜の明けぬ国だ。エツヘヽヽヽ、ちツと野天狗さま、けなりい事は御座いませぬか。お前さまの目の前でこンなお安うない所をお目にブラ下げて、お気の毒ですが、これも因縁づくぢやと諦めさンせ。サア紅井姫ここへおぢや』 モリス『エリナ殿サアお出でなさいませ。モリスが案内仕りませう』 『アイ』『アイ』 と優しき声を出し、二人の男に手を引かれ、ドシドシと東南を指して従いて行く。 国依別『サア、もう好加減におりようぢやないか、随分迷惑したねー。今夜木の下で寝でも仕よつた位なら、下りるにも下りられず、大変に困る所だつた。結構な御手伝ひが現はれて、先づ俺達も安心だ』 安彦『どうして又紅井姫さまやエリナさまが、こンな所迄従いて来て、あれ丈あなたにホの字とレの字だつたのに、俄に心機一転遊ばしたと見え、あンな男と意茶ついて、手を曳いて行くなンて、合点が行かぬぢやありませぬか。それだから女は化者だ、油断がならぬと人が云ふのですな』 国依別『本当に化者だよ。うつかり鼻の下を長うして涎をくつてると、眉毛をよまれ、尻の毛迄ぬかれてアフンとするのは、ウスノロ男の常習だよ』 宗彦『何とマア変れば変るものですなア。この宗彦も今度計りは呆れて了ひましたよ。モウ女はゾツとしました。女が是からは何程甘い事を云つたとて、うつかり乗れませぬ哩』 安彦『そンな心配すない。お前等に甘い事を言つてくれる女があるものかい。俺だつて、仮令うそでも良いから、一口位惚れたやうな事を言つて貰ひたいと思うのだが、なかなか言つてくれぬなア。まだ彼奴ア、瞞されてゐるか何うか知らぬけれど、俺から見ると余程女にもてると見えるワイ。エヽ怪体の悪い、本当にのろけを聞かしよつて、彼奴の往つた後を通るのも厭になつて了つたワイ』 国依別『アハヽヽヽ矢張悋けると見えるなア。勝手に男と女とが勝手な事をして居るのだ。別に法界悋気をする必要もないぢやないか。そンな事ではまだ神様の御用をつとめる所へは往かないぞ』 安彦『おかみさまの御用なつとさして頂けば結構だが、私の様な者は到底駄目ですワイ。女に嫌はれるやうな事で、何うして神さまに好かれる道理が御座いませう』 国依別『アハヽヽヽ、ありや女ぢやない化者だよ』 安彦『七人の子はなす共、女に心許すなとか云ひますなア。本当に女と云ふ者は一寸髪を結ひ、白粉をつけ、口紅でもすると、鬼の様な洒面が俄に天女の様に見えるのだから、堪りませぬワイ』 国依別『あれは本当の女ぢやないよ』 宗彦『さうでせうなア、男でさへも人三化七と云ひますから、何れ四足の容物でせう。お姫さまもあこ迄堕落しちや、モウ駄目ですな。何程新しい女が流行すると云つても余り極端ぢやありませぬか。丸で狐が化けとる様なスタイルをしよつて、吾々の前であのザマは一体何だい』 国依別『どこ迄も分らぬ男だなア。あの御方は旭明神、月日明神と云ふ御二方だよ。吾々の迷惑をお助け下さつた結構な白狐さまだよ』 安彦『あゝそれで安彦も分りました。何だか尻に白い尾のやうなものがブラ下がつてゐましたワ。是からあの二人は何うなるでせうかなア』 国依別『どうせアフンとするのだらう。サア行かう』 と国依別の詞に二人は足を早め、谷路を東南さして進み行く。 (大正一一・八・一九旧六・二七松村真澄録) |
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178 (2026) |
