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霊界物語 47_戌_治国別の天国巡覧1 18 一心同体 第一八章一心同体〔一二五一〕 高天原の霊国及天国の天人は、人間が数時間費しての雄弁なる言語よりも、僅に二三分間にて、簡単明瞭に其意思を通ずることが出来る。又人間が数十頁の原稿にて書き表はし得ざる事も、只の一頁位にて明白に其意味を現はすことが出来る、又それを聞いたり読んだりする処の天人も能く会得し得るものである。凡て天人の言語は優美と平和と愛善と信真に充ちて居るが故に、如何なる悪魔と雖も、其言葉には抵抗する事が出来ない。すべて天国の言葉は善言美詞に充たされてゐるからである。さうして何事も善意に解し見直し聞直し宣直しといふ神律が行はれてゐる。それから日の国即ち天国天人の言語には、ウとオとの大父音多く、月の国即ち霊国天人の言語にはエとイの大父音に富んでゐる。而して声音の中には何れも愛の情動がある。善を含める言葉や文字は多くはウとオを用ひ、又少しくアを用ふるものである。真を含んでゐる言葉や文字にはエ及びイの音が多い。そして天人は皆一様の言語を有し、現界人の如く東西洋を隔つるに従つて、其言語に変化があり、或は地方々々にいろいろの訛がある様な不都合はない。されども、ここに少し相違のある点は証覚に充された者の言語は、凡て内的にして、情動の変化に富み且つ想念上の概念を最も多く含んでゐる。証覚の少い者の言語は外的にして、又しかく充分でない。愚直なる天人の言語に至りては、往々外的にして、人間相互の間に於けるが如く、語句の中から其意義を推度せなくてはならぬ事がある。又面貌を以てする言葉がある。此言語は概念に依つて抑揚頓挫曲折の音声を発すが如きものにて其終局を結ぶものもある。又天界の表像を概念に和合せしめたる言葉がある。又概念を自らに見る様、成したる言葉もある。又情動に相似したる身振を以てなす語もある。此身振は其言句にて現はれる事物と相似たるものを現はしてゐる。又諸情動及諸概念の一般的原義を以てする言葉がある。又雷鳴の如き言葉もあり其外種々雑多な形容詞が使はれてある。 治国別、竜公は団体の統制者に導かれ、種々の花卉等を以て取囲まれた相当に美はしき邸宅に入る事を得た。此処は此団体の中心に当り他の天人は櫛比したる家屋に住んでゐるにも拘らず、一戸分立して建つてゐる。現界にて言へば丁度町村長の様な役を勤めてゐる天人の宅である。二人は案内されて奥の間に進むと、真善美といふ額がかけられ、そして床の間には七宝を以て欄間が飾られ、玻璃水晶の茶器などがキチンと行儀よく配置され、珊瑚珠の火鉢に金瓶がかけられてある。ここは第二天国に於ても最も証覚の秀れたる天人の団体であり、主人夫婦の面貌や衣服は特に他の天人に比して秀れて居る。治国別は恐る恐る奥の間に導かれ、無言の儘行儀よく坐つてゐる。此天人の名は珍彦といひ、妻は珍姫と云つた。珍彦は治国別の未だ現界に肉体があり精霊として神に許され、修業の為に天国巡覧に来りし事を、其鋭敏なる証覚に仍つて吾居間に通すと共に悟り得たのである。ここに珍彦は始めて治国別の知れる範囲内の言語を用ひて、いろいろの談話を交ゆることとなつた。 珍彦『治国別さま、あなたは未だ精霊でゐらつしやいますのですな。実の所は天国に復活なされた方と存じまして、其考へで待遇致しましたので嘸お困りで厶いましただらう』 治国別『ハイ、実の所はイソの館から大神様の命を奉じ、月の国ハルナの都に蟠まる八岐大蛇の悪霊を言向和すべく出陣の途中、浮木ケ原に於て、吾不覚の為ランチ将軍の奸計に陥り、深き暗き穴に落され、吾精霊は肉体を脱離して、いつとはなしに八衢に迷ひ込み、大神の化身に導かれ、第三天国の一部分を覗かして頂き、又もや木花姫の御案内に依つて、ここ迄昇つて来た所で厶います。何分善と真が備はらず、智慧証覚が足らない者で厶いますから、天人達の言語を解しかね、大変に面喰ひましたよ。丸で唖の旅行でしたワ。アハヽヽヽ』 珍彦『どうぞ、ゆるりと珍彦館で御休息下さいませ。今日は幸ひ、大神様の祭典日で厶いますれば、やがて団体の天人共が吾館へ集まつて参るでせう。其時は此団体に限つて、あなたの精霊にゐらせられる事を発表致します。さうすれば、吾団体の天人は其積りで、あなたと言葉を交へるでせう』 治国別『ハイ、有難う厶います。何分勝手を知らない愚鈍な人間で厶いますから……』 竜公『これはこれは珍彦様、偉い御厄介に預かりました。先生を何分宜しく御願致します』 珍彦『イエイエ、決して私があなたの御世話をしたのぢや厶いませぬ。又御厄介になつたなぞと礼を言はれては大変に迷惑を致します。何事も吾々は大神様の御命令のままに、機械的に活動してゐるので厶いますから、もし一つでも感謝すべき事があれば、直様大神様に感謝して下さいませ。すべて吾々は大神様の善と真との内流に依つて働かして頂くばかりで厶います。吾々天人として何うして一力で虫一匹助けることが出来ませう』 治国『成程、さすが天国の天人様、真理に明るいのには感服の外厶いませぬ』 珍彦『神様の御神格の内流を受けまして、実に楽しき生涯を、吾々天人は送らして頂いて居ります』 竜公『モシ珍彦様、此団体の天人は、何れも若い方ばかりですな。そしてどのお方の顔を見ても、本当に能く似てゐるぢやありませぬか』 珍彦『左様です、人間の面貌は心の鏡で厶いますから、愛の善に充ちた者同士同気相求めて群居してゐるのですから、内分の同じき者は従つて外分も相似るもので厶います。それ故天国の団体には余り変つた者が厶いませぬ。心が一つですからヤハリ面貌も姿も同じ型に出来て居ります』 竜公『成程、それで分りました。併しながら子供は沢山ある様ですが、三十以上の面貌をした老人は根つから見当りませぬが、天国の養老院にでも御収容になつてゐるのですか』 珍彦『人間の心霊は不老不死ですよ。天人だとて人間の向上発達したものですから、人間の心は男ならば三十才、女ならば二十才位で、大抵完全に成就するでせう、而して仮令肉体は老衰しても其心はどこ迄も弱りますまい。否益々的確明瞭になるものでせう。天国は凡て想念の世界で、すべて事物が霊的で厶いますから、現界に於て何程老人であつた所が天国の住民となれば、あの通り、男子は三十才、女子は二十才位な面貌や肉付をしてゐるのです。それだから天国にては不老不死と云つて、いまはしい老病生死の苦は絶対にありませぬ』 治国別『成程、感心致しました。吾々は到底容易に肉体を脱離した所で、天国の住民になるのは六ケしいものですなア。いつ迄も中有に迷ふ八衢人間でせう。実にあなた方の光明に照らされて、治国別は何とも慚愧に堪へませぬ』 珍彦『イヤ決して御心配は要りませぬ。あなたはキツト或時機が到来して、肉体を脱離し給うた時は、立派なる霊国の宣伝使にお成りなさいますよ。如何なる水晶の水も氷とならば忽ち不透明となります。あなたの今日の情態は即ち其氷です。一度光熱に会うて元の水に復れば、依然として水晶の清水です。肉体のある間は、何程善人だといつても証覚が強いと云つても、肉体といふ悪分子に遮られますから、之は止むを得ませぬ。併し肉体の保護の上に於て、少々の悪も必要であります。精霊も人間もヤハリ此体悪の為に現界に於ては生命を保持し得るのですからなア』 治国別『ヤ有難う、其御説明に仍つて、私も稍安心を致しました。あゝ大神様、珍彦様の口を通して、尊き教を垂れさせ給ひ、実に感謝に堪へませぬ。あゝ惟神霊幸はへませ』 竜公『天国に於ては、すべての天人は日々何を職業にしてゐられるのですか。田畑もある様なり、いろいろの果樹も作つてある様ですが、あれは何処から来て作るのですか』 珍彦『天人が各自に農工商を励み、互に喜び勇んで、其事業に汗をかいて、従事してゐるのですよ』 竜公『さうすると、天国でも随分現界同様に忙しいのですなア』 珍彦『現界の様に天国にては人を頤で使ひ、自分は金の利息や株の収益で遊んで暮す人間はありませぬ。上から下迄心を一つにして共々に働くのですから、何事も埓よく早く事業がはか取ります。丁度一団体は人間一人の形式となつて居ります。例へばペン一本握つて原稿を書くにも、外観から見れば一方の手のみが働いてゐるやうに見えますが、其実は脳髄も心臓肺臓は申すに及ばず、神経繊維から運動機関、足の趾の先まで緊張してゐる様なものです。今日の現界のやり方は、ペンを持つ手のみを動かして、はたの諸官能は我関せず焉といふ行方、それでは迚も治まりませぬ。天国では上下一致、億兆一心、大事にも小事にも当るのですから、何事も完全無欠に成就致しますよ。人間の肉体が一日働いて夜になつたら、凡てを忘れて、安々と眠りにつく如く、休む時は又団体一同に快よく休むのです。私は天人の団体より選まれて、団体長を勤めて居りますが、私の心は団体一同の心、団体一同の心は私の心で厶いますから……』 治国『成程、現界も此通りになれば、地上に天国が築かれるといふものですなア。仮令一日なりとも、こんな生涯を送りたいものです。天国の団体と和合する想念の生涯が送りたいもので厶います』 珍彦『あなたは已に天国の団体にお出でになつた以上は、私の心はあなたの心、あなたの智性は私の智性、融合統一して居ればこそ、かうして相対坐してお話をすることが出来るのですよ。只今の心を何時迄もお忘れにならなかつたならば、所謂あなたは、仮令地上へ降られても天国の住民ですよ。併しながら、あなたは大神様より現界の宣伝使と選まれ、死後は霊国へ昇つて宣伝使となり、天国布教の任に当らるべき方ですから、到底其時は、吾々の智慧証覚はあなたのお側に寄り付く事も出来ない様になりますよ。あなたが霊国の宣伝使にお成りなさつた時は、吾団体へも時々御出張を願ふ事が出来るでせう』 治国別『成程、さう承はればさうに間違ひは厶いませぬ』 竜公『先生、慢心しちや可けませぬよ』 治国別『イヤ、決して慢心でない、珍彦様の心は治国別の心と和合し、治国別の心は珍彦様と和合し、珍彦様は大神様の内流を受け、大神様と和合して厶るのだから、少しも疑ふ余地はない。お言葉を信ずればいいのだ。高天原には愛善と信真とより外には無いのだ。疑を抱くのは中有界以下の精霊の所為だ』 竜公『さうすると、あなたは已に天人気取りになつてゐるのですか、まだ精霊ぢやありませぬか』 治国別『已に天人となつてゐるのだ。珍彦様も同様だ』 竜公『ヘーン、さうですか、そら結構です、お目出度う、そして此竜公は何うですか、ヤツパリ天人でせうなア』 治国別『無論天人様だ。大神様の御内流を受けた尊き天人様だよ』 竜公『何だか乗せられてゐる様な気が致しますワ。モシ、先生、からかつちや可けませぬよ』 珍彦『アハヽヽヽ』 治国『ウツフヽヽヽ』 竜公『オホヽヽヽ』 治国別『コレ竜公、オホヽヽヽなんて、おチヨボ口をして女の声を出しちや、みつともよくないぢやないか』 竜公『木花姫様の御神格の内流によりまして、善と真との相応に依り、忽ち神格化し、竜公は何も知らねども、内分の神音が外分に顕現したまでですよ。オツホヽヽヽ』 三人の笑ひ声に引つけられて、勝手元に在つた珍姫は此場に現はれ来り、三人の前に手を仕へ、 珍姫『遠来のお客様、よくもゐらせられました。私は珍彦の妻珍姫と申します』 治国『何と御挨拶を申してよいやら、天国の様子は一向不案内、併しながら今珍彦様に承はれば、同気相求むるを以て、かく和合の境遇にありとのこと、さすればあなたの心は私の心、私の心は貴女の心、他人行儀の挨拶も出来ず、又自分と同様とすれば、自分に対しての挨拶も分らず、実は困つてをります』 珍姫『ハイ私も其通りで厶います。現界的虚礼虚式は止めまして、万年の知己、否同心同体となつて、打解け合うて、珍らしき話を聞かして頂きませう』 治国別『どうも現界の話は罪悪と虚偽と汚穢にみち、かかる清浄なる天国へ参りましては、口にするも厭になつて参りました。それよりも天国のお話を承はりたいもので厶います』 珍姫『ハイ、惟神の許しを得ましたならば、あなたが何程喧しいと仰有つても、如何なることを申上げるか分りませぬ。弓弦をはなれた矢のやうに、当る的に当らねばやまないでせう、ホツホヽヽヽ』 竜公『モシ珍姫さま、あなたは珍彦さまと服装が違ふ丈で、お顔はソツクリぢやありませぬか。ヨモヤ現界に於て双児にお生れになつたのぢやありますまいかなア』 治国別『コレ竜公、何といふ失礼なことを仰有る。チツトたしなみなさい』 竜公『それでも私の心に浮んだのですよ。思ふ所を言ひ、志す所をなすのが天国ぢやありませぬか。そんな体裁を作つて、現界流に虚偽を飾るやうなことは天国には用ひられますまい。天国は信の真を以て光とするのですからなア』 治国別『ヤ、恐れ入りました、アハヽヽヽ、天国へ出て来ると、治国別も失敗だらけだ。かうなると純朴な無垢な竜公さまは実に尊いものだな』 竜公『ソリヤ其通りです、本当に清らかなものでせう。ホツホヽヽヽ』 治国別『又木花姫の御神格の内流かな』 竜公『これは竜公の副守の外流ですよ。モシ珍彦さま、どうぞ私の今の言葉が天国を汚す様なことが厶いますれば直に宣り直します』 珍彦『滑稽として承はれば、仮令悪言暴語でも其笑ひに仍つて忽ち善言美詞と変化致しますから、御心配なさいますな。天国だつて滑稽諧謔が云へないといふことがありますか、滑稽諧謔歓声は天国の花ですよ』 竜公『ヤア有難い、先生、これで私も少し息が出来ますワイ』 治国別『ウン、さうだなア、何だか私は身がしまる様にあつて、何うしてもお前の様に洒脱な気分になれないワ』 竜公『ソラさうでせう、娑婆の執着がまだ残つて居りますからな。あなたは再び肉体へ帰らうといふ欲があるでせう。私は第三天国でいつたでせう、最早娑婆へは帰りたくないから、此処に居りたいと言つたことを覚えてゐらつしやいませう。私は仮令再び現界へ帰るものとしても、刹那心ですからなア。過去を憂へず未来を望まず、今といふ此瞬間は善悪正邪の分水嶺といふ三五教の真理を体得してますからなア』 治国別『大変な掘出物を、治国別は捉まへたものだなア』 竜公『本当に掘出物でせう。先生もこれだけ竜公に証覚が開けてるとは思はなかつたでせう。それだから人は見かけによらぬものだと現界でも言つてませう』 治国別『ハイ有難う、何分宜しう願ひます』 竜公『口先ばかりでは駄目ですよ。心の底から有難う思つてゐますか、まだ少しあなたの心の底には、竜公に対し稍軽侮の念が閃いてゐるでせう』 治国別『ヤ恐れ入りました、あなたは大神様で厶いませう』 竜公『大神様ぢや厶いませぬ。吾精霊に大神様の神格が充ち、竜公の口を通して、治国別にお諭しになつてゐるのですよ。時に珍彦さま、奥さまとあなたと双児の様に能く似た御面相、其理由を一つ説明して頂きたいものですなア』 珍彦『夫婦は愛と信との和合に依つて成立するものです。所謂夫の智性は妻の意思中に入り、妻の意思は夫の智性中に深く入り込み、茲に始めて天国の結婚が行はれるのです。言はば夫婦同心同体ですから、面貌の相似するは相応の道理に仍つて避くべからざる情態です。現界人の結婚は、地位だとか名望だとか、世間の面目だとか、財産の多寡によつて婚姻を結ぶのですから、云はば虚偽の婚姻です。天国の婚姻は凡て霊的婚姻ですから、夫婦は密着不離の情態にあるのです。故に天国に於ては夫婦は二人とせず一人として数へることになつてゐます。現界の様に、人口名簿に男子何名女子何名などの面倒はありませぬ。只一人二人と云へば、それで一夫婦二夫婦といふことが分るのです。それで天国に於て百人といへば頭が二百あります。これが現界と相違の点ですよ。君民一致、夫婦一体、上下和合の真相は到底天国でなくては実見することは出来ますまい。治国別様も竜公様も現界へお下りになつたら、どうか地上の世界をして、幾部分なりとも、天国気分を造つて貰ひたいものですなア』 治国『ハイ微力の及ぶ限り……否々神様の御神格に依つて吾身を使つて戴きませう。あゝ惟神霊幸倍坐世』 かく話す所へ、玄関口より一人の男現はれ来り、 男『珍彦様、祭典の用意が出来ました、サアどうぞ皆が待つて居ります。お宮まで御出張下さいませ』 珍彦『あゝ御苦労でした。直様参りませう。お二人さま、どうです、之から天国の祭典に加はり拝礼をなさつたら……』 治国別『お供致しませう』 竜公『天国の祭典は定めて立派でせう。竜公もお供が叶ひますかなア』 珍彦『ハイ、さうなされませ』 治国『もし叶はなかつたら、木花姫の神格の内流によつて、参拝すれば良いぢやないか、アハヽヽヽ』 竜公『ウーオーアー』 珍彦『竜公さま、どうぞお供をして下さい』 竜公『ハイ有難う』 (大正一二・一・一〇旧一一・一一・二四松村真澄録)
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霊界物語 48_亥_治国別の天国巡覧2 11 霊陽山 第一一章霊陽山〔一二六五〕 高天原に発生せる樹木は、仏説にある如く金、銀、瑪瑙、硨磲、瑠璃、玻璃、水晶等の七宝を以て飾られたるが如く其幹、枝、葉、花、果実に至るまで、実に美はしきこと口舌の能く尽し得る所ではない。神社や殿堂や其他の住宅に於ても、内部に入つて見れば、愛善の徳と信真の光明に相応するによつて、これ亦驚く許りの壮観であり美麗である。大神のしろしめす天国団体を組織せる天人は大抵高い所に住居を占めてゐる。其場所は自然界の地上を抜く山岳の頂上に相似して居る。又大神の霊国団体を造れる天人は、少し低い所に住居を定めて居る。恰も丘陵の様である。されど高天原の最も低き所に住居する天人は、岩石に似たる絶景の場所に住居を構へてゐる。而して之等の事物は凡て愛と信との相応の理によつて存在するものである。 大神の天国は、凡て想念の国土なるを以て、内辺の事は高き所に、外辺の事はすべて低い所に相応するものである。故に高い所を以て天国的の愛善を表明し、低い所を以て霊国的の愛善を現はし、岩石を以て信真を現はすのである。岩石なるものは万世不易の性質を有し、信真に相応するが故である。併しながら霊国の団体は低き所に在りとはいへ、矢張地上を抜く丘陵の上に設けられてある。丁度綾の聖地に於ける本宮山の如きはその好適例である。霊国は何故天国の団体よりも稍低き所に居住するかと云へば、凡て霊国の天人は信の徳を主とし、愛の徳を従として居る。所謂信主愛従の情態なるが故に、此国土の天人は智慧と証覚を研き、宇宙の真理を悟り、次で神の愛を能く其身に体し、天国の宣伝使として各団体に派遣さるるもの多きを以て、最高ならず最低ならず、殆ど中間の場所に其位置を占むる事になつてゐるのである。故に世界の大先祖たる大国常立尊は海抜二百フイート内外の綾の聖地に現はれ給ふにも拘はらず、木花咲耶姫命は海抜一万三千尺の天教山に其天国的中枢を定め給ふも、此理によるのである。併しながら木花姫命は霊国の命を受け、天国は云ふに及ばず、中有界、現実界及び地獄界まで神の愛を均霑せしむべき其聖職につかはせ給ひ、且神人和合の御役目に当らせ給ふを以て、仮令天国の団体にましますと雖も時々化相を以て精霊を充たし、或は直接化相して万民を教へ導き給ふのである。 又天人の中には団体的に生活を営まないのがある。即ち家々別々に住居を構へてゐるのは、丁度前に述べた珍彦館の如きは其例である。而して此等の天人は其団体の中心地点及大なるものに至つては高天原の中央を卜して住居を構へてゐる。何故なれば彼等は天人中に於ても、最も愛と信とによる智慧証覚の他に優れて、光明赫灼として輝き渡り、惟神的に中心人物たるが故に、大神の摂理によりて、其徳の厚きと相応の度の高きによるが故である。而して高天原は想念の世界なるが故に、其延長は善の情態を表はし、其広さは真の情態を表はし、其高さは善と真との両方面を度合の上より見て区別することを表はすものである。又霊界に於ては先に述べた通り、時間空間などの観念は少しもない、只情動の変化あるのみである。而して其想念は、時間空間を超越し、無限に其相応の度によつて延長し拡大し且高まるものである。 治国別、竜公二人が浮木の陣営に於て片彦将軍等の奸計に陥り、暗黒なる深き陥穽に墜落し、茲に人事不省となり、其間中有界及最下層の天国より最高の天国、霊国を巡覧したる期間は余程長い旅行の様であるが、現界の時間にすれば、殆ど二時間以内の間失神状態に居つたのである。されど想念の延長によりて、現界人の一ケ月以上もかかつて巡歴した様な長時間の巡覧をなしたのである。而して情動の変化が多ければ多い程、天国に於ては延長さるるものである。 治国別、竜公は言霊別命の化相神なる五三公に導かれ、天国の消息を詳細に教へられながら、霊陽山の殆ど中央まで登りつめた。此時五三公は目も呟き許りの小さき光団となつて、驀地に東を指して、空中に線光を描きながら、何処ともなく姿を隠して了つた。二人は霊陽山の頂上に立つて、四方の景色を瞰下しながら、天国の荘厳をうつつになつて褒め称へてゐた。さうして五三公の此場に姿を隠したことは少しも気がつかず、 竜公『モシ先生、此処は霊陽山とか聞きましたが、実にいい所ですなア、最早此処は最高天国ではありますまいか。四辺の樹木と云ひ、山容と云ひ、如何なる画伯の手にも到底描くことは出来ますまい。どうかして早く現界の御用を了へ、斯様な所に楽しき生涯を送りたいものですなア』 治国別『いかにも結構な所だ。現界人が美術だとか、耽美生活だとか、文化生活だとか、いろいろと騒いでゐるが、此光景に比ぶれば、其質に於て、其量に於て、其美に於て、到底比較にならないやうだ。そして何とも言へぬ吾心霊の爽快さ、ホンに斯様な結構な所があるとは、夢想だにもしえなかつた所だ。此治国別は第一天国ともいふべき斎苑の館に永らく仕へながら、未だ愛信の全からざりし為、瑞の御霊の大神のまします地上の天国が、さまで立派だとは思はなかつた。矢張如何なる荘厳麗美と雖も、心の眼開けざる時は到底駄目だ。恰も豚に真珠を与へられたやうなものだ。これを思へば吾々はあく迄も神に賦与されたる吾精霊を研き浄め、大神の神格に和合帰一せなくてはならない。アヽ実に五三公様の口を通して、かやうな至喜と至楽の境遇に吾々を導き、無限の歓喜に浴せしめ給ひしことを、有難く大神様の御前に感謝致します。アヽ惟神霊幸倍坐世』 と云ひながら拍手をうち、天津祝詞を奏上し了つて、天の数歌を歌ひ、あたりを見れば、豈計らむや、五三公の姿は眼界の届く所には其片影だにも認め得なかつた。治国別は驚いて、 治国別『ヤア竜公さま、五三公さまは何処へ行かれたのだらう、今迄月の如く輝いてゐられたあの霊姿を拝めなくなつたぢやないか』 竜公『成程、コリヤ大変だ、何う致しませう』 治国別『どうしようと云つても、仕方がない、之も神様の御試しだらうよ。四辺の光景に憧憬の余り、五三公様の御親切な案内振を念頭より取除いてゐた。凡て天国は相応と和合の国土だ。愛と信とによつて和合し、結合するものである。即ち想念によつて尊き神人と共にゐることを得たのだ。吾々が情動の変転によつて、吾心の中より五三公様を逃がして了つたのだ。アヽ惟神霊幸倍坐世』 と又もや合掌する。 竜公『成程、さうで厶いましたなア、私も余り嬉しいので、五三公様の御導きによつて未だ中有界に彷徨ふべき身が、かかる尊き天国まで導かれながら、うつかりと自分が勝手に上つて来たやうな気分になつて、無性矢鱈に天国を吾物のやうに思ひましたのが誤りで厶います。先生、何と厳の御霊の神諭にあります通り、高天原は結構な所の恐ろしい所で厶いますな。油断をすれば忽ち天国が変じて地獄となり、明は変じて暗となり、神は化して鬼となるとお示しの通り、実に戒慎すべきは心の持方で厶いますなア』 治国別『ハイ左様、吾々は最早斯うなる以上は、再び中有界へ帰り、現界へ復帰すべき道も分らない、又どこをどう歩いたらいいか、方角さへも判然せない、天国の迷児になつたやうなものだ。アヽ心の油断ほど恐ろしいものはない。只大神様にお詫をなし、救ひをお願ひするより道はなからう』 と話す折しも、足下の土をムクムクムクと土鼠のやうに膨らせながら、ポカンと頭をつき出したのは、片彦将軍であつた。二人は驚いて、無言の儘よくよく見れば、擬ふ方なき将軍は泥酔になつて、全身を山上に現はし、 片彦『ワハツハヽヽ』 と山も崩るるばかり高笑ひした。 治国『ヤア其方は河鹿峠にてお目にかかつた片彦将軍では厶らぬか』 片彦『ワハツハヽヽヽ、其方は盲宣伝使の治国別であらう。そしてマ一匹の小童武者は某が奴、暫く秘書を命じておいた竜公であらう。悪虐無道の素盞嗚尊に諛びへつらひ、大自在天大国彦命の宣伝使兼征討将軍の片彦に向つて刃向ひを致した極重悪人奴、能くもマア悪魔にたばかられ、斯様な処へ彷徨つて来よつたなア。天下一品の大馬鹿者奴、某が計略によつて、八岐大蛇や金毛九尾の悪狐を使ひ、汝を、天国とみせかけ、此処まで連れて来たのは此方の計略だ、どうだ、大自在天の神力には恐れ入つたか、アハツハヽヽヽハア、何とマア不思議さうな顔を致してをるワイ、イヒヽヽヽ、オイ竜公、其方も其方だ。主人に反いた大逆無道の痴者、どうだ、此霊陽山と見せかけたのはバラモン教の霊場、大雲山の頂辺で厶るぞ。あれ、あの声を聞け、雲霞の如き大軍を以て、当山を十重二十重に取巻きあれば、いかに抜山蓋世の智勇あるとも、到底逃るることは出来まい、治国別、返答はどうだ』 治国別は、 治国別『ハテ心得ぬ』 と云つたきり、双手を組んで暫し想念をたぐつてゐる。竜公も亦無言の儘、俯いてゐる。 片彦『アツハヽヽヽ、エツヘヽヽヽ、如何に治国別、モウ斯うなる以上は何程考へても後へは引かぬ。サアどうだ。キツパリと素盞嗚尊の悪神を棄てて、大自在天様に帰順致すか』 治国別『サアそれは……』 片彦『早く返答致せ。返答なきは不承知と申すのか。アイヤ家来の者共、治国別、竜公の両人をふん縛り、嬲り殺しに致せ』 竜公『将軍様、暫くお待ち下さいませ』 片彦『アハヽヽヽ、往生致したか。ヨシ、然らば此処に此通り黄金を以て作りたる素盞嗚尊の像がある。治国別、竜公共に命が助かりたくば、此像に向つて小便をひつかけ、其上此岩石を以て木端御塵に打砕き、大自在天様に帰順の誠を表はせ。否むに於ては、其方が身体は木端微塵、地獄に突き墜し、無限の責苦を加へるが、どうだ』 治国別は初めて顔をあげ、大口あけて高笑ひ、 治国別『アハヽヽヽ、拙者は厳の御霊、瑞の御霊の大神を信仰致す誠の宣伝使だ、仮令汝如き悪神に脅迫され、或は責め殺さるることありとも、吾心霊は万劫末代、大神に信従するのみだ。治国別はこれ以外に汝に答ふることはない、どうなりと勝手に致したがよからう』 片彦『勝手に致せと申さいでも、此方が制敗を致してくれる。併しながら竜公、其方は憎くき奴なれど、一旦某が部下となつたよしみによつて制敗は許して遣はす。其代りに治国別をこの金剛杖を以て打ちのめせ、さうすれば汝の誠が分るであらう。何うぢや、治国別を打ちのめす勇気はないか。矢張其方は二心を持つてゐるのか。返答致せツ』 と呶鳴りつけた。其声に不思議にも、あたりの山岳はガタガタガタと震動し始めた。竜公は少時双手を組み思案にくれてゐたが、忽ち威丈高になり、 竜公『コリヤ、悪神の張本片彦奴、汝は拙者の一時主人に間違ひはない。其主人に離れたるのは汝が行動天に背き、善に離れたるが故だ。仮令拙者が汝の為に一寸刻みか五分だめしに遇はされようとも、恩情深き治国別様の御身に、何うして一指をそむることが出来ようか。ここを何と心得て居る、第二天国の神聖な場所だ、大雲山などとは思ひもよらぬ、詐りを申すな。天国には虚偽と迫害と悪はない筈、其方は要するに天国の魔であらう』 と云ひながら………「厳の御霊、瑞の御霊、守り給へ幸はへ給へ」と拍手し、音吐朗々と怖めず臆せず神言を奏上し始めた。治国別も竜公と共に神言をいと落着いた調子で奏上し始めた。片彦は何時の間にやら数多の部下を集め、金棒をふり上げ、只一打に両人を粉砕せんず勢を示してゐる。治国別、竜公両人は胆力を据ゑ、声調ゆるやかに騒がず焦らず、神言を奏上し終り、「惟神霊幸倍坐世」と唱ふるや否や、今迄ここに立つてゐた片彦他一同の姿は煙の如く消え失せ、四辺に芳香薫じ、嚠喨たる音楽さへ頻りに聞え来るのであつた。 竜公『アハヽヽヽ、猪口才千万な、バラモン教を守護致す八岐大蛇奴、畏くもかかる天国迄化けて来やがつて、尊き神言に面喰ひ、屁のやうに消え散るとは、さてもさても神様の御神力は尊いものだ。アヽ有難う厶います。惟神霊幸倍坐世』 治国別『竜公さま、ここは第二天国、しかも霊陽山の頂だ。八岐大蛇の来るべき道理がない、大方これは神様の御試しだつたらう。私も一度は悪魔の襲来かと考へてみたが、よくよく思ひ直せば、かかる天国に悪魔の来るべき理由がない。若しも彼果して悪魔なりとせば、吾等は天国と思ひ、慢心して地獄に墜ちてゐたのであらう……と考へてみたが、忽ち心中の天海開けて神様の御神格の内流に浴し、矢張第二天国なることを悟り、且片彦と見えしは尊きエンゼルの、吾等が心を試させ給ふ御所為と信ずるより外に途はない、必ず必ず悪魔などと、夢にも思つてはなりませぬぞや』 竜公『仰せ御尤もで厶います。サア先生、どうでせう、これから霊陽山を下つて、又天国の団体を修業さして頂きませうか』 かくいふ所へ、忽然として現はれ給うたのは、三十恰好の美はしき容貌をもてる一柱の神人であつた。神人は治国別の側近く寄り、其手を固く握り、 神人『治国別さま、第二天国の団体は無数無辺にありますが、貴方は第二天国の試験に合格致しました。又竜公さまも其通り、余程証覚を得られたやうです。之から拙者が最奥第一の天国及び霊国を御案内致しませう。併しながら此第二天国に比ぶれば、最高天国の光明は殆ど万倍に匹敵するものです。而して其天国に住む諸天人は、善と真とより来る智慧証覚に充ち、容易に面を向くることが出来ませぬ。其団体の天人に会ふ時は忽ち眼くらみ、言句渋り、頭は痛み、胸は塞がり、四肢五体萎縮して非常な苦痛で厶いますが、貴方等両人は天国の試験に合格されましたから、其被面布を以て最奥天国の巡覧的修業をなさいませ。拙者が案内を致しませう』 と先に立ち、雲を踏み分けてのぼり行く。二人は一生懸命に神言や天津祝詞を交る交る奏上しながら、フワリフワリと雲の橋を渡つてのぼり行く。此神人は言霊別命であつた。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・一・一三旧一一・一一・二七松村真澄録)
