| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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霊界物語 | 11_戌_コーカス山の大気津姫退治 | 10 立聞 | 第一〇章立聞〔四七七〕 梅ケ香姫は時公に送られて、寒風荒ぶ荒野ケ原を勇んで進み行く。勝公以下四五の連中もゴロゴロと後を追うて来る。傍の猪小屋を見つけ一同は此処に休息する事とはなりぬ。 勝公『酒の気もなくて何となくさむしくなつて来た。見渡す限り青い物と云つたら一つもなし、天も地も綿を敷きつめた様な真白な世の中だ、斯うして見ると天地の間に黒い物と云つたら、八公と鴨公の顔だけ位のものだ』 八公『お前の顔は白いからなア』 勝公『定つた事だい、まだ三五教の宣伝使は素人だもの白いのは当然だ』 鴨公『知らぬ者の半分も知らずに俄に白を切りやがつて、白々しい白鷺が孔雀の真似したつて遽に玉は出来はせぬぞ』 勝公『ヤア其孔雀で思ひ出したが、これから少し向ふに行くと、黒野ケ原といふ処がある。今は雪で何も彼も白野ケ原ぢやが、其処には孔雀姫といふド偉い化物が居つて、其処を通ると誰も彼も皆吸ひ込まれて了ふと云ふ評判だ。ウラル教の奴でも三五教の奴でも孔雀姫に一寸睨まれたが最後、皆誑されて一人も帰つて来る者がないと云ふ事だ』 時公『ヤアそれは本当か、孔雀姫といふからには、随分綺麗な女だらう。一体何を食ふのだ』 勝公『それや定つた事よ。人間を喰ふのだ。俺の様な黒い人間でも孔雀姫にかかつたら皆喰はれると云ふ事だ』 時公『そいつは面白い、綺麗な顔をしやがつて人間を喰ふなぞと鬼娘かも知れないよ。「其声で蜥蜴食ふかや時鳥」だ。世の中が斯う物騒になつて来ると、彼方にも此方にも金毛九尾の狐や八岐の大蛇がはばりやがつて、何処にも此処にもさういう鬼が現はれて来るもんだ。俺の様に、人でも取つて喰ひさうな怖い顔した奴には本当の悪はないもんだ。美しい顔した奴に人殺しをしたり人を欺いたりする奴が却て多い、約り悪魔は善の仮面をかぶつて世の中を乱すものだからな』 勝公『時さま、一ツ肝玉をおつ放出して、孔雀姫の正体を調べて見やうか。何が化けて居るのか知れやせぬぜ』 時公『お前は雪隠の端の猿食はずと云ふ柿の様な男だから、滅多に孔雀姫だつて味が悪いから食ふ気遣ひはないわ。猿食はずといふ柿は渋くて汚くて細かくて食へぬ奴だからな』 勝公『コレコレ時さま、宣り直しなさい』 時公『また琵琶の湖へ行つて、綺麗な船に乗り直さうかい、俺の様な味のある男は、一寸険難だ。ナア梅ケ香姫さま、あなたクス野ケ原で高彦さまを食つて下さいと云つたら、イヤイヤ時さんの方が男らしくて色がコツクリ黒くて肉がボテボテして甘さうだから、時さんを食べさして頂戴なんて仰有つた、本当に梅ケ香さんに食つて欲しいわ』 勝公『こんな所で惚けない。余り惚けるとソレ又大蛇の先生がノコノコとやつて来るぞ』 時公『大蛇姫でも明志丸でも何でも構はん、ノロリノロリと考へてゐる抜け目のない兄さまだ。貴様の様な野呂間とは、ちつとは違ふぞ』 勝公『野呂間とは何だ、宣り直せ。人をノロはば穴二つだ』 時公『二つも一つも穴があつて堪らうか、あな有難き三五教の宣伝使だ』 一同『アハヽヽヽヽ』 梅ケ香姫『皆さまは気楽な方ですねえ。貴方方と一緒に歩いて居ると、マルデ天国の旅行見たいだわ』 鴨公『さうでせう。私の様な抜け目のない、程の宜い、痒い処に手の届く男が加はつて居るのですから満雪途上黒一点だからねえ』 時公『アハヽヽヽ笑はしやがる。万緑叢中紅一点の梅ケ香様がござると思つて、此奴顔の皺を伸ばしやがつて、はしやいで居るな』 勝公『そんな雑談は一切りにして行かうかい。これから梅ケ香さまに幾層倍とも知れぬ美しい孔雀姫のお顔拝見だ。こんなくだらぬ話をしやべつて居ると、又ノロノロがやつて来るぞ。此世でさへも限換るとか、立替とかがあるさうだのに限りのない話を止めて愈膝栗毛の立替立直しだ。サア進め進め。何処も彼処も大雪で、ゆきつまりだ、詰りて詰らんのは俺の所計りではない。節季になると俺の処の様なつまらぬ家に詰つてるのは、掛取り計りだ。サアサア、駈け足駆け足。節季になつても払ふものがないから雪でも払つて行かうかい』 勝公は先に立つて道あけをする。梅ケ香姫の一行は雪道を踏みしめながら、転けつ輾びつ孔雀姫の隠家の前に近寄つた。 時公『オイ勝公、サアサアこれからが戦場だ。貴様先陣を承はつて先ず第一に孔雀姫に食はれるのだ』 勝公『ヤア俺は雪隠の端の猿食はず、俺の様な者が行つたつて孔雀姫は肘鉄砲だ。太鼓の様な印を捺した様なものだ。それよりも時さま、梅ケ香さまなら食つて欲しいと云つたでないか。孔雀姫に食はれるのも光栄だぜ』 時公『何が光栄だ。貴様の方が良く肥えてるわ、斯ういふ時には製糞器が調法だ。此頃は雪が降るので人通りが尠いから孔雀姫も飢ゑてかつかつとして待つて居る、誂へ向だ。其処へ勝公がやつて行けば、カツしては盗泉の水を飲むのだ。イヤ茲で一つ梅ケ香さまは除外例として四人が其犠牲者の選挙をやらうかい。当選した奴が犠牲になるのだ』 鴨公『一騎当千の勝さんに、行つて貰はう。人の選挙を頭痛に病んでも仕方がないからなあ』 かく無駄口を言ひながら、孔雀姫の館の前にピタリと行き着いた。梅ケ香姫は手真似で一同を制し、門の戸に耳を当てて中より洩れ来る微な声を聞き不審さうに首を傾けて居る。 勝公『モシモシ宣伝使さま、何を思案して御座る。何ぞ人の骨でも囓る音がいたしますかな』 梅ケ香姫『サア一寸合点がゆきませぬ、聞いた事のある様な声でウラル教の宣伝歌を歌つて居る様です』 勝公『ヤア夫れは妙だ。矢張りウラル彦の手下の曲神だな、ドレドレ勝さまが聞いて見ませう。梅ケ香さま一寸退いて下さい』 と云いながら門の節穴に耳を当てて、 勝公『アヽ聞えた聞えた、オイ、八公、鴨公、偉い事を云つて居るぞ。曲神といふ奴はエライものだ。何でも彼でもちやんと知つて居やがる』 鴨公『どんなことを云つて居るのだ。一寸聞かして呉れ』 勝公『聞かすも聞かさぬもあつたものかい。孔雀姫の奴が尖つた嘴をしやがつて、羽をパアと拡げて、カカカモヽヽ、カモコカモコ、イヤイヤヤツヤツ八公カモカ、八ツ下つて腰が空だ。カモト八とを一緒に食はうかククヽヽヽなんて、ほざいて居やがるのだ。タツタ今門がギーと開いたが最後、貴様二人は苦寂滅為楽、頓生菩提気の毒なりける次第なり』 鴨、八『アンアンアンアン、オンオンオンオン』 勝公『男らしくない、何を吠るのだ。見つともないぞ』 鴨公『天にも地にもたつた一つの御命、定めなき世と云ひながら今此処で命を取られると思へば之が泣かずに居られようか、泣いて明志の捨小舟取りつく島がないワイヤイ。アンアンアンアンアン』 八公『オーンオーンオーンオーンオーン』 勝公『アハヽヽヽヽ嘘だ嘘だ、鰹節が食ひたいと云つて居るのだ。鰹節は、即ち所謂、取りもなほさず、ヘン此勝さんだ。淡雪の様な肌でお月様の様な眉で緑の滴る様な目でオチヨボ口で此勝さまを食ひたいと仰有るんだい、イヤもう時節は待たねばならぬものだ。烏の嫁に孔雀姫だ、アハヽヽヽ』 鴨公『勝公の奴、人の胆玉をデングリ廻しやがつた。よう悪戯をする奴だ』 勝公『俺の言霊は偉いものだらう、悉く玉の宿換へをさす天下無比の言霊だよ』 時公『ドレ俺が一ツ聞いてやらう』 と又もや門口の節穴に耳を当てた。 時公『ヤアこいつは素的だ。鶯の様なハンナリとした涼しさうな、乱れ髪ではないが、云ふに云はれぬ、とくに解かれぬ門内の光景、成る程これでは此門前を通つた奴は、知らず識らずに酔はされて吸ひ付けられるのは当然だ』 (大正一一・三・一旧二・三藤津久子録) |
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霊界物語 | 11_戌_コーカス山の大気津姫退治 | 29 千秋楽 | 第二九章千秋楽〔四九六〕 顕国玉の宮の祭典は、恙なく神霊鎮座せられ、次で男女三組の結婚式は行はれた。石凝姥神は此祭典慶事を祝すべく立つて歌ひ始めたり。 石凝姥神『東雲の空別昇る朝日子の光眩ゆき神の道 西北南東彦石凝姥の宣伝使 黄金山を立出でて栗毛の駒にウチの河 鞭ち渡る膝栗毛クス野ケ原や明志湖 雪積む野辺を踏みさくみ言霊清き琵琶の湖 渡りて此処に梅ケ香の姫の命や説明可笑 神の命と諸共に雲に抜き出たコーカスの 山の砦に来て見れば大気津姫と現れませる 喰物着物住む家に奢り極めし此深山 ウラルの姫に服従ひし百の八王ヒツコスや 酒の神まで寄り集ひ顕の国の宮の前 三柱神を斎ひつつ饗宴の酒に酔痴れて 節も乱れし酒歌を唄ひ狂へる折柄に 松竹梅の宣伝使天之児屋根や太玉の 神の命を始めとし月雪花や目一箇の 神諸共に宮の前来りて詔れる言霊に ウラルの姫は雲霞後を暗ましアーメニヤ 大空高く逃げて行く此処に再び大宮の 庭を清めて厳かに三柱神の祭典 仕へ奉りて太祝詞称へ奉りて頼母しく 直会神酒に村肝の心を洗ひ清めつつ 歓び尽す折柄に神素盞嗚の大神の 許しの儘に松竹の姫の命の御慶事 天之児屋根や太玉や天之目一箇神司 永遠に結びし妹と背の珍の御儀式ぞ畏けれ アヽ三夫婦の神達よ神の恵みをコーカスの 山より高く琵琶明志湖の底より猶深く 授かりまして幾千代も色は褪せざれ万代も 色はさめざれ押並べて五六七の御代の楽しさを 三夫婦共に松代姫心も開く梅ケ香の 姫の命や世に猛き曲言向けし竹野姫 北光神や高彦の神の御稜威を天が下 四方に広道別の神此世を包む烏羽玉の 雲霧四方に掻分けて神の教を中津国 海の内外に弘めかし神が表に現はれて 須弥仙山に腰を掛け此世を守り給ふごと 心の駒の手綱執り神の御教を過たず 安の河原の永久に流れて清き玉の湖 海より深き父母の恵みに勝る神の恩 山より高き神の稜威コーカス山はまだ愚 天教地教の山よりも功績を高く現はして 神の御国の太柱千木高知りて仕へませ 日は照る光る月は盈つみづの身魂の三巴 甍も清く照る如く遠き近きの国原を 救うて通れ汝が命我れは石凝姥の神 堅磐常盤に村肝の心固めて皇神の 御稜威を広く増鏡鏡の面を見はるかし 三人夫婦の行末を守らせ給へ百の神 心尽しの有丈を傾け願ひ奉る 百代も千代も万代も松の操の色褪せず 枯れて松葉の二人連力をあはせ村肝の 心を神に任せつつ仮令山川どよむとも 天津国土揺ぐとも青山萎れ海河は 涸れ干す事のあるとても永遠に変るな妹と脊の 産霊の道の何時までも鴛鴦の契の何処までも 百年千年万歳万の花に魁けて 薫る梅ケ香姫の如色香ゆかしく語りませ 色香ゆかしく渡りませ恋しき妻に手を引かれ 黄金の橋を渡会の松竹梅の姉妹が 揃ひも揃ふ今日の宵宵に結し喜悦は 神の守護の弥深き千尋の海の底までも 届かざらめや何処迄も神の恵みの尊けれ 神の恵みの尊けれ』 と歌ひ終つて元の座に就きぬ。 時置師神と現れたる鉄谷村の時公[※後の杢助。第26巻第8章参照]は、又もや立つて祝ひの歌を詠み始めたり。その歌、 時公『三五教の宣伝使松竹梅の三柱は 花の春をば仇に越え夏の真中となりし身の 花は散れども遅桜山は青々葉桜の いよいよ開く返り咲三五教と聞いた時 縁の遅いは当然嫁ぎの道は何時迄も なさらぬ方と思て居た人は見かけに依らぬもの 色よき夫を松代姫永き月日の浮節に 待ちに待つたる縁の糸今日は愈結び昆布 摘み肴の切鯣名さへ粋なる梅ケ香の 姫の命の肝玉は此処に現はれ高彦の 神の命の妻となりいよいよ三人の姉妹は 神に貰うた雨に濡れ水も漏さぬ蒸衾 小夜具が下にたくづぬの白きただむき玉の手を 互に抱きさし巻きていをしましませ腿長に 豊の神酒をばきこし召しいよいよ今日から二柱 神の祝の餅搗いて子餅もたんと拵へて 天つ国土轟かし天に輝く星の如 浜の真砂の数多く青人草の種をまけ 三夫婦揃うた世の中に東雲別の東彦 石凝姥の宣伝使時公さまや八彦や 鴨彦さまの顔の色峠の下の小僧の様に 上り下りの客人の姿眺めて指噛むで 蜥蜴の様な面をして恨めし相に眺めいる ホンに芽出たいお目出度い心をかがみの時さまは 鏡餅ではなけれども滅多に妬きはせぬ程に 必ず案じて下さるな牛は牛連れ馬は馬 八公は八公鴨は鴨八つの足をばさし巻いて キウと吸いつく蛸坊主チンチン鴨の神楽舞 上を下へと戦して神に仕ふる時も来る アヽ三柱の夫婦神石凝姥の石の如 堅く誓ひて離れざれ時公八公鴨公の 真心籠めて神の前偏に祈り奉る 偏に祈り奉る』 と歌ひ終り、大口を開けて 時公『アツハヽヽヽヽ』 と笑ひ転ける。一同は時置師神の手つき身振の可笑しさに、天地も揺ぐ許り笑ひ崩れけり。秋月姫はスツクと立つて、長袖しとやかに祝歌を歌ひ舞ふ。 秋月姫『天と地とに三五の道を教ふる宣伝使 三五の月の澄み渡る秋月姫の空清く 今日の喜び幾千代も松竹梅の何時までも 心に掛けて忘れまじ松は千歳の色深く 竹の姿の末永く梅の莟の香しく 一度に開く神の舞鶴は千歳と舞納め 亀は万代歌ふなり千歳の鶴や万代の 亀の齢を保ちつつ天地と共に永久に 月日と共に限りなく此世の続く其限り 夫婦の中は睦じく心を協せ神国に 尽させ給へや三柱の神の命の夫婦連 秋月姫のいと円く家も治まり身も魂も 治まり清く照り渡り神の御水火を受継ぎて 御子沢々に生みなして神の柱を経緯の 錦の機の神の教宣るも涼しき神嘉言 三柱神の大前に君が千歳を寿ぎまつる 君が千とせを寿ぎまつる』 と歌つて元の座に就きぬ。深雪姫は又もや立上り長袖しとやかに歌ひ舞ふ。 深雪姫『三柱神の三つ身魂棟に輝く三つ巴 三夫婦揃ふ今日の宵見ても見飽かぬ妖艶姿 三葉の彦の又の御名天の太玉神司 青雲別の高彦が天之児屋根と現はれて 白雲別けて北光の天の目一箇神司 鴛鴦の契を今此処に結の莚深雪姫 夫婦の仲も睦じく互に心を相生の 松も深雪の友白髪尉と姥との末永く 高砂島にあらねども御稜威も高きコーカスの 山に鎮まる三柱の神の御前に妹と背の 契を結ぶ金の神神の恵みの幸はひて 撞の御柱右左巡り会ひつつ愛男 愛女よと宣らせつつ鶺鴒の教畏みて 学ばせ給ふゆかしさよ芽出度儀式を深雪姫 黄金世界銀世界月日は清く照り亘る 神の光を身に浴びて千代も八千代も栄えませ 幾千代までも松竹の色香も褪せず咲匂ふ 梅ケ香姫のあだ姿月の鏡に美はしく 尊き御子を望月の百千万に生みなして 神の御水火の神業に仕へましませ三柱の 妹背の仲は吉野川流れも清きみづ身魂 神素盞嗚の大神の恵みの露にうるほひて 色も褪せざれ変らざれたとへ天地は変るとも 夫婦の仲は何時迄も弥次々に栂の木の 孫子の世迄栄えませ孫子の世迄栄えませ 深雪の姫が真心を神の御前に捧げつつ 三柱神の行末を畏み畏み寿ぎまつる 畏み畏み祝ぎまつる』 と歌ひ終り元の座に就く。橘姫は又もや立上り、声も涼しく祝歌を歌ふ。其の歌、 橘姫『秋月姫の空晴れて深雪も積る銀世界 春山彦の珍の子と生れ出でたる姉妹は 恋しき父の館をば橘姫の姉妹が 三五教を開かむと神のまにまに進み来る 雪積む野辺を右左寒けき風に梳り 山河越えてコーカスの三柱神の御前に 橘姫の喜びは色も目出度き松代姫 薫ゆかしき梅ケ香姫の貴の命や竹野姫 神の詔勅を畏みて人目の関の隔てなく 妹背の契結びます芽出度き今日の新莚 神酒は甕の瓶高しりて饗宴の蓆賑しく 夜は更けわたる戌の刻亥の刻過て腿長に 各も各もの子の刻や丑寅神の御守護 嬉し嬉しの花も咲く心の卯さも辰の刻 巳ぢかき春の夢醒めて午く納まる此縁 瑞の身魂の未申互に盃取り交はし 悪魔もいぬや亥の時刻夜半の嵐も収まりて 宿世行末物語り睦ばせ給ふ間もあらず 青垣山に鳴く烏雉子は動よむ鶏は鳴く 雉子どよむな鶏鳴くな今朝は烏も唖となれ 鴛鴦の衾の楽し夜を遮る勿れ今日の朝 東の山に日は昇り昼より明かくなるとても 今日一日は烏羽玉の闇にてあれや暗となれ 暗の岩戸を押開き互に含笑む顔と顔 岩戸の前に橘の姫の命の太祝詞 聞ゆる迄は三柱の神も眠を覚まさまじ 明けて悔しき今日の日は竜の宮居の姫神の 御手より受し玉手箱アヽ恨めしや浦島の 年も取らずに何時までも若やぐ胸をすだ抱きて 夫婦の中は睦び合ひ真玉手玉手携へて 神の御業を務めよや結びの神と聞えたる 金勝要の大御神山河動よみ国土揺り 海は涸れ干す世ありとも夫婦の中は何時までも 月日と共に変らざれ月日と共に永久に 栄えましませ何時迄も橘姫が真心を こめて御前に鰭伏しつ畏れ慎み願ぎまつる 畏れかしこみ寿ぎまつる』 と歌つて元の座に就きぬ。 時公『サアサア、芽出度く婚姻の式も済み、三夫婦の濃艶なる宣詞も聞かして貰つた。加ふるに月雪花の三柱神の祝ひの詞、時さまも一寸仲間入りをさして貰つた。石凝姥神様の御祝歌は一寸感心した。サアサア八さま、鴨さま、神酒ばつかり頂いて居ても、芸無し猿では巾が利かない。何でも構はぬ、芽出たい事を歌つたり歌つたり』 八公『時さま、何でもええか』 時公『芽出度い事を歌つたがよかろう』 八公『笑うて呉れな、わしの歌は拙劣だから』 と云ひ乍ら、ヌツと立つて歌ひ始めた。 八公『今日は如何なる吉日か大気津姫は逃げて行く コーカス山の貴の宮三柱神のお祭に みんな揃うて酒に酔ひヨイヨイヨイと舞狂ふ 松竹梅の宣伝使月雪花の乙女達 北光神や高彦や心の太い太玉の 神の命がヒヨイと来て夢に牡丹餅食た様に 松竹梅の宣伝使女房に持つて嬉しかろ この八さまも嬉しいぞヤツトコドツコイ、ドツコイナ それに引替へ気の毒な石凝姥の宣伝使 身体の大きい時さまはほつとけぼりを喰はされて 見るも憐れな鰥鳥とりつく島もないじやくり 時さま許りか八さまも鴨さままでが指銜へ 青い顔して淋しそにこんな馬鹿気た事はない 大勢の前でてらされて茹蛸見たよな顔をして 妬きはせないが日に焦けた黒い顔してくすぶつて 勘定に合はぬ此仕末俺も男ぢや何時か又 綺麗な女房を持つてやる其ときや皆さま見てお呉れ 小野の小町か照手の姫か天津乙女か乙姫さまが 跣で逃げ出す素的な奴を貰ふか貰はぬかそら知らぬ 知らぬが仏神心何時かはカミの厄介に なつて喜ぶ時も来るオイ時公よ鴨公よ 俺の胸先トキトキと何ぢや知らぬが轟いた 足は知らぬに鴨々と震ひあがつて気に喰はぬ 淡白焼いた蛤の美味い汁吸ふ時は何時 何時か何時かと松代姫松かひあつて太玉の 神の命の妻となり角を隠した綿帽子 姿かくして鳴く鳥は山時鳥丈ぢやない 此処にも一人や三人は泣いて居るかも知れはせぬ 千秋万歳末永う松竹梅のお姫さま 夫婦仲良く暮しやんせ心の堅き宣伝使 夫を持つて忽ちに心緩みて神の道 必ず粗末にせぬがよいそれ丈わたしが頼み置く アヽ三柱の神さまへ此三人の夫婦仲 水も漏らさず末永う添はしてやつて下さンせ これが八公の願なりこれが八公の願なり』 時公は大口を開けて、 時公『アハヽヽヽヽ』と、又もや笑ひ転けて腹を抱へる。 八公『オイ時公、何で笑ふか、人をあまり馬鹿にしよまいぞ。お前は拙劣でもよいと云つただらう、拙な歌が却つて面白いのだ。併し乍らお前の歌もあまり立派な作ではなかつた。担うたら棒が折れる様なものだ』 時公『コラコラ、棒が折れるとは何だ。宣り直さぬか』 八公『それでも、是丈歌ふのには棒所か、随分骨が折れたのだよ。アハヽヽヽ』 時公『サア鴨公の番だ。どうせ碌な事は云やせまいが、貴様の偽らぬ心を歌つて見よ』 鴨公『ヨシヨシ、俺も男だ。気張つてフーフーと息継ぎ乍らやつて見る。良かつたら、メヨト喝采するのだぞ』 時公『ヨシヨシ、よしと云つても養子婿ぢやないぞ』 鴨公の歌、 鴨公『明志の湖から従いて来て雪の路をばザクザクと 黒野ケ原に行つて来た孔雀の姫が人喰うと 聞いてビツクリ会うて見りや十五の月の様な顔 案に相違の松代姫ウラルの教を振棄てて 三五教に寝返りを打つて又もや琵琶の湖 烈しき風に曝されて汐干の丸の潮を浴び 牛馬鹿虎四人の目附の神に送られて コーカス山に来て見れば思ひがけなき神祭 八王ヒツコス酒の神祝の酒に酔潰れ 何処も彼処も泥まぶれウラルの姫も泥の衣 心の泥を吐き出してうまい事づくめに神の前 ツベコベほざく其時に松竹梅を始めとし 鴨彦さまも共々に三五教の宣伝歌 歌つて見ればアラ不思議忽ち鬼女となり変り 黒雲起して逃げ去つた後に尊き神祭 祝の酒をグツと呑み酔がまはつた最中に 皇大神の神勅松竹梅の三柱に 婿を貰へと仰せられ開いたる口に牡丹餅を 詰めたる様に一口にウンと呑み込む男方 三人揃うて妹と背の芽出度い盃三々九度 何方も此方も歌を詠み品姿能く踊り舞ひ狂ふ 我れは素より芸無し猿何んにも知らぬヨウせぬと 断る訳には行かないで猿の人真似やつて見よう 猿が三疋飛ンで来て婚礼したのはサル昔 昔々の大昔その又昔の昔から 神の結ンだ因縁で夫婦になつたに違ない 夫婦は天地にたとへられ山と海とに比べられ 神生み国生み島生みの道を開きし伊弉諾の 神の命の初めてし美斗能麻具波比妹背の 今日の芽出度い此祝ひ此喜びはここよりは 外へはやらじやらざれと祈る真心神の前 金勝要の大御神国治立の大御神 神素盞嗚の大御神三夫婦揃うて縁結ぶ こんな芽出度い事はないどうぞわたしも一日も 早く結ンで下さンせ家をば治め国治め 心治まる夫婦中落ちて離れぬ枯松葉 二人の水火は相生の待ちに待つたる嫁貰ひ 貰ひ喜び貰ひ泣きないて明志や琵琶の湖 深き契を何時までも続かせられよ三柱の 聞くも芽出度い夫婦仲仲善く暮せ何時迄も 天に輝く星の如浜の真砂の数多く 御子を生め生め地の上に所狭き迄生みおとせ 落ちて松葉の二人連れ三人四人夫婦仲 三人四人鰥仲盈つれば虧くる世の慣ひ 御空の月の影を見よ何時も満月キラキラと 明るく暮せ夫婦連れ連添ふ妻を振棄てな 妻も夫に尻ふるな神の恵みの雨に濡れ 何時も青々稚翠若やぐ姿永久に 年は取るなよ皺よせな寄せては返す荒浪の 濤も凪げ凪げ春の海生み落したる子宝は 養み育て天地の神の御用に立てて呉れ くれぐれ頼む鴨公の是が一生の願ぞやと 願掛巻神の前神の恵みの幸はひて 夫婦の仲は睦じく八千代の春の玉椿 栄えに栄えよ松代姫梅ケ香姫よ竹野姫 天之目一箇太玉や天之児屋根の神司 神の御前に太祝詞称へ奉るぞ尊けれ 称へ奉るぞ畏けれ畏き神の御教を 夫婦力を協せ合ひ海の内外に隈もなく 輝き渡せ神の道輝き渡せ神の教』 と歌ひ終り座に着きぬ。コーカス山の神祭、瑞の身魂に因縁ある三柱神の婚姻は茲に芽出度く千秋楽を告げにける。 (大正一一・三・四旧二・六松村真澄録) (昭和一〇・二・一九王仁校正) |
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霊界物語 | 12_亥_天の岩戸開き | 04 初蚊斧 | 第四章初蚊斧〔五〇〇〕 三柱の宣伝使は蚊取別の立てる前に現れ、 高光彦『ヤ、これはこれは三五教の宣伝使蚊取別様とやら、初めてお目にかかります。御高名は父から承はりました。神様の御引合せ、思はぬ所でお目にかかりました』 蚊取別『ヤア、貴神等が万寿山の磐樟彦命の御子達ですか。神国の為に御苦労で御座います。あなた方は是から何れの方面にお越しのお考へですか』 高光彦『ハイ我々はイホの都を越えて、筑紫島、豊の国の白瀬川の滝に魔神が潜むで災害をなすと聞き、言向和す為に参る途中で御座います』 蚊取別『それは結構ですナ。白瀬川には六箇の大瀑布があつて、そこには悪竜悪蛇が棲処を構へ、八頭八尾の大蛇と気脈を通じて、此通り天を曇らせ、地を汚して居るといふ事、私も一旦黄金山に帰り、附近の地を宣伝して居ましたが、今度は長駆して白瀬川の魔神を退治る積りで、此処迄やつて来た途中、見れば、前方に炬火の光、人の叫び声、合点行かずと宣伝歌を歌ひながら走つて来て見れば、豈図らむや、御覧の通り立派な人形の陳列会、何処の技師が作つたものか知りませぬが、よくも出来たものです。おまけに此人形は別に仕掛はない様ですが、目の玉を動かし、涙をこぼし、つひ最前までは、酒を喰ふ法螺をふく、歌を唄ふといふ妙な人形です』 三人『アハヽヽヽ』 蚊取別『皆さまどうでせう。一々この人形に魂を入れて、ものを言はせ、立派に立働く様にやつて見ませうか。きつと三五教の教に帰順する様になるでせう』 高光彦『我々は万寿山を立出てより、まだ一回も宣伝を試みた事はありませぬ。何分にも沙漠や野原ばかりを渡つて来たものですから………』 蚊取別『私が一寸手本を出しますから手伝つて下さい』 といひ乍ら、化石の様になつた人々の前に坐り込み、 蚊取別『サアサア人形さま、お前は目ばかり動かして居るが、今口を動く様にしてやる。私の言ふ通りに云ふのだよ……ウンよしよし、承知か、頷いて居るナ……神が表に現はれて』 初、口をモジヤモジヤさせ乍ら、 初公『カメカオモテテニアラワワレテ』 蚊取別『モツト確乎言はぬか。サアも一遍言うた』 初公『カ……カ……敵わぬ、カニして下さい。必ず必ず心を直します』 蚊取別『ヨシ、それは分つたが、神が表に現はれてを歌へ』 初は、 初公『神が表に現はれて善と悪とを立別る 此世を造りし神直日心も広き大直日 ただ何事も人の世は直日に見直せ聞直せ 身の過ちは宣り直せ蚊取の別の神さまよ 聞けばお前も其昔良くもない事沢山して 悪神さまと歌はれて今は偉そに其処ら中 牛から馬に乗り替へて善ぢや悪ぢやと言ひ歩く ホンに世界は広いものわしも昔は自在天 神に仕へた悪神ぢや其時お前は猩々の 様にガブガブ酒喰ひ人を泣かした奴なれど どうした風の吹き廻し今は立派な宣伝使 心の色は変れどもやつぱり変らぬ其姿 茹蛸みた様な姿して人を教へて歩くとは それやマア何とした事かホンに世界は広いもの』 蚊取別『コラコラ何を言ふのだ。昔は昔、改心すれば其日から善の神だ。口だけ自由にして遣れば、直にそれだから………貴様も容易に改心は出来相にもない。マア改心の出来るまで、百年でも千年でも固くなつて鯱こばつて居るが宜いワイ』 初公『お前も昔馴染だ。つひ心安いものだから言つたのだ。そんな意地の悪い事言はずに、身体を旧の通りにせむかい蚊取別』 蚊取別『アハヽ、どこまでも負惜みの強い奴だナア』 初公『弱くて此世が渡れるか。負惜みなつと強くなければ、優勝劣敗弱肉強食の此世の中が渡れるものか。善ぢや善ぢや世の為だ、国の為ぢや、人の為には身命を賭してナンて吐かす奴は、みんな偽善者だ。俺は斯う見えても、悪にも強ければ善にも強いのだ。併し乍らどうしたものか、悪は行りたくない。町の奴が可愛相だから、厭でも応でも悪の仮面を被つて憎まれ者になつて、酋長や物持の春公に掛合つて見たのだ。世間の奴は善に見せて悪を行る、俺は悪に見せて善を行ふのだ。蚊取別、お前も取分けて抜目のない男だつた。常世会議では一寸失敗りよつたが、しかし宣伝使の仮面を被つて相変らず悪い事を行つとるのだらう。顔も知らぬ宣伝使なら、叮寧に頼みもし、謝罪もするが、何分お前の素性を百も承知、万も合点して居る俺としては、チヤンチヤラ可笑しいて、真面目に改心するなぞと言はれたものかい。そんな悪戯をせずに早く霊縛を解け』 蚊取別『解いてやるが、解いたらモウ喋らぬか。三人の若い宣伝使の前で、昔の棚卸しをやられると面目玉を潰して了ふ。どうだ、何も言はぬと誓ふか』 初公『チガフかチガハヌか、そら知らぬが、記憶にある事は、俺が言ふまいと思つても、腹の中から言うて来るのだから仕方がないワ。一寸先の事は分らぬから、堅い約束は出来ぬワイ。俺の身体が自由になつたら、虫の居所に依つては、お前の薬鑵頭をブン擲るかも知れぬ、其時は其時の事だ』 蚊取別『イヤア面白い。貴様見かけに寄らぬ正直な奴だ。中々よく身魂が研けて居るワイ』 初公『ハヽヽヽヽ、さうだらう。大勢の代りになつて、名誉も、生命も、何も投出して、此イホの都でも威勢の高い酋長や、物持の春公に掛合うて居る位だから、何れ明日位には酋長の奴、沢山な家来を連れて俺を召捕りに来るのは、印判で押した様なものだよ』 蚊取別は、 蚊取別『サア、これから霊縛を解いてやる』 といひ乍ら、 蚊取別『ウン』 と一声。初公は旧の身体に復し、 初公『ヤア、有難う。蚊取別大明神、よつぽどお前は御神徳を貰うたなア。私もこれ丈の神力があれば、酋長の三人や五人位ウーンと霊をかけて、対方をウンと堅に首を振らしてやるのだけれどナア』 蚊取別『そンな事は何でもないワ、俺がするのぢやない。神様のお力だ。俺の背後には結構な神様が守護して御座るのだ』 初公『アヽさうか、偉いものだナア。併し俺だけ自由になつたが、他の者は気の毒だ。一つ皆にそのウンを行つて呉れぬか』 蚊取別『お前が俺の行つた様に手を組んで、皆の者にウンと一声かけて見よ。忽ち旧の通りになるのは請合だ。併し神力が現はれても、お前の力だと思つたら違ふぞ。九分九厘まで神様のお力だから、さう心得ろ』 初公『行つても可からうかな。私の様な素人がウンを行つても利くだらうか』 蚊取別『それが悪いのだ。自分が行ると思ふから間違ふのだ。お前は唯神様の機械になる丈だ。サア手を組むで一同に向かつてウンと行つて試い』 初公は不安の念に駆られ乍ら、惟神霊幸倍坐世を二回心細げに唱へて、大勢に向ひ、ウンと鎮魂術を行ふ。不思議にも一同は旧の姿に立復り四人の宣伝使の前に走り来り、跪いて涙を流し合掌し居たりけり。 初公『ヤア皆さま、安心なされ、この初公が御神力を頂いたらこんなものだ。モウモウ明日の事は心配するに及ばぬ。今日の事は今日一生懸命に働いて、取越苦労をせぬ様にするのだ。マアマア揃うて神様にお礼を申上げようかい。酋長や春公は逃げて了つたが、何れ捕手が来るだろう。来たつて構はぬ。この初公が一寸手を組んでただ一声、ウンとやれば、何の事はない。ウンもスンも言はずに往生するのだ。ナンと神様は偉いものだらう』 高光彦『ヤア何事も神様のお蔭です。どうだ初さま、是から酋長や春さまを言向和はしておいて、白瀬川の悪魔退治と出かけたらどうだ。お前のウンの試し時だ』 初公『イヤ有難う、私は神力はないが神様の神力で天晴れ悪神を言向けて見ませう』 群集の中より現はれたる斧公は顔をあげて、 斧公『ヤア初さまよ、お前は本当に偉い奴だ、よう変つたものだナ。昔は悪い男だつたが、義侠心に富んだ人だと町中の評判だよ。どうぞ俺にも其ウンを教へて貰うて呉れぬか。お前が宣伝使のお伴をして此町を立退くとなると、後が寂しいからのう』 初公『それもそうだ…………モシモシ、蚊取別の宣伝使様、此斧公にも許してやつて下さいナ』 蚊取別『私が許すのぢやない。三五教の教が有難いといふ事が分れば、神様が直接に御神徳を授けて下さるのだ。モシモシ斧さまとやら、神様はおのぞみ次第、おのおの身魂相応の御用を仰付けられるのだから、十分に魂を研きなさい。初さまが此町に居るとお前達は気を許してもたれる気になるから可かない。初さまが此町を立去つたが最後、皆の心が引締り、人を杖に突くといふ依頼心がなくなつて了ふ。さうすれば力と頼むのは神様ばかりだ。そこにならぬと御神力は与へて下さらぬ。マア安心して大神様を信仰しなさい。天下の宣伝使は決して嘘や掛値は言はぬ。お前さまは初公さまの代りになつて、町の者等を守つてやつて下さい』 斧公『有難う御座います。何分宜しく……』 と頭を地に着け涕泣し居る。いよいよ四人の宣伝使は初公を伴ひ、酋長の館を指して進み行く。 (大正一一・三・六旧二・八松村真澄録) |