霊界物語 | 31_午_南米物語3 国依別の旅 | 17 新しき女 | 第一七章新しき女〔八八三〕 恋の暗路にふみ迷ひブラジル山の谷底迄 情欲の鬼に魅せられてモリス、秋山別の両人は 百津常磐木の山桃の大木の株に憩ひつつ 悲しき恋の叫び声山は裂け海はあせなむ世ありとも いかで忘れむ紅井姫エリナの後をどこ迄も 捜さにやおかぬと雄健びし俄に化た木の上の 天狗相手に大問答烏鷺闘はす最中に 夢にも忘れぬ恋人が不思議や爰に現はれて 恨の数々並べ立てお前は情ない男ぞや かよわき女の身を以て虎狼や獅子熊の 伊猛り叫ぶ山野原慕うて尋ね来た者を 今迄何処にうろうろと主なき花を手折りつつ 妾二人を振り棄ててこンな所迄来ると云ふ 情ない事がありませうか男心と秋山別の 空恐ろしい早変りやいのやいのと取りついて 若い男女の囁きも二人は遂に解け合うて お前の優しい心根をモチいと早く知つたなら こンな苦労はせまいもの恋に上下の隔てない さあさあお出でと手を執つて怪しき女と白雲の 山かき分けて進み行く恋の擒となり果てし 二人の男の身の上ぞ憐なりける次第なり あゝ惟神々々神の御幸を蒙りて 体主霊従の情動に経験深き瑞月や(瑞月) 浄写菩薩の両人が狩野の流れの波高く(波子) 杉の林を村肝の心静かに眺めつつ(林静) 安楽椅子に横たはり遠慮会釈も荒川の 飛沫の音もサワサワとあたりの人を敷島の 淡き煙に巻乍ら国依別の一行が 四人の男女のローマンスいと永々と述べたつる 此物語新しき歴史の様に聞ゆれど 百年千年五千年万年筆の其昔 昔の昔の其昔殆ど三十万年の 古き神代の事ぞかし二人に憑いた副守護神が 肉体かつて経験を喋つて書くと思ふたら 非常に大きな間違ぢやあゝ惟神々々 神の心に見直してすべてを善意に解釈し 此物語聞いてたべ夢か現か誠か嘘か 判断つかぬも無理はない今の世人の心では 神代の人は押し並べて皆正直な堅造で 情欲などに心をば奪はれ苦しむ人なしと 誤解してゐる眼より此物語読むならば 合点の行かぬ事であろ過去と現在未来迄 一貫したる神界の真理に変りはなきものぞ 暫くうぶの心もて只一片の神の代の 恋物語とけなさずに心をひそめて読むならば 苦集滅道の真諦を確かに悟り村肝の 心の暗の明りとも塩ともなりて諸々の 罪や穢れを清め得る清涼剤と信じつつ あらあら茲に述べておくあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ。 恋の擒となつた両人は、怪しき女に伴はれ、茨を分け、萱草の間を潜り、蜈蚣、大蜥蜴の群に驚かされ、蜂には刺され、虻には咬まれ、蚋には悩まされ、酷熱の太陽に曝され乍ら、果てしも知らぬ大山脈の麓を東南指して、当途もなく進み行く。 アマゾン河の支流なる、可なり広き深き、シーズン河と云ふ河堤に、四人の男女は、漸くにして辿り着きぬ。 紅井姫『秋山別さま、あなたは妾を何処迄つれて往つて下さいますの』 秋山別『あなたこそ、私を何処迄伴れて行つて下さるのですか。迷ひ迷うた恋の暗路、行手が知れる様なことなれば、決して恋とは申しませぬワ。姫様が後を向いては、手招きし、早く来い来いと、恋の手招き遊ばしたのを楽みに、何の事はなく、見失つては大変と、敏心の勇み心を振起し、生命を的に従いて来ました』 紅井姫『あなたが妾を妻にしてやらうとの御熱心には妾も感謝に堪へませぬが、男として否人間として、災多き現世に、独立独歩相当の生活を営まむとするならば自分の行くべき所、又進むべき方針がつかなくてはならぬぢやありませぬか。只女の美貌に恋着して、自分の身を忘れ、恋の荒野に彷徨ひ、一寸先の目当も付かぬ様な男子は妾は厭ですよ。女としては男らしい男、気の利いた前途の見える人ならば、どンなヒヨツトコでも、跛足でも目つかちでも、鼻曲りでも、菊目面でも構ひませぬ。甲斐性のある男を、女は好ます。女は男に一生其身を任す者ですから、女の禍福は夫の強弱、正邪勝劣、賢愚等にあります。折角ここまで、お前を伴れて来て、試して見たが、何とマア、お前さまは、交尾期の来た、犬猫の様なものだワ。エヽ汚らはしい、何卒只今限り、こンな見つともない腰抜身魂を、妾の前に曝して下さるな。エヽ好かンたらしい腰抜男だなア』 と云ひ乍ら、秋山別の頭を、白い細い手にてピシヤピシヤと打叩けば、秋山別は、 秋山別『イヤ何とお前にそれ丈の考へがあるとは、今の今迄知らなかつたよ。深窓に育つたお嬢さまだから、何一つ知りはしよまい、是から此秋山別が、いろいろと世間学を仕込ンで、立派な賢母良妻に作り上げ、円満なホームを作り、世界の花と謳はれて、幾久しく、末永う、偕老同穴の契を結ばうと思つて居たのだ。