| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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41 (1683) |
霊界物語 | 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 | 霊の礎(一) | 霊の礎(一) 霊界には神界、中界、幽界の三大境域がある。 神界は神道家の唱ふる高天原であり、仏者の謂ふ極楽浄土であり、又耶蘇のいふ天国である。 ○ 中界は神道家の唱ふる天の八衢であり、仏者の謂ふ六道の辻であり、キリストのいふ精霊界である。 ○ 幽界は神道家の唱ふる根の国底の国であり、仏者の謂ふ八万地獄であり、又キリストのいふ地獄である。 ○ 故に天の八衢は高天原にもあらず、また根底の国にもあらず、両界の中間に介在する中程の位地にして即ち情態である。人の死後直に到るべき境域にして所謂中有である。中有に在ること稍久しき後現界にありし時の行為の正邪により或は高天原に昇り、或は根底の国へ落ち行くものである。 ○ 人霊中有の情態(天の八衢)に居る時は天界にもあらず又地獄にもあらず。仏者の所謂六道の辻または三途の川辺に立ちて居るものである。 ○ 人間に於ける高天原の情態とは真と善と美の相和合せし時であり、根底の国の情態とは邪悪と虚偽とが人間にありて合致せる時を云ふのである。 ○ 人の霊魂中に在る所の真と善と美と和合する時はその人は直に天国に昇り、人の霊魂中に在る邪悪と虚偽と合致したる時は、その人は忽ち地獄に墜つるものである。此の如きは天の八衢に在る時に於て行はるるものである。 ○ 天の八衢(中有界)に在る人霊は頗る多数である。八衢は一切のものの初めての会合所であつて、此処にて先づ霊魂を試験され準備さるるのである。人霊の八衢に彷徨し居住する期間は必ずしも一定しない、直に高天原へ上るのもあり、直に地獄に落ちるのもある。極善極真は直に高天原に上り、極邪極悪は直に根底の国へ墜落して了ふのである。或は八衢に数日又は数週日数年間居るものである。されど此処に三十年以上居るものは無い。此の如く時限に於て相違があるのは、人間の内外分の間に相応あると、あらざるとに由るからである。 ○ 人間の死するや、神は直にその霊魂の正邪を審判し給ふ、故に悪きものの地獄界に於ける醜団体に赴くはその人間の世にある時その主とする所の愛なるものが地獄界に所属して居たからである。又善き人の高天原に於ける善美の団体に赴くのもその人の世に在りし時の其愛、其善、其真は正に天国の団体に既に加入して居たからである。 ○ 天界地獄の区劃は此の如く判然たりと雖も、肉体の生涯に在りし時に於て朋友となり知己となりしものや、特に夫婦、兄弟、姉妹となりしものは、神の許可を得て天の八衢に於て会談することが出来るものである。 ○ 生前の朋友、知己、夫婦、兄弟、姉妹と雖も、一旦この八衢に於て別れたる時は、高天原に於ても根底の国に於ても再び相見る事は出来ない。又相識る事も無い。但同一の信仰、同一の愛、同一の性情に居つたものは天国に於て再び相見、相識ることが出来るのである。 ○ 人間の死後、高天原や根底の国へ行くに先だつて何人も経過すべき状態が三途ある。そして第一は外分の状態、第二は内分の状態、第三は準備の状態である。この状態を経過する境域は天の八衢(中有界)である。然るに此の順序を待たず直に高天原に上り、根底の国へ落つるものもあるのは前に述べた通りである。直に高天原に上り又は導かるるものは、その人間が現界に在る時神を知り、神を信じ善道を履み行ひ、その霊魂は神に復活して高天原へ上る準備が早くも出来て居たからである。 また善を表に標榜して内心悪を包蔵するもの即ち、自己の凶悪を装ひ人を欺くために善を利用した偽善者や、不信仰にして神の存在を認めなかつたものは、直に地獄に墜落し無限の永苦を受くる事になるのである。 ○ 死後高天原に安住せむとして霊的生涯を送ると云ふことは、非常に難事と信ずるものがある。世を捨てその身肉に属せる所謂情欲なるものを一切脱離せなくては成らないからだと言ふ人がある。此の如き考への人は主として富貴より成れる世間的事物を斥け、神、仏、救ひ、永遠の生命と云ふことに関して、絶えず敬虔な想念を凝らし祈願を励み教典を読誦して功徳を積み世を捨て肉を離れて霊に住めるものと思つて居るのである。然るに天国は此の如くにして上り得るものでは無い。世を捨て霊に住み肉を離れようと努むるものは却て一種悲哀の生涯を修得し高天原の歓楽を摂受する事は到底出来るものではない。何ンとなれば人は各自の生涯が死後にも猶留存するものなるが故である。高天原に上りて歓楽の生涯を永遠に受むと思はば現世に於て世間的の業務を採りその職掌を尽し道徳的民文的生涯を送り、かくして後始めて霊的生涯を受けねばならぬのである。これを外にしては霊的生涯を為し、その心霊をして高天原に上るの準備を完ふし得べき途は無いのである。内的生涯を清く送ると同時に外的生涯を営まないものは砂上の楼閣の如きものである。或は次第に陥没し或は壁落ち床破れ崩壊し顛覆する如きものである。アヽ惟神霊幸倍坐世。 |
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42 (1695) |
霊界物語 | 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 | 07 枯尾花 | 第七章枯尾花〔六一八〕 味方の人数も大江山魔窟ケ原に穿ちたる 岩窟の中に黒姫は五十路の坂を越え乍ら 歯さへ落ちたる秋の野の梢淋しき返り咲き 此世にアキの霜の髪コテコテ塗つた黒漆 俄作りの夕鴉カワイカワイと皺枯れた 声張り上げてウラナイの道を伝ふる空元気 天狗の鼻の高山彦を三世の夫と定めてゆ 流石女の恥かしげに顔に紅葉を散らしつつ 黒地に白粉ペツタリと生地を秘した曲津面 口喧しき燕や朝な夕なにチユウチユウと 雀百まで牡鳥を忘れかねてか婿欲しと あこがれ居たる片相手星を頂月を踏み 日にち毎日山坂を駆け廻りつつ通ひ来る 男の数は限りなく蓼喰ふ虫も好き好きと 酷い婆アの皺面に惚けて出て来る浅間しさ 広い様でも狭いは世間色は真黒黒姫の 心に叶うた高山彦のタカか鳶か知らね共 烏の婿と選まれて怪しき名に負ふ大江山 魔窟ケ原の穴覗き奥へ奥へと進み入る 一コク二コクと迫り来る三国一の花婿を 取つた祝ひの黒姫が嬉しき便りを菊若や 心頑固な岩高や人の爺を寅若の 情容赦も夏彦や富彦、常彦諸共に 飲めよ騒げの大酒宴岩屋の中は蜂の巣の 一度に破れし如くなり。 黒姫は皺苦茶だらけの垢黒い顔に、白い物をコテコテに塗り、鉄倉の上塗みた様な、真白な厚化粧、白髪は烏の濡羽色に染め、梅の花を散らした派手な襠衣を羽織り、三国一の婿の来るを、今や遅しと、太い短い首筋を細長く延ばして、蜥蜴が天井を覗いた様なスタイルで、入口の岩窟を覗き込み、年の寄つた嗄れ声に色を附け、ワザと音曲に慣れた若い声を出し、 黒姫『コレコレ夏彦、常彦、まだお客さまは見えぬかな。お前は御苦労だが、一寸そこまで迎へに往つて来て下さらぬか。由良の湊までは、フサの国から、天の鳥船に乗つてお越しなのだから、轟々と音が聞えたら、それが高山彦さまの一行だ。空に気をつけ足許にも気を付けて往て来て下さい』 夏彦『ハイハイ承知致しました。遠方の事とは云ひ乍ら、随分暇の要る事ですなア。サア常彦、お迎へに行つて来うぢやないか』 常彦『黒姫さま、今日はお芽出度う。ソンナラ往て来ませうか』 黒姫『何ぢや常彦、改まつて、お芽出度うもあつたものか。あまり年寄りが婿を貰うと思うて冷やかすものぢやない。サアサアトツトと往て来なさい』 常彦『ソンナラ、何と言つて挨拶をしたら好いのですか。今日は芽出たいのぢやありませぬか』 黒姫『芽出たいと云へば芽出たいのぢやが、ナニもう妾は、五十の坂を越えて、誰が好みて婿を貰うたりするものか。これと云ふのも、神様の教を拡げる為に、此黒姫の体を犠牲にして、天下国家の為に尽すのだよ。お芽出たうと云ふ代りに御苦労様と言ひなされ』 常彦『これはこれは五苦労の四苦労、真黒々助の黒姫様、十苦労さまで御座います』 黒姫『エーエーお前は此黒姫を馬鹿にするのかい。十苦労と云ふ事があるものか。あまりヒヨトくりなさるな』 常彦『イエ滅相な、あなたも天下の為に犠牲に御成りなさるのは五苦労さまぢや。又此常彦が三国一の婿さまを、斯う日の暮になつてから、細い山路を迎ひに行くのも、ヤツパリ五苦労さまぢや。お前さまの五苦労と私の五苦労と、日韓併合して十苦労様と云うたのですよ。アハヽヽヽ』 夏彦『常彦、行かうかい』 と、岩穴をニユツと覗き、 夏彦『ヤア占た占た、モウ行かいでも可い』 常彦『行かでも良いとは、ソラ何だい、高山彦さまが見えたのかい』 夏彦『きまつた事だ。モシモシ黒姫さま、お喜びなさいませ。偉い勢で沢山な家来を伴れて見えましたよ』 黒姫『それはそれは御苦労な事ぢや。どうぞ穴の口まで迎ひに行て下され。あまり這入り口が小さいので、行過されてはお困りだからなア』 夏彦は肩から上をニユツと出し、高山彦の一行の近付き来るを待ち居たる。 高山彦『此処は黒姫の住家と聞えたる魔窟ケ原ぢやないか。モウ誰か迎ひに来て居さうなものだに、何をして居るのだらうな』 虎若『ヤア御大将様、此魔窟ケ原は随分広い所と聞きました。何れ先方から遣つて来られませうが、何分予定とは早く着いたものですから、先方も如才なく準備はやつて居られませうが、つい遅くなつたのでせう。御馳走一つ拵へるにも斯う云ふ不便な土地、何事も三五教ぢやないが、見直し聞直し、御機嫌を直してモウ一息お進み下さいませ』 高山彦『それはさうだが、如何に黒姫、部下が無いと云つても、二十人や三十人は有りさうなものだ。三人や五人迎ひに来したつて良いぢやないか。縁談は飯炊く間にも冷ると云ふ事が有る。あまり寒いので、冷たのぢやあるまいか、ナア虎若』 虎若『トラ、ワカりませぬ。何分此通り、あちらにも此方にも雪が溜つて居りますから随分冷る事でせう。私も何だか体が寒くなつて来た。フサの国を出た時は随分暖かであつたが、空中を航行した時の寒さ、それに又此自転倒島へ着いてからの寒さと云つたら、骨身に徹えますワ』 高山彦は苦虫を喰つた様な不機嫌な顔をし乍ら、爪先上りの雪路を進み来る。雪の一面に積つた地の中から、夏彦は首丈を出して、 夏彦『コレハコレハ高山彦のお出で、サアサアお這入り下さいませ。黒姫さまが大変にお待兼で御座います。あなたも遥々と国家の為に犠牲になつて下さいまして有難う御座います』 虎若『ヤア何だ、コンナ所に首が一つ落ちて、物言つて居やがる。……ハヽア此奴ア、大江山の化州だな……オイ化州、這入れと言つても、蚯蚓ぢやあるまいし、何処から這入るのぢやい。入口が無いぢやないか。貴様の体は如何したのぢや。松露か何ぞの様に頭ばつかりで活てる筈もあるまいし、怪体な代物ぢやなア』 夏彦『黒姫さまは高山彦さまに、お惚け遊ばして首つ丈陥つて御座るが、此夏彦は首は外へ出して、体丈はまつて御座るのだ。サアサア不都合な這入口の様だが、中は立派な御座敷、用心の為にワザと入口が細うしてある。高山彦さま、どうぞお這入り下さいませ。一人づつ這入つて貰へば、何程大きな男でも引つ掛らずに這入れます』 と言ふより早く夏彦は窟内に姿を隠しける。 虎若『ヤア妙だ。見た割とは大きな洞が開いて居る。ヤア階段もついて居る。サア高山彦さま、御案内致しませう』 虎若を先頭に、高山彦は数多の従者と共に、ゾロゾロと岩窟の中に潜り入る。黒姫は此時既に奥の間に忍び込み、鏡の前で口を開けたり、目を剥いたり、鼻を摘ンで見たり、顔の整理に余念なかりける。夏彦は此場に走り来り、 夏彦『モシモシ、高山彦の御大将が見えました。どうぞ早く此方へお越し下さいませ』 黒姫『エー気の利かぬ事ぢやなア。何とか云つて、お茶でも出して、口の間で休まして置くのだよ。それまでに化粧をチヤンと整へて、型ばかりの祝言をせなくてはならぬ。菊若、岩高は何をして居るのだ。料理の用意は出来たか。お茶でも献げて世間話でもして待つて貰ふのだよ』 夏彦『今日は芽出度い婚礼、それにお茶をあげては、茶々無茶苦になりやしませぬか。今日はお水を進げたらどうでせう』 黒姫『エー茶ア茶ア言ひなさるな。茶が良いのだ。水をあげると水臭くなると可かぬから……』 夏彦『ハヽア、茶ア茶アと茶ツつく積りで、茶を呑ませと仰有るのかなア……茶、承知致しました』 黒姫『エーグヅグヅ言はずに、あちらへ行つて、高山彦様御一同のお相手になるのだよ。こつちの準備が出来たら、祝言の盃にかかる様にして置きなさい。……アーア人を使へば苦を使ふとは、能う言つたものだ。男ばつかりで、女手の無いのも……ア困つたものだ。清サン、照サンと云ふ二人の若い女は有つたけれども、これは真名井ケ原の隠れ家に置いてあるなり、斯う云ふ時に女が居らぬと便利が悪い。お酒の酌一つするにも、男ばつかりでは角ばつて面白くない。併し乍ら清サン、照サンは十人並優れた美しい女、折角貰うた婿どのを横取しられちや大変だと思つて、伴れて来なかつたが、安心な代りには便利が悪いワイ。サアサアこれで若うなつて来た。化粧と云ふものは偉いものだナア。昔から女は化物だと云ふが……われと吾手に見惚れる様になつた。如何に色男の高山彦でも、此姿を見たら飛び付くであらう。現在女の自分でさへも、自分の姿に見惚れるのだもの……ヤツパリ霊魂が良いと見える。アーア惟神霊幸倍坐世、惟神霊幸倍坐世。………コレコレ常彦……オツトドツコイ、コンナ年の寄つた婆声を出しては愛想を尽かされてはならぬ。端唄や浄瑠璃で鍛へて置いた十七八の娘の声を使はねばなるまい、……コレコレ夏彦、用意が出来たよ。これ夏彦、一寸此方へお越し』 夏彦『エツ、何だ、妙な声がするぞ。黒姫さま、何時の間にか若い照サン、清サンを引ぱつて来たと見える。アンナ別嬪を連れて来たら、婿を横取りに仕られて了うがな……』 黒姫『コレコレ夏彦サン、早う来なさらぬかいな』 夏彦『婆アと違うて、娘の声は何処ともなしに気分が好いワイ。今晩黒姫と高山彦の婆組が婚礼をする。後は照サンと夏彦サンの婚礼だ。これ丈沢山に男も居るのに、あの優しい声で夏彦サンと言ひやがるのは、余つ程思召が有ると見えるワイ。どうれ、一つ、襟でも直して、お目に掛らうかい』 目を擦り、鼻をほぜくり、唇を舐め、襟の合せ目をキチンとし、帯から袴まで検め、 夏彦『ヤアこれで天晴れ色男だ……エツヘン』 足音を変へ乍ら、稍反り返りて、色男然と澄まし顔、一間の障子をガラリと開け、 夏彦『今お呼びとめになつたのは、照サンで御座いますか、何用で御座います……』 黒姫『お前は夏彦ぢやないか。何ぢや其済ました顔は……照サンぢやないかテ…夜も昼も照サンに……照の女に現を抜かしよつて、わしの云うた事が耳へ這入らぬのか』 夏彦『それでも若い女の声がしましたもの、若い女と言へば、今の所では照サン、清サンより無いぢやありませぬか』 黒姫『照や清は真名井ケ岳の隠れ家に置いてあるぢやないか。何をとぼけて居るのぢや。黒姫が呼びたのですよ』 夏彦『ヘエー、何と若い声が出るものですな』 黒姫『きまつた事ぢや。言霊の練習がしてあるから、老爺の声でも、婆の声でも、十七八の女の声でも、赤児の声でも、鳶でも、烏でも、猫でも、鼠でも、自由自在の言霊が使へるのですよ』 夏彦『ア、ハハー、さうですか、さうすると今晩は、鼠の鳴声を聞かして貰はうと儘ですな、アハヽヽヽ』 黒姫『エーエー喧しいワイ。早うお客さまのお相手をして、それからソレ……レイの用意をするのよ』 夏彦『レイの用意だつて……何の事だか分りませぬがなア』 黒姫『レイの上にコンが付くのぢや。アタ恥しい。良い加減に気を利かしたらどうぢや』 夏彦『霜降り頭に黒ン坊を着けて、鍋墨の様な顔に白粉を附けて、華美な着物を着ると、ヤツパリ浦若い娘の様な気になつて、恥かしうなるものかいなア。恥かしい事と言つたら知らぬ黒姫ぢやと思うて居つたのに、流石は女だ。恥かしいと仰有る、アツハヽヽヽ』 其処へ常彦現はれ来り、 常彦『黒姫様、万事万端用意が整ひました。サアどうぞお越し下さいませ』 黒姫はつと立ちあがり、姿見鏡の前に、腰を揺り、尻を叩き、羽ばたきし乍ら、稍空向気味になり、すまし込み、仕舞でも舞う様な足附で、ソロリソロリと婚礼の間に進み行く。 黒姫、高山彦の結婚式は無事に終結した。三々九度の盃、神前結婚の模様等は略しておきます。 黒姫は結婚を祝する為、長袖淑やかに、自ら歌ひ自ら舞ふ。日頃鍛へし腕前、声調と云ひ、身振りと云ひ、足の辷り方、手の操り方、実に巧妙を極め、出色のものなりける。 黒姫『色は匂へど散りぬるを吾が世誰ぞ常ならむ 有為の奥山今日越えて浅き夢見しゑひもせず 昨日やきやう(京)の飛鳥川清く流れて行末は 善も悪きも浪速江の綿帽子隠したツノ国の 春の景色に紛ふなる花の容顔月の眉 年は幾つか白雲の二八の春の優姿 皺は寄つても村肝の心の色は稚桜姫 神の命の御教を朝な夕なに畏みて 仕へ奉りし甲斐ありて色香つつしむ一昔 花は紅、葉は緑手折り難きは高山彦の 空に咲きたる梅の花時節は待たにやならぬもの 天は変りて地となり地は上りて天となる さしもに高き高山彦の吾背の命の遅ざくら 手折る今日こそ芽出度けれ疳声高き高姫の 朝な夕なに口角を磨きすまして泡飛ばし 宣る言霊も水の泡アワぬ昔は兎も角も 会うた此世の嬉しさは仮令天地が変るとも 替へてはならぬ妹と背の嬉しき道の此旅出 旅は憂いもの辛いもの辛いと言つても夫婦連 凩荒ぶ山路も霜の剣を抜きかざす 浅茅ケ原も何のその夫婦手に手を取りかわし 互に睦ぶ二人仲二世の夫とは誰が言うた 五百世までも夫婦ぞと世の諺に言ふものを 坊ツチヤン育ちの緯役が世間をミヅの御霊とて 訳の分らぬ事を言ふ表は表、裏は裏 仮令雪隠の水つきと分らぬ奴が吐くとも 斯うなる上は是非もない雪隠千年万年も 浮世に浮いて瓢箪の胸の辺りに締めくくり 縁の糸をしつかりと呼吸を合して結び昆布 骨も砕けし蛸入道烏賊に世人は騒ぐとも 登り詰めたは吾恋路成就鯣の今日の宵 善いも悪いも門外漢の容喙すべき事でない 高山彦の吾夫よ千軍万馬の功を経し 苦労に苦労を重ねたるすべての道にクロトなる 此黒姫と末永く世帯駿河の富士の山 解けて嬉しき夏の雪白き肌を露はして 薫り初めたる兄の花の一度に開く楽しみは 神伊弉諾の大神が妹の命と諸共に 天の瓊矛をかき下しコヲロコヲロに掻き鳴して 山河草木百の神生み出でませし其如く 汝は左へ妾は右右と左の呼吸合せ 明かす誠に裏は無いウラナイ教の神の道 国治立の大神の開き給ひし三五の 神の教も今は早瑞の御霊の混ぜ返し 穴有り教となりにける愈是れから比治山の 峰の続きの比沼真名井豊国姫の現はれし 珍の宝座を蹂躙し誠一つのウラナイの 神の教を永久に夫婦の呼吸を合せつつ 立てねば置かぬ経の教稚桜姫の神さへも 花の色香に踏み迷ひ心を紊して散り給ふ 其古事に神習ひ此黒姫も慎みて 神の御跡を追ひまつる五十路の坂を越え乍ら 浮いた婆アと笑ふ奴世間知らずの間抜者 さはさり乍ら夏彦よ岩高彦よ常彦よ 色々話を菊若よ妾に習つて過つな 年を老つての夫持つ妾は深い因縁の 綱にからまれ是非もなく神の御為国の為 ウラナイ教の御為に心にもなき夫を持つ 陽気浮気で黒姫がコンナ騒ぎをするものか 直日に見直し聞直し善言美詞に宣り直し 必ず悪口言ふでない後になつたら皆判明る 神の奥には奥が有る其又奥には奥がある 昔の昔のさる昔マ一つ昔のまだ昔 まだも昔の大昔神の定めた因縁の 魂と魂との真釣り合ひ晴れて扇の末広く 仰げよ仰げ神心心一つの持ちやうで 此黒姫の言ふ事は善に見えたり又悪に 見えて居るかも知れないが身魂の曇つた人間が 心驕ぶりツベコベと構ひ立てをばするでない 総て細工は流々ぢや仕上げた所を見てお呉れ 身魂の因縁性来の大根本の根本を 知つたる神は外に無い日の出神の生宮と 定まりきつた高姫や永らく海の底の国 お住居なされた竜宮の乙姫さまの肉の宮 此黒姫と唯二人要らぬ屁理屈言はぬもの 心も清きモチヅキの音に耳をば澄ましつつ 三五の月の清らかな心の鏡をみがきあげ ウラナイ教の御仕組何も言はずに見て御座れ 今は言ふべき時でない言はぬは云ふに弥勝る 高山彦や黒姫の婚礼したのも理由がある 人間心で因縁がどうして分らう筈はない 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも此因縁は人の身の 窺ひ知らるる事でない今に五六七の世が来れば 唯一厘の神界の仕組をあけて見せてやる それ迄喧しう言ふでない口を慎み、ギユツと締め 瑞の御霊にとぼけたる訳の分らぬ人民は 高山彦や黒姫の此結婚を彼此と 口を極めて誹るだらう譏らば誹れ、言はば言へ 妾の心は神ぞ知る神の御為国の為 お道の為に黒姫が尽す誠を逸早く 世界の者に知らせたい吁、惟神々々 御霊幸倍ましませよアヽ、惟神々々 そろうて酒をば飲むがヨイヨイヨイヨイトサア ヨイトサノサツサ』 黒姫は調子に乗つて踊り狂ひ、汗をタラタラ流し、白粉をはがし、顔一面縄暖簾を下げたる如くなりにける。高山彦は立ちあがり、祝歌を唄ふ。 高山彦『フサの都に生れ出で浮世の風に揉まれつつ 妻子を捨てて遥々とウラナイ教の大元の 北山村に来て見れば鼻高々と高姫が 天地の道理を説き聞かす支離滅裂の繰言を 厭な事ぢやと耳押へ三日四日と経つ内に 腹の虫奴が何時の間かグレツと変つてウラナイの 神の教が面白く聞けば聴く程味が出る 牛に牽かれて善光寺爺サン婆サンが参る様に 何時の間にやらウラナイの教の擒と成り果てて 朝な夕なの水垢離蛙の様な行をして 嬉し嬉しの日を送る盲聾の集まりし ウラナイ教の大元は目あき一人の高山彦が 天津空より降り来し天女の様に敬はれ 持て囃されて高姫の鋭き眼鏡に叶うたか 抜擢されて黒姫が夫となれとの御託宣 断りするも何とやら枯木に花も咲くためし 地獄の上を飛ぶ様に胆力据ゑて高姫に 承知の旨を答ふれば高姫さまも雀躍りし これで妾も安心と数多の家来を差しまわし み空を翔ける磐船を数多準備ひフサの国ゆ 唸りを立てて中空に思ひがけなき高上り 高山彦や低山の空を掠めて渡り来る 大海原の島々も数多越えつつ悠々と 風に揺られて下り来る由良の湊の広野原 イヨイヨ無事に着陸し虎若富彦伴ひて 大江の山を探りつつ魔窟ケ原に来て見れば 見渡す限り銀世界妻の住家は何処ぞと 眼白黒黒姫の岩戸を守る夏彦が 首から先を突出してヤア婿さまか婿さまか 黒姫さまのお待兼ね遠慮は要らぬサア早く お這入りなされと先に立ち頭を隠して段階 ヒヨコリヒヨコリと下り行く虎若、富彦先に立ち 高山彦を伴なひて内はホラホラ岩窟に 潜りて見れば此は如何に名は黒姫と聞きつれど 聞きしに違ふ白い顔夢に牡丹餅食た様な 嬉しき契の今日の宵年は二八か二九からぬ 姿優しき此ナイス幾久しくも末永く 鴛鴦の衾の睦び合ひ浮きつ沈みつ世を渡る 今日の結縁ぞ楽しけれ月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも高山彦と黒姫の 妹背の中は何時までもいや常永に変らざれ 八洲の国は広くとも女の数は多くとも 女房にするは唯一人神の結びし此縁 睦び親しむ玉椿八千代の春を迎へつつ ウラナイ教の神の憲四方の国々宣り伝へ 神政成就の神業に仕へ奉りて麗しき 尊き御代を弥勒の世弥勒三会の暁の 鐘は鳴るとも破れるとも二人の中は変らまじ あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と謡つて、大きな図体をドスンとおろした其機会に、盃も、徳利も、一二尺飛び上り、俄に舞踏を演じ、思はぬ余興を添へにける。夏彦は、くの字に曲つた腰を、三つ四つ握り拳にて打ち乍ら、土盃を右手に捧げ、オツチヨコチヨイのチヨイ腰になつて、自ら謡ひ、自ら踊り始めける。 夏彦『アヽ芽出たい芽出たいお芽出たい年は老つても色の道 忘れられぬと見えまする娘や孫のある中に 田舎の雪隠の水漬かババアが浮いてうき散らし 顔に白粉コテコテと雀のお宿のお婆アさま 高い山から雄ン鳥を言葉巧に誘て来て 言ふな言ふなと吾々の舌切雀のお芽出たさ 夜さりも昼もチヨンチヨンと皺のよつたる機を織る ハタの見る目は堪らない雀百までをンどりを 忘れぬ例は聞いて居る私も男のはしぢやもの 相手が欲しい欲しいわいナ恋路に迷うと云ふ事は 可愛い男に米辵かけた事ぢやげな 図蟹が泡を福の神恵比須大黒ニコニコと 腹を抱へて踊り出す弁天さまの真似をして 顔コテコテと撫塗り立て月が重なりや布袋腹 膨れて困るは目のあたりそれでも私は黙つてる 長い頭の寿老人さま高山彦を婿に持ち まるビシヤモンを叩き付け上を下への大戦 大洪水に流されて天変地妖の大騒動 黒白も分かぬ暗の夜に思はぬ地震が揺るであろ 地震雷火の車変れば変る世の中ぢや 娘や孫のある人が烏の婿に鷹を取り 目を光らして是からは天が下なる有象無象を 何の容赦も荒鷹の勢猛き山の神 苦労重なる黒姫の行末こそはお芽出たい あゝなつかしや夏彦の夢寐にも忘れぬ照さまは どうして御座るか比治山の黒姫さまの隠家に 肱を枕に寝て御座ろアヽなつかしやなつかしや 高山彦や黒姫の今日の慶事を見るにつけ 心にかかるは照さまの比治山峠の独寝ぢや コンナ所を見せられて羨なり涙がポロポロと 私は零れて来たわいナアヽ惟神々々 ホンに叶はぬ事ぢやわい叶はぬ時の神頼み 比沼の真名井の神さまに一つ願ひを掛けて見よう ウラナイ教に入つてより早十年になるけれど 神の教の信徒は女に眼呉れなよと 高姫さまや黒姫の何時も厳しきお警告 それに何ぞや今日は又黒姫さまが身を扮装し 天女の様に化けかはり返り咲きとは何の事 黒姫さまが口癖に裏と表がある教 奥の奥には奥があると言うて居たのは此事か 俺はあンまり神さまに呆けて居つて馬鹿を見た 馬鹿正直の夏彦もこれから心を改悪し 今まで堪へた恋の道土手を切らしてやつて見る サア常彦よ岩高よ何時も話を菊若の 若い奴等は俺の後を慕うて出て来ひ比治山の 照さま、清さま潜む家に肱鉄砲を覚悟して 訪ねて行かうサア行かう高山彦や黒姫の 今日の結婚済みたなら私はお暇を頂かう グヅグヅしてると年が老る若い盛りは二度とない 皺苦茶爺イになつてから如何に女房を探しても 適当な奴は有りはせぬ時遅れては一大事 花の盛りの吾々は今から心を取直し 女房持つて潔く体主霊従の有丈を 尽して暮すが一生の各自の得ぢやトツクリと 思案定めて行かうかいのサアサ往かうではないかいナ ドツコイシヨウドツコイシヨウウントコドツコイ黒姫さま ヤツトコドツコイ高山彦の長い頭のゲホウさま ドツコイシヨのドツコイシヨ』 と自暴自棄になつて、一生懸命に不平を漏らし躍り狂ふ。常彦、岩高、菊若も、夏彦の唄に同意を表し、杯を投げ、燗徳利を破り、什器を踏み砕き、酔にまぎらし乱痴気騒ぎに其夜を徹かしけるが、流石の黒姫も結婚の祝ひの夜とて一言もツブやかず、夏彦等が乱暴をなす儘に任せ居たりける。 明くれば正月二十七日、黒姫は、高山彦其他の面々を一間に招き、比沼の真名井の豊国姫が出現場なる、瑞の宝座を占領せむことを提議し、満場一致可決の結果、猫も杓子も脛腰の立つ者全部を引連れ、高山彦は駒に跨り、真名井ケ原指して驀地に進撃し、茲に正月二十八日の大攻撃を開始し、青彦、加米彦が言霊に、散々な目に会ひ散り散りバラバラに、再び魔窟ケ原の岩窟に引返し、第二の作戦計画に着手したりける。嗚呼、黒姫一派は如何なる手段を以て、真名井ケ原の聖場を占領せむとするにや。 (大正一一・四・二二旧三・二六松村真澄録) |