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霊界物語 48_亥_治国別の天国巡覧2 14 至愛 第一四章至愛〔一二六八〕 治国別、玉依別は最高の霊国を後にして、帰途中間霊国を横断し、最下層の天国に降つて来た。往がけは其証覚、両人共今の如くならざりし故、非常にまばゆく感じたりしが、日の若宮に於て神徳を摂受したる二人は、最早第三天国の旅行は何の苦痛もなかつた。併しながら第一、第二、第三と下降し来るにつれて、吾ながら其神力の減退する如く思はれ、また明確なる想念も甚しく劣りし如く思はるるのは、実に不思議であつた。漸くにして二人は、八衢の関所に着いた。伊吹戸主の神は数多の守衛を率ゐて二人を歓迎した。二人は館の奥の間に導かれ、茶菓の饗応を受け、霊界に関する種々の談話を交換した。 伊吹『治国別様、首尾克く最奥天国、霊国がきはめられましてお目出度う厶います。さぞ面白きお話が厶いませうねえ』 治国別『何分徳が足らないものですから、何れの天国に於ても荷が重すぎて、非常に屁古たれました。併しながら諸エンゼルの導きによつて、辛うじて最奥天国まで導かれ、其団体の一部を巡拝し、漸く此処まで帰つて参りました。併しながら不思議な事には、下層天国より順を追うて最奥天国へ上る時の苦さは譬へられませぬ。丁度三才の童子に重き黄金の棒を負はせたやうなもので、余り結構過ぎて、それに相応する神力なき為、到る所で恥を掻いて参りました』 伊吹戸主神『お下りの時はお楽で厶いましたらうなア』 治国別『ハイ、帰りは帰りで又苦しう厶いました。何だかダンダンと神徳が脱ける様で厶いましたよ』 伊吹戸主神『すべて霊界は想念の世界で厶います、それ故情動の変移によつて、国土相応の証覚に住するのですから、先づそれで順序をお踏みになつたのです。高天原の規則は大変厳格なもので、互に其範囲を犯す事は出来ない様になつて居ります。最高天国、中間天国、下層天国及び三層の霊国は、厳粛な区別を立てられ、各天界の諸天人は互に往来する事さへも出来ないのです。下層天国の天人は中間天国へ上る事は出来ず、又上天国の者は以下の天国に下る事も出来ないのが規則です。もしも下の天国より上の天国に上り行く天人があれば必ず痛く其心を悩ませ、苦み悶え、自分の身辺に在る物さへ見えない様に、眼が眩むものです。ましてや上天国の天人と言語を交ゆる事などは到底出来ませぬ。又上天国から下天国へ下り来る天人は忽ち其証覚を失ひますから、言語を交へむとすれば、弁舌渋りて重く、其意気は全く沮喪するものです。故に下層天国の天人が中間天国に至るとも、亦中間天国の天人が最奥天国に至るとも、決して其身に対して幸福を味はふ事は出来ませぬ。吾居住の天国以上の天人は、其光明輝き、其威勢に打たるるが故に、目もくらみ、只一人の天人をも見る事が出来ませぬ。つまり内分なるもの、上天国天人の如く開けないが為であります。故に目の視覚力も明かならず、心中に非常な苦痛を覚え、自分の生命の有無さへも覚えない様な苦しみに遇ふものです。併しながら貴方等は大神様の特別のお許しを受け、媒介天人即ち霊国の宣伝使に伴はれて、お上りになりましたから、各段及び各団体に交通の道が開かれ、其為巡覧が首尾よく出来たのです。而して大神様は上天と下天の連絡を通じ給ふに、二種の内流によつて之を成就し給ふのです。而して二種の内流とは、一は直接内流、一は間接内流であります』 玉依『直接内流、間接内流とは如何なる方法を言ふので厶いますか』 伊吹戸主神『大神様は上中下三段の天界をして、打つて一丸となし、一切の事物をして、其元始より終局点に至るまで悉く連絡あらしめ、一物と雖も洩らさせ給ふ事はありませぬ。而して直接内流とは大神様から直に天界全般に御神格の流入するものであり、間接内流とは各天界と天界との間に、神格の流れ通ずるのを言ふのです』 治国『如何にも、それにて一切の疑問が氷解致しました。私は之よりお暇を申し、現界へ帰らねばなりませぬ。併しながらどちらへ帰つてよいか、サツパリ分らなくなりました。最高天国から下るに就いて、折角戴いた吾証覚が鈍り、今では元の杢阿弥、サツパリ現界の方角さへも見えなくなつて了ひました。之でも現界へ帰りましたら、神様に賜はつた神力が依然として保たれるでせうか』 伊吹戸主神『現界に於て最奥天国に於けるが如き智慧証覚は必要がありませぬ。只必要なるは愛と信のみです。其故は最高天国の天人の証覚は第二天国人の知覚に入らず、第二天国人の証覚は第三天国人の能く受け入るる所とならない様に、中有界なる現界に於て、余り最高至上の真理を説いた所で有害無益ですから、只貴方が大神様に授かりなさつた其神徳を、腹の中に納めておけば可いのです。大神様でさへも地上に降り、世界の万民を導かむとなし給ふ時は、或精霊に其神格を充し、化相の法によつて予言者に現はれ、予言者を通じて現界に伝へ給ふのであります。それ故神様は和光同塵の相を現じ、人見て法説け、郷に入つては郷に従へとの、国土相応の活動を遊ばすのです。貴方が今最高天国より、段々お下りになるにつけ、証覚が衰へたやうに感じられたのは、之は自然の摂理です。之から現界へ出て、訳の分らぬ人間へ最高天国の消息をお伝へになつた所で、恰も猫に小判を与ふると同様です。先づ貴方が現界へ御帰りになれば、中有界の消息を程度として万民を導きなさるが宜しい。其中に於て少しく身魂の研けた人間に対しては、第三天国の門口位の程度でお諭しになるが宜しい。それ以上御説きになれば、却て人を慢心させ害毒を流すやうなものです。人三化七の社会の人民に対して、余り高遠なる道理を聞かすのは、却て疑惑の種を蒔き、遂には霊界の存在を否認する様な不心得者が現はれるものです。故に現界に於て数多の学者共が首を集め頭を悩ませ、霊界の消息を探らむとして霊的研究会などを設立して居りますが、之も霊相応の道理により、中有界の一部分より外は一歩も踏み入るる事を霊界に於て許してありませぬ。それ故貴方は現界へ帰り学者にお会ひになつた時は、其説をよく聴き取り、対者の証覚の程度の上をホンの針の先程説けば可いのです。それ以上お説きになれば彼等は忽ち吾癲狂痴呆たるを忘れ、却て高遠なる真理を反対的に癲狂者の言となし、痴呆の語となし、精神病者扱をするのみで少しも受入れませぬ。故に現界の博士、学士連には、霊相応の理によつて肉体のある野天狗や狐狸、蛇などの動物霊に関する現象を説示し、卓子傾斜運動、空中拍手音、自動書記、幽霊写真、空中浮上り、物品引寄せ、超物質化、天眼通、天言通、精神印象鑑識、読心術、霊的療法等の地獄界及び精霊界の劣等なる霊的現象を示し、霊界の何ものたるをお説きになれば、それが現代人に対する身魂相応です。それでも神界と連絡の切れた人獣合一的人間は非常に頭を悩ませ、学界の大問題として騒ぎ立てますよ。アツハヽヽヽ』 玉依『モウシ、伊吹戸主神様、私は日の若宮に於て、王母様より玉依別といふ名を賜はりましたが、これは最高天国で名乗る名で厶いませうか、現界に於ても用ひて差支ありますまいか』 伊吹戸主神『現界へお帰りになれば、現界の法則があります。貴方は治国別様の徒弟たる以上は、現界へ帰ればヤハリ竜公さまでお働きなされ。治国別様がお許しになれば、如何なる名をおつけになつても宜しいが、貴方が現界の業務を了へ、霊界へ来られた時始めて名乗る称号です。霊界で賜はつた事は霊界にのみ用ふるものです。併しマア復活後は、結構な玉依別様と云ふ称号が既に既に頂けたのですから、お目出度う厶います。決して霊界の称号を用ひてはなりませぬぞや』 玉依別『ハイ、畏まりました、然らば只今より竜公と呼んで下さいませ』 伊吹戸主神『モウ暫く玉依別さまと申上げねばなりませぬ』 玉依別『アーア、玉依別さまもモウ少時の間かなア、折角最高天国まで上つて、結構な神力を頂いたが、現界へ帰れば又元の杢阿弥かなア。お蔭をサツパリ落して帰るのかと思へば、何だか心細くなりました』 伊吹戸主神『決してさうではありませぬ。貴方の精霊が頂いた神徳は、火にも焼けず、水にも溺れず、人も盗みませぬ。三五教の神諭にも……御魂に貰うた神徳は、何者も盗む事は能う致さぬぞよ……と現はれてありませう。貴方の天国に於て戴かれた神徳は、潜在意識となつて否潜在神格となつて、どこ迄も廃りませぬ。此神徳を内包しあれば、マサカの時にはそれ相当の神徳が現はれます。併しながら油断をしたり慢心をなさると、其神徳は何時の間にやら脱出し元の神の御手に帰りますから、御注意なさるが宜しい。而して仮りにも現界の人間に対し、最奥天国の神秘を洩らしてはなりませぬぞ。却て神の御神格を冒涜するやうになります。霊界の秘密は妄りに語るものではありませぬ。愚昧なる人間に向つて分不相応なる教を説くは、所謂豚に真珠を与ふるやうなものです。忽ち貴重なる真珠をかみ砕かれ、一旦其汚穢なる腹中を潜り、糞尿の中へおとされて了ふやうなものですよ』 玉依別『治国別さま、駄目ですよ、私は天国の消息を実見さして戴き、之から現界へ帰つて、先生と共に現界に於ける霊感者の双璧となり、大に敏腕を揮つてみようと、今の今まで楽しんで居りましたが、最早伊吹戸主様のお説を聞いてガツカリ致しました。さうするとヤツパリ身魂の因縁だけの事より出来ぬのですかなア。宝の持腐れになるやうな気がして聊か惜しう厶いますワ』 治国別『アツハヽヽヽヽ』 伊吹戸主神『私は伊邪那岐尊の御禊によつて生れました四人の兄弟です。されど其身魂の因縁性来によつて祓戸の神となり、最高天国より此八衢に下り、斯様なつまらぬ役を勤めて居りますが、之も神様の御心の儘によりならないのですから、喜んで日々此役目を感謝し忠実に勤めて居るのです。まだまだ私所か妹の瀬織津姫、速佐須良姫、速秋津姫などは実にみじめな役を勤めて居ります。言はば霊界の掃除番です。蛆のわいた塵芥や痰唾や膿、糞小便など所在汚き物を取除き浄める職掌ですから、貴方の神聖なる宣伝使の職掌に比ぶれば、実に吾々兄弟は日の大神の貴の子でありながら、つまらぬ役をさして頂いて居ります。併し之は決して吾々兄弟が此役目を不足だと思つて申したのではありませぬ、貴方等の御心得の為一例を挙げたまでで厶います』 玉依『ハイ、大神様の御仁慈、実に感じ入りました』 と感涙にむせぶ。治国別は憮然として、 治国別『アヽ実に大神様の御恵、感謝に堪へませぬ。厳の御霊の神諭にも……我子にはつまらぬ御用がさしてあるぞよ。人の子には傷はつけられぬから……とお示しになつてゐますが、実に大神様の御心は測り知られぬ有難きもので厶いますなア』 と云つたきり、吐息を洩らして差俯いてゐる。 伊吹戸主神『私ばかりぢやありませぬ、月照彦神様、弘子彦神様、少彦名神様、純世姫様、真澄姫様、竜世姫様、其他結構な神々様は皆、厳の御霊や瑞の御霊の大神の直々の御子でありながら、何れも他の神々の忌み嫌ふ地底の国へお廻りになつて、辛い御守護をしてゐられます。之を思へば貴方等は実に結構なものですよ。厳の御霊の御神諭にも……人民位結構な者はないぞよ……と示されてありませうがなア』 治国『成程、実に大神様の御心の程は、吾々人間の測り知る所ではありませぬ。あゝ惟神霊幸はへませ、五六七の大神様……』 と涙を滝の如く流し、神恩の甚深なるに感じ、竜公と共に合掌して其場に打伏した。伊吹戸主神は目をしばたたきながら、 伊吹戸主神『御両人様、其心で、どうぞ現界に於て神の為、道の為、世人の為に御活動を願ひます。左様ならば之にてお別れ致しませう』 と云ふより早く忙しげに奥の間に姿を隠した。二人は後姿を見送り、恭しく拝礼しながら館を立出で、赤門をくぐり、白赤の守衛に厚く礼を述べ、八衢街道を想念の向ふ所に任せて歩み出した。アヽ惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・一・一四旧一一・一一・二八松村真澄録)
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霊界物語 48_亥_治国別の天国巡覧2 18 冥歌 第一八章冥歌〔一二七二〕 浮木の森の陣営には主客打ち解けて、幽冥旅行無事終了の祝宴が開かれた。而して又敵味方和睦の宴を兼ねられたのは云ふまでもない。ランチ、片彦両将軍を初め、治国別は正座に直り、アーク、タール、エキス、蠑螈別、お民、お寅、竜公、万公、松彦、アク、タク、テク、ガリヤ、ケースの面々、可なり広き居間に円陣を作り、山海の珍味を集めて、土手を切らして歌ひ舞うた。勿論それ以前に、三五教の大神を祭り、感謝祈願の祝詞を奏上し了つた事は断つておく。 治国別は声調ゆるやかに歌ふ。 治国別『高天原は何処なる清き尊き神の国 栄えの花の永久に咲きみち匂ふ神の国』 竜公『高天原は何処なる八重棚雲をかき分けて 清き尊き神人の常磐堅磐にのぼりゆき 無限の歓喜に打たれつつ喜びゑらぎ遊ぶ国』 治国『高天原の神国は愛の善徳充ち充ちて 住む天人は悉く神の恵に包まれつ 日々の業務を謹みて神の御国の御為に 心を一つに固めつつ円満具足の団体を ますます清く麗しく開き進むる天人の 喜び勇み住まふ国』 竜公『高天原の霊国は月の御神の永久に 鎮まりいます瑞の国山川清く野は茂り 春と夏とのうららかな景色に充てる珍の国 百の木の実はよく実り名さへ分らぬ百鳥は 常世の春を祝ひつつ喜びゑらぎ遊ぶ国 顔面清く照りわたる姿優しくニコニコと 憂ひを知らぬ神の国人と生れし吾々は 此世に生きて大神の道の御為世の為に 心を研き身を尽し霊肉分離の其後は 天の八衢関所をば越えずに直に天国へ 上る御霊に進むべく今より心を研くべし 神は吾等と倶にあり人は神の子神の宮 いかでか神に帰らざらむあゝ惟神々々 御霊幸はへましませよ』 ランチ『根底の国は醜の国八十の曲津や醜魂の ウヨウヨ群がり住まふ国塵や芥に汚されて 鼻つくばかり臭い国常世の暗の前後ろ 足元さへも見えぬ国暗き隧道下りゆき 頭を岩に打ちつけて血潮は流れ滝の如 苦み痛む醜の国危き橋の細長く 深谷川に架けられて身を切る計りの寒風が いや永久に吹きまくる冷たき寒き醜の国 ガリガリ亡者の此処彼処秋の夕の虫の如 悲しみ歎き聞え来る胸の塞がる暗の国 あゝ惟神々々吾等は神の御光に 照らされここに救はれて再び此世の人となり 月日の光を委曲に拝する身とはなりにけり 思へば思へば天地の神の恵は何時の世か かよわき人の身を以て酬いまつらむ時やある 心を尽し身を尽し如何なる悩みに遇ふとても 神の尊き御恵に比べまつれば吾々が 尽す誠は九牛の一毛だにも及ぶまじ 許させ給へ惟神神の御前にわびまつる』 片彦『中有界の八衢に知らず知らずに迷ひ込み 此世に生れて今日までも体主霊従の悪業を 尽せし事を一々に伊吹戸主の門番に スツパぬかれた其時は身も世もあらぬ思ひして 穴があるなら逸早く消えたきやうな心持 何とも云へぬ苦しさに根底の国に墜されて 汚穢の臭気に充されし暗き岩穴腰屈め 足を傷つけ頭打ち漸く橋の袂まで 来りて見れば沢山の冥官達が立並び コハイ顔して睨みつけ叱り飛ばした恐ろしさ それさへあるに四方より骨と皮とに窶れたる ガリガリ亡者が蜂の巣をつついた如く現はれて 吾等の体に喰ひつき手足にまとひし厭らしさ 吹来る風は腥く自然に鼻のゆがむよな 臭気は四辺を吹きまくる如何なる深き罪あるも かやうな所におとすとは大国彦の神様も 聞えませぬと心中に恨みし事も幾度か 呼べど叫べど祈れども何の証も荒涙 苦み悶ゆる折もあれ幽かに聞ゆる宣伝歌 聞くより我利々々亡者たち煙の如く消え失せぬ 鬼のやうなる面さげた冥官共もチクチクと 姿を隠し漸くに四辺は少しく明くなり あゝ嬉しやと思ふ折許しの雲に打乗りて 悠々下る女神あり女神は二人の侍女を連れ 吾等が前に現はれていとも優しき御声に 汝はランチ将軍かお前は片彦将軍か 高天原の最奥の日の若宮に現れませる 皇大神の御言もて汝が苦念を助けむと 下り来れる紫の姫の命のエンゼルと 宣らせ給ひし嬉しさよ地獄に仏といふ事は かかる事をや云ふならむ甦りたる心地して ハツと頭をさぐる折紫姫は淑に 神の御言を宣り給ひ金勝要大神の 御心伺ひ奉らむと侍女を伴ひ雲に乗り 北方の空をいういうと渡りて姿を隠しまし 間もなく来る宣伝使治国別や竜公や 松彦司其他の真人たちに救はれて 再び此世の明りをば拝みし時の嬉しさよ 此大恩に酬うべく吾は之より真心を 神の御為道の為世人の為に捧げつつ 常世の暗の現界を一日も早く大神の 珍の光に照らすべく治国別に従ひて 月の御国はまだ愚か百八十国の果までも お道の為に雨露を冒して仕へ奉るべし あゝ惟神々々神の御前に真心を 捧げて祈り奉る』 松彦『バラモン軍の秘書官と仕へまつりて河鹿山 数多の軍勢と諸共に進む折しも三五の 神徳無限の宣伝使治国別の一行に 珍の言霊打出され総隊崩れ逃出す 其みじめさに憤慨し吾は竜公と諸共に 懐谷に身を隠し善後の策を講じつつ 逃げ遅れたる馬ともにトボトボ坂を降りつつ 祠の森に来てみれば三五教の宣伝使 二人の家来が頑張つて見張りしてゐる恐ろしさ 漸く此場のゴミにごし不思議の縁で兄弟の 目出度く対面相済ませ治国別に従ひて 野中の森に来て見れば忽ちドロンと消え給ふ 後に残りし吾々は数人連れにて小北山 ユラリの彦の神殿に進みて蠑螈別さまや お寅婆さまに出会し妻と娘に巡り会ひ 漸くここに来て見れば前後左右に人の声 小山の如く集まりてウヨウヨウヨと騒ぎゐる われを忘れて陣中に一行と共に走り入り 河辺に立ちて眺むればここに四人の川はまり コリヤ大変と進みより数多の軍兵にかつがせて 物見櫓の下の間に四人を運び惟神 神の授けし言霊を声淑かに宣りつれば 神の恵は目のあたり四人一度に甦り 目を開きたる嬉しさよ今まで捜し索めたる 治国別の師の君も竜公も此処に現はれて 互に手に手を握り合ひ無事を祝せし嬉しさは 天の岩戸の開きたる百神たちのゑらぎ声 それにも勝る思ひなりあゝ惟神々々 神の光の現はれてバラモン教の宣伝使 軍の思ひも今は早矛逆しまに立直し 剣を扇子に持ちかへて神の御前を伏拝む 目出度き仕儀となりにけりこれぞ全く素盞嗚の 神の尊の御威徳が表はれ給ひし証なり 謹み敬ひ皇神の御稜威を感謝し奉る あゝ惟神々々御霊幸はへましませよ』 お寅『小北の山に現はれし其名も高きウラナイの 教主の君の蠑螈別其お身分に似もやらず 信者の娘を唆し臍繰金をまき上げて おまけにお寅の頭まで叩いて逃げる強の者 憎き奴と思ひつめ一度は腹が立つたれど 金剛杖に叩かれた其為私は神徳を 腕もたわわに頂いてスツカリ迷ひの夢も醒め 三五教の御教を此上なく信じ奉り 松彦司に従ひて浮木の森に来てみれば 右往左往と人の影只事ならじと近寄りて よくよく見ればお民さま大地に蛙を投げたよに 早縡切れてゐなさつたコリヤ大変と万公や アク、テク、タクの一同は人工呼吸を施して 天津祝詞を奏上し祈り奉ればアラ不思議 神徳忽ち現はれて息ふき返した嬉しさよ 之も全く神様の吾等を導き給ふべく 計り給ひし御業ぞと尊み敬ひ今ここに 無事の対面遂げながら以前の恨を打忘れ 一切万事神様に御任せ申した気楽さよ いざ之よりは吾々も心の腹帯締め直し 魔神の猛ぶ荒野原よぎりて神の御為に 力限りに仕ふべしあゝ惟神々々 天地を造り給ひたる皇大神よ大神よ お寅が微衷を愍みて此大業を詳細に 遂げさせ給へと願ぎまつる』 万公『ヤア皆さま、幽冥組も元気恢復し、言霊車の運転も随分盛なものでした。之から一つお民如来さまに、何か面白い歌を歌つて頂きませうか、ナアお民さま、あなたも随分○○の道にかけては、剛の者だからなア』 お民『ホヽヽヽヽ、私は余り慢心して高い所まで上り、神罰を被つて、階段から顛落し、サツパリ幽冥旅行を致しました。其時後頭部をシタタカ打つたと見え、何だか頭が変になつて、到底歌なんか出ませぬ、何卒御免下さいませ』 万公『コレコレお民さま、吾々はお前さまの命の救ひ主だ。チツとは恩にきせるぢやないけれど、歌位歌つてくれたつて、余り罰が当りもせまいぞや。蠑螈別さまの前だつて、さうテラすものぢやないワ。歌つたり歌つたり』 お民『エヽさういはれちや仕方がありませぬ、何れ死ぞこなひですから、生命のあるやうな歌は歌へませぬ、何でも宜しいか』 万公『何でも宜しい、お前さまの声さへ聞けばそれで満足だ。チツとは幽霊気分が交つても差支ありませぬ。現界の歌は随分聞いてるが、幽界の歌はまだ聞いた事がないから、チト位、いやらしてもいいから、幽界で覚えて来た事を歌つて下さいな』 お民『ハイ、お恥かしう厶いますが、それなら歌はして貰ひませう』 と云ひながら、両手をニユツと突き出し、掌をベロリとさげ、舌を出したり入れたりしながら、一口言つては踊る其可笑しさ、一同は思はず吹出し、俄に興を添へた。 お民『あゝ恨めしや恨めしや私は蠑螈別さまの 悪性男に騙されて浮木の森まではるばると 心ならずもついて来たワイなヒユーヒユードロドロヒユー、ドロドロ 恨めしや…………恨めしわいな足の裏に おまんまがひつついてウラ飯いこんな所につくよりも なぜに表の鼻の先天晴ついては下されぬ そしたら私と蠑螈別さまは誰憚らずママになる と思うてゐたのは今までだ冥土の旅をやつてから 白鬼さまに頼まれて審判の役となつたわいな ホツホツホツホヽヽヽあた厭らしい声がする 此奴ア不思議とよく見れば蠑螈別の副守さま 化物みたよな女をば沢山背に負ひながら エチエチエチと走りゆく後姿を眺むれば 青赤白や萠黄なすさも厭らしい鬼の顔 アーアこんな男とは私は夢にも知らなんだ お寅婆さまはさぞやさぞこれ程沢山曲鬼の 憑いた男をさらはれてホンに仕合せなお方だと 天の八衢の関所から打驚いてみてゐましたよ ヒユーヒユードロドロヒユー、ドロドロホヽヽホツホ、ホーホーホー ハテ恨めしやアな、恨めしや私はこれから蠑螈別の 後には従いて行きませぬ石塔の横から細い手を ニユツと前の方へ突き出して万公さまの首筋を 冷たい手々にてグツと掴みキヤツといはさにやおきませぬ ホヽヽヽホツホ恨めしやヒヽヽヽヒツヒ気味がよいや こんな女子に睨まれたが最後の錠観念なされや万公さま メツタに助かりつこはない程にイヒヽヽヒツヒ、イヒヽヽヽ』 万公『コリヤお民……ドン、やめてくれ、何を云ふのだ、アタ厭らしい』 お民『それだつて、冥土土産に唄へと云つたぢやありませぬか、私が修業して来たのは、こんなものですよ、ホツホヽヽヽ』 万公『エヽ気味の悪い、首筋がゾクゾクし出した。コレお寅さま、一杯ついでくれ、そしてお民さまを暫く、あつちの方へ送つて行つて下さい……本当に飲んだ酒がしゆんで了つたやうだ』 松彦『万公さまお民幽霊におどされて ブルブル震ひ汗をかくなり』 万公『われとてもお民位は恐れねど あの言霊が気にくはぬなり』 お民『万公さま恐ろしいないとは云はれまい 其顔色はホヽヽヽヽヽヽ』 万公『またしても厭らし声を出しよるな 早く此場を立つてゆけかし』 お民『立ちたくは山々なれど肝腎の 蠑螈別がおもひ切られず』 万公『何吐す貴様は口と心とが 裏表故うらめしといふ……のだらう』 お民『本当に恨めし人は蠑螈別 表にめすは万公さまなり』 万公『気にくはぬお民の奴よ一時も 頼みぢや程に退いてくれかし』 お民『幽霊に一旦なつた私ぢやもの お前の首を抜かにや離れぬ』 お寅『万公さま、コレお民さま、お互に 心得なされ、ここは陣中』 蠑螈『お民といひお寅といつて騒ぐとも 高姫司にまさる者なし』 お寅『さうだらう高姫さまは若い故 お民さままで厭になるのだ。 なアお民、お前の年はまだ二十 五十婆さまを若う見るとは。 それ故に夢の蠑螈別さまと 人が言ふのも無理であるまい』 ランチ『ヤア皆さま、面白く祝はして頂きました。最早夜も更けましたなれば、御寝み下さいませ。又明日ゆつくりと尊き御話を伺はして頂きませう』 此挨拶に一同は上機嫌で各居間に帰り、寝に就いた。 (大正一二・一・一四旧一一・一一・二八松村真澄録)
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霊界物語 49_子_祠の森の物語1(高姫と妖幻坊) 01 地上天国 第一章地上天国〔一二七五〕 天地万有一切を愛の善と信の真に基いて、創造し玉ひし皇大神を奉斎したる宮殿の御舎を、地上の天国と云ふ。而して大神の仁慈と智慧の教を宣べ伝ふる聖場を霊国といふ。故に大本神諭にも、綾の聖地を地の高天原と名付けられたのである。 天国とは決して人間の想像する如き、宙空の世界ではない。大空に照り輝く日月星辰も皆地球を中心とし、根拠として創造されたものである以上は、所謂吾人の住居する大地は霊国天国でなければならぬ。人間は其肉体を地上において発育せしめ、且其精霊をも馴化し、薫陶し、発育せしむべきものである。而して高天原の真の密意を究むるならば最奥第一の天国も亦中間天国、下層天国も、霊国もすべて地上に実在する事は勿論である。只形体を脱出したる人の本体即ち精霊の住居する世界を霊界と云ひ、物質的形体を有する人間の住む所を現界といふに過ぎない。故に人間は一方に高天原を蔵すると共に一方に地獄を包有してゐるのである。而して霊界、現界即ち自然界の間に介在して、其精霊は善にもあらず、悪にもあらず、所謂中有界に居を定めてゐるものである。 すべての人間は、高天原に向上して霊的又は天的天人とならむが為に、神の造り玉ひしもので、大神よりする善の徳を具有する者は、即ち人間であつて、又天人なるべきものである。要するに天人とは、人間の至粋至純なる霊身にして、人間とは、天界地獄両方面に介在する一種の機関である。人間の天人と同様に有してゐるものは、其内分の斉しく天界の影像なることと、愛と信の徳に在る限り、人間は所謂高天原の小天国である。而して人間は天人の有せざる外分なるものを持つてゐる。其外分とは世間的影像である。人は神の善徳に住する限り、世間即ち自然的外分をして、天界の内分に隷属せしめ、天界の制役するままならしむる時は、大神は御自身が高天原にいます如くに其人間の内分に臨ませ玉ふ。故に大神は人間が天界的生涯の内にも、世間的生涯の中にも、現在し玉ふのである。故に神的順序ある所には必ず大神の御霊ましまさぬことはない。凡て神は順序にましますからである。此神的順序に逆らふ者は決して生き乍ら天人たることを得ないのである。 教祖の神諭に……十里四方は宮の内……と示されてあるのは、神界に於ける里数にして、至善至美至信至愛の大神のまします、最奥第一の天国たる神の御舎は殆ど想念の世界よりは、人間界の一百方里位に広いといふ意味である。吾々人間の目にて僅かに一坪か二坪位な神社の内陣や外陣も、神界即ち想念界の徳の延長に依つて、十里四方或は数百里数千里の天国となるのである。福知舞鶴外囲ひと云うてあるのは、所謂綾の聖地に接近せる地名を仮つて、現界人に分り易く示されたものであつて、決して現界的地名に特別の関係がある訳ではない。只小さき宮殿(人間の目より見て)の中でも……即ち宮の内でも神の愛と神の信に触れ、智慧証覚の全き者は、右の如く想念の延長に仍つて、際限もなく、聖く麗しく、且広く高く見得るものである。すべて自然界の事物を基礎として考ふる時は斯の如き説は実に空想に等しきものの如く見ゆるは当然である。併し乍ら霊的事物の目より考ふれば、決して不思議でも、不合理でもない。霊的事象の如何なるものなるかを、能く究め得るならば、遂に其真相を掴むことが出来るのである。併し自然界の法則に従つて肉体を保ち、且肉の目を以て見ることを得ざる霊界の消息は到底大神の直接内流を受入るるに非ざれば、容易に思考し得可らざるは、已むを得ない次第である。 故に、神界の密意は霊主体従的の真人にあらざれば、中魂下魂の人間に対し、いかに之を説明するも、容易に受け入るる能はざるは当然である。只人間は己が体内に存する内分に仍つて、自己の何者たるかを能く究めたる者に非ざれば、如何なる書籍をあさる共、如何なる智者の言を聞く共、如何に徹底したる微細なる学理に依る共、自然界を離れ得ざる以上は、容易に霊界の消息を窺ふことは出来ないものである。太古の黄金時代の人間は何事も、皆内的にして、自然界の諸事物は其結果に依つて現はれし事を悟つてゐた。夫れ故直様に大神の内流を受け、能く宇宙の真相を弁へ、一切を神に帰し、神のまにまに生涯を楽み送つたのである。然るに今日は最早白銀、赤銅、黒鉄時代を通過して、世は益々外的となり、今や善もなく真もなき暗黒無明の泥海世界となり、神に背くこと最遠く、何れも人の内分は外部に向ひ、神に反いて、地獄に臨んでゐる。それ故足許の暗黒なる地獄は直に目に付くが、空に輝く光明は之を背に負ふてゐるから、到底神の教を信ずることは出来ないのである。茲に天地の造主なる皇大神は、厳の御霊、瑞の御霊と顕現し玉ひ、地下のみに眼を注ぎ、少しも頭上の光明を悟り得ざりし、人間の眼を転じて、神の光明に向はしめむとして、予言者を通じ、救ひの道を宣べ伝へたまうたのである。 斯の如く地獄に向つて内分の開けてゐる人間を高天原に向はしめたる状態を、天地が覆ると宣らせ玉ふたのである。 要するに忌憚なく言へば、高天原とは大神や天人共の住所なる霊界を指し、霊国とは神の教を伝ふる宣伝使の集まる所を言ひ、又其教を聞く所を天国又は霊国といふのである。而して天国の天人団体に入りし者は、祭祀をのみ事とし、霊国の天人は神の教を伝ふるを以て神聖なる業務となすのである。故に最勝最貴の智慧証覚に仍つて、神教を伝ふる所を第一霊国と云ひ、又最高最妙の愛善と智慧証覚を得たる者の集まる霊場を最高天国といふのである。故に現幽一致と称へるのである。 人間の胸中に高天原を有する時は、其天界は人間が行為の至大なるもの、即ち全般的なるものに現はれるのみならず、其小なるもの即ち個々の行為にも現はるべきものなるを記憶すべきである。故に『道の大原』にも、大精神の体たるや至大無外至小無内とある所以である。抑も人間の人間たる所以は、自己に具有する愛其者にある。自然の主とする所の愛は即ち其人格なりといふ事に基因するものである。何故なれば、各人主とする所の愛は、其想念及行為の最も微細なる所にも流れ入つて之を按配し、至る所に於て、自分と相似せるものを誘出するからである。而して諸々の天界に於ては、大神に対する愛を以て第一の愛とするのである。高天原にては如何なる者も大神の如く愛せらるるものなき故である。故に高天原にては、大神を以て一切中の一切として之を愛し之を尊敬するのである。 大神は全般の上にも、個々の上にも流れ入り玉ひて、之を按配し之を導いて、大神自身の影像を其上に止めさせ玉ふを以て、大神の行きます所には悉く高天原が築かれるのである。故に天人は極めて小さき形式に於ける一個の天界であつて、其団体は之よりも大なる形式を有する天界である。而して諸団体を打つて一丸となせるものは高天原の最大形式をなすものである。 綾の聖地に於ける神の大本は大なる形式を有する高天原であつて、其教を宣伝する聖く正しき愛信の徹底したる各分所支部は、聖地に次ぐ一個の天界の団体であり又、自己の内分に天国を開きたる信徒は、小なる形式の高天原であることは勿論である。故に霊界に於けるすべての団体は、愛善の徳と信真の光と、智慧証覚の度の如何によつて、同気相求むる相応の理に仍り、各宗教に於ける一個の天国団体が形成され、又中有界地獄界が形成されてゐるのも、天界と同様、決して一定のものではない。され共大神は天界中有界地獄界をして一個人と見做し、之を単元として統一し玉ふ故に如何なる団体と雖も、厳の御霊瑞の御霊の神格の中より脱出することは出来ない、又之を他所にして自由の行動を取ることは許されないのである。 高天原の全体を統一して見る時は、一個人に類するものである。故に諸々の天人は其一切を挙げて、一個の人に類する事を知るが故に彼等は高天原を呼んで、大神人といふのである。綾の聖地を以て天地創造の大神の永久に鎮まります最奥天国の中心と覚り得る者は、死後必ず天国の住民となり得る身魂である。故に斯かる天的人間は聖地の安危と盛否を以て、吾身体と見做し、能く神界の為に、愛と信とを捧ぐるものである。 高天原の全体を一の大神人なる単元と悟りし上は、すべての信者は其神人の個体又は肢体の一部なることを知るが故である。霊的及天的事物に関して、右の如き正当なる観念を有せざる者は、右の事物が一個人の形式と影像とに従つて配列せられ和合せらるることを知らない。故に彼等は思ふやう、人間の外分をなせる世間的、自然的事物即ち是人格にして、人は之なくんば人の人たる実を失ふであらうと。故に大神人の一部分たる神の信者たる者が斯の如き自愛心に捉はれて、孤立的生涯を送るに至らば、外面神に従ふ如く見ゆると雖も、其内分は全く神を愛せず、神に反き、自愛の為の信仰にして、所謂虚偽と悪との捕虜となつたものである。斯の如き信仰の情態に在る者は決して神と和合し、天界と和合することは出来ない。恰も中有界の人間が、第一天国に上つて、其方向に迷ひ、一個の天人をも見ることを得ず、胸を苦め、目を眩して喜んで地獄界へ逃行く様なものである。 人間の人間たるは決して世間的物質的事物より成れる人格にあらずして、其能く真を知り、能く善に志す力量あるに仍ることを知るべきである。此等の霊的及び天的事物は即ち人格をなす所以のものである。而して人格の上下は、其人の智性と意思との如何に仍るものである。 大本神諭に……灯台下は真暗がり、結構な地の高天原に引寄せられ乍ら、肉体の欲に霊を曇らせ、折角宝の山に入り乍ら、裸跣足で怪我を致して帰る者が出来るぞよ。これは心に欲と慢心とがあるからであるぞよ。云々……と示されあるを考ふる時は、折角神の救ひの綱に引かれ乍ら、其偽善の度が余り深きため、心の眼開けず、光明赫灼たる大神人のゐます方向さへも、霊的に見ることを得ず、何事もすべて外部的観察を下し、おのが邪悪に充ちたる心より神人の言説や行為を批判せむとする偽善者や盲聾の多いのには大神も非常に迷惑さるる所である。凡て人間は、暗冥無智なる者なることを悟り、至善至美至仁至愛至智至正なる神の力に信従し、維れ命維れ従ふの善徳を積むに非ざれば、到底吾心内に天界を開き、神の光明を認むることは不可能である。吾身内に天国を啓き得ざる者は到底顕界幽界共に安楽なる生涯を送ることは出来ないのは当然である。故に現界にて同じ殿堂に集まり、神を讃美し、神を拝礼し、神の教を聴聞する、其状態を見れば、同じ五六七殿の内に行儀よく整列して居る様に見えてゐる、又物質界より見れば確実に整列してゐるのは、事実である。併し其想念界に入つて能く観察する時は、其霊身は霊国にあるもあり、又天国の団体にあつて聴聞せるもあり拝礼せるもあり、或は中有界に座を占めて聞き居るもあり、又全く神を背にし地獄に向つてゐるのもある。故に此物語を拝聴する人々に仍つて、或は天来の福音とも聞え、神の救ひの言葉とも聞え、或は寄席の落語とも聞え、或は拙劣な浪花節とも感じ、又中有界に彷徨ひたる偽善者の耳には不謹慎なる物語にして、決して神の言葉にあらず、瑞月王仁の滑稽洒脱の思想が映写して、物語となりしものの如く感じ、冷笑侮蔑の念を起し、之に対する者もあり、或は筆録者の放逸不覊の守護神に感じて、口述者の霊が神の言葉と自ら信じ、編纂せしものの如く感ずる者もあり、或は其言を怪乱狂妄悉皆汚穢に充ちたる醜言暴語となして耳を塞ぎ逸早く逃げ帰るものもある。之は霊界に身をおいて、各人が有する団体の位地より神を拝し、且物語を聴く人の状態である。故に此物語は上魂の人には実に救世の福音なれ共、途中の鼻高や下劣なる人間の耳には最も入り難きものである。又無垢なる小児と社会の物質欲に超越したる老人の耳には能く沁み渡り、且理解され易きものである。こは小児と老人は其心無垢の境涯に在つて、最奥の霊国及天国と和合し相応し居るが故である。 (大正一二・一・一六旧一一・一一・三〇松村真澄録)
