| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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41 (714) |
ひふみ神示 | 27_春の巻 | 第57帖 | 後にも先にもない、みせしめ出てくるぞ。めぐりひどい所ほど、ひどい見せしめ。神がまこと心見抜いたらどんな手柄でも致さすぞ。自分でびっくり。まことの人程おかげおそい、おそい程大きおかげあるぞ。同じ筋のミタマ沢山にあるのぢゃ。類魂と人民申してゐるもの。いくら因縁あっても曇りひどいと、その類魂の中から次々に代りのミタマ使ふ仕組。兎や角申さずに素直について御座れ。 |
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42 (921) |
ひふみ神示 | 38_紫金之巻 | 第3帖 | 伊豆幣帛を 都幣帛に結び岩戸ひらきてし。 ウヨウヨしてゐる霊かかりにまだ、だまされて御座る人民多いのう、何と申したら判るのであるか、奇跡を求めたり、われよしのおかげを求めたり、下級な動物のイレモノとなってゐるから、囚われてゐるから、だまされるのぢゃ、霊媒の行ひをよく見ればすぐ判るでないか。早うめさめよ、因縁とは申しながら、かあいそうなからくどう申して聞かせてゐるのであるぞ、マコトの道にかへれよ、マコトとは〇一二三四五六七八九十と申してあろう、そのうらは十九八七六五四三二一〇で、合せて二十二であるぞ、二二が真理と知らしてあろう、二二が富士してあろうが、まだ判らんか。 |
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43 (922) |
ひふみ神示 | 38_紫金之巻 | 第4帖 | 豊栄に栄り出でます大地-九二-の太神。
大掃除はげしくなると世界の人民皆、仮四の状態となるのぢゃ、掃除終ってから因縁のミタマのみを神がつまみあげて息吹きかへしてミロクの世の人民と致すのぢゃ、因縁のミタマには |
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44 (953) |
ひふみ神示 | 39_月光の巻 | 第21帖 | 大奥山から流れ出た宗団はひかり教会のみでないぞ。いくらもあるのぢゃ。出てくるぞ。故に大奥山に集まったものが皆ひかり教会員ではない。それぞれのミタマの因縁によって色々な集団に属する。この点よく心得なされよ。大奥山はありてなき存在、人間の頭で消化されるような小さいしぐみしてないぞ。大奥山だけに関係もつ人もあるのぢゃ、囚われてはならん。三千世界を一つにまるめるのがこの度の大神業ぞ。世界一家は目の前、判らんものは邪魔せずに見物して御座れ。神の経綸間違ひなし。 |
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45 (987) |
ひふみ神示 | 39_月光の巻 | 第55帖 | そなたはよく肚をたてるが、肚がたつのは慢心からであるぞ。よく心得なされよ。下肚からこみあげてくる怒りは大きな怒りであるから、怒ってよいのであるなれど、怒りの現わし方を出来るだけ小さく、出来るだけ清く、出来るだけ短かくして下されよ。怒りに清い怒りはないと、そなたは思案して御座るなれど、怒りにも清い怒り、澄んだ怒りあるぞ。三月三日。 そなたはいつも自分の役に不足申すくせがあるぞ。そのくせ直して下されよ。長くかかってもよいから、根の音からの改心結構ぞ。手は手の役、足は足、頭は頭の役、それぞれに結構ぞ。上下貴賎ないこと、そなたには判ってゐる筈なのに、早う得心して下されよ。そなたはこの神ときわめて深い縁があるのぢゃ。縁あればこそ引きよせて苦労さしてゐるのぢゃ。今度の御用は苦の花咲かすことぢゃ。真理に苦の花さくのであるぞ。因縁のそなたぢゃ、一聞いたなら十がわかるのぢゃ。云われんさきに判ってもらわねばならんぞ。知らしてからでは味ないぞ。十人並ぞ。今度の御用は千人力、十人並では間に合わんぞ。人間の目は一方しか見えん。表なら表、右なら右しか見えん。表には必ず裏があり、左があるから右があるのぢゃ。自分の目で見たのだから間違いないと、そなたは我を張って居るなれど、それは只一方的の真実であるぞ。独断は役に立たんぞと申してあろうが。見極めた上にも見極めねばならんぞ。霊の目も一方しか見えんぞ。霊人には何でも判ってゐると思ふと、大変な間違ひ起るぞ。一方と申しても霊界の一方と現界の一方とは、一方が違ふぞ。そなたは中々に立派な理屈を申すが、理屈も必要ではあるが、あわの如きもの、そなたの財産にはならんぞ。体験の財産は死んでからも役にたつ。ざんげせよと申しても、人の前にざんげしてはならんぞ。人の前で出来るざんげは割引したざんげ。割引したざんげは神をだまし、己をだますこととなるぞ。悔ひ改めて下され。深く省みて下され。深く恥ぢおそれよ。心して慎しんで下されよ。直ちによき神界との霊線がつながるぞ。霊線つながれば、その日その時からよくなってくるぞ。気持が曲ったら霊線が切り替えられる。 |
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46 (1004) |
霊界物語 | 01_子_霊界探検/玉の争奪戦 | 07 幽庁の審判 | 第七章幽庁の審判〔七〕 ここに大王の聴許をえて、自分は産土神、芙蓉仙人とともに審判廷の傍聴をなすことを得た。仰ぎ見るばかりの高座には大王出御あり、二三尺下の座には、形相すさまじき冥官らが列座してゐる。最下の審判廷には数多の者が土下座になつて畏まつてゐる。見わたせば自分につづいて大蛇の川をわたつてきた旅人も、早すでに多数の者の中に混じりこんで審判の言ひ渡しを待つてゐる。日本人ばかりかと思へば、支那人、朝鮮人、西洋人なぞも沢山にゐるのを見た。自分はある川柳に、 『唐人を入り込みにせぬ地獄の絵』 といふのがある、それを思ひだして、この光景を怪しみ、仙人に耳語してその故を尋ねた。何と思つたか、仙人は頭を左右に振つたきり、一言も答へてくれぬ。自分も強て尋ねることを控へた。 ふと大王の容貌を見ると、アツと驚いて倒れむばかりになつた。そこを産土の神と仙人とが左右から支へて下さつた。もしこのときに二柱の御介抱がなかつたら、自分は気絶したかも知れぬ。今まで温和優美にして犯すべからざる威厳を具へ、美はしき無限の笑をたたへたまひし大王の形相は、たちまち真紅と変じ、眼は非常に巨大に、口は耳のあたりまで引裂け、口内より火焔の舌を吐きたまふ。冥官また同じく形相すさまじく、面をあげて見る能はず、審判廷はにはかに物凄さを増してきた。 大王は中段に坐せる冥官の一人を手招きしたまへば、冥官かしこまりて御前に出づ。大王は冥官に一巻の書帳を授けたまへば、冥官うやうやしく押いただき元の座に帰りて、一々罪人の姓名を呼びて判決文を朗読するのである。番卒は順次に呼ばれたる罪人を引きたてて幽廷を退く。現界の裁判のごとく予審だの、控訴だの、大審院だのといふやうな設備もなければ、弁護人もなく、単に判決の言ひ渡しのみで、きはめて簡単である。自分は仙人を顧みて、 『何ゆゑに冥界の審判は斯くのごとく簡単なりや』 と尋ねた。仙人は答へて、 『人間界の裁判は常に誤判がある。人間は形の見へぬものには一切駄目である。ゆゑに幾度も慎重に審査せなくてはならぬが、冥界の審判は三世洞察自在の神の審判なれば、何ほど簡単であつても毫末も過誤はない。また罪の軽重大小は、大蛇川を渡るとき着衣の変色によりて明白に判ずるをもつて、ふたたび審判の必要は絶無なり』 と教へられた。一順言ひ渡しがすむと、大王はしづかに座を立ちて、元の御居間に帰られた。自分もまた再び大王の御前に招ぜられ、恐る恐る顔を上げると、コハそもいかに、今までの恐ろしき形相は跡形もなく変らせたまひて、また元の温和にして慈愛に富める、美はしき御面貌に返つてをられた。神諭に、 『因縁ありて、昔から鬼神と言はれた、艮の金神のそのままの御魂であるから、改心のできた、誠の人民が前へ参りたら、結構な、いふに言はれぬ、優しき神であれども、ちよつとでも、心に身欲がありたり、慢神いたしたり、思惑がありたり、神に敵対心のある人民が、傍へ出て参りたら、すぐに相好は変りて、鬼か、大蛇のやうになる恐い身魂であるぞよ』 と示されてあるのを初めて拝したときは、どうしても、今度の冥界にきたりて大王に対面したときの光景を、思ひ出さずにはをられなかつた。また教祖をはじめて拝顔したときに、その優美にして温和、かつ慈愛に富める御面貌を見て、大王の御顔を思ひ出さずにはをられなかつた。 大王は座より立つて自分の手を堅く握りながら、両眼に涙をたたへて、 『三葉殿御苦労なれど、これから冥界の修業の実行をはじめられよ。顕幽両界のメシヤたるものは、メシヤの実学を習つておかねばならぬ。湯なりと進ぜたいは山々なれど、湯も水も修行中には禁制である。さて一時も早く実習にかかられよ』 と御声さへも湿らせたまふた。ここで産土の神は大王に、 『何分よろしく御頼み申し上げます』 と仰せられたまま、後をもむかず再び高き雲に乗りて、いづれへか帰つてゆかれた。 仙人もまた大王に黙礼して、自分には何も言はず早々に退座せられた。跡に取りのこされた自分は少しく狼狽の体であつた。大王の御面相は、俄然一変してその眼は鏡のごとく光り輝き、口は耳まで裂け、ふたたび面を向けることができぬほどの恐ろしさ。そこへ先ほどの冥官が番卒を引連れ来たり、たちまち自分の白衣を脱がせ、灰色の衣服に着替させ、第一の門から突き出してしまつた。 突き出されて四辺を見れば、一筋の汚い細い道路に枯草が塞がり、その枯草が皆氷の針のやうになつてゐる。後へも帰れず、進むこともできず、横へゆかうと思へば、深い広い溝が掘つてあり、その溝の中には、恐ろしい厭らしい虫が充満してゐる。自分は進みかね、思案にくれてゐると、空には真黒な怪しい雲が現はれ、雲の間から恐ろしい鬼のやうな物が睨みつめてゐる。後からは恐い顔した柿色の法被を着た冥卒が、穂先の十字形をなした鋭利な槍をもつて突き刺さうとする。止むをえず逃げるやうにして進みゆく。 四五丁ばかり往つた処に、橋のない深い広い川がある。何心なく覗いてみると、何人とも見分けはつかぬが、汚い血とも膿ともわからぬ水に落ちて、身体中を蛭が集つて空身の無い所まで血を吸うてゐる。旅人は苦さうな悲しさうな声でヒシつてゐる。自分もこの溝を越えねばならぬが、翼なき身は如何にして此の広い深い溝が飛び越えられやうか。後からは赤い顔した番卒が、鬼の相好に化つて鋭利の槍をもつて突刺さうとして追ひかけてくる。進退これきはまつて、泣くにも泣けず煩悶してをつた。にはかに思ひ出したのは、先ほど産土の神から授かつた一巻の書である。懐中より取出し押しいただき披いて見ると、畏くも『天照大神、惟神霊幸倍坐世』と筆蹟、墨色ともに、美はしく鮮かに認めてある。自分は思はず知らず『天照大神、惟神霊幸倍坐世』と唱へたとたんに、身は溝の向ふへ渡つてをつた。 番卒はスゴスゴと元の途へ帰つてゆく。まづ一安心して歩を進めると、にはかに寒気酷烈になり、手足が凍えてどうすることも出来ぬ。かかるところへ現はれたのは黄金色の光であつた。ハツと思つて自分が驚いて見てゐるまに、光の玉が脚下二三尺の所に、忽然として降つてきた。 |
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47 (1015) |