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霊界物語 | 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 | 11 顕幽交通 | 第一一章顕幽交通〔六二二〕 空ドンヨリと、灰色の雲に包まれ、血腥さき風吹き荒む萱野ケ原を、痩た女の一人旅、三五教の宣伝歌を幽かに歌ひ乍ら、心ほそぼそ進み来る。凩すさぶ辻堂の側に立寄り眺むれば、堂の後の戸を開き、現はれ出でたる雲突く許りの裸体の男、歯をガチガチ言はせ乍ら、 男『オーお節か、能う出て来やがつた。比治山峠で赤裸になつた俺達を附け込み、四足扱をしやがつた事を覚えて居るだらう。俺は其時に癪に障り……エー谷底へ老爺も婆アも貴様も一緒に放り込みてやらうと思うては見たが、又思ひ直し、神様が怖ろしうなつて、忍耐へてやつた。間もなく肉体は寒さに凍え、血は動かなくなつて、已むを得ず、厭な冥土へ出て来たのだ。貴様の為に死ンだのではないが、あまり貴様たち親子が業託を言やがるので、むかついた、其時の妄念が今に遺つて此通り、貴様等親子三人の生命を取つてやらうと思ひ、五人の霊が四辻に待ち伏せて、お前達親子の者を地獄へ落してやらうと待つて居るのだ。サア此処へ来たのは運の尽き、首をひき千切つて恨みを晴らしてやらう』 お節『これはこれは皆さま、お腹が立つたでせう。併し乍ら頑固な爺の申した事、決して、妾があなた方を虐待したのではありませぬ。妾は櫟サンが負はして呉れいと仰有つたので負うて貰つた丈の事、どうか勘弁して下さいませ』 岩公『エーソンナ勘弁が出来る様な霊なら、コンナ地獄の八丁目にブラついてるものかい、此処はどこぢやと思うて居る、善悪の標準も無ければ、慈悲も情も無い、怨みと嫉みの荒野ケ原ぢや。エーグヅグヅ吐すな。オイオイ皆の者、此奴を叩き延ばせ、手足を引きむしれツ』 お節は進退惟谷まり、声を限りに、 お節『どなたか来て下さいなア。どうぞ繊弱き妾をお助け下さいませ。惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 と一生懸命に念じ居る。此場に忽然と現はれた一人の色の青白い優男、いきなり五人の裸男に向ひ、大麻を左右左に打振れば、裸男は、 男『ヤア、飛ンでも無い奴が出て来やがつた。オイ勘公、櫟公、岩公、鬼虎、……鬼彦に続けツ』 と一生懸命に逃げ行かむとする。一人の男五人に向ひ『ウン』と霊縛を加へたるに、五人は足を踏ン張つた儘、化石の様になつて了ひ、目を剥き、舌をニヨロニヨロと出し、涙を滝の如く流してふるえ居る。 男『ホーあなたは丹波村のお節さまぢや有りませぬか。どうしてコンナ所へ踏ン迷うてお出でなさいました。私は三五教の青彦と申す宣伝使で御座います。大神様の命に依り、鬼ケ城の魔神に対し、言霊戦に出かけて居る最中で御座いますが、あなたが、惟神霊幸倍坐世と仰有つた声に曳かされ、体が引きつけられる様に、此処へ飛ンで来ました。サアサ、コンナ所に居つては大変です。早く現界へお帰りなさい』 お節『あなたは噂に聞いた三五教の青彦さまで御座いますか。あなたも亦幽界へ何時お越し遊ばしたの……』 青彦『イエイエ私の肉体は唯今、悦子姫様、加米彦、音彦等と共に大活動をやつて居ります。一寸肉体の休息の隙間に、和魂がやつて来たのですよ』 お節『アア左様で御座いますか。危ない所をお助け下さいまして有難う御座います。併しあの五人の裸さまを助けて上げて下さいナ』 青彦『アアお節さま、感心だ、あれ丈酷い目に会ひかけて居つた亡者を、助けてやつて呉れいと仰有るのか。その心なればこそ、再び現界へ帰る事が出来ますよ』 お節『あの五人の方も現界へ返して上げる訳にゆけませぬか』 青彦『あれは駄目ですよ。五人の男の本守護神は、既に立派な天人となつて昇天し、天の羽衣を身に着けて、真名井ケ原の豊国姫様のお側にご用をして居りますよ。彼奴はああ見えても、副守護神の鬼の霊だから、幽界でモウちつと業を曝し、瞋恚の心を消滅させねば、浮かぶ事は出来ない。併し乍ら霊縛は解いてやりませう』 青彦は五人に向ひ、声も涼しく、 青彦『一二三四五六七八九十百千万』 と数歌を二回繰返せば、五人の裸男は身体元の如くになり、青彦が前に犬突這となり、 五人『コレはコレは青彦様、能う助けて下さいました。結構な神歌をお聞かせ下さいまして是れで私の修羅の妄執もサラリと解けました。此後は決して決してお節さまの肉体に祟りは致しませぬ。私も是れから結構な神となりて、神界に救はれます』 と涙を垂らして泣き入るにぞ、青彦は、 青彦『アヽ結構だ。お前達は私と一緒に祝詞を奏上しなさい』 鬼『有難う御座います。オイオイ皆の連中、青彦の宣伝使について、祝詞をあげませうかい』 茲に青彦は神言を奏上し始めた。お節を始め五人の裸男は、両手を合せ、青彦と共に神言を奏上し終るや、五人の姿は見る見る麗しき牡丹の様な花と変じ、暖かき風に吹かれて、フワリフワリと、天上高く姿を隠したりける。 青彦『サアお節どの、あなたもお帰りなさい。又現界でお目にかかりませう』 と言葉を残し、青彦は麗しき光玉となりて、南方の天に姿を隠した。お節は今まで苦しかりし身体俄に爽快を覚え、えも言はれぬ音楽の響聞ゆると見る間に正気づき、四辺を見れば、婆アのお楢が枕許に坐つて、お節の手をシツカと握り締め、泣き居たりける。 お節『お婆アさまでは御座いませぬか』 お楢『ヤアお節、気が付いたか、嬉しい嬉しい。これと云ふも、全く神様のお蔭、ウラナイ教の黒姫といふ婆アが遣つて来て、筆先とやらを読みて聞かし、宣伝歌とやらを唄ふが最後、お前の病気は漸々と悪くなり、到頭縡切れて了ひ、妾も気が気でならず、又気を取り直し、真名井ケ原の豊国姫の神様、素盞嗚神様を一生懸命に念じて居ました。さうすると、段々冷たうなつて居たお前の体に温みが出来て来、青白い顔は追々に赤味を増し、細い息をしだすかと見れば、お蔭で物を言ふ様になつて呉れた。アヽ有難い有難い、真名井ケ原に現はれませる大神様……』 と婆アは嬉し泣きに泣き入りぬ。お節は日一日と快方に向い、四五日過ぎて、炊事万端の手伝ひを健々しく立働かるる迄になり、モウ二三日経てば、婆アさまと共に、真名井ケ原の宝座にお礼参詣をなさむと、親子相談の最中、門の戸を押開けて、中を覗き込む二三人の人影有り、よく見れば黒姫、夏彦、常彦の三人なりける。 黒姫『ヤアお婆アさま、何故、娘が全快したら、御礼参詣に出て来ぬのだい』 お楢『お前は黒姫ぢやないか。お節の病気を癒してやるなぞと、偉相な頬桁を叩きよつて、どうぢやつたい。長たらしい訳の分らぬ筆先とやら云ふものを勿体振つて読み、其上に若い娘の口から千遍歌とか、万遍歌とかいふものを耳が痛い程囀つて、娘は見る見る様子が悪うなるばつかり、虫の息になつて、何時死ぬか知れぬと云ふ所を見済まし、神界に御用が有るの何のと言つてコソコソと逃げたぢやないか、あまり偉相な事を言ふものぢやないワイ。矢張り、ウラナイ教の神は、ガラクタ神の、貧乏神の、死神の、腰抜け神ぢや。モウモウ死ンだつて、ウラナイ教を信仰するものかい。……エーエ汚らはしい、病神、早う、帰りて呉れ帰りて呉れ。折角快うなつたお節が又悪なると困る。サア早う早う、帰りたり帰りたり』 黒姫『コレコレ婆アさま、お前ソレヤ大変な取違ぢや。妾が御祈念をしてやつたお蔭で助かつたのぢやないか。其時にはチツと悪うても……悪うなるのが、快うなる兆ぢや。峠を一つ越えるのにも、苦しい目をして、登り詰めたら、後は降り坂ぢや。何時までも、蛇の生殺の様に、お節ドンを苦しめて置くのは可哀相ぢやから、此黒姫が神力で峠まで送つてやつたから、其お蔭でお節さまが危ない生命を助かつたのぢやないか。生命を助けて貰うて小言を云ふと、又罰が当らうぞい』 お楢『巧い事言ふない、ソンナ瞞しを喰ふ様な婆アぢやないぞ。あンまり甘う見て貰うまいかイ。若い時は鬼娘のお楢とまで言はれた、酢いも甘いも、人の心の奥底まで、一目見たら知つて居る此お楢ぢやぞえ』 黒姫『婆アさま、お前チツと逆上せて居るのぢやないかいナ。マア能う気を落ち着けて、妾の言ふ事を一通り聞いて下されや』 お楢『アア五月蠅いツ、聞かぬ聞かぬ。トツトと帰りて下され。…お節ウ、箒を貸し………あの婆アを掃き出してやるのだ。黒いとも、白いとも分らぬ様な面をしやがつて、力も無い癖に、口先で誤魔化さうと思うても、ソンナ事に誤魔化されるお楢婆アぢやないぞや』 黒姫『お楢さま、能う聞いて下さいや。時計が一つ潰れても、根本から直さうと思へば、一旦中の機械をスツパリ解体して了ひ、それから修繕をせねば、完全に直るものぢやない。恰度大病になると其通りぢや。お節さまの体の中の機械を、神様が一遍引き抜いて、更に組立てて下さつたのぢや。訳を知らぬ素人は、時計の機械を解体するとバラバラになるものだから、其時計が以前より悪うなつた様に思うて怒るものぢやが、一旦バラバラに為なくては完全な修繕は出来ぬ様なもので、大病になるとスツカリ機械の入れ替を、神様がなさるのぢや。其時はチツト容態が悪うなるのは当然ぢや。そこをお前さまが眺めて、却て悪うなつた様に思つて居るのが根本の間違ぢや。悪うなつたお蔭で、今の様なピンピンした体になつたのぢや。罰の当つた………何を叱言を云ふのぢやい。ウラナイ教の神様に、お節さまも一緒に御礼を申しなされ』 お節『黒姫さまとやら、御親切に仰有つて下さいますが、妾はどう考へても、ウラナイ教は虫が好きませぬ。ウの字を聞いても、頭が痛うなります。それよりも三五教の青彦さまと云ふ宣伝使に、半日なりと御説教が聴かして欲しいワイナ』 黒姫『三五教の青彦と云ふ奴は、妾の弟子ぢや。彼奴は妾の片腕ぢやが、此頃三五教へ間者となつて妾が入れておいたのぢや。青彦が偉いなら其大将の妾は尚の事、神徳が沢山有る筈ぢや。サアサアま一遍拝みてあげよう』 お楢、お節、一時に、 お楢、お節『イヤイヤ一時も早う帰つて下さい』 黒姫『ハヽヽヽ、盲と云ふ者は仕方の無いものぢや。何程現当利益を神様がお見せなさつても、お神徳をお神徳と思はぬ盲聾にかけたら、取り付く島も有つたものぢやない。……コレコレ夏彦、常彦、お前チツと言はぬかいなア。唖か何ぞの様に、此黒姫ばつかりに骨を折らして、知らぬ顔の半兵衛をきめ込むとは、何の態ぢや。チト確りしなさらぬか』 夏彦『誰に説教をして宜いか、サツパリ見当が取れませぬワイ』 黒姫『見当が取れぬとは、ソラ何を言ふのぢや。折角お神徳を貰うた此家の娘のお節や、お楢婆アさまを捉まへて、言向和せと云ふのぢやないか。何をグヅグヅして居なさる』 常彦『私は最前から、両方の話を、中立地帯に身を置いて、観望して居れば、どうやら黒姫さまの方が、道理が間違つとる様な気が致しますので、お気の毒で、あなたに恥をかかす訳にもゆかず、沈黙を守つて居る方が、双方の安全だと思つて扣へて居りました』 黒姫『エー二人共訳の分らぬ代物ぢやなア』 夏彦『神の裏には裏があり、奥には奥が有る位ならば、耳が蛸になる程聞いて居りますワイ。今までは何でも彼でも、あなたの仰有る通り盲従して来ましたが、今日の様に民衆運動が盛ンになつて来ては、今迄の様な厳格な階級制度は駄目ですよ。今日のウラナイ教で、あなたの言ふ事を本当に信じ、本当に実行する者は、高山彦さまタツタ一人、又高山彦さまの命令に服従する者は、黒姫さまタツタ一人と云ふ今日のウラナイ教の形勢、何でも彼でも盲従して居ると、同僚の奴に馬鹿にしられますワイ。私も今日限りお暇を頂きます。……お前さまと手を切つた上は、師匠でもなければ弟子でもない。アカの他人も同様ぢや。吾々二人は、今のお言葉で、心の底から愛想が尽きました。どうぞ御免下さいませ』 黒姫『ソレヤ、夏彦、常彦、藪から棒を突出した様に、何を言ふのだい。暇を呉れなら、やらぬ事もないが、今迄の黒姫とは違ひますぞゑ。勿体なくも高山彦の命の奥方、女と思ひ侮つての雑言無礼、容赦は致さぬぞや』 斯く争ふ所へ、宣伝歌を謡ひ乍ら入り来たるは、青彦なりける。黒姫は青彦を見るなり、胸倉をグツと取り、 黒姫『コレヤお前は青彦ぢやないか。何の事ぢや。結構なウラナイ教を棄てて、嘘で固めた三五教の宣伝使になりよつて、わし達の邪魔ばつかりして居るぢやないか。サア改心すれば良いし、グヅグヅ言ひなさると、女乍らも、鍛へあげたる此腕が承知をしませぬぞや』 青彦『アハヽヽヽ、アヽお前は黒姫さまか。老い年して居つて、良い加減に我を折りなさつたらどうぢや。棺桶へ片足突つ込みて居り乍ら、千年も万年も活る様に、何時まではしやぐのぢや。チツと年と相談をして見たらよからうに』 夏、常二人は拍手して、 夏彦、常彦『ヒヤヒヤ、青彦の宣伝使、シツカリやり給へ』 黒姫『コラ夏彦、常彦、何の事ぢや。悪人の青彦に加担すると云ふ事があるものか、お前は気が狂うたか、血迷うたのか』 常彦『只今迄はウラナイ教の身内の者、只今縁を断つた以上は、三五教にならうと、バラモン教にならうと、常彦の勝手ぢや。ナア夏彦、さうぢやないか』 夏彦『オウさうともさうとも、……モシモシ青彦さま、あなたも元はウラナイ教のお方ぢやつたさうですなア。私は矢張りウラナイ教ぢや。併し乍らあまり此婆アの言心行が一致せないので、誰も彼れも愛想を尽かし、晨に一人、夕に三人と、各自に後足で砂をかけて、脱退する者ばつかり、私も疾うから、ウラナイ教は面白くないから、三五教になりたいと思つて、朝夕念じて居りましたが、一旦黒姫や高姫に瞞されて、一生懸命に三五教の神様の悪口を広告れて歩いたものだから、今更閾が高うて、三五教に兜を脱ぐ訳にも行かないし、宙ブラリで困つて居りました。どうぞ青彦さま私等二人の境遇を御推察の上、どうぞ宜しく御執り成しをお願申します』 青彦『ハア宜しい承知致しました。御安心なされ。……オイ黒姫、人の胸倉を取りよつて何の態ぢや。放さぬかい』 黒姫『寝ても起きても、お前の事ばつかり思うて居るのぢや。大事のお前を三五教に取られたと思へば、残念で残念で堪らぬワイ。常彦や夏彦のガラクタとは違うて、お前はチツト見込があると思うて居つた。今はウラナイ教も追々改良して、三五教以上の結構な教が立ち、御神力も赫灼だから、どうぢや一つ、元の巣へ返つて、黒姫と一緒に活動する気はないか』 夏彦『モシモシ青彦さま、嘘だ嘘だ。改良所か、日に日に改悪するばつかりだ。此間もフサの国から、ゲホウの様な頭をした高山彦と云ふ男が出て来て、黒姫の婿になり、天下を吾物顔に振れ舞ふものだから、誰れもかれも愛想をつかし、毎日日日脱退者は踵を接すると云ふ有様、四天王の一人と呼ばれた吾々でさへも、愛想が尽きたのだ。黒姫の口車に乗らぬ様にして下さい』 黒姫『コラ夏、常、要らぬ事を言ふない。貴様ア厭なら厭で、勝手に退いたら宜い。人の事まで構ふ権利があるか。……サア青彦、返答はどうぢやな。返答聞くまで、仮令死ンでも、此腕がむしれても放しやせぬぞ』 青彦『エー執念深い婆アだナア。放さな放さぬで良いワ』 と云ふより早く、赤裸になつた。黒姫は着物ばかりを握つて、 黒姫『誰が何と言うても放すものかい。……ヤア何時の間にやら、スブ抜けを喰はしよつたナ、エーコンナ皮ばつかり掴みて居つても、なにもならぬ。忌ま忌ましい』 と言ひつつ着物を大地に投げつけるを夏彦は手早く拾ひあげ、常彦、青彦諸共にお節の家に飛び込み、中からピシヤリと戸を閉め、錠をおろしたり。黒姫は唯一人門口に取り残され、ブツブツつぶやき乍ら、比治山の方を指してスゴスゴと帰り行く。 お楢『ヤアヤアお前さまは、青彦さまか。能う来て下さつた。こないだの晩に泊つて貰はうと思つて居つたのに、泊つて欲しい人は泊つて呉れず、厭な奴ばつかりノソノソと泊り、執念深い……死ンでからも爺ドンの生命を取りに来、又聞けば、お節の生命まで亡霊となつて狙ひよつたさうぢや。お前さまが夢に現はれて、悪魔を改心させ娘を助けて下さつた夢を見たら、其日から不思議にも、お節が段々と快くなり、婆アも、お節も、毎日日日、青彦さま青彦さまと真名井の神様よりも尊敬して居りました。能う来て下さつた。サアサアむさくるしいが、ズーツと奥へお通り下され。……そこの二人は黒姫の弟子ではないか、エーエー黒姫の身内ぢやと思へば何だか気持が悪い。二人のお方は折角乍ら、トツトと帰りて下され』 青彦『お婆アさま、私も元は黒姫の弟子になつて居りましたが、あまりの身勝手な奴だから、愛想が尽きて三五教に籍を変へ、御神徳を戴いて今は御覧の通り、宣伝使になりました。此二人は、今日只今迄、常彦、夏彦と云うて、黒姫の四天王とまで謂はれて居つた豪者だが、此二人も私の様に、愛想をつかし、今此家の門口で師弟の縁を断り私の友達になつたのだから、さう気強い事を言はずに、大事にしてあげて下さい』 お楢『アアさうかいナさうかいナ。それとは知らずに偉い失礼な事を申しました。……コレコレお節、何恥かしさうにして居るのぢや。早うお客さまにお茶でも汲まぬかいナ』 お節は袖に顔を包み、稍俯むき気味になつて、 お節『これはこれは青彦様、能う来て下さいました』 と言つた限、俯伏になり震ひ居る。 お楢『アーア若い者と云ふ者は、仕方の無いものぢや。……モシモシ青彦さま、婆アの頼みぢやが、不束な娘で、お気には入りますまいが、どうぞお節の婿になつて下され。これが婆アの一生の頼みぢや。……コレコレお節、お前も頼まぬかいナ』 お節『………』 常彦『ナアーンと偉いローマンスを見せて頂きました。ナア夏彦、此の間は高山彦と黒姫のお安うない所を拝観さして貰ひ、今日は又一層濃厚なローマンスを目の前にブラ下げられて、……イヤもうお芽出たい事ぢや。……青彦さま、一杯奢りなされや』 青彦『お婆アさま、私の様な破れ宣伝使に大事の娘様の婿になつてくれいと仰有るのは、有難う御座いますが、私は今悦子姫様の御命令によりて、鬼ケ城の言霊戦に出陣せねばなりませぬ。又私一量見ではゆきませぬから、悦子姫様や、音彦さまのお許しを得て、ご返辞を致します。それ迄何卒待つて下さいませ。……かういふ内にも心が急けます。悦子姫様が、青彦はどこへ行つただらうと、お尋ね遊ばして御座るに違ひない。肝腎要の場合、女の愛にひかされてコンナ所へ舞ひ戻つて来たと思はれてはなりませぬから、兎も角御返辞は後に致しませう。左様なれば……御機嫌よう……お婆アさま、お節どの』 と言ひすてて門口へ急ぎ出でむとするをお楢は、 お楢『どうぞ、お節の事を忘れて下さるなや』 常彦『モシモシ青彦さま、どうぞ私も鬼ケ城へ連れて行つて下さい』 夏彦『私も、どうぞ、お伴をさして下さい』 青彦『悦子姫様の意見を聞かねば、何ともお答は出来かねますが、御都合が好ければ、私と一緒に参りませう』 二人『どうぞ宜しうお頼み申す。……婆アさま、お節さま、偉いお邪魔を致しました。御縁が有れば又お目にかかりませう』 お楢『左様なら……』 お節『御機嫌よう……』 と青彦は此家を後に、心いそいそ南を指して二人を伴ひ、韋駄天走りに走り行く。 (大正一一・四・二二旧三・二六松村真澄録) |
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霊界物語 | 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 | 12 花と花 | 第一二章花と花〔六二三〕 メソポタミヤの瑞穂国世界の楽土と聞えたる 顕恩郷を振りすてて自転倒島に逃げ来り 醜の曲津の大江山山寨を構へて神国を 蹂躙せむと千万に心を尽す鬼雲彦は 神素盞嗚の大神に仕へまつれる鬼武彦に 逐ひ退はれて中空を翔つて伊吹の山の辺に 雲を霞と逃げ散れど鬼雲彦が力と頼む 剛力無双の曲司名も怖ろしき鬼熊別は 八岐大蛇の醜の霊に操られ荒鷹鬼鷹諸共に 大江の山の峰つづき鬼ケ城にと第二の砦を構へ 時を計らひ捲土重来の秘策を凝らし 一挙に聖地に攻め寄せて神素盞嗚の大神や 国武彦の大神の神政成就の経綸地 桶伏山の蓮華台続いて四尾の神山を 力限りに占領せむと心を砕くぞ果無けれ。 三五教の宣伝使、悦子姫は音彦、加米彦を伴ひ真名井ケ原を後にして三嶽山に差かかる。時しもあれや谷川に、血に塗れたる衣を濯ぐ一人の美人、三人の姿を眺めて呆れ顔、 音彦『モシモシ悦子姫様、此深山幽谷に見らるる如き妙齢の美人唯一人、血に塗れたる衣を洗ひ、吾々の姿を眺めて何か思案顔、これには深き様子のある事で御座いませう。一つあの女を引捉まへて詰問して見ませうか』 悦子姫『何を云うても人里離れし此谷川、合点の行かぬ事である。貴方御苦労だが柔なしくあの女に聞いて見て下さい』 音彦『承知致しました、加米彦、お前は悦子姫様と此処に待つて居て呉れ、俺は此谷川を渡つて怪しの女に一つ質問をやつて見る、大抵この山の様子も分らうから』 と云ふより早く裾をからげ谷川を向岸へ渡つた。 音彦『コレヤコレヤ、人里離れしこの深山幽谷に浦若き女の一人、血に塗れたる衣服を洗濯致し居るは如何なる理由あつてか、定めて此辺には悪神の巣窟があつて、人を取り喰うと察せらるる、サアつぶさに委細を物語れよ』 女は涙をはらはらと流しながら、 女(紫姫)『ハイ私は都の女で御座います、大江山の鬼雲彦が一味の悪神、荒鷹、鬼鷹の両人が、真名井ケ原の神様へ二人の僕を従へ参詣の途中、言葉巧に計略をもつて妾主従を連れ来り、二人の下僕は種々と苦役を命ぜられ、身体疲労の結果、もはや手足も動けなくなりまして、苦しみ悶える所を、慈悲も情も荒鷹鬼鷹の両人の指揮の下に、寄つて集つて二人の下僕を嬲殺し、手足をもぎ取り、真裸となし土中に埋めましたさうです。さうして妾は情ない荒鷹、鬼鷹両人に虐げられ、あるにあられぬ悲しい月日を送つて居ります。今日は幸ひ両人鬼ケ城の鬼熊別が大将の許に召されて参りました。後には四五の下僕共、二人の留守を幸ひお酒を呑ませ酔はして置いて、下僕二人が着衣を探し求め、此谷水に洗ひ清め天日に乾し、これを夜具に造り替へて、せめては下僕の遺物と彼が菩提を弔うため、妾が肌身につけ其霊を慰めやらむと今此処に、隙を窺ひ洗濯に参りました』 と、ワツと許りに泣き入りぬ。音彦は両手を組み太息を吐きながら、 音彦『嗚呼飽迄も悪逆無道の大自在天、バラモン教の奴輩の惨虐さ』 と音彦は涙を腮辺にハラハラと流し、黙念としてうつむき居る。 女(紫姫)『貴方様は何れの方かは存じませぬが、一寸お見受け申せば力の強さうな御姿、美しき御婦人を連れて何れへお越し遊ばしますか。此三嶽山は、大江山の峰続き、鬼ケ城との中心点に聳立つ、恐ろしき魔の山で御座います。これから先には沢山の魔神が棲みて居りますれば、これより先は剣呑千万、どうぞ此場よりお引き返し下さいませ、又妾の如き憂目にお遇ひなされてはお気の毒で御座います』 音彦は目をしばたたきながら、 音彦『オヽお女中、御親切に能く云うて下さいました。併しながら吾々は、人を助ける神の取次、如何なる悪魔も言向け和さねばならぬ神界の使命を帯びて参つたもの、仮令如何なる鬼大蛇、魔神の襲来致すとも、一歩たりとも退却致す事は出来ませぬ。どうぞ荒鷹、鬼鷹の住家へ御案内下さいませ』 女(紫姫)『左様では御座いませうが貴方等は一行三人、一方は数限りのない悪魔の集団、何程貴方が英雄豪傑でも多数と少数、勝敗の数は戦はずして分つて居ります。サアサアどうぞ早くお帰り遊ばせ』 音彦『御親切に有難う御座います。併しながら先刻承はれば貴方は都の女と仰せられましたが、何と云ふお方で御座います』 女(紫姫)『ハイ、名を聞かれては恥かしう御座いますが、妾は紫姫と申す不恙な女で御座います』 谷川の向より加米彦、大きな声で、 加米彦『オーイオーイ、音彦、美人を捉へて何を愚図々々云つて居るのだ。吾々を待たして置いて密約締結でもやつて居るのか、ソンナ陽気な場合ぢやないぞ、コンナ谷底でいちやつく奴があるか、好い加減に談判を切り上げて敵情を大本営に報告しないか、悦子姫女王様が顔色を変へて御機嫌斜なりだ。アハヽヽヽ』 悦子姫は聞き咎め、 悦子姫『これこれ加米彦さま、悦子姫の御機嫌斜なりとは何を仰有る』 加米彦『アア済みませぬ、私の言葉は意味深長に聞えたでせう、どうぞ見直し聞直して下さいませ、時の興に乗じつい洒落気になつて音彦に揶揄て見たのですよ。谷川の此方には花を欺く悦子姫様、そして加米彦の配合、川の対岸には妙齢のナイス、音彦の大丈夫、谷を隔てて一対の若夫婦然とした此光景、絵にあるやうなスタイルぢやありませぬか。樹木の間に雪はチラチラと残り、淙々たる渓流は琴を弾じ、幽邃閑雅の深谷川、上手な画工にでも写生させたら随分立派なものが出来ませう、アハヽヽヽ』 悦子姫『加米彦さま、此処は最も危険区域ですよ、些と緊張しなさらぬか』 加米彦『柔能く剛を制す、剛中柔あり柔中剛あり、敵地に臨んで悠々閑々綽々として余裕を存するは、ヒーロー豪傑の心事で御座る、アハヽヽヽ』 川向ふより音彦、 音彦『オーイオーイ加米彦、悦子姫様のお伴をして此地へ渡つて来い、耳よりの話がある』 加米彦『ヨシヨシ、悦子姫さま、サア参りませう、此深い谷川、貴方は御婦人の身、お困りでせう、何なら加米彦の背に被負つて下さい』 悦子姫『御親切に有難う御座います、併し乍ら加米彦さま、自分の事は自分で処置をつけねばならぬぢやありませぬか、神様の教には必ず人を杖につくなと御座います』 加米彦『其お言葉は尤もながら何だか案じられてなりませぬ、然らばお手を取つて上げませう、サア参りませう』 と裾をからげ、谷川に下りたちぬ。 悦子姫『加米彦さま、妾が貴方の手を引いて上げませう、大変な危険な激流で御座いますから』 と互に友の危難を気遣ふ殊勝さ。 加米彦『アア有難い有難い、この谷川が無くば悦子姫様と握手したり提携したりすると云ふ事は出来ない、南無谷川大明神』 悦子姫『ホヽヽヽ、冗談も好い加減になされませ』 加米彦『冗談から暇が出る、瓢箪から駒が出る、三嶽山から古今無双のナイスが現はれる、大江山から鬼が出る、鬼ケ城から大蛇が出る、私の口から涎が出る、余り嬉しうて涙が出る、アハヽヽヽ』 悦子姫『ホヽヽヽ、これこれ加米彦さま確りしなさらぬか、辷つたら大変ぢやありませぬか』 加米彦『辷つても転げても構ひますものか、貴女と私と此谷川で悦びて転こンで寝転ンで辷り込ンで心中したら一寸乙でせう、美男と美人の心中物語、いつの世にか稗田の阿礼の二代目が現はれて、霊界物語に此ローマンスを針小棒大に書き立て、名を竹帛に垂れ末代の語り草にして呉れるかも知れませぬよ、アハヽヽヽ』 悦子姫『加米彦さま、何うやらお蔭で無難に渡つて来ました』 加米彦『アヽ割りとは狭い川だ、貴女と一緒に握手提携して歩くなら、仮令河幅が三里あつても五里あつても、少しも、遠いとは思ひませぬワ』 悦子姫『ホヽヽヽ、加米さま、好い加減に惚気て置きなさい』 とポンと叩く。加米、首をすくめ目を細うし、舌を一寸出して、 加米彦『ヤア占めた占めた、お出たな、もつともつと叩いて下さいな』 悦子姫『アヽ加米さまの好かぬたらしいお方、ホヽヽヽ』 音彦『オーイオーイ、加米彦、何だか知らぬが御機嫌斜ならずだなア、要領を得たのか、密約は成立したか』 悦子姫『ホヽヽヽ』 加米彦『何、条約不成立不得要領だ』 音彦『不得要領の中に要領を得るのが戦術家の智略だ、アハヽヽヽ』 紫姫『ホヽヽヽ、貴方等は気楽なお方ですねえ、最前からの皆様のお話で私の心の憂愁も何処へやら煙散霧消して仕舞ひましたワ』 悦子姫、加米彦は漸く二人の前に辿り着きぬ。 音彦『モシモシ悦子姫様、此お方は紫姫と云つて都の方ぢやさうです、二人の下僕を従へ真名井ケ原へ参詣の途中、荒鷹、鬼鷹両人に誘拐され、二人の下僕が嬲殺しに遇はされたさうです、気の毒ぢやありませぬか』 悦子姫『………』 加米彦『ナニ、二人の下僕が嬲殺しに遇つたと、ヨシ俺にも考へがある、サア音彦、其荒鷹鬼鷹と云ふ奴、これから一つ鬼ケ城を征伐の門出の血祭にしやうではないか、モシモシ紫姫様、長らくお目に懸りませぬ、御機嫌宜敷う、誠に御無沙汰を致しまして』 紫姫『貴方は何方で御座いましたか、記憶に浮かびませぬ』 加米彦『アヽさうでした、初めてお目にぶら下つたのですよ、私の若い時のスヰートハートしたナイスに、何処やら能く似まして御座るものだから、つい考へ違ひを致しました、アハヽヽヽ』 音彦『ワハヽヽヽ』 紫姫『ホヽヽヽヽ』 紫姫、初めてニタリと笑ふ。 音彦『紫姫さま、貴女の囚はれて居る巌窟に案内して下さい、これから行つて悪神の奴、片つ端から粉砕して呉れませう、ヤア面白い面白い、腕が鳴つて耐らないワ、この握り拳のやり所が無い、サア早く案内して下さいナ』 紫姫『ヤアそれはお見合せ遊ばせ、大変で御座いますよ、ならう事なら妾も一緒に連れて逃げて下さいませぬか』 加米彦『エヽ気の弱い事を仰有るな、吾々は神素盞嗚大神の御守護がある、必ず必ず御心配なさいますな、サア案内して下さい、悦子姫さま、音彦殿、サア往きませう』 紫姫『左様なら妾が御案内致します、荊棘茂る難路で御座います、残ンの雪も溜つて居りますれば足許に気をつけて下さいや』 と先に立つ。一行は雪の坂道辿つて紫姫の後について行く。紫姫に導かれ二三丁羊腸の小道を辿り行く。前方に見上る許りの大岩石広く左右に二三丁許り展開し居たり。 紫姫は中央の岩石を指し、 紫姫『皆様、あの巌の下に巨大なる穴が開いて居ります、今日は荒鷹、鬼鷹の大将株は鬼ケ城に参りまして不在で御座います。四五人の小鬼共は皆酒に酔ひ潰れて寝みて居りますから大丈夫、御安心して下さいませ』 加米彦『ヤア思惑とは洒落た事を悪神の奴やつて居る哩、山又山に包まれたこの高山の幽谷、難攻不落の金城鉄壁とは此事だ。遉は悪神だけあつて好い地利を選ンだものだ。一卒道に当れば万軍進む能はずと云ふ要害堅固の絶所だなア』 と首を傾け呆れて舌を捲いて居る。 音彦『よく感心する男だなア、加米さま気に入つたかな』 加米彦『気に入るの入らないのつて、いやもうずつと気に入りました、風景と云ひ要害と云ひ天下の珍だ、サアサア往きませう、巌窟の探険も退屈ざましに面白からう』 と先に立つて走り出すを、紫姫は手を挙げて、 紫姫『モシモシ貴方、妾が御案内致しませう、其処には深い深い陥穽が御座います、滅多矢鱈にお出なさつては剣呑で御座いますから』 加米彦は耳にもかけず巌窟目蒐けて一目散に駆出したるが、忽ちドサツと音して陥穽に落ち込みにける。 紫姫『アヽ大変大変、皆様どうぞ助けて上げて下さいませ』 音彦『慌者だなア、仕方が無い』 と走り行かむとするを紫姫は、 紫姫『モシモシ慌て下さるな、沢山の陥穽、妾が御案内致します、後からついて来て下さい』 音彦『アヽさうかなア、何処迄も注意周到なものだ、ソンナラ先頭を頼みませう、悦子姫様、失礼ながらお先に参ります、私の足跡を踏みて来て下さい、危険ですから』 悦子姫『ハイ有難う』 加米彦は二三丈もある深い陥穽に落ち込みしが、幸ひ少しの怪我もなく井戸の底に突立ちながら、 加米彦『ヤア悪神の奴、エライ事をしよつた。紫姫とやら、彼奴は鬼熊別一味の奴に相違ない、愚図々々して居ると悦子姫さまも音彦も同じやうに、空中滑走井底着陸とやられるか知れやしないぞ、かうして井底に佇立して居る頭の上から岩石でも落されやうものなら、それこそお耐り小坊子が無いワイ、嗚呼縮尻たりな縮尻たりな、三五教は穴が無くて安心だが、今の世の中はどこもかも穴だらけだ。穴怖ろしの娑婆世界』 と呟き居たりしが、足許の水溜りにパツと写つた悦子姫の顔、 加米彦『ヤア又出やがつたな、彼の谷川を渡る時、悦子姫さまに揶揄つたものだから、紫姫の奴、加米彦は悦子姫に現を抜かしてゐると早合点しよつて、井の底に姫の顔を現はしよつたのだな、どつこい其手は喰はぬぞ、総て悪神は色をもつて、男子を死地に陥入るると聞く、オイ化物、悦子姫の姿を見せた処で其手に乗るものかい、道心堅固の三五教の加米彦だ、馬鹿にするない』 頭上から悦子姫は、 悦子姫『モシモシ加米彦さま大変なお危ない事で御座いました。お怪我は御座いませぬか』 加米彦『ヤア悦子姫さまか、ようマア無事で陥穽へもはまらないで居て下さつた。音彦さまはどうなりました。御無事ですかなア』 悦子姫『ハイ有難う、此処に紫姫さまと来て居られます、貴方をお助けしやうと思つて綱を編みて居るところで御座います、暫くお待ち下さいませ』 加米彦『ヤア有難う、神の救ひの御綱、此神は此人と思うて綱をかけたら放さぬぞよと云ふ御神勅の実現だナア。アヽ惟神霊幸倍坐世』 音彦、紫姫の二人は手早く縄梯子を編み、吊り下ろせば、加米彦は、 加米彦『ヤア有難い』 と手を合しゐる。 音彦『サア加米彦さま、この綱に確り掴まつた。三人が力を合して釣り上げませう、一二三』 と三人一度に手繰り上げたり。 加米彦『アヽ有難う、お蔭で命が助かりました。井戸い目に遇うところだつた、アヽハヽヽ』 紫姫『加米様とやら、お怪我が無くてお目出度う御座います。サアこれから巌窟に参りませう』 と先に立ち細い穴を潜り入る。一行も続いて巌窟に姿を隠しける。 (大正一一・四・二三旧三・二七加藤明子録) |
