| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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霊界物語 | 64_下_卯エルサレム物語2 | 17 茶粕 | 第一七章茶粕〔一八二三〕 ブラバーサの親切を罵詈と叱咤を以て報ひ、箒で掃出さむ許りの待遇をして追返した。その翌日、狭苦しい霊城の日の丸の掛軸の前に、オコリが直つたやうな調子でお寅はチョコナンと坐り、天津祝詞を奏上し始めたり。 (祝詞)『小北の山を始めエルサレムの霊城に神つまります、底津岩根の大弥勒の大神、日出神の命もちて、三千世界の救世主、寅子姫命、つまらぬ餓鬼を腹立ち連の、ヤクザ身魂の為に、身禊払ひ玉はむとして、現はれませる荒井戸の四柱の大神、もろもろの曲事罪穢を払ひ玉へ清め玉へ、ブラバーサ、お花の悪魔を退け玉へと申す事の由を、天の大神地の大神、底津岩根の神達共に、徳利聞し召せと畏みも申す。ミロク成就の大神様、上義姫の大神様、義理天上日出大神様、大広木正宗彦命様、木曽義仲姫命様、朝日の豊阪昇り姫命様、岩根木根立彦命様、天の岩倉放ち彦命様、厳の千別彦命様、四方の国中彦命様、荒ぶる神様、貞子姫命様、言上姫命様、その外世に落ちて御苦労遊ばした神々様、一時も早く世にお出まし下さいまして、神政成就、万民安堵の神世が立ちますやう、偏にお願申します。あゝ惟神霊幸倍坐世』 ポンポンポンポンと四拍手し終り、 お寅『これトンクさま、もうお茶が沸いただらうな』 トンク『ハイ、夜前から沸いて居りますよ』 お寅『さうかいな、ソンナラ一寸、ここへ持つて来ておくれ。久し振りで大神様にお祝詞をあげたものだから、喉が渇ついて仕方がない。あんまり熱いと舌をやけどするから、そこは飲みかげんにして、トツトと持つて来ておくれや』 トンク『ハイ、今持つて参じます。オイ、テクの奴、早く土瓶をかけぬかい』 テク『土瓶をかけと云つたつて、夕べの騒ぎで、天にも地にも掛替のない土瓶君、切腹して了つたぢやないか』 トンク『エー、気の利かぬ、今の中に、それ表の瀬戸物屋へ行つて買つて来るのだ。同じ事なら白湯の沸いたのがあつたら、白湯ぐち買つて来ればいいぢやないか。サアサア、ソツトソツト、足音を忍ばせて』 テクは小便しに行くやうな顔してソツと表へ出て了つた。 お寅『これこれ、何を愚図々々してゐるのだい。早くお茶をおくれと云ふのに』 トンク『ハイ、今差上げます。一寸待つて下さいや』 お寅『何とまア、早速間に合はぬ男だこと。あまりの愚図で、可笑しうて臍がお茶を沸かしますぞや』 トンク『私だつて夕べの生宮様と、ブラバーサとの掛合を聞いて居つて、臍が夕から茶を沸かして居りますよ。本当にブラバーサの態つたら、なかつたぢやありませぬか』 トンクは話を横道へ外らし、一寸でも暇を入れて、テクが帰つて来る時間を保とうとして居る。お寅はブラバーサの攻撃らしい事をトンクが云つたので、喉の渇いたのも忘れて了ひ、 お寅『そら、さうだろ。お前だつてのう、トンク、あの態を見たら臍がお茶を沸かす所か、睾玉まで洋行するだらう』 トンク『ヘーヘー、そらさうですとも。肝が潰れて、おつたまげる所か睾丸はまひ上る、おへそは腹がやける程、熱い茶を沸かします。イヤ、モウ、茶々無茶で厶いましたわい。チヤンチヤラ可笑しい。何程偉さうに云つても生宮様の前に現はれたら、丁度猫の傍へ鼠が来たやうなものですが、ニャーんともチュのおろしやうが厶いませぬわい。エー、テクの奴、気の利かない野郎だな。土瓶を折角買つて来た処で湯が沸く間が五分や十分かかるだらうし、此間何と云つてごまかしておかうかな』 と口の中で呟いてゐる。 お寅『これこれトンクさま、今小さい声で云つた事、いま一度、云つて下さい。ごまかすとは、ソラ、誰をごまかすのだい』 トンク『ヘー、何で厶います。ブラバーサも立派な宣伝使だと威張つてゐますが、生宮様の鼻の息に、もろくも散つた処を考へて見ますと、籾粕か胡麻かすか、かるい代物だなア……、とこのやうに云ふたのですわい』 お寅『ホヽヽヽ、籾粕ぢやのうて、揉み消すのだらう。胡麻粕ぢや無うて、うまい事生宮を、ごまかす積りだらうがな。ソンナ嘘を喰ふやうな生宮ぢや厶いませぬぞや』 トンク『イエイエ、決して決して、勿体ない、大弥勒様の生宮を、ごまかすなぞと、人民の分際として、そんな大それた事が出来ますものか。第一、私の頭が世の中の悪潮流に、もみにもみ潰され、悪者共に、ごまかされ、脳髄が、ひつからびて、カスカスになつてゐますもの、どうして生宮様のやうに当意即妙の智慧が出ますものかい』 お寅『これ、トンク、早くお茶を、おくれぬかいな』 トンク『ハイ承知致しました。実の処は土瓶の奴、あの、何です。ブラバーサの態度に呆れたものと見えまして、腮を外し、腹迄破つて、てこねて居るのですよ。それだから、最も新しい、真新な、清新な土器を買つて来て、今日の初水を沸かし、進ぜ度いと存じまして、今テクに買ひにやつた所で厶います。どうぞ一寸、お待ち下さいませ』 お寅『いかにも、そりや結構だ、いい処へ気がついた。何と云つても生宮様のお飲り遊ばす土瓶と、トンク、テクの奴連中と、今迄のやうに一つの土瓶で茶を沸かして居つたのが間違だ。今日から新しくなつて、イヤ誠に結構だ。神様もさぞ御満足遊ばすだらう』 トンク『それに、生宮様、よう考へて御覧なさい。半狂人の曲彦や、お花さまが使つてゐた土瓶ですもの。夕べの騒ぎで、生宮様のお臂を使ひ、神様がお土瓶様を、滅茶々々にお割り遊ばしたのだと、私はこのやうに、おかげを頂かして貰ひますわ』 お寅『成程、お前の云ふ通り、妾の聞く通り、チツとも間違ありますまい。ホヽヽヽ』 かかる処へ、テクは青土瓶をひつ下げて帰り、 テク『イヤ、これはこれは、お早う厶います。サアお茶が沸きました。どうぞお飲り下さいませ』 お寅『これテクさま、新の土瓶を買つて来て下さつて誠に結構だが、湯を沸かすのなら、何だよ、初めてだから、あまり熱いお湯を沸かすと、お尻が割れますぞや。そして燻べぬやうにせないと、直お前の顔のやうに真黒になるからな。上等の炭火で沸かして下さいや』 テク『ヘー、瀬戸物屋の爺、仲々気の利いた奴で、新の土瓶で湯を沸かすのは仲々むつかしい、商売柄、一つ教へてあげませう、と云ひましてな、それはそれは立派な唐木で作つた角火鉢の上に、ソツとのせて、上等のお茶をチヨツトつまみ、ガタガタガタと沸かして呉れました。本当に飲み加減ださうで厶いますよ』 お寅『そりや仲々気が利いてゐる。サア一つこのコツプについで下さい』 テク『ハイ、承知致しました』 と路地口でソツと垂れ込んでゐた小便の汁を七分許りついで、恭しく手盆に乗せ、おち付き払つてお寅の前につき出す。お寅は喉が渇いてゐるので、小便とは気が付かず、飛びつくやうにして、グイグイグイと飲み終り、 お寅『ハ、何だか、妙な香がするぢやないか』 テク『何と云つても、土瓶が新で厶いますから、薬の香がチツトは出るさうです。どうです、も一杯、つぎませうか』 お寅『イヤ、もう結構だ、とは云ふものの、コンナ結構なお土瓶のお新のお茶をお粗末にお取扱する御訳にはお行き申さぬから、も一杯ついで下さい』 テク『ヘー承知致しました』 と云ひ乍ら又もやコツプに今度は九分五厘迄注いで見た。 お寅『ホヽヽヽヽ、何と、色よう出てゐること、エー今日は御褒美に大弥勒の太柱、日出神の生宮のお下りを、お前にも飲まして上げやう。結構な結構なお茶様ぢやぞえ。サア、テクさま、頂いて下さい。滅多に生宮様の口のついたお茶碗で頂くと云ふ事は出来ませぬよ』 テク『イヤ、もう沢山で厶います。今日は何だか腹が張つて居りますので、水気は一切、欲しくは厶いませぬ』 お寅『このお茶さまはな、御供水も同然だ。生宮が頂けと云つたら、反く事は出来ませぬぞや』 テク『どうか、おかげを、トンクに譲つてやつて下さいませぬか』 トンクは、テクの奴どうも怪しい、途中で小便でもこいておきやがつたのぢやあるまいかと、やや疑ひ初めてゐた最中なので、 トンク『ヤー、俺も結構だ。今日は水気一切飲み度くない。テク、お前が生宮様から頂かして貰つたのだから一滴もこぼさず、御神徳だ、グツと、思ひ切つてやつておき玉へ。俺としては、どうも、何々ぢや、マア自業自得だ。サアサア頂いた頂いた』 お寅『これほど結構なお茶様が、お気に入らぬのかいな。ソンナラ仕方がない、このお茶さまは、下げて、あげる。イヤ、お茶さまは放かしなさい。そして、土瓶を灰でスツクリ中から外迄柄迄、研いておくのだよ』 テク『ハイ、承知致しました』 と匆々に裏口の溝溜りへ鼻に皺寄せ乍ら打ちあけ、灰と水と笹[※校定版では「簓(ささら)」という文字に直している。]とで大清潔法を行ひ、チヤンと走りの棚に安置しておいた。 お寅『これ、テク、トンクの両人、俄かに、干瓢が欲しくなつたから、町へ出て一斤程買つて来て下さいな』 テク『ハイ、エー、私一人お使に参ります。お気に入りのトンクは、どうかお側に於てやつて下さい』 お寅『イヤイヤお前のやうな口穢いものは、一人やると、道で干瓢をしがみて了ふから目方が減つて大変な損害だ。口近いものはヤツパリ行儀のよい、トンクに買つて来て貰はう。その代りにお前は一寸使に行つて下さい。エルサレムのお宮へ、私の病気が本復したのでお礼詣りにだよ』 テクとトンクは『ハイハイ』と二つ返事で小銭を、引ツつかみ立つて行く。干瓢はツヒ近くの店にあるので、十分たたぬ間にトンクは一斤程買求めて帰つて来た。 トンク『生宮様、えらう遅うなつて済みませぬ』 お寅『おそい所か、お前は夏の牡丹餅だよ。本当に足が早いぢやないか。使歩きは、お前に限るよ。今日は、この生宮が干瓢を煮いて神様にお供へをしたり、お前にも頂かしたいから手づから、お料理をしませう。テクの奴、エルサレムのお宮へ詣れと云つておいたのに、又どこに、外れて行くか分らないから、お前、御苦労だが一寸調べて来て下さらないか』 トンク『成程、委細承知致しました』 と云ふより早く、窮屈の皺苦茶婆アの小言を聞いて居るより、外の空気に触れた方が面白いと、匆々に出でて行く。その後でお寅は干瓢に鰹のだしを入れ、グツグツと膨れる処迄煮き上げ、神様にもお供へをし、自分とトンクとの分をしまひおき、あとの残つた干瓢を、暫らく水に浸し、甘味をぬいて了ひ、再び土瓶の中へつツ込み、シスセーナをやつて、再び火鉢に土瓶をかけ、グツグツグツとたぎらし、テクの膳を出して、皿に一杯盛つておいた。暫くすると、トンク、テクは怖さうに帰つて来た。 トンク『もし生宮様、エー途中でテクに出会ひまして、無事に帰りまして厶います』 お寅『アヽそれはそれは御苦労千万、さア腹が減つただらう、朝御飯を食つて下さい。私もお前さまと一緒に御飯を食らうと思つて、空腹をかかへて待つて居つたのだよ』 トンク『それはそれは。炊事迄生宮様にさせまして、オイ、テク、頂かうぢやないか。大弥勒様のお手づからの御料理だ。コンナ光栄は、滅多にあるまいぞ』 お寅『今日は生宮が炊事をするけれど、明日からはトンクさまに願ひますよ』 トンク『はい、承知致しました』 と三人は食卓を囲み、干瓢の副食物で、朝飯をパクつき初めた。 トンク『何とマア、干瓢の味がいいぢやありませぬか。何ともかとも知れぬ味が致しますワ』 テク『ン、うまいな、然し、チツと臭いぢやないか』 トンク『何、臭いのが価値だ、鰹の煮だしの香だよ』 テク『さうだらうかな』 と云ひ乍ら、お寅もトンクも、甘さうに喰つてゐるので、自分も怪しいと思ひ乍ら、一切れも残さず平げて了つた。 お寅『ホヽヽヽヽ、これテク、どうだつたい。お前には特別の御守護が与へてあるのだよ。最前の返礼にな。チツと許り、お報いしたのだから、悪う思つて下さるなや、ホヽヽヽヽ』 テクは小田の蛙の、泣きそこねたやうな面をし乍ら、ダマリ込んで了つた。そこへスタスタ帰つて来たのはツーロであつた。 ツーロ『御免なさい。えらう遅くなつて済みませぬ。只今かへりました。ヤア、トンク、テクお前は、もう帰つてゐるのかい』 トンク『貴様、どこへ行つて居つたのだい。生宮様は大変に立腹して厶つたぞ。まるで鉄砲玉のやうな奴だな。出たら帰る事を知らないのだから、困つたものだよ』 ツーロ『ナニ、大変暇がいつて、すまなかつたが、その代り生宮様に対し、ドツサリとお土産を持つて来たのだ。お釈迦様でも御存じないやうな、秘密を探つて来たのだからなア』 お寅『これ、ツーロ、妾におみやげとは、ドンナ事ぢやいな。大方お花と大広木さまとの秘密でも探つて来たのだらう』 ツーロ『イヤ、御賢察恐れ入ります。私も実は、ヤクの後をおつかけて参りました所、行衛が知れないので申訳がないと存じ、二三日アメリカン・コロニーの食客をやつてゐましたが、大広木正宗さまとお花さまとが、カトリックの僧院ホテルで新ウラナイ教を立てられると云ふ事を聞き、ソツと見に行つた処、ヤクの奴、階子段の下に大の字になつて、フンのびてゐるぢやありませぬか。大勢のボーイがよつて、ワイワイ騒いでゐる、医者が出て来る、大変な騒動でしたよ』 お寅『何と、マア天罰と云ふものは、恐ろしいものだな。此生宮の面態を泥箒でなぐつた報ひだらうよ。それで一寸、溜飲が下りました。どうも神さまと云ふものは、偉いものだわい。そしてお花や大広木正宗さまの様子は聞いて来なかつたかい』 ツーロ『ヘーヘー、聞くの聞かぬのつて、大変な事が起つて居ります。守宮別の大広木さまはお花さまと結婚式を挙げ、新宗教を樹てやうとして厶つた所へ、有明屋の綾子と云ふ白首が会ひに来たものですから、お花さまと大喧嘩が起り、大広木さまは種茄子を引張られて目をまかすやら、お花さまは頭を殴られて発熱し、囈言許り云ふので、博愛病院へ入院しました』 お寅『ホヽヽヽ、何とマア神さまは偉いお方だな。誠さへ守りて居りたら神が敵を打つてやるぞよと、いつも日出さまが仰有るが、ヤツパリ悪は善には叶ひますまいがな、然し有明屋の綾子と云ふ女、気の利いた奴だ。蹴爪の生えたお花と喧嘩するなぞと、本当に末頼もしい。ドーレ、それでは、守宮別さまの御見舞に行かねばなるまい。所在が分つた以上は、一刻も猶予は出来ぬ。トンク、テク、お前は神妙にお留守をしてゐて下さい。必ず小便茶なぞを沸かしてはなりませぬぞや。これツーロ、案内しておくれ』 ツーロ『ハイ、承知致しました』 と先に立ち出でて行く。お寅はダン尻をプリンプリンと中空に、ブかつかせ乍ら、表街道へ出て、ツーロと共に自動車を雇ひ、カトリックの僧院ホテルを指して急ぎ行く。 (大正一四・八・二一旧七・二北村隆光録) |
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122 (2924) |
霊界物語 | 64_下_卯エルサレム物語2 | 18 誠と偽 | 第一八章誠と偽〔一八二四〕 僧院ホテルの第二号室には、守宮別と綾子の二人が、喋々喃々と何事かしきりに喋べり立てて居る。 守宮別『これや、綾子、昨日は俺の睾丸を引張つて締め殺さうとしたぢやないか。それほど憎い俺を、再び訪ねて来るとは合点がゆかぬ。此間の払ひでも請求に来たのかな』 綾子『私は貴方が、独身生活をして厶るお方だと許り思つて訪ねて来ましたのに、化物のやうな女が口の間に寝て居るものですから、嫉けて耐らず、前後を忘れて真に済まない事を致しました。どうぞ耐へて下さいませねえ』 守宮別『エー、よしよし、過ぎ去つた事は仕方が無いわ。あのお花と云ふ奴、見かけによらぬ淫乱婆アでね。妙な関係になつて、俺も鳥黐桶に足をつきこみたやうな目に遇つて居たのだ。幸ひお前が来て喧嘩して呉れたおかげで、お花も諦めがついてよいと、実は喜びて居るのだ』 綾子『私だつて昨夕はゆつくり貴方と語り明さうと思ひ、親方さまにお暇を願ひ折角やつて来ましたのに、あの騒ぎで恋しい貴方と引きわけられ、有明楼に送り返された時の残念さ。昨夜は一目も眠めなかつたのですよ。幸ひ私の父が怪我をして床について居るものですから、見舞にやらして呉れと親方にねだり、やつとの事で恋しい貴方のお側に来る事が出来たのですわ。貴方は本当に罪な方ですね。本当は守宮別さまで在り乍ら、私に漆別だなぞと、よう胡麻化されたものですなア。お寅さまとも深い関係があるなり、お花さまとも関係があり、其上又私とも関係をつけ、女に気を揉まして喜んで居ると云ふ、女蕩しの、後家倒しの勇者だから、本当に私も安心が出来ませぬわ。コンナ気の多い人、ふツつりと思ひ切らうかと、幾度か思ひ返して見ましたが、どうしたものか罪な貴方が、可愛ゆうて可愛ゆうて、忘れられないのですよ。どうか私を下女になつと使つて、お傍において下さいな。本妻にならうなどと、ソンナ欲望は起しませぬからな』 守宮別『何と云ふお前は立派な女だらう。お前の父親のヤクは、仕方の無い代物だが、何で又アンナ男の胤に、お前のやうな立派な淑女が生れたのだらうかな。まるきり雀が鷹を生みたやうなものだよ』 綾子『ホヽヽヽヽ、私を讃めて下さるのは嬉しう厶いますが、肝腎のお父さまをさうこき下して貰ふと、些と許りお腹の虫が騒ぎますよ。ねえ旦那さま』 守宮別『ヤアこれは失礼、誠に悪かつた。お前のやうな女を女房にしたら、一生の幸福だらうよ。良妻賢母の模範になるかも知れないよ』 綾子『今日の所謂良妻賢母にや成りたくはありませぬわ。良妻賢母などと云つて、孔子とか孟子とか云ふ唐の聖人が、女の道徳許り説いて、男の事は些とも云つて居ないぢやありませぬか。第一に良妻とはドンナ型の婦人を指すのか、それから定めて置かねばつまりませぬわ。此事についちや、女子大学の先生だつて、的確な説明は出来ますまい。夫は晩酌の相手や飯焚き許りさしておいて、良妻だと云つて居りますが、私に云はすと、忠実な下女たる事を強要して居るものでせう。小供が悪戯をすれば、お前の躾が悪いからと妻君を叱りつける許りで、賢母の何たる事を弁へない男が多いのですわねえ』 守宮別『如何にもそれやさうだ。仲々利口な事を云ふわい。それが所謂良妻賢母になるべき資格を持つて居るからだ。オイ綾子、三千世界にお前より外に、私は好きな女はないのだからな。どうだ、これから一つ千辛万難を排し、恋の勇者となつて善良な夫婦の模範とならうぢやないか』 綾子『私は善良なる妻として、どこ迄も仕へますが、旦那さまのやうに、沢山な細女をお持ちなさつては、善良な夫とは世間から云つて呉れますまい』 守宮別『それやさうぢや、実に困つた事をしたものだよ。あの執念深いお寅だつて、お花だつて、仲々この儘にしておいて呉れる道理もなし、一層の事病院で死んで呉れるといいのだけれどなア』 綾子『旦那さま、ソンナ無情な事が厶いますか。私も昨夜は嚇と腹が立ちましたが、家にかへり、よく考へてみましたが、どれ程旦那さまが恋しうても、あれ程年をとられたお寅さまや、お花さまがいらつしやるのに、若い私が独占すると云ふ訳にはいけますまい。何程旦那さまが私を愛して下さつても、お二人の方に対してすみませぬもの。私の若い年や美貌で、恋を争ふのなら、何程お寅さまやお花さまが、かにここをこいて気張られても耐へませぬ。きつと月桂冠は私が取りますが、併し人間と云ふものは、そんな我儘勝手は出来ますまい。どうか、お寅さまと、お花さまの仲を和合させ、仲好う暮して下さいませ。私は下女となつて忠実に勤めさせて頂きますから』 守宮別は綾子の言葉の意外なるに驚歎しまじまじと顔を打ち守り乍ら、 守宮別『ヤア綾子、お前は本当に神様だよ。しかも平和の女神様だ、俺も今迄の心をすつぱり改めて、善良なる夫となるから、どうぞ見捨てて呉れな』 綾子『ハイ、どうして見捨てませう。併し旦那さま、私だつてお花さまだけの年を取つて居りましたら、きつとお花さまのやうに見捨てられたかも知れませぬよ。それを思ふと、お花さまや、お寅さまに気の毒で耐りませぬわねえ』 かく話して居る所へ夜叉の如き面貌で、ツーロの案内につれ登つて来たのはお寅であつた。 お寅『ハイ御免なさいませ。憎まれ者のお寅が、お一寸お邪魔を致しましたが、どうか暫くでよろしいから、守宮別様に御面会が願ひとう厶います』 と三号室[※守宮別と綾子が居るのは二号室。三号室は隣の部屋。]に立ちはだかつて呶鳴つて居る。守宮別は此声を聞いて肝を潰し、夜具を頭から引つかぶつて、 守宮別『ヤア大変だ、お寅がやつて来た』 と云ひ乍ら身体をビリビリふるはして居る。 綾子『ホヽヽヽヽ、あのまア旦那さまの気の弱い事。お寅さまが御訪問下さつたぢやありませぬか。別にこれと云ふ悪事を遊ばしたのでもなし、正々堂々とお会ひなさつたらどうですか』 守宮別『ヤ、煩さい煩さい。留守だと云つて逐帰して呉れ、頼みだから』 綾子『留守でもないのにソンナ嘘が申されますか。ソンナラ私が代りにお目にかかりませうか』 守宮別『おけおけ、又撲りつけられて、病院行をせなくてはならないやうになるぞ。アンナ狂人婆には誰だつて叶はない。况てお前の美しい顔を見よつたら、悋気の角がますます尖つて、ドンナ目に遇はすか知れやしないわ』 綾子『ホヽヽヽヽ、何を仰有います。女一人と、女一人、何程強いとて知れたものぢや厶いませぬか。それなら私がお寅さまに御挨拶に行つて来ます。どうか折を見て御挨拶に出つて下さいませ』 と云ひ乍らドアを開け、三号室に悠々と現はれ見れば、お寅は火鉢の前に座を占て、すぱりすぱりと煙草を燻らして居る。 綾子『アヽこれはこれはお寅さまで厶いますか。好くこそ旦那さまを訪ねて上げて下さいました。ちつと許り御不快でやすみて居られますので、私が代つて御挨拶を申上げます。私は有明家の賤しい勤めをして居ります綾子と云ふ芸者で厶います。ふとした事から守宮別さまの御贔屓に預かり、お世話になつて居ります。どうかお見捨てなく、宜しうお願ひ申します』 と両手をついて慇懃に挨拶をする。 お寅『お前があの評判の高い有明家の綾子さまですかい。見れば見る程お綺麗なお子ですこと。成程守宮別さまが首つ丈はまつて、呆けられるのも無理は厶いますまい』 綾子『素性の賤しい女で厶いますから、到底神様の御用をして入らつしやるお方のお傍へは、寄りつけないのですけれど、神直日大直日に見直し聞直されて、赦されて居るのです。私の父がひどく御厄介になりましたさうで、有難う御礼申上げます』 お寅『お前のお父さまと仰有るのは、誰人の事だい』 綾子『ハイ、あの酒喰ひの仕方のないヤクで厶います』 お寅『ナントまア、縁と云ふものは不思議なものだなア。さう聞くとヤクさまの目許にお前さまの目はよく似て居ますわ。どうして又ヤクさまのやうな男に、コンナ娘が出来たものだらうかな。時に綾子さま、お前さまは噂に聞けばお花さまを逐出したと云ふ事だが、私はそれを聞いて本当に痛快に思ひましたよ。どうか精々死力を尽して、あの悪魔を排除して下さい。守宮別さまの御身の為だからなア』 綾子『お寅さま、承はりますれば貴方は、守宮別様とは師弟以外の深い深い御関係がお有り遊ばしたと云ふ事ですが、それや本当で厶いますか』 お寅『本当だとも、神様から結ばれた御魂の夫婦だよ』 綾子『それに又お花さまにお譲り遊ばしたのですかい』 お寅『決して譲りませぬ。お花の奴いろいろと奸策を弄し守宮別さまをちよろまかし、私の男を横取したのですよ。本当に仕方のない売女ですよ』 綾子『そりや大変お気が揉める事で厶いませうね。御心中お察し申します。私だつてやつぱし守宮別さまを横取したやうになりますわ』 お寅『そらさうでせう。併し乍ら私の男を貴方は取つたのぢやない。私の男はお花が取つたのだ。お花の男を又お前さまが取つたのだ。それだから私はお前さまに対して感謝こそすれ恨みなどは些とも懐いては居ませぬよ。お前さまがあつたらこされ、私の胸が晴れたのですよ。本当に御器量と云ひ、スタイルと云ひ、お賢い処と云ひ、守宮別さまには打つてすげたやうな御夫婦ですわ、オホヽヽヽ』 綾子『誠にすみませぬ、畏れ入りました』 お寅『これ綾子さま、お花は博愛病院へ入院して居るさうだが、彼奴が帰つて来ても負けちやいけませぬよ。お前さまの美貌と愛嬌とで守宮別さまを蕩かし、お花の方へは一瞥もくれないやうに、守宮別さまの心を翻して下さい。私も力一杯お前さまに応援しますからなア』 綾子『私は貴女に会はす顔が厶いませぬ』 と差俯向いて顔をかくす。守宮別は最前から様子を考へて居たが余りお寅の話ぶりが穏かなのでやつと安心し、アアと欠伸をしながら、三号室に出で来り、 守宮別『ヤ、これはこれはお寅さま、ようまあ来て下さいました。些と許り私はお花の奴に睾丸を締め上げられ、此通り顔は掻きむしられ、蚯蚓膨が出来ましたので、臥せつて居りました。さアどうぞお茶なと呑つて下さい』 お寅『ホヽヽヽ、妙な顔だこと。あまり箸豆なものだから、天罰が当るのですよ。全く日の出さまがお花の手を借りて、貴方を御折檻なされたのだ。よい加減に御改心なさらぬと、怖い事が出来ますよ。又なんであんな色の黒いお花に呆けたのです。大方悪魔に魅られたのでせう』 綾子『お二人様のお話の邪魔になるといけないから、一寸失礼さして頂きます。父が病室を其の間に見舞ふてやりますから』 と粋を利かして此場を退いた。 お寅『これ守宮別さま、なぜお花のやうなガラクタ霊にお前さまは呆けるのだい。私と約束した事を、お前さまは反古にする気かい』 と胸倉をグツと取つて揺する。 守宮別『ヤお寅さま、御立腹は尤もだが、これには深い深い訳があるのだから、決してお寅さまを捨てはせぬから、まアとつくりと私の腹を聞いて下さい』 お寅『ヘン、また例の慣用手段を弄し、お寅を胡麻化さうと思つたつて、今日は其手には乗りませぬよ。サ一伍一什を白状しなさい。大それた結婚するなぞと、あまりぢやありませぬか』 守宮別『まアお寅、気を落ちつけて私の云ふ事を一通り聞いて呉れ。実はな、お前と私と、かうして日々宣伝をやつて居ても、軍用金があまり豊富でないものだから、立派な家を借る訳にもゆかず、あんな狭い露地の家で、ミロクの御霊城だと何程叫んで見た処で駄目だから、そこでお花の懐中にある一万円の金を此方へひつたくり、お前とホテルでも借り、お前と大々的宣伝をやらうと思つて、甘くお花の喉許に入り、八九分成功して居る所だから、さう慌てずに暫く見て居て呉れ。さうすれやお前も私の誠意が分るだらうから、何と云つても金の世の中だからのう』 お寅『なる程、それで分りました。併し祝言の盃したのは、チツと怪しいぢやありませぬか』 守宮別『誰が心の底から祝言なんかするものかい。そこ迄して見せぬとお花が安心せないからだ』 お寅『成程、滅多に守宮別さまに、ソンナ馬鹿な事があらうとは思はなかつたですよ。日の出の神さまも矢張偉いわい。仰有つた通りだもの』 守宮別は、 守宮別『ハヽヽヽ、仕様もない』 お寅『併し乍ら、これ守宮別さま、有明家の綾子に、お前さまは有頂天になつて居るぢやないか』 守宮別『なに、お花の気を揉まして、悋気の角を生やさせ、二人に競争させて、お花の懐中の一万円をおつ放り出させる算段だ。あの綾子は決して俺との間に妙な関係は結びて居ない。彼奴は芸者だから、金さへ遣れや、どんな芝居でも打つ代物だから、俺に惚たやうな顔をして、お花に競争心を起させ、ますますあれの愛着心を強うさせ、一万両をおつぽり出させ、お前にそつと渡すと云ふ俺の六韜三略だよ。何と甘いものだらう』 お寅『遉は軍人育ち丈あつて、軍略にかけたら偉いものだ。日の出の神も守宮別の神謀奇策には舌を捲きませうわいホヽヽヽ』 (大正一四・八・二一旧七・二於由良海岸秋田別荘加藤明子録) |
