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(3237)
霊界物語 74_丑_太元顕津男の神の物語2 22 天地は曇る 第二二章天地は曇る〔一八九〇〕 茲に生代比女の神は、顕津男の神と共に導かれ給ひけるが、玉野比女の神の御顔どことなく美しからぬ心地しければ、松の樹蔭に身を潜めて、その身の愚さを悔い、さめざめと泣き給ひつつ、ひそかに主の大神に詫言を宣り給ひつつ歌はせ給ふ。その御歌。 『あさましき吾にもあるか聖所に 登りて魂は戦き慄ふも 主の神の大御心に叶はぬか わが魂線はうち慄ふなり 玉野比女神の心の悲しさを 吾は思ひて堪へやらぬかも 瑞御霊神の心を悩ませし 吾は怪しき女神なりしよ 恋すてふ怪しき雲に包まれて 吾は神業を妨げにけむ 斯くなれば天地にわが身の置場なし ゆるさせ給へ主の大御神 真鶴の神山恋しくなりにけり 煙となりて消えたき思ひに 玉野比女神の神言の神業を 犯せし吾は邪神なりしか 如何にしてこの罪穢払はむと 思へど詮なし御子は孕みぬ 瑞御霊一目もかけず吾を後に 御前に進ませ給ふ畏さ 村肝の心の神に責められて 吾恥づかしく死なまく思ふも 聖所を汚さむことの恐しさ 吾行く道は閉されにけり 万代の末の末まで恋せじと 吾は悟りぬ聖所に来て 胸の火の燃え立つままに天地の 道ふみ外し罪の身となりぬ おほらかに生むべき御子にあらずやと 思へば悲し重きこの身は 御手にさへ触れず孕みしこのからだ わが魂線の怪しさを思ふ 一度の手枕も無く情なや 想像妊娠の今日の苦しさ わが歎き凝固りて雲となり 御空の月日覆ひ隠さむ 主の神の御前に白す言霊の なき吾こそは悲しかりける 天渡る陽光も月の顔も 吾恐しく拝むよしなし つらつらに思へば罪の恐しさ わが玉の緒は切れむとするも 玉の緒の生命はよしやまかるとも 岐美思ふ心の如何で失すべき 果しなきわが思ひかも天地に 只一柱の岐美を恋ひつつ わが恋ふる岐美はすげなく玉野比女に 御手を曳かれて奥に入らせる 善悪の乱れ混交る天界に わが縺れ髪解くよしもなし 玉野丘の聖所に吾は導かれ 斯かる歎きに逢ふぞ悲しき 瑞御霊玉野の比女と出でませる 後姿を吾は見送りて泣く 神の影側になければ吾一人 憚ることなく泣き飽かむかも 常磐樹の松は繁れど白梅は 匂へど吾は悲しく淋し いと清き白砂の丘に只一人 世をはかなみて吾は泣くなり 如何にして今日の艱みを払はむと 思へばなほも悲しくなりぬ 主の神の依さしに反き瑞御霊の 心汚せし吾を悔ゆるも あだ花となりしわが身の恋心 斯かる歎きの御子を孕みて 思ひきやこの聖所に導かれ 松の樹蔭に潜み泣かむとは』 斯く歌ひ給ふ折しもあれ、大幣を左右左に打振りながら、ザクリザクリと庭の白砂を踏みくだきつつ近寄り給ふ神人あり。生代比女の神の忍ばせる松の樹蔭に悠々近寄り給ひ、大幣を左右左に又もや打振りながら、 『常磐樹の松の樹蔭にしのびます 生代比女神勇み給はれ 吾こそは力充男の神なれば 公迎へむと急ぎ来つるも 何事も神の心と思召せ 歎き止めて勇ませ給へよ 如何ならむ艱みおはすか知らねども この聖所は喜びの国土よ 悲しみも艱みも知らぬこの丘に 勇ませ給へ生代比女の神』 生代比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『有難し貴き公の言の葉に 吾は悲しさ弥まさりける 主の神の天降らすこれの清丘に 汚れある身の恐しさに泣く』 力充男の神は御歌詠ませ給ふ。 『何事のおはしますかは知らねども 力を添へむ充男の神吾は 天渡る月も流転の影ぞかし 歎き給ひそ惟神なれば 罪穢ある身は如何に急るとも この聖所にのぼり得べきや 聖所にのぼらす力おはす公は 罪穢なぞ塵ほどもなし いざさらば心の駒を立て直し 玉の泉に禊給はれ 主の神の御心によりて吾は今 公迎へむと急ぎ来しはや』 生代比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『有難し力充男の神の宣 わが魂線はよみがへりたり 死なましとひたに思ひしわが心 公の神言によみがへりぬる 愛善の天津神国に生れ合ひて 歎きに沈みし愚さを思ふ わが心ひがみたりけむ玉野比女の 御顔を畏れちぢみつ』 力充男の神はまた詠ませ給ふ。 『安らかに心広けく勇ましく 雄々しく優しくおはしませ比女よ 愛善の天界なれば恋すてふ 心をどらむ惟神にて 天界のこの真秀良場に出でまして 何を歎かむ月冴ゆる庭に いざさらば玉の泉に案内せむ 進ませ給へ生代比女の神よ』 生代比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『薨らむと思ひし事も真言ある 公の心によみがへりける いざさらば公の真言に従ひて 玉の泉に禊せむかも 真鶴は御空に舞へり白梅は 樹の間に匂へり何を歎かむ 見の限りすべてのものは勇むなるを 何に迷ひて吾歎きけむ 主の神の天降りませる聖所を 吾涙もて汚せし悔しさ 村肝の心一つの持ちやうに 明るくもなり曇らふ神代かな 情ある公の言葉にわが魂の 力は充ちて雄々しくなりぬ』 力充男の神は前に立たせながら、御歌詠ませ給ふ。 『樹下闇時雨に晴れて天津日の 光は清しく輝きにけり 村時雨晴れたる後の月光は 一入明るく冴え渡るなり 高ゆくや月も流転の影ぞかし 何を歎かむこの天界に 果しなき思ひの雲霧晴れ渡り 瑞の御霊の月かげを見む』 生代比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『一夜の契りも知らぬ生代比女の 神の歎きのあさましきかな 真鶴の国原遥けく閉したる 雲霧晴れて清しき吾はも 主の神の愛善の御水火に包まれて ひがみ歎きしことを悔ゆるも 斯くならば雲霧もなしわが魂は 月日の如く冴え渡りつつ 大幣にわが魂線を清められ よみがへりたる嬉しさに居り』 力充男の神は、大幣を打ち振り打ち振り老松の蔭に展開せる、玉泉の汀に導き給ひつつ、御歌詠ませ給ふ。 『主の神の清き心のしたたりに あらはれ出でし玉の清水よ 玉野比女朝夕に禊ませる この玉泉の底ひ知れずも 瑞御霊七度の禊終へ給ひ 大宮深く進ませ給ひぬ 吾も亦朝夕をこの水に 洗ひ清めて魂を生かせり 真清水は澄みに澄みつつ掬ぶ手に 梅の香ただよふ香ゆかしき いざさらば天津祝詞を奏上し 禊がせ給へこれの泉に』 生代比女の神は喜びに堪へず、御歌詠ませ給ふ。 『高天原に生れませる 清けき清水真清水に 朝な夕なを浮びます 月の鏡の弥清く 弥さやさやに照りはえて 紫微天界の神国に 恵の露を降らせまし 百の草木をはごくみて 永久に生かせる真清水清水 斯かる聖所に導かれ わが魂線を洗へよと 宣らせ給ひし有難さ この真清水や主の神の 潔き清しき御心の鏡かも この真寸鏡真寸鏡 玉の真清水うまし水 清しき水よ玉の緒の 生命保たす生き水よ 生ける御神の霊線の 恵の露のしたたりか この玉泉拝めば わがからたまも霑ひて 若々しくもなりにける 生命の清水真清水よ』 と御歌うたひ終りて、天津祝詞を声朗かに奏上し給ひし折もあれ、急ぎ此処に現れ給ひしは、さきに瑞の御霊に仕へたる、待合比古の神におはしける。 待合比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『生代比女神の姿のおはさぬに 吾心づき迎へ来つるも 神生みの神業仕へし公なれば 早く御供に加はりまさね いざさらば吾導かむ急がせよ 主の大神も待たせ給へば』 生代比女の神は意外の喜びに、よみがへりたる心地して、御歌詠ませ給ふ。 『有難し忝なしと申すより 答の言葉わがなかりける いざさらば御前に仕へ奉るべし 清き心に月日浮べて』 茲に生代比女の神は、待合比古の神に導かれ、力充男の神に守られて、大宮居に進むべく広庭の白砂を踏みなづみつつ静々と進ませ給ふ。 (昭和八・一〇・二九旧九・一一於水明閣森良仁謹録)
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(3238)