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霊界物語 | 13_子_フサの国・半ダース宣伝使 | 05 同志打 | 第五章同志打〔五三一〕 天の戸押し開いて半円の月は稍西天にかすかに輝き初めた。一同の顔は誰彼の区別のつくまで判明して来た。 岩彦『オー、久し振りでお月様のお顔を拝観することが出来た。是れだから時節は待たねばならぬものだと何時も云ふのだよ』 梅彦『今日は妙な日だ、鶴山丸で日の出別の宣伝使に逢ふ。今晩はまた月の顔を久しぶりで見る。竜宮の一つ島に渡つてから、日月揃うて見たのは珍らしいことだ』 岩彦『オイ、何だか俺は胸騒ぎがする様だ。皆起きて坐らぬかい。一つ臨時議会を開会するから』 音彦『ナニ、岩彦議長の提案は一体何だい。吾々はあまり長い間海に浮んで居た揚句、大陸を強行的にテクツて来たものだから、足は棒の如になつてしまつた。横になつたまま開会をしてもらへないかな』 岩彦『横でもかまはないが、然し是れには一寸曰く因縁があるのだ。まさかの時になつたら、貴様の不利益だらう。只今より愈月の出たのを幸い、マラソン競走の選手となつて、フサの都まで速力倍加で突貫するのだよ』 亀彦『ソラ何だ、余りの緊急動議ぢやないか』 岩彦『大きな声で云ふない、その向ふの木の株をそつと覗いて見よ。居るぞ居るぞ。大きな声で咆哮すると覚醒状態になられては大変だ。それ今そこに居る奴は船の中で見た日の出別の宣伝使だ。此奴が目を覚まさぬ間に尻に帆をかけて、急速力で進行するか、但しは停船のまま四方八方より包囲攻撃をやるか、二つに一つの議案だ。サア即決だ』 鷹彦『マア、ソンナ事は即時否決だ。否決の序に本当の敵に対する秘訣を吾輩が提出するから、汝等夫れ審議を鄭重にするのだ。とても吾々半ダースの人間が一斉射撃をやつた処で、クルップ砲に火縄銃を以て対ふ様なものだ。勝敗の数既に決す、寧ろ白旗を掲げて降伏と出掛ける方が安全で好からう。くだらぬ事に貴重な生命を落すのは馬鹿の骨頂だ。誰も夫れ丈け戦つた所で彼奴は職務に忠実な奴感心だと云うて共鳴するものは、この暗がりの時節に一人も半人もあるものぢやない。共鳴するのは墓の団子でも泥棒しようと思つて烏が鳴く位だ。それも哀悼の意味でなくて自分の食料を得た嬉し鳴きだから、ホントウにつまらないぢやないか』 岩彦『不相変弱音を吹く奴だなア。人間と云ふものは神様の模型ぢやないか、神様はソンナ決して弱音を吹くものぢやないよ』 鷹彦『又もや月が隠れたぢやないか。遁ようと言つたつて此曇天に足許の泥溝もはつきりと判らず、丁度灰色の茅の中を道中するやうな有様だから、何時足をさらはれるか分つたものぢやない。思ひ切りの悪い奴だナア。アーメニヤヘ一体帰つた所で、盤古神王のウラル彦が居られるか居られぬか心許ないではないか』 亀彦『ウン、俺もソンナ夢を見たよ、心配だ。然し岩彦の宣伝使長は、お化物の舌の上に乗せられて居つて、噛んだり、吐いたり、イヤもう目茶苦茶な目に逢はされて居よつた。夢にも色々あつて神夢、霊夢、正夢、凶夢、雑夢と云ふ事があるから当にはならないが、どうせ頑固一片の男だからあの夢が霊夢になるかも知れぬ。気の毒なものだワイ』 一同『ウン俺達もその夢を見たのだ。斯うして四人が同じ夢を一度に見ると云ふのは、屹度霊夢だよ。オイオイ愚図々々して居ると内裏に敵が侵入潜伏して居るかも知れないぞ』 岩彦『吾々一行六人の中に三五教の奴が交つて居ると云ふのか。ソンナ馬鹿な事があるものかい』 音彦『ヤー何とも言はれぬよ』 鷹彦『オツト高い声では言はれぬが、ナンデも羽が生えて宙を飛ぶ様な名の男が、三五教の間諜で俺達の仲間に這入つて居ると云ふ事だよ。現に夢の中に「俺はかうして貴様と一緒にウラル教に入つて、その実は三五教だ。一つ島の宣伝が不成功に終つたのも飯依彦と気脈を通じて遣つたからだ」と、夢の中に自白し居つた奴があるのだもの』 三人『俺等も夢でその通り聞いて居る。サア行掛の駄賃に此奴をやつつけておいて、それからマラソン競走だ』 音彦『コラ鷹公、白々しい、貴様は何だ。悪の企の露顕れ口、のつ引ならぬ夢の告、どうぢや白状致して降参するか、逃げようと言つたつて、もう駄目だぞ。吾々五人の閉塞隊が港口を固く封鎖した以上は、潜水隊だつて無事に脱出する事は出来やしないぞ。サア白状せないか』 鷹彦『アハヽヽヽ、オホヽヽヽ、エヘヽヽヽ』 一同『何だ、夢の中の化物の如うな声を出しよつて』 鷹彦『盲の宣伝使、馬鹿と云つても貴様等の様な奴は珍しい。天下一品、秀逸の馬鹿だ。俺は貴様の云ふごとく実は三五教の宣伝使だ。瀬戸の海の一つ島に永らく居つたものだが、手段を以て貴様等の仲間に藻繰込み、総ての計画を熟知し居るこの方、俺位のものが看破出来ぬ様なものではウラル教も駄目だ。アハヽヽヽ、オホヽヽヽ、イヒヽヽヽ、イヽ面の皮だ、いぢらしいものだナア』 岩彦『言はして置けば悪言暴語の乱射、もう此上は不言実行だ。オイ皆の奴、打ちのめせ、大将軍の命令だ』 一同『ヨシ』 と答へて一同は拳を固め鷹彦の面上目がけて力限りに打下せば、鷹彦はヒラリと体をかはした。 梅彦『アイタタアイタタ、コラコラ鷹彦、おれをどうするのだ。此奴中々ひどい事をしよるぞ。アイタタアイタタ』 暗がりまぎれに鉄拳の雨を降らして居る。鷹彦は二三間はなれた所より、 鷹彦『アハヽヽヽ、盲同志の同志打ち、ドシドシと喧嘩をやれ、この方は高処で見物だ』 梅彦『オイオイ皆の奴、俺の頭を惨い目になぐりよつて、チツト心得ぬかい。味方を打つと云ふ事があるものかい』 音彦『千騎一騎の戦場に向つて鎬を削るに、誰彼の用捨があらうか。当るを幸ひ、なぐり、張倒し、勝鬨あぐるは瞬く間』 鷹彦『アハヽヽヽ、面白い面白い、悪神のする事は皆ソンナものだよ。もつとやれもつとやれ』 音彦『エーかもふない、今に仇を打つてやる。オイ皆の者、何でも後の方に声がしたぞ。突喊々々』 ワーツと鬨を作つて声する方に進撃する。茂みの森の木の幹に前額部を衝突させパチン、 音彦『アイタタ、イヽヽイータイ、ヤー鷹彦の奴、中々固い体をしてゐよる。何だ此奴は木の幹だ、大木だ』 鷹彦は体をすくめながら、暗にすかして五人の蠢動するのを見済まし杖を以て頭と思ふ処を目がけてそつと叩く。 音彦『ヤア居る居るオイ、此処だ此処だ』 一同『ヤアさうか』 と四人は声する方を目あてに鉄拳を乱下した。音公は四人の荒男に身体一面乱打されて、 音彦『アイタタアイタタ、アヤマツタ、待て待て、違ふぞ違ふぞ』 一同『違ふも糞もあつたものか。この期に及んで卑怯未練な逃げ口上、放すな皆の奴、のばせのばせ』 音彦『音ぢや音ぢや』 一同『音がする程叩けとぬかすのか、ヨシ御註文通りなぐつてやらう』 鉄拳の音は一層激烈となつて来た。鷹彦は二三間傍にヌツと立つて、 鷹彦『アハヽヽ、オホヽヽ、イヒヽヽ、鷹チヤンは此処だよ。同志打ちの先生、盲先生、今の世の中は丁度ソンナものだよ。互に味方同士、兄弟同士、親類同士、同士打ちをやつて居る。貴様等もウラル教の精神を遺憾なく発揮して満足だらう。昔の常世会議で武装制限が行はれて、羽翼を取られて退化した人間が、アベコベに羽翼が無くなつて不自由の身体になつて、それを進化したと云つて喜ぶやうな代物だから不便なものだ。オイこの鷹チヤンはその名の如く羽翼が在つて鷹の通り空中は自由自在だ。一つ飛んで見せて遣らうかい』 と云ひながら、一丈もある翼を拡げてバタバタと羽ばたきをして見せる。 一同『ヤア此奴は天狗の化物だ。モシモシ天狗様、偉い見損ひを致しましたが、天狗様、どうぞ生命計りはお助け下さいませ』 鷹彦『三五教の宣伝歌を歌ふか』 一同『ハイハイ、教へて下されば歌ひます』 鷹彦『ウラル教は止めるか』 一同『やめますやめます』 この時暗中より何人とも知れず、涼しき宣伝歌が暗を縫うて、傍の木の茂みより聞え来たりけり。 (大正一一・三・一六旧二・一八谷村真友録) |
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霊界物語 | 13_子_フサの国・半ダース宣伝使 | 11 怪しの女 | 第一一章怪しの女〔五三七〕 一同は天津祝詞を奏上し終つて、怪しき声する方に向つて強行的前進を続けた。道はおひおひ狭くなつて来た。 岩彦『ヤア狭いぞ、まるで羊腸の小径だ、気をつけよ』 梅彦『窈窕嬋研たる美人の嬌音が聞えて居るぢやないか、中々もつて前途有望だ』 音彦『何だ、気楽さうに魔窟の探険に来てゐながら窈窕の美人もあつたものかい。何処までも貴様はウラル式を発揮する男だな』 梅彦『三歳児の魂百まで通せだ、雀百まで踊りを忘れぬ。况んや青春の血に燃ゆる梅彦に於てをやだ』 岩彦『アハヽヽヽ、それにしても最前の怪しき声は何だつたらう。僕甚だ以て諒解に苦しまざるを得ないわ』 亀彦『あれは魔神の囁きだよ。天津祝詞の言霊に旗を捲き矛を戢めて予定の退却と出掛たのだよ。オイオイ段々狭くなつて頭がつかへるぢやないか』 鷹彦『フルのケ原の真ん中に聳り立ちたる巌の山 醜の巌窟の六つの穴探険せむと来て見れば 六道の辻か知らねども此処に一行廻り会ひ 力限りに岩壁を押した途端に亀彦が 思ひ掛無き陥穽呻りをたてて直線に ザンブと許り墜落し泣かぬ許りに声たてて 慈悲ぢや情ぢや宣伝使何卒生命をお助けと 吠面かわく可笑しさに吾等五人は逸早く 井戸端会議を開会し多数決にて亀彦を 救ふは全然不可能と決定したる時も時 なまくら海鼠の亀彦が吠えて居るかと思ひきや 素知らぬ顔にてムクムクと階段上り吾前に 現はれ来る可笑しさよシヅの巌窟の魔窟原 醜の魔神を言向けて世人の害を除かむと 語らふ折しも何処となく呂律も合はぬ言霊の ど拍子ぬけたる呻り声これはてつきり曲神の 悪戯事と推断し天津祝詞を唱ふれば 流石に猛き曲津見も煙の如く消え失せて 跡しら雪と解けて行く此処に一行六人は 足を早めて前進しヤツト極つた羊腸の 小径の岩穴辿りつつ行けども行けども限りなく 逸る心の細道を長蛇の陣を布きつつも いよいよ此処に喇叭口開いて嬉し広庭に 来りて見ればあら不思議春の弥生の鶯か 秋野にすだく鈴虫かそれより清き宣伝歌 何処ともなく聞え来るアヽ訝しや訝しや 神が表に現はれて善と悪とを立て別ける 此世を造りし神直日心も広き巌窟の 魔神の征服面白しアヽ面白し面白し 進めよ進めいざ進め如何なる悪魔の来るとも 大和心を振り起し厳の雄健び踏み健び 厳の嘖譲を起しつつ一歩も退くこと勿れ 進めや進め巌の道』 と歌ふ折しも傍の岩壁より雪を欺く婉麗なる美人の顔、チラリと此方を覗き居る。 梅彦は敏くも此顔を見て、 梅彦『ヤア大変だ、出たぞ出たぞ。ドツコイシヨ』 と言ひながら尻餅を搗く。 梅彦『ヤアヤア、待つた待つた。出た出た』 鷹彦『出たとは何だ。別に何にも居ないぢやないか』 梅彦『居ないの、居るのつて、意外の奴が居るのだもの』 鷹彦『何が居るのだい』 梅彦は傍の岩穴を指さし、 梅彦『マアマア、あれを見い』 鷹彦『なんだ梅公、コンナ処に腰を下して、早く立たぬかい』 梅彦『イヤあまり日は永し、綺麓な花盛りだから一寸ここで腰打ち掛けて花の見物だ。貴様等が仕様も無い窈窕嬋研たる美人だなぞと言ふものだから、お化けの奴、御註文通り別嬪になつて化けて出よつたのだよ』 岩彦『アハヽヽヽ、此奴チツト逆上して居るな。何にも居はせないぢやないか。歩きもつて夢を見る奴が何処にあるかい』 梅彦『夢ぢや無いぞ、現ぢや無いぞ、幻ぢや無いぞ。ゆめゆめ疑ふな』 音彦『ヤア此奴変だぞ。オイ梅公、貴様はバのケぢやないか。フルのケ原の妖怪そつくりのロジックを使ひよつて』 梅彦『ヤア決して決して、妖怪どころか、マアその岩の穴を覗いて見よ。あの美しい声の出所はその穴の中だよ』 駒公は岩に掻きつき背伸びをし乍ら、梅彦の指さした岩壁の穴を一寸覗き『ヤア』と言つたきりズルズルドスン、 駒彦『アイタヽ、イヤもう如何にも斯うにも奇つ怪奇つ怪、奇妙きてれつ、古今独歩、珍無類金覆輪の覆輪々々だ』 岩彦『何だ、二人共あの穴を覗いては怪つ体な事を言ひよる。どら俺が一つ厳重に臨検してやらう』 と言ひ乍ら又もや岩壁に駆け上り、一寸中を覗いて見て、 岩彦『ヤア居る居る、素敵滅法界な魔性の女だ』 鷹彦『ドレドレ、俺が一つ魔性の女の首実検と出掛てやらう』 岩彦『ヤア、待つた待つた、梅公に駒公の奴、腰を抜かしよつた様な美人だ。成功したのはこの岩サン計りだ。先取権は俺にある。見るなら見せてやらぬ事は無いが、何程コンミツシヨンを出すか』 鷹彦『アハヽヽヽ、貴様たちは化物であらうが何であらうが、女でさへあれば良いのだな』 岩彦『天地開闢の初めより女ならでは夜の明けぬ国だ。これや又何とした有難い事だらう、これだから旅は良いもの辛いものと言ふのだい』 鷹彦『ともかく見る丈け位は無料でもよからう。別に俺の慧眼で一瞥したと言つたとて、それがために痩るものでもあるまい。また春の氷の様に溶けもせまいから』 音彦『鷹彦サン、亀公と三角同盟を結んで此奴等の堅塁を粉砕し、一つ其美人を占領したら如何ですか』 岩彦『占領しようと言つたつて岩の中に居る岩姫だ。如何する事も出来やしない』 この時又もや美人は巌の口に麗しき面貌を現はし、ニタリと笑ひ乍ら、 女『神が表に現はれて善と悪とを立て別ける この世を造りし神直日心も広き大直日 只何事も人の世は直日に見直し宣り直せ』 岩彦『ヤアこの化物、洒落てやがる。三五教の宣伝歌を歌つてるぢやないか。チツト合点がゆかぬぢやないか』 鷹彦諸手を組んで稍そり返り乍ら、 鷹彦『ウーン、ウン、オイ一同の宣伝使、これや何でも三五教の女宣伝使に相違ないぞ』 岩彦『入口も無いのに、コンナ細い穴から化物ぢや無ければ、出入する事が出来ぬぢやないか。これやこれやてつきりバの字にケの字ぢや』 鷹彦首を振りながら、 鷹彦『イヤイヤ、待て待て。沈思黙考する丈けの余地は十分にある。何でも豪胆な宣伝使が吾々の如く探険にやつて来て魔神の計略にかかり、岩の中に閉ぢ込められて居るのかも知れない。一つ力限りこの洞の岩壁を押して見ようか、何処かに隠し戸があるに違ひないぞ』 音彦『あまり力入れて押すと、また亀公の様に空中滑走をやつて井戸の底に着水するかも知れない。やあわりと押したがよからう』 岩彦『何、躊躇逡巡する必要があるか』 と言ひ乍ら、あたりの岩壁を金剛力を出してウンウンと押して見て、 岩彦『アヽ、如何しても入口がハツキリせぬわ、これや何でも仕掛があるに違ひない。ヤア此処に妙な石が落ちて居る、之が仕掛かも知れぬぞ』 と言ひつつその石を片手を伸ばしてグイと取り除けた。忽ち両手の這入る様な恰好な穴があいた。岩公は両手を引つかけた儘ウンと背伸びをする途端に、厚さ四五寸許りの石の一枚戸が剥くれて来た。 岩彦『ヨー、コンナ事をやつてゐよる。何でも入口はこの辺にあるに違ひないぞ。オイ皆の者、サア来た来た』 と言ひ乍ら穴を潜つて一間許り前進すると又もや岩の戸にピタリと止まつた。岩彦は力限り岩の戸を向ふへ押した。途端に岩戸は思ひの外軽く開いた。一同は先を争うて岩戸の中へ進み入るのであつた。岩壁には足掛が刻まれてある。それを一歩々々登つて行くと二坪ばかりの平面な処がある。その中央に容色婉麗なる以前の美人がやや俯向き、羞しげに坐つてゐた。岩彦は見るより『ヤア』と驚いて倒れむとしたが、『ドツコイ』と気を執り直し全身に力を籠め乍ら、声まで震はせ、 岩彦『ヤイヤイ、ヤイ、一体全体貴様は何物のお化けだ。大蛇か、鬼か、狼か、古狐か、古狸か、もう斯うなつては仏の椀ぢや、かなはぬぞ。有り態に白状致せ。吾々六人の勇士に包囲されては、もはや遁走する事も出来まい。サア尋常に白旗を掲ぐるか、開城するか』 女『ホヽヽ、之はしたり俄宣伝使の岩彦サンとやら、大変なお元気で御座いますこと』 岩彦『益々合点のゆかぬ大怪物、コラ、貴様何程うまく化けてもこの方の天眼通で、チヤンと調べてあるのだ。お気の毒乍ら貴様の尻を見い。大きな尻つ尾が見えてるぢや無いか』 女『ホヽヽヽヽ、何の尻つ尾が見えて居りますか。大蛇ですか、狼ですか、狐か、獅子か、狸か、猫か、鼬か、鼠か、あてて御覧』 岩彦『ナヽヽ何を吐きよるのだ。図太い化物奴が。一体俺を誰方と思つてけつかる』 女『ホヽヽヽヽ、誰方でもありませぬ、此方サンぢやと思ひます。オヽヽヽ可笑し、お元気なお身体、お達者相なお姿』 岩彦『コラ、俺が尾が見えると言つたらよい気になつて、お元気だの、お達者だのと人の言葉の尾につけて横道者奴が。鬼、大蛇狼の何奴かのお化け奴が』 女『ホー之は鷹彦サン、梅彦サン、音彦サン、亀サン、駒サン、昨日から此処にお待ち受けして居ましたよ』 鷹彦『ヤア、さう言ふ貴女は何れの方でござるか、拙者一向一面識もござらぬ』 女『オホヽヽヽ、貴方は三五教の宣伝使、妾の姿をお覚えぢやありませぬか』 鷹彦『ホー一向合点の虫が承諾しませぬワイ。一体全体貴女様は、何れの神様でございますか』 女『鷹サン、マアマア気を落ちつけて妾の素性を洗つて御覧、それが分らない様な事では三五教の宣伝使も駄目ですよ。醜の巌窟の征服もさつぱり零ですよ』 岩彦『オイオイ梅公、音、亀、駒、貴様何だ。何時もベラベラ口車を廻転させる癖に今日に限つてその沈黙は何だい。まさか汽缶の油がきれたでもあるまいに、俺計りに談判させよつてチツト交渉したら如何だい』 女『オホヽヽヽ、あの岩サンの気張り様、妾はあまり可笑しくて横腹が痛みます』 岩彦『痛まうと痛むまいと俺の知つた事かい。コンナ魔窟の中に巣剿ひよつて吾等を誑らかさうと思つても、ソンナ者に瞞著されるものと選を異にするのだ、あまり巫山戯るない。良々加減に正体を現はさぬと此岩サンの鉄拳がお見舞ひ申すぞ』 女『オホヽヽヽ、貴方がたは能く能く分らぬ人ですね。二つのお目は銀紙ですか、節穴ですか、不思議な先の見えぬお目だこと。オホヽヽヽヽヽ』 岩彦『エーイ、怪つ体の悪いこのお化け奴、優しい顔をしよつて失敬千万な事を言ひよる太い奴だ。もう此上は勘忍袋の緒が切れた。サア覚悟致せ』 女『オホヽヽヽ』 鷹彦『ハテナ、此奴は只の狸ぢやあるまいな』 女『ホヽヽヽ』 岩彦『狸どころか、大化物の親玉だ。狸なら八畳敷に居る筈だ。僅かに四畳敷位な巌窟に棲んでる化物だから大方土蜘蛛の精だらう、ヤイ土蜘蛛、俺を何時までも甘いと思つて居るか、甘けら砂糖だと思ひよるのか。何だ、甘つたるい声を出しよつて、弥生の鶯の真似をして、オホヽヽヽと、それや一体なんの芸当だい。真実に荒男の六人も向ふに廻して悠々自適、国家の興亡吾不関焉と云ふ様な落着き払つたその腰つき、小癪に触る代物だナア』 女『ホヽヽヽヽ』 この時又もや宣伝歌が聞えて来た。宣伝歌の主は外より岩穴を一寸覗いて見て、 日の出別『ヤア鷹サン、岩サン、此処に居つたのか』 岩彦『ヤア貴神は日の出別命様、ようマア来て下さいました。之だから神様は九分九厘まで行つたら助けてやらうと仰しやるのだ。サアもう大丈夫だ。サアお化け、何なつと吐け、もう叶はぬぞ』 と俄に肩を聳やかす其可笑しさ。 女『ホヽヽヽヽ』 (大正一一・三・一七旧二・一九北村隆光録) |
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霊界物語 | 13_子_フサの国・半ダース宣伝使 | 12 陥穽 | 第一二章陥穽〔五三八〕 日の出別神の出現に、形勢もつとも危かりし岩公は、俄に元気づき、 岩彦『サア妖怪変化の魔性の女、何と言つても、モウ駄目だ。三五教の宣伝使の大将が現はれた以上は、最早運の尽きだ。どうだ、神様の経綸と云ふものは、用意周到なものだぞ』 女『妾は、あなたの様な強いお方には尾を巻きます。モウ是で御免を蒙ります』 岩彦『態ア見やがれ、大蛇の化者奴が。尾を巻くと自白したぢやないか』 女『ヤア日の出別命様、能う迎へに来て下さいました。岩サンのやうな分らずやは、今後は決して、係り合はない様にして下さい。此方は優勝劣敗、弱肉強食、身勝手千万な、非人道的、デモ宣伝使ですから………』 岩彦『ヤイヤイ、馬鹿にするない、能いかと思つて…………、女に似合はぬ暴言を吐く奴だ』 女『さようなら、ゆつくりと御休息なさいませ』 と云ひ乍ら、岩壁の細い穴から、スツと烟の様に脱けて了つた。 岩彦『ヤア案に違はぬ妖怪変化の正体を顕はしよつて、アンナ首も這入らぬやうな穴から出て仕舞よつた。オイ鷹公、音公、梅公、亀、駒どうだ、俺の天眼通は偉いものだらう。鷹公の奴め、瞞されよつて、丁寧な言葉を使つて居たが斯うなる以上は貴様の眼力も底が見えた』 鷹彦『アハヽヽヽ、弥之助人形の空威張りはやめてくれ』 斯く云ふ中、ガクリと異様な音がした。 岩彦『ヤア変な音がしたぞ、一体コラどうだ』 女は外より白い顔を、岩壁の穴から、ニヨツと突出し、 女『岩サン、マアマア十日も二十日も百日も、緩りこの岩窟に御逗留遊ばして下さいませ入口はポンと戸を閉めてありますから、外から悪者の這入る気づかひもなければあなた方が脱けて出る気遣ひも有りませぬよ。ナンにも献げるものはありませぬから岩の油なつと舐つて、…………ネー……温順しく御修行をなさいませ。妾は日の出別命サンと、手に手を把つて…………オホヽヽヽヽ、ア嬉し、マアゆつくりお寛ぎ遊ばせ。アバヨ』 岩彦『ヤア大変だ、最前の音は、入口の戸を閉めよつたのだな。こりや斯うしては居られぬワイ』 女『居られなくつても、斯うして居らねば仕方がありませぬよ。イヤ出方がありませぬワ。お前サン等の出方に依りては、此方にも亦、何とか仕方が有りませう』 岩彦『イヤア、強圧的強談だ、人は見かけに依らぬ者、優しい顔をして、蚤一匹殺さぬやうな容子で、心の中は夜叉の様だ。オイ一統の者、入口があつたら、キツト出口が有るに違ひないぞ。この穴から一つ、手を掛て、引くなと、押すなとやつて見ようかい。六尺の男子が、繊弱き女の一人に監禁されて、どうぞ許して下さいなぞと、言はれた義理ぢやない。…………モシモシ日の出別命さま、貴神どうかして下さらないか』 日の出別『ヤア、岩サンマアゆつくり御休息なさいませ、……ヤア女のお方、是から天国へでも旅行致しませうか』 女『有難うございます、妾貴方と、たとへ半時でも、一緒に連つて歩かして貰へば、死んでも遺る事は有りませぬワ、ホヽヽヽ』 岩彦『ヤアまた吐かしたりな吐かしたりな、「妾アンタと半時でも一緒に歩く事が出来れば、死んでも得心だ」とかナンとか吐かしよつて、仕様もないローマンスを人の前に展開させよつて、馬鹿にしてけつかる。オヽもう何処やら往つて仕舞よつた。エー怪体の悪い』 鷹彦『ヤア折角俺の所有にしようと思つて居つたのに、外部から日の出別の宣伝使がやつて来て、サツパリ横領して了つた。エー自棄だ………と云つて、どうも仕方がないワ、俺も一つ、あの女ぢやないが、この穴から脱けてやらうかい』 と言ひ乍ら、鷹彦は、神変不思議の術を以て、身体を縮小し、小さい鷹となつてスツと脱け出した。 岩彦『ヤアまた出よつた、オイ鷹公、アヽ貴様は偉い奴だ。最前の石蓋を揚げて、吾々を旧の所へ歓迎するのだぞ』 鷹彦『コレコレ岩サン御一統様へ、妾は是より日の出別の宣伝使様と、手に手を執つて天国の旅行を致します。コンナローマンスをお目にかけて済まないが、是も因縁づくぢやと諦めて下しやンせ、オホヽヽヽヽ、アバヨ』 岩彦『ヤイヤイ鷹の奴、ナンだ、化女の真似をしよつて、ソンナ能い気な事かい。俺達の身にもなつて見よ』 鷹彦『(義太夫口調)「お前はお前、妾は妾、マアマアゆつくりと、十日も二十日も百日も、千年も万年も化石になる迄ゆつくり御逗留遊ばせや。千松ぢやないが、一年待つてもまだ見えぬ、二年待つてもまだ見えぬ、千年万年待つたとて、何の便りがあろかいな、と郷里に残つた、貴様たちの女房が嘸や嘆くであらう。思へば思へば気の毒やな、神や仏もなきものか、力に思ふ岩サンは、何処にどうして御座るやら、会ひたい見たいと明け暮に、こがれ慕ふて居るものを、何の便りも梨の礫、礫の様な涙こぼして、三千世界の世の中に妾ほど因果は世にあらうか、アーどうしようぞいなどうしようぞいなア……」と悲劇の幕が下りる、その種蒔だ。マア精出して、種でも蒔いて置くが能からう、千年ほど先へ行つた時に、この岩窟の中に岩公といふ岩固男が化石して…………と云つて、涎掛でも持つて参拝する奴があるかも知れやしないぞ。人は一代名は末代だ、是も良い話の種だ。種蒔いて苗が立ちたら出て行くぞよ、刈込みになりたら手柄をさして、元へ戻らすぞよ………と三五教の教にある通りだ。国治立の大神さまでさへ、永らく押込められて御座つた位だから、先づ神様にあやかつて、三千年の修行をなさるが、宣伝使各位の光栄だらう。アハヽヽヽ、オホヽヽヽ』 岩彦『ナアンダ、一人居つて男と女の笑ひ様をしよつて、化物みたよな奴だナ』 鷹彦『定つた事だ、肉体は男で霊は女だ、変性女子の守護神だ』 岩彦『エー、変性女子も男子もあつたものかい。遍照金剛吐さずに、早く開岩せぬか…………オイ門番奴が、愚図々々いたして居ると、免職をさそか』 鷹彦『ホヽヽヽヽ、岩さま、免職さすとはソラ誰に、………あなたは岩戸に押込められて既に既に面色なしだ、終身官だな、終身此処に、晏如として、就職なさるが宜しからう』 岩彦『複雑なる問題は、一切総括して、兎も角この岩窟を開いて呉れたがよからうぞ』 鷹彦『イヤー、先が急く、モウ是丈イチヤつかして遺れば充分だ、エー仕方がない、開けてやらうかい』 岩彦『何時までもこの方を岩戸に押込めておくと、咫尺暗澹昼夜を弁ぜずだ。化の女を呼んで来て鈿女命の俳優技を見せて呉れぬか。さうでないと、容易にお出ましにならぬぞ』 鷹彦『減らず口を叩くない。サア手力男の神さまが、岩戸を開くから、サツサと出て来い。天照大神様のやうな奇麗な「あな面白や、あなさやけおけ」と言つた様な、愛の女神なれば、開きごたへがあるが、この岩戸開きは、五百羅漢の陳列会を見るよなシヤツ面の渋紙さま計りだから、開きごたへがないワ。併し乍ら、旅は道づれ世は情だ。情を以て開扉してやらう』 岩彦『オツト待つた、海河山野、種々の美味物を八足の机代に置足らはして、献つる事を忘れなよ…………出いと云つたつて、鏡もなければ劔もなし、五百津美須麻琉の珠も無くして、さう易々とお出ましになると思ふか。香具の果物でも、木机にピラミツドの様に横山の如く置足らはし、御供物の建築法を能く心得て、粗相のない様に、天津祝詞を奏上し、太玉串を奉れ』 鷹彦『何を吐しよるのだ。千手観音の様に、俺一人でソンナ八人芸が出来るかい。愚図々々いふと、千代に八千代に永久に、岩戸の中の閉門だぞ』 岩彦『ヤア、もうお供物は免除してやらう。兎も角、開けば良いのだ。貴様もコンナ魔窟に単身置かれては、大に寂寥を感ずるだらう』 鷹彦『エー仕方がない』 と言ひ乍ら、力を籠めて、岩壁をウンと押した。思つたよりも岩の戸は軽く、勢余つて鷹彦は、岩戸の中へ又もや飛込み、膝頭を打つて『アイタヽ』と撫で擦つて居る。その間に五人は、逸早く表に脱け出し、外より石門をピシヤツと閉ぢた。 岩彦『サア入れ替はりだ、今度は、太玉命も、児屋根命も、何もかも、五伴男揃うたのだ。オイ鷹津神さま、どうだ』 鷹彦『代れば変る世の中だ。サア貴様、岩戸の前に天津祝詞を畏み畏み奏上するのだぞ、アハヽヽヽ』 音彦『オイ岩公、コンナ洒落ばつかりに、貴重な光陰を濫費しては詰まらぬぢやないか。一時も早く前進だ』 亀彦『オイオイ音公待つた、この岩窟の中の鷹彦は、どうするのだ』 音彦『ナニ構ふものか、人間一人位、どうなつたつて放つとけ』 岩彦『アハ、面白い面白い』 と言ひ乍ら、以前の岩穴から、黒い顔をちよつと出し、 岩彦『ホヽヽヽヽ、モシモシ鷹サンとやら、妾は是より五人連この岩窟を探険し、お前さまの様な瓢箪面の曲津神を、片つ端から言向和し、勝利光栄の神となつて帰つて来る迄、千年でも万年でも此処に晏如として、堅磐常磐に鎮座ましませや、ホヽヽヽ』 鷹彦『アハヽヽ、何を吐しよるのだ。鷹さまは、貴様も最前見て居ただらう、針の穴からでもお出ましになる、不思議な神様だよ』 と云ひ乍ら、再び鷹となつて穴より飛出し、見る見る身体膨張し、一丈余りの羽を拡げて、バタバタと羽ばたきした。 岩彦『ヤア偉い元気だナア。オイオイ斯うなれば、鷹さまも話せるワイ。今の美人の後を一つ、空中滑走を行つて、捕獲して来て呉れないか。所有権は岩さまにあるのだから、都合によれば、賃貸借ぐらゐは許可してやるワ』 鷹彦『貴様は仕様もない事を云ひ、永らく洒落るものだから、肝腎の日の出別命さまに放つとけぼりを喰つたのだ。サーサ是から全速力を出して、岩窟内の駆歩だ、落伍せない様に…………気を付けツ、右へ廻れオイ、一二三……』 と鷹公は駆出した。五人は是非なく追跡する、ピタツと行当つた第二の岩壁、 鷹彦『ヨー、コラ大変だ。如何に行詰りの世の中だと云つても、斯う岩と行詰つては仕方がない。ナンとか一つ善後策を講究せなくてはなるまい』 岩彦『サア臨時議会の開会だツ』 亀彦『議会無用論の持上つた今日は、チツト遅臭いぞ。ソンナ珍聞漢な発議をする奴が、何処にあるかい。五十万年の将来の二十世紀とやらの人間の吐く様な事を云ふものぢやないワ』 駒彦『ヤア窮すれば達すと云ふ事がある。オイオイ貴様、一寸横の方を見い。坦々たる大道が開鑿されて有るぢやないか』 一同『ヨー有る有る、サア是からこの階段を上らうかい』 亀彦『マア待て待て、あまり高い所へ上ると、又落ちるぞ』 鷹彦『落ちたつて良いぢやないか、滅多に天に墜落する虞はないワ、貴様の様に、井戸に着水するのとは天地の相違だ。ヨー此処にも道がある、何方の道を行つたら宜からうかナア』 岩彦『いはいでも定つて居る。一目瞭然、広い道の明るい道へ行けば良いぢやないか』 亀彦『新道と旧道と二路拵へてあるぞよ。新道へ行けば、初めは楽な様なが、往き行つた所で道が無くなりて又元の所へ後戻りを致さねばならぬぞよ』 音彦『何を吐しよるのだ。ソンナ道の事ぢやないワ。神様は教の道の事を仰有るのだぞ。頭脳の悪い奴だナ』 亀彦『俺は少し暗くつても、細路の下道を進んで行かうと思ふ』 岩彦『勝手にせい。心の暗い奴は、暗い所に行きたがるものだ………オイ皆の連中、どちらにするか』 音、駒、鷹、梅一度に、 音、駒、鷹、梅『広い道広い道』 と五人は、岩路の階段を上つて行く、亀公は唯一人、やや暗き、低き路を宣伝歌を歌ひ乍ら、四五丁許り進み行くと、忽ち頭上より、黒い影四つ五つ落下し来り、暗黒なる陥穽にゾボゾボゾボと音を立てて落込んだ。 亀彦『ヤア何だ、上から獅子でも落ちて来よつたのかナ、コンナ岩窟のトンネルの中に又しても又しても、陥穽を拵へよつて………鷹公、岩公が此処に居つたら、また「議会の開会だ」などと洒落よるのだけれど、俺一人では、議会を開く訳にも行かず、困つた事だ。彼奴、何処へ行きよつたのか知らぬ。何は兎も有れ、何者だか一つトツクリと正体を見届けてやらう』 と首を伸ばして、足許に気を付け乍ら、怖さうに覗き込んだ。井戸の中より、 岩彦『ヤア貴様は亀公ぢやないか、俺を助けて呉れぬかい』 亀彦『さういふ声は岩公だナ』 岩彦『オーさうだ、岩サンに鷹サン、音サン梅サン、駒サンだ』 亀彦『助けて呉と言つたつて、どうにも斯うにも、手の着け様が無いぢやないか。マアさう喧し云はずに待つて居れ。今臨時議会を開いて見るから、開会の上で助けるか助けぬかが決定るのだ。アハヽヽヽ』 岩彦『馬鹿にしよるナ、最前の敵討ちをしようと思つてけつかるナ』 亀彦『さうだから、あまり高上りすると、逆様に地獄の底へ落されるのだよ。どうだ、是で慢神心をスツパリと取り去つて改心を致すか』 岩彦『改心致すも致さぬも有つたものかい。改心のし切つた者に改心が有つてたまるかい。改心と云ふ事は、貴様のやうな不完全な人間に必要な言葉だ。吾等に対しては、辞典から改心の二字を除去すべきものだ………大きに憚りさま、エライご心配を掛けました。此処にもどうやら、立派な段梯子が懸つて居ります。アハ……』 と言ひ乍ら、五人はゲラゲラ笑ひ笑ひ上つて来た。 亀彦『ナンダ、一寸も濡れて居らぬぢやないか』 鷹彦『きまつた事だい、井戸の底へ転落した時に、この鷹サンが、両翼をパツと開いて、井戸一面を閉塞したのだ。そこへ四匹の小雀が下りて来て、ポンと止まつたものだから濡れさうな筈があるかい』 岩彦『小雀とは、チト残酷ぢやないか。ナア梅、音、駒の御連中………』 鷹彦『それでも生命の親だ。ナント云はれたつて、チツト位は隠忍するのだ。忍耐は成功の基礎だから、アハヽヽ』 岩彦『第二の………これは陥穽だ。是から前途に、ドンナ事を悪神の奴、企んで居るか分つたものぢやない。うつかりと歩けたものぢやないワ。幸ひ此処に、鷹サンを飛行船にして、吾々五人が操縦する事にしたら、都合が良いぢやないか』 鷹彦『この飛行船は、日の出別様とあの女神様との御用だ。お気の毒さま、お生憎さまだ、アハヽヽヽ』 この時前方の薄暗き隧道の中より、怪しき宣伝歌の声聞え来たる。 一同『ヤア、聞き覚えのある宣伝歌だ、ハテナ』 (大正一一・三・一八旧二・二〇松村真澄録) |