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霊界物語 49_子_祠の森の物語1(高姫と妖幻坊) 04 人情 第四章人情〔一二七八〕 石搗は漸く無事に済んで地鎮祭も終り、直会の宴に移つた。今日は玉国別の許しを得てさしも酒豪のイル、イク、サール、テル、ハル、ヨルのバラモン組は天にも昇るやうな心地で歌を唄ひ、石などをケンケンと叩きならし、堤を切らして踊り狂ふた。何人も酒に酔ひ潰れた時は小供のやうになるものである。又平素から心にもつて居た不平は残らず喋るものである。 イル『おい、イク、サール何うだ。清春山に居つた時は、朝から晩迄甘い酒を鱈腹呑んで、新来のお客さま伊太公さま迄敵味方の障壁をとつて優遇したぢやないか。それに馬鹿らしい三五教に帰順してから今日迄一滴も呑ましちや貰筈、本当に淋しくて、矢張元のバラモン教の方が余程よいと思つたよ。貴様等が何時迄もこんな所に引いてけつかるものだから、俺も仕方なしにひつ付いて居たのだ。本当にここの大将はケチン坊だからな。なんだい道公なンて偉さうに監督面を提げやがつて、俺はあのしやつ面を見てもむかつくのだ。エーン』 と副守が発動して本音を吐き出した。 イクはイルが大きな声で不平を云ふて管をまくので道公の監督に聞かれては大変と、一生懸命に左右の手で自分の耳を押へて居る。そしてイルの耳許に口を寄せ、 イク『オイ兄弟、そんな大きな声で不平を云ふものぢやない。勿体ないぞ。道公の耳へ入つたらどうするのぢや』 イル『ナヽ何だ、何が勿体ないのだい。道公の耳へ入るのが、それ程われや恐ろしいのか。何だその手は耳を押へやがつて』 イク『それだつて、余り貴様が大きな声で悪口を吐すものだから、監督の耳に入らないやうにつめをして居るのだ』 イル『何さらしやがるのだ。馬鹿だな、耳を押へて鈴を盗むやうな事をしたつて何になる。このイルの仰有る事は、何程金挺聾でも直ぐ耳にイルやうに云つて居るのだ。骨と皮との痩馬を河鹿峠を引いて通るやうに、ヘエヘエハイハイと盲従する奴は、それこそ気骨のない章魚人間だ。このイルはそんな卑怯な事はなさらぬぞ。も少し大きな声で不平を云ふのぢや。否大に怨言非辞を連発するのだ。のうサール、貴様もサール者だから、きつと俺と同感だらう』 サール『馬鹿云ふな、この目出度い地鎮祭に結構な酒を頂きやがつて何をグヅグヅ云ふのだ。ちと心得ぬかい』 イル『ナヽ何が目出度いのだ。何がそれ程結構なのだ。よく考へて見い、清春山は破壊され、浮木の森の陣営はメチヤ、クチヤにされ、何うして吾々バラモン勇士の顔が立つか、それに何ぞや三五教の神を祭るお宮のお手伝ひをさして貰ひ、嬉しさうに嫌でもない酒を強られて何が有難いのだ。勿体ないのだ。フゲタが悪いぢやないか、敵に兜をぬいで敵の馳走を頂き、感謝の涙をこぼすやうな者は人間ぢやないぞ。俺もかうして表面帰順して居るものの、心の底から貴様のやうに帰順して居るのぢやない。かうして大勢の中に紛れ込み、様子を探つた上、大に手柄をせうと思ふて居たのだ。白夷、叔斉は首陽の蕨を食つて周の粟を喰はず生きて居たぢやないか。夫れだけの気骨が無くてバラモンの武士と云はれるか。エーン』 サール『アハヽヽヽ、それ程三五教の飲食が気に入らぬのなら、なぜ前後も分らぬ所迄酒に喰ひ酔ふたのだ。貴様はいつも悪酒だから困つたものだ。ちと躾まぬと、俺達迄が痛くない腹をさぐられては詰らない。俺達は、貴様のやうな二股武士ぢやない、帰順したと云ふたら心の底から帰順して居るのだ』 イル『俺だつて、松彦や治国別には心の底から帰順したのだ。玉国別や道公て、あんな宣伝使に帰順したのぢやない。第一それが俺は気に喰はないのだ。よく考えて見よ、天下の宣伝使ともあらうものが、四つ手に目玉を引つかかれるやうで何処に神徳があるか、俺はあの玉国別の面を見るとムツとするのだ。治国別さまのやうな宣伝使なら何程バラモン教の俺だつて帰順するのだけれどな』 道公は、三人が隅の方に片寄り大きな声で囀つて居るので、喧嘩ぢやないか、もし喧嘩なら仲裁して目出度う納めねばならぬ、肝腎の地鎮祭にケチを付けられては耐らないと、三人の前にホロ酔機嫌でヒヨロヒヨロと進み寄り、 道公『おいイル、イク、サール、何を夫程喧しう云つて居るのだ。何ぞ面白い話でもあるのか』 イク『ハイ、面白い事があるのですよ。このイルの奴たうとう本音を吹きやがつて仕様もない事を云ふのです』 イル『コレヤコレヤイク、幾何酒に酔ふても大事の事を云ふてはいけないよ。俺が玉国別が嫌になつた事や、この普請の気に入らぬ事や、矢張バラモン教の方が結構だと云つた事を決して道公の監督に云つてはならないぞ。そこが友達の交誼だからな』 道公『アハヽヽヽ、やイルさま、たつて聞かうとは云ひませぬよ。併し皆分りましたからな』 イク『それ見ろ、イルの奴矢張りお神酒の神徳により、腹の中のゴモクを薩張り吐き出されよつたな。もし道公さま、どうぞイルが何を云つても、あいつは副守が云つて居るのですから聞き流してやつて下さいませ』 サール『道公の監督さま、イルはこんな奴です。併し比較的正直者ですから、玉国別様にはどうぞ仰有らないやうにして許してやつて下さいませ。本当に仕方のない奴で厶います。ウンウンガー、アヽ酔ふた酔ふた、ほんとに結構なお神酒を頂戴致しまして本守護神は申すに及ばず、正、副守護神迄恐悦至極に存じます』 道公『ヤア三人共心配するな。酒酔の云ふ事を取りあげるやうな俺も馬鹿ぢやないからな』 イル『成程、それ聞いて俺も道公さまが好きになつた。こんな気の利いた家来をもつて居る玉国別さまも好きになつた。其盃を一つ僕にさして下さい。今日はお神酒に酔つてすつかり腹の中のごもくを吐き出しました。決してイルの肉体であんな事を云つたのぢやありませぬ。腹の中に居つた大黒主の眷族が囁いたのですから、私は本当に迷惑ですよ』 道公『それやさうだらう。まあ心配したまふな。サア一杯いかう』 と道公は心よく、イル、イク、サールに盃を与へ、自らついでやり、自分も其処に安坐をかいて歌を歌ひながら面白をかしく酒を引つかけて居る。 イルは『兄貴まア一杯』と道公に盃をさし唄ひ出した。 イル『三五教の道公さまが朝から晩迄ポンポンと 拍手うつのはよけれどもヨイトサヽヨイトサヽ このイルさまを捉まへてポンポン云ふのにや困ります ヨイトサヨイトサぢや アハヽヽヽ、まア一杯僕についでくれたまへ、なア道公さま、酒酔本性違はずと云つて、よく覚えて居るだらう』 道公は歌ふ、 道公『道公司がポンポンとお前に云ふたのは訳がある 朝から晩迄酒をのむお前を瓢箪と思た故 そして又お前は面の皮太鼓のやうに厚うして サツパリ腹が空故に太鼓と思うてポンポンと 叩いて見たのだイルさまよ俺に怒つちや見当違ひ 俺は役目でポンポンと石搗しなくちやならないで 合図をしたのだと思ふて呉れヨイトセヨイトセ ヤツトコセ、ヨウイヤナアレワイセ、コレワイセ サアサ、ヨーイトセ』 イク、サールは手を拍ち、 イク『ヤアポンポンだ、甘い甘い、ポンポンながらカンカン乍ら、このイクさまが一つ唄つて見ませう。エヘン、オイ、イルちつと手を拍つて囃して呉れ、囃がまづいと歌が全くいかぬからな』 イル『ヨシ囃してやらう、サア云ふたり云ふたり』 イク『祠の森の神さまは梵天帝釈自在天 大国彦と思ふたらサツパリ当が外れよつて 大国治立神様だ今迄俺はバラモンの 神程偉い奴は無いと思ふて居たのにこれや何だ アテが外れて三五教のいやな神様を喜んで 拝まにやならない羽目となり不性無精に朝夕に 信者らしく見せかけて今迄来たのが偽善者の 其行ひと知つた故胸に手を当て考へた 揚句の果は三五教の教は誠と知つた故 心の悩みも晴れ渡り今は全く三五の 神を信ずる身となつたほんとに心の持ちやうで どうでもなるのが人の身だ人は神の子神の宮 天地経綸の主宰者と教へられたる其時は 何だか怪体の事を云ふ慢心じみた教だと 心に蔑み居つたれど矢張神は嘘つかぬ バラモン教では吾々を塵や芥の固りの より損ひのよに云ふけれど矢張人は神の子だ これを思へば飲む酒も一入味がよいやうだ 今日の石搗お祝にどつさりお酒を頂戴し 魂は浮れて天国の御園に遊ぶ思ひなり あゝ惟神々々御霊の恩頼を慎みて 茲に感謝し奉るサア一盃いきませう』 斯く四人は一団となりて酒汲み交して居る。一方には又バラモン組のヨル、ハル、テルの三人三巴となつて趺坐をかき、管を捲いて居る。 ヨル『オイ、あのイルを見よ、彼奴は最前から結構な酒に喰ひ酔、しようもない腹の中のごもくたをさらけ出したぢやないか、彼奴はいつも酒くらひやがると何も彼もさらけ出しやがるのだ。何か怪体なものが憑いて居るのだよ』 テル『さうだな、可哀さうなものだ。彼は村でも怠惰者で仕事が嫌ひなのだから仕方がない。いつも襤褸を下げやがつて、人の門口に立ち酒でも呑んで居やうものなら、汚い風をして坐り込むのだから誰しも迷惑して、酒を呑ましてやり、少しばかり金をやつて帰してやるのだ。其が今度の戦争で安い金で雇はれた雇兵だ。元来がノラクラ者の成上りだから、一度憐れみをかけると云ふと好い気になり、メダレを見て仕方が無いものだ。道公さまがよい気であんな奴と盃の取り交しをするなんて余りぢやないか、俺にだつて盃の一杯位さして呉れたつて損はあるまいに、あんな奴より下に見られちや約まらないぢやないか』 ハル『オイ、テル、貴様は気をつけないと額際に曇りがかかつてゐるぞ。そこが曇つて居るのは貴様の未来に取り不祥なる事が来るのを教へて居るのだ。つまり死ぬと云ふ事を教へて居るのだ。深酒を呑まぬやうにせぬと危ないものだ。たとへ身体がピンピンして居ても人の悪口ばかり云ふて居ると、憎まれてどんな災難を買ふやら分らないぞ。些と慎むがよい』 テル『そんな事を聞くと折角の酔がさめて仕舞ふぢやないか。俺は平常から顔色が悪いのだ、気にかけて呉れるな。そんな事を聞くと何だか俺迄気分が悪くなるからな』 斯く話す所へ片手に燗徳利を下げ、片手に盃を持ち進んで来たのは晴公であつた。 晴公『ヨルさま、ハルさま、テルさま、石搗は大分大層でしたが、先づ貴方方のおかげで無事終了し、斯んな目出度い事はありませぬね。お祝ひに一杯つがして下さい』 と盃をさし出した。ヨルはさも嬉し気に晴公につがせながら、一口のんで額をポンと叩き、 ヨル『遉は晴公さまだ。治国別さまのお仕込みだけあつて道公さまとは大分気が利いてゐるわい。晴公さま、宜敷く頼みますよ。吾々はバラモン教から帰化した所謂異邦人だから何かにつけて疎外せられるやうに思はれてなりませぬワ。これも心のひがみでせうか。人間といふものは妙なもので貴方のやうにして下さると本当に心の底から打ち解けたやうで、働くのも何だか勢が出るやうですわ。ナア、ハル、テルさうぢやないか』 テル『さうだなア、人の上に立つ人は余程気をつけて下さらぬと下の者はやり切れないからなア』 ハル『同じハルのついた晴公さまだから、同名異人と云ふだけで、やつぱり身魂が合ふて居るのだよ。それだから晴公さまが俺達の所へ来て下さつたのだ。ヨル、テル、晴公様に感謝すると共にこのハルさまにも感謝するのだぞ』 ヨル、テル『ヘーン、何を吐しやがるのだえ、鼻を捻折るぞ』 晴公『常暗のヨルははれけり大空に 月は照るなり星は輝く。 空晴る月テルヨルの星影は いとも疎に見え渡るかな』 ヨル『オイ、テル、ハル両人喜べ、俺はヨルさま、お前はテル、ハルの両人、それに晴公さまだから、あのやうに目出度い歌を詠んで下さつた。親切と慈愛の徳は曇つた空も晴るるなり、曇つた心の月も照るものだなア』 晴公は両手を合せ、惟神霊幸倍坐世と何を思ふてか、感謝の声に涙を帯びながら神文を奏上した。三人も手を打つて『惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』と連呼した。斯くして直会の宴は全く閉ぢ、一同は十二分に歓を尽して寝についた。 (大正一二・一・一六旧一一・一一・三〇加藤明子録)
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霊界物語 49_子_祠の森の物語1(高姫と妖幻坊) 10 添書 第一〇章添書〔一二八四〕 治国別は浮木の森のランチ将軍、片彦将軍其他を帰順せしめ道々三五の教理を説き諭し乍らクルスの森迄進んで行つた。さうしてお寅に向ひ、 治国『お寅さま、お前さまはウラナイ教の熱心な肝煎であつたが、かうして三五教に帰順し立派な信者となられたのは実に吾々も大慶です。併し乍ら、之から一度イソの館へ御参拝になり、大神様の御許しを受けて立派な宣伝使となつてお尽しになつては如何です。平の信者となつて行くよりも余程便宜かも知れませぬよ』 お寅『はい、有難う厶ります。私の様な婆でも宣伝使にして頂けませうかな』 治国『婆だつて、何だつて貴方の身魂其者は決して老若の区別はありませぬ。老人は如何しても無垢な者ですから却て吾々よりも立派な宣伝使になれませう。私が手紙を書きますから此を以て河鹿峠を渡りイソの館に参拝し八島主さまに御面会の上、百日ばかりも修行して其上立派なる宣伝使となり神界のためにお尽しなされ。それが何よりの後生の為めですよ』 お寅『私の様な悪たれ婆でも改心さへすれば貴方の爪の垢位な働きが出来ませうかな。それなら之から仰せに従ひ一度参拝をして参りませう』 治国『そんなら今手紙を書いてあげませう。之を以ておいでなさいませ』 と云ひ乍ら、腰の矢立をとり出し一枚の紙にスラスラと何事か書き記した。其文面によると、 (文面)『治国別より八島主命様に御紹介申上げます。私は今や途中に於て種々雑多の神様のお試しを頂き広大無辺の御神徳を蒙り、神恩の深きを感謝し乍ら漸くクルスの森迄安着致しました。さうしてバラモン軍の先鋒隊、ランチ、片彦将軍は今は全く大神様の御神徳によつて三五教に帰順致しました故、何卒大神様へ御奏上の程願上げ奉ります。何れ之等の人々はも少し予備教育を施した上、手紙を以て御館へ参籠致させ修行の結果宣伝使にお取立て下さる様御願ひ致す考へなれば万事よろしく願ひます。扨て此手紙の持参者は小北山のウラナイ教に牛耳を執つて居た、もとは浮木の村の女侠客お寅と云ふ婦人で厶ります。治国別が出征の途中祠の森に於て片彦将軍の秘書役たりし愚弟松彦に巡り合ひ、彼松彦は直に三五の道に帰順致し小北山のウラナイ教の本山に参り蠑螈別、魔我彦及お寅を漸くにして御神徳のもとに帰順せしめたる者で厶ります。就いては此手紙の持参人即ちお寅さまを宜しく願ひます。稍迷信深く脱線の気味が厶りますれど十分御教育下さるれば相当の宣伝使にならうかと存じます。左様ならば』 と書き記しお寅に渡した。お寅は得意の色を満面に泛べ肩を怒らし治国別及び一行に別れを告げイソの館をさして只一人進み行く。 途中小北山の傍を通り兎も角一度立寄つて最愛のお菊に巡り合ひ且松姫、魔我彦其他に面会し自分の悟り得た教義を云ひ聞かし、小北山の聖場をして益々栄えしめむと、参拝の途中意気揚々として立帰つた。小北山の聖場は依然として信者が相当に集まつてゐる。然し乍らお寅の見覚えのある顔は余り沢山に見当らなかつた。何故ならば小北山のヘグレ神社、其他の神々を誠の神と信じてゐたが、サツパリ名もなき邪神たりし事を曝露され、親族朋友知己等より嘲笑さるるのが馬鹿らしさに、前の信者はあまり寄り付かなかつたからである。さうして改革以来何とはなしに前の信者は不平に充たされたからである。今迄尊き神の生宮又は霊魂の因縁を信じ得意になつて信仰してゐたのが、何でもない邪神であつた事をスツパぬかれ大難を小難に救はれ乍ら何とはなしに心面白くなくなつた者もあるからである。 お寅はスツと受付に立寄り見れば文助が依然として一生懸命に画を書いてゐる。よくよく見れば蕪でもなく大根でもなく黒蛇でもない。傍に日の出の守護と書き記し老松の幹に紅の様な太陽が輝いてゐる。かなり立派な画を描いて居た。お寅は突然声をかけ、 お寅『これ文助さま、御機嫌宜しう。相変らず立派な御掛軸が画けますな。竜神様はモウお止しなさつたのですか』 目のうとい文助はお寅とは夢にも知らず、 文助『ようお詣りなさいませ。誰方か知りませぬが奥へ御通り下さいませ。さうして今迄は此聖地もヘグレ神社や種物神社、其外いろいろの神様が祀つて厶りましたが、教祖の蠑螈別さまやお寅さまが逐電されましてから、三五教の大神様を祀り代へました。それで掛軸も亦画き替へねばなりませぬので、大神様のお許しを得て此通り、松に日の出の御掛軸を認めております。貴方も御信仰遊ばすなら上げますから表具をしてお祀りなさい。日の出の世、松の世といつて之さへ祀つて居れば家内安全商売繁昌、霊になつても天国へ行く旅券になりますよ』 お寅『これ文助さま、シツカリしなさらぬか。松に日の出は誠に結構だが、私はお寅ですよ』 文助『何だか聞き覚えのある方だと思つてゐました。アヽお寅さまですか、それはマア、よう帰つて下さいました、お菊さまは申すに及ばず皆さまお喜びでせう。私も何だか気がいそいそして来ました。それでは松姫さまや魔我彦さまに申上げませう。一寸待つてゐて下さい』 お寅『いえいえお前はここに受付をしてゐて下さい。目の悪い人に動いて貰ふよりも此達者なお寅が私の居間へ帰りますから……お菊もゐるでせう。さうすればお菊を以て松姫様や魔我彦に通知をさせますから』 と云ひ乍ら自分の居間をさして急ぎ行く。後に文助は首を頻りにかたげて独言、 文助『あゝお寅さまも大変に人格が上つたものだな。丸で別人の様だつた。物の云ひ様と云ひ何とはなしに身体から光が出る様だつた。之丈長らくつき合ふて居つた私でさへも見違へる位だから、神徳と云ふものは偉いものだな。どれどれお寅さまが帰つて下さつた此嬉しさを神様へお礼申して来う』 と独語つつトボトボと神殿さして進み行く。お寅は吾居間に帰るに先立ち小北山のお宮を一々巡拝し、吾居間に帰つて休息せむとする処へ、何時のまにかお寅さまが帰つたと云ふ噂が立つたので魔我彦、お菊は慌てて松姫館から走り来り、 お菊『お母アさま、貴方は松彦様と宣伝のためにおいでになつてから、未だ幾何も日が経たないのにお帰りになつたのですか。又我でも出して縮尻つたのではありませぬか』 お寅『何、縮尻る処か、結構なお神徳を頂いて来たのだよ。お菊、お前も其後機嫌よう御用をして居たのか』 お菊『はい、機嫌ようしてゐました。何卒私の事は案じて下さいますな。さうして万公さまは機嫌ようしてゐましたかな』 お寅『ホヽヽヽヽ、ヤツパリ万公のことが気にかかるかな。いや頼もしいお前の心掛、私もそれ聞いて安心を致したぞや』 お菊『お母さまの……マア嫌な事、直に妙な処へ気を廻しなさるのだね』 お寅『それだつて、五三公さまは如何だとも、アクさまは如何だとも云はぬぢやないか』 魔我『お寅さま、よう帰つて下さつた。其後は此聖地も極めて円満に御神業が発達してゐますから、安心して下さいませ』 お寅『魔我彦さま、どうか脱線せぬ様に此聖場を守つて下さいや。私は、松彦さまの先生の治国別と云ふ立派なお方から添へ手紙を頂いてイソの館へ参り、百日の行をして立派な宣伝使となつて来る積りだから喜んで下さい』 魔我『それは至極結構です。何卒、不調法のない様に修行して立派な宣伝使となつて帰つて下さい。私もお許しさへあれば一度改心の記念に参拝したいものですがな』 お寅『お前も松姫様の御都合を伺つてお暇を頂き、私と一所に参拝したら如何だい。百聞は一見に如かずと云ふから、ヤツパリ一度ウブスナ山の聖地を拝んで来ねば、満足の教も出来ず、御神徳も貰へませぬぞや』 魔我『さう願へば結構ですがな……』 お菊『お母さま、魔我彦さま、之から私が松姫様に伺つて来ませう。まアゆつくりと魔我彦さまとお茶なと飲つて待つてゐて下さい』 と云ひ捨て足早に細い二百の石の階段を上つて松姫の館へ急ぎ行く。後に魔我彦はお寅に向ひ、 魔我『お寅さま、貴方はスツカリ御人格が変つた様ですな。お顔の艶と云ひ髪の毛迄が黒くなつたぢやありませぬか。本当に声迄が変つてゐるので別人の様ですわ』 お寅『お蔭様で神様の愛の熱に若やぎました。さうして信仰の光に照らされて何処ともなしに身体から光が出る様な気分ですよ、ホヽヽヽヽ、又褒められて慢心をすると谷底へ落ちますから、もう此位でやめておきませう』 魔我『時にお寅さま、蠑螈別さまの持ち逃げしたお金は手に入りましたか』 お寅『魔我彦さま、お金の事なんか、まだ貴方は思つてゐるのかい。此お寅は金なんかは話を聞いても気持が悪うなります。蠑螈別さまも生来が淡白な人だから、あの金をスツカリ人にやつて了ひ、今では無一物ですよ。そしてお民と仲ようして居ります』 魔我『何、お民と一所に居りますか。エーエー』 お寅『これ、魔我彦さま、エーとは何だ。お前はヤツパリお民に対し恋着心が残つてゐるのかな。それでは改心が出来ませぬぞや。何がエーだい』 魔我『エー事をなされましたな、と云ひかけたのですよ。エー、エーン(縁)と云ふものは不思議なものですな』 お寅『エー加減な事を云つて誤魔化さうと思つても駄目ですよ。お民も如何やら目が覚めて蠑螈別さまと、今はホンの教の友として、つき合つてる丈けのものですよ。お民も随分改心が出来ましたからな。何れお前が立派な神徳を頂いたら私が媒介をしてお前と夫婦にして上げたいと思ふて考へてゐるのよ』 魔我『本当に世話をして下さいますか』 お寅『何、嘘を云ふものか。私はお民と蠑螈別さまの様子を気をつけて考へてゐたが、どちらにも未練がない様だ。却て魔我彦さまの方がお民の気に入つてる様だから、マア喜びなさい』 魔我『エーヘツヘヽヽヽ、違やしませぬかな』 お寅『最前のエーとは同じエーでも大変に調子が違ますな。オホヽヽヽ、何と現銀な男だ事』 魔我『お寅さま、お前さまは蠑螈別さまに対する恋着は、最早、とれたのですか。何うも怪しいものですな。貴女の御様子と云ひ、何だか嬉し相に若々してゐられます。之には何か嬉しい事がなくては叶はぬ事だ』 お寅『これ魔我ヤン……』 と肩を平手で二つ三つ叩き、 お寅『馬鹿にしておくれな。此お寅はそんな事が嬉しいのではありませぬよ。一旦誠の道に目が覚めた上は……阿呆らしい……恋の、金のと、よい年をして、そんな馬鹿げた事が夢にも思へますか。あまり人を見下げて下さいますな。お寅はそんな柔弱な女とはチツと違ひますよ。ヘン、自分の心に引き比べて私の心を忖度しようとは、怪しからぬ男だな』 魔我『こりや失礼致しました。雀百迄雄鳥を忘れぬと云ふ譬もありますから……ツイお尋ねしたのです。御無礼の段は何卒、見直し聞直しを願ひます。どうか御機嫌を直して松姫さまの許しがあれば此魔我彦を一度ウブスナ山の聖場へ連れて行つて下さいませ』 お寅『あゝよしよし、井戸の底の蛙で世間見ずでは宣伝使等は出来ないから、一度見聞を広くするために大神の御出現地へ参拝するのは結構だ』 かく話す処へお菊は松姫、お千代と共に帰り来り、 お菊『お母さま、松姫様がお越しで厶りますよ。さア御挨拶なさいませ』 お寅は後ふり返り松姫の姿を見て、さも嬉しげに打笑み乍ら言葉穏かに両手をつき、 お寅『これはこれは松姫様、日々御神務御苦労様で厶ります。お菊のヤンチヤがお世話に預かりまして嘸御迷惑で厶りませう。私は治国別の宣伝使から御手紙を頂いてイソの館へ修行に参る途中、一寸御挨拶旁神様へ参拝致しました。何卒お菊の身の上、宜しくお願ひ致します』 松姫『お寅様で厶りますか、よう御立寄り下さいました。お菊さまの事は御心配下さいますな。貴女が御出立の後はお菊さまも、文助さまも、魔我彦さまも、大勉強で厶ります。其お蔭で信者も日々御参拝なされ御神徳は日に日に上りまして誠に御結構で厶ります。そしてお寅さま、貴女は大変にお顔に艶が出来ましたな。お髪の色と云ひ一寸見ても二十年ばかりお若うお成りなさつた様に厶りますわ。本当に御神徳と云ふものは有難いもので厶りますな』 お寅『はい、何分雪隠の水つきで厶りますからな、ホヽヽヽヽ』 魔我『アハヽヽヽ、さうするとお寅さまは、浮木の森で余程浮いて来たと見えますな』 お寅『オホヽヽヽ、私は恋人が出来ました。それ故此通り若くなつたのですよ』 魔我『アハヽヽヽ、何だか可笑しいと思つてゐたて、到頭本音を吹きましたね』 松姫『お寅さまの恋人と云ふのは瑞の御霊神素盞嗚大神様でせう。それは本当によい恋人をお定め遊ばしましたね。妾も矢張り素盞嗚尊様を唯一の恋人と致して居りますよ、ホヽヽヽヽ』 魔我『これは怪しからぬ、お寅さまはそれで宜いとして、松姫さまは立派な松彦さまと云ふ恋人否二世を契つた夫があるぢやありませぬか。チと不貞腐れぢやありませぬか』 松姫『第一に大神様を恋ひ慕ひ第二に夫を慕つてゐます。それで二世の夫と云ふのですよ』 魔我『ヤア、自惚気をタツプリと聞かして頂きました。魔我彦も之で満足致します。併し一つお願ひが厶りますが、暫く私はお寅さまのお伴してウブスナ山の聖場へ詣り度いのですが許して頂けませぬか』 松姫『それは願うてもなき事、実は妾より一度魔我彦さまに御修行に行つて貰ひたいと思つて居たのです。併し乍ら女の差出口と思はれちやならないと差控へて居りました。それは結構で厶りますが、お寅さま、何卒魔我彦さまをお預けしますから宜しくお願ひ申します』 お寅『はいはい私が預かりました以上はメツタの事はさせませぬ。御安心下さいませ』 魔我『然らば松姫様、暫く御暇を頂戴致します』 松姫『何卒聖地へお詣りになりましたら、松姫が宜しう申上げたと云つて下さいませ』 お寅『はい、承知致しました』 とお寅は暫し休息の上、魔我彦を伴ひ各神社を遥拝し、受付の文助や数多の信者へ挨拶を終り一本橋を打渡り河鹿峠の山口さして老の足もともいと健かに、神文を称へ乍ら、勢ひ込んで進み行く。 (大正一二・一・一八旧一一・一二・二北村隆光録)
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霊界物語 49_子_祠の森の物語1(高姫と妖幻坊) 14 大妨言 第一四章大妨言〔一二八八〕 高姫の居間には高姫、お寅、魔我彦の三人が三角形に座を占め、高姫の説教を耳をかたげて聞いて居る。 高姫『魔我彦さま、お前はイソの館へ詣るのも結構だ。決してとめは致さぬが、まだお前の様な事で到底イソの館へ行つても赤恥をかく様なものだから、此高姫が此から行つても差支ないと云ふ処迄義理天上日出神の御説教を聞いて其上にしなさい』 魔我『それは有難う厶りますが、さうグヅグヅして居れませぬ。何程貴女が偉くてもヤツパリ元は元ですからな。私は祠の森へ参拝するつもりで来たのぢやありませぬ。松姫さまに許されてイソの館に直接に教を聞く事に致して来ましたから、今夜は御世話になるとしても是非明日はイソの館へ百日ばかり修業に行つて参ります』 高姫『これ魔我彦、お前チツと慢心してはゐないかな。何程松姫さまがイソの館へ行けと仰有つても神力のない者が何うして行けますかね。お前は元は高姫の弟子だつた事は誰知らぬ者はありませぬよ。お前の様に修業の足らぬ人がイソの館に行つて御覧、高姫もあんな分らぬものを弟子にして居つたかと思はれちやお前ばかりの恥ぢやありませぬぞえ。忽ちこの高姫の恥になります。それで此処で充分修業して義理天上日出神からお許しを受けたらイソの館へ行つても宜しい』 魔我『それなら、何日ばかり此処にお世話になつたら宜しいでせうかな』 高姫『さうだな、まア早くて百日、おそくて二百日だらうかいな』 魔我『さう長らく居る訳にや行きませぬ。往復の日数を加へて百日の間お暇を戴いて来たのですから、こんな所に百日も居らうものならイソ館へ詣る事が出来ぬぢやありませぬか。それでは松姫さまに嘘をついた事になりますから、兎も角明日はお寅さまと参拝して来ます』 高姫『仮令百日かからうと二百日かからうと聖地に上る丈の徳がつかねば如何して行けるものか。私もお前を大切に思へばこそ斯うして気をつけるのだよ。よう考へて御覧なさい。中有界に迷ふてゐる八衢人足の身魂が何程天国を覗かうと思つてもまばゆいばつかりで却て苦しいものだ、面曝されて逃げて帰つて来ねばなりませぬぞや。チツと此処で義理天上日出神の筆先を戴いて身魂の因縁をよく調べて詣れる資格があればお詣りなさい。何は兎もあれ身魂研きが肝腎だからな』 魔我『高姫さま、義理天上日出神は私ぢやなかつたのですか』 高姫『さうぢや、暫くお前に表向き、さう云はしてあつたのだが、何時迄も世は持ちきりには致させませぬぞや。誠の日出神は此高姫ですよ。ヘン……済みませぬな』 魔我『身魂の因縁だとか、義理天上だとか、日出神だとか、私はもうこりこりしました。小北山で松彦さまが見えて、何もかもサツパリ化けが露はれて了つただもの、義理天上日出神と云つてるのは金毛九尾の家来の大きな黒狐ですよ。お前もヤツパリ其黒狐を喜んで奉つてゐるのですか』 高姫『これ魔我、そりや何と云ふ大それた事を云ふのだい。勿体なくも日出神様を狐だ等と馬鹿にしなさるな。お前の腹の中に曲津が棲んでゐるのだらう。それがそんな事見せたのだ。それでマガ彦と神様が名をおつけ遊ばしたのだよ。左様の事申すなら何と云つてもイソの館へはやりませぬぞや』 魔我『お寅さま、如何しませうかな。高姫さまがあんな事云ひますがなア』 お寅『高姫さまが何と仰有つても私は治国別様から手紙を戴いて来たのだから非が邪でもイソ館へ参り八島主様に此手紙を手渡しし嫌でも応でも立派な宣伝使となつて帰らねばなりませぬ。お前は此処に修行に来たのではない。此お寅の付添だから如何しても来て貰はねばなりませぬ。高姫さま、私が魔我彦を連れて行きますから又御世話になります。今度は如何しても連れて行かねばなりませぬ』 高姫『これお寅さまとやら、お前さまは治国別とやらに添書を貰つてイソの館へおいでるのかい。そりや措いたが宜しからうぞや。云ふとすまぬがお前はまだそれ丈けの資格が備はつて居らぬ。治国別なんて偉相に云つてるが、彼奴は元はウラル教の亀公ぢやないか。そんな奴が手紙を書いた処が……ヘン何、八島主様がお受取り遊ばすものか。悪い事は決して申しませぬ、此日出神の申す様になさつたが宜しからうぞや』 お寅『治国別様は立派な宣伝使ぢや厶りませぬか。さうして第一天国迄お調べになつた結構なお方ですよ。其お方から手紙を下さつたのだから八島主様がお受取りなさらぬ道理がありますか。私は何と仰有つても参ります』 高姫『ヘン、偉相に、亀の野郎、第一天国に行つて来た等と、そんな事が如何してあるものか。彼奴は醜の岩窟の井戸に這入つてドン亀の様に苦しんでゐた男だ。そして自転倒島に渡り英子姫、悦子姫等の女達の家来になつた男ですよ。お寅さま、そんな男の手紙を貰つて何になりますか。それよりも義理天上日出神様の教を受けて其上でイソの館へおいでなさい。さうしたら屹度八島主が面会してくれるでせう』 お寅『はい、御親切は有難う厶りますが何と仰有つて下さつても、私は思ひ立つたのだから参ります。そして貴女様の弟子ぢやあ厶いませぬ。治国別の直々のお弟子になつたので厶ります。おとめ下さるのは嬉しう厶りますが、仮令イソの館で赤恥をかいても是非行つて参ります。いかいお世話になりました。さア魔我彦、行きませうぞや』 魔我『高姫さま、折角御親切に仰有つて下さいましたけど、今度はお寅さまの付添ですから是非参つて来ます』 高姫『何と云つてもやらさぬと云つたら、やらしやせぬぞや。此祠の森にお宮さまを建てて高姫に番をさして厶るのは何とお考へで厶る。大神様が高姫の御神力を御信認遊ばし、お前は一方口の祠の森に居つてよく身魂を調べ、よく研けぬ者は一年でも聖地へよこすでないぞよ。汚れた者が聖地に参つたら天変地異が勃発し聖地が汚れるから、よく調べよと大神様の御言葉、それで遥々此処迄参つて身魂調べをしてをるのだ。何程お寅さまが治国別の手紙を持つて行つても此関所の認めがなくては、駄目ですよ。お前一人の為めに三千世界の大難儀になつたら如何しますか。よい年をして居つてチツとは考へてもよさそうなものぢやありませぬかい。魔我彦だつてそれ位の道理は分つてゐさうなものぢやないか。之が分らぬ様な低脳児なら、体よう目なつと噛んで死んだがよいぞや。もう高姫も、如何しても云ふ事聞かぬなら魔我彦と師弟の縁をきるが如何だい』 魔我『お前さまに、師弟の縁をきられたつてチツとも痛痒は感じませぬ。私は松彦さまの弟子にして貰つたのだから忠臣二君に仕へずと云つてお前さまにお世話にならうとは思ひませぬ。何卒放つといて下さい』 高姫『エーエ、相変らずの没分暁漢だな。お前もここ迄になつたのは誰のお蔭だと思つてるのだい。皆この高姫のウラナイ教で鍛へ上げられたのぢやないか。諺にも師の影は三尺隔てて踏まずと云ふぢやないか。たとへ一年でも教をうけたら師匠に違ひない。師匠の恩を忘れるのは畜生同然だぞえ』 魔我『畜生と云はれてもチツとも構ひませぬわ。貴方だつて偉相に義理天上日出神とすまし込んで厶るが、ヤツパリ守護神は劫経た黒狐ぢやありませぬか。何程偉相に云つても小北山の御神殿でチヤンと審神がしてあるから……お気の毒さまだ……そんな事仰有るとお前の守護神はこれこれだと今ここでスツパぬきませうか』 高姫『エーエ分らぬ男だな。どうなつと勝手にしたがよい。あとで吠面かはかぬ様にしたがよいわ。後になつて高姫の云ふ事を聞いておいたらよかつたのに……と云つてヂリヂリ舞ひしても後の後悔間に合はぬぞや。神が気をつける間に気づかぬと何事があるや知らぬぞよ。何事も神に不足申して下さるな。大橋越えてまだ先へ行衛分らぬ後戻り、慢心すると其通りと変性男子のお筆に出てゐませうがな。此祠の森は世界の大門とも大橋とも云ふべき処だ。大門開きも出来ぬ身魂を以て十里四方の宮の内、イソの館へ行かうとは……オホヽヽヽヽ向ふ見ずにも程がある。盲蛇に怖ずとは、よくも云つたものだ。魔我彦さま、之でも行くなら行つて見よれ。目まひが来るぞや。神罰が当つて大地に蛙をぶつつけた様にフン伸びん様にしなさいや。是丈け高姫が気をつけるのに、如何しても意地の悪い東助の居る……ウヽヽウンとドツコイ……意地の悪い、……どうしても行くのかい。後は知りませぬぞや。アーア高姫さまが親切に仰有つて下さつたのに、あの時、我を張らなけれや、こんな事はなかつたらうにと豆の様な涙を零して嘆いても後の祭、波に取られた沖の舟、とりつく島が無くなつてから、「高姫さま、何卒助けて下さい」と縋りて来ても義理天上日の出神は聞き済みはありませぬぞや。行くなら行くでよいからトツクリと心に相談をして、うせるがよからう、エツヘヽヽヽヽ』 魔我彦『何とマア相変らず達者な口ですこと。そんな事云はれると何だか幸先を折られた様で、気分が悪くなつて来た。なアお寅さま、どうしませう』 お寅『御勝手になさいませ。此お寅は一旦云ひかけたら後へは引かぬ女丈夫だ。初めから一人詣る積りだつたが、お前がお伴さして呉れえと云つたから、連れて来たのだよ。高姫さまの舌にちよろまかされてお神徳を落さうと勝手になさいませ。私は何と云つても行くと云つたら行きますぞや。女の一心岩でも突き貫くと云つて、つき貫いて見せてやりますぞや』 高姫『これお寅さま、決して高姫は悪い事は申しませぬ。何卒マアお腹が立ちませうが、トツクリと胸に手をあてて考へて御覧なさいませ。祠の森の許しがなくちや折角遥々遠方へ行つても、恥をかかねばならぬから私が親切に忠告するのですよ』 お寅『何と云つて下さつても私は参ります。治国別様から祠の森の高姫さまに許しを得て行けとは聞いて居りませぬ。もしもイソの館へ行つて高姫さまの許しがないから受付けぬと云はれたら、帰つて来ます。其時は又宜しうお願ひします』 高姫『神の申す時に聞かねば神は後になりてから、何程ジタバタ致してもお詫申しても、そんな事、取上げて居りたらきりがないからあかぬぞよ……とお筆に出て居りますぞや。高姫の承諾なしに行くなら行つて御覧、夜食に外れた梟鳥、アフンと致して六つかしいお顔をなさるのが日の出神は気の毒なから気をつけますのだ。ヘン、どうなつとお前さまの御神徳は……えらいものだからなさいませ。此日の出神は帳を切りますぞや。帳を切られたら何程地団太踏んでも助かりませぬぞや』 お寅『お前さまに帳を切られたつて、私は大神様から帳を切られなければ一寸も構ひませぬワ』 高姫『何処迄も分らぬ人だな。アーア一人の人民を改心させようと思へば神も骨が折れる事だわい。大国常立尊の片腕とおなり遊ばす日の出神の云ふ事を聞かずに如何して思惑が立ちませうぞ。阿呆につける薬がないとはよく云つたものだ。縁なき衆生は度し難しかな。本当に度し難い代物ばつかりだ』 お寅はムツとして高姫をグツと睨みつけ少しく声を尖らして、 お寅『これ高姫さま、度し難き人物だとは何と云ふ口巾の平たい事を仰有る、此お寅は斯う見えても若い時から浮木の里の女侠客丑寅婆と云ふ女ですよ。鬼でも取挫ぐ婆だ。それが大神様の御意に叶ふて今や宣伝使の修行に参る途中、お前は私の修業の妨害を致す考へだな、お前は義理天上日の出神と云つて居られるが、日の出神がそんな訳の分らぬ事を仰有いますか。何程お前が偉くともイソの館の八島主さまには叶ひますまい。私は仮令神罰が当つても貴方の様な無理云ふ方には教は受けませぬ。放つといて下さい。さア魔我ヤン、行きませう、こんな気違じみた方に構ふて居つちや堪りませぬわ』 高姫『これお寅さま、強つてお止めはしませぬが、神様は順序ですよ。順序を乱したら誠の道が潰れますから、それを御承知ならおいでなさい。何事も順序と手続きが必要で厶りますから……』 お寅『ハイ、御親切に有難う厶ります。私は治国別様に手続きをして頂き順序を踏んでイソの館へ参るのです。お前さまはイソの館から命令を受けて来たのぢやありますまいがな。珍彦様が此処の神司となつて治めなさらなならぬ処だのに、お前さまから順序を破つて勝手に義理天上日の出神だと仰有つて此新しいお館を占領して厶るのだらう。今私の耳許に守護神が囁きましたよ。お前さまは此お寅がイソの館へ参ると化けが露はれるものだから、何とか云つてお止めなさるのだらうが、私も苦労人だから、人の悪い事は申しませぬから御安心なさいませ。守護神の囁く処を聞くと、お前さまは大山子を張つてイソの館に参る宣伝使や信者を皆お前さまのものにする考へだ。云はば天の賊も同様だ。チツと改心なされ。悪は長く続きませぬぞや。さあさあ魔我ヤン、こんな処に長く居つても駄目ですよ。さあさあ早く行きませう』 高姫『こんな処とは、……何と云ふ事を云ひなさる。勿体なくも国治立の大神様、日の大神様、月の大神様、大自在天大国彦命様其外御神力のある尊い神様の祀つてある此聖場をこんな処とは……何を云ひなさる。滅多に許しませぬぞや』 お寅『高姫さま、私は此森の神様を決して悪くは申しませぬ。こんな処と云つたのは貴方の様な没分暁漢の厶る居間をさして云つたのですよ。エーエ耳が汚れる、さあ魔我彦さま、行かう行かう』 と早くも立つて表へ走り行く。高姫はイソの館へ行かれちや大変だと気を苛ち『ヨル……ハル……テル』と呼ばはつてゐる。ヨル、ハル、テルの三人は『ハイ』と答へて此処に集まり来り、 ヨル『高姫様、イヤ日の出神様、お呼びになつたのは何の御用で厶りますか』 高姫『お前達、何をグヅグヅしてゐるのだい。あの二人の連中をトツ掴まへて来なさい』 ヨル『何ぞあの人は悪い事を致しましたかな。別に罪のない者をトツ掴まへる必要はないぢやありませぬか。イソの館へ参らうと仰有るのを止めると云ふ事がありますか。お一人でも本山へお詣りする様にお奨めするのが道でせう。それにお前さまは何とか、かんとか云つて参らせぬ様にするのが不思議ですな。私だつて一度詣りたいと云へば何とか、かとか云つて、お止めになる。どうも貴方の仰有る事は腑におちませぬわい』 高姫『勝手にしなさい。もう此処には居つて貰へませぬ。さあトツトと去んで下さい。日の出神の云ふ事に一々反対する人は受付に居ても邪魔になるからな』 ヨル『大きに憚り様、私は玉国別様と五十子姫様とのお許しを受けて此処の受付をしてゐるのですよ。決して貴方から任命されたのぢやありませぬ。此処の館は珍彦さまの御監督、お前さまのグヅグヅ云ふ処ではありませぬ。そんな事云ふとお寅さまと魔我彦さまに随いてイソの館の八島主さまの処へ行つて一伍一什を報告しますよ。おいテル、ハル、イク、サール、お前達気をつけて珍彦御夫婦さまや楓姫さまをよく気をつけてお宮さまを注意して下さい。私は是から一足本山に行つて来ますから……』 と出て行かうとするを、高姫は飛びかかつて首筋をグツと捕らへ、 高姫『こりやヨル、日の出神の許しもなく何処へ出て行くのだ』 ヨル『ヘー、放つといて下さい。お尋ね迄もなくイソの館へ注進に参りますわ。さアお寅さま、魔我彦さま、参りませう』 高姫は仁王立ちになり真赤な顔を膨らして、握り拳で乳の辺りを、反身になつて交る交る打ち乍ら、ヤツコスが六方を踏む様なスタイルで玄関に立ちはだかり、ドンドン云はせ乍ら、 高姫『ヤアヤアヤア三人の四足共、日の出神の命令を聞かずに行くなら、サア行つて見よ。あとで吠面かはくなよ。気もない中から義理天上日の出神が噛んでくくめる様に気をつけておくぞや』 お寅、魔我彦、ヨルは少しも頓着なく尻に帆かけて急坂を上り行く。 (大正一二・一・一八旧一一・一二・二北村隆光録)