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霊界物語 | 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 | 03 神命 | 第三章神命〔六三一〕 賤が伏家を後にして、悦子姫の一行は、胸突坂をテクテクと、梯子登りに登り行く。日は西山に傾きて、昼さへ暗き深山を、黒く色彩る群烏、塒尋ねて右左、ガアガアガアと舞ひ狂ふ、見上ぐる空に鷹鳶、羽一文字に展開し、悠々迫らず空中を征服せる態度を示し居る。 加米彦『ヤアこれは大変、大切な一張羅の宣伝使服に鳶の奴、糞をかけよつた。実に糞懣の至りだ。オイ鳶の奴、不都合千万、一先づ此方へ引き戻せ、天地の道理を説き諭して呉れうぞ』 夏彦『アハヽヽヽ、ウフヽヽヽ』 音彦『何とか言はねば虫の納まらぬ男だなア、何程人間が偉いと云うても、空中を自由自在に翺翔するだけの神力は無いから、黙つて泣き寝入るが利巧だなア』 加米彦『エヽ忌々しい、音彦さま迄が鳶の応援をしたり、水臭い人だ。糞忌々しい、アヽ臭い九歳の十八歳だ』 音彦『大変其辺が暗くなつて来たぢやないか、道で紛失しないやうに、二尺位距離を保つて行く事にしよう』 加米彦『何程暗くつても、苦楽を共にする吾々宣伝使だ、かういふ時には加米彦には大変都合がよい哩、無形に見ると云ふ天眼通が開けて御座らぬノダ。オイ夏彦、俺の腰を捉まへて来るのだぞ、貴様は体が小さいから、ひよつとすると蕗の葉の下にでもなると、分らぬやうになるからなア』 夏彦『お前、それでもエロー体が動揺して居るぢやないか、何れ歩行すれば全身は動揺するものだが、お前の動揺振はチト変だぞ、慄うとるのぢやないかな』 加米彦『何うでもよいワ、確りと俺の腰を捉まへて居るのだ、放しちやならぬぞ』 夏彦『ハヽヽヽヽ、随分負けぬ気な男だなア、怖いのだらう』 加米彦『こわいともこわいとも、踵の皮が大変硬い哩』 音彦『悦子姫さま、かう闇の帳がピタリと降りては仕方が無いぢや御座いませぬか、夜になると目の見えない人間は不自由ですなア』 悦子姫『何処か適当な場所で夜を明かしませうか、最早山も半分ばかり登つたやうですが、どうせ今日参拝を済まして帰る訳には行きますまいから』 加米彦『アヽ目の見えぬ人間は気の毒なものだ、盲千人の世の中とはよくも云つたものだ。目明き一人の加米彦も仕方が無いワ、交際に此処で御輿を下さうかい』 夏彦『オイ加米彦、何を云ふのだ、実際目が見えるのか』 加米彦『見えるとも見えるとも、目の見えぬ奴は盲ぢやないか』 夏彦『ハヽア此奴は四つ足身魂だな、暗がりで目の見える奴は狐、狸、鼬か猫か、又違うたら虎、熊、狼と云ふ代物だ。オイ四足先生、今日は十分威張るとよい哩、何処ぞ其辺に兎でも居つたら探して丸喰ひなとして来い』 加米彦『誰だつて目は見えるが、それや火を点すか、夜が明けた上のこつた、アハヽヽヽ』 夏彦『大分四足が徹へたと見える哩、ソンナラもう四足の称号だけは只今限り、特別の仁慈をもつて解除してやらうかい』 加米彦『大きに憚りさま、今は他人ぢや、放つて置いてくれ、又御親類になつたら宜敷うお願ひ申します、オホヽヽヽ』 悦子姫『モシモシ加米彦さま、夏彦さま、さう喧しう仰有ると此お山にはだいじやが沢山居ますから、些とおとなしうなされませや』 加米彦『ハイハイ、何が来たつてだいじや御座いませぬ、元来が豪胆不敵な性質、長の先生、千匹や万匹束になつてお出になつても、些ともおろちい事はありませぬ哩』 音彦『エヽ喧しい哩、沈黙々々』 茲に四人は去年の名残の枯草の交つた、中年増の頭髪のやうな芝生の上に、右腹を下に足を曲げ体をさの字形につがねて静かに寝につきたり。 梢を伝ふ猿の群、幾百とも知らず、前後左右にキヤツキヤツと亡国的の啼声を出して淋しさを添へてゐる。風も吹かぬにザアザアと大蛇の草野を渡るやうな声、虎狼の唸るやうな怪声、遠近に聞え来たり、大木を捻折る音、大岩石の一度に崩壊する如き凄じき物音に加米彦は目を覚まし、小声になつて夏彦の耳に口を寄せ、 加米彦『オイ、なゝ夏、夏、夏彦ヤイ』 歯、カチカチカチ、 加米彦『オヽ起きぬかい、あの音、きゝ聞きよつたか』 夏彦『喧しう云ふない、悦子姫様の安眠の妨害になるぞ、貴様コンナ深山に来たら是位の事はありがちだよ、キヤアキヤア云うて女でも締め殺すやうな声のするのは、あれや猿の群だ、ザアザアと音のするのは大蛇隊の大活動の音だ、オンオンオンと唸つて居るのはあれや狼や熊の先生がいきつて居るのだよ、木の枝が裂けるやうな音がしたり、岩石が崩壊したりするやうな声が聞えるのは鼻高の悪戯だ、惟神霊幸倍坐世を口の中で唱へて早く寝ぬかい』 加米彦『寝と云つたつて、コンナ気味の悪い処で安眠も出来ぬぢやないか』 夏彦『お前は罪障の深い罪の重い代物とみえる哩、梟鳥は夜分になると噪いで昼はコンモリとした木の枝に小さくなつて大きな眼を剥いて慄うて居るが、お前はそれと正反対な昼になると滅多矢鱈に噪ぎ廻し、夜になると蛭に塩を呑ませたやうに、百足に唾を吐きかけたやうに弱つて仕舞ふのだな、強弱のハーモニイが取れぬ男だ。マアマア俺の体にでも喰ひついて慄ひもつて寝るがよい哩』 加米彦『頼む頼む、併しながらコンナ事を、音彦や悦子姫さまに云うて呉れては困るよ、極秘にしてお前の腹へ仕舞つて置いて呉れ』 夏彦『ヨシヨシ、承知した、その代り余り昼になつて無茶苦茶に噪ぐと素破抜くからさう覚悟して居れ、何と云つても鎌の柄を俺が握つて、切れる方をお前が掴みて居るやうなものだからなア、アハヽヽヽ』 加米彦『ソンナ大きな声で笑ふない、安眠の妨害になるぞ、サアサア寝よう』 夏彦は早くも高鼾をかいてゐる。加米彦は三人の中央に挟まつて夜の明くるのを今や遅しと待つて居る。怪しの声は間断なく、且つ時々刻々に強烈に聞え来る。 春の夜は明け易く、闇の帳はいつしか空に捲くり上げられた。百鳥の声は噪がしく囀り初めたり。それと同時に今迄の巨声怪音はピタリと止まりぬ。加米彦は又もや元気回復し、 加米彦『アヽ春の夜と云ふものは短いものだな、今其処に倒けたと思へばもう夜が明けよつた。サアサア音彦さま、目を開けて手水でも使つて登山しませうか、もうこれだけぐつすり寝たら昼の疲れもやすまつたでせう。私も潰れる程よく寝て仕舞ひました』 夏彦『オヽ本当に皆よく寝ましたな、併しこの中に〆て一人不寝番を務めて呉れた忠実なお方がありますよ、悦子姫さま、どうぞ論功行賞に漏れないやうに頼みますぜ』 加米彦『ウンさうさう、雀の奴に、烏の奴、寝る時にチウチウガアガア云うて居つた。矢張吾々のために不寝番を務めて呉れたと見え、相変らずチウチウカアカアと忠勤振を発揮して御座る。ひとりや二とりや、三羽や四羽の鳥ぢやない、何千とも知れぬ程の鳥ぢや』 夏彦『ヘン誰も聞くものがないのにやもめの行水ぢやないが、一人湯取る哩、ハヽヽヽ』 悦子姫『弥、新しい光明が頂けました。サアサア幸ひ此処に湧いて居る清水で手水を使つて、神様に祝詞を奏上しませう』 と傍の清水に口を嗽ぎ手を洗ふ。三人も影の形に従ふ如く同じ事を繰返したり。祝詞の奏上も無事に済み、四人は腰の皮包より焼き飯を出して手軽く朝餉をすまし、悦子姫の先頭にて頂上目蒐けて行進。間もなく頂上に達したり。 年経りたる老樹の茂みを透かして田辺の海はキラキラ光り、船の白帆は右往左往にまたたき居たり。 加米彦『何と云ふ絶景でせう、悦子姫さま、音彦さま、暫く汗が乾く迄御輿を下して呼吸を調へ、其後に御祈念にかかりませうか』 と皆まで云はず、どつかと腰を下し足を投げ出し、膝頭を揉み居る。悦子姫は徐々と神前に進み、何事か頻りに暗祈黙祷しつつありき。 加米彦『遠く瞳を放てば千山万嶽重畳として際限無く、各自にその容姿を誇り顔に、特徴を発揮して居る哩。近きは青く、或はコバルト色に山容を飾り、紺碧の海は眼下に輝き、天は薄雲の衣を脱ぎ、奥の奥の其奥迄地金を現はして居る。其中心に名物男の加米彦が大の字になつて、宇宙の森羅万象を睥睨して居る。此場の光景は恰も一幅の宇宙大活人画のやうだ。天は広々として際限なく、海は洋々として極まりなし、燕雀何ぞ大鵬の志を知らむ。エイ、燕の奴、小雀の餓鬼、喧しい哩、些と沈黙を守らないか、安眠の、オツトドツコイ悦子姫様が暗祈黙祷の妨害になるぞ』 音彦『コラコラ加米彦、お前こそ妨害になる、些と言霊を慎まぬか』 加米彦『ハイハイ早速言霊の停電を命じます』 悦子姫『サアサア皆さま下向致しませう』 加米彦『モシモシ、一寸待つて下さい、折角苦労艱難をして頂上を突き止め、祝詞も上げずお祈りもせぬ先に下向されては、何しに此処迄やつて来たのか訳が分りませぬ、どうぞ暫くの間御猶予を願ひます』 悦子姫『妾は今重大なる御神勅が下りました、一刻も猶予をする事が出来ませぬ、一足お先に女の足弱、下向致します。貴方方は悠くり祝詞を上げ、後から追ひついて下さい、アリヨウス』 加米彦『エヽ仕方がない、肝腎の女王に見限られては浮かぶ瀬がない。何事も簡単を尊ぶ世の中ぢや、繁文縟礼的の祝詞は略しまして、道々祝詞を奏上しながら下向致しませう、時間の経済上一挙両得だ』 と周章狼狽き悦子姫の後を追うて、口に祝詞を称へながら、下り坂を地響きさせつつ駈け下る。 音彦、夏彦は悠々と天津祝詞を奏上し神言を上げ、恭しく再拝拍手の式を終へ下向の途につく。 山の五合目辺りにて一行の足は揃ひたり。これより、加米彦は先頭に立ち綾の聖地を指して宣伝歌を謡ひながら進み行く。 (大正一一・四・二四旧三・二八加藤明子録) |
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霊界物語 | 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 | 05 零敗の苦 | 第五章零敗の苦〔六五〇〕 炎熱火房に坐するが如く、釜中に在るが如き酷暑の空、雲路を別けて降り来る一隻の飛行船は、フサの国北山村のウラナイ教が本山の広庭に無事着陸したり。魔我彦、蠑螈別の二人は此音に驚き、高姫の御帰館なりと、取るものも取敢ず、表に駆け出し見れば、高姫は眼釣り、得も謂はれぬ凄じき形相し乍ら、鶴、亀の両人を伴ひ、船より出で来り、 高姫『アヽ蠑螈別さま、留守中大儀で御座いました。別に変つた事は有りませなンだかな』 蠑螈別『ハイ、たいした変りは有りませぬが、二三日以前より、何とも知れぬ太白星の様な光を発した光玉、夜半の頃になると、大音響を立て、庭前に落下する事屡で有ります』 高姫『それは大変な吉祥だ。併し其玉はどうなさつたか』 魔我彦は丁重に首を下げ、 魔我彦『毎朝早くより、綿密に調べて見ましたが、別に此れと云ふものも落て居らず、又何の形跡も残つて居ませぬ』 高姫『それは不思議な事だ。いづれ何か結構な事が有るでせう』 蠑螈別『紫の雲の出所は分りましたか。定めて良結果を得られたでせう。万事抜目も無いあなたの事ですから、大成功疑なしと、館内一同の者は貴方の御帰りを今か今かと首を長くして待つて居ました。どうぞ早く奥へお這入り下さいまして、結構な御土産話を、一同に聞かして下さいませ』 高姫『………』 魔我彦『コレコレ蠑螈別さま、大切な神界の御経綸、玄関口で尋ねると云ふ事があるものか、高姫様が沈黙なさるも当然だ』 蠑螈別『ア、それもさうでした。高姫さま、サア奥へ御案内致しませう』 高姫は奥に入る。一同は俄に上を下へと、バタバタ歓迎の準備に多忙を極め居る。 高姫『今日は無事に墜落もせず、遥々と帰つて来たのだから、御神前にお神酒を沢山に献上し、種々の御馳走をお供へ申し、ゆつくり直会の宴でも張つて下さい。あまり急速力で帰つて来ましたので、妾は少し許り頭痛気味だから、奥へ往つて二三日ユツクリ休息を致します』 蠑螈別『ア、それはさうでせう。併し乍ら御休みになれば、お尋ね申す訳にもゆかず、一寸端緒なりと、一口仰有つて下さいませいナ』 高姫『神界の御経綸、秘密は何処までも秘密ぢや。今は御神命に依りて言ふ事が出来ませぬ……コレ鶴に、亀、お前も休みなさい。種々の事を言ふではないよ』 鶴公『私はチツトも疲労して居りませぬ。別に休む必要も御座いませぬから、ゆつくりと貴方に代つて、亀と二人が交る交る、一切の大失敗……ウン……オツトドツコイ顛末を演説致しませうか』 高姫『コレコレ鶴、亀、鶴は千年、亀は万年と云ふ事が有るぢやないか。鶴には千年の間箝口令を布く。亀には一万年が間箝口令を布く…』 鶴公『モシ高姫さま、千年も箝口令を布かれては、唖も同様ですから、そればつかりは取消を願ひます』 高姫『イヤ、今度の事に関してのみ箝口令を布くのだよ。其外の事はお前の勝手だ。紫の雲に関した秘密の件だけは言うてはならない。時節が来たならば、高姫が皆に披露するから、サア鶴、亀、お前も永らくお供をして呉れて、辛かつただらう。二三日、誰も居らぬ所へ往つてユツクリと遊びて来なさい、又いろいろの事を喋舌ると煩雑いからな。……蠑螈別さま、魔我彦さま、それなら失礼致します。どうぞユツクリ酒でも飲み、皆さまと仲よく、神恩を感謝して下さい。妾は何だか頭痛がして、モウこれつきり暫く言ひませぬから』 と襖を引開け奥の間に力無げに進み入り、中より固く鍵をかけて了ひけり。 蠑螈別『サア皆さま、これから祭典を執行し、終つて直会の宴だ。今日は酒の飲み満足だ。併し酒を飲むのはいいが、酒に呑まれない様にして下さいよ』 甲『蠑螈別の大将、あなたこそ何時も酒に呑まれるでせう。今日はあなたから十分の御警戒を願ひますで。何分高姫様が頭痛を起してお休みになつて居るのだから、あまり大きな声を出しては、お体に障つちやなりませぬからなア』 蠑螈別『きまつた事だ。ソンナ事に抜かりの有る私だと思つて居るか』 祭典は型の如く厳粛に行ひ了り、一同は別殿に進み入り、直会の宴に現を抜かし、そろそろ酒の酔が廻るにつれて、喧騒を極め出したり。 甲『オイ鶴、随分愉快だつたらうなア。お羨ましい。吾々もアヽ云ふお供がして見たいワ』 鶴公『何を云うても、大飛行船に乗つて、地上の森羅万象を眼下に見くだし、空中征服の勇者になつて、自転倒島へ渡るのだもの、実に愉々快々、筆紙の尽すべき限りでは無かつたよ』 甲『立派に目的は達しただらうな』 鶴公『勿論の事、途中に墜落もなく、立派に目的地に到達したのだ』 甲『それは定まつて居るが、モ一つの肝腎要の紫の雲だ。それはどうなつたのだい』 鶴公『紫の雲に関する事は千年間の箝口令が布かれてあるから、紫だけは言つて呉れな。其代りに玉照姫の一件は、事に依つたら報告してやらう。併し乍らモウ少し酒が廻らぬと、巧く言霊が運転しないワイ。一つ滑車に油を注ぐのだな』 亀公『コラコラ鶴公、紫の雲に関する事と云へば、玉照姫の事だつて言はれぬぢやないか、箝口令を厳守せぬかい』 鶴公『ナーニ、紫の雲の事さへ言はなかつたら良いぢやないか。皆の御連中が証人ぢや、ナア蠑螈別さま、高姫さまはそう仰有つただらう』 蠑螈別『兎も角、成功話を言つて下さい。皆の者が待ちに待つて居つたのだ』 亀公『コラコラ鶴、滅多の事を言うではないぞ』 鶴公『貴様は酒を喰はぬから、生真面目で仕方がない。融通の利かぬ奴だ。高姫様のお口からは、アンナ事がどうしても言はれぬものだから、俺達に代つて、言うではないぞと仰有つたのは、要するに言へと云ふ事だよ。別に俺の口で俺が喋べるのに、資本金が要るのでもなし、国税を納める心配も要らぬのだから……俺は俺の自由の権を発揮するのだ』 亀公『ソンナラお前の勝手にしたがよいワイ。俺だけは何処までも沈黙を守るから…』 鶴は酒にグタグタに酔ひ、傲然として肱を張り、 鶴公『今日の鶴公は、要するに高姫様の代言者ぢや。さう心得て謹聴しなさい、エヘン、 フサの国をば後にして雲井の空を高姫が 翼ひろげて鶴亀の二人の勇士を伴ひつ 高山短山下に見て大海原を打渡り 自転倒島にゆらゆらと降り着いたは由良湊 魔窟ケ原へテクテクと三人駒を並べつつ 黒姫館に立入りて委細の様子を尋ぬれば 弥仙の山の裾野原賤が伏家に世を忍ぶ 豊彦夫婦の館より色も芽出度き訝かしの 雲立ち昇り玉照姫の神の命の神人が 現はれました事の由聞いたる時の嬉しさよ 黒姫司は逸早く千変万化の手を尽し 紫姫や青彦の二人の勇士に一任し 玉照姫をウラナイの教の道の本山に 迎へむものと気を配り心を尽す妙案奇策 どうした拍子の瓢箪かガラリと外れて三五の 神の教の間諜紫姫や青彦は 手の掌返す情無さ高姫司は青筋を 立ててカツカと怒り出す高山彦や黒姫は ソロソロ喧嘩を始め出す此有様を見る俺は 立つても坐ても居られない気の毒さまと申さうか 愛想が尽きたと申さうか言ふに謂はれぬ為体 これから奥は有るけれど此れより先は神界の 秘密ぢや程にどうしても紫姫や青彦の 誠の様子は話せないアヽ惟神々々 高山彦や黒姫はさぞ今頃はブクブクと 面を膨らし燻つて互に顔を睨み鯛 目を釣り腮釣り蛸釣つて一悶錯の最中だらう モウモウコンナ物語飲みし酒迄冷えて来る 三五教は日に月に旭の豊栄昇るごと 玉照姫の神力で宇内へ輝き渡るだらう それに引換へウラナイの神の教はゴテゴテと 貧乏世帯の夕日影段々影が薄くなり 終局に闇となるで有らうアヽ惟神々々 叶はぬ時の神頼み鶴公司の報告は 先づ先づザツと此通り』 蠑螈別『オイ鶴公、真面目に報告をせないか。ソンナ馬鹿な事が有つて堪るものかい』 鶴公『堪つても堪らいでも、事実は事実だ』 蠑螈別『仕方がないなア』 鶴公『エーもう此鶴公は、千年の箝口令を布かれて居るが、俺の副守護神に対しては言論自由だ。……オイ副守の奴、チツと酒ばつかり喰うて居らずに発動せぬかい。責任は副守が負ふのだよ。……副守護神が現はれて何から何迄包まず隠さず知らすのであるから、鶴公司は何にも知らず、高姫殿、必ず必ず鶴公を恨めて下さるなよだ、ヒヽン』 魔我彦『サア副守先生、細かく仰有つて下さいませ』 鶴公『ウーン、ウンウン、此方は鶴公の肉体を守護致す副守護神のズル公であるぞよ。併し乍ら大体の要領は、鶴公の肉体が申した通り、今回の事件は全部高姫さん一派の零敗だ。大当違の大失策だ。それだから頭痛もせないのに頭痛がすると言つて、此不利益極まる報告を避けたのだ。何れ早晩分る事実だから、隠したつて仕方がない。モウ、ウラナイ教は駄目だ。バラモン教は間近まで教線を張り、猛烈な勢でやつて来る。ウラル教は又もや蘇生した様に、此フサの国を中心として押寄せて来て居る。三五教も其通り。三方から敵を受けて、どうして此教が、拡張所か現状維持も難かしい。日向に氷だ。風前の灯火だ。アツハヽヽヽ、良い気味だ。世界一の黍団子、何程キビキビした高姫の智嚢でも、最早底叩きだ。底抜けの大失策だ。底抜け序に自棄酒でも飲み、底抜け騒ぎをやつたがよからうぞよ。ウーン、ウン、もうズル公はこれで引取るぞよ。蠑螈別、魔我彦、好な酒でもズルズルベツタリに飲みたが宜からうぞよ』 とグレンと体をかわし、汗をブルブルかいて正気に返つた様な姿を装ひ、 鶴公『何だか副守護神が仰有つたやうですな。何と言はれました。自分の口で言つて自分の耳へ聞えぬのだから、大変に不便利だ。知覚精神を忘却し、大死一番の境に立ち、感覚を蕩尽し、意念を断滅して、仮死状態になつて居たものだから、言うた事がトンと分らない。…鶴公は何も知らぬぞよ。高姫の先生殿、屹度鶴公を叱つて下さるなよ。守護神が口を借つた許りであるぞよ』 甲『アハヽヽヽ、何は兎もあれ、貴様は知らな知らぬでよいワ。副守護神の奴、鶴公が全部言つた通りだと証明したよ。ヤツパリ鶴公の肉体に責任があるのだ。…モシモシ蠑螈別さま、一寸先や暗の夜だ。飲めよ騒げよと、ウラル教もどきに乱痴気騒ぎでもやりませうかい。チツト位乱暴したつて、劫腹癒やしだ。今日に限つて、高姫さまだつて、失敗して帰つて来て、吾々に荘重な口調を以て、戒告を与へる事は出来ますまい』 亀公『今鶴公の肉体の言つた事も、ズル公の副守の言つた事も、全然反対だ。お前達を驚かさうと思つて、アンナ芝居をやりよつたのだ。鶴位の知つた事かい。本当の事は此亀公が脳裡に秘め隠してあるのだ。鶴と云ふ奴ア、ツルツルと口が辷るから本当の事は知らしてないのだよ。屹度一道の光明がウラナイ教の上に輝いて居るのだから、さう気投げをするものぢやない。千秋万歳楽の鶴亀の齢と共に、天の岩戸は立派に開けて日の出神様の御守護の世となるのだ。闇の後には月が出る。夜が過ぐれば日の出となるのは、天地の真理だ。暗中明あり、明中暗あり、明暗交々代り行くは、所謂神の摂理だ。人は得意の時に屹度失望落胆の種を蒔き、不遇の境遇に有る時、屹度光明幸福の因を培ひ養ふものだ。何時も昼ばつかり有るものぢやない、又暗黒な夜ばかりでもない。善悪不二、吉凶同根、明暗一如、禍福一途、大楽観の中に大苦観あり、大苦観の中に大楽観あり、天国に地獄交はり、地獄に天国現はる。有耶無耶の世の中だ。マアマア心配するな。コンナ結構な事は無いのだよ。人は心の持様一つだ。ドンナ苦しい事でも、観念一つで大歓楽と忽ち一変する世の中だ。吁惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 と拍手し、祈願を凝らして居る。高姫は此場に手拭にて鉢巻し乍ら、ノコノコと現はれ来り、 高姫『ヤア皆さま、お元気な事、親の心は子知らず、神の心は人間知らず。あなた方は実に羨ましいお身分だ。妾も半時なりとあなた方の様な気分になつて見たいワ』 魔我彦『何分に重大なる責任を負担して御座る貴女の事ですから、御心中を御察し申します。今回の遠路の御旅行、さぞさぞお疲れで御座いませう。それに就いても言ふに謂はれぬ御苦心が有つた様です。玉照姫は到頭三五教に取られて了つた様ですなア』 高姫『エー、それは誰れが言つたのかなア』 魔我彦『ズル公が詳細に報告を致しました。併し乍ら失敗は成功の基、失敗が無くては経験が積みませぬ。即ち万世に残る大偉業は七転び八起きと云うて、幾度も失敗を重ね、鍛へ上げねば駄目ですよ。イヤもう御心中お察し申します』 高姫『ヤアこれだけ沢山な宣伝使や信者がある中に、妾の苦衷を察して呉れる者はお前だけだ、アヽ妾もこれで死ンでも得心だ。千歳の後に一人の知己を得れば満足だと覚悟して居たが、現在此処に一人の知己を得たか、アヽ有難や、これと云ふのもウラナイ教の神様のお蔭…』 鶴公『知己を得ましたか。千歳の後で無くて今チキに妙チキチンのチンチキチン、心の曲つた魔我彦が共鳴しましたのは、実に上下一致天地合体の象徴でせう。併しこれは鶴公の肉体に守護致すズル公の託宣ですから、決して鶴公に怒つては下さるなよ。…神は物は言はなンだが、時節参りて鶴公の口を藉りて委細の事を説いて聞かすぞよ。ウンウンウン、ドスン……アーア又何だか憑依しよつたな。イヤ副守の奴発動したと見える。飛行機に乗つて空中を征服し乍ら、意気揚々とやつて居つたと思へば、俄の暴風に翼を煽られ、地上目蒐けて真つ逆様に顛落せしと思ひきや、ウラナイ教の本山、八咫の大広間の酒宴の場席、アーア助かつた助かつた』 高姫『コレコレ鶴公、ソンナ偽神術をやつたつて、此高姫はチヤンと審神をして居ますよ。お前は余程卑怯者だ。残らず責任を副守護神に転嫁せうとするのだナ』 鶴公『イエイエ決して決して、臍下丹田に割拠する副守の発動です。どうぞ此副守を何とかして追ひ出して下さいな』 高姫『蠑螈別さま、魔我彦さま、鶴公の臍下丹田に割拠する副守の奴、此短刀を貸してあげるから、剔り出してやつて下さい。鶴公の願ひだから……ナア鶴公、チツトは痛くつても辛抱するのだよ。苦の後には楽がある。死ぬのは生れるのだ。生れるのは墓場へ近寄るのだ。仮令死ンだ所で、やがて新しくなるのだからナア、ヒヽヽヽ』 鶴公『モシモシ高姫さま、そンなことせなくつても、副守は飛ンで出ますよ。ウンウンウン……ソレ、もう飛ンで出ました。ア、もう此ズル公は鶴公の肉体には居らぬぞよ』 魔我彦『馬鹿にするない。飛ンで出たと言つてからまだ……此肉体には居らぬぞよ……とは誰が言つたのだ。ヤツパリ副守が居つて貴様の口を使つたのだらう。肉体を離れた奴が貴様の肉体を使つて腹の中から声を出すと云ふ理由が有るか』 鶴公『これは副守護神の言霊の惰力だ。どうぞ半時ばかり待つて居て下さい』 斯かる所へ又もや一隻の飛行船天を轟かし、庭前に下り来る。 鶴公『あの物音は敵か、味方か。紫姫、青彦、玉照姫を捧持してウラナイ教に献納に来たのか。但は高山彦、黒姫、悄然として泣き面かわき帰つて来たのか。……ヤアヤア者共、一刻も早く表へ駆け出し、実否を調べて参れ。世界見え透く日の出神が、鶴公の肉体を借りて申付けるぞよ』 亀公『何を言うのだ。日の出神様は世界中見え透き遊ばすのだが、門口へ出て来た者が敵か味方か分らぬと云ふ様な、日の出神が有るものかい』 鶴公『ウラナイ教に憑依する日の出神は、先づ此位な程度だよ、イヒヽヽヽ』 亀公『誠の日の出神の生宮の高姫さまの御前だぞ。チツトは遠慮を致さぬかい』 鶴公『モシモシ本当の日の出神の生宮、高姫さま、貴女はジツとして、世界中の事が見え透く御身霊、表へ下つて来た飛行船の主は敵で御座いますか、味方で御座いますか、どうぞお知らせ下さいませ。これがよい審神のし時ぢや。これが分らぬよな事では、日の出神さまも良い加減なものですよ。貴女の信用を回復し……否御威徳を顕彰するのは、今を措いて他にありませぬ。サア此一瞬間が貴女に対し、ウラナイ教に対し、国家興亡の分るる所、明かに命中させて、一同の胆玉を取り挫ぎ、疑惑を晴らしてやつて下さい』 高姫『コレコレ鶴公、一歩出れば分る事ぢやないか。お前は大それた、神を審神せうとするのかい。ソンナ逆様事が何処に有るものか。恰度学校の生徒が校長の学力を試験するよなものだ。ソンナ天地の転倒つた事が何処に有りますか。心得なされツ』 鶴公『これは誠に済みませぬ。併し乍ら、私も実は今回の貴女の大失敗を回復させ、帰依心を増さしめむが為の、血涙を呑みての忠告ですから、悪く思つて下さつてはなりませぬ』 高姫、心の中に、 高姫『今来た人は何して居るのかなア、早く此処へ来て呉れれば良いのに……』 鶴公『高姫さま、スツタ揉ンだと掛合つとる間に、やがて誰か這入つて来ませう。さうすればヤツと胸撫でおろし、虎口を遁れたと、一安心する人が、どつかに一人現はれさうですよ』 高姫チツトでも暇をいれようと考へて居る。外には高山彦、黒姫、寅若、菊若、富彦の五人連れ、傷持つ足の何となく屋内に進みかね、モヂモヂとして入りがてに居る。 黒姫『アヽ誰か来て呉れさうなものだなア。何時もの様に堂々と……何だか今日は閾が高くて這入れない様な気がする……オイ寅若、お前這入つて下さいな』 寅若『此奴ア一つ低気圧が襲来しますよ。ウツカリ這入らうものなら、暴風雨の為に何処へ吹き散らされるか分つたものぢや有りませぬ。私の様に横平たい図体の者は、風が能く当つて散り易いから、斯う云ふ時にはお誂ひ向の細長い、風を啣まぬ、帆柱竹の様な高山彦さまが適任でせう』 黒姫『エー一寸も自由にならぬ人だな。なぜお前はそれ程師匠の言ふ事を用ひぬのだい』 寅若『ヘン、師匠なぞと、殊勝らしい事を仰有いますワイ。失笑せざるを得ませぬワ。今までは乞食の虱の様に口で殺して御座つたが、今度の失敗はどうです。吾々の顔までが、何ともなしに痩せた様な気が致しますワイ。これと云ふも全く、お前さまが出しやばるからだ。それだから牝鶏の唄ふ家は碌な事が出来ぬと言ひませうがな。此役目は大責任の地位に立たせられる黒姫さまの直接任務だ。外の事なら二つ返辞で承はりませうが、こればつかりは真つ平御免だ。お生憎様……』 と白い歯を喰ひ締め、腮をしやくつて見せたり。 黒姫『エー剛情な男だナア。一旦師匠と仰いだら、何でも彼でも盲従するのが弟子の道だ。師匠や親は無理を云ふものだと思ひなされと、常々云うて聞かして有るぢやないか。何事に依らず、絶対服従を誓つたお前ぢやないか。モウお前は今日限り、師弟の縁を切るから、さう思ひなさい』 寅若『トラ、ワカらぬ事を仰有いますな。宇治の橋姫ぢやないが、二つ目には縁を切るの、封を切るのと、口癖の様に……馬鹿々々しい。実の所は此方から切りたい位だ。アツハヽヽヽ』 菊若『モシモシ黒姫さま、私は何時も申す通り、善悪邪正の外に超越し、絶対信仰を以て貴女の仰せは、徹頭徹尾キク若だ。