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霊界物語 32_未_南米物語4 アマゾンの兎の都 20 瑞の言霊 第二〇章瑞の言霊〔九一一〕 神素盞嗚大神は奥殿より、末子姫、言依別、国依別其他の主なる神司を従へ、宴席に現はれ給ひ、一同に向ひ、さも愉快気に目礼を与へ、座の中央に立たせ給ひて、喜びの歌をうたひ給うた。其大御歌、 神素盞嗚大神『久方の天津御空のいや高く 雲押分けて降ります 神伊弉諾の大御神 神伊弉冊の大御神 筑柴の日向の橘の 小戸の青木が原と聞えたる 天教山の中腹に 撞の御柱いや太く 御立て給ひしあが御祖 国治立の大神は 天地百の神人の 百の罪科負ひ給ひ 烈火の中に身を投じ 根底の国に至りまし 豊国姫の大神は 阿波の鳴門に身を投じ 又もや根の国底の国 完美に委曲に取調べ ここに二柱の大神は 再び地上に現はれて 野立の彦や野立姫 神の命と世を忍び 天地百の神人を 安きに救ひ助けむと 心悩ませ給ひつつ 黄金山やヒマラヤの 峰に現はれましまして 三五教を樹て給ひ 再び五六七の神の世を 開き給ひて万有を 一切残らず救はむと 経と緯との機を織り 深遠微妙の神業を 開かせ給ふぞ尊けれ 豊国姫の分霊 神素盞嗚のあが魂は 神伊弉諾の大神の 教の御子と生れ来て 大海原に漂へる 島の八十島八十の国 完美に委曲に治らす折 八岐大蛇の醜身魂 勢猛き醜狐 曲鬼などの此処彼処 現はれ来りて八洲国 世は刈菰と紊れ果て 山河草木は枯れほして 常世の闇となりにける 神伊弉諾の大神は 此惨状をみそなはし 日の稚宮を出で立ちて 天教山に降りまし 我れに向つて宣はく 汝の治らす国ならず 月の御国に到れよと 涙片手に宣り給ふ 千万無量の御心を 拝しまつりて久方の 高天原に参上り 姉大神の御前に 到りて心の清きこと 詳さに現はし奉らむと 御側に参りさむらへば 姉大神は怪しみて 八洲の河原を中に置き 誓約をせよと宣り給ふ われは畏み忽ちに 姉のまかせる美須麻琉の 五つの玉を請ひ受けて 天の真名井にふり滌ぎ 姉大神はわが佩ける 十握の剣を手に取らせ 天の真名井にふり滌ぎ 高皇産霊の大神の 御前に畏み侍らひて 善悪邪正の魂分けを 祈り給へば姉神は 厳の御霊とあれましぬ 清明無垢のあが霊は 瑞の御霊と現はれぬ 厳と瑞との霊しらべ 善悪邪正は明かに 鏡の如くなりにけり さはさりながら八十猛 神の命は怒らして あが大神は誠なり 瑞の御霊の救世主 いづくに曲のあるべきか 答へあれよと詰めよつて 畔放ち溝埋め頻蒔し 其他百の荒び事 伊猛り狂ふ恐ろしさ 姉大神は畏みて 天の岩戸に隠れまし 豊葦原の瑞穂国 再び常世の暗となり 黒白も分かぬ悲しさに 百の神等相議り 八洲の河原に集まりて 五伴の男の神司 鈿女の神の演技に 目出度く岩戸は開きける 神素盞嗚の我が魂は 天地百の神人の 千座の罪を負ひながら 高天原を退はれて 豊葦原の瑞穂国 当所も知らぬ長の旅 此世を忍ぶ身となりぬ さはさりながら伊弉諾の 皇大神の御心 秘かに我れに伝へまし 八岐の大蛇を言向けて 天地を塞ぐ村雲の 大蛇の剣を奪ひ取り 姉大神に献れ 豊葦原の神国は 頓て汝の治らす国 心を煩ふ事勿れ 斯く宣り終へて久方の 御空に高く去りましぬ 瑞の御霊と現はれて 百八十国を駆けめぐり フサの国なるウブスナの 大山脈の最高地 我隠れ家と定めつつ 新木の宮を建て並べ 日の出の別に守らせて 八人乙女を中津国 メソポタミヤの顕恩の 郷に遣はしバラモンの 教の司を三五の 誠の道に言向けて 心を平に安らかに 世界の神人睦び合ひ 松の神世の瑞祥を 千代に八千代に立てむとて 心を配る我が身魂 八人乙女の末の子と 生れ出でたる末子姫 仕組の糸に操られ 高砂島に渡り来て アルゼンチンのウヅ館 現幽二界の救主ぞと 敬はれつつ神の道 開きいますと聞きしより 斎苑の館を立出でて 鳥の磐樟船に乗り やうやう此処に来て見れば 言依別の神司 国依別や高姫や 鷹依姫や竜国別の 神の司の相並び アマゾン河に潜みたる 八岐大蛇の残党や 猛き獣を悉く あが三五の大道に 言向け和し帰り来る 其勇ましき有様を 見るより心も勇み立ち 汝等正しき神の子に 神祝ぎ言葉を述べむとて 此場に現はれ来りしぞ あゝ惟神々々 神の大道をよく守り 五六七の神世の神政に 清く仕へて天地の 神の柱となれよかし 神は汝と倶にあり 人は神の子神の宮 小さき欲に踏み迷ひ 宝の宮を汚すなよ 心の空は冴えわたり 真如の日月晃々と いや永久にかがやきて 下界の暗を照臨し 神の御子たる天職を 堅磐常磐に立てよかし あゝ惟神々々 神に誓ひて宣り伝ふ 神に誓ひて宣り諭す 朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも 如何なる悩みに遇ふとても 神より受けし真心を 汚し損ふ事勿れ これ素盞嗚が汝等に 真心こめて宣り伝ふ 誠の道の言霊ぞ 世界を救ふ神言ぞ あゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 と歌ひ終り給ひて、正座に着かせ給ふ。 (大正一一・八・二四旧七・二松村真澄録)
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(2133)
霊界物語 35_戌_黒姫のアフリカ物語2 12 自称神司 第一二章自称神司〔九七六〕 白山峠の山頂に漸くにして辿りついた四人の男女は、峰の嵐に吹かれつつ汗を拭ひ四方の山野を心地よげに観望しながら小憩を試みてゐる。 遥かの東北に当つて、白く光つたものが見えてゐる。それは春公、お常が大蛇に呑まれた思ひ出深きスツポンの湖の一部である。三公はその湖がフツと目につき慨歎措かざるものの如く、 三公『皆さま、ズツと向ふの方に幽かに白く光つてる所がありませう。あれが私に取つては、寝ても起きても忘れ難き、両親の古戦場で御座います……』 と言つた限り、差俯むいて落涙する。 孫公『なアんだ、あんな小つぽけな湖か。仮令一杯になつてゐた所で知れたものだ。今度は神様と一緒だから大丈夫だ。メツタに呑まれるやうなこたアありますまい』 三公『イエイエ、今見る様な小さい湖水ぢやありませぬ。山に包まれて僅に其一部が見えてゐる計りです。目も届かぬ許の大湖水ですよ。何と云つても、ナイル河の水源地ですから、大変なものです。皆さま、是からシツカリ腹帯をしめて行きませう』 孫公『かう云ふ時に本当の宣伝使が一人あると、大変都合が好いのだけれどなア』 虎公『孫公さま、宣伝使ぢやなかつたのか』 孫公『宣伝使のお供ですから根つから気が利きませぬワイ。併しながら其様な名前がなくても心に誠さへあれば、大蛇は十分言向和す事が出来ませう。名は実の賓だから、宣伝使の雅号のみでは、決して仕事は出来ませぬよ。先づ心細ければ、あなた方三人が此孫公を何とかして宣伝使に選挙して下さい。さうすれば名実相叶ふ所の大活動をやりますから……』 虎公『名は実の主だから、如何しても名がなくては行くまい。無名の戦になつて了つちやつまらないからなア』 孫公『有難い、サア普通選挙だ。誰も彼も選挙権があるのだから、早く投票をして下さい。併しながら無記名投票ですから、其御考へで願ひます』 虎公『生憎用紙もなければ、投票函もありませぬが、如何したら宜しからう』 孫公『先づ選挙区を第一区、第二区、第三区と分け、私が候補者に立ちますから、どうぞ口頭でも宜しい、早く選挙の開始を願ひます』 虎公『一票に幾ら出しますか。百円位は安いものでせう。今一寸衆議院に出ようと思へば、少くて五万円、多くて十万円は要りますからなア』 孫公『代物は見ての御帰り、選挙して見て値打がないと見たら、御取消になつても差支ありませぬ。そんなら一層の事投票なしに口で言つて下さいな。簡単で物事が埒よう運びますから……』 虎公『投票を省くなんて、トヘウもない事を仰有いますなア。そんなら虎公が宣伝使の立候補の宣言致しますから、どうぞ皆さま、貴重の一票をお恵み下さいませ。候補者一人では競争者がなくて、選挙もサツパリ張合がない。皆さま何卒私に選挙を願ひます。一票は私の縁故たるお愛さまに願ひませう。さうすればあと一票、三対一によつて、大勝利ですから……』 孫公『困つたなア、三公が投票して呉れた所で、どちらも同点数だ。若しさうなつた時にはどうするのですか』 虎公『年長者を当選者ときめませうかい』 孫公『さうすると、虎公さまは幾つですか』 虎公『あなたよりも二三年古いやうです』 孫公『困つたなア、さうすると戦はずして敗北かなア。エヽ残念な、又次期の総選挙か解散があつた時に華々しく名乗つて出る事にしよう。今度は断念致しませう。さうすると虎公さまの一人舞台だ、仮令三公さまが棄権しようが、私が棄権しようが、当選疑なしといふものだ』 三公『コレ孫公さま、飽くまでも選挙場裡に立つて戦ひなさい。三五教には退却の二字はないぢやありませぬか。及ばずながら私があなたを選挙します。さうすれば大多数を以て当選疑なしです。一人でも三公だから三票は大丈夫ですよ、アハヽヽヽ』 虎公『全部取消だ。孫公さま、臨時宣伝使となつて吾々を導いて下さい。私は辞退しておきますから……』 孫公『ヤア有難い、そんなら只今より三五教の宣伝使孫公別命だからそのお心組で願ひます。宣伝使になつた祝ひに、一つ此山上で言霊戦をやりませう。政見発表の代りに戦見発表宣伝歌をやりますから謹聴を願ひます………。 神が表に現はれて賢者と愚者を立別ける 人は見かけによらぬもの黒姫司にケンケンと 朝な夕なにボヤかれて馬鹿な男と言はれたる 孫公司も何時迄もまごまごしてはゐられない 心の奥のドン底に人にみえない智慧がある 智慧の光はいつまでも隠れて消ゆるものでない 袋の中に鋭利なる錐ある時は鋭脱し 其鋒鋩は現はれる何にも白山峠かと 思うて来たのにこれは又どうした風の吹き廻し 月にスツポン湖の大蛇の奴が現はれて 三公の親を食たおかげ自転倒島から従いて来た 孫公司は選まれて思ひもよらぬ宣伝使 こんな嬉しい事はない三公さまや虎さまよ お前は神か竜神か木の花姫か知らねども 余程身魂の光る奴三五教の黒姫が 看破し得ざりし孫公の此神力を認識し 全会一致の勢ひで選挙したのは偉い奴 お前の様な選挙人世界に沢山あるなれば 体主霊従の悪政は全く根絶するだらう 聖人賢人哲人は野に埋もれて何時迄も 頭あがらぬ今の世にこりや又如何した幸ひか 孫公別の宣伝使神力示すはこれからだ あゝ惟神々々神は吾等と倶にあり 吾等は神の子神の宮三公さまが両親の 命を取つて鼈の湖にひそめる大蛇奴を 広大無辺の神力の備はりきつた宣伝使 孫公別が現はれて三公虎公お愛をば 御供の神と定めつつ進み行くこそ勇ましき 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも辞職の出来ない宣伝使 握つた上は放さない其執着はスツポンが かぶりついたる如くにて如何しても斯うしても放しやせぬ 三千世界の梅の花一度に開く常磐木の 松の神代がめぐり来て世におちぶれた孫公も 雲井にぬき出た白山の此絶頂で勇ましく 神の使の宣伝使任命されたる上からは 仮令野の末山の奥虎狼や獅子熊の 狂へる野辺も厭ひなく心を尽し身を尽し 筑紫の島は云ふも更常世の国や高砂の 島の奥まで乗込むで尊き神の御光を 輝き渡すは目のあたりあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 何処ともなく中空より宣伝歌の声が聞え来る。四人は不審の眉をひそめながら、耳をすまして聞いてゐる。 (玉治別)『神が表に現はれて善と悪とを立別ける 善に見えても悪霊悪に見えても善の魂 心は捩ぢけ智慧曇り一寸先の分らない 凡夫の身魂が寄り合うて神の尊き宣伝使 選挙するとは何事ぞ神の心と空蝉の 人の心は裏表如何に選挙に当選し 月桂冠を得たとても神が許さにや真実の 誠の力は出よまいぞあゝ惟神々々 神の心も白山の此絶頂でいろいろと 心を砕き胸痛め湖水にひそむ曲神の 其猛勢に戦いて無道の選挙をしたとても 微塵も効力ない程に何れも心を取直し 早く誠に立かへれ屋方の村の親分と 羽振り利かした三公も武野の村の虎公も 貴族生れのお愛まで神の教に酔つぱらひ 今は全く山上に身魂は堕落して了うた 此為体でありながら大蛇の潜むスツポンの 湖に向つて言霊の戦ひせむとは身知らずだ 命知らずの侠客も今は命が惜しうなつて そんな弱音を吹くのだろ弱音ばかりか臆病風 此山頂に吹いてゐる朝から晩まで偉さうに 肩肱いからし大手ふり法螺吹き廻つた男達 何を血迷ひ黒姫の愛想を尽かした孫公に 卑怯未練に頼むぞや少しは胸に手を当てて 考へ直してみるがよい吾は玉治別司 神に代つて一同に誠心で気を付ける あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と言つたきり、其声はピタリと止まる。 四人は声の出所を求めて、彼方此方と谷底を覗き込んで見たが、そこらに人らしき者の影も見えなかつた。ここに一行四人は白山峠の急坂を東北指して下り行く。 (大正一一・九・一六旧七・二五松村真澄録)
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(2169)
霊界物語 36_亥_シロの島の物語 21 火の洗礼 第二一章火の洗礼〔一〇〇九〕 サガレン王に真心を捧げて仕へまつりたる 誠忠無比の神司アナン、セールを始めとし ユーズの司シルレング数多の同志と諸共に 義勇の軍を召集し夜陰に乗じて竜雲が 秘む神地の城塞に破竹の勢凄じく 侵入するや竜雲が深き企みの陥穽 ありとも知らず軽進し思はぬ奇禍に陥りて 高手や小手に縛せられ無残や四人は牢獄に 投入れられて朝夕にサガレン王の身の上を 案じ煩ひまちまちの噂をなして日を送る 時しもあれや曲津神牢番頭のベール奴が 曲津の神の命令を固く守りて朝夕に 四人の司の身辺を監視するこそ恐ろしき 如何はしけむ竜雲は俄に心機一転し 四人の司を牢獄より一時も早く解放し 救ひ出せよと下知すれば醜のベールはブツブツと 小言タラタラ面をば南瓜の如くふくらせて スタスタ来る牢の前いろいろ雑多と押問答 四人は一同口揃へ竜雲如き悪神の 指図をうけて吾々はいかで此場を動かむや それより汝を初めとし曲津の憑りし竜雲が 一時も早く悔悟して誠の道を表白し 尻尾を下げて吾前に来るにあらずば何時迄も 出獄ばかりは拒絶すとやり返したる健げさよ ベール司は怪しがり固き鉄扉を引あけて 思はず知らず中に入り一言二言言霊の 征矢を放ちし間もあらず無残やベールはアナン等が 同士に拳固の雨霰所構はず打撲され 悲鳴をあげて救ひをば求むる折しも牢獄を 見まはり来りし獄卒の敏くも耳に轟きて 靴音高く駆来るヤツトは驚きベールをば 救ひ出さむと戸を開き一足二足進み入り あたり見まはす折もあれアナン、セールやシルレング ユーズの四人は二人をば高手や小手に縛しめて 悠々牢獄を立出でぬ二人は歯がみをなしながら 目を剥き口を尖らして曲者今や逃れたり 数多の獄卒逸早く彼等四人を縛せよと 声を限りに呼ばはれど何の響もなくばかり 吠え面かわくを一同は尻目にかけて嘲笑ひ 悪の報いは此通り早く改心現はせと 言葉を残してどことなく思ひ思ひに城内の あなたこなたに隠れける俄に吹来る山颪 大木を倒し枝を裂き無残に家屋を滅茶々々に 吹飛ばすこそ物凄き風の力に城内の 建築物の中よりは炎々濛々噴き出す 煙の中よりペロペロと紅蓮の舌をばはき出して 瞬く間に館をば将棋倒しに嘗めつくす 数多の男女は右左うろたへ廻りて泣き叫ぶ 阿鼻叫喚の地獄道見るも無残の次第なり ○ ケールス姫や竜雲は火焔の舌に包まれて 息もふさがり闇雲にうろたへ騒ぎ息の根の 今や切れむとする所忽ち聞ゆる宣伝歌 ゴウゴウガラガラバタバタと館の棟のおつる音 勢猛き風の鳴り老若男女の声限り 救ひを叫ぶ叫喚の声を圧して聞え来る 其言霊の勇ましさ甦りたる心地して 尊き神の御救ひと仰ぎ喜ぶ胸の内 咫尺弁ぜぬ所迄煙に包まれ苦しみし ケールス姫は意外にも俄に心をおちつけて 館の棟のバチバチと燃え行くさまを打眺め 覚悟をきはめ居たりしが之に反して竜雲は あわてふためき右左前や後とかけめぐり 柱に頭を打つけてアイタヽヽツタあゝ苦しい 息はふさがる血は滲む誰か忠義の人が来て われをば救ひ出せよともがき苦しむ憐れさよ。 ○ 間近く聞ゆる宣伝歌其言霊を調ぶれば サガレン王を始めとし瑞の御霊の君子姫 タールチン司や清子姫キングス姫を始めとし エームス、テーリス、ゼム、ルーズヨール、レツトやターレンの 涼しき声と聞えたり。 (サガレン王たち一同)『あゝ惟神々々神が表に現はれて 善悪正邪を立て別ける此世を造りし神直日 心も広き大直日只何事も人の世は 直日に見直し聞き直し竜雲司の過ちは 只今ここで焼き直す三五教やバラモンの 教に仕ふる宣伝使吾は君子の神司 吾は国別彦の神神の力を身に受けて 神地の城に立て籠る曲津の魂を焼き直し 火の洗礼を施してすべての汚れを焼き清め 焦熱地獄は忽ちに高天原と一変し 仁慈無限の大神の教を伝へ仁政を 布き施して国民を安きに救ひ助けむと 吾等はここに向うたり曲のかかれる竜雲や ケールス姫を始めとしテール、ハルマや其外の 醜の醜人悉く汝が胸に秘みたる 八十の曲津を追ひ出し誠の道に帰れよや 神は至愛にましませばいかに心の曲りたる 汝等なりとて徒に命は取らせ玉ふまじ あゝ惟神々々神の恵を尊みて 一日も早く村肝の心を直せ身を清め 元つ身魂になれよかし神地の城は今日よりは サガレン王のしろしめす珍の聖場となりにけり 牢獄の中に繋がれしアナン、セールやシルレング ユーズの司は今何処早く此場に現はれて 彼等曲津の逃げまどひ苦しみ悩む友輩を 煙の中に飛び込んで一人も残さず救ひ出せ 神は吾等を守りまし尊き清き汝等を 厚く守らせ玉ふらむ進めよ進めいざ進め 紅蓮の舌を吐き出す火焔の中も何のその 神に叶へる吾々は火にさへ焼けず水にさへ 溺るる事なき強者ぞあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 サガレン王は黒焔の中に立つて、宣伝歌を歌ひ乍ら、数多の部下を指揮し、城内の老若男女を救ひ出さしめむと努力して居る。 君子姫、清子姫は奥殿深く猛火の中に進み入り、死を決し、観念の臍を固めて、泰然自若たるケールス姫を小脇に抱へ城の馬場に救ひ出し、清子姫は甲斐々々しく、度を失うて狂ひ居る悪魔の張本人竜雲を引抱へ、君子姫に従ひて、城の広場に救ひ出しぬ。其外数多の人々を一人も残さず、サガレン王の率ゐ来れる至誠の勇士、煙の中をかけ巡り、無事に人命を救ひたるこそ、全く神の御助けと知られける。どこともなしに又もや聞ゆる宣伝歌、敵と味方の区別なくいと殊勝げに耳に入る。 (天の目一つの神)『此世を造り固めたる誠の神が現はれて 善悪正邪を立別けるわれは北光神司 神素盞嗚大神の神言畏み斎苑館 後に眺めてはるばるとフサの国原横断し 月の国中南行し海を渡りてシロの島 サガレン王や君子姫竜雲司やケールスの 姫の命を助けむと雲路を分けて下り来し 天の目一つ神なるぞ火の洗礼は恙なく 神のまにまに終りけり此城内に立籠る 八岐大蛇や醜狐曲鬼共の眷族は 火の洗礼に怖ぢおそれ黒雲起し雨を呼び 風のまにまに逃げ散りぬ今や神地の聖場は 汚れも曲も払拭し水晶の如く清まりぬ あゝ惟神々々神の御水火を授かりて 此世に生れ出で来る万の物の霊長と 称へられたる人の身は神に等しきものなれば いかでか曲のあるべきぞ名位寿富の正欲に 清き心を悩まされ遂には体主霊従の 悪魔の風にそそられて利己一辺の魂となり 清き身魂は忽ちにそこなひ破れ汚れはて 曲の棲処となるものぞ曲津の巣くふ竜雲も 心に悔悟の花咲きて今は罪なき神の宮 汚れも咎めも更になしケールス姫を始めとし 竜雲司に諂ひて体主霊従をきはめたる 百の司や下人よ老若男女の嫌ひなく 心を安らに平かに吾身の前に現はれて 今迄犯せし過ちを皇大神の御前に 早く謝罪し奉れ大恩受けしサガレン王の 神の命は今ここに魂の光りを現はして 清く現はれ玉ひけり神素盞嗚大神の 八人乙女の其中に目立ちて健げな君子姫 御供に仕ふる清子姫タールチン司やキングス姫の 貴の命やエームスの清き司も今ここに 汝等百の人々を救はむ為に現れましぬ あゝ惟神々々かくなる上は天ケ下 四方の国には仇もなく曇りも汚れもなきものぞ 老若男女の隔てなく上と下との分ちなく 城の馬場のいや広く心を清めて一所に 集まり来れよ惟神神に誓ひて目一つの 神の司が今此処に汝の為に宣り伝ふ あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と歌ひ了ると共に、天の目一つの神は煙を分けて、コツコツと杖をつき乍ら、一同が避難の場に微笑を浮べつつ現はれにける。 (大正一一・九・二四旧八・四松村真澄録)
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霊界物語 37_子_出口王仁三郎自叙伝1 余白歌 余白歌 一度二度墜落身越して飛行便脱線汽車の代用として〈二章(初版)〉 王道は正道を行き政党は横道覇道を進み行くなり〈二章(初版)〉 震災後きつく瘠せたる印紙かな〈四章(初版)〉 デンデン虫苦しさ内殻這ひ出し〈五章(初版)〉 農相農相と這ひ出したる田々虫蝸牛角上の小ぜり合から〈六章(初版)〉 国民が待ちに待ちたる普選権また危ふしと空を仰ぎつ〈六(初版)〉 風船の様にあやふい普選権いづこの嶋に落ちむとするか〈六章(初版)〉 入超の声聞く度に国民はまた巾着を締めむとぞする〈七章(初版)〉 日地月あつめて造る串団子星の胡麻かけ喰ふワニロ〈七章(初版)〉 関東の地震に勝る人造の地震治むる神の権力〈十章(初版)〉 醜司自身神也火の車乗りて市中を駆けめぐりつつ〈十一章(初版)〉 何事の勃発すとも惟神任す真人の自信神也〈十一章(初版)〉 神勅の地震雷火の雨は乱れたる世の状をいふなり〈十二章(初版)〉 極楽の野に休らふもしばしの間やがては苦しき牛と馬なり〈十四章(初版)〉 おく霜に庭の白菊しほれけり凩しげき冬の初めに〈十五章(初版)〉 大空をおほへる傘も破れはて白菊の花霜になやめる〈十五章(初版)〉 月の夜に宿を立出で眺むれば黄菊白菊一つ色なる〈十五章(初版)〉 うす暗き廐の中に繋がれて淋しく孤独を送る馬かな〈十六章(初版)〉 たまさかに外に出づれば重き荷を負はされ悩む牛馬の吾れ〈十七章(初版)〉 桐一葉音なく散りぬ天地の淋しき秋の空寒くして〈十八章(初版)〉 今朝見ればシーポー(船)の屋根真白なり夜明けの霜のつるぎかざして〈十八章(初版)〉 木枯の吹く冬の日もあたたかき人の心にかほる花の香〈十九章(初版)〉 五大教神の司をおくりおきあとはゆるゆるエス語歌つくる〈十九章(初版)〉 過ぎ去りし昔の夢を偲びつつ何時とはなしに若やぐ吾は〈十九章(初版)〉 夢の世の夢を誠の夢としていや永遠に忘れざらまし〈二十章(初版)〉 別れても又逢ふことのある世ぞと世の諺を便りに生くる〈二十章(初版)〉 煙だに立たずばわかじ奥山の杣の住むなる炭がまの在処〈二十章(初版)〉 雀の子数多つどへる女護島へ移住なしたし六部の昼寝〈二十二章(初版)〉 千歳のよはひを保つ鶴の子もヽ[※神を意味するホチ。底本では右上から左下に流れるホチ]離れては十年となる〈二十三章(初版)〉[この余白歌は八幡書店版霊界物語収録の余白歌を参考に他の資料と付き合わせて作成しました]
