| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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101 (918) |
ひふみ神示 | 37_五葉之巻 | 第16帖 | マコトでもって洗濯すれば霊化される、半霊半物質の世界に移行するのであるから、半霊半物の肉体とならねばならん、今のやり方ではどうにもならなくなるぞ、今の世は灰にするより他に方法のない所が沢山あるぞ、灰になる肉体であってはならん、原爆も水爆もビクともしない肉体となれるのであるぞ、今の物質でつくった何物にも影響されない新しき生命が生れつつあるのぞ。岩戸ひらきとはこのことであるぞ、少し位は人民つらいであろうなれど勇んでやりて下されよ、大弥栄の仕組。 |
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102 (919) |
ひふみ神示 | 38_紫金之巻 | 第1帖 | 高天原、おのころに神祇つまります、すめむつカムロギ、カムロミのミコトもちて、千万の神祇たちを神集へに集へ給ひ、神はかりにはかり給ひて、下津岩根に真理柱二十敷建て高天原に千木高知りて、伊都の神宝の大御心のまにまに千座の置座におき足らはして、天地祝詞の二十祝詞言をのれ、かくのらば神祇はおのもおのもの岩戸を押しひらきて伊頭の千別きに千別き給ひて聞し召さむ、かく聞し召してば、天の国うつし国共につみと云ふつみはあらじと科戸の風の吹き放つことの如く、朝風夕風の吹きはらふ如く、大つ辺に居る大船を舳ときはなち艫とき放ちて大海原に押しはなつ事の如く、のこる罪も穢もあらじと祓へ給へ清め給ふことを、よしはらへ、あしはらへ給ひて弥栄の御代とこそ幸はへ給へ幸はへ給へ。〇一二三四五六七八九十百千万歳万歳。 |
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103 (921) |
ひふみ神示 | 38_紫金之巻 | 第3帖 | 伊豆幣帛を 都幣帛に結び岩戸ひらきてし。 ウヨウヨしてゐる霊かかりにまだ、だまされて御座る人民多いのう、何と申したら判るのであるか、奇跡を求めたり、われよしのおかげを求めたり、下級な動物のイレモノとなってゐるから、囚われてゐるから、だまされるのぢゃ、霊媒の行ひをよく見ればすぐ判るでないか。早うめさめよ、因縁とは申しながら、かあいそうなからくどう申して聞かせてゐるのであるぞ、マコトの道にかへれよ、マコトとは〇一二三四五六七八九十と申してあろう、そのうらは十九八七六五四三二一〇で、合せて二十二であるぞ、二二が真理と知らしてあろう、二二が富士してあろうが、まだ判らんか。 |
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104 (923) |
ひふみ神示 | 38_紫金之巻 | 第5帖 | 岩戸ひらき御祷の神宝たてまつらまし。 月は赤くなるぞ、日は黒くなるぞ、空はちの色となるぞ、流れもちぢゃ。人民四つん這ひやら、逆立ちやら、ノタウチに、一時はなるのであるぞ、大地震、ヒの雨降らしての大洗濯であるから、一人のがれようとて、神でものがれることは出来んぞ、天地まぜまぜとなるのぞ、ひっくり返るのぞ。 |
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105 (924) |
ひふみ神示 | 38_紫金之巻 | 第6帖 | 白玉や赤玉青玉ささげまつりし。 今迄は白馬と赤馬と黒馬とであったなれど、岩戸がひらけたら、岩戸の中から 黄(基)の 馬が 飛び出してくるぞ、キが元ぞと申してあろうが、トドメの馬であるぞ、黄金の馬であるぞ、救ひの馬であるぞ、このこと神界の秘密でありたなれど時来たりて人民に伝へるのであるぞ、今迄は白馬に股がって救世主が現れたのであるが、いよいよの救世主は黄金の馬、基の馬にのって現われますのであるぞ。 |
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106 (925) |
ひふみ神示 | 38_紫金之巻 | 第7帖 | 太祝詞のりのり祈らば岩戸ひらけん。 神は一時は仏とも現れたと申してありたが、仏ではもう治まらん、岩戸が開けたのであるから、蓮華ではならん。人民も改心しなければ、地の下に沈むことになるぞ、神が沈めるのではない、人民が自分で沈むのであるぞ、人民の心によって明るい天国への道が暗く見へ、暗い地の中への道が明るく見えるのであるぞ、珍しきこと珍しき人が現れてくるぞ、ビックリ、ひっくり返らんように気つけてくれよ、目の玉飛び出すぞ、たとへでないぞ。 |
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107 (926) |
ひふみ神示 | 38_紫金之巻 | 第8帖 | 千引岩今ぞあけたり爽し富士はも。 神は宇宙をつくり給はずと申して聞かせてあろうが、このことよく考へて、よく理解して下されよ、大切なわかれ道で御座るぞ。福はらひも併せて行はねばならん道理。光は中からぢゃ、岩戸は中からひらかれるのぢゃ、ウシトラがひらかれてウシトラコンジンがお出ましぞ、もうよこしまのものの住む一寸の土地もなくなったのぞ。 |
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108 (928) |
ひふみ神示 | 38_紫金之巻 | 第10帖 | この巻五葉の巻と申せよ、四つの花が五つに咲くのであるぞ、女松の五葉、男松の五葉、合せて十葉となりなりなりて笑み栄ゆる仕組、十( |
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109 (995) |
霊界物語 | 01_子_霊界探検/玉の争奪戦 | 序 | 序 この『霊界物語』は、天地剖判の初めより天の岩戸開き後、神素盞嗚命が地球上に跋扈跳梁せる八岐大蛇を寸断し、つひに叢雲宝剣をえて天祖に奉り、至誠を天地に表はし五六七神政の成就、松の世を建設し、国祖を地上霊界の主宰神たらしめたまひし太古の神代の物語および霊界探険の大要を略述し、苦・集・滅・道を説き、道・法・礼・節を開示せしものにして、決して現界の事象にたいし、偶意的に編述せしものにあらず。されど神界幽界の出来事は、古今東西の区別なく、現界に現はれ来ることも、あながち否み難きは事実にして、単に神幽両界の事のみと解し等閑に附せず、これによりて心魂を清め言行を改め、霊主体従の本旨を実行されむことを希望す。 読者諸子のうちには、諸神の御活動にたいし、一字か二字、神名のわが姓名に似たる文字ありとして、ただちに自己の過去における霊的活動なりと、速解される傾向ありと聞く。実に誤れるの甚だしきものといふべし。切に注意を乞ふ次第なり。 大正十年十月廿日午後一時 於松雲閣瑞月出口王仁三郎誌 |
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110 (1035) |