イヤもう今の言葉を聞いて、ズーンと感心した。実の所は是れから、大方針を立てて、夫婦の水火を合せ、神の生宮として、大神業に奉仕すると云ふ大抱負を持つて居る秋山別だから、姫さま、必ず必ず取越苦労はして下さるな。何も彼も、此秋山別が方寸に止めてあるから……』 紅井姫はツンとして、 紅井姫『男と云ふ者は凡て一生の方針を立てて、是なれば妻子を大丈夫に養つて行く事が出来ると云ふ様になつてから、女房を持つべきものぢやありませぬか。それに何ぞや、是から方針をきめると云ふ様な薄野呂男に、何程女が沢山ある世の中でも、一人だつて相手になる者が御座いますかい。いい加減に馬鹿を尽しておきなさいよ。妾は只今限り御免を蒙りませう。其代りお前さまが一人前の立派な男にお成りになつた暁は、何程お前が妾を嫌つても、今度は私の方から放しませぬから、そこまで御出世をして下さい。今から女に心を取られる様な腰抜野郎だつたら、駄目ですよ。第一あなたの身が立たず妾も約りませぬから、どうぞ悪く思はずに諦めて下さい』 秋山別『コレコレ姫さま、一応其お言葉は無理とは思ひませぬが、そりや又余り薄情ぢやありませぬか。貴女を慕うてこンな山奥迄ついて来た男を、今更、一度の枕も交さず、愛想づかしとは、余りで御座います。斯うなつた以上は、私も男の意地、生命にかけても、やり遂げねば置きませぬ。サア姫さま、私の恋は命懸けだ。返答なさいませ。御返答次第に依つては、此儘ではおきませぬぞ』 紅井姫『ホヽヽヽヽ、あのマア腰抜男わいのう。多寡の知れた女一人を捉まへて、脅し文句を並べしやます、其卑怯さ。何程脅喝なされても、そンな事にビリつく様な女では御座いませぬわいなア。ヘンお前さまの様な未練男に添う位なら、一層此シーズン河へ身を投げて死ンだが得策で御座ンすぞえ』 秋山別『死ぬ死ぬ云ふ奴に死ンだ例しなしだ。そンな事を云つて、姫さまは反対に此秋山別を脅喝するのですなア。油断のならぬは女だ。何時の間にこンなお転婆にお成りなさつたのかなア』 紅井姫『ホヽヽヽヽ、婦人開放に目覚めた新しい女ですよ。是でも女子大学の優等卒業生ですから、男の五人や十人、喰はへてふる位は朝飯前の仕事、今迄深窓に育つた未通娘の紅井姫だと思つてゐたのが、お前さまの不覚だ。オイ君、チトしつかりせないと、婦人同盟会を組織し、男子放逐論を主唱し、女尊男卑の社会にして了ひますよ。オツと、君も僕のハズバンドに成りたいと思ふなら、それ丈の資格を具備して来なくては駄目だよ。僕はもう、是から帰るから、君はここでゆつくりと思案し玉へ』 秋山別『何とマア、呆れたお嬢さまだなア。黙つて聞いて居れば、君だの僕だのと、女の癖に何と云ふ事を仰有るのだ。併し乍ら、さう活溌な女と聞けば、なほなほ恋しくなる。お嬢さま、イヤイヤ君、……君といつた方がお気に入るだらう……君と僕と二人相提携して、天下の経綸を堂々と遂行したら如何だね。随分面白からうよ』 紅井姫『エー好かンたらしい男だこと、お前さまの方から吹いて来る風も厭になつた。こンな時代遅れの男とは思はなかつたに、選りに選つて、古めかしい頭脳の黴の生えた骨董品、斯んな品物をウツカリ買ひ込まうものなら、それこそ一生僕の浮ぶ瀬がなくなる。オウさうだ一層の事、此シーズン河へ身を投げて寂滅為楽となり、浮き上つて川瀬を流れたら、それこそ浮む瀬があると云ふものだ。オイ君、僕は是からザンブと計り、投身するから、君は娑婆に残つて、十分の馬鹿を尽し、決して僕の後を尋ねて来ちやならないよ。アリヨース』 と云ひ乍ら、身を躍らしてザンブと計り、シーズン河の激流に飛び込み、パツと立つ水煙と共に後白波と消えにける。 秋山別は水面を眺め、アフンとして、暫し思案に暮れ居たりしが、 秋山別『あゝどうしたら良からうかな。こンな事ならヤツパリ、エリナの方を情婦に持つのだつたに、モリスの奴甘い事をしよつたナ。何時の間にやら、俺達の目を掠め、エリナを伴れて、どこかへ伏艇しよつたと見えるワイ。