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霊界物語 49_子_祠の森の物語1(高姫と妖幻坊) 16 魔法使 第一六章魔法使〔一二九〇〕 高姫はお寅、魔我彦、ヨルの三人が数千言を尽しての、高姫の勧告を一蹴して、強行的に出立したので、コリヤ大変だと、心も心ならず、吾れと吾手に胸をかきむしり乍ら、 高姫『エーエ、義理天上さまも、何をして厶る、こんな時にこそ、なぜ不動の金縛りをかけてとめて下さらぬのだい。コレコレ、イル、イク、サール、ハル、テル、何をしてゐるのだ、なぜ早く後を追つかけて行かぬのかいな。エーエもどかしい、荒男が五人も居つて、これ程気の揉めるのに、なぜ捉まへて来ぬのだい。日出神の命令を聞きなさらぬか』 イル『高姫さま、それより義理天上さまに直接にお聞になつたら何うです、貴女は何時も三千世界を自由に致すと仰有つたぢやありませぬか。それ丈神力のある義理天上の生宮が、引戻せぬといふ事がありますか、かふいふ時にこそ貴女の御神力を見せて頂かねば、吾々は心の底から心服するこた出来ませぬワ』 高姫『コレ、イルや、お前は何といふ分らぬ事をいふのだい。日出神様といへば天の大神様だ、大取締りをして厶るのだよ。つまりいへば総理大臣のやうなものだ、人間を捉へに行くのはポリスの役だぞえ、大臣の位地に在る神様がポリスの役をなさるといふやうな、そんな、道に外れた事がどこにあるものか。それだからお前等五人が、ポリスやスパイになつて、掴まへて来いといふのだよ』 イル『貴女の神様が総理大臣ならば、吾々は知事位なものです。知事がスパイやポリスの役は出来ませぬからな』 高姫『エーエ、気の利かぬ男だな。神様は変幻出没自由自在なるべきものだ。大にしては宇宙一切を統轄し、小にしては微塵の内にも隠れ玉ふが神様の働きだよ。そんな事が出来ぬやうな事で、何うして祠の森の御用が出来ますか』 イル『それ程大神様は大小いろいろに変幻出没なさるのなら、ポリスやスパイになつて掴まへに行つたつて可いぢやありませぬか』 高姫『それは日出神の生宮、一人の時の働きだよ。かうして五人も荒男があるのに、私許りに苦労をかけようといふ、お前は不了見な人だ。そんな事で神さまの道と云へますか。何もかも日出神が一人でするならば、お前達の様な分らずやを五人も置いとく筈がないぢやないか』 イク『コレ高姫さま、お前達のやうな分らずやをおいとくと仰有つたが、ヘン、すみませぬが、私はお前さまに命令を受けてるのぢやありませぬぞや。お前さまこそ勝手に居候に来たのぢやないか、それ程ゴテゴテ云ふのなら帰んで貰ひませう』 高姫はクワツと怒り、目をつり上げて、矢庭にイクの胸倉をグツと取り、 高姫『コリヤ、イク、女と思ひ侮つての雑言無礼、用捨は致さぬぞや。勿体なくも義理天上日出神の生宮、三五教の立派な立派な宣伝使、生田の森の神司、琉の玉の守護神、夫れさへあるに、三五教の三羽烏、イソ館の総務時置師の神杢助が妻、マ一度無礼な事を言ふなら、言つてみやれ、腮も何も捻ぢ切つて了ふぞや』 と力に任せて、頬をグツとねぢる。イクは、 イク『アイタヽヽヽ、カヽ堪忍々々』 高姫『余り貴様は頬桁がいいから、此頬桁も下駄の歯も一本もない所迄抜いてやるのだ』 と益々抓る。サールは見るに見かねて、高姫の後から、両足をグツと攫へた、拍子に高姫は筋斗うつて玄関へ飛出し、饅頭迄天覧に供して、慌ただしく起上り、 高姫『サ、イクを此処へ出せ、高姫の足をさらへた奴は何奴ぢや』 と金切声を出して喚き立てる。そこへ飛んで来たのは杢助であつた。 高姫『ヤ、お前はこちの人、女房がこんな目に会ふてるのに、何して厶つたのだえ』 杢助『つい、そこら中を散歩してをつたのだ。何だか義理天上さまの声カ……ギ……リ天上の喚声が聞えたので、スワ一大事と、慌てて来て見れば、何の事はない、斯様な男を掴まへての、ホテテンゴ、イヤハヤ呆れて物が言はれぬ哩、ワツハヽヽヽヽ』 高姫『コレ、こちの人、女房がこんな目に会ふてゐるのに、お前は何ともないのかえ』 杢助『イヤ、何ともない事はない。併し乍ら元を糺せばお前が悪いのだ、イクの頬辺を女だてら、一生懸命に抓つただないか。そんな事をするに仍つて、自然の成行として、サールが足をさらへたのだ。実の所は椿の木の下から様子を見て居つた。これは公平な判断から見れば、どちらが悪いとも言へぬ。高姫、お前もチツと上気してゐるから、気の落着く迄、杢助と一所に奥へ行つて、酒でも呑んだら何うだい』 高姫『お前は一体何処へ行つてゐらしたの。お寅といふ婆アや、魔我彦、それに受付のヨル迄が、義理天上の言葉に反対して、無理無体にイソの館へ参拝しよつたのですよ。お前さまが居つてさへくれたら、食ひ止めるのだつたに、あゝあ残念な事をしたわいな。お前さまと私と此処に腰を卸し、イソの館へ行く奴を一人も残らず食止めて、本山をアフンとさしてやらうと思つてゐたのに、困つた事をしたものだ。五人も荒男が居つても、酒を食ふのと理窟を垂れるのが芸当で、チツとも間しやくに合やせぬワ。あゝあ人を使へば苦を使ふとは能う言ふたものだ。私は何程奥へ行つて一杯やらうと仰有つても気が気ぢやありませぬ哩ナ、コリヤ、イク、イル、サール、お前は今日限り、誰が何と云つても、放逐する、サ、何処なつと行かつしやれ。其代り、ハルを受付にして、テルを内事の取締に任命します』 ハル『エツヘヽヽヽ、これはこれは実に有難う厶ります。いつ迄もヨルが頑張つて居ると、拙者の登竜門を閉塞してゐるやうなものだ、あゝ人の禍は自分の幸ひ、有難くお受け致します。オイ、テル、貴様もイルが失敗つたお蔭で、内事の司になつたのだ。早く御礼申さぬかえ』 テル『これはこれは高姫様、特別の御恩命を蒙りまして、有難う存じます。サ、どうぞ、シツポりと奥へ這入つて、エヘヽヽヽ、一杯あがつて御機嫌を直して下さい。ハル、テル両人扣へある以上は大丈夫で厶います』 高姫『コレ、ハル、テルや、お前はバラモン教でも随分羽振を利かして居つた男と言ふぢやないか。お前には何か見所があると思ふて居つたのだ。どうだい一つ出世をさして貰つた恩返しに、三人の奴を引戻して来て下さるまいかな。まだ十丁許りより行つて居らうまいから、チツと許り急いだら追着けない事もなからうから、……』 ハル『実の所はバラモン教にて習ひ覚えた、引掛戻しの法が厶います。此ハル、テル両人が重い役に御任命下さつた御恩返しとして、今三人を引戻して見せます。これから暫く大自在天様にお祈りをかけねばなりませぬから、引戻す術が整ひましたら、お知らせ致します。どうぞ夫れ迄奥へ行つて御休息下さいませ。仮令一日が二日、十里向ふへ行つてゐましても、引掛戻の法に仍つて、三人共此処へ引寄せて御覧に入れます。それは御安心下さいませ、確にやつて見せますから……』 高姫はニコニコし乍ら、 高姫『オツホヽヽヽ、お前はどこともなしに気の利いた男だと思つて居つた。神様がチヤンと、それ相応のお役をあてがうて下さるのだ。これだから義理天上様の御神力は偉いといふのだ。コリヤ、イク、イル、サール、何をグヅグヅしてゐるのだい。アタ汚らはしい。トツトと帰んで下さい』 イル『それ程喧しう仰有るのなら帰にますワ。又元のバラモン教へ這入つて大活動をなし、今に祠の森を占領して、アフンとさして上げるから楽んで待つてゐるがいいワ。オイ、イク、サール、ゲンタクソの悪いサア帰なうぢやないか。序にハルとテルのドタマをかち割つて帰らうかい』 ハル『コリヤコリヤ俺の引掛戻しの法を知つてるかい。指一本でもさへやうものなら、忽ちふん伸ばして了ふぞ』 イル『ヤ、恐れ入つた。バラモン教の中でも魔術使の名人だと言ふ事は、予て聞いてゐた。ヤ、もうお前には降参だ。そんなら三人はこれから帰ります』 ハル『ゴテゴテ吐さずに直に帰つたがよからう。四の五の吐すと為にならないぞ』 イル『エツ、仕方がないなア、イク、サール、そんなら浮木の森へ逆転せうかい』 高姫『オホヽヽヽ、小気味のよい事だわい。イヒヽヽヽ』 と腮をしやくり、貧乏町の家並のやうな、脱けさがした歯をむき出し、袖の羽ばたきし乍ら杢助の居間を指して、欣々と進み入る。 イルはハル、テル両人の前にヌツと首をつき出し、耳に口よせ、 イル『オイ両人、甘くやつたねえ。サ、これから蓑笠を出してくれんかい。丁度、お寅に魔我彦、ヨルの、俺達三人がなつて此処を通るから、其時高姫に見せてやるのだなア、ウツフヽヽヽ』 ハル『大きな声で笑ふない。サヽ、早う早う、受付の溜りに蓑笠が沢山あるから、女のなつと男のなつと、一着づつ持つて、俺が合図するから、ドーン、と太鼓が鳴つたら五分許りしてから、此坂を下つて来るのだ。それ迄あの谷の曲りで、酒でも呑んで待つとつてくれ』 と忽ち協議一決し、イク、イル、サールの三人は旅装束をなし、僅に一丁許りの上手の山の裾の曲角に姿を隠し、酒をグイグイ呑み乍ら太鼓の鳴るのを待つてゐた。 ハルは三人に用意を命じおき、テルに受付を構はせ乍ら、高姫の居間へ足音高く進んで行つた。受付は沢山の参拝者で、中々雑踏してゐる。テルは今日は神界の都合だと云つて、全部の参拝者を八尋殿に籠るべく命令した。ハルはソツと襖を押あけ、 ハル『エヘヽヽヽ、これはこれは高姫様、お二人、お楽みの所を、御面倒致しました。殆ど準備が整ひましたから、一寸来て下さいませ』 高姫『準備が整つたら、夫れで可いぢやないか』 ハル『貴女に一つ、引掛戻しの芸当を、実地目撃して頂きたいのですから……其代り少し眷族に酒を呑まさななりませんから其積りで居つて下さいや、何と云つてもバラモン教切つての魔法使ですから、……一度私の隠し芸を御覧に入れますから……』 高姫『杢助さま、貴方も御覧になつたら何うですか』 杢助『アハヽヽヽ、それ位なこた、此杢助だつて何でもないワ。併し乍ら少し許り骨が折れるから、ハル、テルにやらしておくがよからう。俺もお前にいぢめられたので眠たいなり、チツと許り、腰が変だから、……アツハヽヽヽ』 高姫『コレ杢助さま、みつともない。ハルが聞いてるぢやありませぬか』 杢助『最早ハルが来てるのだから、鶯も鳴くだらう。お前の声も鼠のやうにもあり、鶯のやうにもあるからな、アハヽヽヽ』 高姫『エー、千騎一騎の場合に、気楽な男だな……女房の心も知らずに……』 と呟き乍らハル公の後に従ひ、受付迄やつて来た。 テル『これはこれは日出神様、今スパイが一つ魔法を使つてお目にかけます。それに付いては沢山の眷族を使つて、三人の奴を引戻して来ねばなりませぬ。沢山の魔神を使ふには、何うしても酒を呑ましてやらねば可けませぬから、ドツサリ酒を此処へ出して下さい』 高姫『勝手にお出しなさい。御馳走が要るなら、まだ夜前の杢助様のお祝のが残つてゐるから、それを取つて来て、肴にして眷族共に呑まして下さい』 『ヤ有難い』といひ乍ら、ハル、テルは酒肴を中におき、向ひ合ひになつて、グイグイと呑み出した、喉の中から妙な声が出て来る、丁度笛を吹くやうに聞えて来た。ハルは尖つた口を前へつき出し、 ハル(腹の中)『おれは大雲山の狼だ、一杯呑ましてくれ』 と作り声し、又今度は真面目な声で、 ハル『ウン、ヨシヨシ、ハル公の肉体へ這入つて来よつたかな、サ、一杯呑め』 と自分の口へ自分がついで、グーツと呑んだ。腹の中から、 ハル(腹の中)『ウマイウマイ、俺は大雲山の狐だ、俺にも一杯呑ましてくれ』 ハル『ウン、よしよし、貴様も一杯呑んで、お寅婆や外二人を喰へて来るのだぞ』 腹の中『ハイ、承知致しました、酒許りでははづみませぬ、肴も一口入れて下さいな』 ハル『ウン、よしよし尤もだ、遠慮はいらぬ、御苦労にならねばならぬのだから、ドツサリ食つたがよからう』 テルは又作り声、喉から声の出るやうな振をして、 テル(腹の中)『高姫さま、私は北山村に居つた古狐で厶います、お久しうお目にかかりませぬ、今日は御恩報じに、お寅、魔我彦、ヨルの三人を喰へてイソの館へ行かないやうに致します、どうぞ一杯よんで下さいな』 高姫『御苦労様だ、ドツサリ呑んで働いて下さいや、千騎一騎の場合だからな。お前さまも首尾よく御用が勤まつたら、又ヘグレ神社を建てて祀つて上げるぞや』 テル公の腹の中から、 テル(腹の中)『ハイ有難う厶んす、早く一杯呑まして頂戴ね、序に甘い肴もねえ』 テル『ヨシヨシ、貴様も仕合せ者だ、俺の肉体へ宿をかりよつて、……充分活動するんだぞ、サ一杯呑ましてやらう』 と又自分が注いでグツと呑み、鯛の刺身をムシヤムシヤと頬張り、 テル『あゝあ、何ぼ口を使はれても、皆副守先生が食ふのだから、口のだるいこつちや、甘くも何ともありやせぬワ』 テルの腹の中から『それでも喉三寸越える間は、チツとは甘からうがな』 テル『コリヤ、守護人、偉相に云ふな、喉通る間位甘かつたつて、たまるかい。チツと静にせぬかい、腹の中で騒ぎやがつて……』 テルの腹の中より『臍下丹田で吾々の同志が集まつて、散財をして居るのだ、モツとドツサリ注入してくれないと、根つからお座が持てぬワイ』 テル『高姫さま、困つたものですな、何うしませう』 高姫『コレ、テル、余り酔はすと、又間に合はぬやうになつちや可けないから天晴御用がすんでから呑ますからと云つて下さいな。御用さへすんだらば何ぼなつと呑まして上げるから……と』 テル『コリヤ腹の中の連中、御用がすんだら幾らでも呑ましてやるから、今それ位で辛抱したら何うだ』 テルの腹の中から『それだと云つて、まだ一杯づつも渡つてゐないぢやないか、せめて、盃についだのは邪魔臭いから、徳利グチ、一升許り注入してくれ』 テル『エ……チエツ厄介な奴だな、嫌でもない酒を呑ましやがつて……チエツ、コラ守護神、御苦労と申せ』 と云ひ乍ら、徳利の口からラツパ呑みを始めた。ハル公も肴を二膳かたしでつかみては頬張り頬張り、又一升徳利の口からテル公同様にガブガブと呑みほした。 ハルは額をピシヤツと叩き、 ハル『ゲーエー、あゝ酔ふた酔ふた、オイ、テル、貴様も随分もう酔ふただらう、否貴様の眷族も酔ふただらう、何だか俺の守護神も腹の中でクダまいてけつかるワイ、……コリヤ高姫、昨夜は何うだい、……コレ高姫さま、あんな事いひますワ、仕方のないヤンチヤがをりますわい、併し乍らかういふヤンチヤでないと、お寅婆引戻しの芸当は出来ませぬからな』 高姫『サ早くお寅外三人を引戻して見せて下さい』 ハルは何だか口の中で文言を称へ、座太鼓をポンポンポンと打つた。さうするとお寅婆に扮したイルが、首をプリンプリン振り、怪しい腰付をし乍ら、何物にか引張られる様な素振をして、受付の前を横切り、坂の下へトツトツトツと去て了つた。 ハル『サア、何うでげす、高姫さま、引掛戻しの魔法はズイ分エライものでげせうがな。お寅の奴、眷族に袖をくわへられて、折角河鹿峠を半分程上つたら、たうとう引ぱりよせられよつた、何うだす、エーエ』 高姫『いかにもアリヤお寅に違ひない、偉いものだな。併しお寅丈ではつまらぬぢやないかい、ヨルと魔我彦が戻つて来なくちや、一人でも向方へやつたら大変だから……』 ハル『エー、今度はテルの番です、オイ、テル公、魔我彦を引張り出すのだよ』 テルは『ウーン、ヨシツ』と云ひ乍ら、鞭を取り、座太鼓をポンポンポンと三つ打つた。魔我彦に似た蓑笠を被つた男、金剛杖をつき、以前の如く、首や身体を前後左右に振り乍ら、又前を通り過ぎた。 テル『高姫さま、何うです、妙でせうがなア』 高姫『成程、ヤツパリ神様は水も洩らさぬ仕組をして厶るワイ、日出神様の筆先にチヤンと出てますぞよ、キチリキチリと箱さしたやうにゆくぞよと現はれてるのは此事だな。何を云つても日出神さまは偉いわい、夫れ相当の守護神をお使ひ遊ばすのだから……時にテルや、ヨルの奴、まだ後へ帰つて来ぬぢやないか』 テル『其奴ア、ハルが今やる番になつて居ります、守護神もかつために休ましてやらんなりませぬからな』 高姫『成程、サ、ハルや、頼んますぞや』 ハルは『エヘン』と咳払し乍ら、太鼓の鞭をグツと握り、座太鼓の面を仔細ありげに暫く睨みつめ、空中を鞭で七八へんもかくやうな真似をして、鞭の先を高姫の口へ一寸当てた。 高姫『コレコレ、ハルや、何をテンゴーして厶る、早く引掛戻しをなさらぬかいな』 ハル『高姫さま、之が三べん、蛇の子と申しまして、業の終局ですから一寸六かしいのですよ、之が甘く行けばヨルが後へ戻つて来ます。此奴を失敗つたら大変ですから……日出神様が、要するに、吾々をお使ひなさつてるのです。鞭に仕掛がしてあるのですから、日出神様のお口へ一寸持つて行きまして、此次は一寸お鼻へさわるかも知れませぬ……』 高姫『ヤ、業の作法とあれば、何うも仕方ありませぬ、どうなりと御好きなやうにして下さい』 ハルは鞭を前後左右に、静に振り、 ハル『東方日出神様、西方夕日の大神様、南方星の大神様、北方月の大神様、北極明星、北斗七星大菩薩守り玉へ幸へ玉へ』 と鞭を、益々急速度に働かせ、自分の股倉へつつ込み、高姫の鼻へピタリと当てた。高姫は之れがバラモン教の魔法使の法だ、臭くても辛抱せなくてはヨルが帰つて来ないと思ひつめ、尻に当てた鞭の先を鼻に当てられ、顔をしかめて、待つてゐる。 高姫『コレ、ハルや、そないキツク当てると息が出来ぬぢやないか、何と臭い鞭だなア』 ハル『ソリヤ、チツと臭うごんせうとも、何せよあなた、向ふへ行く奴を引戻すといふ魔法ですもの、つまり、尻の匂ひを高い所の鼻迄持運ばなくちや、相応の道理に叶ひますまい、尻の所謂外臭を、又鼻から引込んで内臭に充さなくちや業は利きませぬからねえ、エヘヽヽヽ。サ、之から本芸に取りかかりまーす』 と鞭を放しがけに、グツと手を伸ばし、高姫の鼻をついた。高姫は鼻柱をつかれて、ウンと仰向けに倒れて了つた。 高姫は目がクラクラとして、そこらが廻るやうになつて来た。耳のはたで無暗矢鱈に太鼓を叩き出した。高姫は益々逆上て、目がまひ、遂には家も身体も山もグレリグレリと舞ひ出した。サールはヨルに扮して通つて行く、其姿が上になり、下になりし乍らどつかに隠れて了つた。少時すると、高姫は起上り、 高姫『あゝあ御苦労だつた、お前達は大変な魔法を覚えてるものだな。家を逆様にしたり、山を自由に動かしたり、何と偉いものだよ。ヤツパリお前は、受付丈の値打はあるわい、テルも内司の司丈の値打は十分あるわい。これからお前等二人を魔法使の大将とし、イソの館に行く奴を喰ひとめ、きかぬ奴は今のやうに山まで動かして、往生させるのだ。これから祠の森を大門神社と改名いたすぞや。サ、お前達御苦労だつた、悠くり休んで下さい。私は杢助さまに、お前達の手柄を按配よう報告しておくから……キツと御褒美が出るだらうからなア』 ハル『どうぞ、お酒をドツサリ戴くように願ひますよ』 高姫『アレ、マアあれ丈沢山呑んでおいて、まだ呑みたいのかい、余程よい樽だなア』 ハル『高姫さま、ありや皆魔法使の為に守護神が呑んだのですよ。ハルやテルが呑んだと思はれちやたまりませぬワ』 高姫『あゝさうだつたな、まア一寸待つてゐて下さい、御馳走をして上げるから……』 といそいそと奥に入る。 ハル『アハヽヽ、オイ、テル、甘くやつたぢやないか』 テル『貴様ア、ヒドいぢやないか、エヽン、自分の尻を高姫にかがしたり、鼻をついて高姫の目をまかしたり、怪しからぬことをするね』 ハル『それだつて、一番しまひに回天動地の実況を見せておかなくちや、疑の深い女だから、ああいふ具合にしたんだよ、俺の智慧は偉いものだらうがな』 テル『ウン、感心だ、併し、イル、イク、サールに一杯、改めて呑ましてやらなくちやなるまい、ソツと宿舎へ酒肴を持運び、慰労会でもやつてやらうかな』 ハル『楓さまを、酒注ぎ役として、静に宿舎で呑むやうにしておいてくれ、余り大きな声で歌つたり何かすると分るから大きな声をしない様に注意をしてくれよ』 かく両人は相談の結果宿舎に三人を忍ばせ、楓姫の酌にてクビリクビリと小酒宴を開いてゐる。高姫は居間へ帰り、ニコニコし乍ら、 高姫『コレ杢助さま、喜んで下さい。腐り縄にも取柄とかいひましてな、日出神の義理天上の目鏡に叶ふた、テル、ハルの両人は、バラモン教で魔法使と名を取つた丈あつて、偉い事をしましたよ。お寅婆を引戻すやら、魔我彦、ヨルまでが引つけられて惨めな様で坂を返つて行く可笑しさ、そしてまた不思議な芸当を持つてゐますよ。家をまいまいこんこをさしたり、山をグラグラ動かしたりするのですもの、義理天上日出神もあんな弟子を持つて居れば、正勝の時にや山も何も引くりかへしますワ、あゝあ有難う厶います日出神様、よい家来を御授け下さいまして、……あゝ惟神霊幸はへませ惟神霊幸はへませ』 杢助『アハヽヽヽ、其奴ア偉い事をやつたね、ウン、感心感心。併し乍ら其三人は今どこに居るのか』 高姫『サ、今頃にやモウ山口の森あたり迄逃げて行つたでせうよ』 杢助『其奴ア、何にもならぬぢやないか、イソの館へ行かうと思へば、ここ許りが道ぢやない、遠廻りをしてゆけば行けるのだから、彼奴等三人を此処へ引つけて十分に説き聞かすか、但はどうしても聞かねば、穴でも掘つて、末代上れぬ事にしておかぬ事にや、お前の謀反は成就しないだないか、賢いやうでも女だなア』 高姫『いかにもそうで厶いましたなア、何う致しませう』 杢助『それ位な事は朝飯前だ、俺が一つここへ呼んで見ようかな』 高姫『杢助さま、貴方にそんな事が出来ますかい』 杢助『アハヽヽヽ、出来えでかい、それ位な事が出来いで、今迄イソの館の総務が勤まらうかい、今此杢助が一つ文言を称へたが最後、望み通の人間をここへよせてみせう、其代り高姫、お前もチツと痛い辛抱をせなくちやならぬぞ』 高姫『お前さまの為なら、少々痛い事しましても辛抱しますワ』 杢助『ヨシヨシ一寸高ちやん、ここへお出で、お前は木魚の代りになるのだよ』 と言ひ乍ら、高姫の長煙管を取り、 杢助『ブビヨウ、マフス、ベナ、マカ、お寅婆サンよ、杢助如来が、魔法の功徳に仍つて、此場へ来れ、早来れ』 「クワン、グリングリングリングリン」と続け打に、高姫の前頭部を五つ打つた。高姫は又もや少しく逆上たと見え、そこらがクルクル見え出して来た。パツと現はれたのは、お寅ソツクリの姿である。 高姫『ヤ、お前はお寅ぢやないか、どうだ、義理天上の神力には往生致したか』 お寅『ハイ、サツパリ往生致し……ま……せぬワイ』 高姫『アハヽヽ何と負惜みの強い婆だなア、サ、もう斯うなる上はビク共動かさぬのだ。義理天上には、ハル、テルといふ立派な魔法使がついて居りますぞや。お寅さま、もう駄目だから、スツカリ我を折つて、日出神の申すやうになさるが、おのしのお得だぞえ』 お寅『ハイ有難う厶いませぬ。何分宜しく御願ひ致しませぬ』 高姫『それ見なさい、早く改心すればいいものを、いつ迄も我を張つてゐると、此通りだぞえ、ドンあとで首尾悪うすがりて来ねばならぬぞよ……とお筆に現はれて居るぞえ』 お寅『ハイ何分宜しく御願申します。モウこれきり我は出しまする。どうぞ高姫さまの御弟子にして下さいますな』 高姫は握拳を固め、両腕を力一杯伸し、立あがり、六方をふみ乍ら、雄健びして云ふ。 高姫『三五教に名も高き、高姫さまとは此方の事、若い時から男女と呼ばれたる、変性男子の生宮の腹をかつて、生れ出でたる剛の女、今は祠の森の杢助が妻となり、山のほでらの茅屋住ひ、先を見てゐて下されよ……と○をまくつて、大音声』 と自ら呶鳴り、芝居気取りになつて、伊猛り狂ふた、其勢の凄じさ。杢助は思はず『ワツハツハヽヽ』と吹出し、又もや高姫に向ひ、 杢助『オイ高ちやん、まだ勇む所へはいかぬ。魔我彦ヨルの両人を此処へ引付けなくちや駄目だよ』 高姫はハツと気がつき、 高姫『なる程杢助さま、魔我彦、ヨルは何うしたらいいでせうかな、モウ頭を叩かれるのはたまりませぬがな』 杢助『さうだらう、モウ頭を叩く必要はない。一寸お前が私の云ふ通り、目をつぶつて舌を出してくれさへすりや、それで呪禁が利くのだ、さうすりやキツと二人は此処へ引付けてみせるよ』 高姫『そんな事なら、頭を叩かれるよりもおやすいことです。サア早く呪禁をして下さい』 と云ひ乍ら、目をシツカと塞ぎ、馬鹿正直に舌をニユツと出した。杢助は火鉢の灰を掴んで、高姫の舌へ、口があかぬ程突込んだ。高姫は灰が喉に引かつたとみえて『クワツクワツ』と咳をしあたりに灰を飛ばした。そして両眼から涙をポロポロと流してゐる。それでもまだ杢助がよいといはぬので、辛い業だと思ひ乍ら気張つてゐる。杢助は、 杢助『オイ高姫、モウ目をあけたら良いよ』 高姫はパツと目を開けば、豈計らむや魔我彦、ヨルが自分の前にキチンと坐つてゐる。高姫は、 高姫『ヤ、魔我彦か、ヨルか』 と言はむとして、口につまつた灰に又むせ返り、クワツクワツと、咳し乍ら、苦んでゐる。其間に杢助は金盥に水を汲んで口をそそがした。鼻も舌も灰だらけになつた高姫は、ヤツとの事で灰を洗ひおとし、口を清め、魔我彦を睨つけて、ソロソロと憎まれ口を叩き出したり。 高姫『コレ魔我彦、お前は一体どこへいつとつたのだ、エヽー。此御神徳には叶ふまいがな。それだから、日出神の申す事を聞なさいと、あれ程言ふのに、何の事だいな、大本の大橋越えてまだ先へ行方分らぬ後もどり、慢心すると其通り……と日出神の真似の筆先に出て居りませうがな』 魔我『アハヽヽヽ、実の所はお前さまにお土産を持つて来たのだよ。余り何だか食ひた相に舌を出してゐらつしやるものだから、地獄の釜の下から死人の灰を持つて来て、口にねぢ込んであげました、イヒヽヽヽ』 高姫『コレ魔我ツ、何といふ失礼な事を致すのだ。サ、もう了見ならぬ。穴でも掘つて放り込んでやりませう。コレ杢助さま、もう斯うなる上は了見なりませぬぞや、魔我とヨルと、穴でも掘つて岩でも被せて末代上れぬやうにして下さいナ』 魔我彦の口は俄かに尖り出した。そして大きな耳が生えて来た。ヨルはと見れば、これも耳を生やし、牙を出し、キツキツキツト猿のやうに鳴き出した、お寅は獅子神楽のやうな口を開けて、体中斑の虎となり、高姫に向ひ、『ウーウー』と唸り出した。三人一度に怪獣となり、山も砕けむ許りに唸り初めた。高姫はアツと叫んで其場に正気を失つて了つた。怪獣はのそりのそりと四つ足に還元し、玄関口めがけて飛出した。ハル、テルの両人は両手で頭を抱へ、息をこらして縮こまり、怪獣の帰り去るを待つて居た。俄に山は唸り出し、岩石も飛ぶ様な風が吹いて来た。 (大正一二・一・一九旧一一・一二・三松村真澄録)
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霊界物語 50_丑_祠の森の物語2 02 照魔燈 第二章照魔灯〔一二九六〕 高天原の最奥に於ける霊国及び天国の天人は、すべて愛の善徳を完備し、信の真善を成就し、智慧証覚に充ち居るを以て、中間天国以下の天人の如く、決して信を説かず、又信の何たるかも知らないのである。又神の真に就いて論究せないのである。何故ならば、斯かる霊的及び天的最高天人は、大神の神格に充たされ、愛善信真これ天人の本体なるが故である。故に他界の天人の如く、これは果して善なりや、悪なりや、などと言つて真理を争はない。只争ふものは中間及び下層天界の天人の内分の度の低いものの所為である。又最奥の天人は視覚によらず、必ず其聴覚によつて、即ち宇宙に瀰漫せるアオウエイの五大父音の音響如何によつて、其証覚をして益々円満ならしむるものである。大本神諭に『生れ赤子の心にならねば、神の真は分りは致さぬぞよ……』とお示しになつてゐるが、すべて赤子の心は清浄無垢にして水晶の如きものであるから、仮令智慧証覚は劣ると雖も、直ちに其清浄と無垢とは、最奥天界に和合し得るからである。又社会的覊絆を脱し、すべての物欲を棄て、悠々として老後を楽しみ、罪悪に遠ざかり、天命を楽しむ所の老人を以て、証覚ありて無垢なる者たることを現はし給ふのである。大本開祖が世間的生涯を終り、夫を見送り、無垢の生涯に入り給うた時、始めて神は予言者として、これに神格の充されたる精霊を降し給ひ、天国の福音を普く地上に宣伝し給うたのは、実に清浄無垢の身魂に復活し、精霊をして天国の籍におかせ給うたからである。故に開祖の如きは、生前に於て已に霊的復活をせられたのである。此復活を称して霊的人格の再生といふのである。大神は人間をして其齢進むに従ひ、之に対して善と真とを流入し給ふものである。先づ人間を導いて善と真との知識に入らしめ、これより進んで不動不滅の智慧に入り、最後に其智慧より仏者の所謂阿羅耶識(八識)即ち証覚に進ませ給ふものである。之を仏教にては、阿耨多羅、三藐三菩提心(無上証覚)といふのである。併しながら現代の人間は、其齢進むに従つて、益々奸智に長け、表面は楽隠居の如く世捨人の如く、或は聖人君子の如く装ふと雖も、その実益々不良老年の域に進むものが大多数である。優勝劣敗、弱肉強食を以て社会の真理と看做してゐる現代に立ち、多数の党与を率ゐて政治界又は実業界に跋扈跳梁し、益々権謀術数を逞しうし、僅に其地位を保ち、世間的権勢を掌握して無上の功名と看做してゐる人物の如きは、実に霊界より之を見る時は憐れむべき盲者である。斯の如き現界に於ける権力者よりも、無智にして其日の労働に勤しみ、現代人の無道の権力に圧倒され、孜々として之に盲従し、不遇の生活を生涯送りし人間が、霊界に至つて神の恩寵に浴し、其霊魂は智慧相応の光を放ち、善と真との徳に包まれて、生前の位地を転倒してゐる者が沢山にあるのである。故に霊的観察よりすれば、権勢ある者、富める者、智者学者といはるる者よりも、貧しき者、卑しき者、力弱き者、現界に於ていと小さき者として、世人の脚下に踏み躙られたる人間が、却つて愛善の徳に住し、信真の光に輝いて、天国の団体に円満なる生涯を送るものである。故に神には一片の依怙もなく偏頗もない事を信じ、只管神を愛し神に従ひ、正しき予言者の教に信従せば、生前に於ても、仮令物質上の満足は得られずとも、其内分に受くる歓喜と悦楽とは、到底現界の富者や権力者や智者学者の窺知し得る所ではないのである。此物語の主人公たる初稚姫は再び天の命を受け、地上に降誕して大本開祖となり、世間的務めを完成し、八人の子女を生み夫々神界の内的事業に奉仕せしむべく、知らず知らずの間に其任を果し、微賤に下りて、溢るる許りの仁愛と透徹したる信の智を発揮して、暗黒無道の地獄界を照破する神業に奉仕し、其任務を了へて、後事を瑞霊に充されたる予言者に托し、茲に目出度く昇天復活されたのである。故に開祖は生前より其容貌恰も少女の如く、其声音は優雅美妙にして、又少女の如く、玲瓏玉の如き顔容を抱持し給ひ、開祖に接近する者は、何時とはなしに其円満なる霊容に感化され、霊光に照され、善人は之を信従し尊敬し、悪人は之を嫌忌し恐怖したのである。開祖の前身たる初稚姫も亦神代に於ける神格者にして、大予言者であつた。その容貌及び全身より金色の光明を放射し、悪魔をして容易に近づき得ざらしめたのである。されど初稚姫は、其霊徳と霊光を深く秘し給ひ、和光同塵の態度を以て普く万民を教化し天国に救はむため、ワザと其神相を隠し給ひて、霊的及び自然的活動を続け給うたのである。開祖は常に云はれた……出口直が正体を現はしたなれば、人民は眼くらみ、到底側へは寄りつくことは出来ない、故にワザとに世におちぶらし、今まで衆生済度の為に化してあつたのだ……と物語られた事は屡々である。此時側に親しく侍してゐた役員共は、開祖の平素の人格には敬服してゐたが、併し其お言葉の余りに高調的なるに対し、開祖が慢心をされたものとのみ思うてゐた者も沢山にあつたのである。神は必ず順序を守らせ給ひ、相応の理に依りて和合の徳を表はし給ふが故に、其対者に向つて余り懸隔なき様に現はれ給ふのである。故に対者の徳と智慧の如何によつて、神又は開祖を見る所の目に非常の差等があるのは、已むを得ないのである。神は瑞月を呼んで大化物と予言者を通じて宣らせ給うた。現代人は大化物の名を聞いて、大悪人の代名詞の如く或は権謀術数家の別称の如く、又巧言令色、表に善を飾り虚偽を行ひ、世人を誑惑する悪人と認むる者も少くないのである。併し神格に充されたる者を、頑迷不霊の地獄界に籍を於ける人間の目より見るときは、忽ち眼眩み頭痛み、息苦しくなり、癲狂痴呆と忽ち変じて、恐怖心に駆られ、その真相を看取することは出来ないものである。故にかかる人間の地位に立ちて予言者を仰ぎ見る時は、大怪物とより見ることが出来ないのである。吁斯の如き頑迷の徒をして、神の光明に浴せしめ、愛善の徳に住せしめて、永遠無窮の天国の生涯を生きながらに送らしめむとするは、実に最大難事である。大正五年の事であつた。口述者は役員室に在つて神諭を繙く折しも、慌しく入り来りしは開祖の娘なる高島久子であつた。彼は前節に述べたる如き肉体的兇霊に心身を占領されて、吾居間に走り入りて、恭敬礼拝し言ふ。『瑞の御霊様、一大事が突発致しました。一厘の秘密をお知らせ申します』と言ふより早く、吾耳の側に口をよせ、歯のぬけた口から、臭い息と唾を、吾顔面にふきかけながら、下らぬ不合理に充ちたことを喋々と弁じ立てた。そこで瑞月は儼然として、『誠の道に秘密のあるべき道理なし、秘密の秘は必ず示すといふことである。決して隠蔽すべきものでない。耳もとに囁く如きは神人のなすべき所でない。これは体主霊従的人獣の敢へてする行為である』と云ふや否や、高島久子の精霊は大いに怒つて、わが耳たぶを左の手にて引張り、右の手を以てわが頬をピシヤピシヤと叩きつけ『義理天上日出神の秘密の忠告を聞かねば、地の高天原は大騒動が起りますぞ。