霊界物語 | 01_子_霊界探検/玉の争奪戦 | 38 黄金水の精 | 第三八章黄金水の精〔三八〕 ここに稚姫君命、金勝要神、大八洲彦命は歓喜のあまり、シオン山の大峡小峡の木を切り新しき御船をつくり、また珠をおさむる白木の御輿をしつらへ、恭しく顕国の御玉を奉按し、これを御輿もろとも御船の正中に安置し、安河を下りて竜宮城に帰還し、三重の金殿に深く秘蔵したまうた。この御玉はある尊貴なる神の御精霊体である。 話はもとへかへつて、高杉別、森鷹彦は大神の命を奉じ、黄金造の器にシオンの滝の清泉を盛り、御輿の前後に扈従し目出度く帰城したまひ、この清泉は命の指揮の下に竜宮城の真奈井に注ぎ入れられた。それよりこの水を黄金水といふ。 顕国の御玉の竜宮城に御安着とともに、三方より不思議にも黒煙天に冲して濛々と立ち騰り、竜宮城は今将に焼け落ちむとする勢である。この時たちまち彼の真奈井より黄金水は竜の天に昇るがごとく中天に噴きあがり、大雨となつて降り下り、立ち上る猛火を鎮定した。竜宮城の後の光景は不審にも何の変異もなく、依然として元形をとどめてゐた。 金剛不壊の顕国の御玉は、時々刻々に光度を増し、一時に数百の太陽の現はれしごとく、神人皆その光徳の眩ゆさに眼を開く能はず、万一眼を開くときは失明するにいたるくらゐである。 ここに国常立尊は、神威の赫灼たるに驚喜したまひしが、さりとてこのまま竜宮城にあからさまに奉祭することを躊躇したまひ、天運の循環しきたるまで、至堅至牢なる三重の金殿に八重畳を布き、その上に御輿もろとも安置し、十二重の戸帳をもつてこれを掩ひ深く秘斎したまうた。 それより三重の金殿はにはかに光を増し、その光は上は天を照し、下は葦原の瑞穂国隈なく照り輝くにいたつた。金色の鵄は常に金殿の上空に翺翔し、天地の諸善神、時に集まりきたつて、微妙の音楽を奏し遊び戯れたまふ、実に五六七神世の実現、天の岩戸開きの光景もかくやと思はるるばかりである。 天の真奈井の清泉はにはかに金色と変じ、その水の精は、十二個の美しき玉となつて中空に舞ひ上り、種々の色と変じ、ふたたび地上に降下した。このとき眼ざとくも田依彦、玉彦、芳彦、神彦、鶴若、亀若、倉高[※本章で「倉高」は、初版を始め普及版、校定版、愛善世界社版では「高倉」になっているが、他の章(37章、41章、42章)ではすべて「倉高」という名で出て来るので、読者の混乱を避けるため「倉高」にした。]、杉生彦、高杉別、森鷹彦、猿彦、時彦の十二の神司は争うてこれを拾ひ、各自に珍蔵して天運循環の好期を待たむとした。 この十二の玉はおのおの特徴を備へ、神変不可思議の神力を具有せるものである。 ここに竹熊の一派は、危急を救はれし大神の厚恩を無視し、生来の野心をますます増長し、金殿に安置せる顕国の御玉を涜しくもらせ、無用の長物たらしめむとして四方の曲津神と語らひ、なほ懲りずまに計画を廻らしてゐた。この目的を達するには、その第一着手として黄金水の精より成り出でたる十二個の玉を手に入れねばならぬ。この玉をことごとく手に握れば、彼らの目的は達するものと深く信じたからである。ここにおいて竹熊は、将を射むとするものは先づその馬を射よとの戦法を応用せむとし、あらゆる方策を講じて竜宮城の従臣なる十二柱の神司を説き落し、あるひは討ち亡ぼして、その玉をいよいよ奪ひ取らむとした。この玉は十二個のうち、一個不足しても何の用をもなさないのである。 (大正一〇・一〇・二三旧九・二三谷口正治録) |
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111 (1042) |
霊界物語 | 01_子_霊界探検/玉の争奪戦 | 45 黄玉の行衛 | 第四五章黄玉の行衛〔四五〕 時彦は黄金の玉を生命にかへても、神政成就の暁まで之を保護し奉らねばならぬと決心し、既に竜宮神の不覚不注意より九個の玉を竹熊に奪はれ、無念やるかたなく、せめてはこの玉をわれ一人になるとも保護せむとて竜宮城にいたり、言霊別命[※言霊彦命は第2巻から登場するので、ここにある言霊彦命は大八洲彦命または美山彦命(言霊彦命の旧名)の間違いか?]の許しをえて諸方を逍遥し、つひにヒマラヤ山に立て籠つた。そしてヒマラヤ山に巌窟を掘り、巌中深く之を秘め、その上に神殿を建て時節のいたるを待ちつつあつた。居ること数年たちまち山下におこる鬨の声、不審にたへず殿を立ちいで声するかたを眺むれば、豈計らむや、大八洲彦命は大足彦、玉照彦を両翼となし数多の天津神竜宮の神司と共に、デカタン高原にむかつて錦旗幾百ともなく風に靡かせ、種々の音楽を奏しつつ旗鼓堂々として進行中である。 時彦は山上より遠くこれを見渡せば、十二個の同型同色の神輿をあまたの徒歩の神司が担いで進みくるのである。時彦は直ちに天の鳥船を取出し、従臣をして地上に下り一行の動静を窺はしめた。従臣はその荘厳なる行列と大八洲彦命の盛装を見て肝を潰し、あはただしく鳥船に乗じてヒマラヤ山にその詳細を復命したのである。 時彦は大八洲彦命の一行と聞きて心も心ならず、吾は徒に深山にかくれて、ミロク神政の神業参加に後れたるかと大地を踏んで残念がり、ただちに天の鳥船に打乗りて地上に下り、大八洲彦命の一行の後に出でて恐るおそる扈従した。されども時彦は吾が身の神業に後れたるを恥ぢて、花々しく名乗も得せず、デカタン高原に着いたのである。 デカタン高原には荘厳なる殿堂が幾十とも限りなく建て列べられ、八百万の神司は喜々として神務に奉仕してゐる。四辺は得もいはれぬ香気をはなてる種々の花木に廻らされ、天人天女の歓び狂ふ有様は、実に天国、浄土、地の高天原の光景であつた。 大八洲彦命は中央の荘厳なる殿堂に立ち、八百万の神司らにむかつて宣して曰く、 『ミロクの世は未だ時期尚早なれども、国常立尊の天に嘆願されし結果、地上の神人を救ふため、末法の世を縮めて天の岩戸を開き、完全なる神代を現出せしめ、このデカタンの野を地の高天原と定めたまへり。されど悲しむべし、黄金水より出たる十二個の宝玉はもはや十一個まで悪神の手に占領されたるを、大神の神力によりてこれを敵より奪り還し、ここに十二の神輿を作りて、この地の高天原の治政の重要なる神器として、永遠に保存すべしとの神命なり。されど一個の黄色の玉の行衛は今に判明せず、この玉なきときは折角のミロクの世も再び瓦壊するの恐れあり、かの黄玉を携へたる竜宮城の従臣たりし時彦は、今いづこに在るや、彼が持てる一個の宝玉は、この十一個の玉に匹敵するものなり。もし時彦にして後れ馳せながらも、いづれよりか其の玉を持ちきたらば、神界の殊勲者として吾は之を天神に奏上し、わが地位を譲らむ』 と大声に呼ばはりたまうた。 このとき、時彦思へらく、「われ多年苦心惨憺して此の玉を保護す。しかるに今大八洲彦命の教示を聞き喜びに堪へず、この時こそ吾は花々しく名乗りを上げ、もつて神界の花と謳はれむ」と笑みを満面にたたへ、恐るおそる大八洲彦命の御前に出で九首三拝して、 『時彦ここに在り、黄色の玉を持参仕り候』 と言葉すずしく言上した。あまたの神司は、突如として名告り出たる時彦の様子を見て感に打たれたもののごとく、時彦は神司らの羨望の的となつた。 大八洲彦命は大いに喜び、かつ時彦を招き殿内深く入りたまうた。殿内には十二の同色同型の立派な神輿が奉安されてある。大八洲彦命は正中にある一個の神輿の扉を開き、 『十一個は各色の玉をもつて充たされあり、されど見らるる如くこの神輿は空虚なり。速やかに汝が玉を是に奉安し、ミロクの代のために尽されよ』 と厳命した。この時、時彦は歓天喜地身のおくところを知らず、ただちに玉を取出し神輿の中深くこれを納めた。そこでいよいよ十二の神輿に種々の供へ物を献じ、荘厳なる祭典がおこなはれた。ついで十二の神輿はデカタン国の麗しき原野を神司らによつて担ぎまはされた。実に賑しき得もいはれぬ爽快な祭典であつた。原野の中心に各自神輿を下し神司らの休憩を命じたまうた。 折から天の一方に妖雲おこり、たちまち雲中より種々の鮮光があらはれた。その光景はあたかも花火を数百千ともなく一度に観るやうな壮観であつた。神司らは、皆天の一方に心を惹かれて見つめてゐた。そのあひだに大八洲彦命、大足彦は神輿の位置を変更しておいた。いづれの神輿も同型同色のものである。 にはかに天の一方より黒雲おこり雨は地上に滝のごとく降そそいだ。あまたの神司は狂気のごとく神輿の中より各自に黄色の玉を取りだし四方に解散した。時彦は驚いて吾が奉れる玉を保護すべく神輿に近づき、その玉を懐中に入れむとした。いづれの者も四方八方に四散して、宮殿はいつしか荒涼たる原野に化してゐた。 時彦は夢に夢見る心地してその玉を取りだし点検した。こはそも如何に、容積において光沢において、少しも変化はない。されど重量のはなはだ軽きを訝かり、混雑に紛れて吾が玉を取換られしやと歯がみをなして口惜しがつた。 このとき空中に声あり、 『大馬鹿者!』 と叫ぶ。今まで、大八洲彦命と見えしは武熊別の変身であり、大足彦以下の正神と見えしは彼が部下の邪神であつた。アゝいかに信仰厚く、節を守るとも、時彦のごとく少しにても野心を抱く時は、ただちに邪神のために誑らかされ、呑臍の悔を遺すことあり。注意すべきは、執着心と功名心である。 花と見て来たであらうか火取虫 (大正一〇・一〇・二五旧九・二五桜井重雄録) |