霊界物語 | 01_子_霊界探検/玉の争奪戦 | 18 霊界の情勢 | 第一八章霊界の情勢〔一八〕 ここで自分は、神界幽界の現界にたいする関係を一寸述べておかうと思ふ。 神界と幽界とは時間空間を超越して、少しも時間的の観念はない。それゆゑ霊界において目撃したことが、二三日後に現界に現はれることもあれば、十年後に現はれることもあり、数百年後に現はれることもある。また数百年数千年前の太古を見せられることもある。その見ゆる有様は過去、現在、未来が一度に鏡にかけたごとく見ゆるものであつて、あたかも過去、現在、未来の区別なきが如くにして、しかもその区別がそれと歴然推断され得るのである。 霊界より観れば、時空、明暗、上下、大小、広狭等すべて区別なく、皆一様平列的に霊眼に映じてくる。 ここに自分が述べつつあることは、霊界において見た順序のままに来るとはかぎらない。霊界において一層早く会ふた身魂が、現界では一層晩く会ふこともあり、霊界にて一層後に見た身魂を、現界にて一層早く見ることもある。今回の三千世界の大神劇に際して、檜舞台に立つところの霊界の役者たちの霊肉一致の行動は、自分が霊界において観たところとは、時間において非常に差異がある。 されど自分は、一度霊界で目撃したことは、神劇として必ず現界に再現してくることを信ずるものである。 さて天界は、天照大御神の御支配であつて、これは後述することにするが、今は地上の神界の紛乱状態を明らかにしたいと思ふ。今までは地上神界の主宰者たる国常立尊は、「表の神諭」に示されたるごとくに、やむを得ざる事情によつて、引退され給うてゐられた。 それに代つて、太古において衆望を担うて、国常立尊の後を襲ひたまうた神様は、現在は支那といふ名で区劃されてゐる地域に、発生せられたる身魂であつて、盤古大神といふ神である。この神はきはめて柔順なる神にましまして、決して悪神ではなかつた。ゆゑに衆神より多大の望みを嘱されてゐたまうた神である。今でこそ日本といひ、支那といひ露西亜といひ、種々に国境が区劃されてゐるが、国常立尊御神政時代は、日本とか外国とかいふやうな差別は全くなかつた。 ところが天孫降臨以来、国家といふ形式ができあがり、いはゆる日本国が建てられた。従つて水火沫の凝りてなれるてふ海外の地にも国家が建設されたのである。さて、いはゆる日本国が創建され、諸々の国々が分れ出でたるとき、支那に生まれたまうた盤古大神は、葦原中津国に来たりたまひて国祖の後を襲ひたまふた上、八王大神といふ直属の番頭神を御使ひになつて、地の世界の諸国を統轄せしめられた。一方いはゆる外国には、国々の国魂の神および番頭神として、国々に八王八頭といふ神を配置された。丁度それは日本の国に盤古大神があり、その下に八王大神がおかれてあつたやうなものである。日本本土における八王大神は、諸外国の八王八頭を統轄し、その上を盤古大神が総攬したまひましたが、八王八頭は決して悪神ではない。天から命ぜられて各国の国魂となつたのは八王であり、八頭は宰相の位置の役である。こういふ風なのが、今日、国常立尊御復権までの神界の有様である。 さうかうするうちに、露国のあたりに天地の邪気が凝りかたまつて悪霊が発生した。これがすなはち素盞嗚命の言向和された、かの醜い形の八頭八尾の大蛇の姿をしてゐたのである。この八頭八尾の大蛇の霊が霊を分けて、国々の国魂神および番頭神なる八王八頭の身魂を冒し、次第に神界を悪化させるやうに努力しながら現在にいたつたのである。しかるに一方印度においては、極陰性の邪気が凝りかたまつて金毛九尾白面の悪狐が発生した。この霊はおのおのまた霊を分けて、国々の八王八頭の相手方の女の霊にのり憑つた。 しかして、また一つの邪気が凝り固まつて鬼の姿をして発生したのは、猶太の土地であつた。この邪鬼は、すべての神界並びに現界の組織を打ち毀して、自分が盟主となつて、全世界を妖魅界にしやうと目論みてゐる。しかしながら日本国は特殊なる神国であつて、この三種の悪神の侵害を免れ、地上に儼然として、万古不動に卓立してをることができた。この悪霊の三つ巴のはたらきによつて、諸国の国魂の神の統制力はなくなり、地上の世界は憤怒と、憎悪と、嫉妬と、羨望と、争闘などの諸罪悪に充ち満ちて、つひに収拾すべからざる三界の紛乱状態を醸したのである。 ここにおいて、天上にまします至仁至愛の大神は、このままにては神界、現界、幽界も、共に破滅淪亡の外はないと観察したまひ、ふたたび国常立尊をお召出し遊ばされ、神界および現界の建替を委任し給ふことになつた。さうして坤之金神をはじめ、金勝要神、竜宮乙姫、日出神が、この大神業を輔佐し奉ることになり、残らずの金神すなはち天狗たちは、おのおの分担に従つて御活動申し上げ、白狐は下郎の役として、それぞれ神務に参加することになつた。ここにおいて天津神の嫡流におかせられても、木花咲耶姫命と彦火々出見命は、事態容易ならずと見たまひ、国常立尊の神業を御手伝ひ遊ばすこととなり、正神界の御経綸は着々その歩を進め給ひつつあるのである。それと共にそれぞれ因縁ある身魂は、すべて地の高天原に集まり、神界の修行に参加し、御経綸の端なりとも奉仕さるることになつてをるのである。 そもそも太古、葦原瑞穂中津国は大国主命が武力をもつて、天下をお治めになつてゐた。天孫降臨に先だち、天祖は第三回まで天使をお遣しになり、つひには武力をもつて大国主命の権力を制し給うた。大国主神も力尽きたまひ、現界の御政権をば天命のままに天孫に奉還し、大国主御自身は、青芝垣にかくれて御子事代主と共に、幽世を統治したまふことになつた。 この時代の天孫の御降臨は、現在の日本なる地上の小区劃を御支配なし給ふためではなく、実に全地球の現界を知食すための御降臨であり給うた。しかしながら未完成なる世界には、憎悪、憤怒、怨恨、嫉妬、争闘等あらゆる邪悪が充満してゐるために、天の大神様の御大望は完成するにいたらず、従つて弱肉強食の修羅の巷と化し去り地上の神界、現界は、ほとんど全く崩壊淪亡しやうとする場合に立ちいたつたのである。 かかる情勢を見給ひし天津神様は、命令を下したまひて、盤古大神は地上一切の幽政の御権利を、艮金神国常立尊に、ふたたび御奉還になるのやむなき次第となつた。ここに盤古大神も既に時節のきたれるを知り、従順に大神様の御命令を奉戴遵守したまうた。しかるに八王大神以下の国魂は、邪神のためにその精霊を全く汚されきつてゐるので、まだまだ改心することができず、いろいろと悪策をめぐらしてゐたのである。なかには改心の兆の幾分見えた神もあつた。 かくの如くにして国常立尊が、完全に地上の神界を御統一なしたまふべき時節は、既に已に近づいてゐる。神界の有様は現界にうつりきたり、神界平定後は天津日嗣命が現界を治め給ひ、国常立尊は幽政を総纜したまひ、大国主命は日本の幽政をお司りになるはずである。しかし現在ではまだ、八頭八尾の大蛇、金毛九尾の悪狐および鬼の霊は、盤古大神を擁立して、幽界および現界を支配しやうと、諸々の悪計をめぐらしつつあるのである。 しかしながら従順な盤古大神は、神界に対するかかる反逆に賛同されないので、邪鬼の霊はみづから頭目となり、赤色旗を押立てていろいろの身魂をその眷族に使ひつつ、高天原乗取策を講じてゐる。 そこで天よりは事態容易ならずとして、御三体の大神が地上に降臨ましまして、国常立尊の御経綸を加勢なしたまふことになり、国常立尊は仮の御息所を蓮華台上に建設して、御三体の大神様を奉迎し給ふこととなるのである。 したがつて、御三体の大神様の御息所ができたならば、神界の御経綸が一層進んだ証拠だと拝察することができる。 (大正一〇・一〇・二〇旧九・二〇谷口正治録) |
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48 (1019) |
霊界物語 | 01_子_霊界探検/玉の争奪戦 | 22 国祖御隠退の御因縁 | 第二二章国祖御隠退の御因縁〔二二〕 大国常立尊の御神力によりて、天地はここに剖判し、太陽、太陰、大地の分担神が定まつたことは、前述したとほりである。しかして太陽の霊界は伊邪那岐命これを司りたまひ、その現界は、天照大御神これを主宰したまふのである。次に太陰の霊界は、伊邪那美命これを司りたまひ、その現界は、月夜見之命これを主宰したまふ。大地の霊界は前述のごとくに大国常立命之を司りたまひ、その大海原は日之大神の命によりて須佐之男命これを主宰したまふ神定めとなつた。 しかるに太陽界と、大地球界とは鏡を合したやうに、同一状態に混乱紛糾の状態を現出した。太陰の世界のみは、現幽両界ともに元のままに、平和に治まつてゐる。ひとり太陰に限つて、なぜ今でも平和に治まつてゐるかと言へば、この理は月の形を地上から観測しても明らかである如く、光はあれども酷烈ならず、水気はあつても極寒ではない。実に寒暑の中庸を得たる至善至美の世界であるからである。これに反して太陽の世界は、非常に凡てのものが峻烈で光は鮮かであり、六合に照徹する神力はあれども、それだけまた暗黒なる陰影が多い。しかしてまた大地は、もとより混濁せる分子の凝り固まつてできたものであるから、勢として不浄分子が多い。したがつてまた邪神の発生するのも、やむを得ない次第である。 そこで稚姫君命は、天稚彦と共に神命を奉じて天に上り、天界の神政を司らうとしたまうたが、御昇天の途上において、地上からつき従うた邪神どもにあやまられ、天地経綸の機織の仕組を仕損じたまひ、つひに地上に降りたまひて国常立命と共に地底に潜ませられ、あらゆる艱難苦労を忍びたまふの已むを得ざるに立ちいたつた。稚姫君命の御失敗の因縁については、後日詳しく述べることにする。 さて、大国常立命は天地間の混乱状態邪悪分子をば掃蕩して、最初の神界の御目的どほりの幽政を布かうと遊ばしたまうた。これについて国祖は、まづ坤金神を内助の役として種々の神策を企図したまひ、また、大八洲彦命を天使長兼宰相の地位に立たして、非常に厳格な規則正しき政を行ひ、天の律法を制定して、寸毫といへども天則に干犯するものは、罰するといふことに定めたまうた。そのために地上の年数にして数百年の間は非常に立派に神政が治まつてゐたが、世が次第に開けゆくにつれて、神界、幽界、現界ともに邪悪分子が殖えてきた。すなはち八百万の神人は、日増に大神の御幽政に対する不服を訴ふるやうになり、山川草木にいたるまで言問ひあげつらふ世になつた。 そこでやむを得ず宰相大八洲彦命は、国常立尊の御意志に背くと知りつつも、和光同塵の神策をほどこし、言問ひ、論争ふ八百万の神々を鎮定慰撫しつつ、ともかくも世を治めてゆかれたのである。 しかるにこのとき霊界は、ほとんど四分五裂の勢となり、一方には、盤古大神(又の御名塩長彦)を擁立して、幽政を主宰せしめむとする一派を生じ、他方には、大自在天神大国彦を押し立てて神政を支配し、地の高天原を占領せむとする神人の集団が出現し、その他諸々の神々の小集団は、或ひは盤古大神派に、或ひは大自在天神派に付随せむとし、また中には、この両派に属せずして中立しながら、国常立尊の神政に反対する神々も生じてきた。 そこで国常立尊はやむを得ず天に向つて救援をお請ひになつた。天では天照大御神、日の大神(伊邪那岐尊)、月の大神(伊邪那美尊)、この三体の大神が、地の高天原に御降臨あそばし給ひ、国常立尊の神政および幽政のお手伝ひを遊ばされることになつた。国常立尊は畏れ謹み、瑞の御舎を仕へまつりて、三体の大神を奉迎したまうた。然るところ、地上は国常立尊の御系統は非常に減少して勢力を失ひ、盤古大神および大自在天神の勢力はなはだ侮り難く、つひには国常立尊に対して、御退位をお迫り申すやうになつた。天の御三体の大神は、地上の暴悪なる神々にむかつて、あるひは宥め、或ひは訓し、天則に従ふべきことを懇に説きたまうた。されど、時節は悪神に有利にして、いはゆる……悪盛んにして天に勝つ……といふ状態に立ちいたつた。 ここに国常立尊は神議りに議られ、髪を抜きとり、手を切りとり、骨を断ち、筋を千切り、手足所を異にするやうな惨酷な処刑を甘んじて受けたまうた。されど尊は実に宇宙の大原霊神にましませば、一旦肉体は四分五裂するとも、直ちにもとの肉体に復りたまひ、決して滅びたまふといふことはない。 暴悪なる神々は盤古大神と大自在天神とを押し立て、遮二無二におのが要求を貫徹せむとし、つひには天の御三体の大神様の御舎まで汚し奉るといふことになり、国常立尊に退隠の御命令を下し給はむことを要請した。さて天の御三体の大神様は、国常立尊は臣系となつてゐらるるが、元来は大国常立尊は元の祖神であらせたまひ、御三体の大神様といへども、元来は国常立尊の生みたまうた御関係が坐します故、天の大神様も御真情としては、国常立尊を退隠せしむるに忍びずと考へたまうたなれど、ここに時節の已むなきを覚りたまひ、涙を流しつつ勇猛心を振起したまひ、すべての骨肉の情をすて、しばらく八百万の神々の進言を、御採用あらせらるることになつた。そのとき天の大神様は、国祖に対して後日の再起を以心伝心的に言ひ含みたまひて、国常立尊に御退隠をお命じになり、天に御帰還遊ばされた。 その後、盤古大神を擁立する一派と、大自在天神を押立つる一派とは、烈しく覇権を争ひ、つひに盤古大神の党派が勝ち幽政の全権を握ることになつた。一方国常立尊は自分の妻神坤金神と、大地の主宰神金勝要神および宰相神大八洲彦命その他の有力なる神人と共に、わびしく配所に退去し給うた。 地上の神界の主宰たる大神さへ、かくのごとく御隠退になるといふ有様であるから、地上の主宰たる須佐之男命も亦、八百万の神々に、神退ひに退はるるの已むなきにいたりたまひ、自転倒嶋を立去りて、世界のはしばしに漂泊の旅をつづけられることになつた。しかし須佐之男命は、現界において八岐大蛇を平げ地上を清め、天照大御神にお目にかけ給うたと同じやうに、神界においても、すべての悪神を掃蕩して地上を天下泰平に治め、御三体の大神様にお目にかけ、地上の主宰の大神となり給ふといふのである。 さて、自分はこれから国常立尊随従の八百万の神人の中でも、主なる神司の御経歴御活動を述べ、また盤古大神および大自在天神を擁立せる一派の八百万の神々の経歴および暴動振りを、神界にて目撃せるままを述べておかふと思ふ。 (大正一〇・一〇・二〇旧九・二〇谷口正治録) |