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霊界物語 | 66_巳_オーラ山の山賊 | 11 亞魔の河 | 第一一章亞魔の河〔一六九三〕 スガコはオーラ山の岩窟に玄真坊につれ込まれ、天国に於ける神の族籍を査ぶる為と称し、一週間も待たされてゐた。彼は其間に無聊を慰むる為、望郷の歌を唄つてゐた。 スガコ『オーラの峰は高く共此谷川は深く共 吾身を育てはぐくみし誠の親の御恵に 比べまつれば九牛の一毛だにも如かざらむ 夜な夜な通ふ風の足吾垂乳根の父上の 居間の雨戸を訪れてさやぎまつれど如何にせむ 風に霊なく言葉なく吾言霊をまつぶさに 伝へむ由もなく斗り父は吾身の行く末を 案じわづらひ玉ひつつ歎きに沈み朝夕の 食物さへも進まずに吐息をつかせ玉ふらむ あゝ恋しや父の御顔容妻に別れて只一人 浮世の風にもまれつつ妾を杖とし力とし 後添さへも持たせられず恵みはぐくみ玉ひしを 夜の嵐に誘はれて一人の娘は雲がくれ 探ねむ由も荒風の野原を亘る声斗り 悲しみ玉ふ有様を今目のあたり見る心地 吾身に翼あるならば此岩窟を脱け出でて 帰らむものとは思へ共玄真坊のいぶかしき 其まなざしにいとめられ進みもならず退きも ならぬ苦しき果敢なさよ玄真坊といへる人 自ら天の神様の化身といへど訝かしや 別に変りしこともなく朝な夕なに吾側に い寄り添ひ来て厭らしき目色を注ぎ忌まはしき 言葉の端の何となくいとも卑しく思ほゆる 醜の曲霊の取憑り世を紊さむと企らみて かかる悪戯なすならむあゝ惟神々々 梵天帝釈自在天大国彦の大御神 一日も早く吾胸の雲を晴らさせ玉へかし 大日は照る共曇る共月は盈つ共虧くる共 仮令大地は沈む共神の御恵父の恩 一日片時忘れむや神の形に造られし 妾は神の子神の宮神に等しき此身にも 曲の雲霧かかるとは実に訝かしき世の様よ あはれみ玉へ天地の誠の神の御前に 慎み敬ひ願ぎまつる。 思ひきや誠の神と思ひしに 吾身を恋ふる神司とは。 いと聖き神の柱と思ひしに 怪しきことの多き人かな。 此儘に仇に月日を過しなば 妾も曲の餌食とならむ』 斯く歌つてゐる所へ、玄真坊は鍵を以て錠をねぢあけ、ソツと入来り、 玄真『スガコ殿、どうも忙しいことで厶つた。今日は殊更沢山な参詣者で、此方も実に多忙を極めたよ。併し乍ら最早七つ下り、漸く人は家路に帰つたから、先づお前の美しい顔容を見て、一日の疲れを休めようと思ふのだ。何とマア美しい顔だなア』 と厭らしげな笑を湛へ、川瀬の乱杭のやうな歯をニユツと出して、スガコの頬にキッスをしようとする。スガコは驚いて『アレまあ』と言ひ乍ら、象牙細工のやうな白い美しい手で、玄真坊の額をグツと押した。 玄真『アツハヽヽヽ、怖いか、可笑しいか、恥かしいか。テも扨も初心な者だなア。オイ、スガコ、今日初めて天から使が来て、お前の神籍を査べて見た所、マア喜べよ、第一霊国の天人で、而も此方の女房の霊だつたよ。それだから、相応の理に仍つて天に在つては比翼の鳥、地に在つては連理の枝、どうあつても天地相応の真理により、其方と夫婦にならなくちや、やり切れない因縁が結ばれてあるのだ。何だか其方の危難を救つた時から、床しい女だと思つてゐたが、よくよく査べて見れば、右の通り、どうぢや、姫、嬉しいか』 スガコは真青な顔をして、唇を紫色に染め、声を慄はせ乍ら、 スガコ『エー、残念やな、妾は貴方に謀られました。如何したら可からうかな。梵天帝釈自在天様、何卒此急場をお助け下さいませ、惟神霊幸倍坐世』 玄真『アハヽヽヽ、流石は少女だ、ヤツパリ恥しいのだな。初の間は三番叟でも後には深くなるものだ。あゝイヤイヤイヤ、オーハ、カツタカタ、遂には、カツタカタと埒のあくもんだて、結局男子の方が恋にカツタカツタだ、アハヽヽヽ』 スガコは忌々し相な顔をし、眉の辺に皺をよせ乍ら、 スガコ『モシ玄真様、何卒妾をお赦し下さいませ。其代りに外の事なら、どんな御用でも致します』 玄真『ヤア、お前は第一霊国の天人の霊だから、卑しい炊事や掃除などは、霊に不相応だ。只拙僧の神業即ち神生み、人生みの御用さへすれば、こけた箒を起すこともいらない。さてもさても幸運な生れつきだのう』 と玄真坊はスガコに内兜を見透され、蚰蜒の如く嫌はれてゐるのを、恋に晦んだ眼には盲滅法界、あやめも分ず、恋の黒雲に包まれ、得意になつて、うるさく口説きたててゐるのである。スガコは一つ困らしてやらうと思ひ、平気の面を装ひ乍ら、微笑を浮かべて、 スガコ『妾が最も敬愛する師の君様、貴方様は妾の危き生命をお助け下さいまして、天にも地にも代へ難き御高恩、万劫末代、ミロクの代までも忘れは致しませぬ。其上妾の神籍までお調べ下さるとは、何たる勿体ない事で厶いませうか。第一霊国の天人の霊と仰せられましたが、もしや妾は棚機姫の命では厶いませぬかい』 玄真『ヤア流石は偉い者だ。其方のいふ如く全く棚機姫命のお前は霊だよ。星さまでいへば天の川を隔てた、右側の姫星様だ。そして此方は彦星だ』 スガコ『ヤ、それで分りました。棚機様は年に一度の逢瀬とやら申しますが、それは事実で厶いませうか』 玄真『そらさうだ、開闢以来動かす可らざる天律に仍つて、万劫末代きまつてゐる、本当に仲のよい夫婦だよ。天の川を隔てて、年が年中、互に面を見合せて居らつしやる神様の、吾々は霊だからなア。だから私とお前は、朝から晩迄面を見合せ、仲能う暮さねばならぬ因縁があるのだ』 スガコ『成程、左様で厶いますな。然らば、妾と師の君様とは、天に於て夫婦の霊、年に一度の逢瀬とやら、仰せ御尤も。妾も天地相応の理によりまして、七月七日の夜まで師の君様と夫婦になることは出来ませぬなア。まして貴方様は天帝の化身とやら、天帝からして神律をお紊しなさるやうなことは厶いますまい。どうか、此谷川を天の川と見なし、川向ふへ妾をおいて下さらば、それこそ天地合体合せ鏡ぢや厶いませぬか』 と巧く言ひぬけて了つた。玄真坊は……うつかり、口糸をたぐられ、取返しのつかぬことになつて了つた……と一時はギヨツとしたが、中々の曲者、『アハヽヽヽ』と大口をあけ、無雑作に笑ひ乍ら、 玄真『オイ、スガコ姫、本当は棚機姫様ぢやない、モツトモツトモツト奥の奥の立派な立派な神様だ』 スガコ『ヘーエ、そりや又何ういふ神様で厶いますか』 玄真『マアさうだなア、お前の霊は木花姫の大神様、そして俺の霊は岩長姫命だ。それだから、何うしてもかうしても夫婦にならなくちやなるまい。此玄真坊は岩の如く頑として威厳の備はつた修験者。常磐堅磐に、さざれ石の巌となりて苔のむす迄、此世を守る下津岩根の大ミロク様も同様だ。そしてお前の霊は木花咲耶姫命様だから嬋娟窈窕たる花の如き美人、否花にも優る美人、柔よく剛を制すといつてな、お前は柔、俺は剛だ。併し剛又柔を制すといふことあり。剛中柔あり、柔中剛あり、不離不即、密接固漆の関係があるのだから、何と云つても天地から結ばれたる夫婦の間柄だよ』 スガコ『ホヽヽヽあのマア師の君様のヨタを仰有いますこと。岩長姫は御女体、木花姫様も御女体、そして天の神様ではなくて、国津神様の御娘子、御二人様は姉妹の間柄ぢや厶いませぬか。愚昧な妾だと思召、いいかげんに嘲弄しておいて下さいませ。天を以て父となし、地を以て母となし、八百万の神に御説法をなさる貴き御身を以て、月に七日の汚れある女の妾に御からかひ遊ばすとは御冗談にも程が厶いますよ、ホツホヽヽヽヽ』 玄真『イヤもう何から何迄、目から鼻、耳から口へつきぬける計りの大学出の才媛だ。天地を父母とする此玄真坊も、其方には一本参つたワイ、アツハヽヽヽ』 スガコ『ソレ御覧なさい。師の君様は妾に対し冗談を云つてゐらつしやつたのでせう、神様に似合はず、お人が悪いぢやありませぬか』 玄真『イヤ、ナニナニ嘲弄所か、冗談所か、真実真の一生懸命だ。お前の為なら、一つよりない命をすてても構はないといふ覚悟だ。決して嘘言はつかない、冗談は言はない。万一此方の言葉に詐りがあつたら、一つよりない首でもお前に与るワ』 スガコ『ホヽヽヽヽヽそんな首、貰つたつても、煙草入の根付けにもなるぢやなし、仕方がありませぬワ。髑髏にして枕にした所で格好が悪くつて、不釣合なり、廃物利用の利かぬ首つ玉ですからね』 玄真『コリヤ姫、何と云ふ、姫御前の優しい面にも似ず、無茶なことをいふのだ。お前は私のいふことを誤解してゐるな。よく考へてみよ。此玄真坊は神様に仕へる時は即ち天帝の化身であり、神様の御用を休んだ時は一介の修験者だ。神の籍に於ては神の活動をなし、人の籍に於ては人の活動をなし、変現出没自由自在、或時は天に蟠まる竜となり、或時は古池になく蛙となり、時ありては蠑螈蚯蚓になる。之が即ち神の神たる所以だ。ここの道理をトツクリと考へて、いさぎよい返事をしてくれ、なあスガコ』 スガコ『あゝ左様で厶いますか、貴方は神となつたり、人となつたり、甚だしきは蛙となつたり、蠑螈蚯蚓となつたり、何とマア器用な御方ですこと、併し乍ら玄真坊様、私は益々貴方が怖いらしくなつて参りましたよ。そして夫婦になれと仰有る様ですが、私も月に七日の障ある人間の肉体、神様と添ふ訳には行かず、又修験者は女に接する時は死後仏罰に仍つて七万有尋の大蛇となり、且つ修験者に犯された女は八万地獄に墜ちるといふバラモンの教、かう考へてみますれば、修験者としての貴方の妻になる事は絶対に厭で厶います。況んや人間と生れ乍ら、蛙、蠑螈、蚯蚓などと夫婦約束は到底出来ませぬ。どうか悪からず此理由を御賢察下されまして、忌まはしい夫婦関係などには言及なさらないよう、御願申します。其代り妾はどこ迄も、貴方様を師の君様と尊崇し、敬愛し、誠を尽しますから、貴方も妾を愛して下さいませ。そして結構な経文を教て下さい。お願申します』 玄真『マアマア今日はこれ位にしておかう、お前も神経昂奮してゐるから、何を云つても耳に入るまい。女といふ者は一日に七度も心が変るといふから、水の出ばなに何をいつても駄目だ。又風向のよい時にゆつくり話さう程に。左様ならスガコ殿、ゆつくりお休みなさい』 といひ乍ら、やや悄気気味になつて、岩の戸をあけ、吾居間なる次の岩窟に帰り行くのであつた。後にスガコ姫はハツと吐息をつき乍ら、独言。 スガコ『あゝ情ないことになつたものだなア。かやうな所へ拐かされ、悪人輩の恋の犠牲に供せられむとするのか。一度は拒んでみても、かれ玄真坊の燃ゆるが如き恋の炎は容易に消すことは出来まい。何とか彼とか言つて一日送りに日を送り、助け人の来る迄時節を待つより仕方がない。あゝ父上は嘸、妾の行方について御心配して厶るだらう。何とマア不運な父娘だらう。悩み禍の浮世とは云ひ乍らジャンクの家には、これ程迄に禍の見舞ふものか。テもさても残酷な世の中だなア。あゝ惟神霊幸倍坐世。天地の大神あはれみ玉へ救ひ玉へ』 (大正一三・一二・一六旧一一・二〇於祥雲閣松村真澄録) |
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霊界物語 | 68_未_タラハン国の国政改革2 | 02 恋盗詞 | 第二章恋盗詞〔一七二六〕 政治学の研究や、新思想の探究に没頭し、タラハン国上下の現状を痛歎の余り心身疲労し、さしも明敏なりし頭脳も霞を隔てて山を見るが如く、朦朧として鮮明を欠ぎ外の見る目よりは、憂鬱病者かと疑はるる迄に煩悶苦悩の結果殿内深く閉ぢ籠もつて、父王の頑迷固陋なる骨董品的教訓を嫌ひ、又老臣共の時代後れの古風の頭より絞り出した、種々の忠告にも耳を借かず、左守の司の悴アリナを唯一の慰安者となし、己が思想の伴侶となし鬱陶しき日を送つて居たスダルマン太子は、偶々山野の遊びに山深く迷ひ込み、不思議にも、山奥に咲き匂ふ姫百合の花に恋の炎を燃やし、心を後に万斛の涙を心中深く湛え乍ら、アリナと共にタラハン城内へ帰つて来た。 女と云ふものに対しては初心の太子、恋愛と云ふものに対しても尚更初心の太子、美の神の権化とも見るべき清浄無垢の乙女が、人間界をかけ離れた、浅倉谷の山奥に包まれて居た其容姿に憧憬し、数年来の沈鬱性は一変して、危いかな尊貴の身を保ち乍ら、暗雲飛び乗りの離れ業を演ぜむとし、山霊水伯の精になつた美人の相を、自らが得意の絵筆に描いて床の間にかけ、朝な夕な画像に向つて生きたる人に云ふ如く、何事か独語するに至つた。この画像こそ人間の命取り、男殺しの大魔者である。太子の煩悶は以前に百倍し、立つても居ても居られないやうな様子となつて来た。太子の御心ならば、仮令地獄のドン底でも、一つよりない命でも無雑作におつぽり出すと云ふ忠臣にして、唯一の太子の伴侶たる左守の悴アリナは、夜窃に命を奉じ、山奥の名玉、月の顔容、花の姿、温かき雪の肌に包まれた、天津乙女の化身を山奥より引きずり出し、秘に太子の御心を慰めむものと草鞋脚絆に身を固め、服装も軽き蓑笠の夜露を浴びて、主を思ふ心の一筋途、一筋縄では行かぬ左守のシャカンナを、夏の炎天に地上万物を霑す夕立の雨のふるなの弁を振ひ、邪が非でも、縦でも横でも頑固爺を納得させ、肝腎の玉を抱いて帰らねばおかぬと雄健びしながら、タニグク山の山口、玉の川の下流、岩瀬の深森に着いた。夜はほんのりと明け放れむとする時、路傍の岩に腰打ちかけ、二つの黒い影が何だか囁き合つて居る。谷川の岩にせかるる水音に遮られつつ、しかと言葉の筋は解らない。アリナは、谷道に直立して、頭を傾け思ふやう、……もはや夜明に間もない暁の空に二人の男が囁き、合点のゆかぬ事だ哩、噂に聞く左守のシャカンナが一ケ月以前迄抱えて居た山賊の片割ではあるまいか。何は兎もあれ足音を忍ばせ、様子を伺ひ見む……と息を凝らして進みよつた。二つの影は傍に人の寄り添ひ居るとは知らず、盛んにメートルをあげて居る。 ハンナ『オイ君、此間天帝の化身とか云ふ山子坊主が連れて来たダリヤ姫とか云ふ美人のことを思ひ出すと、俺のやうな恋愛観念の濃厚な色男に取つては、実に感慨無量だ。君だつて平素の偽善的言辞も兜を脱いで俺の持論に賛意を表したく成るだらう』 タンヤ『堂々たる天下の男子が、女々しい恋愛だの、神聖だなぞと騒ぎ廻つて風俗壊乱の火の手を煽ふり、自分も又その火中へ喜んで飛び込んで行く悲惨の状態を見ると、実に世の中の奴の腰抜け加減に愛想が尽きて了ふわ。ヘン、泥坊稼ぎの身分でありながら、恋愛の、神聖のとは臍茶の至りだ。オイ、ハンナ、そんなハンナリせぬ腰抜論は聴きたくないから、俺の前ではもう言つて呉れな。気分が悪くなるからのう』 ハ『ヘン、泥坊だつて恋愛論が出来ない理由はあるまい。先づ聞き玉へ、俺の名論卓説を』 タ『今日は僕も死んだ女房の命日だから、供養の為に、君の迷論に対し充分なる攻撃を試みる心算だが、得心だらうねー』 ハ『面白い、僕の恋愛論に口を入れる余地があるならやつて見玉へ。しどろもどろの受太刀が折れて、屹度僕の軍門に降るは火を睹るよりも明かな事実だ。オホン、日進月歩文明の今日では、恋愛論に趣味を持たないものは、最早人外の境域に自ら堕落して居るものだ。この頃僕が大に感ずる事は、性欲とか恋愛と云ふ事に関する議論が、著しく抽象的に成つて居ることだ。然し凡ての議論が反芻的で一度呑み込んだものを、わざと抽象的にして出して居る様に僕には見えて成らぬ。ヤレ恋愛は神聖だとか偏的だとか、性の問題は斯くあるべきものだとか、そんな風に恋愛を自由なものに考へては不道徳だとか、離婚は絶対に不可いとか云つて、婦人会連中が首を鳩めて決議までやつたと聞いて、僕は不可思議な心持ちがするのだ。恋愛とか性欲とか云ふものは、そんなに簡単に無雑作に片付けらるるものだらうか。今の所謂文明人間の言ふが如く、一で無ければ二、二で無ければ三と云ふやうに、簡単に、学問的乃至知識的に片付けて了ふことの出来るものだらうか。僕は何うも左様な考へは持てないのだ』 タ『ヘン、国家危急の場合に当つた今日、恋愛問題なんか唱へる奴の野呂さ加減に呆れざるを得ないわ。そんな問題は極めて簡単に片付けて了ふ方が余程人間らしいぢや無いか。アタ阿呆らしい、学問上道徳上から見ても恋愛なんか口にする奴は、僕は人間の屑だと思つて居る』 ハ『オイ、タンヤ、君は無味乾燥な心理を持つて居る様だが、世の中は理窟で何程押し通したつて、学問や知識でいくら攻めて行つたつて、恋愛と云ふが如き人間生涯に関する大問題を、さう易々と片付ける訳には行かないよ。却てそれは空想だ、徒労だ。どうしても人間には信仰と恋愛が無くてはならないのだから、此問題は極めて慎重に研究すべき価値が充分にあるよ』 タ『恋愛と云ふものは人に由つて霊の方面から観察し、或は肉の方面から見たり、自然から見たり、又は単なる物質から見たりするのもあるが、要するに道徳の範囲内に於てでなければ、神聖な恋愛を論議する事は出来ぬ。万々一道徳を度外したる恋愛を唱ふるものありとすれば、夫れは人間以外の動物の心理状態と云ふべきものだ』 ハ『それは君の無味乾燥な頭脳から割り出した一面の見方であるが、到底完全なる恋愛、または性を捕捉したものとは言はれない。恋愛は元来自然と同様に端倪すべからざる性質のものだ。極端に言へば、恋愛なるものは余りに神聖過ぎて、彼此と論議する事さへも出来ない位のものだ。恋愛を論議された時には、モハヤ其本当のものは何処かに去つて了つて居ると言つても好い位だ。換言せば、恋愛は霊も肉も自然も物質も凡てを打つて一丸と為した処にのみ、恋愛の髣髴が認められるもので、何も彼もが凡て同時にあるのだ。霊肉一致とは好く言つたものだが、夫れでさへ充分で無い程流動的なものだ。だから恋愛を論ずるに当つては君の説の様に、普通の倫理学的論法で、斯うだから彼だとか、彼だから斯うだとか云ふ事は出来ない。普通一般的の事実なら、どんな事でも結果から押して考へて行けば、答へは可成正確に出て来るが、恋愛だけに限つて、さう簡単に片付かないよ。知識や倫理的に成つた時には、最早恋愛とか性とか言ふものの粕屑であつて、君の如き学者や、論客が何程鹿爪らしい議論や意見を立てて、自分こそは古来の恋愛論の上に新しい、そして的確な、正当な、一見地を加へたものと自惚れて居ても、徒に粕屑を握んで金剛石の様に思つて大騒ぎをして居るだけで、恋愛の本体は何時の間にやら千万里の遠方へ滑つて逃げて往つた後なのだ』 タ『君の説は全然道徳を無視し、社会の秩序が紊乱し、家族制度が破壊されても、恋愛さへ満足にやつて行けば、それで天下は泰平だと云つたやうな悪思想だ。人間は自由も恋愛も必要のものだらうが、社会や家庭の秩序を紊してでも恋愛を神聖視するのは、動物性を帯びて、外道の主張だ。僕は賛成する事は出来ないよ。三角問題や、離婚問題が頻々として社会に続出するのも、君の如き悪思想のものが覇張るからだ。恋愛といふものは、成程神聖なものでは有るが、少しは慎みと言ふ事、又は倫理の点を考慮して始めて神聖な恋愛とも云へるものだと思ふ。君の恋愛論は所謂風俗破壊論の変態だ』 ハ『君の様に、恋愛を道徳的問題視し過ぎては、その本体は既に蔭も形も無くなつて了ふ。いつの間にか指の股から滑り落ちて了つて居るのだ。夫れにも気が付かず、後に残つた恋愛の粕屑許りを捉へて、彼此と論議して居る様だ。僕等は、モウ少し夫れを活動的存在物として、刹那々々に深く触れて行く事を念とせなくては成らないだらうと思ふのだ』 タ『恋愛は一夫一婦の厳守に由つて始めて神聖たり得るのだ。そして人間たるものは飽くまでも一夫一婦の道を守つて行かねば人間としての品格が保てない。故に何処までも倫理的で無くては、恋愛は成立せないと思つて、僕は泥坊稼の傍永年努力して居るのだ』 ハ『他人の婦女を強姦し、財産を掠奪するを以てモツトーとする泥坊稼の身で居ながら、一夫一婦論や、道徳心を以て此問題に対し、永年の努力を惜まない君の精神と勇気には大に感服するが、実際其場に臨んで、君の堅固な主張が守れるか守れないかは、第二の問題として、兎に角も努力しようとする其心懸けは僕は愛する。現に僕なども三角状態の苦しい立場に立ち、恋愛の好い加減でない事を痛感し、人間の魂の玩弄すべからざることを痛切に知つた時には、「矢張一夫一婦の制度が結構だなア。さう云ふ風に出来て居るのだなア」と云ふ風に独語せずには居られなかつた事もある。故に僕も愛情の濃かな、一夫一婦の仲、お互に他に目を移す余裕のない、円満にして且つ濃厚な夫婦の仲を尊敬する一人だ。併しそれは原則としてではない。唯好い事だと云ふだけに止めたいのだ。何故ならば自然はそんなに簡単に言つて了ふ事の出来るものでは無いのだ。又一夫一婦が如何に理想的であるからと言つて、皆の人間が訳もなく行ふ事が出来る様では、又出来るやうに此自然が出来て居ては、それこそ人生は単調になつて了つて、微妙な美の波動もなければ、細微な感情の渦巻もなく、全く色彩のない荒涼たるものに成つて了ふ。否夫れだけならまだ我慢が出来るとしても、それでは結局この人生が成り立つて行かない。悪く型にはまつて了つた様になつて、少しの余裕もなく、終には破綻百出するに至るものだ。また単に生殖と云ふ点から見ても、そんな事ではとても人生は成立して行かないのは好く判る。そこで君の一夫一婦説も悪くはないが、皆の人間が夫れになつては困ると云ふ形になるのだ。恋愛はモツト自由で溌溂として、さうした人間の理智や意識で拵へた、希望とか理想とか、道義とか品行とか云ふ型の様なものなどは、幾何出来ても、手早く且つ容易に内部から打壊して了ふ強い力を持たなければ成らないと云ふことになるのだ』 タ『君の如き自由恋愛論者の性欲万能主義者には、僕も大に面喰つた。開いた口が閉がらないわ。何なりと御勝手に喋舌つたが好からうよ』 ハ『誤解しちや困るよ。僕だつて決して自由恋愛主義者ではない。又単に性欲の満足のみを求めて世を乱さうとするものでもない。かつては僕は自然主義の唱道者として、獣類に近い無残な性欲を恣にするものだと云ふやうに、世間から勝手に定められて了つたこともあつたが、決して僕は性欲万能宗の信者ではない。唯僕は恋愛といふものは、さういふ自由な奔放なものだといふ事を主張するのだ。単なる知識になつて了つては、約り前にも云つた通り、粕屑的論議になつて了つては、溌溂とした流動的存在としては、到底そんな風に定めて了ふ事は出来ないと云ふ事を言ひたいのだ』 タ『君の説の如きそんな無検束なことは許せない。君がさう言ふ風に恋愛なるものを見るなれば、それだけでモウ立派な正札附きの自由恋愛論者ではないか』 ハ『その様にも浅く考へたら取れるだろうが、その点は実に難いのだ。そこに非常に深い細かい、ともすれば見落して了ひさうなデリケートな、心理的境地が存在して居るのだ。それは一種の理解であるとも云はれるが、又一種の感激だと言ひ得る。更に言ひかへて人間乃至人生に対する、大きな自然に対する溜息が在るとも言へる。約まり何うにも成らないと云ふ心持に近いものだ。恋愛なるものは到底見通しする事の出来るものではない。単純であつて、併も深奥なものだから、取らうと思へば直そこに在るが、扨て何処までいつても端倪されないものだ。この心持が約まり恋愛の純な所なのだ』 タ『全然君の説は二十世紀頃に生きて居た小説家の田山花袋の様なことを言つてるぢやないか』 ハ『当然だよ。実は田山花袋の恋愛説に心酔して居るのだ、アハヽヽヽ』 タ『オイ、もう夜が明けるぢやないか。恋愛論も、よい加減に幕を卸し、弥々これから本業に取かかるとせうかい。此間天帝の化身と称する玄真坊が連れて来よつたダリヤ姫も頗る素的な美人だつたが、然し彼奴は、既に鼻の先が割れて居る。そんな古めかしいものよりも、どうだ、甘く親分の所在を突き止めて、有らむ限りの胡麻を擦り、元の如く乾児に使つて貰ひ、隙を考へて、スバール姫を奪ひ取り、タラハンの町へそつと連れ行き、金にかへやうものなら、一万両や二万両は受け合ひの西瓜だ。どうだ一つ二人が協力して甘く目的を達成し、其金を以て立派な商売を営み、天晴紳士となつて世を送らうぢやないか。恋愛論も恋愛論だが俺に云はせれば花より団子だ。華を去り実に就くのが最も安全なるやり方だよ』 ハ『俺もお前と約束して此処迄やつて来たのだが、あのスバール姫はどことはなしに優しみがあり、あれ程の美人を娼婦に売るのは何だか可愛さうな気がする。甘く目的を達したら、あの女をそんな泥水に落さず、どうだ俺の女房にスツパリと呉れる雅量はないか。俺だつて何時迄も金鎚の川流れぢやあるまい。きつと頭を上げる時がある。其時にはお前に百万両でもお礼をするからなア』 タ『ヘン、甘い事を仰有りますわい。お前のやうな猿面野郎がスバール姫を恋慕するなんで性に合はないわ。そんな空想を描くよりも、甘く姫を奪ひ取り、お金にした方が何程徳だか知れないよ。又かりに、貴様の女房にスバール姫が成つたとした所で、貴様のド甲斐性では姫を満足さす事も出来まいし、終の果には……ド甲斐性なしだ、腰抜け野郎だ、馬鹿野郎だ……と姫の方から愛想尽かされ、捨てられるのは今から見えて居る。万々一山奥に育つた未通娘だから、お前の意思に従ふにした所で俺をどうするのだ。貴様が出世した時俺に報酬をやると云うたが、貴様の力ではミロクの世迄待つた所で到底覚束ない話だ。それよりも甘く手に入つたら売り飛ばすに限るよ』 ハ『俺とスバール姫とが円満なホームを作り、そして姫は天成の美人だから、立派な美人を生むに相違ない。世の諺にも出藍の誉とか云つて、あんなものがこんなものを生んだかと云ふ事もある。雀が鷹を生む譬もある。然るに況んや孔雀にも比すべきスバール姫、出来た子はきつと鳳凰以上だらう。その鳳凰を今から貴様にやる事の約束して置かう。貴様が夫を女房にせうと何万円に売り飛ばさうと勝手だ。暫く時節を待つてくれ。時節さへ来れば煎豆にも花が咲くと云ふからのう』 タ『ヘン、馬鹿らしい、俺だつて矢張男だ。貴様がスバール姫に恋慕した如く、俺だつて矢張恋慕の心は同様だ。お前は恋愛々々と議論許りで立派に喋舌り立てるが、いつも見事に成功した事はあるまい。十人口説いて一人応ずれば一割に当るから、まんざら捨てたものではないとお前は何時も云つて居るが、百人千人口説いたつて、其御面相では半人だつて応ずるものはあるまい。今迄一人でも成功したものがあるなら云つて見よ』 ハ『ヘン、偉相に云ふない。俺だつて恋愛については、聊か自信をもつて居るのだ。まづ僕の女に対する恋愛の実際は、今日迄の経験上、いつでも半分丈けは必ず成就して居るのだ。要するに恋愛なるものは、男女二人の間に合意的に成立つものだから、其合意的の半分、即ち男の俺だけは確に成功するが、未だ嘗て、女の方に、実際の事を云へば出来た事が無い。それだから僕の恋愛は半分は間違なくきつと成就するのだ』 タ『ウフヽヽヽ、ヘン馬鹿らしい。貴様はよい馬鹿だなア。馬鹿者の典型とは貴様の事だよ。議論許り立派にベラベラ喋舌るが天成の鈍物だから、否馬鹿野郎だからお話にならないわ』 ハ『どこやらの教へにも「阿呆になつて居て下されよ。阿呆程結構なものはないぞよ。阿呆になつて居らねば物事成就致さぬぞよ」と云ふ事があるぢやないか。阿呆は所謂馬鹿野郎だ。俺は馬鹿野郎をもつて天下の誇りとして居るのだ。良う考へて見よ。彼奴は学者だ、智者だ、才子だ、策士だと世間から云はれて居る小賢しい人間よりも、世の中は馬鹿野郎の方が最後の勝利を占むるものだ。天下に油断のならぬものは、美人の鼻声と、阿呆と、暗の夜だと云ふぢやないか。況んや現代の如き神経過敏の病的の世の中では、馬鹿でなくては、世に立つ事は出来ないよ。如何に猛烈なバチルスにも犯されず、バクテリヤにも左右されず、俗物共の相手にもしられず、万事がボーとして無頓着でトボケたやうな、馬鹿気た処に処世上、無限の妙味があるのだ。馬鹿なるかな、馬鹿なるかなだ。サアこれからお前と俺と一致してこの大馬鹿を尽しに行かうぢやないか。シャカンナに取捉まえられて、死損ねになるもよし、スバール姫に肱鉄をかまされて馬鹿を見るもよし、兎も角人間は馬鹿に場数を踏まねば何事も成功しないものだ。一層の事思ひ切つて浅倉谷の方面へ馬鹿力を現はし強行軍と出かけようぢやないか。こんな所に鳶の糞を頭から浴びて石仏のやうに取越苦労をして居るのも馬鹿らしい。サア行かう』 タ『よし、もうかうなりや仕方がない、馬鹿序だ。全隊進めオ一二』 と谷間の細路を小足に刻み乍らチヨコチヨコ進み行く。アリナは万感交々胸にたたへつつ、二人の話を聞いて飽迄追跡し……父娘の危難を救はにやならぬ。いや却つて父娘両人を都へ引き出すには好い機会が出来たのかも知れない……といそいそしながら進み行く。併し乍ら平坦な都大路を車馬の便によつて歩んで居たアリナの足の運びは、到底山野に慣れた山賊の足跡を追撃するには余程の困難を感ぜられた。二人の小盗児の影はいつの間にか山の裾に遮ぎられて見えなくなつて仕舞つた。 (大正一四・一・五新一・二八於月光閣加藤明子録) |