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霊界物語 | 13_子_フサの国・半ダース宣伝使 | 13 上天丸 | 第一三章上天丸〔五三九〕 声『神が表に現はれて善と悪とを立別ける 醜の窟に入り来る三五教の宣伝使 鼻息荒き鷹彦や固そに見えて和らかき 岩彦亀彦駒彦が音に名高き布留野原 これの窟に迷ひ来て千尋の深き陥穽に 二度吃驚の為体あゝ痛ましや痛ましや 是から先は真暗黒幾百千とも限りなき 醜の曲津の群りて汝が生命は嵐吹く 颶風に向ふ灯火の消え入るばかり身魂をば いろいろさまざま嘖まれ二度と帰らぬ根の国の 旅路をなすが気の毒ぢやわれは窟を守る神 汝等一行憐れみて生命救けむその為に 此処に現はれ気をつける気をつけられるその時に きかねば後は何うなろとわれは構はぬ憐みの 心を以て告げてやるあゝ叶はぬぞ叶はぬぞと 魂消て腰をぬかすより一時も早く元の道ヘ 踵を返して退けよ。ウヽヽ、ルヽヽ、サヽヽ、イヽヽ』 と云つた限り異声怪音はピタリと止まりける。 梅彦『オイ皆の連中、一寸ここで相談をして見ようか。勢に任して軽々しく進むは智者の為す可き所では無いぞ』 岩彦『エーナアンだ。弱音を吹きよつて一体貴様は何を目標に、ソンナ卑怯な事を云ふのだ。声が怖ろしいのか、声が恐くつて雷の鳴る世の中に生きて居れるか』 梅彦『声が恐いのぢやないが、その声の主をよく探究して、その上に策戦計画をやらうかと云ふのだ』 鷹彦『何かまふものか。何れ悪魔の巣窟だ。これ位の余興がなくては進撃するのも張合がないワ』 梅彦『進撃すると云つたつて此の隧道は馬鹿に闇いぢやないか』 岩彦『闇くても構ふものか。いはゆる暗中飛躍だ。百鬼暗行の岩窟だもの、此方も厄鬼となつて対抗運動をやれば、夫れで好いのだ』 幽か向方に稍光の有る円き穴が見え初めた。 岩彦『オイオイ、モウ先が見えた。兎も角あの明い穴を目標に進むことにしよう』 頭上の岩石は猛烈なる音響を立ててウヽヽヽと唸り始めた。鼓膜が破裂しさうな巨音である。一同は耳に指を当て乍ら一目散に円き光を目標に進み行く。漸う此処に着いて見れば、眼の届かぬばかりの広場がある。さうして上面は雲が見えてゐる。四辺は幾千丈とも知れぬ岩壁を以て囲まれありて、坦々たる大道は四方八方に通じゐたり。 鷹彦『ホー、此処は天の八衢のやうな所だ。お前達は、マア悠乎と相談をして是から本当の妖怪窟へ進撃して呉れ。俺は暫らく御免を蒙る』 と言ふより早く背の両翼を左右にひろげ、羽ばたきし乍ら中空に舞ひ上り、この窟を脱出して了つた。 岩彦『アヽ日の出別には捨てられ、魔性の女には遁げられ、鷹彦は帰つて了ひ、是から前途遼遠暗澹と云ふ所になつて、吾々五人が振り残されたのだから、この先はよほど注意をせなくてはいかぬぞ。少し気の利いた奴が居ればよいのに、ガラクタばつかり残つて居るものぢやから、如何にも斯うにも策の施しようがないワイ』 音彦『コラ岩公、失敬なことを云ふな。粕ばつかりとは何だ。残りものに福があるぞ。もう斯うなれば力にするのは神ばつかりだ。サーサ天津祝詞だ』 と云ひ乍ら音彦は墜道に端坐して祝詞を奏上する。四人も続いて一生懸命になつて合唱して居る。何処ともなく天空を轟かし来る天の鳥船は、五人の端坐する前に爆音すさまじく降下した。中より日の出別命、鷹彦、以前の女の三人現はれ来り、 日の出別『ヤア皆さま、ご苦労であつた。巌窟の探険はこれで終結だ。此の岩壁を到底人間として攀ぢ登る訳にも行かないから、迎ひに来たのだ、サア早く乗つたがよからう』 岩彦『これはこれは、何から何までお気つけられまして有難うございます。流石は日の出別命さまだ。人に将たるものは斯うなくてはならぬ道理だ』 鷹彦『オイ岩公、うまいな、巧妙な辞令だ。この八衢は斯う見えても、これが少し行けば皆行き詰つてゐるのだから、未練を残さず早くこの船に乗つたらよからう』 岩彦『誰がコンナ怪体な巌窟に未練があつて堪るか。天女のやうな女神さまと一緒に天の鳥船に乗つて、天国へ遊行するかと思へば実に有難い。サア皆の者早く乗らうかい』 と云ひ乍ら五人はヒラリと飛び乗つた。 又もや鳥船は巨大なる爆音の響と共に、何処とも無く天空に姿を隠しける。 (大正一一・三・一八旧二・二〇外山豊二録) |
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霊界物語 | 13_子_フサの国・半ダース宣伝使 | 19 馳走の幕 | 第一九章馳走の幕〔五四五〕 音彦、亀彦、駒彦の三人は、出雲姫に誘はれ、足を早めて漸くタカオ山脈のコシの峠の麓に着いた。此処には巨大にして平面なる数個の岩石があり、峠の両側に竝立して居る。日の出別命を初め、鷹彦、岩彦、梅彦はその中の最も巨大なる岩の上に、足を延ばして寝転び休らい居る。 出雲姫『音彦様、その他の方々、サゾお疲労でせう。これがコシの峠の登り口で御座います。日の出別の宣伝使一行は、今お睡眠中ですから、お目の覚める迄、静かに此処で、あなた方も足を延ばして御休息下さいませ。妾は少しく神界の御用の都合に依りて、一足お先へ参ります。また後ほどフサの都でお目にかかる事に致しませう』 と言ひ遺し、足早に峠を登り行くその早さ、 音彦『ヤアナンダ、折角美人の道連が出来たと思へば、コンナ処でアリヨウスを喰はされて、奴拍子の抜けた事だ。天の磐船から何時の間にか、吾々三人を墜落させよつた腹癒せに、日の出別を初め一行の連中に対し、報復手段を、講究せなくてはならうまい』 亀彦『ヤア幸ひ羽の無い磐船の上に、四人がゴロリとやつて居るのだから、ナントか一つ嚇かしてやらうかなア』 駒彦『コラ措け措け、日の出別の宣伝使は、神変不可思議の神徳を所持して居るから、反対に吾々がやられるかも知れやしない。先づおとなしくして下から出て、マ一度ご保護を受ける方が、賢明な行方だよ』 音彦『それでもあまり吾々を馬鹿にしよつたから、何とかして、吃驚をさしてやらねば虫が得心せぬぢやないか』 亀彦『貴様は三五教の宣伝使ぢやないか。宣伝使が未だソンナ卑劣な根性を保留して居るのか』 音彦『アハヽヽヽ、亀公、貴様は馬鹿正直な奴だ。誰がソンナ心を持つて居るものか、あまり嬉しいから、一寸貴様がどう云ふか心を曳いて見たのだ。神はトコトンまで気を引くぞよ、改心致されよ、改心ほど結構な事はないぞよ』 亀彦『アハヽヽヽ、何を吐しよるのだ』 音彦『岩に松の堅い神代が造られて、日の出の守護と致すぞよ』 駒彦『岩の上に、日の出別命が寝て居るぢやないか、もはや松の世は建設されたやうなものだよ』 音彦『巌に松が生えて、日の出の守護になるといふ瑞祥だ。どうぞ日の出別神様は、これなりに眼を覚さず、蒲鉾板の様に岩を背中に負うて、何時までも竪磐常磐に御守護して下さらば、世界の人民が勇んで暮す五六七の世になるけれどなア。ワツハヽヽヽ』 駒彦『岩の上に岩公が、フンゾリ返り、鷹公が高鼾をかき、梅公がウメイ塩梅で、スウスウとスウさうな鼻息をして睡眠んで居ると云ふのも、神代の出現する瑞祥だアハヽヽヽ』 音彦『そこへお出になつたのが音サンだ。コンナ結構な神徳は、亀の齢の亀サンぢやないが、千年も万年も御神徳を音サン様にして、身魂を研くと云ふ前兆だ。困つたのは駒公だ………イヤ困るのは駒サン計りでない、ウラル教の守護神、八頭八尾の大蛇と、金毛九尾のコンコンサンだ………』 駒彦『馬鹿にするない、俺計り継児扱ひにしよつて………コシの峠を越すのは、駒サンの御用だ、何程足が痛いと云つても、駒サンがヒーンヒンヒンと、一つ鼻息を荒くし足掻を行つたら、スツテントーと、大地へ空中滑走の曲芸を演じ、この深い谷底へ着陸し、プロペラを粉砕して、吠面をかわかねばならぬのは、今に一目瞭然だよ』 音彦『峠に掛つたから、駒サンが敵愾心を起し、奮闘する様に、一寸駒に鞭つて見たのだ。決して悪い気で云つたのぢやない。神直日大直日に見直し聞直し、凡ての事を善意に解釈するのだ。痩馬の様に、営養不良神経過敏な面をして居るから、一つ春駒の勇むやうにヒントを与へたのだよ』 駒彦『何を吐しよるのだい。貴様等の盲目漢が、吾々の人格をヒントする資格が有るかい。屁なつと喰うとけ………駒サンの尻からヘイヘイハイハイと云つて、ドウドウ(同道)すれば良いのだ。アハヽヽヽ』 音彦『音高し音高し。折角日の出別命が、積日の疲労を休養して御座るのに、お眼を覚しては済まないぞ。チット音なしくせぬかい。貴様は人情を解せない奴だよ』 駒彦『どうぞ音なしく、この場の結末は音便に願ひます。それにしても日の出別命様は、特別待遇として、岩公の奴、ナントか一つ悪戯をやらないと景物がないぢやないか』 岩彦『古池に飛込んで、脂を取られた音公、化玉に出会つて、魂をひしがれた駒公、亀公未だ改心が貴様は出来ぬか』 音、亀、駒一時に、 音、亀、駒『ヤー此奴あ狸寝をやつて居よつたな、油断のならぬ奴だ。これだから現代の人間は油断が出来ぬと云ふのだ。岩公の寝の悪さ、見られた態ぢやないワ。一方の目を塞ぎよつて、一方の眼を猟師が兎でも狙ふ様に、クルリと開けて眠てる奴は、どうせ碌な奴ではない。此奴は横死の相がある、可哀相なものだ。寝る時にはグツタリと寝、起きる時には潔く起きて活動するのが人間の本分だ。こいちや因果者だから、半分寝て半分の目は起きて居やがる』 駒彦『定つた事よ、右の眼はウラル教、左の眼は三五教だ。まだ守護神が改心せぬと見えてウラめし相に、片一方の目は団栗の様な恰好して睨んでけつかるのだ。………オイ岩公、良い加減に起きぬかい』 岩彦『グウグウ…………』 音彦『ヤアナンだ。寝言ぬかしてけつかつたのだナア。それにしても、目を開けて寝る奴は厭らしいぢやないか』 亀彦『さうだ、本当に厭らしい。どうぢや、片一方の目を剔出してやつたら本当に改心するかも知れないぞ。三五教の北光神の様に「あゝ有難い神様、私はまだ一つの目を与へて貰ひました」ナンて言ひよれば、本当に改心をしてるのだが………一つ改心の有無を試験してやらうか』 駒彦『ソンナ事をしたら、日の出別命様にお目玉を頂戴するぞ』 音彦『お目玉を一つ頂戴すれば返してやれば良いのぢやないか。三人が一つ宛貰つたら、まだ二つ余るといふ勘定だ。アハヽヽヽ、………オイどこぞ其処らに竹片でもないか、一寸探して来い』 駒彦『岩公の目は岩目と書く。眼目を無くしては宣伝使が勤まろまい』 音彦『ナニ所存の片目ぢや。岩の信仰を岩の如く片目と云ふ洒落だ』 亀彦『目惑千万な事だ。どれ、其処らにないか探して来てやらうか。併し夫れ迄に緊急動議がある』 駒彦『緊急動議とは何だ』 亀彦『北光神は、覚醒状態で目を突かれたのだ。岩の上に端座して、三五教の教理を説いて居る時に突かねば、騙討は卑怯だぞ。寝鳥を締める様な悪逆無道は、宣伝使の為すべき事ではあるまいぞ』 音彦『そらさうだ、一つ起してやらうかい』 と云ひ乍ら、岩公の足をグイグイと引つ張る。 岩彦『ダダ誰だ、俺の足をひつぱる奴は、大方音公だらう。北光神の様に片目にしてやらうかい、ナア音公、グウグウムニヤムニヤ』 音彦『ヤア怪体な奴ぢや、やつぱり此奴は半眠半醍状態だ。自己催眠術にかかりよつて幻覚でも起して居ると見えるワイ』 鷹彦『アハヽヽヽヽ』 梅彦『ウフヽヽヽヽ』 亀彦『ヤア一時に覚醒状態になりよつたなア』 鷹彦『オイ貴様等三人は、何処を間誤ついて居つたのだ。貴様等の顔はなんだ、蜘蛛の巣だらけぢやないか。いつ手水を使うたか分らぬ様な面付しよつて、その態は一体どうしたのだ』 音彦『曖昧濛糊として訳が分らぬやうになつて来たワイ』 鷹彦『狸穴にひつぱり込まれよつて、ナニ今頃に寝言を云つてるのだ。此処はどこだと思つてるツ』 音彦『どこだつて、此処ぢやと思つてるのだ』 鷹彦『此処は定つてる、地名は何だ』 音彦『知名の士は、鷹公、梅公、岩公、日の出別の宣伝使だ』 鷹彦『馬鹿、所の名は何処だと云うのだ』 音彦『所の名は、やつぱり所だ』 鷹彦『今は何時ぢやと思つとる』 音彦『定つた事だ、昨日の今頃とは、言ふ間丈遅いのだ』 鷹彦『オイ岩公、起ぬか起ぬか、三人の奴、ド狸に魅まれて来よつて、蜘蛛の巣だらけになつて、催眠術にかかつた様な事をほざきよるのだ。一寸やそつとに、覚醒する予算がつかぬ、強度の催眠状態だから。一つ貴様と協力して片一方の目を剔つてやつたら、チツとは気が付くだらう』 岩彦『そら面白からう。吾輩の目の玉を抜いてやるなんて、明盲奴が最前から岩上会議をやつて居よつたのだ。オイ音公、亀公、駒公、目を出せツ』 音彦『この頃は春先で、何処の草木も沢山に芽を出して居るワイ。ナンダか頭がポカポカして来だした。アハヽヽ』 鷹公は三人の前にスツと立ち、プウプウプウと霧水を、面上目がけて吹きかけた。三人は初めて吃驚し、 三人『ヤア此処はどこだ。岩窟の中ぢやないか』 とキヨロキヨロ見廻す。琵琶の声は幽かに聞えて、奥の方より玉の中から現はれた美人の顔に酷似の主が琵琶を抱へ乍ら、ニコニコとして現はれて来た。三人は附近をキヨロキヨロ見廻せば、日の出別の宣伝使の姿も、その他三人の影も、巌も何も無い。以前の石畳をもつて繞らしたる岩窟内の女神の屋敷であつた。 音彦『ヤア夢とも現とも何とも訳が分らぬぢやないか。やつぱり醜の岩窟だけの特色が有るワイ』 三人は目を見張り、首を傾けて怪訝の念に打たれ、両手を組み、青息吐息の態にて、一言も発せず、沈黙を続けて居る。琵琶を抱へた美人は、しとやかに襠姿の儘、三人の前に静かに座を占め、 美人『コレハコレハ三人の宣伝使様、能くも妾が茅屋を御訪問下さいました、嘸々お腹が空いたで御座いませう。蜥蜴の吸物に百足のおひたし、蛙の膾に蛇の蒲焼、お口に合ひますまいが、ゆるりとお食り下さいませ。コレコレ松や、春や、お客様に御膳を持つて来るのだよ』 音彦『イヤー、モシモシ滅相な。蜥蜴や百足、蛙、蛇、ソンナ御馳走を頂戴いたしましては、冥加に尽きまする。どうぞ御構ひ下さいますな』 美人『オホヽヽヽヽ、お嫌ひとあれば仕方が御座いませぬ。然らばなめくぢのつくり身に、蚯蚓の饂飩でも如何で御座いませう』 音彦『イヤ、コレハコレハ一向不調法で御座います。どうぞ御心配下さいますな。このお宅は何時もさういふ物を召しあがるのですかなア』 美人『ホヽヽヽヽ、妾は蛙が大好物ですよ』 音彦『オイオイ亀公、駒公、どうやら此奴ア怪しいぞ。ノロノロと違うか』 美人『ホヽヽヽヽ、妾の夫は蟒の野呂公と申します』 音彦『ヤア失敗つた、野呂公の奴、到頭計略にかけよつて、コンナ岩窟の中へ引つ張り込みよつたのだらう、油断の出来ぬ奴だ。斯う立派な邸宅と見えて居るが、どうやら、フル野ケ原の草茫々と生えたシクシク原ではあるまいかな。オイ亀公、駒公、一寸そこらを撫でて見よ、立派な座敷の様なが、ヒヨツとしたら芝ツ原かも知れぬぞ』 美人『イヤお三人のお方、御心配下さいますな。………あなた方は醜の岩窟の探検はどうなさいました』 音彦『醜の岩窟の、いま探険最中だ。岩窟の中かと思へば、野ツ原のやうでもあり、野原かと思へば、岩窟の中でもあり、何が何だか、一向合点が承知仕らぬワイ。ナンでも貴様は大化物に相違ない。もう斯うなつた以上は、ウラル教の地金を現はし、双刃の劔の刄の続く限り、斬つて斬つて切りまくり、荒れて荒れて暴れ廻り、汝等が化物の正体を、天日に曝して、天下の禍を断つてやるから、覚悟を致せ』 美人『ホヽヽヽヽ、あのマア音サンの気張り様、苧殻に固糊をつけたやうな腕を振りまはして力味シヤンス事ワイナ。肝腎の身魂も研けずに、腹の中に………イヤイヤ腹の岩窟に、沢山の曲津を棲息させて、足許の掃除もせずに、おほけなくも、醜の岩窟の悪魔退治とお出掛なさつた、心根がいじらしう御座ンす。ホヽヽヽヽ』 亀彦『エー言はして置けば、ベラベラ能う囀る野呂蛇奴が、人を馬鹿にするな。一寸の虫にも五分の魂だ。一寸刻の五分試し、思ひ知れよ』 と双刃の劔に手をかけて立上らむとし、 亀彦『アイタヽヽヽ、ナンダ、床板が足に固着して了つた』 美人『亀サン、それはお気の毒さま、床板に足が固着しましたか。コチヤ苦にならぬ、コチヤ構やせぬ。ホヽヽヽヽ』 亀彦『エーもう斯うなる上は、破れかぶれだ。覚悟を致せ。オイ駒公、しつかりせぬかい。この阿魔女を、俺に代つてブスリとやるのだ』 駒彦『八釜しう云ふない、俺の身体は、信神堅固なものだ。首から下は斯ういふ場合に天然的にビクとも動かぬ一大特性を、完全に具備して御座るのだよ』 亀彦『何減らず口を吐しよるのだ。貴様は身体強直したな』 駒彦『吾輩の身心は鞏固不抜なものだ、ビクとも致さぬ某だ』 亀彦『ヤイ音公、貴様なにマゴマゴしてるのだ。二人の敵を討たぬかい』 音彦『敵を討てと云つたつて、堅木所か、松の木も、杉の木も生えて居ないぢやないか。難きを避けて易きに就くが処世の要点だよ』 美人『ホヽヽヽヽ、モシモシお三人様、あなた様は三五教の宣伝使丈あつて、随分お堅いお方、あなたの肝腎の霊も、霊肉一致して堅くなつて下さらむ事を希望いたします』 亀彦『エー放つときやがれ。オーさうだ、良い事を思ひ出した、神言だ。悪魔調伏の唯一の武器を所持して居るこの方を、ナント心得とる。サアこれから言霊の乱射だぞ。生命の惜い奴は、一時も早く逃げたがよからうぞ』 美人『ホヽヽヽヽ、あなたの言霊は、三味線玉ですよ。ソンナボンボン三味線でも、神力が現はれますかな』 亀彦『エー八釜しいワー、最前も貴様の宅の石門を開いた、現実的経験があるのだ。吾輩の言霊を敬虔の態度を以て、経験の為に聴聞を致せ』 美人『オホヽヽヽ、どうぞ聴聞さして下さいませ。妾が為に頂門の一針、あなたの為にも前門の狼後門の虎、随分御用心なされませや』 亀彦『エー人を馬鹿にして居よる、………オイ音サン、駒サン、言霊の一斉射撃だ。鶴翼の陣を張つて、一声天地を震憾し、一音風雨雷霆を叱咤する、無限絶対力の天津祝詞の太祝詞、善言美詞の言霊の発射だよ』 音彦『タ、タ、カ、カ、タカ、ヒ、ヒ、ヒ、コ、ニ、ホ、ホカサレ、ヒ、ヒノデノ、ワケニ、ス、ステラレ…………』 亀彦『オイ音公、何を吐しよるのだ、「高天原」を言ふのだぞ』 音彦『ナンだか知らないが、自然的に脱線するのだ』 美人『ホヽヽヽヽ、モシモシ音サン、亀サン、駒サン、あなた方は何がお商売で御座いますか』 音彦『いまさら尋ねるに及ばぬ、勿体なくも、三五教の宣伝使の御一行だ。この方の被面布が目に着かぬか、盲女奴』 美人『被面布は、どこに御所持で御座います、お頭にも懸つて居らぬ様ですが』 音公は頭へ手をあげて見て、 音彦『ヤア何時の間にか消滅して了ひよつた。………オイ亀公、駒公、貴様等の被面布はどうした』 亀、駒『ヤア吾々も何時の間にか、過激な労働をしたので、磨滅して了つたらしいワイ』 美人『ホヽヽヽそれでは、三五教の宣伝使も被免になりませう。お気の毒さま』 音彦『エーけつたいの悪い、一体此処はどこだ。モウ吾輩も兜を脱ぐから、魔性の女、斯う五里霧中に彷徨つては仕方がない。頭からカブリなと呑みなと、勝手にせい。俺の身体は全部貴様に任した、エー棄鉢だツ』 美人『ヤア三人のお方、そこまで行つたら、あなたの臍下丹田も、岩戸が開けました、能う改心して下さいました。此処はフル野ケ原の醜の岩窟の中心点、木花咲耶姫命が経綸の聖場、高照姫神の堅磐常磐に鎮まり給ふ岩窟第一の珍の御舎で御座います。サアサアこれから妾が先達となつて、この岩窟の探険を首尾能く終了させませう。決して執着心を、又もや持たぬ様に、今の心になつて神業に参加して下さい。この先種々の怪物が現はれても、必ず御心配なされますな。生命を棄てると云ふ御考へならば、ドンナ難関でも、無事に通過が出来ますから………サア斯う定つた以上は、一時も早く当館を御出立遊ばして、醜の岩窟の修業場を巡回して下さい。何れ日の出別の宣伝使にも、その他の方々にも、この岩窟内で御対面が出来ませう、左様なら』 と徐々と襖を開いて奥の間に姿を隠したりける。 音彦『アヽ随分吾々の身魂は、種々の残滓物が蓄積してると見えて、散々な目に会はされたが、何だか生れ変つた様な心持になつた。気分も晴々として来た、サア是から醜の岩窟の探険だ。あまり日の出別の宣伝使を依頼にするものだから、妙な幻覚を起したり、迷うたのだ。改めて神言を奏上し、岩窟の探険と出掛ることとしようかい』 亀、駒『左様で御座います。結構さまで御座います。謹んでお伴を致しませう』 音彦『アヽあなた方も、是で善言美詞の言霊が使へる様になつて来ました、私もどうぞあなた方のお力を借つて、共に岩窟の修業をさして頂きませう。サア皆さま参りませう』 と今までの野卑な言葉を改め、心より清々として、三人は岩窟の探険に出かける事となりける。 (大正一一・三・二一旧二・二三松村真澄録) |
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霊界物語 | 13_子_フサの国・半ダース宣伝使 | 信天翁(三) | 信天翁(三) 神がおもてに現はれて善神邪神を立別ける この世を造りし神直日心も広き大直日 ただ何事も人の世は直日に見直せ聞き直せ 世の過失は詔り直す吾神国の御教は 顕幽神の三界の過去と未来と現在に 一貫したる真象をうまらに具らに説き明かす 三五教の御ン教神の御言をかしこみて 朝な夕なに述べて行く清き霊界物語 種々雑多と批難して智者や学者と自認せる 或種の人は口々に山子上手の瑞月が 百科全書を読破してそれを種とし神言と 偽り作りしものなりと中傷するこそ賤らしき 心ねぢけし人々の如何でか尊き大神の 神慮を悟り得らるべき慢神するも程がある 百科全書を抜いたとはどこを押したらソンナこと 言はれるだろか世の人を盲者にしたる曲つ神 呆れて物が言はれないたとへ霊界物語 神の作りしもので無くこの瑞月が頭から ひねり出したり百科全書暗記して居て諄々と 述べたとすれば神よりもこの瑞月は偉いだろ 釈迦も孔子も基督もそのほか諸々の宗祖等が 成し遂げ得ざりし大著述一千二百五十頁 僅三日に述べ終るこの速力が如何にして 古今の著者に出来ようか解らないにも程がある 変性女子の調べたる大本神諭は大開祖 書かせたまへる綾錦光も強き絹糸に 紡績糸も混入し劣等糸とせしものぞ 元の筆先調べむと鼻たかだかとうごめかし それの実地に突当り錦の糸の原料は 桑葉なりしに胆潰しアフンとしたる其上に 変性男子の筆先も女子の作つた神諭も 薩張あてに成らないで信用せないが良からうと 自己の不明を触れあるく珍らし人の言葉だろ アヽ惟神々々御霊幸ひましまして 一日も早く片時も疾く速やけく迷雲を 晴らして真如の日月を迷へる人の心天に 照させ玉へ惟神神の御前に願ぎ奉る アヽ惟神々々御霊幸ひましませよ 今大本にあらはれた変性女子は似而非ものだ 誠の女子が現はれてやがて尻尾が見えるだろ 女子の身魂を立直し根本改造せなくては 誠の道はいつ迄も開く由なしさればとて それに優りし候補者を物色しても見当らぬ 時節を待つて居たならばいづれ現はれ来るだろ みのか尾張の国の中変性女子が分りたら モウ大本も駄目だらう前途を見こして尻からげ 一足お先に参りませう皆さまあとから緩くりと 目がさめたなら出て来なよ盲目千人のその中の 一人の目明きが気を付けるなぞと慢神してござる 王仁はこの言聴くにつけお気の毒にてたまらない こんな判らぬ奴ばかり盲目斗りがささやけり ○ この歌を各自の事に誤解して 罪を重ぬる曲人もあり (昭和一〇・三・三〇王仁校正) |
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霊界物語 | 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) | 02 銅木像 | 第二章銅木像〔五五二〕 音彦、弥次彦、与太彦、源五郎の一行四人は、三途川の脱衣婆に別れを告げて、際限もなき雑草の原野を西へ西へと進み行き、ピタツと行き当つた禿山、三方山に囲まれ進路を失ひ当惑の態、 音『サア、ピタツと行き詰つた、これで冥土の旅も行き詰りだ、何とか一つ考へねばなるまい』 弥『宣伝使さま、サア天津祝詞の言霊だ、斯う云ふ時に使用するのが言霊の活用ぢやありませぬか』 音彦『アヽさうだつたナア』 と手を拍ち、声厳かに天津祝詞を奏上する。忽ち行当つた禿山は雲の如く数十里の彼方に急速度を以て遁走した。 弥『アヽ言霊の威力と云ふものは偉いものだナア。信仰の力は山をも動かすと云ふことを聞いて居る、流石は宣伝使だ、貴方の信仰の威力は確かなものだ。もうかういふ経験を得た以上は、焦熱地獄であらうが、八寒地獄であらうが、何の恐るる所あらむやだ。地獄のドン底まで浸入して、吾々一行は幽政の大改革を断行するのだなア』 音『オイ余り油断をするな、油断すると知らず識らずに慢心が出て思はぬ失敗を演ぜないとも限らぬ。隅々までも気を付けて進まねばならぬぞ』 斯く云ふ中忽然として見上ぐる許りの銅木像が地中よりヌツと現はれて来た。 弥『イヨー出よつたなア、矢張り幽界は幽界だ。一つの特徴があるワイ。オイコラ幽界の化物、吾々の通路を遮る不届きもの、スツコメスツコメ。現界の化物とは違つて幽界の化物はよつぽど形式が違つて居るワイ。コラ化物返答せぬかい、銅木像奴が』 銅木像『グワツハヽヽヽー、グウツフヽヽヽー、ギエツヘヽヽヽー、ギヰツヒヽヽヽー』 弥次彦『ナンダ、ガヽヽ、ギヽヽと、濁音のみを使ひよつて、吾々を何と心得て居るのだい、三途川の脱衣婆でさへも、ヘコまして来た弥次彦さまだぞ』 銅木像『俺は銅と木とで造つた機械な化物だ。愚図々々吐すと頭から呑みてやらうか』 弥『アハヽヽヽ、貴様は大蛇の化物だな、呑ましてやりたいが、生憎何にもないワイ、田子の宿のお竹の家で飲まされた小便茶なと呑まして遣らうか』 銅『イヤ俺は茶は呑みたくない。裸の奴が呑みたいのだ』 弥『ウンさうか、よしよし御註文通り此処にウラル教の源五郎といふ奴が、真裸になつて来て居るワイ、これが呑みたいのだらう』 銅『ガーバー』 弥『ホンに、御機嫌の好いお顔だことわいのう。サア源チヤン、御苦労ながら一つ呑みて貰ひ給へ』 源五郎『裸はお前の事だよ、その着物は皆俺の着物だ。モシモシ銅木像さま、弥次彦、与太彦は小鹿峠の手前で、真裸になりました。裸の道中を続けて来た経験のある奴です。俺は三途の川の渡場で此奴等二人に泥棒されたのですから、之等二人をとつくりと呑みて遣つて下さいませ』 銅『ギヰツヒヽヽヽ、オーさうだらう、弥次彦、与太彦が味が好ささうだのう』 弥『コラ源公、貴様は真正の真裸だ、俺は脱衣婆の承認を得て着物を着て居るのだよ。モシモシ銅木像さま、それはお考へ違ひぢやありませぬか』 銅木像『俺は機械だ、モウこれ切りで物は言はぬ。お前たち勝手に俺の腹へ這入つて機械を使ふたが好からう。腹へ這入れば色々の機械の装置が完備して居るから、一々使用法が記してある。その綱をひくと此銅木像が大活動を演ずるのだ、ガハヽヽヽヽ』 弥『ヤア此奴面白いぞ、吾々が十万億土の旅をすると思つて、閻魔の奴退屈ざましにコンナ副産物を拵へて置いたのだらう。ヤアもう文明の空気と云ふものは何処までも行き渡つたものだワイ、一つ俺が這入つてこの機械を使つて見やうかなア』 源『お前等は俺の着物を追剥をしたのだから、罪が加重して居る、到底この機械を使用する権利はなからう。俺は裸だから着物の代りにこの銅木像の中へ潜入して、一つ使つて見るから、お前等は力一杯相手になつて見たらどうだ。ウラル教の大目付役と、三五教の宣伝使や信者との問答も面白いかも知れないぞ』 与『オイ弥次彦、源五郎の云ふ通りにさして見たらどうだ。ナア音彦さま、それが好いぢやありませぬか』 音『好からう、ソンナラ源チヤン、あなた這入つて下さいナ』 源『コレは有難い、一つ操つり人形の様に自由自在に動かして見ませうかい。ヤア入口は何処だ、アハア大きな鼻の孔を開けて居よる、此処から一つガサガサと這入つてやらうか』 と言つて銅木像の身体を杣人が山にでも登るやうに杖をつきながら登り行く。 弥『イヨー面白いな。まるで牛に蝿がたかつたやうに小さく見える。よつぽど大きな銅木像だワイ』 源五郎はとうとう鼻の孔から這入つて了つた。 与『ヤア、とうとう這入つて了ひよつた、これから面白いのだ、オイ早く芸当を始めぬかい』 銅『ウヽヽヽヽ、ウラル教の大目付役鷲掴の源五郎とは俺の事だ。サアサア三五教の豆宣伝使、モウかうなる以上は大丈夫だ、銅木像の合羽を被つた源五郎だ。ウーフヽヽヽ』 弥『ヤア怪体な銅木像だ、源五郎気取りになりよつて怪しからぬ。ヤイ銅木像、洒落た事をするない』 銅『洒落たも洒落ぬもあつたものかい』 とグルグルグルと蛇の目傘の如き目玉を急速度を以て廻転させる。 弥『ヤア乙な事をやりよるワ。多寡が機械だ、輪転機でも使ひよつて目玉を廻転させて居るのだらう。コラ余り目玉を剥くと目がモーターになつてへコ垂れるぞ』 銅『この目が恐いか、冥途の旅ぢや、お前たちの目を醒まして遣る為めに先づ俺から目を剥いて見せたのだ、序に鼻を剥いて遣らうか』 弥『剥いて見よ、俺は此処で緩りと春風に吹かれて花見見物をやつて遣らう。ヨウ小山のやうな鼻をピコツカせよるぞ、無恰好な鼻だなア。ヤア剥いた剥いた、何だベンチレーターのやうな鼻をしよつて、天井を嗅ぐやうな調子で鼻の孔を上向けて居やがる。天井が燻香したと思ひ違へよつたなア、オイ化像、チツト勘考して見い』 銅『俺の鼻息で吹き散らしてやろうか、このベンチレーターは猛烈に噴煙を吐くから用意を致せ』 与『アハヽヽヽ、変れば変るものだ、機械が物云ふ時節だから、これも形式の変つた蓄音器だなア。オイ蓄音器先生、レコードが破れぬ様に静かに廻して見よ、余り虐使すると使用期間を短縮するぞ』 化像は右の手をガタガタガタガタと動かし、機械的に指を以て一方の小鼻を押へ、左の直径一丈位の大鼻孔より黒煙を頻りに噴出し、四辺は真暗闇になつて了つた。 弥『コラコラ化像、程度を知らぬかい、治安妨害だぞ。