何うなつても日出神は知らぬぞよ』とわめき立て、狂ひまはつた。そこで瑞月は兇霊の憑依せるものなることを本人に懇々と諭してみたが、もはや兇霊に霊肉全く占領された彼女には何の効能もなかつた、のみならず大いに怒つて、吾喉元に飛びかかり、咬みつかむとした。そこで瑞月は已むを得ず、右の人指を前に向けて『ウン』と一声、神に祈つて、其面体を霊光に照すや否や、忽ちパタリと倒れて了つた。そこで瑞月は直に神に彼が為に謝罪をなし、お許しを請うた。彼女はムクムクと立上り、口を極めて『変性女子の糞奴、糞先生の奴先生、小松林の悪魔奴』と喚き立てながら、長い廊下を韋駄天走りに開祖の居間に侵入した。 忽ち久子に憑依せる兇霊は、開祖の容貌を拝するや、アツと仰向けに倒れ、キヤアキヤアと喚きながら、長廊下を毬の如くころげて、再びわが居間に逃げ帰り来り『奴開祖の糞開祖奴、これから俺が誠の艮の金神ぢや、変性男子も女子も此処を出て行け、これから地の高天原は、高島久子が艮の金神変性男子と現はれて、日出神を地に致し、大広木正宗殿の霊を御用に使うて、神政成就の神業に奉仕するから、此方の申す事が耳に入らぬ奴は、一人も残らず出てゆけ。金勝要神の身魂は我が強いぞよ。木花咲耶姫の生宮も訳が分らぬぞよ。これから此高島久子の体を借つて、誠の事を知らすぞよ』などと狂態を演じ、身体を頻りに震動させて、猛悪の相を現はし、座敷の中央に仁王立ちとなつて睨めつけてゐた。そこへ開祖は梅の杖をつきながら、障子をあけて一寸覗かれると、又もやキヤツと叫んで其場に顛倒し、毬のやうになつて表へ駆け出して了つた。後に至つて高島久子に聞けば、彼は云ふ……開祖の居間の障子を開くや否や、開祖の全肉体は金色燦爛たる光明にみち、そのお姿を熟視する能はず、忽ち恐ろしくなつて、妾の守護神が一生懸命に駆け出しました……と答へたのである。又彼女が自筆の筆先にも此事を明記してゐる。それから久子は表へまはり、金竜殿に侵入した。そこには数多の役員や修業者が幽斎の最中であつた。久子は矢庭に暴れ出していふ……汝等盲役員、幽斎の修業などとは以ての外だ、この生宮の申す事を聞け……と呶鳴りながら、修業に来てゐた河井芳男といふ青年を引捉へ、殿中に於て馬乗となり、其青年の首にジヤウジヤウジヤウとぬくい小便をたれかけ……汝の如き者は之にて結構だ……と喚き立て、狂態を演じてゐた。この事も高島久子の精霊が書いた筆先に自慢さうに記してある。すべて兇党界の悪霊は順序を弁へず又善悪美醜の区別がつかないから、神聖なる金竜殿内に於て、人の首に小便をかけ、得意となつてゐるのである。而して彼女はいふ……わが守護神は実に偉大なものだ、あの様な聖き御殿に於て、外の者が小便をこかうものなら、忽ち守護神も肉体も神罰が当るのであるが、何をいつても神格が高いから、あの通りチツとも罰が当らなかつたのだ……と誇つてゐるのは実に済度し難き難物である。丁度猫や鼠が大神の鎮座まします神聖なる扉の中に巣をくみ、或は糞尿をたれても、神は畜生として看過し給ひ、之を懲め給はざると同様の理である事を知らない癲狂痴呆者である。自愛心強く世間愛のみを以て唯一の善事と思惟しゐたる人間は、却つて斯かる奇矯なる行為を以て、神秘の行為となし、之を随喜渇仰していふ……全くあの行ひは人間ではない、人間心で、何うして殿内に於て、而も人間の首に跨がり、小便がかけられようか、全く神様の証拠である……と、斯う云つて感心するのである。彼等の云ふ如く決して人間ではない。併しながら神だと思つたら大変な間違である。スツカリ肉体的兇霊、悪魔が彼女の全身を支配して行うた所の狂態であるのである。 其後かれ悪霊は久子の肉体に対し、いろいろと幻覚を示し、益々誑惑の淵に陥れ、或は一ケ月間の断食を与へ、地獄の有様を眼前に髣髴せしめ……汝わが言を用ゐざる時は、斯の如き無間地獄に陥落すべし。又わが言を信従し、わが頤使に従つて活動する時は、汝をして将来斯の如き結構なる位地につかしむべし……と、或はたらし或は威し、漸くにして開祖の身内たる肉体を、わが自由に駆使する事を得たのである。彼等が悪業を遂行せむとすれば、現界人の浅薄なる識見より見て、開祖の血統と生れし人間なれば、大丈夫、決して悪神の憑依すべきものでないと信用させ得るの便宜があるからである。かれ兇霊は無智なる久子の霊肉を完全に占領した上、地の高天原の霊光にゐたたまらず、二三の迷へる信者を引連れ、一目散に八木へさして逃げ帰り、ここに久子の記憶と信仰を基礎として、其想念中に深く入り込み、兇党界の団体をして益々大ならしめ、大神の神業を極力妨害せむと企みつつあるのである。さりながら久子其人は元来開祖を思ふ事最も深く且無智にして比較的其心も清ければ、遉の兇霊も開祖の神諭を非難することを得ず、且又厳の御霊、瑞の御霊を極力排斥し、誹謗しては其目的を完成し得ざるを知るが故に、表面に厳瑞二霊を尊敬し信従する如く装ひ、先づ久子を誑惑し其口と手を以て世人を魔道に引入れむと企みつつあるのである。之は決して瑞月が卑しき心より述ぶるのではない。大神の御子たる可憐なる精霊や人間をして、一人なりとも邪道に陥らざらしめむが為の慈愛心に外ならぬのである。かれ精霊は久子の肉体を綾部の停車場に仰向けに倒し、陰部を曝して大呼して云ふ……われは地の高天原の変性男子出口直の肉体をかりて生れた日出神の生宮であるぞよ。皆の者、これを見て、大本の教を悟れよ……と呶鳴り立てた。精霊が久子に斯かる衆人環視の前にて狂態を演ぜしめた其底意は、要するに神の名を冒涜し、世人をして大本を信用せしめざらむが為の悪計であつた。されど暗愚なる信者は、そんな所に少しも注意せずしていふ……ああ吾々が改心が足らぬ故に神様が変性男子の系統の肉宮をかつて、お戒め下さつたのであらう、お前達の心は此通り醜いのだ、お前達が神界より罰せられ、地獄の釜のドン底へ落されるのだが、高島久子に千座の置戸を負はして助けてやつて居るぞよ、との深き思召であらう……などと妙な所へ曲解して益々随喜渇仰し、精霊の誑惑に乗せられて、遠近の神社を調査するといつて、或は其費用を献じ、或は随伴してゐる者も沢山現はれて来たのは、実に神界の為悲しむべきことである。されど神は決して斯の如き兇霊に汚され給ふものでもなく、又如何に妨害せむとするも聊かの痛痒も感じ給はないのである。只々可憐なる神の御子が彼等兇霊に心身を誑惑され邪神界に引入れられ、無間地獄に陥落しゆくを悲しみ給ふのみである。かかる仁慈無限の大神の御心も知らず、男子が何うだとか、女子の言行がなんだとか云つて、その光明に反き、醜穢極まる地獄に転移するは、実に仁慈の目より見て忍び難き所である。かれ精霊は久子を又もや八木の停車場に連れ行き、大声叱呼して云ふ……此女は元を糺せば、丹波国何鹿の郡綾部町、本宮新宮坪の内、変性男子の身魂出口直の体をかり、出口政五郎といふ父を持ち、若い時から男女と呼ばれたる、ヤンチヤ娘の出口久子、今は神の因縁に依つて、八木の高島寅之助が妻となり、あの山の、山のほでらのあばらや住居、今はおちぶれて居れども、結構な身魂が世におとしてあるぞよ。侮りて居りたものは、アフンと致してあいた口がすぼまらぬぞよ。今に天地がかへるぞよ。欲を致して沢山の金をためて居りても、其宝は持切には出来ぬ宝であるぞよ。此神の申した事には一分一厘間違ひはないぞよ。先をみてゐて下されよ、と前をまくつて大音声……と自ら呼ばはり、停車場に集まる人々を驚かせ、之を鎮定せむと入り来りし長左といふ男の腕にかぶりつき、狂態を演じ、大本の教を破壊せむと企んだ事もあつたのである。兇霊は此筆法を以て、或時は変性男子を極力賞讃し、また対者の心の中に男子女子を否むと認むる時は、声を秘そめて切りに誹謗し、吾薬籠中のものとなさむと企むものである。 さて、初稚姫と高姫との今後の活動は之に類するもの多ければ、巻頭に引証することとしたのである。 追伸=霊界物語の読者の中には凡て、斯様であります……とか、斯う考へます……とかいふ謙譲の言葉がなく、かうである……どうである……などと断定的に、且高圧的に口述してあるのは、所謂口述者が慢心した結果、かかる不遜の言辞を弄するのだと非難する人が間々あるさうです。併しながら『あります』と云へば活字を四字用ひなくてはなりませぬ。『ある』といへば二字で事がすみます。それ故にかかる洪瀚な物語には一字なりとも冗言を省き、可成数多の意味を読者に知らさむが為の忠実なる意思より出でたのであります。而して口述者自身は只神格にみたされたる聖霊に霊と体を任せきつてゐるのでありますから、口述者が之を改めようと致しましても、肝腎の局に当る聖霊が聞かなければ是非ない事であります。一寸茲に一言断つておく次第であります。 (大正一二・一・二〇旧一一・一二・四松村真澄録)
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霊界物語 50_丑_祠の森の物語2 05 霊肉問答 第五章霊肉問答〔一二九九〕 高姫は初稚姫のスマートを送つて出た後に只一人、腹中の兇霊に打向ひ、握り拳を固めながら、懐をパツと開き、布袋つ腹を現はし、両方の手で臍のあたりを掴んだり擲つたりしながら、稍声低になつて、 高姫『コリヤ、其方はあれ丈注意を与へておくのに、なぜ初稚姫の前で、あんな不用意な事をいふのだ。サア、高姫が承知致さぬ。一時も早く、トツトと出てくれ。エー何と云つてもモウ許さぬのだ。汚らはしい、コリヤ、痰唾をはつかけてやらうか』 と云ひながら、自分の臍のあたりに向つて、青洟をツンとかんでこれをかけ、又々唾をピユーピユーと頻りに吐きかけてゐる。 (腹の中から)『アハハハハ、どれだけお前が痰唾を吐きかけようが、腹を捻ぢようが、チツともおれは痛くはない。つまりお前の腹をお前が痛め、お前の唾をお前の腹にかけるだけのものだ。そんな他愛もない馬鹿を尽すよりも、日出神義理天上の申すことを神妙に服従するがお前の身の為だぞ。グヅグヅ申すと腹の中で暴れさがし、盲腸を破つてやらうか、コラどうぢや』 高姫『アイタタタタ、コリヤコリヤそんな無茶な事を致すものでないぞ。結構な結構な常世姫の御肉体だ。左様な不都合を致すと、大神様に御届け致すが、それでも苦しうないか』 (腹の中から)『や、そいつア一寸困る、何を云うても我の強い肉体だから、思ふやうに使へないので神も聊か迷惑を致して居るぞよ。チツと柔順くなつて御用を聞いて下されよ』 高姫『何を吐しやがるのだ。又しても又してもしようもない事を吐して、人に悟られたら何とするのだ。本当に馬鹿だな。これから此方が厳しく審神を致すから、一言でも変なことを申したら、此生宮が承知致さぬぞや』 (腹の中から)『イヤ、肉体の言ふのも尤もだ、キツト心得るから、どうぞ仲ようしてくれ。何と云つても密着不離の関係になつてゐるのだから、お前の肉体のある間は、離れようといつたつて離れる訳にも行かず、お前も亦俺を追ひ出さうとすれば、命をすてる覚悟でなくちや駄目だぞ。すぐに盲腸でも十二指腸でも、空腸、回腸、直腸、結腸の嫌ひなく、捻ぢて捻ぢて捩ぢ廻し、肉体の命を取るのだから、つまりお前は俺を大事にし、俺はお前の肉体を唯一の機関とせなくちや、悪の目的が成就せぬのだからなア』 高姫『コリヤ、又左様なことを申す。この高姫は稚桜姫命の身魂の系統、常世姫命の再来だ。悪といふ事は微塵でもしたくない、大嫌ひなのだ。其方は悪を改めて善に立復つたと申したでないか。どうしても此方の肉体を使うて悪を致し、変性男子様の御神業を妨げ致すのなれば、此高姫は仮令其方に腸をむしられて国替をしても、チツとも構はぬのだ。サアどうだ、返答致せ』 と審神者気分になつて呶鳴つてゐる。 (腹の中から)『ヤア高姫様、真に申し違ひを致しました。つひ悪を憎むの余り善と悪とを取違へまして、あんな不都合なことを申しました。今後はキツと心得ますから、どうぞ霊肉和合して下さいませ』 高姫『ウンよしツ、それに間違ひなくば許してやらう。此上一言でも金毛九尾だの大蛇だのと申したら了簡致さぬぞや』 (腹の中から)『それなら、何といひませうかな、義理天上日出神と名乗りませうか』 高姫『畏い事を申すな。義理天上様は変性男子様の系統の御身魂ぢや。其方はヤツパリ、ユラリ彦命と申したがよからうぞ』 (腹の中から)『コレ高姫さま、さうイロイロと沢山の名を言つちや、娑婆の亡者が本当に致しませぬぞや』 高姫『コリヤ、何と云ふことを申す。人間は結構な神の生宮だ。天が下に神様のお守りを受けないものは一人もないぞや。言はば結構な天の神様の直々の、人間は御子だ。何を以て娑婆亡者などと申すのか、なぜ善言美詞の言霊を使はぬ。ヤツパリ其方はまだ本当の改心が出来て居らぬと見えるなア。改心致さな致すやうにして改心を致さして見せうぞや』 (腹の中から)『高姫さま、一旦入の入つた瀬戸物は何程甘く焼つぎをしても、其疵は元の通りになほらないと同様に、元来が身魂にヒビが入つてゐるのだから、本当の善に還る事は辛うて出来ませぬぞや。お前さまの肉体だつて、ヤツパリさうぢやないか。入が入つて居ればこそ、此方が這入れたのだ。お前さまは立派な大和魂の生粋だと思つてゐるだらうが、此金毛九尾から見れば、大和魂どころか山子だましの身魂だよ。相応の理によつて、破鍋にトヂ蓋式に自然に結ばれた因縁だから、何程もがいても何うしても、此悪縁は切ることは出来ませぬぞや、お前さまも是非なき事と断念して、吾身の因縁を怨めるより仕方がないぢやありませぬか。霊肉不二の関係を持つてゐる肉体と此方とが、何時もこれだけ衝突をして居つては互の迷惑……否大損害ですよ。チツとはお前さまも大目に見て貰はなくちや、わしだつて、さう苛められてばかり居つても、立つ瀬がないぢやないか』 高姫『今迄なれば少々のことは大目にみておくが、お前も知つて居るだらう、斎苑館に厶つた三五教の三羽烏杢助様がお出でになり、此肉体の夫となられ、又立派な娘の初稚姫が此処へ私の子となつて来たのだから、余程心得て貰はなくては、今迄とは違ひますぞや。今迄は此高姫も殆ど独身同様であつた。大将軍様の肉宮はあの通りお人よしだから、どうでもよい様なものだつたが、今度は摩利支天様の肉宮が、此肉体の夫とお成り遊ばしたのだから、お前さまの自由ばかりになつてゐる訳には行かぬから、其積りで居つて下されや』 (腹の中から)『それは肉体のすることだから敢へて干渉はしないが、併しながら、初稚姫といふ女は何だか虫の好かぬ女だ。お前も物好な、他人の子を吾子にせなくてもよいぢやないか』 高姫『馬鹿だなア、あの初稚姫は本当に掘出し物だよ。柔順で賢明で而して人には信用があるなり、あんな娘を使はずに、どうして神業が完全に出来るのだ。お前も改心して五六七神政成就の為に活動するならば、これ程大慶の事はないぢやないか。変性男子様が永らくの間御苦労御艱難遊ばして、此処まで麻柱の道をお開き遊ばし、又都合によつてウラナイ教も御開き遊ばしたのだから、悪が微塵でもあつたら、此事は成就致しませぬぞや』 (腹の中から)『それでも、お前、三五教をやめてウラナイ教を立てようと、昨日もいつたぢやないか。どちらを立てて行くのだ。それからきめて貰はなくちや、此方も困るぢやないか』 高姫『変性男子のお筆には……三五教ばかりでないぞよ。此神はまだ外にも仕組が致してあるぞよ。ウツカリ致して居ると、結構な神徳を外へ取られて了ふぞよ……とお示しになつて居るだろ、此頃の斎苑館の役員共の行り方と云つたら、サツパリ変性女子の教ばかり致して、男子様の御苦労を水の泡に致さうとするによつて、お筆に書いてある通り、系統の身魂の此方が、已むを得ずしてウラナイ教を立てるのだ、併しながら秘密は何処までも秘密だから、表はヤツパリ三五教を標榜し、其内実はウラナイ教を立てるのだよ。よいか、合点がいただらうなア』 (腹の中から)『コレ肉体さま、ソリヤ二股膏薬といふものではないかなア。いつも悪は嫌だ嫌だと云ふ癖に、なぜ其様な謀反を起すのだい。善一つを立てぬくのなれば、お前が舎身的活動をして三五教の過つてゐる行方を改良さして、一つの道でやつて行つたらいいぢやないか。さうするとヤツパリ肉体も善を表に標榜し、自我を立て通す為に結局悪を企んでゐるのだなア。サウすりや何も、わしのすることや言ふことをゴテゴテいふには及ばぬぢやないか。同じ穴の狼だ。怪狼同狐の間柄ぢやないか。お前が善か、俺が悪か、衡にかけたら何方が上るやら、僅かに五十歩と五十一歩との違ひだらう。どうぢや肉体、これでも返答が厶るかな、ウツフツフ』 高姫『コリヤ、喧しいワイ。そこは、それ、神の奥には奥があり、其又奥には奥があるのだ。切れてバラバラ扇の要……といふ謎を、お前は知らぬのか……十五夜に片われ月があるものか、雲にかくれてここに半分……だ』 (腹の中から)『ハツハハ、イヤ、チツとばかり了解した。……此腹の黒き尉殿が一旦改心の坂を通り越し、又もや慢心と申す元の屋敷にお直り候……だな、イツヒツヒ。それならさうと、なぜ初めから云つてくれないのだ。コツチにも方針があるのだから……俺も昔から金毛九尾といつて、随分悪は尽して来たのだが、腹の黒い人間の腹中は、自分が現在這入つて居りながら、分らぬものだ。いかにも人間といふものは重宝なものだなア。偽善を徹底的に遂行するには、本当に重宝な唯一無二のカラクリだ、イツヒヒヒ。それを聞いて此金毛九尾もスツカリと安心を致したぞや。サア始めてお前が打ち解けてくれたのだから、今日位心地よいことはないワ、のう大蛇よ、猿よ、狸よ、蟇よ、豆よ、本当に岩戸が開けたやうな気分がするぢやないか』 腹の中から違うた声で、 (腹の中から違う声で)『ウンウンウンウン、さうさう、これでこそ、私たちも安心だ。流石は金毛九尾さまだけあつて、よくマア肉体と、其処まで談判して下さつた。ああ有難い有難い』 腹中より又もや以前の声で、 (腹の中から)『さうだから、此金毛九尾さまに従へと云ふのだ。これから高姫の肉体をかつて、三千世界を自由自在に致すのだ。それに就いては先づ第一に三五教を崩壊し、ウラナイ教を立てて善の仮面を被り、現界の人間を片つ端から兇党界に引張り込んで了ふのだ。最早肉体が心を打ち開けた以上は、何と云つても宣り直しはささない。若しも最前の言葉に肉体が反きよつたら、お前たちはおれの命令一下と共に、そこら中を引張りまはし苦めてやるのだよ』 高姫『コラ、そんな無茶な相談を致すといふことがあるか、表は表、裏は裏だ。さうお前のやうに露骨に云つちや、肝腎の大望が成就せぬぢやないか』 (腹の中から)『何、お前の耳に内部から伝はるだけのもので、決して外部へは洩れる気遣ひはない。お前さへ喋らなかつたら、それでいいのだ』 高姫『ソリヤさうだな、それならマア、十分にお前も千騎一騎の活動を致すがよいぞや。この高姫も乗りかけた舟だ、何処までも初心を貫徹せなくちやおかないのだからな。ドレドレ、モウ初稚が帰つて来る時分だ。思はず守護神と談判をして居つたものだから、つひ時の経つのも忘れてゐた。併し初稚姫が聞いてゐやせなんだか知らぬて、何だか気掛りでならないワ』 といひながら、サツと障子をあけて長廊下を眺めた。初稚姫は芒の枯れた穂を一つかみ握りながら、他愛もなく遊び戯れ、廊下に一本一本さして遊んでゐる。その無邪気な光景を眺めて、高姫はホツと一息し、 高姫『何とマア無邪気な娘だこと、枯尾花を板の間の隙間に立て並べて遊んでゐるのだもの。大きな図体をしながら、そして十七にもなりながら、未通こい娘だなア。本当に水晶魂だ。この高姫がうまく仕込んでやれば、完全に改悪して立派なウラナイ教の宣伝使になるだらう。何と云つても杢助さまと云ふ父親を掌中に握つてゐるのだから大丈夫だ。東助さまに肱鉄をかまされ、大勢の前で恥をかかされて、悔し残念さをこばつて、此処まで来て見れば、こんな都合の好いことが出来て来た。あああ、人間万事塞翁の馬の糞とやら、苦しい後には楽しみがあり、楽しみの後には苦しみが来るぞよ、改心なされよ……と男子様のお筆先にチヤンと出て居る。高姫もまだ天運が尽きないと……あ……見えるワイ、エツヘヘヘ、変性男子様、大国治立命様、守り給へ幸へ給へ』 (腹の中から)『オツホツホホホ、オイ肉体、大変な元気だなア、甘く行きさうだのう。吾々一団体の兇霊連中も満足してゐる。どうだ、チツと歌でもうたつたら面白からうに……のう』 高姫『コリヤ、何と云ふ不心得なことをいふか。世界は暗雲になり、殆ど泥海のやうになつてゐるのに、そんな陽気なことで、どうして誠が貫けるか。変性男子様のお筆先を何と心得てゐる、チツと改心したがよからうぞ』 (腹の中から)『アハハハハ、善悪不二、正邪一如といふ甘い筆法だなア。一枚の紙にも裏表のあるものだから……』 高姫『シーツ、今そこへ初稚姫が出て来るぢやないか、チツと心得ないか』 (腹の中から)『声がせないと、チツとも姿が見えぬものだから、これはエライ不調法を致しました。オオ怖はオオ怖は、肉体の権幕には俺も往生致したワイ』 初稚姫は何気なき態を装ひ、ニコニコしながら出で来り、 初稚姫『お母アさま、とうとうスマートをぼつ帰して来ましたよ。妙な犬でしてね、何程追つかけても後へ帰つて来て仕方がありませぬので、私も困りましたよ』 高姫『ああさうだろさうだろ、あれ丈お前につき纒うて居つたのだから、離れともなかつただらう。何と云つても畜生だから人間の云ふこた分らず、嘸お骨折だつたろ。併しマアよう帰にましたなア』 初稚姫『ハイ、仕方がないので、石を拾つて五つ六つ頭にかちつけてやりましたの。そしたら頭が二つにポカンと割れて大変な血を出し、厭らしい声を出して逃げて帰りましたの』 高姫『それは本当に、気味のよいこと……ウン、オツトドツコイ、気味の悪いことだつたね。大変にお前を恨んで居つただらうなア』 初稚姫『何程ウラナイ教だとて、怨みも致しますまい、ホホホ』 高姫『や、初稚さま、お前は今ウラナイ教と言ひましたね、誰にそんなことをお聞きになつたのだえ』 初稚姫『お母アさま、表はね、三五教で、其内実は、お母アさまのお開き遊ばしたウラナイ教の方が良いぢやありませぬか。私、ウラナイ教が大好きなのよ』 高姫『オホホホホ、ヤツパリお前は私の大事の子だ、何と賢い者だなア。これでこそ三五教崩壊の……ウン……トコドツコイ、法界の危急を完全に救済することが出来ませうぞや』 初稚姫『さうですなア。誠さへ立てば、名は何うでもいいぢやありませぬか』 高姫は首を頻りにシヤクリながら、笑を満面に湛へて、 高姫『コレ初稚さま、お母アさまは、これからお父さまをお迎へ申してくるから、お前さまは暫く事務所へでも行つて遊んで来て下さい。こんな所に一人置いとくのも気の毒だからなア』 初稚姫『お母アさま、そんなに永く時間がかかるのですか』 高姫『さう永くもかからない積だが、何と云つてもあの通り、云ひかけたら後へ引かぬ杢助さまだから、犬を帰なしたことから、其外お前さまの腹の底を、トツクリと御得心なさるやうに申上げねばならぬから、チツとばかり暇が要るかも知れませぬからなア』 初稚姫『お母アさま、私もお供致しませうか』 高姫『イヤイヤそれには及びませぬ。又杢助様に、どんな御意見があるか知れませぬから、却つてお前さまが側にゐない方が、双方の為に都合がいいかも知れませぬ。一寸其処まで行つて参ります』 とイソイソとして出でて行く。後見送つて初稚姫はニツコと笑ひ、イソイソとして珍彦の居間を訪ね、同年輩の楓姫とあどけなき話を交換しながら時を移してゐる。 (大正一二・一・二〇旧一一・一二・四松村真澄録)
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霊界物語 50_丑_祠の森の物語2 15 妖幻坊 第一五章妖幻坊〔一三〇九〕 春雨の降りしきるシンミリとした窓の中、四辺の空気も和らいで、物に熱し易い高姫の頭はどことはなしにポカポカと助炭の上に坐つた様な心持がする。高姫は腹中に潜める沢山のお客さまと、徒然の余り、斎苑の館を占領すべき空想を描いて、独り笑壺に入つてゐる。腹の中から義理天上と称する兇霊は、何とはなしに此頃は元気がよい。それは初稚姫が高姫の命令によつて、珍彦館に籠居し、暫く神殿又は大広前に姿を現はす事を禁じられ、且スマートを追ひ返したと云ふ喜びからである。併しながらスマートは変現出没自由自在の霊獣なれば、決して何処へも行つては居ない。只初稚姫の身辺近く侍し、人の足音が聞えた時は、早くも悟つて床下に身を隠すことを努めてゐたのである。高姫は一絃琴を取出して歌ひ始めた。無論高姫は琴などを弾く様な芸は持つてゐない。憑依してゐる蟇先生が肉体を自由自在に使つて、琴を弾ずるのであつた。 (高姫)『チンチンシヤン、シヤツチンシヤツチン、シヤツチン、チンチン 春雨にしつぽり濡るる露の袖 こつちが恋ふれば杢助さまも 同じ思ひの恋心 チンチンチン、シヤン……シヤンシヤン、シヤツチン、チンチリチン、チンーチンー すれつ、もつれつ、袖と袖 会うて嬉しき此館 玉国別の身魂をば 此高姫を守護する 義理天上日出神 深い仕組に操られ やうやう此処に宮柱 太しき建てて神々を 斎きまつりて珍彦や 静子の方を後におき 宮の司と相定め 後白浪と道晴別 其他の家来を引連れて 何処をあてとも永の旅 出で行く後に入り来る 神力無双の杢助さま 身魂の合うた高姫が 昔の昔の大昔 神の結びし縁にて やうやう此処に巡り会ひ 其神徳を世の人に 鼻高姫とホコラの森 二世も三世も先の世かけて 自由自在の麻邇宝珠 厳の身魂の玉椿 八千代の春を楽しみに 二人の仲は岩と岩 堅き契を結び昆布 神楽舞をば鯣の夫婦 実にも楽しき吾身の上 杢助さまも嘸や嘸 嬉しい事で……あらう程に 思へば思へば惟神 日出神の引合せ 厳の御霊の御守り 瑞の御霊の悪神が 千々に心を配りつつ 妨げなせど神力の 充ちたらひたる夫婦が企み とても破れぬ悲しさに 今は火となり蛇となりて 心をいらち胸こがし 騒ぎまはるぞ……いぢらしき。 シヤツチンシヤツチン、シヤツチンチンシヤツチンチン、チーンリンチン、チンリンチンリンチンツ、シヤーンシヤーン』 と弾き終り、一絃琴を傍に直し、膝の上に両手をキチンとついて、床の間の自筆の掛軸を眺めながら、 高姫『ホホホホ』 と嬉しげに笑ひ興ずる。妖幻坊は廁から廊下をドシンドシンと、きつい足音させながら襖をあけて入り来り、 妖幻坊の杢助『高姫、お前は不思議な隠し芸を持つてゐるのだな。俺は又そんな陽気な事はチツとも知らない、信仰一途の熱狂女だと思うてゐたよ。イヤもう感心した』 高姫『ホホホホ、能ある鷹は爪かくすと云ひましてな。今迄此高ちやまも、爪をかくして居つたのだが、今日は此通り春雨で、何とはなしに心が淋しいやうでもあり、花やかなやうでもあり、お琴をひくには大変に天地と調和が取れるやうな気分になつたものですから、久し振で一寸爪弾きをやつてみましたのよ』 妖幻坊の杢助『情趣こまやかに四辺の空気を動揺させ、次いで此杢助の心臓迄が非常に動揺したよ。俺も今迄永らくの間、斎苑の館に御用をして居つたが、二絃琴の音はいつも聞いて居るけれど、一絃琴はまだ聞き始めだ。一筋の糸の方が余程雅味があるねえ。一筋縄ではいかぬお前だと思つてゐたが、到頭正体が現はれよつたなア。アツハハハハ』 高姫『コレ杢助さま、余り揶揄つて下さるなや』 妖幻坊の杢助『カラが勝たうが日本が勝たうが、そんなこたチツとも頓着ないのだ。兎角浮世は色と酒だからなア。オイ高ちやま、一杯注いでくれないか』 高姫『杢助さま、貴郎は酒ばかり呑んで居つて、一度も神様に拝礼をなさつた事はないぢやありませぬか。神様にお仕へする者が、それ程無性では、皆の者の信仰をつなぐ事が出来ぬぢやありませぬか。貴郎が模範を示さなくちや、役員や信者迄が神様の御拝礼をおろそかにして困るぢやありませぬか』 妖幻坊の杢助『俺は斎苑の館に居つても総務をやつて居つたのだ。総務といふものは一切の事務を総理するものだ。祭典や拝礼などは、又それ相当の役員にさせばいいのだ。ここには珍彦といふ神司が置いてあるのだから、俺はマア遠慮しておこかい。何だか神様の前へ行くと恐ろしい……イヤイヤ恐ろしく霊がかかるので、又大きな声でも出しちや皆の者がビツクリするからなア。それで実は拝みたくつて仕方がないのだが、辛抱して御遠慮して居るのだ。吾々の身魂は霊国の天人だから、神教宣伝の天職が備はつてをるのだ。祭典や拝礼は天国天人の身魂の御用だ。神界には、お前も知つてゐるだらうが、互に其範囲を犯す事は出来ない厳しい規則が惟神的に定められてあるからな』 高姫『成程、それでお前さまは拝礼をなさらぬのだな。さうすると私は霊国天人ですか、天国天人ですか、何方だと思ひますか』 妖幻坊の杢助『勿論お前だつて、ヤツパリ霊国の天人だよ。それならばこそ義理天上さまが、毎日守護神人民に教ふる為に、神諭をお書きなさるぢやないか。其生宮たるお前はヤツパリ相応の理によつて、肉体的霊国天人だからなア』 高姫『流石は杢助さま、偉いものだなア。何だか私も此間から拝礼が厭になつて仕方がないのよ。又曲津が腹の中へ這入つて来やがつて、大神様を恐れるので、こんな気になつたのかと心配して居りました。併し、貴郎の説明に依つて何も彼も身魂の因縁がハツキリと分りました。ヤツパリさうすると、此高姫は偉いものだなア』 妖幻坊の杢助『そりやさうとも、杢助さまの女房になる位な神格者だからなア、お前も亦これでチツと筆先の材料が出来ただらう』 高姫『ヘン、馬鹿にして下さいますなや。人に教へて貰うて、筆先なんか書きますものか』 妖幻坊の杢助『それでも見てゐよ。キツとお前の筆先に現はれて来るよ。俺がこれだけお前に聞かしておくと、義理天上さまが成程と合点して、キツと明日あたりから、霊国の天人といふお筆先を御書きなさるに違ないワ。何せよ、模倣するのに長じてゐる肉宮だからなア』 高姫『お前さまが今言つた言葉は、決してお前さまの力ぢやありませぬぞや。義理天上さまがお前さまの身魂を使うて此高姫に気をつけなさつたのだよ。これ位な道理が分らぬ様な杢助さまぢやありますまい。お前さまが、こんな事を仰有るやうになつたのもヤツパリ時節だ。高姫に筆先を書かす為に、義理天上様が、お前さまの口を借つて一寸言はせなさつたのだから、これからの筆先はよつぽど奇抜なものが現はれますで、マア見てゐなさい。お前さまだけにはソツと見せて上げますワ』 妖幻坊の杢助『ハツハハハ、また出来上りましたら拝読を願ひませうかい』 高姫『杢助さま、一寸俄に神界の御用が忙がしうなつたから、貴郎はお居間へ行つて、お酒でもあがつて休んでゐて下さい。お前さまが側にゐられると、思はし筆先が書けませぬからなア』 妖幻坊の杢助『ハツハハハ、お筆先の偽作を遊ばすのに、私が居るとお邪魔になりますかな。それなら謹んで罷りさがりませう。御用が厶いましたら、御遠慮なくお召し出し下さいますれば、鶴の一声、宙を飛んで御前に伺候致しまする。ハハハハ、高ちやま、アバヨ』 と腮をしやくり腰を振り、ピシヤツと襖を締めて、吾居間へ帰りゆく。そして中から突張りをかへ、怪物の正体を現はしてグウグウと鼾をかいて寝て了つた。 高姫は俄に墨をすり、先のちびれた筆をキシヤキシヤとしがみ、墨をダブツとつけて一生懸命に書き始めた。一時ばかりかかつて書き終り、キチンと机の上に載せ独言、 高姫『義理天上さまも追々御出世を遊ばし、お書きなさる事が大変に変つて来た。こんな結構な教は人に見せるのも惜しいやうだ。併し之をイル、イク、サール、ハル、テルの幹部に読ましておかぬと、高姫の肉宮を安く思つて仕方がない。又肝腎の事が分らいではお仕組の成就が遅くなつて、どもならぬから、惜しいけれど、一つ此処へ呼んで来て拝読させてやらうかな。初稚姫にも聞かしてやれば改心するであらうか……イヤイヤ待て待てモウ暫く隠しておかう、発根と改心が出来たら読むやうになるだらう。何だか初稚姫は、私の筆先を心の底から信用してゐない様な心持がするから、読めと云つたら読むではあらうが、身魂の性来が悪いから、充分に腹へは這入るまい。杢助さまの教だと云へば、聞くかも知れぬが、さうすると日出神の神力がないやうにあつて、都合が悪いなり……困つた事だなア。待て待て、一つこれは考へねばなろまい。ウーン成程々々、イルに大きな声で拝読さしてやらう。そして珍彦の館へ、あの受付からならば突き抜けるやうに聞えるのだから、此結構なお筆を耳に入れたならば、イツカな分らぬ初稚姫も、成程と耳をすませ改心するに違ひない、此筆先で押へつけるに限る』 とニコニコしながら、書いた筆先二十枚綴を三冊ばかり、三宝に載せ、目八分に捧げ、襖をスツと開け、ソロリソロリと勿体らしく受付指して進み行く。受付では担当者のイルを始め、ハル、テル、其他の連中が胡坐をかいて自慢話に耽つてゐる。 ハル『オイ、イルさま、お前一体此受付で偉さうにシヤチ張つて居るが、月給は幾ら貰つて居るのだい』 イル『まだ珍彦さまが、定めて下さらぬのだ。ナアニ別に神様の御用するのだから、何なつとヒダルないやうにして貰へさへすりや、月給なんかいらないよ。結構な神様の御用をするならば、献労の積で、無報酬で御用さして頂きたい。併しながら高姫なんかの指図を受けねばならぬとすれば、相当の給料を貰はないと厭だなア』 ハル『それなら幾ら欲しいと云ふのだい』 イル『マア一ケ月十円位で結構だ』 ハル『貴様、バラモン教ではモチと沢山に貰うてゐたぢやないか』 イル『さうだ、五十円に一円足らずで、四十九円の月給だ。アハハハハ、ハル……併しお前は幾ら頂戴して居つた』 ハル『俺かい、俺はザツと十八円だ』 イル『成程、それでは毎日九円々々の泣暮しだな、エヘヘヘヘ』 と他愛もなく話に耽つてゐる。そこへ高姫は三宝に今書いたばかりの、まだ墨も乾いてゐないボトボトした筆先を目八分に捧げて入り来り、 高姫『コレ、皆さま、何を云つて居るのだい。お前さま達は、神様の御精神がチツとも分らぬ八衢人間だから困つて了ふ。受付といふものは、一番大切なお役ぢやぞえ。奥に居る大将は仮令少々位天保銭でも、受付さへシツカリしてさへ居れば、立派な御神徳が現はれるのだ。ここへ立寄る人民が、受付の立派なのを見て……あああ、受付でさへもこんな立派な人間が居るのだから、ここの教主は偉い者だらう……と直覚する様になるのだ。をかしげな、訳の分らぬ人間が受付に居らうものなら、何程教主が立派な神徳があつてもサツパリ駄目だからな。今義理天上様から、結構な結構なお筆先が出たによつて、ここで之を拝読いて、ギユツと腹に締め込みておきなされ。そして立寄る人民に此お筆先を読んで聞かすのだよ。併しお直筆は勿体ないから、お前さまがここで写して控をとり、お直筆をすぐ返して下され。結構な事が書いてあるぞや』 イル『ハイ、それは何より有難う厶ります。早速写さして頂きまして、拝読さして貰ひます』 高姫『ヨシヨシ、併しながら読む時には、珍彦さまの館へ透き通るやうな声で、読んで下されや』 イル『此お筆先はまだズクズクに濡れて居りますな、只今お書きになつたのですか』 高姫『ああさうだよ。今書いたとこだ。結構なお蔭を、ぢきぢきにお前に授けるのだから、神様に御礼を申しなさいや』 イル『エエ一寸高姫さまにお伺ひしておきますが、此お筆先は今書いたと仰有いましたね。それに日附は去年の八月ぢやありませぬか。貴女は八月頃には此処に居られたやうに思ひませぬがなア』 高姫『そこは神界のお仕組があつて、日日が去年にしてあるのだよ』 イル『さうすると、貴女は杢助さまに教へて貰つたのですな。それを教へて貰うてから書いたと云はれちや、義理天上様の御神徳が落ちると思うて、杢助さまに聞くより先に知つて居つたといふお仕組ですな。成程流石は抜目のない高姫さまだワイ』 高姫『コレ、訳も知らずに何を言ふのだい。義理天上様が、去年からチヤンと神界で書いて置かれたのだ。肉体が忙しいものだから、肉体の方が遅れて居つたのだよ。お前達は霊界の事が分らぬからそんな理窟を言ふのだよ。何事も素直にいたすが結構だぞえ。それが改心と申すのだからな』 イル『エツヘヘヘヘ、さうでがすかなア、イヤもう恐れ入りました、感心致しました、驚きました、呆れました、愛想が……尽きませぬでした。有難う厶いました』 高姫『コレ、イルさま、ましたましたと、そら何を云つてるのだい』 イル『エーン、あの、何で厶います、ましだ……と云うたのです。つまり要するに、日出神様のお筆先は、厳の御霊のお筆先よりも幾層倍マシだと思ひまして、ヘヘヘヘ一寸口が辷りまして厶ります。余り立派な事が書いてあるので、呆れたので厶います』 高姫『コレ、まだ読みもせない癖に、どんな事が書いてある……分るかなア』 イル『ヘ、エ、そこがそれ、天眼通が利くものですから、眼光紙背に徹すと申しまして、チヤンと分つて居ります』 高姫『さう慢心するものぢやありませぬぞや。サ、早く写していただきなさい』 と少しく顔面に誇りを見せて、反身になつてゾロリゾロリと天下を握つた様な態度で、おのが居間へと帰り行くのであつた。 (大正一二・一・二三旧一一・一二・七松村真澄録)