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霊界物語 | 01_子_霊界探検/玉の争奪戦 | 24 神世開基と神息統合 | 第二四章神世開基と神息統合〔二四〕 神界においては国常立尊が厳の御魂と顕現され、神政発揚直の御魂変性男子を機関とし、豊雲野尊は神息統合の御魂を機関とし、地の高天原より三千世界を修理固成せむために竜宮館に現はれたまうた。 竜宮界においては、三千年の長き艱難苦労を嘗めた竜神の乙米姫命は、変性男子の系統の肉体の腹をかりて現はれ、二度目の世の立替の御神業に参加すべく、すべての珍宝を奉られた。この乙米姫命は、竜神中でも最も貪婪強欲な神であつて、自分の欲ばかりに心を用ひてゐる、きはめて利己主義の強い神であつた。それが現代の太平洋の海底深く潜んでゐたが、海底の各所より猛烈な噴火の出現するに逢ひ、身には日々三寒三熱の苦しみを受けるばかりでなく、その上に猛烈な毒熱を受けて身体を焼かれ、苦しみにたへずして従来の凡ゆる欲望を潔く打ち棄てて、国常立尊の修理固成の大業を感知し、第一番に帰順された神である。 かくて凡ての金銀、珠玉、財宝は、各種の眷族なる竜神によつて海底に持ち運ばれ、海底には宝の山が築かれてある。これは世界中もつとも深い海底であるが、ある時期において神業の発動により、陸上に表現さるるものである。要するに物質的の宝であつて、神業の補助材料とはなるが、本当の間にあふ宝とはならぬ。乙米姫命は大神に初めて帰順した時、その宝を持つて来られたなれど、大神はそれ以上の尊き誠の宝を持つてをられるので、人間の目に結構に見ゆるやうなものは、余り神界では重宝なものと見られない。しかしとに角生命よりも大切にしてゐた一切の宝を投げだした其の改心の真心に愛でて、従来の罪をお赦しになつた。この神人が改心して財宝をことごとく捨てて、本当の神の御神意を悟り、麻邇以上の宝を探りあて、はじめて崇高な神人の域に到達し、ここに日の出神の配偶神として顕現されたのである。 つぎに地底のもつとも暗黒い、もつとも汚れたところの地点に押込まれてをられた大地の金神、金勝要神が、国常立尊の出現とともに、天運循環して一切の苦を脱し、世界救済のため陸の竜宮館に顕現された。この神人は稚姫君命の第五女の神である。この金勝要神が地球中心界の全権を掌握して修理固成の大業を遂げ、国常立尊へ之を捧呈し、国常立大神は地の幽界を総攬さるる御経綸である。 瑞の御魂は、国常立尊の御神業の輔佐役となり、天地の神命により金勝要神と相並ばして、活動遊ばさるるといふことに定められた。これは、いまだ数千年の太古の神界における有様であつて、世界の国家が創立せざる、世界一体の時代のことであつた。 そこで盤古大神(塩長彦)の系統と、大自在天(大国彦)の系統の神が、大神の経綸を破壊し地の高天原を占領せむため、魔神を集めて一生懸命に押寄せてきた。しかしながら地の高天原へ攻め寄せるには、どうしてもヨルダンの大河を渡らねばならぬ。ヨルダン河には、前述のごとく、善悪正邪の真相が一目にわかる黄金の大橋がかかつてゐる。それで真先に、その大橋を破壊する必要がおこつてきた。ここに盤古大神の系統は武蔵彦を先頭に立てて進んできた。これは非常に大きな黒色の大蛇である。つぎに春子姫といふ悪狐の姿をした悪神が現はれ、次には足長彦といふ邪鬼が現はれ、そして其の黄金の大橋の破壊に全力を傾注した。 しかるに此の大橋は、金輪際の地底より湧きでた橋であるから、容易に破壊し得べくもない。思案に尽きたる悪神は、地底における大地の霊なる金勝要神を手に入れる必要を感じてきた。これがために百方手段をつくし奸計をめぐらして、瑞の御魂を舌の剣、筆の槍はまだ愚か凡ゆる武器を整へ、縦横無尽に攻め悩め、かつ、一方には種々姿を変じ善神の仮面を被りて、厳の御魂にたいして讒訴し、瑞の御魂の排斥運動を試みた。厳の御魂は稍しばし考慮を費し、つひにその悪神の心中謀計を看破され、直ちにその要求をはね付けられた。その時、足長彦の邪鬼、春子姫の悪狐、武蔵彦の大蛇の正体は神鏡に照されて奸計のこらず曝露し、雲霞となつて海山を越え一つは北の国へ、一つは西南の国へ、一つは遠く西の国へといちはやく逃げ帰つた。 ここにおいて第一戦の第一計画は、見事破られた。悪神は、ただちに第二の計画にうつることとなつた。 (附言) 神世開基と神息統合は世界の東北に再現さるべき運命にあるのは、太古よりの神界の御経綸である。 天に王星の顕はれ、地上の学者智者の驚歎する時こそ、天国の政治の地上に移され、仁愛神政の世に近づいた時なので、これがいはゆる三千世界の立替立直しの開始である。 ヨハネの御魂は仁愛神政の根本神であり、また地上創設の太元神であるから、キリストの御魂に勝ること天地の間隔がある。ヨハネがヨルダン河の上流の野に叫びし神声は、ヨハネの現人としての謙遜辞であつて、決して真の聖意ではない。国常立尊が自己を卑うし、他を尊ぶの謙譲的聖旨に出でられたまでである。 ヨハネは水をもつて洗礼を施し、キリストは火をもつて洗礼を施すとの神旨は、月の神の霊威を発揮して三界を救ふの意である。キリストは火をもつて洗礼を施すとあるは、物質文明の極点に達したる邪悪世界を焼尽し、改造するの天職である。 要するにヨハネは神界、幽界の修理固成の神業には、月の精なる水を以てせられ、キリストは世界の改造にあたり、火すなはち霊をもつて神業に参加したまふのである。故にキリストは、かへつてヨハネの下駄を直すにも足らぬものである。ヨハネは神界、幽界の改造のために聖苦を嘗められ、キリストは世界の人心改造のために身を犠牲に供し、万人に代つて千座の置戸を負ひて、聖苦を嘗めたまふ因縁が具はつてをられるのである。これは神界において自分が目撃したところの物語である。 そしてヨハネの厳の御魂は、三界を修理固成された暁において五六七大神と顕現され、キリストは、五六七神政の神業に奉仕さるるものである。故にキリストは世界の精神上の表面にたちて活動し、裏面においてヨハネはキリストの聖体を保護しつつ神世を招来したまふのである。 耳で見て目できき鼻でものくうて口で嗅がねば神は判らず 耳も目も口鼻もきき手足きき頭も腹もきくぞ八ツ耳 (大正一〇・一〇・二一旧九・二一桜井重雄録) |
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霊界物語 | 02_丑_常世姫の陰謀/シオン山攻防戦 | 総説 | 総説 神界における神々の御服装につき、大略を述べておく必要があらうと思ふ。一々神々の御服装に関して口述するのは大変に手間どるから、概括的に述ぶれば、国治立命のごとき高貴の神は、たいてい絹物にして、上衣は紫の無地で、下衣が純白で、中の衣服が紅の色の無地である。国大立命は青色の無地の上衣に、中衣は赤色、下衣は白色の無地。稚桜姫命は、上衣は水色に種々の美はしき模様があり、たいていは上中下とも松や梅の模様のついた十二単衣の御服装である。天使大八洲彦命、大足彦のごときは、上衣は黒色の無地に、中衣は赤色、下衣は白色の無地の絹の服である。その他の神将は位によつて、青、赤、緋、水色、白、黄、紺等、いづれも無地服で、絹、麻、木綿等に区別されてゐる。 冠もいろいろ形があつて纓の長短があり、八王八頭神以上の神々に用ゐられ、それ以下の神司は烏帽子を冠り、直衣、狩衣。婦神はたいてい明衣であつて、青、赤、黄、白、紫などの色を用ゐられ、袴も色々と五色に分れてゐる。また神将は闕腋に冠をつけ、残らず黒色の服である。神卒は一の字の笠を頭に戴き、裾を短くからげ、手首、足首には紫の紐をもつて結び、実に凛々しき姿をしてをらるるのである。委しく述ぶれば際限がないが、いま述べたのは国治立命が御隠退遊ばす以前の神々の御服装の大略である。 星移り、月換るにつれ、神界の御服装はおひおひ変化し来たり、現界の人々の礼装に酷似せる神服を纒はるる神司も沢山に現はれ、神使の最下たる八百万の金神天狗界にては、今日流行の種々の服装で活動さるるやうになつてをる。 また邪神界でもおのおの階級に応じて、大神と同一の服装を着用して化けてをるので、霊眼で見ても一見その正邪に迷ふことがある。 ただ至善の神々は、その御神体の包羅せる霊衣は非常に厚くして、かつ光沢強く眼を射るばかりなるに反し、邪神はその霊衣はなはだ薄くして、光沢なきをもつて正邪を判別するぐらゐである。しかるに八王大神とか、常世姫のごときは、正神界の神々のごとく、霊衣も比較的に厚く、また相当の光沢を有してをるので、一見してその判別に苦しむことがある。 また自分が幽界を探険した時にも、種々の色の服を着けてゐる精霊を目撃した。これは罪の軽重によつて、色が別れてゐるのである。しかし幽界にも亡者ばかりの霊魂がをるのではない。現界に立働いてゐる生きた人間の精霊も、やはり幽界に霊籍をおいてをるものがある。これらの人間は現界においても、幽界の苦痛が影響して、日夜悲惨な生活を続けてをるものである。これらの苦痛を免るる方法は、現体のある間に神を信仰し、善事を行ひ万民を助け、能ふかぎりの社会的奉仕を務めて、神の御恵を受け、その罪を洗ひ清めておかねばならぬ。 さて現界に生きてゐる人間の精霊を見ると、現人と同形の幽体を持つてゐるが、亡者の精霊に比べると、一見して生者と亡者の精霊の区別が、判然とついてくるものである。生者の幽体(精霊)は、円い霊衣を身体一面に被つてゐるが、亡者の幽体は頭部は山形に尖り、三角形の霊衣を纒うてをる。それも腰から上のみ霊衣を着し、腰以下には霊衣はない。幽霊には足がないと俗間にいふのも、この理に基づくものである。また徳高きものの精霊は、その霊衣きはめて厚く、大きく、光沢強くして人を射るごとく、かつ、よく人を統御する能力を持つてゐる。現代はかくの如き霊衣の立派な人間がすくないので、大人物といはるるものができない。現代の人間はおひおひと霊衣が薄くなり、光沢は放射することなく、あたかも邪神界の精霊の着てをる霊衣のごとく、少しの権威もないやうになつて破れてをる。大病人などを見ると、その霊衣は最も薄くなり、頭部の霊衣は、やや山形になりかけてをるのも、今まで沢山に見たことがある。いつも大病人を見舞ふたびに、その霊衣の厚薄と円角の程度によつて判断をくだすのであるが、百発百中である。なにほど名医が匙を投げた大病人でも、その霊衣を見て、厚くかつ光が存してをれば、その病人はかならず全快するのである。これに反して天下の名医や、博士が、生命は大丈夫だと断定した病人でも、その霊衣がやや三角形を呈したり、紙のごとく薄くなつてゐたら、その病人は必ず死んでしまふものである。 ゆゑに神徳ある人が鎮魂を拝授し、大神に謝罪し、天津祝詞の言霊を円満清朗に奏上したならば、たちまちその霊衣は厚さを増し、三角形は円形に立直り、死亡を免れるものである。かくして救はれたる人は、神の大恩を忘れたときにおいて、たちまち霊衣を神界より剥ぎとられ、ただちに幽界に送られるものである。 自分は数多の人に接してより、第一にこの霊衣の厚薄を調べてみるが、信仰の徳によつて漸次にその厚みを加へ、身体ますます強壮になつた人もあり、また神に反対したり、人の妨害をしたりなどして、天授の霊衣を薄くし、中には円相がやや山形に変化しつつある人も沢山実見した。自分はさういふ人にむかつて、色々と親切に信仰の道を説いた。されどそんな人にかぎつて神の道を疑ひ、かへつて親切に思つて忠告すると心をひがまし、逆にとつて大反対をするのが多いものである。これを思へばどうしても霊魂の因縁性来といふものは、如何ともすることが出来ないものとつくづく思ひます。 ○ 大国治立尊と申し上げるときは、大宇宙一切を御守護遊ばすときの御神名であり、単に国治立尊と申し上げるときは、大地球上の神霊界を守護さるるときの御神名である。自分の口述中に二種の名称があるのは、この神理に基づいたものである。 また神様が人間姿となつて御活動になつたその始は、国大立命、稚桜姫命が最初であり、稚桜姫命は日月の精を吸引し、国祖の神が気吹によつて生れたまひ、国大立命は月の精より生れ出でたまうた人間姿の神様である。それよりおひおひ神々の水火によりて生れたまひし神系と、また天足彦、胞場姫の人間の祖より生れいでたる人間との、二種に区別があり、神の直接の水火より生れたる直系の人間と、天足彦、胞場姫の系統より生れいでたる人間とは、その性質において大変な相違がある。そして神の直接の水火より生れ出たる人間は、その頭髪黒くして漆の如く、天足彦、胞場姫より生れたる人間の子孫は赤色の頭髪を有している。[※「そして神の直接の」から「頭髪を有して居る。」まで、校定版・八幡版では削除されている。]天足彦、胞場姫といへども、元は大神の直系より生れたのであれども、世の初発にあたり、神命に背きたるその体主霊従の罪によつて、人間に差別が自然にできたのである。 されども何れの人種も、今日は九分九厘まで、みな体主霊従、尊体卑心の身魂に堕落してゐるのであつて、今日のところ神界より見たまふときは、甲乙を判別なし難く、つひに人種平等の至当なるを叫ばるるに立いたつたのである。 ○ 盤古大神塩長彦は日の大神の直系にして、太陽界より降誕したる神人である。日の大神の伊邪那岐命の御油断によりて、手の俣より潜り出で、現今の支那の北方に降りたる温厚無比の正神である。 また大自在天神大国彦は、天王星より地上に降臨したる豪勇の神人である。いづれもみな善神界の尊き神人であつたが、地上に永住されて永き歳月を経過するにしたがひ、天足彦、胞場姫の天命に背反せる結果、体主霊従の妖気地上に充満し、つひにはその妖気邪霊の悪竜、悪狐、邪鬼のために、いつとなく憑依されたまひて、悪神の行動を自然に採りたまふこととなつた。それより地上の世界は混濁し、汚穢の気みなぎり、悪鬼羅刹の跋扈跳梁をたくましうする俗悪世界と化してしまつた。 八王大神常世彦は、盤古大神の水火より出生したる神にして、常世の国に霊魂を留め、常世姫は稚桜姫命の娘にして、八王大神の妃となり、八王大神の霊に感合し、つひには八王大神以上の悪辣なる手段を用ゐ、世界を我意のままに統轄せむとし、車輪の暴動を継続しつつ、その霊はなほ現代にいたるも常世の国にとどまつて、体主霊従的世界経綸の策を計画してをる。 ゆゑに常世姫の霊の憑依せる国の守護神は、今になほその意志を実行せむと企ててをる。八王大神常世彦には天足彦、胞場姫の霊より生れたる八頭八尾の大蛇が憑依してこれを守護し、常世姫には金毛九尾白面の悪狐憑依してこれを守護し、大自在天には、六面八臂の邪気憑依してこれを守護し、ここに艮の金神国治立命の神系と盤古大神の系統と、大自在天の系統とが、地上の霊界において三つ巴になつて大活劇を演ぜらるるといふ霊界の珍しき物語である。 自分はここまで口述したとき、何心なくかたはらに散乱せる大正日日新聞に眼をそそぐと、今日はあたかも大正十年陰暦十月十日午前十時であることに気がついた。霊界物語第二巻の口述ををはつた今日の吉日は、松雲閣において御三体の大神様を始めて新しき神床に鎮祭することとなつてゐた。これも何かの神界の御経綸の一端と思へば思へぬこともない。 ついでに第三巻には、盤古大神(塩長彦)、大自在天(大国彦)、艮能金神(国治立命)三神系の紛糾的経緯の大略を述べ、国祖の御隠退までの世界の状況、神々の驚天動地の大活動を略述する考へであります。読者諸氏の幸に御熟読あつて、それが霊界探求の一端ともならば、口述者の目的は達せらるる次第であります。 アゝ惟神霊幸倍坐世 大正十年旧十月十日午前十時十分 於松雲閣口述者識 (註)本巻において、国治立命、豊国姫命、国大立命、稚桜姫命、木花姫命とあるは、神界の命により仮称したものであります。しかし真の御神名は読んで見れば自然に判明することと思ひます。 |