モ少しソツと吹かぬか』 銅『吹かいでかい吹かいでかい、吹いて吹いて吹き捲つてやるのだ』 弥『此奴は思ひ違ひだ、意想外だ。モシモシ宣伝使さま、言霊だ言霊だ』 音『弥次彦さま、緩りなさいませ、吹く丈け吹いたら原料が無くなるから大丈夫だ、何ほど大きいと云つたつて、さう無尽蔵に続くものぢやないからナア』 化像は又もや左の腕をガタガタガタガタと音をさせ、機械的に左の小鼻を押へ、右の手を元の位置にチント直し、招き猫のやうな恰好にし、今度は右の孔から吹くわ吹くわ滅茶やたらに、二百十日の暴雨のやうにブウブウ粘つたミヅバナを四方八方に吹散らす。 弥『アーア、コリヤたまらぬ、涕だらけだ、何処もかもニチヤニチヤになつてしまつた。まるで紙雛を噛みて吐き出したやうな御面相になつたワイ、オイ化像、もう好い加減に中止せぬかい、しぶとい奴ぢやなア』 銅『俺はしぶとい、貴様の様な淡泊な人間とは違ふ、粘着性を持つて居るのだ、まだまだまだまだ粘つく奴を噴出するぞ。宿が無くてお竹の家に泊めて貰つて、結構な握飯を頂戴して婆の鼻汁が混つたの、混らぬのと小言をほざきよつたその報い、身体中を鼻啖でこね廻して遣るのだぞ』 弥『コレコレ音彦様、イヤ宣伝使さま、コンナ時こそ、それ科戸の風の天の八重雲を吹放つ事の如く、大津辺に居る大船を屁こき放ち糞こき放ちて、大和田の原に鼻垂れる事の如く、払ひ給へ清め給へをやつて下さいな、かう汚れてはどうにも、こうにも仕方がない』 音『マヽじつくりとするのだよ。芸者でさへも花が欲しいと云ふて眠ぶた目をこすりながら、ボンボラ三味線を弾きよる。何もせないで此丈け沢山のはなを頂戴すれば結構だ。お化さま又来て頂戴、はなの切れ目が縁の切れ目、おはなを沢山持つて又来て下さい………ナンテ云つて背中をポンと叩いた。さうすると弥次彦が蒟蒻の様になつてグニヤグニヤとなるまでには大分資本が要る、コンナに沢山はなを頂戴して、不足を言ふ所か』 弥『モシモシ宣伝使さま、貴方はどうかして居ますなア、芸者の花代と混線して居やしませぬか』 音『天混線を空うする勿れ、時に鼻汁の泣面に当るを、アハヽヽヽヽ』 弥『ドウモ、尾籠な事だワイ、鼻振、紙也、屁の雨だ、ヤアもう結構々々、花見だと思つて居つたに落花狼籍、開闢以来の粘ンばりとした花見遊山だ。オイ源公、イヽ加減に悪戯を止めたらどうだい』 銅『今度は小便の竜吐水だ、田子の宿に於て土瓶の中に小便を垂れたを覚えて居るだらう。折悪く土瓶の持ち合せがないから貴様の薬鑵頭を、土瓶代用として注入してやらう、チツト熱い小便茶だぞ』 与『是れはこれはめつそうな、沢山お花を頂戴いたしまして其上に、結構なお茶を頂戴しましては、却てお気の毒さまで御座います、私も迷惑いたします、どうぞお茶丈はまた外のお客に振れ舞つて下さい。生憎裸に一旦されたものだからお茶代も御座いませぬからお茶の出し損、それでは商売の資本が続きますまい。閻魔の庁から執達吏がやつて来て、破産申請をやられては却てお家の迷惑、後はさつぱり家計紊乱共に苦辛の為体、マアマアお茶丈はお引き下さつたが好ろしからう』 銅『この芸者は茶を引く事は大々々々の嫌ひで御座んす。お茶位はエヽ遠慮なしにあがつて下さい。本当の番茶なら宜いが小便茶で、あまり原料も要りませぬ。茶つとおあがりなさい。サ薬鑵の蓋を開けて下さい』 与『イヤもう沢山、此方の薬鑵も茶を沸して居りますから、この上頂いた所で塔の上に塔を積むやうなもの、倹約流行の世の中、無駄な費用を省いて、それを社会事業にでも投資した方が何ほど娑婆の人間が喜ぶ事か分りませぬぞ』 銅『ヤアそれでも、もうすでに準備が出来て居ます』 と大竜吐水の如く小便茶を虹のやうに吐き出した。 与『コリヤ、熱い熱い、何程厚い志と言つても、コー茶にされては有難くもないワ、然し一利あれば一害あり、鼻だらけの身体の洗濯には持つて来いぢや、腹も立つが茶腹も立つ、然し小便丈は閉口だ』 銅『それは見本だ、本物は之れから幾何でも大洪水が出たほど御馳走して上げませう』 弥『お香水なら結構だが、この見本ではねつから気に入らぬ、破約だ。もう此方からこの代物は小便しますワ』 銅『アハヽヽヽヽ』 弥『オイオイ源五郎のサツク奴が、好い加減に悪戯を止めたらどうだい』 銅『貴様は脱衣婆の上前をハネよつて、源五郎の着物を無理に掠奪した怪しからぬ奴だ、今此処で裸になれ。その着物をすつかりと源五郎さまに返上するのだ』 弥『エヽ穢苦しい、鼻汁だらけの小便茶の浸みたコンナ着物は、誰が着たいものかい。サア何時でも返してやるワ』 銅『洗濯をして元の通りに綺麗に乾かして返すのだぞ』 弥、与『洗濯せえと言つたつて河もなし婆ぢやあるまいし、ソンナ無理な註文はするものぢやないワ、返してやつたら結構だ』 とムクムクと裸になり、 二人『サアこれでスイとした生れ赤子だ』 銅『ウワハヽヽヽヽ、見事裸になりよつたなア、これから俺の口から万本針を吐いて遣らう、貴様の身体に皆ささつて毛がはへた様にしてやるワ、キツヒヽヽヽ』 弥『エヽ仕様もない針合のない事だ、愚図々々抜かすとハリ倒すぞ。モシモシ宣伝使さま何して御座る、吾々二人が之れほど苦しみて居るのに、貴方は傍観して居つて、それで人を助ける宣伝使と言へますか』 音『ヨー結構な花見だ。桜花爛漫として雲の如く、そこへ日光七色の映じた虹の麗しさ、後から針の様な霧雨ビシヨビシヨと降つて来るこの風情と言つたら、何とも譬へ様のない気候、与太彦、弥次彦の二人は花見踊をして見せるし、操り人形は色々の曲芸を演じて観覧に供すると云ふ体裁だから面白くて堪らぬワイ。霊界物語の第一巻にあつた通り、苦中楽あり、楽中苦ありだ。天国と云つても苦しみあり、地獄と云つても楽みがあると云ふは能く言つたものだ、心の持ちやう一つで地獄となり、極楽となる。嗚呼有難いものだ』 弥『アヽ薩張り駄目だ。力に思ふ宣伝使はこの通り知覚神経が麻痺しちまつて、コンナ苦しい場面が極楽浄土に見えるとは何とした事だらう』 銅『サア是からだ、右の足で俺が一つ四股を踏みたら小鹿峠がガタガタガタガタ、左の足をウンと踏みたら貴様等は天上目がけてプリンプリン、泥田の中へ真逆様にヅドンキューの一言冥土の旅路、アハヽヽヽ』 弥『何だ、小鹿峠の事まで並べよつて、オイ源五郎、好い加減に出て来ぬかい、今度ア俺の番だ』 銅木像はムクムクと立ち上り四股をドンドンと踏みながら、さしも高い禿山を一足に跨げ、のそりのそりと歩み出し、 銅木像『ヤアヤア太陽が余り低いものだから、頭に行き当りよつて仕方がないワ、あすこにも月がぶら下つて居る、腰でもしやがめて通つてやらうかい』 と雷のやうに咆え呶鳴りつつ西の方へと進み行く。 弥『ヤアヤア化像の奴、源五郎も一緒に腹の中に入れて何処へか往つてしまひよつた、アヽ仕方がない、真裸だ、誰か来ぬかいな、着物の用意をせなくちや閻魔の庁へ行く迄に、ポリスに出会つたらまた監禁だ』 与『オイオイ向ふを見よ、日の出別の宣伝使が先に立ち鷹彦、岩彦、梅彦、亀彦の面々が遣つて来るぢやないか、祝詞の声が聞え出したぞ』 弥『ヤア来た来た、彼の宣伝使も何処へ往つたかと思へば、矢張り大蛇に飲まれて冥土の旅をやつてゐるのだなア、然しまア道連が出来て賑やかで好いワイ』 日の出別の一行は馬の蹄の音カツカツと此方に向つて進み来る。 弥『モシモシ、私の頭は小便だらけだ、水でも吹いて清めて下さいませぬか』 日『ヤア鷹彦サン、岩彦サン、貴方がた一同は谷川の水でも、汲みてかけてやつて下さい』 鷹、岩『畏まりました』 と谷に下りて口に水を含み三人の顔に向つて伊吹をした。ウヽーンと唸ると共にハツと気が付けば、小鹿峠の麓の河辺に三人は気絶して居たるなり。 日『ヤー結構々々、吾々の来るのが少し遅かつたら、とうとう冥土の旅をする所だつたなア、マア命があつて何より結構、サア是れからフサの都へ着いて、それからコーカス山に進む事にしよう』 (大正一一・三・二三旧二・二五谷村真友録) |
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霊界物語 | 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) | 10 牡丹餅 | 第一〇章牡丹餅〔五六〇〕 弥次彦、勝彦、与太彦、六公の四人は谷間を這ひ上り、漸くにして小鹿山峠の坂道に着いた。 弥『ヤア此処が芝居の序幕を演じたところだ。随分風の神の奴、豪い目に遇はしよつたものだ』 六『貴方達は羽織を三枚着て、而も上に着るものを下に穿いたりするものだから、アンナ目に遇ふたのですよ』 弥『夫でも上下揃ふて世を治めるぞよと神様が仰有るのだ。而も六人の宣伝使から頂戴した結構なお召物を着て居るのに、神様が罰を当てると云ふ筈もあるまい』 六『それでも羽織を袴に穿くと云ふ事は、些と考へものですなア』 弥『さうだと云つて、裸体で道中もなるまいし、仕方がない哩』 六『此峠は、時々レコード破りの風が吹きますから、随分気をつけて往かずばなりますまい。この坂を下ると次は十九番目の大峠です、その峠までに二三里も展開した曠野があつて、其処には沢山の人家も立ち並んで居ます。そこまで往つて一服しませうか』 弥『さうしませうよ、併しながらコンナ風をして、沢山な人の居る処を通るのも変なものだ。何とか工夫はあるまいか』 六『ヤア私はお伴、貴方は宣伝使様だ、何うでせう、私の着物と取つ換へつこをして村落を通る事にしましたら』 弥『さう願へれば結構だ。アヽ六公、早裸体となつたのかい、何と気の早い男だなア』 六『鶴の一声言行一度に一致と云ふやり方です、愚図々々して居て水を注されると約りませぬからなア、アハヽヽヽ』 茲に弥次彦は六公の衣服と着換へ、六公は羽織三枚を袴並に前後に着ながら、蔓の帯を堅く瓢箪のやうに腰に縛り、 六『サアこれで千両役者の早替はりだ、しかし役者だと云ふても、もう芝居はやめですよ、サア往きませうかい』 と、ドンドンと下り坂を走つて往く。漸くにして麓の村落に着いた。 勝『大分に腹の虫が空虚を訴へて来だした、何処ぞ此辺に飲食店でもあれば這入つて腹を拵へたいものだなア』 弥、与『サアさうお誂へ向に出来て居れば、結構だが』 六『イヤ、御心配御無用、些し先に往きますと、松屋と云つて、一寸した飲食店があります、其処には別嬪も居りますぜ』 与『夫は豪気だ、ともかく其処迄もう一息だ。何だか俄に元気が付いた』 と云ひつつ四人は速度を速めて駆出した。 弥『ヤア此処が松屋だ。いよいよ目的地点に無事御到着か、アハヽヽヽ、久し振で弁才天の拝観も出来ると云ふものだ』 弥[※御校正本でも「弥」になっているが弥次彦のセリフが二つ続くのはおかしい。そもそも「弁才天の拝観も出来る」と言っておきながらすぐに「弁才天はどうでも好い」と否定するのはおかしい。このセリフは勝彦か与太彦の間違いであろう。以降のセリフを考えると、おそらく与太彦のセリフであろう。]『弁才天はどうでも好い、早く御飯に有りつきたい哩、もう斯うなれば色気より食気だ』 松屋の門口に一人の下女立ち現はれ、 下女『モシモシ、お客サン、コーカス詣りですか、随分強い坂でお草臥れでせう、何卒一つお茶でも飲んで一服してお出なされませ』 与『云ふにや及ぶ、吾々一行四人は松屋をさして休息の予定でお越し遊ばしたのだ。一服してやらう、ナンゾ、小美味ものは無いか』 下女お竹『ハイハイ、何でも御座います。お望み次第お金次第です』 与『チエツ、直に之だから嫌になつて仕舞ふ、お銭お銭と何だ。矢張ウラル教の空気が漂ふてゐるな、仕方が無い哩、腹が減つては戦が出来ないから』 と云つて与太彦は先にたち飛び込む。 下女『マア、マア、お二人のお方、ホヽヽヽヽ、妙な風をなさいまして』 与『妙な風でも何でもお前に惚れて呉れと云いやしないし、着物を貸して呉れとも云やしないから、いらぬ口を叩くな、早く小美味ものを出さぬかい』 奥の方から中年増の婆アサンが、ヒヨコヒヨコとやつて来て、 婆『アヽこれはこれはお客様、よう一服して下さいました。何なと御註文次第、仰有つて下さいませ』 六『牡丹餅は無いかなア』 婆『ヘエヘエ、御座います、お彼岸の牡丹餅を今拵へた処。ヌクヌクのホコホコの、手から漏るやうなのが、沢山に握つてあります』 弥『初に握つた奴は真黒けと違ふかね』 婆『滅相な、清めた上にも清めた、清潔な牡丹餅です。牡丹餅の嫌ひなお方は此処に握り飯がございます。貴方達は遠方の方と見えますが、随分お足の達者なお方らしい、恰で牡丹餅のやうな健脚家だ。毎日コーカス詣りの道者が通られますが、牡丹餅のお客は少い、握飯が随分多いやうですワ。オホヽヽヽ』 弥『婆アサン、牡丹餅のお客だとか、握飯のお客だとか、それや一体何の事だい。俺の顔が牡丹餅のやうな不恰好だと云ふて嘲弄するのだな』 婆『オホヽヽヽ、夫は譬で御座います。握飯は丸い、牡丹餅は一寸角が立つて居る。或時に握飯と牡丹餅とがマラソン競争をやりました。さうしたところが、丸い方の握飯が勝たねばならぬ筈だのに、中途で平太張つて仕舞つて、牡丹餅はとうとう決勝点まで安着されて名誉の優勝旗が手に入りました。そこで饅頭がやつて来て、牡丹餅よ、お前は一寸見てもぼたぼたして足が遅いと思つたに、勝利を得たのは何うした訳かと尋ねよりたら、牡丹餅が云ふには、私はあづきつけとるから道中は安心だと、オホヽヽヽ[※小豆の赤い色には魔除けの効果があるという言い伝えがあるので、それで「安心だ」と洒落ているのではないか?]』 弥『ナアーンダイ、この腹の空いとるのに落し話をしよつて、気楽な婆アサンだなア』 婆『コンナ話しでもして、お客サンを誑かし暇を入れて腹を空かし、その間に牡丹餅を炊いて進ぜると云ふ此方の考へ、もう一寸待つて下さい、今飯が噴いて居ります、直に小豆の衣を着せて、どつさり食つて貰ひます』 与『ヤアヤア牡丹餅と聞けば、俄に咽喉の虫がグウグウと催促をし出した。何でもよいから手早くやつて下さい』 弥『オイ与太公、此処には素敵な別嬪の娘があるぢやないか、貴様は何うだ。思召は無いか』 与『どうだ、女子を国有にして居る国さへもあるのだから、吾々四人が何とかして四国協調の結果彼奴を国有にしたらどうだ。毎晩交代にあの尤物をエンプレスして楽まうぢやないか』 勝『ソンナエンプレスと云ふやうな事をやると此処の人気娘を、此村の誇りとして居るのだから、貴様は村民の怨府となるかも知れないぞ。とは云ふものの縦から見ても横から見ても、三十三相具備したあななし姫だ。男と生れた甲斐には切めて一遍位はエンプレスをやつて見たいやうな気もせぬでは無いが、何を云ふても厳めしい三五教の宣伝使だから、どうする事も出来やしない、宝の山に入つて裸体で帰るやうな心持がする哩』 婆『サアサア皆サン、牡丹餅が出来た、お上りなさいませ』 与『これはこれは有難う御座います、マア悠くりと頂戴致しませう』 婆『サア私がついで上げませう』 与『ヘイ、ヘイ、ヘイ、アヽ、それは結構ですが、同じ事ならあのそれ、お梅[※お竹の誤字か?御校正本・校定版・愛世版いずれも「お梅」になっている。]サンによそつて貰へば一入、美味いやうな気が致します哩』 婆『ホヽヽヽヽ、貴方もよほど苦労人と見える哩、渋皮のやうなお手で、牡丹餅を盛つて上げても、お気に召しますまい、私が盛るのがお気に入らねば、もう牡丹餅は食べて貰ふ事は真平御免蒙ります』 弥『マア、マア、マア待つて下さい、これは冗談ですよ、さう真に受けて貰つては困ります』 婆『冗談から暇が出る。瓢箪から駒が出る。青瓢箪の黒焦のやうな顔をして年寄が気に入らないの、スツポンのと、それやお前何を云ふのだ。さう老人を見下げたものぢやない、人間は年をとつて苔がついて来る程値が出来るのだよ』 勝『左様左様、御尤もだ』 婆『ソンナら勝手に取つて食ひなさい』 と婆アサンはむつとした顔をして奥に入る。四人は熊手のやうな手を出して、餓虎のやうに、グイグイと呑み込み、 四人『ヨー美味い、コンナ美味い牡丹餅は、臍の緒切つてから食つた事がないワイ。コンナ奴なら、一遍に腹が弾けても構はぬ、百でも二百でも咽喉の虫が御苦労御苦労と云ふて辷り込んで仕舞ふやうだ』 と堆高く積んであつた沢山の牡丹餅を一息に平げてしまつた。 下女のお竹『お客サン、よういけましたなア、お米の相場が狂ひますぜ、お代りはどうです』 与『餅屋の喧嘩で、餅論だ。早く出したり出したり』 お竹『マアマアお客サン、貴方達は閂の向ふに居る、角の生えたお方のやうな方ですなア、モウモウモウ呆れましたよ』 弥『何うでもよい、早く出して貰はうかい、腹の虫は得心したやうだが、未だ舌と眼とが羨望の念に駆られて居るやうだ。同じ一つの体だ、腹ばかり可愛がつて、眼と舌とを埒外に放り出すと云ふのも、吾々宣伝使として情を弁へぬと云ふものだ。アハヽヽヽ』 お竹『サアサア、お代りが出来ました。悠くりお食りなさいませ』 四人は又もや一斉に二膳片箸の同盟軍を作つて、複縦陣の備へを取り、爆弾のやうな牡丹餅を又もやパクつき始めた。 与『オイお竹サン、馬鹿にするない、見本は美味い奴を出しよつて、これは大変味が悪いぢやないか、一番先に出したやうな奴を出して呉れないかい、上皮の方には甘い奴を並べよつて、下になる程不味い牡丹餅を並べといたつて、俺の舌がよく御存じだぞ』 お竹『それや何を云ふのぢや、美味いも不味もあつたものか、皆同じ味に造つてあるのですよ、お前サン腹の空つた時に食つたから美味かつたのだ。腹が膨れてから何を食つたからつて美味い事はありやしない。ソンナ小言を云ふのなら、食ふだけの権利がない、食物の味に対しては気の毒ながら神経麻痺だ。サアサア好い加減食つたらお銭をお払ひなさい』 六(懐中より)『それ、お剰金は要らないぞ、後はお前の小遣ひだ』 お竹『大きに有難う御座いました』 と顔を見上ぐる途端に、 お竹『ヤアお前は六サンだつたかい』 と転げるやうにして裏口をさして姿を隠して仕舞つた。 与『オイ六、貴様は罪の深い奴だ。何か之には秘密が籠つて居るだらう、それだから松屋に寄らう寄らうと云ひよつたのだなア、酢でも蒟蒻でも行かぬ奴だ。お目出度い処を見せつけよつて、余り馬鹿にするない』 六公『ヤア、何でもよい、退却々々』 と羽織の袴をバサバサと穿ちながら、一散に駆け出した。三人は止むを得ず、 三人(弥次彦、与太彦、勝彦)『オイ六公待つた』 六公は後振り向き乍ら、 六公『マツたも松屋もあつたものかい、マア、一所に出てこないかい』 と息せき切つて走り出す。三人は、 三人『あゝ合点の行かぬ突発事件だ。仕方がない、ソンナラそろそろ行かうかい』 と又もや牡丹餅腹を揺りながら、六公の後を追跡する。 (大正一一・三・二四旧二・二六加藤明子録) (昭和一〇・三・一五於高雄港口官舎王仁校正) |
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霊界物語 | 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 | 08 ウラナイ教 | 第八章ウラナイ教〔五七五〕 安彦、国彦、道彦の宣伝使を始め、田加彦、百舌彦の五人は、此広き館の門前に佇み内部の様子を耳を澄ませて聞き居たり。 フト表門を眺むれば、風雨に曝された標札に幽に『ウラナイ教の本部』と神代文字にて記されてある。安彦は覚束なげに半剥げたる文字を読み、 安彦『ヤア此奴は、ウラル教と三五教を合併した変則的神教の本山と見える哩、それにしても最前の女の声、何となく聞き覚えのある感じがする。ハテなア、オー百舌彦、田加彦、汝はそつと此塀を乗り越え、中の様子を探り吾等の前に報告して呉れ』 百舌彦、田加彦は嬉し気に打ち諾き、木伝ふ猿か、小蟹の蜘蛛の振舞逸早く、ヒラリと塀を飛越えて、庭先の木の茂みに姿を隠し、様子を窺ひつつありき。 ウラナイ教の教主と見えて、ぼつてり肥た婆一人、雑水桶に氷のはつたやうな眼をキヨロつかせながら中央に控へて居る。七八人の宣伝使らしき男女は、孰れも白内障か、黒内障を病んだ盲人の如く、表面眼はキロキロと光りながら、何も見えぬと見えて手探りして巨大なる丼鉢に麦飯薯蕷汁を多量に盛り、ツルリツルリと吸うて居る。二人の薬鑵頭の禿爺は、頻りに摺鉢に山の薯を摺つて居る。これも何うやら盲人らしく手探りしつつ働いて居る。二人は此光景を見やり、 田加彦『オイ百舌公、此処の奴は何奴も此奴も皆盲人ばかりだと見える。大きな丼鉢に麦飯薯蕷汁をズルズルと啜つて居るぢやないか、俺達も之を見ると俄に胃の腑の格納庫が空虚を訴へ出したよ。どうだ、盲を幸ひにそつと一杯頂戴して来ようぢやないか』 百舌彦は、 百舌彦『ソイツは面白からう』 と言ひながら、のそりのそりと足音を忍ばせ一同の前に現はれ、素知らぬ顔して控へて居る。禿爺は丼鉢に麦飯薯蕷汁を盛り、 爺『サアサアお代りが出来ました、高姫サン』 とニウツと突き出す。高姫と云ふ中年増のお多福婆は機械人形のやうに両手を前にさし出した。折も折百舌彦の面前に突き出した丼鉢を百舌彦は作り声をしながら、 百舌彦『ハイ、これは御馳走様、もう一杯下さいな』 爺は丼鉢を百舌彦に渡し、 爺『よう上る高姫サンぢや』 と小声に呟きながら又探り探り台所の方に帰り往き、一生懸命に薯を摺つて居る。 高姫『コレ松助、何処に置いたのだえ、早く此方へ渡して呉れないか』 松助は耳遠く盲と来て居るから、何の容赦もなく一生懸命に鼻を啜りつつ薯を摺つて居る。彼方にも此方にもミヅバナを啜るやうな声が、ずうずうと聞えて居る。 百舌彦、田加彦は、丼鉢の両方より噛みつくやうに腹が減つたまま、ツルツルと非常な吸引力で、蟇蛙が鼬を引くやうに大口開けて呑み込んだ。此時松助は又探り探り麦飯に薯蕷汁を掛た大丼鉢を、足許覚束なげに、川水の中を歩くやうな体裁で、 松助『サアサア高姫サン、お代りが出来ました』 田加彦は又もや作り声をして、 田加彦『アア松助、御苦労であつた。もう一杯お代りを頼むよ』 松助『ハイハイ、もう薯のへたばかりじやが、それでも宜しければお上りなさいませ』 と面膨らし、部屋に引返す。高姫は、 高姫『コラコラ松助、未だ持つて来ぬか、何処へ置いたのだい』 田加彦、百舌彦は矢庭に一杯を平げた。傍に十数人の盲人は、丼鉢を前に据ゑ、一口食つては下に置き楽しんで居る。 百舌彦は甲の丼鉢をソツと乙の前に置き、乙の丼鉢を丙の前に置き、丙の丼鉢を高姫の前にソツと据ゑた。 甲『まだ半分余りはあつた積りだに何時の間に此様に減つて仕舞つたらう、オイ貴様俺のを一緒に平げて仕舞つたな』 乙『馬鹿を云ふな、俺の丼鉢を何処かへやりよつたのだ。自分は一人前平げて置いて未だ他人のまで取つて食うとは、余りぢやないか』 と互に盲人同志の喧嘩が始まつた。十数人の盲人は、取られては一大事と丼鉢を堅く握り、下にも置かず、ツルツルズルズルと吸うて居る。田加彦は、火鉢の灰を掴んで、盲人の丼鉢に一摘みづつソツと配つて廻つた。 甲乙丙丁『ヤア何んだ、この丼鉢の………俄に薯蕷汁の味が変つたやうだ。他人が盲人だと思つて馬鹿にしよるナ、誰か灰を入れよつたわい』 百舌彦『ハイハイ、左様々々』 高姫『ヤヽ、誰か声の違ふ奴が来て居るらしい、オイ皆の者気をつけよ、何だか最前から怪しいと思つて居た。俺は最前から盲人の真似をして居れば、何処の奴か知らぬが、二人のヒヨツトコ野郎奴、要らぬ悪戯をしよつた。サアもう了見ならぬ、家の爺が酷い肺病で、此処に薯蕷汁によう似た痰が一杯蓄へてある。之を食つてサツサと出て失せ』 百舌と田加は頭を掻きながら、 百舌彦、田加彦『ヤア、そいつは御免だ』 高姫『御免も糞もあつたものか、ヤアヤア長助、伴助、二人の者を縛つて了へ』 長助、伴助『畏まつた』 と次の間より、現はれ出でたる大の男、出刃庖丁を振り翳し、二人に向つて迫り来る。高姫も眉を逆立て、出刃庖丁を逆手に持ち、三方より二人に向つて斬つてかかる。百舌彦、田加彦は丼鉢を頭に被りトントントンと表を指して逃出す。百舌彦の被つた丼鉢には爺の吐いた痰が一杯盛つてあつた。頭から痰を一ぱい浴びたまま、スタスタと表を指して駆け出す。二人の荒男は大股に踏ん張りながら二人の後を追ひかけ来り、澪れた痰につるりと辷つて、スツテンドウと仰向けに倒れた。 高姫は出刃を振り翳しながら表に駆け出で、二人の荒男に躓き、バタリと転けた機に長助の腹の上に出刃を突き立て、長助はウンと一声七転八倒、のた打ち廻る。忽ち館の中は大騒動がおつ始まりける。 田加彦、百舌彦は一生懸命に駆け出し、道端の溜り池にザンブと飛込み、痰を洗ひ落さうとした。此水溜は数多の魚が囲うてある。鼬や川獺の襲来を防ぐために柚の木の針だらけの枝が一面に投げ込んであつた。二人はそれとも知らず真裸となつて飛込み柚の木の針に刺されて身体一面に穴だらけとなり辛うじて這ひ上りメソメソ泣き出してゐる。 婆は眉を逆立て二本の角を一寸許り髪の間より現はしながら此場に現はれた。二人が姿を見て心地よげに打ち笑ひ、蹌跟く機に又もや池の中にザンブと斗り落ち込み、 婆『アイタタアイタタ』 と婆々が悶え苦しむ可笑しさ、二人は真裸のまま、 百舌彦、田加彦『態ア見やがれ』 と云ひつつ足をちがちがさせ田圃道を走つて往く。安彦、国彦、道彦の三人は素知らぬ顔して宣伝歌を歌ひつつこの池の傍を通り過ぎむとするや、池の中より高姫は掌を合し、頻りに助けを呼んで居る。三人の宣伝使は気の毒さに耐へ兼ね、漸くにして高姫を救ひあげた。高姫は大に喜び三人に向つて救命の大恩を感謝したりける。 此時逃げ去つた百舌、田加二人の男は真裸の儘慄ひ慄ひ此場に現はれ来り、 百舌彦、田加彦『モシモシ宣伝使様、寒くつて耐りませぬワ、何うぞウラナイ教の婆アサンに適当な着物を貰つて下さいな。ナア婆アサン、お前も宣伝使のお蔭で命拾ひをしたのだから着物位進上なさつても安いものだらう』 安彦『ヤア吾々は着物の如きものは必要が御座らぬ。平にお断り申します』 国、道『吾々も同様、衣服なんか必要が御座らぬ』 百舌彦『エヽ気の利かぬ宣伝使だな、此処に二人も着物の要る御方が御座るのが目につきませぬかい』 道彦『吾々はウラナイ教の信者になつたと見え、薩張明盲人になつて仕舞つたよ。アハヽヽヽヽ』 高姫『お前等は、ノソノソと吾が座敷に這ひ込み、薯蕷汁を二三杯もソツと横領して喰ひ、其上大勢の盲人を附け込み、薯蕷汁の中に灰を掴んで入れた不届きの奴ぢや、着物をやる処ぢやないが、併し生命を救けてもらつた其お礼として、長公、伴公の死人の着物を呉れてやらうか』 道彦『これやこれや、貴様等二人は薯蕷汁を盗み食つたのか』 百舌彦『ハイ、トロロウをやりました。其代り酷い目に遭つたんぢや、汚い物を頭に被つたんぢや。盲人を瞞して薯蕷汁を多量食つたんじや、それから長公伴公に追ひかけられてタンタンタンと一生懸命逃げたんじや。門口で長公伴公が転倒つたんぢや、其処へ婆が飛んで来て転けたんぢや、倒けた拍子に長公のどん腹を突いたんぢや、二人は一生懸命、痰の体を清めんと溜池に矢庭に飛込んたんぢや、柚の針に身体を突かれて痛かつたんぢや、たんたんと立派な着物を頂戴致し度いもんぢや、なア田加たん』 道彦は吹き出し、 道彦『アハヽヽヽ、身魂の汚い奴ぢやなア、貴様は之から改心を致してウラナイ教の盲人仲間に入れて貰うと都合がよからう。モシモシお婆アサン此等二人は三五教の教理は到底高遠にして体得する事は出来ませぬ、善とも悪とも愚とも訳の分らぬ半ドロ的の人間ですから、ウラナイ教の宣伝使にでもお使ひ下さらば最も適任でせう』 婆『それはそれは誠に有難い御仰せ、ウラナイ教の宣伝使には至極適当の人物、幾何で売つて下さいますか』 道彦『サア、ほんの残り者の未成品もので御座いますから、無料にまけて置きます。米や麦を食べさして貰うと胃を損ねますから、身魂相当に鰌や蛙で飼うてやつて下さい、アハヽヽヽ』 婆『オホヽヽヽ』 (大正一一・四・一旧三・五加藤明子録) |