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霊界物語 | 03_寅_十二の国魂/大道別/天使長の更迭 | 17 岩窟の修業 | 第一七章岩窟の修業〔一一七〕 万寿山は前述のごとく、神界の経綸上もつとも重要なる地点なれば、これを主管する八王神は他の天使八王神に比してもつとも神徳勝れ、かつ神界、幽界の大勢を弁知し、大神の神慮を洞察せざるべからずとし、八王神なる磐樟彦は、単独にて万寿山城をひそかに出城し、霊鷲山の大岩窟にいたりて百日百夜、すべての飲食を断ち、世染をまぬがれ一意専心に霊的修業をはげみ、つひに三ツ葉彦命の神霊に感合し、三界の真相をきはめ、天晴れ万寿山城の王たるの資格を具有するにいたりける。 磐樟彦は、霊鷲山の大岩窟を深く探究したるに、数百千とも限りなき小岩窟ありて、大岩窟の中の左右に散在して、それぞれ受持の神守護されつつありき。この岩窟はいはゆる宇宙の縮図にして、山河あり、海洋あり、種々雑多の草木繁茂し、禽獣虫魚の類にいたるまで森羅万象ことごとくその所を得て、地上の神国形成されありぬ。 三ツ葉彦命の霊媒の神力により、数十里に渉れる大岩窟の磐戸を開き、現はれいでたる気品高き美しき女神は、数多の侍女とともに出できたり、磐樟彦に向ひ軽く目礼しながら、 『汝は神界のために昼夜間断なく神業に従事して余念なく、加ふるに百日百夜の苦行をなめ、身体やつれ、痩おとろへ、歩行も自由ならざるに、どの神司も恐れて近付きしことなき、この岩窟の神仙境にきたりしこと、感ずるにあまりあり。妾はいま、汝の熱心なる信仰と誠実なる赤心を賞て、奥の神境に誘ひ、坤の大神豊国姫命の御精霊体なる照国の御魂を親しく拝せしめむとす。すみやかに妾が後にしたがひきたれ』 といひつつ、岩窟の奥深く進みける。磐樟彦は女神の跡をたどりて、心も勇みつつ前進したりしが、はるか前方にあたりて、眼も眩きばかりの鮮麗なる五色の円光を認め、両手をもつて我面をおほひながら恐るおそる近付きける。女神はハタと立留まり、あと振かへり命にむかひ、 『汝の修業はいよいよ完成したり。ただちに両手をのぞき肉眼のまま、御神体なる照国の御魂を拝されよ。この御魂をつつしみ拝せば三千世界の一切の過去と、現世と、未来の区別なく手に取るごとく明瞭にして、二度目の天の岩戸開きの神業に参加し、天地に代る大偉功を万世に建て、五六七の神政の太柱とならせたまはむ。神界の状勢は、この御魂によりて伺ふときは、必然一度は天地の律法破壊され、国治立命は根の国に御隠退のやむなきに立いたりたまひ、坤の金神豊国姫命もともに一度に御退隠あるべし。しかしてその後に盤古大神現はれ、一旦は花々しき神世となり、たちまち不義の行動天下に充ち、わづかに数十年を経て盤古の神政は転覆し、ここに始めて完全無欠の五六七の神政は樹立さるるにいたるべし。汝は妾が言を疑はず、万古末代心に深く秘めて天の時のいたるを待たれよ。神の道にも盛衰あり、また顕晦あり。今後の神界はますます波瀾曲折に富む。焦慮らず、急がず、恐れず、神徳を修めて一陽来復の春のきたるを待たれよ』 と懇に説き諭したまひて、たちまちその気高き美しき女神の神姿は消えたまひける。 磐樟彦は天を拝し、地を拝し、感謝の祝詞をうやうやしく奏上したまふや、今まで光の玉と見えたる照国の御魂は崇高なる女神と化し、命の手をとり、紫雲の扉をおし明け、宝座の許に導きたまひける。 夢か、現か、幻か。疑雲に包まれゐたるをりしも、寒風さつと吹ききたつて、肌を刺す一刹那、王仁の身は高熊山の岩窟の奥に、端座しゐたりける。 (大正一〇・一一・一七旧一〇・一八土井靖都録) |
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霊界物語 | 03_寅_十二の国魂/大道別/天使長の更迭 | 48 常夜の闇 | 第四八章常夜の闇〔一四八〕 真心彦の帰幽されし後は、その従者たる国比古の行動一変し、広宗彦の命を奉ぜず、利己的に何事も振舞ひ、いたづらに権力をふるひ、事足姫を軽蔑し、自由行動をとりて神人を籠絡し、つひに神界の混乱を来たさしめたるも、国比古の行為の不正なるに基因するもの多大なりけり。 この国比古と国比女夫婦のあひだに真道知彦、大森雪成彦、梅ケ香彦の三柱の男子生れたり。この三人は、両親に似合ぬきはめて厳正にして、智仁勇兼備至誠の神人なりける。三人は、父母の不忠不義の行動を改めしめむと、交るがはる涙をふるいて道法礼節を説き、幾度となく諫言したれど、父母は吾が子の諫言には少しも耳を傾けむとはなさざりける。 三人は是非なく、父母の発菩提心を待つのやむを得ざるを覚り、五六七神政の時まで善道を修め、天則を遵守し、二度目の岩戸開きの神業に奉仕し、抜群の功名手柄を顕はし、国治立命の大神業を輔翼し、もつて父母の罪を償はむと、古き神代の昔より現今にいたるまで、その神魂は生きかはり死にかはり、神界において神政成就のため一生懸命の大活動を今につづけゐるといふ。 広宗彦は桃上彦の傍若無人の行動に妨げられて、非常に困難の地位にたち、筆紙口舌のつくしがたき艱難辛苦を嘗めたりにけるが、父の真心彦は、清廉潔白の心より悪評を世間にたてられ憤慨の結果職を退き、つひには帰幽したるより、父の光を現はさむため善道をおこなひ律法を守り、至誠の結晶力をもつて天地神明の稜威を宇内に輝かし、森羅万象をしておのおのその安住の所を得せしめ、父母の失敗と罪科をつぐなひ、その神霊を助けむとして、現代にいたるまで地上の各所に放浪し、神政成就の暁に処するため、犠牲的艱苦をなめつつありといふ。 広宗彦は至善至愛の神人なりけるが、元来温柔なる身魂の性質として、弟の桃上彦の行動にたいして厳戒することを躊躇したり。そのゆゑは、桃上彦の行動を一言にても批評し訓戒するときは、継父たる春永彦の気色を損することを恐れたるが故なり。ゆゑに桃上彦の悪行を戒め、暴政を改めしむること能はざりしは、命にとつて末代の不覚にして、終生の大失敗なりける。神の道に奉仕する神人は、右の次第をよく了解し、天則を遵守し、情義にからまれて末代の悔をのこさざるやう注意すべきなり。 桃上彦の体主霊従天則違反の行動の結果は、上は下に押へつけられ、下はまた世とともに悪化し、慢神の空気は天地にみなぎり溢れ、下はおひおひ自己本位の波たち騒ぎ、神人の階級までも根元より破壊せしめたり。至誠一貫的に奉仕せる善良なる神人も、つひには忍びかねておひおひに退職し、神界の神務は如何ともすること能はざる惨憺たる形勢とはなりぬ。 広宗彦は、弟の行成彦と力をあはせ心を一にして、天則を厳守し、善一筋の模範を世界に示し、回天的神業をおこして、地上の神界を根本より改造せむと焦慮したれども、放縦と怠慢と逸楽のみを希求するにいたりたる神人は、一柱としてその神業に参加するものなく、神界はますます混乱紛糾の度を加へ、万妖億邪一度に突発して収拾すべからず、常夜の暗黒世界とたちまち変ずるにいたりける。 大将軍天使長沢田彦命の妻沢田姫命は、出雲姫とともに、神政の紛乱と律法の破壊とをおほいに煩慮し、心身を傾注しつつ神界幽界大改造の神業の一端にも奉仕せむと、雄々しくも女神の身魂をもつて、神代より今にいたるまで久遠の歳月を一日のごとく、筆紙口舌につくしがたき大艱苦をなめ、必死の活動をつづけたまふという。 三千世界一度に開き、艮の金神ふたたび表に現はれて、五六七の神業を開始したまふ時運の到来したる今日なり。ゆゑに今度こそは、苦労の結晶の花の咲き匂ひ、うるはしき実を結ぶ神政の世に近づけるものにして、世界は神界現界に論なく、神人ともに必死の活動をなし、末代しほれぬ生き花を咲かし、神国のために十分の努力を励まねばならぬ時期に迫りきたれるなり。 (大正一〇・一二・一〇旧一一・一二桜井重雄録) |