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霊界物語 50_丑_祠の森の物語2 16 鷹鷲掴 第一六章鷹鷲掴〔一三一〇〕 イルは冷笑を泛べながら、高姫の御機嫌取りの為に、一間に入つて大速力にて書き写し、直様に直筆を右の手にひん握り、左の手に三宝を掴んで高姫の居間の前まで到り、元の通りキチンと叮嚀にのせ、目八分に捧げ、襖の外から言葉もいと荘重に、 イル『日出神の義理天上、只今御入来、アイヤ、高姫殿、此襖をあけめされよ』 と呼ばはつた。高姫は余り荘重な言葉に、ハテ不思議と襖をサツとあけ見れば、イルは筆先を載せた三宝を恭しく捧げ立つてゐる。 高姫『何だ、お前はイルぢやないか。腹の悪い、私を吃驚さしたがなア。ヘン日出神なんて、偉さうに云ふものぢやないワ。日出神様は此高姫の体内にお鎮まり遊ばすぞや。お前さまのやうなお方に、何うしてお鎮まり遊ばすものか』 イルは立ちはだかつたまま、 イル『アイヤ、高姫、よつく承はれ。日出神は汝が体内に宿ることもあり、又筆先に宿る事もあるぞよ。このイルに持たせた筆先は即ち日出神の御神体であるぞよ。或時は高姫の体内に宿り、或時は筆先に宿り、イルの肉体を以て之を守らせあれば、只今のイルは即ち義理天上日出神の生宮であるぞよ。粗末に致すと罰が当るぞよ。取違ひを致すでないぞよ。アフンと致して目眩が来るぞよ。日出神に間違ひはないぞよ。おちぶれ者を侮ることはならぬぞよ。何んな御方に御用がさしてあるか分らぬぞよ』 高姫『あああ、とうと、日出神様の御神徳に打たれて半気違ひになりよつた。これだから猫に小判、豚に真珠といふのだ。サ早く此方へかしなされ、日出神が二人も出来たら治まらぬからな』 と矢庭にパツと引たくらうとする。イルはワザとに三宝を握り締めた。高姫は力をこめて、グツと引いた拍子に、三宝の表と脚とがメキメキと音を立てて二つになつた。其勢に筆先は宙を掠めて、ゴンゴンといこつてゐた[※「いこって」…「いこる」は関西の方言で、炭に火がついて赤くなった状態。]炭火の中へパツと落ちた。忽ち三冊のお筆先は黒き煙の竜となつて天に昇つて了つた。 高姫『あああ、何の事ぢや、これ、イル、何うして下さる。折角神様がお書き遊ばしたお直筆を、サツパリ煙にして了つたぢやないか』 イル『何と日出神様はえらいものですな。たうとう結構な御神体が現はれました。貴女も御存じの通り、火鉢から火が出て日出神となり、あの通り黒い竜となり、煙に包まれて天上なされました。イヤ煙ではなからう、朝霧夕霧といふギリでせう。それだから義理天上日出神が御竜体を現はして天上なされました。何とマア貴女は御神徳が高姫さまで厶いますな。エヘヘヘヘ、イヤもう感じ入りまして厶います』 と口から出任せに高姫を揶揄半分に褒めそやした。高姫は怒らうと思つて居つたが、イルの頓智に巻き込まれ、嬉しいやうな腹立たしいやうな、妙な気分になつて、胸を撫でおろし、 高姫『お直筆は天上なさつたが、併しマアマア結構だ。お前が写しておいてくれたから、マ一度書き直さして頂かうかな。滅多にあんな結構なお筆先は出るものぢやないからな。コレ、イルや、早くあのお筆先の写しを、ここへ持つて来てくれ』 イル『ヘーエ、写さして頂かうと思ひましたが、何分御神徳が高いお筆先だものですから、後光がさしまして、サツパリ目がくらみ、一字々々其文字が鎌首を立てて、竜神さまになつて動くやうに見えるものですもの、到底吾々の如き神徳のない者では、写すことは愚か拝読くでさへも目がマクマク致します。それでお前さまに写して頂かうと思つて、此通り御神体をここ迄送つて来たので厶います』 と揶揄好のイルは、其実スツクリ写し取つて居ながら、ワザとこんな事を云ふ。 高姫『エーエ、気の利かぬことだなア、お前が能う写さな、なぜ他の者に写ささなかつたのだい』 イル『それでもイルに写せよと、貴女が御命令をお下しになつたものですから、日出神様のお言葉には背かれないと思うて、他の者には見せもしませなんだのですよ』 高姫『エーエ、気の利かぬ男だな。あああ、どうしたらいいかしらぬて……お前さまは暫く謹慎の為、彼方へ控へて居りなさい。そして受付はハルに申付ける。こんな不調法を致して、よい気で居るといふ事があるものかいな』 イル『ハイ、仕方が厶いませぬ。併しながら私の守護神が霊界で写したかも知れませぬから、もし出て来ましたら、勘忍して下さるでせうなア』 高姫『馬鹿な事を言ひなさるな。お前等の守護神がそんな事が書けてたまりますか。此高姫でさへも守護神が書くといふ事は出来ぬ故に、此生宮の手を通してお書きなさるのだ。エエ気色の悪い、彼方へ行つて下され。お前さまの面を見るのも胸クソが悪い。結構な結構なお筆先を三冊まで燃やして了うて、どうしてこれが神様に申訳が立ちますか』 イル『霊国の天人に会はうと思うて、義理天上さまが化相の術を以て、天上なさつたのかも知れませぬよ。さう気投げしたものぢや厶いませぬワイ』 高姫『エー喧しい、彼方へ行きなされ。グヅグヅ致して居ると、此箒が御見舞ひ申すぞや』 と顔を真赤にし、捨鉢気味になり、半狂乱になつて呶鳴り散らすのであつた。イルは、 イル『ハイ』 と一言残し、匆々に襖を開け閉めし、首をすくめ、舌を出し、腮をしやくりながら受付へ足音を忍ばせ帰つて来た。受付にはハル、テル、イク、サールの四人が筆先の写しをゲラゲラ笑ひながら読んでゐる。 イル『オイ、そんな大きな声で笑つてくれな、今義理天上が大変に怒つてゐるからな』 ハル『ナアニ、怒る事があらうかい。早く写して腹へ締め込みておいて下されよ……と云つて帰つたぢやないか。今一生懸命に他人の褌を締めこみてゐる所だ。アハハハハ』 サール『これ程分りにくい文字を写させておいて、何の為に高姫さまが、それ程怒るのだい。怒る位ならなぜ写せと云つたのだ。本当に訳の分らぬ事をぬかすじやないか』 イル『ナアニ、そりやそれでいいのだが、高姫の奴、とうと、過つて三冊の筆先を火の中へおとし、焼いて了ひよつたのだ。それで大変に御機嫌が悪いのだよ』 サール『イヒヒヒヒ、そりやいい気味だねえ、随分妙な面をしただらう』 イル『丸きり、竈の上の不動さまを焼杭でくらはした時のやうな面をしよつて、きつく睨みよつた。そして其写しがあるだらうから、すぐ持つて来いと云ひよつたので、俺は余り劫腹だから、あのお筆先は御威勢が高うて後光がさし、一字々々文字が活躍して、鎌首を立て竜神になつて這ひ廻るやうに見えたから、能う写しませなんだ……とやつた所、流石の高姫も真青の面して、其失望、落胆さ加減、実に痛快だつたよ。それだから大きな声で読むなと云ふのだ』 サール『アハハハハ、成程、其奴ア面白い。オイ皆の奴、此処で一つ大声を張上げて読んだろかい』 イル『そんな事したら、高姫がガンづくぢやないか』 サール『なアに、俺が廊下に見張をしてゐるから、向ふへ聞えるやうに読むのだ。そして高姫が来よつたら、筆先を尻の下へかくし、素知らぬ顔してるのだ。今読んで居つたぢやないかと云ひよつたら、イルの腹の中へ義理天上さまがお這入りになつて、あんな大きな声でお筆先を読まれた……とかませばいいぢやないか』 イル『なアる程、妙案だ、それでは俺が一つ読んでやらうかなア』 とサールを廊下に立番させ、ハル、テル、イクを前に坐らせ、イルはワザとに大声を出して読み始めた。 イル『義理天上日出神の誠正まつの、生粋の五六七神政の筆先であるぞよ。高姫の肉宮は、昔の昔の根本の神代から、因縁ありて、神が御用に使うて居りたぞよ。この肉体は高天原の第一の霊国の天人の身魂であるぞよ。高姫の身魂と引添うて、三千世界の守護がさしてありたぞよ。それについては杢助殿の身魂もヤツパリ霊国天人の生粋の身魂であるぞよ。霊国の天人の霊は結構な神の教を致す御役であるぞよ。祭典や拝礼などを致す霊は、天国天人の御用であるぞよ。併し乍ら世が曇りて、天人の霊は一人もなくなり、八衢人間が神の御用を致して居るぞよ。世界の人民は皆地獄の餓鬼の霊や畜生道の霊ばかりであるから、此世がサツパリ曇りて了うたぞよ。夜の守護であるぞよ。此暗くもの世を日の出の守護といたす為に、義理天上が因縁のある高姫の身魂を生宮と致して、三千世界を構ふ時節が参りたぞよ。変性男子の霊は日出神が現はれるについて、神から先走りに出してありたぞよ。そして変性女子の霊は此世を曇らす霊であるぞよ。此儘にしておいたなれば、此世は泥海になるより仕様がないぞよ。三千世界の救世主は此高姫より外にないぞよ。それについては杢助殿の霊は夫婦の霊であるから、高姫と引添うて御用させるやうに天の大神からの御仕組であるぞよ。初稚姫は杢助の御子であるけれども、霊の親子ではないぞよ。高姫も肉体上母子となりて居るなれど、霊から申せば天地の相違があるぞよ。高姫は一番高い霊国の天人の霊であるなれど、初稚姫は八衢の霊であるから、到底、一通りでは側へも寄りつけぬなれども、肉体が何を云うても、憐れみ深い結構な人間ぢやによつて、初稚姫を吾子と致して居るぞよ。初稚姫殿も改心を致されよ。杢助の子ぢやと申して慢心致すでないぞよ。それについてはイル、イク、サール、ハル、テル殿に結構な御用を致さすぞよ。此筆先は火にも焼けず水にも溺れぬ金剛不壊の如意宝珠であるから、粗末に致したら目眩が来るぞよ。珍彦の霊も静子の霊も誠に因縁の悪い霊であるぞよ。其中から生れた楓は、誠に了簡の悪い豆狸の守護神であるから、三人共に神が国替を致さして、神界でそれぞれの御用を仰せつけるぞよ。此筆先に書いた事は間違はないぞよ。初稚姫も改心を致して下さらぬと、何時舟が覆るか分らぬぞよ。可哀相な者なれど、霊で御用さすより仕様がないぞよ。虬の霊であるから、今迄はばりてをりたなれど、善悪の立別かる時節が参りて、高姫が此処へ現はれた以上は、到底叶はぬぞよ。皆の者よ、此筆先をよく腹へ締め込みておいて下されよ。杢助殿と高姫と夫婦になりたと申して、チヨコチヨコとせせら笑ひを致して居るなれど、人民の知りた事でないぞよ。神は何処迄も気を引くから、取違を致さぬやうに御用心なされよ。義理天上日出神の筆先は一分一厘間違ひはないぞよ。高天原の霊国の天人の一番天上の身魂であるぞよ。又杢助殿には大広木正宗殿の霊が授けてあるぞよ。今迄は摩利支天の霊が憑りて居りたなれど、神界の都合により、義理天上の命令により、大広木正宗の御用をさして、常世姫の肉宮と、末代の結構な御用を致させるから、杢助殿が何事を致しても申してもゴテゴテ申すでないぞよ。又初稚姫は我の強き霊なれども、日出神の神力に、トウトウ往生致して、四つ足のスマートを斎苑の館へ追ひ返したのは、まだしも結構であるぞよ。これからスマートを一息でも、此祠の森の大門へよこしてみよれ、初稚姫の体はビクとも動かぬやうに致してみせるぞよ。杢助殿は霊が水晶であるから、四つ足が来るのは大変御嫌ひ遊ばすぞよ。初稚姫が四つ足を連れて参りたトガメに依つて神罰を蒙り、命がなくなる所でありたなれど、神の慈悲によりて、杢助殿を身代りに立て、チツと許り疵を致させ許してやりたぞよ。これをみて初稚姫殿改心致されよ。神の御恩と親の御恩とが分らぬやうな事では、誠の神の側へは寄りつけぬぞよ。余り慢心が強いので親の側へ寄れぬぞよ。其方の改心が出来たなれば、義理天上が取持致して、杢助殿に会はしてやるぞよ。早く霊を研いて下されよ、神が前つ前つに気をつけるぞよ。義理天上日出神の申す事に間違ひはないぞよ。此筆先は義理天上の生神が高姫の生宮に這入りて書いたのであるから、日出神の御神体其儘であるから、粗末には致されぬぞよ。もし疑ふなら、火鉢にくべてみよれ、焼けは致さぬぞよ。それで誠の生神といふ事が分るぞよ。ぢやと申して、汚れた人民の手で、いらうたら、焼けぬとも限らぬから、余程大切に清らかにして下されよ』 と読み了り、 イル『ハツハハハ、甘い事仰有るワイ、火にも焼けぬ水にも溺れぬと仰有つた筆先が、パツと焼けたのだからたまらぬワイ。イヒヒヒヒ、これでは日出神も、サツパリ駄目だなア』 サール『それでも……汚れた人民が触りたら、焼けるかも知れぬぞよ……と書いてあつたぢやないか』 イル『ハハハ、そこが高姫の予防線だ。引掛戻しの所謂仕組をやつてゐよるのだ。兎も角小気味のよい事だなア』 サールは、いつの間にやら廊下の見張を忘れて、イルの前に頭を鳩め聞いて居た。そこへ高姫が筆先の声を聞付けて、足音忍ばせ、半分余り末の方を障子の外から聞き終り、 高姫『コレ、お前達、今何を言うてゐたのだい』 この声に、イルは驚いて尻の下に隠し、素知らぬ顔して其上に坐つてゐる。 高姫『コレ、此障子一寸あけておくれ、今何を云つてゐたのだい。お筆先を拝読いて居つたのだらう。そして大変に義理天上さまの悪口を云つて居つたぢやないか』 イルは小声で、 イル『オイ、サール、貴様番をすると吐しよつて、こんな所へ這入つてけつかるものだから、これ見ろ、とうと見付けられたでないか』 サール『ウン、マア仕方がないサ、……ヤア高姫様、ようこそお出で下されました。サ、お這入り下さいませ』 と突張のかうてあつた障子をサツと開いた。高姫は受付の間へヌツと這入つて来た。 高姫『コレ、イルさま、お前、筆先を写さぬと云つたぢないか。今読んで居つたのは何だいなア』 イル『ハイ、日出神様が、お前の体内にイルと仰有いまして、暫くすると、あんな事を私の口から仰有つたので厶います。誠に結構な御神勅で厶いましたよ。そして又蟇の守護神が私の肉体に這入り、高姫様や天上様の悪い事を申しますので、イヤもう困りました。何卒一つ鎮魂をして下さいな』 高姫『日出神さまなどと、悪神がお前を騙して真似を致すのだらう。それだからシツカリ致さぬと悪魔に狙はれると、何時も申してあらうがな。エーエ困つた事だ、サ、そこを一寸お立ちなされ。日出神が鎮魂をして上げるから……』 イル『イー、ウーン、一寸ここは退く訳には行きませぬ、尻に白根が下りましたので、痺が切れて何うする事も出来ませぬ。何卒又後から鎮魂して下さいな。ああ高姫さま、あの外を御覧なさいませ、大きな鷲が子供をくはへて、それそれ通ります』 と高姫の視線を外へ向け、手早く尻に敷いた写しの筆先を懐へ捻ぢ込み、席を替へようとした。されど余り慌てて、二冊は甘く懐へ這入つたが、まだ一冊尻の下に残つて居る。 高姫『コレ、イル、そんな事を申して、此高姫を外を向かせておき、其間に何だか懐へ隠したぢやらう、サ、其懐を見せて御覧』 イル『ヘー、此の懐は私の懐で厶います。何程一軒の内に住居して居つても、懐は別ですからな。珍彦様が会計して下さるので、私の懐まで御詮議は要りますまい』 高姫『一寸、お前さま、妙なものが憑つてゐるから、鎮魂して上げよう。私が坐らにやならぬから、一寸退いて下さい。お前さまが一番正座へ坐ると云ふ事は道が違ひますぞや』 イル『ハイ、承知致しました。ああ杢助さまが門を通らつしやるわいな』 と云ひながら、尻の下の残りの筆先をグツと取り、懐へ入れようとした。高姫は今度は其手に乗らず、イルの態度を熟視して居つたから、たまらぬ。矢庭にイルの懐へ手を入れ、三冊の写しの筆先を掴み出し、キリキリと丸めて、イルの鼻といはず、目と云はず、滅多打に打据ゑ、 高姫『オホホホホ、悪の企みの現はれ口、日出神には叶ひますまいがな。頓て沙汰を致すから、其処に待つて居るがよからうぞ。イク、ハル、テル、サールも同類だ。今に杢助さまと相談して、沙汰を致すから待つてゐなさい』 と憎々しげに睨みつけ、懐に捻ぢ込んで、サツサと吾居間に帰り行く。後見送つて五人は頭を掻き、冷汗を拭きながら、 五人(イル、イク、ハル、テル、サール)『あああ、サーツパリ源助だ、ウンウン、イヒヒヒヒ』 (大正一二・一・二三旧一一・一二・七松村真澄録)
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霊界物語 50_丑_祠の森の物語2 17 偽筆 第一七章偽筆〔一三一一〕 高姫の形勢意外にも不穏の景況を呈し、何時低気圧の襲来するやも図り難き殺風景の場面となつて来た。イル以下四人は自棄糞になり、グイグイと又もや酒を飲み始めた。そしてイルは大きな声で、 イル『義理天上日出神の生宮であるぞよ。結構な結構な筆先を生宮に書かすによつて、筆と墨と紙との用意を致されよ』 と呶鳴り出した。サールは矢庭に墨をすり、紙を綴ぢ筆を洗つて恭しくイルに渡した。イルは故意と横柄面をしながら其筆をひつたくり、木机を前に置き、何事か首をふりながら一生懸命に書きつけた。イルは高姫の作り声をして、 イル『これ皆の者共、否八衢人足や、今義理天上日出神がお筆先を書いたによつて、有難く拝読を致すがよいぞや。斯んな結構な筆先は又と見ることは出来ぬぞや。此筆先さへ腹へ入れこめて居れば、万劫末代人が叩き落しても落ちぬお神徳が頂けるぞや。イヒヒヒヒヒ、此筆先は誰にも読ます筆先ではないぞや。後の証拠に書かして置いたなれど、受付に居る役員が肝腎の事を知らぬと話がないから、一寸読ましてやるぞよ』 サール『アハハハハハ、何を吐しやがるのだい。管を巻きやがつて、然し何んな事を書きよつたか。一寸読んでやらうかい。おい、ハル、テル、イク、謹聴するのだぞ』 と云ひながら恭しく押戴き、故意と剋面な顔をして大きな声で読み始めた。 サール『伊豆の霊変性男子がイルの肉体を借りて三千世界の事を書きおくぞよ。しつかりと聞いて置かぬと後で後悔致す事が出来るぞよ。此イルは伊豆の霊と申して湯本館の安藤唯夫殿の身魂が憑りて居るぞよ。サールの身魂は杉山当一殿のラマ教の時の身魂であるぞよ。今はバラモン教をやめて三五教に這入りて居るなれど、何を申しても変性女子のヤンチヤ身魂が憑りて居るから、過激な事を申して仕様がないぞよ。此義理天上日出神の伊豆の身魂が申した位では中々聞きは致さぬぞよ。ラジオシンターでも飲まして目を覚してやらぬ事には駄目だぞよ。それでも治らねば谷口清水と申すドクトル・オブ・メヂチーネの御厄介になるが良いぞよ。伊豆の湯ケ島には因縁があるぞよ。湯本館と云ふ因縁の分りたものは此高姫、オツト、ドツコイ日出神の生宮のイルでないと分りは致さぬぞよ。それぢやによつて沢山の人民が水晶の温泉にイルの身魂と申すぞよ。今の内に改心を致さぬとサールもハルもテルもイクも、皆アオ彦の身魂の憑りて居る北村隆光に書きとめさして置いて、末代名を残さして置くぞよ。それでも改心を致さねば摩利支天の身魂の憑りて居る松村真澄に細かう書き残さすぞよ。それで足らねば夕日の御影、加藤竿竹姫の身魂の手を借りて書き残さすぞよ。義理天上日出神の生宮は蟇の身魂の憑りた黒姫と因縁ありて、伊豆の御魂の御屋敷へ暫らく逗留致し、昔からの因縁を調べておいたぞよ。開いた口がすぼまらぬ、牛糞が天下をとると云ふ事が出来るぞよ。あんまり聞かぬと浅田の様に首もまはらぬ様に致すぞよ。浅田殿は御苦労な御役であるぞよ。そして其身魂はテルの身魂であるから、ラジオシンターをつけ過ぎて困りてをるぞよ。それでも此イルが申す様に致したならば、直に癒してやるかも知れぬぞよ。ハルの身魂は福井の身魂であるぞよ。何時も辛い辛い山葵ばかりを作りて居るから、顔までが辛さうにしがんで居るぞよ。チツと改心致さぬと鼻が高いぞよ。イクの身魂は誠に結構な身魂でありたなれど、あまり慢心を致したによつて守護神は現はしてやらぬぞよ。此方の申す事を誠に致せばよし、聞かぬにおいては杉原の身魂をひきぬいて来て、佐久に酔はして何も彼も白状致さすぞよ。人民が何程シヤチになりても神には叶はぬぞよ。早く此方の申す様に致して下されよ。改心致さぬと『霊界物語』の種と致すぞよ。そこになりたら何程地団駄踏みて口惜しがりても、神は許しは致さぬぞよ。之は大神が申すのではないぞよ。妖幻坊の身魂獅子虎の身魂イルの肉体を一寸借用致して皆の八衢人間に気をつけたのであるぞよ。今に高姫の様に斎苑の館から立退き命令を蒙らねばならぬぞよ。改心なされよ。足もとから鳥が立つぞよ。アハハハハ』 と笑ひ興じてゐる。そこへ斎苑の館より神勅を帯びて出張した二人の役員があつた。一人は安彦、一人は国彦であつた。 安彦『祠の森の受付の主任は誰方で厶るかな。拙者は斎苑の館より教主八島主命の命により出張致したもので厶る。何卒一刻も早く当館の神司珍彦に面会が致したい』 イル『ヤー、これはこれは直使のおいで、先づ先づ之にて御休息願上げ奉りまする。とり乱したる処を御覧に入れ、真に赤面の至りで厶りまする。おい、ハル、テル、サール、イク、早くお二人様のお足の湯を湧かして持つて来ぬか』 安彦『いや、決してお構ひなさるな。珍彦の司にお目にかかりたければ、直様御案内を願ひたい。沢山に徳利が並んでゐられますな。桜の花の如き盃が彼方此方に散つて居る風情は何とも云へぬ風流で厶る。国彦殿、実に羨望の至りでは厶らぬか』 国彦『如何にも、落花狼藉、夜半の嵐に散らされて、打落された桜木の麓の様で厶る』 イル『いや、もう此頃はチツとシーズンは早う厶りますれど、ここは日当りがよいので、早くも桜が散りかけまして厶ります。さア御案内致しませう』 安彦『それは恐れ入ります』 とイルの後に従ひ珍彦の舘に進み行く。後四人は顔見合せ、頭を掻きながら、 テル『おい、如何だ。サツパリぢやないか。エー、こりや一通りの事ぢやないぞ。屹度俺達にキツーイお目玉を頂戴するのかも知れないぞ』 サール『何、俺達にはチツとも関係はないわ』 テル『貴様はラマ教だから放逐の命令に接したかも知れないぞ。あの御直使がお前の顔を非常に覗いて厶つたぢやないか』 サール『何、そんな事があるものかい。祠の森の受付にサール者ありと聞えたる敏腕家は此男だなアと、感嘆の眼を以て御覧になつて居つたのだよ』 テル『さう楽観も出来ないぞ』 サール『俺の考へでは、如何も高姫の身の上に関してぢやなからうかと愚考するのだ』 イク『そら、さうだ。それに決まつてるわ。兎に角、誰の事でもよい。高姫の事としておけば安心ぢやないか。俺等には、よく勤めたによつて賞状を遣はすと云ふ恩命に預かるのかも知れないぞ、何と云つても、あれだけ八釜し家の高姫に、おとなしく仕へてゐるのだからな』 斯く話す所へ、イルはニコニコしながら帰つて来た。 サール『おい、イル、何ぞよい事があるのか。大変嬉しさうな顔ぢやないか』 イル『ウツフフフフ(声色)某は斎苑の館の教主八島主命の直命により、祠の森を主管する珍彦の館に神命を伝達するものなり。確に承はれ。 一、此度、イル事、義理天上日出神の生宮と現はれし上は、汝をして斎苑の館の総監督に任ずべし。水晶魂の生粋の其方なれば、義理天上日出神の生宮として、決して恥かしくなき人格者也。神命ならば謹んでお受け致されよ。(笑声)ウエーヘエツヘヘヘヘヘ。 一、サールなる者、朝から晩まで事務を忽かに致し酒を呷り管を巻き、イルの命令を奉ぜず、同僚が事務の妨害をなすこと、以ての外の悪者也。故に逸早く鞭を加へて放逐致す可きもの也。イツヒヒヒヒヒ。 一、イク事、サールに次ぐ不届者にしてバラモン教を失敗り、行く所なくして已むを得ず祠の森に座敷乞食を勤むる段、中々以て許し難き不届者なれば、之亦鞭を加へて放逐す可きもの也。 一、ハル事、大胆不敵の曲者にして、頭をハル事此上なき名人なり。否侫人也。斯くの如きもの聖場にあつては神の名を汚し、教を傷つくる事最も大也、且酒癖悪く、上げも下しもならぬ動物なれば、これには箒を以て頭を百打叩き、一時も早く放逐す可きもの也。キユツツツツツ、ウツフフフフフ。 一、テル事、比較的好々爺にして、よくイルの申す事を服従するにより、之は少しく教を説き聞かした上、汝が僕に使用すべきもの也。ウエヘツヘヘヘヘヘ、ホホホホホ、エヘヘヘヘヘ』 テル『こりや、イル、馬鹿にするない』 イル『あいや、決して馬鹿には致さぬ。八島主命の御直命なれば、襟を正して行儀よく承はりなされ』 サール『おい、イル、杢助、高姫は如何だ』 イル『やア者共、騒ぐな騒ぐな、静かに致せ。杢助は誠に以て完全無欠なる悪魔なれば、一刻も早く放逐すべし。又高姫は自転倒島の生田の森に追返すべし。珍彦は一切の事務をイルに引継ぎ、逸早く此場を退却す可きもの也。 右の条々決して相違これあるもの也。オツホホホホホ』 サール『ナーンダ、馬鹿にしてゐやがる。俺の胸が雨蛙の様になりよつた。のうイク、ハル、テル。イルの奴、あまり馬鹿にするぢやないか。一つここらで袋叩きにやつてやらうぢやないか』 イク『そりや面白い、併しながらお直使の御入来だから、まアまア今日は見逃しておけ。おい、イルの奴、貴様は仕合せものだ。今日から、しようもない芸当をやると叩きのばすぞ』 イル『叩き伸ばして太るのは鍛冶屋さまだ。然しながら貴様等も本当に形勢不穏だぞ。確り致さぬと、どんな御沙汰が下るやら分らぬから気をつけたが宜からうぞ。本当の事は俺等には分らぬのだ。初稚姫と珍彦さまが奥の間でソツと御用を承はつて厶るのだ』 イク『成程、大方タ印の事だらうよ。何卒うまく行くといいがな』 イル『あんな奴がけつかると参詣者も碌に詣つて来ないからな。然し小さい声で襖の間から初稚姫の声で、イルさまイルさまと仰有るのが聞えたよ。イヒヒヒヒヒ何か此奴ア、宜い事があるに違ひない。何せよ昨夜の夢が乙だからな。その声を聞くと忽ち俺の胸は躍る、腕は鳴る、俺の精神は生れ変つた様になつて来た。人間は一代に一度や二度は運命の神が見舞ふものだから、此風雲に乗ぜなくちや人生は嘘だ。之からこのイルさまは立派な立派な宣伝使になつて驍名を天下に輝かし、月の国へでも行つて大国の刹帝利になるのかも知れぬぞ。さうすれば貴様らを右守、左守の司に任命してやるからな』 サール『ヘン、梟鳥の又宵企みだらう。初稚姫様が何程イルさまと仰有つたつて、あの男は受付にイルか、要らないものか、或は道楽者だから此処にイル事はイルさまと仰有つたかも分らないぞ。兎も角貴様も用心せないと駄目だ。気をつけよ』 イル『ヘン、何と云つても一富士、二鷹、三茄子と云ふ結構な夢を見たのだからな。こんな夢は出世する運のいいものでなければ、メツタに見られぬからのう』 サール『そんな夢が何いいのだ。よく考へて見ろ。富士の山程借金があつて、如何にも斯うにも首が廻らず、鷹い息もようせず、高姫には喚かれ、箒で叩かれ、又その借金は茄子(済す)事も出来ず、高姫の圧迫に対しても如何とも茄子ことが出来ない貴様は腰抜けだよと天教山の木花姫さまが夢のお告げだよ。アツハハハハハ、お気の毒様、のうイク、ハル、テル、俺の判断は当つとるだらう』 テル『そりや貴様、当るに定つてらア。当一と云ふぢやないか。ウヘツエエエエエ』 斯く話す所へ足音高くやつて来たのは高姫であつた。 高姫『これ、イルさま、お前一寸此方へ来てお呉れ。御用が出来たから』 イル『はい、行かぬ事は厶いませぬが、一体何の用で厶りますかな。御用の筋を承はらねばさう軽々しく行く訳には行きませぬ。此イルさまに畏れ多くも今日只今より、斎苑の館の八島主さまより祠の森の神司と任命されたかも知れませぬぞや。それぢやによつて、今迄のイルとはチツと位が違ひますから、御用があればお前さまの方から、言葉を低う頭を下げて尾をふつて賄賂でも喰はへて御出でなさらぬと、貴女の地位は殆ど砂上の楼閣も同様で厶りますぞや』 高姫『エーエ、辛気なこと。早く来なさらぬかいな。誰も斎苑館から来てゐないぢやないか』 イル『高姫さま、貴女「エー辛気」と仰有いましたね。そら、さうでせう。蜃気楼的空想を描いて、此館を独占せむとする泡沫の如き企みだから、蜃気楼が立つのも無理はありませぬわい。イツヒヒヒヒ』 高姫『エーエ、仕方のない男だな。又酒に酔うてゐるのだな。それならイルは今日限り此処を帰つて貰ひませう。其代りにハルや、一寸私の傍へ来ておくれ。御用を云ひ聞かしたい事があるから。お前は一寸見ても賢かりさうな、よう間に合ひさうな顔付きだ』 ハル『はい、参る事は参りますが、何卒箒で叩かぬやうに願ひますよ。私も国には妻子が残してあり……ませぬから、箒なんかで叩かれちや、まだ持たぬ妻子がホーキに迷惑致し、宅の大切の夫やお父さまを虐待したと云つて悔みますからな』 高姫『エーエ、文句を仰有らずに出て来るのだよ』 ハル『おい、俺が行つたら屹度貴様等ア、首だからな。其用意をして居れよ。然し大抵の事なら、俺の高姫様が信認の力によつて、千言万語を費し、弁護の結果助けてやるかも知れないから、俺の後姿を義理天上さまだと思うて、恭敬礼拝してゐるがよからうぞ。エヘン』 と肩肱怒らし、高姫の後から握り拳を固めて空を打ちながら、一寸後を振り返り、長い舌をニユツと出して四人に見せ、腮をしやくり尻を振り従いて行く。 (大正一二・一・二三旧一一・一二・七北村隆光録)