霊界物語 74_丑_太元顕津男の神の物語2 23 意想の外 第二三章意想の外〔一八九一〕 玉野比女の神に導かれて、顕津男の神は本津真言の神と共に、主の大神の御出現までの時を待たせつつ、御歌詠ませ給ふ。 玉野比女の神『主の神の貴の神教を畏みて これの聖所に宮造りましぬ この宮は主の大神のたまの水火に 生り出でし松の柱なりけり 国の柱太しく立てて玉野丘に 仕へし宮居を玉の宮といふ 只一人時を待ちつつ主の神の 神霊祀りて仕へ来しはや 終日を松の梢に鶴鳴きて 岐美を待つ間の久しき吾なりし 白梅はこれの聖所に咲きみちて 主の大神の霊をうつせり 敷きつめし真砂の月の露置きて 真玉とかがよふ清しき宮なり 白梅の梢に来つる鶯の 鳴く音は永久の春を歌へる 春夏の風は吹けども秋の風 冬の嵐のなき清庭よ 瑞御霊天降ります日を待ち佗びて この清庭に年ふりにけり 年さびし吾にありせば御子生まむ すべなみ岐美と国土生みなさむか 常磐樹の松の老樹に苔むして ふりゆく年を吾に見るかな 年さびし岐美にしあれど若々し さすがは瑞の御霊なるかも 主の神の依さし給ひし神業に 後れし吾は惟神ならし 千万の思はあれど岐美に会ひて 語らふ術も消えうせにけり ほほゑます岐美の面の清しさに わが魂線はよみがへるなり 万代の末の末まで岐美思ふ わが魂線はくもらざるべし 玉野丘のこれの聖所につきにけり 御水火合せて国土生まむかも 待ち佗びし吉日は来つれど如何にせむ わがからたまの年さびぬれば』 顕津男の神はこれに答へて、御歌詠ませ給ふ。 『主の神の依さし給ひし神業を 怠たりし我をくやむ今日かな 国土稚き玉野の森に進み来つ 公が心を悲しみにけり 雄々しくも待たせ給ひし公許に 感謝の言葉も口ごもるなり 弥広き紫微天界の中にして この真秀良場や公の御舎 この国土にかかる聖所のおはすとは 我は夢にも知らざりにけり こんもりとふくれ上りしこの丘に 清しく建てる宮は高しも この宮に公とい向ひ永久の 国土拓かばや水火を合せて 主の神の出でましある迄神苑に ひかへ奉りて語りあはむか 遠見男の神はいづくぞ百神の 姿は見えずこの清丘に 何となくわが魂線はふるふなり おごそかにます玉の宮居よ』 本津真言の神は御歌詠ませ給ふ。 『幾億の星の霊線つなぎ合せ 本まつことに国土をささへつ 月も日もこの天界も言霊の まことにつなぐ星のかずかず 月も日も言霊の水火につながれて おなじ所を行き通ふなり 幾万の星はあれどもほしいままに 動き給はぬぞ畏かりける 月も日も星も軌道を定めつつ 紫微天界を守りますかも 我こそは主の大神の神言もて この天界を支へゐるかも 言霊の本つまことの水火をもて 堅磐常磐に神代を守らむ 村肝の心ゆるめしたまゆらに この天地は亡びこそすれ わが心張りきりつめきり澄みきりて そのたまゆらもゆるぶことなし この宮に主の大神の天降りまして 宣らせ給はむ国土生みの要を 我は今御供の神と身を変じ 玉野の比女を守りゐたりき 玉野比女神の神言の真心を うべなひ給へ顕津男の神よ』 顕津男の神は、驚きて下座に下り合掌しながら、御歌詠ませ給ふ。 『思ひきやかかる尊き大神の これの聖所に天降りますとは 本津真言の神の御名をし聞きしより わが霊線はひきしまりける 主の神の生言霊に生り出でし 本津真言の神のたふとき 玉野比女の御魂を朝夕守りつつ 永久にいませし大神天晴れ』 玉野比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『はしたなき浅き心の吾なれば かかる尊き神とは知らざりき この上はわが魂線を磨き清め 本津真言の神に仕へむ 主の神の御手代となりて現れませし 神とは知らにあやまてりけり 恥づかしやもつたいなやと今更に 悔ゆるもせむなしつたなき吾は』 本津真言の神は儼然として、御歌詠ませ給ふ。 『久方の天津高宮ゆ降り来て 主の大神の御手代と仕へし 玉野比女国土生みの業守らむと 我は久しく止まりしはや 主の神の御尾前に仕へてこの森を 我は直ちに帰らむと思ふ 瑞御霊ここに現れます今日よりは 我止まらむすべもなきかな 待ちわびし瑞の御霊の出でましに わがまけられし神業は終へたり』 この御歌によりて、顕津男の神、玉野比女の神は、主の大神の御内命によりて、国土生みの神業を助くべくこの玉野丘に降り給ひたる大神なるを悟り、恐懼措く処を知らず、真砂の清庭に下り平伏嗚咽涕泣し乍ら、身を慄はせ給へるぞ畏けれ。 かかる所へ生代比女の神を導き乍ら、待合比古の神、力充男の神は静々と現れ来り、女男二柱の神の庭上に平伏し給ふ御姿を見て、驚きの余り、待合比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『いぶかしもこの清庭に二柱 ぬかづき慄ひ泣かせ給へる 主の神の貴の御稜威にうたれつつ かしこみますか二柱神は』 生代比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『二柱神の真言に助けられ この清庭に詣で来にけり 瑞御霊玉野の比女の御姿を をろがみ奉りて悲しくなりぬ 罪穢払ひ清めてわが来つる この聖所おごそかに思ふ』 力充男の神は御歌詠ませ給ふ。 『主の神の御手代とます本津真言の 神の功に驚きましけむ 主の神の御手代として生れませる 尊き神を百神知らざりき 吾は只尊き神と朝夕に 敬ひ奉り仕へ居しはや』 茲に本津真言の神は、一同の神々に向ひて、御歌もて教へ給ふ。 『顕津男の神よ玉野の比女神よ 心安かれ惟神なるよ この国土の主となりし岐美なれば 心安かれ我にかまはず 生代比女御子は孕めど玉野比女の まことの御子と育み奉らへ 待合の神は正しく清しくも 玉野の比女に朝夕仕へし 待合神の誠は主の神も よみし給へりいやつとめよや 我霊の真言を永久にさとりたる 力充男の神ぞたふとし この国に力充男の神あれば いや永久に安く栄えむ いざさらば主の大神の御前に 我は詣でむしばし待たせよ』 斯く歌もて宣示しながら、本津真言の神は悠々として鉄門を押し開き、奥殿深く進ませ給ひ、主の大神の御神慮を請はせ給ひぬ。 (昭和八・一〇・二九旧九・一一於水明閣谷前清子謹録)
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霊界物語 74_丑_太元顕津男の神の物語2 24 誠の化身 第二四章誠の化身〔一八九二〕 本津真言の神は、時到れりと先頭に立ち大幣を打ちふり、庭の面を清めながら、宮の階段をしづしづ登り給へば、顕津男の神も御後に従ひ、階段の最上段に蹲りて神言を宣らせ給ふ。 『掛け巻も綾に畏き、主の大神の天降らせ給ふ玉藻ケ丘の聖所に、大宮柱太知り立て、高天原に千木高知れる此の聖宮に、今日の吉き日の吉き時を、天降り給ひし、大御神の神言請ひのみまつりて、まだ国土稚き真鶴の荒野原を拓き固めむとす。仰ぎ願はくは主の大御神の生言霊の御稜威幸ひ給ひて、太元顕津男の神に依さし給へる神業を、𪫧怜に委曲に守り助け、紫微天界の南の国の国津柱を生ましめ給へ。畏くも紫微の宮居を立ち出でて、四方の荒野原に国土生み神生みの業仕へまつるとすれど、我はもとより言霊の力全からねば思ふに任せず、御依さしの業もはかどりまつらず、恐れ謹み朝な夕なに我身を省みつつ仕へまつる事のよしを、平けく安らけく聞し召して、わが願言を諾ひ給へ、国土造る神業につきても、わが足はぬ処を確に教へ導き給ひて、夜の守り日の守りに守り幸へ給へ、大御神の大神言を宣り聞かし給へと、謹み敬ひ畏み畏みも申す』 顕津男の神は大御前に平れ伏して、祝詞畏み申上げ給へども、主の大神の御心如何にましますか、何の神宣も下し給はず、寂然として松吹くそよ風の音もなく、静まりかへれるぞ不思議なれ。茲に顕津男の神は恐れみ謹み、御歌詠ませ給ふ。 『かけまくも畏きこれの大神の 神言たまはれ国土造るため 御依さしの国土生み神生み朝夕に 仕へてなほもおそれ恥ぢらふ わがなさむ業悉く主の神の 御旨のままに仕へまつるも 真鶴の国土稚ければ主の神の 御水火の助けに固めむと思ふ 願くは厳の言霊垂れたまひ わがゆく道を示したまはれ 玉野比女の神の神言は神生みの 業後れましわが罪にして ためらへる間に年月うつりつつ 神業怠りし我を悔いまつる 大神の御心曇らせ奉る わが怠りをゆるさせたまへ 力なき我にしあれば大神の 任けの半もならぬを畏る 一言の生言霊をたまへかし 膝折り伏せて請ひのみまつるも 鹿児自物膝折りふせて宇自物我 頸根突貫き請ひのみまつる 小雄鹿の耳振り立てて聞し召せ わが国土生みの太祝詞を』 斯く真心をこめて顕津男の神は種々願言を申し給へども、主の大神の御心いかに面白からず思し召しけむ、只一言の神宣さへも賜はらねば、神々は御神慮の程をはかりかね階段に平れ伏して、畏み戦き給ふのみ。