潜航水雷艇をどこへ伴れて行きよつたかなア。一つ俺もエリナ丸に乗り替へねば、敵艦に向つて夜襲することが出来まい。アーア、掌中の玉を取られたとは此事だ。紅井姫も可哀相に、余り暑い所を無理に歩かしたものだから、陽気のせいで精神逆上し、そこへ数十万年未来のハイカラ女の悪霊が憑依し、君だの、僕だのと、取とめもない事を云ひ、しまひの果にや、シーズン河の投身とお出かけなすつた。どうも気の毒なものだ。あゝ併し俺も斯うして、一人こンな所に溺死よけの石地蔵の様に川を眺めて立つてゐてもつまらないワ』 と呟いてゐる。そこへエリナの手を引いて、モリスはさも嬉し相にニコニコと辿り来り、 モリス『ヤア秋さま、お前はここに居つたのか。紅井姫さまにお前はモウ秋さまだと云つて、エツパツパを喰はされたのだなア、アハヽヽヽ』 エリナ『ホヽヽヽヽ』 秋山別『エヽ喧しワイ、余りハイカラ女で、到底家庭の主婦として不適任だと思つたから、俺の方から秋山風を吹かして、どうぞ是からお前の様な女は、俺に顔を合して紅井姫だと云つて、エツパツパとやつたら、紅井姫が云ふのには……君それ程僕が不信用なら、僕も君に対し、強つて添うてくれとは云はないよ、アリヨースと云つてあつたら生命を水の中にザンブと計り、シーズン河だ、さすがの俺でもチツとは憐れを催し、同情の涙にシーズンで居るのだよ、あゝゝゝとは云ふものの、如何したら姫が帰つて来るだらうかな、思へば思へばいぢらしいワイの、オンオンオン』 エリナ『君は何かい、紅井氏をどうしたと云ふのだい。僕に詳細なる顛末を差支なくば知らして呉れないか。僕大いに期する所があるのだからね』 秋山別『ヤア此奴も又伝染しよつたなア。オイ、モリス、用心せいよ。又ドンブリコと計画に取掛られるかも知れないぞ。こンな所で、舟の一艘や二艘沈めたつて、閉塞隊の御用も勤まるものでなし、丸で淵へ塩をほり込むやうな不利益だから、シツカリエリナ君を捉まへてゐ玉へ。僕は経験上、君に注意を与へておくよ』 モリス『あゝ、モリスも薩張り合点の行かぬ事になつて来たワイ』 と拍手し終つて『惟神霊幸倍坐世』を三唱し、何事か切りに暗祈黙祷を久しうして居る。 (大正一一・八・二〇旧六・二八松村真澄録) (昭和九・一二・一九王仁校正) |
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霊界物語 | 31_午_南米物語3 国依別の旅 | 18 シーズンの流 | 第一八章シーズンの流〔八八四〕 エリナはモリスの暗祈黙祷せる姿を嘲笑的に流し目に見やりつつ、秋山別に向ひ、 エリナ『オイ秋山君、君は紅井君を如何したのだイ。まさか君の云ふ様に、シーズン河へ投身する様な馬鹿な女でもあるまいがねー。もし僕だつたら、君の様な蜥蜴君には命をすてる様なこたア、馬鹿らしくて出来ないね、又君も君ぢやないか、あれ程スヰートハートしてゐた紅井君が水中に陥没したのだから、此際対岸の火災視して居る訳にも行かぬぢやないか。男子と云ふ者は随分無情冷酷なものだね、それだから吾々目ざめた婦人達は、婦人開放論を唱へたり、女権拡張を高唱したり、婦主夫従の法律を制定せむと躍起運動をやらなくちやならないやうになつて来たのだ。君も真に紅井君に同情をよせてゐるのならば、なぜ身を挺して水中に飛込み救ひ上げないのかイ。此渓流を眺めて恐ろしくなつたのだなア。実に卑怯な男だね。こンな男に狙はれた紅井君も迷惑だ。僕だつて、こンな男子と一日でも添はねばならぬと思や、紅井君ぢやないが、僕も一層の事淵川へ身を投げて死の神の手にキツスをしたくなつて来るよ。君も余程デレ助の割には、物の分らぬ人物だね』 秋山別『ヤア又妙な事を口走り出したぞ。何でも此辺には悪霊が沢山居ると云ふ事だから、可愛相に、憑依されたのだなア。オイオイモリス君、君もちつと心配してやつたらどうだイ。何程拝ンで居つたつて、此発動は容易に停電する気遣ひはないよ。