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霊界物語 | 68_未_タラハン国の国政改革2 | 05 変装太子 | 第五章変装太子〔一七二九〕 タラハン城太子殿の奥の間には、スダルマン太子と、アリナがいつもの如く睦しげに首を鳩めて或秘密を語り合つて居る。 アリナ『太子様、昨夜は如何で厶いました。定めてスバール姫様もお喜び遊ばしたでせう』 太子は稍頬を染めながら、アリナに顔を隠すやうな調子で、 太子『いやもう本当に愉快だつた。人生恋愛の成就した時位楽しいものはない。余も生れかへつたやうな心持がしたよ。之と云ふのもお前の尽力の致す所と感謝して居る』 ア『勿体ない何と云ふ事を仰有いますか。臣下が君の為に、所有力を尽すのは当然で厶います。併し乍らタルチンの家は見る影もない茅屋で嘸お窮屈で厶いましたでせう。九五の御身を以て彼のやうな所へお通ひ遊ばすやうにしたのも皆私の不行届きからで厶います』 太『それだと云つて外に姫を匿す適当の家もなし、お前としては力一ぱい尽して呉れたのだ。そんな心遣は無用だ。さうしていつも広い館で起臥して居る吾身は、あのやうな風流な茅屋が大変気に入つたよ。平民生活の味を覚え、昨日初めて平民の気楽な事や、何事も大袈裟でなく簡単に片づく事の味を覚え実に有難かつたよ。初めて人間になつたやうな心持がした。あゝ俺はなぜこんな身分に生れて来たのだらう、門の出入にも仰々しい数多の衛兵に送迎され、まるきり動物園の虎を送るやうな塩梅式だ。出来る事ならお前と俺と地位を代つて欲しいものだ』 ア『左様に思召すのも御無理は厶いませぬ。御窮屈の御境遇察し奉ります。併し乍ら、殿下はタラハン国の君主たるべく使命をもつて、天よりお降り遊ばした神の御子で厶いますから、是許りはどうする事も出来ませぬ。夫故私は能ふ限り殿下の御自由になるやうと務めて居るので厶います』 太『実はアリナよ、お前に折入つての頼みがある。何と聞いては呉れまいかなア。余が一生の願ひだから』 ア『父祖代々厚恩を受けた私の身の上、如何なる事でも身命を賭して承はりませう』 太『早速の承知満足に思ふ。実はアリナお前が俺に変装して暫く此殿内に納まつて居て貰ひ度いのだ』 ア『成程、妙案で厶いますな。私を替玉にしておいて殿下は姫様の匿家へお通ひ遊ばすと云ふ御考案ですか。半日や一日位は化け通す事が出来るでせう。併し長くなりますと化狐の尻尾が見えますから』 太『ハヽヽヽヽ。化狐か化狸か知らぬが、お前の顔は余に生写しと云ふ事だから、瓦を金に化したやうな事もあるまい。どうか頼むよ』 ア『殿下の仰せなれば如何なる事でも謹んでお受け致しますが、金玉の御身に化け済ました所で、塗つた金箔は直に剥げて仕舞ひますから、是れは私に取つて随分重大な役目で厶います。私も今日一日か半日か、仮に殿下となつて太子気分を味はつて見ませう。殿下は暫く平民気分を味はつて御覧なさいませ』 太『アヽ面白い、どうか頼むよ。今日の夕方から薄暗に紛れて頬被をグツスリとなし、労働服でも纏うて鼻歌でも謡ひ出かけて見よう。どうか其服をそつと調達しておいては呉れまいか』 ア『かかる御用命は必ず下るべきものと存じまして、ちやんと用意をしておきました』 太『お前は労働者に知己でもあるのか』 ア『いえ別に知己と云つてはありませぬが、横町の古物商で買つておきました』 太『何から何迄抜け目のない男だな、アツハヽヽヽヽ』 ア『私も亦女と云ふものの肌は存じませぬが、殿下に於かせられてもお初の様に伺ひます。如何で厶いました。随分趣味津々たるものでせうなア』 太『趣味津々どころか天も地もタラハン城は云ふも更なり、自分の命迄どこかへ吸収されたやうな心持になつたよ。世の中に恋と云ふもの位神聖な尊貴なものは有るまいと思ふ。あゝもう耐らなくなつて来た。早く今日の日が暮れないかなア』 ア『殿下、余りぢや厶いませぬか。貴方は恋の勇者、私は云はば恋の敗者否従僕です。従僕の前でさう惚けられては此アリナもやり切れませぬわ、アツハヽヽヽヽ』 太『夫だと云つて「どんな塩梅だつた」などとお前の方から余の情緒を引きずり出さうとするものだから恋には脆き余の魂は知らず知らずに浮いて出たのだ。あゝアリナもう余は耐へ切れなくなつて来たよ』 ア『大変お気に召したやうですが、私は一つ心配が殖えて来たやうです。殿下が神聖な恋愛に魂を傾注されるのは大変結構では有りますが、それが為に王家を忘れ、或は平民にならうなどの野心を起されては、お取持をしたこのアリナは王家に対し国家に対し、死をもつて詫ても及ばないやうな罪になりますから、そこは余り熱せないやう程々に恋を味はつて頂き度いものです』 太『王家は王家、国家は国家だ。王家や国家と恋愛とを混同して貰つては困るよ。余が王位に上れば国の父として万機の政治を総攪し、又恋愛としては上下の障壁を撤廃し、天成の意志によつて思ふ存分愛の情味を味はふ積りだ』 ア『殿下がそこ迄お打ち込み遊した上は到底私の言葉は今の所耳にはお留め下さいますまい。水の出端、火の燃え盛りは、鬼神と雖も是を制止する事は出来ぬとの事。暫く猛烈な殿下の情炎が稍下火になる迄何事も申上ますまい』 太『やア有難い、それが余に対しての忠義だ。余と雖も決して魂は腐つて居ないから、王家や国家を捨てるやうな事はしないから安心して呉れ』 ア『其お言葉を承はり、些しく胸が落ち付きました。どうか充分に注意を払つて完全に恋をお遂げ遊しませ』 太『未だ日が暮れないのかな。アヽどうして今日は又これ程日が長いのだらう。一日千秋の思ひとはよく云つたものだ。やつぱり聖人は嘘を云はないなア』 ア『まだ八つ時で厶います。夕暮迄には二時余りも厶いますから、御悠りなさいませ』 太『どうも、じつとしては居られないやうだ。余が魂は向日の森の茶坊主の館を既に已に訪問して居るやうだ。エヽもう耐らない労働服を貸して呉れ』 ア『夫れはお易い御用で厶いますが、さうお急きになつても昼の内は人目にかかる恐れが有ります。どうして此門をお潜り遊ばしますか』 太『アツハヽヽヽ、そんな心配はして呉れな。今日も早朝から裏の高壁を飛び越える稽古をしておいた。精神一到何事か成らざらむやだ。表門や裏門は衛士が立つてゐるから、余は適当な人目にかからない所から逃出す積りだ』 ア『万々一お怪我でもあつては大変で厶いますから、もう暫くの中お待ちを願ひ度いものです』 太『や、今日だけは自由に任して呉れ。暗雲飛び乗りの芸当も恋の為めには止むを得まい。アヽ、スバール姫はどうして居るだらう。きつと白い首を延ばして余の行く姿を今か今かと窓を開けて覗いて居るだらう。アヽ可愛いものだ。……オイ、スバール今行くから待つて呉れ。きつと余は其方を見捨てるやうな事はしない。「永久に永久にミロクの世迄お前を愛する」と云つた事は滅多に反古にはしないよ』 アリナは頭を掻き乍ら、 ア『もし殿下余りぢや厶いませぬか。何程貴方のお声でも向日の森迄は届きませぬよ。そして私の前でお惚けをたつぷりお聞かせ下さるとは、些と殺生ぢや厶いませぬか。青春の血に燃ゆる私の心も些とは察して頂き度いもので厶いますなア』 太『ウン、それや察して居るよ。そんな事に粋の利かないやうな余ではない。お前も其内、どこかでスバールのやうな美人を探ね出し、妻にしたらよいぢやないか。ま一度どこかの山へ来月あたり遊びに行つて見ようか。又あんな美人に遇ふかも知れない』 ア『殿下もう沢山です。私は神妙に御名代を務めて居りますから、殿下は変装遊ばして思ひ切つてお出なさいませ。些し夕暮には早う厶いますが、恋愛の神のお守りが有れば、人目にかからず安全に姫様のお傍に行かれるでせう。サア労働服を着る事を教へて上げませう。早く錦衣をお脱ぎなさいませ』 太子はアリナの言葉に得たり賢しと無雑作に錦衣を脱ぎ捨て、真裸体となつて仕舞つた。アリナは持つて来た自分の大トランクから労働服を取り出し太子に着せた。太子はニコニコしながら、 太『オイ、アリナ、どうだ、労働者として似合ふかな』 ア『如何にもよく似合ひますよ。金看板付きの労働者に見えますよ。殿下はお徳が高いから、どんな衣裳をお召しになつても本当によく似合ひます。労働者としても実に立派なものですわ。それではスバール姫様がゾツコン恋慕遊ばすのも無理は厶いませぬ』 太『一層の事、此衣裳は末代放したくない。労働者となつて九尺二間の裏長屋で、姫を世話女房として、一つ簡易生活でも送つて見たいものだなア、アツハヽヽヽ。オイ、アリナ、後を頼むよ』 と云ふより早く身軽になつたのを幸ひ、頬被をグツスリとしながら猿の如く高壁を乗り越へ深い堀を巧に飛び越して、城の馬場の密林の中へ姿を隠して了つた。後にアリナは茫然として溜息をつき、 ア『アヽ困つた事が出来て来たものだわい。どうか無事に茶坊主の屋敷迄お着き遊ばせばよいがなア。アヽ是から生れてから一度も着た事もない錦衣を身に纏ひ明日の朝迄太子となり済ましてやらうか』 と錦衣を纏ひ自分の着物をトランクの中に納め、わざと物々しく簾をさげ、桐の火鉢を前に置き沢山の坐布団を敷き、バイの化物然と澄まし込んで見た。 ア『何とまア猿にも衣裳とか云つて、よく似合うものだなア。どれ一つ次の間で鏡でも見て来う』 と云ひ乍ら、つと立つて鏡の間に入り独語、 『ヤア吾乍ら見紛ふ許り太子に能く似て居るわい。これなら一生化け済ました所で滅多に尻尾を捉まる事はない。太子様は平民生活がお好きなり、自分も同様だが、併し人間と生れて一度は王位に上つて見るも男らしい仕事だ。太子が永遠に代つて欲しいと仰有つたら太子の為だ、代つてもあげよう。又自分の為にも栄誉だ。併し乍ら大王殿下や父の左守や其他重臣共の目を甘く晦ます事が出来ようかなア。暗雲飛び乗りの芸当とは所謂この事だ。太子は危険ををかして恋愛の充実を遂げ、此のアリナは又大危険を犯して王位に上らむとするのだ。徳川天一坊も真裸足で逃げるだらう、アツハヽヽヽ。いや併し何時老臣共が御機嫌伺ひに来るかも知れない。どれ、太子の玉座に澄まし込んで居らねばなるまい』 と又もや鏡の間を立ち出でて、太子の居間に何喰はぬ顔して坐り込んだ。そこへ奥女中の案内で父の左守が太子の御機嫌伺ひと称し訪ねて来た。左守はポンポンと二拍手しながら低頭平身し、 左『エヽ老臣左守謹んで殿下の御機嫌を伺ひ奉ります。父大王様にも御変らせなく御政務を臠はせたまふこと大慶至極に存じ奉ります。畏れ乍ら殿下に、老臣として王家の為めに一応申上ますが、臣の悴アリナなるもの余り殿下の御寵愛に溺れ親を親とも思はず、悪言暴語を放ち、デモクラシーだとか、共産主義だとか訳の解らぬ事を申て、此父を手古擦らせます。それに此頃は殿下のお傍に御用なりと申し、一度も吾館へ帰つて参りませぬ。どうか今晩は亡妻の命日で厶いますれば、霊前に参拝させ度く思ひますれば、どうか明朝迄お暇をお遣はし下さいませ。折り入つてお願ひに参りました』 アリナはハツと胸を轟かせ、俄に顔色青ざめ唇さえビリビリと慄ひ出したが遉の横着物。臍下丹田にグツと息を詰め、大胆至極にも初めて太子の口真似をやり出した。 ア『やア其方は老臣左守で厶るか。老体の身をもつて好くも入内致した。余は満足に思ふぞ。汝の申す通り父は極めて健全に政務を臠すによつて、必ず必ず心痛致すな。もはや夜間の事でもあり、余は少し研究したい事もあれば、一時も早く此場を退却せよ。又明日面会を許すであらう』 左『恐れ乍ら殿下の仰せを否むでは厶りませぬが、如何なる御用が厶いませうとも、今晩だけはアリナをおかへし下さいませ』 ア『其アリナは二時以前父の館に帰ると申て出ていつた。察する所汝と途中で入れ違ひになつたのであらう』 左『アヽ、左様で厶いましたか、これは失礼な事を申上ました。それでは老臣も急ぎ帰宅を致しませう、御免下さいませ』 と云ひ乍ら倉皇として奥女中に手を引かれながら下り行く。後見送つてアリナはホツと一息つきながら、 ア『アヽ、地獄の上の一足飛だつた。併し乍ら暗雲飛び乗りの第一線を突破したやうなものだ。現在の悴を殿下と間違へ帰るやうだからもう大丈夫だ。彼の抜目のない狸爺が吾正体を看破する事が出来ない迄巧に化け済ましたのも全く天の御保護だ。だがも一つの難関は大王様のお見えになつた時だ。エヽ取越苦労は禁物だ。まア其時は又其時の風が吹くだらう。あゝ愉快々々。もう何だかタラハン国の国王になつたやうな気がする。イツヒヽヽヽ』 と大胆不敵にも会心の笑を漏らして居る。 夜の帳は下ろされて間毎々々に銀燭の火が瞬き出した。 (大正一四・一・六新一・二九於月光閣加藤明子録) |
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霊界物語 | 68_未_タラハン国の国政改革2 | 17 地の岩戸 | 第一七章地の岩戸〔一七四一〕 三五教の宣伝使梅公別は白馬に跨り、渺茫として天に続くデカタン高原の大原野を東へ東へと那美山の南麓を目当に進み来り、古ぼけた水車小屋の前に駒を留め独言、 梅公『ハテ、訝かしや、今この附近に人声が確に聞えたやうだ。駒を早めて近寄り見れば人の住みさうにもないこの破屋一つ。水車はあれど運転中止の有様、何かこの小屋には秘密が潜んでゐるに相違ない。どれ一つ調べて見よう』 と駒をヒラリと飛び下り、水車小屋の柱に縛りつけおき乍ら、いろいろと四辺を耳をすまして伺つて見た。どこともなしに人の声が聞えて来る。地の底のやうでもあり、又上の方から聞えて来る様でもあり、声の出所が解らぬ。梅公別は菰を敷きて端坐し瞑目して祈願を籠めた其結果は、「地下室に立派な人が投げ込まれて居る」と云ふ事が解つて来た。四辺をよくよく調べ見れば、鞋に摺りみがかれた床板がある。グツと手をかけ一枚めくつて見ると、地下室へ相当の階段が通つてゐる。梅公別はこの階段を四五間許り右に左に折れ曲り乍ら降つて往くと、其処に二人の男が抱き合うて慄つて居る。 『やア其方は何者だ。察する所何か良からぬ秘密の伏在する魔窟と見える。有体に申上げろ』 サ『ハイ、ワヽヽ私はサヽサーマンと云ふヒヽヽ一人の人間で厶います。何も別に悪い悪事を致した覚えは更に厶いませぬ。右守の司様の御命令に依りまして、此処に勤めて居るので厶います。どうぞ今日の所は見逃して下さいませ。お慈悲です、お情です、頼みます。コヽコラ、カーク、貴様もチヽ些と云ひ訳の弁解を致さぬか』 カ『いや申し宣伝使様、私はカークと申まして余り悪くもない、良くもない世間並の人間で厶います。実の所は右守の司が大変な謀叛を企らみ、カラピン王の太子スダルマン太子を、二千円の懸賞付で取つ捉まえて呉れと、内々御命令が下りましたので、二十人のものが、ソヽその百円づつ確に儲けさして頂きました。どうぞ御量見下さいませ。何時でも取る金は取つたのですから、太子様は何時でもお返し申ます。のうサーマン、ソヽさうぢやないか』 サ『ソヽそれでも太子様をコヽ此人に渡さうものなら、俺達のクヽ首が飛ぶぢやないか』 梅『お前等の云ふ事は些とも要領を得ない。要するにタラハン城の太子様を右守に頼まれて何処かへ匿したと申すのだな』 サ『ハイ、其通りで厶います。毛頭相違は厶いませぬ。何処かへ匿しまして厶います』 梅『何処かでは解らぬぢやないか。かつきりと在所を云つたらどうだ』 サ『ハイ、たうとう……所へ匿しました』 梅『何と云ふ所へ匿したのだ』 サ『ハイ、チヽチのつく所です。オイ、カークお前も半分云へ。俺も秘密を明しては責任があるからなア。一口づつ云はうぢやないか』 カ『ハイ、宣伝使様、包まず隠さず申上げます。カーに匿しました』 サ『シーに匿しました』 カ『ツーに匿しました』 梅『何、チーとカーとシーとツーと、アヽ地下室か。地下室と云へば此処ではないか』 サ『サーで厶います』 カ『ヨーで厶います』 梅『オイ、邪魔臭い。左様で厶いますと云へば可いぢやないか』 サ『こんな秘密を申上やうものなら、右守の司から打ち首に合はされますから、夫れで態と解らぬやうに言葉を分けて申しました。御推察下さいませ、貴方の明敏の頭脳でお考へ下されば解るでせう』 梅『成程、それも一理がある、面白い。それでは二人が分けて話して呉れ。自分は言霊別だから一言聞けば大抵解る。さうして此地下室に押し込まれて居る方は一人か二人かどうだ』 二人は互に一言づつ、 『フ、タ、リ、サ、マ、デ、ゴ、ザ、リ、マ、ス。ソ、シ、テ、ヒ、ト、リ、ハ、ス、ダ、ル、マ、ン、タ、イ、シ、サ、マ、ヒ、ト、リ、ハ、ス、バー、ル、ヒ、メ、サ、マ、デ、ゴ、ザ、イ、マ、ス。ミ、ツ、カ、マ、ヘ、カ、ラ、ナ、ニ、モ、ク、ハ、ズ、ノ、マ、ズ、ニ、オ、シ、コ、メ、ラ、レ、ク、ル、シ、ン、デ、イ、ラ、レ、マ、ス』 梅『ヤ、もう解つた。貴様達は此処を些とも動く事はならぬぞ』 カ『ハイ動けと仰有いましても此通り腰が抜けて仕舞つたものですから、動く事は出来ませぬ』 梅『荒金の土の洞穴底深く 繋がれ給ふ君を救はむ。 吾こそは三五の道の神司 君を救はむと忍び来にけり』 太子は石牢の中よりさも爽かなる声にて、 『惟神神の恵の幸はひて 岩戸の開く時は来にけり。 三五の神の司の御恵の 露に霑ふ若緑かな。 吾妹子は隣の牢屋に繋がれぬ とく救ひませ吾より先に』 スバール姫は最前から此様子を考へて居たが、地獄で仏に遇うたる心地、喜びに堪えず、さも嬉し気に、 『訝かしきこれの牢屋にとらはれて 泣き暮らしけり吾等二人は。 皇神の珍の御光現はれて 常夜の暗を照らす嬉しさ』 梅公別は牢獄の鍵を探せども何処にも鍵らしきものが見当らないので、両人に向ひ厳しく訊問して見ると牢獄の鍵は右守の司が持つて帰つたとの答である。梅公別は途方に暮れ乍ら一生懸命に天の数歌を奏上し祈り初めた。不思議や牢獄の岩の戸は自然にパツと開けて五色の光明が室内を射照した。太子もスバール姫も転ぶが如く牢獄を走り出で、梅公別の体に前後より喰ひつき嬉し涙にかきくれ、少時言葉さえ出し得なかつた。 梅『承はれば殿下はタラハン城の太子様、又貴女はスバール姫様との事、どうしてまア斯様な所へ押し籠められ玉うたので厶いますか』 太『恥し乍ら吾々二人は恋におち城内を密に脱け出で、山奥の破れ寺に入つて匿れ忍んで居りました所、心汚なき右守のサクレンスなるもの、王家を奪はむ企みより、吾々を邪魔者と見做し、悪漢に命じ金を与へてふん縛らせ、斯様な所へ連れ参り、吾等二人を干し殺さむとの企み、もはや決心の臍は極めて居りましたが、思ひも寄らぬ貴方のお助け、斯様な嬉しい事は厶いませぬ』 ス『宣伝使様、有難う厶います。お蔭で命を救うて頂きました。此御恩はミロクの世迄も忘れは致しませぬ。命の親の神司様、辱なふ存じます』 梅『人を救ふは宣伝使の役、其様に礼を云はれては却つて迷惑を致します。神様が私の体を通して貴方等をお救ひ遊ばしたのですから、国祖国常立大神様、豊雲野大神様にお礼を仰有つて下さいませ。サア私と一緒に声を揃へてお礼を致しませう』 『ハイ、有難う』 と両人は梅公別司と共に、心のどん底より満腔の赤誠を捧げて、感謝の辞を大神に奏上し終り、梅公別は両人に向ひ、 梅『サア皆さま、かやうな所に永居は恐れが厶います。これから私がタラハン城へお送り致しませう。今迄の間違つた心を取り直し城内へお帰り遊ばし、大王殿下の宸襟をお安め遊ばしませ』 太『ハイ、何から何迄、御親切に有難う厶います。併し乍ら此女は父には内証で連れて居りますので、此女を連れて帰る訳には参りませぬ。それだと云つて今更捨ててゆく事も可愛さうで出来ませぬ。又私の恋愛至上主義より見ても捨てる訳には行きませぬから、何卒お慈悲に此処から二人をお見捨て下さいませ。一生のお願で厶います』 梅『アーそれは間違つたお考へ、どうあつても私がお伴を致しませう。さうしてお二人の恋愛は敗れないやうに私が媒介となつて、父王殿下の御承諾を得る事に致しませう。必ず御心配なくお館へお帰りなさいませ』 太『父は大変に頑固で厶いますから、神司のお言葉と雖も到底承知は致しますまい』 梅『それは貴方の心の偏見と申すもの。天の下に子を愛せない親が厶いませうか。貴方がこのスバール様を愛して居られるよりも百層倍増て貴方の父上は貴方を愛して居られますよ。愛する貴方の心を慰むる恋人をどうしてお憎み遊ばしませう。宣伝使の言葉に二言はありませぬ。生命を賭しても貴方の恋を完全に成功させませう。承はればタラハン国は紛擾絶間無く国家は危機に瀕して居るやうです。御父殿下も御心配の折柄、天にも地にも一人子の太子様のお行衛が分らないやうな事では層一層父殿下の御心配は増す許り、国家の擾乱は日を逐うて激烈を増す計りです。その虚に乗じて悪臣共が非望を企て世は一日と修羅の巷となる許りでせう。是非私に跟いてお帰りなさいませ』 太『ハイ重ね重ねの御教訓有難う厶います。そんならお言葉に従ひ一先づ城内に帰る事に決心致します。真に済みませぬが、どうか送つて下さいますやう』 梅『やア早速の御承知、遉はタラハン国の太子様、私も満足致しました』 ス『妾もお言葉に甘へ、宣伝使様のお伴を致しまして太子様と共に参らして頂きませう。どうか宜敷うお願ひ致します』 梅『や、御心配遊ばすな。きつと円満に解決をつけてお目にかけませう。何事も神様にお任せ申せば大丈夫ですから。併し太子様、此両人はどう遊ばしますか』 太『ハイ、許し難い悪人で厶いますれば、此両人を牢獄へぶち込み懲しめてやり度いは山々で厶いますが、私も牢獄生活の苦しみを味はひましたので、吾身を抓つて人の痛さを知れとやら、どうも可憐さうで放り込んでやる気も致しませぬ。この処置については宣伝使様の御判断に任せませう』 カ『アヽ、もしもし宣伝使様、決して私は此後に於て悪事は致しませぬから、どうぞ牢獄へ入れる事だけは許して下さいませ。その代りお馬の別当でも何でも致します』 梅『人を救けるは宣伝使の役だ。併し乍ら恐れ多くも太子殿下を苦しめ奉つた其方共なれば、一人だけ助けてやらう。一人は気の毒ながら此牢獄に打ち込んでおく積りだ。太子様どちらが比較的善人で厶いますか』 太『ハイ、私としては甲乙の区別がつきませぬ。揃ひも揃つて悪い奴で厶いますから』 サ『もし太子様私は何時も貴方に対し同情を持つて居たぢや厶いませぬか。このカークと云ふ奴、私が「太子様にお腹が空くだらうから、焼甘藷の蔕でも買つて来てソツと上げたらどうだらう」と云うた所、大悪党のカークの奴、「私はそんな宋襄の仁はやらない、断乎として水一杯も呑ます事は出来ない。右守の司にそんな事が聞えたら、俺の首が飛ぶ」と極端に自己愛を発揮した奴で厶いますから、どうか私をお助け下さいませ』 梅『アツハヽヽヽ、オイ、カーク、お前はサーマンが今云つたやうな事を申したのか』 カ『ハイ、是非は厶いませぬ。神様の前で匿したつて駄目で厶います。あの通り申しました。誠に今となつて思へば申訳のない事を致しました。どうか私を牢獄に投げ込んで帰つて下さいませ。サーマンは女房も有る事なり、私は一人身、どうなつても構ひませぬ。妻も無く、子も無く、何時死んでも泣く者さえ厶いませぬから』 梅『ハヽヽヽ、割とは正直な奴だ。どうやらお前の方が善人らしい。さう有体に白状した上はお前の罪は消えて了つた。気の毒乍らサーマンを牢屋に投げ込むより仕方が無からう。太子様、殿下のお考へは如何で厶いますかなア』 太『や、それは面白いでせう。人の秘密を明して自分が助からうと云ふやうな悪人は懲しめの為め何時迄も冷たい牢獄に投げ込んでおくが宜敷いでせう』 サ『もし太子様、殿下様、どうぞ今迄の悪事は大目にみて下さいませ。其代り殿下の為めならば、今死ねと仰有つても死にますから』 太『やア面白い。然らば牢獄に投げ込む事は許してやらう。どうぢや嬉しいか』 サ『ハイ嬉しう厶います。ようまアお助け下さいました。今後は殿下の為めなら何時でも命を差し出します』 太『やア愛い奴だ。そんなら余の身代りとなつて今此処で死んで呉れ。汝の首を提げて右守司の前に差出し、スダルマン太子の生首と申し、首桶に入れて進物にいたす考へだから』 サ『メメ滅相な、今此処で命を取られては助けて貰つた甲斐が厶いませぬ』 太『ハヽヽヽヽ、汝の如き生首がどうして余の身代りにならうか。瓦は金の代りにはなるまい。あゝ総て人間の心は皆こんなものだらう。父王殿下の御側に親しく仕へ侍る老臣共は「大王殿下の為めならば何時でも命を的に働きます」と、臆面もなく口癖のやうに申て居たが、五月五日の大騒擾の勃発した時は、左守、右守を始め重臣共は四方に逃散り、唯の一人も参内したものは無かつた。高禄に養はれた重臣でさへも其通りだから、匹夫の汝が命を惜むのは無理もない。余は宣伝使に救はれた祝として、汝等両人を立派に放免する。何処へなりと勝手に行つたがよからうぞ』 太子のこの情の籠もつた言葉を聞くより、今迄腰を抜かして居た両人はムクムクと起き上り、長居は恐れ又もや御意の変らぬ内にと云つたやうな調子で、「ア、リ、ガ、ト、ウ、サ、マ」と互に一言づつ謝辞を述べながら、一目散に階段を昇り雲を霞と吾家をさして馳帰り行く。梅公別は遥の原野に遊んで居る二頭の野馬を捉へ来つて両人に勧めた。スバール姫は騎馬の経験がないので、梅公別が乗り来つた鞍付の馬に乗せ、二人の男は荒馬に跨り乍ら駒の蹄に土埃を立て、東北の空を目当に駆けて行く。 捉はれし太子の御子も三五の 神の恵に放たれてけり。 (大正一四・一・七新一・三〇於月光閣加藤明子録) |
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霊界物語 | 70_酉_トルマン国の国政改革 | 15 地位転変 | 第一五章地位転変〔一七八二〕 千草姫は王の居間に羽搏きし乍ら、仕舞でも舞ふやうなスタイルで横柄面をさらして入り来り、言も荘重に、 『トルマン国の国王、ガーデン王殿、三千世界の救世主、底津岩根の大みろくの太柱、第一霊国の天人日の出神の生宮の託宣を、耳をさらへてお聞下され。肉体は千草姫であつても、霊は日の出神の誠生粋の水晶魂、此世の救主として現はれたので御座るぞや。其方の目から見た時は、此生宮を気違ひと思ふであらう。誠の神に間違ひは御座らぬぞや』 ガーデン王は千草姫の此態を見て、不審の眉をひそめ、あゝ困つた事が出来たわい。たうとう王妃は発狂して了つた。併し乍ら気のたつてる時に逆らふは、益々病気を強める道理、少時彼が云ふ事を黙つて聞いてやらう……と決心し、 王『成程其方は日の出神の生宮であらう。如何なる用か、聞かしてくれ』 千草『これは怪しからぬ汝が言葉、無礼であらうぞや。日の出神に対して聞かしてくれ……とは何たる暴言、頭が高い、お坐りなされ。三千世界の因縁を説いて聞かしてやらうぞや』 王『ハイ』 と不承不承に椅子を離れて座に着けば、千草姫はニコニコし乍ら、 千草『ホヽヽヽヽヽ、流石はトルマン国の王ぢや、此日の出神をよく見届けた。褒美には之をつかはす。有難ふ頂戴召され』 と云ひ乍ら、刹帝利のピカピカ光つた禿頭の上へ、左の片足をドツカと載せ『ウーンウーン』と二声唸り乍ら、左の足を下ろし、又右の足を同じく頭上にのせ『ウーンウーン』と又もや二声……『ホヽヽヽヽヽ』と笑ひ悠々として床の間に直立し、 千草『如何にガーデン王、よつく承はれ。セーロン島の浄飯王が太子悉達は壇特山や霊鷲山に上り、五ケ年の修業の後仏果を得て帰国し、父の浄飯王に仏足を頂礼せしめた例しがある。畏れ多くも底津岩根の大みろくの太柱、第一霊国の天人、日の出神の御神足を、両足共頂戴致したる汝こそは、三千世界の果報者、有難く感謝致されよ。日の出神に間違ひは御座らぬぞや』 ガーデン王は始めの間は何だか怪しいと思つてゐたが、千草姫の足を頭にのせられてから、ガラリと心機一転し、全くの活神と固く固く信ずる様になつた。サア斯うなつては、最早城内の整理は中心を失ひ、手のつけやうもなくなつて了つた。 千草『ガーデン王殿、此千草姫の肉体は、今日迄は汝が妃として、神界より許しありしも、いよいよ天の時節到来し、三千世界の救世主と現はれたれば、最早汝の妃ではない程に、汝は之より日の出神の肉宮が弟子となり、絶対服従を誓つて、何事にも違背せず尽すであらうなア』 王『ハイ、仰せ迄もなく、どんな御用でも承はりませう』 千草『オホヽヽヽヽ、満足々々、上が下になり、下が上になり、天地がかへる神の仕組、今迄の夫は妻の弟子となり、今迄の妻は其夫を弟子として使ふ神の経綸、斯くなる上はガーデン王、其方は日の出神の神勅を奉じ、三千世界の救世主が副柱なる名僧キユーバーを、一時も早く捜し出し、此城内に伴れ帰れよ。違反に及ばば神罰立所に至るであらう』 王『ハイ、委細承知致しましたが、彼れキユーバーは如何なりしか、破獄逃走致しました故、内々人を派し、捜索致して居りまするが、未だ何の吉報も得ませぬ。少時の御猶予を願ひ奉りまする』 千草『汝の言にして間違ひなくば、大方ジヤンクが隠して居るのだらう』 王『いやいや決して決して、左様な道理は御座いませぬ。彼はキユーバーを一時も早く救はむと、私かに相談致しました。早速ジヤンクの願ひを許し、牢獄に人を派し査べ見れば、彼れキユーバーは早くも何者にかさらはれ、行方不明となつて居りました』 千草『あ、さうであらうさうであらう、ヤ分つた分つた。此張本人は三五教の宣伝使照国別、照公の両人に間違ひはなからう。一時も早く彼をふん縛り、キユーバーを押込めありし牢獄へ、時を移さず打込めよ。これ決して肉体の千草姫が言葉でない。底津岩根の大みろくが神勅で御座るぞや』 王『御神勅は恐れ入りまするが、何と云つても、国家の危急を救ひ下された照国別の宣伝使を、何の科もなく牢屋に押込むなど云ふことは情に置て出来ませぬ。之許りは御容赦を願ひます』 千草『オホヽヽヽヽ、何馬鹿な事を申すか、三千世界一度に見えすく生神の目で一目睨んだならば、決して間違ひは御座らぬぞ。汝頑強にも吾神勅を拒むに於ては、立所に汝が生命をとるが、それでも可いか、返答聞かう』 王『いや、少時御待ち下さいませ。然らば御神勅の通り、照国別、照公神司を、手段を以てふん縛り、牢獄へ投込んでお目にかけませう』 千草『ウ、よしよし、それで神は満足致した。トルマン城は万々歳、七千余国の月の国は申すに及ばず、此地の上にありとあらゆる国は、残らず汝の支配にしてやらう。僅三十万の人民の父として、可惜一生を暮すも惜しいでないか。どうぢや合点がいつたか』 王『ハイ、委細承知致しまして御座います』 千草『ヤ、満足々々。次に其方に申し渡すことがある。太子チウイン、王女チンレイを修行の為一笠一蓑の旅人として一杖を与へ、一時も早く当城を出立せしめられよ』 王『仰せには御座いまするが私も老年、太子がゐなくては、国家の中心人物を失ふ道理、又王女チンレイは少し許り病身で御座いますれば、之許りはモ一度御考への上御猶予を願ひたう御座います』 千草『愚なり、ガーデン王。日の出神の生宮が底津岩根の大みろくと現はれた以上は、三千世界を一つに丸め、汝が支配の下におかむとす。汝は已に老齢、後継者の太子には広く世間を見聞せしめおく必要あり。諺にも可愛い子には旅をさせと申すでないか。汝は子の愛に溺れて、大切な吾子の幸福を抹殺せむと致すか、不届至極の腰抜爺イ奴』 王『イヤ分りまして御座ります。太子は修行の為、神勅に従ひ、旅に出すことと致しませうが、病身なる妹に旅の苦労を致させるのは親として忍びませぬ。どうぞこれ許りは御猶予を御願ひ申したう御座ります』 千草『ハテ偖、分らぬ爺イだな。神に絶対服従を誓つたでないか。王女チンレイは此門を出づるや否や、病魔は忽ち退散し、金鉄の如き壮健な肉体となるであらう。神の言葉に間違ひはないぞ。返答は何うだ』 王『左様ならば御神勅に従ひ、両人に其由を伝へませう』 千草『ガーデン王、天晴々々、汝の改慎に仍つて、速かに神政成就、ミロクの世が出現致すであらうぞ』 王『ハイ有難う存じまする』 千草『モ一つ其方に申し渡す事がある。之も絶対服従致すであらうなア』 王『ハイ』 千草『汝はジヤンクを以て、政治の枢機に任じてゐるが、彼が如き田舎者、どうして神の創りしトルマン国の政治が出来ようぞ。彼は吾国家の爆裂弾だ。八岐大蛇の霊だ。一時も早く当城を逐ひ出せ』 王『これ許りは必要な人物で御座いますから、どうぞ御猶予を願ひたう御座います』 千草『三日の猶予を致すに仍つて、それ迄に篤と云ひ聞かせ、城内を追つ払ふべし。併し乍ら彼れジヤンクに於て、キユーバー上人の在所を尋ね、城内に御迎ひ申し来るに於ては、国政の一部を其褒美として任しても差支なからう。イヤ刹帝利殿、御苦労で御座つた。居間へ下つて休息召され。最前から神の申し渡した一伍一什、必ず落度のなき様、明日迄に実行せよ』 と云ひ乍ら、又もや両手を一の字に開き、反り返つて床の間を下り、悠々として吾寝室指して帰り行く。 ガーデン王は千草姫に足の爪先から悪霊を注入され、俄に心機一転し、殆ど邪神の神憑状態となつて了つた。金毛九尾の悪狐は首尾よくトルマン城を占領したのである。 太子と王女は父母両親の厳命を拒む術もなく、旅に出かけると称し、数万の金を用意し遍路姿となつて、日の暮るる頃、レール、マークの住家を指して訪ね行き、門口に立つて、チリンチリンと鈴を振つてゐる。レール、マークは昼は互に岩窟の番人をやつてゐたが、丁度此時、男女四人食卓を共にしてゐる真最中であつた。太子は門に立つて、鈴を振り乍ら『頼まう頼まう』とおとなへば、マークは戸の隙間より外面を窺ひて、 マ『ヤ、夫婦の巡礼さま、何用か知らないが、斯様な貧民窟へ来た所で、何一つ上げる物はない、トツトと帰つて下さい。斯様な狭い家へ、今頃に来た所で泊めてやる訳にも行かず、お断り申します』 太『イヤ、愚僧は決して怪しき者で御座らぬ。レール、マーク殿の知人で御座れば、どうか此の戸を開けて貰ひたい』 レ『ヤ、スパイの奴、化けて来やがつたな、コラ大変だ。姫さまを隠さねばなるまい。サア姫さま、済みませぬが、此戸棚の中へ一寸入つてゐて下さいませ』 テイラ『ホヽヽヽヽヽ、さう慌るには及びませぬよ。何か城内に急変が起つたと見え、太子様が変装してお出になつたので御座いますワ。あのお声は太子様に間違ひ御座いませぬ』 と云ひ乍ら、テイラはガラガラと破戸を開き、 『ヤ、太子様よう御越し下さいました』 太子は『ウン』と云つた切り、チンレイと共に内に入る。 (大正一四・八・二四旧七・五於丹後由良秋田別荘松村真澄録) |