茲に玉野比女の神は頭を擡げ、拍手の音も爽かに願言申し給はく、 『久方の天津高宮ゆ遥けくも 天降りし神の功畏し 年月を玉野の宮に仕へ来て 今日の天降りに遇ふぞ嬉しき 神生みの神業に反きし過を ゆるさせ給へ主の大御神 そよと吹く風さへもなき今日の日の しづけさ神心はかりかねつも 真鶴の翼の音も止まりて 松の梢に陽の光鈍し 主の神の神心如何になごめむと 吾は心を千々に砕きつ 顕津男の神をゆるさせたまへかし 神生みの神業止むなく後れしを ためらひの心は遂に神生みの 神業に外れ罪となりぬる 皇神の依さし言葉をためらひて 世に習ひたる罪許しませ 朝夕に謹み御前につかへつつ なほ神業の後るるを恐れつ 一言の主の大神の神宣言 聞かま欲しやと泣きつつ祈るも』 斯く玉野比女の神の生言霊の祈りにも何の御言葉もなく、四辺はますます静まりかへるのみ。生代比女の神は御前に、畏み祈りの御歌詠ませ給ふ。 『真鶴の山の御魂と現れし 吾は生代比女神あはれみたまへ 生代比女畏れ多くも瑞御霊の 神生みの業に仕へまつりし 罪ならばきためたまひてわが魂を みがかせたまへ主の大御神 主の神の御水火のこもるわが腹に 宿らせたまふ貴の御子かも おそるおそるこれの聖所に詣でけり 恋に溺れしことを悔いつつ 真心の凝り固まりて貴の神子は わが体内にやどりましぬる 真鶴の国土稚ければ貴御子を 育くみそだてて仕へまつらむ 玉野比女の年さびませるをあななひて 吾仕へたる神生みの神業よ 大神の依さしなけれど貴の御子 孕める吾をゆるさせたまへ 天地はそよ風の音もなきままに 静まりかへる今日の不思議さ 言霊の水火なかりせばもろもろの 神も草木もしなび果つべし 願くは主の大神の御水火より 生り成りませよ国土生かすべく 主の神の御水火止まらば天地も 神も草木も尽き果つるべし 真心を凝らして祈れど主の神の 御水火かからぬ今日の淋しさ 村肝の心あせれど如何にせむ 主の大神の言葉なければ 玉野森の常磐の松も真鶴も 萎れそめたりこのたまゆらを 真鶴の声も聞えずなりにけり 主の大神の御水火とまりて 常磐樹の松さへ緑の色あせて 四辺淋しくなりにけらしな』 斯く御歌詠ませ祈り給へども、恰も岩石に向つて語るが如く、何の反響もなかりける。茲に待合比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『月と日を重ねて待ちし今日の日の 淋しさ思へば吾は悲しも 年月を玉野の比女に仕へ来て 今日の淋しき清庭にあふかな 主の神の黙したまへるたまゆらに わが魂線は萎れむとすも 国土を生み神を生ますと瑞御霊 現れます今日ぞ守らせたまへ』 力充男の神は御歌詠ませ給ふ。 『言霊のス声の水火はとまりたれど われはウ声の言霊活かさむ ウーウーウーウウアーアーアーアアアア[※底本では文字の向きに変化あり。ウ(直立)ーウ(右90度転倒)ーウ(左90度転倒)ーウウ(この2文字は180度逆転)ア(直立)ーア(右90度転倒)ーア(左90度転倒)ーアア(この2文字は直立)ア(左90度転倒)ア(180度逆転)] 久方のス声にかへれわが言霊よ ウーウーウーアーアーアーアアー[※底本では文字の向きに変化あり。ウーウーウーアーアーアー(ここまでは直立)アア(この2文字は180度逆転)ー] 力充男神はス声によみがへりてむ スースースー[※底本では文字の向きに変化あり。ス(直立)ース(右90度転倒)ース(左90度転倒)ー]静に宮の御扉を 開きて出でませ元つ親神 サソスセシ神の伊吹の言霊に よみがへれかし玉野の森よ 生き生きて生きの果なき天界ぞ 如何にス声のとどまるべきやは かくまでにわが言霊を宣りつれど 御扉あかぬは不思議なるかも 主の神は吾等の身魂をみがかむと 本津真言の神とあれますか 愚なるわが魂線よ主の神は 本津真言の神なりしはや』 この御歌に驚きて、太元顕津男の神、玉野比女の神、生代比女の神、待合比古の神はまづ力充男の神へ敬拝し、本津真言の神の御前に拝跪して不礼を謝し、言霊歌を宣らせ給ふ。 顕津男の神の御歌。 『愚なる我霊線よ主の神の みそば近くにありて知らざりき かくのごと曇りし霊の如何にして 国土生み神生みの神業なるべき 主の神と我悟りたるたまゆらに 本津真言の神を畏れし 本津真言の神とわが前に現れますを 知らぬわが身の愚さを悔ゆ 天地の真言はとほきに非ずして わが目の前に光らせにけり 本津真言の神を知らずにうつろなる 宮に祈りし我恥づかしも 本津真言の神とあれます主の神よ 許させたまへ礼なき我を 今日よりは霊を洗ひて言霊を 清め澄ませつ国土生みに仕へむ 一言の依さし言葉を聞かずして 我はますます心許なき』 本津真言の神は儼然としてますます御面輝かせ給ひ、一言も宣らせ給はぬぞ不思議なる。玉野比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『朝夕に親しく御姿拝みつつ 主の大神と悟らざりしよ 今迄の礼なき罪をゆるせかし 本津真言は主の神なりしよ ウアの水火神と現れまし今ここに 本津真言の神を生せり 玉の宮きづきまつると朝夕に 本津真言の神はつとめし 主の神の深き経綸を知らずして 宮司とのみ思ひけるかな 神生みの業をつぶさに果し得ざるも わが魂線のくもればなりける 今となり神生みの業仕へずて 年さびにけるよしを悟りぬ 若くても智慧証覚の足らずして 国津柱の御子生るべき 生代比女神の神言はすがすがし 御子孕ませるを宜よと思ふ 主の神の依さしの神生み業さへも 魂の曇れば仕ふるすべなし 主の神はわが言霊のくもれるを 悟らせ生代にかへたまひしか 愚なるわが魂線よ濁りたる わが言霊よ悲し恥づかし 瑞御霊後れしわけもわが魂の 年経りしよしも悟り得し今日よ』 生代比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『瑞御霊わがあこがれしたまゆらの 真言に御子は孕みたまひし 恋雲に包まれし吾も主の神の 天津真言によみがへりたり 主の神の水火の真言によみがへる そのたまゆらを御子孕ませり 今日よりは御子育むと村肝の 心くばりて恋を忘れむ 主の神の経綸の糸にしばられて われは暫しを狂ひたるかも 今となりて心開きぬわが魂は とこよの春によみがへりけむ 真鶴の国の国魂神なれば 朝夕御子をつつしみ守らむ いやしかるわが体内に主の神の 御霊やどらす畏さ尊さ 本津真言の神の御側に近く仕へ わが魂線は勇みたちたり この丘に吾登りてゆ主の神は 本津真言の神と悟りぬ 兎も角も瑞の御霊に従ひて 吾はつつしみ黙し居たりぬ 本津真言の神の御身は光なりき わが眼にうつるは月光のみにて 真寸鏡かかりし如き心地して 吾恥づかしく照らされて居し 今日よりは玉野湖水あせむ わが曇りたる心晴るれば 一片の雲霧もなしわが魂は すみきらひたり月日の如くに』 力充男の神は御歌詠ませ給ふ。 『この丘の玉の泉に朝夕を みそぎて真の神知らざりき 本津真言神はまさしく主の神の 化身なりしか吾恥づかしも 主の神の御霊になりし玉野丘に 仕へて真の神知らざりしよ 瑞御霊清しく雄々しくましまして 玉野湖畔に御子孕ませり 今日よりは吾つつしみて瑞御霊の 神業助けて国土造りせむ 遠見男の神の一行は山麓に 禊したまへば迎へ来らむ』 茲にはじめて本津真言の神は、言霊朗かに御歌詠ませ給ふ。 『畏しや力充男の神の言葉 我うべなひて国土生み助けむ いざさらば天津高宮にかへるべし 百神等よ健かにあれ』 斯く歌ひ給ひて、主の神の化身なる本津真言の神は、忽ち天上より降り来る紫紺の雲に包まれて、久方の空高く帰らせ給ひしぞ尊けれ。 (昭和八・一〇・三〇旧九・一二於水明閣加藤明子謹録)