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霊界物語 | 02_丑_常世姫の陰謀/シオン山攻防戦 | 07 天地の合せ鏡 | 第七章天地の合せ鏡〔五七〕 ここに天使稚桜姫命は、天使天道別命をして竜宮城を守らしめ、天使天真道彦命、神国別命をして地の高天原を守らしめ、滝津彦をして橄欖山を守らしめ、斎代彦をして黄金橋を守らしめ、はじめて後顧の憂ひなきをみて、稚桜姫命は金竜にまたがり、大八洲彦命は銀竜に、真澄姫は金剛に、芙蓉山より現はれいでたる木花姫命は劒破の竜馬にまたがり、あまたの従臣を率ゐて天馬空を駆けりて、高砂の島に出で行きたまひ、新高山に下らせたまふ。 天までも高く匂ふや梅の花 この高砂の神島は国治立命の厳の御魂の分霊を深く秘しおかれたる聖地であつて、神国魂の生粋の御魂を有する神々の永遠に集ひたまふ経綸地で、神政成就の暁、この聖地の神司の御魂を選抜して使用されむがための、大神の深き御神慮に出でさせられたものである。故にこの島は四方荒浪をもつて囲み、みだりに邪神悪鬼の侵入を許されない。天地の律法まつたく破れて、国治立命御隠退ののちは邪神たちまち襲来して、ほとんどその七分どほりまで体主霊従、和光同塵の邪神の経綸に全く汚されてしまつた。されど三分の残りし御魂は、今に神代のままの神国魂を抱持する厳正なる神々が、潜んで時節を待つてをらるるのである。稚桜姫命はこの中央なる新高山に到着し、あまたの正神司を集め、神界の経綸をひそかに教示しおかれた。 ここにこの島の正しき守り神、真道彦命は岩石を打ち割り、紫紺色を帯びたる透明の宝玉を持ちだし、これを恭々しく稚桜姫命に捧呈された。この玉は神政成就の暁、ある国の国魂となる宝玉である。 つぎに奇八玉命は海底に沈み日生石の玉を拾ひきたつて捧呈した。この玉は神人出生の時にさいし、安産を守る宝玉である。この玉の威徳に感じて生れいでたる神人は、すべて至粋至純の身魂を有する霊主体従の身魂である。そこで真鉄彦は谷間へ下りて水晶の宝玉を取りだし、これを稚桜姫命に捧呈した。この玉は女の不浄を清むる珍の神玉である。ここに武清彦は山腹の埴を穿ちて黄色の玉を取りいだし恭しく命に捧呈した。この玉は神人の悪病に罹れるとき、神気発射して病魔を退くる宝玉である。つぎに速吸別は頂上の巌窟の黄金の頭槌をもつて静に三回打ちたまへば、巨厳は分裂して炎となり中天に舞ひのぼつた。空中にたちまち紅色の玉と変じ、宇宙を東西南北に疾走して火焔を吐き、ついで水気を吐き、雷鳴をおこし、たちまちにして空中の妖気を一掃し、美しき紅色の玉と変じ、命の前にあまたの女性に捧持させてこれを命に献つた。この玉はある時は火を発し、ある時は水を発し、火水をもつて天地の混乱を清むるの神宝である。 稚桜姫命の一行は、馬上はるかに海上を渡りて地の高天原に帰還したまへるとき、天の八衢に鬼熊の亡霊は化して鬼猛彦となり、大蛇彦とともに命の帰還を防止し、かつその神宝を奪取せむと待ちかまへてゐた。ここに稚桜姫命は紅色の玉を用ひるは、いまこの時なりとしてこの玉を用ひむとしたまひし時、木花姫命はこれをとどめていふ。 『この玉は一度使用せば再び用をなすまじ。かかる小さき魔軍にむかつて使用するは実に残念なり。この魔軍を滅ぼすはこれにて足れり』 と懐より天の真澄の鏡をとりだして鬼猛彦の魔軍にむかつて逸早くこれを照らしたまうた。魔神はたちまち黒竜と変じ、邪鬼と化して、ウラル山目がけて遁走した。 天地の真澄の鏡照りわたり 醜の曲霊も逃げうせにけり 稚桜姫命一行は無事帰還された。さうしてこの玉を竜宮島の湖に深く秘めおかれた。さきに木花姫命より大足彦に賜はりしは国の真澄の鏡である。天地揃うて合せ鏡という神示は、この二個の神鏡の意である。また五個の神玉は海原彦命、国の御柱神二神の守護さるることとなつた。 (附言)後世女神および婦人らの簪に玉をつけ、また玉を連ねて頸飾りとなして、悪事を払ひ、幸福を求め、賢児を得むとするのはこの因縁に因るものである。 (大正一〇・一〇・二八旧九・二八桜井重雄録) |
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霊界物語 | 02_丑_常世姫の陰謀/シオン山攻防戦 | 43 濡衣 | 第四三章濡衣〔九三〕 シオン山はかくのごとく大八洲彦命の機略縦横の戦略によつて、容易に抜くこと能はず、かつ三方の神将はますます勇気を増しきたり、魔軍はもはや退却するのやむなき苦境に陥つた。 このとき常世姫より密使が来た。 『汝らはいかに苦境に陥るとも断じて一歩も退却すべからず。持久戦をもつて大八洲彦命以下の諸神将を、シオン山に封鎖せよ。われは竜宮城をはじめ、芙蓉山、モスコー、ローマ、竜宮島をこの機に乗じて占領せむ』 とのことであつた。 美山彦、国照姫、武熊別はこの命を奉じて、あくまでも退却せざることになつた。ここに竜宮城の諸神将は、芙蓉山およびローマ、モスコーの魔軍の攻撃にあひ、苦戦の情況を察知し、神国別命、元照彦をして、ローマ、モスコーへ向はしめ、真鉄彦をして芙蓉山に向はしめた。竜宮城には言霊別命、花森彦、主将としてこれを守ることとなつた。言霊別命は内部の統制にあたり、花森彦は敵軍の襲来に備へた。 常世姫の夫神八王大神常世彦は、三軍の将として芙蓉山を始めローマ、モスコーの攻撃に全力を注ぎ、常世姫は魔我彦、魔我姫とともに再び竜宮城に入り、稚桜姫命に深く取入り、表面猫を被つて柔順に仕へてゐた。しかして言霊別命、花森彦を失墜せしめ、みづから城内の主権を握らむと考へてゐた。 常世姫は常世の国より来れる容色艶麗並びなき唐子姫を城中に入れ、言霊別命、花森彦に近く奉仕せしめた。唐子姫の涼しき眼は、つひに花森彦を魅するにいたつた。花森彦は唐子姫に精神を奪はれ、大切なる神務を忘却し、夜ひそかに手を携へて壇山に隠れ、ここに仮夫婦として生活をつづけた。 言霊別命は力とたのむ花森彦を失ひ、ほとんど為すところを知らなかつた。花森彦の妻桜木姫はおほいに驚き、かつ怒り、かつ怨み、涕泣煩悶の結果つひに発狂するにいたつた。言霊別命以下の神将は大いにこれを憂ひ、いかにもして花森彦の行衛を探り、ふたたび城内に還らしめ桜木姫に面会せしめなば、たちまち全快せむと協議の結果、神卒を諸方に派遣し、その行方を探らしめた。城内はおひおひ神卒の数を減じ、漸次守備は手薄になつた。 桜木姫はますます暴狂ふのである。言霊別命は今や稚桜姫命の前に出で、シナイ山の戦況を奏上する時しも、桜木姫は走り来つて言霊別命を抱き、 『恋しき吾が夫ここにゐますか』 と、かつ泣き、かつ笑ひ、無理に手も脱けむばかりにして、自分の居間に帰らむとする。常世姫は心中謀計の図にあたれるをよろこび威丈高になつて、『言霊別命』と言葉に角を立てて呼びとめ、 『汝は常に行状悪く内外ともにその風評を聞かぬものはなし。しかるに天罰は眼のあたり、いま稚桜姫命の御前にて醜態を暴露したり。桜木姫の発狂せしは貴神司が原動力なり。これを探知したる花森彦は温順の性なれば、過去の因縁と断念してすこしも色に表はさず、桜木姫を汝に与へ、みづからは唐子姫とともにこの場を遁れたるなり。花森彦は決して女性の情に絆されて、大事を誤るがごとき神司に非ず。しかるに危急存亡の場合、命をしてかかる行動に出でしめたるは、全く汝が罪のいたすところ、これにてもなほ弁解の辞あるや』 と、理を非にまげ、誣言をもつて稚桜姫命の心を動かさむとした。言霊別命は居なほつて常世姫にむかひ、 『こは奇怪なることを承はるものかな。貴神司は何の証拠あつて、かくのごとき暴言を吐きたまふや』 と言はせもはてず、常世姫は眼を怒らし、口を尖らし、少しく空を仰いで、フフンと鼻で息をなし、 『証拠は貴神司の心に問へ』 と睨めつけた。 桜木姫は言霊別命を花森彦と誤解し、狂気の身ながらも常世姫にむかつて飛びつき、 『汝は何故なれば最愛の吾夫にたいし、暴言を吐くか。われは夫に代り、目に物見せてくれむ』 と、いふより早く髻に手をかけ、力かぎりに引ずりまはした。常世姫は声を上げて救けを叫んだ。城内の神司はこの声に驚いて諸方より駈けつけた。 言霊別命の濡衣は容易に晴れず、稚桜姫命の厳命により、竜宮城を追放さるることとなつたのである。ここに稚桜姫命は常世姫の誣言を信じ、言霊別命を追放し、花森彦を壇山より召還し、城内の主将たらしめむとしたまうた。ここに天稚彦は協議の結果壇山にむかひ、花森彦を招き帰らしめむと出発せしめられた。天稚彦は容色美はしき男性にして、稚桜姫命を助けてゐた。 天稚彦は天の磐船に乗つて壇山にむかひ、花森彦に稚桜姫命の命を伝へ、かつ唐子姫との手を断り、一時も早く帰還せむことを伝へた。 花森彦はおほいに悦び、ただちに迷夢を醒まし、天の磐船に乗つて竜宮城に帰還し、稚桜姫命の帷幄に参ずることとなつた。 城内は常世姫、花森彦の二神司が牛耳を執つてゐた。実に竜宮城は常世姫の奸策によつて、何時破壊さるるか分らぬ状態であつた。 天稚彦は唐子姫の姿を見るより、にはかに精神恍惚として挙措動作度を失ひ、つひに手に手をとつて山奥深く隠遁し、竜宮城へは帰つてこなかつた。 稚桜姫命といふ美はしき妻神があり、また八柱の御子のあるにもかかはらず、唐子姫に心魂を蕩かしたるは、返す返すも残念な次第である。 (大正一〇・一一・八旧一〇・九外山豊二録) |
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霊界物語 | 03_寅_十二の国魂/大道別/天使長の更迭 | 序文 | 序文 艮の金神出現以後三十年の立替は、いよいよ明治五十五年、すなはち大正の十一年、三千世界一度に開く梅の花の機運に到達したのである。つぎに坤の金神出現以後二十五年、桃李もの言はずして桃李ものとなりし神の教示も、いよいよ開く桃の春、五十二歳の暁に、月の光に照らされて、霊界探険物語り、ももの千草も、百鳥も、百の言問ひ言止めて、三月三日五月五日の神の経綸を詳細に、悟る神代の魁となつたのも、まつたく時の力といふべきである。明治三十三年九月八日の神筆に、 『出口直は三千世界の根本の因縁から末の世のことまで書かす御役なり、それを細かう説いて聞かせるのが海潮の役であるから、一番に男子が現はれて、次に女子が表はれたら、大本の中の役員も、あまり思ひが違ふてをりたと申して、きりきり舞をいたして喜ぶ人と、きりきり舞をして苦しむ人と、力一杯われの目的のために、男子女子を悪くまをすものとができるぞよ。神を突込みておいて我で開いて、まだ悪く申して歩行く、取次がたくさんにできるぞよ。云々』 大本の筆先は、どうしても男子女子でなければ真解することはできぬのは神示のとほりである。しかるに各自の守護神の御都合の悪いことがあると、「女子の筆先は審神をせなそのままとつてはいかぬ」と申す守護神が現はれてくる、困つたものだ。九月八日にいよいよ神示のとほり女子の役となり、隠退して霊界の消息を口述するや、またまた途中の鼻高がゴテゴテ蔭で申し出したのである。女子の帰神の筆を審神者する立派な方が沢山できて、神様も御満足でありませう。 また、明治五十五年の三月三日五月五日といふ神の抽象的教示にたいして、五十五年は大正十一年に相当するから、今年は女子の御魂にたいして肉体的結構があるとか、大本の神の経綸について花々しきことが出現するかのやうに期待してをる審神者があるやうにきく。されど、神の御心と人間の心とは、天地霄壌の相違があるから、人間の智慧や考へでは、たうてい、その真相は判るものでない。