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霊界物語 | 70_酉_トルマン国の国政改革 | 21 三婚 | 第二一章三婚〔一七八八〕 シグレ町の九尺二間の臨時御殿には、主客八人膝をすり合して月の輪となり、面白さうに笑ひ乍ら内局組織の大会議が開かれて居る。 チウイン『宣伝使の云はれた通り、もはや教政改革の時期が迫つて来た様だ。しかし此際教政改革に最もよき人物を採用せなくてはなるまい。どうぢやレール君は左守司となつて教政の重任に当つて呉れまいか』 レール『仰とあらば喜んでお受け致しませう。併し乍ら左守、右守家は今日迄世襲となつて居りますが、もし私が左守とならばテイラさまのお家はどうなるのですか』 チウ『左守家、右守家世襲制度は此際全廃せなくてはなるまい。何事も根本的の大改革だからな。ついてはテイラさまを君の妻君に余が仲人しよう』 レ『太子様、一寸お待下さい。拙者にはマサ子と云ふ妻もあり子も御座います。左様な事は到底出来ますまい』 チウインはニコニコ笑ひ乍ら、 『ア、そんな心配は要らないよ。これが証拠だ』 と云ひ乍らマサ子から預かつた離縁状を投げ出した。レールはつくづく封筒の表を見、又裏をかへして見、 レ『チエ、山の神の奴、洒落た事をしをるな』 と封をおしきり見れば、水茎の跡鮮かに細々と長い手紙が記してある。 チウ『ハヽヽヽヽヽ、どうだレール、一寸其文句を読んで聞かして呉れたまへ』 レ『ハイ、しかたがありませぬ。女房から離縁状を貰ふなんて、男としては余り褒めた話ぢやありませぬ。併しもうかうなつちや破れかぶれです。サア聞いて下さい、読み上げますから』 前文御免……『何ぢや失敬な、挨拶もせずに前文御免とけつかるわい。夫を馬鹿にしてけつかる』……エー、妾事不思議の御縁によりまして、貴方様の妻となり子迄なしたる間柄で御座いますれども、貴方は万民の忌み嫌ふ向上運動だとか、免囚運動だとか反逆人のやうな行ひを遊ばすので、兄弟親類近所合壁より排斥し、妻たる私迄が非常な圧迫を受けますのみならず、日夜番僧共の凄い目で睨めつけられ、かよわき女の身として到底耐へ切れませぬ。しかるに貴方は今度、畏れ多くも王妃の御輿に対し不隠の御行動を遊ばし、重大事件を引き起し、囚はれ人とおなり遊ばしたのも、全く天地の神に見離され給ひし事と推察致します。かかる重大事件を犯せし上は、もはや貴方は死刑は免れますまい。それ故今の中にどうか妻子が可愛いと思召さるるなら、私を離縁して下さるであらうと、堅く堅く信じます。何事も因縁因果の廻り合ひと御諦め下さいませ。そして此子は幸ひに貴方が出獄されるやうな事が有りましたらお返し致します。又御不幸にして極刑におなり遊ばすやうな事があれば、是非なく貴方の忘れ形見として育てますから、御安心下さいませ。仮令無罪になつてお帰り遊ばすとも、私は断じて貴方と夫婦となる事は致しませぬ。よつて兄弟親族と相談の上離縁状を差上ますから、宿世の因縁と御諦め下さいませ。妻マサ子より レール殿 レール『ハヽヽヽヽヽ。このレールも最早駄目だ。マサ子列車がたうとうレールを脱線しよつたわい。太子様、御命令に従ひ、左守司を奉職さして頂きませう。テイラ様の縁談は別として、……到底私のやうな女房に尻を振られる様な者に、テイラさまがどうして婚姻して下さいませうや、覚束なう御座いますからなあ』 太子『何、そんな心配は要らないよ。俺の天眼通でテイラさまの心中を鏡にテーラして見ておいたのだ。なあテイラさま、異存はありますまい』 テイラは『ハイ』と云つたきり、顔を赤らめ袖を掩うて俯向く。 太『ハヽヽヽヽヽ、これで一夫婦落着だ。サア之からはマークさまだ。マークさま、君は右守司になるのだよ』 マ『思ひもよらぬ御恩命、実に有難う御座います。到底私如き不徳者の身をもつて、右守司などといふ重職には耐へ得られますまい。どうかもう少し軽い御用にお使ひ下さいますまいか。沐猴にして冠するものと世の笑ひを受けますから』 レ『オイ、マークそれや何を云ふのだ。太子様の御命令ぢやないか。そんな遠慮はするに当らないよ。俺だつて二つ返事で左守司を頂いたぢやないか』 マ『サア暫く考へさして貰ひたいなあ』 レ『それや何を云ふのだ。考へも糞もあつたものかい。いつも云つて居つたぢやないか。「此運動が成功したら、君は左守になれ、僕は右守になる」と気焔をあげて居た癖に、なんだ、卑怯に、今になつて尻込すると云ふ腰抜があるか』 マ『……………』 太『オイ、マーク確りせないか、何だその面は』 マ『ハイ、謹んでお受け致します。至らぬ吾々どうか宜敷くお引立を………』 太『アハヽヽヽヽヽ、たうとう落城しよつたな。よしよし、それについては、ハリス女将軍を君の奥様にお世話しよう。随分美人だらうがな』 マ『私には妻が御座います。これ許りは御容赦を……』 太『それ、これを見ろ。これが証拠だ』 と一通の封書をマークの前に投げ出した。マークは不思議さうに其書面を手に取あげ、よくよく見れば妻の筆跡である。直ちに封押し切り見れば、 カル子より、マーク様に離縁状を差上ます。人間は諦めが肝腎ですよ。貴方も男でせう滅多に女々しい、未練たらしい事は決して云はない方と信じて居ます……… マ『ヤこいつは手厳しい。嬶の奴大変なメートルを挙て居やがるな』 レ『アハヽヽヽヽヽ。態を見い、オイ、マーク其次を読まないか』 マ『いやもう耐へてくれ。余りひどい事が書いてあるので、読むに忍びないわ』 とパリパリパリと引き破り、矢庭に頬張、クシヤクシヤクシヤとかみたれこにし、灰の中に鉄の火箸で埋け込んでしまつた。 マ『エー、もう思ひ切りました。併し嬶が離縁状を呉れるのも無理は御座いますまい。第一彼奴の兄弟や親が没分暁漢ですから、カル子の奴、一刀両断的の態度に出よつたのですわい』 太『かうなる上はハリスさまを新夫人としても差支ないぢやないか』 マ『何事も太子様にお任せ致します。どうか宜敷くおとりなしを………』 太『ヤアこれで二夫婦揃うた。ハリスさま満足だらうな』 ハリ『ホヽヽヽヽヽ。仰有る迄もなく満足ですわ。私が始終求めて居た理想の夫に出会つたのですもの』 レールは頭を叩き乍ら、 『ヤーこいつは猛烈だ。耐らぬ耐らぬ耐らぬ、アハヽヽヽヽヽ』 ハリ『ホヽヽヽヽヽ』 マ『エヘヽヽヽヽヽ』 チンレイ『もし兄さま甚いわ、私だつて女ですよ。どうして下さるのですか』 太『ほんにお前の事は忘れて居つた。まさか俺の女房にする訳にも行かず、困つたなあ。まあ待つとつて呉れ。何とか適当な夫を探してやるから』 チン『兄さま、そんな事云つて何時迄も引張るのは否やですよ。妾だつて、性の欲に囚はれ、日夜悩んで居るのですもの』 太『アハヽヽヽヽヽ。こいつは猛烈だ。今時の女性は総てかふいふ式だから困つて了ふわ』 照国『王女様に適当な夫をお世話致しませうか、仲々気の利いた好人物ですよ。決してレールさま、マークさまに優つても劣らない人物です』 太『どうか世話をしてやつて下さい』 照国『実は私の弟子に春公と云ふ立派な男が居ります。今は城外の牢獄の看守を勤めて居りますが、どうでせうかなあ』 太『どうか宜敷う願ひませう。サア、チンレイ、これでお前も安心だらう』 チンレイ『兄さま否ですよ、なんぼなんでも牢獄の番人なんて殺生だわ』 照国『実の所は春公と云ふ男、神様の命令により吾々の入牢を前知し、臨時牢番となつて、いろいろと便宜を与へて呉れた義理堅い情深い神司です。きつと人物は保証致します。男前も仲々捨てたものぢやありませぬ。王女様に配はすには負ず劣らずの器量をして居ります』 チン『そんなら兄さまお世話になりませうかねえ、ホヽヽヽヽヽ』 太『お気に入りましたかなあ、やお目出たう。サアこれで一時に三夫婦結婚の約が結ばれた。一つ祝盃を挙げて歌はふぢやないか』 チン『兄さま貴方の奥さまはどうなさいますか』 太『そんな事は云はなくてもお前も予てより聞いて居るぢやないか。タラハン城のスダルマン太子の妹バンナ姫に定つて居るぢやないか。親と親との許婚だもの』 チン『オホヽヽヽヽヽ、えらい失礼な事申し上げました。随分兄さまも執念深い方ですね』 太『馬鹿云ふな、俺の事は構はいでもよいわ。 千早振る神代のままに女と夫とが 嫁ぎの道を開く今日かな。 三組迄夫婦揃うて盃を 挙ぐるは御代の瑞祥なるらむ』 レール『吾君の恵の露を盃に 汲みて嫁ぎをなすぞ嬉しき』 テイラ『世に稀な男子を夫にもちながら 君に仕ふる吾ぞ楽しき』 マーク『有難し世嗣の君の媒介に 今日新しき妻を持ちぬる』 ハリス『求めてし理想の夫に添ひながら 世を開きゆく事の嬉しさ』 チンレイ『如何にせむ未だ見ぬ夫に身を任せ 神の宮居に仕ふる吾身を』 太子『ヤ、目出度い目出度い、これで余も安心した。モーシ宣伝使様、どうか祝歌を歌つて下さいませ』 照国別『億万年の昔より億万年の末迄も 人の情は皆一つ男子と女と相睦び 嫁ぎの道を開きつつ神の依さしの神業に 仕へたまはむ人々の今日の心の勇ましさ 仰ぎ見るさへ楽しけれ尊き神の引き合せ 清き奇はしき女子と男子が茲に寄り集ひ 嫁ぎの道を初めつつトルマン国の政事 常磐堅磐に末永く固めたまひし今日こそは 天の岩戸のそれならで十方世界も皎々と 輝く許りの思ひなりあゝ惟神々々 神の恵の弥深くこれの縁をどこ迄も 互に睦び親しみて大神業に仕ふべし 守らせたまへと主の神の御前に祈り奉る 鶴は千年の松ケ枝に御子を生みつつ君が代を 祝ぎまつりて緑毛の亀は海より這出でて 底津岩根の聖場に万世祝ひ舞ひ遊ぶ 実にもミロクの新政か神政成就の暁か 実にも目出度き次第なりあゝ惟神々々 御霊幸倍ましませよ朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるともたとへ大地は沈むとも 誠の神の結びたる六人の縁はどこ迄も 解けざらまし惟神神に誓ひて三五の 照国別の神司喜び祝ぎ奉る』 照公『目出度し目出度しお目出たし茲に三夫婦相並び 嫁ぎの道を初めましトルマン国の柱石を 固めたまひし尊さよこの喜びを吾々は 言葉にかくる術もなし唯何事も目出たしと 祝ぎまつる外はなしあゝ惟神々々 御霊幸倍ましませよ』 かく互に謡ひ終り盃を汲みかはして居る所へ、如意棒をぶら下げてやつて来たのは、ラムのテルマンであつた。テルマンはニコニコし乍ら入り来り、 『ヤア、レールさま、マークさまお目出たう。仁恵令が行はれ無事出獄せられたと聞き、取るものも取り敢ずお喜びに参りました。やチウイン太子様、お目出たう御座います。どうか宜敷くおとりなしを願ひ上ます』 (大正一四・八・二五旧七・六於由良海岸秋田別荘加藤明子録) |
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霊界物語 | 71_戌_玄真坊と千種の高姫 | 16 妖魅返 | 第一六章妖魅返〔一八〇五〕 タラハン城市を西へ距る三十里許りの所に岩滝村と云ふ小部落がある。此所には魚ケ淵と云つて、蒼み立つた可なり広い水溜があり、沢山な魚が四季共に集中してゐる。印度の国の風習として妄に生物を食はないので、魚類は日に日に繁殖する許りであつた。水一升魚一升と称へらるる此魚ケ淵へ時々漁に行く首陀があつた。浄行や刹帝利や毘舎等は決して魚を漁つたり、殺生等はやらないが、首陀となると、身分が低い為殆んど人間扱をされてゐないので、何程殺生をしても神仏の咎は無いといふ信念が一般に伝はつてゐた。然し乍ら浄行、刹帝利、毘舎と雖、生きた者を食はない許りで店舗に売つてゐる魚ならば代価を払つて買求め、之を食膳にのぼす事は別に殺生とも感じてゐないのである。夏木茂れる川縁の木蔭に腰打かけ雑談に耽り乍ら、四五人の首陀が魚漁の用意をやつてゐると、淵へ舞込んで来た三つのコルブスがあつた。首陀は先づ岩上から此コルブスに向つて網を打ちかけ、漸くにして道傍に拾ひ上げてみた処、一人はどうしても修験者の果らしく、二人の奴は何処共なしに泥棒らしい面相をしてゐるので、古寺の坊主を呼び葬式をすることとなつた。泥棒なんかは其死骸を虎狼の餌食に任して省みないが修験者となれば何うしても捨てて置く訳には行かぬと云ふので、珠露海といふ吉凶禍福や卜筮等を記した経文の記事を案じて、五行葬の何れに為さむかとやつてみた処此修験者は何うしても土葬にせにやならぬと云ふ占が出たので、村人が寄つて掛つて、体を其儘土の中へ埋け、印を立てる代りに耳から上面を出して置いたのである。五行葬の中には野葬、木葬、火葬、土葬、水葬と云ふ五つの葬式法がある。そして木葬と云ふのは、コルブスを木の上に掛けて置き、風に晒す葬式法である。此珠露海の卜筮にかからない者は神の冥護のない者として死屍を路傍に捨てて置く事になつてゐた。斯かる所へ四十前後の美人が宣伝歌を歌ひ乍ら近より来り、路傍に遺棄してある二つの死骸を眺め乍ら、 女『あ、何処の何人か知らぬが可哀相に、コラ、土佐衛門になつた処を誰かに引き上げられたのだらう、まだ着物はズクズクになつてゐる。かふいふ所に放つて置けば、犬や烏の餌食になるだらう。何とかして此奴を助け自分の従者にしてやりたいものだなア、ウラナイ教の大神守り玉へ幸ひ玉へ』 と云ひ乍ら、白い細い鼈甲細工の如うな手を両人の額にあて、一生懸命に祈願し始めた。然し乍ら何程ウラナイ教の大神を念じても効験が無いので、今度は試みに、三五教の大神と神名を変へて一心不乱に念願すると、両人の体に追々と温みが廻り、半時許りの後にやうやう息を吹き返し、ムクムクと起き上つて、救命主の大恩を謝し、涙乍らに感謝した。此女はトルマン城を脱出した千草の高姫である。千草は城内を逃げ出してから、人通の少な相な山野を選んで此所迄やつて来たが、初めて二人の死者を甦らせ、得意の頂点に達し、 『コレコレお前達は何処の泥棒かは知らね共、此千草の高姫が此処を通らなかつたならば、玉の緒の命は既に已に十万億土と云ふ所へ行つて了つて、二度と再此世へ帰る事は出来ないのだよ。一体お前の名は何と云ふ名だい、それを聞いて置かねば、日出神の生宮が大ミロク様へお礼を申上げることが出来ないからなア』 男『ハイ、私はコブライと申します。モ一人はコオロと申まして、実はタラハン城の左守の司の幕下で御座いましたが、フトした事から勘当を受けまして身の置き所なく、タラハン河へ身を投げましたので御座います。其所を貴女様にお助を願ひ、斯様な嬉しい事は御座いませぬ』 千草『ア、さうかいナ、そりやお前、命のよい拾物だよ。此千草姫は地上の人間ぢやありませぬぞえ。第一霊国の天人、日出神の生宮、大ミロクの太柱、千草の高姫と申す者だが、衆生済度の為之から月の国七千余国を巡歴する積だから、お前等二人は此千草の両腕となつて、天下国家の為に大々的活動を為し、天下に名を挙げる気はないかい。そしてお前等二人はどんな悪い事をしたのだい。主人から勘当を受けるといふ事は、よくよくの事でなければ無い筈だが』 コ『ハイ、お恥しう御座いますが、玄真坊と云ふ天帝の化身と称する修験者の泥棒様と一緒に、左守の司の館へ忍込み、金庫の錠を捩折つてる所を捉へられ、牢獄へ打込まれたので御座います』 千『何とまア、お前も、面にも似合ぬ悪党だな、アハヽヽヽ。善に強ければ悪にも強いと云ふ諺もある、その方が却て頼もしい。そして其玄真坊と云ふ修験者は如何なつたのかい』 コ『ハイ、三人一緒に身投をしましたが、其後気絶をしたものですから、如何なつた事か斯うなつた事か、チツとも存じませぬ』 千『如何にも、そらさうだろ。然し乍ら此所に首丈出して埋けられて居るコルブスがあるが、此面にお前覚えはないかの』 と三間許りの傍の新墓を指し示す。コブライ、コオロの両人は一目見るより、 両人『ア、玄真さま……で御座います。何とマア偉い事になつたものですな、何卒此奴も助けてやつて下さいますまいか。私等二人は貴女に助けられたとは聞きますが、死んでゐたので何も分りませぬ。本当のこた、お前さまの神力で助かつたか、又はハタの人に助けられたか分りませぬが、目の前で此玄真さまを助けて下さつたら弥々吾々二人をお前さまが助けて下さつたといふ証拠になりますからなア』 千『コーラ、奴、何といふ口巾つたい事を申すのだい。此千草の高姫の神力によつて命を助けられ乍ら、左様な挨拶があるものか。然し乍ら無智蒙昧な人外人足だから何も分ろまい、議論よりも実地だ。それではお前の疑を晴らす為に、千草姫が今神力を見せてやらうぞや。此修験者が助かつたが最後、どこ迄も此千草に絶対服従をするだらうナ』 コブ『そら、さうですとも。さうでなくても、貴方にどこ迄も従ひますと約束をしたのですもの、現当利益を見せて貰へば文句はありませぬワ』 千『之から私が此修験者を甦らして見せるから、キツと神様のお名を覚えて居つて、其御神徳を忘れないやうにするのだよ』 と云ひ乍ら、首から上へ出てゐるコルブスの額に白い柔かい手をあて、「ウラナイ教の大神救ひ玉へ助け玉へ、惟神霊幸倍坐世」と一生懸命に汗をタラタラ流し、祈れど祈れどビクともせぬ、甦り相な気配もない。千草の高姫は二人の前で大法螺を吹いた手前、如何しても此奴を生かさねばおかぬと益々一生懸命になる。殆んど半時許り祈れど願へど、矢張コルブスは氷の如く冷たい。流石の千草も我を折り「三五教の大御神守り玉へ許し玉へ」と宣直した。忽ち額に温みが廻り、青黒い面は鮮紅色を帯びて来た。千草は此処ぞと一生懸命に「三五の大神守り玉へ幸ひ玉へ」と祈るにつれ、大地はビリビリと震ひ出し、コルブスを中心として四方八方に地割がなし、「ウン」と一声霊をかけるや否や、玄真坊の死体は三間許り中天に飛び上り、ドスンと元の所へ落ちた拍子にパツと気がつき、目鼻を一所へよせて、四辺を二三回見廻し乍ら、 玄『ヤ、其処に居るのは、コブライにコオロぢやないか。あーア、怖い夢を見たものだのう』 コブ『若し、玄真坊さま、夢所の騒ぢやありませぬよ。吾々三人は追手に出会つて進退谷まり、谷川へ投身して已に土佐衛門となつて居つた所、村人に死体を拾ひ上げられ、お前さまは修験者の事とて、首丈出して、鄭重に葬られてあつたが、吾々二人は地上に遺棄されてゐたのだ。そこへ此お姫さまが通りかかつて、霊とか何とかをかけて助けて下さつたのですよ。現にお前さまを助けて下さつたのを実地目撃したのは此コブライ、コオロ、サアサア御礼を申しなさい。此お姫さまで御座いますワイ』 玄『あ、これはこれは、能くまアお助け下さいました。ても偖も御容貌のよいお姫さまで御座いますこと、エヘヽヽヽ。之といふのも全く神様のお仕組で御座いませう。丸切暗の国から日出国へ生れ変つたやうな気分が致します。命の親のお姫さま、之から如何な事でも貴女の御用なら勤めますから、何卒可愛がつて使つて下さいませや』 千『ホヽヽヽ、何とまア、之丈念入りに不細工に出来上つた面は見た事はありませぬワ。然し乍らどこ共なしにキユーバーさまに似た所がある様だ、之からお前さまも、此千草の高姫がおイドを拭けと云ふたら、おイドでも拭くのですよ。命を助けて貰ふた御恩返しと思ふて、口答一つしちや可けませぬぜ』 玄『ヤ、如何な事でも承はりませうが、お尻を拭く事丈は、私の人格に免じて許して頂きたいものです。貴女の尻拭きする位なら、助けて貰はぬ方が何程幸福か知れませぬからなア』 千『ホヽヽ、嘘だよ嘘だよ、お前さまの面は一寸人並優れて変つてゐるが、どこ共なしに目の奥に才気が満ちてゐるやうだ。お前さまを何かの玉に使つて、一つ仕事をやつたら面白からう』 玄『ヤ、そこ迄私の器量を認めて頂けば満足です。私も今は斯うなつて、みすぼらしい風を致して居りますが、オーラ山に立籠り、シーゴー、依子姫などの豪傑を幕下に使ひ、三千の部下を従へ、印度七千余国を吾手に握らむと計画してゐた天晴な大丈夫ですよ』 千『あ、お前さまが、彼の名高いオーラ山の山子坊主だつたのか。ヤ、そら可い所で会ふた、佳い者が見付かつた、可い拾物をした。さア、之からお前さまと夫婦と化込んで、一つ仕事をやらうぢやないか』 玄『成程、面白からう、夫婦にならうと云ふたな、其舌の根の乾かぬ内に女房と呼んで置く。コラ女房、千草姫、第一霊国の天人、天来の救世主、天帝の化身、天真坊の宿の妻、ヨモヤ不服はあるまいなア』 千『お前さまと夫婦になる事丈は異議ありませぬ。然し乍ら妾こそ、第一霊国の天人、日出神の生宮、底津岩根の大ミロクの太柱、三千世界の救世主、千草の高姫だから、神格の上から、此千草の高姫が主であり、お前さまは従僕となつて貰はねばならぬ霊の因縁だよ。肉体上からはお前さまが夫で千草が妻と定めて置きませう。お前さまの天帝の化身は自分が拵へたのだらう。そんな山子は之からは駄目ですよ。正真正銘の第一霊国の天人でなけら、肝腎の場合に於て、名実ともなふ活動が出来ませぬからな。こんな所へ首丈出して埋けられてるやうな神力の無い事で、天帝の化身なんて言つて貰へますまい』 玄『イヤ、モウ、天帝の化身も、第一霊国の天人もお株を、女房のお前に譲らう、お前を女房にさへすりや、俺やモウ満足だからのう』 千『厭ですよ、譲つて貰はなくても、元から第一霊国の天人、日出神の生宮、大ミロクの太柱、三千世界の救世主、千草の高姫ですもの』 玄『あ、何と上には上のあるものだな。これ丈の美貌と弁舌とでやられたら、大抵の男は参つて了ふだろ』 千『そら、さうです共、トルマン国の王妃を棒に振つて、只一人猛獣の猛り狂ふ原野をやつて来るといふ豪の女ですもの、そんなこた、云ふ丈野暮ですワ、ホヽヽヽ』 コオ『何とマア、偉い方許り寄られたものですな。のうコブライ、丸切り狐に魅まれたやうぢやないか』 コ『俺ヤ、モウ開いた口がすぼまらぬワイ』 千『コレコレ其処の奴さま、何と云ふ無礼の事を云ふのだ。ミロクの太柱が現はれてゐるのに、狐に魅まれたやうだとは何ぢやいな。之から狐のキの字も云つては可けませぬよ』 コオ『ハイ恐れ入りまして御座います、玉藻前の芝居に出る金毛九尾さまの御面相に余りによく似てるものだから、つい狐のやうだと申して、御機嫌を損ねましたのは平に御託を致します』 玄『あ、何うやら日が暮れ相だ。どつかへ宿を求めて、今晩はゆつくりと語り明さうぢやありませぬか、………ナニ違ふ違ふ。オイ女房千草、どつかで、宿を求めて緩くり休まうかい、ヨモヤ厭とは申すまいのう』 千『ホツホヽヽ、立派な御主人が出来たものだ、之でもひだるい時に不味ものなしだから……ホヽヽヽヽ』 と小声で笑ふ。玄真坊は半分許り聞かじり、 『コラ女房、さう心配するものぢやない、決して不味物は食はさないよ。ひだるい目もささないから、俺に任しておけ。お金は此通り、胴巻に一杯つめてあるからのう』 といひ乍ら、腰の辺に手をやつてみてビツクリ、 『ヤ、何時の間にか所持金が無くなつてゐる。コラ、コブライ、汝が奪つたのぢやないか』 コ『そんな殺生な事云ひなさるな、何程泥棒でもお前さまの金まで奪りませぬよ。私共も川へ飛び込んだ時、皆川底へ落して了つたのです。此通無一文です。コオロだつて其通り、一文だつて持つてゐやしませぬで』 玄『あゝ、困つた事だの、それぢや、今晩宿屋に泊る訳にはゆかず、何とか工夫はあるまいかのう』 千『ホヽヽヽ、何とまア、スカン貧の寄合だこと、金でも持つて居り相なと思ひ、こんな茶瓶頭の蜥蜴面に秋波を送つて見たのだけれど、文無しと聞いちや、愛想もコソも尽き果てて了つた。エーエ穢らはしい、何所なつとお前さま勝手に行きなさい、此千草は一文の金は無くても此美貌を種に、如何な宿屋にでも贅沢三昧をして泊つて見せませう。然し乍らお前さまのやうなガラクタが従いてると、女盗賊と間違へられるから御免蒙りませう、左様なら』 と立上らうとする。玄真坊は一生懸命に足にくらひつき、 『コラ女房、一夜の枕もかはさずに、家を飛び出すと云ふ事があるか、せめて今宵一夜は待つてくれ』 千『野つ原の中で、家を飛び出す飛び出さぬもあるかい、宿無し者奴、死損ひの蛸坊主、おイドが呆れて雪隠が踊り出すワイ』 とふり切り逃げ様ともがく。 玄『オイ、コブライ、コオロの両人、女房を確り掴へてくれ。俺一人ではどうやら取放しさうだ』 コブライ、コオロ両手を拡げて、前に突立ち、 『コレコレ奥さま、さう短気を起しちや可けませぬ、余り水臭いぢやありませぬか。小判は吾々三人が動けぬ程腰へ捲いて来て、淵へ落したのですから、御入用とあれば命を的に川底から拾うて見せます、どうか短気を起さぬ様にして下さいませ』 千『ホヽヽヽ、一寸、余り好な玄真さまだから、愛の程度を試す為に嘲弄つてみたのですよ。どこ迄も玄真さまは此千草姫を愛して下さると云ふ事が、只今の行動に仍つて証明されました。一遍に沢山の黄金の必用も無いけれど、此千草が命令する毎に、お前さまは此淵へ飛び込んで、其金を拾つて来るでせうなア』 コブ『ヘー、仰せ迄も御座いませぬ、私だつて可惜宝を水底に捨てて置くのは勿体なう御座います。のうコオロさうぢやないか』 コオ『ウンさう共さう共、俺と汝の宝はキーツと飛び込んだあの淵に納まつてるに違ない。併し玄真さまのお宝は、滅多に川へ飛び込んでも体を離れる理由がない。あれ丈しつかりと胴巻に括りつけてあつたのだもの。ヒヨツとしたら、此墓を掘つて見よ。此底にあるかも知れぬ。モシ玄真坊さま、一寸天帝さまに伺つて下さいな』 玄『ウン、確にある、掘つてみてくれ』 コ『ヤ、貴方のお言葉とあらア間違御座いますまい、サ掘らう』 と二人は爪が坊主になる所迄土を掻き分けて底へ底へと掘り込んだ。五尺許り掘つた所に胴巻ぐるめ、ドスンと重たい程黄金が目をむいてゐた。コブライは飛び立つ許り喜んで、 『モシモシ玄真さま、有りました有りました、喜んで下さい』 玄『そらさうだろ、汝等二人の黄金は身についてゐないのだ、俺は身についた金だから此通残つてるのだ。サ、両人早く持ち上げてくれ。コレコレ女房、どうだ、一寸此金を見ろ、之は皆俺の金だ。これ丈ありやお前と俺とが三年や五年呑つづけても大丈夫だよ』 千『何と貴方は偉いお方ですな、私の夫として恥しからぬ人格者ですワ、ホヽヽヽヽ。コレコレコブライ、コオロの両人、御苦労だつたが、まだ此底を三尺か二尺掘つて下さい、ダイヤモンドがありますよ。私の神勅によつて黄金以上の物があるといふ事が分つたから……』 コ『エ、承知しました、貴女の仰せなら地の底迄も掘りますよ』 とコオロと両人が汗みどろになつて、土を掘り上げてゐる。玄真坊千草の二人は舌をペロリと出し、手早く二人を生埋めにせむと、一生懸命に土を上から投り込み、側にあつた立石をドスンと載せ、立石の上に腰うちかけ乍ら、モウ之で大丈夫と云ふやうな面構で、スパリスパリと千草姫の煙草を引たくつて吸うてゐる。 千『何とマア厄介者が二人ゐやがる、如何したら可からうと心配でならなかつたが、矢張以心伝心、お前さまの心と私の心はピツタリ合ふてゐたとみえて、一言も云はずにこんな放れ業をやつたのだから妙ですなア』 玄『本当にさうだ、実ア俺は此奴を埋込んでやろと思つたが、お前もさうだつたか、こんな奴がウロツキやがると二人の恋の邪魔になるし将来の手足纏になるが、之から二人でどつか宿へ泊るか、見晴のよい山へ上つて神秘の扉を開くか、或は神楽舞でもやつて、今日の結婚の内祝でもせうぢやないか』 千『そら面白いでせう。宿屋に居つても怪しまれると一寸具合が悪いから、そんなら今夜は月夜を幸、あのコンモリした森迄行きませう。あの森にはキツと古堂位は建つてゐるでせうからね』 玄『オイ、モウ少時此上で頑張つて居らねば、彼奴が生返つて後追かけて来ら大変だぞ』 千『ナーニそんな心配が要りますものか、此千草姫の神力で霊縛をかけておきましたから、穴の底で石の如うに固まつてゐますよ。サ、参りませう、コレ玄真さま、みつともない、涎を拭きなさいナ』 玄真は慌て両の手で涎を手繰り、膝のあたりに両手をこすりつけてゐる。 千『マアマア厭なこと、玄真さま涎の手を膝で拭いたり、丸で着物と雑巾と一つだワ、ホヽヽ』 之より両人は月夜の路を南へ取り、コンモリとした山を目当に走りゆく。 (大正一五・二・一旧一四・一二・一九於月光閣松村真澄録) |