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霊界物語 74_丑_太元顕津男の神の物語2 25 感歎幽明 第二五章感歎幽明〔一八九三〕 主の大神は天津高宮より、玉野森に天降りましつれど、神々の智慧証覚未だ全からざれば、止むを得ず和光同塵の神策を立て給ひて、本津真言の神となり、国土造りの神業を助け給ひつつありけるが、玉野比女の神を初め其他の神々も其化身たるを知らず、うかうかとして同僚の神の如くに扱ひたりけるが、力充男の神の賢き目に名乗り明されて、本津真言の神は直に諾ひ給ひ、二首の御歌を詠ませ給ひて、久方の御空高く紫紺の雲に乗りて、天津高宮に帰らせ給ひしこそ畏けれ。 又玉野比女の神は、八十比女神の一柱に選まれ給ひ、玉野森に年永く時の到るを待たせ給へども、未だ国魂神としての貴き御子を生まさむ資格備はらず、智慧証覚全からざりせば、惟神的に神生みの神業を止められ、茲に国土生みの神業に仕ふべく余儀なくされ給ひしなり。 次に太元顕津男の神は、百神等の種々の囁きに深く心を配り、主の大神の御言葉をためらひつつ、永き年月を経給ひければ、神生みの神業の自ら後れさせ給ひしこそ是非なけれ。顕津男の神は瑞の御霊なれば仁慈の心深く、且つ神々の和親を旨として勇猛心を欠き給ひしかば、終に神業の期を逸し給ひしこそ、返す返すも惜むべき事にこそあれ。 真鶴山の御魂と生れます生代比女の神は、八十柱の比女神の選に漏れ給ひし神なれども、智慧証覚に勝れたる細女賢女にいませば、国津柱と世に立てられ、御子生ますべきに叶ひたれば、主の大神は黙許し給ひ、茲に大神業は遂げられたるなり。生代比女の神の積極的行動は、国土生み神生みの神策に叶ひ奉れば、大功を採りて小瑾を顧みざる神策を採り給ひしも、時代相応の処置とこそ窺はるるなり。 嗚呼顕津男の神、玉野比女の神は、何れも至善至美至仁至愛にして賢しき心を欠き給ひ、且つ勇猛心薄かりしかば、主の神の、眼前に化身として現れ給ふ本津真言の神の真相を知り給はざりしに反し、生代比女の神は賢くも其化身なる事を朧気に覚り居給ひし程の細女なりければ、貴の御子を孕ませ給ひしも宜なりと諾かるるなり。嗚呼惟神霊幸倍坐世。 茲に顕津男の神等は、本津真言の神の御本体を現して、天津高宮に帰らせ給ひしを遠く拝ませ給ひて、御歌詠ませ給ふ。 『主の神は厳の言霊宣り終へて 雲に乗らせつ天かへりますも 久方の空を紫紺に染めながら 主の大神は帰りますかも おろかなるわが霊線を今更に 悔ゆるも詮なし神業遅れて ためらひし心の罪を許しませ 天に帰らす主の大御神よ 進み進み拓き拓きて仕へ行く 神の大道をおろそかにせるも 百神に心配りて主の神の 生言霊にそむきしを悔ゆ 主の神にそむく心は持たねども ためらひ心に神業遅れし 今となりて弱き心を悔いにけり いざや勇みの駒立直さむ 玉野比女心を思へば我は今 消えたくなりぬ悲しくなりぬ』 玉野比女の神の御歌。 『主の神の化身と知らず朝夕を 吾従神と思ひけるかも 斯くの如わが愚しき心もて 如何で御子生み仕へ得べきや 智慧証覚未だ足らねば主の神は 生代比女神に依さし給ひしか 真鶴の国津柱を孕みます 生代比女神貴くありける この丘に岐美を待ちつつ年経りし わが魂線は曇りてしかも 主の神の宮に朝夕仕へつつ 真言の神を知らざりにけり そよと吹く風にも神声あるものを 側に坐す神知らざる恥づかしさよ 今日よりは生代比女神を神柱と 仰ぎ奉りて国土生みなさばや』 生代比女の神の御歌。 『八十柱比女神とおはす公なれば わが腹の御子奉るべし 今日よりは玉野の比女にまつろひて 御子を育み日足しまつらむ 玉野比女神の下女と吾なりて 御子を育み朝夕仕へむ 吾は只瑞の御霊にこがれたる そのたまゆらに孕みたるのみ 主の神の直の依さしにあらざれば 吾ははしため御子育つるのみよ 瑞御霊神と諸共に玉野比女 神は真鶴国拓きませよ ちり程のねたみうらみを持たぬ吾を 安く思され国土造りませ わが腹の御子生ひ立たすそれまでは 心清めて近く仕へむ』 顕津男の神の御歌。 『健気なる生代比女神の言霊よ 我は感謝の涙に咽ぶも 比女神の清き心に諾ひて 御子は宿らせ給ひけむかも 今更に比女の心の清きをば 深くさとりて涙に暮るるも その清き正しき明るき魂線を 主の大神は愛でましにけむ 公と我水火を合せし御子ながら 主の大神の御魂なりける』 玉野比女の神の御歌。 『生代比女神の心の清しさに 吾恥づかしくなりにけらしな 曇りたるわが魂線の如何にして 貴き御子を孕み得べきや 主の神の深き経綸を今更に 覚りて吾は慄きにけり 何事も神の依さしの神業と 思へば怨みの雲霧もなし 生代比女吾にさきだち御子孕むと 聞きてねたみし心の恥づかし 常磐樹の松永久に色変へぬ 翠の心に吾仕へばや そよと吹く松の梢の風にさへ 日に幾度の訪れあるを 八十年を待ちあぐみたる魂線の 弥ますますに曇りてしかな 清き赤き真言の恋にあらずして 真言の御子を如何で孕み得べきや 瑞御霊気永く待ちし甲斐もなく 神業に遅れしわがおろかさよ 今よりは心を改めひたすらに 岐美に従ひ国土生み助けむ』 待合比古の神の御歌。 『幾年を待合せたる玉野比女の 今日の心を計りて泣くも 気永くも瑞の御霊を待たせつつ あはれ御子生みの神業ならずも 主の神の深き神心今更に 畏み畏み心をののく 天界は愛と善との神国なれば 毛筋の汚れもゆるさざりけむ よしあしの行交ふ世にも国土造る 神業に塵の止まるべきやは 地稚き真鶴の国土の国柱 清き真言に孕み給ひぬ 生代比女神の貴き功績を 主の大神も褒め給ひけむ さまざまの神代の出来事朝夕に 見つつ吾はも迷ひけるかな 主の神の化身と知らず本津真言の 神を従神よと扱ひしはや 愚かなるわが魂線よ主の神の 化身を軽く扱ひにけり 久方の御空を高く帰りましし 真言の神を仰ぎて泣きぬ 本津真言の神の功を今ぞ知る 天津高宮に帰らす光に 日をおひて光いや増せし神柱を 化身と知らずに居たる愚さ 兎も角も真鶴の国は目出度けれ 主の大神の御子宿りませば スの水火を合せてここに瑞御霊 生代比女神御子孕みましぬ 大空は広く高しも真鶴の 稚き国原を照す御子はも』 力充男の神の御歌。 『霊と体の力充ちぬる天界は スの言霊ゆ生れましにける 吾は今主の大神の霊と体を 給びて生れし力充男の神なり 吾も亦本津真言の神と共に ここに降りし化身なるぞや 吾こそは紫微天界に鎮まれる 高鋒の神よいざ帰らむとすも 三柱の神現れませし今日よりは 吾に用なしいざ帰りなむ 百神よまめやかにまして真鶴の 国土生み御子を生ましましませ』 斯く御歌詠ませ給ひつつ、再び光となり四辺を照らしながら、力充男の神は紫の雲を呼び起し、悠々として天津高宮に向ひ帰らせ給ふぞ尊けれ。 (昭和八・一〇・三一旧九・一三於水明閣森良仁謹録)
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霊界物語 74_丑_太元顕津男の神の物語2 26 総神登丘 第二六章総神登丘〔一八九四〕 顕津男の神、玉野比女の神等は、本津真言の神の化身に驚き給ひしが、又もや力充男の神の天の高鋒の神の天降りませる化身に驚きを新しくし給ひ、わが霊線のいたく曇りたるを恥ぢらひながら、玉の宮居の聖所にうづくまりつつ、御歌詠ませ給ふ。 顕津男の神の御歌。 『天晴れ天晴れ真鶴国を固めむと 二柱神天降りましぬる わが霊は曇らひにけるか二柱の 化身をしらですましゐたりき 毛筋程の隙間もあらぬ天界の 神の神業ぞ畏かりける 地稚きこの国原を固めむと 主の大神の天降りませしよ 有難し辱なしと申すより わが言の葉は出でざりにける 月も日も清く照らへる玉野丘に われ面はゆくなりにけるかも かくの如曇れる霊を持ち乍ら 国土生みの業をおぼつかなみ思ふ 主の神の功によりて真鶴の 国土固めばや霊を清めて かくまでも尊き神の経綸とは 悟らざりけり愚なる我は 今よりはわが霊線を練り直し 勇み進まむ国土生み神生みに 果てしなきこの国原を詳細に 固めむ業の難きをおもふ 畏しや本津真言の大神は 主の大神にましましにける 高鋒の神は聖所に天降りまして わが霊線を照らさせ給ひぬ 久方の御空は清く輝けり 仰げばわが霊恥づかしきかも 遠見男の神を見捨てて玉野丘に 登りし我の霊は曇れり 神々を丘の麓に残し置きし わが過をいま悔ゆるかも 今よりは心を清め身を清め 麓の神を導き来らむ』 玉野比女の神の御歌。 