オイ富彦、俺と一緒に出て来い。何時まで閾が高いと言つて、物貰ひの様に門口に立つて居たところで、解決がつかない。常よりも大股に跨げて這入らうぢやないか、黒姫さまばつかりの失敗ぢやない。総監督の任に当る高姫さまも、其責を負ふべきものだ。先んずれば人を制すだ。ナニ構ふものか、堂々と這入つてやらうかい』 と菊若はワザと大きな咳払をなし、富彦を従へ、大手を揮つて、人声のする八咫の大広間へ向つて進み行く。 菊若『これはこれは高姫様、御無事で御帰館遊ばされまして、お芽出たう存じます』 高姫『此日の出神が霊眼で見た通り、お前は黒姫のお使で、飛行船に乗つて遠方ご苦労だつたなア。あア見えても高山彦、黒姫さまも大抵ぢやない。非常な御苦心だ。何事も時節には敵はぬから、お前が帰つたら、どうぞ慰めて上げて下さいよ。妾もつい腹が立つて、怒つて帰るは帰つたものの、何だか黒姫さまの事が気になつて、後ろ髪曳かるる様な気がしてならなかつた。アヽ可哀相に……魔窟ケ原の陰気な岩窟で、黒姫さまも第二の作戦計画をして御座るであらう』 菊若『イエ、黒姫さま始め、高山彦、寅若も、今門前へ飛来致しまして、余り貴方に会はす顔がないので、門口にモガモガと手持無沙汰で、這入るにも這入られず、帰るにも帰られぬと言つて、煩悶苦悩の自由権利を極端に発揮して居られます』 高姫『アヽさうだらうさうだらう、妾の見たのは黒姫さまの本守護神だつた。本守護神は依然として岩窟に止まつて居られる。副守の先生肉体をひつぱつて来たのだな。何分顕幽を超越して居る天眼通だから、ツイ軽率に見誤つたのだ。霊眼と云ふものは余程注意をせなならぬものだ、ホツホヽヽヽ』 鶴公『高姫さま、貴方の霊眼は実に重宝ですなア。活殺自在、実に一分一厘の隙も有りませぬワ。さうなくては一方の将として、多数を率ゐる事は出来ませぬワイ。イヤもう貴方の神智神識には……否邪智頑識には、実に感服の外なしで御座います』 高姫『エーつべこべ何理屈を仰有る。神界の事が物質かぶれのお前に分つて堪るものか。斯うして幾十年も神界の為に尽して居る妾でさへも、あまり奥が深うてまだ其蘊奥を究めて居ない位だのに、僅か十年足らずの入信者が分つてたまるものか……誠が分りたら、口をつまへて黙りて居つて、改心致さなならぬ様になるぞよ。ゴテゴテと喋舌りたい間は、誠の改心が出来て居らぬのであるぞよ。一時も早く改心致して、うぶの心になりて、誠の御用を致して下されよ……と変性男子のお筆先にチヤンと書いて有るぢやないか。筆先の読みよが足らぬと、そンな屁理屈を言はねばならぬ。神の道は理屈では可けませぬぞエ。絶対服従、帰依心、帰依道、帰依師でなければ信仰の鍵は握れませぬぞエ』 鶴公『二つ目にはよい避難所を見つけられますなア。鍵が握れぬなぞと、うまく仰有いますワイ。鶴公の名論卓説を握り潰すと云ふ心算でせう』 高姫『きまつた事だ。古参者の吾々に、新参のお前たちが、太刀打しようと思つたつてそりや駄目だ。駄目の事は言はぬが宜しい。あつたら口に風引かすよなものだ。何時までもツルツルと理屈を仰有るなら、モウ神のツルを切らうか』 鶴公『ツルなつと、カメなつと、縁なつとお切りなさい。三五教もウラナイ教も奉斎主神は同じ事だもの。私は神さまと直接交渉致します。人を力にするな、師匠を杖につくなと、三五教もどきに貴女も始終仰有つたぢやありませぬか。嘘を吐く師匠を杖に突くと云ふ事は、熟々考へて見ればみる程厭になつて来ましたワイ。何れ私が脱退すれば、千匹猿の様に、喧し屋の革新派が従いて来るでせう。さうすればウラナイ教もシーンとして、世間から見て、大きな館で沢山人が居る様だがナンした静かな所ぢやと、世間から申す様になるぞよ。さうでなければ誠が開けぬぞよと日の出神のお筆先にも出て居る通り、貴方も御本望でせう。筆先の実地証明が出来て、日の出神の生宮の御威勢は益々揚り、旭日昇天のウラナイ教となりませう』 高姫『コレ鶴公、よう物を考へて見なさいや、ソンナ浅薄な仕組ぢや有りませぬぞエ。お前はチツトばかり青表紙や、蟹文字を噛つて居るから、仕末にをへぬ。マアマア時節を待ちなさい。枯木にも花咲く時が来る。後になつて、アーアあの時に短気を起さなかつたらよかつたにと、地団駄踏みてジリジリ悶えをしてもあきませぬぞエ。よう胸に手を当て心と相談をして見なさい』 鶴公『ヤツパリ、私の様なプロテスタントにも未練がかかりますかなア』 高姫『プロテスタント派だから余計可愛のだ。敵を愛せよと神様は仰有る。改心の出来ぬ悪人程、妾は可愛いのだ。不具な子程親は余計憐れみを加へたがる様に、神様の御慈愛と云ふものは、親が子を思ふと同じ事だ』 鶴公『アヽ仕方がない。流石は高姫さまだ。チツトも攻撃の出来ない様に、何時の間にか鉄条網を張つて了つた』 高姫『早く黒姫さまを此方へお迎へして来ないか。コレコレ亀公、黒姫さま一同にどうぞお這入りなさいませと言つて、御案内を申してお出で……』 亀公『承知致しました』 鶴公『オイ亀公、鶴と亀とは配合物だ。俺も従いて往かう』 亀公『ヤアお前が来ると又難問題が突発すると仲裁に困るから、マア控へとつて呉れ』 鶴公『ナーニ、鶴と亀と揃うてゆけば、鶴亀凛々だ。活機臨々として高姫の御威勢は、天より高く輝き亘り、大空に塞がる黒姫……オツトドツコイ黒雲は、高山彦のイホリを掻き分けて、天津日の出神の御守護となるに定つて居る。それは此鶴公が鶴証するよ。アハヽヽヽ』 高姫『コレコレ鶴公、お前は此処に待つて居なさい。亀公一人で結構だ』 鶴公『これは高姫さまのお言葉とも覚えませぬ。折角遠方からお出でになつたのに、亀公一人を出しては、チツト不待遇ぢや有りませぬか。鶴亀の揃はぬのは、あまりお芽出たうは有りますまいぞ。併し乍ら高姫様は芽出たい様にと、鶴亀の両人を連れてお出でになつたが、ヤツパリ……ヤツパリだから、御案じ遊ばすのも無理は御座いますまい。……エー仕方が有りませぬ。大譲歩を致しまして、鶴公は本陣に扣へて居りませう。……オイ亀公、一人御苦労だが、鶴公は奥にハシヤいで居ます……と黒姫さま一行に伝言をするのだよ』 亀公『勝手に、何なと吐けツ』 と足を早めて表へ駆け出したり。黒姫の一行は亀公に案内され、喪家の犬の様に悄気返つて、コソコソと足音までソツと、薄氷を踏む様な体裁で此場に現はれたり。 高姫『アヽ黒姫さま、高山彦さま、ようマア帰つて下さつた。今も今とて霊眼で貴方の御心労を拝観して居ました。お前さまは副守護神の容器だらう。黒姫さまや、高山彦さまの本守護神は屹度アンナ利巧な事はなさいますまい』 黒姫『ハイ誠に申訳の有り……もせぬ事を致しまして、何分副守護神が此頃は権幕が強いものですから、黒姫の本守護神も持て余して居られますワイ。高山彦さまの本守護神も第二の作戦計画をやつて居られます。此処に参上たのはヤツパリお察しの通り副守護神の容器で御座います』 高姫『それはそれは副守護神どの、遠路の所御苦労で御座いました。サアサアどうぞ妾の居間へお出で下さいませ。副守護神同志、何かの相談を致しませう』 ハイと答へて、黒姫、高山彦は、高姫の後に従ひ、ホツと一息つき乍ら、奥の間指してシホシホと進み行く。後には魔我彦、蠑螈別、鶴公、亀公、寅若、菊若、富彦、甲乙丙丁戊己其他数十人の者、酒に酔ひ潰れ、喧々囂々、遂には打つ、蹴る、擲る、泣く、笑ふ、怒るの一大修羅場が現出されウラナイ教の本山は鼎の沸くが如く大乱脈の幕に包まれにける。 (大正一一・五・七旧四・一一松村真澄録) |
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霊界物語 | 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 | 12 言照姫 | 第一二章言照姫〔六五七〕 松姫館の表門の司を兼ねたる受付役の竜若は、両手を組み深き思案に沈む折柄、潜り門を潜つてノタノタ入り込む四人の姿を眺めて打ち驚いた。女神姿の二人の宣伝使は門外に煙の如く姿を消した。 竜若は怪しき四人の姿を見て、 竜若『オイ其処へ往くのは、熊に虎ぢやないか。ヤー馬公に鹿公、この冷たい地上を四這ひになつて通るとは、こりや又何うした理由だ』 熊彦『熊、虎の本守護神の顕現だよ』 竜若『貴様は馬公、鹿公を威喝殴打致した罪人だから、当然の成り行きだが、馬公に鹿公は又何うしたものだ』 馬公『ハイ私も本守護神が現はれました。どうぞ尻でも叩いて追ひ込んで下さい』 竜若『ハテな』 と暫時思案の後自分も又四這ひになつて従いて行く、五人の姿は館の奥深く這ひ込んだ。奥には松姫、お節の両人、桐の丸火鉢を挟んで頻りに御蔭話に現を抜かしてゐる。苔蒸す庭前にノコノコ現はれた五人の四這ひ姿、二人は話に実が入り、少しも此の珍姿怪体に気が付かなかつた。獣になつた五人は人語を発すること能はず、二人が自然に目を注ぐのをもどかしげに待てゐる。待あぐんでか、熊公は熊の様に、 熊彦『ウンウーン』 と一声唸る。続いて虎公は、 虎公『ウワーウワアー』 と一生懸命に唸り立てる。馬公は、 馬公『ヒンヒンヒン』 と叫ぶ。鹿公は、 鹿公『カイローカイロー』 と鳴く。竜若は沈黙を守つてゐる。此の声に驚いて二人は庭前を見やれば四這ひになつた五人の男、松姫は、 松姫『アーいやらしいこと、何でせうなア、お節さま』 と座を立つて遁げようとする。 お節『モシモシ松姫さま、さう驚くには及びませぬ。なんでもありませぬ、竜若さまに熊彦、虎彦の両人さま、それに三五教の馬公に鹿公さまですよ。ホヽヽヽヽ、あのマアよう似合ひますこと』 松姫はやつと安心の面色にて、 松姫『コレコレ竜若、熊彦、虎彦、冗談もよい加減にしなさい。女主人だと思つて人を嘲弄するのかい。なんだ見つともない。神様の御用をする身であり乍ら、汚らはしい獣の真似をしたり、何の態だ。ちと嗜みなさらぬか』 虎彦『ウワーウワー』 熊彦『ウーウー』 松姫『アーア困つたことになつて来た。誰も彼も気が違つたのだらうか。これお節さま、如何しませう』 お節『サア困つたことですな、何うしようと云つたところで仕方が無いぢやありませぬか。コレコレ馬公、鹿公、お節ですよ。あまり御無礼ぢやありませぬか』 馬公『ヒンヒンヒン』 鹿公『カイローカイロー』 お節『アヽ互恨みの無いやうに、両方共怪体なことになりましたな』 松姫『斯う云ふ時には神様より外に解決をつけて下さる方はない、アーア可憐想に生き乍ら畜生道へ落ちたのかいな。人面獣心と云ふことは聞いて居るが、此奴は又獣体獣心になつた様だ。やつぱり此世にも地獄もあれば、餓鬼道、畜生道もあると見える。アヽ怖ろしい怖ろしい。コレコレ皆さま、立つて見なさい。どうしても立つことが出来ないのか。最早人間の位が無くなつたのかいな。位と云ふ字は、立つ人と書くが、此奴は又完全な四足ぢや、アヽ可憐想に、これと云ふのも松姫の我が強いからだ。ドレドレ一つ神様にお詫を致しませう。お節さま、貴女はこの五人の男の看守りをして居て下さい。私はこれからお水でも頂いて一生懸命御祈念を致します』 と真青な顔をして、神前の間さして進み入る。五人は声限りに『ウーウー』『ウワー』『ヒンヒン』『カイロカイロ』と負ず劣らず呶鳴り立ててゐる。 暫くあつて松姫は此場に現はれ、 松姫『アヽお節さま、一生懸命に願つて来ましたが、まだ皆の衆は治りませぬかな』 お節『ハイ依然として最前の通り、庭の木のしげみへかたまつて這ひつくばうて居られます。漸く唸り声だけは止まつた様です』 松姫『どう致しませう。私も仕方が無い、罪滅しに四這ひになつて這うて見ませうか』 お節『滅相な、何を仰有います。結構な立つて歩ける人間に生れ乍ら、神様の生宮を軽蔑し、四足の真似を為さると今の五人さまのやうに、神罰が当つて本当の四足になつて了ひますよ』 松姫『それだと言つて私の責任が済まぬぢやありませぬか。私は畜生道へ落ちても構ひませぬ、苦楽を共にするのが本当です』 お節『結構な神の生宮と生れて其様な汚らはしい事を為さると、本守護神を侮辱した事になり、本守護神は愛想をつかして貴方の肉体を脱出し、副守護神ばかりになつて了ひます。さうすればあのやうな浅猿しいさまにならねばなりますまい。人間は神様に対し持身の責任があります。我身を軽んずると云ふことは、所謂大神様を軽んずるも同様、これ位深い慢神の罪はありませぬ。どうぞそれ丈は思ひ止まつて下さいませ』 松姫『そうだと言つて此の惨状を私として傍観する事が出来ませうか』 お節『成り行きなれば仕方がありませぬ。前車の覆へるは後車の戒め、必ず必ずそんな真似をなさつてはなりませぬぞ』 と声に力を籠め、常に変つて稍気色ばみ叱りつけるやうに言つた。松姫は黙念として首を垂れ、悲歎の涙に暮れてゐる。 お節『人間と云ふものは行ひが大切です。吃りの真似をすれば自然に吃りとなり、唖の真似をすれば自然に唖となり、聾の真似をすれば忽ち聾となり、躄の真似をすれば天罰覿面躄になつて了ふのは、争はれぬ天地の真理です。それに人間に生を亨け乍ら如何なる事情があるにもせよ、勿体ない、結構な肉体を四足の真似をしたりすると云ふことがありますものか。アレ見なさい五人の方は段々身体の様子が獣らしくなるぢやありませぬか。それに又人間と生れ乍ら汚らはしい、馬ぢやの、鹿ぢやの、熊、虎、竜なぞの獣の名をつけるものだから、忽ち其名の如く堕落して了ふ。言霊の幸はふ国と申しますが、言霊計りではありませぬ、行ひの幸はひ災する世の中、どうしても人間は名を清くし、心を清め、行ひを正しくせなくてはなりませぬ。アヽ可憐想に私が及ばず乍ら、言霊を以て宣り直して見ませう。さすれば大慈大悲の大神様が一度は御許し下さるでせう』 松姫『本当に驚きました。どうぞ貴女、神様にお詫して下さいませ』 お節『畏まりました』 とお節は立上り、神前に進み入り天津祝詞を奏上し、終つて再び此場に現はれた。 お節『モシモシ竜若さま、熊彦さま、虎彦さま、神様が御許し下さいました。サアお立ちなさいませ。一二三四五六七八九十百千万』 竜若は忽ちムツクと立上り、 竜若『アヽ有難うございました』 次で熊彦、虎彦、馬、鹿の四人、又もやスツクと立上り、 熊虎馬鹿の四人『コレハコレハお節さま、よう助けて下さいました。エライ心得違ひを致しました。モウ今後は決して斯んな馬鹿なことは致しませぬ』 松姫『コレ竜、熊、虎の三人さま、お前は彼んな馬鹿な態をして私を困らしたのぢやないかいな』 竜若『イエイエ滅相な、私が門番を致して居りますと、潜り門をノタノタ這うて来る熊彦、虎彦の姿、こりや不思議だとよくよく見れば、馬公、鹿公四人揃うてノタノタと四這ひになつて奥へ向つて進んで往く。ヤア此奴は熊、虎、最前の無礼を謝する為、謙遜の余り這うてゆくのだな。それに就ても馬公、鹿公は立つて歩くにしのびず、御付合ひに這うてゆかつしやるのだ。アヽ何方も誠と誠の寄り合ひ、義理の立て合ひと感服の余り、大責任を持つた私一人、人間らしう立つて歩く訳にも行かず、余り心の恥かしさに四這ひになつて随いて来ました。さうした所二三間歩く内に本当の四足になつて了ひ、立つことも出来ず、もの言ふ事も出来なくなつたのです。実に恐ろしいものです。ナア熊彦、虎彦、お前はどうだつた』 熊、虎一度に、 熊彦、虎彦『何だか本当の獣になつたやうな心持がし、再び立つて歩く事が出来ないかと心配してゐました。お節さまの御かげで畜生道の苦みを助けて頂きました。有難うございます』 と心底から嬉し涙を零して居る。 お節『アヽそれは大変な事になるとこでした。今後は何卒慎んで下さいませ。鹿公、馬公、お前迄が何とした馬鹿な真似をなさるのぢや。私は大神様に恥かしい』 馬公、鹿公『イヤどうも申訳がありませぬ。以後は屹度心得ます』 お節『馬公、鹿公、貴方は途中で立派な女神さまにお会ひぢやなかつたか』 馬公『ハイ会ひました』 鹿公『門前まで送つて頂きました。併しそれ限り御姿がなくなつて了つたのです』 お節『さうでせう。貴方が自ら人格を落して馬鹿な真似を為さるものだから、流石に慈愛深き女神様もおあきれ遊ばして、お帰りになつたのだ。お詫をなさいませ』 馬公『有難うございます』 鹿公『今度といふ今度は種々と神様から実地教育を授かりました』 熊彦『私は、馬公、鹿公に対し、実に有るに有られぬ侮辱を与へ、打擲を加へました。然るに忍耐強きお二人さまは、チツトも抵抗もなさらず、却て私達に感謝をされました。智慧浅き私共は、馬鹿か、気違ひかと思うて益々虐待を致しましたので、心の底より恥入つて、アヽ私の精神は四足だつた、人間らしく、どうしてお地の上を立つて歩けようかと、懺悔の余り一つは謝罪のため四足の真似を致しました』 と涙ぐむ。 松姫『アーアさうだつたか、其処迄改心が出来れば、斯んな結構なことはありませぬ。併し神様の御教に、神を敬ひ、人を敬ひ、我身を敬へと云ふことがあります。何卒人間の身体は神様の結構なお宮だと思つて、仮令自分の身体でも粗末にしてはなりませぬ。私もお節さまがお止め下さらなかつたならば、お前さま等のやうに畜生道に落ちるとこでございました。サア皆さま、打揃つて神様にお礼を申しませう。実の所はフサの国の本山より、高姫様、黒姫様の御命令が降り、心は既に三五教へ帰順致して居つたのですが、部下の皆さま達が俄にそんな事を云つたところで聞いて下さる道理もなし、どうしたらよからうかと思ひ煩つて居りました。然るに神様は何から何まで抜け目なく、誠の手本を示して皆さまの改心を促して下さいました。此間からお節さまがお出でになり、いろいろと言葉を尽して三五教に帰るようとお示し下さつたけれども、余り易々と帰順すればお節さまの夫を思ふ真心の誠が現はれ難いと思つて、わざと心にも無い事を云うて頑張つて居りました。さうして紫姫様の御身の上を案じて助けたいと思ふ馬公、鹿公のお二方に花を持たしたいばつかりで、今迄頑張つて居たのです。私が心の底から改心を致しましたのは、大神様のお慈悲は申すに及ばずお節さまのお力と、馬公鹿公の主人を思ふ真心のお力でございます。私のみかウラナイ教一同の者が帰順するやうになりますのも、夫を思ふお節さまの至誠と、主人を思ふ馬公、鹿公の忠義心とのお力でございます。誠ほど結構なものは此世の中にございませぬ。私は今日限り此の館をあけて暫く修業に参り、身魂を研くつもりでございます。どうぞお節さま、馬公、鹿公と共に此館をお守り下さつて、数多の信者に誠の道を説いてやつて下さいませ。貴方等が夫や主人を大切に思はるるのと同様に、私も師匠の高姫様や、黒姫様のために尽さねばなりませぬ。どうぞ宜敷くお願ひ致します。竜、熊、虎其他一同の方々、お節さまを私の代理否、私の御師匠さまと崇め、鹿公、馬公を高弟と仰いで、仲好くお道のために尽して下さい』 と言ひ棄て庭先の草履を穿くや否や、夕の闇に紛れて何処ともなく姿を隠しけり。 熊彦は驚きあわて、 熊彦『ヤア竜若さま、松姫さまは到頭蒙塵されました。コラ斯うして居られまい。何処までも追ひ駆けてお姿を見つけ出し、帰つて貰はねばなりますまい。オイ虎彦、サア足装束をせい』 竜若『オイ熊彦、虎彦、待て待て、去るものは追はず、来るものは拒まずぢや。何事も惟神に任して置けばよいのだ』 熊彦『オイ竜若、貴様は人情を知らぬ不徳漢だ。今迄師匠と仰いだ松姫さまが、吾々の醜態を御覧になつて恥しさに堪へかね、結構な館を捨てて何一つ持たず、飛び出されたぢやないか。春秋の筆法を以て言ふならば、竜若、松姫を追放すと云ふことになるぞ。今迄は上役を笠に着居つて偉さうに、熊だの、虎だのと頤で俺を使ひ居つたが、何ぢや、斯んな時に平然として構へて居る奴が何処にあるか。モウ今日限り上官でも兄弟子でも、何でも無いワ。不徳を懲すために、コラ柔道百段の鉄拳をお見舞ひ申さうか、返答は如何だ』 竜若『アハヽヽヽ、又鍍金が剥げかけたぞ。今のことを忘れたか。また四足に還元したら如何するのだ』 熊彦『エー四足になつたつて構ふものか。国家の興亡旦夕に迫る此の一刹那、愚図々々して居る場合でないぞ。間髪を入れずとは此の事だ。オイ竜若、貴様も今迄松姫様の殊恩に浴した代物だ、斯う云ふ場合に赤誠を表はし、師弟の道を尽すと云ふ義侠心はないか』 虎彦『コラ竜若の野郎、何を怖ぢ怖ぢとしてゐるのだ。松姫様を見殺しにする量見か』 竜若『喧しい云ふない。貴様のやうな慌者が居るから、ウラナイ教は発達せないのだ。 君ならで誰かは知らむ我心 と松姫様は俺の千万無量の心中をよくお察し遊ばしてござるのだぞ。貴様のやうにうろたへ騒いで何になるか。それだから平素から臍下丹田に心魂を鎮めよと云うてあるぢやないか』 熊彦『アカンアカン、そんな逃げ口上を云つたつて、誰が承諾するものかい。卑怯者奴が、不徳漢奴が』 竜若『オイ、それ程松姫様の神業の邪魔がしたければ、俺に構はずトツトと往け。間誤々々して居るとお姿を紛失して了ふぞ』 熊彦『エー忌々しい、禄盗人奴、サア虎彦、首途の血祭に、仮令熊や虎に還元したつて構ふものか。此奴を一つ打撲つて潔く出発しようぢやないか』 虎彦『ヨシヨシ合点だ』 と早くも拳骨を固め前後より打かからむとする。馬公、鹿公は両人の利腕をグツと握り、 馬公、鹿公『ヤア待つた待つた』 熊彦、虎彦『待てと云つたつて是が何うして待たれるものか。エー邪魔して呉れな、放せ放せ』 馬公『お前さまの焦るのは尤もだ。併し乍ら松姫様をそれだけ思ふ真心は、実に感心だが、贔屓の引倒しとなつては、反つて済まないぞ。一生懸命に松姫様のお為だと思つてやつたことが、却て師匠を泥溝へ落すことになるのだ。マア冷静に考へて見よ。余り熱した時は公平な判断は出来ぬものだ。此処が鎮魂の必要な所だ。マアマア俺達に免じて思ひ止まつて呉れ。屹度松姫様は神様に助けられ、立派な手柄を遊ばすのだから』 熊彦『馬公、そんな気休めを云うて呉れな』 馬公『ナニ決して気休めぢやない。正真正銘の偽らざる俺の忠告だ。屹度お前のためにならぬやうなことはせないよ』 熊彦『俺はどうなつても構はぬ。松姫様を見捨てる訳にはいかない。どうぞ頼みだから放して呉れ』 虎彦『オイ鹿公、どうぞ今度許りは見遁して呉れ。二人のものに自由行動を採らして下さい。これが一生の頼みだ』 竜若『馬公、鹿公、構うて下さるな。これだけ貴方が親切に云つて下さつても、私が何と云つても通じないやうな没分暁漢だから、二人の自由に任して置きませう。併し乍ら二人とも実に美はしい紅い血が全身に漲つて居る。ヤア熊、虎、ようそこ迄師匠を思うて呉れる。俺は何も云はぬ、唯もうこの通りだ』 と手を合す。 お節『コレコレ熊公、虎公、どうぞ思ひ止まつて下さい。お節がこの通りお願ひ致します』 と跣足の儘庭先に飛び下り、大地にペタリと平伏し、両手を合して涙と共に頼みいる。 どこともなく嚠喨たる音楽の響、一同はハツと驚き空を見上ぐる途端に現はれた一人のエンゼル、声も涼しく、 エンゼル『われこそは神素盞嗚大神の御使言照姫命なり。松姫の改心に依り、ウラナイ教の教主高姫、副教主黒姫の罪は赦された。又松姫は神が守護を致し、神界のために抜群の功名を顕はし、日ならず当館へ帰り来るべし。此上はお節に対し、玉能姫と云ふ神名を賜ふ。竜若は今より竜国別、馬公は駒彦、鹿公には秋彦、熊彦には千代彦、虎彦には春彦と神名を賜ふ。汝等玉能姫を師と仰ぎ協心戮力神界のために全力を尽せ。神は汝の心魂を守護し天地に代る大業を万世に建てさせむ。ゆめゆめ疑ふこと勿れ』 と詔り終り、崇高なるエンゼルの姿は烟の如く消え失せたまひぬ。 一塊の紫雲は室内より戸外に向つて流れ出で、中空高く舞ひ上る。星は満天に燦然として輝き渡り、東の山の端に三五の明月皎々として輝き始め、芳ばしき風颯々として吹き来り、一同の心胆を洗ふ。 アヽ惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・五・八旧四・一二外山豊二録) (昭和一〇・六・三王仁校正) |
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霊界物語 | 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 | 霊の礎(五) | 霊の礎(五) 一、高天原に復活したる人間の霊身は、地上現実界に生存せし時の如く、思想感情意識等を有して楽しく神の懐に抱かれ、種々の積極的神業を営むことを得るは前に述べた通りである。 扨て人間は何うして現界に人の肉躰を保ちて生れ来るかと云ふ問題に至つては、如何なる賢哲も的確な解決を与へて居ない。併し是は実に止むを得ない所である。物質的要素を以て捏ね固められたる人間として無限絶対なる精霊界の消息を解釈せむとするのは恰も木に倚りて魚を求め、海底に潜みて焚火の暖を得むとするやうなものである。故に現界人は死後の生涯や霊界の真相を探らむとして、何程奮勉努力した所で到底不可能不成功に終るのは寧ろ当然である。一度神界の特別の許可を得たるものが、無数の霊界を探り来たり、之を現界へその一部分を伝へたものでなくては到底今日の学者の所説は臆測に過ぎないことになつて了ふ。 一、抑も高天原の天国に住む天人即ち人間の昇天せし霊身人は地上と同様に夫婦の情交を行ひ、終に霊の子を産んで是を地上にある肉体人の息に交へて人間を産ましめるものである。故に人は神の子、神の宮といふのである。地上は凡て天国の移写であるから天国に於て天人夫婦が情交を行ひ霊子を地上に蒔き落す時はその因縁の深き地上の男女は忽ち霊に感じ情交を為し胎児を宿すことになる。その胎児は即ち天人の蒔いた霊の子の宿つたものである。その児の善に発達したり悪に落つるのも亦その蒔かれた田畑の良否に依つて幾分かの影響をその児が受けるのは止むを得ない。智愚正邪の区別の付くのも止むを得ない。石の上に蒔かれた種子は決して生えない。又瘠土に蒔かれた種子は肥沃の地に蒔かれた種子に比すれば大変な相違があるものだ。之を思へば人間は造次にも顛沛にも正しき清き温かき優しき美はしき心を持ち、最善の行ひを励まねばならぬ。折角の天よりの種子を発育不良に陥らしめ或は不発生に終らしむるやうなことに成つては、人生みの神業を完全に遂行することは出来なくなつて宇宙の大損害を招くに至るものである。人間が現界へ生れて来る目的は、天国を無限に開く可く天よりその霊体の養成所として降されたものである。決して数十年の短き肉的生活を営むためでは無い。要するに人の肉体と共にその霊子が発達して天国の神業を奉仕するためである。天国に住む天人は是非とも一度人間の肉体内に入りてその霊子を完全に発育せしめ現人同様の霊体を造り上げ、地上の世界に於て善徳を積ませ、完全なる霊体として天上に還らしめむがためである。故に現界人の肉体は天人養成の苗代であり学校であることを悟るべきである。 一、胎児は母体の暗黒な胞衣の中で平和な生活を続け十ケ月の後には母体を離れて現界へ生れ喜怒哀楽の為に生存するものだと言ふことは知らないが、併し生るべき時が充つれば矢張り生れなくてはならぬ如く、人間も亦天国へ復活すべき時が充つれば如何なる方法にても死といふ一つの関門を越えて霊界に復活せなくてはならぬのである。胎児は月充ちて胞衣といふ一つの死骸を遺して生るる如く人間も亦肉体といふ死骸を遺して霊界へ復活即ち生るるのである。故に神の方から見れば生通しであつて死といふ事は皆無である。只々形骸を自己の霊魂が分離した時の状態を死と称するのみで要するに天人と生れし時の胞衣と見れば可いのである。胎児の生るる時の苦みある如く自己の本体が肉体から分離する時にも矢張相当の苦しみはあるものである。併しその間は極めて短いものである。以上は天国へ復活する人の死の状態である。根底の国へ落ちて行く人間の霊魂は非常な苦しみを受けるもので、恰度人間の難産のやうなもので産児の苦痛以上である。中には死産と謂つて死んで生れる胎児のやうに最早浮かぶ瀬が無い無限苦の地獄へ落されて了ふのである。故に人間は未来の世界のある事が判らねば真の道義を行ふことが出来ぬものである。神幽現三界を通じて善悪正邪勤怠の応報が儼然としてあるものと云ふことを覚らねば人生の本分は何うしても尽されないものである。 一、天国に住める天人は地上を去つて天国へ昇り来るべき人間を非常に歓迎し種々の音楽などを奏して待つて居るものである。故に天国を吾人は称して霊魂の故郷と曰ふのである。 真神即ち主なる神は人間の地上に於て善く発達し完全なる天人となつて天国へ昇り来り天国の住民となつて霊的神業に参加する事を非常に歓び玉ふのである。天国の天人も亦人間が完全な霊体となつて天国へ昇り来り天人の仲間に成ることを大変に歓迎するものである。 譬へば爰に養魚家があつて大池に鯉の児を一万尾放養し其鯉児が一尾も残らず生育して呉れるのを待つて歓び楽んで居る様なものである。折角一万尾も放養しておいた鯉が一定の年月を経て調べて見ると其鯉の発育悪く満足に発育を遂げたものが百分一に減じ其他は残らず死滅したり、悪人に捕獲されて養主の手に返らないとしたら其養主の失望落胆は思ひやらるるであらう。併し鯉の養主は只物質的の収益を計るためであるが、神様の愛の欲望は到底物質的の欲望に比ぶることは出来ない。故に人間は何処までも神を信じ神を愛し善の行為を励み、その霊魂なる本体をして完全なる発達を遂げしめ、天津神の御許へ神の大御宝として還り得るやうに努力せなくては、人生の本分を全うすることが出来ない而已ならず、神の最も忌みたまふ根底の国へ自ら落行かねばならぬやうになつて了ふのである。 アヽ惟神霊幸倍坐世。 大正十一年十二月 (昭和一〇・六・四王仁校正) |