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霊界物語 | 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 | 22 和と戦 | 第二二章和と戦〔五八九〕 言依別命は不思議の事より神界を探険し再び正気に立ち復り給ひて、玉彦、厳彦、楠彦諸共に、駒に鞭ちしとしととウブスナ山脈を神素盞嗚大神の御舎指して進み行く。 山上の御舎は何れも丸木柱を以て造られありぬ。用材は桧、杉、松、樅其他種々の木をあしらひ、余り広からず狭からず何とも言へぬ風流なる草葺の屋根、幾棟となく立ち並び居たり。一行四人は門前に到着し、馬をヒラリと飛び下りて大音声に、 一行『頼まう頼まう』 と訪なへば、 男『応』 と答へて大の男三四人、門を左右にパツと開き、四人の姿を見るより、 国武彦『ヨー、これはこれは、能く入らせられました。只今高天原よりの急報に依り貴使等四人当邸に現はれますと承はりお待ち申して居りました。サアサ御這入り下さいませ、御案内致しませう。私は八十猛の神の長を勤むるもの、国武彦と申すもので御座います』 と言ひつつ先に立つてドスンドスンと地響きさせ乍ら奥へ奥へと案内したり。 本宅と覚しき館の玄関口に佇み、国武彦は、 国武彦『アア八島主様、言依別命御一行がお出でになりました』 と言葉終ると共に玄関の襖はサラリと開かれたり。 国武彦『サアサアこれが命様の御本殿で御座います、御遠慮なく御上り下さいませ』 と案内する。 一同『然らば御免』 と一同は奥へ奥へと進み入る。容色麗しき二人の美人此場に現はれしを能く能く見れば愛子姫、幾代姫なりき。 言依別『アア貴神は顕恩郷に坐ませし尊の御娘子、愛子姫、幾代姫様では御座らぬか』 愛子姫『ハイ、左様で御座います、能くマアお越し下さいました』 幾代姫『妾は仰せの如く幾代姫で御座います、何卒御悠りと御休息下さいませ。妾の父は天下蒼生の為めに、ここ十日許り以前に館を立ち出で、常世の国さして行くと申して出られました。折角のお訪ねで御座いまするが父は生憎の不在なれども、妾が兄八島主父の代理として留守を致して居りますれば、何卒ゆるりとお話し下さいます様に』 言依別『アヽ左様で御座るか、之は惜しい事を致した。イヤ先程御父上に地の高天原に於て拝顔を得ました』 愛子姫、幾代姫一度に、 愛子姫、幾代姫『エ、父にお会ひで御座いましたか、それは何れの地方に於て』 言依別『ハイ、地の高天原に於て三十五万年の未来に麗しき御尊顔を拝しました』 愛子姫、幾代姫『アヽ左様で御座いましたか、それはそれは都合の好い事で御座いましたナア。父は何と申しましたか』 言依別『イヤ吾々には未だ現界に於て尽すべき神務あれば、三十五万年の昔に立ち復り現界的神業を尽せよとの御厳命で御座いましたよ。イヤもう罪の深い吾々、容易に高天原へ参る事は出来ませぬ』 玉彦、厳彦、楠彦、三人一度に、 三人『オー貴女は神様の御娘子で御座いましたか、私共は言依別の命様の御供致すもの常世の国に於て生れましたる、はした者に御座います。何卒以後はお見捨なく御昵懇に御指導を願ひ上げ奉ります』 と慇懃に挨拶する。 愛子姫、幾代姫『御挨拶は却て痛み入ります、妾は、たらはぬ女の身、何卒御見捨なく何時々々迄も御昵懇に願ひ度う御座います』 と頭を下ぐる。此時、眼清く眉秀で鼻筋通り口許しまり桃色の顔、鼻下の八字髭及び下顎の垂髯を揉みつつ徐々と入り来り、一行の前に端坐し、叮嚀に会釈し乍ら、 八島主『私は八島主で御座います。貴使は噂に高き言依別の命様、遠路の処遥々能く御越し下さいました。吾父が在しましたならばどれ程喜ぶ事で御座いませう』 と目を瞬き、そつと涙を拭ふ。一同は何となく八島主の態度につまされて哀れを催し涙の袖を絞り居る。此時菊子姫は二人の侍女を伴ひ、 菊子姫『御一同様、御飯の用意が出来ました、何卒此方へ御越し下さいませ』 と挨拶する。主人側の八島主を始め四人は菊子姫の後に従つて奥の別室に進み入る。別室の入口には亀彦、梅彦、愛子姫、幾代姫の四人が叮嚀に端坐し頭を下げ一行を迎へ居る。ここに一場の晩餐会は催され、果実の酒に心勇み一同は代る代る小声に謡を唄ひ、菊子姫は長袖しとやかに舞曲を演じて興を添へにける。 日は漸く西に没れて夕暮告ぐる諸鳥の声、淋し気に聞え来たる。時しもあれ、慌しく此場に現はれたる八十猛の神は、 八十猛『八島主の命様に申し上げます、只今バラモンの大棟梁鬼雲彦なるもの、鬼掴を先頭に数多の魔軍を引率し、当館を十重二十重に取囲み雨の如くに矢を射かけ、又決死隊と見えて数百の荒武者男、長剣長槍を閃かしドツと許りに攻め寄せました。当館の猛将国武彦は館内の味方を残らず寄せ集め、防戦に力を尽して居りますれど、敵の勢刻々に加はり味方は僅かに二十有余人、敵の大軍は衆を恃んで鬨を作り、一の館、二の館、三の館は最早彼等の占領する処となりました。国武彦は群がる敵に長剣を引き抜き立ち向ひ、縦横無尽に斬りたて薙たて防ぎ戦へども、敵は眼に余る大軍、勝敗の数は歴然たるもの、御主人様、此処に居まし候ては御身の一大事、一時も早く裏門より峰伝ひにビワの湖に逃れ出で、コーカス山に忍ばせ給へ、敵は間近く押し寄せました。サアサ早く御用意あれ』 と注進するを、八島主は少も騒がず、 八島主『ホー、汝八十猛の神、能きに取計らへよ、吾は遠来の客を待遇さねばならぬ。汝は国武彦と共に防戦の用意を致すが宜からうぞ』 八十猛『これは主人様のお言葉では御座いまするが、危機一髪の此場合、左様な呑気な事を申して居られませうか。最早第三の館まで敵に占領され、又国武彦は身に数槍を負ひ苦戦の最中で御座います。味方は大半討死致した様で御座います。何卒一時も早くお客さまと共に此場をお逃れ下さいませ』 八島主『アツハヽヽヽ、面白い事が出来たものだ、御父の留守を窺ひ、弱身につけ込む風の神、高が知れたる鬼雲彦の軍勢、仮令百万騎、千万騎一度に攻め来るとも、八島主が一本の指先の力にて、縦横無尽にかけ悩まし一泡吹かせて呉れむ、汝は表に駆け向ひ、汝としての力限りを尽せよ。ヤアヤア皆様、敵軍の攻め来り騒ぐ有様を酒の肴と致して、ゆるりと飲みませう、時にとつての一興、何もお慰みで御座います。敵の襲来なりと見物して御心を慰め下さいませ』 言依別命は、 言依別『アツハヽヽヽ、ヤア面白い事が出来ました、もう少し近寄つて呉れますれば見物に都合が宜しいが、此処は確か八つ目の御館、まだ四棟も隔てて居りますれば先づ先づ安全地帯、乍然一利あれば一害あり、危険な目に遇はねば面白い事は見られませぬ哩、アハヽヽヽ』 亀彦、梅彦肩を怒らし臂を張り、顔色物凄く呼吸を喘ませ乍ら、 亀彦、梅彦『これはこれは八島主様、言依別様、お二方は狂気召されたか、此場に臨んで何を悠々と、お酒どころの騒ぎぢや御座いますまい。サアサ防戦の用意をなさいませ。吾々は生命を的に奮戦致し、攻め来る奴輩を片端より斬りたて薙散らし、一泡吹かせて呉れむ』 と言ふより早く長押の長刀、梅彦はおつ取り表へ出でむとす。亀彦は長剣を引き抜き、亦もや行かむとす。愛子姫は二人の足にヒラリと綱をかけ後に引いた。行かむとする勢に、力は上半身に満ち下半身は蝉の脱け殻の如くなつた足許を引掛けられ、スツテンドウと座敷の真中にひつくり覆りける。 亀彦『千騎一騎の此場合、何を悪戯遊ばす、猶予に及ばば御身の一大事、サアサ姫様達は一刻も早く裏門より落ちのびなさい。菊子姫殿、幾代姫殿、サアサア早く早く。吾は之より表に駆け出し、細腕の続く限り奮戦せむ』 と又もや起き上り、勢こんで表に行かむとす。 八島主は悠然として、 八島主『アハヽヽヽ、皆様、敵の騒ぎを見ずとも味方の狂言で沢山で御座います哩。ヤアヤア亀彦、梅彦先づ一杯召し上れ』 と盃をつき出す。梅彦はかぶりを振り乍ら、 梅彦『エーエ、又しても気楽な御主人様、ソンナ処で御座いませうか、サアサ早く逃るか進むか、二つに一つの間髪を入れざる場合で御座れば、何れへなりと御覚悟あつて然るべし』 と言ひ捨てて二人は表を指して韋駄天走りに進み行く。最早敵は第五の館を占領し第六に向はむとする時なりき。 八十猛の神は又もや血相を変へて顔面に血を流し乍ら走り来り、 八十猛『申し上げます、最早敵は第六の館に迫りました、勝敗の数は已に決す、一時も早く御落ち延び下さいませ。吾等は生命のつづく限り奮戦し相果つる覚悟で御座います』 八島主は平然として、 八島主『ヤア八十猛か、御苦労であつたのう、先づ、ゆつくり酒でも飲んで働くが宜からうよ』 八十猛は息を喘ませ乍ら、 八十猛『ソヽヽヽそれは何を仰しやります、酒どこの騒ぎですか、国家の興亡此瞬間に迫る、酒も喉が通りませぬ』 言依別『アハヽヽヽ、八島主の命様、随分貴使の御家来には勇将猛卒が居りますね、勇将の下に弱卒なし、イヤもう感心致しました』 八島主『イヤ、さう言はれては返す言葉も御座いませぬ、彼等の周章狼狽の醜態、お目に懸けまして誠に恥入る次第で御座います。吾々は敵の攻撃に任せ無抵抗主義をとるもの、元より勝敗の数は歴然たるものに御座いますれば、何程慌た処で結果は同じ事ですよ、先づは刹那心を楽しみませう。一刻先は分つたものぢやありませぬよ、アヽヽヽ』 又もや酒をグビリグビリと飲んで居る。日頃狼狽者の玉彦、厳彦、楠彦も神界旅行の経験を得てより何となく心落ち着きしと見え、此騒動を殆んど感知せざるものの如く、悠々として箸をとり、贐の酒に舌鼓を打ち私かに鼻唄を謡つて居る。愛子姫は一絃琴をとり出し声も淑やかに謡ひ出した。 愛子姫『菊子姫さま、幾代姫さま、貴女一つ舞うて下さいな。遠来の御客様に余り殺風景な処をお目に懸けて済まないから、一つ花やかな処を御覧に入れて下さい、妾が謡ひませう』 菊子姫、幾代姫は、 菊子姫、幾代姫『あい』 と答へて仕度にとりかかり淑やかに舞ひ始めたり。表は修羅道の戦ひ。奥の一室は悠々たる春の花見の如く、秋の夜の月見の如く静まりかへつて、笑ひの声屋外に洩れ居たり。 鬼雲彦は血糊の着いた槍を扱き乍ら阿修羅王の如く此場に現はれ来り、 鬼雲彦『ヤア斯くなる上は最早敵ふまい、サア尋常に切腹致すか、但は此方が槍の錆にして与らうか、サアサア返答は如何じや』 と息巻いて居る。鬼雲彦に続いて鬼掴は此場に又もや現はれ来り、 鬼掴『さしも豪傑と聞えたる八十猛、国武彦は吾手にかかつて脆くも討死致したれば、最早叶はぬ百年目、サア尋常に切腹致すか、但は此方が手を下さうか、サア返答致せ』 八島主『アツハヽヽヽ』 言依別『オツホヽヽヽ、何と面白い芸当では御座らぬか、千両役者も跣足で逃げ出します哩、ワツハツハヽヽヽ』 玉彦『ヨー、鬼雲彦の御大将、バラモン教は随分強い方が居ますな、吾々は三五教の宣伝使、いや、とてもとても貴方のお相手は余り馬鹿らしうてなりませぬ哩、アツハツハヽヽヽ』 厳彦『ヤア鉛で造つた仁王の様に随分立派なスタイルですな、ワツハヽヽヽ』 楠彦『ホー立派な者だ、節くれ立つたり、気張つたり、閻魔の庁からやつて来たお使の様だ。ヤア酒の肴に面白い事を見せて頂きます哩、ハツハヽヽヽ』 愛子姫『オホヽヽヽ、あの鬼雲彦さまとやらの、立派のお顔わいな、鬼掴サンのあの気張り様』 菊子姫、幾代姫『ホヽヽヽ』 鬼雲彦、座敷の真中に突立ち乍ら団栗眼をグリグリ回転させ、 鬼雲彦『此場に及んで何を吐かす、其方は気が狂うたか、哀れ至極の者だ、ワツハツハヽヽヽ』 と豪傑笑ひをする。鬼雲彦は肩を揺り乍ら又もや、 鬼雲彦『ワツハヽヽヽ、チエツヘヽヽヽ、心地良やな、バラモン教の運の開け口、此館が手に入るからは、最早三五教は寂滅為楽、扨も扨も、憐れな者だワイ、ワツハヽヽヽ』 と無理に肩をしやくり豪傑笑ひを続けて居る。八島主命は右の食指をヌツと前に突出し、 八島主『ヤア鬼雲彦一同の者共、能つく聞け、両刃の長剣の神の生身魂、熊野楠日の神とは吾事なるぞ、八島主とは此世を忍ぶ仮の名、サアサア一時も早く改心致すか、返答は如何ぢや』 鬼雲彦、大口開けて高笑ひ、 鬼雲彦『ワツハヽヽヽ、吐かしたりな吐かしたりな、此期に及んで何の繰言、引かれ者の小唄とは汝の事、エー面倒だ、片つ端から血祭りに致して呉れむ、ヤア者共、之等一座の男女の木つ端武者を討ち滅せよ』 と下知すれば、 『ハツ』 と答えて四方より魔軍の将卒駆け集まり前後左右に詰めかくる。八島主は右手を伸ばし、 『ウン』 と一声、言霊の力に鬼雲彦始め一同は将棋倒しにバタバタと其場に倒れ、身体硬直して石地蔵の如く硬化したり。 八島主『ワツハヽヽヽ』 言依別『ヤア面白い面白い、廃せば良いのに入らぬチヨツカイを出しよつて、此有様は何事だ。サア玉彦、厳彦、楠彦、汝等は彼等に向つて宣伝を致すが良からう』 三人は、 三人『ハア』 と答へて起ち上り、バツタリと倒れて身動きもならず苦しめる鬼雲彦、鬼掴の前に突立ち、 三人『アハヽヽヽ、アヽ愉快な事じや、否気の毒なものだな』 三人は頸から上の霊縛を解いた。鬼雲彦、鬼掴を始め数多の勇将猛卒は頸許り前後左右に振り廻し、何事か頻りに呟いて居る。此時表の方より国武彦、八十猛の両人現はれ来り、 国武彦、八十猛『御主人に申上げます、雲霞の如き大軍に味方は僅二十有余人、暫時は挑み戦ひしが、衆寡敵せず、進退維谷まり味方の敗亡瞬時に迫る折から、天の一方より巨大の火光降り来り、敵の軍中に落下するよと見れば、思ひきや日の出神の宣伝使、数多の神軍を引率して忽然として現はれ、群がる敵に言霊の爆弾を浴びせかけ給へば、敵は獲物を大地に投げ捨て「頭が痛し、胸苦し」と叫び乍ら残らず大地に打倒れ身体硬直した儘、操り人形の如くに首を打振る可笑しさ、いやもう結構な御神徳を戴きました。ホー此処にも大将株が倒れて居りますね、これはしたり、妙な事もあればあるもので御座る哩、アハヽヽヽ』 言依別『吾々は天下無敵主義を標榜するもの、彼等と雖も矢張天地の神の御水火より現はれ出でたる青人草、一人でも悩め苦しむる事は法の許さぬ処、万々一敵軍の中に於て一人たりとも負傷者あらば助けてやらねばなりますまい』 八島主『御尤もで御座る、サア御苦労乍ら玉彦様、貴方一人で結構ですから一度敵味方の負傷者の有無を調べて下さい』 玉彦は、 玉彦『承知致しました』 と早くも起つて表へ駆け出し、彼方此方に負傷して血を流し苦しむ軍卒を片つ端から数歌を謡ひ乍ら、残らず癒やし廻りぬ。而して玉彦は一同の前に声を張り上げて宣伝歌を謡ひ聞かしけるに、何れも歌の耳に入るや、悪の守護神の頭に厳しく応へしと見えて益々苦悶の呻り声高くなり行く。奥の一室には鬼雲彦、鬼掴其他の猛将勇卒に向つて厳彦、楠彦は宣伝歌を宣り聞かしゐる。鬼雲彦は此歌を聞くより益々苦悶し始め流汗淋漓、青息吐息を吹き立て目を剥き藻掻く可笑しさ。 言依別『如何しても身魂の因縁と言ふものは争はれぬものだナア。何程結構な教を聞してやつた処で、身魂があはねば帰順させる事が出来ぬと見える。人には人の食ふ食物があり、牛には牛、獅子には獅子、猫には猫、糞虫には糞虫の食糧が惟神的に定つてる様に、教の餌も其通りだと見える。人間の食ふべき食物を牛馬に与ふるのは却て彼等を苦しめる様なものだ。縁なき衆生は済度し難し、悪神は悪神相当の安心を以て居るでせう、何程彼等を救ふてやり度いと思うてもこれは到底駄目でせうよ、再び敵たはぬ様にして帰して与りませうかい』 八島主『貴使の御説、御尤もで御座る。然らば腰より上は暫らく元の硬直状態にして置いて足のみ自由を許して与りませう』 と言ひ乍ら八島主は立ち上り示指をグツと前に差し出し空中に円を描いて、 八島主『半日の間、腰から上は霊縛を加ふ、腰から以下は自由を許す』 との声の下より今迄氷柱の如くなつて居た手足はくの字に曲りムクムクと起つて、首を据ゑたまま、手を垂直したもの、片手を振り上げたもの、種々様々の珍姿怪態の陳列場を開設し、一目散に門外さして先を争ひ逃げ出す。玉彦は此態を見て吹き出し、 玉彦『ヤア此奴は良い工夫だ。オイ数多の魔軍共、之より一日の間、腰より上は霊縛を加へ置く、腰より下は汝等が勝手たるべし、許す』 と云ふ言葉の下に彼等の足は動き出したり。一同は足の自由となりしを幸ひ腰から上は材木の様にビクともせず、足のみ忙しく門外さしてウンともスンとも得言はず、コソコソと此場を逃げ去りにけり。 (大正一一・四・四旧三・八於錦水亭北村隆光録) |
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霊界物語 | 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 | 01 天橋立 | 第一章天橋立〔五九一〕 葦原の瑞穂の国に名にしおふメソポタミヤの顕恩郷 ノアの子孫と生れたるハムの一族鬼雲彦は バラモン教を楯となし霊主体従を標榜し 現の世をば軽んじて魂の行方の幽界を 堅磐常磐の住所ぞと教へ諭すはよけれども 名実共に叶はねば醜の曲事日に月に 潮の如く拡がりて天の下なる神人は 苦み悶え村肝の心ねぢけて日に月に 世は常暗と曇り行く八岐大蛇や醜狐 醜神率ゐる曲鬼を言向和し豊なる 神の御国を樹てむとて恵も広き瑞霊 神素盞嗚の大神は教を開く八乙女の 珍の御子をば遣はして鬼雲彦が身辺を 見守り給ひ曲神の醜の健びを鎮めむと 三五教の宣伝使肝太玉の命をば 遣はし給ひ八乙女と心を併せ力をば 一つになして顕恩郷治め給ひし折柄に 雲を霞と逃げ去りしバラモン教の大棟梁 鬼雲彦の一類はフサの国をば打渡り あちらこちらに教線を布きつつ進む魔の力 斯かる時しも天教山の高天原に大御神は 天の岩戸に隠ろひて暗さは暗し烏羽玉の 闇に徨ふ世の中の人の憂ひに附け入りて 時を得顔の曲神は益々荒び初めにけり 神素盞嗚の大神は千座の置戸を負はせつつ 何処を当と長の旅姿隠して千万の 悩みに遭はせ給ひつつ八千八声の時鳥 血を吐く思ひの旅の空遠き近きの隔てなく 八洲の国を漂浪の御身の果ぞ憐なる 勢猛き竜神も時を得ざれば身を潜め 蠑螈蚯蚓と成り果てて塵や芥に潜むごと 高天原に名も高き皇大神の弟と 生れ出でたる大神もいと浅猿しき罪神の 怪しき御名に包まれて心も曇る五月空 空行く雲の果しなく親に離れし雛鳥の 愛しき五人の姫御子は心汚き曲神の 捕虜となりて痛はしく塩の八百路の八潮路の 大海原に捨小船波のまにまに漂ひつ 海路も遠き竜宮の魔神の猛ぶ一つ島 自転倒島や錫蘭の島常世の国や智利の国 波のまにまに流されてここに姉妹五柱 詮術さへも浪の上涙の雨にうるほひつ 雨風霜に打たれつつ漂泊ひ給ふぞ苛しき 神素盞嗚の大神の霊に生れます八柱の 乙女の中にも秀でたる姿優しき英子姫 容も貌も悦子姫の待女を引つれ朽ち果てし 危き生命の捨小船何時の間にやら日数を重ね 年も二八の若狭湾身の行先はどうなりと 成生の岬を後にして昨日や経ケ岬をば 右手に眺めて宮津湾神伊弉諾の大神の いねます間に倒れしと言ひ伝へたる波の上 長く浮かべる橋立の切り戸を越えて成相の 山の嵐に吹かれつつ漸く心地も与謝の海 波も柔ぐ竜灯の松の根元に着きにける。 二人は舟を棄てて、竜灯松の根元に漸く上陸したり。折柄の烈風海面を撫で、峰吹き渡る松風の音は、一層寂寥の感を与へたり。寒さ身に沁む夕暮の空、ねぐら求めて立帰る烏の群幾千羽、カワイカワイと啼き立て乍ら、大江山の方面指して翔り行く。雲の衣は破れて、処々より天書の光瞬き始めける。二人は路傍に腰を下し、来し方行末の身を案じ煩ひつつ、ヒソビソ物語る。 悦子姫『英子姫様、メソポタミヤの顕恩郷を立出でましてより、情無き魔神の為に、朽ち果てたる舟に乗せられ、押流された時の事を思へば、夢の様で御座いますなア。それにしても、君子姫様始め、四人の姫様は、どふやも計り難しうなられましたでせう、……貴女の御無事に此処へお着きになつたに就いて、四柱の姫君様の御身の上、心にかかる冬の空、情無き凩に吹き捲くられ、冷たき人のさいなみに、心を砕かせ給ふやも計り難し、併し乍ら此処もやつぱり鬼雲彦が縄張の内、ウカウカすれば、又もや如何なる憂目にあはされむも計られませぬ。一時も早く森林に身を忍び、一夜を明かし、山越に聖地を指して参りませうか』 英子姫『アさうだな、長居は恐れ、何とかせなくてはなりますまい。それに就ても姉妹四人の身の上、今頃は何処の果に悩み煩ふならむか』 と首を傾け、暫し涙に沈む。暫しあつて英子姫は頭をあげ、 英子姫『アヽ思ふまい思ふまい、何事も刹那心、惟神に任すより途はない、サア悦子姫、急ぎませう』 と立上らむとする所へ、近付き来る四五人の男の声、ハツと驚き逃げむとする時しも如何はしけむ、英子姫は其場にピタリと倒れたり。悦子姫は探り探りて磯端の水を手に掬ひ口に含み、英子姫の面部を目蒐けて伊吹の狭霧を吹きかけたるに、英子姫は漸くにして顔をあげ、 英子姫『アヽ悦子姫どの、又もや吾身を襲ふ持病の癪、モウ斯うなつては一足も歩かれませぬ、敵に捉はれては一大事、そなたは妾に構はず疾く此場を落ち延びなさい。サア早く早く』 と苦しき息の下より急き立つるを、悦子姫は涙を揮ひ乍ら、 悦子姫『姫君様、何と仰せられます。大切な主人の危難を見棄てて、どうして是れが逃げられませうか、仮令如何なる運命に陥る共、主従死生を共にし、未来は必ず一蓮托生と詔らせ給ひしお詞は、妾が胸に深く刻み込まれ、一日片時も忘れた暇とては御座いませぬ。どうぞ妾に介抱させて下さいませ』 と泣き伏しにければ、英子姫は、 英子姫『エヽ聞分けのない悦子姫、妾は病身の体、仮令此場を無事に遁るればとて、再び繊弱き女の身の、何時病に犯され、悪神の為に捉はるるやも計り難し、汝は一刻も早く此場を立去り、聖地をさして進み行かれよ』 悦子姫は首を振り、 悦子姫『イエイエ、何と仰せられても、此場を去ることは忍ばれませぬ』 英子姫『エヽ聞分けのない、主人の言葉を汝は背くか。妾は今より主従の縁を切るぞゑ』 悦子姫『姫君様、縁を切るとはお情無い其お言葉……』 と云ふより早く、暗に閃く両刃の短刀、英子姫は、病に苦む身を打忘れ、手早く悦子姫の腕を、力限りに握り締め、涙声、 英子姫『逸まるな悦子姫、其方は壮健なる身の上、一日も永く生き長らへて、吾父に巡り会ひ、妾姉妹が消息を伝へて呉れねばならぬ。サアどうぞ気を取直し、一刻も早く此場を立つて下さい、………アレあの通り間近く聞える人々の声、見付けられては一大事、早く早く……』 と急き立て玉へば、 悦子姫『ぢやと申して此れが、どうして見逃せませう。仮令主従の縁は切られても、是れが見棄てて行けませうか』 英子姫『主人が一生の頼みぢや、どうぞ此場を立去つて下さい。斯う云ふ間にも人の足音サア早く早く』 と小声に急き立てる。悦子姫は後髪引かるる心地して、此場を見棄てかね、心二つに身は一つ、胸を砕く時こそあれ、四五人の荒男進み来り、稍酒気を帯びたる銅羅声にて、 男(鬼虎)『ナナ何だ、早く此場を立去れとは、それや誰に吐かすのだい、立去るも、立去らぬ、もあつたものかい、俺は今大江山の御大将の命令を受けて、此処へ漂着して来る筈の、二人の女つちよを捉まへようと思つて、立現はれた所だ。立去れも糞も有つたものかい、………ヘン、人を馬鹿にするない、石熊の野郎め、貴様は何時も暗がりになると怪つ体の悪い、女の泣声を出しよつて………チツト男らしうせないかい』 と云ひつつ拳骨を固めて、一人の男の横つ面をポカンと打つたり。 石熊は、 石熊『アイタタ、コラ鬼虎の奴、馬鹿にしやがるない』 と又もや、石熊は、 石熊『サア返礼だ』 と云ふより早く、鬼虎の横つ面を続け打に、腕の折れるほど擲り付ける。其機に鬼虎はヨロヨロとヨロめいて、二人の娘の上にドサンと倒れ、鬼虎は、 鬼虎『ワアー、恐ろしい、……ヤイヤイ出やがつた、毛の長い……色の青い、冷い奴ぢや。コラ皆の奴、俺を伴れて逃げぬかい』 石熊は、暗がりより、 石熊『アハヽヽヽ、態ア見やがれ、臆病者奴が……オイオイ皆の連中、彼奴ア、酒に喰ひ酔つて、あんな夢を見やがつたのだ、ウツカリ傍へ行かうものなら、暗がりに握拳を振り廻されて、目玉が飛んで出るような目に遇はされるぞ。……行くな行くな、まあジツと酔ひの醒める迄、容子を見て居らうぢやないか……アーア俺も大分に酔がまはつた、どうやら足が隠居した様だワイ』 一人の男大声で、 男(熊鷹)『一体汝等、何の為に沢山の手当を貰つて偵察に歩いて居るのだい……其足は何だ、肝腎要の正念場になつて、足を取られると云ふ事があるものかい、チツと確りせないか』 石熊『有るとも有るとも、俺やアル中だ』 男(熊鷹)『アルチウと云つても、歩いて居らぬぢやないか』 石熊『アルコール中毒だ、邪魔臭いから、アル中と云つたのだい、………アーア、もう一足もアル中事が出来ぬ様になつたワイ………。コラ熊鷹の野郎、貴様は何だ、他人にばつかり偉相に云ひよつて……貴様も足が変テコぢやないか』 熊鷹『チチチツと、なんだ、何して……居るものだから、いまこそは、千鳥にあらめノチハ、ナトリニアラムヲ、イノチハ、ナシセタマヘソ、イシトウヤ、アマハセヅカイ、アマノハシダテ、二人の女を見失ひ、鬼雲彦様に、コトノカタリゴトモコウバだ、アハヽヽヽ。アヲヤマニ、ヒガカクラバ、ヌバタマノヨハイデナン、アサヒノ、エミサカヘキテ、タクヅヌノ、シロキタダムキ、アワユキノ、ワカヤルムネヲ、ソダタキ、タタキマナガリ、マタマデタマデ、サシマキ、モモナガニ、イヲシナセ、トヨミキタテマツラセ……てな事を宅の山の神様奴が仰有りまして、ついトヨミキをアカニノホに飲し召したのだ。神酒は甕瓶高しり、甕のはら満て並べて、海河山野種々の珍物を横山の如く、うまらに、つばらに飲食し、大海原に船充ち続けて、陸より行く路を、荷の緒結かため、駒の蹄の至り止まる限り、………熊鷹の爪は、随分長いぞ。愚図々々吐かすと、石熊の菊石面を抓つてやらう、イヤサ掻きむしらうかい、ウーンウンアハヽヽヽ』 石熊『何を吐すのだい、お役目大切に致さぬかい、コンナ処へ、暗まぎれに、二人の娘が遣つて来よつたら、貴様どうする積りだ。彼奴ア、中々女に似合はぬ腕利きと云ふ事だ、経ケ岬の虎彦が急報に依つて、鬼雲彦より火急の御命令、しつかり致さぬと、反対にやられて了ふぞ。アーツ、エーツ、ガ、ガアー、ガラガラガラガラ』 熊鷹は、 熊鷹『アア臭いワイ、酒や飯の混合した滝を、人の顔の上へ流しよつて、……胸の悪い……エエ、アどうやら俺もへへへへ、へどが出さうな。オイコラ、おとら……ヲヲ桶を持て来い、………背を叩け、ガアヽヽヽガラガラガラガラ』 鬼虎は震ひ声で、 鬼虎『オオオイ、貴様は何を愚図々々して居るのだ、早く来ぬかい、俺をかたげて逃げてくれ、何だか怪体な、ババ化州が出やがつたゾ』 石熊は、 石熊『エー喧し吐すない、……俺の口から大洪水が出て、人家殆ど流失、死傷算なしと云ふ惨状だ、貴様を助ける所かい、非常組でも繰出して救援に向はぬかい、ガラガラガラガラ』 熊鷹『エー怪つ体の悪い、合点の往かぬ夜さだナア、此処まで来たと思へば、俄にピタリと足が止まり、まるで地から生えた木の様になつて了つた。……ヤイ何とかして俺の足を動く様にせぬかい』 暗がりより、 高(?)『動く様にせいと云つたつて、俄に、鋸の持合せがないから、根から伐つてやる訳にも行かず、マア冬が来て、木の葉が散り、枯木になる迄辛抱したが宜からう。さうすりや又、三五教ぢやないが、枯木に冷たい花が咲かうも知れぬぞ、ワハヽヽヽ』 熊鷹『エ、エ、どいつも此奴も、腰の弱い奴許りだナア』 鬼虎『ヤーイ、皆の奴、どうやら此奴ア、目的の二人の奴らしいぞ、しつかりして生捕にせうぢやないか』 石熊『ナ、ナ、何ぢやア、貴様、最前から腰が抜けたと吐かしよつて、綺麗な女の二人の上に、ムツクリと寝て居よつたのか、抜目のない奴だのう』 鬼虎『まだ目は抜けぬが、サツパリ腰が抜けたのだ。……誰か腰の抜けぬ奴、出て来て此奴を縛らないか。どうやら癪を起こして居るらしい、今フン縛るのなら、容易なものだ……コラ石熊、熊鷹、早く来て捕縛せよ』 熊鷹『何だか今日は日和が悪いので、キヽヽ気に喰はぬので……ヲヽヽ叔母の命日だから殺生は廃めとこかい、……コラ、ヤイヤイ石熊、今日は貴様の番だ、貴様に手柄を譲つてやらう』 石熊『俺も何だか今日は気が進まぬワイ、女房の命日だから、殺生はやめとこかい』 熊鷹『アハヽヽヽ、貴様、女房も持つた事のないのに、命日が何処にあるか、馬鹿にするない』 石熊『俺の女房は貴様知らぬのか、ザツと十八人だ、其中に一番大事のお春が今日死ンだ日ぢや、彼女が俺の霊の女房だ。アーア思へば可哀相な事をしたワイ、オンオンだ』 鬼虎『何を吐かしやがる、ソラ隣の八兵衛の女房だらう、間違へると云つても、嬶を取違へる奴がどこにあるかい』 石熊『俺は勝手に俺の心で女房にして居つたのだ。アンアンアン、思へば可憐らしい事をしたワイの、オンオンだい』 英子姫は、 英子姫『ヤア悦子姫殿、妾も其方の親切なる介抱で快くなりました。サアサア二人揃うて行きませう』 悦子姫『ハア夫れは夫れは嬉しい事で御座います、是れと申すも全く御父神素盞嗚の……』 英子姫は小声で、 英子姫『シツ』 と制しながら、口に手を当てたまへば、悦子姫は早速の頓智、 悦子姫『是れと申すも全くお酒の爛が荒びましたので、皆様があの通り、妾達に余興をして見せて下さいますのですなア。ここへお月様でも上つて下さいましたら、さぞ面白い事でせうに、………お声許りで見栄が御座いませぬ、耳で見て、目で聞けとの神様の御教、ホヽヽヽ』 熊鷹『ヤイヤイヤイ、貴様は素盞嗚尊の娘であらう、何を吐すのだい、耳で見るの目で聞くのと、まるでババ化物の様な事を吐す奴だ。コリヤ女、そこ動くなツ』 悦子姫は、 悦子姫『オホヽヽヽ皆さま、動くなと仰有つても、何だか体が独り自由自在に動いて仕方がありませぬワ、皆さまは動きたいと思つても動けますまい、妾が一寸霊縛をかけて置きましたからネー、マアマア御寛りと管でも巻いて夜徹かしをなさいませ、……左様ならば皆さま、お気の毒様乍ら、お先失礼を致します………あの、もし姫君様、サア斯うお出でなさいませ』 英子姫は、 英子姫『ホヽヽヽ皆様、御寛りと、何も御座いませぬが、ヘドなつと掻き集めて、ネーおあがり遊ばせ。あなたのお身の内から出た物、あなたの又お身の内へお入れ遊ばすのだ。人を呪はば穴二つ、おのれに出でて己れに帰るとかや、あな有難や神様のお守り』 と行かむとするを、鬼虎は一生懸命に英子姫の裾を握つた儘放さぬ。 英子姫『ヤア厭なこと、此男、妾の裾を握つてチツとも放して呉れないワ』 悦子姫『どうしませう………アヽさうさう、此男が姫君様のお裾を握つた儘霊縛をかけられたものですから、其儘凝つて了つたのでせう。ホヽヽヽ、是れは偉い不調法致しました。……コリヤコリヤ此鬼の様な片腕、霊縛を解いて遣る、サア放せ』 『ウン』と一声、鬼虎の握り拳はパラリと解けたりける。 英子姫『アヽ有難う、是れで放れました』 石熊『ヤイヤイ鬼虎の奴、案に違はず、女の裾をひつぱつて居やがつたな、ナマクラな奴だ。よしよし貴様の嬶に、明朝早々告発だ、さう覚悟致せ』 熊鷹『ナニ心配するな、俺が特別弁護人になつて喋々と弁論をまくし立ててやるから、キツト石熊の敗訴だ、無罪放免になつた上、損害賠償を此方から提起してやらうか、アハヽヽヽ』 英子姫、悦子姫は暗に紛れてスタスタと、何処ともなく姿を没したりける。後には海面を吹く風の音、天鼓の如くドドンドドンと鳴り響きぬ。五人の男は暗がりより、破れ太鼓の様な声を張上げて、 五人『オーイオーイ、二人の女、暫く待てい。オーイオーイ、かやせ、戻せい……』 と熊谷もどきに叫び居たりけり。 (大正一一・四・五旧三・九松村真澄録) |