君と僕と相提携してエリナ君を説服し、元のエリナの精神に立直してやらうぢやないか』 モリス『オイ、秋山別、お前もヤツパリ感染して居るようだぞ。エリナさまと同じ様に君だの僕だのと、そンな言を使うない。今迄の様に俺とか、わしとか、お前とか、貴様とか云つたら如何だい。そンな言を使ふと、俄に何だか二十世紀とか云ふ世の中が思ひ出されて来るワ』 秋山別『あゝさうだつたなア。ウツカリして居つて類焼の厄に会う所だつた。幸ひお前の蒸気ポンプがあつた為に延焼の害を免れてマア結構だ。併しエリナさまの此発動は困つたものだね』 エリナ『皆さま、御心配して下さいますな。妾はおかげに依つて、精神快活になりましたよ。如何して今の様なハイカラな御転婆になつたのでせうか。わたし、お二人さまのお顔を見るのも恥かしうなつて来ましたワ。ホヽヽヽヽ』 と赤い顔をし乍ら、袖にてかくす其殊勝さ、何とも云へぬ趣がある。二人は恍惚として、エリナ姫を眺め居る。 モリスは秋山別に向ひ、一寸腰を屈め、いと叮嚀な言葉で、 モリス『秋山さま、今日は存じも寄らぬ事が出来まして、さぞさぞ御愁歎で御座いませう、御察し申上げます。折角茲まで漕ぎつけて、いよいよ夫婦結婚の式をあげようと云ふ間際になり、紅井姫さまは無情の風に誘はれて遠い国へ御旅立、さぞ御淋しう御座いませう。身につまされて同情の涙に堪へませぬ』 秋山別『ハイ有難う存じます。紅井の花も半開にして散りました。無情の嵐に吹かれて、手もなく打おとされ、実に残念で御座います』 と鼻をすする。 エリナ『モシ秋山さま、あなた紅井姫様を本当に女房にする御考へでしたか』 秋山別『ハイ寝ても醒めても吾目にちらつき、一刻も忘れた事のない紅井姫さま、実に残念な事を致しました。ヒルの都の楓別さまが此事をお聞き遊ばしたら、嘸お歎き遊ばす事で御座いませう』 エリナ『あの方を本当の紅井姫様と秋山さまは思つてゐらつしやいますのですか。あの方は旭……否々旭の直刺す、夕日の日照らすヒルの国の紅井姫によく似た御方で御座いますが、妾の考へでは少しくお背が高い様な気が致しまして、どうも合点が参りませぬワ』 秋山別『ハイ何分十九の花盛り、背の伸びる最中ですからなア。若い女と云ふ者は、三日見ぬ間に桜哉で、見違へるように変るもので御座います。私は決して外の方とは思ひませぬワ』 エリナ『そんならエリナの私はどう見えますか』 秋山別『秋山の目にはどうも見えませぬな。別に変つた所もない様です』 エリナ『折角此処まで御伴願ひましたが、これで妾はお暇致します。お二人共、御機嫌よく御修業遊ばし、天晴れ立派な男となつて、ヒルの国へ帰り、元の如く神界の御用を勤めて下さいませ、左様ならば……』 と足早に立つて行かうとするのを、モリスは周章てて、 モリス『モシモシ、エリナさま、一寸待つて下さい。私が此処迄はるばるやつて来たのは、何の為か、貴女御存じでせうなア』 エリナ『ハイよく存じて居ります。あなた方御二人様は恋の虜となつて、紅井姫様を女房にせうと、昼も夜も争ひ、修羅をもやして御座つたのぢや御座いませぬか。私はホンのあなたの目から副産物位に見做されて居つたはした女で御座いますよ。あなた方も当の目的物たる紅井姫様が、斯うお成り遊ばした以上は、最早女に対する執着心も離れたでせう。妾はあなた方に対して何の関係もない者で御座いますから、お先へ、すまぬ事乍ら、御免を蒙りませう。男の方と伴らつて歩いて居ると、又世間が何とかかとか噂を立て、うるさくて堪りませぬから、浮名を立てられ濡れ衣を着せられない中に、茲を妾が立去つた方が、双方の利益で御座いませう』 秋山別『エヽ一寸待つて下さい。秋山別も茲まで斯うして参りましたのも、あなた方のお後を慕ひ、夫婦の約束を結び、円満なる家庭を作り、神業を勤めようと思つて、参つたので厶いますから、ここで御別れするのは、実に本意なう厶います。サア、エリナさま是からあなたは秋山別の宿の妻、余り悪うも厶いますまいなア』 エリナ『ホヽヽヽヽ、おいて下さいませ。