五十五年といふことは、明治二十五年から三十年間の神界経綸の表面に具体的にあらはれる年のいひである。 三月三日とは三ツの御魂なる月の大神の示顕が、天地人三体に輝きわたる日といふことである。日は「カ」と読む、「カ」はかがやくといふことである。今まで三十年間男子の筆先の真意が充分に了解され、また従道二十五年に相当する女子の御魂の光が、そろそろ現はれることを暗示された神諭である。二十五年間、周囲の障壁物にさまたげられた女子の御魂の神界経綸の解釈も、やや真面目になつて耳をかたむくる人が出現するのを、「女子にとりて結構な日である」と示されたものである。あたかも暗黒の天地に、日月の東天を出でて万界を照らすがごとき瑞祥を、五月五日といふのである。五は言霊学上「出」であつて、五月五日は出月出日の意味である。二十五年の天津風、いま吹きそめて経緯の、神の教示も明らけく、治まる御代の五十五年(出神出念)、いよいよ神徳出現して、神慮の深遠なるを宇宙に現出すべき時運にむかふことを慶賀されたる神示であります。 月光世に出でて万界の暗を照破す、これ言霊学上の五月五日となるのであつて、けつして暦学上の月日でないことは明白である。三月三日と五月五日に、変つたことがなければ信仰をやめるといふ無明暗黒の雲が、遠近の天地を包むでゐるやうに思はれましたから、一寸略解をほどこしておきました。これでもまた女子の御魂の言は審神者をせなくてはいかぬと、唱ふる豪い人々が出現するかもしれませぬ。これが暗黒の世の中といふのでせう。 神諭に「女子にとりて結構な日である」云々は微々たる五尺の肉体にたいしての言ではない。神霊そのものの大目的の開き初むるを慶賀されたる意味であることを了解すべきである。千座の置戸は、瑞の御魂の天賦的神業たることを承知してもらひたい。 霊界物語を読ンで、初めて今日までの神諭の解釈にたいする疑雲は一掃され、心天たちまち晴明の日月をうかべ、霊体力に光輝をそへ歓喜と了解の日月出現していはゆる三月三日五月五日の瑞祥を神人ともに祝することになるのである。 五月五日は男子の祝日、菖蒲の節句である。三月三日は女子の祝日で、桃の節句である。女子の御魂聖地に出現してより二十五年の間桃李物言はず自ら蹊をなせしもの、ここに目出度く世にあらはれて苦、集、滅、道を説き、道、法、礼、節をはなばなしく開示することとなつたのも、神界経綸の神業成就の曙光をみとめ、旭光照破の瑞祥にむかつたので、神人界のともに祝福すべき年であります。 ○ この物語のうちに大自在天とあるは、神典にいはゆる、大国主之神の御事であつて、大国彦命、八千矛神、大己貴命、葦原醜男神、宇都志国魂神などの御名を有したまひ、武力絶倫の神にましまして国平矛を天孫にたてまつり、君臣の大義を明らかにし、忠誠の道を克く守りたまふた神であります。本物語にては大自在天、または常世神王と申しあげてあります。 大自在天とは仏典にある仏の名であるが、神界にては大国主神様の御事であります。この神は八代矛の威力をふるつて、天下を治めたまうた英雄神である。皇祖の神は、平和の象徴たる璽と、智慧の表徴たる鏡とをもつて、世を治めたまふのが御神意である。故に我皇孫命の世界統御の御神政は、飽く迄も道義的統一であつて、武断的ではないのである。故に天津日嗣天皇の世界御統一は、侵略でも征伐でもない、併呑でも無い、皇祖大神の大御心を心とし玉ふたのである。劍を用ゐ玉ふは、変事に際してのみ其神聖不可犯の御威力を発揮し玉ふので、是又止むを得ざるに出でさせ玉ふ御神業であります。決して大自在天的武力統一ではない、御仁慈の御政治であります。[※「故に我皇孫命の」から「御仁慈の御政治であります。」までは、戦前の版・聖師御校正本には書いてあるが、戦後の版からは削除されている。霊界物語ネットでも削除されていたが、2020/4/27に追加した。] また盤古大神塩長彦は一名潮沫彦と申し上げる、善良なる神にましますことは、前篇に述べたとほりであります。この神を奉戴して荒ぶる神人等が色々の計画をたて、神界に活動して国治立命の神政に対抗し、種々の波瀾をまきおこしたことはすでに述べたとほりである。そこでこの世界を救ふべく、諾冊二神がわが国土を中心として天降りまし、修理固成の神業を励ませたまふこととなつた、ありがたき物語は篇を逐うて判明することであらうと思ひます。惟神霊幸倍坐世 大正十一年一月三日 王仁識 |
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霊界物語 | 03_寅_十二の国魂/大道別/天使長の更迭 | 総説 | 総説 天地剖判して大地、日、月、星辰現はれ、地上には樹草、人類、獣、鳥、魚、虫を発生せしめ、各自分掌の神を定めてこれを守護せしめたまひける。 大神は人体の元祖神として天足彦、胞場姫を生みたまひ、天の益人の種と成したまひたり。しかるに天足彦は胞場姫のために神勅にそむきて霊主体従の本義を忘れ、つひに体主霊従の果実を食し、霊性たちまち悪化して子孫に悪念を遺したるのみならず、邪念はおのづから凝つて八頭八尾の大蛇と変じ、あるひは金毛九尾の悪狐と化し、六面八臂の魔鬼となり、世界を混乱紛擾せしめ、国治立大神、国直姫命、大八洲彦命以下の諸神を根の国に隠退せしめ、盤古大神(塩長彦)を奉じて国治立大神の聖職に代らしめ、塩長姫をして国直姫命の職をおそはしめ、八王大神(常世彦)をして大八洲彦命の職を司らしめ、常世姫をして豊国姫命にかはらしめ、和光同塵的神策を布き、一時を糊塗して、大国彦と結託し、世界を物質主義に悪化し、優勝劣敗、弱肉強食の端を開き、つひには収拾すべからざる悪逆無道の暗黒界と化せしめ、その惨状目もあてられぬ光景となりたれば、天の三体の大神も坐視するに忍びず、ここに末法濁世の代を短縮して再び国治立命の出現を命じたまひ、完全無欠の理想の神世の出現せむとする次第を略述せるものなれども、製本上の都合により本巻は、国大立命および金勝要神、大将軍沢田彦命の隠退さるるまでの霊界の消息を伝ふることとせり。ゆゑにこの霊界物語は、あたかも大海の一滴、九牛の一毛にもおよばず、無限絶対、無始無終の霊界の一部の物語なれば、これをもつて霊界の全況となすは誤りなり。願はくはこの書をもつて霊界一部の消息を探知し、霊主体従の身魂に立ちかへり、世界万国のために弥勒の神業に奉仕されむことを懇望する次第なり。数千年間の歴史上の事実のみ研究さるる現代の人士は、この物語を読みて或ひは怪乱狂暴取るにたらざる痴人の夢物語と嘲笑し、牽強附会の言となさむは、むしろ当然の理といふべし。神諭に曰く、 『世の元の誠の生神が、時節きたりてこの世に現はれ、因縁ある身魂にうつりて太古から言ひおきにも、書きおきにもなきことを、筆と口とで世界へ知らすのであるから、世界の人民が疑ふて真実にいたさぬのは、もつとものことであるぞよ云々』 と示されあり。また、 『この神の申すことは、因縁の身魂でないと、到底腹へは這入らぬぞよ』 と示されあり。ゆゑに神縁深き人士にあらざれば、断じて信じ難からむ。 要は、単に一片の小説と見なしたまふも不可なく、また痴人の夢物語として読まるるも可なり。ただ天地の大神たちの天地修理固成の容易ならざる御艱難と御苦心の径路を拝察したてまつり、かつ洪大無辺の神恩に報ひたてまつり、人生の本分を全ふしうる人士の一人にても出現するにいたらば、口述者にとりて、望外の欣幸とするところなり。惟神霊幸倍坐世 大正十一年一月王仁識 |
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霊界物語 | 03_寅_十二の国魂/大道別/天使長の更迭 | 23 鶴の一声 | 第二三章鶴の一声〔一二三〕 崑崙山には紅色の国魂を、紅能宮を造営して鄭重に鎮祭され、八王神には磐玉彦を任じ、妻磐玉姫は神務を輔佐し、八頭神は大島彦が任ぜられ、大島姫妻として神政を内助し、紅能宮の司には明世彦、明世姫の二神奉仕し、崑崙山一帯の地方は、きはめて太平無事に治まりゐたりける。 磐玉彦は名利に薄く、かつ忠誠無比にして、一切の宝玉、珍品を地の高天原に献納し、自己を薄くし、下を憐み、善政を布きたまひて、四辺よく治まり、鼓腹撃壌して神人その業を楽み、小弥勒の神政は樹立されたる姿なり。ために天上の日月は清く晴れわたり、蒼空一点の妖気をとどめず、五風十雨の順序ととのひ、地には蒼々として樹草繁茂し、五穀ゆたかに、鳥啼き花笑ひ、四季ともに春陽の気充ちて、世界第一の楽土と羨望さるるにいたりける。 磐玉彦は、 『天下克く治まり、神人みづから田を耕して食し、井を穿つて飲み、室に憤怨の声なく、神人和楽の色あり。かかる瑞祥の世には、天地の律法も徒に空文と化し、八王神の聖職もまた無用の長物たるに似たり。日夜無事に苦しみつつ高位にあるは、天地に対し何ンとなく心愧かしさに堪へず。すみやかに八王神の聖職を辞退して下に降り、神人とともに神業を楽まむ』 と決意し、ひそかに八頭神大島彦を招き、その意を告げたまひける。 大島彦はこの言を聞きておほいに驚き、暫時黙然として何の答弁もなく、八王神の顔を眺めつつありしが、たちまち首を左右に振り涙を流して諫めていふ。 『崑崙山一帯の今日の至治太平なる祥運は、貴神司の神徳の致すところにして、我らをはじめ下万神万民の貴神司を慕ひたてまつりて、感謝措く能はざるところなり。しかるに貴神司にして聖位を捨て、野に下らせたまへば、いづれの神司か、よくこの国土を治むべき。上を敬ひ下を愛撫し、もつて社稷を安全に保つは聖者の天賦的聖職なり。願はくば大慈大悲の聖徳によりて、なにとぞ退位の儀は、断念させたまへ』 と声涙交々下つて、諫言よく努めけるに、磐玉彦は答へて、 『我は八王神として、高天原の大神より重職を忝なうし、何の功労もつくさず、日夜神恩の深きを思ふごとに、慙愧の念胸に迫りて苦しく、一日として心を安んずることあたはず。下神人は日夜営々兀々として神業に奉仕し、汗油をしぼりて勤勉神業を励むなる世に、吾はいたづらに雲深く殿中にありて安逸の生を送り、何の活動をもなさず、曠職いたづらに光陰を消するは、天地の大神に対したてまつり恐懼にたへず。今日の至治泰平は、要するに貴下らが誠実と苦心の賜なり。すみやかに吾の思望を許し、貴下は直ちに八王神の位に昇りて神務を主管されたし。吾はこれより夫妻ともに山野に隠れ、修験者となりて神明に祈り、神政の万歳を守らむ。男子たるもの一度決心したるうへは、いかなる諫言も拒止も耳にはいり難し』 と決心の色面に現はれ容易に動かすべからず。大島彦も、平素寡欲にして恬淡水のごとき八王神なれば、如何ともするに由なく、ただ黙然として深き憂に沈みゐたりしが、ヤヽありて大島彦は口をひらき、 『貴神司の潔白なる御神慮は、神人ともに常に歎賞おかざるところ、今更いかに諫めたてまつるとも、初志を翻させ給ふことなからむ。されど貴神司の身魂は貴神司の単独に処置さるべき軽々しきものに非ず、遠き神世の因縁によりて上下の名分定まり、天地の大神の優渥なる御委任に出づるものなれば、吾らはこれより直ちに地の高天原に参上がり神示を蒙りしうへ、その結果を詳しく奏上せむ。何はともあれ、それまでは何事も吾らに一任あらむことを』 と力をこめて歎願したりしに、磐玉彦は、 『貴下の言道理にかなへり、万事は一任すべし。よきやうに計らひくれよ』 と言を残して奥深く姿をかくしたまひける。 大島彦はただちに天の磐船に乗り、従者をともなひ空中風をきつて竜宮城に到着し、大八洲彦命に謁をこひ、八王神の退隠の件につき、裁断を下されむことを奏請したりける。ここに大八洲彦命は、すぐさま地の高天原の大宮にいたりて国直姫命に拝謁し、前述の次第を逐一奏上し、神勅の降下を願ひしに、国直姫命は衣服を更め、身体を清め、大神殿に進みいり、恭しく神勅を乞ひたまひ、大八洲彦命を近く召し、容姿をあらため厳かに神示のおもむきを伝達されたり。その神示の大要は、 『磐玉彦は遠き神代よりの御魂の因縁によりて、崑崙山に八王神の聖職を拝するは動かすべからざる神界の一定不変の経綸なり。君は万古君たるべく、臣はまた万古末代臣たるべし。王にして臣となり、あるひは下賤の地位に降り、臣にしてたちまち王の位に進むごときは、天地の真理に違反し、かつ大神の御神慮を無視するものなり。神勅一度出てはふたたびこれを更改すべからず。神の一言は日月のごとく明らかにして一毫も犯すべからず。かつ名位は神の賦与する正欲にして、長者たるものの欠くべからざる栄誉なり。磐玉彦いかなればかかる明瞭なる問題を提出して、大神の御神慮を悩ませ奉るぞ。たとへ生くるも死するもみな大神の御心のままなり。一時も早く片時もすみやかに神慮を反省し、もつて神勅のまにまに八王神の聖職を奉仕し、今後ふたたびかかる問題を提出し神慮を煩はすこと勿れ』 との厳命なりける。 大八洲彦命は神示を拝し、恭しく礼を述べ、大島彦を近く招きて、神示を詳細に諭達したまへり。 大島彦はおほいに歓び急ぎ崑崙山に飛還し、八王神に一切の神示を恭しく復命奏上したりけり。素より正義純直の八王神は、神勅を重ンじ前非を悔い、ふたたび元の聖職につき、その後数百年のあひだは、実に至治至楽、泰平の聖代は継続されたり。神命の犯すべからざるは、これにても窺ひ知らるべし。 (大正一〇・一一・二〇旧一〇・二一出口瑞月録) (第二一章~二三章昭和一〇・一・一六於亀の井旅館王仁校正) |