『本津真言の神の言葉を諾ひて 吾は百神を残し置きしはや 瑞御霊神の罪にはあらざらめ 本津真言の神の御心 二柱天津高空ゆ降りまして これの聖所を照らさせ給ひぬ 常磐樹の松にかかれる月光も 昼なりながら清しかりけり 天渡る日光も清く月光も 冴えにさえたり今日のいく日は 二柱神の神言を畏みて われ百神と国土造らばや 迦陵頻伽ときじくうたひ聖所の 鶴は神代を寿ぐ今日かも 白梅の薫り床しくそよ風に 送られ清し玉の宮居は 白梅は玉の宮居を封じつつ 松の樹蔭に神代を薫れり 草の蔭に虫の声々さえさえて 常世の春を迎はしむるも この丘に瑞の御霊の生れまして 輝き給ふ国土生み嬉しも』 生代比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『生代比女いくよの末も常磐樹の 松に誓ひて世を守るべし 底深き玉野湖水の心をば 岐美に捧げて御子を守らむ 真鶴の山は雲間に聳ゆれど 岐美の功に及ばざるらむ 瑞御霊生言霊に生り出でし 真鶴山に生れし吾はも 吾こそは瑞の御霊の言霊の 水火に生れし比女神なるぞや 国魂の御子を詳細に生み了へて 又真鶴の神となるべし 白砂を踏みさくみつつ白駒に 跨りて来し玉野森清し 玉野丘黄金の真砂踏みしめて 尊き神の御声聞きたり 主の神の深き恵にうるほひて 吾貴の御子孕みたるかも 目路の限り白雲霞む真鶴の 国をひろらに拓きませ岐美よ わが魂は真鶴山に鎮りて この神国を永遠に守らむ 吾は今気体なれども御子生まば 又霊体となりて仕へむ 御子生むと吾は気体の身と変じ 岐美を恋ひつつ仕へ来しはや 吾恋は幾万年の後までも 天地とともに亡びざるべし 愛善の紫微天界に生くる身も 恋故心の曇りこそすれ 恋故に心は光り恋故に 心曇るぞ浅ましの世や』 待合比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『神々の生言霊を清らかに 聞く今日の日は楽しかりける 久方の天津御空の神の声を 居ながらに聞きし幸をおもふも 智慧証覚足らはぬ吾も天津神の 神言ほのかに聞きし嬉しさ 三柱の女男の神等に従ひて われ永久に守り仕へむ』 かく御歌うたひ給ふ折しも、御空を封じて、幾千万とも限りなく、真鶴は玉野丘の空高く、左より右りに幾度となくめぐりめぐり、清しき声を張り上げて、神代の創立を寿ぎ乍ら、庭も狭きまで聖所の上に下り来つ、各も各も頭をもたげて、天津高宮を拝する如く見えにける。 玉野丘の麓には、遠見男の神を初め、圓屋比古の神等九柱は、己が魂線の曇りたるを悔い給ひて、玉の泉に身を清め、言霊の水火を磨き澄ませつつ、瑞の御霊の招き給ふ時を待ち給ひ、各も各もに御歌詠ませ給ひぬ。 遠見男の神の御歌。 『梅薫る玉野の丘に登りましし 岐美の音信聞かまほしけれ わが魂は曇りにくもり言霊は 濁りて神丘に登るよしなし 恥づかしきことの限りよ玉野丘の 麓に吾は捨てられにけむ 遠の旅御供に仕へて今となり 吾恥づかしき憂目に逢ひぬる 繋ぎ置きし駒にも心恥づかしく なりにけらしな言霊濁りて 玉泉に御魂ひたして洗へども 智慧の光の暗きをおそるる 真鶴は常磐の松の梢高く 長閑にうたふ玉野森はや 真鶴の翼ありせば吾も亦 この玉野丘に登らむものを 南方の国を治らせとわが岐美の よさしの言葉如何に仕へむ 生代比女神を魔神と思ひしに これの神丘に登りましける いぶかしも生代比女神のすたすたと 振り向きもせず登らせにける 生代比女の曇れる魂に比ぶれば なほわが魂の濁り深きか いや広き紫微天界の中にして 吾恥づかしく心をののく 世をおもふ清けき胸の高鳴りに もだへて夜半を泣きつ戦きつ 国土生みの御供に仕ふる道なくば 野辺吹く風となりて亡びむか 歎くとも詮術もなきわが身かな 瑞の御霊に遠ざかりつつ』 圓屋比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『遠見男の神よなげかせ給ふまじ 神の試練とわれは喜ぶ いと清く正しく広く真鶴の 国の司とならむ汝が身ぞ 汝こそは瑞の御霊のよさしたる この国原の司なるぞや 真鶴の国を𪫧怜に生み了へて 汝は永遠に鎮まるべき身よ 主の神の天降りましたる丘なれば 今しばらくを待つべかりける 主の神の御許あれば吾は直に この神丘に登らむと思ふ』 宇礼志穂の神は御歌詠ませ給ふ。 『とにもあれかくもあれかし玉野森に わが来しことを嬉しみおもふ 徳未だ全からぬを主の神を 拝まむ事の恐しとおもふ 月も日も御空に清く輝ける この神森にいねし嬉しさ 歓びの光に充つる玉野森を 吾嬉しみて魂をどるかも 嬉しさの極みなるかも玉野森の これの聖所に来りし幸よ』 美波志比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『瑞御霊神に別れて一夜を 月に照らされ心ときめきぬ やがて今主の大神の言霊に みはしかからむ玉野の丘に みはしなき山に登らむ術もなし 今しばらくを待たせよ百神 国土造る神の神業よ安々と この神丘に登り得べきや』 産玉の神は御歌詠ませ給ふ。 『やがて御子生れます日まで産玉の 神吾ここにひかへまつらな 真鶴の声高々と聞ゆなり 主の大神の帰りますにや 迦陵頻伽白梅の梢になきたつる 声は神代を寿ぐなるらむ 白梅の薫り床しきこの森は 主の大神の天降らす聖所か 月も日も松の繁みに閉ざされて 砂に描ける樹洩陽のかげ わが力未だ足らねば森かげに ひそみて待てとの神慮なるらめ』 魂機張の神は御歌詠ませ給ふ。 『たまきはる生命の神と現れて われは守らむ御子の生命を ここに来て心清しくなりにけり この神丘に登り得ねども この森は紫微天界の写しかも 見ることごとは輝きにけり』 結比合の神は御歌詠ませ給ふ。 『二夜の禊終りて吾は今 結び合せの神業に仕へむ 天と地と神と神とを睦じく 結び合せて神代を守らむ いや広く常磐樹繁る玉野森に 梅の香清し神います苑は 玉野比女神の鎮まるこの丘の 輝き強しわが目まばゆく この上は主の大神の御心に 任せまつりて時を待つべし 何事も神の心のままなれば われ一言も言挙げはせじ』 美味素の神は御歌詠ませ給ふ。 『美味素の高天原より下ります 主の大神の功尊き 主の神の霊の光に包まれて 夜も明るき玉野森はや 月光は御空に高く冴えにつつ 松を透して吾等を照らせり 白梅の花のよそほひ見るにつけ 玉野の比女の偲ばれにける』 真言厳の神は御歌詠ませ給ふ。 『はろばろと岐美に仕へて吾は今 玉野の森の月に照らさる 真鶴の国土を造ると言霊の 水火清めたり玉の泉に 主の神の天降り給ふと聞く丘に 真鶴の声高く聞ゆる 主の神の生言霊を畏みて 此処に来つるも国土造るとて 常磐樹の松苔むして天津空 閉せる森に歓びあれかし』 かく神々は述懐を歌ひ給ひ、時を待たせる折もあれ、太元顕津男の神は、玉野比女の神、生代比女の神、待合比古の神、其他数多の神々を従へて、悠々と丘を下り、諸神に敬意を表し給ひ、再び丘の上に一柱も残らず導き給ひ、いよいよここに国土生みの神業に、諸神力を合せて、従事し給ふ事とはなりぬ。ああ惟神霊幸倍坐世。 (昭和八・一〇・三一旧九・一三於水明閣林弥生謹録)
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霊界物語 75_寅_太元顕津男の神の物語3 03 玉藻山 第三章玉藻山〔一八九七〕 顕津男の神は、玉の泉の汀に立たせ給ひて、真鶴の国土を𪫧怜に委曲に造り固めむと、七十五声の言霊を宣り上げ給へば、玉野丘は次第々々に際限もなく膨れ上り、右に左に南に北に四方八方に膨脹して、真鶴山の頂上も真下に見るばかり高まり聳ゆるに至りぬ。此間殆んど七日七夜を費し給ひける。百神はおはしませども瑞の御霊の如く澄み切り給はざれば、異口同音に言霊を奏上し給ふよしなく、先づ顕津男の神生言霊を宣らせ給ひ、次に真言厳の神の清き言霊を奏上して、真鶴の国土を無限大に拓き膨らせ拡ごらせ給ひけるぞ畏けれ。 言霊の水火の全く澄み切りあらざる神の水火を交ふる時は、宇宙に混乱を起し、修理固成の神業成り難ければ、斯く取計らひ給へるなりき。 我曾て四尾山に登り、数多の信徒と共に天津祝詞を奏上し、神言を宣り、七十五声の言霊の限りを尽して奏上しけるに、山麓を隔てて、程遠き大本の事務所に明瞭に聞えたるは、我言霊のみにして、其他の人々の声音は混乱其極に達し、只ワアワアと聞ゆるのみなりしと、大本の役員等は我に語りたることあり。斯の如く濁りたる言霊を異口同音に一度に唱ふるは、反つて天地の水火を乱すものなることを知るべし。朝夕神前に唱へ奉る神言と雖も、常に信徒の濁れる声音にかき乱されて、清澄なる言霊を奏上し得ざるを以て、大本大祭の外は信徒と共に奏上する事を神に恐るるが故に、中止し居るものなり。 