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霊界物語 | 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 | 06 石槍の雨 | 第六章石槍の雨〔五九六〕 大空碧く澄み渡り山河清くさやかにて 静かに流るる和知の川枝も鳴らさぬ音無瀬の 川の流れは緩やかに幾千丈の青絹を 流すが如くゆらゆらと水瀬も深き由良の川 神代も廻り北の風真帆を膨らせ登り来る 深き恵を河守駅や河の中央に立ち岩の 関所を越えて漸うに足許早き長谷の川 水の落合右左左手に向ひ舵をとり 上る河路も長砂や幾多の村の瀬を越えて 此処は聖地と白瀬橋下を潜つて上り来る 臥竜の松の川水に枝を浸して魚躍り 月は梢に澄み渡る向方に見ゆるは稲山か 丹波の富士と聞えたる弥仙の山は雲表に 聳えて立てる雄々しさよ敵も無ければ味方郷 味方平に船留めて四方の国形眺むれば 青垣山を繞らせる下津岩根の竜宮館 此処は名におふ小亜細亜地上の高天と聞えたる 昔の聖地ヱルサレム橄欖山や由良の 景色に勝る聖地なり。 神素盞嗚大神、国武彦命其他三人は、桶伏山の蓮華台上に登らせ給ひ、天神地祇八百万の神を神集へに集へ給へば、命の清き言霊に先を争ひ寄り来る百の神等、処狭きまで集まりて、皇大神の出でましを、祝ひ寿ぐ有様は、蓮花の一時に、開き初めたる如くなり。 神素盞嗚大神は、国武彦命に何事か、密に依さし給ひ、ミロク神政の暁迄三十五万年の其後に再会を約し、忽ち来る丹頂の鶴にヒラリと跨り、中空高く東を指して飛び去り給ふ。国武彦命は亀彦を始め、英子姫、悦子姫に何事か囁き乍ら万司に向ひ厳格なる神示を与へ、茲に別れて只一柱、四王の峰の彼方に雄々しき姿を隠したまひける。 後に残されし一男二女の宣伝使は二神の依さしの神言を心の底に秘め置きて、又もや此処を立ち出でて、大江の山を目蒐けて、いそいそ進み行く。嗟此の山上の五柱は、如何なる神策を提議されしぞ。神界の秘密容易に窺知すべからず、月は盈つとも虧くるとも、仮令大地は沈むとも誠の力は世を救ふ、誠の神が出現し再びミロクの御代となり、世界悉く其堵に安むじて、天地の神の恵みを寿ぎ、喜び、勇む尊き神代の来るまで、云うてはならぬ神の道、言ふに言はれぬ此仕組、坊子頭か、禿頭、頭かくして尻尾の先を些し許り述べて置く。もとより物語する王仁も、筆執る人も聞く人も、何だか拍子の抜けたやうな心いぶせき物語、今は包みてかく言ふになむ。 秋山彦の門前に数多の魔人を引連れて、現はれ出でたる鬼彦は、第一着に秋山彦の口に石を捻込み、猿轡を箝ませ、高手小手に縛め置き、尚も進みて奥殿深く、神素盞嗚の大神を始め、国武彦、紅葉姫、英子姫、亀彦諸共、高手小手に踏ン縛り、勝鬨あげて悠々と大江山の本城を指して勇み帰り行く。 千歳の老松生茂れる山道を、網代の駕籠を舁つぎながら、川を飛び越え岩間を伝ひ、やつと出て来た魔窟ケ原、一同網代の駕籠を下ろし周囲の岩に腰打ち掛け、息を休めながら雑談に耽る。 甲(熊鷹)『オイ鬼虎、貴様は竜灯松の根本に於て、さしも強敵なる二人の女にちやつちや、もちやくにせられ、鬼雲彦の御大将に目から火の出るやうなお目玉を頂戴致して真青になり、縮上つて居よつたが、何うだい、今日は大きな顔をして帰れるだらう、帰つたら一つ奢らにやなるまいぞ』 鬼虎『オヽさうだ、熊鷹、貴様らも同じ事だ、あの時の態つたら見られたものぢやなかつたよ。何分此方様の御命令通り服従せないものだから、ハーモニイ的行動を欠いだ為めに思はぬ失敗を演じたのだ。それにしても慎むべきは酒ではないか、あの時に吾々は酒さへ飲みて居なかつたら、アンナ失敗は演じなかつたのだよ』 熊鷹『ナニ、決して失敗でもない、二人の女を取り逃がした為に却て素盞嗚尊の所在が分り、禍転じて幸となつたやうなものだ。何事も世の中は人間万事塞翁が馬の糞だ、併し今日は鬼彦の指揮宜しきを得たる為に、かういう効果を齎したのだ、何事も戦ひは上下一致ノーマル的の活動でなくては駄目だワイ、何程ジヤンジヤヒエールが沢山揃つて居たところで総ての行動に統一を欠いだならば失敗は目前だ。総て何事も大将の注意周到なる指揮命令と、吾々が大将に対する忠実至誠のベストを尽すにあるのだ、サテ鬼彦の御大将、今日の御成功お祝ひ申す、之で鬼雲彦の御大将も御安心貴方も安心皆の者も安心、共に吾々も御安心だ、アハヽヽヽ』 此時頭上の松の茂みよりポトリポトリと石の団子が雨の如く降り来り、鬼彦始め、鬼虎、熊鷹其他一同の体に向つて叩きつけるやうに落ち来たり。一同はアイタヽ、コイタヽ、イヽイタイと逃げようとすれども、石雨の槍襖に隔てられ、些しも身動きならず頭部面部に団瘤を幾つとなく拵へけり。石熊は頭上を仰ぐ途端に鼻柱にパチツと当つた拳骨大の石に鼻をへしやがれ、血をたらたらと流し、目をしかめ、ウンと其場に倒れたり。網代駕籠の中に囚はれたる神々は、金城鉄壁極めて安全無事、此光景を眺めて思はず一度に高笑ひ、アハヽヽヽ、オヽホヽヽヽ。 石の雨はピタリとやみぬ。神素盞嗚尊を始め、一同七人はヌツと此場に現はれたりと見れば猿轡も縛の縄も何時の間にか解かれ居たりける。 悦子姫『オー皆様気の毒な事が出来ましたナア。此峻嶮の難路を吾々を駕籠に乗せて、命辛々汗水垂らして送つて来て呉れました博愛無限な人足を、頭部面部の嫌ひなく、支店を開業して団子販売営業を盛に奨励致して居ります。何うか皆さま腹も減いたでせう、あの出店の団瘤を一つ宛買つてやつて下さい、アハヽヽヽ』 亀彦『吾々も大変腹が減きました。支店の売品では面白くない、一層の事本店の背から上の目鼻の附いた団瘤を捩ちぎつて頂戴致しませうか。アハヽヽヽ』 一同『ホヽヽヽヽ』 鬼虎は顔を顰めながら、 鬼虎『ヤイヤイ皆の奴確りせぬかい、石の雨が降つたつてさう屁古垂れるものぢやない。俺は除外例だが、貴様達は早く元気をつけて此奴を踏ン縛つて仕舞はねば、ドンナ事が出来致すも分らぬぞ。エイ、何奴も此奴も腰抜けばかりだナア、鬼掴の奴、敵と味方と感違ひを仕よつて、味方の頭上に石弾を降らしよつたのだ。敵の石弾に打たれたと云ふのならまだしもだが、味方の石弾に打たれてこの谷川の露と消えるかと思へば、俺ア死ンでも死なれぬ哩。アヽヽ何うやら息が切れさうだ、オイ貴様達、俺の女房を呼ンで来て呉れ、最後の際に唯一目会うて死にたい顔見たい、そればつかりが黄泉の迷ひだ。アンアンアン』 熊鷹『ヤイヤイ何奴も此奴も確りせぬかい、何ぢや、地獄から火を取りに来たやうな真青な顔をしよつて、ソンナ弱い事でこの役目が勤まらうか、確りせぬかい、アイタヽヽ、矢張り俺も苦しい哩、苦しい時の鬼頼みだ、南無鬼雲彦大明神様、吾等が精忠無比の真心を憐れみ給ひ、一時も早く痛みを止め、其反対に素盞嗚一派の奴の頭の上に鋼鉾の雨でも降らして滅ぼし給へ。それも矢張貴方の為ぢや、一挙両得自分が助かりや家来も助かる、コンナ好い事が何処にあるものか、エヽナンボ頼みても聞き分けのないバラモン教の大神様だワイ』 此時又もや鋭利なる切尖の付いた矢は雨の如く降り来り、鬼彦以下の魔神の身体に遠慮会釈もなく突き立ちにける。 熊鷹(か?)『アヽまたか、大神様は感違をなされたか、敵はあの通り無事、味方には激しき征矢の集注、好く間違へば間違ふものだなア、アイタヽヽヽ耐らぬ真実に此度は息が切れるぞ、仕方が無い死ンだら最後地獄の鬼となつて此奴共の来るのを待ち受け、返報がへしをしてこます、ヤイ素盞嗚尊、其他の奴等覚えて居れ、貴様が死ンだら目が潰れるやうに、口が利けぬやうに、びくとも動けぬやうにしてやるぞや』 亀彦『アハヽヽヽ、吐くな吐くな、目が潰れる口が利けぬ、体が動かぬやうにしてやらうとは好くも言へたものだワイ、天下一品の珍言妙語だ、モシモシ英子姫さま、悦子姫さま、舞でも舞うたらどうでせう、コンナ面白い光景は滅多に、大江山でなくては見られませぬよ』 英子姫、悦子姫『ホヽヽヽヽ』 秋山彦は両手を組み、声も涼しく一二三四と天の数歌を唱ふるや、一同の魔神の創所は忽ち拭ふが如くに癒え来たり、彼方にも此方にも喜びの声、充ち充ちにける。 『アヽ助かつた』 『妙だ』 『不思議だ』 『怪体の事があるものだワイ』 と囁き始めたり。秋山彦は一同に向ひ声も涼しく宣伝歌を謡ふ。 秋山彦『朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 鬼雲彦は強くとも大江の山は深くとも 数多の部下はあるとても虱の如き弱虫の 人の生血を朝夕に漁りて喰ふ奴ばかり 沢山絞つて蓄へた身体の中の生血をば 吐き出すための神の業頭を砕く石の雨 血を絞り出す征矢の先潮の如く流れ出でぬ 吾は此世を救ふてふ人子の司三五の 神の教のまめ人ぞ鬼や悪魔となり果てし 汝が身魂を谷川の清き流れに禊して 天津御神のたまひたるもとの身魂に立て直し 今迄犯せし罪咎を直日に見直し聞き直し 百千万の過ちを直日の御霊に宣り直す 神素盞嗚の大神の恵も深き御教 胆に銘じて忘れなよ石熊、熊鷹、鬼虎よ 心猛しき鬼彦も此処で心を取り直せ 如何なる敵も敵とせず救ひ助くる神の道 誠の力は身を救ふ救ひの神に従ふか 曲津の神に心服ふか善と悪との国境 栄え久しき天国の神の御魂となり変はり 誠一つの三五の教にかへれ百人よ 元は天地の分霊善もなければ悪もない 善悪邪正を超越し生れ赤子の気になりて 天地の法則に従へば鬼や大蛇の荒ぶなる 魔窟ケ原も忽ちにメソポタミヤの顕恩郷 栄えの花は永久に木の実は熟し味もよく 心を砕いて世の人を苦しめ悩め吾身亦 苦しむ事は要らぬものサア諸人よ諸人よ 心の底より改めて真の道に帰るなら 神は救の御手を延べ栄に充てる永久の 高天に救ひ玉ふべし応は如何にサア如何に 心を定めて返り言声も涼しく宣れよかし 神は汝の身に添ひて厚く守らせ給ふらむ あゝ惟神々々霊幸倍坐世よ』 と謡ひ終れば、鬼彦始め一同は大地にはたと身を伏せて、感謝の涙に咽びつつ山岳も揺ぐばかりに声を放つて泣き叫びける。 (大正一一・四・一四旧三・一八加藤明子録) |
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霊界物語 | 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 | 11 宝庫の鍵 | 第一一章宝庫の鍵〔六〇一〕 神素盞嗚の瑞霊国武彦の厳霊 三五教の宣伝使名さへ目出度き亀彦が 闇を照して英子姫悦子の姫と諸共に 鬼武彦の守護りにてさしもに猛き曲津神 鬼雲彦の一族を言向け和し服従はぬ 数多の鬼は四方八方に雲を霞と逃げ散りて 鬼雲彦は雲に乗り伊吹の山の方面に 逃げ失せたりと取り取りの高き噂を菊月の 空を照して昇り来る三五の月の夕間暮 秋山彦の門前に現はれ出でたる二人の男女 覆面頭巾の扮装に四辺を憚り声低に そつと門戸を叩きつつ頼も頼もと訪へば ハツと答へて出で来る加米公銀公の両人は 戸の隙間より垣間見て二人の姿を怪しみつ 何人なるかと訊ぬれば声淑やかに答へらく 我は日の出大神ぞ行成彦の神の宮 早く開けさせ給へかし秋山彦の神司に 申上ぐべき仔細あり早く早くと急き立てて 何とはなしに落ち付かぬ怪しき風情に加米公は 口を尖らし呶鳴り立て日の出神とは心得ぬ 三五の月の皎々と上り初めたる夕間暮 門戸を叩き訪ふは日暮の神に非ざるか 行成彦とは嘘の皮宿を失ひ行詰り彦の 醜の命の曲神か門は締めても秋山彦の 神の司の御館汝等二人の胸の内 未だ開かぬ曲津見の醜の容れもん砕け門 摺つた門だと申さずに早く帰るがよからうぞ 日暮に門を叩く奴碌な奴ではあるまいぞ 用事があれば明日来れ此の大門は吾々が 夜昼寝ずに守る門大門開きは日の出時 其日暮しの門番も日暮の門は開かない 帰れ帰れと急き立つる。 高姫『十里四方は宮の内、大門開きの日の出神、一時も早く秋山彦の御大将に、日の出神行成彦の神の御入来と申し伝へよ、門番の分際として門の開閉を拒む事はなるまい、愚図々々致して、後で後悔するな、今宵に迫る当家の大難、救ひの神と現はれた日の出神を何と心得る』 と慄ひを帯びた癇声を張上げ、形相凄じく突立ち居る。 加米公『オイ銀公、一寸覗いて見よ、顔に白粉をべたりとつけて何だか嫌らしい女が一人、青瓢箪のやうな面をした男が一人だ。何でも大変な事がお館にあるので知らしに来たとか、此門開けねば明日になつて後悔をするとか云つて居る、どうしたら好からうかな』 銀公『何と云うても御主人様の云ひつけ、暮六つ過ぎたなら、何人が来ても開ける事はならぬとの厳命だ。ほつとけほつとけ』 加米公『それでも普通の人間ではない、神だとか云つて居るやうだ』 銀公『神にも種々ある、人を喰ふ狼もあれば曲津神もあり、鼻紙、塵紙、尻拭き紙もあるワ、ようかみ分けて判断をせないと後になつて歯がみをなして悔しがらねばならぬ事が出来するぞ、どれどれ一つ俺が覗いて様子を調べてやらう』 銀公は門の隙間より片目を塞ぎ、片目を当てて覗きながら、 銀公『ハヽヽヽヽ、彼奴ア神に間違ひないが、薑だ、咳嗽や痰の薬なら持つてこいだ。よう何だか耳に口を当てて密々話をやつて居よるワ、あの顔色の青い男はあの女のハズバンドだな、気楽な奴もあればあるものだ、人の門前に立つて意茶ついて居やがる。お月さまに恥かしくは無いだらうかなア』 青彦『モシモシ、御館に対して今夜の中に大事が突発致します、一寸先は闇の夜だ、吾々は天下を助ける宣伝使だ、どうぞ開けて下さい』 銀公『ナヽヽ何を吐すのだ、今夜のやうな明月に、一寸先は闇の夜だとはそれや貴様の心の中の事だらう、用事があらば明日来い。仮令此館に如何なる変事が突発せうとも、貴様の容喙する所ぢやない、トツトと帰れ』 高姫『左様では御座いませうが日の出神様より強つての御神勅、何は兎もあれ秋山彦の御主人に此由お伝へ下さいませ』 銀公『アヽ仕方がないな、兎も角御主人様に申し上げて来るから、それまで、貴様は此処に待つてけつかりませ、オイオイ加米公、俺が出て来るまで邪が非でも開けてはならぬぞ』 と言ひ捨て奥を目蒐けて駆け出したり。 青彦『もしもし門番さま、早く開けないか、愚図々々して居るとお前の身の上が危ないぞ。根の国底の国へ真逆様に落されると可憐さうだから気をつけてやり度いと神様の御神勅で出て来たのだ』 加米公『神勅でも何でも主人の許しなきまでは開けられぬ、根の国底の国と云ふ地獄に落ちるか知らぬが、地獄の沙汰も金次第だ、もし此門あけて地獄にでも落ちては困るから、お前さまも何々を出しなさい、さうしたら開けて上げやう、金さへあれば地獄の釜の蓋でも開くと云ふ事、鬼に酒代をやつて地獄を逃れる分別をさせなくてはならぬからサア出したり出したり、惚薬外にないかと蠑螈に問へば指を輪にして見せたげな、蠑螈でさへもそれだもの、同じ水に住む加米公に円いものを出しなさい、そつと開けてやるから』 高姫『サアこれだから瑞の霊の教は悪のやり方だと云ふのだよ、門番までが金取主義ぢや。これこれ青彦さま、この一事を見ても如何に三五教が現金主義、利己主義、吾よしの遣方と云ふ事が分るぢやないか。お前さまもよい加減に目を醒まさぬと瑞の霊に尻の毛が一本も無いところ迄抜かれて仕舞ひますぞゑ』 青彦『さうですな、隅から隅まで抜け目のないお前さまと思つて居たのに、三五教はも一つ哥兄ですなア』 加米公『エヽ、愚図々々と出し惜みをする奴だなア、何処の宣伝使か知らぬが、三五教が銭払ひがよい、吾々のやうな門番のやくざものでも、此方から何も云はぬに小判の二枚や三枚はそつと懐中に入れて呉れる、此奴はウラナイ教と見えて此方から露骨に請求しても出しやがらぬ吝嗇坊だ、それだから三五教の信者を自分が苦労もせずに掻き落しに廻つてウラナイ教に入れる事許り考へて居やがるのだ。オイオイ二人の宣伝使、忘れものはないか、何かお前は忘れて居るだらう、渡し船に乗つてもはし銭が要るぢやないか、門を潜るのに何々で潜ると云ふ法があるか、エヽ気の利かぬ宣伝使ぢやな、銀公の奴が居らぬ間に一つ権兵る積りで居たのに、先方が気の利かぬドンベイだから成功覚束なしと云ふものだ』 斯かる所へ銀公は走り来り、 銀公『ヤア加米公、御主人の申つけだ、直に門を開いてお通し申せ』 加米公『アヽさうか』 と閂を外し左右に開いて声を変へ、 加米『アヽこれはこれは立派な立派な御神徳のありさうな二人の宣伝使様、私は奥に急用あつて居りませなかつたものだから家来の奴、摺つた門だと理屈を申し、吝嗇な事を申してお金を強請つたさうで御座います、決して、当家は三五教の信者ですから、上から下まで清浄潔白お金などは手に触れるのも汚がつて居るものばかりです、此頃傭うた門番が一人御座いまして、其奴が今迄バラモン教の信者であつたものですから、二つ目にはお金の事を申しまして恥かしう御座います、決して私が申たのでは御座いませぬ、悪しからず、御主人にお会ひになつても加米公が云つたのではないと弁解して置いて下さい、兎角誤解の多い世の中、清浄潔白の加米公迄が、門番の傍杖を喰つて痛くない腹を探られるのも余り心持の好い門ぢや御座いませぬ』 と初めの作り声をいつしか忘れて元の地声になつて仕舞ひける。 高姫『ホヽヽそれでも貴方のお声が好く似てますナア、初の方は違ふ方かと思ひましたが、矢張最前のお声の持主、ようマアお化け遊ばすなア、大化物の瑞霊の乾児だけあつて化ける事は奇妙なものだ。ホヽヽヽヽ』 加米公は又もや作り声になつて、 加米公『イエイエ決して決して、初の内は私の地声で御座いました、中途に新米門番の生霊が憑きやがつて云つたのです、夫れで新米門番其儘の声が出ました。アハヽヽヽ』 と笑ひに紛らさうとする。 銀公『アハヽヽヽ、地獄の沙汰も加米次第だな』 加米公『地獄の沙汰も加米と銀公とで埒が明く世の中だ。アハヽヽヽ、サアサアお二人のお方、トツトとお入り遊ばせ』 二人は定つた事だと云はぬ許りに大手を振り大股に意気揚々として、のそりのそりとのさばり行く。二人は玄関にヌツと立つて家の様子を覗き込むやうな、覗かぬやうな体に聞き耳立てて居る。玄関の障子をさつと開いて現はれ出でたる一人の男、 男『オー貴方は高姫さま、青彦さま、此間は豪いお気の毒な御災難が御座いまして、其後一度お見舞に参らうと思つては居ませぬが、随分お火傷なさいましたさうで、水責、火責、煙責、眼から火の出の神様、青息吐息の顔真青な青彦さま、ようマア態々、お尋ね下さりやがつた。マアマア御遠慮がありますれば、御用事無く、とつとと入りやがるな』 と云ふかと見ればプスリと姿は消えにける。二人は玄関に立ちながら、 高姫『これだから化物教だと云ふのだよ、青彦さま、これだから私に随いて実地教育を受けねば駄目だと云ふのだよ、日の出神の眼力は違やしよまいがな』 青彦『本当にさうです、いやもう恐れ入谷の鬼子母神ですワ』 高姫『ソンナ剽軽な事を云うてはなりませぬ。お前も何うやらすると瑞の霊の悪霊に憑依されたと見える、些と確りなさらぬかい』 此時奥の方より紅葉姫は淑やかに此場に現はれ、 紅葉姫『これはこれはお二人のお方、夜中にお越し下さいましたのは何か変はつた事が在すのでは御座いませぬか、兎も角お上り下さいまして御休息の上、御用の趣仰せ聞け下さいませ』 高姫『左様ならば遠慮なく御免蒙ります、サア青彦、貴方も随いて来なさい、随分気をつけて油断せぬやう眼を八方に配るのだよ』 紅葉姫『私方は三五教の信者、善の道を遵奉するもの、御心配下さるな、滅多に陥穽もありませぬ、又地の底に魔窟ケ原のやうな隠れ場所も造つては御座いませぬ、マア悠くりと、安心して胴を据ゑて下さいませ』 高姫『此間は御主人様はお気の毒な事で御座いましたなア、何うぞ霊様なりと拝まして下さい、三五教を信仰なさつても矢張悪魔には叶はぬと見えます、大江山の鬼雲彦の部下に捕へられ嬲殺しにお遭ひなさつたさうだが、私が聞いても涙が澪れる、况して女房の貴女、御愁傷の程お察し申します』 と、そつと目に唾をつけ、オンオンと空泣きに泣き立てる。青彦はポカンとして紅葉姫の顔を見詰めて居る。高姫は青彦の裾をそつと引き、泣き真似をせよと合図をする、青彦は些しも合点行かず、 青彦『エ何ですか、私の着物に何ぞ着いて居りますか、甚う引つ張りなさいますな』 紅葉姫『オホヽヽヽ、それは御親切有難う御座います、私の主人は無事帰つて参りました、これも全く三五教の御神徳で御座います、余り三五教の勢力が強いので嫉み猜みから、ウラナイ教とやらが出来て、其処ら中を掻き廻して歩くと云ふ事で御座います、よう人の真似の流行る世の中、人が成功したからと云うて自分が其真似をして向ふを張らうと思つても、身魂の因縁性来で到底思惑は立つものぢやありませぬ、貴女はウラナイ教の宣伝使とお見受致しますが、一体ウラナイ教はドンナ教で御座いますか』 高姫『三五教はあれは元は好かつたが、今は薩張り駄目です、三五教の誠生粋の根本は、日の出神の生宮、この高姫が何も彼もこの世の開けた根本の初りから、万劫末代の世の事、何一つ知らぬと云ふものはないウラナイ教です、それだから誰にも聞かずにお家の御主人秋山彦様の御遭難もチヤンと分つて居るのです、ナンとウラナイ教は立派なものでせうがナ』 紅葉姫『死ンでも居ない吾夫秋山彦を死人扱ひなさるのは、如何にも好く分つた偉い神様ですなア、秋山彦はピンピンして居りますよ』 高姫『それは貴女身魂の因縁をご存じないからソンナ理屈を仰有るが、三五教で一旦大江山に囚はれ死ンだ処を、此高姫が日の出神の水火を遠隔の地よりかけて、神霊の注射をやつたから生返つたのだよ、サアこれからは心を改めてウラナイ教に改宗なされ』 紅葉姫『朝日は照るとも曇るとも、月は盈つとも虧くるとも、仮令大地は沈むとも、三五教は世を救ふ、誠の神の御教、ウラナイ教はどうしても虫が好きませぬ、合縁奇縁蓼喰ふ虫も好き好き、えぐい煙草の葉にも虫がつく、改宗するのは見合しませう、いや絶対に嫌ですワ、ホヽヽヽヽ』 奥の方より秋山彦の声がして、 秋山彦『紅葉姫紅葉姫』 と聞え来る。 『ハイ』と答へて紅葉姫は二人に軽く会釈して奥の間さして進み入る。 二人は紅葉姫の後姿を目送しながら眼を転じて額を見れば、額の裏に鍵の端が現はれて居る。高姫は立上り、手に取り見れば冠島沓島の宝庫の鍵と記されてある。高姫はニヤリと笑ひ、これさへあれば大願成就と手早く懐中に捻込み素知らぬ顔、青彦はがたがた慄ひ出し、 青彦『もしもし高姫さま、ソヽそれは何と云ふ事をなされます、当家の什物を貴女の懐中にお入れ遊ばすとは合点が参りませぬ』 高姫『シーツ、エヽ融通の利かぬ男だな、日の出神の御命令だ、此家に冠島沓島の鍵を持つて居る事は天眼通でチヤンと睨みてある、之をかぎ出す為にやつて来たのだよ、サアサア今の中に夜に紛れて此処を立ち去り船を拵へ冠島に渡りませう』 と先に立つて行かむとする。 青彦『一応当家の方々に御挨拶を申上げねばなりますまい、何だか心懸りでなりませぬわい』 高姫『エヽ合点の悪い、愚図々々して居る時ぢやない、時期切迫間髪を容れずと云ふこの場合だ。大功は細瑾を顧みず細君は夫を顧みず、神国成就の為に沐雨櫛風、獅子奮迅の大活動早く御座れ』 と裏門よりそつと此家を逃出したり。秋山彦邸内の者は一人として二人の者の逃走せし事に気が付かざりける。二人は由良の港に駆けつけ一艘の小船を○○し、青彦は艪を操り、高姫は櫂を漕ぎ一生懸命月照る海原を漕ぎ出したりける。 (大正一一・四・一五旧三・一九加藤明子録) |
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霊界物語 | 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 | 14 鵜呑鷹 | 第一四章鵜呑鷹〔六〇四〕 亀彦は艪を漕ぎ乍ら、海風に向つて、 亀彦『田辺見たさに松原越せば、田辺隠しの霧がこむ』 と船唄面白く、遂に竹島、博奕ケ岬、目の白黒岩を越え、松原を右手に眺め、蛇島、広島左手に眺めて、やうやう十七夜の黄昏過ぐる頃、田辺の湊に安着したり。咫尺を弁ぜぬ宵闇の空、高姫、青彦は、船の横着けになるを待ち兼ね、ヒラリと飛上り、暗に紛れて姿を隠しける。 亀彦『ヤア高姫は居らぬか、青彦は何処ぞ……鬼武彦様どう致しませう』 暗がりの中より、青彦、高姫の声、 高姫、青彦『アハヽヽヽ、オホヽヽヽ、大きに憚りさま、此玉渡してなるものかい、……皆さま、アバヨ、アリヨース』 と冷嘲的怪声を漏らし、何処ともなく、闇に紛れて消え失せたり。鬼武彦、亀彦は直ちに船を飛びあがり、 鬼武彦、亀彦『アー失敗つた、由良の湊へ着けさへすれば、コンナ事も無かつたらうに、……高姫の言に従ひ、田辺へ着けたのが此方の不覚……エー仕方がない、後を追つかけようにも真の暗、一先づ秋山彦の館に立帰り、御相談を致しませう』 と力無げに物語りつつ、由良の湊を指して、テクの継続をなし、由良の湊の少し手前まで一行帰り来る折しも、東天を照して昇り来る十七夜の、楕円形の月松の木の間に姿を現はし、一同を冷笑し給ふ如く見えける。凩まがひの寒風は容赦なく向う面に突き当り、四辺の木々は時ならぬ笛を吹き立て、一行の失敗を囃すが如く聞え来たりぬ。 亀彦『アー怪体の悪い、丸で高姫のお伴をした様なものだ。仮令高姫天を翔り、地を潜るとも、彼女の所在を探ね、如意宝珠の玉を取返さで置くべきか』 と大道の正中に地団駄踏み、遂には胡坐をかいて動かなくなりぬ。鬼武彦は、 鬼武彦『ヤア亀彦殿、斯うなる上は、悔みても復らぬ事、草を分けても彼等が行衛を探し、玉を取返すより外に途は御座らぬ。併し乍ら吾れは秋山彦に会はす顔なし、是れよりお暇申す』 と云ふより早く、白煙となつて姿を隠しぬ。秋山彦が家の子十数人は当惑の態にて、如何はせむと、各自双手を組み、歎息の声暫しはやまざりにけり。 甲『もしもし亀彦さま、あなたが左様気投げして貰つては、吾々はどう致したら宜いのですか、館へ帰つて御主人に、何と言つてお詫を致しませうやら、報告の仕方がありませぬ』 亀彦『有態の通り報告すれば良いぢやないか。俺はモウ是れ限り、秋山彦の館へは帰らない。早く帰つて主人夫婦を始め、英子姫、悦子姫に此由伝へて呉れよ』 甲『夫れは又あまり、……ご主人様や、二人の女宣伝使が首を長うして待つて居られます。後は兎も角も、一度御帰り下さいませ』 亀彦『………』 乙『夫れだから、三五教の宣伝使は腰抜だと、俺は何時も言ふのだよ。ウラナイ教の宣伝使の敏捷い事を見たか、岩の中で、閉ぢこめられて居ても、あれ位な談判をしよる。喉元に刃を突き付けられて居乍ら、逆様に其刀で、押へた奴の首を切る様な妙案奇策をやつたぢやないか。亀彦なぞと、コンナ我羅苦多宣伝使に従いて行くものだから、生れてから無い様な赤恥を天地に曝させられたのだ。アーア、どうして是れが、主人に顔が会はされよう』 丙『ソンナ事を言つたつて仕方がない。死んだ子の年を数へる様なものだ。何事も諦めが肝腎だ。悪人の栄え善人の衰へる世の中だもの、善人が瞞されるのは無理もない。俺達は益々三五教の正しい事に感心した。サア亀彦様、ソンナ事を仰有らずに早く帰りませう』 亀彦『サア行かう、お前達が如何な意見を持つてるかと思つて、一寸探つて見たのだよ。ナアニ玉位奪られた所で、どつかに匿してある。滅多に地獄の底迄隠しても居るまい。ウラナイ教の本陣へ乗込みて、有無を言はせず、とつ返して呉れる。兎も角是れは時日の問題だ。皆の者、何事も亀彦に任せよ。心配致すな。サア行かう』 と先に立ちて勢よく、直日に見直し、聞直し、宣り直しつつ、由良の湊の秋山彦が館を指して、一行十五六人、スタスタと帰り着きける。亀彦は先に立ち、表門を力無げに潜り入らむとする時、門番の銀公は此場に現はれ、 銀公『ヤア亀彦の宣伝使様、お手柄お手柄、あなたのお蔭で、一旦敵に奪られたる如意宝珠の珠も、鍵も、首尾能く手に入りまして、さぞ御主人様も御喜びで御座いませう。主人も喜び、奥様もお喜び、第一あなたのお喜び、従いて往つた奴等の喜び、共に私もお喜びだ。流石は三五教の宣伝使、ヤアもう感じ入つて御座います。奥には貴方の成功を祝する為、海山河野種々の馳走を拵へ、旦那様が御機嫌麗しく、お待兼で御座います。吾々も御同慶に堪へませぬ』 とイソイソと、肩をゆすぶり、はしやいで居る。亀彦は軽く目礼し、トボトボと奥を指して進み入る。 銀公『オイ岩公、市公、どうぢやつた。随分面白かつたらうな』 岩公肩を聳やかし、 岩公『きまつた事だよ。天下無双の剛力男の岩公のお出だもの、高姫の一疋や二疋は、屁のお茶だ。併し乍ら三五教の宣伝使も良い加減なものだよ。とうと玉を奪られやがつてなア……』 銀公『ナニ?玉を奪られたとは、それや本当か』 岩公『ウン、奪られた……でもない、マア……奪つたのだ』 銀公『どちらが奪つたのだい』 岩公『マアマア奪つた奴が奪つたのだ。奪られた奴が、奪られた……と云ふ様なものかいナ』 銀公『高姫は、折角奪つた玉を、フンだくられやがつて、妙な顔しただらうな』 岩公『ウンさうだ。……何分一の暗みの事で、鼻摘まれても分らぬ位だから、ドンナ顔したか知らぬが、一方は意気揚々、一方は意気消沈、屠所に曳かるる羊の如しだ。お気の毒なりける次第なりけりだ』 銀公『マアマア結構だ。如意宝珠の玉及び鍵が戻つた以上は、今晩はお祝酒でもドツサリ戴けるかなア』 市公『あまり大きな声では言はれぬが、サツパリぢや』 銀公『何がサツパリぢや』 市公『兎も角サツパリコンと、蛸があげ壺喰つた様なものだよ、アフンと致して、梟鳥が夜食に外れた様なむつかしい顔を致すと云ふ……是れからが幕開きだよ』 一同は急いで、奥を指して進み入る。秋山彦夫婦を始め、英子姫、悦子姫は玄関に、亀彦を出で迎へ、 秋山彦『是れは是れは多大い御心配をかけました。様子は如何で御座いまするか』 亀彦『ハイ、左様、然らば逐一報告致しませう』 英子姫『一時も早く嬉しき便りを聞かして下さいナ。今か今かと時の経つのを、一日千秋の思ひで待つて居ました。何事にも抜け目の無い亀彦さまの事、鬼武彦の神様も伴いて居られる以上は、滅多な不調法はありますまい。……大勝利……大万歳……サア早く面白い顛末を仰有つて下さいませ』 亀彦『只今詳細に言上仕る』 と云ふより早く、両肌を脱ぎ、両刃の短刀抜く手も見せず、左の脇腹に、グサと突立て抉り始めたり。英子姫は驚いて其手に取りすがり、 英子姫『ヤア亀彦殿、早まり給ふな』 亀彦、苦しき息の下より、 亀彦『早まるなとはお情無い、神素盞嗚大神様の唯一の御宝をば、オメオメとウラナイ教の高姫の為に欺き奪られ、会はす顔が御座いませぬ。最早死を決した某、なまじひに止め立てして苦めて下さるな。委細は岩公、市公、磯公にお聞き下され。拙者は此失敗の申し訳に、腹掻き切つてお詫申す。何れもさらば』 と云ふより早く、力を籠めて一抉り、忽ち息は絶えにけり。英子姫、悦子姫は『ワアツ』と計り、亀彦が死骸に取つき、前後も知らず泣き伏しぬ。秋山彦夫婦も目をしばたき、黙然として、悲歎の涙に袖を絞る。此時表門より現はれ出でたる一人の男、此場を指して韋駄天走りに駆け来る。見れば鬼武彦は高姫、青彦の二人を左右の手に、猫を提げた様な体裁にて出で来り、 鬼武彦『ヤア何れも様、高姫、青彦の両人を引つ捉へ参りました。玉は確に高姫の懐中に御座れば是れより拙者が詮議致して取返し呉れむ。何れも様、御安心有れ……』 秋山彦夫婦は二度ビツクリ、 秋山彦夫婦『ヤア鬼武彦様か、能うマア来て下さいました。それは誠に有難い、さは然り乍ら、今の今迄元気能く居らせられた亀彦さまは、腹を切つてお果てなされました』 と泣き伏せば、鬼武彦はカラカラと打笑ひ、 鬼武彦『ヤア皆様御心配なされますな、亀彦の宣伝使は頓て此場に現はれませう』 一同『エーツ』 と驚く一同。亀彦の死骸はムクムクと起上り、見る見る尨犬の如き毛を全身に生じ、灰色の虎とも見えず、熊とも見えず、怪獣となつてノソリノソリと這ひ出し、表門指して帰りゆく。一同は夢に夢見る心地して、一言も発せず、暫しは互に顔を見合せ居るのみなりき。斯かる所へ現はれ来る正真の亀彦はニコニコし乍ら、 亀彦『ヤア鬼武彦様、偉い御心配を掛けました。暗夜の事と言ひ、何れに潜み隠れしやと一時は周章狼狽致しましたが、お蔭様で十七日の月は東天に輝き給うた、弥勒様のお蔭で、ヤツとの事、目的物が手に入り、コンナ有難い事は御座いませぬ。……アヽ秋山彦夫婦のお方、英子姫、悦子姫殿、御安心なさいませ』 秋山彦『ヤア何よりも結構な事で御座いました。誠に偉い骨折をさせました。サアサア奥に馳走の用意がして御座います。皆さまどうぞ奥へ入らつしやいませ』 鬼武彦は高姫、青彦を玄関にドサリと下したり。 高姫『アヽ鬼武彦殿、御苦労であつたのう、お蔭でお土も踏まず、宙を駆けつて楽に参りましたよ。ホヽヽヽ、玉は確に此処に一つ御座います。一つで足らねば、青彦が金色の玉を二つ持つて居ります。是れで三つ揃うた瑞の御霊……ホヽヽヽ』 亀彦『コレコレ高姫さま、お前さまも随分意地の悪い人だネ』 高姫『意地の悪いは、ソリヤお前の事だよ。折角二人が如意宝珠の玉を手に入れ、次に金剛不壊の玉を奪らうとする最中に、大きな岩で桶伏せに会はしたり……三五教の宣伝使として、人を助ける身であり乍ら、ソンナ意地の悪い事をして宜いものか。チツト反省みなされ。此高姫は決して鍵を盗みたのでも、玉を掠奪したのでもないワ、日の出神様の御命令に依つて、竜宮の乙姫さまから受取りに行つたのだ。それをお前達が、アタ意地の悪い、邪魔に来よつたのだ。素盞嗚尊も偉いが、日の出神さまは、ドンナ方だと思うて居る。竜宮の乙姫さまも、永らく海の底のお住居であつたが、此の高姫の生宮に、今度は残らず綺麗薩張とお渡し遊ばす世が参つたのだ。変性女子の下らぬ教を聞きかぢつて、神界の御経綸の邪魔をすると、頭を下にし、足を上にして歩かねばならぬ事が出来て来るぞよ。アンナ者がコンナ者になると云ふ神の教を、お前は一体、何と考へなさる……此高姫は詰らぬ女の様に見えても、系統だぞへ、変性男子の……切つても切れぬ御系統だ。亀彦なぞと、何処から来たか知らぬが、元は……偉相に言うても……ウラル教の宣伝使ぢやないか。竜宮洲へ渡つて、飯依彦の様な蛸爺に泡吹かされて逃げ帰り、途中で日の出別の神に助けて貰うたのだらう。ソンナ事は此腹の中で日の出神が、チヤンと仰有つて御座る。醜の岩窟の中で、井戸の中へ陥つたり、種々惨々な目に逢うて、ヤツとの事で宣伝使になり素盞嗚尊の阿婆摺れ娘を女房に持つたと思つて、余り威張らぬが宜からう。何処の馬の骨か牛の骨か、素性も分らぬ様な代物に、肝心の娘を呉れてやると云ふ様な紊れた行方の素盞嗚尊が、何が、夫れ程有難いのだい。日の出神の側へ出したら、素盞嗚尊は、猫の前の鼠の様なものだ。