あなたは紅井姫様に一生懸命におなり遊ばし、死ねば諸共死出の山、三途の川も手を引いてなぞと、仰有つて、姫様をお口説き遊ばした事が御座いませう。それ丈思ひ込ンだ姫様が現在、此谷川に身を投げてお死くなり遊ばしたのを、救ひ上げるといふ親切も無ければ、遺骸を捜し出して叮嚀に葬ると云ふ誠もなく、今お死くなりになつた計りの最中に、私に向つて何と云ふ事を仰有るのですか。それだから男と云ふ奴は仕方のないものだ……と云つて女の方から注意人物視されるのですよ。ヘン阿呆らしい、当座の花にしておいて、妾を玩弄物になさらうと、御考へになつても、そンな馬鹿な女は広い世界に半人だつてありさうな事は御座いませぬよ。そンな馬鹿な事は言はずにおきなさいませ。紅井姫様に対してもお気の毒ですワ』 秋山別『決して決して、左様な水臭い心では御座いませぬが、何程悔みたとて、焦つたとても、一旦死ンだ人は帰つて来る道理も御座いませぬ。私が涙をこぼして泣かうものなら、それこそ紅井姫の魂は宙宇に迷うて、行くべき所へも能う行かず、苦労をなさるのが気の毒で御座います。それ故私がフツツリと思ひ切つて上げた方が、姫様の執着が残らないで、早く成仏遊ばす事だらうと思ひ余つての親切、腹の中で涙を流して表面は斯う綺麗に賑やかさうに言つて居るのですよ。どうぞ恋しい女に別れた私の心、推量なさつて下さい』 と涙をふき、 秋山別『これ程心底の深い男を夫に持つ女房はさぞさぞ幸福でせう。エリナさま私の心が分りましたら、一滴同情の涙を注いで下さい。そして私の此悲しみを慰める為に、二世も三世も変らぬ夫婦ぢやと、一口仰有つて下さいませ。さうすれば私は申すに及ばず、紅井姫様が何程お喜びなさるか知れませぬ。エヽ悲しくなつて来た。あゝどうせうぞいなア』 とワザと泣いて見せる。 エリナは冷やかに笑ひ乍ら、 エリナ『それだから腰抜男は困るのですよ。女一人位に其態は何ですか。本当に厭になつて了つた。モリスさま、お前さまも、こンな腰抜男と何時迄も一所に歩いてゐると馬鹿にせられますよ。いい加減に思ひ切つて大活動をなされませ。何ですか紅井姫様に現を抜かし、二人の男が恋を争ひ、終局の果には、秋山別に甘く丸めこまれ、エヽそンなら一人の女に二人の男、体を割つて分ける訳にも行かないから、当座の鼻塞ぎに、エリナでも女房にせうか、そして暫く辛抱をするのだ、などと虫のよい考へを以て、能うマアはるばると、阿呆らしうもない、こンな所迄お出でになりましたなア。何程エリナが馬鹿な女だつて、そンな間に合ひに使はれてなりますか。余り馬鹿にして下さるなや。エリナだつて矢張性念もありますよ。紅井姫様とどれ丈、どこが違つて居りますか。只人間のきめた貴族とか平民とかの階級に高下がある丈ぢやありませぬか。いい加減に目を醒まして、こンな馬鹿な事はおよしなさいませ。まだ女に対して云々する丈の、あなたの体に資格が付いてゐませぬよ。エリナが別れに臨ンで、お前さま達の前途の為に訓戒しておきますワ』 モリスはあはてて、 モリス『モシモシあなた俄かに御心変はりがしたのですか。そンな筈ぢやなかつたになア』 エリナ『モリスさまの勝手に御定めになつた夢の中のエリナは女房だつたさうですねエ』 モリス『イエ、どうしてどうして夢所か一生懸命ですよ。さう悪く取つて貰つちや困ります。どうぞ私の女房になつて下さいな』 エリナ『男の方から女房になつて下さいな……などと頼む様な腰抜男は、頭から嫌ひですわいな』 秋山別『コレコレエリナ殿、其方は吾々の眼鏡にかなつた女だから、秋山別が抜擢して、吾宿の妻にして遣はす。一旦女房と致した以上は、少々の瑕瑾や失敗位は、神直日大直日に見直し聞直し宣り直す位の雅量を持つて居る此秋山別、実にエリナ姫殿も仕合せで御座らうなア』 エリナ『えゝおきなさいよ。ヒヨツトコ男の腰抜野郎計りが、二人も斯ンな処に迷ひ込ンで来て、アタ態の悪い、いい加減に恥を知りなさい、馬鹿だなア。君もモチと気の利いた男だと思つてゐたのに、余りの腰抜野郎で、僕も愛想がつきた。