大祭の時と雖も、我言霊を衆人の為めに乱さるるは甚だ不愉快にして、神明に対し恐れ多きを自覚しつつあり。然るが故に遠き神代の紫微天界の国土造りの言霊も、異口同音に宣り給はざりし理由を知るべきなり。 顕津男の神は澄みきらひたる言霊の持主なる真言厳の神を選みて、交る交るに生言霊を奏上し給ひ、其他の神々は各自一柱づつ言霊を宣りて神業を助け給ひたるなりき。斯の如く言霊の清濁美醜は天地の水火に大関係を有し、神界の経綸に就いても大なる逕庭あれば、謹むべきは言霊の応用なり。 故に本書を拝読せむとする人は、心を清め身を清め、平素に言霊を練り、円満清朗の持主とならねば、聴者に感動を与へ、神明の気を和らげ且つ神業を補佐する事を得ざるなり。 顕津男の神の国土造りの御歌。 『アオウエイ タトツテチ 伸びよ膨れよ玉野森 ハホフヘヒ 膨れ拡ごれ弥高に 伸びよ拡ごれ玉野丘 マモムメミ 圓くなれなれ玉野丘 御子よ生れませ アオウエイ 国原栄えよ サソスセシ 月日も輝け カコクケキ 地よ固まれ ナノヌネニ 水よ湧け湧け サソスセシ 草木も繁れ ヤヨユエイ 生物ことごと生命を保て ヤヨユエイ 地の限りは水よ乾けよ ワヲウヱヰ 運行循環よ運行循環 ラロルレリ。 ○ 此の神業は永久に 主の大神の御霊代と なりて栄えて神と人との 永久の住所となれよかし 万代かはらぬ神の子の 只一筋の生命の綱を 幾万劫の末までも 弥つぎつぎに続けかし 此霊線を御霊代に 至大天球を固め終へ 皇神国の栄えをば 堅磐常磐に固めむ主の神の 清き正しき言霊の いと永々と栄えませ 嗚呼惟神々々 皇神国は神の聖所 神の御裔のすめらぎの 堅磐常磐に鎮まりて 世界悉く知らしませと 言霊清く宣り上ぐる』 斯く歌ひ給へば、玉野丘を中心として目のとどかぬ国原は、次第々々に湯気立ち昇ると共に膨れ拡ごりて、其高さは次ぎ次ぎに弥高まり、其広さは次ぎ次ぎに弥拡ごりて、真鶴の国の瑞祥を目のあたり見るに至れり。茲に真言厳の神は言霊の御歌詠ませ給ふ。 『タトツテチタタの力の功績に この国原は拡ごり行くも アオウエイ神の水火の幸ひに この国原はよみがへりつつ 月も日もわが目路近くなるまでも 弥高みける玉野の丘は 見渡せば玉野湖水は次ぎ次ぎに 膨れあがりて干潟となりぬ 玉野湖の水は次第に乾き行きて 残るは青き玉藻のみなる 八千尋の湖の底まで言霊に 膨れあがりて山となりつつ 勇ましも嗚呼楽しもよ国土生みの 神業に光る厳の言霊よ 厳と瑞の生言霊の水火合せ 玉藻の山はわき立たせけり 玉野湖の水底までも玉藻山の 傾斜面となりし今日の目出度さ 瑞御霊生言霊に風起り 雨は大地をたたきて降るも 地は揺り空に雷轟きて 稲妻光らす言霊の水火よ 天も地も揺り動きて風起り この国原を生かしますかも 地揺りて百の汚れも曲神も 亡び行くこそ目出度かりけり 天地の汚れ払ふと風も吹け 雨も降れ降れ雷轟け アオウエイ生言霊の功績に 玉藻の山は伸び立ちにける タトツテチ水火の力に浮脂 なす国原は固まりて行く カコクケキ月は御空に輝きて 光の限り神国照らすも 主の神の御霊なるかも天津日の 貴の光の隈もなければ 久方の天之道立神の道 こもらせ給ふ天津日の影 顕津男の神の御霊の輝ける 月は御空の鏡なるかも 玉泉わが言霊にわき立ちて 山の傾斜面を落滝津かも 玉泉あふれて終に滝となり この国原をうるほし助けむ 今日よりは玉野の山を改めて 玉藻の山と称へまつらむ 玉泉ゆ湧きて落ち行く滝津瀬を 玉藻の滝と今日より称へむ 万丈の空より落つる滝津瀬の 音は四辺に響き渡るも』 遠見男の神は御歌詠ませ給ふ。 『千早振る神代ゆ伝はる言霊の 水火の功のたふときろかも 瑞御霊生言霊に玉野丘は 天津空まで立ち伸びにける 国土を生み神生ますなる岐美なれば 生言霊の冴えのよろしも 言霊の御稜威畏し瑞御霊 今日の神業を見つつ嬉しも 吾は只畏み奉り今日よりは 瑞の御霊の神業に仕へむ 国原は弥次ぎ次ぎに拡ごりて 玉藻の山はわき出でにけり 万斛の水を湛へし玉野湖も 生言霊に干あがりにけり 真言厳の神の功を今ぞ知る 吾は側にも寄れぬ神なり 遠見男の神と名乗れど今となりて 吾は近見男神なりにけり 遠く見る生言霊の力なく 吾は近くを見る御魂なるも 今日よりは神の賜ひし御名に依りて 近見男神となりて仕へむ 足許の事さへ見えぬ吾にして 遠見男の名はすぎたりと思ふ 紫微宮ゆ二柱神生れまして 国土造りの神業助けますかも この国土に天降りましたる瑞御霊の 功は千代のいしずゑなるらむ』 圓屋比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『神生みの神業を負ひます瑞御霊の 生言霊の水火のたふとさ 天も地も一度に動く言霊の 水火を持たせる岐美の功よ 真言厳の神の功績今ぞ知る 生言霊はみなぎらひたり 真鶴の稚き国原今日よりは 堅磐常磐に固まり栄えむ わが立てる玉藻の山はつぎつぎに うなりうなりて高くなり行くも 鳴り鳴りて鳴り轟きてはてしなき 生言霊に国土を生ませり 玉野比女生代の比女の神業を 詳細にわれは今覚りける』 (昭和八・一一・三旧九・一六於水明閣森良仁謹録)
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霊界物語 75_寅_太元顕津男の神の物語3 15 鶴の訣別(四) 第一五章鶴の訣別(四)〔一九〇九〕 魂機張の神は名残の御歌詠ませ給ふ。 『はろばろも御供に仕へ今ここに 瑞の御霊と別るる惜しさよ あきたらず吾は思ふも岐美に仕へて 楽しかりしを今日別るとは 斯くあるはかねて覚りつ今更に 名残惜しくも別れがてに居る 栄えます岐美の御姿伏し拝み 別るる今日の名残惜しけれ 立ち別れ神の御為め国の為め 今日より淋しく仕へむと思ふ 嘆かじと思ひ諦め居る身にも 今は堪へがたくなりにけらしな はしけやし岐美の御姿今日よりは 懐しむよしもなかりけるはや 真鶴の国の生ひ先おもひつつ 岐美なき神世をかなしみ思ふ 八洲国生言霊の幸ひて 岐美の行手の安くあれかし 玉藻山後に別れて旅立たす 岐美を一入かなしみ思ふ 幾千代を経るとも吾は忘れまじ ゆたけき岐美に抱かれし日を 岐美まさぬ真鶴の国の山河は 草木の端までしをれこそすれ 白雲も今日ははばかり山裾に まよひて岐美のみゆきを送るも 八千草の色も変りて見ゆるかな 瑞の御霊の旅ゆかす今日は 西方の国ははろけし岐美が行く 道の隈手も恙なかれと思ふ 久方の天津高宮ゆ降りましし 岐美は今日より御姿見えずも 水清き千条の滝もとどろきを をさめて岐美を送るがに思ふ 五百鳴の鈴打ち振りて神も駒も 岐美のみゆきを送る今日なり いさぎよき岐美の姿を背に乗せて 天の駿馬勇みいななく 現世の総てのものを生みまして 国土つくりをへし岐美は畏し 国原は未だ稚けれど岐美が行く 蹄のあとは花咲きみのらむ 進み行く駒の蹄の音清く 鳴り響くらむ貴の言霊は 白雲の帳を開けて月読は 淡き姿をあらはし給へり 月読の御霊に生れし岐美なれば 奴羽玉の世は永久になからむ ふみてゆく稚国原の百千草 花をかざして岐美を待つらむ むしむして生ひ栄えたる足引の 山野の木草もしをれ顔なる 縁ある人に別れて旅立たす 岐美の心の雄々しさを思ふ 産玉の神に貴御子任せつつ 安く行きませ顕津男の神 草も木も葉末の色を変じつつ 嘆くが如し岐美の出で立ちを すずやかに尾の上を渡る松風の 音に鳴きたつ田鶴の数々 清庭に家鶏鳥なきて白梅の 花はこぼれぬ春の山風に 朝に夕に仕へ奉りしわが岐美に 別るる今日のおもひはろけし 久方の天にかへらす瑞御霊の 神の功をわれ祈るなり』 結比合の神は御歌詠ませ給ふ。 