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霊界物語 50_丑_祠の森の物語2 19 逆語 第一九章逆語〔一三一三〕 高姫の居間には妖幻坊の杢助、高姫両人、六ケしい顔をして上座に坐り、ハルをつかまへて油をとつてゐる。 妖幻(妖幻坊の杢助)『オイ、ハル、今表口に参つて何かゴテゴテ申して居つたのは何者だなア』 ハル『ハイ、何でも厶いませぬ。只道通が一寸受付へ立寄つたので厶います』 妖幻坊の杢助『馬鹿を申せ。其方は吾々に隠し立てをするのだなア。斎苑の館から直使が来たのであらうがな』 ハル『ハイ、エエ、それは、みえました。併しながら決して吾々に対して、御用もなければ何とも仰せられませぬ』 妖幻坊の杢助『珍彦館へ其方は案内をしたであらうがなア。様子は大抵知つて居るだらう』 ハル『ヘーエ、イルに……イン、承はりますれば、此館の総取締にイルを致す………とか云ふお使ださうで厶います』 妖幻坊の杢助『高姫や此杢助を放逐すると申して居らうがな』 ハル『エー、そんなこた、一寸も存じませぬ。併しながら朝晩の御給仕もせず、酒ばかり呑んでる人物に対しては、どういう御沙汰が下つたやら分りませぬな。直接私は何にも聞かないものですから、かう申したと云つて、決して之が事実だか事実でないか、保証の限りで厶いませぬ。併し何だか妙な空気が漂うてゐますで。何と云つても杢助さまともあらうものが、スマート如きが怖いと仰有るものだから、ヘヘヘヘヘ、皆の連中がチヨコチヨコと噂を致して居ります。それより外は何も厶いませぬ。これは一文生中の掛値もない、ハルの真心を吐露したので厶いますから、此上の秘密は何も存じませぬ』 妖幻坊の杢助『馬鹿を申せ。まだ外に何か秘密があるだらう。今の言葉から考へてみれば、貴様等は申合せ、此方や高姫の悪口を申して、斎苑の館へ手紙をやつたのであらうがなア。それでなければ直使が出て来る筈がないぢやないか。なに頭を掻いて居るのだ、ヤツパリ都合が悪いとみえるな。コリヤ白状致さぬか』 とハルの襟首をグツと取り、剛力に任せて、座敷の中央に突き倒し、一方の手でグツと押へ、一方の荒い毛だらけの手に拳骨を固めて振上げながら、 妖幻坊の杢助『コリヤ、白状致せばよし、隠し立てを致すと、此鉄拳が其方の眉間へ触るや否や、其方の脳天は木端微塵になるが、それでも白状致さぬか』 ハル『イイ痛い痛い、アア誰か来てくれぬかいな、お直使様、早く、来て下さるといいにな、イイ痛い痛い』 妖幻坊の杢助『サ、痛くば早く申せ。白状さへすれば許してやらう』 ハル『ハハ白状せと云つたつて、種のない事が白状出来ますか』 高姫『コレ、ハルさま、お前は五人の中でも一番利巧な男だ。それだから私がお前をイルの野郎の代りに受付頭にして上げたぢやないか。これ程私がお前をヒイキにして居るのに、なぜ隠し立てをなさるのだい。サ、早く言つてみなさい。決してお前さまの為に悪いやうにはせないからな』 ハル『高姫さま、そんな無茶な事、あなた迄が言つて貰つちや、此ハルが何うして立ちますか。よい加減に疑を晴らして下さいな』 妖幻(妖幻坊の杢助)『此奴は何処までもドシぶとい、まてツ、今に思ひ知らしてやらう、サどうぢや』 と又もや拳骨を固めて、力限りに打下さうとする一刹那『ウーウー、ワツウワツウワツウ』とスマートの声、妖幻坊は体がすくみ、色青ざめ、其儘ツイと立つて自分の居間に逃げ帰り、蒲団を被つて慄うてゐる。スマートの声は益々烈しくなつて来た。 高姫は少々慄ひながら、 高姫『コレ、ハルさま、お前はいい子だ。本当に様子を知つて居るだらう。サ、チヤツと言うてくれ、其代り、お前をここの神司にして上げるからなア』 ハル『ハイ、お前さま、用心しなされ。どうやら立退き命令が来たやうな按配ですよ』 高姫『ナアニ、立退き命令が、そりや誰に、大方珍彦にだらう』 ハル『冗談云つちやいけませぬよ。珍彦さまはここの御主人です。お前さまは勝手に義理天上だとか云つて坐り込み、自分免許で日出神の生宮と威張つてゐるのでせう。それだからお前さまに立退き命令が来るのは当然ですワ』 高姫『エーエ、まさかの時になつて、杢助さまも杢助さまだ。スマート位な畜生が、何程厭だと云つても、こんな正念場になつてから、自分の居間へ這入つて寝て了ふといふ事があるものかいなア』 ハル『ヘン、誠にお気の毒様、すんまへんな。何れ、悪は永うは続きませぬぞや』 高姫『エーエ、お前迄が、しようもない事を云ふぢやないか。サ、とつとと出ていつて下さい。この館は仮令直使が来うが何が来うが、日出神の生宮が守護して居れば、誰一人居らいでもよいのだから、何奴も此奴も放イ出してこまそ。グヅグヅしてると先方の方から立退き命令なんて吐しやがるから、先んずれば人を制すだから此方の方から立退かしてくれるツ』 と珍彦館をさして行かむと立ち上る。そこへ安彦、国彦はイル、サールに案内され、襖をサツと開いて這入つて来た。 イル『エ、もし直使様、ここが所謂義理天上の居間で厶います。何卒早く立退き命令を申し渡して下さい。コリヤ高姫、ザマア見やがれ、イヒヒヒヒ、誠に以てお気の毒千万なれど、今日限りだと思うて、諦めて帰んだがよいぞや。油揚の一枚も餞別にやりたいけれど、生憎今日は油揚も小豆もないワ。サツパリ、コーンと諦めて、ササ、帰つたり帰つたり』 高姫『エー喧しい、スツ込んでゐなさい。ここは義理天上日出神の神界から命令を受けて守護致す大門ぢやぞえ。そして直使といふのは誰だなア』 安彦『ヤア高姫殿、久しう厶る』 国彦『拙者は国彦で厶る。此度、斎苑の館より一寸様子あつて参拝致した者で厶る。境内の様子を見む為、此処まで調査に来たのですよ。そして直使の趣は珍彦に申渡しあれば、やがて其方に対し、何とか沙汰があるであらう』 高姫『ヘン、阿呆らしい、人民の命令位、聞くやうな生神ぢやありませぬぞや。勿体なくも高天原の霊国の天人、義理天上日出神の生宮ぢやぞえ。此肉体は常世姫命の再来で、変性男子の御系統だ。何と心得てござる。……ヤアお前は北山村の本山へやつて来て、トロロの丼鉢を座敷中にブツつけた、国公ぢやないか。そしてお前は安だらう。ヘン、阿呆らしい、直使なんて、笑はせやがるワイ、イツヒヒヒヒ、大きに憚りさま。これなつと、お喰へ』 と焼糞になつて、大きなだん尻を引きまくり、ポンポンと二つ三つ叩き、体を三つ四つゆすり、腮をしやくり、舌をニユツと出し、両手を鳶が羽ばたきしたやうにしてみせた。 安彦『仮令、拙者は神力足らぬ者にもせよ、天晴三五教の宣伝使、今日は又八島主命様より直使として参つた者で厶る。粗略な扱をなさると、斎苑の館へ一伍一什を申し上げますぞ』 高姫『ヘン、仰有いますわい。八島主の教主が何だ。青い青い痩せた顔しやがつて、まるで肺病の親方みたやうな面をして、此方に立退き命令、ヘン、尻が呆れて雪隠が躍りますワイ。お茶の一杯も上げたいは山々なれど、左様な分らぬ事を云ふ奴さまには、番茶一つ汲む訳には行きませぬワ。サア、トツトとお帰りなさい。高姫は斯う見えても、斎苑館の総務杢助の妻で厶るぞや。何程安や国が立派な宣伝使だと云つても、吾夫杢助の家来ぢやないか。今こそ杢助様は様子あつて役を引いて厶るが、ヤツパリ御神徳は三五教切つての偉者だ。どうだ両人、義理天上の申す事を聞いて改心を致し、此方の部下となつて、此処で御用を致す気はないかな』 国彦『安彦殿、困つた者で厶るな。論にも杭にもかからぬでは厶らぬか』 高姫『コリヤ与太、ソリヤ何を云ふのだ。勿体なくも日出神の生宮を目下に見下し、直使面をさげて、馬鹿らしい、何を云ふのだい。弥次彦、与太彦の両人奴、又一途の川の出刃庖丁を、土手つ腹へつつ込んでやらうかな。あの時は黒姫と二人だつたが、モウ、今日は神力無双の勇士、杢助さまの女房ぢやぞ。何だ、糊つけもののやうに、しやちこ張つて、其面は、マアそこに坐つたが宜からう』 隣の間にウンウンと唸る妖幻坊の声、耳をさす如くに聞えて来る。 イル『モシお直使様、こんな気違ひは後まはしと致しまして、杢助の居間を取調べませう、何だか唸つて居るやうですよ』 安彦『ヤ、国彦殿、エー、サール殿とハル殿と三人、此発狂者を監督してゐて下さい。拙者は杢助と称する人物の正体を見届けて参りますから』 と行かうとする。高姫は両手を拡げて、 高姫『コリヤコリヤ安、イヤ弥次彦、イル、メツタに義理天上さまの許しもなしに、行くことはならぬぞや。さやうな事を致すと、忽ち手足も動かぬやうに致すから、それでもよけら、行つたが宜からう』 イル『モシ直使様、行きませう。此婆は何時もあんなこと言つて嚇しが上手ですからなア』 安彦『なる程、参りませう』 と次の間の杢助の居間をパツとあけた。杢助は樫の棒を頭上高くふりかざし、力をこめてウンと一打、今や安彦の頭は二つに割れたと思ふ一刹那、床下より響き来るスマートの声、 スマート『ウーツ、ワアウワアウワアウ』 杢助は忽ち手痺れ、棍棒をふり上げた儘、一目散に裏の森林指して、雲を霞と逃げて行く。高姫は矢庭に杢助の居間に入つて見れば藻抜けの殻。 高姫『コレ杢助さま、何処へ行つたのだい。卑怯未練にも程があるぢやないか、サ早く帰つて下さいな。エーエ、何と云ふ気の弱い人だらう、本当に優しい人は、こんな時になると仕方がないワ。併し無抵抗主義の三五教だから、相手になつてはならない。こんな奴に掛り合うて居つたら、カツタイと棒打ちするやうなものだと思つて、逃げなさつたのかな。兵法三十六計の奥の手は、逃げるが一番ぢやといふ事だ。ヤツパリ杢助さまは、どこともなしに賢明な方だなア。到底ここらに居るガラクタには比べものにはなりませぬワイ。日出神も杢助さまには感心致したぞや。コレ弥次彦、与太彦、どうだい。感心したかい。チツトお筆先を頂いたらどうだい。結構なお筆先が出てるぞや。此イルも知つて居る通り、一字々々文字が動くのだから、そして正体を現はして竜となり、天上をするといふ生きたお筆先ぢやぞえ。どうだ、折角此処まで来たのだから、頂いて帰る気はないか。頂くというても筆先は直筆でも写しでもやりませぬぞや。お前の耳の中へ容れて帰ればいいのだから……』 安彦『ああ困つたものだなア、上げも下しもならぬ奴だ。阿呆と気違ひにかかつたら、どうも手のつけやうのないものだ』 高姫『ヘン、お前もお筆先をチツとは頂いてをるだらう。変性男子様が……阿呆になりてをりて下されよ。此方は三千世界の大気違ひであるぞよ。気違ひになりて居らねば此大望は成就致さぬぞよ。此方は誰の手にも合はぬ身魂であるぞよ。鬼門の金神でさへも往生致すぞよ。中にも義理天上日出神の神力は艮の金神も側へもよれぬぞよ。結構の身魂が世におとしてありたぞよ。余り神を侮りて居りたら、赤恥をかいて、大きな声で物も言へぬぞよ。日出神を地に致して三千世界の御用をさしてあるぞよ。何も知らぬ人民が、ゴテゴテ申せど、何も心配致さいでもよいぞよ。訳の分らぬ人民からいろいろと申されるぞよ。それを構うて居つたら御用が勤まらぬぞよ。神はいろいろと気をひくぞよ。トコトン気を引いて、これなら動かぬ身魂と知りぬいた上、誠の御用に使ふぞよ……といふ事をお前達は知つて居るかい。知らな言うてやろ、そこに坐りなさい。あああ一人の霊を改心ささうと思へば、随分骨の折れた事だわい。誠を聞かしてやれば面をふくらすなり、ぢやと申してお気に合ふやうなことを申せば、すぐに慢心を致すなり、今の人民は手のつけやうがないぞよ。神も誠に声をあげて苦しみて居るぞよ。中にも与太彦、弥次彦のやうな八衢人間が、善の面をかぶりて、宣伝使などと申して歩く世の中だから、困つたものであるぞよ。八島主命も言依別命も、学で智慧の出来た途中の鼻高であるから、霊国の天人の霊の申すことはチツとも耳へ入らず、誠に神も迷惑致すぞよ。これから義理天上の肉宮が、斎苑の館へ参りて、何も彼も根本から立替を致してやるぞよ。そこになりたら、今まで偉さうに申してをりた御方、首尾悪き事が出来るぞよ。神の申す中に聞かねば、後になりて何程苦しみ悶えたとて神は聞き済みはないぞよ。改心が一等ぞよ。神は人民が助けたさに夜の目もロクによう寝ずに、苦労艱難を致して居るぞよ。神の事は人民等の分ることでないぞよ。早く帰つて下されよ。四つ足霊がウロウロ致すと、神の気障が出来るぞよ。早く帰つて下されよ』 とのべつ幕なしに大声で呶鳴り立て、安彦、国彦の直使を烟にまいて了つた。 (大正一二・一・二三旧一一・一二・七松村真澄録)
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霊界物語 51_寅_浮木の森の曲輪城 01 春の菊 第一章春の菊〔一三一六〕 足曳の四方の山々春めきて冬枯れしたる梢まで 芽含みそめたる春景色瞬き初めし陽炎の 彼方此方にキラキラと閃めき渡り天国の 御苑も今や開けむと思ふべらなる小北山 小鳥は歌ひ胡蝶舞ひ吹き来る風も何となく ボヤボヤボヤと肌ざはり長閑な庭に立出でて お菊、お千代の両人は咲き誇りたる白桃の 木蔭に戯れヒラヒラと袖翻す胡蝶の遊び 同じ腹から生れたる姉妹の如睦じく 互に愛し敬ひて他所の見る目もいと清く 羨ましくぞ思はれぬかかる所へ急坂を スタスタ登り来る男女雲突く許りの荒男 年増女を引連れ大門の広庭指して現はれぬ。 妖幻坊の杢助、高姫両人は、お菊、お千代の桃の木の下に胡蝶を追ひ、睦じげに遊び戯るるを見て、 高姫『コレ、お前さま達二人は此お館に参拝して厶るのかい』 お菊『どこの小母さまだか知らぬが、ようお参りやしたなア。サ案内して上げませう』 高姫『案内はして貰はなくても、盲ぢやありませぬ。受付位はよく分つて居るのだから……併し私の尋ねたのは、お前は此処の信者か、但は誰か役員の娘か、それが聞きたいのだ』 お菊『それでも小母さま、其大きな男の人、頭を括つてゐるぢやないか。私は又目でも悪いのかと思つたのよ。さう偉さうに、年老りだてら、娘を掴まへて理窟を言ふものぢやありませぬぞえ。ここへ詣つて来る人は皆おとなしい人ばかりだよ。お前さまのやうに、いきなり口を尖らして、理窟がましい事を云ふ人は今が始めてだ。ホンにまア好かぬたらしい小母さまだこと。アタ阿呆らしい、お千代さま、放つといてやりませうかな』 千代『それでもお菊さま、ここへお出になるお方はどんな方でも、鄭重に取扱はねばならないと、魔我彦さまが仰有つたぢやありませぬか』 高姫『ナニツ魔我彦が、ヤツパリ此処にくすぼつてゐよつたのだな。ドレドレ調べて来う。どうせ碌な奴ア居らしようまい。ここは日の出神の生宮に神様からお与へなさつたお館だ。サ杢助さま、私に跟いてお出でなさい』 と受付に立現はれ、高姫は横柄な顔しながら、稍軽蔑気味な声を出して、 高姫『ヘー、御免なさい、一寸物を尋ねます。一体此処には何といふ方が大将をしてゐられますかな』 受付で切りに日の出に松を描いてをつた文助は、絵筆の手を止めて、朧げな目で少しく首をかたげ顔を覗く様にして、 文助『お前さまは、どつかに聞覚えがあるやうなお声だが、何方で厶いましたかな』 高姫『何方も此方もあるものか、義理天上日の出神の生宮の高姫ぢやぞえ。お前は文助ぢやないか。マアマア御壮健でお目出度う』 文助『ヤ、高姫様で厶いましたか。これはこれは久振でお目にかかります。貴女は斎苑の館へ此頃は御越しと承はり、大変な御出世を遊ばしたといふ事で厶います。ヤ、お目出度う厶います。ようマア立寄つて下さいました。そして何処へお出になります?』 高姫『立ち寄つたのぢやない、義理天上の命令によつて、小北山の教祖として来たのだ。サアサア是から何もかも、私の云ふ事を聞くのだよ』 文助『ハテ、妙な事を承はります。此お館は一切斎苑の館の八島主命様の御管掌なれば、貴女様が此処へお越しになるのなれば、前以て御通知があるべき筈になつて居ります。又此館の教主として御出で下さるのなれば、此方にもそれ相当の歓迎準備もせなくてはなりませぬが、何と又火急な事で厶いますなア。教主様の松姫様もヨモヤ御存じは厶いますまい。それでは私もかうしては居られない。御報告を申し上げねばなるまい。一寸待つて下さい。教主様に此由を申上げて来ますから……』 高姫『ナニ、松姫が教主となア。あれは私の家来で、お前も知つてゐる通り、高城山をかまはして居つたのだが、彼奴は腰の弱い奴だから、お節の玉能姫に誤魔かされ、ウラナイ教を捨てて三五教に降参した奴だ』 文助『モシ高姫さま、貴女だつて、三五教の宣伝使ぢやありませぬか。貴女が率先して黒姫さまと一緒に、三五教へ改心帰順なさつたでせう。それだから松姫さまだつて、帰順遊ばすのが当然ぢやありませぬか』 高姫『ホホホホ、そりやさうだ。併しこれは、一寸副守護神が、あんな事を云つたのだよ。此高姫は義理天上日の出神様の、いよいよ身魂の因縁が分つて来ました。高天原の最奥霊国の天人様だ。そして此高姫は稚桜姫命の御系統、常世姫の肉宮だぞえ』 文助『ヤ、そんな事は、耳がタコになる程承はつて居ります。サ、何卒教主館があいて居りますから、そこで一服して下さいませ。其間にいろいろの準備をせなくちやなりませぬから……エー、そして、高姫様、貴女の後に立つて厶るのは、影法師か、但はお連れの方か、私には目が悪くつて分りませぬが、人間なら人間と仰有つて下さいませ』 高姫『ヘン、馬鹿にしなさるな、お前さまのやうな人間とはチツと違ふのだよ。畏くも斎苑館の総務、時置師神又の名は杢助様で厶るぞや。サ、早くお出迎へをなされ、粗忽があつては貴方のお為になりませぬぞえ』 文助『それはそれは、存ぜぬ事とて、誠に御無礼を致しました。此頃は相当に参拝者も厶いますので、斯様な所で御話して居つてもつまりませぬ。サ、教主館へ御案内を致しませう』 妖幻『拙者は噂に高き三五教の三羽烏、杢助で厶います。以後御見知りおかれまして、宜しく御交際を願ひませう』 文助『ハイ、それはそれは、自己広告を承はりまして、尊き杢助様を拝まして戴きました。併し杢助様は三五教切つての言霊の清らかな御方と承はりましたのに、大変なダミ声ぢや厶りませぬか。どうも私には、失礼ながら、イー心の底から尊敬の心が起つて参りませぬ。守護神が腹の中から、違ふ違ふ、と申します。もし間違ひましたら御免下さいませ』 高姫『コレ、文助、何といふ失礼千万な事を云ふのだい、杢助様は、此頃一寸お風邪をめしてお声が変つてゐるのだよ。お前だつて風邪ひいた時にや、満足に祝詞もあがらぬぢやないか』 文助『イヤ、どうも恐れ入りました。それなら、之から教主館へ御案内致します。何卒御神殿で御拝礼をなさつて下さいませ。其間にチヤンと座敷を片付けて用意を致しますから』 高姫は神殿に行くのが、どこともなしに恐ろしいやうな、内兜を見すかされるやうな気分がして気が進まなかつた。そこで又例の詭弁を弄し始めた。 高姫『コレ、文助さま、最前も云つた通り、義理天上日の出神は霊国の天人ぢやぞえ、祭典をしたり拝礼をしたりするのは天国の天人のする事だ。それから又お前たちのやうな八衢人間が、助け給へ救ひ給へと、祈る為に拝礼をしたり、お祀りをするのだよ。吾々は教を伝へるのがお役だ。それぞれ身魂の因縁性来によつて御用が違ふのだからな』 文助『それでも貴女、今迄は一生懸命にお祀りもなさつたり、朝も早うから御祈願を遊ばしたぢやありませぬか』 高姫『それはきまつた事だよ。よく考へて御覧なさい。蛙の子のお玉杓子だつて、鯰の子だつて、小さい時にはヤツパリ同じ姿をして居りませうが。此高姫もお玉杓子の時は、蛙の子と同じやうに、人並に拝礼をしなくちやならぬぢやないか。けれども日日が経つと、同なじ形のお玉杓子でも、霊の性来によつて、手が生え足が生え、糞蛙になる霊と、大きな鯰になる霊と立て別れるぢやないか。例へて言へば、お前はお玉杓子の出世した蛙だ。此高姫は鯰ぢやぞえ。鯰は地の底に居つて、尻尾をプイと掉つても、此大地がガタガタと動くのだ。其因縁がハツキリと分つたのだから、今迄の高姫と同じ様に思うて貰ふと、チツと了簡が違ひますぞや、なア杢助さま、三五教にはかふ言ふ分らぬ受付が居るのですからな、困つたものですよ』 妖幻『さうだなア、ロクな男は一人も居ない。これでは三五教も駄目だ。一つお前が此処で奮発して一働きせなくちや駄目だ。オイ文助殿、これから杢助がここに暫らく出張して、事務を調査し監督致す、そして高姫は筆先の御用を致すによつて、何事も其命令に服従するのだぞや』 文助『ハイ有難う厶います。併しながら此館は変性男子様のお筆先を以てお神徳を頂くやうになつて居りますから、もう日の出神様のお筆先は必要がないかと心得ます』 高姫『オツホホホホ、訳の分らぬガラクタばかりぢやなア。変性男子のお筆先は余りアラごなしで、お前達を始め、人民の腹へは入りにくいによつて、此度誠生粋の水晶霊の根本の日の出神様が、お筆先を書いて、細かう御知らせなさる世が参りたのだぞえ、此筆先を読まなくては、誠の五六七神政は成就致しませぬぞや』 文助『さうかも存じませぬが、私は松姫様の御意見に従はねばならぬ事になつて居りますから、何卒松姫さまにお会ひになつたら、貴女より詳しく其由を仰有つて下さいませ』 高姫『成程お前としては無理もない。さうすれば之から松姫にトツクリと言ひ聞かしてやりませう、サ、兎も角館へ案内して下さい』 文助『承知致しました。サ、かう御出でなさいませ』 と早くも足駄をはいて、杖をつきながら、五六間より隔つてゐない庭を跨げ、蠑螈別、お寅の住まつてゐた教主館へ案内した。 お菊は三人の姿を見て、 お菊『コレ文助さま、そんな喧しい小母さまを、こんな所へ連れて来るのはイヤよ、大広間へ連れて行つて鎮魂をして、四足の霊をのけて上げて下さい。何だか知らぬが、エライ物が憑いてゐますよ』 文助『ハハハハ、どうも仕方のない娘さまだな。モシモシ高姫さま、何卒気にして下さいますな。此方は一人娘で気儘に育つて厶るから、人さまにあんな事を仰有るのです。何卒若い人の云つた事だから、お咎めなく許して下さいませ』 お菊『許していらぬよ。此処は私の留守を預つて居る所だ。お母さまや魔我彦さまがお帰りになるまで、誰も入れることはならぬのだから、帰つて下さい』 文助『そりやさうで厶いますが、此方は又特別のお方だ。お前さまがいつも、それ、憧憬して居つた、ウラナイ教の教主様の高姫さまだぞえ。サアサア、叮嚀にお辞儀をして、御無礼のお詫をするのだよ』 お菊『聞くと見るとは大違ひだネー。蠑螈別さまも、こんな品格のない、ヤンチヤ婆アさまを可愛がつてゐたのかと思ふと、可笑しいワ、ホツホホホホ。モシ蠑螈別さまのレコさま、生憎、来て下さつたけれど、蠑螈別さまは不在なのよ。会ひたけりや浮木の森へ御出なさい。万緑叢中紅一点のお民さまといふ、あたえのやうな別嬪と、手に手を取つて駆落しましたよ。そして、何時も高姫々々と寝言をいつたり、お酒を呑んで朝顔のチヨクを口へあて、これが高ちやまの口によく似てると云つてはキツスをしたり、うちのお母さまと掴み合の喧嘩をしたり、鼻を捻られたり、それはそれは面白い事だつたよ』 高姫『ナニ、蠑螈別がお民といふ女と駆落した?ヤ、其奴は大変……』 といひかけて、杢助の側に居るのに気がつき、 高姫『ホホホホ、何とマア面白い話を聞かして貰うたものだ。高姫といふ名は私ばかりぢやない。広い世間には沢山あるからな、ソリヤ人違ひだ。此高姫とは違ひますぞや』 お菊『それなら、お前は蠑螈別のお師匠さまではないのだなア。ウラナイ教の元を開いた高姫さまとは違ひますね。此小北山は今では三五教だけれど、それまではウラナイ教の神様ばかり祀つてあつたのよ。其ウラナイ教の根本の教祖は高姫さまだと云つて、私達も朝から晩まで、御神体を拵へてお給仕をしてゐたのよ。其高姫さまと違ふのなら、こんな所へ来る資格はない。サアサアトツトと出て下さい』 妖幻『ハハハハ高姫も随分色女だなア、蠑螈別の男つ振りを、此杢助に見せびらかさうと思つて、此処迄つれて来たのだなア。イヤもう其凄い腕前には感心致した。ヤこれで、お前の心もスツカリ分つた、高姫、これまでの縁だと諦めてくれ、左様なら……』 と踵を返し帰り行かむとする気色を見せた。高姫は慌てて袖を控へ、涙を流して、 高姫『コーレ、杢助さま、短気は損気だ、一寸待つて下さい。之には言ふにいはれぬ訳があるのだから……』 妖幻坊の杢助『イヤ、訳を聞くには及ばぬ、何もかもスツクリと判明致した。イヤ杢助は馬鹿だつた。よくマア今まで嬲つて下さつた。眉毛をよまれ、尻の毛の一本もないとこまで、金毛九尾さまにぬかれて了つたかと思へば残念だ。千言万語を費しての弁解も、俺には何の効能もない。高姫、左様ならば……』 と袖ふり切つて行かうとする。 高姫は妖幻坊の足に確かとしがみつき、一生懸命の泣き声を出して、 高姫『コレ杢助さま、短気は損気ぢや、一通り私の云ふ事を聞いて下さい。今となつてお前さまに捨てられて、どうして五六七神政の御用が出来ませうか、義理天上日の出神がお願ひ致します』 お菊は手を拍つて、 お菊『ホツホツホ、雪隠の水つき、婆浮きぢや、イヤイヤ婆泣きぢや。面白い面白い、こんな所をお千代さまに見せて上げたいのだけれどなア。お千代さま、又何処へ行つたの、まるで蠑螈別さまとお母さまとの喧嘩のやうだワ、ホツホツホー』 妖幻坊はお菊の声に、何と思うたか、後ふり返り、二歩三歩近寄つて、 妖幻坊の杢助『ハハハハ、子供は正直だ、面白い面白い。コレお菊さまとやら、蠑螈別の素性から高姫の関係、お前は知つとるだらうな、どうか緩りと聞かして貰ひたいものだ』 お菊『詳しい事は知らないよ。何時も蠑螈別さまとお母さまとが酒を呑んで、喧嘩ばかりしてゐたのよ、其時の話を聞いたばかりだ。高姫さまの顔を、まだ見た事がないのだから分らないワ。其高姫さまはお人が違ふと仰有つたが、口許が朝顔の盃によく似て、唇が妙に反り返り、曲線美をうまく発揮してゐるワ。ホホホ可笑しい顔だネー、コレ小父さま、お前、そんな婆アさまが好きなの、イツヒヒヒヒ、エエ物好だねえ。ドレ是から松姫様に面白い門立芸者が出て来て、いま一幕活劇を演じてゐる、之からが正念場だから……と云つて知らして来う、お千代さまもキツと喜ぶだらう』 と云ひながら、逃げるやうにして二百の階段を登つて行く。 文助『皆さま、何卒気にさへて下さいますな。あの子はお寅さまの娘で、どうにもかうにも仕方のない、侠客娘と綽名を取つてるオキヤンですから、あんな子の云ふ事を耳に入れて居らうものなら、腹が立つて仕方がありませぬ。何時も受付へ出て来て、私の目が悪いのをつけ込み、首に手拭を引掛けたり、ソツと出て来て耳を引張つたり、鼻を摘んだり、熱い茶と水とをすり替へたりして、手を叩いて喜んで居る悪戯盛りだから、何卒貴方等も、広き心に見直し聞直し、許してやつて下さいませ』 妖幻『ハハハハ、何と面白い子だなア。そんな子なら、甘く仕込んだら、すぐに改悪するだらう』 高姫『コレ杢助さま、何と云ふ事を仰有る、改悪するだらう……なんて、チツと心得なさらぬか、なぜ改善するだらうと仰有らぬのだい』 妖幻坊の杢助『改悪といふことは悪を改むる事だ。悪を改むれば善になるぢやないか。改善といふことは善を改むる事だ。善を改むれば悪になるぢやないか』 高姫『成程、さうすると、今迄三五教で言つてゐたのは逆様だつたなア。ハハー、アアそれで分つた、義理天上さまが素盞嗚尊の行り方は駄目だと仰有つたのは……其事だ、流石は杢助さまは偉いわい、改悪と云つたら無上の善だ。之から一つ言霊を改めねばなるまい。流石は高姫の夫だけあつて、仰有る事が違ふワイ。ホホホホ、時置師の大神様、イヤもう、流石の義理天上も感服仕りました。コレコレ文助殿、お前は結構なおかげを頂きましたなア。改悪の因縁が分つたかい』 文助『ハイ、貴女等の仰有る事は余り六つかしうて、文盲な吾々には、どうも解釈が出来ませぬ。何と云つても、逆様の世の中で、悪が善に見えたり、善が悪に見えたりする世の中ですからなア、改悪……否皆目分りませぬ』 高姫『さうだろさうだろ、お前は眼目からして分らぬのだから、皆目分らぬといふのは無理はない、今までは改心といふは善い事、慢心と云ふは悪い事と思うて居つたが、ヤツパリ之も逆様だつた。なア杢助さま、さうぢやありませぬか』 妖幻坊の杢助『ウンさうだ、お前の云ふ通りだ』 高姫『何と義理天上さまも偉いワイ。ヤ、此筆法でゆけば凡ての解決がつく。三五教は善に見せてヤツパリ悪の教だつた。何もかもスカタンばかり言つて、吾々を誤魔化して居つたのだな……義理天上日の出神様、有難う厶います。……コラ金毛九尾、貴様も其積りで、これから活動するのだぞ』 と小声に囁いてゐる。 かかる所へ最前のお菊は慌しく帰り来り、 お菊『高姫さま、松姫様に申上げましたら、大変にお喜びやして、どうか鄭重に、お酒でも出してもてなして上げて下さい。今一寸御用の最中だから、御用済み次第御挨拶に行きますと云つてましたよ。コレ文助さま、徳さまと初さまとを呼んで来て、お酒の用意をさすのだよ』 文助『それなら、これから徳と初とに御飯やお酒の準備をさせますから、一寸待つてゐて下さい』 とまたヨボヨボと受付さして帰り行く。 高姫『コレ杢助さま、松姫といふのは私の弟子だから、一寸も遠慮はいりませぬよ。マ、ゆつくりと寛いでお酒でもあがつて下さい。お気に入りますまいが、此義理天上がお酌をさして頂きますから、ホホホホホ余り憎うもありますまい』 妖幻坊は俄に機嫌を直し、赤い尖つた口をあけて、 妖幻坊の杢助『オツホホホホ』 高姫『何とマア。俄に尖つた口をして、アタ厭らしい。そして、赤い口だこと』 妖幻坊の杢助『ウツフフフフ』 (大正一二・一・二五旧一一・一二・九松村真澄録)
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霊界物語 51_寅_浮木の森の曲輪城 02 怪獣策 第二章怪獣策〔一三一七〕 初、徳の両人は種々と馳走を拵へ、酒を沢山に燗して二人の前に恭しく並べた。 初『私は此お館の新役員で厶います。魔我彦様にお引立に預りまして、つい此間から幹部に選定されました。今迄はウラル教の信徒で厶いましたが、余り此お館にお祀りしてある神様の御威勢が高いので、ついお参りする気になり、信者として四五日籠つてる中、抜擢されまして、今では魔我彦様の御用を聞いて居ります。炊事なんかするやうな地位では厶いませぬが、今日は特別を以て、文助様の御命令により、料理法の粋を尽して拵へて参りました。どうでお口には合ひますまいが、何卒一つ召上つて下さいますやう御願ひ致します。たまたまのお越し故、可成山海の珍味を以て献立がしたいので厶いますが、余り俄かのお出で材料が欠乏致し不都合で厶います』 高姫『ヤ、お前は魔我彦の家来かな、成程、下り眉毛の、一寸面白い顔だな。之から此高姫が此処の教主だから、其積りで居つて下さい。そしてここの信者は幾ら程あるかな』 初『ヘーお初にお目にかかつて、顔の批評までして頂きまして、イヤもう感服致しました。まだ新任早々の事で、ハツキリは分りませぬが、トツ百ばかり、あるとか、ないとか言ふことで厶います。魔我彦さまも、この調子なら、今にパツ百人ほど殖えるだらうと申して居りました。貴女は噂に……イ……高き、ダカ姫さまで厶いますかな。どうもよくお出で下さいました。そして立派な男様は貴女様の御主人でゐらせられますか、どうも御夫婦打揃ひ、御出張下さいました段、やつがれ身にとりまして、恐悦至極に存じ奉りまする』 高姫『何と面白い男だなア、ヤ御馳走さま、これからお腹もすいたなり、一寸くたぶれたからゆつくりと頂きませう』 初『私で宜しう厶いますれば、一寸お酌をさして頂きませうかな。私も余り、飲めぬ口でも厶いませぬから……』 高姫『ヤ、結構で厶います、何れ用があつたら、此鈴をふりますから来て下さい』 初『承知致しました、それぢやお菊さまにお給仕をして貰ひませう』 お菊『コレ初さま、厭だよ、誰がこんな小父さまや小母さまのお給仕するものかい。私がお給仕するのは万さまだよ。イヒヒヒ、すみませぬなア、お構ひさま』 妖幻『オイお菊とやら、此杢助に一つ注いではくれまいか。お前の若い手で注いで貰ふのは、余り気持が悪うはない。高姫さまといふ天下一の別嬪さまがついて厶るのだから可いやうなものの、又変つたのも、此方の気が変つていいかも知れない』 お菊『いやですよ、之からお千代さまと遊んで来なならぬワ、待合の酌婦ぢやあるまいし……御夫婦さま仲よう、シンネコでお楽しみ……御免よ』 と逃げるやうにして、腮を三つ四つしやくりながら、肩をあげ首をすくめ、両手を前へパツと開き揃へ、 お菊『イツヒヒヒ』 と胴までしやくつて、飛出して了つた。後に二人はイチヤイチヤ言ひながら、酒を汲みかはし始めた。 高姫『コレ杢助さま、松姫だつて、文助だつて、中々さう易々と服従するものぢやありませぬよ。口先では立派な事言つて居つても、心の底は容易に帰順致しませぬよ。あのお菊だつて、中々手に合はぬぢやありませぬか、此奴は一つ、何とか工夫をせなくちやなりませぬよ』 妖幻坊の杢助『兎も角、あの初と徳とを此処へ呼んで、酒でも飲ませ、腸までよく調べて、其上でこちらの味方を拵へておかねば、駄目だと思ふ。何程お前が義理天上だと云つても、杢助だと云つても、松姫の外、俺の顔を知つた者はないのだからな』 高姫『ソリヤさうですな、それなら一つ、初と徳を呼んで酒を飲ましてやりませうかい』 妖幻坊の杢助『ウン、それが可い、就いては、あのお菊も此処へよせて、酌をさせるがよからう。さうでなくちや、彼奴、一すぢ縄ではいかぬ奴だから、甘く手の中へ丸めておく必要があらうぞ』 高姫『貴方は又、お菊に秋波を送つてゐるのですか、エーエ油断のならぬ男だなア、それだから義理天上さまが、お前を目放しするなと仰有るのだ。本当に気のもめる男だな。私の好く人、又人が好く……といふ事がある。こんないい男を夫に持つと、此高姫も気のもめる事だワイ』 妖幻坊の杢助『まるで監視付だなア、高等要視察人みたいなものだ。あああ、こんな事なら、今までの通り、独身生活をして居つたらよかつたに、娘の初稚姫にだつて、何だか恥しくつて、顔さへ合されもせないワ。娘どころか犬にさへ恥しいやうだ。それだから、俺はあの犬は嫌といふのだ』 高姫『お前さまは、二つ目にはいぬいぬと仰有るが、何程いぬと云つても、綱をかけたら帰なしはせぬぞや。いぬなら帰んでみなさい。仮令十万億土の底までも探し求めて、お前さまの胸倉をグツと取り、恨をはらしますぞや』 妖幻坊の杢助『あああ、怖い事だなア。それなら今後はおとなしう御用を承はりませう。義理天上様、金毛九尾様、今日限り改悪致しますから、お許しを願ひます、エヘヘヘヘ』 高姫『何なつと、いつてゐらつしやい、どうでこんな婆アはお菊には比べものになりませぬから』 妖幻坊の杢助『それなら、女王様の御命令を遵奉し、ドツと改悪致して、お菊は入れない事にし、初公と徳公を、ここへ呼んで、ドツサリ酒を飲まさうぢやないか』 次の間から、 初、徳『ヘー、初も徳もここに居ります。お相手を致しませう』 とまだ呼びもせぬ先から、喉がグーグーいつて仕方がないので、襖をあけて、ヌツと顔を出した。 高姫『コレ、初さま、徳さま、お前は最前から私達の話を聞いて居つたのだなア』 初『ヘー、大命一下、時刻を移さず、御用に立たむと、次の間に手具脛引いて控へて居りました。イヤもうドツサリと結構なお二人様の情話を聞かして頂き、有難いこつて厶りました。あれだけ結構な話を聞かして頂いた以上は、一杯や二杯奢つて下さつても損はいきますまい。のう徳公、本当に羨ましいぢやないか』 妖幻『ハハハハ、どうも気の利いた男だ、お前達二人は小北山に似合はぬ立派な者だ。こんな立派な役員が、吾々の来るに先立ち、おいてあるとは、全く神様のお仕組だ。オイ、初公さま、徳公さま、俺の盃を一杯うけてくれ』 初『イヤ、これはこれは御勿体ない、お手づから頂きまして、実に光栄です、なア徳よ』 徳『ウン有難いなア、こんな事が毎日あると尚結構だがなア』 妖幻『朝顔形の盃はないかなア』 徳『ヘー、朝顔形の盃も沢山厶いましたが、前の教主様が、高姫さまの唇に似てると仰有つたので、お寅さまと云ふ内証のレコが、悋気して皆破つて了はれたさうで、今では一つも厶いませぬ』 妖幻坊の杢助『フフフフフ、さうすると、此盃は敗残の兵ばかりだな。打ちもらされし郎党ばかりか、ヤヤ面白い面白い、サ、徳公、一杯行かう』 徳『ヤ、これはこれは誠に以て有難く頂戴いたします。酒といふものは百薬の長とかいつて、いいものですな、かう青々とした春の野を眺めて、一杯やる心持と云つたら本当に譬へやうがありませぬワ、どうぞ之から貴方等御両人の指揮命令を遵奉致しますから、可愛がつて下さいや』 妖幻坊の杢助『ウン、よしよし、併し蠑螈別と此杢助とは、どちらがお前は偉大なと思ふ』 初『ソリヤきまつて居ります。背い恰好と云ひ男振と云ひ、天地の違ひで厶りますワ』 妖幻坊の杢助『どちらが天で、どちらが地だ』 初『そこがサ、テーンと、イー私には分らぬ所です。併し、チーとばかり劣つて居りますなア』 妖幻坊の杢助『どちらが劣つて居るのだ』 初『杢助様、言はいでも分つてるぢやありませぬか。劣つた方が劣つてるのですもの、高姫さまの前だから、何方へ団扇をあげて可いだやら、マア言はぬが花ですなア、夫婦喧嘩をたきつけるやうな事があつては誠にすみませぬから……』 妖幻坊の杢助『ハハハハ、其奴ア面白い、マア言はぬが宜からう』 高姫『コレ初、構はないから言つておくれ、私だつて何時までも、蠑螈別さまの事など思つてはゐやしないよ。あの方は大広木正宗さまの生宮だつたが、今はサツパリ三五教へ沈没したのだから、最早普通の人格者としても認めてゐないよ。何卒蠑螈別さまのこた、言はぬよにして下さい』 初『モシ、高姫さま、ここはウラナイ教ぢやありませぬよ、松彦さまがお出でになつてから、ユラリ彦さまや義理天上さま、ヘグレ神社其外、サーパリ、ガラクタ神をおつ放り出し、残らず三五教の神様と祀り替へてあるのですから、蠑螈別さまが三五教へお入りになつたのが悪い筈はないぢやありませぬか、さうすると今は貴女は三五教ぢやないのですか』 高姫『コレ初さま、お前も野暮な事をいふものぢやない、神の奥には奥があり、表には裏があるのだ。此高姫だつて、表面は三五教になつてるけれど、矢張りウラナイ教だよ。世の中は一通りや二通りでいくものでないから、お前も其精神で居つて下さい。これからお前等二人を杢助さまの両腕として出世をさして上げるから、さうすりや文助さまを頤でつかふやうになるよ、今に受付の命令をハイハイと聞いてるやうぢや詮らぬぢやないか』 初『イヤ、分りました。のう徳公、貴様も賛成だらう』 徳『ウーン、お前が賛成すりや、賛成しない訳にも行かぬワ、併しながら松姫さまは何うだろ、こんな事を御承知なさるだらうかなア』 初『ソリヤ高姫さまの腕にあるのだ、俺達や、只御両人の頤使に従つて居れば可いぢやないか』 お菊は外から、窓へ顔をあて、四人の酒を飲んでゐるのを見て、あどけない声でうたつてゐる。 