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霊界物語 | 20_未_丹波物語5 錦の宮の発足 | 12 如意宝珠 | 第一二章如意宝珠〔六七四〕 心の色も照山の麓に建てる高殿は 錦の宮の社務所と世に鳴り渡る秋の風 紅葉の錦散り敷きて寒さ身に沁む時もあれ 頭に霜を戴きし三五教の宣伝使 黒姫、高姫、青彦や紫姫は終夜 眠りもやらずヒソヒソと秘密の話に耽り居る。 高姫『皆さま、高い声では云はれませぬが、玉照彦様、玉照姫様御両人も大切だが、それよりも、もつともつと肝腎要の根本の生粋の神政成就のお宝が紛失したのを皆さま知つて居ますか』 青彦は『エヽツ』と頓狂な声を出し、驚いて仰向きに倒れようとしてやつと身を支へた。 高姫『コレコレ、青彦さま……お前の名は若彦ぢやが……つい口癖になつて云うたのだから怺へて下されや。若葉の色は青いから若彦でも青彦でもよう通ひますからな……然し、ちつと気を沈めて聞いて下さい。外の人に斯んな話が聞えたら高天原は大騒動ぢや、何とか工夫せねばなるまい。こんな事はまだ誰にも言うては無いのぢやが本当に心配の事が出来て居るのだよ』 黒姫『心配な事とは何事が起りました、妾の力に及ぶことなら生命を捨ててでも御用を聞かして貰ひませう』 高姫『実はお玉の方がバラモン教の悪神に攫はれて仕舞ひ、今に行方が分らぬので言依別命様にも申上げ、心配をして居るのぢや』 是を聞いて黒姫、紫姫、若彦は真蒼白な顔をし『ヘエ』と言つたきり呆れて、互に目と目を見合すのみで途方に暮れて居る。 高姫『お前さま、お玉の方が攫はれたと言つてそれだけ吃驚する様な事では仕方がないぢやないか、ちつと胴を据ゑなさい。「身魂が研けて居らぬと真逆の時にびく付くぞよ。身魂さへ研いて置けば如何な心配が起つても胴が据つて楽に凌げるぞよ」とお筆先に有りませうがな、まだまだ吃驚の親玉がモ一つありますぞや』 紫姫『高姫さま、吃驚の親玉とは如何な事です、何卒聞かして下さい。妾も力一杯出来る事なら勤めさして頂きますから』 高姫『親玉と言つたら玉を盗られたのぢやがなア』 紫姫『あのお玉の方をですか』 高姫『お玉もお玉ぢやが、そんな玉とは玉で玉が違ふのぢや。天地がデングリ覆る様な大騒動ぢや。皆さまに言うて上げ度いけれど、あまり胴が据つて居らぬので如何する事も出来やしない。アヽア、神様の、もつと確りしたお道具に成る人が欲しいものだなア』 黒姫『玉とは何で御座います』 高姫『金の玉ぢや、それを盗られたのぢや』 黒姫『それは言依別様ですか、高山彦さまですか、そんな処を……また誰が如何して……穢しい……取つたのでせう』 高姫『エー、合点の悪い人ぢや、睾丸と違ひますよ。桶伏山に埴安彦神様が匿して置かれた、青雲山から持つて来られた神政成就の元津御霊の黄金の玉、如意宝珠の宝物を……皆が気をつけぬものだから、到頭盗られて仕舞うた。こりや屹度バラモン教が攫へて去んだのに違ひない、大変だらうがな』 黒姫『大変です、如何したら宜しからう、言依別命様に伺ひませうか』 若彦『困つた事になりましたなア、そつと伺つて来ませうか』 高姫『そんな事は此間から幾度も幾度も、妾がそつと言依別の教主に相談に行つて居るのぢやけれども、何んとか、かんとか言つて、「マア黙つて居つて下さい、何とか神様がして下さるでせう」なんて、キヨロリ、カンと大山が崩れて来ても動かぬと言ふやうな態度をして御座るものだから、妾は、もう気が揉めて揉めて、立つても居ても居られぬから、今日はお前さま達に寄つて貰つて、何とかせねばならぬと思ひ、相談をするのぢや』 黒姫『これは又、どえらい失敗をしたものですな、夜警にも廻る者が無かつたのかいな』 高姫『その夜警ぢやて、三五教の信者らしう見せて這入つて来よつて、其奴が手引して黄金の玉を盗み、何処かへ逃げて行きよつたのぢや。それだから神様が各自に気をつけて置けと仰有るのぢや。若い者の眠たい盛りに夜警をさして、寝つきの悪い年寄が、無理に寝ようとして無精をかわくものだから、神様が改心の為めに罰をあてなさつたのぢや。之から年寄は夜寝ぬ事にして下さい。その代り昼は何程なりと寝て、夜は気を付けて貰はねば、之から先に如何な事が起るか分つたものぢやない。若い者を昼遊ばし夜夜警をさすと、屹度碌な事は出来はしない。夜分は宵から寝させ、昼働けば宜いのぢやに、第一幹部のやり方が御神慮に叶はぬものだから、斯んな心配事が起るのぢや。黒姫さま、ちつと気をつけなされや』 黒姫『ハイハイ、気をつけます。何と言つても身魂の因縁性来だから仕方がありませぬワ。悪の御用をさされる身魂と善の御用をさされる身魂と、神様が立別けて見せて下さるのぢやから、最前も高姫さまが「神さまの罰が当つた」と仰有つたが、そりやチツトお考へ違ひぢやありませぬか。神様自らがお仕組遊ばす肝腎の宝を敵に盗られて迄、妾達に罰を当てるなんて…可怪しいぢやありませぬか。妾等が盗られたのぢやない、畢竟神様が神業の宝を盗られなさつたのぢや、謂はば神様に罰が当つたのぢや。さうぢやから素盞嗚尊様は善い所もあるけど、変性女子だから間に大縮尻をなさるのぢや。緯は梭が落ちたり糸が切れると言ふのは、ここの事でせう。経は一条を立て通してさへ居れば斯んな事は無いのだけれどなア。アーア然し時世時節には神様も叶はぬのだから、妾等は一旦改心した以上は、時の天下に従ふより外に道は有りませぬ、大将がしつかりしてくれぬと下の者迄が難儀をする。一匹の馬が狂へば千匹の馬が狂ふとやら言うて、良い大将の神様が欲しいものだ。如何しても変性女子の身魂が我を張つた時は斯んな懲戒が出て来るのぢや。神さんだつて矢張失敗はあるのだからなア』 若彦『これ、黒姫さま、そりやちつと量見が違ひはせぬか、言へばお前さま達の取締が悪いから斯んな事になつたのぢや。自分の責任を棚へ上げて二つ目には瑞の御霊さんへ責任を持つて行くのぢやな、何程千座の置戸を負うて下さる神さまぢやと言うても……そいつア余りぢや、お前さまの論法は脱線だらけぢやないか』 黒姫『ちつとは脱線もしようかい、天変地異の大騒動が起つとるのだから……一つや二つ汽車電車の脱線はありさうなものぢや』 高姫『何時まで斯んな事を言うて居つた所で、黄金の玉は帰つて来る気遣ひも無し、お玉の方が戻つて御座る筈もない。ここは一つ我々が千騎一騎の活動をして、生命を的に黄金の玉を取返し、お玉の方を探して帰つて来ねば、第一我々初め貴女等の責任が済みますまい』 此時ガラガラと表の戸を開けて這入つて来た二人の男、若彦は目早く見て、 若彦『ヤア、お前はテルヂーにコロンボぢやないか、しつかり夜警をして居るかな』 テルヂー『夜警も神妙にやつて居ますが、黄金の玉を、前に来て居つた徳の野郎奴、バラモン教の蜈蚣姫の間者と共謀になりやがつて、ソツと玉を盗んで行きやがつてからと言ふものは、何の為めに夜警をするのやら有名無実、馬鹿らしうて夜警もやけ気味になつて来ます哩』 高姫『なに、あの徳奴が此間から姿を見せぬと思へば、彼奴が手引をして居つたのか。何と悪い奴ぢやな、それで人に心を許すでないぞよと神様が仰有るのだ、皆さまよう聞いて下さいや、うまい事言うて来ても神に伺はねば相手になつては往かぬとのお筆先を余り軽く見て居つたから、斯んな事になつて仕舞ふのぢや』 黒姫『モシ高姫様、貴方は何時も徳さんは偉い、誠の人ぢや、あんな人ばつかり信者になつて居つたら、三五教は一遍に世界の掌を翻す事が出来ると云うて褒めそやし、お前も徳さまを見習うて手本にしなさいと仰有いましたな。貴方の仰有る事を聞いて手本にでもして居つたものなら、今頃は如何な騒動がオツ始まつて居るやら分りやしませぬぞえ。鼈に尻の穴を吸はれた様な惨目な目に成つて仕舞ふのだ』 高姫『黒姫さま、お前は何を言ふのぢやぞえ、誰がそんな事を言うたのぢや。一寸一遍手洗でも使うて来なさい』 言依別命は何となく心いそいそして寝られぬままに、月の光を浴び、杖をついてブラブラと此高殿の前にやつて来た。屋内の争ひ声に耳をとめ、自ら雨戸を引き開けて進み入り、 言依別『ヤア皆さま、遅う迄エライ勉強ですな、何ぞ結構なお話でもありますかな』 高姫『貴方は高天原の大将ぢやありませぬか、能うそんな気楽な事を言うて居られますな、肝腎要の根本のお宝を紛失し、お玉の方の肉の宮は行方不明となつて、妾達が夜も碌によう寝ず、此通り目を赤うして心配をして居ますのに、貴方は何ともありませぬか。貴方が余り平気な顔して御座るものですから、幹部の連中さまが誰も彼も、いや惟神とか、御都合だとか言つて、尽すべき事も尽さず、懐中に手を束ね、握り麻羅でポカンとみて居るのぢや、ちつと確りして下さい』 言依別『ハヽヽヽヽ、エライ御心配を掛けて済みませぬな、神様は抜目が有りませぬから、さう心配はなさいますな』 高姫『抜目の無い神様なら、なんで其んな大切な玉を盗られなさつたのぢや。神さまだつて此方から気をつけて上げなければ如何なるものか、こんな不調法ばかりなさる、筆先にも「何卒誠の者は神に気をつけて下されよ」と現はれて居るぢやないか、能うマア、ほんにほんにそんな陽気浮気で如何して此高天原の城が保てますか、大勢の者の統一が出来ますかい』 言依別『黄金の玉も、お玉の方も、何れ明日の朝か昼頃には此処へ帰つて見えますよ。神さまがちやんと仕組んで居られるから……貴方等が何程鯱になつても駄目ですよ』 此時門の戸を慌しく叩き、 鬼丸(又は谷丸)『モシモシ、言依別神様はお見えになつて居りませぬか』 黒姫『誰だいなア、無作法な……戸を割れる程ポンポン叩いて……ヤアお前は谷丸ぢやな、身体維れ谷丸処ぢや、早う彼方へ行つて夜警をして来なさい』 鬼丸『エー、滅相な夜警どころですかい、大変な事が起りました。何卒早う言依別神様に帰つて貰ひ度いのです。実の処は此間盗まれた黄金の玉とお玉の方が今表門まで無事に帰られました』 言依別『宗彦も一緒に帰つたかな』 鬼丸『ハイ、宗彦さまも、その外三人のお伴もついてお帰りになりました』 言依別命は莞爾し乍ら鬼丸を伴ひ表門へ進み行く。 高姫『サア黒姫さま、青さま、若さま、紫さま、如何しよう如何しよう、大変ぢや大変ぢや』 若彦、紫姫、黒姫、高姫は嬉しさの余り室内を狼狽へ廻つて居る。お玉の方に抱かれて黄金の玉の御神体は一とまづ錦の宮の殿内深く納まり給うた。あゝ惟神霊幸倍坐世。 言依別命は祝意を表し立つて宣伝歌を歌ひ始めたり。 言依別命『朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも誠の力は世を救ふ 三五教の神宝黄金の玉の如意宝珠 バラモン教の曲神にそつと盗まれ言依の 別の命は驚いて錦の宮に馳せ参じ 玉照彦や玉照の姫の命に伺へば 宝珠の玉は三国岳バラモン教の副棟梁 心の鬼ケ城山に砦構へし鬼熊別の 醜の魔神の宿の妻蜈蚣の姫の鬼婆さま 岩窟の中に立て籠り貴の宝を奪ひ取り お玉の方と諸共に占奪せりと聞きしより 我は神勅畏みて人に知らさず三五の 道の司の新参者天の真浦が弟なる 心の清き宗彦に旨を含めて霧の海 渡りて三国の山奥に遣はしければ宗彦は 使命を果し漸うにお玉の方と諸共に いそいそ此処に帰りけり玉照彦や玉照姫の 神の命の神司お玉の方の三つ霊 黄金の玉の五つ霊三つと五つとの睦み合ひ 此処に愈三五の神の教は輝り渡る 三五の月照彦の神思ひも此処に足真彦 教は四方に弘子彦の神の命と現はれて 悪しき病も少名彦愈神の御光も 高照姫や純世姫真澄の姫の鑑なす 尊き教も竜世姫御代も豊に国治立の 神の命や豊国姫の瑞の御魂のお喜悦 埴安彦や埴安姫の清き御魂も勇み立ち 天津神等八百万国津神等八百万 是の聖地に神集ひ今日の生日の喜悦を 祝ぎ給ふ嬉しさよあゝ惟神々々 御霊幸倍坐しまして世は久方の空高く 天津日嗣の永久に動かぬ御代と守りませ 円山姫の守られし黄金の玉は恙なく 再び此処に復りまし五六七神政の神業の 光と現はれ給ふらむ勇めよ勇め諸人よ 人が勇めば神勇む吾は言依別命 コーカス山や斎苑館珍の都のヱルサレム エデンの園に現れませる御神も共に喜びて 堅磐常磐に何時までも栄えませよと祈りつつ 日の出神や日の出別木の花姫の御活動 天地の神も三五の教の司も信徒も 歓ぎ喜び舞ひ遊ぶ鶴の齢の末長く 亀万歳の永久に守らせ給ふ此教 あゝ惟神々々御霊幸倍坐しませよ』 (大正一一・五・一四旧四・一八北村隆光録) |
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霊界物語 | 20_未_丹波物語5 錦の宮の発足 | 霊の礎(六) | 霊の礎(六) 一、第一天国たる最高最勝の位置を占たる天国の天人の姿は、実に花の如く、黄金の如く、瑠璃光の如く、且金剛石の幾十倍とも知れないやうな、肌の色を保つて居る天人ばかりである。そして大抵は有色人種、殊に黄色人種が多く、白色人種は其数に於て余程少数である。之を第二、第三の天国の住民より仰ぎ見る時は、只単に人間の像が強力なる光輝を放射して居るやうで、充分に見分くることが出来ない。 又第二、第三の天国には白色人種も多数に住み、有色人種も多数に住居して居る。そして白色人種は白色人種で団体を造り、ここに集合し、有色人種は比較的に少いやうである。 又宗教の異同に依つて、人霊の到る天国も違つて居る。仏教信者は仏教の団体なる天国へ上り、耶蘇教信者は耶蘇教の団体なる天国へ上り、回々教信者は回々教の団体なる天国へ上り、それ相応の歓喜を摂受して、天国の神業に従事して居る。また神道の信者は神道の団体なる天国に上り、神業に従事して居る。そして神道の中にも種々の派が分かれ、各自違つた信仰を持つて居るものは、又それ相当の団体にあつて活動し、歓喜に浴して、天国の生涯を楽んで居る。 一、如何なる宗教と雖も、善を賞し悪を憎まない教の無い限り、何れの宗教信者も各自天国へ上り得る資格は在る。併しその教にして充分に徹底したものは、堂しても高き優れたる天国が開かれてあるから、不徹底にして、霊界の消息に暗いやうな宗教の天国は実に最下方にあつて、見聞の狭い人間のみの団体が造られてある。現代の○○教や○○教などは、倫理的教理のみに堕して居て、肝腎の霊界の消息を教へない、否霊界の真相を徹底的に知悉して居ないから、却て中有界に逍遥する人間が多い。 凡て天国の団体に加入し得るものは、神を固く信じ、篤く愛し得るものである。不信仰にして天国に到る者も有るが極めて少数である。何れの宗教も信ぜず、守らず神の存在を知らずして天国へ往つたものは、大変に魔誤付き、後悔し、且つ天国や死後の生涯の在りしことに驚くものである。又現界に在る時、熱心に宗教を信じ、神を唱へながら、天国に上り得ずして中有界に迷つたり、甚だしきは地獄へさへ落つる人間もある。神仏の教導職にして却て天国に上り得ず、中有界に迷ひ、或は地獄に落つるものは随分に沢山ある。神仏を種にして、現界に於て表面善人を装ひつつ、内心に信仰なく、愛無く、神仏を認めない宣教者は、死後の生涯は実に哀れなものである。又熱心にして良く神を認め、愛と信とに全き者は、死後天国の団体に加入し、歓喜を尽しつつあるに引替へ肝腎の天国の案内役ともいふべき宣教者が、却て地獄落が多くて天国行きが尠いのは、所謂神仏商売の人間が多い故である。現界に於て為すべき事業も、又商売も沢山にあるに、それには関係せず、濡手で粟を掴む様なことや、働かずして、神仏を松魚節に使つて居る、似而非宗教家ぐらゐ、霊界に於て始末の悪いものは無く、且つ地獄行きの多いものはない。 一、高天原に於ける団体は、大なるものは十万人もあり、五万人、三万人、一万人、五千人、尠い団体になると四五十人のもある。故に各自の団体の天人は、自分の団体の一人でも多くなることを希望して居るから、天国へ上り来る人間に対して、非常なる好感を以て迎へる。 一、又天国の団体にある天人は、何れも男子なれば現界人の三十才前後、女子なれば二十才前後の若い姿である。この故は現界人の肉体は物質界の法則に由つて、年々に老衰して頭に白雪を頂き、身体に皺の寄るものであるが、人間の霊魂や情動は不老不死であつて、どこ迄も変らないものだから、精霊界の天人は年が寄つても、姿は変じない。 故に、現界に於て八九十才にて死んだ人間も、精霊界の天国へ復活した後は、その強壮な霊魂の儘で居るのだから、決して老衰するといふことは無い。天人にも五衰といふ説があるが、それは決して天人の事ではない、霊界の八衢に彷徨して居る中有界の人間の事である。故に天国へ往つた時に、自分の現界の父母や兄妹、又は朋友、知己なぞに会つても一寸には気の付かない如うなことが沢山にある。その故は自分の幼児たりし子は既に天国にて成長し、老たる父母は自分と同様に壮者の霊身を保ちて居るからである。然れど能く能く見る時は、何処ともなしにその俤が残つて居る。精霊の世界は凡てが霊的の要素から成り立つて居るから、現界の事物の如く、容易に変遷するものではない。是が精霊界と肉体界との相違せる点である。 アヽ惟神霊幸倍坐世。 大正十一年十二月 |
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51 (1773) |
霊界物語 | 21_申_高春山のアルプス教 | 総説 | 総説 霊界は想念の世界であつて、無限に広大なる精霊世界である。現実世界は凡て神霊世界の移写であり、又縮図である。霊界の真象をうつしたのが、現界、即ち自然界である。故に現界を称してウツシ世と言ふのである。例之一万三千尺の大富士山を僅か二寸四方位の写真にうつした様なもので、その写真が所謂現界即ちウツシ世である。写真の不二山は極めて小さいものだが、其実物は世人の知る如く、駿、甲、武三国にまたがつた大高山であるが如く、神霊界は到底現界人の夢想だになし得ざる広大なものである。僅か一間四方位の神社の内陣でも、霊界にては殆ど現界人の眼で見る十里四方位はあるのである。凡て現実界の事物は、何れも神霊界の移写であるからである。僅に一尺足らずの小さい祭壇にも、八百万の神々や又は祖先の神霊が余り狭隘を感じ玉はずして鎮まり給ふのは、凡て神霊は情動想念の世界なるが故に、自由自在に想念の延長を為し得るが故である。三尺四方位の祠を建てておいて下津岩根に大宮柱太敷立、高天原に千木高知りて云々と祝詞を奏上するのも、少し許りの供物を献じて、横山の如く八足の机代に置足らはして奉る云々とある祝詞の意義も、決して虚偽ではない。凡て現界はカタ即ち形の世界であるから、その祠も供物も前に述べた不二山の写真に比すべきものであつて、神霊界にあつては極めて立派な祠が建てられ、又八百万の神々が知食しても不足を告げない程の供物となつて居るのである。凡て世界は霊界が主で現界即ち形体界が従である。一切万事が霊主体従的に組織されてあるのが、宇宙の真相で大神の御経綸である。現実界より外に神霊界の儼然として存在する事を知らない人が斯んな説を聞いたならば定めて一笑に付して顧みないでありませう。無限絶対無始無終の霊界の事象は、極限された現界に住む人間の智力では、到底会得する事は出来ないでせう。 この物語は、現、幽、神、三界を一貫し、過去と現在未来を透徹したるが故に、読む人々に由つて種々と批評が出るでせうが、須らく現実界を従とし、神霊界を主として御熟読あらば、幾分か其真相を掴む事が出来るであらうと思ひます。 惟神霊幸倍坐世。 大正十一年五月廿一日 於松雲閣口述著者識 |
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52 (1780) |
霊界物語 | 21_申_高春山のアルプス教 | 07 誠の宝 | 第七章誠の宝〔六八一〕 湯谷ケ岳の山麓なる杢助が住家へ、面白からぬ目的を達成せむがために、高天原の神国より根底の国へ急転落下したる心の鬼の雲州、三州、甲州は、疵持つ足のきよろきよろと木挽の小屋に近づいた。 雲州『サア兄弟、是れからが正念場だぞ。善と云ふ名詞は此処ですつかり抹殺して、飽迄悪で遣り通すのだ。併し乍ら悪を為さむとする者は、悪相を現はしては出来ない。善の仮面を被らねば敵に内兜を見透かされて仕舞ふから、三州、汝は一つ殊勝らしいお経を唱へるのだぞ』 三州『お経を唱へと云つても、何にもてんで知らぬのだから仕方がないワ』 雲州『何でも好い。其処らの物を出鱈目放題に並べるのだ。一つ俺が云うて見ようかな。アヽ何から何迄教育をしてやらねばならぬのか、低能児を捉まへたテイーチヤーさんも大抵ぢやないワイ。そこらの器具万端を逆様に云ふのだ。先づ屏風に襖、鍋に釜、徳利、杉に松、門口其他我々の名だ。門口に立つて、ブベウ、マフス、ベナーマカ、チバヒ、シバヒ、ツマ、ギス、ドカー、シウウン、シウサン、シウコウ、ケワルハー、マーター、ケーワー、ニーク、ツター、ケワー、リヨーニクー、スケモクノボウニヨーノー、ギスーオーサン、ダーシン、ダーシン、ワイカワイカ、ワカイマツー、カハノー、カナーデー、クタベツナツテ、ルオーデー、ローアー、ハンニヤハラミタシンギヨウ、ウン、アボキヤ、スギコーノリーモーデ、ボードロノ、シウレン、オリーヤーマーシータ、アサ、アサ、レコラカハレカノ、ラカダヲ、ラモイ、シヨマ、ハンニヤハラミタシンギヨー、と斯う云ふのだ』 三州『そんな事云つたつて分りやしない。もつと分るやうに云はないか』 雲州『分らないのがお経の価値だ。今時の蛸坊主や、宣伝使に満足なお経の読める奴があるかい』 三州『オイ甲州、汝がよく似合ふだらう。一つ臨時坊主が嫌なら、三五教の宣伝使になつて、宣伝歌をうまく歌つたらどうだい』 甲州『それの方が近道だ。彼我共に意志が疎通して面白からう。サアこれから俺が宣伝歌をやる。さうすればきつと杢助の奴、頭を下げ、尾を掉つて飛びつくかも知れないぞ、汝達は甲さまの後から小声でついて来い』 と甲州は入口に立つて、 甲州『三五教の宣伝使玉治別の神司 それに従ふ竜国別のプロパガンデイストに従ひて 湯屋が峠を打ち渡り津田の湖水の辺まで やつと進んで来た折に玉治別の宣伝使 俄に手をふり首をふり顔色変へて神懸 これや大変な神様が懸つて何か仰有ると お供をして居た六人は息を殺して畏まり 其託宣を待ち居れば玉治別のお言葉に 妾はお杉の亡霊だ杢助さまや幼児を 後に残して霊界に旅立したが残念ぢや 土の底へと埋められて頭の上から冷水を 蛙のやうに浴びせられ妾は困つて居りまする 行きたい所へもよう行かず六道の辻をウロウロと 彼方此方と彷徨ひつ淋しき枯野ケ原の中 言問ふ人も無き折に実に有難い三五の 神の教の宣伝使霊魂の磨けた玉治別の 珍の使の御肉体一寸拝借致します 可愛い女房に先立たれまだ東西も知らぬ児を 抱へて此世を淋しげに暮して御座る我夫の 心は如何にと朝夕に案じ過ごして結構な 高天原へもええ行かず中有に迷うて居りまする どうぞ憐れと思ぼ召しお杉の願を聞いてたべ 如何に気強い我夫も二世を契つた女房の 涙を流して頼む事よもや厭とは申すまい せめて十日や三十日三五教に帰順した 三甲雲の三州を我霊前に額づかせ 輪廻に迷うた我魂を安心さして下さんせ もしも主人がゴテゴテと疑うて聞かぬ事あれば 高春山を言向けて帰つてござる其時に 玉治別の体を借り一々細々ハズバンドに 心の底からサツパリと氷解するよに申しませう 小盗人ばかりを働いた此三人も元からの 決して悪い奴でない神の光に照らされて 身魂の洗濯した上は尊き神の分霊 一時も早く杢助の住居に駆けつけ幽界で お杉の霊魂が苦んで迷うて居ると逐一に 話して聞かして下されと玉治別の口を借り 涙ドツサリ流しつつしみじみ頼んで居らしやつた 袖振り合ふも多生の縁躓く石も縁の端 高春山の征伐に行かねばならぬ我なれど 顕幽共に助け行く誠の道のピユリタンと なつた我々三人は是を見捨ててなるものか 杢助さまがどのやうに頑張り散らして怒るとも 寄る辺渚の捨小舟浪に取られた沖の舟 憐れ至極のお杉さま助けて上げたいばつかりに 岩石起伏の細道を足を痛めてようように 此処まで訪ねて来ましたぞ杢助さまは在宅か 早う此戸を開けなされお前の大事な女房の 私は頼みで親切に誠尽しにやつて来た よもや厭とは言はりよまいお杉さまの精霊に頼まれて お前に代つて霊前にお給仕さして貰ひます サアサア開けたサア開けた開けて嬉しい玉手箱 これも全く三五の神の御蔭と感謝して お前が今迄貯へた金と銀との小玉まで 皆霊前に置き並べお杉の霊を慰めよ あゝ惟神々々御霊幸はひましまして お杉の精霊の憑つたる玉治別の宣伝使 それに従ふ雲、甲、三三人さまのお目にかけ 修羅の妄執を晴らさして極楽参りをさすがよい 女房となるも前世の深い因縁あればこそ 貞操深いお杉さまお前が体主霊従の 欲に捉はれ金銀に眼眩みて女房を 根底の国に突落し可愛い子供に苦労させ 自分も死んで根の国や底の国へと突込まれ 無限の苦をば嘗めて泣く事にてつきり定つたと 貞操深いお杉さまが大変心配遊ばして 我等に伝言なさつたぞそれは兎も角一時も 此門開けて下されやゴテゴテ言うて開けぬなら 開けでもよいがお前さま未来の程が恐ろしと やがて気が付く時が来る神が表に現はれて 善と悪とを立別けてお前の身魂の行先を キツと守つて下さらうアヽ金が欲しい金が欲し 欲しいと云ふのは俺ぢやない冥途にござるお杉さまだ』 と口から出任せに、憐れつぽい声を出して歌つて居る。杢助フト目を覚し、 杢助『なんだ。門口に乞食が来よつて、蚊の泣く様な声で何だか言つて居るやうだ。腹が空つとるのだらう。死人に供へた飯の余りがある。此れなつと戴かして、早くボツ払うてやらう。……エヽこれだけ気が沈淪むで居るのに、憐れつぽい声を出して、益々淋しくなるワ』 と云ひつつ、門口をサラリと開けた杢助、 杢助『何処の物貰ひか知らぬが、此山中の一つ家へ踏み迷うて来たのか。腹が空つたらしい、力のない声だが、生憎此頃は女房に死なれ、俄に飯炊く事を知らず、骨だらけの飯が炊いてある。さうして女房の亡霊に供へた奴も沢山に蓄積つて居る。恰度好い所へ来て呉れた。勿体なくて放棄す事も出来ないので困つて居た所だ。サア遠慮は要らぬ。這入つてドツサリと喰つて呉れい』 雲州『夜中にお休眠になつて居る所を、お目を醒ましまして申訳が御座いませぬ。私は先般お世話になつた雲州、この二人は甲州、三州で御座います。宣伝使のお伴をして津田の湖辺まで参りますと、お杉さまの精霊が現はれ遊ばして、是非共杢助さまに一度会つて来て呉れと仰有つたものですから、高春山の征服の結構なお伴を棒に振つて漸く此処までスタスタやつて来ました』 杢助『アヽさうでしたか。それは御親切に、女房の精霊も定めて喜ぶ事でせう。此処は小杉の森の祠とはチツト広う御座いますから、ユツクリとお這入り下さいませ』 雲州『何と仰有います。小杉の森の祠の前とは、それや貴方御存じですか』 杢助『御存じも御存じだ、此家から僅か四五丁より無い。俺の日々信仰するお宮さまだ。其神さまは国治立大神様で、何でもかでも信神の徳に依つて知らして下さるのだ。お三人様、随分作戦計画は手落なく整ひましたかなア。イヤ成功する見込がありますかな。玉治別の持つて居る秘密書類を、遠州、駿州、武州が、今頃はウマク手に入れて御座るでせう。お前等も負けない様に計略を廻らして、金銀の小玉を手に入れたが良からうぞ』 三人は互に顔を見合せ、小声で、 三人『オイ怪体な事を言ふぢやないか。どうしてあんな事が判つたのだらうか。俺達の盗賊演習を、ソツと側で観戦して居たのぢやなからうか。これやモウ駄目だぞ』 杢助『アハヽヽヽ、俺が小杉の森の祠に参拝して居ると、二三人の小盗人奴が、何処からともなくやつて来やがつて、虫のよい妙な相談をやつて居よつた。盗らぬ先から取つた様な気になつて、涸き切つた智慧を絞り出し、終局には、人名や器具などの名詞を逆唱してお経に見せたり、哀れつぽい宣伝歌を歌つて、寒いのにビリビリ慄へて立つて居やがつた奴は誰れだあい』 と雷の落ちたやうな声で終の一句を高く呶鳴りつけた。 雲州は慄ひながら、 雲州『ワヽ私は貴方の御高名を一寸拝借致しまして、洒落に芝居をしたのです』 杢助『芝居なら芝居でよい。さうすれば金銀の小玉は必要がないのだなア』 雲州『ハイ、ヒヽ必要はないことはありませぬ。併し猿猴が水の月を探るやうなもので到底貴方のお手にある以上は私の自由になりますまい。オイ甲州、三州、汝の意見は何うだ。何と云うても遠州に申訳が無いぢやないか』 杢助『汝の執着心が、俺所の宝に付着して居るから、俺も今日では、最早金銀の恐ろしいと云ふ事を悟つたのだ。恰度、蜈蚣か蝮か鬼のやうな心持がする。夜前も金銀の小玉奴が赤鬼や黒鬼に化けて、鉄の棒をもつて俺を突刺しに来よつた。今後此金を手に入れた奴は皆此通りにしてやると吐しよつたぞ。本当に金が敵の世の中とは好く云うたものだよ。汝等もそれ程金が欲しければ持つて行つたがよい。併し鬼が出て即座に汝の命を取つても承知かい』 雲州『ソヽその鬼は何時でも出ますか』 杢助『ウン、何時でも出て来る。汝の現に腹の中にも鉄棒を突いて現はれて居るぢやないか。そして現実的に現はれた鬼は、百人力の杢助と云ふ手に合はぬやもをの鬼だ。第一その鬼が最も手に合はぬのだよ、アハヽヽヽ』 雲州『そんなら私はもう是で泥棒は廃業しますから堪へて下さい』 杢助『馬鹿云ふな、地獄の沙汰も金次第だ。金さへあれば何んな恐い鬼でも俄に地蔵様のやうになつて仕舞ふのだ。サアサア遠慮は要らぬ、御註文通り女房の御霊前に供へてある、トツトと持つて帰れ』 三州『そんなら御遠慮なう頂いて帰りませうか』 杢助『薪に油をかけ、それを抱いて火中に飛び込むやうな剣呑な芸当だぞ。旨く汝でそれが遂行出来るか』 甲州『背中に腹は代へられぬ。一寸で宜敷いから、長らく拝借しようとは申しませぬ、触らしてさへ下さればよろしい』 杢助『俺も男だ。持つて去ねと云つたら、綺麗薩張持つて帰れツ』 三州『差支へはありませぬか』 杢助『汝が最前小杉の森で云つて居た、玉治別の宣伝使に従いて行つた三人の計略を、逐一此処で白状せい。さうすれば其白状賃として、あるだけ皆汝に渡してやらう。さうすれば汝も泥棒したのでない、俺から報酬として貰つたのだから』 雲州喉をゴロゴロ云はせながら、 雲州『それは杢助さま、真ですかな。併し乍ら三人の計略を此処で薩張云つて了つては、遠州の親方に縁を絶られて仕舞ふかも知れませぬ』 杢助『泥棒に縁を絶られても好いぢやないか。汝はそれほど泥棒を結構な商売と思うて居るのか』 雲州『金は欲しいし、遠州の親分に縁を絶られるのは辛いし、オイ三州、甲州、秘密を明かして金を貰つて帰らうか………エヽ秘密を云つて金を貰へば我々の估券が下がるなり、何程此奴が強いと云つても知れたものだ。サア三人寄つて此奴をフン縛り持つて帰らう』 と云ふより早く、杢助に三方から武者振りついた。杢助はまるで蝶々でも押へたやうに、 杢助『何を小癪な、蠅虫奴等』 と三人を一緒に倒し、グツと股に支へ、蠑螺のやうな拳骨を固めて、 杢助『是程事を分けて俺が柔順しく出ればのし上り、何と云ふ事を致すか。最早汝は改心の望みがない。サア此拳骨が一つ触るや否や、汝の命はそれきりだ。俺の女房のお伴をさしてやらう』 と今や打たむとする時、六才になつた娘のお初は其場に駆け出で、 お初『お父さま、まア待つておやりなさい。さうして此お金は此人に遣つて下さい』 杢助『お前が成人してから、好い婿を貰ひ、楽に暮せる様にと思つて、夜昼働いて貯めて置いたお金だ。此金は詮り俺のものぢやない、心の中で既にお前にやつてあるのだ』 お初『お父さま、そんなら今私に下さいな』 杢助『オヽ何時でもやる。今か、今やつて置かう』 お初『そんなら貰ひました。これこれ三人のお方、私が此金を皆にあげるから持つて帰りなさい。その代りにこれで何なりと商売をして、もう此先はこんな恐い商売は廃めなさい。お父さま、何卒この三人を助けて上げて下さい』 杢助『よしよし、ヤア命冥加な三人の奴、娘の云ふ事をよく聞いて、此金をもつて何とか商売をして、今後は悪い事をすな。サア早く持つて帰れ』 三人一度に頭を下げ、 三人『誠に済まぬ事で御座いました。そんなら暫く拝借して帰ります。きつと是はお返し致します』 お初『貸したのでは無い、進上たのだから返しては要りませぬ。こんな恐いものがあると私の将来のためになりませぬ。アヽお父さま、これで気楽になりました。よう私を助けて下さいました。このお金があるばつかりで、毎日日日恐くつて寝るのも寝られませなんだ。お母さまも此お金のために心配して、あんな病気になつたのです』 三人はお初の渡す金包を取るより早く、雲を霞と此場を逃げ去る。杢助はお初を抱き、涙に暮れながら、 杢助『アヽお初、有り難い、金銀よりも何よりも貴い宝が手に入つた。あゝ惟神霊幸倍坐世』 と合掌し、嬉し涙に暮れて居る。 折から吹き来る夜嵐の声、雨戸をガタガタガタと揺つて通る。 (大正一一・五・一九旧四・二三加藤明子録) |