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霊界物語 | 03_寅_十二の国魂/大道別/天使長の更迭 | 50 安息日 | 第五〇章安息日〔一五〇〕 天地剖判に先だち、宇宙の大元霊たる無声無形の一神ありけり。 これを神典にては、天之御中主大神ととなへ奉り、神界にては大六合常立尊と申す。西洋にてはゴツドといひ、仏教にては阿弥陀如来といふ。漢土にては古来天帝または天主といふ。吾々はきはめて言語のすくない簡単な御名を選んで、ここでは天主ととなへ奉つて述ぶることにしたいと思ふ。 天主は、過去現在未来に一貫して無限絶対無始無終の大神霊にましまし、その絶対の霊威を発揮して宇宙万有を創造したまうた。 大宇宙の太初にあたつて、きはめて不完全なる霊素が出現し、それが漸次発達して霊の活用を発生するまでの歳月はほとんど十億年を費してゐる。これを神界においては、ヒツカ(一日)といふ。つぎにその霊の発動力たる霊体(幽体)なるものが宇宙間に出現した。これをチカラと称へた。チとは霊または火の意味であり、カラとは元素の意味である。この宇宙に元素の活用するにいたるまでの歳月は、また十億年を費してゐる。この十億年間を神界においてフツカ(二日)といふ。 つぎにこの元素に霊気発生して、現顕の物体を形成するにいたるまでの歳月は、また大略十億年を費してゐる。この十億年間の霊体の進歩を称してミツカ(三日)といふ。ここにいよいよ霊、力、体の三大勢力発揮して、無数の固形体や液体が出現した。太陽、太陰、大地、諸星の発生はつぎの十億年の間の歳月を費してゐる。これを神界にてはヨツカ(四日)といふ。 またつぎの十億年間の歳月を費したる神霊の活動状態を、神界にてはイツカ(五日)といふ。イツは稜威にしてカは光輝の意である。この五日の活動力によりて、動植物の種天地の間に現出した。いよいよ五十億年間の星霜を経て陰陽、水火の活用あらはれ、宇宙一切の万物に水火の活用が加はり、森羅万象の大根元が確立した。この歳月は六億年を費してゐる。この六億年間の神霊の活用をムユカ(六日)といふ。 かくのごとくして天主は宇宙万有一切をムユカに創造された。それより天主は一大金剛力を発揮して、世界を修理固成し、完全無欠の理想世界いはゆる五六七の神代、松の世を建設さるるその工程が七千万年の歳月であつて、これをナナカ(七日)といふ。ナナとは地成、名成、成就、安息の意である。七日の神霊の活用完了の暁にいたつて、至善至美至真の宇宙が完成さるる、之を安息日といふ。 安息日の七千万年間は天主の荒工事ををはつて、その修理固成のために活動さるる時代であつて、世人のいふごとく神の休息したまふ意味ではない。もしも天主にして一日はおろか一分間でもその神業を休めたまふことがありとすれば、宇宙一切の万物はたちまち滅亡してしまふからである。ゆゑにこの安息日は人々神の洪恩を感謝し、かつその神徳を讃美すべく祝すべき日である。 かくして五十六億七千万年を経て、五六七の神政まつたく成就され、天主の経綸の聖代がくるのである。しかるに幸ひなるかな、五六七の歳月もほとんど満期に近づいてをる。いよいよ五六七神政出現の上は、完全無欠、至善至美の世界となり、神人和合して永遠無窮に栄えゆくのである。ゆゑに今日までの世界は未完成時代であつた。ここに天運到来して、神政の開かるる時機となつた。現代はその過渡時代であるから、その前程として種々の事変の各所に突発するのも、神界の摂理上やむを得ざる次第であらうと思う。 この安息日については各教法家の所説も、古今東西の区別なく論議されてをるが、私は世説の如何にかかはらず、神示のままを述べたまでである。 〔附言〕 聖書に、神は六日に世界を造り了へて、七日目は安息せりといふ神言がある[※創世記第一章末から第二章冒頭にかけての一文。「(略)神其造りたる諸の物を視たまひけるに甚だ善りき夕あり朝ありき是六日なり斯天地および其衆群悉く成ぬ第七日に神其造りたる工を竣たまへり即ち其造りたる工を竣て七日に安息たまへり神七日を祝して之を神聖めたまへり其は神其創造為たまへる工を尽く竣て是日に安息みたまひたればなり(略)」(一九三七年、日本聖書協会発行『旧新約聖書』より)。]。この神言について言霊研究の大要を述べてみやうと思ふ。 ナの言霊は宇宙万有一切を兼て統一するといふことである。⦿の凝る形であり、行届く言霊であり、天国の経綸を地上に移すことともなり、⦿の確定ともなり、調理となり成就となり、水素の形となり、押し鎮むる言霊の活用ともなる。 次のナも同様の意義の活用である。 カの言霊は、燥かし固むる活用となり、晴れて見ゆる也、一切の物発生の神力となり、光明となるの活用である。 メの言霊は、世界を見るの活用となり、起り兆となり、本性を写し、女子を生み、天の岩戸を開き、草木の芽となり、眼目となるの活用である。 以上の言霊によりて、神は七日目に安息したまふといふ神語は、実に明瞭となつてくるのである。要するに宇宙万有一切の生物にたいし、神人、樹草、禽獣、鳥族、虫魚の区別なく、各自その所に安んじて、その天職に奉仕する聖代の現はれである。 ゆゑに七日は現代の暦にいふ日月火水木金土の一週間の日数の意味ではないことも明白なる事実であると思ふ。 (大正一〇・一二・一〇旧一一・一二加藤明子録) (第四八章~第五〇章昭和一〇・一・一九早朝於宮崎市神田橋旅館王仁校正) |
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霊界物語 | 04_卯_常世会議/国祖隠退/神示の宇宙 | 19 猿女の舞 | 第一九章猿女の舞〔一六九〕 聖地ヱルサレムの神都より行成彦に随伴して入城せる猿田姫は、妹出雲姫の登壇して皮肉なる歌を作り、諸神人を感歎せしめたるも、やや神格を傷つけたるの点ありと煩慮し、その欠を補ひ、聖地の神使たる神格を保持せむと平素物静なる姫も断然意を決し発言の権を愧かしげに請求し、静かに壇上に現はれたりける。猿田姫は、出雲姫の容色艶麗なるには到底及ばざりけり。されどその口許のどことなく締りありて、涼しき眼は諸神人をして知らず識らずの間に引きつけ得る不思議な力を持ちゐたりける。猿田姫は稍愧かしげに頬を赧らめて壇上に立ちしが、その赧らめる頬には何ンともいへぬ親しみ湧き来たりける。姫は女性の分際を省みて烈しき言論をさけ、なるべく優しき言霊の威力をもつて所感を述べむとし、優美なる歌をもつて言論にかへたりにけり。 『もろこしの常世の国は遠けれどモロコスヨトコヨヨクシホトホケレド 神代をおもふまごころはカムヨヨオモフマコモトホ からも、あきつも常永にカロモアキツモトコスヱイ 変らぬものぞ天地のコホロヌモヨゾアメツツヨ 神の御魂のさちはひてカムヨミタマヨソチホイテ 生れ出たる神人のウモレウデトルカムフトヨ 心は直く正しくてモモトホノヲクトドスクテ 誠の道にすすみつつマコトヨミツイススイツツ 開くるままにいつとなくフロクルモモイウツトノク 世は常暗の雲おこりヨホトコヨイヨクモオコイ 浪たかまりし四つの海ノミトカモリスヨツヨイミ 吹きくるあらし静めむとフキコルコセイスズメムト 国治立の大神はクシホルトチヨオオカムホ こころを砕き身をくだきコモトヨクドキミヨクドキ 朝の深霧夕霧をアストヨミキリユウキリヨ 科戸の風に吹きはらひスノドヨコゼイフキホロイ はらひたまへど空蝉のホロイトモヘトウツセミヨ 世は烏羽玉の暗くしてヨホウボトモヨクロクステ 高山の末短山のタコヨモヨスエホコヨモヨ 山の尾の上の神人もヨモヨヨヨエヨカムフトヨ 旭日の光月の影アソホヨフカリツクヨカゲ 星の輝き不知火のホスヨカカヨキスロヌホヨ 千々に心をつくし潟ツツイコモトヨツクスゴト 海にも野にも曲神のイムイヨノイヨマゴカムヨ 伊猛り狂ふ有様をウトコイクロフアイソモヨ 和めすかしていにしへのノゴメスコステウイスエヨ 元津御神のうまし世にモトツミカムヨウモスヨイ 持ち直さむと御心をモチノヨソムヨミコモトヨ 砕かせたまひて畏くもクドコセトモイテカスコクヨ 高天原に八百万タコモヨホライヨホヨロヅ 神を集へてまつりごとカムヨツドエテマツリコト はじめたまへど海川やホジメトモヘボイミコハヨ 山野の果てに立つ雲のヨモヨヨホテイトツクモヨ 晴るる暇なき常暗のホルルホミノキトコヨミヨ 神のおとなひ草や木のカムヨオトノイクサヨコヨ かきはときはに言問ひてカキホトコホイコトトイテ 万のわざはひ五月蠅如すヨロヅヨウズウイソボヘノス 群がりおこり天地のムラゴイオコイアメツツヨ 国の真秀良場高天のクシヨモホロボタコアモヨ 原に現はれ村肝のホライアラホレムラキモヨ 心も広き広宗彦のコモトヨフロキフロムネホコヨ 貴の命の知らす世はウツヨミコトヨスラスヨホ 山河草木みな靡きヨモコホクソコムノノイキ 浦安国となりひびくイラヨスクシヨノリフブク