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霊界物語 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 19 鞍馬山(二) 第一九章鞍馬山(二)〔一〇五六〕 折節当夜は八木会合所の祭神及び会場移転式挙行日にて数多の会員参集し居たるに、不意に教祖一行の御立寄りと聞きて驚喜し俄に色めき立ちて上を下への大騒動、見るに見かねて教祖は之を制し慇懃に挨拶あり。畏くも大神の奉斎所を遷座する大切な御式を軽率に執行して神霊に非礼の罪を重ね、前以て詳細の報告も出願にも及ばざりし会員一同の不注意は今眼前に報うて来て気の毒であつた。幸ひにも教祖に祭主を懇願して移転式を完了し、次に教祖及び海潮の講話あり、午後十一時には各十二分の神徳を忝なみ会員一同退散した。印度坊主は経が大切、自分等は明日が大事、夜更しは身の障りと狭い座敷に雑魚寝をなし、翌九日、旭日東山の端に円顔を現はし給ふの頃、霧の流るる小川に手水を使ひ口嗽ぎ、恭しく神前に祈願を凝らし、行途の如何を占なひ奉る。時に皇神海潮の手を通じて教へ諭し給ふ様、 『世の中の人の心のくらま山 神の霊火に開くこの道』 と、此神詠によりて行途の城州鞍馬山なる事を窺ひ知り得たれば、心は五条橋の牛若丸の如く飛び立つばかり勇み立ち、午後一時福島氏に送られて八木停車場へと歩を運ぶ。折柄園部の上り列車、幸宜しと飛乗れば二分停車の忙しく渡る鉄橋寅天の、音轟々と大堰川、八木の城山跡に見て、二条の軌道を疾駆して、早くも亀岡に接近す。海潮が故郷なる曽我部の連山は殊の外眼に立ち、高熊山の霊峰は彼方ならむと思へば不知不識に拍手せられる。愛宕の神峰は群山重畳の其中央に巍然として聳え、教祖一行の出修を眺めて山霊行途の安全成功を暗祈黙祷せらるるの思ひがある。車中偶曽我部の里人某を見る。言葉を掛けむとすれば態と素知らぬ振りに背面し、時々横目に此方の身辺を覗ふ様、あまり心地良きものに非ず。彼は曾て海潮が故郷にありて国家の大勢に鑑み、憂国の至情を以て一身一家を抛ち、惟神の大道たる皇道霊学の教旗を翻したる時、陰に陽に極力妨害を加へたる枉津神なれば、今更面目なくて其鉄面皮も稍良心に呵責され、思はず背面せしならむかと思ひしに、豈図らむや、然は無くて彼は余等一行の旅装を注視し、乞食巡礼に零落せしものと誤認し、帰郷するや嗤笑して告げて曰く。 『上田は怪しき教に沈溺せし為め終に乞食に堕落したり。神道に熱中するもの宜しくこれを以て殷鑑とし、決して祖先伝来遵奉し来りし仏道を捨て神道に迷ふが如き愚挙を演ずる勿れ。彼れ上田は親族には絶交せられ、朋友には疎まれ、弟妹には見離され、吾住み馴れし恋しき故郷を捨てて是非もなくなく他所へ流浪し、今又養家の老母や妻を携へ、浮雲流水の身となり居れり』 などと、御苦労にも悪言醜語を遠近に触れまはし、余が郷里の一族も少からぬ迷惑を感じたと云ふことである。 日本神国に生を享け、神国の粟を喰み、神恩に浴し乍ら、報本反始の本義を忘れて、邪教に魅せられたる印度霊の小人の言葉程、迂愚頑迷にして斯道に害毒を流すものはない。 汽車は容赦なく山本、請田と進み行き、第一隧道を潜り抜け第二、三、四と貫く程に、流れも清き保津川の激潭、急流に散在する奇石怪岩面白く、読み尽されぬ書物岩、数へ尽せぬ算盤岩、激潭飛瀑の中に立ち並ぶ屏風岩、仏者の随喜渇仰する蓮華岩を川底に見降しつつ、渓間の鉄橋矢を射る如く、早くも嵐峡館の温泉場、感賞間もなく君が代を万代祝ふ亀山隧道、脱け出れば花より団子の嵯峨の駅、五分停車の其内に、右手の方を眺むれば、月雪花と楓の嵐山、秋季に花は無けれども、松の木の間を彩る錦、神の随々萠出でて、月照り渡る渡月橋、筏流るる桂川、お半長右衛門浮名を流す涙川、流れも清き天竜の巨刹は松年画伯の筆になる天竜と共に高く甍を雲表に現はし、峨山の禅風薫るあり。十三詣りの虚空蔵の祠、千歳栄ゆる松尾大社、神徳薫る梅の宮の森、千葉の葛野を眺むれば、百千足屋庭も見え、国の秀見ゆる勇ましさ。左手は撰歌に名高き定家卿の小倉山、花と紅葉の二尊院、仏祖を祀つた釈迦の堂、北は御室の仁和寺、五重の塔は雲を突く、此処に昇降する客の大半はこれに詣づる信徒なるべし。汽笛の声に動き出す。汽車は間もなく花園駅、車掌が明くる戸を待ち兼ねて一行は飛降り、禅宗の本山妙心寺を横手に眺めつつ、教祖は老の御足に似もやらず一行の先に立ちて進まれ、徒歩にて北野の鳥居前にと衝立つ梅松竹の杖。今日は陽暦廿五日当社の祭典にて神輿渡御の真最中、騎馬の神職は冠装束厳めしく劉喨たる音楽に連れて、神輿の前後を練り出る有様、最殊勝に見ゆる。数万の賽者は一時に容を改め襟を正して拍手するあり。社頭には千年の老松梅林、楓雑木も苔蒸して神さび立てる神々しさ。教祖は此処に歩を停め拍手再拝の後、余等一行に向ひ、 教祖『抑も当社の祭神は今より一千余年の昔、左大臣藤原時平が讒言に由つて時の帝王の逆鱗に触れ、無実の罪に問はせられ親子共に四方へ流謫の身となり、御無念やる方なく、 天の下乾ける程のなければや 着てし濡衣ひる由もなき と歎き給ひし菅原道真公の真心終に天地に貫徹し、鳴神とまで化けて神異霊徳を顕はし一陽来復の時至つて北野天神と祭られ後世までも斯くも手厚き官祭に与り給ふは、実に聖明の世の賜と云ふべし。然し乍らここに思ひ出されて忍び難きは吾等の奉仕する艮の大神国常立尊の御上である。大神は天地開闢の太初にあたり、海月なす漂へる国土を修理固成して豊葦原の瑞穂の国を建設し、以て神人安住の基礎を立て厳格なる神政を励行し給ふや、剛直峻正にして柔弱なる万神の忌憚する所となり、衆議の結果悪鬼邪神と貶せられ、千座の置戸を負ひて神域の外に神退ひに退はれて其尊身を隠し、千万の御無念、克く忍び克く堪へ天地の諸霊を守護し給へども、盲千人目明一人の現社会に誰ありて神名を称へ奉る者なく、神饌一回献ずる人無く、暗黒裡に血涙を呑み落武者の悲境に在せ給ひしに、時節到来、大神の至誠は天地に通じ、煎豆に花の咲き出でしが如く月日並びて治まれる、二十五年の正月元朝寅の刻、天津神の任しのまにまに、 「三千世界一度に開く梅の花、艮の金神の世になりたぞよ。須弥仙山に腰を掛け丑寅の金神守るぞよ」 と大歓喜と大抱負とを以て目出度く産声を挙げ、再び現在の主宰とならせ給へり。あゝ斯くも至尊至貴至仁至愛なる大神の御心を察し奉りて一日も早く片時も速に、大神の仮宮なりとも造営し奉り我神洲神民として敬神愛民の至誠を養ひ神恩の忝けなきを覚悟せしめ、日本魂を錬磨修養せしめねば、邦家の前途は実に寒心に堪へず。瞬時も速かに大慈大悲の大神の御洪徳を宣伝し、悪鬼邪神との冤罪を雪ぎ奉るは吾等の大責任にして又畢生必ず決行せざるべからざる大願なり。今や北野の神の官祭を拝して大神の御上を追懐し、悲歎遣る瀬なし』 とて冴えたる御声は愈曇り光眼瞬く事切りと見受られ……草枕旅には厭ふ村時雨はらはらかかるを袖にうけつつ語り出でらるる其真情に絆されて、海潮も澄子も声をのみ、貰ひ泣きせし其顔を、菅の小笠に隠して同行五人杖を曳いて鞍馬を指して急ぎ行く。 鞍馬へ愈到着してより其夜は御宮の前にて御通夜する事とした。四方春三は寺前に備へありし御籤を頂きしに余程悪かりしと見え、思はず、 春三『オウ失敗つた』 などと口外する。其夜福林は旅の疲労にて前後不覚の体に寝入りしが、不図夜中の一時頃目を覚まし見れば、傍にありし四方春三の姿の見えざるに驚き、探し見るに外の方に当つて『起きて下さい』と頻りに呼はる声の聞ゆるままに耳をすませば確に四方の声である。福林は急ぎ外へ出て見れば、大いなる火の玉、お宮の前を行きつ戻りつ駆けめぐり、而も其火の玉の尾には正しく尋ねる四方春三の姿あるを認め、今の声の所在も始めてわかつた。薄気味悪く見守る内、火の玉は次第に先方へ行きし故恐る恐るも其方角へ行きて見れば四方は大きな焚火をして居た。福林は近づいて、 福林『一体如何したのか』 と聞けば四方は青い顔して震へ乍ら、 四方『オヽ恐い恐い、こんなに恐い事はない、今のを見て呉れたら何も云ふ事は無い』 と云ふのみにて打ち明けもせず泣いて居る。それから連れ立ちて御宮へ戻り再び寝に就き、夜明けてから更めて四方に夜半の出来事を尋ねたけれど、四方は何も知らぬと云ふ。念の為め昨夜焚火せる処へ行つて見たが其跡さへ無き不思議に福林は只驚くばかりであつた。海潮は教祖に向ひ今度鞍馬参りの神慮を伺ひしに、教祖は只、 教祖『先に行つたら分りませう』 と云はれしのみであつた。 帰途は京都より亀岡へ出で八木にて一泊せしが四方は終日蒼白な顔して悄気込み居たりし様見るも憐れであつた。同人は其夜園部まで二里の行程を走つて友人に会ひ、 四方『今度は死ぬやも知れぬ』 とて暇乞ひを成して帰れる由、教祖は此事を聞きて叱つてゐられた。 翌日綾部の役員信者は途中迄出迎ひに出て無事大広前に帰り着く。四方春三は始終太息を洩らし居たが上谷の宅より迎ひに来り、帰宅して後一ケ月ほど煩ひて帰幽して了つた。其より前、 四方『生前是非先生に一度来て貰はねば死ぬにも死なれぬ』 とて使ひが来たから海潮は見舞に行き、 海潮『許してやる』 と言へば安心して帰幽した。春三時に十八才、実に霊学に達したる男であつたが慢心取違ひの末、神罰を蒙りて一命を終はつたのは遺憾の事であつた。 或夜俄に大風吹きて広前の杉の樹、ゴウゴウと唸りし事がある。後教祖に伺ひしに、鞍馬山の大僧正来りて本宮山へ鎮まり又其眷族は馬場の大杉へ行つたが其後大杉には蜂の如く沢山の眷族が見えたと教祖は物語られた。 (大正一一・一〇・一八旧八・二八北村隆光録)
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霊界物語 39_寅_大黒主調伏相談会/言霊隊の出発 12 種明志 第一二章種明志〔一〇七七〕 国公、ハム、タールの三人は夜明けと共に朝の空気を吸ひ乍ら、不思議な事より情意投合して兄弟の如くになり、道々無駄話をし乍ら、河鹿峠を下り行く。照国別の待つてゐるといふ岩窟に到り見れば、照国別一行の姿は見えず、只二人の男が岩窟の小隅に小さくなつて震うて居た。ハムは無雑作に余り広からぬ岩窟に飛込み、よくよく調べ見ればイール、ヨセフの両人であつた。 ハム『オイ、イール、ヨセフの亡者ぢやないか。何時の間にこんな所へふん迷うて来たのだ』 イール『ヤア、ハムさまか、ようマア無事で助かつてくれたなア。俺達二人も何が何だか、サツパリ合点がゆかぬのだ。実際現界か幽界か、如何考へてもハツキリせぬ。お前は何と思ふか』 ハム『確りせぬかい。ここは河鹿山麓の南口の岩窟の中だよ』 ヨセフ『さうするとヤツパリ生復つたのだなア。夜前ここ迄逃げて来て、スツ込んで居ると、頭のわれるやうなキツい声で宣伝歌を歌つて、此岩窟の中へ這入らうとする三人の宣伝使があつた。こんな奴に這入られたら大変だと、二人が中から岩の戸に突張りをかい、力限りに押して居つたら、とうとう根負をして通り過ぎて了つた。それから今まで二人が岩戸を力限り押してゐたのだが、どうやら宣伝使が遠く行つたやうな塩梅だから、余り息がこむるので、新しい空気を注入してゐた所だよ』 ハム『オイお前の救主が此処に二人も来てゐる、早く御礼を申さぬか、タールさまに国公さまだ』 ヨセフ『何、俺を助けてくれた救主は三五教の宣伝使一行四人だよ。タールの奴、男甲斐もない、母娘の巡礼に俺達がさいなまれてゐるのを見捨て、逃げ出すといふ卑怯千万な不親切漢だから、そんな事を言つても駄目だ。ヘン、大きに憚りさま、なあイール、貴様も知つてゐるだらう、三五教の照国別とか云ふ宣伝使に違ない。お前も其の記憶は確にあるだらう』 イール『確にさうだ。ここを通つた宣伝使もヤツパリ照国別さまに違ないが、余り神力が強いので、却て俺の方がこはくなり、近よりさへせねばよいと思うて此処迄助けて貰うた宣伝使にスツパ抜きをくはして、潜んで居つたのだ。オイ、ハム、お前如何して助かつたのだい』 ハム『俺は元から死んでは居なかつたのだ。きさま等二人が真砂の中に半身を埋めて目をまはしてゐたのを俺はよく側に見てゐた。併し如何したものか足腰が立たないので、三人一緒に頭を並べて、時を待つてゐた所、レーブ、タールの両人がうしやがつて、俺の悪口を散々吐いた上、此ハムさまを谷川へ水葬しようなどと善からぬ事を吐きやがるものだから、おのれツと云ひさま、立上ると、ここに居るタールを初めレーブの奴、雲を霞と逃げ失せ、谷路にふん伸びてゐやがつた。天罰は恐ろしいものだ。踏殺してやらうと、思うたら又もや俺の腰が変になり、谷路に一蓮托生的にふん伸びてゐた所へ、照国別の宣伝使が通りかかり、此国公さまに介抱を命じて、此岩窟迄行くと云つて、スタスタと下られたが、貴様が中から邪魔をするものだから、とうとう行かれて了つたのだよ。其中の一人は此国公さまだ。早く御礼を申さぬか』 イール、ヨセフの両人は嬉しさうな怖さうな態度で、無暗に腰を屈め、頭を五六遍ペコペコ上げ下げし乍ら、 イール、ヨセフ『モウ何にも申しませぬ、有難う厶います、どうぞ堪忍して下され』 国公『お前は妙な事を言ふ奴だ、命を助けてやつた宣伝使の玉子が如何してお前を苦めるものか、マア安心したがよからう』 イール『そんなら三五教の巡礼に御無礼した事を許してくれますか』 国公『三五教の巡礼とはどんな風をして居つたか、一寸耳よりだ。詳しく聞かしてくれ』 イール『婆アさまと娘と二人の巡礼だ。中々強い奴で、とうとうハムの大将迄谷底へとつて放られた位だから、手にも足にも合ふものぢやない』 国公はワザと口を尖らし、 国公『それは怪しからぬ、おれの母と女房とが一足先に、巡礼姿になつて此々を通つた筈だ。そんなら吾母と女房に対し、無礼を加へた奴だなア、さう聞く上は、モウ了見はならぬぞよ』 イール『モシ国さま、私ばかりぢや厶いませぬ。現に此処に居るハムの命令で、抵抗しました。ヨセフもタールもまだ外にレーブといふ奴、私は例外として都合〆て五人、反対的行動を執つたのだから、どうぞハムから戒めてやつて下さい、私は何も彼も白状した褒美に命丈は助けて下さい。其代り国様が鼻をかめと仰有つたら、鼻でも拭いて上げます。尻をふけと仰有つたら尻でも拭きます。アーンアーンアーン』 ハム『アハヽヽヽ悪の張本人は此ハムさまだ。コレ国さま、私から先へ成敗して下さい、部下の罪悪を一身に引受けるのは衆に将たるものの正に行ふべき道だ。サア早くお望み次第……』 とニユツと首をつき出し、早く首をとれと云はぬばかりにして居る。 国公『ヨシヨシ首を取れなら、取つてもやらう。併し乍ら今はの際に貴様等の素性を一々白状せよ。其上にて事と品によつたら許してやらぬ事もない』 ハムは悪びれたる色もなく、さも落着き払つた態度で物語る。 ハム『天津御空を照りわたる光も強き月の国 生れはデカタン高原の南の端に青山を 四方にめぐらすガランダのテームス王の子と生れ 親の名をつぎ民草を安く治むる折もあれ バラモン教の神司大黒主の手下なる 釘彦片彦両人が何時の間にやら国内に ひそみて国人悉くバラモン教に帰順させ 徒党を組んで王城へ夜陰に乗じて迫りくる 其勢のすさまじさ妻子を初め家来共 雲を霞と逃げ散りて影も形も泣き寝入り 取残されたハム一人刃向ふ術もなきままに 命惜しさに降服し大黒主の御前に 引出されて已むを得ず先祖代々伝はりし 王の位を打棄ててフサの国へと追ひ出され 彼方此方をトボトボとさまよひ巡り妻や子の 所在を尋ぬる折もあれバラモン教の副棟梁 鬼熊別の神司タルの都の手前にて 思はず知らず巡り会ひ厳しく素性を尋ねられ 大黒主の手下等にさいなまれたる物語 申上ぐれば鬼熊別の神の司は涙ぐみ 妻子を尋ねてさまよふかお前は不憫な奴だのう われも妻子の行方をば尋ねて暮す身の上ぞ お前の心は察し入る大黒主の大将が 如何に言ふとも鬼熊別が甘く取りなし助けむと 云はれし時の嬉しさよ喜び勇み此ハムは 鬼熊別に従ひてハルナの都に立向ひ 抜擢されて部下となり蜈蚣の姫や小糸姫 続いてハムが妻子をば尋ねむものと遠近を 朝な夕なにさまよひてここまで来りし折もあれ 蜈蚣の姫によく似たる母娘の巡礼にめぐり会ひ 実を聞かむと声高に母娘の巡礼に立向ひ つめかけ見れば吾胸にグツとこたへた蜈蚣姫 小糸の姫に違ない秘密の洩れむ恐ろしさ 四人の奴等を追ひ散らし後に残りしハム一人 鬼熊別の命令を母娘の方に伝へむと 思うた事も水の泡取つて放られた谷の底 折角会うた母と娘に別れし事の残念さ 推量あれよ国さまよ私は悪い者でない 素性をあかせば此通り何卒お許し願ひます 神が表に現はれて心の善悪立別ける 此世を造りし大神の御霊幸はふ国さまは ハムの誠の心根を詳しく悟り玉ふらむ あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と悠々と歌を以て答へた。 国公『さうするとハムさま、お前は鬼熊別さまの命令で、蜈蚣姫、小糸姫様の所在を尋ねがてら、妻子の行方を探つてゐるのだな。ソリヤ感心だ。併し蜈蚣姫、小糸姫は決して三五教の信者でも宣伝使でもない、併し母娘共に健全にゐらせられること丈は大丈夫だ。そして先にお前達を投げた母娘の巡礼は、あれは黄金姫、清照姫といふ立派な宣伝使で、決してお前の言ふやうな方ではないぞ』 と意味ありげに三人の前でワザとに言葉を濁してゐる。ハムは早くも国公の腹中を悟り、ワザと空呆けて、 ハム『アヽさうでしたか、さう承はれば人相書に合はない所が沢山あります。……オイ、タール外二人、お前は如何思ふか』 タール『俺は余りの恐ろしさで、婆アさまと娘位の事は承知してゐるが、人相を検めるなんてそんな余裕があるものかい』 ハム『イール、ヨセフの両人、貴様は如何思ふか』 ヨセフ『俺は言ふとすまぬが、鬼熊別さまの女房子に、あんな立派な方があらう筈がないと思うてゐるのだ。あのお方の身魂は、すでにすでに都率天の月照彦の神さまのお側で御用をして厶る結構な神様の肉の宮だから………』 イール『俺もさう思ふ。何程蜈蚣姫様、小糸姫様が豪傑だと云つても、あんな力が出る筈がない。又そんな力のある方なら、母娘の武勇は天下に鳴轟いてゐる筈だからなア』 国公『そらさうだらう、あの母娘を蜈蚣姫小糸姫などと思ふのが、大変な的外れだ。それさへ分れば、最早あの母娘を追跡するのも無駄骨折だ。それよりもハムさまの様に一つ素性を明かしたら如何だい』 イール『そんなら何も彼も棚卸しをしてお目にかけませう。私はデカタン高原のサワラといふ小さい国の首陀の家に生れた者ですが、大黒主の部下なるテーグスといふ宣伝使がやつて来て、片つ端から国人をバラモン教に引入れるので、ムカついてたまらず、ウラル教の教理を真向にふりかざし防ぎ戦うたけれど、遂に衆寡敵せず、サワラの牢獄に投込まれ、百日百夜の責苦に会ひ、とうとう初心を翻してバラモン教に心の空から帰順して助けて貰つたのだ』 ハム『オイオイ、心の空からぢやなからう、底からぢやないか』 イール『ソラ底が底ぢや』 ハム『大方貴様は嘘使つてゐやがるのだろ』 イール『ソラそこに底もあり蓋もある、何と云つても長い者には巻かれ、強い者には従はねばならぬ現状だから、俺の肉体はバラモン教だ』 ハム『肉体はバラモン教で、精神はウラル教だな。何と都合の好い宣伝使だなア』 イール『ハムさま、お前だつてチヨボチヨボぢやないか』 ハム『人間の分際として人の心の奥底が如何して忖度出来るものか、如何なる法の力も武力も、圧制も思想上の強圧は到底出来ない。目に見えぬ世界の事だから、まして今の盲共の窺知すべき限りにあらずだ。そんな野暮な事を言ふものではないよ』 ヨセフ『つまり時の天下に従へといふ筆法だな』 イール『コリヤ、ヨセフ、貴様は信仰の土台はどこにあるか』 ヨセフ『俺の本当の信仰は三五教だ。三五教は世界第一の優秀教だからなア』 イール『アハヽヽヽ現金な奴だなア、三五教の国公さまの前だと思つて、甘く胡麻をすりやがつたな。此胡麻摺坊主奴』 とピシヤリと横面を平手でなぐつた。 ヨセフ『コリヤ、三五教の信者に対して何と云ふ無礼な事を致すのだ。俺はモウ斯うなつては包むに由なし、本当の事を教へてやらう。実の所は顕恩郷にまします太玉命の御家来に、其人ありと聞えたる三五教の宣伝使依彦さまとは俺の事だぞ。バラモン教の内情を探るべく鬼熊別の部下となり、貴様等と一緒に交はつて猫を被つてゐたのだ。本当に盲ばかりの寄合だと思つて、密にホクソ笑をして居たのだ。ウフヽヽヽ』 イール『コラ、ヨセフ、そんな嘘を云つても、辻つまが合はないぞ。三五教の宣伝使が三五教の黄金姫に取つて放られるといふ、そんな矛盾がどこにあるか』 ヨセフ『そこは貴様等を詐る為に、八百長で一寸放られて見たのだ』 イール『何と高価な八百長だのう。一つ違へば命がなくなる様な八百長は昔から聞いた事がない』 ヨセフ『さうだから三五教の宣伝使照国別さまがやつて来て命を助けてくれたぢやないか。要するに惟神的の八百長だといふ事が今分つたのだ。アハヽヽヽ』 イール『負惜みの強い事を吐すない。そんなら何故照国別さま一行を恐れてブルブル震ひ乍ら暗に紛れて逃げたり、岩戸を力一杯あけさせじと骨を折つたのだ』 ヨセフ『マアあつて過ぎた事を、さう細かく詮議するものぢやない。掃溜をほぜくるとしまひにや蚯蚓が出るぞ。アヽ今日はマアよい天気だな、一寸宣伝使様、外へ出て御覧、連山黄金色に彩られ、まるで錦絵を見るやうですワ』 イール『コリヤ、ヨセフ、そんな所へ脱線しやがつて、急場をつくらはうと思うても駄目だぞ、ナア国公さま、本当に油断のならぬ代物ばかりですな』 国公『どれもこれも打揃うて油断のならぬ人物ばかりだ。併し今の世の中は世界中皆此通りだ。お前達は現世界の縮図だから何れも立派な悪神の代表者だよ。アハヽヽヽ』 ハム『オイ、タールの奴、貴様も素性をここで明かさぬか、何だか物臭い代物だぞ』 タール『俺はお前達の様な人種とは元来からして、種が違ふのだ。勿体なくも盤古神王様を尊敬遊ばすウラル彦ウラル姫様の御娘子、高宮姫様といふ別嬪さまの情夫だ』 ヨセフ『ヘン、甘い事を吐すない。ウラル教だと云へば、俺達が勝手を知らぬかと思つて、貴様のやうなしやつ面に、仮令悪神の娘でも、あの有名だつた美人の高宮姫が惚れる道理があるかい。第一年が違ふぢやないか、高宮姫の十七八の花盛りには貴様はまだ此世へ生れて来て居らぬ筈だ』 タール『それは俺の親爺のことだ。俺の父は随分色男だつたよ。アーメニヤの都から、ウラル姫命の最愛の娘、高宮姫と手に手を取つて逐電し、或事情の為に身をかくし、それから再びアーメニヤへ帰つて立派な女房を持つた其女房の名は香具耶姫と云つて、つまり俺の母親だ。父の名は香具耶彦といふ男[※33巻22章の高姫の回顧歌に「御伴の神を引つれて高天原のエルサレム」云々と出てくるが、この「御伴の神」が香具耶彦か?]だよ。コーカス山から北光神がやつて来て、言霊戦を開いたので、父子兄弟チリチリバラバラに逃げ失せ、今では親も分らな、兄弟も知れないのだ。これが俺の詐らざる素性だよ』 国公はタールの言葉を聞いて、双手を組み思案にくれてゐたが、ツツと立つてタールの首筋を打眺め、思はず知らずアツと叫んだ。タールは此叫び声に不審を起し、 タール『モシ国公さま、何ぞ私に憑依して居りますかな』 国公『お前は若い時に春公とは言はなんだか』 タール『ハイ、私の名は春公です。そして私の兄はお前さまと同じ名のついた国公といひました。モウ生きて居るか死んで居るか、今にテンと分りませぬ。何分エライ騒ぎで、親子が四方に逃げ散つて了つたものだから……』 国公『兎も角これからお前と兄弟の様になつて仲よくしよう。オイ皆の連中、これから貴様達は一切の障壁を去つて、俺と一緒に三五教の為に活動しようぢやないか。キツと俺が照国別様にお目にかかつて、よき様に取持つてやるから』 一同『ハイ有難う、そんなら国公さま、宜しく頼みます』 国公『サア早く行かう、照国別様が途中で待ちあぐんで厶るだらう』 と言ひ乍ら、岩窟を後に四人を伴ひ、宣伝歌を歌ひ乍ら、崎嶇たる山路を足早に下り行く。 (大正一一・一〇・二八旧九・九松村真澄録)
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霊界物語 43_午_玉国別と治国別1(玉国別の失明) 15 温愛 第一五章温愛〔一一六六〕 治国別は儼然としてマツ公に向ひ、 治国別『何処の何人の弟か知らぬが、まづまづ無事で目出たいなア。随分苦労をしたと見えて年の割りには窶れて居るぢやないか』 マツ公は飛びつくやうにして膝をにじり寄せ、 マツ公『貴方は私の兄様、亀彦さまで厶いませう。ようマア無事で居て下さいました。嬉しう厶います』 と早くも涙をハラハラと垂らして居る。 治国別『ヨウ、これは近頃迷惑、この治国別は其方のやうな弟は持つた覚えがない。何かの間違ひではあるまいか』 マツ公『それはあまり胴欲のお言葉、よく此顔を御覧下さいませ』 治国別『ちつとも覚えがない』 タツ公『モシ亀彦様、否三五教の宣伝使様、私はマツ公の女房の弟、タツと申します。縦から見ても横から見ても瓜二つ、御兄弟に間違ひはありますまい。そんなにじらさずに早く名乗つて下さいませ。義兄も気を揉んで居ますから』 治国別『三五教の宣伝使玉国別の供を虜にし剰つさへ畏くも斎苑の館の大神様を攻め滅ぼさむと致す、バラモン教の悪神の手先となるやうな弟は持つた覚えがない……かく申す治国別の胸中は千万無量、推量致せよ。バラモン教の神司、否軍人』 マツ公『イヤ、兄様ではない治国別命様、軽率に兄弟呼はりを致しまして、誠に御無礼で厶いました。何卒お咎めなくお見直し聞き直しを願ひ上げます』 玉国別『イヤ治国別さま、決して御遠慮には及びませぬ。折角の御対面……』 と云はむとするを、治国別は玉国別の口元を押へるやうな手つきして、 治国別『貴方の御親切は有難う厶いますが、是が如何して名乗られませうか。決して治国別は兄弟は持ちませぬ。マツ公とやら大神様の御前に三五の誠を現す気はないか』 マツ公『ハイ然らば是より私の真心を御覧に入れます。其上にて兄弟の名乗りをお願ひ申します』 と又もや泣き崩るる可憐らしさ。治国別は目を繁叩き、悲しさを耐へ黙然として居る。 タツ公『サア兄貴往かう、到底誠を表はさねば何程実の兄様だつて名乗つて下さる筈がない』 と涙声を絞りながら立ち上る。マツ公も立ち上り、 マツ公『宣伝使其他のお方々、暫時お別れ致します。明日はきつと此処でお目に懸りませう。此山口にはランチ将軍、片彦、久米彦初め鬼春別の大将が勢揃をして居りますれば、随分御用心なさいませ。今此処をお立ちなされては、如何に神力無双の宣伝使なればとて、剣呑で厶います。左様ならば』 と立ち別れ、両人は急坂を南へ下り行く。後見送つて治国別は涙を押隠し、 治国別『焦がれたる人に相見し今日の身は 昔にましていとも苦しき。 走り往く人の姿を眺むれば 知らず知らずに涙ぐまるる。 過を改め直し大神の 道にかへれよ二人往く人。 秋の日の淋しさ吾に迫りけり 思はぬ人を見るにつけても。 懐しき恋しき人は曲津見の 醜の司となり下りける。 吾とても心は鬼にあらねども 神の大道を外すよしなし。 吾身魂如何なる罪を造りしか 淋しさ身に沁む秋の山路。 不意なくめぐり遭ひたる愛人は 神の仇とぞ聞きし悲しさ』 玉国別『治国別神の御心思ひやり 吾も思はず涙おとしぬ。 やがて又花咲く春も来るらむ 冬籠りして待つ人の身は。 霜を踏み雪をかぶりて咲く花は 香めでたき庭の白梅』 治国別『有難し玉国別の言の葉よ 三月の木々の心地なしぬる。 吾は今悲しきヂレンマにかかりけり 誠と愛の枷に責められ』 道公『惟神神の心に任しませ やがて晴れゆく秋の大空』 万公『親となり子となり又も兄弟と 生るも神の仕組なるらむ。 さりながら生者必滅会者定離 浮世の様を如何にとやせむ』 晴公『師の君の深き心を思ひやり 晴の心も曇りけるかな』 五三公『師の君よ心安けく思召せ 頼りまつ身の花や開かむ。 清春の山に潜みし伊太公を 伴ひ帰るマツタツ二人。 マツタツの二人の友はやがて此処に 笑を湛へて帰り来るらむ』 玉国別『最前マツ公の話に聞けば、此山道には鬼春別の軍勢が数多待ち伏せ居る様子、吾々は別に急ぐ必要も、かうなつてはありますまい。暫く敵軍の此山道を通過する迄待つ事に致しませうか』 治国別『それも一つの神策でせう。仮令幾万の敵軍ありとも神に任せた吾々、些しも驚きは致しませぬが、敵を四方に追ひ散らした処が、飯の上の蠅を追ふやうなもの、再び斎苑館へ攻め来るは必然でせう。どうしても心の底より帰順さすか、但は此難所を扼して其進路を遮り留るより外、名案もありますまい』 玉国別『私は祠の前で暫く眼痛の軽減する迄祈りませう。何卒貴方はもとの場所へお出なさつて英気を養ひ捲土重来の敵に備へて下さいませ』 治国別『左様ならば暫く御免を蒙りませう。サアサア万公、晴公、往かう』 と先に立つ。後には玉国別、道公の両人が残つて居る。五三公、純公も治国別に従つて森蔭に身を没した。晩秋の風は又もや烈しく吹いて来た。半毀れし祠はギクギクと怪しき声を立て、鳴き出した。木々の梢はヒウヒウと笛を吹く。バラバラバラと枯葉が落ちる。冷たき雨さへ混つて、無雑作に目の悪い玉国別の頭を打ち叩く。二人は手早く蓑を被り、笠を確と結びつけ、祠の後に雨と風とを辛うじて避ける事を得た。 日は漸く西山に傾いて、塒定むる鳥の声彼方此方の谷間より喧しく聞え来る。薄衣の肌を冷やす風、時々降り来る村時雨、日の暮れると共に寂寥益々身に迫り来る。道公は玉国別の身体を後よりグツと抱いて体の暖を保つべく、吾身の寒さを忘れて労つて居る。発作的に出てくる頭の痛み、間歇的に出て来る眼の痛み、得も云はれぬ苦しみである。玉国別は私かに神に祈り、且つ身の罪を謝罪して居た。此時夕の谷間を圧して宣伝歌の声が聞えて来た。 (五十子姫)『至仁至愛の大神の大御心になりませる 三五教の御教を豊葦原の瑞穂国 くまなく開き照らさむと神素盞嗚大神の 神言畏み出でませる吾背の君の音彦は 今や何処にましますか斎苑の館の神殿に 額きまつり吾夫の功をたてさせ給へよと 祈る折しも摩訶不思議吾目にうつりし光景は 河鹿峠に名も高き懐谷に現れまして 子猿の群に十重二十重取り囲まれし其揚句 二つの眼を失ひて苦しみたまふ有様を 窺ひまつりし吾心何に譬へむすべもなし 心を定め肝を練り神の御前に額づきて 大神勅を伺へば皇大神の御言葉に 斎苑の館の五十子姫夫の難を救ふべく 今子の姫を従へて片時も早く出でませと 詔らせ給ひし有難さ天にも登る心地して 心いそいそ河鹿山渉りて此処まで来りけり あゝ惟神々々御霊幸はひましまして 吾背の君の遭難を救ひたまひて三五の 神の依さしの神業を完全に委曲に成し遂げる 御稜威を与へ給へかし朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 神に仕へし吾夫の二つの眼は失するとも 如何でかひるみ給はむや遠き山野を打ち渡り 吾背の君の後追うて其神業を詳細に 補ひまつり五十子姫今子の姫と諸共に 此神業を果さねば仮令百年かかるとも 斎苑の館へ帰らじと盟ひまつりし悲しさよ あゝ惟神々々此急坂を吹きつける 醜の嵐の一時も早く静まり冬も過ぎ 花咲く春の来るごと吾背の君の眼病を 開かせたまへ惟神神の御前に願ぎまつる』 斯く歌つて下り来るのは歌の文句に現はれた玉国別の妻五十子姫であつた。 