さうぢやから昔からの因縁を聞いて置かぬと、まさかの時にアフンとせねばならぬと、神様が仰有るのだよ』 亀彦『エーソンナ事は聞きたく有りませぬワイ。又庚申待の晩にでも、ゆつくり聴かして貰ひませうかい』 高姫『それは不可々々、どうでも斯うでも因縁を説いて聴かして、根本から改心させねば承知をせぬのぢや。此月は日の出神さまの教を、耳を浚へて菊の月ぢやぞへ。竜宮の乙姫と日の出神との尊い御守護のある此肉体だ。亀公位が百人千人束になつてきた所で何の効が有るものか、効と言つたら、堅い堅い、邪魔になる亀の甲位なものだよ。ゲツヘヽヽヽ』 秋山彦『お話は酒宴の席で承はりませう。サアサア奥へお越し下さいませ。玄関口でお話は見つとも良う御座いませぬから……』 高姫『お前が秋山彦ぢやな、道理で、一寸見ても飽きの来さうなお顔立だ。紅葉姫さまも、コンナ夫を持つてお仕合せだ、オツホヽヽヽ』 秋山彦、稍機嫌の悪さうな顔付し乍ら、 秋山彦『ハイハイ、どうで碌な者ぢや有りませぬワイ、三五教に現を抜かす代物ですから、善ばつかりに呆けまして、ウラナイ教の様な、他人の家の鍵を持出して、平気で業託を並べる様な、謙遜な善人は居りませぬ、アハヽヽヽ、サアサア奥へお出なさいませ』 高姫『三五教は、善に見せて悪、ウラナイ教は悪に見せても善、マアマア奥へ往つて、トツクリと妾の諭しをお聴きなさい』 と立ちあがる。秋山彦を先頭に、一同はドシドシと奥の間目がけて進み入る。鬼武彦は最後の殿を勤め乍ら、高姫、青彦の身体に目を配り、奥へ従いて行く。 八尋殿には、山野河海の珍肴、所狭きまで並べられありぬ。高姫は遠慮会釈もなく最上座に座を占め、紙雛の様に袖をキチンと前に畳み、手を臍の辺りにつくね、仔細らしく構へ込みたり。亀彦は高姫の傍に座を占めむとするや、高姫柳眉を逆立て、 高姫『ヤア亀彦、お前は身魂が低い。三段下がつてお坐りなされ。抑も霊は上中下の三段の区別が有る。上の中にも上中下が有り、中の中にも上中下の三段があり、下の中にも、亦上中下の三段が有る。お前は、下の中位な霊魂ぢや。上の上の生粋の大和魂の日の出神の生宮の前に坐ると云ふのは、身魂の位地を紊すと云ふものだ。それだから、身魂の因縁が分らぬ宣伝使は困ると云ふのだよ。如意宝珠の玉は、上の上の身魂が持つべきものだ。下の中身魂位では到底手も触れる事は出来ぬ……鬼武彦ナンテ、力は強いが、多寡が稲荷ぢやないか、四足の親玉ぢや、稲荷は下郎の役を勤めるものぢや、コンナ座席にすわると云ふ事が有るものか。天狗や、野狐や、狸、豆狸の霊は、ズツトズツト下の下の座にお直りなされ』 亀彦『神界には、正神界と邪神界が有つて、正神界にも上中下三段があり、邪神界にも亦上中下の三段が有る、さうして段毎に又三段がある。吾々は仮令下の中か知らぬが、正神界だ。お前は上の上でも、邪神界の上の上だから、是れ位悪党はないのだよ、月と鼈、雪と炭程違う。邪神界の身魂は、正神界と席を同じうする事は出来ない。お下りなされ』 高姫『仮令正神界でも、邪神界でも、上は上に違ない。下はヤツパリ下ぢや。上といふ字はカミと云ふ字ぢや。カミのカミが上の上ぢや。カミに坐るのは高姫の身魂の因縁性来……オホン誠に済みませぬナ、亀彦チヤン……』 亀彦『チヨツ、善悪の区別を知らぬ奴に掛つたら仕方がないワ………アーア折角の玉を邪神界の身魂に汚されて仕舞つて残念な事だワイ』 高姫『妾が邪神界なら、モウ此玉は用が無い筈……ソンナラ高姫が更めて頂戴する』 と懐より如意宝珠を取出し、手の掌に乗せて、手に唾液を附け、一生懸命に両の手の掌で、揉みて揉みて揉みさがし居る。此玉は拡大する時は宇宙に拡がり、縮小する時は鷄卵の如くになる特色のある神宝なり。堅くもなれば、軟らかくもなる、高姫は揉みて揉みて揉みさがし、鷄卵の如く縮小し、搗きたての餅の様に軟らげ、 高姫『亀彦さま、秋山彦さま、お狐さま、改めて頂戴致します。オツ』 と云ふより早く大口を開けて、目を白黒し乍ら、蛇が蛙を呑む様に、グツト一口に嚥み下したり。 亀彦『アヽ大変な事になつた。……ヤイ高姫、玉を返せ』 高姫『ホヽヽヽ、分らぬ身魂ぢやナア、呑みて了うた物が、どうして手に渡せるか、お前も、モチツと物の道理が分つた方ぢやと思うて居つたのに、子供よりも劣つた人ぢやナア』 亀彦『腹を裂いても、取戻して遣らねば置かぬぞツ、馬鹿に致すな』 高姫『宇宙の縮図たる如意宝珠の玉を、わが腹中に納めた以上は、高姫の体は即ち宇宙……宇宙には天神地祇、八百万の神が集まり給ふ。今までの肉体は、日の出神と竜宮の乙姫の生宮であつたが、最早唯今より、天の御三体の大神様を始め、天地八百万の神が高姫の身体に神詰り遊ばすのぢや、サア神に仕へる宣伝使の身を以て、此肉体に指一本触へるなら、さへて見よツ』 亀彦『どこまでも馬鹿にしやがる。モウ量見ならぬ、破れかぶれだ。……ヤイ高姫、貴様の生命は俺が貰つた、覚悟致せツ』 高姫『ホヽヽヽ、此方が馬鹿にしたのぢやない、生れ付の馬鹿が、馬鹿な事を仕たのぢや、誰に不足を言うて行く所もあるまい、自業自得だよ。覚悟致せとは……ソラ何の事、虫一疋殺す事のならぬ三五教の教ぢやないか。其教をする宣伝使が、勿体なくも天の大神様の御霊の現に納まり給ふ肉体を悩めやうとは、盲蛇に怖ぢず、馬鹿に附ける薬は無し、ハヽヽヽ、困つたものぢや、イヤ気の毒な者ぢや。親の在る間に直して置かぬと、不治難症ぢや。サア今から改心をして、亀彦は申すに及ばず、英子姫、悦子姫、秋山彦、紅葉姫、鬼武彦、其外の厄雑人足共、ウラナイ教の御趣旨を遵奉するか、サアどうぢや、返答聞かう……』 亀彦『モシモシ秋山彦さま、此奴ア、居すわり強盗ですナア、一層の事、踏ン縛つて、海へでも放り込みてやりませうか』 秋山彦『あまりの事で、私も腹が立ちます。併し乍ら如意宝珠の玉が納まりある以上はどうする事も出来ませぬ。困つた事になりました』 高姫『サアサア皆の神々共、只今より、天の御三体の大神の生宮の高姫へお給仕を致すが可からうぞ、又と再び、コンナ結構な生宮に、お目に掛る事も出来ねば、お給仕さして頂く事も出来ぬぞや。今日は特別を以て、祝意を表する為にお給仕を差許す』 亀彦『エーツ、何を吐しよるのだ、モウ斯うなつては天則違反も何も有つたものじやない、両刃の剣の御馳走だ』 と一刀スラリと引き抜き、斬り掛らむとするを高姫は、 高姫『ギヤツハヽヽヽ、ギヨツホヽヽヽ、短気は損気、マアマア静まれ、急いては事を仕損ずる。後で後悔せぬがよいぞ』 と澄してゐる。 亀彦『後悔も糞もあつたものかい、……貴様も讎敵の端くれ……』 と云ひ乍ら、青彦の頭を、足を上げてポンと蹴り倒し、又もや両刃の剣を閃かし、生命を的に突いて掛れば、流石の高姫も、 高姫『如何に立派な神でも、無茶には叶はぬ。……サアサア青彦、一先づ此場を逃げたり逃げたり』 と促す。青彦は狼狽へ騒いで、逃路を失ひ、同じ所をクルクルと廻転して居る。亀彦は益々激しく突つかかる。秋山彦は、 秋山彦『エー斯うなれば、破れかぶれだ。……紅葉姫、薙刀を執れツ』 と下知すれば、鶴の一声、紅葉姫は長押の薙刀執るより早く、 紅葉姫『悪逆無道の高姫、覚悟せよ』 と斬つてかかるを高姫は、右に左に身をかはし、暫くは扇を以てあしらひ居たるが、衆寡敵せず、忽ち白煙と化し、天井窓より一目散に、西北の天を目蒐けて、中空に雲の帯を曳き乍ら、逸早く姿を隠したりける。後に青彦は、青菜に塩した如く、ビリビリと慄ひ居たり。 亀彦『エー、コンナ弱虫を相手にしたつて仕方がない。助けてやらう。サアサア早くこの場を立去れツ』 折角の御馳走も、踏んで踏んで踏みにぢられ、台なしになつて了ひける。鬼武彦は忽ち白煙と化し、又もや天井の窓より、帯を曳きつつ、西北の天を目蒐け、高姫の後を逐ひて中天に姿を隠しける。 秋山彦夫婦を始め、亀彦、英子姫、悦子姫は、神前に恭しく天津祝詞を奏上し、宣伝歌を謡ひ終り、茲に別れを告げて、三人の宣伝使は由良川を遡り、聖地に向ふ事となりにけり。 (大正一一・四・一五旧三・一九松村真澄録) |
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98 (1678) |
霊界物語 | 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 | 18 遷宅婆 | 第一八章遷宅婆〔六〇八〕 百日百夜の一同が苦辛惨憺の結果、漸く建ち上りし白木の宮殿、鎮祭式も無事に済み一同直会の宴にうつる。今日は正月十五日、雪は鵞毛と降りしきり、見渡す限り一面の銀世界、天津日の影は地上に光を投げ、玲瓏として乾坤一点の塵埃も留めず、実に美はしき天国の御園も斯くやと思はるる許りなり。 英子姫は神霊鎮祭の斎主を奉仕し悠々として階段を降り来るや、忽ち神霊に感じ神々しき姿は弥が上に威厳備はり徐に口を開いて宣り給ふやう、 英子姫に懸かった天照御神『我は天照大神の和魂なり、抑も当所は綾の聖地に次げる神聖の霊場にして天神地祇の集まり給ふ神界火水の経綸場なり、神界に於ける天の霊の川の源泉にして宇宙の邪気を洗ひ清め百の身魂を神国に救ふ至厳至聖の神域なり。又この東北に当つて大江山あり、此処は神界の芥川と称し邪霊の集合湧出する源泉なれば霊の川の霊泉を以て世界に氾濫せむとする濁悪汚穢の泥水を清むべき使命の地なり。此濁流の彼方に天の真名井ケ岳あり、此処は清濁併せ呑む天地の経綸を司る瑞の御霊の神々の集まる源泉なり。豊国姫の分霊、真名井ケ岳に天降りミロク神政の経綸に任じ給ひつつあり、されども曲神の勢力旺盛にして千変万化の妖術を以て豊国姫が経綸を妨碍せむとしつつあり。汝悦子姫、之より大江山の濁流を渡り真名井ケ岳に打向ひ百の曲霊を言向和し追ひ払ひ吹き清めよ。又亀彦、英子姫には神界に於て特別の使命あれば之より聖地に向へ、其上改めて汝に特別使命を与ふべし』 と言葉厳かに言挙げし給ひ忽ち聞ゆる微妙の音楽と共に引きとらせ給ひぬ。アヽ尊き哉皇大神の御神勅よ。 茲に亀彦、英子姫は神勅を奉じ、熊鷹、石熊両人を始め数十人の供人と共に、聖地に向ふ事となりぬ。又悦子姫、青彦は、鬼彦、鬼虎の二人に、四五の従者を伴ひ谷川に禊を修し宣伝歌を唱へ乍ら大江山の魔窟ケ原を打越え真名井ケ岳に向つて進む事になりける。 悦子姫は宮川の渓流を溯り、険しき谷間を右に跳び、左に渉り漸くにして魔窟ケ原の中央に進み入り、衣懸松の傍に立ち止まり見れば、百日前に焼け失せたる高姫の隠家は又もや蔦葛を結び、新しく同じ場所に仮小屋が建てられありたり。 悦子姫『此間妾が高姫に招かれて此松の下へ来ると、間もなく火煙濛々と立昇り、小屋の四方八方より猛烈に紅蓮の舌を吐いて瞬く内に舐尽し、高姫さま始め此青彦さまも火鼠の様に、彼の丸木橋から青淵へ目蒐けて飛び込まれた時の光景は実にお気の毒なりし。その時妾は高姫さまの水に溺れて苦しみ藻掻き居られるのを、真裸になりて救ひ上げた時、高姫さまに非常に怒られた事あり、「妾が勝手に心地よく水泳をやつて居るのに、真裸で飛ンで来て妾の手を引ン握り、ひつ張り上げるとは怪しからぬ」と反対に生命を助けて怒られた事あり、あの一本橋を見ると其時の光景が今見る様な』 と述懐を漏したり。 青彦『さうでしたな、あの時に私も亀彦さまが居なかつたら土左衛門になる処でした。真実に生命の親だと思つて心の底から感謝して居ました。それに高姫さまは私がお礼を申さうとすれば目を縦にして睨むものですから、つひお礼を申し上げず心の裡に済まぬ事ぢやと思つて居ました、真実に負惜みの強い方ですな』 鬼彦『ウラナイ教の奴は皆アンナ者だよ、向ふ意気の強い、負ず嫌ひばかりが寄つて居るから負た事や弱つた事は知らぬ奴だ、悪と云ふ事も知らず本当に片意地な教だ、負た事を知らぬものに勝負も無ければ、恥を知らぬものに恥はない、人間もああなれば強いものだ、否気楽なものだ、自分のする事は何事も皆善ときめてかかつて居るのだから身魂の立て直し様がありませぬ哩』 青彦『ヤア私も高姫の強情なには呆れて物が言はれませぬ、沓島で岩蓋をせられた時にも私は消え入る様な思ひがして、泣くにも泣かれず慄うて居ましたが、高姫は豪気なものです、反対に窮鼠却て猫を咬む様な談判をやるのですから呆れざるを得ぬぢやありませぬか、漸く田辺に着いたと思へば暗に紛れてドロンと消え失せ、間もなく月の光に発見されて鬼武彦に素首を掴まれ、提げられて長い道中を秋山彦の館まで連れ行かれ、苦しいの、苦しうないのつて、息が切れさうでしたよ、それでも減らず口を叩いて太平楽を並べると云ふ意地の悪い女だから、何処迄押し尻が強いか分つたものぢやない。如意宝珠の玉を大勢の目の前で平気の平左で自分の腹の中に呑み込みて仕舞ひ、終には煙の様に天井窓から逃出すと云ふ放れ業をやるのだから、化物だか、神様だか、魔だか、素性の知れぬ痴者だ、そして随分口先の達者な事と言つたら燕か雀の親方の様だ、人には交際つてみねば分らぬが、あの剛腹の態度と弁ちやらとに掛つたら、大抵の男女は十人が九人迄やられて仕舞ふ、本当に巧な者だ、其処へ又、も一つ弁舌の上手な黒姫と言ふのが始終後について居つて応援をするものだから、口八丁手八丁悪八丁と言ふ豪の者に作りあげて仕舞つたのだ。然しチヤンと此焼け跡に又もや新しい小屋が建つて居る、大方黒姫の奴、後追つかけて来よつて焼け跡に小屋を建てて隠れて居るのではあるまいか、何処までも執念深いのはウラナイ教の宣伝使だからな』 鬼虎『一つ調べてやりませうかい』 鬼彦『若し黒姫が居つたら貴様何うする、又舌の先でチヨロチヨロと舐られてグニヤグニヤとなりやせぬかな』 鬼虎『何、大丈夫だよ、鬼虎には鬼虎の虎の巻がある、俺の十一七番を御目に懸けてやるから悠りと見物をせい』 一同は路傍の恰好の石に腰掛けて休息し乍ら雑談に耽つて居る。鬼虎は七八間許り稍傾斜の道を下り衣懸の松の麓の藁小屋を外からソツと覗き、 鬼虎『ヤア、居るぞ居るぞ、婆が一匹、男が二匹だ、オイ婆ア、貴様は何だ、バラモン教か、ウラナイ教か、ウラル教か、返答致せ』 小屋の中より、 婆(黒姫)『エー、八釜しい哩、何処の穀潰しか知らぬが新宅の成功祝で、グツスリ酒を飲みて暖い夢を見て居た処だ、大きな声で目を覚まさしよつてチツト人情を知らぬかい。安眠妨害で告発するぞ』 鬼虎『ヤア、一寸洒落て居やがる、よう牛の様にツベコベと寝乍らねちねちと口を動かす奴だ、丸で高姫か黒姫みたいな餓鬼だ、改心せぬと又それ紅蓮の舌に舐められて、藁小屋は祝融子に見舞はれ全部烏有に帰し、頭の毛や着衣に火が延焼して一本橋から身を投げて寂滅為楽、十万億土の旅立をせにやならぬ様になるぞ』 小屋の中より、 婆(黒姫)『何処の奴か知らぬが俺は貴様の今言うた黒姫だよ、名は黒姫でも顔の色はそれ今其処らに降つてる雪の様に白い雪ン婆の様な心の綺麗なウラナイ教の宣伝使ぢや、此沢山な雫を掻き別けて寒い寒い山道をうろつく奴は余程ゆきつまつたしろ物と見える哩。今日らの日に彷徨ふ奴は家の無いもののする事ぢや、田螺でも蝸牛虫でも一つは家を持つて居る、家無しのド乞食奴が、何とか、彼とか言ひよつて人の処の家へ泊めて貰はうと思つても……さうは往かぬぞ、然し魚心あれば水心ありぢや、俺の言ふ事を聞くのなら泊めてやらぬ事は無いわ、それ程寒相に歯の根も合はぬ程、カツカツ慄ふよりも如何ぢや、俺の結構な話を聞いて暖い火にあたつて、味の良い濁酒でも鱈腹飲みた方がましだらう、世の中は馬鹿者が多いので此雪の降つてピユウピユウと顔の皮が剥ける様な風が吹くのに、下らぬ宣伝歌を涙交りに謡ひよつても誰が集まつて聞くものかい、後から後から此雪の様に冷かされる一方だ、一つ冷静に酒の燗ドツコイ考へて見たが宜からうぞ』 鬼虎『アハヽヽヽ、オイ鬼彦、一寸来い、大分に能うツベコベ吐す奴ぢや、高姫の二代目が居りよる哩。白姫とか赤姫とか吐す中年増の婆ぢや、一つ此奴を、真名井ケ岳に行く途中の先登として言向け和したら面白からうぞ』 鬼彦『ヤ、さうか、何でも婆の潜みて居さうな藁小屋ぢやと思つた。ドレドレ之から鬼彦が応援に出掛け様かい』 雪の中をザクザクと音させ乍ら小屋の側に寄り添ひソツと中を覗き、 鬼彦『ヤア、居る居る、此奴は何時やら見た事のある奴ぢや。随分八釜しい婆ぢやぞ、鈴の化物見た様な奴ぢや』 鬼虎『鈴か煤か知らぬが何でも黒い名のつくババイババイ婆宣伝使だ。オイ、婆ア、一つ貴様の得意の雄弁を振つて天下分け目の舌鋒戦でも開始したら如何だ、面白いぞ』 婆(黒姫)『オイ、音、勘、酒に喰ひ酔うて何時迄寝て居るのだ、外には貴様に合うたり叶うたりの荷担うたら棒が折れる様なヒヨツトコ男が来よつて、百舌鳥の様に囀つて居る、貴様一つ出て舌戦をやらぬかいナ』 音、勘『ムヽヽヽ、ムニヤムニヤムニヤ、アヽア、アー』(寝惚け声で) 婆(黒姫)『エー、じれつたい、欠伸許りして夜中の夢でも見てるのかい、もう午時ぢや、早く起きぬか』 音公『午時か猫時か知らぬが二人がグツスリと猫を釣つて、甘い物をドツサリ喰つた夢を見てる時に、アヽ偉い損をした、十七八の頗るのナイスが現はれて、細い白い柔かい手で目を細うして「音さま、一杯」と盃をさして呉れた最中に起されて、エーエ怪つ体の悪い、一生取り返しのならぬ大損害だ、生れてから見た事もない様なナイスにお給仕をして貰ふ時の心持と言つたら天国浄土に行つても、夢でなくては有りさうもない、アヽア、嬉しかつた嬉しかつた』 婆(黒姫)『オイ、音、何をお前は惚けて居るのだい、チツト確りしなさらぬか、戸を開けて外を見なさい、沢山の耄碌がやつて来て今此黒姫の舌鋒に刺されて、ウラナイ教に帰順せむとする準備の最中だ、サアサア勘公も起きたり起きたり』 婆はノソリノソリと小屋を立ち出で、 婆(黒姫)『ヤア誰かと思へば青彦も其処に居るのか、コレヤ、マア如何したのだ、何時の間に三五教に這入りよつたのだ、宣伝使の服が変つて居るぢやないか、サア早く脱ぎ捨ててウラナイ教の教服と更へるのだよ』 青彦『これはこれは黒姫先生、憚り乍ら今日の青彦は最早百日前の青彦とは趣が違つて居ますから、その積りで物を言つて貰ひませぬと、某聊か迷惑の至りだよ』 婆(黒姫)『オホヽヽヽ、猫の眼の玉の様に、能う変る灰猫野郎だな、そこに居る女宣伝使は此間来た悦子姫と言ふ破れ宣伝使だらう、ソンナ者に従いて歩いて何になるか、チツトお前も物の道理を考へて利害得失を弁へたが宜からうぞ、オホヽヽヽ』 勘公『皆さま、ソンナ処へ腰掛けて居らずに、トツトとお這入りなさいませ、内はホラホラ外はスウスウぢや、随分広い間がありますよ』 婆(黒姫)『コレヤ、勘公よ、能う勘考してものを言はぬかい、主人の黒姫にも応へずに僕の分際として勝手にお這入り下さいとはソレヤ何を言ふのか、アンナ者を一緒に入れたら丸で爆弾を詰めた様なものぢや、何処から破裂致すやら分つたものぢやないぞ』 勘公『爆弾でも何でも宜いぢやありませぬか、先方の爆弾をソツと此方へ占領して使ふのが妙案奇策、敵の糧を以て敵を制する六韜三略の兵法で御座る、アハヽヽヽ』 婆(黒姫)『お前の兵法は矢張屁の様な物だ、匂ひも無ければ音もこたへず、音公と同じ様な掴まへ所の無い人三化七ぢや』 音公『これこれ、黒姫のチヤアチヤアさま、音公の様な者とは、ソレヤ何を証拠に言ふのだ、チヤアチヤア吐すと量見せぬぞ、世界一目に見え透く竜宮の乙姫ぢやぞと、明けても暮れても口癖の様に自慢して居るが、現在足許に居る此音さまを誰だと思つて居るのか、明き盲目だな、三五教の宣伝使音彦司とは此方の事だぞ』 婆(黒姫)『音に名高い音彦の宣伝使と言ふのはお前の事か、オツト、ドツコイ、音に聞いた程も無い見劣りした腰抜け野郎だ、水の中でおとした屁の様な男(音公)だな、斯ンなガラクタ男が三五教の宣伝使だなぞと本当におとましい哩、生るる時に母親の腹の中で肝腎な、目に見えぬものをおとして来た様な間抜けた顔付をしよつて、宣伝使の何のつて、雪隠虫が聞いて呆れますぞえ、宣伝使ぢや無うて雪隠虫ぢやらう、オホヽヽヽ』 音彦『エー、仕方のない剛情な婆ばかりウラナイ教には寄つて居やがるな』 婆(黒姫)『きまつた事ぢや、お前も余つ程の馬鹿人足だな、今頃に瘧が落ちた様な顔しよつて、「剛情な奴ばかりウラナイ教は寄つて居やがるな」なぞとソンナ迂い気の利かぬ事でウラナイ教の間者に這入つたつて何が成功するものか、此黒姫は此奴一癖ある間抜けだと思つて、知らぬ顔で居れば良い気になりよつて何を言ふのだ、貴様の面を見い、世界一の大馬鹿者、三五教の腰抜け野郎と貴様の寝てる間に此黒姫司が墨黒々と書いて置いた、それも知らずに偉相に言ふな、鍋の尻の様な面になりよつて、お前も余つ程くろう好きぢやと見える、「心からとて吾郷離れ、知らぬ他国で苦労する」とはお前の様な馬鹿者の境遇を剔抉して余蘊なしだ、ホヽヽヽ、それに付けても青彦の奴、何の態ぢや、日蔭に育つた瓢箪の様な面をして結構なウラナイ教の神様に屁をかがしたか、かかさぬか、…………ド拍子の抜けたシヤツ面を此寒空に曝し、瑞の霊と言ふ冷たい名の付いた奴の教を有難相に聞きよつて、蒟蒻の化物の様にビリビリ慄ひ歩く地震の化物奴、チツと胸に手を当てて自身の心を考へて見よ』 青彦『大きに憚り様、何うせ青彦と黒姫は名からして色彩が違ふから反が合ませぬ哩。黒い黒い顔に石灰釜の鼬見たように、ドツサリと白粉をコテコテ塗りたて、丸で此処にある焼杭木に雪が積つた様なものだ。五十の尻を作りよつて白髪を染めたり、顔を塗つたりしたつて皺は隠れはせぬぞ、若い者の真似をして若相に見せ様と思つても雪隠の洪水で糞浮きぢや、汚いばかりぢや、良い加減に改心せぬかい』 婆(黒姫)『俺が顔に白粉をつけて居るのが何が可笑しい、何事も隅から隅まで前にも気をつけおしろいにも手を廻して抜目の無い教と言ふ印に白粉をつけて居るのだ、貴様は尾白い狐に魅まれよつてウロウロとうろついてるのだな、娑婆幽霊の死損なひ奴が』 青彦『娑婆幽霊の死損なひとは貴様の事だよ、人生は僅か五十年、五十の坂を越えよつて白粉をつけて俏した処で地獄の鬼は惚れては呉れはせぬぞ、三途川の鬼婆の姉妹と取り違へられて、冥土に行つても又大々的排斥をせらるるのは判を捺した様なものだ、本当に困つた婆だな、執着心の強い粘着の深い、着いたら離れぬと言ふ牛蝨の様な代物だ、如何ぞして結構な三五教に救うてやり度いと思つて居るのだが、もう斯うなりては駄目かな、耳は蛸になり目は木の節穴の様に硬化して仕舞ひ、口ばつかり無病健全と言ふ代物だから、如何しても見込みがつかぬ哩』 婆(黒姫)『エー、ツベコベと世迷ひ言を能う囀る男だ、初めには三五教が結構だと言つて涙を零し、洟まで垂らして有難がり、次には三五教は薩張り駄目だ、瑞の霊の不可解な行動が腑に落ちぬ、もうもう愛想がつきた、三五教のあの字を聞いても胸が悪いと言ひよつて、此黒姫の紹介でウラナイ教にヤツと拾ひ上げ、もう何うなり斯うなり一人歩きが出来る様になつたと思へば又もや変心病を出しよつて、「矢張りウラナイ教は駄目だ、先の嬶は嘘はつかぬ哩、三五教の御神力が強い」と、萍の様な心になつて、風が東から吹けば西に漂ひ、西から吹けば東の岸に漂着すると言ふ漂着者だ、ソンナ事で神様の御蔭が貰へるか、終始一貫、不変不動、岩をも射抜く梓弓、行きて帰らぬ強き信仰を以て神に仕ふるのが万物の霊長たる人間の意気だよ、能うフラフラと変る瓢六玉だ、アヽ可憐相な者だ、ヤア哀なものだなア、オホヽヽヽ』 青彦『何を言ひよるのだ、コラ黒姫、貴様だつて三五教は結構だ、広い世界にコンナ誠の教があらうかと言ひよつて、今迄信じて居たバラモン教を弊履を捨つるが如く念頭より放棄し、今又ウラナイ教の高姫の参謀になりよつたと思つて、偉相な事を言ふない。お猿の尻笑ひと言ふのは貴様の事ぢや、オヽそれそれ猿で思ひ出した、猿と言ふ奴はかく事の上手な奴ぢや、貴様は高姫の筆先だとか、何とか折れ釘の行列の様な、柿のへたの様なものを毎日、日にち写しよつて、それを唯一の武器と恃み、鬼の首を篦でかき切つた様な心持になつて、世界中の誠の信者の信仰をかき廻すと言ふ、さるとはさるとは困つた代物だよ、猿が餅搗くお亀がまぜると言ふ事がある、コラ猿婆貴様の舌端に火を吐いて言向け和した信者の持ち場を、青彦の宣伝使が之からかき廻すのだから、マアマア精出して活動するが良い哩、貴様は三五教の先走りだ、イヤ、もう御苦労のお役だ、霊魂の因縁に依つて悪の御用に廻されたと思へば寧ろお気の毒に堪へぬワイ、アヽ惟神霊幸倍坐世、叶はぬから霊幸倍坐世、アハヽヽヽ』 (大正一一・四・一六旧三・二〇北村隆光録) |
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霊界物語 | 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 | 19 文珠如来 | 第一九章文珠如来〔六〇九〕 ヤンチヤ婆アの黒姫は、性来の聞かぬ気を極度に発揮し、青彦、音彦其他に向つて舌端黒煙を吐き、一人も残さず紅蓮の焔に焼き尽さむと凄じき勢なり。 黒姫『コレコレ、最前から其処に、男とも、女とも、訳の分らぬ風をして居る三五教の宣伝使、良い加減に此世に暇乞ひをしても悦子姫の阿婆擦れ女、沢山の荒男を引きつれて、女王気取りで、傲然と構へて御座るが、チト此婆アが天地の根本の道理を噛みて啣める様に言ひ聞かしてやるから、ソンナ蓑笠をスツパリと脱いで、此処へ御座れ、滅多にウラナイ教の為に悪い様な事は申さぬ。問ふは当座の恥、知らぬは末代の恥だ、此山の中で結構な神徳を戴いて、又都会へ出たら、自分が発明した様に、宣伝使面を提げて歩かうと儘ぢや。何でも聴いて置けば損は往かぬ。サアサア婆アの渋茶でも呑みて、トツクリと身魂の洗濯をしなされ。チツト此頃はお前も顔色が悪い。此黒姫が脈を執つて上げよう。……どうやら浮中沈、七五三の脈膊が混乱して居る様ぢや、今の間に療養せぬと、丸気違になつて了ふぜ。今でさへも半気違ぢや。神霊注射を行つてあげようか。それが利かなくば、モルヒネ注射でもしてやらうかい。サアサアトツトと前へ来なさい』 悦子姫『それはそれは、何から何まで御心を附けられまして、御親切有難う御座います』 黒姫『有難いか、ウラナイ教は親切なものだらう。頭の先から足の爪先、神経系統から運動機関は申すに及ばず、食道、消化機関から生殖器、何から何迄、チヤンと気をつけて、根本から説き明かし、病の根を断る重宝な教ぢや。お前も神経中枢に多少異状があると見えて、三五教の木花姫の生宮の様に、女だてら、男の風采をして、男を同伴つて、そこら中を歩きまはすのは、普通ではない。此儘放つとくと、巣鴨行をせなければならぬかも知れやしない。………サアサア此黒姫は耆婆扁鵲も跣足で逃げると云ふ義理堅い義婆ぢや。世間の奴は訳も知らずに、黒姫を何の彼のと申すけれども、燕雀何ンぞ大鵬の志を知らむやだ。三千世界の立替立直しの根本を探ると云ふ、大望なウラナイ教を、三五教の宣伝使位に分つて堪るものか。お前が此処へ来たのも、みなウラナイ教を守護し給ふ、尊き大神様の御引合せぢや。躓く石も縁の端と言つて、世界には道を歩いて居ると、沢山な石が転がつて居る。其幾十万とも知れぬ石の中に、躓く石と云つたら、僅に一つか二つ位なものだよ。これも因縁が無ければ蹴躓く事も出来なければ、蹴躓かれる事も出来やしない。同じ時代に生れ、同じお土の上に居つても、コンナ結構なウラナイ教を知らずに、三五教にとぼけて一生を送る様な事は本当に詰らぬぢやないか。何事も神様のお引合せ、惟神の御摂理、縁あればこそ、斯うしてお前は此山の奥に踏み迷ひ……イヤイヤ神様に引つ張られて来たのだ。決して決して黒姫の我で云うと思つたら量見が違ひますデ、竜宮の乙姫さまが仰有るのだ。今迄永らく海の底のお住居で、沢山の宝を海の底に蓄へて居られたのぢやが、今度艮の金神様が世にお上りなさるに就て、物質的の宝よりも、誠の宝が良いと云つて、五六七神政成就の為に、惜しげも無く綺麗サツパリと、艮の金神さまに御渡しなされると云ふ段取りぢや。併し人間は誠の宝も結構ぢやが、肉体の有る限り、家も建てねばならず、着物も着ねばならず、美味いものも食はねばならず、あいさには酒もチヨツピリ飲みたいと云ふ代物だから、形のある宝も必要ぢや。三五教の奴は「この世の宝は、錆、腐り、焼け、溺れ、朽果つる宝だ、無形の宝を神の国に積め」なぞと、水の中で屁を放いた様な屁理屈を言つて、世界の奴を誤魔化して居るが、お前等も大方其部類だらう……イヤ其通り宣伝して歩くのだらう。……能う考へて見なされ。お前だつて食はず飲まずに、内的生活ばかり主張して居つて、堂して神の道の宣伝に歩行けるか。これ程分り切つた現実の道理を無視すると云ふ教はヤツパリ邪教ぢや。瑞霊の吐す事は、概して皆コンナものだ。言ふ可くして行ふ可らざる教が何になるものか。体主霊従と霊主体従の正中を言ふのが当世ぢや。当世に合ぬ様な教をしたつて誰が聴くものか。神の清き御心に合むとすれば、暗黒なる世の人の心に合ず、俗悪世界の人の心に合むとすれば、神の心に叶はず……なぞと訳の分り切つた小理屈を、素盞嗚尊の馬鹿神が囀りよつて、易きを棄て難きに就かむとする、迂遠極まる盲信教だから、根つから、葉つから、羽が生えぬのぢや。ウラナイ教は斯う見えても、今は雌伏時代ぢや。軍備を充実した上で、捲土重来、回天動地の大活動を演じ、それこそ開いた口が塞がらぬ、牛の糞が天下を取る、アンナ者がコンナ者になると云ふ仕組の奥の手を現はして、天の御三体の大神様にお目にかける、艮の金神の仕組ぢや。三五教は艮の金神の教を樹てとる様な顔して居るが、本当は素盞嗚尊の教が九分九厘ぢや。黒姫はそれがズンとモウ気に喰はぬので、変性男子の系統の肉体の、日の出神の生宮を力と頼み、竜宮の乙姫さまの生宮となつて、外国の行方を、隅から隅迄調べあげて、今度の天の岩戸開に、千騎一騎の大活動をするのぢや。お前も、三五教の宣伝使と云ふ事ぢやが、名はどうでもよい、お三体の大神様と艮の金神様の御用を聴きさへすれば宜いのだらう。サアサア今日限り化物の様な奴の吐す事を、弊履の如く打棄てて、最勝最妙、至貴至尊、無限絶対、無始無終の神徳輝く、ウラナイ教に兜を脱いで、迷夢を醒まし、綺麗サツパリと改心して、ウラナイ教を迷信なされ、悪い事は申しませぬ、ギヤツハヽヽヽ』 悦子姫『ホヽヽヽ、アハヽヽヽ、あのマア黒姫さまの黒い口、……妾の様な口の端に乳の附いてる様な者では、到底あなたの舌鋒に向つて太刀打は出来ませぬ。あなたは何時宣伝使にお成りになりましたか、随分円転滑脱、自由自在に布留那の弁、懸河の論説滔々として瀑布の落ちるが如くですナ』 黒姫『定つた事だよ。入信してからまだ十年にはならぬ。夫れでも此通りの雄弁家だ、是れには素養がある。若い時から諸国を遍歴して、言霊を練習し、唄であらうが、浄瑠璃であらうが、浪花節であらうが、音曲と云ふ音曲は残らず上達して鍛へたのぢや。千変万化、自由自在の口車、十万馬力を掛けた輪転機の様に、廻転自由自在ぢや、オホヽヽヽ』 加米彦『モシモシ悦子姫さま、コンナ婆アに、何時までも相手になつとると、日が暮れますで、一時も早く真名井ケ原に向ひませうか』 悦子姫『アヽさうだ、折角の尊いお説教を聞かして貰うて、お名残惜しいが、先が急きますから此処らで御免蒙りませうか』 鬼虎『アーア、最前から黙つて聴いて居れば、随分能く囀つたものだ。