『あはれあはれ瑞の御霊は今日の日を 限りとなして旅に立たすか かけまくも畏き神の出でましを われは謹み寿ぎ奉るも さまざまの悩みに堪へて真鶴の 国土をつくりし岐美ぞ畏き 霊線の力のあらむその限り つくして神国を生ませし岐美はも 泣かむとも止むる術はなかりけり ただ勇ましく岐美を送らな 花匂ふ弥生の春も更けにつつ 岐美に別るる神山淋しも 迦陵頻伽の声はかすみて聞ゆなり 松吹く風もしのばひにつつ 山の上のこれの聖所に永久の 別れを告ぐる今日ぞかなしき まだ稚き千代鶴姫の生ひ先きを われは守らむ心安かれ いきいきて生きの果なき天界に いや栄えまさむ千代鶴の命は 岐美行かば真鶴の国は淋しからむ ただ生れし御子を力とたのむも 白妙の薄衣に朝夕包まれて 命は日々に生ひ立ちまさむ 千代鶴姫命の生ひ立ちを村肝の 心にかけず旅に立ちませ 吾も亦西方の国の境まで 駒をうたせて従ひ奉らむ 西方の国の境に日南河 広く流ると吾聞きしはや 滔々と流るる水瀬打ち渡り 山越え野越え行きます岐美はも 水火と水火稜威に結びし駒なれば 日南の河瀬も安く渡らむ いすくはし天の白駒に鞭うちて 渡らむ其の日の雄姿を思ふ 魚族も水の面に浮きて岐美が駒を 迎へ奉らむ日南の河に 国見すれば西方の国土雲の奥に かすみて見えず心はろけし 澄みきらひ澄みきらひたる大空は 岐美のみゆきにふさはしきかも 月も日も光冴えつつ玉藻山を 下らす岐美の御尾前照らせり 奴婆玉の闇を晴らして進みます 岐美は光の神にぞありける 葭葦の生ふる国原踏み別けて 進まむ道に恙あらすな 虫の音も道の左右に冴えにつつ 岐美のみゆきを寿ぎ奉らむ 行きゆきて日南の河の河岸に 立たさむ日こそ待たれけるかも 浮雲のあそべる彼方の大空の 下びに横たふ日南河はも 億万年の末まで国土を固めむと 心をくだき給ふ岐美はも 八雲立つ紫微天界は皇神国の 基とおもへば尊かりけり 主の神は億万年の末までも 永遠無窮に主の国守りますらむ 滔々と流るる日南の河の瀬を やがて渡らす岐美ぞいさまし よき事に曲事いつく神世なれば 心しづかに岐美進みませよ 森羅万象の稚き国原永久に 固めて生かす岐美の旅はや ふくれふくれ拡ごり果しなき国土を 固むる岐美の神業かしこし 目路の限り八雲たちたち曲神は 果なき国にむらがると聞く 永久の礎固むる国土生みの 神業仕ふる苦しかる岐美よ かかる世に生れあひたる嬉しさは 国土生みの神業に仕ふる吾なり 雄々しくもあれます岐美の御姿を 今日より拝まむ術なき神山よ 越国の果まで岐美の御功は かがやき渡らふ月日とともに 上も下も右も左も打ち揃ひ うら安国をひらかす岐美はも 永久の生言霊の生命もて 百の神たち守らす岐美なり 野も山も今日はことさら明るかり 岐美の旅立ち守らす月日に 万世のほまれとならむ瑞御霊の 今日の苦しき心づかひは 百鳥の声勇ましくなりにけり 岐美の出でましを諦めにけむ 夜昼の差別もしらに進みます 岐美の功は世の鏡なる 音にきく天津高宮の荘厳さを おもへば岐美の尊くなりぬ 天と地の水火をつばらに結び合せ あれますかもよ瑞の御霊は』 美味素の神は御歌詠ませ給ふ。 『うまし国元津神国を生みをへて 出でます岐美を止むる術なき 諦めてみむと思へど堪へやらぬ 今日の出で立ち吾はかなしも 輝ける岐美の面は曇らひぬ 今あらためて繰言宣らじ 玉野宮に常永に仕ふる玉野比女の たすけとならむ神ぞほしけれ 久方の御空は清く冴えにつつ 岐美の出でまし清しみ送るも 玉の緒の命の限り仕へむと 思ひし岐美は今やたたすも 永き世の末の末まで真心を 捧げて仕へむと思ひたりしよ 春たちて夏は漸く来向へど 何か淋しきわれなりにけり 西方の国土の境に横はる 日南の河まで送り奉らむ 松を吹く風の響も静なり 岐美の出でまし松も惜しむか 四方八方にふさがる雲霧吹き払ひ 月日照らして出でます岐美はも 若草の妻のみことを後におきて 旅に立たさむ岐美を偲ぶも 五百鈴の音は冴えにつつ駿馬は 早たたむとや勇み出でけり きぎす啼くこの高山の頂上に われは千歳をおもひてなみだす 白雲のたなびく遠き国原に 出でます岐美に別るる惜しさよ わが力とみに落ちたる心地して 岐美を送らむ国境まで 西方の国土は曲神沢ありと 聞けば一入こころわづらふ 滝津瀬の水の流れはさかしとも おそれ給はじ御稜威の岐美は 幾千代の末の末まで神々の かたらひ草とならむ今日の日は 生みの子のいや次ぎ次ぎに至るまで かたり伝へむ今日の別れを 奇びなる生言霊の幸ひに 真鶴の国土はうまらになりぬ 澄みきらふ瑞の言霊幸ひて 真鶴の国土は固まりにけり 罪穢れかげだにもなきわが岐美の 行く先き先きにさやるものなし 天と地の水火と水火とに温めて 瑞の御霊は御子を生ませり 二柱水火を合せて国魂の 神を生ませしことの尊さ 紫の雲は次ぎ次ぎ重りて 玉藻の山を包まひにけり 夢なれや瑞の御霊の現れましし 日より百日の日はたちにけり 美しき山となりけり玉野湖の 底はかわきて傾斜面となりぬ 斯の如尊き言霊もたす岐美の 功は天界の宝なりけり 葭葦を踏み別け進ますわが岐美の 旅はまさしく幸多からむ 吾も亦ウの言霊に生れ出でて 瑞の御霊に仕へ奉りし 天地の生みの司と任けられし 瑞の御霊の功美はし 瑞御霊七十五声の言霊に 真鶴国土を生みましにけり 地稚くふくれ上りし真鶴の 国土はやうやく固まり初めたり 目に見えぬ国土の果まで言霊の 幸にうるほふ神世は尊き 神々はゑらぎ楽しみ真鶴の 国土の千歳を祝ふなるらむ 斯くまでも固め給ひし真鶴の 国土汚さじと吾は仕へむ 惜しむとも詮術なけれ主の神の 御旨にしたがひたたす岐美なり 木も草も瑞の御霊の現れし日ゆ 光を増して栄え初めけり 栄えゆく神世寿ぐか真鶴も 常磐の松にさやかにうたふ 今ははや迦陵頻伽も真鶴も 家鶏鳥の鳴く音も冴え渡りけり 百鳥も岐美の出で立ちあきらめて 神国のためと勇むなるらむ 遠き近き国土のことごと守ります 岐美の功ぞたふとかりけり 長閑なる春の終りを旅立たす 岐美の行手に匂へ百花 万世のほまれなりけり玉藻山の 今日の別れは国土生みの為と 百鳥は千歳を歌ひ百千草は 神世寿ぎて風にそよげる 国土生みの神業の御供仕へつつ 今日は悲しき別れするかも 大空の雲かき別けて天津陽は 岐美が行手を照らさせ給へる』 顕津男の神は、馬上より諸神に向ひ御歌詠ませ給ふ。 『百神の心かしこしわれは今 今日の門出にかたじけなみ思ふ わが姿ここに見えねど霊線は 永久に鎮めて国土を守らむ 玉野宮に朝な夕なに仕へ奉る 神をくだして形見とやせむ 玉野比女心安かれ汝が為に たすくる神のいまや降らむ』 斯く歌ひ終り、諸神に名残を惜しみつつ駒に鞭うち、玉藻山の傾斜面を右に左に折れ曲りて静に下らせ給ふ。百神は各自国境まで御供に仕へむとして駒にまたがり、御尾前に仕へ給ふ。さり乍ら国中比古の神は生代比女の神を守りつつ、千代鶴姫の神を育くまむと駿馬に跨りかへらせ給ひ、玉野比女の神は玉藻山に残りて、大宮に親しく仕へ給ふぞ畏けれ。 (昭和八・一一・二七旧一〇・一〇於水明閣内崎照代謹録)
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霊界物語 75_寅_太元顕津男の神の物語3 17 西方の旅 第一七章西方の旅〔一九一一〕 古来文学者等が、天地開闢以後の史実を説明せむとするに当り、二つの方法を用ゐて来た。其一つは史詩であり、其一つは伝奇物語であつた。而して史詩は歴史と空想との交錯であり、伝奇物語は史的要素を、より濃厚な空想で賦彩したものである。ダンテの詩の如き、又は竹取物語の如きは、総て伝奇物語の形式を取つたものである。中にも史詩は其大多数を占めて居たやうであるが、後世に至つて学者達が散文体に翻訳し、之を広く発表するに至つたものである。併しながら我国は言ふも更なり、泰西諸国に流布さるる史的物語にも、英雄、神、悪魔等を取扱つて居るもの多く、吾が述ぶる『天祥地瑞』の如く、言霊を取扱つた書籍は絶無である。要するに言霊学は深遠微妙にして、凡庸学者の脳髄に到底咀嚼し能はず、又夢にも窺知するを得ざる玄妙なる学理なるが故に、今日迄閑却されて居たのである。一知半解の頭脳をもつては、到底言霊学を題材とする史詩又は伝奇物語は絶対不可能である。私は大胆にも不敵にも、大宇宙の極元たる言霊の活用に基づき、宇宙の成立より、神々の御活動に就いて、史詩の形式を借り、弥々茲にその大要を述べむとするものである。 未だ天地茫漠として修理固成の光輝かざりし時代の物語にして、言霊の妙用より発する意志想念の世界を説明せむとするものなれば、現代人の目より耳より不可思議に感ずる事最も多かるべし。人間は神の形に造られたりと、総ての学者は言つて居る。故に神は総て人間の形をなしたるものと想像して居る人々が多いのである。然れども意志想念の情動によりて、最初の世界は一定不変なる形式を保つ事の出来ないのは明瞭なる真理である。竜体の神もあれば獣体の神もあり、又山岳の形をなせる神もあり、十数箇の頭を有する大蛇身もあり、千態万様である。