今子姫『玉国別の妻神と仕へたまひし五十子姫 夫の危難を救はむと神の御許し受けたまひ 孱弱き女の身をもつて荒風すさぶ荒野原 漸く越えて河鹿山淋しき山野を打ち渡り 又もや吹き来る烈風に髪梳り雨に濡れ 木の根に躓き足破り種々雑多と艱苦して 尋ね来ますぞ雄々しけれ今子の姫は今此処に 吾師の君の後を追ひ女ながらも皇神の 道にさやれる曲津見を厳の言霊打ち出して 言向け和し月の国四方にさやれる鬼大蛇 醜神司を払はむと岩の根木の根踏みさくみ 足にまかして進み来るあゝ惟神々々 吾等一行の出で立ちを憐れみたまひ逸早く 吾師の君の御前に進ませたまへ惟神 神の御前に今子姫誠心捧げ願ぎまつる 獅子狼は猛るとも如何に木枯強くとも 河鹿峠は嶮しともなどか恐れむ皇神の 恵を受けし此体勇み進んで何処までも 往かねばおかぬ吾思ひ遂げさせたまへ天地の 御親とまします大御神神素盞嗚大御神 日の出の神や木の花の姫の命の大前に 頸根突き抜き願ぎまつる』 と歌つて祠の森の前に向つて下り来るのが今子姫であつた。五十子姫、今子姫は、玉国別が此祠の後に雨風を凌ぎ居るとは夢にも知らず、 五十子姫『アヽ今子さま、やうやう祠の森迄参りました。お蔭で風も静まり雨もやみましたから、此処で御祈念をして暫く足をやすめる事に致しませう。かうスツポリと日が暮れては坂道は剣呑で厶いますからなア』 今子姫『ハイさう致しませう。何だか床しい森で厶います。私はどうしても此森に玉国別さまが居られるやうな気がしてなりませぬわ』 五十子姫『貴女もさう思ひますか。私も何となく、なつかしい森だと思ひます。サア此処で一服致しませう』 両人は拍手再拝、半破れし祠に向つて祈願を籠めて居る。 此時玉国別は道公に抱かれ心地よく睡について居たがフト目を醒まし、 玉国別『ヤア道公、御苦労だつた。吾を抱へて居つて呉れたのだなア。お蔭で温かく睡らして貰つた。頭の痛みも癒つた。眼の痛みも忘れたやうな気がする。アヽ有り難い、此嬉しさは何時までも忘れはせぬぞ』 道公『先生、そりや何を仰有います。弟子に礼を言ふといふ事がありますか。私だつて貴方を抱へさして頂いたお蔭で、真に暖かく知らず識らず安眠致しました。これも先生の御余光で厶います。礼を言はれては困ります。私の方からお礼を申上げねばなりませぬ』 玉国別『惟神なれが情のあつ衣 冷たき風を凌ぎけるかな』 道公『師の君の御身の温み身にうけて 蘇へりけり吾の魂』 玉国別『旅に出て人の情を悟りけり 神と道とに仕へゆく身は』 道公『毀れたる古宮なれど新しき 恵の露を下したまひぬ』 玉国別『治国の別の命の神司 夜風にさぞや苦しみたまはむ。 吾宿に残せし妻は嘸やさぞ 吾身の行く方尋ね居るらむ』 五十子姫、今子姫は敏くも、祠の後より幽かに漏れ来る歌を聞きて、飛び上るばかり打ち悦び「吾夫はここにましませしか」と轟く胸をぢつと抑へ、 五十子姫『懐しき吾背の君の声聞きて 冴え渡りけり胸の月影』 今子姫『懐しき吾師の君や皇神の 影に包まれ安くいませる』 道公は小声になり、 道公『モシ先生、あの歌をお聞きになりましたか、どうやら五十子姫様のやうで御座いますなア』 玉国別『ウン確に五十子姫だ。一人は今子姫に間違ひなからう』 道公『そんな事を仰有らずに、早くお会ひになつたらどうでせうか。五十子姫様は遥々此処迄お後を慕つてお出なさつたので厶います』 玉国別『ウン、会うてやり度いは山々だが、今会ふ事は出来ぬ。不愍ながら斎苑館へ追つ帰さねばなるまい』 五十子姫『モシ其処に居られますのは、吾夫玉国別様ぢや厶いませぬか。貴方は大変な怪我をなされましたと、神様に承はり心も心ならず、今子さまとお後を慕つて参りました。御容態は如何で厶いますか、どうぞお知らせ下さいませ』 玉国別『盲目たる心の眼開けけり 右りの目をば猿にとられて』 五十子姫『情なや吾背の君の御眼 剔り取りたる猿ぞ恨めし』 今子姫『兎も角も吾師の御君出でませよ 五十子の姫の心あはれみて』 玉国別『妻の君に一目会ひたく欲すれど 神の使命はおろそかならねば。 玉国の別の司は妻神に 助けられしと人に云はれむ。 恥かしき吾眼をば若草の 妻の命に如何でか会はさむ』 道公『モシ先生、そんな几帳面の事仰有らいでも宜しいぢやありませぬか。奥様がお出になつて居るのですから、誰が何と申しませう。そこが夫婦の情愛で厶いますから、サア祠の前迄参りませう』 玉国別『そんなら兎も角も出て見ようかなア』 と道公に手を曳かれ、杖を力に祠の前に出て行つた。五十子姫は十七夜の月の漸く山の端に上つた光に夫の顔を打ち眺め、 五十子姫『ヤア思つたよりも酷い掻き創、マアどうしたら宜しからうなア、今子姫さま』 今子姫『お気の毒な事で厶います、何と申し上げて宜しいやら、言の葉も出ませぬ。併し御心配なさいますな、キツト神様が癒して下さいませう』 五十子姫『モシ吾夫様、余り痛みは致しませぬか』 玉国別『ウン些ばかり痛むやうだ』 (大正一一・一一・二八旧一〇・一〇加藤明子録)
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霊界物語 46_酉_小北山の宗教改革2 13 通夜話 第一三章通夜話〔一二二三〕 八岐大蛇や醜狐曲鬼どもの棲み居たる ウラルの山や常世国ロツキー山に現はれし 常世の姫の系統が悪鬼邪神に憑依され ウラルの道やバラモンの教を四方にひらきつつ 天が下をば攪乱し汚し行くこそゆゆしけれ 国治立の大神は神の恵みも大八洲 彦の命を始めとし言霊別や大足彦 神国別の四柱を国魂神と任け給ひ 島の八十島八十の国隈なく守らせ給へども 悪魔の勢たけくして刈り取る草の其跡に 又もや芽を出し伸びる如根絶せざるぞ忌々しけれ バラモン教に仕へたるウラルの系統の高姫は 三五教やウラル教三つの教をこきまぜて 実にも怪しきウラナイの教の射場をフサの国 北山村に建設し羽振りを利かして居たりしが 遂に我を居り三五の教の道に帰順せし 後をばついで蠑螈別魔我彦二人が語り合ひ 坂照山の山腹を岩を切りとり土ならし へぐれのへぐれのへぐれ武者へぐれ神社といふやうな 怪しき社号をつけながら辺りの老若男女をば 鼠が餅をひくやうにチヨビリチヨビリとつまみとり 今は漸く四五百の堅き信者を得てければ 茲にいよいよ宮殿を営み仕へ羽振よく 教を開きゐたりしが天地を守る生神は 何時まで醜の曲業を許させ給ふ事やある 松彦一行現はれてユラリの彦となりすまし 別れて程経し吾妻の松姫及び吾娘 優しきお千代にめぐり合ひ一夜をあかす時もあれ 神の神罰めぐりきて蠑螈別は酒に酔ひ お寅と喧嘩をおつ始め土崩瓦解の運命を 自ら招き大広木正宗さまと自称する 蠑螈別は夜にまぎれ信者のお民と諸共に 此場を遠く逃げ去りぬお寅は後に地団駄を ふんで無情を怒りつつ後追つかけて行て見れば 榛の根元に結へたる綱に足をばひつかけて もろくも其場に転倒し神楽鼻をば打砕き ウンウンウンとうなり居るそこへ又もや魔我彦が お寅の後を追ひかけて力限りにかけ来り お寅の体につまづいてウンとばかりに転倒し 膝の頭をすりむいて苦しみ悶えゐたる折 五三公、万公他三人後追つかけて出で来り 二人を助けて小北山教祖館に連れ帰り ヤツと安心する間なくいろいろ雑多の奇怪事が 次から次へと突発しウラナイ教の内面は 麻の如くに乱れけるあゝ惟神々々 一度は曲は栄ゆとも誠の神力なき故に 脆くも自ら破れけりこれぞ全く神界の 犯し方なき御稜威発露し給ひし証なり あゝ惟神々々如何なる曲も天地の 神の眼は濁し得ず自らつくりし其穴に 陥り自滅を招くものただウラナイの道のみか 世のことごとは一として悪のほろびぬものはなし 之を思へば人の身は誠一つを立て通し 撓まず屈せず何処迄も真理のためには奮進し 一歩も退く事勿れあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ。 大広前に残つた数人の男女は夜の更ける頃まで、いろいろと懐旧談に耽つてゐる。 甲『これお徳さま、お前さまは花依姫の命さまぢやないかい』 トク『どうだか、しつかり知りませぬけれど、教祖さまがさう仰有るのだから、マアそれにしときまほかいなア』 源公『アハヽヽヽ、お徳さまもよつぽどお目出度いなア。鼻売姫なんて、一つよりない鼻を売つたら、後は何うするつもりだ』 トク『サア一つの鼻を売るまでには中々苦労が要りますよ。男の百人や二百人は今迄迷はして来たけれど、まだ鼻が落ちるとこまで行きませぬからなア、此鼻をソツクリと売つて了ふ迄には三百人や五百人は手玉にとつても大丈夫ですよ。せめて千人のお客をとつたら鼻を売つて了つても得心ですわ』 源公『サウするとおトクさま、お前は今まで売女をやつてゐたのだなア』 トク『コレも悪神さまの御用だからなア、仕方がないのよ。併しモウ妾も改心したのだから、誰か一人にきめておかうかと思つて居るのよ』 源公『四辻の小便桶見たよなナイスを、誰が真面目に女房にするものがあらうカイ。両屏風の姉さまだからなア』 トク『おかまいツ、放つといて下さい、自由の権ですわ。源さま、お前は奥さまを何うしたのだイ』 源公『かもて呉れなイ、放つといて貰ひませうカイ。滅多にお前の婿にはなる気遣ひはないからなア』 トク『ホヽヽヽヽ、おかんさまにはほつとけぼりをくはされ、自分が使うて居つた僕と手に手をとつて駆落され、後にシヨンボリと力をおとして十日許りも泣きくらし、それから弁当持ちで三年許り山の神の所在を探しなさつたぢやないか。それでもカラツキシ御行方がわからぬのだから、気の毒なものぢや。此頃は嬶に置去りにせられた男の代名詞をサツパリ源助と言ひますぞや、オホヽヽヽ』 源公『アーねぶたい、ドレもう寝ようかい。アタ面白うもない。鰯のどうけん壺をかきまぜたよな匂ひのする女にひやかされとつても、根つから気が利かないからなア』 トク『源さま、一寸お待ち、だまつて聞いてをれば、妾を屏風だとか、鰯のどうけん壺だとか、余りぢやないカイ。それだからお前は源助といふのだよ。ゴンボ先生はゴンボらしくして居りさへすれば、こんな恥はさらさいでもよいのだけれど、あまり口がすぎるものだから、到頭すつぽりぬかれるのだよ』 源公『帆立貝の虐使に堪ふべく焼酎をふいてふいて吹きさがすものだから、堤防も何にも硬ばつてゐるぢやないか』 トク『大きに憚りさま、お前のお世話になろといふのでなし、お気をもませましてすみませぬなア』 初公『時にお徳さま、あの鉄灯籠は何うなつたのだ』 トク『ハア、鉄灯籠かいなア。灯籠だけは最早出来て来たのだから、神様に早く奉納したいと思つてゐるのだけれど、まだ蝋燭が揃はぬので躊躇してゐるのよ。何処ぞ一本でもいいから、売つとる所はないのだろかね』 初公『一本でいいのか、それなら源さまに頼んで見なさい。何時も一本持つてゐると云ふ事だよ』 源公『馬鹿にするなイ。お徳さまの土器に油を注して奉納したらそれでいいのだ。アハヽヽヽ、アー眠たい、初、トク、マアゆつくり話でもしたがよからう、左様なら』 初公『ヤア、これは遠方の所御労足で厶いました』 源公は、 源公『エー八釜しワイ』 と云ひすて、自分の宿舎へ帰つて行く。 初公『お徳さま、お前一体この先何うするつもりだ。何処迄も後家を立通すつもりカイ、好い加減に婿を定めぬと年がよつたら困るぢやないか』 トク『何ほど婿をきめよと云つたつて、広い世界に妾の夫になるやうな男がないぢやないか』 初公『馬鹿いふない。これだけ沢山な鰥がそこら中にあるぢやないか。どれなつとお望み次第願をかけて見たらどうだい』 トク『妾も今迄どれだけ探したのか知れないが、まだ一人だつてありはしないわ』 初公『お前の気に入る夫といふのは一体どんな男だ。聞かしてくれ。さうすりや私も世間を歩くから考へておかぬものでもない』 トク『初さま駄目だよ。今の男に碌な奴はありやしないよ。私の理想の夫はマア、ザツとこんなものだ。先づ第一に三日月眉毛の男、其次に黒目勝な目許の涼しい、何とも言へぬ優味のある目で、鼻は高からず低からず、小鼻の出ない鼻筋のよく通つた口許は尋常で、八の字髯がピンと生え、耳たぶの豊な、額口のあまり狭くない広くない、色白で、而も体は中肉中背で、而して仕事は朝から晩迄よく働き、夜分は女房の守をしてくれ、糞や小便は肥料になるから些でも余計垂れて、味ないものを些と食ひ、うまいものは女房に沢山食はし、さうして心意気のよい人で一言も女房の云ふ事を反かず、外の女に心を移さない、一寸も外へ出ずに、女房と朝から晩まで顔見合して暮す職業を持つてゐる人で、手先の器用な、世界に名の出た男でないと、おトクさまの気には入らぬのだよ。馬は馬連、牛は牛連といふ事があるからなア、あまり完全に生れすぎたものだから相手がなくて困つてゐるのよ。何処か一所でもよいから不完全に生れて来なかつたのだらうと、それが神様に対して恨めしい位だ。アーア、いい女に生れて来るのも迷惑なものだ』 初公『何を吐しやがるのダイ。オタンチン奴が、貴様はそんな事を望んで待つてゐたとて、仮令千万年経つても出て来る気遣ひはないぞ。自惚れも好い加減にしとつたがよからう。お前の完全なといふのは頭の禿と、出歯と、獅子鼻と、鰐口とで、しかもトベラで両屏風と来てゐるのだから天下一品だ。ようマアそんな高望みが出来たものだなア』 トク『ナアニ何時か小説を読んだら、そんな事が書いてあつたのだ。その話をしとるのよ、オホヽヽヽ』 初公『コラおトクさま、人を馬鹿にすない、エー』 トク『馬鹿にしよたつて馬鹿の骨頂に達した男を、どうして馬鹿にする余地がありますかいなア。お前も分らぬ事を云ふ男だなア』 斯く他愛なき雑談に耽つてゐる所へ、カンテラに火をとぼし、恭しくやつて来たのは受付の文助さまであつた。 文助『これこれ皆さま、此夜更まで何をしやべつて厶るのだ。一寸も寝られはせぬがなア。サア早くお寝間へ帰つて休んで下さい、皆が迷惑だからなア』 初公『ハイ、一緒に寝ると御迷惑だと思つて、実は此処に御通夜をさして頂くつもりで居りますのだ』 文助『何故又そんな事を云ふのですか』 初公『なんといつても牡丹餅ひぜんだから、寝さしてくれませぬワイ。それだから、遠慮して此処に徳義を守つて居るのですよ』 文助『ソレは感心だ。併しお徳さまは休んだら好いぢやないか』 トク『ハイ、一緒に休みたいのだけれど、皆の連中さまが、妾が側へ行くと麝香の匂ひがして鼻が曲るとか云つて、ワイワイ仰有るものだから、遠慮して此処に夜伽をして居りますのですよ』 文助『アーそれはどうも仕方がない。それなら成る可くおとなしうしてゐて下さい。受付までお前さま等の大きな声が筒ぬけになつて、寝られなくつて困るからなア。私は朝早うから日の暮れ一杯まで受付の御用を勤めねばならぬのだから、何卒静かにして下さい』 初公『ハイ畏まりました、左様なら』 (大正一一・一二・一五旧一〇・二七外山豊二録)
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霊界物語 46_酉_小北山の宗教改革2 21 民の虎声 第二一章民の虎声〔一二三一〕 小北の山の霊域を闇に紛れて逃げ出し 恋の欲望を達せむと蠑螈別と語らひつ 河鹿の橋を打ち渡り野中の森に来て見れば 思ひがけなき人の声幾十人ともわかぬ程 ザワザワザワと聞え来るお民は驚き倉皇と 元来し道に引き返し息をはづましノソノソと 野中の森を目当にて河鹿峠の本道に 廻らむものと進み行く怪しき森の木下蔭 四五の男は胡床座になりてヒソヒソ雑談に 耽りて冬の夜寒をば慄ひながらも明し居る 斯かる事とは神ならぬ身の知るよしも泣きながら 淋しさ身にしむ冬の道後に心を引かれつつ すたすた来る人の影コー、ワク、エムの三人は 女に向つて声をかけいづくの奴か知らねども バラモン軍の御関所通行罷りならぬぞと 呶鳴れば女は打ち笑ひ天下御免の大道を 通行するのが何悪い邪魔ひろぐなと云ひながら 一切かまはず行かむとす男は両手を打ち拡げ 一歩もやらじといきまけばお民は声を荒らげて 小童武者よ後のため懲しめ呉れむと云ひながら 前後左右に詰め寄せる男の素首ひん握り 右や左と打ち倒し挑み戦ふ折もあれ 大地をどんどん響かせて枯草しげる細道を 走つて来る男あり此有様を見るよりも お前はお民と言つたきり腰を抜かして道の辺に ウンと倒れた可笑しさよお民は後を振り向いて お前は蠑螈別さまかようまあお出で下さつた どうぞ助太刀頼みます蠑螈別は落ち着いて アハヽヽヽヽヽヽアハヽヽヽ御供にも立たぬ蠅虫を 相手になすとは何事ぞ俺は此処にゆつくりと さも勇ましい活劇を見物致す精出して 愉快な芝居を見せて呉れあゝ面白い面白い 何ぞと俄に負惜しみ其場を繕ふをかしさよ お民も相手も疲れ果て互に路傍に息やすめ 遂に和睦の曙光をば認めた上に蠑螈別が 所持の大金放り出して賠償気取りになつて居る かかる所へバラモンの目附の役と選ばれし エキスが一人現はれて又もや茲に談判を 開設せしぞ面白き無欲恬淡金銭に 心を寄せぬ蠑螈別は有金すつぽり投げ出して エキス目附のお気に入りお民諸共陣中に 駕籠に乗せられ将軍の帷幕に参じ三五の 教を叩きやぶらむと胸に一物抱きつつ 本陣さして進み行くコー、ワク、エムの三人は 怪しの森に元の如く警固を勤むる折もあれ 遠く聞ゆる宣伝歌雷の如くに響き来る 一同両手で耳押へ木蔭に潜んでブルブルと 声の過ぐるを待ちにける。 ○ 松彦は小北山の聖地を離れ、一本橋を渡り、直に宣伝歌を歌ひ出した。 松彦『神が表に現はれて善神邪神を立てわける 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直し聞き直し 身の過を宣り直す三五教の神の道 国治立大神の厳の教を畏みて 産土山の高原に神素盞嗚大神は 珍の御舎千木高く仕へまつりて永久に 鎮まりいまし天の下四方の国々蒼生に 救ひの道を宣べたまふ教にまつらふ宣伝使 治国別の一行は河鹿峠を乗り越えて 南の坂の下り口進み来ませる折もあれ バラモン教の片彦が久米彦将軍引き具して ランチの先鋒とつかへつつ河鹿峠の八合目に 進む折しも三五の治国別の言霊に 打ちなやまされ散々に秋の木の葉の散る如く 逃げ散り往くぞ果敢なけれ吾は片彦将軍の 帷幕に参じ秘書となり斎苑の館の征討に 向ふ折しも皇神の慈光に触れて蘇り 不思議の縁にて恋慕ふ兄亀彦にめぐり会ひ 別れて程経し物語茲に兄弟名告り上げ 玉国別に暇乞ひ祠の森を立ち出でて 峻しき坂を下りつつ山口の森に一泊し 不思議な神の経綸に驚異の眼見張りつつ 野中の森に来て見れば又も怪しき事ばかり 一夜を明す其中に治国別に立ち別れ 何と詮方泣く泣くも五三公、万公初めとし アク、タク、テクの三人を従へ野路を進みつつ 小北の山の向岸一本橋に来て見れば 又もや不思議の神縁に引かれて登る小北山 潜む曲津を言向けて正しき神を祀り込み 思ひも寄らぬ吾妻や娘と廻り会ひつつも 神の仁慈を喜びて感謝の涙せきあへず 再びここを立ち出でて治国別の後を追ひ 浮木の森の敵陣へ旗鼓堂々と進み行く あゝ面白し面白し正義に刄向ふ神はなし 神素盞嗚大神の無限の神力賜りて これの使命を恙なく終へさせ給へ惟神 厳の御前に願ぎまつる朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 神に任せし此体たとへ死なうが倒れうが 決して悔む事はない只何事も神様に 心のままに打ち任せ進み行く身は大丈夫 大和心は胸に充ち腕は唸り肉躍り 幾百万の敵軍も怯めず恐れず堂々と 進みて行かむ魂と早くも生れ変りけり あゝ勇ましし勇ましし神の力は目のあたり いやしき吾身に添ひたまひ群がる敵の陣中も 無人の野をば行くごとしあゝ惟神々々 御霊幸倍ましませよ』 万公は又歌ふ。 万公『斎苑の館を立ち出でて漸く此処に来て見れば 思ひもよらぬお寅さまお菊にまでも廻り会ひ 切るに切られぬ宿縁の涙を拭ふ折もあれ 神の恵に生かされて小北の山の聖場は 再び春の花盛り常世の暗も晴れ往きて 月日は清く照り渡り空気はいとも澄みきりて 今迄悪魔の巣ぐひたるみやまも今は神の国 天国浄土となりにけり松彦司に従ひて 悪魔の征途に上り行く神の下僕の万公は 世にも稀なる宣伝使治国別のお伴して ハルナの都は未だ愚か神の鎮まるエルサレム 黄金山に向ひたる鬼春別の軍隊を 一人も残らず三五の誠の道に言向けて 救ひ助けむこの首途あゝ惟神々々 神の恵の幸はひて一日も早く片時も 神の依さしの神業を尽させたまへ天地の 貴の御前に万公が畏み畏み願ぎまつる』 (大正一一・一二・一六旧一〇・二八加藤明子録)
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霊界物語 46_酉_小北山の宗教改革2 23 黄金華 第二三章黄金華〔一二三三〕 お寅は途中に立止まり、一行を顧みて、 お寅『モシ皆さま、あの向方にスンと立つて見える野中の森は、怪しの森といつて、此頃はランチ将軍の部下が見張をしてゐるさうです。あの森の角から左へとれば本街道、今此道は間道となつてゐるのですから、あの人字街頭に往来の人を、どうせ査べてゐるに違ひありませぬ。一つ此処で相談をして無事突破する用意をいたしませうか』 松彦『吾々は天下晴れての三五教の宣伝使候補者だ。たとへ幾十人の敵が張つて居らうとも、別に怖れる必要はないぢやないか』 お寅『イエ滅相もない、バラモンは三五教の神館ウブスナ山を目的として進軍の最中ではありませぬか。三五教の宣伝使、しかもウブスナ山から派遣された貴方等が御出になるのは、飛んで火に入る夏の虫、可惜命を棒にふるやうなものです。こんな所で我を張つちやなりませぬ。皮固ければ脆くして破れ易く、梢軟らかなれば風に折れず、歯は如何に固くとも、柔らかき舌より前に亡ぶといふ事がありますぞ。強いばかりが神の心ぢやありますまい。兎も角此処で一服致しませう。妾も永らく歩まなかつたので交通機関が怪しくなつて来ました。何卒休んで下さいな』 松彦『コレだから婆アさまの道伴は困るのだ。併し仕方がない。オイ一同、お寅さまの提案に賛成して暫くコンパスの休養をしようぢやないか』 五三『ハイ、宜しう厶いませう』 と路傍の草の上に蓑を布いて腰を下した。お寅婆アさまの坐つた前に湯津爪櫛が一本落ちて居る。お寅は手早く拾ひ上げ、よくよく見れば見覚えのある自分の櫛である。これはお寅が侠客時代に金にあかして拵へた鼈甲の櫛であつた。お寅はつくづくと打眺め、 お寅『ハヽアー、此櫛は永らく小北山へ来てから紛失してゐたが、こんな所へ落ちてゐるとは、夢にも知らなかつた。大方蠑螈別がソツと何々してお民に与へたのだろ。さうすれば、お民が此処を通る時落したのだろ。お民が通つたとすれば、矢張り蠑螈別も通つたに違ひない』 といふ結論を立てた。されど只今のお寅は最早昨日のお寅でない。執着心も悋気も綺麗薩張と払拭され、青天白日の魂になつてゐた。昨日までならば、この櫛を見て忽ち形相一変し、頭に無形の角を生やし、獅子の如く、虎の如く吼えたけるのであつたらう。されどお寅は、神の光に照されてより、恋の仇なるお民の持つてゐた自分の櫛を拾ひ上げても少しも嫉妬を起さず、且顔色も変へず、平然として微笑することを得たのは、全く神の教の賜である事はいふまでもない。 万公はお寅の拾ひ上げた櫛を覗き込み、 万公『お寅さま、意味ありげな櫛ぢやありませぬか。此櫛に就ては貴女に何か不可思議な因縁がまつはつて居るやうですなア』 お寅『さうです。昨日迄ならば大に因縁の糸がコンがらがつて居つたでせうが、もはや今日となつては何にもありませぬ。何処かの女が落して行つたのでせう。何れ此先で追ひつくか、或は出会ふかもしれませぬからネー。万公さま、貴方何処かに入れて落失主に会ふまで保存して下さるまいかなア』 万公『鼈甲の櫛なんかは男の持つものぢやありませぬ。女の貴女がお持ちになつて居れば、似合うたり叶うたり、こればつかりは軽いものでは厶いますが、平に御断り申したう厶います。さうして櫛を拾うのはよくないぢやありませぬか。悔み事が出来るといふ事です。何でも大変な心配があつてクシクシする時には、其心配を免れるために櫛を道に捨てるさうです。それを拾うたものはクシクシを拾ふのだから災難に会ふに違ひありませぬよ。一層の事、其処へ打捨ててはどうです』 お寅『此櫛は決してそんなものぢやない。あまり嬉しうて落したのだから、喜びを拾ふやうなものだ。これは形見だから万公さま、お前も若い身体で、此先で妻帯をせなくてはならぬ身の上だ。此櫛を持つてあやかつたらどうです。九千両の金子をもつて夫が屹度後追うて来てくれますよ、オホヽヽヽ』 万公『何だ、お民の櫛だなア、アーさうすると蠑螈別さまが後を追うて此処を通つた檜舞台だ。オイ、テク、貴様はあやかる為に此櫛を御預りしたら何うだい』 テク『イヤだい、何程女にかつゑたつて、他の惚れて居る女を横取りして逃げるやうな不人情な事にはあやかりたくないワ』 万公『お寅さま、此通り誰も預り手がありませぬ。元は貴女の所有品でせう。貴女のものが貴女に返るのは当然だ。なかなか二百両や三百両で買へる物ぢやありませぬデー。貴女、お持ちになつたら何うです』 お寅『一旦欲しいと思つて盗んだ此櫛には霊がやどつて居るから、此お寅は手にふれるのも嫌です。頭が痛うなりますからなア』 万公『ハー、やつぱりさうするとリーンとキツウ頭へ来るのだなア。何程改心しても悋気といふものは又特別と見えるワイ、アハヽヽヽ』 松彦『くしみたま神のまにまに幸はひて 曲の行方をさとし給へり』 お寅『わがくしにめぐり会ひたる今日の空 くしき御神の守りなるらむ。 縺れたる毛をときわけるくしみたま 神のまにまに通り行く哉。 世のもつれときわくるてふ[※世の縺れ、説き分けるという]くしみたま 思ひもよらず此処で見るかな』 松彦『サア参りませう』 と又もや宣伝歌を歌ひながら怪しの森指して歩みを急ぐ。コー、ワク、エムの三人は細い道に胡床をかき、シブシブしながら番卒をつとめてゐる。 コー『オイ、又誰かやつて来たぞ。どうやら今度は痛手らしいやうだ。あの宣伝歌は屹度三五教だ。ウラル教が通りよるとボロイんだけどなア』 ワク『オイ、そんな陽気な事をいつて居る処ぢやない。森の木蔭へでも隠れたらどうだ』 コー『何のための番卒だ。仮令殺されたつて此処を離れる事が出来るものか。八尺の男子がサウ無暗に敵に怖れて逃げるといふ事が出来ようかい』 エム『ソレでも片彦将軍、久米彦将軍は数百名の騎馬隊を引率れて、言霊を打出されて脆くも敗走したぢやないか。吾々の如き一兵卒は逃げたつて恥にもならねば、職務不忠実の罪に問はれる筈がないぢやないか』 コー『大将が逃げても失敗しても決して咎めはないが、吾々は一つ失敗しようものならソレこそ首だよ。それだから、なるのなら牛の尻尾になるよりも、雀の頭になれといふのだ』 エム『そんな不公平な事が何うしてあるのだらうな。大将だつて俺だつて、生命の惜しいのは同様ぢやないか』 コー『なアに俺達は戦に臨めば矢受けに代用されるのだ。一将功成らむとすれば万卒骨を枯らさなくてはならぬのだ。