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霊界物語 | 71_戌_玄真坊と千種の高姫 | 17 夢現神 | 第一七章夢現神〔一八〇六〕 千草の高姫、玄真坊の二人の計略にウマウマとかけられ穴の中に生埋にされたコブライ、コオロの両人は命カラガラ穴から這ひ出し、泥まぶれになつて息をつき乍ら、 コ『オイ、コオロ、どてらい目に遇はせやがつたぢやないか、狸坊主と狐女郎奴が。本当にいい馬鹿を見たぢやないか』 コオ『本当に俺やもう、憎らしうて堪らぬワイ。然しあの女は何処ともなしに可愛い奴だ。仮令生埋にされて死んで了つても元々ぢやないか。憎らしいのは彼の玄真坊だ。之から何処々々迄も後追つて生首引捉へ腹癒せをしようぢやないか』 コブ『ウンウン、そりやさうだ、俺等を助けて呉れた千草姫が俺等を殺す筈はない、玄真坊が千草姫の前で旧悪を云はれちや男前が下がると思つて、俺等を亡きものにさへすれば如何な事も出来ると思つて、あんな悪虐無道の事をしたのだらう。さア之から後追駆け生首を引抜き、千草姫の前で赤恥をかかせにや腹が癒えないワ。千草姫だつて、彼んなヒヨツトコ男に心からラブしてゐさうな筈が無い。屹度懐のお金を捲き上げられたら頭から青洟を垂れかけられるか、睾丸をギユーツと締めつけられてフンのびる位が関の山だらうよ、ウツフヽヽヽヽ』 コオ『兎も角こんな所で小田原評定やつた所で、はじまらぬぢやないか、さア之から彼奴の後追つて仇討ちと出かけやう』 コ『後追かけようと云つたつて、何方に逃げたか分らぬぢやないか』 コオ『ナニ、この木の端切れを道の真中に突つ立てて倒けた方に行つて見よう。屹度そつちに居ると云ふ事だ』 コ『そら、さうかも知れぬのう』 と云ひ乍ら木片を拾ひ真直に立てて離して見た。木片は南へバタリと倒れた。之より両人は月夜の道を南へ南へと駆けて行く。 両人『神が表に現はれて善と悪とを立別ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 只何事も人の世は直日に見直せ聞直せ 世の過ちは宣り直せなどと教ふる三五の 神の教は聞きつれどどうしても見直し宣り直し 聞直しさへ出来ぬ奴世界に一つ見つかつた 泥棒上りの玄真坊オーラの山に立籠もり 山子企んで失敗し又も其辺をうろついて 人を苦しめ女をば悩ませ来る悪僧奴 危い命を助けられ落した金迄吾々に 掘つて貰つて其恩を仇で報うた曲津神 何処へ失せたか知らね共草を分けても尋ね出し 恨を晴らさにや惜くものか神が此世にゐますなら 屹度善悪立別けて玄真坊の曲神を 懲し戒め給ふべしとは云ふものの吾々は 御気の長い神さまの御罰のあたる時を待つ 余裕は些も身に持たぬ一時も早く玄真の 生首引抜き仇をば打たねば男の意地立たぬ アヽ憎らしや憎らしや不倶戴天の仇敵と 定めて之から両人は四方八方に駆け廻り 彼の在所を尋ね出し命を取らいで措くものか アヽ憎らしや憎らしや泥棒上りの玄真坊 命を取らいで措くものかアヽ憎らしや憎らしや 一寸刻か五分試し骨も頭も粉にして 喰はねば虫が承知せぬアヽ腹が立つ腹が立つ 今度の恨を晴らさねば死んでも死ねぬ吾心 憐み給へ自在天大国彦の御前に 真心籠めて願ぎ奉る旭は照るとも曇る共 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 仇を討たねば措くものか悪逆無道の玄真坊 何処の果に潜むとも神の力と吾々の 熱心力に尋ね出し彼が所持する黄金を スツカリ此方へ引奪り最初の目的達成し 男を立てねば措くものかあゝ惟神々々 御霊幸倍ましませよ』 と云ひ乍ら蛙の行列向ふ見ずに形許りの細道を南へ南へと走つて行く。遥の前方にコンモリとした山蔭が見える。二人は芝生の上にドツカと尻を据ゑ、 コオ『オイ、兄貴、行途も無しに走つて居つた所で腹は空る、足は疲れる、如何する事も出来ぬぢやないか、一つ此処で考へて見ようぢやないか』 コ『やア、もウ、俺もコンパスが動かなくなつて来たのだ。仇の所在も分らないのに此広い田圃を走つた所で雲を掴む様な話だ。思へば思へば馬鹿らしいぢやないか。俺等は斯う南へ南へと走つてゐるのに、彼奴等は反対に北へ北へと走つたとすれば、きばれば、きばる程遠退く道理だ、此奴ア一つ考へねばなるまいぞ』 コオ『それでも杖占をやつたら南へ倒けたぢやないか。吾々は南へ走るより仕方はないのだ。アヽ斯うなると犬が恨めしい哩。俺が若し犬だつたら、彼奴の行つた後を嗅付けるのだけど、此人間様の鼻ぢやカラツキシ駄目ぢやからのう』 二人は斯く話し乍らグツタリと弱り、眠気さへ催し遂には原野の中で前後も白河夜船の客となつて了つた。 此処へ忽然として現はれた白衣の神人がある。神人は言葉静かに、 『汝はコブライ、コオロの両人ではないか』 両人一度に、 『ハイ、左様で御座います。貴方様は一寸お見かけ申せば、何処かの貴婦人と拝しまするが、何方へお越で御座いますか』 神人『吾こそは霊鷲山に跡をたるる豊玉別命であるぞよ。其の方は今日迄現世に犯せし罪悪に仍つて、種々雑多の神罰を受け玄真坊、千草姫の悪人のため土中に迄埋められ、九死に一生を得乍ら神徳の尊き事を忘れ、只一途に彼を恨、剰つさへ懐中の金子を奪ひ取らむと企んで居らうがな』 コ『ハイ、仰せの通りで御座います、恐れ入りました』 『汝等両人、今の中に吾教を聞き悔い改めざれば無間地獄に堕ちるであらう。どうだ、今の中に玄真坊に対する恨を打切り本然の誠に帰る気はないか』 コ『イヤ、もう私だとて、元より悪人では御座いませぬが、臍の緒の切り所が悪かつた為に人並の生活も出来ず、何時の間にやら自暴自棄となり、泥棒仲間に首を突つ込み、悪事の有らむ限りを致して来ました。同じ人間に生れ乍ら、豺狼のやうな事をすることは私の良心に大に恥て居りますなれど、此肉体を保全する為に止むを得ず種々よからぬ事を企みもし、行つても来ました。どうせ私は今迄の罪業に由つて地獄の底へ落されるものと覚悟してゐます。どうせ今から心を改めても、地獄に堕ちるのですから、悪を行るなら徹底的に悪業をやり度い決心を抱いて居りまする』 神人『如何なる悪人と雖も、悔い改めに依つて悪は忽ち消滅し、善の方面に向ふ事が出来るものだ。人間の肉体を持つて此地上に在る限りは絶対の善を行ふ事は出来ない。それで何事も神に任せ、神を信じ、神を愛し、日夜信仰を励んだならば、屹度生前死後共に安逸の生活を送る事が出来るであらう』 コ『ハイ、有難う御座います、如何なる神様を信仰すれば可いのでせうか。私はこれ迄バラモン神を信じてゐましたが、一度も安心や幸福を与へられた事は御座いませぬ』 神人『何れの神も皆、元は天帝の御分霊、神徳に高下勝劣は無けれども、今日の世の中は盤古神王の世も済み、バラモン自在天の世も過ぎ去り、今はミロク大神の御世と変つてゐるのだ。それ故汝等両人は今日より三五の大神を信じ惟神の名号を唱へ、能ふる限りの善事を行はば屹度安逸の世を送る事が出来るであらう。夢々疑ふ事勿れ』 と宣り給ふや否や忽然として煙の如く消えさせ給ふた。両人はフツと目を醒し、 コ『オイ、コオロ、お前起きたか、俺やもう大変な夢を見たよ』 コオ『ウーン、俺も妙な夢を見たのだ。もう玄真坊征伐は止めようかい』 コ『さうだな、玄真坊も悪いが俺も悪いから、之迄の因縁と諦めて泥棒も止め、玄真坊征伐も止めようぢやないか』 コオ『俺等ア、泥棒を止めたら喰ふ事は出来ぬが、之から身の振り方を如何したら可いのかなア。実は夢の中に神様が現はれたが、余り怖ろしうて、勿体なうて、お尋ねする事も忘れたが、之から何商売をしたら可いのかな』 コ『俺等の様に泥棒の外に何も芸を知らぬ者は商売も出来ず、学問も無し、仕方がないから修験者となつて一杖一笠の比丘となり、人の門に立つて物乞ひでもやらうぢやないか。そして三五の神様のお道を一人にでも云ひ聞かせ、死後の世界の安養浄土を開く準備をしようぢやないか』 コオ『兄貴お前もさう思ふか、実は俺もさう考へた所だ。さアさうと相談が定まれば、両人俄に比丘となつて印度七千余国の霊山霊場を巡拝しよう。玄真坊の様な悪人でさへも修験者と云ふ役徳に依つて見ず知らずの他人から、あの通り土の中へ葬られるのだ。俺等ア修験者でない為に死骸を路傍に委棄されてゐたのだからな。之を考へて見ても神様に仕へる位結構な事はないからのう』 茲に両人は意を決し、別に墨染の衣も、杖も笠も無けれども宣伝歌を口吟み乍ら、人里を尋ねて進み行く事となつた。 両人『神が表に現はれて善と悪とを立別ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 只何事も人の世は直日に見直せ聞直せ 身の過ちは宣り直せなどと教ふる三五の 神の教は目の辺り吾等が夢に現はれて 教へ給ひし神人の御言葉こそは尊けれ 悪逆無道の限をば尽し来りし吾々も 大慈大悲の大神の情の言葉に目を覚まし 転迷開悟の花咲いて今や真人と成り初めぬ 人は神の子神の宮珍の身魂を受け乍ら 曲津の棲処に使はれてどうして神の御前に 復命なさむ術あらむアヽ惟神々々 神の恵みの幸はひて吾等二人の行末は 天国浄土の花園に安く導き給へかし 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも曲津の神は猛るとも 誠の力は世を救ふ誠一つの三五の 神に従ふ吾々は如何なる悪魔も恐れむや 虎狼や大蛇など一時に襲ひ来るとも 神の守護の有る限り安く進ませ給ふべし アヽ有難し有難し闇路に迷ふ盲目の 俄に両眼打開き日出の国の花園に 進み出でたる心地なりアヽ有難し有難し 神の教を聞きしより吾魂は何となく 春駒の如勇み立ち雲井に登る如くなり アヽ惟神々々御霊幸倍ましませよ』 と元気よく歌ひ乍ら旅の疲れも空腹の悩みも打忘れスガの港の方面指て進み行く。 (大正一五・二・一旧一四・一二・一九於月光閣北村隆光録) |
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霊界物語 | 71_戌_玄真坊と千種の高姫 | 18 金妻 | 第一八章金妻〔一八〇七〕 大日山の麓の森林に大日如来を祭つた古ぼけた祠がある。其祠の中には蟇の鳴き損ねたやうな面構へをした玄真坊と、天つ乙女のやうな気高い姿の千草の高姫と云ふ美人の二人が、無遠慮に寝そべつて互に頬杖をつき乍ら囁いて居る。 玄『オイ、女房』 千『厭ですよ、女房なんて』 玄『そんなら妻にしておこう。オイ妻』 千『妻なんてつまらぬぢやありませぬか。もつと高尚な名を呼んで下さいな』 玄『そんなら細君にしておこうか、それが嫌なら御内儀にしておこうか』 千『妻君だの内儀だのと女房扱ひは真平御免ですよ』 玄『それや約束が違ふ、お前は俺の嬶アになると云つたぢやないか』 千『そりや云ひましたとも、あの時はあの時の場合で仕方なしに云つたのですよ。一生女房になると約束は為ませぬからなア。仮令半時でも女房になつて上げたら光栄でせう』 玄『そいつは頼りないなア、一生俺の女房になつてくれないか』 千『そりやならない事はありませぬが、貴方の心が心ですもの。そんな水臭いお方に一生を任して堪りますか』 玄『今日会つたばかりで水臭いのからいのとそんな事が分るものか、そりやお前の邪推だらう』 千『それだつて貴方は本当に水臭いワ。沢山の黄金を所持し乍ら、女房の私に任して下さらないのですもの。女房は家の会計万端をやつて行かなければならぬぢやありませぬか、金無しに如何して会計をやつて行く事が出来ますか、よう考へて御覧なさい』 玄『そりやさうだ、だがまだ斯うして旅の空ぢやないか、こんな重い物を女房のお前に持しては気の毒だ。家を持つた上でお前に支出万端任すから、まアまア安心してくれ給へ』 千『貴方はどこ迄も私を疑つてゐらつしやるのですな。私だつて人間ですもの、金位持つたつて途中で屁古垂れるやうな弱い女ぢやありませぬよ。さアすつぱりと此方へお渡しなさい。命迄拾つて上げた私ぢやありませぬか。仮令夫婦でなくても命を拾つてあげた恩人ぢやありませぬか』 玄『そりやさうだ、お前のお世話になつた事はよく覚えて居る。併し乍ら一夜の枕も交さぬ中からさう気ゆるしは出来ないからなア』 千『何とまア下劣な事を仰有いますな。それ程貴方はお金に執着心が強いのですか』 玄『別に金に執着は無いがお金と云ふものは物品の交換券だから、神様に次いで大切にせなければならないものだ。小判の百両も出せばどんな美人でも自分の女房に買ふ事が出来るのだ。これ丈の金があれば、何処かの都で高歩貸しをして居つても、一生安楽に暮す事が出来るからな』 千『ヘン馬鹿にして貰ひますまいかい、遊女と一つに見られては第一霊国の天人もつまりませぬワ。そんな分らぬお前さまならこれで御免を蒙りませう。誰がこんなヒヨツトコ野郎に秋波を送り女房だの嬶だのと云はれて耐るものか、左様なら、これ迄の御縁だと諦めて下さい』 と、ツと立上がり帰らうとする。玄真坊は慌てて千草姫の腰をぐつと抱へ、 玄『ても柔い肌だなア。これさう短気を起すものぢやない。魚心あれば水心あり、俺だつて木石ならぬ血の通ふた人間だ。そんなら三分の一だけお前に渡しておくから、暫くそれで辛抱してくれないか。三分の一だつてザツと一万両あるのだからなア、初めから全部ぼつたくらうとは余り虫がよすぎるぢやないか』 千草姫はペロリと舌を出し乍ら、 『玄真さま人を見損ひして下さいますな。私はお金に惚て貴方に跟いて来たのぢやありませぬよ。エヽ汚らはしい。金等は水臭いワ、金が仇の世の中と云ひますからナ、そこ迄お心が分つた以上は金なんか要りませぬ。貴方が持つて居て下されば、私の要る時には出して下さるのだから、そんな重い物はよう持ちませぬワ』 玄『なる程お前の真心は能う分つた。そんな心なら全部任してもよい、サア重くて済まぬがお前の腰につけてやらう』 千『嫌ですよ、そんな重い物……。男が持つものですよ。女なんか重たくて旅も出来ませぬもの』 千草姫は或地点迄重たいものを玄真坊に持たせ、此処と云ふ所で睾丸を締めて強奪らうと云ふ企を以て居た。恋に惚けた玄真坊は、千草姫の心の奥の企も知らず茹蛸のやうになつて、低い鼻や尖つた口や、ひんがら目を一所に寄せ声の色迄変へ、 玄『遉は千草姫だ。偉い偉い俺もコツクリと感心した。さアかう定まつた以上はお前はどこ迄も私の女房だなア』 千『さうですとも、今更そんな事云ふだけ野暮ですワ。初から女房と定つとるぢやありませぬか』 玄『それでも最前のやうに暫くの女房だの、一生女房にならうとは云は無かつたのと云はれると困る。一生なら一生とハツキリ云ふてくれ、金のある中だけの女房では困るからのう』 千『これ玄真さま、そんな下劣な事を云ふて下さいますな。二つ目には金々と仰有るが、金なんか人間の持つものですよ。私の美貌と天職は他には御座いますまい。天下に唯一人の救世主と云ひ、美人と云ひどうして金銭づくで手に入りますか、よく考へて御覧なさい。妾は金が欲しけりやトルマン国の王妃ですもの、幾何でも持つて来るのです。お前さまは泥棒の親分をやつて居たのだから、人の金を奪る事許り考へて居たのだから、女房が金を奪るか奪るかとそんな事許り考へて居られるのだからそれが私は残念です。も少し人格を向上して貰はなくては、大ミロクの添柱と云ふ所には行きませぬよ』 玄『いやもう恐れ入つた。今後一切お前さまにお任せ申す。いや女房に一任する。併し乍ら何時迄もこんな所で二人がコソコソ話しをやつても芽のふく時節がない。何所かスガの里へでも飛び出して立派な家屋を買求め、それを根拠として天下統一の大業を計画せうぢやないか』 千『ホヽヽヽ、小さい男にも似ず、随分肝玉の太い男だこと。妾それが第一気に入つてよ。さアこれからお前さまは言触れとなつて、そこら界隈を廻つて下さい。私は救世主となつて、この大日山の奥深く社を建て、其処に控へて居りますから、ドシドシと愚夫愚婦を集めて来るのですよ』 玄『ヤアそれも一策だが俺の顔は大抵の奴がこの界隈では知つて居る。万一オーラ山の山子坊主だと悟られては折角の計画が画餅に帰するから、そんな事云はずにスガの里迄行かうぢやないか。兎に角この風体では仕方がない、相当な法服を誂へ身につけて行かねば人が信用せぬからのう』 千『そんなら兎に角、夫殿の仰せに任せスガの里迄参りませう』 弥々これより玄真坊、千草の高姫は、大日の森を立ち出で、スガの港をさして大陰謀を企てむと進み行く事となつた。玄真坊は先づ歌ふ。 『出た出た出た出た現はれた雲井の空から現はれた 月日は照るとも曇るとも仮令大地は沈むとも 此世を救ふ生神は今現はれた千草姫 それに付き添ふ天真坊この二柱ある限り 世は常暗と下るとも案じも要らぬ法の船 ミロク菩薩が棹さして浮瀬に沈む人草を 彼方の岸にやすやすと救ひ助けて安国と 治めたまはる時は来ぬ勇めよ勇めよ諸人よ 祝へよ祝へよ千草姫千草の高姫ある限り 此世は末代潰りやせぬ三五教の奴原は 仮令大地は沈むとも誠の力は世を救ふ 等と業託並べたて世間の愚民を迷はせる 口先計りの山子神こんな奴等が何千人 出て来た処で何になる有害無益の厄介ものよ 倒せよ倒せよ三五の神の教の宣伝使 斎苑の館を根底からデングリ返してやらなけりや 吾等の望みは達せないウラナイ教の大教主 千草の高姫此所に在り仰げよ仰げよ諸人よ 慕ひまつれよ国人よ命の清水が汲みたくば 天真坊の前に来よ天帝の化身と名のりたる 第一霊国天人の内流うけたるこの身霊 またと世界に二人ないそれに加へて此度は 天より下りし千草姫凡ての権利を手に握り 天降りたる月の国天国浄土に開かむと 宣せ給ひし尊さよアヽ惟神々々 恩頼がうけたくば天真坊の前に来よ 天真坊が取り次いで千草の姫の御前に 事も委曲に奏上し如何なる罪をも穢をも 早川の瀬に流し捨て天国浄土の楽みを 此世ながらに授くべし下つ岩根の大ミロク 神の教の太柱弥々現はれました上は 四方の民草一人もツツボに墜とさぬ御誓 喜び勇めよ国人よアヽ惟神々々 御霊幸倍ましませよ』 玄『もし千草姫、いや女房殿、この宣伝歌はお気に召しましたかなア』 千『ホヽヽヽヽ、遉は玄真坊様だけあつて、甘く即席によい文句が出ますこと、私も大に感じ入りましたよ。どうかこの調子で町へ出たら力一ぱい歌つて下されや』 玄『よしよし、歌つてやらう、其代りお前も俺の女房だから、俺の歌も作つて歌つてくれるだらうなア』 千『そりや、玄真さま、天地顛倒も甚だしいぢやありませぬか、神界の御用と現界の御用と混同してはいけませぬよ。神界となればこの千草姫が大ミロクの太柱、玄真さまは眷族も同様ですよ。肉体上からこそ夫よ妻よと云ふて居りますが、神界の事となつたら此の千草の高姫は一歩も譲りませぬからなア』 玄『大変な権幕だなア。恰で大日山の山の神様見たやうだワイ』 千『そりやさうですとも、大日山の山の神は私ですよ。それだから嬶天下の女房を山の神と云ひませうがな』 玄『なる程、お前の云ふ通り俺の聞く通りだ、フヽヽヽヽ』 千『玄真さま、も一遍今の歌を歌つて頂戴な』 玄『よしよし、歌はぬ事はないが、何だか女房の讃美歌を歌ふのは些つと計りてれ臭いやうな気がして困るがなア』 千『エヽ頭の悪い、女房の讃美歌ぢやありませぬよ。下つ津岩根の大ミロクさまの讃美歌を歌つて下さいと云ふのですがな』 玄『ウンウンそりや分つて居る。よしよしそんなら慎んで歌はして頂きませう。オイ併し乍らスガの里迄はもう十五六里あるから到底足が続かない。この向に入江村と云ふ所がある。其所はハルの海がズツと入り込むで居る処で、大変景色も佳い。其所の宿で今晩は宿つたら如何だらうかなア』 千『里程は其所迄幾何程ありませうかな』 玄『三里半計りある。そこ迄行つておけば明日は船で楽に行けるからなア』 千『成程そりやよい事を思ひ付いて下さつた。さア、之から入江の里迄急ぎませう』 と両人は足に撚をかけ、一生懸命に駆け出したり。 (大正一五・二・一旧一四・一二・一九於月光閣加藤明子録) |
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霊界物語 | 71_戌_玄真坊と千種の高姫 | 19 角兵衛獅子 | 第一九章角兵衛獅子〔一八〇八〕 入江の里の浜屋旅館の奥の間には例の玄真坊、千草の高姫の二人が為す事も無く、意茶々々云ひ乍ら十日許り逗留して居る。 千『モシ玄真さま、この宿へ泊つてから今日で十日許りにもなりますが、余り退屈で仕方がないぢやありませぬか。ハルの湖で有名な日高山はモウ見えなくなりましたし、真帆片帆の行交ひも昔とは余程淋しくなつたやうです。何とか一つ歌でも詠んで楽しまうぢやありませぬか』 玄『別に無聊に苦まなくても、お前と俺と二人居りさへすれば、如何な快楽でも出来るのだが、お客様だとか、お月様だとか文句を云つて応じないものだから、元いらずの快楽を棒に振つて自分が自分で苦んでゐるのだ。俺やモウ、オチコがコテノでやりきれないワ』 千『ホヽヽヽヽヽ、何とした、玄真さまは粋な方だらう、本当に恨めしいのはお客さまだワ。お客さまさへなけりや、玄真さまの御機嫌を十分に取れるのだけれどなア』 玄『一体、お月さまといふものは永くて一週間早くて三日位なものだと聞いてゐるに、お前はモウ十日にもなるぢやないか、チと可笑しい容態だなア』 千『そらさうです共、第一霊国の天人ですもの。当然の人間なら月に七日の穢れですみますが、妾は一年中のを一遍に片付けるものですから、十二ケ月分合せて八十四日間月経があるのですもの』 玄『さう永らくの間、俺も待ち切れないワ。どうだ、一つ思ひ切つて奸淫をやらうでないか、所謂それが月経奸だ、アヽーン』 千『ホヽヽヽヽ、助平野郎だこと。竜女を犯してさへも七生浮ばれないと云ふのに、況して天人の月経奸を冒すやうな馬鹿な人が世間に在りますか、七生八生はおろか、百万生まで罰をうけますぞや』 玄『何とか願ひ下げして貰へぬものかいナ、八十四日の二分の一位に怺へて貰へさうなものだナ。世はまじないといふから、それでも差支あるまい。神さまだつてそんな野暮なこた仰有るまいからのう』 千『玄真さま、モウそんな話はやめて下さい。私地獄へ堕ち相な気分が致しますワ。それより歌でもアツサリ詠まうぢやありませぬか…… 添はまほし君の手枕ほりすれど 月の障にせむすべもなし。 ほしほしと星は御空に輝けど 月の障に影うすれ行く。 玄真の君の頭に月照りて 影さしにけり御山の谷は』 玄『オイ冷かすない、御山の谷は真赤けだろ。紅葉が照つてるだろ、どうか一つ紅葉狩をさして貰ひたいなア』 千『玄真さま、イヤですよ、スカンたらしい』 といひ乍ら、蛸禿頭をピシヤピシヤツと細い手でやつた。玄真は目も鼻も口も一所へ巾着をすぼめたやうに集めて了ひ、 玄『エツヘヽヽヽ、コリヤ、千草、無茶するないヤイ、俺の頭にもヤツパリ血が通ふてゐるぞよ』 千『余り薬鑵がたぎつて居つたので、手のひらをやけどしましたよ。どうか玄真さま水を汲んで来て下さい、手を冷しますから……』 玄『夫の頭の温みがお前の手に残つとるのも可かろ、まア楽しんで待つて居れ、さう永く温みが止つて居るものではないからの』 千『自惚も可い加減になさいませ。薬鑵頭の汗脂が手について、気味が悪うてならぬから水を汲んで来て下さいと云ふのですよ』 玄『エー仕方のない山の神だなア』 と云ひ乍ら自分が立つて井戸水を汲み来り、 玄『サ、山の神さま、否々ミロクの太柱さま、どうぞお手をお洗ひ下さいませ』 千『善哉々々』 と云ひ乍ら、金盥の水で手を洗ひ、 千『ヤ、玄真坊、御苦労であつた、褒美には此水を遣はすによつて、一滴も残らず妾が前で呑んだが可からうぞや。決して千草姫の手垢ではない、其方の薬鑵頭の汗脂だによつて、喜んで頂戴召されよ』 玄『オイ、嬶、女房イヤ……千草の太柱、馬鹿にすない、俺を一体何方と心得てるのだ。之でもお前の夫ぢやないか』 千『オツト任せで食へ込んだ夫ですもの、縦から見ても横から見ても、オツトましいスタイルだワ』 斯くいちやついてる所へ、表の街道騒がしく、太皷を打鳴らし乍ら、角兵衛獅子がやつて来た。 宿屋の亭主は二人の居間に恐る恐る出で来り、 『モシお客様、大変御退屈と見えますが、今あの通り、門口へ角兵衛獅子がやつて来ました。一つお舞はしになつたら如何ですか。お気晴しには大変面白う御座いますよ』 玄『やア、それは有難い、どうか姫神さまの御上覧に入れてくれ、……若しミロクの太柱様、角兵衛獅子は如何で御座いますかナ』 千草姫はワザとすました面で、 『善哉々々、所望だ所望だ』 亭主『ハイ畏まりまして御座います、直様此処へ連れ参ります』 と云ひ乍ら表へ出て行く。少時すると小さい獅子舞を被つた男と、深編笠を被つた太皷打がやつて来た。 玄『ヤア、御苦労々々々、遠慮は要らぬ。此座敷へ上つて一つ舞つてくれ、此頃はミロク様の御機嫌が悪くて困つてる所だ。どうか神楽舞ひでもやつて岩戸開をやらなくちや、俺も実ア紅葉の盛りで困つてゐるのだ』 角兵衛獅子は軽く目礼し乍ら、座敷に飛び上り、一方は唄ひ、一方は舞ひ出した。 『テテンコテンテテンコテンテテンコテテンコテテンコテンテン テテンコテンテンテテンコテン角兵衛獅子 一月元旦夜が明けりや兄は十一弟は七つ 去年舞ふた此町で今年もやつぱり角兵衛獅子 テテンコテンテテンコテンテテンコテテンコテテンコテンテン テテンコテンテンテテンコテン角兵衛獅子 一月元旦夜が明けた兄は太皷で弟は踊る お国恋しや角兵衛獅子太皷の音で日が暮れる テテンコテンテテンコテンテテンコテテンコテテンコテンテン テテンコテンテンテテンコテン角兵衛獅子』 玄『あア妙々、サ、褒美に之をやろ』 と云ひ乍ら、小判を一枚おつ放り出した。角兵衛獅子二人は喜んで、頭に被つてゐた獅子や編笠を除つて見ると、豈計らむや玄真坊が千草姫と二人、沢山な座布団の上にバイの化物然と控へてゐる。 角兵衛獅子『ヤ、汝は玄真坊だな、よい所で見付けた。俺等二人を計略にかけ、生埋にしやがつた悪人輩だ。