川の中へなと、身を投げて死ンだ方が、社会の為だらうよ』 秋山別、モリス両人はムツと腹を立て、 秋山別、モリス『言はしておけば、際限もなく、裸一貫の丈夫に向つて、罵詈雑言、モウ此上は了見致さぬ。二人の男に一人の女だ。サア覚悟せよ』 と鉄拳を固めて左右より打つてかかるを、エリナは右にすかし、左に避け、遂には秋山別の首筋を掴むでシーズン河の激流へザンブと計り投げ込みにけり。 モリス『何、猪口才な』 とモリスは力限りに打つてかかるを、エリナは、『エヽ面倒なり』と又もや首筋を引掴み、激流目がけて、ザンブと計り投げ込み、煙となつて、自分も其場に消え失せにけり。 二人は激流に呑まれ、其姿さへ見えず只激流の音のみ聞へける。 (大正一一・八・二〇旧六・二八松村真澄録) (昭和九・一二・一九於富山市王仁校正) |
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霊界物語 | 32_未_南米物語4 アマゾンの兎の都 | 09 岩窟女 | 第九章岩窟女〔九〇〇〕 三人の娘の後から高姫は期する所あるものの如く、体をゆすり、どことなく春駒の勇んだやうに、シヤンシヤンとして従いて行く。常彦、ヨブの二人はせう事なさに従いて行くといふ様な足元で、莽々と草の生え茂つた中を、一歩々々探る様にしてゐる。春彦は殿をつとめながら、何となく心の底より可笑しくなり、 春彦『時雨の森に現はれた魔性の女にだまされて 欲の熊高姫さまが又も持病を再発し 金剛不壊の如意宝珠数限りなく吾宿に 隠してあるから出ておいでお気に入るのがあつたなら いくらなりとも上げませうと茨に餅のなるやうな 甘い話を聞かされて心の中はうはの空 我欲の雲にとざされて一寸先は真の暗 旭が出てるが分らない月日の姿も目につかぬ 高倉暗の高姫がドツコイ一杯喰はされて 又も吠え面かわくだらうあゝ惟神々々 なぜにこれ程高姫の心がグラグラするのだらう 勢込んであの通り玉ぢや玉ぢやと勇み立ち 狐の穴につれ込まれコレコレまうし高姫さま 如意の宝珠はこれですとさらけ出したる玉手箱 開いて見ればこはいかに如意の宝珠と思ひきや 狸の睾丸八畳敷オツたまげたよたまげたよ コリヤたまらぬと尻からげ一目散にかけ出して 底ひも知れぬ谷川へドンブリコンと墜落し 水の泡程泡をふきアフンとするに違ひない それを見るのが春彦は気の毒さまでたまらない あれほど意見をしたけれど玉にかけたら魂を 奪はれ切つた高姫は口角泡をば飛ばしつつ 神の仕組は人民の容喙致す事でない 神の仕組は神が知るお前の様な人民が 神の仕組をゴテゴテと横槍入れるこたならぬ だまつて厶れとはねつけてありもせないに宝玉を 手に握らむと進み行く猿猴が水に映つたる 月の影をば掴むやうに水に溺れてブルブルと 泡を吹いては八当り二百十日に吹きまくる 風ぢやなけれど吾々は蕎麦の迷惑思ひやる そばに見てゐる俺達も高姫さまの吹く粟を 黍がよいとは思やせぬ狐の七化け、ド狸、豆狸 八化けと更に知らずして玉を手に入れ其上に 鷹依姫の在処をば知らして貰ふと暗雲に 糠よろこびの気の毒さ朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 如意の宝珠の宝玉は高砂島にあるものか 言依別の大教主初稚姫や玉能姫 二人の身魂にコツソリと離れの島にかくさせて 誰も在処は分らないとは云ふものの自転倒の どつかの島に隠しある其事だけは確ぢやと 錦の宮の杢助が私に話してをつたぞや お気の毒なは高姫ぢやモウよい加減に諦めて 玉の執着捨てなさいお前が玉に執着し 心を曇らすものだからこんな苦労をせにやならぬ 日の出神の生宮か系統の身魂か知らねども 俺は愛想がつきて来た改心したかと思や又 又もや慢心あと戻り改慢心をくり返し 神さまだとて気の毒ぢやこんな身魂を元のやうに 研き直すは大変だ俺が神さまであつたなら 遠くの昔に棄ててをるホントにホントに気が長い 