つまり言へば築港の埋草見たやうなものだなア』 エム『そんな事聞くと阿呆らしくて、こんな職務は出来ないぢやないか』 コー『だつて外に芸があるぢやなし、学問があるぢやなし、商売しようにも資本はなし、又世間の奴からはゲジゲジの様に嫌はれ、行き詰つたから仕方なしに、こんな処へ堕落したのぢやないか。今のポリスだつてさうだろ。誰も相手にしてくれないから、安い月給で人民に威張るのを役徳として仕へてゐるのだ』 ワク『それだけ信用のないものが、ポリスになつても人間が云ふ事を聞くだらうかなア』 コー『予言者と同様に郷里では駄目だ。それだから百里も二百里も遠い処へやつて使ふのだ。さうすればドンナ極道だつて、戸倒しものだつて、博奕打だつて、立派な御役人様になれるのだからなア。俺だつてさうだらう。チヨイ博奕も打ち、バサンしやていに、カヽしやてい、さくい女のシリを追ひ廻して村中から忌み嫌はれ、叩き出され、乞食になつてハルナの都へ彷徨ひ、到頭生命の的の商売にありつかして貰つたのだ。貴様だつて皆さうだらう。宅に女房が待つて居るなんて、何程偉さうにいつても女房のあるやうなものが、こんな事をするものかい』 エム『ソレはさうだ。自分の親類や近所の事をいつてゐるのだよ。併し俺だつて、ワクだつて、貴様だつて、人交はりもせず、家庭もつくらずに、此儘朽ち果つるやうな事は滅多にあるまい。併し世の中は几帳面に渡ると損だ。今彼処にやつて来る宣伝使に対しても甘く下から出るのだね』 斯く話す処へ、松彦一隊は早くも近付き来り三人に向つて、 松彦『一寸物を伺ひます。貴方はバラモンの軍人と見えますが、此処を二十才ばかりの女と、四十格好の男が通りは致しませぬか』 コー『其方は三五教の宣伝使であらう。若い男女の道行きを尋ねて何といたすか。それよりも此関門を通過さす事は罷りならぬぞ。浮木の村にはランチ将軍様の軍隊が宿営して仮本営が出来て居る。それ故汝如きものは一歩たりとも、これより踏み入らす事は罷りならぬのだ。サア早く帰つたがよからうぞ。召捕へられて本陣にひき行くべきところなれど、其方の心次第に依つては許してやらぬ事もない』 松彦『別に貴方の許しを受けなくとも、吾々は自由に此処を通過いたす権利を保有してゐるのだ。併し何か要求すべき事があらば聞いてやらう。それと交換に此関門をゴテゴテ言はずに通したがよからう』 コー『オツと御出でたよ。流石は三五教の宣伝使、実の処はランチ将軍も片彦将軍も三五教ときけばビリビリものです。併しながら今度は充分の軍備を整へ、手具脛ひいて待つてゐるのだから、うつかり御出でになれば命がない。それだから貴方の出様一つによつては安全な間道を教へてやらぬ事もないのだ。今通つた男は蠑螈別といふ気の利いた奴で、俺達に千円の気づけを呉れ居つた。三人で千円ぢやないぞ、一人に千円だぞ。勘定違ひをせぬやうに其方も何とか考へねばいけない』 松彦『ヤア有難い、重たいけれど其千円を頂いて行かう。今の世の中は強いものの強い、弱いものの弱い世の中だ。弱い奴に金をやつてたまらうかい。其方は三人で三千円持つて居ると言つたな。其処に二人の男が居るやうだ。其方は二人で千円持つてるのだろ。さうすれば四千円だ。俺は三五教の宣伝使兼大泥棒だ。サア、サツパリと四千円耳を揃へて此処へツン出せばよし、グヅグヅ吐すと承知いたさぬぞ』 コー『オイ、ワク、エム、サツパリだ。エーー、モ千円儲けようと思つたに、サツパリ出せと吐しやがる。あんな事をいつて俺達を威かすのだらう』 松彦『アハヽヽヽ、威してゐるのだ。其方も威して取つたのだらう。今の処世の上手な奴は上から下まで皆威してゐるのだ。弱点のある人間を威さなくて誰を威すのだ。サ其方は蠑螈別から四千円の金子を取つた泥棒だらう。此方に渡せばとて決して其方の会計に欠損の行く道理はなからう。其の金は今此処にゐるお寅さまの臍繰金を盗んで逃げた性念の入つた金だ。サア、キリキリチヤツと渡さぬか』 コー『モシ、渡さぬ事はありませぬが、折角喜んで目の正月、心の餓辛では堪りませぬからね。何卒百円だけ私に貰ふ訳には行きますまいかなア』 松彦『アハヽヽヽ、嘘だ。取る奴も取られる奴も因縁があるのだろ。因縁がなくては取られようと思つたつて取られず、取らうと思つても取れるものぢやない。やつぱり貴様が御蔭を頂いたのだろ』 コー『ハイ、実は先方の方から請求せないのに下さつたのです。それで味をしめて又お前さまに一つ威して見たら呉れるだらうかと思つたのに、反対に威かされて肝を冷しました』 松彦『その金が懐にあると愉快だらうなア』 エム『ヘー不思議なものです。寝ても覚めても千両の金があつたらあつたらと思うてゐましたが、今千両の金が手に入れば、何れ程嬉しいかと思つてゐたのに、どうしたものか些も嬉しうはありませぬ。貰うた金でさへ此通りですから、盗つた金なら尚更の事でせう。只今では却つて心配が重なつて来ました。今も貴方に威かされ、此金を取られちやならないと思つて大変に気をもみましたよ』 松彦『アハヽヽヽ、金が仇の世の中だなア。コレお寅さま、お前さまの一万両の金を九千円まで蠑螈別が盗み出して此処迄やつて来たのだが、どうも気分が悪いと見えて四千円をバラまいて行つたのでせう。蠑螈別も嘸辛かつたでせう』 お寅『妾だつて神様の御社の下へ一万両を隠し置き、寒い晩にもよう寝もせずに、何遍となくお金の面をあらために行き、昼は昼とて随分気がもめましたが、蠑螈別がもつて行つてくれてからは、気楽に暖い炬燵に前後も知らず休まして頂きました。かうなる上は金の必要はありませぬ』 松彦『空飛ぶ鳥も、野辺に咲く山百合の花も、神は之を完全に養ひ給ふのですから、人間は物質上の欲を去らねばなりませぬ。禽獣虫魚さへも何の貯蓄もせず、其日を送つてゐます。況して吾々人間に神の恵の降らない事がありませうか』 コー『モシモシ此千円の金、何卒お寅さまとやら元へ収めて下さい、モウ要りませぬワ。そんな話を聞くと怖ろしくなつて来ました。なあワク、エム、貴様も同感だらう』 ワク『何だか胸がワクワクして来たやうだ』 エム『エムに襲はれたやうな気がするよ』 松彦『金は婦女子小人の持つべきものだ。聖人君子に金はいらない。お寅さまも今日から聖人になつたのだから金の必要はない。お前達もこれから聖人君子の域に進むには其金の必要はあるだろ。肝腎のお寅さまが許してくれた以上は、喜んで使用したがよからう。ナアお寅さま、貴女未練はありますまいね』 お寅『決して決して未練なんか鵜の毛の露程も持つて居りませぬ。皆さま、私の罪をとると思うて御助けだ。私ばかりか蠑螈別さまもそれで安心が出来るだらう』 (大正一一・一二・一六旧一〇・二八外山豊二録)
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霊界物語 49_子_祠の森の物語1(高姫と妖幻坊) 05 復命 第五章復命〔一二七九〕 漸くにして石搗も済み、道公、晴公、伊太公、純公、其外一同は、前後百余日を費して立派なる宮を建て上げた。而して其遷宮式は節分の夜に行はるることとなつた。四方八方より信者が密集し来り、祠の森のふくらんだ広い谷も、立錐の地なき迄に信者が集まつて来て、此遷宮式に列することとなつた。沢山の供物が山の如く集まつてゐる。道公始めバラモン組のイル、イク、サール、ヨル、テル、ハルの連中も祭官の中に加はり、イソの館より下附された立派な新調の祭服を身にまとひ、神饌所に入つて、何百台とも知れぬ神饌の調理にかかつてゐる。 ヨル『オイ、今日の祭りは俺のお蔭だぞ。神様を拝むよりも先づさきに俺を拝むのだな』 とお神酒の盗み呑みに、顔を真赤にしてクダを巻いてゐる。 イル『コラ、ヨルの奴、貴様は何だ、エヽン、祭服をつけやがつて、神様にお供へもせぬ内からお神酒を戴くといふ事があるか、チツと心得ぬかい』 ヨル『コラ、イル、何を吐しやがるのだ。今夜は玉国別さまがヨルの祭だと仰有つただないか、イルの祭だないぞ。それだから俺が先づ毒味をして喉の神様に供へ、其上でヨルの神様をお祭りするのだ。ヤツパリ身魂がよいとみえて、こんな立派なお宮様にヨルの霊を祭つて頂くのだからなア、本当に偉いものだらう』 イク『併しこれ丈沢山の金銭物品を供へても、神様はお受取になるだらうかなア。却て御迷惑だらうも知れぬぞ、神様はすべて無形にましますのだから、この様な人間の食ふ有形的供物はおあがりになる筈はないだないか。その証拠にやいくら永く供へておいても果物一つ減つてゐないぢやないか、こんな沢山の物供へるよりも、代表的にお三方に二台か三台か供へておいて差支なささうだがな。丸で八百屋の店みたやうだ。エヽー、ヨル、貴様何う思ふ?』 ヨル『貴様はヤツパリまだ神の事が分らぬと見えるワイ。神様は地上に降り玉ふ時はヤツパリ人間の肉の宮を機関と遊ばすのだから、自然界の法則を基として、何事もお仕へせなくちやならぬぢやないか。信者の供物を受取り玉ふ神様は無形にましますが故に、物質的食物は不必要だと云つて、此結構な御祭典に金額物品を備へない奴は神様の愛に居らず又神の恵に浴する事も出来ない偽信者のなすべき事だ。祭典といふ事は祭る法式といふ事だ。祭るといふ事は、人を待つ事だ、所謂お客様を招待するも同じ事だ。善と真とを衡にかけ、人間の愛と神の愛とを和合する神事だ。それだから真釣りにまつるといふのだ。何程神様に供へたお供へものがへらないと云つても、肝腎要のお供物の霊は皆おあがりになつてゐるのだ。大根は大根の味、山葵は山葵の味、魚は魚の味と、各自に其味が変つてゐるのは皆神様から造られたものであつて、人間の所為でもなければ、大根山葵夫れ自身のなし得たる所でもない。同じ土地に同じ肥料をやつて作つても、唐辛を蒔けば辛くなる、水瓜を作れば甘くなる、山椒を作れば又辛くなる、そして其甘さにも辛さにも各特色がある。これ皆神徳の内流によつて出来るものだ。それだから地上の人間は神様に結構なものを与へられて、之を感謝せずには居られない。夫れ故神の御恵みを謝する為に心を尽してお供物をするのだ。此通り沢山なお供物の集まつたのも、仮令少しづつでも、これ丈の人間が各自に何なりと持つて来たのだから、塵つんで山をなしたのだ。神は人間の真心を受けさせ玉ふものだから、菜の葉一枚でも供へてくれと云つて持つて来た者は、皆お供へせなくちやすまないぞ。それが祭の祭たる所以だから、……』 テル『それでも賽銭一文持たず、菜の葉一枚お供へせずして、有難がつて喜んでゐるのもあるだないか。それは何うなるのだ』 ヨル『其奴は夢を見て喜んでる様なものだ。此ヨルさまはヨルの祭だから、供へてくれた人間は皆覚えてゐるが、空参りする奴は空霊だからお蔭はやらないよ。ヨルの守護の世の中だからなア。何なつと手形を持つて来ないとヨルの神様も信仰が分らないからな』 テル『お前の神様はヨルの神様でなうて、欲の神様だろ』 ヨル『馬鹿云ふな。神を愛し、神に従ひ、仮令菜の葉一枚でも、神様に上げたいといふ真心の人間をヨルの神様だ。即ちより分ける神様だ。選まれたる者は天国にゆくといふぢやないか。選むといふ事はヨル事だ。併しチツとは其時の都合にヨル神だから、マアなるべく酒でも何でも構はぬ、供へ玉へ運び玉へだ、アハヽヽヽ』 ハル『丸でバラモン教みたいな事を言ふぢやないか、神様に物をお供へすればお蔭がある、お供へせない奴ア神様が愛せないといふのは、チツと神としての神格に抵触するではないか』 ヨル『バラモン教だつて、三五教だつて、祭に二つはないだないか、別に神様は人間の乞食でもあるまいから、醵出したものを以て生命を保ち玉ふ様なお方ではないが、すべて愛の心が起れば、人間は神様に何なりと上げたくなるものだ。又神様は人間を愛し玉ふ時は田もやらう、畔もやらうといふお心にならせ玉ふものだ。年よりの親が息子や娘に土産を買ふて来て貰つたり、又孫が仮令少しの物でも、これをお爺さまお婆アさまに上げたいと思つて買つて来たと聞いた時は、其爺さま婆アさまは、仮令僅少なものでも、どれ丈喜ぶか知れぬだないか。せうもないものでも、息子が買ふて来てくれたものだとか、孫が遥々買ふて来てくれたとか、送つてくれたとか、会ふ人毎に話して喜ぶだろう。そして僅二三十銭の物を孫がくれると爺さま婆アさまは臍繰金の十円も出して、孫にソツとやるだないか。愛は愛と相応し、善は善と相応するものだ。それだから、祭を真釣合といふのだ。決して爺さま婆アさまは吾子や孫に、土産を買ふて来て貰はうと望まない……と同様に神様は決してお供へを望み遊ばさない。けれど其子や孫が土産をくれた時の心と、くれない時の心とは、其時の愛の情動の上に於て、非常な差等のあるものだ。それだから神の愛に触れむと思ふ者は神を愛さなくてはならぬのだ。人間として何程心を尽しても、神様に対する御恩報じは金額物品を以て、其真心を神に捧ぐるより、外に手段も方法もないだないか』 テル『それでも人間は精神を以て神の為に尽し、神を愛すれば可いのだよ。なア、イク、サール、貴様、そう思はせぬか』 サール『それも一理あるやうだが、ヤツパリ、ヨルの神様の、云ふやうに、愛の心が起つたならば、キツト中途に止まるものだない、終局点迄達するものだ。其終局点は所謂人間の実地の行ひだ。霊から始まつて体に落ち着くのが真理とすれば、ヤツパリ神様に山野河海の珍しき物や幣帛料を献納するのは所謂愛と誠の表はれだと思ふ』 ハル『成程夫れに間違ない。さうでなければ何うして玉国別さまや、五十子姫様が、こんな大層な祭を遊ばすものか』 と神饌所が賑つてゐる。そこへ伊太公、純公の二人現はれ来り、 伊太『サア、是から祓戸が初まる、お前たちも準備をしてゐなくちやならないぞ。併し大変な参詣者だないか』 ヨル『本当に立錐の余地なき迄、参拝者が集まりましたなア』 伊太『ヤア、今太鼓がなつた。サア、神饌の用意は出来たかなア』 イル『余り沢山な供へ物で、実は目をまはす許りの多忙を極めて居ります。併し大方準備が出来たやうです』 伊太『純公さま、私は之から祓戸を勤めねばなりませぬ。貴方はどうか神饌長になつて下さい』 純公『ハイ承知しました』 伊太公は『皆さま宜しく、抜目のないやうに頼みます』と云ひすて、祓戸の館を指して急いで行く。 祓戸式、神饌伝供もすみ、玉国別の遷宮祝詞の奏上も了り、それより餅撒きの行事に移つた。祓戸主の祝詞や遷宮式の祝詞は略しておく。 昼夜を分たずポンポンと搗いた小餅は五石六斗七升と称へられた。而して其大部分は五十子姫今子姫の手に固められたものであつた。神饌係のイル、イク、サール、ヨル、テル、ハルを始め、神饌長の純公は高台の上に登り、一生懸命に四方八方へ餅を撒きつけた。数多の老若男女は波打つ様に餅の落ちる方へ雪崩を打つて、人を踏み越え、つき倒しなどして、一個でも多く拾はむ事を努めた。平素は神の教を聴き、人間は人に譲り、謙らねばならぬと云ふ事を心に承知し且人にも偉相に宣伝し乍ら、かかる場合にはスツカリ獣性を遺憾なく発揮するものである。丁度犬の子がさも親密相にじやれあふたり、ねぶり合ふて遊んでゐる所へ、腐つた肉を放りこんだやうな物である。之を思へば人間は肉体を有する限り、どうしても我慢と欲には離れ得ないものと見える。一つでも此餅を戴き家に帰つて家族や近所の者に分け与へて神徳を分たむとすれば、おとなしくして、後の方へ控へて居つても、半分の餅も拾ふ事は出来ない。始めの間はさういふ態度を取つて居つた信者も沢山あつたがグヅグヅしてると、押し倒され、踏み躙られ、餅は拾ふ事が出来ないので、群集心理とやらに襲はれて、さしも謙遜にして従順なりし男も、ソロソロ鉢巻をしめ出し、手に唾をつけ、邪魔になる奴を押し倒し、そして一つでも余計に拾ふて懐に捻ぢ込まねば損だといふ気になり、一時にあばれ出したからたまらない。彼方の端にもキヤアキヤア、此方の隅にもアンアンと子供の泣く声、俄に修羅道の浅ましき場面と変じて了つた。餅撒きも漸くすみ、餅の争奪戦も休戦のラツパが鳴つた。それより各信徒は立派に建て上つた新しき宮を伏拝み、欣々として河鹿峠を下り、各家路に日を暮し乍ら、帰つて行く。あとには宣伝使や祭典係の連中と熱心なる信者が十数人残つて居た。 因に神殿は三社建てられ、中央には国治立尊、日の大神、月の大神が斎られ、左の脇には大自在天大国彦命、並に盤古大神塩長彦神を鎮祭し、右側には山口の神を始め、八百万の神々を鎮祭された。此祭典がすむと同時に玉国別の眼病は全快し、顔の少しく、形まで変つて居たのが、以前にまして益々円満の相となり、俄に神格が備はつて来た様に思はれた。茲に玉国別は直会の宴を、社務所の広間に於て開く事となつた。而してこの席に並んだ者は、此祭典に与つた役員全部と十数名の熱心な信者とであつた。玉国別は鎮祭無事終了を祝する為、神酒を頂き乍ら、歌ひ出した。 玉国別『神が表に現はれて善と悪とを立て分ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 只何事も人の世は直日に見直し聞直し 身の過ちは宣り直す三五教の大御神 聖き教を四方の国開き伝ふる身を以て 少しの心の油断より天津御空の日月に 譬ふべらなる両眼を獣の為に破られて 痛さに悩み皇神が依さし玉ひし神業を いかにかなして果さむと思ひ悩める折もあれ 皇大神の御心に深き仕組のゐましてや 祠の森に止められ皇大神の御舎を 大宮柱太しりて仕へまつらせ玉ひたる 其御心は今となり初めて思ひ知られける これを思へば吾々が二つの眼を山猿に 掻きむしられし経緯は全く神の御心に 出でさせ玉ふものなりと悟るも嬉し今日の宵 今迄痛みし吾眼拭ふが如く癒えわたり 眼の霞もよく冴えて今は全く元の如 清き光を放ちけりあゝ惟神々々 神の守らす神の世は一切万事神界の 御教に服ひ奉り卑しき人の心もて 何くれとなく一々に争論うべきものならず 天地の間は一切を只神様の御心に 任せまつりて従順に吾天職を守るより 道なきものと悟りけり五十子の姫よ今子姫 最早吾身は斯くの如眼の悩み癒えぬれば 汝が命と何時迄も一つとなりて神の前 仕ふる事は叶ふまじわれは是より珍彦に これの館を守らせて神の依さしの神業に 立ち出で行かむ汝は又イソの館へ立ち帰り 今子の姫と諸共に皇大神の御前に 心を浄め身を清め朝な夕なに仕へかし 珍彦静子晴公よ汝は吾れに成り変り 祠の森の神殿に朝な夕なに仕へつつ 神の教を受けむとて参来集へる信徒を 完全に詳細に説き諭し神の御国の福音を 普く附近にかがやかし曲津身魂の往来を いよいよ茲にせきとめてイソの館に一歩も 進入させじと村肝の心を尽して守るべし 夜が明けぬれば吾々はこれの館を立出でて ハルナの都に蟠まる八岐大蛇の征服に 神の恵を浴び乍ら進みて行かむ惟神 神の守りを願ぎまつる』 と歌ひ了り、神殿に向つて合掌する。 五十子姫は長袖淑かに舞ひ乍ら、静に歌ひ出したり。 五十子姫『神素盞嗚大神の神言畏み背の君は 玉国別と名乗りまし獅子狼の吠えたける 荒野を別けて河鹿山風の悩みや山猿の 為に眼を失ひつ漸く茲に来りまし 悩みし眼を癒やす内如何なる神の御恵か 尊き神業を任けられて百日百夜を事もなく 過ごさせ玉ひ皇神の瑞の御舎仕へまし 祭も無事に相済みて神の恵も灼然に 眼の悩みなをりまし感謝の涙諸共に 今直会の宴席に列なり玉ひ珍彦や 其他の司に御社の守りの役を任けさせつ 只の一日も休まずに又もや猛き荒野原 雪踏み分けてフサの野を渡らせ玉ひ月の国 遠き都に出で玉ふ其功績は皇神の 御稜威に比べまつるべしさはさり乍ら五十子姫 漸く茲に尋ね来て夫の命の笑顔をば 拝む間もなくイソ館神の御前に帰るべく 宣らせ玉ひし言の葉は実にも雄々しき限りぞと 勇みに勇む胸の内今子の姫もさぞやさぞ 嬉しみ玉ふ事ならむ伊太公さまよ純公よ 其外百の司たち吾背の君に従ひて 一日も早く月の国ハルナの都に蟠まる 八岐大蛇や醜神を言向和し大神の 依さし玉ひし神業を完全に委曲に尽し了へ 一日も早く復命申させ玉へ惟神 神の御前に祈ぎまつる旭は照る共曇るとも 月は盈つ共虧くるとも仮令大地は沈むとも 誠の力は世を救ふ誠一つは神界の 唯一の宝生命ぞ皇大神を能く愛し 其神格を理解して神の御前に善徳を 積む傍に世の人を普く愛し導きて 神の司の本分を遂げさせ玉へ五十子姫 イソの館に勤めつつ吾背の君や汝が命 其一行の成功を身もたなしらに祈るべし いざいざさらばいざさらば勇み進んで出でませよ 妾はこれより河鹿山雪踏み分けてやうやうに イソの館に立ち帰り皇大神に此さまを 完全に委曲に奏上し百の司の真心を 洩らさず落さず大前に申し上げなむいざさらば 明日はお別れ申します何れも無事でお達者で 神の恵の幸あれや偏に祈り奉る あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 今子姫は又歌ふ。 今子姫『旭は照る共曇るとも月は盈つ共虧くる共 仮令大地は沈む共神の恵は永久に 変らせ玉ふ事あらじ抑も神が世の中を 造り玉ひし目的は地上に住める蒼生を 一人も残さず天国に救はむ為の御仕組 天国浄土の団体をますます浄く円満に 開かせ玉ひ神国を永遠無窮に建設し 百の神人喜びて常世の春の栄えをば 来さむ為の御経綸吾等は人と生れ来て 深甚美妙の神徳にひたり乍らも体欲に いつとはなしに晦され至粋至純の神霊を 汚しゐるこそはかなけれ皇大神は吾々の 曇れる霊を憐れみて高天原より降りまし ウブスナ山や其外の聖地を選りて神柱 立てさせ玉ひ現そ身の暗黒無明の世界をば 照らさせ玉ふ有難さ皇大神の神言もて 五十子の姫の侍女となりメソポタミヤの天恩郷 其外百の国々を経めぐり神の福音を 余り大した過ちも来さず漸く使命をへ イソの館に相召され尊き神の大前に 仕ふる身とはなりにけりハルナの都の曲津身を 征服せむと出でましし玉国別の遭難を 介抱せむと神勅を辱なみて五十子姫 みあとに従ひ来て見れば思ひ掛けなき御負傷に 一時は胸も轟きて憂へ悩みゐたりしが 神の仕組のいや深くかかる案じもあら涙 流せし事の恥かしさ百日百夜を無事に経て 茲に尊き皇神の瑞の御舎建て了り 国治立の大神や月の大神日の御神 大国彦の神様や其外百の神々を 斎きまつりて三五の教の道の御光を 照らさせ玉ふ今日の宵あくれば立春初春の 天津光をうけ乍ら玉国別は道の為 南を指して鹿島立ち妾は君と諸共に 雪踏み分けて河鹿山風に吹かれつ春の日を 頭にいただきいそいそと勇みて帰るイソ館 皇大神の御前に此有様をまつぶさに 復命する楽しさよ旭は照るとも曇る共 月は盈つとも虧くる共皇大神の御恵は 千代も八千代も永久に変らせ玉ふ事あらじ 玉国別よ百人よ勇み進んで月の国 ハルナの都は云ふも更七千余国の国々に 蟠まりたる曲神を厳の言霊打出だし 言向和し神国を此地の上に永久に 建てさせ玉へ惟神神の御前に今子姫 謹み敬ひ願ぎまつるあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 道公は又歌ふ。 道公『祠の森に宮柱太しく建てて永久に 鎮まりいます皇神の御前に謹み願ぎ奉る 皇大神の御道を四方に伝ふる道公は 玉国別の師の君に従ひまつり月の国 其外百の国々に威猛り狂ふ曲神を 神の力を蒙りて言向和し神国の 聖き教を世に布きて神の御前に復命 仕へ奉らむ吾心諾ひ玉ひ惟神 神の御前に道公が真心こめて願ぎまつる 五十子の姫よ今子姫汝が命はイソ館 いと安々と帰りまし皇大神の御前に 此有様を詳細に宣らせ給ひて師の君や 吾等が一行の身の上を深く守らせ玉ふべく 祈らせ玉へ道公は吾師の君に従ひて 吾身を砕き吾骨を粉にするとも厭ひなく 守り奉らむ心安く帰らせ玉へ惟神 神の御前に願ぎまつる』 と歌つて五十子姫に別れを告げた。五十子姫は忽ち神懸状態となつた。かからせ玉ふ神は国照姫命なりけり。 国照姫『皇神の神言畏み御舎を 仕へ奉りし人ぞ尊き。 玉国別神の命の悩みたる 目のはれたるも神の恵ぞ。 大神に尽す誠の顕はれて 再元の眼とぞなれる。 道公は名を道彦と改めて 玉国別に従ひて行け。 伊太公は伊太彦司と名を賜ひ 曲きたへむと月に出でませ。 純公は真純の彦と改めて 神の教を四方に伝へよ。 晴公は道晴別と名を替へて 治国別の後を追ひ行け』 玉国別『有難し、国照姫の詔 項にうけて進み行かなむ』 道彦『身も魂も曇りはてたる道公に 名を賜ひたる事の嬉しさ。 大神の恵はいつか忘るべき 心も身をも捧げ尽さむ』 伊太彦『暗の世にいたけり狂ふ曲神を 言向和さむ伊太彦司は』 道晴別『治国別神の命に従ひて 帰りて見れば道晴別となりぬ』 今子姫『国照姫、かからせ玉ふ五十子姫 汝は誠の神にいませし。 美はしき尊き神の生宮に 仕へ奉りしわれぞ嬉しき』 珍彦『皇神の瑞の御舎側近く 仕ふる吾れを守らせ玉へ』 静子『背の君は宮の司となりましぬ 守らせ玉へ国照姫の神』 楓『父は今、神の司となりましぬ 母と吾等を守らせ玉へ。 国照姫神の命の御教を 固く守りて仕へまつらむ』 国照姫『いざさらば、神の宮居も恙なく 成りたる上は天に帰らむ』 と歌ひ玉ひ、神上がり玉へば、五十子姫は元の肉体に復りける。 五十子姫『いざさらば吾背の君よ恙なく 神の仰せをとげさせ玉へ。 五十子姫イソの館にあるとても 霊は清き君が御側に』 玉国別『玉国別神の命の真心を 力となして神に仕へよ』 かく互に歌をよみかはし乍ら、大神の御前に恭しく拝礼し、前途の光明を祈り乍ら珍彦、静子、楓其外バラモン組の六人の役員や熱心な信者に後事を托し、玉国別は道晴別、真純彦、伊太彦、道彦と共に宣伝歌を歌ひ乍ら、潔く河鹿峠を、初春の日の光を浴びて下り行く。 (大正一二・一・一六旧一一・一一・三〇松村真澄録)