俺は夢の中に神様の教を戴いて、最早汝に復讐の念は絶つてゐたが、かうして二人が夫婦然とすましてゐる所を見ると了見がならない。オイ、コオロ、汝早く役所へ訴へて来い。俺は逃げない様に番をしてゐるから……』 コオ『ヨーシ来た合点だ』 とコオロは逸早く表へ飛び出して了つた。玄真坊はガタガタ慄ひ出し、 『ヤ、千草姫如何せうかナ、かうしてはをれまい、俺も汝も首が飛んで了ふがナ……』 コ『コラ当然だ、玄真坊思ひ知つたか、今に捕手の役人にフン縛られ笠の台が飛ぶのだ。それを見乍ら、俺は一杯飲むのがせめてもの腹いせだ、イツヒヽヽウツフヽヽても偖も心地よいこつたワイ』 玄『オイ、コブライ、一万両金をやるから、願下げしてくれまいか、角兵衛獅子に歩いても一万両は仲々儲からないぞよ』 コ『馬鹿云ふない、そんな事出来るものか。既に已にコオロが訴へ出てるぢやないか、モウ観念せい、仕方がないワ』 千『ホヽヽヽヽ、あの玄真さまの胴震ひの可笑しさ、其態ア一体何ぢやいな。コレコレ奴さま、お前を生埋にしたのは此玄真さまだぞえ、千草姫は少しも与り知らない処だからさう思つて下さいや』 コ『命の親の姫様に対し、毛頭恨を持つて居りませぬ。そして又貴女様を訴へるやうな事は決して致しませぬから、どうか御安心下さいませ』 玄真坊は色蒼ざめ、ガタガタ慄をやつてゐる。千草姫は側近く寄りそひ、 千『コレ玄真さま、確りしなさらぬかいナ、月の国を手に握らうと云ふ如うな大胆な計画をするお前さまが、捕手位に震ふと云ふ事があるものか、神力を以て吹飛ばしてしまへば可いぢやありませぬか』 と云ひ乍ら、オチコの下にブラ下つてゐる光のない二つの玉を力限りに握りしめた。玄真坊は虚空を掴んで其場に「ウーン」と云つたきり倒れて了つた。表の方には捕手の役人と見えて、ザワザワと足音が聞えて来た。コブライは役人出迎への心持にて、慌てて表へぬけ出す。其間に千草姫は玄真坊の胴巻をすつかりと外し、自分の腰に捲き表二階の間へ素知らぬ面して納まり返つてゐた。十二三人の捕手の役人、コオロ、コブライ及亭主の案内にて此間に出で来り、玄真坊の倒れてゐるのを見て、 捕手『ヤ、此奴、モウ舌でもかんで自害したと見え縡切れてゐる。こんな者はモウ仕方がない。亭主、其方に此死骸を渡して置くから、何処の野辺へでも捨てて置くがよからう』 と云ひ残し、逸早く出でて行く。 千草姫は一間に入つて二階の障子の破れ穴から離棟の座敷を眺めて見ると、亭主や出入の者が玄真坊の死体を戸板に乗せてワイワイと云ひ乍ら、何処へ担ぎ行く姿が見える。千草姫は胸をヤツと撫でおろし、 『南無頓生玄真坊菩提の為、帰命頂礼謹請再拝、ホヽヽヽヽ、これでも妾の寸志の手向、玄真坊の亡霊殿、安楽に成仏致したがよからうぞや。到頭三万両の金を手ぬらさずで、ぼつたくつてやつた。サ、之さへあれば大丈夫、一つどつか景勝の地を選んで大建築をなし、人目を驚かし、ウラナイ教の本山を建て、三五教を根底から覆へし、ミロクの太柱の名声を天下に輝かしませう。てもさても都合の好い時には都合の好いものだなア』 とホクソ笑んでゐる。障子の外から破鐘のやうな声で、 杢助『ワツハヽヽウツフヽヽ天晴々々、千草の高姫の御腕前は杢助確に見届けたぞや』 千草の高姫は杢助の声に打驚き、日頃恋慕ふ杢助様が此宿に泊つて御座つたか。おゝ恥しや、白粉も付けねばならうまい、紅もささねばなるまい、髪も結ひ直し、身繕ひせにやならぬと、 千『モシモシ杢助さま、お察しの通り千草の高姫で御座います。どうぞ少時ここを開けない如うにして下さいませ。一寸身だしなみをして、それからお目にかかりますから』 妖幻坊の杢助はワザとに、すねた如うな口振で、 『あ、左様で御座るか、会つてやらぬと仰有れば、たつて会つて貰ひたいとは思はぬ。さよなら。拙者は曲輪城へ雲に乗り立ち帰るで御座らう』 千『モシ、杢助さま、お情ない、こがれ慕ふて居る女房を一目も見ずに捨てて帰らうとは余りぢや御座いませぬか。貴方に別れて此方、寝ても醒ても会ひたい会ひたいと思ひ暮して居りました。何卒只今の御不礼はお許し下さいまして、一目会ふて下さいませ』 妖幻坊『左様ならば、御免を蒙つて、久し振りで高チヤンの綺麗なお面を拝見しようかな』 と云ひ乍ら二階の床をメキメキいはせ乍ら無雑作に障子を引開け、ノソリノソリと入来り、千草の前にドツカと座を占め、どんぐり眼を剥き出して、ニコニコ笑ひ乍ら、 妖『ヤア、高チヤン、余程若くなつたぢやないか、高宮姫時代とはまだ三つも四つも若く見えるよ、先づ先づ壮健でお目出度う』 千『モシ、杢助さま、貴下何処をどう彷徨いてゐらつしやつたの。私どれ丈尋ねて居たか知れませぬよ。今年で三年許り会はぬじやありませぬか』 妖『俺だとてお前の在処を捜し求めて、こんな所迄やつて来たのだ。ウラナイの神様のお蔭に依つて、計らずも此宿屋でお前に遇ふたのは何よりの仕合せ。ヤ、俺も嬉しい、サ、今夜はシツポリと昔語でもして休まうぢやないか』 千『こんな嬉しい事はメツタに御座いませぬ。貴方何がお好きで御座いましたいナ、何か差上げたいと存じますが…』 妖『ヤ、俺は別に何が好といふ事もない。好なのはお前の面許りだよ、アツハヽヽヽ』 千『さうさう貴方は、一番好なは私の面、一番嫌ひなのは犬だと仰有いましたね』 妖『コーリヤ、高宮姫、モウ犬の事は云つてくれな。実の処は入江の里迄やつて来た所、沢山な犬に吠つかれ、気分が悪くて堪らず、今日で三日許り此宿屋に泊つてゐるのだ。お前は裏の座敷で、何かいい男を喰ひ込んで居つたやうだが、それを思ふと、何だか妬けて仕方がないワ』 千『ホヽヽヽ、彼奴ア、オーラ山と云ふ山に砦を構へて、泥棒の張本人をやつて居た玄真坊と云ふ売僧ですよ。彼奴が懐に沢山な金を持つてると知り、甘く言ひくるめて此宿屋へ連れ込み、ウマウマと三万両をフン奪つてやつたのです。恋の色のと誰があんな禿蛸土瓶に相手になるものですか、よう考へて下さいナ』 妖『そらさうだらう、杢チヤンといふ色男を夫に持ち乍ら、あの如うなヒヨツトコに相手になるお前では無い……とは承知して居るものの、三年も別れて居ると、心がひがんで妙な気になるものだ。ヤ、無実の罪をお前に着せて済まなかつた、これ此通りだ』 と両手を合せて床に頭をすりつける。千草姫は、 『モシ杢チヤン、厭ですよ、揶揄も可い加減にして置いて下さい。私、貴方の仕打が余り水臭くつて憎らしいワ』 妖『幾らお前が憎らしいと云つても繋る縁ぢや仕方がないワ。俺も惚れた弱味でお前にや百歩を譲らざるを得ないワ、ハヽヽヽ男と云ふ奴、女にかけたら脆いものだワ、アハヽヽ』 千『ヨウまア憎たらしい、そんな冗談が言へますこと。私や却て恨めしう御座います。サ、久し振りで今晩はゆつくり寝まうぢや御座いませぬか』 妖『お前は第一霊国の天人、底津岩根の大ミロクさまの霊で八十四日間月経があると云ふぢやないか、一緒に寝るこた、真平御免を蒙つて置かうかい』 千『エー憎たらしい、貴方はあの売僧坊主との話をどつからか聞いてゐらつしやつたのでせう。腹の悪い方ですね、何処で聞いてゐたのです』 妖『ウン、雪隠の中で、……ウン、イヤイヤ雪隠へ行かうと思つて一寸横を通つた処、余りお前によう似た声がするので、立ち聞をすると、そんな事を云つて居たよ。ヨモヤお前とは気が付かぬものだから、自分の居間へ返つて……あんな美人があつたらなア……と羨望に堪へなかつたのだ。まアまアお前で結構だつた』 千『月経なんかあらしませぬよ、安心して寝んで下さいな』 妖『ヨーシ、面白い。そんなら久し振りで高チヤンの、お寝間の伽でもさして頂きませうか』 千草姫はプリンと背を向け、 『知りませぬ、勝手になさいませ』 と子供の如うなスタイルで稍すね気味になつてゐる。猛犬の声はワンワンワンと四方八方より聞え来る。 (大正一五・二・一旧一四・一二・一九於月光閣松村真澄録) |
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霊界物語 | 72_亥_スガの港(宗教問答所) | 02 時化の湖 | 第二章時化の湖〔一八一一〕 妖幻坊の杢助や金毛九尾の高姫は 初稚姫の神徳と猛犬スマートの威に怖れ 祠の森を逸早く雲を霞と逃出し 薄の茂る大野原彼方此方とかけ廻り 迂路つき魔誤つき歯噛みつき意茶つき喧嘩も病つきで 施す術も月の空遥にかがやく小北山 其霊場に蠑螈別魔我彦司の居ると聞き 斎苑の館の総務職笠にきながら妖幻坊 ウラナイ教の大教祖高姫司と名乗りつつ 二人は手に手を把りながら一本橋を撓づかせ 河鹿の流を打渡り魔風恋風吹き荒ぶ 蠑螈館に来て見れば目界の見えぬ文助が 白き衣を着けながら受付席に控へ居る 高姫見るより驚いて 『これこれお前は文助か此聖場は高姫の 教を伝ふる蠑螈別神の司の館ぞや 蠑螈の別の教の祖高姫司をさしおいて 教を布くとは虫がよい些つと心得なさりませ 此御方は産土の山の台に千木高く 大宮柱太知りて鎮まり居ます素盞嗚の 神の教に仕へます三羽烏の御一人 杢助総務で御座るぞや早く挨拶した上で いと丁寧におもてなし神の如くに敬へ』と 大法螺吹き立て尻を振り松姫館に駆け込んで お千代やお菊に揶揄はれ腹は立てども虫耐へ 木端役員初、徳を旨く抱き込み小北山 神の館を奪はむとあらゆる手段を尽す折 頂上の宮の鳴動に荒胆つぶし逃げ出し 二百の階段驀地下る折しも文助に 思はず知らず衝突し曲輪の玉を遺失して 高姫、初、徳諸共に雲を霞みと逃げ出し 怪しの森の近く迄逃げ来る折しも妖幻坊 吾懐に隠したる曲輪の玉の影なきに 顔青ざめて思案顔芝生の上にどつと坐し 萎れかかりし其風情見るより高姫怪しみて 様子を問へば妖幻坊如意の宝珠に勝りたる 曲輪の玉をはしなくも小北の山に落したり 初、徳両人吾命を奉じて小北の山に行き 曲輪の玉を奪り返し帰り来れと命ずれば 尻を痛めた両人はチガチガ坂をよぢ登り 文助司を気絶させ漸く曲輪の玉を奪り 再び怪しの森影に走り帰れば妖幻坊 高姫二人は喜びてやにわに玉を引奪り 其懐に捻ぢ込みぬ折柄下る闇の幕 是幸ひと両人は闇に潜める初、徳の 頭の辺を目がけつつ闇に打ち出す石礫 夜目の見える妖幻坊金毛九尾の二人連れ 雲を霞と逃げ出し浮木の森の狸穴に 暫く身をば潜めつつ曲輪の玉を応用し 一夜に造る城廓は天を摩しつつ聳立つ 金毛九尾の高姫は実の城と思ひ詰め 杢助司の妙術を口を極めて称讃し 高宮彦は妖幻坊己は高宮姫となり 高子宮子の侍女を狸と知らず侍らせて 恋に狂へる折もあれ三五教の宣伝使 初稚姫に踏み込まれ妖術ここに暴露して 妖幻坊は座に堪へず高姫司を引つ抱へ もはや運命月の国デカタン国の高原の 空翔けり行く折もあれ俄に吹き来る烈風に 耐りかねてか高姫をかかへし腕くつろげば 空中滑走の曲芸を演じて地上に墜落し 高姫息は絶えにけりさは然りながら高姫は 吾肉体の失せしをば夢にも知らず幽界の 八衢街道をとぼとぼと彼方此方に彷徨ひつ 杢助司の所在をば探し求めて三年振 月日も照らぬ岩山の麓に荒屋構へつつ 往来の精霊引つ捕へ底つ岩根の大ミロク 日の出の神の生宮を悟れよ知れよ救世主 此処に居ますと法螺を吹き騒ぎ廻るぞ可笑しけれ 三年を過ぎし暁にトルマン国の王妃なる 千草の姫の身死りし其肉体を宿となし 再び現世に蘇生り千草の高姫となりすまし 国王迄も尻に敷きあらむ限りの狂態を 日夜演ずる折もあれ言霊別の化身なる 梅公司に謀られて包むに由なく忽ちに 金毛九尾と還元しトルマン城を後にして 雲を霞と逃げ出し妖僧キユーバーの行衛をば 探る折しも入江港浜屋旅館の一室で 思はず知らず杢助に化けおほせたる妖幻坊に 出会し茲に両人は手に手を把つて夜の道 浜辺に出でて乗合の高砂丸に身を任せ スガの港をさして行く波瀾重畳限りなき いと面白き物語完全に委曲に述べてゆく あゝ惟神々々恩頼をたまへかし ○ 曲津の運命月の国大雲山に蟠まる 八岐大蛇の片腕と世に聞えたる妖幻坊 三五教の皇神の清き明るき大道の 光を怖れ戦きて数多の魔神を呼集へ 神の大路を破らむと心を砕き身を焦し 三五教に捨てられて心ひがめる高姫の 腸探り杢助と身をやつしたる恐ろしさ 身を粉にしても砕けても潰さにやおかぬ三五の 道こそ強き梓弓ハルの海原船出して 再び会ひし高姫と教のとも船高砂の 名に負ふ船に身を任せ油を流せし如くなる 浪も静な海原を鼻歌謡ひ勇みつつ スガの港をさして行く。 妖幻坊、高姫の乗り込んだ高砂丸は[※第71巻第20章では舟を盗んだことになっている。]余程の老朽船であつた。此船には建造以来、高砂笑と云つて一種の妙な習慣が残つて居た。高砂丸に乗り込んだ者は、大は政治の善悪より下は小役人の行動をはじめ、主人や下僕、朋友知己、其外所有人物を捉へて忌憚なく批評し、悪罵し、嘲笑することが不文律として許されて居た。遅々として進まぬ船の脚、退屈まぎれに種々の面白き話の花が咲いて来た。 船客の一人、 甲『オイ、コブライ、玄真坊と云ふ売僧坊主は本当に仕方のない餓鬼坊主ぢやないか。天帝の化身だの、天来の救世主だのと大法螺を吹きやがつて、オーラ山に立て籠り、三五教の梅公別様に内兜を見透され、岩窟退治をせられてお払ひ箱となり、三百人の小泥棒を従へて再びオーラ山の二の舞をやらうと企み、スガの港のダリヤ姫に懸想して旨く肱鉄砲を乱射され、終の果てにやタラハン城の左守の司に腹迄切らせ、しこたま黄金を強奪り俺達に揚壺を喰はし、入江港の浜屋旅館に泊り込み、千草の高姫とか云ふ妖女に涎を垂らかし、眉毛をよまれ睾丸を締られ、所持金をすつかり奪られて、殺されよつたと云ふ事だが、本当によい気味ぢやないか。俺達が越後獅子に化けて、彼奴の面を曝してやつた時の狼狽やうつたら無かつたぢやないか、本当に思うても溜飲が下るやうぢやのう、エヘヽヽヽ』 コブライ『玄真坊なんか悪いと云つたつて知れたものだよ、彼奴は女さへ当がつておけば如何でもなる代物だ。些つと山気はあるが、根が愚物だから、あんな奴は驚くに足らないが、この頃三五教の宣伝使の話に聞けば、大雲山の妖幻坊とか云ふ獅子と虎との混血児なる大妖魅が天下を横行し万民を苦しめ、三五教の聖地迄も横領せむとして、第一霊国の天人の御化身初稚姫様とやら云ふエンゼル様に太く誡められ、高姫とか云ふ淫乱婆と手に手を把つてハルの湖を渡ると云ふぢやないか。三五教の照国別とか云ふ生神様のお話だと云うて今朝も埠頭に沢山の人が居てこそこそ話して居たよ。俺達は玄真坊さへもあの通りこつぴどくやつつけて肝玉を転倒してやつたのだから、万一妖幻坊に出会したら最後素首を捻切つて引千断つて、小供が人形を潰した様な目に会してやり、天下万民の憂を除き救世主にでもなつてやらうと思ひ、もしや此高砂丸に怪しい奴が乗つて居やしないかと目をぎよろつかせて居るのだが、ねつから悪魔らしい奴も見えず、いささか見当違ひで面喰つて居るのだ。もしひよつと船底にでも潜伏して居やうものなら、俺が口笛を吹くから、お前も加勢を頼むよ。名誉は山別けだからのう、オホン』 コオロ『ヘン偉さうに法螺を吹くなよ、内弁慶の外すぼり奴が、貴様の面で妖魅退治も糞もあつたものか、天に口あり壁にも耳だ。妖幻坊と云ふ奴は魔神の大将だから、俺達の囁き話を千里外からでも聞いて居ると云ふ事だ。口は禍の門と云ふから、先づ沈黙したら宜からうぞ』 コブ『馬鹿を云ふな、妖幻坊が怖くて此世の中に居れるかい。何程強いと云つても女の顔を見れや菎蒻のやうになる代物だから、知れたものだよ。見ると聞くとは大違ひと云ふ諺もあるから、実物に遇うたら案外しやつちも無い者かも知れないよ、アハヽヽヽ』 妖幻坊、千草の高姫は船の底に青くなつて縮こまり、二人の話を聞いて腹は立つて堪らねど、何と云うても湖の上、水には弱い両人の事とて悔し涙を呑み乍ら、素知らぬ顔して控へて居た。頃しも晴れ渡りたる東北の空に一塊の黒雲現はれると見る間に、忽ち東西南北に拡大し、満天墨を流したる如く、昼尚ほ暗く、暴風吹き来り、雨沛然として降り注ぎ、波浪は山岳の如く猛り狂ひ、半ば荒廃に帰したる高砂丸は、めきめきと怪しき音を立て、忽ち転覆の厄に遇ひ、乗客一同は浮きつ沈みつ声を限りに助けを呼んだ。折から激浪怒濤を犯して八挺櫓を漕ぎながら勢よく進み来る新造船があつた。嗚呼船客一同の運命は如何なるであらうか。 (大正一五・六・二九旧五・二〇於天之橋立なかや旅館加藤明子録) |
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霊界物語 | 72_亥_スガの港(宗教問答所) | 03 厳の款乃 | 第三章厳の欵乃〔一八一二〕 豊栄昇る旭影厳の光も照国別の 司の一行朝まだき眼を醒し凪ぎ渡る 清けきハルの湖の岸入江の港を舟出して 珍の教も照公や一度に開く梅公別 玄真坊と諸共に名さへ芽出度き常磐丸 松の教の一行は艪櫂を操り悠々と ハルの港を辷り行く魚鱗の波を湛へたる ハルの海原影清く彼方此方にアンボイナ 信天翁や鴎鳥飛び交ふ様の美はしさ 照国別は立ち上り天津日影を伏し拝み 声朗かに太祝詞唱ふる声は海若を 驚かしつつ船端に波の皷を打ちそへて 神国来を叫びつつ進み行くこそ勇ましき。 照国別『神代の昔天教の山に現れます元津神 木花姫の神勅もて厳の御霊や瑞御霊 教を四方に開かむと数多のエンゼル任け玉ひ 白雲棚引く其極み青雲堕居向伏せる 極みも知らず皇神の尊き教を伝へ行く その御諭に従ひて斎苑の館に現れませる 瑞の御霊の神柱神素盞嗚の大神は 千座の置戸を負ひ乍ら雨に体はそぼち濡れ 御髪は風に梳り手足は霜にやけただれ 食物着物乏しくて身をきる寒き夕の夜も やけるが如き夏の日も撓まず屈せず道のため 世人の悩みを救はむといそしみ玉ふぞ尊けれ ウブスナ山の聖場に斎苑の館を建て玉ひ 曲の霊魂に犯されし人の心を清めつつ 真人と生れ代らしめ罪科深き吾々に 名さへ目出度き宣伝使称号さへも賜りて 浮瀬に落ちて苦める世の諸人を救ふべく ハルナの都に蟠まる曲津の神を言向けて 神の御国を永久に建てむと図り玉ひつつ 四方に遣はす神司青雲高し久方の 高天原より降ります天人天女の精霊を 吾等の身魂に下しまし守らせ玉ふぞ有難き あゝ惟神々々神の任さしのメツセージ 仕遂げおほせし暁は再び斎苑の神館 ウブスナ山の聖場に復命なして大神の いと美しき尊顔を拝し奉りて玉の声 かからせ玉ふ暁を待つも嬉しき神の道 踏みて行く身ぞ楽しけれ吾行く道は皇神の 御守り厚く坐せば如何なる枉の襲うとも 如何で恐れむ敷島の神国魂の丈夫は たとへ天地は覆るとも月落ち星は沈むとも 如何で撓まむ真心の心揺がぬ梓弓 ハルの海原渡り行く吾一行に幸あれや あゝ惟神々々神の恵ぞ畏けれ 神の恵ぞ畏けれ』 照公『照国別の師の君の御名の一字を賜りて 神の御稜威も照公別名を負ふ吾ぞ尊けれ ウブスナ山を立ちしより吾師の君と諸共に あらゆる悩みを凌ぎつつ彼方此方の曲神を 言向和し諸人の艱難を救ひ恙なく 此処迄来りし宣伝の旅の空こそ楽しけれ 此処は名に負ふハルの湖波こまやかに風清く 真帆を孕ませ進み行く常磐の丸は神の船 あまねく世人を天国に導き渡す神の船 あらゆる罪や穢をば乗せて千里の海原に 彷徨ひ失ふ神の船あゝ勇ましや勇ましや 波よ立て立て風も吹け一瀉千里の勢で 吾乗る舟は逸早くスガの港へ走れかし あゝ惟神々々神の教の旅立ちは 世の人々の夢にだに知らぬ楽しき節ぞある 伏しては地に幸祈り天を仰いで国々の 民安かれと祈りつつ草の褥に石枕 木々の梢を屋根として月照る空を眺めつつ 幾夜の野辺の仮枕実にも楽しき旅出かな あゝ惟神々々御霊幸ひ坐せよ』 梅公『吾師の君に従ひて神素盞嗚の大神の 任さしのまにまに斎苑館後に眺めて出でて行く 吾一行は恙なく河鹿の難所を乗り越えて 祠の森や小北山浮木の森には目も呉れず テームス峠を打渡り葵の沼に辿り着き 月の光も黄金の姫の命の宣伝使 沼に輝く清照の姫の命と袂をば 右と左に別ちつつトルマン国の危急をば 神の恵みに救ひつつ吾師の君に再会し 漸く此処に来りけりあゝ惟神々々 神の恵ぞ畏けれ神の恵ぞ畏けれ』 玄真坊は歌ふ。 『オーラの山に立籠り悪逆無道の企みをば 敢行したる吾こそは八岐大蛇の片腕か たとへ方なき人非人ヨリコの姫を唆かし オーラの山を根拠とし泥棒頭のシーゴーを 謀主と仰ぎオーラ山高く聳ゆる大杉の 梢に仕掛けた星下し良家の婦女を拐かし 善男善女を迷はして金穀物品奪ひとり 七千余国の月の国横領せむと企める 時しもあれや三五の教の道の神司 梅公別に踏み込まれ吾計画も画餅となり よるべなくなく三百の不良分子を選抜し ハルの湖原打渡りタラハン城に忍び込み 様子を聞けば左守なる智勇兼備のシヤカンナは 十年の昔追放され山林深く姿をば 隠して再挙を図るてふ噂を聞いて雀躍し 天帝の化身と化け込んで夢寐にも忘れぬダリヤをば 吾が夜の伽にせむものと色と欲との二道を かけて踏み込む山の奥タニグク山の岩窟に 小盗人共に導かれ一夜を明かす折もあれ 命と頼むダリヤ姫吾が酔ふ隙を窺ひて 忽ち水沫と消えしよりシヤカンナも糞もあるものか 二百の手下を借り受けてダリヤの行衛を探しつつ 神谷村の村長の家に潜むをつきとめし その暁の嬉しさは天にも上る心地しぬ 天に叢雲花に風吹く世の中は是非もなし 掴むに由なき水の月心残して渋々に 暗路を辿り進み行く上れば高きタラハンの 峠の岩に腰かけて前方遥かに見渡せば 野中に建てる城廓は吾の住居に適へりと 雄猛びし乍ら小泥棒二人と共に進み行く 道の行く手もいろいろに恋路の雲に包まれつ 果し終せぬ果無さに心を苛ちてタラハンの 城下に忍び待つ程にタラハン城下の大火災 天の時こそ到れりとタラハン城に乗り込んで 宝の倉に忍び入り軍用金をせしめむと 逸る折しも捕へられ一度獄に繋がれて 少時憂目は見たれども泥棒頭のシヤカンナが 左守の司となりすまし国政を握ると聞くよりも 悪口憎言並べ立て遂には左守に腹切らせ 黄金数万貢がせて踏みも習はぬ谷川に 沿へる細路走る折追手に追はれ是非もなく 運命を天に任しつつザンブとばかり谷川に 身を躍らして飛び込めば人事不省となり果てて 忽ち幽界の旅枕百の責苦に遇ひ乍ら 人の情に救けられ再び悪を企みつ 入江の浜屋に泊り込みホロ酔ひ機嫌の折もあれ 花に嘘つく絶世の美人千草の高姫が 色香に迷ひ涎くり巾着迄も締められて 所持金スツカリ奪ひ取られ命危くなりし折 照国別の師の君にヤツト救はれ今此処に 法の友船常磐丸松の心に立直し 心に匂ふ梅公別日も麗かに照公の 神の司と諸共に涼しき風を浴び乍ら 縮緬皺の漂へる大湖原を進み行く 吾身の幸ぞ楽しけれ朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令天地は覆るとも 神に誓ひし真心は幾千代かけても違ふまじ 松のミロクの末迄も守らせ玉へ惟神 神の御前に謹みて吾身の行末祈ぎ奉る』 照国別『梓弓ハルの湖原乗り行けば 百鳥千鳥大空に飛ぶ。 天国の春にも擬ふハルの湖 乗り行く吾の幸多きかな』 照公別『大空に日は麗かに照公の 湖路静に進む楽しさ。 風清く波穏かに吾乗れる 船端波の皷打ち行く』 梅公別『御教の一度に開く梅の花 三千世界に匂ふなるらむ。 梅薫る春の景色に酔ひ乍ら ハルの湖渡り行くかな』 玄真坊『吾為せし昔の枉を思ひ出でて 神の御船もいとど苦しき。 今よりは誠の神の大道に 進み行かなむ仮令死すとも』 斯く各自に歌を詠み乍ら波静かなるハルの湖面を進み行く。時しもあれや、一天俄に掻き曇り、暴風吹き荒び、激浪怒濤は山岳の如く押し寄せ来り、常磐丸は木の葉の風に散る如く実に危き光景となつた。彼方の海面を遠く見渡せばハルの湖面にて名も高き高砂丸の船体は木端微塵に打砕け、乗客の一同は激浪怒濤に翻弄され、命限りに救ひを叫ぶ声、恰も叫喚地獄の状態を現出したるが如くであつた。照国別は吾身の危難を忘れ高砂丸の遭難を救はむと船頭を励まし八梃艪を漕ぎ乍ら、高砂丸の難船場目蒐けて力限りに漕ぎつける。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一五・六・二九旧五・二〇於天之橋立なかや別館北村隆光録) |
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霊界物語 | 72_亥_スガの港(宗教問答所) | 06 夜鷹姫 | 第六章夜鷹姫〔一八一五〕 妖幻坊、高姫の二人は太魔の島に繋いであつた小船を失敬し、四五町許り湖上を進んだ折しも、矢を射る如く一艘の小船此方を指して馳せ来るに出会した。高姫は目敏くも其船を見てハツと胸を轟かせながら顔色を紅に染めた。妖幻坊は此体を見るより稍不審を懐き、 妖『改めて千草の高姫様、いや女帝様、凄い御腕前にはこの杢助、驚愕否感激仕りました。帰命頂礼謹請再拝謹請再拝』 高『これはしたり、杢助様、妙な事を仰しやいますね、何をそれ程感激なさつたのですか。他人行儀に改まつて謹請再拝だなんて、よい加減に揶揄つておいて下さいな』 妖『忍ぶれど色に出にけり吾恋は 物や思ふと人の問ふ迄。 と云ふ百人一首の歌をお前知つて居るのだらう』 高『ヘン、馬鹿にして下さいますな、そんな歌位よう知つて居ますよ、それが一体何だと仰有るのです、怪体の事を云ふぢやありませぬか』 妖『お前は今彼処へやつて来た一艘の船の若者を見て、顔を紅葉に染めたぢやないか、お前の寝ても醒めても忘れる事の出来ない恋人に相違あるまいがな、さうだから凄いお腕前だと云つたのだ』 高『何の事かと思へば又嫉いて居るのですか、水の上で妬くのも余り気が利かぬぢやありませぬか。サ、そんな気の利かぬ事を云はないで艪を操つて下さいな』 妖『艪を操るより実はあの男の艶福家にあやかり度いのだ。トルマン城の王妃の君、千草の高姫さまに思はれた天下唯一の美男子だからなア。俺のやうな虎とも獅子とも訳の分らぬ毛の深い男と一緒に暮すよりも、縮緬のやうな肌をした若い男と同棲した方が、どの位世の中が楽しいか分らないからのう。いや醜男には生れて来たくないものだ』 高『それや何を仰有います、よい加減に妾を虐めて置いて下さいませ』 妖『本当にお前はあの男を知らぬと云ふのか』 高『絶対に知らない事は知らないと云ふより外に道はありませぬもの』 妖『日出神の生宮、底つ岩根の大ミロク様の身魂は、決して嘘は云はないでせうね』 高『勿論の事です』 妖『そんなら此処で一つお前と約束しよう、お前が知つて居るか居ないか、あの船を追つかけてあの若者に会はして見よう。もし、向の方からお前の顔を見て何とか言つたら決して知らぬとは言はさないからな、関係のない男女には言葉を交さないのがこの国の規則だ。又只一度でも関係したら、内証でも言葉をかけなければならぬ規則だから、どうだ高姫、知らぬと云ふなら調べて見ようか』 高『なんとマア嫉妬心の深い執念深い人だこと、もうそんな事は水に流して一時も早うスガの港に行かうぢやありませぬか』 妖『お前がさう云へば云ふ程私の疑が増して来る許りだ。若しお前に関係があつたとすれや如何して呉れる。サアそれから定めておこう』 高『さう疑はれちや行り切れませぬから、貴方の御勝手に調べて下さい、さうしたら屹度疑が晴れるでせう。妾の身は晴天白日ですからなア』 妖『よし、おい出た。サアこれからが化の皮の現はれ時ぢや、高姫さま、確りなさいませや』 高『何なと仰有いませ、その代りあの男と妾と関係が無かつたと云ふ事が分つたら、どうして呉れますか』 妖『ハヽヽ如何するも斯うするもない、分つたらお前も疑が晴れて結構だらうし、俺も嫉妬心がとれて大慶だ。万々一俺の云ふ事が違つたら今後どんな事でもお前の云ふ事に絶対服従を誓つておく。しかし俺が勝つたらどんな事でもお前は俺の無理難題を聞くだらうなア』 高『あもやの喧嘩で餅論ですワ』 「よし面白い」と云ひ乍ら妖幻坊は船首を廻し一艘の船を目当に追かけて行く。一艘の船は自分の現在盗つて来た船の繋いであつた場所へと横づけとなつた。妖幻坊はオーイオーイと熊谷もどきに呼はり乍ら早くも岸辺についた。梅公別は二人の姿をつくづく眺めながら、 『ヤア、誰かと思へば千草の高姫さまで御座つたか、其後は打ち絶て御無沙汰致しました。貴女のお居間でグツスリと寝さして貰ひ、いかい失礼を致しましたが、ますますお達者でお目出とう、見れば立派なお婿さまをお貰ひなさつたやうですね。私とても万更他人ではありますまい。併し女と云ふものはよう気の変るものですね。どうか私の時のやうに、気の変らないやうに、今度の婿さまを大切にして上げて下さいや。斯う云ふても私は貴女に再縁を迫るやうな事もありませぬから御安心下さいませや。さうしてお二人お揃ひで此島へ何の御用でお出ですか』 高姫『これはこれは何処の方かは知りませぬが、人違ひをなさるも程がある。成程妾は千草の高姫に間違はありませぬが、広い世界には同じ顔をした女もあり、同じ名の女もあるでせう、そんな事を云ふて貰うと夫ある妾、大変に迷惑致します』 梅公『高姫さま呆惚けちやいけませぬよ、人違ひするやうな老眼でもなし、昼夜間断なく夢にまで貴女の姿を見て探して居る私、どうして間違へる気遣ひがありませうか』 妖幻坊は面色朱を注ぎ身体一面、慄はせ乍ら高姫と梅公をグツと睨めつけ、 妖『これや、そこな青二才奴、誰に断わつて俺の大切の女房と何々しやがつたか、サ、その理を聞かせ、返答次第によつては容赦は罷りならぬぞ。