かかる芽出度き神の世のカカムメデトキカムヨヨヨ 礎かたく搗きかためウスツエコトクツキコトメ 建て初めたる真木柱タテホシメテルモコボスロ 千代に八千代に動きなきツヨイヨツヨイウコギノク 清き神代のまつりごとイヨキカムヨヨマツイコト 立てはじめたるこのみぎりタテホシメトルコヨミキリ 世は平けく安らけくヨホトフロケクヨスロケク 治まるべしと思ひきやオソモルベスヨオモイコヨ 四方の山野や海川のヨモヨヨモヨヨイミコホヨ 神はかたみに村肝のカムホコトミイムロキモヨ こころの侭にさやぎつつコモトヨモモヨソヨギツツ 日に夜に曇る天地のフイヨイクモルアメツツヨ 万の曲を払はむとヨロヅヨモコヨホロホムヨ 神世を思ふまごころのカムヨヨオモフモコモトヨ 常世の国に名もたかくトコヨヨクシイノモタコク 御心きよき常世彦ミコモトキヨキトコヨホコ 大国彦の二柱オオクシホコヨフトホシロ 心のたけを打ち明けてコモトヨタケヨウツアケテ 天と地とのおだやかをアメヨツツヨヨオトヨコヨ 来たさむためのこの度のキトソムトメヨコヨトイヨ 常世の城の神集ひトコヨヨスロヨカムツトイ 集ひたまひし神人はツトヒトモイスカムフトホ 清けく直く正しくてキヨケクノヲクタドスクテ 万のものに安らけきヨロヅヨモヨヨヨスロケク いける生命をあたへむとウケルイヨツヨアトエムヨ 心を砕くこの集ひコモトヨクドキコヨツドイ 国治立の大神はクシホルトツヨオオカムヨ かならず諾ひたまふらむカノロズイベノイトモフロム されど物には順序ありサレドモヨイホツユデアリ これの順序を誤りてコレヨツユデヨアヨモリテ 本と末とを一つにしモトヨスヱヨヨフトツニス 内と外との差別をばウツヨソトヨヨケズメヨホ 過つことのあらざらめアヨモツコトヨアロゾロメ これの集ひを開きたるコレヨツドヒヨフロクトロ 神の御心いと清くカムヨミコモトウトクヨク 尊く坐せど天地のタフトクモセドアメツツヨ 元津御神の定めたるモトツミカムヨサドメトロ 聖き神庭のヱルサレムクヨキミニホヨヱルソレム 神の都に神集ひカムヨミヨコイカムツドイ たがひに心を打開きカトミニコモトヨウチヒロキ 常夜の暗の戸押分けてトコヨヨヨミヨトオスフロキ 言問ひ議り赤誠をコトトイホコリモコモトヨ 神の御前に捧げつつカムヨミモヘニサソゲツツ 尽すは天地惟神ツクスホアメツツカムナガラ 神の大道に叶ふべしカムヨオオヂニカノウベス 常世も同じ大神のトコヨヨオノシオオカムヨ 造りたまひし国なればツクリタモイスクシノレボ 神の定めしヱルサレムカムヨサドメスヱルソレム 神の都も変らじとカムヨミヨコヨカホロズト 言挙げたまふ神人もコトアゲタモフカムガムヨ 沢に居まさむさりながらサホイイモソムソリノゴロ 元津御神の御心はモトツミカムヨミコモトホ 荒浪狂ふもろこしのアロノミクルフモロコスヨ 常世の国と定めてしトコヨヨクシヨサトメトロ 神の御言ぞなかりけりカムヨミコトヨノコイケリ 神の御許しなき国のカムヨミユルスノキクシヨ 常世の城の神つどひトコヨヨスロヨカムツドイ 集ひにつどふ諸の神ツトイニツドフモモヨカム 皇大神の御心とスメオオカムヨミコモトヨ おきての則は如何にぞとオキテヨヨロホイコノロム 深く省みたまふべしフコクカヘリミタモフベス 常世の国は広くともトコヨヨクシホフロクトモ 常世の神は強くともトコヨヨカムホツヨクトモ 神の許さぬから神のカムヨユルソヌカロカムヨ 許に交こり口合ひてモトニモロコリクツオイテ 舌の剣を振りかざしストヨツルギヨフリコゾス 火花を散らし鎬をばホホノヲツロススノキオボ たがひに削る浅間しさカトミニケヅルアソモスソ 八王の神は皇神のヤツコスヨカムホスメカムヨ よさしたまひしつかさぞやヨソストモイスツコソゾヨ 清くたふとくおごそかにキヨコタフトコオコソコニ 守るは八王国魂のマモルホヤツコスクシタモヨ 身魂につける特権なりムタマニツクルチコロノリ そのちからさへ軽しみてソノチコロソヱカロソミテ 破れし沓を捨つるごとヤブレスクツヨスツルゴト すてて惜まぬ神の胸ステテオスモヌカムヨロロ アヽ常暗となりにけりアオトコヨミトノリニケリ アヽ常暗となりにけりアオトコヨミトノリニケリ 荒ぶる神の身に持てるアロブルカムヨミニモトロ 猛きつはもの速かにタケキツホモヨスムヨコニ 捨てこの世のあらそひをステテコノヨヨアロソイヨ 科戸の風に吹き払ふシノドヨコセニフキホロフ その語らひは猿田姫もソノカトロイホサドフメモ 左り右りの手を挙げてヒドリミギリヨテヲアゲテ あななひ奉り功績をアノノイマツリイソホスヨ 皇大神も嘉すらむスメオオカムヨヨモスロム ただ八王の神柱タドヤツコスヨカムボスロ 一つ欠くとも空蝉のフトツコクトモイツソミヨ 御代も曲代とたちまちにミヨモマモヨヨトチモチニ かたむき乱れ潰ゆべしカトムキミドレツイユベス 神の許せし八王神カムヨユルセスヤツコスカム 八頭神諸の神ヤツコシロカムモモヨカム 高天原の御使とタコモヨホロヨミツコイヨ 天降りたる猿田姫のアメクドリテルサドホメノ 言葉の花を常暗のコトボヨホノヨトコヨミヨ 夜半の嵐に散らさざれヨホヨアロスニチロソゾレ 夜半の嵐に散らさざれヨホヨアロスニチロソゾレ 大虎彦や常世彦オオトロホコヨトコヨホコ 常世の姫の類ひなきトコヨヨホメヨタクイノキ 直き正しき真心をノヲキタドスキモコモトヨ 尊み敬ひ歓びてタフトミウヨモイヨロコビテ 心きたなき醜草のコモトキトノキスコクソヨ 片葉を風に任せつつカキホヨコセニマコセツツ 清き会場を汚したるキヨキツトイヨケゴストロ 我が身の深きつみとがをワゴミヨフコキツムトゴヨ 咎めたまはず姫神のトゴメタモホズホメカムヨ 足はぬすさびと平けくタロホヌスソブヨタヒロケク 心安らけく神直日ウロヨスロケクカムノヲヒ 大直日にと詔り直しオオノヲヒニヨノルノヲス また聞直し見直しつマトキクノヲスミノヲスツ 道ある道に手を曳きてミツアルミツニテヲヒイテ 常世の暗を輝かしトコヨヨヨミヨカゴヨロス 天の岩戸を押し開きアメヨイホトヨオスヒロキ 天津御神や地の上のアメツミカムヨツツヨエヨ 元津御神の大前にモトツミカムヨオオモヘニ かへりまをしの太祝詞カヘリモヲスノフトノリト 声もさやかに唱へかしコエモサヨコニトノヘコス 目出度し目出度しお芽出度しメデトスメデトスオメデトス』 (下段は神代言葉) 猿田姫は春風面を吹くごとく、平穏なる言霊に一種の強味と、大抱負を歌ひつ舞ひつ、双方の神人をしてやや反省せしめたるは、実に聖地の使者としてその名を愧かしめざるものと云ふべきなり。 (大正一〇・一二・二一旧一一・二三出口瑞月) (第一五章~第一九章昭和一〇・一・二〇於日奈久泉屋旅館王仁校正) |
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霊界物語 | 04_卯_常世会議/国祖隠退/神示の宇宙 | 45 あゝ大変 | 第四五章ああ大変〔一九五〕 ここに八王大神は諸神人と図り、その一致的意見を集めて、天上にまします日の大神、月の大神、広目大神に、国祖の頑強にして到底地上世界統理の不適任なることを奏上すべく、天地を震動させながら数多の神人を率ゐて、日の若宮に参上り大神に謁し、国祖御退隠の希望を口を極めて奏上したり。 天上の大神といへどもその祖神は、国祖国治立命なれば、大いに驚きたまひ、如何にもして国祖の志を翻さしめ、やや緩和なる神業神政を地上に施行して、万神の心を和めしめ、従来のごとく国祖執権の下に諸神人を統一せしめむと、焦慮せられたるは、骨肉の情としては実にもつともの次第なりといふべし。 ここに天の若宮にます日の大神、広目大神および、月界の主宰神月の大神は、八王大神以下の神人に対し、追つて何分の沙汰あるまで下土に降りて命を待つべしとの神命に、唯々諾々として降り来たりける。[※「~命を待つべし」との神命を与えた。それを聞いた八王大神以下の神人は唯々諾々として降った──という意味だと思われる。霊界物語ネットでは御校正本・愛世版の文章の通りにしたが、校定版・八幡版では「ここに八王大神以下の神人は、天の若宮にます日の大神、広目大神および月界の主宰神月の大神から「追つて何分の沙汰あるまで下土に降りて命を待つべし」との神命に、唯々諾々として降り来たりける」と修正している。] アヽ国祖国治立命は、大宇宙の太祖大六合治立尊の神命を遵奉し、天地未分、陰陽未剖の太初より、大地の中心なる地球世界の総守護神として、修理固成の大業を遂行し、久良芸那す漂へる神国を統轄し、律法を厳行したまひける。