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53 (1782) |
霊界物語 | 21_申_高春山のアルプス教 | 09 改悟の酬 | 第九章改悟の酬〔六八三〕 雨もなきに湖水の水量は増りゆき、最早三人の鼻の位置まで水は漂うて来た。湖水に聳り立ちたる一つ岩も今は水中に没し、黒い頭が三つ許り湖面に浮かんで居る様に見えた。月は俄に黒雲に包まれ、咫尺を弁ぜざる細かき雪は俄に降り来り、寒冷身をきる如くなり、その生命瞬間に迫るを、三人は如何はせむと相互に心を揉み乍ら、尚も神を念ずる事を為さずありけるが、忽ち暗黒の水面をパツと照らして入り来る三箇の火球ありて三人が身の上下左右に荒れ狂ふ。湖水は二つに割れたりと見るや湖底より美はしき三柱の女神、左手に小さき玉を捧げ、右手に鋭利なる両刃の剣を抜き持ち乍ら、徐々と三人の前に現はれ来りしが何時の間にか岩は水面に高く現はれける。而して岩島の根には一滴もなき迄、水は左右に分れて干上り、三人の女神と見えしは誤りにて、さきに立ちたるは六歳のお初、次に玉治別、次に杢助の大男なり。 遠州『ヤア貴方は玉治別さま、何卒生命ばかりは助けて下さい』 玉治別『此湖水は八岐大蛇の眷族の大蛇の棲処である。此湖の水を左右に割つたのは全く大蛇の仕業であるぞ。早く心の底から悔悟を致し、誠の道に立ち帰れば宜し、さなくば斯くの如く神変不可思議の神術を以て、汝を飽迄も懲しめてくれむ。いつ迄も我を張るならば大蛇の腹に葬られる様な事が、今眼前に突発するぞ』 駿州『何卒今度ばかりはお助け下さいませ。決して悪事は致しませぬ』 湖水は見渡す限り次第々々に水量減じて、遂には湖底まで現はれ来り、只一条の川、真ん中を流るるのみとはなりぬ。 此時又もや杢助、玉治別、お初の三人は宣伝歌を歌ひ乍ら此場に近寄り来る。其歌、 杢助『瀬織津姫大神の神言畏み玉治別の 神の使は津田の湖枉津の棲処を言向けて 世の災患を救はむと心に腹帯、時置師 神命の世を忍ぶ賤の樵夫と身を窶し 名も杢助と改めて津田の湖をば根底より 清めむものと時を待つ折しもあれや三五の 神の教の宣伝使玉治別が訪ね来て 執着心の深かりし妻の霊魂を弔ひつ 根底の国の苦みを救ひ給ひし神恩に 報いむ為と今此処に娘お初と諸共に 現はれ来り玉の緒の生命救ひし其上に 鼓の滝に現はれて鋼の鍬を打ち揮ひ さしもに堅き岩石をきつて落せば忽ちに 底を現はす津田の湖ここに三人はイソイソと 遠州武州駿州の生命を託けた一つ岩 来りて見れば此は如何に我等が姿か幻か 寸分違はぬ三柱の女神は此処に現れましぬ 神の恵の御光に今は漸く照らされて 霊肉一致の清姿最早我等は神界の 誠の道の太柱実に尊さの限りなり アヽ三人の人々よ今より心を取直し 小さき欲を打ち捨すてて万劫末代萎れない 誠一つの花咲かせ味も香もある桃の実の 神の御楯と逸早く成りて仕へよ現世は 夢幻の浮世ぞや幾千代までも限りなく 生命栄えて神の国生きたる儘に神となり 世人を救ふ人となり早く心を改めて 我等に従ひ来れかし』 玉治別『高春山は高くとも鷹依姫は猛くとも 誠一つの言霊に服へ和すは眼前 あゝ惟神々々御霊幸はひましまして 我等を始め杢助師神の化身のお初嬢 厚く守りて此度の言霊戦に恙なく 全き勝利を得させかし此三人の肉の宮 洗ひ清めて霊幸はふ神の尊き宮となし 神政成就の神業に使はせ給へ天教山に 永久に鎮まる木の花姫の神の命や斎苑館 治めまします素盞嗚の神の尊の御前に 心に潜む鬼大蛇醜女探女も喜びて 誠の神となり変り此肉体を何時迄も いと健かに現世に立ちて働く神代と 守らせ給へ惟神御霊幸はひましませよ』 と玉治別が声を限りに歌ひ終れば、今迄現はれたる三人の姿は、又もや元の女神となつて天女の舞を舞ひ乍ら、中空さして昇り行き、遂には神姿も見えずなりにけり。遠州、駿州、武州の三人は涙を滝の如くに流しつつ感謝に咽ぶ。三人の背後よりは紫の雲、シユウシユウと湯烟の如く音をたてて頭上に高く立昇り、其中より蜃気楼の如く三人の女神現はれ給ひ、右手に鈴を持ち、左に日月の紋を記したる扇を開いて中空に舞ひ狂ふ。之ぞ遠州、駿州、武州三人の副守護神が体を離れたるより、その精霊中の本守護神は喜び給ひて其神姿を現はし歓喜の意を表したるなりき。一同は此奇瑞に感歎し天津祝詞を奏上する折しも、雲州、三州、甲州の三人は、容色艶麗なる女神の手を引き、杢助の前に現はれて、前非を悔い涙を流して合掌する。三人に手を引かれて此処に現はれし女神を見れば、こは抑如何に、十年以前の壮健なりし花の盛りのお杉が姿なりければ、杢助は思はず知らず、 杢助『アヽ女房の精霊か、能くも無事に居てくれた』 お初『お母さま、よう来て下さいました』 とお初はお杉の精霊に取りついて嬉し涙に泣き崩るる。甲州、雲州、三州の三人の後よりは又もや紫雲立ち昇り、以前の如く美はしき女神現はれ空中に舞曲を奏し、之亦雲中に神姿を隠しける。 暴悪無道の盗賊、三州、雲州、甲州も杢助が娘のお初の誠心に絆され、一旦金銀は奪ひ取りて帰りしものの何となく後髪引かるる心地して、お杉の墓に知らず識らず引き寄せられしが、此時墓よりヌツと現はれし影は、痩せ衰へて死したる筈のお杉にして、中肉中背の色飽迄白く元気飽迄旺盛なる姿なりけり。お杉は之より娑婆の執着心をさり天国に上り、後に残せし夫並に一粒種の我娘の幸福を祈り、尊き天人の列に加はりける。之を思へば恐るべきは執着心と欲望なり。あゝ惟神霊幸倍坐世。 之より玉治別は遠州以下五人に諄々として誠の道を説き、再会を約して此処に別れを告げ、杢助、お初と共に艱難を冒して、鷹依姫の割拠せる岩窟に向つて宣伝歌を唱へながら勢よく登り行く。 (大正一一・五・一九旧四・二三北村隆光録) |
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54 (1783) |
霊界物語 | 21_申_高春山のアルプス教 | 10 女権拡張 | 第一〇章女権拡張〔六八四〕 吹雪烈しき山の奥竜国別の宣伝使は 高春山に向はむと猿の声に耳打たれ 心イソイソ進み行く人煙稀なる谷の道 雪に埋もれゆき暮れて路傍に立てる岩蔭に 少時息をば休めける。 谷の片方の突出た岩の蔭に身を寄せ、一夜を明かす事となりぬ。竜国別はウツラウツラと眠りに就きけるが、フト耳に入りしはなまめかしき女の声、驚いて目を醒ませば妙齢の美人、鬢のほつれ毛を頬の辺に七八本垂れ乍ら、稍憂ひを含み、一人の赤児を抱き前方に立てり。 竜国別『此真夜中の雪路に女の一人、而も乳呑児を抱いて、何処へ御出でなされますか』 女『ハイ妾は浪速の者で御座います。高春山の鬼婆に拐かされ、日夜責苦に遇ひ難渋を致して居りましたが、情あるカーリンスと云ふ婆アの部下に想ひをかけられ、ソツと救はれて此処迄逃げ帰りました。併し乍ら何時追手がかからうやら知れませぬ。どうぞ助けて下さいませ。妾としても此寒さに凍え、身体強直して一歩も進む事が出来ないので御座います。どうぞ火が御座りますれば暖取らして下さいませぬか』 竜国別『それは御難儀な事でせう。此処へ木の葉を集めて焚く訳にもゆかず、困つたものですなア』 女『どうぞ貴方の暖かいお体の温みを分けて頂くことは出来ますまいか。最早斯うなつては、恥も何も構うて居れませぬ。全身の血液が凝固しさうに御座いますワ』 竜国別『アー困つた事だなア。今高春山の魔神の征服に向ふ途中、女の肉体に触れると云ふ事は絶対に出来ない。何か良い考へは出ぬものかなア』 と四辺を見廻せば、雪明りに目に付いたのは一束の枯柴、突出た岩に蔽はれて乾いた儘に残つて居る。 竜国別『アー此処に結構な薪がある。何人が刈つて置いたか知らないが、これも神様の御蔭だ、これを焚いて暖を取つたら如何でせう』 女『それは好都合で御座います。どうぞ燃やして下さいませ。しかし余り大きな火を焚くと追手の目標になつては困りますから……』 竜国別『宜しい宜しい、小さく燃やしませう。しかし雪の足形を索ねて追手が来るかも知れますまい』 女『お蔭で足跡は降る雪が次々に埋めてくれましたから、大丈夫で御座います』 竜国別は燧を打ち火を出し、薪に点けて暖をとり、女も嬉しげに手を炙つて居る。 竜国別『いまのあなたの御話に依れば、高春山へ囚はれて居られたとの事、然らばアルプス教の内幕はよく御存じでせうな』 女『ハイよく承知致して居ります。到底あなた方が三人や五人お出でになつた所で、飛んで火に入る夏の虫ですよ、お止めになつた方が却てお身の為だと思ひます』 竜国別は不機嫌な顔で、 竜国別『仮令幾万の強敵があらうとも、一旦我々は言依別の教主より任命された以上は、一つの生命が無くなつても、此使命を果さねばならないのだから、行く所迄行く積りです』 女『それは大変な御決心で結構で御座います。妾もあなたの様な気の強い御方と手を曳いて、今迄鬼婆が妾に加へた惨虐の恨みを晴らしたいのですから、どうぞ伴れて行つて下さいませぬか』 竜国別『イヤ滅相も無い。女の方と道伴れなんか出来ますものか。又あなたに助けられて、魔神の征服に行つたと云はれては、末代の恥辱ですから、それだけは平に御断り致します』 女『随分お堅い方ですなア。さう云ふ堅固な精神の夫が、妾も持つて見たう御座いますワ』 竜国別『コレコレ女中、戯談も良い加減になさいませ。貴女は赤ん坊を懐に抱いて居るぢやないか。立派な夫があるに相違はありますまい』 女『イエイエ、夫はまだ持つた事は御座いませぬ』 竜国別『夫が無いのに児があるとは、一つの不思議ではありませぬか』 女『ホヽヽヽヽ、三五教の宣伝使にも似合はない事を仰有いますこと。玉照姫様の御生母のお玉さまは、夫なしに妊娠なさつたぢやありませぬか』 竜国別『それはさうだが、ああ云ふことはまた例外だ。普通の女にさう云ふことがある道理がない』 女『妾を普通一般の女と御覧になりましたか』 竜国別『サア別に斯う見た所では、何の変つた点もなし、判別がつきませぬワイ』 女『妾の素性が分らない様な事では審神者も駄目ですよ。どうして高春山の魔神を帰順させる事が出来ませうか』 竜国別『これは又妙な女に会つたものだ。お前は要するに化物だらう』 女『何れ化物には違ひありませぬ。併し化物にも善と悪とがあります。其審神者をして下さいな』 竜国別『此雪の降るのに、一人で山路を赤児を抱へて歩くところを見れば、先づ立派な者だなかりそうだ。鷹依姫の悪神に苦しめられて逃げて帰つたところを見れば、どうせ碌なものぢやなからうて』 女『鷹依姫に苦しめられた様な女だから、碌な者で無いと仰有りますが、現在玉照姫様をお生み遊ばしたお玉の方は、三国ケ岳で蜈蚣姫に苦しめられたぢやありませぬか。あなたの判断は正鵠を欠いで居ますよ。お玉さまは立派だが、妾は雪路を夜中に歩いて居るから怪しいと云ふ事が先入主になつて、お目が眩んだのぢやありますまいかなア』 竜国別は両手を胸のあたりに組んで太い息をつき考へ込む。女は薪を先繰り燻べる。二人の顔は益々明かになつて来た。竜国別はフト女の顔を見ると、二つの耳が馬の様にビリビリと動いて居るに気が付いた。 竜国別『あなたの耳はどうしましたか。人間なれば耳は動かないのが通例だ。お前さまの耳は不随意筋が発達して居ると見えて、畜生の様に自由自在に動く。コレヤ屹度魔性の女に相違あるまい』 女『オホヽヽヽ、耳が動くのがそれ丈気になりますか。あなたは耳所か肝腎の霊魂まで頻りに動揺し、ハートには激浪怒濤が立ち騒いで居るぢやありませぬか。それの方がよつ程可笑しいワ、ホヽヽヽヽ』 竜国別『ハーテナ。ますます分らなくなつて来たワイ』 女『本当に妾だつて、あなたの様な分らぬ宣伝使に出会うた事はありませぬワ。神様はイロイロ姿をお変じ遊ばすぢやありませぬか。木の花姫様を御覧なさい。竜体にもなれば、獣にもなり、立派な神の姿にも現じ、乞食にまで身を窶して衆生済度を遊ばすのに、妾の耳が動いたと云つて軽率にも獣扱ひなさるのは、チツト聞えないぢやありませぬか』 竜国別は、 竜国別『ハーテナー』 と云つた限り、又俯向く。 女『ハテナハテナと何程仰有つても、あなたの身魂が磨けねば、此談判は何時までも果てませぬ。ハテ悟りの悪い宣伝使だこと、ホヽヽヽヽ』 竜国別『兎も角今日は本守護神が不在だから、番頭の副守護神が発動して居るので、根つからお前さまの審神も出来ない。本守護神が帰つてから、ユツクリと御答を致しませう』 女『ホヽヽヽヽ、うまい事仰有いますこと。一時遁れの言ひ訳でせう。そんな痩我慢を出して我を張らずに、男らしくスツパリと、身魂が曇つて居るので分らないから……と仰有つたらどうです。妾の素性を明かす為に、今此処で羽衣の舞を舞うて見せますから、どうぞ此赤ん坊を一寸抱いて下さらぬか』 竜国別『何は兎もあれ、旅の慰めだ。審神を兼ねて其舞を拝見致さうかなア』 女『どこまでも徹底的に、我の強いお方ですこと、ホヽヽヽヽ』 竜国別『我が無ければならず、我があつてはならず、我は腹の中へキユツと締め込みて落ちついて居る身魂でないと、誠の御用は出来ませぬワイ』 女『ホヽヽヽヽ、三五教の御神諭を其儘拝借して、巧妙い事仰有りますこと』 竜国別『日進月歩の世の中、知識を世界に求めると云つて、善い事は直に取つて我物とするのが、豁達自在の文明人としての本領だ。お前さまは浪速の土地に生れたものだと云つたが、文化生活と云ふものはどんなものだか知つて居るかい』 女『ホヽヽヽヽ、文化生活が聞いて呆れますよ。そんなことは疾の昔に御存じの妾、文と云ふのは蚊の活動する羽翼の声……一秒時間に何万回とも知れぬ羽翼の廻転から起る声音ですよ。化と云ふのは人の褌で相撲をとつたり顔を舐めたりして、生血を絞り自分一人うまい汁を吸ふと云ふ生活でせう。体主霊従、我利々々亡者の充満した世の中を矯直す為に、国治立大神が変性男子の生宮を借つて教を垂れさせられ、其御心を世界に宣伝するお前さま達が、悪逆非道の利己主義の文化生活を主張するとは、逆様の世の中とは云ひ乍ら、実に矛盾したものですなア。それだから神様がこれ丈沢山の宣伝使があつても、誠の解つた者は一柱も無いと云つて、御悔み遊ばすのですよ。三五教を破る者は依然三五教にあるとは千古不磨の金言ですワ。妾は此第一言に対し無量の感に打たれて居ます。サア妾がこれから羽衣の舞を舞うて、尊き天の神様を御招待申上げ、貴方の心の岩戸を開いて見せませう。どうぞ此赤ん坊を抱へて下さいませ』 竜国別『随分愛らしいお子だ。併し男ですか、女ですか』 女『三十三相揃うた女です。女の赤ん坊です』 竜国別『ヤアそれならば御免蒙りたい。女を……仮令子供にもせよ、魔神の征討に上る我々、抱く訳には行きますまい』 女『何を仰有いますか。女位世の中に潔白なものはありますまい。あなた方は二つ目には婦人に対し、軽侮の目を以て臨まれるのが怪しからぬ。我々は新しい婦人となつてどこまでも女権拡張をやらねばならない。婦人の代議士さへ選出される世の中に何と云ふ頭脳の古い事を仰有るのでせう』 竜国別『何と云つても、男は陽、女は陰だ。おまけに月に七日の汚れがある。そんな汚れた女に男が触つてどうなるものか。清きが上にも清くせなくては、神業が勤まりますまい』 女『男位不潔苦しい肉体はありますまい。十三元素とか、十五元素にて固め上げた肉体の、半ば腐敗せる燐火の燃える、臭気の激しい醜体を持ち乍ら、月に一週間づつ汚れを排除し、清められた女の肉体が汚れるとは、ソラまア何とした分らぬ事を仰有るのでせう。開闢の初より、女ならでは夜の明けぬ国と云ふぢやありませぬか。太陽界を治しめす大神様は男でしたか。木花咲耶姫様はどうでせう。変性男子の身魂、国治立命様の肉の宮は男ですか、よく考へて御覧なさい』 竜国別『短兵急にさう攻撃されては、二の矢が継げませぬ。併し牝鶏暁を告ぐる時は其家亡ぶ、と云ふ事がある。何と云つても牝鶏は牝鶏だ。何程女が男の真似をしようと思つても、第一体格が劣つて居る。鼻下に髭もなければ、腮髯もない。それから見ても男尊女卑と云ふ事は証明されるぢやないか』 女『よく掃清められた庭には、雑草は一本も生えて居りますまい。鼻の下を長くして女に洟をたらす天罰の酬いとして、雑草がムシヤクシヤと生えて居るのだ。お前さまは髯を大変自慢にして居るが、其髯は男の卑劣な根性を隠す為の道具だ。つまり世間に卑下をせなくてはならぬ所を、神様のお恵で包む様にして貰つて居るのだから、ヒゲと云ふのですよ、オホヽヽヽ』 竜国別『どこまでも男子を馬鹿にするぢやないか。俺は天下の男子に代つて、大いに男尊女卑の至当なる道理を徹底させなくてはならない。お転婆女の跋扈する世の中だから……』 女『ホヽヽヽヽ、男位得手勝手な者がありませうか。女房に口の先でウマい事ばつかり言つて、社交の為だとか、外交手段だとか、甘い辞令を編み出して女房の手前を繕ろひ、狐鼠々々と家を飛び出し、スベタ女に酌をさせ、涎をたらして、間がな隙がなズボリ込み、スゴスゴと家へ帰つては、山の神に如何してウマク弁解しようかと、そんな事ばかりに心を悩ましてゐる、腑甲斐ない男は、世界に九分九厘と云つても差支ありますまい。ヤツパリ女は家庭の女王ですよ。女がそれ程卑しいものなら、なぜ亭主になつた男はそれ丈女房に遠慮をしたり、弁解をするのだらう。何と云つても男は下劣ですよ。天下の事は一切女でなければ解決はつきますまい』 竜国別『お前さまは浪速の土地に生れた丈に、新刊雑誌でも沢山に噛つて居ると見え、随分口先は巧妙いものだなア』 女『日進月歩の世の中、一日新聞紙を見なくても雑誌を繙かなくても、社会に遅れて了ふのですから、女は十分に時勢に遅れない様に注意を払つて居りますよ。男の様にスベタ女の機嫌を取つたり女房の顔色を見て弁解ばかりに心力を費消する野呂作とは、大に趣が違ふのです。グヅグヅして居ると、今に女尊男卑の実が現はれ、亭主は赤ん坊を背にひつ括り、鍋の下から、走り元から、何から何まで、女房の頤使に従つて、御用を承はらねばならぬ様になつて来ますよ。現に今でもチヨコチヨコ、さういふ事が実現して居ます。女は長煙管を銜へながら、腮で指図をして居る例は沢山あるのです。これも時代の趨勢だから、坂に車を押す事は出来ませぬ。男子は須らく沈黙を守り、従順の態度を執るのが、今後の男子の立場として安全第一の良法と考へますワ、オホヽヽヽ』 竜国別『イヤもう是れ位で、女権拡張論の演説は中止を命じませう』 女『そんなら此赤ん坊を抱いて呉れますか』 竜国別『エー仕方がない。そんなら今日に限りて女尊男卑の実を示しませう。併し明日からは捲土重来、男子の為に大気焔を吐いて、現代のハイカラ婦人の心胆を寒からしめる覚悟だから、其積りで応戦準備をなさるが良からう』 斯かる所へ何処ともなく「ブーブー」と法螺貝を吹く声、谺に響き出した。女はあたりをキヨロキヨロ見廻し、心落つかぬ様子である。ザクザクと雪踏み鳴らし、此場に現はれた大の男、此態を見て、 男(鬼武彦)『汝魔性の女、そこを動くなツ』 と大喝した。女は乳呑児を火中に投じ、忽ち金毛九尾白面の悪狐となつて、宙空をかけり姿を隠したり。竜国別はこれを見て肝を潰し、夢心地に入つて了つた。又もや大空に美妙の音楽が聞えて来た。ややあつて又もや降る天女の姿、巨人の前に現はれて、 女神(言依姫)『アヽ其方は鬼武彦様。よく竜国別を助けて下さりました。妾は聖地に於て竜国別が危急を悟り、取る物も取敢へず救援に向うた言依別の本守護神言依姫で御座ります』 鬼武彦『何、これしきの事に御褒めの詞を頂戴致しまして、実に汗顔の至りで御座ります。併し竜国別、玉治別、国依別の三人では、余りに高春山の征服は、荷が重すぎる様ですから、私に加勢を命じて頂けませぬか』 言依姫『彼等三人の、今度は卒業試験も同様ですから、どうぞ構へ立てをしてやつて下さりますな。併し乍ら危急の場合は、御助勢を願ひおきます。サアこれから聖地を指して帰りませう』 と二人は雲に乗り、中空に姿を隠したり。又もや降り来る雪しばき、嵐の音に目を醒せば岩窟の前に火を焚き、其正中に巨岩が放り込まれてあつた。赤児と見えたのは、此の岩石である。竜国別は夢の醒めたる心地して、夜明けに間もなき雪空を、宣伝歌を歌ひ乍ら前進する。 アヽ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・五・二〇旧四・二四松村真澄録) |
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霊界物語 | 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 | 11 黄金像 | 第一一章黄金像〔七〇三〕 向脛を擦り剥き、顔を顰めながら清泉の岩壺より這ひ上りたる金助は、スマートボール、カナンボール、銀、鉄、熊、蜂の顔面の擦過傷や茨掻きの傷を眺め、 金助『アー誰も彼も負傷せないものは一人もないのだな。斯んな事があらう道理がない。如何しても吾々の行動に良くない点があるのだらう。バラモン教の大神様の為に所在最善の努力を費してゐる吾々七人が七人乍ら斯んな目に遇ふと云ふのは、全く神様の御神慮に叶はないのかも知れない。但しはバラモン教の神様の御精神かも分らない。何が何だか一向合点が行かぬ。併し乍らバラモン教の本国に於ては、真裸体にして茨の中へ投り込まれ、水を潜り火を渡り、剣の刃渡り、釘を一面に打つた下駄を穿くと云ふ事が、最も神様を悦ばしめる行となつてゐるさうだ。自転倒島では、そこ迄の事は到底行はれないから、今のバラモン教は荒行は全然廃されてゐる。併し乍ら此通り惟神的に、皆が皆まで血を出したと云ふのは、或は御神慮かも知れない。併し乍ら天地の神の生宮たる肉体を毀損し、神霊の籠つた血液を無暗に体外へ絞り出すと云ふ事は、決して正しき神業ではあるまい。之を思へばバラモンの教は全く邪教であらう。嗚呼吾々も今迄は善と信じて、斯かる邪道に耽溺してゐたのではなからうか。バラモン教が果して誠の神なれば、鷹鳥姫を言向和す出征の途中に於て、斯んな不吉なことが突発する道理がない。それに就ては昨夜の夢、合点の行かぬ節が沢山にある。自分の心より美人を生み、極楽世界を拓き、又鬼を生み、地獄、餓鬼道、修羅道を現出すると云ふ真理を悟らされた。此処は鷹鳥山の深谷、三五教の神様のわが身魂に降らせ給うて、斯様な実地の教訓を御授け下さつたのであらう。アヽ有難し、勿体なし、三五教の大神様、今迄の罪を御赦し下さいませ。惟神霊幸倍坐世』 と一生懸命に念じてゐる。六人は傷だらけの顔を互に見合せ、 六人『ヤー、お前は如何した。オー、貴様もえらい傷だ』 と互に叫びながら、金助の前に期せずして集まり来り、金助が懺悔の独語を聴いて怪しみ、首を傾け凝視めてゐる。金助は忽ち神懸状態となり、四角張つた肩を、なだらかに地蔵肩のやうにして了ひ、容貌も何となく美はしく一種の威厳を帯び断れ断れに口を切つた。六人は、 六人『ハテ不思議』 と穴の開く程、金助の顔を打眺めて、何を言ふかと聴耳立てた。金助は口をモガモガさせながら、 金助『天上天下唯我独尊』 と叫んだ。カナンボールは、 カナンボール『オイ金助、ちと確りせぬかい。たかが知れた魔谷ケ岳の山賊上りのバラモン信者の身を以て、天上天下唯我独尊もあつたものかい。三十余万年未来の印度に生れた釈尊が運上取りに来るぞ。ハア困つた気違ひが出来たものだ。オイ銀公、清泉の水でも掬うて来て顔に打掛けてやれ。まだ目が覚めぬと見えるワイ』 銀公『あんな黒い水を掬つて来ようものなら、手も口も、真黒けになるぢやないか』 カナン『まだ夢の連続を辿つて居るのか。よく目を開けて見よ。水晶のやうな水が、ただようてゐる』 銀公『それでも貴様、一度真黒けの黒ン坊に染まつて了つたぢやないか』 カナン『それが夢だよ、俺達の顔を見よ。どつこも黒いところはないぢやないか。貴様は目を塞いでゐるから、其辺中が闇く見えるのだ。確りせぬかい』 と平手でピシヤツと横面を撲つた途端に、銀公は初めてパツと目を開き、 銀公『アヽ、矢張夢だつたかなア』 金助『此世は夢の浮世だ、諸行無常、是生滅法、生滅滅已、寂滅為楽、如是我聞、熟々惟るに宇宙に独一の真神あり、之を称して国祖国常立尊と曰ふ。汝一切の衆生、わが金言玉辞を聴聞せよ。南無無尽意菩薩の境地に立ち、三界の理法を説示する妙音菩薩が善言美詞ゆめゆめ疑ふ勿れ。風は自然の音楽を奏し、宇宙万有惟神にして舞踏す。天地間一物として真ならざるはなし。惟神霊幸倍坐世、帰命頂礼。天上三体の神人の前に赤心を捧げ、心身を清浄潔白にして幽玄微妙の真理を聴聞せよ。吾は三界に通ずる宇宙の関門普賢聖至の再来、今は最勝妙如来、三十三相顕現して観自在天となり、阿弥陀如来の分身閻魔大王地蔵尊、神息総統弥勒最勝妙如来と顕現す。微妙の教旨古今を絶し、東西を貫く。穴かしこ、穴かしこ、ウンウン』 と云つた限り身体を二三尺空中に巻揚げ、得も言はれぬ美はしき雲に包まれ、山上目蒐けて上り行く。其の審しさにスマート、カナン其他四人は後見届けむと尻ひつからげ、荊蕀茂る谷道に脚を引掻きながら、山の頂指して登り行く。六人は鷹鳥山の頂に登り着いた。 金助は忽ち黄金像となり、紫磨黄金の膚美はしく、葡萄の冠を戴きながら、咲き乱れたる五色の花の上に安坐してゐた。 銀公『ヤー此奴は金助によく似て居るぞ。金助は其名の如く、全部黄金に化つて了ひよつた。オイ皆の者、これだけ黄金があれば大丈夫だ。六人が棒を作つて帰り、分解して各自に吾家の財産とすれば大したものだぞ』 鉄『まだそれでも目がギヨロギヨロ廻転し、口がパクツイてゐるぢやないか。こんな未成品を持つて帰つたところで、中心まで化石否化金してゐない。暫らく時機を待つて、うまく固まるまで捨てて置かうぢやないか』 カナン『一時も早く持つて帰らなくちや、鷹鳥姫の部下に占領されて仕舞ふ虞れがある。コリヤ魔谷ケ岳の或地点まで担いで往かう。さア、早く用意をせい』 熊、蜂の両人は携へ持つた鎌にて手頃の木を伐り棒を作つてゐる。スマートボールは此の坐像の周囲をクルクル廻り、指頭を以つて抑へながら、 カナンボール『ヤーまだ少し温味があり、血が通うてゐるやうだ。こんな化物を迂濶り担ぎ込まうものなら、どんな事が起るかも知れない。オイ皆の奴、此儘にして帰らうぢやないか』 金の像(金助の像)『貴様等は執着心の最も旺盛な奴輩ぢや。この金助が化体を一部たりとも動かせるものなら動かして見よ。宇宙の関門最勝妙如来が坐禅の姿勢、本来無一物、色即是空、空即是色、一念三千、三千一念の宇宙の理法を知らざるか。娑婆の亡者共、吾こそは今迄の匹夫の肉体を有する金助に非ず、紫磨黄金の膚と化したる三界の救世主であるぞよ』 カナン『ヤー愈怪しくなつて来た。訳の分らぬことを言ひ出したぞ。オイ金助、モツト俺達の耳にもわかるやうに言つて呉れ』 金助の像『宇宙一切、可解不可解、凡耳不徹底、凡眼不可視』 カナンボール『ますます訳の分らないことを云ふぢやないか。オイ金州、洒落ない。貴様は何故元の金助に還元せないのだ。何程貴い黄金像になつて見たところで、身体の自由が利かねば仕方がないぢやないか』 金助の像『如不動即動是、如不言即言是、如不聴即聴是、顕幽一貫善悪不二、表裏一体、即身即仏即凡夫』 カナンボール『ますます分らぬことを言ひやがる。オイこんな代物にお相手をしてゐたら、莫迦にしられるぞ。モー帰らうぢやないか』 銀公『これが見捨てて帰られようか、宝の山に入りながら一物も得ずして裸体で帰ると云ふのは此の事だ。何処までも荒魂の勇を鼓し、六人が協心戮力此の黄金像を魔谷ケ岳の偲ケ淵迄伴れて行かう。サア、皆の奴、一二三だ』 と前後左右よりバラバラと武者振りつく。金像は一つ身慄ひをするよと見る間に、六人の姿は暴風に蚊軍の散るが如く、四方八方に目にとまらぬ許りの急速度を以て飛散して了つた。 金像は体内より鮮光を放射し、微妙の霊音を響かせながら、ムクムクと動き始めた。忽ち三丈三尺の立像と変じ、鷹鳥山の山頂にスツクと立ち、南面して瀬戸の海を瞰下し、両眼より日月の光明を放射し始めた。 鷹鳥山は暗夜と雖も光明赫灼として、数十里の彼方より雲を通して其の光輝を見ることを得るに至つた。 これ果して何神の憑依し給ひしものぞ。説き来り説き去るに随つて、其の真相を不知不識の間に窺知することを得るであらう。 (大正一一・五・二六旧四・三〇外山豊二録) |