これや女帝、いや阿魔奴、夜鷹、辻君、惣嫁、十銭、下等内侍、蓆敷奴が、八尺の男子を今迄馬鹿にしよつたな、サアこの裁きを確りと付けて貰ひませうかい』 高『これ杢助さま、辻君だの、十銭だの、蓆敷だの、余り情ないお言葉ぢやありませぬか、妾こそ全く知らないのですもの。此人は妾の美貌を見て精神が錯乱したのでせう、さうでなければ見ず知らずの妾を見て、こんな事を云ふ道理がありませぬもの』 妖『マアこの青二才はこの島に置いておきや逃げる気遣ひはない、その代り此の借船は預かつて置く』 と確りと自分の船尻に縛りつけ二三町許り沖へ漕ぎ出し、 『サア、夜鷹さま、斯うなつちや此方のものだ。本当の事を云ふて貰ひませうかい』 高姫は進退これ谷まり隠すにも隠されず虚実取混ぜて覚束なくも白状をする。 『前斎苑の館の救世主、神素盞嗚尊の三羽烏の御一人、第一霊国の御天人様、曲輪の術に妙を得たる天下無双の英雄豪傑、縦から見ても横から見ても、頭から見ても、尻から見ても、何処に一所穴のない吾夫様、其御慧眼には遉の千草の高姫も感嘆の舌を捲かざるを得ませぬワ』 妖『何だ、長たらしい俺の名を並べやがつて、機嫌を取らうと思つたつて其の手に乗るものか、善言美詞も時と場所によるぞ。阿婆摺れ阿魔奴、そんな追従は聞きたくない。貴様の恋人に間違ひはなからうがな、女なら女らしくあつさりと白状しろ』 高『エヽもう斯うなれや破れかぶれだ。サア私をどうなとして下さいませ、お前さまに捨てられちや、最早此世に生甲斐もありませぬから、覚悟を決めました。サア、早う殺しなさい』 と糞度胸を据ゑて、もたれかかる。 妖『それ程殺して欲しけれや、敢て遠慮はしない覚悟だが、併しお前を殺すと忽ち困るのは俺だ。お前の美貌を種に一芝居打たにやならぬからのう』 高『ホヽヽヽヽ、それやさうでせうとも、ねえ貴方、どうして此の可愛い女房に刃が当てられませう、そこが人情の美しいところ、見上げたるお志、益々好になつて来ましたワ』 妖『エヽ馬鹿に晒すない、すべた阿女奴。それよりも約束を履行して何でも俺の云ふ事を聞いて貰はうかい』 高『ハイ何なりと聞きませう、お前さまが死ねと仰有つても嫌とは云ひませぬ、(低い声)ことはないけど、マアマア何でも聞きますから仰有つて下さい』 妖『そんなら俺に誠意を現はす為め、あの男を甘くちよろまかして魔の森へ甘く放り込んでくれ。さうすれや彼奴は蟻や蜘蛛に命を奪られて仕舞ふから、俺もお前に尻を振られる心配もなし、夜の目も楽に寝られると云ふものだ。どうだ得心か…黙つて返事をせぬのは嫌と吐すのか』 高『イエイエ、決して決して嫌とは申ませぬ、夫の為になる事なら、如何な事でも命を的に決行して御覧に入れませう、サア早く船をつけて下さい』 妖幻坊は「お手並拝見」と云ひ乍ら梅公別の上陸した地点に引き返し見れば、梅公は二人の様子の唯ならぬに気を揉み、万々一大喧嘩でも湖上でおつ始めよつたら、忽ち湖中に飛び込み二人の危急を救はむと、じつと様子を見て居たのである。雲突く許りの妖幻坊は高姫と共に上陸し、 妖『其処に居る青二才奴、此方の云ふ事をよつく承はれ、吾こそは斎苑の館の総務を勤むる時置師の杢助だ。其方は照国別のヘボ宣伝使の草履持を致す木端野郎だらうがな。俺の女房と慇懃を通じたとか云ふ話だが、今日は大目に見ておくから、以後は必ず慎んだが宜からうぞ』 梅『ヤ、貴方が噂に高き時置師の神、杢助様で御座いましたか、存ぜぬ事とて偉い失礼を致しました。高姫さまと私との仲は双方共一度は恋慕致しましたが、未だ要領は得て居りませぬ。それ故赤の他人も同様ですから、余り貴方からお咎めを蒙る訳も御座いますまい』 妖『ハヽヽヽヽ、口は調法なものだのう、ゴテゴテ云ふにや及ばない、お前の良心に問うたら分るだらう。 人問はば鬼は居ぬとも答ふべし 心の問はば如何こたへむ。 と云ふ道歌を知つて居るだらう、俺も男だ、敢て追及はしない。高が青二才の一匹や二匹つかまへてゴテゴテ云ふのは時置師の沽券にも関するから、寛大の処置を取つて不問に付しておく、有難う思へ』 高『もし梅公別様、時置師の神様はあゝ仰有つても決してお前さまを憎むやうな方ぢやないから悪く思はないやうにして下さい。併しあたいに恋慕したつて駄目ですから其点は固く堅く注意しておきますよ。お前さまも宣伝使の卵ださうだから、一つ手柄初めにこの魔の森に落ち込んで苦んで居る男女の命を救けておやりなさい。さうすれや杢助さまの怒もとけ、お前さまの手柄も立つと云ふもの、どうです一つ侠気を出して決行する気はありませぬかな』 梅公別は言霊別の化身で高姫や妖幻坊の正体を感知しない筈はない。さうして魔の森に高姫に誑かされ、二人の若き男女が蟻に責められ蜘蛛の糸にまかれ苦んで居る事は、既に已に常磐丸の船中に於て透視して居るのである。夫故に梅公別は両人を救ふべく小舟を操つて一人此所に上陸したのである。梅公別は早速鎮魂の神業を魔の森に修し、強き神霊を送つて居たから蜘蛛も蟻も如何する事も出来ないのを知つて居た。それ故泰然自若として妖幻坊、高姫の船中の争を見物して居たのである。今高姫が侠気を出して二人の男女を救へと云つた心の奥底は、梅公別をあの蟻の魔の森に飛び込ましめ、喰ひ殺さしめむと企んで居る事もよく承知して居た。それ故梅公別は二つ返事で承諾し妖幻坊、高姫の目の前で泰然自若魔の森へ飛び込んで仕舞つた。妖幻坊、高姫は両手を拍つて高笑ひ、竹藪の入口に進みよつて腮を突出し尻を叩き所在罵詈嘲笑を逞うし「ゆつくりお喰れなされ」と捨台詞を残し、再び船に身を任せ、何処ともなく浮び行く。梅公別は無事に二人を救ひ出し、暫し大銀杏の根下に腰打ちかけ、種々の成行き話を二人より聞き取り乍ら三人一つの小船に身を任せ、スガの港をさして進み行く。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一五・六・二九旧五・二〇於天之橋立なかや旅館加藤明子録) |
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霊界物語 | 72_亥_スガの港(宗教問答所) | 14 新宅入 | 第一四章新宅入〔一八二三〕 ハルの湖水を渡る折俄に吹き来る暴風に 高砂丸は沈没し妖幻坊の杢助は 高姫背に負ひ乍ら浪の間に間に漂ひつ 漸く湖中に浮びたる竹生ひ茂る太魔の島 銀杏の浜辺に着きにけり茲に二人は種々の 良からぬ事をなし終へて浜辺の船を奪ひとり 杢助艪をば操つりつもとより慣れぬ海の上 浪のまにまにくるくると彼方や此方に流されつ 終日終夜を水の上腹を減かして彷徨ひつ やうやうスガの港迄命辛々着きにける 高姫杢助両人は湖辺に沿ひし饂飩屋に 一寸立ち寄り減腹を癒せる折しも道を往く 人の噂にスガの山三五教の大宮が 千木高知りて新しく建てられたりと聞くよりも 食指は大いに動き出し何とか工夫を廻らして 其聖場を奪はむと考へ居るこそ虫の良き 日も黄昏になりければ目抜きの場所なる中の町 タルヤ旅館に乗り込んで一夜の宿を求めつつ 二人は此処にやすやすと甘き睡りにつきにけり。 高姫、杢助は朝早くから起き出でて宿屋の様子を考へて居ると、見た割合とは広い屋敷で新しい別館が建つて居る。さうして其別館は北町の街道に面し、布教や宣伝には極めて可い家構であつた。妖幻坊は曲輪の術を使ひ、庭先の木の葉を七八枚拾つて来て何かムサムサ文言を唱へると、それが忽ち百円札に変つて仕舞つた。そつと懐中に秘め置き素知らぬ顔して高姫の前にどつかと坐し、 『オイ、千草の高チヤン、何と此処は良い家構ぢやないか。お前の得意な布教宣伝とやらを此処で行つたら面白からうよ』 高『成程、遉は杢助さまだ。よう気がつきますこと、妾も一つ三五教の奴がスガの山で立派なお宮を建て、大変に偉い勢で宣伝して居ると云ふ事だから、何だか知らぬ気色が悪くて耐らぬので、直様スガの山に乗り込んで、神司の面の皮をひん剥き、道場破りをやつてやらうかとも考へましたが、それでは余りあどけない、無理に占領したと町人にでも思はれちや後の信用に関するので如何せうかなアと今考へて居た処ですよ。併し何程結構な都合のよい家だと云つても一旦湖にはまつて真裸となり、旅費も何もなくなつて仕舞つたのだから、家を借やうもなく、仕方がないぢやありませぬか。斯うして偉さうに宿屋に泊つて居るものの、サア御勘定と云ふ時は如何せうかと思つて、さう思ひ出すと宿屋の飯も甘く喉を通らないのですもの、今晩は甘く夜抜けをしないとグヅグヅして居ると無銭飲食とか何とか云つてバラモンの役所に引張られますからなア』 『ハヽヽヽ御心配御無用だ。そんな事に抜目のある杢助だないよ。一層の事あの別館を主人に相談して買取つたらどうだらう』 高『買取ると云つたつてお金がなけれや仕様がないぢやありませぬか。せめて手附金でもあれば話も出来ますが、昨夜の宿料もないやうな事で、如何してそんなことが出来ませうか。アヽ斯うなれやお金が欲しいワイ』 妖『俺もお金が欲しいのだけれど、お札はあつてもお金は些しもないのだから、 札や手形は沢山あれど どうか(銅貨)こうか(硬貨)に苦労する とか何とか云つてな、硬貨が無けれや矢張話しても効果がないと云ふものだ。併しどうか(銅貨)してあの家を手に入れたいものだな』 高『硬貨がなくても紙幣さへあれば結構ですが、紙らしいものは鼻紙一つ無いのだもの、仕方がないワ』 杢助はニツコと笑ひ懐を三つ四つ叩き乍ら、 『オイ、高チヤン、此処に一寸手を入れて御覧。お前の大好物が目を剥いて居るよ』 高姫は訝かりながら矢庭に妖幻坊の懐に右手を挿し込むと、切れるやうな百円札が七八枚手に触つた。アツと驚き尻餅をつき、 『ヤアヤアヤアこれこれ杢チヤン、危ない事をしなさるなや。お前さまは昨夜妾の寝て居る間を考へて何処かで何々して来たのだらう、ほんたうに怖ろしい人だワ』 妖『ハヽヽ、さう驚くものぢやない、この杢助は決して泥棒なんかしないよ、曲輪の術を以て庭先の木の葉を拾ひ一寸紙幣に化かしたのだ』 高姫は曲輪の術と云へば一も二もなく信ずる癖がある。 『マアマア、偉いお方だこと、夫でこそ日出神の生宮の夫ですワ。この金さへあれば一つ主人に交渉つて、あの家を手に入れるやうにせうぢやありませぬか。裏には又離棟も建つて居ますなり、お前さまがお休みになるには大変都合がよろしいからなア』 妖『ウンさうだ。何うも別棟がないと俺はとつくり休めないからのう、どうだいお前主人に交渉つてくれないか』 高『ハイ、承知致しました』 と云ひ乍らポンポンと手を拍ち鳴らす、暫くあつて一人の下女、襖をソツと開き淑に両手をつき、 下女『お召しになりましたのは此方で御座いますか』 高『アヽさうだよ、お前は此家の下女と見えるが、下女には用がない、一寸御亭主を呼んで来て下さい、さうして序に昨夜の勘定書をね』 下女は「ハイ畏ました」と云ひ乍ら、足早に出でて行く。高姫は杢助の懐から出た紙幣を引繰かへし引繰かへし眺めたが、どうしても贋物とは見えぬ。勇気百倍して主人の来るのを今や遅しと待つて居ると、顔中にみつちやの出来た五十恰好の爺、テカテカ光つた頭をヌツと出し、 亭主『ハイ私は当家の主人で御座います、お召によりまして罷りつん出ました』 高『勘定書は幾何だな』 亭『ハイ、お二人様で一円五十銭頂戴致します』 高『そんなら、これは茶代と一緒だよ』 と云ひ乍ら百円紙幣を投げ出せば、亭主は驚いて二人の顔を見詰め乍ら、 『こんな大きなお金を頂戴致しましても剰銭が御座いませぬ、何卒小かいのでお願ひ致します』 高『イヤ剰銭が無けりや宜敷い、一円五十銭は昨夜の宿泊料、九十八円五十銭はお茶代だよ』 亭『宿屋業組合の規則で茶代を廃止して居る今日、こんな物を頂戴しましては仲間をはねられますから、どうぞお納め下さいませ』 高『アヽ茶代が悪けれや、お土産として上げて置かう、それなら好いだらう』 亭『ハイ、お土産なら幾何でも頂戴致します。有難う御座います。どうぞゆるゆるお宿り下さいませ、どうも不都合で御座いますが暫く御辛抱願ひます』 高『時に亭主殿、旦那様の思召だが、あの庭先の向ふに建つて居る別館は当家の所有物かえ』 亭『ハイ、左様で御座います。漸く建ち上り畳や襖を入れた処ですが未だ誰も入つて居りませぬ、ほんたうに新しい所です』 高『お金は幾何でも出すからあの家を使はして貰へますまいかな』 亭『ハイ、毎度御贔屓に預りまする外ならぬお客様の事ですから、お言葉通り、譲りでもお貸しでも致します』 高『同じ事なら譲つて貰ひ度いのだがな、借家は雑作するのにも一々お答をせにやならないからな』 亭『一々御尤で御座います、何ならお譲り致しませう』 高『幾何でわけて呉れますか、お金は幾何いつてもかまはぬのですから』 亭『些とお高いか知れませぬが、五百円で願ひたいものです』 高『サアそんなら五百円受け取つて下さい。さうしてこの百円は何彼とお世話にならねばならぬから、お心づけとして上げて置きませう』 亭主は実の処別館は借家人が首を吊つて死んだ為め、夜な夜な幽霊が出るとか化物が出るとか噂が高くなり家の借り手もなく、家内の者さへも気味悪がつて入らないので持余して居つた処、大枚五百円、しかも即金で買うてやらうと云ふのだから、棚から牡丹餅でも落ちて来たやうに「ハイハイ」と二つ返事で其場で売渡証を書いて仕舞つた。これより杢助、高姫は其日の中に別館に引き移りウラナイ教の大看板を掲げて、宣伝の準備に取りかかつた。 高『サア杢チヤン、気楽な自分の巣が出来たから、ゆつくり休んで下さい。そして明日からは大に活動をして大勢の信者を集め、スガの山の三五教に一泡吹かせにやなりませぬぞや』 妖『アヽ又しても明日から耳が蛸になる程第一霊国の天人、日出神の生宮、底津岩根の大ミロク、三千世界の救世主、ヘグレのヘグレのヘグレ武者ヘグレ神社の大神、リントウビテンの大神、木曽義姫の命、ジヨウドウ行成、地上丸、地上姫、耕大臣、定子姫の命、杵築姫、言上姫とか何とか云ふやくざ神さまの名を聞くのかと思へば今から頭が痛むやうだワイ』 高『これ杢チヤン、これ程妾が一生懸命になつて神様のお道を開かうとして居るのに、何時も何時も妾を嘲弄するのですか。神様の名を聞いて頭が痛いの、目が眩うのと云ふ人は罰当りですよ』 妖『さうだから、ウラナイ教はお前様にお任せ申してこの杢兵衛さまは離棟の一室に立籠り上げ股うつて休まして貰ふのだ。宣伝の邪魔をしても済まないからなア』 高『お前さまは余り人物が大き過ぎて人民に直接の布教は不適当だから昼の間は離棟でお休みなさい、そのかはり夜分になつたら御用を仰せつけて上げますからねえ、ほんとに嬉しいでせう、可愛いでせう』 妖『まるで俺を種馬と間違へて居るやうだなア。どれどれ山の神様の御機嫌のよい中に離棟に参りませう。サアこれから日出神の生宮、大ミロクさまを売り出しなさい』 と云ひ乍らドシンドシンと床板をしわらせ乍ら離棟座敷へ大きな図体を運び、中から錠まいを卸し元の怪物と還元し大鼾声をかき寝て仕舞つた。妖幻坊は人間に化けて居るのが非常に苦しいので、外から見えない一室を何時も必要として居るのである。高姫はいよいよ一陽来復春陽到れりと太いお尻を振り乍ら大道を声張上げて宣伝し初めた。尻は大きいが何と云つても千草姫の肉体、何処とはなしに気品も高く器量もよし、物さへ云はねば何処の貴夫人か、弁天様の再来かと疑はるる許りの美貌であつた。高姫の必死の宣伝は忽ち功を奏したと見え、其翌日からはワイワイと老若男女が詰めかけて鮓詰の大繁昌、スガ山の神殿よりも参詣者が幾層倍増へるやうになつて来た。 (大正一五・六・三〇旧五・二一於天之橋立なかや旅館加藤明子録) |
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霊界物語 | 72_亥_スガの港(宗教問答所) | 16 東西奔走 | 第一六章東西奔走〔一八二五〕 妖幻坊は別館の戸を開け、ズシンズシンと床を響かせ乍ら現はれ来り、 『ヤア高チヤン、御苦労だつたな、ヤ、信者が最早皆帰んだと見えるな』 高『ハイ、皆帰しましたよ、これから貴方と妾と二人の舞台ですワ、酒でも燗して上ませうか』 妖『ウン一杯つけて貰つても好いが、然し何だか妙な香がするぢやないか、何処ともなしに男臭くて仕方がないがのう』 高姫は素知らぬ顔で、 『ハイ、それやさうでせうよ、此処に猪が一匹絞めて御座いますもの、一寸御覧なさい床の下に放り込んでおきましたよ』 妖『何だ、これや人間ぢやないか、甚い事したものぢやないか』 高『人間の猪(死体)ですよ、此奴はね、妾がトルマン城に居つた時からスコブッツエン宗の教主だと威張り散らし、大黒主を笠に着たり、一方では大足別をかつぎ、何うにも斯うにも仕方が無いので、妾の美貌を幸ひ此奴をちよろまかせ、トルマン城の危急を救うたのですよ』 妖『成程、併し乍ら、スコブッツエン宗の教祖と云へば大黒主様の御片腕だ。大蛇様の兄弟分、……ウン、とどつこい大蛇のやうな勢を持つて居る立派な宣伝使だ。どうだ高姫、この坊主に活を入れて生きかへらし、お前の方から色仕掛で親切に待遇し、此奴を手蔓として大黒主に取り入り、トルマン国の政権を握つて仕舞はうぢやないか。さうすりやスガの宮なんか叩き潰さうと、どうせうと此方の勝手だからなア』 高『遉は杢助様、よい所に気がつきました。どれだけ智慧があるか知れませぬねえ、そんなら此のキユーバーを助けても宜いのですか』 妖『アー、いゝとも好いとも、併し乍ら色をもつて、ちよろまかしてもよいが、要領を得さしては不可ないよ、些と俺も妬るからのう』 高『そんな事は御心配下さいますな、ヘンそれ程安つぽい高姫と思つて貰つちや片腹痛う御座いますワ』 妖『俺が此処に居ると話が仕難いかも知れぬ、別室に入つて休むから、そこはお前の力で旨く取込んでおけ』 高『何程甘つたるい事を云つても決して怒りませぬね』 妖『口先許りなら、どんな事云つてもよい。つまりお前が甘く操つて下僕代りに使ひさへすればよいのだ』 と云ひ乍ら別館に姿を隠して仕舞つた。高姫はキユーバーを床下より引き上げ活を入れ、天の数歌を奏上した。ウンと一声息吹き返し四辺きよろきよろ見廻し乍ら、 キユ『ヤアお前は千草ぢやないか、人の喉を締めたりして気絶さすとは甚いぢやないか』 高『そんな事は当然ですよ、よう考へて御覧なさい。焼餅焼の嫌な嫌な爺が裏に寝て居るのにお前さまが談判するなんて出て行きなさるものだから、喧嘩しては近所になりが悪いと思うて一寸喉に手をあてた丈ですよ。息を止めたの殺さうのと、そんな大袈娑な事をした覚は御座いませぬよ』 キユ『本当にお前は今の夫が嫌なのか』 高『それやさうですとも、好だつたらどうして貴方の目を眩して気絶して居るのを生きかへらしませうか。妾の今の夫は怒るのも甚いけれど又機嫌の直るのも早い、アツサリした人ですからなア。それで今も今とて夫に相談しましたら、俺に心配は要らない、キユーバーさまを可愛がつて上げるが好いと云ふのです、何と今の男は開けて居ませうがな』 キユ『どちらが開けて居るのか、弄ばれて居るのか、テンと訳が分らぬワイ。然し一旦気絶して居た処を呼びいけた所を見れば些しは信用してもよいワイ。そんなら今の夫には済まないが、時々は御無心を云うても宜いか、其時は頼むよ』 高『それやさうですとも、貴方の口で貴方が仰有るのですもの、貴方の御自由ですワ。それはさうと、明日はスガの宮に乗り込み、ヨリコ姫と一生一代の問答をやらうと思ふのですが、妾も些つと許り心許ないやうな気がしてなりませぬ、一つ今晩の間に練習して置きたいと思ひますがなア』 キユ『サア、お前も仲々の雄弁家だが、ヨリコと云ふ奴は又稀代の雄弁家だ。懸河の弁を、振つて滔々とやり出す時は如何なる雄弁家も旗を捲き鉾を収めて逃げ出すのだからのう。一つ夜分の宣伝旁練習するのも宜からう、本町に出てやつて見たら如何だい。俺は見え隠れに跟いて行つてやるからのう』 聞くより高姫雀躍し頭の髪を撫で上げて 顔に塗つたる薄化粧派出な単衣を身に纒い 老海茶袴を穿ちつつ桐の下駄をば足にかけ 神官扇を手に持つてソロリソロリと門の口 太夫の道中宜しくの肩と尻とを振り乍ら 反り身になつて本町の人通り多き十字街 月の光を浴び乍らキユーバーを後に従へて 悠々然と出で来り道の傍に佇んで 鈴を振るよな声絞り 『これこれ申し皆の人ウラナイ教の大教主 千草の姫の演説を一通りお聞きなされませ 妾は元はトルマン国の王妃と仕へし身の上ぞ 衆生済度のその為めに雲を押し分けて天降り 市井の巷に往き来して天地を創り給ひたる 誠の親の御神徳無限絶対無始無終 厚き恵の御由来を世の人々に宣り伝へ 八衢地獄の苦しみを助けて神の永久に 鎮まり居ます天国の高天原の楽園に 救ひ導き永久に変らず動かぬ楽しみを 与へむ為めの此旅出悪く思つたり疑がつて 神をなみしちやいけませぬ妾は王妃の身であれば 此世に何の不自由も不足もないので御座います 大慈大悲の吾心世界の人の苦しみを 見るに忍びず此通り女の繊弱き身をもつて 寒さ暑さの嫌ひなく世の為め神の道の為め 難行苦行をして居ます皆さまお聞きでありませうが 此頃建つたスガ山の神の館に三五の 教の射場が出来ました其処を守れる神司 玉清別と云ふ人は何処の馬骨か知らねども 千草の姫に比ぶればまだまだ苦労が足りませぬ 苦労もなしに真実の香ばし花は咲きませぬ それのみならずスガ館傍に建ちし大道場 預る女はヨリコ姫花香にダリヤと云ふ女 問答所の看板を臆面もなく掲げ出し 世人を煙にまいて居る抑々人間と云ふものは 一寸先の見えぬものどうして宗教の真諦が 分る道理がありませうか天から下つた生身魂 日出神の永久に宿らせ玉ふ肉の宮 高姫でなくては分るまいこれから皆さま見て御座れ 明日は館に乗り込んでヨリコの姫を相手取り 宗教問答おつ始め誠の道に帰順させ 天晴れ勝つて見せませう何程偉そに云つたとて オーラの山に立て籠り泥棒の手下の奴輩に 姉貴々々と立てられて威張つて居つたよな代物が どうして誠の神の道完全に委曲に説けませう 皆さま今から言うておく何程仕事がせわしくも 明日一日は張込んで此方とヨリコの問答を 何方がよいか虚か実か篤くり聞いたその上で よい判断をなさいませ今から予告致します あゝ惟神々々神が表に現はれて 善と悪とを立別けるヨリコの姫もさぞやさぞ 明日一日が断末魔思へば思へば気の毒で 個人としては耐らねどお道の為と人の為め 神の御為め国の為め往かねばならぬ吾思ひ 皆さま察して下さんせ何も好んで争論を やり度い事はなけれども弱きを助け強きをば 挫かにやおかぬ義侠心これが黙つて居られうか 此方の説が勝つたならヨリコの姫を叩き出し その跡釜に千草姫神の司となりすまし 誠の教を宣伝しスガのお宮を祀りかへ ヘグレ神社と致すぞやヘグレのヘグレのヘグレ武者 ヘグレ神社の大神は三十三相は未だ愚か 五十六億七千万ミロクの活動遊ばして 此世の中を天国の常磐堅磐の楽園と 立替遊ばす経綸ぞや喜び遊ばせ人々よ 神の言葉に嘘はないきつと成就さして見せう 此世を創りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直し聞き直し 世の過は宣り直す神の教をかしこみて 此世を乱し世の人を誤らしむるヨリコ姫 それに従ふ奴輩を片つぱしから言向けて 改心さして見せませうあゝ勇ましや勇ましや 明日の吉き日ぞ待たれける』 キユーバーは後の方から蟇が風を引いたやうな響のある声を出して、 『神が表に現はれて善と悪とを立別ける 此世を創造りし神直日心も広き大直日 ただ何事も人の世は直日に見直し聞き直す ウラナイ教の御教皆さま耳を掃除して 一言半句も漏らさずに生宮さまの御託宣 しつかりお聞き遊ばせよ下つ岩根の大ミロク 日出神の生宮と現はれたまひし千草姫 ヘグレのヘグレのヘグレ武者ヘグレ神社の大神と 現はれ此処に下りまし鬼や大蛇の魂に 憑れたる憐なる人の難儀を救はむと 大慈大悲の心もて現はれたまひし有難さ スガの宮居の神館に頑張り暮すヨリコとは 天地雲泥の違ひぞやめつたにこんな生神が 再び下る事はない時は来れり時は今 爺さまも婆さまも孫つれて近所合壁誘ひ合せ 明日の大事な談判をお聞きにお出でなさいませ よい後学になりまするそれのみならず神様に 尊い御縁が結ばれて万劫末代永久に おかげの泉に浸りつつ此世この儘天国の 生存権が得られます必ず疑ひ遊ばすな スコブッツエン宗の大教主キユーバーでさへも尾をまいて 生宮様の後につきお伴に仕へて居りまする これだけ見ても皆さまよ生宮さまの御神徳 ただでないのが分るだろあゝ惟神々々 御霊幸倍ましませよ』 と歌ひ乍ら、スガの町々を残る隈なく東西屋もどきに歩いて仕舞つた。 (大正一五・六・三〇旧五・二一於天之橋立なかや別館加藤明子録) |