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霊界物語 53_辰_ビクの国1(ヒルナ姫とカルナ姫) 21 軍議 第二一章軍議〔一三八四〕 刹帝利を始め、タルマン、左守のキユービツトや新任の右守なるヱクスはハルナと共に、王の居間に首を鳩めてバラモン軍の退却に対し、いろいろ臆測談に耽つてゐる。 左守『エエ、タルマン殿に神勅を伺つて貰へば分るでせうが、あれ丈立派な陣営を建てビクトリヤ城を威圧致して居りました両将軍が全軍を率ゐて俄に退却致したのは、どうも合点の行かぬ事で厶いますが、貴方は何う御考へなさいますか』 タルマン『どうも私には神懸が厶いませぬので、詳しい事は存じませぬが、察する所、忠勇義烈のヒルナ姫様、カルナ姫様が、ビク国の絶対的安全を保たせむとして、両将軍をうまくチヨロまかし、立去らしめ玉うたものと推察致しまする』 刹帝利『大方さうかも知れない。彼れ両女は本当に国家の柱石だから、一身を犠牲にして国家を救うたかも知れないよ。ああ天晴れの女丈夫だ、偉い奴だなア』 左守『何ともハヤ、ヒルナ姫様の御誠忠には、左守も恥かしう厶います。併し乍ら刹帝利様は之れ丈老齢にお成り遊ばして、万機の政治を御覧し玉ふに、内助に仕ふべき后の君がなくては嘸御不便で厶いませう、ヒルナ姫様は左様な決心を持つておいでになつた以上は、ヨモヤお帰り遊ばすやうな事は厶いますまい。ついてはお后様を選定致さなくては、王様もさぞ御不便で厶いませう』 刹帝利『否々、此方は決して左様な事は思うて居ない。仮令少々不便でも、ヒルナ姫の貞節に対し、どうして後添が持たれうものか、彼の心もチツとは汲取つてやらねばなるまいからのう』 左守『御言葉御尤に厶いますが、何を云つても新に兵馬の権を取り戻され、一国の主権者として、御独身では到底完全なる国政を御覧す事は難しう厶いませう。何とか一つ御考へを願ひたいもので厶います』 と左守は自分の息子ハルナにも嫁を持たせたい、それに就いては刹帝利様より先に后をきめておかねば、臣下の身として憚るといふ考へから頻りに勧めてゐるのである。されど刹帝利はヒルナ姫の心を察し、何と云つても承諾せなかつた。タルマンは左守司の心を推し量り、 タルマン『吾君は何と云つても御老齢、又数多の従臣もお仕へ致して居り、沢山の侍女も居りますれば、御聖慮に任し奉るも是非なき事乍ら、ハルナ殿はまだ年の若き御方、カルナ姫は最早帰られないものと思はねばなりませぬ。さすれば適当の縁を選んでお娶りなさらなくては左守の家の胤が断れるぢやありませぬか。之は一つ吾君様にお願致して、何とかせなくてはなりますまい』 左守はタルマンの親切な言葉を聞いて、秘に感涙に咽んでゐる。ハルナは進み出で、 ハルナ『タルマン殿、決して決して御心配下さいますな、刹帝利様でさへも、尊き御身を以て、独身生活をしようと仰せらるるので厶います。斯の如き御老齢の御身を以て独身で行かうと思召すので厶いますから、拙者の如き若い者は、決して独身で居つても少しも苦しくは厶いませぬ。又カルナ姫の犠牲的活動を思へば、何うして第二の妻が持たれませう。拙者の恋愛は実に神聖で厶います。此後カルナに会ふ事がなく共終世妻帯は致しませぬ』 タルマン『実に見上げたお志、感服致しました。ああ併し乍ら、左守家の為に子孫を伝へねばなりますまい、独身では子を生む事も出来ますまい。これは枉げて承諾を願ひたいもので厶います』 ハルナ『何と仰せられましても、此事計りはお許しを願ひます。刹帝利様も嗣子がないぢやありませぬか、況んや左守家に嗣子なしとて、夫れを憂ふるに及びますまい。何事も皆神様の御心の儘よりなるものぢやありませぬ。左守家はハルナの子孫でなくてはならないといふ道理もありますまい、現にヱクス殿が新に右守になられた例もあるぢやありませぬか』 タルマンは頻りに首を傾け、感じ入り、返す言葉もなかつた。 世の中には最愛の妻に別れ、今後は決して妻は持たない、彼に対して済まないから、誰が何と云つても独身生活をすると頑張つてゐる男が沢山あるものだ。或は追悼の歌を作り、或は追懐の書籍を作り、之を知己友人に配布し、或は天下に公にして独身生活を表白した男が、其宣言をケロリと忘れて、遅いのが二月或は三月、早いのになると三日目位に、早くも第二の候補者をつかまへてゐる。これが人間としての赤裸々な心理状態である。然るに刹帝利を始めハルナは有りふれた世間的の偽人ではない、真に其妻の心を憐み、一生帰つて来る望みのない女房の為に、独身生活を続けたのである。 斯く話す所へ慌ただしくやつて来たのは牢番のエルであつた。エルは心配相な顔をして、畳に頭を摺つけ、 エル『申上げます、大切な咎人シエールが、何時の間にか牢屋を破り逃走致しました。誠に職務怠慢の罪、申し訳も厶いませぬ』 と泣いてゐる。右守のヱクスは、 エクス『ナニ、シエールが脱獄致したか、ソリヤ大変だ、左守殿、如何致したら宜しからうかな』 左守『ハテ、困つた事を致したものだ。併し乍ら今となつて悔んだ所で仕方がない、彼が脱獄致したのは恰も虎を野に放つが如きもの、キツとベルツと牒し合せ、又何事か謀反を企むに相違厶らぬ、就いては彼が行方を捜索致す必要が厶らう』 刹帝利『速に人を遣はし、彼が所在を尋ね出し、召捕帰るべく取計らつてくれ、右守殿、万事抜目のなき様に頼むぞよ』 右守は『委細承知仕りました』と此場を立出で、河守の長を勤めたカント及びエルに命じ、変装させて、ベルツの隠れてゐるといふキールの里へ入り込ましむる事とした。 話替つて、ベルツは三方山に包まれ、一方に大河を控へたキールの山奥に立籠り譜代の家来を集め、武を練り、時を待つてゐた。そこへバラモン軍が一人も残らず退却したといふ報告を耳にし、願望成就の時こそ来れり、今を措いて何時の日か吾目的を達せむや……と無慮一千騎を引率し、道々農民を徴発し、同勢三千人を以て、ヂリリヂリリと攻め寄せ来る内報がカントより届いて来た。刹帝利始め左守の驚きは一方でない。例の如く秘密会議を開いて、反軍の攻撃に備ふべく凝議をこらした。されど何れも右守に代々仕へたる武士のみ僅に八百余名、兵営に国防の大機関として蓄へあるのみ、万一ベルツ押寄せ来ると聞かば、何時反旗を掲げ、王に逆襲するやも計られ難い、其心痛は一通りでなかつた。刹帝利は涙をハラハラと流し、 刹帝利『ああ一難去つて一難来る。どうしてこれ丈心配が絶えないのであらう』 と悲歎に沈む。タルマンも左守司も一向名案が浮んで来ない、何れも青息吐息の為体であつた。ハルナは儼然として立上り、 ハルナ『必ず必ず、御心配なさいますな、城内八百の兵は何れも誠忠無比の人物計りで厶いますれば、メツタに裏返る気遣ひはありませぬ。此ハルナはまだ兵士に面を知られてゐないのを幸、種々雑多に身を窶し、兵営を乞食となつて、夜な夜なめぐり、彼等が話を考へて居りまするが、一人として王の為に命を捨つる事を否む者はありませぬ。そしてベルツの悪業を非常に憎み居りますれば、何程譜代の家来なりとて、大義名分上、左様な不義な事は断じてないと信じます。拙者に此軍隊をお任せ下さらば、みん事敵を打破り、再野心を起さぬやうに致してみせませう。そしてキツとベルツ、シエールの両兇を生捕に致し、お目にかけませう、之に就いては拙者に成案が厶います』 左守『コレ伜、左様な事を申して、万一敗軍を致したら、何うして吾君様に言訳を致すのだ。其方は年が若いから、左様な楽観を致して居るが、あのベルツといふ奴は卑怯者なれど、シエールは軍略の達人、シエールあつて後ベルツの光が出るやうなものだ。汝の如きうら若き弱輩の知る所ではない。及ばず乍ら、年老たりと雖も、父キユービツトが君の御為、国の為、右守殿と全軍を指揮し矢面に立つて奮戦激闘してみよう程に、父は余命も幾何もなき老齢、捨ても惜うない命、其方は行先の長い未来のある男子、吾君のお側に仕へ、安全の地位に身をおいて、吾亡き後は君の為、国の為、十分の忠勤を励んで貰はねばならぬ。吾君様、何卒此防戦は、左守、右守にお任せを願ひます』 刹帝利『左守の言葉、実に吾肯綮に当つてゐる。然らば全軍の指揮を、左守、右守に一任する』 左守『ハイ、御懇命を辱なうし、有難う存じます、命を的にあく迄も奮戦致して、王家及国家を守護致しませう』 右守『及ばず乍ら、左守司の指揮に従ひ、命を鴻毛と軽んじて奮戦激闘仕りますれば、必ず御安心下さいませ』 タルマン『左守、右守殿、命を捨つるは匹夫のなす所、両将は身を安全地帯におき、全軍の指揮を終局までなさらねばなりませぬ。軽挙妄動を謹み、最後の一人迄ながらへるお覚悟でなくては此戦ひは駄目で厶います』 左守『なる程、タルマン殿の仰の通り、委細承知仕つて厶る』 右守『タルマン殿の仰には決して反きませぬ、御安心下さいませ』 ハルナ『お父上が全軍の総指揮官となられた以上は、何卒私を参謀長としてお使ひ下さいます様に、たつてお願ひ致します』 左守『イヤイヤ其方は最前も申した通り、決して危険な所へ行つてはならない。王様のお側に忠実に仕へ、御身辺を守るが其方の役目だ』 と親の情で吾子を戦場に向け討死させまいと頻りに心を悩ましてゐる。 ハルナ『父上の御指揮なれば、今度の戦ひは零敗で厶います。これに就いては吾々に深遠なる計画が厶いますから、何卒、刹帝利様、拙者にお任し下さいませぬか、キツと手柄を現はしてお目にかけます』 刹帝利『ハテ心得ぬ汝が言葉、其計画とは如何なる事か、余が前に言つてみよ』 ハルナ『恐れ乍ら、すべてのお人払を願います。拙者の申し上ぐる事が若し御不承知なれば御採用下されずとも、お恨みは致しませぬ』 刹帝利『若輩の言にも亦取るべき事があらう、然らば聞いて遣はす……ア、イヤ、一同の者、暫く席を遠ざかつたがよからう』 と鶴の一声に、タルマン始め左守、右守は不性不精に席を遠ざかつた。ハルナは王の側近く進み、声を潜めて、 ハルナ『実の所は昨夜神王の森に参拝を致し、真心を籠て国家の安泰を祈る折しも、盤古神王と思ひきや、神素盞嗚尊現はれ玉ひ、仰せらるるやう、……其方は国家を思ふ忠良の臣だ、実にビクの国の柱だ。今やベルツは反旗を掲げ、一千騎の軍隊を引率れ、数多の農民共を従へて、無慮三千人、日ならず押寄せ来るであらう、あ、其時は決して手向ひを致すでない、城内を固く鎖し籠城を致せよ。さすれば八百の味方は一人も裏返る者はない。もしも城外へ出でて戦はむか、裏切りするものが現はれて、味方の不利益であるぞよ。兎も角も籠城の心持にて、四方の入口を固め居れば不思議な援軍が現はれて敵を追ひ散らすであらう。又ヒルナ姫、カルナ姫は帰り来つて、敵の背後より、奇兵を放ち、叛軍をして、一人も残らず降伏せしむることが出来るであらう……とアリアリとお示しになりました。何卒、夢とは云へ、決して虚妄の言では厶いませぬ。賢明な吾君は必ずや、吾進言を御嘉納下さる事と固く信じて居りまする』 刹帝利『いかにも、汝の言葉には一理ある。到底人間の力では及ぶものでない、素盞嗚尊様のお示しになつた戦略は、実に完全な戦法だ。然らば全部、汝に臨時兵馬の権を委任する』 ハルナは嬉し涙をハラハラとながし乍ら、 ハルナ『若年者の言葉、御聞き届け下さいまして、有難う厶います。キツと御神力に仍りて、国家の大難を救はして頂きませう。御安心下さいませ。ああ惟神霊幸倍坐世』 と合掌した。王はさも頼もしげに、ニコニコとして面色とみに輝き出したり。 (大正一二・二・一四旧一一・一二・二九於竜宮館松村真澄録)
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霊界物語 53_辰_ビクの国1(ヒルナ姫とカルナ姫) 23 純潔 第二三章純潔〔一三八六〕 治国別は先づ城内の総司令官たるハルナが敵の捕虜となり庭木に縛られて居るのを助けやり、ハルナに導かれ殿中深く王の居間に通された。此処には王を初め、左守、右守、タルマンが一生懸命に神前に祈願して居た。 ハルナ『刹帝利様、神様のお蔭によりまして、危機一髪の際、三五教の宣伝使治国別様一行に救はれました。此方が治国別様で厶います』 と紹介する。王はまづまづ此方へと上座に治国別を請じた。治国別は此処で沢山で厶いますと辞退して上席には着かなかつた。王はまアまアと上座をすすめ乍ら、 刹帝利『危急存亡の場合どうも誠に有難う厶います、貴方はビクの国を救ふ生神で厶います。此御恩は何時になつても決して忘れは致しませぬ。サアどうぞ御緩りと御休息下さいませ』 治国別は叮嚀に首を下げ、 治国別『初めて御目に懸ります。尊き御身をもつて吾々宣伝使に御叮嚀なる御挨拶痛み入りまして厶います。決して吾々は貴方のお国を救ふやうな力は厶いませぬ。厳の霊瑞の霊の御神力に依りまして悪魔の敵が脆くも敗走したので厶いますから、何卒神様にお礼を仰有つて下さいませ』 刹帝利『ハイ、何とも御礼の申しやうが厶いませぬ。厳の霊様、瑞の霊様、盤古神王様有難う厶います』 と合掌し、嬉し涙を流して居る。 左守『拙者は王に仕ふる左守司キユービツトで厶います。よくまアこの大難を神様と共にお助け下さいました。又危き伜の命迄お拾ひ下さいまして実に感謝に堪えませぬ。ああ惟神霊幸倍坐世』 と涙にかき曇る。 治国別『私はテームス峠に於て、神様の修業を致して居ります所へ、神素盞嗚尊が現はれ給ひ、「汝は一時も早く道を転じてビクの都へ参り、刹帝利殿の危難を救へ」との御命令、取るものも取り敢ず、三人の弟子と共に駆けつけて見れば危急存亡の場合、結構な御用をさして頂きました』 左守『大神様の思召し、貴方方御一行の御親切、お礼は言葉に尽せませぬ』 と嬉し涙にまたもや掻き曇る。 右守『拙者は右守司を勤めて居りますヱクスと申すもの、お礼は言葉に尽せませぬ。何卒今後御見捨なく御懇情をお願ひ申します』 治国別『お互様に宜敷うお願ひ致しませう』 タルマン『拙者はウラル教の宣伝使で厶いまして、刹帝利様の御信任を忝なうし、内事の司を兼ねて居りますが、この危急の場合に際し、神徳足らざる為に為す所もなく困り果てて居りました。よくまアお助け下さいました。どうか私を貴方様のお弟子にお加へ下さらば実に有難う存じます』 治国別『左様で厶いますか、貴方はウラル教の宣伝使、御苦労様で厶います。就ては貴方計りではなく、刹帝利様も三五教の教をお聞き遊ばしては如何で厶りませう。三五教の祠の森には、国治立大神様、盤古神王様、大自在天様がお祭り致してありますれば、教の名は変れども、神様には少しも変りはありませぬからなア』 タルマン『何分宜敷くお願ひ申します。もし刹帝利様、如何で厶いませう』 刹帝利『申す迄もなく治国別様にお世話にならうぢやないか、イヤ治国別様何分よろしくお願ひ申します。就ては左守、右守を初め、城内一同は揃うて貴教に帰順致しますから、何卒大神様にお取なしをお願ひ致します』 治国別『ハイ承知仕りました』 松彦『お師匠様、祝の歌をさし上げたら如何で厶いませうか』 治国別『如何にも』 と云ひ乍ら、 治国別『天地の神の恵の深くして 百の禍逃げ失せにけり。 ビクの国国王の永遠に守ります この神城は永久にあれ』 刹帝利『あら尊生ける誠の神に遇ひ 涙こぼるる今日の嬉しさ。 治国の別の司よビクの国 守らせたまへ千代に八千代に』 タルマン『三五の神の教を目のあたり 聞きて心も栄えけるかな。 皇神の恵の露に霑ひて ビクトリヤ城は生きかへりける』 左守『類なき神の力を保ちます 治国別の司尊し。 言霊の幸はふ国と聞きつれど かほど迄とは思はざりけり』 右守『なやみはてし今日の軍を詳細に 幸あらしめし君ぞ畏き。 今よりは心改め三五の 畏き道に仕へまつらむ』 ハルナ『大君と国と吾身を助けられ 如何に報はむ吾の身をもて。 さりながら人は神の子神の宮 いつかは報いむ君の恵に』 万公『斎苑館吾師の君に従ひて 功を立てし今日ぞ嬉しき。 世の為に霊と体を捧たる 吾身の上の楽しきろかも』 松彦『君が代は千代に八千代に常磐木の 松の緑と栄えますらむ。 常磐木の松に巣ぐへる田鶴のごと いと清らけき刹帝利の君』 竜彦『立つ鳥も落すやうなる此城を 抜かむとしたる人の愚かさ。 皇神のいや永久に守ります ビクの国王を狙ふ愚かさ』 刹帝利『皇神の厳の力に救けられ 今は心も冴え渡りける。 さりながらヒルナの姫は今いづこ さまよひ居るぞ尋ねまほしき。 カルナ姫さぞ今頃は背の君を 慕ひて泣かむ野辺に山辺に』 ハルナ『よし妻は屍を野辺に晒すとも 厭はざるらむ君のためには。 曲神のベルツの軍逃げ散りて いとも静けき城の中かな』 かく歌を取り交はす所へ、表門に駒の蹄の音勇ましく帰り来つたのは、刹帝利、ハルナの束の間も忘るる事能はざる、ヒルナ姫、カルナ姫であつた。二人はベルツの体を門内に卸し、守兵をして之を守らせ置き、馬を飛びおり、王の居間にイソイソとして進み入つた。王は二人の姿を見て驚喜し、 刹帝利『ヤア其方はヒルナ姫、よくまア無事で帰つて来やつた。まアまア結構々々随分骨を折らしたなア、ヤア其方はカルナ姫、よくも今迄忍んで王家の為、国の為め尽して呉れた。何も云はぬ此の通りだ』 と、両手を合して感謝の意を表したり。二人は嬉し涙をポロポロと流して其場に泣き伏した。左守司、ハルナは気も狂はむばかりに驚喜し、立つたり坐つたり、火鉢を提て室内を右左と駆け廻つて居る。喜びの極に達した時は、如何なる賢者と雖も度を失ひ狼狽へるものである。 タルマン『左守殿、ハルナ殿、落ち着きなされ』 と注意され、提げて居た火鉢をそつと卸し、 ハルナ『貴女はヒルナ姫様、其方はカルナであつたか、どうして帰つて来たか』 と嬉し涙に沈む。カルナは余りの嬉しさに涙をハラハラと流し俯向いて居る。 刹帝利『其方はどうして帰つて来た、定めし難儀を致したであらうのう』 ヒルナ姫『ハイ有難う厶います。シメジ峠の麓迄参りました所、摩利支天様が現はれて、数百頭の獅子となり、バラモン軍を狼狽させ給うた為めに、都合よく逃げ帰る事が出来ました』 刹帝利『成程、神様のお助けだなア。ああ有難し有難し惟神霊幸倍坐世。カルナ其方もヒルナと共に随分苦労をしたであらうなア。お前等両人の心は、私もハルナもよく知つて居る。本当に貞女烈婦の亀鑑だ』 カルナ姫『ハイ有難う』 と僅かに云つたきり、これ又嬉し涙に袖を濡らしてゐる。 刹帝利『ヒルナ其女が骨を折つて呉れたお蔭で、バラモン軍が退却して呉れたと思へば、ベルツ、シエールの両人、数千の兵をもつて吾城を囲み、たつた今三五教の宣伝使治国別様一行のお蔭によつて退却致した所だ。どうか治国別様御一行にお礼を申して呉れ』 ヒルナは無言の儘首を傾け、次いで治国別の方に向ひ、恭しく両手を支へ、 ヒルナ姫『貴方様の御援助により、ビクトリヤ城も無事に保てました。有難く感謝を致します』 と云ふ声さへもはや涙になつて居る。 治国別『初めてお目にかかります。貴女はヒルナ姫様で厶いましたか、よく王家の為め国家のためお骨折りなさいました。実に感服致します。併し貴女途中に於て何か拾ひものを遊ばしたでせう』 ヒルナ姫『ハイお察しの通り敵の大将ベルツを生擒り、厳しく縛り連れ帰つて参りました』 治国別『さうで厶いませう、お手柄なさいましたねえ』 刹帝利『何、ベルツを生擒にしたと申すか、何と偉い功名を現はして呉れたものだなア、カルナ姫其女もこの手柄は半分は分つべきものだ。きつと其女には改めてお礼を申すぞや』 カルナ姫『勿体ない臣が君のために働くのは当然で厶います。何卒お気遣ひ下さいますな、其お言葉を承はりますれば十分で厶います』 と又もや嬉し涙を絞る。 斯かる所へカントは走り来り、 カント『申上げまする、敵の副将軍、シエールを生擒まして厶いまする』 刹帝利『何!シエールを生擒つたとな、ヤ天晴々々、後程褒美を遣すから逃げないやうに大切に保護して呉れ』 タルマン『吾君様、お目出たう厶います。これにてビクトリヤ王家も無事安泰、ビクの国も泰平に治まりませう』 左守『斯くなるも全く神様の御蔭で厶いまする。治国別様、よくまア来て下さいましたなア』 治国別『皇神の経綸の糸に操られ 知らず知らずに上り来ましぬ。 惟神神に任せば何事も いと安々と治まりてゆく』 左守『いすくはし尊き神の御恵を 目のあたり見る吾ぞ嬉しき。 大君も嘸や嬉しみ給ふらむ 今日の戦の治まりを見て』 刹帝利『有難し忝なしと云ふよりも 外に言葉は無かりけるかな』 ヒルナ姫は涙を押へ歌ひ出した。 ヒルナ姫『千早振る古き神代を造らしし皇大神の現れまして 八十の曲津の猛り狂ふビクトリヤの城を 守らせたまひ傾きかけし城の中を もとの如くに立て直し救はせたまひし嬉しさよ 妾は君に見出だされ后の宮と任けられて 御側に近く仕へしが右守の司のベルツ司が 心の中を計りかね試めして見むと思ふ中 醜の魔風に煽られて情なや女として 行くべからざる道を行き深き罪をば重ねたる 其償ひをなさむものとバラモン軍の中に入り カルナの姫と諸共に千々に心を砕きつつ 素性卑しき荒男鬼春別や久米彦の 軍の司の心を奪ひ縦横無尽にあやなして 君の禍国の仇遠く追ひそけ奉り 尊き神の御使に守られ乍ら漸々に 都路近く帰り見れば俄に聞ゆる鬨の声 唯事ならじと気を焦ち駒に鞭打ちとうとうと カルナの姫と諸共に馳せ帰り見れば道の辺に いとも無残に倒れたる目に見覚えの荒男 逃げ往く軍に目も呉れず直ちに駒より飛び下りて 其面ざしを調ぶれば思ひがけなきベルツの軍君 何はともあれ駒に乗せ帰らむものと心を定め 帰りて見れば御館激しき軍の痕跡は 黄金の城や鉄の壁にいとありありと現はれぬ 唯事ならじと駒を下りベルツの魔神を地に捨てて 衛兵共に守らせ置きカルナと共にいそいそと 帰りて見れば吾君はいと健かに坐しぬ 其外百の司等も常に変らず健に 君のめぐりを取り巻いて左も嬉しげに坐しぬ ああ有難や有難や神の恵と喜びて 心に感謝の折もあれ治国別の神司 現はれまして吾君の軍を救ひたまひしと 聞きたる時の嬉しさよああ惟神々々 尊き神の御前に罪に汚れしヒルナ姫が 御前を畏み畏みて大御恵の尊さを 喜び感謝し奉るああ惟神々々 神の御霊の幸倍ひてこれの館は永久に ビクの国王はいつ迄も寿長く栄えまし 百の国人平けくいと安らかに栄ゆべく 守らせたまへ大御神赤心籠めて願ぎまつる』 と歌ひ終りける。 これより治国別初め、万公、松彦、竜彦は、刹帝利の懇情により、三五の教理や儀式を城内の重役その他に教導し、神殿や教殿を新に創立し、夏の中頃一同は鬼春別以下の跡を追かけエルサレムを指して進み行く。 (大正一二・二・一四旧一一・一二・二九於竜宮館加藤明子録) (昭和一〇・六・一二王仁校正)
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霊界物語 60_亥_イヅミの国3/三美歌/祝詞/神諭 13 三美歌(その二) 第一三章三美歌その二〔一五三八〕 第二八(二三五) 一 やみぢにまよひし世の人よ神の めぐみのしたたるみをしへをきけや (折返) 涙の雨はたちまち晴れて つきせぬうれしみ日の出とかがやかむ。 二 浮世のます人苦しめる友よ 心を清めて瑞霊にまつろへ。 三 苦しみもだへてなげく罪人よ すくひの御舟を指をり待てかし。 四 大本御神になやみをはらはれ いさみてあそばむ吉き日はまぢかし。 第二九(二四二) 一 神の御国へのぼりゆくと 知れど親しきあとにのこし 肉のやかたを別るるとき なごり惜まぬ人やはある (折返) アヽみづみたま 御神にまさる御力なし。 二 とはの生命はみとむれども 逝きますあとに生けるものに なごりのうれひたえがたきを いかでなげかぬひとやはある。 三 うき世の富をねがはずとも うからやからはうゑにふるひ わが身なやみていえぬときは たれかくるしみかなしまざる。 四 まが神たけりまことよわく つみに曇れる世にし住めど 祝詞に由りて神力を得 かよわき魂もつひにかちなむ。 第三〇(二四三) 一 をしへのわが友ミロクの神は 千座のおき戸につみゆるします こころのなやみを皆うちあけて などかはおろさぬつみの重荷を。 二 をしへのわが友ミロクの神は われらのなやみをしりて憐れむ 諸のかなしみにしづめる時も 真言にこたへてすくはせ玉はむ。 三 をしへのわが友ミロクの神は ふかきいつくしみ千代にかはらず 世人のわが身を離るる時も 真言にこたへて恵ませたまはむ。 第三一(二四八) 一 わが身体わが霊魂わが生命の守神 朝なほめ夕べたたへ猶たらじとおもふ。 二 したひまつる瑞御魂いづれの御国に その御姿をあらはし守らせたまふぞ。 三 狼のさけぶ山路ふるひつつ辿り 行きなやみたる吾身をあだはあざみわらふ。 四 木の花姫のらせかし白梅のかをり 野に咲くか山に咲くかあい悟らまほし。 五 瑞御魂うるはしさに神人よろこび 言霊の御ちからこそ天地動げ。 六 いと優しき瑞御魂言の葉うれしき 清き生命のいづみはきみにこそあれや。 第三二(二四九) 一 あまつ御国のぼりなむみちしるべは 千座を負ふともなど かなしむべき救主のみ許にちかづかむ。 二 かをれる間に花ちり草のまくら しとねの夢にもなほ 神をあがめ救主のみもとにちかづかむ。 三 あまつつかひはみそらにわたす橋の うへより迎へたまふ たまをきよめ救主のみもとにちかづかむ。 四 目さめし吾み神のあとを追ひて み幸をいよよ切に 願ひつつぞ救主のみもとにちかづかむ。 五 あまつくににのぼりてさかえ行く日 みたまのきよきいのち ながくてりて救主の御顔をあふぎみむ。 第三三(二六四) 一 瑞の御魂よわが身を うづの宮となしたまへ けがれしこの身の魂を 月日なす照らしませよ (折返) わが御霊あらひて 雪よりも潔くせよな。 二 厳の神力によりて 醜の曲霊をおひそけ きよき御霊にたてかへ みまへに仕へしめてよ。 三 神よ千座のもとに ふしていのるわがみたま 抜かれたまひし血しほに 暗き身を照らしたまへ。 四 月の神のいさをしに 照らさるるこそうれしき 霊魂をあらたにきよめ あまつつかひとなしたまへ。 第三四(二七三) 一 聖き十曜の御旗こそ 御祖の神のさだめてし 現世神世の宝なり 御はた汚さずよくまもれ (折返) 守れよまもれよく守れ 十曜の御旗押し立てよ。 二 十曜の御旗をあさ風に ひるがへしつつすすみ行け 神は汝と倶にあり 神のまにまに身をささげ。 三 神の神軍むらきもの こころを清め身をきよめ 御教のままにすすみゆけ 厳の御霊の御楯とし。 四 大地は泥に沈むとも 月落ち星は降るとも まこと一つの麻柱の 神の言葉は動かまじ。 五 来たれやきたれ神の子よ いづのみたまやみづみたま あらはれませる神園に 神は汝等を待たせたまふ。 第三五(二七四) 一 神のいくさのきみのみむねを をしへつかさよよくまもれ ことたまきよめ霊あきらかに はやうちむかへまが神に。 二 仇よ矢玉をはなたばはなて われには厳の言葉あり あだよてだてをつくさばつくせ われにも神のたすけあり。 三 神のまにまにちからはまして まがのいくさはどよめきぬ いさめよいさめ救ひの瑞霊と かちどきあぐる時はきぬ。 第三六(二七五) 一 立てよふるへよ神のいくさ みずや御旗の十曜の紋を まがのみいくさ失せゆくまで 救主はさきだち進みたまはむ。 二 きけよふえの音救主の吹かす 声はいくさのかどでのしらせ 神にしたがふ身にしあれば よろづのあだもいかでおそれむ。 三 瑞の御魂のちからにより 厳のよろひをかたくまとひ 直霊のつるぎぬきかざして 神のまにまにいさみすすめ。 四 瑞のみいくさやがてをはり 厳のかちうたきよくうたひ つきひかざしのかむりをうけ みづの御神とともにいさまむ。 第三七(二八〇) 一 あらへよ霊魂こころかぎり ちからつくまでにいそぎすすげ みたまのひかりはくもにふれず あめつち四方八方照るたのしさ。 二 をしへのつかさはくものごとく むらがりかこみて殿に居れり わきめもふらずに神のさとし きよむるまごころうべなひたまふ。 三 みろくの御神のきよきこころ まなばせたまへと両手あはせ この世の御はしらつかへなむと 天授の霊魂を研きすます。 四 あまつ御使のみづの御霊 御言のまにまにすすむこの身 いかなるあくまのさはりあるも 神のみちからにうちも払はむ。 第三八(二八八) 一 いづの神ののらすみのり かしこみまつり世におそれず ひとにたよらでみちをまもり つよきをなだめてよわきをたすくる 人こそ実にうづのみこぞ。 二 かみのよさす御使誰ぞ あしきこころを夢いだかず いづのみのりをかしこみつつ あしたに夕べにたゆまずつかふる 人こそ実にうづの使。 三 みちをまもるまめひと誰ぞ 世にさきがけて御世をなげき 世人のさちをともにいはひ あめにもつちにも愧るを知らざる 身霊ぞ実に信徒なれ。 第三九(三〇三) 一 いかなるなげきも科戸の風に いきふき払ひて身もすこやかに 神のみをしへをたよりとなして うつしきこの世をうたひくらさむ。 二 浮世の苦しみいかがありなむ まことのよろこび瑞霊にこそあれや あく魔にあふとも救主ましまして 守らせたまへばいさまざらめや。 三 御神をあふげばこころのなやみ 日に夜にはらはれ雲霧はれぬ かきはに輝く瑞霊のひかり ながめしわれ等は勇まざらめや。 第四〇(三〇五) 一 罪に汚れしわがみなれども 瑞のみたまは千座を負ひて われ等をきよめ救ひ玉へり。 