何故なれば、意志想念其ものの形の現れであるからである。人間の面貌は精神の索引なりと称ふるも此理由である。併しながら今日にては人間の形態定まりたれば、意志想念によりて其体を変ぜず。唯面貌に変化を来すのみとなつたので、表面より見ては其性格を容易に知る事が出来なくなつて居る。外面如菩薩、内心如夜叉の如き悪魔の横行するのも、善悪共に同一形態を備ふるに至りしより、悪魔に便宜を与へて居るのである。細心に注意する時は、形態は人間なれども、其面貌に、声音に、動作に、悪魔の状態を現ずるものなれども、一般の人間の目よりは、其精神状態の善悪を容易に窺知する事が出来ないやうになつたのである。正しき神の道を踏み、日夜に魂を清め、智慧証覚を得たる真人間の眼よりは、容易に之を観破する事が出来るのであれども、盲千人目明き一人の世の譬に漏れず、大多数の人は欺かれ禍ひにかかるものである。茲に主の大神は、ミロクの神柱を地上に下して、正しき教を天下に布き施し人類の眼を覚させ、光らせ、悪魔の跳梁を絶滅し、以てミロクの神世を樹立せむとし給へるこそ、有難き尊き限りなれ。 茲に太元顕津男の神は 玉藻の山の聖所に 二柱の女神残しおき 玉野宮居に礼辞 宣り終へまして悠々と 駒に跨り鈴の音も いと勇ましく百神に その御尾前を守られて 傾斜面の坂路右左 伝ひ伝ひて下りまし 千条の滝よりおちくだつ 谷の清水に禊して 馬に水飼ひ荒野原 勇み進みて出でたまふ 其御姿の雄々しさよ 百神等は御尾前に 仕へまつりて霊光の 輝きたまふ御後より 畏れ謹み出でたまふ 紫微天界の国土生みや 御子生みの旅の物語 水明閣に端坐して 東雲社員に筆とらせ 心いそいそ述べてゆく 嗚呼惟神々々 神の御霊の幸ひて 此の物語いや広に いや審かに後の世の 鏡ともなり塩となり 花ともなりて世の人の 御魂に光与ふべく 守らせ給へと願ぎ奉る。 顕津男の神は宇礼志穂の神、魂機張の神、結比合の神、美味素の神の四柱神と共に、玉藻山の千条の滝水の集れる大滝川の清流に禊し給ひ、おのもおのも駒に水飼ひながら、主の大神を遥かに伏し拝み、西方の国の国土造り神生みの神業を、𪫧怜に委曲に完成すべく、声も清しく祈の御歌詠ませ給ふ。 『久方の天津高宮の主の神に 禊終りて願ぎ言申さむ 真鶴の国土はやうやく固まりぬ 西方の国土生み守らせたまへ 玉野丘膨れ上りし神業に ならひて我は国土生みせむとす もろもろの曲神等を言向けて 神の依さしの国土生みをせむ わが伊行く道の隈手も恙なく 進ませたまへ主の大御神 科戸辺の風も静にふくよかに わが行く道に幸ひあれかし』 宇礼志穂の神は御歌詠ませ給ふ。 『わが岐美の御後に従ひ進みゆく 道の隈手も恙あらすな 真鶴の国の境の日南河 向つ岸までおくらせたまはれ 真鶴の国土はやうやく固まれど まだ地稚し駒はなづまむ 玉藻山千条の滝の集りし 大滝川の水底は澄めり 澄みきらふ大滝川の真清水は 瑞の御霊の心なるかも 大滝川清き流れに禊して わが魂線は甦へりぬる 水底の砂利さへ小魚さへ透きとほる 大滝川の清くもあるかな 駿馬は嘶き鶴は万代を うたひて岐美がみゆき送るも 大滝川岸辺に萌ゆる夏草の 緑の若草わけて進まむ』 魂機張の神は御歌詠ませ給ふ。 『魂機張る命の清水よ真清水よ 千条の滝より落つる流れは たうたうといや永久におちたぎつ 滝のごとあれ岐美の齢は 永久に涸るるためしはあらたきの いや高長に流るる生命よ かかる世に生れてかかる楽しさを 味はひにけり岐美に仕へて 玉藻山千条の滝の音高く 響きわたらへ岐美の御名は 百千草四方に香ひて百鳥の 声冴え渡る大滝川の辺 川水に五つの駒の水飼ひて 進まむ今日の旅面白し 行く先に如何なる神のさやるとも 退けたまへ言霊の水火に 旅立たす岐美の御供に仕へつつ わが身わが魂わくわく躍るも 極みなき望みかかへて旅立たす 岐美の面わを勇ましく思ふ 御面は月日の如くかがやきて 射向ふ神とならせたまひぬ わが神は面勝神よ射向ふ神 如何なる曲もさやらむすべなし 大野原吹き来る風も柔かに みゆきことほぐ響をつたふ』 結比合の神は御歌詠ませ給ふ。 『大滝川清き流れは永久の 岐美の生命と澄みきらひたり 雲の上に浮きたつ玉藻の神山は 紫の雲に包まれにけり 紫の雲の上より玉野比女 生代の比女は岐美を送らむ 生れませし御子の生ひ立ち楽しみて 西方の国土に立たす岐美はも 真鶴山玉藻の山や三笠山は 真鶴国の要なるかも 月も日も清く流るる大滝の 川は底まで澄みきらひたり 夕ざれば星の真砂の数々は 水面に清く浮ぶなるらむ 霊線の結びの力に月も日も 星も虚空にやすく定まれり まだ稚き国原なれど月日星の 霊線の糸に動くともせず 天の川南ゆ北に大空を くぎりて清き真鶴の国』 美味素の神は御歌詠ませ給ふ。 『玉藻山玉の泉ゆおちたぎつ 千条の滝の水はあまきも 地の上の総てのものを霑して 育くみ守れ千条の滝水 神々の食ひて生くべき稲種は この川水に育くまるなり 天の狭田長田に注ぐ大滝の 川の清水の味はひよきかも 言霊の水火こもらずば真清水も あまき味はひ備はらざらむを 天地の総てのものら美味素の 神の守りの味はひもてるも 神々の魂線までも味はひを 授けて守る美味素の神よ 川の辺に鳴く鈴虫の声さへも 味はひうましく耳に響けり おちくだつ千条の滝の響さへ 耳なぐさむる味はひなりけり いざさらば岐美よ召しませ駒の背に 吾は御供に仕へまつらむ』 斯く歌ひ終り給へば、太元顕津男の神は、 『美味素神の言葉の味はひに 我は進まむ駒に鞭うちて』 と宣らせつつ、馬背に跨り、五色の絹もて造りたる御手綱を左手にもたせ、右手に玉鞭を打ち振りながら、駒に翳せる鈴の音もさやさやに、神跡なき若草原を進ませ給へば、宇礼志穂の神は案内の為めと御前に立ち、三柱神は御後に従ひまつり、湯気立ち昇る大野原を、西へ西へと進ませ給ふぞ勇ましき。 (昭和八・一一・二九旧一〇・一二於水明閣加藤明子謹録)
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霊界物語 75_寅_太元顕津男の神の物語3 余白歌 余白歌 葦原の中津神国の日の本は紫微天界の固まりなりけり〈第2章〉 日の本といへど地の上全体の葦原国の名称なりける〈第2章〉 国々の天地創造説を読みてわが説く道の貴きを知れ〈第3章〉 国土を生み御子を生まむと草枕旅に立たすも顕津男の神は〈第3章〉 顕津男の神の活動なかりせば世界に神人は生れざるべし〈第4章〉 主の神は最初に言霊ゆ神を生み紫微天界を造らせ給ひぬ〈第4章〉 雨も風も草木も残らず主の神の水火の力に基かぬはなし〈第4章〉 ぐらすあんまいとりーの神現れて固めたまはむ葦原の国は〈第6章〉 幾億万の星の霊線に守られて月日は空に清くかかれる〈第6章〉 主の神は天津月日を生みまして森羅万象を育て給へる〈第6章〉 天界は意志想念の世なりせばすべてのものは霊体なりけり〈第6章〉 霊体は年を重ねて物質と化り終に大地を生み出でにけり〈第6章〉 石の上古き神世の生り立ちをつばらに示す神の書かも〈第9章〉 惟神⦿の言霊の幸ひに森羅万象生き栄ゆなり〈第9章〉 玉藻山いや次ぎ次ぎに天つ空へふくれ上りぬ主の言霊に〈第9章〉 地も風も木草も稚き国原に生れ坐す国魂神は姫神〈第9章〉 大方の世人の夢にもさとらざりし神世の成り立ち吾は説くなり〈第11章〉 幾億万年神世の昔にさかのぼり神の力に誠を識るさむ〈第12章〉 言霊は総ての智慧の基なりうべよ学王学と唱ふる〈第15章〉 皇道の国に生れて皇道を夢にも知らぬ愚なる民よ〈第16章〉 皇道の大本を世人に示さむと編みし此書を疑ふな夢〈第16章〉 皇道の貴き尊厳をまつぶさにうまらに覚れ此書を見て〈第16章〉 村肝の心の眼くらみたる人の読むべき書にはあらじ〈第17章〉 さまぐに聞かせど諭せど常暗の世人の耳に添はぬ嘆てさ〈第21章〉 仁愛の世迫り来つれど僧侶も神の司も知らずに居るなり〈第22章〉 苦集滅道道法礼節朝夕に説けど暗世の人は覚らじ〈第22章〉 世の中に知識階級といへる人数多あれども似偽ばかりなる〈第22章〉 久方の天恩郷の聖場に吾東雲の道を説くなり〈第23章〉 東雲の空を明して昇ります朝日にも似て輝く此書〈第23章〉 天地も割けむばかりの災を思ひ浮べつ静に神書編む〈第23章〉[この余白歌は八幡書店版霊界物語収録の余白歌を参考に他の資料と付き合わせて作成しました]