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霊界物語 | 03_寅_十二の国魂/大道別/天使長の更迭 | 46 探湯の神事 | 第四六章探湯の神事〔一四六〕 百照彦は黙然として春子姫の面色を打見やりつつありしが、たちまち膝を前めて、 『汝の愉快にみちしその容貌、たしかに妙案あらむ、はやく吾がためにその妙案を物語れよ』 と顔色に光をあらはし勢よく問ひければ、春子姫はこたへていふ、 『妾は元来芸無し猿の不束者なれども、ここに一つの隠れたる芸能あり。そは天人の舞曲にして、天上において諸神の讃歎やまざりし、妾が独特の芸能なり。妾もし夫の許しを得ば、夫とともに真心彦の御前において一曲を演じまつらば、かならず歓ばせたまはむ』 と得意満面にあふれて勇ましげに言ふ。百照彦はおほいに驚きて、 『アヽ汝は何時のまにか、かかる芸能を覚えたるか』 と尋ぬれば、春子姫は、 『妾は貴下のもとに娶らるるまで、高天原の神殿に奉仕し、日夜舞曲を奏し、神歌をうたひ、大神の神慮を慰め奉る聖職に奉仕せしが、その技はつひに神に入り、妙に達して、天上における第一位の芸能者として、もてはやされしが、このたび地の高天原の改革につき、貴下は真心彦とともに赴任さるるに際し、大神の命によりて貴下の妻と定められたり。されど、貴下は大神の御心のあるところを毫も知りたまはず、ただ単に自ら選びて妾を妻に娶りしごとく思召したまへども、夫婦の縁は決して独自の意志のごとくになるべきものに非ず。いづれも大神の御許しありての上の神議りのことなれば、夫婦の道は決して軽忽に附すべきものにあらず。いづれも皆夫婦たるべき霊魂の因縁ありて、神界より授けらるるものなり』 と天地の因果を説き示し、夫婦の道は神聖にして犯すべからざる理由を諄々として説き立たり。 百照彦は初めて妻の素性を知り、かつ神律の重ンずべきを深く感得したりしが、百照彦はさらに妻にむかひ、 『汝はさほどの芸能を有しながら、現在夫たる吾に今日まで何故に告げざりしや』 と怪しみ問ふを、春子姫はこたへて、 『妾は貴下の妻となりし上は、妻たるの務めを全うせば足る。いたづらに芸能に驕り慢心に長じ、つひには夫を眼下に見下すごときことありては、天地の律法を破る大罪なれば、夢にも芸能を鼻にかけ不貞の妻と笑はるるなかれとの、父母の固き教訓なれば、今日まで何事もつつしみて、一度も口外せざりし次第なれども、今日夫の辛労を傍観するに忍びず、この時こそは妾が得意の芸能を輝かし、夫を輔佐し奉らむと決意したる次第なり。諺にも芸は身を助くるとかや、妾の身は何れになるも問ふところにあらざれども、現在の大切なる夫の神業を助け、なほ殊恩ある主の御神慮を慰め奉ることを得ば、妾が鍛錬したる芸能の功も、はじめて光を発するものなれば、女性の差出口、夫にたいして僣越至極の所為とは存じながら、夫を思ふ一念にかられて、はづかしながら妾の隠し芸を知れることをふと申上げたるなり』 と夫の前に両手をつき、敬虔の態度をあらはし物語りたり。 ここに百照彦は妻を伴なひ、主真心彦の館に参向し、春子姫の芸能のすぐれたることを進言したりけるに、命はたちまち顔色をやはらげ、さも愉快気に、 『天地神明の神慮を慰め、万物を歓ばしむるの道は歌舞音楽に如くものはなし。幸ひにも春子姫芸術に妙をえたるは何よりの重宝なり。一度吾がために一曲を演ぜよ』 と言葉もいそいそと所望したりける。 百照彦は主の愉快さうなる顔色を見て、やつと安堵せしものの如く胸をなでて笑声を作りける。 春子姫は、会心の笑みをもらしながら、舞衣に着替へ長袖しとやかに舞ひはじめしが、実に春子姫の言へるごとく、その技、妙に達し神に入り、天地神明の嘉賞したまふも当然なるべしと、真心彦をはじめ百照彦もただ感にうたれて恍惚たる有様なりける。その妙技の非凡なるを伝へ聞きて、大将軍沢田彦命まで臨席せられ、真心彦にむかひて、 『貴下は実に良き従臣を持たせらる。吾は羨望の念にたへず』 と言ひながら、その妙技に首を傾けて観覧したまひける。百照彦、春子姫はおほいに面目を施し、主の賞詞をうれしく拝受して厚く礼を述べ、吾が館に帰りただちに神前に神酒を奉献して、感謝の祝詞を奏上したりける。 それより天使真心彦は、春子姫の舞曲の優雅なると、その神格の高尚なるとに心をとろかし、一にも春子姫の舞曲、二にも姫の音調と、事あるごとに二人を招き酒宴をもよほし、つひには神務を捨てて絲竹管絃の道にのみ耽溺し、真心彦と春子姫の間に面白からぬ風評さへ立つにいたりける。 真心彦は元来仁慈の念ふかく、かつ多情多感の神司なりけり。それゆゑ外部の風評を耳にするや、春子姫にたいする同情の念は日をおうて昂まり、悪しき風評はますます油の浸潤するがごとき勢にて内外に拡まりにけり。 このことたちまち国治立命の耳に入りたるより、命はただちに真心彦を召しだして厳しく不義の行為の有無を詰問されたりしが、真心彦は首を左右にふり、 『吾いやしくも聖地の重神司として、天使の職を忝なうし、天地の律法を宣伝すべき聖職にあり。いかでか斯かる忌はしき行為を敢てせむや。天津神国津神も、吾が心身の潔白を照鑑ありて、わが着せられし濡衣を干させたまへ』 と一心不乱に祈願を凝らしたり。そのとき春子姫は突然身体激動して憑神状態となりぬ。これは稚桜姫命の降臨なりける。命は教へ諭していはく、 『よろしく探湯の神事をおこなひ、その虚実を試みよ。神界にてはこの正邪と虚実は判明せり。されど地上の諸神人は、疑惑の念深くして心魂濁りをれば、容易に疑ひを晴らすの道なし。ゆゑに探湯の神事を行なひ、もつて身の疑ひをはらすべし。正しきものは、神徳を与へてこれを保護すべければ、いかなる熱湯の中に手を投ずるとも、少しの火傷をもなさざるべし。これに反して、汚れたる行為ありし時は、たちまちにして手に大火傷をなし、汝の手はただちに破れただれて大苦痛を覚ゆべし』 と宣示されたり。 真心彦は、喜びて頓首したまひ、ただちに探湯の神事に取かかりけり。八百万の神人はその虚実を試すべく探湯の斎場に垣をつくり片唾をのンで見ゐたりしが、沸きかへる熱湯の中に、怖ぢず臆せず、真心彦は天津神国津神にむかつて祈願し、泰然自若として手を浸し入れたり。つづいて春子姫も同じく手を浸し、久しきにわたるといへども、二人ともに何の火傷もなく、ここに二人の疑ひはまつたく払拭されにける。二人は天地にむかいて神恩の有難きを謝し、慟哭やや久しうしぬ。八百万の神人は一斉に手をうつて、二人の潔白を賞讃したりける。国治立命は、二人の清浄無垢の心性を賞し、かつ種々のありがたき言葉を賜ひ、かつ今後は神祭のほか断じて舞曲に耽溺し、絲竹管絃にのみ心を奪はれ、神務を忘却するごとき不心得あるべからず、と厳しく教へ諭したまひ、悠然として奥殿に入らせたまひける。 真心彦は大いに愧ぢ、 『我は大いに過てり。我が悪しき風評の高まりたるは、わが不徳の致すところなり。聖地の重臣として、いかで他人に臨み得むや』 と直ちに国治立命の御前にいたり、天使の聖職を弊履を捨つるがごとく辞したりにけり。 (大正一〇・一二・九旧一一・一一外山豊二録) |
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霊界物語 | 03_寅_十二の国魂/大道別/天使長の更迭 | 岩井温泉紀行歌 | 附録岩井温泉紀行歌 瑞月作 岩井温泉紀行歌 瑞の御魂に縁由ある壬戌の一月の 雪降りつもる銀世界黄金閣をあとにして 八日午前の巳の刻に身魂の垢を清めむと 岩井温泉さして行く湯浅篠原植芝や 松の大本の竹下氏恵みの風も福島の 近藤の湯治を送らむと信仰かたき石の宮 家並は古く朽ちぬれど名は新町の正中を 足並速き自動車に揺られて綾部の駅につく 汽笛一声汽車の窓記者の外山氏加藤女史 西村徳治を伴ひて心も勇む石原の駅 煙をあとに初瀬の橋飛びたつばかり進み行く 科戸の風の福知山聞くも恐ろし鬼ケ城 見捨てて走る山間の上川口や下夜久野 降り来る雪を突破して安全守る上夜久野 梁瀬を渡りゴウゴウと輪音も高き和田山や 篠竹しげる養父の駅八鹿江原を打ち過ぎて 外山に包みし豊岡の昇降客のいと多く 但馬名所の玄武洞右手にながめて城ノ崎の 温泉場を振り返へり竹野や佐津の駅も過ぎ 日本海をながむれば雪雲とほく香住駅 山腹包む鎧田の雪つむ景色面白久 谷を埋むる白雪は山陰寒気の表徴と ながめて走る汽車の窓煙草正宗菓子饅頭 お茶お茶弁当の売声に空しき腹を満たすとは ま坂思はぬまうけもの車のすみに居組つつ いよいよ汽車も申の刻岩美の駅に降りけり 雪より白きお梅さま雲井の上の雪の空 緩高梅の田舎道ホロの破れし自動車に 一行六人ぶるぶると自身神也屁の車 廻る駒屋の温泉宿湯治々々と月代の 一同夕餉も相済みて腹もポンポコ湯冠りの ヤレヤレヤレの拍子歌いと面白き雪の庭 なが夜を茲に明しける大正十年十二月 十の二日の未明新暦一月九日に 激しき吹雪降りすさみ寒さに凍えた瑞月は 炬燵の中の侘住居横に立ちつつ千早振 神世の奇しき物語外山加藤井上氏 筆を揃へてかくの通り ○ 来訪者名読込歌 温泉の神と現れませる出雲に坐す大己貴(出口王仁三郎) 岩井の湯口細くとも薬の王と聞えたる 神の仁慈の三ツ御魂心地も日々に朗かに 病の根まで断り払ふ効験は岩美に名西負ふ(西村徳治) 田舎の村の湯の御徳療治を加ねて藤くより(加藤明子) 明々つどひ遊び来る男子と女子の宿りたる これの駒屋の温泉は外に又なき客の山(外山豊二) 豊二暮す玉の井のこの上もなき御神徳(井上留五郎) 留る三階に五郎々々とねころびながら霊界の ありし昔の物語石より堅き信仰の(石渡馨) 丹波に馨る神の道常磐堅磐の岩よりも(岩淵久男) かたき誠の教の淵汲取るものは久方の 天より降る変性男子この世の峠や嵯峨の根に(嵯峨根民蔵) さまよふ民蔵救はむと誓ひ出ます神の世に 生れ大野は只ならじ深き因縁の著次郎く(大野只次郎) 田づね来て見よ神の村天地を兼太郎大神の(田村兼太郎) 黄色の色や白梅の佐和に佐木たる神の苑(佐々木清蔵) 清き蔵昔のそのままの紙より白くすがすがし(紙本鉄蔵) 世の大本の金鉄の身魂蔵めし万代の 亀のよはひの本宮山二代教主にかかりたる(亀山金太郎) 金勝要の太み神肌への色は山吹の 清郎比ぶるものもなき景色も藤や田子の浦(藤田武寿) よはひも今は武寿の古き昔を田どる時(古田時治) 治まる波路を加露ケ浜船にて越え来し三保の関(船越英一) 英米須の神を祭りたる山陰一の神霊地 稜威も高嶋あとに見て浪路を進むゆかしさよ(高嶋ゆか) 神の御魂を迎遠藤綾部に居ます牛虎の(遠藤虎吉) 神の吉詞をかしこみてやうやう平田にたどりつき 田植の中の道芝を神のま盛りに踏みて行く(植芝盛隆) 降々昇る旭影竹はなけれど松梅の(竹下斯芸琉) 御杖を下げて道草の斯芸琉野路を勇ぎよく 東の空の色良しと俊老いたまふ大教祖(東良俊) 桑原田原の道別けて喜び一行幽世を(桑原道善) 知食します大社栄ゆる松や神の田の(松田政治) 尊き政治を偲びつつ苔むす藤のいと高く(藤松良寛) からむ社の千代の松心持良く胸寛く 進む小林神の森秀づる尾の上の弥仙山(小林秀尾) 鶴山亀山右左神威を保つ一の鳥居(小林保一) 稲田の姫の命をば救ふて得たる村雲の(稲村寿美) 劔の光寿美渡り須賀の宮居を建了へて 横暴無道の悪神の山田の大蛇を斬放り(横山辰次郎) ひの川上に辰雲の光も殊にいち次郎く 神の功ぞ尊とけれ諸木の下を潜りたる(木下泉三) 谷の泉も素鵞の川三山の奥村芳りつつ(奥村芳夫) 夫婦はここに八雲立出雲八重垣つまごめに 八重垣作る八重垣の誉れは今にコン近藤(近藤繁敏) 栄えて繁る長の敏我日の本のあななひの 道を教へし大己貴浦安国の田のもしく(安田武平) 武力絶倫国平の鉾を皇孫に奉り 君の御尾前仕へなむこれの誓ひは万代も 田賀へじものと手を拍つて青紫垣にかくれたる(田賀鉄蔵) 事代主の金鉄の堅き御言蔵尊とけれ すぎ西むかしの物語神有村の老人に(西村菊蔵) 詳しく菊蔵ありがたき地の高天原にあれませる(原祐蔵) 神の祐蔵うれしみて詣でし一行十五人 神徳岡さぬ皇神の重き御命を拝しつつ(徳岡重光) 神の光を照さむと藤き山路や原野越え(藤原勇造) 勇み来る造艮の神の生宮直子刀自 社の前に田知よりて祈る誠の美千香る(前田美千香) この音づれを久方の雲井の空や土の上に(井上敏弘) いと敏やかに弘めかし神の真毛利は八洲国(毛利八弥) 弥常永に伝はりて栄え目出度瑞穂国 秋の足穂の御田代は太田の神に神習ひ(田代習) 教の苗を植付ける国常立大神の 高木勲を寿ぎて三柱神の神の教(高木寿三郎) 田中も山も佐嘉栄吉し五六七の御代に住山の(田中嘉栄吉) 人の心は泰平蔵雲井の上も葦原も(住山泰蔵) 熊蔵なき迄住渡る清けき富士の高山に(上原熊蔵) 金銀竜の二柱世人を真森田すけむと(住山竜二) 御心くまらせ玉ひつつ大矢嶋国栄えゆく(森田くま) 祥たき御代を松の世の浦安国の磯輪垣の(矢嶋ゆく) 秀妻の国蔵尊とけれ元気も吉田の一行は(松浦秀蔵) 身魂勝れて美はしく聖地を西にあとに見て(吉田勝美) 町や山村伝ひつつ又蔵降り来る五月雨を(西村伝蔵) おかして伊佐み田庭路の福知へ帰り喜一郎(伊佐田喜一郎) 途上つはりの心地して二代スミ子は澄渡る 石原の小泉すくひ上げ教祖手づから清泉を(小泉熊彦) 口に富熊せ玉ひつつ国武彦の真森田る(森田勘太郎) 綾の勘部の太元に雨の中尾ば六月の(中尾豊弘) 四日に豊かに弘前に神徳高く山の如(山本惣吉) 頭にいただき帰ります大本役員惣一同 今日の生日の吉き日をば祝ひ納むる吉祥の(同納吉) 宴を平木て大神の御稜威かしこ美山川の(平木稜威美) 供物を献じ石の上古き太初の皇神の(山川石太郎) 直なる武の田ぐひなき誉れを今に伝へける(武田なを) 大正三年の春の頃十三才の直霊嬢 瑞月柳月の三人が出雲大社へ礼参り 其往きがけに岩美駅馬車にゆられて晃陽の やかたに再び逗留しいよいよ三度の入浴に 身魂の垢を洗ひつつ五ツと六との霊界の 昔語りを新らしく天地宇宙の外に立ち 言葉も清くいさぎよくまはる駒屋の温泉場 心の垢をあらひつつあらあらかくは識しけり 皇道発祥の霊地日向国宮崎市の公会堂に於て昭和神聖会支部の発会式を盛大に挙行したる翌朝七時四十分、同市神田橋旅館の二階の間大淀河の名橋や清流を眺めつつ誌し置く。いよいよ霊主体従寅の巻の校正を終る。 (昭和一〇、一、一九早朝) 附言 明治三十四年旧五月十五日、教祖様神勅を受けて、八雲立出雲の国の天日隅の宮に御参拝の節、山陰道を徒歩し一行十五人、岩井温泉駒屋に一泊せられ、帰路ふたたび同家に宿泊されたる、大本にとつて由縁浅からざる温泉なり。瑞月は大正三年の春、三代直霊、梅田信之氏とともに一泊したることあり。今回にて三度目の入浴なり。静養かたがた霊界物語の口述をなすも、神の御仁恵と歓びのあまり、筆記者および信者の訪問して色々と御世話下されし其の厚意を感謝するため、諸氏の芳名を読込み、長歌を作りて第三巻の巻尾に附する事となしぬ。 |