二 きよき御国の御民となして 神につかへて羊のごとく ただみち守り住まはせたまへ。 三 奇びにたふとき大御めぐみや いづのみひかりあふぎしわれは この世に怖づるもの無かりけり。 四 伊都の御神のみこころ知らで そむきまつりしまがこそは実に かみの御国の仇なりしかも。 第四一(三〇九) 一 あく魔はすさびて暗夜はふかし わが身はいかにとをののきわづらふ (折返) わが救主よこよひもこのみをまもり さみしき一と夜めぐまひ玉へ。 二 ちかく交こりし友みなゆきて つれなき憂世にふりのこされぬ。 三 わがみの霊衣はうすくなりけり 夜なき神国もちかづきしならむ。 四 をしへのまにまに逝かしめたまへ 生世のあしたによみがへるまで。 第四二(三一二) 一 霊魂のふるさとあふぎ見れば 歎きにかすめる目も晴れけり。 二 小暗きこの世の曲をきため とび来る矢玉もおそれずたたむ。 三 やだまは霰と降らばふれよ まがつは嵐と吹かばふけよ。 四 永久の住処なるもとつ家に かへりゆく身はいと安からむ。 五 さしもに長閑な神の国に やつれし霊魂をながく休めむ。 第四三(三一七) 一 月雪よ花よと愛でにし わがこののこしたる衣のそで ながめてなげく折御かみは やすくわが身霊をなぐさめたまふ (折返) めぐしき吾子よ神の辺に のぼりゆき祈りをともにせよや。 二 わかれゆくわが子をおくりぬ なみだの雨晴れて雲はちれり 花さき匂ひ充つるたびぢを いさみすすみ行けや月すむ夜半。 三 神にひとしかりしわが子よ 今ちちは年老い母はやみぬ 然れど汝が魂いさみて わが世を守りつつ神国へゆけ。 第四四(三二一) 一 山伐り払へばあたひは降り 川水かわけば舟もかよはず せむすべ無き身を誰にかたよらむ 瑞の御魂なす神の愛のみ。 二 いのちの清水はかきはに湧けり つれなきあらかぜ誘ひくるとも いかでか恐れむ神のますみくに めぐみの露にぞうるほひまつる。 三 伊都能売の神のふかき心は いかでか知り得む人の身をもて ふたつの御霊の月日のわざを つつしみうやまへたかきみいさを。 第四五(三二二) 一 救主のしもべのむつびあひて 神たちあがむるうるはしさよ。 二 御魂あひてことたまあひ みくにのおんため一つに祈る。 三 神につかふ貴の友は はなるること無しとこしなへに。 第四六(三二五) 一 ひとやの中にもよろこびあり 世人にかはりて血をながせる 瑞の神ばしら偲び見れば なげきはみづから消えてぞゆく。 二 わがみ憂きときにまなこさまし 瑞の御魂なる救主を見れば 千座の置戸を負はせぬれど ひるみたまはぬにこころいさむ。 三 苦しめる時にも楽しみあり きよきをしへにも曲しのべる 火をうごかす水またも水は 火のためにうごく奇しき世になむ。 第四七(三四二) 一 うつりかはるよにしあれど うごかぬはみくに あふぎうたはむ友よ来たれ とこしなへのうたを とこしなへのうたを あふぎうたはむ友よ来たれ とこしなへの御うた。 二 おきておもひふして夢み あまつ神のもとに 花咲きにほふすがた見ゆ かすみは日に月に かげもなく消えて 花のかをるすがたきよく かすみは日に晴れて。 三 あくに勝てるいくさびとの 言霊の風流 火口そろへ進みつつも 月かげを力とし よせきたる浪わけて たかまのはら昇りてゆく うづみのりみこあゆむ。 四 八雲小琴掻き鳴らして いづのうたうたひ いづの御霊みづ御魂 こころなぐさまひつつ きよきしらべささぐ 神ののりのまめひとらが いづの御前にふして。 第四八(三五六) 一 黄金白銀山なすとても いかで求めむさびゆく宝ぞ 霊魂の行衛天津御国 栄へ久しきうづの住居 かみわがたまあまつくにの いのちのそのにみちびきませ。 二 山とつみてしわが身のつみ はらひきよませ霊幸はひて よろこび充てる神の座へ あめ地ももの神のつかひ よさしのままわがみたまを めぐませたまへすくひの救主。 三 八雲の琴の珍の音色 ひびき渡れり神の庭に 草木も露の玉をかざし 神の御さかえ祝ひまつる 木の葉青く花はあかく 竜の宮居のうるはしさよ。 第四九(三九二) 一 国常立の神 わがたまを守り 御霊の糧もて いのちを永久に給べ (折返) みろくの御代の開くる日まで いづのまもりひろけくあれませよ。 二 やみ路を行く時も 魔神たける夜半も ゆくてを照らして とはにみちびきませ。 三 ゆくてを包みたる しこの雲霧も 科戸辺の風に 伊吹はらひすすむ。 四 みろくの神代まで わがたまを守り み翼のしたに かかへ守らせ瑞霊。 第五〇(四〇九) 一 暗の野路をひとりゆけど 神にまかせたる魂はやすし。 二 あらきはやて滝なすあめ いかでおそれむや神のをしへ子。 三 あきの水と魂はきよく 月日はかがやきむねはさえぬ。 四 浪はあらく風は激し この舟みなとにいつかつくらむ。 五 いづのみたまみづの御魂 われらを守りてあかしたまへ。 六 山はくづれかははさけて なやめるときこそ神はすくはむ。 第五一(四一八) 一 瑞の御魂は月にしあれば 暗夜も清くあかしたまへり (折返) いづみたまみづみたま いづのめのみたまきよし。 二 世人のためにてあしの爪を ぬかせたまひて千座につけり。 三 うづの御園をひらきてわれを またせたまへり月日の御神。 四 瑞のみたまよましみづたれて くらきこころをあらはせたまへ。 第五二(四二三) 一 伊都能売の神の天降ります日 すくはる信徒瑞の霊 (折返) 月日のごとくかがやきます まことの神の盾とならむ。 二 きたなきけがれにそまぬ魂を み神のたからにくはへられ。 三 みくににすすみて神をあがめ まがつに染まざる瑞の霊。 第五三(四二七) 一 山の尾の上野辺のはたけ 高田窪田狭田長田 いそしみまくいきのたねの 八束穂なす秋来たらむ (折返) 獲り入るる秋ちかし いさみてまてやつかのほ とりいるる秋ちかし いさみて待てやつかのほ。 二 みそらかすむのどけき日も 寒かぜ吹く冬の夜も いそしみ蒔くいきのたねの やつかほなす秋来たらむ。 三 うきを忍び身をつくして きよき教のたねを蒔け たわに実のるその足り穂を 神はめでてうけたまはむ。 第五四(四二八) 一 笹のつゆもすゑつひに 川とながれ海となる。 二 いとちひさきちりさへも つもればまた山となる。 三 あだに暮す息のまも たふとき身のいのちなり。 四 ありのあなもいつとなく つつみをさく種ぞかし。 五 あはのちさき一粒も 倉を充たすたまとなる。 第五五(四五一) 一 聞けやいづの御声見よや御姿 直霊にかへりみて勇みすすめよ 大御神言をばかしこみまつらひて 言霊のつるぎをかざしすすみゆけ (折返) 大国常立の尊の御声に まなこをよくさまし神の御楯となりて。 二 曲津霊にかこまれ鬼におそはれ 逃げまどふ友ありあはやあやふきを すくはでおくべきや言霊つるぎもて みなことむけやはしみちに生かすべし。 三 曲軍にげちる言たまきよし きよまれるつはもの勇みふるひぬ すめ神の御座にかちどきをあげよ。 第五六(四五六) 一 かなたの岸にみ船つけて きよきたふときみ許に行かむ 生日まちつつみ魂をきよめ うからやからやともらにあはむ (折返) やがてあはなむ (やがてたのしく会はなむ) うからやからと したしき友に。 二 めぐみの露のしげき国に 昇りてまたもえにし結ばむ かくれし月日星もかがやき 消えし望みも又生きかへる。 三 親子妹背のめぐり会ひに 手に手をとりて笑顔つくる 雲霧かすみあとなく消えて きよき姿をながめたのしむ。 第五七(四六二) 父神母神おほみまへに いやとこしなへにみさかえあれ。 (大正一二・五・一五加藤明子録)
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霊界物語 65_辰_虎熊山と仙聖郷の物語/七福神 12 天恵 第一二章天恵〔一六六八〕 治道居士は、バット、カークス、ベース、ヤク、エールの五人を従へ、法螺貝を吹き乍ら、西へ西へとエルサレムを指して進み行く。ヤクは道々歌ふ。 ヤク『神が表に現はれて善神邪神を立別ける 尊き御世となりにけり吾等も元はバラモンの 軍の君に能く仕へ大黒主の御心に 叶はむ為と朝夕に馬の手入や其外の 雑役などにいそしみて嶮しき山川打渡り 浮木の森まで来て見れば思ひ掛なき大軍の 旗色悪き吾軍ライオン河を打渡り ビクトル山や猪倉の山をば又もや追ひ出され 茲に愈解散の憂き目に遇うて当惑し 吾故郷へのめのめと帰らむ顔もなきままに セールの大尉に従ひて虎熊山の山砦に 泥棒のつとめを相果たし彼方此方と駆めぐり 旅人を掠め居たりしが軍の君の治道居士 元の鬼春別様が比丘の姿となりまして ハルセー沼の畔迄来らせたまふ其砌 天地の道理を諭されて誠の道に立帰り すまぬ事とは知り乍ら親分なりしセールをば 甘くだまして牢番と化け込み今日の大芝居 打ち了ふせたる愉快さよさはさり乍ら此前途は 何うして月日を送ろやら住むには家なく食ふには 糧なき貧しき吾れこそは善にならうと焦つても どうやら悪になり相だ心の弱き人の身は 絶対無限の神力の備はりませる神様に お任せするより仕様がないカークス、バット、エール、ベース お前は何と思ふてるか俺は此の先き案じられ 胸をこがしてゐるわいの何程神力受けたとて 元より無学な吾々は比丘にもなれず如何にして 尊き神の御使がつとまり相な事はない 此奴は何とか工夫して身の振方を考へにや 口のひあがる虞あり倉廩みちて礼節を 知るとは古人の金言だ何程誠の教をば 滝の如くに浴びせられ雷の如くに聞かされて いかに心が開くともお腹が空いては玉の緒の 命をつなぐ術もないどしたら此の苦が遁れようか コレコレもうし比丘様よ吾等五人の行先の 身の振方を詳細に何卒教へて下さんせ 善と悪との分水嶺刹那心の舵次第 船を覆しちやなりませぬあゝ惟神々々 御恵深き治道居士吾師の前に慎みて 偏に願ひ奉る』 治道居士は之に答へて歌ふ。 治道居士『天津御空を翔つ鳥も山野に棲へる獣も 神の恵に包まれて今日の貯へなくとても 立派に命をつなぎ居る人は神の子神の宮 天は不食の民草をいかでか造り給ふべき 誠の道に叶ひなば慈愛の神は吾々の 身魂を安きに守りつつ永遠の栄と喜びと 命の糧を賜ふべし抑も人はパンのみで 此世に生くべきものならず霊の餌を沢山に 吸収したる其上は肉体守る食物を 求むるならば皇神は必要と認めし物ならば 必ず授け給ふべし神の誠の大道に 尽し乍らも食物に貧しく暮し苦むは 未だ全く皇神の心に叶はぬしるしぞや 霊主体従の真心に立帰りたる人々は 必ず衣食住業に普く幸はひ賜ふべし 先づ第一に魂を研いて心を相清め 神の大道を歩むべし神は汝と共にあり いかでか見すて給はむや鳥獣も大神は 豊に養ひ給ひます況んや人の身を以て 飢て死すべき理あらむや只惟神々々 神の教に身を任せ心を砕き身を砕き 力限りに吾業に朝な夕なに仕ふべし 之が処世の第一の万古狂はぬ要訣ぞ あゝ惟神々々神の教に従ひて 汝が迷へる魂のひびきに答へまつるなり 進めよ進め神の道励めよ励め人の業 人は神の子神の宮神は汝と倶に在り』 と歌ひ乍ら、治道居士は先に立つて進み行く。或小さき山の麓に着いた。見ればかんばしき苺が大地を紅に染て、人待顔に稔つてゐる。 治道『さア皆さま、ここで一服せう。之れ見よ。お前達はいろいろと心配してゐるが、神に従つて行く道には斯ふいふ天恵があるのだ。畑に作つた苺でなし、誰憚らぬ原野の中に苺が熟して俺達を待つてゐるぢやないか。どれ丈け餓虎の勢で食つたとて、これ丈あれば、百人や二百人の食料は大丈夫だ。又先繰り先繰り新しい実が、斯うして根元の方についてゐる。サア一つ感謝祈願を凝らして、天恵の美味を頂かうぢやないか』 一同は、 『ハイ、有難う厶います』 と此処に腰を据え、神に感謝し、小口から水の垂るやうな苺を、手に取つては食ひ喰ひ漸く腹を拵へた。 治道居士『有難や皇大神の御恵は 野にも山にもみち足らひけり。 餓ゑ渇き進みかねたる人の子に 授け給ひぬ命の味を。 虎熊の山を立出で今ここに 神の恵を味はふ嬉しさ』 ヤク『思ひきやあたりも暗き草の野に 赤き苺の稔りゐるとは』 エール『蛇苺ならむと近寄り手に取れば いとど美味しく食エール苺』 バット『うす暗き此山路も紅の 苺にバットあかくなりける』 カークス『皇神は深き恵をカークスの 誠の人に与へ給ひぬ』 ベース『喉かわきベースをかきし吾々も 今は御神の恵にうるほふ』 ヤク『治道様、世の中は心配せなくても可いものですな。私達は昨日から一食も碌にせず、山坂を下り、スタスタ此処迄やつて参りましたが、最早腹はすき、喉はかわき一滴の水もなし、進退維谷まるといふ所で厶いました。九分九厘で既に息つかうとした時に、かやうな尊い苺を下さるとは、何とも、例へ方ない有難さで厶います。之を思へば決して神様は吾々を見殺にはなさりませぬな』 治道『さうだ。人間は神様の与へて下さるものを頂いて居りさへすれば安全だ。今の人間は食つた上にも食ひ、飲んだ上にも飲み、贅沢三昧をして、之は甘いの、不味のと小言許り云ふてゐるから、生活難の声が起るのだ。それで物価は益々騰貴して人民は愈苦むのだ。万人が万人乍ら神の恩恵を有難く感じ、与へられたものを頂くといふ事になれば、世の中は貧乏もなく、病もなく、又争ひも起らぬ。だから吾々はどこ迄も、惟神の道を歩まねばならないのだ。これで神様の有難い事が分つただらうな……。オイ、バット、お前はバラモン軍を離れてから、泥棒とまで成下つて居つたが、其間に何か愉快だと思つた事があるか、あるなら其時の感想を私に聞かして欲しいものだ』 バット『ハイ、私が貴師の部下となつて、軍人生活をやつて居りました時には、随分辛う厶いましたよ。上官からは頭を抑へられる。又少しく上官のお気に入らうとして忠実しく働けば、同僚に憎まれる。不真面目な阿諛主義の奴は抜擢されて、すぐに自分の上役となり、頭を抑へる。どうも不平で不平で、一日だつて心の安んじた事はありませぬ。そして何時強敵が襲ふて来るかも知れず、さすれば生命を的に戦はねばならず、日夜戦々恟々として月日を送りました』 治道『成程お前の言ふ事は事実だ。私だつて三千の部下を引率てをるものの、上には大黒主の神様があり、又同僚もあり、部下もあり、一方に強敵を控へ征途に上る時の苦しさ。口では立派に雄健びをしてゐるものの、心の中では、随分煩悶苦悩の種をまいたよ。そして一戦に味方は無残な最後を遂げる。又仮令敵だと云つても、無残な最後を遂げてるのを見れば胸は痛む。イヤ全く地獄修羅畜生の巷に彷徨う様であつた。治国別様に助けられ、比丘となつた時の心の嬉しさ、始めて広い天地に生れた様な思ひがしたよ』 バット『将軍様は今迄結構なお役だと、私は羨んでゐましたが、ヤツパリ貴師でもさうで厶いましたかなア。さうすると世の中に、安心して暮す者は一人もありませぬなア』 治道『古人も云つたぢやないか……憂き事の種類こそ変れ世の中に、心やすくてすむ人はなし……此歌[※第36巻第18章「心の天国」にも引用されているが、誰が詠んだ歌かは不明。]は本当に人生の苦しき境遇を歌つたものだ。そしてお前は以前泥棒になつて居た時、何か愉快に感じた事はないか』 バット『ハイ、どうも軍人生活の時よりも一層苦しう厶いました。苦しいと云つても軍人ならば毎月きまつてお手当が頂けますが、泥棒といふ奴ア、資本のいらぬボロイ商売の様ですが、朝から晩まで戦々恟々として、心を苦しめ胸を痛め、そして中々容易に収入は得られませぬ。仮令少しの金を手に入れようとするにも、戦ひと同様命がけで厶います。それに又何時捕手が出て来るかも知れぬといふ虞があり、飯も酒も満足に喉を通つた事は厶いませぬ。只泥棒になつて愉快に感じたのは、貴師様にお目にかかり、森林に於て神様のお話を承はつた時と、貴師のお身代りになつて牢獄の中で芝居をした時位、愉快に感じた事はありませぬ。併し乍らそれにもまして愉快な事は、誠の道に猛進し、貴師と共に聖地エルサレムに参拝する途中の嬉しさ腹も空き喉は渇き、九死一生になつた時、天与の苺を頂いた今の喜びは、生れてから此方、まだ味はつた事が厶いませぬ。あゝ惟神霊幸倍坐世』 治道『人は何うしても、誠の道に苦労せなくては、神様の恵も分らず、又飲食物の尊い事も分らぬものだ。サア皆の者、今のバットの言つた様にお前達も今の恵を愉快に感じただらうのう』 四人は一度に『ハイ』と云つたきり、感謝の涙にくれて居る。忽ち轟然たる響が後方に聞えた。よくよく見れば虎熊山は大爆発を初め、山半分以上は黒煙に包まれ、大火災を起して居る。一同は此の光景を眺め、神の無限の仁慈を涙と共に感謝した。 (大正一二・七・一六旧六・三於祥雲閣松村真澄録)
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霊界物語 66_巳_オーラ山の山賊 14 相生松風 第一四章相生松風〔一六九六〕 サンダー、スガコの両人は玄真坊の要求を何とか彼とか云つて、ハツキリと承諾せぬので、玄真坊も稍自暴自棄気味になり、モウ此上は食責めに会はして、往生させ、吾意志に従はしめむと厳重な錠前をおろし、両人を取込めておいた。二人は相思の間柄とて、斯かる岩窟に食物も与へられず閉ぢ込められても余り苦しいとは思はず、恋しき人に会はれたのをば唯一の楽しみとして、いろいろの話を交換してゐた。 スガコ『サンダーさま、貴郎は何うして又斯様な所へ捕はれてお出でになりましたの』 サンダー『お前の行方が分らなくなつたものだから、それが心配になり、一時は憂欝症に陥り、自分も今度は到底命はないだらうと思つた位苦んだのです。医者は到底駄目だといふなり、両親は心配するなり、能く能く其方とは縁のないものだと諦め乍ら、どうしても思ひ切れぬ恋の暗に包まれて、日夜煩悶苦悩をつづけて居りました。然るにオーラ山の修験者だとか云つて、白髪異様の老人が吾門前を通り、いろいろの効能書を並べ立てたものだから、一時は怪しみもしたが、何分恋に心を奪はれた弱味で、神徳に仍つて其方の所在を知らして貰はむと両親の目を忍び、夜の路をやつて来た所、玄真坊の使つてゐる手下の小盗人共とみえ、自分を巧く担いで、此岩窟に連れて来たのですよ。併し今日は恋しい其方に会うて、何とも知れぬ喜びです。最早此処で私は死んでも満足です』 と言ひ乍ら涙を袖に拭ふ。 スガコ『妾のやうな者でも、ようそこ迄思つて下さいました。有難う厶います。貴郎はトルマン国切つての美男子、両親の許嫁とは云ひ乍ら、到底妾の如き者を、まさかの時には相手にしては下さるまいと思ひまして、平素から諦めて居りました。それだけ貴郎に篤いお恵があるとは夢にも知らず、時々貴郎をお怨み申して暮して来ました妾の罪、どうぞ御赦し下さいませ』 サンダー『兎も角相思の男女が、かやうな所で会はうとは、実に奇縁です。玄真坊の云つたのには、両人共自分のいふ事を聞かねば食責にするとの事、仮令食責に合うても、恋しい其方に会うた以上は、互に手を取り、真の神のまします天国の旅行を神に祈りませう。最早それより吾々は開くべき道はありませぬからなア』 スガコ『御尤もで厶います。三途の川も死出の山も、天の八衢も、貴郎と一緒に参りますならば、何の苦みも厶いませぬ。どうか一時も早く此世を去りたいもので厶います。あゝ一人の父上を後に遺し先立ちまする不孝の罪、どうぞ赦して下さいませ』 と死ぬ覚悟を決めたスガコはホロリと涙を膝の上に落した。 サンダー『斯うなれば、互に覚悟を致しませう。此世の別れに臨み、歌でも詠んで潔く死期を待ちませう』 スガコ『ハイ、現世の名残に妾も歌を詠まして頂きませう、先づ貴郎からお聞かせ下さいませ』 サンダー『天は蒼々として高し 地は漠々として限なく広し あゝ吾は 天地の御子として 明暗ゆき交ふ うつし世の人と生れ来ぬ 幸か不幸か 里庄の家の子となり 年若くして未だ世情に通ぜず 艱苦の味はひを知らず 漸く十八才の春を迎へて 恋海の浪に漂ひ 激浪怒濤に呑まれ 舟将に覆へらむとす あゝ如何にせむ あが恋ふる 玉の舟の 渦巻く波に翻弄されて 今は何処の空に彷徨ふか 探り当てむと朝夕に 天に訴へ地に哭し 心は千々にかき乱れて 身体日に夜に細りゆく 恋に悩みし心の苦しさ いかに艱苦の世とはいへ 吾身にふりかかりし 恋のなやみの 激しきには及ばむや あゝ如何にせむ なれが命の行方をと 空行く雲に心を移し 或は夕の虫の音に 汝が面影を浮び出でては 夜も夜ならず昼も昼ならず 常夜の暗に迷ふが如し むしろ運を天に任し 味気なき浮世を去つて 天国に昇り 永久の生命を保たむやと 静に門を立出でて 野辺の景色を眺むる折しも 現はれ来る 白髪異様の修験者 われに向つて宣らす様 オーラの山の聖場に 神力無双の救世主 現はれ玉ふと教へしゆ 汝れを思ふの余り 若しやと一縷の望みを起し 病にやつれし身をも 恋の力に支へつつ 漸く登り岩窟に つくづく思案の折もあれ 心汚き玄真坊が 恋の擒となり果てて 身動きならぬ破目となり 言葉を左右に托しつつ 一日々々と今日迄も 送り来りし果敢なさよ あゝ惟神々々 梵天帝釈自在天 何卒吾等が窮状を 憐み玉ひて逸早く 二人の身をば明るみに 救はせ玉へと 願ぎまつる。 うつし世をあとに見すてて久方の 天津御国に吾は進まむ。 大神の御許しうけてわれは今 スガコと共に天国に行かむ。 村肝の心の合ひし二人連れ うべなひ玉はむ天津御神も。 醜神の魔手を遁れて天津国 登り行く身ぞ楽しかるらむ。 われ行かば嘸醜神は驚きて 足がきなすらむ岩窟の中に。 玉の緒の命の糸も刻々に 切れなむとす神国待たるる』 スガコは声低に歌ふ。 スガコ『天津空よりいと高き神の御恵父の恩 海より深き母の恩父と母とにはぐくまれ 二八の春の今日迄も月よ花よと育てられ 足らはぬ事のなき迄も此世の幸を身に受けて 月より清き御姿のサンダーの君を背となして タライの村の花となり月ともなりて世の人に 羨まれつつ天国の楽しき御代を送らむと 思ひ居たるも水の泡醜の嵐に吹かれつつ 身は常暗の巌の中悪神共に囚はれて 朝な夕なに厭らしき醜の司の恋の鞭 受くる度毎身体も吾魂も千万に 砕くる許りの苦しさよ如何なる宿世の罪業が 吾身にめぐり来りしか仰いで天に叫べ共 天は答へず地に伏して歎けど地には声もなし オーラの山の山颪時じく吹けど吾魂は 父の御側に通路のひたと断たれし悩ましさ せめては父の御夢に吾魂の苦みを 告げさせ玉へと祈れ共祈りし甲斐やあら悲し 朝夕幾つ重ねつつ待てど暮せど音沙汰も 只泣く声は猿のみ木魂に響く鳥の声 あゝ是非もなや是非もなや一層此世に暇乞ひ 霊となりて父上や恋しき汝の御側に 通はむものと思ふ折不思議や恋しき汝の声 巌の戸口に耳を寄せ様子洩れなく聞く折もあれ 夢か現か幻か恋しき人の声すなり 天をば拝し地を拝し喜ぶ間もなく岩の戸を 開いて入り来る玄真坊恋しき人の手を取つて これの岩窟に投込みつ憎々しげに睨みつけ 立去りしこそ忌はしきあゝさり乍らさり乍ら こがれ慕ひし背の君の気高き姿目のあたり 拝みし事の嬉しさよ仮令飢死なすとても 高天原に昇りなば霊の糧は沢々に 神の御国の御倉に蓄へありて汝とあれに 与へ給はむ厳の神瑞の御霊の大神の 慈愛に充つる顔容を今目のあたりたしたしに 拝みまつりし心地するサンダーの君よ背の君よ 仮令如何なる事あるも互に心を結びつけ 後の命を玉の緒の縁の糸にしかと結び いづくの空に至るとも二人離れぬ常磐木の 栄え久しき青松葉おちて枯れても二人連れ 常磐の契今よりも誓はせ給へ背の御君 吾れは汝をば力とし生命となして現世や 幽界共に活くるなり汝をば恋ふる吾心 之を除きて生命の泉の何処にあるものぞ 憐み給へ天津神愛させ給へ吾背の君 あゝ惟神々々御神に任せ奉る。 恋雲の漸くはれて大空に 輝きわたるみづの月影。 醜神の醜の館に囚はれて 心は清き御空に遊ぶ。 身体は岩窟の中にまかるとも 霊は広く宇宙に遊ぶ。 オーラ山曲の砦に忍び入り 恋しき人に只に会ふ哉。 背の君と天国に行くは嬉しけれど 心は残る父の身の上。 父なくば妾も心痛めまじ 恋の勝利を得たる身なれば。 現世はよし添へず共天津国 神の御前に永久に栄えむ』 サンダー『天津国昇り得ずして八衢に よし彷徨も二人楽しき。 根の国によしおつる共吾と汝と 二人なりせば楽しかるらむ。 八衢の関所を無事に通りぬけ 恋の花さく神国に至らむ。 月花に譬ふべらなる吾と汝は 天八衢の栄えなるらむ』 スガコ『八衢によし迷ふ共何かあらむ 恋しき汝を光と思へば。 常暗の根底の国に落つる共 月の光の汝としあらば。 月影を仰ぎみる度思ふ哉 いつも清けき君の姿を』 サンダー『春夏の野に咲く花を眺めては 君の御姿思ひうかべつ。 山百合の花に微風の当るさま 汝がスタイルによくも似しかな。 世の中のすべての事を打忘れ 只君のみに心注ぎぬ』 スガコ『たらちねの親と親との許嫁 なりとし聞けどいとも恥かし。 仰ぎ見る高根の花か大空の 月にひとしき君にありせば。 手折られて君が館の床のべに かをらむものと思ひける哉』 斯く両人は述懐や辞世をよんで、身の餓ゑ疲れを忘れ、霊を天国の楽園に馳せ居る折しも、ガチンと錠前を外して、悠々と入来りしは二人の男女が蚰蜒の如く嫌つて居た玄真坊であつた。玄真坊は両人の痩こけた姿を見て、さも愉快げに打笑み乍ら、 玄真『アハヽヽヽ、オイ何うだ両人、最早覚悟はついたか、其方等の生命は、此玄真坊が手の内に握つてゐるのだ。生命あつての物種、いつ迄も頑固な事を申さずに、ウンと靡いたが、其方の身の得、命の鍵、返答を聞かして呉れ』 サンダー、スガコの両人は既に死を決してゐたものの、まだ何処やらに生の執着心が残つてゐた。……何とかゴマかして一日でも生命を保ち居らば、両人が此岩窟を無事に逃出し、天下晴れて、此世で添ひ遂げる事が出来るであらう。何は兎もあれ、迷ひきつた此売僧、口の先にてゴマかしやらむ……と期せずして両人の胸に泛んだ。 サンダー『玄真坊様、妾も決心を致しました。おかげに依りまして、利害得失を悟り得ましたから、今迄の頑固一点の態度を更め可成的御意に従ひませう。どうか空腹に悩んで居りますから、パンをお与へ下さいませ』 玄真坊は此言葉に飛立つ許り打喜び乍ら、ワザと素知らぬ渋り切つた顔して、 玄真『ウン、気が付いたならば、そち共の幸福だ。断食といふものは精神が落付いて、悟りを開く第一の修行の要訣だ。決して此玄真坊は汝等両人を干し殺さうと思つて食を与へないのではない。断食の修行をさせて、誠の真理を悟らしてやりたいといふ、大慈大悲の心より斯く取計らつたのだ。どうだ、吾慈悲心が分つたか』 サンダー『ハイ確に分りまして厶います。結構な修行をさして頂きました。いかにも貴方は天の選みし救世主だと悟らして頂きました』 玄真『アハヽヽヽ、さうなくては叶はぬ事、これこれスガコ、そちは何うだ。少し真理が分つたか、此玄真坊が真心を悟つたか』 スガコ『ハイ、悟らして頂きました』 玄真『何う悟つたのだ』 スガコ『ハイ、師の君様の魔心をスツカリ悟らして貰ひました』 玄真『アハヽヽヽ、悟りが開けたならば、此方の申す事は絶対服従するだらうな。ヨモヤ両人、違背は致すまいのう』 サンダー『どうかパンをお与へ下さい。最早お答へする勇気が出て参りませぬ』 玄真『成程無理もない。まてまて拙僧が自ら飲食を調理し、可愛い其方等に食はしてやらう』 とニコニコし乍ら、戸をピシヤリと締め、再び錠をおろして立去つた。 (大正一三・一二・一七旧一一・二一於祥雲閣松村真澄録)