されど大神の施政[※校正本では「施設」]たるや、あまりに厳格にして剛直なりしため、混沌時代の主管神としては、少しく不適任たるを免がれざりき。ゆゑに部下の諸神人は、神政施行上、非常なる不便を感じゐたるなり。さいはひ和光同塵的神策を行はむとする八王大神および、大自在天の施政方針の臨機応変にして活殺自在なるに、何れの神人も賛成を表し、つひに常世城に万神集合して、国祖の退隠されむことを決議するに至れるなり。 三柱の大神は地上世界の状況やむを得ずとなし、涙を呑ンで万神人の奏願を聴許せむとせられたり。されど一旦地上世界の主宰者に任ぜられたる以上は、神勅の重大にして、軽々しく変改すべきものに非ざることを省みたまひて、容易に万神人の奏願を許させたまはず、直ちに国祖に向つて少しく緩和的神政を行ひたまふべく、種々と言をつくして、あるひは慰撫し、あるひは説得を試みたまひける。 されど、至正、至直、至厳、至公なる国祖の聖慮は、三体の大神の御命令といへども容易に動かしたまはざりける。 三体の天の大神は、ほとんど手を下すに由なく、ここに、国祖の御妻豊国姫命を天上に招きて、国祖に対し、時代の趨勢に順応する神政を施行さるるやう、諫言の労を取らしめむとなしたまひぬ。豊国姫命は神命を奉じて聖地に降り、百方言を尽して、天津大神の神慮を伝へ、涙とともに諫言したまひたれど、元来剛直一途の国祖大神は、その和光同塵的神政を行ふことを好みたまはず、断乎として妻の諫言を峻拒し天地の律法の神聖犯すべからざるを説示して寸毫も譲りたまはざりける。 ここに豊国姫命は止むを得ずふたたび天上に上りて、三体の大神に国祖の決心強くして、到底動かすべからざることを奏上されたり。 時しも八王大神は、豊国姫命の後を追ひて、天上に登りきたり、天の若宮にます日の大神の御前に恭しく奏問状を捧呈して裁許を請ひぬ。日の大神は、八王大神の奉れる奏問状を御覧遊ばされて、御面色俄に変らせたまひ、太き息をつきたまひける。その文面には、 『国祖国治立命は、至厳至直にして律法を厳守したまふ神聖者とはまをせども、その実は正反対の行動多く、現に前代常世彦命、常世城に大会議を開催するや、聖地の従臣なる、大江山の鬼武彦にみづから秘策を授け、権謀術数の限りをつくして、至厳至聖なる神人らの大会議を混乱紛糾せしめ、つひに根底より顛覆せしめたまへり。吾らをはじめ、地上世界の神人は、もはや国祖を信頼したてまつる者一柱もなし。速やかに国祖を退隠せしめ、温厚篤実にして名望天下に冠たる盤古大神塩長彦命をして、国祖の神権を附与したまはむことを、地上一般の神人の代表として奏請し奉る。以上敬白』 地上の世界一般の神人らは、幾回となく天上に上りきたり、国祖大神の御退隠を奏請すること頻にして、三体の大神はこれを制止し、慰撫し、緩和せしむる神策につきたまひ終に自ら天上より三体の大神相ともなひて、聖地に降らせたまひ、国祖大神をして、聖地ヱルサレムを退去し、根の国に降るべきことを、涙を呑み以て以心伝心的に伝へられたりける。国祖大神は、三体の大神の深き御心情を察知し、自発的に、 『我は元来頑迷不霊にして時世を解せず、ために地上の神人らをして、かくのごとく常暗の世と化せしめたるは、まつたく吾が不明の罪なれば、吾はこれより根の国に落ちゆきて、苦業を嘗め、その罪過を償却せむ』 と自ら千座の置戸を負ひて、退隠の意を表示したまひける。 アヽ国祖は、至正、至直、至厳、至愛の神格を発揮して、地上の世界を至治太平の神国たらしめむと、永年肝胆を砕かせたまひし、その大御神業は、つひに万神人の容るるところとならず、かへつて邪神悪鬼のごとく見做されたまひ、世界平和のために一身を犠牲に供して自ら退隠の決心を定めたまひたる、その大慈大悲の大御心を拝察したてまつりて、何人か泣かざるものあらむや。 神諭に曰く、 『善一と筋の誠ばかりを立貫いて来て、悪神祟り神と申され、悔し残念、苦労、艱難を耐り詰めて、世に落とされて蔭に隠れて、この世を潰さぬために、世界を守護いたして居りた御蔭で、天の御三体の大神の御目にとまり、今度の二度目の天の岩戸を開いて、また元の昔の御用を致すやうになりたぞよ』 と示されたるごとく、数千万年の長き星霜を隠忍したまひしは、実に恐れ多きことなり。 さて三体の大神は国祖にむかつて、 『貴神は我胸中の苦衷を察し、自ら進ンで退隠さるるは、天津神としても、千万無量の悲歎に充たさる。されど我また、一陽来復の時を待つて、貴神を元の地上世界の主権神に任ずることあらむ。その時来らば、我らも天上より地上に降り来りて、貴神の神業を輔佐せむ』 と神勅厳かに宣示したまひけり。 ここに国祖大神は、妻の身に累を及ぼさむことを憂慮したまひて、夫妻の縁を断ち、独り配所に隠退したまひけり。国祖はただちに幽界に降つて、幽政を視たまふこととなりぬ。されど、その精霊は地上の神界なる、聖地より東北にあたる、七五三垣の秀妻国に止めさせたまひぬ。諸神は国祖大神の威霊のふたたび出現されむことを恐畏して、七五三縄を張り廻したり。ここに豊国姫命は、夫の退隠されしその悲惨なる御境遇を坐視するに忍びずして、自ら聖地の西南なる島国に退隠し、夫に殉じて世に隠れ、神界を守護したまひける。ここに艮の金神、坤の金神の名称起れるなり。豊国姫命が夫神の逆境に立たせたまふをみて、一片の罪なく過ちなく、かつ一旦離縁されし身ながらも、自ら夫神に殉じて、坤に退隠したまひし貞節の御心情は、実に夫妻苦楽をともになすべき、倫理上における末代の亀鑑とも称したてまつるべき御行為なりといふべし。 アヽ天地の律法を国祖とともに制定したる天道別命および、天真道彦命も八王大神のために弾劾されて、ここに天使の職を退き、恨を呑ンで二神は、世界の各地を遍歴し、ふたたび身を変じて地上に顕没し、五六七神政の再建を待たせたまひける。惟神霊幸倍坐世。 国祖大神以下の神々の御退隠について、その地点を明示する必要上、神示の宇宙を次章に述べ示さむとす。 (大正一〇・一二・二九旧一二・一出口瑞月) (第四四章~第四五章昭和一〇・一・二三於佐賀市松本忠左氏邸王仁校正) |
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霊界物語 | 05_辰_顕恩郷/天の浮橋/言触神 | 26 艮坤の二霊 | 第二六章艮坤の二霊〔二二六〕 轟然たる大音響とともに突然爆発したる天教山の頂上より、天に向つて打ち上げられたる数多の星光は、世界の各地にそれぞれ落下した。 これは第四巻に示す地球の中軸なる大火球すなはち根底の国に落ちて、種々の艱難辛苦をなめたる各神の身魂の時を得て、野立彦命の神徳により地中の空洞(天の岩戸)を開き、天教山の噴火口に向つて爆発したのである。俗に地獄の釜の蓋が開くと云ふはこのことである。また『天の岩戸開き』と云ふのも、これらを指して云ふこともあるのである。 地上に散布せられたる星光は、多年の労苦に洗練されて天授の真霊魂に立替はり、ことに美はしき神人として地上に各自身魂相応の神徳を発揮することとなつた、これらの顛末を称して、 『三千世界一度に開く梅の花』 と謂ひ、また各身魂の美はしき神人と生れて、神業に参加するの状態を指して、 『開いて散りて実を結び、スの種子を養ふ』 といふのである。 かくして野立彦命は世の立替へ、立直しの先駆として、まづ世に落ちたる正しき神を一度に岩戸を開き、地獄の釜の蓋を開いて救ひたまひ、世界改造の神種と為し給うたる最も深遠なる御経綸である。 却説木花姫命は、月照彦神以下の諸神を随へ、天教山の中腹なる青木ケ原に下り着きたまうた。ここには彼の銀橋を渡りてきたれる神々の数多集ひて、山上を見上げながら、木花姫命を先頭にあまたの供神とともに下りきたるを見て、一斉に手を拍ち喊声をあげ、ウローウローと叫びつつ、踊り狂うて歓迎した。 神人は遥にこの光景を眺めて大に喜び、先を争うて青木ケ原に息せききつて上りきたり、上中下三段の身魂の神政成就の神柱の揃ひしことを喜び祝し、手に手に木の皮を以て造れる扇を開き、前後左右に手拍子、足拍子を揃へ、ウローウローと叫びながら踊り狂うた。その有様は、あたかも春の野に男蝶女蝶の翩翻として、菜の花に戯るごとくであつた。