一寸謂はれを聞けば、根つから葉つから有難い様だが、執拗う聞けば、向つ腹が立つ……お婆アさま、ゆつくり、膝とも談合、膝坊主でも抱へて、自然に言霊の停電するまで、馬力をかけ、メートルを上げなさい。アリヨース』 黒姫『待つた待つた、大いにアリヨースだ、様子あつて此婆アは、此魔窟ケ原に仮小屋を拵へ、お前達の来るのを待つて居たのだ。往くと云つたつて、一寸だつて、此婆が、是れと睨みたら動かすものか』 鬼虎『まるで蛇の様な奴ぢやナア。執念深い……何時の間にか、俺達に魅入れよつたのぢやナ』 黒姫『さうぢや、魅を入れたのぢや、お前もチツト身入れて聞いたが宜からう、蛇に狙はれた蛙の様なものぢや、此処をかへると云つたつて、帰る事の出来ぬ様に、チヤーンと霊縛が加へてある。悪霊注射も知らず識らずの間に、チヤアンと行つて了うた。サア動くなら動いて見よれ』 鬼虎『アハヽヽ、何を吐すのだ。動けぬと云つたつて、俺の体を動かすのは、俺の自由権利だ。……ソレ……どうだ。これでも動かぬのか』 黒姫『それでも動かぬぞ。お前が今晩真名井ケ原に着いて、草臥れて、前後も知らず、寝ンだ時は、ビクとも体を動かぬ様にしてやるワイ』 鬼虎『アハヽヽヽ、大方ソンナ事ぢやろと思うた。……ヤイヤイ黒姫、三五教は起きとる人間を、目の前で霊縛して動けぬ様にするのぢやぞ。一つやつてやらうか、……一二三四五六七八九十百千万……』 黒姫『一二三四五六七八心地よろづウ……ソラ何を言ふのぢや、それぢやから三五教は体主霊従と云ふのぢや。朝から晩まで、算盤はぢく様に数を数へて、一から十まで千から万まで……取り込む事につけては抜目のない教ぢや。神の道は無形に視、無算に数へ、無声に聞くと云ふのぢやないか、…何ンぢや、小学校の生徒の様に、一つ二つ三つと勿体らしさうに、……ソンナことは、三つ児でも知つてるワイ。……大きな声を出しよつて、アオウエイぢやの、カコクケキぢやのアタ阿呆らしい、何を吐すのぢやい……白髪を蓬々と生やしよつた大の男が見つともない、桶伏山の上へあがつて、イロハからの勉強ぢやと云ひよつてな、……小学校の生徒が笑うて居るのも知らぬのか、…良い腰抜だなア、それよりも天地根本の大先祖の因縁を知らずに神の教が樹つものか、三五教の様な阿呆ばつかりなら宜いが、世の中には三人や五人、目の開いた人間も無いとは謂はれぬ。其時に、昔の昔のサル昔からの因縁を知らずに、どうして教が出来るか、馬鹿も良い加減にしといたが宜からう。鎮魂ぢや、暗魂ぢやとか云ひよつて、糞詰りが雪隠へでも行つた様に、ウンウンと汗をかきよつて、何のザマぢやい、尻の穴が詰つて穴無い教と云ふのか、阿呆らしい、進むばつかりの行方で、尻の締りの出来ぬ素盞嗚尊の紊れた教、何が夫程有難いのぢや、勿体ないのぢや、サア鎮魂とやらをかけるのなら、懸けて見い、……ソンナ糞垂腰で鎮魂が掛つてたまるかイ。グヅグヅすると、妾の方から、暗魂をかけてやらうか』 加米彦『ヤア時刻が移る、婆アさま、又ゆつくりと、後日お目にかかりませう』 黒姫『後日お目にかからうと云つたつて、一寸先は闇の夜ぢや。逢うた時に笠脱げと云ふぢやないか、此笠松の下でスツクリと改心して、宣伝使の笠を脱ぎ、蓑を除り、ウラナイ教に改悪しなさい。一時も早う慢心をせぬと、大峠が出て来た時に助けて貰へぬぞや』 加米彦『アハヽヽヽ、オイ婆アさま、お前さま本気で言つてるのかい、お前の言ふ事は支離滅裂、雲煙模糊、捕捉す可らずだがナア』 黒姫『定つた事だイ、広大無辺の大神の生宮、竜宮の乙姫さまのお宿ぢや、捕捉す可らざるは竜神の本体ぢや、お前達の様な凡夫が、竜宮の乙姫の尻尾でも捉へようと思ふのが誤りぢや、ギヤツハヽヽヽ』 音彦『アヽ是れは是れは、加米彦さま、久し振ぢやつたナア』 加米彦『ヤア聞覚えのある声だが、……その顔はナンダ、真黒けぢやないか、炭焼の爺かと思つて居た、……一体お前は誰だ』 音彦『音彦だよ、北山村より此婆アの後に従いて、ドンナ事をしよるかと思つて、ウラナイ教に化け込み伴いて来たのだ。イヤモウ言語道断、表は立派で、中へ這入ると、シヤツチもないものだ、伏見人形の様に、表ばつかり飾り立てよつて、裏へ這入ればサツパリぢや。腹の中はガラガラぢや。ウラナイ教は侮る可らざる強敵と思つて今日迄細心の注意を怠らなかつたが、噂の様にない微弱なものぢや、何程高姫や、黒姫が車輪になつても、最早前途は見えて居る。吾々もモウ安心だ。到底歯牙に掛くるに足らない教理だから、わしもお前の後に伴いて、今より三五教の宣伝使と公然名乗つて行く事にしよう。此婆アさまは、如何しても駄目だ。改心の望みが付かぬ、縁なき衆生は済度し難し、……エー可憐相乍ら、見殺しかいなア』 黒姫『アーア音彦も可憐相なものだナア。如何ぞして誠の事を聞かしてやらうと思ふのに、魂が痺れ切つて居るから、食塩注射位では効験がない哩、アーア気の毒ぢや、いぢらしい者ぢや……それに付けても青彦の奴、可憐相で堪らぬ。……コラコラ青彦モ一遍、直日に見直し聞直し、胸に手を当てて能う省みて、ウラナイ教に救はれると云ふ気はないか。此婆はお前の行先が案じられてならぬワイ』 青彦『アーア、黒姫婆アさま、お前の御親切は有難い、併し乍ら、個人としては其親切を力一杯感謝する、が、主義主張に於ては、全然反対ぢや、人情を以て真理を曲げる事は出来ぬ、真理は鉄の棒の如きもの、曲げたり、ゆがめたり、折つたりは出来ない、公私の区別は明かにせなくては、信仰の真諦を誤るからナア、……左様なら…御ゆるりと御休みなされませ、私は是れから、悦子姫様のお後を慕ひ、一行花々しく、悪魔の征討に向ひます。ウラナイ教が何程、シヤチになつても、釣鐘に蚊が襲撃する様なものだ。三五教は穴が無いから大丈夫だ。水も洩らさぬ神の教、御縁が有つたら又お目に掛りませう』 黒姫『アーア、縁なき衆生は度し難しか、……エー仕方がないワイ………ウラナイ教大明神、叶はぬから霊幸倍坐世、叶はぬから霊幸倍坐世、……ポンポン』 魔窟ケ原の黒姫が伏屋の軒に暇乞ひ 日は西山に傾いて附近を陰に包めども 四方の景色は悦子姫松吹く風の音彦や 秋山彦の門番と身をやつしたる加米彦が 顔の色さへ青彦を伴なひ進む九十九折 鬼の棲処と聞えたる大江の本城左手に眺め 鬼彦、鬼虎、岩、市、勘公引連れてさしも嶮しき坂路を 喘ぎ喘ぎて登り行く地は一面の銀世界 脛を没する雪路を転けつ転びつ汗水を 垂らして進む岩戸口折柄吹き来る雪しばき 面を向くべき由もなく笠を翳して下り行く 夜の帳はおろされて遠音に響く波の音 松の響も成相の空吹き渡る天の原 天の橋立下に見て雪路渉る一行は 勇気日頃に百倍し気焔万丈止め度なく 文珠の切戸に着きにけり。 青彦『アーア、日も暮れたし、前途遼遠、足も良い程疲労れました。アヽ文珠堂の中へ這入つて一夜を凌ぎ、団子でも噛つて休息致しませうか』 悦子姫『何れもさま方、随分御疲労でせう。青彦さまの仰有る通り、あのお堂の中で、兎も角休息致しませうか』 一同此言葉に『オウ』と答へて、急ぎ文珠堂に向つて駆けり行く。 鬼虎『ヤア此処へ来ると、何時やらの事を連想するワイ、恰度今夜の様な晩ぢやつた。此様に雪は積つて居らぬので、あたりは真暗がり、鬼雲彦の大将の命令に依つて、あの竜灯松の麓へ、悦子姫さま達を召捕に行つた時の事を思へば、全然夢のやうだ。昨日の敵は今日の味方、天が下に敵と云ふ者は無きものぞと、三五教の御教、つくづくと偲ばれます。其時に悦子姫さまに霊縛をかけられた時は、どうせうかと思つた。本当に貴女も随分悪戯好の方でしたなア』 悦子姫『ホヽヽヽヽ』 鬼彦『オイオイ鬼虎、貴様はお二人の中央にドツカリ坐りよつて、良い気になつて居たのだらう』 鬼虎『馬鹿言へ、何が何だか、柔かいものの上に、ぶつ倒れて、気分が悪いの、悪くないのつて、何分正体が分らぬものだから、ホーズの化物が出たかと思つて気が気ぢやなかつたよ、それに就けても、生者必滅会者定離、栄枯盛衰、有為転変の世の中無常迅速の感愈深しだ。飛ぶ鳥も落す勢の鬼雲彦の御大将は、鬼武彦の為に伊吹山に遁走し、吾々は四天王と呼ばれ、随分羽振を利かした者だが、変れば替はる世の中だ。あの時の事を思へば、長者と乞食程の懸隔がある。三五教の宣伝使の卵になつて悦子姫さまのお供と迄、成り下つたのか、成上がつたのか知らぬが、モ一度、あの時の四天王振が発揮したい様な気もせぬ事はない。アーア誠の道は結構なものの、辛いものだ。 あひ見ての後の心に比ぶれば昔は物を思はざりけり だ。善悪正邪の区別も知らず、天下を吾物顔に、利己主義の自由行動を採つた時の方が、何程愉快だつたか知れやしない、吁、併し乍ら人間は天地の神を畏れねばならぬ、今の苦労は末の為だ。アーアコンナ世迷言はヨウマイヨウマイ。神直日大直日に……神様、見直し聞直して下さい。私は今日限り、今迄の繰言を宣り直します。アヽ、惟神霊幸倍坐世』 青彦『因縁と云ふものは妙なものですな、同じ此竜灯の松の下蔭に於て、捉へようとした宣伝使を師匠と仰いで、お伴をなさるのは、反対に悦子姫様の擒となつた様なものだ。アハヽヽヽ、吾々も全く三五教の捕虜になつて了つた。それに就けても、執拗なのは黒姫ぢや、何故あれ程頑固なか知らぬ、どうしても彼奴ア改心が出来ぬと見えますなア』 音彦『到底駄目でせう。私もフサの国の北山のウラナイ教の本山へ、信者となり化け込みて、内の様子を探つて見れば、何れも此れも盲と聾ばつかり、桶屋さまぢやないが、輪変吾善と思つてる奴ばつかり、中にも蠑螈別だの、魔我彦だのと云ふ奴は、素的に頑固な分らぬ屋だ。高姫黒姫と来たら、酢でも蒟蒻でもいく奴ぢやない。どうかして帰順さしたいと思ひ、千辛万苦の結果、黒姫の荷持役とまで漕ぎつけ、遥々と自転倒島まで従いて来て、折に触れ物に接し、チヨイチヨイと注意を与へたが、元来が精神上の盲聾だから、如何ともする事が出来ない。私も加米彦さまに会うたのを限として、此処迄来たのだが、随分ウラナイ教は頑固者の寄合ですよ』 加米彦『フサの国で、あなたが宣伝をして居られた時、酒を飲むな酒を飲むなと厳しい御説教、私はムカついて、お前サンの横面を、七つ八つ擲つた。其時にお前サンは、痛さを堪へて、ニコニコと笑ひ、禁酒の宣伝歌を謡うて御座つた、その熱心に感じ、三五教を信じて、村中に弘めて居つた処、バラモン教の捕手の奴等に嗅付けられ、可愛い妻子を捨てて、夜昼なしに、トントントンと東を指して駆出し、月の国まで来て見れば、此処にもバラモン教の勢力盛ンにして、居る事が出来ず、西蔵を越え、蒙古に渡り、天の真名井を横断つて暴風に遭ひ、船は沈み、底の藻屑となつたと思ひきや、気が附けば由良の湊に真裸の儘横たはり、火を焚いて焙られて居た。「アーア世界に鬼は無い、何処の何方か知りませぬが、生命を御助け下さいまして有難う」と御礼を申し見れば秋山彦の御大将、生命を拾つて貰うた恩返しに、門番となり、馬鹿に成りすまし勤めて来たが、人間の身は変れば替はるものぢや、世界は広い様なものの狭いものぢや。フサの国で、あなたを虐待した私が、又あの様な破れ小屋でお目にかからうとは神ならぬ身の計り知られぬ人の運命だ…………アヽ惟神霊幸倍坐世、三五教の大神様有難う御座います、川の流れと人の行末、何事も皆貴神の御自由で御座います。どうぞ前途幸福に、無事神業に参加出来まする様、特別の御恩寵を垂れさせ給はむ事を偏に希ひ上げ奉ります』 悦子姫『サアサア皆さま、天津祝詞を奏上致しませう』 一同は『オウ』と答へ、声も涼しく奏上し終る。 悦子姫『サア皆さま、坊主は経が大事、吾々は又明日が大切だ。ゆつくりとお休みなされませ。妾は皆さまの安眠を守る為、今晩は不寝番を勤めませう』 鬼虎『ヤア滅相な、あなたは吾々一同の為には御大将だ。不寝番は此鬼虎が仕りませう。どうぞお休み下さいませ』 悦子姫『さうかナ、鬼虎さまに今晩は御苦労にならうか』 と蓑を纒うた儘、静かに横たはる。一同は思ひ思ひに横になり、忽ち鼾声雷の如く四辺の空気を動揺させつつ、華胥の国に入る。鬼虎は不寝番の退屈紛れに雪路をノソノソと歩き出し、何時の間にやら、竜灯の松の根元に着き、ふつと気が付き、 鬼虎『あゝ此処だ此処だ、悦子姫に霊縛をかけられた古戦場だ。折から火光天を焦して竜灯の松を目蒐けて、ブーンブーンと唸りを立てて遣つて来た時の凄じさ、今思つても竦然とするワイ。あれは一体何の火だらう。人の能く言ふ鬼火では有るまいか。鬼虎が居ると思つて、鬼火の奴、握手でもせうと思ひよつたのかナア。霊魂もお肉体もあの時はビリビリのブルブルぢやつた。どうやら空の様子が可笑しいぞ、真黒けの鬼が東北の天に渦巻き始めた。今度こそ遣つて来よつた位なら、一つ奮戦激闘、正体を見届けてやらねばなるまい。是れが宣伝使の肝試しだ。オーイ、オイ、鬼火の奴、鬼虎さまの御出張だ、三五教の俄宣伝使鬼虎の命此処に在り、得体の知れぬ火玉となつて現はれ来る鬼火の命に対面せむ』 とお山の大将俺一人気取になつて、雪の中に呶鳴つて居る。忽ち一道の火光、天の一方に閃き始めた。 鬼虎『ヤア天晴々々、噂をすれば影とやら、呼ぶより譏れとは此事だ。鬼虎の言霊は、マアざつと斯くの通りぢや。一声風雲を捲き起し、一音天火を喚起す。斯うなつては天晴れ一人前のネツトプライス、チヤキチヤキの宣伝使ぢや、イザ来い来れ、天火命、此鬼虎が獅子奮迅の活動振り……イヤサ厳の雄猛び踏み健び御覧に入れむ』 言下に東北の天に現はれたる火光は、巨大なる火団となりて、中空を掠め、四辺を照し、竜灯の松目蒐けて下り来る。 鬼虎『ヨウ大分に張込みよつたな、此間の奴の事思へば、余程ネオ的だとみえる。容積に於て、光沢に於て天下一品だ……否天上一品だ。サア是れから腹帯でもシツカリ締て、捻鉢巻でも致さうかい、腹の帯が緩むとまさかの時に忍耐れぬぞよと、三五教の神様が仰有つた。サアサア鬼虎さまの肝玉が大きいか、天火の命の火の玉が大きいか、大きさ比べぢや』 火団は竜灯の松を中心に、円を描き、地上五六尺の所まで下り来り、ブーンブーンと唸りを立て、ジヤイロコンパスの様に、急速度を以てクルクルと回転し居たり。 鬼虎『ヤイヤイ火の玉、何時までも宙にぶら下がつて居るのは、チツト、ノンセンスだないか、良い加減に正体を現はし、此方さまと握手をしたらどうだい。お前は天の鬼火命、俺は地の鬼虎命だ、天地合体和合一致して、神業に参加せうではないか。是れからは火の出の守護になるのだから、貴様のやうな奴は時代に匹敵した代物だ……イヤ無くて叶はぬ人物だ。サアサア早く、天と地との障壁を打破して、開放的にならぬかい。お前と俺と互にハーモニーすれば、ドンナ事でも天下に成らざるなしだ』 火団は忽ち掻き消す如く、姿を隠しけるが、鬼虎の前に忽然として現はれた白面白衣のうら若き美女、紅の唇を開き、 女『ホヽヽヽヽ、お前は鬼虎さまか、ようマア無事で居て下さつたナア』 鬼虎『何ぢやア、見た事も無い、雪ン婆アの様な真白けの美人に化けよつて、雪に白鷺が下りた様に、白い処へ白い者、一寸見当の取れぬ代物だナア。俺を知つて居るとは一体どうした訳だ、俺は生れてから、お前の様な美人に会つた事は一度も無い、何時見て居つたのだ』 女『ホヽヽヽヽ、モウ忘れなさつたのかいなア、覚えの悪い此方の人、お前は今から五十六億七千万年のツイ昔、妾が文珠菩薩と現はれて、此切戸に些やかな家を作り、一人住居をして居つた所へ、年も二八の優姿、在原の業平朝臣の様な、綺麗な顔をして烏帽子直垂で、此処を御通り遊ばしただらう。其時に妾は物書きをして居つたが、何だか香ばしき匂ひがすると思つて、窓から覗けば、絵にある様な殿御のお姿、ホヽヽヽヽおお恥し……其一刹那に互に見合す顔と顔、お前の涼しい……彼の時の眼、何百年経つても忘られようか、妾が目の電波は直射的にお前の目に送られた。お前も亦「オウ」とも何とも言はずに、電波を返した……。あの時のローマンスをモウお前は忘れたのかいなア。エーエ変はり易きは殿御の心、桜の花ぢやないが、最早お前の心の枝から、花は嵐に打たれて散つたのかい……、アーア残念や、口惜しや、男心と秋の空、妾は神や仏に心願掛けて、やつと思ひの叶うた時は、時ならぬ顔に紅葉を散らした哩なア、オホヽヽヽ、恥しやなア』 鬼虎『さう言へば、ソンナ気もせぬでも無いやうだ。何分色男に生れたものだから、お門が広いので、スツカリ心の中からお前の記憶を磨滅して居たのだ。必ず必ず気強い男と恨めて呉れな。是れでも血も有り、涙も有る。物の哀れは百も承知、千も合点だ。サア是れから互に手に手を取かはし、死なば諸共、三途の川や死出の山、蓮の台に一蓮托生、弥勒の代までも楽みませう』 女『ホヽヽヽ、好かぬたらしいお方、誰がオ前の様な山葵卸の様な剽男野郎に心中立するものかいナ。妾は今其処に、天から下りて御座つた日の出神様にお話をしとるのだよ。良い気になつて、お前が話の横取りをして、色男気取りになつて……可笑しいワ、ホヽヽヽ』 鬼虎『エーツ何の事だ。人を馬鹿にしよるな、まるで夢のやうな話だワイ』 女『ホヽヽヽ、夢になりとも会ひたいと云ふぢやないか。妾の様な女神を掴まへて、スヰートハートせうとは、身分不相応ですよ。馬は馬連れ、牛は牛連れ、烏の女房はヤツパリ烏ぢや。此雪の降つた白い世界に烏の下りたよな黒い男を、誰がラブする物好があるものか。自惚も程々になさいませ。オツホヽヽヽ、おかしいワ……』 鬼虎『エー馬鹿にするな、俺を何と思つて居る。大江山の鬼雲彦が四天王と呼ばれたる、剛力無双のジヤンヂヤチツクのジヤンジヤ馬、鬼虎さまとは俺の事だよ。繊弱き女の分際として、暴言を吐くにも程が有る。サアもう量見ならぬ。この蠑螺の壺焼を喰つて斃ばれ』 と力限りに、ウンと斗り擲り付けたり。 悦子姫『アイタタタ…誰だイ、人が休眠みてるのに、……力一杯頭を擲ぐるとはあまりぢやありませぬか』 鬼虎『ヤア、済みませぬ。悦子姫さまで御座いましたか。ツイ別嬪に翫弄にしられた夢を見まして、力一杯擲つたと思へば、貴女で御座いましたか。ヤア誠に済まぬ事を致しました。真平御免下さいませ。決して決して、悪気でやつたのぢや御座いませぬ』 悦子姫『ホヽヽヽ、三五教に這入つても、ヤツパリ美人の事は忘れられませぬなア』 鬼虎『ヤアもう申訳も御座いませぬ。世の中に女がなくては、人間の種が絶えまする。日の出神も素盞嗚尊も、世界の英雄豪傑は、みな女から生れたのです。 故郷の穴太の少し上小口ただぼうぼうと生えし叢 とか申しまして、女位、夢に見ても気分の良い者は有りませぬワ、アハヽヽヽ』 鬼彦『ナヽ何ンぢや、夜の夜中に大きな声で笑ひよつて、良い加減に寝ぬかイ。明日が大事ぢやぞ。貴様は、……今晩私が不寝番を致します……なぞと、怪体な事をぬかすと思つて居たが、悦子姫さまの綺麗な顔を、穴の開く程覗いて居よつただらう。デレ助だなア』 鬼虎『馬鹿を言ふない。俺は職務忠実に勤める積りで居つたのに、何時の間にか、ウトウト睡魔に襲はれ、竜灯松の下へ行つて別嬪に逢うた夢を見て居つたのぢや。聖人君子でなくてはアンナ愉快な夢は見られないぞ。貴様のやうな身魂の曇つた人間は、到底アンナ夢は末代に一度だつて見られるものかい』 鬼彦『アツハヽヽヽ、その後を聞かして貰はうかい。他人の恋女に岡惚しよつて、色男気取りになつて、肱鉄を喰つた夢を見よつたのだらう。大抵ソンナものだよ、アハヽヽヽ。早く寝ぬかい、夜が明けたら又、テクつかねばならぬぞ』 此の時天の一方より、今度は真正の火団閃くよと見る間に、竜灯松を目蒐けて、唸りを立て矢を射る如く降り来り、一同の前にズドンと大音響を発し、爆発したり。火光はたちまち、花火の如く四方に散乱し、数百千の小さき火球となつて、地上二三丈許りの所を、青、赤、白、紫、各種の色に変じ、蚋の餅搗する如くに浮動飛散し始めたる。其壮観に一同魂を抜かして見惚れ居る。吁、此火光は何神の変化なりしか。 (大正一一・四・一六旧三・二〇松村真澄録) |
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霊界物語 | 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 | 08 蚯蚓の囁 | 第八章蚯蚓の囁〔六一九〕 黒姫、高山彦の発議により、愈真名井ケ原の瑞の宝座を蹂躙し、あはよくば占領せむとの計画は定まつた。黒姫夫婦は婚礼の後片付に忙殺を極めて居る。三軍の将と定つた夏彦、常彦、岩高、菊若の四人は入口の間に胡坐をかき、出発に先だち種々の不平談に花を咲かし居たりける。 常彦『人間と云ふものは身勝手のものぢやないか、石部金吉金兜押しても突いても此信仰は動かぬ、神政成就する迄は男のやうなものは傍へも寄せぬ、三十珊の大砲で男と云ふ男は片端から肱鉄砲を喰はすのだ、お前達も神政成就迄は若いと云うても決して女などに目を呉れてはならぬぞ、若い者が女に目を呉れるやうな事では神界の経綸が成就せぬと、明けても暮れても口癖のやうに、長い煙管をポンと叩いて皺苦茶面をして、厳しいお説教を始めて御座つたが、昨夜の態つたら見られたものぢやない、雪達磨がお天道様の光に解けたやうに、相好を崩しよつて、「モシ高山彦の吾夫様」ナンテ、団栗眼を細うしよつて何を吐しよつたやら、訳の分つたものぢやない、俺やもう嫌になつて仕舞つたワ』 岩高『定つた事ぢや、女に男はつきものだ。茶碗に箸、鑿に槌、杵に臼、何と云つたつて此世の中は男女が揃はねば物事成就せぬのだ、二本の手と二本の足とがあつて人間は自由自在に働けるやうなものだ、三十後家は立つても四十後家は立たぬと云ふ事があるぢやないか』 常彦『四十後家なら仕方が無いが彼奴は五十後家ぢやないか、コレコレ常さま、お前は因縁の身霊ぢやによつて、何うしても三十になるまで女房を持つてはいけませぬぞえ、人間は三十にして立つと云ふ事があるなぞと云よるが、此時節に三十にして立つ奴は碌なものぢやない、俺等は既に既に十六七から立つて居るのぢや、今思うと立つものは腹ばかりぢや』 夏彦『貴様等は何を下らぬ事を云うて居るのだ、高姫さまだつて余り大きな声では云はれぬが、何々と何々し、又○○と○○し、夫は夫は口でこそ立派に道心堅固のやうに云うて居るが、口と心と行ひの揃つた奴はウラナイ教には一匹もありやしないワ、俺も魔我彦や、蠑螈別や高姫に限つてソンナ事はあるまい、言行心一致だと初の程は信じて居たが、此の頃は何うやら怪しくなつて来たやうだ、本当に気張る精も無くなつて了つた。今迄は二つ目には黒姫の奴、夏彦何うせう、常彦何うせう、岩高、菊若、斯うしたら好からうかなアと吐しよつて、一から十迄、ピンからキリ迄相談をかけたものだが、昨日から天候激変、ケロリと吾々を念頭から磨滅しよつて、箸の倒けた事まで、ナアもし高山さま、これもしこちの人、何うしませう、斯うした方が宜敷くは御座いますまいかと、皺面にペツタリコと白いものをつけよつて、田螺のやうな歯を剥き出し、酒許り飲ひよつて、俺達には一つ飲めとも云ひよりやせむ、かう天候が激変すると何時俺達の頭の上に雷鳴が轟き、暴風が襲来するか分つたものぢやない、俺はホトホトウラナイ教の真相が分つて愛想が尽きたよ。今更三五教へ入信うと云つた所で、力一ぱい高姫や黒姫の言葉の尻について、素盞嗚尊の悪口雑言をふれ廻して来たものだから、どうせ三五教の連中の耳へ入つて居るに違ひない、さうすれば三五教へ入信る訳にも行かず、ウラナイ教に居ても面白くはなし、厄介者扱のやうな態度を見せられ、苦しい方へ許り廻されて本当に珠算盤があはぬぢやないか、何時迄もコンナ事をして居ると身魂の身代限をしなくてはならぬやうになつて了ふ、今の中に各自に身魂の土台を確り固めて置かうではないか。よい程扱き使はれて肝腎の時になつてから、お前は何うしても改心が出来ぬ、身魂の因縁が悪いナンテ勝手な理屈を云つてお払ひ箱にせられては約らぬぢやないか』 常彦『それやさうだ。高姫は変性男子の系統ぢやと聞いた許りに、変性女子の身魂より余程立派な宣伝使日の出神の生宮だと思うて今迄ついて来たのだ。併し日の出神もよい加減なものだ。各自ウラナイ教脱退の覚悟をしやうではないか』 菊若『オイ、ソンナ大きな声で云うと奥へ聞えるぞ、静にせぬかい』 夏彦『ナニ、今日は何程大きな声で云つたところで俺達の声は黒姫の耳に入るものか、耳へ入るものは高山彦の声許りだ、俺達の声が耳に入る程注意を払つて呉れる程親切があるなら、もとよりコンナ問題は提起しないのぢや、乞食の虱ぢやないが口の先で俺達を旨く殺しよつて、今迄旨く使つて居たのだ、随分気に入つたと見え、枯れて松葉の二人連、虱の卵ぢやないが彼奴ア死ンでも離れつこは無いぞ、アハヽヽヽ』 岩高『併し、そろそろ真名井ケ嶽に出発の時刻が近よつて来たが、お前達は出陣する考へか』 夏彦『否と云つたつて仕方が無いぢやないか、ウラナイ教に居る以上は否でも応でも出陣せねばなるまい、併しながら根つから葉つから気乗がしなくなつて来た、仕方が無いから形式的に出陣し、態と三五教に負けて逃げてやらうぢやないか、さうすれば黒姫は申すに及ばず、高姫もちつとは胸に手を当てて考へるだらう、高山彦だつて愛想をつかして黒姫を捨てて去ぬかも知れぬぞ。今こそ花婿が来たのだと思つて上品ぶつて、大きな鰐口を無理におちよぼ口をしやがつて、高尚らしく見せて居るが、暫くすると地金を出して、又女だてら大勢の中で、サイダーやビールの喇叭飲みをやらかすやうになるのは定つてゐる。鍍金した金属が何時迄も剥げぬ道理はない、俺達もウラナイ教の信者と云ふ鍍金を今迄塗つて居たが、もう耐らなくなつて、そろそろ剥げかけたぢやないか、アハヽヽヽ』 斯る所へ虎若と富彦の両人現はれ来り、 虎、富『ヤア四天王の大将方、高山彦、黒姫様の御命令で御座る、一時も早く真名井ケ原に向つて出陣の用意めされ』 と云ひ捨てて此場を急ぎ立ち去りにけり。 夏彦『エヽ何だ、馬鹿にしてゐる。昨日来た許りの虎若、富彦を使つて吾々に命令を伝へるナンテ、あまり吾々を軽蔑し過ぎて居るぢやないか、如何に気に入つた高山彦の連れて来た家来ぢやと云つて、古参者の吾々を放つて置き勝手に新参者に命令を下し、吾々を一段下に下しよつたな、これだから好い加減に見切らねばならぬと云ふのだよ』 常彦『アヽ、仕方がない、兎も角も形式なりと出陣する事にしやうかい』 黒姫は突然此場に現はれて、 黒姫『これこれ夏彦、常彦、お前今何を云つてゐらしたの』 常彦『ハイ、真名井ケ嶽に出陣の用意をしやうと申て居りました』 黒姫『それは御苦労ぢやつたが、其次を聞かして下さい、其次は何と仰つた』 常彦『ハイハイ、次は矢張其次で御座いますナ』 黒姫『天に口あり、壁に耳と云ふ事をお前達は知らぬか、最前から四人の話を初めから終迄、次の間に隠れて聞いて居りました。随分高山さまや黒姫の事を褒めて下さつたな』 四人一時に頭を掻いて、 四人『イヤ何滅相も御座いませぬ、つい酒に酔うて口が辷りました、どうぞ神直日大直日に見直し聞き直して下さいませ』 黒姫『お前酔うたと云ふが、何時酒を飲みたのだい』 夏彦『ハイ、酒を飲みたのは貴女と高山さまと祝言の杯をなされました時……ぢやから其為に酔が廻つてつい脱線致しました』 黒姫『馬鹿な事を云ひなさるな、酒も飲まぬに酔が廻り、管捲く奴が何処にあるものか、それやお前達、本真剣で云つたのだらう、サアサアウラナイ教はお前さま達のやうな没分暁漢に居て貰へば邪魔になる、サアサア今日限り何処へなりと行つて下さい。エイエイ、お前達のしやつ面を見るのも汚らはしい』 夏彦『そらさうでせう、好きな顔が目の前にちらついて来たものだから、吾々のしやつ面は見るのも嫌になりましただらう』 黒姫『エヽ入らぬ事を云ひなさるな、サアとつとと去んだり去んだり、ウラナイ教では暇を出され、三五教では肱鉄を食はされ、野良犬のやうに彼方にうろうろ、此方にうろうろ、終には棍棒で頭の一つも撲はされて、キヤンキヤンと云うて又元のウラナイ教に尾を振つて帰つて来ねばならぬやうにならねばならぬ事は見え透いて居るわ、ウラナイ教の太元の大橋越えてまだ先に行方分らず後戻り、慢心すると其通り、白米に籾の混つたやうに、謝罪つて帰つて来ても隅の方に小さくなつて居るのを見るのが気の毒ぢや、今の中に改心をしてこの黒姫の云ふ事を聞きなされ、黒姫は口でかう厳しく云つても、心の中は、花も実もある誠一途の情深い性来ぢや、誠生粋の水晶玉の選り抜きの日本魂の持主ぢやぞえ、サアどうぢや、確り返答しなさい、夏彦の昨夜の歌は何ぢや、目出度い時だと思うて辛抱して居れば好い気になつて悪口たらだら、大抵の者だつたらあの時に摘み出して仕舞ふのぢやけれど、神様のお道の誠の奥を悟つた此黒姫は、心が広いから松吹く風と聞き流して許して居たのだ、それに又もや四人の大将株が燕の親方のやうに知らぬ者の半分も知らぬ癖に何を云ふのだい。お前達に誠の神の大御心が分つて耐るものか、知らにや知らぬで黙言つて居なさい』 夏彦『ハイハイ、誠に申訳がありませぬ、何卒今度に限り見直し聞き直して下さいませ』 黒姫『此度に限つて許して置く、此後に於て、一口でも半口でも、高山さまや黒姫の事を云はうものなら、夫こそ叩き払にするからさう思ひなさい、サアサア常彦、菊若、岩高愈出陣の用意だ、高山彦の御大将はもはや出陣の準備が整うたぞへ』 四人一度に、 四人『ハイ確に承知仕りました』 茲に黒姫、高山彦は一族郎党を集め、旗鼓堂々と真名井ケ原に向つて進撃したが、加米彦、青彦の言霊に脆くも打ち破られ、蜘蛛の子を散らすが如く四方に散乱したりけり。 ウラナイ教の鍵鑰を握つて居た黒姫の部下四天王と頼みたる夏彦、岩高、菊若、常彦の閣僚は黒姫結婚以来上下の統一を欠ぎ、自然三五教に向つて其思想は暗遷黙移しつつありき。其の為め、折角の真名井ケ原の攻撃も味方の四天王より故意と崩解し、黒姫が神力を籠めたる神算鬼謀の作戦計画も殆ど画餅に帰し終りたるなりき。嗚呼人心を収攪せむとするの難き、到底巧言令色権謀術数等の虚偽行動をもつて左右すべからざるを知るに足る。之に反して三五教は一つの包蔵もなく手段もなく、唯々至誠至実をもつて神業に奉仕し、ミロクの精神を惟神的に発揮するのみ。されば人心は期せずして三五教に集まり、日に夜に其数を増加し、何時とはなしに天下の大勢力となりぬ。ウラナイ教は広い大八洲国に於て直接に信徒を集めたるもの唯一人もなく、唯々三五教に帰順したる未熟の信者に対し、巧言令色をもつて誘引し、且つ変性男子の系統より出でたる高姫を唯一の看板となし世を欺くのみにして、根底の弱き事、砂上に建てたる楼閣の如く、其剥脱し易き事炭団に着せたる金箔の如く、豆腐の如く、一つの要もなく唯弁に任し表面を糊塗するのみ、其説く所恰も売薬屋の効能書の如く、名のみあつて其実なく、有名無実、有害無益の贅物とは、所謂ウラナイ教の代名詞であらうと迄取沙汰されけり。されど執拗なる高姫、黒姫は少しも屈せず……女の一心岩でも突貫く、非が邪でも邪が非でも仮令太陽西天より昇る世ありとも、一旦思ひ詰めたる心の中の決心は、幾千万度生れ代り死代り生死往来の旅を重ぬるとも、いつかないつかな摧けてならうか……との大磐石心、固まりきつた女の片意地、張合もなき次第なり。 黒姫は力と頼む青彦の三五教に帰順せし事を日夜に惜み、如何にもして再びウラナイ教の謀主たらしめむと、千思万慮の結果、フサの国より高山彦に従ひ来れる虎若、富彦に命じ、青彦が日夜に念頭を離れざるお節を説きつけ、お節より青彦が信仰を落させむものと肝胆を砕きつつありける。 (大正一一・四・二二旧三・二六加藤明子録) |