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霊界物語 | 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 | 13 寂光土 | 第一三章寂光土〔七〇五〕 嵐のたけぶ魔谷ケ岳バラモン教に立籠る 蜈蚣の姫を教主とし朝な夕なに真心を 捧げて尽す金助も心の駒を立直し 神の御稜威も鷹鳥の山の谷間に湧き出づる 流れも清き清泉魂を洗ひて忽ちに 心の園に一輪の花の薫りを認めてゆ 直に開く大御空高天原に日月の 光隈なく照り渡り娑婆即寂光浄土の真諦を 悟るや忽ち黄金の衣に包まれ煌々と 輝き渡る神御霊紫磨黄金の膚清く 身の丈三丈三尺の三十三魂と成り変り 鷹鳥山の山頂に宇宙万有睥睨し 茲に弥勒の霊体を現じて四方を照しける 折しもあれや玉能姫鷹鳥姫は山上の 光を求めて岩ケ根の庵を後にエチエチと 近づき見れば金像は五丈六尺七寸の 巨体と変じ給ひつつ左右の御手に鷹鳥の 神の司や玉能姫物をも言はず鷲掴み 中天高く投げやれば翼なき身の鷹鳥の 姫の司は忽ちに元の庵に恙なく 投げ返されて胸をつき心鎮めて三五の 道の蘊奥を細々と奥の奥まで探り入る 玉能の姫は中天に玉の如くに廻転し 再度山の山麓に落ちて生田の森の中 木々の若芽も春風に薫る稚姫君の神 鎮まりいます聖場へ端なく下り着きにけり 遠き神代の昔より皇大神の定めてし 五六七神政の経綸地時節を待つて伊都能売の 貴の御霊の姫神と仕へて茲に時置師 此世を忍ぶ杢助が妻のお杉の腹を藉り 生れ出でませし初稚の姫の命と諸共に 清く仕ふる三つ御霊三五の月の皎々と 四海を照らす神徳を暫し隠して岩躑躅 花咲く春の先駆を仕組ませ給ふ尊さよ あゝ惟神々々御霊幸はひましまして 鷹鳥山の頂に示現し給ひし弥勒神 深き経綸の蓋開けて輝き給ふ時待ちし 堅磐常磐の松の世の栄え目出度き神の苑 花は紅葉は緑天と地とは紫に 彩る神代の祥瑞に天津神等国津神 百の神々百人は雄島雌島の隔てなく 老木若木の差別なく栄ゆる御代に大八洲 樹てる小松のすくすくと天津御光月の水 受けて日に夜に伸ぶる如進む神代の物語 黄金閣の頂上に輝き渡る日地月 貴の瓢の永久に開くる御代の魁を 語るも嬉し神館月の桂を手折りつつ 言葉の花を翳しゆく醜の魔風の吹き荒び 朽ちよ果てよと迫り来る曲の嵐も何のその 松の操のどこまでも神の御業に仕へずば 固き心は山桜大和心のどこまでも ひきて返さぬ桑の弓言葉のツルを手繰りつつ 五六七の代まで伝へ行くミロ九の神代を松村が 心真澄のいと清く山の尾の上に馥郁と 咲き匂ひたる教の花太折りて語郎善美世は 開き始めて北村氏隆き御稜威も光りわたり 海の内外の山川も草木もなべて皇神の 豊の恵二浴しつつ神代を祝ふ神人の 稜威の身魂を照らさむと雪に撓める糸柳の いと軟らかに長々と二十二巻の小田巻の 錦の糸を繰返し心も加藤説き明す 鷹鳥山の高姫が娑婆即寂光浄土をば 心の底より正覚し国治立の神業に 仕へ奉りて素盞嗚の神の尊の神力を 悟り初めたる物語言の葉車欣々と 風のまにまに辷り行くあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ。 鷹鳥姫は玉能姫を伴ひ、山上の光を目標に登り行つた後に、若彦は金助、銀公の両人に対し、三五教の教理を説き諭す折しも、如何はしけむ、金助、銀公の二人はキヤツと一声叫ぶと共に其の場に倒れ、人事不省に陥つて了つた。若彦は驚いて谷水を汲み来り、両人の面部に伊吹の狭霧を吹き掛け、甦らさむと焦る折しも、風を切つて頭上より降り来る鷹鳥姫の姿に二度ビツクリ、近寄り見れば、鷹鳥姫は庭前の青苔の上に仰向けとなり大の字になつて、 鷹鳥姫『ウン』 と云つたきり、ピリピリと手足を蠢動させて居る。若彦は周章狼狽為す所を知らず、右へ左へ水桶を提げた儘駆けまはる途端に、鷹鳥姫の足に躓き、スツテンドウと其の上に手桶と共に打倒れた。手桶の水は一滴も残らず大地に吸収されて了つた。若彦は如何したものか、挙措度を失ひし結果、立上る事が出来なくなつて了つた。庭前の苔の上にやうやう身を起し、坐禅の姿勢を取り、双手を組んで溜息吐息、思案に暮れて居る。 若彦『嗟、金、銀の両人と云ひ、力と頼む鷹鳥姫様は此の通り、介抱しようにも腰は立たず、加ふるに妻の玉能姫の消息はどうなつたであらう。神徳高き鷹鳥姫様でさへ斯の如き悲惨な目に遇ひ給うた位だから、吾妻も亦どつかの谷間に投げ棄てられ、木端微塵になつたかも知れない。あゝ、神も仏もないものか』 と稍信仰の箍が緩まうとした。時しもあれや、バラモン教のスマートボール、カナンボールを先頭に、鉄、熊、蜂其他数十人の荒男、竹槍を翳しながら此方を指して進み来り、此態を見て何と思つたか近寄りも得せず、垣を作つて佇み居る。神殿に参拝し居りし七八人の老若男女の信徒は、此惨状と寄せ来る敵の猛勢に肝を潰し、裏口よりコソコソと遁れ出で、這々の態にて山を駆登り、何処ともなく消散して了つた。 山桜は折柄吹き来る山嵐に打叩かれて、繽紛として散り乱れ、無常迅速の味気なき世の有様を遺憾なく暴露して居る。若彦は漸く吾に返り独語。 若彦『あゝ兵は強ければ亡び、木硬ければ折れ、革固ければ裂く。歯は舌よりも堅くして是れに先立ちて破るとかや。吾々はミロクの大神の大御心を誤解し、勝に乗じて猛進を続け、進むを知つて退き、直日に見直し聞直し、宣直す事を怠つて居た。日夜見直せ宣直せの聖言も、機械的無意識に口より出づる様になつては、モウ駄目だ。あゝ過つたり誤つたり。 積む雪に撓めど折れぬ柳こそやはらかき枝の力なりけり とは言依別命様の御宣示であつた。慈愛深き大神様は吾々に恵の鞭を加へさせ給うたのか、殆ど荒廃せむとする身魂を、再び練り直し給ひしか、あゝ有難し辱なし、神様、お赦し下さいませ。神や仏は無きものかと、今の今まで恨みの言葉を申し上げました。柔能く剛を制すの真理を、何故今迄悟らなかつたか。口には常に称へながら有言不実行の罪を重ねて来た吾々、実に天地に対し恥かしくなつて来ました。鷹鳥姫様が斯様な目にお遇ひなさつたのも、玉能姫の消息の分らないのも、吾脛腰の立たなくなつたのも此若彦が誤解の罪、実に神様は公平無私である。敵味方の区別を立つるは吾々人間の煩悩の鬼の為す業、慈愛深き神の御目より見給ふ時は、一視同仁、敵味方などの障壁はない。あゝ神様、あゝ、此世を造り給ひし大神様、心も広き厚き限りなき神直日大直日の神様、何卒々々、至らぬ愚者の吾々が罪、神直日大直日に見直し聞直し下さいませ。今迄の曲事は唯今限り宣り直します』 と声を曇らせ、バラモン教の一味の前に在る事も打忘れ、浩歎の声を洩らして居る。スマートボールは声も荒々しく、 スマートボール『ヤイ三五教の青瓢箪、若彦の宣伝使、態ア見やがれ。金助、銀公の二人を貴様の宅に捕虜にして居やがるのだらう。其天罰でバラモン教の御本尊大国別命様に睨み付けられ、鷹鳥姫は其態、貴様は又脛腰も立たず何をベソベソと吠面かわくのだ。俺達はバラモンの教の為に魔道を拡むる汝等一味を征伐せむが為に実行団を組織し此場に立向うたのだ。これから此スマートボールが汝等一味の奴輩を、芋刺し、串刺し、田楽刺し、山椒味噌を塗りつけて炙つて食つて了ふのだ。オイ泣き味噌、貴様も肝腎要の所で、大変な味噌を付けたものだなア。コリヤ鬼味噌、何を殊勝らしく祈つて居やがるのだ。天道様もテント御聞き遊ばす道理がないぞ。サアこれから顛覆だ』 と槍の穂先を揃へて前後左右よりバラバラと攻め掛る。悔悟の涙に暮れたる若彦は、最早心中豁然として梅花の咲き匂ふが如く、既に今迄の若彦ではなかつた。傲慢無礼のスマートボールが罵詈雑言も侮辱も、今は妙音菩薩の音楽か、弥勒如来の来迎かと響くばかりになつて居る。 若彦『アヽ有難い。われも北光の神様になるのかなア。どうぞ早く目を突いて欲しい。慗に肉眼を所有して居るために、宇宙の光を認むることが出来ないのだ。アヽ惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 と一生懸命に心中に暗祈黙祷を続けて居る。スマートボールは、 スマートボール『オイ、カナン、どうだ。これ丈勢込んでやつて来たのに、一つの応答もせず、又反抗的態度も行らない奴に向つて、攻撃するも馬鹿らしいぢやないか。如何したらよからう』 カナンボール『今こそ三五教を顛覆させるには千載一遇の好機だ、何躊躇逡巡する事があるか。一思ひにやつて了へよ、スマートボール』 スマートボール『併し乍ら、お前は屋内に駆入り、金、銀の在処を探して呉れよ。俺は是から此奴等に引導をわたさねばならぬ。……鷹鳥姫の婆、並びに若彦のヘボ宣伝使、よつく聞け。此世は大自在天大国別命の治しめす世の中だ。然るに何ぞ、天則違反の罪を負ひて、永遠無窮の根底の国に、神退ひに退はれた国治立命や、現在漂浪の旅を続けて居る素盞嗚尊の悪神を頭に戴き、猫を被つて、天下を混乱させむとは憎き奴共。天はバラモン教の蜈蚣姫が部下スマートボールの手を借りて汝を誅戮すべく此処に向はせ給うたのだ。サア此世の置土産、遺言あらば武士の情だ、聞いてやらう。娑婆に心を残さず、一時も早く幽界に旅立到せ。覚悟はよいか』 と部下に目配せしながら、竹槍をすごいてアワヤ一突にせむとする折しも、中空より急速力を以て降り来れる一塊の火弾、忽ち庭の敷石に衝突して爆発し、大音響と共に四面白煙に包まれ、咫尺を弁ぜざるに立到つた。中よりコンコンと白狐の鳴き声、谷の彼方此方に警鐘を乱打せし如く、頻りに聞えて来た。レコード破りの大音響に、失心して居た鷹鳥姫はハツと気が付き、頭を上げて眺むれば、四辺白煙に包まれ、身は空中にあるか地底にあるか、判別に苦しみつつ、独り頭を傾けて記憶の糸を手繰つて居る。金助、銀公両人もハツと気が付き、咫尺も弁ぜぬ白煙の中を腹這ひながら表に出で、若彦、鷹鳥姫の傍に知らず識らずに寄つて来た。忽ち空中より優美にして流暢な女神の声にて、 女神『三五教の宣伝使鷹鳥姫、若彦の両人、よつく聞かれよ。取別けて鷹鳥姫は執着の念未だ去らず、教主言依別命の示諭を軽視し、執拗にも汝が意地を立てむとし、神業繁多の身を以て聖地を離れ、此鷹鳥山に居を構へ、大神を斎り、汝が失ひし二個の宝玉を如何にもして再び取返さむと、千々に心を砕く汝の熱心、嘉すべきには似たれども、未だ自負心の暗雲汝が心天を去らず、常に悶々として至善至美なる現天国を悪魔の世界と観じ、飽くまでも初心を貫徹せむと、迷ひに迷ふ其果敢なさよ。地上に天国を建設せむとせば、先づ汝の心に天国を建てよ。迷ひの雲に包まれて、今や汝は地獄、餓鬼、修羅、畜生の天地を生み出し、汝自ら苦む其憐れさ。片時も早く本心に立復り、自我心を滅却し、我情の雲を払拭し、明皓々たる真如の日月を心天心海に輝かし奉れ』 と厳かに神示を宣らせ給ひ、御姿は見えねども、空中を帰り給ふ其気配、目に見る如くに感じられた。鷹鳥姫は夢の覚めたる如く心に打諾き、 鷹鳥姫『アヽ謬れり謬れり、今迄吾々は神界の為、天下万民の為に最善の努力を尽し、不惜身命の大活動を継続し、五六七神政の御用に奉仕せしものと思ひしは、わが心の驕なりしか。アヽわれ如何に心力を尽すと雖も、無限絶対、無始無終の大神の大御心に比ぶれば、九牛の一毛だにも及び難し。慢心取違の………われは標本人なりしか、吁浅ましや浅ましや。慈愛深き誠の神様、何卒々々鷹鳥姫が不明を憐れみ給ひ、神業の一端に奉仕せしめられむことを懇願致します。唯今より心を悔い改め、誠の神の召使として微力の限りを尽させ下さいませ。神慮宏遠にして、吾等凡夫の如何でか窺知し奉るを得む。今まで犯せし天津罪国津罪は申すも更なり、知らず識らずに作りし許々多久の罪穢を恵の風に吹払ひ、助け給へ。アヽ惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 と両手を合せ、感謝の涙に咽びながら一心不乱に天地の神霊に謝罪と祈願を籠めて居る。四辺を包みし白煙は忽ち晴れて、四辺を見れば此は如何に、鷹鳥姫が庵の前の苔蒸す花園であつた。何処よりともなく三柱の美人、上枝姫、中枝姫、下枝姫は、玉の如き顔貌に、梅花の笑ふが如き装ひにて現はれ来り、鷹鳥姫、若彦、金助、銀公の手を取りて引起し、懐より幣を取出して四人が塵を打払ひ、労はり助けて庵の内に進み入る。スマートボール、カナンボール以下一同は如何はしけむ、身体強直し、立はだかつた儘此光景を不審げに目送して居る。谷の木霊に響く宣伝歌の声、雷の如く聞えて来た。 (大正一一・五・二七旧五・一松村真澄録) |
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57 (1809) |
霊界物語 | 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 | 14 初稚姫 | 第一四章初稚姫〔七〇六〕 杢助『神が表に現はれて善と悪とを立別ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直せ聞き直せ 身の過ちは宣り直す三五教の宣伝使 誠の道を踏み外し心鷹ぶる高姫が 小さき意地に囚はれて錦の宮を守ります 玉照彦や玉照の姫の命や言依の 別の命の御心を空吹く風のいと軽く 聞き流したる身の報い鷹鳥山の頂きに 現はれ給ひし黄金の神の化身が誡めの 礫に谷間へ顛落し苦しみ悶ゆる娑婆世界 心一つの持ちやうで神の造りし此国は 天国浄土地獄道自由自在に開けゆく 吾身の作りし修羅畜生心の中の枉鬼に 虐げられて高姫は清泉忽ち濁り水 湧きかへりたる胸の中聞くも無残な今日の春 花咲き匂ひ風薫り小鳥は歌ひ蝶は舞ふ 花と花とに包まれし常世の春も目のあたり 神の大道を白煙深く包まれ目も鼻も 口さへ利かぬ浅ましさそれに続いて若彦が 血気にはやる雄健びのたけび外して久方の 天津空より降り来る神の礫に身を打たれ 忽ち地上に倒れ伏し息絶え絶えの瞬間に 心の開く梅の花天国浄土の楽園を 初めて覚る胸の中今迄犯せし身の罪や 心の汚れ忽ちに悟りの風に吹き払ひ 初めて此処に麻柱の真の司となりにけり あゝ高姫よ若彦よ娑婆即寂光浄土ぞや 神も仏も枉鬼も大蛇醜女も狼も 心を焦つ針の山身を苦しむる火の車 忽ち消ゆる水の霊神素盞嗚大神の 千座置戸の勲に心の空の雲霧を 払はせたまふ神言を朝な夕なに嬉しみて 尊き恵を忘れなよ神は汝と倶にあり とは云ふものの拗けたる身魂の主に何として 正しき神の坐まさむやあゝ惟神々々 恩頼を蒙りて心の岩戸を押し開き 誠明石の浦風に真帆をあげつつ往く船の 浪のまにまに消ゆるごと一日も早く八千尋の 海より深き罪咎を祓戸四柱大御神 祓はせ給へ神の子と生れ出でたる高姫や 若彦つづいて玉能姫金助、銀公其他の バラモン教に仕へたるスマートボールを始めとし カナンボールや鉄、熊や其他数多の教子よ 早く身魂を立て直せ神が表に現はれて 善と悪とを立て別ける朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 誠一つの神の道幾千代迄も変らまじ 変らぬ誠の一道に向ひまつりて松の世の 光ともなり花となり塩ともなりて世の中の 汚れを清め味をつけ神の柱とうたはれて 恥らふことのなき迄に磨き悟れよ神の子よ 神に仕へし杢助が赤き心を立て通し 初稚姫の命もて玉能の姫の神魂を 此処に伴ひ来りたり汝高姫、若彦よ 神の御声に目を醒ませ心にかかる村雲も 忽ち晴れて日月の光照らすは目のあたり あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と歌ひつつ時置師神の杢助は、初稚姫を背に負ひ、玉能姫と諸共に此場を指して現はれた。 此宣伝歌の声に鷹鳥姫、若彦、金、銀の四人は身体元の如く自由となりて立ち上り、杢助の前に嬉し涙に咽びながら両手を合せ、感謝の意を表し、恭しく首を垂れて居る。 杢助『皆さま、大変なおかげを頂きましたなア』 鷹鳥姫『ハイ、有難う御座います。余り吾々の偉い取違ひで、今迄開いた口のすぼめやうが御座いませぬ』 若彦『御神諭の通りアフンと致しました』 杢助『随分沢山な警護の役人が、竹槍を持つて御守護遊ばして居られますな。此方々は何時お出になつたのですか』 鷹鳥姫『ハイ、吾々の心に潜む悪魔を追出しに来て下さつた御恩の深いお方計りです』 若彦『此方々はバラモン教の蜈蚣姫さまの部下の方ださうです。厚いお世話になりました。何卒貴方から宜敷くお礼を云うて下さいませ』 体は棒のやうになつて強直したバラモン教の連中も、首から上は自由が利くので互に首を掉り、顔を見合せ、小声になつて、 スマート『オイ、カナン、嫌らしい事を云ふぢやないか。散々悪口をつかれ、危ない目に遇はされた俺達に向ひ、礼を云つて呉れと吐しやがる。この御礼は中々骨があるぞ。確りして居らぬと、中空より飛行機墜落惨死の幕が切つて落されるかも知れない。困つたものだなア』 カナン『何と云うても、この通り不動の金縛りを食うたのだから謝罪るより仕方がない。抵抗しようと云うた所で、こんな木像では何うする事も出来ぬぢやないか』 と囁いて居る。杢助の背から下された初稚姫は一同の前に立ち、忽ち神憑り[※三版・愛世版では「神憑り」、校定版では「神懸り」。]状態になつて仕舞つた。一同は期せずして初稚姫に視線を向けた。初稚姫は言静に、 初稚姫『三五教の宣伝使鷹鳥姫、若彦其他一同の人々よ、八岐大蛇の猛り狂ふ世の中、暗黒無道の娑婆世界とは云ひながら、汝等が心の岩戸開けし上は暗黒無明の此世も、もはや娑婆世界ではない、天国浄土である。娑婆即寂光浄土の、至歓至楽のパラダイスだ。汝等は八岐大蛇を言向け和し、ミロク神政の神業に参加せむと欲せば、先づ汝が心の娑婆世界をして天国浄土たらしめよ。この世界は汝が心によりて天国ともなり又地獄ともなるものぞ。風は清く山は青く、河悠久に流れ、木々の梢は緑の芽を吹き出し、花は笑ひ小鳥は歌ひ、蝶は舞ひ、自然の音楽は不断に聞え、森羅万象心地よげに舞踏し、吾等の目を楽しましめ、耳を喜ばせ、馨しき匂ひは鼻を養ふ。木の実は実り五穀は熟し、魚は跳ね、野菜は笑を含みて吾等が食ふを待つ。大道耽々として開け、鉄橋、石橋、木橋は架渡され、道往く旅人も夕になれば旅宿ありて叮寧に宿泊せしめ、湯を与へ食を与へ暖かき寝具を提供し、往くとして天国の状況ならざるはない。遠きに往かむとすれば汽車あり、電車あり、郵便電信の便あり、斯くの如き完全無欠の神国に生を託しながら、是をしも娑婆世界と観じ、暗黒無明の世と見るは何故ぞ、汝の心が暗きが故なり、身魂の汚れたる為なり。宣伝歌に云はずや「此世を造りし神直日、心もひろき大直日」と、あゝ斯の如き直日の神の神恩天の高くして百鳥の飛ぶに任すが如く、海の深く広くして魚鼈の踊るに任すが如き、直日の心を以て一切衆生に臨めば、何れも皆神の光ならざるはなく恵ならざるはなし。鬼もなければ仇もなし、暗もなければ汚れもなし。一日も早く真心に省み、一切に対して心静に見直せ聞き直せ、以前の誤解は速かに宣り直せよ。これ惟神なるミロクの万有に与へ給ふ大御恵なるぞよ。あゝ惟神霊幸倍坐世』 と云ひ終つて初稚姫は元に復し、再び杢助の背に愛らしき幼き姿を托した。 鷹鳥姫、若彦は一言も発し得ず地に噛りつき、感謝の涙止め度なく身を慄はして居た。今迄玉能姫と見えしは幽体にて、かき消す如く消え失せた。杢助父子の姿も、如何なりしか目にも止まらず、スマートボール以下の人々も何時しか消えて、白雲の漂ふ天津日は煌々として此光景を見下したまひつつあつた。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・五・二七旧五・一加藤明子録) |
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霊界物語 | 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 | 16 千万無量 | 第一六章千万無量〔七〇八〕 玉能姫『水の流れと人の行末昨日や今日の飛鳥川 淵瀬と変る世の中に神の御水火に生れ来て 夫ともなり妻となり親子となるも神の世の 縁の糸に結ばれて解くる由なき空蝉の うつつの世ぞと知りながら輪廻の雲に包まれて 進みかねたる恋の途暗路に迷ふ浅間しさ 日は照り渡り月は盈ち或は虧くる世の中に 変らぬものは親と子の尽きせぬ名残妹と背の 深き契と白雲の汝は東へ吾は西へ 南や北と彷徨ひていつかは廻り近江路や 美濃尾張さへ定めなく神の恵を遠江 祈り駿河の富士の山木花姫の御神に 願ひ掛巻く甲斐ありて嬉しき逢瀬を三保の浜 浦凪ぎ渡る羽衣の松の響も爽かに 風のまにまに流れ行く此世を救ふ生神の 貴の御楯と選まれし神の任しの宣伝使 千変万化に身を窶し百の艱難を身に受けて 世人を救ふ真心の凝り固まりし夫婦仲 鷹鳥山の頂に黄金の光を放ちつつ 衆生済度の御誓ひ天国浄土の基礎を 堅磐常磐に固めむと治まる御代をみろくの世 国治立大神や豊国姫大御神 神素盞嗚大神の三つの御霊の神勅 項にうけて世を開く心の色も若彦の 夫の命は今何処折角会ひは会ひながら 人目の関に隔てられ其声さへも碌々に 聞きも得ざりし玉能姫果敢なき夢路を辿りつつ 生田の森の吾思ひ稚姫君の御霊 堅磐常磐に鎮まりて再び神代を立直し 四方の天地神人を救はせ給ふ経綸地 守るも嬉しき吾身魂行末こそは楽しけれ あゝ吾夫よ若彦よ妾がひそむ此庵 遥々訪ね来ります清き尊き御心 仇に帰せし胸の裡うまらに細さに酌み取りて 必ず恨ませ給ふまじ此世を救ふ生神の 在れます限り汝と吾は又もや何時か相生の 松の緑の常久に霜を戴く世ありとも 相互に昔を語りつつ歓ぎ楽しむ事あらむ あゝ惟神々々御霊幸はひましまして 夫と在れます若彦が行末厚く守りませ 吾は女の身なれども神を敬ひ天が下 四方の身魂を慈しむ清き心は束の間も 胸に放さず天地の神に祈りて身の限り 心の限り三五の誠一つを筑紫潟 心の底も不知火の世人は如何に騒ぐとも 只皇神の御為に夫婦心を協せつつ 身は東西に生き別れ如何なる艱難の来るとも 神に任せし汝が命妾も後より大神の 御言のままに白雲の遠き国をば踏み分けて 神の司の宣伝使山野を渉り河を越え 海に浮びつ常世国高砂島の果までも 進みて行かむ惟神御霊幸はひましませよ』 と一絃琴に連れて歌の声諸共に、幽邃に庵の外に響き渡りつつあつた。 杢助は慨歎稍久しうして、力なげに二女が琴を弾ずる其場に現はれ、 杢助『初稚姫様、大変に音色が良くなりましたよ。玉能姫様、貴女の音色も余程宜しいな、稍悲調を帯びて居る様です。何かお心に懸つた事はありませぬか、心の色は直ぐに言霊の上に現はれるものですから』 玉能姫『ハイ、余り神様の思召が有難くて身に沁み渡り、又他人様のお情が胸に応へまして、感謝の涙に咽んで居ました』 杢助『世の中は喜があれば悲がある、悲の後には屹度喜ばしい花が咲くものです。桜の花は此通り夜の嵐に無残に散りましたが、梢に眺めた花よりも斯う一面庭の面に散り敷く美しさは又一入ですな。人間は何事も神様の御心に任すより外に途はありませぬ。如何なる艱難辛苦に遭遇するとも悔むものでは決してありませぬ。私も一人の妻に死別れ、一度は悲しき鰥鳥の幼児を抱へて浮世の無常を感じましたが「イヤ待て暫時、斯くなり行くも人間業ではない、何か深き思召のある事であらう。死別れた女房は不愍な様だが、大慈大悲の神様は屹度今より以上、結構な処へお助け下さるであらう。あゝ私が悔めば可愛い女房が神の御国へも能う行かず輪廻に迷ひ苦み悶えるであらう。忘れるが何よりだ」と一念発起した上は却て独身の方が結句気楽で宜しい。斯んな事を言ふと「お前さまは無情な夫だ」と心の底で蔑みも笑ひもなさらうが、さてさて何程悔んで見た所で仕方がない。お前さまも人間の身を以て此世に生れ、況して尊き宣伝使に使はれた以上は、世間の凡夫とは事変り、楽しみも一層深い代りに苦しみも亦一層深いでせう。其苦しみが神様の恵の鞭だ。何事があつても決して心配はなされますなや』 と口には元気に言へど、何となく玉能姫が心も推量り、同情の涙の色が声に現はれて居た。 玉能姫『何から何まで、御親切に有難う御座います。我々夫婦の者を立派な神様にしたててやらうと思召し下さいまして、重ね重ねの御心遣ひ、神様の様に存じます』 と琴の手をやめて、両手を膝に置き、俯向きて涙を隠す愛憐しさ。初稚姫は愛らしき唇を開き、 初稚姫『神が表に現はれて善と悪とを立別ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 只何事も人の世は尊き神の御前に 魂の限りを捧げつつ誠一つの言霊を 朝な夕なに怠らず讃へまつれよ惟神 御霊幸はひましまして天が下なる悉は 余さず残さず皇神の心のままに幸はひて 安きに救ひ給ふべし神は吾等と倶にあり 神は吾等と倶にあり神の御水火を杖となし 誠の道を力とし荒浪猛る海原も 虎伏す野辺も矗々と何の艱もあら尊と 勝利の都へ達すべし賞めよ讃へよ神の恩 尽せよ竭せ神の道尽せよ竭せ人の道 人は神の子神の宮人は神の子神の宮』 と歌ひ終つて又もや一絃琴を手にし、心地好げに微笑を浮べて居る。 俄に窓の外騒がしく十数人の足音、バタバタと聞えて来た。折柄昇る月影に顔は確と分らねど人影の蠢めく姿、手にとる如く三人の目に入つた。見れば大喧嘩である。一人の男を引縛り、杢助が庵の窓前に運び来り、寄つて集つて拳骨の雨を降らして居る。 甲『ヤイ、往生いたしたか、吾々バラモン教の信徒を悪神扱ひしやがつて、鷹鳥山に巣を構へ、貴様の女房の玉能姫に魔術を使はせ此方を清泉の真中へ放り込み、身体に沢山の手疵を負はせやがつた、其返報がへしだ。サア、もう斯うなつては此方のもの、息の根を止めて十万億土の旅立さしてやらう。こりや若彦、能うのめのめと生田の森まで彷徨うて来よつたなア』 と又もや鉄拳の雨を所構はず降らして居る。 現在眼の前に夫が打擲されて居る実況を見たる玉能姫の心は張り裂ける如く、仮令天地の法則を破るとも、飛びかかつて悪者に一太刀なりと酬いたきは山々なれど、泰然自若たる杢助に心惹かれ、苦しき胸を抱き平気を装うて居る。 杢助『玉能姫さま、何と面白い事が出来ましたな。坐ながらにして窓の内から活劇を見せて貰ひました。これも有難き思召でせう。サア早く神様に感謝の祝詞を奏上なさいませ。私はゆつくりと此活劇を見物致しませう。神様が如何しても使はねばならぬ必要の人物と思召したならば、仮令百万の敵が攻め来るとも、如何に鉄拳の雨を蒙るとも、鵜の毛で突いた程の怪我も致しますまい。何処の人かは知らねども、貴女の夫の名によく似た若彦と言ふ男らしう御座います。さてもさても腑甲斐ない男もあつたものだなア。アハヽヽヽヽ』 と作り笑ひに紛らす。玉能姫は心も心ならず、轟く胸を抑へながら静に天津祝詞を奏上し始めた。何となく声は震うて居た。地上に投げられ数多の悪者に苛責まれ居た若彦の身体より、忽ち五色の霊光発射し、ドンと一声、不思議の物音に杢助、玉能姫は窓外を眺むれば、人影は何処へ消えしか跡形もなく、窓近く一つの白狐ノソリノソリと太き尾を下げて森の彼方に進み行く。 杢助『アハヽヽヽ、神様は何処迄も吾々の気をお惹き遊ばすワイ』 玉能姫は両手を合せ、 玉能姫『惟神霊幸倍坐世』 初稚姫『皇大神守り給へ幸へ給へ』 (大正一一・五・二七旧五・一北村隆光録) |