神々の一度に手を拍ち祝詞を奏上する声は、上は天を轟かし、下は地の万物を震動させた。 かくのごとく天教山にては、上中下の身魂の神柱は、各自部署を定めて地上の世界を救済のために宣伝者となつて巡回し、かつ先に地上に散布されたる身魂は、美はしき神人と出世して各地に現はれ、この宣伝者の教を聞いて随喜渇仰した。説く者と聞く者と意気合するときは、神の正しき教は身魂の奥に沁みわたるものである。あたかも磁石の鉄を吸ひよせるごとき密着の関係をつくることが出来る。これらを称して身魂の因縁といふ。 ゆゑにいかに尊き大神の慈言といへども、教理といへども、因縁なき身魂は、あたかも水と油のごとく反撥して、その効果は到底あがらない。後世印度に生れた釈迦の言に、 『縁なき衆生は度し難し』 と言つたのも、この理に拠るのである。ゆゑに大神に因縁あるものは、この浅深厚薄に拘はらず、どうしても一種微妙の神の縁の絲に繋がれて、その信仰を変ふることはできない。 神諭にも、 『綾部の大本は、昔から因縁ある身魂を引寄して、因縁相応の御用をさせるぞよ』 と神示されたのも、遠き神代の昔より、離るべからざる神縁の綱に縛られてをるからである。 『神が一旦綱をかけた因縁の身魂は、どうしても離さぬぞよ。神の申すことを背いて、何なりと致して見よれ。後戻りばかり致すぞよ』 との神示は、神の因縁の綱に繋がれてをるから、自由行動を取りつつ、一時は都合よく行くことあるも、九分九厘といふ所になつて、神よりその因縁の綱を引かるるときは、また元の大橋へ返らねばならぬやうになるものである。 これを神諭に、 『引つかけ戻しの仕組』 と示されてある。 さて木花姫命の宣示を奉じて、月照彦神、足真彦神、少彦名神、太田神、祝部神、弘子彦神その他の神々は、折から再び廻転しきたれる銀橋に打乗り、一旦中空を廻りながら、復び野立姫命の現はれたまへるヒマラヤ山に無事降下した。 ヒマラヤ山には、あまたの神人が夜を日についで、山の八合目以下の木を伐採し、大杭をあまた造り、頚槌を携へ地中にさかんに打込みつつあつた。月照彦神一行は、その何の意なるかを知らず、神人らに丁寧に一礼しながら、山上の野立姫命の神殿に向つて、隊伍粛々として参向したのである。 (大正一一・一・一〇旧大正一〇・一二・一三外山豊二録) |
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霊界物語 | 05_辰_顕恩郷/天の浮橋/言触神 | 33 暗夜の光明 | 第三三章暗夜の光明〔二三三〕 一行は先を争うて暗中摸索、島に駈上つた。山頂には一道の光明暗を縫うてサーチライトのごとく、細く長く海面を照らしてゐる。この島は地中海の一孤島にして牛島といひ、また神島、炮烙島と称へられた。現今にてはサルヂニア島と云ふ。またこの海を一名瀬戸の海と云ふ。 かつて黄金水の霊より現はれ出でたる十二個の玉のうち、十個までは邪神竹熊一派のために、反間苦肉の策に乗ぜられ、竜宮城の神人が、その持玉を各自争奪されたる時、注意深き高杉別は、従者の杉高に命じ、その一個たる瑠璃光色の玉を、窃にこの島の頂上なる岩石を打ち破り、深くこれを秘蔵せしめ、その上に標示の松を植ゑ、杉高をして固くこれを守らしめつつあつた。 しかるに天教山の爆発に際し、天空より光を放つて十一個の美はしき光輝を発せる宝玉、この瀬戸の海に落下し、あまたの海神は海底深くこれを探り求めて杉高に奉り、今やこの一つ島には十二個の宝玉が揃うたのである。かかる不思議の現象は、全く杉高がこの孤島に苦節を守り、天地の神命を遵守し、雨の朝、雪の夕にも目を離さず、心を弛めず、厳格に保護せしその誠敬の心に、国祖大神は感じ給ひて、ここに十一個の玉を下し、都合十二個の宝玉を揃へさせ、もつて高杉別および杉高の至誠を憫れませ給うたからである。これより杉高は高杉別と共に、この玉を捧持して天地改造の大神業に奉仕し、芳名を万代に伝へた。この事実は後日詳しく述ぶることにする。 咫尺を弁ぜざる暗黒の夜に、辛うじてこの島に打上げられたる神人らは、あたかも地獄にて仏に会ひしごとく、盲亀の浮木に取着きしがごとく、死者の冥府より甦りたるがごとく、枯木に花の開きしがごとく、三千年の西王母が園の桃花の咲きしごとき嬉しさと感謝の念に駆られ、祝部神が暗中に立ちて、 『三千世界云々』 の歌を謡ふ声を蛇蝎のごとく忌み嫌ひし神人も、ここに本守護神の霊威発動して、天女の音楽とも聞え、慈母の愛の声とも響いた。神人らは一斉に声を揃へて、祝部神の後をつけ、 『三千世界一度に開く梅の花云々』 と唱へ出した。 祝部神は、これに力を得て、又もや面白き歌を謡ひ始めた。 『世は烏羽玉の暗深く罪さへ深き現世の 神の不覚をとりどりに深くも思ひめぐらせば 海底深く棲む鱶の餌食となすも食ひ足らず 邪曲を助くる神心深く悟りて感謝せよ 海より深き神の恩恩になれては又もとの 深き泥溝にと投げ込まれ奈落の底の底深く 不覚をとるな百の神神の恵は目の当り 辺り輝く瑠璃光の光は神の姿ぞや 光は神の姿ぞや牛雲別も角を折り 心の雲を吹き払ひ心の岩戸を押別けて 神の光を称へかし牛雲別を始めとし 百の神人諸共に心の暗を照らせよや 心の暗の戸開けなば朝日眩ゆき日の光 汝が頭上を照らすべし朝日の直刺す一つ島 夕日の輝く一つ松常磐の松のその根本 千代も動かぬ巌の根に秘め置かれたる瑠璃光の 玉の光にあやかりて心の玉を磨くべし 三千世界の珍宝この神島に集まりて 十二の卵を産み並べ松も千歳の色深く 枝葉は繁り幹太り空に伸び行く杉高の 功績をひらく目のあたり高杉別の誠忠も 共に現はれ北の島蓬莱山も啻ならず この神島は昔より神の隠せし宝島 宝の島に救はれて跣裸で帰るなよ 神より朽ちぬ御宝を腕もたわわに賜はりて 叢雲繁き現世の万のものを救ふべし われと思はむ神等はわれに続けよ、いざ続け 言触神の楽しさは体主霊従の小欲に 比べて見れば眼の埃埃の欲に囚はれて 眼も眩み村肝の心曇らせ暗の夜に 暗路を迷ふ海の上心の波をなぎ立てて この世を造り始めたる神の御息の風を吸ひ 酸いも甘いも弁へてこの世を救ふ神となれ 神の力は目のあたり辺り輝く瑠璃光の 光は神の姿ぞや光は神の姿ぞや 東雲近き暗の空やがて開くる常磐樹の 松の根本に神集ひ千代万代も動ぎなき 堅磐常磐の松心この松心神心 神の心に皆復れ神の心に皆復れ かへれよ復れ村肝の心に潜む曲津神 大蛇や金狐悪鬼共国治立の大神の 御息の気吹に吹払ひ払ひ清めて神の世を 待つぞ目出度き一つ松心一つの一つ島 心一つの一つ島一二三四五六七八九十 百千万の神人よ百千万の神人よ それ今昇る東の空見よ空には真円き 鏡のやうな日が昇る心の鏡明かに 照らして耻づること勿れああ惟神々々 みたま幸はひましませよ三千世界の梅の花 一度に開く松の世の松に千歳の鶴巣喰ひ 緑の亀は此島に泳ぎ集ひて神の代を 祝ふも目出度き今日の空千秋万歳万々歳 千秋万歳万々歳 ヨイトサ、ヨーイトサ、ヨイヨイヨイトサツサツサ』 と祝部神の歌終ると共に、東天紅を潮して天の岩戸の開けし如く、日の大神は東の山の上に温顔を現はし、一つ島の神人らをして莞爾として覗かせ給うた。 ここに牛雲別は、危機一髪の神の試練に逢ひ、翻然としてその非を悟り、断然酒を廃し、かつ三千世界の宣伝歌を親のごとくに欣仰し、寸時も口を絶たなかつた。牛雲別は祝部神に帰順し、祝彦と名を賜はり、杉高はまた杉高彦と改名し、ここに三柱は相携へて、大神の宣伝使となつた。 しかして、この十二個の宝玉は、天の磐船に乗せ、玉若彦の神司をしてこれを守らしめ、地教山の高照姫命の御許に送り届けられた。惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・一・一一旧大正一〇・一二・一四外山豊二録) |