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霊界物語 | 72_亥_スガの港(宗教問答所) | 18 法城渡 | 第一八章法城渡〔一八二七〕 ヨリコ姫は訪ね来し高姫の、酢でも蒟蒻でも、一条縄ではいけぬやんちや牛たる事を看破し、下から上まで白綸子づくめの衣装を着、髪を長う後に垂れ、中啓を手に持ち、絹摺れの音サラサラと、廊下を寛歩しながら悠々然と問答椅子に寄りかかり、 ヨリ『何神の化身にますか白梅の 花の薫も高姫の君。 久方の天より高く咲く花も 君の装に及ばざるらむ。 君こそはウラナイ教の神柱 日の出の神と聞くぞ尊き』 高『お世辞をばならべて稜威高姫を 揶揄ひたまふ面の憎さよ。 追従を喰ふよな神で御座らぬぞ ヨリコの姫よその顔洗へ。 今日こそは汝が生死のさかひ目ぞ 善悪別ける神のおでまし』 ヨリ『これはしたり高姫様の御言葉 ヨリコの姫もあきれかへりぬ。 妾こそ誠の神にヨリコ姫 醜の荒風如何で恐れむ。 恐ろしき其顔は奥山の 岩窟に住める鬼かとぞ思ふ』 高『何と云ふ失礼な事を吐すのだ 泥棒上りの山子女奴。 みやびなる歌よみかけて神の宮 汚さむとするずるさに呆れし。 これからは誠の日の出が現はれて 汝が心の闇を照らさむ』 ヨリ『吾霊は昼夜さへも白雲の 空に輝く月日なりけり。 久方の天より下るエンゼルの 内流受けし吾ぞ生神』 高『猪口才な泥棒上りの分際で 生神などとは尻が呆れる。 尻喰へ観音様の真似をして 装ひばかり胸の狼』 ヨリ『狼か大神様か知らねども 吾の霊はいつも輝く。 吾霊は空に輝く日月の 光にまして四方を照らさむ』 高『ぬかしたり曲津の巣ふ霊で 尻餅月日の螢の光り奴』 ヨリ『五月雨の闇を縫ひ行く螢火も 夜往く人のしるべとぞなる。 螢火を数多集めて文をよみ 国の柱となりし人あり』 高『偉さうに理窟ばかりを夕月夜 山にかくれてすぐ闇とならむ。 大空に神の御稜威も高姫の 光を見れば目も眩むらむ』 ヨリ『君こそは大高山の山伏か 朝な夕なに大法螺吹くなり』 高『法螺貝は此世の邪気を払ふてふ 誠の神の神器なりけり。 法螺一つ吹けないやうな弱虫は 此世の中に生きて甲斐なし』 ヨリ『魂はよしや死すとも法螺の貝 音高姫になりわたるかな』 高『玄真坊法螺貝吹きの妻となり 世を乱したる汝ぞ悪神。 法螺吹いて錫杖をふり村々を かたつて廻る乞食祭文。 オーラ山大法螺吹の山の神 スガの宮にて又法螺を吹く』 ヨリ『何なりと勝手な熱を吹きたまへ 科戸の風に伊吹払へば』 高『伊吹山鬼の再来と聞えたる 汝は此世の曲津神なる』 ヨリ『汝こそはミロクミロクと大法螺を 吹きまくるなる醜の曲神』 高『こりやヨリコ口に番所がないかとて 此生神に楯をつくのか』 ヨリ『たてつくか嘘をつくかは知らねども 汝がほこには手答もなし』 高『手答のなき歌垣に立つよりも 言霊車めぐらして見む。 いざさらば吾訊問に答へかし 汝が生死の別るる所ぞ』 ヨリ『如何ならむ問にも答へまつるべし 早河の瀬の流るる如くに』 高姫拳を握りつつ雄猛びなして立上り ヨリコの姫を睨つけて声の調子もいと荒く 面上朱をば注ぎつつ扇パチパチ卓を打ち 『これこれヨリコの女帝さまこれから直接問答だ 天地の元を創りたる大根本の根本の 生神様の名は如何に』云へばヨリコは笑湛へ 『如何なる難題ならむかと思へばそんな事ですか 天地の元は無終無始無限絶対永劫に 静まり居ます国の祖国常立の神様よ 此一柱の神おきて外に誠の神はない 如何で御座る高姫』と顔さしのぞけば高姫は フフンと笑ふ鼻の先 高『何と分らぬ神司あきれて物が云へませぬ 大慈大悲の神様は天下万民悉く 安養浄土に救はむと心をくばりたまひつつ 底津岩根に身をかくし時節を待つて種々の 艱難苦労のそのあげくいよいよミロクの大神と ここに現はれましますぞその神様の生宮は どこに御座るかヨリコさますつかり当てて下さんせ もしも妾が負けたなら現在お前さまの目の前で 生たり死んだりして見せる』云へばヨリコは嘲笑ひ ヨリ『貴女の仰せは違ひます神の御書を調ぶれば 此世の初めと在す神は国常立の大神ぞ 其他の百の神々は皆エンゼルの又の御名 これより外にありませぬ』云へば高姫グツと反り 高『ホヽヽヽヽヽホヽヽヽヽこれや面白い面白い 三五教の盲神こんな事をば偉さうに 世の人々に打ち向ひ誠しやかに教へるのか 国常立の大神がもしも此国に御座るなら 妾の前に連れ参れそれが出来ない事なれば 空想理想の神でせう此高姫の問ふ神は 生きた肉体持ちながら生きて働き生ながら 人を救くる神ですよその神様はどこにある それを知らして貰ひたい』云へばヨリコは打ち笑ひ ヨリ『肉体もつてます神は産土山の聖場に 千木高知りてはおはします神素盞嗚の大御神 三千世界の太柱これより外にはありませぬ 貴女の守るウラナイのお道の神は何神か 確り妾は知らねども大した神では御座るまい』 云へば高姫腹を立て 高『神は清浄潔白で仁慈無限に在しませば 兎の毛の露の悪もない人を殺して金を奪り 数多の男女を誑らかし泥棒稼ぎをするやうな 輩を使ふ神ならば誠の神では御座るまい お前の素性を調ぶればオーラの山の山賊の 親分して居た曲津神神素盞嗚の大神の 正しく清く鎮座ます此聖場に腰据ゑて 神をば汚す曲津神早く改心した上で 一時も早く此席を退きなされヨリコさま 何程改心したとても白布に墨がついたなら 洗うても洗うても洗うても墨のおちない其如く どうせ貴女は創者よ創ある身霊が神業に 奉仕するとは理に合はぬこれでも返答御座るかな 此高姫は済まないが泥棒などはやりませぬ 大根本の根本の誠の神の太柱 妾に創が若しあればどうぞ探して下さんせ 抑々誠の神様は身霊相応の理によつて 善には善の神守り悪には悪の神がつく 創ある身霊にや傷の神清い身霊にや清い神 これが天地の相応だ』云へばヨリコは俯むいて 高姫一人残しおきすごすご一室に入りにける 高姫後を見送つて大口開けて高笑ひ 高『オホヽヽヽオホヽヽヽ狐や狸の正体を 日出神の御前に包むよしなく現はして 尻尾を股に挟みつつすごすご奥へ逃げ込んだ ほんに小気味のよい事よもう此上はヨリコとて 此高姫に打ち向ひ楯つく勇気は御座るまい 誤り証文認めて今日から貴女に此館 お任かせ申奉る罪ある妾の身の素性 何卒隠して下されと哀訴歎願と来るだろう あゝ面白や心地よや今日からこれの神館 棚の上から牡丹餅が落ちて来たよな塩梅に 吾手に入るは知れたこともしも問答に負けたなら 妾の役目を渡すぞと書いた看板が証拠ぞよ 待てば海路の風が吹く神が表に現はれて 善悪正邪を立て別ける此御教は三五の 決して神の教でない今目の当り高姫が 実行なしたる生言葉生証文のウラナイ教 千秋万歳万々歳ウラナイ教の大神の 御前に謹み畏みて今日の生日の足る時の 成功守り玉ひたる恵に感謝し奉る あゝ惟神々々御霊幸倍ましませ』と 四辺かまはず大声を張り上げながら唯一人 傍若無人の振舞はよその見る目も憎らしき。 話変つて玄関口には、アル、エス、キユーバーの三人が頻に口論を始めて居る。 アル『こりや、便所掃除の糞坊主奴、バラモン署へ訴へるなんて脅喝文句を並べ立て、犬の遠吠的に逃げ失せながらづうづうしくも何しにやつて来やがつたのだ。エヽ汚ない汚ない臭い、糞の臭気が鼻をついて耐らないワ、サア去んだり去んだり』 キユ『ハヽヽヽヽ、馬鹿云ふな、此処は今日から俺の領分だ。貴様こそ何処かへ出て往け、今奥で高姫さまと女帝との大問答が始まつて居るやうだが、きつと高姫さまの勝だ。これや此看板を見い、今にこの看板通り励行するのだ』 エス『ハヽヽヽヽこの糞坊主奴。高姫とか云ふ婆に泣きついて応援を頼んで来よつたのだな、何と見下げ果てた腰抜け野郎だな。八尺の褌をかいた男が何だい、女の加勢を頼んで来るとは卑怯にも程があるではないか、糞垂れ坊主奴。まごまごして居ると笠の台が無くなるぞ、サアサア足許の明い中股に尾を挟んで帰つたり帰つたり』 キユ『ハヽヽヽヽ馬鹿だのう。足許に火がついて、尻が熱うなつて居るのにまだ貴様達は気がつかぬのか。まあ見て居れ、今に法城の開け渡しと来るから、その時は吠面かわくな。又薬屋の門番に逆転して番犬の境遇に甘じワンワン吠ながら勤めるのが関の山だ。何とあはれな代物だな、ウフヽヽヽ』 問答席にはヨリコ、花香、ダリヤ姫の三人が高姫とさし向ひになり、法城開け渡しの掛合中である。 ヨリ『千草の高姫様、すつぱりと法城を開け渡しますから受け取つて下さい。貴女の問答には決して負るやうな女ぢやありませぬが、妾も一つ感じた事が御座います。何程立派な器でも焼つぎにした器はやつぱり創物です。貴女の最前仰有つた通り如何にもオーラ山の山賊の女頭目として世人を苦しめ、所在罪悪を犯して来ました。かやうな罪深い身霊をもつて至粋至純なる大神様の前に仕へまつるのは冥加の程が恐ろしう御座います。到底妾は汚れた罪の重い体、神様の御前に出る資格は御座いませぬ。貴女は今日迄どんな事を遊ばしたか神ならぬ身の妾、些しも存じませぬが、妾に比べては余程清らかなお身霊と拝察致します、是から一先づスガの薬屋に引き取りますから、後は御勝手になさいませ』 高姫『ホヽヽヽヽ、成程お前さまも比較的よく物の分る人だ。最前生宮の云うた言葉に感激して身の罪を恥ぢ、法城を開け渡す、その御精神、実に見上げたものですよ、併し創物はどこ迄も創物ですから足許の明い中、トツトとお帰りなさるがよからう』 ヨリ『妾の妹の花香、ダリヤも妾に殉じて退席すると云ひますから、どうかこれも御承知を願ひたう御座います』 高『何程上面は綺麗でも創物のお前さまに使はれて居つた代物だから、どうせ完全な器ぢやあるまい。自発的に退かうと云ふのはこれも感心の至りだ。何とまあ神界の御経綸と云ふものは偉いものだな、ホヽヽヽヽ』 と笑壺に入つて居る。そこへキユーバーが得意面を晒し肩肱を怒らし大手を振つて四人の前に入り来り、 『千草の高姫どの天晴々々、功名手柄お祝ひ申ます。ヤイ、ヨリコ、花香、ダリヤの阿魔女態ア見やがれ。俺の権勢はこの通りだ。サアこれから玉清別の野郎もアルもエスも叩き払ひだ。エヽ、臭い臭い、鼻が汚れるワ、腐り女、腐り野郎奴一刻も早く出て失せろ』 と仁王立になり蜥蜴が立ち上つた様なスタイルで四辺キヨロキヨロ睨め廻して居る。 (大正一五・七・一旧五・二二於天之橋立なかや別館加藤明子録) |
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霊界物語 | 72_亥_スガの港(宗教問答所) | 筑紫潟 | 霊界物語特別篇筑紫潟 世は烏羽玉の闇となり山河草木ことごとく 言問ひさやぐ世の中を常磐堅磐の松の世に 治めむ為めと厳御魂天津御神の御言もて 豊葦原の瑞穂国綾の高天に天降りまし 至善至美なる御教を蒼生に説き諭し 朝は東夜は西南船北馬の難を越え 神の稜威も伊都能売の天津誠を宣べませど 悪に溺れし世の中は神の言葉に服はで 力かぎりに刃向ひつ沐雨櫛風の苦業さへ 水泡に帰せむとなせし折天津御神は畏くも 厳の御霊の杖柱珍の御教を助けむと 瑞の霊を下しまし瑞穂の国の中心に 高天原を築かせつ経と緯との機をおり 心も清き紅の錦の教を垂れたまふ 手段となして畏くも明治は二十五年より 天津御神の御心を筆に写して詳細に 蒼生に教へます其神文を一々に 清書せよと命ぜられ飛び立つ許り勇み立ち 止め度もなしに慢心の階段えちえち攀登り 神の見出しに預りし吾こそ真の信仰と 心の黒き黒姫が神書の心をとり違へ 瑞の霊の宣り言を残らず曲と貶しつつ 小北の山に巣ぐひたるウラナイ教の偽教主 鼻高姫と諸共に魔我彦誘ひ聖地をば 後に見捨てて出でてゆくいよいよ陰謀七八分 成功なさむとせし時に瑞の霊は厳かに 天の岩屋戸押し開き天地に塞がる叢雲を 伊吹払ひに払ひまし御空は忽ち五色の 祥雲棚曳き日月の清き光に曲神の 頭を忽ち射照せば黒姫身魂に巣食ひたる 常世の国の曲神は汚れし身体ぬけ出し 力も落ちて身体は忽ち神の冥罰を 被り百日百夜の修祓うけて敢へなくも 命の親と頼みたる高山彦を残し置き 黒白も分かぬ烏羽玉の暗き黄泉路に旅立ちて 八衢街道の四つ辻に鼻高姫の精霊と 出会し種々の物語り天国地獄の問答を いと諄々と初めける其の経緯を瑞霊 或夜の夢に八衢に精霊出でて聞き取りし 一伍一什の顛末を茲にあらあら述べ立つる 時は昭和の第二年新の十月十九日 神に心を筑紫潟肥前の国の島原の 南風楼の二階の間北極星を枕とし 加藤明子に筆とらせ口解きたる物語 述ぶるも楽し惟神神のまにまに初めゆく あゝ惟神々々御霊幸倍坐しませよ。 天地寂然として黒雲漲り、濃霧は四辺を包み、昼なほ暗き夜の如くにして咫尺を弁ぜず、蒸暑き嫌らしき悪臭を帯びたる空気身辺を襲ふ。八万地獄の草枕、旅に出で立つ黒姫の曲の精霊は、唯一人小声に呟きながら、猶現界に吾肉体のあるものと信じ、 黒姫『いよいよ世の終末は近づけり、日月天に輝けども、世道人心紊乱の極に達し中空に妖雲起りて下万民、飢渇に苦しむ。時は今なり時は今なり、妾こそは、厳の霊の恩命を拝し、此暗黒の世をして光明世界に転換すべき大責任を双肩に担へり。あゝ高山彦は、何を苦しみてか躊躇逡巡する、日の出の神の肉の宮、高姫司は何処にありや。神諭に云ふ世の終りの時至らば、至誠至実の神柱三人あれば可なりと聞く、その三人とは、竜宮の乙姫殿の肉の宮此黒姫の身魂を初め、日の出の神の肉宮とあれます小北山の高姫司、高山彦をおきて外に誠の神柱は世に非じ、あゝ思へば思へば吾が身魂の責任の重且つ大なる、古今其比を見ず、東西其例を聞かず。変性女子の身魂と自称せる彼贋神柱が末路を見よ、彼が光は螢火にも如かず、彼若し真の瑞霊なりせば此世の終末に際し、一大火光となりて、せめては地上の低空を飛翔往来し万民の目を醒ませ、神聖の神国を樹立すべきに非ずや。口先ばかりの瑞霊、其影の薄きこと、冬の夕日に如かず。あゝ至れり至れり、吾が願望の成就の時期、高姫来れ、高山彦、吾につづけ』 と呼ばはりながら、木枯荒ぶ茅野原を、神官扇を右手に持ち、左手にコーランを携へて、八衢街道の入口に、かかる折しも向ふより、脛も現はにいそいそと、金剛杖をつき乍ら、髪振り乱しだん尻を、ぷりんぷりんと右左、振舞ひながらやつて来る。女は云はずと知れた小北山、日の出の神と自称する高姫司の精霊ぞ。 高姫『マアマアマアマア、黒姫さまぢやないかいな。此処は何処ぢやと思つて居ますか。生前に日の出の神の云ふ事を、半信半疑の態度で聞いて居たものだから神罰は覿面、お前さまはこれから地獄の旅に向ふのぢやないか。生前には比較的豊満の霊衣もすつかりと剥脱され、形ばかりの三角形の霊衣を額に頂いて居るスタイルは、まるきり地獄の八丁目を歩いとる亡者ですよ。あゝもう今となつては此日の出神の生宮も、お前さまを助ける訳には行きませぬわ、マアマアマアえらい事になりましたなア』 と目を丸うし、口を尖らして名乗りかけた。 黒姫『どこの乞食婆がやつて来るのかと思へばお前さまは高姫さまぢやないか、此頃は天地暗澹として四辺暗く、空気が悪いのでまあまあ気の毒な、持ち前の病気が出て発狂しなさつたのだらう。些と確りして貰はぬと竜宮の乙姫の肉宮も困るぢやありませぬか、ホヽヽヽ。あのまあ小むつかしいスタイルだこと、こんな所を大将軍様にお目にかけたら千年の恋も一度にさめますぞや』 高姫『ほつといて下さい、黒姫さま、お前さまは聖地に於て慢心した結果、日出神の教に背き、神罰を蒙つて百日百夜の修祓を受け、筍笠のやうに骨と皮とになつてお国替へをなさつたのぢやないか。それでもまだ現界に生きて居る積りですか。何とまあ慢心した身魂の迷ふたのは可愛さうなものだなア。あゝ底津岩根の大ミロク様、此黒姫さまも一度は竜宮の乙姫の肉の宮迄勤めた神界の殊勲者ですから、如何なる罪がありませうとも、神直日大直日に見直し聞き直し、どうか地獄行きだけはお許し下さいまして、せめては第三天国の入口迄なと上てやつて下さいませ、惟神霊幸倍坐世』 と両眼より玉の涙を滴らせながら、天に向つて合掌する。 黒姫『高姫さま、確りして下さい。決してこの竜宮の乙姫は死んだ覚えは御座いませぬよ。お前さま余り慢心が強くて信仰に酔つ払つたものだから、これ程ピチピチして居る私を亡者と間違へてゐるのですよ、なる程百日百夜の修祓を受けたのは事実です。併しまだ死んだ覚えはありませぬ。かう常暗の世の中となつては、世界万民を助ける為めに、底津岩根の大ミロク様の神柱、日出神の生宮を兼たお前さまが確りして貰はなくちや、どうしてミロクの世が建設せられませう。お前さまは、あまり大将軍さまに現を抜かし、恋に眼が眩んで千騎一騎の此場合になつて呆けたのでせう。あゝ高姫さま、気の毒な方ぢやなア、伊都能売の大神様、天の大ミロク様、三千世界の人民が可愛さうと思し召すなら、どうぞこの高姫さまの狂人を本心に立ち直らして下さいませ、高姫さまさへ元の正気にお帰りなされば私の肉体はいつ国替しても構ひませぬ』 高姫『あーあ、仕方のないものぢやな。これ程云うても黒姫さまの精霊殿は判らぬのかいな。エヽぢれつたい、惟神霊幸倍坐世』 黒姫『あゝ高姫さまも判らぬやうになつたものぢやなア、長らく聖地を離れて小北山に陣どり、鰯の昆布巻になつて居るものだから、肝腎の時に、発狂して仕舞つたのだらう。生て居るか、死んで居るか、見分けのつかぬやうになつては、神柱も何もあつたものぢやない。あゝ気の毒だなア』 ○ 高山彦『朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも たとへ大地は沈むとも曲津の神は荒ぶとも 誠の心にや叶はない小北の山より遥々と 高姫さまや黒姫が山川千里を越え乍ら 幾十回と限り無く足を運びし熱誠に つい動かされ老骨をひつさげ乍ら神界の 御用の端に仕へむと妻子を後に振捨て 浪花の里に流れ入り花柳の巷も厭ひなく 神の御為め道の為め烏のやうな黒姫を 老後の妻と定めつつ小北の山に往きかへり 贋の教と知らずして日の出神と自称する 高姫さまの筆先を一字も残らず読み尽し 其収穫は五里霧中荒野を彷徨ふ心地にて 三年四年と過ぎけるが皇大神の御心に 背きし為めか黒姫は百日百夜の苦みを 身に受け乍ら淋しげに吾を見捨てて神去りぬ さは去り乍ら人間は神代の昔の因縁を 持ちて生れしものなれば如何に汚き黒姫も 吾が女房と諦めつくだらぬ教を謹みて 聞き居たるこそ嘆てけれ今日は吾妹が昇天の 百日祭になりぬれば心の手向をなさむとて 霊の鎮まる奥津城に花供へむと進むなり 黒姫果して霊あらば吾に一言今迄の 誤解を謝せよ天地の神の御前に平れ伏して 神に背きし罪業を悔い改めて根の国や 底の国なる苦しみをよく助かれよ惟神 神は汝と共ならば必ず地獄の苦を逃れ 天津御国に安々と神の助けに昇るべし あゝ惟神々々頓生菩提黒姫よ 後に残りし吾が命あまり惜くはなけれ共 自殺をなせば天の罪自然に死して汝が後を 慕ひて行かむ其日迄身魂を研いて天国の 神の御苑に復活し半座を分けて吾待てよ 汝が昇天せし後は一人くよくよ老の身の 淋しさ勝る冬の夜衣は薄く歯はふるひ 足もわなわな行き艱むこの窮状を憐みて 国治立の大御神一日も早く黒姫が 御後を追はせ給へかしあゝ惟神々々 御霊の恩頼を願ぎまつる』 斯く歌ひ乍ら 高山彦の精霊は枯草茂る荒野原 杖を力にとぼとぼと八衢さして進み来る 黒姫見るより狂喜して 黒姫『お前は吾夫高さまか何処にどうして厶つたの 合点のゆかぬ事許り日の出神の生宮の 高姫さまが発狂して私を亡者と誤解する 百万言を尽せども心の狂ふた高姫は 私の言葉は糠に釘豆腐に鎹応へなく 如何はせむと思ふ折かすかに聞ゆる吾夫の 声を力に佇めばまがふ方なき吾夫と 知りたる時の嬉しさは百万人の味方をば 得たるが如く思ひます日の出神の生宮の 高姫さまよよつく聞け高山彦のハズバンド ここに現はれます上は私が亡者になつてるか あなたが発狂して居るかいと明白に分るだろう まさかの時の助け舟あゝ天道は人を殺さない あゝ有難し有難し吾夫さま』と縋りつく 高山彦は仰天し 高山彦『これやこれや黒姫迷ふなよお前は此世の人でない 百日百夜の病ひに天命つきて現界を 後に見捨てて行つた者誤解するな』とたしなめば 高姫鼻をつんとかみいとも急はしき口元で 高姫『高山彦がよい証拠お前は亡者に違ひない 早く神言奏上し地獄の関門突破して 天国浄土に行くがよい高山彦に執着を のこしちやならぬ黒姫さま左様ならば』と背を向けて 一目散に駆け出せば骨と皮との瘠腕を グツと伸ばして黒姫が鼻高姫の後髪 むんずと捉んで引き戻す高姫地上に転倒し 高姫『あゝいやらしやいやらしや亡者になつても此通り 執着心の深い婆々地獄に落つるは当然 日の出神は知りませぬこれから高山彦さまに とつつき散々愚知こぼし何んなら冥途の道づれに 伴れて行かんせ左様なら』 悪垂口を叩きつつ又逃げだすを黒姫は 頭に角を立て乍ら線香のやうな手を出して 襟髪グツと引き戻す高姫再び地の上に 転倒したる其刹那姿は煙と消えにけり 高山彦はゾツとして身慄ひしながら逃げ出せば 又もや黒姫後を追ひ 黒姫『悪性男のハズバンドこの黒姫の黒い目を ぬすんで日出の生宮と甘い約束したのだらう 許しはせない』と云ひ乍ら氷の如き冷やかな 拳を固めて打ちおろす全身汗にしたりつつ 高山彦は手を合せ 高山彦『黒姫暫く待つて呉れ三千世界にお前より 外に増す花持たぬぞや左はさり乍ら果敢なくも 散り行く花は是非もなし汝が後をば逐はむかと 天地の神に願ひても業因未だ尽きざるか 死ぬにも死なれぬ身の苦衷察してくれよ黒姫』と 両眼涙を湛へつつことわけすれど黒姫は 白髪頭を横にふり皺涸れ声を張りあげて 黒姫『悪性男のハズバンド黒姫愛想が尽きたぞや 鼻高姫の後を追て尻の世話でもするがよい 煩さい親爺』と云ひ乍ら悋気の角をふりたてて 夜叉の如くに駆出だすかかる折しも天空に 天津祝詞の声聞え梅の花片ちらちらと 四辺に落ちて香ばしくいと爽かな音楽に つれて紫雲をわけ乍ら気高きエンゼル悠々と 下り来るよと見る中に黒姫姿は後もなく 煙と消えて室内に眼くばれば高姫が 黒姫霊璽の前に座し片言交りの祝詞をば 奏上しながら涙ぐみぶつぶつ小言を云ひ居たり 高山彦は夢さめてホツと一息つきながら 鼻高姫の親切を心の底より感謝しつ 庭に出づれば大空に皎々輝く望の月 心も広く伏し拝み感謝の祝詞を奏上し 小北の山へと進み行くあゝ惟神々々 御霊の恩頼ぞ畏けれ。 (昭和二・一〇・一九長崎県島原町南風楼にて加藤明子録) |
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霊界物語 | □_特別編-入蒙記 | 大本の経綸と満蒙 | 大本の経綸と満蒙 愈々大本は開教四十周年を迎へる様になりました。教祖様の御筆先には、三十年で世のきり替へをすると出てゐますが、それが余り世の乱れ様がひどいので更に十年延びたといふ事が書いてあります。本年が開教四十年に相当しますから、十年引いて見ると本年がまる卅年であるから、立替立直しの時期になつた事と信ずるのであります。 卅と書くと世界の『世』といふ字になる。外国では百年一世紀といつて居るが、日本では卅年が一世紀であります。世界の『世』といふ字は十を三ツよせたのである。で人間の一代といふのは約り卅年で、三十歳で世帯を持つて六十になつて隠居するといふ事になる。隠居する時分には殆ど子が三十歳になる。かういふ工合に人間の一世紀といふものは、文字の上から見ても卅年ときまつて居るのであります。 本年は壬申の年であります。結婚なんかに就てよく迷信家は今年は申の年で『去る』だからいかぬと云ふ。然しこれは総ての禍をみづのえさる──水に流し去る年であつて非常に結構な年である。仏法の法は水偏に去である。今年は壬申の年であるから、仏法がすたれて神の御教の発展すべき時になつたのであります。 印度の言葉で法のことをダルマと云ひますが、達磨さまといふのは、本来抽象的の仏であつて、眼を大きく描くのはこの法を表徴したものである。そして無茶苦茶に大きな眼を描くのは日月に譬へたのである。これは天地日月の法であるといふ意から達磨といふのでダルマは即ち印度の言葉である。今年は所謂ダルマの年であり、弥勒の年であるのであります。この満四十周年に際して、神様が予て御警告になつて居りましたシベリヤ線を花道とするといふ事が愈々実現して来たのでありますから、吾々はジツとして居られない、日本臣民として袖手傍観する事が出来ない場合になつて来たのであります。兎も角吾々の頭の上に火の粉が落ちて来たのであります。この火の粉をどうしても払はねばならぬ。この事あるを私は神様から始終聞いて居りましたので、大正元年頃から今の中に蒙古を日本のものにして置きたい。蒙古に行つて蒙古を独立さして置いたならば日本は仮令外国から経済封鎖をやられやうが、或は外国から攻めて来られようが、自給自足、何処迄も日本の本国を保つ事が出来る。──かういふ考へをもつて大正元年から馬の稽古をやつたのであります。本当にやりかけたのは大正五年からでありますが、何故馬の稽古を始めたかと云ふと、昔から支那では南船北馬と申してゐる通り南に行くには船でなければならず、北に行くには馬でなければならぬので、蒙古の大平原を行くのにはどうしても馬術を知つて置くのが肝腎であると思つたがためであります。一時は金竜、銀竜、金剛、千早といふ馬を四頭も置き、その他の馬にも乗り廻して馬術を稽古して居りましたが、愈々大正十年になつてこれから入蒙を決行しよう、節分祭から行かうと思つて居つた時に、あの十年事件が突発したため、満州でなくて人の来られぬ様な所に一寸はいつて来たのであります。 それから大正十三年に愈々年来の素志を決行したのであります。所が、その時恰度蒙古のタークロンと云ふ所に偉い喇嘛が居つて、昔成吉斯汗が蒙古に兵を挙げてから六百六十六年目にナランオロスからイホエミトポロハナが出て蒙古を助ける。即ちナランオロス(日出づる国)から生神が出て来て蒙古を救ふといふ予言があつたのであります。それが恰度甲子の年、大正十三年が六百六十六年目に当つて居つたのであります。吾々はさういふ事は知らなかつたけれども、恰度さうなつて居つたのであります。しかもこの蒙古を救ふ人は年五十四歳と云ふのでありましたが、当時私は五十四歳であつたからこれも符号したのであります。その外色々な事が符号した為に蒙古人に歓迎されまして、思ひの外にどんどんと進んだのであります。けれども結局は張作霖の裏切り及び赤軍との戦ひの疲れ、呉佩孚軍との戦ひによつて携帯した所の食料も弾丸もなくなつて了ひ、已むを得ず白音太拉で吾々は捕へられ、銃殺されむとする迄に至つたのでありましたが、その当時には世間の人々及び大本の信者の人は大変に失敗をして来た様に感じて居つた。その時私一人が大成功だと云つて、自分一人で平気で居りましたので、皆が負けをしみが強いと云つて笑つて居つたのであります。けれどもこれが一ツの種蒔きとなつて恰度今時がめぐつて来たのであります。 今皇軍は連戦連勝で東三省は殆ど平定された様な形でありますが、この東三省の民衆の心は未だ未だ服従して居らぬ。これをさせるのにはどうしても宗教をもつて行かねばいけないのであります。 愛といふ事は基督も、マホメツトも説いて居る。仏教は慈悲心を説き、或は十善といふ事を説いてゐる。各神道、各仏教は皆愛と善との外に出てゐないのであります。併し今迄の宗教は国によつて皆垣を造つて居る、出雲八重垣を造つて居る。即ち猶太は猶太の神、支那は支那の神といふ風に自分一国の神様にして居る。この垣を、この出雲八重垣を破るのには、人類愛善といふ大風呂敷を頭から被せて行くのが一番よいのであります。 ラテン語で云うと『人類愛善』と云ふ言葉は『大本』といふ事になる。それで『人類愛善』も『大本』も精神は少しも違はない。併し乍ら『大本』は至粋至純なる日本の神様、日本の国体を闡明する所のものであり、『人類愛善会』は各思想団体及び各宗教一切の融合統一する所のもので、同じ名であつても異なつた働きをして居るのであります。で先般満州へ日出麿をやりましたのも、さういふ精神からであります。先づ東三省の人心を統一する事が肝腎である。あらゆる宗教を人類愛善の大風呂敷で包んで了はねばならぬといふ考へで、人類愛善旗を飜して満州の天地に活躍をして居るのであります。私自身でも満州へ行つて活動したいと思つて居ますが、それも余り慌ててもいかぬし落付きすぎて機を逸してもいかぬ。恰度六月時分の柿は未だ渋いが九月から十月頃になると熟して美味しくなつて柿の木の下に行くと、何もしないでも味のよいのが落ちて来る。約り熟柿の落ちる迄待つのが一番賢明なやり方である、と云つても只ジツとして居るのではない。それ迄に総ての準備を整へて置かぬと熟柿も拾へないのであります。 それで信者の中には『もう行かれさうなものである。何時行かれるか何時行かれるか』と尋ねる人があるが、さう簡単なものではない、大きな仕事である。日本の明治維新でも当時内地人は三千万であつたが、矢張り憲法発布迄には廿三年かかつて居るのであります。同じく不思議にも三千万人の東三省の人──此処にはロシア人も居れば支那人も居る。西洋人も居れば日本人も居る、又朝鮮人も居る。かういふ様なゴチヤゴチヤの人種が集り面積は殆ど東三省だけで日本の三倍もありますが、日本の同じ人種、同胞で廿年かかつた、それに今満蒙を統一しようとするのですから、神様の徳によつて割とたやすく出来るとは思ふのでありますが、皆様が考へて居られる様な容易な事ではないのであります。それに就ては私は非常に責任を感じて居るのであります。心は千々にはやつて居ります。心の駒は足掻してゐます。けれどもこの手綱を引きしめて愈々といふ時を考へるといふ事が最も必要な事でありますから、落付いて時の来るのを待つて居るのであります。 今日は出口澄子の誕生祭でもあります。又節分祭でもあります。この節分といふ事はこれは冬から春にかはるのであるが、天の陽気は節分が冬の真中になつてゐるのであります。節分がすめば大寒になつて来る。皆は節分が来れば春と思ふけれども少しも暖かくならぬ。旧の二月にならぬと、梅の花が咲かぬ様に、矢張未だこれから寒くなる。然し、この冬といふものは万物雌伏の時代である。人間も矢張り雌伏する時代であつて大いに考へねばならぬ時である。軽挙妄動をつつしんで極く着実に一年中の事或は将来の事を考へるのには今が最も適当な時期だと思ふのであります。で私もそれに倣つて非常に──若槻さんぢやないが深甚の考慮を払つて居るのであります。今迄は若槻さんを嘘つき礼次郎と云つて居るものがあつたが、今度は犬養首相は修練による心境の変化と云つて居る。嘘を云つても心境の変化と云へばすんでゐるといふ事は、今日の日本としては面白くない事と思ひますけれども、併しさういふ大臣の言葉は今の日本国民の精神を代表して居るのであります。併し吾々は始めから終始一貫何処迄も心境の変化をせない様に貫徹したいものであります。 かう云つて居りましても、時期の変化によつて、約り心境の変化ではなく時期の変化によつて三月に飛び出すか、五月に飛び出すか、それとも本年中飛び出さないかも知れませぬ。そこをよく考へて貰はぬと、もどかしがつて貰うと困ります。今度の事は重大であるから沈黙を守つて居る。よい加減な事であつたならば、とうに騒いで行つたのである。この前に蒙古に行つた時と今度は違ふ。あの時は兎も角先鞭をつけて置きたい、成功するせぬは別として、日本国民に満蒙といふ事を今の中に力強く意識させておかねば日本は滅びると思つたのであります。この点満蒙問題に先鞭をつけた事は非常に効力があつたのであります。 蒙古人はかういふ事を云つて居る『黒蛇が世界中を取巻くその時に愈々世の立替があつて弥勒仏が現れ蒙古の国を救はれる。その時は禽獣草木が人語を囀る』と。今日の世の中は木や草──民草と云へばこれは人間の事であります。木や草がものを云ふ、所謂普選になつて蛙切りでも、田子作でも、議員とかなんとかいふものになつて、ものを云ふ時になつて居る。黒蛇といふ事は鉄道といふ謎で、已にシベリヤ線が出来て蒙古を取り巻いて了つてゐる。かういふ予言があり、然も初めて私が行つた時は六百六十六年目に当つてゐた。六百六十六の獣といふ事がありますが、六六六といふ事は非常に意義のある事であります。六六六はミロクであるから──家を建てるのにも天地上下が揃はないと駄目である。その時から本年は恰度八年になつて居ります。六百六十六年──六百七十四年になつて居る。吾々大本信者は云ふに及ばず、日本国民全体が鉢巻をして大いに考へ、大いに尽さねばならぬ時が来たのでありますから、吾々は世界の戦争が起る、或は日本は世界を相手に戦はねばならぬといふ悲壮なる覚悟を要する時だと思ふのであります。 (昭和七、二、四、みろく殿に於ける講演──三月号神の国誌) |