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霊界物語 | 04_卯_常世会議/国祖隠退/神示の宇宙 | 32 免れぬ道 | 第三二章免れぬ道〔一八二〕 しばらくありて桃上彦は、慌ただしく入りきたりて二人の前に拝跪し、畏れ多くも国治立命より吾母事足姫をはじめ御兄広宗彦命、行成彦にたいし大至急参向すべしとの厳命なりと報告したり。 桃上彦は天使長広宗彦命の副となりて、神政を補佐し居たりしなるが、つひには兄二柱の愛を忘れ、みづから代つて天使長の聖職に就かむと企て居たるなり。このとき常世姫の来城せるを奇貨とし、たがひに心を合せて兄二柱を排除せむと考へたりける。事足姫は三柱の兄弟の子を伴ひて、国祖大神の正殿に伺候したりしに、国祖の傍には常世姫、常世彦の二神司が行儀正しく左右に侍し居たり。行成彦はこの姿を見て卒倒せむばかりに驚きたり。このとき国祖大神は、言葉おごそかに、 『大道別を吾が前に連れ来れ』 と命ぜられたるにぞ、行成彦は唯々諾々として、この場を退出し稍ありて、大道別を召し連れ国祖の御前にふたたび現はれけり。常世彦は大道別に向つて、 『汝の智略には余も感服したり』 と笑みを浮べて顔をのぞき込めば、大道別は機先を制せられて狼狽したり。国祖の大神は大道別に向ひ、 『汝は神界のために永年の艱難辛苦を嘗め、以て神人たるの天職を全うせしは、我も感謝の念に堪へず。されど汝は智量余りありて徳足らず、偽の八王大神となりてより忽ちその行動を一変し、その約に背きたるは神人として余り賞揚すべき行為にあらず。また行成彦以下の使臣の行動は、聖地を大切に思ふの余り天地の律法を破りたり。汝らは至誠至実の者なれども、如何せむ国祖の職として看過すべからず。アヽ、かかる功臣をば無残にも捨てざるべからざるか』 と落涙にむせびたまふ。大道別は恐縮しながら、国祖大神に目礼し、八王大神その他の神司らに一礼し直ちに御前を退出し、そのまま竜宮海に投身したりける。その和魂、幸魂はたちまち海神と化しぬ。国祖はこれに琴比良別神と名を賜ひ永遠に海上を守らしめたまひ、その荒魂、奇魂をして日の出と名を賜ひ、陸上の守護を命じたまひぬ。琴比良別神および日の出の神の今後の活動は、実に目覚しきものありて、五六七神政の地盤的太柱となり後世ふたたび世に現はるる因縁を有したまへるなり。 ここに広宗彦命は国祖の御心情を拝察し、責を負ひて天使長の聖職を辞し、弟の桃上彦に譲りける。ちなみに桃上彦の神政経綸の方法は前巻に述べたるごとく、つひには国祖の御上にまで累を及ぼし奉るの端を開きたりける。 八王大神は常世姫とともに桃上彦の襲職を祝したり。このとき大江山の鬼武彦は、高倉、旭を伴なひ国祖の大前に進み出でて、最敬礼を捧げたるのち、 『今回の常世城における行成彦以下の大功労者をして、退職を命じたまひしは如何なる理由にて候や』 と恐るおそる伺ねたてまつれば、国祖はただ一言、 『汝らの心に問へよ』 と答へたまひける。鬼武彦はやや色をなし、 『鹿猪尽きて猟狗煮らる。吾々は貴神の命によりて常世城に忍び入り八王大神を悩ませ、その陰謀を断念せしめたるのみ。決して行成彦をはじめ一行の使臣は大神に背きて自由行動を取りしにあらず。ただ一点の野心も無く、聖地を守り御神業を輔佐したてまつらむとしての至誠の行動に出たるのみ。また吾は内命によりて、忠実に行動せしは御承知の御事に候はずや』 と少しも畏るる色なく奏上したりける。 国祖の大神の御顔には何となく驚愕の色表はれたまひぬ。それと同時に八王大神の面上にはいやらしき笑ひがひらめき渡りける。アヽ、国祖大神の顔色と八王大神の顔色との、氷炭の差異を生じたるは、果して何事を物語るものならむか。読者諸氏はこの不思議なる光景につきて十分熟考されむことを望むものなり。 (大正一〇・一二・二五旧一一・二七広瀬義邦録) |
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霊界物語 | 04_卯_常世会議/国祖隠退/神示の宇宙 | 43 勧告使 | 第四三章勧告使〔一九三〕 常世彦は我が目的とする、八王大神の称号を国祖大神に迫つて、これを獲得し、旭日昇天の勢をもつて天下の諸神人に臨み、盤古大神を首長と仰ぎ、これをもつて国祖の位置に就かしめむと、内々準備を整へ、諸神人をふたたび常世城に集めて神界改造の相談会を開催したり。大自在天大国彦は、八王大神を極力讃美して、この際一日もはやく国祖の退隠を迫り、塩長彦をして神政神務の総統者に推戴するをもつて、世界救済の一大要点なりと主張したり。 ここに美山彦、国照姫は立つて、大国彦の主張に対しあらゆる讃辞を呈し、かつ、 『国祖大神をして、かくのごとく頑強固陋の神となさしめたるは、前天使長大八洲彦命、言霊別命、神国別命、大足彦および万寿山の頑老、磐樟彦以下の聖地の神人および女性側としては、前天使長高照姫命、真澄姫、言霊姫、竜世姫ら聖地の神司らの一大責任なれば、国祖の退隠に先だち、右の諸神人を聖地より追放し、根底の国に神退ふべきものなり』 と息をはづませ、肩を揺りながら述べ立てたり。 一旦聖地において全く悔い改め、本心に立帰りゐたる至善の神人も、いまは少しの油断のために、邪神の容器となり、いづれも挙つて国祖にたいし反抗の態度を執るにいたりたるは、果して時節の力か、ただしは因縁か、測度しがたきは神界の経緯なり。 神諭に曰く、 『時節には神も叶はぬぞよ』 と、全大宇宙の大主神たる大六合治立尊の御分身にして、宇宙の大主権神たる、国祖国治立命も、時節の力は如何ともすること出来得ざりしなり。至正、至直、至厳の行動は、かへつて多数の神人より蛇蝎のごとく忌嫌はれて、つひには悪神と貶せられ、祟り神と強ひられ、悪鬼の巨頭艮の金神と名称を附して、大地の北東に居所を極限さるるにいたりたまへるも、神界経綸上止むを得ざる次第ならむか。 このたびの常世城の会議は、前回のごとく少しも騒擾紛糾の光景を現出せず、和光同塵、体主霊従的神政を謳歌せる神人(邪霊の憑依せる)のみの集会なりしゆゑ、全会一致をもつて、まづ国治立命をして、大八洲彦命、高照姫命以下の神人を根の国底の国に追放せしめ、その後において、国祖の自発的退隠を迫ることに一決したりける。ついてはその衝にあたるべき神司の選挙をなさざるべからざれば、ふたたび自決勧告使たるべき神人を物色したりしが、この時大国彦の重臣大鷹別は進ンで、この大切なる使命は吾々ごとき小人の能く耐ふるところにあらずとし、智徳兼備の八王大神および大自在天の御尽力を乞ふのほかなきを主張したれど、八王大神は何か心に期するところあるもののごとく、首を縦に振らざりけり。その場に威儀儼然としてひかへたる大国彦も、無言のまま首を横に振りゐたりける。美山彦、国照姫は立上がり、 『今回の勧告使は、畏れながら小神に任じられたし』 と切り出しけるに、常世彦も、大国彦も言ひ合はしたるごとく頓首きて、承諾の意を表示したり。 美山彦、国照姫は諸神人の一致的賛成のもとに、意気揚々として勧告使となり、聖地ヱルサレムの宮殿に参向し、国祖に対面せむと、数多の神人を引率して聖地に向け帰途に就きける。 常世彦命はまたもや八王大神の資格をもつて聖地に帰還せむとするに先だち、盤古大神の輔佐として、大国彦の従臣大鷹別をして常世城の主管者に任じ、かつ部下の神人をして、各自に神政を分掌せしめ、八百万の神司を引率して、ヱルサレムを指して旗鼓堂々天地も震撼せむばかりの勢にて、上り来たりぬ。先に勧告使として帰還したる美山彦、国照姫の使命は果して完全に成功せしや疑はしき限りなり。 (大正一〇・一二・二九旧一二・一出口瑞月) (第三六章~第四三章昭和一〇・一・二二於佐賀市松本忠左氏邸王仁校正) |
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霊界物語 | 04_卯_常世会議/国祖隠退/神示の宇宙 | 附録 第二回高熊山参拝紀行歌 | 附録第二回高熊山参拝紀行歌 王仁作 高熊山参拝者名簿 (大正十一年二月五日) (一) 大き正しき壬の戌の節分祭すみて 神の出口の道王く仁慈の三代の開け口(出口王仁三郎) 直く正しく澄渡る心も清き大空二(出口直澄) 大本瑞祥会々長湯川貫一始めとし(出口大二) 神徳高木高熊の四十余り八ツの宝座をば(湯川貫一) 拝して神慮を息めむと金鉄溶かす信仰の(高木鉄男) 心も固き益良男が御国に尽す真心は 天地の神もうべなひて雲井の上に留五郎(井上留五郎) 神と君とに捧げむと孕む誠は世の人の 夢にも知らぬ岩田帯二十五年の久しきを(岩田久太郎) 耐り詰めたる太元の前の教主の王仁三郎 教の花も桜井の一視同仁神界の(桜井同仁) 経綸に開く白梅の四方に薫るを松心(松村仙造) 村雲四方に掻別けて須弥仙山にこしを掛け 天地を造りし大本の神の稜威は内外の(外山豊二) 国々嶋々山川に豊二あらはれ北の空(原あさ) 光もつよき天の原あさぢケ原もいやひろこ(原ひろこ) 遠き近きの別ちなく世はあし引の山ふかみ(遠山一仁) 神人一致仁愛の祥たき御代となりぬらむ 東は小雲西四ツ尾川を隔つる吉美の里(東尾吉雄) 中に雄々しき竜やかた節分祭も相すみて 同じ心の信徒がさきを争ひステーション(同さき) 汽車に揺られて勇ましく東尾さして進み行く(東尾万寿) 名さえ芽出度万寿苑瑞祥会の大本部(森良仁) 神の真森も良仁の和知の高橋打ち渡り(高橋常祥) 常磐の松の心もて瑞祥閣に入りにけり 大井の河も名をかへて保津の谷間降り行く(河津雄) 水勢益々雄大に鳴り響くなる高熊の 小竹小柴の中分けて玖仁武彦や小和田姫(小竹玖仁彦) 神の聖跡を慕ひつつ常磐の松の色も吉く(小沢常吉) 茂りて高井神の山いこう間もなく登り行く(高井こう) 田二と谷とに包まれし巌に繁る一ツ葉の(田二谷繁) 色青々と威勢よく栄え三谷の眺め良し(三谷良一郎) 一行二百五十人祝詞の声も清郎に 藤蔓生ふる坂道を津たいて暹む神の子が(藤津暹) 同じ心の神の道ひさを没する草原を(同ひさ) 射る矢の如く走り岸役員信者が金鉄の(矢岸金吉) 誠の心ぞ雄々しけれ色吉く重れる松の山(重松健義) 健固の足の進み義く浜端ならぬ池の端(浜端善一) 善男美女の一隊は森の下路永々と(森永熊太) 熊もつつまず太どりゆく (二) 甲子四月江頭がしら右も左も知らぬ身の(江頭右門) 門口あけて上り行く大原山や経塚を(上原芳登志) 上るを芳登志神風や福井の空を笠に着て(福井又次郎) 又もや進む神の山次第に倉き馬の瀬の(倉瀬吉稚) ながめ吉ろしく稚雄が奥山さして夜の道 いなむ由なき稲川のいと泰らけく渡り行く(稲川泰造) 神の造りし蛙岩右手にながめて薄原 山口近くなりければ恒に似合ぬ山彦の(山口恒彦) とどろく声をしるべにて一視同仁博愛の(同安子) 神のふところ安々と足を早めて長谷川や(長谷川八重子) 八重津草村藤の蔓ふみ分け進む太間子原(津村藤太郎) 拓く道芝茂り行く神の教えぞたふとけれ (三) 吾故郷に勝たれる神の御山哉世を渡す(吾郷勝哉) 小幡の橋の本清く流るる瑞の水勢は(橋本瑞孝尼) 忠孝々と響くなり由緒も深き宮垣内(垣口長太郎) 神の出口の長として世の太元の大神の 珍の言霊神賀の亀の瑞祥も充ち太郎(大賀亀太郎) 五六七の御代を松浦の教の道もいち治郎し(松浦治郎助) 人力車に助けられ気は針弓の遠き道(針谷又一郎) 谷又谷を一越えに円満清郎太祝詞 古き記憶を田どりつつ初めて九郎の味を知り(古田初九郎) 名さへ目出度亀岡の森良仁氏東尾氏(岡森常松) 常磐の松の心もて久方ぶりに勇ましく(久勇蔵) 登りて行く蔵楽しけれ梅花の薫る神の村(梅村隆保) 