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霊界物語 67_午_ハルの湖/タラハン国の国政改革1 06 浮島の怪猫 第六章浮島の怪猫〔一七〇八〕 波切丸は万波洋々たる湖面を、西南を指して、船舷に皷を打ち乍ら、いともゆるやかに進んでゐる。天気清朗にして春の陽気漂ひ、或は白く或は黒く或は赤き翼を拡げた海鳥が、或は百羽、千羽と群をなし、怪しげな声を絞つて中空を翔めぐり、或は波間に悠然として、浮きつ沈みつ、魚を漁つてゐる。アンボイナは七八尺の大翼を拡げて一文字に空中滑走をやつてゐる。其長閑さは天国の楽園に遊ぶの思ひがあつた。前方につき当つたハルの湖水第一の、岩のみを以て築かれた高山がある。国人は此島山を称して浮島の峰と称へてゐる。一名夜光の岩山ともいふ。船は容赦もなく此岩山の一浬許り手前迄進んで来た。船客は何れも此岩島に向つて、一斉に視線を投げ、此島に関する古来の伝説や由緒について、口々に批評を試みてゐる。 甲『皆さま、御覧なさい。前方に雲を凌いで屹立してゐる、あの岩島は、ハルの湖第一の高山で、いろいろの神秘を蔵してゐる霊山ですよ。昔は夜光の岩山と云つて、岩の頂辺に日月の如き光が輝き、月のない夜の航海には燈明台として尊重されたものです。あのスツクと雲を抜出た山容の具合といひ、全山岩を以て固められた金剛不壊の容姿といひ、万古不動の霊山です。此湖水を渡る者は此山を見なくつちや、湖水を渡つたといふ事は出来ないのです』 乙『成程、見れば見る程立派な山ですな。併し乍ら、今でも夜になると、昔と同じやうに光明を放つてゐるのですか』 甲『此湖水をハルの湖といふ位ですもの、暗がなかつたのです。併し乍らだんだん世の中が曇つた勢か、年と共に光がうすらぎ、今では殆んど光らなくなつたのです。そして湖水の中心に聳え立つてゐたのですが、いつの間にやら、其中心から東へ移つて了つたといふ事です。万古不動の岩山も根がないと見えて浮島らしく、余り西風が烈しかつたと見えて、チクチクと中心から東へ寄つたといふ事です』 乙『成程文化は東漸するとかいひますから、文化風が吹いたのでせう。併し日月星辰何れも皆西へ西へと移つて行くのに、あの岩山に限つて、東へ移るとは少し天地の道理に反してゐるぢやありませぬか。浮草のやうに風に従つて浮動する様な島ならば、何程岩で固めてあつても、何時沈没するか知れませぬから、うつかり近寄るこた出来ますまい』 甲『あの山の頂きを御覧なさい。殆んど枯死せむとする様なひねくれた、ちつぽけな樹木が岩の空隙に僅かに命脈を保つてゐるでせう。山高きが故に尊からず、樹木あるを以て尊しとす……とかいつて、何程高い山でも役に立たぬガラクタ岩で固められ、肝心の樹木がなくては、山の山たる資格はありますまい。せめて燈明台にでもなりや、山としての価値も保てるでせうが、大きな面積を占領して、何一つ芸能のない岩山ではサツパリ話になりますまい。それも昔の様に暗夜を照し往来の船を守つて安全に彼岸に達せしむる働きがあるのなれば、岩山も結構ですが、今日となつては最早無用の長物ですな。昔はあの山の頂きに特に目立つて、仁王の如く直立してゐる大岩石を、アケハルの岩と称へ、国の守り神様として、国民が尊敬してゐたのです。それが今日となつては、少しも光がなく、おまけに其岩に、縦に大きなヒビが入つて、何時破壊するか分らないやうになり、今は大黒岩と人が呼んで居ります。世の中は之を見ても、此ままでは続くものではありますまい。天の神様は地に不思議を現はして世の推移をお示しになると云ひますから、之から推考すれば、大黒主の天下も余り長くはありますまいな』 乙『あの岩山には何か猛獣でも棲んでゐるでせうか』 甲『妙な怪物が沢山棲息してゐるといふ事です。そして其動物は足に水かきがあり、水上を自由自在に游泳したり、山を駆け登る事の速さといつたら、丸切り、風船を飛翔したやうなものだ……との事です。昔は日の神月の神二柱が、天上より御降臨になり八百万神を集ひて、日月の如き光明を放ち、此湖水は素より、印度の国一体を照臨し、妖邪の気を払ひ、天下万民を安息せしめ、神様の御神体として、国人があの岩山を尊敬してゐたのですが、追々と世は澆季末法となり、何時しか其光明も光を失ひ、今や全く虎とも狼とも金毛九尾とも大蛇とも形容し難い怪獣が棲息所となつてゐるさうです。それだから吾々人間が、其島に一歩でも踏み入れやうものなら、忽ち狂悪なる怪獣の爪牙にかかつて、血は吸はれ、肉は喰はれ骨は焼かれて亡びると云つて恐がり、誰も寄りつかないのです。風波が悪くつて、もしも船があの岩島にブツかからうものなら、それこそ寂滅為楽、再び生きて還る事は出来ないので、此頃では、秘々とあの島を悪魔島と云つてゐます。併し大きな声でそんな事言はうものなら、怪物が其声を聞付けて、どんなわざをするか分らぬといふ事ですから、誰も彼も憚つて、大黒岩に関する話を口を閉じて安全無事を祈つてゐるのです。あの島がある為に、少し暴風の時は大変な大波を起し、小さい舟は何時も覆没の難に会ふのですからなア。何とかして、天の大きな工匠がやつて来て大鉄槌を振ひ、打砕いて、吾々の安全を守つてくれる、大神将が現はれ相なものですな』 乙『何と、権威のある岩山ぢやありませぬか。つまり此湖面に傲然と突つ立つて、所在島々を睥睨し、こわ持てに持ててゐるのですな』 甲『あの岩山は時々大鳴動を起し、噴煙を吐き散らし、湖面を暗に包んで了ふ事があるのですよ。其噴煙には一種の毒瓦斯が含有してゐますから、其煙に襲はれた者は忽ち禿頭病になり、或は眼病を煩ひ、耳は聞えなくなり、舌は動かなくなるといふ事です。そして肚のすく事、咽喉の渇く事、一通りぢやないさうです。そんな魔風に、折あしく出会した者は可い災難ですよ』 乙『丸つ切り蚰蜒か、蛇蝎の様な恐ろしい厭らしい岩山ですな。なぜ天地の神さまは人民を愛する心より、湖上の大害物を除けて下さらぬのでせうか。あつて益なく、なければ大変、自由自在の航海が出来て便利だのに、世の中は、神様と雖、或程度迄は自由にならないと見えますな』 甲『何事も時節の力ですよ。金輪奈落の地底からつき出てをつたといふ、あの大高の岩山が、僅かの風位に動揺して、東へ東へと流れ移る様になつたのですから、最早其根底はグラついてゐるのでせう。一つレコード破りの大地震でも勃発したら、手もなく、湖底に沈んで了ふでせう。オ、アレアレ御覧なさい。頂上の夫婦岩が、何だか怪しく動き出したぢやありませぬか』 乙『風も吹かないのに、千引の岩が自動するといふ道理もありますまい。舟が動くので岩が動くやうに見えるのでせう』 甲『ナニ、さうではありますまい。舟が動いて岩が動くやうに見えるのなれば、浮島全部が動かねばなりますまい。他に散在してゐる大小無数の島々も、同じ様に動かねばなりますまい。岩山の頂上に限つて動き出すのは、ヤツパリ船の動揺の作用でもなければ、変視幻視の作用でもありますまい。キツと之は何かの前兆でせうよ』 乙『そう承はれば、いかにも動いて居ります。あれあれ、そろそろ夫婦岩が頂きの方から下の方へ向つて歩き初めたぢやありませぬか』 甲『成程妙だ。段々下つて来るぢやありませぬか。岩かと思へば虎が這うてゐる様に見え出して来たぢやありませぬか』 乙『いかにも大虎です哩。アレアレ全山が動揺し出しました。此奴ア沈没でもせうものなら、それ丈水量がまさり、大波が起つて、吾々の船も大変な影響をうけるでせう。危ない事になつて来たものですワイ』 かく話す内、波切丸は浮島の岩山の間近に進んだ。島の周囲は何となく波が高い。虎と見えた岩の変化は磯端に下つて来た。よくよく見れば牛の様な虎猫である。虎猫は波切丸を目をいからして、睨み乍ら、逃げるが如く湖面を渡つて夫婦連れ、西方指して浮きつ沈みつ逃げて行く。俄に浮島は鳴動を始め、前後左右に、全山は揺れて来た。チクリチクリと山の量は小さくなり低くなり、半時許りの内に水面に其影を没して了つた。余り沈没の仕方が漸進的であつたので、恐ろしき荒波も立たず、波切丸を前後左右に動揺する位ですんだ。一同の船客は此光景を眺めて、何れも顔色青ざめ、不思議々々と連呼するのみであつた。此時船底に横臥してゐた梅公宣伝使は船の少しく動揺せしに目を醒まし、ヒヨロリヒヨロリと甲板に上つて来た。さしもに有名な大高の岩山は跡形もなく水泡と消えてゐた。そして船客が口々に陥没の記念所を話してゐる。梅公は船客の一人に向つて、 『風もないのに、大変な波ですな。どつかの島が沈没したのぢやありませぬか』 甲『ハイ、貴方、あの大変事を御覧にならなかつたのですか。随分見物でしたよ。昔から日月の如く光つてゐた頂上の夫婦岩は俄に揺るぎ出し、終いの果には大きな虎となり、磯端へ下つて来た時分には猫となり、波の間を浮きつ沈みつ、西の方へ逃げて行つたと思へば、チクリチクリと島が沈み出し、たうとう無くなつて了ひました。こんな事は昔から見た事はありませぬ。コリヤ何かの天のお知らせでせうかな』 梅『どうも不思議ですな。併し乍ら人間から見れば大変な事のやうですが、宇宙万有を創造し玉うた神様の御目から見れば、吾々が頬に吸ひついた蚊を一匹叩き殺す様なものでせう。併し乍ら吾々は之を見て、自ら戒め、悟らねばなりませぬ』 乙『貴方は何教かの宣伝使様のやうですが、一体全体此世の中は何うなるでせうか。吾々は不安で堪らないのです。つい一時前迄泰然として湖中に聳えてゐた、あの岩山が脆くも湖底に沈没するといふよな不祥な世の中ですからなア』 梅『今日は妖邪の気、国の上下に充ちあふれ、仁義だの、道徳だのと云ふ美風は地を払ひ、悪と虚偽との悪風吹き荒び、世は益々暗黒の淵に沈淪し、聖者は野に隠れ、愚者は高きに上つて国政を私し、善は虐げられ悪は栄えるといふ無道の社会ですから、天地も之に感応して、色々の不思議が勃発するのでせう。今日の人間は何れも堕落の淵に沈み、卑劣心のみ頭を擡げ、有為の人材は生れ来らず、末法常暗の世となり果てゐるのですから、吾々は斎苑の館の神柱、主の神の救世的御神業に奉仕し、天下の暗雲を払ひ、悲哀の淵に沈める蒼生を平安無事なる楽郷に救はむが為に所在艱難辛苦をなめ、天下を遍歴して、神教を伝達してゐるのです。未だ未だ世の中は、之れ位な不思議では治まりませぬよ。茲十年以内には、世界的、又々大戦争が勃発するでせう。今日ウラル教とバラモン教との戦争が始まらむとして居りますが、斯んなことはホンの児戯に等しきもので、世界の将来は、実に戦慄すべき大禍が横たはつて居ります。夫故、吾々は愛善の徳と信真の光に満ち玉ふ大神様の御神諭を拝し、普く天下の万民を救はむが為に、草のしとね、星の夜具、木の根を枕として、天下公共の為に塵身を捧げてゐるのです』 甲『成程承はれば承はる程、今日の世の中は不安の空気が漂うてゐるやうです。今の人間は神仏の洪大無辺なる御威徳を無視し、暴力と圧制とを以つて唯一の武器とする大黒主の前に拝跪渇仰し、世の中に尊き者はハルナの都の大黒主より外にないものだと誤解してゐるのだから、天地の怒に触れて、世の中は一旦破壊さるるのは当然でせう。私はウラル教の信者で厶いますが、第一、教主様からして、……神を信ずるのは科学的でなくては可かない。神秘だとか奇蹟だとかを以て信仰を維持してゐたのは、太古未開の時代の事だ。日進月歩、開明の今日は、そんなゴマカシは世人が受入れない……と言つてゐらつしやるのですもの、丸切り神様を科学扱ひにし、御神体を分析解剖して、色々の批評を下すといふ極悪世界ですもの。斯んな世の中が出て来るのは寧ろ当然でせう。貴方は何教の宣伝使で厶いますか。神様に対する御感想を承はりたいもので厶いますな』 梅『最前も申上げた通り、斎苑の館の大神様は三五教を御開きになつたのです。そして私は同教の宣伝使照国別様といふ御方の従者となつて、宣伝の旅に立つたもので厶います。それ故貴方等のお尋ねに対し、立派な答は到底出来ませぬ。併し乍ら神様は昔の人のいつた様に、超然として人間を離れた者ではありませぬ。神人合一の境に入つて始めて、神の神たり、人の人たる働きが出来得るのです。故に三五教にては、人は神の子神の宮と称へ、舎身的大活動を、天下万民の為にやつてゐるのです』 甲『何か御教示について、極簡単明瞭に、神と人との関係を解らして頂く事は出来ますまいか』 梅『ハイ、私にもまだ修業が未熟なので、判然した事は申上げ兼ますが、吾宣伝使の君から教はつた一つの格言が厶いますから、之を貴方にお聞かせ致しませう。 神力と人力 一、宇宙の本源は活動力にして即ち神なり。 一、万物は活動力の発現にして神の断片なり。 一、人は活動力の主体、天地経綸の司宰者なり。活動力は洪大無辺にして宗教、政治、哲学、倫理、教育、科学、法律等の源泉なり。 一、人は神の子神の生宮なり。而して又神と成り得るものなり。 一、人は神にしあれば神に習ひて能く活動し、自己を信じ、他人を信じ、依頼心を起す可らず。 一、世界人類の平和と幸福の為に苦難を意とせず、真理の為に活躍し実行するものは神なり。 一、神は万物普遍の活霊にして、人は神業経綸の主体なり。霊体一致して茲に無限無極の権威を発揮し、万世の基本を樹立す』 甲『イヤ有難う。御教示を聞いて地獄から極楽浄土へ転住したやうな法悦に咽びました。成程人間は神様の分派で、いはば小なる神で厶いますなア。今迄ウラル教で称へてをりました教理に比ぶれば、其内容に於て、其尊さに於て、真理の徹底したる点に於て、天地霄壌の差が厶います。私はスガの港の小さい商人で厶いますが、宅にはウラル彦の神様を奉斎してをります。併し乍ら之は祖先以来伝統的に祀つてゐるので、言はば葬式などの便利上、ウラル教徒となつてゐるのに過ぎませぬ。既成宗教は已に命脈を失ひ、只其残骸を止むるのみ。吾々人民は信仰に飢渇き、精神の道に放浪し、一日として、此世を安心に送る事が出来なかつたのです。旧道徳は既に已に世にすたれて、新道徳も起らず、又偉大なる新宗教も勃起せないと云つて、日夜悔んで居りましたが、かやうな崇高な偉大な真宗教が起つてゐるとは、夢にも知らなかつたのです。計らずも波切丸の船中に於て、かかる尊き神様のお使に巡り会ひ、起死回生の御神教を聞かして頂くとは、何たる、私は幸福で厶いませう。私の宅は、誠に手狭で厶いますが、スガの港のイルクと云つて、多少遠近に名を知られた小商人で厶います。どうか、私の宅へも蓮歩を枉げ下さいまして、家族一同に、尊き教をお授け下さいます様にお願ひ致します。そして私は此結構な御神徳を独占せず、力のあらむ限り、万民に神徳を宣伝さして頂く考へで厶いますから、何卒宜しくお願ひ申上げます』 梅公『実に結構なる貴方の御心掛、之も大慈大悲の大神様の御引合せで厶いませう。之を御縁に、私もスガの港へ船がつきましたら、貴方のお宅へ立よらして頂きませう。 思ひきや神の仕組の真人は 御船の中にもくばりあるとは。 此船は神の救ひの船ぞかし 世の荒波を分けつつ進めり』 (大正一三・一二・二新一二・二七於祥雲閣松村真澄録)
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霊界物語 67_午_ハルの湖/タラハン国の国政改革1 09 ダリヤの香 第九章ダリヤの香〔一七一一〕 ダリヤは船底の密室に監禁され、此船がスガの港へ着く迄には、アリーが暴虐の手にかかつて死ぬるものと決心してゐた。そして健気にも辞世の歌等を詠んで、死期の至るを待つてゐた。そこへコツコツと忍び足に錠前をねぢあけて這入つて来たのは自分が小舟に乗つて離れ島へ遊びに行つた帰りがけ、かつさらはれたコークスであつた。コークスは小声になつて、 コークス『コレ、ダリヤさま、お前さまは此船が遅く共、明日の日の暮にはスガの港へ着くのだから、今夜中に殺されますよ。どうです、私が小舟を卸して、お前さまを乗せ離れ島へ漕ぎつけて助けて上げようと思つてゐるのだから、物も相談だが、私の女房になつて下さるでせうなア』 と糞蛙が泣きそこねたやうな面から、臭い臭いドブ酒の息を吹かけ乍ら口説きかけた。ダリヤは柳眉を逆立て、蜂を払ふ様な素振をして、 ダリヤ『エー、汚らはしい。今更親切ごかしに妾を助け出し、それを恩に着せて、女房になつてくれなどと、ようマアそんな厚かましい事が云へましたなア。妾がこんな破目に陥つたのも、皆お前さまのなす業ぢやないか。いはばお前さまは妾の敵だ。妾の命をおとすのも、お前さまの為ぢやないか。何程命が惜しいと云つても、そんな悪党な卑劣な泥棒根性のお前さま等に靡くものがありますか。エ、汚らはしい、とつとと、サア彼方へ行つて下さい。胸がムカムカして来ましたよ。一体お前さまの名は何と云ふのだい。冥途の土産に聞いておきたいからなア』 コークス『俺はな、アリー親分の片腕と聞えたるコークスといふ哥兄さまだ。何と云つても命が資本だから、そんな悪い了見を出さずに、俺の云ふ事を聞いた方が可からうぜ。何程名花だつて、梢から散りおつれば三文の価値もない。お前さまの容貌は天下に稀なる美貌だ。丹花の唇柳の眉日月の眼、縦からみても横から見ても惚々するスタイルぢやないか。此名花をムザムザと散らすのは国家の為に大なる損害だ。否天下の美人を可惜地上に失ふといふものだ。俺は天下の為に、お前の今晩散る事を惜むのだ。どうだ、物も相談だが、私と一緒に逃出す気はないか。そして私と夫婦になつて睦じう暮したら何うだい。何程此顔はヒヨツトコでも、メツカチでも、云ふにいはれぬ味が、どつかには含んでゐますよ。あの鯣をみなさい。干つからびた皺苦茶だらけ、みつともない姿をしてゐるが、しがんでみると随分甘い味がしますよ。何とも云へぬ風味が含まれてゐる。それを一寸遠火に焼くと、尚更味がよくなる。どうだい、此コークスの意に従ふ気はないかな。お前さまも命の瀬戸際に立つてゐるのだから、些と許り男が悪うても辛抱するのだな。何と云つても辛抱は金だから、悪い事は云はない。お前の為だ。一つは俺の為だ。いいか、些とは道理が分つたかい』 ダリヤ『ホヽヽヽヽ、いかにもコークスといふ丈で、黒い顔だこと。お前さまは舟の燃料になるのが天職だよ。天成の美人ダリヤ姫に向つて、恋の鮒のと、しなだれかかるのは身分不相応といふもの。可いかげんに断念したが可からうぞや。あたイケ好かない、ケチな野郎だな』 コー『オイオイ、ダリヤ姫。さう芋虫のやうにピンピンはねるものぢやない。人は愛情がなくては、木石も同様だ。折角人間に生れて、木石に等しい冷血漢になつちや、最早人間の資格はありませぬよ。お前さまも人間らしい。女らしい返答をしたら何うだい』 ダリ『ホヽヽヽ、人間に対しては人間らしい事をいひ、獣に対しては獣らしいことをいふのが天地の道理でせう。それが相応の理による惟神のお道ですよ。お前さま、それでも普通の人間だと思つてゐるのかい』 コー『オイ、あまツちよ。失敬な事をいふな。今首のとぶ分際でゐ乍ら、何と云ふ業託を吐くのだ。人間を超越して、三間四間権現さまの生れ代りだ。余り見違をすると、お為にならないぞ。此鉄棒が一つ、お前の横ツ面へお見舞申すが最後、キヤツと一声此世の別れだ。好きでもない冥土へ死出の旅と出かけにやならぬぞ。オイそんな馬鹿な考へをすてて、俺の言ふ通り、そツと此処を脱け出さうぢやないか。そして、俺の女房になる成らんは後の事だ。ぐづぐづしとるとお前の命が失くなつちや、さつきも云ふ通り地上の損害だからな』 ダリ『ホヽヽヽヽ、大きにお世話さま。妾はアリーさまのお手にかかつて殺されるのを無上の光栄としてゐますよ。同じ殺されるにしても、お前さまのやうな、人間だか狸だか鼬鼠だか正体の分らぬ妖怪野郎に、仮令殺されなくつても、ゴテゴテ云はれるのが苦しい。況んや夫婦にならうの、助けてやらうのと、何といふ高慢をつくのだい。サアサア早くお帰りお帰り。こんな所を船長に見付けられたが最後、お前さまの笠の台が宙空に飛びますよ』 コー『実の所はお前さまと一緒に殺されたら得心だ。やがて船長が、お前さまを殺しに来るだらうから、どうか、お前さま一緒に死んで下さらないか。せめても、それを心の慰安として、どこ迄も冥土のお伴をする積だから』 ダリ『エ、頭が痛い、厭な事をいふ野郎だな。サアサア早く出て下さい。シーツシーツシーツ。一昨日来ひ一昨日来ひ。ぐづぐづしてゐなさると線香を立てますよ』 コー『丸切り、人を青大将か蜘蛛のやうに思つてゐるのだな。箒を逆さまに立てて頬冠りをさしたつて、いつかないつかな此コークスは動かないのだ。お前さまも可いかげん我を折つて、ウンと一口言はツしヤい。ウンといふ一声がお前さまの運の定め時だ』 ダリ『誰がお前さま等に向つて、ウンだのスンだのいふ馬鹿がありますか。チツトお前さまの顔と相談しなさい。否知恵と相談なさつたが可からう。何程お前さまが手折らうと思つたつて、高嶺に咲いた松の花だ程に、スツパリと諦めて、釜たきなつとやりなさい。お前さまの顔は猿によく似てゐる。猿猴が水にうつつた月を掴まうとするやうな非望を止めて、船長殿に忠実にお仕へなさい。そしたら又正月になつたら、おくびなりの餅の一切れや二切れは食はして貰はうとママですよ、ホヽヽヽ』 コークスは到底言論ではダメだ、直接行動に限ると決心したものか、猛虎の勢を出して、矢庭にダリヤを其場に捻ぢ伏せ、「オチコ、ウツトコ、ハテナ」を決行せむとした。ダリヤは一生懸命の声を絞つて「アレー助けてくれ助けてくれ」と身をもだえ乍ら、生命限りに叫んだ。船長のアリーは、折節監禁室の前を通り、怪しき声がすると思つてドアに手をかくれば、何者かが已に入つてるとみえ、かぎもかけずにパツと開いた。みれば右の有様である。アリーは懐剣を閃かして、後からコークスの背部を骨も通れとつきさした。コークスはアツと悲鳴をあげ、空を掴んで其場に黒血を吐いて倒れて了つた。 アリ『ダリヤさま、危い事で厶いましたな』 ダリ『ハイ、誰かと思へば船長さまで厶いましたか。よう来て下さいました。あなたの折角のお楽しみを、此奴が横領せむとし、乱暴に及んだ所、折よく来て下さいまして、先づあなたの為には好都合で厶いましたね。私は貴方のお手にかかつて死なねばならぬ身の上でございますから、あなたが、私を嬲殺にして、お楽しみなさるのを、私も楽しみにしてまつてゐたのでございますよ』 アリ『ダリヤさま、私も心機一転しました。どうぞ卑怯者と笑つて下さいますな。デッキの上でも上つて、星影でも見て楽みませう』 ダリ『これは又御卑怯な、なぜ一旦決心した事を掌を返す如くにお変へなさつたのですか。妾は不賛成です。サア、どうぞ、始めの御意見の通り、スツパリと殺して下さいませ。妾も一旦死を決した以上は、初心を曲げるのは心恥しう存じます。貴方が妾を殺さないのならば、妾の方から自刃して果てます』 と云ふより早く、アリーの懐剣をもぎ取り、吾喉につきあてむとする一刹那、アリーは驚いて、其の手に飛付き、短刀をもぎとつた。其はづみに、アリーは自分の親指を一本おとして了つた。ダリヤは驚いて其指を拾ひあげ、アリーの手にひつつけ、自分の下帯を解いて、クルクルと繃帯した。鮮血淋漓として銅張りの船底を染た。 ドアの開いた口から、さも流暢な歌の声が聞えて来た。アリー、ダリヤの二人は耳をすまして、ゆかしげに其歌を聞いてゐる。 イルク『ハルの湖水の小波よするスガの港の片ほとり 薬を四方にひさぎつつ彼方此方とかけめぐり 妹の所在を尋ねむと神に願をかけまくも 畏き恵の御露に浴せむものとハルの湖 彼方此方とかけめぐり何れの船を調べても 恋しきいとしき吾妹の影だに見えぬ悲しさに 天に哭し地に歎き波切丸の甲板に 涙を絞る折もあれ三五教の神司 梅公別の神徳に今は包まれ吾母や 行方も知れぬ妹の只冥福を祈りつつ 家に帰れば改めて三五教の大神を 斎まつりて遠近の世人救はむ吾覚悟 うべなひ給へ惟神皇大神の御前に 畏み敬ひねぎまつる大日は照る共曇る共 月はみつとも虧くる共救ひの神に身を任せ 救ひの船に乗せられて浮世を渡る身にしあれば 如何なる悩みの来る共恐るる事のあるべきや あゝさり乍ら妹はウラルの神の御教を 朝な夕なに諾なひて身の幸はひを祈りしが いかなる魔神の計らひか島の遊びの帰り路に 心も荒き海賊の群におそはれ其行方 命のほども計られず悲しき破目と成果てぬ 日頃信ずるウラル教の神を祈りて妹の なやみを救ひ助けむと家のなりはひ打すてて 彼方此方とさまよへる吾心根を知らせたい 何処の人の憐みをうけて命を保つやら 但しはあの世に落ゆきしか心許なき吾思ひ 恵ませ給へ大御神救はせ給へ三五の 神素盞嗚の大神の御前にすがり奉る』 と歌ひ乍ら、チクリチクリと此方に向つて近より来る。ダリヤ姫はどこやらに聞覚のある声だなア……とアリーの負傷を介抱し乍ら、耳を傾けてゐたが、いよいよ兄のイルクと確信し、監禁室の中から、細い声を出して、 ダリ『モシ貴方はお兄イさまぢや厶いませぬか。妾はダリヤで厶いますが』 此声にイルクは狂喜し乍ら、ドアのすきから室内を覗き込み、アツと云つたきり少時は声さへ発し得なかつた。 ダリ『お兄いさま、最前のお歌を聞きますれば、不束な妹をすて給はず、家業を他所にして、妾の所在を捜してゐて下さつたさうですが、そんな親切なお心とは知らず、今迄腹違の兄さまの様に思ひ、おろそかに致してゐました妾の罪を許して下さい。そんな清い美はしいお心を知らず、僻根性を出して、お恨み申し、いつも憂はらしに島へ遊覧に行つた、その帰りに、冥罰が当つて、海賊に捉へられ、かやうな所に押込められ、ここに殺されてるコークスといふ悪性男に操を破られむとしてる所を、此船長さまに救はれた所で厶います。どうぞ兄さまから船長様へ、宜しく御礼を云つて下さいませ』 イルク『あゝさうであつたか、怖い所だつたな。イヤ船長さま、どうも妹が大い御世話になりました。何からお礼を申してよいやら、余り有難くつて、お礼の言葉も存じませぬ』 アリ『イヤ決して、私はダリヤを助けるやうな良い心は有つてゐなかつたのですが、何だか不思議なもので、つい助ける気になつたのですよ。貴方のお父さまは、私の仇敵、何とかして仇を打ちたいと思ひ、たうとう海賊になつて敵討の時機を狙つてゐたのです。然る処手下のコークスが貴方の妹を甘く生捕つて来てくれたので、せめては此娘を殺し、亡父の霊魂を聊か慰めたいと思ひ、ダリヤさまを殺す計画をきめたのですが、余り立派なお志と其落ついた挙動に感服し、今は全く恨も何もサラリと晴れて、却つてダリヤさまのお味方をするやうになつたのです。それのみならず、此通り、拇指を切落し、困つてゐた所、ダリヤさまの介抱で漸くウヅキも止まり、却て御礼は私の方から申上げねばならないのです』 と自分の母のアンナが、イルクの父に無理往生に操を破らせられ、泣きの涙で女房になつたことや、又自分の父が之を恨んでハルの湖に身を投げて死んだことなどを、涙と共に物語つた。イルクは始終の話を聞いて、深い吐息をつき乍ら黙然として二人の顔を見つめてゐた。之よりアリーは梅公の懇篤なる神の教を受け、悪心を翻し、海賊をサラリと止め、此湖水を渡航する船客の守り神となつて、其美名を永く世に謳はれた。 翌日の夕暮頃、波切丸は無事にスガの港へ横着けとなりにけり。 (大正一三・一二・二新一二・二七於祥雲閣松村真澄録)