お菊『天に口あり壁に耳企んだ企んだ陰謀を お菊はソツと両人の腹の中まで推知して 一寸其処まで出て来ると甘くゴマかし戸の外で スツカリ様子を窺へば耳をペロペロ動かして 尖つた口をしながらも高姫さまと意茶ついた 揚句のはてが小北山此神殿をウマウマと 占領せむとの企みごと初公、徳公両人を うまく抱込み酒飲ましさうして之から松姫の 目を晦まして義理天上日の出神の生宮と 居据り泥棒をする積り何程高姫偉いとて どうしてどうして松姫の鏡のやうな魂を 曇らすことが出来ようかそんな悪事を企むより 早く改悪するがよい改心するにも程がある オツトドツコイこりや違うたさはさりながら高姫は 善をば悪と取違へ悪をば善と確信し 改心慢心ゴチヤまぜになさつて厶るお方故 私も一寸其流儀臨時に使用しましたよ コレコレもうし杢さまえ蠑螈別の思ひ者 朝顔猪口の高さまえ何程お前等両人が 初と徳とを抱込んでうまい事をばしようとしても 忽ち陰謀露顕して逃げていなねばならぬぞや 松姫さまがお前等の詐り言を真に受けて 聞かれたとこが此お菊中々承知は致さない 侠客娘と名を取つた浮木の森のチヤキチヤキだ オホホホホホホオホホホホ窓から中を眺むれば あのマア詮らぬ顔ワイナイヒヒヒヒヒヒイヒヒヒヒ 杢ちやま、高ちやま左様ならゆつくり陰謀お企みよ あとからあとから此お菊叩きつぶしてゆく程に 何だか知らぬが杢さまの姿が時々変り出し 耳の動くはまだおろか口までチヨイチヨイ尖り出し 鼻より高うなつてゐる私が一寸首ひねり 考へました結末は虎と獅子との混血児 金毛九尾と御夫婦になつてここまで小北山 貴の聖場を占領し朝から晩まで酒のんで 威張り散らさむ計劃か但はここに網を張り 斎苑の館へ往来する数多の信者を引捉へ 堕落さした上ウラナイの醜の教に引込んで 此世の中を泥海に濁らし汚すつもりだろ 何程弁解したとてもお菊がここにある限り お前の企みは駄目だぞえああ面白い面白い 面白うなつて来ましたよ妖幻坊の杢助や 金毛九尾の義理天上鼻高姫の運の尽 松姫さまの神力とお千代の方の神懸 さとき眼に睨まれて尻尾を出しスタスタと 忽ち此場を駆出すは鏡にかけて見るやうだ 悪魔がそんな扮装をして大日の照るのに吾々を 化かそとしても反対に化けが現はれ舌かんで 旭に打たれて消えるだろそれ故お前杢助は 祠の森にゐた時ゆ日輪様の照る所へ 一度も出たこたないぢやないかたまたま外へ出た時は 日蔭の深き森の中初稚姫の伴ひし スマートさまにやらはれてビリビリ慄うてゐただらう お菊はチツとも知らないが何だか知らぬが腹の中 グルグルグルと玉ころが喉元迄もつきつめて 妙な事をば云ひますぞこれこれ高姫、杢さまよ 初公、徳公両人よ胸に手をあて思案して 臍をかむよな事をすな誠の日の出の義理天上 お菊の体をかりまして四人の獣に気をつける ああ惟神々々目玉飛び出しましませよ アハハハハハハアハハハハオホホホホホホオホホホホ』 と歌ひ了り、一生懸命に青葉の芽ぐむ森林の中へ脱兎の如く身を隠して了つた。 妖幻『オイ高姫、ありや気違ひぢやないか。困つた、此処にはモノが居るぢやないか。あんな事を言はしておきや、数多の信者を迷はすかも知れない。何とかして、窘めてやらねばなるまいぞ』 高姫『本当に、仕方のない奴ですワ、松姫さまも、なぜあんな気違ひを置いとくのだらうなア。コレ初公さま、いつも、あのお菊はあんな事を言ふのかい』 初『ヘー、随分誰にでもヅケヅケといふ女ですよ。併しながら今日みたいな悪口云つたこた、まだ聞きませぬな、あの女の云ふ事は、比較的正確だとの定評があります』 高姫『定評があると云ふからには、お前達は吾々夫婦を怪しいものと観察してゐるのかい』 初『ヘー、別に……怪しいとは思ひませぬ。只貴方等両人の仲は、ヘヘヘヘ、チと怪しくないかと直覚致しました、違ひますかな』 高姫『杢助さまと夫婦になつたのが、何が怪しいのだ。神と神との許し給うた結構な生宮だぞえ。神だとて夫婦がなければ、陰陽の水火が合はないから、天地造化の神業が成功せないぢやないか』 初『ヤ、さうキツパリと承はりますれば、今後は其考へでお仕へ致します。さうすると杢助様は貴女の旦那で厶いますか。よくお似合ひました夫婦で厶います。ヘヘヘヘ、イヤもうお目出度う、それでは今日は御婚礼の御披露の酒とも申すべきものですな、ドツサリ頂戴致しませう。誠に御馳走さまで』 徳『オイ、初ウ、さう御礼を言ふに及ばぬぢやないか、お酒も御馳走の材料も、皆小北山の物でしたのなり、料理も俺達二人がしたのだ。そして新夫婦に、こちらから振舞つてゐるのだから、御馳走さまも何もあつたものかい、先方の方から礼を云つたら可いのだ』 高姫『コレ、徳とやら、お前の云ふ事は一応理窟があるやうだが、それは神界の事の解らぬ八衢人間の云ふ理窟だぞえ。現界の理窟は霊界には通じませぬぞや。かうして御馳走が出来るやうになつたのも、皆天上から日の出神様が御光を投げ与へ、雨露を降らして下さるお蔭で、五穀、さわもの、菜園物一切が出来てるぢやないか、其生神様にお給仕さして頂くお前は誠に結構だ。神の方から御礼申すといふ理窟がどこにあるものかい。チツとお前も神界の勉強をしなさい、さうすりや、そんな小言は云はないやうになつて了ひますよ』 徳『ヘー、何とマア都合の好い教理で厶いますこと』 高姫『コレ、お前は義理天上の云ふ事が、どうしても腹へ入らぬのかなア』 徳『ヘー、さう俄かに入りにくう厶います。何分お酒や御飯で格納庫が充実してゐますから、今の所では余地が厶いませぬ』 高姫『何とマア盲ばかりだなア、そら其筈だ、霊国の天人の霊と、八衢人間の霊とだから無理もない、お前さまもチツと之から日の出神様の筆先を読みなさい。さうすれば三千世界の事が見えすくやうになるだらう、コレ初さまえ、お前はチツと賢さうな顔してるが、高姫のいふ事が分つたかなア』 初『ハイ、仰せの通り、此お土の上に出来たものは皆神様のお力で厶います。何程立派な人間でも、菜の葉一枚生み出すことは出来ませぬ、仰せ御尤もだと考へます』 高姫『成程、お前は偉いわい、之から杢助様の片腕にして上げるから、どうだ嬉しうないか、結構だらうがな。何といつても三五教の三羽烏の一人、時置師神様だぞえ』 初『ハイ、身に余る光栄で厶います。オイ、徳、貴様も改心して、結構だといはぬかい……否改悪して、貴女の仰有る通りだ、と、心はどうでもいい、いつておかぬかい。社交の下手な奴だなア』 徳『それなら高姫さまの御説に、ドツと改悪して賛成致します。何卒宜しう御願ひ申します』 高姫『心からの改心でなければ駄目だぞえ。ウツフフフフ、コレ杢助さま、人民を改心さすのは高姫に限りませうがな』 妖幻坊は俄に体が震ひ出した。窓の外を一寸覗いて見ると、猛犬が矢の如く階段を登つて、松姫館の方へ姿を隠した。高姫はアツと一声、ドスンと腰を下し、目を白黒してゐる。妖幻坊も亦冷汗をズツポリかき、ガタガタと震ひ戦くこと益々甚しい。 (窓外白雪皚々たり大正一二・一・二五旧一一・一二・九松村真澄録)
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霊界物語 51_寅_浮木の森の曲輪城 16 暗闘 第一六章暗闘〔一三三一〕 春風かをる小北山木々の梢も緑して 梅散り桃は紫の花を梢に飾りつつ 神の御稜威も灼然に老若男女の朝夕に 足跡たえぬ神の庭訪ね来りし高姫や 妖幻坊の杢助は神の御稜威に照らされて 醜の企みは忽ちに露顕し岩下に投げられて コリヤたまらぬと尻からげ痛さをこらへてスタスタと 雲を霞と逃げ下る折柄ヨボヨボ登り来る 盲爺の文助と衝突したる其はづみ 曲輪の玉を遺失してコハさに慄ひ戦きつ 一目散に逃げて行く後追つかけて出で来る 初、徳二人に命令し小北の山へ引返し 曲輪の宝を取返し文助爺を突倒し 又もスタスタ逃げて行く所構はず打撲され 苦み悶え文助は力限りに人殺し 誰か出て来て助けよと叫びし声に驚いて 忽ちかけ来る数十人老若男女の信徒は 右往左往に彷徨ひつこは何者の仕業ぞと 皆とりどりに話しゐるかかる所へ階段を 下り来れる二人の女お千代お菊は立寄つて いろいろ雑多と介抱し文助爺さまに其由を 承はれば初、徳の二人がわれを突き倒し ブンブン玉の神宝を奪つて直様逃げ行きし 其物語聞くよりも侠客育ちの両人は 何条以て許すべきお千代を後に残しおき 文助爺の身の上を依頼しおきてお菊嬢 二人の後を追ひかけて雲を霞と走り行く 怪志の森に来て見れば永き春日も暮れはてて あたりは暗に包まれぬお菊は森の入口に 佇み思案にくるる折程遠からぬ暗がりに ウンウンウンと呻き声ハテ訝かしと耳すませ 腕をば組みて聞きゐたり。 初『あああ、余り草臥れて、何時とはなしに夢路に入つて了つた。併しあまり時間も経つてゐないやうだ。其証拠には走つて来た時の動悸はまだ止まず、痛みはチツとも軽減してゐないし、汗も乾いてをらぬ。なア徳、暗いと云つても、これだけ暗い夜さはないぢやないか。ヤツパリ怪志の森だな』 徳『ウーン、俺もまだ半眠半醒状態で、トツクリ寝られないワ。何だか胸がドキドキして仕方がない。モシ高姫さま、杢助さま、チツと起きて下さいな、ああ首筋元がゾクゾクとして来ました。あああ、返辞をして下さらぬぞ、ヤツパリ御両人さまも草臥れて寝て厶ると見えるな、夜逃同様に撤兵して来たのだから、草臥れるのも無理はないワイ。何せよ高姫さまの外交がなつてゐないものだから、こんなヘマを見るのだよ。グヅグヅしてると、ここらあたりにバルチザンが襲来するかも知れないよ。其日暮しの日傭ひ外交だからなア。吾々国民は枕を高うして寝られないワ。どう考へても真から寝つかれないからなア』 初『どうやら、高姫さまは杢助と、吾々雑兵を放つたらかして、満鉄で逸早く逃帰つたらしいぞ。併し幽霊内閣の立去つた後は、何が出るか知れたものぢやないワ。どうしてもコリヤ吾々国民が腹帯を締め、国民外交をやる気でないと、当局者に任しておいても、肝腎の時になつたら逃げられて了ふからなア』 徳『さうだなア、一体何処まで逃げたのだらう』 初『逃げるのに、定つた場所があるかい。其時の御都合主義だ。敵が遠く追つかければ遠く逃げるだけのものだ。今日の国際的外交は、朝に一城を譲り夕に一塁を与へて、十万億土のドン底まで譲歩するのだからなア。それが所謂宋襄仁者の唯一の武器だ、最善の方法だ。弱い者には何処までも追つかけて行く程利益だが、強い奴には逃げるのが最も賢明な行方だ。併し斯う淋しくつては仕方がないぢやないか。オイ、一つ歌でも歌つて気をまぎらさうぢやないか。……折角文助のドタマを擲り倒して、ウマウマとブンブン玉をひつたくり、此処まで持つて来て杢助さまに渡し、喜んでは貰つたが、余り八百長芝居がすぎて、足腰が立たぬ程打ちのめされ、動きのとれぬ所を見すまして、此暗がりに置去りするとは、誠に残酷ぢやないか。これでは吾々下人民は、やりきれない。どうしたらよからうかなア』 徳『小鳥つきて鷹喰はれ、兎つきて良狗煮らるとは俺たちの事だ。あれだけ吾々が血を流してやつと奪つた曲輪の玉を、又強者に掠奪されて了ふと云ふのは、ヤツパリ未来の何処かの外交手腕が映つてゐるのだよ。手腕のワンは犬の鳴き声だが、本当に尾を股へはさんで、シヨゲシヨゲと逃げ帰る喪家の犬のやうな手腕だからな。しまひには、只一つよりない大椀(台湾)まで逃出すかも知れぬぞ。何程琉球そに言うても、骨のない蒟蒻腰では駄目だ。貴様だつて俺だつて、半身不随だから、腹中の副守、ガラクタ連中には、うまく誤魔化しておいて、兎も角、自分の身体回復を待たねばなるまいぞ。何程人の為だの、刻下の急務だのといつた所で、ドドのつまりは、自分が大切だからな、ハハハハハ』 お菊は二人の話をスツカリ聞いて了つた。そして高姫、杢助の両人は曲輪の玉を、此奴等両人の手から引つたくり、逃げて了つた事を悟つた。……此奴ア一つ、文助の声色を使つておどかしてやらうか……と横着なお菊は暗がりを幸に、 お菊『ヒヤー、恨めしやなア、初公、徳公の両人に頭をコツかれ、ブンブン玉をボツたくられ、其上命までも取られたわいのう、ヤイ、初、徳の両人、冥途の道伴れ、其方の生首を貰うて帰るぞよ』 初『コリヤ徳、此厭らしい森の中で、馬鹿な真似をするない。何だ、爺の声を出しやがつて……』 徳『ヘン、貴様が真似をしたぢやないか、怪体な奴だなア』 初『何、貴様が妙な声を出したのだらう』 徳『俺は決してそんなこた、言うた覚がない。貴様も言はないとすれば、どつか他に人間が一匹来てゐるに違ひない。暗がりを幸に、ヤツパリ杢助さまが隠れた真似をして、俺達の話を聞いてゐたのかも知れぬぞ。ハテ困つたのう』 初『モシ、杢助さま、此厭らしい夜さに、そんな悪戯はやめて下さいな。困るぢやありませぬか』 お菊『ホホホホホ』 徳『高姫さま、腹の悪い、そんな厭らしい声を出したつて、吾々はビクともしませぬぞや』 お菊『尻を叩かれ、骨まで腫上り、ビクとも出来ぬだらう。実に憐れなものだのう、オホホホホホ』 徳『コリヤ高姫、馬鹿にすない、人をよい程使うておいて、こんな苦しい目に遇はして、其上可笑しさうに笑ふなんて、チツとは人情を弁へたらどうだ』 お菊『此高姫は人情なんか、嫌だツ、よく考へて見よ。今日の世の中に人情を知つた奴が一人でもあるか。ニンジヨウといへば松の廊下で塩谷判官が師直に斬りかけた位なものだ。人情なんか守つて居らうものなら、お家は断絶、其身は切腹、家来は浪人、しまひの果には泉岳寺で腹を切らねばならぬぞや。そんな馬鹿が今日の開けた世の中にあるものかい。時代遅れの馬鹿だなア、オツホホホホ、いい気味だこと、杢助さまと実の所は、小北山を占領し、貴様等両人をウマウマチヨロまかして使つてやらうと思うたなれど、樫の棒で二十や三十撲られて、悲鳴をあげ、歩けないのなぞと弱音を吹くやうな奴は、高姫も愛想がつきた。そんな事で、どうして悪の企みが成就すると思ふか、馬鹿だなア、オホホホホ』 初『エー、胸クソの悪い、もう斯うなれば馬鹿らして小北山へ帰る訳にゆかず、又そんな悪人の後へついて行つたつて駄目だし、進退惟谷まつたなア、のう徳、これから一つ善後策を考へなくちやなるまいぞ』 徳『さうだなア、マア此処で足の直るまで、ゆつくり養生して、トクと考へようかい。コリヤ杢助、覚えてけつかれ、貴様の企みは何処までも邪魔してやるから、一寸の虫も五分の魂だぞ』 お菊『此杢助は貴様のやうな小童武者の百匹千匹、束に結うて来てもビクとも致さぬ英雄豪傑だ。ましてや尻をひつぱたかれ、骨を挫き、体の自由にならぬ奴が、仮令万人攻め来るとも、決して驚く者でない。又仮令体の自由が利く代物でも、今の人間は金輪の魔術を以て口にはましたならば、どれもこれも皆往生致す代物ばかりだ、アハハハハ』 徳『コリヤ杢助、俺は斯うして、腰が立たぬと云つて、貴様の様子を考へてゐたのだ。本当の事は此処まで走つて来た位だから、自由自在に立つのだ、サア来い勝負だ。貴様のやうな冷酷な餓鬼の後を追つて行た所で仕方がない。それよりも貴様の生首を引抜いて持ち帰り、松姫様にお詫の印にするのだ。オイ初、貴様もいい加減に起きぬかい』 初『ウン、モウそろそろ活動しても可い時分だ。俺も何だか、此先の浮木の里が気にくはぬので、一寸作病を起してみたのだが、つひグツと寝て了ひ、其間に高姫、杢助に逃げられたと思つて残念でたまらず、副守の奴と作戦計画をやつてゐた所、神の神力に照らされて、高姫、杢助の奴、後へ引寄せられよつたのだなア。何と神力は偉いものだ。サア杢助、高姫、汝が如き老ぼれの五匹や十匹、束に結うて掛らうとも食ひ足らぬ某だ、サア来い』 お菊『オツホホホホ、此暗がりに目が見えるのか、喧し吐すと、声をしるべに撲りつけてやらうか。暗の晩に囀る奴位馬鹿はないぞ』 初『オイ徳、確りせぬかい、益々怪しからぬ事を吐すぢやないか』 お菊は足音を忍ばせ、声をしるべに、ついて来た杖で暗をポンと打つた。都合よく二人の頭に橋をかけたやうに、カツンと当つた。二人は一度に、 徳『アイタタタ、コラ初、馬鹿にすない』 初『ナアニ徳の奴、人の頭をなぐりやがつて、馬鹿も糞もあるかい』 徳『それでも貴様、俺を撲つたぢやないか』 初『ナアニ、俺やチツとも撲つた覚がない』 お菊『ホホホホホ、同士打喧嘩は面白い面白い、向ふ見ずの途中の鼻高が、暗雲で、欲ばかり考へ、吾程偉い者はないと思うて慢心致すと、何時の間にやら鼻が高うなり、鼻と鼻とがつき合うて、しまひには一も取らず二も取らず、大騒動を起すぞよ。可哀相な者であるぞよ。何と云うても暗がりの人民を助けるのであるから、頭の一つや二つは叩いてやらねば目がさめぬぞよ。神も中々骨が折れるぞよ、早く改心致されよ。神の申す事を素直に聞く人民は結構なれど、今の世はサツパリ鬼と賊と悪魔との世の中であるから、神の教を聞く奴はチツともないぞよ。余り改心が出来ぬと、スコタンくらふぞよ』 と云ひながら、又カツンとやつた。 初公は前額部をシタタカ打たれ、 初『アイタア』 と云つたきり、すくんで了つた。徳は、 徳『何でも近くに声がした、高姫の奴、ここらに居やがるに違ひない……』 と四這になり、手をふりまはして探つてゐる。もし足にでもさはつた位なら、ひつくり返してやらうと思つたからである。お菊は何だか自分の足許に這ふものがあるやうな気がしたので、杖を以て力限り、足許を払うた。途端にただれた尻のあたりをピシヤツと打つた。 徳『アイタタ、コリヤ、尻叩きはモウすんだ筈だ。まだこんなとこまで来て叩くといふ事があるかい』 お菊『約束の三百がまだ二百許り残つてゐるから、これから叩いてやるのだ』 徳『オイ初、気をつけよ、馬鹿にするぢやないか……コラ高姫、杢助、サア来い』 と暗がりに、どつちに敵が居るか分りもせぬのに、空元気を出して気張つてゐる。お菊は杖を縦横無尽に打ちふり、二人の頭といはず尻といはず、手当り次第にポンポンポンと撲り倒し、 お菊『ホツホホホホ』 と厭らしい笑ひを残し、森を立出で、息を殺して二人の様子を考へてゐた。 (大正一二・一・二七旧一一・一二・一一松村真澄録)
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霊界物語 51_寅_浮木の森の曲輪城 21 夢物語 第二一章夢物語〔一三三六〕 四人の坐つて居つた椅子は、何時の間にやら膨張して角を生やし、次で毛が生え、牛の如き動物と化し、四人共其背に跨つて居た。 ガリヤ『ヤア此椅子、化けやがつたな。ヤ此奴は牛とも馬とも分らぬ奴だ。オイ三人、確りせないと揺り落されるぞ。カアアアンナナガラララアアアさつぱり駄目だ。こりや怪物、ぢつと致さぬか』 怪獣は四匹とも声をそろへて、空砲のやうな調子で、 怪獣『ホホホホホ、ホホホホホ』 と笑ひ出した。それから一生懸命四人を背中に乗せ、廊下をドスドスドスと威喝させ広場に駆け出した。初稚姫も同じく怪獣に跨り、 初稚姫『オーイオーイ』 と呼ばはりながら追つかけ来る。怪獣は益々狂ひ出し、初めは一二間の所を上下してゐたが、終ひには人間が燕のやうに見える所まで上り、空の上で前後左右に荒れ狂ふ。四人は背中にくらひつき、 ガリヤ『エエ怪物奴、落すなら落して見よ。貴様に噛ぶりついて離れはせぬぞ。オイ、徳、初、ケース、確り掴まへて居よ。落ちるのなら此奴と一緒だ。あれ見よ、初稚姫様も空中に跳ね上つて居られるではないか。天馬空を行くと云ふ事があるが、これは馬でなくて牛だ、これ畜生、もうよい加減に往生致さぬか』 怪獣『こりや、唐変木、俺は天の魔だ。椅子になつて化けて居れば、腰を掛けやがつて、もう了簡せぬのだ。マダマダマダ空に上つて、そこで貴様を揺り落してやるのだ。楽しんで居れ。ウホホホホ、ウフフフフ』 と五匹の牛は一斉に笑ふ。初稚姫は怪獣の尻を鞭をもつて打ち叩き、空中を滑走するやうに浮木の森をさして下り行く。四人は益々高く、雲を押し分けて怪獣に跨り上り行く。 ケース『オイ、ガリヤ、初公、徳公、もうやけだ、飛び下りようぢやないか。何処まで行くか分りやしないぞ。サア一イ二ウ三ツだ』 三人は、 三人『ようし、一イ二ウ三ツ』 ぽいと飛んだ……と思へば元の所にテーブルの脚をつかまいて、汗をズクズクにかいて気張つて居た。 初稚姫『ホホホ皆さま、机の脚を握つて何をしていらつしやいますの』 四人は初めて気がつき、ポカンとして恨めし気にテーブルを眺めて居る。さうして椅子は依然として四脚あいてゐる。初稚姫は以前の儘椅子に腰打ちかけニタニタ笑つてゐる。 ガリヤ『イヤどうも怖ろしい夢を見たものだ、殆ど天上する所だつた。やつぱり此処は化物屋敷だな』 ケース『如何にも合点の往かぬ魔窟だ。初稚姫様、貴女は如何で厶いましたか、私達は天上まで上げられ、地上に顛落したと思へば、幻覚を感じて居ました』 初『イヤもう話にならぬわい、徳、貴様は随分怖さうな顔をして居つたな』 徳『生れてからこれだけ肝を潰した事はないわ。ヤツパリ狸の奴、魅みやがつたと見えるな。こりやうつかりしては居られないぞ。もし初稚姫さま、こんな怖ろしい所によう貴女は居ますな』 初稚姫『ホホホ、義理天上さまが見えて居ますから、魔法を使ひ遊ばして貴方等を天上にお上げ遊ばしたのでせうよ。時々怪物が出ますので、妾も些とも安心がなりませぬの』 徳『さうですな、実に奇怪千万な事です』 斯く話して居ると、円いテーブルがヌツと狸のやうな顔を出し、みるみる中に荒い毛を生やし、長い足をノタノタとドアの外へ這うて行く。 初『ヤア益々もつて奇怪千万、はて、訝かしやなア』 と芝居がかりになる。初稚姫は、みるみる中に厭らしき鬼女と変じ、耳まで裂けた口を無雑作に開き、牛のやうな舌を出し四人に向つて噛みつきに来る。四人は肝を潰し、一生懸命に駆け出すと、向ふより初花姫が七人の美女を連れてやつて来る。何でも彼処まで行かねばならぬと焦慮れど藻掻けど追付かず、四人は同じ処に足をバタバタとやつて居る。初稚姫の妖怪は後より熱い火のやうな息を吹きかくる。 四人『アアアアツアツアツ』 と云ひながら、一足にても逃れむと藻掻いて居る。初花姫他七人の美女は又もや怪しき化物と変じ噛みつきに来る。四人は声を限りに呼べど叫べど、少しも声は人の耳に達しなかつた。 忽ち家は前後左右に廻転し、上になつたり下になつたり、自分の身体が転回したり、苦しくて息もつげなかつた。見れば傍に蒼味だつた泉水がある。四人は一イ二ウ三ツで曲玉型の泉水に身を躍らせて飛び込んだ。石をなげ込んだ如く、四人の身体はズボズボズボと幾百間ともなき深き底に陥り、漸くにして岩窟についた。此処へ来ると蒼味立つた水はもはやなくなつてゐた。四人は一生懸命に悲鳴を上げて、 四人『オーイ助けて呉れい助けて呉れい』 と喚き立てて居る。どこともなしに桃の花の二片三片、四人の顔に落ちかかるのであつた。 よくよく見れば、四人は浮木の森の火の見櫓の傍にある曲玉型の泉水の傍に咲満ちて居る桃の木の根下に、阿呆のやうな顔をして眠つて居たのである。東の空は漸く茜さし、古狸が茶色の尾を垂らして唯一匹、頭に桃の花片を附着させながら、ノソリノソリと這うてゐる。四人一度に、 四人『アア畜生、誑しやがつたな』 浮木の森の烏が、阿呆々々と四人を見下して鳴いて居る声が、呆け顔を嘲つて居るやうに聞えて来た。 ガリヤ『アア惟神霊幸倍坐世、油断と慢心の罪、何卒許させたまへ』 ケース、初、徳、 ケース、初、徳『アアしようもない、第五十一巻の瑞月霊界物語、狸に誑された奇妙奇天烈な八畳敷の大風呂敷に読者を包んだ夢物語は、安閑坊喜楽の嘘八百万の大神の神示』 (大正一二・一・二七旧一一・一二・一一加藤明子録)
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霊界物語 52_卯_小北山の文助の改心物語 08 巡拝 第八章巡拝〔一三四四〕 イク、サールの二人は、大広前の神殿を拝礼しをはり、蠑螈別が籠りしと云ふ館の前に立つて、 サール『蠑螈別お寅婆さまの古戦場 見るにつけても可笑しくなりぬ』 イク『この館土瓶が踊り徳利舞ひ 盃われし古戦場なり』 サール『魔我彦やお寅婆さまが改心を なしたる場所も此館なり』 イク『酔ひドレの熊公さまが飛込んで 脅し文句で金を千両(占領)。 一段と高く築ける段梯子 登りて行くも姫を訪ねて』 二人は木花姫を祀りたる小さき祠に参拝し拝礼を了り、 イク『木花姫神の恵は目のあたり 開き初めにき木々の梢に』 サール『木の花の姫の命の御前に その鼻高をさらすイクなり。 天教の山より下りし皇神は わが馬鹿面を笑ひますらむ。 イクの奴狸の曲に魅まれて 恥も知らずに大前に来つ』 斯く歌ひ、今度は金勝要神の祠の前に進み拝礼を了り、 イク『縁結ぶ畏き神と聞きしより ゐたたまらずして詣で来にけり』 サール『其面で何程神を拝むとも 妻となるべき人のあるべき』 イク『吾輩の顔を眺めて笑ふより 一寸見て来い水鏡をば』 サール『顔容姿で妻が出来ようか 魂麗しき人でなくては。 此様に見えても俺はをちこちの 女にチヤホヤされる曲者』 イク『其様に慢心ばかりするでないよ 乙女に馬鹿にされた身ながら。 要の神貴の御前にこんな事 囀る奴は鰥鳥かも。 さア行かう大神様に恥かしい 女なんぞと言ふ面でなし アハハハハハ』 と笑ひながら玉依姫(竜宮の乙女)様を祭つたる祠の前に進みよつた。 イク『いろいろの宝をためて海の底に 隠し給ひし欲な神様』 サール『馬鹿言ふな乙姫様は今は早 物質欲に離れた神よ』 イク『これはしたり失礼な事を言ひました 聞直しませ乙姫の神』 サール『神様は宝を以て人々に 与へ給へどお前には列外』 イク『列外か又案外か知らねども 宝なくては世に立つを得ず』 サール『物質の宝求めて何になる 朽ちぬ宝を霊につめよ』 イク『馬鹿云ふな水晶玉も物質よ されど暗夜を照らしましける。 金なくて何のおのれが人間かと 世の人々は相手にもせず。 それ故に俺は金銀財宝を むげには捨てぬ冥加者ぞや』 サール『イクの奴イク地の足らぬ証拠には 宝々と憧れゐるも。 神様は何程宝あるとても 貧乏面にくれるものかは。 サア行かう目の正月をするよりも 宝忘れて宝拾ひに。 俺の云ふ宝といふは金銀や 水晶でない教の宝よ』 かく歌ひ終つて、今度は中段の宮の前に進んだ。此処には日の大神の祠が建つてゐる。 イク『伊弉諾の皇大神を斎りたる この御舎は殊に麗し』 サール『其筈だつくしの日向の立花で 禊ぎ給ひし神に坐しませば』 イク『許々多久の罪や汚れに溺れたる 霊を洗へ神の御前に』 サール『曲神に騙られたる愚さを 許し給へと詫びよイク公』 イク『かもてなや頭打たりよが打たりよまいが お前の知つた事でなければ』 サール『道伴れの一人が狸に叩かれて 吠面かわくを見るつらさかな。 天教の山に天降りし日の神の 宮は殊更高くおはせり』 又此処を去つて、今度は月の大神を斎りたる祠の前に進んだ。 イク『素盞嗚の神の御霊を祀りたる 社の前に月の大神』 サール『古狸梟の奴に馬鹿にされ 乙女にまでも笑はれにけり。 さながらに愛想も月の大神が 貴様の面を笑ひ給はむ』 イク『馬鹿云ふな善言美詞の神様だ 必ずよきに見直しまさむを』 サール『此男世界に稀な馬鹿なれば 守らせ給へ月の大神』 イク『サールこそ馬鹿の証拠にや水晶の 玉をばイクにせしめられける』 サール『イクの奴イク地がないと知つた故 玉を持たせておいたばかりよ』 イク『サア行かう月の光に照らされて 何とはなしに恥かしき宵』 今度は最上段の国常立尊の祠の前に参拝した。 イク『掛巻も畏き神の御前に 詣で来りし吾は罪人。 さりながら悔い改めて大神の 道に仕へしイク身魂なり』 サール『われこそは皇大神の御恵に 与りました未サールの神』 イク『罰当りサールのやうな面をして 坤とはよくもいはれた。 お前こそ世人がサールの人真似と 嘲るとても仕方あるまい』 サール『三五の道にサール者ありと云ふ 此神司知らぬ馬鹿者』 イク『国所立のき彦の狼と 人に言はれた馬鹿者は誰』 斯く二人は拝礼を終り、次いで互に揶揄ひ合ひながら、枝振りのよい松の七八本かたまつた下に、余り広からず狭からざる瀟洒たる一棟が建つてゐる。それが所謂松姫の館であつた。 イク『常磐木の松の木蔭に建てられし 松姫館をなつかしみ思ふ』 サール『吾慕ふ初稚姫のいます上は 一しほ恋しき館なりけり』 イク『小北山要となりし此館は 扇の如くに建てられにける』 サール『常磐木の松の緑は青々と とめどもなしに伸び立てるかも』 イク『初稚姫神の司がますと聞けば 胸轟きて進みかねつつ』 サール『臆病風又吹き荒みイクの奴 イク地のなきを暴露せりけり』 イク『そんな事言ふなら俺が先に立ち 一つ肝をば見せてやらうかい』 サール『面白い初稚姫の前に出て 叱り飛ばされベソをかくだろ』 イク『水晶の玉を抱きしわれなれば 初稚姫も褒め給ふべし。 その時は指をくはへてサールの奴は 恨めしさうに見てゐるがよい』 サール『姫様に会うたら皆素破ぬき 一伍一什を申し上ぐべし。 その時は赤い顔をばせぬがよい 梟鳥にもなぶられる奴よ』 イク『イクらでも人の悪口言ふがよい 首吊りそこねし死損ね奴が』 サール『貴様とて矢張首吊り仲間ぞや 何うして姫に顔があはせよう』 二人は流石に恥かしさに堪へかね、松姫の館の四五間ばかり側までやつて来て、互に「お前から先へ行け」「イヤ貴様から先へ」と、押合ひをやつてゐる。スマートは二人の影を見るより、喜んで走り来り、胸に飛びついたり、背中に抱きついたり、頬をなめたり、勇み出した。 イク『ヤア、スーちやんか、先づ先づ御無事でお目出度う。漸く此処までお後を慕つて参りました。何卒姫様に宜しうお取りなしを願ひますよ』 サール『ハハハハハ馬鹿だなア。此頃の衆議院の候補者のやうに、犬にまで追従してゐやがる、犬がもの言ふかい』 イク『主人に威勢があると、何だか犬に迄頭が下がるやうな気になるものだ。そこが人情の然らしむる所だよ。娘を嫁にやつてある在所へ入ると、其親は野良犬にでも辞儀をするといふぢやないか。貴様も訳の分らぬ奴だなア。そんな事で今日の虚偽万能の世の中に、どうして生存が続けられると思うてるか、時代遅れの骨董品だなア』 サール『ほつといてくれ、何程偉さうに云つても、姫様に叱られるかと思つて、ビリビリしとるやうな腰抜の言葉に、何うして権威があるものか、マア、俺のすることを見てをれ、エヘン』 と云ひながら、思ひ切つて門口に立寄り、怖さうに中を眺めた。初稚姫と松姫は何事か一生懸命に、ニコニコしながら話の最中であつた。サールがガラリと戸を開け、 サール『へーご免なさいませ。松姫様、始めてお目にかかります。私は祠の森のサールと申す者、モ一人の従者はイクと申します。イヤもう意気地のない野郎で厶いますから、何卒可愛がつてやつて下さいませ』 松姫『それはそれはよくマアいらせられました。サ、どうぞお上り下さいませ』 サール『スマートさまも御壮健で、大慶至極に存じます』 と初稚姫に御機嫌を取らうといふ考へか、切りに犬に追従してゐる。イクは不在の家へ盗人が這入るやうな調子で、ビリビリもので、足音もさせず這入つて来た。 初稚姫は二人を見て、言葉静に、 初稚姫『貴方はイクさま、サールさま、神様へお参りで厶いますか』 二人は、 イク、サール『へー、あの、何です』 と頭をかき、モヂモヂとして土間に踞んで了つた。 初稚『妾に何ぞ御用が厶いましたのか、何卒早く仰有つて下さいな』 イクは思ひ切つて、 イク『イヤ実の所は姫様の、何処までもお供をさして頂かうと思ひまして、お後を慕ひ参つたので厶います。吾々両人の真心をお汲み取り下さいまして、是非にお供をさして頂きたう厶います』 初稚姫『貴方、山口の森で何か変つたことは厶いませぬでしたか』 イク『ハイ、イヤもう面白いこつて厶いましたよ。結構な御神力を戴いて鬼の奴、二匹迄遁走させました。それはそれは随分愉快なもので厶いましたよ』 初稚姫『それはお手柄で厶いましたな。そして貴方、何だか神様から頂いたでせう』 イク『ハイ、頂きました』 初稚姫『無事に此処まで、貴方は守護して来ましたか。途中に他の者の手に入るやうなことはありませなんだかな』 イク『へ、此通り、此処に所持して居ります。実に立派な水晶玉で厶います』 初稚姫『それは夜光の玉と云つて、水晶ではありませぬ。筑紫の島から現はれた結構なダイヤモンドですよ』 イク『へーエ、さうで厶いましたか、誠に有難いこつて厶いました』 初稚姫『貴方、途中で妖怪につままれ、一旦ふんだくられるやうな、不都合な事はなさいますまいな』 サール『イヤもう恐れ入りました。実の所は、古狸に騙かされ、取られて了つたのですが、お千代さまのお蔭で再び元へ返つたのです』 初稚姫『其玉は一旦曲神の手に入つた上は、大変に汚れて居りますよ。これは今のうちに禊をなさらぬと、役に立たなくなりますからねえ』 イク『塩水を貰つて清めませうかなア』 初稚姫『貴方の無形の魂をお清めになれば自然に玉は浄まります。そしてお前さまは其玉に執着心を持つてゐるでせう。なぜサールさまに渡さなかつたのですか。一旦貴方の手に入り、妖魅に取られたのだから、貴方は玉に対して、監督権を自然に放棄したやうなものです。今度はサールさまに持たせておくが宜しい。実の所は妾より日の出神様にお願ひ申し、貴方等の熱心に感じて、お二人様の中へ一個をお与へ申したのですから、此玉は二人の身魂が一つになつた証拠です。決して一人が独占すべき物ではありませぬ。即ちイクさまの心はサールさまの心、サールさまの心はイクさまの心、二人一体となり、神界の為に活動なさるやうに仕組まれてあるのです』 サール『オイ、イク州、どうだ。ヤツパリ宝の独占は許されまいがな。貴様が自分の物のやうにして、俺にも碌に見せず、懐へ捻ぢ込んで来よつたものだから、神罰が当つて、狸の野郎に一旦取られて了つたのだよ』 イク『モシ姫様、さうすると此玉は、これからサールに渡すべき物で厶いますか』 初稚姫『誰の物といふ訳には参りませぬ。お二人さまが交代に保護なさるれば宜しい。そして此宝は世界救済の為の御神宝で、人間の私すべき物ではありませぬ。暫く拝借してゐる考へになつて、大切に保存なさいませ。そして其玉が手に入つた以上は、妾について来る必要はありませぬ。一時も早く祠の森に帰つて下さい。貴方の御親切は有難う厶いますが、妾は神様が沢山に守つて下さいますから、決して淋しい事は厶いませぬからな』 サール『それなら、此玉を貴方に御返し致します。何卒、どんな御用でも致しますから、そんな事仰有らずに、サール一人でも、ハルナの都までお供を許して下さいませ。モシ此通りで厶います』 と熱誠を面にあらはして、涙を流しながら頼み込むのであつた。 初稚姫『夜光る宝を神に得し君は 祠の森に帰り行きませ。 この玉は日の出神の賜ひてし 暗夜を照らす珍の御宝。 曲神のたけり狂へる月の国へ かかる宝を持ち行くべしやは。 汝こそは此御宝を守るべく 計り給ひし神の御心 ハルナへは供を連れ行く事ならず 神の厳しき仰せなりせば』 イク『姫様のその御言葉には背かれず さりとて此儘帰るべきやは』 サール『いかならむ仰せ受けさせ給ふとも 許させ給へ見直しまして』 初稚姫『益良夫の心の花は匂へども 手折らむ由もなきぞうたてき』 イク『さりとても此儘これが帰らりよか 仮令死すとも姫に仕へむ』 サール『どうしても許し給はぬ事ならば われは此処にて腹を切るなり』 松姫『姫君の厳の言葉を聞かずして 迷へる人ぞ憐れなりけり。 赤心の溢れ出でたる益良夫が 心はかりて涙こぼるる。 さりながら皇大神の御心に 背くべしやは宣伝使のわれ』 初稚姫『イク、サール二人の司よ村肝の 心鎮めてかへりみませよ』 イク『今暫し思案定めていらへせむ 何は兎もあれ頼み参らす』 サール『姫君の言葉を背くにあらねども 弥猛心を抑ゆるすべなし さりながら暫し彼方に休らひて 身の振方を胸に問ひみむ』 斯く歌を以て姫に答へ、蠑螈別、お寅の住居せし元の教主館に退きて、二人は茶を啜りながら、腕を組み、吐息をもらし、進退谷まつて、涙に暮れてゐた。これより初稚姫は松姫に別れを告げ、二人の隙を窺ひ、スマートを伴ひ、逸早く聖場を立ち出で、征途に上ることとなつた。イク、サールの両人は、依然として初稚姫は松姫館にいます事と確信し、お菊に酒を勧められ一夜を明かした。そして文助の危篤を聞いて、夜中頃館を飛出し、河鹿川に降つて水垢離を取り、一生懸命に其恢復を祈つた。 (大正一二・一・二九旧一一・一二・一三松村真澄録)