隆々昇る朝日影天保爺の阿房面(房前市三) お前はよつぽど市助と三くびられたる皮堤(堤嘉吉) 安本丹の嘉すてらと吉くも言はれぬ吉松野(吉野光俊) 伜の力光る俊曽我部穴太の宮垣内(宮内喜助) 上田喜三郎の野呂助も青鼻垂らした幼年野(青野郁秀) 小さき心に馥郁と包みし神力現はれて 人に秀れた神の術ねがい金井のえみ深く(金井のえ) 神の教にしたがひて佐伯ませうと山路を(佐伯史夫) 史わけ進む大丈夫の宇城も見ずに信仰の(宇城信五郎) 日五郎の力試めさむと土ン百姓の小伜が しけこき居宅を立て出でて重い身体夫運びつつ(土居重夫) 岩石ふみ別けまつ崎によこ米もふらず上り行く(石崎米吉) 心持吉き高倉の山に成りなる神の徳(倉成徳郎) ワンパク野郎が関々と谷川渉るも世の為二(関川為二郎) つくさむものと三ツ栗の中執臣のそのみすえ(中安元務) 安閑坊の喜楽人世の太元の神務をば 清く尽さにやおか内藤いち目散に神の道(内藤いち) 心も身をも投げ島田とくに解かれぬ神の文(島田文) どうかこう加藤案じつつ神の光に照されて(加藤明子) 心の空も明けにけり (四) 吉野の花の開く時時子そよけれ神徳を(吉野時子) 重ぬる春と村肝の心も敏く雄々しくも(徳重敏雄) 長井夜道の露亨けて二つなき身を山の中(長井亨二) 谷川こえて松の木の繁り栄ゆる高蔵の(中川繁蔵) 神山目当てに只一人神谷仏を頼りとし(神谷千鶴) 千年の松に鶴巣ぐふ神世に早く渡辺の(渡辺淳一) 至粋至淳の善の道只一と筋に立て通し その功績も大久保の世界一と蔵響くなり(大久保一蔵) (五) 浦安国の神徳を顕はす道は敬神と(安徳敬次) 次に尊皇愛国心松岡神使の世の中を(松岡均) 治めて桝掛ひき均す教の花の道開き(開徳蔵) 神の御徳蔵たふとけれ山川野辺に崎匂ふ(野崎信行) 信の花のまつりごと行ひま森東の(森山登) 山の尾ノ上に旭影登るが如き祥瑞の 五六七の御代は昔より例しも内藤歓びつ(内藤正照) 斯の世を渡る正人の頭に神の光り照る 春の緑の若林家支しげき神の国(若林家支) 万世の亀玉の井に遊ぶ目出度き巌の御代(亀井巌義) 仁義の君の知召す豊葦原の中津国(中森篤正) 神のま森のいや篤く世人の行ひ正しくて 人跡絶えし山中もきくの薫りの芳ばしく(山中きく) 下万民も上窪も純み渡り行く雄々しさよ(上窪純雄) 多田何事も百の玖仁麿く治まり開けつつ(多田玖仁麿) 一視同仁神の道正義に強き益良雄の(同義雄) 胸も鈴し木源之瑞の御魂の助け神(鈴木源之助) 古木神代の有様を物語りつつ民草の(古木民三郎) 迷を開く三ツ葉彦綾の高天にあらはれて 音吐郎々述べ立つる宇宙のほ加納空に立ち(加納森市) 神のま森の市の森忠義一途の人生は(森義一) 一度は参れ皇神の教の元の修行場(生一正雄) 道は正しく雄大に天下に伝はる麻柱の(同つね) 教の花はつねならず和光同塵今の世の 世の持方を根本より同じ心の道の友(同清子) 力協はせて清め行く災ひ多き世の中の 村雲四方に掻分けて誠つくしの神のみよ(中村みよ) 古きを捨てて新しく心の海に日月の(新海留吉) 影を留めて住吉の神の稜威も有が田く(有田九皐) 千年の鶴は九皐に翼を並べ神の代を 謳ふときはの松の国四方の国土を玉の井の(土井靖都) 水に清めて靖都と治むる御代も北の空(北村隆光) 村雲ひらく星の影隆く光る世ぞ来るときく(同きく) アヽ有が田き加美代ぞ登天津神たち八百万(有田美登) 国津神たち八百万民草けもの虫けらも 同じ恵の露を浴み義夫あしきを超越し(同義夫) 仁慈の雨の森きたる月日を松の大本の(雨森松吉) 神の館ぞ楽もし吉坂え目出度木日の本は(坂木義一) 仁義一途の神の国湯津桂木の浅からぬ(湯浅寛康) 神の御陰は寛康聖の御代のいま近藤(近藤国広) まつ国民の胸の内広く清けく田のもしく(清田西友) 西洋国人も友々に雲井ノ上に坐す神の(井上頼次) 力を頼り次々に集り来る神の前 亀の齢の田のもしく斯世の親とあれませる(亀田親光) 神の光を道の辻山の奥までいと安く(辻安英) 照らす梅花の英の中井しずまるこの教(中井しず) 一同順次に味ひつ大原山や西山の(同順次郎) 谷を佐して六合治の皇大神の御教を(大西佐六) 谷具久渡る国の端神を敬ひ世の人を(大谷敬祐) 祐け渡して六道の辻にさまよふ正人を(辻正一) 誠一つの善の道神の宮なる人の身を(宮田光由) 田すけ光らすことの由四方の国々伝遠藤(遠藤鋭郎) 精新気鋭の神司鳴る言霊も朗かに 天地に響く勇ましさ (六) 松樹茂れる神の森岩窟の前に端坐して(森礼子) 神に御礼の祝詞子と浅桐山に立ち籠めて(桐山綾子) 綾に畏子き久方の高天原と田々へつつ(原田益市) 天の益人市なして東や西や北南(西村寿一) 四方の国人村寿々目一度に開く言霊の 花咲き匂ふ千引岩この堅城に信徒達(岩城達禅) 座禅の姿勢を取り乍ら怪し木心の村雲を(木村敬子) 伊吹払ひて天地の神を敬ひ真心を 煉りて仕ふる神の子の同じ思ひは八百よね子(同よね子) 杵築の宮に神集ひ世の悉々を神議り 議らせ玉ふ神の徳重き使命もい佐三つつ(徳重佐三郎) 三郎九の神の御使ひ武内宿禰の代へ御魂(武内なか) なかき月日を送りまし小松林と現はれて(同久米代) この一同の信徒に久米ども尽きぬ神の代の その有様をた上倉あきらめ諭し玉はんと(上倉あきこ) 天地兼ぬる常磐木の松の大道を教ゑつつ(兼松ゑつ) 伊賀しき稜威もうしとらの隅にかくれて世を衛る(伊賀とら) 藤き昔の襄と姥神代一代耐へ忍び(衛藤襄一郎) 現はれ出でし沢田姫豊栄昇りに記し行く(沢田豊記) 奇しき神代の物語り聞くも嬉しき十四夜の 空に輝やく月の影西山の尾に舂きて(西尾愛蔵) 明くれば二月十五日仁愛の教を胎蔵し 上田の家に帰りたる中の五日のおしまれぬ(田中しま) 上田野家に生まれたる年も二八の喜三郎(上野豊) 豊国姫の教受け吾家に帰り北の里(北里利義) 利益を捨てて義に勇む心とこそは成にけり 皇大神の御教はいよいよ深く浩くして(大深浩三) 普く天地に三ツの魂過ぎ西罪の除け島い(西嶋新一) 心新らしく一つ道柴り附い田る元の垢(柴田元輔) 神の輔けに拭はれて漸やく佐藤りし神心(佐藤六合雄) 御六合雄思ふ村肝の心の中島恒也の(中島恒也) 塵も消え失せ心地吉し浜の真砂の数々を(吉浜芳之助) 花芳ばしき大神之助けに生れ変りつつ 神と同じく暉りにけり(同暉) (七) 佐藤りの道を貞やかに吉く諾なひし信徒は(佐藤貞吉) 神の御徳を慕ひつつ大島小島に出修し(小島修吾) 心も垢も荒波の吾の身魂を清めむと 嶋の中なる神の嶋卯の花匂ふ大三空(中島卯三郎) 朝日受けつつ五里の路つ田井て進む正男(日田井正男) 女も共にまひ鶴の狼の面高き中塚見(高塚忠俊) 暗礁危ふく避け乍ら忠勇義烈の俊才や 小児も交り漕ぎ渡るよろこび泉の涌く如く(小泉清治) 清く治まる小島沖義侠の心富永の(富永熊次郎) 波路熊なく次々に島へ島へと行く船も 波と浪との谷あ井を又もや潜る面四郎さ(谷井又四郎) 舞鶴丸を忠心に教祖の神の一隊は(鶴丸忠一) 心も清く進みけり (八) 斎きまつれる藤津代の神の吉言を次々に(斎藤吉次) 異口同音に唱へつつ神のまさ道ふみて行く(同まさ) 堅き心の信徒は百のなやみも伊東ひなく(伊東きくよ) 神声きくよの嬉しさに世の大本野金の神(大野金一) 善一と筋を田て通ほすその真心ぞ神の村(田村慶之助) 至慶至祥之限りなり助けも著るき金神の 錦織りなすいさをしは日に夜に月に益太郎(金織益太郎) 上中下なる三段の神の御魂ぞ崎はひて(三段崎みち) 円く治まる神のみち世人救はにや岡崎の(岡崎よしの) 花もよしのの芳ばしくながめ吉田の十曜の紋(吉田紋助) 助けよま森田まへかし誠の道も富太郎(森田富太郎) 千倉の置戸を負ひながら世人に心掛巻も(倉掛徳義) 畏こき神の御威徳仰ぐもき義上の園(上園権太郎) 無限の権威並びなく充ち太郎なり三ツの魂 宝も沢に人清く親しみ睦ぶ至治太平(三沢治平) 国の中村おだやかに進む神徳著治郎し(中村徳治郎) (九) 高天原は取わけて太宮柱たかみ蔵(高取太蔵) 斎ひ奉る藤みゆき空ふるき千年の松ケ枝に(斎藤みゆき) 鶴も巣を組み治まれる国の稜威も高橋や(同鶴治) 栄え二栄えます鏡福知田辺の外がこひ(高橋栄二) 筆の林の茂り合ふ三柱神の崎はひて(田辺林三郎) 国を保つ之助け船命の親の千田五百田(神崎保之助) 前田に満つる稲の波有りあり見ゆる働きの(前田満稲) 続く限りの真心は黄金の色の秋の野辺(有働続) 心持ち良き正人の教に魂を奥村の(真金良人) 誠一つに晋むなり難波ン鉄次のいやかたき(奥村晋) 日本心は万代の亀鑑とこそは知られけり(難波鉄次) 遠き山道太どりつつそ郎そろ開く神の教(亀山道太郎) 藤の神山を田子の浦武蔵甲斐より眺むれば(藤田武寿) 寿ぎ祝ふ白扇の末広々と白雲や 吉田の時雨治まりて金字の山姿いと気善し(吉田時治) 国の誉れもいち次郎く根占かなめや忠孝の(金山善次郎) 道明らけき大本の教の園は天の原(根占忠明) かきわけ来る神の筆固く信次て疑はず(園原信次) よしも芦きも沢々に世はひさ方のいつまでも(芦沢ひさ) 曽加部の里に鳴瀰る神を斎ける藤原氏(加部瀰) 栄華の夢は一朝に消えた家系の上田姓(斎藤栄一) 沖野かもめのいと長く行き交ふごとく造作なき(神野長造) 筆の運びの信司つは神人ならば分かるべし(同信司・同かる) (十) いかに手荒井兵もの之勢ひたけく攻め来とも(荒井兵之助) 神の守に助けます親の心も暖かに 小川いがりいたはりて人の愛にもいや政り(小川政男) 国に心を男木村の大御めぐみぞ尊とけれ(木村伴太郎) 教の伴の充ち満てる太元神の開きたる 誠の道の牧ばしら慎み仕へ平けく(牧慎平) 村雲払ふ上林治まる御代もいと長井(村上林治) 吉事は日五郎次々に大き小さきまがつ神(長井吉五郎) 原ひ清むる竹箒三つの御魂の現はれて(小原竹三郎) 高熊山の神の教彼岸に波も平けく(高岸平八) 渡す八百重の游藤田か亀神のみいづぞ雄々しけれ(藤田亀雄) 黒白も分かぬ暗の世の田からとあがめ歓こひて(黒田ひで) 天津祝詞に曲の霊かたく藤岡世は澄ぬ(藤岡澄) 大山小山かきわけて昇る朝日の影清く(小山昇) 桧木杉生ふ山かげに光も当る一と筋の(杉山当一) 神の御綱につながれて道安々藤唯一人(安藤唯夫) 日本大丈夫進み行く神の恵も浅からず(浅田正英) 上田正英九日の月に照らされ青木原(青木久二) 久二も病まず小杉原たか熊さして登りゆく(杉原たか) 神の林二生ひたてる諸の木草に時じくの(林二郎) 木の実も沢に成岡のその味はひもうるはしく(成岡銀一郎) 銀月一天すみ切りて西へ西へと渡辺の(渡辺泰次) 珍の姿の泰然と追次に山にかくれ行く(同常吉) 同じ常磐の松の露吉く味はひし木下暗(木下愛隣) 至仁至愛の心もて遠隣救ふ神の教 世の根本を保々と夫れ夫れ御魂にさとし行く(根本保夫) 縦横山谷英二のぼり神の定めし金神の(横山英二) 道伝へ行く神兵が衛りに勇み堂々と(定金伝兵衛) 前む正しき益良雄が花も盛りの岩城に(堂前正盛) 繁々通ふ太郎次郎同じ身魂のよしあしを(岩城繁太郎) さばく審神者の修行場小野が御田麻も安々と(同よし) 男子と女子の跡たづねうさも忘るる神の道(小野田安男) 小野が御田麻の定め蔵と田がひに進む皇神の(同うさ) 恵みの淵に浮びつつ神の政の男々しくも(小野田定蔵) 仕へ奉るぞ楽しけれ(田淵政男) (十一) 佐かえ目出度き神の道大みたからも沢々に(佐沢広臣) 広まり茂る瑞穂国君と臣との中きよく 能く治まれる矢嶋国常世の端に伊太郎まで(矢嶋伊太郎) 山跡国なる日の本の神の大道に納め行く(山本納吉) 日嗣の君の大前に吉くも仕ふる山川の(山川石太郎) 草木や石にい太郎まで固く守らす岩の松(岩淵久男) 淵瀬と変る世の中に天の久方雲わけて 男神女神の二柱山の上原熊もなく(上原熊蔵) 下も蔵まる西東青垣山をめぐらせる(西垣岩太郎) 下津岩根に宮柱太しき建てて浦安の(安田武平) 国の田からは農と武士世は泰平に進みつつ 神の御前にたなつもの横山の如たてまつり(横山辰次郎) 豊の烟も辰次郎木の下潜る清泉も(木下泉三) 神の恵と三谷口千代の基蔵肇めたる(谷口千代蔵) 瑞穂の魂のその流れ長く清けき吉川の(同肇) 世界改良の神策地氏や素性や家柄を(吉川良策) ほこらず只に道の為力雄つくせ須臾も(氏家力雄) 田釜の原のいや広き神之助けをあななひて(須釜広之助) 神の司と成田身は常磐かきはに世を衛る(成田常衛) 田すけの神の其中にわけて尊き国竹の(田中竹次郎) 彦の命の神徳は外に勝れていち次郎し 黄泉津の坂の坂本に善と悪とを立別ける(坂本善兵衛) 神兵堅く衛りつつ大神津実の崎みたま(神崎保之助) 浦保国之助け神醜の曲津も在原の(在原丑太郎) 言向和はす丑寅の神の御息のいや太く 清郎無垢の神守天津神国の日の神の(神守) その分霊幸ひて忠義一途の神司(国分義一) 八嶋の国は掛巻も畏こき神の御教を(八巻市三郎) まづ第市とたつと三て神を君とに竭す身は その名も倉も清く吉く中津御国野醜の名は(名倉清吉) 必ず寅次とこしへに神の誠の道守れ(中野寅次) 中津御国野皇神の作り玉ひし言霊の(中野作朗) 円満清朗淀みなく言向け北る出口王仁(北口新平) 心新しく平けく小幡の川の水清き(川村喜助) 曽我部の村に生れたる幼名上田の喜三郎 神の助の命毛の筆を揮ひて高熊の 山の因縁あらあらと頭を掻いて恥をかき 下らぬ歌をかき残す。 |