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霊界物語 67_午_ハルの湖/タラハン国の国政改革1 15 貂心暴 第一五章貂心暴〔一七一七〕 一方バルギーは沢山の部下に酒肴及美食を与へ『今日は奥様の十年祭だから、遠慮会釈もなく呑め喰へ』と命令しおき、コルトンと共にシャカンナの居間に細長い干瓢頭をニユツと突き出した。 バルギー『エー親方様、室外にて承はれば、今晩は最早読経は御廃しになるとの事、……英雄と英雄との会合が何よりの御回向になる……と仰せられたのを承はり、部下に用意の酒肴を与へておきました。大変な御機嫌で厶いますな』 シャカンナ『ウーン、今日はどこ共なく天気も好し、気分の好い日だ。コルトン、汝の骨折で、俺の片腕を拾つて来てくれたやうなものだ。ヤ、感謝する。マア一杯やれ』 コルトン『エー、親方様、合点のいかぬ事仰有いますな。何時も貴方はコルトンは右の腕、バルギーは左の腕と仰有いましたが、此修験者が片腕とならば、一体どうなるので厶います。三本の腕は根つから必要ないやうに考へますがな』 シヤ『ウーン、それで可いのだ。コルトン、バルギー二人を合して左の腕とする、そして此天真坊殿を右の腕とするのだ。之から、さう心得たが可からうぞ』 コル『ハイ、仕方がありませぬ。のうバルギー、それで辛抱せうかな』 バル『ウーン、到頭二つ一だ。随分相場が下落したものぢやないか。早晩こんな事が突発すると思うてゐたのだ。汝が仕様もない修験者を引張つてくるものだから、こんな破目になつたのだ。エー、沢山の乾児に対し、俺は今日から半人前になつたなどと、何うしていはれるものか。狼のやうな連中を、親分の片腕といひ、威喝して、漸く治めて来たのだのに、半片腕となつちや部下の統制も出来まい。あーあ仕方がないなア』 玄『ワツハヽヽヽヽ、オイ、コルトン、バルギー、何といふ情ない面をするんだいエヽン。よく考へてみろ、天帝の化身、天来の救世主と、仮令半分にもせよ、肩を並べるといふ事は汝達にとつては、無上の光栄ぢやないか。何だ其不足相な面は……丸切り梟鳥が夜食に外れたといはうか、折角苦心して盗んで来た松魚節を犬に取られた猫のやうにつまらぬ面付して半泣きになつてるぢやないか。チツとしつかりせぬかい。そんな腰抜を友達に持つたと思へば、俺も泣きたくなつて来るワイ。ウツフヽヽヽ、情ない顔だのう。それでも元の通りになるだらうか。耆婆扁鵲でも頼んで来ねば、快復は到底覚束ないだらう。俺の診察する所に依れば、予後不良だ。瀕死の重病だ、アハヽヽヽ』 シャ『オイ、お前達、兄弟喧嘩はみつともないぞ。兎も角俺に免じて仲能うしてくれ。少々の不平や不満は隠忍するが、俺に対する忠義だ。俺の云ふ事なら、何でも聞きますと、いつも云つてるぢやないか。自分の都合の好い事は二つ返詞で早速聞くなり、チツと許り面白くないと云つて、そんな怪体な面をするものぢやない。余り肝玉が小さうすぎるぢやないか。それよりも玄真殿のつらつて来た棚機姫様の柔かいお手々でお酌でもして貰つて、機嫌を直したら可からう』 コル『エ、何と親方仰せられます。こんな奇麗なお方に……酒をついで貰つて呑め……と仰有るのですか、ヤ、有難い。流石は親分だ。気が利いてる。のうバルギー、こんな事があるから、親分には放れられないといふのだ、エヘヽヽヽ』 バル『オイ、コルトン、みつともないぞ。何だ、汝の口から光つた糸のやうなものが、下つてゐるぢやないか。たぐれたぐれ』 コル『ナアニ、コリヤ棚機姫様が錦の御機をお織遊ばす玉の糸だ。粘液性に富み、そして光沢が鮮かだらう、イツヒヽヽヽ』 玄『オイ、コルトン、バルギー、今日から俺は天帝の化身、玄真坊の頭尾を取つて、天真坊と改名したのだから、今後は天真坊様と呼んでくれよ。其代りに、天真爛漫たる棚機姫さまの柔かいお手々で、お酒のお給仕を、今日一席に限り、許してやらう。どうぢや有難いか』 コル『さう恩にきせられると、根つから有難くもありませぬワ。のうオイ、バルギー、余り勿体なくて目が潰れると困るから、男らしく平に御免を蒙らうぢやないか』 バル『俺や、何と云つても有難いワ。盃に一滴でも可いから注いで貰ひたいな。キツとこんな女神様に酒をついで貰ふと、其徳にあやかつて出世するよ。そしてこんな美しい女房が持てるかも知れないからな』 コル『ヘン仰有います哩。反古の紙撚で編あげた羅漢のやうな面しやがつて、美人の女房も午蒡もあつたものかい。チツと汝の面と相談したら可からうぞ、ウツフヽヽヽ』 女(ダリヤ)『もし、天帝の御化身様、貴方は妾がスガの山に参拝致しました時、天から降つたと仰有いまして、……お前の母は決して死んでゐない。生きて居るから会はしてやらう……と仰有つたぢや厶いませぬか。それを誠と信じ、此処迄お伴をして参りましたのに……泥棒の酒の酌をせよ……とはお情ないお言葉では厶いませぬか。そして貴方は最前から聞いてをれば、此世を許る悪魔の玄真坊さまとやら、オーラ山に立籠り数多の人間をゴマ化して厶つた太いお方のやうです。私はモウ愛想がつきましたからモウ御免を蒙つて独りで帰ります。どうぞこれ迄の御縁と思ひ諦め下さいませ。貴方の素性が判つた以上は、半時だつて側にをれませぬ。そして皆様に申上げておきますが、只今、玄真坊様に……これ迄の御縁と思ひ諦めて下さい……と云つたのは、決して怪しい関係のある意味では厶いませぬ。スガの山から此処迄連れて来られた事を云ふので厶いますからね。一樹の影の雨宿り、一河の流れを汲むさへも他生の縁といひませう。どうか、誤解のないやうに御賢察を願ひます、ホヽヽヽヽ。アタ阿呆らしい、妾は何といふ馬鹿だらう。こんな売僧坊主に誘惑されて、自分で自分に愛想がつきて来た。左様なら。皆さま、ゆつくり御酒でもおあがりなさい』 とツツと立つて帰らうとする。玄真坊は毛だらけの猿臂を伸ばし、グツと力を入れて女の首筋を掴み、其場に捻伏せ乍ら、川瀬の乱杭の様な歯を見せ、大口を開いて、 玄『アハヽヽヽ、ても扨も可い頓馬だなア。此玄真坊様の舌三寸に操られ、こんな岩窟までおびき出されたのは、其方の不覚だ。モウ斯うなる以上は、何程帰らうと云つても帰すものか。お前を此処へ連れて来たのは深い企みのある事だ。因果を定めて服従した方が其方の身の為だらう。ても扨も可愛ものだなア』 女(ダリヤ)『エー、汚らはしい、悪魔の口から可愛い者だなどと、そんな同情的な悪言はやめて下さい。妾は憚り乍ら、スガの港の百万長者アリスの娘、ダリヤ姫で厶いますよ。吾家へ帰れば何不自由なく安心にゆけるものを、何を苦んでこんな不便な土地へ参り、イケ好かない売僧坊主のお前に従ふやうな馬鹿な事は致しませぬから、思ひ切つて、男らしう私を帰らして下さい』 玄『さう片意地を張るものぢやない。人間は浮沈み七度と云つて、いろいろの波風に当らねば、人生の真の幸福は味はへないものだ。何程百万長者の娘でも、一日に一斗の米を食ふ訳にもいかず、着物の十枚も二十枚も着る訳にはゆこうまい。お前の宅に居つても此処に居つても、食ふ丈のことは食はしてやる。決して不自由はさせぬ。どうだ、出家に肌を触るれば、子孫七代繁栄するといふぢやないか。その上、七代前の先祖迄が地獄の苦を逃れ極楽浄土へ登ると云ふ功徳がある。能く祖先や子孫の幸福を思つて、俺の言ひ条につくが、アリス家の為だらうよ。どうだ、合点が行つたか。目から鼻へ突き抜けるやうな賢いお前の事だから、キツと俺の行ふ事が分つただらうなア』 ダリヤ『エー汚らはしい、能うそんな事を仰有いますな。貴方は山賊の親分と結託し、オーラ山の焼直しをやるお考へでせう。そんな危ない事はおよしなさいませ。今度はお命が亡くなりますよ』 玄『アハヽヽヽ、お前の為に命の亡くなるのは本望だ。一層の事お前の其優しい手で殺して欲しい。コレ、ダリヤ、これだけ思ひ込んだ男、さう無下に振り払ふものぢやない。男冥加に尽きるぞよ』 ダリ『エヽ何なつと仰有いませ、私は知りませぬ。此上貴方に対し言葉をかはしませぬ』 玄『エ、さてもさても渋太い女だなア』 コル『アハヽヽヽ、天帝の御化身様も女にかけたら脆いものだな。オイ、バルギー、こんなデレ助と兄弟分になるとは、余り有難すぎるぢやないか。親分も親分だ。どこに見込があるのかな』 バル『久米の仙人でさへも、女の白い腿をみて通力を失ひ、天からおちたと云ふぢやないか。何程天帝の御化身だつて、こんな美しいシャンの面を見りや、堕落するのは当然だよ、ウフヽヽヽ』 シャ『オイ、コルトン、バルギー、酒を注いでくれ。何だか天真様のチンチン喧嘩で、座が白けたやうだ。一杯呑んで大に踊つてくれないか』 コル『ハイ、已に已に胸が踊つて居ります。そして此天帝の化身さまは、棚機姫さまに余程おどつて居りますね。いな劣つてゐるぢやありませぬか』 シャ『オイ、いらぬ事をいふな。天真坊様の御機嫌を損ねちや大変だぞ』 玄『オイ、シャカンナ殿、こんな小童武者は相手にしなさるな。男が下るから……』 コル『ヘン男が下るのは玄真さまぢやないか。俺達の前で、タカが女の一疋や半疋に肱鉄をかまされ、赤恥をかかされ、シヤアつく洒蛙々々然として蛙の面に水、馬耳東風宜しくといふ、鉄面皮だからなア。男のさがることも、恥かしい事もお判りならないのだらう』 バル『そらさうだとも、恥といふ事を知らぬ者に恥かしいといふ観念が有るものか、人間もここ迄徹底すれば、結句面白いだらう、ウツフヽヽヽ』 ダリヤは因果を定めたか、平然として機嫌を直し、シャカンナや玄真坊に愛嬌をふりまき乍ら、酌をして居る。玄真坊は心の中にて、 玄真坊『ヤア占た、ヤツパリ俺は色男だ。ダリヤの奴、人中だと思つて、ワザとにあんな事を吐してゐやがつたのだな。ウンよしよし、ダリヤが其心なら、俺も之から特別大切にしてやらう。愛はすべて相対的だから、何程此方が愛してやらうと思つても、先方が其愛を受けないと何うする事も出来ない。ヤア願望成就だ』 と思はず知らず小声で口走つた。ダリヤは之を聞いて、『ホヽヽヽ』と小さく笑ひ、せつせと四人の男に酒注ぎをやつてゐる。玄真坊は得意然として歌ひ出した。 玄『世の中に酒より大事の物はない 酒より大事の物があるそれは何よと尋ぬれば 花の顔容月の眉天女のやうなダリヤ姫 天の矛鉾を回転しウマンマ之れの山奥に おびき出したる吾手柄鬼神もさぞや驚かむ 呑めよ騒げよ一寸先や暗よ暗の後には月が出る 月より花より雪よりも一層綺麗な此シャンは 玄真さまの宿の妻思へば思へば有難い 之を思へば人間は完全無欠の大知識 甘く活用せにやならぬ智慧と言葉の余徳にて 棚機姫にもまがふなる姿の優しいダリヤさま タニグク山の山麓に岩窟を構へしシャカンナの 珍の御殿に現はれて鈴のやうなる声絞り 愛嬌たつぷりふり蒔いてお酌をなさる手際よさ 姫のたたむき眺むれば象牙細工のやうな艶 爪の色をば調ぶれば瑪瑙のやうな光り方 こんな美人が又と世に二人とあらうかあらうまい ホンに吾身は何としてこんな幸福が見舞ふのか 昔の昔の神代から善をば助け悪人を 戒め来りし余徳だらうこんなナイスと添ふからは ヤツパリ俺の魂も万更すてたものでない 昔の神代は天国の尊き神の御身魂 澆季末法の世を憂ひ神の命令を畏みて 此地の上に降臨し衆生済度を励むべく 命をうけたる御魂だらうあゝ惟神々々 吾れは神なり彼れも神神と神との睦び合 よき日よき時相えらびシャカンナさまの仲介で 天の御柱めぐり合ひ山川草木生み並べ 尊き神の子大空の星の数程産みおとし いよいよ誠の救ひ主生神様とあがめられ 此世に永久の命をば保ちて世人を救ひ行く 誠の神となつてみようシャカンナさまの企てを 之から夫婦が相助け悪人輩を平げて タラハン国の災を科戸の風に吹払ひ 天晴真の生神と天地と共に芳名を 千代万代に照すべしあゝ惟神々々 嬉しい事になつて来た之も梵天自在天 ウラルの神や八百万神々様の御恵み ホンに嬉しい頼もしいダリヤの姫の玉の手に 首をまかれてスヤスヤと白川夜舟の旅をなし 忽ち天国浄土の空へ一夜の中に参りませう コルトン、バルギー両人よこんな所を見せられて さぞやさぞさぞお心がもめるであらうが辛抱せよ やがてお前も時来れば目鼻のついた女房を 俺が世話してやる程に末の末をば楽んで キツと悋気をしてくれなダリヤは俺の女房だ 夢にも秋波を送るなよあゝ惟神々々 皇大神の御前に天真坊が真心を 捧げまつつて両人がダリヤの色香に迷はぬやう 御守り下さる其由を偏に願ひ奉る 偏に願ひ奉る』 シャ『アハヽヽヽ、イヤもう偉い所をみせつけられ、此爺も二十年計り気が若くなつて来た。天真坊殿の御得意思ふべしだな、アハヽヽヽ』 玄『エヘヽヽヽ、なア、ダリヤ、イヒヽヽヽ』 ダリ『……………』 コル『ヘン、馬鹿にしてゐやがる。俺だつて、さう軽蔑したものぢやないワ。おつつけ、立派な女房をどつかで掠奪して来て、天真坊さまの御目の前にブラつかして見せてやるワイ。のうバルギー、さうなとしなくちや、俺達の面が丸潰れだからな』 バル『フン、フン』 ダリ『ハルの湖酒の嵐の吹きあれて 醜の荒波立さわぐかな』 シャ『うるはしきダリヤの花は山風に 吹かれて遂に打靡きける』 玄『月も日もよりて仕ふる吾れなれば ダリヤの姫の慕ふも宜よ。エヘヽヽヽ』 (大正一三・一二・三新一二・二八於祥雲閣松村真澄録)
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霊界物語 68_未_タラハン国の国政改革2 03 山出女 第三章山出女〔一七二七〕 世人の相棒にも使はれず、何事にも茫然として無関心な馬鹿者位、世の中に幸福にして且強いものはない。そこに馬鹿者の無限の妙味が存在するのである。馬鹿は殆ど人間が不可抗力を備へた者の称号である。素よりせせこましい、齷齪たる普通一般の規矩定木を以て律することの出来ない困り者である。古往今来洋の東西を問はず、如何なる医学博士も耆婆扁鵲も、サツパリ匙を投げて、……アーア馬鹿につける薬がない……と歎息し、豊臣太閤も、馬鹿と暗の夜程恐ろしいものはないと云つて、恐怖心に襲はれ、何程厳格なる規則の下におかれるも、「彼奴は馬鹿だから」との一言に無限の責任を免除され、いよいよ念のいつた阿呆になると、白痴瘋癲と称号を頂いて、犯罪も法律も制裁を加へられず、更に馬鹿が重なつて、「馬鹿々々しい奴」と笑はれた時は人間の万事一切の欠点を公々然許され、却て愛嬌者と持て囃される。又馬鹿を金看板に掲げて、浮世の中をヤミクモに押渡る時は、向ふ所殆んど敵影なく、毫末の心配もいらぬ。世の中の人間から小才子と呼ばれ、小悧巧と称へられてゐる奴等は、何れも平常、屁の様な、突張り所のない、毀誉褒貶の巷を飛まはり、餓鬼が食を争ふ如き、ホンの目の前の成敗や、利害に掴み合ひ、昼夜煩悶苦悩を続けて一生を終る者が多い。然るに悠々閑々として、此面白い人間の隠れ場所は、馬鹿者の名称たる事を知らず、ワザとに焦り散らして吾一身を小刀細工に削り取り、あゝ痛い苦いと日夜に悲鳴をあげて悶えてゐる憐れな世の中だ。凡て人間は平常から智慧を蓄めておいて、一朝事ある場合の間に合はさむと、大才大智の者は、平常は妄りに小智小才を月賦的に小出しをせず、用のない時は皆馬鹿の二字にかくれて、のんのこ、シヤあつくシヤあと、馬耳水蛙に晏如としてをさまつてゐるものだ。「あゝ此奴ア驚いた。彼奴ア余り馬鹿に出来ないぞ」と、俗物共に一語を言はせるのは、之れ全く馬鹿の名の下に久しく本能を秘してゐた奴の現はれる時だ。「馬鹿に強い奴。本当に馬鹿に偉い奴。此頃は馬鹿にやり出した。馬鹿に威勢が佳いぢやないか。馬鹿に落着いてゐやがる。馬鹿によく売れる。馬鹿に美味しい。馬鹿に奇麗だ。馬鹿にならない」などいふ言葉は何れも平常小悧巧な奴が大才子の為に鼻毛をぬかれた時の驚歎の言葉である。「余り馬鹿気て彼奴にや相手になれない」などいふ言葉は、大智者の最も深く馬鹿の奥に潜伏してゐる時だ。 ハンナ、タンヤの両人は又馬鹿者の選に洩れない代物であつた。併し乍ら此二人は口には哲学を囀り、恋愛論をまくし立て、たまには政治論も喋々するが、何れも天性の智慧から出たのではなく、縁日の夜立店に埃まびれになつて、曝されてゐる古本を二銭か三銭で値切り倒して買つて来て読みあさつた付け知恵なのだから、真の徹底した馬鹿者である。馬鹿の名に隠れて、巧く世を渡ることは知らず、自分の馬鹿から、「自分程智者はない、学者はない、現代の新人物は俺だ、泥坊の、仮令仲間と雖も、決して自分の心は曲つてはゐない。そして誰にも盗まれてはゐない。生れつき、自分は才子だ、智者だ。仮令如何なる人物と雖も、自分の智嚢を絞り出して、千変万化の手術を尽し立向つたならば、一切万事易々として成就するものだ」と自惚れてゐる。時々強くなつてみたり、弱くなつてみたり、進退動作常ならざるを見て、「自分は処世上の兵法をよく心得た策士だ。軍師だ」と自惚れ、失敗をしても「之れは何かの都合だ。惟神的に神が斯うさせたのだ。キツと悪い後は善い。善い後は悪いものだ。失敗は成功の母だ。賢人智者は凡人の下ばたらきをなし、愚者は天下をとる者だ。さうだから自分は仮令賢者でも愚者を装つてをらねばならぬのだ。どんな愚者々々した事でも、馬鹿の名の下には、流れ川で尻を洗つた如く解決がつくものだ……」などと自分の馬鹿を棚へ上げ、自ら馬鹿を装うて世を巧く渡つてゐるやうな心持でゐる奴だからたまらない。此奴こそ本当に箸にも棒にもかからない、捨場所のない真馬鹿者である。 ハンナ、タンヤの二人は、左守の悴アリナが追跡してゐる事は夢にも知らず、慣れた足許にて坂路をトントンと鳥の翔つ如く登りつめ、漸くにして谷川伝ひに浅倉谷のシャカンナが隠家に着いた、シャカンナはスバール姫と共に少し遅い乍らも朝飯を食つてゐた。 ハンナ『ヘー、親方、御免なさいませ。久しうお目にかかりませぬ。実の所は玄真坊の女房ダリヤ姫が夜に紛れて遁走の節、吾々共は御命令に依り、其所在を尋ねて山野を駆けめぐりましたが、たうとう一も取らず二も取らず、やむを得ずして、タニグク山の岩窟に帰つて見れば、こはそもいかに、豈計らむや、弟計らむや、建物は焼払はれ、親分様始め姫様のお姿は見えず、もし俄の火事で焼死でも遊ばしたのではなからうか、もしそんな事であつたら、骨でも拾つて、鄭重な問ひ弔ひをしてあげねばなりますまいと、一生懸命に灰掻きをやつて見ましたが、骨らしいものは何も厶いませぬ。只猪や狸の骨が残つてゐる許り。あゝ之は親分様が火事に驚き遊ばしてどつかへ一時身をお遁れ遊ばした事だと思ひ、十日許りも飲まず食はずで、チコナンと待つて居りました所、風の便りさへ梨の礫の音沙汰なく、止むを得ず、吾々は解散と出かけました。併し乍ら肝腎の時になつて、親分様を此山奥に捨て、立ち去るといふ事は、いかにも乾児の吾々として、情に於て忍びないと、タンヤと二人が互に抱き合つて泣きました。本当に親分乾児の情合といふものは又格別のもので厶います、アンアンアン』 シャ『ワツハヽヽヽ、汝等も小難しい厄介な爺がをらなくなつて、さぞ睾丸の皺伸ばしをやつただらう。俺も厄介者が取払はれ、身軽になつて、百日百夜も疼き通した腫物が俄に跡形もなく散つたやうな気分になつたのだ。モウ俺は此通り世捨人となつた以上は、再び泥坊稼はやりたくない。汝も可い加減に、足を洗つて正業に就いたが可からう』 ハンナは頭をかき乍ら、 ハ『エー、親分とも覚えぬお言葉、それ程私に信用が厶いませぬかな。私は真心より親方を愛して居ります。のうタンヤ、お前いつも俺の言葉を聞いてゐるだらう。日に何十回となく、親方の名を呼ばなかつた事はなからう』 タ『ウン、そらさうだ、お前のいふ通り、俺の聞く通りだ。何と云つても心が正直なものだから、メツタに親分の前で、嘘は云はうとも思はず、云はれもせぬワ。なア親方、どうぞハンナや私の心を信じて下さい』 シャ『ウン、お前の心の底迄虚か偽か、善か悪かよく信じてゐる。お前は俺には用がない筈だ。スバール姫に用があるのだらうがな。それについては此シャカンナは大変な邪魔者だらう。御迷惑察し入るよ、アツハヽヽヽ』 ハ『そら親方、御無理ぢや厶いませぬか。姫様はまだ少女の御身の上、恋でもなければ色情でもない。又姫様は吾々がお小さい時からお育て申したもの、イヤお世話をさして頂いたお方ですから、別に深い御恩も厶いませぬが、親分さまには永らく御世話になつて居ますから、親分の御恩は決して忘れませぬ。お嬢様は何の御恩もありませぬ。況んや恋愛などの心は毛頭持つて居りませぬから、どうぞ御安心下さいませ』 シャ『親分には御世話になつたと口には云つてるが、心の中では、永らく親分の世話をしてやつた。親分は外へも出ず、乾児許り働かして、乾児の膏を舐つて、親分は食つてたのだ。つまり「自分は親分の救ひ主だ。保護者だ。親分に礼を言はすのが当然だ」位の心で来てるだらうがな』 ハ『成程流石は親方だ。よく吾々の心の底迄透見して下さいました。天下一人の知己を得たりといふべしだ。のうタンヤ、此親分にして此乾児ありだ。何と恐ろしい目の利く親分ぢやないか』 タ『そらさうだ共、何と云つても二百人の泥坊を腮で使ひ、そして自分の生んだひんだの粕を沢山の乾児に嬢様々々と云はして威張らして厶つたのだもの、随分凄い腕だよ。なア親分、私の観察は違ひますまい』 シャ『タンヤの観察もハンナの評察も、俺の推察もピツタリ会つてゐるやうだ。併し乍ら俺の娘を汝達は奪つて帰る相談をやつて来たのだらう。年老いたりと雖、俺の腕にも骨もあれば力もある。汝等のやうな、青二才の挺にはチツと合ひかねるぞ。姫が欲しければ、腕づくで持つて帰つたが可からう』 ハ『ヤア、此奴ア面白い。何程強いと云つても、タカが老耄一人、此邪魔者さへ払へば、あとは此方の者だ。今迄は大親分と云ふ名に恐れて、何だか敵対心が臆病風を吹かしよつたが、もう斯うなれば五文と五文だ。こちらは二人で一銭だ。オイ一銭と五厘との力比べだ。勝敗の数は已に定まつてゐる。只一銭に打亡ぼされるよりも五厘五常の道を弁へて、スツパリと娘を此方へ渡せ。拙劣にバタつくと爺の為にならないぞ』 スバールは食事の手を止め、二人の面を微笑を泛べ乍ら打眺め、大胆不敵な態度でおさまり返つてゐる。 シャ『云はしておけば、旧主人に向つて雑言無礼、容赦は致さぬ、此鉄拳を喰へ』 と首も飛べよと許り、ハンナの横面をなぐりつけむとする一刹那、ハンナは身をすくめてシャカンナの足を掬つた。シャカンナは狭い庭にドツと倒れ、庭の石に後頭部を打つけ気が遠くなつて了つた。二人は手早くシャカンナを荒縄を以て手足を縛り、谷川に持運んで水葬せむとする。之を見るよりスバール姫は父の大事と、死物狂になり、鉞を以て二人の背後よりウンと許り擲りつけた。二人は目早く体をかはし、跳りかかつて、鉞を奪ひとり、スバール姫を大地にグツと捻伏せ、手足を括つて動かせず。スバール姫は悲鳴を上げて、声を限りに泣き叫ぶ。此時一町許り手前迄、林を潜つて進んで来たアリナは、娘の悲鳴を聞き、吾身を忘れて、走り来り見れば此態である。……ヤア此奴は今朝見た曲者、懲らしめくれむ……と、物をもいはず、襟髪を掴んで浅倉山の溪流へ、二人共ザンブと許り投げ込んで了ひ、両人の縄目を解いた。スバール姫は紅葉のやうな優しき手を合はして、救命の大恩を感謝した。父のシャカンナは精神朦朧として殆ど人事不省の態である。アリナとスバール姫は一生懸命神に祈願を奉り、水を面部に吹きかけなどして、漸くの事で、シャカンナの精神状態は明瞭になつて来た。 シャ『あゝ娘、其方は無事であつたか。まあ結構々々、之も全く天のお助けだ』 ス『お父様、私も縛られてゐましたの。危い所へ、あとの月太子様のお伴をしてお出になつたアリナ様が現はれて、私や貴方を助けて下さつたのですよ。サアお礼を申して下さい』 シャカンナはスバール姫の声に目をさまして、よくよく見れば、アリナは恭しげに大地にしやがむでゐる。 シャ『あゝ其方はアリナさま、よくマア助けて下さいました。貴方は吾々父娘が再生の恩人です。サア、どうぞうちへお這入り下さいませ』 ア『危い所で厶いましたが、先づお気がついて何より頂上で厶います。左様なれば休まして頂きませう』 とシャカンナを助け起し、スバール姫と共に老人の手を引いて屋内に進み入つた。 シャ『アリナさま、どうも有難う厶います。そして太子様はお変りは厶いませぬか』 ア『ハイ、有難う厶います。先づ先づ御壮健の方で厶います。就いては太子様のお使に参つた者で厶いますから、どうぞ使の趣を、お気が休まりましたらゆつくりと聞いて下さいませ』 シャ『イヤもう気分は良くなりました。太子様のお使とあらば半時の猶予もなりますまい、どうか其お旨を伝へて下さい。身に叶う事なら、吾々父娘が力のあらむ限り御奉公を致しますから』 ア『ヤ、早速の御承引有難う厶います。かいつまんで申しますれば、太子様は始めて貴方父娘にお会ひ遊ばし、年老いたりと雖も気骨稜々たるシャカンナ様の御心ゆき、次いでは世に稀なる美貌のスバール様、王妃としてお召抱えになつても恥かしからぬ者と思召し、今日の所は少し時機が早い様で厶いますが、それだと云つて、太子様には非常な御恋慕、矢も楯もたまらぬ勢、一時も早くスバール様のお顔が見たいとの御思召、侍臣の吾々は其御苦衷を察し奉り、ジツと見てゐられぬ様になり、人目を忍んで此お館をお訪ね申したので厶います』 シャ『何事の仰かと思へば、スバール姫を御所望との御事、娘に異存さへなくば御命令に随ひませう。併し乍ら未だ私の都へ出る時機では厶いませぬ。何と云つても時勢遅れの古ぼけた頭、政治の衝に当るのは却て太子様に御心配をかける様なもので厶いますから、其儀許りは御断り申し度う厶います。幸ひ此山奥に潜んで不幸を重ね乍ら、山の木の枝に首も吊らず、川の底に身も投げず、鉄砲腹も致さず、兎も角無事息災で今日迄生き永らへて来ました経験も厶いますれば、どうか私の事はお心にかけさせられない様お願ひ致します。役に立たない私のやうな者が都へ上つた所で、太子様の御厄介、人間一疋の放し飼ひの飼殺しも同然、今日の社会に接触のうすい吾々が、繁雑な世の中に、どうして立つて政治が出来ませう。形ばかりの茅屋は古く、狭く、穢しう厶いまするが、娘を出した後の独身者の自炊には余り狭さを感じませぬ。どうぞ此儀許りは平に御断りを申ます』 ア『あゝ実の所は、まだ父王様のお許しもなく、太子様御一人の御考へで厶いますから、同じ事なら、モウ一二年貴方は此処に居つて、時節を待つて頂く方が、双方に都合が可いでせう。そして嬢様は私がソツとお伴を致し、茶の宗匠タルチンの館にお囲ひ申し、御身の御安泰を保護致しますれば、どうか御心配なく、嬢様を私にお預け下さいませぬか』 シャ『オイ、スバール、お前は最前からのお話を聞いたであらう。アリナさまに伴はれて都へ上る気はないか』 ス『ハイ、お父さまを此山奥に只お一人残して私が参る訳には行きますまい。なる事なら、お父さまと御一緒にお伴が願ひたいもので厶います』 シャ『ハヽヽヽ、父に対する孝養と、夫に対する恋愛とは別問題だとお前も云つたでないか。恋愛神聖論の御本尊たるスバール嬢さま、決して、父に遠慮会釈はいらぬ。一時も早く愛し奉る太子様の御前に出るが可からう。併し必ず太子様にお目にかかつても気儘を出しては可けませぬぞ』 ス『ハイお父さま、有難う厶います。左様なれば都へ上ります。どうか御気嫌好うお暮し下さいませ。そして一時も早くお父さまをお迎へに参ります。そしてお父さまのお顔を早く見るのを楽みに私は暮して居りますよ』 と嬉しくもあり悲しくもあり、親の死んだ日に新婿を貰うた様な心に充たされてゐた。此翌日からは浅倉谷の名花たるスバールの姿は見えなくなりぬ。 (大正一四・一・五新一・二八於月光閣松村真澄録)