尊き神の思召し誠に感じ入りました 先へ出て行く三人は高倉稲荷を始めとし 月日、旭の明神だ神が姿を現はして 高姫さまの改心を試してござるも知らずして 従いて行くのか情ないあゝ惟神々々 御霊幸はひましまして高姫さまの執着を 一日も早く晴らしませ私も真に困ります あんな御方の供をして居るものならば何時迄も 自転倒島へは帰れない鷹依姫の一行は アマゾン河の南岸兎の王にかしづかれ 尊き霊地を守りつつ高姫さまの到るのを 待つてゐるのに違ひない早く改心させてたべ 高姫一人の為ならず常彦、春彦、ヨブの為 神かけ念じ奉るあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 と歌ひながら、後より厭々ついて行く。 高子姫は草路を分けつつ、此森林に見た事もない大岩石十町四面許り、洋館の如くに屹立し、岩の面には白苔が所斑に生えてゐる。そして岩の凹所には小さき樹木の割には年を寄つて、植木のやうな面白き枝振りで、彼方此方に点々として生えてゐる。其下の方に縦一丈横八尺許りの真四角な穴が穿たれ、入口には頑丈な岩の戸が閉てられてあつた。高子姫は高姫に向ひ、 高子姫『これが妾の住家で御座います。どうぞ皆さま、御遠慮なしに御這入り下さいませ。お茶なつと差上げますから、ゆるゆる御休息下され。鷹依姫様にも御面会下さらば、真に有難う存じます』 高姫は余り立派なる岩窟の入口に肝をつぶし舌を巻きながら、 高姫『これはこれは思ひがけなき立派な御住居、此岩窟は何時築造になりましたか。斯様な森林内に立派な館が立つて居らうとは夢にも知りませなんだ』 高子『何分此辺は大蛇や悪獣の跋扈甚だしく、夜分は斯様な処でなければ、到底安眠する事も出来ませぬので、天然の岩山を幸ひ、掘り付けまして、漸く此頃仕上つたばかりで御座います。貴女が始めてお客さまとして、御這入り下さるかと思へば、実に光栄に存じます』 春彦『モシモシ高姫さま、確りせぬと出られぬやうな目に会はされますよ。決して這入つちや可けませぬ。ここは立派な岩窟の様に見えて居つても、シクシク原の泥田圃で御座いますよ。チト確りなさらぬか』 高子『ホヽヽヽヽ』 高姫『コレ春!お前はどうかしてゐるぢやないか。曲津に憑依されて結構な御用をゴテゴテと邪魔する事計り考へてゐるのだなア』 春彦『アイタヽヽヽ、俄に足が引きつつて来ました。どうやら化石しさうになつて来たぞ。モシ高姫さま、鎮魂をして下さいな。こんな所で石仏になつちや堪りませぬからなア』 高姫『それ見なさい。余り御神業の邪魔計りするものだから、神罰が立所に当つて其通り固められて了つたのだ。マア暫くそこに門番を勤めて居なさい。此高姫は常彦、ヨブの二人と共に奥殿に案内され結構な玉を拝見し、其都合に依つて頂戴して来る考へだから、それ迄お前はそこに立番してゐる方がよからうぞ。又してもゴテゴテ差出られると、御主人の御機嫌を損ね、折角見せて貰へる玉まで拝む事が出来ない様になつちや困るから……あゝ神様といふ御方は何とした気の利いたお方だらう。実はお前を連れて、此館へ這入るのは真平だと思うてゐた所、都合よく神様が御繰合せをして下さつた。慢心致すと、にじりとも出来ぬやうになるぞよと、お筆先に出て居りませうがな。チト改心なされ。左様なら、春さま御苦労……』 と云ひ捨て、高子姫に手をひかれ岩窟内に潜り入らうとする。春彦は声を限りに、 春彦『高姫さま、シツカリしなさい、違ひますよ。オイ常彦、ヨブの両人、俺の言ふ事を聞いて高姫さまを引止めて呉れ。大変な目に遭はねばならないぞ。俺はかう見えても、天眼通が利いて居るのだから……』 高姫『エヽ喧しい、体も動かぬ癖に、天眼通もあつたものかい……サア常彦、ヨブ参りませう』 と三人の女に手を曳かれ、奥深く進み入る。後に春彦は呆然として三人の後姿を眺め、 春彦『ハテ困つた明盲ばかりだなア。高姫さまも是ではサツパリ駄目だワイ』 (大正一一・八・二二旧六・三〇松村真澄録) |