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霊界物語 | 23_戌_木山の里/竜宮島へ出発 | 03 松上の苦悶 | 第三章松上の苦悶〔七一五〕 原野を遠く見晴らした若彦館の奥の間に招ぜられた三人の男は、杢助、玉治別、国依別であつた。 若彦『これはお三人様、打ち揃うてよくも御入来下さいました。今も今とて貴方方の噂を致して居りました。呼ぶより誹れとはよう云つたものですなア』 杢助『言依別の教主の命に依つて、紀の国へ急遽出張致しました』 若彦『言依別の教主は、矢張り相変らず勤めて居られますか』 杢助『これは又妙なお尋ね、教主が変つてなるものですか』 若彦『高姫さまは何うなりました』 杢助『高姫さまは相変らず聖地で働いて居られます』 若彦『ハテナ』と思案に暮れる。 若彦『玉能姫は如何致しましたか』 杢助『玉能姫様は初稚姫様とお二人、錦の宮の別殿にお仕へになつて居ります。併し妙な事をお尋ねですな。誰か当館へ来た者がありますか』 若彦『ハイ、先程魔我彦、竹彦の両人が参りました』 国依別は是を聞くより俄に眉を吊りあげ、何と無しに不穏な色を顔面に漂はした。 国依別『其の魔我彦は何処に参りましたか』 若彦『離れの座敷で休息して居られます』 杢助『アハヽヽヽ、これは妙だ。悪い事は出来ぬものだなア』 若彦『魔我彦が何を致しましたか』 杢助『イエ、人の心位恐ろしいものはありませぬ』 若彦『何だか、そはそはと両人は致して居りますので、これには深い様子のある事と思ひ、どつこにも逃げないやうに五人の荒男をもつて監守さして置きました。一体何んな事をやつたのです』 杢助は、青山峠の頂上より谷底へ玉治別、国依別を突き落し、殺害を企てた事を小声に耳打ちした。若彦は倒れむ許りに打ち驚き、 若彦『どこ迄も執念深き高姫一派の奸計。何うしても金狐、大蛇、悪鬼の守護神が退かぬと見えますな。何う致しませう。此儘追ひ帰すか、但は帰順させるか二つに一つの方法を執らねばなりますまい』 杢助『まア私に任して下さい』 と腕を組んでやや思案に耽る。暫くありて杢助は若彦の耳に口を寄せた。若彦は打ち頷き、此場を立つて離れ座敷に進み入り、五人の男に向ひ、 若彦『アヽ皆の者御苦労であつた。各自自分の部屋に帰つて休息して下さい。……魔我彦さま、竹彦さま、長らくお待たせ致しました。嘸お退屈でせう』 魔我彦『何卒お構ひ下さいますな。お客さまは何うなりましたか』 若彦『ハイ、ほんの近くの百姓が見えましたので御座います。何れも用をたして帰りました。何卒御悠くりとして下さい。併し一つ貴方にお願ひ仕度き事が御座います』 魔我彦『お願ひとは何事で御座いますか』 若彦『実は熱心な信者が病気にかかつて此館に籠つて居りますが、何うも怪しい病気ですから、一遍貴方の御鎮魂を願ひ度いのです』 魔我彦『神徳の充実した貴方がゐらつしやるのに、何うして私のやうな者がお間に合ひませうか』 若彦『あの病人は何うしても貴方の鎮魂を受けなくては癒らないのです。総てものは相縁奇縁と云うて、何程神様の御神徳だと云うても、意気の合ぬものは到底効能がありませぬ。何卒貴方急ぎませぬから、お休みになつたら鎮魂を施して下さい』 魔我彦『承知致しました。一つ神様に願つて見ませう』 若彦『早速の御承知、本人も喜ぶ事でせう。併し乍ら、何か物怪が憑いて居ると見えて、昼は平穏です。夜分になつてから一つお願ひ申しませう』 魔我彦は傲然として、 魔我彦『ハイ宜敷い』 と大ぴらに首を振つて居る。表の方には杢助、玉治別、国依別の三人小声になりて、何事か話に耽つて居る。若彦は二人に向ひ、 若彦『些しく表に用が御座いますれば失礼致します。何卒御悠くりと今日はお休み下さいませ。今晩お世話にならなくてはなりませぬから』 と云ひ捨て立ち去る。後に二人は小声になり、 魔我彦『何うも怪しいぢやないか。何うやら、杢助がやつて来て居るやうな気がしてならぬ。まかり間違へば青山峠の陰謀が露見したのだなからうかなア』 竹彦『私も何だか心持が悪くなつて来た。何うぞして此処を逃げ出す工夫はあるまいかなア』 魔我彦『ひよつとしたら二人の奴、谷底で蘇生したかも知れないぞ。それなら大変だ。一つお前神懸り[※三版・御校正本・愛世版は「神懸り」、校定版は「神憑り」。]をやつて見て呉れ』 竹彦は言下に手を組み、瞑目した。忽ち身体震動して、 竹彦『ウヽヽ、此方は八岐の大蛇の眷属であるぞよ。今表に杢助、玉治別、国依別の三人が現はれて、今夜を待つて復讐せむとの企みをやつて居るぞよ』 魔我彦『それは大変です、何とかして助かる工夫はありますまいか』 竹彦『ウヽヽ、もうかうなる以上は、館の周囲は荒男が取り巻き警戒して居る。力強の杢助は表に隠れて居る。もはや袋の鼠、両人の身体は逃れる見込はあるまい』 魔我彦『ハテ、困つた事だ。何うしたら良からう』 と顔色を変へてまごつく。 竹彦『ウヽヽ、周章るには及ばぬ。先づ気を落ち着けよ。かういふ時こそ刹那心が必要だ。何れ人を呪はば穴二つ、天に向つて唾したやうなものだ。自業自得だ、諦めて三人に命をやつたらよからう』 魔我彦は益々狼狽へ、 魔我彦『命惜しさに吾々は信仰もし、宣伝使もやつて居るのです。そんな事があつて耐るものですか。かういふ所を助けて下さるのが神様だ。何とかよいお指図を願ひます』 竹彦『ウンウン、自業自得だ。仕方がない、今表に折伏の剣を三人が力限り研いで居るぞ。あの業物で、すつぱりとやられたら、二人の身体は見事梨割りになるだらう、ウフヽヽヽ』 魔我彦『何卒、吾々二人を此処から救ひ出して下さい。もうこれきり改心を致しますから……』 竹彦『ウンウンウン、先づ周章ずと日が暮る迄待つたらよからう。何程謝罪つた所で、これだけ大勢強い奴が取巻いて居るから何うする事も出来はしない。なまじいに逃げ隠れ致して、名もなき奴に命を取られ恥を曝すよりも、汝が持てる懐剣で刺違へて死んだがよからう。それが最善の方法だ』 魔我彦『この不安状態がどうして今夜迄待てますか。また大切な一つの命を、さう易々と放る訳には行きますまい』 竹彦『ウヽヽ、この肉体も可愛さうなものだが、其方も可愛さうだ。併し玉治別、国依別の命を易々と取らうと企んだ張本人は魔我彦だから仕方がない、観念致せ』 魔我彦『これが何うして観念が出来ませう』 竹彦『ウヽヽ、命が惜いか、吾身を抓つて人の痛さを知れ、貴様が命の惜しいのも、玉、国両人が命の惜しいのも同じ事だ。併し乍ら、玉、国両人は常から命が大切だと云うて居る位だから、死ぬのは嫌なに違ひない。それに引かへ貴様は高姫と共に、日々烏の啼くやうに命はいらぬ、お道の為なら仮令どうなつても惜しくないと云うて居るぢやないか。命の無くなるのは貴様の日頃の願望成就ぢや、こんな目出度い事は又とあるまい。アハヽヽヽ』 魔我彦『貴方は何れの神様か存じませぬが、ちと気に食はぬ事を仰有る。お引取を願ひます』 竹彦『ウヽヽ、さうだらう、気に食はぬだらう。尤もぢや、口先でこそ命はいらぬと云つて居つても、肝腎要な時になると、娑婆に未練の残るのは人間として、普通一般の当然の執着心だ。その執着心を取らなければ、誠の神業は成就致さぬぞ』 魔我彦『同じ事なら肉体を持つて御用を致し度う御座います。アヽしまつた事をした。何うしたらよからうかなア。日はだんだんと暮れて来る。愚図々々して居れば何んな目に遇はされるか知れやしない、翼でもあれば、たつて帰るのだけれど』 竹彦『ウヽヽアハヽヽヽ、それ程命が惜しければ此方の申す様に致すか』 魔我彦『命の助かる事なら何んな事でも致します。何うぞ早く仰有つて下さいませ』 竹彦『ウンウンウン、汝等両人は庭先のこの松の頂上に登り、天津祝詞を一生懸命に奏上致せ。さうすれば天上より紫の雲をもつて汝の身体を迎へ取り、安全地帯に送つてやらう。何うぢや嬉しいか』 魔我彦『ハイ、助かる事なれば結構です。そんなら何時から登りませう』 竹彦『時遅れては一大事、半時の猶予もならぬ。松の木を目蒐けて登つてゆけ。竹彦の肉体も共に登るのだぞ。ウンウンウン』 と云ひながら霊は元に帰つた。魔我彦は四辺キヨロキヨロ見廻し、人無きを幸ひ庭先の大木を命を的に猿の如くかけ登つた。竹彦も続いて頂上に登りついた。二人は一生懸命に天津祝詞を声の限り奏上した。此声に驚いて若彦を初め、杢助、玉、国其他の一同は松上の二人の姿を見て、『アハヽヽヽ』と笑ひどよめいて居る。二人は一生懸命汗みどろになつて惟神霊幸倍坐世を奏上して居る。杢助は態と大きな声で、 杢助『サア、是から曲津彦と竹取別の両人を料理して酒の肴に一杯やらうかい』 と雷の如く呶鳴りつけた。魔我彦は是を聞き戦慄し、次第々々に慄ひ声になり、遂には息も出なくなつて仕舞つた。竹彦は『ウヽヽ』と又もや松上にて神懸り[※三版・御校正本・愛世版は「神懸り」、校定版は「神憑り」。]を始めた。 魔我彦『貴方の御命令通り此処迄避難しましたが、あの通り杢助以下の連中が樹下を取り巻いて居ります。どうぞ早く雲をもつて迎ひに来て下さい』 竹彦『ウンウンウン、斯の如く濃厚な紫の雲、汝の身体を取囲んで居るのが目に入らぬか。活眼を開いて四辺を熟視せよ』 魔我彦『何うしても我々の目には見えませぬ』 竹彦『ウンウンウン、見えなくつても雲は雲だ。竹彦の肉体と手を繋いで天に向つて飛びあがれ。さうすれば摘み上げて此館より脱出せしめ、安全地帯に救うてやらう。男は決断力が肝要だ。サア早く早く』 と促され、魔我彦は無我夢中になつて竹彦の手をとり、一イ二ウ三ツと声を揃へて一二尺飛び上つた途端に、松上より眼下の荒砂を敷きつめた庭に真逆様に墜落し、蛙をぶつつけたやうにビリビリと手足を慄はせ、人事不省に陥つた。若彦、杢助、玉、国其他の者は此光景に驚き、忽ち樹下に人山を築き、水よ水よと右往左往に慌て廻る。お光は手桶を提げ慌しく走り来る。杢助は直ちに水を含み、両人の面部に息吹の狭霧を吹きかけ、漸くにして二人は唸りながら生気に復し、四辺をキヨロキヨロ見廻し、玉治別、国依別の姿を見て『キヤツ』と叫び、又もや人事不省に陥つて仕舞つた。玉治別は魔我彦を、国依別は竹彦をひつ抱へ、奥の間深く運び入れ、夜具を敷いて鄭重に寝させ、神前に向つて天津祝詞を奏上し、更めて鎮魂を施した。漸くにして二人は息を吹きかへす。 玉治別『魔我彦さま、何うでした。随分御心配なさつたでせう』 魔我彦『ハイ、誠に申訳のない事を致しました。何うぞ命だけは御猶予を願ひます』 玉治別『人を助ける宣伝使がどうしてお前の命が欲しからう。お蔭で大変な修業をさして貰ひました。併し此後はあんな危険な事は止めて貰ひたいものだ。天の真浦の宣伝使が、駒彦、秋彦に宇津山郷の断崖から雪中へ落されたよりも余程険難でしたよ』 魔我彦は真赤な顔をして俯向く。 国依別『竹彦さま、気がつきましたか』 竹彦『ハイ、気がつきました。悪い事は出来ませぬワイ。余り成功を急いだものですから何分貴方方は高姫さまの御神業の妨害をなさる悪人だと信じきつて、あゝ云ふ無謀な事を致しました。併し乍ら魔我彦の精神は存じませぬが、決して竹彦はそんな悪人ではありませぬ。八岐の大蛇の邪霊が私に憑いてあんな事をさせたのですよ。何卒私を恨まぬやうに願ひます』 杢助『随分不減口を叩く男だな。併し乍らお前も是で悪は出来ないと云ふ事は分つたであらう』 魔我彦『私も肉体がやつたのではありませぬ。八岐の大蛇の眷族が憑つたのですから、どうぞ神直日大直日に見直し聞き直しを願ひます』 杢助『大体お前達は高姫の脱線的熱心に惚込んで居るから、そんな不善的な事を平気でやつて、立派な御神業が勤まると思うて居るのだ』 魔我彦『何事も日の出神さまの御命令通りだと思つて、高姫さまの意志を一寸忖度して居る処へ守護神がやつて来て、霊肉一致、二人を谷底へ突落し、殺さうとしたのです。併し乍ら魔我彦の肉体は何も知りませぬ』 杢助『玉治別、国依別の宣伝使は青山峠の絶頂から、あの深い谷間へつき落され、すんでの事で五体を粉砕するやうな目に遇はされても、お前達両人に対し鵜の毛の露程も恨んで居ないのは実に感服の至りだ。お前達も此両宣伝使の心を汲みとつて、少し改心したらどうだ。さうして改心を証明する為に、今迄の高姫一派の計略を此処ですつかり自白したがよからう』 魔我彦『そればつかりは自白出来ませぬ、高姫さまから仮令死んでも云うてはならないと口留めされ、私も万劫末代、舌を抜かれても言はないと固く約したのですから』 杢助『仮令善にもせよ、悪にもせよ、まだ良心に輝きがあると見えて、約束を守ると云ふ心がけは見上げたものだ。俺達も是以上は最早追及せぬ。玉治別さま、国依別さまこの両人を赦しておやりでせうなア』 玉治別『赦すも許さぬもありませぬ。何事も神様の御経綸、我々に油断は大敵だと云ふ実地の教育を与へて下さつたのですから、其お役に使はれなさつた御両人に対し、御苦労様と感謝こそすれ、寸毫も不足に思つたり恨んだりは致しませぬ』 国依別『私も玉治別と同感です。魔我彦さま、竹彦さま、安心して下さい。当つて砕けよと云ふ事がある。此上は層一層親密にして、神界の御用を勤めようぢやありませぬか』 杢助は立つて歌を歌ひ、しらけた此場の回復を図つた。 杢助『大和河内を踏み越えて漸々此処に紀の国の 青山峠の谷間に言依別の御言もて 勇み進んで来て見れば音に名高き十津川の 激潭飛沫の谷の水衣類を脱ぎて真裸体 ざんぶとばかり飛び込みて御禊を修する折からに 樹々の青葉も追々に黒ずみ来り天津日の 影は漸く隠ろひて闇を彩る折からに 頭上をかすめて落ち来る二つの影は忽ちに 青淵目がけて顛落し人事不省になる滝の 辺に二人を抱きあげよくよく見ればこは如何に 玉治別や国依別の神の命の宣伝使 青山峠の断崖よりつき落されて此さまと 聞いたる時の驚きは流石に豪気の杢助も 胸に浪をば打たせつつ闇を辿りて漸々に 二人を伴ひ平岩の麓に漸く近寄つて 其夜を明かし両人に様子を聞けば魔我彦や 竹彦二人の悪戯と聞いて再び胸躍り 深き仔細のある事と此処に三人はとるものも 取敢ずして若彦が館に訪ね来て見れば 思ひがけなき両人が離れ座敷でひそびそと 深き企みを語り合ふ善悪邪正の其報い 忽ち現はれ北の空雲を払つて照り渡る 北極星の動きなき若彦さまが雄心に 再び動く三人連れ魔我彦竹彦両人は 虚実の程は知らねども兎も角前非を心から 悔いしが如く見えにける嗚呼頼もしや頼もしや 仕組の糸に操られ心にかかりし村雲も 愈晴らす今日の宵あゝ惟神々々 御霊幸倍ましまして鷹鳥姫が迷ひをば 晴らさせ給へ魔我彦や竹彦一派の迷信を 朝日の豊栄昇るごと照し明して三五の 道の誠を四方の国国の内外の島々に 月日の如く明かに照させたまへ天津神 国津神達八百万百の御伴の神達の 御前に頸根つきぬきて遥に祈り奉る 慎み祈り奉る』 と歌ひ終つて両人に向ひ、 杢助『サア、魔我彦さま、竹彦さま、此杢助と共に聖地へ帰りませう。若彦、玉治別、国依別は是より伊勢路に渡り近江に出で、三国ケ岳を探険して聖地へ帰つて下さい。聖地には又もや高姫の陰謀が劃策されてあるから、杢助は是より両人を伴ひ、すぐ帰国致さう』 と云ふより早く忙しげに此館を立ち出た。魔我彦、竹彦は何となく心落着かぬ面持にて、悄々後に従ひ聖地をさして帰り行く。 (大正一一・六・一〇旧五・一五加藤明子録) |
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霊界物語 | 23_戌_木山の里/竜宮島へ出発 | 05 親子奇遇 | 第五章親子奇遇〔七一七〕 三五教の宣伝使秋彦駒彦両人は 言依別の御言もて天の真浦の宣伝使 其心力を試さむと人の尾峠の山麓に 姿をやつして雪の空茲に三人は宇都山の 武志の宮の社務所に暫し休らひ神司 松鷹彦に巡り会ひ秋彦駒彦両人は 天の真浦を深雪降る岸の上より突落し 東を指して進み行く神の恵に近江路や 比叡山颪を浴び乍ら大津伏見を乗り越えて 小舟を用意ひ淀の川川幅さへも枚方の 浦に漸々舟止め浪速の里を右に見て 堺岸和田佐野深日紀の川渡り和歌山を 何時しか過ぎて日高川やうやう川辺に着きにけり。 日は漸くに暮れて来た。旬日の雨に川は濁水漲り、渡舟を出す由もない。二人は已むを得ず後へ引返し、日高山の山奥に滝ありと聞き、暫し川水の減く迄荒行をなさむと、月の光を力に、山奥深く進み入る。滝の辺には小さき祠があつて、竜神が祀られてある。此社の周辺には不思議にも立派な柿の実が、枝もたわわにぶら下つて居る。人も取らねば烏も取らない。竜神の最も寵愛の柿と称へられて居る。二人は夜中に人の足跡に研ぎすまされた路を辿り、漸く滝の傍に着いた。手早く衣類を脱ぎ棄て、滝水に体を清め、祝詞を奏上し終つて、社の前に端坐し、鎮魂の姿勢を執つた。たわむ許りの柿の枝は折柄の強風に煽られて二人の体を撫でて居る。二人は美味さうな匂ひに、鎮魂を終り、てんでにむしつて飽まで食つた。忽ち社殿は鳴動し始めた。其声は時々刻々に強大となり地響きがし出した。 秋彦『ヤアどうやら地震らしいぞ』 駒彦『ナアニ、地震ではない。余り烈しき鳴動で地響きがして居るのだ。それに就ても我々が此柿を取つて食ふが早いか、此社殿が鳴動し始めたぢやないか。神様は惜んで御座るのではあるまいかなア』 秋彦『ナニこれ丈沢山の柿、五つや十食つた所で、吾々でさへも惜まないのだから、況して神様は人間が喜んで食ふのを、御立腹なさる道理がない。人間が食ふ為に出来て居るのだ。そんな事は有るまい』 社殿はますます鳴動烈しくなり、何とも知れぬ厭らしき声で呶鳴りつけられる様な気がして、知らず知らずに二人は怖気づき、『惟神霊幸倍坐世』と称へ乍ら、元来し路を倒けつ転びつ逃げて行く。夜は漸く明け放れた。谷川の清き水に衣を洗ふ白髪異様の婆がある。 秋彦『駒彦さま、向ふを見よ。出よつたぜ』 駒彦『ヤア本当に、怪体な奴が居るぢやないか。何か洗濯をして居るやうだ。此山奥に人家も無いのに、あんな年の老つた老婆が洗濯して居るとは、チツと合点が行かぬ、此奴ア何者かの化物かもしれないぞ。用心せなくてはなろまい』 秋彦『谷と谷とに挟まつた一筋路の所に居るのだから、どうしても通らぬ訳にも行かず、思ひ切つて行つて見ようかなア』 駒彦『何れ行かねばならぬ道程だが、マア一寸考へて行く事にせう。強く行くか、弱く行くか、それから一つ定めて行かうぢやないか』 秋彦『兎も角臨機応変、其時の都合にしよう』 と薄気味悪く、歩みもはかばかしからず、厭相に一歩々々進んで行く。見れば婆の頭の白髪から鼈甲の様な角が前の方へニユーツと曲つて二本、高低なしに行儀よく八の字を逆様にした様に生えて居る。 秋彦『オイ駒彦、此奴ア弱く行けば付け込まれる。強く行けば怒つてかぶりつくかも知れない。兎も角滑稽で婆アの腮を解いて通る事にしようかい。それに就ては秋彦、駒彦では面白くない。元の馬公、鹿公に、名だけ還元して掛合つて見よう』 駒彦『それが宜からう』 と小声に言ひ乍ら、婆の間近に近寄つて来た。婆は聾と見えて、二人の足音に気が付かぬものの如く、一生懸命に血の付いた衣を洗うて居る。 秋彦『モシモシお婆アさま……コレお婆アさま』 と後の一声に力をこめて高く呶鳴つた。婆アさんは一生懸命に見向きもせず、洗うて居る。 秋彦『ハハア此奴ア聾だ。併し随分厭らしい婆だ。彼処を渡らねば向うへ行く事は出来ず困つた事だなア。暫く後へ引返し、婆アが洗濯を済まして帰るまで待つことにせうかい』 駒彦『イヤもう一歩も後へ帰る事は出来ない。あれ丈鳴動しられ、厭らしい声で呶鳴られては、堪つたものぢやないからな』 秋彦『それだと云うて進む訳にも行かず、進退谷まるぢやないか』 駒彦『そこが宣伝使だ。神様のお力で突破するのだ。鬼婆に喰はれた所で構はぬぢやないか』 秋彦『こんな奴に食はれて堪るものか。お道の為に生命を棄てるのは苦しうないが、鬼婆の餌食になつちや宣伝使も駄目だ。聾を幸ひ、ソツと背後から往つて、婆を突つこかし、其間に駆歩で進まうぢやないか』 駒彦『オウさうだ。たかが知れた婆アの一人、此方は二人の荒男だ。併し乍ら騙討は面白くない。婆アに断つて通らして貰はう。万一通さぬと言ひよつたら、其時こそ我々は死物狂ひだ』 と言ひ乍ら、婆アの狭い谷川に塞がつて居る側近く寄り、俯いて居る腰を恐さうに押し乍ら、 駒彦『コレコレお婆アさま、此処を通して下さい』 と揺つて見た。婆アさまは驚いて二人の顔を打ちまもり、 婆(お久)『ヤアお前はそんな風をして、山賊を働いて居るのか。此婆はお前の見かけの通り何一つ持つて居ないぞ』 駒彦『オイ婆ア、お前は耳が聞えぬのか』 と耳の辺へ口を寄せ、力一杯呶鳴りつけた。婆アさんはビツクリして、 婆(お久)『エヽやかましいがな。聾か何ぞの様に、そんな大きな声で耳のはたで云ふものぢやない。鼓膜が破れて了うぢやないか』 駒彦『鬼婆ア、お前耳が聞えるのか』 婆(お久)『聞えるとも、耳の無いものならイザ知らず、此通り二つの耳があるぢやないか。聞えぬ耳なら、誰がアタ邪魔になる、顔の両側にひつつけて置くものかい。訳の分らぬ泥棒ぢやなア』 秋彦『是れは怪しからぬ。我々を泥棒とは何の事だ』 婆(お久)『それでも蓑笠を着たり金剛杖を突いとる奴は皆泥棒だよ。此間もバラモン教の宣伝使ぢやとか云つて、老爺と婆アと娘と三人連れの所へ、二人の奴が泊り込み、夜の夜中を見済まして、此婆アや爺どのを柱にひつ括り、一人の娘を調裁坊に致し、年寄りの蓄めた金をスツクリふんだくり、終局にや娘を嬲殺しにして帰りやがつた。大方お前も其奴等の同類だらう。あんまり胸糞が悪いので、お前達二人がコソコソ話をやつて居つたが聞かぬ振りをして居つたのだ。モウ斯うなる上は讎敵の片割れだ。皺腕の続く限り格闘して喉笛の一つも喰ひ切らねば置かぬ。サアどうだ』 秋彦『これはこれは怪しからぬ事を仰有る。併しお前さまは頭に角を生やして居るからは、人を取り喰ふ日高山の鬼婆だらう』 婆(お久)『きまつた事だ。鬼婆だから角が生えとるのぢや。サア其処へ平太れ。此婆が荒料理をして娘の仇を討つてやらう』 駒彦『コラ婆、何を吐しやがるのだ。俺は三五教の馬公と云ふ宣伝使だぞ。泥棒なんて……馬鹿にするな。さうして貴様の娘なればヤツパリ鬼娘だらう。日頃人を喰ふ酬いで吾子を取られたのだらう。鬼子母神と云ふ奴は、千人の子が有る癖に、人の子を奪つて喰ひよつた奴だが、或時に神様から、千人の中の一人の子を隠されて、朝から晩まで泣き通し、それから…わしは千人も子がある中にタツタ一人失つても是れ丈悲しいのだ、況して人間は三人や五人、多うて十人位の子を一人取られたら悲しからうと云つて、改心しよつて立派な仏になつたと云ふ事だが、貴様も子を取られて悲しい事がわかれば、是れから人間の子であらうが、親であらうが、決して取り喰うてはならぬぞ』 婆(お久)『ホヽヽヽヽ、わしを鬼婆と云ふのか、そしてお前は三五教の宣伝使ぢやなア、宣伝使なら、鬼婆か普通の婆アか分りさうなものぢやないか』 駒彦『それでも頭に角の生えてる奴は鬼ぢやないか。俺は斯う見えても、元は馬さんと云つて、紀の国の生れ、様子あつて都へ出で、立派な宅に召使はれ、追々出世し、今は押しも押されもせぬ宣伝使様ぢや。どうして見損ひをするものかい。そんな有耶無耶の事を言つて、俺を誤魔化さうと思つても駄目だぞ』 婆(お久)『ナニツ、お前は紀の国の生れ……都へ奉公に行つて居つたと……それは妙な事を聞くものだ。さうしてお前の名は馬ぢやないか』 駒彦『さうぢや、馬と云つたのぢや。それが如何したと云ふのだい』 婆(お久)『一寸此方に心当りがあるから、婆の宅まで来て貰へまいかな』 秋彦『オイオイ駒彦、しつかりせよ。計略に懸るぞよ』 婆(お久)『疑ひなさるな。爺イと婆アと二人暮しだ。一人の兄は幼い時に天狗にさらはれて、何処かへ連れて行かれたきり今に帰つて来ず、一人の妹娘は泥棒に二三日前生命を奪られ、爺婆二人が面白からぬ月日を送つて居るのだ。小さい宅だけれど、滅多に食はうとも、呑まうとも云はぬ。尋ねたい事が有るから来て下され』 駒彦は双手を組み首を傾け、婆アの顔を熟々と眺めて居る。 駒彦『オイ婆ア、其角は何時から生えたのかい』 婆(お久)『オホヽヽヽ、あまり泥棒が出て来よるので、用心の為に鹿の角を頭にひつ付けて鬼に見せて居るのだ。それ此通り……』 と無雑作に二本の角を引むしつて見せる。 秋彦『アハヽヽヽ、ヤア是れで一寸は安心だ。さうするとヤツパリ鬼婆ではなかつたらしいな。コレコレ婆アさま、お前のお宅は何処だ』 婆(お久)『そこへニユツと突き出て居る大きな岩を、クルツと廻ると、炭焼小屋の様な家がある。そこが妾の住家だ。此村は七八軒の所だが、近所へ行くと云つても一里位行かなならぬのだから不便なものだ。サアどうぞ婆の宅まで来て下さい』 駒彦『何は兎もあれ、お婆アさま、従いて参りませう』 婆はニコニコし乍ら先に立ち帰つて行く。駒彦は何か心に当るものの如く首を頻りに左右にかたげ乍ら従いて行く。あとより秋彦は不審相に二人の姿を看守りつつ、二三間遅れて、厭相に進んで行く。山の鼻にヌツと突出た岩の麓を廻はると、七八間向うにかなり大きな草葺の家が建つて居る。婆アさまは駒彦に向ひ、 婆(お久)『あれが妾の家だ。どうぞ今晩はゆつくり泊つて往て下されや』 秋彦は『なんだ、合点がゆかぬ事だなア』と呟きつつ、不安の念に駆られ、手を組んで細路に佇立して居る。婆アさまは半破れた戸をガラリと開き、 婆(お久)『サアサアお若い衆、這入つて下さい』 駒彦『ハイ有難う』 と後を振り返り見れば、四五間あとに秋彦は手を組み思案らしく佇んで居る。 駒彦『オイ秋彦、早う来ぬか。何して居るのだ』 秋彦『俺は外から警固して居るから、貴様用心して中に這入れ。釣天井でも有つてバサンバサンとやられちや大変だから、よく気を付けて這入れ。俺はサア事だと思つたら、直に飛び込んで讎敵を討つてやるから……マア予備として、俺は外に待つて居る』 駒彦『そんなら宜しう頼む』 と閾を跨げ屋内に姿を隠した。爺イさまは目も疎いと見え、ヨボヨボし乍ら奥の間から現はれ、 爺(常楠)『アー婆か、よう帰つて呉れた。どうも寂しくて困つて居つた。あまり帰りが遅いので、又もや泥棒に出会したのではなからうかと、気が気でなかつた。併しお前の背後に誰か従いて来て居るぢやないか。ウツカリした者を引張つて来ると、又此間の様な目に会はされるぞ。性懲りもない、道行く人間を掴まへて、善根だの、宿をしてあげようのと云ふものだから、あんな事が起るのだ。モウ今日は、お前が何と云つても私が承知をせぬ。……どこの方か知らぬがトツトと帰つて下され』 婆(お久)『爺さま、一寸此人は合点のいかぬ事があるので連れて帰つたのぢや。妾だつてモウ懲りてるから、滅多な奴を連れて帰りはせぬ。此人は馬とか云ふ男ださうな、伜の名も馬だから、何とはなしに恋しくなつて連れて帰つたのぢや。ヒヨツとしたら、子供の時に天狗に浚はれた馬ぢやなからうかと、心の故か思はれてならないから……』 爺(常楠)『さう聞くと何だか恋しい様な気がする。コレコレ馬さまとやら、足をしもうて上つて下さい』 駒彦『ハイ有難う御座います。私も一人者で御座います。何だか此お婆アさまが恋しくなつて参りました』 と云ひ云ひ足をしもうて座敷にあがる。秋彦はコハゴハ乍ら門口までやつて来て、様子を考へて居る。 爺(常楠)『お前は馬さまと云ふさうだが、一体何処の生れだ』 駒彦『ハイ私は余り小さい時で、しつかりは記憶しませぬが、何でも日高川の畔だつた様に幽かに覚えて居ります。併し乍らそれも夢だか現だか分らないのです。天狗にさらはれて山城の国の紫野の大木の上に引掛けられて居つたのを、そこの酋長が認めて助けて下され、それから其処の家の子となつて育つて来た者で御座います』 爺(常楠)『わしは常楠と云ふ者だ。さうして婆アはお久と云ふ者だが、両親の名は覚えて居るかい』 駒彦『何分子供の事で分りませぬが、御主人様のお言葉には、私の守り袋に、常とか久とか云ふ印があり、私の名は馬楠と書いてあつたさうで、主人は馬公馬公と仰有つたのだと聞いて居ります』 爺(常楠)『ナニ、常に久、馬楠と書いてあつたか。そんならお前は私の伜ぢや。ようマア無事で居つて下さつた』 と両人は取付いて泣きくづれる。 駒彦『あゝ何だかさう聞くと、御両親の様にも思ひますが、しかし私の体には一つの特徴があります。それは御存じですか』 爺(常楠)『特徴と云ふのは、お前は小さい時から睾丸が人よりは優れて大きかつた。睾丸ヘルニヤとか云ふ病気ださうで、大変に吾々両親は心配をして居つたのだ。お前、睾丸はどうだな』 駒彦『ハイ仰せの如く人一倍大きいのです。松姫館で大金だと言はれて引張られた時には随分困りました。そこまで話が合へば全くあなたは御両親に間違ありますまい。あゝよう無事で居て下さつた』 と駒彦もホロリと涙を流す。お久は、 お久『せめて二三日前にお前が帰つて呉れたなら、妹のお軽もあんな目に会うのではなかつたぢやらうに……あゝ残念な事をした。お前の行方を探したさ、若いうちに夫婦が交る交る紀の国一面を歩いて見たが、どうしても行方が知れず、斯う年が寄つては歩く事も出来ぬので、人さへ見れば吾家に泊つて貰ひ、何かの手懸りもがなと、善根宿をして居つたのだ。さうした所がエライ泥棒を泊めて、妹の生命を取られて了うたのぢや。あゝ可哀相に……妹が生て居つたら恋しい兄に会はれたと言うて、どれ程喜ぶ事であらう。アーア、ア』 と婆アは泣き沈む。常楠爺イも、駒彦も共に涙に暮れ、鼻を啜つて居る。秋彦はこれを聞くより走り入り、 秋彦『ヤア駒彦、お芽出度う。お前が何時も両親に会ひたい会ひたいと云つて居つたが、思はぬ所で親子の対面が出来た。これも全く大神様のお恵みだ。お前ばかりか、俺も嬉しい。アヽ神様有難う御座います』 と涙声になつて、両手を合せ、ちぎれちぎれに咽び乍ら、感謝の祝詞を奏上する。屋根には熊野烏の群七八羽、松魚木に止まつて声を嗄らして悲しげに『カワイカワイ』と啼き立てる。天井に鼠の鳴き声『チウチウチウ孝行々々』と聞え来たる。 (大正一一・六・一〇旧五・一五松村真澄録) |