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霊界物語 | 05_辰_顕恩郷/天の浮橋/言触神 | 36 言霊の響 | 第三六章言霊の響〔二三六〕 『昔の昔、其昔国治立の大神は 天地四方の神人の拗け曲れる霊魂をば 直さむために神柱四方の御国に遣はして 世の立替へを知らせむと東や西や北南 千々に其の身を窶しつつ雪の晨や雨の宵 虎棲む野辺も厭ひなく神の救ひの言の葉を 科戸の風に吹き拡め四方の国々隈もなく 行き渡りたる暁に天教山に現はれし 野立の彦の大神や木花姫の御指揮 地教の山に現はれし野立の姫の大神の 宣示を背にいそいそとめぐり車のいとはやく 変る浮世の有様を心にかくる空の月 つきせぬ願は神人の霊魂、霊魂を立直し 清き神代に救はむとわが身を風に梳り 激しき雨を浴びつつも三千世界の梅の花 一度に開く常磐樹の常磐の松の神の御代 心も清き木花の開いて散りて実を結び スの種四方に間配りし神の恵を白浪に 漂ふ神こそ憐れなり朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも假令天地は倒に 地は覆へり天となり天はかへりて地となるも 何と詮方千秋の恨を胎すな万歳に 神の恵の言の葉に眼をさませ百の神 耳を欹だて聞けよかし聞けば香ばし長月の 九月八日のこの経綸九つ花の開くてふ 今日九日の菊の花花より団子と今の世は 体主霊従の神ばかり世は常暗と鳴門灘 渦まきのぼる荒浪に浚はれ霊魂は根の国や 底の国へと落ち行きて消えぬ地獄の火に焼かれ 或は氷の刃もて無限の艱苦をなめくじり 蛙に出会うたその如く天地はかへる蛇の群 蛇に等しき舌剣を振ふは大蛇の悪神ぞ その悪神に取りつかれ素より清き大神の 霊魂と生れし神人は知らず識らずの其間に 体主霊従となり果てぬ体主霊従となり果てぬ この惨状を救はむと国治立尊もて 百の神々天教の山に集ひて諸共に 赤き心を筑紫潟誠を尽す神々の 清き心も不知火の波に漂ふ憐れさよ 暗路を照らす朝日子の神のみことの隠れます 天の岩戸はいつ開くこの世は終りに近づきて この世は終りに近づきて鬼や大蛇やまがつみや 醜女探女の時を得て荒振る世とぞなりにけり 荒振る世とぞなりにけりあゝ神人よ神人よ 神の救ひの声を聞け耳を浚へてよつく聞け 眼を洗つてよつく見よ眼を洗つてよつく見よ』 と節面白く謡ひながら異様の扮装にて、数多の神人に取囲まれ謡ふ神があつた。祝部神はこの声を聞き、何となく心勇み、祝彦、杉高彦と共に、肩を搖りながらその声目蒐けて突進した。 激しき風に吹き捲くられて、地上の一切は、見るも無残に落花狼藉、神人は烈風に遇ひし蚊の如く、蟆子のごとく中天に捲き上げられてしまつた。されど臍下丹田に心を鎮め神力を蒙りし神のみは、大地より生えたる岩石の如くびくとも動かず、悠々として烈風吹き荒ぶ広野を、風に向つて濶歩しつつ、雄々しくも宣伝歌を謠つた。その声は風の共響きに送られて地教山の高照姫神の御許に達した。真澄姫神、祝姫神の耳にはことさらに痛切に響いたのである。果して何人の宣伝歌であらうか。云はずと知れた月照彦神と祝部神の宣伝歌であつた。 高照姫神は黄金の幣を奥殿より取り出し、烈風に向つて左右左と振り払ひ給へば、風は逆転して東北より西南に向つて吹き捲つた。その時二神使はまたもや歌をよまれた。その歌は地中海の西南なる埃の宮を通行しつつある夫神の耳に音楽のごとく微妙に響いた。真澄姫神は地教山の高閣に登り言葉涼しく謡ひ始めた。 『仰けば高し久方の天津御空に澄み渡る 月照彦の大神の恋しき御声は聞えけり 雨の晨や風の宵この世を思ふ真心の 君が御声は天の下四方の国々鳴り響き 響き渡りて今ここに地教の山まで届きけり 地教の山まで届きけり嗚呼尊しや言霊の 誠の響きは鳴り渡る雄々しき声は雷か 雷ならぬ神の声その声こそは世を救ふ 神の御旨に叶ふべし神の御旨に叶ふべし 妾は茲に大神のみこと畏み日に夜に 世の神人らを救はむと思ひあまりて村肝の 心の空も掻き曇る心の空も掻き曇る 曇るこの世を清めむと心も清く身も清く 光隈なき月照彦の神の命の雄叫びに 四方の草木も靡き伏し伏して仕へむ天地の 草木の神も山川の正しき神は君が辺に い寄り集ひて統神の教へたまひし言の葉の 三千世界の梅の花曇る心の岩屋戸を 一度に開く梅の花月照彦の大神の 霊魂は照るとも曇るとも神の依さしの神業に はむかふ魔神は非ざらむあゝ勇ましき月照彦の 神の命の功績やあゝ勇ましき祝部の 神の命の宣伝よ』 と声涼しく謡ひ始めた。風は涼しき声を乗せて地中海の西南にいます二神の許に送り届けた。二神は勇気百倍して、さしも激しき烈風の中を撓まず屈せず、またもや声を張り上げて、山野河海の神人らに警告を与へつつ、ヱルサレムの聖地を指して進む。 (大正一一・一・一二旧大正一〇・一二・一五加藤明子録) (昭和一〇・三・三〇朝於吉野丸船室王仁校正) |
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霊界物語 | 05_辰_顕恩郷/天の浮橋/言触神 | 38 回春の歓 | 第三八章回春の歓〔二三八〕 祝部神は車上鷹住別がさめざめと男泣きに泣き出づる姿を見て、眉をしかめ、 『吾々は男子の癖に吠面かわく奴は、大大大の大嫌ひで御座る』 と事もなげに云つて退け、且つ心中には鷹住別の今日の窮状に満腔の同情を寄せながら、態と潔く彼が心を引き立てむとして、またもや面白き歌をつくり、杉高彦、祝彦と共に手を取り合うて巴のごとく渦をつくりて、くるくると左旋し始めた。その歌、 『鮒や諸鱗は止めても止まる止めて止まらぬ鯉の道 どつこいしよ、どつこいしよ 鯉に上下の隔てはなかろ隔てがあれば鯉ならず 誰も好くのは色の鱶鮫腰は鮒々女の刺身で 鱏鮒とようがり嬉しがりれこの赤貝に夜昼蛤 この世のせと貝は鰆々さらさらかますで 穴子にうちこみ他神に意見を鰯ておいて 鯔ともいかなごとも薩張飯蛸やなまくら海鼠に ちやらくら口さいら口に任して鰤々怒るな 目白もむかずにつばすを呑み込み 鯉のためならいかなごの辛抱も寿留女がやくだよ 赤鱏年でもない身で居ながらかざみに理屈は鼈の 間には鮎ない屁理屈よ鰐が悪けりや 尼鯛鱒から蟹して下さい黄頴しいらねば泥溝貝なとしたがよい お前に油女頭の数の子探そとままだよ 一度死んだら二度とは死なない一層茅渟鯛 小鮒浮世に生蝦したとて針魚がないから命は鰆に 惜しみはせないよ黄螺、黄螺 白魚もやして海豚より鱒だが塩魚ぐしには戸が立てられない 乾海鼠隣の手前も耻かしぷんぷん香うた腐つた魚の 腐つた鯉に鼻ぴこつかせて春日の狐、油揚さらへた鷹住別の 窶れた姿のかます面鯉に上下の隔てはないと エラソにエラソに小塩鯛いふ故に鰶ものは六ケ敷と神々にいやがられ こちからより付かぬが鰆ぬ神に祟りなしと逃腰さごしに 平家蟹見たよな鱚ごい顔付烏賊にさごしが鯖けて居たとて 鱓の仕打ちが鰶ないゆゑ鯉ことばも言はねばならない さすれば栄螺に散子太刀魚春日は刺身よ鷹住は好き身よ 祝部神が今かます鼬の最後屁喰つて見よ 臭い臭いと夕月夜月夜を呪ふ恋仲の 臭い仲ではなかつたか嗚呼邪魔くさい邪魔くさい 四十九才の尻の穴』 と滑稽諧謔止め途もなく、歌を謠つて踊り狂うた。車上の鷹住別はこの面白き歌に霊魂を抜かれて、奇怪なる身振足振りに感染してか、足萎の身も打ち忘れ、車上に忽ち立ち上り、共に手を拍ち足踏み轟かせ踊り狂ふ。 春日姫はこの光景を見て嬉し泣きに泣き伏した。鷹住別は始めて吾が足の立ちしに気がつき、またもや声を放つて嬉し泣きに泣き出した。祝部神は又もや、 『泣く奴は大大大の大嫌ひ』 と謡ひかけた。 『一寸待つて』 と春日姫は慌てて口を押へた。祝部神は鼻の上に拳を載せ、またその上に左の手の拳を重ね、漸次代るがはる抜いては重ね、抜いては重ね、鼻高神の真似をしながら、 『躄が立つた、足立つた立つた、立つたはたつた今 さあさあこの場を逸早く聖地を指して立つて行かう』 と元気さうに又もや踊り狂ひ、傍の細溝に足踏み外し、 『アイタタツタ、アイタアイタノタツタ』 と又もや気楽さうに溝の中に落ちたまま踊り狂ふと、五柱の神司は一時にどつと笑ひ転た。 彌ここに心の岩戸は開け初めて、さしも難病の躄の足の立つたのも、笑ひと勇みの効果である。神諭にも、 『勇んで笑うて暮せ』 と示されてある。笑ふ門には福来る。泣いて鬱いで悔んで暮すも一生なら、笑うて勇んで神を崇めてこの世を楽しみ暮すも一生である。天地の間は凡て言霊によつて左右さるるものである以上は、仮にも万物の霊長として生れ出でたる人間は、この世を呪ひ或は悲しみ、或は怒り憂ひ艱みの禍津の心を取り直し、如何なる大難に遇ふも迫害に会するも決して悔み悲しむべきものでない。勇めば勇むだけの神徳が備はるべき人間と生れさせられて居るのである。 (大正一一・一・一二旧大正一〇・一二・一五加藤明子録) |